第043回国会 建設委員会 第17号
昭和三十八年五月二十三日(木曜日)
   午前十時十八分開会
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  委員の異動
 五月二十三日
  辞任      補欠選任
   村上 義一君  市川 房枝君
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 出席者は左の通り。
   委員長     木村禧八郎君
   理事
           石井  桂君
           稲浦 鹿藏君
           増原 恵吉君
           武内 五郎君
   委員
           熊谷太三郎君
           黒川 武雄君
           小山邦太郎君
           田中 清一君
           村上 春藏君
           米田 正文君
           瀬谷 英行君
           田中  一君
           藤田  進君
           中尾 辰義君
           市川 房枝君
           田上 松衞君
  政府委員
   建設省都市局長 谷藤 正三君
   建設省住宅局長 前田 光嘉君
  事務局側
   常任委員会専門
   員       武井  篤君
  説明員
   建設省住宅局建
   築指導課長   前岡 幹夫君
  参考人
   日本大学名誉教
   授       笠原 敏郎君
   都立大学教授  竹山謙三郎君
   早稲田大学教授 松井 達夫君
   東京都政調査会
   常任理事    小森  武君
   東京都首都整備
   局都市計画第一
   部長      大河原春雄君
   東京都建築指導
   部長      池原真三郎君
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  本日の会議に付した案件
○参考人の出席要求に関する件
○建築基準法の一部を改正する法律案
 (内閣提出)
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○委員長(木村禧八郎君) ただいまから建設委員会を開会いたします。
 まず、参考人の出席要求に関する件についてお諮りいたします。
 建築基準法の一部を改正する法律案の審査のため、さきに決定いたしました参考人の外、東京都首都整備局都市計画第一部長大河原春雄君、同建築指導部長池原真三郎君から、意見を聴取したいと存じますが、御異議ございませんか。
  〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○委員長(木村禧八郎君) 御異議ないと認め、さよう決定いたします。
○委員長(木村禧八郎君) 次に、建築基準法の一部を改正する法律案を議題といたします。
 本日は、本案審査の参考に資するため、参考人の方々の御意見を聴取いたします。
 参考人の方々に一言ごあいさつ申し上げます。
 参考人の皆様には、御多忙中のところ、まげて御出席を賜わり、厚く御礼を申し上げます。つきましては、本案に対する忌憚のない御意見を拝聴いたしたいと存じます。
 委員の皆様に申し上げますが、御質疑のおありの方は、参考人各位の御意見を拝聴しました後、御発言願います。
 それでは、これより参考人の御意見を聴取いたします。まず、笠原参考人にお願いいたします。
○参考人(笠原敏郎君) この法案による改正事項の内容の最も主要な点は、建築基準法の第三章の規定のうちに、いわゆる容積地域の規定を新たに追加する点であると思われます。第三章の規定は、いずれも都市計画区域内に限って適用される建築規制でありまして、都市計画法によって規定されている各種の施設の計画と表裏一体の働きをなすものであることは、御承知のとおりであります。それで、私は主としてこういう観点から、この改正案についてできるだけ簡単に意見を申し述べたいと存じます。
 御承知のように、現在、都市計画法及び建築基準法によって定められている用途地域制の目的は、都市の各部分の利用の仕方を建築物の用途の方面から合理的に整理することでありますが、これに対して、容積地域制の目的は、建築物の建て込む度合いの方面から、土地利用の仕方を適度に調節することであって、いわば前者は質の方面から、後者は量の方面から、土地利用の適正化をはかって、そして両者相待って初めて各種の都市施設の合理的な計画の作成を期待することができるわけであります。
 そのわけについて、ごく簡単に申し上げます。まず、この、今申しました土地利用の量的な調整の手段をどうして容積地域制というかと申しますと、各種の都市施設、道路とか公園、住宅、水道、下水等のすべての都市施設でございますが、この都市施設が、どれだけの分量が必要であるかということは、これは、もちろん都市居住者のこれらの施設を必要とする生活行為の分量によってきまるものでありますが、今ここにほぼ同じ用途に利用されている区域の中で、一定の面積の中で行なわれる各種施設を必要とする生活行為の分量は、都市計画上の大まかな取り扱いといたしましては、この面積内に存在する建築物の容積に比例すると考えて差しつかえない。この基本的なそういう考えから出発して用途地域制という名称があるわけであります。ボリューム・ディストリクトとかバルク・ディストリクトとかいう言葉のちょうど翻訳のような形になっております。ただし、建築法規の適用の場合に、具体的に容積を計算する基準としては、一般に建築物の延べ面積、すなわち、各階の床面積の合計と申しますが、延べ面積をもって計算する方法が、これは一般に各国とも用いられておりまするから、まあ正確に言えば、延べ面積率の地区別制限というほうが正しいかと思われます。それで、ある都市の各部分について、用途その他の土地利用上の特殊性によって幾種類かの地区に分けて、その各地区ごとに、建築物の敷地の面積と敷地内の建築物の延べ面積の合計の比率の最大限を適当に規制すれば、押えていけば、それによって都市の各部分についても、また、その集積である都市全部についても、将来早晩予定しなければならない居住人口や世帯数、交通量、給排水量等の施設を必要とする行為の分量の落ちつくところの最大限と、したがって、これに対応する住宅とか交通施設、給排水施設、その他各般の公共施設の包容能力あるいは処理能力等にも、相当根拠ある推定が可能となって、均衡のとれた、裏づけのある計画が立てられるはずであるというのが、この容積地域制の理念のあらましであると思います。都市計画方面におきましては、この容積地域制と同様な考えに基づいている規制は、まあ第一次大戦後のころで、すでにベルリンの建築法などでも行なわれておりますし、その後各国でも研究されておるのでありますが、実際にはわが国を初め、欧米都市でも最近までは、従来からの伝統的な関係もありまして、あまり採用されていないのであります。この用途地域制以外には、普通は建蔽率と、それから高さの地域別制限が設けられておりましたが、しかし、これらのこの建蔽率とか高さの制限とか申しまする規制は、建築物の構造の安全とか災害の防止とか、あるいは環境の衛生とかいう多目的な考慮のもとに規定されておりまするので、前に言いましたような公共的都市施設を必要とする生活行為の量の調整という方面においては、間接的な効果はありましても、直接的な端的な効果は期待しがたい状態であったのであります。ところが終戦後、ことに最近に至りまして、欧米諸都市を初め、わが国都市においても、予想もしなかった急激な産業施設と人口の都市集中のために、いわゆる過大都市現象が発生し、そのために苦悩しておりますることは御存じのとおりであります。わが東京のごときは、この悩みの深刻な点では代表的であるともいわれておりまするが、この過大都市現象の発生の最も主要な原因は、要するに急激に膨張する都市生活の分量と、これを追っかけていく各種の都市施設の処理能力、あるいは包容能力の拡充強化との問の均衡の破綻によるものであるということができると思います。むろん、都市施設の機能拡充の計画には、財源や技術の方面からいろいろの制約を受けるでありましょうけれども、何と申しましても、合理的な計画立案の基件――データとなるところの、今後の都市居住者の生活行為の量的調整ができるかどうかということが、問題の焦点ではないかと考えます。東京の例を見ましても、このまま放任しておいて、一千万都市がいつ千五百万都市になるのか、あるいは二千万都市になるのかというようなことでは、手のつけようがないのではないかと思います。
 そこで、今からでも、おくればせながら、何とかして都市生活の量的膨張の速度を抑制するとともに、生活の量と均衡のとれた都市施設を整備し得るような手段を講じなければならないと思います。もとより豊富な財源と強力な行政権の行使を前提としますれば、ほかに有効な手段を案出することも不可能とは申しません。また望ましいことでもありまするけれども、現実の問題として、各方面からその可能性を考察いたしますれば、今日の段階においては、建築基準法の中の第…章に容積地域制の制度を採用することができる道を開いておくということは適当であり、また望ましいことでありましょう。また、最近に至って、欧米都市においても、すでにこれを実施しておる大都市も相当多数に上っておるという事実から見ましても、わが国都市において時期尚早であるということは言えないと思います。
 以上が、この改正法案の内容の重点である容積地域制の採用に、私は賛成するのであります。
○委員長(木村禧八郎君) ありがとうございました。
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○委員長(木村禧八郎君) この際、委員の異動について御報告いたします。一
 本日、村上義一君が辞任され、市川房枝君が選任されました。
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○委員長(木村禧八郎君) 次に、竹山参考人にお願いいたします。
○参考人(竹山謙三郎君) 都立大学におります竹山で断ります。
 私は、今回の建築基準法の改正案の中で一番世間で問題とされております耐震性、安全性を中心にいたしまして、技術的問題に焦点をしぼりまして、私の意見を申し上げたいと思います。
 最初に、結論を申し上げますならば、私は、今回の建築基準法改正によりまして、さらに高い建物ができるということにつきましては、技術的には、その大綱には賛成でございます。ただ、その細目の幾つかに今後研究すべき問題がございますので、今後、もしこの法律が通りました場合に、その運用につきましては、いろいろ慎重に御配慮を願いたいというのが結論であります。
 次に、その細目につきまして、少し御説明を加えますならば、まず第一に、大綱については賛成だという点につきまして、耐震性を主として二つの点からその根拠を申し上げたいと思います。
 まず、第一の根拠でございますが、それは、従来のビルディングの設計に使っておりました地震力、あるいは、その設計の方針というのは、理論的にはあまり根拠がないとはっきり申し上げてよろしいと思うのですが、むしろそれは、今までの関東地震とか、その他福井地震とかもそういった地震の経験によって、ああいう設計をしたものは地震に持つという経験的事実に基づいておるものでございまして、したがいまして、今後建物の高さがもっと高くなって、二十階、三十階のものができたときに、はたして従来の設計法どおりで安全であるかどうかという点には疑問があったわけであります。しかし御承知のとおり、最近数年間、電子計算機を使いました解析方法が非常に進歩いたしましたので、実際に地震のくしゃくしゃした波、その波のままこれを建物のある理論模型に加えますと、建物のどの階はどういうふうにゆれるか、どの階ではどの程度のいたみ方をするかということが、明確につかめるようになってきましたが、こういう新しい学問が進歩いたしましたために、今後、今まで経験のなかった三十メーターとか四十五メーターをこえるような建物を設計いたします場合に、相当確信を持って設計ができるようになった、これが大綱に賛成であるという一つの根拠でございます。
 第二の点は、このように、いろいろの解析の結果わかりましたことは、建物は、その高さが高くなりましても、その割には加わる地震力がふえないということでございます。建物が高くなりますと、どうしても塔のような建物になります。ですから、従来のような、普通われわれが見受けます低層のたとえば八階建て等のビルディングに比べますと、かなり背の高いふらふらした建物になる。つまりやわらかい建物になります。で、やわらかい建物とかたい建物とを見ますと、同じ地震が参りましても、やわらかい建物の地震力というものは、そう大きくない。要するに、建物の高さが高くなりましても、従来、私どもがばく然と考えておりましたように、非常に地震力が急激に大きくなるというのではなく、高さの割には大きくならないという事実が、またはっきりいたしたわけであります。したがいまして、高さを高くいたしましても、建設費はその割にはふえないということは言えると思います。この事実は、建築の耐震設計上非常に明るいデータと言わなければならない。この二つがおもな根拠でございますが、私は、今回の基準法改正に上りまして、高さの上限を撤廃して、高層建築を建てるということについては、大綱的には賛成である根拠であります。
 その次に、先ほど細目について、まだ研究すべき問題があるということを申し上げましたが、その点を三つ四つ申し上げたいと思います。
