第051回国会 本会議 第34号
昭和四十一年六月二十五日(土曜日)
   午前十時二十五分開議
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○議事日程 第四十号
  昭和四十一年六月二十五日
   午前十時開議
 第一 緊急質問の件
 第二 国民の祝日に関する法律の一部を改正す
  る法律案(内閣提出、衆議院送付)
 第三 私立学校教職員共済組合法等の一部を改
  正する法律案(内閣提出、衆議院送付)
 第四 国土開発縦貫自動車道建設法の一部を改
  正する法律案(内閣提出、衆議院送付)
 第五 流通業務市街地の整備に関する法律案
  (内閣提出)
 第六 官公需についての中小企業者の受注の確
  保に関する法律案(内閣提出、衆議院送付)
 第七 産炭地域振興事業団法の一部を改正する
  法律案(内閣提出、衆議院送付)
 第八 公衆電気通信法及び有線電気通信法の一
  部を改正する法律の一部を改正する法律案
  (内閣提出、衆議院送付)
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○本日の会議に付した案件
 一、日程第一 緊急質問の件
 一、日程第二 国民の祝日に関する法律の一部
  を改正する法律案(内閣提出、衆議院送付)
 一、日程第三 私立学校教職員共済組合法等の
  一部を改正する法律案(内閣提出、衆議院送
  付)
 一、日程第四 国土開発縦貫自動車道建設法の
  一部を改正する法律案(内閣提出、衆議院送
  付)
 一、日程第五 流通業務市街地の整備に関する
  法律案(内閣提出)
 一、日程第六 官公需についての中小企業者の
  受注の確保に関する法律案(内閣提出、衆議
  院送付)
 一、日程第七 産炭地域振興事業団法の一部を
  改正する法律案(内閣提出、衆議院送付)
 一、日程第八 公衆電気通信法及び有線電気通
  信法の一部を改正する法律の一部を改正する
  法律案(内閣提出、衆議院送付)
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○議長(重宗雄三君) 諸般の報告は、朗読を省略いたします。
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○議長(重宗雄三君) これより本日の会議を開きます。
 日程第一、緊急質問の件。
 柳岡秋夫君から、新国際空港建設に関する緊急質問が提出されております。柳岡君の緊急質問を行なうことに御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○議長(重宗雄三君) 御異議ないと認めます。発言を許します。柳岡秋夫君。
   〔柳岡秋夫君登壇、拍手〕
○柳岡秋夫君 私は、日本社会党を代表いたしまして、ただいま大きな政治問題となっております新東京国際空港建設問題について、総理並びに関係大臣に質問をいたすものであります。
 本問題は、昭和三十八年、航空審議会の答申がなされてから、国民の大きな関心事となり、当院におきましても幾たびか論議をされてまいりました。特に、候補地として取り上げられている千葉県富里地区並びにその周辺地域の住民は、まさに死活の問題として絶対反対の意思を表明し、前後百数十回にわたりまして、政府や運輸省、並びに県に対して、空港設置反対の陳情を続けてきたところでございます。ところが今回、政府は、突如として富里村隣接の成田市三里塚に建設する方針をきめたようでありますが、私はまず、これまで政府が本問題に取り組んでまいりましたその態度に対しまして、ただしてまいりたいと思うのであります。
 空から一枚の写真をとり、そこに人間の住んでいることを忘れて、単に広い平たんな土地があるから空港をつくるのだという、しかも、安保条約に伴う米軍専用空域による航空管制上の見地のみを重視いたしまして、一度の現地調査も行なわず、一回も住民の声を聞くことなしに、一方的に候補地をきめようとすることは、民主政治を否定した、人間無視の政治であり、天下り的権力政治と言わざるを得ないのであります。しかも、四年このかた、候補地が、やれ浦安沖だ、富里だ、霞ケ浦だ、そうして木更津沖だと、それこそネコの目の変わるごとく、次から次へと、実力者や閣僚が放言をし、関係住民は、そのたびに右往左往させられ、長きにわたって苦しめられてまいったのであります。したがって、もうだまされまいという、政治不信が積み重ねられ、絶対反対の意思をより強く呼び起こしているのであります。
 また、去る第四十八回国会におきまして、空港公団法審議の際に、当院は、「空港建設に当たっては、当該地域住民の生活権をそこなわないようにすること、当該地域における農業の振興と産業経済の伸展を阻害しないようにすること」の決議をいたしたのであります。そして、時の松浦運輸大臣は、これを尊重することを約束をし、富里周辺への建設は不可能であると言明し、暗に内陸への空港建設はできないということをほのめかしたのであります。しかるに、一たん法律が成立するや、政府は、運輸官僚の机上プランをうのみにいたしまして、国会の意思を無視し、地元住民の反対を押し切ってまで強行しようと企図してきたことは、民主政治の理念に反した態度であろうと思うのであります。総理は、このようにして、住民をして苦悩と不安の中に追い込み、力で押えつけようとする態度を、どう反省しておられますか。その政治責任をどう考えておられるのか、お伺いいたしたいのであります。
 さらに、地元住民の反対の意思とともに、富里村をはじめ、周辺の関係町村は、それぞれの議会におきまして設置反対の決議を行なっていることは、すでに御承知のとおりであります。もし、この自治体の決議が無視されるとするならば、日本国憲法で定められておりまする地方自治の精神を踏みにじることとなり、明らかに憲法違反の行為と思うのであります。総理並びに自治大臣の見解をお聞きしたいのであります。
 次に、今回決定しようといたしまする三里塚案についてお伺いをいたします。
 第一に、去る二十二日、総理は、新空港問題について、千葉県知事を招いて会談をされておりまするが、その際、総理は、富里案はやめて、新しく三里塚御料牧場を中心とする地域に建設をしたいとして、協力を要請したと言われておりまするが、どうか。
 第二に、もし、これが事実とするならば、富里地域への空港設置計画は、完全に放棄されたのでありますか。橋本官房長官や運輸省は、三里塚ではまたたく間に手狭になることが明らかであって、昭和四十五年から五年もすれば限界に来ると言い、将来、富里地区に拡張されるとの説明であります。千葉県知事は、絶対に富里にはつくらないことを政府は言明したと、こう言っておりますけれども、この点、明確に御説明をいただきたいのであります。
 第三に、新空港の性格についてであります。そもそも、新空港建設の趣旨は、公団法審議の際に明らかにされたように、航空輸送需要の激増と、近時の航空技術の進歩に伴い、現在開発途上にある超音速旅客機SSTの受け入れ等、量的、質的な行き詰まりを打開し、あわせて、わが国の国際航空における要衝としての地位を確保するために、相当長期にわたる見通しのもとに、この際、思い切った大空港を早急に建設するというものであります。そこで、当初計画の規模を大幅に縮小をする三里塚案は、いかなる性格を持つものでありましょうか。将来、大空港をその周辺につくるための暫定空港なのか。それとも、純然たる羽田程度の空港なのか。また、SST用空港は別につくろうとするのか。それとも、この三里塚空港をSST空港として使用するのか、これらの点を明らかにしていただきたいのであります。千葉県知事の言明によりますると、内陸に大規模な空港をつくることは、非常に不測の危険もあり、反対である旨を申しましたところ、総理もこれを了承し、三里塚空港は、羽田の過密対策空港にとどめ、SST空港は別に考える旨の発言があったと言っております。そのとおりでありましょうか。
