第002回国会 文化委員会 第7号
昭和二十三年六月十八日(金曜日)
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  本日の会議に付した事件
○栄典法案(内閣送付)
○祝祭日の改正に関する件
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   午後一時五十五分開会
○委員長(山本勇造君) それでは只今より委員会を開会致します。予備審査のための議案として、栄典法案が本委員会に付託になつておりますから、これの提案理由の説明を聽くことに致したいし存じます。
○政府委員(佐藤達夫君) 只今上程になりました栄典法案の提案理由を御説明申上げます。新憲法公布後二年、憲法に予定せられました憲法附属の諸法律は、國会の熱心なる御審議によりまして、ほぼ完成いたしたのでありまして、終戰と共に停止せられておりまする栄典制度を新たに決定発足いたしますことは、僅かに残つておりまする事項の重要な一つであります。政府は相当の期間に亘り愼重考究いたしました結果、旧憲法と共に、旧栄典制度を発止し、新憲法の精神にふさわしい新栄典制度を採用いたすことに決し、ここに提案いたすことと相成つた次第であります。
 栄典の制度を存置すべきか否かは、憲法改正の際十分論議せられ、存置することとなつたのでありますから、この問題を繰返すことはいたしません。今やこれを制定する時期に到達したかということについても議論の余地もありましようが、政府はその時期に達したと信ずるのであります。
 我が國の現状を見ますると、終戰後の一時的混乱を脱して、漸く思想的にも経済的にも再建の光明を認めようといたしているのでありまして、ここに至りましたのは、もとより連合國の援助によるところが大であるのでありますが、又國民諸君の最惡の諸條件を克服しての努力の結果にもよるのであります。從いましてこれら國民の中で、その労効顯著と認められます者に対しましては、これが表彰の途を講じ、以て國民の志氣を振作し、道義の高揚を図ることは、現下喫緊の要務と考えるのであります。栄典のことは元來國家として一日も廃すべからざるものでありますのに、終戰と共に停止せられて、そのままになつておりますことは遺憾なことでありまして、ここに民主的文化國家にふさわしい栄典を勘案いたした次第であります。
 本案の要旨を申上げますと、第一に現在残つておりまする在來の制度の内、位階及び勳章の制度は、すでに廃止されました爵の制度と並んで、從來の栄典制度の根幹を成しておりましたもので、今やわが國が過去を脱却し、新たに平和、民主、文化を目標として更生しようとしておるのでありまするから、これら過去の日本を発象する栄典制度はこれを全廃し、新栄典制度の下に発足すべきであると考えるのであります。併しながら現に勳章を有する者について、今後一切その着用ら禁じまするのは穏当でないと考えられます。この点を考慮いたしまして、いわゆる公職追放者以外は、旧勳章を着用することを妨げないことにいたしたのであります。
 次に新栄典制度は、新勳章制度を根幹とし、これに配するに功労章制度、善行章制度等を以てし、國民の表彰に遺憾のないことを期しました。新勳章制度は、一種五級の普通勳章を、單一級の文化勳章といたしました。普通勳章を一種五級といたしましたことは、在來の数種あつて、級別も多かつたのを簡素化いたすことが適切と考えたからであります。文化勳章を設けましたのは、文化に関する特に優れた功労については、その特殊性に鑑み、單一級の特別の勳章を設けて表彰することが適当と存じたからであります。新たに功労章の制度を設けましたのは、新普通勳章制度の簡素化したのを補いまして、廣くあらゆる方面に功労ある國民を表彰することを目途といたしたのであります。從來の褒章制度は、主として國民のいわゆる奇特な行爲を対象としたもので、今後もその趣旨は、これを存置すべきものと考えましたが、在來の褒章を以て表彰したものの内、社会公共に対する功労に重きを置いたものは、これを功労章及び新勳章に移し、名称を善行章と改めることにいたしました。
 以上申述べましたように、ここに旧制を一新しようとするのでありますが、更にその運営の実際において、從來の官尊民卑の弊風を残し、被表彰者の格式、地位等に捉われるようなことがあつては、本制度一新の意義は全く失われることは言うまでもありません。從いまして政府においては、幸いに本案の趣旨に御賛成を得ましたならば、その運営において、又これを一新し、廣く市町村長や都道府縣知事などからの推薦を募つて、國民の表彰に遺漏のないことを期すると共に、尚これが審議機関として、内閣に、廣く民間各方面の公正なる人士にお願いしまして審議会を設け、その公正且つ民主的な審議を経て決するようにいたす所存であります。
 以上本案の趣旨の概略を申上げたのでありますが、尚詳細の点は、本案御審議の節申上げる所存であります。何とぞ愼重御審議の上、速かに御可決あらんことを希望いたします。
○委員長(山本勇造君) 速記を止めて下さい。
   午後二時六分速記中止
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   午後三時三十五分速記開始
○委員長(山本勇造君) 速記を始めて下さい。議題は祝祭日に関してでありますが、我々といたしましては、國会から法律を出すことに前々からの計画になつておりますので、今日はその法律の原案ができておりまするから、お手許に差上げてあるこれを議題にして、話を進めて頂きたいと思います。
 第一に國民の日に関する法律ということになつておりますが、この「國民の日」ということに関しましては、衆議院の方においては、これを「國民の祝日」にしたいという意見のようでありまするが、これを「國民の日に関する法律」といたしますか、「國民の祝日に関す法律」、乃至は「國民の祝日法」というふうにいたしますか、これについて……。
