第015回国会 法務委員会 第4号
昭和二十七年十二月十日(水曜日)
   午後二時三十六分開会
  ―――――――――――――
 出席者は左の通り。
   委員長     岡部  常君
   理事
           長谷山行毅君
   委員
           小野 義夫君
           加藤 武徳君
           郡  祐一君
           中山 福藏君
           宮城タマヨ君
  政府委員
   法務省保護局長 齋藤 三郎君
  事務局側
   常任委員会専門
   員       西村 高兄君
   常任委員会専門
   員       堀  眞道君
  ―――――――――――――
  本日の会議に付した事件
○検察裁判及び行刑の運営等に関する
 調査の件
 (戦犯者の釈放及び減刑等に関する
 件)
  ―――――――――――――
○委員長(岡部常君) これより法務委員会を開きます。
 本日の会議は検察裁判及び行刑の運営等に関する調査のうち、特に戦犯者の釈放及び減刑等に関する件を議題といたします。本日は先に政府よりアメリカに派遣せられました法務省保護局長斎藤三郎君が使命を果してお帰りになりましたので、在米日本大使館との交渉並びに大使館を通じてアメリカ政府の意向等につきまして、斎藤局長のお話を承わりたいと思います。
○政府委員(齋藤三郎君) 御指名によりまして御報告申上げます。
 丁度四月の二十九日、条約発効後直ちに巣鴨在所中の戦犯について諸般の事情を調査することに極力努めまして、逐次関係国に対して勧告いたして参りましたが、なかなか関係国からの決定を得られず、八月、国内の御要望、そして参議院、衆議院の御決議もございまして、全面的な赦免を勧告いたしたのでございます。これ又返事を得られないという状況にございまして、私ども事務をいたしております者にとりましては、全面的な赦免の勧告をして、更に個々の減刑なり或いは赦免の勧告をするということが、果して、全面赦免の勧告をみずから効力を薄めるという意味で諦めておるというような印象を与えはしないか、今後どういう措置をとつたらいいか、最後の全面赦免の強い勧告をいたしたあと如何なる措置をとつたらいいかということについて苦慮いたしておりますが、全面赦免の勧告の影響もございますので、アメリカに大統領直属の諮問の委員会ができまして、それが九月の月末に第一回の会議を開いているようでございます。それらの情勢に対処して、今後の処置を直接向うへ参りまして、いろいろ聞いて来いということで、十月一日飛行機でアメリカへ参りました。十月四日にワシントンに到着いたしました。その日は土曜日でございまして、官庁は全部お休みであつたのでありますが、新木大使がすぐにお会い下さいまして、最近までの巣鴨の状況等国内事情を私から申上げましたが、新木大使からもいろいろ、折衝の経過を承わり、新木大使の下に三人の公使がおられまして、財政関係は大蔵省出身の渡辺公使が担当しておられる。国連関係は竹内公使が担当しておられる。それから一般の外交関係、そのうちに戦犯も含まれますが、それは老練な上村公使が御担当になつておられます。上村公使のお宅へ伺いましていろいろ事情を承わりました。次いで月曜日に、六日でございますが、第二回のアメリカの三人委員会が開かれましたので、それに出席することができまして、こちらから外務省当局といろいろ打合せをして作つて参りました要望事項を書いた書面を提出し、更にそこでいろいろ特に申述べたいという点を述べ、質問、質疑をいたしまして、できるだけ理解ある決定を早くやつて頂きたいということを極力申述べて参りました。その後新木大使が向うの三人委員と国務省の日本関係の部長、課長を呼ばれまして、懇談の機会をお与え下さいました。その他向うの委員のかたにも別個にお会いする機会もございまして、八日ほどワシントンに滞在いたしまして飛行機で帰つて参りました。向うでいろいろ聞きましたことについて申上げまするが、私参りますまでにいろいろ上村公使、新木大使が向うの国務省関係のかたと御折衝になつた結果は、国務省としてはこの問題は、巣鴨の問題は、日本との友好関係を厚くするためには、できるだけ早く解決したほうが有利であるということは十分お考えのようであります。