 まず第一の問題は、たとえば二十階、三十階の建物を設計するとすれば、当然鉄骨をしんにいたします。そして、これを不燃の材料で包むことになります。従来は鉄筋コンクリートで包んでおりました。これが日本の従来の構造であったわけであります。ところが、コンクリートは非常に重い。ですから、普通のコンクリートを使いまして、二十階、三十階というようなものを、今までと同じようなやり方で作りますと、きわめて重いものになって、それだけ地震力がふえます。どうしても軽くしなければならない。軽くするためには、今までの構造を大部分変える必要がある。そのために軽いコンクリートで包むとか、軽いコンクリートの板で囲むとか、そういったようないろいろな方法を使わなければならぬ。なおそのほかに、こういう壁は、鉄筋コンクリートで壁を包んでおりました。これはたいへん重い。こういうものを軽い材料で組立板で仕切ってしまうようなことになるというようなことがございますから、どうしてもそういうような構造なんでありますが、ところで、建物の高さが高くなりますと、塔のような形になりまして、ゆれ方が従来よりは大きくなります。各階のゆれというものは、多少従来よりふえると考えなくてはいけない。また、ある程度の振れの増大を考えませんと、経済的な設計ができないのであります。こういたしますと、今申しましたような鉄骨を軽い板、不燃板で囲ったような構造では地震のときに継ぎ目から亀裂が入るということが考えられます。地震のあとでは火事が付帯する、そうすると、その亀裂から火事が起きた場合に熱が入りまして、鉄骨を弱める、そうして危険性が出てくることも考えられる。あるいはまた、ガラス窓でありますが、大きな面にガラスが一ぱいはまっておりますものは、従来のままのとめ付け方では、先ほど申しましたように、建物のゆれが大きくなりますと、ガラスがこわれて思わぬ障害を外部に与えることになるおそれもある。ですから、建物を高層化いたしますならば、当然そういったような鉄骨を張り包む構法あるいは間仕切りの構造法、ガラスのとめ付け方、あるいはビルディング・コンストラクションと申しますか、そういう細部について相当研究する必要がある。現在建築界では総動員で研究を進めておりますので、いずれ進歩いたすと思いますけれども、さしあたりのところでは、まだ研究中の問題もかなり多いと申し上げざるを得ないのであります。
 第二番目の問題は、先ほど電子計算機で設計すると申しましたけれども、その場合に、どういう地震の波形を加えてやるかという、その地震の波形の取り方に問題がある。あるいは電子計算機で計算するときに、建物の減衰性とか繰り返し荷重を加えたときの破壊の曲線を研究しなければならないのですが、そういうものについては、研究が盛んに進められている段階で、まだ問題がある。ですから、そういうものについては、さしあたっては、ある程度の安全性を持った線で押えて設計する必要がある。
 三番目は、地盤の問題であります。日本の大都市、特に下町が、御承知のとおり非常に地盤が悪い。超高層建築――三十メーター、四十メーターをこえたものを超高層建築と申しますが、そういうものを建てる場合には、悪い地盤には当然建てられませんから、表面の悪い地盤の下のかたい所まで持っていかなくてはならない。ところが、そのかたい地盤でも、東京の下町の場合、上に出ておりますかたい地盤のもっと下にかたい地盤がありますから、その地盤あたりまで下げなくてはいけないだろうと考えられます。しかも、振動的ないろいろな問題から考えまして、建物の底を下のかたい地盤に据え付ける必要があるというので、地下室をそこまで伸ばしてもらいたいというのが、私ども構造関係の希望であります。そうしますと、かたい地盤の深い所に超高層建築を建てることができなくなる。少なくとも、現在の基礎技術ではむずかしいということになりますと、超高層建築を建てる範囲というものは、比較的地域範囲が限定されるのではないか、こういうふうに考えられるのであります。そのほか、この地震の問題を除きますならば、火事ということ、耐火性ということについて、ずいぶん問題がございます。一体超高層にした場合には、火事にあった場合に、非常に災害が大きいから、内部のこういう仕上げ材とか家具というものを全部不燃化しようという案もありますし、それから消防施設をどの程度したらいいか。あるいは避難の階段とか、避難をどういうふうにさしたらいいか、そういう火災に関するいろいろな問題がまだ研究中であります。
 まだそのほかにたくさん問題がございますが、くだくだしくなりますから、このくらいにいたしまして、以上のような多くの問題につきましては、現在建設省その他の依頼によりまして、業界あるいは建築学会等で総力をあげて研究をいたしておりまして、建築学会でも、あらゆる委員会がこれに関係してやっておりまして、実はこの点につきまして、それを取りまとめる委員会の私が世話人を仰せつかって現在やっておりますが、この暮れくらいまでには、ある程度の問題は腹がきまる、ある程度の方針は築き上げられるものと思いますけれども、まだまだその後に残る問題は多数あると思います。
 以上の点を総合いたしまして、結局私は、一等最初に申し上げましたように、ビルの高さの制限を撤廃いたしまして、高い高属建築を建てるということについては、大綱としては賛成でありますが、まだ細目のいろいろの研究すべき問題がありますので、一度に、法規ができたからといって、それを野放図に許すのではなくて、何かそれをチェックする機関のようなものをお考えいただきまして、その機関で、ケース。バイ・ケースにチェックして、そして、許可するというような時期をしばらくはおかなければならぬ、そういう時期をしばらく持たなければならないのじゃないか、こういうふうに考えております。
 最後に、ちょっと一言補足して申し上げますが、私の申し上げました言葉の中に、建物の高さをどのくらいにするかということ、一体どの程度が可能であるかということについては、具体的には申し上げませんでしたけれども、おそらく私は非常に皆様の御疑問となさるところだと思いますので、そのことをあえて触れますが、まず、先ほど申しましたようないろいろな条件が満たされますならば、相当の、たとえば数十階の高層建築は可能であろうと思います、技術的には。しかし、そこに大きな問題は、経済問題だと思います。で、建物の高さが増しますと、それだけ坪当たり建築費が高くなるということは、これはどうしても免れがたいところでございます。たとえば鉄骨量もふえます。それから先ほど申しましたようないろいろな構造が非常に複雑になって参りまして、手が込んで参ります。あるいは高い所の施工費は、それだけ下の数倍かかる、あるいはまた設備費もよけいかかる、こういうことから申しますと、どうも経済的には、そうそう高いものは無理なのではないか。で、この点につきましては、たとえば火災のときのいたみ方をどの程度にするとか、地震のときのいたみ方をどの程度にするかということによって、非常に幅があるのでございますが、現在建築界一般のと申しますか、関係者のごく茶飲み話程度の話を総合いたしますと、まあ三十階というのが上限じゃないだろうか、初めはその程度のものもあるかもしれないけれども、落ちつく先は、十五階から二十階、あるいは二十五階程度ではないか、こういうようなことが言われておりますことをお伝え申し上げますが、ただ、これは非常に数字的根拠のない問題でございまして、現在検討中の事柄でございます。ただお聞き流しを願いたいと思います。
 以上でございます。
○委員長(木村禧八郎君) ありがとうございました。
 次に、松井参考人にお願いいたします。
○参考人(松井達夫君) 私は、早稲田大学で都市計画を研究しております松井でございます。専門の関係で都市計画的に見た今回のこの容積地区制というものに対する私の考えを申し上げたいと思います。
 日本の都市は、好むと好まざるとにかかわらず、だんだん西欧化しておるわけでございます。それでございますので、どうしても西欧の都市の今までの沿革と申しますか、そういったものから、これからの都市はどうあるべきかという問題を考えていかなければならないのではないかと考える次第でございます。それで、そういったような線でお話を申し上げたいと思いますが、西欧の都市は、御存じのように十世紀ころから十四、五世紀ころまでにできたというのでありますが、その町の壁でございますね、壁を持っているわけでございます。今の町を壁で囲うということが、十世紀ころから十四世紀くらいまでにかけてすっかりできたというようなことでございます。その壁の中で西欧の都市は発展して参ったのでございます。したがって、都市の地域というものが、ひどく窮屈なために、日本の都市と違いまして、建物の高さというものが昔から非常に高かったわけでございます。そういう狭い中に高い建物が櫛比している、こういう形態で西欧の都市が発展してきたわけでございますから、どうしても苦しくなればカニが甲らを脱ぐように、その外にまた壁を作りまして、中の壁を取り払って、そこをブルバールなどにいたしまして、都市を拡張していくというようなことをいたしてきたわけであります。パリのごときは、四、五回壁を外に拡張したというような歴史を持っているわけでございます。そういうようなわけでございますので、都市というものは、高い建物が櫛比しているところだというのが、昔からの都市に対する概念であったわけであります。そういう西欧の都市が、十九世紀の後半以来、だんだん壁を取り払っていくようになったわけであります。そういう場合に、都市の形というものはどうあるべきかと彼らが考えたかと申しますと、現在ございます西欧の都市、議員の皆さん方も見ていらっしゃるとおりでございますが、都市というものは、まん中が高くて周囲に行くほどだんだん低くなって、一番外のほうも、昔の城壁などを乗り越えて、ずっと外のほうでは、いわば一戸建ての田園的な住宅などが散存する、こういったふうに考えられてこられたわけであります。これが最もいい形だ、こういうふろになってきておったわけであります。それを最も端的に示しました最初のものといわれておりますものが、ハンブルグの今の町の中にございます。皆さん方も、おそらくその辺においでになったことがあるかと思うのでありますが、ハンブルグの町の市役所などのあるもう少しエルベ川のちょっと上流のほうでございますが、アルトーナという市内の地域がございます。昔は――昔というほどの昔ではございませんが、十九世紀の末ごろは、これがハンブルグの外の隣接都市であったわけでありますが、そこに区画整理法を作ったので有名なアディッケという人が当時そこの市長をしておりました。その人がそのアルトーナの町に、あだ名を階段条例と呼ばれる条例を作ったわけであります。この階段条例は、その名のように町のまん中が一番高くて、だんだんと外に行くと階段式に建物の高さが低くなっていく、これが都市のあるべき姿である、こういうのでそういう条例を作ったというのが、私どものほうでは有名な事柄になっておるわけであります。そういうふうで、ヨーロッパの都市はその後ベルリンでもウインでも、あるいは北欧の都市でも、みなそういったように都市ができて参っております。たとえばストックホルムあたりに行って見ますと、町の中心部は八階建てくらいの建物でずっとできている、そのまわりに行くと六階建てくらいの建物がずっとあるといったようなわけ合いでございます。それにいたしましても、昔からの都市の概念で、町の比較的中心部というのは高い建物が櫛比しているというところになっておるわけであります。わが国の都市計画におきましても、そういう西欧の伝統を引いて参りまして、昭和十年ごろにいたしましても、都市というものはやはりまん中が高い、だんだん外に低くなっていくのだ、町の中は、また高いと同時に立て込んでいるということが当然のことなんだ、またそのほうが経済上からも何からも当然あるべき姿なんだと、こういうことになってきておったわけでございます。
 ところで、近年になりまして、その考えが、ヨーロッパ自体においてもたいへん変わって参りまして、たとえばある人の意見を――まあ、私の意見というよりも、そういった、たとえばドイツのある人の意見といったふうなものを、単にこれは一人の意見でなくて、みんなの考えを書いたようなものをちょっと御紹介いたしますというと、近年の都市計画の、特にドイツの戦後の都市計画のプリンシプルというものは、以下述べるようなことであるということでございます。
 第一は、そういったふうな古い都市というものは、近代の経済的、あるいは社会的、あるいはその他の生活上の近代の要請にだんだんそぐわなくなってきているので、その古い町というものはだんだん作りかえていかなくちゃいかぬ、更新していかなくちゃいかぬということでございます。そうして、その更新をしていきますのに、町のそういった姿と申しますか、そういったものも自然と直していかなくちゃいけないというのでございます。
 そこで、どんなふうに一体形というものが直っていったほうがいいのかと申しますというと、町の中心部といえども必ずしも立て込んでいる形というものはよくないのだということでございます。そうかといって、これを郊外の田園地帯みたいなものを町のまん中に持ってくることはもちろんできないわけでございますが、そういった、今までのような、ある一定の高さに建物をそろえて立て込んでいくという形ではなくて、ある部分はずっと高くなって、ある部分は低くなるといったような建物のいろいろな高さの組み合わせで、そこに、日光あるいは風、その他そういった健康上にいいものを持ち来たし、あるいは都市の景観というものも新しく作りかえていく、それがこれからの都心の姿だ、また同時に、町の外のほうにいっても、必ずしも家を低くする必要もないのである、こういうことでございまして、近来、ヨーロッパの都市におきましても、郊外の住宅地などにおきましても、盛んに高いアパートを作っておるという工合でございまして、高さというものが、昔は階段的にそろえられておったものが、少なくとも高さの面につきましては、内も外もそうはなはだしい違いがない、また、その空間的な取り合わせにいたしましても、低いものと高いものを組み合わせるといったような面におきましても、だんだん昔のような一つの型というものがどんどん取り除かれて、新しい形になってきているというふうに見られるのでございます。
