第063回国会 地方行政委員会 第11号
昭和四十五年四月二日(木曜日)
   午前十時三十九分開会
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   委員の異動
 四月一日
    辞任         補欠選任
     加瀬  完君     鈴木  強君
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  出席者は左のとおり。
    委員長         山内 一郎君
    理 事
                熊谷太三郎君
                安田 隆明君
                山本伊三郎君
                原田  立君
    委 員
                初村瀧一郎君
                山崎 竜男君
                若林 正武君
                竹田 四郎君
                千葉千代世君
                和田 静夫君
                阿部 憲一君
                市川 房枝君
   国務大臣
       国 務 大 臣  荒木萬壽夫君
   政府委員
       内閣総理大臣官
       房陸上交通安全
       調査室長     平川 幸藏君
       警察庁長官    後藤田正晴君
       警察庁交通局長  久保 卓也君
       最高裁判所長官
       代理者最高裁判
       所事務総局家庭
       局長       外山 四郎君
   事務局側
       常任委員会専門
       員        鈴木  武君
   説明員
    警察庁交通局交
    通企画課長       藤森 俊郎君
    警察庁交通局交
    通調査官        池田 速雄君
    文部省体育局審
    議官          西村 勝巳君
    運輸省自動車局
    整備部長        隅田  豊君
    建設省道路局企
    画課長         井上  孝君
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  本日の会議に付した案件
○道路交通法の一部を改正する法律案(内閣提
 出)
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○委員長(山内一郎君) ただいまから地方行政委員会を開会いたします。
 道路交通法の一部を改正する法律案を議題といたします。前回に引き続き質疑を行ないます。
 質疑のおありの方は順次御発言を願います。
○千葉千代世君 私は、前回に引き続いて安全問題について質問したいと思っていますが、きょうは特に学校における交通安全教育の面でお尋ねしたいと思います。
 先般の参議院の交通安全特別対策委員会で、総理府のほうから年間の交通事故件数が報告されましたのです。その中で幼児とか少年、それから年寄り等の事故の件数が年々目立っているわけです。そういう点で、学校教育の面でも安全教育が最近たいへん活発に行なわれるようになったと聞いているのですけれども、現在の学校における安全教育の概況をお知らせいただきたいと思います。
○説明員(西村勝巳君) 学校における安全教育でございますが、非常に問題が多方面にわたりますので、小学校、中学校、高等学校と、発達段階によって違いがあろうかと思いますが、まず第一に児童生徒の習慣、態度、心がまえ、そういうものが非常に大事だと思いまして、規律を守るという精神を第一に考え、ないしまた生命の尊重というような精神的な面をあらゆるところで強調しているわけでございますが、直接交通問題につきましては、社会科で交通問題について知識を与える、ないし交通事故の問題につきましては、指導要領の中で、たとえばこれは保健体育のところでございますが、交通事故とその防止ということを指導することになっております。その内容は、交通事故発生状況の推移を知り、特に道路交通の事故の原因、被害状況を分析し、防止のしかたについて理解するとともに、積極的に事故防止につとめることができるようにすることというような形で、これは中学校でございますが、取り上げているわけでございます。そのような知識として与えると同時に、交通事故の防止につきましては、実践的な態度、特に行動とか習慣、そういうことが非常に大事でございますので、実地訓練を重視いたしまして、昭和四十一年に次官通達を出しまして、指導時間を設けて指導することが望ましい。大体月に一度程度で年間十一時間ないし十二時間、交通安全の時間を設けて直接登下校の注意とか、信号の見方とか、横断歩道の渡り方とか、いろいろございますが、そういった方面の実地訓練を実施するようにというような指導をしているわけでございます。で、概況でございますが、そういったような内容のことを徹底させるためには、特に先生方にいろいろそういった基礎的な知識が必要であるわけでございまして、そのために幾つかの講習会を設けまして、名称だけ申し上げますと、交通安全指導者講習会、それから交通安全指導管理研究協議会、それから今回新たに学校保健安全中央講習会、特に小学校の先生が大事でございますので、今回から五年計画で、学校担任の先生の半分程度は五カ年計画で全部必要な交通安全の知識を、また指導のしかたを身につけていただくという講習会を始めることにいたしたわけでございます。
○千葉千代世君 そうしますと、学校の中では教師が主体的な役割りを果たして指導をする。その指導する根拠というのは、指導要領の中でこれは特別活動の分野の領域に入りますか。
○説明員(西村勝巳君) 交通安全の指導につきましては、いわゆる知識としてはただいま申し上げましたとおり教科、習慣、それから保健体育の時間でございますが、ただいま申しました実地の訓練、一定の時間を設けて実地訓練をすることが望ましいというので、昭和四十七年から中学校が実施されます。それから小学校は四十六年から実施されます。その中で、特別活動とおっしゃいましたが、特別活動という領域を設けたわけでございますが、その中で実施するということを予定いたしております。
○千葉千代世君 その時間の設定ですけれども、これは義務づけの設定ですか。というのは、私「交通安全指導の手びき」というのを拝見したのですが、その中には年間の一定時期に集中することなく指導の時間を確保してあるのですね。いま聞くと、時間は何時間ということがきめられているようなんですが、それは現在それをやっている、こういうことなんですか。
○説明員(西村勝巳君) 時間数につきましては、教科時間のように一定の時間を示しているわけではございません。ただ指導といたしまして、その特別活動の中で一定の時間を設けるようにということでございまして、またその時間の取り方につきましては、学校とか地域の事情によって非常に違いがあると思います。その事情に応じて適宜実施をしていただくということで、一律の時間はきめてございません。
○千葉千代世君 そこで特に中学校の場合なんですが、入学試験の問題とからみまして、時間を惜しんでとらせないところがかなりあるように聞いておりますがね。それから地方と都会では、いまおっしゃったようにかなり差があるようですけれども、これは先生方の中には、いろいろ交通安全に対する認識の度合いが都会と地方と違うのはやむを得ませんけれども、それを講習その他によって認識を高めていくということについては賛成なんですけれども、同じ都会地域の中でもアンバランスがあるように思いますけれども、その辺どのように把握しておりますか。というのは、時間は自由に操作されるわけですね。これは交通安全教育ばかりではなく、ほかの時間もたいへん犠牲になっているということを聞いておりますけれども、どうでしょうか。
○説明員(西村勝巳君) 実施のしかたにつきましては、ただいま申しましたとおり、かなり実情によって違いが生ずるということはこれはやむを得ない点であろうかと思います。一応そういった実施状況等の調査も行なっておるわけでございますけれども、かなり文部省の、先ほど申し上げました、大体月一時間程度というようなことが周知されまして、そういう指導をしているところがかなり多いようでございますが、御指摘のとおりいろいろな点で制約を受けて、他の全体の学校の運営自体に影響があるというようなことも多少御指摘のとおりないではないというふうに思いますけれども、かりにそういうものがございましたら、現在のような交通事情、交通事故の実態にかんがみまして、適切にその時間が確保されるように指導してまいりたい、かように考えております。
○千葉千代世君 それから教師の講習会その他についてあげられましたのですが、その費用ですが、この間、交通安全対策特別委員会のほうで予算の説明があったのですが、あの説明だけでは足りないと思いますが、ほかにどこからか出ておりますか、地方でも補助しているわけですね。どうなっていますか。
○説明員(西村勝巳君) 経費につきましては、国が責任を持って実施をするということでございまして、そう多い経費ではございません。第一の交通安全指導者講習会では百十一万六千円、それから交通安全指導管理研究協議会では八十七万二千円、これは四十二年度から継続して実施しておりますが、それでは不十分でございますので、本年度から新たに学校保健安全中央講習会というのを始めることにいたしまして三百六十一万一千円というようなことになっております。これによりまして、中央で指導者を養成すると同時に、地方においてそれを普及徹底していただく、地方ごとの講習会をやっていただくというふうに考えているわけでございまして、その地方で実施する場合におきましては、地方でかなりの経費を負担していただくということになろうかと思います。
○千葉千代世君 そうすると、教師が主体的に安全教育の面にあたっていくという、こういう観点からいきますと、警察関係との連絡といいますか、提携といいますか、そういう面ではいまどうなっているのでしょうか。具体的に申しますと、さっき申し上げたように、入学試験やその他で時間がとられてしまって、たいへん先生方も雑務が多いために忙しい。安全教育については警察の交通係におまかせという形で行なわれているところがかなりあるわけなんです。その点では、この間交通安全対策委員会で、文部省のほうからおいでになった課長さんが、警察の御指導がまことによくて感謝申し上げておるという一言に尽きたごあいさつがあったのですが、その点については、安全指導ですから一生懸命やってくださるのはけっこうですけれども、これは教師が教育の立場から主体的な役割りをもって、先生一人一人がしっかりと安全教育の必要性というものと、子供の生命の大事さということと、自分自身の大事さというものとやっぱり共通して把握していないと、せっかくの費用の問題とか、交通安全の手引きとか、特別活動に示された要領とかを見ましても、みんな基本的なものは示されておりますけれども、末端にいきますとそういう悩みもあるわけです。ですからその点で警察におんぶしておる点はどういうことなんでしょうか。自分たちはこの点まではやれるという点について示していただきたい。
○説明員(西村勝巳君) 個々の実態につきましては非常に差があるというふうに思われるわけでございまして、教師が主体的に交通安全指導をするということは非常に大事だと思いますけれども、しかしながら、交通安全の問題は子供の生活全体からみますと、学校の中だけの生活というよりも、むしろ登下校とか学校を離れた場合に、その安全を確保するという点に非常に大事な問題があると思うのでありまして、そういった点では、教師の力の及ばない範囲もおのずから出てくるのではなかろうか。そういった特に登下校を中心といたしまして、警察等の協力を得なければ十分安全を確保できないのではないかと思いますが、どの辺のところの役割り分担が適当であるかという点は、一般論としてみますと具体的にどこまでということはむずかしいと思いますけれども、それぞれの実態に応じて適切な連携がはかられることが望ましいというふうに考えております。
○千葉千代世君 たとえばいろいろな信号機とか交通に必要な器具がございますね。そういう点は学校で備えつけておるところもあるし、警察によっては、地方警察のたいへん熱心なところでは全部持ってきてくれる。自動車から標識から全部一切がっさい貸してくださり、学校ではまことに楽なわけです。来てくださる警察の方も熱心なわけです、それでやってくださる。しかし、これはいつまでもこのままではいけないと思いますけれども、最小必要限度の機械などは、教材ではございませんけれども教材の一種ぐらいに考えて備えつけるべきものではないかと思いますけれども、どうでしょうか。この点について警察庁のほうではどのように考えておられるか、双方にお答えいただきたいと思います。
○説明員(西村勝巳君) 交通安全の指導に必要ないろいろの器具を学校で整備をする必要がある、その点で警察のほうからたいへん協力をしていただいておるようでございますが、その問題につきましては、学校自体としてもっと整備をするということも必要であろうと思います。そういった意味で、文部省ではモデル的に交通安全教育にどういうようなものが必要であるかということで、交通安全センターというものを各県に毎年一つずつつくっていくということで、四十三年からいままでずっと各県一つずつつくってきております。そこで必要なものは舗装道路とか歩道、見通し不明の個所、踏切、それからガードレール、交通信号機、踏切警報機、踏切遮断機、道路標識というような模型を用意するようにいたしまして、それに必要な経費百二十万の半額六十万を補助することにいたしまして、これをモデルにいたしまして地域の中心的な道路交通安全教育のセンターにしてもらう。これは各学校全部というわけにはまいりませんので、随時、センターといたしまして、周辺の学校がここに参りまして実際に安全指導の訓練をするというようなことを指導してきております。
