第013回国会 本会議 第61号
昭和二十七年七月三日(木曜日)
   午前十時十五分開議
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 議事日程 第六十二号
  昭和二十七年七月三日
   午前十時開議
 第一 破壊活動防止法案(内閣提出、衆議院送付)(前会の続)
 第二 公安調査庁設置法案(内閣提出、衆議院送付)(前会の続)
 第三 公安審査委員会設置法案(内閣提出、衆議院送付)(前会の続)
 第四 法廷等の秩序維持に関する法律案(衆議院提出)(委員長報告)
 第五 昭和二十三年六月三十日以前に給與事由の生じた恩給の特別措置に関する法律(衆議院提出)(委員長報告)
 第六 農林漁業組合再建整備法の一部を改正する法律案(衆議院提出)(委員長報告)
 第七 日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障條約に基き駐留する合衆国軍隊に水面を使用させるための漁船の操業制限等に関する法律案(内閣提出、衆議院送付)(委員長報告)
 第八 昭和二十六年産米穀の超過供出等についての奨励金に対する所得税の臨時特例に関する法律案(衆議院提出)(委員長報告)
 第九 製塩施設法案(内閣提出、
 衆議院送付)(委員長報告)
 第一〇 航空法案(内閣提出、衆議院送付)(委員長報告)
 第一一 日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障條約に基く行政協定の実施に伴う航空法の特例に関する法律案(内閣提出、衆議院送付)(委員長報告)
 第一二 農地法案(内閣提出、衆議院送付)(委員長報告)
 第一三 農地法施行法案(内閣提出、衆議院送付)(委員長報告)
 第一四 輸出取引法案(内閣提出、衆議院送付)(委員長報告)
 第一五 航空機製造法案(内閣提出、衆議院送付)(委員長報告)
 第一六 特定中小企業の安定に関する臨時措置法案(衆議院提出)(委員長報告)
 第一七 電源開発促進法案(衆議院提出)(委員長報告)
 第一八 中華民国との平和条約の締結について承認を求めるの件(衆議院送付)(委員長報告)
 第一九 北太平洋の公海漁業に関する国際条約及び北太平洋の公海漁業に関する国際条約附属議定書の締結について承認を求めるの件(衆議院送付)(委員長報告)
 第二〇 インドとの平和条約の締結について承認を求めるの件(衆議院送付)(委員長報告)
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○議長(佐藤尚武君) 諸般の報告は朗読を省略いたします。
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○議長(佐藤尚武君) これより本日の会議を開きます。
 日程第一、破壊活動防止法案日程第二、公安調査庁設置法案
 日程第二、公安審査委員会設置法案(いずれも内閣提出、衆議院送付)(前会の続)
 以上三案を一括して議題といたします。
 内閣総理大臣から一昨日の発言を補足し、又昨日質疑に対する答弁のため発言を求められました。吉田内閣総理大臣。
   〔国務大臣吉田茂君登壇、拍手〕
○国務大臣(吉田茂君) 一昨日の私の答弁を補足し且つ昨日の質問にお答えいたします。
 破防法は決して憲法違反でもなく、言論抑圧や基本人権の侵害を目的といたしたものではありません。破壊活動に対し現行各種立法で律し得ないものを対象といたすものでありまして、治安維持法とは全くその趣意を異にいたすものであります。これはしばしば申した通りであります。
 次に、政府は本法案が行き過ぎであるとは思わないのであります。輿論の声として、例えば、「行き過ぎがあつても破防法は早く成立せしめたい」という声もあるくらいであるということを申したのであります。
 最後に、破防法に反対する人々の中には、ためにせんがための反対もあり、又法案反対の言動に行過ぎたものもあるという事実を申したのであります。又政府は各般の施策と相待つて本法の適正な運用により破壊的な団体の活動を防止せんとするものであります。
 お答えをいたします。(拍手)
○議長(佐藤尚武君) これより討論に入ります。順次発言を許します。吉田法晴君。
   〔吉田法晴君登壇、拍手〕
   〔「定足数不足」、「何を言つているか」、「不足だぞ」、「傍聽席が満員になるまで入れたらいいじやないですか」、「早くやれ」、「何をやつているんだよ」、「傍聽人を不当に制限してはいかんぞ」、と呼ぶ者あり〕
○吉田法晴君 私は日本社会党第四控室を代表して只今上程せられております破壊活動防止法案外二件の原案に対する反対、緑風会中山、岡部修正案に反対の討論をなす者であります。
 原案反対の第一の理由は、それが治案警察、思想警察を復活するからであります。(「その通りだ」と呼ぶ者あり)現在警察なり特審局が如何なる活動を行なつておるかは、おおむね国民の知るところであります。本院におけるいわゆる東大事件の調査を通じても、警察官が学生、教授の身元調査と称して、警察法において許されない特高的な活動をなしておることが明らかになりました。警察手帳によれば、身元調査というのは経歴、思想動向、或いは背後関係、交友状況その他の調査を内容とするというのでありますが、思想動向その他の調査が特高的活動であることは議論の余地がありません。昨年十月の愛媛県八幡浜市における街頭録音の際発言した小学校の教官が調査せられ、東京においても本年三月八重洲口における街頭録音の後、警察官が家庭にまで立入つて調査をしたことが、朝日新聞の投書欄を通じて国民の前に明らかにせられております。(「何たることだ」と呼ぶ者あり)これらの点について木村法務総裁は、「私はさようなことを命じたことは断じてありません」と断言し、斎藤国警本部長官も同様否定をいたしましたが、事実はかかる非合法な活動が警察官によつて行われておることは蔽うことのできない事実であります。私は法務委員会において、北九州の一例として破壊活動防止法反対の労働者大会において反対の決意を表明した社会党の一労働者党員が、その家庭と職場を管轄外の国家警察官によつて調査せられた事実を挙げました。又はこれは国会の内外の事実でありますが、衆議院会館の各会議室の会合の内容を調査し、参議院の面会所等にも出入して資料を収集し調査しておる事実も指摘したのであります。これらの方法が七百万円の調査費の中から支出され、委託調査費によつて特定人によつて間接調査をされておるか、或いは直接の調査であるか、それらの形はとにかくとして、国会議員や、国民の当然の権利に基く国会への請願、陳情の動向、その内容までが調査せられておるという事実を、議員諸公及び国民は何と考えるべきでありましようか。いわゆる愛知大学事件によつて、成る学生に結審局から委託調査を依頼しておいたということが明らかになつております。(「どうだファツシヨ」と呼ぶ者あり)
 破壊活動防止法はかかるおびただしい警察、特審局の非合法的特高活動、人権蹂躪の事実に対してその法的根拠を與え、この事態を強化助勢する役割を持つておるのであります。破防法第二十七條乃至第二十九條による公安調査庁と警察との協力規定は、予算の増加と共に警察のこの種活動を合法化し、助長するものであり、公安調査庁の設置とその拡大は、特審局のこの種の活動を拡大するものであります。
 特審局は報償費による情報の買上げ、委託調査費によるスパイの製造が、如何に弊害を生ずるかが法務委員によつて強く指摘せられたにもかかわらず、又特審局自体その弊害を十分認めながらも、依然として情報の買上げと委託調査をやめようとはいたしておりません。情報の交換、情報の買収を継続するならば、情報屋を生み、九州大学における僞特審局員事件のごとき事件を更に増加するでありましよう。売らんかなの情報を提供せしめるでありましよう。東京地裁の井上上席判事は、裁判所職員について「特審局員が調査を申入れ捜査した事件について文句のある者は訴えたらいい、国会で多数決できめたのをとやかく言うのは間違いである」と語つたということであります。かくて我々の思想が調査せられ、行動がスパイせられ、一切の言動がいつ誰からスパイせられるかもわからないという、かかる事態が公然と拡大せられて参りますならば、言論、集会、出版、大衆活動は常に戰々兢々、薄氷を履んで深渕に臨むがごとき状態になり、心ある者も黙して語らず、新聞、放送の現在の偏向と逆コース的傾向は明白な御用化となり、破防法の通過と共に満州事変後の状態となり、暗黒と恐怖の時代を招来することは明らかなことであります。(「その通りだ」と呼ぶ者あり、拍手)一八七八年、ドイツの社会民主党鎭圧法の成立によつて、当時ドイツ政治警察のスパイ政策も極めて広汎に行われ、買収脅迫等によつて子を父から、妻を夫から裏切らせる方法すら用いられるに至つたと言われておる。父は子を、夫は妻をすら信ずることができなくなつたと言われ、一社会民主党議員は、当時国会において証拠を挙げ、「有給のスパイは社会民主主義運動を監視するのみならず、委託を受けて犯罪的行動を扇動し、みずからその準備を供しておる」と攻撃しましたが、日本における旧特高警察官がいわゆる主義者を泳がせ扇動し、思うときに事件を作り、或いは捏造した証拠によつて大犯罪を作り、更に団体の中にスパイを入れて犯罪を製造したことは、今日なお忘れがたい事実であります。ドイツの当時の内相は「スパイ政策の非難に答えて、スパイとして働らくごとき機関は決して紳士でないということ、それで警察及び政府がかかる機関を用い、犯罪を教唆するというがごときは、全くの虚構であり、單なる誹謗である」と抗弁をいたしましたが、ピスマークは、「若しいずれかの文明国がかかる手段、即ち秘密警察を用いないと若し諸君が考えるならば、政治的領域における公安は二十四時間と保たれることはできない」とうそぶいたのであります。仮にこの内相の名前を木村法務総裁や斎藤国警長官と読み替え、ピスマークを特審局長や井上判事と読み替えたとして、諸君どうです。七十四年の歴史の距離が全く無くなつておることに皮肉と戰慄とを感ぜざるを得ないではありませんか。(拍手)
 かくのごとく特高活動と人権の蹂躪を強化し、スパイ政策を拡大し、日本に曾つてのような暗黒時代をもたらす破壊活動防止法には断固反対せざるを得ません。これが原案反対の第一の理由であります。
 原案反対の第二の理由は敗戰という大きな犠牲と反省の上に治安維持法、治安警察法、新聞紙法、出版法、言論、出版、集会、結社等取締法等、警察政治の具に供せられ、国民の自由を弾圧した諸法律、弾圧諸法規を基礎とする警察官僚機構を清算し、新警察法により民主主義的、地方分権的人民のための警察制度を確立したにもかかわらず、爾来、未だ五年ならずしてこの破防法、公安調査庁設置法等曾つての専制政治の基礎、中央集権的治安警察を再建し、日本国憲法を蹂躪して警察国家、フアシズムの第一歩である行政フアツシヨの基礎を築かんとする、これが原案反対の第二の理由であります。言うまでもなく近代民主主義憲法の成立は、各国の専制政治に対する批判と鬪争の結果であり、成文憲法それ自身が国家権力の人民に対する自己制限であると言われております。米国の独立宣言と憲法、フランス憲法と人権宣言、この基礎をなすものは、自然法並びに自然権の観念であり、それは自由と幸福とを求めてやまない人類普遍の原理であると宣言せられました。明治憲法に現われた自然法並びに自然権の思想は未熟であり、不徹底そのものでありました。この天皇制憲法の下に軍国主義と極端な国家主義とが成長し、人権は次々に蹂躪せられて参りました。明治憲法第二章臣民の権利義務の條章に掲げられた臣民の権利は、「法律ノ定ムル所ニ従ヒ」或いは「法律ノ範囲内ニ於テ」として、法律自身によつて如何ようにも制限され、蹂躪せられる要素を初めから持つておつたのであります。この旧憲法下の我が国の行政の特質を一言にして要約しますならば、それは中央集権主義、官僚行政主義、警察国家主義、行政国家主義と言い得るでありましよう。然るに敗戰と降伏によるポツダム宣言の受諾と共に、上からの民主革命は進展したのであります。天皇主権は廃止せられ、主権が国民に存することを高らかに宣言し、軍国主義は除去せられ、民主主義的政治組織が確立し、基本的人権の尊重、特に信教、言論、出版、集会等の自由が保障せられました。それは法律を以てしても、国家権力を以てしても奪うことのできない基本的人権の制度を確立したのであります。米国の独立宣言、フランスの人権宣言をここに引用することは省略いたしますが、日本国憲法がその前文において、人類普遍の原理であり、国民主権の原理に反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除すると謳い、新憲法九十七條が重複をも顧みず、あえて「この憲法が日本国民に保障する基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であつて、これらの権利は、過去幾多の試錬に堪べ、現在及び将来の国民に対し、侵すことのできない永久の権利として信託されたものである。」と規定したのは、明らかに独立宣言、人権宣言以来の伝統と犠牲の上にこの新憲法が打ち立てられたことを示し、政府がこの原理を忘れ、又は無視しようとするとき、これらの條文によつて反省せしめられ、国民によつて糾彈されるであろうことを予想しておるのであります。警察国家主義より法治国家主義へ転換したということは自由権的基本権の漏れなき保障のみならずワイマール憲法の例にならい、生存権的基本権を保障し、民主主義の成長すべき経済的地盤をも育成し、これらの基本的人権は法律を以てしても奪うことのできない永久の権利としたということであります。然るに破壊活動防止法は、治安維持、公共の安全の名において、再び中央集権的行政の中核として国家警察、政治警察を復活し、官治行政を再現しようとしておるのであります。破防法の立案を通じてここに現われている行政権の立法権に対する優位、破防法の運用による司法権に対する行政権の優位が実現いたしますならば、法安第三條第一号に関連し、朝憲の第一順位に置かれた天皇制の復活強化と相待つて、旧憲法下における官僚行政主義、中央集権主義、警察国家主義が再び現実のものとなるでありましよう。本法案による公安審査委員会の決定
 は、旧憲法的な行政裁判に似た制度を作り、行政国家主義を復活するのであ
 ります。このことは治安維持のためには基本的人権をも制限し得るという法案の建前及びこれを認める政府の答弁に端的に現われております。
 我々はここで民主主義的、地方分権的警察制度を維持するか、中央集権的警察国家を復活するか、民主主義を擁護するか、民主主義を放棄するか、重大な岐路に立つておるのであります。(「そうだ」と呼ぶ者あり)我が党は民主主義を守ろうとする国民勤労大衆と共に民主主義の原理を捨て、民主憲法を破壊しようとする自由党政府を彈劾しなければなりません。これが破壞活動防止法案に対する反対の第二の理由であります。
 原案反対の第三の理由は、破壊活動防止法が広汎にしてあいまいな行政処分の根拠法規及び刑罰規定を含むからであります。政府はこの破防法は内乱、騒擾、放火、往来危險、汽車電車の顛覆、殺人、強盗等危險中危險の行為を取締処罰の対象にするものであると称しておりますが、その内容の一つは、第三條に規定する行為をなす団体の活動の制限、解散という警察処分であり、他の部分はこの警察処分後の、或いは警察処分を待たざる直接にして広汎な刑罰規定であります。法案第三條のあいまいさ、濫用の必然性については、当院法務委員会数十日の大半の審議がこの第三條に集中せられたという事実からも明らかなことであります。私はここではただ、朝憲紊乱という概念が、旧憲法時代のものであり、判例も旧憲法時代以外には無いということ、政治上の主義、施策も明らかにならず、扇動と宣伝がどれだけ違うか、正当性又は必要性と必然性とがどれだけ異なるかも明白でないことを指摘し、各委員によつて二号りの公務執行妨害が大衆団体の集合、大衆行動の場合、警察、公安調査官によつて挑発せられ、繰り返さるる危險性が指摘せられたことを強調するにとどめます。実際の法の運営を考えるとき、原案第四條によつて団体の活動が制限せられ、第六條によつて団体が解散させられた後は、当該団体のためにする一切の行為が禁止せられ、これら一切の活動が刑罰処分に付せられる結果、団体に関係する極めて多くの人々が捜査、拘引、拘留、処罰の対象となることを指摘したいのであります。而も警察処分は公安調査庁という行政機関の調書を基礎にし、公安審査委員会という同じ法務府の機関によつてなさるる結果、行政権の専断と恣意が生ずるのでありますが、その処分の翌日から、かくも広汎な捜査、拘引、拘留、処罰がなされ得るということは、旧治安維持法適用の場合と比較にならぬ全国的大量検挙がなされることを証明しております。メーデー後の事件のとき、見物人、追随者等全く罪のない第三者が騒擾の附和随行者として検挙され、検挙者の八割が不起訴となつたというような事態が、この法律による検挙と処罰の実相を十分に想像せしめます。而も政府の説明によつても、破壊活動をなす団体の本体そのものには有効でないというのでありますから、五月一日或いは五月三十日の事件のごとく、大衆の袖の下に隠れる者は捕捉し得ず、無事の大衆が逮捕処罰されることは明らかであります。破壊活動それ自身はとらえられず、その事前段階、その表現活動、表面に現われた民主主義的な言論、出版、集会、行進、団体活動がとらえられることは明らかであります。刑罰法規としての治安維持法は、「天皇の不可侵に対立するような思想を危險思想として、道徳的にも排撃せられるような情勢の中で、目的犯、結社犯として非常に拡大された。目的を達成する方法の如何を問わず、結社とは関係のない者が結社の目的を達成する行為をしたというかどで、『目的遂行のためにする行為』が無限大に拡張さるる危險性が、犯罪の構成要件の中にあつた」と特審局長は説明をいたしましたが、治安維持法に比べてこの破防法は、第一、破壊活動防止法の対象となる団体は、結社である必要はなく研究会も懇談会も、雑誌も新聞も、宗教団体も劇団も、文化サークルも団体という団体はすべて含まれる。第二に、内乱の教唆、扇動、内乱の予備、陰謀、幇助の教唆、扇動、その正当性を主張した文書、図画の印刷、頒布、掲示、所持、二号イよりリまでの予備、陰謀、教唆、扇動等、政治目的を持つた活動の最初にして最低の活動まで、一切が包含せられておるのであります。而もこのことは刑法総則の重大なる変更まで含んでおります。第三に、近代刑法の原則である個人責任を踏み出して、団体を基本的な対象とした結果、刑罰規定の適用が団体の全員にかぶる等、治安維持法に比べて適用の対象は遙かに広汎であります。
 治安維持法は大正十四年四月制定せられて昭和二十年敗戰と共に廃止せられましたが、昭和三年緊念勅令によつて改悪され廃止せられるまでの十八年間に、検挙された者が六万、起訴された者が三千と言われ、ドイツの社会民主党鎮圧法によつて十二年間に追放された者が八百九十三人、禁錮の受刑者が千五百名、延年数が千年と言われております。五・一事件の被検挙者は千を超えるというような最近の実情から見れば、破防法による検挙者、起訴者の数は想像に余りがあります。この法律が悪法であり濫用される必然性は、その本質から憲法に違反する諸條章、諸制度から明らかであります。破防法の母法であるアメリカの国内安全保障法から生れた韓国の国家保安法によつて、昨年十二月まで二年半の間に殺された人数は六万人、著名な歴史家、植物学者まで焼き殺されたとられておりますが、破防法がこの韓国の国家保安法の役割を日本において果し、共産主義者の陰謀について全面的な調査の必要ありとして、政府に反対する国会議員を調査するのみならず、逮捕するに至ることを恐れるのであります。これ我が党が本法案に反対の第三の理由であります。
 原案反対の第四の理由は、吉田内閣の失政を蔽うて実力に対抗するに実力を以てする結果、国際的対立を国内に持ちこんで、日本の国内に三十八度線を作り、戰争を誘発するからであります。(拍手)この法律立法の前提なり基礎をなす考え方の一つは、共産主義が暴力であり破壊活動であるという態度に立つていることであり、他の一つは、破壊活動が広汎に存在し、内乱の危險性が差迫つているということであります。共産主義を單なる暴力であり破壊活動であるとするアメリカの態度は、誤解と恐怖に基く最も下手な共産対策の根拠をなしているが、日本がこのアメリカの誤解と恐怖を受継ぎ暴力或いは実力を以て対処するという態度をまねる必要はないと、大内兵衛先生は断言せられましたが、我々は政府の態度に自主性のないことを先ず指摘しなければなりません。又法務委員会における木村法務総裁との質疑を通じても、自由党政府の共産主義に対する認識が如何に浅薄であり、共産主義と対抗し得る何らの思想も何らの施策も持合せないということが暴露せられました。(拍手)その結果、思想には思想を以て対抗する、話してわからせるという民主主義の原則を捨て、政治目的を持つ行動、社会不安をなくするには国民生活の安定向上が必要であると口では認めておりますけれども、この点についての方策もなければ自身もないことを明らかにいたしております。否、むしろ自由党内閣を構成する独占資本家と旧官僚には、民主主義は失われておつたのであり、戦後の民主革命への抵抗が、両條約批准による従属的地位を利用して逆コースという本性を現わしたというのが真実でありましよう。(「その通りだ」と呼ぶ者あり)又米軍の駐留、自衛力の漸増という言葉でごまかしておる再軍備の強行、向米一辺倒によるアジア貿易の放棄による国民生活の犠牲と、これに対する国民の批判を国家権力と政府の持つ暴力で抑えようというのが真意であり、破防法の真の使命はここにあるのでありましよう。(「その通り」と呼ぶ者あり)
 日本共産党が、アメリカの占領政策の転換と自由党政権に追いつめられた結果ではありますが、ドイツの社会民主党鎭圧法下におけるラジカリズムに似て、議会主義を捨て直接行動による政治闘争を主張するのは、我々の賛成せざるところであります。
   〔議長退席、副議長着席〕
 我が党は民主主義の立場から暴力革命の方式に反対であり、武器を以て内乱を起して行く方針には平和主義の立場から反対であります。我が党は日本の労働者、農民その他の勤労者と共に、ドイツの社会民主党鎭圧法の下におけるドイツの労働者と同様、見込もない暴動に誘導されて、以て自分自身の事業を挫折せしめるべきであろうか。すべての社会的、政治的地位が、更に彼らの敵すらも社会民主主義者のために働かざるを得ないというような、かくのごとき刹那において規律、自制が役立たなくなるべきであろうか。そして我と我が身を突きつけられておる劍に投ずべきであろうか。断じて否と言いたいのであります。
 併し又政府のいわゆる破壞活動、大衆の政治的行動に関連して、紛争と騒乱らしきものが起る原因に、警察官その他の挑発、政府の政治的策謀のあることも見逃すわけに参りません。下山事件さえ政治的に利用せられました。政府がメーデー後の宮城前広場の事件を破防法通過のために利用したことは明白な事実であります。馬場検事正が言うように、デモ隊が禁止された場所に入つたことが騒擾の原因であつたとするならば、そのことは裁判上争われておることであり、警官隊とデモ隊との衝突の最初が、二重橋際に待機した警官隊の攻勢にあつたことがニユース映画その他にはつきり現われておる以上、あの騒擾の原因が警官隊の側にもあることは明白であります。(「その通り」と呼ぶ者あり)私は勿論ここでメーデー事件そのものを論議しようというのではありません。破防法を必要とするという破壊活動を、警察なり政府も起しておるということを申上げておるのであります。内乱の危險性があるかないかは国民の判断に待つとして、それは独占資本主義又は金持の行き過ぎの心配病によるほか、政府と警察が政治目的のためにみずから作つているということを指摘しておるのであります。(拍手)
 政治問題が発生する社会的原因については、それが政治的責任の問題であるだけに、飽くまで政府の責任であります。失業者の生活のための闘争、朝鮮人諸君の強制送還反対、生きんがための闘争、学生の再軍備、徴兵制反対の鬪争の原因については、政府に責任があることは明らかであります。問題はこれを解決することであつて、実力と彈圧でその声を、その動きを蹴散らすことではありません。政府は破防法によつて、これら政治問題に国家権力の暴力を以て対抗しようとするのであります。この政治問題と政治闘争に力を以て対抗しようとする態度こそ、民主主義を捨て、警察国家、専制国家を作らんとする態度でありますが、この態度は、共産主義を破壤活動だと認定するアメリカの国内安全保障法と同じ考え、同じ態度を基礎とするものであるし、国際的にソ連に対抗するに軍備の拡張を以てせんとする、いわゆる閉じ込め政策の国内版であります。(「その通り」と呼ぶ者あり)国際的態度として武力を以て武力に対抗せんとする態度は、如何に平和の装いをしようと、窮極において戰争に導くと同様に、国内において実力を以て実力に対抗しようといたしますならば、警官と一部国民との対立は、その規模と深刻さを増し内乱に転化して行くことは明らかなことであります。(拍手)私は曾つてこの壇上から、メーデー後の宮城前広場のような事件を繰り返して参るならばフイリツビンの現状から仏印の状態に、更に朝鮮の事態へと導き、日本を世界第三次大戦の渦中に捲き込みつつ、民族の悲劇を朝鮮に何百倍、何千倍した規模において国内に繰り展げることを警告いたしました。硫黄島、沖縄の思い出、広島、長崎の原爆の惨禍も未だ忘れ得ず、生活と皮膚の中に戰争の生々しい被害を残し、平和を心から望む日本国民と共に、かかる民主主義を放棄し、国内に対立と内乱をもたらす破防法案外二件に対しては、飽くまで反対せざるを得ません。(拍手)
 なお緑風会中山、岡部修正案は、会派の中において修正に努力をせられた議員諸氏の苦心は了察いたしますが、原案の本質を何ら変えるものではなく、僅かに文書、図画の所持を削つた点が判然しておるだけで、外患の罪、有線、無線放送の規制附加、内乱罪、外患罪の教唆、扇動にも懲役罰を科して拡大改悪をなし、法濫用の必然性については何ら修正せられていないので、反対しなければなりません。
 我が党は、以上の理由により、破防法撤回の基本線を堅持しつつ、原案の骨抜きに努力を続けて参りましたが、それはこの法の持つ基本性格を奪わなければならないということでありました。我が党は、四百万の総評、労鬪、曾つてなき決意と努力を傾けて来た知識人、新聞人その他民主主義を守ろうとする大多数の日本国民と共に、本案の撤回のために鬪つて参りました。(「そうだ」と呼ぶ者あり)国会はこの主権者である国民の意思を十分に反映しなければなりません。(「その通りだぞ」と呼ぶ者あり)
 民主憲法において最高の地位を與えられた国会の一院、衆議院の多数の非違を正すべき抑制機関としての参議院が、主権者である国民のこのあらしのごとき反対の声に応えつつ、破防法を否決し去られんことを国民と民主主義の名において強く要望して、反対討論を終るものであります。(拍手)
○副議長(三木治朗君) 左藤義詮君。
   〔左藤義詮君登壇、拍手〕
○左藤義詮君 只今上程の破壊活動防止法案外二件につき、自由党を代表とて中山、岡部両君の修正案並びに残余の原案に賛成いたします。反対討論の三百二十五分に対し、私の持ち時間がその十分の一にも足らぬ三十分に制限せられたことは甚だ遺憾でありますか、(「いやいや、どうぞどうぞ」と呼ぶ者あり)できるだけ簡單に所信の一端を申述べます。本法に対する反対のうち、みずから暴力を以て公けの秩序を破り、武力革命によつて政権を奪わんとするもの、或いはこれと一線を劃し得ざるシンパその他の反対は当然であり、又論外であります。これ以外の知識人、文化人等の反対理由は、要約して次の三点がその主なるものでありましよう。第一に、ようやく出発したばかりの未成熟な我が国の民主主義を育成するためには、言論、結社、集会等の(「宗教も規制されるぞ」と呼ぶ者あり)基本的自由を阻害するごとき立法をなすべきではない。(「その通り」と呼ぶ者あり)強力な社会政策を中心とし、政治、経済、教育等の総合施策を以てこれに対処すべきだと、こういう議論であります。第二点は、今日の我が国内には、本法の対象となるような明白且つ現在的な危險は存在しない。(「その通り、しないぞ」と呼ぶ者あり)基本的人権に制約を加えてまて、かくのごとき治安立法を急がねばならぬほど切迫していない。現行刑法の運用を以て十分に賄い得る。こういう主張であります。
