第013回国会 労働委員会 第29号
昭和二十七年七月九日(水曜日)
   午前十一時十九分開会
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  出席者は左の通り。
   委員長     中村 正雄君
   理事
           波多野林一君
           村尾 重雄君
   委員
           上原 正吉君
           九鬼紋十郎君
           早川 愼一君
           菊川 孝夫君
           重盛 壽治君
           堀木 鎌三君
  国務大臣
   労 働 大 臣
   厚 生 大 臣 吉武 惠市君
  政府委員
   法制意見長官  佐藤 達夫君
   労働省労政局長 賀来才二郎君
  事務局側
   常任委員会専門
   員       磯部  厳君
   常任委員会専門
   員       高戸義太郎君
  法制局側
   法 制 局 長 奧野 健一君
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  本日の会議に付した事件
○労働関係調整法等の一部を改正する
 法律案(内閣提出、衆議院送付)
○地方公営企業労働関係法案(内閣提
 出、衆議院送付)
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○委員長(中村正雄君) 只今より会議を開きます。
 労働関係調整法等の一部を改正する法律案、地方公営企業労働関係法案、労働基準法の一部を改正する法律案を議題といたしまして質疑を続行いたします。昨日答弁を保留されておりました公労法第十六条並びに地方公営企業労働関係法十条の関係につきましての「承認」という字句について本日法務府並びに参議院の法制局からそれぞれ局長並びに長官が見えておりますので、そのほうから一応御意見を聞いてみたいと思います。最初に参議院の法制局長にお尋ねしますが、現在憲法の六十一条或いは七十三条又は地方自治法の百五十六条その他各省設置法等におきまして「国会の承認」という字句が相当使つております。それと公労法の十六条の二項にいう「国会の承認」並びに地方公営企業労働関係法案の十六条にいう地方議会の承認という、この意味は同じものであるか違つておるか、この点につきまして法制局長の御意見を聞きたいと思います。
○法制局長(奧野健一君) 大体において同じと考えます。
○委員長(中村正雄君) なおこれについて法務府のほうの御解釈を聞きたいと思います。
○政府委員(佐藤達夫君) 只今例にお挙げになりました現在の他の立法例における「承認」という言葉は、申すまでもございませんけれども、主として政府が是非こういうふうにしたいという方針をきめまして、そうしてそれについての国会のお許しと申しますか、御許可をお願いするという趣旨の場合、殆んど全部がそうであろうと思います。従いまして政府としては責任を持つて是非その実現をして頂きたい、こういう形で国会に対しても働きかける、お願いをするという場合であろうと存じます。この公労法の場合におきまする「承認」という言葉はそういう面をも或いは含んでおると申してもよろしいかも知れませんが、法律全体の趣旨から申しますというと、必ずしもそういう場合のみならず、何分の御決定をという面をも含んでおるという意味で、若干そこに差異があるということは申すまでもありません。これは第七国会以来考えておるところであります。
○委員長(中村正雄君) そうしますとなぜ公労法なり地方公労法の「承認」とその他の法律の「承認」との内容が違つておるのですか。
○政府委員(佐藤達夫君) これは法律の趣旨から当然出て来る事柄であろうと考えておるわけであります。
○委員長(中村正雄君) 法律の趣旨と申しますと、どういうところによつて違つて来る趣旨があるわけですか。
○政府委員(佐藤達夫君) 例えば条約の場合でありますならば、内閣が条約の締結権を持つておる、内閣が全責任を持つて折衝いたしまして、責任を負い得る形において条約の締結をして来るわけであります。それについて国会のお許しを得たい、御許可を願いたい、こういう形で来るわけであります。自治法によりまして、地方の出先機関を設けたいという場合も、或いはその省その省にどうしても止むを得ざる必要から是非その省の出先の役所を作るという方針をきめましても、併し独断では許されませんから、それを国会にお願いして、こういう趣旨でありますから是非お許し願いたいという形で出て来る。その点において今度の公労法の場合とは若干違いがあるということを申上げたわけであります。
○委員長(中村正雄君) 公労法の場合はどういうふうに違いますか。
○政府委員(佐藤達夫君) 公労法の場合におきましてはいろいろの場合がございます。或いは理事者が協約を締結する、それはもう責任を持つて締結したい、従つてそれを是非実現したいという場合もございます。或いは場合によりましては、心ならずも裁定が下りますれば仲裁裁定に一応どうしても拘束される形になる。併し財政上その他のもつと広い角度から見て、どうしても自分としては責任を負えないということも入つて来る、そのことは法律の建前上当然窺われる点がございますから、両方の場合があるという意味でございます。
○委員長(中村正雄君) そうしますと、政府なり或いは地方の理事者が協約の当事者である場合は、この「承認」ということは憲法なりその他の法律の「承認」と同じように、積極的に承認願いたいというふうに解釈できるけれども、調停委員会なり仲裁委員会等が出した押し付けられた契約の当事者でない場合に、やはり国会において承認、不承認を決定されたいというふうに、内容が違うから、公労法十六条なり地方公労法十条の「承認」と法律の「承認」とは違う、こういう意味ですか。
○政府委員(佐藤達夫君) 大きく言いますればそういうことでございますけれども、例えば押し付けられた場合でも、反省してみてこれは是非実現したいという気持になる場合も勿論ございましよう。そういう場合も含めて両方あるというふうに申上げたのであります。
○委員長(中村正雄君) そうしますと極言いたして申しますと、政府なり地方公共団体の理事者が契約の当事者であつて、自分の自由意思によつて結んだ場合には、条約の承認とか、或いは地方自治法におきまする役人の承認と同じように国会の承認というふうに解釈していいわけですか。又そうあるべきであるというふうに考えていいわけですか。
○政府委員(佐藤達夫君) 今の条約の場合によほど近いと思います。
○委員長(中村正雄君) 条約の場合に近いと言いますと、違つておる点はどういうことですか、その点はつきりして戴きたい。
○政府委員(佐藤達夫君) 同じであると申上げましよう。
