第016回国会 厚生委員会 第7号
昭和二十八年七月二日(木曜日)
   午前十時二十二分開会
  ―――――――――――――
  委員の異動
六月二十九日委員湯山勇君辞任につ
き、その補欠として高田なほ子君を議
長において指名した。
  ―――――――――――――
 出席者は左の通り。
   委員長     堂森 芳夫君
   理事
           大谷 瑩潤君
           常岡 一郎君
           藤原 道子君
   委員
           榊原  亨君
           中山 壽彦君
           西岡 ハル君
           横山 フク君
           林   了君
           廣瀬 久忠君
           竹中 勝男君
           山下 義信君
           有馬 英二君
  政府委員
   外務政務次官  小滝  彬君
   外務参事官
   (外務大臣官房
   審議室付)   広瀬 節男君
   厚生省公衆衛生
   局長      山口 正義君
   原生省医務局長 曾田 長宗君
  事務局側
   常任委員会専門
   員       草間 弘司君
   常任委員会専門
   員       多田 仁己君
  ―――――――――――――
  本日の会議に付した事件
○社会保障制度に関する調査の件
 (九州地方水害対策に関する件)
 (比島戦犯の釈放に関する件)
 (厚生省関係昭和二十八年度予算に
 関する件)
  ―――――――――――――
○委員長(堂森芳夫君) 只今から厚生委員会を開会いたします。
 社会保障制度に関する調査の一環として、九州地方水害対策について前回に引続き政府当局の説明を聴取いたします。曾田医務局長から説明を願います。
○政府委員(曾田長宗君) 今回の水害に当りまして医療機関の被害状況又それに対しどういうふうな方針を持つておるかということを申上げてみたいと思います。
 医療機関と申しましても、具体的な情報が只今入つておりますのはやはり国立の施設でございまして、その他のものについては極めて断片的であり、又こちらからもこの報告の大体要点をしたためまして、できるだけ早く報告を集めますように各県に連絡いたしておるわけでありますが、今日まで入りましたこの国立病院の被害状況というものを大ざつぱに申上げてみまして、なお御質問がございますれば個々の病院についての状況を報告させて頂きたいと思います。
 全般的に見ますと、殆んど被害地区における全施設が何らかのこの損害を受けておるわけでありますけれども、幸いにして収容患者に対しましてはいささかの異常もございませんで、診療に大きな支障を来たしておるというようなことはござません。浸水の状況は殆んどすべての病院が部分的或いは全面的に浸水されておるわけであります。建物は、主要な建物は大きな損害を受けておりませんのですが、渡り廊下というようなものが流失いたしましたところが数箇所ございます。又その土地の関係から、所によりましては崖崩れというようなものを生じておりまして、こういうような建物の流失その他の損害及び崖崩れというようなことのために、その復旧のためには相当額の金額を要するのではないかというふうに考えられておるわけであります。又そのほか全般的に衛生関係としましては、浸水のために便所等が使用不能になつておる、或いは電気が止まるというようなことのために、排水、給水等にいろいろと支障困難を来たしておるというような所もございます。食事関係といたしましては、おおむね主食については貯蔵が十分でございまして心配はないのでありますが、一番困つておりますのは、やはり生野菜の問題でありまして、その補給についていろいろと現地において、又他の地区と連絡をして、いろいろと補給を図つておるというような状況であります。最も被害が大きいと考えられますのは、佐賀の療養所でございまして、今までのところ各施設からまだ詳細な報告が参つておりませんけれども、復旧に約一千万円程度のものが必要ではないかというような報告をよこしております。
 なお国立以外の施設につきましては、先ほど申上げましたように、残念ながら今日まだ十分な資料が入つておらず、今この資料の収集に努めておる段階でございますが、そのためには今後いろいろこの経費の上でも何らかの援助措置を講じなければならんのではないかというふうに考えられておりますが、只今のところでは各県と連絡をいたしまして、各県知事がこの民間の医療機関の復旧というようなものに必要な融資について、できるだけ援助をお願いするというようなことも手配いたしております。
 それから又、前から計画に載つておりましたいわゆる医療施設に対する金融措置といたしまして、国民金融公庫から大体一億程度のものを廻すという話が前から進んでおつたわけでありますが、こういうような緊急事態が出ましたので特に災害地におきましては、この一億を優先融資をいたす。この被害地に対して優先融資するというような措置をとりたいというように考えて、関係の筋ともお話合いをしておりますので、現地の各府県のほうにも連絡いたしまして、そういう便を御利用下さるようにこの医療施設の経営者のかたがたにも御連絡するというような措置をとつております。極めて簡単でございますけれども、大ざつぱに申上げました。御質問に応じて又申上げます。
○榊原亨君 先日本委員会が、今度の災害について厚生省当局の御調査並びに現状について承わらせて頂きたいというときに、医務局のほうからどなたも係官がお見えにならず、又我々のほうから御質問申上げましても所管外のかたがたが多いために適当なお話を承わることができなかつたのでありますが、この災害については医務局はそれほど冷淡なお考えでございますか。
○政府委員(曾田長宗君) 只今の御質問でございますが、誠に申訳ないと思いますが当日におきましては、私どものほうに通知を受けましたのが、正確に時間は覚えておりませんけれども、殆んど六時近くになりましてから通知を受けましたので、恐らく途中でこの連絡の事務に当つております方面で手違いがあつたものと思うのであります。私どものほうに通知を受けましたのがその頃でございまして、私そのとき実は参議院の議員の方のところにちよつとお伺いしておつたのですが、そちらのほうに連絡がございまして、そして早速こちらのほうに駈けつけて参りましたのですが、私こちらに到着いたしましたらもう済んだところだということでございまして、誠に申訳ないと存じますけれども、私ども通知を受けましてからは直ぐに参つたような次第でございます。その点御了解を願います。
○榊原亨君 大体事情がわかりましたのでありますが、この水害に対しましては、ほかの省或いはほかの局と同じぐらい劣らぬ御熱意を以て対処しようというおつもりなのでうございますか、承わらせて頂きたいと思います。
○政府委員(曾田長宗君) 他の局に劣らず私どもも遺漏なきを期したいという熱意を持つています。
○榊原亨君 只今承わりますと、国立病院の被害については御報告がございましたが、その他の医療施設についてはまだわからんということでございまするが、浸水を受けました個所における医療機関の数はどれくらいでございますか、承わらして頂きたいと思います。
○政府委員(曾田長宗君) 只今数字はちよつと申上げる資料を持ち合せておりませんでございますが、時間を暫く頂載いたしますればすぐに概算はできると思うのでございますが、そうさせて頂きたいと思います。
○榊原亨君 農業関係その他の部署におきましては実際上の調査がはつきりわからなくても、その浸水の度合いによりまして大体の概算を計算して出しておられるのであります。只今承わりますと、数日を経過した今日においてもなおまだ調査報告がこないから医療機関が何ぼやられたかどうかということが数学的に御発表になれない。而も私承わらさして頂きたいと思いますのは、先ほど一億円とおつしやいましたあれは、今度の水害のために医療機関に融資するお約束ではなかつたはずであると私は思います。それは何も不必要な金ではなくて、当面いたします医療機関の整備をいたしますためにはどうしてもなければならん金を借りるために五億円という枠をつけ、そしてそのうち一億円は国民金融公庫からということになつておつたと思うのでありますが、今度の水害において必要な部門に廻されるべきものを保留して、そうしてそのほうだけでそれを融資することによつて今度の大水害の医療機関の被害をカバーしようというお考えでありますか。承わらさして頂きたいと思います。
○政府委員(曾田長宗君) 大体この災害とは無関係に医療機関に融資すべきものとして予定しておりました一億円、これを取りあえず優先融資をするという措置は、いわゆる特に優先というところだけが特別でございまして、特に枠が拡がつたという意味ではございません。今の措置といたしましては取りあえずそういたしまして、そしてそのような特別な事態によつて必要となりました分の増額ということは更にこの関係筋と十分に協議して増額を考えたいというふうに考えております。
○榊原亨君 災害復興のために要します費用を単に国民金融公庫の貸出金だけでこれをカバーしようというお考え或いは国民金融公庫の貸出金だけを枠を拡げようというお考えだけでありますか。鳥取のあの限局された震災におきましても、例えば健康保険の医療費の先払いその他の貸出金以外の措置がとられておると私は思うのであります。先日御報告になりましたところの予算のうちにおきましても、鳥取震災におきましては特に国保法の補助金のうちから貸出したというようなことになつておるのでありますが、そういう措置を講じないで、国民金融公庫の一億円だけでそれをやろう。又将来災害がはつきりわかつたら枠を拡げてやろうというような、そういう生ぬるいことだけで医療機関のことをやろうというのでありますか。特に赤痢はだんだん殖えておる。急場のところはこのほかの救助法によつてできるかも知れませんが、これからあとに長い目でみましたところの現地におけるところの医療或いは伝染病の予防といいますものに対しましては、どうしても医療機関の復興ということを考えなければならんと思うのであります。その点についてどんなお考えでいらつしやるのでございますか承わらさして頂きたいと思います。
○政府委員(曾田長宗君) 先ほど申しましたことは、それだけという意味ではございませんので、お話にも触れましたように、特に医療機関だけに対してという問題については話が急速にまとまりませんので、いろいろ全般的な医療施設だけではなしに、全般的な被害地に対する金融特別措置が講ぜられます。そのうちのこの医療機関の復旧ということも十分なウエイトを以て組み入れられるように県のほうに連絡いたしておるわけであります。それから只今この国保の支払金の前渡しというお話につきましては、これは保険局の所管ではございますけれども、連絡もいたしまして、さような措置を今回の被害地に対してもいたすことにしております。
○榊原亨君 言葉尻をとつて何とか申上げるのではありませんが、只今のは国保ではなしに、社会保険の意味でございましよう。
○政府委員(曾田長宗君) 失礼でございますが……。
○榊原亨君 社会保険の診療報酬の前渡し……。
○政府委員(曾田長宗君) さようでございます。
○榊原亨君 それから更に私はお伺いさして頂きたいと思うのでありますが、大体において非常に御熱意があるようでありますから、これは現地の都道府県のほうに連絡してそれを督促するというのではなくて、中央におきましても、すでに農業関係その他の建設関係におきましては、すでに相当な額において被害の概算を測定し、そうして関係筋に御要求になつておられるのでありまして、その点において医務局のほうでも強力にやつて頂きませんと、ただ現地の都道府県等に任しておいてやるというのでは生ぬるいのであります。この点を特にお願いいたしたいと思う。
 なお最後にもう一回承らさして頂きたいのでありますが、この災害の問題につきましては、関係の団体、例えば日本医師会、或いは歯科医師会と御協議になつたことがありますか。