 第三には、曾つての治安維持法が軍閥の独裁に悪用せられた過去の悪夢から連想して、本法が再び拡張、濫用されることを恐れるものでありまして、言論陣や学者や労働組合に反対が多く、従つてこれに指導せらるる大衆の反対が大きくクローズアツプせられておるのであります。便宜上先ず第二点から申述べますが、私どもは二カ月以上に亘る委員会において、政府の説明を聞き、その資料を精読して、少くとも次の事実の存在することは否定できなかつたのであります。即ち一面合法、一面地下の団体があつて、外国の指導と支配を受けて、日本国内にゲリラ又はバルチザンの戰法を以て武装革命の遂行を企図しつつあること、かかる企図の準備として、広汎な団体組織を以て計画的に革命の正当性、必要性を扇動し、刀劍、竹槍、時限爆彈、火炎手榴彈、ラムネ彈等の兇器や武器を収集製造することを企て(「戰車はどうした」と呼ぶ者あり)或いは警察から拳銃の奪取を指令し、又必要あらば関係公務員に対し、個人的テロ行為も辞するものでない等、危險な暴力の行使を宣伝扇動していることであります。(拍手)全国各地の税務署、警察署、特審局、検察庁及び裁判所等に対し、兇器を携える集団襲撃の続出していることは皆さん御承知の通りであります。(拍手)二十四日、吹田や新宿その他で行われた暴力的破壊を、誰が偶発的現象と言い得ましよう。(拍手)全国的にこれを企図し、扇動する氷山の底が如何に深いものであるか、思い半ばに過ぐるものがあるのであります。(拍手)恐るべく憎むべきこれらの事実を総合すれば、本法の取締の対象となるような明白且つ現前の危險が存在することは、(「吉田内閣の責任だ」と呼ぶ者あり)反対党の諸君も、もはや疑わんとして疑うことのできぬ事実であります。(拍手)その危險の内容と程度は、まさに我らが最近において経験したことのない深刻且つ広汎なものであります。我等は冷静に的確にこの現実を把握して、その対策を樹立することが緊要であつて、
 これこそ国権の最高機関たる国会が、全国民から附託せられた最も重要な使命であります。(拍手)真に子孫民族の安寧と福祉とを思えば、飽くまで熟慮と勇気とを以て、断固これが解決に邁進しなければならんと確信いたすのであります。(拍手)
 第一の反対論、即ち自由と人権を守ろうとする熱情においては、私どももあえて人後に落ちるものではありませんが、この基本的人権を伸長享受せんがためには、それにふさわしき環境がなければなりません。(「その環境を作るのだ」と呼ぶ者あり)内憂外患こもごも起り、汽車の顛覆や火炎びんによつて、善良なる市民が生命、身体に危害を受けるに至れば、時すでに遅し、元も子もなくなつて、どこに平和があり権利がありましよう。(拍手)もとより本法は急病に対する応急手当であつて、真の健康を回復するためには、外交、政治、経済、教育、宗教等広く総合的施策の樹立に努力しなければなりません。ただ国家の生命線たる治安、秩序を維持し、飽くまで公共の福祉を守るべく、最小限度の手当は絶対に必要であります。(拍手)我が国が占領軍の管理を経て、独立国家となつたという特殊の事情から、かかる法的体制を欠いていたために、一部不逞分子の策動を募らせたのであります。民主主義、議会主義こそ憲法の基盤であるのに、暴力を以て破壊活動をなさんとするは、根本からこの憲法を否定し、暴力独裁をあえてせんとするものであります。(「国会を破壊したのは誰だ」と呼ぶ者あり、拍手)反復継続してかかる危險をなす団体に対して、行政処分として所要の規制を加え、併せて現行刑罰法令に最小限度の補整をいたすことは、憲法を守るために、公共の福祉のために、必要且つ不可避のことと確信いたすのであります。(「尤もらしい顔をするな」と呼ぶ者あり、その他発言する者多し)言論は静かに聞いて下さい。
 第三に、本法の拡張或いは濫用に対する杞憂でありますが、只今吉田君の言われましたように、大正十四年の治安維持法は昭和三年及び十六年の改悪で非常にその範囲が拡大せられ、憲兵や特高がこれを振りかざして、幾多の悲劇と罪悪とを生んだことはまさに仰せの通りであります。その結果が、遂に悲惨な敗戰に終つた。その悪夢の記憶が生々しいために、(「再びそれを繰返すのか」と呼ぶ者あり)本法案が曾つての治安維持法の改訂版ではないかと、学者や労組や特に青少年の心配せらるるのは重々尤も千万に存じます。(「その通りであります」。と呼ぶ者あり)この不安を拂拭して、本法の内容を周知、納得せしめるためにとつた政府の努力が十分でなかつた。そのために必要以上の誤解や摩擦と惹き起したことは私の誠に遺憾とするところであります。(「その通りだ」と呼ぶ者あり)併しながら私どもが国権の最高機関としてみずから信じ、みずからたのむ我が国会は、曾つての帝国議会ではございません。一中佐のサーベルに威圧せられて黙つて引下るような腰抜けは一人もこの議場にはいないと信じます。(拍手)今後の情勢に照らして、若し必要以上の拡大や改悪が企てられるならば、多数を以てこれを反対阻止いたすべき権能を持つているのであります。(「そのときはもう遅いよ」と呼ぶ者あり)これをしも信じ得ないで、治安維持法の旧夢にうなされて、被害妄想に脅えるものは、みずからを疑い、みずからを軽んじ、およそ我が国の議会政治に絶望する敗北主義者と言わざるを得ません。(「そうだ」「誰が敗北主義者だ」と呼ぶ者あり、拍手)若しそれ本法が官僚によつて濫用せられ、必要以上に基本的人権が侵害せらるるならば、国会は直ちに立法を以て、或いは行政調査権を以てこれを矯正し得るのであります。万一にも本法の悪用が、正しき真理の探究や、言論の暢達や、或いは労働組合の活動に支障を加うるときは、私は、本法案を審議したこの参議院が責任を持つてこれを阻止し是正することを、諸君と共に広く天下に誓いたいと思うのであります。(「空念仏というのだ」「それじや遅い」と呼ぶ者あり、拍手)
 以上反対の三点について所見を申述べましたが、我らの愛する子孫のために、真に永久の自由と福祉とを守るべく最小限度の手当をいたすことは、不可避の必要悪であります。これを最小限度に絞るべく一年有余の苦心が重ねられました。即ち先ず第二條におきまして、規制及び規制のためにする基準を明確にいたすと共に、第三條には、現行刑法所定の各條規及び判例等で定まつた用語を用いて、暴力主義的破壊活動の概念を明示し、極力その拡張、濫用を戒めております。(「曖昧ですよ」と呼ぶ者あり)第四條以下、団体の規制をなすに当つて、その手続を十分愼重にし、規制の請求に先立つて、公正に当該団体の意見、弁解を聞く途が開かれると共に、調査並びに処分請求をなす公安調査庁と、これを決定する公安審査委員会とを分離して、極力権力の集中化を避け、若し決定に不服の場合は、司法裁判所に最後の判決を仰ぐことにして、行政と司法の責任の区分を明確にいたしております。治安維持法のごとき行き過ぎを戒めるためには、第二十六條におい、多大の不便を忍んでまで、公安調査官の強制調査権を削除いたしておるのであります。右の原案に対して衆議院でも若干の修正がなされましたが、我が法務委員会におきましては、一カ月以上も愼重審議の結果、公聴会その他の世論を酌んで緑風会修正案が提出せられたのであります。(「特審局御用」と呼ぶ者あり)即ち、最も問題となつた文書の所持についてはこれを削除いたしました。第二條を初め、(「公聴会が泣くぞ」と呼ぶ者あり)條文の字句を明確にして、層拡張濫用の防止に努めております。若し公安調査官にして職権を逸脱した場合には、現行刑法一般公務員の職権濫用罪よりも更に重い刑を加えることにしております。新聞の論調や輿論調査によりましても、当初は全面反対の意見が多かつたのが、本案の内容、国会審議の経過が明らかになると共に、次第に治安立法の必要は認めるが、これを最小限度にまで修正すべしとの意見に傾いて参りました。(拍手)衆議院の公聴会当時より本院のそれのほうが遙かに賛成或いは修正意見が増加しております。現に衆議院で全面的反対であつた社会党第二控室、その第二控室の伊藤委員は程度こそ違え、独自の修正案を当法務委員会に提案せられたのであります。(拍手)近くは福岡県町村長会議定期総会において、破防法早期制定の決議案が殆んど満場一致を以て可決せられております。(拍手)相次ぐ擾乱の実態が、恐るべき氷山の全貌が次第に国民に認識せらるるに従つて、修正賛成の世論はますます増加すべきことを確信いたすのであります。(拍手)
 ただ一点、最後まで問題の焦点となりましたのは、扇動についてであります。これを削除し、又は実行の伴つた場合にのみ限定せよとの御意見がございましたが、残念ながら現下の破壊活動の実情から見て、この條項は削除いたしがたいと存じます。(「扇動の意味が明らかじやないのだ」と呼ぶ者あり)扇動こそ、彼らが大衆を破壊革命に動員する武器であり、秘訣であります。(拍手、「それを者断ずるのは国民だ」と呼ぶ者あり)母の愛情から純真な青少年が誤まつて本法に触れることを心配せらるるかたがございましたが、かかる青年学生を初め自由労働者や朝鮮人諸君を誘惑し挑発せんとする者こそ、地下から来るところの扇動、宣伝ではございませんか。(拍手)メーデー事件において多くの高等学校生徒が、(「見て来たようなことを言うな」と呼ぶ者あり、その他発言する者多し)聞いて下さい。多くの高等学校生徒が、甚だしきは十六歳の少年が逮捕されておるのであります。その将来を思い、その両親の胸中を偲ぶとき、誰か残虐悪質なる扇動者を憎まずにおられましようか。(拍手)世界いずれの国においても、かかる危險なる扇動は当然犯罪として処罰せられておるのであります。(「それが扇動にならんか」と呼ぶ者あり)ソ連も同様であります。我らが新たに民主主義を確立するに当つて、文明諸国における言論自由の限界については、他山の石として三思三省すべきことと存ずるのであります。(「でたらめ極まる」と呼ぶ者あり)反対論者の中には、本法案が成立すれば、必然に再軍備から戰争の破局に追い込まれるように宣伝し、聞けわだつみの悲劇を眼前に見た若い人々を反戰闘争に駆り立てておりますが、今まで申述べましたように、本法の目的は飽くまで暴力と破壊から真の平和と秩序とを守ることであつて、何ら戰争と必然的関係を持つものではございません。(拍手)羊のほうは爪まで抜いて、やがて狼の咽喉を通り易からしめようとするような僞装平和論に迷わされてはならぬのであります。(拍手)
 なお、本法案が原案も修正案も、委員会で成案を得なかつたことを以て反対の論拠とされますが、(「悪いか」と呼ぶ者あり)これは法務委員が改進党に二名もあつて、議員同数の民主クラブに一名もないというような不自然な構成になつておるためであつて、本会議の採決においては、来るべき本会議の採決においては必ず参議院の意思が明らかにせらるるものと確信いたす次第であります。(拍手、「買收しただけの話じやないか」と呼ぶ者あり、その他発言する者多し)
○副議長(三木治朗君) 静粛に願います。
○左藤義詮君(続) 母性の愛情を代表いたして一委員は、法網を細かくして若い者を追いつめてはいけない、法には穴がなければならん、法には涙がなければならんと仰せられましたが、その涙が愛兒を堕落せしめ、その穴が民族を滅ぼすものであつたら大変であります。(拍手)胸に万斛の涙を隠して(「狼の涙だ」と呼ぶ者あり)叱責する嚴父の慈悲も決して悲母に劣るものではないのであります。(拍手、「説教だ」と呼ぶ者あり)暴力主義を是認し信奉する一部の人々が、反省改悟せられて、国会の場において堂々理論を以て民主的に所信を闘わされるに至つたら、何でこんな法律が必要でありましよう。(拍手)私は一日も早くその日の来たらんことを切望するものであります。繰り返して申上げますが、現下の危機は決して生やさしいものではございません。メーデーの騒擾や、先月二十四日の暴動が、若し扇動者の企図のごとく全国的な内乱になつていたらどうでありましよう。これに呼応して外患が誘致せられ、侵略が襲うたらどうでありましよう。角を矯めるために牛を殺してはなりません。不可避の小悪を恐れて、大なる善を失つてはなりません。十年百年の将来において子孫を亡国の奴隷となさざらんがためには、今こそ勇気と叡智とを以て国会の使命を果し、神聖なる国民の負託に応えなければりません。(拍手)希わくば諸君、正を履んで恐れざる勇気と誠実とを以て、党派を超え行きがかりを捨てて、あえて本案に御賛成下さらんことを切望いたしまして、本討論を終る次第であります。(拍手)
○副議長(三木治朗君) 片岡文重君。
   〔片岡文重君登壇、拍手〕
○片岡文重君 今、久しい間法務委員として御同席の栄を得ました左藤委員から、熱烈な御趣旨を拝聴いたしました。(「感謝したか」と呼ぶ者あり)まさに今日まで左藤委員は最も有能達識なる法務委員であると尊敬いたしておりましたけれども、(「今のは左藤さんの 意見じやないのだよ」と呼ぶ者あり)今おつしやられました意見を伺つていますと、若し左藤委員が白を黒と言いくるめる底意を以てなされたものであるならばいざ知らず、若し真にそう信じておられるとするならば、法務委員としての資格を著るしく欠くものであると私は申上げざるを得ないのであります。(拍手、「その通り」と呼ぶ者あり)只今の論旨を要約いたしまするならば、まさに食物を與えずして酷使された使用人が遂に過労の結果栄養失調になつた、動けなくなつたときに、これは横着者である、怠け者であると言つて、これに折檻の答を加えることがなぜ悪いかと主張するに等しいのであります。(拍手、「その通り」と呼ぶ者あり)扇動され、教唆されてもです、みずから否定しつつあるところの暴力に、容易に駆り立てられるような政治を行なつておるのは、まさにそのような社会にしたのは、政治の最高責任者たる内閣総理大臣が悪いのではないか。(「そうだ」と呼ぶ者あり)暴力を否定しておる国民が、たやすく暴力に駆り立てられることは、それ自体政治の貧困を物語らずして何事であります。更に今左藤委員は、我々は万解の涙を呑んで嚴父の答を加えなければならんとおつしやられました。まさに時あれば泣いても馬謖を斬ることも必要であります。併しながら、我々は底意地の悪い継母の折檻と涙ある嚴父の折檻とを混同してはなりません。我々は必要とあれば、まさに嚴父の答を振り上げなければならないが、たとえ如何ようなことがあろうとも底意地の悪い継母の折檻を加えては断じてならんのであります。私はこのような考え方から二、三自分の所信を述べて、我が党の反対意見を表明いたしたいと思うのでありますが、同時に民主主義を否定し、文明に反抗しようとするような、かくのごとき悪法案が、名誉ある本院に上程されましたことを衷心から遺憾とするのであります。
 本法制定に反対する理由について、暴力には反対であるということ、社会の改革は民主的に行わるべきであるということ、国民も暴力には反対をしておるのであり、従つて暴力は輿論によつて十分阻止できるはずであるということ、暴力に反対する国民があえて暴力を見送つておるのは、政府に対する一大抗議であると解すべきであると、暴力が起り、これに同調しておるということは、それ自体政治の貧困と専断とによるものであること、国の治安は民生安定によつてこそ保たれるものであり、権力による圧迫では治安は却つて乱れるのである。決して暴力を絶滅することはでき得ないということ。政府は破防法を立案する前に誠意を持つて大衆の声を聞くべきであり、衷心から国民の幸福を念願すべきであるということ。政府は政治に対する誠意がなくて、今や政権だけを後生大事に守つておるということ。この法案の内容が極めて不統一であり、規制の対象となる範囲が極めて広汎且つあいまいであるということ。育成の途上にある日本の民主主義をこの法案は著るしく阻害するものであるということ。これらの点について申上げてみたいと思うのであります。
 私どもが暴力主義に反対をしておるということは、民主主義を是認し、国会主義を是認いたしておりまする以上当然なことであります。ソ連や中共を例といたしまするまでもなく、時の古今、洋の東西を問わず、暴力革命を行なつた国々は決して少くはありません。併しその国の国民からその結果を見ますれば、殆んど例外なく單に統治者の更迭を見たるにとどまつておるのであつて、甚だしきに至つては、より一層行動の自由、言論の自由を奪われ、政治の批判をすら禁圧される等、まさに前門の狼を追うて後門の虎に食われるという結果に陷つておるのであります。(拍手)これは、暴力革命主義者はたとえ口に平和を唱え、人民の平等を叫びましようとも、その根本精神は反民主主義であり、議会主義否認の権力独裁主義者であります。従つてひとたび革命成就いたしますれば、忽ちにして権力独裁政治を強行することは当然なことであります。従つて暴力革命にして国民大衆の欣然たる支持と信頼とを得ておるという国は、史上その類例極めて稀であると言えるのであります。ソ連や中共の民衆が今、隣人をすら信ずることのできぬ疑惑と不安との中に戰いておりまするお気の毒な姿は、余りにも身近なよき実例であります。
 今や我が国におきましては、想い起すだに戰慄を禁じ得ないあの太平洋戰争によつて、最愛の肉親を失つた遺家族が全国に八百万の多きを数えるということは各位の御承知の通りであります。更に、家を焼かれ、財を失い、営々として築き上げた半生の努力を一瞬にして灰燼に帰せしめ、一家四散の悲運に際会しておるお気の毒なかたがたは、これ又幾十万の多きを数えるのであります。過日、青春の胸に燃ゆる希望を抱きながらも、あたら花の姿に拭いがたい痛手を受けた広島の原爆娘の一行が、一縷の望みを抱いて遙々東京大学病院の門を訪れたというお気の毒な報道は恐らく各位も御承知のことと思うのであります。(「本気で戰争に反対しなさい」と呼ぶ者あり)暴力を憎み、戰争の惨禍を呪い、ひたすら世界の平和を祈念して止まぬ国民の声が如何に深刻であり、如何に切実であるかは、今更申上げるまでもないところであると存ずるのであります。日本国民が国家の名誉にかけ、全力を挙げてその嵩高な理想と目的を達成することを誓つた我が国憲法はその前文において、「われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。」と誰つておるのであります。信頼と潤いのある社会に憧れて、民主主義の大道を求め、暴力主義に反対し、秩序ある社会生活を求めて止まぬ国民大衆の気持は、決して軽々に葬り去ることのできぬ牢固たるものがあると私は固く信じて疑いません。従つて、若し故なくして暴力が用いられ、或いは理由なくして社会の秩序が乱されるといたしますならば、必ずや国民大衆の激しい反撃の輿論が翕然として捲き起つて来るはずであり、いわんや指令を海外に仰ぎ、みずからの祖国とみずからの自由とを捧げて、国内到る所に見えざる三十八度線を描き、(「そんなのはどこにあるのだ」と呼ぶ者あり)結局は両親相争い、同胞相食む悲惨な状態を招来するような危険の多分に存しまするところの暴力主義的団体に、みずから好んで投入し、みずから好んで参加するというがごときことは考えられないのであります。不幸にして現政府吉田内閣の成立以来、人心次第に動揺の兆を現わし、特に最近に至つては何人によつて指導され、何のための目的を以て行われるかは別として、暴力的な行動はいよいよ活溌となり、社会人心の不安漸く憂色を加えて参つたかの感を深ういたすのであります。この不安と憂色の中にあつて、頻発する暴力行為や破壊的活動に対して、国民の輿論は殆んど為すところなくこれを傍観している有様であり、却つて政府が民主主義を守り、暴力主義を掃滅するのだと懸命の弁解を行なつておりまするこの法案に対して、ごうごうたる非難を浴びせおるのであります。学者や芸術家やジャーナリスト等、まさに世の指導的立場にあるこれらの人々を初め、国民の輿論は挙げてこの法案の撤回を要望しておるのであり、我々国会議員の善処を要望する電報や手紙は、机上山をなす有様であります。暴力を憎み、平和にして社会秩序の確保されることを念願してやまぬ国民大衆が、頻発する暴力行為に対して、殆んど傍観の態度をとり、却つて暴力を無くするというこの法案に対して反対運動を展開するという、一体これは如何なる理由に基くのでありましよう。この問題こそは、政府が本当に政治的良心を以て国民の負託に応えることを考え、社会の秩序維持について国民大衆の欣然たる協力を求める意思があるといたしまするならば、この法案の上程に先立つて、当然再三再四、反省熟考せねばならなかつた最も重大な一点であり、内閣成立以来、激化いたして参りましたたこの不穏の状態に対しては、当然重大なる決意を以てその責任を明らかにいたすべきであると私は考えるのであります。然るに政府は最も重大なこの問題点については、何ら考慮を拂わなかつたばかりでなく、騒ぐから縛る、暴れるからぶち込むという依然たる岡つ引政治の考え方であります。一昨日も吉田総理は私の質問に対しまして、破防法に反対する者は暴力主義的破壊活動を援助する者であるという意味の御答弁があつたのでありますが、如何に老いの一徹とは言いながら、この考え方、これはまさに政治の「いろは」をすら解せない市井文盲の戯言であるならいざ知らず、(拍手)これが果して一国の総理大臣たるものの答弁かと、その常識と政治的良心の欠如いたしておることに唖然たらざるを得なかつたのであります。(拍手)のみならず、本法案の持つ内容は極めて杜撰であり、而も残酷、広汎でありまするから、この法案が一たび実施されまするならば、善良なる国民、建設的な団体、良心的な学者、ジヤーナリストは、殆んど漏れなくと言つていいほどに蟷螂の勇気を持つか乃至は獄窓の月を眺めることを好む者か、いずれかでなければ、安んじて学を説き、歴史を教え、或いは経済、文化の評論を行うということはでき得なくなるのであります。ここに国民大衆が本法案に対して強く反対の意思を表明いたしている根本の原因があると考えられるのでありまするが、更に見逃がすことのできぬ重大な問題点は、現内閣が余りにも非民主的であるばかりでなくして、全く無為無能であり、国政担当の能力は全然失つている。独立日本の民意を暢達する気力すら失つているにもかかわらず、さながら命旦夕に迫る秋蝉のごとく、枯れかかる青桐の枯れ枝に必死としがみ付いているがごとく、
   〔副議長退席、議長着席〕
ただただ政権に恋々として相次ぐ失政の上に面を伏せ、吉田あつて国政なく、内閣あつて国家なき幕府的な専制政治を行なつているということに対して、当然に起り来たつた国民大衆の激しい批判の結果であり、現内閣の速かなる退陣と、溌剌とした民主勢力の一大結集とを要求する国民大衆の声なき憤激の姿であるというこであります。(拍手)農民、漁民、労働者、中小企業者、いわゆる勤労者階級の諸君は、今や苛斂誅求の下、全く塗炭の苦に陷つているのであります。一昨々日でありましたか、東京新聞には、夏期臨海学校の悲劇二題と題して、最愛の我が子を夏期学校にやれぬ辛らさ悲しさから、遂に親子心中を企てたという悲しい報道がありました。最愛の妻や子供たちにすら、浴衣一枚着せてやることのできないときに、銀座裏には、大臣諸公御後援のキヤバレーが、妍を競うて晝を欺いております。築地や烏森の特殊料理飲食店には、連日公用族、社用族、政商や官僚の宴会が曾つてなき殷盛を誇つておると聞いております。━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━国政は挙げて猟官的閣僚どもに任せ切つて顧みられない。まさに世は、寿永の春に醉う平の相国清盛公が専制の治世と、何ら異るところなき様相を呈しているのであります。(「そうだ」と呼ぶ者あり、拍手)困苦欠乏の中にあつて営々として職場を守り、孜々として日本経済再建のためにたゆまぬ努力を傾けておりまする勤労階級の諸君が、たまりかねて政府の更迭を願い、或いは正当な賃金の値上げを要求いたしますれば、不逞な輩として一言の下に叱りつけられ、せめて生産費を償う米価をと要求する農民は、貧乏人のくせに米の飯を食べるからだとお小言を頂かなければならない。これが今日の日本の政治であり、これが今日の日本の政府でありまする以上、心中如何に強く暴力を憎み、民主主義による社会の改革を熱望いたしておりましようとも、背に腹は代えられずとする考えの生れて参りますることは、あながち抑え付けることのできない悲惨な現実ではないかと私は思うのであります。直訴は磔という徳川幕府の時代にも、下総の国木内村には宗吾郎が生れて来たのであります。政治邪しまにして正しきを得なければ、たとえ身は代官の要職にありましようとも、大塩平八郎はその学識を以てして、あえて乱を起さざるを得なかつたのであります。ここに本法案が生れ来たつた政治的理由を見出すのであります。即ち本法案は政府みずからの無能と、吉田首相専制の結果生れて参りました暴君断末魔の兇刃たる以外の何ものでもなかつたのであります。法務委員会における質疑検討によつて私どもの知り得ましたこの法案の内容は、一言にしてこれを申上げまするならば、侵すことのできない永久の権利として現在及び将来の国民に與えられておりまするところの思想、良心、言論、集会、出版等の基本的人権を著るしく拘束し若しくは否定するものであり、且つ立法体系よりこれを見まするも、司法と行政の範別を紊り、その内容は極めて杜撰であり、実際適用に至りて、無辜の良民が甚大な被害をこうむる危険は極めて明白であります。殊に不可解といたしまする一点は、第三條第二項によりまして、労働組合、農民組合、中小企業者の各種組合等は勿論のこと、およそ共同目的を持つ継続的結合体でありまする以上は、殆んどその内容の如何を問わず、本法規制の対象と相成るのでありまするが、ただ一つ例外があります。それは何か、即ち街の暴力団であります。善悪是非の批判は別として共同の目的を持ち、徒党を組み、傷害、殺人、強盗、恐喝等、まさに良民の安寧を脅やかし、社会の秩序を乱り、而うして生活の糧を得ておるこのような街の「だに」暴力団が、本法の適用の枠外であるということであります。(拍手)これは一体何を物語るでしよう。まさしくこれらの団体は警察の手先となり或いは特審局の用心棒となつておるがために、若しくは寺銭を献納しておるからだというような世評の通りではあるまいと存じますけれども、(「吉田の子分ですよ、みんな」と呼ぶ者あり)少くともこの一事を以ていたしましても、この法案が如何に御都合主義のものであるかということは明白であり、扇動、教唆、文書の所持等については勿論、団体の活動等についても、甚だしくあいまいであり、抵触せしむる範囲を殆んど無限に拡大する一方、公安調査官等の職権濫用については、ただ僅かに申訳的な訓令規定を設けておるに過ぎないのであります。このように本法案の内容について検討を加えて参りまするならば、まさに吉田内閣がみずからの幕府的専制政治の失敗を隠蔽し、虚偽と欺瞞を以てする苛斂誅求に対して、全国に今起りつつありまするところの吉田内閣打倒の声を封殺しようとして振り上げられた暴君の兇刃たる以外何ものでもないと、あえて断じて憚からないのであります。(拍手)併しながら劔によつて立つ者は劔によつて亡ぶと言われております。経済も豊かであり、教養も高く、国民に民主主義が徹底いたして参りまするならば、治安の確保には法律は要らなくなるはずであります。暴力取締に捕繩や警棒の必要はなくなるはずであります。国政よろしきを得て、民心喜んで政府に協力をいたしまするならば、暴力も起らず、祖国を忘れるような悲しむべき人々も生まれては来ないはずであります。みずからの無能と非行を蔽い庇うがために、治安に名をかり、国民の血税数十億を以て屋上屋を架する特別の機関を設けて、権力を以て政府の批判を禁圧しようとする、これで果して天下の治安全きを得るでありましようか、昔、秦の始皇帝は書を焚き、儒者を殺さずんば天下の泰平期すべからずと叫び、坑儒の令を発して儒者四百六十余名を成陽に生き埋めにいたしたと聞きましたが、何ぞ図らん、それから僅かに六年、あつけなく亡ぼされてしまつたと歴史は教えておるのであります。施策国民を思わず、政治を私して国会を軽んじ、黄金と権謀の上に立ちて専断横暴の限りを盡す吉田内閣が、傲然として今日破防法を提出する、まさにこれ、国民に対する挑戦に、あらずして何でありましようか。学者の口を塞ぎ、ジヤーナリストの自由を奪い、労働者、農民の団結権をすら否定し、まさに伸びんとする日本民主主義の萌芽を双葉にして摘み取らんとする、これ文明の破壊、文化の冒涜にあらずして何でありましよう。国民大衆が今日求めて止まない法律は、暴力主義的破壊活動防止法ではありません。実に吉田総理並びに自由党に対する国会主義破壊活動防止法であり、民主主義妨害活動防止法にほかならないのであります。
 破防法ほか二案の通過に対して、我々は今日まであらゆる合法的手段を以て反対し続けて参りましたが、ここに更に反対の理由を表明、明示いたしまして、諸君の深甚なる反省を求めて、あえて反対討論にいたす次第であります。(拍手)
