第007回国会 地方行政委員会 第25号
  公  聽  会
昭和二十五年三月三十日(木曜日)
   午前十時二十七分開会
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  本日の会議に付した事件
一、地方税法案(内閣送付)
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○委員長(岡本愛祐君) これより地方税法案について、地方行政委員会の公聽会を開会いたします。
 開会に当りまして、御出席の公述人の各位に御挨拶を申上げます。本日は御多用中にも拘わらず御出席下さいましたことについて、委員一同を代表いたしまして、委員長より厚く御礼申上げます。
 申すまでもなく、本法案は今国会における最も重要法案でありまして、我が国地方自治の確立と伸張を期しその財源を拡充するため、現行地方税制度を根本的に改正せんとするものであります。特に附加価値税、固定資産税及び市町村民税の三大新税の創設、道府県税の体系と市町村民税の体系との明確な区分等の劃期的の改正が加えられ、従つてこれが実現に当つては幾多の困難と障害とが予想されるのでありまして現に国税については所得税及び法人税において相当の減税が期待されるにも拘わらず、ひとり地方税は逆に国民の負担が過重されまして地方住民の受ける影響が非常に増大するのであります。よつて本委員会におきましては、本法案の重要性に鑑み、愼重審議を進めておるのでありますが、両広く国民の輿論に聽き、又多年の御経験と御見識とに基く各位の御意見を拜聽いたしまして審議の万全を期するためにこの公聽会を開いた次第でございます。公述人各位におかれましては、本法案についてあらゆる角度から、忌憚のない御意見を御開陳下さいますようお願いいたします。
 議事の順序を申上げますと、公述の時間はお一人二十分程度にお願いをいたします。その後において、本委員会の委員及び列席されます大蔵委員会の要員の諸氏から質疑もあることと存じますが、これに対しても忌憚のないお答えをお願いいたします。尚念のため申上げますが、発言の内容はその意見を聞こうとする問題の範囲を越えてはならないことに参議院規則でなつておりますから御承知を願います。又御発言の冒頭に御氏名と御職業文は所属団体名をお述べ下さいますようにお願いいたします。それでは最初に固定資産税につきまして、日本勧業銀行副総裁山田義見君に意見の開陳をお願いいたします。
○公述人(山田義見君) 日本勧業銀行副総裁の山田でございます。固定資産税を考えますにつきましては、大体三つに分類してみたいと存じます。
 一つは地租、家屋税というように、以前から、土地、家屋のように地租乃至家屋税の対象となつておつたもの、久に同じ不動産ではありますけれども、地租も家屋税もかかつていないもの、例えばダムでありますとか、水路でありますとか、橋梁でありますとか、そういうもの、これは今まで税の対象にはなつておりません。
 第三に機械とかいわゆる償却資産と申しますか、そういうものであります。この三つは各々その範疇を異にしておりまして、従つてこれを固定資産税という一本の税法に統一するのはどうかと思われる節もあるのであります。これは理論的に申しましても、又課税の方法等につきましても、同じようなやり方については、相当困難があると思います。元来この不動産税は地方税に適合するといわれておるのでありまするが、これは大体その不動産の分布が地方の財政需要にマツチしておるという面、それから又地方のいろいろの金をかけた施設をしますというと、その不動産の価値を増進するとか、いろいろの理由からそう言われておるのでありますが、併しこれは古い理論と申しますか、以前のような地租とか家屋税につきましては、そういう理論が成り立つのでありますが、第二、第三の点につきましては、この点が必ずしもマツチしないのでありまして、そういう理由からして私が申しました第二、第三の種類に属しまするものまでもそういう理論に従つて地方税にすることについて根本的に私は疑問を持つのであります。
 一般論はそれといたしまして、次にその三つの種類の一々について申上げますが、土地、家屋等につきましては、従来とも不動産税でありますところの地租及び家屋税、殊に地租等はもうずつと大昔からかかつておるのでありまして、これが新しく課税されることは何らの問題がないと思います。ただこれにつきまして今度課税標準が時価ということになつておりまするが、この時価を如何に査定するかという点だけに問題があると思います。税法法案では賃貸価格の九百倍となつておるようでありますが、私の銀行で最近主として東京都内におきまして、土地家屋等の時価を調べまして、賃貸価格の何倍くらいに当るだろうかということを調べたのでありますが、勿論全般に亘つて組織的に調べたわけではありませんが、結果を申しますというと、大体澁谷でありますとか、新宿でありますとか、銀座でありますとか、ああいう非常に繁華街の、而も商店が表に面していると、こういう所は非常に時価が高くなつております。大体一千何百倍こなつている面が相当ありまして、これを平均いたしましても大体一千倍を超えるくらいになつております。が併しそういう繁華街でありましても、要地に当るとか、その他繁華街でないところとかの住宅地というようなところ、例えば四谷でありますとか、牛込でありますとか、ああいうところは、殊に復興が遅れておりますところは、非常に地価が廉い。二百倍、四百倍というところもあります。平均いたしますというと、大体六百倍程度になつております。従いましてこれを九百倍という課税をいたしまするというと、繁華街におきましては大体いいと思いますけれども、それ以外の土地につきましては非常な重税になると考えるのであります。従いましてこれを平均いたしまするならば、大体まあ七百倍くらいならば行けるのではなかろうかと思うのでありまして、九百倍は非常な行過ぎであると思います。又家屋等につきましても、住宅難の折柄と申しますか、アパートとか、普通の我々の住みます家屋、こういうものは相当時価が騰つておりまして、一千倍を超えるような増加になつておるようでありまするが、普通の事務所、これも中心地にある事務所は高いのでありますが、そうでないところの事務所でありますとか、或いは工場、倉庫、そういうものは、これ又大体平均しますというと六百倍にもなつていないような状況であります。従いましてこれを九百借に評定して課税しますことは、非常な重課になる虞れがあります。殊に又これは家屋税は千倍になつていますからいいようなものでありまするが、これは直接我々の生活に関係するのでありまするからして、この点から例えば千倍になつておりましても、果して九百借というそういう高い時価に評定して課税してうまく行きますかどうか。これは成る程時価はそうなつておりましても、負担能力の関係等から、それが行くかどうかということについては愼重に考えなければならんと思います。殊に大体地租家屋税というようなものはその收益から納めるべきものであります。が今日土地も、地代、家賃等については嚴格な課税になつておりまして、今日でもややもするというとその收益の全部が税金に取られると、或いはどうかするというと收益よりも税金の方が高いというような結果になるようでありまするが、今度の三倍にも当るような増税が行われまして、これが果して借家主なり、賃借人に転嫁できまするかどうか、法律的に公定価格の引上が行われるといたしましても、それが間に合いまするかどうか。又間に合いまして法律的には増加を認められましても、果して借地人なり、借家人なりにこれを負担するだけの能力がありまするかどうか。ないといたしまするというと、これは当然地主の負担となり、地主は非常にひどいことになる。地主、家主はひどい目に遭うことになると思います。こういう点も考慮いたされますと、たとえ時価が千倍になつておりましても、これを九百倍と査定して一・七五の課税をする。そうして今までの課税の何倍かに当るような課祝を突然するということは、これは社命政策的に見ましても、又地主、家主等に対する関係から考えましても、十分考慮すべき問題だと思います。
 第二の種類に属しまするところのダムとか、そういうものであります。不動産でありまして、従来地租や、家屋祝の課かつていなかつたもの、これは最初に申しましたところのこの不動産祝は地方税に適合するところのその例外をなすのでありましてということはそういう理窟が行われましたその後に、この資本主幾の発達に伴つてできて参つたのでありまして、これはそういう理窟の通らないものであります。と申しまするのは、土地や家屋というものは大体その住民と共にあるのであります。住民の多いところにはその土地の価値もあるし、家屋も多いし、又多くの価値もある。大体住民の数……ということは同時に、財政需要でありまするが、この財政需要に大体平均して分市されておるのであります。従つて地方税として意義があるのでありまするが、この資本主義の発達につれて出て参りますところのこの新らしい不動産というものは、全国的に分布しておりません。非常に大きな価値のあるものが市町村にぽつんぽつんとあるのであります。例えば富山県の山奥に大きなダムができた、その村には何百人かの人間しかいない、併しそこには宜大なるところの財産が固定しておる、こういうことになつております。そこに若し不動産税が課けられますと、その村ほ何ら外の税金を納めなくても左うちわで暮せて悠々とおつりが来るような状態であります。元来そういう新らしい不動産はそこの住民の持物……、持物ではないのでありますが、まあ何といいますか、持物といつて置きますが……、ではないのでありますが、これはむしろその株主と申しまするか、需要者と申しまするか、それに利害関係を持つておるところのものは他の地方、全国に散らばつておるわけであります。従つてその土地にあるところの市町村がそれに税金をかけるということは、法律的にも私は成立たんと思うのであります。従つて、これは従来はそのダム等に直接その市町村がかけることはやめまして、これは間接に株主に対する課税でありますとか、或いは会社全体に対する課税でありますとか、それは全国的の規模において税金を取つていたわけであります。従つてこれをその土地の市町村鮮課税するということは、これは理論的にはなつていないのでありまして理論的になつていないばかりでなく、さつき申しましたように、実際的にも非常に不合理が生ずるわけでありまして、従いまして私に言わせますならば、こういうものに対しましては市町村税はかけない、固定資産税が市町村税であります。ならば、固定資産税からこれを除きまして、そうしてこれを府県税にし、或いは国税として特別税を起しまするか、或いは又、従前通りの法人課税でありますとか、或いは株主に対する課税でありますとか、そういう方法によつてもつと広い範囲に課程すべきものであると、私は確信いたすのであります。
 第三の、この固定、何といいますか、償却資産と申しますか、機械等に対する課税、これも又私は非常に大きな疑問を持つものであります。これは今まで税金は直接にはかかつておりませんでした。ということは税が実際かかつていなかつたかというと、そうではないのでありまして、これは税金がかかつておつたというのは、それはどういう形でかかつていたかと申しますと、それは所得の收益の起る基でありますところの資産そのものにはかかりませんが、資産を生んだところの收益にかけるという形で今までかかつておつたのであります。この新税法にも、そういう形にはかかることになつております。これは個人ならば所得税にかかりますし、法人ならば法人税がかかります。これは一般的にかかるのでありますから、そこをどうということはありませんが、同時に附加価値税がかかります。附加価値税に開通いたしますから、さつき委員長のお話にもありましたように、如何かと思いますが、ちよつと附加価値税に触れます。
 附加価値税はどういう税金であるか、流通税であるか、或いは收益課税であるか、或いは営業そのものに対する課税であるか、いろいろ議論があることろでありますが、併し今日の実情におきましては、それは利益に対する課税と言わざるを得ないのであります。と申しまするのは、仮にこれが流通税、その他といたしまして、転嫁を予想されておるといたしましても、日本の今日の経済の実情から言いますというとその転嫁は不可能であります。転嫁するにつきましては、これを企業体の外に転嫁するか、或いは内部の分配の場合に転嫁するか、その二つがあるわけであります。それを外に転嫁するためには、そのものの生産するところのものを挙げなければならない。併し今日のようなデフレーションの場合におきましては、どんどん下落しておるような場合におきまして、それを上げるということは非常に困難でありますからして従つて外部に転嫁するということは事実不可能であります。流通税であると幾ら法律に誰つで頑張りましても、実際の税の転嫁というものはそのときの勢力の関係によつて行われるのでありまするから、外部に転嫁するということは不可能であります。では内部に対してどう転嫁するかと言えば、例えば附加価値税は給料も加えられますから、その附加価値税本来の使命から見ましてこれに転嫁できるかと申しますと、今日の労働賃金が如何に低いかということをお考えになりますれば、労働者が賃金を貰う場合に、それに転嫁するということもできないのであります。では結局どうなるかと申しますと、これは利益に帰着せざるを得ないのであります。然るにその利益は何から生じたかと申しますと、これはいろいろ、勿論労働からも生じまするが、まあ労働価値税等に立脚しますというと、全部労働資産でありましようが、まあ普通の常識から申しますと、これは同時に資本から生ずるものでなければならない、従つて固定資産から生ずるものでなければならん、そうすると固定資産の税として財産の起るもとにも課けると同時に、結果にも課けるということになります。私はこれは明らかに二重課税であると考えます。こういう議論をする者はないのでありますが、私はどうもそう思うのであります。それにつきましてずつと以前の旧法におきまして地租と営業税、これが所得税の補完税として並び存しておつたわけであります。例えば商売をしている場合におきましては、この商売活動によつて利益が来る、と同時にそれを使つておりますところの土地とか家屋とかそういう固定の設備からの利益もあるのでありまするから、この営業税と地租等が二重になるというので、当時はその救済といたしまして、地租だけを営業税から引くという措置がありました。従つて営業收益を算定する場合においては、地租の額だけを経費とみなさない、收益に加算する、と同時に営業税、收益税からこの地租を引く、そうして二重課税を救済するという措置があつたのでありまするが、これと相似た何らかの措置が私は必要ではないかと思う。これは外の面からも御説明できると思うのでありまするが、或る会社ならその会社が持つております、動かしております総資産に対して、固定設備と申しますか、固定資産税のかかるところの資産の割合というものは千差万別であります。殆んど一〇〇%に近いものもありますし、殆んど零に近いところもある。零に近いところのものは附加価値税を納めるだけであつて、もとにおきましては税金はかかりません。併しながらやはり巨大な資本を以て、その資本の力によつて利益ができることは同じでありまするが、併しもとにおいてかからないが固定資産の非常に多いものはその税がかかる。今日固定資産税が課けられるというので非常に悲鳴を挙げておりますのは、そういう二重課税と申しまするか、固定資産の非常に大きい、沢山の固定費産を持つて、そういう資本に対する割合の非常に多いもの、そういうものが悲鳴をあげておるのでありまして、私はこれはその悲鳴をあげておるのは当然のことであると考えております。殊にそういう点から申しましてこの償却資産に対する税というものはもつと理論的に考え直す必要がある、徴收方法についても考えなければならんと思います。
 時間がありませんから少しはしよりますが、殊に償却資産に対するもう一つの難点は、評価が非常に困難であるということであります。土地や家屋はさつき申しました通り時価というものかいろいろ違つて、あるものは千倍になり、あるものは四百倍となつておるといたしましても、とに角大体においてその基礎が分つております。これは長い間税金を取つておりますからして、どこに何があるかということも分つておりますし、それがどのくらいの値打があるかということも分つておりますし、大体調べさえすればはつきりしております。調べなくとも税務当局は大体において見当をつけることができるのであります。併しながらこの償却資産というものは始めての税でありまするからして、これはどこに何があるということから先ず調べて行かなければならないと同時に、どれだけに評価するかという評価の方法からしてまだ熟知しておりません。或いはこれを経団連等におきましても、資産再評価の評価額によつてやるということは、結局納税者の趣意に任せろということでありますが、税の課税標準を納税者の勝手な評価に任せるということは、これは私は公事の面からいつて税の官設であると思います。ではこれを適当に評価するにはどういう評価をするか、これは評価の基準さえも分らないと思います。機械は千差万別でありますし、又これが取得時期等によりましても、又最近ではすべての工場がフルに動いておりません。紡績業とか、セメントとかそういうものはフルに動いておりますから、十分価値が全部寒現されておりますが、併しながら例えば車輛工業であるとか、機械工業であるとか、そういうものは二割、三割しか動いておりません。そういうものに仮に課税があつたとしても、一〇〇%の税を課税するならば、実際の値打に対して何倍か、收益に対しては何倍かの税を課けたことになりまして非常に不公平である。又その点もそれを適当に評価し得るならば結構でありますが、現にこれは評価し得ないと思います。どうして評価してよいかというそういう方法もまだ分りませんし、評価するところの人の能力が非常に疑問であります。これは今日の税務署の力を以てしても私は不可能であると思う。その機械を見たこともない。工場に入つたこともない。もつと強く言うならば、会社の貸借対照表を見たこともないような市町村の税務吏員、甚だ失礼でありますが、恐らくそうであろうと思う。そういう方々がこれを評価するということはどうしても私は不可能だと思います。これは市町村の方々はそんなことはないとおつしやるかも知れませんが、私長い間税を取つて来ました経験から申しまして、それは不可能であると思います。それではどうすればよいかというと、これは私は少くとも一年延期しろ、そうしてこれを課税するかしないかということをもつと愼重に考えて、そうしてどこにどういう機械があるか、この評価はどういうふうにすればよいかということを一遍調べて、果して課税能力があるならば課税してよいということが出るならば、そのとき課税したらよい。何らの準備なく、何ら能力もなくしてこういう、強く言いますれば日本の工場生産と言いますか、経済の根幹に触れるような税を卒然としてやるなんということはこれは私は狂気の沙汰だと思う。これはいろいろの面から言つて止むを得ないと思う。いろいろお考えになるかも知れませんが、併し議会というものがある以上は、議会がそう考えるならば、これは私は阻止すべきものであると考えます。強く皆樣に容認したしたいと居います。これを以ちまして少し長くなりましたが、公述を終ります。
○委員長(岡本愛祐君) 山田君の意見開陳につきまして御質疑がございませんか……
 それでは次に地方税法案の全般的解釈について平衡交附金の関係も含めまして一ツ橋大学、東京商科大学教授井藤半彌君にお願いいたします。
○公述人(井藤半彌君) 一ツ橋大学東京商科大学の井藤半彌でございます。お招きに預かりまして地方税法案並びに、これは法案はまだ提出されておりませんが地方財政平衡交附金の案として世に伝えられておるこの二つにつきまして所見を申述べさして頂きたいと思います。
 地方税の問題でございますが、やはり税金でございますので、国税との関連を無視することはできません。そこで関係ある範囲内において国税をも含めて公述させて頂きたいと思います。
 そこでこれは決まりきつたことを申上げて恐縮でございますが、昭和二十五年度の国税は專売益金を含めて合計五千六百五十六億円であります。これに対しまして地方税が千九百億円、合計いたしますと国税地方税を通算いたしまして七千五百五十六億円であります。そこでこれが国民経済に及ぼす影響でありますが、一番普通のやり方はこの租税を国民所得でやる、国民所得で割算をして何%に当るかという計算であります。これを私試みに計算して見ました。結論を申しますと昭和二十五年度は二三%、それから昭和二十四年度は二六%、二十三年度は二〇%、二十二年度は一八%、それからずつととびまして事変前の昭和十年度、これは平年度と見まして昭和十年度は僅かに十三%であります。そこでこの比率というやつは当てになるようなならんようなものでありまして、大して当てにならん、全然当てにならんわけではございませんが、そこでちよつとこのやり方を変えて見ました。それはどういうものかというと、租税を納税能力、負担能力で割るということをやつて見たのであります。そこで問題は負担能力をどうして計算するかという問題でありますが、これは嚴密にいうと非常にむずかしいのであります。そこで簡單に次のような方法をとりました。これは国民所得の中から食糧費に当るものと推定できるものを引いた残りであります。これを負担能力と解釈いたしまして、そうして租税の負担能力に対する割合を計算して見ました。そういたしますと昭和二十五年度は五五声になります。二十四年度は六四%、二十三年度は六三%、二十二年度は五一%、昭和十年度は一九%であります。そこで前の数字と比べますと、ちよつと違つて参りまして、租税の国民所得に対する比率並びに租税の負担能力に対する比率、両方通算いたしまして、去年の昭和二十四年度が一番重いのであります。ところが租税の国民所得に対する割合から見ますと、二十五年度は二十三年度より重いのでありますが、租税の負担能力に対する割合から申しますと、二十五年度は二十三年度よりも軽くなつておるのであります。まあこういうふうに一応数字の上から申しますと、一昨年去年に比べまして昭和二十五年度は国税、地方税を通算いたしまして、国民の租税負担は軽減されておることになるのでありますが、事実はどうかと申しますと、現在はインフレーシヨンではなく、デフレーシヨン期乃はディス・インフレーション期に入つておりますので、納税の苦痛が強く叫ばれておると思うのであります。殊に地方税の場合は先程委員長、山田公述人が申されました通り、実はこの国税地方税以上に大きな問題があるのであります。それは国税の場合は減税でございましたが、地方税の場合は増税をやつたということが一つ、減税につきましては割合に問題は少いのでございますが、増税はとかく問題が多い。それから内容を見ましても、内容の変革という点から申しますと、地方税制度の変革は国税以上の大変革を来たしておるのであります。
 それからもう一つ一口に地方税とかいいましても、全国に一万以上の地方団体がございますので、各地方で事情が違います。そこで実際問題といたしましては、国税以上にこの地方税が現在重要な意味を持つておるのであります。そこで現在の地方税改革の特徴を結論だけ申しますと、先ず一番の特徴は地方自治を涵養するために市町村において増收を図つたということが一番。それから二番は附加税制度を全廃したということ。それから第三番目は附加価値税という世界初めの新税を設けたこと、その他税目の組替、再配置その他整備を行なつたということ、それから四番目は法定普通税目については例外なく法定税率又は標準税率を設けまして、地方間の負担の均衡を図つたということであります。この内容の解説は省きます。
 そこで大体の感じを申しますと、私は極めて合理的なものだと考えておるのであります。
 併しながら私は次の点において欠点があると思います。一番の欠点は固定資産税などにつきまして法定税率を設けたということ、これはさつき山田さんもおつしやつた問題でありますが、固定資産税などにつきまして法定税率を設けた、そのために地方財政における弾力性が少なくなつたということ、二番は一番に関係があるのでありますか、そのために地方団体によりましては税金の收入が財政需要以上に多く取り過ぎるという欠点があるということ、それから三番目の特徴は余りにも合理的に失しまして、地方団体殊に弱体の町村において果してこれをこなす能力があるかないか、大いに疑うのであります。殊に遊興税や入場税というような徴税の便利な租税がこれが府県税になつておりまして、それから徴税の困難な固定資産税、住民税なんかが市町村税になつておりますので、この感をますます強くするのであります。
