第004回国会 地方行政委員会 第4号
昭和二十三年十二月二十日(月曜日)
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  本日の会議に付した事件
○地方自治法中一部改正に関する陳情
 (第十五号)
○地方自治法中改正に関する陳情(第
 二十六号)
○災害復旧費國庫補助に関する陳情
 (第十七号)
○地方財政法第十九條改正に関する陳
 情(第二十二号)
○地方税法第七條の改正に関する請願
 (第四十七号)
○舞鶴港における引揚者リンチ事件に
 関する件
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   午前十一時十八分開会
○委員長(岡本愛祐君) これより委員会を開会いたします。今日は請願、陳情を議題にいたします。便宜上陳情の方を先にいたします。陳情第十五号地方自治法中一部改正に関する陳情、專門員から説明をいたします。
○專門員(上原六郎君) 陳情第十五号は、東京都議会議長石原永明外九名の提出であります。陳情の要旨は、地方自治法の改正によつて普通地方公共團体の分担金を徴收する條例は、その團体の議会又は常任委員会において予め公聽会を開き、利害関係者又は学識経驗者の意見を聞かなければ改正することができず、更に公聽会開催の二十日前までに日時、その他の要件を公表しなければならないことを規定しているが、法規上における議会常任委員会等の運営から見るときは、條例の実施までに相当の日数を要し、施行上支障を來たす虞れがあるから、議会閉会中においても常任委員会を開会し得るように地方自治法を改正せられたいという陳情であります。
○委員長(岡本愛祐君) 御意見をお述べ願います。
○吉川末次郎君 大体において意理のないような要求のような感じがするのですが、一應自治課長の意見を聽いて、妥当であれは採択して院議に付して政府に送付するようにしたらどうですか。
○委員長(岡本愛祐君) 説明員に総理廳事務官降矢敬義君が見えております。
○説明員(降矢敬義君) この陳情は分担金の徴收の條例を作る場合において非常に日数が掛かるので、議会において常時常任委員会というものを活動し得るように、法の改正をして頂きたいという趣旨と存ずるのでありますが、只今自治法の規定におきましても、特に常任委員会の活動を必要とする場合におきましては、議会においてその議案を付議いたしまして、閉会中も活動し得る途を開いておるのであります。ところで議会というものが主として活動いたしまして、その活動を援助する意味におきまして常任委員会制度というものを自治法に設けました趣旨は國会の場合に準じたのでありまして、原則として常任委員会が議会の閉会中においても活動し得るということはその建前にも反すると思うのであります。從いましてこの要望事項におきまして、常に原則として常任委員会が議会の閉会中においても活動し得るように法の改正をして頂きたいという要望に対しては、只今のところではそういう國会の場合に準じました建前からいたしましても、特に改正する必要はないと存ずるのでありますが、地方團体の要望、或いはその実情を更に檢討した上におきまして、そういう改正も必要であるならばその処置を講ずるという考えでございます。
○委員長(岡本愛祐君) 御質疑がございましたらどうぞ……。御質疑がございませんでしたら、吉川さんから御意見が出ましたが、採択いたしまして、内閣に送付することを要するものと決定することにいたしましたら如何でございましようか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○委員長(岡本愛祐君) それではそういうふうに決定いたします。
 次に陳情第二十六号地方自治法中改正に関する陳情。專門員から説明を願います。
○專門員(上原六郎君) 二十六号の陳情は岐阜の縣会議長の提出であります。陳情の要旨は、地方公共團体の政治及び行政は、住民の自覚と責任とによつて自主的に行われなければならないのは当然のことであるが、地方自治法中には右の趣旨から改正を望まれておる点が多く存しておる。中でも知事の権限に属する事務を分掌させるため設ける部の設置についてはこれを画一的に定めることなく、府縣それぞれの実情によつて必要なものを設けることとするのが最も適当であると考えられるから、府縣の部は当該地方公共團体の議会の議決を経て府縣知事がこれを定め得るように自治法を改正せられたいという陳情であります。
○委員長(岡本愛祐君) 説明員から意見をお聞きします。
○説明員(降矢敬義君) 只今の陳情について御説明申上げます。これは只今自治法におきましては部は大体原則といたしまして法律で規定してありまして、その外若干の部については自治團体の必要に應じて設け得る途を開いておるのでありますが、部の設置につきまして自治團体の自主性或いは自律性という見地から見ますれば、確かにすべての部について自治團体の知事において必要と認める範囲においては任意設置することが必要であろうとは思うのでありますが、ただ現在のところにおきましては、例えば御存じと思いますが、國の各省においていろいろな課の設置を慫慂いたしまして、事実上その課の設置に應じなければうまく仕事ができないというようなことも見受けるのでありまして、そういう立場からいたしますれば、或る程度必要な部は法律できちんと決めて置く方が自治團体の自主性を擁護するという見地にも副うものと存ずるのであります。もう一つは例えば國において團体の会議を招集したいという場合におきましても、如何なる事務がどこの部において所掌されておるかということが、部の設置を團体の任意に委せた場合には明瞭でなくなるのであります。そういう実際上の事務の遂行上からしても、只今特に自治團体に任意にその部の設置を委せるということは事務の所掌上からも決して適当ではないのであります。ただ併し將來におきましてそういう事務系統というものも明瞭になりまして、或いは自治團体の自主性というものも確立せられました曉においては、團体の要望に應えまして改正する処置も講ぜられると存ずるのでありますが、只今のところでは先程申上げた通りの見解で進んでおります。
○委員長(岡本愛祐君) 御質疑なり、御意見の御開陳をお願いいたします。
○吉川末次郎君 只今の陳情の提案者は岐阜の市長ですか。
○專門員(上原六郎君) 縣会議長です。
○吉川末次郎君 縣会議長ですか。尚陳情の趣旨としておりますことにつきましては、曾つて私がこの委員会の委員長をしておりましたときに、衆議院の坂東委員長と共に当局に呼ばれまして、そうして相当長時間の間お互いに相談いたしまして、第二國会でありましたか、一部のこれに関する地方自治法の改正をしたことがあるのであります。結論を申しますると、只今政府の説明員が代つて述べました政府側の意見が現段階においては妥当な見解であると私は考えるのであります。これを地方自治体、府縣の自由に委せて置くということは弊害があると思われるのでありまして、私は採択すべからざるものではないかと考えるのであります。
○委員長(岡本愛祐君) 只今吉川委員から不採択の御意見が出ましたが、不採択に決定することに御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○委員長(岡本愛祐君) それでは不採択に決定いたします。
 次は陳情第十七号、災害復旧費國庫補助に関する陳情、專門員から御説明を願います。
○專門員(上原六郎君) 陳情の第十七号は東京都議会議長石原永明外九名の提出であります。陳情の要旨は、地方公共團体は年々の災害のために復旧費は著しく多額に上り、この負担は地方財政に破局的打撃を與える実情にあるから被害の甚大な都縣に対して高率の國庫復助金を交付せられたいという陳情であります。関東一都九縣の議長会の決議であります。
○委員長(岡本愛祐君) 御意見お願いいたします。採択して如何でございましようか。
○吉川末次郎君 採択して政府に送付することに賛成いたします。
○委員長(岡本愛祐君) 採択して内閣に送付することを要するものと決定いたします。
 次は陳情第二十二号、地方財政法第十九條改正に関する陳情、專門員から御説明を願います。