私委員会に出る前に、やはり儀礼的に国務省の日本の担当者に会つて挨拶をして行けということで、フオーレーという国務省の日本課長がおられますが、そのかたにお会いしまして、戦犯者、特にその家族が非常に困つておるということを屡々申述べ、又一千万人近い赦免の署名運動が行われた、そしてそれが法務大臣、外務大臣、総理大臣に参つておりますので、それらを集めまして、私の部屋で写真をとりましたのがございましたので、その写真を持つて行つてお見せしたら感慨深げに見ておられました。その他巣鴨の在所者のいろいろな作業をしておられる写真とか、食事をしておられる写真、このうちには曾つての大将、中将もおられるのでございますが、そういう写真をたくさん持つて参りまして、日本課長や委員会のかたんにも差上げて参りましたが、そのときフオーレー日本課長は、自分たちも全く同感だというような印象を私は受けて参りました。ただ今までの折衝された模様から判断をいたしますると、アメリカで戦争中にやはり日本軍のために相当ひどい目に会つた人が現実にたくさんおる。それでそれを全部赦免するというようなことは、そういつた人々の感情、与論といいまするか、与論を刺激しやしないか。御承知の通り与論の国でございますので、その点を非常に苦慮して、これが結局委員会を設けて、個々的に司法的な基礎の下に解決をするつもりだという、委員会を設けられた趣旨になつているのではないゥ。それからこの問題で日本の大使館のかたがいろいろ文折衝された。或いは巣鴨の人は無実で入つているかも知れない、そういう人があるかも知れない、そんなら本当にやつた人を出せということを冗談まじりに言われることもある。そういう状況で政府としてもこの問題を、殊にその当時大統領選挙の前でございまするし、与論を刺激しないで、通常やつておる減刑とか或いはパロール、こういうような問題で解決したい、アメリカの国務省あたりはそういうふうにお考えになつておられるのじやないかということを日本の大使館のかたが感じておられました。私も大体そうではないかと思います。従いまして全面赦免の勧告は、この三人委員会の権限ではないということになつておりまして、三人の委員会というのは、国務省と国防省と司法省からそれぞれ代表を一人ずつ出して、そうして直接に大統領に答申をする、こういうような委員会でありまして、委員長は国務省のスノー、リーガル・アドヴアイザー、それから陸軍省はケントという相当の年輩のかたですが、これも法律顧問でございます。司法省から出ている人はベンネツトという連邦の行刑局長、日本の行刑局長に当るかただと思いますが、古いかたでございます。やはり司法問題になると一番司法省関係の人がいろいろ発言するだろうと、こういうような観測でございます。その後委員会に私出ましたあとで、或る会合でベンネツトさんと、私も行刑関係の者でございますから、行刑関係の大会でお会いして、更に再会を約して、その後ベンネツトさんにお会いしていろいろ事情を訴えて参りました。それから私のほうからいろいろ事情を申述べたのでありまするが、結局向うに参りまして、その後いろいろな情勢が変れば或いは全面赦免ということを向うの大統領が考えることもあるでありましようし、又それを希望いたしております。政府としては、ちよつと全面赦免はかなわないという関係になつているというので、委員会としては、減刑、パロールの資格を有しなければ減刑という形をとつたらいいじやないかというような、はつきりとは一言われませんが、そういうことを感じて参りました。減刑につきまして今まで私らも考えてはおつたのでございまするが、果してどういう場合にアメリカの国内制度として認められるのか、又どの程度の減刑をされるかということを極力聞いたのでございまするが、委員会としては、発足当初であつて、如何なる場合が、如何なる理由が減刑に価するかということについては、まだきめていないということでございまして、いろいろそこで押し問答いたしまして、三人の委員は大体こういう場合がいいんじやないか。一つは、刑の同じような犯罪を犯し、同じような行為をしておきながら或る人は非常に重く、或る人は軽いというような場合には当然減刑は考えられるだろうそういう場合があるかということを聞かれましたから、それはたくさんある、一番顯著なのは終戦直後にやられた裁判と比較して日がたつに従つて軽くなつているということは、一般的に相当たくさんあるということを申して参りました。