 それから、もう一つのプリンシプルの大事な問題は、交通の問題でございます。近来の自動車交通というものは、ヨーロッパの古い都市をゆり動かしているわけでございまして、まあアメリカでもそうでございますが、交通路を新しく作る、あるいはまた駐車場を作る、要するに、自動車交通――動いている自動車に対しても、とまっている自動車に対しても、何らか新しい手を打たなくちゃいかぬということでございます。その面におきまして、都市の、先ほどもお話に出ました土地の利用にいたしましても、土地の利用と申しますと、結局、建物の利用、建物の用途ということになるわけでありますが、その建物の用途と、常にそこから出てくる自動車の分量というものを勘案して、都市内の土地の用途というものを考えていかなければいけない、そういうふうになって参っております。それと同時に、交通路の整備をしなくちゃいけないということでございます。今回の容積地域といったようなものは、そういう面からも都市計画的に十分検討する必要があり、また、そういう意味において理由があると思うのであります。
 それからもう一つの現代の都市計画の問題といたしまして、そのドイツの都市計画のプリンシプルに取り上げられますことは、これも昔からの問題でありますが、グリーンでありますとか、公園でありますとか、こういったものの整備が必要であるということであります。ヨーロッパにおきましては、あるいはアメリカの都市におきましては、日本と比較にならぬそういったものが多いということになっておりますけれども、さらに、これからの社会的な、あるいは経済的な、あるいは技術的な進歩によりまして、ヨーロッパにおきましても、人々のだんだん、いわゆるこのごろ日本でもやかましいレジャーがふえる。そういう人たちのレジャーを過ごす場所というものを、都市内において、居住地から遠くないところにおいて与えなくちゃいかぬということで、それを重要な方針の一つとうたっているような次第でございます。日本の都市におきましても、ざらに向こうと比較しまして、そういう点において欠点があるわけでありますが、これらを一括いたしまして、都市の中の土地の利用というものを新しく考え直さなくちゃいけない、それから建物の容積というものを考え直さなければいけないということになってきておるのでございます。
 まあ、アメリカ等におきましても、アメリカは、特に十九世紀の南北戦争以後におきまして、都市が急激に発展いたしました。そうして、いわゆるスカイスクレーパーというようなものが盛んにできてきたわけであります。そんな関係で、アメリカでは、特に建物の高さの規制というものが、十九世紀の末から今世紀の初めにかけてやかましくなってきたのでありますが、今から考えますというと、ある程度規制をしたのでございますけれども、町のある部分の建物の全体の容積というような考えは当時はなかったのでございます。近ごろのあるアメリカ人の書いた本などに、まあ皮肉といいますか、ユーモラスといいますか、今世紀の初めごろの都市計画化というものははなはだ楽天的であったというような表現をしております。その意味は、たとえばシカゴのダウンタウンにおきまして、その当時の建築規制、建物のスカイスクレーパーの高さなど規制はしたわけでありますが、その当時の建築規制で許し得る範囲に建物を建てて人が入るというと、何千万という人が入り得るだけの容積になる。あるいはニューヨークのマンハッタンにその当時の規制で許し得る限度に建物を建てて人を詰め込んだ場合には、どうかするというと、合衆国じゅうの人間が入り得るような容積があるのだといったような工合で、その都市全体の容積というものに対する考慮が払われていなかった。それでも、それでずっときておったのでありますけれども、最近は、先ほど申しましたような自動車問題というものとからみ合って参りまして、こういう形でほうっといてはいかぬのだということになって参ったわけでございます。
 さらにアメリカは、御存じのような、たいてい碁盤割の町でございまして、いわゆる単調な町が多いりでありますが、そこに高い建物が櫛比いたしまして、息が詰まりそうだといったような町になりつつなってきておったわけであります。こういったものに、やはり先ほど申しましたような意味で、風通しをしなくちゃならぬ、息が詰まりそうだというようなことで、町の改造というようなことが今世紀の初めからもいろいろ叫ばれておったのでございます。最近に至りまして、ようやく都市改造というようなものが軌道に乗っておるわけであります。そのやり方はどうかと申しますと、現在のニューヨークやシカゴの建築規制がそうでありますように、やはり容積的にやっていくということであります。
 そういう意味で、高いものと低いものをうまくまぜ合わして、都市の空間を少しでも有効に働けるように持っていく、こういった意味の、いわゆる容積制というようなものがどこの国でも行なわれつつあります。二、三年前アメリカの都市を見まして、昨年もヨーロッパの都市を見て回ったのでありますが、こういう趨勢は、日本の都市におきましても、とめるわけにいかないだろう――とめるわけにいかないというよりも、こういう新しい趨勢をとるほうが、日本の都市としてもよいであろうという感じを強めたのであります。そのためには、高いのと低いのをまぜ合わすのでありますから、今までの高さの規制をこえて高いものを許さなくちゃいけない。またそのためには、そういった高いものがまたぎっしり建つのではいけないのでありまして、そのためには、全部ぎっしり建たないような制度をとる必要がある、そう痛感したわけでありますが、そこに、今回のこの法案にありますような容積地域というものがぜひとも必要だということを強く感ずるのでございます。そういったような意味におきまして、この容積地域というものが法制化され、それが適切に運用されることがぜひ望ましいと思うのであります。
 特に、この適切に運用されるという点におきまして、なおつけ加えますと、先ほど申しましたような、都市の全体的な容積というものを各都市について適切に考える。また、直接には、交通問題に対しまして、その都市の建物の容積というものを適切に考えなきゃいけないということであります。それで、今度の法案にもいろいろな容積の基準がございますが、これを全国の各都市にどのように適応さしていくかということが、これから最も大切なことだと思うのでありまして、単に、その基準がいいとか悪いとかいうよりも、今後の適用というものが最も大切であると、こう考える次第でございます。
 たいへんに簡単でございましたが、以上、私の容積地域制についての感じでございます。
○委員長(木村禧八郎君) ありがとうございました。
 次に、小森参考人にお願いいたします。
○参考人(小森武君) 私は、財団法人都政調査会といろ団体で、東京の都市問題といいますか、そういうことを全く民間の立場で勉強しております。そういう立場から、今度の建築基準法の改正について感じたことを、参考までに申し上げてみたいと思うのでありますが、それを二つに分けて言ってみます。
 その一つは、いわば根本的な、つまり批判といいますか、意見になると思いますが、この程度の改正では、問題の根本的解決にはならないのじゃないかと、こういうことであります。そうすると、その根本的な問題の解決というのは一体どういうことかということになるわけでありますが、それは、要するに、皆さん御承知の、今日の東京に見られているいろいろな混乱、都市問題のガンといわれている、そういう問題の解決になるかならないかと、こういうことであります。
 ごく最近、私の会で、戦後東京にどういう建物が建っているかということを十五年間詳しく分析してみました。そうしますと、大体、地上四階以上で床面積が二百坪――中高層建築物の最低の限度になりますが、そういう建物をどこにたくさん建てているかということを調べてみますと、千代田区と中央区と港区、これは都心部といいますが、東京全体の面積からすると、せいぜい二%くらいしかならないところに、東京じゅうに十五年間で建った建物のうち四五%がそこに建っております。しかも、その建物の種類から考えてみますと、郊外には、たとえばアパートが建つ、あるいは工場が建つ、あるいは倉庫が建つと、こういうことでありますけれども、都心部のほうに建つのは、一番早く建ったのはデパート、その次は官庁、役所であります。これが一段落つきまして、役所が全部ついて、この二、三年の間には、事務所といいますか、そういう会社の管理機能を営むところのそういう建物が非常にたくさん都心部に建っているわけでございます。
 そこで、どういう結果が起こってくるかといいますと、今松井先生も言われましたし、この法律案の改正要旨の説明にもありますが、その問題のところに、交通問題だけが非常にたくさん出ている。都心部にそういう大きなビルがどんどん建つために、交通問題が深刻になった。このことにはむろん間違いはありませんけれども、私はそれだけじゃないと思う。たとえば水の問題です。ビルが建ちますと、地下水を使いますが、これは一部制限しておりますが、地下水をくみ上げるか、もしくは水道の水を使う。そのために、たとえば東京都は水不足で悩んでおりますけれども、東京じゅうの水の全体の一八%が、ただいま私の申し上げた、その二%のビルがたくさん集まっているところで水を使っておる、こういう結果になっております。あるいはごみ。もっと簡単なことは、ごみなんかでも、都心部のごみの処理は、一般家庭と違いまして、普通の家庭の量よりもたくさんのごみを出す。早く言うと、そういうようなビルが集中するために、単に交通問題だけでなくて、たくさんそういう問題が起こってくるわけであります。これを私は、今の都市問題の表に現われたガンだ、こういうふうに考えておるわけであります。それを一体、今度のこの規定だけでそういう問題が解決できるか、私は非常にむずかしいと思う。
 私の言っておることは、多少間違いかもしれませんが、もともと、建築基準法というものは、建築物の、早く言えば、物理的側面といいますか、鉄とコンクリートの建物自体を、つまりいろいろな角度から制約する基準を出す、こういうことになるわけであります。しかしながら、忘れてならないことは、そういうビルディングというものは、鉄とコンクリートでできた一つの物理的な建物であると同時に、これは生きたもの、こういうことです。だから私は、そういう、つまり物理的な建物であると同時に、これは生きものとして、機能的なといいますか、用途的な観点からもやはり考えて見ない限りは、なかなかこの都市のそういう高層建築物の呼び起こすであろういろいろな困難というものは解決できないのじゃないか、こういう気がするわけであります。
 そこで、まあ、たとえば、ごく卑近な例をあげますと、この前、ワイズマンという、アメリカから国連の視察団が東京にやってきたときに、私も呼ばれて会ったのでありますが、いろいろな話をしたときに――こういう具体的な例を申し上げては恐縮でありますけれども、芝公園のゴルフ場を見に行って帰ってきて、一体どうしてああいうところにゴルフ場があるのか、世界じゅうの都市を回って見たけれども、都心のまん中に緑を残すのは賛成だけれども、ゴルフ場を残すことは例がない、こういうことを申しております。これはどういうことを意味するかといいますと、都心部で、おれの持っている土地だから、つまり私の私有権だから、そういうことを前提として、何を作っても勝手じゃないか――建築基準法や、公園でありますから、そのほかのいろいろな制約はありますけれども、その約束に従えば、そこに何を作ってもいいじゃないかというような考え方が先行しているわけですね。しかしながら、私どもの考え方、あるいは世界のそういう専門家の常識から言うと、こういう都心部の土地というものは、私の土地であると同時に、ある意味では都民全体、国民全体、 つまり、そういう意味で、その使い方ということについては、公共的な、ある程度の考慮が人っていかなければいけないはずだ――こういうことが、どうしても私はゴルフ場なんか典型的に示されるものだと思うのでありますが、出てこなくちゃいけないと思うのです。今日の基準法や、あるいは都市計画法についても、何らそういうことには触れていない。この説明を見ましても、都心部における土地の高度利用ということは言っております。それは高度利用ということは言っておりますけれども、それでは、都心部における空閑地はほうぼうにありますけれども、そういう空閑地はほうっておいてもいいかといいますと、それに全然手を出すことができない、こういう事情があります。
 いろいろそういう点は、話が長くなりますからやめますけれども、提案理由にありますように、土地の合理的利用とか、あるいは交通難の解釈とか、あるいは道路その他の都市施設との均衡とか、そういうことが前提になっておるわけですね。そういうことをもしねらっておるとするならば、この建築基準法の改正というのはごく一部分にすぎないのでありまして、単に建築基準法だけでなくて、それに関係するいろいろな都市計画法とか、土地収用法とか、あるいは駐車場法とか、いろいろあると思いますが、そういうもの全体を通じて、もっと大規模な改正ということをぜひやっていただきたい、あるいは、やらなければいけない、こういうことを感じておるのでありまして、その点が私の申し上げたい根本的な、何といいますか、批判といいますか、考えになるわけであります。
 それから第二番目の点について、今度は、この改正案そのものについての簡単な意見になりますが、今まで参考人の方々が申されておりますように、この限りでは、やはり確かに一歩前進だ、こういうふうに考えまして、非常に私はこれはけ。こうだと思うのでありますけれども、なお、細目の点については、しろうとでありますけれども、幾つかの疑問点があります。この改正案そのものはけっこうだけれども、細目の点では幾つかの疑問点がある。時間がありませんから、その一、二だけ申し上げておきますけれども、たとえば、これは敷地の面積、土地の広さに応じて、つまり容積で規制する。今までは高さだけで切ったわけでありますが、容積で規制するということになっておりますが、その場合に、