 これが全般的な考えでありますが、今度は個々の税目、主な三つの税目について簡單に申述べさせて頂きたいと思います。一番が附加価値税であります。問題の附加価値税でありますが、この附加価値税はさつき申しましたよりに、世界最初の税でありますが、それではアメリカでは一体どの程度に研究されておるかというと、実は私去年の秋からこれに関するアメリカのそういつた学界のことを調べました。ところが大した研究はないのです。大体シャウプ勧告程度の研究があるのでありましてそれ以上詳しい研究はございません。それで昨年の秋から今年に掛けまして地方自治庁や、大蔵省や官民一同大いに苦心した次のような問題、例えば附加価値を計算するにつきまして各産業についてどういうふうに計算したらよいかとか、或いは附加価値税の重複、脱漏をどういうふうに処理したらよいか、こういうむずかしい面倒な問題につきましては私の調査した限りにおきましては、アメリカにおきましては少しも議論はないのであります。我々は盛んに苦労したのであります。そこで附加価値税の徴收乃至は論拠と申されておるものをちよつと列挙いたしますと、先ず第一番はこの附加価値税というものは、負担能力主義によつて課税するものではなくて、営業その他事業が国家や地方団体から受けるところの利益の報酬として課けるものであります。形容的にいうならば国家を一つの生産要素と看做してこれに対する報酬として拂う。損があつても税金がかかるというのは、損をしても賃金や利子を拂わなければならんことと同じであります。
 二番目はどういう問題かと申しますと、国家から企業が受ける利益というものは一体どうして計るかという問題でありますが、これは営業活動の、事業活動の分量に比例する。一回取引したよりも二回取引したものは二倍になる。これは国家の造りました市場とか道路を二倍使用したと考えられますので、国家の営業活動の分量は何によつて計るかというと、計り得る大きなものは二つぐらいございまして、一つは取引高、一つは附加価値でございますが、併し附加価値の方がより合理的といわれております。
 三番の特長といわれておるものは附加価値税は、取引高税、現在日本やフランスで行われておりますような重複累進課税でないというのが三番目の特長であります。
 四番目の特長は、附加価値の計算が簡單である。これが四番の特長であります。これに対しましては私共は次のような欠点があると思うのであります。
 その一番の欠点は、附加価値税の課税をやるとなりますと、重複課税又は附加価値の脱漏というものが避けることができないのであります。それでは重複や脱漏をなくして税金を課ければどうかというと、極めて不合理なものとなるのであります。そこでこの不合理性は今度の政府の法案の中にもあるのでありまして、具体的に申しますと、地方税法案の第三十條第六項でありますが、あれを見ますと、金融業者、銀行業が受けます利子などは、負担公平のために二重計算を認めておるのであります。ところが、貸ビル業、その他不動産を貸付けて利益を挙げて、その利益を主なる財源としておるところの企業におきましては二重計算を省くために、そういう場合には家賃や、それから地代の收入が除外されて附加価値税が課からないのであります。もつと簡單に申しますと、貸ビル業などは付加価値税が免税になるのであります。これは確かに不公平でありまして、これは重複をなくするとするならば、こういうことが出て来るのでありますが、銀行業などの場合は重複を認めて、今申しましたような貸ビル業などに免税するということは、私は不公平だと思います。これは附加価値税において避くべからざる欠点として出て来るのであります。私はやはり貸ビル業なんかを免税するということは、貸ビル業は固定資産税を重く課けるから、それとの関連において考えられたものと思いますけれども、併しながら貸ビル業などにおきまして少しも営業税的のものを課けないということは、これは私は不公平じやないかと考えております。附加価値税はと角そういうものが附き物であります。これが第一。それから第二番目の欠点というべきものは、附加価値税は産業又は企業によつて大差がある。具体的に申しますと商業は割合に少く、工業は労働力を沢山使つております関係上、附加価値税が重いのであります。だから附加価値を基準にして税金を課けますと不公平が出て来ます。そこでこれに対する答弁というのは、附加価値税というのは取引高税的の性質を持つておるのだから、各産業間に負担の不公平があつたら結局物価騰貴という形で消費者に転嫁すればいいじやないか。そうすれば不公平が、あつても税金を拂つてそれを回收するまでの利子が損だけであつて、大した影響はないじやないかという議論が行われておる。これに対しましては、私は次の二つの立場から反対したいのであります。それは先に山田公述人もおつしやいましたことでありますが、昔のように経済の統制が強化されておりますときでありますれば、租税の転嫁というものは政府の意思によつて或る程度行われたのでありますが、自由経済社会においては、租税の転嫁は経済の権力関係によつて決りますので、果して消費者に転嫁し得るやどうか、これは分らないのであります。
 それからもう、殊に大きな声で申上げたいことは、税制改革になりますと、一般業者、その他組織のある方面の人々の反対意見は強いのでありますが、消費者の反対意見というものは組織がないために一般に世の中に行われないのであります。これは私は非常に遺憾に思うのでありますが、それで消費者に転嫁すればいいじやないかというが、転嫁される消費者は一体どうして呉れるのかということを言いたいのであります。私はそういう立場で消費者に転嫁すれば万事解決するということは、余りに私経済中心の考えじやないかと思います。国の経済全体という立場から消費者に転嫁すれば、それでこの問題が解決するというような考え方自体は反省を要すべきじやないかと思います。
 三番目の欠点でありますが、附加価値税におきましては、資本設備などは控除することになつておりますが、ところが現在企業を拡張し得る優秀企業は盛んに資本設備を拡張いたしましても、それは控除されて附加価値税は軽くなる。弱少企業はそういう拡張能力がございませんので、附加価値が多くなつて附加価値税が重くなる。弱いものはいじめるというと少し大げさになりますが、優秀企業を優遇して弱体企業に重い税金を課けるという結果になる。これが三番目の欠点であります。
 四番目はやはり同じ問題でありまして附加価値の繰越につきまして今度の税法でも五年間附加価値の赤字の繰越を認めております。ところがこれは昭和二十五年度からの分は認められるのでありますが、昨年までの各種の資本設備の支出の分については控除を認められないのであります。この点も私は不公平だと思います。そこで私はこういう点を考えますと、これなんか附加価値税の欠点と私は考えるものでありますが、どうもこの附加価値税というものは面白くない、シヤウプ教授自身が一九四三年に書きました論文の中で理由は違いますけれども、附加価値税に対して余り賛成をしておられないのであります。シヤウプ救援は一九四三年の論文の中で、附加価値税よりも小売売上税の方がより以上いいのではないかということを言われておる事実を指摘して置きたいと思います。そこで今更そんなことを言つてもしようがないのですが、これに対する対策であります。なぜそういうようなへんてこなことが起るのかというと、先程からも問題になつておりますように、附加価値税には取引高税的なものと営業税的なものと、この二つの性格を持つているから、こういうことになるのではないかと思います。私は二重課税的なるが故に、いろいろの欠点や不合理が出て来るから一方に整理して、一方に近付けなければいけない。そこで重複課税を回避するという点に重点を置きまして、小売売上税に整理する方がいいと思います。それからもう一つ附加価値税というものは、事業や営業が国家や地方団体から受けた利益の報酬であるという立場を尊重するならば、附加、価値税を営業税に近い方に整理する方がいいのじやないかと考えております。そこで私の立場はどうかといえば、やはりシャウプ勧告の精神は尊重いたしまして、できるだけ附加価値税を活かして使いたいと思います。どうしても矛盾する場合は、どちらか一方を活かさなければならん。その場合には私は営業税を活かして大衆課税の危険のある取引高税の要素を削れというのであります。だから結果から申しますというと、どういうことになるかというと、私の代案を提唱しますと、附加価値税は外形を標準とするところの営業税になるのであります。これは今次の法案の考え方も大体同じでありまして法案の内容をよく吟味いたしますとやはり営業税的に整理されておる、この大体の考え方自体これは賛成であります。
 もう一つ我が日本の場合におきまして、この附加価値税即ち概計標準による営業税がいいというのは、それは国家及び市町村におきまして営業に課税する場合は、純益課税によつております。その中間に、府県で課税する場合、又純益課税、收益課税三つやることになるのでありますが、私は一つは違つた角度から捉えた方が課税技術上望ましいと思うのです。国家と地方団体で收益税をやり、中間の府県におきまして附加価値という概計標準の営業税を課けるということが、国家及び地方団体を通じての租税大系という立場から見て望ましいことだと思うのです。
 それから例えば極く小さい、或いは小さくないかも知れませんが、かような附加価値税の反対論を見ますと、事業税と比較して、負担は重くなるとか軽くなるとか、個々の産業については非常に負担が重くなるものもありますし、軽くなるものもあります。総額から申しますと事業税と余り変らない。ところが事業税と取引高税二つの税金を合計いたしますと、例えば昭和二十四年度は事業税、取引高税合計八百八十三億であります。それが四百二十億でありますので約半分以下になつているということは全体として言えると思います。
 それからもう一つ、附加価値税と事業税、この比較は、昭和二十四年、二十三年の、事業税に対して附加価値税は、今度は何倍になるか恐らく十倍になるか、百倍になるか千倍になるか、べらぼうな数字が出ております。吟味を要するというのは、一体昭和二十三年度と二十四年度の営業税というものは、これが果してその営業の状態であつたかというと、その営業にとつて非常に收益の少ないアブノーマルの状態の営業收入を基準として営業税を計算する。少ないのは当り前である。それに対して附加価値税と比較すれば何十倍になるのは当然でありますが、この点はふらふらとごまかされるということは、少し言い過ぎであります、我々がよく惑わされるのであります。この点注意しなければならないことだと思つております。
 附加価値税はそれだけにいたしまして、今度は住民税であります。住民税はシャウプ勧告とは少し違う。法人課税を認めたということです。私は結論から言うと、標準課税を認めるということであると思います。シャウプ勧告は独自の負担能力が少いという建前を探つておりますが、私は法人にも個人を離れて、独自の負担能力があるという考えを持つておりまして住民税を法人にも課税しようという意図を示すということは私は必要だと考えております。ただ大きな問題は、後程木村さんがおつしやると思いますが、大都市の勤労者に対する課税はどうするか。租税テクニックが非常にむずかしい問題であるということを申上げたい。
 次は国定資産税。これは私は大体原則としてはいい。これは一種の財産税でありまして、日本におきましては、財産税が非常に発達しておりまして、日本で財産税を課けるということは、私は趣旨としては賛成です。併しながら次の点が大きな問題でありまして、この点反対したい。それはどういうことか。これは先程山田さんのおつしやつたことと同じであります。これは昭和二十五年限りの措置でございますが、課税標準を決める場合に、土地及び家屋は法定賃貸価格の九百倍と限定しよう、それから税率は一・七五%として固定しようというのであります。ところがこういうふうに固定するとなりますと、租税收入が多過ぎるような市町村が出て来る。そのために地方団体において地方財政の彈力性を失うのであります。それで地方税という点から申しますと、各地方団体は財政需要に応じて税率を上げ下げし得るところに地方自治的な地方税たる特徴を持つておりますが、僅かに一年間の措置と雖もこういうふうに固定することはよくない。具体的に言いますと、地方税法案の三百五十條は削除する方がいいと思うのであります。
 それからその次の問題は市町村、殊に弱体市町村でこの複雑なる固定資産を評価し得る能力が一体あるかないか、これは非情に疑わしいのであります。それからもう一つ注意すべきは法案に直接関係ないことでございますけれども、国税と富裕税の関係であります。富裕税は全国均一に課ける、各地方団体でばらばらに固定資産を評価しますと、一般富裕税の負担に不公平が出て来やしないか。これは何とか調節する必要があるのじやないかと思います。要するに今度のこの地方税改革におきまして一番大きな問題で、この納税者と非常に紛争するというと大袈裟でありますが、相当に争いの起る税金は何かというと、結局住民税と固定資産税、殊に住民税は二倍強とか、固定資産税は三倍強となる、而も手続が煩雑であつて、而も課ける方が弱体なる町村でありますので、この点は実際上非常に面例なる問題が起るのじやないかと憂えております。
 最後に地方財政平衡交付金であります。これは現在行われております地方配付税、配付金と比較いたします。そこで配付金はどうかといいますと、課税不足高と財政需要というものを標準として取つて来るのでありますが、両者無関係に別々に計算するのであります。そうしてそれによつて計算した配付税を、各地方団体が或る程度まで自由に使つていい。そういう意味において地方自治として大きなものでありまするが、ところが今度の平衡交付金はどうかといいますと、その基準收入と基準財政需要との差額を求めまして、その差額を国家が支給しようというのであります。従つて財政需要の最低限度の財源を補償されるというこことは思いますが、併しながら地方団体という立場からいうと、それだけ自治性が拘束されるということが言えると思います。その上に注意すべきことは、先申上げました最低の財政需要と、それから基準收入との差額が、全部国家から平衡交付金という角度で支給されるかというと、支給されない。これは税法案の第十條第二項を御覧になればお分りと思いますが、結局総額はどうして決めるかというと、結局国家の財政需要、その他を考慮して、総額が決まるのであります。だからして今申上げましたような方法で起算した金額は、現実に市町村が貰えるかというと、都道府県市町村は貰えないこともあり得る。結局今申上げました基準が、一定の国家の予算に決めました総額、千億、二千億というものを配分する基準としての役割が果せないことになりまして同法案第三條にいう、必要にして十分なる額が果して補償されるかどうか。これは相当問題があると思うのであります。
 その次の特徴は、財政需要算定標準でありますが、現在の配付税におきましては、財政需要は、いろいろな標準によつて算定されますけれども、結局は人口が中心になつております。ところが今度の平衡交付金におきましては、人口以外にいろいろな要素を用いたということは、確かに精密になつたものであります。要するに平衡交付金を配付税と比べますと、確かに地方自治からいうと、範囲は縮小されております。併しながら地方団体の最低限の経費は補償されるという意図があることは事実であります。ですからどちらかというと、補育主義の良彩が強いのであります。結論から言いますと、止むを得ない現在日本の地方団体が弱体な地方団体で自治能力がない。新憲法ができましても、それだけでは地方自治はでき上りません。経済的裏付がなければできないのであります。当分の間は平衡交付金式の考えをとる方がよいのじやないかと思います。勿論理想としては好ましくないことは言うまでもないと思います。
 以上結論として申しますと、地方税世びに地方財政平衡交付金の両方の案は大体合理的なものですが、併しながら程度の高い課税テクニツクを必要とする国税の場合と違つて増税されます。従つてこれをうまく運営するには、市町村の財務機構が相当整備される。それから住民の納税意識が高まるということが必要だと思います。その点は国税の問題と比べますと、地方税、殊に弱小地方団体におきましては、国税以上の難問題があると思います。これを以て私の口述を終ります。御清聽を感謝いたします。
○委員長(岡本愛祐君) 有難うございます。御質問ありませんか。
○鈴木直人君 先程の御説明の中にですね。附加価値税に関しまして、従来事業税というものがあつた。それから取引高税もあつた。それが廃止されてその両者を折衷したような一つの附加価値税ができた。そこで従来の事業税と取引高税を加えるというと、八百八十三億円になつていたが、今度それを一本にして附加価値税になつたので、四百二十億になつておるということの御説明がありましたが、そうなりますと、相当結局税としては減税されたという結論になるわけですか。
○公述人(井藤半彌君) それは総額から申しますと減税されたことになつております。ただし個々の納税者の立場から見ますと、転嫁の問題がございますので、それでやはり増税になつた部面も私はあると思うのですが、併しながら全体を通算いたしました場合、私は減税だと思うのです。
○鈴木直君 今まで実はその附加価値税に対しては、相当な議論があつて税をこの上取られては産業は困るといつたようなことが多いわけなんです。併しながらそれを今のお話によりますと、事業税と取引高税はなくなつたんじやないか、而もそれで以て八百八十三億というものが全体として取られていた。併しそれがなくなつて附加価値税の四百二十億になつたんですから、総額としては非常に高い税負担というものが業者から言えば少くなつた。個人々々の業態から見れば必ずしもそうではないかも知れんけれども、全体から見ては、相当の減税になつたのである。という説明であるということになると、非常に税を制定する方面においてはいい説明になるんですが、確かにそういうふうになつていることは事実であると私も思うのですが、その通りなんですね。
○公述人(井藤半彌君) 私はそう思つております。ただ同じことを繰返すようでございますが、税金は納税者が負担する場合、それから転嫁される場合がございますので、そこで転嫁という問題を考慮して本当に現実に誰が負担するかということを計算すると、今申しましたような簡單な工合には行かないと思いますが、併し総額からいえばそういうことがいえると思います。
○委員長(岡本愛祐君) 次に農業課税につきまして、東京大学教授近藤康男君。
○公述人(近藤康男君) 東京大学の近藤でございます。
 地方税制の問題を、農業、農民という側から意見を申述べて見たいと思うのであります。根本の問題といたしまして、この税制改革全体の中の一つの大きな特長でありますところの、地方自治を税制の面で強化して、地方自治を強化するという点につきまして、井藤さんの御意見もありましたが、私は考えとして結構だけれども、今日経済を再建するという、その一環の場面として考えます場合に、再建の方式としてそういうことが、そういうような行き方が適切であるかどうか、有効であるかどうかということについては、私は疑問を持つものであります。殊にこれを農村の側から見ますと、成る程村の財政には、財源を殖やすということに、或いは足らなければ上げるという考え方でありますが、もつと根本でありますところの農民の経済に対しまして、一方で米価を引下げる、そういうきつい統制を続けておる現状におきまして、形式的に自立せよ、こういうことでその案が得られるかどうか、只今の井藤さんの御意見にもありましたように、実質的には自治の資格のないものに形式的に自治を與えるという、そういうような、私は根本的な問題があるかと思うのでありますが、そういう問題には深く触れないことにいたしまして、この行き方で自治は強化するだろうかどうかという点につきまして、私は二つの場面で検討して見たいと思うのであります。
 これは後に安井公述人から御意見があると思いますが、県におきまして私は、附加価値税を中心の県財政となりました場合に、県の財政というものが、例えば県会が三つに分れはしないかと思うのです。つまり県の主なる財源は附加価値税であるとしますと、大部分は都市から県の收入があるということだと思います。農村から余りない、殆んどないといつてもいいかと思います。そういう場合に、県会が一本で行くということではなくて、例えば二つにしようじやないかというようなことが、段々多くの府県で起つて来はしないか、そうなつた場合に、農村に対する県の施設というものが、道路をやるにしましても、その他のいろいろな問題につきましてどうしても手簿になるという虞れを私は感ずるのであります。それから第二に、市町村につきましては、成る程財源は増すということになるわけでありますが、殊にこれを農村から見ますと、非常に独立した自治体として伸びるということに心配がある。只今も御意見がありましたように、住民税というものがどうしても国定的な性質を持つ、固定資産税もそうでありまするし、平衡交付金というような点につきましても、恐らくこれはやはり県を通して来るわけでありまするからして、この配分というようなことについて、足らないだけ十分にやるということが本当に貫かれましようかどうか心配を持つわけであります。殊に非常に人口の小さな、例えば山の方の村というようなものを考えて見ますと、固定資産税につきまして、三万円以下は免税にするという制度がありますが、可なり私は、正確にやれば免税の規定に本当は引つ掛つて免税になる家が随分多くなるのではないかと思うのであります。そういうような点で財源が多くなる筈でありますけれども、果してそうかという点、多分に心配があるのであります。仮に市町村をこういう行き方で強化した方がいいというその原則を私、認めたといたしましても、例えば水利地益税というような、受益者負担というような考え方だと思いますが、こういう考え方で水利、地益というようなものをやりますと、どうしても十分にはできないということになる。むしろこれは大きなものは勿論国費の直営の公共事業、それから県の事業、或いは村の事業として受益者負担というようなことは、そういう考え方を入れない方がよくはないかと思うのであります。そういうような観点からいたしまして、この行き方で参りました場合に、地方自治という目的が本当に達せられるかどうかということは、十分に私は判を捺すということはできないだろうと思うのであります。若しこれで行きました場合に、外の事情が変つて来れば無論もつと安心ができる。例えば町村を合併するというようなことが同時に伴うならば、この行き方は可なり有効じやなかろうかと思う。或いは六三制というような問題、これを施さずに返してもいい、そういうことになれば、可なり問題の考え方は違い得るかと思うのでありますが、そういう問題を同時に考えるのではなくしては、こういう行き方で本当に地方自治、殊に市町村、殊に農村の方の自治を強めるという効果を十分に期待はできない、こう言つても言い過言じやなかろうと思うのであります。次に問題を農民に取つて税が軽くなるだろうかどうかこういう点からこの改革の案を検討してみたいと思うのであります。これはそういう観点からしますと、農家の財布は一つしかないのでありますからして、これは地方税だけというわけには参りません。どうしても全体として考えなければならんと思うのでありますが、個人所得税はこれは私農家の場合には、シャウプ勧告の中にも、農業者は全体として現在と殆んど同一程度のものが課せられるであろう、つまり農業の場合には捕捉がやさしいというようなことを考慮に入れていたと思いますが、そう書いてありますが、やはり大体個人所得税につきましてはほぼ同じくらいであろうというのが見通しであります。府県税は勿論殆んどなくなるといつてもいいくらいに減ると思います。それから町村税は勿論殖えるわけであります。それからあのシャウプ勧告で事実上の変則的な地方税という言葉で言つておりますが、税金と言つていいかどうか分らない非常に曖昧な寄附金、強制的な寄附金、これが随分沢山あるわけであります。PTA、警察、消防、組合というようなもの、赤い羽根の献金に至るまで割当があり、農家にとつては事実上税金だと思つておるというようなものが随分沢山あるわけであります。これがこの地方税制改革で大体なくなる、確か四百億のうちのどれだけでありましたか、多少残るでありましようけれども、大体なくなるというような考え方でありましたが、それが果してそうなるだろうか、私は疑問に思うのであります。