○議長(佐藤尚武君) 只今の片岡君発言中国会法第百十九條に反する点があると存じますが、片岡君の取消しを希望いたします。(「あるじやないか」「はつきりしてもらおう」「どこだ」と呼ぶ者あり)
 片岡君において取消しをなされないならば、議長は取消しを命じます。
 これにて零時五十分まで休憩いたします。
   午前十一時四十八分休憩
     ―――――・―――――
   午後一時七分開議
○議長(佐藤尚武君) 休憩前に引続き、これより会議を開きます。討論を続けます。一松定吉君。
   〔一松定吉君登壇、拍手〕
○一松定吉君 私は改進党を代表いたしまして、本案に対しましての反対意見を開陳いたしたいと思います。(拍手)私は暴力主義的破壊活動を取締るということについては少しも反対いたしません。今日の現状において、かくのごとき不逞の行動をなすものに対して、これを取締らなければならないことは、これは論を待つまでもございません。然らば何故に私が本法に反対するかといいますると、本法は、過般申上げましたように行き過ぎであるのだ。本法がなくても現行法で処罰ができるのだ。(「その通り」と呼ぶ者あり)団体規制ということについては、如何にも団体の規制ということをやらなければ取締ができないようなことを議論なさるけれども、それは今少しく法律を研究すればそういうことはわかる。
(拍手)現に団体等規正令という政令がある。これはこの安保條約の発令後六カ月たてば、これは廃止になることは皆さん御承知の通り。廃止になれば、その団体の規制に関することについてそれだけの特別法を設ければよろしいのです。(「そうだ」と呼ぶ者あり)その破壊活動をやつた行動に対する取締は現行刑法において十分である。(「その通り」と呼ぶ者あり)これがよく頭に入らないと、如何にも破壊活動をやるものをほつたらかしにしておく。そういうことは国家を破壊するのだから、我々はこれを傍観するに忍びないとの御意見は、それは素人欺しの意見なんだ。我々のような専門家から見れば。(笑声)そういう規定は設けなくても立派に法律がある。でございまするから、私はそういう意味において本法をこのままにやるということは反対である。但しこれに対して多くの修正を加えて、国民が安心するようにこれを改正するということであれば、我々は必ずしも反対はいたしません。然らば団体規制についてはどうすればいいかというと、六カ月の期間を経過いたしましたらば、その団体の現制ができないということになるから、それはその点に関するだけの法律を設ければよろしいのである。現に団体等規正令というものがあつて、これで暴力主義的活動をするものを取締つておる。又そういうことをする団体の禁止若しくは解散も、今団体等規正令において命じておる。ですからそれが六カ月たつてなくなるならば、その点について、新たに極く簡単な法規を制定すれば、それは取締ることができる。然らば本法においてどういうようなことになるかというと、本法は団体等の規制に関することが必要であるということを頻りに主張されますけれども、それは今私が申上げる通り、それだけの特別法をこしらえればよろしいのであつて、団体ということそれ自体は一体何か。自然人の集合です、これは。自然人の集まりであるからして、団体を結成する人々が、いろいろな行動をすることについて謀議をやるということは、自然人が謀議をやるということなんだ。だから団体のやることは、結局は自然人によつてその行動はやられる。だから破壊活動をやつた自然人に対して、或いは内乱、外患或いは殺人、放火、強盗ということは団体はやれない。その団体を結成する人がやるのだ。その人に対する処罰規定は現行刑法にちやんと規定がある。それを本法によつて更にそういう点に重きを加えるということは何かというと、予備、陰謀を罰するというのです。諸君。予備、陰謀は内乱、外患だけにありますよ。内乱、外患以外の予備、陰謀は現行法にはありません。又予備というのは、殺人、放火、強盗、そういうようなものや、爆発物或いは汽車、電車の顛覆ということについては、予備を罰しますけれども、陰謀は罰しません。騒擾事件や公務執行妨害というようなものに対しては、予備も陰謀も現行法は罰しておりません。然るに本法は、そういうような陰謀を罰していないところの殺人、放火或いは強盗とか電車顛覆とかいうようなものの、このいわゆる陰謀を罰しよう。陰謀も予備も罰していないところの騒擾や公務執行妨害というものに対してこれを罰しよう。そうして而も現行刑法には扇動というものは罰してありません。特別法には、皆様何回も法務総裁から御説明がありましたように、現行法に扇動ということを罰しておる特別法はありますけれども、現行刑法には扇動を罰しておる規定はありません。然るにこの法案によつて、そういうような罰していないところの予備、陰謀並びに扇動というものを罰するということは、どれもこれも、大きいものも小さいものも逃さない。一網打盡的にこれを罰するということであるのであります。学者やいろいろな各階級の人々が心配するのはそこなんだ。でありまするから、そういうような非常に範囲を拡げてそれでやらなくても、現に団体等規正令で罰しられておる。その団体等規正令が今度六カ月たつて廃されるならば、あの団体等規正令のような極く簡単な法規を設ければ、それでその団体に対する規制はできるのですよ。そうしてその団体に属する者が、いわゆる刑法に規定してあるこういういろいろな暴力主義的不退行動をやつたときには刑法で罰せられる。だから先刻左藤さんの言つたように、こういうような現状であつて、暴力主義が盛んに行われておるときに、本法がなければ、もう世の中は暗闇だということは、いま少しく、そういうような現行法等を十分に御研究になれば、これは処罰ができるのです。それを一網打盡的に、未だ曾つて刑法の法條において罰したことのないような予備、陰謀を罰してみたり、或いは扇動というようなことで罰してみたりするということは、これは甚だしくこの処罰の規定を拡大強化するものであつて、世人がこれに対して非常な畏怖を感ずるということは、これは当然の結果ではありませんか。(「その通り」と呼ぶ者あり、拍手)そういうようなことが言えるのみならず、一体刑罰法令というものは、多くの人をことごとく網するというのが立法の精神ではいけません。或る一人のものが罰せられる。あの人が罰せられたから我々はああいうことをしてはいけないと、自分から自分を自粛して、そういう行いをしないようにすることが刑事政策の目的であり、刑法の目的である。(拍手)即ち一罰百戒、一罰百戒ということは、この取締規定を適用する政治家の常に考慮すべきことであつて、それらのことは私が言わなくても、ここに中山君、溝淵君、弁護士諸君がおられるが、皆その通りです、それを本件は一網打盡的に、今まで刑法で罰していないものを、予備陰謀を罰し、或いは扇動を罰する。而もその扇動ということが極く意義が明らかであればいいのですけれども、どうです。中山君の説明にしても、法務総裁の説明にしても、扇動ということがあいまいであつて、なぜかというと、中山君の修正案によると、扇動という定義を掲げて、人をしてこれこれこれこれのことをさせるということを書いてある。「人をして」というのは、私が昨日言つたように特定人であるか、不特定多数の人であるかということについて中山君はお答えがありません。教唆ということは、通説によるといわゆる特定の人をしてその人に或る犯意を注入する。それによつて犯意を決意する。それが教唆だ。扇動ということは大審院の判例によると、現に犯罪の意思のない者に犯罪の意思を注入するか、或いは意思があるけれども、それに向つてもつと力を加えて、実行するような決意を生ぜしめて実行せしむるのが扇動だとあるけれども、それを併しながらだんだん突き詰めて行くと、扇動ということがわからないというようになつてしまうということを私はこの間例を引いて皆さんに申上げたように、即ち伝達だとか、演説だとか、講義だとか、研究の発表だとか、宣伝とかというようなことはこれは扇動にならないと判例は言うけれども、素人考えではそれはやはり扇動だと思う。又そういうような経験のない、学識のないような調査官などが、これをやるということになると濫用の虞れがあるじやないか。こういうことを私どもは心配するのです。法務総裁なり中山君は、それは第二條、第三條にちやんとそういうことのできないような規定をしてあるから、そういうことは決して行われないのだとおつしやるけれども、公務員に人権蹂躙せよという規定はどこにもありませんよ。そういうことをしてはいけないということになつておるのに、公務員が人権蹂躪をするのです。そういうようなことから考えてみると、如何にそういうような注意規定や、そういうようなやつてはいけないという禁止規定があつても行われるのです。それが国民が心配するゆえんであるということを十分に頭に入れておいて頂くならば、私どもはこういう点については、成るほどそうだ。一罰百戒でなければならんのだ。何でもかんでもやつたものは一網打盡的にやるということはよくないのだということは、これは考えなければならん。私は、こういう一体立法を考え出したのは、この団体等規正令が今度六カ月後に廃止せられるから、廃止せられるについて、団体を規制するために、それならば、そのついでにここまでやろうじやないかということに考え付いたのじやないか知らんと思う。それと同時に、このいわゆる特審局というものが法務府の一局部として存置せられておる。この法律の末條によると、附則としてこの特審局は廃止される。特審局は今私が申上げたような団体の規制をやつておる。特審局がそういうような団体の違法行為、暴力行為について禁止、解散を今まで掌つておる。この団体等規正令がなくなるから特審局は必要でなくなる。必要でなくなれば、これで公安調査官というものをこしらえて、そこに特審局を皆持つて行く。そうして今の、現在の特審局で使つておる役人諸君をこつちのほうに使おうというようなことは、これは私はよほど考えなければならんと思う。今日のような、いわゆる吉田内閣が特に行政整理を冒頭に掲げて、国民の税負担を減軽しなければならんというお考えは、私は吉田総理に対して非常に敬意を表します。ところが言うことはそうであるけれども、行政整理というものがどの程度に行われておりますか。(「やつていない」と呼ぶ者あり)十何万というものをしなければならんのに、七万になり、六万になり或いは何千人というようなことになつてしまうというようなときに、特に関特審局次長が言われたように、この公安調査官というようなものを設け、そうして仕事をしようとすれば、本年の七月から来年の三月の年度末までに人件費だけが七億円要ると、それ以上に人を殖やしたり、或いは庁舎を新築したり、その他施設をするということになると、恐らく数十億円の金が要るということになるでしよう。そうしてみると、折角吉田総理が国民の負担を軽減して、行政整理をしてそうして行政を敏活にやるというような御趣旨に反するというようなことにもなるので、そういう点については私どもはよほどお考えを願わなければならんと、かように私は考えておるのでございます。
 そこで私はそういう意味において本件について反対するのでありまするが、それと同時に、私の皆様にお考えを願いたいことは、そういうような法案の骨組みであるがために、非常に知識階級の人、言論関係、宗教関係、その他教育関係、各方面のかたがこれに非常な反対をしておることはこれはもう皆様御存じの通り、私どもの所には毎日少くとも五十通、百通の葉書が来、或いは十数通の封書が来、或いは意見書が来、或いは面会を求めて毎日のようにやつて来る、これが各階級の人です。そういうような人が心配するのは、私はこの法案が余りに行き過ぎである、それでは我々はものを言いたくても言えない。書きたくても書けない。演説もしたくてもされない。何どきそういうひどい目に遭うかも知れんから、何とかこれを考えて、これを拒否するようにしてくれ。若し拒否ができなかつたらば、大修正をして我々の安心するようにして下さらんかということは、非常なこれは社会の声ではありませんか。過般いわゆる公聴会を開かれたときの二十人の公述の人には、ただ法務総裁が会長をしておられた第一弁護士会の所属弁護士二人だけが、この法案に賛成した。あとは全部反対だ。(笑声)而もその反対の中のいわゆる牧野君だとか、或いは京都大学の法科の教授だとか、或いは金森君だとか、塚崎君だとかというような法曹界の権威者は、これがいけない。こういうようなものがあつては、我々は安心できないのだ。若しこれをやるならば、扇動という意味を明らかにしなければいかん。若しこれをやるならば、予備、陰謀について注意をしなければいかんということを口を揃えて言つておるのではありませんか。又この間我々は、小野委員長が議長公舎に各界の人々を数十人お集めになつたときに、全部口を揃えて一人としてこれに賛成をした人々は無いじやありませんか。(「わかつたか」と呼ぶ者あり)こういうような人が、自分らがこういうような目に引つかかるようなことがあつてはいけませんから、国民が安心してこの法に従うことができるように一つしてもらいたいと言つて、口を極めて意見を述べたではありませんか、これは小野委員長がよく御了承のことであります。私どもは、政治というものは輿論に聽かなければならん、輿論を無視して政治をすることは正しい政治ではないと考えております。(拍手)殊にですよ、殊に今我々は、いわゆる天皇陛下の下における政治ではありません。国民一人一人のために我々は選ばれたその国会議員であるからして、その民の声を聞くということは当然でなければならん。その民の戸を聞くということの制度があるのは、御承知の通りに請願があり、陳情があり、公聴会があり、そうして我々がそういう意見を開いてこれを政治に反映するということが、我々の重大な任務であることは言うまでもありますまい。それにですね、そういうことは一つも顧みずしてそうしてこれを無理に通そうということは、私は結果がよくないということをここに断言をしておいて憚かりません。(拍手)でございまするから、こういう点については、一つ特に民衆のことについて朝夕御心配なさつておりまする吉田総裁並びに民意の点については極く下々の、下層階級のことをよく御了知になつておりまする木村総裁は、こういう点を一つ十分にお考えになつて、一松はつまらんことを言うということでなくて、成るほど彼の言うことにも一理あるなあとお考えになれば、これに向つて私はやはり多少これは考慮しなければならんのではないかということを、お考えに必ず至ることであろうと思うのであります。どうか諸君はこれらの点につきましては、緑風会の皆さんも、政友会の皆さんも、今私の申上げたことに対して(笑声)……自由党の皆さんも、今私の申上げたことに対して、恐らく反対はありますまい。(拍手)成るほどお前の言う通りだけれども、併しこれは政府の面目上やらなければならんというようなお考えでないことはよく承知しております。それならば、この破防法について十分御研究になつて、成るほどこれならば止むを得んというならば、我々も喜んで賛成します。併しこのままではどうもいけないというので私は反対するものでありまして、それらの点につきまして、これから十分に一つ各論的に私の意見を申上げて御参考に供してみたいのであります。
 先ず第一に、団体を規制するということは、私は団体を規制する特別の法を設ければよろしい。団体等規正令というものが廃止される以上は、これに代るべき特別な法規を設ければよろしい。そうしてみると、残るところは結局この法律では刑法にないような予備、陰謀とか、或いは扇動とかいうものを罰するということを設けたということが一つ。又ここに公安調査官や公安審査委員会というものを設けるということが一つ。それだけです、これは。そうすると刑法にないような、いわゆる予備、陰謀というものを設けたり、扇動というものを設けたりすることがいいか悪いかということを、少し細かに一つ話してみたいのであります。
 先刻来申しまするように、内乱、外患については予備、陰謀がある。それから放火、建造物損壊、激発物破裂、往来妨害、汽車電車の顛覆、殺人強盗、爆発物使用、これだけには、予備を罰する。それから騒擾というものと公務執行妨害には、予備も陰謀も罰してない。然るに本法案は、そのいわゆる予備、陰謀を罰するというのであつて、それは余りひどいじやありませんか。今現にそういうようなものを罰しなくても、現に取締ができておる。それだのに予備、陰謀まで罰する。そういうようなことが、私どもは国民が非常に心配するゆえんであろうと思うのであります。
 次には扇動です。扇動ということは、もう毎度申上げましたように、いわゆる解釈がまだあいまいです。大審院の判例がただ一つか二つかあるだけです。それは何回も何回も本法の審議に引用せられたものであるが、そのうちで私が今申上げておることは不特定多数の人に対して犯意を注入するのだと、そこがいわゆる教唆と違うところだと言う。ところが中山君のこの修正案には、「人云々」とある。その人は、いわゆる不特定多数の人か特定の人かということについては中山君は説明してくれませんから、これがこのままに実施されると、いわゆる特定の人に対しても、不特定の人に対しても、こういうような犯意を注入すれば扇動だということになる。そうすると、教唆とどこが違うかということになる。そういう点が、この点について明らかでありません。又目的実行の方法手段を具体的に且つ直接的に相手方に注入して、この効果をあらしめるということにも教唆と違うところはありませんよ。ただ教唆と扇動と違うという普通の学説から行くと、特定であるか不特定であるかというだけなんです。然らば、特定と不特定とはどこで区別するかということについては、我々はこの間質問をいたしましたときに述べたように、二人以上は不特定だとするならば、ここに十人の私の極く懇意な氏名も何でも知つておる人に、それを話した場合には不特定であつて扇動と言う、それは特定じやない。教唆とならん。扇動じやないか。こうなつて来ると、然らばその不特定多数という人の数は、何人を以てきめるかということについて不明です。こういう点を明らかにしておかんと、実際この法の運用の上において、法の知識のない調査官などが誤つてこれを扇動とみなしたり、或いは扇動でないとみなしたりするということがあるから、そういうことはよほど注意しなければならん。かように私は申上げるのであります。
 木村法務総裁は、扇動というものは特別法にいろいろ規定してあるじやないか。地方税法、公職選挙法、爆発物取締罰則、国税犯則取締法、国家公務員法、地方公務員法、引揚者の秩序保持に関する政令、或いは国防保安法、治安警察法、治安維持法、新聞紙法等があるじやないかとおつしやる。その通りであります。ありますが、併しながら国防保安法と治安維持法と治安警察法と新聞紙法は、御承知の通りにすでに廃止されておる。残つておるものは地方税法、公職選挙法、爆発物取締罰則、国税犯則取締法、国家公務員法、地方公務員法、引揚者の秩序保持に関する政令、これだけです。これだけの中で注意しなければならんことは、国家公務員法と地方公務員法と引揚者の秩序保持に関する場合には、扇動という文字は使つておりませんよ、扇動という文字は。どういう文字を使つておるかというと、「そそのかし」、「あおりという文字を使つておる。いわゆる「そそのかし」、「あおり」と扇動と、同じであるか違うかということも、これは研究の余地がある。又何故に扇動という意味の代りに「そそのかし」とか「あおり」とかいう文字を、何故に使つたかということについては考えてみる必要がある。扇動という文字はどうもあいまいだ。普通人に適用しない。それならば「そそのかし」とか「あおり」とかいう文字を使おうとかいう意味は、国家公務員法、地方公務員法、引揚者の秩序保持に関する政令には、あおり、そそのかしという文字を平仮名を以て使つておりますね。これはなぜこういう文字を使つたか、いわゆる扇動というものを、金科玉條にしてあなたのおつしやるような解釈通りだ、ということは言えないという含みを以て、こういうような新たな文字を使つたのではないかということも考えられるのであります。
 又刑法草案に扇動という文字があるんじやないかとおつしやるけれども、これは昨日伊藤君が言われたように陽の目をまだ見ないものです。これは学者間に今の刑法草案について異論があるから、あれがいわゆる昭和十五年に出たものが、今にまだ陽の目を見ずに今日まで陰におるんです。ですから、あれを以て扇動というものがあるから、本法に扇動というものを用いても、国民は理解ができるんだということは、これはよくない解釈であると、私はかように考えております。
 かく存じまするが故に、扇動という文字をこの法文に存置せしめるということは、いわゆるあいまいで解釈が不統一で、法律学者の解釈も一定しておらん。一定しておらんことは牧野君だとか、或いはその他の法学者が皆言つておるわけです。これをひとり法学博士の木村法相だけが、或いはそれらの一味の人ばかりが、扇動は一定の意義があるじやないかということではいけません。現に我が国における刑法学者の大家の人が、皆扇動ということについて異議がある。殊に牧野博士のごときは、扇動や教唆は何も変るところがないんだとまで、当公聴会の席で言うておる。こういうところから見ると、いわゆるあいまいであるがために、従つて濫用の虞れがあるということは、これは否むことはできますまい。解釈があいまいだからして、濫用の慮れがあるということは否むことはできません。(「そうだ」と呼ぶ者あり)
 それがために、或いはこれを誤り解釈して、無事の人を逮捕したり、監禁したり、或いはこれに基いて起訴したりするというようなことがあると、国民がいつ俺がそういう目に遭うか知れないという畏怖の念を持つて、戰々兢々としてこの法律の活動について注目をするということは当然ではありませんか。ということであるがために、いわゆる全国の各新聞、一人残らず雑誌、講義、講演の地位に当る人、印刷業に従事する人、図画を印刷したりするような人、談話をする、或いは芝居、ラジオ、テレビジヨンというものが全部これを心配して、どうだろうかごうだろうかということで、朝から晩まで心配するということになると、そういう心配の無いようにすることが政治の要諦でなければならんと私は考えておるのであります。(拍手)これは先刻私の前に出られた社会党の右派の片岡君でしたかお話になりましたように、秦の始皇帝が、いわゆる学者を坑にし、それがために学者は自分の持つておる蔵書を壁の中に塗り込んだというようなことで、全く輿論だとか、思想の発表とかいうものを閉塞してしまつて、それがために秦の世は直ちに亡びたという例は最もいい例であると、私はかように考えておるのであります。
 のみならずです、私はこういうような法律は憲法違反の虞れがある。憲法に違反しておるとは申しませんよ。憲法違反の疑いがある。従つてこれを解釈する人がどうだろうかこうだろうかということで、常に危惧の念を持つてこの法律に対するという疑いがある。即ち憲法の十九條及び二十一條にはどうありますか、思想の自由は十分にこれを保護されておる。或いは憲法二十三條には学問の自由は保護されておる。そういうように保護されておることが、こういうようなあいまいな法律の文字の熟語の如何によつて、我々の行動が常に制限を受けるというようなことでは、憲法がわざわざ我々のいわゆる思想の自由、学問の自由というようなものを保護したことが、保護を受けないことになつて制限されるという結果をみると私は考えております。私はこれによつて憲法に違反だとは申しません。併ながらそういうような虞れがあることによつて、非常な世の中に及ぼす害が多い。従つてこの扇動の文句がある結果、国民の表現の自由を制圧せしめ、国民は物を言わぬことがよろしい。目で物を言い、指で物を言うというような態度になり、それがために文化というものは不振に陷り、それがため暴力革命ということがないということを誰が保証するか。(拍手)かのロシヤやフランスの革命というものは、自由意思というものが大いに彈圧された結果であつたことは、歴史の証明するところであると私は考えておるのであります。(拍手)その次には、いわゆるこの暴力主義的破壊活動であるかどうかということは、判定が非常に困難であるがために、職権濫用の虞れがある。判定は誰がするのか、それはそういうことをいわゆる調査をし、情報を集める地位にあるところの調査官がやる。調査官は極く学力の低い巡査か巡査部長の毛のはえたような者か、同じ、或いはそれよりか下かも知れません。そういうような連中がこれからいわゆる修練を受けて世の中に出されたとしても、これは十分な働きはできずして、このために明らかに職権濫用をするという虞れがある。この点は現に吉河局長も委員会において質問を受けたときに、一そういう者がないとも限りませんから、それはなるたけそういうことのないように、本法の第二條においてそれらの人に注意を與えております。」こういう答えがあつたが、中山君も又その点を心配して、特に二條というものを新たに加えて、今までの二條を三條にして注意を與えました。併しながらそういうようなことをして、それがために人権蹂躪がなかつた。それがために罪を犯す者がなかつたというならば、刑法の取締法規は要りません。そういう規定があるけれども、それをやる。それがこわい。だからそこをよほど注意をして頂かなければならんと私は思うのであります。そういうときにそれらの人が間違つてそういうことをやつた時分に、いわゆる被害者というものは身体上の被害、生命、財産、名誉の被害、こういうことを受けるのでありますが、そういうようなときに、その被害を受けた、それを賠償するのは誰がするかというと、国家がしなければならん、これは中山君も御援用になりましたように、国家賠償法の第一條にそういう規定がある、又不法行為をやつたときには、民法の第七百九條、七百十條にそういう規定がある。けれどもそれでは事足りないのみならず、刑事上の制裁は刑法百九十三條の僅かに一年以下の懲役禁錮だけだというのではいけません。これは普通の公務員と同じ、特に百九十四條、百九十五條、百九十六條の裁判、検察、警察官が、いわゆる職権を濫用し、人に義務なきことを行わしめ、或いは暴力を加えて脅迫したという時分には、特に刑を重くしておる。こういうように調査官がそういうようなことをせぬとも限らないのじやないか、それは私は昨日例を引いたように、或る書類を見る、或る家屋を検証する、或る文書についての検討をしたい。こういうようなときに向うはよろしゆうございますと言つて、右に応ずれば問題はありません。若し応じないときに不心得な調査官が、自分の功績を衒うために、是非それを実行しようということで、或いはそれらの人の意思に反してこれを強制して奪い取る、強制して提出をせしめる、強制してこれを家宅の捜索をするというようなことが無いとも限らない。そういうようなときに特別に取締つて、そういうことをしないように、なるたけ法規を設けることはいいが、設けても、そういうような結果を招来する虞れがあるから、よほどこれを注意しなければならんと私は考えておるのであります。殊に私は昨日も中山君にお尋ねしたのでありましたが、この中山君の修正案、あなたのお出しになつたこの三十八條の、刑法の七十七條、八十一條、八十二條の内乱及び外患ですね、内乱及び外患の罪に対してこれを教唆したり、或いは扇動したときには、「七年以下の懲役又は禁こに処する」と、こうある。ところが刑法の六十一條によると教唆したときには、その教唆犯は正犯に準じて罰せられることは、中山君も御承知の通りであります。刑法六十一條では教唆した者に対するその教唆の課刑は正犯に準じて教唆の人は罰せられる。そうすると内乱罪の首魁は、死刑又は無期禁錮です。群衆を指揮したり謀議に参與したら、無期又は三年以上です。それから諸般の職務に従事した者は一年以上十年以下です。それから外患罪の八十一條、八十二條は外患誘致のやつは死刑です。それから軍務に服しその他軍事上の利益を與えたような者は死刑です。この七十七條、七十八條、七十九條には、首魁、謀議に参與した者、それから特別の職務に従事した者はみんな刑が違うんですよ。そのときにあなたのこの規定によると、七十七條、七十八條、七十九條の罪を教唆した者は一律一体に七年以下の懲役です。そうすると、首魁を教唆した時分に、首魁そのものは死刑で、刑法の教唆罪から言うと、死刑に準ずるのですから、死刑までやれる。それから謀議その他の者については無期又は三年以上だが、いわゆるこれを教唆した者は刑法で言えば無期又は三年以上にやられる。ところがあなたの規定によると、首魁を教唆しようと、外患誘致を教唆しようと、刑法で死刑に出る者も或いは三年以上十五年以下に当る者も、一年以上十年以下に当る者も一律一体に七年以下だということは、何を標準にしてそういう刑をおきめになるのか。そういう点私は、わからない。だから昨日あなたにお尋ねしたけれども、お答えがなくて、まあそれでよかろうと思うと、よかろうと思つちやいけませんよ。裁判官がこれを運用するのですから……。(拍手)こういう点については十分明らかにしておいて、刑法の教唆罪はこうである、主魁を教唆した時分には、教唆した者は死刑になる、外患誘致をやつた時分には、その教唆をした時分には死刑になる、或いはこうだこうだといつて、外患、内乱についてことごとく課刑は、種類々々によつて刑が違う。その違うところの刑を、刑法の六十一條の教唆罪は本犯に準ずるという規定によつて、課刑が違うんです。それを一律一体に七年にするとか、五年にするとかいうことは、それは余りに雑駁ですよ。それはよくありませんよ。そういうようなことで私どもは、これに対しては反対せざるを得ません。それから又刑法の七十八條、七十九條、八十八條、七十八條は内乱の予備、陰謀です。七十九條は内乱の幇助です。八十八條は外患の予備、陰謀です。内乱のいわゆる予備、陰謀は一年以上十年以下の禁錮ですよ。その内乱の予備、陰謀を教唆した者は一年以上十年以下で罰せられるのですよ、刑法で……。内乱の幇助即ち七年以下の禁錮になる者を、これを教唆した時分には、その教唆者は七年以下の禁錮に処せられるのです。それから八十八條外患の予備、陰謀を教唆した者は、一年以上十年以下で罰せられるのです。それをあなたの三十八條の第二項によると、左の各号に該当する者は五年以下の懲役又は禁錮に処すると書いてあるが、一年以上十年以下に罰せられるような者を七年以下、或いは五年以上十年以下に罰せられるような者を一律一体に五年以下に罰せられる。刑法で教唆したものは重く罰せられて、これでは軽く罰せられるということは一体どういうわけか。特にこの破壊活動防止法の教唆というものは情状が軽いと御覧になつて、これを五年とお定めになつたのですか、どうですか。その辺が明らかになつておらんじやありませんか。そういうことは我々は反対せざるを得ない。こういうことを私は申上げるのであります。
