第007回国会 文部委員会 第8号
昭和二十五年三月二日(木曜日)
   午前十時二十三分開会
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  委員長の補欠
三月一日委員長田中耕太郎君議員辞職
につきその補欠として山本勇造君を議
長において委員長に指名した。
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  本日の会議に付した事件
○「元号」に関する調査の件
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○委員長(山本勇造君) それではこれより文部委員会を開くことにいたします。「元号」に関する調査をいたすのでありまするが、会議に入りまする前にちよつと御挨拶いたしたいと思います。
 この文部委員長は田中君がやつておつたのでありまするが、御承知のようなことで、一昨日議員辞任の申出がございまして、昨日正式に許可になりました。その結果私が後任に選ばれたのでございますが、私は議事の進行等につきまして至つて不慣れでございますので、皆様の御協力を得なければ到底やり得ないと思いまして、不行届きの点等もあるかも知れませんが、よろしくお願いいたします。
 これから開きまする調査の問題は、申すまでもなく非常に大事な問題であり、又新聞等においても大きく取上げられておる問題でありまして、国民感情に及ぼすところの影響も大きくありますし、又これからの日本の立場、或いは又国際的に、さまざまな点から非常に重大な問題でありまするので、実は一昨日この調査会の第一回の会合を開きまして、それが田中君の委員長としての最後にもなつたのでございますが、その第一回におきましては、この問題に関しまする大体関係官庁方面の方の御意見を伺つたのでございます。今日は第二回でございまして、この問題に関係の深い団体又は学識経験の深いお方をお招き申しましたわけであります。皆さんは非常にお多忙な地位においでになるにも拘わらず、当委員会からお願いをいたしましたところ、快く御出席を頂きまして、非常に有難く思つております。委員会を代表いたしまして厚く御礼申上げます。皆様の御指名を申上げましたのも、すべて前委員長の計画通りでございまして、今後においても成るたけそれを踏襲して参りたいつもりでございます。
 尚ちよつと附け加えて置きまするけれども、ここの委員会では、性質によりますると宣誓をお願いいたしましたりする大変むずかしい委員会もございまするが、本日のこれは宣誓をお願いしたりするようなしかつめらしいところは何にもないのでございますから、どうかこの問題につきまして、御自由に御遠慮なく一つ御発言を願いたいと思います。皆さんの方に差上げました紙に問題といたしまして、第一は、一世一元の制度についての御意見、第二が、一世一元の制度を廃止するとしたら、その後の処置についての御意見と、こういうふうにしてお尋ねをいたしておるのでございますが、すべて前のに従つておるわけでありまするが、そして又或いは落着くところは、こういうところに行くのではないかとも存じまするけれども、念のため私といたしまして申上げて置きたいことがございます。何故この調査会を始めるようになつたかというその根本は、元号を廃止するとか或いは、西暦にしたらいいだろうとかというようなつもりで始めたのではございませんで、新憲法が制定されまして以来、調べてみましたところが、年号の規定に関する法律において欠けておるところがあるように思われまするので、立法府といたしましてこれをこのままにいたしておいてよろしいのであるかという点に大きな疑問を我々は抱いたのでございます。年号に関する規定は新憲法にはございませんし、それから又新らしい皇室典範にもないのでございます。御承知のような古い皇室典範におきましては、十二條に一世一元のことがはつきり規定してございますが、今度の皇室典範ではそのことが全くないのでございます。そういうふうなわけで、年号の規定が全然欠けておるということは、天皇に万一のことがありましたような場合、一体どういうふうにするのかというようなことにも大変な問題があると存じます。ただ明治元年九月に行政官布告というものが出ておりまして、それにはこれから更始一新して一世一元にするということが出ておる。又御詔勅がありまして、或いはそり御詔勅に基いて、そういう行政官布告が出たのだと存じまするが、その御詔勅なり或いは行政官布告というものは、今日の新憲法に照しまして、尚効力を存しておるものであるか或いはないか、いろいろ意見も徴しており、又前回にもその点が出たのでございまして、これはもはや死んでおるものだという御意見の方、或いは死んでおるとすると現在の年号の使い方はどういうようなことになるかというような上から、生きておるものと解釈しなければならんのじやないか、というようないろいろ御意見もあつたようであります。勿論只今調査中でありまするから、これはどちらとも我々は確定はいたしておらないのでありますが、非常にここは大事な点でございますし、皆様に差上げました質問といたしましては、先程の一と二のようになつておりまするけれども、今の点に関しましてもこれは大事な点でございますから、若し御意見がありましたらこれも御腹蔵なくおつしやつて頂きたいと存じます。
 それから皆様に御発言を願う順序でございますが、どなたを先にするということは非常に困難でございますので、前例等もございますから、今日こちらにお越し願いました順序によりまして、早くおいでになつた方が先にというふうにやりますのが、まあこの場合それによるより外にないと思いますので、その点そういうふうにさせて頂きたいと存じます。ただ古垣さんは放送局の方で大変お忙がしい立場においでになり、而も又時間をお繰り合せになつてこのためにおいでになつたそうで、直ぐに御用を持つておられるということでありますから、順序といたしましては、今のようにいたしたいのでありますが、古垣さんに、今のような事情から考えて、最初にお願いいたしたいと思うのでございますが、皆さんにおいて委員長にお任せ願えるでしようか、若し願えるのでしたらそういうふうにさせて頂きたいと思います。
 最後に時間の点でございますが、皆さんそれぞれ御意見があると思います。又こちらでも皆さんの御意見は十分承つて参考にいたしたいのでございますから、できるだけゆつくりお話を願いたいのでございますけれども、おいで願いました方々の数も多うございますし、又晝というような問題も控えておりますので、大変これ又申訳ないのでございまするけれども、取敢えず最初の御発言は十分程度にさして頂きまして、恐らく委員の方々から御質問等もあると存じまするから、その際に又不足の点もございましたらおつしやつて頂くというようにいたしまして、一応最初の御発言は十分程度にさして頂ければ都合がよいと存ずるのでございますが、この点も一つ、大変勝手でございまするが、そういうふうにさして頂きたいと存じます。そういうふうにして御異議ございませんでしようか。
   〔「結構です」と呼ぶ者あり〕
○委員長(山本勇造君) それではそういうふうにさして頂きまして、最初に放送協会会長の古垣君の御発言を願います。
○参考人(古垣鐵郎君) 私日本放送協会の古垣鐵郎でございます。只今委員会の皆様の特別のお取計いを以ちまして、我がままをお許し頂きましたことを最初にお礼申上げ、又そういうようなお願いを申上げなければなりませんことをお詑び申上げます。