○委員長(中村正雄君) そうしますと一応公労法の十六条と地方公労法十条を御覧願いたいと思います。この場合に仲裁の裁定とか、或いは調停委員会の調停を謳つておるわけではなくて、いわゆる現在の公労法でありますと、当事者は国鉄、専売でありまして、政府は当事者でありません。今度の改正されますものは政府が当事者の場合が相当あるわけであります。これは地方公労法はすべて地方の理事者がこの契約の当事者であります。地方公労法が今議題になつておりますので、それは調停の場合を言つておるのではなくて、地方の理事者と、それから職員団体とか、そういうものと団体交渉によつて自由意思によつて結んだ場合、それを地方議会の承認を得なければならないと、こう書いてあるのであれば、今おつしやつた条約と同じであれば、国会の例をとつて言いましても、速かにこの予算を議決あらんことをお願いしますと言つて出す形式をとらなくちやいかん、こうなるんですが、どういうふうにお考えでしようか。
○政府委員(佐藤達夫君) それは中央、地方を通じまして、政府みずから……政府と言いますか、地方においては自治機関が直接やる場合もありましようし、企業が主体となつてやる場合もありましよう、いろいろ両方の場合が入つておると思います。
○委員長(中村正雄君) 私の申上げるのは、事業の主体がやるとか、或いは労働委員会におきまする仲裁案を押付けられた場合は除外いたしまして、理事者が契約の当事者として、自由意思によつて契約した場合、これは地方公労法にも、今後の公労法にも、国鉄、専売以外は、これは仮に政府の郵政大臣なり或いは電通大臣が契約の当事者になるわけであります。その場合に今申上げましたような条約と同じように、国会が何とかして下さいと言うのではなくして、みずから進んで一つこれを承認願いたいという意思表示をしなければいけない、こういうふうに解釈していいわけですか。
○政府委員(佐藤達夫君) それは勿論仲裁裁定の場合を除いて、先ほど私がお答え申上げました条約の場合と同じであります。それに当ることだと思います。
○委員長(中村正雄君) 次にいわゆる仲裁の裁定の場合が違うという別なお話なんでありますが、今までの日本の法律の大体用語を見ますと、国会において承認、不承認を自由に願いたいという場合は、御承知だと思いますが、憲法六十七条にしろ、国会法の三十九条にしろ、「国会の議決」という字句を使つておる。これは国会がいわゆる承認しようと承認しまいと、言い換えれば賛成しようと反対しようと、国会の御自由に願いたいという場合は、すべて用語としては「国会の議決」という用語を使つております。「国会の承認」という言葉を使つた場合は、政府みずからが国会の承認を願いたい、提案理由の最後にいつも政府が言われます「速かに可決あらんことをお願いたします」という出し方をする場合には「国会の承認」という用語を使つて、はつきりと二本の法律体系に基いて使い分けております。その場合におきまして「国会の承認」と「国会の議決」とを使い分けをしておる。「国会の承認」の中に、憲法や地方自治法や各省設置法の国会の承認と、公労法だけはこれが出て来る内容が違うから「国会の承認」の意味が違うということは、ちよつと法律解釈としてそういう別な解釈ができるとは考えられないわけなんですが、政府の法律解釈の権威としての法務府としてはどういうふうにお考えになつておりますか。
○政府委員(佐藤達夫君) 大変むずかしい問題だと存じますが、ただ今の言葉をちよつと違つた角度から議決ということを考えたら、ちよつとこれは御参考にお聞取り願いたいと思いますが、只今お話の点も一つのあれかも知れませんが、大体「議決」という言葉が使われております。いわば憲法初め立法例を考えて見ますと、憲法の「財政」の章などには「議決に基く」という言葉があります。この「議決に基く」という言葉は、むしろ許可をお願いするということも含んでおりますけれども、もつと広く事前に、例えば法律そのものによつてオーソライズされてしまう。例えば国会法三十九条で、例の役人と国会議員との兼職の問題について国会の議決に基く場合はよろしいと書いてあるわけであります。その国会の議決として法律そのものでおきめになつておる場合もあるわけであります。ですからそういう角度から法律で一般的にきめられてもよろしいというような意味も広く含んで、国会の議決に基くという言葉が使われておる例が大部分であろうと思います。
 それからもう一つは議決という言葉を使つて、議決を経てというような言葉を使つてある例があります。この場合は議決の対象になる原案そのものを整えて議会にお出しして、それに審査を加えられて、修正が必要なら修正をするというようなことを加えた上で成立させて頂くという、原案を非常に強く持ち出す形が議決を経てという形になつておるように、大きく申しますれば心得ておるわけであります。そこで仮に十六条の場合にこの承認という言葉がありますのを、国会の議決を求めなければならんとか、或いは議決を経なければならんという形に仮に直しますと、これは「基く」ではございませんから、「求める」としても、或いは「経て」としても、先ほどのあとに申しましたほうの部類になつております。この仲裁委員会の裁定そのものが議案になつて、この裁定そのものを修正するとか或いは可決するとか、否決するとかいうような妙な形になる。そこで本当は言葉を加えて言えば、この承認に関し議決を求める、承認するか、せんかに関し議決を求めるというのは、或いは立法技術上としては仲裁裁定を頂けるかも知れないと思うのでありますが、趣旨は飽くまでもそういう趣旨でございますから、直ちにこれを議決に直したところで、今のものと違つた議決が出て来ると困るというようなわけであります。
○委員長(中村正雄君) そうしますと承認に関し議決を求めると仮に書いた場合と、承認を求めると書いた場合と違うという意味が私はわからないわけなんですが、条約の場合でも承認に関し議決を求めると書いても同じ結果じやありませんか。
○政府委員(佐藤達夫君) それは同じことなのであります。
○委員長(中村正雄君) 併しそうしますと、同じことであれば、条約に対しての国会の承認と、十六条に言う国会の承認といわゆる案件自体の内容が違う。条約であれば、政府は責任を以て条約を締結したものであるから、積極的に承認を求めなければならん。十六条の場合は、政府が契約の当事者である場合はそれと同じであるけれども、他から押付けられた場合はそれは積極的に行けない。こういうような事情によつていろいろ解釈は変えておりますけれども、法律の条文なりこの法の考えております意思というものは、やはり仲裁委員会の裁定という押付けられたものであろうとも、或いは政府みずからが契約の当事者として結んだ協定であろうとも、やはりこれは当事者双方を拘束するわけなんです。従つて政府は一方の当事者である場合があるわけなんです。その場合もやはり政府みずからがこれを承認願いたいという積極的な意思を表示して国会に出すというふうにしなければ、承認という字句を使つた意義がなくなると私は思うのです。併し先ほど言いました議決という点につきましては、いろいろな意味があります。これは一つの成立条件になつているわけですから、いろいろな意味があると思いますけれども、議決ということと承認ということと法律で使い分けをしている。その「承認」の中に、この場合は積極的に承認を求めるのである、この場合はこれは随意におやり願いたいという二つの意味があるとは法律解釈上受取れないわけなんです。