 一体敷地というのをどういうふうにきめるか、これは私はかなり重大な問題だと思うのであります。と申しますのは、都心部であればあるほど土地の、つまり権利関係とか所有関係とか、そういうものが非常に錯綜しておりますから、そこで、必ずしも相手の同意というか、自分のものでない土地でも、自分の土地だ、自分の敷地内だというふうに計算して書類を作って出すことは、できない相談ではない。というのは、高層建築の場合は、まさかと思いますけれども、今までの木造建築なんかの不法建築ですね、そういうものを見ますと、よく敷地の関係であいまいなのを、相手の承諾を受けているとか、あるいはこれだけの土地があるのだというような形にして出しておるわけであります。そういう不法建築が非常に多い。ですから、高層建築の場合には、まさかそこまでやらないだろうと思いたいのでありますけれども、やはりその辺にはっきりした、つまり土地についての、敷地についての確認の方途といいますか、方法ということを、どうしても私はここでつけ加えておかなければいけないのじゃないか、こういう気がするわけであります。
 それから同じような意味で、第二番目に、たとえば敷地あるいは空地ということが、ここでいわれておりますけれども、それは本来の土地、自然土地といいますか、土地以外にも、これは竹山先生なんかの御意見もお伺いしたいのでありますが、たとえばビルを作って、その二階から上のところに、何階か大きな建物を作る場合に、その二階のところを、早くいえば人工的な地盤、人工的な土地といいますか、下のほうは、道路にするとか、駐車場にするとかして、公共的な用地に下を使って、二階建ての上のところ、屋根になりますか、そこの人工地盤というようなところを、そういう特殊な条件のもとでは、敷地の一部といいますか、空地とみなすようなところまで拡大したほうが、現実にマッチするのじゃないか、こういう気がするわけであります。たとえばこの法文を見ますと、そういうことは地方公共団体の認定でやってもいいということを書いてあるのでありますが、そこにはっきりと「空地」とだけ書いてあるわけですけれども、その場合に、「空地」というだけにとどめないで、たとえば「空地など」、「など」ということを一項入れることによりまして、その二階の人工地盤も敷地の一部に計算できる、こういうような余裕を入れたほうが、運用の妙味も生まれるのじゃないか、こういう気がするわけであります。
 たいへん簡単でありますが、以上をもちまして私の意見を終わります。
○委員長(木村禧八郎君) ありがとうございました。
 以上をもちまして、参考人各位の御意見の開陳は全部終わりました。
 これより質疑を行ないたいと思います。御質疑のおありの方は順次御発言を願います。
○田中一君 最初に、笠原先生に伺いますが、あなたは建築学会で今回の改正案の主査かなんかを務めておられたように伺っておるのですが、これは、建設省からどういう諮問あるいは努力を求められたかという点が一つ。それから建築家としてですね、大正大地震というものは、もう相当の年月を経ております。それから世界各地、また日本にも、いろんな意味の地震が起きております。その中で、かつての市街地建築物法というものとの関係において、これは単に――都市問題は別ですよ、建築物そのものずばりという考え方で、なぜ百尺、三十三メートル幾らに押えられたかということは、もう大先輩の笠原さんは、おそらく反省しながら考えられておったものが、たくさんあったと思うのです。そこで、そうした意味の強度の安全性というものだけを建築技術家が――これは建築技術の研究なりまた考え方が建築技術家だけのものであった時代のことを言っているわけです。社会性というものがない時代のですね。そういう点について、なぜ今まで建築基準法上の百尺、三十三メートルですか、これ以上のものが許可されなかったか、あるいはこれ以上の高さのものに対して認むべきであるというような議論と、認むべきでないという議論と、相当長い間、学会等でも論争があったと思うのです。それのひとつ歴史的な、今日にくるまでの学会におきますところの建築の高さに対する論争というか、そういう点を結論的でけっこうです、概略でけっこうですから、ひとつお聞かせ願いたいと思
 います。
○参考人(笠原敏郎君) たいへん広範にわたりますので、御質問の趣旨に沿うかどうかよくわかりませんけれども、建築学会は、しょっちゅう建築法規というものの全般の研究をしておりますので、その委員長を私しばらくの間やっておったというわけであります。この原案を作ったというわけじゃないのですが、ただ最近に、建設省の住宅局長から学会のほうへ御照会がありまして、建築物の高さというものの制限を撤廃するということはどうかというような、そうするについては、建築規制のほうから、どんなふうにすればいいかというような御質問がありまして、それで学会といたしましては――原案を持ってきませんでしたけれども、今申し上げましたように、都市全体の生活用途あるいは交通用途、いろんな点から考えて、にわかに無制限に撤廃するというととは、あまり適当じゃないだろうと……。それから、ついてはこの機会に、高さの点にも関係しますが、もうすでにだんだんやってきていますが、結局、高さ規制をとったらどんなものだろうかというような意見を申し上げておったわけであります。それでその案は、学会としてもいろいろ考えてはおりましたけれども、この案は建設省の案でありまして、学会が直接いろんな意見は……、中に委員としても来ておられる学会の会員がおられますから、意見の交換はやりましたけれども、それから、案もこういうふうに書いたらどうかというようなことはありましたけれども、出てくるこの案というものは、大体建設省の意見であります。そうして、あとから拝見しますれば、大体私がさっき申し上げましたように、適当なものじゃないかというふうに考えてはおりますけれども、これは私個人の考えであります。
 それから、さっき、地震のおもな点は、百尺の問題ですが、あれは一番初めには、市街地建築物法に、百尺という、関東大震災のあとでもありますし、また、建築の耐震的研究というものもあまり今から見れば、ここに竹山さんもおられますが、進歩していない時代でありました。まあ百尺くらいが適当じゃないかというような考えであります。今まで建てた丸ビルや、ああいうものがぼつぼつ建ち始めておりましたけれども、ああいうものも百尺で押えておって、丸ビルなんか相当いたんだり損害もありましたけれども、あれくらいになれば、設計を慎重にやればいいんじゃないかというような点であります。
 それからその時分、公式な申し入れであったかどうか、今覚えておりませんけれども、政府の機関であります地震の研究会なんかでは、もう少し低くしたらどうか、八十尺くらいにしたらどうかというような意見もあったようでありますが、いろいろな方面からも考えております。あるいは今、さっきも私ちょっと申しましたが、しかし、百尺というのは必ずしも構造だけでいっておるのではなくて、土地の利用なんかを考えても、当時の建築から考えて、そのくらいが土地利用の上からいってもよかろうし、震災の上からいっても、そのくらいならば、技術方面にだんだん研究が進めば安全じゃないかというような点から出たのであります。
 それから、どう考えておるかというと、一つは、これは建築設計のほうですね、建築家の構造だけでなくて、全般的なデザインから考えて、高さをもう少し高くする、だんだん技術も進んできたのであるし、高さをもう少し高くして、そのかわり、一方においては、大都市の中心なんというものは、実に息苦しくなっておるんだから、あき地を少しとらせる。一つ一つの建築にしても、一方においては、低い所、あるいはあき地を残して、一方には、高いものを建てるというようなふうにしてゆるめたらどうかという意見も――時代の事由というほうですね、これは大きな一つの収獲だと思うのですけれども、そういう意見が相当強く新しい建築家の方面なんかでも出ております。それで、今までのような全体のボリュームを大きくするというのは、これは今の都市の大都市現象を起こすもとになって苦しんでおるときに、あべこべの方向に持っていくということはできないけれども、一定のボリュームの条件のもとでは、あき地をとる、それと同時に、高さのほうは、もう少し高くしてもいいんじゃないかというので、むろん、今非常に進歩した建築技術の点をもちまして、今のように、そのかわりなるべくあき地を多くする、あるいは一方を低くして一方を高くするというようにして、交通なんかも楽にしたいというような、いろいろな多目的な方面から考えて、あき地規制を機会として、やはり高さのほうも少し自由にしておるわけであります。しかし、実際として、そんなに高いものができるかどうかということは疑問であると思います。さっき申されましたように、経費の点とか、それから理論的に申しましても、そう単純なものでもないように思っておりますから、そんなわけで、今のようになっておるのであります。市街地建築物法の時代から、建築物そのもののいわゆる単体規定といいますか、そのものの規定もありましたが、市街地建築物法がちょうど関東大震災なんかを経験しましたので、一方においては、都市計画の問題が盛んに運動が起こっておる時分でしたので、その影響を受けて、都市全体の町づくりという方面からの規定も、その時分から改正されて入っておったわけであります。そんなことであります。
○田中一君 これは、竹山参考人にあわせて、今の問題とからんで聞いておきますけれども、まあ佐野さんもなくなったし、内田さんも、おれはもう引退するのだと言っておるし、まあこの辺でという空気が学会にも出てきたのだと思います。たとえば経済界でも、第一生命のように、いろいろ自分の会社の経済性というものを考えて、まあ十二階規制とか十三階規制という要求もあった。今までああいう大先輩は、がんとして、それ以上は危険だ、そんなものは建築学上、関東大震災が再び来た場合には保証できないというようなことを言われたことがあるように僕も聞いておるのですがね。今、竹山さんからも、私は一ぺん実験を見に行ったこともありますし、相当熱心に耐震実験を行なって、それでいろいろなデーターができたものだと思うのですが、これはどこまでも純粋な、あなたが言うように純粋な構造上の、技術的な一つの証明なわけなんです。で、昨年の十月二十九日に、建築学会が、これらの問題を含めた、この案の内容を含めた意見を相当各方面に流しております。私のほうにも参っておりました。この問題点は非常にいいと思うのです。これだけよく学会の知のうをしぼって、新しい試みというか、河野建設大臣の思いつきというか、これに対して、はっきりと技術家としての態度を表明しておる。この意見書は非常に尊重すべきものである。かつまた、ここにすべてのものが集約されると思っておるのです。しかし、笠原先生の場合には、これは自分の立場上、賛成とも言えないし、反対とも言ってない、あなたの速記録を見れば……。けれども、賛成という言葉は聞いてないのです。この辺がよかろうという程度のことらしいのですが、竹山さんの場合は、賛成した、はっきり賛成と言っている。しかしながら、いろいろな問題を提起しておるわけです。それでいいと思うんです。そこで、おそらく茶飲み話に、三十階程度が適当じゃないかというようなことも、今言うとおり、技術的にこれを立証するのは、なかなか時間がかかると思うんですが、その点は何年くらいかかったらば、三十階程度がよかろうという茶飲み話が技術的に証明されるか、あなたはもう研究所をやめたから、なかなか今の都立大学では、そういう研究をするのは骨が折れると思うけれども、あなた自身としては、何年くらいたったらそれが証明されるという考え方を持っておるか。これは三十階も二十五階も二十階も私は同じだと思う。階数によってだんだん、今度は二十一階やってみよう、今度は二十三階やってみようという研究をやっているんじゃないかと思う。この地震の強度というものが一応想定されるけれども、これは未知数ですよ。
 それから今の御指摘の地盤の問題ですね。東京などの沖積層の場合には、よかろうという、岩盤だけじゃ安全性がないんじゃないか、それよりもっと下のいい岩盤上に建てなければならぬのじゃないかということを言っていますが、これも竹山さんのずるさじゃないと思う、良心だと思う。責任を持ちたくないから、ずるさで言ったっていいですよ。しかし、あなたは良心だと思う。そういう点なども、東京には幸いに地盤図があります。その地盤図の中で、どの地区はどうだ、あの地区はどうだということを、だれがこれを立証するか、これはあなた方構造学者の実験によるデータというものに、社会は安心、信頼するわけなんですけれども、これは東京の場合でも、東京都あたりにまかせておくなんてとんでもない話です。これは池原さんなり大河原さんなり、いるけれども、これはお二人だってこれに対してこういう申請があった場合、この地区ならよろしゅうございます、という確認申請を許可するなんという自信は私はなかなかなかろうと思うのです。それで、実際にこれが社会の一つの現象として建設されるということを、むろん隣接の土地の所有者、居住者はいろんな不安がありますが、どういう形で、証明される時期がいつごろ来るかということを、ひとつ竹山さんに伺っておきたいと思います。
○参考人(竹山謙三郎君) それでは、ただいまのお話につきまして、私の感想を申し上げ、お答えいたしますが、まず初めに、最初におっしゃいましたことからちょっと触れさしていただきたいと思います、ちょっと誤解があるといけませんので。実は、先ほど笠原先生もおっしゃいましたけれども、市街地建築物法がきまりましたのは関東震災の前でありまして、そのときに、高さの制限をしたいという条件を、理由を読んでみますと、まず第一に、あまり大きな高い建物を建てて大ぜい人が入ると、非常に収容人員がふえてしまって、周囲の交通を阻害するということがはっきり書いてある。それから二番目に、あまり高い建物を建てると、周囲の環境を悪くするということがはっきり書いてあります。あとは第三番目に、地震、火事の場合、避難の問題があると書いてある。そのすぐあとで関東大震災が参りました。そのときに、笠原先生のおっしゃったように、非常に議論がございました。耐震性の点で、百尺では高過ぎるのではないかという議論がありましたけれども、しかし、その問題は、まあ、もった建物もあるんだから、百尺でいいんではないかという、一応それで通ったわけであります。おそらく前の二つの理由は、厳然としてそのときからあったわけです。その後、耐震構造がますます進歩いたしましたから、もっと高い建物が十分建て得ることになったわけでございますけれども、現実にそういう高いものを野放図に建てれば、周囲の交通問題、それから環境問題という点は、依然として解決されないまま残り、ますます悪くなる。しかし、周囲に空地があった場合には、従来の建築基準法でも、周囲に空地があればもっと高い建物が特別に許されております。現に四十五メートルの建物が大阪にあるし、東京でも四十三メートルの建物があります。そういう状態でありますから、一応耐震構造の進歩にあわせてそういう高いものができるようになっていたというのが、これまでの実情だと思います。ところが最近、特に二、三年来でございますが、電子計算機の活用ということが非常に盛んになったというよりも、ようやく日本でも活用できるようになった。そのために、安心して高い建物を設計できる見通しが立つということもから見まして、一昨年に特定街区というものができまして、あれではもっと高い建物ができるようになったというのが、今までのいきさつであります。今度、まあいろいろなきっかけがありまして、容積制限に変わった。ですから、容積制限の趣旨は、私は前からあったのじゃないか、こう考えております。