 この一世一元の制度についての意見を、私のような者にまで御聽取下さいましたことを非常に有難いと存じておりますが、実は私は以前から、自分に関する限り、廃止に賛成で、そういう生活をして参つておるものですから……。取上げてこの際御参考になるような意見は、申上げる内容がないということを恐れております。私はこの一世一元の制度の廃止に賛成でございます。只今も委員長のお話にありましたように、この制度が法律化されましたのは明治以来のことでございまして、比較的新らしい時代、而もこの法律化されました理由は、多分に政治的な意図が含まれていたように認められます。必ずしも法律化しなければならなかつたという必然性は私は感じられないのでございます。従つて第一に、少くとも廃止しても差支えないということが言えると思います。ところが今日新憲法が出まして、その精神に照しまして、法律的にこのことが存続してはどうも不適当な事態が起つておるのではないかというように考えられます。尚将来の国際関係の復活というようなことを考えてみますと、今日では日本の津々浦浦において国際関係ということの上に国民が生活していない。国民の生活感情がその域にまで達しておりませんけれども、将来の国際関係の復活を考えてみますと、これは一部の有識者が主張し、又一部の日本国民が現実に痛感しておることが、国民に一般化されることは必然でありまして、当然世界共通の数え方に従うことが最も妥当と考えます。又日本の歴史の上で考えてみましても、大和時代とか平安朝時代或いは江戸時代というようなふうに、文化史的な分類には何ら元号を使用しておりませんし、又使用しなくて済むと思われます。單独にその年代を示す場合でも、紀元暦と元号を併用しておる現状でありますから、どうしてもそういうようないろいろの理由から、当初には多少の不便がありましてもこれを忍びまして、正しく妥当と認められる方法、つまり私は廃止が妥当であつて、正しいと考えますので、そういうふうに切替えることがいいと思います。第一の御質問に対する私の意見を簡單に申上げました。
 第二の点について申上げますと、そこで問題は、この正しく妥当なことが実際の面でどういうふうになるか、どういうふうな困難があり、その困難を打開して行くにはどうしたらいいかという問題になると思いますが、古くは尺貫法を廃しましてメートル法を採用いたしました場合、又近くは新聞やラジオで中国の地名、人名の呼び方をいわゆる原地読式、これは正式には原地読ではございませんが、原地読式と申しましようか、この原地読式に直しましたのでありますが、この場合いろいろの困難を見たのであります、現実には相当長い間、尺貫法の場合は尺貫法を併用し、又原地読の場合は今日まで読みならわしました日本式の読み方を併用いたしております。従つて一世一元の元号廃止の場合も、相当長い間併用時代があることは止むを得まいと考えます。従つてその後の処置としましては、新らしく日本の歴史を発刊いたします場合とか、或いは官公の印刷物の場合とかは正しく妥当なことでございますから、率先して西暦のみに従うべきではないかと思います。そうして同時に、他方一般には併用時代を黙認して行くべきではなかろうかと思います。つまり国民感情、国民の生活感情を無視し得ないということを私は考えます。十干とか十二支、大安、仏滅等のものが、迷信とは言われながらも一部の人々の日常生活の軌範として無害に使われておりますのを見ましても、早急にこれを絶滅するということはむずかしいし、又この国民感情を無視したり、強制的な措置をとるということは何の益もないことだろうと思います。そこで私はいわゆる漸進主義で行くべきだと思うものでございます。
 具体的には私放送に関係いたしておりますから、ラジオの場合を考えて申上げますと、ラジオとしては元号廃止の精神を体しながらやつて参ります。併し漸進主義で以て、文芸とか娯楽とか慰安等の方面では国民感情も又無視せずに、決してそれを奨励するとかそういうふうではありませんけれども、当座の聞それを無規せずに漸進主義をとつて、やはり当分の間はこの文芸も娯楽も、慰安の面におきましては併用時代を認めてやつて行かなければならない、それは止むを得ないと考えております。以上簡單に申上げます。
○委員長(山本勇造君) 有難うございました。
 ちよつとお諮りをいたしますが、只今の古垣君の御発言に対して直ちに質問をなさいますか。それとも御出席を頂きました方々の御発言が済みましてから、質問は一括してやるようにいたしましようか、如何なされましようか。
○藤田芳雄君 一括してお願いした方がいいかと思います。
○委員長(山本勇造君) そういうことに御異議なければそういうことにいたしたいと思います。ちよつと速記を止めて。
   〔速記中止〕
○委員長(山本勇造君) 速記を始めて。それでは第二番目に商工会議所專務理事の吉阪俊藏さんにお願いいたします。
○参考人(吉阪俊藏君) 私東京商工会議所の專務理事の吉阪でございます。特別の御配慮を得まして誠に有難うございました。
 私は商工業の立場から申上げたいと存ずるものでございますが、商工業の立場から申上げますというと、例えば明治屋とか大正堂とかいうように、御承知の通りに商号をつけておるような店舗もございます。これは創業の時代などを記念してやつておるここと思うのでありますが、併しながら一般的に申上げますと、商工業は便宜を主とするものでございまして、特定の時代に極限するということもなければ、特定の天皇に関連するというものでもないと思うのであります。それで一般に通用する暦の外に元号を必ず用いなければならんというような必要はないと思うのであります。債務証書でございますとか、或いは手形等に、いわゆる日附、確定日附というものが行われて、これも契約の確実を期するがために、又法律上必要とされておるものでございまするが、これは元号によらずとも、例えば西暦を以ていたしましても目的を達することのできるものでございます。今日国際的の通信にいたしましても、又契約書等が世界的な西暦を用いられておるということは言うまでもないのでございます。更に最近に至りますと、例えば二十四年、或いは二十五年ということを申しますと、これは昭和二十四年、或いは二十五年であるのか、一九二四年か二五年であるのか分らない、混雑をするような場合もございますので、むしろ簡單に一本化された方が、商工業の立場から言えばよろしいのではないかと思うのでございます。
 ただ問題は、第二の御質問にございます元号を廃止いたしました場合の処置と、それからその廃止の時期ということではないか思います。元号を廃止する場合にはこれに代るべき暦が当然必要になつて来るのでありますが、この暦はキリスト暦がよいと思うのであります。西暦という言葉が使われておりますが、この西暦という言葉は正確ではないと思います。仏暦、キリスト暦と、アンテイキリスト、或いはビフオア・キリスト等あつて、キリスト暦と言うのが正確であろうと思うのであります。このキリスト暦は今日もう世界暦と称し得る程度に広く行われておりますのでございますから、これはキリスト教国であると否とに関係なく、便宜の上から採用して差支ないと思うのであります。皇紀、即ちこの日本紀元というものは、これは特殊な国内だけの場合に用いるのは差支ないのでありますけれども、元号に代るべきものではないと思うのであります。曾つて太平洋戰争の最中でございますが、南方地域でこの日本紀元が行われておつたのでございます。土民が直ちにこれを用いたのでありますが、これに接した日本の当局が却つて面くらいまして、一体二千六百一年は何年だつたかというような、西暦に換算するというようなことをいたしたというようなことを、そういう滑稽なことを聞いておるのであります。日本人自身の間にも十分に徹底し、又便利であるということは言えないと思うのであります。ただ希望を申すことができますならば、このキリスト暦の採用というものは、日本だけの問題といたしませんで、世界の文明と利益のためにでき得るならば、国際連合、ユーナイテツド・ネーシヨンズに上程して頂いて、そうして国際連合総会の決議として世界各国で採用をすることを勧告するようにして頂きたいと、こう思うのであります。ちよつと申上げますと、この欧米諸国に取つては無意味のようにも見えますが、例えば中華民国は民国革命を紀元としてやつておるのであります。一国本位のものがまだ行われておるのであります。世界的に必要であるというものは、日本だけに限るものではないのでありまして、これは世界的に採用する。特に国際連合で以て取上げると、こういうような手続をとることが然るべきではないか。又それだけの発言をする日本は利害関係があるのではないかと思うのであります。