○政府委員(曾田長宗君) 只今の御質問に対しましては、今までのところ特別に会合を持つたということはございません。なお各被害県との連絡のためには私どもの整備課長を現地に只今派遣いたしておりまして、十分な連絡をとるようにいたしております。
○榊原亨君 官庁だけでこういう仕事をしようというときに間違いがあろうと思います。必らず例えば日本医師会、歯科医師会というような団体にも御相談なさつて、官民両方が協力してやらなければ、こういう仕事はできないと思う。官庁だけでこれをやろうというところに間違いがあろうと思うのでありますが、この点今後特に御注意願いたい。以上であります。
○林了君 大体私の言おうと思つたことは今榊原委員から発言がありましたのですが、先ほどの国民金融公庫の一億というものについての優先的にこれを援助対策のほうに使おうというこの政府のお気持は私どもも同感です。但し今指摘されたように、果してどれくらいの機関がこれに対して打撃を受けているかという調査は、これは即刻に一つやつて頂きたい。重ねてくどいようになりますけれども、関係団体と政府はすぐにこういうときに密接な連絡をして頂いて、その所属団体によつても、この調査方法なり或いは又援護の方法なりということをどういうふうに考えてるかということは、これは今回だけでなく、将来の問題もありますから、これは私からも重ねて政府に要望する次第であります。
 なお一億円で足りるか或いは又余るかということについてのことはまだおわかりにならないと思いますが、国民金融公庫の一億円をこれに充てるか或いは又中小企業の枠に入れてあるという四億円の中から幾らかこれを出して行くかということは、恐らくまだそこまで考えておらないだろうと思いますが、これに対して対象が違いますから、これを一体局長はどういうふうに按配されていくかということでありますが、国民金融公庫に当てられた一億円だけをそれに持つて行くというお考えか、或いは四億の中からも幾らか出し、一億の中からも幾らか出すというふうに持つて行かれる考えであるか、これを一つ伺いたいと思います。
○政府委員(曾田長宗君) 私ども考えておりますのは、そういつた国民金融公庫の一億円だけというふうに考えておるわけではないのでございますが、今日まだ中小企業金融金庫が正式に設立をしておらないと了解しておりますので、そちらのほうが片づきますれば、そちらのほうもこの目的のためにできるだけ活用して参りたいと考えておる次第であります。
○林了君 今局長が言われた答弁で了解できますが、大体一億自身もまだ予算が通つておりませんから果してどうなるか、これもわからんので、中小企業金融公庫の問題も当然そういうことは言えるのですが、その点は同じことだと思うのです。それから是非厚生省に要望いたしますことは、福井県の震災の対策のときにも同様の問題がありまして、ここの委員長も大変そのときには御奮闘されましたし、私ら自身もこの問題については、相当前の東局長時代にやりましたのですが、如何にも厚生当局のこれに対する腰が弱いというか、ほかの各省に対して、比較してみますると、県自体もこの衛生方面の復興ということに対しては、県知事なり、或いは府知事が来て、真先に取上げないで、出納長にこれを相談いたしまして、私が行なつたときに漸く医務課長が出て来る、衛生部長もその問題については出てやつたけれども、第一次の要求は衛生関係の復興は出ておらない、まず産業である、第二次の要求にそれが載つている、従つて復興が非常に遅れたという事実があるのでありますが、その際にも厚生当局に、ちようど竹田大臣のときでありましたか、このことを強く要望いたしまして、まず第一番に貿易の問題がすぐ出るのだ、この問題は厚生省では一体どういうふうに考えるかということを、やかましく言つておきましたので、恐らく今回も厚生省当局のとられていることは手違いはないし、手遅れはないと思いますが、まず第一番に先に手を着けなければならないことはこの方面だということを申しておきましたから、どうか政府当局では今榊原委員の言われたことを私からも相当強く要望いたします。今後は陣頭に立つて事をやるというところの熱意を、各県に対し厚生当局みずからこれに突入して頂きたいということを私は要望するものであります。
○委員長(堂森芳夫君) 他に御質疑はございませんか。
○有馬英二君 今日の新聞に、もうそろそろ疫病の発生が水害地にあつたようなことが出ております。その点はどういうふうなことになつておりますか。
○政府委員(山口正義君) 伝染病の発生状況を私から御報告申上げます。今朝までに私どもの手許に入りました報告によりますと、赤痢患者が合計百六十九名、赤痢疑似患者が二十六名、赤痢保菌者が四十五名、合計二百三十名余りになつております。私どものほうといたしましては、この前の委員会でもここで申上げましたように伝染病予防につきましては特に注意をいたしまして、各県に指示をいたしております。又各県でもこの前特に講習もいたしましたことでございますので、防疫班を編成いたしまして防疫活動に従事いたしております。この前申上げましたときには、まだ水もひいておりませんところでは、なかなか防疫班の活動が思わしくないということを御報告申上げましたのでございますが、その後入りました状況によりますると、漸次水もひいて参りましたので、防疫班を各県ともそれぞれ編成いたしまして、この前申上げましたように、福岡、佐賀には他県からの応援班も参りまして、すでに防疫活動を実施いたしておるのでございます。赤痢の患者が百数十名発生いたしておりますが、これは誠に申訳ないことでございますが、赤痢の発生が昭和二十四年以来逐次増加いたしておりまして、今年は五月中旬には前年に比べまして一三%ぐらい減少しておりましたけれども、なお相当全国に発生いたしております。この被害を受けました山口、長崎、佐賀、福岡、熊本、大分という六県の合計昨年の同期が、大体三百三十名でございます。但し今回の二百四十名余りは、水害の被害地だけでございますので、直接比較するということはできないのでございますが、私どもの今の推定によりますると、昨年よりやや増加しております。これはやはり水害の弊害があると考えておりますので、私どもはそのほうに対しましてできるだけの、この前も申上げましたように早目に薬剤を投用するというようなことになりまして、できるだけこれを防遏するというような努力をいたしております。防疫費につきましては、六県から合計一億二千四百五十万円概算要求が参りましたが、そのうち四千四百万円だけ六県に対して概算払いをするように決定いたしまして、早速その手続をとるようにいたしまして、又保安隊の衛生工作隊の応援を得ておりますので、昨日の午後一時に久里浜衛生工作隊が四十五名、エンジンダスター五台背負い式のダスター大五十五台、小を二十台携行いたしまして福岡へ参りまして、福岡の本部の指示によりまして、各県にそれぞれ手分けして出動するというふうにいたしております。
○委員長(堂森芳夫君) 次に比島戦犯釈放について、外務省及び引揚援護庁から説明を願います。
○藤原道子君 比島の戦犯の釈放問題につきましては、これは国民等しく心から念願し、あらゆる陳情を行つて来たことは、国民運動となつて現われて来たぐらいの熱願であつたわけでございます。それについて幸いにも七月四日のフイリピンの独立記念日を期して、非常な恩典によつてこれが釈放され、或いは死刑囚が減刑されるということは、誠に御同慶の至りで、比島のこの御措置に対しては、心からなる感謝を捧げるものでございます。これに対して外務省としても随分お骨折をして来られたと思いますが、今日に至りますまでの経過、向うへ交渉されて参られました経過を私は先ずお伺いをいたしたい。そうして又今度釈放されることのおよそのお見通しのついた、又外務省で、それを知ることのできたおよその日時を伺わせて頂きたい。
○政府委員(小滝彬君) 只今藤原委員から申されましたように、フイリピンが人道的の見地から釈放し、或いは減刑するという措置を独立記念日に際してとるということになりましたことは同慶の至りでありまして、これにつきましては外務省のみならず、藤原委員をはじめ多数のかたが御努力下さつた結果として、私ども感謝に堪えないところであります。これまでの経緯、又見通しにつきましては、詳細は又この係りであります広瀬外務省参事官から説明して頂きたいと考えますが、今度死刑から無期になるのが大体五十七名、それから全部許してもらつて特赦を受ける者が五十一名と、百八名ということになついてるのは御承知の通りだと思います。これにつきましては年内に成るべく早く帰すということでありますが、はつきりしたその時日はまだわかつておりません。一応これまでの経過、それから先の見通しについて詳細は今から広瀬外務省参事官に説明してもらうことにいたします。
○政府委員(広瀬節男君) フイリピンの戦犯に関しましては現在まあモンテインルパに百八名在監しておりまして、最初の戦犯、そのうち死刑は五十九名であつたのでありますが、今回そのうち二名が死刑囚から一挙釈放になりましたものですから、無期刑に下げられた者が五十七名でありまして、釈放者五十一名、これは只今政務次官から言われた通りであります。この比島の戦犯に関しましては、従来民間を通じ、或いは外におきましてはローマ法王にお願いしましたり、或いは比島の有力者に働きかけまして、あらゆる手を尽して参つたわけでございますが、この二月十七日には総理からもキリノ大統領に懇篤なるメッセージで、何とぞ速かに一日も早く比島の戦犯が釈放或いは内地帰還を許してもらえるようにということも総理からもメッセージを頼まれました。それからエリサルデ外相が英国の女王の戴冠式のときにローマ法王に謁見しましたときにも、ローマ法王から懇篤なる日本戦犯の釈放に関してメツセージを外相に手交しておられます。それから五月二十三日には東京におりますフィリピンの使節のインピリアル公使が岡崎大臣に、七月四日には大統領が日本の戦犯に関して非常に重大な声明を行うという内報を本国政府から受けたからお報せするということでありましたが、この内容を確めましたところが、一向こちらの公使は内容は知らないが、重大な声明を行うはずだという内報が大臣にあつたわけであります。その後マニラの中川所長からも、大統領がこの七月四日を期して少くとも五名、一名は、その中には死刑囚がおりますが、無期、有期を含めまして五名は釈放する。そうして更に追加して十五、六名の釈放は我々の努力によつてありそうだという報告がございました。我々としましては、もつと更に大なる期待をもつて待つておりましたところが、この二十六日に大統領が、当時モンテインルパにおります加賀尾教誨師にマラカニアンの宮殿に来てくれということでありまして、わが外務省の金山参事官が随行しまして大統領に謁見しました。その大統領の席にはリベラル党の次期の副大統領候補者のユーロだとか、或いは下院議長のペレス、或いは大統領実弟のアントニオ・キリノ、こういう人たちが列席しまして、実は七月四日に日本戦犯に対して五名は釈放する。それから他の者は内地に帰還させる。ついては更に申込みがないかということでだんだん人数を言つておりますうちに、その際は二十六名までが釈放ということであつたのであります。まあそれに感謝して別れたわけでありますが、後刻大統領の弟さんのアントニオ・キリノさんが非常に兄さんの大統領を説得しまして、一挙に大回転をしまして、五十九名の戦犯のうち、死刑者のうち二名は釈放し、五十七名をこれも皆無期にして、あとは全部無期刑、有期刑の人は釈放すると、そうして無期刑の人は内地の巣鴨において服役することを条件として年内に帰す、こういう報道をしたわけであります。これは飽くまで七月四日の大統領が大赦令を発布するまでは極秘という両者の了解で帰つて来たのでありますが、御承知のように新聞でUP・APで洩れましてああいうふうに大々的に出ましたので、比島政府も二十八日に発表、日本側も発表するということになりまして発表、それからまあ大臣の感謝の言葉を載せまして、当時こちら側からは漏れなく大統領、外務大臣その他フイリピン関係者に謝電を打ちまして、同時に他の関係国、今戦犯を抱えております英、米、蘭、濠洲、こういう所に駐在しております我が大使にも、こういうフイリピンの寛容なる措置の内容を打ちまして、一段と今後の戦犯の釈放、減刑、仮出所、そういう措置に関して努力するようにという訓令を出したわけであります。こうしてこの無期刑になりました人が年内に送還というので、我々一抹の不安を持つておりましたところが、昨日夜遅く電報が参りまして、無期の人も一緒に釈放の人と同時に帰れるということになりまして、七月四日以後はいずれも帰れる状態になりましたので、わがほうとしましては、当地のフイリピン側の希望も在外事務所からの報告によれば船を日本から派遣してくれというので、今日今早速配船の打合せをやつているわけでございますが、配船に手間がかかるなら飛行機を使わなければならない、こういう考えをしているわけでございます。帰つて参つたかたのうち五十七名のかたは巣鴨に服役されるわけでありますが、向うの内報によりますと何とか年内には非常にいいニユースがあるから、そう心配するなということで我々としては全幅の期待をもつている次第であります。大統領選挙でも済めば又第二次の釈放で皆さん出られるようなことになるのではなかろうかという私たちは期待をもつております。現在までの比島におきます戦犯の状況は大体そういうところでございます。
