第019回国会 運輸委員会 第6号
昭和二十九年十月十二日(火曜日)
   午後二時二十一分開会
  ―――――――――――――
  委員の異動
本日委員大和与一君、入交太藏君及び
草葉隆圓君辞任につき、その補欠とし
て吉田法晴君、山本米治君及び松岡平
市君を議長において指名した。
  ―――――――――――――
 出席者は左の通り。
   委員長     高木 正夫君
   理事
           重盛 壽治君
   委員
           松岡 平市君
           岡田 信次君
           三木與吉郎君
           村上 義一君
           吉田 法晴君
           村尾 重雄君
  事務局側
   常任委員会専門
   員       古谷 善亮君
   常任委員会専門
   員       田倉 八郎君
  説明員
   日本国有鉄道総
   裁       長崎惣之助君
   日本国有鉄道副
   総裁      天坊 裕彦君
   日本国有鉄道営
   業局長     唐沢  勲君
   日本国有鉄道自
   動車局長    石井 英一君
  ―――――――――――――
  本日の会議に付した事件
○運輸一般事情に関する調査の件
 (青函連絡船洞爺丸等に関する件)
 (嬉野国営バス転落事故に関する
 件)
  ―――――――――――――
○委員長(高木正夫君) それではこれから運輸委員会を開催いたします。
 運輸一般事情に関する調査を議題といたします。
 先ず青函連絡船の洞爺丸等に関するその後の処置について、国有鉄道御当局から一つ御説明願いたいと思います。先日、十七日でしたか、第一回のこれに関する質疑をしたのでありますが、その当時はまだ十分に事情もよくわかつておりませんでしたが、その後大分経過もしておりますので、相当事情の鮮明したものもあると思いますし、それに基きまして、国鉄当局から一つ御説明願いたいと思います。
○説明員(天坊裕彦君) 先だつて概略事故の概要につきまして御説明を申上げた次第でありますが、その後、昨日までの現地の善後処理の状況について御報告申上げます。
 先ず第一に、現在洞爺丸関係でその後毎日遺体の捜査をいたしておりますが、昨日現在で、一般のお客さんが九百十四人、外人が五十四人、そのほかこの船員のほうは洞爺丸以外の船も含まれておりますが、二百三十一、その他九、合計いたしまして千二百五、これだけ、千二百五体の死亡確認者を得たわけでございまして、現在なお不明のお客さんは、洞爺丸関係大体七十八、外人で五人、その他乗組員で百二十二名、それから又乗組員でもございませんが、別に一人、大体二百六人まだ確認ができない、不明の状態にある、こういう状況でございます。この遺体の引揚げにつきましては、多いときには、例えば二日、三日とサルベージの態勢が本格的になりまして以来、多い日は百三十体、或いは百五十体というふうに捜索ができたのでございますが、極く最近八日、九日、十日、十一日というような日では、殆んど七体から十三体或いは十四体、昨日のごときは六体というような数に減つて参つております。只今のところ推定いたしますと、推定と申しまするのは、当時のお客さんか中には乗船名簿に詐賦されながら現実に乗つておられなかつた方もございますし、或いは又乗船名簿にないけれども、遺体として上つておられる方もありますし、そういうようなことでおよその推定でございますが、お客様は七十八体、その他入れまして二百六人の方がまだ確認できない、こういう状況になつております。そのほか現地におきましては、多いときには、御家族の方が引取りに或いは御心配でおいでになつた方が函館に大体二千五百人、又多いときには三千人近く寄つておられるような実情でございまして、その間宿舎の出入り、その他について十分御満足を得たようなことも必ずしもなかつたかと思います。いろいろ御不満の点もあつたかと思いますが、だんだん死体が見つかるにつれましてお引取りになりまして、現在では約四百七、八十人という方が現地に残つておられる状況であります。なお遺体が上つているのでありますが、どなたのものということが確認できないというのもまだ四十体近くございまして、特徴等につきましてお心当りの方がおられるかどうかという点について、全国に新聞広告等もいたしまして御案内をいたしておりますが、まだ不明の方が四十四、五あるわけであります。
 更にこのお引取り願つた地方のそれぞれ郷里にお帰りになつて葬儀等がお済みになつて、それらに対しましては弔慰の方法といたしまして、成年の大人の方には五十万円、十八歳未満の方には三十万円、幼児の方には一応十万円というふうに一応区別いたしまして、それぞれお届けをいたしております。この弔慰金につきましては、将来、原因の責任が国鉄自身にあるというふうにきまつた場合には、別の方式によりましてそれぞれ賠償額を査定いたすわけでありますが、その場合にその一部に充当して頂くというような建前で政府等の御意向も考えまして、そういう額を取りあえず弔慰金としてお見舞するということをきめたわけでございまして、だんだんお受取り願つている実情でございます。
 なお現地の遺体捜査は、先ほど申上げましたように、だんだん出て参る数が非常に減つて参るわけでございますが、サルベージの仕事といたしましては非常に軌道に乗つて大掛りにやつておるわけでございます。だんだんこの捜査の方針では出て来る数が非常に少くなつているということで、将来今後見つかる数がだんだん減つて来た場合にどうなるという問題があるわけでございますが、それらに対しましては徹底的にこれを捜査するという建前の下に、場合によつては船を何とか早く引揚げるような、或いは移動させるような方法を考えて、その船内或いはその船のおります場所の地下の捜査というようなことも考えたいと存じております。今日までの捜査につきましては、サルベージを殆んど日本全国に動員いたしましたような格好でございますが、それ以外にも自衛隊、海上保安庁、こういう方面の御協力、御支援を得まして、毎日大体十数隻の船を出し、或いはヘリコプターを動かし、或いは漁船を百四、五十ぱい動員いたしまして、地曳網を引くというような捜査を連日続けております。只今でもまだその捜査をいたしております。
 そのほか洞爺丸以外の問題でございますが、只今のところどうしても一隻北見丸につきまして、その所在が確認できない状況でございます。もう一つ十勝丸につきましても、相当これを確認するのに時日を要したのでございますが、一昨日でございましたか、これを確認いたしております。そのほか第十一青函丸は船が二つに割れておるそうであります。これらの船につきまして、また確認できませんものは別といたしまして、又二つに割れておる船は別といたしまして、そのほかの二隻つまり十勝丸、日高丸、こういう船につきましては、大体水深二十メートル前後の所にあるのでございますが、引揚げ可能というようなふうになつております。そういう判断をいたしております。洞爺丸以外の船は大部分、全部が鉄道の職員でございますが、これらについてサルベージを使つて捜査するのが非常に遅れたということがございますが、事実上あの当時といたしまして、潜水夫の動員の数、或いは救難に必要な船の回航が遅れたというようなことで、事実数日遅れたようなことになつて申訳ないと思つておりますが、数目前からそれも本格的な調査をいたしておりますが、なかなかそこでは遺体が見つからないというのが実情でございます。
 そのほか洞爺丸自身の沈没いたしましたいろいろな原因等につきましては、いろいろ調査を進めおるのでございますが、只今のところまだ、もう一つ、はつきりした結論を得るのには材料が不足でございますので、もう暫らく時日をおかし願いたいと思います。
 なおこの事故によりまして、北海道と本州方面との旅客輸送並びに貨物輸送につきましていろいろと支障を来たしたわけでございますが、その善後処置について若干申上げさして頂きますと、事故を起しました翌日におきましては、大体上りに二便、下りに一便という程度の船を動かしまして、あとの船は全力を挙げまして全部捜査に出動したわけであります。その次の日ぐらいから大体運航をとり戻しまして、只今のところではその後回航いたしました徳寿丸、或いは修繕をいたしておりましたが、修繕が直つて回航いたしました摩周丸、こういう船もそれぞれ計画に乗つて動くようになつて参りました。旅客輸送につきましては、大体御不便がないような格好になつております。ただ貨物輸送につきましては、現実に四はいの貨物船がなくなつたわけでございまして、本年は特に北海道関係の内地向けの秋の輸送というものについては、例年の実情に鑑みまして特に何とか輸送力をフルに出して、例年いろいろと行詰りを生じている面について、御不満を少しでも解消したいという計画で、北海道方面の荷主さん方と十分御協力を仰いで態勢を整備して参つたのでありますが、その点四はいの貨物船が沈みまして計画に大きな齟齬をいたしました点は非常に残念に存じております。併しながら何とかこれを確保いたしたいと考えまして、只今のところこの秋口十二月頃までは修繕、検査その他についてもできるだけ最短期間でこれを遂行するというようなことで、大体七割五分から八割近くの輸送力を確保いたしたいというふうに考えて懸命努力中であります。ただ御承知の通り貨物輸送の国鉄がやつております特色は、飽くまで貨車航送にございますので、貨車航送でない式のやり方につきましては、そこまで国鉄自身が手を出してやれるかどうかという点については疑問もございますが、取りあえず国鉄が持つております貨物に使える船一ぱい、宗谷丸というものがございますが、これを現地に回航いたしまして、この中旬頃からはこれでも運べるという態勢をつけようと考えております。併しながらいずれにいたしましても、現実に二割近くの穴があくわけでございまして、その点につきましては、事実上いろいろと荷主さんに御迷惑をおかけするわけであります。それらの点につきましては、運輸省御当高等において適切な御処置をお願いするようにお願い申上げている次第でございます。
 一応現地の遺体捜査或いは当面の輸送力に関する概況を経過的に御説明申上げた次第でございます。
○委員長(高木正夫君) 御質問のある方は順次御発言を願います。
○村尾重雄君 実はいろいろと今度の洞爺丸事件でお聞きしたいことがあるのですが、只今の報告が期待したのと変つて非常に簡素でございましたので、私はただ報告だけに対して一、二点だけ先ず御質問したいと思います。
 それは只今天坊さんのお話のうちに、慰藉方法について国鉄自身の責任だということが明らかになつたときに、責任の度合は別途としまして、現在の弔慰申上げた金はその内金としてなお考えなければならぬと思つている。取りあえず五十万円という、その他僅かな金の弔慰を申上げたのだと、こういうお話があつたように思うのです。そこで私は責任が明らかになるという結果論ですが、当日の明けの日ですか、前の委員会、二十七日の日に長崎国鉄総裁から海難審判所の結果を待つて我々としても態度をきめたい、こういうお話があつたように伺つております。そこであなたの、国鉄の責任があるかないかの結論というのは、海難審判所の結果の出た上での御意見か、それとも別個の何かこれの結論を出すような国鉄で調査をなさつているのか、それを伺つておきます。
○説明員(天坊裕彦君) 洞爺丸の事故原因につきましては、只今もお話がございましたように、当然海難審判所等でいろいろ御調査があるわけでありまして、これは最も有権的に、私ども結論というものについて十分調べなければならぬことは勿論でございますが、私どもといたしましては、まあいろいろできる限りそうした点について何らかの十分納得ができて、こういう手落ちがあつたという点がわかる問題もないとは言えませんので、そういう点は十分調査いたしておきたいというふうに考えております。
○村尾重雄君 その点で、国鉄で今後の問題で、ただ漠然と総合的な機関で結論の出るのをお待ちになつているのか。積極的に調査機関というものを設置され、調査されているのか。又される意思があるのか。これを一つお聞きしたいと思います。
○説明員(天坊裕彦君) いろいろと複雑な問題がございますので、最後的には飽くまで海難審判所のほうの判断というものに期待したいと存じておりますが、私どもの面でもできる限りの調査はいたしておるわけでございます。
○村尾重雄君 じや海難審判所の結論が、恐らく国鉄側に責任が全然ないというような結果は出ないと思いますけれども、海難審判所の結果が天災だとかというような、国鉄の責任がうんと強い結果が出なかつた場合は、やはり海難審判所の審判の結果に従つて、責任がなければないで、この弔慰の方法ですね、これ以上は考えられないことになると思うのですが、それはどうなんです。
○説明員(天坊裕彦君) もともとこうした事故によつて尊い人命をなくしたわけでございまして、決してお金に代えられる問題ではないわけでございますが、まあ交通関係の事故というような点で、時には天災といいますか、人力で及ばないような事故が起ることもあり得るわけでございまして、そうした場合には、五十万円の弔慰金で一つ一応収めて頂きたいというふうに考えておるわけでございます。
○村尾重雄君 どうも僕は腑に落ちぬのですがね。例えば責任の、これは今日議論になるかならないかは別として、例えば人を乗せて船が出港したのですから、少し無理な状態のあとが……そこでよく話を伺つていると、私全然素人ですから穿つているかどうか知りませんか。たとえ船長の認識が足らなかつたとか、処置が足らなかつたとか、気象台が気象台としての役目は果したが、連絡において欠けておつたとか、いろいろなことがかなり、これは政府の側から放送されているのか、或いは非常に国鉄に好意を持つておられる方々が放送されているのか知りませんが、いろいろな放送があるのです。ところが現実を見て無理な状態の中から船は出港したのでありますから、たとえそれが船長の手落であろうと、注意の足りなかつた点であろうと、又気象台の連絡が、機関の非常に貧弱なことからうまく連絡がとれなかつたというような場合があろうと、これはどう考えたつて国鉄の責任だと思うのです、あの出港したこと自体、ああいうことが出来したこと自身が。その点で私は今だつてすでに国鉄の責任だという点が私ははつきりしていると思うのですがね、僕ら常識で考えて。それを海難審判所がどういう結論を出されるか知りませんが、どういう場合が、あの今度の洞爺丸の遭難が国鉄の責任でないというような結論になるようなことになるのか、私ちよつとあなたに御意見があればお伺いしたいのです。例えばあの五十何メートルという瞬間的な台風が、これはもう天災だ、こう言われるならばそれで結構ですが、あれが国鉄の責任でないというようなことはどう考えたつていろんな調査した結果でも生れて来ないと思うのですが、それに対してのお考えはどうでしよう。