○專門員(上原六郎君) 陳情の第二十二号は、鳥取縣議会議長の提出であります。その要旨は、地方財政の健全性を確保する目的で、本年七月制定せられた地方財政法は、國の施策においてその運営の適正を欠くため、地方財政を圧迫して、円滑なる運営を阻害しておるから、本法第十九條に「前二項の場合その支出が遅れた場合はその日数に應じ金利を附加して支出しなければならない」という一項を加えるように改正せられたいという陳情でございます。
○吉川末次郎君 政府の説明を聞かなくちや……、專門員の意見を聞こうじやありませんか。
○委員長(岡本愛祐君) では專門員の意見を一つ……。
○專門員(上原六郎君) 現在の地方財政法の第十九條にこういう規定があるのであります。「國の支出金は、その支出金を財源とする経費の支出時期に遅れないように、これを支出しなければならない。前項の規定は、地方公共團体の負担金等の國に対する支出金にこれを準用する。」、その國の支出金がいろいろ府縣、市町村に行く場合に遅れて來るために府縣なり、市町村がその間、一時外から金を借りて立替えて置かなければならないというような場合があるから、國の支出が遅れたならば國は利子を付けて出すようにして貰いたい、こういう陳情であります。これは地方財政法を審議いたしましたこの委員会で公聽会を開きました時にも、たしか鈴木武雄氏であつたと思うのですが、國が利子を付けるような制度を考えなければいかんじやないかというような意見も述べられたように記憶いたしております。陳情の趣旨は、國の支出金が非常に遅れるような現状では尢もな点があると思うのですが、併しこういう制度を置きますというと、今度は公共團体の方から國の方に納める場合にでもやはり遅れた場合に利子を付けて納めなければならないというようなことも考えなければならないと思います。
○吉川末次郎君 今の陳情は、各地方府縣を実地調査に参りました場合に到るところで受けました地方自治体の要求なのでありますが、法律にそうしたことを規定するということについては影響するところが大きいかと思われるんですがね、やはり政府の言うことを一應聞いて、法律で決めることは少しどうかと思います。
○委員長(岡本愛祐君) 今政府委員が参りますから、一應留保いたして置きまして次に移りましよう。
 次に請願第四十七号、地方税法第七條の改正に関する請願、專門員の説明を願います。
○專門員(上原六郎君) 第四十七号の請願は、宮崎縣の縣会議長の提出でありまして、議員竹下豐次君の紹介でございます。
 請願の要旨は、地方税法第七條によると、二つ以上の府縣に事務所を有して事業を経営するものに対する事業税の賦課決定は、主たる事務所の所在地の府縣知事が決定することになつているが、他地方における事業の所得額が明確に調査できず、賦課の決定或いは、異議申立等の手続が繁雜で、收税、納税の事務の遅延を來たしているから、これが運用改善のため適正な改正を考慮せられたいという請願でございます。
 もう少し詳しく申上げます。地方税法第七條によりますと、「二以上の道府縣において事業所を設けて事業をなす者に賦課する事業税の賦課標準たるべき所得金額の総額は、主たる事務所の所在地の道府縣知事が、これを決定しなければならない。」という規定がございます。然るに道府縣の普通税、独立税たるこの事業税が、地方税として移讓される前にこれを國税、営業税として賦課徴收していた際には、國は直轄機関たる税務署を持つておりまして、この税務官署が各都道府縣に漏れなく設置してあるために、二以上の事業所なり営業所がたとえ道府縣を別にしていても各地に設置されてあつても、事務上相互の緊密なる連絡があつて、その所得総額が正確に調査することができて、比較的逋税の余地がなかつたのでありますが、現在道府縣相互の間には税務に関する事務連絡については地方税法の規定には何ら適切な措置が講ぜられないばかりか、事実主たる事業所々在地の道府縣を除く他の府縣は、その事業所得に対する自主的独自の調査すらなし得る権能が付與されていないから、結局主たる事業所、即ち本店における所得損益勘定を基礎として決定された賦課標準額が、その所在地の知事からの通知によつて他の道府縣ではそれぞれ所定の賦課徴收をする以外には方法はないという極めて消極的な地位にある、從つて一、主たる事業所の所在地の道府縣知事は、その他の府縣における支店若しくは出張所の所得に関する調査にまで触れることなくして決定する所得総額が果して正確であるかということが分らない。第二として、主たる事業所々在の道府縣の知事はその他の府縣における支店若しくは出張所の所得調査をなし能わざる現状から、却つて巧妙なる事業税逋税の弊を生ぜしめる憂いはないか。第三は、地方税法第七條第四項による異議申立の場合においても、主たる事業所々在地の道府縣以外のものは、異議の根拠確証を掴み得る調査の権能がない、事実又これをなすに相当の困難がある。第四には、殊に主たる事業所々在地の道府縣知事からの課税標準たる所得額通知は、常に二、三年遅れて初めてその他の府縣はこれを受けるという現状にあるために事実上賦課調定及び徴收において著しく遅延を生じて、延いて歳入予算の適正を確保することができない。第五には、主たる事業所は多くは中央の大消費地たる大府縣に置き、その支店若しくは出張所は專ら資源未開発の地方の縣に設けているのが常能であるから、事業そのものの主たる根拠乃至は生産の主体は、むしろ支店、出張所の所在の縣にあるに過ぎない、これらの生産成果の販賣処理の当る本店所在地の府縣をして、課税の主導権を握らせることは種々の矛盾があるということ。第六に、かかる矛盾から專ら生産資源を供給しつつある地方の未開発縣は、財政上正当なる收入の確保を図る課税上の自主性を欠きますます窮乏を告ぐる状態にあるばかりでなく、近來各種民間事業の法人化が顯著であると共に、これらの事業が、中央と地方との本店若しくは出張所等の関係において経営されるものがいよいよ増加する情勢にあることは、一層地方財政に重大なる打撃を加えるものである。
 以上述べた通り、事業税の賦課徴收に関して、地方の縣財政上露呈せる不合理な矛盾を是正し、地方財政の自主的確立を期するため、この際現行地方税法において是非とも改正を仰ぎたい主要の点を掲げるならば、まず第一に「主たる事業所」と否との区別を全然撤廃して、すべて事業は表面本店支店若しくは出張所等の如何に拘わらず、その道府縣にある事業所の所得に対して、直接その所在地府縣知事において、これに課税をし得るように改めて貰いたい、第二に、若しかかる課税方法を採るとき、支店若しくは出張所等における課税標準たるべき所得額は、結局本店の販賣処理後の損益勘定が明らかになつた上でなければ、正当の所得額の算定が不可能であるとする議論が生ずるかも知れないが、少くとも販賣價格の基礎たる生産コストの中には、生産原料その他の資材代金や労働賃金等が含まれる関係上、その勘定は例年一應赤字的、支出であつても、販賣処理後には必ず回收される性質のものであるから、これを事前收入と認め、課税上当然所得とみなすべきであること、第三に、從つて本店所在地の道府縣においては、支店出張所等の資本勘定を差引いた販賣処理による純益金を以て、その所得額として課税すべきである。これらの諸点にあるが、かかる改正を加えることによつて納税者に何らの影響をも生ずるものではなく、却つてかく改正をすることが、地方の縣における実際的特殊事情に合致した合理的地方財政の確立を期し得る所以である。まして地方に設けられている支店出張所等の一体的関係にあるもののごとく僞装されておるものも少くないので、現行地方税法においては事実と副わぬものがあり、ために課税に不合理を生じ、その浦脱を容易ならしめていることも又少くないと信ずる。よつてこの際速かに十分の御銓議を仰ぎたい、こういうのが陳情の全文でございます。この問題は非常に廣汎な区域に亘つて事業をやつております場合に、本店所在地の府縣が、その会社の全体の事業の收支を調べまして、そうして各関係府縣の税の取り分を決める制度になつておりますために、非常に関係府縣の取り分を決める決定が、実際に遅れておるのが現状であります。甚しいのは三年経つても五年経つても、関係府縣の取り分は決まらないでおる。そのためにその工場とか事業所を持つております府縣では、收入が遅れて困るというのが、この陳情の起きた一つの原因だと思います。現在の地方税法では、遅れた場合に、何年以内に決定しなければならんというような制限がないために遅れるわけなんでありますが、これらの点につきましては十分この陳情の趣旨を檢討いたしまして、何らか税法の適切な改正を加えることも必要であろうかと考えております。