○藤原道子君 実は只今お話のキリノ大統領の実弟のかたから私どももお手紙を頂戴している。又彼の地に行つたときも温かいお言葉を頂いて来ていたわけなんでございます。それで外務大臣に対しましてもしばしば私はいろいろな手を打つことを進言して来たものでございますが、今日になりましたことは誠に喜びに堪えないわけでございます。ところがこの戦犯の釈放のまあ内報と申しましようか、そういうものが伝えられ、外務省はそのことによつて順次手を打つておいでになつたにもかかわらず、厚生省の引揚援護庁とのお打合せ等は殆んどなされていなかつたやに聞いておりますが、この点は十分な連繋の下に今日までお進めになつたかどうか。配船とか、或いは諸手当につきましてはこれは援護庁の関係である、かように存じますが、殆んど秘密裡に行われて、厚生省では余りこれを関知しなかつたというようなことを聞いておりますが、それは事実であるかどうか、こういう点について私はお伺いしたいと思います。
○政府委員(広瀬節男君) お答えいたします。私が戦犯の仕事を命令されまして引受けましたのは六月七日からででございます。大体援護庁の中に昔の復員局がありまして、これが我々と会議をしまして密接に連絡をしておりましたから、当然援護庁から出ております復員局当事者が援護庁の幹部に連絡して下さることは当然なんでありまして、我々としては一々援護庁の次長を呼び出したりしてやつているわけじやございません。我々のほうは援護庁の人、法務省の人とは会合して時々情報を流しております。ただ申上げた今度の釈放ということは、少くとも二十七日、先般の土曜の夜などは、我々に対しては極秘で、絶対に七月四日までは大統領も発表しない、日本側も発表しちやいかんということで、これは流しようがないわけであります。それが今申しましたように、新聞が発表しましたので、向うが発表するからこつちも発表してくれということになりましてからは、正式に連絡をとつているわけであります。但し引上げがいつできるかというようなことは、これは早速マニラのほうに電報を打ちましたが、何分にも相手方のあることでありまして、いろいろな条件、手続等がありますから、極秘でありまして、こちらでは臆測できません。できませんが、飛行機なり、船なり、何かあらゆる手を尽して早く帰してもらうようにしましよう、更に釈放者のほうは直ちにということになつても、無期刑者に下げられた人たちは年内ということになつて、いつという見通しは付きませんから、こちらからも国民の要望、家族の要望があるから、同時に帰れるように交渉してくれという結果が、今日の電報で両者とも同時に帰すという結果が現われて来たのであります。まあ具体的にはそういうふうなことでありますが、取りあえずこちらからはサゼツシヨンとしまして、七月十三日にマニラを出るクリーヴランド号があるから、それ以外の船というのは全然見通しがつかないから、できるならリザーヴエーシヨンをやつて乗せろと、こういう電報打つた、これは援護庁からのサゼツシヨンであります。ですから援護庁へ私のほうは何にも手を打つていない、連絡をしていないというのは事実に反しますので、少くとも我々のほうとしては密接な連絡をして来ている次第であります。
○藤原道子君 極秘だから流しようがないと言われますけれども、厚生省もやはり極秘は守れるはずなんですから、内々の相談はできたと思うのですが、その点がなされてなかつたという点は少しおかしいと思うのです。やはり援護の点につきましては、万遺憾なきを期することが第一大切なことであるし、と同時に七月四日の独立記念日を契機にこうした恩典が行われるということは、もう明らかなのです。そうしてそうなつた場合には第一の場合にはどう、第二の場合にはどうというようなことで、私は緊密の打合せがあつて、然るべきだと思う。お打合せがあつたからといつて、それが直ぐ外に漏れるとは言われない。そんな私は厚生省の援護庁の組織じやないと思うのです。どうも外務省、その他政府のそれぞれの関係において縄張り根性が未だに解けないということをにがにがしく思つているので、この点を特にお伺いした次第であります。私は秘密で外部に漏れては困るということで密接な、何と言いますか、直接にその問題を取扱わなければならない援護庁との間の打合せは十分なされて然るべきだと、こう解釈しておりますが、あなたは外部へ漏れてはならないから援護庁として話合いはできなかつたということになるのでございますか、あなたのお話を伺いますと。
○政府委員(広瀬節男君) これは私の申しましたのは、そもそもの経緯から申しますと、ほかの問題から電報のやり取りをしている間に突然来た電報なんでございまして、七月四日の、これだけの大量の釈放をやるということは来ましたが、これは同時にフイリピン側は絶対極秘にして外部に出しちやいかんということで、これは我々としては信義上守らざるを得ません。発表も本当は向うがしなければ当然こつちもするわけに行かない。七月四日に向うが発表して同時にこつちも発表すべきものであります。援護庁に対して極秘の電報が来たときに、なぜ連絡しないかとおつしやいますけれども、これは私としては、今申しましたように極秘の扱いであり、直ちに援護庁に連絡するということを躊躇しましたのは、万が一にもつまり比島に対する約束が漏れることを恐れて、私は差控えたのでありまして、何にも縄張りとか、或いはそういうことで強いられたわけじやございません。それでありますから、発表しますと同時に援護庁とは、もう即刻配船手続、或いは飛行機、そういう方面の話合いは密接に連絡をとつて来たわけでございます。
○藤原道子君 私はそれがおかしいと思うのです。私もその後やはり戦犯の代表或いは加賀尾さん等から独立記念日を期して何とか釈放になるような運動を起して頂きたいと、殊に昨年の七月十八日にキリノ大統領から、死刑囚は必ず助けてやる、フイリピンに置いておく必要はないが、国民感情が悪いから時期を見て帰そうという確約を頂いており、その後絶えず御依頼のお手紙等も差上げておりましたので、そういう観点から、私に対してキリノ大統領に特別にお手紙で依頼して欲しいというようなことがモンテンルパの戦犯諸君からしばしば参つておりました。そうしてキリノ大統領にもお願いをし、又内報と言つては語弊があるかもわかりませんが、明るい見通しありという知らせば得ていたのです。だから明るい見通しということになればおよそ見当は付く。おおよその見当は付く。従いまして外部へ漏れてはいけないから、極秘の電報であつたからといつて、援護庁へ話さなかつたということは、援護庁長官が外部へ漏らすという御懸念だつたのでしようか。信用がないから話せなかつたということになるのでしようか。その点をもう一遍お伺いしたい。
○政府委員(広瀬節男君) 私は援護庁長官を信用しないから云々というわけじやございません。只今申しましたように、我々の取扱いとしては両者七月四日、殊に大統領の権限でやられることであつて、向うとしても慎重を期しているのでありますから、これは七月四日向うから発表してよろしいと言つたら直ちに連絡しようとこういうふうに思つておりました。これ以上私としては説明のしようがございません。
○藤原道子君 私はおかしいと思うのです。発表というのは外部へ発表するのでしよう。又政府部内においても一日も早く帰してやろうという親心はあつて然るべきでしよう。あなたもそれがあるからいろいろとお骨折をされているのだろうと好意に解釈しているのです。それならば発表と同時に帰すようなおよその心組みをしたからといつて、これが外部に漏れてフイリピンの大統領の心証を害するというふうには私は考えない。外務省のやり方は一から十まで秘密主義で、海外に向つては発表するけれども、国内に対しては発表しない。国会軽視の傾向もしばしばあることはもう御承知の通りです。ところがそれは私たち非常に不満に思つておりましたが、今度の問題なぞは援護庁にすら秘密にされなければならない理由は私はないと思う。今後十分なる連絡をしてもらわなければ困ると思うのです。そうして準備ができておれば七月四日が釈放ということになれば、直ちにこれをお迎えすることもできたはずだと思うのです。それはそのときに直ぐ帰してくれないかもわからない、併しながらその日に直ちに帰れることになるかわからない、とにかく死刑の宣告を受け、或いは終身刑等々によつて終戦以来八年も遺骨の……あなたはどうお考えか知らないけれども、私たちは現地へ行つて、あのモンテンルパの刑務所へ行つてみた私たちとしましては、寸刻も早く帰してやりたい、寸刻も早く迎え入れたいというのが私は家族の気持であり、本人の気持であると思うのです。済んだことをとやかく言うわけではございませんけれども、今度の御手配等に対しましては折角の親心が私はどうも十分に酌み取れないような結果になつたことを遺憾に思うものでございます。今後も各国へ戦犯の釈放等をお願いしなければならない問題も山積いたしておりますので、でき得るならば緊密な連絡の下に一足も早く祖国の土を踏めるように私は関係官庁の間における連絡等は緊密にして頂きたいということを強く要望するものでございます。
 それから続いてお伺いいたしたいことは、今日の新聞によりますと、マニラ或いは濠洲等々からも明るい見通しがあるやに載つておりますが、それの経過等はどういうふうになつておりますが、それの経過等はどういうふうになつておるのでしようか。
○政府委員(広瀬節男君) 新聞に出ております報道はまだ全然私たちのほうには報道が入つておりません。ただフイリツピンの、他に更に三名を死刑から無期に下げる、或いは釈放するという報道は、昨日か、加賀尾さんから復員局のほうへ私電が来ておりますが、まだ公電が参つておりません。加賀尾さんもまだこれははつきり確実とまでは行かないからその御発表は御遠慮下さいということで至急電報を打つております。その他新聞に出ました遺骨の件等についてもこちらから電報を打ちまして、若しも持ち帰れるものなら一緒に持ち帰つて頂きたいと考えております。マヌスのほうは従来殊に濠洲に大使館ができましてから西大使がいろいろ熱心にこの問題をやつておられます。メンジース外務大臣にもたびたび会つておりますが、漁業交渉で忙しい中でこの話はしておられますが、濠洲の状況は御存じのように戦争当時日本人に捕まりまして虐待か受けた捕虜の連中が一種の団体を組織しまして、これが非常に強い勢力を持つておつて、ことごとに日本に対して好意を政府が示す場合は、これに対して猛烈に新聞を煽り、あらゆる行動をして反対しておりますので、外務大臣も非常にこの点は心配をして、なかなか措置がとりきれない。何か日濠間に漁業条約ができるなり、何かの政治的好転があつた場合に自分たちは手が打てると思うというような内容を報告し、我々もそういう公文に接しております。この間のフランスの戦犯が釈放されましたときにも、我々から至急にその旨を言つてやりました、こういう温かい措置をフランス政府がとつてくれたから、濠洲政府もこれに倣つて、何とぞ一つ早くマヌスの戦犯を内地へ帰してもらいたいという交渉をするように訓令を出しております。西大使は御承知のように市ヶ谷で東郷さんの弁護をしましたような関係で戦犯には非常な熱意を持つておりまして、一生懸命やつておられます。私たちもこういう好い材料が重なつたから、マヌスの戦犯も一刻も早く釈放してもらいたいと思つております。幸いマヌス島の拘禁所長のヘンリー少佐は、叔父さんが日本の濠洲における名誉領事をしたことがあり、日本政府からも勲章をもらつておるというので、日本人に対して、好感を持つておりまして、マヌスにおける日本の戦犯者に対しては自分の及ぶ限りの待遇を与えよう、この間あすこに寄つた大阪丸船長の談にも出ておりますように、又帰つた人はみな異口同音にそういうことを言つております。