○説明員(天坊裕彦君) 只今も御質問の中にお話がございましたように、全く何と申しますか、いろいろ気象の判断、その他いろいろのこともあとから見ればいろいろ問題になり得るかと思いますけれども、やはり当時現実に五十メートルというような風が吹いて洞爺丸のみならず四はいの船も殆んどその風の中に巻き込まれて一緒に沈んだというような点は、普通には恐らく考えられなかつたことではないかというふうに考えるのでございますが、その点御質問の中にもございましたように、明らかに国鉄の船であつたことは間違いございませんし、それからお客さん自身が全然関知されない問題であるという点も間違いないことでありますが、そういつた点も一応考えまして、五十万円のお見舞はお送りしたということでございます。
○村尾重雄君 もう一言これに関連してお伺いしたいのですが、まあどれだけ人命が大切なものかということは、輸送機関に関係なすつていらつしやる方々ですから私から今更申上げなくても、何をおいても第一にこれはお考えになつていることだと思います。その点でどう考えても当日の連絡船の出港には私たちは大きな国鉄の過ちがあつたものだと常識的にそう考えているわけです。その点どうこう申すわけではないのでありますが、今お話のあつた国鉄の他の船が、貨物連絡船が遭難にあつて、そこでどうしてあの青函間ですか、他の会社の船もたくさんあつたと思うのです。民間会社のこれらはどういう処置をとつたというふうな、あなた方がお調べになつた結果どうとつておられますか。というのは、他の民間の船もたくさんあつたように私は伺つている。それが十分にやはり台風に対する態度をとつて予防の策というか、待避しているわけなんですが、聞くところによりますれば、二艘とか衝突した結果僅かな損害を受けたと承わつております。而も人命において、その乗組員においても一人として犠牲者がなかつたと聞いております。ただ国鉄関係だけがまあ連絡船という使命もあろうかと思いますが、如何に連絡とあつても、荷物並びに輸送する人命については、相当責任を持たなければならぬ立場に立つこの連絡当局者がやはり当日出港したということについて大きな私は責任があろうと思うのですが、こういう点でどういうようにおとりになつていますか。
○説明員(天坊裕彦君) 当日函館沖におりました他の船につきましては、私の承知いたしておりますのに、只今お話ございましたが、二はいであつたというふうに聞いております。一つは第六真盛丸という船でございますが、この船は大分風に流されまして、現在洞爺丸が沈んでおりますもつと浜寄りに、殆んど近くでございますが、坐礁しておるということになつております。それからもう一ぱい、アメリカのLSTというのが、これが大分沖へ流されまして、非常に位置は離れておりますが、そちらのほうで欄座いたしました。大体今お話の通り人命には問題はなかつたように聞いております。それらの点につきまして、只今のお話のように、国鉄の持つております連絡船の構造等が問題になるのではないかというような点は、私ども検討いたしたい題目の一つでございます。同じ国鉄の構造の貨物船でも、やや場所を異にした所におつた船で助かつておる船も現実にあるわけでございます、ただまあ私ども聞いておる話でございますから、これはもう少しはつきりさせなければ勿論いかぬわけでございますけれども、今度の第十五号台風というものが通りましたあとを見ますと、非常に幅を限つて、その幅の中にものすごいあとが残つておるわけでございます。そういうような点が愛媛県から日本海へ抜けます途中にもございますし、北海道でやはり函館の江差、寿都方面から余市の方面に抜けております陸上におきましても、その幅の間は非常にものすごく、大きな木も折れておるというような点もございまして、非常に都合のいい想像かも知れませんが、私どもの国鉄の船が一列に大体並んで仮泊しておつたような格好になつて沈んでおります。それが真正面の風の筋に乗つておるのではないかというようなことも想像できるというような点もございまして、それらの点については十分検討いたしたいと考えておるわけでございます。
○村尾重雄君 ただ私が申上げたかつたのは、責任のまあ結論が一体どこにおかれているのかという点について私はお伺いしたがつたのです。まあその点でただ我々が、私は天坊さんも早速現地へ行かれましたし、なお、又、同士のうちにも現地へ行かれて、現地の生々しい事実を見られて、まあいろいろ事情に詳しい方がおられますので、私がただ人伝てに少し耳に挾んだことだけで質問することも十分当を得ていないと思いますが、ただ感じたことは、私の伺つたのは、当日港内に五百トン以上の船が二十艘近くあつたと伺つております。これが事実であるかないかということは、又調査した上でいろいろ後日お尋ねしたいと思いますが、たまたまそのうち二隻ばかりが或る程度の損害を受けた、而も人命には何らの被害のないごどその待避というものを完全にしておつたというふうな限り、連絡船、特に国鉄の船が五艘近くも遭難を受け、ああしたところの大きな被害を受けたということについて、やはり国鉄それ自体に私は相当責任のありかについては常識的に見て反省して、又考えてもらわなければならぬ点があるんじやないか。ところがたまたま一般からよく聞かされることは、もう国鉄がただ金を出さないためにですか、又その責任をとることを回避してか、恐らくそんなお考え方は当局にはないと思いますけれども、何だか船長自身だけに罪をなすくろうとするのか、或いは気象台の設備の貧弱なことをやはり理由にして、何か知らないが責任を逃れるがごとき構想なり態度をとられるような印象を受けているという民間の声ですね、これが非常に大きいのです。そういう点で私は五十万円の金がその責任の結論の度合を示すとは決して思いませんけれども、最近の常識からいつて、数の多い少いは別参としてやはりああした遭難者に対して、決してそれだけでその弔意を表すことにはならぬと思いますけれども、やはりそれらの人に対しては弔慰金を国鉄がうんと出せるような、又出さなければ出して上げることがやはり遭難者に対して国鉄の弔意の気持を現わす一つの積極的な態度だと思うのです。その点で、なお、私たちも十分この真相についてはお聞きもし、又調査もしてみたいと思いますが、どうか責任の結論というものは一つ納得行くような機関なり、なおその海難審判の結果というものを最高とされるのかどうか知りませんが、その結論になお万全の、間違いのない結果を国民に納得さすために、運輸なり又国鉄それ自身に、やはり今度の問題についての一つの機関というものを作られて、やはり結論を早く出すように一つ努めてもらいたい、こう思うのです。一つその点だけ申上げて私は一応打切ります。
○委員長(高木正夫君) ほかに御質問のおありの方はありませんか。
○重盛壽治君 私も今村尾委員の言われたように、この前の二十七日の運輸委員会は、遺憾ながら事件の翌日である。そこで本当に遭難したという悲惨な報告を受けたに過ぎない。そこでいろいろ原因等をお聞きすること、或いは責任の追及というようなことは行過ぎであると考えて、実は当日、急遽運輸委員の責任において現場の調査をすべきじやないかという発言もしたように思つておりますが、遺憾ながら今日になつては少し手遅れという形であり、もつと掘り下げて言うならば、運輸委員としての責任を、この問題に関する限り、少し遂行できなかつたように考えて、甚だ遺憾に思つておりますが、今の国鉄の報告によると、その後の処置が若干報告されて、むしろ重要な原因はやはり海難審判所の調査の結果によつてというような、何かもの足りなさを感ずるお言葉でありますが、それはあとで又徐々にお聞きするとして、その中でわかつた方に対しては見舞金を差上げ、弔慰金を差上げている。そうしてあとの結果は、今までのお話の将内で行くと、海難審判所の調査の結果によつて処理したい、こういうふうに言われておりますが、例えばわかつておらぬ七十八名の人、この人たちに対しては一体どういう処置を、いわゆる乗船名簿にはあつて、死体が上らない、こういう人たちに対してはどういうような処置をとる考えを持つておられるか。
○説明員(天坊裕彦君) 只今私説明が不十分でございましたので附加えさして頂きます。乗船名簿でそれぞれ御住所がわかつておるわけでございまするから、その御住所のほうへ御連絡を申上げまして、御近親の方が何人現地へお出かけになりますかと、こういうことをお伺いしまして、二人なり三人なりという御意向によつて切符を差上げまして、それと途中でお弁当も必要かと存じまして五千円差上げまして、それで現地へ来て頂いて、函館へお着きになると宿屋をお世話いたしまして、そうして泊つて頂くという手配を先ずいたしたわけでございます。その後死体の見つかつた方につきましては、先ほど申上げた通りでございますが、相当時日がたつて参りまして、とにかく死体確認の問題は別としても、何か措置はないかというような御要望もあるわけでございます。そこで死体が見つからなくても、何らか死亡確認の方法をとりさえすれば同様な扱いをいたしたいというふうに考えまして、それぞれ乗船名簿とか、或いはその他の証拠みたいなものを出して頂きまして、それによつて死亡確認の手続を海上保安庁に求めまして、それによつて同様な扱いをするというふうにいたしております。
○重盛壽治君 先ほど言うように、原因は海難審判所の調査の結果を云々というが、今度の事故というようなものは特別事故であつて、一般海難の問題はいわゆる海難審判所だけでやつて頂くということでもいいのだが、国鉄としては非常に重要な問題で、而も千名になんなんとする人命を失なつたというようなことは、特別な調査を何かして行く必要があるのではないか、そういうことをやつておるかどうか。これを若しやつておらぬとすれば、当然考えて、それはそれでお願いする、そして自分は自分で自主的な調査をする、このことがもう少しはつきりされなければならぬと思うのだが、そういうことができるかどうかということと、それから海難審判所の今までの調査はどういう程度になつておるか。いわゆる同僚議員が行つて調べて来た、或いは衆議院の議員が行つて調べて来た、各党の調査員が行つて調べて来た、総合的ないろいろな報告は私どもは聞いておるが、責任の所在においての調査はどの程度に進んでおるかどうかということを一応承わつておきたい。
○説明員(天坊裕彦君) 前段の国鉄自身としての調査については、技術的な面については、相当専門家の御足労を煩わしまして、現地でいろいろ調査をいたしております。まだ報告がございません。そのほかいろいろな青函管理局の責任者を通じて調べます問題も残つておるわけでございますが、何分にも只今でも現地に五百人余りも家族がおられるということと関連いたしまして、或いは又海難審判所或いは検察庁という方面からお調べになるなにが殆んど同一人でございまして、十分落着かして管理局長その他の責任者の調査というのもまだ十分できておりません。もう少し時間をかして頂きたいというふうに考えております。
 海難審判所等の御調査の段階につきましては、私よく実情を存じておりませんので、運輸省方面からでも御答弁願つたほうがいいと思います。
○委員長(高木正夫君) 参考までに申上げておきますが、今日は運輸省はのつぴきならぬ事情がありまして出席ができないということをあらかじめ政務次官から御通知がありましたから、この次の機会に譲りたいと思つております。
○重盛壽治君 そうすると、これから私の聞こうと思うことも、おおむねそれは運輸省の問題だとか、或いは海難審判所の調査ができておらぬからということで終ろうかと思いますが、国鉄から見た見解をお聞かせ願えればいいのですが、あの日の暴風雨警報であるとか、気象状況からすれば、先ほどからいろいろなお話があつて、勿論構造の弱かつた、悪かつた国鉄の連絡船というものがあの程度のものに耐え得るか、耐えられないかというようないろいろな問題があろうと思いますが、その後のいろいろな調査をして行くと、先ず連絡船の遭難の状況からすれば、出ないほうがよかつた、出ないような措置をとるべきではなかつたか、こういうようなことが言われておる。而も気象台の通報に対する見解、いわゆるそれは非常に軽視しているというようなことがある。そうでなければ、こういうことは申上げたくはないが、何か国鉄の幹部が乗つておつて強引に船を出させるような圧力をかけたのではないかというようなことが言われている、こうしたことがなかつたか。いわゆる気象通報を軽視せずに、而も船長がその中におつた国鉄の幹部の諸君の圧力を感じたか、受けたか知りませんが、そういうようなことがなかつたとすれば、ああいうことにならなかつたのじやないかということがよりより言われておるのであるが、そういう点については、一体国鉄ではその通りだという御返事はもらえないと思うのだが、何か調査されたのか、どういうような見解を持つておられるのか、一つお聞かせを願いたいと思います。
○説明員(天坊裕彦君) 先ほども御質問の中にございましたのですが、この際十分な調査をなし、或いは又一方で正確な御調査中に私ども言い訳になるような推定に基いたにせよ、そういうことをあまり自信を持つて申上げる段階にないものですから、まだもう暫らく時期をおかし願いたいというふうに申上げたのでございますが、当日の気象を受けました点につきましても、気象台と連絡をいたしました事実というものは、洞爺丸自体については必ずしもはつきりいたし薫りませんが、当時助かりました第十二青函丸、第八青函丸、こういうような船で気象の通信を受けております。そういう通信を恐らくは同じような情報を洞爺丸も当日受けたんだろうと想像されるのでありますが、それらの材料によりまして、大体当日函館附近は午後五時頃に一番台風の中心になつて来る、そうしてその台風は大体時速百十キロぐらいの速度で進んでいるというようなことが、まあ洞爺丸出帆まぎわにわかつておつた情報だろうと思うのであります。その函館桟橋におきます風速というようなものを測つてみまして、大体五時過ぎから非常に風速が落ちている、そのときに恐らく台風の眼が来たのじやないかというふうに判断したろうかと想像されるのでありますが、それから一時間半たちまして、先ず先ず大体台風が百十キロの速度で動いているとすれば、或る程度離れて行つた、台風の眼が離れたあとが一番ひどいのでございますが、そこで六時半前後には風速も五時頃よりも相当殖えている、十五メートル、二十メートル近くなつた、この程度のところで出帆して行つても恐らく突き抜けられるのじやないかというように想像をしたかどうかというような点が問題でございますが、私はそう考えているのでございまして、現に函館の連絡船で冬場におきましては十五メートル乃至二十メートルの風で出ていることが再三あるわけでございます。貨物連絡船は相当一年間に多く欠航いたしますが、旅客貨物船につきましては、一年に大体冬場で七、八回、夏場で二、三回というようなのがおおむね実情でございまして、今回の台風について五十メートル以上の風に出つくわすというようなことは、恐らく全然考えていなかつたのではなかろうか、考えなかつたというふうに私ども考えるのでございます。六時四十分頃に出まして七時過ぎには大体港内で碇泊、仮泊いたした格好になつております。御承知の通り函館の港につきましては、大体そういう嵐のときには七重浜のあの沖合の所に避難いたしまして、あそこで大体嵐を避けるというのが慣習になつているようでございます。ただ問題は函館附近におきます嵐というものは、大部分冬場の季節風の関係の嵐が一番多いのでございまして、夏の台風の関係は今までそう大きな被害を受けた実例が少い、こういうふうに聞いております。従いましてそうした七重浜沖に避難するというほうが、冬場の季節風に対する避難方法としては適当であつたか知れないけれども、台風に対してはそういう避難の仕方が問題になるのではないかというような点も考えられるわけでございますが、それらの点はまだ将来調査いたしたいと考えております。