 第四に、富里案を変更したのは、農民の反対という社会的要因を重視されたためでありますか。このことについて、千葉県知事は、現在の混乱の原因は、一つには政府の無計画、無準備にあり、農地率の高いところをつぶそうとしたために、農地の潰地、移転戸数などが多く、また、具体的な救済方針も不分明であったこと、二つには、内陸に大空港をつくることが、そもそも困難なことであり、海面埋め立てなどを第一に考えるべきで、それが不可能ならば、規模を縮めて、なるべく民有地を避けるべきであったことなどを、上申したと言われておりますが、この点、総理は了承されたのでありますか。了承したとするならば、三里塚案についても、これらのことが十分に考慮されて、簡単にきめて、地元の混乱と摩擦を再び起こさせるというようなことは、今後絶対にないと了解してよろしいかどうか、お伺いしたいのであります。
 第五に、従来、三里塚御料牧場は、富里空港の代替地として予定されていたところであり、空港敷地としての調査は、もとより全然なされておらないのであります。しかるに、政府は、七月上旬までには閣議決定をし、公団を発足させたいと言い、また、中村運輸大臣は、大臣をやめる前に決定したいというような、無責任な発言をされているのでありますけれども、このことは、いままでのように、何らの調査もしないで、関係住民の声も聞かずに、一方的にきめることになるのではないかと思うのであります。一体、政府はこの閣議決定をいつするのか、お答えをいただきたいのであります。
 第六に、騒音など、空港公害の問題であります。富里の場合も、この公害対策が全然研究されないで、ただ国策だから犠牲を忍べ、こういう態度で住民に接してきたのであります。そのために、現地においては政治に対する不信の念が強いのでありますが、この空港公害は、空港の規模によって影響も大きく変わってくるのであります。したがって、地元の受け取り方も空港の規模によって変わってくるのでありますが、三里塚空港の規模と性格を、さらに明確に、運輸大臣からお答えをいただきたいのであります。
 次に、いま富里周辺の住民の間には、「金は一時、土地は末代」ということばが合いことばとされております。彼らは土地を離れて自分たちの生活はあり得ないと信じております。国民の食糧供給の責任感に満ちあふれて、農業にいそしんでいるのであります。政府の経済政策が、今日わが国農業の危機をもたらし、家業を捨てて土地を離れる農民の多い中で、農業に誇りと責任を持つこれら篤農家にこそ、あたたかい手を差し伸べてやることが、日ごろ総理の言うところの愛情ある政治ではないでしょうか。二ヘクタール以上の耕地を持って、七けた農業といえば、これこそ農業基本法の目ざす自立経営農家であり、農林省がモデル農家と折り紙をつけるのも当然であります。彼らが開拓農民として移住し、百年に近い汗とあぶらで育て上げたその豊穣な土地に対し、言い知れぬ愛情を持つことも、また当然であります。しかるに、国策と称して、彼らの心中も聞かずに、一方的に土地を取り上げようとする政府の態度に、だれが憤りを感じない者がありましょうか。農業の振興と農民の所得向上を強調する総理は、こうした農地をつぶしてまでも、こうした農民に犠牲をしいてまでも、内陸への空港建設を強行しようとするのでありますか。また、農民を守る立場にある農林大臣は、このことをどう考えておられるか。お伺いしたいのであります。
 次に、政府は、新空港の建設は、いわば国際的使命であり、今後の革命的航空路の発展からいって絶対に必要であると言い、国家的必要性をにしきの御旗としております。もちろん、われわれもこれを全面的に否定しようとするものではありませんが、空港建設が国家的事業として、今後長期の国際空港の地位を占めるものであるとするならば、こそく的、御都合主義の計画ではなく、国土総合開発計画の一環として、綿密な科学的調査によって、悔いを後世に残さざる空港の建設こそ私は必要と思うのであります。かかる観点からするならば、航空審議会が候補地選定にあたって、羽田、東京周辺の米軍基地の空域に障害を及ぼさないということを第一の条件としておりますことは、まさに不適当であり、理解に苦しむところであります。安保条約は永久のものではないはずであります。あるパイロットが、「わが空はわが空ならず秋の空」と、よんでおりますが、まさに、わが空は米軍専用空域で占められているのであります。国の安全保障は、すなわち国民の安全保障でなければなりません。国民の土地を取り上げ、国民の生活権を奪って、何が国の安全保障でありましょうか。したがって、こうした米軍専用空域の撤去を要求し、自主的な立場から、また国民経済の上に立って、新空港建設を再検討すべきであると思うのであります。総理の見解をお伺いいたします。
 また、中村運輸大臣は、この米軍専用空域の撤去につきまして、米軍に対し要求をしたことがあるのかどうか、どういう折衝をしてきたのか、お答えをいただきたいのであります。
 最後に、われわれは、国土の造成と、空港公害をより少なくするという、一石二鳥の海面埋め立てによる空港建設こそ、国民の望むところであると確信をいたしております。国民の納得と理解、協力を得るために、この際、政府は、現在の構想を白紙に返しまして、各党と話し合って、次の世代へのよき贈りものとなるような、りっぱな空港をつくるべきであるということを、私は要望いたしまして、質問を終わる次第であります。(拍手)
   〔国務大臣佐藤榮作君登壇、拍手〕
○国務大臣(佐藤榮作君) お答えいたします。
 新しい空港をつくる、その必要は、もういまさら説明するまでもなく、社会党の方も、この必要は認めていらっしゃるようであります。ただ、問題は、具体的にその空港がどこに設けられるかということで、これは、国民生活、関係の方々に重大な影響を及ぼすばかりでなく、また、利用の立場に立ちましても、この点は非常な問題であります。この点では、御指摘のとおりであります。したがいまして、三十八年にこの問題を審議をお願いいたしまして以来、今日まで、いろいろ検討に検討を重ねてまいったのであります。政府といたしましては、どこまでも慎重に扱ったつもりであります。また、これが慎重でありますがゆえに、関係地方と目せられるところの方々、住民にとりましては、非常に長い間の不安でもあった、どうなるだろう、こういうような不安に包まれてもいたと、私は思うのであります。そういうような意味で、政府の慎重な態度、これは御理解をいただけると思いますが、慎重であるということだけで、今日の長期にわたる地方住民の苦しみを、これを弁解するわけにはまいらない、かように私は思うのであります。いずれにいたしましても、政府の責任において、この空港の必要、これにこたえて、具体的にその場所をきめなければならない、これは私どもの責任でもあると、かように思うのであります。冒頭におきまして柳岡君が、種々これらの政府の態度、また、長期にわたって住民を苦しめた政府の責任はどうだ、かようなおしかりを受けましたが、私は、ただいま申し上げるような気持ちから申しまして、ただいまの御批判は当たっておると、かように思うのであります。政府は、その意味におきまして、地方住民に負担をかけないように、そういうような意味合いにおいて、できるだけ早くきめなければならない、かように思うのであります。