○政府委員(久保卓也君) 警察官は警察権限をもって仕事をしておるわけでありますから、警察官でなければ仕事のできない分野に集中したいというのが本心であります。しかしながらそうも言っておられませんので、県並びに教育委員会、学校当局に御協力申し上げて、いろいろな安全教育を学校にしておるわけでありますが、いま先生おっしゃいましたように、一つのマイクロバスにミニカーからいろいろな標識その他を載せたものを各県に少なくとも一台持っております。そのほかに、各県の安全協会あたりが協力いたしまして、いろいろな器材を準備しておる警察署もだいぶんございます。しかしながらやはりたてまえとしましては、学校当局でいろいろ材料を持って、学校当局自身がそういった指導能力をお持ちになることがきわめて望ましいというふうに思うわけでありまして、先週京都で交通に関する国際会議がありまして、五十カ国ばかり集まりましたが、そのときの話を聞いておりましても、非常に多くの国で子供の教育について熱心であり、警察側はこれに対する教育をするという立場で、われわれのやる分野も残されておると思いますけれども、まだ相当学校教育での分野が残されておると非常に痛感した次第でございます。
○千葉千代世君 一県に一カ所ですか、交通安全センターを設ける。そうなりますと、一式の道具は車に乗っけて、日をきめて計画的に県内なら県内のほうを回っていくことができると思うのです。しかし、場所ということになれば、そう五校一緒とかいかない、三校一緒とかいかないと思いますが、そうすると常時子供が習慣的に身につけていくという一番大事な基礎的なものがおろそかになるんじゃないか。この手引きを拝見いたしましても、習慣的に身につけていって、これはやっぱり社会道徳の基礎になっていく。自分を守り、人を守る、それから大きくなっていって自分が運転免許証をとったときに、それを必ず習慣として身につけておく、基礎的なものをしっかり仕込むということが書かれてある。しかし、実際にはそういう教育をするということは、ある程度たやすく使えなければならぬ。県に一カ所ですと、さっき言われました、先生方が代表といいますか、そういう方が集まって講習を受けて、帰って、そしてそれを伝達講習をして、そして子供にさらにいくということになっている。しかもそれが特別活動の分野になっていくと、これは正規の教科にする云々、そんな問題を私は言っておるのではなくて、ここは道路交通法の中で、あとにスクールバスの発着とかいろいろなものがあるものですから、これからの子供は、われわれの住んできた社会と違って、急速な道路交通の激しい中で暮らすわけですから、これは何としても慣習的に身につけていく立場からしまして、これは地域との提携の中で相当ふやしていかなければならないじゃないかという、予算の隘路もありましょうけれども、そういう点なんかで、文部省が今年度要求した予算、額はよろしいですが、要求していらっしゃるかどうか、どうなんですか。
○説明員(西村勝巳君) ただいま御説明いたしましたのは、交通安全センターで補助しております内容でございまして、これはモデル的にこれをまねていただいて、ひとつ地方公共団体でこういったようなものを設けるようにしていただきたいというようなことでございまして、その必要な器材、器具等につきましては、これらを手本といたしましてひとつ整備をしていただきたい。また、こういったような器具につきましては、いろいろくふうをすれば手軽な器材等で模型をつくるということもできるんではなかろうかというような感じがするわけでございます。直接そういったような経費につきましては、国のほうでまだ予算の要求はしておりませんけれども、まあこれらの安全センターのモデルにつきましては重点的に要求をしていきたい、かように考えております。
○千葉千代世君 先ほど四十七年から実施というのは指導要領の面ですか。そうでございますか。
○説明員(西村勝巳君) 教育課程の内容につきましては、小学校は昭和四十六年から、中学校は昭和四十七年から実施をするということでございますが、これは教育内容全般の実施でございまして、交通安全教育自体につきましては、一日もゆるがせにすることはできないので、現在の制度の中でこれは直ちに実施をしていただく。まずそういったことがいろいろ指導要領の中にも入っておりますので、先ほど申し上げましたように、昭和四十一年からいろいろな実施訓練の時間を設けてやるというような指導をしているわけでございます。
○千葉千代世君 そうしますと、四十二年に出されております「交通安全指導の手びき」というのは、これに沿って関連していく用意があるわけですか。これはこのままでは少し矛盾するところがあるように思うのですけれども、どうなんでしょうか。
○説明員(西村勝巳君) 四十二年にできまして、数年講習会等にも使ってまいりました。若干訂正する部面があるということで、さらに改定を現在検討している段階でございます。
○千葉千代世君 それは大体いつごろに検討が終わって教師の手元に届くということですか。
○説明員(西村勝巳君) 現在検討を続けておりまして、おそくともこの九月、秋ごろまでには教師の手元に届くというような予定で現在進めております。
○千葉千代世君 そうしますと、ここにあります基本的な項目と新しいものの主軸になるものはそう変わっておりませんか。技術面とかあるいはこまかい面の問題とか、新しい道路交通法ができますね、それに沿った指導、これは次官通達とか、警察庁からの通達とか全部載っておりますけれども、それは変わった面だけが変わるのではなくして、基本的なものも変わっていかなければならないと思うんですけれども、どうなんでしょうか。
○説明員(西村勝巳君) 教育の分野でございますので、交通安全のための基本的な態度とか考え方とか、そういうような問題については、これは終始一貫して変わらないものであろうかと思います。ただ道路交通法その他いろいろ制度自体が変わってまいりますので、それに必要な改定はしていく必要があるというように考える次第でございます。
○千葉千代世君 といいますのは、いま交通警察によくまねしているという意味でしょうか、学校で切符を発行しているわけですね。廊下をかけ出したからおまえは何点だ、それから右側を通らないから何点だとか。それからこれは学校に行ってみると、狭い廊下のまん中に花びんに水を一ぱい、それに花を入れてありますから、そうすると子供がこれならかけて通らないだろうというようなたいへん苦肉の策と思います。しかし幾ら善意から出ておっても、子供自体の持っておる活力というのはわれわれの域をこえたあり余るエネルギーであるわけなんですから、エネルギーは十分に発散させる。それを適当にブレーキをかけながら、自分で調節をして、人にもけがをさせないし、廊下を歩くルールを守っていくということがないと、いつも道路に行ったらコップに花が入れてあるわけではない。基本的な問題というのはそういう点なんです。というのは、これ見ていきますと、各学校の創意でできるわけです、地域に応じ云々と書いてありますから。ところが学校は表彰されているわけです、交通安全云々ということで。私はそういうことにかんがみまして、これは一体いいんだろうか、悪いんだろうかという問題をですね。これは奨励すべきものと思ってらっしゃるのでしょうか、どうなんでしょうか。そういう点お聞きになっておりますか。子供が軽い気持ちで、ひとつ子供の創意くふうの中で、よしそれならあんまり廊下を走る子供があって困るから、子供の話し合いの中でよしひとつチケットを発行してやってみようか、まあやった結果よさそうだ、ここらでやめようかという適度なことが働きよい指導が行なわれているならいいと思いますが、野放しになって切符を発行した、こういうことになっていくと、いまの警察官の方々が、いい方がが九九%としますと、一%の方は、やっぱりノルマをあげなければならぬと張り切っている人もいるということを聞いている。そうすると、かなり私は心配と思いますが、教育的な効果の点から見たこのケースその他についてはどうなんでしょうか。
○説明員(西村勝巳君) そのような個々の事例については私ども承知をしてないわけでございますけれども、ただ、指導法としていまのようなことがどうかという問題でございますと、これはいろいろな難点が出てまいると思います。まあ基本的な態度というよりも、適切な指導方法があるかどうかという点で疑問を出されたかと思うわけでありますが、その点はひとつ参考にさせていただきまして、十分検討させていただきたいと思います。
○千葉千代世君 いまの問題とからんで、登下校の指導に、当初は列をつくってやっていたわけですね。小さい子供を先に出して、あと高学年をうしろにやるとか、いろんな創意くふうをして、同じ方面に行く子供を一緒にするとか、それから登下校の道順をきめてどうするとか、これは犯罪予防とか、交通関係とか、いろいろな面についてはたいへん効果をあげている、ところが御承知のように、列をつくった中にダンプが突っ込んでたいへんけがしたという問題が出まして、この登下校についての列をつくることについてはどうだろうかという、交通規制の面からも検討され、学校自体からも検討されて、いまはそれはどうなっておりますでしょうか。
○説明員(西村勝巳君) 交通事故を防止するために、集団登下校というようなことで従来ずっと指導してきたことは御承知のとおりだろうと思いますが、そのこと自体が、現在の交通事情から見て適切であるかどうかということがいろいろ問題になりまして、特に集団で登下校いたしますと、その集団の中の個々の生徒はやや依存心が強くなっていくというような点がございまして、それからまたリーダーとして適切な人が、適切にその集団を導いて道路を通行できるかどうかといういろんな問題がございまして、その点は画一的に集団登下校するということは必ずしもいまの事情から適切ではないのではないだろうか。具体的にどうということはちょっと言えませんが、もう少し道路交通事情をよく検討した上で、必ずしも機械的な集団登校ということではなしに、弾力的に考えてほしいというように、それを改めてやっているわけです。
○千葉千代世君 先ほど交通局長さんが京都の世界警察官会議、そこで各国の状況が述べられたと言われましたが、お知りになった範囲でお知らせいただければたいへんしあわせです。それから文部省は教育的な面から、こちらは警察官がごらんになった安全教育、あなたのほうは教育的な効果とあわせてどのようにしたらいいか、たとえば国によって各教科の中にずっと入っているわけです。いまの特別活動だとか、こういうふうな手引きとかいう以前に、ルールとして、親が知り子供が知り地域が知り教師が知りという中で、そういうことをしなくてもいい部面があるように聞いているんですが、国が違うでしょうが、教科の中にしっかり食い込んでいる。こちらを見ると、教科の中にあるけれども、おもに指導要領によってとか、これによってとか、手引きによってとかあろうと思います。そういう点多少の違いはあろうと思いますが、もしおわかりのところがあれば、両方で答えてもらいたいと思います。
○政府委員(久保卓也君) 先週三日間にわたりまして、五十一カ国の国が集まりまして、上級者からおまわりさんに至るまでいろいろな階級の人がおりましたが、このうち三十八カ国が意見を発表いたしましたが、ちょうど半分の十九カ国が子供の事故防止についての意見を発表いたしました。したがいまして、いかに各国が子供の事故防止について苦心をしているかということがわかろうかと思います。ところで、大体私どもも外国の事情を知らないわけではないんですけれども、直接話を聞いたということで非常により鮮明な印象を受けるわけでありますが、この中で、この十九カ国が子供の事故防止について意見発表したうちで、十カ国の人はいわゆるスクール・パトロール隊を持って、これを育成し、指導しておるということを申しておりました。残り九カ国の人はその点について触れておりませんので、持っているのか持っておらないのかそこのところはわかりませんが、少なくとも十カ国について、そういうことを言っております。要するに、小学校の上級生が登下校時におきまして――これは集団登校になりますが、そのリーダーになる。そして平時におきましては、交通のいろいろなルールとか標識などについて、学校の先生とかあるいは警察官が行きましていろいろな学校の教育をそこでやっている。その知識を得て集団登下校の場合のリーダーになっているというようなことでありまして、しかも、私どもふしぎに思うのですけれども、非常に古い国につきましては十年、二十年以上前からやっておりますにもかかわらず、事故は全然起こっておらないということであります。この点は、私どももスクール・パトロール隊については前から知識を持ち、ある程度各県に慫慂はしておるところでありますけれども、やはり私どももまた各県の責任者も、事故が起こった場合にどうするかということが非常に頭が痛いわけで、その点についてきわめて積極的になり得ないというのが私どものほうの内情であったわけであります。
