第031回国会 社会労働委員会公聴会 第2号
昭和三十四年四月六日(月曜日)
   午前十時三十五分開会
  ―――――――――――――
 出席者は左の通り。
   委員長     久保  等君
   理事      勝俣  稔君
           柴田  栄君
           木下 友敬君
   委員
           有馬 英二君
           紅露 みつ君
           斎藤  昇君
           谷口弥三郎君
           中野 文門君
           横山 フク君
           坂本  昭君
           藤田藤太郎君
           光村 甚助君
           田村 文吉君
  国務大臣
   厚 生 大 臣 坂田 道太君
  政府委員
   厚生大臣官房審
   議官      小山進次郎君
  事務局側
   常任委員会専門
   員       増本 甲吉君
  公述人
   早稲田大学教授 平田富太郎君
   全国農業協同組
   合中央会常務理
   事       一楽 照雄君
   全国未亡人団体
   協議会事務局長 山高しげり君
   日本身体障害者
   連合会副会長  駒沢 文雄君
   藤 沢 市 長 金子小一郎君
   朝日新聞論説委
   員       江幡  清君
   国家公務員共済
   組合員代表協議
   会専門委員   堀江信二郎君
  ―――――――――――――
  本日の会議に付した案件
○国民年金法案(内閣提出、衆議院送
 付)
  ―――――――――――――
○委員長(久保等君) ただいまから社会労働委員会公聴会を開催いたします。
 初めに委員の異動を報告いたします。四月二日付をもって小柳牧衞君が辞任し、その補欠として谷口弥三郎君が選任されました。また、同日付をもって紅露みつ君及び大沢雄一君が辞任し、その補欠として上林忠次君及び安井謙君が選任されました。
 四月六日付をもって上林忠次君が辞任し、その補欠として紅露みつ君が選任されました。
  ―――――――――――――
○委員長(久保等君) 本日は国民年金法案審査のため公聴会を開き、公述人各位の御出席を願い、御意見を拝聴することとなっております。
 この際、委員長といたしまして公述人各位に二百ごあいさつを申し上げます。公述人の方々には、お忙しいところ御出店下さいましてありがとう存じます。
 当委員会においては、目下本法案の審査中でございますが、その参考に資するため、各位の御出席を願いまして御意見を拝聴いたすこととなりました。資料等についてはあらかじめお手元に御送付申し上げておきました通りでございますが、時間の関係もございますので、重点的に御意見の御発表をお願いいたしまして、次に各委員の質疑にお答え願うことといたしたいと思います。なお、御発表の時間は、お一人二十分程度にお願いいたしたいと思います。この点御了承願いたいと思います。
 次に、委員各位にお諮りいたします。議事の進行上特にお急ぎの方を除いて、午前中に御出席を願っております公述人全部の意見発表が済んでから御質疑を願うことといたしたいと存じますが、御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○委員長(久保等君) 御異議ないと認めます。
 なお、熊谷純子公述人は都合によりまして、本日欠席の通知がございましたので、御報告いたします。
 平田公述人はお急ぎでございますので、先に公述をお願いいたしまして、次いで御質疑を願い、次の方に移るということにいたします。この点、御了承願います。
 まず、早稲田大学教授平田富太郎君から御意見の発表をお願いいたします。
○公述人(平田富太郎君) 公述申し上げたいと思います。
 今回の政府提案の国民年金法案は、わが国の社会保障制度の発展にとりまして、きわめて重大な意義を有するものと考えられます。今日、国民年金制度のようなものをわが国で実施しますことは時期尚早であるというような議論があります。しかし私は、国民年金制度は今日必要であると考えているものであります。日本の年金制度を見てみますると、諸外国に比べて非常におくれております。もとより外国のことをそのまままねる必要は毛頭ありませんけれども、諸外国において国民年金制度を必要とします事情というものは日本にはないかと言いますと、これはそうではないのでありまして、たとえば人口の老齢化現象一つだけとらえましても、欧米の事情とかなり共通したものを示しているのでありまして、さらに現行の公約年金制度の適用範囲の不十分さを見ましても、農民でありまするとか、自営の商工業者、臨時工、日雇い、零細企業の従業員諸君、自由職業者、こういうような人々が全面的に今日の公けの年金制度外に放置されているというふうな実情でございます。なお、老齢者の雇用ないしは再就職の機会というものは、ここしばらく、新生産年齢人口が百数十万労働市場に流出していくような日本の実情におきましては、年とった人々の働く機会というものは非常に困難であるというふうな実情でありまして、なお、各企業の定年制の定年基準を見ましても、依然として五十五才というふうな基準を設けておりますところが多いのでありますし、さらに、それらの私的企業における私的一時金なり年金制度というものはまだ全面的に普及してはいないのみならず、戦後のわが国の家族生活の機構というものは著しく変革してきているというふうな実情でございまして、多くの国民の老後の生活保障というような問題は、今日著しく社会問題化しようという実情に置かれているということを見ましても、わが国におきましては、いわゆる国民年金制度を必要とする事情というものがはっきり出ていると、こういうふうに私は見ておるようなわけであります。このように、国民年金制度を必要とする社会経済事情というものが著しいわけでありますが、ただ、これに対する対策が欠けているというふうに私は見ておるのでありまして、最近の国民年金というものを、いわゆる皆年金の観点からこれを考えていこうと、こういう構想が出ておりますのもその一つの現われであると、こういうふうに私は見ているのでありまして、今回の国民年金制度に関する法案も、この線に沿うているものであると、こういうふうに私は考えております。御承知の通り、今回の政府提案の国民年金法案によりまするというと、被保険者の資格の届出に関する規定というものは昭和三十五年十月一日から施行され、保険料の徴収等に関する規定は昭和三十六年の四月一日から施行されることになっておりますから、国民年金制度の基幹的部分であります拠出年金制度の発足というものは、今からさらに二年後というお預けの状態であります。しかし、いわゆるこの援護年金、これは私は福祉年金とでも呼んだ方がいいのではないかと考えているのでありますが、この通常無拠出年金といわれております援護年金の給付に関する規定は本年の十一月一日から施行されることになっておりますので、大きな期待をかけております。もちろん、この援護年金と称するものも、これまで各方面からしばしば批判されておりますように、相当きびしい所得制限をつけて支給されるにすぎないのでありまして、そのために、国民年金制度の必要度の最も高いと思われますいわゆるボーダー・ライン階層がかえってこの制度の外に放置されるというおそれが多分にあるのでありまして、この意味で、この国民年金制度というものは、防貧的な性格よりも、むしろ救貧的な性格を非常に濃く持つに至っているのではないかと、こういうふうに見られるのであります。このようなことは、社会保障の重要な柱であります老齢保障に本格的に取り組む態度としては、私は妥当ではないと思いますけれども、この法案の不備、欠点を補いまして、一歩でもよい国民年金制度へと進みますことは、わが国の老齢保障制度の発展にとりまして大きな意義を有するものであると考えられます。
 与えられている時間もあまりありませんので、簡単に今回の国民年金法案に含んでおります特に検討を要する若干の問題について、私の見解を述べることによって責めをふさがしていただきたいと思います。
 第一点は、国民年金制度の適用対象と目されました約三千三百六十万人、この内訳は、被用者が四百六十八万、自営業者七百六十五万、家事従業者五百三十万、無業者その他千五百九十七万人でありますが、これらの国民のうち、およそ八百二十八万人がこの国民年金制度における拠出年金制度の保険料を負担し得ない者と推定されております。このようなことは、国民皆年金というふうな観点から問題の存するところであると思われます。三十五才以上百五十円の拠出となっておりますが、これは負担能力によってではなく、拠出意欲を考えて定められたと言われておりますけれども、農民やその他の低額所得階層の負担能力をもっと考えまして、できるだけ多くの人々が負担できるようなより妥当な、しかも無理のない保険料が考えらるべきであると思われるのでありまして、場合によりましては、もっと段階的な保険料を検討してもよいのではないかと、こういうふうに考えております。
 第二点は、この法案では、国民の生活水準その他の事情に著しい変動が生じました場合には、このような変動に応ずるための調整が加えらるべきであると、保険料も従って、財政均衡を考えまして少くとも五年ごとに再計算され、そうして必要な調整が加えられるべきであるということが規定されておりまして、これは第四条でございますが、しかし、これだけでは、常に実質価値の保持を尊重しなければならない長期給付としての年金についての貨幣価値の変動に対する対策といたしましては、明確を欠くものがあるのでありまして、ことに四十年間という世界一の長い拠出期間を資格条件としておりますこの制度におきましては、もっとこの貨幣価値の変動に対する国家の責任というものを明確にすべきものであると考えられるのであります。
 次に、第三点としまして、法案におきましては、国民年金制度と現行の各種公的年金制度との関連につきましては、すみやかに検討が加えられました上に、別に法律をもって処理するという旨がうたわれております。これは第七条でございますが、しかし、この年金の受給の条件、受給の内容、支給期間などがそれぞれ違っている、財源調達の方法もおのおの違っております現行の各種年金制度との間の通卸問題の解決につきましては、法案におきましては基本方針すら何ら提示されておりません。わが国のように、労働移動の激しい雇用事情のもとにおきましては、職場間の労働移動によって年金受給の資格を失うという場合が非常に多いのでありまするから、この通算問題をうまく解決しませんというと、国民年金制度の実際上の効果というものは著しく減ずるものと見られなければなりません。こういう意味で、この問題の解決というものは、国民年金制度のおそらく運命を決する今後の最も重要な課題であると私は考えております。今日、公的年金制度のうち最も大きな厚生年金保険においてすら、男子の被保険者のうち約四四%というものは老齢年金を受けることができない状態でありまして、女子については九五%まで年金を受ける資格を持たずに職場を去っていくというありさまであります。国民年金制度を創設する場合、このような点が一番問題となるのでありまして、この受給期間の通産が何らかの方式で行われない限り、国民年金制度のいわば国民的意義というものは薄らぐものであるとみなされるのであります。しかし、御承知の通り、現行の各種公的年金制度との通産ないし調整、技術的に見てなかなか困難なものがあるのでありまして、現在行われております公的年金制度の適用を受けておる者に対しましても、すべて国民年金制度を適用いたしまして、二重加入被保険者として取り扱うところいわゆる二重加入方式が妥当であるのか、あるいはこの被保険者がそれぞれの制度で拠出した保険料を凍結しておきまして、被保険者が受給年令に達しましたときに、それらの保険料の合計額によって計算した年金を支給するじゅずつなぎ方式と呼ばれております――いわば私の言う凍結寄せ集め方式とも呼ばるべき通算方法が妥当であるのか、このいずれが妥当であるかという点につきましては、これまでも多くの論議の存するところであります。もしこの通算問題がうまく、解決されませんというと、国民年金制度の実際上の効果というものは著しく減ずるものと見られなければならないのであります。
 第四点としましては、この法案に見られますように、この年金財政方式として完全積立方式をとっていきます場合には、将来かなり膨大な積立金ができることになります。これは厚生年金保険の積立金の比ではないのでありまして、著しく金額の張るものであります。ここにその推計額の表を持っておりますが、昭和三十六年におきましては積立金保有高が三百九十億をちょっとこえる。三十七年には八百十九億四千八百万円、三十八年には千二百八十九億九千九百万円、だんだんふえまして昭和四十年には二千三百三十一億九千百万円、さらに昭和五十年には九千三百八十億一千万円、五十五年になりますと一兆三千五百七十億五千三百万円、だんだんふえまして、昭和六十五年におきましては二兆二千六百億というものをちょっとこえる。昭和九十年になりまするというと、三兆六千四十六億五千万円と、こういうふうなこの巨額の積立金の運用につきましては、特別会計法を作るときにおそらく最終的にきめられるでありましょう。しかし、この積立金は他の預託資金と同様に、単に資金運用部へ預託されるのか、そうではなくして、将来の給付の改善でありまするとか、あるいは被保険者の福祉増進のためにできるだけ自主的な運用を行うのか。この年金の積立金の運用問題というものは何ら明らかにされておりません。しかし、年金の保険財政は、インフレにも、場合によりましてはデフレにも耐えることが必要でありますとともに、この積立金の運用というものは、その使い道いかんがわが国国民経済に大きな影響を有することになるのでありまするから、今後、できるだけ慎重に検討せらるべき課題であると考えられます。
 それから第五点は、この法案に定められておりますように、百円から百五十円の保険料を四十年間納付しまして、月額三千五百円の老齢年金の支給を受けましても、四十年後の貨幣価値を考えてみまするというと、とうていいわゆる完全年金というふうな意味を持たないのではないか、こういうふうに私は心配するのであります。かっこの四十年間も、もし積立方式における予定利率、これは一貫して五分五厘ということが考えられておるのでありますけれども、この五分五厘の実現が困難となりますというと、積立金の実質価値が低下するという事情が起るのであります。もしこういうふうな事態が発生いたしまするというと、年金額の実質価値の維持のためにおそらく膨大な国事負担を必要とするに至ると考えられるのでありまして、もしこうなりまするというと、積立方式というものは実質的には賦課方式に転換するというふうなことになるかもしれないのであります。さらにこの拠出年金制度の財政方式としましては、完全積立方式を採用する場合におきましては、おのずから適用対象というものが限定されて参るのでありまして、御承知の通り、完全年金の支給されますものもこの国民年金法案に見られますように、四十年も先のことになるのでありまして、現在の老齢者の生活保障の要求には応じ得ないということになるのであります。この点は、この貨幣価値の変動に対する順応性をも持っております賦課方式の方がすぐれているものであるというふうな考え方が実は生まれてくるのであります。このような点を私は考慮いたしまするというと、たとえば目的税なりあるいは賦課方式による年金財政のまかない方の方がむしろ妥当なものと見られるとの反対論が出てくる可能性があるのでありまして、国民年金財政方式として同じ拠出制度をとるといたしましても、果して積立方式をとるのか、賦課方式をとるのかどちらがいいのかという、この拠出年金制度の財政方式としてどういう方式をとることが妥当であるかという問題が出て参るのであります。この点は、拠出年金制度の実施が予定されております昭和三十六年四月までさらに十分に検討せらるべき重要な問題点であると考えられるのであります。
 時間もちょうど参りましたので、以上のような諸問題の適正かつ妥当な解決によりまして、わが国老齢保障制度の基礎が確立されて、そこにりっぱな福祉国家が実現されることを念願いたしまして、私の公述を終ります。
○委員長(久保等君) ありがとうございました。平田公述人に対して御質疑をお願いいたします。
○坂本昭君 時間は平田教授どのくらいいいのですか。
○公述人(平田富太郎君) 実はきょう入学式があるものですから、ちょっと途中で帰らせていただきたいと思います。
○坂本昭君 それでは実は平田先生の御所説と御本を通してもいろいろと非常に敬意を表しておりますので、特にいろいろお伺いいたしたい点が多いのでございますが、それでは幾つかの点について、限られた時間で御説明をいただきたいと思います。
 第一番目に、現在日本にもたくさんの公的年金制度がありますが、先生のお考えではどの制度が一番よくできているか、そして日本の将来に対しても一番最も示唆に富んだ制度であるというふうにお考えになられますか。
○公述人(平田富太郎君) 非常にむずかしい問題でありますが、今日、日本で実施されております公約年金制度は御承知の通り、まず厚生年金保険、それから船員保険、国家公務員共済組合、地方公務員退職年金制度、それから市町村職員共済組合、それから私立学校教職員共済組合、農林漁業団体職員共済組合、なお恩給などを入れると広範なものになります。そのほかもっと広げてみますと二、三のものが入ってくるわけでありますが、主要なものを取り上げましてもこういうふうなものがあります。しかし、これらのものの成立の過程はそれぞれの特殊事情からてんでんばらばらに実は出てきておる、あるいはすでにでき上ったものから途中独立して制度化されてきておるというふうないきさつがあるのでありまして、若干の共通点は見受けられるのでありまするけれども、重要な年金財政方式を見ましても、あるものは完全積立方式をとり、あるものは修正賦課方式をとり、あるものは納入金式でやっていくというふうな非常にばらばらでありまして、しかも年金の受給資格、年金額なり受給開始年令なりそういうようなものが非常にばらばらでありまして、私はそのいずれか一つを取りまして、これが日本の老齢保障、特に年金制度として最も妥当であると、こういうふうなことを言うことは非常に困難ではないか、こういうふうに見ております。従いまして、今日最も代表的な年金制度といわれます厚生年金保険制度それ自体におきましても、給付の面におきましても、あるいは拠出の面におきましてもいろいろ改正せられなければならぬ問題点が最近現われておりますのを見ましても、どうも日本の公的年金制度というものはそれぞれのかなり違った職域における特殊な事情を考慮しながら、それにかみ合った特殊な制度としててんでんばらばらに実施されてきておるものでありますから、従って、その取扱い対象それ自体の特殊性を考えて年金制度を取り上げていくか、そうではなしに、年金というものは今日の日本の社会におきましていわゆる最低生活を保障する意味のそういう各職域にかなり共通した要素を対象として、それにかみ合ったいわゆる国民的基盤のもとにおける公的年金制度としてこれを考えていくかということによって、非常に違った年金制度それ自体の制度というものがそこに包まれてくるのではないか、こういうふうに考えているのでありまして、従って、私は単純な表現をとりますというと、現行の公的年金制度それ自体についてもそれぞれの問題点がある。決してそれ自体でもって満足すべきものではないというふうに見ておりますし、同時に、あまりその各職域の特殊事情にかみ合った年金制度でありますから、年金の資格条件を考えて見ました場合に、いわゆる通算の問題が非常に不可能な状態に追い込まれている、これが老齢保障を策する上におきまして大きな障害となっているという重大な欠陥を持っているというふうに考えるのでありまして、従って、この問題を私は、今回問題となっている国民年金制度というふうなものを手がかりとして、いわば通弊を通じて調整していく、こういう方向に進んで、全体として日本の公的年金制度というものを包括的な統一的な調整のとれたまとまったものとして打ち立てていくべきではないか、こういうふうに私は考えておるのであります。
○坂本昭君 今あるもののどれが一番いいかというのは大へんむずかしい問題だと思いますが、ただそこで一つ言えることは、たとえばイギリスのように、あるいはドイツのように、てんでんばらばらの職域的年金から出発していって、それに対してときどきそれを調整するために、たとえば補足年金といいますか、賦課年金といいますか、ああいうものによって、ばらばらのものに対して国が全体から網をかけるというような行き方をしながら、だんだん統一的な方向へ、私はヨーロッパの年金制度を見ていると、持っていっておるように思えるのですが、日本はこういう点でおくれて出発したけれども、われわれの能力や国民の能力から言えば、おくれて出発したけれども、かなりなものを最初から作り得るのじゃないか、そういう点では最初からばらばらに出発していって、途中でまとめるようにするか、最初から大体の到達点を予想しておいてやるべきか、やはりそういうところに一つの目標というものが当然生まれてくるのじゃないかと思います。そういう点で、実はまだ四、五点お伺いしたいので、先生の簡潔な御返事をいただきたい。