 で、お尋ねとあるいは前後いたしますが、かような意味におきまして、今回の空港の決定につきましては、私は、あらゆる努力をしたつもりであります。これは、ただ単に東京周辺、しかも、われわれが自由に考えられる場所ばかり、かように限ったつもりはございません。広く国家的見地に立って、高度の検討を加えたつもりであります。したがいまして、米軍が使用しております米軍の基地なども、もちろん、この候補地を決定するに際しましては、私どもは考慮に入れて、そうして、これらが使えるんではないか、また、そういうところを使うことによって、問題を解決することができるんじゃないか、かようなことも十分検討いたしました。また、住民の少ない地域、人口が稠密でないような地域につきましては、東北あるいは北海道から、あるいは中部地方にまで、この範囲を拡大いたしまして、候補地を選定したつもりであります。しかし、最後に、ただいま申し上げますように、今日まだ最終的な決定はいたしておりませんが、私どもが最も有力なその場所として考えておりますのは、三里塚を中心として、そうして三百二十万坪程度の空港を設置しよう、こういうところへ落ちついたのであります。
 したがいまして、私は、この種の問題を考えます際に、国有地あるいは県有地であるとか、あるいは私有の土地をできるだけ避けること、同時にまた、その移転を必要とするような方が特に少ないような「くふう」をすること、特に農民については、その生活の根拠を奪うのでありますから、代替地等を提供するにいたしましても、よく、その農民の考え方、その感じを十分われわれが理解して、そしてこの処置をしたい、かように実は思っておるのであります。農民の生活権を奪うのではないか、こういうような御批判がございますが、さような意味では絶対にございませんし、十分これらについても愛情ある対策を立てるつもりでございますから、代替地等におきまして十分注意するつもりでおります。また、非農地におきましても、農民でない方等におきましても、新しい市街地をつくる等、政府が積極的に住みいい場所をつくるような「くふう」をすべきではないかということも申しておりますし、さようなことが具体的に処理されることだと思うのであります。
 で、これはどこまでも地方の方々の協力なしには、この種の事業はできないのでありますから、柳岡君の御指摘のように、地方自治体の反対を押し切ってやるとか、あるいは住民の反対を押し切ってやるとか、こういうものでないことは、もちろん私どももよく注意しておるのであります。この点におきまして、十分、地方の住民の理解を得るように、その最善の努力を払うつもりでございます。したがいまして、地方住民並びに自治体の積極的な協力を得て、この大事業をぜひとも完遂したい、かように私は考えておるのであります。
 過日、友納知事と私は会見をいたしまして、政府は最終的に三里塚を中心にして空港を設置したい、この点については、ただいま申し上げますように、これらの地域は比較的私有地が少ないこと、同時にまた、比較的農民が少ないこと、また、非農家も少ない、いわゆる移転を要すべき住民、戸数等が比較的少ない、こういうところから、この土地を選んだというので、知事の協力を求めるべく、いろいろ説明をいたしたのであります。ただいまお話がございましたが、友納君がいろいろ、その後帰りまして、千葉県下において説明したところ等は、大体私も了承しておるところであります。だから、今日、話し合ったこと、それを忠実に友納君も現地に帰って話しておる、かように思いますので、私と知事との問に、そごはないように思うのであります。
 また、今回の空港設置につきまして、地方の知事として、どうか計画を十分緻密にしてくれ、また、準備も最善を尽くしてひとつ取り組んでくれと、こういうお話でございます。これらにつきましては、もちろん、関係省が非常に多岐にわたっております。これは運輸省だけできめるべき筋のものではない、かように思いますので、関係各省を集めて具体的に掘り下げていくということで、近く、来週の月曜日以降におきまして、これらの会合を持つつもりであります。各省関係者を集める、その場合には、知事のかわりの方ももちろんこの会議に出ていただいて、そうして現地の要望にもこたえる、また、積極的に政府が何を考えておるか、どういう計画を持っておるか、これらも十分相談の上で樹立して、そうして万遺漏なきを期しておるような次第でございます。
 私が申し上げたいのは、今回のこの空港は、その性格から見ましても、羽田が四十五年になればたいへん混雑する、それに対する対策からもぜひ必要でございます。さらに、その後におきましては、スーパー・ソニックの実現等がありまして、空港についてもいろいろな要望があり、これにこたえるべく調査を進めておりますけれども、しかし今日、三里塚を中心にして設定するこの空港は、四十五年の際に羽田空港がいかになるだろうか、また、日本の航空事情はどうなるだろうか、一応の想定をいたしまして、それにこたえることを中心にしての第二空港の設置でございます。したがいまして、この三里塚を中心に、さらに拡大して富里方面にこれを拡大するというような考え方はもちろんございません。だから、この点では、もういままでの富里地域の住民の反対、これは完全にその反対がいれられたと、かように考えていいことで、私どもは、まずこれをつくって、そうしてその次に富里に拡大するのだろう、こういうことでないことを、この席をかりまして、はっきり申し上げておきたいと思います。どこまでも国の大事業としての、その立場に立ちまして、そうして計画的な、長期にわたる計画性から今回の空港を計画し、また、これをつくっていくつもりでございます。
 その他の問題につきましては、運輸大臣からお答えいたしたいと思います。ただいま申し上げましたように、新しい空港、これは国の大事業でございますので、皆さま方の御協力を心からお願いして、私の答弁を終わります。(拍手)
   〔国務大臣永山忠則君登壇、拍手〕
○国務大臣(永山忠則君) 議会の反対を押し切って決行するのではないかという御質問に対しまして、政府といたしましては、移転の補償、離農対策並びに代替地の問題、騒音防止等の公害の排除、並びに農業その他産業経済の振興等、あらゆる施策の万全を期しまして、いやしくも地元民の犠牲において全国民の福祉をはかるというような弊に陥らないように、十分注意をいたしまして、県当局、関係機関並びに住民の協力を得まして、この国家的要請の大事業を完遂いたしたいと存ずる次第でございます。(拍手)
   〔国務大臣中村寅太君登壇、拍手〕
○国務大臣(中村寅太君) 新空港の問題につきましては、いろいろ皆さま方にも御心配をかけ、御配慮をいただいてまいったのでございますが、いろいろ紆余曲折はございましたが、当初、昨年十一月に富里地区に内定いたしまして、その後、地元住民の反対の声等も十分に拝聴いたしまして、反対意見等を尊重いたしました結果、今回三里塚地区に決定の方向に運んでまいったのでございます。
 その地、飛行場の技術的な計画が立っておるのかという御質問でございますが、これは長期にわたりましてあらゆる面で、技術的にも、各所とも候補地にあがったところは検討いたしておるのでございまして、万遺憾ない処置や研究が積み上げられているのでございます。
 なお、公害の問題につきましては、まず騒音対策でございますが、これは学校とか病院とか、あるいは幼稚園というような特殊の施設に対しましては、防音装置をするということは、今日、空軍基地等でやっておるようなことでございまして、これは十分に地元の方の要求に応じ得るのでございますが、一般の民家の構造から考えまして、騒音対策が非常にむずかしいことは、皆さん方も御承知のとおりでございます。あるいはそのほか、排水あるいは汚水の処理等、いろいろ公害の問題がございますが、これは地元の公共団体の長とか、あるいは団体の代表者とか、あるいは被害者の代表者等をもって公害対策の特別委員会をつくりまして、そうして地元の人たちの要求に今日こたえていくような方向で進めてまいりたい、かように考えておるのでございます。