そういうような点を総合いたしまして、農家にとつての税額は国税も何も一緒にしまして、ほぼ変らん、二十四年度の状態とほぼ変らんだろうというふうに見込みを付けていかないかと私は思うのであります。で現状と変らなければ結構ですといつて、この公述を終るわけには行かないのでありまして、先日私はこういう計算をいたして見たのであります。米価を四千二百五十円にいたしました直後、外の価格の改訂がちつとも行われなかつた、米価の改訂をいたしました直後の農家の経済の状態を、バランスを見たのでありますが、これを一反歩の收支として計算をいたして見たのでありますが、普通の農家の場合におきましてですね、余り大きな農家ではなくて普通の農家の計算をいたしまして、米作地方で反当收量が二石一斗というような程度のときにおきまして、副收入を合せまして一万二千円、一反について一万二千円。その生産費として税や小作料を別にいたしまして一万円、税金が千九百円ばかり、差引してプラスが二百円ばかり残るのでありまして、この二百円を以て小作料を拂い、それから若し農家も資本家としての普通の利潤を要求する資格があるというならば、この二百円の中から利潤部分も計算しなければならないという、こういう状態であります。ところが米価改訂の後間もなく肥料が一八%ばかり上つたかと思います。それから電気代、こういうような改訂がだんだん続いて来たわけでありまして、米の値上げを最後にして総てが止つて、それでやつと農家が税金を拂えるという程度でありますが、七月までにあれは七割五分でありますか、肥料を上げるというような問題があるわけでありますが、そういう場合に更に地租を二十五年度の措置としては、賃貸価格の二二・五倍でありますかということで計算をするというような措置でありますが、そうなつたらとても農家のバランスは不可能になると思うのであります。二二・五倍と申しますと、地価の公の二二・五倍と申しますと、田の場合には恐らく一万七千円くらいになるのでないかと思うのであります。先程山田さんから市街地の地価の例がありましたけれども、農村におきまして、農地の売買は勿論表向きは禁止されておりますが、この頃だんだん闇で所有権なり或いは耕作権なりを譲る者が可なり沢山出て来ておるようであります。その極めて僅かな部分を闇で必要に迫られて取引がされますものの例が、これは宮城県で可なり数多く調べましたのによりますと、普通の田におきまして二万円程度であります。闇で二万円であるなら結構じやないか、一万七千円なら大丈夫だということは言われるかも知れませんけれども、そうは行けないのであります。日本の農地の価格というものは、殊にこういうような闇の取引の場合におきましては、決してそれは正常な合理的な評価によつて取引がされておるのではなくて、本来日本の農地は細かくこま切れのように切つて取引されるという場合には、これは外のものでも同じでありますが、どうしても高くなる。つまり収益価格を無視した値段で取引される。むしろ稀少性価値、或いはアフェクショネート・ヴァルーとでもいうべき、理窟を抜きにした価格というものが多いことは、これはこういう場合は明かであります。それを、売買価格でそうであるからといつて、直ぐそれをそのまま認めるということは無理であつて、私は二二・五倍という今年のあれを臨時的な取扱いを二十倍にしなければならないものだと思うのであります。で殊にこのことを申しますのは、只今明しましたように土地の売買、それからむしろそれに先立つて土地の放棄を、棄てるのが可成り出て参つたということであります。この問題は私はこういうふうに理解すべきだと思つておるのであります。つまりこの農地解放に際しまして、農家の今まで受けておりました感じは、自分の土地でも自分が、作つておらないと他人に取られる。無理にも作ろう、作つておる。こういうのが農家の共通の心理であつたと思うのであります。ところがそれを或る場合には放棄し、そうして相当全国で数千町歩のものが荒廃に帰しておると調査の結果は、申しておるのであります。そういう部分ができており、そうして売ろうというような気持になつて参りました最も大きな要素は、税金が重い。税金が、作つておると重い。というて無理に持つておるということはこれは疑問だということを農家は感じた。その結果が可成りな土地の移動ということが起つたことが原因だと理解しなければならんと思うのであります。ということは、こういう高い課税標準を以て今年の地租を取り、固定資産税を取り、将来は更にあの率を一・七から三にするということも考えておられるわけでありますが、これは考えなければならん。シャウプさんが考えておられます場合の地価というものは、アメリカの農場の、アメリカのファームの評価のように、やはり收益を基にして、普通の人々が売買をするのに評価を合理的に、評価が自然と行われるということを前提として言つておられると思うのでありまして、そういうものでない日本の土地の価格という場合には、それは余程考える必要があると思うのであります。そういう意味でその問題につきましては、私は地租を、この田畑の率をニニ・五%を下げるか、或いは農家の人からいえば、肥料の値段が上らないということでもいいわけであります。肥料の価格というものにつきましても、段々可成り大きな闇と公の間の開きがあつたのでありますが、それが最近は殆んど鞘寄せをして来ておる。で殊に値上げがあると――補給金の撤廃によつて値上げがあるということを前にしまして、もう農家は全力を盡して肥料を買つたかと思うのであります。で恐らくこれからの肥料の売行きは可成り少くなる。落ちる。こういうようなことを考えまして、肥料の価格をもう上げないというようなことでも、この委員会で附帯決議をするというようなことにでもなれば、この地租の方を二二・五というようなことでも、或いは農家は支拂うことができるかと思うのでありますが、兎に角一つの財布から肥料も高くなり、昔の地租も高くなる。こういうことではとても先程申しましたバランスが、合わせようがないというのが実情だろうと思うのであります。
 最後に先程の井藤さんの御意見の中にもありましたが、動産の評価に最もこれが重要な問題だと思うのであります。私は殊に農村におきまして、田畑山林の課税標準としての調査を本当にやるということがこれから大切な点ではないかと思うのでありまして、こういうことが本当にやられて初めて本当の自治ということが段々と築き上げられて行くのであります。或いはそういう課税標準を公平にするというような、そういう調査をする。そのプロセスにおいて日本の殊に農民が自治ということを私は体得して行くのだろうと思うのであります。毎年一回評価委員会というのでありましたか、できてやることになつておるのでありますが、あの前にありました所得税の査定の委員会の活動を、我々考えても直ぐ分ると思います。或いは地租にいたしますと、公定地価から賃貸価格に課税標準を変えました場合にも、随分長い間時間を掛けて調査をした筈でありますけれども、大体明治初年にできたあの地価のそのままを、形を変えて賃貸価格になつておるというのが実情だつたと思うのであります。そういう意味で、私は本当にあの調査がちやんと市町村でできるかどうか。殊に農村でできるかどうかということについては疑問に思うのでありまして、むしろこれは、そういう調査についての、ここに技術的の場面は国の機関が、町村でなく国の機関がやる方が本当じやないか。例えば土地の面積というようなものにつきまして、村でやればやれる筈でありますけれども、やらないということが実情であります。なぜやらないかということを考えますと、私農林省の統計調査局長をやつておりました時の経験からいたしまして、同じ村の中でも、例えば面積にのびがあるという場合に、自作地とそれから小作地ののびは、一般にいいまして可なりの違いがある自作地の方にのびが多くて、地主から小作人に貸しておつた土地は概して少い。ところが現在村政においてその支配的勢力を占めておるのは、農村では大体自作農でありますからして、大体大まかに申しまして、本当に調査を正確にやれば、自分の縄延びが明るみに出て損をするという、こういう利害関係が作用しておると思うのであります。少くとも意識になくてもそういうことが暗々のうちに作用しておる。そういうような事情を考えますと、調査の技術的な場面は国の機関が……、私作物報告事務所の世話をしておつたわけでありますが、ああいう国の機関がやるというのでなければ、本当に調査の技術的な進行ということは名目上はとにかく、技術的な、実質的な進歩ということはないのじやないかとこう思うのであります。先程申しましたこの耕地放棄というようなこと、或いは土地の売買というようなことが、どういう場面で、どういう土地について比較的多いかと申しますと、農地改革で解放された土地、つまり言い換えれば今まで小作地であつた土地が多いのであります。ということは私は大いに考うべき問題を含んでおると思います。殊にこの調査という問題を考えます場合には、税の公平を期するという、そういう課税標準を確立するというような、そういうことも重要な問題でありますが、同時に土地改良の事業をする。或いはそれに伴つて土地の交換分合をする。こういうようなつまり農業生産力を高めるための基礎としての土地の調査、こういうようなものをやる必要があるのであります。こういう点が本当に進むことが、今まで十分自治の資格を得ておらない日本の農村、農民が、この税法に盛られておる精神を本当に活かすゆえんになるだろうと思うのであります。私の公述はこれだけにいたしておきます。
○委員長(岡本愛祐君) 御質問ございませんか。
○鈴木直人君 農地の法定対価を二十二・五にするのは無理だ。二十を乗ずるというくらいの方が適当だという御意見でありましたが、実はこれはその基礎を聞きますというと、農地以外の土地家屋は、賃貸価格の九百倍にしてある。農地はその農地以外の土地の九百倍と同じような計算で行けば、自作農創設の特別措置法第六條第三項というのは、いわゆる賃貸価格の四十倍というふうになつておるから、いわゆる九百倍から四十倍で割れば二十二・五になる。即ち四十掛ける二十二・五ということになると、丁度九百倍になるので、二十二・五というような数字であるけれども、実際においては農地以外の土地の九百倍と同じ率で以て、この農地の法定対価というものを決定するという意味で、二十二・五倍にしたのだというような政府の説明でありましたのですが、只今の御意見によりますというと農地の法定対価を、その農地以外の土地の対価よりも、もつと安い計算ですべきであるという御意見のように思われるのです。それは肥料との関係においてそういうふうに考えられておるのですが、土地家屋は、農地を必ずしも生産する資本としてでなくて、普通の土地家屋と同じような考え方で税制を打ち立てておるのだと思うのです。それでむしろそういう議論であるならば、二十二・五というものはそのままにしておいて、百分の一・七五というものを、むしろ農地については百分の一・二五にするとか、いわゆる税率を少し下げるという方が妥当ではないかと思うのですけれども、二十二・五を下げるというよりも、むしろ農地においては百分の一・七五というものをもう少し下げ得るような規定を作つた方が、理論的にいいのじやないかという感じをしたのですが、如何ですか。
○公述人(近藤康男君) 私そういう点はどちらがより理論的であり、どちらがより妥当であるか、又実行的であるかということの判断をちよつといたしかねるのでありますが、申上げました意味は、御理解頂きましたように、農家の支拂う能力というような観点からしまして、肥料も上る、税金も上るということで、とてもこれはできんだろう。ですから下げ方は今の税率の一・七五の方に或いはなるが、私は先程申しましたように地租の方はこのままであつて、肥料の方でその問題が片付くということでも、実はいいのじやないかと思つておるのであります。今の点につきましては、私どちらがより理論的かということをちよつと今ここでお答えいたしかねるかと思うのであります。
○委員長(岡本愛祐君) 次に東京都知事安井誠一郎君。
○公述人(安井誠一郎君) 別に申上げることも実はないので、それぞれ專門の部分については、事務当局から十分お聞きになつておるので、又それぞれ御專門の方ですから、細かいお話を申上げるのは無駄だと思うのですが、これもシャウプの勧告に基いてできたという建前から一つ考えて見ると、成る程あのシャウプの勧告には、税制を中心にしたものはいうまでもないのですが、同時にまあ非常に重要なあの勧告の中で、この税制を通して地方の自主化、或いは自立化を強化して行くという考え方から、御承知のあの行政調査委員会制度の勧告をしておるので、シャウプの勧告は、行政調査委員会の勧告については、彼が行政の專門家でないという立場から、何も詳しく日本の行政の批判はしておらんのですが、それだけにあの委員会というものを非常に重要視して、あの委員会を近頃日本にできた委員会の中の最高委員会という考え方で、そうしてその委員会を通して国と地方の事業配分をはつきりやれ、そうしてその事業配分をはつきりやつた上に、事業の自主性、自立性、地方性というものを確立して、この確立された事業を運営する上において、どれだけの財政的自主性を持たせなければならんかという問題が出て来る。本来言えば、この二つのものが並行して解決されるときに、初めて地方の自立性とか自主性というものが、事業と財政の両面から解決される筈なんです。ところが行政委員会は本年一年間、今年の一月から発足して、御承知の五人委員によつて今研究されておるのですが、これが今年一年間研究した上に、国と地方の事業の区分を明確にして、そうしてこれを二十六年度からそれぞれ立法化して、地方と中央の区分を明らかにするということになつております。ところがこの勧告の税法、勿論シャウプ・ミッション一行の非常な優秀な專門な税制の知識によられて、そうして今年からやるということで発足をして、この内容の具体的な勧告を受けておる。そこでまあ税制の方、財政の関係に返つて来るのですが、従つてこのシャウプの勧告の税制の方向というものは、今年二十五年度については少くとも一応旧二十四年度内の現行税制によるところの税収入を二十五年度も基準に、それによつて二十五年度で入るであろうという全体の税收を、府県及び市町村において前提としまして、これに市町村の関係においては四百億というものを増加した。こういうものが全体の建前なんです。それというのは、結局一面から言えば、現在の事業配分、現在の仕事の量、或いは国との関係ということを、一応現状を肯定してでき上つて、現状を肯定した上において市町村においては、年四百億ぐらいのものを増して充実することが必要だ。こういうので増して来たあの四百億というような金も、さつきも近藤さんからお話がありましたが、大体これは正確な統計なんぞ出るものでないのですが、最近の全国における地方の寄附金をどれだけに読むか。これは非常にむずかしい問題ですが、それを大雑把に四百億ぐらいに読んでおるのだと思います。そうしてこれを一つこういう不合理な寄附金という形で非常に偏在したような、或いは理論の上にのらない寄附金の取り方というのはよくない。これをやはり合理化された税制の上にのつけて行こうと、こういうことから大体三百億ぐらいをそれに見ている。そうして四百億の寄附金を全部が全部やめるということもまあできんだろうと、一応三百億ぐらい多くの税制にのせて、後の百億ぐらいは従来いろんな意味で寄附金もあるだろうという大雑把な見通しだつたろうと考えます。従つてそういう考え方から行きますと、この市町村を通して、地方税制を通して府県市町村の地方負担というものが非常に殖えた殖えたと言われるのですが、実際殖えておるのかということを冷静に全体論として考えて見るというと、二十四年度の現行税法でこれをずつと二十五年度に引張つて行くと課税対象の増加その他の関係で、これが千八百億ぐらいになつて、只今二十四年度は千五百億とふんでおつたのであつて、二十五年度にずつとこのまま延ばして行くと、千八百億ぐらいなものになる。ところがシャウプの勧告による今年の地方税総收入を千九百億と見ておる、まあ百億の違いがあるというぐらいなことで、従つて今度寄附金の三百億というものが税の制度で振替つて来たのですから、そんなものを考えて見ておると、別に全体としての地方税の改正による全体の地方民負担というものが去年よりえらい殖えたということは、どうも全体論としては考えられないことに一応なつて来る。ところがそうでなくて、実際国々の税を挙げると今まで皆さんのお話の通りに、非常に税率が上つて来たりなんかするのですが、そういうところにまあ尚もう少し掘下げて検討する余地があるように考えます。そこで今どうしてそんなふうな感じが非常に強く感じられるかと言いますと、これは今近藤さんからいろいろ農村のお話が出ておりましたが、これは私も東京都というものは僅か三つの郡部しかありませんので、而もまあ近接しておる郡部はかなり状況も違うのですが、一番山の中の郡部の状況をこの間ちよつと全町村長の会合のところへ行つて聞いて見たのですが、まあ要するに高くなるぞ高くなるぞ、固定資産税が三倍になる、住民税が何倍かになる、附加価値税がどうなるというので、地方税は何か高くなるぞ高くなるぞという声が非常に高いのですが、よく分りません、これは一つ一つのケースを取上げるとどういうことになるか分りませんが、一番山の奥の郡の総体の状況を、これも正確な数字じやありませんが、そこの地方山務所長に開いて見ますと、やはりこの国税、府県税、市町村税を通じての、その郡内の税の総負担量というものは何億かやはり減る計算になるようです。これは今のお話のように、個々のケースに当つて見ないと分りませんが、国税の関係で落ちて来ます。それから府県税の関係で従来の事業税がなくなりますが、極く大観したので、これが正確に申上げることはできませんが、何か落ちる方が十一、二億で、それから殖える方が八、九億とか言いましたが、少くも何ぼか全体としては減るようであります。まあそのことはもつと正確にやらなくてはなりませんので、それとしまして、これと一番我々府県の関係を附加価値税を通して見まするとき、さつきの近藤さんのお話になつた通りの、この税法を通しての地方自主権とか、或いは地方自治の円満な理論的な運営の裏付が附加価値税でできるかというと、これにはやはり相当の、近藤さんのお話になつた通り私も考えておるのです。附価加値税というのは、これは東京とか大阪とかその他大都市を持つておる府県においては、これは税收も非常に多くなります。何時にそれに集中をいたします。それから今度は農村単位の中以下の県におきましては、これは附加価値というて見ましても、そんなに大きな工場や大きな都市があるわけじやないので、農家にはこれをかけておらんのでありますから、県税としてはかからないのであります。そうするというとこれはまあ非常な減收になる。一体今度の税制改革によつて一番つらい立場に置かれるのは府県でありますが、その府県の中の大きいところは、今言うような附加価値を以て相当或いは入場税、遊興税いずれも都市に集中する税ですから、これは何とかやつて行けます。この小さい農村單位の県は、これは相当の減收になると思うので、これでよいのかという気がする。而も減收になつたからというて、全体といたしましては、二十四年度の歳入というものを、二十五年度に持越したという思想でいつておるのですから、事業としても一応それだけの事業というのはどうしてもやつて行かなければならない。又こういつた復興途上において、自然の趨勢としてはどうしても歳出は膨脹して行かなければならない。而も明確に歳入は減るというと、そうすると何を以て埋めるかというと、平衡交付金を以て埋めなければならない。そうするというと、府県のような中間団体がもつとその自分の財源によつて、今までも大きな仕事をやつておるのですから、自分の財源によつて仕事をするという建前の方が、今の仕事の配分を市町村に移して、府県自身の仕事の分量を非常に少くするのならば、従つて收入は少くして行つてよいわけです。一方事業は現在の事業を行わなければならん。併し市町村は殆んど府県内の地方の事業り小さい部分しか担任しないで、ちよつと纏まつた大きいものは、殆んど府県が担任しておる。今の日本の自治行政の形において、税金が減つて国の平衡交付金の補助を受けてやる。それだけのことを取つて見れば、正にそれは自治権の逆行なのである。自治制度を税制によつて却つて逆な形において二十五年度は過ごして行かなければならないという、非常につらい立場にあるのです。こういうような点をかれこれ思い合せて見ますと、県全体の仕事を運用する、而も地方に道路も作れば学校も作る、災害復旧もやるという、土木費なんかは主として可なり県全体に亘るものですから、それを県税の入場税、附加価値税と遊興飲食税などを見ても、この年からしか取れないところの税を以て賄つて行かなければならない、こういうようなものをそれだけ取上げて考えて見ますと、府県税というものの自主的な運用、府県民がみんなその府県税を運用する上において政治にも参加するが、同時に負任も分担するといつたような考え方をすると近藤さんのお話になりました通り、私も非常にこれが疑問になる、これは将来何とかしなきやおかしなことになるという気が非常に強くいたしておるのであります。そういう問題が全体論として、そういう気が今度の税制と、現在の府県の状況との関係で感ずるのですが、今度は現実におきまして、この間私が町村長から聽いた村の実際の話を申上げると、村の固定資産税、これも近藤さんが今お話になつておりましたが、なかなか山村の方に行きますと賃貸価格が非常に安いのです。そこで三万円が免税点ということになると、可なり沢山のものが免税されてしまう、これは村長さんなんぞ、村の人なんぞはこれは困るということである。やはり村の行政というものは、科学的合理性を持つていればいいということばかりもいえない。本来村にはあのかまど割というものが私の若い自分に行われておつた、戸数割という奴が、これは見立てでやるので、役場の費用は、村全体の人がそのなんぼかでも持とうやという思想が村の政治を円満にしておつた。それにはやはりまあこの生活の保護を受けておるとか、そういう人は別として、そのなんぼかは、やはり村民みんなが負担するという形で行ける場合には一番村がうまく行つておる、その考え方にやはり非常に大きなギャップが……賃貸価格が非常に低いのと、まちまちになつておるらしい。そのために課税上非常に困りますということを一つ言つております。それから住民税について市町村民税についてやはり同じことを言うのです。これは少くとも二十五年度は、前年の所得税の一・八%でしたか、あれで行かなければならん。ところが農村とか山村とかというようなところに行きますと、家族でも少し多いと、今の国税の扶養控除とか何とかいつてやつておつても、かなり国税たる所得税を納めない人が相当できて来るというのです。條文の理窟通りに税務署の人が来て差引かれたりしていると……。ところがその国税の所得税を納めないというと、今度の住民税では御承知の通り住民税の課税基礎がなくなるから、これは村民税がみんな抜けてしまう。かなり抜けるのができて来ます。こういうのは、何とか昔やつておつた今私の申上げた戸数割とか、見立て割、かまど割のようなもので、何か均等割だけでも課けさして貰えるとか、或いは減免差等をつけるのもよいが、なんぼかでも、所得税法上の所得という理窟はともかくとして、とにかく村でみんなが見て、あそこの家はこのくらいの負担をしてよかろうというその村会で何か標準を決めたら、それくらいのものは取れるような、例外的な規定を設けて貰つたらどうかということを頻りに言つております。こういうのは本当に村の役場におつて、村政を円満に、みんな村民一体になつて行こうという心持から出ておる実際の考え方なんです。こういうところに税と村政というもののうまみがあるので、余り理窟一遍の規定にせずに、最下部の団体の税なんというものには、そういうところに少し非科学性があろうとも、まあ農村自体において何とかやつて行けるようなことにすればよいと思います。そんな感じがいたしております。
 非常に取りとめのつかんことを申上げまして相済みませんが、このシヤウプ・ミッションも話されておりますように、この税制というものは、一年や二年で変えるという考え方でなく、五年でも十年でも恒久性を持つということを前提として研究したものだ、こういうことを言つておられるのです。従つてそれだけに今の日本の現状のような経済事情、社会事情の変化の非常に多い、特に、中央、地方の行政配分なども更に基本的に、本格的に改革をして行こう、こういうような場合に、そのまま持つて来るというと、皆さんが今までお話になつておるいろいろの無理ができる。これは止むを得んことだと思いますが……。どうもやらんわけにはいかんかも知れませんが、その場合その必要に応じて大胆に改正するというようなことにでも一つやつて頂かなけばならんという気がいたすのであります。つまらんことを申上げて相済みません。