 併し更に根本的なものに遡りますと、この暦をどうするか。今日の暦でよいかどうかという問題があるのであります。国際連合あたりが真に世界的な新らしい暦というものを研究いたしまして、例えば一ケ月を三十日に切るというような、こういう制度を採り入れた新らしい暦が国際連合において採用せられると、こういうことが決定いたしますならば、これが採用の時を、例えば国際連合第一年、或いは平和第一年とこういうことで世界各国が同時にニユー・イヤーに入るとこういうようなことにして行くのが根本的にはいいのではないかと思いますが、そういう時代が来ますまでは、世界的に今日のキリスト暦というものを採用するのが適当かと思うのであります。
 次にこの時期の問題でありますが、この国民感情の上から申しまして、昭和というこの今日の元号は、今上天皇の御在位の間は存続いたしたい、こういうふうに考えるのであります。もう皇室典範の上から申しますれば、委員長のお話の通り、すでにもはや改正になつていいのであります。併しながら昭和という元号が、今日今上天皇の象徴というような意味で、この昭和という画期的なる日本の歴史の上において、今上陛下と離れることができない。今上陛下が晩年ののちには、昭和天皇ということに御諡をするというようなことが、多数国民の感情ではなかろうかと察するのであります。その後踐祚が行われるというような場合においては、もはや中華民国の古典を開いて新たに元号を決めるというような必要はないので、例えば明仁一年、明仁二年というように、必要があれば数えても差支ない。勿論これは国民一般に強制すべき性質のものではないと思います。そういうような意味で、この今上天皇の晩年までは昭和というものを併用する、その後これを改めるというようなことにいたしてはどうかと思います。
 それから又元号を廃止いたしましても、キリスト暦の一本化というものは、これは勿論将来に向つていたすことでありまして、過去に向つては併用主義で差支ないのではないか、過去の元号を全部なくなしてしまうという必要まではないのではないかと、こういうふうに考えるのであります。
 簡單に私の意見を申上げました。
○委員長(山本勇造君) 有難うございました。
 先程お諮りいたしまして、参考人の方々の御意見を全部伺いましたあとで、質問して頂くようにしておつたのでありますが、古墳さんと吉阪さんは大変お忙しい立場におられ、又中坐なさらなければならんということでございますから、取敢えずお二人の方のお発言に対して、委員の方から御質問がありましたら、どうか一つお願いいたします。
○堀越儀郎君 古垣さんに少し伺いたいのですが、一世一元の制度を立てられたのは明治になつてからだと、それまでは、多分政治的な意図があつて、必ずしもそういう制度がなくてもよかつたように思われるというようなお話でしたけれども、その点もう少し詳しく……。
○参考人(古垣鐵郎君) それはやはり、日本が今まで法律化される前と、そのあとに新らしい法律的な必然性がなかつたように思うのです。日本人が数千年の問、国民として生活して来て、その法律がなくても差支はなかつたけれども、明治の初年になりまして、政治家達が集まつてそうして国威を宣揚するとか、いろいろの立場からそういうようなことが行われたように考えております。長い間に日本国民が国民として生活して来て、そうしてそういうものがなくても済んでいたということを申上げたのであります。
○三島通陽君 吉阪さんにちよつとお伺いしますが、国際連合が世界の元号を一つにしたいというような決議をするというようなことを仰せられたようでありますが、私も、その御趣旨は私個人といたしましては、賛成でございまして、世界が同じ元号を、キリスト歴にしますか、何にしますか、そういうものを採用しますということは大変便宜かと思います。それと我が国の元号を今法律で決めたらどうかという問題とは切り離して考えた方がいいように思いますが、やはりそういうお考えでございましようか、そこに国際連合がそういう決議をして、そうして変えた方がいいというお考えでございましようか、その点がちよつとはつきり分りませんでしたので……。
○参考人(吉阪俊藏君) お答えいたします。このキリスト歴の採用ということにつきましては、日本国としての利害関係と世界全体としての利害関係と二つあると思います。それで今日本として論じます場合には、日本としてもやはり絶対的の理由があると思いますけれども、同時に世界的の利害関係があるということを忘れてはならないと思うのです。日本のみならず、外の国にもやはり関係があるのである。日本における採用が、又世界の商工業その他交通、文化等に影響をいたすのでありますからして、国際連合との関係を閑却せないようにという意味において申上げたわけでございまして、日本自体で解決することは、これは我々の仕事であります。これはやらなければなりませんけれども、併し今日の日本は世界的使命を持つておるものと思いますので、若し機会が得られるならば国際連合に上程いたしまして、これが世界的に採用するというように努力して行くのが適当であるのではないか、こういうふうに思う次第であります。
○委員長(山本勇造君) 外に御質疑ございませんか。御質問がないようでございましたら、次の方に御願いいたすことにいたします。それでは麹町小学校校長の佐口さん、お願いします。
○参考人(佐口安治君) お断りして置くことは、私全国小学校校長会の関係を持つておりますし、都の小学校校長会の関係も持つておりますが、これから申上げますことは、私個人の考えでございまして、と申しますのは、課題を與えられましたのが、一昨日でございまして、我々関係者の意見を取りまとめる時間がございませんでしたので、従つて今申上げましたように私個人の意見を申述べます。
 第一問につきましては、この制度は、私は現在の新憲法下におきましては、廃止さるべきものと存じます。
 第二におきまして、これを廃止する時期でございますが、先程も御発言がありましたように、国民感情から申しましても、尚又その現われとしては最近の各新聞社の輿論調査ということを見ましても、今上天皇の御一代は、やはり昭和の年号を用いて行くようにしたい。それから皇紀何年ということは廃止されまして西歴を用いて頂きたい。その西暦を用いることは、私共の小学校の関係といたしまして、今後の日本を背負つて行く子供のそういう面から申しましても、日本が世界的にいろいろの関係を持つ。そういうことは勿論でございますので、どうしても日本の歴史を学ぶにいたしましても、やはり外国と対照する場合も多いし、いろいろのことからいたしまして西暦一本を用いることを望みます。そうしますと、これは細かいことになりますが、そう実施されることになりますと、いろいろ事務上の、殊に公文書の面等につきましても、書式とかそういうようなものを工夫考慮いたさなければならん。例えば学校で生年月日のようなものを今まで昭和十二年何月生というのが千九百四十何年生となりまして、公文書におきましてもいろいろ困る面が生ずると思います。こういう点についても実施については考えて頂きたい。大体以上の通りでございます。
○委員長(山本勇造君) それでは次に神社本庁の鷹司さんにお願いいたします。
○参考人(鷹司信輔君) 私は神社本庁の鷹司として参りましたので、神社、神道のものの考えといたしましてこの点を申上げたいと思います。