 そのほかに感心をいたしましたのは、学校への安全通学路を警察側が指定いたしまして、そういった地図と指導の手引きを学校当局、それから親、子供に渡している。その地図に従って、あるいはそこにある注意書きに従って登下校をしなさいというふうな指導が行なわれているということであります。また、よしあしはあるかも知れませんけれども、高学年者につきましては交通安全についての試験を課しているということであります。あるいは場合によっては自転車の免許試験をしておりまして、そして試験に受かった者には賞状とバッジを与えるというようなことを試みられているところもありました。そういうようなことで、いろいろ創意くふうをいたしておりますが、もう一つ考えられますことは、交通安全について学校において必須科目にしているということであります。これが日本の場合と少し違うのではないかというふうに思うのですけれども、そういう名前のもとに必須科目にするということ。さらには、ただいまも先生の講習問題がありましたが、これも法律上の義務はないようでありますけれども、教師を警察側の手で毎年講習をしておるということのようでありまして、私どもは、その点は日本でももっと積極的に取り入れてよろしいのではなかろうかというふうに感じた次第です。おもな点を申し上げると、そういうことです。
○千葉千代世君 その自転車の免許ですね、それはデンマークですか。どこですか。
○政府委員(久保卓也君) オランダかデンマーク、あの辺の国でした。もう一カ国どこかあったと思いましたが、ただ、これは学校側が自分でやるわけですから、それで公的な効果があるという意味ではおそらくなかろうと思うのですけれども、その点は日本でもそういうことをやっている県あるいは学校もございます。ちょっと場所は忘れました。
○説明員(西村勝巳君) 諸外国の交通安全教育の状況でございますが、非常に変化に富んでおりまして、たとえばアメリカをとりましても、初等の段階では、主としていろいろな教科の中で取り上げ、社会科とか技術とか保健体育といったような中で総合して指導していくようでございます。中学校といいますか、中等学校程度になりますと、独立の科目として、一般安全教育とか、自動車運転交通安全教育というようなものを指導するというようなことでございます。まあ指導内容は一応省略いたしまして、時間のことを申し上げますと、アメリカは各州で非常に様子が違っておりまして、時間配当を規定している州が四つほどございます。これは毎週十五分で毎月三十分ないし六十分程度を充てる。それから時間配当を規定していない州が八州ございまして、十二州が安全教育につきまして時間配当はしないけれども義務づけをしているというような形になっております。なお、簡単にフランスのことを申し上げますと、フランスでも公民道徳の中で交通規則を守るというようなことを指導しておりますし、それから実地訓練等を実施しております。時間といたしまして、理論は一カ月に三十分以上、実地訓練は一カ月に一時間以上というような規定になっているようでありますが、日本の交通安全教育の改善という意味でもいろいろ参考になるというふうに考えます。
○千葉千代世君 この前の三十一日の当委員会で通産省へ資料をお願いしたのですが、その中で、自動車の保有とか、国内の需要等の中期の予測というのを拝見したのですけれども、これはさっきいただいたから詳しく私知りませんけれども、それを見ますというと、やっぱりかなりふえてくる。そうすると、事故との関連からいきますと、事故の少ない国々の私なりに見てきたところを見ますというと、やっぱり国内で使う自動車量、輸出量、そういうふうなものが計画的になされているそういう国と、そうではなくて、やっぱりメーカーがやたらにつくって過当競争をして、過当競争したものが今度はタクシー会社にいく、タクシー会社から今度は運転手にいく。順々に悪循環で、犠牲を結局は一般のこれを利用する人とか、周囲の人がこうむっている。こういう中の事故というのがかなりわが国なんか多いのじゃないか、こういうふうに考えます。きょうは、これは商工委員でありませんから私は避けますけれども、やっぱりそういう関係とあわせて、そうして自動車の増加状況、それからその他の交通機関がありますけれども、主として自動車を主軸とした陸上交通についてだけ考えてみましても、かなり問題があるのじゃないかと思うのです。で、さっき私デンマークじゃないのですかと、ちょっと申し上げたのですが、まああすこは自動車がかなりふえたんですけれども、前には自転車を国民ほとんど持っていない人はいない。一人に二台ぐらい持っていたりして、国民全部が自転車に乗って、自転車道というのと歩道というのと車道というのと区別してあるという、たいへん土地柄もありますし、うらやましいし、そのまん中に立って警察官の方が一般の民衆の方とものすごく仲よくにこにこ肩をたたきながらやっている。こういうふうなことを見てきたのですけれども、あれだけ余裕のあるところでさえそれだけの留意をしているわけなんです。それは、さっき教科書の問題触れられたんですけれども、教科書の根底になるものというものは、やっぱり人の命を最大限に尊重していくという、それが基底になった、あらゆる教科の根本がそこから出ているということを考えたときに、地域の公民活動あるいは社会教育といいますか、それから学校教育の中におけるこういう問題が全く一貫してとられていたという、その及ぶところは、国の政治の中で自転車、自動車の増産状況、輸入輸出状況、そういうような国の経済ともからんでいると思うのです。ですから、ここでいますぐどうしろということを私いま述べませんけれども、述べる時間もありませんけれども、やっぱりそういう点を勘案しながら指導方法を立てていかないというと、一生懸命に道路交通法を改正していく、学校の中では特別活動の分野、あるいは「交通安全指導の手びき」教科の中で、何分間何分間というふうなことを将来展望していくとしても、これはやっぱり教育課程の編成とからんで非常に大きなもとをなしていると思うんです。だからそういう面で、さっき私が申し上げたのは、今度変わるものの主軸は、根本は変わっているかいないかというような、そういう点で聞きたかったわけなんです。ですから、そういう点についてもう少し具体的におわかりでしたらお知らせいただきたいんですが、そうでなければきょうでなくてけっこうです。
○説明員(西村勝巳君) そういう交通事情の実態に即応して、絶えず内容というものは改めていかなければならないというふうに考えるわけでございますが、現在作業中でございますので、さらにいま現在その資料が手元にございませんので、また後日資料を整えまして御説明申し上げます。
○千葉千代世君 次は、酒気を帯びた運転という問題で質問したいと思いますが、文部省の方に伺います。この規制を見ていきますというと、今度は、いままではその度合いによっていろんな規制があったんですけれど、とにかく今度は少しその規制を強めていこうということについて全く賛成です。私ははっきり言えば、酒気の量とかそんなものではなくて、ちょっとでも飲んだら乗っちゃいけないというのが、私のこれは基本的な考えなんです。で、そういう点で、ドライブインで売っているところと売っていないところがございますね、御承知でしょうかしら。これは警察庁のほうですね。
○政府委員(久保卓也君) ドライブインというものが何であるかということはなかなかむずかしいわけでありまして、ドライブインとかたかなで書いてあればドライブインであって、飲食店と書いてあれば道路上でもドライブインでないのかという問題もあります。しかしながら、一応形態上ドライブインというものとして把握し、さらにモーテルの分も調べてみたわけですが、ドライブインで酒を提供していないものが九%、提供しているものが九一%、モーテルの場合は九四%が酒を提供しており、提供してないのが六%弱という数字になっております。
○千葉千代世君 このドライブインというのは、これは許可基準というのはないんですか。どういう許可基準なんです。
○政府委員(久保卓也君) これは私どもの言うサービス業を伴っておりませんので、公安委員会の許可の対象にはなっておりませんで、おそらく飲食店として保健所、都道府県知事の許可の対象になっているだけであるというふうに理解しております。
○千葉千代世君 そこで、運輸委員会とかまたほうぼうの委員会で、お酒をそこで売らせないというような規制をしたらどうかということがたびたび論議の対象になっているわけなんですが、警察庁当局としてはどのように考えていますかということと、それからもう一つ、このドライブインとモーテルとはちょっと性格が違うんじゃないでしょうかね。御承知のようにあれは車を持って泊まるわけですから、泊まれば、かりに夕方一ぱい飲んで寝ても、次の日にはいいということと、それから日本のモーテルと外国のモーテルとは御承知のようにまるっきり違って、何のモーテルの必要もないようなところへ何かやたらに出てきて、この間、実は衆議院の委員会で戸叶里子さんが質問したと思うんですが、一緒に私東松山の丸木美術館見に言ったんです。そうしたら、モーテルですね、モーテルの湯泉マークみたいなのが東松山からおりたらたいへんなあれなんです。それでモーテル「夢」だとか何だとか、突拍子もない名前がついていて、ずっとあったですね。ああいうモーテルの概念というものと、それで許可基準を見ていけば、やっぱりこれはこう泊められるべき性質でなくて、申請が一般の旅館みたいな申請になっているというのがあって、たいへん許可するについても地方の方も御苦労なさっているんです。ですからそういうふうに、話が横道へそれましたが、いままでは、公共の教育施設、学校がある、そういうところは何メートル以内に云々という法律があったんですが、ああいう美術館なんか対象になっていないわけなんですね。そうすると、そういうふうなところへああいうものが出てきて、そこで酒を売るということになってくると、これはまた別の問題、風紀上の問題になってくるんですけれども、そのモーテルの概念、ほんとうのモーテルといいますか、モーテルということばで言っているようですが、概念がまるっきり違って日本の場合受け取られていますね。ドライブインということになると、私たちの解釈はとにかく自動車を運転していって、ちょっと御飯を食べてまた一服して次に行くとか、団体旅行の場合はバスのとまる場所、こういうふうに考えておりますから、あれは酒を飲む場所ではないと思うんです。そしてよく聞いてみたらば、運転手は酒飲まないけれども、乗ってる団体のお客さまは、これは運転するわけじゃないから、その人の飲む場合は売ってもいい、こんなことを言ってるんですね。まるでこれはむちゃくちゃな論理だと思うんです。ですから、やっぱりそういう場所はお酒を飲まないように規制するという、どこの管轄だかわかりませんけれども、そういう点についてはどのように考えていますか。
○政府委員(久保卓也君) この問題につきましては、従来も国会で再々取り上げられておりまして、その結果昨年の五月に、交通対策本部、これは総理府が中心で各省が集まっているわけですけれども、そこで決定をいたしまして、法的な規制は非常に困難であるので、行政的な指導でいろんなことをやってまいりたい、警察側は警察側としての範囲で取り締まりと指導をやってまいりたいという趣旨のことは出ております。
 ところで、私どものほうで、全国統計ではございませんが、主要な県について、若干の県につきまして、飲酒運転者がどこで酒を飲んだかということを調べた数字がございます。この場合に、若干先生がおっしゃいましたような問題点はあるんですけれども、一応統計上はドライブインとモーテルを一緒にした数字でございますけれども、それによりますと、大体ドライブインとモーテルを含めて、そこで酒を飲んだというのが、一番多い県で一・三%、ほかは全部の〇・何%というぐらいのところです。多いのはやはり料理店、飲食店で飲んだというのが四十数%ぐらい。それから次いで多いのが知人の家で飲んだというようなこと、それから勤務場所で飲んだというようなこと、そういうのが多いようであります。自宅で飲んだのも、これもわりあいにあります。そこで実益上から申しますと、実はドライブインを取り締まりをやりましても、たとえば幹線道路から何十メートルか入った飲食店で酒を売ってるということだと、同じになってしまうという問題がございます。そこで、酒を出してはいけないものをどういうふうにして把握するかということが非常に技術的に困難な面があったものですから、従来行政官庁側では、正直の話消極的であったわけであります。しかしながら、たとえば高速道路では御承知のように酒は売らしておりません。これはおそらく道路公団の指導であろうと思いますけれども、そういったことで、一応現在のところは昨年四月の交対本部の決定に基づいて、関係各省がすべて行政指導でやってまいろうということになっているわけです。しかし、先般の国会のこの委員会で、山中総務長官は、これは主として許可の主管官庁はおそらく厚生省であると思いますので、厚生省をはじめとして関係各省とよく協議をして、前向きで検討したいということを申されましたので、私どももそういう方向で、総理府から相談があった場合は何か知恵を出さなきゃいけないという立場にあるわけですが、困難であることは確かだと思います。
○千葉千代世君 これはやっぱり行政指導だけではなかなか無理だということが……。いま日本の慣習というのがたいへん根強いんですね、ちょっと飲むくらいはまあいいじゃないかと、承知しながらすすめるほうもすすめてしまう。ですからこれは思い切った対策をしていったほうがいいじゃないか。というのは、こんなに急速に交通が激しくなってきていますから、飲む人は、これはおかしなもので、おれは酔わない、おれは酔わないと必ず言うんですね。もうたくさんだたくさんだといっては飲むのです。ですから、ちょっと飲んでも、限界というものは自分ではできないのです。自分ではきちっとしているつもりでも、私ら見ていても限界はきまっていないわけです。そういうふうに考えていった場合には、政令では〇・二五ミリグラム以上を酒気という、とかいうふうにあれに書いてあるようですけれども、やっぱり自動車を運転する場合には、ちょっとでも酒気があってはいけないということがきちっとされていると、ですから、その地域には売らない。