○委員長(岡本愛祐君) 御意見をお述べを願います。
○吉川末次郎君 只今の問題は、全く上原專門員が述べました意見に私も同感でありまして、今陳情の内容として具体的ないろいろな改正事項を挙げておりますが、その通りに改正するのがいいかどうかということにつきましては、種々研究檢討の余地があるものと思いますが、一應多分の合理性を持つておる陳情であると思いますので、採択して内閣に送付することがいいのじやないかと考えられます。
○委員長(岡本愛祐君) 只今吉川委員から採択をして内閣に送付を要するものと決定した方がいいじやないかという御意見が出ました、御異議ございませんか。
○柏木庫治君 今の現にやつておることは、本店自らが各府縣にある支店を本店だけで調査するのでしようか。又は例えば東京に本店があつて岐阜縣に工場がある、そうすると、その岐阜縣の收入というようなもののどれくらいあるということを調べるのは、岐阜の税務署がそれに参加するのか参加していないのかというようなことを、ちよつと聽きたいのですがね。
○專門員(上原六郎君) これは國営でありませんから潔務署は関係していないのです。地方税でございますから。ですから本店の所在地で全部関係府縣の事業場の所在の資料を集めて、そうして岐阜なら岐阜で大部分働いておる工場ならば、本店が二割で岐阜が八割、或いは東北にも工場があれば、東北に何割というように分け方を計算するのです。その計算するのは本店の所在地たる東京がやるのであります。ところがそういうような事業が東京とか大阪に非常に多いわけです、本店があつて、地方に事業場をずつと持つておる、ですから東京とか大阪のような本店のある所は、そういう事件が山のように溜るのです。それがいつまでに決めるという制限がないために非常に遅れるのが今までの通例なんです。そこに各府縣に一つ一つ工場のある地方が、非常な悩みがあるというのはそこにあるのです。
○柏木庫治君 それを採択して政府に送るのは私賛成でありますが、これは活きた問題として、余程愼重に考えて上げなければならんと思うのであります。政府が非常に誠意を以てそれに参画すれば結構でありますけれども、聽き置くというようなことであつたならば、やはり地方の困るのは同じじやないかと考えますので、どうでしようか、こちらの希望と言いますか、條件と言いいますか、少くとも本年のものは、その時から二ヶ年なら二ヶ年以内に出せというようなことを附け加えなくても効力に差支ないでしようか。これは吉川委員に一つお尋ねしたい。
○吉川末次郎君 先程申しましたように、その具体的に方法については、相当研究考慮の余地があるのではないかと思います。それで私といたしましては、その請願を採択いたしまして政府に送付いたしますと同時に、政府当局にもその具体化のための最も妥当な方法を研究実現化するように努力すると同時に、我々委員会におきましても專門員を中心といたしまして、何らかの具体的な方法、更に違つた形において実現化する方法を考慮するというようなことを考える必要があるのではないかと思います。
○委員長(岡本愛祐君) 只今柏木委員及び吉川委員から御意見が出ました。それでこの請願は採択いたしまして政府に送付を要するものと決定いたしまして、政府に送付するに当りまして、二年なり三年なりの期間の中に処理するのを適当と認めるというような意見を付けて送付するということにいたしたらどうでございましよう。
 尚この問題はなかなか重要な問題でありますから、当委員会においても研究をいたしまして、政府が改正をいたしますに当り、又は改正しなければ当委員会から改正案を出すように研究することにいたすというようなことにいたしたいと思います。御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○委員長(岡本愛祐君) さよう決定いたします。政府委員が到頭参りませんから、一つは留保になつておりますが、これで休憩いたしまして、午後一時から再開いたします。午後一時に舞鶴市の自治体警察の警察局長がこの委員会に出席いたしましてシベリヤから引揚げて参りました引揚者の間に暴行事件が起りました。それを取調べるに当りまして、ソヴィエトにおける引揚者の取扱その他のこと、或いはこの暴行事件というものの眞相、そういうものについて聽取いたしたいと思います。御出席をお願いいたします。それではこれで休憩いたします。
   午前十一時五十三分休憩
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   午後一時二十七分開会
○委員長(岡本愛祐君) これより委員会を再開いたします。会議に付しまする事件は、公報では「警察に関する件」となつておりますが、ソ連から引揚げて來る引揚者に対します舞鶴におきまして私刑事件が起りました。そのことは國家地方警察本部から報告を取寄せまして、お手許にその写しをお廻しいたしてございます。丁度舞鶴市の警察局長が上京せられまして、その事件について取締、処理をせられたのでありますから、その状況を聽取いたしたいと存じます。尚取調に当りまして、ソ連においてこちらの引揚者、居留民、そういう者に対してどういう取扱をしておるということが分つたか、そういうことについても御報告を願いたいと思います。それではこれから説明を聴取いたします。宮田舞鶴市警察局長。
○説明員(宮田契全君) 失礼いたします。自治体の舞鶴市警察局長の宮田契全でございます。
 引揚者の舞鶴上陸再開は、本年の五月六日に明優丸が入りましたのを最初といたしまして、本年の十二月の四日に入りましたのを最後といたしまして、全部で舞鶴へ入りました船が九十四船でございます。この九十四船の中で八十六船はナホトカから出港いたしまして、残りの八船は大連或いは胡蘆島その他から入つたものでございます。ナホトカから入りました引揚者の総数が十七万四百八十四名、その他から入りましたのが九千四百八十四名でございまして、合計で十七万九千九百六十八名ということになつております。主としてソ連領から帰りまする者はナホトカを中心として帰るわけでございまして、向うのおりましたキャンプの地域はいろいろでございますが、最近帰つて参りますのはモスコー方面が主たるものでございます。五月の当初から十月の初めまでの間に帰ります船は、一つの船が大体二千人を標準として帰つておりまして、ときに二千五人、二千八人或いは一千九百人という差がありますが、大体二千人、十月の差がありますが、大体二千人、十月の中旬に至りましては集結が惡いということを口実といたしまして一千五百名、十一月の一日二日に入りました船に至りましては、俄かに殖やしまして大体三千名、惠山丸は三千名引揚げて帰つておるわけでありまして、平均をいたしますと大体二千名というわけになつております。月平均帰つて参りましたのを合せますと、約二万五千名舞鶴へソ連領から引揚げて参つております。最初これらの人々は、この五月の六日に帰つた船なんかの状況を調べて見ますと、昨年の九月にナホトカ港へ到着をしながら、これはまだ本当の民主化していないというようなことを口実にいたしまして四回も往復させられた例があります。こちらに帰る前にソ連におきまして十分に民主化運動に参加し、又それを了解をしたということにならなければ殆んど帰して貰つていないという状況でありまして、帰つて來る人々は、殆んど一應は向うの民主化運動に同調したという状態でなければ帰れない、その人々を帰すということになつております。本年の十月の初旬頃まで帰ります人々は非常に穏健でありまして、日本へ早く引揚げたいということが主たる眼目である、それがためには一時ソ連のいわれるように民主化をしなければならないという、極端にいえば仮装民主化をして、そうし向うの指導者の指揮に從い、或いはその指導者が日本人の若い一年志願兵とか、或いは上等兵くらいの若い人を使つて民主化運動を指導をさせておりますが、その人々の指導に從つて一應民主化したということで帰つて來まして、非常に穏健でありました。