○公述人(平田富太郎君) 御承知の通りでありますが、私は、今次大戦直後、例のイギリスのビヴァリッジ・レポートがわれわれの手に入りまして、検討いたしましたときに、できるだけ出発点において統一的な制度を打ち出していくことが、年金行政の面ばかりではなしに、社会保障全体の仕組みとして私は望ましいという考えを持っておったのでありますが、しかし、現実を見てみまするというと、たとえばこの年金制度だけに限定してみましても、むしろ現実はそれと違った方向に、いわば逆行して展開されてきておるという実情でございまして、例の私立学校教職員共済組合法というものが成立いたしましてから、順次国家公務員共済組合法でありまするとか、公共企業体等職員共済組合法、これから先般の農林漁業団体職員共済組合法など、順次ばらばらな傾向になってきておる。私の見るところでは、もう少し、これはもっともっと分化された形式でこれが出ていくのではないかという懸念を一つ持ちますと同時に、しかし一方におきましては、こういう公的年金制度を幾ら分化せしめて成立せしめて参りましても、現在のような仕組みでは、その公的年金制度外に放置されている国民というものは、依然として野放しのままにほったらかされていくという危険があるのでありまして、従って、これに対して一応今回問題となっております国民年金制度というふうなもので網をかけて、それを契機として、実は漸次共通の基盤において処置し得る部分を調整化した、そういう意味において統一的かつ包括的ないわゆる日本の年金制度というものを考えていく、漸次そういう行き方をとっていく方が、現実にかみ合った問題把握といいますか、問題解決の方途ではないか、こういうふうに私は見ております。
○坂本昭君 先ほど物価変動についての特に日本の場合、長期給付として措置が不明確であるというふうな御説明がありましたが、この問題について、どの程度まで明確な法文にすることがよろしいというふうにお考えになられますか、御説明いただきたい。
○公述人(平田富太郎君) 貨幣価値の変動の問題ですか。
○坂本昭君 それに対して、この法案にも四条に規定してありますが、先生の御説明だと、どうも国の責任をもっと明確にせよと言われますが、どの程度まで、私はいろいろと公聴会などで伺いますと、ある銀行家の人などは、こういうことはいまだかつてなかったので、この程度の言葉を入れるだけで非常にけっこうだといって、賛嘆している方もおられるのですが、先生のお言葉では、責任を明確にしておけというのですが、明確な仕方なんですね、どの程度まで明確な言葉、これは国によりますと、物価にスライドせよとか、かなり明確な言葉を使っているところがあるのですが、どの程度まで明確にしておくことが必要だということが一つです。
○公述人(平田富太郎君) イギリスなどでも、実は五年ごとに手直ししていこうじゃないかというふうな、かなり抽象的なというより、単純な規定が行われているにすぎないと思うのであります。しかし、従来から日本の社会保障の考え方の中心的な部分は、社会保険的な考え方でありまして、従って、この考え方をとっていきまするというと、やはり年金制度というものは保険的な仕組みでやっていくべきである、そうしますと、保険的な正統派的な見解をとって参りますと、どうしても拠出方式、しかも完全積立方式という仕組みが出てくる、ところが、そういう仕組みが考えられて参りまするというと、当然二十年、三十年、場合によってはこの日本のように世界一だと四十年、フランスでも三十年でありますが、日本では四十年の仕組みを考えておりますが、こういう長期の拠出期間をかりに打ち出していくというようなことになりますと、一体われわれ、私も社会保障制度審議会の年金関係の仕事に若干関与さしていただきましたが、そのときも問題になりましたけれども、一体現在、生活保護制度における扶助基準、四級地の二千円を基準といたしまして、経済の伸びを二%、まあ内輪に見て一・五%に見ている、これを一体三十年、四十年後にどういうふうにこれをスライドさしていくかというふうなことは、非常にむずかしい問題であります。しかし、一応予想を立てなければならぬ問題でありますから、経済成長率をかりに一・五%として、そうして三十年後にはどうなる、四十年後にはどうなる、しかも生活扶助基準の二千円ということを一応基準にして、そういうことを考えていきますと、四十年後に三千五百円というようなことが一応出てくる。しかし、この三千五百円というようなことは、経済成長率の狂い、あるいは予定利率の狂いとか、あるいは物価の変動等によって、非常にこれは可変的な性格を持っておるわけです。従いまして、かりに四十年後の三千五百円というのは、おそらく内輪に見ても半分、今日の値打の半分あるいはそれ以下と私は見ていいのじゃないかと思っておりますが、そうしますと、そういうものが、大体、かなりそういう予想が立てられているのに、この法案等におけるように、こういう貨幣価値に対する国家の責任が、どうももっと、もう少しこうはっきりうたわれていくことが、長い間拠出する者にとりましては、老後の生活を考えれば考えるほど、何か期待を持つわけでありまして、従って、私は、こういう今の表現でも、全然なかった時代に比べては、非常に、先ほどお話がありましたように、けっこうなことだと思うのでありまするけれども、私らから見まするというと、もう少し具体的といいますか、突っ込んだもう少し信頼のおけるような表現、国家の責任、こういうものをもう少し前面にうたう必要がありはしないだろうか。これはおそらく二年後、この拠出年金制度が打ち出される場合に、もっとこれが手直しされていくだろうと思いますけれども、その際もう少し明確に、信頼のおける表現をとっていただきたいと、こういうふうに私は念願しておるわけであります。
○坂本昭君 もう三点だけ伺いますから簡単でけっこうでございますけれども、次は、積立金の具体的な運用について考慮しなければならないというようなお話でしたが、これももう少し先生、何か積極的な御説明をいただけませんですか。どういうふうに考慮するかということです。
○公述人(平田富太郎君) これは衆議院の社労委の附帯決議等にも出ておりましたが、現在の厚生年金保険制度における積立金の運用のような轍を踏むことは、私は絶対に避けらるべきである。かりに、資金運用部に預託するといたしましても、かなりはっきりとパーセンテージをきめて、それ以外のものは少くとも給付の改善なり、被保険者の福祉増進のためにこれを振り向けるということを、これも明確にやはりうたうべきではないか、こういうふうに考えておるのでありまして、特に先ほど申し上げましたように、厚年の積立金などに比較しまして、非常に巨額の積立金が、かりに三十六年度以降、拠出年金制度が実施されて参りまするというと、毎年々々これ積み重なっていくわけでありまするから、これの使い方というものは、先ほど公述の中で申し上げましたように、日本の国民経済全体に非常に大きな影響を持つものでありまするから、その運営のかりに委員会等が作られた場合におきましては、その委員会の構成等につきましても、そういう観点から十分な配慮を加えていただきたい。こういうふうに私は考えておるのであります。
○坂本昭君 次は、先ほど先生の御所論の中に、一番最後に、だんだんと結局実質的に賦課方式に転換をしていくだろうという示唆がございましたが、実際ヨーロッパの制度を見てみますと、賦課方式の方へだんだんだんだん流れていっているわけですね。そういう状態を見ますと、今、日本がこの時点において出発するとすれば、最初からやはり賦課方式を加味してやるべきではないかと、まあ日本の場合、ここで出発する場合。そういうことを思うのですが、先生、そういう点について、どういうふうにお考えでございますか。
○公述人(平田富太郎君) 社会党の方の案の一般国民年金制度におきましては、初めから積立方式、賦課方式のまあ折半方式といいますか、折衷方式というような特殊な財政方式がとられておったというのは御承知の通りでありますが、これなどにも一つの現われが私は出ていると思うのでありますが、年金制度の中心問題はやはり財政方式なわけでありますから、年金を、二年やってやめるとか、五年やってやめるというわけにはいかない。やはりこれは期待権も出て参りますし、途中でやめるというわけにいかないのでありますから、当初におきまして、二十年、三十年ないしは四十年間くらいの少くとも財政計画を打ち立てる必要があるわけであります。ところが、これを一体どういう財政方式でまかなうかということは非常に大問題でありまして、完全積立方式でいくということはもちろん年金の財政方式として一番堅実なわけでありまするけれども、さてこれを年金財政方式で採用した場合に、どういう事態が出てくるのか。そうしまするというと、その完全積立方式、いわゆる保険制度に基いた平準保険方式というようなものをとっていく場合に、どうも拠出期間が少し長過ぎる。それでは工合が悪いから、もう少しこれを短かくしようじゃないかというようなことを言いましても、この支給する金融とのにらみ合せ、国家負担とのにらみ合せ等の問題が当然出てくる。予定利率をどういうふうにするかというようなことともからんでいろいろな困難な問題が出てくるわけであります。ことに問題なのは、現在、制度が実施されます場合に、一定の年令以上に逃しているいわゆる老齢者の現実的な生活保障の要求にマッチしないという大きな欠陥を持ってくるのでありまして、従って、先ほど申し上げましたような、この点が、数十年後の貨幣価値の変動という要素を考えてみますというと、さらに、この完全積立方式ではなく、何かほかの方法がないかという、こういう反省が出てくるのであります。その場合、これは修正賦課方式というふうなことではなしに、御承知のように、短期バランス方式としての賦課方式のようなものをとって、毎年度ごとに給付に必要とする支出相当額に対応する収入額を見込んで計算していくような、こういう賦課方式をとって、全然積立金を持たないそういう方式でいくことがどうだろうかという反省が出てくるのであります。これはアメリカ等においても実施してみたんでありますけれども、どうもこれでは不安である。いわゆる年々老齢人口が増大していく、貨幣価値も変化していく、政府の行うところの政策というものはどういうふうに変るかわからぬというふうな、いろいろな事情を考慮しますると、どうもこれでは不安であるからして、それを少し修正した、いわゆる修正賦課方式をとるということがどうだろうか、こういう財政方式の問題が出てくるのであります。賦課方式は、給付に要する支出が比較的わずかなうちは収入も少く見込むわけでありまして、従って、支出よりは多少多く収入を見込みまするから、若干の積立金が保有されることになるのであります。こういう多少のクッションを抱えた賦課方式というものが、最近御指摘になりましたように、欧米等においては年金財政方式としてかなり一般化しようという傾向にあるのであります。従いまして、私は拠出年金制度をとる場合に、積立方式がいいか、あるいは賦課方式がいいかというと、これいろいろな長短がやはりあるのでありまするけれども、日本のような場合に、どうも四十年も長い間、しかも百円ないしは百五十円というものを拠出して、そして大きな積立金を抱え、貨幣価値の変動に対して絶えず不安を持っていく、こういうような点を私はできるだけうまく解決していくためには、どうも今日採用されておりますような積立方式ではなしに、それ以外の何かうまい方法がないだろうかと、こういうふうに考えておるのでありまして、最近そういう拠出年金制度ではなしに、いわゆる無拠出年金というものを中心として、この財源は目的税なり、場合によりましては取引税のようなものを財源といたしまして、事務機構の簡単化、それから貨幣価値の不安というものを全然なくするというようなこと、こういうふうなところに重点をおいて、むしろ修正賦課方式なりのやり方をとるのでなければ、そういう一つの行き方も考えられやしないだろうか、こういう意見が出てきておりますので、拠出年金制度が向う二カ年間据え置きまして、三十六年四月から実施されることになるのでありますから、この二カ年間にこういう問題点をもっと慎重に再検討いたしまして、年金財政方式というものを私は打ち出すべきではないか。私自身にとりましては、これは大きな問題点になっておるのでありますが、法案において打ち出されておりますような積立方式というものをもう一度再検討してみる、こういうことであります。従いまして、私ここで積立方式ではなしに修正賦課方式でいく方がいい、あるいは目的税なり取引税のような特殊税でもって財源を調達すべきであるというふうに、にわかにはここでは言い切れませんけれども、しばらくこの拠出年金制度実施までの期間、これを十分に検討して、何も積立方式だけに限って財政方式を考えていくということは必要がないのじゃないか。こういうふうに私は見ておるのであります。
○坂本昭君 大へん私ばかり質問して恐縮でございますけれども、もう一点だけで終ります。
 平田先先のなかなかりっぱな社会保障に関する御研究の著書、非常に感銘を受けておるのでありますが、その中で、特にILOの問題を扱っておる中にフランスのラロックの説をいろいろ批判されておるのでありまして、その一点だけをお伺いしたいのですが、社会保障の前に、賃金政策というものをとるというのがラロックの所説であって、ILO全体としては、まだそこまでに考えが進んでないというふうに私感じましたが、この問題について、日本の、特にこの間、最低賃金制度もできましたが、年金制度もできようとしている際、先生のその賃金政策に対する位置づけをお伺いしたいと思います。
○公述人(平田富太郎君) 御指摘のラロックの見解は、国際社会保障の理論に大きな影響を与えておるわけでありますが、先般、日本にもやってきておりましたが、国際社会保障の考え方は、社会保障というものは、これは、医療保障と所得保障と、それに緊密な関係をもった雇用保障というもの、この三つを少くとも考える必要があるということが国際社会保障の見解であります。ところが、ラロックはそれ以外に、賃金の保障ということが社会保障の内部的な構成要素として当然考えられなければならぬという考え方を持つわけです。この点はラロックの非常に特色のある考え方でありまして、今日われわれ、社会保障を若干かじっておる人々の中では、賃金保障というものは、むしろ社会保障の前提条件であるという考え方が一般的な考え方であります。私自身も賃金保障、少くも最低賃金制度というようなものは、これは社会保障前の問題といいますか、社会保障というものが、むしろ、考えられる以前に当然考えられていなければならぬという問題、それから少くとも社会保障制度というものと並行して打ち出されていくのでなければ、私は国家による全国民の最低限生活の保障というような大眼目は、こういう賃金の保障なしには私は考えられない。医療の公共化とか、住宅政策、教育、教育制度、あるいは家族手当というような、いろいろなものと結びついて最低賃金の保障、賃金保障というものを前提とするのでなければ、私は社会保障の大眼目というものが実現できない、こういう考え方を持っておるのでありまして、従って、失業とか、傷病、廃疾、死亡、出産とか、いろいろな生活危険に直面した人々の生活困窮というものを予防ないし救護するというような、こういうことを考える社会保障なら、現実に健全な労働力をもって働いておる人々の最低生活を保障できぬというのは、そういうのはおかしな話でありまして、現実に働いておる人の労働力の再生産を最低限度に保障するという賃金保障が、社会保障の前に当然国家の施策として備えていなければならぬという考え方を持っているのでありまして、従って、私は社会保障よりも、むしろ、よりもといいますか、社会保障と並列してあるいはそれ以前において賃金保障というものは考えられるべきであるという意味におけるウェートを賃金制度、あるいは最低賃金の政策として考えている一人でございます。
○坂本昭君 どうもありがとうございました。
○委員長(久保等君) 他に平田公述人に対する御質疑はございませんか。
○藤田藤太郎君 ちょっとおくれて参りまして……。今社会保障のお話が出ましたけれども、社会保障の柱になるのは、老齢用語年金医療制度の問題が何といっても中心になると思うのでありますけれども、その中の年金に対する問題については、坂本君が質問しましたから私は避けますけれども、問題は、むろん社会保障の面からと賃金保障の面からと、そういう形の中で国民の生活水準というものを守っていくというか、それが経済の面では購買力というような格好、また、全体としては経済繁栄というような形になっていく、こういうものとの関係についての御意見がありましたら一つ。
○公述人(平田富太郎君) 最近の社会保障に関する大きな問題点でありまして、実は前からこの点に関する反省が行われておったわけでありますが、しかし、その点にアクセントを打った考え方というものは、なかなか実はそう一般的には理解されていなかったのでありますが、しかし、最近はその点にかなり重点を置いた考え方があちこちに出てきております。たとえば先般表われました厚生白書の考え方なども、指導的な理念がそういうところに出ていると私は見ておりますが、私自身も実は社会保障というものが、ある意味におきましては、広い意味の経済政策の一環として理解されていいのではないかという性格を持っているのではないか。たとえばいろいろな生活危険に遭遇いたしました人あるいはたとえば失業なり、傷病なり、老齢、廃疾、死亡と、いろいろな生活危険に直面した人々に対しまして、少くも最低生活が維持できるだけの最低所得を保障する、こういう見解に基くいわゆる所得保障としての社会保障というものが、今日医療保障とともに大きな社会保障の柱になっておるわけでありますが、そういう所得保障というものが展開されていくということは、結局生活のための必要な購買力を賦与するということになるのでありまして、従って、この購買力というものがある程度におきまして、いろいろな生産を刺激する。生産を刺激することによって雇用を増大し、失業者を救済していく。それが国民経済全体の循環に対しまして、そういういわば生産的な寄与を購買力を媒介として喚起していくのではないか、こういうふうに私は見ておるのでありまして、最近の社会保障というものを単に経済成長率に対してまして、マイナスの意味しか持たないというような、そういう考え方ではなしに、むしろ積極的に国民経済に対してどういう影響を持つかということを、ただ目先の短期目的な観察でなしに、できるだけ長期な要素も入れた見方がやはり必要ではないかと、こういうふうに見ておるのでありまして、そういう意味におきましては、私は社会保障、特に所得保障としての老齢保障というものに対しましては、そういう経済的なといいますか、国民経済の機構的な意味というものを私は高く認めたいと、こういうふうに考えております。
○委員長(久保等君) 平田公述人に対する質疑はこの程度にいたしたいと思いますが、御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○委員長(久保等君) 御異議ないと認めます。
 平田公述人には大へんありがとうございました。どうぞ御退席になってけっこうでございます。
  ―――――――――――――
○委員長(久保等君) 委員の異動を報告いたします。
 四月六日付をもって草葉隆圓君及び安井謙君が辞任し、その補欠として中野文門君及び松岡中市君が選任されました。
  ―――――――――――――
○委員長(久保等君) 次に、全国農業協同組合中央会常務理事一楽照雄君にお願いいたします。
○公述人(一楽照雄君) 私は、年金制度について特別の研究をしておりません者でございます。非常にしろうとでございますが、今度の国民年金の大宗が、非常に多くの割合が農民、農家の人々であるということが予想されまするので、そういう意味で強い関心は持っておる次第でございます。
 御承知の通りに、日本の農民の現状は、所得税を払える農家が一割程度しかないというような状況でございます。農民は税金を払わぬというようなことを言われる人がありますけれども、払わないのではなくして、免税点以下の人が大部分である。そういうような経済的に弱小な農民というものを前提として考えていただかなければならないことであると思うのであります。なお、経営者と労働者といいまするか、使用者があって、そこで使われているという、要するにサラリーマンの人たちに対しては各種の公的年金制度が行われておるわけでありますが、農民はそういう各種の公的年金制度から取り残されておる人々であります。また、戦後、労働立法がいろいろできまして、使用者に使われているという立場の人たちは、労働諸立法によっての保護も受けているわけでありますが、日本の農民はそういう保護を受けないで、形の上では独立自営の農業を営んでいるわけでありまするが、経済的にはきわめて貧乏な層ということになっております。そういうことを前提として今度の国民年金制度を当てはめて考えてみますると、私どもは、この制度がこの際出発いたしますことはけっこうであろうと思いまするけれども、この制度ができるだけ急速に拡充されて、その恩恵の点はより急速に強く農民等に及ぶように、逐次改正をしていかれるというお気持があると想像いたすわけであります。そういうような改善をされていくということを前提として、この制度の出発に反対をするわけにいかない、賛意を表する次第であります。そういう意味で、今後の御措置について希望的にお願いを申し上げたい点を二、三申し上げたいと思うわけであります。