それから向うの委員が言われるのには、老齢であるとか、病気であるというような場合には、当然減刑を考えてよろしい。その二つを挙げておりましたので、私のほうからも本人が長い間拘禁されておつて、而もその成績がよろしいと、そうして家族は非常に主人がおらんために、働き手がおらんために、困窮しているという例が非常に多いのだ。こういう場合は、減刑に価するじやないかということを尋ねましたところが、委員はこの問題は非常にむずかしいし、まだきめていない。ただスノー委員長は、自分は前にドイツ関係の戦犯の問題で、やはり委員会の委員をやつたときには、それは減刑に価しないという結論であつた、こういうことを言われたのであります。実はこういつたケースのものが一番多いのでありまして、これを減刑に価しないということにされたことは、非常に今後の処理上困るだろうと思いまして、いろいろ押し問答いたしました結果わかりましたのは、何故そういう場合にあのドイツのときに減刑に価しなかつたかというと、アメリカの社会保障制度が非常に発達しておりますので、そういうような何の罪もない家族が困窮しておるという場合には社会保障制度で救済するのだ、従つて本人が出て家族を助けるという必要はないわけだという結論であることがわかりましたので、これは非常に基礎が違うのだ。日本はまだ社会保障制度が発達していないという、殊に終戦後非常に窮乏状態にあつて、そういうふうなことは極めて稀薄であるので、現実に非常に困つておるのだということを言いまして、それは今後一つ研究してみようというふうに申しておりました。それから今まで我々が勧告したのであるが、このやり方等について御注文はないかということを聞きましたところが、一般的にみまして、大体日本側の勧告の書類がよくできておるというふうに思う、併し個々的には多少の注文があるかも知れん、その場合には東京にあるアメリカ大使館を通じて君のほうにいろいろ注文を出すからそのときには十分調査なり何なり協力してくれということを申しました。それではできるだけ協力いたしますということを申しました。
 それから全体的の問題でありまするが、殊に巣鴨の在所者の懸念しておりまするのは、全部一括して返事をするということになつて非常に遅れますが、現在七、八十件アメリカ関係でパロールの勧告をしておりますから、それが一括してやられるということになると非常に時期が遅れる、そういうことがありはしないかということをお伺いしましたら、それはそういうことはない自身のほうとしてはどんどんできたら大統領に報告をしてそうして許可になるものは許可になるこういうふうにやつて行くつもりだ、それからできるだけ早く終りたいと思つている、君のほうから七十三件でありましたか出ておるが、それだけか、それはパロールだけの話で、今後減刑なり赦免について調査をして、それに価する者があればどんどんこちらから勧告するから、そのつもりで一つやつてもらいたいということを話しておきました。
 それから必配いたしておりますもう一つの点は、ドイツとかほかの関係と睨み合わして、或いはほかの関係と打合せをして、こちらの勧告を処理するかどうかということを懸念しておりましたが、その点についていろいろな立場から聞いてみましたところ、全然そういうことはない、却つて向うから他の国でパロールをやつたという例があるかということを私に尋ねておりまして、それはない、国としてはアメリカから第一号の決定をもらいたいのだということを申しておきました。それから向うは調査をどういう組織で、どういう順序でいたしておるのかということを聞きましたので、これは司令部当時にアメリカの進んだパロール制度或いはプロベーシヨンの制度を日本に布くために犯罪者予防更生法という法律ができて、それによつて全国的な組織でできている国内の犯罪者の赦免とか、仮釈放とか何とかを取扱つている。そこの組織によつて全国的に観察し、そういつた機関を通じて十分調査をしておるということを話しておきました。