舞鶴の援護局へ上陸をいたしましたならば、日本の國旗が立つていないということで非常に憤慨し、又慨歎をしておるような人ばかりでありまして、帰れば非常に私達はソ連において言われたのと、ここで見たのとはえらい大違いである。ソ連では四百円の金を貰つてそれでお前達は追つ拂われる。お前らは上陸したら専ら強盗をするか乞食をするか外仕方がないのだということを言われたが、ところが帰つて來て見れば、こうして畳の上で熱い味噌汁を頂いてお土産にいろいろな、大体二十四品目ばかり渡されると思いますが、こういう沢山の品物を貰つてそうして帰るということは夢のようだ。署長さんこれは本当ですかというふうなことをいうぐらい感激をして帰つておるわけでございます。併しその半面におきまして、向うで通訳とか或いは民主指導者とかという人々が非常な圧制をやるわけでありまして、お前はまだ民主化していないという理由でもう一回重労働に服させたり、奧地にやつたり、炭坑にやつたりする、それらは殆んど日本人であるところの共産主義の指導者の一言半句によつて自分達が早く帰れるか遅くなるかということが決められるのであります。從いまして帰つて來れば、やれやれ日本に帰つて來たという瞬間におきまして、向うで苟められた、その不満が非常に露骨に爆発する氣配があつたのであります。これを何とかしてやわらげるということが主として援護局の仕事でありまして、帰つて來れば援護局は直ぐに放送設備を利用いたしまして、折角皆さんお帰りになつたのだから一つどなたも御機嫌よく帰つて貰うようにやりましようということを喧しく放送いたします。それでも引揚げて参りますと大抵一件や二件ぐらいの程度のいざこざがございます。併し兇器を持つたり、或いは石を持つて何かをやるということはありませんが、皆が寄つてたかつて一人の人、或いは少数の人を取囲んで詰問する、ときには横面に行く程度でありましたが、これらの小さな事件につきましてはこれは警察でどうしろ、或いは説論で済ませろとか、指示がございまして、それによつて拠置をして参つたわけでございます。本年の十一月先程申されましたリンチの事件でございますが、十一月一日には、英彦丸で三千名帰つております。それから十一月二日惠山丸で二千八百二十七人帰つております。それから同日高砂丸で二千九百名合計八千七百二十七名を二日間に収容いたしました。舞鶴の援護局の施設は大体一万人は入れ得るわけでございまして、四つの大きな寮がございます。これは舞鶴の第二海兵團がおつたところでありまして、全部の面績は十五万坪余りありまして、非常に廣いところでございます。一つの寮に二千五百人は入れられます。それが八千七百二十七人帰つて來て、一部三百名余りは國立病院に入られたわけでありますが、それにしても今までは四船集りましても八千名でありましたのが、今度は二船で八千四百名という数字を出したわけでございまして、從いまして今まで配置しておりました警察吏員は、大体船が一船の場合におきましては十四、五人、二船になりますと二十五人、三船で三十何名というふうに、船が増す度に署員を増加して参つたのでございますが、この日は大体平素の予定通り警部補以下十五名が現場におつたわけであります。一日には大した事故はございませんでしたが、二日に惠山丸、高砂丸というのが入りまして、一遍に約六千名も殖えたわけでございまして、それらの帰つて來た人々は主としてモスコーを中心にして帰つて來たという人であり、又この船で一緒に還つた者は向うで何と言いますかアクチーフという言葉を使つておりますが、通訳とか指導者とかいう立場にある人が非常に沢山それで還つて來たわけでございます。一日に還りました英彦丸というのはこれは第二寮に入れております。一寮から五寮までございまして、一寮の方は援護局の職員の事務の方が使つておりまして、二寮に英彦丸を入れて、そうして三寮と四寮と五寮の一部に二日に還つた駝山丸と高砂丸の引揚者を入れたのでございます。英彦丸におきましては大して事故はなかつた、ただ英彦丸で還つた、一日先に還つた者が、後から還つて來る高砂丸と駝山丸には俺達を虐したアクチーフが沢山いる、あれに一つ報復しようじやないかというふうの考え方を非常に沢山持つておつたようでございます。その件は私の方では不幸にして察知できなかつたわけでございます。英彦丸で還つた人々が駝山丸や高砂丸の人々に報復しようという観念を持つておるということは分らなかつたのでございます。それが大体援護局に入りましたのが、午後七時から七時半頃までに各々寮に入ります。到着いたしまして、上陸をいたしまして、三時間か三時間半掛からないと寮には入れません。身体檢査とか或いは消毒とか、或いは関税の檢査とかいろいろなことをやりまして、三時間乃室三時間半後に入る、從つて大体援護局の寮に落着いたのが七時から七時半頃までの間でございます。彼等は入りましたら直ぐ何をしたかと申しますと、飯を食わないでもよろしい、畳にも坐らなくてもよろしい、あのソ連において虐められた仇を討とうじやないかという相談をしたわけでございます。そうして第一、二寮には誰が還つておる、第三寮には誰が還つておるというようなことであつたようでございまして、この辺の消息は実際には分らないのであります。で、二十人、三十人、五十人、百人という者が、一人が一つやろうじやないかと言えば、よし、やろうというわけで、一遍に隣の寮の四寮、五寮に押掛けて、二寮から四、五寮に押掛けまして、そこで誰を出せというのじやなしに、自分が顔を覚えておりますものでありますから、そこへ行つて、やにわに手でうつたわけであります。こけたところを足で蹴る、殴つたのと蹴つたのでありまして、大して兇器は何も持つておりません。それが始まつたのが大体七時頃から七時半頃まででありまして、丁度七時半頃になりまして、援護局と警察本部との間は約二キロ程離れておりますが、援護局の方からの派遣の警察吏員から、どうも状況が急迫しておるから、武装警官を二十名早く送つて呉れという通知が参りました。それを私が直接電話を受けまして直ぐに手配をいたしまして、署で在署員を寄せました。そのときに在署員で集つておる者が十名ございまして、私と谷という警部と、外に八人廻査を乘せまして自動車で直ぐ向うに参りました。第二遍目には消防車をいろいろな積込品を下ろしましてそれで二十名送りました。それから後から非番員を召集しまして、二十数名を遣りまして、大体三回で四十名余りの増員をしたわけでございます。私が向うへ到着いたしましたのは七時五十分、八時近くでございました。その時にはすでに暴行行爲は終つておりまして、ただ四寮と五寮の各部屋におきまして、向うでいろいろな指導者をしておつた者を掴えまして、一人、二人、三人という者を立たせまして、そうしてお前のソ連でやつたあの行爲はどうだ、この行爲はどうだということで詰問をしている最中であつたのであります。暴行を加えるじやなし一應詰問をしているのだから、少し二、三分間私達は見ておつたのでございます。それから部下を四、五名連れまして各部屋を廻つて、日本の民主主義は法律に從うことが民主主義である、ソ連の民主主義はあなた方はどういうふうに解釈しているか分らないが、日本の民主主義は日本の法律に從うことが日本の民主主義である、日本には法律があつて、自分で勝手に暴力を加えたり、或いは皆さん方大勢の力で少数の人々を詰問してやるということは、場合によつては脅迫罪の罪を構成する、折角遠い所からお帰りになつて、そうしてここで罪を受けて帰るということは、お互いに皆家族が待つているのだし、機嫌よく帰れということが必要なので、そういうことは止めましようということで待つたわけでございます。それが約三十分程掛かつております。一應それじや署長さんどうしますかと言いますから、一人々々の理論闘争なら御勝手だから幾らでもおやりなさい、併し一人の人を大勢の人が取り囲んで詰問するということは、これは脅迫罪になる虞れがあるから止めなさいということで止めさせた。それでも、あちらこちらに署長さん、私達は罪に掛かつても、殺されてもいいのだ、ソ連にいる時にやられたその報復ができれば、私は実際殺されてもいいのだというくらいな氣魄を現わす人も中にはあつたのでございます。