 まず第一に、年金給付の年令が六十五歳といいますのは、何といいましても、これはもう少し早くするように願いたいと思う点であります。
 それから第二の点は、障害年金、母子年金、遺児年金、寡婦年金というようなものは、これは全額を国庫が負担すべきではないかと思うのであります。こういう年金に支払うための財源と、養老といいますか、老齢年金の支払いに要する資金とを一緒にしまして、そして年金の三分の一相当額を国が負担なされるというのは、私はどうかと思うのであります。こういう障害年金、母子年金、遺児年金、寡婦年金等は、体制としては老齢年金と一緒に、同じ制度の中に含めてもいいと思いまするけれども、これらの老齢年金以外の年金支払いに要する資金は別途に計算して、その分は国が全額負担するということにすべきではないかと思うわけであります。それから、かりにそういたしますと、今の年金を支払うについても、被保険者から徴収する保険金の額はある程度少なくすることができると思うのです。
 それから第三の点でございますが、これは現在の案では、母子年金、遺児年金、寡婦年金等を含めて一緒にして、なおかつ保険料の二分の一だけしか国が拠出しないということになっておりまするが、各種の公的年金を見ましても、大体保険料の半額は使用者側が負担をしております。また、公務員については国なり公共団体、あるいは公共企業体が負担をしています。それは半分以上であるわけであります。単に国の財政という立場から考えますると、それらの公的年金に対する負担はそれほどにならないわけでありまして、要するに経営者が負担をしている、しかし、経営者が負担することは国の制度として負担をさしておるわけですから、労働者の立場から言いますると、国が負担してくれなくても、経営者が負担してくれれば同じ効果を持つわけでありまして、農民の場合には、そういった国からの命令によって農民にかわって負担してもらえる使用者がないわけでございまするから、その点は私は、国がみずから経営者にかわって、かわってということはおかしいのですが、経営者と同様に負担をせられて差しつかえないことであろうと思うわけであります。
 それから長い間掛金をして、今の制度でいきますと、六十五まで生きておって、それから先に年金をもらうということでございますが、実際掛金をする人々の考え方といいますると、六十五まで果して生きておれるかどうか確信を持てる人はむしろ少ないのではないか、あるいは実際問題として六十四才で死に、六十三才で死ぬという人も多数あるわけでございまするから、私どもとしましては、この年金をもらう時期に至らないで死んでしまった人人に対しては、少なくともその人が掛け込んだ保険料の元金だけくらいはこの遺族に支給するという方法を確立することが、この保険を農民等が受け入れる心理状態から見て非常に有効ではないかと思っております。そうしてまた、遺族に対して葬式料だけはわずかでございまするけれども残されるということは、農民等の心理から見て非常に必要なのではないかと思うわけです。
 それから最後に、保険金の納付の方法につきましては、これは今の法案にも前納の制度等がうたってありまするが、ああいう条項を十分に活用せられて、農民等の経済の実態に即して、なるべく支払いやすいように、そして手数を省いてやるということを奨励していくようなことを具体的に今後お考えを願いたいと思うわけであります。
 それから資金の、この積立金の運用につきましては、申し上げるまでもなく、これを普通の国家資金として預金部資金等に編入してしまうことなく、実際この零細なる農家等が、自分たちの老後のために積み立てたものでございまするから、管理の、これを保管する責任は国が持たなければなりませんけれども、その使い方は、決して国自身の金であるというような考え方ではなく、これらの保険料を納めたその人たちの金であるのでありまするから、まず第一にそれらの人たちの立場に立っての運用方法が講じられなければならない。そういう運用方法が確実に講じられるような機構、制度を確立しておいていただきたいと思うのです。それを制度的に確保しておきませんと、おのずから金というものは、金が金を呼ぶといいまするか、貧乏人の方には向っていかないで、金がたくさんある方に向っていくことになりまするから、これは出発に当って制度上確実にするということを千分にお考えおき願いたいと、こういうふうに考えるわけであります。これらをお願いを聞いていただけますとしますと、結局のところ、できればそういうことは皆やりたいんだが、何分にも財政負担がふえるからやりにくいんだということに、問題は財政上の問題との関連において実現ということは容易ではないと思うのでございまするが、しかし、今回のように、一方において減税を公約し、その減税の公約と同時にこの年金の公約を果さなければならないという立場において立案をせられました政府におかれましての御苦心、並びにそれがなかなか厚生省当局のお考えの理想にまでいきにくいということは、よくわかりまするので、今日の制度はこういうような減税の実行と同時に立案せられたものでありまするが、今後におきましては、われわれとしましては、こういう用途のために資金が要るというのであれば、減税ではなくて、増税を考えてでもやっていくということに今後は進めていただきたいと思うわけであります。なお、各種の公的年金との通算というような問題が多くの方々によって問題にされておりまするが、私はこの問題ももちろん大切でございまするが、最初にも申し上げましたことと関連がありまするが、この各種の公的年金との振り合い、調和、つり合いという点をお考え願いたい。そのことの方がもっと根本ではないかと思う。その点は一つずつ御比較願いますると、いかに今回の案がささやかな、つつましいものであって、そうしてまた、国の負担がつつましいものであるかということは明瞭であると思うのです。私どもは使っていただく使用人のない、いろいろな点で保護してもらえる使用者を持たないところの農民の立場から言いいますると、こうした農民等を対象とした年金こそは、今あるこの経営者と国とが一緒になって、労働者、勤労者を助けている年金に比べて劣らないのみか、さらにもう少しいい内容のものを作り上げるというお心がまえをもって、可及的、それの達成、実現に進んでいただきたい。そういう農民等の層と、その他の勤労者等との、その今日の所得の状態、生活状態というものをお考えになった上での財政問題での処理というように考えていただきたい。今日、現在のままでの財政体系を前提として、その中で幾らか節約してこちらにも金を回そうというような程度のことでは満足ができないということを申し上げまして、いろいろの点が、今後の改正に当りまして、どうか厚生省はもちろん、議会、各方面におかれましても、一そう御尽力をお願いしたい、こう考える次第でございます。
○委員長(久保等君) ありがとうございました。
  ―――――――――――――
○委員長(久保等君) 次に、全国未亡人団体協議会事務局長、山高しげり君にお伺いいたします。
○公述人(山高しげり君) 全国未亡人団体を代表するような立場で国民年金法案の中の、最初に母子援護年金について申し上げたいと思います。
 最初に、援護年金という名称をぜひ改めていただきたいと思います。伺っておりますように、この法案が憲法の第二十五条の理念に基きまして、老齢、廃疾、死亡によって国民生活の安定がそこなわれることを国民の共同連帯によって防止し、健全な国民生活の維持、向上に寄与しようとされるのでございましたならば、援護年金という名称があまりにも救貧的な響きを聞く者の耳に与えるように思うのでございますが、いかがでございましょうか。もっとも、事実この法案の内容も、実は国民の期待にそむいてと申しますか、それが言い過ぎであるならば、百十五万母子世帯の期待にははっきりそむきまして、非常に救貧的であると存じます。しかし、そのことはしばらくおきまして、援護年金受給者の立場に立って、この名称はぜひ参議院において、もう一ぺんお考えが願いたい。先ほど平田先生は福祉年金とかおっしゃいましたけれども、私具体案は持っておりませんけれども、初めのころの立案の過程におきましては、無拠出年金というような、内容そのままの素朴な名前で呼ばれて参りましたものが、いよいよ法案が固ります段階におきまして、援護というような、大へんにお情をいただくような響きの名称になりましたことを最も遺憾に存ずる次第でございます。改称をお願いしたいと思います。
 次に、母子援護年金の支給要件につきましてでございますが、母子世帯の子についてでございます。子の資格が、義務教育終了前という定めのようでございますが、大体十五才くらいになるかと思います。これをぜひ拠出制の御子年金にございますように、この年金を十八才未満にお願いを申し上げたいわけでございます。十五才、十六才、十七才、これではまだ母を助けて経済的に働くということがすべての子供に可能というわけには参りません。ことに青少年問題のやかましい現状におきましては、母が家庭にかき抱いてもう少し育成していかなければ、非常に問題のございます年令の子供でございまして、それをこの年金の対象からおはずしになるということについて、母親たちは非常な不満を持っているわけでございます。さらに子供につきましては、二十才未満の身体障害児、それから精神障害児、これにも支給をしていただきたいと要望する次第でございます。拠出制の母子年金には、このからだの普通でない、精神も普通でない子供が認められておりますのに、無拠出制の年金を待っておりますような母子家庭の普通でない子供にどうしてその恩典が浴さないのか、何にも合理的な理由がないようでございます。これはうっかりお落しになったのではないか、立法をなさる方々はそういう該当の方々が少くてうっかりお落しになったのではないかとある親母たちが言っておりました。苦しい家庭こそ普通でない子供は重荷でございまして、ときにはその子供があまりに電荷でありますために、母子心中というようなことが企てられるということもお考えを願いたいわけでございます。
 第三番目には、支給対象の問題でございますが、いわゆる準母子世帯といわれております祖母が孫を育てておりますような世帯が相当ございますけれども、これをもぜひ支給の対象にお加えが願いたいわけでございます。現行の母子福祉資金の貸付等に関する法律にも、該当のような世帯は準母子世帯として含まれておることを皆様よう御存じのはずでございますので、もう一ぺんお考えになっていただきとうございます。
 次に、年金額でございますが、母子援護年金が年額一万二千円、月千円ということはあまりにも低いと思われます。他の公述人も皆論及なさいましたように、母子年金ないしは障害年金というような年金は老齢年金とはいささか本質を異にしておるのではないかと思われます。老齢年金と違いまして、母子年金は障害年金と同様にまだ生活途上にあるものが受けるものでございまして、ことに現在の日本の社会では母親の大部分が労働に対して特技を持っておりません。この現状ももうすでによく御存じのことと思うわけでございまして、この点は、拠出制の母子年金の金額も少きに過ぎるわけでございますが、ここでは特に母子援護年金につきましてこれは増額をしていただきたい。老齢年金が一人月千円でございますのに、母と子供と二人組み合せて月千円ということに対して大ぜいの母親たちが非常に不当であるように感じております。二番目の子供からは二百円の加算がございますけれども、一番目の子供は食べないでもいいのかということを聞いた母親に私は何人も出くわしております。母と子を組み合せての世帯、それに月額千円、これでは最低生活の保障どころか、最低生存費さえもおぼつかない、こういうふうに感じられる次第でございます。全国社会福祉協議会の方から要望が出ておりますように、せめて第一子三百円、母子合せまして千三百円ぐらいお願いしたいと思っております。二番目の子供からの加算の二百円も決して十分であるとは思っておりません。
 それから次にお願いをしたいことは、支給の停止の場合でございますが、前年度の所得額が十三万円、母子年金の場合はこれに子供一人で一万五千円の加算がつきますけれども、この十三万という限度額をせめて二十万円ぐらいに引き上げていただきたいわけでございます。あまりに除外例が多くて、非常に渇望しておりました国民年金でございますのに、ふたをあけてみると、スズメの涙どころか、蚊の涙という言葉も聞いておるようなわけでございます。もっとも私といたしましては、この制度がここまで固まって参りますのに、関係各方面のなみなみでない御努力につきましては感謝をしておりますし、できるだけすみやかに、法が制定実施されることを望んでおりますけれども、母親たちの切なる願いをきょうこの機会にお取り次ぎをしないわけには参りませんので、限度額十三万円を二十万円にお引き上げ願いたいと申し上げる次第でございます。
 以上、母子年金につきまして、各項目についてお願いの点を申し述べて参りましたけれども、最後に、生活保護法との関係でございます。生活保護法で支給をされております母子家庭、これはほかの要保護世帯も皆同じでございますが、これに対して年金というものは併給をされたい。あわせて給付をされたいというのが私どもの念願でございますけれども、これは現行の生活保護法ではそのままそれができないかと存じますが、もう生活保護法も曲り角にきていると痛切に感じるわけでございますけれども、一応現行の生活保護法のもとにおきましては、この年金法との調整につきまして生活保護法において母子加算、原案にございますけれども、その額を年金額までは引き上げていただかないと何にもならない。その点、総理大臣も加算のことは国会でお約束をなさったように聞いておりますけれども、ぜひ千円まではというお話も聞いておりましたが、年金額までお引き上げを願いたいと思います。
 以上で、母子援護年金につきましてお願いの諸点を申し上げましたが、最後に、拠出制の母子年金につきましても、母子年金その他につきましても、一言婦人の立場からお願いをいたしたいと思います。
 国民年金全体に関係いたしましては、給付をいただくのがあまりにもおそ過ぎる。それからいよいよいただくについて、先ほどもちょっと申しましたように、除外例も非常に多過ぎるというふうに思います。それから掛金がだれでも均一なことも、これは社会党の方の御案はなかなかこまかに収入に応じてお作りのようでございましたが、原案はだれも同じだけ出すということで、段階的になっておりませんけれども、こういう原案から国民として婦人の受けます印象は、この国民年金について非常に魅力がないのでございます。このことは画期的な立法が行われます際に、もう少し魅力がほしかった。決してこれは希望を捨てるわけではございませんので、まだ間に合うかもしれませんと思ってここでお願いをしているわけでございます。もう少し国民が魅力を感じるような御案に御訂正が願いたいと思います。支給の開始年令につきましても、先ほどからそれぞれのお立場からのお話がございましたが、婦人の立場に立って考えましたときに、日本の女の人の現状から考えまして、女子の老齢年金が男子の老齢年金と幾らか年令に差があってもよいのでないか。この点は二年先の問題にもなるかと思いますので、一つ御研究が願いたいと思います。もちろん、同じことが障害年金における間度の身障者の場合にもおありだろうと思っておりますけれども、やはり日本の女の人の現在の経済力というものをお考えを願って、あたたかい立法が考えていただきたいわけでございます。
 それから母子年金でございますが、これもまあ二年の間に練っていただきたい問題点の一つとして申し上げておきたいのは、告別の母子世帯でございます。これは、外国の場合も大体死別と伺っております。生別母子世帯を母子年金の支給対象にいたしますことには、いろいろ実際問題での御無理があるということはよくわかっているつもりでございますけれども、きのうの朝の新聞にも、また母親が子供を殺して自分も自殺を企てております。母子心中というものは、昔は後家が子供を殺して自分も夫のあとを追ったのがほとんどでございましたけれども、終戦後の母子世帯は、その様相を一変しておりまして、夫のある妻が、夫との間の結婚生活におけるいろいろな壁にぶつかって生活の前途を悲観をいたしまして、将来のある子供の生命を縮めて自分の命も断っていくというのが、ほとんどの例外なしといってもよろしい今日のこの十年間の母子心中の実相でございます。結婚生活のいろいろな困難な問題につきましては、原因もそれぞれございますけれども、もしも生別母子世帯に母子年金が与えられるというその明るみがございましたらば、きのうの朝の新聞をにぎわしておったような母子心中もある程度食いとめられるようにも思われるわけでございまして、このことにつきまして、もしも諸先生方がこの国民年金法の中では解決ができないとお考えになりましても、どうぞ私のこの発言に対しては、別な形でも解決策をできるだけすみやかに御考慮が願いたいということをこの機会にあわせて申し上げておきたいと思います。さらに、拠出制の母子年金におきましても、祖母と孫の準母子世帯をお含みが願いとうございます。それから拠出制の母子年金の年金額でございますが、少いと先ほど無拠出制のときにもあわせて申し上げましたけれども、拠出制の場合に、少くとも老齢年金相当額の十分の七ぐらい、まあどこからその十分の七は割り出したかとお聞かれしても私も困るかと思いますけれども、全国社会福祉協議会の方からのお願いの中にも十分の七という数字は出ておりますので、これは一応御検討が願いたいように思います。
 引き続きまして、遺児年金でございます。遺児年金、寡婦年金というものが一連の遺族年金の性格をもってお考えいただいたことは、今回の御立案に感謝をしておりますけれども、これまた他の年金と同じように、その年金の金額があまりに低いと思われます。子供は親よりよく食べるぐらいなものでございまして、せめて月千円はいただきたいと、こんなに思っております。
 最後に、寡婦年金でございますが、大へんに老齢の不幸な寡婦にとりましては今回の御立案の中であたたかいものを感じさせていただいたと何人かの老婆から申された寡婦年金でございますが、これを老齢年金相当額の二分の一というのは、やはり十分の七ぐらいにお考えになってはいただけないでございましょうか。
 これで拠出制の母子年金等につきましては終りたいと思います。
 一番最後に一言お願いを申し上げたいことは、これはもう公述人の全部の方々が諭及されておる点でございますがこの積み立てによる蓄積の利用につきましては、私も、これを、この年金を払い込みました国民の社会福祉厚生面にぜひ御活用が願いとうございます。母子年金をいただく関係の母子家庭が現在非常に活用さしていただいております母子福祉資金の貸付等に関する法律が非常に大ぜいの母子家庭を明るくしておるのでございますが、この法律による資金は、他の国が国民にお貸し付けになっている資金よりは著しくその活用度が高いということは、国会もお認めをいただいておるようでございますけれども、それらの資金を活用して参りました母子世帯等がこれからさらに高度に厚生飛躍をしていかなければならない段階に到達して参りまして、現在の貸付資金ではそれがまかなえないような姿も出て参っておりますので、その辺にこのお金が回ってきたならば、あのお金はもっと生きるのではないかというようなことも考えさせられておりますもので、長年母子福祉のために積極的に御協力をいただいて参っております参議院の諸先生にお礼を申し上げますと同時に、このことをぜひ一つ具体的にお考えが願いたいと思う次第でございます。
 以上で私の公述を終らせていただきます。
○委員長(久保等君) ありがとうございました。
  ―――――――――――――
○委員長(久保等君) 両公述人に対して御質疑を願います。
○紅露みつ君 山高さんに伺いますが、私どもの心配しているような点が大へん出て参りまして胸を打たれているわけですが、その中でちょっと一つ二つ伺いたいんですが、準母子世帯でございますが、この方も支給対象にしてほしいという御要望、私もそれはごもっともだと存じますのですが、その中で祖母というお話でございますが、祖母のほかにも準母子家庭として相当親戚とかあるいはおじ、おばとかいうのがあるのではございませんのでしょうか、この点。
○公述人(山高しげり君) その点は私も考えないではなかったのでございますが、先ほど申しました母子福祉資金の貸付等に関する法律の中に準母子世帯というものがございますので、一応それをそのまま考えてみたわけでございます。親戚等に預けられている場合に、それが遺児年金との関係も出てくるのでないかというふうにも思われるのでございまして、あまりこの範囲を広めますと、またそれほど血縁の濃くない親戚なぞに悪用されるということも考えられないでもないように思います。
○紅露みつ君 もう一つ伺いたいのですが、母子福祉資金でございますが、これが毎年どうも使い切れないで返ってくるというような遺憾な状態なんでございますが、まあ母子家庭が使う必要がないからということであればけっこうですけれども、その原因がどうも地方議会で国庫との折半の負担が計上されないということのために使い残すというような状態にあるわけですね。