 なお、閣議決定の時期を先ほどお尋ねがございましたが、私らは、地元の方々とよく相談をして、地元の人あるいは関係者等の納得の上に立って、できるだけ早い機会に閣議決定をいたしまして、公団を設立しまして、地元の人方と相談をしながら、りっぱな空港をつくり上げてまいりたい、かように考えておる次第でございます。
 さらに、米空軍に対しまして、東京周辺の基地の使用を申し入れたことがあるかという御質問でございますが、これは四十年の初期に、米軍が使っております飛行基地を共同使用できないかということで、検討をしてもらったのでございますが、現在の時点では、共同の使用も非常にむずかしいというような回答を得ておるような事情でございます。(拍手)
   〔国務大臣坂田英一君登壇、拍手〕
○国務大臣(坂田英一君) 今回変更されました三里塚は、御料牧場並びに県有林が主体となっておりまするので、富里地区のように、多数の農地が、そのためにつぶれるということはないと考えております。なお、三里塚を中心として新国際空港が建設される場合でも、若干の農地がつぶれることとなろうと思いますが、農地を提供する農民に対しては、代替地の提供、転業のあっせん等の対策については、政府としても、あたたかい心持ちをもって十分考慮すべきものであると考えておる次第でございます。(拍手)
     ―――――・―――――
○議長(重宗雄三君) 日程第二、国民の祝日に関する法律の一部を改正する法律案、
 日程第三、私立学校教職員共済組合法等の一部を改正する法律案、
 (いずれも内閣提出、衆議院送付)
 以上両案を一括して議題とすることに御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○議長(重宗雄三君) 御異議ないと認めます。
 まず、委員長の報告を求めます。文教委員長二木謙吾君。
    ―――――――――――――
   〔二木謙吾君登壇、拍手〕
○二木謙吾君 ただいま議題となりました二法案について、文教委員会における審査の経過及び結果を御報告申し上げます。
 まず、国民の祝日に関する法律の一部を改正する法律案について申し上げます。
 本法律案は、政府提出の原案によれば、現行の国民の祝日に、新たに建国記念の日・二月十一日、敬老の日・九月十五日、及び、体育の日・十月十日を加えることを規定しようとするものでありますが、衆議院において、次のように修正議決されております。
 すなわち、建国の日については、二月十一日を削り政令で定める日とし、その政令は、この法律公布の日から起算して六カ月以内に制定するものとし、総理府設置法を改正して、内閣総理大臣の諮問に応じ、建国記念の日となるべき日について調査審議するため、建国記念日審議会を設置することとし、内閣総理大臣は、その政令の制定にあたっては、審議会の答申を尊重しなければならないことといたしておるのであります。
 なお、審議会の設置期限は、昭和四十一年十二月十五日までとなっております。
 委員会におきましては、本法案の重要性にかんがみ、審議の慎重を期するため、五人の参考人を招いて、本法案に対する意見を聴取するとともに、政府に対し各委員からきわめて熱心な質疑が行なわれました。
 質疑の過程において取り上げられました主要点は、一、衆議院議長あっせんによる三党一致の申し合わせに基づき、衆議院において修正されるに至った経過、二、建国記念日審議会の委員の選考及びその運営に関する問題三、紀元節及び建国の日に関する問題、四、建国神話と歴史教育との関係、五、建国記念の日が定められた後における歴史教育上の取り扱いの問題、六、体育の日の意義及び国民の体育振興についての構想、七、祝日を休日とすることに伴い、中小企業及び日給労働者等に対する配慮、八、建国記念の日を政令で定めること及び審議会の設置期限等に関する問題、等の諸点でありますが、最後に、内閣総理大臣の出席を求め、建国記念日審議会の委員の人選及び運営について質疑が行なわれ、これに対し、内閣総理大臣より、円満なる運営を期する旨の答弁がありました。その詳細は会議録によって御承知願います。
 質疑を終わり、討論に入りましたところ、日本社会党を代表して鈴木委員より、政府提出の原案による二月十一日は歴史的根拠がないこと、国民の祝日は、国民の各階層から要望される日でなければならないこと、建国記念の日となるべき日の決定が法律事項でないこと等の理由をもって、反対討論が述べられ、自由民主党を代表して玉置委員より、政府原案による建国記念の日は建国の理想を象徴する日であること、衆参両院における三党申し合わせの精神を尊重して、審議会委員の選考は公正不偏に行なわれるものと期待する等の理由を付して、賛成の意見が述べられました。
 次いで、辻委員から公明党を代表して、原案に反対し、建国記念の日となるべき日は法律で定めること、建国記念日審議会の答申を国会に報告後法律を制定すること、建国記念日審議会には設置期限を設けないこと等を骨子とする修正案が提出されました。また、林委員からは、右と同趣旨をもって修正案に賛成し、原案に反対の意見が述べられました。
 続いて、まず、辻委員提出の修正案について採決の結果、同修正案は多数をもって否決され、衆議院送付の原案について採決の結果、多数をもって可決、結局、衆議院送付の原案どおり可決すべきものと決定をいたしました。
 なお、北畠委員より、自民、社会両党を代表して、本案に対する附帯決議案が提案され、多数をもって可決されました。
 附帯決議の内容は次のとおりであります。
  政府は、日本国憲法のもとで国民が挙って祝う祝日の性格に鑑み、祝日法の運用については世論の対立をさけるべきである。よって次の事項について適確なる措置をとるべきである。
     記
 一、今回の如き政令による施行は例外的便法なることを考慮し、政府は、審議会委員の人選にあたっては、三党と話合う等、公正慎重を期し円満に行うよう措置すること。
 二、審議会の運営については公正不偏広く国民各界各層の要望にこたえ特段の配慮をすること。
 右決議する。
 以上で本法案についての報告を終わります。
    ―――――――――――――
 次に、私立学校教職員共済組合法等の一部を改正する法律案について申し上げます。
 本法律案は、私立学校教職員共済組合の長期給付に要する費用に対する国の補助率を、現行百分の十五を百分の十六に引き上げるとともに、年金給付額の算定方法の改善、旧私学恩給財団の年金額の引き上げ、既裁定年金者の年金の最低保障額の引き上げ等を行なおうとするものでありますが、衆議院において修正が行なわれ、長期給付費並びに事務費に対する国庫補助のほか、新たに、財源調整のため必要があるときは、国は、予算の範囲内において、その一部を補助することができる旨の規定等がつけ加えられております。
 委員会におきましては、組合の概況、衆議院の修正点、未加入校の問題、組合員の給与と掛け金率との関係、高齢組合員に対する年金支給、並びに事務機構の整備等、今後改善すべき諸問題について、きわめて熱心な質疑が行なわれましたが、その詳細は会議録によって御承知願いたいと存じます。
 質疑を終了し、別に討論もなく、直ちに採決いたしましたところ、本法律案は全会一致をもって可決すべきものと決定いたしました。
 なお、小林委員より、「高齢者組合員に対する年金支給のため国の補助率をさらに引き上げること、及び、短期給付等に必要な費用についても国の補助を行なう」旨の附帯決議案が提出され、全会一致をもって、これを委員会の決議とすることに決定いたしました。
 以上、御報告申し上げます。(拍手)
○議長(重宗雄三君) 国民の祝日に関する法律の一部を改正する法律案に対し、討論の通告がございます。順次発言を許します。鈴木力君。
   〔鈴木力君登壇、拍手〕
○鈴木力君 私は、日本社会党を代表して、ただいま議題とされております「国民の祝日に関する法律の一部を改正する法律案」に対し、反対の討論を行なうものであります。