 次に本論の、いつごろ一体それでは高さの問題が解決するかということでございますけれども、その耐震性の問題につきましては、やはり何と申しましても、高いものは、低いものよりいいというわけではございませんが、どうしても構造費に金がかかるということ、これは避けがたい。それから、先ほど申しましたいろいろな利点、たとえば窓ガラスが壊れないようにするためには、あるいはこういうパネルを耐震的にも、火災の点でも、あらゆる点でよくするためには、かなり金がかかる。で、経済的に高い建物は、単位面積の価が値上がりするということは、さしあたっての近い将来においては免れがたい。これは日本のその他のこういう材料の製作の技術といいますか、そういうものの進歩、あるいは鉄材自体がもっと非常に改良されまして高強度の鉄材ができ、接合法がもっと進むというような時期を待たなければならないと思うのであります。ですから、そういうこと。それからもう一つは、さっき地盤の問題を申し上げましたが、地盤の問題につきましては、私は少し口はばったいことを申しますれば、こういうこともあろうかと考えまして――というよりも、地盤の問題が建物の建設に非常に重要な関係があると考えまして、逐次全国の地盤をずっと調べております。少なくとも東京あたりにおきましては、これは東京都の非常な御努力があるのでございますが、かなりはっきりしたマップができておりまして、その地盤のマップによれば、大体この程度のところまでは超高層建築が建ち得るだろうというようなことも、推定がつくかと思います。こういうマップのできて、おるところは、全国でもまだそう数多くはございませんけれども、逐次これが整備されます暁には、そういう地域の限定というものもだんだんはっきりして参ると思いますが、ただ、そこで重い建物をくいだとか、ピアのような、そういうひょろひょろしたものでかたい地盤にささえたのでは、これは私個人の見解でありますが、どうも振動的に非常に不利であるから賛成できない。そのかわり、ケーソンとかウエルとか、もっとマッシブな、上の建物の剛性とも見合ったような基礎がもっと進歩いたしますならば、建物の地下室の底を必ずしもかたい地盤におろさないでも、そういう点は解決できると思いますけれども、やはりこの解決の時期というものは、現在では相当大じかけな各方面の協力研究が必要でございます。しかし、現在の進歩の状況で申しますならば、あと数年の間に、かなり見通しも得られることになるのではないかと思います。しかしながら、私の申し上げますことは、御質問のあった、はっきりした何年ということは言えませんけれども、現在ではもう各学校、研究所、それから民間の研究所、そういうものが総力をあげてこれにかかっておりまして、従来のようなぼつぼつと個人がやっておるものとはだいぶ違って参りましたから、今後の研究の進歩も非常に早いと思います。予想外に早いのではないかと思いますけれども、結局その建物の高さというものは、そう野放図に高いものではないということは、経済性の点から申しまして言い得ると思います。ちょっと意を尽くしませんでしたし、御質問とはずれておるかもしれませんが……。
○田中一君 東京都の大河原君、池原君、どちらでもいいから、どうですか。この法律が施行され、そして、一応これならよかろうという地点に三十階の建築の確認申請が出たという場合に、これは池原君のほうだな、指導部長のほうだな、それをどういう形で、どういうものを鏡にして写し合わせて、これなら許可をしようということにしようとする腹づもりでいるかということですね。今竹山さんの話を聞いてみるというと、裏を返せば、もう数年あとに出してくれたほうが、建築学者としては、安心だということだが、さて、それを申請された場合に、何でその確認申請を許可しようとするか、その基準、心がまえ。おれはできぬから、これは竹山君に相談しようなんということじゃ困るので、どういう形で認めようとするか、その心がまえでいいですよ。今ここでもって――あなたは行政官だから、竹山さんのような構造学者じゃないんだから、同じ建築だって、行政官だから、その点は手続上の問題で言ってもらえばいいのですよ。
○参考人(池原真三郎君) 今の田中先生の御質問にお答えいたしますが、建築基準法の第三十八条に、「特殊の材料又は構法」ということがございまして、「この章の規定又はこれに基く命令若しくは条例の規定は、その予想しない特殊の建築材料又は構造方法を用いる建築物については、建設大臣がその建築材料又は構造方法がこれらの規定によるものと同等以上の効力があると認める場合においては、適用しない。」という項がございます。それで、との容積地区制の改正がされました場合、当然政令の改正で構造関係あるいは防火関係の規定が整備されるものと思われますが、また、その整備される内容につきましては、やはり建築学会の特別委員会を設けて、いろいろ検討をされているようでございますが、こういうことにつきましては、私たちとしましては、やはりそれに見合った政令の細目の規定が、建築物が申請されてきました当時まだできておりません場合は、やはり建設大臣にお伺いして、その御意見を聞いて、これを確認、建築基準法による、建築基準法の規定に合っているという確認をしなければならない、そういうふうに考えております。いずれにしましても、最初のころは、できるだけ慎重に各方面の御意見を聞いてやらなければなりませんと思っておりますし、法的には、やはり建設大臣に申請する、そういうことになると考えております。
○田中一君 それでは、池原指導部長から、政府にどうしたらいいかという問い合わせがあった場合には、建設省は、前田君でもどなたでもいいが、どういう扱い方をするか。
○政府委員(前田光嘉君) 法規上あるいは学問的にも、まだ確立されていない面が含まれております場合には、やはり慎重を期する必要がございますので、ただいまお話がございますように、東京都その他の行政庁から、大臣に申請があると思いますので、その際には、建設省におきましても、建設省部内で決定するに際しましては、学識経験者からなる適当な権威のある方々の審査機関と申しますか、そういう機関に諮りまして、心配ないという御意見をいただいた上で、個々に確認するようなことにいたしたいと考えております。
○田中一君 やはり早いんだな、これは結局。そうすると、日本の構造学者なり地盤学者なり、等を集めた確認申請に対する審査委員会でも作るんですか。結局、問題は、責任の所在が明らかにならなければならないというのですよ、問題は。私が言っているのは、技術的にいい悪いの問題の結論ができる場合には、法律が責任を持つということは、これは基準法の一番の主眼なんだ。われわれは法律を信ずるんです。ところが、行政の部門で、それがどうも明確な、技術的な確信がないというならば、だれを信ずるかということです。建築研究所に十年以上もいた竹山君が、まだほんとうに安心できるのは数年かかるのだと言っていると、一体、だれがどういうことでそれを立証するか、これは非常に危険です。大体建築物の社会性ということを考えてもらわないと、金持が、国が思う存分大きい建物を作ればいいんだというものではないですよ。われわれはそんな危険なもののそばを通らなければならない。また、醜悪なデザインのものを作れば、その醜悪なデザインの建築物を、われわれ部民は、公民は見なければならない、そういうものを強要されるのです。そこに建築物の社会性というものがある。こういうものを考えないで、考慮されないで、まだ煮詰まっていないものを、われわれの生活環境の中にぶち込まれるということは、非常に危険を感ずるんです。今、前田局長が言われたように、それではこれに対するところの審査は、最初のことだから慎重にしなければならない。審査機関として、こういう人たち、こういう人たち、こういう人たちをひとつ委嘱して、まず、最初のことであるから、十分に、それらの方々に慎重な検討をしてもらってその上で許可する、不許可にすることをきめようということらしいけれども、それに対する責任の所在というものは、法律的にいったら政府ですよ。しかし、政府自身があいまいなものであったら、法律を作る必要がない。早い、時期尚早だということを言わざるを得ないのです。われわれは善良なる市民、国民なんです。採算を無視した大資本家や何かが宣伝ために建てられちゃ迷惑しごくです。その点の、との法律ができた場合の責任の所在は、どこに持とうとするか。幾ら政府が言ったってだめですよ。私は政府を信頼しない、たくさんのものを知っておりますから、ですから、その点はどうですか。これは竹山君、ものを言いたそうにしておっても黙っていなさい、君は参考人なんだから。これは政府に聞いておるんだから。これは前田局長、どう思う。その点は、具体的にこうして、こうして、こうこういうふうにやります、というくらいは、発言がなければならぬですよ。
○説明員(前岡幹夫君) お答え申し上げます。この建物の安全性につきましては、これは、ただいま学会で検討中と申し上げておりますが、これは安全か不安全かという検討は、私ども、今までの学会その他の検討の状況を見ておりますと、昨年の十月二十九日に出ました学会からいただきました答申で、これは慎重に設計を行なえば安全なものができる、という答申をいただいております。実際の技術的な進歩も確かにそうでございまして、その個々の建物を調べれば、これは安全であるかないかということは、もう大体わかるように現在進んでおります。
 ただ、私らが今苦慮いたしておりますのは、それを一般通則化するのに、どういう書き方をするか、こういう点で苦慮しておるわけで、少なくとも安全な建物ができるという確信は持っております。それで、どなたが見ても一般通則としてわかるような、つまり法令化するような、法制化するというようなところに、どういう表現の仕方をするかというところに、問題があると、こう私は考えておるわけです。それにつきましては、あるいは若干の日時を要するかと思いますが、少なくとも大綱的なことを、これだけやれば大体やれるんだ、大体という言葉があるいは不適当かと思いますけれども、まず安全であるということにつきましては、大体確信がございます。それは、そういう点で先ほど竹山参考人が言われましたけれども、今学会の中で、それをいかにまとめるかということに努力して、それは少なくとも、この法律が施行される時期の前に、ひとつ方針を出したい、こういうことで学会の内部では作業が進んでおるのでございます。
 それから、そういうことで、なお細部につきましては、あるいは左するか右するかという問題が残るかと思いますが、そういう問題は、これは通則的に書けないというだけで、個々の建物を調べればわかることでございますから、そういう意味合いで、先ほど局長が言われましたように、最終的には、建設大臣が、三十八条によって扱う場合には、責任をとるわけでございますが、学会の各方面の意見を十分に聞いて、そうして大臣が責任を持って確認する、こういう方向に動いていきつつあります。
○田中一君 地盤の調査図は、たしか国土地理院と東京都でもって今までの、何年前かちょっと記憶ないけれども、何十年間かの建築申請の確認申請の書類によって、一応各地区の地盤構造といいますか、これらのものは一応出ております。ところが、これの信憑性です。ちょっとぼくも不安に思っておるのは、竹山参考人は、おそらく現在の、三十二年度以後ですか、百尺以下の建物を作る場合の確認申請による地盤調査の地盤構造のデータが出て、それを集積したものがあの地盤図だったと思うのです。しかし、高層建築をする場合は、超高層とあなたは言っておりますが、超高層建築をする場合は、これ以上の地盤の調査をしなければならぬのです。そうすると、かりに一件申請があった。そうするとその地盤調査は本人にしてこいというのか、あるいは一つの地盤があって、その下にもっと堅牢な地盤が探し当たるまでそれを持ってこいということになるのか、これはたいへんなことなんですよ、実際を見ると。それも、たとえばそういうものが、今までの建築申請に関連するその付近の地盤構造はわかっているけれども、それ以上の高層建築をする場合の地盤構造に対する安全性を求めるには、どういう方法をとってやりますか。――これはだれに聞いたらいいですかね。竹山君に……。
○石井桂君 ちょっと関連して。関連があるから……。
○田中一君 ちょっと待って下さい。答弁を聞いてからにして下さい。
○石井桂君 あなたの話は、ちょっとしろうとなものだから……。
○田中一君 私はしろうとですよ。私は国民の代表で発言しているのだから、わきから言わぬほうがいい。これは不遜ですよ。
○委員長(木村禧八郎君) 一応整理して田中君だけに答弁して……。