 その次には、私は公安調査庁の設置と公安審査委員会の設置について私の考えを申上げまするならば、私はこれは吉田内閣の行政整理ということ、こういう点について、大いに御考慮を願わなければいけない。吉田総理は少しでも国民の負担を軽からしめなきやいかんと言うて熱意を持つて閣僚を非常に督励せられて、行政整理に向つて閣議に諮られておることも私はよく承知している。そういうときに、こういうものを設けたことについて、国家の財政というものはますます殖える一方だということを心配するということは、さつき総論のときに申上げましたが、そればかりではない。私はこういうような設置は憲法の第八十二條の二項の但書の解釈からすると、よくないのじやないかと思う。即ち本件のごとき基本的人権を制限するということについては、司法権即ち裁判所においてこれを処理すべきものであるということは、憲法の八十二條二項の精神によつて明らかだ。それを法務総裁は、こういうようなことは先ず行政官をしてやらしめるがよろしいのだ、初めから司法処分でやらせるのはよくないのだ。これが即ち三権分立の理由であるとお話になりましたが、基本的人権を擁護し制限することは司法裁判所に持つて行くことが憲法の精神である以上は、最も人権の擁護に必要な人の意思の自由だとか、或いは身体に対する課刑の標準だとかいうようなことについては、やはりこれは司法裁判に持つて行くために、その道に従事しておるところの警察官を使い、或いは検察官を使い、そうして最後に裁判所に持つて行くということがよろしいのじやありませんか。警察官を使うということは、かの特高警察の再現の虞れあるからということ、御尤もです。私は今の警察官をして本当にこの破防法の第二條、第三條のような規定を以て彼らの頭に植え込んで、決して特高警察のようなことはしてはいけないといつて、大いに彼らの思想を訓練し、彼らの行動に制限を加えれば、いわゆる公安調査官に向つてそれをやるのと警察官に向つてやるのと、同じ力を用いれば同じ効果を発生するんです。のみならず警察官はこういうことについては慣れておる。そうして費用も少い。そうして憲法の八十二條の精神にも反するというようなことはないと、私はこう思うのであります。そういうことをすると非常に手数がかかつて困るじやないか。だから或る程度拙速を尊ぶためにやるのだというお話、御尤もに私は考えますが、併しながら拙速をやることも、国民に危険を及ぼすような拙速はよくありませんよ。やはり拙速の危険を避けて愼重にやるということが本当の政治家の常に注意すべきことであると思うのであります。国民の人権と平和を守るために国民を殺すようなことがあつては、却つて国民の平和及び人権の擁護にはなりません。(拍手)医者の言葉の中に、「手術は成功したけれども患者は死んだ」という諺があると聞いておる。(拍手)私どもは本件にそういうようなことがあつては甚だ私どもは面白くないと思うのでありまするから、こういう点から言つても、私は甚だ面白くないと考えておるのであります。
 又公安委員会の制度においても、ただ公安委員会は原案によりますると、公安委員は五人です。一人が公安委員長であと四人が公安委員。修正案によりますると、六人が公安委員で、一人加えて七人ということになつておりまするが、これを数を一人二人殖やしたからと言つて、同じです。全国のこれらの取締をするのに、ただ東京に、一カ所にこの委員会を設けておつて全国のこれだけの広い島国からそれらの集めたことを、迅速にこれが処理ができますか。殊に本法によりますると、全国における公安調査庁の何はどのくらいあるかというと、この記録の中にありまするところによると、全国で四十二局ある、公安調査局が……。そうしてこれを各ブロツクに分けてやつて、それを加えますると、合計が丁度五十局になります。五十局になつて、人はどうかというと、一局に三十四人です。だから平均して三十四人だから、東京都みたいな所にも三十四人、宮崎みたいな所にも三十四人、それを平均して宮崎を少くして東京、大阪は多くということは、それもできましよう。併しながら、こういうような重大なことを、調査、情報を集めることにただ三十人前後の人で目的が達せられますか。本当に効果あらしめるためならば、もう少し人員を殖やさなきやならん。人員を殖やせば金が要る。費用が要る。七億じや足りません。十億、二十億でも足りませんということになると、結局これは今議会を通過するためには、僅か平均三十四人ずつだからと言うけれども、一日、二日、三日、一年、二年経てば、だんだん人を殖やさなければならんということになりますと、結局費用は増加するということになるのですから、こういうようなこともお考えになると同時に、これらの情報を集めたのを公安審査委員会が、僅か六人、七人の人がこれをやつて誤まりなきを期するということはできましようか。こういうところによりましても、私どもは本案に直ちに賛成はできないのであります。
 次にこれは私はこの間質問のときに申上げましたが、いわゆる委員会と裁判所の決定とが矛盾した時分に、これを調整することがこの記録の中にどこにもありません。委員会はこれを破壊活動をやつたものであるとして、その人間は検察庁に送られた、そこでそれを理由にしてその団体に向つて解散を命じてしまつた。財産を処分してしまつた。そうしてそのいわゆる破壊活動をやつたという人が、司法裁判所に廻つて裁判をだんだん受けた結果、一審若しくは二審或いは最高裁判所に行つて無罪になつて、お前は破壊活動をやつたのじやなかつたということになる、こうなつたときに、いわゆる今から六カ月若しくは一年前にその団体に解散を命じておる。その解散を命じたその解散命令と、これは破壊活動をしたのじやなかつたというので裁判所で無罪になつたというようなときに、この調整はどうするのですか。それはもうそのままほうり放しだということなら我れ何をか言わんやです。成るほどそれはそうだ、昨日伊藤君か言われましたように、国家の意思が二つあつてはいかん。必ずその時分には司法裁判所の裁判を本にして、いわゆる公安委員会の決定を修正するとかいうような方法をこの中に設けられておかなければいかんじやありませんか。それを設けないということは、即ち私が言つたように斬捨御免というような結果になつては、人権を保護するということにならぬで、むしろ人権を蹂躪するということになるではありませんか。こういうように私は申上げたのですが、こういう点についての御答弁のなかつたことを私は非常に遺憾に思うのであります。
 私はここでもう自分の意見を終ることにいたしますが、先ずこういう暴力主義的の活動を取締るということは賛成ですが、本件のようなこの法律ではいけない。これを修正しなければならん。修正するということについては、私ども意見があるのです。中山君やその他の諸君が御提出になりましたこの修正案は、本当は中山君やそれらのかたばかりのやつた案じやない。伊藤君や我々が寄つてかかつて相談をして、これはどうじや、あれはどうじや、そうだ、その点はよかろう、それは一つ持つて帰つて緑風会に諮つて見ようというようなことで、我々の意見の一部をとつて、これは修正案ができたのですよ。だから我々の言うたことを全部とつてないものだから、一部だけとつたから、びつこの修正案ができておるのです。そういうようなことでは我々は賛成はできない。けれども、とにかく必要であるから、我々はこれらの取締規則というものは、仮に本法ができなくても現行刑法において十分取締つてもらう。このことを特に法務総裁にお願いしておきます。これができなかつたから、もうおれはできんと言うて手を拱ねいておることはできません。現行の法案において十分にできる。殊に団体等規正令が効力がなくなれば、それは直ぐにそういうような特別法を設ければいいのですから、そういうように一つお願いすると同時に、先ず私はそういう法律を制定して取締るということと同時に、この原因を無くするということに政府当局はお考えにならなければいかん。(拍手)なぜ一体こういう原因ができるのだ。なぜ共産党が殖えるのだ。なぜ学生がこういうような暴行をやるのだ。なぜ労働者がああいうストライキをやるのだ。なぜ公務員中に業務をほつたらかしてああいうことをやるのだ。なぜ朝鮮人がああいうことをやるのだといつて、その原因を探究して、その原因を一々無くするということにすれば、これは自然々々にこういう破壊活動という行為は無くなる。ここに思いをいたして頂かなければならんが、そこで私は吉田総理に、「あなたはこういう取締りをなさることは結構でありまするが、これと同時に、こういう原因を消滅せしむるような対策をお持ちでございますか」ということをお尋ね申上げたのはそこです。それについては、先ず共産党はああいうようなことをやるということについての、原因はこうだ。或いは学生が言うのもこうだろうという原因を確かめて御覧なさい。皆原因がわかる。殊に朝鮮人が随分ひどいことをやるのは、かの朝鮮人が前科ある者は国に送り還すだとか、国家の補助を受けておるような者は送り還すということを言うから、彼らはいわゆる成るたけ前科を包もうとし、或いは国家から補助を受けないとか、国家から補助を受けないとするために密造酒をこしらえる。そういうことをすると、警察がこれを取締る。そうすると、それが反抗するというような原因も、過般我々が大阪、神戸を視察したときに、そういう原因が明らかになつた。要するにこういう原因を探求して、原因なからしめるということに政治家は御注意になると同時に、一方において取締法規を設けて、そうして而も一罰百戒という主義によつて国家を治めるということが正しいやり方であると私は思うのであります。
 そういうことをするためには、本当にこの国民の輿論を聞かなければいかん、輿論を。私はアメリカはどうだとか、イギリスはどうだとかいうような外国の例を引きませんが、我が日本の国の歴史によつても、もう極く古いお話であるが、北條時頼が全国を行脚して、民の疾苦を自分から体験しただとか、或いは水戸黄門がどうしただとか、或いは徳川時代に投書箱というものを設けて、国民のいろいろの不平不満を聞いたとか、或いは明治天皇が万機公論に決するという五カ條の御誓文を御発表になつたというようなことは、皆そういうような政治の極く正しいやり方を我々に示したものであると思う。私は常にこれを心に感銘いたしておる一人であります。故に我が現行法におきましても、請願或いは陳情或いは公聴会というようなものが、この憲法なり、いわゆる国会法に取入れられておるというようなことは、そういう意味であるということでありまするから、やはり輿論をお聞きになるということが必要だと私は思う。総理大臣は、破防法をこしらえてくれという言葉も、今ではそういう輿論に変つたとおつしやるけれども、それらの人は破防法をほつたらかしにすることは困るというが、破防法が、これがなくても取締られるのだということを知れば、私は成るほどそうかということに必らず意見を変えることはできようと思うので、こういうような危險千万な破防法では、破防法をこしらえてくれという人も、危険千万であり、あいまいであつてもよろしいとは、必らず言わないであろうと私は思うのであります。
 こういう意味において、私は全国の新聞社、全国の大学教授、助教授、講師、全国大学、高等学校の生徒、全国の勤労者諸君、全国の公務員諸君の、毎日のごとき反対陳情の電報、手紙、葉書、そういうような声に対する政治家というものは、いわゆる国民代表の立場から、民の声を聞き、万機公論に決するという趣旨において、これは相当に手を入れて修正しさえすれば、できるのですよ。それを無理に、これをこのままに通過しようとすると、若しこれが通過して法律になりました後に、成るほどお前方の言つたように、あれはああいうように手を入れたほうがよかつたということを必ず皆様が思い当る時期がある。かように私は考えておるのであります。(拍手)でございまするから、どうかそういう点に思いをいたされまして、国民をして人間らしき生活をさせるように持つて行く。そうして国民が生活に楽しむというような地位に置く。そうしてやりさえすれば、我々はこういう破壊活動なんかしない。ただ或る国と通謀して我が国の治安の維持を破壊して、或る国が我々の祖国であるというような考えを持つておる少数の人は、それはありましよう。併しそういう人でも、教育がだんだん進んで来れば、そういうようなことに国民が耳を傾けないようになる。
 私はごく簡単に申しまするが、先年国会を、万国会議の団長として世界各国を廻つたときに、丁度英国のロンドン、バツキンガム宮殿の隣のハイド・パーク、ここで私は演説を聞いた。丁度そのときには吉田総理大臣は英国大使であり、私と林平馬君は総理大臣に招かれた。そうして総理大臣の官邸で非常な御親切な待遇を受けたことを今に忘れませんが、そのいわゆる吉田総理が英国大使であつたとき、ハツキンガム宮殿の隣のハイド・パークで、五、六百人の人が集まつているところに、共産党の人が頻りに共産主義を宣伝して、そうして破壊活動を教唆しておる。そこに巡査が四、五人おつて、にこにこ笑つて聞いておる。私も林平馬君も不思議に思つた。我が日本には治安維持法というものがある。こういうようなことをおると直ちに引つくくられるのに、イギリスでは巡査が笑つてにこにこしておつて知らん顔しておる。国民は頻りに拍手はしておるけれども、一向わかりましたというような顔はしておちんがと、帰つて私は聞いたところが、これはイギリスは非常に教育が進んでおるのだから、共産党の人が何と言おうと、治安の維持を紊し、社会を破壊しようという考えは持つておらんのですから、あんな演説をしたつて何の価値はありませんよ、取締る必要はありませんよ、ということを聞いて、成るほどそうかと私は感心したのです。(拍手)そういうように、いわゆる我が国の教育の程度を進めさえすれば、私はこういうような行動は自然に無くなると考えるのでありますから、いわゆる国民をして生活に安定するような地位を與えるには、社会保障の制度を設ける。或いは教育を改善して国民の教養を高める。そうして軽挙妄動を戒めるというようなことに意を用いると同時に、それでもできないというときに、こういう破壊活動を取締るという法規を設けて、而も一罰百戒という意味にこれを御利用相成りまするならば、効果一〇〇%であると、かように考えておるのであります。(拍手)然るにそれを無理にこういうものをやるということは、これはよくありませんよ。これは一つ皆様もお考えを願いたいのであります。余りつまらんことを長く申上げても恐縮ですか場ら……。
 これを要するに、私は本法はこのままではいけない。これを修正して国民が安心するような状況に持つて来るならば、我々も賛成であるが、今のようないわゆる予備、陰謀を罰したり、教唆か扇動かわからないようなものを持つて来たり、而も刑法よりも非常に重き罰を設けたり、而もその罰の規定は支離滅裂であるというようなことで、国家の財政を重きに置かなかつたようなこと、特にこの附則によるというと、いわゆる特別審査局というものは、この法律が制定されて無くなる。そうするとどこに持つて行つてそういう公安調査庁の職員をどういうふうにこれを集めるかというと、今の特別審査局の役人を使おうという、そうして見ると、特別審査局が本法が実施されると同時に廃止されるから、いわゆる失業救済の意味で使われるということではこれは困る、というようなことを私は話したこともありますけれども、まさか、そういうことでもありますまいけれども、大いに万事に御注意をなさりまして、この法案の審議に愼重に当られんことを特に申上げまして私の反対意見を終ります。有難うございます。(拍手)
○議長(佐藤尚武君) 羽仁五郎君。
   〔羽仁五郎君登壇、拍手〕
○羽仁五郎君 今諸君の前に置かれている法案は、いわゆる破壊活動なるものに対する恐怖心を煽つて諸君、議員の判断を誤らしめることによつて、我が憲法を超越する権力を行政権に付與し、即ち我が憲法を覆えしめようとしているものであります。国会が、この国会の前提であり基礎である言論、集会、結社の自由を停止したり、解散したりすることのできるような超憲法的な権力を行政権に委ねるような法案を成立させることは、国会の立法権の逸脱であつて、決して許され得ないことであります。いずれかの集会或いはいずれかの新聞、いずれかの結社を抑圧することのできる権力は、すべての集会、すべての新聞、すべての結社をも抑圧することのできる権力にほかなりません。この法案を提案し支持している人々は、いわゆる破壊的行為の実体、その性質、その原因について正確なる分析も認識もなく、従つてこれらを解決する積極的政策の自信もなく、ひたすらいわゆる破壊活動に対する恐怖にみずから怯えているのであります。併し諸君、いわゆる破壊的行為なるものが少数者の扇動によるものであるならば、そこには恐るべきものもありません。人民大衆の生活の不安と不満とは、積極的な社会的政策によつて、必ず平和的に解決されるものであります。破壊活動に対して民主主義を護るというこの法案が、実はいわゆる破壊活動に対する恐怖心の表現でしかないために、それはすべて恐怖心から生まれたあらゆる政策がそうであるように、ひたすら禁止抑圧という消極的手段のみに頼つて、その結果いわゆる破壊活動を防止することはできず、却つてそれらの禁止抑圧によつて、およそ民主主義の積極的手段たる言論、集会、結社の自由そのものを萎縮させるよりほかのものではありません。本院の公聴会において刑法の専門家滝川教授が述べられたように、この法案が通れば、基本的人権はあらしの中の木の葉のようになるでありましよう。知識階級が、現在の支配体制への愛着を失つて離反することが革命の前兆であると言われております。然らば知識階級と労働組合とを先頭とする世論を踏みにじつて本法案の成立を急がんとする人々は、革命を恐怖しつつ革命への道を急いでいるものと言わなければなりません。本法案を法理論的に又立法論的に又結果論的に、あらゆる面から客観点に考察するときに、何人も本法案の成立さすべからざるゆえんを明らかにせざるを得ません。
 法理論的に第一に考えなければならないことは、自由が傷けられなければ決して騒擾というものは起るものでない。これは京都市の公安委員長としての体験に基いて、同志社大学の田畑学長が言われた名言であります。本法案は、第一に、欠くべからざるものでもなければ、決して濫用の虞れのないものでもないのであります。この点について、去る四月二十二日の日本経済新聞がこう言つています。「破壊活動防止を強化するために言論、結社、集会などの自由が抑圧される危險を冒すか、あるいは言論、結社、集会の自由を守るために、破壊活動に対する取締が弱くなるのを忍ぶか、どちらを探るかということになるが、われわれは言論、結社、集会の自由を守ることを第一とする。破壊活動は防止しなければならない。しかしそれには刑法もあつて、破壊活動防止法がなければ全然取締れないというものではない。又破壊活動防止法案さえ出来れば、破壊活動が完全に防止できるというものでもなかろう。むしろ言論、結社、集会などの自由を確保することこそ、破壊活動に対抗する最も強力な手段といわなければならぬ」と記しております。法は少いことを以て貴しとする、国民主権は必要欠くべからざる法律か、それでなければ濫用の虞れの全くない保障があるか、この二つの條件の厳格な規定を立法権に命じているのであります。国民の生活にとつて必要欠くべからざるもの、これがなければ国民が生活できないというものでもなければ、決して恐るべき濫用はされないという確実の保障のあるものでもない法律を作つて、不必要に国民の自由を脅すことは、国民の信託する立法権を以て国民に対して罪を犯すものであります。ここに法理論士、本法案が反対されなければならない第一の理由があります。政府は最近各地の騒擾を誘発し、又は誇張しているきらいがあり、新聞紙がセンセーシヨナルな報道をしておるのは、その職業でありますが、我が法務委員会において国家地方警察長官は、最近の将来において現在の法規と治安機構とを以て対処し得ないような、根本的不安の発生を予測せしめるような根拠はないと証言しているのであります。第二に、そもそも本法案は一体如何なる法益を目的としているのか、本法案は何を護ろうとしているのか、決して明らかにされておりません。法案第一條は、公共の安全の確保に寄與することを目的として掲げ、政府は暴力に対して民主主義を護ることを目的としていると声明しておりますが、我が法務委員会における我々の質疑に対して、政府はこの点について遂に何らの確信を示し得ておりません。我が民主主義が、我が憲法の保障の確保によつて、自由なる発展において、そのすべての機能を発揮する限り、如何なる暴力にも耐え得べき確信を現在政府みずから持つておりません。占領軍の実力及び占領政策によつて維持されて来た治安であるから、講和発効、独立と同時に不安なきを得ないという政府の見解ほど恥かし気もなく、民主主義の確信を欠いた見解はありません。団体等規正令という占領法規、即ち戰時法規
 の廃止を喜ぶのではなく、その継続を計画して世論の痛撃を受け、形を変えること二十三度、名を変えること四回、あらゆる弁解の下に本質的にこの占領軍法規の線を持続しようとしている政府は、おこがましくも占領軍に代つて国民の上に超憲法的権力を以て臨もうとしているのではありませんか。事実は、最近数年間、ひたすら占領行政に寄りかかつて来た日本の保守勢力が、独立後自分の政治力の欠如や社会問題についての識見や見通しのなさを打ち忘れ、すべてを治安の問題としてしか考えないことは、ここにも端的に表現されているのであります。近代の民主主義は、社会立法や労働立法を治安立法から明確に独立させて、社会関係又労使関係の合理化によつて、平和的手段によつて社会の進歩の要望の実現を図ることにあります。然るに今政府は、本法案と並んで社会立法をも治安警察の立場から取扱おうとしており、社会立法や労働立法を治安警察的な観念と枠の中で理解し、政治運動、社会運動や争議を騒擾現し、社会関係や労働関係の合理化や生活安定、社会保障の制度化を回避する政府の態度は、みずから進んで治安を危殆に陷れるものであり、過去の日本の警察治安主義を代表する保安條例とか、治安警察法、治安維持法によつて、日本の社会運動、労働運動は正しい軌道に乗らず、暴動と一揆と騒擾とがこれに代つていたではありませんか。本法案が治安を目的とするというのは、事実上本法案が民主主義を護るものでなく治安国家即ち警察国家を導くものであることを示しています。治安国家とは治安がよく保たれている国家という意味ではなく、治安の維持が政治の中心となつている国家という意味であり、警察力が不足なら軍隊を準備し、刑法が不足なら特別法を制定し、これらの実力によつて治安を維持しなければならないという脆弱な国家の意味であります。そうしてこれは現代におけるナチス国家の姿であります。フアシズム権力の姿であります。あらゆる団体の上に立ち、政党の上に超越し、団体活動を停止し、新聞紙を監督し、団体役職員を監視し、政党、組合その他如何なる団体をも解散することができるという本法案の第二章第四條、第六條、国民の組織するあらゆる団体及び団体行動につき、あらゆる政党につき、それが破壊的であるか否かを調査し、認定し、解散することができる権力、この超憲法的、フアシズム的専制権力こそ、本法案がその表面上に掲げている法益のあいまいさのうしろに事実上に作り上げようとしているものであります。破壊活動防止法案という名のこの法案、実は秘密国家、警察権力樹立のための法案、ゲハイム・シユタート・ボリツアイ、即ちゲシユタポ法案であります。
 第三、私は決して誇張しているのではありません。本法案は思想の自由をも監視しようとしているのであります。本法案みずからこのことを告白している。法案第二條を御覧なさい。本法案は思想、信教、集会、結社、表現及び学問の自由、或いは勤労者の団結し、及び団体行動をする権利その他日本憲法の保障する国民の自由と権利に対する、本法による不当の制限に、みずから戰慄しているではありませんか。行為なき扇動とは思想、表現の自由にほかならないのであります。言論、集会、結社、そのほか一切の表現の自由が無條件に保障され、法律を以てしても、これらの自由の濫用に対してその実害ある行為につき刑罰を課し、又は民事的賠償責任を負わしめるほかに、行政的制限を加えることができないことを明らかにしているところに、新らしい日本国憲法が、旧日本帝国憲法と本質的に異なる意義があるのであります。然るに明治憲法時代の新聞紙法によつてさえも、新聞紙の発行停止は裁判所の判決によつてのみなされたのに、言論の自由を最高のものとして保障している新憲法下において、本法案が行政権に新聞発行停止の権力を與えようとしていることは、明らかに違憲であります。基本的人権と自由とは、無制限ではなく公共の福祉によつて制限される、現在の日本においてこうした言葉で至る所基本的人権と自由との制限を行なつている人々は、実は現在の日本に警察国家を準備し、強化しているのであります。これらの人々は、実際どれほどまでに自由を何ものよりも尊しとする実感を持つているのでありましようか。自由を最高のものとも考えず、何らかの理由があれば、自由を制限し得るのだと考えているものは、警察国家にほかならないのであります。政令三百二十五号は、日本において占領軍が行なつた戰争法規の一種であつて、従つて我が憲法を超越していたものでありますが、戰争状態が終結し、占領が終つた今日、かくのごとき超憲法的権力の継続は絶対に許されない。すでにこの七月四日、山口地裁岩国支部法廷において藤崎裁判長は、如何なる言論、新聞に対するものであつても、言論の自由に対する制限は違憲であると判決し、続いてこの七月二十日、横浜地裁吉田裁判長も、政令三百二十五号の継続は憲法に違反することを明らかにしているのであります。然るに本法案は、実質的にこの政令三百二十五号の継承を企てているのであります。占領下において非合法とされていたアカハタが最近占領終結後合法的に発行されていますが、そこに実際にどれほどの実害が増加しているのでありましようか。仮にアカハタが日刊一百万に上るとしても、日本にはこれらに対して朝日、毎日、読売など日刊一千万が広く国民に読まれ信頼されて、十分に対抗されているのであります。伝統あるこれらの大新聞が、日本国民によつてどれほど信頼されているか。曾つて日本国民は朝日、毎日、読売らの新聞に欺き導かれて犯罪戰争に陷れられたが、而もその後国民がこれらの新聞に対する信頼を変えない姿には、いじらしいものさえあるではありませんか。惡しき宣伝に対する唯一の有効にして正しい方法は、刑罰や禁止処置などではなくして、よき宣伝によつて惡しき宣伝に対抗して国民をして自主的に判断せしめることよりほかないのであります。そんな悠長なことをしていると実害が起ると言う春がいるが、併しこの害は新聞や言論を非合法とし、これを地下に潜らせることによつてこれを追求するために、ここに政府機関が秘密活動を開始せざるを得なくなつて発生する秘密政治警察の恐るべき弊害と、いずれが社会を暗くするか自明なるものがあるではありませんか。日本新聞協会は、本法案が立法によつて、いわゆる扇動を新たに罪として設定し、言論を理由とする新らしい罪及び刑を創設しようとしていることを極めて重大なる問題であるとし、特審局が三月二十八日、一般新聞紙も、その内容如何で本法案に言う機関紙の中に含まれると言明していることを指摘し、本法案第四條は、まさに一種の検閲制度を構成し、憲法に違反する疑いがあるとし、今後の新聞雑誌の経営上、先ず何よりも機関誌紙と認定される危険を避けるために無用且つ有害な考慮すら多くの言論機関、経営当事者に強要しないと保し難いとし、このような可能性を頭上に置かれつつ、如何にして自由なる言論に対する社会的信頼を求め得るかの問題は、まさに致命的の課題である。本法案が実現すれば、新聞、放送、出版に対する信用すら、恐らく動揺せざるを得まいと声明しています。本法案は言論と並んで結社の自由を制限しようとしている。言論及び結社の自由に対する如何なる制限も許さるべきでないとする憲法上の根拠は、これらの制限が必ず常にいわゆる事前の制限、ブライア・レストレーントを伴い、これらが相俟つて、そこから警察国家の発生する危険があるからであります。犯罪の予防を理由とし、未だ何らの行為がないのに言論、集会、結社の自由というような憲法上特に侵さるべからざる重大なる基本的人権をなしている深い根拠のある自由を事前に制限することは、近代民主主義の許さない警察国家主義にほかならない。実害の予防のために或る種の自由の制限が、比較的に軽い或いは浅い他の場合には、許されることがないわけではありませんが、併し言論、集会、結社の自由については、これは許されない。これらの自由と権利とは、そうした制限を許さない重く且つ深い基礎を持つているのであります。