 なお、只今お話がございました当日の船に札幌の総支配人並びに管理局長が乗つておつたようでございますが、これらの諸君が危険を冒して船に出ろとか何とかいう圧力をかけたというようなことは私どうしても考えられません。そうした事実は恐らくなかろうというふうに確信いたしております。
○委員長(高木正夫君) 参考までに申上げておきますが、国鉄部長が見えておりますから……。
○重盛壽治君 そうすると、まあ私どもの考え方では、今あなたの言われたように十五メートルから二十メートルぐらいのものはこれは当然でしようが、あそこの気象台長の話によると、三十メートル以上はめつたにあそこでは吹いたことがない。で、それ以上になれば危険だということは考えられるのであります。而もまあ五十メートルの突風が吹いたということは、出てからのことであつてわからないが、気象台としても三十メートル云々ということはこちらから見ても出しておるように考えられる。そうだとすれば、暴風警報下において函館青函管理局が出港できないということが大体わかつておつたのじやないか、而もそういう状態にもかかわらず、これは私が一部の人からの報告も或る程度参考にしておるから違つておるかも知れないが、それにもかかわらず出港に対して青函管理局では何らの具体的の処置をもとらなかつた。むしろその日は休日のような状態と同じような状態であつて、非常態勢というものを全然講ぜずにおつたということであるが、そうだとすれば、先ほどから言われたいわゆる海難審判所の調査を待たぬでも国鉄のとつた責任、船長と共に重大な責任がありはしないかと、こういうふうに思うの、だが、監督機関としての国鉄はどのように考えておられるか、その点がわかつておられるかどうか、一つお聞きをしておきたいと思います。
○説明員(天坊裕彦君) 当日は日曜でございましたが、運輸部長、海務課長というような局の幹部は午後から出勤いたしております。ただこうした勤務いたしておりましても、ああいうような大暴風雨になつて、ああした事故になるかどうかという点につきましては、どう考えておりましたかという点については疑問でありますが、当日の気象台の通報或いは暴風警報、ラジオで言つております点については十分承知はいたしておつたと思うのであります。ただ先ほど申上げましたように、桟橋の風速計による風速或いは気象台の台風の通過速度、方向というようなものについては十分承知いたしておりましたが、それでもまずまず三十メートル程度の風で済むんじやないかというような判断をしたのではないかというふうに考えておりますが、その点については十分確かではございません。
○重盛壽治君 今のところが非常に重要なことで、これは私は何も国鉄に責任を持てとか、政府に責任を持てとかいうようなことではなくて、こうした非常な出来事が起つたときには、法律的に解釈するのでなくて、いわゆる道徳的な解釈、国民の納得のできるような処置をしなければならぬ、そういうようなことを考えて、運輸委員会としては万全の調査をしなければならぬ、こういう角度から特にお聞きしようと思いますし、お願いしておくのですが、この日の私どものほうへ報告されたような休日の態勢であつたというようなことは、これは本当にそういう態勢であつたとしても、もう国民の前には発表できないような態勢であつたと思うが、これが実際どういう状態で、どれだけの人数がおつて、どういう個所に誰が配置されておつたかというようなことを、これは今日でなくても結構ですから、この次の委員会にお調べ願つて、そしてこちらへ知らして頂ければ何らかの参考になるのではないかと、この点を一つお願いをいたしておきます。
 もう一つ、これは先ほどから村尾さんからも聞かれた問題ですが、洞爺丸の遭難当時、同じ港内に仮泊中の内国船とか或いは貨車を降していた十二青函丸というようなものが沈没の難を免れたということは、おる場所も勿論同じでなくて、あなたの言われるように沈没したもののみが全くその突風に関連するところにのみおつたのかも知れませんが、そういういわゆる解釈もありまするが、逆に何としても洞爺丸の場合、降してくれ、降してくれというときには、もうすでに降せないような状態になつたということまで言われておるのたが、そういう事前の処置をとる余地がもう少し何かあつたように考えるのですが、この点の問題が一点、そしてそれと洞爺丸の問題については、連絡船の構造というものが全くどこでどういう形で作られたのか知りませんが、これは技術的に非常に不備があつたのではないか、そういうことだつたとするならば、これも又間接にはこれを作り、これによつて就航しておつたところの国鉄の責任ということになつて来るのではないか、この点を非常な重要な問題だと考えるのだが、その点にまだ御研究が進んでおるかおらないかわかりませんが、どのようにお考えになつておるか、お聞きしておきたいと思います。
○説明員(天坊裕彦君) 初めの点でございますが、私二十八日に現地に参りまして、当日同じような近くに仮泊いたしておりまして助かりました大雪丸というのがあるのでありますが、その大雪丸の船長さんに会つていろいろ話を聞いたのであります。なかなかその船長さんもいろいろ考えているところがあつたのかも知れませんが、結局慎重なものの言い方でございましたが、助かつてもとにかく夢中で紙一重であつたというような言い方をいたしております。そうしてお客さんを乗せている場合と、大雪丸はお客さんがいなかつたわけでありますが、その気持の上での違いは、これは結果からいつて逆に現われているわけでありますが、よほど慎重にならざるを得ないのが船員の務めだ、自分は幸いにして運がよかつたのだという言い方以外にはいたしておりません。それらの点は非常に推測になりますから、申上げかねるわけであります。
 それから船体構造の問題でございますが、大体各国におきますフェリー・ボートと申しますか、貨車航送船の設計は大同小異でございまして、我が国におきましてやつておりますところの航送船の設計も外国の真似をいたしたものでありますが、大体日本式の設計になつておりまして、この構造につきましては、勿論設計を立てまして作りますときに造船の基準、一般の基準というものによつて監督を受けてやつておつたわけでございまして、将来ああいう五十メートル以上の風に出あうという建前考えますれば、いろいろ今後考え直さなければならない問題があるというふうに考えます。この点につきまして運輸省の中にも船舶構造に関する一つの委員会というものが設けられまして、いろいろ参考意見等を御審議頂いているわけであります。
○重盛壽治君 これはむしろ国鉄の責任ということでなくて、運輸省の責任になることで御返事頂けないかも知れないが、私どもは前々から定点観測などをやかましく言つておる。ということは、必ずしもこのことを予知して申上げているのではない。ああいう災害、風水害を未然に防止するということについては、これはどうしても気象観測の充実、強化を図らなければならぬということで、気象台長を呼んだり、或いは運輸大臣に要請しておつたのでありますが、特に今度の事件を見ると北方定点の問題、或いは日本海の気象の連絡、中国大陸と言つてもいいかも知れませんが、中国大陸、朝鮮、そうした方面からの気象連絡等が欠けているところがあつたので、これがなされたならば今度のことは起らなかつたのじやないかということすら言われるほどに問題になつているところでありますが、国鉄自体もそうしたことに対しても、この問題に対しても国鉄としてはやつぱり気象の通報の的確を期さなきやならぬと考えるので、その点に対して将来国鉄としてはどういうような考え方を持つか、重要な、而も今度の問題は有線電話連絡、それが切れたために連絡が不備になつていろいろな問題が起きておるので、基本的には私は気象通報の的確を期することとその設備の拡大強化を図り、行政整理というようなことで気象台はぎりぎり一ぱいで、これは私ども去年新潟或いは長野、そちこちの気象台を調査した結果、まるで機械的に人の割当をして行政整理をしておるというような形から極めて無理な姿が現れておる。こういうことを契機として、運輸事業の一環として、やつぱり気象方面を相当突込んだ研究をさせなきやならぬ状態に来ておるのじやないか、こういうことで、又事件が起きて研究しなきやならぬ、このように考えるのでなく、事件が起きても起きなくても平素考えてなければならぬと思うのであります。その点の見解を一つ……。
○説明員(天坊裕彦君) 気象に関するお話、全くお説の通りでございまして、幸いあそこには海洋気象台というのがそばにあるわけであります。私どもの青函連絡船というものも一日十数回動いておる。その間どういたしましても、あそこは日本海と太平洋を結ぶ大きな潮流を持つておるところでございます。四時間乃至五時間かかるようなところでございます。気象の速報というようなものも十分連絡願つて、私どもとしてもそれを十分活用さして頂いて航海の安全を期するというのは当然であります。ただそれが現実には気象台と鉄道管理局との間に専用電話の設備すら実はなかつたというようなことで、将来はどうしてもそういうような設備もこしらえて、どの船も暴風警報の出ておりますときは勿論のこと、そうでないときにも船の出るたびにと申しますか、時々刻々変化があれば連絡をして頂くというような格好に持つて行きたいというふうに考えております。現在船といたしましては、中央気象台の連絡、海洋気象台の連絡、更に大間崎、竜飛崎とあすこに燈台があるわけですが、燈台からも情報はとつておるのでありますが、何分中央気象台等の発表によります気象観測は、大体三時間前の状況をつかまえたやつを三時間後に放送されるというような格好になつておりますので、その間にいろいろな中央気象台としての設備、材料収集方法等についてもいろいろな事情がおありのことと思うのでありますが、何らかあの狭い範囲について間近の状況というものが把握できてそれを受けられるというような格好になれば非常に大きく安全が護られると思うのです。そうした問題について今後私どもも気象台にお願いをしたいというふうに考えております。
○重盛壽治君 大体私は、政府がおらなければあと一つでやめますが、今回の洞爺丸ほか四隻の遭難事件というものは世界海難史上類例のないものだと言われておるほどの事件でありますので、今までの調査の範囲から総合すれば、責任の所在が必ずしも私は国鉄だけではない、大きな国家的な問題であり、政府もその責任を負うべきことは当然だと考えます。けれども、これをただ法律的に解釈して、海難審判所が出した結果によつて処理をいたしたいとか、それによつてやるというような、このことばかりでは私はなかろうと思いますが、従来の問題はそういうことにばかり重点が置かれておつたのでありますが、こういう特別な異例な問題については、私は先ほども言うように、国民が納得するような、いわゆる道義的な立場から、もつと進んで言うならば、交通機関を担任しておる国鉄としては、これはもう当然自分の責任であるという立場から、政府に責任を持つて行くとか、或いは暴風に責任を持つて行くとか、或いは船長に責任を持つて行くとかということでなくして、そういう感覚の上に立つて如何にして遺家族の人を慰め、そうして将来の交通事故の絶滅を期するかという対策を私はとらなければならぬと思うので、法的な解釈ばかりにならずに、飽くまでも国民の納得の行かれるような線によるところの処理をせられることを国鉄に要望いたしまして、私の質問を今日は終ります。
○松岡平市君 私は従前運輸委員でもございませんし、今日は突然運輸委員に替りまして初めての委員会に出て参りました。御承知のように洞爺丸その他の船舶の事情が明らかになつて、直ちに参議院の議院運営委員会の理事会を開きまして、大事故であるために、現地に遭難者への弔慰並びに差当つての事故の調査ということで、議長の命によりまして現地調査に参りました。
 而もその団の団長という資格で参りました責任者であります。実は休会中でもありまして、院議に基くこうした調査団の報告というものを報告する方法というようなものの前例がございません。単に口頭で議長に一応の状況を報告したにとどめておりますが、この委員会は、二十七日に事故が起つた直後に委員会をお開きになつたにもかかわらず、現地の調査を委員会としておやりになつていらつしやらない。私たちは弔慰ということを兼ねた調査でありましたけれども、ともかく事故直後に現地に行つて一応の調査をしたという立場のものでありますので、私はこの委員会において、私たちの調査しましたことを御報告申上げれば、何らかの皆さま方の御審議の御参考になるものと考えるのであります。ただ調査の期間は極めて短時日でありまして、なお事故直後でありまして、現地は遺体の捜索引揚げというようなこと、或いは遭難者の遺家族関係者等の応接、或いはすでに活動を始めた海難審判所或いは警察等の調査というようなもので、関係者が殆んど忙殺されておるということで、我々は落着いて諸般の点を調査することには大変不自由でありましたけれども、それから又、これはいずれ運輸委員会において徹底的な調査をなさるはずだ、それが本筋であるとも考えましたので、詳細な突つ込んだ調査等はむしろ省略して帰つた、こういうようなことであつて、この事件を専門にすでにいろいろと各方面から検討しておられる委員各位に対して多く参考になるような報告はないのじやないかと、こうも思うのであります。