○委員長(岡本愛祐君) 御質問ございませんか。
○鈴木直人君 只今のは住民税については所得割による徴収分がいわゆる九万円では安過ぎる、免税点が九万円では安過ぎるということですね。
○公述人(安井誠一郎君) 国税の関係ですか。
○鈴木直人君 いや住民税の関係です……。九万円になつておりますがね、九万円では免税点に掛る人が非常に少くなるから五万円くらいに下げて沢山の人が掛る……、ということですね。
○公述人(安井誠一郎君) 裏から言えばそういうことになりますね。
○委員長(岡本愛祐君) 次に住民税について地方税審議会委員木村清司君。
○公述人(木村清司君) 地方税審議会委員の木村清司であります。主として住民税についてお話を申上げようと思います。殊に住民税については勤労所得者を主として都市の方面の関係について考えて見たいと思います。お手許に名古屋市の……、これは名古屋市の住民税を、昨年、二十四年度に賦課したものと、二十五年度の比較表を差上げましたのですが、これによつて、大体これに類似する表は常に自治庁においてもお作りになつておられますし、又これより安全なものを作られつつあると思うのでありまして、私自身も実は急に作つたので、満足すべきものとは思つておりません。非常に欠点も多いと思つておりますが、大体観測するには過ちがないのじやないかと思います。結局名古屋市の住民税たる県民税と市民税、それと所得税の減、今年は所得税の減額があります。それで見ますと、独身者の場合においては所得税の減は殆んど現われないという結果になります。それで扶養家族が一人以上ありますというと、所得税においては大体減少いたします。併しながら固定資産税、地租家屋税が増加いたしまして、増加する分だけは少くとも如何なる場合においても負担するだろうということを考えますと……、この固定資産税の増加分を出すことは個々の場合において非常に困難でありますが……。また名古屋市の土地及び家屋の平均賃貸価格を算出いたしまして、名古屋市の土地は坪当り二円四十四銭、家屋は床面積坪当り五円八十八銭という計算が出ておるものですから、それを引用いたしまして、收入三十万円以下の者に取りまして、土地三十坪、家屋十五坪というものに一律に計算を出して見ますと、千四百十四円の増加になります。固定資産については、この出し方についてはいろいろ議論がございますけれども、一応そういうことで出しました。そういたしますというと、その撥ね返りがありますというと、独身者については直接これは或いはアパートとか、そういう方面の撥ね返りが出て来て殖えましようし、扶養家族一人の場合でございますというと、十四万円程度までは殆んど殖えない。負担が殖えるというのは、むしろ十二万円程度だと殖えますが、そういう結果になるのであります。従いましてこういうことが言えると思います。独自の場合における負担は、所得税市民税合せると、昭和二十五年度に加えると、住民税とか固定資産税とかという直接負担、つまり県税が持つておるところの事業附加価値税とか事業税とかという現象を、勤労者の立場から見たところから言いますと、負担が殖える、扶養家族一人の場合においては負担は多少減りますが、固定資産税の跳ね返りを見ますと、殊に低い場合には殖えるということが言える。而してこの寄附金の合理化、先程も安井さんからお話がありました三百億を、寄附金の合理化といたしましても、従来その階層は余り多くの寄附金を出しておらない。扶養家族一人という場合においては余りP・T・Aの寄附金も負担しておらんということを見ますというと、そういうものの負担減少も考えられる。それで少くとも家族の少い勤労者にとつては、今度の国税、地方税合せて直接身に掛る負担というものは、低いものについては却つて殖えておつて減らない。途中の十七、八万円になりましても減る率が非常に少いということは言えるんじやなかろうかと思います。従つて私は、この住民税の本質から見ますというと、均等割というものが高い。相当高いということは、住民税の本質から見るというと賛成でありますけれども、現在の過渡的な事態におきましては、この住民税の標準は勤労者の数の多い大都市において八百円というのは高過ぎる。これを低くするということが前に申上げましたことの結論です。緩和する一つの方法じやないかとこう思うのであります。つまり私は、均等割が高いということは住民税の本質から、負担分任の精神から見て当然であろうと思うのです。将来国税がもう少し全体として、この程度に安くなるというような場合においては、私はこの住民税というものは、八百円でも千円になつても然るべきと思うのですが、国税の負担がその階層において、まだ著しく顕著でない場合におきましては、少くとも暫定的にしろ、八百円というものは高過ぎるということが言えるんじやなかろうかと思うのです。従つて総体的に申しますというと、この下の階層に対する国税、所得税の負担軽減が、この地方税と合せますというと負担軽減が低過ぎる、もつと、この程度の地方税を考えるならば、国税所得税を減らすべきである。私は地方の財源を涵養する意味において多いことは賛成ですが、これは国税と所得税を合せてもう少し減らすことを前提として考えるべきではなかろうかと、こう思うのであります。
 さてかくのごとく税源が豊富になりましたが、完全に取れるかどうかということが問題であろうと思うのです。これは従来の税金でも、税金はやはり過去の一年前の所得を標準として税金を取つております。而も翌年度は賃金ベースが変つておるのであります。いずれにせよ名目賃金だけは少くとも上つておるという状態で昨年度までは来たのであります。併しながら現在においてはこの賃金ベースは変らない、むしろデフレ、場合によつては賃金遅配とかいうことによつて下つておる。或る場合には下るということを考えなければならんこういうことを考えますと、従来のような税金、従来の地方税の程度というものは、その差額が少いに拘わらず、受ける負担がインフレの関係上低くかつたということは言われるのであります。然るに今度のディス・インフレの時代においては、直接昨年の所得税そのものを標準とする負担というものが非常に多い。絶対額が殖えたに拘わらず、絶対額がまともに苦痛として現われて来る。これがインフレの收束した現在において非常にこれは身に応えることでなかろうかと思います。然らばこれを公平な原則によつて割当てられた場合において、完全に徴收されるということが必要であろうと思う。これは自治体の健全なる維持発達から言つても、又納税思想の涵養から見ましても公平に課税された傷心においては全部公平に取るということは必要と思いますが、これは実際できるかどうかということが疑問になつて来ると思うのであります。これで私はとに角日本の現状の下においては……昔、我々が所得税が始められたときには、千円とか千二百円、或いは低くなつても八百円、昔の貨幣価値において所得税を決められたと思うのでありますが、とに角所得税がこの直接税のこういう程度の高い税金が、我々の所得から見るとエンゲル計数による最近の実質賃金は向上しておりますけれども、とも角も食糧品等に使わなければならんという場合におきまして、徴收の方法において、殊に勤労者については源泉徴收をさせて、完全に取るということが必要であろうと思うのであります。これは源泉徴収と申しますと直ちに国税、所得税の例に倣わなければならんとお考えになると思いますが、私は社会保檢の保檢料の例に倣つて取つたらいいと思います。健康保檢、或いは失業保檢、年金その他についてもそれぞれ、負担割が違つておりますけれども、そういたしますと前年の所得税額に、その市町村の均等割を加えたものを十二等分して取るということにいたしますればやさしいことであると思います。計算上やさしいと思うのであります。或いは十円未満を切捨てるという方針でもよいと思います。いずれにせよ、そういう社会保險の保険料を徴收すると同じような方法でもつて、源泉徴收を実行したならば、非常に異動の多い炭鉱労働者というような者からも徴收できると思います。或いは場合によりますと、只今日傭労働者の職よこせ運動ということが各処に弱い箇所を狙つてやつておりますが、明年度は恐らくこの地方税を対象としてその種の運動が行われる虞れが或いはあるのではないかと思うのであります。そういう意味において集団的に滞納がある場合において、軒並みに長屋に行つて差押することも実際上不可能であります、そうしますとあとは賃金の差押ということは結局源泉徴收と同じことでありますから、然らばイージーペイメントでありますから、月掛で取るということもよいと思います。又勿論経済全体から見て私はいいと思います。いま地方庁において、この画期的な税制のために、非常に地方の吏員の拡充を目論んでおるのであります。併しながらこれを源泉徴收にすることによりますれば、各事業会社、或いはその取引銀行を動員するということによつて行われ得ると思うのであります。そうしますと、どういうことかと申しますと、事業会社とかその取引銀行を利用するということによりましても、成る程実際の労働時間はどちらにしても同じかも知れません。併しながらこれは事業会社の各国税の徴収に当つている者、或いは社会保険の徴收に当る者、或いは官公吏については共済組合費の徴收に当つている者に徴收せしめるということによつて、多少の残業手当等を出すということによつてできる。人員を、つまり面接市町村が多くの人を、現在の租税担当員を倍にするというようなことなしにそういうことが行われる。そのこと自体は私は国民経済上非常にいいことじやないかとこう思うのであります。つまりそのこと自体が同じ効果を生じてもよいと思うのみならず、結果においては一〇〇パーセント近く徴收できるという両方の利益があつて、非常にいいと思うのであります。然るに拘らず今度の税法は箸の上げ下しまでの末端まで條文で規定しておつて、何ら殆んど例外を認められておらず、地方自治を、税の建前としては地方自治を殆んど認めておらんと言つてもいいのじやないか。従来地方條例で以て適当に地方の実情に即応するような規定を設け得られたにも拘らず、今度の税法によりますと、地方の実情に応じた租税徴收方法等も設け得られないように隅々まで規定してある。がんじ搦めのような規定になつているということは、地方自治から見ましても非常に遺憾に思うのであります。施そういう意味におきまして、私はもう少し地方税の組織について、地方税のことについて実質的なことを認めて、先に安井さんから住民税について成る程度以上の村へ行きますと、見立割りが行われるということを言われましたが、実際そうであります。又それによつて初めて本当に所得の正確なものができると思うのであります。国税が正確でない、正確であるということは必ずしも言えないと思います。併しながら国税が正確でないから全部その通りに正確にしろということは、財政の立場から言えないと思いますが、若しこれが地方の住民の実際の立場から見まして、或る程度の見立割りのような余地をも加え得るという点を入れることは必要だと思うのでありますが、地方税全部についてがんじ搦めの税でありますが、この点は将来大いに研究を要する問題ではなかろうかと思います。
 尚簡單に私は地方税全体の組織につれて意見を持つておりますが、結論だけ申上げますと、先程地租家屋税は市町村、但しその他の償却資産、工業用資産等は道府県がよい。こう考えております。それから附加価値税については、労務費に対するものと、利益、利子、地代というものと、二つに分かれると思うのでありますが、給與費に関するものについては市町村に移した方がよろしい。これを附加価値税を二分したらいいのじやないか。利益利子、地代、総合的な性質を有するものを道府県税にする。要するに私は固定資産税を二分し、土地家屋は市町村、一般工業用資産は道府県、附加価値税も二分して、給與利子に関するものは市町村、その他資本的価値の増殖に関するものは道府県というようにした方が、これが道府県の実際の行政から見て、又徴收の便宜から見ても、地方行政と、市町村自治体行政と税との関連性がこれによつて見出されるのじやないかという考え方を持つておりますが、これは御参考までに申上げた次第であります。
○委員長(岡本愛祐君) 有難うございました。御質問ございませんか。
○鈴木直人君 源泉徴收主義でありますが、今度の三百七條によると、各職場の人たちが所得税の源泉徴收をする場合に、その源泉徴收票の一枚をそれぞれの市町村長に送付しなければならないということになつておるわけですが、今の源泉徴收主義によりますと、いわゆる金をそこで取つて、そうして金を当該市町村長の方に送るのか、或いは源泉徴收票という紙の写しを町村長にやつて、そうしてそれに基いて町村長がその住民から取るかというところに違いがあるように思うのですが、今のような、この法律のようなやり方をやつた場合に、どこかに不合理が起るでしようか。
○公述人(木村清司君) 税自体としては不合理じやないと思うのです。徴收の便宜の問題で、一旦懷ろに入つてから取るかという問題と、つまり保檢社会保檢料でもそうですが、つまり一旦懷ろに入つた金を何期分に分けて取るかという問題と、毎月々々の中から拂つて行く。十二等分して拂つて行くという趣旨ですから、拂う方法によつて不合理じやないのです。私は税の性質から見て、源泉徴收であろうと、どうであろうとどちらでも同じだろうと思います。合理性はどちらが納税者にも、徴收者にも便利であるかということを考えればいいのです。便利の問題です。
○鈴木直人君 要するに一度自分の懷ろに入つてしまうと出しにくいが、俸給を拂う場合に先に取つておくというと少しは苦痛だけれども、苦痛と思われる前に税として差出しておるから、取る方面においてもいいし、納める方面においてもいいのだから、先ず俸給としてその人にやる前に予め取つておいた方がいいのじやないかと、こういう意見ですね。
○公述人(木村清司君) 私は国税が何故給與所得について源泉徴收をやつておるかという理由を考えたなら、おのずから市町村においても、給與所得に対して源泉課税だから取つていいのじやないか、国税がやつておることを何故市町村がやつていけないか、この理由をお訊きしたいというのです。これは市町村自身の選択に任してもいいじやないかとこう思うのですが、場合においては相当な、自分の吏員を増すに、自分の吏員を増すに相当するような費用を源泉徴收者なり、或いは送金に当る銀行なりに給與すればいいのじやないか、同じ金を使うならば、徴收費一千万円使うならば、それを事業会社なり、或いは銀行なりに、渡して使つた方が、我が国国民経済上宜しいのじやないかと、こういうふうに私は考えますが……。
○吉川末次郎君 賛成ですよ、全く同感ですよ。
○鈴木直人君 当年の所得を基準とするのですね、前年の所得によるのではないのですね。
○公述人(木村清司君) 私が申上げましたのは、当年の所得でも前年の所得でも同じなんです。私の申上げるのは、こういうふうにしたらいいのです。前年度の所得税を年末調整しますからわかりますね、あれにプラス均等割を加えたものを十二等分して、四月以降を取ればいいのじやないか、こういう考え方であります。だから市町村会は二月までに市町村税の均等割額だけ議決すれば後はおのずから出て来るという考え方であります。
○鈴木直人君 そうするとこの前の六大都市の方々と陳情のときと少し趣旨が違うようですが、均等割と所得割というものをそれぞれの市町村において、額を決定……。予め先ず決定すれば、その決定したやつを十二で割つてそうしてそれを所得のあるところから、俸給から差引いて来て、便宜的に取るというような取り方のようですが、この前のものは均等割はそれそ町村において取る所得割に関する分だけを、所得税のときに源泉徴收すると同じように町村税に対しても源泉徴收するのだ、それについては前年度の標準ではなくして、そのときの当年度の所得額に応じて取るのだと、こういうふうに実は陳情を聞いておるのですけれども、今の方は非常に違うのですか。
○公述人(木村清司君) 源泉徴收についてはややもすれば国税の例に倣うものですから、当年度の所得によらないというと、源泉徴收ができないような錯覚に陷つた人があると思う。ですから、私は前年度の所得を標準として源泉住民税を課すという方法もあると思う。併し昨年度の所得税を標準として課することは不可能じやない、可能です。何となれば、あなたの御承知のように、社会保檢というものは標準報酬によつてやつております。標準報酬というのは毎年、一ケ年一ケ年固定しております。だから従つて丁度社会保檢にいわゆる標準報酬月額を決めたと同じような思想を持つてそういう案を決めればいいんじやないかという考えです。
○鈴木直人君 もう一度申上げますと、こういうわけですね。住民税というのはその住民がその住所地の町村に納めるのであるから、均等割というものと、前年度におけるところの所得を基準とした所得割というものをその町村において予め一ケ年分のものを決めて、そうすると、その人の一ケ年分の住民税の額が、総額が予め決まるから、それを先ず十二で割つて、そうして今度はその税を徴收する方法として所得のある源泉から毎月十二で割つた分を源泉で取つて行く、こういう方法の方がいいという御意見になつているわけですね。
○公述人(木村清司君) この税法の課税客体とかということを変更することは、これはもう不可能だと思う。従つて徴收方法だけならば考え得るということから、やはりそれが一番いいのじやないかと思う。
○委員長(岡本愛祐君) 次に船田文子さん、主として住民税についてお願いいたします。
○公述人(船田文子君) 今日、私は家庭の立場から、この度の税制改革について、何か意見があつたら述べるようにというようなお話でございましたけれども、只今までの諸先生方のお言葉で、私が考えておりましたことなど、思付きなどは全部盡きておりますような形でございまして、私といたしましては、主婦を代表してというお言葉でございますが、極く都会の勤労者の家庭を代表したことしか申せませんのでございまして、意見と申す程のことは何もございません。ただ、お願いを申上げると申上げた方が適当であろうと存じますので、皆様方に主婦の切実な声をお聞き願いたいと存じます。
 先程からたびたびお話に出ます寄附金のことでございますが、これはかねてから私共には非常な負担でございます。殊に学童を持つております家庭におきましては、学校の寄附金は予想外の大きいものでございまして、その数字をちよつと私共の手で、東京都下の学童千二百五十名程につきまして調べて見ました数字を御披露申上げますけれども、教育費と申しましても、この中には衣食、衣服費と食費は抜きまして、家庭内の費用は抜きまして、学校に関係のある費用だけでございますが、それが平均一年生が四千二百七十八円、それから二年生が五千二百三十四円、三年生が六千九円、四年生が七千五十一円、五年生が七千八百八十二円、六年生が八千八十三円という数字が出ております。それでそのうちの学用品とか教科書、それから生徒自身に要ります運動会の費用とか、遠足、給食などの費用を抜きまして、その他のものPTA関係のもの、そうして学校に図書館を作るから寄附せいとか、いろいろ中には先生方の報酬が少ないからPTAからお手伝いするというような費用の割当までがございまして、それの平均が約今申上げました数字の四割近くになつておりますのは、これは平均でございます。戰災を受けました土地の学校は非常に負担が多く五割くらいにもなつております。それで平均いたしまして、一年生の子供を持つている家庭ですら千六百円、六年生、五年生になりますと三千円を越すということになります。それでこの数字は家計費の上でどのくらいの割合を占めるかと申しますと、十万円の年收のあるお家といたしまして、この節でございますと、食費が十万円の中で学童を三人持つている家、六年生と四年生と一年生とを持つておりますその家などでございまとす、食べ盛りでございますから、大体食費が平均六〇%ぐらいに当つております。それも昨年の秋の調べでございますから、只今は多少落ちておるかも分りませんが、大体十万円の收入のお家でございましたら六〇%ぐらいは食費に使つておりますので、教育費が只今の三人を入れますと、これが一万九千四百十二円となりますので、約二万円、二割というものを子供の学校だけの費用に使つております。それとあと住宅費、光熱費と家賃と入れますと、これがまあ二割ぐらいかかりますので、どうしてもあと着る物も着られない、お小遣もないという状態で、それがどうやつて今まで解決されて来たか、そこに主婦の大きな苦心もございましたのでございますが、筍生活と言われますのもここらにございますし、人間らしい生活ができていなかつたと申しますのもこの食費の嵩みますことと、それから子供をどうしても教育しなければなりませんのに学校に取られます費用が非常に厖大であるということが、これは大変に大きな主婦の悩みでございまして、この学校の義務教育費なのでございますから、これはどうしても学童を持つております家庭の負担だけでなしに、全体の税金として賄つて頂きたいということは無常な切実な願いでございまして、シャウプ博士の指摘されました四百億の寄附のうち、どのぐらいが学校関係の経費を占めておりますか分りませんけれども、例えばここに住民税を、これは実際ございます例でございますが、九百三十円住民税を昨年納めた家庭、これが学童三人を持つております家庭でございますが、それが若し先程のお話のように二倍半ぐらいに上つたといたしまして、住民税が二倍半になりましても二千三百二十五円でございます。それで学校関係の寄附が寄附金だけで平均三人分を寄せますと、これが七千五百円になります。それが若し半減いたしましたとして、学校の寄附が三千七百円に減じたといたしますと、二千七百七十円軽くなるということでございまして、十万円の家庭経済を持つております者は、一年間二千七百七十円若し軽くなつたといたしましても、これは大変息がつけますのでございます。若しこの学校関係の寄附というものが全然ございませんでしたならば、非常に家計は楽になると思つております。それで学童を持つておりません家庭のものはそういう意味からいたしまして割合に今は比較的楽なのでございまして、どうしても私共将来を背負います第二の国民が国の宝という考え方からいたしまして、どうしてもこの義務教育に要ります費用は、国民全体の負担において賄つて頂きたい。学童を持つ家庭だけが苦しい思いをするということは、実に私共不合理であると切に感じておりますところでございまして、この点で新らしく住民税が上りますということは、辛いことではございますけれども、一方に子供の教育の方に、それが全部使われるということであれば、皆快く住民税を納めるであろうと存じますわけでございまして、この問題が今母親といたしました立場で一番切に為政者の方に望んでおる声だと存じましたので、申上げたいと存じます。
 それから先程徴税のお話でございましたが、実際問題といたしまして、私共の勤労者の家庭は割合に今源泉課税で取られておりますから、税金に対して余り女の声がやかましくございませんで、收入が少いと観念いたしまして諦らめておるというのが本当でございまして、これを一旦女房の手に受取りましたお金から又税金を出すということになりますと、実際にも苦しうございますが、ひどくやかましく自分達が税金を取立てられるような気持が強く起きるのではないかと思います。只今の東京の実際の状況では、配給を取りますときに、大勢の家族でございますと、一度に千円、二千円とまとまりますので、それが拂えませんで分割拂いを頻りに望んでおります声が非常に多くございまして、又公団でもその便宜を図つて下さつておるところもございますような状態でございますので、どうせ納めなければなりませんし、十二に分けちれるか、四つに分けられるかでは納めますのに心持の上としても、実際に納めるには十二に分けられた方が、そうして天引きされた方がたやすく納められると存じます。その点御配慮願いたいと存じます。
 それから今度の家屋税の上りますことによりまして又住宅難を来すであろうという問題でございますが、これは今日の私の頂いた問題ではございませんけれども、目下の住宅難は、これはただ家が狭いとか何とか申しますより、学童だけに子供の教育上非常に由由しい問題の起きて来る、風紀上も大変憂慮すべき問題が段々と起きて参つておりますので、これを一日も早く解決して頂きたいということは、もう子供を持ちます親達の、母親のこれ以上の大きな悩みはないと思つておるのでございまして、この家屋税の問題がそれに関連いたしまして、若し家屋税の御措置が多少なりともその住宅難の解決にも役立つような方向になりますならば、私共それを多少それが上るということを我慢しても、そういういい方向へ向つて行きますことを大変望んでおりますような次第でございます。もうその外に私別に申上げることもありませんので、失礼いたします。