○参考人(竹山謙三郎君) ただいまの御質問につきましてお答えいたします。その地盤図の件につきましては、建設省建築研究所と東京都あたりが協力して作りましたのですが、これにつきましては、相当深い所までボーリングのデータが集積されておりまして、それを参考にしておりますから、私個人としては相当確信を持っております。ただし、地域的にデータのまだ整理されない所が、集まらない所がございまして、そういう点については、まだ不明な点がございますけれども、大綱としては、もう明確になっていると思います。ただ、先ほども申し上げましたとおり、超高層建築は全国に建ち得る問題でございますから、そういう意味におきまして、全国のそういう地盤図というものを早急に固める必要があると思います。さらに、そういう地盤図があるにいたしましても、建物、超高層ビルを設計いたします場合には、念には念を入れて、ボーリング費用なんてそれに比べると安いものですから、十分のボーリング費用は当然建てる人がやるべきだと私は思っております。
 それから先ほどお話がありました点につきまして触れてよろしゅうございましょうか。
○田中一君 どうぞ。
○参考人(竹山謙三郎君) 先ほどちょっと私の申し上げたことに言葉が足りないか、何かお聞き違いがあったのかと思いますけれども、私が先ほどお答えいたしましたのは、超高層ビルを建てる場合に危険だということをいきなり言っているのではないのでございまして、現在研究中のものがまだ完了するまでは、安全側に設計しておいてもらいたいということを言っております。研究が進めば進むほど、それが次第にもっと経済的な設計になっていくかもしれない。ですから、先ほど建物の高さの例で申し上げましたが、あるいはそういう点の研究が進めば、もっと高いものができるようになるかもしれない。そういう意味におきまして、危険ということは絶対避けられるような可能性は、現在の建物の規模によりましては十分確保し得る、こう考えております。ちょっと誤解のないようにつけ加えておきます。
○委員長(木村禧八郎君) 関連、いいですか。
○石井桂君 ちょっと発言したいのですが……。
 ただいまちょっと私が失言して、田中さんに不快なあれを与えてたいへん失礼しました。私は老婆心で、今関連質問して、そうして御参考に供したいことがあったものだから、それで発言を求めたわけです。
○田中一君 参考人に質問するのならいいですよ、ここでは同僚の委員内で質疑はないから。そういう、委員長、はっきりしなくちゃ困るよ。
○石井桂君 で、私どもは、議員でも私はありますが、同時に、建築屋でありますから、ビルの建築などずいぶんやります。しかし、いかなる場合でも、ボーリングをして、その建てるところの場所の地質を調べないで建てていることは、木造以外にはほとんどない。ですから、私の記憶によりますと、震災直後震災復興院などの費用でボーリングを徹底的にして、すでに地質のマップができておるが、それに最近の各高層建築が建つ場合のボーリングをした資料を加えて、そうして相当正確なマップができていると私は思います。これは自分でも参考にしておりますから、そこで、そういう御説明が足りなかった、具体的な説明が足りなかったのじゃないか、こういうことを私は関連質問で言おうと思ったわけなんです。まあ関連質問を求めるに性急なあまりに、今失言をしましたが、それはたいへんお気の毒をしましたが……。それで、今そういうことが参考にあるということと、それから現在の法律でも、きつき竹山さんが言われましたように、百尺ばかりでなく百五十尺ぐらい、四十五メーターぐらい建っている建物があるわけです。ですから、先ほど田中さんから御質問になった、超高層建築についての安全性があるかどうかという質問については、現在十五階ぐらいな建物は実際に建っておりますから、現在は個々にケース・バイ・ケースで安全かどうか判断して許可しております。で、先ほど田中委員が、何といいますか、はっきり何階とかなんとか限度を与えないで、つまり超高層という言葉で質問されたレンジが、非常に範囲が広いわけです。そこで、質問者の意にぴったりこない回答が出ているような私は気持がいたします。そこで、現在でも十五階ぐらいは今の法律で許されているわけですから、今度の制度は、容積地区という特別な地区を指定して、そうしてそこに限定して、しかも、個々の場合に安全性をよく審査するわけですから、もう少し竹山先生、あるいはほかの参考人でもけっこうですが、非常に危惧の念があるのかないのか、その点ははっきりお答え願いたい。
○参考人(竹山謙三郎君) ただいまのことにつきまして、従来四十五メーターというものが建っております、おっしゃるとおり。それにつきましては、従来の建築基準法にきまっております震度を用い、式を用いて計算しております。ただ、これにつきましては、少し安全過ぎるのだという説もございます。だから、もっとこれを新しい解析法によって検討すれば、もう少し節約になるのじゃないかといろ考え方もあります。そういうことをひとつ申し上げておきたいと思います。
 それで、それ以上に高い建物を建てます場合の安全性が一体あるかないかというような問題につきましては、先ほどもたびたび申し上げたようにも思うのでございますけれども、新しい技術の進歩によりまして、私は、そういうものを設計する可能牲が十分出てきておるし、また、ある程度の安全率をとれば、かなり安全なものが作り得ると思うのでございますが、たださっきちょっと申し上げたかったことは、たとえば組み立てのパネルを外に張りつけるというようなことをいたしますと、雨が漏ってしようがない。そういう場合にあまり安っぽいもので作れば雨が漏ってしようがないというような点もございますし、それから火事の場合に、亀裂から熱が入ったらどうだというようなことも、まだペンディングとしては残っておりますが、しかし、それも建物の高さがそうべらぼうに高いものでないなら、たとえば四十五メーターというものが従来ございますが、それからせめて十五階から二十階とか二十五階とか、三十階とあえて申し上げていいかもしれませんが、それ以下の場合ならば、リーズナブルな金で、そうしてそういう危険のないものは作り得るのだということを申し上げたかったのでありますが、私どもは、もっとそれをさらに安く作る方法について、安全でありながら、しかも、安いものを作る方法をもっと研究したい、こういう気持でおりますから……。
○田中一君 そこで第二の問題としては、政府に向かって、私は、この想定される容積地区の、第一種地区から第十種地区までの間の想定される地区の経済的な計算をしてくれと、こういう要求をしているのです。これは、もうこの法律によって全部そういう申請が出るから、こういう要求をしているのです。これは竹山参考人からも、経済的に見た場合には、あまり高いものができないんじゃないかというような考え方、そういうことも言わなかったが、できないではないかということ、なかなか困難だろうということ……。
○参考人(竹山謙三郎君) 現段階ではある程度に押えられるだろう……。
○田中一君 押えられるだろう。そこで問題は、国民経済の上にどういう影響があるかということです。一つの問題は、これを政府としても十分調べて、これは今、竹山参考人が言っているのは、まだこまかい細目の研究問題が残っている。まあいろんな問題があるでしょう。あなた言っていましたね、一つ一つ言ってもいいけれども、そういう問題が一応これなら心配ないというデータが出て初めて計算が成り立つ、建設費の計算が成り立つと思うのです。たとえば消防施設の問題にしても、階段の問題にしても、そういうものの設計上の問題、材料の問題等からきて一つの建設費というものが生み出されてくると思うのですよ。そういう点で、このような高層建築を建てた場合に、むだがあるならば、非常に過大な費用がかかるならば、これはもう土地の利用じゃないのです。それは金持は勝手に作ればいいのだというのじゃないです。やはり国民経済に響いてくるのです。浪費です、これは。そこで、そういうデータを政府では持っているかと言ったら、持ってない、今一生懸命やっているそうですから、これは竹山君もひとつ力をかしてやって下さい。こういうものがわれわれの目の前にはっきりと示されないと非常に不安があるのです。その点は、こまかい仮定した一つのモデル地区の計算は政府がやっておりますけれども、あなたとしては、何階ぐらいが一番建築物の――建築物そのものですよ、都市問題別にして、そのものであらゆる条件、あらゆる高層によるところの施設、あるいは今、言うとおり、地下室をどうしても五階なり、六階なり掘らなきゃならぬという、いろんな条件があるでしょう。そういうものも入れて十五階程度が一番経済性があるかないか、その限度を、大体あなたが想定されている、考えられている、高くなるか、安くなるか、そういう点もひとつ、もしわかっていれば伺いたいと思うんです。ただ先ほど言っているとおり、いろんな条件があります。まだこの問題も調べなき心、ならぬ、この問題も研究しなきゃいかぬという問題がありますけれども、大体どうですか。
○参考人(竹山謙三郎君) それは非常につらい御質問でございます。
○田中一君 つらいと言っても、これが一番大事なんだ。
○参考人(竹山謙三郎君) もちろん重要でございますが、ただいま田中先生もおっしゃったように、耐火性の考え方をどこで切るか、耐震性の考え方をどこで切るか、かなり幅が開くということも最近の研究でわかっております。それで、私どもも今、その方面のことを各方面から検討いたしまして、大体耐火性はこの辺の幅におさめましょう、耐震性もこの程度の幅におさめましょうというようなことを煮詰めまして、もう少しその幅が出たところで、それに対して実際に設計したものの検討を加えてみたいと、私個人は思っておりますが、現在建築界におきましては、それをある程度仮定をいたしまして、そして積算も行なわれているようでございます。それに対しましてのデータ、はっきりは申し上げられませんけれども、大体何階建てぐらいでは、こういう条件では現在の何割増しくらいになるだろうとか、そういう数字も出ているようでございますけれども、それがあとの利用度とまた関係いたしまして、あと何か非常に金の入るように使うかどうかというような問題もあるし、その辺が何に使うかということによりましてずいぶんそろばん勘定が違うように聞いておりますので、実は、そのことは非常に重要だと思いますが、現在まだ研究中ということでお許しいただきたいと、私としてはそうしか申し上げられない。
○田中一君 次に、松井さんと小森さん二方に伺いますが、都市問題に関してです。今度成立しようとするこの法律の改正案によって、都市のどの辺にこういうものが申請され、また、どの辺にこういう建物が出現するかという想定を最初に伺いたいのです。先ほどからいろいろ伺っておりますうち、大体において、過密地帯にそういうのが出現した場合にはこうじゃないか、ああじゃないかという御意見のようにお二方とも伺いましたけれども、どの辺にこれはこういうものが出現するか。松井さんの場合には、それは何も都心ばかりじゃない、郊外にも当然持っていいのだということをおっしゃっていました。それはいいと思いますけれども、想定されるもの、どう考えておられますか。むろんその前に、前段は、むろん経済性というものが、まだ学問的にも実践的にも解明されておらぬという現段階ですと、ちょうど銀座のかどに三愛がああいう不経済というか何というか、まあ見せもの、ショー的な建築物が出現したと同じような思想になると思う。私は、日本の国民経済というのはそうじゃない、今日の段階では。そこで、どういうものが出現しようとするか。どっちみち電気会社か生命保険会社か何か知らぬけれども、とにかく大ぜいの国民から金を集めようという人たちが、結局マスコミの一つとして利用するのじゃなかろうかと思う。まず、その想定を伺いたいと思います。
○参考人(松井達夫君) まず、二つの場合が考えられるわけです。一つは、今の都心部というようなところの建てかえの場合ですね。それから一つは、やはりまだそういった高層建築物のない、木造建築物などのある部分の、まあそういう意味から見ると、これからちゃんとした都市ができるという新しい場所、二つあると思うのですね。今おっしゃったようなのは、どちらかというと、町のまん中の建てかえの場合ですが、現段階におきましては、今おっしゃったような妙な建物の例しか見当たらないのでありますけれども、これからだんだん時間がたちますというと、やはり国民経済的にも、そういうふうに都市を建て直したほうがいいのだという地域がふえてくると思うのですね。現在のパリの話なんかを聞きましても、つい二、三日前に、その大綱が朝日新聞に、これくらいの囲み欄で出ておりました。ごらんになったかどうか知りませんが、パリの町なんかでも、町の三分の一をこれから作りかえるというので、御存じだろうと思いますが、一部もう作りかえている場所もあるようなわけでございます。そういったように国民経済的な意味で、町を現在のままでなしくずしに、でたらめに建てかえていくよりも、ちゃんとした計画に基づいて建てかえたほうがいいという場所が、各市の各場所にできてくると思うのです。そういった場所が一つ。
 それから、先ほど申し上げましたような、いわば、どちらかというと新開発に近いような場所、これも在来のような都市を作るのではなくて、日本の都市というものは、西欧の都市の形をたどっておりますけれども、まだ全部西欧の都市みたいに完成しているわけじゃない。これからむしろ全く新しく作って、でき上っていくという場合が多いわけですから、そういうところを、西欧の先ほど申しましたような古い時代の形に町を作っていかないで、新しい形に作っていったほろがいいということになるかと思うのですが、そういう場合ですね。この二つがそのケースとして考えられると思います。
 これが、では、現実に日本の都市において、どことどこかという問題になりますと、現実にそういった点について、どこをまずやったらいいかというようなことを、シラミつぶし的に考えたことはございませんので、申し上げられませんが、まあたとえば、新しい意味でいいますと、今の新宿の裏でございますかね、ああいったところをどういう形に都市を作っていくかというような場合に、やはり新しい形でやったほうがいいのではないか、こう考えられるわけです。