 自由の原則の最も重大なものの一つとして、罪というものが個人的なものであるということは有名なアメリカの最高裁判所の長官であつたチヤールズ・エバンズ・ヒユーズの述べたところであります。そしてアメリカの最高裁判所は最近においても、罪というものは我々にとつては個人的なものである。決してこれは集団的に適用せらるべきものではない。更にアメリカの最高裁判所のマーフイ判事は、集団ということを規制の対象とするような考え方を非難して、これは絶対に取入れられるべきものではないと言つて、罪の責任は個人にあるということを我々の立法の基本的な原則の一つをなすものである。それこそ我々の自由の概念と適法なる法的手続の必要ということの本質をなすものであると言つています。
 本法案の第四條によれば、一つの団体においてその運営を信託されていた決議又は執行機関が、誤つて本法に触れる破壊活動を繰り返す虞れありと行政機関たる公安調査庁によつて調査され、公安審査委員会によつて認定された場合には、その団体の団体行動、機関誌紙は停止され、団体が解散されるが、これは、その数名又は数十名の役職員の誤りによつて、その団体を構成している数千又は数方の人々の言論、集会、結社の自由の権利の明らかなる不当な蹂躪となることにほかならんのであります。行政機関官憲の、かくのごとき僭越なる干渉が、人民主権の新憲法の下に許されることができましようか。一九四五年にアメリカ最高裁判所のダグラス判事がこういうことを言つております。「個人というものは、国家と同じく、或る一定の何カ月か或いは何年かの間、その最後の目的においては一致していない団体と共同に協力することがあり得るものである。例えば、これは、或る程度の限定された目的の下に協同して働く場合があることはよく知られている。現にナチスと戰うためにロシヤと共に戰つた国々は、それを以て共産主義を拡めるための同盟をなしたものとされることはできないじやないか。又飢えている人々に食物を與えるために努力する人々は、その飢えている人が共産主義者であるからといつて彼ら自身が共産主義者とされることはできないではないか。」ということを言つています。
 本法案の成立後における基本的人権と自由とに対する制限の性質は、すでに本法案と性質を同じくしているところのあるアメリカのいわゆる非米活動委員会が、どんなことをして来たかによつて十分に判断されなければならないところがあります。このアメリカの非米活動委員会が一九四七年にザ・サウザアン・コンフアレンス・フオア・ヒユーマン・ウエルフエア、人間的生活の向上のための南部の会議というのを、最も危険にカムフラージユされた共産主義戦線の団体と認定したことは世論の痛心を捲き起し、ハーヴアード大学のロー・レヴユーはその報告を以て、この認定を批判せしめている事実があるのであります。而もこれらの重大な言論、集会、結社の自由ということの制限を、裁判によらないで行政処分によつてなそうとするところに、又本法案が憲法に違反するものとして許されがたいものがあるのであります。「裁判所の判決を待つていては迅速有効に取締ができないからといつて、行政責任のみを第一に考える本法案の趣旨自体が、半面からして言えば、行政処分で簡単に正当な活動が抑圧される虞れがある。」とこの四月二十二日の日本経済新聞社説も断言しています。一体何のために政府はこのような重大なる基本的権利の制限を含む本法案を、あらゆる非難を無視して国会に要請しているのでありましようか。
 ヒツトラーは、一九三三年にドイツ共産党と何らかの関係を想像させるような形において、一人の精神薄弱者の青年ルツペなる者を挑発してドイツ国会議事堂に放火せしめ、これによつてドイツ共産党は議会制度を否認する目的を以て国会議事堂に放火したと認定し、ドイツ共産党幹部を逮捕し、その党を解散し、引続きドイツ社会民主党を解散させたが、何者かが我が国において同様の挑発及びフレイム・アツプによつて、日本の社会主義政党の解散及び労働組合の無力化を計画し、そのように使うことのできる本法案の成立を急いでいるのではありませんか。ここには共産党の問題ではなくて我が憲法の問題があります。第四に、国民の権利は、ただ明白にして現在の危険によつてのみ制限されることが許されねばならない場合があると考えるのであります。然らば本法案は、言論、集会、結社の自由、政治の自由、これらの基本的人権、我が憲法が制限を許さぬ無條件の自由、又は少くとも極めて制限されがたい権利としているところのものを、あえて制限しようとしているのだが、一体そうした必要を認めさせるような如何なる重大なる明白にして現在の危険が立証されているか。「人間の信念、それがどのようにエクセントリツク又は嫌われたものであろうとも、それが又実害ある行為になつていないのに、その單なる信念を、西欧の国々のいずれかの政府が対象としたところがあつたとすれば、それは人間の歴史の最も暗黒の時代においてのみあり得たことであつた。」ということを一九五〇年にジヤクソン最高裁判所判事が警告しています。それならば日本は現在そのような暗黒の時代に我々は臨んでいるでありましようか。まさかそうだとは政府も言うことはできますまい。法務委員会における我々の幾たびかの質疑に対して、政府は、明白且つ現在の危険の疑いがあるが、それを確証することはできないことを証言しております。日本新聞協会も声明しているように、言論の自由にまで干渉するような立法については、そのような立法を必要とする如何なる危険が差迫つているかを立証せねばならないが、政府はただの一言も責任ある立証を行なつていないのであります。政府の本法案の立法の基礎は、危険に対する恐怖にあつて危険の証拠に基いていない。さればこそ、法務委員会諸君との懇談において神近市子女史も、特審局の官吏がその共産党の文書などを恐ろしげに説明している態度には、笑うべきものがあると喝破しております。事実共産主義の何たるかを知らず、ただそこに法に触れそうなところを探し出して仕事の種にしようとしているような官吏に、どうして共産主義が克服できますか。共産主義は高度に発達した近代科学の理論の体系であります。官吏の手におえるようなものではありません。無知文盲の人々のみが、共産党を以て恐怖すべき憎むべき集団と信じせしめられることができましよう。我が首相吉田茂君がこの点について、これらの無知文盲の人々と大差ない程度においてしか、共産党について知識を持つていないのは、現在の日本国民の不幸であります。マツカアランやマツクアシイなどという議員の影響下に、共産主義について何事をも知らずして、反共主義に躍らされている現在のアメリカを支配している人々さえも、共産党そのものを非合法とすることはできず、何人にせよ、その人が共産党の党員であるという理由のみによつて非難することはできないことを、繰り返して確認しているではありませんか。共産党の主張する革命は、社会革命であつて、社会の歴史の進歩の意義を有する革命である。人民の支持する政府を暴力によつて破壊しようというような、人民に対して反逆を意味するものとは認められないのであります。イギリスの保守党が先頃の選挙の際に公けにした対共産党方針も、「共産党に対しては賢明なるステーツマンシツプによる社会政策と教育とによるのが、公然と政治上において共産党と出会つてこれに打ち勝つ最善の方法である。ミート・アンド・デフイート。共産党を非合法としてこれを地下に追いやつたのでは、公然これと政治上に出会うことができなくなり、勝つたのか敗けたのかさえ分らなくなる。」こう言つておるのであります。ここには、共産党を非合法とすることは、政党の自由、従つてあらゆる政治の自由に関係する問題を生じ、憲法の問題が生ずる重大な関係がある。さればこそ民主主義の伝統を擁護しようとしている国々において、共産党を非合法とすることに国民の支持が得られない十分の理由があるのであります。
 第五に、本法案は「法の明確の原則」を破つていることに又重大な問題があります。本法案第三條第一項一号の行為なき扇動、文書図画の所持、同じく二号「政治上の主義若しくは施策を推進し、支持し、又はこれに反対するため」、という規定、この号のりの公務執行妨害などの拡大、ヌの教唆、扇動、第三十七條一項内乱の罪の行為なき扇動を犯罪として、個人を七年までの禁錮に処し、二項、内乱の予備、陰謀の罪の行為なき扇動、文書図画の印刷、頒布、公然掲示又はそのための所持を犯罪として個人を五年までの禁錮に処し、第三十八條は、政治目的のための放火等の罪の予備、陰謀の罪を刑法による二年までを五年までに加重し、行為なき教唆、扇動をもこの重い刑に処し、第三十九條は、刑法に安定している騒擾の罪を拡大し、これに政治的目的という不安定な概念を結びつけ、並びに公務執行妨害等を拡大し、並びにこれらの行為なき扇動を罪とし、これらに三年までの刑を加えようとしている。これらに対し、専門家、例えば東大鵜飼信成教授が、この六月七日の参議院法務委員会委員との懇談において、何と言つているか。「刑法の既成概念を用いているという御説明がございましたが、成るほど個々の字句は刑法の既成概念でございますが、その中には概念を変更したもの、例えば教唆のようなものがございますし、それからそれが結びつきますと、果してその結びついたものに対する概念というものは、従来の刑法の司法的の範囲で完成していないものが非常に多くございます。そうしてそういうものに対する行政的な規制がなされた後に、それが確立してしまいますと、司法的な処分のほうもおのずからそういうふうに動かされる。この法案の建前としてはそういう方向に行くということになつて来る。」と述べ、京都大学の宮内助教授は、「本法案の犯罪の類型は、刑法に規定されている犯罪行為によるというが、それにまつわるもの、即ち政治目的というもの、それから教唆、扇動及び陰謀といつたようなこと、これらは甚だ不安定な概念でございます。基準から遠ざかれば遠ざかるほど、どういうもので判定するがというと、本人の主観的な意図によつて判定されるようになる。これ即ち思想取締の問題です。犯罪の類型は客観的な事実で帰一しなければならない。価値判断を必要とするような要素を入れてはならない。或いは主観的な要素で以て何らかものを決定するようなフアクターは成るべく避けなければならない。それからそれを判定する機関は成るべく政治的立場を超えた独立を持つた裁判所でなければならない。人類が営々として築き上げて来た法的の諸権利が、この法案によつて完全に破壊されている。」と述べています。有名なアメリカの最高裁判所の長官ヒユーズが言つた言葉にも、「自由の制度というものの本質は、罪というものが、決して実際の実害ある行為のない場合の意見或いは意図とかいうものにかけられるべきものではない。」ということを断言しています。本法案に殺人とか汽車、電車の顛覆とかは、確定の事実というものとして挙げられているものでありますが、それに政治的目的を結びつけ、直接関係のない言説をその教唆、扇動とし、且つこれらを団体の行動とするということが、如何に法の明確の権威を地に落し、あいまいな認定を発生させ、基本的人権と自由とがそのために脅かされるかは、最近の事案についても深く反省せられなければなりません。自由の問題というものは、最悪の場合に守られなければ守られるものではありません。自由の敵は必ずそういう場合に攻撃して来るのであります。諸君のよく知るグラツドストーンさえが破壊的と言われたこともあります。それはなぜかというと、グラツドストーンは、その当時エジプトにおいて英国の軍隊に刃向つて武器を取つているエジプト人の叛乱は、彼らの自由のために戰つているのだということを言つたからであります。
 本法案が、本法によつて不当に基本的人権の制限が行われた場合の救済について、近代の法の原則を守つていないということにも、本法案の違憲的本質が現われています。本法案がモデルとしているアメリカの破壊活動防止法は、本法案が団体の集会、行進、機関誌紙の停止、更に進んで団体の解散などという重大な憲法違反の問題のある行政処分まで行おうとしているのに対し、單に団体の登録を要求しているにとどまつているのでありますが、これについてさえトルーマン大統領が、「共産主義共同戰線団体に登録を要求することは、一七八九年以来最大の言論、出版、集会、結社の自由に対する危険である。」として署名を拒否しているのであります。我が日本新聞協会の声明は、「本法案により機関紙の発行停止など言論、集会の自由、各種の基本的自由の制限や禁止が、裁判所の判決によらず行政処分によつて決定されること」、この点を特に重大視し、京都大学法学部宮内助教授も「本法案の団体規制は行政措置であると言うけれども、懲役が我々の自由を剥奪すると同じように団結権、団体交渉権、表現の自由など、基本的人権を制限し又は否定することになる権限は、アメリカの委員会においてすら持つていない。」と述べております。裁判所の判決を待つていては有効な取締ができないという主張は、半面から言えば、行政処分で簡單に正当な活動が抑圧される危険があることを意味していることは先にも述べました。
 第一に、本法案による公安調査官の調査は、強制権のない任意調査であると言いますが、それは実質的に公安調査庁による秘密調査、秘密報告であつて、従つてそれは事実上、一般市民にまで大なる不安を與えるものであり、尾行、張込みなどが人心を暗くし、憲法の保障する個人の自由がひそかに侵害されることになりますが、これらの不当な人権圧迫に対して、本法案は何らの救済の途を開いていないのであります。
 第二に、本法案第四條により、公開の集会、示威行進など或いは機関誌紙、従つて一般の新聞及び雑誌、団体の役職員、それらのものが事実上官憲の検閲の下に置かれ、憲法の保障する言論、集会、結社の自由が侵され、憲法の禁止する検閲が行われるというような不当な圧迫に対して、何らの救済の方法がないのであります。
 そして最後に第三に、公開の集会、集団示威行進などの停止、機関誌紙の停止、団体役職員の排除、更に進んで団体の解散、これらの行政処分に対する不服は、本法案第二十四條によつて裁判所に訴えることができるが、併しその処分の執行の停止の申立は、いつでも政府、首相の異議によつて阻止されるので、裁判の結果無罪が明らかになつたときでも、すでにその間に公開の集会、集団示威行進、機関誌紙が最終的に停止され、団体役職員は最終的に排除され、団体が最終的に解散されてしまつている事実、この重大な基本的人権の侵害は、如何とも救済されるすべがないのである。行政機関に過ぎない公安審査委員会が、果して団体の解散などという重大な決定ができるか。且つ行政措置により委員会から不法活動として解散を決定された以上、その後の正式裁判でこれを取消す判決が確定しても、回復すべからざる打撃を受ける。憲法で保障する結社の自由は、そのように不安定なものであつてはならないのであります。而も政治的責任を負うことのない行政機関が、重大な政治的決定をなすこの行政処分は、必ずや恐るべき結果をもたらす。裁判所がそこからさまざまな影響を受ける。こういう重大な問題を導くのであります。裁判所の裁判の独立がこの面から動揺せしめられる虞れがある。ナチスが遂に裁判官の多数に、ナチス党員を任命した事実は本法案と無関係とされ得ないものがあるのであります。最も恐るべきことは、本法案によつて政治的行動が、本質的関係のない刑事犯罪に結びつけられ、政治的行動が、無頼漢の殺人放火などの行為よりも重い罪刑を加えられることによつて、政治が名誉ではなくして不名誉とされることに対して、何らの救済の手段がなされていないことであります。本法案には、大塩平八郎の政治的行動に、それと本質的に関係のない私行上の非難を結びつけて政敵を侮辱した封建主義の卑劣を、新らしいフアシズムの中に復活しようとしているところさえあるのであります。団体及び個人が公安調査官によつて調査を受け、且つ最後に無罪となるまで、又はその後においてさえ受けるであろういわゆる破壊的という憎悪、侮辱又あらゆる政治的圧迫、あらゆる経済的圧迫さえまでも、何らの法による救済の手続もなく、本法案によつて実現されようとしているのであります。本法案と同趣旨のアメリカの破壊活動防止法に対して大統領トルーマンの声明したところが、本法案に対しても指摘されなければなりません。即ち本法案は、たまたま破壊主義者によつて述べられたことと同一であるという理由で、全く誠実な意見を発表した団体及び個人に対して刑罰を加えるという機会を内に蔵するバンドーラの箱を開くものである。行政的認定のために、立法によつて新たに罪を設定し、この立法的認定を率いる行政的認定によつて、憲法による裁判にとつて代つて、いわゆる明白、現在の危険を認定し、国民の基本権を制限する本法案の方向は、フアシズム的独裁の方向にほかならない。誠に本法案によつて団体の公開の集会、示威行進、機関誌紙の停止、役職員の排除、団体の解散は、行政権力が治安維持の責任上なさねばならない行政措置であるというけれども、実は、政府は健全なる国民の支持と、独立公平の裁判とに信頼する代りに、自己の恐怖心に訴えているのであります。
 本法案はその第七に、その目的とするところを実現し得るであろうか否か。本法案による団体行動又機関誌紙の停止、団体の解散指令が、現実の停止となり、解散となるか否か。政府委員は我々に対して、結合自体は存続するであろうと証言しているのであります。現在諸君の前に置かれている破壊活動防止法案も、実は現代に十七、八世紀のラツパ銃を持ち出すのと等しいのであります。共産党には痛くも痒くもない。一般の進歩的言論や労働運動だけが犠牲となるのであります。法務委員会における我々の質疑に対し、政府は何らの自信を示し得ず、中山委員をして、効果の無い法がいるのかと嘆かしめておるではありませんか。一体これではセデイシヨンを取締る法、いわゆる治安立法は憲法土許容されるかどうか疑いがあるばかりでなく、この法によつてその証拠を挙げることが困難であることは、専門家の定説であります。且つ法の歴史もこれを明らかに示している。現に本法案が裁判に代えるに行政処分を以てしているのは、迅速の行政措置などと言つているけれども、実は裁判所において採用されることのできるような証拠があり得ないからであります。即ち本法案がなくても、証拠があるならば政府はすでにこれを裁判所に持ち出して司法処分を求めているはずであります。それができないで、本法案を制定しようというのは、実は証拠があり得ない性質の問題だからであります。政治的反対は犯罪ではありません。従つて犯罪の証拠があるはずがないのです。そうして政治的反対は法と刑罰とによつて根絶されることのできるものではなく、ビスマルクの社会主義鎭圧法も、それによつて社会党への投票が一八七八年の四十三万から一八八一年の三十一万に減少したのはこの一回だけで、次の選挙には再び五十四万に増加し、一八九一年には実に百四十二万に増大して、法自体が撤廃されざるを得なかつたのであります。第八に、本法案はその所期の効果がないのみならず、その弊害最も恐るべきものがあります。そもそも団体として破壊活動を行う団体などというものが、諸君想像されますか。そんなものはあり得ないのであります。本法案はないものを探すのでありますから、従つてその結果は三つしかない。即ちその一は、至る所を探し歩き、至る所組合や大学や各種の団体の周囲や内部をスパイがうろついて、至る所国民に不安と恐怖とを與える。その二は、フレイム・アツプ、いわゆるでつち上げが行われる。事件のでつち上げの伝統が日本になかつたでありましようか。大正十二年の大震火災の際に、朝鮮人の蜂起計画なるものをでつち上げて、罪なき朝鮮人の大量虐殺を導いたのは誰であつたか。政府がその挑発者であつた有力な証拠があるではありませんか。最近下山国鉄総裁の不慮の死が、国鉄労働組合の無力化に利用されなかつたでありましようか。三鷹事件、松川事件はどうでありますか。法務委員会において特審局次長は、公安審査委員会の決定には、誤りはあり得ないということを断言し、特審局長は、暗黙の同意ということも証拠になるかのごとき言辞を弄して、無責任にして独断的の、独裁的なる官僚主義の本質を自己暴露しているのであります。本法案自体が、団体又は言論を犯罪に結び付けるという卑劣な計画を含んでいるのであります。団体又は言論に対しては、団体又は言論によつて闘うべきものであるのに、団体又は言論を犯罪に結びつけ、これを倒そうとするのは卑劣極まります。第三に、かくて本法案によつて政治的団体又は労働組合が、破壊団体として解散を指定されようとも、これらは確信による政治的団体であり、組合であるから、いわゆる確信犯であつて、決して本法案による規則や刑罰に服するということはあり得ないということは、私に対して法務総裁の答弁にもこれを認めざるを得なかつたところであり、ここにおいてそれらの団体や組合は、必ず地下に潜入して活動を続け、従つて本法による政府機関は、それらを追つかけて、みずから秘密活動をしなくてはならなくなるのであります。暴力を防ぐためには、暴力に代つて、人間が発明したもの、即ち言論、集会、結社、争議の自由権を尊重することが最も大切であるのに、これらの近代社会の基本権を制限したり、否定したりしたのでは、原始的な、なまの暴力が復活して来ることを歓迎するようなものであります。本法案に賛成しようとしている人々も、この点においてはみずから困惑を感ぜざるを得ないでありましよう。ブラツク最高裁判所判事も言つておるように、数世紀の経験が示しているごとく、或る一つの政治的グループを抑圧しようとする法は、必ず憎悪を発生させ、ここに発生する憎悪は、必ずその周囲にひろがり、拡大し、深く入つて行くものなのであります。本法案による政治機関の秘密活動は、必ずそこに機密費を発生させざるを得ません。我が憲法の禁止する機密費、即ち国民の代表によつて国会において審査し、コントロールすることのできない機密費、そうしてそこにこの国会がコントロールすることのできない権力とその活動とが、自動的に増大することを誰が阻止することができましようか。かくてここに自由の最後の一片も砕かれ去つてしまうのであります。
 以上が本法案に対する法理論上の反対の論拠であります。
 続いて立法論上本法案に反対すべき理由が、最も大なるものがあります。その一つは、本法案の立法の動機は一体何であるか。それは恐怖心にほかならないのであります。本法案が理性的動機によつて立法されたのでないことは、本法案が現在の日本の知識階級及び一般の世論の反対を無視して無理に成立せしめられようとしているところにも現れています。現在政府は政府の政策と国民の本能的直感との間の隔りが、深い溝のように日々に深まつて行くのを見て、みずから恐怖しているのであります。国民が棍棒とピストルとによつて奴隷的に服従させられないのを見て、政府はみずから恐怖しているのであります。恐怖に基く立法ほど恐るべきものはない。それは問題の性質の認識ではなく、問題を恐怖しているのだから、問題を解決し得ず、却つて恐怖は恐怖を生むのです。かくて民衆の間にも恐怖心が挑発され、ここにナチスが国会議事堂放火事件なるものをでつち上げ、共産党員を逮捕し、続いて社会民主党員を逮捕し、ナチスの一党独裁に突入したような、恐怖から恐怖の利用、そうして恐怖の増大が国家と国民とを滅亡に導く。こうした精神が、本法案の中にも盛られておるのであります。さて本法案の運命は、同様の法律の運命によつてすでに物語られています。本法案におけるいわゆる扇動の規定について、民主主義に立つイギリスにおいても、内乱等に関して扇動そのものを独立罪としていたと説明する者があります。思わざるも甚だしい。イギリスにおいて一六四九年人民によつて国王チヤールズ一世が裁判され、処刑された事実は、決して忘れられてはならないのであります。英国の王位の背後には、そうして英国の法の背後には、今日もチヤールズ一世の亡霊が立つているのであります。日本の法の背後にもそうした亡霊を立たせようとしているのでありましようか。本法案と比較すべきものとしてオーストラリアの共産党解散法を挙げる者があります。併しオーストラリア政府の提案したこの法は、高等法院によつて違憲の判決を下されて廃棄され、更に政府が国民の意思を問うたレフエレンダムにおいて、政府は、政府提案に反対する投票は、即ち取りもなおさず共産党に賛成する投票であると宣伝これ努めたにもかかわらず、国民はたとえ現在国際情勢の緊張ただならぬものがあるとは言え、平和は保たれているのであり、戰時にあらぬこの平時において、オーストラリアにおける共産党の問題に、共産党を非合法とし、共産党員及びその同情者を公職及び労働組合から追放するというような、それ自身民主主義の方法に反し、憲法違反の疑いある法律を必要とするほど明白にして現在の危険があるかないか。且つこうした法律がその結果において民主主義の根本原則を覆すところがないか。そうしてここに司法権が行政権の下に置かれるようなことが生ずるのではないか。こうした法律によつて政府に対しアングロサクソン民族が未だ曾つて政府に與えたことのない過大の権力を與えることになるのではないか。そうしてこうした政策は却つて労働階級、従つて産業界にストライキ、そのほか非常な不安を誘発することとなるのではないか。そして憲法を改正し、高等法院を乗り越えるような方法が実現されるためには、強大な力を以て国民の支持を強制せねばならないことになるが、こうした強制は却つて国民の間に深い溝を掘ることにならないか。大学教授や著述家や芸術家や新聞雑誌関係者が、言論、集会、結社の自由の基本的人権の制限に反対していることに、世論に聞くべきものがあるのではないか。共産党の力に対してフアシズムの力によつて、力に対して力を以て闘うということが、民主主義の勝利となり得るであろうか。これらの理由によつて、政府の提案に対して、レフエレンダムにおいて反対の決定を下したのであります。この国民投票はマンチエスター・ガーデイアンも言つたように、共産党を擁護するというよりは、本質的に真実の自由主義を擁護するため、政府提案に反対であつたのであります。本法案と比較される反共法を成立させた南アフリカは、その後如何なる方向を歩んでいるか。最近の報道を御覧なさい。南アフリカの政府は、その最高裁判所が、政府及び與党が国会を通過させた立法に対し、違憲無効の判決を下すや、最高裁判所が国会による立法の憲法違反を審査判決する権能を廃止しようとしているのであります。併しこの最高裁判所の最高の機能を廃止する立法に対して、最高裁判所が、これを違憲と判決するであろうことは明らかであります。かくして南アフリカは今や政府の暴力の下に、いわゆる剥き出しの力よりほかの何ものでもないものの下に支配されるのであろうかと、イギリスの世論が憂慮しているのであります。アメリカの破壊活動防止法、マツカラン法、スミス法などに対しては、すでにトルーマン大統領が署名を拒否し、最高裁判所のブラツク判事、ダグラス判事が憲法違反と断定し、識者は、アメリカがその民主主義の不朽の父であるジエフアーソンの理念から退却しつつあることに対し、重大な警告を発し、民主主義を暴力から守ると言つて、これらの非民主主義的立法を強行するならば、この事自体によつて、その民主主義そのものが破壊されてしまうとしているのであります。アメリカはフアシズムヘの道に立つているのではないかと、イギリスから、ほかでもないバートランド・ラツセルが、最近公開状を送つている。然るに、更に最近アメリカ合衆国商業会議所が、今や自由主義者の活動をも制限せよと決議したことは、先きのマツカラン法、スミス法、非米活動調査委員会などが、この商業会議所の決議に基いて成立したものであつただけに、アメリカの国民の間に非常な不安を捲き起しているのであります。そうして現にアメリカのあちこちの州において、学校教科書の検閲が事実上企てられておることさえ報道されているのであります。日米行政協定と比較される韓米経済財政協定が結ばれたのは一九四八年八月のことでありますが、併しながらその十一月には、現在の日本の本法案に比較さるべき国家保安法が立法され、その後引続き新聞紙法、映画演劇法、そうして遂に兵役法が立法され、その間に国家保安法成立の二カ月後には早くも京城女子医大教授、学生二十名が逮捕されたのを皮切りに、半年間に十万余人の言論人、知識人、学生が国家保安法違反で逮捕され、一切の政府批判の言論が抑圧された後に、あの朝鮮内乱が起つた事実、そうしてその南鮮において最近には国会議員に対する政治的逮捕さえ強行されている事実、これらが比較立法的に深く考えられなければならない。アメリカ軍の下に、国際連合は朝鮮において民主主義を救うという目的を掲げたけれども、最近に至つて国連は南鮮におけるフアシズムを擁護しているのではないかとの疑惑を生じ、ナバーム爆撃のような戰慄すべき非人道的爆撃によつて、民主主義の勝利、否、民主主義の存続さえもが保障されるか否か。イギリスの保守主義に立つオブザーヴアー紙さえも、水豊ダム破壊爆撃以後イギリスのアメリカとの協力が困難になりつつあると指摘しています。本法案のような立法は国民のモラルに堕落的な影響を與えざるを得ないことに、本法案の支持者は思いをいたしているのでありましようか。