 それからもう一つ最後にお尋ねしたいのは、若しそうであれば、今までの法律を出す場合は、条約の場合でも、或いは役員の承認の場合でも、すべて国会の承認を求める場合は、いわゆる何々条約の承認を求めるの案件といつて国会に出して来ております。国会の承認という字句を使つて、これに基く案件につきましてはすべて承認を求めるという案件の出し方をしております。ところが十六条の裁定に関しては、第一回の裁定のときには非常にごたごたして、不承認を求めるというようなことで出しましたけれども、二回目以後のときには、承認を求めるでなくて議決を求めるという出し方になつております。この出し方は違法だとは思いますが、法務府としてどういうふうにお考えになりますか。
○政府委員(佐藤達夫君) これはむしろ件名の問題にもなるわけでございますけれども、実際上のお話としては先ほど来由ましたように、仮に仲裁裁定の場合でも、政府は十分服してよろしいという場合には、承認を求める、いわんや自分が当事者になつてきめたものならば、承認を求めるという形で出してよくはないか、これは見出しの件名の問題としては、私は承認を求めるという形で出すことも考えられますし、逆に政府としてどうしても責任が負えないというのなら、不承認を求めるというような形で出しても理論上はいいだろうと思います。なお公労法の十六条の精神というものは、そういうものではなくして、結論のとどのつまりはよろしく国会の御判定をお願いする。私の記憶では第七回国会で最初に出したものも、恐らくよろしく御判定を願うという非常に謙虚な形で文面は出ておつたと記憶しております。ただ、政府の説明として、これは財政上どうしても責任は負えないからとか、或いは是非実現さして頂きたいという口頭の説明はございますけれども、正式の形におきましては、国会の何分の御判定を願うという今の非常に謙虚な態度で出ておる。それが十六条の趣旨じやないか、最高機関としての御判定を願うというような形で出ておりますから、諸般の観点から見ると、今までずつと何回もやつて来ておりました政府のやり方のほうが妥当な形じやないかというふうに私は考えております。
○委員長(中村正雄君) 政府としてはそういうふうな解釈をとつたほうが便宜がいいから妥当とお考えか知らんけれども、条文の上からみれば、公労法の十六条も国会の承認ということになつているのに、不承認を求めるという形式で出して来るとは考えられない。例えて申しますと、仮に条約としては今後いろいろな条約が締結されると思いますけれども、勿論条約の締結者は政府でありますが、政府が満足でない条約を締結する場合があります。現にいろいうな国際情勢の変化に伴つて、押付けられていやいやながら締結しなければならんという条約も相当できると思う。そのときに政府が条約の不承認を求めると言つて出せますか。
○政府委員(佐藤達夫君) それは条約の場合は、とにかく政府は国家を背負いまして、憲法上はとにかく内閣の責任になつているのは、内閣、国の機関という一部局としての責任ではなく、国全体を背負つて、何が国のために正しいかという態度で臨むのであつて、仮にこれに応じなければ国全体が危ない、従つて止むを得ず判こうを押したということになれば、国会に対しましても、これは条約を承認して頂かなければ国が潰れますぞということで向いますから、それはちよつと例が違うということになりはしませんか。
○委員長(中村正雄君) 併しそうしますと、協定にしましても、知事がいわゆる労働組合と協定を結ぶ場合、これはとてもこの協定に応じては財政上困るという場合もあると思うのです。併しながらその場合に県下の治安の問題或いは県政の運用の問題で涙を呑んでこれはやはり協定に応じなければいかんという場合があると思うのですが、そのときに知事はこれは不承認を求めると言つて出せますか。
○政府委員(佐藤達夫君) それは先ほど理事者が直接結ぶ場合については条約と近いであろうと申上げて、又一本やられまして、同じだと申上げたのですが、それを言つておるのです。
○委員長(中村正雄君) それと同じように仮に地方議会のいわゆる労働委員会が裁定を下す場合は、両方の当事者を呼んでやるわけです。そうしていろいろ当事者の話を聞いて、これは今言つたような同じ例で、これを呑むことは地方財政上困る、併しながらやはりそれを呑まなければ県政の運用はできないという同じ事態があると思うのです。そのときに知事はこれは不承認をしてもらいたい、自分の結んだものであれば同じ条件でも不承認と言えないけれども、人から押付けられたものであるという形式的な理由で以て不承認を求めるという出し方ができるとすれば、僕はそれは余りにも詭弁だと思うが、如何ですか。
○政府委員(佐藤達夫君) それは結局労働委員会なるものの性格は何か、それが仮にその府県なり市町村の住民の直接公選か何かで以て出ておつて、そうしてそれが真先に住民の意思を代表して、納税大衆の意思を代表して、責任を以てやつておるという広い責任を持つた機関でありますれば、お言葉のようになりましようけれども、一方においては県の議会、市町村の議会というものがあつて、これは納税大衆を代表して地方自治体の全般のことをやつておるということでありますから多少違うのでございます。
○委員長(中村正雄君) そうしますと、結論を申しますと、法務府のお考えは、政府なり或いは地方自治体の理事者が協約を結んだ場合は、これは積極的に承認を求めて出さなければならん、仲裁委員会とか労働委員会等のいわゆる外部の機関によつて押付けられた拘束力のある一つの裁定なり仲裁に基いて出す場合は、議会におきまして御自由に判定を願いたいという意味の承認をする、二通りの意味があるし、そうすべきだとこういうふうに政府は考えていると解釈していいわけですか。
○政府委員(佐藤達夫君) 大体においてそう申上げていいと思いますが、勿論今の例の中には企業体というような独自の又適格性を持つているものを除いてそれ以外に理事者がみずからその衝に当つた場合は、条約締結の場合と同じでございます。
○政府委員(中村正雄君) ほかに何かございませんか。堀木さんこの点について御意見がありますか。