 そこで、もっとこの福祉資金の方へ回せという御要望のように伺うのですけれども、使い切れない原因が今のような状態のままでございますと、ちょっとその償還が心配になるのですが、何かこれについてお考えが新しくございますなら、この際聞かしておいていただきたいと思います。
○公述人(山高しげり君) お答えをいたします。
 仰せになりましたように、母子福祉貸金の償還の成績があまりよくないとかいろいろな関係がございまして、国の予算が数年来余ってきております。そのことにつきましては、私どもも非常に残念に思っておりますけれども、地方財政が苦しいからというので、地方議会でお組みになるこの予算がだんだん縮まって参りますと、それに上乗せをするような法律の規定になっておりますから、国費の方が余ってくるという結果のように考えております。そうして、その地方予算が縮んで参ります現象がどこからおもに出てくるか。地方財政が苦しいからという抽象的な説明も一応はうなずけるのでございますが、さらにそれを分析いたしますと、償還金をもって充てるという点があるように、償還ができていないからと、こういうような結果も一つの原因のようでございまして、そのために、国としては、昨年から償還対策費を計上していただいておるようなわけでございまして、この俗に言う焦げつきをはがすための償還対策費――わずかなお金でございますけれども、末端までよくおりて参っておりまして、償還対策のための推進委員のようなものも設置をされまして、市町村の未亡人会の幹部の人たちが走り回りまして、決して高利貸しのように焦げつぎをはがして歩くのでなく、あたたかい気持で仲間の者が借りたお金がどうして返せないのかというその実情をよく相談に乗って、何とかして借りたものは返せるようにお手伝いをしようということで二年間の実績も相当上ってきているように思っておりますけれども、私が、そんなふうですから、母子福祉資金に直接お金を回してもらいたいというお話しをするつもりは実はございませんので、申し上げ方がはっきりいたしませんでおそれ入りましたけれども、その母子福祉資金の現状もさることながら、母子家庭から見れば、この資金は非常に活用をさせていただいている資金である。ところが、あの資金は個人の母子世帯に、母なり子供なりに貸していただくわけでございまして、母子家庭そのものは非常に自立更生して参っておりますけれども、その母子家庭の組織でございます未亡人団体等と会員である母子家庭のお母さんあるいは子供も手伝いまして、いろいろな事業等をも営んで集団としての母子家庭の自立更生のために寄与しておるわけでございまますが、あの法律には団体貸付という規定がございません。しかも団体貸付はもう年来の要望でございますけれども、まだあの法律がそんな形に改正はいたされておりませんので、あの法律を改正をしていただいて、その要望を満たしていただくか、あるいはまた、そういう団体、政府がお認めになったような資格を持った団体にもしも未亡人会等がなることができますれば、そういう団体に事業資金としてお貸付をいただく、それがまた、地方のそれらの組織を通って集団的ないろいろな事業経営等にお貸しを願って、その事業を通して集団としての母子家庭がその生活を向上させていくという結果になるという考え方もございまして、具体的にまだ決定した案を持っておるわけではございませんが、一つのヒントとしてそんなことを考えて夢を見ておるようなわけでございます。
○坂本昭君 一楽さんに四つほどちょっと伺いたいのですが、第一番目は、御承知の通り、今度三十五才のところを境目にして百円と百五十円といも、ありのままを申し上げます。
○坂本昭君 二十万円については私たちもいろいろな面で検討しておりますし、一応その点は何か特別な御理由があったらと思っただけで、また、私たち自身もこの御趣旨のほどは非常によくわかりますから。
 次に、これ先ほどそちらの一楽さんにもお尋ねしたのですが、今度は山高先生に、皆さん方未亡人の団体で来られましたけれども、一応妻の立場として、今度は妻を強制加入からはずしておりますね。これについて厚生省は三分の一ぐらいは奥さんのために、奥さん自身がへそくりを入れるか、御亭主が奥さんのために掛け金をかけてやるか、三分の一ぐらい入るだろうというのですがね、これはどんなふうにお見通しになられますか。
○公述人(山高しげり君) その点でございますが、私、婦人団体にも関係しておりますけれども、ある、この国民年金の関係方面から、これは全くの笑い話でございますけれども、保険金納入の将来が非常に案じられる。今坂本先生、不納同盟でも作られたら困るとおっしゃったのでございますが、同盟を作りませんまでも、成り行きにまかせても、消極的に納入の成績が案じられる。その場合に、一つ婦人団体に一役もってもらいたいという気持もあるという、ほんとうにこれは笑い話でございますけれども、聞いた婦人団体は顔を見合せたという一幕もございまして、女房の方はこのごろは非常にへそくり貯金が上手になってきている。これは農協あたりでも農協婦人部が非常な実績をお示しのようでございますけれども、亭主の納める保険金まで女房が納入をする側に回らないと、今回の国民年金を円滑に運営できないのじゃないかと、これは笑い話であると同時に、一面の真実でもないかというふうに私感じておりますので、このごろの女房はあえて亭主に依存しないでも、卵貯金であろうと何であろうとの方法で、自分の老齢年金はかけようという積極的な気持の盛り上りが相当あるように私は感じております。
○坂本昭君 私、実は女房のためにかけようか、かけまいかと考えておったのですけれども、どうもうちの女房あたりもひょっとしたらちゃんとへそくりを持っておって、自分でかけるのならば心配要らないのですが、そこで先ほど非常に山高先生からるる言われた生別――死別じゃなくて、この問題は私たち、私たちというよりも、私も非常にうっかりしておったのですが、いろいろの施設の状況などをお聞きすると、非常に生別が多いということなんですね。しかし、これが何か統計的な数とか、そういうものは、なかなか伺えないのですね。今のような新聞の悲劇としては、終戦後の特徴として、昔は後家さんだったが、今はそうじゃないのだ、生別だ。何かこういうものを統計的なもので御資料として持っておられませんか。持っておられたらば伺いたいのですが。
○公述人(山高しげり君) ごもっともでございます。本日持参をするべきであったと思いますけれども、たとえば東京において母子福祉資金の貸付の私も審査員をしておりますけれども、大体母子心中というようなものは大都市に多いような傾向がございまして、東京都の母子福祉資金の貸付をいたしますような場合にも、生別世帯が激増しております。この十年間の統計はとっておると思いますけれども、ふえる一方でございまして、毎月一回の貸付のたびにその事が増大していく傾向でございまして、そのことは仰せの中にございました母子寮等の入寮者の上にもはっきり現われておりまして、もうほとんど東京では生別の母子世帯の方がはるかに多いんでございます。で、結局それほどなぜ生別するかということに掘り下げて対策は考えなければならないと思いますけれども、資料はまた手に入りましたらお届けいたします。
○藤田藤太郎君 私は、一楽さんにお尋ねをしたいんですが、まず第一に、六十五才じゃおそすぎるという御意見であったと思うのです。ちようど昭和の初め当時の統計を見ますと、牽引力とかまたは握力とかまたは肩にになう力とか、そういうものを統計上調査したことがあります。そういう統計がございます。それを見ますと、大体当時の数え年五十二才ぐらいと数え年十五ぐらいの人とが同じくらいの能力しかないと書いてある。そういう統計が出て、使う方の立場からすると、会社その他では五十才を定年にする、こういうものがだんだん五十五才にふえてきたのですが、生活内容がよくなったかならないかという一つの面から統計がございますけれども、いろいろの社会環境その他から見て延びている問題もあると思います。しかし、農家の作業内容というものが多少機械化したといえども、農繁期における労力というものがそう大きく変っていない。そうなると、農家の方々の体力というものを、私も経験者でございますけれども、六十五才ということになると相当弱っておられるというような事実があるのじゃないか。そういう点について、まあ昭和の初めごろと今時分との関係について、どういう工合に変化をしたという工合に見ておられるのでしょうかね、そのあたりを一つ。
○公述人(一楽照雄君) これは最近農業協同組合組織による病院がある。そこのお医者さんたちが日本農村医学会を作ってまだ二、三年しかならないのですが、お医者さんがこの二、三年、初めて農村医学といって、農民の立場での特殊研究を始めておるのです。そういう観点での報告によりますると、四十才、五十才ぐらいで、もう十年ぐらいいろんな特徴によってのなにが、農村の人は都会の人より実際早くふけるということが今日ですらだんだん出てきているのです。で、農夫病というような腰が曲るとか、いろいろその農村というものを対象にして特別にめがねを当てて見ますると、驚くようないろいろな医学的なデータが出ているのでございます。
○藤田藤太郎君 そういう根拠から六十五才じゃおそすぎるということを言われたのじゃないかと思う。
○公述人(一楽照雄君) はあ。
○藤田藤太郎君 まあ外国の例を見ると、早いところは五十五、六十才、高いところで六十五才というのがありますけれども、それはやはり栄養の度合いや生活内容、そういうものが十分盛り込まれてそういう制度が行われていると私はまあ思っております。そういう意味から言って、農家の衰弱というか、疲労度といいますか、そういうものは戦前とあまり変っていない、こういう工合に見てよろしいのですか。
○公述人(一楽照雄君) ちょっとなおつけ加えさしていただきます。そういうことも言えますと同時に、現実問題として、各種公的年金の方は五十才、五十才未満でもやっております。しかし、農村の方は今おっしゃるようなことであるから、各種公的年金よりも早く支給するというのならばいいわけでございますけれども、そういった事態にもかかわらず、各種公的年金よりもはるかにおそくならなければもらえない。これは今法律案になっている各関係の方々にのみ申し上げるわけでありませんが、そういう点がふつり合いになっておるという、もう少し突っ込んだ大きな立場から、こういう使用者に使われていない、しかも経済力の弱い農民等の立場、零細企業者等の立場について、もっと国全体として、財政当局を含めて、お考えを願いたいと思います。
○紅露みつ君 一楽さんに伺いたいのですが、老齢年金を除いた障害、母子、遺児、寡婦、こうした年金は老齢とはだいぶ違うのだから全額国庫負担にという御批判でございましたね。私どももそうなれば大へんいいと思うのでございますが、やはりこれは予算の関係もございます。そこで、農民の方は所得税を一割ぐらいしか納めていない、納められないのだという窮乏の状態のお話があったのでございますが、今おあげになった国庫負担でいきたいという、その年金等がそういう方針になるとすれば、さしあたり考えられることは、目的税というようなことだろうと思うのですが、そうした場合に、農村の農民の担税力というものはどんなものでしょう。その気持といたしましても、こうした年金の幾つかが負担になってくるということに対して、気持よくそれを引き受けるというようなお気持が出ましょうか。それからまた、担税力がそれにたえるでしょうか、どんなものでしょう。
○公述人(一楽照雄君) その点でございます。これが強制的なものでなくして、ちょうど簡易保険みたようなものであれば、これは保険思想で貫けばいいわけでございますが、やはり社会保障の性格も持って、そうして保険の技術を取り入れるという性格のものでありますれば、これは私は全部無拠出制を必ずしも主張はいたしません。拠出であっても、それはやはり一般の財政負担からその負担の程度問題、それを先ほど申し上げましたように、各種年金においてすでに個人々々が払い込んだのと同額あるいはその以上のものがあるのでございますから、今日の制度においてもそれは一般財政からといっていいのではないかと思います。なお、そういうような点での基本的な財政との考え方を進めていかないで、たとえば今申し上げましたように、減税々々とおっしゃいましても、これは税を納めている人が恩恵を受けるわけです。片方において減税、片方において拠出制の年金ということになりますと、今まで税を納めておった国民の中から上の人は負担が減って、今まで税を納めていなった農民等の大多数はこの拠出をしなければならぬという関係になりまするので、しかし、この制度の大きな金額の問題でもありますから、それを観念的に抽象的に私どもは拠出制は要らないのだということは申し上げたくはない。もっと実際に建設的にできるような方法で、ですから、少くとも各種年金等との振り合いをお考えが願える程度のことはもう少し考えていただいて、せっかく通算のことを問題にせられておるのですけれども、通算の前にその振り合いの問題を考えていただくというぐらいの程度は、今日の案を基本にしても考えていただけるのではないか。イデオロギー的あるいは観念的に無拠出等を主張するのではありません。
○紅露みつ君 あなたのお話が、増税してでも、というお話がありましたものですから、そこへ私が農村の担税力をちょっと考えたのでございますが、お気持は、目的税なんかを考えたのではなくて、税を納められる人からその分を取って、そしてそれを一般会計としてここへ繰り入れてやればいいじゃないかという考えで……。
○公述人(一楽照雄君) もう少しその程度を積極的にお考えを今後願いたい。今すぐでなくていいです。
○紅露みつ君 わかりました。
○藤田藤太郎君 山高さんに一つだけお聞きしておきたいんですが、これはどの公述される方々も異口同音にして言われていることは、非常に莫大な積立金があって、この使途というものは、概念的には、社会福祉事業、今までの資金運用部資金というような格好のものだけじゃ困る、これは当然出てくることだと思うんです。特にその点の内容については、膨大ないろいろの御希望があると思いますけれども、積極的に、こういうところへ使えというような具体的な御意見がありましたら、聞かしておいていただきたい。
○公述人(山高しげり君) 整わないことで先ほどもちょっと申し上げたわけでございますけれども、私が先ほど例にとりましたのは、母子家庭のために母子福祉資金というようなものが国からも地方からも出ているわけでざごいますけれども、これは二十七年に法律ができて二十八年から実施をされておりますが、そういつまでもいつまでも今のような形でいかないかもしれませんし、また、その母子福祉資金は、先ほども申したように、母子家庭へ貸し付けられるものでございますけれども、別に母子福祉のためには、集団的に母子家庭の生活を向上させていくというような、たとえば授産の施設であるとか、そのほかいろいろな母子福祉の施設なぞも考えられるわけでございまして、それらの施設を運営いたしますような事業資金というようなものが、現状におきましても、各府県の未亡人会等で施設を経営いたしますときの事業資金の融通に相当に困っているわけでございます。で、地方的にもいろいろお願いもしてやっておりますし、また、団体自身もいろいろ経済的に働き出したりもしておるのでございますが、もしも、こういう積立金のようなお金が何らかの形でそういったような団体の仕事に貸し付けられるというようなことでもございますれば、個個の家庭で五万、十万のお金を借りて小さなお店を出すとかいうような自立更生と、もう少し形の変わった、事業体にお金が貸される、流されるということで、お母さん方がまとまって助かるような事業の経営が考えられるわけでございますが、そういう芽ばえはすでにあるのでございますけれども、現在の母子福祉資金の法律では、団体貸付というものがないものでございますから、今のところ、その種皮のことを考え始めているという段階でございまして、抽象的に申せば、やはり社会福祉厚生面にこのお金を使っていただきたいと申し上げた点でございます。
○藤田藤太郎君 一楽さん、その件について御意見はございませんか、積極的な。
○公述人(一楽照雄君) 私も、抽象的に、強く期待をしておるわけでございまするが、具体的にはすぐ思いつかないわけでございますが、考えてみますと、そういうように社会福祉的に使うということと、利息を期待するという性格とが矛盾いたしますので、これを思い切って被保険者の福祉に使うというのであれば、利息をよほど安くする、無利息にするとかというようにやらなければなりませんので、一そう問題がむずかしい問題になると思います。それで、これは長い将来にわたって、いろいろ状況によって用途が考えられるわけでございますから、それを私どもは、さっき申し上げましたように、この保険者の層から出た代表者の着想なり主張が十分に通るような運用方法を確保しておいていただきたいということでございまして、ちょっと名案は、今のところ具体的な大したものを持っておらないわけであります。いろいろ考えなければならないと思います。
○紅露みつ君 今の問題に関連して山高さんにちょっと伺いたいし、御要望申し上げておきたいと思うのでございますが、御承知だろうと存じますが、終戦直後に引揚者の方々が特別なる融資のワクをとりまして、事業をいろいろやられたのでございますが、あのときに団体の貸付が行われました。ところが、団体の貸付というのは、何か責任の所在がはっきりいたしませんで、その回収が非常に不結果に終ったように記憶しております。まあ、あの混乱の際でもあり、男子の引揚者の方々の事業計画などとは違った、われわれ婦人の方には、つつましやかな計画がそうなれば立てられるだろうと存じますから、同じには論ぜられませんけれども、私どもはその点、苦い経験を持っております。それで御計画を進められるのでございましたら、十分それを御考慮に入れて計画されたいと存じますが、そうした不安はないようにお考えでございましょうか。
○公述人(山高しげり君) かつての更生資金と申しましたか、引揚者の方々を対象としての貸付金につきましては、母子家庭も対象になった事例がございまして、終戦直後のことでございますから、とにかくお金が貸してもらえる、それも何か貸し下されみたいな気持で受け取っておりまして、ずいぶん焦げついているようでございますけれども、その場合の団体貸付には、仰せがございましたような欠陥がたくさん出ておりますようでございます。それらの点は十二分に考慮に入れまして、今の御注意の点につきまして、私どもも夢でなく、このことは本気になって考えてみたいと思っているわけでございますが、藤田先生のお答えのときにちょっと落しましたけれども、結局、落ちてしまいましたものを救うためにお金を使うよりも、やはりボーダー・ラインの人たちを落さないというために今後仕事をしていくところにこのお金が注入されれば、ボーダー・ラインがあまり潤わない国民年金だというそしりも幾らか補えるのでないかというようなことを考えております。
○委員長(久保等君) 午前中の公述人に対する質疑は、この程度にいたしたいと思いますが、御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○委員長(久保等君) 御異議ないと認めます。
 公述人の各位には、長時間にわたりまして貴重な御意見をお聞かせいただきましてありがとうございました。委員会を代表いたしまして、一言お礼を申し上げたいと思います。
 午後二時まで休憩いたします。
   午後零時五十九分休憩
   ―――――・―――――
   午後二時二十六分開会
○委員長(久保等君) 社会労働委員会公聴会を再会いたします。
 午前に引き続き国民年金法案について、公述人の方々から御意見を拝聴いたすのでありますが、この際、委員長といたしまして一言ごあいさつを申し上げます。
 公述人の方々にはお忙しいところ御出席いただきまして、まことにありがとうございました。目下、当委員会においては国民年金法案を審査中でございますが、その参考に資するため、各位から御意見を拝聴いたすことになりました。その資料等については、あらかじめお手元に御送付申し上げておきました通りでございますが、時間の関係もございますので、重点的にお一人二十分程度で御発表願い、次に、各委員の質疑にお答え願いたいと存じます。御了承をいただきたいと存じます。
 次に、委員各位に申し上げます。公述人に対する質疑は午前と同様に進めたいと存じますから御了承願います。
 それでは公述人から順次御意見の発表をお願いをいたします。
 最初に、日本身体障害者連合会副会長駒沢文雄君にお願いいたします。
○公述人(駒沢文雄君) 私はただいま御紹介をいただきました日本身体障害者連合会副会長の駒沢文雄でございます。私自身が身体障害者でありますし、多年障害年金制定の運動をして参りましたので、そのような立場に立って政府案に対する意見を述べてみたいと思います。
 政府案には不備、不合理な点が幾多あるように思いますので、これから申し述べますそれらの諸点をすみやかに改善していただくことを前提として政府案に賛成いたします。政府案は内臓障害、神経障害を障害年金の対象から除外していますが、これを対象に含めていただきたいと思います。また、片手、片足切断程度のいわゆる身体障害者福祉法の三級程度の者の十二万七千人も障害年金の対象とすべきだと思います。