 わが日本社会党は、国民の祝日について、基本的に、本法第一条、すなわち「自由と平和を求めてやまない日本国民は、美しい風習を育てつつ、よりよき社会、より豊かな生活を築きあげるために、ここに国民こぞって祝い、感謝し、又は記念する日を定め、これを「国民の祝日」と名づける。」の精神に徹していなければならない。したがって、国の祝日をきめる場合は、一片の法令等で上から押しつけるべき性格のものではなく、まず国民全体が念入りの論議をする必要がある。その上、真に国民全体がこれを受け入れ、国民生活に定着するものであることが必須の要件であり、むしろ国民から盛り上がるべきものである。この前提に立って、二月十一日の紀元節の日を建国記念日とすることは、何らの歴史的根拠もなく、八紘一宇式の軍国主義、天皇制復活につながる危険性がきわめて強く、平和、主権在民の基本的人権尊重などを理念とする日本国憲法と相いれない、時代と逆行するものである。したがって、諸外国では、ほとんどの国が近代国家成立の日をそれぞれ建国または独立の記念日としているごとく、もし日本が建国記念の日を決定する場合は、日本が、天皇主権と軍国主義が否定され、その反省の上に立って、自由と平和、主権在民、基本的人権尊重などの理念を明確にした近代国家として発足した日、すなわち昭和二十二年五月三日、憲法施行の日とすることがふさわしい、という態度を明らかにしてまいったのであります。この立場から、本法案の政府原案に対し、強く反対してまいったところであります。
 この際、二月十一日の紀元節と建国記念の日の関係について、さまざまな議論がありますので、もう少し詳細に御説明申し上げたいと存じます。
 政府が提案理由説明の中で、「との日を二月十一日といたしましたのは、この日が明治初年以来七十余年にわたり祝日として国民に親しまれてきた伝統を尊重したからであります。」と述べておりますが、この発想について疑義があるのであります。はたして、そのとおりに国民は親しみ、また祝ってきたでありましょうか。紀元節は、官庁、学校等の公式の場には一つの式典として存在したことは事実であります。しかし、それは国民の生活になじんだのではなく、国民は、官庁、学校の一行事として理解しても、日本の国の創業の日として祝う意識はなく、その生活とは無関係であったのであります。それのみではありません。戦前は、たとえば明治時代、紀元節の制定は天皇制確立の手段として使われ、日清、日露両戦争をはじめとする日本人の戦意高揚の具に供せられておりました。それが、大正、昭和に及ぶにつれて、この傾向はさらに強められ、昭和十年代には、八紘一宇のスローガンの示すように、建国の神話が戦争の理念となり、国民をいや応なしに戦争に協力させるために大きな役割りを果たしたことは、あらためて申し上げるまでもない事実であります。このことは、昭和十五年二月十一日、建国二千六百年記念祭において、「今ヤ非常ノ世局ニ際シ、斯ノ紀元ノ佳節ニ當ル。爾臣民、宜シク思ヲ神武天皇ノ創業ニ騁セ、」、「和衷戮力、益益国体ノ精華ヲ発揮シ、」云々との詔書が出され、戦争を戦い抜くことが強調されたのであります。そして、翌昭和十六年、アメリカに宣戦の布告をしたことをもっても明白でありましょう。終戦までの日本国民は、忠君愛国という美名のもとに、国の威令には批判を許されず、盲目的に信じ込まされ、隷従をしいられてきて、国民の幸福と生活を奪う手段の一つとしての紀元節の公的な形式的な行事を、冷たく見つめていたにすぎないと言えるでありましょう。
 昭和二十五年二月十一日の朝日新聞「天声人語」に、「二月十一日の昔の紀元節には、「雲にそびゆる高千穂の、高嶺おろしに草も木も、なびき伏しけん大御代を……」と歌ったものだ。権力と武力の山おろしに、民草がなびき伏し、風雲急なりと見るや、これを免れぬ運命だとあきらめ、たあいもなく、なびき伏す姿勢をとって、太平洋戦争にまき込まれていった経験は、高千穂の神話でなく、ついこの間のことである」云々としるされております。敗戦の痛手もいまだいえきらない当時の国民感情の一端が、ここに集約されていることを、強く感じます。多くの国民は、紀元節の国家行事が国民の生活になじみ、祝うどころか、雲にそびゆるの歌は、なびき伏す民草の悲哀の歌であったのであります。これをどうして国民に親しまれた日ということができましょうか。また、終戦後二十年を経て、いわゆる紀元節に親しまなかった三十歳未満の国民は、日本の全人口九千八百有余万中、実に五千六百万人いるのであります。国民の五五%以上が紀元節と無関係の国民であることを思えば、それが国民の意思であるかのように言う言い方は、少数の懐古趣味の国民の代表意見ともいうべきでありましょう。私は、この原案の発想は、「親しまれ」、「伝統を尊重し」ということばの陰に、やはり当時の権力支配、軍国主義へのあこがれが根底にひそんでいるものと思えてなりません。
 また、神武天皇は史実の人でなく、神話の存在であることは、本院文教委員会における参考人のひとしく述べたところであり、国民の常識であります。日本が国家の形態をなしたのは、三世紀末から四世紀の初めであるということも、一致した学者の意見であります。これに対し、建国の日は後世であっても、神話で長く伝えられてきた神武天皇即位の日を建国記念の日として祝うことは、何らの矛盾がないという議論があります。建国の日は別に存在することが明らかでも、神話を信ぜよという議論は、まさに小学校の児童にも通用しない噴飯ものと言うべきでありましょう。また、キリストの誕生日が史実で明らかでないのに誕生日として信じているがごとく、神武天皇の神話を信じ、建国の日として祝えという議論は、宗教と国民の祝日の意義を混同した議論であり、かつての戦争を、時代の社会的背景によるものとして是認し、今日の社会と矛盾しないという説とともに、日本国憲法を否定する暴論であるのであります。だからこそ、終戦と同時に、自由を獲得した日本国民は、事実無根の神話から出発し、天皇制確立と戦争推進の手段として使われた紀元節を、厳粛な反省の上に立って廃棄したものであることを、銘記しなければなりません。以上述べました趣旨によって、わが党は、本法案の政府原案が二月十一日を建国記念の日としておったことに強く反対してまいったのであります。
 さて、本法案の審議の経過については、各位の御存じのとおり、山口衆議院議長のあっせんによって、衆議院において三党申し合わせに基づき共同修正がなされて、本院に送付されてまいりました。わが党は、この申し合わせと修正の趣旨に幾多の疑問点がありましたが、すなわち、政令事項であり、期限を切っていることから、政府が一方的に決定する余地があるのではないか、原案に固執して審議会に当たるのではないか等々でありましたが、その経緯にかんがみ、申し合わせの趣旨を尊重し、文教委員会において十分時間をかけて審議し、疑問点を解明しようとの方針のもとに、審議に当たってまいりました。この審議の計画と段取りの取りきめについて協議中に、一方的に審議を強行し、われわれの審議しようとする熱望が奪われようとする事態もありましたけれども、重宗参議院議長の調停により、審議の機会を持つことができました。その結果、私の持っている疑問の諸点は必ずしも十分解明されたとは言い切れないのでありますが、重宗議長より政府に対して、審議会の委員の人選について公正を期するよう申し入れもあり、委員会においては、安井国務大臣より、二月十一日は原案から取り除かれて、決定は審議会にゆだねられたものであること、したがって、審議会に対しては修正決定の趣旨に従って公平不偏な態度で臨むこと、審議会の委員の人選にあたっては、三党と十分話し合い、公正慎重を期し、円満に行なうよう措置すること、運営にあたっては、公正不偏、広く国民の各界各層の要望にこたえるよう特段の配慮をする旨の答弁があり、佐藤総理大臣もわが党の質問に対し、重ねて同趣旨の御答弁があったことでもあり、世論の対立を避け、本法第一条の趣旨が生かされることを期待して、一応了といたした次第でございます。願わくは、単なる答弁に終わることなく、真に、国民がこぞって祝い、記念することのできる日を決定され、私が解明不十分である諸点を事実をもって解明されることを強く期待するものであります。