○堀木鎌三君 政府の解釈は、私一歩進んだような気がするのですがね。余りむずかしくこだわられる必要もないと思うのですよ。根本的に言うと、議決を求めるの件としようと、承認を求める件としようと、その点からの国会に対する法律効果が変つて来るわけじやない、実際国会に対しては……、出す本人自身……、今佐藤さんのおつしやるように、出すほうの意思の問題だと、意思の強弱の問題であつて、それが国会で何らか違つて来るならば、法律効果が違つて来るならば、非常に愼重になさらなければならないが、なぜそういう点についてとらわれるかというふうな気がするのですよ。それがまあ第一点ですがね。それには沿革的なものがあるから、或る程度そういうこだわつた解釈をいろいろお互いに考えなければならないというふうな状態じやなかろうか。ですからそういう問題はさつぱり今後問題を軌道に乗せるなら、白紙に立つてお互いに考えて行きたい。殊に一応佐藤さんがそうまで、今のところ承認については大体同意義だという原則に立つて、公労法十六条の場合には、場合によれば不承認を求むる気持もあるかも知れない、これでは財政上責任を負えないということだからそういう問題が起るかも知れない。こうおつしやるのですが、私はそこらへんが少し十六条だけを狭く解釈、而も十六条の字句的な問題だけを狭く御解釈になつているのじやなかろうかということを懸念しますので、一つ佐藤さんに御注意を喚起して、もう一遍その問題と合せて考えて頂きたい。公共企業体労働関係法の第一条の第二項を御覧願いたいのです。
○政府委員(佐藤達夫君) 何条でございますか。
○堀木鎌三君 第一条です。どうも法律の第一条というものは、とかくいい加減にされる傾向のある条文なんですが、第一条の第二項を御覧願うと、「この法律で定める手続に関与する関係者は、主張の不一致を友好的に調整するために、最大限の努力を尽さなければならない」。という規定があるわけなんです。それで「この法律に定める手続に関与する関係者」に誰が入つているかという問題になりますと、御覧願いますと、その同法の二十四条ですか、調停の場合にも労働大臣、大蔵大臣は調停請求ができるという関係者になつているわけであります。それから三十四条の仲裁委員会に対しても運輸大臣、大蔵大臣、労働大臣、今度は郵政大臣も入つています。そういうふうに、こういう政府の単純に何と言いますか、昨日労働大臣が雇用主としての立場と、そうでない立場とを区別なさつた場合もありますけれども、それは別にしまして、関係者なんです。そうするとこれが単純な道徳的な規定だけとは思えない。それで何らかの法律効果というものが当然発生し得る。そういうような点から行きますと、仲裁裁定自身については別個の仲裁委員会なりで起つた事柄ですが、仲裁裁定についてはこれを最終的な決定として従うという前提の約束がお互いにあるわけです。だから個々の場合の約束を別にしても、そういう約束の下に成つた法律構成に立つているものと、こう考えざるを得ないのです。だからおよそ仲裁裁定が下りまして、本来関係者としてこれは責任を持てないから成るべく断つてもらいたいという意思が発生するわけがないと、こう私は思うのですよ。だからそういう点についてお考え願うなら、先ほど委員長にお答えを願つたのをもう一歩進めてお考え願つたつていいのじやないか。又お考えになることが労働法上当然の考え方であるべきだ、こういうふうに私は考える。そうなつて参りますと、又十六条の読み方が少し変つて参りますが、一応その点について何らの考慮をお払いにならないで、そんな規定があろうがなかろうが、ともかくも仲裁裁定については自分は当事者間でないから全然そういう問題についてはフリーな、全然そういう問題に対して積極的な努力というものの意思表示の義務から免れておるのだというふうにお考えになるのかどうか、こういう点をお聞きしたいと思います。
○政府委員(佐藤達夫君) 意思表示という非常に最終的な具体的なお言葉になつて来るわけですが、意思表示をきめるまで、その意思をきめるまでの心理上の過程というものはあるわけです。それは公共企業体労働関係法の御指摘の第一条の第一項のほうからずつと御覧頂いて、そうしてこの法の精神が一項及び二項というものを組合わしたそこに出て来る、その結果を意思表示の形で現わして行くということが法律の期待するところと考えております。
○堀木鎌三君 佐藤さん、そこまでおつしやるともう私はそれでいいと思いますが、そうおつしやれば、そうなつて来るとやはりまあ私は特に第一条の第二項を挙げましたが、今おつしやつたように、一条全体及び労働法全体から出て来る問題だと思いますが、そこまで出て参ればこの問題については私はそうこだわる必要はないので、要するに過去の行きがかりの問題だけであつて、承認を求めるの件としてお出しになるのが政府としては当然じやないか、こういうふうに考えるのであります。
○政府委員(佐藤達夫君) ちよつと私余りに含みのあるお答えを申しましたために、皆承認を求めるほうへ意思決定が行くようになつて大変申訳ないのでありますが、私の一項と申しましたのは、公共企業体のための法律は何のためにあるか、国民経済とか或いは公共の福祉とかいうようなことが出て来ておるわけであります。従つてその視野というものは非常に広いのだ。国民全体の立場というものと睨み合せて妥当なる結果を導き出さなければいかんということは言つてありますからして、場合によつては止むを得ず不承認をもお願いせざるを得ない。これは書面の上ではなしに、政府の態度として不承認をお願いしなければならん場合もあり得るという含みでお答え申上げたわけであります。
○堀木鎌三君 今度は非常に含みが広くなつちやつたんですが、併しこの法律の基本的な問題は、どう考えても労働法というものは両者の意見の不一致をできるだけ調整するという観点に立つておることだけは確かであります。それはもう労働法の根本的な問題なんです。何が大切だといつたつてそこが大切なんです。そうするとその不一致を最大限に努力するためのお互いのルールというものをここへきめたわけです。関係者として関係大臣も皆上つておるわけです。そうして最大限の努力をするのに私はその前提、そういう労働法のつまり仲裁裁定はめちやなことをするものだという考え方は先ず法律の上であり様はない。だからそういうことは全体の法律の建前から、政府がそこに立つていれば私は最大限の努力をなされなかつた場合には、国会の承認を求める。国会がたまたまこれは第三者で、全く別個の立場からこれが国民経済上困る、或いは国家財政上困る。そういうふうな場合には、別個の立場で考えなさる。こういうことが私は当然であつて、政府自身としては当然関係者である、こういうふうに私は考えるのであります。だから当然先ほど言われたように、当事者間の場合には、承認を求められる。併し当事者でないときには、承認されてないのだという議論はそれが出て参らない。仲裁裁定の場合には、出て参る、こういうふうに考えるのですが、その点についてはどういうお考えでありますか。