 これは外国の話で恐縮ですけれども、私ども議員団で行ったときに、ナイヤガラを見にいったのです。夜になってお酒を飲みたいと男の議員さんがいったけれども、全然売っていないのです、あの近所、カナダ側のところを見て歩いたけれども。どこかに売ったいないかと心配していらして、見るのも気の毒だったのですが、あの地域を限って売らないという法律的システム――行政指導なんかじゃなくて、法律がきちっとありますから、たいへんいいなと、私は瀧のきれいさよりもああいうのを感心して帰ったのですが、やはり規制すべきところはきちっとして、ゆるめるべきところはゆるめるというやり方、たとえばここにありますが、呼気、吐く息をはかるということで、もしかしたらこれが、それとこれと別ですけれども、人権侵害になるかならないかというようなこともちょっと懸念れる点もありますが、そんな点関連して考えましても、やっぱりこれは飲んだら乗らない、飲ませない、売らないということのきちっとした位置づけをこれは法律的にやっていかなければならぬじゃないか。で、いま厚生省の話を聞いたのですけれども、厚生省もやっぱり各省と連絡をとって何らかの方法で、と言っておりますが、さっきの東松山の美術館の問題も、やっぱりこれは法令を改正して、その中に公共教育施設ですか、そういうふうな社会教育施設とかという面で、美術館も包含していく法律を近いうちにつくるということを言われているわけです。ですからそういうふうに、一つ一つの問題がきちっと――私はあまり法律で縛ることは好きでないのですが、こういうことは縛らなければ、日本のお酒というものの慣習的なものというのはたいへん根強いのだということを私も考えていますが、行政指導でできますか。長官、できるとお思いですか、行政指導で。
○政府委員(後藤田正晴君) 酒飲み運転の問題について、千葉先生の御意見、まことに私はごもっともだと思います。そこで、ドライブインその他での酒を売ることの禁止については、先ほど交通局長からお話を申し上げましたとおり、なかなか現実問題となるとむずかしい点がございますけれども、従来から行政指導で、そういう点についての、酒を飲まさない、売らないというようなことをやっておりますが、特に高速道路についてはその趣旨を徹底させる、こういうことをやっておりますが、この線は将来とも続けていきたいと思います。
 そこで、私どものほうの立場で、今回の規定では、酒を飲めば一切車は運転してはいかぬという禁止規定をまず運転者側についてやろう。と同時に、酒を飲んで、引き続いて運転するということが明らかな者、こういう者には酒を提供してはいけないという規定を今回入れたいということで御審議を願っているわけでございます。この規定には罰則を実はつけてないと思いますが、それは罰則で強制するよりは、こういった訓示規定を設けることによって、その訓示規定を背景にしながら、飲酒運転がなくなるように、社会環境全体が、運転手に酒は飲まさない、また運転手は酒を飲まない、こういう社会環境をつくり上げていきたいと、こういう意味で今回提案をして御審議願っておるようなわけでございまして、酒飲み運転を追放するといういろいろなやり方はございますけれども、御趣旨は千葉先生のおっしゃる点と全く私は同感でございます。
○千葉千代世君 それから、このごろ広告に、アルコールがあまり入ってないからだいじょうぶだ、飲んでも運転に差しつかえないとかいってサッポロライトとか――私それを飲んだことないから知りませんけれども、それは宣伝していますね、盛んに。あれはお飲みになったことあるでしょうか。アルコールはどうなっておるでしょう。
○政府委員(後藤田正晴君) あれは酒類の定義からはずれておりまして、清涼飲料ということになっております。しかしわずかばかりですが、アルコールが入っております。そこで私どもとしては――あのねらいが高速道で売るということがあったわけです、広告にたしかそう出ておりました。そこでそれはまことに不届きであると、なるほどパーセンテージは低いけれども、よけい飲めでアルコールもよけい入るということになりますし、また体質によっては、わずかなアルコール分でも影響を受ける運転手がおりますから、これはやめろということで強い行政指導をやりまして、現在はあれは高速道では売らないということになっておるはずでございます。
○千葉千代世君 それから酒気の程度が政令で、先ほど申し上げたように〇・二五ミリグラムですか、こういうようにありますのですけれども、これは測定するのに手軽な方法というのはないでしょうか。一々これは警察に行って、交番に行って、そしてぷうっと吹かしてみなければわからないのですか。どうなんでしょう。
○政府委員(後藤田正晴君) このアルコールがどれくらい入っておるかというのを検知する方法は、諸外国では大体血液検査をやる場合が多いようでございます。わが国でも、刊事訴訟法による令状によればもちろん行なうことがありますけれども、やはり一番簡単な方法は、外国等でも一部もちろんやっておりますが、私どもがやっておる風船の方法、これが一番私は簡単な方法だ、こう考えております。
○千葉千代世君 次に建設省に伺いますけれども、道路整備についてでございます。まあ一般の道路の安全確保のために、歩道とか車道とかを区別して、そしてまあことばはどういうことばかわかりませんが、生活道というようなことばを使われておる速記録を見ましたのですけれども、そういうふうな道路計画上の構想ございますでしょうか。
○説明員(井上孝君) 交通事故は、御承知のように人と車と道路環境、三つが総合されて起こるわけであります。私ども建設省としては、道路環境のほうを担当しております。先生いまおっしゃいますように、道路の環境が不適当であったという事故がたいへん多いのであります。御承知のように昭和四十一年に発足いたしました交通安全施設の緊急措置法、昨年から第二次の三カ年計画に入っております。これで緊急に既存の道路に対しまして安全施設を整備していこうという考え方をとっております。またこれは、安全施設の緊急措置は、いま申し上げましたように、既存の道路に対する応急的な、歩道化したり、横断歩道をつけるというふうな仕事でございます。私どもこれから大量の道路をつくります際に、従来のように車重点と申しますか、そういう態度では交通事故の減少は望めないということで、今後の道路整備につきましては、まあ道路整備の技術的な基準は道路構造令という政令で定められております。これを大幅に改定をいたしまして、これはまあもう近く政令改定になると思いますが、まずもって道路交通上一番弱い立場にございます人及び自転車を守るということを最重点にいたしまして、構造令におきましても、自転車道設置の規定あるいは人と車を分離する規定、こういうものを大幅に盛り込むつもりでございます。
○千葉千代世君 この第二次五カ年計画は、いつが終了めどになるのですか。
○説明員(井上孝君) 第二次とおっしゃいましたか。
○千葉千代世君 二次と聞いたのですが。
○説明員(井上孝君) 五カ年計画ではなくて、私が申し上げましたのは交通安全施設の三カ年計画、これは道路整備計画の中でございますので、三カ年計画。これは公安委員会と一緒になりまして計画を立てておりますが、それが昭和四十一年から四十三年までが第一次でございます。引き続き法律改正によって延長になりまして、四十四年から四十六年までの三カ年計画になっております。道路整備の五カ年計画は、御承知かと思いますが、現在第五次の五カ年計画を遂行中でございますが、今年度から第六次五カ年計画を、いまの段階では閣議で了解をしていただいたということで、これは四十六年から昭和四十九年度まででございます。
○千葉千代世君 そうしますと、この第六次の計画その他の中には、やはり自動車の需給関係等も見通して立てられているわけですか。
○説明員(井上孝君) 私どもは、実は五カ年計画を立てます前提といたしまして、昭和六十年までの長期計画を立てておりまして、その長期計画の中では、昭和六十年におきますわが国の経済力、国民所得、そういったものを勘案いたしまして、自動車台数は、昭和六十年に、乗用車、トラックを含めまして約三千五百万台になるという計画でございます。昭和六十五年時点の三千五百万台の自動車の交通需要、及び先ほど申し上げました交通安全というようなことを勘案しまして、六十年までにどのくらいの道路整備をする必要があるかという計画を立てまして、それの当面五カ年間はこういう計画でやろうというシステムで五カ年計画を毎回立てております。
○千葉千代世君 そのシステムの中のおもなものは何ですか。たとえばさっきおっしゃられたガードレールとか、横断歩道の区別とか、いろいろな立体交差路とかいろいろなものがあるわけなんですけれども、そういうふうに末梢的なものではなくて、さっき歩道と車道との区別とか、こういうように言ったのですが、実際的に都市の場合なんか、土地の問題ともからんで、計画どおりにきちっといくようになっていますかしら。
○説明員(井上孝君) 道路は、実はあらゆる目的に、といいますか、目的を持っておりまして、まあ大きくは国土の普遍的な開発とか、産業立地の誘導とかいろいろな目的を持っております。当面、交通渋滞の緩和、それから交通事故の減少といったようなものを目的にいたしておりまして、先ほど申し上げましたように、六十年時点までには、たとえば高速自動車国道でございますと、法律で定められました七千六百キロの道路をつくる。国道は二次改築といいますか、バイパス等で渋滞をなくするといういろいろなことがございます。先ほど申しましたように、当面五カ年何をするかという一つの大きな柱に、やはり事故防止、交通安全施設の整備ということがございます。それから交通安全施設の三カ年計画、あるいは交通安全施設整備と法律でいわれておりますけれども、何べんも申しますが、既存の道路に対する手当てでございます。大きくは、たとえば渋滞をして事故の多い国道にバイパスを通して通過交通を別にさばくというようなことも、大きな目からみればたいへん交通事故の防止に役立つということで、道路整備全体がある意味で事故防止の目的に向かって進んでおるというふうに申し上げてもいいんじゃないかと思います。
○千葉千代世君 三十一日のこの委員会で、消防庁の長官に、一たん都市に大災害が起きた場合の対策はどうするかと伺ったのですが、いまお述べになった交通渋滞とか交通事故とか、そういう問題ともからんでいるから――というのは、消防のほうの審議会の答申の中に、東京とか川崎とか横浜その他の大都市で関東大震災のようなのが起きたならば、大体五十万くらいの大都市ではそれに対する対策はどうかということを伺ったのですが、そうしましたら、率直に言ってお手あげのような答弁があったのです。最後に、これは関係各省庁と連絡をして万全の対策をとるということであったのですが、私は一消防庁が幾らやっきになってやっても、その事故防止はやはり建設省その他と一体となった対策が立てられなければならない、そういう観点から伺っているわけです。でも、いまお話の中に、具体的に言えば、専用道路の問題もあったわけであります。あるいは時間帯で運行するという場合もあり得るのです。これはそちらの担当の部面ではないと思いますけれども、そういう問題も考慮に入れた対策がなければならないと思います。もちろん、建設省としては、日本全国の構想ですから、人口のいないところ、あるいは山を開発するとか、都市の周辺のバイパスをつくるとかいうことについては、これはもう当然のことなんですけれども、それと同時に私は、いま早急に立てなければならないのは、実は五年も六年も待っていられない問題がいまのいわゆる都市の計画ではないかと思いますが、そういう点について、特に都市計画の中における緊急対策としてはどういう問題がありますか。
○説明員(井上孝君) 先ほどちょっとことばが足りませんで恐縮でございましたが、都市につきましては、先生御指摘のように、災害時の避難道路、その他都市の再開発等に伴いましていろいろたいへんむずかしい問題がございます。いまだに率直に申し上げてはっきりした方向、こういうものがつかめない実情でございます。したがいまして、いろいろと個別の計画は立てておりますが、新しい都市計画法に基づきまして、建設省としては市街化区域、市街化調整区域というようなものをきめまして、また、都市の再開発の方向をいま検討中でございます。具体的に申し上げますと、都市計画中央審議会に都市交通部会というのを設けまして、各方面の権威の方々に集まっていただきまして、早急に結論を出すように、実は一昨日も会議を持ったような次第でございまして、この検討の結果、私どもは道路整備計画の中身をそういう線に沿って進めてまいろうというふうに考えております。
○千葉千代世君 その御相談なさったというのは、緊急対策の面ですか。
○説明員(井上孝君) 緊急対策も含めて、将来の構想も含めての問題だと思います。