 しかし、なおこの法案に大きな欠陥があります。それは建国記念の日の決定を政令にゆだねたことであります。元日の日以下、今回追加されますスポーツの日、老人の日を含めて、十一の祝日が法律事項であるのに、ひとり建国記念の日のみが政令で決定されることは、重大な誤りをおかしているものと言わざるを得ません。それが単に法律のていさい上の欠陥ということではなく、この日のみが別扱いで政令により政府から示達の形で国民におろされるという手続は、国民から盛り上がるべき記念の日の性格から、きわめて遺憾であります。政府の一方的押しつけを許す手続で決定されることは、国民に対し不信と危惧の念を抱かしめる危険を持っており、国民がこぞって祝おうという精神に沿わないものであるわけであります。また、国会の審議権とその責任の立場から申しますと、国会みずからが審議権の放棄または責任回避をしたとの批判も免れることができないのでありまして、絶対納得することができません。強く遺憾の意を表する次第であります。
 以上、本法案に対する反対の理由を申し述べまして、私の討論を終わります。(拍手)
○議長(重宗雄三君) 内藤誉三郎君。
   〔内藤誉三郎君登壇、拍手〕
○内藤誉三郎君 私は、自由民主党を代表して、ただいま議題となりました国民の祝日に関する法律の一部を改正する法律案に対して、その理由を明らかにし、若干の希望を申し述べて、賛成の討論を行なうものであります。
 まず第一に、国民こぞって祝う祝日法案が、途中において紆余曲折はあったにしても、衆議院においては議長あっせんに基づき、三党の申し合わせにより、参議院においても議長あっせんにより、各党各派が協力され、正常な形において審議が進められ、本日成立の運びに立ち至ったことは、何よりも喜ばしいことであります。私は、この際、各党各派の良識と勇気に深甚の感謝と敬意を表するものであります。
 第二に、多年の懸案であり、昭和三十二年以来今回まで提案されること十二回、今日多数の国民の待望してやまなかったこの法案が国会において議了することのできますことは、まさに画期的なことであり、まことに慶賀にたえないところであります。
 第三に、最近における科学技術のすばらしい進歩と物質文明の驚異的発達に比して、精神面の教育が立ちおくれを見せていることは、はなはだ遺憾であります。このたび建国記念日の制定により、日本民族の精神的支柱が確立されましたことは、わが国将来の輝かしい発展を約束するものとして、国民とともに、心から賛意を表したいのであります。
 さて、敬老の日、体育の日につきましては、申すまでもないことでありますが、この際、私は、建国記念の日の意義につきまして、特に所感の一端を申し述べてみたいと思うのであります。
 建国記念の日は、同法案にも明らかに述べてありますように、まさに、わが国の建国をしのび、国を愛する心を養う日でありまして、それは、戦後二十年、驚異的な経済的繁栄の中で、いまこそ最も必要と考えられる国民の精神的支柱にともしびを点ずるものであるからであります。すなわち、二千年にわたる日本民族の精神的支柱は、日本民族の歴史の中に脈々と受け継がれてきたと信ずるのでありますが、遺憾ながら、戦後二十年、必ずしも世にあらわれず、心ある者を嘆かしあたことは、周知のとおりであります。ただ一度の敗戦により、異常な衝撃を受け、精神的には虚脱状態におちいり、社会的にも思想的にも混迷を続けてまいりましたが、最近ようやく立ち直りを見せつつあるのであります。しかし、いまなお教育の面においては、教育が国家興隆の基礎でありながら、教育技術の末に走り、ややもすれば国籍不明の日本人を育成しているのではないかと、識者をして慨嘆せしめているのであります。(発言する者多し)このときにあたり、日本民族の歴史と伝統を正しく理解させ、日本人としての自覚と国を愛する心がわき出ずる源泉が与えられましたことは、日本の将来にとりまして、まことに慶賀にたえないところであります。
 さて、いまから千数百年の昔に編さんされたわが国最古の歴史書である日本書紀によれば、神武創業の起点となりました推古天皇九年は、由緒深い辛酉の年であり、これは厳然たる歴史的事実であります。この推古天皇の御代に、国民意識の著しい高まりを背景に、聖徳太子が、内には十七条憲法を制定し、外には「日出ずる所の天子、書を日没する所の天子に致す、恙なきや」という、あの有名な自主外交を勇気をもって展開されたことは、まことに偉大というほかはありません。この聖徳太子の遺志を受け継いで成った大化の改新は、古代国家発展の基礎を形成したのであります。下って、幕末から明治維新にかけましては、いまさら言うまでもなく、外には、十九世紀以降の欧米列強の帝国主義的侵略政策に抗してわが国の独立を確保し、内には、長年にわたる旧来の陋習を一掃して、近代国家の建設を達成したのでありますが、その精神的エネルギーは、王政復古の大号令にもありますように、神武創業のいにしえをしのんだところから燃え上がったのであります。このことは、本居宣長をはじめ、藤田東湖、吉田松陰、その他、多数の学者、勤皇志士の中にも見受けられるのであります。すなわち、歴史を回顧することが、同時に革新への原動力となった顕著な事例を、ここに見ることができるのであります。
 かくて、神武創業の国づくりと、大化の改新における国家形式と、明治維新における近代統一国家の形成とは、わが国歴史上において、さん然と輝く三大事件でありまして、時代条件と国際環境を異にしながらも、その精神、その気概においては、二千年の長きにわたり、歴史的伝統として脈々とつながっているのでありまして、これこそ日本民族不動の確信であります。
 このような日本民族の歴史と伝統とに思いをいたしますとき、私は、二月十一日こそ建国記念の日に最もふさわしい日であると確信しているものであります。(発言する者多し)世間には、また、一部の学者の中には、これは軍国主義につながる暗い思い出のまつわる紀元節の復活ではないかとか、あるいは神武即位伝承や、二月十一日には科学的根拠がないから無意味だとかいうことを、ちょうちょうされる向きもないわけではありません。しかし、明治の日本と現在の日本が置かれている国際環境や時代条件の相違を無視して、紀元節はすなわち建国記念の日、それは軍国主義につながるなどというのは、「日の丸」や「君が代」が軍国主義につながるというのと同じ論理であり、飛躍した観念的な論法であります。私は、紀元節制定にこめられた維新当時の先達の気魄と英知とを、今日に学び、受けつぐことこそ、今日内外ともに困難をきわめる日本の未来を切り開くかけがえのない精神的なよりどころではないかと信ずるのであります。
 明治六年、紀元節が制定されて、近世国家発展の原動力として、明治、大正、昭和、三代七十余年の長きにわたり、国民の三大祝日として広く国民に親まれてきた歴史的事実を無視することはできないのであります。