 それから向うで司法省関係のベンネツト氏が尋ねておりまして、非常に今後注意しなければならないと思いましたのは、君のほうの勧告は、在所者が申請したものはすぐ全部そのままこちらに出すというふうにやつておるかどうかということを尋ねておりまして、いや、それは価しないものは勧告はしないという考えであるから、そういうことはないというふうに話しました。それじや件数がどのくらいあるか、いや、それは私は覚えておらん。併し現在相当日数がたつても、まだこれでは不十分だと言うて調査をしておる、保留しておるものはたくさんある、こういう話をしておきました。その辺、その点からやはりこの問題に対するアメリカの現在の考え方が有利に、好意的ではあるにしても、我々が感じておるほどではない。結局その措置は、気の毒なものもあるかも知れないけれど、気の毒でないものもあるのじやないか、こういつたような点もあるということを私は感じて参りました。それから三時間ほどベンネット氏にも別に会見したのでありますが、その間に巣鴨の処遇について何ら向うから注文といいまするか、批判といいまするか、非難といいまするか、そういうことは一かけらも聞かなかつた点は、何だかこう考えさせられるものがあるような気が今でもいたしております。ただこの新木大使その他日本大使館のかたも非常に心配しておられましたのは、丁度私が参りまする一ヵ月ほど前に、外字新聞記者と在所者が会見をいたしまして、そうしてUP、APの記者がいろいろとその中の人に対してしつこく尋ねまして、結局自分たちはあの裁判は、不当であり、過酷であると思うということを言いましたのが向うの新聞に出た。そういうことはまあアメリカと折衡されておる大使がたは非常に心配をしておつた。こういう問題についてはよほど慎重に政府として考えて欲しいと、こういうことでございました。丁度この九月の幾日だか忘れましたが、九月中にアメリカの在郷軍人会がニユーヨークでございました。アメリカでは在郷軍人会が非常に各地方々々まで支部みたいなものを持つて、政治的な力もあるのです。丁度九月にその在郷軍人会の大会がニユーヨークであつたのでございますが、十何万という代表が全国から集つて大会をしていろいろ選挙に対する決議もし、その際に、丁度そのときに記者が、巣鴨の人が戦争裁判は不当である、過酷であると言うておるという記事が向うに出たので、それが反映して、在郷軍人会のほうでアメリカの政府に対して赦免することはけしからんというようなことを決議でもされると非常に困ると思つておつたが、幸いにしてそういうことはなかつたが、今後もそういう問題については十分慎重に考えてくれ、政府としても、アメリカ政府でも国務省あたりは相当こちらに対してまあ理解のあるような態度でこの問題を進めたいという際なんだから、而もこちらの勧告を向うで取上げて審理しようとして委員会まで作つてやつておるときなんだから、よほどその点は慎重にしてくれということを新木大使は私に申しておりました。それからこれはベンネツト氏に会つたときでありまするが、いろいろ雑談をしたり、いろいろな話をして、裁判のときには相当国情が違い、日本の事情を知らない人が裁判をしたため不当と言えば不当と言える裁判があるのだ。一例としては、俘虜収容所の所員が、終戦真際食糧が非常に不足している。併しこれに対してできるだけいい食物を与えたいというのでごぼうを買つて来て食わした。その当時ごぼうというのは我々はとても食えなかつたのだ。我々はもう大豆を二日も三日も続けて食うというような時代で、ごぼうなんてものはなかなか貴重品であつた。そのごぼうを食わしたところが、それが乾パン代りに木の根を食わして虐待したというので、五年の刑を受けたという、こういう例もあるのだという話をしましたが、これはそういうようなことが本当ならばそれは自分たちも赦免を考える。自分のところでこれは処罰すべきでない、これ以上処罰を続けるべきじやないということになれば、自分は委員会の権限として赦免を勧吾する。個別赦免ということになるわけでございますが、この点は私減刑と仮出所だけがその委員会の権限のように聞いておりましたので、その点を重ねて聞いたら、それは確かに自分たちの権限だということを申して、君のほうでそういう事案があるならばどんどん遠慮なく勧吾書に書いてくれ。この出所の勧告書は一応できておるけれども、出れば簡単だからというので、自分の書類棚から書類を、私のほうに勧告書を持つて来ました。もつともつと遠慮なく書いてくれ、幾ら長くても自分たちは読む、君のほうの注文があるならば、言いたいことがあるならばどんどん書いてくれ、こういうことを申しておりました。その会見と言いますか、会談と言いますかを通じまして私はちつともいやな印象を受けませんでした。極めてゼントルマンで、話せばよくわかるし、いろいろ議論して行けばこちらの事情がわかつて来れば向うが頷くという態度でございました。