 障害年金制度の策定に当り、拠出制にも無拠出制にも、結核等による内部障害者、精神薄弱者等に対し適用外となっており、これらの人々は労働力を失い、生活は非常に困窮しておりますことは、政府案で対象となっております重度の障害者と全く同じでありますので、当然本制度に加えるべきであり、また、片手、片足を失っている身体障害者福祉法の三級の身体障害者十二万七千人は、厚生年金一級に準ずる重度障害のため、生活力に著しいハンデキャップを有し、苦しい生活をしている実情であります。これら重度障害者に対して無拠出年金を支給すべきだと考えます。また、所得制限を二十万円まで引き上げるということについて、身体障害者は健常者に比して同じ所得を得るにも非常な労苦と出費を要している。たとえば遠くなくとも乗り物の利用も多いし、ラッシュ・アワーを避けるため、商売の機を失すること、あるいは補装具の使用により被服の損傷は早く、ろうあ者は電話の用を弁ぜざるため、交通機関の利用が多いのであります。盲人のあんまなども晴眼者に職域を侵されつつある等を考えると、健常者と同様十三万円以上の年収者に資格を与えないことは障害者の実情に即しないと思われます。少なくとも二十万円以上とすることが望ましい。これによる人員増は八千名余りで、予算といたしましても一億五千万円増にすぎないと考えられます。
 次に、援護年金、不具廃疾等の名称の改善であります。さきに廃疾年金の名称で社会保障制度審議会国民年金特別委員会等の案に発表せられたとき、全国的な身体障害者の声によって、自民党国民年金制度特別委員会試案、厚生省案等も障害年金と改められ、感謝し、一安心していたところ、法案をしさいに読みますと、「廃疾」の語が四十一カ所も出てきたので、再び全国的なこれを改めるようにとの声が起っております。法律的には「廃疾」の語によって簡潔に表わさんとする意味がよく含まれたものとして使用せられているのかもしれないが、「廃疾」という言葉が身体障害者に与える感じは非常に悪いのであります。不具者、かたわ、おし、つんぼという言葉は、用い方、場所によっては軽べつ、不快感を与えるような風潮となっているので、法律にも身体障害者福祉法として新しいよい感じを与える言葉を作り出された精神をくみ取ってもらいたいのでございます。将来、法の内容を心身障害者を含ましめるなら心身障害とすればよいと思います。身体だけを限るならば身体障害でよいと考えられるのでございます。不具、廃疾等の用語は、身体障害者という法律用語に統一していただきたいのでございます。また、無拠出年金に対する援護年金という名称も、障害年金と改めるべきであろうと考えられます。
 生活保護の適用を受けている者にも年金を同時に併給していただきたいと存じます。今日生活保護法の適用者は、敗戦による経済の困難な中において疾病等によって働き手を失った者あるいは身障のため職場を得られない者とか、子供をかかえた母子家庭がその多くの対象者と考えられます。生活保護法の算定は、数年前のそのままであり、その後の物価騰貴は逐年増加の傾向にあり、生活保護法によって最低生活の保障をすら脅かされている現状であります。国民年金制度が画期的な発足に当って、これら最も谷間にある人人にこそ適用されて意義大なるものを痛感いたします。
 右の理由によって年金を併給することを強く要望するものでございます。政府並びに自民党、社会党においても国民年金制度に対する関係者の期待におこたえ下さいまするよう強くお願いいたしまして、私の公述を終ります。
○委員長(久保等君) ありがとうございました。
  ―――――――――――――
○委員長(久保等君) 次に、藤沢市長の金子小一郎君にお願いいたします。
○公述人(金子小一郎君) 私、藤沢市長の金子小一郎でございます。お手元に御配付申し上げました要点に従いまして公述したいと思います。これは私は全国市長会を代表したつもりで申し上げたいと思うのであります。
 まず第一に、国民年金の制度の立て方について申し上げたいと思うのですが、御承知の通り、年金制度は無拠出制というのが一番よろしいことは、これは申すまでもございません。しかし、今の財政上から申しますれば、これもなかなか容易なことではありませんので、一応この拠出制ということにつきましては賛意を表するものであります。しかし、国民はかつての自民党の公約というものに対しまして、やはり無拠出ということを大体期待しての大きな賛成であります。かようなわけでありまするから、これを一挙に無拠出にするということは骨が折れるとは思いまするけれども、法の第四条にもありまするように、生活水準の問題であるとか、あるいは国の財政がとにもかくにも一年に六・五以上の伸びをするというふうな点、あるいは国民の経済力の伸展、こういうふうなものに従いまして五年ごとにこの計算をしてやるというふうな法文にのっとりまして、なるべく今申し上げたような趣意に沿ったような意味におきまするところの、今後の保険料にしましても、あるいは年金の増額にいたしましても、そういうふうな意味においてやっていただくことを希望するわけでございます。また御承知の通り地方団体ではある二部分におきましては、敬老年金というふうなことを、型ばかりでありまするけれども、各地方の団体がやっております。そういうふうなわけでありまするから、この問題につきましては、もちろん早期に実現することに対しましては全面的に賛成をするものでありまするけれども、ただ、今申し上げた通り、拠出の問題にいたしましても、期間が非常に長い、四十年というふうな期間ということを考えてみますというと、これは私どもに言わせればあまり長いのじゃないかというふうな感じさえ持つわけであります。こういうふうな点から見ますというと、先ほど申したような、第四条については特に今後考えていただきたいということを重ねて申し上げたいのであります。
 それからこの法案をちょっと拝見したのでありまするけれども、いわゆる年金の受給を最も必要とする階層の負担能力が低いという半面において、負担能力がある階層は年金の受給をほとんど要しない、こういうふうなことから申しますというと、やはり巷間、この制度が社会保障というよりも、むしろある意味からいうと社会保険の面が強いのじゃないかということさえいわれておるのでありますが、こういうふうな点につきましては、よほど将来に対しましてお考えを願いたい、かように申し上げたいのであります。
 さらに、この生活保護者に対するところの、いわゆる非適用者に対する問題でありまするけれども、これがこの年金に対しましてどうもあいまいな点があるように私ども考えざるを得ないのであります。ぜひともこれに対しては特別な処置をやはり講じていただきたい。また、いわゆるボーダー・ラインと申しましょうか、低所得者階級に対しましても、やはりこの点は特に周密なお考えをもちまして、この問題の制限の緩和と申しましょうか、これをぜひ考えていただきたい、かように思うのでございます。
 なお、本制度は長期にわたって国民の支出をしいるものでございます。従って、一たびこの法律によって国政の運用がされ出した以上は、途中においてこれをやめるということは絶対できないのであります。従って、今後のこの問題に対しましては、よほど広報宣伝ということをよくやって、徹底的に国民に周知させるということが必要でありまするので、特にこれは、いわゆる国民全体の共同連帯であるというふうなことに対しましては、特段の御尽力をお願いしたい、かように思うのであります。
 また、この制度を円滑にいたしますには、私に言わせれば、これは市町村長の熱意いかんに非常に大きな影響を持つんじゃないかというふうに私は考えております。何といっても、その被保険者の万般の事情というものは、市町村長が把握しておるわけであります。従って、この市町村長というものを上手に政府が使っていただかなければ、この問題の実際の運用ということになってきますれば、これはむずかしいんじゃないかというふうに思うのであります。従って、市町村長に対しまして、福祉国家としての最終であり、最大のこの重大なる仕事に対しましては自主的にやらせるというふうな、いわゆる意欲を発揮させるように私どもはやっていただくことをお願いしたい。従って、相当な権限を市町村長に与えまして、年金事務の執行に対しましては、積極的な熱意を発揮させるようにお願いすることを特に強調申し上げたいのであります。
 で、この事務の機構に対してでありますけれども、この年金の事務執行に対しては、もちろん第三条にあります通り、国の責任であることは事実でありまするが、あの第二項にありまするように、市町村長にもやらせることができるというふうな意味の言葉がございます。私どもはああいうふうなあいまいな言葉では、やや不満足を感ぜざるを得ないと同時に、果して私どもに対して大きな熱意を起させるものかどうかということに対しましても、同じくそういうふうな不満の意を申し上げたい、かように思うのでありまして、結局は私どもは、むしろ県そのものよりも、市町村長というものに対しましてのことに対して、よく御研究願いまして、中央機関が総括的に監督するというふうな立場に立っていただきたいということを強調申し上げたいのであります。私どもは、この法案に見るように、二重監督の弊を避けたいということを今申し上げたのでありますけれども、経費のやはり合理化をはかるというふうな点から申しましても、同じくその感を深くせざるを得ないのであります。
 そうしてこの運営の問題でありますけれども、たとえば御承知のように、昭和二十九年の末に、赤字財政の克服のための臨時措置法ができました。あれによって全国の市町村長は非常に大きな決意を持ちまして納税と徴税ということに対する最大の努力を払ったのであります。で、今までは大体前年度税金並びに滞納税金を合わせまして、その当時までは八三%くらいまでが全国平均の徴収率であったところが、非常に大きな熱意をかけたので、今日では少なくとも九〇%というところの平均徴収率を持っておりますことは、市の熱意というものの大きな現われであることを思いますときに、従って、市の納税組合長というふうなものを極度に活用するということが必要ではないかと、かように思うのであります。従って、この法案にあるように、単なるスタンプ式でもってやろうというような安易なお考えでありましたならば、この徴収成績が果して上がるかどうか、所期のような八五%というふうな数字に上るかどうかということを私は疑念を持ち、杞憂する一人であります。かような意味におきまして、この問題に対しましては、よくお考えを願いたいと思います。また年金の給付等に対しましても、市町村長は、先ほど申した通り住民の生活内容その他について非常に詳しいのであります。年金制度の精神に即しました適当な支給方途がとられるようにお考えを願いたい。事務の執行の困難性は非常なものだと私は思います。これほどの重大な仕事というものは、先ほど申した通り、もう福祉国家では最終のものであり、最大のものであります。従って、官民がほんとうに一致しなければ、所期の目的を達成するということは、これは容易じゃない。この点は国会議員の先生方におかれましても、ほんとうに大きなお考えをもって、重大決意をもって、周到なる用意をもっての立法並びにこれから生ずるところの政令、施行令等につきましても、相当な御用意をお願いいたしたいのであります。
 かようなわけで、私どもはこの年金制度を実行するに伴いまして、拠出金による年金積立金が蓄積されると思いまするけれども、これは私ども、少なくとも数十年にわたるところの大きな蓄積でございまするから、この運用につきましては、少なくとも相当お考え願いまして、地方公共団体に対しまするところの融資をこの面においてやっていただくことができまするならば、これはいわゆる一石二鳥の大きな効果を発するんじゃないかというふうに思われますので、私どもはその点については、特段なるお考えをもちまして、ただ単に大蔵省の資金運用部資金としてばかりでなしに、この問題に対しましては、特に大きな大乗的な考えをもって、この運用につきまして、市町村に対しまして融資をはかっていただきたいということを申し上げたいのであります。
 次に、市町村におきまするところの事務の執行とか運営に要するところの経費あるいは初度調弁的な経費というような問題でありますけれども、私は今まで、いわゆる全額国家が持つといった補助金等におきましても、多くの不満な点があるのであります。これは市長会として不満を申し上げる。私は、自分が公述人に御指名を受けましたときに、直ちに部課長に対しまして、先ほど申した通り、従来全額国が負担すべき仕事におきまして、果して全額よこしたかどうか調べてもらいたいというふうなことを申したのであります。最近の例だけ申しましても、たとえば衆議院議員の選挙費用であるとか、あるいは商業統計の調査であるとか、あるいは事業所の統計調査あるいは農業のセンサスであるとか、あるいは参議院議員の選挙の費用であるとかいうものは、全額よこすということは言っておりましても、全額全然来ておらない、結局、市の一般財源から、少なくとも二〇%から大きいのは四六・七%まで市の一般財源からこれを負担しておるのであります。こういうふうな点を考えてみますというと、この費用の交付の点につきましては、よほど考えていただきたい。つまり言いかえれば、自主的に熱意をもってやらせるというふうな意味におきましても、この問題の執行をきわめてスムーズに行わせるという意味におきましても、市町村長に対しまするところのお考えを、今までのような大蔵省のお考えでないことを一つ特に私は強調をいたしたいのであります。たとえば、あの八十五条、六条というふうなものを見ましても、八十五条の第三項におきましては「国庫は、毎年度、予算の範囲内で、国民年金事業の事務の執行に要する費用を負担する。」と書いてある。ところが、八十六条において「政府は、政令の定めるところにより、市町村に対し、市町村長がこの法律又はこの法律に基づく命令の規定によって行う事務の処理に必要な費用を交付する。」と書いてある。「交付」と「負担」というものは、そこに大きな違いがある。負担ということになれば、当然だというふうな、非常に大きな義務的な意味がありますけれども、交付ということになってくると、お前にやるぞというふうな意味になる、こういうふうな考えであるかどうかわかりませんけれども、少なくとも従前のような考えでなくやっていただくことを、特に私はこの際強調申し上げたいのであります。かようなわけで、私どもは財政の負担というものに対しましては、特段のお骨折りを願いたい。市町村長は、先ほど申した通り、喜んでこのことに協力さしていただくような機構にしていただく。並びにその交付金に対しましても、特段のお骨折りを願いたい、かような意味におきまして、私どもは、たとえば経費に対しましては、ときには追加交付ができるような適当な措置法も講じていただくことをお願いしたいのであります。
 最後に、重ねて申しまするが、先ほど申した通り、この問題こそ福祉国家として最終最大の事業でございます。まことに世界に誇るべきところの仕事でございます。従いまして、私どもは、この法案がなるべく早く成立いたしまして、国民をして双手をあげて賛成をさせるようにお願い申し上げて、全国市長会を代表して一言公述をしたわけでございます。
○委員長(久保等君) ありがとうございました。
○委員長(久保等君) 次に、朝日新聞論説委員江幡清君にお願いいたします。
○公述人(江幡清君) 政府案につきまして簡単に私の感じておることを申し上げたいと思います。
 政府案は現在の財政状態あるいは今の厚生年金その他恩給などの公的年金がいろいろ併立しておる現状、そういうものの関係でここをよく考えて、そのワクの中で作った非常によい案だと思います。いろいろな方面の意見を取り入れて、なるべく無理をしないように作ってある、そういう点で非常にすぐれた案だと思いまするが、ただ二、三疑問の点がございますので、その点を申し上げてみたいと思います。
 第一に、年金の構造でありますが、これは政府案によりますると、拠出年金が主体でございまして、無拠出年金が経過的、補完的という地位に置かれております。この考え方が果していいのかどうか、実は私いいと断言できる自信はございません。あるいは社会保障制度審議会が答申しましたように、無拠出年金と、拠出年金を構造的に細み合せた方が将来の年金制度を考える場合にはよろしいのではなかろうか、そういうふうな感じを持っております。しかし、この点は私断言できる自信を持っていませんが、なぜそういうことを考えるかと申しますると、たとえば拠出年金を考えてみましても、政府案によって対象となる人口が三千何百万かあると思いますが、実際に拠出可能者はその七割であります。約三制の八百万人以上が拠出不可能というふうに考えられている。七割の拠出可能者の中で実際に徴収できるものが約八割五分であります。そういたしますると、七割と八割五分を掛けますると、六割足らずしか年金対象者の中から保険料を徴収できないということになる。そうすると、残りの四割は結局、無拠出年金の方に回るわけであります。もちろんこの計算は大ざっぱでありまして、二十五年のうち十年間免除という規定がございまするから、四割が全部拠出できない、あるいは拠出年金をもらえないというわけではありませんが、四割から三割に近い人たちはやはり無拠出年金の方にいかざるを得ないだろうと思う。そういうふうな制度であって、しかもなお、拠出年金が主体であるということが理論的にもあるいは感情的にも言い得るかどうか。同時にまた、いま一ぺん考えますると、拠出年金でありますると四十年で三千五百円もらえます。無拠出年金でありますると、老齢の場合千円、これは国旗負担で全額出るわけです。無拠出年金の三千五百円は、保険料の半分の国庫負担がありまするから、おそらく給付時に引き直しますると三分の一の国庫負担、つまり三千五百円の三分の一の千二百円程度の国庫負担があるかと思います。ということは、保険料の徴収し得る割合に高額の所得者に国庫負担が厚くて、保険料を徴収できないボーダー・ライン層、三割ないし四割の人に国庫負担が薄いという結果になる。この計算はあるいは間違っているかもしれませんが、そういう感じを禁じ得ないのであります。
 それからさらに将来の問題を考えますると、おそらく今後十年後というものを考えた場合に、現在の拠出年金が果して今のままの形で進むかどうか、あるいは無拠出年金が老齢、かりに千円という保険料で済むかどうか、これは非常に疑問だと思います。なぜならば、拠出年金の方は二十五年で約二千円、四十年で三千五百円になります。つまり二十五年間かけなければ二千円の金がもらえない。ところが、あと十年後というものを、かりに、これは非常に大ざっぱな推定でありまするが、社会情勢を考えた場合、おそらく国民はそういう年金に満足しないだろうと思う。早い話が恩給は現在あります、あるいは共済年金もできる、それから厚生年金もあと十年たてば実際に相当年金の受給者はふえる、そういう中で、この国民年金の被保険者だけがさらに十五年間かけなければ二千円の保険年金をもらえないということに満足するかどうか。やはりそうなりますると、今後十年を考えた場合にあと十五年間待てない、すぐに出しなさい、そういうふうな希望がどうせ出るに違いない。なお一般の被用者その他は厚生年金、共済年金、恩給、そういうものでみんなもらっているわけであります。そうすると、それ以外の国民だけがあと十五年なり二十年なり辛抱しなければならないというようなことは、社会情勢から考えまして不公平だという感じが起るのです。そういたしますと、おそらく拠出年金の方もやはり手直しいたしまして、現在の二十五年というものを十年後には出すとか十五年で出すとか、そういうふうな形がおそらく被保険者の力の政治的圧力によって起ってくると思います。そうすると、そのときは仕方がありませんから、場合によっては今の保険料を増額するか、あるいは完全積立方式をこわすか、あるいは一部賦課制度を入れるか、何らかの形によって保険の財政を組み立てなければならない。おそらく完全積立方式を取ることは困難でありましょう。結局、賦課制度を入れてこも、そういうときにはほうっておかないだろうというようなことを申しますけれども、なかなかこれはそううまくいくかどうか問題があるわけです。この点はやはりもっと厳格に規定した方がよろしいのじゃなかろうか。
 第二に、四条の二項の保険料の財政の均衡でありますが、私はあまり完全積立方式をとる必要はないと思います。それからいま一つは、この完全積立方式は大体あまり遠くない将来にこわれまして、結局、賦課方式というものをこれに併用せざるを得ない、そういうふうに考えております。
 第三に、この政府案中で、これはたびたび問題になることでありますが、例の厚生年金とか、その他の公的年金に入っております加入者の妻でありますが、これは任意加入になっているわけであります。で、おそらく任意加入にしたのには、いろいろな事情があると思います。また、その方が実際にやりやすいということもございましょう。ただ実際問題として考えますると、現在の厚生年金でも多分脱退者の率は、特に男子の場合で五割五分ぐらいだろうと思います。二十年かけて、つまり年金をもらえるのはとにかく五割ちょっとしかない。そういたしますると、その四割五、六分という厚生年金の加入者の妻というのは、結局、何らの年金ももらえないわけです。本人は脱退手当金をもらえますけれども、妻は死んだ場合に何の年金ももらえない。これはやはり問題のあるところでございまして、やはりこの厚生年金なりその他の共済的な年金に加入している加入者の妻に対しましても、何らかの措置が必要ではなかろうか、もちろんこれは国民年金によるのがいいか、あるいは厚生年金の方に妻を加入させる方がいいか、いろいろ問題がありましょう。ありましょうが、これをやはり早急に考えておく必要があるように思われます。