併しそれをまあまあそんなことを言わずにということで抑えまして、私達が参りましてからは幸にして暴行行爲は少しもなかつたのでございます。その人達を喧ましく宥めまして、晩御飯を食べ終つたのが十一時半でございます。飯も要らない、何も要らない、とにかくこの間の仇を討ちたいということでありまして、いろいろあちらこちらで議論をやつております。あれだけの廣いところで五十五人の巡査を連れて参りましても、とてもそれは目も行党きませんし、あちらこちらで争論はやはり続けておつたのでございますが、併し暴行行爲を受けたという党出も事実決してないわけでありまして、それはなかつたのでございます。落著いて食事を済ませたのが十一時半頃でございまして、それから以後は段々と落著きまして、全部落著いて寝てしまつたのが一時少し過ぎだと思います。それまで私達は一應帰りましたということで警備員四十八名でありましたか、警備負を残しまして私達は帰つて参りました。私達が最初八時に行つたときに殴られたということで負傷をして担架で運ばなければならないという者が四人ございまして、この四人は担架に乘せて國立病院へその日のうちに入院をさせたわけでございます。それは主として医者の診断では骨折という診断が出ており、実際は医者の診断が或いは過大であつたのではないかと思うのでありまするが、重い者の診断が二ケ月ということになつておりました。後から軽い僅かの負傷をしている擦過傷を受け、打撲傷を受けておるというような者は援護局内に檢疫病院というのがございますので、そこへ入れまして治療をさせました。後からこれは入院したがよかろうということで病院へ送りまして、合計で入院した者が九名で、九名を二回程に分けて入院をさせたのであります。それから十七名は大した怪我もないが、ちよつと殴られた、併しまだ襲われる虞れがあるから何とか保護をして貰いたいということで、これは一般職員がおります方の第一寮へ十七人だけ隔離いたしました。それで十七人と九人ですから二十六人、は、そうして処置をしたし、残りの十三人というものは一日或いは二日間の問を檢疫病院へ入れて、そして少しずつ治療をさせて、それで終つたわけでございます。第一寮の方へ保護するということで、部屋へ入れておりました者は、その後十一月の八日までの間に各々帰る府縣に帰しておりますが、大体帰るのは、入つた日から数えまして四日目に汽車で送り返えすのが普通でありますが、この日は途中に文化の日が挟まりましたのと、一遍に沢山帰りましたので、LSの方の調査が遅れましたので、遅い者は八日目に帰つております。そうして入院をした者と入寮をしておりました者のうちの初めに入院さした四人、後から入院さした五人を除いた外の者は、外の者と同じように帰つたわけでございます。で九人だけ舞鶴の國立病院へ入れまして、その舞鶴の國立病院へ入れました九名につきましても、医者の診断は二ケ月と書いておりましたが、事実は十一月の十九日に皆全快をしたという医者の証明を持ちまして、各々その本籍地へ帰つたわけでございます。その九名という者は、三重縣、宮崎縣、東京、北海道、福岡、仙台、熊本というふうになつておりまして、東京都へ二名、宮崎縣へ二人、その他は三重、北海道、福岡、仙台、熊本は各々一人ずつ該当者がございまして、十一日に機嫌よく帰つております。で、共産党の関係の新聞の「アカハタ」というのに非常に大きくこの事件を採上げまして、帰る船の中ではめられて死んだ者が二人あるとか、或いは援護局でリンチを受けて死んだ者が二人であるとかいうふうなことをいわれているようでありますし、現にここでは相当多数が梅へはめられたことは事実だということを十一月の十七日の新聞に記載をしておりまするが、これは引揚船の船長がマックアーサー司令部の委任状を持つて、その代理人としてナホトカ港へ参りまして、ナホトカ港では、ソ連の官憲も人員を勘定して受取つて帰つておりまして、その勘定の通りに援護局へ渡し、援護局は受取つたその通りに割当をして府縣の單位により帰しておりますので、人員が減つたとか、或いは海へはめられたとか、死んだとかいうことは、これは全くのデマでございまして、そういう事実は私の方も、進駐軍も全然関知していない、知らない事実でございまして、恐らくは、これは虚僞であろうと思うのでございます。それからこの事件の起りまするということの原因につきましては、いろいろ先程申上げましたようにございますが、必ずしも共産党の諸君の言われるように赤と白の対立、反動分子と共産分子の対立というふうのものでございません。ただソ連にいる時にいじめられた者がその報復をしたに過ぎないのでありまして、不幸にしてソ連において在外同胞、軍人をいじめた者に共産党の分子が多かつたという事実があつたのみでありまして、これは思想的な関係ということよりも事実に基いたところの一つの報復手段であつた、私はかように考えております。その証拠には、一例を挙げますと、先きに申上げました被害者の中で事件を捜査いたしまして、四人だけを捜査をいたしまして、被疑者を掴えまして聴取も済まして、十一月六日から十一月八日までの間に舞鶴の檢察廳に送つております。それらの被疑者の中、大友高雄というのがございます。この大友なんかは何もそういう暴力行僞をやろうという意思はなかつたのでございます。なかつたのだけれども、被害者に奧野勵というのがおりまして、それが私は帰つて來て、そうしてどうもソ連において済まんことをしたと思う、といいますのは、向うで通訳をしておつたのであります。通訳は日本において日本人が進駐軍の通訳をしているのとは全然趣きを異にしておりまして、ソ連において通訳をしておりますのは労務の配置から食糧の給與から、すべて通訳が権限を持つておつたわけでございます。從いましてその奧野が非常に苛酷な取扱をして來た、私は日本に帰れば当然報復を受けるものだということを覚悟をしておつたのであります。ところが不幸にして奧野に対しては誰も暴力行爲を加えなかつたのであります。そこで奧野がどうも済まん、こういうことでは氣が済まんから一つ殴つて呉れということで、自分は階下におりまして階上に住んでいるところの大友高雄、これは兵長でございますが、その大友高雄のところに殴つて呉れといつて横つ面を持つて行つております。大友高雄はどうなるかというので一應状況を見ておつたところ、喧ましく殴つて呉れというので、それじやお前の氣が済むようにと二つ横つ面を殴つたのであります。もう一つは軍医でございまして、向うで軍医の仕事をしておつて、実際は軍医でなく薬剤官でございますが、神戸の廣瀬という人でございます。その人がおりまして、それはどうかといいますと、向うで治療の方法を間違いまして、三、四人の助かるべき人を助け損なつた、而も助け損なつて死んだ人の遺骸とか遺品とか遺骨ということについて何ら考慮を拂わなかつた。貴様怪しからんということで、非常なリンチは受けておりませんが、糾問を受けまして、その糾問を受けるのが辛さに、援護局から逃げたのであります。姿を隠して逃げて、そうしてその明くる日に舞鶴の駅で午後一時頃切符を買つているところを掴まえて帰つたような事件もございまして、必ずしも赤と白との対立じやない、向うでいじめたり取扱の惡かつた人に対するその恨みが重なつているという事実は、私はこの二つを以て考えることができる、かように存じております。その他はやはり向うで長くおればおる程苦労が積んでおりまするから、從つてそれだけの恨みが尚重なつて來るということ、それから一日二日に帰りましたその人々の中にソ連でやはり民主指導者とか或いは青年行動隊員とかいうふうの仕事をしておつた人が非常に沢山おります。今度リンチを受けました者では、何も向うでそういう仕事をしていなかつたという者は数名に過ぎないのでございまして、殆んどは青年行動隊とか民主指導者とかいうような者でございまして、中にはモスコーの政治学校を卒業をして、政治学校と申しましても六ケ月でありまするが、そうして主たる指導者をやつておつたという人が非常に沢山ございます。それらの人々に対する恨みが重なつたということ、それから共産教育は、田舎の方ではやはり発達をしていない、モスコー周辺部を中心にした所で非常に力を入れてやられておる、不幸にしてこの十一月一日、二日に帰つた人は、モスコー周辺におつた人たちで、非常に政治教育を苛酷に受けておるという人たちでありまして、その反動が非常に大きかつたと、かように考えております。大体リンチの問題につきましては以上の通りでございまして、何か御不審の点がございましたら申上げることにいたします。