○金子洋文君 この法律は、從來の古い憲法に代る新憲法に則つて、それにふさわしい祝祭日を設定する、これが、我々がこの日を設定する基準の第一に挙げておるのでありますが、その他基準として民族的な風習並びに世論を尊重する、國民全体に文化的意義がある日を選ぶ、その他沢山六つ、七つの基準が挙げられて、その観点から選んで來たのでありますが、そうしますと、從來の祝祭日というふうな文字が全然使われない方が、新憲法の精神その他の挙げた基準にふさわしいと考えますのと、もう一つは、成る程文字で見る場合には、「國民の日」と、「國民の祝日」を二つ並べて考えますと、國民の祝日の方が一見大衆的に分る、而もそれが從來の祝祭日と関連して分る、そういう大衆的な字がありますが、それが前の祝祭日と繋がつて分るというところの欠点も同時に持つておるということ、これを言葉として言う場合には、非常に言いにくい、國民の祝日というふうになると、非常に言いにくいばかりでなくて、東北地方の「し」「す」、「じ」「ず」が同じようなところにおいては、「國民のすくずつ」と言つて、何が何やら分らんような結果を來す虞れもある。それに比べて國民の日の方は、非常に新鮮さがあつて、古い祝祭日と何らの繋がりを持たないような新鮮さを持つておると同時に、常に而も永遠に新らしさを持つておる。同時に誰でもこれは口にして言える。國民の日と簡單に言える。こういうもろもろの長所を持つておりますので、この祝祭日は一年、二年で終るものでありませんから、長く続く意味からしても、國民の日に私は賛成したいと思います。
○三島通陽君 私は金子委員のお説に賛成する者であります。この祝祭日として決められた日の中には、必ずしも祝うというものばかりではなくて、偲ぶものも入つておるし、いろいろなものが入つております。勿論このようなものも廣い意味で「祝い」という言葉の中に入るかも知れませんが、必ずしも國民の祝日と言つても当らなくはないというように、大きな目では見えるかも知れませんけれども、併しやはり言葉を具さに穿鑿して行けば、いろいろな種類のものがあるから、必ずしも祝日と言わない方がいいのではないか、それに國民の日と言つて方が、もつと國民全般に親しみがあるし、新憲法の精神から申しましても、主権在民というような意味から見ても、國民の日と言つて方が、より我々のものとして親しみを感じやしないか、こういうような点から言つても、私は今の金子委員の述べられた意見に賛成する者であります。
○團伊能君 私は言葉の発音の上からは、祝日という言葉を付けますと、非常に言い現わしにくいということがありますが、内容といたしましては、別にこだわつているわけではございません。ただ若し國民の祝日といたしませば、第一條の文章をやはり少し書き直さないと意味が徹底いたさないように思います。氣付きましたので、ちよつと……。
○委員長(山本勇造君) 昨日の打合会におきましては、参議院の文化委員会は、國民の日で行こうという御決議があつたように思われますのですが、それならば、その法制部並びに專門調査員の手において作成されましたこの原案、皆さんのお考えも無論入つておりますが、この原案で直ぐに國民の日に関する法律というので進んで参りますか、それとももう少し考えますか。よろしければ、第一條から順次先に進みたいと思いますが、昨日の御決議が変らないものならば、このままで進んでよろしいように考えられまするが、如何ですか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○委員長(山本勇造君) それでは第一條を読んで見ます。「自由と平和を求めてやまない日本國民は、美しい風習を育てつつ、よりよき社会、より豊かな生活をきずきあげるために、ここに國民こぞつて祝い、感謝し、あるいは記念する日を定め、これを「國民の日」と名づける。」これについて如何ですか。これはちよつと抜けておるように思いますね。「ここに國民こぞつて祝い、」となつておりますが、前にはたしか「が」があつたように思いますが、これは「が」とすることも一つの方法でありますが、もつて正しくは「國民のこぞつて祝い、」でなければならんかと思いますし、或いはここにあるように全部「が」も「の」もなくて「国民こぞつて祝い、」というふうに助詞なしで行きますか。どういうふうにいたしますか。
○金子洋文君 意味としては「ここに國民がこぞつて祝い、」という方がはつきりしますけれども、文章としてはこの方が自然に響いて來るように思います。そうして同時に「國民がこぞつて祝い。」という意味も十分現われている、かように考えております。
○岩本月洲君 金子委員の今おつしやつたことに私も同感であります。
○委員長(山本勇造君) それじや「の」も「が」もなしで行くことにします。尚申上げたいことは、「ここに國民こぞつて祝い、感謝し、あるしは記念する日を定め、」とありますが、こういうことになると、これが國民の日の一種の定義の形になつて來ますが、この中には後ろに出て來る「なくなつて人々をしのぶ。」というようなものも、ちよつと入つておるのか、大きい意味では入つているようにも思われますし、後になつて疑問が起るといけませんが、これらの点について皆さんの御意見を伺つて置きます。
○團伊能君 今委員長の言われる意味は、「記念」という言葉の中に私は十分含まれていると思うのです。
○梅津錦一君 その意味は、「感謝」という言葉にも意味付けられるし、又團委員の言われるように、「記念」という言葉の中にも含まれる、こういうことで了解したいと思います。
○委員長(山本勇造君) それなら、これは文章の点があるので、こういうふうになつておると思いますが、併し法律の文章でありますから、その後でこれが定義である、これ以外のものを入れちやいかんとかいうようなことが問題になるといけませんから、この國民の日というので、後で又どういう日が加わつて來るにしましても、大体これであらゆる意味が入れられるものと、そういうふうに我々は解釈して、この文章を立案した、こういうことだけは、はつきりここに残して置きたいと存じます。
   〔「賛成」と呼ぶ者あり〕
○委員長(山本勇造君) この第一條につきまして、外に何か御意見ございませんか。