○千葉千代世君 将来の構想もちろん大事ですが、私はやはり緊急対策の面の、建設省としていますぐやるべき問題は何かということを聞きたいのです。というのは、道路交通法の審議をしていきますというと、たいへん詳しく研究されてあって、お酒を飲んだ者はこれこれと、モーテルまで心配しなければならない面がたくさんあるわけです。どんなにいい道路交通法をつくっても、そのもとになるものが、たとえばいまの専用道路の問題、時間帯の運行についても、これは警察庁がどんなにさか立ちをしても、ないものを、貨物自動車はここを通れ、いや、自転車道はこうせい、一般の乗用車はここを通れと言っても、これはできない相談で、結局警察庁のほうとしては、交通取り締まりと、それから教育とかそういう面の、施設の面のできる範囲のことでやるわけなんですね。そうすると、道路交通法のもっと基本となるものとしては、建設省がやはり全体的な計画の中で、そうして安心して道路交通法というものがもっとやっぱり堂々と行使できるということが根底にないとむずかしいと思うんです。そういう意味で、私どもは現にいま東京に住んでおりますから特にわかるわけなんですが、やっぱりこの日常生活の中で毎日見ている中で、とてもこのままではやり切れないと思うんですが、どうなんでしょうか。これは緊急対策がなければ五年、六年待ってて解決はできない。これはほったらかしといたらどうなると思いますか。
○説明員(井上孝君) 私どもの担当しております道路をつくるという側から申し上げますと、いなかならばいざ知らず、東京都内で新しい道路をつくったり広げたりというのは、これは実はたいへんな時間とお金を要する問題でございます。したがいまして、緊急にこの道路をつくれとおっしゃられましても、なかなかうまくまいりません。この辺は、実は警察庁御当局とも道交法その他いろんなことを通じて交通規制とか、常時お打ち合わせをいたします。たとえば裏に道路が回る。そこで住宅地の裏道で事故が起きた。そこをそれじゃ大型自動車を禁止しようというためには、やはりその大型自動車が回る幹線道路が相当の容量がなければいけない。そういう点もよくよくお打ち合わせをいたしまして、まあ緊急対策は、当面できる程度のものは警察庁御当局も考えております。私どものほうはやはり何と申しましても、先生おっしゃいますように、五、六年はかかる仕事を手がけております。緊急対策につきましては、警察庁のほうと要するに交通規制の御相談をして、できるだけの万全を期してまいりたいと思います。
○千葉千代世君 それはまあむずかしいことは、私も子供のようなことを言うわけじゃありませんで、実際むずかしいのはよくわかります。一つの例で言いますと、この間消防庁長官がこういうことをおっしゃったんです。緊急時の対策としての一つに避難用地をつくると、こう言ったんです。そうすると、建設省では避難用地をどこに用意していらっしゃるんですか。そういう御相談があったんでしょうか。
○説明員(井上孝君) 実は私、道路局でございますので、そういうものを担当いたしておりませんので正確なお答えはできませんが、避難用地ということばは実は私耳にいたしておりませんが、一方私どものほうの都市局で、避難用地の目的を含めたような公園の普及を非常な勢いで最近やりまして、予算も、四十五年度予算は、まあ金額がもともと小さいせいもございますが、たいへん大幅に伸ばしております。そういう点で、すぐにはお役に立つかどうかわかりませんが、逐次改善をしていくという方向がとられているものと思っております。
○竹田四郎君 建設省のほうにお伺いするんですが、どうも建設省のつくる道路というのはいろいろありまして、道路局のつくる道路と、都市局ですか、計画局ですか、計画局のつくっておる道路とが、どうも道路が違うようなんです。これは最近どうなっているか。どうも道路局が補助金を出してつくる道路というのは、都市間の道路という考え方のように私は承っております。
 現実に私の住んでいる地域でも、実にその点困りに困り抜いているわけでありまして、これは市が事業主体の道路でありますけれども、建設省のほうから補助金が出ている道路ということで、横浜――上麻生線という道路でございますが、これが実は小机の町を通っているわけです。その道路を広げるときに、私どもは実は歩道をつけろということを主張したわけであります。その町は、町の西側には中学校があり、東側には小学校がある。その道路を通っていく以外には中学校へも小学校へも行けない、こういう形のところに地方道ができたわけです。これに実は歩道がついていないわけであります。歩道をつけるということになれば、道路を完成してから歩道をつける、工事としては私は二重手間だと、こういう形で最近その道路ができたわけであります。現実的には道路ができたおかげで事故はふえております。自動車が両側に駐車をしている、こういう状態で一体道路ができたのだけれども、交通はよくなったかというと、実はよくなっていない。そういうことで、実にその地域の人は不安にかられているわけであります。道路局がつくる道路でも、私はそれがある程度の市街地を通過する場合、あるいは将来市街地化が予想される場合、その場合には実は事前に歩道をつけるべきじゃないか。その費用については、ただ単に自動車が通る道路については補助金をつけるけれども、歩道のほうはそれは地方自治体が自分でやりなさい、こういうようなことをやりますと、これはどうしても混雑を緩和する、渋滞を緩和するということで、道路延長ばかりに仕事が目が向いてしまって、ほんとうの人命尊重というような形というものが忘れられてしまう。これは私も現実に困っておりまして、早く国の検査をやってくれないかと、国の検査をやってくれたらひとつ市のほうが何とか、全部はつけられないけれども歩道をつけようじゃないか、こういうことで、実は地域の住民とともに困っているのです。道路局がおつくりになる道路というのは、私は市街地化が予想される地域には歩道をつけ、歩道をつける費用もこれは補助金の中に入れてやるべきだと思うのですが、これはいまどうなっておりますか。現実に私どもそういう点で困っておるのですが。
○説明員(井上孝君) 先生御指摘のとおりの実は従来の道路局の姿勢であったことは事実でございます。自動車が普及したことと、それからわが国は自動車が満足に走れる道路がきわめて少なかったということで、私ども過去何回か五カ年計画をやってまいりましたが、御指摘のように早く自動車の通れる道路をなるべく延長をかせごうという思想が根底にあったことは否定できないところでございます。しかし御指摘のようなこともございますし、それからやはり人と車の分離というのがどこでも必要であるということから、先ほどもお答え申しましたように、道路をつくる場合の構造基準を最近改正いたしまして、実はまだ政令としては改正になっておりませんが、原案はできております。事実上は行政指導でその線に沿って最近の道路はつくっております。その内容によりますと、むしろ従来は第四種の道路といいまして、いわゆる都市局のやります街路事業以外は歩道を設置しないでもいいことになっていた、それをすっかり改正いたしまして、むしろ地方部の歩行者の少ない道路以外は全部歩道をつくるということに構造令を改正いたしました趣旨がそういうことでございます。したがいまして、最近は車道だけは国が国庫補助対象にして、歩道は地方自治体の単独事業でやらせるというようなことは、最近はないようになっております。で、先生の御指摘の横浜−上麻生線というのは私よく存じませんが、だいぶ前から改良しておって、その方針でやっとでき上がったのじゃないかと思うのですが、今後はそういうことのないよう必ず市街地の道路あるいは市街化する可能性のあるところには歩道を設置し、それも国庫補助の対象に入れていくという方針を最近はとっております。
○竹田四郎君 ついでと言っちゃ悪いですが、ちょっとお聞きしたいのですが、すでに新しくやるという道路については、いまの御説明で、今後積極的に歩道をつける、歩道の費用も補助金の中に含めているということで近く政令が出るということで、その点はよくわかりましたが、既存のものをやるときに、それはそういう交通安全上の必要がある場合には、これは会計検査院の検査もあるでしょうし、あるいは道路局の検査もあるだろうと思います。そういうものと関係なしに、地方自治体が必要だと思うときにつくっていいわけですね、その点はどうなんですか。
○説明員(井上孝君) 地方自治体がみずからの費用でつくることは拒みません。それからなお、すでにできました道路、たとえば横浜−上麻生線にいたしましても、交通事故の実態等を調べまして、必要あれば例の交通安全三カ年計画、できたばかりの道路でございましても歩道の設置を国庫補助で取り上げる、中学校と小学校のあたりの横断歩道橋も国庫補助で取り上げるという道が開かれております。
○竹田四郎君 大臣がお見えになったらそのときに聞こうと思うのですが、もう一つこまかいことで聞いておきたいと思うのですけれども、最近、都市の幹線道路において、かつては路面電車というのがありまして、停留所がありました。停留所の表示というものが、これはきわめてよくわかる。こういう形でこの交差点は何町、この交差点はどこどこ前ということがいままでは非常によくわかった。したがいまして運転手も、ああ、ここは何々交差点だからここで左折すればいい、あるいはこの交差点の一つ手前を曲がればいいというようなことがいままではわりあいよくわかっていたわけです。ところが路面電車がなくなりまして、そういう交差点の名前というものが実はなくなってしまったわけです。そうしますと、毎日通っておる人はそれでいいと思うのですが、ときどき来る人というのは、この前はこの道を曲がったのだけれども、一体どこで曲がったらいいのだろうかということで非常に迷う。そのためにあるいは急停車をする場合がある、あるいはUターンをあえてする場合もある、あるいはバックをする場合もあるだろうし、そういう形で、非常にそういう点は交通の渋滞を引き起こしますし、あるいは交通事故にもつながっていくという場合も非常に多いと思います。最近、東京都あたりでも若干始めましたけれども、交通信号機の下にここは何々町だというようなものを最近やっとつけ始めたのですが、これもまだすべて完全だというほどではございません。こういう形で、交差点がわからない、町の名前がわからない、このために運転者はかなりいらいらするという場合があろうと思うのですが、そのほかにも地名がよくわかない。これも一本ぐらいぽっとあってあとは全然ない、こういう場合が私は相当多いと思う。こういうことのために交通事故が発生する可能性が非常に多いと思うのですが、そういう標識というものを私はもう少し明確にしてほしいと思う。そうすれば運転者も安心して、ああ、ここは何交差点だから次のどこを左折すれば目的地に行けるんだということが比較的明確になる。これは一体、ほんとうは信号機の場合はどっちがおつけになるのか。あるいは道路のわきに非常にいろいろな標示があります。そういうものは一体どこがおつけになるのか。それも一つつければそれでいいというものじゃないと私は思います。おそらく幾つかつけないと見過ごす場合もあると思う。そういう道路標識というものを私はもう少し徹底をしていただきたいと思うわけです。たとえば交通信号機にいたしましても、まあ最近若干、改正の意見がいろいろ出て直ってきていると思うのですが、たとえば前に少し大きいトラックがおりますれば信号がわからないというような信号も相当あるわけですね。だから、信号がわからないで結局横の信号を見て行くか、めくら運転をするとかいうようなこともこれは非常にあると思う。もう少しそういう信号のつけ方というのも、何も一つでなくて私はいいと思う。もう少し多くつけてもいいと思う。そういう点で、その標識をひとつ再点検してもっとよくわかるような標識というものをつけるべきじゃないかと、これは道路管理者がやるべきことなのか、公安委員会がやるべきことなのか私よくわかりませんけれども、そうした点をもっと義務づけて私はもらいたいと思うのですが、「することができる。」くらいのことでは、あるいはこれは予算がないからだめだと、これは次に送ろうという形にどうしてもなりまして、先ほどの歩道と道路延長の関係とやっぱり似ていると思うのです、それも。だから、こういう、実際これだけできたのだという実績を誇ろうということで、そういうこまかい点には神経が及んでいかない。そういうところに、交通事故、交通違反というものが知らず知らずのうちに私は起きると思うのです。あの道路標識にいたしましても、ああいう形の道路標識がいいのか悪いのか知りませんけれども、たとえばここへ入っちゃいけませんよとか、ここは右折だけですよという案内標識というのですか、そういうものもしばしば横を向いているわけですね。正常に立っていない場合が非常に多いわけです。あるいは場所によっては、これは一体どっちなのかと迷う場合ですね、こういう場合が実際は相当多いわけです。いつも通っているところは、これは大体わかりますけれども、たまに違ったところへ行きますと、そういう形で標識がわからない。こういう標識の問題というのが私は交通事故なり、交通違反なりというものにかなりつながっているのじゃないだろうか、こういうふうに思のですが、その辺は一体、まあ法文でいうと四条、九条関係だろうと思いますが、一体それはどこが設置の義務があるのか、そういう義務関係というものを明らかにしてほしいと思います。また、これからだんだん街路樹に緑の葉が出てきて茂ってくるということになりますと、せっかくの交通標識がその街路樹によっておおい隠されてしまって見えない。まあそういうところに限ってまた隠れておまわりさんが、おい、おまえはと、こうすぐやりがちであります。そういう点で、もう少しその辺の標示というものを私はもっと明確にしてほしい。これは「できる。」というようなことでなくて、道路管理者なりあるいは公安委員会はそういうところにはつけなければならないという義務規定に私はしてもらわなければいけないと思うのです。その辺について建設省あるいは長官のほうから、これは両方に関連している面だろうと思いますので、そういう点でお答えをいただきたい。