○柏木庫治君 私は少し遅れて参つたのでありますが、捜査の結果、加害者六名を檢挙し、五名を傷害罪として、一名を暴行罪として、書類のみ送檢をした、こういうことが出ておりますが、今のお話を承りますと、本当に憧れの日本に帰つて、而も私共の想像のできない程疲れておる者が、御飯も食べたくない、罪になつてもよろしい、あの恨みを晴らさなければならないということ、そう叫ばなければならない人の立場に立つて見ましたときに、そんなに同じ戰友であつて一方を恨まなければならなかつたということは、どんなに一方が苛酷であつたか計り知れないものがあると思うのであります。そこで私のお尋ねいたしたいことは、例えば日本人同志が外國におりまして、私が或る一人の者に害を加えた、その二人が日本に帰つて参りましたときに、外國でやつたことであるから人をえらい目に会わせても罪を問わないというようなことではないのじやないかと思うのでありますが、日本に帰つて鉄挙を食わせた方は、檢挙もされ傷害罪とし、暴行罪として、書類を送檢されておるのでありますが、行動隊とか指導者であつて、俺は申訳ないことをしたとみずから言うておるような人のやつたことをお調べになつて、そうしてこれもやはり同じく、それが三百名であつても、百名であつても、一々調べて罪すべきものじやないか、私はこう思うのですが、日本に帰つて殴つた方は調べて檢挙しておりますが、向うで同じ日本人を酷い目に遭わせた者に対してあなたはどういう処置、お取調べをなさつたかということをお聞きしたい。
○説明員(宮田契全君) ソ連におきましての行動につきましては、不幸にして、被害者として、殴られたとか怪我をしたとかいう人につきましては、お前が殴られた原因はどうだということで概要を訊いておりまするが、その他の事項につきましては、向うでどういう生活をして、どういうことをしておつたかということにつきましては、地方の警察では直接調べる権能が認められていない、直接進駐軍のLSが調べまして、私の方で直接それにタッチすることは許されておりません。從いまして、こちらで暴行をやつたとかやられたとかいう関係者以外には直接調べてございませんので、詳細は不明でございます。
○委員長(岡本愛祐君) 外に御質疑ございませんか。
○島村軍次君 お話の筋合は大体分つたのでありますが、地方行政委員会の立場として考えまするときに、引揚それ自身の扱いという問題が、自治警察でおやりになつておるということのために、國家警察との間の権限と申しますか、そういう問題がはつきりせんのではないか、それが一つと、それからもう一つは、経費の点について、相当自治警察では、引揚の一般に関することは勿論のこと、こういう事件のために相当の、何といいますか、人員の点からいい、いわゆる警察の経費の支出の面が関連を持つと思うのであります。そういう問題について、只今の事件の御発表とは直接関係ないようでありますが、参考に局長としての私見でもよろしいが、お考えを聞いて置きたいと思います。
○説明員(宮田契全君) 幸いお尋ねを頂きましたので申上げます。舞鶴市の警察は、現在も二つでございますし、從前も二つ、西と東とございまして、自治体に切替える前は各々独立の権限を持つておつたわけでございますが、今は西も東も私の統轄下に入つております。現在は定員が二百三十二名でございまして、実員が二百二十五名おります。國家警察の時分には、舞鶴東警察署という地域に舞鶴引揚援護局がございまするから、東の警察がこれを担当するということになつておりました。併し当時の東の警察の定員が非常に少かつたわけでございまして、東と西と全部で百七十九名しかなくて、援護局の警備につきましては非常に人が沢山要りまするので、舞鶴の西、東の警察以外から、宮津、福知山、綾部というふうの所から、毎日十名内外の應援をとりまして、そうして舞鶴東署の巡査を十名と、その他の四署の巡査を交互に應援をいたさせまして、大体二十名乃至二十二、三名で警備をやつておつたのでございます。それが自治体になりまして、舞鶴市が全部を引受けて、この警備に現在当つておるわけであります。進駐軍の警備につきましては、進駐軍の労務者であるところの警備員というものがございまして、現在援護局にも四十名余がおりまするが、それは直接LSが使つておりまする建物とか、その附近の警戒をしておるのでございまして、一般引揚者の間のいろいろないざこざの取締とか、或いは盗難予防とかいうふうの仕事には全然從事していない、從いまして、引揚者の警備或いは盗難の予防、或いは管内の巡視、その地域内の巡視というふうのことは、こちらで、警察で、自治体の警察でやつているわけでございまして、所が舞鶴市は、終戰前までは、軍港として殆んど軍にたよつて生活をしております。又建物や土地の主なるもの、それは殆んど國有でございまして、税金を取る対象には何もないわけでございます。從いまして舞鶴市の財政というものは、非常に窮迫を告げておりまして、とても財政上行けない、今度新たに公務員の給與のベースが変りますにつきましては、非常に沢山の経費が要る、從つてこれでは舞鶴市はやつて行けない、今まで警察や消防を受け継ぐまでですら赤字であつたんだから、それが警察、消防を受け継いだために、非常な赤字を出し、從つてこれはこの赤字を除くのは、消防を全廃することと、警察吏員の数を減らすより外に方法がない、それで一つ局長さん、済まんけれども、警察吏員並びに警察職員を減らして貰いたい、現在警察職員を入れますと、二百六十名程になるのでございますが、警察吏員も、警察職員も含めて六十名余り整理して貰いたい、これを罷めさせて、警察吏員も警察職員も含めて大体二百名でやつて貰いたい、こういう申入れが舞鶴の市理事者から公安委員会宛にあつたのでございます。公安委員会では、どうもそれは怪しからん、併しそんなに困るなら一應相談しよう、署長は果してそれだけ、二十人、二十五人の警察吏員を減らして、治安を維持するところの自信があるかという問いでありましたが、私は、それは無理だ、現在私の方にいる巡査は、それは人口六百五十人に何ぼという割合で行きますと、非常に多くなつております。併しその多い分の中の二十名というものは常時援護局に出している、援護局の警備のために、わざわざ常時二十名の警察吏員を出しておつて、而もそれが舞鶴市の経費の負担の主なるものになつているのではないか、むしろ警察吏員を減らすよりも、この二十名に要するところの経費を國家で負担して貰うということが重要な問題じやないか、それは警察の仕事と違うんだ、警察は、私達は、與えられた治安維持の責任を盡せばいいのだ、市長さん、あなたは一つ努力して、その二十人の特別に國家の事務をやつている警察吏員の給料を、経費を、國家から貰う手をあなたがお打ちになるのがあなたの仕事じやないかということで、私は現在も不賛成でございまするし、又その申入れによつて、現在、人はまだ減らしていないのでございます。併し舞鶴市の現在の財政の実情といたしましては、私達もよく分つております。非常な赤字で困つておる、又興行税なんかを何か警察の経費のために移譲になつたということをいわれますが、舞鶴市に興行税の入る分は、年額僅かに千四百万円を見積られている程度でございます。月に大体百二十万円程度でございまして、三千七百円べース、三千九百円じやない、もう一つ前の二千九百二十円べースの際の舞鶴市の九ヶ月分の予算が千六百万円を少し超えます。大体千六百万円という程度でありまして、これでは二千九百二十円ベースでさえ賄えない費用でありまして、尚更倍以上の給料を出すということになりますれば、当然舞鶴市は吏員を減らすか、金を貰える方法を講ぜなければいけないという状態であります。隣の國家地方警察の管内にありますところの市町村というものは譬えて申しますならば、税率が百であるにも拘わらず、自治体警察を持つているところの市町村の住民は、百二十なり百五十なりの税金を出さなければならん、こんな不合理なことはない、こういうふうに申すのでございます。舞鶴市は、何か許されている範囲の最高の税金を取つているということでございまして、これ以上には新らしい何か税目を見附けなければ取れないのじやないか、從つて借入金をするとか何とかして行くより外は方法がないというような状態になつておりますし、私が今度こちらへ参りましたのも、やはり國費から出して頂けばいいし、國費から出して頂けなければ、警察吏員の給料、その先程申しました二十名を、せめて進駐軍の労務者とししてでも、何んとかして舞鶴市へお金のお下げ渡しを願いたい、そうして警察経費にそれを当てるならば、舞鶴市に入れば、それで警察吏員の現在の定員を持続して行ける一つの道じやないかということを考えまして、先程もGHQの公安課の方へその旨を陳情に行つて、只今帰つて参つたような次第であります。特別のこういう仕事をやつておりますのは、凾函と舞鶴と二ヶ所であるようでありまして、佐世保にもございますが、佐世保の上陸地域は、何か國家警察の範囲に属する地域だということを聞いております。從つてこういう問題は起きないのではないかと思います。舞鶴と函館に限つてこういう特殊な問題が起り得るということでございます。