 それとその他拠出年金の財政問題につきましては、いろいろ問題があろうと思いますが、それは省きまして一点だけ申し上げてみたいと思うのでありますが、実は国民年金に対する一般の関心は、私は盛り上っているというふうに思っておりますが、必ずしも高まっていない、そういうふうに思います。たとえば昨年の選挙におきまして、いろいろ本年から年金を出すのだというふうなことで、選挙に有利だと、これは有利でありましょう。それからまた軍人恩給とか、そういう問題に関連いたしまして、国民年金を作れという声が多いことも事実です。また、いろいろな世論調査をやりますると、社会保障制度を早く充実しろという声が大体三割五分から四割出ておる。そういう意味で、社会保障制度というものが非常に一般の国民に期待されておることは事実であります。事実ではありますが、それじゃ非常に盛り上っておるかというふうに見ますると、どうもあまり盛り上っておるといいまするか、関心といいまするか、まだまだ上っつらのような感じがいたします。たとえば、私も先日でありますが、どこかある地方の府県のロータリー・クラブヘちょっと用事があって寄ったときに、年金の話を五分ほどさせられたのでありますが、大体地方の熱心な財界人の間では、老後のために自分がふだんから準備しておくのが当りまえであって、国から金をもらおうというのは、それは本人の心がけが悪いのだ、そういうふうな考えというものは、これは地方の財界人にはかなり多い。二年ほど前にもそういう経験をしたことがありまするが、最近でもまだまだ多いのです。それからまた、いろいろな文書に現われまするところを見ましても、たとえば国民年金の問題は、一般の新聞とか、あるいは社会保障関係の雑誌にはしょつちゆう出ます。しかし、それ以外の雑誌、たとえば評論雑誌にはこの一年間一回も出ておりません。今五十何種類かの週刊雑誌がありますが、あの週刊誌の中でこの一年間に国民年金問題を扱ったものはおそらく一回か二回でしょう。私はほとんど記憶しておりません。これはつまりそういうふうな雑誌とか、あるいは週刊誌とか、そういうものの編集者というものが、いわば年金問題に関心が浅いということもありましょう。しかし、編集者というものは、大体やはりその読者の反響というものをよく考えるのです。読者の方の反響というものが国民年金になって雑誌の編集上に現われてこない、そういう問題があるのじゃなかろうか。もちろん厚生年金などにいたしましても、これは実際に入っておる一般のサラリーマン、あるいは労働者にも大して関心が大きいとは言われませんが、これはしかし、あと何年かして実際に年金をもらう人が出てくれば関心が強まるかもしれない。しかし、この拠出年金の方はとにかくあと二十何年か、三十年近くたたないと、母子とか障害者を除きましてはもらえない。そうしますと、これはなかなかむずかしい仕事です。でありまするから、やはりこの国民年金制度というものがいかなるものであるかということを、もう少し、これは私どもも努力いたしまするけれども、政府その他におきましても、あるいは国会におかれましても、一般の国民に知らせることが必要ではあるまいか、そういうことを痛感するわけであります。
 ちょっと長くなりますが、この辺で私の公述を終ります。
○委員長(久保等君) ありがとうございました。
  ―――――――――――――
○委員長(久保等君) 次に、国家公務員共済組合員代表協議会専門委員堀江信二郎君にお願いいたします。
○公述人(堀江信二郎君) 私は国民年金に対する労働者側の意見を申し上げるわけであります。
 国民年金が日本の人民大衆に非常に大きな期待を持たれた中で目下審議されております。このような中でまず一日も早くみなが期待できる制度を作るということ、これはもちろんきわめて重要なことであります。しかし、それ以上に重要なことがございます。それはこの制度が国民、すなわち労働者、人民大衆の生活にどのような影響を持つか、さらに日本の政治、経済、社会にどういった影響を持つものかどうか、これをあらゆる角度から明確にしてやるということがこれが何にも増して重要だと思います。と申しますのは、今の国会に政府が提出されておる年金関係の法案は、国民年金法だけではなくて、一千万余の一般産業労働者の厚生年金保険、これが出ておる。次に船員労働者の年金である船員保険の改正が出ておる。さらに明治八年以来の恩給法適用を取りやめるというところの公務員の共済組合の年金が出ております。さらに零細企業労働者の退職、老齢を対象にする中小企業退職共済が出ておる。実に数え上げてみるならば、五つの年金関係法案が目下出されておるわけであります。ところが、新聞あたりを見まするというと、国民年金法だけはきわめてこれは重要な法案だと、こういった扱われ方をしております。そうしてしかも、その他の四つの年金関係法案はきわめて軽い意味しかないもののごとく扱われておるようであります。しかし、この五つの法案を御検討願えれば、四つの年金法案が決して軽い意味のものではないということ、これはやはりきわめて重要な意味を持っておる。しかも、これは五つの年金法案が別々なものではなくて、これは国民年金とともにきわめて重要な密接な関係を持って出されておると、こういうことが明らかであります。まあ言ってみるならば、目下政府が国会に五つの年金法案を出されておる。これをわきから見まするというと、まず日本の歴史上かつてないほどの幅広さで、かつてないほどの情熱を傾けて年金政策を打ち出しておられると、こう言っても過言ではないと思います。さらにこれに加えて社会党も自分の国民年金法案を提出していられる。従って、私は国民年金その他の法案をそれぞれ個々に審議する前に、やはり五つの年金関係法案、それを持ち出された政府のいわゆる年金政策のものの中にある問題点と特徴、そうしてすなわち、その焦点となるべきものをはっきりこれを明らかにしてやるということ、これは何よりも重要なことじゃないかと思うわけであります。そこで、このような意味におきまして、私は政府のこの年金政策の中から、これの貫いているところの問題点を幾つかあげまして、国民年金に対する意見としたいと思うわけであります。
 まず第一の問題は、政府の年金政策は五つの年金法によって資金運用部資金をきわめて強力なものにするということを非常に大きな目標にしていられる。すなわち、まずこの国民年金法は十年後には五千五百四十四億の積み立てができます。二十年後には一兆三千五百七十億の積立金ができます。ところが、この七割から八割は資金運用部資金の資金計画ですね、それによって運用されるということが大体衆議院の討議の中で明らかにされておるようであります。
 次に、厚生年金法でありまするが、厚生年金は昭和三十二年末で二千二百十七億円資金運用部資金に持ち込んでおる。一カ年約三百九十億円のこれは積み立てをやっております。ところが、今度の改正ではこれが実現するならば、この三百九十億の積立金がほぼ二倍になるのじゃないか、こういった予想もされております。まあこれはきわめて資金運用部資金を強化する一つの方法になっておる。
 次に、船員保険しかり。さらにまた、明治以来の恩給をやめるという公務員共済はどうかと申しますならば、今度の改正によりまするというと、非現業公務員と地方警察の恩給適用者約七十五万を共済組合の年金に切りかえます。そういたしますというと、これは恩給納金が百分の二でありまするが、ほぼこれの二倍以上の掛金を毎月やらなくちゃならなくなります、そういたしますというと、これは非現業公務員関係だけでも、しかし、年約百五十億前後、こういった積立金ができていくわけであります。これは十年、二十年後におけるこの積立金は、やはりこれも巨額なものになる。しかも、これは、資金運用部資金に直結する、それでその率は幾分今低目に出しておりまするが、やはり中心は資金運用部資金に直結するというものになっておるわけであります。
 それから次の中小企業共済、これは御承知のように、一人月額二百円から千円を積み立てる。ところが、これはどれだけの額になるかということはもちろん明らかにされておりませんが、これは一部は資金運用部資金に直結する。そしてその他は、いわゆる活用場所として資金運用部資金政策による政策の実施機関、たとえば商工中金だとか、そういった機関に持ち込まれているわけであります。
 以上申しましたように、目下出されておる五つの年金関係法案というのは、積み立ての額と、それからそれをもっていこうとしているところを大まかに見てみますと、以上のような状況になっておる。昭和三十二年十二月末現在で資金運用部資金は一兆二千三百八十一億円、ところがこの一兆二千三百八十一億円は、今政府が出されておる年金関係法案がこのまま通りますというと、十年後にはほぼ二倍以上には必ずなるのじゃないか、こういうことが一応予想されるわけであります。
 この点を一つ申し上げますというと、おそらく資金運用部資金に、それだけ金が積まれていくということは実にけっこうなことじゃないか、こういうことをおっしゃる方がかなりあるわけであります。資金運用部資金というのは、御承知のように、財政投融資政策の中心になって、重要産業に資金を提供する。中小企業にも資金を提供している。さらに、公共事業、社会事業までもこれを実施しているじゃないか。だから、日本の産業強化や公共の利益をはかっているじゃないか。従って、これに強力な資金を積み立てるのはきわめてけっこうじゃないか、こういうことをおっしゃる力がかなり多いようであります。
 しかし、ここ数年来の資金運用部資金の政策、それから財政投融資政策というものをちょっと検討していただきますならば、決してそのような軽い気持で見過ごしてはならないということがはっきりしてくると思います。
 まず、資金運用部資金というものが、どういうものによってできているか。これは大体御承知だろうと思いまするが、郵便貯金、振替貯金、こういったものは七千百九十億円、これは三十二年末現在の額です。それから、簡易保険や郵便年金の額が千三百十六億、厚生年金が二千二百十七億、その他預託金千五百四十億、この千五百四十億という中には、失業保険の積立金、あるいは日雇保険なり労災の余裕金、社会保険のすべての積立金、余裕金がみなここにぶち込まれておる。そうして、一兆二千三百八十一億円というものを構成している。
 ところが、この資金運用部資金は、ずっと今あげただけを皆さんが検討してもおわかりのように、とにかく労働者、人民大衆の実に零細な金を集めた場所が資金運用部資金だ、こう理解していいと思います。資金運用部資金とはそういう性格のものだ。
 ところが、その資金運用部資金はどこへどういう形で使われておるか。これは一々こまかく申し上げる余裕はありませんが、とにかけ重要産業に提供している。なるほど重要産業として電源開発に対して二十六年から三十二年までに八百十一億、資金運用部資金から金を持っていっている。それから、金融債に対して千百七十九億金をやっている。ところが、重要産業にこれだけの資金を提供しているのだから、これはみな労働者なり人民大衆の利益にはね返っているじゃないかと、こうおっしゃるかもしれませんが、これは決してそうじゃありません。電源開発の、さらにまた、それで作られた電力をどういう単価でもって大企業、中小企業、労働者なり人民大衆に売っているかを比較してみまするならば、決して公共の利益、この資金を提供した労働者大衆の利益にはなっていない。そうしてきわめて独占資本の大きな利潤を、この政策の中で約束しているということがはっきり出てくるわけでありす。それではその他のじゃあ社会事業といわれている住宅金融、さらにまた住宅公団、住宅金融公庫には七百七十九億いっている。それから、住宅公団には百十一億いっている。こういうところを通して、これはやはり労働者住宅、勤労大衆の住宅問題を解決しているじゃないか、こういうかもしれぬ。ところが、住宅公団にしろ、住宅金融公庫の住宅にいたしましても、労働者やその他の人民大衆が入れるような住宅政策の内容にはなっていないはずです。これはやはりある特定の層以外にはこれはなかなか利用できないものになっている。ここからいっても、これは決して金を出している人たちの利益に還元されているということは決していえない。また勤労者厚生に二百四十四億使っている。これは衆議院の委員会でもかなり問題になりました。ところが、勤労者厚生に二百四十四億使っているといいましても、これはやはり日本の大企業の労務管理政策、大企業のそういう政策にこれが重点的に流れております。決してこの資金を積み立てている労働者大衆を中心にしたものにはなっていない。こういったことがここにもいえる。
 さらにまた、中小企業に資金を提供しているじゃないか、こう申しましても、これをやはり内訳を見れば、決してこれは中小企業の利益を中心としたものにはなっていないわけであります。
 以上申しましたように、資金運用部資金政策というものにもきわめて大きな問題があるはずだ。さらにそういう問題のあるところに社会保険の積立金を皆持ち込んでいるということ、これはまたきわめて重要なる問題であります。従って現在、年金、今度の国会が始まる前、終戦直後からの問題でありまするが、日本においてはとにかく社会保険の積立金、その他また一般大衆の零細な金というものを、こういう資金運用部資金、現在のような政策をやっている資金運用部資金の中に持っていってはならないということがはっきりしておったわけであります。そうして従って、そういうようなものを何とかして切断しなくちゃならぬというのが、やはりこれは日本における最大の問題でなかったかと思うわけで、ところが、今度の政府のやっておられる年金政策を見まするというと、そういうものを断ち切ると、第二次大戦以降の問題になっているそういうことをやるということではなくて、むしろそこに今までつないでいなかった労働者大衆の積立金をより多くそこへつないでいこうというような政策になっているわけであります。
 そこで先ほどから、参考人の方々がるる関係団体の年金に対する要望を述べておられます。すなわち、この金額は幾らにしてほしい、とにかくそれがこういう身体障害者に対しては幾らにしてほしい、こういったような要望が下に非常に強いわけであります。しかし、そういった金額を幾らにするか、一万円にするか二万円にするかというようなこと、こういったような問題を論ずる場合、やはり基本になる資金運用部資金に持っていくといったような、こういった金融的機能、要するに社会保険の中で金融的機能を現在のような形にさしておく、これをこのまま放任しておいて、年金の金額を幾らにするかといったようなことを論じても決してこれは結論が出てこない、こう思うわけであります。従って私は給付の金額、そういったようなあらゆる問題を論ずる前には、やはり何といっても第一は、今現在すでに実施してきておられてるところの年金による資金運用部資金、財政投融資政策、これをきわめて詳細に、果してこれが労働者なり人民大衆のほんとうの利益になるようにやられているかどうかということをまずはっきりさしていただきたい、こう思うわけであります。
 それから第二の問題といたしましては、今申しましたような政府の年金政策というものが、労働者の権利、さらにまた人民の権利、こういったものをきわめて強く否定しておられる。こういったものをやはり一つ含んでおるわけであります。こういった労働者の権利、人民の基本的人権を抑圧していこという、こういうやり方は、やはりこの国際常識、国際労働条約の精神、こういったものから見ますというと、きわめて問題な方向なわけであります。それで、この国民年金を求めている国民大衆の気持は、非常に強いものがあると思います。けれども、国民大衆が求めている国民年金というものは、社会保障としての国民年金だろうと思います。社会保障という思想の根底をなすものは、やはり人民の基本的人権、労働者の基本的な権利、こういったようなものを尊重するという基礎の上に立たなかったら、社会保障と名づけるような制度には決してならない。ところが、今度政府が出されている五つの年金法というものは、まず積立金を資金運用部に直結する。それをやるために、労働者の社会保険に対する基本的な権利をきわめて強く制限してきておる。さらにまた、国民年金そのものの中でもおわかりのように、これは人民大衆の基本的人権を尊重するような仕組みには決してなっていないと思います。まず、そういったことが、私は今、この政策の中ではっきり問題にしなければならぬのじゃないかと思います。それで、従来の日本のすべての社会保険、社会保障と称する制度には、今申しました労働者の社会保障に対する基本的な権利、それから人民の基本的人権を尊重するということが、最も欠けておった。これは、日本の社会保険、社会保障を通じての最も大きな問題点であり、特徴であります。
 それでは、この労働者の権利、人民の基本的人権をどういう形で社会保険、社会保障の中に現わすのか。これを一番よく理解する場所というものは、その社会保険なり社会保障なりというものが、どういう形で管理され、運営されているか、これの管理運営の仕組みをごらんになれば、一番はっきりしてくると思います。それで、管理運営の仕組みというものは、単にこれは、日本のみにおける労働者の考えていることではなくて、昭和二年の国際労働条約第二十九号、昭和八年の国際労働条約第三十五号、同じく四十三号、さらに昭和十九年の第六十七号、これは所得保障に関する勧告でありますが、さらに昭和二十年の国際連合憲章の前文、こういったものをごらんになっていただくならば、社会保険、社会保障というものが、その管理なり運営なりの場において、労働者なり人民大衆が、どういった権利義務を持たなくちゃならないかということが、はっきりここでもって国際的に確立されているわけであります。その内容を一々ここで申し上げる余裕もありませんが、ともかくそういった、日本の社会保険、社会保障に最も欠けていたところを今度の年金政策というものは、さらにそれを大きく抑圧してきている。公務員の恩給をやめ、共済年金にするという中におきましても、これは昭和二十四年に与えてある公務員の社会保険に対する権利というものを非常に大きく抑圧してきている。また、中小企業共済にしても、そういったものはほとんどそこには見当りません。すなわち、今のそういう内容を見てみますると、政府が出しておられるのは、ほんとうの意味の社会保障的方向ではなくて、社会保障を名としているが、むしろそれは逆なことをやろうとしている、社会保障的な方向と逆なことをやろうとしている、こういう工合に言えるんじゃないか。だから、国民年金なり、労働者の年金が、何才になったから幾らやればいいという問題では決してなくて、それはやはり、今申しましたように、制度そのものが実際に社会的、経済的、政治的な観点から、どれほど労働者及び人民の老後の生活を保障するようなものになっているか、そういう機能を持っているか、こういうところが最も重要なポイントだろうと思うわけであります。ところが、これは遺憾ながら、今の政府の年金政策の中には、そういった問題を持つものがきわめて多いのです。ぜひこれは徹底的に、そういう危険のないものにしていただかなければならない。
 次は第三の問題点でありますが、第三は、今申しましたような政府の年金政策というものが、日本の特権官僚層の権力を新しい形で非常に強めるという方向を目ざしている。これをはっきり皆さんの方では検討していただく必要があるのじゃないか。なぜかと申しますと、この一兆三千億ほどの資金運用部資金というものが、これは一体どういう形で握られて、どういうやり方で運営されているか、これを見てみますと、まず総理大臣の諮問機関、付属機関としての資金運用部資金運用審議会というものができております。ところが、これはまず総理大臣、大蔵大臣、郵政大臣、それから委員として、自治庁次長、大蔵事務次官、厚生事務次官、郵政事務次官――政務次官ではなくて、事務次官であります――それから経済企画庁次長、それから学識経験者五人、これを含めた資金運用部資金運用審議会というものがあって、大蔵大臣がまずこれに諮って、とにかく一兆三千億の資金をどう使うか、どう集めるか、こういったようなことをここで決定している。まず一兆三千億の資金そのものも、これは問題であります。しかし、一兆三千億のこの資金が、どこに、どういう形で流れていっているか、そうして、それがどう活動しているか、こういうところを見ていただきますならば、この一兆三千億を握る力というもの、これは、現在、日本においては莫大な力のはずであります。資金運用部資金の持つ金融経済に対する影響力、支配力、これはきわめて強大なものであるということは、おそらく皆さんもおわかりだろうと思います。ところが、これは、今申しましたように、きわめて少数のいわゆる特権官僚の掌中に握られているということ、それから、資金運用部資金の非常に数多くの実施機関があります。この数多くの実施機関の中には、どういった人たちがその中心に送り込まれていっているか、これを一々見ていただきまするならば、いわゆる特権官僚層は、こういう資金運用部資金による実施機関の中心の中に、実に巧みにすべり込んでいるということがおわかりだろうと思います。