○説明員(井上孝君) 道路標識につきましては、一番初めに先生御指摘の都電廃止に伴う地点標識でございますか、これは昨年の十一月に、道路標識令という共同省令が出ました、総理府と私どもとで。それを改正いたしまして、もう都内でもあちこちにそろそろできてまいりました。昔の都電の停留所の標識によく似たような形で新しい標識を逐次つける。もちろんまだ不十分でございますが、どんどんこれから増していく。標識令の中にこれを取り入れまして、地点標識として取り入れてまいります。
 それから道路標識全般の問題でございますが、これは私どものほうとしては、道路標識令というものがございまして、道路標識には案内標識、警戒標識、規制標識及び指示標識という四種類がございます。道路管理者が責任を持ってやりますのは、案内標識と警戒標識、及び規制標識の一部でございます。規制標識の一部と申しますと、通行どめとかあるいは重量制限、幅の制限、高さの制限、こういうものが道路構造上の問題でございますので、道路管理者のほうで、その他指示標識と規制標識の一部は公安委員会のほうでというように一応分担ははっきりさせております。
 それから、私どものほうの所管します案内標識等の標識につきましては、実は道路標識というのは道路法上道路の付属物ということで、したがいまして、実は付属物だけの国庫補助、国の助成は法律上はできないことになっております。できないといいますか、できる道がないわけでございます。しかし、ここ数年前から標識を緊急に整備する、また統一的に整備する、県によってアンバランスがあり、市町村でアンバランスもあるという観点から、実は予算補助で、昭和三十九年以降道路標識を国庫補助の対象にするようになりました。先ほど来申し上げておりますように、現在では交通安全施設三カ年計画の中に、やはり道路標識の補助ができるようにしております。
 ここでちょっと数字的なことを申し上げて恐縮でございますが、現在日本じゅうの道路で、道路管理者の設置する道路標識がどのくらいあるかと申しますと、私どもの手元の資料では、四十三年末で約三十八万六千本でございます。現在の交通安全三カ年計画で、これにプラス十二万六千本ぐらい設置したいということで、標識の設置には相当力を入れてまいりたいと思っております。
 なお、標識が見にくいとか、それから設置位置が適当でないというような御指摘につきましては、お説のとおりでございまして、いろいろ実情を調べまして――たとえば、最近ときどきやっておりますオーバーハングと申しますか、車道の上につるしたような標識、それから横断歩道橋を使ってそこに標識を添架する。それから場合によりましては、内部灯火式と申しますか、夜でもはっきり見えるあんどん式、そういうものもどしどし取り入れるようになってきております。
 それから標識の大きさでございますが、道路標識令で定められております標識はごくその辺にありますようにそう大きな標識ではございません。道路標識といいますのは、運転者が見やすいという観点から申しますと、運転スピードが早いところはなるべく大きくしませんと見えない。街路のほうにしょっちゅうとまってのろのろ走っているというところでは小さなものでもよく見えるということで、いろいろ、設計といいますか、実際の運行速度によって大きさを変えるようになっております。現在の場合、案内標識につきましては、規定の三倍の大きさまで、それから警戒標識につきましては、高速道路の場合には二倍半、一般道路の場合には一・六倍というように大きな標識を採用できるような道も講じております。大きなバイパス等が東京周辺にできました場合には、おそらく東名高速級の大きな見やすい標識をこれから設置するようになると思います。
 なお、街路樹のお話が御質問にございましたが、もちろん街路樹等は、標識、これは道路管理者が管理いたしておりますので、標識が見えないようにならないように剪定をするようにつとめております。私どもとして、最も標識を見にくくしておりますのは、実は広告物でございます。この広告物をどういうふうに規制するか。電柱の添架。また場合によってはネオンサイン、これを非常にむずかしい問題でございますが規制する。私どもとしては試験的に、国道の直轄指定区間という大臣管理の区間、おもな国道でございますが、そこで昨年八月に局長通達を出しまして、この広告物規制の手始めをやって、テストケースでございます。どこまでいけるか、相手のあることでございまして、なかなかむずかしい問題がたくさんあると思います。標識をじゃまをするような広告物は規制していこうというふうな処置も講じたいと思っております。
○政府委員(久保卓也君) 公安委員会と道路管理者の標識の区別は標識令の中に書いてあります。また、建設省のほうからいま答弁もあったとおりでありますが、信号機につきましては、色の区分が明確でないと困るということで、信号機にいろんなものをつけることを排除する方向で従来私どもまいりました。しかしながら、いまお話のように、電車などがなくなってまいりますると、場所がわからない。そういうことで、交通事故及び交通渋滞につながりがあるという判断のもとに、昨年の秋の警察庁部長会議の際に、信号機をつけてさしあたって地点を表示するようにという指示をいたしました。ただ問題は、この地点の表示は通常は道路管理者でありますので、公安委員会の義務としてやるわけでありませんので、予算が取れればよし、取れない場合には道路管理者のほうにつけてもらうということで、事実上の行為としてやらしております。現在東京で百九十四カ所、そのほか神奈川県、京都あたりでもだんだんついてまいったようであります。ところで、信号機の数が外国に比べれば足りない、あるいは歩行者用の信号機がない。それから高さの問題もあります。そういったような問題。それから、いまお話にありましたように標識が非常に見にくいというような問題、これもすべて事故及び渋滞につながりがございます。そこで私どもは、現在のテンポでまいりまするとこれを抜本的に改正するわけになかなかまいらないということで、いまの交通安全施設の緊急整備三カ年計画もさることながら、それをもとにして、さらに昭和五十年までには、あらゆる信号機及び標識を、主として交通量の少なくとも多いところ、あるいは道路幅の広いところについては相当完備されたものという姿にするための計画をつくっているわけでありまして、私どもは、いま先生の言われた問題点を十分に承知しておりながら今日そのようになっておらないのは、もっぱら金の問題であろうと思うのです。したがいまして、いままでのテンポではいけませんので、相当大幅な改善をした上で、歩行者なりあるいは運転者なりに交通をやってもらう。その上でなければ歩行者なり運転者に非常にきびしいことを求めるのは無理な面もあるのではないか。私どもがやるべきことをやった上で他に求めるべきではないかというように考えております。
○竹田四郎君 いまお聞きするとだいぶさびしい御答弁であります。たとえば信号機の下に、まあたいしたプレートじゃないんですね、小さなプレートを一つつけていくのに、予算があればつけていく、予算がなければつけない、自治体にまかすんだ。その辺に何か責任の範囲というものが非常に私は不明確のように思うのです。全体につけても私は金額にしてそうべらぼうにかかってしようがないというふうな金額じゃないと私は思うのです。だから、自分たちのほうに予算があればそれをつけるけれども、予算がなければ自治体に――自治体としては、信号機は公安委員会のものでありましょうし、それにつけるとなると、事務的にもなかなか両者の協議をするとかなんとかということで時間がかかり、また手続的にもやっかいになるとか、こういうことになるので、私は信号機にそういうものを設置する必要のある場合は、少なくとも公安委員会が責任を持ってつけるということを義務づけないと、あるところは非常にかたまってあるけれども、ないところはあまりないというわけで、重要度というものを考えてやっているんだろうとは思いますけれども、必ずしもそうではない。だから、その辺はひとつ、これは長官にお伺いしたいのですが、もう少しこれは積極的にやってもらわないと、片方では取り締まりだけを強化して、それを法規を守れるというような環境、そういうものについて整備をしないということでは、これからの自動車交通の要請にこたえられないし、取り締まりという方針だけでいったら、それで交通の安全が保たれるのかというと、私はこれは保たれないのじゃないか。その辺はもっとひとつ積極的になってもらわないと私は困ると思うのです。国民の命というのは、もう一年間にとにかく相当な数が失われている。負傷者はそれに何倍かの倍数を掛けなくちゃならぬというような形で、これも注意している人もありますれば、もう一生不具になってしまっている人もあるでしょう。その辺は金額的に見たら私は幾らでもないと思うのです。それがどうも責任が不明確だということでは、私はこれは国民は納得しないと思うのです。どうですか、長官、これは。もう今年度は予算もある程度あれでしょうけれども、そういう点についてはひとつ全国の公安委員会を指導して、そういうものはもう重要個所については必ずつけなくちゃいかぬと、そういうふうな私は指導をすべきだと思うのですが、ちょっと長官からひとつ御意見を承っておきます。
○政府委員(後藤田正晴君) ただいま交通局長が答えましたのは、公安委員会所管の道路の安全に関係する諸施設について、第一次の三カ年計画では百七十七億、第二次の三カ年計画では二百七十七億ということで現にやっておるわけです。しかしながら、全般の諸経費をはじくとそれでは足りないので、もう少し先を見ながら、同時にまた現状等と比べてみてもう少し予算措置を講じていく必要があると、こういうことを申したのだと思います。
 そこで、御質問の地点表示を交通信号機にくっつけるというこの経費は、これはおっしゃるようにたいした問題ではありません。やろうと思えば私はできる問題だと思います。ただ、御承知のように、先ほど建設省から御答弁を申しましたように、おのおの所管があるものですから、現在地点表示のほうは道路管理者の所管になっておる、それを交通信号機につけるということでございまするので、これまたそういう点を考えての交通局長の答弁だと思います。ただ私は、この問題は、ほんとうに必要であるということであれば、そういった所管であるとか、あるいは経費であるとか、いずれにせよたいしたものではありません。これは私はやって差しつかえないことだと、前向きに検討を進めていきたいと思います。ただ、実はこの点につきましては、私どもの技術者の意見を聞きますと、交通信号機の下にそういったものをつけるのがはたして安全につながるかどうか疑問ありという意見が実は内部にあるわけでございます。そういった関係で、今日まで一方では必要だという意見もありながら、十分推進はしてない。これが実情でございます。この点をひとつお含みおき願いたいと思いますが、それらの点について先ほど交通局長言いましたように、ともかくまあ東京都でやってみようかと一応踏み切っております。そこでその成果を見まして、これは交通安全上一向差しつかえないということであれば、これはどんどん前向きに全国的に整備をさしていきたい、こう考えております。
○竹田四郎君 長官のお話で若干安心したわけであります。この点は信号機の下につけることが絶対だと私も思っておりません。しかしそういう地点表示をするということは私は必要だと思いますし、何か管轄の問題もたいへん問題のようでございますけれども、それはひとつ政府部内で解決すべき問題であります。建設省と公安委員会、警察のほうと管轄争いされてはまことに迷惑であります。ひとつ早急に解決していただきたい。
 もう一つは、建設省の方がせっかくおいでいただいておりますからお聞きしたいのです。道路照明ですね、これは私足りないように思うのです。たとえば東名道路を走りましても、出入口とか、あるいはサービスエリアですか、そういうところにはたいへんたくさん道路照明はついております。そのほかについては道路照明はついていないわけです。中にいけがきかなんか中央分離帯があるところはまあまあいいです。しかしすべてに中央分離帯があるわけではありません。特に雨の日なんかはそういう意味で非常に危険だろうと思うのです。これは高速道路だけではなくて、普通の幹線道路でも私はその点は非常に、何といいますか、これはよくテレビでやっておりまして、雨の日などは特に人間が蒸発してしまうと、見た運転手の目では蒸発してしまうということで、よく雨の日なんかは人身事故がかなり多いわけです。そういう点で私は道路照明というのはもっともっとやるべきだと思うのです。これも予算が足りないというお話であるだろうと思うのですけれども、どうですか。もっと主要幹線道路には、ある一定台数以上の交通量のある道路というものは、私は、道路照明をやって、運転手の視野というものをもっとはっきりさせる、こういうことが特に雨の日などは一番必要だと思うのです。もっとひとつ道路照明をうんとやるということをやってもらいたいのですが、これは先ほどの計画の中にかなり含まれておるのですか、どうですか。
○説明員(井上孝君) 御指摘のとおり三カ年計画の交通安全施設の中に相当量含まれております。ちょっと照明だけの数字が手元にございませんので、数字的なことを申し上げるわけにまいりませんで恐縮でございますが、ただ道路照明を幹線道路、たとえば国道一号線の東京−横浜間は大体完備をいたしております。その他交通量に応じまして、また交通の実態に応じまして照明をどんどんつけていくという前向きの方針はとっております。ただ問題は、照明をつける設置費も相当かかりますけれども、あとの電気代が非常に膨大なものになります。これが毎年々々維持費でかかりますし、県道等につけますと、これは都道府県の負担にもなります。私どもとしては道路照明の電気料の、何といいますか、値下げといいますか、特別料金、ただいま全国的にたしか普通の電灯料金よりも一割だけ安い料金で電気をいただいておりますけれども、一割くらいではなかなか、道路の維持費がたくさんかかりまして予算が制約を受けますので、電気料をもう少し――恒久的なものでございますし、また特に夜中等は他の電力もあまり使わないし、道路照明だけは夜じゅうつけておるということになりますし、この辺は通産省ともいろいろ御相談して、私どもとしてはもう少し安くしていただきたいということを申し上げております。そういった予算面の制約が先生おっしゃるように道路照明普及を若干阻害しておるということは事実でございます。