 ただ要点一、二を申上げますというと、問題の洞爺丸は、当日の二時四十分に定時ならば出港すべき船であつた。ところが、恐らくはこれは気象台の発した暴風警報を重視した結果であろう、出港をとめております。そうして一遍積込んだ貨車もおろしております。それがあとで又再び貨車、客車を積込んで、そして六時三十九分に桟橋を離れて出港しておる。当日の気象状況を見ますというと、丁度十七時から十八時の間は殆んど無風状態になつております。併し十八時三十九分、船の出ました十八時三十九分には、この十七時と十八時の間の無風状態の前に暴風雨警報が発せられてから後、相当強い風が吹いております。その前に吹いたと殆んど変りない強い風になつて来ておる。このときに出て行つた。船が結局出さえしなければ事故は起らなかつたであろうし、もう一番この事故の原因として只今同僚委員諸君からお話になつて、いろいろ御質問になりました点の疑惑を生む私は鍵だと思います。一遍暴風雨警報で出港を思いとどまつた。それが相当風が強くなつて来ておるときに、六時三十九分という時間を限つてどうして出港して行つたか。出港すると同時に間もなくこれは仮泊いたしております。で、仮泊するつもりであるならば旅客をおろして差支えなかつたと思うのです。出てすぐもう間もなく、出たら間もなく仮泊をしてしまつておる、こういう措置をどうしてしたか。そこに、例えば先ほど重盛委員から質問がありましたその船には国鉄関係の相当重要な人物が乗船している。東京に会議に出席しなければならぬために時間を急いでおつた人たちが数人乗船しておつた、こういうことです。それからなおそれには、前に第十一青函丸、これが米軍の兵隊を乗せて、一遍出港しておるのです。それが風のために引返して来ている。そうして引返して船客を下船さしておる。その下船した船客、即ちそれは主として、或いは全部であつたかと思うのですが、米軍兵士である。約六十名、これをこれに乗船せしめておる。まあそこで私たちが行きました調査の際にも、いろいろ只今重盛君の質問された点、或いはその十一青函丸から乗り換えた米軍の圧力と申しますか、早く青森に行きたいという希望に船長が動かされたんではないかというまあ疑惑が世間に持たれていろいろと風説も起つておる。で、要はここのところを十分に各方面から解明すれば、この船がどうして出たか、或いは出なければならなかつたか、そこの間に誰が出港をさせたか、これはもとより船を出港するしないということの責任は全部これは船長にあるにきまつております。併し国鉄というあの大きな機構の上から考えてみて特に連絡船という特殊の立場から考えてみて、これが船長一存で出港したり、或いは出港しなかつたりするものか。少くとも青函鉄道局というあの連絡船を掌つておる大きな機構があるわけであります。その機構が船長を相当に動かすものか動かさないものかという点を解明すれば、少くともその辺の事情は明らかになつて行く、こういうふうに我々は了解して参りましたし、その点の解明が今後各方面で、特にこの委員会等におきまして十分力を注いで解明して頂かなければならぬことであろうと考えております。
 それから特に気付きましたことは、只今重盛委員から質問がありました当日の少くとも国有鉄道の関係者、特にこれは青函局でありますが、青函鉄道局があの暴風雨警報下に十分なる警備態勢にあつたかいなか。むしろなかつたのじやないか、こういうことであり、これに対しての天坊副総裁の御回答は必ずしもはつきりしておらぬと私は考えております。私たちの調査いたしました範囲におきましては、警備態勢、暴風雨警報下におけるああした連絡船を運航せしめる青函鉄道局というものについて、我々素人が期待し、若しくは希望するがごとき警備態勢は必ずしもとられておらなかつたのではないか、私たちはさよう判定いたしました。先ほど来一年間に欠航するということは冬季風雪の甚だしいときに何回かある、そのほかにはめつたにないが一、二回だ、こういうふうな御説明でありましたが、少くとも一年間に何回かは欠航をしておられる。併し未だ曾つて暴風雨等のためにあそこで事故等は殆んど起つておらない。従つて長年の経験になれて、我々素人が、局外者が暴風雨警報下に船を動かすときの気がまえということについて、私はなれ過ぎて国鉄当局は必ずしも世人が期待するがごとき警備態勢下になかつた。青函鉄道管理局長は当日札幌の会議に行つて帰つて来て、二時何分かに函館に着いた、そうして四時半頃まで管理局の局長室において自宅に引揚げた。船は二時四十分に出るはずのものが出なかつた。それが六時三十九分に出ておるが、この間のいきさつは局長は殆んど全部知らない。船が出なかつた、或いは出たというような事実はいずれも遭難後、かなり遅れてでありますが、遭難後局長自身が聞いた、こういう状況であるし、又船の桟橋等についている船をどうするというようなことについては、運航指令というものがあつて、そうして一応連絡指揮というような形をとつておるようでありまするが、これに対しても、通常の順番で当らしたに過ぎない。別段ああいう暴風雨警報下だから、船を運航するためには特別の注意を払つたというような事実は、遺憾ながら私たちは発見することができなかつた。当日は日曜であります。先ほど日曜だけれども、幹部は全部午後は出た、こういうようなお話でありましたが、或いは出られたかも知れませんが、少くとも現地の調査に行きました私たちは、暴風雨下に船をとどめるかとどめないか、或いは出すか出さぬか、出した場合にこの船が青森に四時間半のあの航路を無事に行くか行かぬかということについて深甚なる注意を払い、或いは万一の場合の警戒をするというようなことはどこにも発見できなかつた。恐らくは長年の平穏なる運航になれて、こういうことに対しては別段の注意を払わなかつたということが私は真相ではなかろうか、かように了解して参りました。
 次に申上げたいことは、私たちは二十九日の午後当地に現場に到着いたしまして、直ちに青函鉄道局の人々、特にその際には天坊副総裁もお目にかかつたわけでありまするが、そこにお目にかかりに参りますと、廊下に遭難遺族、或いは関係者というものが殺到いたしておりまして、沈没船内にいる、或いは海底或いは海面に漂流しておる遺体の捜索引揚げ等に対して、甚だ鉄道が冷淡である、何ら力を注がない。僅か数名の潜水夫を出して船の周囲を探つておるに過ぎない、こういうような訴えがありました。第一番に、その点について関係者に質問いたしましたところ、事実これは潜水夫、或いは潜水用具等の準備が間に合わなかつたということは明らかのようでありまするが、ともかく、併しこれを間に合わせるということについて非常な、遺族などに、これまでして頂いても間に合わないのだということを十分了解せしめるに足るだけの手段は講じておらなかつた、かように了解しております。事実、函館において、直ちに雇入れ得る潜水夫の数或いは潜水用具というものはもうはつきりしております限られたものであり、非常に遠隔の地から、人だけでは困る。船、その他の用具を持つて来なければならぬわけでありますから、たちどころにはできないけれども、できなければできないで、できるだけのことはかくのごとくしておるということを十分立証するに足るだけの活動がしておられるとは我々考えなかつた。従つて、第一段にこの点について当局に十分なる警告を発した。その後、私たちの滞在期間中には逐次その方面についても効果が上つて来たようでありますが、遺族たちも漸く安堵をしたという状況でありました。この原因については、遭難事件後、直後でもあり、いろいろと関係当局も非常に多忙を極めておられたというようなことからやむを得ない事情もあつたに違いありませんが、何となしに、我々があそこへ全然まあ事故関係者としてではなしに、現地に到達したときの空気それ自体から察知いたしまするというと、多少警告を発せざるを得ないような状況下にあつたということは率直に申上げて差支えないと思います。その他の点につきましては、私たちがここで、特にこの委員会にあの調査団全体としての感じとして御報告しなければならぬというような事柄はなかつたと思います。気象台、海洋気象台があります。これは台長等にも会いまして、気象通報を如何にしたかと、特に国鉄関係にどういう通報をしたかと、これに何らかの誤まり、或いは間違い等がなかつたかというような点も十分調査いたしましたが、特に取立ててこういう点において青函或局いは洞爺丸船長の判断を誤まらしめたという顕著なる間違い等は発見いたして参りません。
 それからなお海上保安庁について、事故前或いは事故後の諸般の措置について調査いたしましたが、海上保安庁といたしましては、事故前にも十分注意態勢をとつておるし、それから又事故後にも現在のあの設備その他においてやり得るだけの手は尽したと、遺憾ながら生存者を僅か数名、一隻の救助船が救助したと、大半の乗客に対しては何ら手を尽すことができなかつた。これはもう気象状況その他においてやむを得なかつたと了承して参りました。
 なお御質問等があれば、私がここで調査いたしました経過については如何様にもお述べいたします。
 私は御質問を頂く前に国鉄当局に一、二お尋ねをいたしたいと思います。先ほど天坊副総裁が御報告になりました遭難者或いは遺体の引揚げの数その他につきましては、これは洞爺丸以外の他の四船舶の乗員を含んでおるのかどうか。
○説明員(天坊裕彦君) 先ほどの数字の中で乗組員と申上げました中には他の船を含んでおります。従いまして千二百八体と申しました全体の死亡確認の遺体の中には洞爺丸以外の船員の遺体も含んでおります。
○松岡平市君 私たちは洞爺丸は職員以外のいわゆる一般乗客を乗せてこれを遭難せしめておるのだから、これに全力を注ぐことは当然である。併しながら死んだ、遭難をしたという立場においては乗客も職員も同様である、洞爺丸について十分手が回る、十分の程度もありますが、手が回るようになつて来て一般乗客の遺族が反感、不平を持たない範囲では、速かに他の船体についても、潜水夫等を使用して職員の遭難者の死体捜索引揚げ等について十分なる力を尽して頂きたいということを現地において切に要望いたしました。先ほどの御報告では、これらのものについては遅れたけれども、ともかく手を尽していると、こういうお話がありました。事実そういうふうに御努力になつておると思うのでありますが、念のため洞爺丸以外の、このうちには北見丸は未だ所在発見できず、十勝丸も漸く昨日か一昨日所在を突きとめたということでありますが、なお他に二隻あるわけですが、これは約二十メートルの水深の所に沈没しておるということがわかつておるのだが、これについて潜水夫等を入れてどれだけの死体をどの船から引揚げることができたか、その数字を明らかにして頂きたい。
○説明員(天坊裕彦君) 第十一青函丸は九十人乗つておつたのでありますが、三十一人死亡を確認いたしております。この船は生存者が皆無であります。残りの五十九体がまだ不明ということになつております。それから北見丸これにつきましては、七十六人乗つておつたわけでございますが、三十三遺体が発見されまして、生存者が六人、不明が三十七人でございます。それから十勝丸、十勝丸は七十六人乗組員がおりまして、五十六人死亡確認をいたしました。生存者が十七人、不明が三人であります。日高丸はやはり七十六人の乗員で、死亡確認は四十四、生存者が二十人で、不明が十二と、こういうことになつております。
○松岡平市君 特に私がお尋ねしたことは、潜水夫を船について捜索させて何人の死体を引揚げることができたかということをお聞きしております。
○説明員(天坊裕彦君) 只今の御質問に正確に真正面から実はお答えするにはちよつと材料が不足なんでありますが、先ほどもお話がございましたように、現地のサルベージの態勢の強化と共に洞爺丸以外の船についても潜水夫を廻わせるようになつたという時期が大体二日、三日頃でございます。一回以降は、二日の日、三日の日に一時又別の台風と申しますか、当日警報が出たりいたしまして作業ができなかつた、サルベージの態勢は整つたけれども事実上作業が十分できなかつたというので、事実上は四日頃になつております。この頃からそれぞれ日高丸、十一青函丸というものには大体六組くらい潜水夫が出られるようになつておるのであります。従いましてその三日、四日頃からあとの職員の、事実上の仕事をどういうふうになにしたかということでございますが、而も潜水夫に上つて発見されたのと漂流その他で発見されたのとやや入り交つておりますが、申上げますと、一応この点お許しを願つて、洞爺丸も含めまして乗組員として死体が確認されたものの日別に申上げます。
 二日の日が二人でございますが、三日の日に十人、四日の日が九人、五日が十一人、六日が三人、七日が二人、八日が二人、九日が四人、十日が四人、十一日が一人と、それ以外は一日以前でございますが、大体そういうふうになつてサルベージの態勢が整うにつれて出て参つたということであります。
○松岡平市君 私は只今の御答弁は甚だ不満足であります。サルベージによつて引揚げた数字はわからぬ、漂流その他を交えてと、こういうことであります。現地において一般遭難者のことについてはもとより、死んだということについて、遺族においては職員といえども同じだと、従つて是非潜水夫を、洞爺丸においても潜水夫を入れてどんどんあそこから死体を搬出しておる。で、これと同じ措置をなるべく速かにして頂きたいと私はお願いして来た。ただ水深二十米の所に沈んでいるほかの船からは遺体がないのかあるのか。あれば搬出を今日こうしておるというようなことくらいは、もつとはつきり一つ最高責任当局においても分明にして頂きたい。若し洞爺丸が沈んでおらないにいたしましても、国鉄は四艘の船をあそこへ沈めて、洞爺丸が沈んでいなかつたとしても、これは大問題であります。洞爺丸だけに隠れてしまつてあとの四艘の船の遭難のことについては、今言うように一体船の中に遺体があるかないかというようなことの実情を突きとめることさえも、或いはやつておられるかも知れないけれども、少くとも天坊副総裁は今日御存じない。私はこれはこの遭難、この事件に対しての或いは国鉄当局の一つの態度の表明だと考える、考えざるを得ないと思う。もつと、それはなるほど洞爺丸のほうは一般乗客或いはこの中には二人の衆議院議員も入つておる。あなた方の同僚である人々も入つておる。併しながらそうでない、国鉄の職員であつても一つの船には七十人、八十人というものが全部死んでしまつておる船もある。これが船の中に入つておるかどうか、或いは船の中には残つておらないかどうかというようなことは、なるほど洞爺丸に全力を注いでおるにしても、ほかの死体を相当揚げたつても、十分なる力をお尽しになつてその結果等については、少くともこの委員会において十分正確な数字を、昨日までの数字を一々お挙げになるくらいの準備をなさるべきである。私は甚だ不満足であります。併し今お持ちにならない点について、かれこれ申上げても仕方がございませんから、その点については質問を打切りますが、死体捜索は続けておられますが、先ほどの報告によるというと、昨日のごときはすでに従前のような数の潜水夫をもぐらせても、もう全部合せて六、七体しか発見できなかつたと、こういう話でありますが、私は一日の日に帰つて参りましたが、一日その洞爺丸かほかの船の乗員であつたか知らぬが、このときに、二十七日に遭難した船の船員らしいものが、青森県の八戸の海岸に漂着したということを青森駅で聞きましたが、そういう事実があつたかどうか。
○説明員(天坊裕彦君) 八戸沿岸或いは宮古沿岸で発見されたことは事実がございます。