 それから私が戦犯の仕事をやるということが英字新聞に出ましたら、早速横浜のインターナシヨナル・コーポレーシヨン・カンパニーとかいう会社のトーマスという人から手紙が来まして、自分は元濠洲の海軍大佐で、濠洲で今村大将を筆頭に日本の戦犯を管理したことがあるが、当時の今村大将は勿論その他の人も何ら戦犯に値することはない。その人々に対してアンジヤストなセンテンスがあると思うので、あなたに対して一臂の力を貸したい、こういうわけで私は早速訪問しまして、具体的にいろいろ資料も出して、何とか一つあなたの力でもお借りしたいと申しましたら、最近ウオーカー大将と面会の約束をしてあるから行く。自分としても濠洲の上層部の軍人を知つておるので、できるだけの援護はしましようとたびたび私に手紙をくれる状況でありまして、濠洲でも非常にもののわかつたこういう人もやつてくれておるのであります。徐々に好転して欲しいと切願しておる次第でございます。
 それから藤原さんもおつしやいました私の今回の処置、これについては私も重々責任を痛感しております。但し厚生省には何ら落度はないのでありまして、厚生省は非常に熱心に協力して下さいました。配給等は勿論厚生省がおやりになりますので、私としても私どもにできるだけのことをやりたいと考えております。今後のことは藤原さんの御注意のありましたように、一切過失なきよう私としても最善を尽したいと思います。一つ過去のことは何分御容赦を顧いたいと思います。
○藤原道子君 いろいろ戦犯の釈放問題について努力せられることに対しましては、非常に敬意を払います。
 実は遺骨の問題でございますが只今お話のございましたことが若し実現されて、同じ船で持ち帰れることができたならばこれに越したことはないと思います。私当時現地に参りまして、残されておる戦犯諸君から、講和条約の草案が第一次に発表されたときに、賠償等の問題がなかつたために、まあその関係かどうかはわからないけれども、そのときに十四名が死刑の執行をされた。突然呼び出されて処刑をされた。而も加賀尾さんが、その死刑囚の一人々々について、二百メートルも離れておる絞首台まで連れて行つて、刑の執行は夜の十二時からかかつて、終つたのは翌朝五時であつた。一人二人と減つて行つて、最後に残つた者の顔は、こんなにも容貌が変るものかと思うほど、とても見るに堪えないような姿になつて、そうして最後の一人を連れて行つたときには、自分は生きておることが辛かつたというような述懐の言葉と共に語り、泣きして来たわけであります。今戦犯が釈放されるということになりまして、キリノ大統領の御厚意、比国国民一同の協力等に感謝を捧げますると同時に、死刑の執行を受けて他界された人たちに対し、又その家族に対しては何とも言うことのできない心境にあるわけでございます。で、どうか私は一日も早くこの遺骨が、せめて家族の手に迎えられる日が早からんことを念願するわけでございまして、これについては一段の御努力をお願いしたいと同時に、外地に残つておりまする処刑者の遺骨でございますが、フイリツピンは私お詣りしても或る程度ちやんとできておるのでございますが、インドネシア等において処刑されましたスマトラの田辺中将以下二十四名、又ジヤカルタの五十五名か六名かと記憶いたしますが、草ぼうぼうと生えて、日本人で向うに行かれた人で、一人として訪れた人もない。私の背丈よりももつと高い叢に覆われて、ただいけつ放し、そこには何ら標識もなく。訪れる人も一人もないという状態に放置されておることを今ここに思い浮べましても、涙の出そうな気持でございます。これらに対しても一日も早く何らかの交渉によりまして、内地へ迎えとることのできまするよう、今後とも御努力を願いたいということを申上げまして、私のこの点に対する質問を終りたいと思います。
○山下義信君 私関連して、ちよつと簡単に伺いたいのです。この厚生委員会は、戦犯については、戦犯の処刑者に対しての扶助料関係があり、それから現在の受刑中の人たちに対してはまあ留守家族援護法等の適用関係があつて、厚生委員会としては関係があるのですが、外務省当局をこの委員会に呼ぶことは滅多にない。たまたま藤原君が比島の戦犯の何か手違いか、手続の行き違いを問題にされて、外務省政府委員が見えたので、私は承わりたいのですが、今の巣鴨の受刑者諸君の釈放についてどうですか、見通しとしてこれは非常に困難でしようか。どうでしようか。我々はまあ外務省は殆んど手が着けられんというような状態で、まあ最近は傍観しているということを聞くので、それで今藤原委員の御答弁にはいろいろまあ努力されておられるというようなことの御答弁がありましたが、それは結構でありますが、大筋として政府の首脳者が、外務省の首脳者がどういう努力をしておられるか。全く手が着けられないのか、いわゆる平和条約の第十一条ですか、厳としてあれがあるがために、もう話にならん、この話を持ち出すとアメリカが横向いちやつてから嫌な顔をする、だから外務省はもう全然話にも手も出さんのだということも聞いておる事実であるかどうかわからんが。要するところ外務省のこの責任のある努力の大筋について一つ御答弁を願いたいと同時に、この巣鴨の受刑者の釈放についての見通しはどうか、又それについて近く交渉するような何かチャンスがあるかどうかということについて承りたいのです。我々も国会も心配いたしまして、この比島の朗報を機会にいたして、何か寄与いたしたいと我々も考えておる。で、各派で相談なすつて、四日の日に国会の決議が、政府御承知のごとく感謝決議がなされることも、ただ比島への直接の感謝でなくして、国会がこの感謝決議をすることが如何に巣鴨の在所者に、各国に影響があるかということを国会が、顧慮しておることは御承知の通りです。そこで私はこの席で外務省の責任ある小瀧政務次官からこの巣鴨受刑者の釈放についての外務省当局の努力並びにその見通しについて、一つこの際我々に聞かして頂きたいと思います。
○政府委員(小滝彬君) お答えいたします。外務省といたしましては決して傍観しているわけではなくして、随時関係国に駐在いたしております大公使をして交渉さしておる次第であります。殊にアメリカのほうで相手にしないのじやないかというようなお言葉もございましたけれども、アメリカでも戦犯釈放委員会を設けて、こちらのほうの申出を審議し、そうしてこれまでも仮出所など、相当数すでに認めておるようなわけでありまして、今までも外務省としてはあらゆる努力をして来たつもりでありますが、まあ今度幸いにしてフランスも非常に人道的な措置をとつてくれたし、フイリツピンの今度の措置は国民に対してもこれだけ大きな、心理的な影響を与え、議会でも感謝の決議をせられるという段取りになつておりまするので、この機会を捉えて更に一層努力いたしたいと考えております。見通しといたしまして一体どうかという点になりますと、これは非常にむずかしい問題でありますが、全般の空気が非常によくなつておる。私自身も一昨日国際捕鯨委員会に参りまして、議会のほうを十日ばかり失礼さして頂いて、向うの様子を直接見て来たのでありますが、イギリスのごときも、今度皇太子殿下がいらつしやつて新聞なんかでは多少大げさ過ぎるくらいに書いたかも知れませんが、事実皆んなに会つて見まして非常にいい感じを与えておる。こうした空気がだんだん醸成されるのではないかというふうにヨーロツパでも見て来たわけであります。こういうふうな情勢、殊にフイリツピンやフランスのいい例もありますので、これから先巣鴨の戦犯者の釈放というものも漸次好転して来るものであるというふうに実は見ておるのであります。同時にこれは外務省だけの努力ではできないことでありますから、是非とも皆様の国民的支持を受けまして、一日も早く巣鴨で苦しんでおられるかたが出て来られるようになることに最善の努力をいたしたいと思つております。
○山下義信君 一応承わつておきますが、私は外務省の最高首脳部が本当に力を入れてやつてもらいたいと思う。今藤原委員もその点を強く要望されましたが、私もお願いしておきたいと思う。何でも極く最近漸く係りができて、何かこの戦犯関係の一室が外務省の中に漸く設けられた。今日御列席の参事官のかたが御就任ではないかと想像するのですが、違うか知れませんが、それは一室でもいいでしよう。無理に一課一局でなくてもいいと思う。これを外務省の首脳部が本当に努力願いたいと思う。我々は外交のことは素人でわかりませんが、どういうきつかけで交渉を進められるか、強く要請されるかわりませんが、どうですか、MSAの交渉などのときにこのことも持出されては、筋が違うかも知れませんが、私どもは社会党ですからMSAには反対いたしますけれども、ああいうものを持込んで来て日本に防衛、協力の片棒を要求するというときにこそ、私は戦犯問題を持出して大いにやつて頂きたいということを、これは問題は違いますけれどもそういう気持がしますが、チヤンスじやないかと思いますが、政務次官どういうふうにお考えになりますか。
○政府委員(小滝彬君) MSAとの関係は如何かと存じまするが、先ほど申しましたように人道的見地からこういう立派な前例を示した例もありますし、又対日感情というようなものもだんだん好転しておるというふうに見られますので、是非とも御期待に副うような結果を得たいと希望いたしますると同時に私どもとしても最善を尽したいと考えております。
○委員長(堂森芳夫君) 他にございませんですか、戦犯釈放に関連して、質問は……。
 それでは私からちよつと広瀬参事官にお尋ねしますが、丁度五十一年でしたか、五十一年の一月に私ローマに行つたことがあります。そのときに全国の戦犯の遺家族からのローマ法王への嘆願書を千通くらい私ども持つて行つたことがあるのです。そうしてローマ法王にお目にかかつたときにローマ法王は…、戦犯の議君の各地におられる具体的な数字といろいろな資料を持つて行きまして、そうしてお目にかかつていろいろお話したことがあるのです。そのときにローマ法王は今まで日本からいろいろな人が来たけれども、具体的にこういうふうに言つてくれた人は一人もなかつた。政府のほうからも何もそういうあれがない。丁度外務省の金山氏がおられたときですが。非常にいい資料をもらつて、これからカソリツク教徒が多い地方にはやれるからうんとやりましよう、こういう話があつたのですが、帰つてからも又数回お手紙を差上げたわけですが、何かそういうローマ法王庁とのいろいろな交渉というものはあつたのでしようか、どうでしようか。