○羽仁五郎君 この第一條は、ここで我々も大体了承したわけでありますが、法律として第一條が出されるわけですが、やはりこの法律が出されますときに、第一條に盛られている精神は、この前には申上げましたような意味で、今までの日本の祝祭日というものが、過去を中心にしており、そうしていわゆる天皇主権を中心にしており、それから國際的な関係に対して、対立する排外的な日本優越という意識の上に立つていたということの排判が是非欲しい。この第一條は、これで私満足いたしますが、この法律が発表されますとこに、委員長報告なり、國会の名においてなり、新聞発表においてなり、いずれかの方法を以て、これらの点を明らかにせられるよう、委員長において考慮して頂いて、その意味で過法の祝祭日の間違つていた点を、やはり國民にはつきり示して頂きたい。そうしてこれから我々の進むべき点が、將來に向つて、且つ人民主権の線に沿うて、且つ國際的な意識を十分に持つて進んで行くということを示して頂きたいと思うのであります。これを特に発言しますのは、大体数日前から、この委員会乃至合同打合会の審議の模様が、新聞紙によつて傳えられたことに対して多少輿論の反映があるようにも考えられますのですが、その中に、どうもやはり新らしい國民の日の制定の趣旨というものが、十分に徹底していないために、極めて曖昧に理解されている点がありますので、法律としては、これ以上盛り込むということは無理であるということは了解いたしますが、是非これを発布される際に、そういうステートメントにおいて、その点を強調して頂きたいということを希望します。
○委員長(山本勇造君) 只今羽仁委員から、今日あたり出ております批評等から御懸念のことがありましたので、御尤もと存じますが、併し新聞に出ておりますのは、委員会としてまだ報告しておることでもなし、従つて又説明が加えられておらない。ただあのときの合同打合会の模様を記者が見て報道した。從つて案の説明も、行事のことも何もないのでありまして、從つてただ日だけであるために、何か淋しい感じを持たれたのだろうと思いますが、これはできるだけ早く、私は発表の方法をとりたいと思つております。
 それから第二に、この日を我々が選びましたのは、只今羽仁委員がおつしやつたように、前の祝祭日は、宮廷を中心とした祝祭日でありますけれども、今度は新憲法の精神によつて選んでおりますので、從つて主権は國民にあるという建前から、いわゆる祝祭日を選びますに当りましても、宮廷中心でなくて、国民が中心である、即ち國民の日を選ぶという建前でやつて参つたのでありますから、それらの点は委員長報告なり、新聞社への発表なり、そこらの意味は明らかに発表するようにいたしたいと存じております。これは皆さんにおいても御異議がないと存じますが、如何でありましようか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○委員長(山本勇造君) 第一條につきましては、よろしうございますか。
 それでは第二條に移りまして、第二條「國民の日を次のように定める。」これでちよつと附加えて置きますが、普通でありますると、「國民の日はこれを次のように定める」というのが、今までの法律の書き方でありますけれども、「これを」という書き方は、あれは漢文の直訳から來ておりますのと、あの「これを」という字を、そういうふうに訳することは、むしろ間違いに等しいから、そうして日本の書き方でございませんから、この法律におきましては、「これを」というような字を使わないで、新らしいやり方をやつて見た次第でございまして、でき得るならば、今後こういうふうに、これからの日本の法律も行つて貰いたいというようなふうに考えております。そこでこの名称等はお手許にございますから、一々読みませんが、これにつきましては、やはり順々にやつて行つた方がよろしうございますか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○委員長(山本勇造君) それでは第一「元日、一月一日」この制定の趣旨が、「年のはじめを祝う。」というふうになつております。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○委員長(山本勇造君) それじや次は、「成人の日、一月十五日」、制定の趣旨、「こどもが、おとなになつたことを自覚し、社会もまたこれを祝う。」、どうもこれは昨日の打合会でも、一應こういうふうに定めたのでありますけれども、あの時にも大分疑義があつたように思いますが、これはもう少し何か御案がございませんでしようか。実は一案といたしまして、ちよつとお聽きを願いたいのでありますが、一案といたしまして、今のを、こういうふうに訂正したらどうかと思うのでありますが、ちよつとお書取りを願います。「おとなになつたことを自覚し、正しく生き抜こうとする青年を祝い励ます。」、これはどうも長くならないと分らないらしいですね。
○羽仁五郎君 そういう御趣旨だつたら、もう少し簡單にしておいて、「社会が青年を迎えてこれを励ます日」というふうに書いたらどうしようか。
○委員長(山本勇造君) 制定の趣旨なんですから、すべて「日」を抜いておるのです。
○羽仁五郎君 「日」は入れなくていいのですが、社会が青年を彼らのメンバーとして迎えて……。
○委員長(山本勇造君) つまり主語が抜いてあるわけですね。青年を祝い励ますのは社会のわけですね。
○金子洋文君 この制定の趣旨を訂正することは、相当時間がかかると思います。これを一々ああだ、こうだと速記しては非常に手間取りますので、このむずかしいのは保留して、どんどん進んで頂きたいと思います。
   〔「賛成」と呼ぶ者あり〕
○三好始君 制定の趣旨の表現でなくして、本質的な問題ですが、この「成人の日」という趣旨そのものは、「こどもの日」というような、こどもの全体に対應する成人全体を意味するのでなくして、昔のいわゆる元服のような、一定の式典を意味するようなものとして、これを制定されておるのであります。
○委員長(山本勇造君) つまり明治以前におきましては、元服というようなことがありまして、子供が自覚を持つた。ところが明治の初めになりまして、丁髷がなくなると共に、元服というものもなくなつてしまつて、そういう自覚を持つ時がなかつた。ところが又徴兵令が起つたために、今後は徴兵檢査までというので、あの二十歳ということが、一つの儀式はなかつたけれども、やはり青年に或る自覚を持たせる、まあ一つのきまりと言いますか、目度みたいなものがあつたわけです。ところが今後は戰爭を放棄して、徴兵令というものがなくなりましたから、只今の子供は、いつ自分が大人になつたかという自覚を持つような時がなくなつておるのですが、併しこれからの日本を新らしく築き上げて行くという上から言うと、子供、それから青少年が大いに自覚を持つてやつて呉れなかつたら、日本の本当の再建はでき得ないという、その我々が一番望みを嘱しておるのは、次の時代の人達ですから、こういう人達の自覚を求めたいと、そういう意味で、この祝祭日の中に社会教育の思想を織込もうとしたのが、この「成人の日」なんです。