○委員長(岡本愛祐君) 御質問ございませんか……。それではどうも有難うございました。
 それでは午前の分はこれで終りまして、一時半まで休憩いたします。
   午後零時五十六分休憩
   午後一時四十五分開会
○委員長(岡本愛祐君) これより地方税法案について地方行政委員会の公聽会を再開いたします。再開に当りまして、御出席の公述人各位に御挨拶を申上げます。
 本日は御多用中にも拘わらず御出席下さいまして、種々の角度から御意見をお述べ下さいますことについて委員一同を代表いたしまして委員長より厚く御礼申上げます。
 申すまでもなく本法案は今期国会における最重要法案でありまして、我が国地方自治の確立と伸張を期し、その財源を拡充するために現行地方税制度を根本的に改正せんとするものであります。特に附加価値税、固定資産税及び市町村民税の三大新税の創設、都道府県税体系と市町村税体系との明確な区分等の画期的な大改正が加えられます。従つてこれが実施に当つては、幾多の困難と障害とが予想されるのでありまして、現に国税については、所得税及び法人税において相当の減税が期待されるにも拘わらず、ひとり地方税は逆に負担が加重され、地方住民の受ける影響が増大するのであります。
 よつて本委員会におきましては、本法案の重要性に鑑み、愼重審議を進めておるのでありますが、尚広く国民の輿論を聞き又多年の御経験と御研鑽に基く各位の御意見を拜聽いたしまして、審議の万全を期するため、この公聽会を開いた次第であります。公述人各位におかれましては、本法案に対してあらゆる角度から忌憚のない御意見を御開陳下さいますようお願いいたします。
 議事の順序を申上げますと、公述の時間はお一人二十分程度といたします。その後において本委員会の委員及び列席の大蔵委員の諸氏から質疑もあることと存じますが、これに対して忌憚なくお答えをお願いいたします。尚念のために申上げますが、参議院規則によりまして、発言の内容はその意見を聞こうとする問題の範囲を越えてはならないことになつておりますから、さよう御承知を願います。又御発言の劈頭に御氏名と御職業、又は所属団体名をお述べを頂きたいと存じます。
 それでは一般応募者のうちから水上輝三君、静岡県吉原市で農業を営んでおられる方であります。
○公述人(水上輝三君) 私は静岡県吉原市伝法の一農民でございまして、この地方税改革法案を決定する公聽会に臨まれたことは私の光栄とするところで、又皆さんと会して私の意見を申上げることも実に私の身の上にとりましては光栄の至りでございます。尚又現在の社会状態を見るに、実に財政方面が緊迫なる折から、中央においても右のような税を取立てて行かなければ種種の行政上に支障を来すものとしてやつたことは、私もこれには賛意を表しますが、我々は一農家でありまして、実に我々に直ぐ直面しておるところの一部分を皆様にお話して、どうか我々の税額の減税を叫ぶ一人でございますから暫くの間お聽取りを願いたいと思います。
 私は昭和二十一年に帰農しまして、目下四反歩程の農地を耕作しております。然るが目下昨年の暮より食糧事情もますますよくなるに従いまして、農家の取得するところの普通作物、米麦、雑穀というようなものの価格が次第に下廻つて来る傾向があるのであります。それがために農家は非常に憂えることが多々あるのでございまして、我々も昨年の経営法では、とても二十五年度の経営では百姓は殆んど窮地に陷りまして、二十二、三年頃のサラリーマンの生活のような状態、筍生活をするときに直面しまして、私は実にこれを何とかしなければならんというので、自分自身も農業団体に向いましても、とにかく多角的経営に転換しなければいけないというので園芸等をますます進まして、何とかここを切抜けようとする計画を立つておりますが、如何せん肥料というものと、労銀というものと、生産物の価格というもののバランスのとれないために、我々はますます窮地に追込められるのであります。その上この税法案に決まりまするところの影響はどんなものかといいますると、政府は実に我々について有意義なように示したところの農地改革であります。この農地改革によりまして、農地は開放されまして、我々は実に喜んでこの農地を地主より買受けました。けれども今日この法案が決まりますると同時に、今度は固定資産税というような税金を課せられます。買つた土地は、地主より買受けた土地は実に二束三文の値打かも知れませんが、今日この税金は買価格の何倍に当るか、実に底知れない価格に上つておるのでございます。かかる不当な税金を我々に取立てられたならば、我々は今後の農業経営にはますます困窮する状態に陷るのであります。こういうふうになりますると、この百姓というものが、多くの百姓が段々税金を納めるに困難になるのであります。要するに政府はこれだけあれば地方の行政上には支障を来さぬという運営方法でやつて、実にテーブル上の議論はよくても、この徴收は困難となりまして、私は何とかこれを下げて貰いたいという念願を非常に強く持つておるのであります。この固定資産税の税額を上げると申しますと、我々は第一に小作料の値上げ、それから家賃の値上げ、かかる大衆に及ぼす影響は甚大なものと思いまして、深くこれに私は意を用いて、皆さんの御協力を願つて、是非とも我々百姓の円満に運営できる農業にしたいと思いますから、是非この軽減方法に御協力を願いたいという一人であります。新聞紙上で見ますると、家賃の賃貸価格の六百倍程度としたる税率を以ちまして一・七%の標準税となるというようなことは、非常に地方の自治を無視したこれは課税法ではないかと私は信じます。是非とも私はこれだけの減税を願いたいと思うのであります。私は簡單でございますが、これだけの減税方法を懇願する一人でありまして、この場を去りますからよろしくお願いいたします。
○委員長(岡本愛祐君) 御質問ございませんか。
○岩木哲夫君 今承わりますと、農地の固定資産税は時価の二二・五倍とおつしやつたのですが、あれは……
○公述人(水上輝三君) あれは賃貸価格でしようと思います。私は新聞で見ましたのに、農家とは書いてありませんで、ただ固定資産税として書いてある。記入してありましたから、私は先程も新聞ということを申上げた筈です。
○委員長(岡本愛祐君) それでは有難うございました。次に全般的な観察につきまして、尚平衡交付金の問題を含めまして、武蔵大学経済学部長鈴木武雄君。
○公述人(鈴木武雄君) 只今御紹介のありました武蔵大学経済学部長の鈴木武雄でございます。今お話がありました全般的観察について平衡交付金を含むというような題目で、私の所見を申述べたいと思います。今度の地方税制改革法案は、先のシャウプ勧告の基本精神に従つて、立案されたものでありますが、シャウプ勧告における地方税制改革の根本的な考え方につきましては、私自身といたしましては非常に賛成したい点が多々あるのであります。でそういう賛成したい点をここで一々申上げておりましては、時間の関係もありますので省略さして頂きまして、このシャウプ勧告に副つて作り上げられました地方税法案の中で、特に問題としたいと思う点だけを取上げて申述べて見たいと思うのであります。
 第一は地方自治と、それから地方税財政との関係についてでございます。で新憲法及び地方自治法における地方自治の精神というものを前提といたします限り、シャウプ勧告における地方税制改革のラインというものは、その税財政面におけるいわば肉付けといたしまして、大いに意義があると思うのでありますが、併しここで考えねばなりませんことは政治の面における地方自治の徹底推進ということと、経済の面における地方自治ということの関係であります。若しそれが経済的な地方分権に導くというようなことがあるといたしますというと、これは問題であろうと思うのであります。なぜと申しますならば資本主義経済というものはもともと地方的市場を打破いたしまして、全国的市場を発展せしめるものであるからでありますが、特にこのことは我が国のようなアメリカの一州にも足りない狭い地域における国民経済におきましては、特にそうだといわなければならないと思うのであります。改正地方税法案はシャウプ勧告の基本線に従いまして、地方税制における流通課税の整理、それから消費課税の減少軽減を行なつておりますのは、この意味におきまして賛成でありますが、尚若干のそうした税種を残しておりますのは問題ではないかと思うのであります。例えばこれはこの地方団体方面において非常に要望せられた税金ではありますが、市町村税として電気ガス税が法定普通税として残されておるような点でございます。酒消費税撤廃の精神を私はもつと徹底すべきではなかつたかと考えるものであります。こういう消費税的課税の地方税は税率をどうしても全国一律にする必要があると思われるのでありまして、各地方団体の自主的税率決定に委ねるというこの地方自治の本旨と矛盾して来ると思われるのであります。そうかと申しましてこういうような税金の税率を自主的に各地方に委ねるということも又産業政策上極めて不合理でないかと考えられるのであります。又法定外普通税を起し得る余地を法律上残しておりますが、それはよいといたしまして、法定普通税に消費税的なものが今申しましたように認められておりますために、各地方におきまして法定外普通税といたしまして、消費税的な税種を起す可能性が今後出て来るのではないかというふうに考えられるのであります。地方財政委員会がその場合には善処することであろうと思いますが、法定普通税の上で原則をはつきり出して置いた方がよかつたのではなかろうかと、こういうふうに私は考えるものであります。
 それから第二点、標準税率についてでありますが、新らしい地方税の税率につきまして高いとか低いとか、まあいろいろ問題がございますが、これは標準税率についてでありまして、各地方が皆この標準税率或いはまあ制限税率一杯までの税率を適用するとは必ずしも限らないのでありますから、こういう議論は地方自治という前提を忘れておる議論ではないかと思われるのであります。が併し、標準税率は地方財政平衡交付金の算出に当りまして用いられるものでありますからかこの関係におきまして標準税率は地方団体の最低税率となる可能性が事実上大きいと思われるのであります。従いまして平衡交付金の側からこの標準税率というものが地方の自主的課税を実質上制約することになる場合が非常に多いのではないかと考えられます。
 それから第三点、地方財政平衡交付金についてでございますが、地方自治と申しましても地方経済に非常な凸凹不均等があるのでありますから、これまでの地方配付金に代るこの種の制度が必要であることは申すまでもございません。即ち分権的な地方自治の矛盾の全国的な調整ということがどうしても必要なんでございます。新制度は従来の配付金制度より確かに進歩しておると思われるのでありますが、交付金総額の決定にはこれが果して十分であるかどうかということに多少の不安が持たれるのでございます。今までの配付金が国税たる所得税及び法人税の百分の三三・一四、法律で定められておりましたのは余りに機械的ではありますが、そうして御承知のようにこれも二十四年度予算におきましては、国家の必要上一方的に臨時特例で約半減されるというような憂目に遭つたものではございますが、それにいたしましても明確な客観的基準があつたわけでございます。新制度は各地方団体の財政需要額が財政收入額を超える不足額を正確に計算いたしまして、国庫支出額を決定することになつているのでありまして、その点合理的ではありますが、又恣意的にならない簡單な明確な客観的保証が欲しいように考えられるのであります。厚生省関係の地方委任事務に要する経費が交付金から外されましたこと、又文部省関係の教育費につきましてそれに似たような問題が起りましたのもこういうところの不安に原因があると考えられるのであります。平衡交付金からいろいろこういうような種類のものを外して行くということは、平衡交付金制度の趣旨から申しまして私は反対でございますが、つまりそれは官僚的な中央統制の復活、或いはその温存を意味するということになると思われるのでありますが、併し客観的保証がはつきりしていないということに原因するところも相当大きいと思われるのでありまして、こういう傾向は客観的保証をもつとはつきりさせるのでなければ今後ますます増加することになつて、平衡交付金制度の進歩的意義というものが非常に減殺される危険性が多くなるのでないかというふうなことが懸念せられるのでございます。
 それから第四点は道府県税とそれから市町村配付税との配分についてでございますが、すでに御承知のような配分になつておりますが、それを見ますると、道府県税の根幹をなすものは新らしい事業税としての附加価値税それから入場税及び遊興飲食税でございます。このうち入場税と遊興飲食税、この二種類の税金は非常に都市的な性格を持つた税金であるということが言えると思うのであります。然るに府県によりましては、大きな都市を持たない府県、農業県と言われるような府県が相当沢山ございまして、こういう府県と、それから五大都市というような大都市を持つておる府県との間に相当税收入の不均衡が生ずるのではないかということが考えられるのでありますが、それは平衡交付金その他によつて調整できるといたしまして、農業県と言われるような県におきましては、府県会議員の構成から申しまして、農村出身議員が大多数を占めるということになろうかと思われますが、そういう場合にその府県の中心的な税收入が都市において支拂われるような入場税とか遊興飲食税とかそういうものから成立つておる。これをどういう県の支出に使うかという場合に、県議会におきまして大多数の農村出身議員がこれを決定するという、いわば不合理と申しますか、そういうようなことが予想せられるのでございます。
 それから第五点といたしまして固定資産税につきまして只今も御意見がございましたが、私はただ一点法案によりますというと、昭和二十六年度以降は市町村に設けられました固定資産評価員という者が、その固定資産を評価するのでございますが、昭和二十五年度に限り特例を設けられておりまして、農地以外の土地及び家屋の価格は賃貸価格の九百倍の額とするということ。それから農地の価格は自作農創設特別措置法第六條第三項の規定による対価に二二・五を乗じて得た額とすることという暫定措置が講じられておるのであります。これが最初千倍というので、八百倍がよいじやないかという意見も出まして、いろいろ経緯があつた後、原案としては九百倍というところに決まつた問題の倍率でございます。農地の方は自作農創設特別措置法第六條第三項の規定による対価に二二・五を乗じた額というのは大体九百倍という農地以外の土地の評価と大体同じ倍率になるように計算されるのでありますが、この場合この倍率が非常に高過ぎるということは大体多くの人人の意見の一致しておるところと思われます。そこで八百倍に下げた方が望ましいのではないかというような議論が出たわけでございますが、私はむしろこの負担を軽減するという目的のためであるならば、倍率はそのままといたしましても、税率の方をもう少し引下げる方が却つて合理的ではないかというふうに考えるのであります。それが一つと、もう一つは農地の価格に対しまして、今申しましたような評価の仕方をするということは水田も、それから畑も一律に同じように倍率を掛けるということになるのでありましてこれは今日の水田と畑との関係、或いは米の供出価格と、麦の供出価格との関係、それから賃貸価格が決められました戰前の水田と畑との関係、或いは米の価格と麦の価格との関係、そういうものと考え合して見ました場合の水田耕作所有者にとりまして負担がより重くなるのではないか。そういうふうな不均衡が今正確な計算を持つておりませんけれども予想せられるのであります。その両者の均衡についてもう少し考慮する必要があるのではないかということが考えられるのであります。この二点だけを固定資産税としては申上げて置きたいと思います。
 それからその次は、市町村民税でございますが、この市町村民税が大体相当負担の重い税金になるということにつきましては世上一般に論ぜられておるところでありますから敢えてそれには触れませんが、法案によりますというと、これはシャウプ勧告と同じ内容でございますが、この所得割につきまして、三つの課税標準のうちどれか一つ選択すべしと書かれておるのであります。但し昭和二十五年限りにおきましては第一の方法によらなければならないということになつておりますが、その三つの課税標準と申しますのは、第一は所得税額を課税標準として、その百分の十八を標準税率とし、百分の二十を制限税率とする。第二は課税総所得金額を課税標準とし、その百分の十を制限税率とする。第三は課課総所得金額から所得税額を控除した後の金額を課税標準とし、その百分の二十を制限税率とする。この三つのうちどれかを選択せよ。こういうことになつておりますが、これはちよつと見ましてもはつきりいたしますように、第一の課税標準を選びました場合は下層所得者と申しますか、そういうものがとにかく有利であるということが言えると思います。何となれば直接課税標準になります所得税額というものは所得の多寡によりまして累進しておるわけであります。そうしてその他いろいろな條件が入つておる。そういうものが課税標準になるのでありますから、これは下層所得者にとつては一番有利な課税標準と言えると思います。それから第三の課税総所得金額から所得税額を控除した後の金額を課税標準とする。これは高額所得者にとりまして最も有利であると言えると思います。第二の課税標準が、その中間である。こういうことが言えるのであります。この三つのうちいずれか一つを選択するというのでなくして、私は第一の課税標準を選択するというふうに決めてしまつた方が合理的ではないか、特に今、住民税につきましていろいろ負担が重くなるということが議論になつておりますが、そういうような議論に対する一つの緩和策といたしましても、適当ではないかというふうに考えるのでございます。
 それからその次は附加価値税につきましてでございますが、これは後に中西さんから詳しく御意見が出ると思いますので、ただ私は一点たけ申上げて置きたいと思います。それは附加価値税の課税標準となる附加価値の算出方法につきまして、これはやはり何とか国税たる所得税とリンクさせるという方法を採つた方が納税者にとりましては帳簿も一つで済みますし、非常に簡單ではないかというふうに考えられるのであります。一般にこのシャウプ勧告の精神といたしまして、地方自治、或いは地方税の自主的な課税というような見地からいたしまして、国税とリンクするということについては強い反対の精神が貫いているように考えられるのでありますが、私はそれは必ずしも地方自治を非常に侵害するようなことになるものではないのではないかというふうに考えるのであります。往年の国税に対する附加税制度というようなものは、確かに地方自治を無視したような税制であるということが言えるのでありますが、併し納税者の便宜、そういうような点から考えまして、或いは現在における府県市町村の徴税能力というような点から考えまして、税そのものが独立の税であつた場合には、その課税標準の決定その他に当りまして国税において、国税の結果を利用するということは、そう大した地方自治権の侵害というようなことにならないで、むしろ徴税を確保し、納税者の便宜というようなことから、却つて効果的ではないかというように考えられるのであります。すでに市町村民税におきましては、先程も申上げましたように、その所得割については、所得税とリンクするようなやり方になつているのでありますから、これは外の税金にももう少し推し及ぼした方が便宜の観点から望ましいのじやないか。こういうようなことが考えられるのであります。
 それから最後に、今日の公述人の名簿を拜見いたしますと、協同組合関係の方がお見えになつておりますので、もう私から申上げる必要はないかと思いますが、簡單に一言だけ申上げたいと思いますのは、協同組合、特に農業協同組合というものを育成しなければならないということは、今日の我が国の非常に大きな国策と申しますか、国策であると言わなければならないと思うのでありますが、この農業協同組合、まあ延いて協同組合一般に対しまして、今度の地方税制改革は何ら特別の考慮をしていないということは、極めて遺憾であると思うのであります。協同組合は勿論公団ではありませんし、政府機関でもございませんが、併し、これを全くプライベートな営利団体と同じように扱うということも又、大いに考慮を要する点ではないかと考えられるのであります。旧税制におきましては、昭和二十三年の税制改革以前におきましては、協同組合は特別法人として多くの課税から除かれていたのでありますが、昭和二十三年度の税制改革におきまして、一応課税の範囲に入りましたけれども、尚且ついろいろな点におきまして税率が特別に考慮されていたのであります。国税の法人税なんかにおいてもそれははつきり出ていたわけでありますが、今度の地方税制改革におきましては、その考慮が殆んど出ていないと言えると思うのであります。そこで協同組合側におきましては、例えば地方税については附加価値税、固定資産税というようなものを免除して欲しいというような意見が強いようでございますが、まあ免除するというところまではむずかしいといたしまして、何らか特別の差等を考慮するということは必要ではなかろうかというふうに考えるのであります。更に農業協同組合の金融系統の中央機関であります農林中央金庫は、これは付加価値税におきまして金融機関として銀行業等と同じ範疇に入れられておりますが、この銀行業におきましての附加価値税は、御承知のように昭和二十五年度に限りまして特例が設けられまして、特定の收入額の四五%を仮に附加価値とみなす、それを課税標準として税金を拂うか、或いは一般の方式によつて税金を拂うか、どちらか選択してよいと、こういうことになつておるのであります。普通銀行等にとりましては、この特例の方に従う方が遥かに税の負担が軽くなるのでありますが、農林中央金庫のような系統金融機関の中央機関であるというようなところにとりましては、この特例に従う方が遙かにその負担が大きくなるのでありまして、まあ選択になつておりますから一般的な課税標準の算定方式に従つて、納税するということになろうと思いますので、従つてそのことは何ら一般の銀行業に一つのいわば恩典が與えられたけれども、農林中央金庫に対しては恩典が與えられなかつたということになつたわけでありまして、これもやはり協同組合というものに対する積極的な育成という、大きな国策が地方税制の上に十分現われていないという、一つの現われであろうかというふうに考えるのであります。その外まだいろいろございますが、時間もありませんので一応以上に止めて置きたいと存じます。
○委員長(岡本愛祐君) 有難うございます。御質問ございませんか。次に附加価値税と事業課税について東京都商工相談所長中西寅雄君にお願いいたします。