 結局帰つて参りまして感じましたことは、全面赦免というようなことは、アメリカの国内政治情勢から言つて、まだ大統領その他のいろいろな多少情勢が変つて来なければ、向うとしては本当に取上げるという段階にないのじやないか。そうして向うの政府としては個々的に解決をして行きたい・こういう向うの方針であるということは、日本の大使館のかたもそういうふうに観察しておられました0現在の段階はやはりそこにあるというふうに考えて参りまして大臣にも御報告申上げ、そうしてこれを本当にやるのには相当な人も要る、金と人とが要る。これを相当かけなければ、相当長い時間かかることになるということを申上げて、調査なり翻訳なりについての陣容の強化ということをお願いして御了承を得ました。現在の大蔵省の予備金で要求をすることにいたしております。準備も進めております。さような関係で、帰りましてから、少いながらもできるだけその方面に人を廻しまして、現在三名ぐらい絶えず巣鴨に参つておりまして調査を進めております。その結果現在の段階を御報告申上げますが、来年の一月末までに、現在アメリカとの了解のついている、刑期三分の一に達すれば仮出所の資格を有するものとするということを建前として勘定いたしまして、現在八百十名巣鴨に在所いたしておりますが、来年の一月末までにその資格を有する人については調査は全部済んだと申上げてもいい段階でございます。現実にはまだ期間が来ないために勧告していない人、又翻訳中のものが若干ございますが、来年の一月分は調査は全部済んでおります。それで一月になりまして残るのが四百十六名程度でございます。これは刑期の長い人、無期の人、こういつた人が四百十六名ございます。これはどうしても個々的に減刑なり赦免を勧告して、そうして処理をしなければならない人です。その人についていろいろと検討いたしまして調査をしまして、今日まで七十名くらいの人についてほぼ調査が済み、そのうちの一部は赦免の勧告をいたしております。その赦免の勧告は四件いたしました。それから審査会で決定が済んで赦免を勧告するという決定ができまして、現在翻訳中のものが二十四名、それから近く決定されるという、審査会に事務のほうから出して審査会の委員が審査過程中にあるのが十七名、それから、調査がほぼ完了したというのが二十名、調査だけは一応済んで、これは浄写したり書類を整理しているのが十二名、結局その後私の帰りましてからいろいろな方針を立てて、そうしていたしまして個別的に一応手を打つたというのが合計しまして七十二、五名、こういう状況でございます。今後この調査を全部について進めて参る、そうして勧告に相当な人については、書類を作成して御報告いたしたい、かように考えております。なおこの四百十六名の中で三十名くらいはオランダとフランスですが、そのほかは全部アメリカ関係であります。
○長谷山行毅君 何名がフランスですか。
○政府委員(齋藤三郎君) フランスが二名でございます。オランダが二十八名。なお私が帰りまして十日ばかりのうちに第一回の仮出所の決定がアメリカ側から参りまして、今日までに四回に分けて十九名仮出所の許可の決定が参つております。いずれも本人たちの都合、意見等も聞きまして、全部釈放いたしております。
○委員長(岡部常君) 三人委員会というのはいつでございましたか。
○政府委員(齋藤三郎君) 今年の九月の四日に大統領から命令が出まして、九月の五日にこれが成立した。そうして九月の下旬に、二十九日であつたかと存じておりますが、第一回の会合があつて、それから第二回が六日でございます。その方針は、大体一週間に一度月曜日にいたす、こういう建前のようでございまして、その後どういうふうに変化したか、それは存じておりませんが、恐らくそうだと思つております。
○委員長(岡部常君) 名称はどういうのですか。
○政府委員(齋藤三郎君) 日本人戦犯に対する赦免仮出所委員会といつた名前です。
○委員長(岡部常君) それから人名ですね、もう一度……。
○政府委員(齋藤三郎君) 委員長がスノー。
○委員長(岡部常君) 国務省ですね。
○政府委員(齋藤三郎君) 日本の外務省に当るものです。
○委員長(岡部常君) 国防省は。
○政府委員(齋藤三郎君) 国防省はケントという人です。
○委員長(岡部常君) 司法省がベンネツト……。