○松岡平市君 そういたしますというと、この五艘の船の遭難者のうち、或る人々はもう函館湾内を離れてしまつておるというものが想像されるわけであります。そして八戸その他の海岸に打上げられるのではなくて、太平洋の海岸遠くに漂流して行つておる死体が幾つかあるのではないかということが想像される。そうすると今後函館湾内を如何ように地曳網をお使いになつても、潜水夫をもぐらせても捜索できない。捜索しても到底求めることができなくなつておるかも知れないと想像される死体が相当あるわけだ。が、先ほどのお話では、今日なお遺族或いはその関係者が四百数十名函館に今なおおると、こういうお話であるが、国鉄当局は死体の捜索はいつおやめになるか。これは全死体を発見するまで引続いておやりになるおつもりか。まさかそういうわけにも、今言うように私は捜索しても函館湾では捜索できない、探しても効のない死体があるように想像されるが、その辺についてはどういうふうにして、死体の発見せられない遺族に満足を与えられないにしても、少くとも了承をしてもらつて、打切る時期はどういうふうにするというふうに考えておられるか、一応御見解を承わりたい。
○説明員(天坊裕彦君) 只今お話の通り、あそこの函館湾以外の地域にまで流れておることもあり得るかと考えられますが、先ほども申上げました通り、私どもといたしましては、できるだけこの捜索というものは、十分あそこにおいでになる御遺族の方々が納得して頂くような格好で、できるだけやつて参りたい。従いまして結局見つからないという場合もあり得るわけでありますが、そのときにも捜索の方法としては、今までのやり方ではこういうふうに考えられますが、もう一つのこういうふうのやり方で一つ最後はやつてみたいというようなことも申出て、十分御納得が行くような格好にいたしたいというふうに考えております。
○松岡平市君 そのこういう方法でという特殊の方法はどういうことがあるのか。それからもう一つはつきりしないが、洞爺丸以外の船の船体の中に、なお船員の遺体があるかどうかというような点も一向明らかになつておらぬようですが、そういうことについて、遺体の捜索、引揚げということについて、何となしにもつと、私は何もあなた方にできないことを強いるわけではないのだけれども、それらの点が如何にも国鉄当局は、先ほど申上げましたように、あなた方一生懸命やつておられるかも知れないけれども、それが納得行かないのには、何かしら説明が不十分なのか、割切れないものがある。そういう点をはつきりなさつて、こういうことで調べてみたが、このなにはどうしても潜水夫では揚げれない何体はあるらしいとか、もう少しですね、もうかなり日にちもたつて来ておるんですから、少くとも海底に沈み、或いは漂流しておるという遺体について、国鉄当局としてはもう少しみんなが納得し得るようなものを数字的にもお出しにならなければならぬと思うのです。何らかまあこういう捜索方法も講じている。どういう捜索方法をお講じになるつもりか、一つお話願いたい。
○説明員(天坊裕彦君) 私の説明が要を得ませんのでいろいろ御質疑が出て恐縮と存じます。先ほど申しましたが、十一青函丸、日高丸という二つにつきましては、只今のところ潜水夫が連日もぐつておりますが、死体があるかどうかはつきりされないというのが現状でございます。そこで私どもの今後の方法といたしましては、こうした格好で何日かやつても死体がどうしても発見できないという数日を経ました場合には、結局その船を揚げるというような方法を講じるより方法はないのではないかというふうに考えるわけであります。
○松岡平市君 私は与党です。従つて政府の責任を追及する立場のものでもないし、従つて又国鉄に向つて非難攻撃を浴せようという立場のものではないが、その与党の私があなた方にどうしても注文せざるを得ない遺憾だと考えられることは、遺体の捜索その他について、熱心にあなた方やつておられるかも知れぬけれども、そういうふうに受取れないということ、というのは、先ほどから聞いておりますけれども、今言うように、遺体はもう船内隈なく探したけれどもないということならば、引揚げてみても遺体はないわけです。船の中には引揚げて見なければわからぬということではなしに、もう例えばあそこべ行つて私たちは洞爺丸についても切りなさい。速かにどこかを切り開け、こういうことを私たちは要望して、或いは二等船室、三等船室に穴をあけて、そうしてそこから死体を出されたはずであります。ほかの船についてもそういう方法を講じたか講じないか。或いはこれらの船は構造が違つておつてそういうことはできないと、もう少し親切に遺族の身になつて、これだけの手は尽してみた、併し現在の状況ではこうだということを、少くともこの委員会をあなた方が納得させることができなければ、遺族を納得させることができない。問題は、そこに非常にこの問題が世間的にさわがれる一つの要素があると思うのです。災難は災難です。誰の過失にしても、起つたことをどうしてもこれは処置はないのです。その遺体の捜索その他について、何かしらみんなを納得させるようなふうにあなた方御説明にならなければいけない。そして今言うように、ここまでやつてみたが、これだけのものは到底だめだということになれば、こういう方法を考慮しておる、こういう方法ならばなお発見できるかも知れないという方法が検討の結果ここにある。そういうことはもう検討をしていらつしやるはずです。全然そういう検討をしておらぬということであれば怠慢だと私は考えます。少くとも今までこれたけやつてみたがだめだ。いつかは打切らなければだめだ。打切る前にはこういう手は尽そうじやないか。こういう点は十分あなた方は御相談になつておると思う。そこをここでこれまでやつてみて、やれなければこれはやむを得ぬじやないかという納得をさせる方法というものを委員会に御発表になつたら如何ですか。どうしてそれを今日まで十分なる検討を加えておらぬという説明をなさるのか、私はわからない。ここまではみんながやつてみた。これからなおこれだけはやるんだ、こういうことをおつしやい。
○説明員(天坊裕彦君) 洞爺丸以外の船につきましての船内の捜索は今もやつておるのでありますが、その次の手という段階についてどうするかの問題については、もう少し今の捜索を続けてそれからにしたい。私ども別段その点について現地等でも十分潜水夫の判断や話など聞いて、専門家も行つておりますので、もう少し今のままで捜索したいという希望でございますので、そういうふうにしたいと考えております。洞爺丸につきましては、まだやはり昨日も六体出ておるという実情でございますので、もう少しこれでやはり捜索して行かなければならぬというふうに考えております。
○松岡平市君 問題は原因の究明その他にもありますけれども、遭難者に対してできるだけの手を尽したということでないと、この事件は私世間が納得しないと思います。責任の有無ということは二の次にして、少くとも遭難者を国鉄の責任において出したわけですから、これに対してはできるだけの手を、もうあらゆることを考えておるのだ、今もこう考えてこうしたのだということを、一つ国鉄幹部において十分考えて頂かないと、死体の捜索を打切るということの如何によつては、これは再び大問題を起す、私たちは憂慮に堪えない。従つてこの点については、一つ速かに十分なる対策を立てられて、次の委員会においてこうこうこれまでやつてみるつもりだ、それで不満足ならばどういう方法をとれはよろしゆうございますかと、私に向つて逆に御質問になる程度の私はちやんと準備を遂げて行かなければならぬ、そうでなければ、この事件については、もう一遍大きな問題が起きると考えられますから、特に要望いたします。
 なお次にお尋ねしたいと思うことは、先ほど乗船名簿にはあるけれども、実際は乗船しておらなかつた人も相当ある、或いは名簿になくて乗つておる人もあるというようなお話もありましたが、乗船名簿にちやんと名前を書いておつて、それで一応遭難したということは発表されたけれども、事実乗船していないで遭難者に入らなかつたという人は今まで明らかになつておるのは何名ですか。
○説明員(天坊裕彦君) 現在五十一、二名ございます。
○松岡平市君 遺体の住所氏名の不明の者が数十体ある、こういうことであります。私たちが現認して来た範囲では、いずれも裸体ではなかつた、殆んど全部着衣のものであり、男女の別も明らかであり、大体老若の判別も一見してついたという状況でありまして、その後時日がたつておるから、最近の引揚げ遺体等については、必ずしもそうでないかも知れませんけれども、大体乗船名簿或いは名簿にない人々があつたにしても、そこに引揚げて来て遺族というような者が見れば、恐らく関係者は、今言うように、実際は乗船名簿で発表された人だけでも飛んで行つた人があろうと思うが、にもかかわらず、数十体の遺体が関係者が見ても全然関係者とわからない、こういうものが残つておる。数十名あるということですが、これは一体どういう人だつたとお考えになりますか。誠に不思議なことだと思う。遺族が見れば着衣その他から大体わかると思う。それが数十体わからないというのは、どういうところに原因があるとお考えになるか。
○説明員(唐沢勲君) この乗船名簿に載つておるところでは、全部事実をお知らせいたしまして、心当りの方は大体みんな来て見て頂いておるわけであります。なおそれでも乗船名簿に載つておられる方が行つてみるとそこにないというような事実もございます。そこでどうしても身元がわからないというような方が若干今の間であるわけでございますが、これはどういうわけですか。或いは乗船名簿に載せずに乗つた方が相当あるのじやないかというふうにも思われます。いずれにしましても、そういう遺品なり或いは着物なりといつたものが、或いは特徴といつたようなものを全部新聞なりに出しまして、心当りの者を尋ねるというような方法をとつているわけでございます。
○松岡平市君 乗船名簿にあつて乗つていない五十一、二名というような人がある、これは遭難者から減つて来るわけだと思うのです。それから全然住所氏名のわからない遺体が数十体ある、こういうことになつて参りまするというと、死体捜索の打切りということに関連して、誠に私は困難な問題が出て来ると思うのですが、そういう点などもここで明らかにされたのは、乗船名簿に載つておらぬ人がこれだけある、それから今言うように、乗船名簿で乗つた数はわかつているでしようから、そういうものの数字その他をもつと国民がよくわかるように、六十何体か七十何体というものは、今でも引取人がないというような人が乗つている。乗船名簿等と突き合せて見て、該当者であるかないかというようなこと、私たちが調査したところによりますというと、この船には多数のいわゆるやみ屋、かつぎ屋という者がたくさん乗つている。これは特に青森県で調べたのでありまするが、青森にはかつぎ屋の組合があつて、そうしてこれがあの船で帰つて来るという者であつて、かつぎ屋では氏名詐称の者もあり、或いはあそこで何かパスみたいなものを持つているけれども、パスを何人もで、国鉄にわからぬ限りはそれを流用して使つているというような者もあるのです。氏名を乗船名簿と引合してくつつけるということは非常に困難だというような事情もあつて、遭難者のうちにはそういう人々も多数おつたのだというようなことやなんかももつと一つはつきりわかるようにして、次の委員会までに私はそういう点もよく整理されて、遺体の引揚げについて、あなた方がこれだけの努力をしてこういうふうにやつたんだ、わからぬものはこういうことだ、こういう理由でわからないのだ、こういう点も是非明らかにされれば、私は世人のあなた方のされた努力に対しての理解の仕方というものがもう少し違つて来る、こういうふうに私は了解しております。只今私が質問いたしましたような点についても、五十一、二名とかいうようなことでなくて、五十二名なら五十二名、これだけの人がこういうことというようなことを、これはいずれはどこかの機会にもつとはつきりさせなければ、うやむやでは済まぬわけであります。一つできれば乗船名簿に載つておるけれども、実は乗船しなかつた、なぜ乗船しなかつたかというようなことまで明らかにして、私はいずれここで、私でなくてもどなたかが質問されるような事態が必ず起きると思うのです。これは速かに明らかにして頂くようにして頂きたいと思います。一応希望しておきます。
 なお続けてもう一点だけ質問いたします。責任問題ということを云々されておる。そうしてこれに対しては天坊副総裁は、まあ海難審判庁というか、これの判決を待つということに一番力点を置いておられる。これは私は法律的な責任の問題を論議することだと思います。この事件について法律的に有責であるか責任がないかということは、これはこれとして十分論議されて、それに過失であれ故意であれ、責任が生ずるということになれば、賠償その他の問題が私は論議せられると思うのです。先ほど来天坊副総裁が答弁される点は、主としてこの責任問題、法律的な責任問題ということに力点を置かれておつて、世人が如何にも今日、例えばつい先日起つた相模湖のあの中学生の遭難の際におけるいろいろな人々の態度を新聞等に伝えて、国鉄が甚だ、国鉄当局が遭難に対して責任を感じておらぬという記事を至るところに見るわけでありますが、これは主としてあなた方が法律的な責任問題の論議、或いはそれの釈明に主眼を置かれて、道義的な責任ということについてあまり多く論議をしておられぬ結果が、私は法律的によしんば責任はどなたにもないにいたしましても、国鉄をあずかつておつて、五はいの船を誰の責任にしろ、或いは天候のせいにしろ、沈めたということについては、道義的には総裁以下私は国鉄関係者として十分責任を感じて頂きたい。そうしてそういう立場においても私は皆さん方の責任は深く感じておるという点をもつと世間が了解するように、発表も機会あるごとになさらなければならない、私はかように考えておりますが、この点について、法律的な責任がなければ、道義的な責任は何もあるわけはない、これは全部天候のせいだというふうにお考えになるのか。天候であつても、例えば船がああいう状況で沈んだ、船の構造の問題等、その他いろいろな問題がありましようが、少くとも今日国鉄をあずかつておる総裁としてこの点について、道義的にどういうふうにお考えになつておられるかということを、この機会に私は総裁から一言お聞きしたい。
○説明員(長崎惣之助君) 只今いろいろのお話が委員からございましたが、一々御尤もでございまして、私ども決して皆さんの御批判になつたような方向の気持で毎日この事件の処理に当つておるわけではございません。ただ甚だ言い表わし方が、或いは力というものが足りないために、いろいろな御批判を受けるのは誠に遺憾でございます。もとよりいわゆる法律上の責任云々、賠償関係とでも申しますか、そういうような意味でのことは格別といたしまして、ともかく私どもといたしまして、あれだけの大きな事故が起つたわけでありますから、これに対しまして、その犠牲となられた方々は無論のこと、遺族の方々、或いは国民皆さんの貴重な財産というものをあずかつておる我々としまして、これをどう考えるか。私ま先ず考えましたことは、御遺族、犠牲になられました、遭難されました方々の収容、救護ということが先決の問題であると考えておつた次第であります。これに全力を注いだつもりでございます。その間いろいろ行き違い等がございまして或いはサルベージの問題にしましてもなかなか思うように進まなかつたというようなことで、十分なるということは無論できませんが、御満足が行かず、却つて不満の声を聞いたということは、これ又非常に遺憾でございます。又職員の問題にいたしましても、心ならずしてお客さんのほうを先にするということは、これも当然のことであると考えましたので、これも遅れました。お話のように二日から作業にかかるつもりでありましたが、やはり向うから、内地のほうからのいろいろな装備の到達するのが遅れまして、それにはかかれず、三日の日はたしか暴風警報が出たと思います。波が荒いので作業ができない。四日の日は出てみたが途中から引返した。結局四日の午後でありましたか、五日からは確かにかかつたのでありますが、これ又船のありかの問題、或いは十一青函丸等につきましては、二つに割れて一つのほうが見えないということで、なかなか捜査が捗りませんので、これ又非常に私は遺憾に思つております。今日でもまだ北見丸は発見されないというようなことで極めて遺憾でございます。