○委員長(岡本愛祐君) 外に御質問ございませんか。
○柏木庫治君 少し、しつこいようでありますが、今署長さんが、向うでの問題は私の問題でないと、それは私の管轄では許されないのだということでありますが、併し傷害罪として訴えられるまで残念に思つているということは、どこでやつても、その人自体としては並ならない罪になつてもよいんだ、飯は食わなくてもいいんだという程痛められている、この事実だけは、書類の上に本人から十人にお聽き取りを頂いてですね、私は殴つた者と殴られた者でありますが、殴つた方をなぜ殴つたかといえば、以前にそれに数十倍の苦痛を與えられている、欝憤を晴らすといつても、実にそれは一部である、その一部は、その問題が日本とソ連と、所が違つておつただけで、一方は何ら罪せられることなく、日本でやつた者だけが罪せられるというふうに、同じ日本人同志でありながら、そこには確かに私は、それを捜査するとかいうようなことは、管轄が違いましようけれども、何かの名目において、それを無理ないんだといわれるような事実だけは、書類に明かにして上げて頂きたいと思うのであります。これは一つ。もう一つ署長さんが研究をなすつて、一個の人間が、その人間の通つて來た在り方だけは、送檢するからにはやはりその方も十分に考えられたいということに特に一つ御留意願いたいと思います。私の希望として申上げておきます。
○説明員(宮田契全君) 被害者の……殴られた者が被害者でございますが、その被害者につきましてはどういう理由で殴られたのかということをよく事情を聽きまして、その聽き取りを付けて、暴行を加えた人の聽き取りを付けまして、警察として独自の意見を附しまして檢察廳の方へ送つております。その意見に基きまして主として檢察廳が又お考えを願うことでございますので、被害者も被疑者も両方の情状は詳しく取りまして送つてございます。それから今度の被疑者を四人檢挙したというその四人には殴つた人の分が付けてある、それから被疑者が檢挙されない者で殴られた者があるという分につきましては、聽取りを作つて私の方で保管をしております。
○柏木庫治君 被害者というのは叩かれた方を言うのですね。
○説明員(宮田契全君) はあ、こちらで叩かれた者、向うでいじめた方の人ですね、
○柏木庫治君 私は本当の意味の被害者はその叩いた方が本当の被害者……。
○説明員(宮田契全君) そうでございます。
○柏木庫治君 だからそこを非常に公平に明らかにされたいということを特に強調するのであります。
○委員長(岡本愛祐君) 針谷豊治外五円、それが加害者高橋利夫外三十八名、これが被害者というふうに國家地方警察本部から報告が來ております。それでこの事件をお取調べになつて、加害者の方、被害者の方からいろいろ聽取りをせられて、ソ連におけるこういう恨みのできるような取扱振りはどんなであるかということが、大体あなたの方にお分りになつておると思います。それをもう少し詳しくここで御説明願いたい、つまり加害者、被害者を通じて、ソ連でこういう針谷豊治なんかの加害者がどういう取扱を受けておるのか、こういうことが大体お分りだろうと思います。その状況を、被害者、加害者を取調べられるに当つて、あなたの方で大体概念はできて來たでしようと思います。それを一つ報告願いたいと思います。
○説明員(宮田契全君) 一應の抽象的なと申しますか、誰も同じ待遇を受けておるという惡さの程度は調べておるわけでございますが、被害者と被疑者の間にどういうことがあつたということは分つておりません。例えば向うにおる間に通訳の一言によつて俺は食糧を減らされたのだとか。或いは仕事をしないからということで、今まで森林伐採をやつておつた者が奧地の炭鉱へやられたとか、或いは今日のノルマが上らなかつた、今日の與えられただけの仕事の能率が上らなかつたということで、帰つて來て、直ちに食糧を減らされたとか、或いは時によりましては、この民主グループとしての指導に從わなかつたということで引つ括つて木にぶら下げたとか。そういういろいろなことがある、私はあの針谷にやられたのじやないけれども、併しあの針谷が民主グループの指導者をしておつて、民主グループをやつておる奴は皆そういうことをやつているんだから憎らしいのだ、從つて彼らには報復したいのだ、こういうのが帰つて來る人の皆の氣持でございます。
○委員長(岡本愛祐君) 一般的状況……。
○説明員(宮田契全君) 一般的状況をいつておるのでございます。あの男に昨日やられたとか、ソ連におつたときにやられたのじやない、外におつたときにやられたのだけれども、あいつは民主グループの指導者で惡い奴に違いないから皆のためにやろうじやないかということであつて、不幸にして今申しました被害者じやない被疑者、やつた人は大勢寄つてやつたのだけれども、五人も八人も十人も二十人も寄つてやつたのだけれども、一人の人がやつたことが分つて、あいつがやりましたという顏は覚えているから掴まえたので、外のやつた者は分つていないという状況でありまして、これはとにかく向うで通訳をしたり、民主グループの指導者をしておつた奴が、腹が立つというのが一般的概況でございます。
○委員長(岡本愛祐君) 私のお尋ねしますのは、一般的にいつて、個々の問題じやなくて一般的にいつてどういう取扱を受けているかということがお分りになつておるかということです。引揚者に対して向うの取扱が……。
○説明員(宮田契全君) 申上げます。それはソ連におきましていろいろ作業をやりましたりなんかして、段々一定の時間に作業をやらせ、作業が終りまして帰つて來ましたならば、一生懸命に民主教育の指導者が民主教育をやるわけでございます。日本の現在の状況はどうだとか、お前達は帰つても仕事がないから、それで日本で革命と申しますか、日本のやり替えをやらなければならん、それがためにはお前達がソ連で十分勉強をして、その趣旨に合うようにして行かなければならんということを毎日二十分なり三十分なり教育をする、それが済んだら赤旗の歌とか或いは革命の歌とかいうものを二十分乃至三十分やらせる、それに一生懸命に誠意を以て歌をうたわなかつた者は帰さないとか、或いはそのグループの中でも氣持よく仕事をやらなかつた者は奧地へやるということで教育をする、そうしていよいよ帰るようになると、一つの部隊の中からあれとあれとあれとは残さなければならん、外の奴は帰してもよろしいということでピックアップされて、残つた奴が今度汽車に乘る、汽車に乘つてモスコーから二十何日掛かつたナホトカに到着いたします。毎日汽車が走つておればもつと早く着くのだそうでございますが、日によつては一時間も走らない、日によつては二十四時間走り通して來るという状況であります。その間にもモスコーから派遣された政治教育の指導者が列車に乘り込みまして、列車の各部屋部屋で民主運動についての講演をやる、そこであんな講演、なんだいという顏をしておるとか、或いは憲兵の前歴者、警察官の前歴者ということが分れば、直ちに折角帰る途でありながら下ろされる、その下ろす者は誰かと言えば、中に混つて帰つて來ておるところの民主グループの指導者、その指導をしておつた者が日附役をしておつて、あれはいかん、あれはいかんと言つて下ろされる。現に高砂丸で帰つて來た中でも、イルクーツクかどつかで数名下ろされたということを噂しておりました。そういうことでナホトカへ着く、ナホトカへ着きますと、今度は乘船についての部隊編成をして、そのときにも部隊編成は今まで向うで將校であつて大隊長をやつておつたとか中隊長をやつておつたという者は、皆部隊編成から変えてしまう、民主グループの指導者をしておつた者を部隊長にして、そうしてナホトカを到着して、ソ連の点檢を受けて船へ乘せる、船へ乘つてから又ぐるりと逆轉をして、今までの大隊長を船の輸送指揮官にしたりする、そういうことをやつて日本に帰つて來る、そういうわけであります。