○三好始君 そういたしますと、はつきりと、例えば法律上の成年といつたような、一定の示点をここで示す必要がないのですか。
○委員長(山本勇造君) 御尤もな御意見でありますが、これは民法、それから選挙法等におきましては、その日は満二十歳になつております。それから兒童福祉法の建前から言いますと、兒童と呼ぶのは、十八歳未満ということになつております。こういう「成人の日」というのは、いつにするかということについては、いろいろ意見もあるわけでありますが、併しながら、この日をいつにする、何歳にするということを、法律ではつきりすることも便宜ではありますけれども、同時に余り強いるようになりまして、昔の元服も大体十五歳ではありますけれども、さまざまの年齢がありますので、今度の場合は、大体において十八歳から二十歳というようなものを目度にして、それぞれその土地の風習に從つて、或る所で十八歳でしたい所は十八歳でなさる。二十歳でしたい所は二十歳でなさる。或いは又十九歳の方だけれども、もう二十歳だけの力を持つておるから、今度この人を入れたいというのなら、そういうようにするというふうにして、年齢について法律で堅いあれをしなくて、融通性を持たせる。併し大体の考え方としましては、十八歳乃至二十歳というふうにして置いたらどうかと思いますが、この点は大事な点でありますから、尚御意見がありましたらお述べを願いたいと思います。大体今のような解釈で行こうということは、昨日の打合会でもできておるように思うのでありますけれども、如何なものでありましようか。
○三島通陽君 大分昨日、この点については相当長時間に亘つて議論をしたことでございますから、今日は、今委員長の述べられた程度で進んで頂きたいと思います。
○委員長(山本勇造君) それでは、制定の趣旨につきましては、更に文章を練るということにいたしまして、次の「春分の日、三月二十一日、自然をたたえ、將來のために努力する。」これについて如何ですか。
○梅津錦一君 昨日忙しかつたので、つい出なくて発言するのは、非常に失礼と思いますが、今「成人の日」の制定の趣旨と同じように、「自然をたたえ。」まではよく分るのですが、「將來のために努力する。」ということの掴み場がないのですが、昨日の御意見を伺いたいと思います。
○金子洋文君 それはさつき、この「成人の日」で申上げたように、制定の趣旨は後で論議しては如何かと思いますが。
○三島通陽君 制定の趣旨は勿論後で論議されて、もつといい文句があれば変えていいと思いますが、昨日これを入れられた御趣旨をお聽きになりたいのじやないでしようか。これは今金子委員がお述べになつた方がよかつたかと思いますけれども、九月の「秋分の日」は、我々が過去を思う日で、「春分の日」は將來を思う日にしようということが、大体根本であつたように思います。それからもう一つは、春をたたえるとか、春をたたえるというよりも、自然をたたえるという、そういう心持が一つ欲しいというので、こういうふうに入れたわけであります。
○梅津錦一君 私のこれは直感ですが、自然をたたえる時というのは、非常によい言葉で、將來のために努力すると、これは一つ分離しているのですが、意織の繋がりを考えるならば、自然をたたえ、國土を愛すと、こういうふうに考えると直ぐ繋がると思いますが、同じことだと思います。「將來」という言葉を、ただ國土を愛すという言葉に変えただけですか。
○委員長(山本勇造君) この問題につきましては、久松委員何か御意見があるのじやございませんか。
○久松定武君 私はずつと制定の趣旨を拜見いたしますと、國民自身の一つの休日としての観念でありますが、ただ自分達の生れた日本の國というものの祝日もあつて然るべきことだと思いますので、「春分の日」につきましては、ここに將來の再建日本のために努力するというような意味も、一つ挿入して頂いたら好都合だと、こう存じております。
○岩本月洲君 制定の趣旨は後で論議されるのでありますが、そのときに時間が欲しいと思いますが、どうでございましようか。
○委員長(山本勇造君) それでは、これはもうよろしうございますか。
○岩本月洲君 よろしうございます。
○委員長(山本勇造君) それでは直ぐと「天皇誕生日」に移りますが、よろしうございますか。
   〔「異議なし」と呼ぶものあり〕
○委員長(山本勇造君) 「天皇誕生日、四月二十九日、天皇の誕生日を祝う。」。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○委員長(山本勇造君) それから「憲法記念日、五月三日、日本國憲法の施行を記念する。」。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○委員長(山本勇造君) 次は「こどもの日、五月五日、こどもの人格を重んじ、こどもの幸福をはかる。」。
○三島通陽君 この「こどもの日」のことでございますが、この「こどもの日」につきましては、私は実はたびたび論じましたので、もう一度ここで申上げることは恐縮なので、できるだけ簡單に申上げたいと思うのでありますが、ただ問題になつて來るのは、五月五日という日であると思います。「こどもの日」を置くということは、どなたも反対のないことであるように、参衆両院とも伺つておるのでありますが、ただ問題は、五月五日という日になつて來るのであると思いますので、一應これが五月になりましたことにつきまして、どう考えるかということについて、ここで申上げて置いた方がいいように思うのであります。当初私達参議院の者達が考えておりましたことは、五月の三日に「こどもの日」を設けまして、十一月三日に「憲法記念日」を設けて頂くというのが初めの考えでありました。それはなぜかと申しますと、「こどもの日」を設けるのは、先ず一番先に考えることは季節ということでありまして、ベスト・シーズンに「こどもの日」を設けたいということでありました。