○公述人(中西寅雄君) 附加価値税と事業所得につきまして、東京都商工相談所長中西寅雄です。附加価値税につきましては、世上いろいろ問題を起こしておるのでございますが、私といたしましては、これは理論的には非常に立派な税であり、考慮すべきところのものであるという意味におきまして、理論的、抽象的には賛成をいたすのでありますが、併しこれを現在の経済情勢の我が国に、そのままこれを適用していいかどうかというふうな点につきまして、私は多くの疑問を持つておるのでございます。今度の地方税の特質は企業の利益というものに対して課税するという考え方の代りに、企業に対して国家がなしておるところのサービスに対して税金を拂うのだといつたふうの考え方がすべての基礎をなしておるようでございまして、附加価値税というものもその最も典型的なものであるというように考えるのであります。即ち附加価値税におきましては、国家が生産の一つり要素であり、国家が事業に対して多くのサービスをしておる、このサービスに対して事業が支拂うその場合において国家がなしておるところのサービスの大きさを何によつて測定するかということになりますと、従来取引高というものを以て事業の活動量等を測定するところの標準といたしておつたようでございます。併しこの取引高税というものにおきましては、同じものに対して二重にも三重にも課税される欠陷があるというところで、これを改正するために考え出されたものが附加価値税であり、それが非常に理論的に発展せしめられて、そうして理論的興味の中心となつておるのがこの附加価値税であるように思うのでございます。で、附加価値という観念もそういう意味において非常に新らしいものでありまして、事業が外部から購入した原料等に対して、新たに国民経済的に附加した価値部分であり、これが国民経済に分配されて賃金、地代、利子というところの国民所得を形成するものである。この附加価値というものが事業の活動量を現わすものであり、国家のなすところのサービスの大いさを、この活動量たるところの附加価値によつて測定するというのが附加価値税の根拠であると思うのでございます。そういう意味におきまして、これは従来の事業税に代るべきものであると言われておるようでありますが、併しその性質が全く違うところのものになるのではないかというふうに考えられます。で、只今申上げましたように附加価値というものは事業が生産活動によつて国民経済的に附加した価値ということになりますからして、この附加価値を計算するということを進めて行きますと、売上総額から原料、消耗品等の購入代、又は商品の仕入代、その外修繕料、保管料、運賃等の外部から購入したサービスの費用、並びに減価償却費というものを引くということはこれは当然のことであります。そうした結果は、事業において支拂つたところの賃金、利子、地代並びに事業が獲得した利潤が残つて両者が一致することになるわけであります。そこでこの附加価値の計算方法を嚴密に計算しようとするならば、売上総額からいろいろの費用を差引くにいたしましても、又差引いた残りのものを、則ち利潤、利子、地代といつたふうのものを加えるということをいたしましても結果は同じことであります。そうしてこれらのものを計算するということのためには、いはゆる発生主義に基くところの損益計算というものを前提とするのでなければ、この附加価値というものが計算できないということは当然なのであります。そこでこれだけのことを前提といたしまして現在の税法を眺めて見ますと、ここに多くの問題があるように考えられます。その第一の点は、三十條に掲げておりますところの附加価値の計算の方法であります。附加価値は売上総額から特定の支出金額を差引いて計算するということを述べられました。そうして特定の支出金額として、いろいろのものが挙げられております。併し私達が見まして最も遺憾に堪えないのは、その差引くべきところの金額の中に、減価償却費というものを含んでいないということであり、他方において又、減価償却をすべきことろの資産、例えば機械とか家屋等のものにつきましては、その購入したときにおいて、その購入代金をば売上総額から差引くということを規定しており、又土地の購入代金を差引くということを規定しておるわけであります。このことは理論的には非常に誤りとというばかりでなく、他面において新設された、これから新設され拡張され、そのために新たに機械等を増設して行くところの事業と、従来から機械等を持つて事業を行なつておるところの事業との間に非常に不均衡が生ずるのではないかというふうに考えられます。このことに対しまして、或いはそれは特に我が国の立遅れたるところの産業の機械化を促進するということのためにそうしたのだと言われるかも分りませんが、併しいずれにいたしましても、既存の事業からの減価償却費、これは附加価値の構成部分でないことは明らかであります。この減価償却費を差引くことを認めないということは、これは非常なる欠陷であるように考えるのであります。特に、固定資産の再評価というふうなことが行われますれば、この減価償却費というものも事業にとりましては相当な額になる。この減価償却費をどうしても差引くということが考えられなければならないのではないかというふうに考えられます。
 で、減価償却する資産の購入代金を差引くとか、或いは甚だしきに至つては、全く理論的に考えられないところの土地の購入代金までも差引くということにいたしました結果、この附加価値の計算において單に従来事業が行なつておりますところの、いわゆるこの損益計算というものがそのまま附加価値の計算に役立たなくなりまして、そこで別に新たなる收支の計算ということをやらなければならなくなるのではないか、このことは大企業にとつても相当繁雑な手数を要するのみならず、特に小企業等におきまして附加価値のために、税の計算のために又特別の收支計算方式の計算制度を立てなければならん。一方において、所得税の計算において青色申告等によつて通常の企業会計原則に基くところの計算制度をば勧奨されながら、他面において又地方税のためにそれと違つたところの計算制度をやらなくちやならんというふうなことになると、非常な混乱を来しはしないかというふうに考えられます。
 第二の点は、この税法によりますと、附加価無税は四%、百分の四掛けるということになつております。これは標準税率であるように思われます。ところでこういつた附加価価税といつたふうの業所得に対して課するところのものでないところの、いわゆる外形標準に対して課する税金というものは、税法の、この租税の性質上、極めて低率のものでなければならないということは当然のことであろうと思うのでございます。附加価値税がどれ程の負担になるかということにつきまして、私達は全体についての資料を持合せておりません。併し例えば、機械工業等につきまして、これは必ずしも附加価値税が非常に多くかかるという業種ではございませんが、この機械工業等について調べて見ました場合におきましても、大体従来の事業税及び取引高税と比較いたしまして、大体二倍乃至一倍半というふうな税の増加になると思うのでございます。これは單に事業税だけではなくして、事業税及び取引高税を加えたものと比較しても一倍半乃至二倍というふうに出て参るのでございます。これは二十ばかしの会社について調べた結果でございます。それからこれに対して更に固定資産税が事業に対して加算されるということになりますれば、非常に大きな負担になるのではないか、こういうふうに考えられますのみならず、この附加価値税はこれは業種間の負担の不均衡ということを非常に来すのではないか、運送業、倉庫業、デパート、その他加工業といつたふうのところ、或いは中小企業等におきましても機械化の余り進んでいないところ、機械化をいたしたくとも、金融難のために機械化ができないところの中小工業におきまして、相当にこの負担が重くなつて来るということが考えられるのであります。それらのことにつきましても多少の資料を持つておりますから、又必要あるときには提出いたすことにいたしたいと思います。そこで私はこの附加価値税を、理論的にはこれは非常に筋道の通つたものである。併しこれを実行する場合においては、この法案そのままのものでは多くの問題を起すのではないかというふうに考えるのであります。そこでこの場合におきまして事業税、又は取引高税からこの附加価値税へ移つて行くという場合において、できるだけその変化というものを大ならしめないように、摩擦を大ならしめないようにすることが大事ではないかと考えます。又こういつたふうの課税というものは、この課税の標準というものが非常に明確にされ、附加価値というふうな一つの非常に抽象的な観念ではなくして、その標準が明確にされて、そうして計算が簡單であるということが非常に必要なんではないかというふうに考えられます。この附加価値につきましても青色申告制といつたふうの制度が行われるようであります。又この附加価値というものをこのままの形式でやろうとするならば、相当に細かい計算をしなければならなくなるのでありますが、こういつた場合に只今鈴木公述人から申されましたように、国税の計算方式と、それから地方税の計算方式を異にするようなものであつてはいけないと思うのであります。のみならず、地方税の場合においては、地方におけるところの徴税機構ということを考えましても、できるだけ簡單なるところの計算によるということが必要になると思うのです。そういう意味において私は次のような提案をいたしたいと考えておるのであります。
 第一に税率を四%から二%に引下げるということが適当ではないかということは、もう各方面の輿論であるように思います。そういうふうにいたしましても、予定額の四百億というものを徴收することができるんではないかということを、それぞれの多くの会社の個別計算の、個別的な計算の結果であるが、推定しているようであります。
 第二にこの附加価値税ということに余り理論的に忠実にならずとも、多少それよりも欠陥があるとしても、この運用と適用というものを、これを少しく簡單ならしめたらどうかと、私はアメリカでもこの附加価値税を提案しておる人々の考えを見てみますと、今日ここに提出されているような細かい計算をすることを考えていないように思うのであります。勿論理論的にはいろいろ細かいことを論議いたしますが、実際においては非常に簡單なものとして考えているように思うのでございます。例えばアダムスというふうな人達は、売上総額からして、工業等におきましては原料とか電気代くらい、又商業等においては商品の仕入代価くらいを差引いたものを以て課税の対象としたらどうかということを申しております。これはつまり従来の取引高税というものが二重課税の欠陷があるから、それを補正するために原料とか、又は商品仕入代価を引いたものを以て附加価値と考えてこれを課税する。又アメリカの統計等において附加価値と言つておる場合においては、決してここにこの税法に規定されているような細かい計算をしたものではなくして、ただ原料代筆を売上金額から差引いたところのもの、それを附加価値と呼んでおるように思うのであります。又日本におきましてもいわゆる加工費というふうな言葉が、日本においても使われておるのでありますが、これはやはり製品の売上金額から原料代等を引いたところのもの、これを以て加工費と考えそれが事業の活動状態を示すものである、こういうふうに解釈されておるのでございます。そういう点から見まして、この原料代、或いは仕入代金を売上金額から差引くということだけでしたならば、非常に簡單に計算ができるのではないか。だからこういつたものにこれを修正したならばどうかということが一つの考え方であります。これが私は附加価値の精神ということを酌みながら、而もそれを簡單化するということの一つの途であります。
 もう一つ各方面で言われておることは、企業の利益と、支拂給與を課税標準としてやつたらどうか、この二本建でやつたらどうかというところの議論がございます。これも附加価値と、ここに規定されておるところの附加価値と余り大きな差違が生じないで、而も同一の結果を生ずるのではないかというふうに考えます。この企業利益と支拂給與を課税標準とするということは、これは又他の考え方を以てすれば、收益税としての事業税を存置しておりまして、それに新たに取引高税に代つて給與支拂税を新設するというふうな意味になるのでありまして、この場合この給與支拂税といつたふうのものを、それぞれの業種に従つて特別の税率で以て附加して行くということになれば、特にこの業種間におけるところの不均衡ということも避け得られるのではないか、こういうふうに考えます。いずれにいたしましても、税率を引下げるということと、それからこの課税標準をもつと明確ならしめ、計算を簡單ならしめるということが特に必要であると存じます。
 最後にこの附加価値税は、これは地方税として徴收されることになりますならば、地方の徴税機構を非常に整備しなければならないことは当然であります。多くの税金のうちで附加価値税程綿密なる計算を前提とするものはないように考えられます。これをこの税をこの法案のまま施行されて行くということになるならば、地方の徴税機構ということも十分にお考えになつて、そうして折角税法では合理的というか、非常に綿密になるところの規定はなされておりましても、これを実行する場合において具体的なるところの事実に基かないで、單に上からして税金を決定するというふうなことのないように運用されるように、特にこの税をお考えになる場合に御考慮を願いたいと思うのでございます。
 私の述べることはこれだけでございます。
○委員長(岡本愛祐君) 有難うございました。御質問ございませんか。じやどうぞ…
 次に自治体の財政について市長代表の川崎市長、全国市長会会長代理、金刺不二太郎君。
○公述人(金刺不二太郎君) 川崎市長の金刺不二太郎であります。自治体の財政についてでありますが、御承知の通り二百四十に近い都市のうちその半数は戰災を蒙つております。戰災による関係、それから戰時中道路、橋梁、営造物等がとにかく戰争に勝つまではというので放置してありました。その外に警察、消防、衛生等が市に移管されました。その外に御承知の六・三制によるこの学校の費用、特にその大部分を占めております学校の建築費というものが、市に要請されるようになつたのであります。ところがその支出は只今申上げたように、非常にこの再建のために多いに拘わらず、歳入の面におきましては殆んどこの国及び府県が税を独占しておりまして、非常に少かつたということと、特に二十四年度は配付税が半減されたこと、六・三制による学校の建築費が、国の補助が非常に少く圧縮されたこと、その結果といたしまして、自治体は止むを得ず巨額の金を一時借入れをしたり、市民の寄附によつて、財政の行詰りを補つておつたのであります。その結果といたしまして、市町村長が現在までに約一割以上が財政窮乏のためにこの職にいることができなくて辞職を余儀なくされておるのであります。これを見ましても如何に市町村が財政に窮乏しておるかということがはつきり分ると思います。その外にこの市町村は教育の問題で学校を建てる。学校の費用だけでも殆んど全予算の四〇%を占めております。その外に失業問題であるとか、その他あらゆる全住民に対する事務的サービスは市町村長がこれに当つております。一番苦しんでおるのが現在の段階におきましては市町村であります。財政の面におきましても事務の面におきましても、あらゆる面におきまして苦しんでおるのが市町村の立場でありまして、一番楽をしておるのが財政的には国であります。その次には府県であります。それが証拠には大体府県におきまして昨年度今年度において数億の繰越金を持つております。如何に裕福であるかということは現実の財政を監査するならば直ちにこれは明瞭になるのであります。ここにおきまして、いわゆる自治法が改正され、新憲法が制定されまして自治体の強化が叫ばれまして一応自治体の体制というものが整つたかのごとく見えますが、只今申上げたような事情で殆んどその内容は自治体というのは名ばかりでありまして、官治と何ら差はないのであります。従つて市町村長の職にある人は、県庁に政府にあらゆる政治力を発揮し、あらゆる努力をしなければその市町村を維持し、行政を遂行することができないというのが現状であります。ところが今回問題になつております税制の大改革でありますが、シヤウプ勧告の線に沿つてこの税制改革がなされることと思いますが、その内容は市町村を非常に重く見ております。府県等を軽く見るという言葉が当つているかどうか分りませんが、財源の面において自治体の確立を認めております。大体今回の税制におきまして、地方に約四百億の財源が與えられました。税一般から見ますと国民の負担は軽減されたということを言つております。これは国の税におきましては軽減されております。約九百億かと記憶しておりますが軽減されておりますが、一面市町村に税が約四百億賦與された、この点は非常に喜ばしいのでありますが、但しこの内容をよく検討して見ますと大体市町村側に與えられました財源は、住民税、固定資産税が大体その基本になつております。これはもうすでに御承知の通り住免税、固定資産税等は従来に比べまして、府県税と市町村税の合計しました額の約三倍の増徴であります。この徴税を考えますと我々は非常に戰慄を覚えるのであります。何故であるかということであります。現在の一般市町村民の財政内容というものは中小企業は倒れかかつております。その給料さえも大部分遅配をいたしております。ここにもつて来まして固定資産税は御承知のごとく土地のみか機械にまで評価いたして加算するのであります。たとえその固定資産が動いていなくても遊休であつても税の対象になるのであります。こういう場合に果してその徴税が可能であるかどうかということは、ここで申上げなくてもはつきりしておると思います。恐らくこの次には、今までは財政窮乏で我々は苦しんでおりましたが、徴税の面で全国の市町村長は今まで税務署に行つておつたところの住民は市町村長のもとに参りまして、この面で吊上げに遭うというようなことは覚悟しなければならないと存じております。
 それでこれが徴收の方法でありますが、現在提案されております税法によりますと、源泉課税は認めておりませんが、大体前年度の所得によつて住民税の所得の額を決めることになつておりますが、而も前年度の額を現年度に適用することが妥当であるかどうかということは、これは大いに考えなければならんことと思います。御承知の通り前年度は、これはいわゆるインフレの年であります。本年度はややデフレ傾向を辿つております。従つて国民の所得、特に勤労者の所得は減つておるものと見なければなりません。そういう点に前年の所得を本年一律に課税するということが妥当であるかどうかということであります。それともう一つは徴税の方法が源泉課税で行きますならば、非常に容易に徴税ができるのでありますが、例えば現在源泉課税になつておりますところの国の所得税は百パーセントに徴收しております。ところが他の申告納税は殆んど七〇%、それ以下であります。これを見ましても源泉で課税することが最も妥当である。前に申上げました所得の内容が、現在の所得によつて課税するということと、毎月その所得から税を源泉で引きますので、容易に、納める方も簡單に納め得るとこういう二点があると私は考えておりまして、特に善良なる市民が年四回に徴收されることによつて現在の薄給から税を納める力がないのでありますから、ついこれを使い込む、結局その結果は滞納者として督促を受けたり、或いは差押を受けるというようなことになつた場合の思想的な問題も考えなきやいかんと思います。この点から見ましてもやはり毎月源泉で納めるということが今申上げました二点から妥当であるとかように考えております。
 その次に申上げたいことは、只今申上げましたように、折角税は多く賦與されまして完全な自治体になろうとしておりますが、併しその財源は徴收するになかなか容易ではないというのが現状でありまして、然らばこの徴税が果して百パーセントに徴税できるかと言いますと、私は只今申上げました理由によりまして、少くとも三分の一は他年度に廻ると、かように考えております。そうした場合に、一体自治体の財政というものがどういうような操作をして行かなきやならんかというと、非常なここに苦慮があるのであります。私の方の市会におきましても、昨日予算が決議されましたのでありますが。現在この税法が国で決定していないので徴税の方法がないのであります。非常に困難なる徴税であるにも拘わらずその徴税の時期がズレておる、而もいつこれはどうなるか今の情勢では分らんというような状態でありまするが、ここに空白期間ができまして市町村では員の俸給を拂えないというようなところがうんとできるだろうと思います。こういう点に対する処置こそ今特に政府で考えて貰わなければならんことではなかろうかと思います。もう一つは、これに関連いたしまして起債の問題であります。大体現在の地方財政というものは起債に依存しております。ところがその起債は大体要求の一割にも行つておりません。然るにこの教育費のいわゆる六・三制による学校の建築のごときはどうしてもこれを建築しなければ二部教授或いは三部教授をしておるというような状態でありまして、市町村長の立場といたしましては到底これを黙視し得ないのであります。ここで只今申上げましたような財源の緩和策として特に二十五年度におきましては起債の枠を少くともシャウプ博士が認めておる程度の、現在三百七十億認めておるようでありますが、少くとも百億或いは百五十億程度は増額して貰いたい。そういう処置によりまして地方のいわゆる市町村の窮乏しておる財政の一助として、いわゆる六・三制が強要されておりまするところのこの学校の建築費に充当して貰いたいということであります。
 もう一つありますが、大体先程申上げましたように、全国二百三十八の都市中約半数が戰災を受けております。ところが戰災を受けた都市にも、いろいろ沢山の戸数を焼失した都市もあれば僅か焼失した都市もあるのでありますが、現在広島、長崎はいわゆる原子爆弾によりまして特別の措置が行われております。先般衆議院を通過したということを聞きましたが、東京におきましては首都識別法案が出ております。横浜、神戸におきましては国際港の特別都市の法案を出すべく運動中であります。又元の軍港都市におきましては元の軍港であるが故に特別市の措置をすべく運動中であります。こういうような状態でありまするが、私は広島、長崎が原子爆弾によつて戰災を受けてその復興のために特別市或いは文化都市という名前で或いは東京都が首都として特別の都市の待遇を受けることは私は反対いたしません。賛成いたしますが、燒夷弾なり爆弾で消失された戰災都市はそれでよいといつて放任するがごとき政治は、私は乏しきは憂えませんが、等しからざるを憂うるというのです。そういういわゆる等しからざるを憂うるという点におきまして、この全国の数十の大都市が戰災を受けておるが、特別の運動によつて特別なそういう措置をとることが果して妥当であるかどうか、これは全国自治体といたしまして非常に重要に考えております。注目の眼を以て見ますと、我々は戰災都市の一員といたしまして、少くとも燒夷弾、爆弾で消失した、或いは破壊された都市も、原子爆弾でやられた都市もその差はないと思います。どうかこういう点に特に留意されまして、公正に等しく復興のために税の問題、或いはその他の問題について特殊な計らいを… そうして将来大きな問題が都市の間から、国民の間から不平となつて爆発することのないように最後にお願いをいたしまして、公述を終ります。
○委員長(岡本愛祐君) 御質問ありませんか…。有難うございました。
 それでは次に同じく自治体の財政について、町村長代表、千葉県津田沼町長、千葉県町村会会町白鳥義三郎君。