 この問題につきましては、是非日本の伝統を保有して行きたいと考えております。併し私共は決してキリスト紀元を排斥するものではございません。キリスト紀元の便利なところもございますので、現在のように元号式の年代表示法と、キリスト紀元法とを適宜に併用して行くのがよいと考えております。日本の元号は千三百何年の長い伝伝統を持つておりますのでありまして、それは国民の象徴と仰ぐ陛下の御名によりまして常に公布せられました。これは決して天皇主権などというような権力関係のものとは思われません。朝廷から兵馬の権も政治の権力も全く消え失せた時代にありましても、日本人は元号だけは朝廷の公布せられましたところに従つております。官公文書はもとより私人の往復文書、日記等何にでも元号を用いておりました。神社人も仏教徒も又キリスト教徒もこれを用いて怪しまなかつたのでございます。国民のあらゆる党派、教派の人々が如何なる対立関係に立つた場合でも、多くは元号だけは同一のものを用いておりました。このあたりに国民統合の象徴というような意義も感ぜられるのでございます。英国におきましては、公文書にエドワード七世第何年とかジヨージ六世三年とかいうように、君主の在位年限を以て年代を表示する方法が用いられておるようでございます。法学書や歴史文献におきましても、そのような年代表示法がキリスト紀元と併用されて用いられておる例が決して少くありません。その一般的な普及程度においては、大小の差こそあれ、これは日本の現行の一世一元の制と本質的には同様のものであろうと思われるのであります。英国では外交的文書や條約文書等は勿論キリスト紀元一本で君主の年号を用いないのでありますが、日本におきましても同様でよいと思います。外交文書には現在でも公式にキリスト紀元が用いられております。キリスト紀元を採用せねばならんからといつて必ずしも日本式の元号を廃止せねばならんとは考えられないのでございます。
 我々神道人といたしましては、キリスト紀元による年代表示の方法が外交文書で用いられようと、学校の教科書や年表で用いられようと決してこれに反対するものではありません。我々の間におきましても年表的な場所では大いに利用しておるのでございますが、あらゆる場合にキリスト紀元一本に統一されて強制されるということは到底承服しがたいのでございます。キリスト紀元一本になるという法案は、必ずしも政教分離の憲法に反するものではないという理論は、理論としては成立ち得ると思います。政教分離の米国におきましてもキリスト紀元を用いております。又キリスト教に対してはむしろ反抗的でさえあつたナチス、ドイツでもキリスト紀元を用いておりましたし、又反宗教無神論者の指導下にあるソ連邦においてさえもキリスト紀元を用いられておるのであります。元号とか紀元というものは、少くとも近代国家においては政治的主権というような問題には直接的な関係を持つものではないと申せます。併しながら我が日本の国民感情を考えますと、決してドイツやソ連と同様には行かないと思うのであります。ドイツやソ連では、過去におきまして長いキリスト教文化の伝統がありましたので、国民はキリスト紀元を用いても、それがキリスト教という一宗教に特殊な関係を持つておるということを全く感じない程までになつておるのでございます。非キリスト教的な宗教教派が別段に存在しないからでありましよう。ところが我が日本におきましては、国民の圧倒的多数が神道と仏教に属しております。キリスト教徒は全日本人口のうちの僅々百分の一に過ぎんのでございます。ここで今後は一切キリスト紀元を用いる。少くとも公式文書ではキリスト紀元以外のものを用いてはならんということになると、神道人や仏教徒は何んだか、国家が特にキリスト教を支持しておるように感ずるでありましよう。これは法理論的に申すのではございません。感情の問題と申すべきでございましようが、政教分離の憲法の円滑なる運用という点から考えますと、このような感情問題も極めて愼重を要することと存じます。
 今日では国家の公式文書に用いられるのと同様の元号が、神道人、仏教徒、キリスト教徒のいずれによりましても用いられておりますが、国家がキリスト紀元一本で行くことになりますと、神道や仏教では自然国家と別の年代表示法を持つことになりましよう。神社の祝祠などにキリスト紀元を用いたり、仏教寺院の墓碑銘にキリスト紀元を用いることは、我々宗教人として想像し得ないことでございます。現にこの問題が新聞紙上に報道せられますと、全国の神社人や氏子、崇敬者から随分と熱心な反対意見を申し送つて参つております。過去の東京新聞社の世論調査でも、現在のままの元号を存置するがいいという意見が、キリスト紀元一本の意見よりも二倍以上も多いということを報道しております。これはキリスト教文化の伝統が浅く、神道や仏教徒の多い日本の世論としては当然のことであろうと存じます。元号とキリスト紀元の便利、不便利の問題や法理上の問題や議論は多いここと存じますが、私は全国の神社、神道人を代表する宗教人の立場といたしまして、神道人も仏教徒もキリスト教徒も、如何なる敵宗派に属する人も極めて自然に受入れることのできる元号を存続させて頂きたいと切に希望するものでございます。日本人のあらゆる政派、教宗派の人々がひとしく国民統合の象徴として仰いで来た皇室と縁りの深い元号が将来も尚用いられて行くことを我々は希望するものであります。右のような考えを持つております。
○委員長(山本勇造君) 次に愛宕中学校長の野口さんにお願いします。
○参考人(野口彰君) 私はさつき佐吉さんがおつしやいましたように、中学校長会に関係を持つておるものでございますが、やはり時間がございませんので、皆の意見を代表して来るというようなことができませんでした。ただ併し身の周りの者につきまして、皇紀、西暦、それから元号と三者の存廃の問題につきまして聞いて見たのであります。それによりますと、先ず中学校の生徒ですね、生徒はどちらかというと、いわゆる西暦一本にする方がいいと、こういつたような考えを持つておるようであります。但しこれは先刻お断りしましたように、科学的な方法で多数の意見を集計したものではございません。それから教職員になりますると、これは又年齢層により、又自分の従事しておりまするところの学科によりまして、やはりおのずからその傾向がありまして、どちらかというと、理数科方面に関係をしておりまする教員は、やはり西暦なら西暦に一本化した方がよろしいという考え方が多いようであります。これに反して社会科或いは文化方面に関係をいたしております先生方は、成る程簡單にすることは賛成だけれども、今俄かに元号を廃止して行くということに対しては、誠に割切れない感情があつて、ちよつとそれはここで賛成しかねると、こういつたような、主に国民感情の点でございましようか、そういうことを言つております。P、T、Aの人達になりますると、これは又各種各様でありまして、いろいろな意見がございますが、大体におきまして、やはり單純化することはいいけれども、元号を今即時廃止することに対しては、踏切りがつきかねるといつたような考え方が、どちらかというと多いようであります。又年齢の関係或いは職業の関係か知れません。そこで私が個人としての意見を述べざるを得ないのでありますが、私は結論から先に申上げまするならば、やはりこの際、いわゆる皇紀はいろいろな理由もありまするので、これは用いる必要はないのじやないかと思いますが、いわゆる西暦、先程のキリスト暦になりまするか、いわゆる西暦を採用することに、つまり一本化することに賛成でありますけれども、その時期につきましては、極めて適当な時期にこれを実施するのがいいと思います。と申しますのは、年号とか、或いはそういう時間を計るところの一つの記号といいますか、尺度と申しまするか、これには二つの私は機能があると思うのです。一つは、單純に長い、無終に亘るところの瞬間を、一つ区切るところの尺度であるという性格を持つておると思いまするが、同時にもう一つは、これが尺貫法などと違つておりまする点は、これは一つの歴史というものに結びついておりまするところの個性を持つておるという点であります。つまり仮に或る学者の説に従いまして我々が科学を自然科学と歴史科学乃至は文化科学つまり科学を自然科学と文化科学に分けて考えまする場合におきましては、年号といつたようなものには、自然科学的な、物理的な一つの基準だといつたような、尺度だといつたような方面と、もう一つは、もう一度は繰返すことのできない歴史を表示しておるというつまり個性を持つておるという二つの面があると思うのであります。尺貫法のごときは何度でも繰返されるところのものでありまして、これは飽くまでも自然科学的な考えで結構でありますが、年号とか、或いは年代とがいうものは、もう一度その時代を繰返すことのできない極めて個性のはつきりしておるところのこれは表示の仕方でありまして、歴史の中にその個性としてその年代というものが一つのフアクターとして入つております。かように考えて見ます場合においては……併しそれでもできるだけ人間の生活を能率化するということは、結局自然科学化するということが、能率化するところの一つの手順でありまするから、その意味から申しますれば、幾通りかの基準を持つておるよりは、成るべく大勢の者が使つておりますところのものに統合するということが、これはいいことに決まつております。自然科学的な面から申しますれば……。