○田中一君 都市問題については、都市計画の問題と土地問題ということを中心に考えた場合には、いろいろな問題があるわけです。しいて言うならば、かりに都心部を建てかえる場合に、一応の空地は求めながらも容積がふえるわけです。この場合には、先ほど小森参考人が言っているように、交通問題じゃこれは建てないほうがいいです。交通問題を中心に考えたら建てないほうがいい。また水の問題、ごみの問題を考えたら建てないほうがいいです。われわれの社会は建てないほうが幸いなんです。実際こうせざるを得ない。容積がふえる場合に、人間もふえるのですから、現に希望しないということですね。したがって、今度ビル協会のだれかを参考人として来てくれと呼んだがだれも来てくれない。三井とか三菱を呼んだわけです。これはビル協会の考え方は、こういうものを好んでないのです。今、現在都心あるいは相当経済効果のある、高度に利用している地域に対しては、これ以上高層建築ができたらかないませんよ。自分たちのビルがだめになっちゃいますということになっているのですが、そこで私が考えてみるのに、一体どこに何が出現するかということです。そうすると、一応都市問題としては、こういうものは必要ないと思う、都心においてはですよ。経済効果の高い、したがって、土地の利用ということをよくいっておりますが、土地の利用度の高いところはこれは必要ない。小森さんが言っているように、あらゆる面でそれらのよってくるところの環境あるいは公共施設というものが一しょにこなければ、これはやっぱり他に及ぼす影響が強いと思うんですね。既存の建築物に及ぼす影響が強いじゃないかということを考えるわけです。そうすると翻って別の見方をすると、この法律にあるように、緑地帯とか公園とか駅前広場というものがあった場合には、それを一応敷地とみなすということになる。小森参考人から敷地の問題、空地の問題等話がありました。なるほど、敷地の問題、空地の問題です。超高層建築を建てる場合、それらのものも建築敷地と認定される。公園のそば、駅前広場のそばならよろしいということになると、公共用地の利用権がその計画に参加するとどうなるか。公共用地というものは国民が全部共有すべきものなんです。特定な高層建築企業者が、それを一つの敷地と認定されて、空地と認定されて、そこに高層建築ができるということは許されない。公共用地は共有されるべきです、市民に。しかし、その場合には、いいのだと書いてある。そこに国民が、市民が入り込んでくる余地がない。まして今のような行政力の、政治力の弱い日本の政府においては、金持ちと権力者には負けてくるのです。ほかの国にはそういうことはありませんが、東京都はえてしてそうなるんですね。一体、空地とか緑地とか公共用地とか公園とかいうものが、これが敷地とみなされて高層建築を許可するという基準はあり得ません。日本の憲法上からあり得ないと思うのです。こういうみなし方はどう考えられるか。これは松井さんと小森さんに伺っておきたい。それらのものが敷地とみなされて、空地とみなされて高層建築が出現する。それは公共所有者があるのです。国民全部のものです。その場合どう考えますか。たとえそれが公共建造物であってすら、私はそういうことによってその広場を縮める場合がかりにあったとする場合には、国民はそれに対する制約を受ける。国民の利益が阻害される。これをひとつ松井さん、小森さんに御意見を伺いたいと思います。
○参考人(松井達夫君) こういう場合は非常に複雑な問題ですから、まだよく頭に入っておりませんので、たとえば別表第五の(い)とか、一々探すのに手間がかかりますので、ちょっとごかんべん願いたいと思います。
○田中一君 四ページです。
○参考人(松井達夫君) 四ページでございますね。その中の今おっしゃったのは、その「二」に該当する場合でございますね。
○田中一君 「二」と「三」です。
○参考人(松井達夫君) 「二」と「三」でございますね。この点は建物の高さ、主として高さの関係からこういう規定が考えられたのじゃないかと思うのでございますが、その建物の高さが結局空気をさえぎるとか、光線をさえぎるとかいう意味で周囲の宅地に害を、高い建物はそれだけ一種の迷惑をかける、それがまわりに広い公共用地があればその点が緩和されるという点からの規定ではないかと思うのでございますが、こういった習慣は、都市計画の建物の高さの規制の面で前からあったのではないかと思います。たとえば、先ほどのお話の現在でも高いものが特別に許可できるといったような場合に、やはり前に広い広場があるとか、そういったようなものが条件になっておったかと思います。それを踏襲しているのではないかと考えられるわけです。
○田中一君 これは松井さん、土木の学者なのに民法上の問題を質問しちゃ申しわけないと思うのですが、南側に広い道路があった場合に、そこに建てる。そうすると、これは太陽の光線というものは制約されるのです。幸い北側に道路があってそこに建物が建つ場合にはいいかもしれない。それが公共用地とするならば、一体これを――それを一つの私企業とかりにしますと、その私企業によるところの建造物に対して、国民は一つの当然なる権利を阻害されるということになる。そういうものを条件に入れるばかはないのです。ありようがないのです。国民をばかにしているものです。先ほど松井さんが言っているように、郊外に一万坪の土地を求めてそこにこの建築基準法どおりの高層建築をした、しかし、それは一定基準の広さをかりに持っている、ところが、その会社がつぶれかかって、土地を今度はだんだん縮めて売っていった場合は、基準からはずれてくるのです。それは困る、国が金を出してやるからそれを空地にしておけと、こういうことが可能か。不可能です。今までの政治のあり方が全部それなんですよ。個人の私有財産が、自分が経営が不振だから土地を空地があるから売っていく。だんだん売っていく。土地というものは、何も広場は広場で永久にあるものではございません。動いている。生きているから動いているのです。その場合に、一体それじゃお前、上のほうの五階分だけちょん切れ、こういうことが可能か不可能か。これは民法上のいろいろな問題があるわけです。そういうものをこれで解明していない、この法律じゃ。まだまだあります、こまかい問題が。これは、この委員会はしばらくまだまだ審議を続けなければなりませんから、今皆さん方に申し上げませんけれども、したがって、それらの問題が特定なる何かの目的のために、あらゆる公共施設が制約を受けるということは、これは今日の憲法下においては許されませんということです。その一定の広さの敷地を所有しなければならないと法的な権力によって押えつけられるかどうか、これは不可能です。ですから、都市問題を中心に考えても、私は好ましくない法律の改正であると言わざるを得ないわけです。これは、笠原さんのほうで作文されたという三十七年十月二十九日の意見書、それを拝見しても、河野建設大臣が、河野建設大臣がという言葉がたくさん出てきますが、そこで、河野建設大臣ですら、この案に対しては賛成でない、不満足です。河野君は新聞記者出であって非常に感覚が鋭い。したがって、国民が何を求めるかということをちゃんとつかまえられる。野放図なこういうものでもって、竹山参考人に聞くと、五十階でも八十階でも建てられるのだ、この法律の制定によって……。ということは、私はとても大きな革命と思う。その革命が、それを企業的に扱う企業者だけの責任と義務との中において持たれるならよろしいけれども、そのために、小森参考人が言っているように、水の問題にしても交通の問題にしても、あらゆる面の、いわゆる善良なる市民が、そのためにどういう困難に逢着するかを考えた場合には、一定の制約を持つべきである。それには、経済性の問題と安全性の問題がどうしても必要である。この思想に対しては反対するものではございません。現実においては、これらのものがわれわれ社会生活の中に出現をした場合には、われわれは何を考えなければならないか。造林関係においても、あるいは日照問題においても、通風の問題においても、換気の問題においても、いろいろな意味の制約を受けなければならないと思うのです。これは、私が一人でおしゃべりするわけで、皆さん方に御意見を聞くわけにいかない問題ですから、ひとつきょうの参考人の方々も十分にお考えを願いたいと思う。
 それからもう一つ、私伺っておくといろよりも伺いたいのですが、これは松井さん、あなた怒っちゃいけません。僕はしろうとなんですから――石井さんとは違いますから、私はしろうとでございますから、国民の多くは全部しろうとです。その声として伺います。あなたは、ずいぶんハンブルグがどうの、アメリカがどうのという御意見を伺いましたけれども、私もこの間一カ月ばかりヨーロッパをずっと歩いて回わったのですが、置かれているところの立地条件というものが、日本と違うということはもろ明らかです。したがって、中世紀の都市が現存しているというヨーロッパ諸国を見ても、それがいいとか悪いとかという判断じゃなくて、あれは一つの歴史的営造物として見ていればいいのです。ローマにおいても、新ローマ市を十キロ離れたところに作っています。これは相当なりっぱな計画であろうと思う。これは相当古いという、もう二十何年前から計画しているそうです。そこでこれを、怒っちゃいけませんよ、外国の例はいいです。アメリカの持っているところの今日の市街なんというものは私は見る必要ないと思う。日本が置かれているところの条件というもの、春夏秋冬あり、そうして日本の市街というもの、都市というものの歴史的なあり方、よさ、悪さ等をお考え願って、これらのものが突如として出現する場合のわれわれ市民の生活がどうなるか、どうあるべきか、あすわれわれが平和国家を完全に築いた場合に、それがどういう工合にわれわれの次の世代の人たちに反映するかという点、こういう点をひとつ考えて、一つの機会に御意見を伺いたいのですよ。それを知りたいと思うのですよ。ほかの国のことは知りたくない。われわれはわれわれ日本の民族の都市形成があると思うのですよ。これは私の意見でお願いですが。
 それから、先ほど松井さんが、高さのでこぼこの家を作るのが、でこぼこの建物を作るのが都市としては非常によろしいのだということをおっしゃっていました。これは一つの理想でもっていいと思います。それもいいだろう。これは法律によってすべてそれが実現し得ると思うのですね。そういう制約をした場合の国民の権利のアンバラというものをどこで調整するか。私は、せんだってロンドンへ行って、完成したニュー・タウンを一つ見て参りましたけれども、これは全部国の負担です。国で一切の土地の買収、建設も行なう、そうして必要なる工場に対して誘致をする、また、国が資金を出して工場を建ててやる、それを貸す、労働者の住居を建てる、こういう政治力が日本にあるか、ありはしませんよ。ジェット戦闘機は作るけれども、そんなものはありはしませんよ。それが初めて平和国家の姿です。つくづく感じてきたわけです。たとえば、東京都の地方自治体に対する都市改造というものを考えた場合、これはあなたが言及しておりますから申し上げます。この場合に、三菱不動産も三井地所も要りませんよ。ほんとうに国がそれをすっかり買収して、そうして都市改造を行なうという形にならなければ、今のような形の御意見はこれは絵にかいたもちです。日本の政治はそんなものに金を使いはしませんよ。もし使っていれば、そんなあわてふためいてオリンピックのためにとやかく騒いでおりません。私は各学者が、少なくともわれわれ一市民が少しでも夢を持つような御意見を示していただくことは非常にうれしいのです。もっとわれわれの身近かにある問題としてひとつ御意見を伺う機会を最近持ちたいと思うので、その際にはひとつ、政府がいると、あなた方はやはり政府といろいろな話をするからやりにくい点がたくさんあるので、なかなかものを言わないと思うので、そうでない場合に、ものを率直に伺いたいのです。
 東京都のほうにもう一ぺん最後に伺っておきます。伺っておきますというよりも、判断ができない場合には建設省に持っていく。建設省は自分たちは行政官であり、かつまた、それに対する技術的裏づけは、学会その他の方に協力してもらう。この法律は交付の日から六カ月以内にこれを施行するとなっていますね。六ヵ月以内に大体これは通りましょうと思うのですが、六カ月以内に大体すっかり諸般の準備ができますか。東京都は、私の責任じゃありません、政府ですと言うでしょうが、どうですか。これは政府に聞いておきましょうか。六ヵ月以内にすっかり準備ができますか。先ほど竹山さんは、地盤なんかの構造というものは全部わかっているのだ、わからないのもあるけれども、東京なんか大体わかっているのだというたんかを切ったので、安心しているけれども、そんな発言は大体大胆ですよ。わからないところが多いぐらいにしておけばいいのだけれども、どうですか。交付の日から六カ月以内にすっかりの準備ができますか。できる自信がありますか。
○政府委員(前田光嘉君) 政令の制定がございますが、それにつきましては、目下準備をいたしておりますので、六カ月以内には、所要の政令の準備を終わり、六カ月以内に法律の公布ができ、それから具体的に建築確認申請をする場合につきましては、地区の指定をする必要がございますが、これにつきましては、目下並行いたしまして、とりあえず東京あるいは大阪等の大都市においては、調査をお願いしておりますが、これにつきましては、都市計画の関係につきまして、あるいは若干おくれるかもしれませんけれども、なるべく早い機会に地区も指定し、法律に基づくところの建築申請ができるように準備をしたいと考えております。
○田中一君 だいぶ時間が過ぎたから、参考人に対する質問はこの程度にしておきます。
○委員長(木村禧八郎君) 他に参考人の方に対する御質疑はございませんか。
○石井桂君 ちょっと五分ばかり……。先ほど竹山先生に対する田中さんの御質問のうちで、超高層を審査するのには、チェックする機関を設けてケース・バイ・ケースに審査するよりほかないだろうということを述べられたように、私のメモには書いてあるのです。現在、先ほどちょっと触れましたが、十五、六階ぐらいまで、地下室を入れれば二十階ぐらいまで建っているのです。それは現在の各都道府県の係りが勉強して審査に当たっているわけです。私は、耐震構造や何か新しい議論はよく勉強しておりませんからわかりませんけれども、十五階あるいは二十階、二十五階と、急に学問の理論が違ってしまうこともないのではないか。十五階の判断ができる人はやはり二十階の判断も、そう判断するのに困難では私はないだろうと思うのです。そうすると、特別に審査機関を設けなければ、都道府県でまかなえないかどうかという点をなんですが、その点を竹山先生からお伺いしたい。