 この問題に関連して思い出しますことは、今度の国会の始まる前に、各省の間で、この年金の出し方について、激しい対立が行われております。たとえば、公務員の年金を出す場合の大蔵省と総理府のさや当て、それから、中小企業共済を出す際に当っての、労働省と通産省のさや当て、さらに地方公務員の年金に対する自治庁とその他とのさや当て、さらにまた、国民年金に対しての大蔵省と厚生省とのさや当て、こういった工合に、とにかく各省の上層部において、年金の出し方について、きわめて激しいやりとりが行われたということは、皆さんもおわかりだろうと思います。
 なぜこういったようなことが行われるかということ。これは決して単なるヘゲモニー争いじゃない、単にその制度そのものを十分にやっていくというヘゲモニー争いじゃない。やはり経済的な政治的な内容を持っておったはずであります。今、申しましたこの資金運用部資金の中に、特権官僚層というものが、非常に大きな新しい権力を握るようになってきたということ。やはりこれは、日本の政治、経済、社会のあり方を決定するくらいに重要な問題だと思います。これは、皆さんが、大東亜戦争の最後段階において、厚生年金保険というものを作ってきたいきさつが、きわめてこれは雄弁に物語っていると思う。それときわめて似通った感じをわれわれに与えるはずであります。従って、年金政策の場においては、どこの省がどういう形でこれは管理するということの問題じゃなくて、こういった日本の将来の政治経済に、非常に大きな影響をもたらすようなことが含まれているということをまず第三番目に一つ御留意願いたいと思います。
 以上あげましたところの、第一に、社会保障を名として独占資本に強力な長期資金を提供するという問題、それから、二番目といたしましては、年金政策の中から、労働者の基本的な権利、人民の基本的人権の抑圧をねらっているという問題、三番目に、国際労働条約精神をさらに大きく踏みにじっているというような問題、それから、四番目といたしましては、かつての戦争を指導したいわゆる天皇制絶対主義官僚、これが今新しい年金政策の中で新しい権力を強めようとしておるという問題、今こういった四つの問題をあげてみましても、これは決して労働者のみの問題ではなくて、日本のすべての国民にとってのきわめて重要な問題であろうと思います。従いまして、私は今申し上げましたような四つの問題点を、年金政策全般について討議願いまして、そういった危険が完全に排除される、それまでは絶対に国民年金その他の五つの年金関係法案を、国会を上げてはならないのじゃないか、これは徹底的にそういった危険のなくなるまで、一つ国会で御審議願うことが必要じゃないか、こう思っておるわけであります。
 きわめて基本的なことだけを申し上げましたが、労働組合側の意見といたしましては、一応以上のようになっております。終ります。
○委員長(久保等君) ありがとうございました。
○委員長(久保等君) 御質疑を願います。
○坂本昭君 大へん各位からよい御意見を聞かしていただきまして、ありがとうございます。
 まず、藤沢の市長さんと、それから朝日の江幡さんが同じように、無拠出年金、無拠出制ということについて、非常に強い支持の言葉をあげられたことを、私は非常に愉快に思う次第でございます。実際にヨーロッパ、たとえば北ヨーロッパでもデンマークなどでは、完全に無拠出に、終始苦しい中を通りながら無拠出一点張りでがんばっているという例も実際あるのです。そういう点で、非常に、お二方が無拠出制を主張せられたことを非常に興味を持って感じましたが、その辺いろいろお尋ねしていますと長くなりますから。
 まず、金子市長さんには、市町村長の自主性と意欲を高めるように一つ運営してもらいたいというお言葉があったのですが、この自主性と意欲を高めるということの具体的な内容を、どういうふうにすれば市町村長さんが積極的に年金法というものを支持できるか、その具体的な御意見を一つ聞かしていただきたいと思います。
○公述人(金子小一郎君) お答えいたします。この自主的という意味は、御承知の通り、一つの例を申しますというと、国民健康保険のようなものが今までやっております、現在もやっております。こういうふうなものに対しましては、市として全力を実はあげておるのであります。ところが、この法案を見ましても、先ほど申した通り、第三条のしまいの方に、市町村にやらせることができるということが書いてある、こういうふうな言葉によりますというと、やらせる場合には、やらせてもいいのじゃないかというふうな、非常に原則的な言葉になりまするが、法文があるわけです。こういうふうなことでありますというと、果して一体どこまで一生懸命やっていいかどうか、たとえば、先ほど申し上げた通り、市町村長というものは被保険者のあらゆる状態、条件を知っておるはずです。この問題に対して、おそらく、かりに市町村がやらなかった、この問題にはノータッチという場合ならば、おそらく出張所のようなものを厚生省では作られるのではないかと思うのです。しかながら、今譲った通り、資料にしましてもデータ、すべてを市町村に必ずその提出を要求する、いたずらに、そういうふうな場合におきましては、市町村はその本命、あるいは詳しいいろいろな問題に対しましてお骨は折りますけれども、いわゆる下横みの立場に立たざるを得ない、こういうふうなことであっては、果して市町村としてほんとうに完全に協力ができるかどうかわからない。一体今言った通り、いたずらに、しかし相当な人件費も、相当な費用もかかるわけです。こういうふうなことに協力する上におきまして……。こういうふうなことを考えてみますと、まずやはり市町村がこの問題には全幅的の力を注ぐのだというところの機構にしていただきたい。あるいは先ほど申し上げた通り、交付金にいたしましても全額の交付金、今までのような交付税のような形でやっていただきたいという意味からいうと、ひとりでにこれが自主的になり得るということも考えられる、必然的に意欲というものもそこに燃えてくるわけであります。
 なお、先ほどいろいろお話もありましたが、たとえばこの積立金というようなものにいたしましても、これは大蔵省のいわゆる資金運用部の資金というふうなもののみに全部入れてしまうというようなことは、私ども反対である。やはり市町村としますれば、これに大きな協力をした以上は、これの運用につきましては、考えていただいて、相当程度の市町村の事業に使わせていただきたい、それがしかも社会事業的の仕事でありますならば、なおさらであると思います。こういうふうなことがすべて自主的にもなるし、意欲もかぎ立てるわけであります。そういうふうなわけでありまするから、私どもはその意味におきまして、二重監督というふうなもの、はっきり申しますれば、都道府県の力をあまり借りずに、あるいは指図を借りずに、直接政府の総括的の監督によってやるということによって、私どもは大きな力もわくわけであります。こういうふうな意味であります。
○坂本昭君 今の自主性の具体化という問題は、非常に私はまだ困難な問題があると思います。今こうして法案が提示されたところで、おそらく市町村長さんの皆様方、先ほどの江幡さんの言ではないが、なかなかPRはまだいっていない、ほんとうにまだみんな理解してない。こういうところで、拠出制が始まるまでに二年間ありますから、特にきょうはその具体的なことについては、市町村長さんにもっと徹底的に討議もしていただきたい。特に今の積立金の使用については、地方の七団体が十分使えるようにしてもらいたいという御意見はよく承わりましたが、たとえば簡易保険、郵便年金の積立金、これについては非常なトラブルがありながら、結局地方の意見がかなり郵政省を圧して、そうして郵政省が大蔵省を圧して、郵政大臣の責任の所管になった。そうして同時に、地方自治団体に対してかなりの、ほかのものと違って、ほかの財政投融資と違って、かなりな額がやられているという事実があるのです。
○公述人(金子小一郎君) その点よくわかっております。
○坂本昭君 こういうことについては、今後皆さんの御努力をお願いしますが、この点、厚生省いるからちょっと工合が悪いが、厚生省は聞かぬ顔して下さい。実は先ほど来いろいろなお話がありましたが、選挙の問題、いろいろな統計の調査について全額くれてない、今度の仕事は厚生省がやるのです。私は一番対比すべきものは国民健康保険だと思います。国民健康保険については、去年の暮れにわれわれも審議して、二五%、五分の調整交付金をつけて三五%の国庫負担というものがいきました。ところが、あれについてもなかなか交付にいろいろと問題がありまして、たとえば交付する場合に、担税能力を見る場合、一つの市の全体の担税能力の計算をして、実際は国保の対象の人の担税能力なんです。ところが、それがめんどうくさいかどうか知りませんが、厚生省ではその市全体の担税能力の計算を根拠として調整交付金などやつているわけです。ですから、かなりこれに泣いている市が私はあると思う。それらの、今までの厚生行政をやってきた実際の実績にかんがみて、厚生省が今度の国民年金をやったときに、あなた方は安心して厚生省についていけるか、厚生省を信頼するだけの気持を持っておられるか、これは私は地方行政の責任者として重大なことだと思います。ですから、何かこういう点で疑義があるというならば、率直におっしゃっていただきたいと思います。
○公述人(金子小一郎君) 今の御質問にお答えいたします。たとえば今の国保のことなんでありますが、これからははっきりと、たとえば二〇%の補助をするというふうなことですが、今まで私どもの方の市はいわゆる不交付団体、でありまするから、二割するとおっしゃっても、今までは一割六分ぐらいしか、一六%ぐらいしかいただいてないのです。しかも、事務費の費用にいたしましても、これは今、国から被保険者一人当りに対して九十五円いただいておりますが、実際は私どもの方では二百五十五円かかっております。差引勘定しますと百六十円の市の費用を持ち出しておるというようなことであります。国保というものの性質を考えてみますというと、これは市がやるべきことでもあるし、しかし実際からいけば、これは国家的仕事である、国家の委任であるというふうな感覚から申しましても、一人当り九十五円の事務費の補助に対しまして二百五十五円もかかっている。こういうふうな一つの例から申しまして、失礼でありますけれども、やや政府に対する不信の感をわれわれ多少抱かざるを得ぬ、こういうふうなことが自主的の意欲をそぐのじゃないか。
 なお重ねて申しますが、この広報宣伝につきましては、今も朝日新聞の論説の方が繰り返してお話申し上げたのですが、まだわかっておらない、関心がない、非常に低調であるということは、これは事実であります。これはよほど、私どももやりますけれども、特に政府におきましては、この問題に対しては真剣に一つ広報宣伝をしていただくことをお願いいたします。
○坂本昭君 大へんありがとうございます。
 それから一点、生活保護の問題について触れられましたが、参議院の予算の一番最後の日に、総理は七十才以上の老齢年金については、これは生活保護の加算として一千円程度を認めたいという言明をされたのです。これがおそらく将来の基準になると思うのですが、ただ総理の言明ですけれども、実際市町村の末端におられる方は、そういう加算ということで処理ができ得るか。私はむしろ生活保護法をこの際やはり改正しておくか、あるいはこの年金法の中で明確に改正することが皆さん方第一線の方には望ましいと思うのですが、その御意見を……。
○公述人(金子小一郎君) その通りでございます。私どもの方にしますると、生活保護というものと、今の加算の問題、さらにもう一つは、ボーダー・ラインの問題、この問題は非常な一つの苦悩を感じます。気の毒ではあるけれども、だめだということ、非常に気の毒であるけれども、政府からいただくところの金についての差ができてしまうということは、非常に気の毒な感じを持つわけです。従って、この事務の輻湊ということは確かに御指摘の通りであると思う。私は全面的に、先ほどそちらのお話もありましたが、よほどこれは関連性の多いところの問題であるし、さらに先ほど公的年金との通算の問題、これは将来の課題として法律に書いてありますけれども、こういうふうな大きな問題等に対しては、よほどやっていただかないというと、市町村にいたずらに大きな事務的の負担をかけるのじゃないか、かように思います。その点一つ、どうぞ。
○坂本昭君 次に、江幡さんにお伺いしたいのですが、江幡さんの、衆議院での予算についてのいろいろの御高説も、いろいろとお教えいただいて大へんありがたかったのですが、きょうは最初は、ほめておられるのかと内容を聞いていると、ほめておられているのだか、反対なのかわからないような、なかなか手きびしい御批判でございましたのですが、まず承わりたいことは、経済をやっておられる方は拠出がいやだという考えが非常に強い、そういうことだと自分の拠出もいやだったら、女房のための拠出もなおさらいやじゃないか。今回御承知の通り、奥さんは強制適用の対象外になっておりまするが、奥さんの問題、一体江幡さんはどうされますか。その点一つ、まずお伺いいたしたい。
○公述人(江幡清君) これも私個人のことになりますが、結局やはり今の国民年金は任意適用ですけれども、入らざるを得ないだろうと思います。これはやはり一家の主人としての妻に対する義務でありますから。つまり、危いことは危いかもしれないけれども、しかし、一応万全を期しておかなければならない。
○坂本昭君 この際、特に愛妻家であるというその証明を作るためにも、やはりその程度のことはせざるを得ない。ただ、これは厚生省は大体三分の一ぐらいが加入するだろうという見通しですが、あちらこちらの意見を聞きますと、いやそれはもう女房のために積極的に出しますという人もかなりあるのですね。むしろきょうは江幡さんのように、拠出についてはきわめて反対の気持が強いと、そういうふうなことを言われた方だから、多分女房のことなど私はかまってやれませんと言われるかもしれないと思ったのですが、案外そうでないので、少し意外でございましたが。
 次に、先ほども伺っておりまして、非常に示唆を受けたのは、やはり新聞人として、政治経済の変化ということについて非常なお考えを持っておられる。そうして、特にやはり変化というものが十年ぐらいでくるだろうという御意見で、これは非常に私は示唆を受けましたが、十年と申しますと拠出も始まったばかりで、その始まった人たちはまだ給付を受けていない。ところが、一方ではどんどんと積立金を積み立てていく時期、大体十五年ぐらいしますと、たしか一兆に近くなって参ります。しかも、その間には給付が始まっていない。私はそこで、あなたの言われる十年ほどのめどで見ていくと、何か積立金並びにこの年金制度そのものが、強制貯金という性格が非常に強くなっていくと思う。そうしてある面では、数学的には非常にこの年金制度の保険主義というものはうまくできているが、実際に所得保障の実をあげ得るかどうか、先ほどは積立金のことについてあまり触れられなかったものですから、一応その十年、昭和四十六年ごろの日本の社会情勢あるいは国際情勢を見て、その間に積立金をこれだけ積み立てていく、しかも給付は始まつていない。そこで、そういう点を考えられて、一体このやり方で果していいのかどうか、先ほど結局賦課方式に変わっていくであろう、私は場合によれば賦課方式に変わる方が早いのじゃないかと思うのです。たとえばイギリスの一九四二年にできたビヴァリッジ案が、今日ではビヴァリツジの時期は過ぎた、そういう批判がかなり出ている。私はそういう過去の世界の進み方を見まして、特に江幡さんにはそういう事実から見て、果してこれでいいのかどうか、その辺の御意見がなかったものですから、伺いたいと思います。
○公述人(江幡清君) 結局私は、大体拠出年金の完全積立方式に反対なんでありますが、これは一つはやはりインフレに対する弾力性を持たないということが一つです。それと年金の制度として考えた場合に、まあ国際情勢のお話がございましたが、それは全然別にいたしまして、日本の社会とか政治というものを考えた場合に、相当一般の国民大衆の意識といいまするか、これはやっぱり高まって参ります。やはり完全雇用といいますか、そういう問題に対する要求も強くなりましょうし、年金に対する要求も強くなって、そういう場合に、こういうふうな積立方式で出発するのでありまするが、おそらく私の先ほど申しましたように、やはり早く年金をよこせとか、あるいは手直しをしろとか、あるいは金額を上げろとか、こういう要求が起ると思います。そうした場合に、それじゃこの積立方式をとれば保険料をたくさん取らねばならぬのでありますが、それで果してうまくいけるかと申しますと、どうもやはりむずかしい。やはり国がやるなり、何か賦課方式の方を重くするなり、そういうふうな形をとっていかねばならぬだろうというふうに考えます。この政府案でありますが、政府案は現在完全積立方式をとっている。それから保険料の二分の一の国庫負担を行なっております。そのほかに無拠出年金を出しておる。そこで従って、おそらくこの案も、やはりそういうふうな要求が出て参りますると、変えねばならぬと思うのでありますが、ただ政府案でいいのは、そういうふうな変化に対応する弾力性を持っておるということです。そのときになって、やはりただその案でありますると、十年とか、五年後に再計算することになっております。再計算する場合に、いろいろな賦課方式を加味するなり、あるいは積立方式を変えるなり、そういう変化に応ずる弾力性というものを、やはりこの案は持っているように思われます。そういう点で、一番初めから無拠出制にするか、あるいは賦課方式にするか、これはわからないのでありますが、やはり初めは積立方式をとっていいのでありますけれども、途中で起る変化に対応する弾力性を持つことが必要だと思うのです。この点は、やはりある程度のことはできるように思われます。
○坂本昭君 江幡さんのお説だと、第四条の変動に応ずる調整、非常に意味を広くとっておられるので、どうもそんな意味を広くとられたら、おそらく政府原案を出した厚生省としては面くらうと思うのですが、きょうは討議ではないので、いろいろ御意見を伺うので、今江幡さんの御意見を承わっておりますと、一応とにかく問題もありますし、完全積立方式がくずれるであろうという一つの見通しを持っておられて、おそらく十年ぐらいのころには国民の圧力やいろいろなもので賦課方式にもならざるを得ぬので、そこで初めて内容の充実したところの年金制度ができる、まあ一つ年金制度を始めてみたらどうかというふうに理解いたしましたが、そういうことでよろしゅうございましょうか。
○公述人(江幡清君) 大体の趣旨はそういうことでありますが、第四条について先ほど申し上げましたが、やはり第四条の一項に、(年金額及び保険料額の調整)ですが、これは「国民の生活水準その他の諸事情に著しい変動」となっておりますが、これはもう少し厳格に規定する必要があろうと先ほど申し上げましたが、たとえば、たとえば生計費、あるいは生活補助、それが場合によっては一〇%から二〇%、そういう変動があった場合に……。それから積立金の方でありますが、積立金の問題は、これは非常にむずかしいのでありまして、積立金をインフレーションによる減価から守る。どうやって守るかということになりますと、これはなかなかあらかじめ法文の上できめておくということはむずかしいと思います。ただ、この法案では五年ごとに調整をはかるということになっております。そこで、まあその調整に期待いたさねばならぬ点でありますが、ただ、その点から申しますると、ここしばらくはいいけれども、将来にわたって完全積立方式をとることは危険だと、これは実施してからおのずから改正しなければならぬだろう、というふうに思っております。
○坂本昭君 大へんいろいろと示唆に富んだ御意見聞かせていただいてありがとうございます。先ほど世論調査のことについて触れられまして、これはなかなかやっぱり新聞の方でないと、こういう御意見は言っていただけないので、非常に示唆を受けましたが、確かに年金をやつてもらいたい一種のあこがれみたいな私は感じがするのですね。ところが、先ほど堀江さんも非常にきつく積立金の問題について指摘せられて、国民が何も知っていないという点に、特に金融問題――
積立金の使用について御指摘がありましたが、私は実はこれについては新聞も責任があるのではないかと思うのですね。まあ、きょうは新聞の方と議論するのではないのですけれども、新聞の方ももう少し、先ほどいろいろな評論の中に出てこないと言われるのですけれども、やはり積極的にこれ取り上げていただきたいと思うのですよ。たとえば、あとで一つ身体障害者の代表者の方も来ておられますから伺おうと思っておりますが、新聞自身がやはりこういうことについて少し無関心というのですか冷淡じゃないかと思うのですね。この前、身体障害者の雇用法を私たち実は出したのです。実はこれもう足かけ三年かかって非常に苦心をして出したのです。参議院の法制局あたりでは憲法に違反のおそれもあるというので、最後になってひっくり返ったりなんかしました。非常に苦心惨たんして身体障害者雇用法案を出したのですが、新聞では選挙前の人気取りの法案だと言うのです。僕は実にくやしかったのですよ。足かけ三年もかかって苦心惨たんして出したものを一ぺんに片づけてしまったのです。これはやはり新聞自身がもっと重大な責任を持ってやっていただきたいのです。何か注文みたいになりましたが、少しやはり、われわれ足らぬ点もありますが、この間仙台に参りましたら、社会党の案というものは全然わからない、もっと社会党の案を読んで聞かしてもらいたい、そういって、ありがたい意見を聞かされましたが、何かそれについて御意見がありましたら、新聞人として意見を聞かしていただきたいと思います。