 日本書紀に記載された神武東征伝説や建国神話が、今日の歴史学の水準をもって実証的に裏づけができないからといって、直ちに日本建国の日がなかったとは、何人も断言できないのであります。(発言する者多し)しかも、その建国の伝承が、神話の形であれ、いまから千数百年の昔において編さんされた勅選の正史日本書紀に集大成されていることは、まことに驚くべきことであり、世界に誇り得る貴重な文化遺産であります。神話には、古代人の信仰や理想、ものの見方や考え方などがあらわれております。われらの祖先の精神的事実を尊重していくことが、これからの日本の発展を期する国民の望ましい態度であり、正しく豊かな歴史の見方を養うゆえんであると存ずるのであります。国家形成の歴史が浅く、神話のないアメリカその他新興国家は、ひとしく神話のある国をうらやましく思っているのであります。人間の生理的、物的側面だけを強調し過ぎてきた戦後の態度を反省し、人間に不可欠の精神的側面をも尊重して、バランスのとれた人間像を追求することは、今日喫緊の要請でありますが、今回ここに祝日法一部改正の議を契機として、その糸口を見出し得ましたことは、まことに有意義なことであります。願わくば政府は、すみやかに建国記念日審議会の答申を得られて、建国記念の日の日取りを二月十一日に決定せられ、日本の洋々たる前途にともしびを点じてもらいたいと、心から念願するものであります。
 ここに、本案の賛成理由と若干の希望意見を申し述べて、私の賛成討論を終わります。(拍手)
    ―――――――――――――
○議長(重宗雄三君) 辻武寿君。
   〔辻武寿君登壇、拍手〕
○辻武寿君 私は公明党を代表して、ただいま議題となりました国民の祝日に関する法律の一部を改正する法律案に反対討論をいたすものであります。
 衆議院における自民、社会、民社の三党一致の修正案は、建国の日から二月十一日が一応削除されてはいるものの、結局は政府案の変形されたものにすぎないことは明白であります。総理府に審議会を設置して、六カ月以内に答申を待ち、たとえ答申が行なわれなくても、政令で建国の日がさめられてしまうという、かかる非常識きわまる法案が、たとえ議長あっせんとはいえ、なぜ三党一致という形でまとまったのか。これは、ひとえに佐藤内閣が、他の六十余法案の一切を犠牲にしても、祝日法案だけは、しゃにむに通過させるという強引なやり方に、野党側が一寸延ばしの緩和策で妥協したにすぎないと思うのであります。
 衆議院の内閣委員会及び本院における文教委員会の、あの数回にわたるお祭り騒ぎならぬ混乱は、嘆いても余りある醜態で、心ある国民はだれ人も議会制度の危機を痛感しない者はないと思うのであります。「鳴かざれば殺してしまえホトトギス」という政府自民党の態度は、国民がこぞってお祝いをすべき祝日法案をめぐっての審議だけに、国会の紛糾は悲しい汚点を残したというべきであります。
 わが党が本法案に反対する理由は、第一に、かかる強引な方法で、相当強い国民の反対があるにもかかわらず、しかも祝日は国民こぞって祝福すべきであると、みずからうたいながら、世論の熟するのを待ち切れないで、今国会での成立を期した政府の姿勢に対しての反対であります。
 第二の反対理由は、審議会の答申に十二月十五日までと期限をつけ、あとは政令によって定めるという不見識な方法であります。戦後、祝日法が制定された経緯を振り返ってみても、一月一日から十一月二十三日勤労感謝の日に至る年間九回の祝祭日は、かつて昭和二十二年、時の政府によって政令で定められようとしました。しかしながら、世論の強い反対に会った結果、政令で定めることをやめて、あらためて昭和二十三年、法律によって、国民の強い支持の中に制定されたことは、明白な歴史的事実であります。こうした過去の前例を無視して、ことさらに問題になっている建国の記念日だけを政令にゆだね、特別扱いをするということは、だれが納得できますか、こんなことを。憲法第四十一条には、国会は国権の最高機関であり、唯一の立法府であると明記されております。それを九回も国会に提出したけれども、議会ではとうてい結論は出ません。したがって、審議会にお願いし、その結果がどうあろうと最後は政令できめてしまう、これでは、衆議院における三党は、みずから国会の審議権を放棄したもので、憲法にうたわれている国権の最高機関としての立法府の権威を著しく失墜するものと言わざるを得ないのであります。
 わが党は、かかる非常識きわまる祝日法の改正にとうてい賛成することはできません。したがいまして、審議会の設置期限を定めることを撤廃し、内閣総理大臣は審議会の結果を国会に報告し、国会においてあらためて法律化する修正案を提出したのでありますが、社会党、第二院クラブ等の御賛同を得たのにもかかわらず、僅少の差で敗れ、われわれの常識はついに通らなかったのであります。二十三日行なわれた五人の参考人の意見を聞いてみても、過半数はこうした政府の政令による決定を非難しているのであります。審議会の委員の任命は、たとえ公正を期することを言明してみても、任命権が佐藤総理にある以上、建国の記念日が二月十一日に決定されるであろうことは火を見るよりも明らかであります。かかる見えすいた、形式は整っても、実質は非民主的な法案には、反対せざるを得ないのであります。
 以上述べましたとおり、議会制度を無視した上、筋の通らない、無定見きわまる改正案でありますので、わが党は断固として反対するものであります。
 以上をもって私の反対討論を終わります。(拍手)
○議長(重宗雄三君) これにて討論の通告者の発言は全部終了いたしました。
 討論は終局したものと認めます。
 これより採決をいたします。
 まず、国民の祝日に関する法律の一部を改正する法律案全部を問題に供します。本案に賛成の諸君の起立を求めます。
   〔賛成者起立〕
○議長(重宗雄三君) 過半数と認めます。よって本案は可決せられました。
     ―――――――――――
○議長(重宗雄三君) 次に、私立学校教職員共済組合法等の一部を改正する法律案全部を問題に供します。本案に賛成の諸君の起立を求めます。
   〔賛成者起立〕
○議長(重宗雄三君) 総員起立と認めます。よって本案は、全会一致をもって可決せられました。
     ─────・─────
○議長(重宗雄三君) 日程第四、国土開発縦貫自動車道建設法の一部を改正する法律案(内閣提出、衆議院送付)、
 日程第五、流通業務市街地の整備に関する法律案(内閣提出)、
 以上両案を一括して議題とすることに御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○議長(重宗雄三君) 御異議ないと認めます。
 まず、委員長の報告を求めます。建設委員長松永忠二君。
   〔松永忠二君登壇、拍手〕
○松永忠二君 ただいま議題となりました二法案につきまして、建設委員会における審議の経過並びに結果を御報告申し上げます。
 まず、「国土開発縦貫自動車道建設法の一部を改正する法律案」は、法律の題名を「国土開発幹線自動車道建設法」に改めるとともに、現在、国土開発縦貫自動車道建設法等に基づいて、中央自動車道等五千キロメートルの建設路線が決定されておりますが、さらに二千六百キロメートルの建設路線を追加して、全国的な高速自動車道路網を形成しようとするものであります。
 本委員会における質疑のおもなものは、追加路線の選定基準をはじめ、財源問題、有料制度と償還計画、施行能力と管理体制、用地取得問題等に関するものでありますが、詳細は会議録に譲りたいと存じます。
 質疑を終了、討論に入りましたところ、日本社会党を代表して田中委員から賛成の旨の発言があり、討論を終結、採決の結果、本法律案は全会一致をもって原案どおり可決すべきものと決定いたしました。
    ―――――――――――――
 次に、「流通業務市街地の整備に関する法律案」について申し上げます。
 本法律案は、東京、大阪等の都心区域において、過度に集中している問屋倉庫、卸売り市場等の流通業務施設を、市街地の周辺等の適地に計画的に配置し、物資の流通機能の向上及び自動車交通の円滑化をはかろうとするものであります。