○政府委員(佐藤達夫君) 仲裁の裁定というのは、最高裁判所の判決のように国家意思としてその方面の最高の決定であり、国会といえどもこれに対して批判を加えることは許されないというような形で出ておりますならば、十六条なり、三十五条なりというものは本当には言えないわけです。非常に簡単明瞭にこの法律ができておつたと思うのでありますが、そうなつておりませんので、最終的には国会の判断をどうしても仰がなければならんという建前になつておる。そうすると政府としては国会に対してこれは責任を負うておるわけでありますから、国会に対して筋の通つたお答えができるように態度をきめなければならん。そうすると国会に、つまり御判断を願うという観点に立つて政府の態度はそうした面から愼重に考えなければならん、そうして決定せられなければならんということになる。必ずもうすべて仲裁裁定が下つたから、それはもう承認を求めるという形で出さなければならんと、そうしておいて、実際上委員会の答弁では承認を求めると出しておきながら、到底これは承認をしてもらつては困るというような立場に追い込まれるということは、如何にも下自然な形になつておるのでありまして、これは第七国会の最初のときに、そういう点でいろいろ堀木先生にも御迷惑をおかけしたと思つておりますが、いろいろ考え合せて最後のこれが名案であろうという形で数回重ねて来ておりますから、こういう態度でこれで一向差支えないのじやないかと思います。
○堀木鎌三君 差支えないというより、どうお考えになつても先ほど委員長との質疑のやり取りがあつたときには、仲裁裁定についても全然加わつていないことはない。このルールに従うと言われた政府自身で作つた法律であつて、その点については、私は率直に言えば、佐藤さんにお伺いしておきたいのは、一体承認を求めるの件と書いたときと、議決を求める件と書いたときと、国会に対しての何らか法律効果が違うとお考えになりますか、どういうお考えでありますか。
○政府委員(佐藤達夫君) それは非常にいい質問でありますが、さつきもちよつとお言葉が出まして、心の中では感服しておつたのですが、私は法律的に違いないとおつしやるのは誠にその通りだと思います。承認を求めるの件と出したからと言つて国会がそれを尊重してやろうというようなことで、それを可決してやつて頂けば非常に有難いのですが、過去の法律の中でもいろいうなことが国会にインフルエンスのあることではないのでありますから、従つて今まで国会に対してとつて来たような態度のほうがむしろ無難であつて、謙虚な態度であろうということを申上げたのはそういう趣旨からり申上げたのであります。
○堀木鎌三君 政府が謙虚な態度ということは意思が何にもない政府である。そういうことは考えられない。そうした公労法なり労働法の関係から言えば当事者として、政府自身も最大限度の解決に努力を払われ、法律的な義務を負つておるとすれば、すなおに解釈されれば承認を求める件になるのが本当だと思います。殊に当事者としてその協定ができておろうと、当事者でないときであろうと、その当事者間の協定に代つて仲裁裁定というものを認められておるのですね、最終的な決定として……。そうしてそれに拘束力を認めておる以上は、当然それは包括的な意思決定もその点はあるはずです。だから非常に私はその点について若し佐藤さんが国会に対しての法律効果が違わないとおつしやるならば、それを区別されるほうがおかしい。その区別をするほうが常道と言われるほうがおかしい。実は佐藤さんのような御解釈をなさるなら、私は区別をなさらんのが普通であると思う。それを区別をされるということのほうがおかしい、そういうふうに考えるがどうか。
○政府委員(佐藤達夫君) 結局想い出話として第七国会のときに、政府としてはこれは到底承認して頂いても、財政上責任が負えないということからして、実を言えば不承認を求めたかつたのですが、或いはそういうことが率直であつたかも知れないが、併し承認を求めてもその議案が否決された場合に、一体国会がその議案をどう扱うかということは、そういうことは問題にならない。そうすると十六条の文字通り承認を求めるということにしておいて、説明のほうでは承認をしては困るという、そんな非常識なことはないと言つてお叱りを受けたなら眼も当てられないのです。率直に十六条の精神の存するところをそのまま現わして、十六条第何項の規定に従つて解釈を求めるとしたほうが一番正しい立派な行き方であるということで今日に至つておるわけであります。
○堀木鎌三君 つまり佐藤さん、僕は政治的に考えていない。つまりそういう例をお挙げになると僕はたくさん例がある。つまり政府自身が政治的な意味で動いて出せるものも出せないと言つた例はたくさんある。併し私どもは労働問題をもつとそういう政治的な意味から切離した状態におきたい。でおつしやるように例を挙げれば専売の第二次裁定のときには、大蔵大臣はこれは出せないのだ、国家財政上出せないのだとおつしやつた。そうしてそれは当時の労働大臣も出せないとおつしやつた。それから官房長官をしておつたのが増田君で、増田君も出せない、政府は全部出せないのだとおつしやつた。これを突放されておるうちに出しちやつたのです。そうして法案を引込めちやつた。ですから私はそういう政治的な意味で出せないとか出せるとか言つておることはおかしい。要するにそういう政治的な意味を抜きにしちやつて物事を考えて行かなければならん。そういう具体的に出せるか出せないかという政治的な意味を含めた場合の考慮から、どうも承認が変つて来るのはおかしいとこういうふうに私は考えるのですよ。ですからすなおに実体的な議論でないのですが、それだけにすなおに他の承認の場合と同じように扱いになる、これはそうお答えになつても佐藤さん大した政治的責任を負われなくたつていいだろうと思う。殊に今おつしやつたようなことまで、委員長とのお話で進んで来た程度までお考えになつても、その点は若しか法律の実体論なら議論しなければならない、その点について私は政治的な理由を考慮に入れられる必要はないのじやないか。もつとすなおに理非の通つたところで政治的にはそれは又国会で論議したとき考えるべきだ。国会で考えるべきだ、そういうふうに私は考える。だからせめてそこまで解釈を進めればまあ今後は全部承認を求めるの件としてお出しになるのが当り前ですよ。
○委員長(中村正雄君) この問題についてほかに御質問ありませんか。