 本法案は国民の間に密告者を作り出そうとしているのであります。法案第三十七條三項を御覧なさい。人間として密告者ほどいやしまるべきものはありません。本法案は、内乱が防げるなら、国民の間に密告の風習を作り出してもいいと考えているのであります。本法案がスパイによつてでなければ動かされ得ないということはすでに明らかであります。かくて本法案が成立した後には、日本国民は絶えず本法に違反の嫌疑をかけられ、秘密に調査されることを恐れ、怯える毎日を送らなければならん。FBIのエイジエントが大学の中に張りめぐらされ、大学教授たちの会話が立聞きされ、政府に報告され、多少とも政治を批判する談話をなす教授に対しては、国家予算による地位を辞すべきことが警告されている事実が、アメリカからイギリスの新聞に報道されているもの一、二にとどまらないのであります。本法案によつて人道主義的活動さえもが圧迫されるのでありましよう。アメリカの非米活動調査委員会は、先にドイツ又イタリーのフアシズムとナチスとの圧迫を逃れてアメリカに避難した人々のために、孤兒院や病院などを以て救済活動に従事していた合同反フアシズム避難民救済委員会に対して破壊的団体の嫌疑をかけて、その後援会の名簿及び一切の記録の提出を命じたのであります。この団体はルーズヴエルト大統領によつて戰時救済資金をも與えられ、その人道主義的性格は一般に確認されていたのであります。この救済委員会は、この委員会の救済を受けたあと、現在再びドイツ、イタリーに帰つている子供たちが危険にさらされる場合などをも考慮して、あえて名簿及び記録の提出をしないことを決定し、且つ人道主義的行爲が法の下に調査さるべきものでないことは自明の理であります。然るに非米活動調査委員会は遂にこの救済委員会の委員長を告発し、彼に対して刑罰が宣告されたのでございます。最近、この三月三十一日のニユーズ・ウイークは、現在アメリカにおいて最も欠乏して来たのは、創造的天才であることが、重大な問題となりつつあるということを報道しています。いわゆる破壊活動防止法は、国民の間に進歩的努力を麻痺させるよりほかないのであります。本法案によつて治安を維持しようとするならば、その結果学問も死んでしまうのであります。反対の立場を認めることが進歩の絶対的な條件であります。反対の立場を認めないならば、人生そのものがその香りを失つてしまうのであります。近代の大衆の組織の力は、電気のエネルギーのごときものであつて、その取扱を誤るならば、ここに火を発し、人を殺すこともありましよう。併しその故にこのエネルギーを禁止するならば、我々は近代以前の生活にかえらなければならないのみならず、そのエネルギーはその性質に従つて取扱われるならば、偉大な建設力となるのであります。本法案には如何なる建設的性質もないのであります。而も本法案が政治的行動に犯罪を結びつける結果、国民の間に政治的無関心が、今日すでに恐るべき程度に達しているのに、これ以上の政治的アバシイが発生するならば、如何にして民主主義が維持され得ましようか。本法案は、政府の不当に対する国民の抵抗権を否認するものであるが、国民が不正に抵抗する気力を失することほど恐しいことはないのであります。黙して属従する国民は、フアシズムの支配の下に導かれ、世論を沈黙させて戦争が開始されるのであります。
 第三に結果論的にこれを考えて見ますならば、本法案に対する第十の反対の論拠として、本法案は実は革命を促進することになるものではないかということであります。あらゆる言論、従つて我々の憎悪し敵対する言論をも含む言論、集会、結社の自由が、憲法によつて保障されていることの意義は、これ以外にはないのであります。革命によらない平和的進歩の方法は、これ以外にない。説得による革命を認めないならば、更に恐るべき革命の発生を防ぎ得ない。この事のほかに我が国の憲法の意義はない。ゼネラル・ストライキといえども、これが憲法によつて保障されているのは、暴力でもなければ、破壊でもないのである。それは政府が労働階級の意思を無視し、憲法の基本的諸権利を無視しようとすることに対し、労働者がただ働くことをやめるという、平和的手段としての最後の方法なのであります。これを禁止すれば、もはや平和的手段はなくなり、革命しかなくなるのであります。日本は言論、集会、結社、思想の自由を抑圧して犯罪戰争を行なつて敗北し、革命の淵に立つて、革命の代りに新憲法による思想、言論、集会、結社の自由の社会を保障したのであります。然るに今この憲法の保障を実質的に無効ならしめるならば、説得による平和革命でない革命の発生をどうして防ぐことができますか。日本国民はすでに主権在民、人民主権の体験の上に立つているのであります。
 最後に結論として考えなければならないことは、これを要するに本法案は、我々国民が苦しい中から税金を出して、公安調査委員会、公安調査庁及び全国五十カ所に亘る公安調査局の役人を雇つて、破壊的であるかどうかを調べてもらい、我々の活動が公正か不公正か、官吏の判断によつて決定してもらおうという法律案であります。この不條理のみならず、ここに発生する権力は、憲法を超越し、言論、集会、結社の自由の上に立ち、あらゆる政党をも見下す権力であり、この国民主権以上の権力は、フアツシズム権力を準備し強化するものであります。我々も勿論暴力を否定します。併し憲法を超越し、言論、集会、結社の自由の上に立ち、あらゆる政党、組合を見下す権力、国民主権以上の権力による暴力が発生するならば、国民はこれを如何ともすることができないのであります。我々はあくまで暴力を否定する。国民の中から破壊活動が起つて来るような場合は、国民自身でこれを阻止することができるのであります。政党、組合そのほかの国民の団体の中から破壊活動が起つた場合、これを防止し得るのは政党、組合そのほかの団体内部の同志の力よりほかないのであります。団体の行動は、団体心理学的に新らしく理論的に解明されなければならないところのものを含んでおります。団体には、集団的に責任の所在がいずれかに帰一することのできない関係が団体にあります。団体の決定とも無関係ではない、個人の意思とも無関係ではないけれども、併し、そのいずれにも責任を追及することのできない場合があります。日本国と、この日本国を誤まり導いた東條首相との関係の場合にも、そうしたものがありました。又先日早稻田大学において警官のとつた行動に対して、警視総監は単にこれを元気がよ過ぎたといつて、警視庁としてまたそれらの警察官個人として責任の追及がなされていないのもこうした関係の判断如何によるものがあるからかもしれません。団体の行動には、団体内部の行動、団体間の行動、社会的不満と団体行動との関係など、それぞれについてデリケートなものがあり、団体又は集会、新聞、言論、思想というものには、自己是正の作用がある。これを否認をすることは即ち団体、集会、新聞、言論、思想の破壊にほかならないのであります。社会における団体の自由の絶対の意義には、個人における思想の自由の絶対の意義に共通するものがあるのであります。破壊的行動は政府の官吏などによつて取締ることはできないのみならず、それらの官吏の権力は国民の団体の内部の自己是正の作用を抑圧し、窒息させてしまい、国民主権以上の権力を発生させる。これらを考えて来るときに、我々は自由こそ我々を安全にし、我々を強くする唯一のものである確信を深めざるを得ないのであります。この法案は共産主義とか、共産党とかについて何らの知識を持たない人々によつて立案されたのであります。ただ知識ではなくして、恐怖心だけがこの法案を作つているのである。この法案を作つた人々は毎日何者かに襲われる恐怖心に脅やかされているのでありましよう。そうしてそうした怯えた恐怖心が共産主義、共産党に対して闘いを始めようとしているのでありましよう。従つてこの法案は、もはや法案ではなくして銃剣であります。恐怖心のために我々の自由を投げ捨てて警察国家を作ることほど恐るべきものはないのであります。
 この法案は何らの建設的なものを持つていません、民主主義が勝利し又は存続すべき如何なる理智的な途をも指示していないのであります。共産主義と対抗しようとするならば、むしろ積極的な態度をとるべきであります。こうした消極的な禁止抑圧の立法によつてではなくして我が国の経済を整備し、国民のために適正な経済を打立てれば、本法の施行以上に共産主義の駆逐に役立つでありましよう。我々が共産主義に対抗して何らかの行動に出たいというならば、積極的にこの国を共産主義、その他の侵入に対して微動だもさせないために、我が国民に相当の生活水準、機会及び教育の均等、老後の安定を保障する必要があるのであります。社会保障法だけを実現しても、本法よりも遙かに以上の効果があることは明らかであります。我々国民は現在の首相吉田茂君の手の中に、あらゆる権力を委ねているのであります。然るに国民からあらゆる権力をその手の中に委ねられながら、忽ち今内乱が起りそうだ。従つて基本的人権を制限するような立法を作つてもらいたいと国会に願つている。このような恥ずべき政府がありましようか。このような政府はすでに国民に対してこの権力を返すべき時期が来ているのであります。いわゆるテロリズムを政治的方法によつて防ぎとめることはできないという言葉は、日本帝国主義と同じく古い言葉であつて、そして朝鮮や台湾における日本帝国主義の支配がすでに今日死んでいるように、死んでいる観念なのであります。我々の目を、現在アジアにおいて行われている革命の現実の進歩に注ぐべきであります。諸君は憲法か、然らずんばこの法案か。いずれかを選ぶのであります。我々はこの両者を選ぶことはできないのであります。我が憲法か、それとも、この法案か、この二つのうちの一つ、いずれかが捨て去られなければならないのであります。(拍手)
○議長(佐藤尚武君) 堀眞琴君。
   〔堀眞琴君登壇、拍手〕
○堀眞琴君 私は労働者農民党を代表いたしまして、只今議題となつておりまする破壊活動防止法案その他の二案に対しまして反対をいたすものであります。
 先ず我々は、本法案が治安立法の限界を超えたものであるということを指摘しなければなりません。勿論社会生活の秩序を維持するためには或る程度の治安立法が必要であります。併しながらその治安立法は飽くまでも最小限度にとどめなければなりません。ましてやそれが個人の基本的人権に重大な制限を加えるというにおきましては、なおのこと、治安立法の限界を最小限度にとどめることが必要であります。即ちその対象としては、飽くまでもその活動が現実的である。そしてその活動が社会生活にとつて危険の差迫つたものであるという場合に限られなければならんのであります。なぜなら憲法に保障された個人の基本的人権は永久不可侵の権利であり、人類が多年の鬪争を通じて獲得したものであり、従つて何人も又如何なる権力もこれを奪うことができないものであるからであります。勿論個人の基本的権利の行使に当りましては、公共の福祉に反することを認めるわけには参りません。併しながらその公共の福祉は常に国民の大多数を占めるところの人々の福祉でなければなりません。若しそれが一握りの極く少数の人々の福祉であつたならば、これを以て公共の福祉と見ることはできないのであります。
 更に又治安立法の対象としての危険の問題であります。それは飽くまでも現実的であり、社会生活の秩序を維持するために差追つた危険を生ずる虞れがある場合に限られなければなりません。ところでその現実の危険と、それから憲法上に保障された基本的な権利を制限することによつて生ずる社会の害悪と、そのいずれを重しとするかということを我々は十分に考慮しなければならんのであります。又その現実の危險というものがどういう原因から起つておるか、どういう状態に今日あるのかということについても十分考慮しなければなりません。
 例えば法務総裁は現に今日我々の社会には危険が存在しておるではないか、暴力主義的な破壊活動が至るところにおいて行れておるではないか、このように説明せられております。併しながらそれらのいわゆる破壊活動というものがどのような原因から生じておるのか、それが今日どのような意味を持つておるのであるかということについて若しも耳を蔽うならば、決して正しい為政者の態度ということはできないのであります。言うまでもなく今日のいわゆる破壊活動は、国民生活が非常に窮迫して来ておる、戦前に比べて生活水準は八十何%に回復したということはしばしば政府の申すところであります。生産は百何十%に回復した。こうも申しております。併しながら現実の問題として国民の生活は、決して戰前の八〇%の程度にまで回復したと申すことはできません。而も他方では貪官汚吏の輩、政商の輩が日夜花柳の巷に往来するというこの醜状は、果して何を物語つておるのでありましよう。国民の窮迫化をそのまま見過ごして、そうして一部の政治家或いは商人等が結託して、このような罪悪を行なつておるところにこそ、今日の社会の秩序の最も危険なるところの要素が横たわつておると申さなければなりません。而もなお我々は今日の罪悪が資本主義制度そのものの矛盾から根ざしておるということを忘れてはならんのであります。これらの事情を考えますときに、現実に危険が現われておる。こう言つてこれを取締るために治安立法をあとからあとから出しておるというのでは、全く本末顛倒と言わなければなりません、曾つて日本には法匪という言葉がありました。危険なる現象、犯罪的な事実があれば、これを取締るために、法律をあとからあとから出しておる。そのために日本人は法律の匪賊だと言うのであります。私はこの法匪という言葉が如何に当時の日本の帝国主義的な植民地的な支配を表現したものであるかということを私は十分見てとることができると思うのであります。今回提案されておりますところの破壊活動防止法は、以上のような基本的権利を制限抑圧した法律であるばかりでなく、單なる危険な傾向の可能性までも一網打盡に取締ろうとする、而も予防的な必要を理由としてこれを最大限に罰しようとする重大な法律であります。その上濫用の危険をも予想して、なお且つこれを取締ろうというのであります。私はここに日本の曾つての警察国家の復活を思わざるを得ません。若しもこのような一網打盡的にあらゆる危険なる事実現象を、予防的とは言いながら、これを取締るというならば、曾つての法匪国としての日本が出現することは言うまでもたいではありませんか。
 この法案がこのような治安立法としての限界を超えておる。我々の基本的人権が根柢から制圧を受けるのであるという理由からして、輿論の激しい反対を受けた。又公聴会などにおいてそれが圧倒的な反対を受けたことは今更申上げるまでもないと思う。この意味におきまして、我々は先ず第一に本法案は治安立法の限界を超えたものとして反対するのであります。
 第二に、この法案の内容について申上げまするならば、先ず破壊活動の定義が極めて広汎であり、而も又それがあいまいである。そのために拡張解釈の余地を残しておるという点であります。
 先ず、広汎且つあいまいであるという点でありますが、例えば内乱罪、その予備、陰謀、その幇助、外患誘致、外患援助、その未遂、予備、陰謀、その教唆、扇動或いは又その実行の正当性、必要性を主張した文書又は図画の印刷、頒布、又は公然の掲示……、修正案では、幸い右文書乃至は図画の所持については、これを削除いたしておりまするが、併し今申上げた各犯罪についての予備、陰謀やら教唆、扇動に至るまで、或いはその実行の正当性、必要性を主張した文書や図画の印刷、頒布、公然の掲示に至るまで広汎な範囲を含んでおる。更に又政治上の主義又は施策を推進したり、支持したり、或いは反対するために、騒擾であるとか或いは建造物に対する放火であるとか、或いは爆発物の破裂であるとか、或いは汽車、電車等顛覆であるとか、殺人、強盗であるとか、公務執行妨害であるとか、或いは職務強要など、並びにその予備、陰謀或いは教唆、扇動、こういう範囲にまで亘つて、これを規制の対象といたそうといたしておるのであります。従つて例えば我々がアメリカの独立宣言を研究し、これを大衆に向つてその趣旨を説明し、その正当性、必要性を若し私が話すとするならば、恐らくはこの破防法によつて私は何らかの罪をきることになるでありましよう。私の話を聞いた又大衆も、その責任を問われることになるでありましよう。或いは又一七八九年の革命、或いは一九一七年の革命を、私が歴史的な研究、或いは政治的な研究としてこれを研究し、そうしてその結果について、私が如何にも一九一七年の革命は、正当なものであつた。当時の社会情勢においては必要なものであつた。ツアーの制度の下においては到底人民の自由を獲得することができなかつたのである。従つて一九一七年の革命は十分正当性と必要性を持つておつたものであると、こう私が若しも大衆に向つて、乃至は特定の人々に向つて話したとするならば、私はいわゆる政治上の云々の項によりまして、扇動をなす者乃至は教唆をなす者として、やはり同じようにこの法律の規制を受けることになるでありましよう。この規定によつて、單に私が今例を申上げたばかりでなく、政党は勿論であります。或いは労働組合、或いは文化団体、場合によりましてはその他の社交的な団体までもが、その対象として罰せられる結果になるのであります。
 修正案におきましては、扇動について、その定義について若干の限定を行なつております。即ち、或る行為を実行させる目的で文書、図画又は言動により、人に対し、その行動を実行する決意を生ぜしめ又はすでに生じているところの決意を助長させるような勢いのある刺激を與えることと規定いたしております。併しながら、決意を生ぜしめるとか、或いはすでに生じている決意を助長させるような、そのような勢いのある刺激を與えると規定しておりまするが、そのような勢力のある刺激を與えたか與えないかという認定の基準というものをどこに求めることができるでありましようか。この規定はその意味から言つて極めてあいまいだと申さなければなりません。
 曾つての治安維持法は、天下の悪法として、日本国内においては勿論であります、外国においても激しい反対を受けた法律であります。あの治安維持法を見ますというと、処罰の対象としては、国体の変革、私有財産制度の否認、この二つが主であつたのであります。而も当時の政府当局におきましては、治安維持法は飽くまでも拡張解釈するようなことはない。国体の変革と私有財産制度の否認。この二つの目的を持つところの結社に対してのみこれを適用するのである。こう幾たびか説明されたのであります。ところが、果して政府当局の説明のように、拡張解釈が行われなかつたでありましようか。いや現実はむしろ拡張解釈が次々と行われまして、遂には宗教家も、自由主義者は勿論でありまするが、反政府的な言論、行動をすべてこれによつて取締るということになり、そのために如何に無事の良民が悲惨な思いに打ち沈んだかは、今更私から申上げるまでもないと思うのであります。
 疑わしきはこれを罰せずというのは、十九世紀以来の刑事法上の大原則であります。我々はこの意味におきまして、第二にこの法案に反対するのであります。
 次に私は、公安調査庁職員の職権濫用の危険を避けることができないという意味においてこれに反対するものであります。すでに破壊活動の定義が極めてあいまいであり、而も広汎である。従つてそのために生ずる濫用の危険というものは測り知ることができません。修正案によりまするというと、これを考慮してか、いやしくも権限を逸脱して職権濫用をしてはならんと規定しており、又第四十五條を追加いたしまして、公安調査官の職権濫用に関する罪を規定しております。併しながら、例えば刑法百九十三條によつて公務員の職権濫用に関し規定し、又百九十四條によりまして、裁判官、検察官、警察官等の職権濫用に関する罪を規定いたしておりまするが、公務員の職権濫用に関する刑法上の規定が殆んど有名無実であり、いわんや警察官等の職権濫用というものは、今日は全く無視されたと申上げても過言でありません。現に例えばメーデーの騒擾事件に関しまして、幾人かの不当逮捕が行われております。私は法務委員会と労働委員会の連合委員会の際に申上げたのでありまするが、通産省の一部局の労働組合員が、当日騒擾事件に参加しなかつた。それにもかかわらず、当日の模様を友人数名と共に話合つておつたという理由の下に不当逮捕をされておる。こういう事実が頻々として行われておるのであります。又單に不当逮捕ばかりではなくて、最近では憲法で禁止しておるところの拷問をすら行われております。私どもの党におきましては、先般アジア不戦の夕という催しをやつたのでありまするが、その際に暴行を行なつたという理由において、私どもの若い党員一人が逮捕されたのであります。ところが同時に逮捕された何人かの人に対しまして、警察当局は拷問を行なつております。こういう事実が頻々として起つておりまするとき、我々は果して、いやしくも権限を逸脱して職権濫用をしてはならんと規定したからと言つて、これに安心して職権濫用はないものだと見ることはできないのであります。如何なる法律でも濫用は避けられないことは、言うまでもありません。治安立法では、そこでこの濫用を防ぐために特に愼重を要するのであります。曾つての治安維持法の例に見るまでもなく、我々としてはその意味においてこの職権濫用の危険を重要視しなければならんと思うのであります。而も、公安調査庁が設置されることによりまして、職員千数百人に上るのであります。而も中央地方を通じてこれが五十局も設けられるというに至りましては、国費の濫費と言うよりほかに申上げようがないのであります。その意味におきまして我々はこの公安調査庁職員の職権濫用の危険に対しまして、反対せざるを得ないのであります。
 次に、一切の団体を対象とし、集会、結社の自由を拘束するということを申上げなければなりません。本法の対象は一切の団体であります。政治団体ばかりではありません。労働組合も、文化団体も、社交団体も含まれることになるでありましよう。第二條の第二項には、いやしくもこれを濫用し、労働組合その他の団体の正当な活動を制限し、これに介入してはならないと、こう規定しております。併しながら、これは単なる訓示的な規定であることは、今更申上げるまでもないのであります。政府の説明によりまするというと、左右の暴力主義的な団体に対してこれを適用するのである。こう言うのであります。併しながら実際に政府の狙いとするところは、共産主義の団体並びに共産党にあることは、これ又すでに我々の政府当局によつて聞くところであります。だが、果して政府の説明の通りに、この法案によつて共産主義の団体、共産党の団体を縛り上げ、更にその他の暴力主義的な団体、特に右翼的な団体を取締ることができるであろうか、成るほど共産党、共産主義団体は、これによつて非合法化の地下運動に追いやられるでありましよう。併しながら共産主義の団体、共産党は如何に非合法化されようとも、彼らの確信に基いてその運動を継続するでありましようことは、これ又私から申上げるまでもないのであります。
 そうしまするというと、結局この法律によつて規制を受けるのは、その他の一般的な団体であるということにならざるを得ません。而も重要なことは、極左の団体ではなくて、極右の団体が実際にはこれによつて取締られると言いながら、併しこの法の規制から外されているということを我々は注意しなければなりません。街のボス、例の街のいわゆるあんちやんと呼ばれるところのあの勢力は、今日又々政治の反動化に伴いまして擡頭するかに思われる節があるのであります。これらの右翼的な暴力団体は、終戰直後においては日本の民主主義に対する害毒であるとして何人によつてもその発生乃至はその横行に対して指弾を受けたのでありまするが、今や又再びこれが横行しようとするような気配を見せるに至りましては、私は日本の民主社会の確立にとつて、由々しい大事であると申さなければならんと思うのであります。私はその意味においてこの法案に反対するのであります。
 次に私は、行政機関によるところの団体の規制は不当であるということを申上げなければなりません。基本的な権利の制限に関するところの団体の規制は、もともと裁判所において行わるべきものであります。決して行政機関の行政処分によつてこれを行うべきではありません。若しもこれを行政機関に委ねるとするならば、それは言うまでもなく憲法違反であります。勿論三権分立とは申しましても、チエツク・アンド・バランスのシテムであります。従つて行政権が立法権の一部を行うことが認められるし、又立法権が行政権、裁判権の一部を行うことも認められるし、又裁判権が立法権の一部を行うことも認められます。例えば裁判所の憲法審査権のごときはその例であります。或いは又裁判所の行なつた判決に基くところの刑の執行に対しまして、行政権がこれに対して何らかの制限を加えることも認められております。併しながら例えば行政機関が立法権に代つて基本的な権利を抑制するというようなことは、到底認められるものではありません。それ故に基本的の権利の制限に関する制裁は、飽くまでも裁判所が行うべきものであるとするのが民主主義の原則なのであります。
 更に暴力主義的な活動を行なつた団体に対する公安審査委員会の決定につきましては、こういう事実を我々は見逃すわけには参りません。一つは公安調査庁長官の解散の処分の請求が理由がないと認めたときでも、その団体が原案の第四條第一項の規定に該当するときは、その処分を行う決定をしなければならないということを規定したことであります。もう一つは公安審査委員会の決定に対しては、行政事件訴訟特例法によりまして裁判所にその取消、又は変更の訴えを出すことができることになつております。併しながらその訴えを提起いたしましても、総理大臣の異議により、裁判所はその執行停止の決定をなし得ない事実を我々は無視することができないのであります。こういうように、もともと裁判所が行うべきところの基本的権利の制限に関するところの規制を行政機関が行い、而もその行うところの行政機関に、今申上げたような極めて重大なる問題を蔵しておる場合に当りまして、我々としては到底これを認めることはできない。而もなおこの点に関しまして、公安調査官によるところの、法律によるところの規制のための調査権というものも、我々としては十分注意しなければなりません。法案によりまするというと、この調査権は極めて広汎に亘つております。例えば証拠書類の閲覧であるとか、或いは警察との情報交換であるとか、或いは公安調査官の立会であるとか等々の規定がこの中に含まれているのであります。つまりこの調査権によりましてその調査を行われるところの団体は、常にその自由を窒息せしめられるのではないか。その言論の、集会結社の、或いは出版の自由を規制されるのではないかという恐怖におびえざるを得ないのであります。この点から見まして、我々はこの法案の団体の規制は、極めて不当であるということを申さなければなりません。