○委員長(岡本愛祐君) 外に御質問ございませんか。それではリンチ事件はこれぐらいにしておきます。引続きまして午前に政府委員が参りませんために残りました陳情一件をいたしたいと思います。ちよつと速記を止めて。
   〔速記中止〕
○委員長(岡本愛祐君) 速記を始めて。陳情第二十二号地方財政法第十九條改正に関する陳情、これについての政府委員の意見を徴します。
○政府委員(荻田保君) 地方財政の問題によりまして國庫補助金等の支出が遅れますることは非常に困る問題でありますので、先般改正いたしました地方財政法におきましては、國の支出金はその支出金を財源とする経費の支出時期に遅れないようにこれを支出しなければいけないとはつきり原則を謳いましたこと、一歩前進だと思つているのでありますが、更にこの陳情にございますように遅れましたときに利子を付ける問題は、地方財政といたしましては大変好ましい問題でと思つておりますが、ただこれは政府の單に地方團体に対しまする交付金だけでなくて、一般の民間に対する支拂金等にも同じ問題が起ることだろうと思いますので、その政府の財政当局の方の御意見も徴して頂きたいと考えます。
○委員長(岡本愛祐君) 処理は如何いたしましようか。
○吉川末次郎君 現在の法律の規定だけでできますか。
○政府委員(荻田保君) この法律に基きまして、法律上からは勿論請求権はあるのでありますが遅れました場合に、例えば利子を取るとか、或いは他の処分をするということになりますと、ちよつと明文がありませんとできないのじやないかと思います。
○委員長(岡本愛祐君) 採択いたしまして、内閣に送付することを要するものと決定いたしたら如何でございましようか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○委員長(岡本愛祐君) それではかように決定いたします。
 尚政府委員がおられなかつたので、地方財政に関する請願、陳情で処理を決定いたしたものがあります。処理決定いたしましたが、この機会に一應説明を求めておきたいと思いますが、請願第四十七号地方税法第七條の改正に関する請願について説明を願いたいと思います。
○政府委員(荻田保君) この請願の要旨は、事業税に対しまする課税に対しまして、支店所在地においても、本店所在地の税額の決定を待たずに、独立的にこれを決定し得るの権限を與えるようにという趣旨だと思います。この事業税は、事業全体を捉えまして、それの総合所得というものを基準にいたしまして課税するという建前になつておりまする関係上、支店毎にこれを決定いたしますることは、結局この趣旨に反するので、このままでは工合が惡いのじやないかと思います。ただ本店が非常に決定を遅らしておりますことは、こういうものは主として法人についてあるのでございまするが、大体國の法人税の所得決定が遅れるというようなこととも関係いたしまして、支店の多いようなところ、つまり大都市でない地方の都道府縣には迷惑を及ぼしておりますので、我々としましては、これを急ぎまするよう本店所在地の地方團体に督促しておるのであります。これを拔本的に陳情の趣旨にありまするような方法に改めますことは、或いは事業税の課税標準というものを、所得でなくて、いわゆる外形標準に持つて來るという、そこまで改正を行いますれば、これは根本的に解決は付くかと思いますが、今のような所得、殊に事業一体を計算しての所得というものを課税標準に使います以上は、ちよつとできにくい相談じやないかと考えております。
○委員長(岡本愛祐君) この請願に関連しまして、今意見を述べられたように、法人などにおいて、処理をなかなかしないで、二年も三年もそれを溜めて置くという事実があるようですが、これは成るべく期限を切るような法規の改正をしたらどうかという意見の開陳が柏木委員その他からあつたのですが、これに対する政府の所見は如何ですか。
○政府委員(荻田保君) これにつきましては、詳しいことは條文を持ち合せておりませんので、抽象的に申上げまするが、法人では個人の事業と違いまして、いわゆる予算課税じやありませんので、一應営業年度が過ぎてから後で出すということにつておりますので、個人に比べまして非常に遅れるわけでございます。而もそれが本人の方から申告が遅れておりまするので、尚更その点が遅れまして、このように貨幣價値のどんどん落ちて行く時代におきましては、二年も三年もずれるということ自体が、税が安くなるというようなことになりまして、好ましいことではないと考えております。それにつきましては、会計年度終了後或る一定期間を限りまして、それ以内に申告のない場合には、課税團体の方でみずから決定するということができるようになつておるのでありまするが、只今申上げましたように、他の税に忙がしいといいまするか、なかなかこの税の決定があと廻しにありまして、ずれておるような次第であります。
○委員長(岡本愛祐君) 御質疑ございませんか、ではもう一つ、陳情の第十七号、災害復旧費國庫補助に関する陳情、これについて意見を求めます。
○政府委員(荻田保君) この問題につきましては、昔は、この陳情にございまするように、高率の國庫補助、災害土木費につきまして、原則は三分の二の補助でございまするが、特に災害の多かつたようなものに対しましては、九割或いは九割五分までくらいの高率の補助を出す、或いはその年度において高率補助を出さずに、次年度以降起債の償還額に対しまして、政府が元利の補給をなしまして、結局高率の補助のあつたのと同樣な方法を採るということが行われて來たのであります。ところが、むしろそれよりも、根本的にこのような災害に激甚なところを救済する方がいい、こう考えましたので、昨年度におきまして、高率補助とか元利補給ということは一切止めにいたしまして、一應普通の率を以ちまして、起債によつて財源を調達してやらしておいて、そうして翌年になりまして、一定の災害に関しまする地方團体に財源補給金を支出して、多額の負担をしておる團体の災害復旧費を償つてやる、こういう考えによりまして、本年度十億円の國庫予算が計上せられておるのであります。これにつきまして、現在これを配分いたしまする段階になつておるのでございまするが、いろいろ調査資料等もむずかしいものがございますので、遅れ遅れになつておりまするが、この際大体これを決定しまして、地方團体に補給いたしたいと考えております。これによりまして。災害の非常に多かつた縣は、やはり九割、九割五分くらいのところまでは結局補給になると考えております。このやり方を今後も差当り継続すれば、この陳情に盛られておりますような趣旨は達せられるのじやないかと考えております。
○委員長(岡本愛祐君) 御質問ございませんか。これらの請願、陳情は、午前の委員会におきまして、皆採択になつておるものであります。
 それではこれで散会いたします。
   午後二時四十七分散会
 出席者は左の通り。
   委員長     岡本 愛祐君
   理事
           吉川末次郎君
           岡田喜久治君
   委員
           黒川 武雄君
           林屋亀次郎君
           柏木 庫治君
           島村 軍次君
           小川 久義君
  政府委員
   総理廳事務官
   (地方財政委員
   会事務局長)  荻田  保君
   常任委員会專門員
           上原 六郎君
  説明員
   総理廳事務官
   (総理廳官房自
   治課勤務)   降矢 敬義君
   舞鶴市警察局長 宮田 契全君