○竹田四郎君 ひとつこれはやってもらいたいと思うのですよ。電力会社も夜間の電力というのは余っていてしようがないから、あれに使えこれに使えといっている状態でしょう。それをたった一割しか夜間電力料金をまけないというのはおかしいですよ。いま電力会社が損をしているわけでもない。かなりもうかって、電気を使え電気を使えということで大宣伝しているわけです。その点は国もひとつもっと電力会社と交渉すれば、夜間電力については私はもっと安くなり得ると思うのですね。ですから、その点はひとつ電力料金は安く下げるようにしていただいて、もっと道路照明ということを進めていただかないと、これは人身事故につながっていく場合が多いですから、その点は道路環境をよくしていくという立場でひとつお進めいただきたい。建設省のほうにはあと、ございませんので……。
○委員長(山内一郎君) 速記をとめて。
  〔速記中止〕
○委員長(山内一郎君) 速記をつけて。
 暫時休憩いたします。
   午後零時三十一分休憩
     ―――――・―――――
   午後一時四十四分開会
○委員長(山内一郎君) ただいまから地方行政委員会を再開いたします。
 道路交通法の一部を改正する法律案を議題といたします。
 休憩前に引き続き質疑を行ないます。
 質疑のおありの方は順次御発言を願います。
○竹田四郎君 最高裁の方お見えになっておりますね。今度の道交法の一部改正につきまして、少年に対しても反則金を一般成年者と同様に告知を受け、仮納付あるいは納付というようなことが行なわれていくようなことであります。私は、こういう少年に反則金制度を適用することになっていきますと、いま少年法の改正問題でいろいろ意見が分かれております。特に最高裁と法務省関係でおそらくまだ意見がまとまっておらないだろうと思います。最高裁のほうは少年法のいまの趣旨を守っていくという立場におありのようでありますし、法務省のほうでは年齢を引き下げる、青年層というようなものをつくっていって、成年と同じように扱おうという趣旨のようでございまするけれども、こういう形で進んでいきますと、少年法が、まあ私の立場からいきますと、改悪される心配というものが非常に出てきそうでありますが、私どもこの道交法の少年反則金については、最高裁と警察庁の間である程度話がついたからこれを提案をしてこられたのだと、こういう御説明も聞いたわけでありますけれども、最高裁としては、一体どういう立場で少年反則金について了解をお与えになったのか、考え方でありますが、私はお聞きをしたいと思うのですけれども、何か私どもはこれによって少年法改正への外堀を一つ埋められてきたのじゃないかという感を深くしているわけでありますが、こうした形でいきますと、歯どめがなくなってしまうのじゃないか、こういうふうに思うわけでありますが、その観点におそらく最高裁もお立ちになっているだろうと思うのですけれども、反則金について了解を与えたということと、少年法の改正との関係、どんなふうなお考えで了解を与えられたのか、その点についてひとつお述べを願いたいと思います。
○最高裁判所長官代理者(外山四郎君) お答えいたします。
 新聞等の記事で、あるいは私どもが反則通告制度を少年に適用いたしますことをきわめて安易に同意したような印象を一般に与えておるといたしますれば、これは決してそのような次第ではございません。昨年の秋に警察庁の交通局で道路交通法の一部改正試案を発表されまして以来、私どもは警察当局と意見の交換をいたしまして、問題点を指摘して協議を重ねてまいりました。私どもとしては、昭和四十二年にこの制度が国会で審議されました際、少年への適用に関する衆議院地方行政委員会の附帯決議もあることでございますので、この制度の少年への適用を頭から否定するということでなく、少年の特殊性を考慮するとともに、家庭裁判所における処理手続との不調和を来たすことがないような方策を講ずるように検討いたしました。私どもとしても、大量の交通事件を能率的にかつ迅速に処理いたしますことは、成人の場合だけでなく、少年の場合についても必要だと考えるのでございますが、少年の場合には、特にそれが再犯の防止に役立ち、健全な運転者として少年を育成するという見地から制度のあり方を考えなければならない、こう考えるわけでございます。従来家庭裁判所は、交通違反少年につきまして、その違反原因によって必要な措置を施しておりまして、決して野放しにしておったわけではございません。反則金制度、反則というようなものが少年に反省の機会を与える効果があるということは否定いたさないわけでございますが、この制度を無条件に少年に適用することはいろいろ問題があり、特に少年がおちいりやすくかつ事故に結びつく可能性の多いような違反行為、あるいは違反を反覆する少年などにつきましては、早期に違反原因を除去するための教育的措置を加える必要がある、こう考えたわけでございます。そこで、今回も立案当局といろいろ意見の交換を重ねたのでございまして、危険度の高いような違反行為あるいは累犯少年を適用から除外することなど具体的に真剣に検討いたしたわけでございますが、実施面で不可能あるいは種々の困難を伴うということがございまして、なかなか結論が出なかったわけでございます。最終的には、私どもとほぼ同様な思想で私どもの指摘した問題点に対する配慮がある程度案に盛り込められまして、原案が修正されました。これは御承知のように、道交法百十八条、百十九条の規定する危険度の高い反則行為については、一年以内に行政処分を受けたものは反則者としないこととするというような修正がなされましたし、反則金を納めないで家庭裁判所に送られてきた少年に対する家庭裁判所における特別な手当てをも法律上認められました。それからさらに、反則金を支払っても違反少年はすべて家庭裁判所に警察のほうから通知はするという御了解が警察のほうでできましたし、また警察関係の交通安全教育、これはさらに強化する、こういうようなことが警察の御方針でもありました。それらのことと、先ほど申し上げました前回の附帯決議の趣旨、今日の交通事情等の大局的な見地から、この制度を少年に適用する法案の提出にはあえて反対しないということにした次第でございます。ただ、交通違反少年というものに対して反則金がすべて対応措置として万全である、こういうわけではないと思います。この制度が少年に適用された場合には、交通違反少年の再犯防止のために積極的な考慮が払われる必要があると思います。たとえば公安委員会の実施しておられる行政講習の充実ということが必要であると思いますが、その点は先ほど申しましたように、警察の御了解がありますし、家庭裁判所としましては、家裁に送られてくる交通違反少年についての保護処分の多様化ということをさらに少年法の改正等の際に実現すべきものである、こう考えておるわけでございます。先ほど最後に御指摘のありましたこういう制度を認めることによって少年法改正に大きく影響するのではなかろうかという点がございましたが、私どもとしては先ほど来申し上げましたような交通違反、しかも反則行為というものの特殊性、すなわち軽微な行政犯であり、またその量がきわめて大量であるというような特殊性、それから警察関係では、反則金制度とあわせて交通安全教育を実施しておられるというような点等あわせて考えまして、いま申し上げましたような結論になったわけでございまして、したがって、このような趣旨の制度が、その他の一般の少年非行にまで拡張されるということは考えられないと思いますし、もしそういう考えがあるとすれば、私どもは絶対に反対する立場であります。以上であります。
○竹田四郎君 大体御趣旨は了解するわけですが、総理府の青少年対策本部が出されております青少年白書を読みますと、「非行少年の意識と行動」という項の中で、その四五ページにこういうふうなことが述べられておりますが、この「非行少年の意識と行動」というのは、「昭和四十二年八月から十月までに全国の少年鑑別所に入所した少年七千七百人について、総理府が実施した調査」、こういうふうに述べてありまして、その中で、「非行と被害」という項がございまして、これによりますと、非行少年というのは、その非行をする前に何らかそれと同じような被害を受けておる。であるから、非行の内容を見ると、自分が被害を受けたような犯罪、これが非常に多い、こういうふうに述べべているわけでございまして、非行少年の六一%がそういう形で被害を受けているし、粗暴犯を犯した者は粗暴犯の被害をかつて受けたことがある。窃盗等はかつて窃盗をされたことがある。こういうような形で非行が行なわれている、こういうふうに述べておりますが、こういうことは家裁のいろいろな調べでも大体そういう傾向というのはやはりありますかどうですか。
○最高裁判所長官代理者(外山四郎君) 仰せのとおりだと思います。私どもの実務の上でも、いま御指摘の青少年白書に出ておりましたような現象を数多く見るわけでございます。この被害率と申しますか、そういう非行少年がかつて被害にかかっておった率というのは、正確な数字はございませんけれども、戦前よりはるかに増加しておるということが実務上感ぜられるわけでございます。これは少年の模倣性といいますか、被影響性の強さと申しますか、そういうことの反映ではなかろうかと思いますが、最近では被害学というような学問があるようでありまして、そういう分野でもいま御指摘の問題が取り上げられておるようでございます。
○竹田四郎君 そうしますと、先ほど局長さんは、反則金は反省の機会を与える効果がある、こういうふうにおっしゃったわけでありますが、しかし少年が自動車を扱う場合に、あちらこちらで聞きますと、まあ私の友人の例でありますけれども、おまえ、自動車の分として小づかいは五千円だけ、この五千円で一カ月おまえ自動車やれというような形である程度金額が規制される場合が往々あると思うのです。これはどこでも少年の場合に無限に金を与えるということは、どこの御家庭でも私はあまりやらないだろうと思う。ある一定の限度をつくりまして、その限度の範囲内でひとつ、これは自動車運転だけでなしにその他のことについても、一定の限度の中でおまえ間に合わせろという形でくると思うのです。それからもう一つは、そうなりますと、反則金というものがはたして罪の意識があるかどうか。青切符をもらって、そうしてそこに書かれております反則金相当額というのを郵便局なりで納めるということになるだろうと思います。その納めることが、金でこれを解決をするのだと、罪を犯したのではないというような意識というものは、これは少年だけではなしに、私は成年の中にもかなりあるような気がいたします。そういたしますと、いや、おれは五千円の小づかいが二千円削られてしまったのだ。どこかにその無理が出てくる可能性があるわけであります。そうしますと、ほんとうに罪を償うというような考え方で反則金を納めればいいですけれども、金さえ払えばいいのだと、まるで通行料金みたいな形で金を払うということになると、これは中には、さっきの被害者意識といいますか、そういうところから、おれは二千円取られてしまったのだから、ひとつその二千円の穴埋めをしないとまたおやじに言ったら怒られるのではないかという可能性というのは、私はかなりあるのではないか。そうすると、反則金を納めたということで、家庭にはあまりその話はおそらく言わないから、そうした場合には今度は反則金を取られたからその分を埋めるというために、私は他の犯罪へとそれが移行していく可能性というものが実際はかなりあるのではないだろうかというふうな心配のほうがむしろ大きいわけであります。先ほどお述べいただいたように、累犯の場合だとか、非常に計画的、意識的にそういう犯罪をやった場合は、これは私はちょっと違うと思うのですけれども、軽微なものについて、少年に対しても同じような反則金を取る。これはいまの運転者の中に多くささやかれていることばでありますけれども、つかまった場合に、自分が違反をしたという意識よりも、おれは運が悪かったのだと、たまたまぶっつかっちゃったので調べられたとか、たまたまぶっつかっちゃったから反則金を取られてしまったのだと、こういうような考え方というのは、私はかなりあると思うのです、現実問題として、そうしますと、特に最初反則金を取られるような違反を犯した場合に、それがほんとうの意味で交通ルールを今後守っていかなくちゃならぬということよりも、むしろその穴埋めを何とかしよう、まあアルバイトで穴埋めされる場合にはいいですけれども、アルバイトでなしに、むしろ逆の犯罪を誘発するというような、そういう心配を私は持っているわけですけれども、そういう点については、いままでの家庭裁判所における再犯者の経験とか何かで、そういう点は心配ありませんか、どうなんですか。