○公述人(白鳥義三郎君) 私只今御紹介にあずかりました津田沼町長の白鳥であります。今回政府が提案されました地方税法の改正案は、私達自治行政の担当者といたしましては、誠に旱天の慈雨にも等しいものでありまして、従来財源に悩み苦しんでおりました地方自治体が、どうやらこの法案によりまして一本立ちができるのではないかと考える次第でございます。これを千葉県千葉郡十二ケ町村の実例を以てお話申上げますと、昨年十二月でございましたが、この政府の原案の本になりました改正要綱の第一次試案に則りまして、私達十二ケ町村の歳入見積を嚴密にいたしたのでございます。その結果を見ますると、比較的人口の多い町、私共の津田沼町のごときにおきましては、殆んど財源が殖えておりません。やや九%の増加を示しております。併しながら人口が五千程度、或いはそれ以下の農村に参りますと、相当大幅に收入が増加しておるようであります。やや三倍近い線まで上つておる村がございます。人口の少い程、町村におきましては、この新税法によつて新らしい財源を獲得し得るようでございますが併しこれは何も特に農村に有利に、百或いは余計財源が行くようにできておるのではなしに、今までの財源が今までの地方税の体制から申しまして誠に農村の財源が非常に少かつたのでございます。従つてこれを人口一人当りの総予算額に引直して見ますと、別に人口が多いから余計税收入があるとか、人口が少いから少いとかいうようなことを、一つの規則立つた方式をとりませんで非常にイレギユラーな線を書いているのでございます。勿論これは各農村によつて実情が違うからでもございましようが、それよりも歳入見積りをした人の個性によるものと考えるのでございます。目一杯に歳入を見積りする方もございますし、非常に内輪にする方もございますので、従つて歳入見積りをいたしますときに、多少の不平均が出て来ることは止むを得ないのでございまして、そういう実情を考えて見ますと、ほぼ一様の歳入が上つて来るようでございます。その平均額が人口一人当りにつきまして千六七百円程度と考えられます。勿論先程申しました通りに、私達のとりました計算の基準が改正要綱の第八次試案を基としたものでございましたので、従つてその後町村の方に委譲した税種目もございますし、また平衡交付金のごときも大体八割見当を見込むようにというのでございましたので、その線に沿つて参つたのでございます。また勤労所得者の税額などは私達の推定によつてやるより仕方がなかつたので、幾分内輪に見積うてあつたろうと考えるのでございますが、大体それらの点を勘案いたしまして、二割程度、これより以上に上るものと考えますと、政府の方で全国平均に見て頂くとほぼ近い線が出て来ると、かように考える次第でございます。私農村におきましてやや三倍程度の歳入があるということを申しましたが、それなら農村の方は非常に楽になつたじやないか、皆さんが無駄遣いをするのじやないかといつて御心配になる向きもあるように聞いておりますが、今までの農村の財政事情を、昭和二十四年の当初予算にとつて調べて見ますと、驚くべきことがあるのでございます。これも千葉県千葉郡十二ケ町村の二十四年度の当初予算の歳出面を調べて見ますと、役場費が全予算の五割以上を占めているような町村が全体の半分ございます。十二ケ町村のうち六ケ町村は役場費だけで総予算額の半分を占めているのでございます。それならば村の役場では沢山人を傭つて、要らない人間を使つているのじやないかとお叱りを受けるかも知れませんが、何ぞ図らん六人か七人のかすかすのところでそれだけやつてしまうのでございます。その外に更に産業経済費というのがどの町村でも相当多額に計上されてございます。それは農地委員会の費用、農調委員会の費用が殆んど全部でございまして、その外に産業経済費を使つているような町村は殆んどございません。それを加算いたしますと、最高七六・七%を占める村がある。その次が七二・四%を占めるものがございます。六〇%、五〇%を占めるのはもうざらでございます。そういうような役場の費用、或いは委員会の費用、これだけを捻出するために総予算の半分以上、六割以上を使つているというのが現在の今までの町村の財政の実情でございます。従つてその他の経費と申しますと、地方自治に必要な経費と申しますと、本当にお恥かしいような実情でございます。これを具体的に申上げますと、土木費に大枚二千円を投じている村が二つございます。十二ケ町村のうち二つございます。元の二千円でなく、現在の二千円でございます。給仕の一ケ月の給料にも足りない額を広大な地域を占める土木費として計上してあるのでございます。或いは教育費として六万円を計上してある村がございます。これでは小学校、中学校の子弟を一人ずつ傭えば、もう何も費用が残りません。午前中に船田さんからPTAの費用が非常にかかるということのお話がございましたが、こういうような村では町村の予算のうちから学校の経費として支出する額が極めて僅少なのでございます。それ以上できないのでございますから、止むを得ずPTAの御負担をお願いして学校の運営をやつているような実情でございます。土木費にいたしましても僅か二千円でございますので、その村道、里道の修理に当りましては住民の勤労奉仕に俟ち、或いは寄附金に俟つより外仕方のないような実情でございます。従つてこのような農村に対しまして歳入が仮に三倍になつたといたしましても、自治体の行政にどれだけの寄與をすることができましようか。私はむしろまだ非常にその点を懸念しておるものでございます。併しながら町村民の負担と申しましてもも限度のあることでございますし、従つて今回政府原案に提出されましたので私達十分満足しているのでございますが、面これらの改革案が非常に広汎に亘り且つ根本的になされましたために、それらを実施に移す場合にやや不便を感じはしないかと思うような点が二、三ございますので、その点について私の意見を申述べさせて頂きたいと存じます。
 その一つは税の公平を今回の改正案によつて期待し得るかどうかということでございます。そのうちの一つは町村民税についてでございますが、現在の法案によりますと、所得税の附加税的な形式がとられておりますために今までの町村民のうち、住民のうちに、收入はあつたが併し不幸が続いていたというようなところであれば、町村の方の査定委員会におきまして多少の御面倒を見ることもできたのでございます。又現在の所得税が比較的勤労生活者に重い負担をかけているようにも考えます。そういう実情から考えまして、今までの町村税のかけ方でございますと、勤労生活者に対しては幾分等級を下に見るというようなこともできたのでございますが、今回の税法によりますと、そういつたような処置をとることが絶対にできないのでございます。ところが現在の所得税を納めている人、それが全人口のどのくらいになるかと申しますと、所得税も或いは源泉税も納めていない人が相当沢山あるのでございます。勿論民生委員の保護を受けているというような者は論外でございますが、そうでないので税金を納めていない人が相当多いのであります。つまり所得税の捕捉ができなかつた人が相当沢山にあります。私の町の実情について考えますと、約八百人から千人くらいのそういつた人があるのじやないかと心配しているのでございます。そういうように沢山の人が所得税を逃がれている、所得税を逃がれるばかりでなしに、今度は又町村民税も逃がれるというようなことになつてしまうのでございます。所得割の方が逃がれてしまうということになる、ますますここに不平均が起つて来るのじやないかと心配しているのでございます。現在一家を維持して参りますのに、生活費がどのくらいかかるか、先程船田さんのお話もございましたが、私共の方では大体月に一万円程度は生活するのに必要な金額だろうと考えておりますが、今仮り月一万円を生活の最小限度の経費といたしますると、年收十二万円以下のものはこれは余程切詰めた或いは困窮者とみなされなければならないと考えるのでございます。ところが所得税の免税点はそれを遙かに下廻つたものでございまして、現在生きているものは、そして又民生委員の保護を受けていないものは、殆んど全部が所得税を納めなければならんという実情でございます。それが本当の姿だと言つても差支ないと思います。それにも拘わらず先に申しました通りに一つの町で八百人から千人も税金を納めない人がいる。勿論そういつたようなものに対しましては、本改正案の條文によりますと、地方財政委員会に申告をして、そして許可を得て税金をかけることができるように規定されておりますが、一町村で八百人も千人もあるというような沢山な、厖大なものを、地方財政委員会がどう処理するか。恐らくこれは現実に不可能だろうと考えるのでございます。これを解決する途はただ一つ所得税の免税点をもつと引上げるより仕方がない。少くとも最小限度の生活費を維持するだけに足るだけの額まで絶対に引上げることが必要だと考えるのでございますが、そういうふうにすることによつて、町村税の負担の公平を期すると私は信ずるものでございます。又これを固定資産税について見ましても、償却資産のごときもので、軌道に私達は今後課税をすることになりましようが、同じ軌道でも国鉄には課税しない、私鉄には課税をする、こういうことになるのでございますが、この点公平ということを考えますときに、如何なものかと考えるのでございます。むしろこれらは、国鉄にも当然私鉄と同じように課税をして、そしてその幾分かを、税率を引下げるという方が、むしろ賢明の策ではないかと考えるのでございます。
 尚もう一点申上げたいと思いますのは、事務的に非常に今回の改正案によりますと、煩雑を来す廃れがありはしないか。これは主として固定資産税についてでございますが、固定資産税は宅地、田それらにつきましては、大体賃貸価格を時価とみなして、それに〇・〇一七五を掛ける。畑の方は私の今まで承知しておりましたところでは賃貸価格の千八十倍を掛けて、それを時価とみなして、それに〇・〇一七五を掛けるということになつているように記憶しておりますが、そのような面倒な計算をなぜしなければならないのか。私達が実際に令書を書きます場合に、今度は計算書も一々添えてやらなければならないことでございますが、一つの町におきましても、何千という計算をいたします場合に、一々九百倍してそれに〇・〇一七五を掛けるとか、或いは千八十倍して〇・〇一七五を掛けるとか、それだけの手間をなぜやらなければならないのだろうか。住民にとりましては、納税者にとりましては、結局どのような計算になりましても拂う金額ははつきり分りさえすればよいわけでございます。むしろ千倍というようにはつきりした線を以て、非常に計算の易しい線を出して頂いて、それに〇・〇一五を掛けるとか、一六を掛けるとかいうふうにして行つた方が私達実際の業務に携わる者については非常に有難いのでございます。尚又そうすることによりまして、計算の違い、それによつて生ずる、住民に御迷惑をかける点が相当減らされるのではないかと考えるのでございます。
 尚もう一つ国民健康保險税の点について私の存じのよりを申上げさせて頂きたいと存じます。と申しますのは、今敗戰の結果とは申せ、国民の、私達の生活は相当窮迫しております。従つて今後未だその生活状態が相当永く持続されるのじやないかと心配しておるのでございますが、生活が困れば困る程医療ということにつきましては、社会的の保障制度を確立して頂かなければならないと考えるのでございますが、そしてその点国民健康保險組合ということは是非必要なことと考えるのでございますが、現在国民健康保險組合の運営はいずれの町村に参りましても、赤字続きでございます。そしてその大部分の原因が組合費の徴收の困難であるということに起因しているのでございます。従つて是非とも今後国民健康保險組合に対しまする国民健康保險税の創設をお願い申上げたいと考えるのでございます。
 尚その外平衡交付金等につきまして、お願い申上げたい点もございますが、先程鈴木さんの方から詳しいお話もございましたので省略させて頂きます。
 私の公述がこれで終ります。
○委員長(岡本愛祐君) 御質問ございませんか。有難うございます。
 次に新聞代表として全般的の観察について日本新聞協会事務局長津田正夫君。
○公述人(津田正夫君) 従来新聞の方からいろいろとこの税につきまして或いは社説なりその他で各紙が全国に亘つて意見を述べましたから、それに重複しないように別の観点から意見を述べさして頂きたいと思うのであります。それは私はこの問題が国際問題に関連しておるということをしみじみ考えるであります。その理由は明らかであります。新聞というものは外部の如何なる制約からも自由てあらねばならん。こういう立場で我々は考えておるのでありまして、その自由の立場に立つて社会の事物現象を正確に迅速に報道するというのが、これが新聞の役目であり、そうして諸外国でもこういうふうに行われておるのであります。諸外国の政府も、国民もそういうふうに考えておる。であるから、若し日本政府並びに国会がそういうふうな考え方に反しまして、今回のような新聞製作費に対して課税するということになりますると、私は非常な誤解を生じやしないかということを恐れておるのであります。で、この誤解が杞憂ならばよろしうございますが、ここに一つ具体的な例を申上げれば皆さん一番よくお分りになると思います。先般国会の委員会で選挙法の改正問題が討議されましたが、これにつきましては今までの選挙法について総司令部の民間情報局のインボンデン少佐がこの法律は少しおかしい、新聞は言論の自由を要する、各候補者について自由に批判し、論述することができる、そういうような案にも拘わらず、今までの選挙法がその自由を阻んだということについて非常に残念であるという警告を発せられたことがあるのであります。これは今から一年前でありまするが、これによりまして選挙管理委員会では、この警告の趣旨を法の解釈として取敢えず取扱い、更に先般来国会の改正委員会でこの警告を本にしていろいろ御協議に相成つたのであります。ところがそういうことがあつた最中に、今私が申上げましたような一つの妙なことが起りました。これは在京の各外国の特派員が、この問題を早速取上げまして、そうして本国に打電したのであります。要するに日本の政府なり、国会が新聞の自由を束縛するような法律を作つたり、或いは作りつつあるということを打電いたしましたところが、直ぐに二ューヨークのヘラルドトリビユーンだとか、その他の社説においてこれを取上げました。その社説の趣旨は細かく申上げる必要はありませんが、要するに日本の政府或いは国会は新聞本来の使命を無視蹂躙して言論を抑圧しようとしている。新聞に法的制限を加えるような政府に、どうして日本を民主化することができるか。それは到底期待することのできない問題である。こういうふうに社説で述べまして、丁度折から講和問題が、昨年でございましたから、今年か或いはもう向きあるというような噂のあつたときであつたので、そういう政府と来して講和ができていいものかどうかというような危惧を米国の読者に與えたのであります。賢明なる選挙法の改正委員会では、かかる客観的情勢もお考えの上であつたでしよう、我々ともよく御懇談を頂きまして、殊に同委員会の委員長のごときは数回に亘つて我々の意見をお聞きになつた上で、今回改正に相成りまして、新聞は自由に候補者に対し批判し、論述することができるということになつたのであります。で、これは一例でありまするが、実に具体的な例である。今回の新聞製作に附加価値税を課するというようなことは、私は同様な誤解が招来する危險が多分にある。で、現在でも在京の特派員はこの問題を取られております。私は頼んで、これを打電しないように頼んでおる。ただ我々はその人達に対して我々の力で国会にお願いしたい。もう少し国会に御説明を申上げ、賢明なる政治家諸公の御賢察を願う、こういうつもりで待つていて貰つているのであります。それで若し新聞の製作に、製作の費用に課税するというようなことができますとすると、一体どういうことが招来するかということを考えて見たいと思いまするが、その前に、如何に外国人というものが新聞というものを観察しているかということの、もう一つの例を取つて見たい。先般道府県で路上の露店を撤去するということを関係方面から指示を受けたのでありますが、このときに各道府県の事務当局は新聞の立売にも、これを対象にして、新聞の立売はこれを道路から撤去しなくちやならん、こういうふうに私共に内示があつたのであります。私はその内示を受けまして、これは何か間違いだろう、まさか関係万両がそんな妙なことを考える筈がないということで、私はその内示を受けたその足で関係方面に参りまして、その係のいろいろの人に聞いて見ましたら、そういうことは誤解である。自分は新聞ということは一言も言つたことがない。新聞が道路で立売をするのは当然じやないか、こういうような説明があつたのでございます。こういうように考えますると、私はいわゆる民主主義国家の新聞に対する自由というものについて、そこに我々と彼らとの間に相当の開きがあり、認識の相違と言いますか、理解の懸隔と言いますか、そこに相当の聞きがあることを実に残念に思うのであります。日本には日本のやり方があると言えばそれはそれまででありますが、そういうふうな独善的なことはこの戰争で私は懲り懲りしている。そんなことで外国の誤解を受け、或いは軽蔑を受けるようなことはもうやりたくない。殊にこういう問題が講和問題に支障を来すということになると、私は愼重に政治家諸公に考えて頂きたいということを国民の一人として心から思うのであります。それで私はその次に、今回の課税によつて新聞がどういうことになるかということを具体的に申上げたい。私は結論から申上げますると、今回の課税によつて新聞の紙面というものは実に低劣極まるものになるだろう。と同時に政府の干渉の道を開くことになりはしないか。これ又外国の誤解を招く一つの具体的なことになりはしないかと思うのであります。附加価値税は御承知の通り、新聞の製作費に課税する。ところが新聞の製作費と言いまするのは、大部分は人件費であり、又大部分は報道をするところのその費用であります。こういうことに課税をいたしまするというと、逆に言えば税金をできるだけ逃れるためにはできるだけ新聞は編集に金をかけないということになる。外国の通信も要らん、税金を逃れるためには、そんなものは要らん。こういうことになつてでき上つた新聞は一体どういうものかというと、極めてでこぼこのない、影のない、精彩のない、生気のない、官報のような新聞になつて、もつと言葉を換えて申しますと、一つの通信社からニュースを受取つて、それを新聞に印刷すればそれで済む。こういうような結果になるのであります。そうすると政府としては、他日将来通信社がそういうものを腕に入れてしまえば、言論の統制は幾らでもできるというようなこともあり得るのであります。又止むなく税を支拂うといたしますれば、そこに当然人件費の切下げということが出て来る。これはもう非常な社会問題であつて、最近新聞労働組合の代表者が関係方面を訪ねて意見を質したのも、私はそこにあろうと思う。必ずやそういうことの事態が出て来ると私は思うのであります。そうして今申上げましたように、新聞が官報みたいに同じようなものになつてしまえば、東京の新聞でも、鹿兒島の新聞でも同じもので、従来新聞には中央紙というものがあり、又地方紙というものがありましたが、結局新聞が同じになれば沢山の新聞を読むということも読者には要らなくなるし、そうすれば結局新聞の発行全体の部数も減つてしまう。廻り廻つて、予期の税金も期待できないというようなことになると思うのであります。私はこの民主的な新聞というのは何かと申しますると、先程申しまするように、社会の事物現象を性格に報道して、そうして読者の意見を形作る素材を提供するものである。その意見がいろいろ結晶いたしまして、一つの輿論になり、この輿論によつてでき上つたところのものが、民主主義であろうと思うのであります。ところが、若し今申しましたように、新聞がそういうふうな形になつてしまうと、これは結局輿論が出て来ないということは、戰争中でも皆様御経験でありまするし、又各国の全体主義国家の新聞が、そういうものであるということを御覧になつても、よくお分りであろうと思う。輿論がなければ、当然民主主義というものは育成されない。その意味で大新聞の地方版なり、或いは地方紙の健全なる発達を望むものであります。そうしてその地方の輿論の育成に貢献し、それによつて完全な地方自治制度というものが、達成されるべきものであるとこういうふうに思うのであります。だから私は結論を申上げますると、今回のこの新聞に関する課税は、新聞の本来の使命を蹂躙するものである、こういうふうに考えるのであります。
 終りに、これは私関係方面のこの税の担当官とよく相談もいたしまして文書でも、口頭でもよく納得したのでございまするが、この担当官は、国会が若しも新聞を、この税の対象からどけるならば自分は反対しない。こういう私は言明を受けておりまするから、これも御参考のために申述べたいと思います。
○委員長(岡本愛祐君) 御質問ございませんか。次に協同組合と地方税について、全国指導農業連参事青木一巳君。
○公述人(青木一已君) 全国指導農業協同組合連合会の青木であります。いろいろ御意見が出ておるようでありますが、私は協同組合の角度乃至立場から、地方税、なかんずく附加価値税について御意見を申上げて見たいとこう思うわけでございます。
 その前に一言申上げて置きたいのは、お手許へも行つておるかも分りませんが、新税法による農協の税負担というのの終いから三枚目に、農業協同組合のみならず、全体の協同組合の課税の経過であります。これはもうすでに御承知の通りでありますが、協同組合といたしましては、明治三十三年にいわゆる産業組合法というものが発布になつて来ておりまして、産業組合という形で協同組合が発展して来ておるわけでございます。そのときにはその法律の中に、「産業組合二八、所得税、営業收益税及営業税ヲ課セス」、ということで税金は全部かかつて来ておらなかつたのであります。それが昭和十一年まで続いたわけであります。ところで十一年になりまするというと、確か廣田内閣のときだと思いまするが、組合課税が問題になりまして、国の財政も相当要るということで、協同組合にも課税したらどうかという案が立案されたわけでありますが、併しこれは相当農民、或いは労働者の反対によりまして、それは否決になつたのであります。ところで昭和十三年になりまするというと、御承知の通り日華事変の戰争遂行過程におきまして、臨時的な措置といたしまして、組合の剰余金に対して特別法人税というものをかけるということになつたわけでありますが、そのときの附則の中には、「本法ニ依ル特別法人税ノ賦課ハ支那事変終了ノ年ノ翌年十二月三十一日迄ニ終了スル事業年度分限リトス」とこういう條件が附いておつたわけであります。ところで十八年になりまして、太平洋戰争になりまするというと、その附則というものが取られてしまつたわけであります。ところでそれで参つたわけでありますが、昭和二十二年に農業協同組合法が公布になりまして、そのときには農業協同組合法の確か四條でありまするけれども、第十三條第一項の規定により出資をさせる組合には所得税及び法人税を課さない「地方公共団体は、組合に対して営業権を課することができない。」とこういうように規定されて来ておつたわけであります。従つて協同組合を組織しておりまする農業者、或いは労働者にいたしましても、生活協同組合を作るということで、そのときには戰時的な、臨時的な立法措置ということで大体課税は受けて来たんだ、又当然出すべきものは出して来たんだ、併し戰争が経つたならば戰争に協力いたしましたところのいろいろな施設なり、措置というものは撤廃されるから、こういう法文が入ることによつて撤廃されるのだと、これから平和になるのだと、こういう気持を一時持つておつたわけであります。ところが二十三年度の税制改革では、特別法人税という法律で一応かかつておつたわけでありますが、それが撤廃されまして、一般法人税になるという形が探られて来ました。それからその他の税、例えば取引高税、或いは事業税というようなものも同じようにかかるという形になりましたが、併しそこには差等を設けて、法人税は一般は百分の三十五というやつが百分の二十五に、事業税は百分の十五、一般はそうでありますが、組合は百分の十と、こういう形になつて、そこに差等が設けられておつたわけでありますが、今度は、今度の税制改正では全然差等が設けられておらんということであります。そこで組織しておりまする農業者なり、殊に役職員でありまするが、戰時的にやられた臨時措置というものが却つて強化されて来る。これは戰争に協力されたいろいろな措置というものが解体される方向にあるのに、これだけは却つて強化された。これは一体どうしたことであろうというような気持というものが、これは国税、地方税全体に対しまして持つておるということだけを一つ一番初めに申上げて置きたい、こういうように思うわけであります。
 そこで一番問題になりまするのが附加価値税の問題であるわけであります。で結論から、協同組合の角度から申上げまするというと、これは協同組合の組織乃至経営というものが、附加価値税がかかるということによつてこれは根本的に改変される。そうして協同組合という性格というものを失う危險性があるのではなかろうかということが強く懸念されて来ておるわけであります。でその理由の一つでありまするが、どういうことかと申しますると、第一にはこれは組合法の第七條にもはつきりと出ておるわけでありまするが、協同組合はその行う事業によつて、その組合員及び組合会員のため最大の奉仕をすることを目的とし、営利を目的としてその事業を行なつてはならないということがはつきり出してあるわけであります。従つて協同組合の運営乃至経営というものは、これは奉仕的なものであります。それの裏腹となるものでありますが、これは経済事業外に、教育情報の提供とか、或いは農業技術の普及とか、そういうような非経済事業も行なつておる。或いは農村文化生活の向上というようなこと、団体協約をするとかというような、收入のないような事業も行なつておるわけであります。そういう事業も奉仕的な経営をするということでありまするから、組合法には賦課金も取り得ることになつておる。取つておる組合もあるわけでありますが、取らない組合も相当あるわけであります。そういうことによりまして、組合員に対する奉仕、サービスをして行こうという動きが非常に強くあるわけであります。ところが今度は附加価値税がかかつて参るということになりまするというと、できるだけその附加価値税というものは、これは転嫁したらいいだろうという話でありまするが、組合の建前といたしましては転嫁しない。できるだけ組合員には負担をかけん、こういう形として出して行きたいわけであります。そうしますると組合自体で賄いたいということになりまするというと、甚だ骨の折れることが出て来るわけでありまして、やはり奉仕的な経営というものが営利的な経営へと、できるだけ收入を多くしよう、人件費を少くしてできるだけその他の收入を挙げてしまおうというような、一般の会社と同じような経営的な性格、動きというものが出る可能性というものが非常に強いということを申上げておるわけであります。