それでいろいろ天文台の方なんかに調べて頂きまして、大体三日、四日、五日、六日、七日というところが、日本中が氣候のいい、雨も少い時だということでありましたので、それでは五月三日は、丁度たまたま子供の男の祭の五月五日、女の子の祭の三月三日、それを月と日を合せ取つて五月三日としたならば、一つは日本國憲法の施行日に当るので、新憲法の精神を子供の上に吹き込んで行くという上でも、非常にいいのじやないかと思います。五月三日でずつと参議院の方は参つたのであります。ところがその後十一月三日の憲法記念日は、衆議院におきましては五月三日にやつて貰いたいという御意見が大分あつたようでありますので、それではやはり憲法記念日は五月三日がよくはないかという御意見が出まして、憲法記念日は五月三日に決まつて、それで子供の日が溢れてしまつた。ベスト・シーズンであり、それで子供にちなんだ日であるから、永年の子供のお祭をして來た日だから、五月五日にしようということになりました。その後参議院におきましては、五月五日という日は、一つには、考えるのに女の子がネグレクトされているという理由、第二は、五月五日ということは尚武の節句といつて、軍國主義的なお人形などを家庭で列べたこともあるから、その日は避けた方がよかろうというのが第二の理由、第三は、この辺に祭日がくつつき過ぎる。四月二十九日が天皇誕生の日、五月一日はメーデー、これは祭日ではないけれども大体お休みになる。それから五月三日が憲法記念日、五月五日が子供の日では、余り休日がくつついて、事業家とか、或いは銀行家とか、こういう人達も非常な迷惑をしやしないだろうか、又日本が非常に活動しなけれどならないのに、お休みがくつつき過ぎるので、どうであろうか、たまたま配分から言つても、十月は何にもお休みがないのだから、「こどもの日」を、どうせ新らしい精神で、「こどもの日」を設けるならば、その日に拘泥しないで、十月一日にしたらどうかという御意見が出まして、私も実はその日に賛成したのであります。ところが衆議院と合同委員会がありまして、衆議院の方では、「こどもの日」ということは、これはそうばかりでないと思いますが、大分参議院からの非常な熱烈な御意見もあつて入れたものだ、殊に五月五日ということは、厚生省あたりでもこの運動をやつておられる人があつて、是非五月の初めにやつて貰いたいという、全員一致の御希望がありまして、余り十月一日ということを参議院側が強く主張いたしますと、「こどもの日」そのものがどつかへ飛んで行つてしまう心配も出て参りましたし、とにかく五月初めは草木の萠え、芽の出る時でありますし、十月というと草木の萎むという時であります。子供のお祭をするならば、むしろ五月の方がベスト・シーズンでいいのじやないかという御意見で出まして、五月の五日というふうに決まつたのであります。これにつきましては、今の私が申上げました三つの点から、多少將來と雖も、そういう懸念を持たれる人があろうと思うのでありますけれども、併しそういうことに、どうぞこだわらないで、新らしい日本が子供の人格というものをここに認めて、子供のために祝いをして、子供を正客とした祝い日を定めて、そうして子供に光明を與えたいということが、もともとの趣旨であります。それ故にこの制定の趣旨におかれましても、先ず最初に「こどもの人格を重んじ」ということが入つておるのだと思います。とかくまだ残念なことに、我が國は子供の人格を認めないというようなことが、往々にしてあるわけでありまして、どうぞ子供を一人前の人としてのパーソナリティーというものを、この際皆が認めるという、ここに一つの考え方を織込んで行きたい。それは全然新らしい考えであり、又子供を讃えて、子供のためにする運動というようなものは、世界では、まだこういう子供日というものは余りありません。私は最近分つたのでありますが、六月の何日かに、極く少数の國で、少数の人達が、そういうチルドレンス・デーという子供の日のための運動があるということを調べましたが、六月何日か、十幾日かでありまして、これは日本は雨期に入ります。雨期にその日を持つて來るということはどうかと思われます。折角五月五日の最もいい氣候に、それを入れたという趣旨でありますから、どうぞそういうことにこだわらずに、新らしい精神を以て定め、又日本の五月五日の節句というのは、ずつと昔の藤原時代の端午の節句には、そういう意味はなかつたのでありますから、男の子も女の子も、この際は一緒にした子供の日ということで、そういうように、その制定の趣旨を考えて頂きたいということを申上げて置きたいと思います。
○羽仁五郎君 今の五月五日については、それは五月五日の日が、やはり現在日本の國民の中に武を尚ぶ日として残つておるので、私は五月五日という日に対しては、やはり反対しなければならないと考えておるのでありますけれども、併しそれに対してこの新らしい意味を、今三島委員の言われたように與えられる。そういう意味で、子供の人格を重んずるという趣旨が新らしく出て來るならば、第一條に述べられておるような、新らしい美しい風習を育てるという意味で、この五月五日を、今までのいわゆる端午の節句という意味で、いわゆる尚武の節句という意味でなく、男の子も女の子も、この日に人格を認められるという、新らしい日ができるものとして賛成をいたします。そういう意味で、この子供の人格を重んずるという、人格のことが制定の趣旨において最後まで守られるようにお願いいたしたいと考えるのであります。
○委員長(山本勇造君) それでは次に「秋分の日、九月二十三日、祖先をうやまい、なくなつた人々をしのぶ。」、これは異論がないと思いますが、如何でございますか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○委員長(山本勇造君) 次に「文化の日、十一月三日、自由の平和を愛し、文化をすすめる。」。