○菊川孝夫君 佐藤さん余りに政治的に考えないでと堀木さんが言われたが、政治的にちよつと配慮されておるからああいうようなことを言われたのだと思います。時の政府のお考えを何とか考慮されるというところからああいう答弁をされたように思うのですが、というのは、そもそも仲裁裁定というところまで一遍遡つて考えてみなければならんことにはこれは解釈がむずかしいと思うのですが、大体裁定を出される場合にはこの公共企業体労働関係法だつたら三十四条で出すわけでありまして、労働大臣が申請したとき或いは大蔵大臣や運輸大臣が一方的に申請しても出せることになつておるわけであります。政府でもこれは仲裁の裁定を仰ごうとした場合には当然第五号のごときは、政府の意向においては仲裁の裁定が出た、まあこれで従うようにしよう、こういう一応意図を持つて申請するんじやないかと思うんですがね。これはまあ出たつて一応引つかけて見ようと、どう出るか知らない、白と出るか黒と出るか知らんが、出たとこ勝負で白と出た場合は呑んでやろう、黒と出た場合はいわゆる議決を求める件で突つぱなしてやろうと、どういうものが出るか知らんがとにかく裁定をさして見よう。そして如何なる結果が出ようともこれには従うという、こういう意図で以て私は申請するものだと思うのです。これはいずれも第一号から五号まで当事者双方とも、そういう一応了解の上で私は仲裁の裁定を仰ぐということになるだろうと思う。従つてその出た結果については、やはり承認を求めるべく最善の努力をしなければならん。併し国会として、最高機関が今の国民生活或いは一般の社会情勢からして、これは少し行き過ぎである、財政上どうしても無理だ、こういう財政のやりくりをしてまで裁定を実施しようということは、これは無理だからしてこれは直さなければならんということは、国会の意思としてあり得る。こういうふうに了解するということは私は正しいと思うが、議決を求める件でこの前みたいな出し方で裁定書というものをそのまま副えてこういう十六条の議決を求めますと、裁定書をそのまま副えてそれを国会へ出した。そうして国会は裁定自身をもう一遍取組んでこれが成るほどいいか惡いかというところから単に財政上の問題ばかりでなく、考え方からやつて行かなければならん。国会では裁定書そのものがいいか惡いかということを審議する私は余地がないと思うのですが、こういう点から考えまして、やはりあの当時ではああいう情勢であつて一応議決を求めるの件で出したけれども、やはりこれはすなおに考えた場合には、この承認を求める件と言つて出して、承認をして下さいというふうに出すのが一番正しい解釈だと思うのでございますがどうでございますか。その点から一つ遡つて……。
○政府委員(佐藤達夫君) 只今お話の三十四条のうちの五号のうちの最後の五を御指摘でございましたが、これは成るほど御尤もなような気持を以て拝聴いたしたわけであります。まあ併しそれにしましても一、二、三、四まであるわけでございますから、必ずしもすべての場合にはさような工合にはならないと思います。而して結論はさつきの堀木委員とのお話のあれになるわけでありますが、とにかく国会に対して政府は責任を以てやることを仮に前提といたしますならば、承認を求める件ということで出しておきながら、実は承認を頂きたくないというような立場は、如何にも形はおかしい。又必ずそういう形で出したならばその態度に対して今度はお叱りが来て、承認して頂きたいという説明になぜしないかというようなほうでお叱りが来ると、私は甚だ不自然な形になりやしないかというようなことで今のような無難な形をとるということであります。
○菊川孝夫君 それじやもう一遍佐藤さんに伺いますが、どうしてもこれを正しく解釈するには仲裁調停の問題は一応了解がつきました。あなたの意向も我々の考え方と一緒で、仲裁の裁定の場合にこれを準用するということになるから問題になるのでありますが、仲裁裁定ということをもう一遍、これは仲裁裁定ということははつきりと、俗な言葉で言うと喧嘩の仲裁だ、中に入つた人がこうして仲直りせいということが、これが発足のなんだと思いますがね。労働組合運動の歴史を辿つてみたときに、一体、それから世界各国が今仲裁という問題をどう理解しておるかということから考えなければならんと思うのでありますが、そうしますと仲裁の裁定がまあ最終決定としてこれに服そう、とにかく関係者或いは当事者は申すに及ばず、これに関係するものはすべてこれを尊重して、平和的に解決して行こうということでそういうふうな努力をしてこそ、初めて仲裁の裁定というものは意義が生じて来ると思うのですが、この法律を最初にこしらえるときに、アメリカのGHQはその当時あつた当時でありまして、GHQは何回もこの問題について説明会をやりました。そのときにアメリカの人たちはなかなか例を引いて説明が上手でありまして、常に引例してよく話しましたが、それにスポーツに例をとりまして、野球のゲームをやるときに、A軍とB軍とがやつておる、これがフアウルであつたか或いは線内に入つたか、これをどちらかということで、A軍とB軍の間に争いが起る。そのときにアンパイアーはファウルであると判定を下したときに、ちよつと中に入つたかなと思つてぶうぶう言つても話がつかんのだから、このアンパイアーの下した判定に服するのだ。こういうのがそもそも仲裁の裁定というものを理解するには、そういうふうな理解をしなければならん。こう言つてやかましく盛んに指導したわけですが、それがアメリカの人たちの指導によつて相当この法律、公共企業体労働関係法のときにはこれは事実彼等は指導したことは否定することはできない。そういうことで話がついておるとするならば、どうしてもこれは応援団的な、その場合に政府のごときは監督であるか、応援団であるか、プレイヤーでないか知れないが、監督であるか、応援団長であるかどちらかの立場にあるものと思います。併しそういう連中もこれに服するということになつたら、やはり多少政府としては痛いけれども、この場合には何とか一つこれを実行して、平和的に解決しようと努力する意思を持たなければならんじやないかと思うのですがどうでしようか。そうでないと実際は内心は不服だけれども、これは国会に出して、責任を国会に負わせつけて、もう一遍審判のもう一つ更に審判を仰ごう、いわゆるコミツシヨナーというのかなあ、経営者会議にでも持ち出してやり直そうという行為に出るのはおかしいと思います。殴り合いでも起きた事件をやるならいいのだが、更にコミツシヨナー、会議まで持ち出そうというような、野球の場合でもそういつた行き方はスポーツマンシツプにも叛くことになるし、立法の精神に対しましても反すると思うのですが、そうすると応援団長であり監督である政府もやはり従うと、こういう意思を持つて国会に臨まなければならん。こういうふうな理窟はついて来るのじやないかと思うのですが、佐藤さんその辺はどうでございましよう、裁定というものから考え直す必要があると思うのですが……。
○政府委員(佐藤達夫君) 非常に巧みに例をお引きになりまして敬服いたしますけれども、ただこの場合におきましては、野球の場合と違いますのは、見物人と言つちや大変語弊がございますが、たくさんの納税大衆を場外に置いての、その納税関係と言いますか、国民全体の立場の、或いは影響がそこに及ぶかどうかという観点が問題になつて来るわけであると思います。従いまして今お話のようなことで、仮にアンパイアーを非常に強めますということになりますれば、極端な例を申しますと、国会といえどもそのアンパイアーのやつたことに従わなければならんというような、如何ような予算であろうとも、全部その予算は丸呑みにしなければならんというようなことを、法律的にはつきり書かなければならんということになつて参りまして、だんだんと憲法そのものの議院内閣制度というものも危うくするということになりまして、大袈裟なことを申して恐縮でございますけれども、考え合せなければなりません問題が出て来ると思いますから、今の野球の例のごとくに極めて簡単な形には行かないのじやないかというふうに考えておるわけです。