○政府委員(齋藤三郎君) 情報局長の、ベンネツト。
○委員長(岡部常君) それから、初め何か権限は減刑とパロールに限り、赦免というのは権限外だと言われたとかという……。
○政府委員(齋藤三郎君) そういうことを聞いておつたのです。向うへ行つていろいろ話した結果、赦免も個別赦免については自分たちの権限内である……。
○委員長(岡部常君) 全面でなく…。
○政府委員(齋藤三郎君) 全面については、大統領から別に諮問がないので、自分のほうとしては権限がない。個別赦免については大統領から諮問があつて取扱う。
○委員長(岡部常君) 全面釈放の代りに減刑を適用したらいいだろうということを言つたそうですね、その減刑の程度は……。
○政府委員(齋藤三郎君) これがいろいろ聞きましたらわからないのです。但し一度でなくても、理由さへあれば二度でも三度でもやつていいのだということを申しております。併しその理由というのが、一方的理由だけでは刑の量定が、不均衡である。或いは高齢とか、病弱とか、こういつた狭いことでございますので、今巣鴨の中に入つている人が一番心配しておられる。勿論自分たちのこともございますが、家族が非常に困つている、それは一応向うでは減刑の理由にはならないというのですが、だんだん聞いて見ると、国の富が違うといいますか、国が違うからそうした結論が出るので、日本の事情をよく一つ向うに訴えたい、向うもそれは十分研究する、こう申しておりました。
○委員長(岡部常君) そうすると減刑の基準、それから減刑の程度ということは、まだ準則はないのですね。
○政府委員(齋藤三郎君) ないのです。
○委員長(岡部常君) それから、勿論準則となるべき基になるほかの法令ももございませんですか、コンモン・ローによるとか何とか、特別の法によるとかというようなことは示しませんでしたか。
○政府委員(齋藤三郎君) 示しませんでした。
○委員長(岡部常君) そうすると今後折衝の余地があるんでしようね。
○政府委員(齋藤三郎君) そうです。
○委員長(岡部常君) それから先ほど巣鴨の収容者と日本における外国人記者との接見の様子が出たことによつて、向うの与論、殊に在郷軍人会なんかを刺激しちやいけないというお話でございましたのですが、それはわかりますが、そういうことに関して反対でなく、恐らく尤もだという説も、広いアメリカですから、民間或いは学者とか、殊に民間でも法曹界など、弁護士会なんかはそういうことがあるのじやないかと私は想像するのですが、そういうふうな点について何かお探りになつたようなことはございませんか。
○政府委員(齋藤三郎君) そこまで探ることはできませんでした。
○委員長(岡部常君) それはお避けになつたのですか。或いはそういう便宜がなかつたのですか。
○政府委員(齋藤三郎君) そういう便宜がございませんでした。避けることは、全然避けようとは思いませんでした。
○委員長(岡部常君) そういうふうな折衝をなさる機会はございませんでしたか。
○政府委員(齋藤三郎君) 私の行つたときはございませんでした。
○委員長(岡部常君) 弁護士会などに探つて頂くような機会はなかつたのですかね。惜しいですね。
○政府委員(齋藤三郎君) これは日本にバ一アソシエーシヨンというアメリカ流儀のやつが最近できまして、およそその方面でやつて、アメリカのバーアソシエーシヨンというのは非常に勢力のある、権威のあるもので、そういうところとも一般的に連絡があるかと存じます。そういう方面も一つやつて見たらどうかと思います。
○委員長(岡部常君) 何やら伺つていると、大使館のほうなどでどうも少し遠慮し過ぎているような、何だか怖いものに触れないようにわざわざ避けているかのような感じを受取りましたが、そういう点は如何ですか。
○政府委員(齋藤三郎君) 私はアメリカ大使館は非常に戦犯の問題について熱意を持つておられるということを看取して参りました。ただ向うに行つておられるとやはりその点が非常に心配になるのじやないかと私は思います。
○委員長(岡部常君) 速記をとめて下さい。
   午後三時十三分速記中止
   ―――――・―――――
   午後三時三十二分速記開始
○委員長(岡部常君) それでは速記を始めて下さい。本日はこれを以て散会いたします。
   午後三時三十三分散会
   ―――――・―――――