 第二にこの事故に対する我々の責任としましては、青森―函館間の連絡輸送、殊に北海道は秋冬の収穫時期に入つております。有名な種馬鈴薯の輸送は、これはもう匡鉄か責任を負わなければならない重大な問題でありますので、この輸送力の復元ということをどうするかということに着眼して考えた次第でございます。ようようこれも方途がつきまして、詳しいことはこの際申上げませんが、お客さんのほうにつきましては、恐らく現在ある船を極度に運航せしめて、この秋冬繁忙期は切り抜けられる積りでございます。ただ貨物につきましては、昨年度の同期に比較いたしますると、約八五%程度の復元はできますが、あとの復元がなかなか困難でございますので、宗谷丸という持ち船がございますが、この船を回航しまして、これは貨車航送船ではございませんから、前後の積み替えがございまして、桟橋の能力、小運搬積みおろしの能力というようなものに制限がありますけれども、これをもつてほぼ九〇%までの能力を保持することができると私は考えております。爾余の分につきましては、これは運輸省と十分なる打合せをいたしまして、運輸省側において適当な措置をとつて頂きたいということを考えている次第であります。
 最後に私は、私どもの責任といたしまして、かくのごとき事故を再びしないように、あらゆる角度からこの事件を眺めまして、そうしてよつて来たるところはどこにあつたか、どういうところに我々は気をつけなければならぬかということを考えなければならないと思います。更には又、来年の秋冬繁忙期をどう迎えるか、只今副総裁から申上げましたように、貨物船の中には到底引揚げも困難なものがあるように思われます。又、仮に船の引揚げができて修理するといたしましても、果して来年の秋冬繁忙期にこれが間に合うかどうかというような点につきましては、疑問がありますので、それまでに、秋冬繁忙期に間に合わせるように、今から貨物船は少くとも発注をいたしまして、或る程度新造にかからなければならぬじやないかというように考えてそういうことについての検討をいたしております。無論それにつきましては、現在の設計をそのまま取入れるか、或いはこれに些少な変更、つまり新造船があまり長くかからないという程度の新しい考え方、設計というものは、十分これは取入れて行かなければならぬと思います。客船につきましては、これは十分なる私は考慮をめぐらす意味において或いは客貨の分離というようなことも考えなければならないかも知れません。そういう点も十分考えて、とにかく将来かかる事故を再びしないということが、せめてもこの大きな犠牲を出しました、この犠牲となられました英霊に応える一つの行き方ではないかと思うのでございます。更には進んで青函トンネルというようなものも考えてみなければならないのじやないか、いずれにしましても、かかる大きな犠牲を出しましたその犠牲者に対して、如何なることでも満足はできないのでありますが、とにかく安らかにお眠りができるような方法というものを、手段というものを、あらゆるものを講ずるのが、当面の私どもの大責任であると考えて、深く私はそういう面に向つて、できるだけの努力を払い、御遺族はもとより、逝かれました御英霊におかれましても、安らかにお眠りができるようにして参りたい、かように考えておそような次第でございます。
○重盛壽治君 ちよつと関連して申上げますが、お客さんに対して慰霊の措置は先ほど伺つたのだが、職員に対しては、今度の遭難に対してどういう措置をとつておられるかということ、それからもう一点、先ほど松岡さんの報告の中にあつた外人の乗換えた船は、青函十二号だというように記憶しますが、それでいいのか、これに対してお答え願いたい。
○説明員(天坊裕彦君) あとのほうは、外人が何とおつしやいましたか。
○重盛壽治君 外人が一旦出たやつを乗換えた船があるわけですが、それはどの船か……。
○説明員(天坊裕彦君) 職員につき、ましては、職員のなくなつた方につきましては、当日船に勤務いたしておりました連中につきましては、大体殉職でございますので、成規の取扱いというようにいたしてありますが、あの一般のお客様に対していたしましたように弔慰金五十万円というような点は、それをいたしませんで、大体十万円のお見舞をした、あとはそれぞれ船員保険その他成規の手続に基いて、処置するというふうにいたしております。
 更に外人の乗換えました船は、第十一青函丸から乗り移つたわけであります。
○村尾重雄君 少しお尋ねしたいのですがね、この委員会は続けて開かれますか。この委員会の予定は今ありませんか、委員長のほうに。
○委員長(高木正夫君) ちよつと速記をとめて。
   [速記中止〕
○委員長(高木正夫君) それでは速記を始めて。
○村尾重雄君 それでは少し国鉄側のほうにお聞きしたいことがあるのです。実は私今、先ほども天坊さんからお話があり、只今も総裁からお話があ、つたのですが、私お聞きしたいと思つておつたのは、事件後の青函の輸送対策です。只今御意見があつたので非常にまあそうあるべきだと思うのですが、青函貨物輸送専用輸送船といいますか、十隻あつたのが四隻か沈没していると、四割まあ減つたわけなんですから、これは非常に事件後の貨物輸送ということは重要問題だとこう思うのです。特にこの北海道、十月、十一月、只今のお話伺えば非常に繁忙期だと伺つておりますし、それから北海道から出される馬鈴薯とか、そういうもののみでなくして、今年北海道は非常な凶作だと、こう伺つています。内地からも食糧輸送等、物資輸送というものは非常に今年度は量が殖えるのじやないか、こう見通ししているのですが、なおその上年末輸送の繁忙期を迎えまして、国鉄たけでそれの処理が万全にできるかどうかというのですね、只今運輸省と、まあ輸送の調整云々というようなお話あつたように思いましたが、運輸省ともいろいろと御相談の上で、いま少し思い切つた対策を講じなければ、完全な輸送というものは復興しないのか、国鉄だけで十分年末輸送なり、これから繁忙になる青函輸送というものが完全にやられると、こういう確信を持つているのか、えらいくどいですが、もう一遍お聞きしたい。国鉄だけで十分やれるのかどうか、これは重大問題です。
○説明員(長崎惣之助君) その点実際私はまあ心配をしているわけでございます。お話の通り北海道は、今年はめずらしい凶作だということも聞いております。そこでまあ、これは普通の、例年のような輸送になるのか、或いは例年と形が変つて来るのか、そこいらにも多少疑問があるのであります。と申しますことは、まあこういうことを例にとつてはおかしいのですが、馬鈴薯におきましても、まあ非常にたくさんの馬鈴薯が来るのですが、その馬鈴薯の、種になる馬鈴薯、これはどうしても本州へ送らなければならないのですが、併し食用になる馬鈴薯は、或いは今年は来ないのじやないか、現地でむしろ消費するのじやないかという見方もあるのであります。それから仰せのように主食は北海道足りないのでありますから、これは例年相当数私は参つていると思いますけれども、この行先というものは、今統制みたいになつておりますから、どこになつておりますか、調べてみればわかりますが、余計やるとなりや、やはりどうも裏日本の新潟、山形、秋田あたりの米産地からやることになるのじやないか、そうすると、これはまあ或る程度船を使えるのじやないかとも考えております。あと実際の青函航路は、御承知のように下り貨物は非常に少くて、空車が行くというふうな状況でございますので、結局上りの北海道産の魚類でありますとか、或いは農産物でありますとか、そういうものについて疑問があるのでございます。仰せのように、なるほど十四艘ございました連絡船が五艘沈みまして、残りが九艘ですか、になつたわけなんですが、これをまあ今まではやはり予備船というようなものを十分に見ておりましたけれども、そういうことはもうすでにいろいろ手を入れてありますから、念には念を入れるというようなことは、この際はなかなかできかねるものですから、それらを今まで予備船が二つあつたものを一つにするとか、或いは勤務の態勢を少し頻繁にしまして、一船でもつて二運航やるというふうな、相当まあこういう際でございますから、勉強をいたしまして、そうしてまあ繁忙期、十一月の二十日頃でございまするが、暮までを切り抜けて行く、こういうつもりであります。併し申上げましたように、足りない分につきましては、十分運輸省とも連絡をとりまして、決して御不自由をかけないようにしたいというのが私どもの今考えているところでございます。
○村尾重雄君 もう一点この際委員会開かれぬそうですからお伺いしておきたいのは、あの青函トンネルの問題です。あの事件後非常にトンネルのことが話題になつております。私は話題だと思いますが、聞けば十年間に五百億でできるというお話なんですが、いろいろその後の意見を聞きますと、一千億でもむずかしいだろう、例えば関門トンネルのことを考えても二千億かかるのじやないかというようなことまで意見も出ているように、少し私には縁遠い話だと思うのですが、ところがなかなか今度の事件から後トンネルを要望する輿論というものが非常に多いのです。又国鉄側のほうではないと思いますが、関係者からこの際促進してトンネルを作ろうというような御意見もあるのですが、非常にいろんなことが噂されているのですが、どうです、トンネルということは真剣にお考えになつているのかどうか、これをこの際ちよつと聞いてみたいと思うのです。
○説明員(長崎惣之助君) このトンネルの問題は、一昨年建設審議会の問題になりまして、建設審議会はこのトンネルを取上げたのであります。そうしていつの日にかこれに取りかかれということに一応なつておるわけでございます。そこでやはりこれは非常に重要なことでございますので、実は去年から若干の調査費を使いまして、曾つて調査したこともございますので、それの追加調査というような形で去年も今年も継続してやつておるわけであります。併しこれはただ上のほうから上べの調査でありまして、まあ電気を使うとか或いは音響測深とか或いは地震的なものを起して地質を調査するというような程度のものでございます。その調査の結果は必ずしも悪くございません、極めてよろしいのであります。これは併し、私はやはり北海道開発という問題が非常に大きく取上げられておりまする今日、国鉄としましても真剣に考えていい問題じやないかと思つておりますので、でき得るならば来年度におきましてはもう少したくさん調査費を出しまして、これをもつと正確に、只今も仰せになりました建設費等の問題についても、或いは経済的価値の問題につきましても、十分な研究調査をして置くべきじやないか、そうして見込みが十分立つということであれば、これは取りかかつてもよろしいものではないか、かように考えております。
○委員長(高木正夫君) ほかに御質問ありませんか。
 それでは本日の洞爺丸事件の審議はこのくらいにいたして置きまして、先ほども申上げました通りに一応現地を視察し、更に徹底的に継続して審議を日をきめて続行したいと思います。御承知置きを願います。
  ―――――――――――――
○委員長(高木正夫君) 次に、十月七日に九州の嬉野で自動車が顛覆した事件があるわけでありますが、只今国鉄の自動車局長から発言を求められておりますので、これを許可することにいたします。自動車局長。
○説明員(石井英一君) 十月七日の資料、概況お配りしてありますが、発生日時は十月七日の朝の七時二十分、天候は小雨、場所は嬉野町の大字不動山大舟という所であります。この線は嬉野線といつておりますが、その馬場入口と途中から分れております。馬場入口から嬉野起点四・八キロの所、運転士永松、四十四歳、これは丁度鉄道に入りましたのが二十二年の七月、それから以来ずつと現地で七年以上やつております。免許証は五年でございますから相当の運転経歴であります。車掌は寺田、十九歳、二十七年十二月、これは二年間くらいでございます。上りの旅客、第三百二便、車両番号三千四百五十九号。
 それから概況でございますが、これは六時二十五分に嬉野駅を出発いたしまして終着の皿屋谷という所に六時五十分に到着いたしまして、そこで乗客を三十三名乗せて出発いたしたのであります。それで七時に折返しましたが、当日は雨のためと、それから丁度嬉野町で戦没者慰霊祭が遺族会の主催で催されることになつておりましたので、学校の人も、それから戦没者の慰霊祭に行かれる人も、雨のために平生と違つて非常にたくさん乗りました。途中で乗客が殖えまして、現場から手前七百五十メートルの馬場入口乗降場の所に参りまして九十二人の乗客になつて、そこで発車いたした。平生は四十人そこそこの人しか乗つておらぬのでございますが、こういう現場手前のSカーブになつております所を通りまして、丁度現場の所では下り勾配約三百分の一でございますが、私も現場へ早速行つて参りましたので、現地を見ましたが、ちよつとくらいの勾配しかございません。廻つて来ましてちよつと直線に差しかかつた所が丁度馬の背のような所になつておりますが、藪がずつとありまして、割に見たところは安心感がある所でございます。その下に排水溝がある、馬の背のようになつた所でございますが、直線コースです。そこの所へ差しかかつた所で真中をずつと行けばよかつたのですが、左のほうに少し寄りぎみであります、左に寄りまして、それで私はまだ運転士が検察庁のほうへ参つておりますので、私ども直接に聞きませんが、轍の跡から見ますと、入り口の所から少し左のほうへ寄つているようで、途中から恐らく右に切ろうとしたがなかなか切れなくて、そのままずるずると行つたような現地の状態であります。それでそれから落ちまして途中にある岩石にぶつかりまして、四分の三回転して、丁度その落ちた所に排水溝の非常に深い穴がございまして、その中へ腹のほうを上に向けた格好で後部のほうから落ちた、そういうことで落ちたわけでございます。