 さて私は最後に締めくくりといたしまして、一体法律というものは一度制定されるならば、それは如何に悪法でもこれを守らなければならんというところに大きな意義があると思います。それから更に法律自身は、これを運用するのは人でありまするが、併し一度制定されるならば、法律自身はみずからの軌道を歩むものだ。人をしてその軌道の上に置いて、人を駆使する結果になるのだ。こういうことを私は先ず第一に結論として申上げなければならんと思います。
 それからもう一つは、一体輿論の反対がごうごうとして起つておる。各界各層の有識者は勿論であります。すべての国民がこれを悪法として反対しておるにもかかわらず、政府は何のためにこの反対を押切つて、この法案を遮二無二通そうとしているのであるかということを考えてみたいと思うのであります。昨年の九月サンフランシスコにおいて二つの條約が調印された。更に本年に入りまして行政協定が結ばれたのでありまするが、この二つの條約、行政協定の調印によりまして、日本の一方への隷属化、従つて戰争への準備が開始されたのであります。従つてそのためには政治を反動化し、一切の産業を挙げていわゆる日米経済協力の線に沿いまして、これを軍需工業化し、或いは下請工場化するということが着々と行われているのであります。そのためには一切の国民の眼を蔽わなければなりません。口に蓋をしなければなりません。曾つての治定維持法の果した役割りを、今日この破壊活動防止法が恐らく果すであろうという予想の上に政府が立つているということは、今更申上げるまでもないだろうと思う。私は一九三一年から三三年にかけてのかのブリユーニング内閣時代のドイツ、そしてヒツトラーが政権を取つて三五年まで、つまり授権法が制定されるまでの間のあのドイツの政治過程を今思い起すのであります。ブリユーニング内閣が大統領令によつて、いわゆる緊急政令によりまして、次々と基本的な権利を制圧して行つたこと、更にヒツトラーが政権を取りますと、すぐであります。例の国会議事堂の燒打ち事件を理由に、共産党を非合法化し、更に延いては社会民主党をまで禁圧し、更に労働組合を国民労働戰線に編成替えいたしまして、あらゆる口、眼を閉じてしまつたのであります。そしてその結果はどうなつたでありましよう。私はかのドイツが今から二十何年か前に辿つたあの恐ろしい道を今、日本において歩もうとするならば、我々は何のために終戦後あの民主主義の道を歩き出したかということに疑いを持たざるを得ない。我々は再び又、戦前のあのフアシズム、反動政治を繰り返すでありましよう。破防法はその役割りを演ずるものでありましよう。私は良識ある議員諸君の慎重なる御考慮を煩わしたいと思うのであります。(拍手)
○議長(佐藤尚武君) 須藤五郎君。
   〔須藤五郎君登壇、拍手〕
○須藤五郎君 私は日本共産党を代表して、只今上程された軍事植民地的法案、破防法並びに他の二法案に対し、断固反対するものであります。
 先ず第一、この法案の性格でありますが、如何に政府の代弁者どもが陳弁これ努めても、講和條約、安保條約、行政協定と一連の関係にあり、占領下における団規法の延長であり、政令第三百二十五号の拡大強化であることは誰しも認めるところであります。講和條約とは何ら関係なしと言いつつも、衆議院に提出された原案の附則には、明らかにこの法案の効力発生を講和條約の効力発生の日と明示している点から推測し、団規法及び三百二十五号の延長強化であることは明瞭であります。即ちこの法案はアメリカ植民地政策の所産というべきものであり、狼どもが羊の自由を抑圧せんとして計画したるところの残酷無慈悲なる植民地的法案であります。この法案の審議の過程において法務総裁は、ソ同盟や中華人民共和国の反革命法を引合いに出し、破防法の正当性を主張せんと努められましたが、これこそ政府の無恥と反動性を遺憾なく暴露したものと言うべきであります。人類歴史の進展の途上において旧秩序に対し新秩序を打ち立てんとする人民の意思の高まるところ、必ずそこには革命鬪争が起るのであります。前者がその支配を維持せんとして暴力的権力を以て後者を彈圧せんとするならば、必然そこにはいわゆる暴力革命が起るのであります。このことは好むと好まざるとにかかわらず歴史の教えるところであります。即ち反革命法は、この人類の進展を逆転せしめんと企てる者に対する法であり、この破防法は、人類の歴史を進展させんとする者を彈圧するところの反動法であります。(「その通り」と呼ぶ者あり)およそその性格は白と黒、全く正反対のものであります。反革命法は多数人民の利益を守るための法であり、破防法は帝国主義者の利益を守り、多数人民を抑圧するところの法案であります。それでは何が故に今日この立法が急がれているのか。かの悪法治安維持法が消滅してから僅か六年、今又ここにそれに輪をかけたような悪法が生まれようとしているのはなぜか。我々はポツダム宣言の受諾によつて降伏したのであります。故にポ宣言の完全実施を要求するのは我々の権利であり義務であります。(「その通りだ」と呼ぶ者あり)ところが、果してポ宣言は今日完全に実施されたと言えるだろうか、そうでありません。およそその精神とは逆行しているのが真の姿ではありませんか。ここに人民の憤激の根源があり、ここに人民反撃の原因があります。ポ宣言は我々に何を約束したか。植民地たれと約束したでしようか。第十條には「吾等ハ日本人ヲ民族トシテ奴隷化セントシ又ハ国民トシテ滅亡セシメントスルノ意図ヲ有スルモノニ非ザルモ吾等ノ俘虜ヲ虐待セル者ヲ含ム一切ノ戰争犯罪人ニ対シテハ嚴重ナル処罰ヲ加ヘラルべシ日本国政府ハ日本国国民ノ間ニ於ケル民主主義的傾向ノ復活強化ニ対スル一切ノ障礙ヲ除去スベシ、言論、宗教及思想ノ自由並ニ基本的人権ノ尊重ハ確立セラルベシ」とあり、第十一條には「日本国ハ其ノ経済ヲ支持シ且公正ナル実物賠償ノ取立ヲ可能ナラシムルガ如キ産業ヲ維持スルコトヲ許サルベシ但シ日本国ヲシテ戰争ノ為再軍備ヲ為スコトヲ得シムルガ如キ産業ハコノ限りニ在ラズ右目的ノ為原料ノ入手ヲ許サルベシ日本国ハ将来世界貿易関係ヘノ参加ヲ許サルベシ」とあります。ところが現実はどうだろう。我々の頭上に自由の太陽が輝いているであろうか。平和と独立は守られているであろうか。自由も平和も独立も、今や帝国主義者とその番犬どもによつて我々国民の手から奪い去られんとしているではないか。国民をアメリカ帝国主義の奴隷として売渡し、侵略戦争に駆り立てようとしているのは誰か。戦犯釈放を急ぐ半面、祖国の独立を叫び勇敢に鬪う愛国者を投獄しているのは誰か。世界との自由なる貿易を阻み、日本経済をして混乱せしめているのは誰か。政府は今日この残酷無比なる破防法を作り、国民運動を取締ろうとしているが、国民はこの帝国主義と鬪うために、祖国の独立を我々の手に取返すために、失われんとしつつある自由と平和とを守り拔かんための鬪いに立ち上つたのであります。(「その通りだ」と呼ぶ者あり)これは国民の避けがたい鬪いであるばかりでなく、国民に負わされたところの義務であります。ポ宣言の精神に反し、植民地的傭兵としての再軍備は強要され、予備隊の仮面の下に着々とその戰力は増強されている。そのために国民は重税を以て締め上げられ、その生活を破壊から守るため反税鬪争に立ち上つているのであります。この切実なる鬪争に対しピストルと棍棒を以て彈圧しているのは誰か。再軍備を押進めるのみならず、全機構を挙げて進んでアメリカの兵器廠たらしめんとしているのは誰か。平和を守るべきにもかかわらず、隣邦朝鮮の内乱を天佑と喜び、特需によるぼろ儲けを着服しているのは君たち一塊の独占資本家どもではないか。帝国主義者の野望を充たし、独占資本家どもの私腹をこやすために労働者は植民地的二重搾取に苦しまねばならない。下丸子東重工業を見るがよい。そこでは工場内に武装アメリカ兵約三百名、武装日本人監視員約三百名が散弾銃と棍棒、アメリカ式鉄兜で武装、監視を行なつており、これと職制が、労働者五人に一人の割で監視しているのであります。職場で三人以上話をすると尾行がつき、職場新聞すら読ませず、出動、退勤時には嚴重な身体検査を受け、捕虜同然に両手を挙げて弁当箱の中身まで調べられる有様であります。ここのみではありません。このような米軍管理工場は去る一月二十八日当本会議におきまして、同僚山花議員が明らかにしましたように、関東だけでも十六の代表的大工場が指定され、五万人の日本労働者が奴隷的労働條件の下に苦しんでいるのであります。同僚諸君、これでも日本の労働者と言い得るだろうか。この姿は曾つて日本帝国主義の下における満州人労働者の姿であり、朝鮮人労働者の姿であります。(「そうだそうだ」と呼ぶ者あり)この暴圧に対し労働者諸君が鬪争に立ち上るのは当然ではないか。農民諸君はどうだろう。農地改革によつて糠喜びをしたのはほんの一瞬である。今日の農民の姿を見るがよい。粒々辛苦の米は生産費を割つた安値で強権供出を命ぜられ、重税のためには東北地方にはすでに娘売りが始まつている。又何物にも代え難い祖先伝来の農耕地や山林はアメリカ駐留軍や警察予備隊の演習地として二束三文の値段で取上げられ、又実習のため無断にも踏み荒らされているのではありませんか。最近のニユース映画を見るがよい。この哀れな植民地的風景を如実に物語つているのであります。山形県においては、小学校の授業中その屋根の上を砲彈の飛んで行くのを諸君はどう見るのか、六月二十日東京朝日の夕刊は、演習地問題と農漁村の題名で現地報告を詳しく伝えております。九十九里浜の漁民はアメリカ軍か五年前から土曜日、日曜日の両日を除き、毎日どかんどかんと実彈射撃をやるために鰯がすつかり獲れなくなり、この被害は一昨年だけで二億八千七百万円に上り、今や全く死せる海と化してしまつたのである。が、この四年間に拂われた補償金は合計一億七千万円余りであり、一人平均年に二千円の涙金にしか過ぎないのであります。これでどうして生活がやつて行けるだろうか。曾て私の友人映画監督の亀井文夫が富士山に関する科学映画を作り、富士山が風化作用によつて少しずつ低くなつて行くと主張したところ、憲兵隊に呼び出され、お前は日本のシンボルである富士山がだんだん低くなつて行くと言うが、それは日本が滅亡して行くということを表現せんとしているのだろうと言つて、ひどい目に会つたことがありますが、今日この日本のシンボル富士山は一体どんなことになつておるでしようか。(「そうだ」「どうだ自由党」と呼ぶ者あり)アメリカ軍の演習地となり、戰車と大砲で荒し廻され、地元民から今度は我らの富士山を返せの鬪争が起きておるではありませんか。農村漁村においてその国土を守り、生活を守るために激しい鬪いの起りつつあるのは当然である。青年学徒諸君が脅かされつつある平和を守るために、将来受継ぐべき祖国の独立を希求して戰争反対、再軍備反対の鬪争に立ち上るのは当然ではないか。今日祖国を愛する者は男子たると女子たるとを問わず、祖国の独立を求めて立ち上るべきである。宗教家は愛と平和を叫び、学者、芸術家は真理の探求と新らしき社会の建設を求めて、今やすべてのものが植民地的政策に反抗し、自由、平和、独立のために立ち上つたのであります。
 このために恐れをなした吉田政府はあわててこの破防法を出して来たのであります。憲法を蹂躪してまで一切の自由と国民的権利を剥奪せんとしておるのもこの恐怖からであります。併し、この弾圧はこれから始まるものではない。血の弾圧はすでにもう始まつているのであります。今年五月一日の人民広場における事件、続いて五月三十日の事件を見るがよい。裁判所が人民広場の使用を合法と認めていたにもかかわらず、飽くまでも横車を押さんとする政府は、堂々と行進した労働者の隊列に対し催涙弾を投じ、ピストルの狙い撃ちをやつたのであります。而もその隊列の中に多数のスパイを侵入せしめ挑発行為をなさしめたのであります。これはまさに悪法破防法提出を合理化せんとする卑しき破廉恥極まる謀略であります。(「その通り」と呼ぶ者あり)が、人民の怒りの余りに大きかつたためにその恐怖心を深めたのも彼たちであります。
 諸君、戰前といえども警官が拔劔して国民に斬りかかるというようなことはなかつたのであります。米騒動のきでさえ、今日のごときことはなかつたのであります。ところが今日はどうか、警官のピストルのために国民がやすやすとその生命を奪われておるのであります。このことは何を物語つておるのでありましようか。我々日本人が初めて味うところの植民地の味であります。これが帝国主義者どもの植田地において常にやつて来たところの残虐行為であります。破防法はかかる残虐性を合理化せんため急ぎ立案されたところのものであります。
 韓国の国家公安法、バオダイ政権下のベトナムのそれを見るがよい。それはこの破防法と同じ性質の法案であります。即ちこの種の法案は退歩的な国にのみあるものであります。御丁寧にも今日、李承晩大統領は破防法が実施されたらこんなことになるぞとその見本を見せております。自己に不利益なる言動をなす者は、開会中にもかかわらず国会議員といえども逮捕し、国会を軍隊を以て包囲するごとき無法をあえてやつておるのであります。今日、日本の国会におきましても、学生、労働者の破防法反対の陳情に対し、鉄兜の棚を作り、これを阻止しているではありませんか、韓国と何ら異ならないのであります。(「どうだ民主クラブ」と呼ぶ者あり、笑声)憲法を超越したこのフアツシヨ法は国会議員でも、誰であろうが、政府に反対した者は皆縛り上げることができるのであります。そのためにこそ、天下の衆人皆声を揃うて、この法案に反対しておるのであります。四月十二日、四月十八日以来第三波、第四波に及ぶ数百万のゼネストは何を物語つておるのか。日本学術会議は圧倒的多数を以て反対決議をなし、全国の大学、高校はストライキを以てこれに抗議し、各大学の教授たちも殆んどが反対に立上つておるのであります。毎日々々国会に押し寄せるあらゆる階層の反対陳情を政府はどう見ているか。公益のために立法すると言つておるが、新聞の輿論、あらゆる文化団体は口を揃えて反対を唱え、又婦人矯風会を初め、婦人団体も皆これに反対しておるのであります。
 今全国民は、大いなる不安と怒りに燃えて反対鬪争に立上つておるのであります。(「そうだ」と呼ぶ者あり)政府の耳には、この人民の怨嗟の声が聞えないのでしようか。人民は決してみずから好んで暴力を揮うものではありません。併し一たび怒りを発して行動を起すや、それは大河の行くがごときものであります。何ものといえどもこれを阻み止めることのできないものであります。「若し国民がその政府に倦きた場合は、彼らはその政府を改造する権利又はこれを廃止し、或いは打倒する革命的権利を行使することができる」とリンカーンも言つておりますが、祖国の独立と自由を求めて、反帝国主義、打倒吉田政府のために立上つた愛国勢力を、こんな一片の法案ごときで押しとどめ、抑圧することができると考えるならば、それはまさに痴人の夢と言うべきであります。(「木村法務総裁どうだ」と呼ぶ者あり、笑声)政府はいさぎよく人民反撃の前に屈服し、みずからの非を悟り、この法案を撤回し、総辞職すべきであります。
 然るに政府並びに與党は今日何をやろうとしているか。全国民の反対を反映して、委員会において否決されたる廃棄にも等しき中山修正案を、恥知らずにも当本会議に提案し、来る総選挙における政府の失政に対する攻撃、反政府的言動を彈圧せんと企てておるのであります。(「選挙対策だ」と呼ぶ者あり)昨日吉田総理は、破防法に反対する者は扇動者だと言つた。このような政治感覚によつて破防法が行使されるとするならば、どんな結果が生ずるでしようか。まさに恐怖政治、暗黒政治と言うべきであります。併し諸君、亡ぶべきものはドルの扇を以つて招いてみたところでどうにもなるものではありません。我々は、かかる野望を断固として粉砕するでありましよう。
 我が日本共産党は、原案、修正案共に、かかる反人民的、反民族的法案に対しては、大いなる怒りを以て反対するものであります。(拍手)
○議長(佐藤尚武君) 高田なほ子君。
   〔高田なほ子君登壇、拍手〕
○高田なほ子君 私は、日本社会党第四控室を代表いたしまして、政府原三案並びに中山、岡部修正案、両案に対しまして、反対の討論をされました吉田法晴氏に続きまして、特に母の立場から、この両案に対して反対の討論を試みるものでございます。
 破防法上程以来、日本の学者を中心として組織されました学術会議並びに文化団体、そうして全国の各大学、高等学校、更に総評を中心とする四百万の組織を持つ労働者、これらの大きな国民各層に亘つた国民の声は、遂に総評を中心として第三波の抗議ストを以て本案の撤回を迫つたのでございます。更に日本全国五十万の教職員は、国家権力の下にあつたとは言いながら、無反省に惜しい人たちを人間彈丸として戰場に送つた厳しい過去の反省の上に立つて、再びかかる暗黒を成長する子等の上に投げかけることを憂えまして、この破防法の阻止に対して立上りました。とりわけてここに私が取上げたいことは、長い封建の鎖の中で政治から遮断されて、本当に政治の面に暗いであろうと思われる婦人層が、実にこの反対鬪争に果敢に立ち上つたということは、日本の民主主義を擁護するために、如何に婦人が熾烈な熱意を持つておるかということを十分に考えてみなければならないと思うのでございます。(「そうだ」と呼ぶ者あり、拍手)わけて緑風会におかれまして、宮城タマヨ氏は、あらゆる困難の中で、最後まで本法案の最もキイ・ポイントを握る点を断じて讓らなかつたというこの事実は、一体何を物語つておるかということを率直に我々は批判しなければならないと考えるものでございます。(「そうだ」と呼ぶ者あり、拍手)
 然るに一昨日の本会議におきましては、改進党の一松議員、曾つて鬼検事の令名を馳せたといわれる一松議員は、(笑声)深い体験を傾倒されて、條理を盡して本法案に対して行き過ぎを指摘され、これを強行するならば、日本の民主化は根本から崩壊するであろうということを断ぜられました。更に我が党の議員も、又野党の議員も続いて同様の点を痛烈に指摘されたのに対しまして、吉田首相は、行き過ぎでも何でも本案は通過させるのだと答え、そうしてこれに反対する者は暴力扇動であると、実に政治的常套語として最も便利に使われる赤のレツテルを貼りかねまじき、誠に危險千万な御答弁をされたのであります。(「そうだ」と呼ぶ者あり)而もこの破防法を実施することによつて、我が国の治安維持はまさに完璧であると豪語されましたが、心ある者をしてまさに膚に粟を生ずるの思いをさせられたのは私一人ではございませんでしよう。(「そうだ」と呼ぶ者あり)
 なぜかくも強引に本法の通過を意図しなければならないのでしようか。私どもも又現状の多くの暴力行為を認め、この暴力行為に対しては心から反対の立場をとるものであります。併しながらこれを取締るために、刑法或いは暴力行為等取締法もありますが、これらを飛び越えて、なぜ社会の多くの疑惑を解くことなく、理不盡な強行をあえてしなければならないのでしよう。この緊急必要性の分析こそは、本案の陰惨な性格を解く幾多の鍵が秘められておると考えられるのでございます。
 そもそも独立と自由を看板にして結ばれました講和、安保両條約並びに行政協定の締結によりまして、殆んど国民の知らぬ間に、二つの対立する世界の一方の陣営に日本が加わり、相対する戰争態勢の中にみずから捲き込まれ、全国民が希つてやまない平和と、その道であるところの全面講和とは、およそ反対の方向に走り、アメリカのアジア防衛政策の一環として、みずから社会秩序の急激な変更を余儀なくされたもので、この具体的方法が即ち反共強行の様相を示して来たのでございましよう。共産主義が思想である限り、ここに思想取締の方途がとられるのは極めて自明の理でありまして、言論、思想或いは集会の自由を保障する憲法を守るということ以前の問題になつて来たのだということを、先ず私は指摘しなければならないのでございます。
 第二の理由として、吉田内閣の秘密外交、軟弱外交によつて著しく日本の自主性が喪失されているにかかわらず、講和條約によつて得る日本の権利のみを過大に宣伝しアジア防衛線の一環として負わなければならない日本の義務負担の面については、国民はその殆んどを知らされず、ただ知らされたものは、生活の窮乏と文化の頽廃と、そうして真空理論と警察予備隊という言葉ぐらいのものでございましよう。このことは、昭和二十七年度の国家予算と、本国会に提出されました行政協定に基く国内立法のその殆んどが、独立国家としての対等な権利を保つものではなくして、余りにも情ない片務的な内容を持つたものであるということが、雄弁にこの事実を物語つているではないでしようか。即ち政治の実態を見極めたときに、心あるものが考えさせられることは、これを改めなければならんという一つの革新的な気分の抬頭でございます。現状維持を願う勢力にとつては、このことは最も恐ろしい力となるわけでありますが、この反対勢力を抑制する手段として選ばれるのが即ち政治警察の誕生であり、これに起因するところのスパイ政策の抬頭でございます。法三十七條第三項については、我が党の和田委員並びに吉田委員から痛烈に委員会において指摘せられたのも、実にこのスパイ政策の抬頭に対する一つの警告であつたと言わなければなりません。今日の学生と警官の衝突事件は、このスパイ政策抬頭の最も代表的な姿でありまして、天野文相の言われるごとくに、学生はプライドを持つているから傲慢になり、警官は自覚はしないが、これに対する妬みの感情を持つているから相対立するのだ。戰後権力の崩壊によつて、権力に対する信頼を失つて、学生は理論的研究をすることなくして直接行動にのみ走つているのだと、まるで学生諸君に対して、角帽をかぶつた無頼漢のような見方をされているのでありますが、勿論多くの学生の中には、こういうようなかたも幾人かはいられるかとは思われますけれども、
   〔議長退席、副議長着席〕
余りにも学生の動きに対して冷酷な批判をされておると思うのでありますが、問題はそんなところにあるのではなくして、社会の腐敗、政治の堕落に対して、若人の持つ純粋な正義感は、常によい社会を作ろうとする一つの動きを示すものであつて、この動きの中に一つの科学的理論が述べられたときに、学生としては当然共鳴することになるでしようが、この理論と行動を割切らせるためには、時と人と、そうしてマルクス理論に対決し得るだけの指導的な対策が用意されなければなりません。然るに学生の行動のみを現象的に捉えて、こういう運動を、これをことごとく特定なものに扇動されておるのだ。この扇動者を摘発しなければならないというようなところにのみ急である場合、ここに起つて来る危険性は、学問の自由に対する抑圧である。学園の自治に対する侵害の形でございます。一片の通牒や、納得のできない威圧的な対策では、むしろこれらの混乱を内攻させる以外の何ものも効果を持つていないということを私は断言してはばからない。(拍手)
 およそ人類社会の発展の歴史は、この新らしい勢力と古い勢力の相剋の中に約束されるものであつて、この間の巧みなコントロールこそ、デモクラシーとフアシズムの分岐点となることは、幾多の歴史の証明しておることは、前発言者の通りでございます。即ち破防法制定は、この二つの道を決定する大いなる世紀の鍵であるという建前の上に立つて、この法案について、つらつら考えてみますれば、幾多の議員から本法案の行き過ぎと誤謬が痛烈に指摘されておるごとくに、法自体の欠陷を勿論持つておるわけではありますけれども、これはむしろ本案の欠陷ではなくして、まさに拡大解釈によつて、言うところの一網打盡を狙わんとする法自体の性格であつて、この性格それ自体が、以上述べた二つの緊急必要性に対応する政府の施策そのものでございます。(拍手)ここでゆくりなくも想起されますことは、フアツシヨ・イタリア、ナチス・ドイツと反共の線で手を組み、治安維持法によつて、反政府と思われる一切の言論、思想、集会を彈圧して、無事の国民を牢屋にぶち込んで、戰争への道に駆りたてた陰惨な東條内閣の面影を私は思い出すのでございます。勿論暴力を取締ることは、これは当然必要ではございましようが、公共の福祉の美名に隠れて、彈圧的な治安対策が臨むがごときは、その最も拙劣なる方法であつて、火炎ビンを放る者のみを責める資格は断じて政府はないということを私はここで考えたいのであります。(「そうだ」と呼ぶ者あり)
 人間が生きておる限り、而も考える動物である限り、暴力発生の原因の除去に当ることこそ、治安維持の緊急且つ必要な対策でなければなりません。過日杉並区に住む一人の母親が、その貧しさの故に、子供を臨海学校にやるお金がないということが原因で、三人の子供を毒殺しかかりました。昨日杉並区の先生から、三人のうちの一人の子供さんが遂に死んでしまつた、何とか母親と子供を助ける手はないものかという御相談を受けました。こういうような具体的な問題は、全国に転がつておるのであつて、これは一つの破壊活動の変つた形であると思います。二十万、三十万を超えると言われるあの夥しいパンパンの群も、又一つの破壊活動の様相でございましよう。更に百二十万の未就学兒童の姿は、誠に恐べるき破壊活動の変形と言うべきものであつて、社会の真底から沸々と燃え上りつつあるこの見えない破壊活動に対してこそ、本物の破防法を制定して、民生の安定を図るべきことは誠に緊急必要な問題であつて、只今上程されている破防法は、防止法ではなくして、むしろこれらの見地から見たときに破壊法と呼ばるべき性質のものであると思うのであります。(拍手)即ちこの破壊法によつて失われるものは最も重要な基本的な民主主義の原則であります。特に私はここに指摘したいことは、戰後婦人は民主主義の原則に基きまして参政権を行使いたしましてから六年、併しながら過去の愚民政策と婦人蔑視の旧道徳との二重の枠の中で、婦人は殆んど無智に近い状態に追い込まれ、日本の政治水準の低下を来たし、そして暗黒政治の遠い要因を作つているのでございます。戰後の民主主義コースの中で、漸く婦人たちは自己に目覚め、社会人としての重要な自覚を高めつつあるのは、話せばわかるという言葉の通り、解放された言論の中に成長された婦人の姿でございます。更に各労働組合において広汎な婦人部が組織せられ、国辱とも言われる日本の婦人労働條件が逐次向上し、この鬪いの過程において多くの婦人たちが基本的人権と民主主義に目覚めつつあるのに、よしない本法の運営によつて言論の抑圧が行われるならば、更に指摘されたごとく低劣な調査官の行き過ぎが行われることになるとするならば、一瞬にして婦人は石のごとく黙し、
   〔副議長退席、議長着席〕
再び過去の盲目な状態に追い込まれる危険性を多分に孕むものであつて、まさにこれこそ民主主義の自殺と申さなければなりません。
 最後に私、言葉を大にして申上げたいことは、オーストリアのハンステーリング博士が、「人類の将来五十年後の世界」に関する論文を発表しておるでありますが、御承知のごとくハンステーリング博士は、デス・サンドと呼ばれる、いわゆる原子兵器の中で最も進歩したと言える死の砂という、空中に放射線を撒き散らし、大量に生物を殺戮し破壞する原子兵器の最大の世的な権威者でございますが、この原子兵器の理論的な権威者であります博士は、科学者の行動について次のようなことを述べておられるのでございますが、「科学者は、人間の政治的、精神的発展を害わないように育てて行く義務がある。而して十九世紀の戰争は、十箇師団の陸軍の攻撃を受けた場合には五十箇師団の陸軍でこれを防ぐことは可能である。更に十マイル砲の攻撃に対しては二十マイル砲を以てこれを守ることができるだろう。併し来るべき世代の戦争は、百箇の原子爆彈に対して五百箇の原子爆彈を備えたとしても、それは一箇の価値もないどころか、ただこれによつて保証されるのは驚くべき破壊のみである」と申しております。更に言葉を次いで、「この驚くべき破壊の下で保証されるものは、勝利でもなければ防衛でもない。ただこの恐ろしい破壊を回避し得る一つの途は、人間の常識を叡智まで高めることにあるのだ。間違つた教育や政治的偏見に引摺られて、世界という舞台の上で演ぜられる気違いじみた芝居のエキストラに人間を断じてしてはならない、正しい人間関係を理解し得る知識と、人間の価値を判定し得る意思を持つた、正常で健康な人々によつてのみ戰争は回避し得る」と結んでいるのでありますが、曾つて封建社会のエキストラとして、多くの子供たちを、多くの夫を戦争に捧げた日本の婦人たちは、平和を愛するが故にこそ、この権力政治を誘発せんとする破防法によつて一切の言論の自由を強圧し、思想を彈圧して、全くフアシズムに導き、人間をエキストラにさせる危険性を持つているところのこの両法案に対しては、心の底から撤回を要求いたしまして、反対の討論を終るものであります。(拍手)