○來馬琢道君 「文化の日」という名が出ますと、私共日本國民といたしましては、歴史及び史料の上に、最も明確な証拠に残つておる我が國の文化の功労第一人者というべき聖徳太子を思い、この聖徳太子の御命日が、大和の法隆寺の釈迦如來の後背にある銘によりまして明確に分り、その佛像は、何らの損害を受けずに、そのまま今日まで保存されておりますので、ここに録してあります聖徳太子の御命日は、日本における最も正しい、又最も古い年竝びに月日でありますので、四月の十一日という、太陽暦にいたしますとその日に当りますので、どうかこの日を「文化の日」にいたしたいというので、祝祭日問題が起りましてから、終始一貫してそのことを希望していたのでありますが、いろいろな都合でこれが採用されず、ここに十一月三日という日に「文化の日」が制定されますことは、私共、少くとも私に取りましては、少しく遺憾に存じます。この十一月三日という日は、日本國憲法の公布になつた日でありまして、又時候も非常によく、天氣も大抵、恐らく明治十五六年頃から今日まで、この日に雨の降つたことは幾日もないだろうと思うくらいに、よい時候の日でありまして、このときに、丁度菊の花も盛りな頃であります。秋の象徴というべき菊、又一面においては紅葉も非常に美しい時でありますから、この日に「自由と平和を愛し、文化をすすめる」日として、この日を國民の日とすることに賛成をいたしまして、私共が「文化の日」をかねがね主張しておりましたことをここに申添えて、この日に賛成をする趣旨を述べます。
○徳川頼貞君 只今來馬さんからお話がありまして、十一月三日を今度「文化の日」にいたすということにつきまして、元來十一月三日は、我々の間におきましては、只今もお話のございましたように、日本國憲法の発布された日であるので、その意味において、十一月三日を記念したいというような氣持を我々は持つていたのでありまするが、衆議院の方で十一月三日を「文化の日」にして、そうして五月の三日を「憲法記念日」にしたいという話もありまして、我々の方としては、十一月三日を「文化の日」ということに、衆議院の意向を尊重しまして、そのことは延いて、結局ここにもございますように、憲法の精神たる自由と平和を愛することになる。又それによつて文化を進めることになるから、この際これを「文化の日」にするというわけでありまして、勿論これに対して異議はないのでありますが、一應我々がどういうふうに考えていたかということを、この際申述べて置きます。
○委員長(山本勇造君) この日が憲法記念日だというのは、ピンと誰にでも分るのでありますけれども、「文化の日」と言いますと、どういうわけで「文化の日」だかという疑念があるようであります。併しこの日は、憲法において、如何なる國もまだやつたことのない戰爭放棄ということを宣言した重大な日でありまして、日本としては、この日は忘れ難い日なので、是非ともこの日は残したい。そうして戰爭放棄をしたということは、全く軍國主義でなくなり、又本当に平和を愛する建前から、あの宣言をしておるのでありますから、この日をそういう意味で、「自由と平和を愛し、文化をすすめる。」、そういう「文化の日」ということに我々は決めたわけなのです。併し心持からすると、本当は我々は今も尚実際憲法記念日にして置きたいのでありますけれども……それでは次に移りまして「勤労感謝の日、十一月二十三日。」。
○金子洋文君 この委員会が発足した当初でありますが、数名の委員から、五月一日をメーデーに設定したい、メーデーを祝祭日に定めたいという御希望があつたのであります。併しそれがいろいろ論議された結果、祝祭日を定める基準の中に、國民全体が祝う日にしたい、或る一部の團体とか、或る一部の民間の行事田、勿論これを、祝祭日を決めるから、これらの民間の行事はやつてはいけないというふうなことは絶対にないのであるから、そういうふうなものは飽くまでやることは結構であるし、ここでは國民全体が祝う日を定めたいのであるからというような反対御意見もありまして、それがメーデーが大体採用にならないような状態であつたということが一つ、もう一つは、世界のメーデーの歴史はいろいろありまして、違いもありますが、日本のメーデーは、労働を祝うと同時に、一面階級鬪爭の一つの表現として行われておる、その歴史からして、この日を祝日にするのはどうか、むしろそういう歴史を重んずる意味からしても、從來の民間行事としてますます盛んにやつて貰つた方がいいのじやないかという意見、それから、併し日本の再建の基礎は労働と生産にあるのであるから、勤労ということをもつと我々が尊重しなければならない。從來は十一月二十三日を以て主として收穫を祝つたのでありますが、それも勿論大事であるが、海の生産、山の生産も、もつと我々は考慮しなければならない。そういう希望も出て來ておつたので、それら一切を含めた感謝の日を持とうではないか、こういう観点から、生産感謝の日として、各委員の御賛成を得たのでありますが、生産という言葉が少し固苦しい、しつくりしないので、それが削られて「感謝の日」となつたのでありますが、ところが衆参両委員会の打合会において「感謝の日」とだけでは漠然として分らない、「労働感謝の日」として貰いたいという希望と、「勤労感謝の日」として貰いたいという、こういう二つの修正意見が出まして、大多数を以て「勤労感謝の日」と定まつた次第であります。
○委員長(山本勇造君) そうしますと、ここに選びました九つの中の法案の上からいうと、これで第二條が終つたわけでありますが……。
○羽仁五郎君 この今の第二條で、これらの日が定められることに、大体委員会の多数の御意見がなつたわけでありますが、少数の意見として、私はやはりまだこの法律が制定せられるまでの間に、どうかもう一回、この五月一日を國民の日として考えて頂くことをお願いして置きたいと思うのであります。これは私共の属しております無所属懇談会が、直接に熱心にしております労農連絡会議、労働組合の方面、全國労働組合連絡協議会の代表者の方々から、その趣旨について強力に申入れがあつたのでありますが、私々としても、この新らしい國民の日が発表せられましたときに、國民がこれを受取る感じとして、全体の感じとして、やはり二つの不満がありはしないかと思う。一つは國際的な感覚が現われていない。今一つは、労働者階級に対して、國会が積極的な期待というものを現わしていない。折角今新らしい國民の日が提出されるのでありますから、この日本の國際的な行事という面、それから労働者階級に対する國会の期待という点、この点を今一回各委員の賢明なる御考慮を願つて置きたいと考えるのであります。でこれは、國民の日はすべて國民の全部に関係する日であるという御趣旨もあるわけですが、五月一日は労働者階級の日だけではなくて、労働というものに対して、國民全体の日であるという意味で、國会がそういうふうにこれを取上げて頂くことができると思いますし、それからやはり現在日本が、殊に労働組合が平和革命という点で進んで行きたいというふうに考えておりますし、又労働問題が、國会を通じて解決されるということが望ましいということは言うまでもないことでありますので、そういう途を國会みずからが絶つということは、私としてはどうしても賛成ができないと思いますので、もう一回御考慮を願つて置きたいと思うのであります。