 その要旨のおもな点は、関係各省協議のもとに、流通業務施設の整備に関する基本方針を定めること、都市計画として流通業務地区を指定し、建築等の制限を行なうこと、地方公共団体または日本住宅公団は、流通業務団地造成事業を施行し、国はこれらに対し必要な資金の調達、技術的な援助、農地転用の配慮等、所要の規定を設けております。
 本委員会における質疑のおもなる点は、各省所管事業の調整、中小企業に対する助成措置、造成施設の処分計画及び公共施設の管理等の問題でありますが、詳細は会議録に譲ることといたします。
 質疑を終了、討論に入りましたととろ、日本社会党を代表して田中委員から、本法律案は、過密都市対策の趣旨にかんがみ、大都市に限定することなく、中都市、新産業都市にも適用すること、また、零細な卸売り業者等の助成措置及び関係各省の所管事業の調整をはかること等の意見が述べられ、賛成する旨の発言がありました。
 討論を終結し、採決の結果、本法律案は全会一致をもって原案どおり可決すべきものと決定いたしました。
 以上御報告申し上げます。(拍手)
○議長(重宗雄三君) 別に御発言もなければ、これより採決をいたします。
 両案全部を問題に供します。両案に賛成の諸君の起立を求めます。
   〔賛成者起立〕
○議長(重宗雄三君) 過半数と認めます。よって両案は可決せられました。
     ─────・─────○議長(重宗雄三君) 日程第六、官公需についての中小企業者の受注の確保に関する法律案(内閣提出一衆議院送付)を議題といたします。
 まず、委員長の報告を求めます。商工委員長村上春藏君。
   〔村上春藏君登壇、拍手〕
○村上春藏君 ただいま議題となりました法律案について、商工委員会における審査の経過と結果を御報告いたします。
 本法律案は、官庁、公社、公団等が官公需契約を締結する場合に、中小企業者の受注の機会を確保するための措置を講じようとするものでありまして、まず、国等に対して、中小企業者の受注機会増大のための努力義務を課するとともに、毎年度その方針を作成して、閣議決定の上、その要旨を公表すること、さらに各省庁は、毎年その実績の概要を通産大臣に通知することとし、通産大臣及び各事業の所管大臣は、その中小企業者への発注増加を各官庁等に要請できることを規定しております。また、地方公共団体については、国に準じて施策を講ずるようにつとめなければならぬことにしてあります。
 なお、衆議院において、第三条中、予算の「公正かつ効率的な使用」を「適正な使用」に修正、送付されております。
 当委員会におきましては、特に参考人の出席を求めて意見を聞くなど、熱心に質疑を行ないました。その中心は法の運用方針という点にあり、本法の対象とする官公需の範囲、発注官庁における担当官の設置、公益事業会社等に対する行政指導、発注基準、発注手続の統一簡素化、組合への発注、官公需関係の下請代金支払い促進等について、盛んに論議されましたが、その詳細は会議録に譲ります。
 質疑を終わり、討論に入りましたところ、豊田委員は自由民主党を、また、近藤委員は日本社会党を代表して、それぞれ賛成意見の開陳がありました。
 討論を終わって、採決の結果、本法律案は、全会一致をもって衆議院送付案のとおり可決すべきものと決定いたしました。
 以上御報告いたします。(拍手)
○議長(重宗雄三君) 別に御発言もなければ、これより採決をいたします。
 本案全部を問題に供します。本案に賛成の諸君の起立を求めます。
   〔賛成者起立〕
○議長(重宗雄三君) 総員起立と認めます。よって本案は、全会一致をもって可決せられました。
     ─────・─────
○議長(重宗雄三君) 日程第七、産炭地域振興事業団法の一部を改正する法律案(内閣提出、衆議院送付)を議題といたします。
 まず、委員長の報告を求めます。石炭対策特別委員長大河原一次君。
   〔大河原一次君登壇、拍手〕
○大河原一次君 ただいま議題となりました「産炭地域振興事業団法の一部を改正する法律案」について、委員会の審査の経過並びに結果を御報告申し上げます。
 本法律案の内容は、産炭地域振興事業団の業務を拡大して、いままで実施してきたもの以外に、新たに事業団が造成した工業用地において使用する工業用水の開発供給、誘致企業に対する長期運転資金の貸し付け、及び、産炭地企業に対する出資を行ない得るようにしようとするものであります。
 委員会におきましては、参考人として現地の関係者を招き、また、常時産炭地域振興事業団の出席を求めて、その意見を聴取するなど、慎重に審査し、質疑におきましては、新鉱開発による産炭地域の振興、設備資金の貸し付け限度額の引き上げ、及び据え置き期間、償還期限の延長、造成団地の土地価格の引き下げ、中核企業の誘致、長期運転資金の運用方針、出資事業及び工業用水事業の計画、支所の強化拡充、産炭地教育の振興等、産炭地域振興対策全般にわたって熱心な質疑が行なわれました。
 これらの質疑を通じて、三木通産大臣から、「石炭鉱業再建の抜本策と関連する産炭地域の振興策と取り組み、全面的な検討を加えたい」との答弁がありました。また、事業団側から、「資金の貸し付けについては、その限度額の引き上げ、据え置き期間、償還期限の延長等を考慮し、企業に無理のない返済ができるよう弾力的に運用するとともに、支所を強化拡充して、現地で事務処理のできる体制をとりたい」との意見開陳がありました。それらの詳細は会議録に譲ることといたします。
 質疑を終わり、討論なく、直ちに採決いたしましたところ、全会一致をもって原案どおり可決すべきものと決定いたしました。
 以上御報告申し上げます。(拍手)
○議長(重宗雄三君) 別に御発言もなければ、これより採決をいたします。
 本案全部を問題に供します。本案に賛成の諸君の起立を求めます。
   〔賛成者起立〕
○議長(重宗雄三君) 過半数と認めます。よって本案は可決せられました。
     ─────・─────○議長(重宗雄三君) 日程第八、公衆電気通信法及び有線電気通信法の一部を改正する法律の一部を改正する法律案(内閣提出、衆議院送付)を議題といたします。
 まず、委員長の報告を求めます。逓信委員長野上元君。
   〔野上元君登壇、拍手〕
○野上元君 ただいま議題となりました法律案の趣旨は、有線放送電話接続通話制度実施の際に経過的に認められた三十三カ所の有線放送電話の通話の範囲に関する特例措置を、さらに二年間延長しようとするものであります。
 逓信委員会におきましては、郵政省及び日本電信電話公社各当局につき、質疑を行ない、慎重審議をいたしましたが、その解決策として、この二年間は絶対に再延長しない、そして、その間に問題の解決をはかるとの言明がありました。
 かくて質疑を終え、討論に入りましたところ、日本社会党を代表して鈴木強委員より、自由民主党、日本社会党及び公明党三党共同提案になる次の附帯決議を付して、本案に賛成する旨の発言がありました。
    附帯決議
  この法律の施行に関し、政府及び日本電信電話公社は左記のとおり処理すべきである。
 一、本特例については、絶対に再延長することのないよう所要の措置を講ずること。
 一、有線放送電話については、公衆電気通信業務一元化の基本方針にのつとり、その電話業務は原則として公社電話へ移行するよう措置するとともに、その放送業務については、本来の使命を達成し得るよう指導協力すること。
 右決議する。
 討論を終え、採決の結果、全会一致をもって、附帯決議を付して原案どおり可決すべきものと決定した次第であります。
 右御報告申し上げます。(拍手)
○議長(重宗雄三君) 別に御発言もなければ、これより採決をいたします。
 本案全部を問題に供します。本案に賛成の諸君の起立を求めます。
   〔賛成者起立〕
○議長(重宗雄三君) 総員起立と認めます。よって本案は、全会一致をもって可決せられました。
 本日はこれにて散会いたします。
   午前十一時五十九分散会