 かような意味におきまして、私も原則としては例えば西洋紀元、西暦というものが非常に圧倒的に多く用いられておりまするならば、これに一本化することは賛成でありますけれども、さてその時期という問題が、後半の即ち歴史科学という点から考えました場合、そう軽々に決定ができないと思います。結局日本の歴史というものが、その姿勢をとりましたときが最もこれを一本化することの一番いいときであります。そうした姿勢がまだできないうちに、これを外科的にやりますということに対しては、そこにいろいろな不必要なる消耗があるわけでありますので、最も適当な時期に元号を廃する、その適当な時期というものは最も自然な考え方は、先程どなたかの御発言にあるように、今上御一代ということを考えられまするが、私は必ずしもそこを固執する必要はないと思うのでありまして、例えば講和の成立した時であるとか、或いは又国際連合で、先程お話のありましたように、承認した時であるとか、何か日本の歴史そのものが、そうした姿勢を十分にとり得る時期になりました時に、思い切つて断行すべきである。途中におきましては、或る程度まで併用も止むを得んと思いまするし、過去の歴史におきましては、先程平安朝時代とか、或いは大和時代という言葉もございますけれども、やはり明治文学であるとか、或いは大正の芸術であるとかといつたようなものが、やはり歴史のフアークタの中に滲み込んでおりまして、これは俄かに廃止する必要はないだろうと、かように考えております。
○委員長(山本勇造君) 次は、東京大学教授坂本太郎さんにお願いいたしますが、坂本さんは特殊な方の御担任であります。
○参考人(坂本太郎君) 私は日本歴史の研究者の末席を汚しておるものでありまして、皆様のお役に立つような意見は申上げる資格はありませんけれども、折角のお招きに預りましたから、一言簡單に結論を申しますと、私は元号を廃止することには不賛成であります。今度も存続させて行きたいという意見であります。その理由につきましては、いろいろありますけれども、簡單にここで二つの点に要約して申上げたいと思います。
 その第一は、專ら名分上、形式上の見地からでありますが、国民の一人として痛切にこれは感ずるところであります。それから今、一つは実際上、便宜上の立場からであります。これは專ら日本歴史を研究する者の一人として感ずるところでございます。
 第一の形式上、名分上の見地からといいますのは、年号というものは、独立国の象徴であるという意義を重視いたしまして、せめてこのようなことにでも独立国の形を保つて行きたいという願いであります。元号の起原や本質につきましては、ここに詳しく申上げる余裕はありませんですが、ともかく古来の歴史事実といたしましては、年号を立てるということは、独立国の象徴でありまして、又文化水準の表示でもあつたわけであります。古くから中国では正朔観念というものが発達しておりまして、つまり歴史を定める、年の立て方、月の立て方を定める、その思想が発達しておりまして、外の国の正朔を用いるということはその国に服属するということの最も明らかなしるしであつたわけであります。そうしてその正朔というものは、この年号が行われるようになりましてからは、專ら年号によつて代表せられるようになりまして、服属国は常に自分の国の年号は持たない。よその国の年号を用いるということであつたのであります。我が国で年号を用いました初めは大化の改新の時の大化、或いはそれより遡つて推古天皇の時の法興などでありますが、いずれもこれらの時は国政を整えて文化を高めまして、当時の世界に伍して恥しくない独立国を打ち立てるという熱意に燃えていた時でありました。年号はその事実の端的な表現であつたわけであります。爾来今日に至るまで、年号は御承知の通りに一年の断絶もなく続いております。それはつきり一方では我が国がずつと独立国の事実を失わなかつたということの歴史事実に対応しておるわけであります。このことは朝鮮の例を対比して見ますとよく分るのでありまして、朝鮮は古代の新羅におきましては、六世紀の中頃でありますが、国連の非常に躍進しましたときに初めて年号を立てまして、それから大体五代、百余年の間は常に改元をして年号を立てて自分。年号を持つておりました。ところが七世紀の中頃になりまして国政的な事情から唐に投降しまして、唐の保護を受けることが大変深くなりますと、唐の太祖から年号を持つておることは怪しからんと叱られまして、遂に自分の年号をやめて唐の年号を用いるようになりました。それからはずつと新羅は唐の年号を用いました。つまり唐の服属国として終つたわけであります。新羅に代りまして王氏高麗の場合も同じでありまして、高麗の太祖はやはり一つの年号を立てましたが、間もなくやはり中国の後唐、後の唐でありますが、後唐の封冊を受けてその年号を用いるようになつた。爾来中国の後唐の年号を用いております。中国の天子に服属する一諸侯の国を以てみずから任じておつたわけであります。
 こういうような歴史事実に示されておりますように、年号を持つておるかいないかということは、独立国として、独立と服属との標識でありまして、私共は今日もやはり年号に対しては、こういう見地から年号を見ざるを得ないわけであります。余りこういう御意見が新聞などでは出ておりませんようでありますから特に申上げるわけでありますが、或いはそういうことは十分御承知の上で、それだからこそ、今日のような敗戰によつて占領下に在る我が国としては年号を用いることは僭越である、廃止すべきであるという多数の御意見ならば何んとも仕方ありませんが、單に便利であるとか不便であるとか、こういう理由だけで以てこの重大な、名分上非常な意義を持つておるものを廃止するということが問題にされるのは私賛成いたしかねるのでありまして、これは歴史に対する余りに大きな無知を示すものでありまして、後世我々の子孫によつて笑われるであろうと思うのであります。私はできるならせめて、大して害がないことでありますから、このようなことででも独立国の名分を保持して行きたいということを願うのであります。
 それから第二に、実際上、便宜上年号のあることは便利である。といいますのは、專らこれは歴史を研究する者の一人といたしまして、歴史を考える場合には、年号は、いろいろな時代を具体的な事実の裏付と共に細かに深くして把握する場合の適切なる指標の役割を果しておるものであります。これは西暦の何世紀というような機械的な時代の区画などよりは遥かに意義の深いものを持つておるのであります。例えば天平時代といいますと、聖武天皇の仏教政治の華やかな文化興隆の二十四年間を概括する極めて適切な言葉であります。これを西暦で適当に言い表わすことはなかなかむずかしいわけであります。同様にこの元禄時代とか文化、文政時代とかいうのは、やはり一つのまとまつた時代であります。これは西暦では表わしようがありません。それから又歴史事実の名称にも年号はよく利用されております。年号程適切に何らの弊害もなく、そうして名称の構成分子になつているものは外にないのであります。例えばこの歴史の事実にいたしましても、大化の改新であるとか建武中興であるとか明治維新であるとか、そういう類がありますし、又法令の書物といたしましては大宝律令、養老律令、建武式目、貞永式目というようにいろいろ沢山ありまして、これらは渾然とした名称をなしておりまして、仮に年号がなければ、これは外に表わす方法は、適当なものを私は考え及ばないのであります。このように年号は、日本歴史、日本文化と緊密に結合しておるのであります。これは今後におきましてもやはり同様であると考える次第であります。このような点におきまして日本歴史を研究する上においても、年号のあることは大変便利であると思うのであります。但しここで誤解を避けたいと思いますことは、私はこのように言いましても西暦を用いることを反対するものでは決してないのでありまして、むしろこれは両者併用して行くべきもので、両者相俟つて初めてその効用が十分上がると思うのであります。けれども西暦は儼として存在しておるものでありますから、我が国がどうしなくても、自由に今日もうすでに使つておりますが、今後も誰でもこれは使うことができるのであります。けれども年号は一旦廃止すれば、もはや我々はこれを使うことができないと考えるのであります。このような便利な年号を以て歴史を考える途を失つてしまうわけであります。そういう意味でやはり一世一元の年号は廃止する必要は全然認められないのであります。むしろこれを存続しなければならん意義が沢山に存在するというふうに考える次第であります。