○政府委員(広瀬節男君) お答え申上げますが、東京におりまするローマ法王庁のデリゲツトにも大臣はたびたび懇請しておられます。それから殊にヴアチカンに公使館ができてから井上公使からローマ法王庁に対して断えずお願いしております。その結果がエリザルデ外相が来られましたときもそうでございますし、最近の濠洲の商工大臣、お名前を忘れましたが、商工大臣が英国へ行く当時、やはりカソリツクのかたと見えて法王に閲見されまして、これに対して法王のほうから、一つ大臣にも話したいから資料をよこせという御連絡がありまして、井上公使からこちらへ連絡がありましたので、早速資料をやりました。法王が閲見の際濠洲の大臣マヌス島戦犯乃至東京におります濠洲の戦犯の仮釈放の促進を強く濠洲に要望して下さつた。私又早速資料を要求いたしました。その他法王としてはアメリカのスペルマン大僧正にも要請をしておられますし、又濠洲におきます濠洲のカソリツクの大僧正にも法王庁は懇篤なるメッセージを送られまして日本戦犯釈放に関してオーストラリヤ政府に対して努力するようにという訓令を発しておられるという報告がございました。
○委員長(堂森芳夫君) それから巣鴨にいる戦犯の諸君は、岡崎外務大臣は、どう言つたらいいですか、程度を超えて過度に遠慮したような態度に、戦犯の問題についてはそうした態度をとつている、こういうふうに皆言つておると思うのです。それで巣鴨の諸君たちは、もう俺たちはどうなつてもいいから、一つもつと強く外務省が出て欲しいということを国会から行くたびにそう言つておるのですが、ぼくらもそういうふうに考えるのですが、どうでございますか、小滝さんどうですか。
○政府委員(小滝彬君) これはどうも巣鴨のかたは一日も早く出所したいということを念願しておられるのでありまして、或いは我々のとる措置を手ぬるいとお考えになるのは人情の自然と思いますが、戦犯問題を語ることがなにも外交上悪い影響を与えるというふうに私ども考えておるわけではないのであります。でありますから、非常に遠慮して申出るというのではなくして、或いはその結果が今まで十分出て来なかつたので、そういうような感じをお持ちになつているのではないかと思う次第であります。いずれにいたしましても、この点は大臣にもよく伝えまして、十分皆さんの期待に副うように努力したいと思います。
○藤原道子君 私余り一人で時間をとると思つて遠慮して質問を内輪にしておいたのですが、巣鴨の戦犯の問題が出て来たので私も一言したいのです。政府は弱いのですよ、負けた国だけ戦犯があつて勝つた国に戦犯が一人もないという馬鹿気た話はない、本当から言えば今度の国際裁判は根本的には問題がある。一番の戦犯は原子爆弾を落したアメリカにこそあると思うのです。だのに外務省は非常に弱腰ですよ。本当にもつと毅然とした態度をとつてくれなければ、ごぼうを食べさしたものを木の根を食べさせたのだということで二十五年の禁錮を受けておるというような馬鹿気た裁判を受けておるのですから、もつともつとこれは毅然たる態度で交渉しなければいかんと思うのです。一つ強くなつて下さい、このことを私は強く要望いたします。
○委員長(堂森芳夫君) それでは比島戦犯釈放についての質疑はこれで終りたいと思います。
○委員長(堂森芳夫君) 次に厚生省関係昭和二十八年度予算について衛生関係各項に対する質疑を行います。御質疑を願います。
○横山フク君 曾田医務局長に伺いたいと思いますが、この予算で保健婦と看護婦の養成所はございますけれども、助産婦のはございませんけれども、それはどういうお考えでなのでしようか。
○政府委員(曾田長宗君) 只今の御質問は助産婦の予算入つておらない……。
○横山フク君 養成所でございますね。
○政府委員(曾田長宗君) この助産婦については只今の関係といたしましては、特に補助を出しまして設けるだけの額がとり得ませんでしたので保健婦と看護婦の分だけでございまして、将来……只今数の関係だけから申しますというと、この助産婦の不足ということが、保健婦、看護婦の場合に比べまして幾分後廻しにしてもいいという意味ではございませんけれども、この予算の額が大体抑えられますというと、そうせざるを得ないのではないかというように考えたような次第でありまして、決してここに全然無視しておるというわけではございませんが、国から補助を出すということが本年度は不可能であつたというような事情でございます。
○横山フク君 本年度は不可能とおつしやりますけれども、前年度も、前々年度も不可能なんでございますよ。数から言いますと確かに余つております。今後一人も養成しないでも当分の間間に合うぐらいに数はございます。併し御承知のように新らしい法律になつたのでございます。旧制度の助産婦が多いのでございます。新制度の助産婦がないわけでございます。新制度の助産婦を養成して私たち旧制度の中に入れることが、旧制度の人たちを刺激して資質を向上する上に便宜があるわけだと思うのです。そうして官制の大学のほうでもそういう点に対して要望が出ているのに、またそれを医務局長のほうで熱意がなくてここへ来ておるのだと私は思うのでございます。それでそういうところからやがて今助産婦の教育程度の低下の問題が出ておると思いますが、その教育程度の低下について或る一部の産婦人科の先生から法律制度の改正ということで要望が出ておる。それに対して医務局で制度審議会をお作りになつたと思います。併し私が聞いておりますのに、立法は参議院、衆議院でする、厚生省で立法のことについてとやかくなさるべきではないと思うのでございますね、ところが、厚生省で、産婦人科の先生がたは力の弱い厚生省のほうへその要望をお出しになつて、そうして厚生省で制度審議会を作つて、而も私は助産婦の問題は、医者の助産婦でもなく、助産婦の助産婦でもない一般母子のための助産婦というものを求めるべきだ、ところが制度審議会に一般学識経験者が一人も入つていない、医者の反対する意見が強い人たちだけをお入れになつて、そういう会をお持ちになつたのはどういうところからお出しになつたのでしようか。それを私は伺いたいと思います。
○政府委員(曾田長宗君) 只今のお話につきましては今日の助産婦制度及びその教育方針につきまして、この全般的な方針を立てるというような意味におきましては今日法に基きました正式の審議会がございませんので、ただいろいろ仰せの通り医師のかたがたからも今日の状況でこれでいいとも思えないというような御意見もあり、又他面においてその意見に対して反対であるという御意見も又非常に強いのでありまして、そういうような意味で勿論立法のことにつきましては必ずしも厚生省が出過ぎたことをすべきではないというふうに考えられますけれども、今日の制度に如何ような欠陥があり、又如何に改めて行くべきであるかということがいろいろ各方面で問題となつているといたしますれば、その意見の交換というようなことを図る責任はあろうかと思います。これは非公式でございますけれども、おおせのようなこの名前は審議会としておきましたが、私は懇談会であつたと思うでありますが、こういうようなものを設けまして各方面のかたがたの御意見をお伺いしておる。只今おおせられましたように学識経験者がいないというふうにおつしやつたのでありますけれども、そのメンバーの選考において必ずしも落度がない、偏りがないということは申せないかも知れませんけれども、私どもとしましてはいろいろと各方面の御意見も伺いたいと思いまして、いろいろなかたがたに御委嘱申上げて来て頂きましたつもりで、決してそのメンバー等につきまして、ただ単に今日の、特に助産婦の教育についてもう少しレベルを下げようというふうなお考えのかたがたに必ずしも偏つてお集りを願つたというふうには考えておらないのであります。ただ私ども今のような意味でここで以て最後に決を出すとかいうような性質のものでもございませんので、いろ強い意見をお持ちのかたとかいうようなかたがたには率直にその御意見を伺わせて頂くというような意味で、かなり強硬な改革案を持つておられるようなかたがたにも来て頂いてお話を承わつておる次第でございます。勿論この問題が進んで参りますれば、そのメンバー等も正式な任命というようなものではございませんので、更にいろいろなかたがたから御意見を広く伺いたいというふうに考えております。
○横山フク君 それは御意見は伺うという気持でなさつたとおつしやいますけれども、確かに私は押されておるということは事実だと思うのです。私この間山下委員から厚生省の人事関係は云々というお話がありまして、私も実は思い当る筋があつたと思うのであります。そういうふうであつてはならないのだと私は思います。而もその席上、これは全国の産婦人科学界の新潟で開かれたときの満場の御意見であるということを言われましたけれども、私伺うところによると、会がおしまいになりかけたときに、実は厚生省のほうで制度審議会が設けられておる、その会にはこの産婦人科学界の中から二名の代表者が送られておる、この人が産婦人科のほうの意見を代表して御異議ありませんかということで、会も遅くなつたのでパチパチと手を叩かれて何ら具体的な議案が示されないで、制度審議会の代表が二人出て、それを正式の代表としてその意見を産婦人科の学界の学識の意見として行こうということで賛成されて、これが厚生省審議会に求められたときには、この改正案は全国の産婦人科の学界の意見であるということをひどく強くお出しになられたということをはつきり聞いております。私どものほうも昨年助産婦の総会がありまして、その席上の意見を私どものほうも出しました。今年はテープレコーダーにとりまして、それを持つて来ましたときに、それは高田次長ですか、次長がここの会にはよその会の意見は入れる必要はないのだ、あなたの個人の意見を言えということで発言を封じられたということを聞いております。一方医師会の意見は産婦人科の学界の意見であると言いながら、片方のこの会には個人の意見を入れて団体の意見を入れる必要はないということを言われておる。そうして厚生省のほうにおいて両省の意見の折衷案を出してやるということを言われたようです。両者の意見の折衷案、医師と助産婦との妥協であつてはならないと思う。問題はどういう助産婦を作るのが一般社会のためにいいのであるかという観点から行くべきだと思う。そうして折衷案を作ることを厚生省が引受けて折衷案をお出しになつたからには、これは当然厚生省で責任を負うべき問題になると思う。それを厚生省案として当然この参議院なり、衆議院なりにお出しにならなければならない責任があると思う。それは引受けるかどうかわりません、参考に聞いているとおつしやいましたけれども、あのときの席上ではそういうお話ではなくつて、この審議会の折衷案をお作りになるはずになつている、こういうところに私は厚生省の不明朗さがあると思うと同時に、こうして一方において制度を下げなければならんという強い意向があるのはどこにあるのか。今までは助産婦の新制度の養成所を作ることに対して厚生省は一つも熱心でない。未だ曾つて法律が改正されて四年にもなるのに一つも私どもの助産婦の養成所を作ることに対しては協力していなかつたというところに助産婦の新制度の養成所を作ることが不可能でできないのだ。だから、今まで通りの養成でいいのだといつたような観念を一般に植付けさせる原因になつていると思う。一般の教育状態が進んでいる今日におきまして、こういう点にもつと医務局長が熱意を持たなければならんと思う。これは私少し横道へ行つたようでございますけれども、それから又再教育の点でございますが、再教育では一万幾らの保健婦に対して一回十日間でございますか、そうしてその講習をするのに六回の予算を各府県に対してとつております。ところが助産婦に対してはやはり一回十日間でございますが、半分の三回しかとつておりません。一万何千人の保健婦に対してこの補助金をやつておりながら、六万になんなんとする助産婦に対してその半数の養成再教育の費用しかとらないというのはどういうところにあるのでございましようか。一般におきまして助産婦のほうの一面旧制度の教育程度の低いことは私は遺憾に思います。それは医務局もお認めになつていらつしやると思います。だからこそ人数に比例して、否人数以上の費用をとるべきであつた。その熱意を持たなかつたのは遺憾だ。お聞きになつて頂きたいと思います。新しい制度の養成を作らないなら旧制度の助産婦の再教育に熱意を出すべきじやないですか。ちつともとつていないじやないですか。看護婦に対しての養成、これは結構でございます。併し助産婦に対して保健婦より半数程度の補助しか出していないというのはどういわうけでございましようか。而も保健婦の人たちは役人でいらつしやいます。