 死傷者でございますが、転落事故で死傷しましたのは非常にお気の毒なんでございますが、小学生、中学生が多くありまして、丁度全体で九十三人、車掌一名入れまして九十三、お客さんは九十二人でございます。その中で小学生が十七人、中学生が三十四人、それから一般が四十二人、こういうふうになつておりまして、死亡いたしました者は小学生が二名、中学生が四名、一般が七名、計十三名、それから重傷といいますか、入院いたしておりましたのが小学生が五名、中学生が七名、それから一般が十八名、車掌が入つておりまして三十名になります。現在のところ十二名退院いたしまして、十八名でございます。そのほか軽傷が五十名ございますが、皆すぐ家に帰つたのであります。丁度現地は嬉野町から非常に近い関係もありますし、運転士が丁度助かつておりますので、運転士と助かつた人と引出すと一緒に、車掌は血まみれになりながら窓から出る、嬉野に国立病院もございますので、そこからすぐ参りましたので、七時二十分に出まして、もう九時には全部嬉野の病院に収容いたすというように、その点は事故としては割に都合よく行きました。一人瀕死の重傷もあつたのでございますが、私が丁度行きました時に意識がありまして大丈夫になつた、それで死者十三名であります。ただこの死傷がこういう事故といたしましては割に多かつた理由は、車両が四分の三回転いたしまして、車両のうしろを下にして転落しましたために、大体中におりましたお客が全部うしろのほうへ折重つて行つた、そういうことで、亡くなられた方も圧死されたような格好になつておりまして、それに小学生、中学生の小さい方々がおられましたために、こういうふうなことになつたのだと思われます。
 原因でありますが、私どもの現地を見た格好では、目測を誤まつて路肩上をずるずると進行して行つたんだろうと思われますが、これは今警察から佐賀の検察庁のほうに本人が廻つておりまして、現地の調査をする私ども国鉄側に会わしてくれませんので、まだ詳細がわからない、近くわかると思います。
 なお車両は昨日午前中に引揚げまして、これは検察庁やいろいろの関係で遅れたのでありますが、昨日引揚げて、そこから嬉野町へ運転しましたので、車両には全然異常はございません。
 大体概況はそういうことでございます。
○委員長(高木正夫君) これに対する御質問がございませんか。
○吉田法晴君 初めちよつと簡単に伺いますが、大体定員は何名の車でございましようか。
○説明員(石井英一君) 定員は座席が三十三の立席が二十二でございます。
○吉田法晴君 バスの大きさは大型だと聞いておりますが、普通の大型ですか、それとも……
○説明員(石井英一君) B1といいまして大型の中型といいますか、一番大型ではございません。いわゆる一、二、三、三型ではありますが、その中の中型……。
○吉田法晴君 時間が遅くなつておりますので、詳しい質疑は遠慮いたしたいと思うのですが、私は現地には行つておりません。まあ隣の福岡におりましたので新聞で承知している程度でありますが、運転士の永松君は二十何年の無事故で表彰を受けたような人で、運転士に過失があるかどうかということで調べられているということだけれども、運転士には恐らく同情すべき見誤まり、その他はあつたかも知らぬけれども、運転士には大きな責任を負わせられぬのじやなかろうか。問題は小さな道路に大型バスを、今のお話ではB1、中型だということですが、大型バスを運転をしておる、そういう点に問題があるのではなかろうか、こういうことが言われておる。なお運転士は自分の過失を認めておりますが、上の何と申しますか、これは地方局でありますか、或いはバスのその線の運転の責任者か知りませんが、これは不可抗力であつたというか、責任をむしろお認めになつておらぬような言葉が新聞に報ぜられております。併し新聞或いは関係者の言うところでは、道路が狭くそうして悪い所に大型バスを運転しておつた。それからもう一つ、今もお話がございましたが、席が左右に並んでおつて、前向きに座つておればこんな多くの死者或いは重傷者を出さなかつたのではなかろうか、こういうことが言われておりますように、バスの構造自身にも一つ問題があつたのではないかと思われます。原因について、どういう工合に考えておられまするか。輿論と申しますか、新聞或いは新聞に報ぜられておりますいろいろな人の意見は、この鉄道当局のそういう悪路、狭い道に大型バスを運転したところにある、かように言われております。道一ぱいに行つて、そうして多少雨のために道が壊れておつた云々もあつたかも知れませんが、そのSカーヴの出かけの所かも知れませんが、僅かなそこに過失があつたかどうかわからぬような事態から転落という事態が起つたという点を考えますと、そういう路線或いはその小さな路線に大型バスを運転したという点にあるという輿論が私どもには信じられる以外にないのであります。国鉄としてどういう工合に考えておられますか。もう少しその点を伺いたいと思います。
○説明員(石井英一君) 私ども現地に参りまして、新聞社等の考えておるいろいろな輿論といいますか、そういうことも聞いたんでありますが、実はこの道路につきましては、開業いたしますまでに大分多年を要しております。その間に道路を随分改善をしました。これはまあ嬉野町の町道部でございまして、それに対して現地の営業所長は常に現地を把握しておりますので、実際に運転するまでに道路の改善は随分図つておるのであります。で、これは丁度全体で五キロでありますが、五キロで十一カ所の待避所も持つておりますし、丁度この現地の落ちた所は三・八五〇という所でございます。三・七五〇の所から来まして三・八五〇でございます。そういたしますと、今の車でございますが、この車は後車輪の幅が二・一九五というのでございまして、専門的に見ますと、まだ一メーター空いておりまして、普通こういう……これは初め何といいますか、この車をこの道に通すということで手続もちやんと済んでおりますし、専門的には全然道の幅に比べて大き過ぎた……道の幅は広いほうがよろしゆうございますが、そういう点は一般に見た感じで言われることとは違うと思つております。
○吉田法晴君 向うから車が来て左に寄つてそのために切りそこねて落ちたということになれば、それは運転士の責任と、こういうことになるかも知れませんが、何にも向うから来るものがなくて、或いは雨とかといつたようなことがあつたかも知れませんけれども、多少左に寄つた、まあ一メートルくらい余裕があつたという今のお話でありますけれども、図上では或いは始めるときにはそれは或いは運転しいいようになつておつたかも知れませんが、これは結果からではありますが、事故が起つた原因からいうと、やはり道路とそれからバスの大きさというものが原因であつたことには間違いがないように思う次第であります。ここで責任の所在を追及して云々と言うのではありませんが、一般に私ども考えますのには、或いは洞爺丸の事故でもそうでありますが、バスにいたしましても、独占事業であるために、人命について十分の考慮が払われるに至らずに路線というものが運行されておる。こういう感じがいたしますので、その点については、これはこの事件のあとの検察庁の捜査等にもよりましようけれども、十分一つお考えを願いたいと思います。再考を願いたいと思います。或いはその際に慰霊祭があつたならば、臨時のバスでも動かしたらそれだけの問題が起らなかつたではないかと、そういうふうに言われております。念のために申上げておきます。
 それからもう一つ伺いたいのでありますが、弔慰金と申しますか、見舞金と申しますか、それが嬉野のバスの場合には、五万円出されたと新聞で承知をしておりますが、幾ら出されましたのか。それから洞爺丸のときに私は伺いませんでしたけれども、五十万円出された、どういう基礎によつてそういうものが出されるのか。これは国鉄のバス或いは国鉄の船、そういうものによつて事故が起り、そうして人命が失われた、或いは重軽傷者も出ておりますが、その場合に片方は五十万円で片方は五万円である。人命の点においては私は同じだと思うのでありますが、どういう基準で五万円が出されるのか。それからなお、これは取りあえずの見舞金で、責任が明確になればこれは出されるのだと思うのであります。洞爺丸の場合でもそうでありますが、法律的な責任はともかくとして、道義的な責任は当然負わるべきだ。今日においてはあの嵐の中で洞爺丸を出港させた責任というものは、これは国鉄として免れるわけにはいかないだろうと思う。或いは近因なり、遠因がどうであろうとも、国鉄の責任であつて、事故が起つた、或いは十三名の死亡者が出た、或いは入院者三十名、現在十八名と言つておりますが、それだけの重傷者が出たことに間違いはない。それに対してどういう、何といいますか、事由と或いは計算によつて五万円の見舞金と申しますか、そういうものが出されたのか。それから今後どういう工合になさろうとするのか。その点を一つ伺いたいと思います。
○説明員(石井英一君) 五万円のお話でございますが、私も実は新聞で見て少し驚いたのですが、五十万円と五万円というような書き方が大分されておりましたが、この五万円というのは、すぐ私が見舞に参りましたときの香典でございます。その際の香典でございまして、これはほかの問題とは関係がございません。それから弔慰のあとのいろいろな慰藉の方法でございますが、この点につきましては、私どもの見るところでは、車両にはございませんし、運転上の目測の誤まりという考えを推定いたしております。恐らく非常に早く検察庁の調べが進むと思います。そういたしますと、国鉄の責任もはつきりいたします。はつきりいたしますのが非常に早いと思いますので、できたらもう今から責任のある場合にはどうするかということも研究さしております。それに応じて各個人々々に対します慰藉の方法をいろいろ、今までもやつておりますので、十分考えたい、こういうふうに思つております。
○吉田法晴君 ついでに伺いますが、こういう事故の場合の弔慰と申しましようか、そういう方法について国鉄に規定がおありになるのかどうか。或いは洞爺丸の場合のように千数百名も一度に人命を失うということは、これは恐らく予想もせられておらなかつたでしよう。日本としては前古未曾有でありますので、そういう場合に弔慰の方法なんてものは考えておられぬだろうと思います。いわば非常の原因によつて起る問題でありますが、それらも含めて、一応国鉄による事故の場合の弔慰方法というものは制度がおありになるだろうし、お考えがおありになるだろうと思いますが、それによりますというと、どういうことになりますのか。今五万円は香典で、あとの弔慰の方法は別だ、こういう工合にお話がありましたが、責任の所在によつても違つて参るでありましよう。それを伺いますのと、それからついでに申上げますけれども、法的な関係も勿論入つて参りましよう。それは責任の程度云々によつて弔慰の方法も違つて参るということはわかりますけれども、問題を例えば洞爺丸の場合にいたしましても、嬉野の場合にいたしましても、法律で争うということで私は弔慰金が出されて行くというような方法はこれは最悪の方法である、そういうことは恐らくお考えになつておらぬだろうと思う。法律的に出させられるということで出すということでなくて、国鉄としての最大の弔慰の方法をとられるということが恐らくなされるだろうと思うのですが、そういたしますと、そういう方法はどういうことになりますのか、その点一つ伺つておきたい。
○説明員(石井英一君) 何といいますか、国鉄の大なり小なり、結果的に結果は違いますし、それから何といいますか、そういう事情も異なりますが、こういうふうな事故は今までもございまして、そういう際には一人々々の原因のあれもございますし、責任の事情もあつて、又一人々々、老年、幼児の場合もございましようし、小学生、中学生、それから又いろいろなその人、その人の事情によりまして、それを一つの計算方式といいますか、一つの基準はございます。ございますが、具体的にどうだと言われても今あれでございますが、今までずつとやつておる一つのきめがございます。それに具体的な事情、その他を勘案してきめるというようになつております。勿論大体のきめ方はきまつております。きまつておりますし、いろいろ今までありました例でもあります。
○吉田法晴君 細かい規則を伺おうというのではありませんが、五万円は香典だ、そうすると、どういう方法が講ぜられるかということを実は伺つたわけでありますが、責任の程度、或いはそれは小学生と、それから家族を持つておる人については、多少の違いはあるかも知れない。併し命を失われた人に対して見舞をする、いわばこれは命を返せということはできませんから、金でまあ弔慰をする、こういうことになりますが、これはまあ弔慰の方法について現在いろいろそれは考え得るでしようけれども、或る種の共通的な考え方というものは、これはもうあることは間違いありません。それが五万円やそこらじやないということだけは間違いがない。そういたしますと、例えば洞爺丸の場合には、見舞金が五十万円で、ほかに弔慰の方法もお考えになるのか、或いは五十万円という金額を考えれば、或いはいいかも知らぬ、こういうようにも考えられるのですが、その面についてどういうことをお考えになるのか。或いは制度上考えておられるのか。洞爺丸と嬉野のバスが同じでなければならぬとは申しませんけれども、併しながら、命を失つた人に対する弔慰の精神というものについては、これは同じでなければならぬ。或いは小学生については、ただ小さかつたから、それは半分でよろしい、こういうことでは恐らくなかろうと思います。これからの人生の長さから考えるならば、それは或いは小さいほうがもつと考えられなきやならぬ点があるかも知れない。そういうことは抜きにいたしまして、大まかな点を一応伺わして頂きたい。
○説明員(天坊裕彦君) 只今のところで国鉄の内部の規定としまして、責任問題如何にかかわらず、鉄道管理局長は一万円、総裁は大体五万円以内で、香典として差上げられるようなことができることになつております。従いまして洞爺丸の亡くなられた方にも、五万円の総裁の香典を別途にお贈りしておるわけであります。従いまして今度の嬉野の自動車事故につきましても、先ほど自動車局長が申しましたのは、その御香典をお持ちしたということであります。
 更にこの問題に関連して、一々賠償しなければならぬかどうかというような問題もございまして、大体自動車事故につきましては、いろいろな前例等もございますが、今警察でお調べでございますが、大体においてこちらで賠償しなければならぬのではなかろうかというふうに考えられますが、而して又こうした問題は警察のお調べでございますが、比較的結論が早く出る、そういたしますと、これは賠償するというのは、鉄道で従来できております一つの枠というものがあるわけでございます。まあホフマン式計算と申しますか、そういう式の計算がございまして、それによつて、亡くなられた方には賠償しなければならない、これはもう当然、一々先ほどお話がございましたように、法廷に持出すという問題でなくて、計算してお分けするという建前をとつております。片一方で洞爺丸の問題はその問題が、いろいろ原因関係が複雑でございまして、そうした場合も考慮しながら、先ほど申上げましたように、一応五十万円の弔慰金を差上げたい、こういうことでございます。