○公述人(江幡清君) 大へん新聞に対しまして非常に痛い御批判であったのでありますが、確かに社会保障の問題につきまして、全体の扱い方が足りないという点は、外から見ればおありかと思います。しかし、それでも数年前に比べれば非常によくなってきておる。ほかの雑誌などに比べまして非常によくなってきておるということをお考え願いたいのであります。
 それからいま一つ、やはり社会党の法案でありますけれど、やはり党自身ももう少し積極的にいろいろあちらこちらでPRといいまするか、そういう政策の浸透が足りないように私ども思います。たとえば、相当社会党の政策に関心を持っていらっしゃる人のところでも、社会党の政策はどういうものであるかということがなかなかわからない。これは、こういう問題をこの席で論議してはいけないかと思いまするけれども、自由民主党でありますると、大体送って参ります、こういうふうな政策を作ったということを。社会党の方は、こちらからわざわざ請求しなければ送ってこられない。そういう点があるのじゃなかろうか。
 それから、身体障害者雇用法でありますが、あれは――これはちょっとこの場の議論にはずれますけれども、これは新聞としましては関心を持っておる法案の一つです。
○坂本昭君 ただいま身体障害者の問題が出ましたが、駒沢さんとは、今から四、五年前に一緒に北ヨーロッパの身体障害者の病院を回って、社会保障で一緒に歩いたことがあるのです。きょう、たまたまここで、久しぶりにここでお目にかかってびっくりしたのですけれども、まあ、五年前に比べたら、お互いがこういうことを国会で論ずるようになったことを非常にうれしく思います。
 ただいま駒沢さんのおっしゃられましたいろいろな問題、私としては全面的に賛成であります。たとえば、身体障害者の含みを、今の身体障害者福祉法別表のあれ以外に、内部疾患だけを先ほど触れられたと思いましたが、私これに精神障害者をも入れられるべきだと思いますが、駒沢さんの御意見いかがでございますか。
○公述人(駒沢文雄君) ただいまの御質問でございますが、内部疾患と同時に精神障害者の障害も当然この中に入れるべきだと思って、私どもといたしましても運動を進めておるわけであります。
○坂本昭君 それでですね、大へんこまかいこと伺いまして、これはあげ足をとるのじゃないのですが、いろいろと参考にしたいと思いましてね。十三万円の少くとも所得制限を二十万円にしてもらいたいという御意見ありましたね。この二十万円については、何かあなた方で御検討された資料ございませんか。
○公述人(駒沢文雄君) この点につきましては、先ほど省略申し上げたわけでございますが、身体障害者といたしましては、同じ十三万円の所得を得るにいたしましても、非常に大きなハンディキャップを持って、そしてその所得を得るわけでございます。こうした立場から、健康者の方々が得る所得と比較いたしまして、その他の出費というものが相当多くかかっているわけでございます。その例といたしまして、先ほど申し上げましたように、補装具の使用などいたしておりますと、被服も破損いたしますし、ろうあ者の方々も、もうお互い面と向って話し合わないと話にならないわけです。電話もかけられない。こういうことで、交通費なども非常にかさんでおります。また、盲人の方々にいたしましても、先ほど雇用促進の問題も出ておりましたが、特に盲人の職業安定の問題といたしまして、強くお願いしたい問題があるわけでございます。と申し上げますのは、最近非常に盲人の職業分野に入りまして、特に若い女子の方々が鍼灸あんまを修得して、そしてこれらの晴眼者の方々が非常に大きな行動力を持ちまして、商売を始めておるわけでございます。こうした観点から、非常に古来伝統を持ってやっております鍼灸あんまというこの職業が、最近非常に盲人の生活というものが不安定な状況に陥れられつつあるわけでございます。こういうふうなことから、非常に同じ所得を得るにしても、涙ぐましい状況で、その所得を確保しつつあるわけでございます。こうした意味から、同じ所得制限十三万円ということであっては、身体障害者の実情というものの御認識が十分じゃないのじゃないか、かように感じまして、所得制限を二十万円までに引き上げるべきである、こういう考え方に立っております。
○坂本昭君 母子家庭の場合も、やはり二十万円という話がございましたが、身体障害者の場合のお考えは、さらにそれに対するハンディキャップ、割増しというお考えがあるということですね、そういうふうに、今私初めて理解できまして、その点そういうふうに理解していいですか。
○公述人(駒沢文雄君) それでいいと思います。
○坂本昭君 最後に、堀江さんに一言伺いたいのですが、積立金の問題ですね。これは何といっても、やはり一番大きな問題だと思うのですが、いろいろの国を見ますと、社会主義の国は積立金をプール制にして、労働者から集めたものは労働者の福祉関係に使っている、そういうふうに私理解しておるのですが、一昨年のイギリスの労働党の改正案を見ると、やはりイギリスの労働党も、積立金というものについて非常な関心を持っている。関心を持っているが、これをどう使うかという具体的なことが書いてありません。従来のイギリスの社会保障では、積立金というものはあまりない、あまり積み立てられていない傾向があったと思うのです。ところが、今度は労働党自身が積立金を全面的に取り上げておる。そういう点で、私は、先ほど堀江さん触れられませんでしたが、ILOの中で、最近の一番新しい明確な積立金制度に対する国際的な標準といいますか、管理方式といいますか、簡単明瞭に一つ御説明いただきたいと思います。
○公述人(堀江信二郎君) 先ほど、昭和二年のILOの勧告ですね、これに疾病保険の一般原則に関する勧告ですね。昭和二年のときのあれはまず組織としまして、これは「保険機関は、権限ある公の機関の監督の下に」自治の原則ですね、保険機関というのは自治の原則。それから「被保険は、保険制度の運用上最直接に利害関係を有する者なるを以て、選挙せられたる代表者を通じ保険制度の管理上重要なる地位を占むべし。」その管理ですね。それから自治の原則に従って、営利を目的として運営してはならない。これは昭和二年の疾病保険の一般原則に関する勧告になっおります。それから昭和八年に「工業的又は商業的企業に使用せらるる者、自由職業に使用せらるる者並に家内労働者及家庭使用人の為の強制老齢保険に関する条約」これに先生が参議院で触れられておったようですが、議事録を拝見しますと。ここでは保険、第十条に、要するに「保険機関の基金及び国の保険基金は、公の基金より分離して管理せらるべし。」やはり自治的に独立して管理せらるべきである。さらに保険機関の管理には被保険者の代表者が参加する。それから公けの代表者、それから使用者、これは国の規則を作って参加してもよろしい。自治的な扱いですね。だから、何しろ被保険者が中心になるということはきわめて明確な形で出しております。それから、営利的にこれを利用してはならぬということは、やはり第十条もはっきり書いております。
 それから、同じ昭和八年に、「廃疾、老齢並に寡婦及び孤児保険の一般原則に関する勧告」これは四十三号でございますが、ここではそういう管理とか、そういう運営の中に、特に女子の被保険者、それから廃疾者、こういったようなものを特に管理の中に繰り込め、これははっきり規定しております。
 それから昭和十九年の、いわゆる戦後の社会保障の思想の中心になっている、いわゆる「所得保障に関する勧告」ですね。これは前文なども、国際連合憲章に通ずるみごとな規定になっておるわけでございますが、ここでもそういう原則を全部出してきておると思います。そういうような格好で、ILO条約というものは、第一次大戦直後、もうはっきり社会保険というものが、二度と戦争を世界の国々がもたらさないための条件として、社会保険をこういう条件によって普及すべきである、これは第一次大戦後の国際労働条約の大まかな方向だと思います。第二次大戦後におきましては、単なる企業単位の社会保険では、それは十分ではない。だから、さらにこれを地域なり国なりの規模に拡大していく、そうしてそういう社会保障的な規模でないというと、やはり戦争を二度ともたらさないような社会的な条件を作ることはできない、こういったことが第二次大戦後のILO条約の中の基礎になっていると思います。それで、やっぱりそれは社会保険というものに対する見方が実にはっきりしております。とにかく社会保険というものは、雇用主がそれの負担金を出すという場合、これは労働に対する賃金の一部分なんだ。だから、当然これは公務員であっても、公務員の社会保険は共済組合といっておりますけれども、それに対する、雇用主たる国の負担は、当然これは公務員の労働に対する賃金の一部分である、そうして当然支払れるべきものだ、こういう観点に立っておりますから、従って積立金というものは、幾ら多くても、全部やはり労働者が中心になって管理するようなものでなくてはならぬ、こういうことがILOなり、国際労働常識なり、これは一貫してきている問題だと思います。
○坂本昭君 どうもありがとうございました。
○藤田藤太郎君 江幡さんにお尋ねしたいのですが、江幡さんの日本の経済の生長度合いとの関係と、それから年金制度の問題で御意見がありました問題は、今度出ているのは、国民年金、要するに公的年金をはずして――公的年金にはいろいろ種類があるわけです。だから、おしなべて九千万の国民に年金制度をしいていくという構想や、統一的な構想というものが生れてきていいのではないか、これは外国もそういう方向をみなとってきている。そういう問題についてのお考えを一つ。
○公述人(江幡清君) 率直にはっきり申し上げまして、将来の国民経済の成長率と、それから年金制度の関係というのは、実は私もよくわからないのです。と申しますのは、一体、今後の成長率がどの程度になるかということは、これは十年間くらいのものは大体計算できましょうけれども、それ以後になりますとどうもはっきりしない。おそらく成長率は下ると思います。一般には。それと、いま一つの問題は、これは先ほどの例の積立金の問題に関係すると思いますけれども、あの積立金というものをどういうふうに運用するか、それによってやはり国民経済の成長率というものも若干変ってくる。たとえば、積立金というものを資金運用部で――先ほどまあ資金運用部の運営に反対の御意見がございましたが、あれを投資的な経費に使っていくと、これはおそらく国民経済の成長率にはいい影響を持ちましょう。しかし、ほかの国民の生活の消費水準の方にはあまりよい影響を持たない。つまり、いわば積立金というものはやはり強制貯金ですから、これが資本の蓄積となっていくわけでありまするが、必ずしもそのまま国民生活に映るということにはもちろんならないと思います。そういういろいろむずかしい問題があると思いますので、私も今のところ何とも申し上げられないのでありますが、結局、今の拠出年金というものを将来にわたって考えますると、片方で国民経済が年何%か成長していく、それに伴って片方の年金の額というものも上っていくことは間違いない。かりに十年後に今のような成長を続けていって、七割近い国民の消費水準が上るといたしますると、年金の方も、金額の方も当然これを変えろという要求が出て参りますし、また、変えなければなりません。そういう点があると思います。で、できますれば、もちろんこれを二十年とか三十年とか、あるいは四十年とか、長期にわたって年金の経済計画を作ることがいいのだと思いまするけれども、実際はなかなか今の経済学の範囲では不可能な面があると思います。ただ、当分の面だけは見通せるわけです。――もう一つ、何でしたか……。
○藤田藤太郎君 午前中の方からのこういう御意見があったわけです。たとえば、公的年金というのは政府が一部負担する、それから使用者が一部負担する、そして被――要するに労働者が負担する、という格好のものが今の公的年金の中心をなしている。だから、官尊民卑的な恩給から始まったものばかりではなしに、おしなべて――まあそこまでおっしゃらなかったですけれども、九千万国民の自主生活の全体の貢献者と見るならば、老後を保障するという形の中で、今の国民年金というものでは負担の率も高いじゃないか、あわせて、内容も悪いじゃないか、この四十年かけて三千五百円では悪いじゃないか、こういう工合のような御意見があった。で、問題は、ただ公的年金その他をそのままに置いておいて、今のような国民年金だけで、今の江幡さんの、十年したら大体七〇%ぐらい経済の成長率をたとえ仮定したといたしますとぎに、いろいろ問題が出てくるのじゃないかと思うのです。だから、老後を保障――老後の生活を保障するという建前に立つ年金というなら、計画を持って全体の国民ができるだけ不公平のないような形で老後の生活ができるような方向で計画を立てていくべきではなかろうかと私は思うのですが、そういう点は、統一的な考え方において、たとえば被用者年金と国民年金と大筋に分けて立てていくとか、そういうものが出てくるでしょう。一ぺんに乗り越えて一本にするというのが非常に無理なら、そういう格好で、国家の年金制度として統一的な方向、基本的な方向を立てていかなければならぬという問題がここへ出てくるわけですから、そういうものに対する御意見を伺いたいと思います。
○公述人(江幡清君) それはおっしゃる通りだと思います。もちろん、今の各種の公的年金と今度の国民年金では、少し年金の金額その他違いますけれども、やはりこれは将来は同じように統一さるべき方向だと思います。それからまた、今のいろいろ七つか八つある年金というものが将来は統一的な年金になるべきだ。ただそういう点から申しますと、今の通算制度よりは何と申しますか、実は賦課方式をとった方がはるかにやさしいのでありますが、ただ、今すぐ賦課方式だけで発足するということになりますと、問題がありはしないかという感じが持てます。
○藤田藤太郎君 堀江さんにお尋ねしたいのですが、今、江幡さんに最後にお尋ねした問題ですが、年金――要するに九千万国民に対する老後の保障、これは母子とか身体障害とかいう、純粋な社会保障の面もありますけれども、柱になるのは何といっても老齢保障養老年金の問題ですが、今の政府の案を見ますと、公的年金をそのまま置いておいて、これだけが、今のような計画で三十六年から拠出年金が進むわけですけれども、その年金の将来の展望統一とかいうようなものについて御意見をお聞かせ願いたい。
○公述人(堀江信二郎君) 最初の先生の言われる、いわゆる日本の老齢問題の、それに対する対策の中心が老齢年金だと、これはやはり政府の方々もそれを非常に積極的に打ち出されたと思うのですよ。ところが、日本における老齢問題の処理が単に年金制度によって、また年金制度が中心でなくちゃならぬのかどうかの問題。ところが、これは私ども身辺を見ましても、相当なかつての家庭でも、もうどこでも老齢問題が渦を巻いておる。たとえば、それは住宅の問題に関連し、それから結婚の問題に関連し、それから就職の問題に関連し、やはり老人を痛めつけておるという問題は、きわめてやはり広範な形で痛めつけておると思うのですよ。それで、結局そういった住宅なりそれからまた、いわゆる基本的な所得保障ですね、それからいわゆる雇用の問題、それからさらに結婚の問題にしてもしかりですね。それで、そういった社会的な、現在痛めつけておる諸問題をほとんど手を抜いておいて、そうしてとにかく一カ月これだけずつかけていけば、お前たちに四十年後にはこれだけやるのだ、こういったような年金を示したとしましても、これはその他の社会的諸条件というものを極端に手を抜いておる限りにおいては、決してこれは、年金というようなものが段階的によくなっていくということにはならないと思うのです。それで、きわめて一般的な言い方ですが、私は老齢問題との正しい取り組み方は、社会保障的な取り組み方――日本における社会保障的な取り組み方というもののやはり第一は、賃金問題、それから雇用問題ですが、それに付随する問題としてやはり家族制度の問題、結婚の問題、それから非常に多くの問題が日本的な特徴としてあげられると思います。だから、そういうものを総合した中で年金をこういう形で幾らやる、こういう形で打ち出されなくちゃならないのじゃないか。もしそうなら、そういったいろいろな条件を全部整えながら年金を打ち出す場合なら、あるいはその年金額というものが、今政府の案よりも少いものであっても、これは老人の幸福を保障できるかもしれない。だから私は、今言われておる、特に政府が言われている老齢問題を解決する基本の問題、唯一の問題が今のような老齢年金であるということについては、やはりこれは賛成できないわけであります。
 それからなお、公的年金の問題とその他の通算の問題でございますが、それは私はとにかく日本の社会保障的な諸条件が正しい形で手がつけられてくるならば、こういう通算の問題というのは、それほどむずかしい問題じゃないと思う。だからこれは、今現在通算の問題というのは、非常に広範に問題が各層から出ておりますけれども、これはまた一面、そういう各層ごとの対立を助長していると思うわけです。これはやはり一つには、政府にとってはきわめてありがたいことかとも思いますけれども、これは実際に社会保障的な諸条件があらゆる場所に手がつけられてくるならば、この通算の問題などはきわめて簡単に処理されていくと、また方向が見出される、今のような状態の中ではなかなか通算の問題というのは困難であろう、こういう工合に考えております。
○藤田藤太郎君 どうも私の質問が悪かったのかという感じで、今お聞きしたのですがね。私は、今、先ほどおっしゃった前提の問題は省いてものを言ったわけです、養老年金という一つの固定した制度の今この法律案でございますから……。社会保障において、たとえば所得や賃金の保障というものが行われることが前提でございましょうし、その他、人たるに値する生活というものが行われる経済政策その他の施策が行われることはむろん前提の問題でございますけれども、年金そのもの、老齢者の老後の生活を保障するという年金の問題について、この年金制度の問題について、公的年金と一般の国民年金との将来の総合展望はどうですか、こういうお尋ねをしたつもりだったのです。
○公述人(堀江信二郎君) これは、私はやはり二つのいき方があると思いますね。やはり一つは、とにかく全部の年金を統一して、通算できるような措置を講じていく方向と、もう一つは、フランスのように、この公務員なら公務員、それから電気産業労働者なら労働者、やはり特定の労働者の年金が存在しています。ところが、そういうものをやはり大きく一般的な年金でげたをはかしていく、そして、だから全体のフランスの国民に年金が適用されておりますけれども、やはりそれは、いろんな歴史なり経過なりによってできてきた年金の特徴というものが生かされて、それで各産業別の労働者に違いはありましても、とにかく別々のものであっても、やはり基礎に大きなげたをはかして、しかも性格を同じような性格づけにして、年金制度を組み立てていっておる、こういった大体二つの型が考えられるのではないかと思うのです。そういう型をどちらの型が正しいのかどうかという問題、これは私はこういう年金に限らず、社会保険制度、社会保障制度というものは、やはりこれは資本と労働との間のお互いの話し合い、力関係と申しますか、この折衝の中において形がきまっていくと、だからただそういうものを抜きにして、どっちの形がいいかということは、労働組合の中ではそういう結論というものはなかなか出てこないと思う、だから労働組合の中から将来の年金の制度を展望する場合は、やはり今現在における、また過去における資本との間の社会保障制度についての折衝、そういうものの経験の上においてどっちの方向をとった方が労働者側にいいかということがきまるのではないかと思います。まあそれで、じゃお前個人の意見ならどうかと、こう申しますならば、やはり私は日本としてはフランス型の、要するに、よしんば別個に幾つかの年金制度が存在しても、やはりそれは全体に通算でき、しかも基礎に大きなげたをはかすと、こういった形の方向にいく方がいいのじゃないか、これは労働組合の方にはそういった展望を話はしております。
○委員長(久保等君) 公述人に対する質疑は、この程度にいたしたいと存じますが、御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○委員長(久保等君) 御異議ないと認めます。
 公述人の各位に一言委員会を代表いたしましてお礼を申し上げたいと存じます。大へん貴重な御意見を長時間にわたりましてお聞かせいただきまして、厚くお礼を申し上げます。
 本日は、これにて散会をいたします。
   午後四時三十六分散会