 尚ついでに只今お話がありましたからちよつと申上げますが、年号は国家が統一してこれを一元的に拵えるということに意義があるのでありまして、若しこれを国家が制定いたしませんと、恐らく私年号、私の年号というものが各地域、各団体において沢山に発生するであろうということを恐れるのであります。これは只今鷹司さんもおつしやいましたが、西暦一本にいたしますと恐らく仏教と神道等の方々は私自分の年号をお用いになると思います。これは歴史上におきましても古くからあつたことでありまして、中央集権の実がよく挙つておりまして、為政がよく行われておりますと、一つの大きな年号が全国一般に行われますが、世の中が段々乱れて参りますと、各地域、各社会で独特の年号が行われるようになります。それを私の年号、私年号と申しております。これは中世室町時代頃におきましては、特に東国、関東地方におきまして中央の年号に関係のない年号を用いておる例が沢山に存在しております。これにむしろ歴史を考える上においては大変混雑をして我我を悩ましておるものであります。そういうことが或いは今後起り得るのではないか、若し西暦ばかりになつた場合においては、そういうことが起り得るのではないかということを私はかねがね憂えておるのであります。とにかく大体以上二つの理由におきまして、この一世万の元号の制度は保存して行きたいというのが私の意見であります。
○委員長(山本勇造君) では岩波の編集部の吉野源三郎君にお願いいたします。
○参考人(吉野源三郎君) 私は岩波の編集をやつております吉野でございます。本日お招きに預りましてこの重大な問題について発言させて頂きますことを大変光栄に存じております。
 私は只今教育、国史、神教、それぞれのお立場から專門的な御意見がありましたのに対しまして、出版という一般文化に関係しております者として、極く常識的なことしか申上げられないのでありますが、私は坂本先生からお話のございましたように、伝統というものは尊重すべきものであつて、簡單に合理主義的な考え方で改めるべきでない。国語の問題にいたしましても、又衣食住の問題からいたしましても、そういうものだろうということはかねがね考えておるものでございます。まあ私達の衣服にいたしましても、この西洋風の服装に何故衿がついているのか、昔の立衿であつたものを入替えた跡が残つておりますが、こういうものは邪魔だからとつた方がいいとかという形で、私達は自分達の生活を簡單に合理主義でやつて行くことは、大体今日のような町勢には非常に大事なことだと考えております。
 元号の問題につきましても、一応はそういう点から十分坂本先生のお話のようなことを考えなけれげならんと思つておりますが、ただ私はやはり今日の時代というものは、例えば日本が世界的な交流を持たないで、長い自分の伝統を守りながら歴史を作つておりましたような時代と非常に違つておるのじやないか。三十年の問に世界中を省き込むような大きな戰争を二度もやつておる。又第三次、戰争が起るか起きないかというような重大な、これは日本の歴史を、如何に過去に遡りましてもこんな大きい問題にぶつかつたことはないのじやないか。どこの国民史を見ましてもそういうことはない。これは世界的な問題であります。この世界的な問題につきまして、大体今日の識者の考えは、とにかく世界が一体になつてしまつて、どこで火がつきましても世界中に拡がるというように、仙界が一体になつておる。ところがその間に尚過去の国境というものがある。この国境を越えてどうして一体になつた世界の問題を片付けたらいいかということが、問題だというふうに今承つておるわけなのでありますが、その際に、これは私特に感銘しましたことから申しますと、ハーバートのオルポート教授らが種々戰争の原因について論及いたしました中に、各国の国民が自分の国民としての誇り、国民の自負としての伝統とか象徴とかいうものに余りに執着し過ぎる、そのために国境を越えた人間同士話合うことがどのくらい邪魔されているか分からないのであるから、この問題をそういう世界的な交流ができる方向に解決しなければならないというような潮流がございまして、私もこの立場でこの元号を考えるのが、日本として一番正しい途じやないかと考えております。と申しますのは、私は独立を非常に大事なことだと思つておるのですが、私達の憲法は、日本の存立というものを自分の武力によつて維持するというような、そういう自主性というものをむしろ棄ててかかつて、平和を愛する諸国民の正義に信頼して、自分の存立を保とうと決意しているわけであります。身を棄てて世界的な立場に置くことを新憲法において究明しておるのでありまして、私はそういう立場から申しますと、この昭和というような年号にこだわることなしに、世界的な立場から、世界的な問題に日本人が直面して、そうして世界的に寄與をするということが、本当に日本を独立させるべき、日本の新らしい誇りを持つのではないかと思います。例えば湯川博士がノーベル賞を貰つたというような出来事は、これは日本の歴史じやないので、世界の歴史でございます。併し世界の歴史にこれ程の功績を挙げた人が我々の日本人の中から出たということが、私達に今日日本人としての誇りを取り戻さしておるのでございまして、私はそういう意味で世界的な立場に日本人が立還えることが、本当に日本のこれからの新らしい遂になる。日本人を起ち上らして呉れるのじやないかと考えます。そういう点から申しまして、私は天皇の国事に関する立場が、全く只今では変りまして、日本の歴史を天皇の一代、二代、三代というそういう区切りによつて、国史を区切つて行くという根拠が全くなくなつておるのでありますから、もうそういう考え方を捨てて、本当に身を棄てて世界の大きな問題に取り組むような日本人になつた方がいいのじやないかというふうに考えます。極く常識的なことでございますけれども、私はそういう立場から今新らしい憲法、新らしい皇室典範によつて今日の元号の根拠もどうかということが問題になりました際に、そういう立場からむしろ元号を廃止した方がよいのじやないか。そういう気慨を持つことが私はむしろ日本の独立を本当に維持するものとして、私は坂本先生と結論が違うのでございますが、そういうふうに考える一人でございます。
 それからその後の元号を廃しました後の第二の問題につきましては、私は実際問題としましては、西暦を採用したらよろしいのではないかと思うのであります。西暦と申しますが、先程皆様のうちから御発言がございましたように、すでに各国の国民史を捕えた歴史の物指になつております。こういう意味でもう古くなつた人類の歴史から言えば、乗り越えなければならないようになつております。国民的ないろいろな象徴を越えた意義を西暦はもう持つておるのであると思います。私達が今日西暦を奉じるということは、朝鮮半島におきます各弱小国が唐の政策を受けたというような意義とはまるで違つておるのではないかと思います。強国の暦を採用するのではございませんで、国際的な暦を採用するのでございますから、私は名分上から申しまして日本が服属国になるというような性格は帯びないのじやないかと考えるものでございます。極く常識的なことでございますけれども、私の意見といたします。