○吉田法晴君 もう質疑はやめますが、洞爺丸の場合についての、先ほど松岡君から指摘がございましたけれども、あれだけの人命を失つたことについて、何と申しますか、国鉄当局の非常な責任感、或いはその責任を果すべき最善の方法がとられなかつたではなかろうか、こういうことが多くの人からも言われておるわけでございます。人命の尊さについて、或いは事故の起りました後の措置について、或いは国鉄の関係者の態度等について、相当非難がございますことは、これは甚だ残念でございますけれども、事実でございます。もう少し人命を尊重し、或いは事故の起りました後についてのあらゆる方法については、もつと或いは遺族関係者を納得せしむると申しますか、慰める方法について努力願うことを申上げ、或いは規則上はあそこにB1の中型を配車することは一向差支えないのだ、こういうようなお話がございましたけれども、自動車事故として十三名の死者を出し、或いは三十名もの重傷者を出したというのは、決して小さい事件ではないと思います。再びそうした事故のないようにするためには、研究、改善をせらるべきものが相当あるだろうと思います。世論もそれを求めているので、御研究、実施を願いたいと思います。その点を申上げて私の質疑は終ります。
○松岡平市君 関連して一言お伺いしておきます。只今自動車局長と天坊副総裁の御答弁を総合して、嬉野の自動車事故については、恐らく有責である、国鉄当局が責任を負わなければならぬということになるだろうから、その上で、而もそれが明らかになるのは非常に近いであろうと思うから、その上ですると、こういうお話です。洞爺丸事件については、果して有責であるかどうかというようなことについては、これはまあ将来の問題であつて、これも海難審判庁の審判を受けた後に、若し有責ならば又考えなければならぬが、取りあえず一応五十万円の弔慰金は出して、まあ鉄道側に重大な手落ちその他の有責ということが明らかでなければ、大体それで話をつけたいという御意向のように私は先ほど来聞いておるんだが、嬉野の問題については五万円だけ見舞金をやつた、あとはそういうことで一応検察庁の取調べ等があつて後に、まあ法廷で争うということでなしにするということですが、その場合にこの死亡者に対する弔慰金というものは少くとも平均、小学生もおるし、一般人もおりますが、平均して五十万円は下らない、平均して五十万円は下らないということを了承してよろしゆうございますか。
○説明員(天坊裕彦君) 先ほど申上げましたように、ホフマン式の計算方法にいたすわけでございますが、従いまして一人々々について幾分違つた答えが出て参るというのが従来のやり方でございますが、洞爺丸につきましても先ほど申上げましたように、十八歳未満の方は三十万円ということになつております。それらの点も一応の基準と申しますか、なにになるかと思いますが、只今おつしやられましたように、
 一津にこれ以上であるかどうかという点はもう少し実情を調べてからにしたいと思います。
○松岡平市君 十八歳未満の者が三十万円であつたならば、この場合には小、中学生については三十万円は下らないものと、かように私は少くとも責任がないという場合であつてもこの点は下らないものとして了解したいと思うんでありますが、それはどうでございましようか。
○説明員(石井英一君) 実はその計算を出してみないとわかりませんので、今ここでどうだと言われるとあれでありますが、私どもの気分としては、できるだけ……私も行つて十三人の遺骸に一々参りまして、なにしておりますので、気持としては非常に深刻な気持を持つております。又慰霊祭については、九日に同村の小学校でやりまして、よく遺族の気持を感じております。できるだけのことをやりたいと思つていろいろ計算をやつておりますが、また具体的に計算を出しておりませんので、今ここで幾らぐらいになるかと言われましても、計算はできないと御了承を願いたいと思います。
○松岡平市君 いや、大変気の毒であつた、遺憾であつたという点について、そういうお気持を持つておられるのは私了承いたしますが、まあ何回も事故が起つております、死んだ人間に、小学生なり中学生なりで死んだ者に金を出して、あなた方が百万円積もうが、一千万円積もうが、親や死んだ者にとつては何にもならない。併しあなた方が気持の上でこう思つておるとおつしやつたところで、これも何にもならない。少くとも洞爺丸において五十万円、十八歳未満の者は三十万円という弔慰金を出しておる。あの思いもかけない突風で沈んだ、で、こちらは船長の判断も別に誤まつておらねという事態において……これは全く期待しがたい天災で事故が起つておつても、鉄道が責任を持つて輸送している船客にかような事故を起したという場合には五十万円の弔慰金を一応お出しになつている。先ほど来聞くと職員については十万円香典でやつた。あとはちやんとそれぞれ殉職した人の待遇をしている。嬉野で十三名の死人を出した、国鉄で……、而もこれは先ほど来聞くと、何も他人の加えたことでなく、国鉄の運転士が運転しておつて、そうしてあなた方のお話によつて、当り前に行けば何でもないところを、朝七時十何分にひつくり返して十三人殺しておる、こういう事態を起しているのですから、あなた方が少くともこういう事態について、片方の洞爺丸で同じように論議している国鉄の事故において五十万円、十八歳未満は算十万円、これは事情の如何にかかわらず出している。それならばこの事故について、あなたのいうように、有責ならば更に損害賠償も起りましよう。併し有責でないなら、よしんば有責でないにしても十八歳以下は三十万円を下らない、十八歳以上のものは五十万円を下らない弔慰金をお出しになる、金額の多寡ではない、そういうものかどうかということを聞いているのです。
○説明員(天坊裕彦君) 松岡委員のお話今おつしやる通りなんでございますが、従いまして自動車事故というようなものにつきましても、いろいろ先例その他が参考になつてきまつて参ります。洞爺丸につきましても、やはり一つの先例というようなものになると思うのであります。従いましてそういうものの振合いを考えまして、先ほど申上げましたような格好で処理いたしますれば、大体お考えに近いようなことになるのではないかというふうに考えるわけであります。
○松岡平市君 念のために申上げておきますが、私は佐賀県の選出参議院議員でございます。嬉野は佐賀県でございます。この中には何人かの私の親戚もおります。洞爺丸においても佐賀県人で遭難した人もおりますが、これは十分あなた方として、こういうことがしばしば起ることは誠に残念である、けれども起つたときはこれに対しては十分責任を、いろいろな場合において公平を欠かないように、そうして又現在の国鉄において、こういう場合にできるだけのことを、それは金で片付くものではないと思いますが、あまりわあわあ騒げばこうする、騒がなければ然るべくというようなことでは、騒がざるを得ないようになります。そのつもりで一つ事の処理をしてもらいたい、念のために申上げておきます。
○重盛壽治君 これは私は国鉄の考え方が少し違つていやしないか。有責であるかないかというようなことは、これはもう当然国鉄は有責です。運転士がいいとか悪いとかということは、これは警察の調べで行政処分にするとしても、仮に運転士が悪かつたと仮定して、国鉄の運転士が悪いという乗客に対する責任は持たなければならない。前例云々というけれども、前例があるならば、何々の前例はこういうふうになつております。算十万円出しております、十万円出しているといえばいいのですけれども、洞爺丸の場合には現在の物価高とか、いろいろの問題実情等から考えてこういうことになつたということもやはりあなた方は明確にしなければならない。この自動車事故に対して、あなたは先ほどから有責であるとかないとかいうことを言われているが、仮に運転士が酒に酔つばらつて運転したと仮定して、そうであつたとしても、これはやはり国鉄が責任を持たなければならぬ、旅客輸送の責任、又交通機関としても当然の責任です。更に強いて言うならば過剰乗車をさしている。これは車掌の責任であるかも知れない。或いは監督者の責任である。いずれにしても国鉄の責任であつて、運転士の処分、車掌の処分ということは、これは裁判所が行政処分をするなり、運転士の免許を取消すなり、そういう処分をする。従つてこれは私は実情を調べて、事故の性質はどうかとか、有責でないかどうか調査した結果処理するというのではなく、こういう事故が起つたときはこういう処理をいたします。それはそのときどきの物価指数は変るだろうし、賠償の金額も変るけれども、その基準というものは当然できて来なければならない。その基準をあいまいな答弁をするということは、自動車局長の作意的な答弁であるかどうか知らないけれども、おかしいと思う。それは明確に処分について、先例はこうなつておりますと言えば、それならば運輸委員会でそういう処分の前例はいけないから、将来はこうしなければならぬという問題になつて来る。そういう点いま一遍……。
○説明員(石井英一君) 私として作意的に申上げているわけではございませんので、これは非常にやはり専門的な計算をいたさなければいけません。当然前例はございますが、前例といいましても、今おつしやる通りに、そのときのいろいろな物価指数とか、いろいろのことでみなそのときそれによつて違うのでございます。それは十分先例は研究して、私が今ここで先例がわかつておらぬだけでございまして、これは十分調査するつもりでございます。
 それから運転士の過失であるかないかで責任がきまるのではございません。運転士の過失であるなら当然有責で処理しておりますので、運転士が過失であるならば、運転士が酒を飲んでいなくても別に責任があるように処理されております。
○重盛壽治君 私は先例を自動車局長が知らぬというならば知らぬでもそれはやむを得ない。やむを得ないが、少くともバス事故によつて人命を失つた場合には、大体去年までは一人二十万円出しておつた、三十万円出しておつたとかいうことは、これは知つておるはずです。例えば私鉄なら私鉄が事故を起す、軌道を敷いておる私鉄が事故を起すという場合には、十万円なら十万円、東京都の都電がやる場合にも十万円、或いはタクシーがやつている通り相場というのが十万円から二十万円、こういう一つの基準というものがある。そうすると、国鉄の、而も専用バスで行つた場合には、どういうような基準があるということは当然きまつておる。これはきまつておらぬというのなら、わかつておらぬというのなら、調べてその先例に従つてやつてもらわなければならぬことである。ただこの問題を今申しましたような答弁で、事件の真相を調べて、警察の調べが済んでからというようなことを言つておる必要は私はないと思う。この点だけは今私言うように、当然大体の推測から行けば、例えばよそのトラックが来てそれをよけ損なつておつこちたとしても、これはやはり国鉄の責任です、運転士の責任でなくても……。若し運転士の責任であつても、運転士の責任即国鉄の責任なんです。ですから、この気の毒な人たちにどうするかということは、やはり強力な手を打つて先ほどから言うように、法的の解決をつけるというような何か冷たい感じを与えるのですが、そうでなくて、道義的な解決をしてもらいたい。洞爺丸は千数百人死んで輿論が沸騰したから五十万円払う、こつちは黙つていたから十万円出したということではいけない。急速な解決を私は望んでおきます。
○吉田法晴君 ちよつとお伺いしますが、これはざつくばらんに話をしますが、この間私のところの保育所で子供が御飯蒸しの枠の上から飛び下りて怪我をした。それはそういうところへ上つちやいかぬところに子供が自分で上つて、そして飛び下りた拍子で骨折をした。それにもやはり保育所なら保育所の中で起つたということに対しては見舞もしなければならぬ。学校なら学校の中で子供が怪我をした場合も、それは学校に責任がなくても怪我をしたものについては、やはり学校が見るというのはこれは実際です。ですから、バスに乗つて怪我をした場合も、それは責任があるなしにかかわらず、実際見舞もされるでしよう。或いはされなければならないと思います。ましてそれについて責任がある云々ということになればなお更のことだと思うのですが、そこで人間の命がなくなつた。それを補償する。人の命は金には換算できないが、それにはどうするか。成人で世帯を持つた人については、せめてあとの遺族が食つて行けるようにというのがこれは補償する場合の計算の方法です。今それが子供については三十万とか、大人については五十万、或いはそれほどないのかも知らぬ、或いはあるのかも知らぬようなお話、それについて国鉄の責任で世帯主が死んだ場合に五十万円ぽつきりしか補償されないというお話を聞くと、或いはぽつきりないかも知れませんが、それで生活できるかというと、これは生活できない、今の常識から考えても。それが五十万円になるかならぬかわからないというような話を聞くと、私は甚だ少いと思う。まして入院費は恐らくお持ちになるかも知れない、或いは入院費なり、滞在費なり何なり見て、そうしてそのあとに残された家族が生活できるかどうかという点から言うならば、五十万円という金では足りはしないと思う。この間の久保山さんの場合がこの補償の基準になるかどうか知れません。知れませんけれども、五十万円以上はもらえないということは、はつきりしていると思う。或いは事故についても、運転士の責任だ、国鉄については責任がないと、運転士に責任をおいかぶせるような口吻が見えたり、或いは考えられる弔意金についても、世帯主等について五十万円ぽつきりといつたような、或いはここで五万円なら五万円出ているのかも知れません。併しそういう金額を承わると、そういうことでは問題は納まりもしないだろうと思うし、又心配をして私どものところにも言つて来たんだけれども、これは或いは法廷で争うというようなことが起つて来ると思う。だからそういうようなことのないようにお考えを願いたいと思いますし、従来の例かどうであるかはここで詳しく聞きませんけれども、少くとも今までのような弔慰の方法では、五万円なり何なりといえども、これはやつぱり疑問も残つている。不満も残つているから、新聞記事でも五万円では五十万円に比べて少いと言つているし、それから私どものところにも問題が持込まれる原因があると思う。だからそれはやはり嬉野の場合についても不満がある。或いは洞爺丸についても、国鉄の考え方に相当問題があるというところにここで問題になる原因があるのですから、十分その点を考慮に入れられて最善の方法をとられることを要望して、細かいことは今日は時間がありませんから質問いたしません。そういうことを要望をして置きます。
○委員長(高木正夫君) ほかに御質問ございませんか。只今「洞爺丸遭難者は十月一日遺族会を結成し、遭難者の収容、救助、補償等一切の問題の処理に当ることになつた、御支援御協力を願う」、こういう電報が洞爺丸の遭難者遺族会から参りましたから御披露申上げて置きます。
 それでは本日はこれを以て散会いたします。
   午後五時二十八分散会