○委員長(堂森芳夫君) 医務局長…。
○横山フク君 ちよつと待つて下さい。そこで何かお喋りをしていらつしやるので、私はその終わるのを待つているのです。質疑を続けてよろしいのですか。
○政府委員(曾田長宗君) よろしうございます。
○横山フク君 保健婦さんたちは役人でいらつしやる。出張できる。出張旅費をとつていらつしやるかたがたです。そのかたに対して六回の費用をとつていらつしやるのです保健婦さんには……。これは御承知だろうと思います。今更ここで書類をお読みにならないでも当然わかるでしよう。助産婦に対しては、これは、民間団体です。その人が出るのだからこそ教育すべきで、而も保健婦さんたちは人の命を預かるほどの重大な場面にぶつかることは先ずない。それは御承知だろうと思う。ところが助産婦の場合におきましては、殊に山間僻地におきましては、母子二人の命をあずかる重大責任がある。その人たちだからこそ教育をなすべきでございます。ところが一つも盛られていない、新らしい教育を一つも吹きこんでいない。ここらに対して、曾田さんの御意見を伺いたいと思います。
○政府委員(曾田長宗君) 仰せられますように看護婦、保健婦及び助産婦というものを全面的に考えますと、助産婦に対する教育の経費というようなものが非常に僅かしか組まれておりません。これに対しましては、先ほども申し上げましたように、一つは数の問題というようなところからこのどちらのほうを先にするかというような場合に、保健婦、看護婦のほうが先になりましたような次第であります。併し御意見の通りこれは単に量だけの問題ではございませんので、この助産婦の質を向上させるという方法も必要なのでありまして、その助産婦の特別な再教育をいたしますことにつきましては、講習というようなものにつきましては予算が組んでございますのですが、講習所自体に対して国として十分な予算が組入れてないという御意見に対しましては、これはいつまでもこういう事態にはおけないということは私も感ずるのでございますが、今申上げましたように、どちらのほうが今緊急の問題であるかというようなことになりまして、一応この本年度には組入れることができなかつたような次第でありまして、次年度からは更に多額の経費を組入れて行かなければならんであろうというふうに考えておる次第でございます。
○横山フク君 重ねてくどく申上げますけれども、今年度は勿論私は仕方がないと思うのでございます。併し今来年度の、二十九年度の予算を編成中であるということを伺つております。それで新らしい制度の、今数が多いからそのままでよいというものではなくて、そこに或る程度全然養成しなかつたら、ばたんと断層ができる。それでなくて、幾らかなだらかな線をとつて需要供給の途をとつて行くことが必要だ。新らしい制度の、よく訓練された助産婦を入れるということは、旧制度の助産婦に対する大きな刺激剤になると思います。四年になり五年になつても未だ一つの養成所も作らないということは甚だ遺憾だと思いますので、是非組んで頂きたいのと同時に、旧制度の助産婦は数が余りすぎているだけに、なお更そこによく訓練をして頂きたい。保健婦からみましたら、数からみましたら何倍からのものをもつて行つてもいいはずだと思うのでございます。それが逆に二分の一、半分であるということは、私は厚生省のなさり方が違う。而も仕事の重大性を考えましたらば、なお更私は助産婦に重点をおくべきだ。教育においては重点をおくべきだ責任を持つ立場にあるから。御承知のように二百二十万からの分娩数の八割何分というものは未だに助産婦の手によるお産でございます。助産行為でございます。而もそのうちの異常分娩、応急措置として助産婦の責任において医療行為をするのが二、三割は入つておるというような実情にあるのでございます。この助産婦をよく訓練する。再教育において教育するということは当然厚生省の母子の上においての熱意ある措置をとるべきだと思いますので、強くこの点をお願いいたしたいと思つております。これで医務局長に対する伺いはやめます。
○藤原道子君 助産婦の問題でございますが、この前法律改正のときには旧制度の助産婦さんは資質が落ちているからその資格すら認める認めないということが問題になつたんです。ですからこれは十分講習をして、そうして新時代に即応した助産婦を作るということがあのときの御答弁だつたと思う。そういうことで法案はできたと思う。ところが今横山さんが言われるように殆んどこれに対して熱意が示されていないということは非常に遺憾でございます。私仄聞するところによると産科婦人科方面から強い圧力がかかつて、そうして産婆は今のような制度では困るからこれは産婆だけを切離して、そうして別の法律を作つてそしてもつと低い養成機関によつて産婆を作ろう、そのほうが医者にとつては便利であるというような運動がなされておるということを私は聞いております。でございますから今日まで新制度の養成機関もできていない、講習費もろくにとらないというような裏には、そういうことと関連があるのじやないかと思うのでございますが、それに対して医務局長の責任ある御答弁を伺いたい。それと併せまして、今度できている審議会とやらいうものはどういうメンバーでできておるかということを伺つておきたい。
○政府委員(曾田長宗君) 只今の藤原先生の御質問は、先ほどの横山先生の御意見にも関連がございますので、それを併せて御答弁申上げます。今設けられております看護制度の懇談会と申しますものは先ほど申上げたような極めて非公式な性格のものでございます。そこにお集り願つておりますのは、今一人々々申上げることはちよつと記憶がたしかでございませんが、御必要ならば後ほどお届けいたしますから。
○藤原道子君 名前はいいけれども、どういう人でやつているか。
○政府委員(曾田長宗君) 大体はこの看護制度について看護婦と申しますれば、お医者さんの側で言いますれば病院関係、保健婦でございますればこれは県の衛生部長というような或いは東京都ですか、こういう行政に関係しておられるかた、それから産科病院のかたがた、こういうかたがたとそれから看護婦、助産婦、保健婦というようなそれぞれの仕事をしておられる側のかたがた、それに私ども、それから文部省のほうからも来て頂いております。おおむねこういうような構成でこの問題について懇談をするということにしております。先ほど申されました、この産婦人科学界の代表意見だといつて、一つの意見が出され、そうしてそれに対してこの助産婦側からも意見が出てそうしてそれを両方合わないから厚生省で両方合わした折衷案を作つてそれで決定しようというような動きがあるようだがということをおつしやいましたのでありますが、これについては実は余り細かいことはどうかと思いますけれども、今そういうような話が出ておるということにつきましては、これはいわゆる高等学校を出ましてから三年間看護婦の教育を受けまして、そののち六ヵ月以上助産婦の追加教育を受けるというので助産婦ができるということになつておりますのですが、これを初めから先ず看護婦を作つてそれから助産婦にするというのと、初めからこれを一緒にいたしまして、そうして例えば三年なら三年で看護婦の資格がなくても助産婦の資格があるというようなものを作つたらどうかという意見がこれはお医者さん側のほうから出ておるわけであります。それとは別問題として、大体助産婦になるにはどういう科目が必要かという問題を取上げまして、その問題が先に議論になりまして、お医者さんのほうから意見が一つ出、それから助産婦さんのほうからも意見が出たということでありまして、ただ、今御指摘になりました問題としては、具体的に申せばその問題なのであります。これはその科目として大体話合いは可なり両方で近いところまできておるのでありますが、その時間等についてその長短をどういうふうに調整できるかというようなことなどもございまして、それについて両方の意見が出てきておるのだから、それをこの調整がつくかつかないか、若し調整がつくものならば、どういうふうに修正してみたらいいかという案を一応厚生省で立ててみろというお話になりました。なおその根本になります今のような初めから看護婦の資格は得られないけれども、助産婦の資格だけ得られるというそういう制度を設けるか否かということが実のところ申しますればまだきまつてもおらないのでありまして、仮にそれを認めるとすればどういう形のものが考えられるかというところでその協定の問題が出て来たような状況でありまして、それから私、了解いたしておりますのでは、今お集まり願いましたかたがたは、大体自分の経験に基いて御意見を申し述べて頂くということを建前としておるのでありますが、それぞれ今いろいろな組織にも加入しておられる関係のあるかたがたでございますので、おのずからそういう方面の意見が出て来る。私どもも、今横山先生のお話のように、この産科関係としては、小畑先生と久慈先生だろうと思うのでありますが、この二人の先生が申し述べられました御意見、私もはつきり覚えておりませんけれども、これが産科学会の代表意見だということを申されたかも知れませんけれども、あすこの場といたしましては、別に、その産科学会の代表意見であろうと、先生がたお二人の個人的の御意見であろうと、これは皆さんに吟味して頂くということにおいては、何も支障、差違はなしに私ども取扱つておるつもりでございますので、助産婦のかたがたから出されました御意見も、決して軽重を付けずに、お互いにそれに対する意見を述べ合いをしておるというような状況でございましたので、その状況を御報告いたしました。
○藤原道子君 もう一つ。私困るですよそれは。看護婦法の制定のときには強くこの当委員会といたしまして要望してございます。如何なるいじろうとする案においても、我々委員会に相談をかけるということになつております。案ができてから提案することは困りますから、ときどきその報告をしてもらわなければ困る。それともう一つは、私あの法案審議のときに、私自身も非常に認識不足しておりまして、高等学校を卒業して三年も看護婦の学校、これへ行く人は少いだろうというような意見で、非常な不安を持つていた。ところが、この頃全国を廻つてみますと、志望者も、もう何倍、多いところは十倍くらいの志望者がある。でございますから、高等学校を卒業して更に三年、更に一年というようなことは、時代に即応しないというようなお考えは棄ててもらいたい、こういうことがやはり古いお医者さんたちの中にはしばしば言われるのです。それから産婆だけの知識でいいということは非常に危険でございまして、産婆こそ看護婦の資格が必要だと思う。保健婦的な仕事も非常に産婆の仕事の中には入つておるということをお考えになつて、水は低きに流れる、この方向に押し流されないように一つやつて頂きたいということを私は強く要望いたしておきます。
 中山先生失礼いたしました。