○委員長(山本勇造君) いやどうも……。では日本基督教連合会長の今泉さんにお願いいたします。
○参考人(今泉眞幸君) 私は基督教連合会を代表して出席いたしております。連合会は新教旧教もすべて含んだ会でございます。それでカトリツク或いはギリシヤ教、日本正教会といいますか、又新教の日本基督教団その他の意見を徴して申上げることができません。咄嗟なことでございますから、皆さん方もそのようでございますが……、それで基督教の輿論を正式に代表して申上げることはできませんが、私の想像するところでは、新教も旧教もおしなべてキリスト教徒は、元号を廃してそうして西暦一本槍にすることに皆賛成であろうと察するのでございます。
 それであとは私一個の意見を申述べますが、第一の問題と第二の問題とを区別いたしませんで、元号を外すならば西暦一本槍にやる、こういうことで意見を申述べますのですが、西暦一本槍にいたしますとするならば、それに宗教的の意味があるということはないようにしたいと思う。宗教的の意味をその中に含ませるということになると、いろいろ又面倒があるでしようが、ただ国際的の紀元を採用するだけで、その中には何ら宗教的の意味はないということを明らかにしたいと思うのであります。それから又西暦を採用いたしますにしても、同時に何かこれ迄の元号を一切使つちやならんというようなことは必要のないことと思うのであります。ただ公の文書、公式の場合に西暦一本槍ということにするのであつて、元号を使うことは何ら差支かい。殊に歴史の研究などにおいて、年号を用いることは極めて便利なことと思います。英国の歴史でも、エリザベス時代とかヴィクトリア時代とかということを使つておるんですからして、大化或いは建武或いは明治というような元号を常識的に使つたつて何も差支ないここと思います。そういう元号を一切使つてはならんというようなことになると、それは非常な不便なことであります。ただ公の場合において一本槍にした方がよかろうと思います。
 それから時期のことに至りましては、もうそう決めるならば成るべく早く実存する方がよかろうと思います。そうして同時に元号を併用することは何も差支ないことであると思います。併し西暦を採用するということは、国家の独立を無視するというような意味は、恐らくはキリスト教徒の中に一人もあるまいと思う。何も長いものに巻かれろ、優勢なものに幾らか、幾分でも屈服するような意味において採用するというようなことに誰も賛成する者はなかろうと思うのであります。私はこんなところで年を言うのはおかしいのですが、数え年八十であります。そうして元来漢学で育ち、国学で育つた人間であります。それで專門的な知識はありませんけれども、情操の方から申すならば、漢学の思想、感情、国学の思想、感情に対して深い同情を持つておるものでございます。それで西暦を採用するということが、何か国家の面目を損しても、或いは国家の独立というような考えを捨てても、長いものに巻かれろというような意味で言うことは断じてございません。
○委員長(山本勇造君) 尚この外に東大教授の和田清さん、それから築地本願寺仏教連合会長の里見さん、それから新聞協会長の馬場さんにお願いいたしであるのでありますが、和田さんは御出席の筈になつておるのでございますが、まだお見えになりません。それからあとの二人の方は御出席ができないというので書面を以て、御回答になつておりますから、その書面をここで読んで頂きます。
○参考人(今泉眞幸君) ちよつと一言落しましたが、個人として西暦を採用することに大賛成でありますけれども、国民的感情を無規してまで強いてやろうというような考えは個人としては少しもありません。
○專門員(岩本忍君) 新聞協会長馬場恒君民からこういう御意見がございます。
  年号を廃すとか廃さないとか、こんな問題を取り上げることが愚かなことと存じます。自然に放任して置けば、不用のものなら、いつか廃たれてしまうであろう。併し日本では天皇が存在される限り、その天皇の御在世時代を名付けるために年号があつた方が便利だと思われる。例えば明治時代とか、昭和時代と言えばそれぞれ特別の即事があると思われます。今直ちに昭和の年号を廃して、一般人に西暦を使用せよというごときは、各種の不便を来すから愚策だと思われます。
 次に仏教連合会常務理事里見達雄氏の御意見であります。
  元号の問題については、仏教界にも賛否両論があろうと思います。勿論無條件に西紀を採用することに養成する者もありましよう。併し西紀が一般的にヤソ紀元と考えられているところから、宗教的立場に立つて反対する者もありましよう。実際キリスト教国でない東洋各国においては、必ずしも西紀を用いていない国もあると思います。国民も又十分に納得していないのではないかとも思いますので、この問題については若干時間を與え、改正の必要があれば、一般国民にもその必要を十分に理解せしめては如何でしよう。
○委員長(山本勇造君) それでは御出席頂きました方々、或いは御出席なくて御書面の方がございますが、時間も大分迫つてはおりまするけれども、直ぐに皆さんから御質問をなすつて頂くようにしたら如何かと思います。
○堀越儀郎君 坂本さんにお伺いしたいのですが、これは放送協会の古垣さんがおつしやつたことなんですが、あなたが特殊の專門の方ですからお願いしてお聞きしたいのですけれども、古垣さんにもちよつとこの点質問いたしましたけれども、元号が明治時代になつてできたそのときに、その制定に対しては相当の政治的な含みがあつたということをおつしやつていたのですが、必ずしもこういう制度を立てなくてもよかつたのだが、その当時の状況としては、政治的な含みも相当あつたからこういう制度が立てられたと思う。こういう古垣さんのお話なんですけれども、特殊の研究者の立場から、そういう点についてもう少し御意見がございましたら……。
○参考人(坂本太郎君) 古垣さんの先程のお話しはよく私分らなかつたのでありますが、どういう意味でございますか。年号というものは、制度は皆様も御承知の通り、大化以来存続しておるわけでございますから、何も明治に始まつたわけでもございません。恐らくあれは一世一元ということが明治に始まつたという意味であろうと思います。一世一元は、明治九年、もつと早くと思いますが、それは政治的な含みというよりも、年号の今までの弊害を改めるという意味だと思います。それは今まで数回も天災があつたとか、或いはその他いろいろな事情によつてしばしば改元ということをやつております。余りにその煩に堪えかねるという嫌いがありました。それを一世一元ということにすれば、大変そういう弊害はなくなりまして、天皇の年代と丁度一致して、そうした理解がし易いという意味であつたと思います。私はそう思います。古垣さんのお話はよく分りません。
○堀越儀郎君 古垣さんのお話には、明治維新になつて世界と交通が烈しくなり、小なる日本の国威を誇大に見せるようなものがあつたのじやないかというようなことをおつしやつたように思うのですけれども、そういうような事実は、あなたの御研究の範囲においてはないですか。
○参考人(坂本太郎君) 国威を宣揚するということの積極的な意味がありますかどうか、その点はよく存じません。私は專ら、先程言いましたように、年号の改元の煩に堪えない、その弊害を改めたのだ。支那においては明代から一世一元ということになつておりまして、その以前はやはり屡々改めております。そういうところも参考にしたんじやないかと思います。