併しすでに先日來、十分の討議を盡された結果の少数の意見でありますので、もう討論の余地がないということになりますならば、この國民の日は、こういうふうにして発表せられるわけでありますが、五月一日が労働組合の方面ではメーデーとして祝われ、その他の方面では必ずしも休みでないために、殊に教員組合の場合、教師は教員組合としてメーデーに参加し、子供達がその山にははつきり自覚することができないというような、いろいろな困る問題がありますので、この新らしい國民の日が、法律として出されます時期において、両院の文化委員会なり、文化委員長なり、或いはいずれかの方法を以て、五月一日を政府が政令を以て休日とする、或いは官廳休日とするという申入れをして頂きたい。そういうふうに取計らつて頂きますならば、これは國民の日として取上げたのに準ずる取扱を受けるので、労働者階級も了解されるのではないかというふうに考えます。
○委員長(山本勇造君) 今の羽仁君の御発言で、メーデーは非常に何でありますが、もうすでに法案も大体できまして、そうして今更又これにメーデーをもう一つ加えるということは、これはもう委員会といたしまして、又衆議院との交渉の上から申しまして、これは実際上に困難だろうと思います。ただあなたが最後におつしやいましたメーデーを、今度は官廳の方が休日にするという点につきましては、これは僕はお引受けできませんけれども、併し文化委員会は、大体ここでこういうことを考えておるということに、官廳の方にでも申入れをするという点については如何なものでございましようか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○金子洋文君 それはこの前の打合会においても、大体各委員の御賛成を得ておると思いますから、それは羽仁君の御希望は叶えられるのではないかと思います。
○委員長(山本勇造君) その点について御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○委員長(山本勇造君) これは申入れの程度で、希望を述べることとしますから、これは法文にどうするというわけに行きませんけれども、そういう労働者階級の方々の御希望のある点は、それはこの参議院の文化委員会といたしましては、官廳の方に傳えるというふうに取計いをいたすようにいたしますから、どうかそういうふうに御了承願います。
○若木勝藏君 この祝祭日の審議に当りまして、初めのところにおいては、相当日本の新憲法に則つて、いわゆる文化國家或いは又健康にして文化的な生活を営むというような観点から、この藝術祭であるとか、科学祭或いは体育祭、そういうふうな一つのお祝い日を置きたいというふうな、いろいろの御意見が出たのですが、私もその点においては主張した一人であるのであります。これは全体の行事の祝祭日の配分というような方面からも、なかなか面倒になりまして、「文化の日」というような時に、それらを纏めて、この日のうちに行事として行なつたら如何かと、こういうふうなお話も非常に出ておりました。これは季節的に見ましても、よい季節であるし、藝術にしても、科学にしても、体育にしても、非常によい時期であるというので、ここで一つの行事的な意味で、こういうふうなものを大いにやつたらいいじやないかというような意味で、私は了承したのであります。それでその点を……。
○委員長(山本勇造君) 今の希望としましては、実際藝術祭、科学祭、体育祭、その他沢山こういうのがございまして、これは性質が行事に類するものでありますから、この前の、どれかの日に、必ずしも文化の日でなくてもよろしいと思います。これによつてその行事が、その祝祭日において必ずや潤いも出て來ると思います。これを希望した人々においても、その点で辛抱して貰うというようにしたい。行事を取入れるという点で、場合によつては取つた数は少いが、倍くらいの数が取れたものと同じような結果になると思います。尚この際に申上げて置きたいことは、木を植えるシーズンと言いますか、植樹のシーズン、或いは体育のシーズン、或いは健康のシーズンとかいうようなことも、これらも國民の日と共に考えられる点であると思いますが、そういうふうな問題は、すべて又民間に行事の委員会でも設けて貰うようにいたします。そうしましてその方で細から考えて貰うというようにしたらよろしいと存じます。徳川さん何か……。
○徳川頼貞君 私はこの際、我々委員会の中で、その外に議せられた紀元節の問題について、一言述べさして頂きたいと思うのであります。これは、この中に紀元節が入れられなかつたという点は、誠に遺憾に堪えん次第であります。我々は紀元節というものが、是非残して頂きたいということを述べたゆえんのものは、紀元節の起原が、いわゆる非科学的であるというような考え方も行われていたのでありますが、私共といたしましては、どこの國と雖も、その歴史を遡つて行くならば、必ずや神話に発生しないところはないと思うのでありまして、今日までその神話を歴史と、青史と見ていたという点に問題が存するのではないかと思います。從つて神話を神話としてこれを傳え、そうして神話として新らしい國民にこれを傳えるのには、差支えないのじやないかと考えたいのであります。又同時に、神話の中には、その國の國民感情というものが現われておる。從つてその点も考慮して、我々の祖國の始まりを考えるということは、我々國民の非常な熱望であり、又感情であると当然思つたのであります。併しながらその点は種々な事情によりまして、その方面に容れられない結果となりましたことは、誠に遺憾に堪えんのでありますが、この際我々が、如何に紀元節というものを考えていたかということを一言附け加えさして頂きたいと存じます。