○菊川孝夫君 どうもここで議論は余りしても尽きないと思いますが、納税大衆の利益を代表するのはこれは一応国会がおる。従つてこれを出そうと政府は承認を求めようとしたけれども、これは政府の承認の求め方はちよつと無理だ。これを承認を求めようとする政府の態度はいかんというときには、国会が最高機関として抑えていいと思う。例えば国鉄の場合でありましたならば、裁定が出た、もう金がないから運賃値上げをやるというような予算を組んで来た場合、これはけしからん。今ベース改訂の財源として運賃値上げをするがごときは以ての外だ、だから承認するわけに行かない、或いは石炭の消費を節約してこれをしたいというので、石炭費に盛つておつた百億をこれを十億だけ削つてベース改訂に廻すということと、これは石炭を節約するということは結構だから国会は承認するということとあり得ると思いますが、それの決定は国会が持つけれども、併しこれを実施していいか、惡いかという判定は国会はすべきではなしに、その実施の方法について、この運賃値上げ以外にどうしても実施する方法はないという場合には国会は否定しても止むを得ん、承認できないという、こういう行き方をするのはいいと私は思いますが、どうでございますか。
○政府委員(佐藤達夫君) これは最初のお話でございますけれども、これはあに一吉田内閣のみならず歴代の内閣というものを考えました場合に、憲法に基いて国会によつて責任を持つてすべての処置をしなければならんという内閣の立場は非常に辛い立場に置かれていることは御推測できると思います。仮に制度を、憲法を変えまして労働委員会が裁定もする、そして裁定に必要な予算案も労働委員会が作つてしまう、そして労働委員会が責任を持つて予算の説明をして、国会で通して頂くということであればこれは楽に行くわけでございますが、そこへ政府が中途半端な立場に立たされておるということだけはこれは十分おわかり願えるであろうと思います。この点を折衷いたしまして本法案はできておると考えます。
○菊川孝夫君 これは公共企業体労働関係法で例に挙げて申しました。これは政府であるから一つの統一した解釈で進めて行くであろうと思います。公共企業体の場合は……。ところがこの地方公営企業の場合はそのとり方はいろいろあるだろうと思う。これは各県、市においてそれぞれまちまちにいろいろ解釈をして論議が沸騰するだろうと思うが、これについては統一した解釈が私はどうしても必要であると思うが、そうなつた場合に私はどう考えても政府の場合のような、今のあんたのお考えで以て統一されるということになつたら、これは仲裁の裁定というものについては根本的にこれは論議し直さんと……。私らは何も仲裁裁定はすべてもう絶対だというような解釈をする者じやないのです。その上にある議会というものが、納税者の利益を代表している議会なり国会がやつぱり最高だということはわかつているのですが、ただ当事者なり或いは関係者である者が少くとも議会なり国会に臨む場合には、これを最善の努力をして通す、承認させるという努力はして、そして議会なり国会が承認しなかつた場合には止むを得んのだと、こういうふうな解釈を統一する必要があると思うのですが、どうですか。
○政府委員(佐藤達夫君) 勿論最善を尽すべきことはこれはもう当然でございます。できるだけの限りにおいて労働委員会の裁定を実現させなくちやならんという方向に向つて最善の努力をすべきことは言うまでもないことでございますけれども、その努力にもかかわりませず、どうしても財源が見付からないというような止むを得ない場合は、これはあり得ることでありましようと思いますので、建前から止むを得ずこういう形になつておるというふうに考えております。
○堀木鎌三君 どうもなかなか長官の質疑応答を聞いていますと、もう一つ疑問が起つて来たのは、ときどき前へ進まれるかと思うと、答弁の模様によつては後に進まれるような表現もあるので、まあこういう点ははつきりお聞きしておきたいのですが、さつき佐藤さんは理事者が当事者のときは承認は、はつきりこれは条約その他の承認と同じような承認と言われたわけですがね。そういうふうになりますと、それではもうあなたは法律家だから、この公労法の三十四条の第五号で、関係大臣自身が仲裁裁定を仲裁委員会に求めることがある場合があるのですね。そうするとその点については、本質的に自分が仲裁裁定の発動を要求するわけですよ。そうすると仲裁裁定は最終的拘束力を生ずるんだという規定があるのです。そうして今度は仲裁裁定を求める人はその御本人、大臣ですよ。大臣は最善の努力をして円満な解決をしなくちやならん義務を負つておるわけです。それでも、どうぞこれは裁定が出ましたが、これは承認しないでおいて下さいということが言えましようか知らん。そういう法律解釈が出ますか。私はそれは出ないと思うのですよ。だから自分が結んだときも、お互いのルールによつて仲裁裁定というものをかけるという包括的な承認なんですね。実際のところ自分の意思が入つて仲裁裁定をするのと少しも違わないと思うのです。私は理事者自身というか、大臣が当事者である、或いは市長が当事者であつてできた場合だろうと、仲裁裁定について自分が要求する、その裁定は最終的拘束力が発生するんだということを承知だ。而も自分の立場は最大限度の努力をその解決に向つてしなくちやならないという義務を持つておるということも知つておる。それでできた仲裁裁定にこれはどうぞ承認して下さつては困りますと言えるわけは法律的には出ない。いろいうな他の政治的な理由からの考慮はあり得るかも知れないが、法律的には出て来ないものだとこう考えるのですが、その点はどうお考えになりますか。
○政府委員(佐藤達夫君) 先ほど菊川委員のお言葉に対して大分敬意を表したのでありますが、それは政治的なお考えの面において大分敬意を表したのでありまして、法律的な木で鼻をくくつたような御議論になりますが、只今更に御指摘になりました第五号といえどもそう簡単に行かんのじやないかと思います。
○堀木鎌三君 簡単と言いますが、法律には簡単、簡単でないということは私は出て来ないと思うのですがね。併し今一度表現自体からすなおに、労働大臣と御相談なさらずに、すなおに承認するのが私は当然だと思います。