 それから第二点でありまするが、申上げて置きたいのは、協同組合という組織でありますが、これはお客さんというものと、それから組合を作り上げております組織者というものとが一致しておる組織であるわけであります。従つてどういうことかと申しまするというと、協同組合の経営規模というものは、法律によつて限定されておるということであります。どんなに努力をしても、これはお客さんというものは、協同組合の組合員以外にはお客さんは殖やさない、殖やして行けないということ、こういう組織であります。殊に協同組合は、協同組合が行なつておりまする事業を直接利用しようということで結合されにおりまする、そういう団体でありまするから、従つてお互いにその事業を利用しようということで、区域は制限されて来ておるわけであります。そういたしまするというと、経営規模というものはこれは大きくできないわけであります。如何に大きくしようと思つてもできない。ただ組合法では員外利用というものを五分の一というものを認めておりまするが、それ以上は罰則があつてできないという形であります。ところが大体附加価値税の一番かかります基準は人件費であります。ところで人件費というものを見て見ますとどうかということでありまするが、これはもう経営学者の誰もが言うところでありますが、経営規模というものが小さい程人件費の占める割合というものは大きいわけであります。協同組合だけにこれを取つて見ましても、一つの例でありますが、全体の運用資金二百二十三万円を動かしておる組合であります。そこでは人件費が総経費のうちのどれだけかかつておるかと申しますと、六四%かかつております。ところがそれが連帯資金が非常に大きくなりまして、四千七十七万円という、これは一つの例でありますが、そのくらい動かしております組合を取つて見ますと、人件費がどのくらいかかるかというと、総経費のなかで三一%ということであります。これは経営規模によつて協同組合内部でも人件費の占める割合には非常に差があるわけであります。これは一般の企業経営の中に協同組合が入つておるわけでありますが、その経営規模の差から人件費の占める割合に非常に差があるという形であります。経営規模が大きくなれば割合附加価値税の負担が少くなるわけでありますが、その人件費の占める割合が多いというと、附加価値税の圧力が非常にかかる、而も協同組合は経営規模を大きくしていかんという組織であります。そこへ附加価値税がかかつて来るという形が出て来ますというと、経営規模を何とか大きくしよう、事業分量も高めようという形が起つて来るわけであります。従つて員外需要、員外を相手にして事業をする。法律では止められておりますが、それをやつて行かなければならんということで協同組合の組織が破壊されるという懸念が多分に包蔵されておるという気がするのであります。
 それからいま一つありますが、これは協同組合という組織はやはり組合員の組織であるわけであります。従つて付加価値税を転嫁できないということは先程も申上げた通りであります。それから大体組合員が農民なり或いは労働者なり勤労者であります。従つてその経済状態というものは近藤博士もおつしやつておりました通り、或いは船田さんもおつしやつておりました通りであります。そういう状態のところにはできるだけ経済的な圧力をかけないようにという努力をいたしておるのでありますから、その立場からも転嫁されるようなそういう税金は一つかけて貰わない方がいいのじやないかという考え方が性格の上から当然起つて来るわけでありますが、そういう状態にあるということを申上げて置きたいわけであります。
 それからもう一つ申上げて置きたいのは、これは可なりGHQ、ESSとも意見が対立いたしまして、或いは大蔵省とも意見が対立するところでありますが、協同組合は、殊に農業協同組合は農業経営の一環という考え方をして行く必要があるだろう、こういうことであります。法律の中には農業には税金をかけないという形が出ておるわけであります。ところが協同組合では今の種苗も、共同の苗圃も経営するということもあります。或いは共同で脱穀機の使用ということもあります。或いは共同で病虫害の駆除をしようというようなこともあるわけであります。これは個人が農業経営の一環としてやりますことを共同でやるということであります。個人でやつた場合にはこれは附加価値税はかからない、併し協同組合で共同でしなければ生きて行けない、農業経営がやつて行けないといつて、共同でするとそこに税金がかかるという形も起つて来るわけであります。これは法律上は一個の法人として認められておりますので、法人だからかけたらいいじやないかという一般の法人と同じ、同趣旨でかけるという考え方を果して行つた方がいいのか、或いは農業者の今の農業経営の一環という考え方をされるかどうかというようなことが考えさせられる点であるわけであります。そんなふうに考えるわけであります。そういうような観点からいたしまして協同組合の性格を変更しないという観点から考えますると、附加価値税をかけることは可なり疑点があるのじやないかというような議論が相当強く出ておるわけであります。
 それからその次に固定資産税と市町村民税でありまするが、これも一体協同組合というものの性格からどう考えて行つたらいいか、法律では確かに協同組合というものは私法人ということで出て来ておるわけであります。私的な性格が非常に強いのであります。併しながら実際に村へ行つて見て見ますると、村單位にできておる。而もその区域内の農民は全部加入しておる、或いは農業者外も準組合員として入つておるというようなことになつていますというと、実際の村人の気持、それから実際の動きというものはどういう形かと申しますと、これは、行政は市町村の役場で、教育は村の学校でと、それから産業経済は村の組合で、村の組合という考え方が非常に強いのであります。そうして役員になる方も、市町村長や助役をおやりになるのと同じように、何か公職というような考え方も非常に強く出て来て、可なり公法人的な性格というものが現実には出て来ておるわけであります。そこら辺から考えて見ますというと、可なり考え方としてはやはり一般の会社などと同じように税金をかけて行つた方がいいか、或いは別の考え方を持つた方がいいのか相当御考慮を願う必要があるのじやないかということであります。これは一応の理窟でありまするが、今度は実際の面から見まして、それが具体的にどういうふうになるかということでありまするが、一応そこに出ておりまする新税法による農協の税負担というものを見て見まするというと、法人は一応抜きにいたしまして、附加価直税を見ますると、大体一応算定したのでありまするが、單位の組合で約七億二千五百万円、それから連合会を入れますると三億二千万円でありまするから、約十億四百五十七万円見当になるということであります。この数字でありまするが、これが一体従来の事業税とどういうふうになるかということでありまするが、次の頁の附としてありますところの事業税と附加価値税との比較ということであります。これを見まするというと、結論からそこへ出してありまするが、農協では事業税に対しましては五一・二一倍になる、それから生活協同組合では五一・八〇倍になる、それから農業協同組合では三倍になるということであります。参考にそこに出ておりまするが、これは国税庁の御調査だと思いまするが、物品販売業は〇・六六、鑄物業は〇・六九、電気製造業、これは非常にかかつておりますが、約四倍になります。メリヤスは二・〇三、印刷業は〇・九三、運輸業でありますがこれが〇・六七、事業税に比較いたしまして減つて来ておるという形でありますが、それが協同組合になりますると相当殖えて来ておるということであります。これは協同組合が全国的の利益を挙げておらんということからこういう形が出て来るだろうというように思うわけであります。午前中公述人の井藤さんでありますか、あれは取引高税とプラスして考えないといけないということでありますが、その通りだと私も思つておるわけであります。併し協同組合といたしましては御承知の通りでありまするが、取引高税につきましては取扱いまする品物によりますと負税が相当されておつたのであります。米、大麦、裸麦、小麦、甘藷、馬鈴薯、雑穀の取次、製造加工その他ずつと出ておりまするが、可なり取扱つております品物については取引高税が免税になつております。ところが今度はそういうこと如何に拘わらずあの附加価値に対してかけるという形でありまするから可なりになるわけであります。大体一倍半見当、或いはもう少し上るかとこう思いまするが、そういう形が出て来るということを申上げて置きたいのであります。
 それからその次に固定資産税でありまするが、現在これは農業協同組合だけでありまするが、持つておりまする固定資産というものが帳簿価格約百二十二億ばかりあるわけであります。そこでこれがこのままの評価でかけられれば約二億一千三百万円見当で済むわけであります。併し今度は時価で行くという形になりまするというと、二十一億、ここでは最低がまあ十倍とかなり戰時中戰前に持つておりました施設が大部分でありますから、そういたしまするというと、そういうような二十億以上になるという形が出るわけなんであります。
 それから市町村税でありまするが、村民税でありまするが、これはあの事務所ごとにかけるという形が出ておりまするから、従つて支所なり出張所を持つておりますというと皆かけられるという形になる。これも今の一つの方針として今の便益を受けるという考え方をして行きまするというと、支所なり出張所を持つておるということでなくて、考え方といたしましては一法人として一つかけるという考え方の方が妥当ではないのか。これは大きな影響力は持ちませんけれども、考え方としてはそういう考え方ができるでなかろうかと思うわけであります。そこで附といたしまして附と書いてありまする一、ニでありまするが、そういうような課税の結果が大体どんなことになるだろうかということでありまするが、詳しい数字ではありませんけれども、農協全体を見てみまするというと、剰余金は約三億七千万円見当、損失金は全部で約一億九千八百万円見当、そこに持つて参りまして附加価値税が單協だけで約七億、それから固定資産税が一応現在の固定資産の十倍という評価がされますというと二十一億、それから市町村民税が約五千七百五十万円見当、こういうような数字でこれを御覧になれば大体の影響力が分るであろう。
 それから次の頁におきましては総税額中におきまするところのこれは農協だけではありません。生活協同組合、漁業協同組合、そういうものの負担しまする税金のパーセントは一応出て来るという形で附加価値税は大体全体の中の二・七九%くらい、固定資産税は四・四%見当、それから市町村民税が一・一%見当というような数字が出て来るわけであります。でそういう形になりまするというと、一応刻下の社会政策的の意味での協同組合の経営というものが破綻になるのじやないか。殊に現在のような経済情勢から申しまするというと、相当な税金だけで打撃を受ける。経済情勢で受けておつて又受ける。一体これで以て協同組合が今後のまあ農民の一つの組織として農民の経済恐慌の対策の組織として果してやつて行けるかどうか、可なり大きな問題として考えさせられておるわけであります。そこでこれをまあ世界的と申しますとどうかと思いますが、国際的な動きとして一つの例で申しますと、今の資料の中の一番最後でありますが、インドのラクノーというところで昨年でありますけれども、あの国際連合の中の農業関係の集まりであります。そこで東南アジアの農業協同組合の、これは関係者の今の集まりがあつたわけであります。GHQからNRSのクーパーさんが御出席になり、それから青野さんという通訳も御出席になつて討議に参加されたわけでありますが、そこに書いてありまする中の三番目であります。「協同組合に対してはその発展をたすけ、農産物の生産をたすけるために原則として免税さるべきである。」というような意向というものが相当強く出ておるわけであります。従来協同組合に対しましては、大体非課税という原則が守られて来ておつたわけでありますが、戰時中になりまして各国とも税金はかけて来ておる。併し戰争が経つて、そうしてこれから貧乏になる、窮迫になりました農民なり労働者というものが、これが更生して行こうという段階になりますというと、やはり協同組合は社会政策的の意味を以て、一つ非課税という原則がとられて行こうという兆しというものはこういうところに出て来ておる。こういうふうにも見受けられるわけであります。そんなような観点から非常に厚かましいと思つたわけでありますが、あのいろいろ税に対して要求も申上げた次第でありますけれども、そういうような情勢になつておるということを一つ御参考までに申上げる次第であります。
○鈴木直人君 只今御説明になつた協同組合というものの範囲ですが、農業協同組合、生活消費協同組合、それから水産業協同組合、その他の中小企業の方は、只今の協同組合というものに入つておりますかどうか。それから市街地信用組合、あれなんかもやはりそこの中に入つて御説明になつておるのかその範囲を伺います。
○公述人(青木一已君) 中小企業協同組合の中に市街地信州組合も今度入ることになつております。従つてそれも一緒にいろいろ討議を重ねておるわけであります。今日数字を出すように申しておつたのでありますが、まとまらないでそのままになつておるわけであります。
○鈴木直人君 そうすると、協同組合全体に関することになるわけでありますね。農業水産だけでなく…
○公述人(青木一已君) 協同組合全体について只今申上げましたようなことを考えられておつたのであります。
○委員長(岡本愛祐君) 次に労働組合の方面から見た地方税法案につきまして、日本労働総同盟総主事高野貴君にお願いいたします。
○公述人(高野寛君) 総同盟の高野でございます。地方税の税制改革につきましてはいろいろ専門的なお話を承わりました。労働組合としましては先般民間関係の労働組合と相談いたしました結果、政府並びGHQに当局に対して一つの要請書を作成いたしました。そうして労働組合側の見解を明らかにいたしましたが、その骨子について申上げたいと思います。
 昨年来ドツジ・ラインが引かれまして、その進行に伴つて労働者の生活は大変悪くなつておる。政府が実質賃金は向上しつつあると言うが、事実はそうでなくて、実質賃金はむしろ低下しておるという事実、特に昨年来一ケ年の間に六十数万人の工場からの馘首者が出ておるという事実、これを收容する新らしい事業計画が何ら進行していない事実、又半失業者が相当の数に上つておる。日立製作所や東芝や、その他機械工業においては、一日四時間の労働者、或いは二月、三月に亘る帰休制度などが一般化している。又、最近起つた争議において、馘首者の対策については殆んど会社側の発表した通りの馘首が強行されておる。更に、今年の三月に卒業した百万に上る新らしい労働力についても、これらが皆失業者になつておるという事実から見れば、甚だしく生活條件が悪化する傾向を持つている。こういうときに今度の税制改革が出て参りまして、一挙に地方税が嵩んで来る。政府の発表では、地方税が四百億増すが、所得税の方では六百九十九億減つているのであるからと、こういう説明をしておりますが、併し、地方税が四百億増すことによつて、地方の住民に凡そ二・半乃至四倍にも上るような重税がかかつて参ります。特に今度の税制が、低額者の方に余計かかり、高額者の方に少いことは、多くの論者が申上げたところと思います。更に、資産割をやめて、人頭税的な性格のものを多くしましたから、従つて物持ちにはそれだけ税が減つたが、月々勤労している者には、住民税はいよいよ大きくなることが明らかになりました。特に、世帯主義を改めて個人所得主義にいたしておりますから、共稼ぎの一家族というものには、盡く新らしい税金が加重され、すでに戰争後、紡績女工の婚期が遅れて、従つて勤続年限が戰前よりも四ケ月も長くなつている事実を見れば、なかなかしをしている女工さんの肩にもかかつて来る。この人頭割税がいよいよ重たいものだということが明らかです。
 附加価値税について言えば、これは赤字企業にもかけられて、赤字企業ですでに困つている会社の、従業員に対する新らしい賃金値下げの口実となり、賃金不拂いを増大する傾向を見ることは明らかです。賃金については、すでに各個人が源泉課税を出し、又会社も事業税を出しているのに、その上に更に附加価値税の形で課税をせられるのであるから、これが事業の圧迫になることは明らかです。特に中小企業は、資本の有機的な構成が少いから、従つて労働者の数も多く、中小企業だけが一層重たい負担をすることになる。家族労働の方でも、免税点が九万円となつているが、併し、これは家族労働を代表する免税点としては、余りに小さ過ぎる。だから、漸く親子三人なり四人なりで家族労働をやつているものに、新らしい重税をかけることになる。
 設備の購入代金については、これを控除額に入れておるから、景気のいい工場では、近代的な設備の資金に廻してしまえば、税金から免かれるという不公平を持つている。言い換えれば、これらの課税は盡く弱肉強食の一つのコースをとることにしかならん。先程協同組合の代表者から縷々、協同組合についての免税について、或いは減税について申されました。労働組合の立場からもこの点を強く主張いたしたい。労働組合は、元来が労働者の日常生活条件の維持改善にあり、そのために労働者が相互に扶助し合うという原則に基いて、団結し、闘つて行くのでありますが、その手段として労働組合は、ひとりストライキ権を発動するだけでなく、ストライキ権の発動を必要としないように、常々団体交渉を行い、又相互扶助のために、みずからの生活を建設する機関として、共済組合或いは協同組合を、各自の工場の中で、或いは産業別組合の協同によつて努力して来たのであります。労働組合が、この方面の分野に大きな役割を務めて行かなければならないということは、最近の労働運動において、特に強調せられているところでありまして、ILOの国際会議においても、アジア会議においても、特に協同組合の精神と協同組合の活動について注意を促がし、立派な決議をいたしております。総同盟その他民主的労働組合の間では、共済組合乃至工場消費組合の設立について大変に努力をして参りまして、最近において、全国的に共済組合の設立が進められております。例えば滋賀県においては、滋賀県の労働組合全部で、滋賀県の協同組合を経営しております。そうして共済組合に、この協同組合に入らなければ、日常の品物が手に入らない。又、滋賀県にある多くの日用商品を作つている工場は、盡く原価でこの協同組合に物品を供しておる。こういう事実がございます。又、巨大な工場を廻つて見ますと、どこにも、労働組合が経営している工場喫茶があつたり、或いは食品店があります。これらのところでは工場員がそれぞれ休憩の際に、或いは会議の際にそれぞれこのような機関を利用して組合員の生活の豊富になるように努力をして参つております。これらのものは要するに利益を目的とした営業ではなくて、それぞれ実質賃金を向上させ、労働者の特技を向上させ、協同精神を磨かせるための労働組合活動であります。この労働組合活動に課税をするということがあれば、これは甚だ不本意なことで、労働組合活動を発達させよう、而も平和的な労働組合活動を発達させようとする世論に反することだと思います。
 政府がしばしば実質賃金の向上を図ると言つておるが、これが一向に具体化されない。その上に労働者の実質賃金を保護しておる労働組合の共済組合活動に阻害を與えるような課税は望ましくない。政府自身もさように考えておる節があると見えまして、公務員法による共済組合の方だけはこれを免税しようとしております。何故に民間労務者の方の共済組合、或いは消費組合には課税をなし、公務員にだけ免税をすることになるのか、我々は全く了解に苦しむものです。若し政府が公務員法による従業員の共済組合、或いは消費組合に免税するならば、無論民間労働組合の活動に対してもむしろ保護を與えるべきだと思います。
 私共は労働組合の立場において今度の町方税の改革について沢山の要求を持つておりますが、これを要約して次のように政府並びにGHQに提出いたしました。
第二 地方税
 一、住民税
  イ、所得割は、国税所得税を軽減した場合には自動的に載減されるが、更に税率を国税所得税の一五%に引下げる。
  ロ、均等割は、
   a 個人 大都市五百円、中都市四百円、小都市三百円にそれぞれ引下げる。
   b 法人 大都市三千円、中都市二千五百円、小都市二千円にそれぞれ引下げる。
 二、附加価値税この新税に対しては、次の理由により反対し、撤回を要求する。
  イ、赤字企業にも課せられるため、これらの企業に働く労働者の犠牲は甚大となる。
  ロ、大企業にあつては、
   a 製品の値上げによつて、直接消費者に負担を転嫁させる。
   b 労働者に対しては、この税を口実に賃金要求を抑圧する。
   c シャウプ博士の指摘されるごとく「労働節約的機械」の採用を促進し「首切りによる合理化」の傾向を助長する。
  ハ、中小企業及資本の有機的構成の低い企業は、競争條件その他経営の不利が大きく止るため、首切り、賃下げ、労働強化が激化する。
  ニ、要するに、安排賃金に直接課税するような税には、本質的に見て反対である。
 三、固定資産税
  イ、住宅地 住宅については二%に引下げ、地代、家賃への転嫁を防止する。
  ロ、ガス、水道、電気、軌道等の公共事業についてはそれぞれ軽減する。
 四、ガス、電気税には反対する。
 五、船舶税、金庫税は存置する。
 六、平衡交付金
  イ、制度としては賛成する。
  ロ、その運営に当り、官僚統制の強化を防ぐと共に、中央、地方のボスの暗躍を防止するため特に注意を要する。
第三
  イ、労働組合の行う厚生事業及生活協同組合に対しては、法人税、事業税(附加価値税)を免除する。
  ロ、労働組合に対しては住民税の均等割を免除する。
第四 その他の事項
 一、青色申告等税務手続については、懇切丁寧なる指導を行い、十二分の過渡的措置を講ずること。
 二、従来租税割当は抵抗力弱く、且つ取り易いものに集中した結果、その負担が労働者、農民、中小企業等勤労大衆に皺寄せされておるのに鑑み、特に徴税の公平に努力すべきこと。
 このような要請書を提出いたしました。我々は勿論ドッジ予算に基く均衡予算に賛成し、又均衡予算の立場から地方の税制が新らしく改革せられることに賛成いたします。それ故にその賛成の立場から今度の税制が徒らに資本家擁護或いは大資本擁護の税制改革とならず、又小企業者や労働者や農民の上に徒らな課税をしないように特別の措置をして貰いたい。こういう立場から只今申述べました要請書を出したのであります。特に労働組合の立場からは住民税の軽減のため措置すること、又住民税がしばしば地方ボスに左右されて地方政治と関係のない方面に多大の過重となる危険を防ぐために特別な監視をする民主的委員会を各市町村に作ることが必要であり、これらを監視する中央の監視機関の設置を要求したいと思います。
○委員長(岡本愛祐君) 御質問ございませんか。
 これにて公聽会を終ることといたしたいと思いますが、公聽会を終るに当り一言御挨拶を申上げます。
 公述人各位におかれましては御多用中御出席頂き、いろいろな点から有益な御意見を開陳して下さいまして、本法案の審議の下に非常なる有益な参考となりました。厚く御礼申上げます。
 これにて公聽会を終ります。
   午後四時三十一分散会
   委員長     岡本 愛祐君
   理事
           吉川末次郎君
           岡田喜久治君
           林屋亀次郎君
   委員
           三木 治朗君
           黒川 武雄君
           堀  末治君
           岩木 哲夫君
           谷口弥三郎君
           西郷吉之助君
           島村 軍次君
           鈴木 直人君
           太田 敏兄君
  公述人
   一ツ橋大学教授 井藤 半彌君
   日本勧業銀行副
   総裁      山田 義見君
   東京大学教授  近藤 康男君
   東京都知事   安井誠一郎君
   地方税審議会委
   員       木村 清司君
   地方税審議会委
   員       船田 文子君
   農     業 水上 輝三君
   武蔵大学経済学
   部長      鈴木 武雄君
   東京都商工相談
   所長      中西 寅雄君
   川崎市長   金刺不二太郎君
   千葉県津田沼町
   長       白鳥義三郎君
   日本新聞協会事
   務局長     津田 正夫君
   全国指導農業組
   合連合会参事  青木 一已君
   日本労働組合総
   同盟総主事   高野  實君