○羽仁五郎君 今の問題ですが、二月十一日、紀元節が、この新らしい國民の日に入れられなかつたことについて、私共は、これは全く我々の自主的な判断によつて、これを除くべきものであると考えたのであります。この点は明らかにして置きたいと思います。今も御披瀝がありましたが、紀元節が神話であるという考え方も、学問的には成立し難いように考えます。それで神話には、御承知のように、自然に発生した民族の神話と、それから後に政治的な意図を以て製作された製作神話とが、学問上分けられなければならんわけでありますが、紀元節などを含みます日本のいわゆる神話というものは、そういう意味で自然に生れた神話でなく、後世になつて一定の政治的意図を以て製作された神話であるということは、学界において大体定説になつておるものであります。從つてこの紀元節を作ります日本の神話に、当時の日本の國民の感情が含まれていたものでないということも明らかであります。これは当時のそういう政治的な意図が含まれていたのであつて、國民の意図が含まれていないもので、紀元節が行われていたのも、明治五年に始まり、明治七年に俄かにそれが制定されて、その後暫くの間行われ、且つ強力にそれが強制されておつたために、現在國民の感情には滲込んでいるわけでありますが、併しこれは本來の感情でもなく、又非常に長い間の國民感情でない。我々が今日以後、新憲法によつて、そうして新らしい國民の日によつて、啓蒙の努力を怠らないならば、新らしい國民感情が必ず起つて來るものであることを確信しております。
○岩本月洲君 來馬委員が申されたから、蛇足になるけれども、將來のことを多少申述べて置きたい、日本の偉人を代表する人物として、聖徳太子の日がたびたび述べられたのでありますが、この方は、いわゆる和の思想の権化のような人なのであつて、この和を象徴される聖徳太子が、平和文化の日本建設の上に、而も日本のこれが歴史上に、又とない立派なる人格であるというようなことを大いに考えて、將來講和の日が決まつて、いわゆる本当の意味における平和を記念するような日が選ばれるようなときは、一つ十分にこの聖徳太子のことを考えて頂きたいというようなことを、特にこの際に申述べて置きたいと思います。
○委員長(山本勇造君) では大分長くなりますから……。
○久松定武君 最後に一つ私に述べさして頂きますが、祝日を決めましたときに、國民からはいろいろと希望もあつたようでありまして、その中に取入れられなかつたもので、特に希望の多かつた中に婦人の日があります。これは三月の八日をして呉れ、或いは四月の八日をして呉れという希望の方がありましたが、我々が休日を制定するに当りましては、國民全体が休みになるという希望を持つておりましたので、特にこの日は取らず、又婦人の中でも、團体によつて三月八日、四月の十日という希望もありますので、これは民間の行事としてお委せするというのもございましたし、それからもう一つ大きなのはクリスマスと、八月のお盆を休日にして呉れという希望も、國民の間には非常に多かつたのでありますが、我々はこれは制定いたしますにつきまして、宗教ということは省いて考えたのでありまして、この点いろいろ問題もありますけれども、宗教ということを拔きにして、外の休日を取りたいというところから、國民の声もありましたが……これだけは一つお含みを願いたいと思います。
○梅津錦一君 私は最初から婦人の日を置くことを頑張つて來たのです。実際どうしても婦人の日が入れられないならば、これはこれだけが國民の日として決定されるわけじやなし、將來殖やすような状況になれば、当然婦人の日は第一位に置かるべきものだということを、私は今まで幾度も幾度も申上げたのだし、その内容は申上げませんが、結局私のこれは信念でありまするので、結局この問題は將來に残すということを委員会で御了承願いたい、こう思うのであります。
○委員長(山本勇造君) とにかく輿論調査をいたしまして、そうしてさまざまな案が出て來ております。又新聞社なり、或いは我々への投書なり、或いは又、ここの委員会での御発言等、或いは陳情、請願等沢山のものがございまして、その中から僅かに九つ取つたのでありますから、さまざまな人が御不満があると思いますけれども、併し又それらの日は民間においておやりになることは、これは幾らおやりになつても構わないのでありますから、今のところは民間でおやりを願う、そうしてここに取りました数が九日にしか過ぎませんけれども、これは明治六年のときに、太政官で初めて祝祭日を定めましたのがやはり八日、後に段々に殖えております。それと同じように、後來要望が強いというと、段々また殖える日もできましよう、殊に平和の日は大体それを予定されておるようなわけでありますから、尚又、民間の輿論のあれをも考えまして、又後々にそういうのは、これは考慮するということにいたしまして、とにかく第二条で九日の日を選んだのは、皆さんの御努力でございまして、非常に有難く思いますと共に、これは幸いにして合同打合会におきまして、衆議院もこれは賛同いたしておりますから、これが決まりましたことは、大変にいいことと思つております。第三條は「國民の日は、休日とする。」というのは、これは皆さんに御異議ないと存じます。それから附則の方の「この法律は、公布の日から施行する。」、「昭和二年勅令第二十五号(休日ニ関スル件)を廃止する。」、大変簡單な案でありますが、條文は簡單でありましても、これの及ぼすところの影響というものは非常に深いものなのです。併しそういう案を、とにかく半年以上に亘つてやつたということは、如何に我々が、たつた九日を選ぶのに、國の初めの日は別といたしまして、沢山の問題を非常に愼重に研究調査したかということは、後々にも、ここ点ははつきり残して置きたいと存じます。
 尚お諮りしたい問題がありますが、大分時間が遅くなつておりますから、速記をここで止めまして、そうして懇談の形式に移つて御相談申上げたいと存じます。委員会はこれで散会いたします。
   午後四時四十五分散会
 出席者は左の通り。
   委員長     山本 勇造君
   理事
           金子 洋文君
           久松 定武君
   委員
           梅津 錦一君
           三木 治朗君
           若木 勝藏君
           團  伊能君
           徳川 頼貞君
           岩本 月洲君
           來馬 琢道君
           三島 通陽君
           三好  始君
           羽仁 五郎君
  政府委員
   法 制 長 官 佐藤 達夫君
  説明員
   賞勲局事務官
   (賞勲局庶務課
   長)      村田八千穗君