○横山フク君 中山先生ちよつと。今の局長のお話、只今のお話でございますけれども、このことはよく御存じのはずでございますけれども、産婦人科の先生から私どものほうにお話になりまして、講和になると同時に懇談会を設けられましたけれども、私たちとして、助産婦だけの問題ではない、母子のために受入れられないということで拒絶した、話合いができなかつたのですが、その結果が厚生省に持つて行かれて、厚生省のほうでは、それに御一緒になつて押して行かれたということは事実であるということをここではつきり申上げておきます。と同時に、私は助産婦の制度が、徒らに高きを言うのではありませんが、今のような状態において数がむしろ足りないので、その看護婦さんを程度を下げないのに助産婦を真つ先に下げる必要は全然ないということをはつきりと申上げたいのです。それはもうよくおわかりであるように、助産婦の職務の範囲を御検討下さればよくわかるのです。全体的には下る下らないはこれは時代の問題でございます。この間山下先生からおつしやいました美容師の問題でも、甚だ程度が下るのは非常に時代に逆行するものだとおつしやつたが、私も同感であつたのです。ところが、美容師のかたがたが私のところに来たときに、私がそれを懇々として言つたが、あのかたがたは聞き容れられない。私は、どうにもならんところまで行つているので、国会で質問することもなく、黙つておつたけれども、今の時代がどういうところへ流れているということは、厚生行政を担当していらつしやるかたは御存じのはずである。而もここに立法の府として参議院あり、衆議院あり厚生省でそういうところを、助産婦に蹴飛ばされてそして厚生省のほうに行つたのを受け入れて、そういう会をお設けになつて、そうして厚生省で折衷案をとつて、仲をとりもつ、或いは話合いができかけているとおつしやいましたけれども、それは嘘でございます。できかけておりません絶対に。勿論、速記録に載つておる責任あるところのお言葉によつて私は考えたいと思いますけれども、そういつたような意味ではなくて、もう少し慎重にお考えを願いたいことを重ねて希望いたします。
○有馬英二君 今のに関連して、私は近頃、養成機関のことをよく知らないのですが、昔は助産婦の養成機関は、各大学、それから県立病院若しくは公立病院というような大きな病院で助産婦の講習をやり、それから試験をして勉強をやつたというように私どもは古い制度を知つているのですが、新らしい制度はどういうことになつておりますか。それを一つ聞かして頂きたい。
○政府委員(曾田長宗君) 先ほども申上げましたが、今日におきましては、高等学校を卒業いたしましてから、三年間看護婦の教育を受けまして、そうしてその後に六ヵ月以上の助産婦に必要な知識を受ける。その上で以て助産婦の試験を受けまして、そうしてその国家試験に合格いたしますれば資格が与えられるということになつておりまして、その看護婦学校は、方々の医科大学或いは病院というようなものに設けられておるわけであります。で、その看護婦学校を出ましてからこの助産婦の養成所に入るわけでありますが、これも各大学の病院等及び大きな病院というようなところに設けられておるわけであります。それに対して特別な補助の措置を今までのところとられていないというような状況であります。現実にはそういうものが今、数をちよつと申上げかねますけれども、相当数ございまして、そこで養成されておる状況でございます。
○有馬英二君 それでは直ぐでもなくてもこの次まででもよいですが、一体全国の助産婦養成機関はどれくらいあるか、それからそこへ入つて勉強しておる生徒の数はどのくらいであるか、或いは一年にどれくらい卒業しておるかという数字を一つ示して頂きたい。
 それからこれは私先ほどうつかりしていたと思うが、横山委員の御要求はそういうような今の制度とは違つた助産婦の独立した教育機関を設けろというお説であつたかのように私は心得たのですが、そういう工合に了承してよろしうございますか。
○横山フク君 そうではございません。教育制度は助産婦だけ独立しておりますが、新制度は看護教育を根底に置いた助産婦であります。その問題について私たちは全面的に賛成しております。産婦人科の先生のおつしやるのには助産婦だけの、速成の助産婦を作ろうというところまでなんでございます。今のお話の九校で、全国で九校でございますが、局長さんはおつしやらなかつたが、九つの学校がありますが、九校では岡山でも要望書が出ている。東京でも、京都でも出ているというふうに大学から要望書が出ておる。それは補助金が載つていないために学校が出来ない。新制度の学校教育を根底に置い場合は学校経営は成り立つて行かない。ところが補助金が出ればそれだけの学校はできる。要望書は全国で何ヵ所も出ておる。それは私のほうでも調べがついておる。何であつたならば直ぐでも私読上げますけれども、そういつたような状態であるのに、未だ法律を改正されながらただの一カ所にも補助金が出ていない、こういうところに新らしくよく訓練された助産婦のできない原因があるのです。そうしておいてただ助産婦ができない、ただ程度が徒らに高いからだ、高いからだ、だから速成の助産婦を作らなければならんならんと口実を徒らに与えているだけであるというふうに……。私は一般の母子の福祉のために甚だ遺憾だと思います。
○委員長(堂森芳夫君) 横山委員に御注意申上げます。御発言のときにどうも速記のとりようがございませんし、委員長に発言を求めてから御発言願います。
○中山壽彦君 医務局長に二、三お尋ねをしたいと思います。御承知の通り国立病院が地方に移譲されておりますが、現在までの実績は、地方に移譲されているものが三ヵ所、療養所に転換されたものが若干ありまして、なお地方に移譲すべくして移譲のできない国立病院が全国には五十一カ所あるはずであります。これらの国立病院の内容というものは非常に不完備なものである。私ども最近東京の世田谷にありまする大蔵病院からの要請で視察に参りましたが、私の想像しておる以上にその設備内容等を見まするというと、もう非常に医療のできないようなものであるように思いました。廊下を歩きますと危くて歩けない、病室のドアは開くこともできない、先ずまあ物置の程度じやないかと私は思います。そうして患者は相当に入つております。こういう医療のできない国立病院の内容の不完備なものを当局としては今後どういうふうに処置をされるか、これを一つ承つて置きたい。
 それからあの独立採算制の法律案が通過いたしましたときのお話には、二割五分は一般会計から支出して、それで八割、八割以上病院で収入があつたものに対しては何か病院の職員の福利施設にこれを使う、こういうような説明があつたことを私は記憶いたしております。併し私地方に参りましても、又先だつて大蔵病院に参りましても、大蔵病院等は相当な収入がある、併しそういうような福利施設には何らの金もない、殊にそういうふうな設備が悪いところの職員の働き方というものは非常に私は困難だと思います。そういう困難な事情にもかかわらず患者は相当に収容し、又相当な歳入を得ておられるにもかかわらず、職員に対しては何らの慰安施設がないということは、甚だ私は職員に対して気の毒ではないか、こういうことを痛感したのでありますが、こういう点について一つ政府のお考えを聞いておきたいと思います。
 それからいま一つは厚生省に医療機関整備審議会というものが、これは法律によつて設けられております。又地方庁にもそれぞれ医療機関整備審議会というものがあるわけですが、この中央のこの審議会は一年間に大体何回開かれるか、又開かれてどういう結論が出ておるか、又中央と地方との審議会の連絡というものは今日までどういうふうになつておるのか、これら全部を一つ一応御説明を願つておきたいと思います。
○政府委員(曾田長宗君) 国立病院の破損の状況ということについて御指摘がございましたのですが、これは御承知のように多くの病院を地方に移譲するという方針を立てられまして、それに基いてこの府県への移譲に努めて、目下も進行中ではございますが、前年度中には僅かに二院、それから本年度に入りましてからすでに三つの病院、それから近く更に二つの病院、これを全部合せまして大体七つとなるわけでございますが、その他の病院については話しは進んでおるものもほかにございますけれども、なかなか急速に進まない、而も計画が急速に進まないとなりますれば、その間に病院がだんだんと腐朽して、又修繕を要する箇所も多くなつて参るわけでございます。その病院の勿論甚だしい修理ということは、これは可能でございますけれども、病院の整備とか或いは建物の改修というふうなことにつきましては、只今のところ予算が組んでございません。こういう移譲の予定の病院はその意味において非常に困難な状況に陥つております。本年も何カ所くらい移譲が可能に今後なりますか、できるだけ努めたいとは思いますけれども、十分な目当も立ちませんので、それで先ほど申上げました七つの病院と、それから昨年末に結核療養所に転換いたしました十五の病院以外の七十七カ所分については一年間分の通年予算を組んで頂いておるような次第でございます。私どももあとに残りました病院を更に検討いたしまして、そうしてこの移譲をどの程度に遂行できるかというめどをはつきりと立てたいものというふうに考えております。
 それから大体移譲を予定しております病院にいたしましても、かように年数が経過いたしました以上、甚だしい破損というものに対しては相当な経費を組んで補修せざるを得ないというふうに思つております。これは本年度予算には遺憾ながら間に合いませんで入つておりませんが、明年度はその分を繰入れて編成いたしたいというふうに考えております。
 それからそれに引続きましてこの経費の約二割五分を一般会計から特別会計のほうに繰入れるということになつておつたはずであるがということを申されましたのでありますが、私どももこの点について何かそういうような取きめがあつたのではないかということでいろいろ調べてみてもおるのでございますが、どうもはつきりとしたものが、書いたものになつて残つておりません。なおいろいろ検討をいたしたい、又その当時の関係の人たちにいろいろ事情を聞いてもみたいというふうに考えております。併し現実にはおおむね二割程度のものを今日まで一般会計から特別会計のほうに繰入れて頂いておつたのでありますが、これはただ総額の上でということで個々の病院についてそういう措置にはなつておりませんのでございます。この病院、個々の病院で非常に成績の上つたところというようなものに対しては、御意見の通り特別会計でもございますので或る程度その労に報いる、病院での必要な設備の整備、或いは研究費等、こういうようなもの、或いは厚生費というようなもので幾分はその点を考慮の中に入れて行くべきだということは十分御意見御尤もな御意見と考えられますので、その趣旨に従つてこの予算の配賦と編成というようなことも考えて参るつもりでございます。
 それから今の最後に医療機関整備審議会のことでございますが、この医療法の三十二条によりますと、厚生大臣又は都道府県知事の諮問に応じて、医療機関の整備及び診療報酬に関する重要事項を調査審議させるために、厚生大臣の監督に属する医療審議会を置く。或いは又都道府県における都道府県の医療機関整備審議会を置くという定めがございますのでありますが、この設立の趣旨から参りますと、この医療機関の整備及び診療報酬に関する重要事項を調査審議して頂きたいために、厚生大臣又は都道府県知事の諮問に応じていろいろ御意見を伺うということになつておりますので、これは基本的な方針、重要な方針というようなものをここで論じて頂く、御意見を聞かして頂くことが本旨であるというふうに了解されるのであります。従つて個々の医療機関の設置に関する適否の問題というようなことは原則的には取上げられないと思うのでありますが、併しながらこういう問題がだんだん地方的になつて参りますというと、このいわゆる重要問題というのが結局かなり具体性を帯びて来るようになりますので、実際には個々の病院が論議の対象になるということはあり得ることだと考えております。又いろいろとその地方で個々の病院の設置問題が紛糾いたして参りましたようなときには、それがおのずから地方の重要問題になつて参りましようから、この問題がさようなかなり具体的な個々の問題がここで取上げられるということはないとは言えないと考えております。なお中央の医療審議会は年に一回開かれております。地方でもおおむね一、二回、これは定めてはございませんですが、一、二回くらい開かれておるものと了解しております。