○議長(佐藤尚武君) カニエ邦彦君。
   〔カニエ邦彦君登壇、拍手〕
○カニエ邦彦君 私は社会党第二控室を代表いたしまして、只今上程になりました破壊活動防止法案、公安調査庁設置法案、公安審査委員会設置法案等の三案並びにこれに対する修正案に対して反対するものであります。
 政府は、先に二十七年度予算の編成に当りまして、国民の貧苦を無視したところの再軍備への予算を作成したのであります。講和関係費は、現在の国民生活水準から見てすでにその限度に達しており、これ以上の負担に堪えられないにもかかわらず、政府のいわゆる治安、自衛力の漸増強化によつて更に増大する可能性が強く、防衛関係費等の不生産費の増大に伴いまして、国民生活の不安も又増大する現状でございます。即ち戰争への道は同時に国民生活の不安の道である。この不安を目前に控えて、必ず必然的に起るものが国民大衆の生活安定への所願であります。そうしてこれに対するところの焦りであります。
 今回の政府提案によるこの三法案を見まするに、政府は法律さえ作れば社会秩序、治安維持は確保ができ得ると考えているし、又断圧のみによつて解決しようと考えているようであります。如何なる法律を作りましようとも、国民生活の安定がなくしては治安は絶対に保たれません。(拍手)この法案の狙いは、破壊活動分子の規制にあると言つていますが、法律のみによつて治安の確保を図るということはおよそ馬鹿げたことでありまして、世の中に馬鹿につける薬はないといいますが、この法案が、まさにこのことを現わしていると思うのであります。(拍手)真に革命運動をなさんとする者は、これは命がけでやつておるのであります。従つて給料で雇われておる政府の役人の細にかかる阿呆は一人もおりません。最近の結審局のあの例を皆さん見ても明らかでございましよう。年に何億という予算を計上いたしまして、そうして地下活動分子を検挙すると言つておるが、地下の前衛の連中は未だに検束すらし得ない実情にある。而も特審局のやつておることは、過去における特高警察がやつておると同じく、国民の血税を何億と湯水のごとくに使い、その使途の大半が情報の收集に使つておると言つておる。その集收は殆んどはあとの祭りである。これでは全く、言い換えれば何億の国民の血税を支拂つて、月遅れの雑誌を買つておるようなものである。(拍手、「うまいぞ」と呼ぶ者あり)かような馬鹿げたことをやつておつて、そうしてまだその上に性懲りもなしに今度は破防法と銘打つて、如何にもこの法律さえあれば治安が確保できると思つている、吉田総理を初めとするところのこの一連の━━━━を国民は一体何と見るか。最近の政府の行政を君たちは見て知つているだろうか。(「その通り」「何を言うか」と呼ぶ者あり)
○議長(佐藤尚武君) カニエ君、言葉をお愼しみ下さい。
○カニエ邦彦君(続) 静かに聞きなさい。最近の政府の行政を諸君がたは見ておられるでしようか。あの電通の汚職はどうであるか。土木建築のあのふしだらな汚職はどうであるか。(「二重煙突」と呼ぶ者あり)予備隊事件、海上保安庁の汚職といわず、さては文部省の給食事件といわず、各種公団の泥棒といわず、厚生、農林といわず、遂にしまいには法務府、検察庁に至るまで収賄、汚職の続出だらけだ。(拍手、「そうだ」と呼ぶ者あり)どこを突つついてみても、膿だらけで腐つておる。会計検査院が私たち国会に報告しておりますあの批難の件数を見ても、二十一年度は百七十五件だ。二十二年度は三百八十六件に殖えた。二十三年度は又倍の六百二十三件に殖えた。今審議中の二十四年度は実に七百五十件に達しておる。この批難金額も実に八百十九億七千七百十四万円だ。而もこれは調査件数の三分の一であつてかかる現状である。仔細に調査をいたしまするなれば、直接、間接に国民の損失というものは実に年間二千億円に達するという現状に鑑みて、このふしだらな行為こそ、まさに国を亡ぼすところの破壊活動でなくして一体何であるか。(拍手、「汚職防止法案」と呼ぶ者あり)
 今や国民生活は戦争準備の重税の下に瀕死の重態に陷らんとしておる。かかる現状から起るであろうと予想されますところの国民大衆の不平、不満並びにこれらの世論を代表する新聞雑誌、その他のあらゆる言論機関を抑圧せんがために、今回の破防法を勤労大衆並びにあらゆる一切の機関が挙げて反対しておるにもかかわらず、多数を力と恃んで暴力的行為によつてでつち上げんとすることは、我が国有史以来の悪逆行為と断ぜざるを得ない。(拍手)政府はかかる悪法をでつち上げる前に、かような悪い法律を作る前になぜ国民生活の安定を考えないのか。(拍手、「考えられないのだよ」と呼ぶ者あり)思想の攻撃があるとすれば、なぜ確固たる信念の下に思想において戰わんのであるか。(「そんな力はないのだよ」と呼ぶ者あり)みずからの無能無策によつて生じたところの国民大衆への責任を棚に上げておいて、法律と彈圧において解決しようとは一体何事であるか。(拍手)
 私たちは道端で小犬の喧嘩を見ていても、虐げられて逃げ場を失つているところの犬を見れば、咄嗟に強いやつに向つて、石の一つも投げつけることは人情であり、心理でなければならん。ましてやこれが人間の場合であつたらどうであるか。然るにあの過去の治安維持法においてはこれらの突発的な、そうして心理的な行動に対してすらも、応援したとか或いはへちまだといつて引つくくつておるではないか。又過去の判決文の一例を見ても、主文に曰く、「やれやれ」と、たつた二言で懲役になつておるではないが。かようなことで国民が、善良なる国民が堪まると思うか。善良なる国民はこのために一歩々々と危険な区域に追いやつて行かれる。そうしてこういうことを考えてみまするなれば、如何にこの法律が惡法であるかということ、又人の行動に対する処罰の限界を、刑事政策の上から予備、陰謀を罰するのは、不当に犯罪構成要件を拡大するものとして、イエーリング、リスト、エム・エー・マイヤー等の刑事学者より血の叫びを以て反対されている。今日この予備、陰謀よりも遥かに遠ざかつておるところの、意義の限界が而もあいまいならざるを得ない扇動を罰するということは、逆行も甚だしく、まさに民主主義に対する反逆である。民主主義憲法の違反でなくして何であるか。かかるこの悪法こそは封建社会への逆戻りであり、刑事政策上の原始時代への逆行でなくして一体何でありましようか。大衆の圧力は彈圧によつてのみ解決するものではございません。彈圧すればするだけ相手は強くなるのであります。あらしが吹けば吹くほどその前衛は大地へ大地へと強く根を張つて行くことを知らんのであるか。かように考えてみまするならば、この法案は破壊活動の防止法案ではなく、私は破壊活動分子の製造法案と断言して憚らんのであります。(拍手)
 政府は今回この悪法をでつち上げな、ければ解散をしないと噂されているが、かかる国を挙げて議論の多い悪法につきましては、速かに本案を撤回し、国会の解散をなし、新しい国民、世論の支持を受けた内閣において出直すべきであります。(「そうだそうだ」と呼ぶ者あり)
 又聞くところによりますれば、本法律案と再軍備を推進するというこの二つの二大方針は、吉田総理がアメリカ政府と確約していることであつて、その成立は吉田総理の対外信用確保のための絶対要件なりと伝えられておる。又この破防法も、原文はアメリカ製であつて占領期間中に外務省で翻訳され、法務府に廻された原案を見たという人も多いようであります。日本政府は取締の対象が共産党その他の同調団体であるとはつきり規定しなかつたが、アメリカ側の意向では、アメリカの国内法そのまま、破壊活動防止という漠然たる規定となつた模様で、これについては一部識者の間で、こんな條文では日本の役人は取締ができない。英米の役人ならいざ知らず、日本の役人ではピントが狂つて、行き過ぎたり又何もしなかつたりする者が出て来て、これでは結局アメリカ側の指導によらなくてはならないにきまつている。従つてかような見解から考えてみますなれば、この法案は正に気違いに松明を持たせたようなものであつて、放火の取締どころじやない。却つてあすこやここに火事場騒ぎが起つて危険極まりもない結果となる。(拍手)我が国の自主性の回復された今日においても、なお占領治下と同じ考えであつてみたり、又吉田総理の対外面子のために、我々多数の国民がなぜ一体犠牲にならなくてはならないのか、我々の国会は吉田総理の出先機関では断じてございません。(「その通り」と呼ぶ者あり)我々は、この法律案は行政機関の独断専横を意味するものであつて、何となれば法律において拡大解釈をしてはならないと謳つておるが、拡大であるか拡小であるか、これを判断する者は行政機関そのものであつて、従つてこれに対する物差が明確となつていない。要するに政府の考え、方針に反する者は如何なる者といえども、破壊活動であると断定されなければならない結果となることは事実である。従つて政府の独断専横が意のままに行われます結果、いやしくも正常なる言論、出版、学問の自由は奪われ、正義は影をひそめ、新らしい社会文化の発展というものはなくなり、一歩一歩と退歩の道を辿るのみでありまして、ひとり時の権力に媚びるところの茶坊主のみが用いられ、延いては国を亡ぼす結果となることは火を見るよりも明らかではございませんか。例えば隣りの道楽息子に唆かされまして、そうして廓通いの味を覚え、芸者や舞妓にちやらほらされて、太鼓持の言いなり放題に遊び廻つて、いやしくも忠実なる近親者の言はこれを退け、調子に乘つてやつた挙句の果が財をなくし、家を亡ぼし、乞食となつてしまつたという、幾多の例があるのであります。我が国の現状はまさにその通り、反動吉田政権の手によつて、今まさに奈落のどん底に落ちようとしているのではございませんか。
 我々は真に政府が言うごとく、破壊のための破壊活動を防止するには毫も反対するものではない。併しながらこの法案では、肝腎の的が外れて、その他の必要なる言論、出版、集会、結社の自由が奪われ、その結果国民を戰争の渦中に引ずり込み、そうして悲惨のどん底に陷れ、戰争へ戰争への道を辿るのではないかと思うのであります。我が国の現状が破滅に瀕してからでは、すでに事は遅いのであります。この破防法の成否こそは、まさに我が国将来の興亡を左右するものであつて、今こそその岐路に立つていると思うのであります。国を憂うる同僚議員の良識ある一票によつてのみ、これが阻止できるのでありまして、特に緑風会諸君の一票こそはこの運命の鍵を握つておるものと私は思うのであります。従つて私は緑風会諸君に対し、現下の日本が自由と民主主義を育成できるかどうかという試錬期に立つておるという根本的な認識を画認識いたされまして、反対の一票を投ぜられんことを切にお願いする次第であります。最後に私は過去における私の体験を諸君に訴えたい。私は御承知のように生粋の労働者として、その半生を労働者大衆の解放のために血みどろの鬪いを続けて来たのであります。その目的は、ただひたすらに我々働らく者の生活安定のための鬪いでありまして、それは決してかの治安維持法のいうような国体の変革であるとか、又は私有財産制度否認のための鬪いではなく、これは今日においても変りがない私の考えであります。然るに彼ら保守反動の手先である当時の特高警察は、一体どういうことをやつておつたか。民主主義的な我々の演説会におきましても、ストライキにおきましても、又デモにおきましても、我々が働らく労働者のために、或いは働らく農民のためにと、しやべることすら彼らは阻止して来たではございませんか。或る時は、年に一度の合法的なあのメーデーに参加するに際しても、我々が集合地点に未だ着いていないにもかかわらず、無謀な検束をあえて行なつたではないか。(拍手)そうしてこれに対して抗弁でもしようものなら、寄つてたかつて殴る、蹴る、挙句の果てには人事不省で豚箱入りである。このような事実は、私自身が身を以て何回となく経験したことでありまして、かようなことは、私のみならず大勢の同志が、先輩が、又優れたる多くの言論界の人々や学者が、奴らの反動勢力の手にかかつて殺されて行つたことを思い起すときに、惡逆非道なる行為は、想像するだに身の毛のよだつ思いがするのでございます。これらの事柄は、あの治安維持法を彼らが勝手に拡大解釈して行われたものであつて、私自身が二十数年間体験して來たことであります。従つて何らこのことに対しては、疑うことのでき得ない事実でございます。而して今日において、これと全く同一であり、否これ以上の悪法である破防法が、今まさに施行されんとしておるのであります。政府は口を揃えまして、破防法の拡張解釈はしないと言つておりますが、四月二十五日の読売新聞を見ますると、最初これを立案いたしました、あの二重煙突で有名な大橋国務相は、(笑声)一度橋頭堡をさえここで作つておけば、あとはどうでもなると、こういうことを高言しておる。我々が最も恐れておるところの拡張解釈がすでに立案当初から仕組まれておつたということ、(「そうだ」と呼ぶ者あり、拍手)これこそ政府の真意であり、これが政府の本音であるのであります。彼らの拡張解釈によつて善良なるところの勤労者が、又々豚箱に放り込まれてしまうということ、働らく労働者階級のために、働らく農民のためにと、しやべることすらできない時代が再度目前に迫つて来ておるのであります。(拍手)又緑風会の修正案なるものを聞きますのに、特審局において作成されたものと言われておる。仮にそうでないといたしましても、木村法務総裁は、昨日この修正案は、政府の意図と何ら変化するものでないということを答弁されておる。実質的には何らこの修正案は変つていない。従つて真に緑風会がお作りになつたといたしますれば、昨日の伊藤君、一松君の質問に対しても、提案者たる中山君は答弁ができるはずである。何らこれに対して答弁ができないという事実、(「その通り」と呼ぶ者あり)おのれが無為無策を他に転嫁して、保身を図らんとするところのあの官僚政治の暴力に屈したこれは形ではないでありましようか。八千万国民の選良として良識ある同僚諸君は、官僚に教唆、扇動されてはならないのであります。(拍手)諸君の良識こそが破壊活動を防止するものではありませんか。ここにおいて私は世界にその比を見ないところの悪法であり、民主主義に対する至上の反逆法であり、国を破滅に陷れるような極悪極まりないこの野蛮立法に対しては、働らく勤労大衆の名において断固として反対の意を表明するものであります。(拍手)
 終りに臨みまして、本日この悪法が若し歎かわしくも通過するなれば、我々社会党は次期総選挙におきまして絶対多数の国民大衆の支持をかち得、我が党以外のあらゆる民主勢力をここに結集し、必ずやこの悪法破防法を叩きつぶすことをここに宣言する次第であります。(拍手、「自由党顔色なし」「元気でやれ」と呼ぶ者あり、その他発言する者多し、笑声)
○議長(佐藤尚武君) 只今のカニエ君の発言中に不穏当の語句がありました。議長はその取消しを望みます。(「そんなことはないよ」「何だ」「どこか言え」「指摘しろ」と呼ぶ者あり、その他発言する者多し)
○カニエ邦彦君 私は只今の発言中において不当と思うところはないと確信をしておりますが、議長において、なおあると思われるなれば、適当に処理をして頂いて結構であります。
○議長(佐藤尚武君) 議長において然らば適当に処置いたします。これにて討論は終局をいたしました。これより採決に入ります。先ず破壊活動防止法案の採決をいたします。中山福藏君外一名提出の修正案全部を先ず問題に供します。表決は記名投票を以て行います。中山福藏君外一名提出の修正案に賛成の諸君は白色票を、反対の諸君は青色票を、御登壇の上御投票を願います。氏名点呼を行います。議場の閉鎖を命じます。
   〔議場閉鎖〕
   〔参事氏名を点呼〕
   〔投票執行〕
○議長(佐藤尚武君) 投票漏れはございませんか……投票漏れないと認めます。これより開票いたします。投票を参事に計算させます。議場の開鎖を命じます。
   〔議場開鎖〕
   〔参事投票を計算〕
○議長(佐藤尚武君) 投票の結果を報告いたします。
 投票総数二百十一票、
 白色票百三十二票、
 青色票七十九票、
 よつて中山福藏君外一名提出の修正案は可決せられました。(拍手)
     ─────・─────
   〔参照〕
 賛成者(白色票)氏名 百三十二名
   藤森 眞治君  藤野 繁雄君
   早川 愼一君  波多野林一君
   野田 俊作君  西田 天香君
   中山 福藏君  徳川 宗敬君
   常岡 一郎君  田村 文吉君
   伊達源一郎君  館  哲二君
   竹下 豐次君  高橋龍太郎君
   高橋 道男君  高瀬荘太郎君
   高田  寛君  高木 正夫君
   杉山 昌作君  新谷寅三郎君
   島村 軍次君  西郷吉之助君
   小宮山常吉君  楠見 義男君
   木下 辰雄君  河井 彌八君
   加藤 正人君  片柳 眞吉君
   柏木 庫治君  加賀  操君
   小野  哲君  岡本 愛祐君
   岡部  常君  梅原 眞隆君
   伊藤 保平君  石黒 忠篤君
   飯島連次郎君  赤木 正雄君
   結城 安次君  山川 良一君
   村上 義一君  森 八三一君
   島津 忠彦君  岡田 信次君
   青山 正一君  中川 幸平君
   九鬼紋十郎君  大矢半次郎君
   郡  祐一君  廣瀬與兵衞君
   岡崎 真一君  楠瀬 常猪君
   加藤 武徳君  城  義臣君
   植竹 春彦君  山本 米治君
   古池 信三君  小杉 繁安君
   山縣 勝見君  石川 榮一君
   木村 守江君  西山 龜七君
   大谷 瑩潤君  一松 政二君
   深水 六郎君  仁田 竹一君
   草葉 隆圓君  徳川 頼貞君
   左藤 義詮君  大島 定吉君
   黒田 英雄君  小林 英三君
   中川 以良君  川村 松助君
   寺尾  豊君  溝口 三郎君
    三浦 辰雄君  堀越 儀郎君
    小野 義夫君  小串 清一君
    野田 卯一君  重宗 雄三君
   大野木秀次郎君  入交 太藏君
    宮田 重文君  西川甚五郎君
    宮本 邦彦君  平井 太郎君
    杉原 荒太君  田方  進君
    松本  昇君  秋山俊一郎君
    鈴木 直人君  石村 幸作君
    長谷山行毅君  高橋進太郎君
    石原幹市郎君  堀  末治君
    鈴木 恭一君  愛知 揆一君
    安井  謙君  平林 太一君
    長島 銀藏君  平沼彌太郎君
    竹中 七郎君  菊田 七平君
    溝淵 春次君  團  伊能君
    瀧井治三郎君 池田宇右衞門君
   前之園喜一郎君  駒井 藤平君
    林屋亀次郎君  油井賢太郎君
    北村 一男君  中山 壽彦君
    白波瀬米吉君  岩沢 忠恭君
    鈴木 強平君  木内 四郎君
    栗栖 赳夫君  西田 隆男君
    大屋 晋三君  泉山 三六君
    黒川 武雄君  横尾  龍君
    石坂 豊一君  境野 清雄君
    大隈 信幸君  木内キヤウ君
    谷口弥三郎君  稻垣平太郎君
    ―――――――――――――
  反対者(青色票)氏名  七十九名
    奥 むめお君  山本 勇造君
    宮城タマヨ君  成瀬 幡治君
    重盛 壽治君  門田 定藏君
    千葉  信君  三輪 貞治君
    小林 孝平君  三橋八次郎君
    若木 勝藏君  中田 吉雄君
    小酒井義男君  栗山 良夫君
    梅津 錦一君  三好  始君
    有馬 英二君  荒木正三郎君
    内村 清次君  羽生 三七君
    紅露 みつ君  石川 清一君
    松浦 定義君  松原 一彦君
    高田なほ子君  森崎  隆君
    吉田 法晴君  和田 博雄君
    山崎  恒君 深川榮左エ門君
    菊川 孝夫君  岡田 宗司君
    河崎 ナツ君  一松 定吉君
    櫻内 辰郎君  堀木 鎌三君
    岡村文四郎君 小笠原二三男君
    木下 源吾君  金子 洋文君
    野溝  勝君  須藤 五郎君
    岩間 正男君  兼岩 傳一君
    江田 三郎君  木村禧八郎君
    堀  眞琴君  水橋 藤作君
    鈴木 清一君  岩崎正三郎君
    大野 幸一君  上條 愛一君
    千田  正君  東   隆君
    田中  一君  山田 節男君
    齋  武雄君  羽仁 五郎君
    西園寺公一君  矢嶋 三義君
    村尾 重雄君  永井純一郎君
    吉川末次郎君  カニエ邦彦君
    島   清君  佐々木良作君
    小林 亦治君  松永 義雄君
    相馬 助治君  山下 義信君
    赤松 常子君  伊藤  修君
    三木 治朗君  棚橋 小虎君
    波多野 鼎君  原  虎一君
    曾祢  益君  松浦 清一君
    片岡 文重君
     ―――――・―――――
○議長(佐藤尚武君) 次に只今可決せられました修正部分を除いた原案、即ち衆議院送付案全部を問題に供します。表決は記名投票を以て行います。修正部分を除いた原案に賛成の諸君は白色票を、反対の諸君に青色票を、御登壇の上御投票を願います。氏名点呼を行います。議場の閉鎖を命じます。
   〔議場閉鎖〕
   〔参事氏名を点呼〕
   〔投票執行〕
○議長(佐藤尚武君) 投票漏れはございませんか、投票漏れないと認めます。これより開票いたします。投票を参事に計算させます。議場の開鎖を命じます。
   〔議場開鎖〕
   〔参事投票を計算〕
○議長(佐藤尚武君) 投票の結果を報告いたします。
 投票総数二百十二票、
 白色票百三十三票、(拍手)
 青色票七十九票、(拍手)
 修正部分を除いた原案は可決せられました。(拍手)
 よつて破壊活動防止法案は修正議決せられました。(拍手)
     ―――――・―――――
   〔参照〕
 賛成者(白色票)氏名 百三十三名
   藤森 眞治君  藤野 繁雄君
   早川 愼一君  波多野林一君
   野田 俊作君  西田 天香君
   中山 福藏君  徳川 宗敬君
   常岡 一郎君  田村 文吉君
   伊達源一郎君  館  哲二君
   竹下 豐次君  高橋龍太郎君
   高橋 道男君  高瀬荘太郎君
   高田  寛君  高木 正夫君
   杉山 昌作君  新谷寅三郎君
   島村 軍次君  西郷吉之助君
   小宮山常吉君  楠見 義男君
   木下 辰雄君  河井 彌八君
   加藤 正人君  片柳 眞吉君
   柏木 庫治君  加賀  操君
   小野  哲君  岡本 愛祐君
   岡部  常君  梅原 眞隆君
   伊藤 保平君  石黒 忠篤君
   飯島連次郎君  赤木 正雄君
   結城 安次君  山川 良一君
   村上 義一君  森 八三一君
   島津 忠彦君  上原 正吉君
   岡田 信次君  青山 正一君
   中川 幸平君  九鬼紋十郎君
   大矢半次郎君  郡  祐一君
   廣瀬與兵衞君  岡崎 真一君
   楠瀬 常猪君  加藤 武徳君
   城  義臣君  植竹 春彦君
   山本 米治君  古池 信三君
   小杉 繁安君  山縣 勝見君
   石川 榮一君  木村 守江君
   西山 龜七君  大谷 瑩潤君
   一松 政二君  深水 六郎君
   仁田 竹一君  草葉 隆圓君
   徳川 頼貞君  左藤 義詮君
   大島 定吉君  黒田 英雄君
   小林 英三君  中川 以良君
   川村 松助君  寺尾  豊君
   溝口 三郎君  三浦 辰雄君
   堀越 儀郎君  小野 義夫君
   小串 清一君  野田 卯一君
   重宗 雄三君 大野木秀次郎君
   入交 太藏君  宮田 重文君
   西川甚五郎君  宮本 邦彦君
   平井 太郎君  杉原 荒太君
   田方  進君  松本  昇君
   秋山俊一郎君  鈴木 直人君
   石村 幸作君  長谷山行毅君
   高橋進太郎君  石原幹市郎君
   堀  末治君  鈴木 恭一君
   愛知 揆一君  安井  謙君
   平林 太一君  長島 銀藏君
   平沼彌太郎君  竹中 七郎君
   菊田 七平君  溝淵 春次君
   團  伊能君  瀧井治三郎君
  池田宇右衞門君 前之園喜一郎君
   駒井 藤平君  林屋亀次郎君
   油井賢太郎君  北村 一男君
   中山 壽彦君  白波瀬米吉君
   岩沢 忠恭君  鈴木 強平君
   木内 四郎君  栗栖 赳夫君
   西田 隆男君  大屋 晋三君
   泉山 三六君  黒川 武雄君
   横尾  龍君  石坂 豊一君
   境野 清雄君  大隈 信幸君
   木内キヤウ君  谷口弥三郎君
   稻垣平太郎君
    ━━━━━━━━━━━━━
 反対者(青色票)氏名  七十九名
   奥 むめお君  山本 勇造君
   宮城タマヨ君  成瀬 幡治君
   重盛 壽治君  門田 定藏君
   千葉  信君  三輪 貞治君
   小林 孝平君  三橋八次郎君
   若木 勝藏君  中田 吉雄君
   小酒井義男君  栗山 良夫君
   梅津 錦一君  三好  始君
   有馬 英二君  荒木正三郎君
   内村 清次君  羽生 三七君
   紅露 みつ君  石川 清一君
   松浦 定義君  松原 一彦君
   高田なほ子君  森崎  隆君
   吉田 法晴君 深川榮左エ門君
   菊川 孝夫君  岡田 宗司君
   河崎 ナツ君  一松 定吉君
   櫻内 辰郎君  堀木 鎌三君
   岡村文四郎君 小笠原二三男君
   木下 源吾君  金子 洋文君
   野溝  勝君  須藤 五郎君
   岩間 正男君  兼岩 傳一君
   江田 三郎君  木村禧八郎君
   堀  眞琴君  水橋 藤作君
   鈴木 清一君  岩崎正三郎君
   大野 幸一君  上條 愛一君
   千田  正君  東   隆君
   田中  一君  山田 節男君
   齋  武雄君  羽仁 五郎君
   西園寺公一君  矢嶋 三義君
   村尾 重雄君  永井純一郎君
   吉川末次郎君  カニエ邦彦君
   島   清君  佐々木良作君
   小林 亦治君  松永 義雄君
   相馬 助治君  山下 義信君
   赤松 常子君  伊藤  修君
   三木 治朗君  棚橋 小虎君
   波多野 鼎君  原  虎一君
   曾祢  益君  松浦 清一君
   片岡 文重君
     ―――――・―――――
○議長(佐藤尚武君) 次に公安調査庁設置法案の採決をいたします。
 先ず中山福藏君外一名提出の修正案全部を問題に供します。中山福藏君外一名提出の修正案に賛成の諸君の起立を求めます。
   〔賛成者起立〕
○議長(佐藤尚武君) 過半数と認めます。
 よつて中山福藏君外一名提出の修正案は可決せられました。(拍手)
     ―――――・―――――
○議長(佐藤尚武君) 次に、只今可決せられました修正部分を除いた原案、即ち衆議院送付案全部を問題に供します。修正部分を除いた原案に賛成の諸君の起立を求めます。
   〔賛成者起立〕
○議長(佐藤尚武君) 過半数と認めます。修正部分を除いた原案は可決せられました。
 よつて公安調査庁設置法案は修正議決せられました。(拍手)
     ―――――・―――――
○議長(佐藤尚武君) 次に、公安審査委員会設置法案の採決をいたします。
 先ず中山福藏君外一名提出の修正案全部を問題に供します。中山福藏君外一名提出の修正案に賛成の諸君の起立を求めます。
   〔賛成者起立〕
○議長(佐藤尚武君) 過半数と認めます。
 よつて中山福藏君外一名提出の修正案は可決せられました。
     ―――――・―――――
○議長(佐藤尚武君) 次に、只今可決せられました修正部分を除いた原案、即ち衆議院送付案全部を問題に供します。修正部分を除いた原案に賛成の諸君の起立を求めます。
   〔賛成者起立〕
○議長(佐藤尚武君) 過半数と認めます。修正部分を除いた原案は可決せられました。(拍手)
 よつて公安審査委員会設置法案は修正議決せられました。(拍手)
 本日はこれにて延会いたします。次会は明日午前十時より開会いたします。議事日程は決定次第公報を以て御通知いたします。
 本日はこれにて散会いたします。
   午後五時十二分散会
     ―――――・―――――
○本日の会議に付した事件
 一、日程第一 破壊活動防止法案(前会の続)
 一、日程第二 公安調査庁設置法案(前会の続)
 一、日程第三 公安審査委員会設置法案(前会の続)