○堀越儀郎君 鷹司さんにお伺いしたいのですが、神社本庁の立場から、今までの御意見よく分りました。先程商工会議所の吉阪さんのお説の中に、西暦と言わず、キリスト教暦と言つた方がよいというようなことを言われたそうですけれども、私はむしろそういう意味では反対の言葉を使つた方がいいんじやないかという考えを持つておりますけれども、そういう言葉でなしに、今泉さんのおつしやつたような宗教的な意味は全然なしに、まだ現在の西暦にしてもキリスト降誕と非常なズレがあつて正確なものではない。恐らく現在使われているのも、キリスト教暦というような意味はもう薄れているのではないですか。そうするとそういう言葉でなしに、もつと適当に、西暦でも何か外国に服従するような気持で国民感情が割り切れないものがあるわけでございますが、もつと世界共通の言葉を使えるならば、キリスト教暦というものも全然度外視して、そういう意味でやつても、神社方面の関係からするとやはり反対の立場でおられるのですか。
○参考人(鷹司信輔君) これは希望でございますが、まあ両立して行きたいというのが希望でございますが、さつき申上げましたように、あれを必ずしも使つてはいかんという意思はないのでございますが、今まで通り併用してやつて行きたいというのが一般の希望でございます。
○三島通陽君 言葉尻を捕える気持は毛頭ございませんが、先程どなたかの御欠席の方の御意見を專門員が読まれた中に、元号廃止問題云々を取扱うのば少し馬鹿なことだというようなお言葉があつたようでございますが、併しこれは皆様よく御承知だと思いますが、今法律的に元号の問題がブランクになつているから、むしろこれは国会としてもこういうものをはつきりさして置かなければいけないというので、私共も研究をやつているわけなのでありますが、そこで鷹司さんにお伺いいたしたいのですが、先程あなたやそれから坂本さんの御意見では、一世一元の制度がいいというような御意見のように承わりましたが、そうすると我々は今ここで法律を作らなければならない立場に立たされている。でございますから、そういう法律を作れと、こういうことになりますか。元号廃止は……。
○参考人(鷹司信輔君) そう願いたいと思うのです。
   〔委員外議員來馬琢道君発言の許可を求む〕
○委員長(山本勇造君) お諮りいたします。委員外議員でございますが、発言を許可して差支ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○委員長(山本勇造君) それではどうぞ……。
○委員外議員(來馬琢道君) 今泉さんに伺うのがいいかと思いますが、どなたでもよろしうございますが、今泉さんの御意見は、至極日本国民としての地位に立脚して、而して世界の便利にも合つて行こうというお考えで、宗教的偏執もなく準々で行かれようとする御意見でありますが、私がこの問題が通じましてから一番苦しんでおりますことは、一九五〇年という文字が、いつでも私共の子供のときに教わつた文章では、ADというのがついております。あれをキリストのあとというように解釈していた者もありますが、インドで初めて、ブダガヤの塔の方におりましたカニンガム将軍がブダガヤの大塔を修理したときの記録として書れました文章に、アンノドミニと書いてあります。あのADはラテン語の略字だといふうに承知いたしまして、その文字を付けるのが西洋でも本当だろうと思つているのであります。私の今覚えているところではそう思つているのでありますが、さてこのたび若し一九五〇年という文字を使うといたしましても、日本には花文字というものがありません。この頃大文字ということを学校では使つているようですが、それがありませんので、ただ一九五〇年と日本の数字で書きますときには、数字的に使いますときの一九五〇年という言葉と、それからその暦を表す言葉とが混淆される虞れがある。それで西暦とか西紀とか、アンノドミニという字をどういうふうに表わすことが正しいと思つておられますか。私はその点について西紀でも何だかうるさいようだし、西暦じや尚あの暦という字が書きにくいので、さぞ国民がいやがるだろうと思う。仮定いたしまして、これが行われるといたしますれば、一九五〇年という字の上にどういう字を付ける方がいいと思つておられますか。お智慧を拜借したいと思います。
○参考人(今泉眞幸君) 細かなことは何ら考えておりませんが、実はこの問題を私個人としては余り重大な問題だと思つておらんので、法制上の上からは別ですが、憲法の上からは別ですが、実際の問題としては余り重大視しておらんのですけれども、おつしやることは、ここへ来て私も考えたのです。それでただ紀元としたらどうか。紀元何年、それから紀元というのはどういう意味かということになつたら、それはキリスト降誕という意味だということになるでしようが、ただ紀元と申したい。それから外のものと区別するためには、日本語は年位があるのですが、二千何百何十何年という言葉が付くのですから、これは年を表わすもので、二千何百何十何年じやないという区別は付こうかと思います。ただ紀元としたら当り障りがないかと、こう思うのです。それはただここで考えただけの話であります。
○委員外議員(來馬琢道君) どなたか外の方から、その点についてお考えがありましたら教えて頂きたいと思います。
○委員長(山本勇造君) ちよつと私申上げます。それは西暦を採用するとなつてからでも大丈夫な問題じやないかと思いますしね。無論いろいろ考えている向きもあると私は思うのでありますが、今ここで急に言うことはちよつとその問題むずかしい点があると存じますから、これはちよつとあと廻しにさして頂きまして、外の質問に入つたら如何かと思います。
○委員外議員(來馬琢道君) それではちよつと申上げますが、今泉さんの御懇篤なる御答弁、そうして腹蔵なくおつしやつて下さいましたので、私も紀元という言葉で表そうという一つの御意見に対しまして敬意を表しまして、尚研究さして頂きたいと思います。
○委員長(山本勇造君) 外に御質問ございませんか……。大分僕はこれは御質問がおありと思えるのですが、ございませんか……。それならもう大体参考人の方から聽くことは今日はこの程度でよろしうございますか。
○藤田芳雄君 参考人に貴重な御意見を聽かせて頂きましたけれども、その御発言に対しましては私共十分了解することができまして、これ以上質問を申上げることもないと思います。ここで討論をして決定するわけでもなし或いは賛否の人を両方に立てて論戰させる意味もないのでありますから、私達は参考人の御意見を十分了解すればそれでよろしいので、それについての意見は別な機会にやり得ると思いますから、(「その通り」と呼ぶ者あり)本日はこの程度にして終つたらどうかと思います。(「賛成」「異議なし」と呼ぶ者あり)
○委員長(山本勇造君) それでは今日は大変重大な問題につきまして、皆さんから御腹蔵のない意見の御開陳を頂きまして非常に有難うございました。今後これの問題につきまして委員会としては大変な参考になると存じます。誠に有難うございました。御多忙の中をお繰合わせ御出席頂きましたことを委員一同を代表いたしまして厚くお礼を申上げます。
 それでは今日はこれで散会にいたすことにいたします。
   午後零時三分散会
 出席者は左の通り。
   委員長     山本 勇造君
   理事
           若木 勝藏君
           木内キヤウ君
           藤田 芳雄君
   委員
           河崎 ナツ君
           河野 正夫君
           岡崎 真一君
           左藤 義詮君
           大隈 信幸君
           梅原 眞隆君
           堀越 儀郎君
           三島 通陽君
           岩間 正男君
  委員外議員
           來馬 琢道君
  事務局側
   常任委員会專門
   員       岩本  忍君
  参考人
   日本放送協会会
   長       古垣 鐵郎君
   東京商工会議所
   專務理事    吉阪 俊藏君
   麹町小学校長  佐口 安治君
   神 社 本 庁 鷹司 信輔君
   愛宕中学校長  野口  彰君
   東京大学教授  坂本 太郎君
   岩波書店、世界
   編集部     吉野源三郎君
   日本基督教連合
   会長      今泉 眞幸君