○参考人(竹山謙三郎君) ただいまの石井先生の御質問でございますが、その将来の扱いをどうするかは、全く建設省が判断することでございますけれども、私どもその部外の者といたしまして、寄り寄り話し合っておりますことは、大体従来の建築基準法の方法によりまして、四十五メートルまでのものはすでにやっておりますから、そのものにつきまして、あらためて審査会でやるということは必要なかろうかと思っておりますが、それ以上のものになりますと、新しい別の体系の計算方法が出てきたわけでございまして、そういう新しい別の体系の計算方法によってやる場合は、たとえ四十五メートル程度のものでも、やはり何かそういう機構でもってチェックしたほうがいいのではなかろうか、従来の方法では、四十五メートルぐらいまではそのままだ、しかし、新しいシステムによる場合は、別のチェックの機構が必要だろうというのが大体の意見でございます。しかし、そこで非常に大きなギャップが出るわけではございませんで、多分従来のものからほぼ連続して上がっていくような形が、一応構造関係者の間でイメージが描かれておるように思います。そういうことでございます。
○石井桂君 そうすると、つまり新しい方法でというのは、新しい構造の計算の方法でというわけですか。
○参考人(竹山謙三郎君) そうでございます。実は、先ほど申しましたように、現在の建築基準法の地震力の値は、高くなるほど大きくなるという地震力をとっております、御承知のとおり。ところが、新しい理論になりますと、最近の研究の成果によりますと、建物が高くなると、その割に上のほうは地震力はそう大きくならないで、だんだんと減っていくというような格好になるものでございますから、そういう意味におきまして、ちょっと今までの体系と少しずれてくるわけでございます。その辺のギャップのところに今後研究すべき問題が非常に多いと思うのでございますが、暫定措置といたしましては、従来の――いずれは新しいシステムによって計算すべきであるとは思いますけれども、さしあたって四十五メートル程度のものは、従来の計算法でも認められておりますから、それはしばらくはそのまま残しておいて、新しい体系によって計算するものはチェックしていきたい、こういうことだと思いますが、まあ私の望むところは、従来の建築基準法の設計でやりました場合には、少しむだなものを作っておるのかもしらぬというふうに考えれますので、行く行くは新しい方向に持っていきたいと、こう考えておるのですが、これは全く構造関係者の間だけでの寄り寄りの話し合いでございまして、建設省がどうとるかは別問題でございます。
○石井桂君 違った問題ですが、笠原先生にちょっとお伺いしたいのですが、私のメモには、笠原先生のお話が項目的に書いてありますが、一番初めに笠原先生は、この案に賛成だという意思表示をされたように、私のメモには書いてあるのですが、賛成、不賛成は御意見を申されなかったのでしょうか、笠原先生は。
○参考人(笠原敏郎君) 私は、これを入れるということに対しては賛成だと、あとの点はこまかいことになりますので、一々申し上げる余裕もないと思うので……。
○石井桂君 それから小森先生にお尋ねしたいのですが、超高層のビルが建つときに、いろいろな問題が起こると、交通問題だけに触れているようだけれども、ごみの問題もあれば水の問題もある、これは都市問題の一つですから当然そうあるべきですが、やはり何といっても交通の問題が、今の制度であれば、たとえば丸の内あたりは、全部百尺の建物が建つような状態なんです。ところが、それの一〇%か五%くらいしか建たないでも、あの交通難なんですね。そうすると、今度超高層になれば、もっと交通禍がひどくなるだろうというのですが、その問題にあまりタッチしなかったのは、交通問題は当然だということの意味であまりお触れにならなかったのでしょうかね、その辺のお気持を。水の問題やごみの問題はたいへんだ、これはわかります。わかりますが、交通問題がやはり一番たいへんなように私どもは思っているのですがね。ちょっとその辺が意見が違われるように思ったものですから、念のために……。
○参考人(小森武君) お答えいたします。私の考え方はこういうことです。交通問題にあまり深く触れなかったというのは、この改革案を作る人ならば、そのことの重大性が意識されておったので、私があらためて追加しなくてもいいだろう、むしろここに触れられてない問題として、たとえば水を出したとか、それから消防のことは私触れませんでしたけれども、高層になれば当然消防の新しい設備もしなければならぬ、そういう意味で、何を言いたかったかといいますと、交通問題をひっくるめまして、ビルを作る資本家といいますか、ビル業者は、早くいえば、そういうことに関係なしにどんどこどんどことビルを作って高い権利金で人を入れればいい。ところが、それに対する水とか、ごみとか道路とか、そのしわ寄せはビル業者が持つよりは、一般市民が持っておるような形になっておる、大ざっぱにいえば。そういうことを早くいえば、社会的費用といいますか、ビルを作ることによって当然起こってくるそういう費用を、国民の側だけに押しつけてビルだけやっていくという、こういうやり方に対し三建築基準法そのもので規制することができるかどうかしりませんが、機能的に見ろとか、用途別に見ろということを一方で言いながら、大体そういうしわ寄せを国民に押しつけてどんどんビルが建っていくという、そういうやり方について、どうしても納得がいかないから考えるべきじゃないか、こういうことであります。
○石井桂君 最後に、今度は松井先生にお尋ねします。この容積地区制限の限度が大体十階――土地一ぱい建てれば十階建というところが一番限度なんです。それはおそらくビル業者や何かは、私は、ビル業者と言わずに、土地を利用したい者はフルに利用したいというような考えを持っておるから、結局建物を幾らでも建てると思うのですよ。それから松井さんを含めて都市計画家は、町の全体の調子をよくするために、なるべくなら押えられるだけ押えたい、社会的には両方から相反する牽制が出てきていると思う。そこで一体、一つもパーセンテージについて触れてなかったのですが、まあこれだけいらっしゃるうちで、一番都市計画専門でおられた松井先生、限度についての御意見はございますでしょうか。
○参考人(松井達夫君) 私は、東京の実態等について多少調べたことがございますけれども、東京の実態について、東京のたとえば丸の内とか、そろいった実態についてだけ考えると、今の敷地に対して十倍といったようなものをあまり広範に振り回すのはどうかという考えは持っております。しかし、この法案というものは、必ずしも東京だけが目途ではなくて、全国のいろいろな都市に適用されることになると思いますので、東京について現在の容積率くらいに押えたほうがいいという考えを持っておっても、との法案の一つの基準として、それを超過するものがあっても、これはそれが適当な都市もあることでしょうから、これを排斥するという考えは実はございません。ですから、最初に申しましたように、今後、各都市についてどういう数字を当てはめていくかという点が非常に大事じゃないかと最初に申し上げたわけでございます。私どもとしましては、むやみに都市の建物の容積を減らすのがいいという考えは毛頭持っておりません。
○瀬谷英行君 関連。小森参考人にちょっとお尋ねしたい。結局、この程度では問題の根本的解決にはならないということを冒頭におっしゃいましたが、今のお話をお伺いしておりますと、結局、都市計画の行き詰まりから、苦しまぎれに空間の利用に目をつけて、建築基準法を改めるということによってビルの高層化をはかるといったような方向が見られるんだけれども、容積だけを大きくしていく、広げていくということを考えてみても、それに付随する問題がどうしても出てくる。その付随する問題を考えてみるならば、結論として、都市計画とこの建築物の問題は切り離しては考えられない。どうしてもこれは都市計画と関連してやっていかないことには、問題の根本的解決はできぬではないかというふうに結論的には解釈できるというふうにお聞きしたのでありますが、そのように理解してよろしゅうございますか。
○参考人(小森武君) 先ほど、今のお答えと含めて、田中先生から、さしあたり、たとえば東京ではどこに高層建築物ができるとお前は考えているかという御質問があったのですが、それと一しょにお答えしてよろしいでしょうか。
○委員長(木村禧八郎君) どうぞ。
○参考人(小森武君) それで今のお話と関連がありますので、先ほどどこに建つかという非常にむずかしい御質問がありまして、松井先生も、一般論的にお答えしたわけでありますが、私の感じでは、たとえば、皆さん御承知のように、東京駅の大丸百貨店というような、数年前に完成したのでありますけれども、こういう法律の改正を予定したかどうかわかりませんけれども、鉄骨で建てておいて、これができたらすぐ上に建てよう、同時に、前の広場を広げることを前提にしてああいうことを考えてみますと、東京駅というのは都心部のまん中だ、同時に、何をやっているかというと、あれはデパートでございます。そこで私は、どこに建つかというのは二つの点。一つは、高くなればなるほど、先ほど竹山先生も何度も申しておりましたけれども、高いほうがコストが高くかかる。したがって、それと見合うような利用の方法を考えなければならない、建てる者からいえば。そこで、そういう点から考えまして、私は、一つは、都心地に建つということと、それから副都心地に建つであろう。どういうものが建つかというと、大体収入がうんと入ってくる見込みのある事業として、たとえば代表的には百貨店みたいなものがもっと、つまり都心部と副都心に建っていくんじゃないか、こういう気がします。
 それからもう一つは、観光事業的なものですね、高いということを売りものにしてやるやつですね。そういうものが、先ほど芝公園の例をあげましたけれども、やはりそういうところに私はかなり建つんじゃないか。これは全く、先ほどから何度も、しろうと、しろうとと話がありまして、私もしろうとの代表でありますから、全く勘で申し上げるわけでありますけれども、大体、東京に関していえば、都心部と副都心部に、そういう機能的には百貨店的なものがおそらく建つのじゃないか。これは御承知のように、東京のまん中の三菱地所が持っているところの、その三菱の人に聞きますと、高いものはむしろ作りたくない、コストが高くて合わないから。逆に三井不動産のような典型的な、三菱と対抗しているような大ビル業者の三井不動産は、土地が割合に少ない。ですから、むしろ逆に、三井不動産のほうは高いものを作りたいと言っているようでありますが、この二つの、つまり、資本のグループの行き方を聞いてみますと、おそらく私は、将来の問題として採算のとれるものに限って三井不動産的な考え方で高いものが都心と副都心にできてくるのじゃないか、こういう見込みがあるわけであります。なぜ、そのことを今の御質問に関連さしてお答えしたかといいますと、私はこういうことを言いたいのです。私は、よく笑い話をするのでありますが、昔は「鐘一つ売れぬ日はなし江戸の春」と言ったけれども、今は「ビル一つ建たぬ日はなし江戸の春」で、ビルというのは、先ほど申しましたけれども、郊外とか、あるいは海岸べりにできる倉庫とか住宅というよりも、百貨店から事務所――住宅には関係のない、そういうものが非常に建って、それが都心部と副都心部に建つわけであります。建つために、どういうことが起こっているかといえば、交通問題ということをよく言いますけれども、交通問題も、単に自動車交通が輻湊するということだけじゃなくて、たとえば通勤交通、大衆輸送機関としてのバスでも国電でも、あるいは郊外電車でも、ああいう大衆輸送機関が非常に混雑するのです、副都心と都心部目がけて。そういう、ビルは生きものと申しましたけれども、そこに人を送り込まなければならぬ。単に自動車だけではなく、そういう大衆輸送機関が非常に混雑してくる。今度、この改正案ができて、もし、どんどん実行されて参りますと、この点も私は、建設委員会の方々に若干の誤解があるのじゃないかということを、質問を聞いて感じたのでありますが、改正案そのもののねらいというのは、実は高いものを作るというよりも、容積制限でありますから、同じものなら、同じ高さなら、同じ容積で敷地をたくさん作ってやろうということにこのねらいがある。その限りにおいて、私はこの案には賛成だ、こう申しておるわけでありますが、それにしましても、そういう都心部に、あるいは副都心部に管理機能的なビルディングがどんどんできるということは、そこに集中する自動車と大衆の交通の、両方の交通機関がますます混雑してくる。ですから、それに対して、建築基準法では規制できないから、もしできるなら、せめて、物理的な側面だけじゃなく、もっと用途別な規制を厳重にする。現在は地域の用途別の規制をやっているわけですが、それができるなら、建築基準法に入れてもらいたい。物理的な側面で、高さがどうとか、耐火構造がどうとかいうことのほかに、何に使うかということを入れて、それを少なくとも高層建築物に対しては基準をきめるべきじゃないかという気がしますけれども、それができない限りには、この都市問題の混乱を解決するためには、この基準法よりももっと大きな問題は、今御質問の、先生がおっしゃったように、都市計画全体にわたっての規制といいますか、そういうことをやらなければ、問題の解決にはならないのじゃないか、こういうことでございます。よろしいでしょうか。
○委員長(木村禧八郎君) 他に御発言もなければ、これにて参考人の方の御意見に対する質疑は終了することといたします。
 参考人各位におかれましては、長時間にわたりまして、貴重な御意見をお聞かせいただきまして、まことにありがとうございました。
 本案の審査は、本日はこの程度にとどめ、これにて散会いたします。
   午後零時五十分散会