○中山壽彦君 この移譲される国立病院でありますが、今日の全国的府県の財政状態から申しますというと、なかなか進行いたしておりません。同じ政府の建てておりまする、最近できました厚生年金病院、或いは労災病院のごときは、独立会計の立場ではありまするけれども、一ベツト何百万円というような実に立派な病院がここにできておる。そうして国の病院というものが今申上げましたように誠に不完備な危険なような建物に患者が収容されておるというのが事実であります。明年度以降相当な費用を計上されまして、これらの移譲すべくして移譲できない全国の国立病院の内容の充実に当局は万全の策をとられたいということを特に要望しておきたい。なお職員に対しましては相当待遇はよろしくありません。これは当委員会においてたびたび問題になつておりますけれども、なかなかその実現が困難である。従つて一割五分以上病院の職員の働きによつて収入があつた場合には、私はあの法案の制定当時、これは速記録を見ればわかると思うのですが、病院職員の福利厚生施設にこれを充てるということをはつきり申した記憶がありますが、よく御調査を下さいまして、相当職員のために待遇を高める、或いは若い医員の研究費に充てるという何らかの方法を講ずるということは、全体の病院能率を高める上において極めて私は必要であるということを考えますので、この点は十分一つ御考慮頂きたい。なお最後に医療整備審議会が年に一回か開かれるという、中央、地方の連絡についてのお話がありましたが、私どもは医療整備審議会というものはもう少し積極性のあるものだと自分では解釈しておりまして、只今の御答弁によりますと、この審議会設置の意味が甚だ私は不明瞭じやないかと思いますので、この点は又他日に詳しく申上げたいと思います。今日私の質問はこれで終ります。
○藤原道子君 時間も遅うございますので、ただ一点お伺いしたいと思いますが、国立病院についていろいろ言いたいのでありますが、それは先ず次回に譲るといたしまして、昨日癩療養所へ我々当委員会から七名で出張いたしまして患者の意見等をいろいろ聞いて参りました。この問題はさて別といたしまして、昨日らい患者が衆議院の面会所へ五十名陳情に来ております。私が聞くところによりますと、前国会においてらい予防法が余りにも急速に審議を終了した。ところからい患者としてみれば、いろいろ要望がまだ十分入れられなくて、納得の行かない過程においてすでに衆議院にこの法案が提案されたということで非常に心配いたしまして、参議院からは来てくれるけれども、衆議院からはまだ来てくれる目当がつかないから、是非衆議院へ陳情に行きたいけれども、外出が思うように許されない立場にあるのだから、バスを一つ心配してほしい、それで衆議院へ行つたならばバスの中に待機して、それで衆議院の厚生委員のかたに来て頂いて、そしてバスの中から陳情したい、でないと社会に余りにも迷惑をかけるからという、本当に血の出るような要望があつたと聞いたのでありますが、それに対して、これが当局に受入れられなかつた、そのために野放し陳情というようなことになつて昨日の事態が起つたということを聞いているのでございますが、その真偽は如何でございましようか。若し仮にバスを出してくれと言つたにもかかわらず、これを出さなかつたといたしまして、ああした結果になつたことに対して局長はどのようにお考えであるか。
○政府委員(曾田長宗君) 一昨日患者がバスを出してくれということの願いを聞きまして、厚生省として賛成いたさなかつたのは、私が参つてそのように申したのであります。一昨日患者と話しました場合に、患者のほうからは今のように、法案がすでに国会に提出されたような状況でもあり、是非国会の先生がたにお目にかかつて自分たちの意のあるところを伝えたいということを、これは前からも申しておつたのでありますが、特にこの期に至つてそういう希望を叶えさせてくれ、それでそのためにバスを明日出してくれということを申したのでありますが、私どもはこの体の不自由な人たちでもありますし、又原則的には、今の建前によりますというと、無理にでも癩療養所の中に入つて頂かなければならんというような建前にもなつておりますところから、この患者のかたがたが外においでになるということは、他に方法が全くないというようなときで、どうしても止むを得ないというときに限つてお連れ出しをしようというふうに考えておるのであるから、他に方法があるかないか、これは一つできるだけ私どもも努めてみる。幸いにこの参議院の厚生委員のかたがたは、丁度昨日の朝、一昨日でありますれば明朝おいでになるということであるから、参議院の先生がたにお目にかかるのはここで明日の朝会つてくれ、けれども衆議院の先生がたにお目にかからなければならないからバスを出してくれ、これにつきましては私どもも衆議院の厚生委員会のかたがたがいつおいで下さるということは聞いてはおらないけれども、私どもとしては、その衆議院の厚生委員会のかたがたの間にも、患者はかわいそうだから、必要であれば自分たちが行つて聞いてやろうというような御意見があるように私どもは聞いておる。であるから私が一昨日帰りましたら直ちに衆議院の厚生委員長に御連絡申上げて、そうしていつおいでになれるかということを一つすぐあなたがたにお知らせするということを申しました。ずるずるべつたりに引つ張られるのでは困るというような話が出まして、それでは時間を切つてもいい。一昨日の話で明日の十二時までに返事をしよう。その返事が届かない、或いは厚生委員の先生がたがどうしてもこちらにおいでになれないというような事態があり、そうして而もこの法案の審議がどんどんと進んで行きそうな状況にあるならば、これはあなたがたの希望を無理に阻止することもできないから、その折にはバスを出しましようということを、バスを出すというところまで、或いはこれは私の言い過ぎであるかも知れませんと思いますが、私は帰つて来てから大臣、次官にも申上げて、いろいろ患者の気持ということを申上げて、私或る程度責任を以てそれだけはお許しを願おうというふうに考えて、患者にもそう申しました。そうして而もその返事がそれでは来なかつたらどうするかというようなことまで、細かい推定をいたしました。私はその返事が十二時までに、電話の故障だとか、或いは誰か使者を出すという場合に、自動車の故障というようなことで、若しも十二時までに君たちのところに返答ができなかつたならば、そのときには、そうしてこの患者諸君が衆議院の先生がたにお会いしなければならんというような事情であるならば、私はバスを出します、又翌日にでもそういうような事態の場合にはバスを出します、だから十二時まで返事を待つてくれ、そうして衆議院の先生がたがここへおいでになるということであつたならばここでお待ちしてお願いしてくれということを申しました。そうしましたら一日だけは待つ。一昨日の話で昨日の夕刻までは待つが、その時までに衆議院の先生がたがおいでにならなかつたら本日、木曜日にバスを出せということでありました。私は昨日の朝厚生委員長にお目にかかつて、そこで以て本日来て下さいと言うことは何としても申上げかねる。殊に昨日は衆議院の厚生委員会の開かれない日と聞いておりましたので、私は御相談申上げて、おいでになるとしても皆さんにお諮りして、今、丁度今日に当るわけですが、今日の午後ということに、幾ら早くといつても午後とはおかしいのですが、今日中にということよりは、お願いできないだろう。私も少し言い過ぎたかも知れませんが、そういうことを申上げた。それで若しも昨日の朝、厚生委員長に御相談して、それではあした中に行こうと申されたときに、あしたじや困ります、それならば患者を連れて来なければなりませんということはこれは私はどうしても委員長には申上げかねる。だから若しもおいでにならなければ私はバスを出して君たちを連れて行く。若しもおいでになるということで、その翌日、或いは金曜日になるかわからないが、とにかく審議にならないうちに君たちに会いに来るというようにおつしやつた場合には君たちは待つてくれ、そういう約束をしてくれるか、そうすれば今のように翌日連絡ができないか、或いはおいでにならないという場合には私はバスを出して諸君を連れて行こうということを言いまして、その時の患者の代表者のかなりの部分は、それでもいいじやないか、そこらで約束しようじやないかという動きが見えたようでありましたけれども、これも患者と会見いたします時に一番初めに懸念しておつたのですが、傍聴者をたくさん入れておつた。傍聴者を入れておつては話がなかなかまとまらないぞということを申したのですが、彼らは、どうしても皆が希望するからそうやつてくれということで傍聴者をたくさん置いて来まして、傍聴人のほうからかなり、妥協するなとか、もう少しがんばれというような応援が入つたりいたしましたので、かなりまとまりそうになつたのですけれども、とうとうまとまらずに、では交渉打切りと言つて、彼らは立つてしまつた。私は一昨日は午後こちらから立つて参りまして、そうして患者に会い始めましたのが三時半であつたと思いますが、それから十時半まで患者といろいろと話合つて、その間に私どものいる前で患者連中代表はときどき集まつて、相談をして話をしておつたのです。十時半に至つて遂に、もう少し話をしたらどうかと言つたのでありますけれども、もう話は決裂だと言うて彼らは席を立つてしまつたのであります。それでこれは非常に困つた事態だと思いましたけれども、私ども翌日は参議院の先生がたもお見えになるし、そうして決裂はいたしたといいながらも、私どもとしてはやはり患者の心境も買つてやらなければなりませんので、帰つて来て午前中に小島委員長及びその他の委員のかたがたにも御都合のできるかたには行つて会つてやつて頂けませんか、そうしましたら、それでは明日の午後には行つてやろう、今日でございますが、これからおいでになると思います。そういうことで、私どもとしてはかなりできるだけのことをいたしたつもりでございますけれども、遂に患者を十分に納得させ得なかつた責任は私ども感じております。非常に誠に遺憾だと思います。
○藤原道子君 実は局長が非常に努力されておるということは私ども聞いておる。実は昨日も行つてみて、患者が療養所にしてくれ、今はまるで収容所の考え方で扱われておることが非常に情ないということで頻りに訴えておつた。その点無理ないと思う。実は今回の問題が起りましたときに、私は恵楓園ですか、あそこで作業放棄が起つた時に次官の宮崎さんのところに電話をかけたのです。どうも拡大するような空気が見えるから、何とか早く手を打たなければ不測の事態が起りはしないか、殊に従業員が過労になつて倒れる問題が起つたときは一大問題だというので、早く手を打つようにという御注意のお電話をした。宮崎さんは心配ございません。もう収まりつつありますからどうぞ御懸念なくと言う。私は若しもそうなつた場合には、その責任はあなたにありますと言つて電話をかけたこともある。それから又この間も、大臣代理として誰か行かなければならない状態だから一つ行くようにしたらどうかと言つたら、もうこの間行つて来てありますからもう必要ございませんとこういうことです。ですから、私はそういう頭から押えつければ解決がつくというような考え方で我々の忠告も受け入れようとしない厚生省の考え方そのものに私は問題があると思う。私は時間が遅うございますから簡単に済ませますけれども、そういうところまで行つて、あなたの努力にもかかわらず話が決裂いたしましたときに、こうした野放し陳情というような戦術がとられるという危惧はお考えにならなかつたかどうか、若しもお考えになつたとするならば、面子にこだわらず、ああした大勢の人たちに迷惑をかけるような事態が起らなくても、何とか収拾するような対策があつたのではないかと、こう思うのですが、らいの問題については、いずれ委員会で十分検討いたしますけれども、今のような事態を放置することは、社会に非常な不安を与える、こういう意味で。
○政府委員(曾田長宗君) 翌日早朝から五十人にも上るものが野放し脱出と申しますか、外出をするということは、私非常に不敏でありまして、考えられませんかつたことを非常に恥じます。
○横山フク君 もう時間も過ぎているのですけれども、明日あるのですか。人口問題の受胎調節の問題について厚生省公衆衛生局長に伺いたいのですが、そうした時間がとつて頂けるのなら明日にしたいと思いますけれども。
○委員長(堂森芳夫君) それではこれくらいで今日は閉会いたしたいと思います。
   午後零時四十分散会