○菊川孝夫君 又関連して、丁度佐藤さんがおいでになつておるときだから、これは佐藤さんとはこの前から、第七回のときから私は労働問題で意見が対立してやつておるわけですが、この際逐条審議をやつておるわけでありますから、ついでにお伺いしますが、公営企業法の十四条とそれから十五条でも同じ五号です。いずれも五号の労働大臣又は都道府県知事が調停の申請、或いは仲裁の請求とこの二つが載つておるのですが、この法案には労働大臣がやるということなら、これは労働行政上です、都道府県知事が仲裁の請求、或いは調停の申請、これは例えば地方の問題の際でございますが、東京都の場合には東京都知事でこれはいいと思うのですが、例えば名古屋市の場合に愛知県知事がこれをやるというような、こういう労働問題にまで関与して、調停の請求をするということは今の地方自治法の建前から、而も今特別市制問題までやかましく論じられておる折に名古屋市とそれから名古屋市の公営企業体の場合に愛知県知事がこれはどうも放つて置いちやいかんという判定をして、これは労働大臣がやるのは、これは私はやり得ると思いますけれども、慣例といいますか、そういうことはやり得ますことですか。これは都道府県知事というのはまさか大阪のやつを愛知県知事がやる、そういうことは常識的に考えて、ないでしよう。名古屋市の場合にこの仲裁の請求、調停の請求をなし得るだろうと存じますけれども、これは実際今の地方自治法の建前から言つてそういうことはやり得ますですか、その点を一つ……。
○政府委員(佐藤達夫君) これは私は立法の方針の問題としては如何ようにも考えられることであると思います。ただ地方自治法の現在までの建前を忠実にすなおに移して来れば、むしろかような形になるのが正しい結論であろうというふうに考えるのであります。名古屋の例をお引きになりましたけれども、これは今のお言葉の中にもありましたように、仮に特別市というものかできますれば、これはむしろ特別市の市長ということになるのがそれはそれで筋であろうと思います。それができません今日におきましては、この形が自然であるというふうに考えます。
○菊川孝夫君 それでは都道府県知事がそういう問問に関与するというのはその地方自治法のどつかにきまつておるのですか。もう一つは、率直に今申しまして大都市、こういう公営企業を行なつておるような大都市の市長と県知事、府県知事という者は、まさにどうも仲が惡い。率直に言つて昔の官選知事の当時のような工合じやないのでありまして、これはとても愛知県知事と名古屋市長、大阪府知事と大阪市長、これはもう極端に申しますと、大抵政党的な色彩、市長は社会党、それから知事が自由党というようなこともございます。これは政党の問題なんか別といたしましても、それは一つの、どうも仲が惡いというか、対立しておるという意味を表現するというために申上げたのでありますが、地方自治法の建前からいたしまして、こういうことは何か根拠があるのかどうか、私はどうも法律の詳しいことはわからんので、ただこの際あなたおいでになつたときにお聞きしておきたいと思いますが……。
○政府委員(佐藤達夫君) 申すまでもございませんが、地方自治法の建前では、知事につきましても、市町村につきましても、国の仕事をその知事とか、或いは市町村として担任させてよろしい、法律の定めによりまして担任させることを認めておるわけでございます。従いましてこの場合は、都道府県がと仮に書いてございますれば、愛知県という自治体或いは兵庫県という自治体ということになりますけれども、この場合は、都道府県知事がとございますので、その自治体の長であります知事がこの法律により仕事を直接に担任するという建前でこれはできておるのでございます。
○菊川孝夫君 その請求を仮にやりますが、そうすると、又意思の先ほどの説明、愛知県の知事は成るほどこれは仲裁で一つやらしてしまえというふうにして仲裁の請求をしてしまうかも知れない。ところが名古屋市長は仲裁なんかに持つて行つても俺は困るのだというふうな意見の対立なんか生ずることもございますね。そういうときに強権を以て労働大臣であつたならばこれは別だと思いますがね、そうしたときに出た仲裁の裁定について議会の承認を求める云々ということは複雑に、十条に還つて複雑になつて来ると思いますが、いろいろの例がこういうときになつて来ると当然起り得る、今の状態から特に起り得る。いわゆる政党の違いというような府県知事と市長の政党の違い、一方は仲裁の裁定でやるということになるが、市長のほうでは俺は知らん、勝手に愛知県知事が請求したので我々のほうがいいのだというようになつて来て、非常に法運用上むずかしいことになると思いますのですが、併しそういう権限もそういう市長の意向を無視してでも意向を相談するとか何とかいうことは全然ございません。何ら制限がないのでありまして、県が営んでおる企業であつたならば別ですが、市の営んでおる企業についてやり得るのだ、法文の解釈はそうできるのですが、法律上それは市長を強権を以て長に従わせろというような何があるのでございますか。その点を私はお尋ねしているのです。
○政府委員(佐藤達夫君) この趣旨は、大体中央において労働大臣、それから地方においてまあ都道府県知事くらいのところを地元の一つの機関として利用しようというようなことであろうと思います。従いまして法律論といたしましては、只今の御疑念の点は、労働大臣が仲裁の請求をしたにかかわらず地元の市長がそれは好ましいと思わないという場合と全く同じでございまして、あとは立法の方針として、どれがよろしいか、これは国会のほうでお考えを願つて結構、筋としてはこの筋で十分成立ち得るところであり、又適当だろうと思います。
○菊川孝夫君 法律的に成り立つというのですが、私は地方自治法の何条によつてそういうことはやれるのだというようなことを一つ……、今日むずかしいかも知れないが教えて頂きたいと思います。
○政府委員(佐藤達夫君) 地方自治法の先ず百四十八条の初めに地方公共団体の長についての規定がございまして、「地方公共団体の長は、当該普通地方公共団体の事務並びに従来法令により及び将来法律又は政令によりその権限に属する国、他の地方公共団体その他公共団体の事務を管理し及びこれを執行する。」というので、先ほど受けましたように、将来法律により権限に属するということが出ております。それから百四十九条のほうにも、最後に担任事務の最後の部分の第八号「その他法令によりその権限に属する事項。」という地方自治法のその根拠に基くものと思います。
○菊川孝夫君 そういたしますと、この法律をそのまま解釈いたしますと、双方の意向を別に斟酌することなしに、これは一般の公共の福祉を守るという判断を地方都道府県知事がした場合におきましては、知事は双方の意向なんかは全然無視して、そういう判定を自己の判断に基いて調停の申請なり、請求なり、仲裁の請求というものがなし得ると解釈してよろしうございますか。
○政府委員(佐藤達夫君) その点は理窟ばかり申上げて恐縮するのでございますけれども、労働大臣がこの請求をいたします場合と同じ態度であるべきであつて、労働大臣といえども、お示しのように、十分なる愼重なる考慮の下になすことと思うわけであります。その点は労働大臣、都道府県知事はいずれにしても同様であります。
○菊川孝夫君 もう一つ、そうすると例えば名古屋市の問題についても、労働大臣もやることはできる。それから愛知県知事もやることができる、こういう解釈でございますか。
○政府委員(佐藤達夫君) 理論上はさようになります。
○委員長(中村正雄君) 本日はこれにて散会いたします。
   午後零時二十七分散会