○最高裁判所長官代理者(外山四郎君) ただいま御指摘のような問題は確かにあると思います。ただその点は、少年の場合に限らず、成人の場合にも同じような問題があるのではないかと思いますが、先ほどの交通違反をしてつかまったというのは運が悪かったのだということで、あまり罪の意識を持たないということは、従来家庭裁判所へ交通違反で送られてきます少年にもきわめて顕著に見られるところでございまして、この反則金の支払いがさっきの被害意識につながるのではなかろうかという点の御指摘でございますが、これはまあ少年によって反応のしかたがいろいろかとは思います。ただ、反則制度は反則金の納付が強制されるのではなくて、反則者の自発的な意思によって納付をするということになりますので、さっきおあげになりました例の場合のような被害意識というものにまでつながるかどうかはいささか疑問のように思われるわけでございます。で、反則金ではほんとうにその罪の意識をあらためて植えつけるということにならないではないかという御指摘は、さっき申しましたように、成人、少年とも共通な問題であろうかと思いますが、最初に私が申しましたように、自発的に反則金を少年が納めるということは、一つの少年の反省の機会であることは確かであり、その納めたことを反省のしるしと受け取っている場合が非常に多いのではないかと考えるわけでございます。そのような意味で、反則金制度は少年に対する一つの教育的な手段というようにも少年処遇の全体系から見れば見れるような気がするわけでございます。
○竹田四郎君 これは交通局長さんにお聞きするのですが、少年が違反をして反則金の青切符を渡されるという場合には、それは何か少年としてただ青切符を渡すだけということでなくて、何らかほかに別に違った対応をしていくということはあるのですか、どうなんですか。いま最高裁の方は反則金を――確かに反則金をそこまで自覚をして納めればいいと思うのですが、普通の場合には、ああめんどうだな、納めれば文句ねえだろうというような形が現実の問題としては私はかなりある。これはおとなでも反則金について必ずしも罪の意識がないで、さっき言ったような通行料金の立場で考えておられる人が相当あると思うのですよ。その点何か少年が、特に十六歳から二十歳ということになると思うのですが、自動二輪から普通自動車ということになると、そういうことになると思うのですが、その場合には、具体的にそれが少年であった場合には、何か別途の措置をおとりになりますか、どうなんですか。
○政府委員(久保卓也君) 反則切符を切るという行為、及び反則金支払いという行為につきましては、これは成人と同じになります。ただし、私どもが少年についての反則制度を考える場合に、反則制度だけを独立して議論するのではなくて、少年に反則制度を適用するに伴って、警察側の措置と及びそれに関連する家庭裁判所における措置と、これを総合的に評価すべきではなかろうかというのが私どもの立場なんです。という意味は、なるほど相当数のものが反則金の適用を受けるわけでありますけれども、それだけに、裁判所に送られてくる数がその分だけ減ったものについては、裁判所においてより周密な保護的な措置を講じていただく。また、それを行なうにあたって便宜でありまするように、私どもは切符を切りました事件につきまして内容の通知をして差し上げるというように考えているわけで、この反則制度だけで云々というよりも、やはり家庭裁判所における措置と合わせて、それがうまく補完され、総合的に効果を発揮するというふうに認識したほうがよろしいのではないかというふうに考えております。なお、切符を切る点につきましては成人と同じでありまするけれども、事後の行政講習でありますか、そういった分につきまして今後どういうふうにやるのが適当であるか、検討してまいりたいと思います。
○竹田四郎君 私、この本を読ませていただきまして、実は案外に思ったわけであります。これを読みますと、たとえば高校生の順法意識といいますか、あるいは高校生の便宜主義によって法を守るという考え方もあるだろうと思いますが、そういう意識を見ますと、かなり高いのですね。七割から八割近くまでは法を守ろうとする意識があるわけですね。それからさらに両親等の関係というものを見てみましても、あるいは家庭というようなものを考えましても、私なんかが考えていたよりもずっと両親に対する信頼というのが多いわけです。私、特に非常にびっくりいたしましたのは、非行少年の調査によりますと、父親あるいは母親に対する信頼度といいますか、こういうものが非常に高いわけですね。一般の高校生よりもさらに高いわけですが、これは私、一々ここでは述べませんけれども、非常にその点、調査の結果、むしろ意外とするほどの信頼度というものがあるわけですね。そうしますと、私は、むしろいま交通局長がおっしゃった、ただ行政的な問題よりも、やはり大多数は、父母によって、それが罪であるという意識をやっぱり子供に自覚をさせる、このほうが私は必要ではなかろうかと思います。で、この非行少年にいたしましても、青少年の不良化の問題にいたしましても、彼らがそういうものに対して何と言っているかといいますと、本人の自覚が足りないからという答えが一番多いわけです。これは、非行少年でもそうなんです。そう考えていきますと、やはり私は、ただ行政的な形だけでそれをやってしまうということになることは、むしろさっき最高裁の方がおっしゃられた、その反省の機会をほんとうの意味で与えているのかどうなのかということ。私は、実はあまり与えていないで、次の罪を犯していくという可能性すらむしろあるのじゃないだろうか。だから、少年に対しては、私は、それがどういう形が一番いいか、これはよくわかりませんけれども、少なくとも、一番初めのそういう違反を犯した子供については、私は、反則金ではなしに、まず親にその問題を返していく、このことのほうが、私は、少年の健全育成、あるいは少年に社会的な道徳なり法の意識というものを守らせるし、彼ら自身が言っている、本人たちが自覚を高めていくという意味においては、私は、この総理府でお調べになりましたこの資料から見て、むしろそういうものば両親にまかせるべきじゃないか、最初は。それにもかかわらず、二回、三回とやってくる場合には、私は、これはある程度反則金というものもやむを得ないだろうと思いますが、一番最初は、私は、反則金ではなしに、むしろそうした両親のところにそれをまかしていくようにすべきではないかと、こういうふうに思うのです。そして、再犯あるいは累犯を防止していくという措置がまず少年の場合には私は先んずるべきである、こういうふうに思うのです。
 これを読みまして、私はたいへん自分で反省をさせられましたけれども、この中で社会道徳に対してどういうことを考えているかというと、酔っぱらいの迷惑行為についてはものすごく非難しているわけです。私はこれはいいことだと思う。非常に健全な意識だろうと思う。そういうふうに考えてみますと、もっと少年に対して、社会のルール、交通道徳、交通法規というものを理解させるには、問題が起きたならばまずそれは親に通知をして、親と子供との間の話し合いの中で、そういうことを犯さないというふうに自覚を高めていくことが、むしろ少年の再犯を防止していく。こういう点で、私はそのほうがむしろ効果があるんじゃないか、こういうふうに思うのですが、これはまあ私の一つの考え方でございます。これについて御両者から御意見伺いたいと思います。
○最高裁判所長官代理者(外山四郎君) ただいま御指摘の点はまさに一つの考え方であり、十分考慮すべき事柄だと思うわけでございます。私どもも、この問題を考えました当初は、おっしゃるような御趣旨で、親に返すかどうかは別としまして、反則金の適用は累犯者のような者からすべきではなかろうかということで、警察当局といろいろ協議、論議をいたしましたわけでございますが、そういう、適用の区別を累犯によってするということが現在のシステムでは技術的に不可能であるということになりまして、その点は制度としてつくるわけにはいかなかったような経過でございます。
○政府委員(久保卓也君) 一般に非行少年との対比も問題でありますが、少年法の前提になっていますすべての法律をそこで扱うわけですが、自然法的なもの、刑法を含めまして自然法的なものと、行政法規の違反とを、どういうふうにその相違を少年法の上で考えるかということが一つの問題であろうと思うのですけれども、これはかりにおくといたしまして、やはり、一つの違反がありました場合でも、反則行為の場合には非常に軽易定型的な違反ということになっております。そこに、自然法的な違反と質的な相違が相当あるのではなかろうかという感じがするわけで、親かたにまかせるというのも一つの案ではありまするけれども、現在年間六十万件の少年の違反事件がありますので、そういったもののすべてをそういうふうにするのか、あるいは家庭裁判所のほうで、比較的悪質なものを裁判所で扱って、そのうちで、両親あるいは雇用者、その他家庭環境を調べながら、教育保護をしたほうがよろしいかという決定をされるというように、軽いものと比較的重いものとをやはり分けて区別したほうがいいのじゃないか。そこで、比較的軽いものについては、これは反則金という制度を通じて、社会的にも一種の罪を償うと申しますか、そういう反省の機を与えると同時に、子供であれば、金がない際には、雇用者あるいは親からもしかられる場があるわけでありまして、そういった間接的な教育効果というものもそこで期待をする。私どもも、確かに外国と日本の安全教育を比べました場合に、非常に足りないのは家庭における教育なんでありますが、反則金の制度もあながちそれと無縁のものではなくて、やはりある程度はそういうものにも貢献し得るのではなかろうかというふうに考えます。
○竹田四郎君 反則金の場合ですからね、たとえば無免許運転とか、それから二十五キロ以上のスピード違反というものは、これは反則金の範疇に入らないわけですわね。そうしますと、私は、反則金には、これはかなり、どちらかといえば比較的軽微な問題だろうと思う。無免許運転とかスピードの最高二十五キロ以上の問題というのは、これは当然家裁に送られていく問題だろうと思います。そうしますと、先ほども、納付金というのは必ずしも納めなくたって、仮納付金ですか、青切符を切られたようなときの納付金は必ずしも納めなくてもいいのだ。これは法律上ではそうなっております。しかし実際受ける感じとしては、いやしまった、これを納めればいいだろう、こういう形に私はなってくるだろうと思うのですが、これが、限度額の一万五千円ですかということになると、なかなか自分だけでくめんするということは、それこそ何らかの形で、アルバイトをやるか、あるいは親に相談をするか、そうでなければ他の犯罪によって取るかということでありますが、まあどのくらいのが多いかわかりませんけれども、そういうものについては、私はむしろ、反則金の問題にしても、本人にそれを渡すということではなしに、むしろそれは何らかの形で親に通知をしていく。そうすれば、いまおこられる場があると、おこられる場、もう一つは自覚を高める場だとおっしゃられていたのですけれども、まあおそらくどこの親でも、このやろうけしからぬ、もっとうんと犯せと言うのは通常的には私はないだろうと思う。おまえ少し自重しろよ、みんなが迷惑するからというくらいなことは私は当然あるだろうと思う。そういうことがあるからこそ、ほかの問題をも含めて、親に対する信頼度というものは私はあるだろう。ですから重い点については私はまた別の問いをいたしたいと思うのです。
 反則金というのは、大体そうひどく悪質で意図的なものという場合はわりあい少ないのだろうと思う。だからそういうものを扱う場合には、私はさっき申しましたように、一番初めの、これはたいがい免許証持っているわけですから、いまこの免許証については全国で、これをコンピューターに入れてすぐわかるようなことをもお考えになっているという話でありますが、私はそういう意味では非常に技術的に不可能だということはおそらくなかろうと思うのです。そうすれば、この者は前があったかなかったかということも私はすぐ出てくるはずだと思うのです。だから私はそういう意味で、その点はひとつもう少しお考えを願わなければ、せっかく少年を育成して自覚を高めようというのに、むしろ、そうじゃない、おれは運が悪かったのだ、要領が悪かったのだから、要領よくやればこれからいいのだ、こういうことをやれば、実際の交通安全なり、交通違反をなくしていくという立場から考えれば、私はそのくらいの形で少年を――確かに自動車学校へ行って講習を受けるというような形も、一つの教育の場ではあると思いますけれども、もっと広い意味での教育というのは、私はそうした形での教育が当然ではなかろうか、講習に行くというのは、ただ交通の問題だけです。そうじゃなくて、もっと広い社会的な視野に立ってのそうした教育こそ、少年の自覚を高めて、よい社会人としての自覚を高めていくという一番重要なことではないか、こういうふうに思うのですが、再三で恐縮でございますけれども、その辺について長官のほうから、ひとつそういうことをどう考慮しているのか、私の言っているのは全然間違いだというのならば、これはいたし方ございません。その辺何らか考慮のしかたが私はあるのではなかろうかと思いますけれども、御意見を承りたい。
○政府委員(後藤田正晴君) ただいまの御意見は、やはり少年というものに対しては、具体的に個別的に保護、教育という面から徹底して処理をするのがいいと、こういうお考えに立っておられると思います。私もその点についてはいささかも異論がございません。従来から家庭裁判所等で少年問題に対処する考え方の基本もそこにあったと思います。したがって、私はそういう考え方にはいささかも異論はないのですけれども、何ぶんにも今日の少年の交通違反の件数というものが六十万件という大量に達しておる。同時に成人と比べてみますというと、事故の件数では約二倍、違反の件数では一・五倍、この傾向は次第に強くなってきておる。こういった大量処理をどうしてもしなければならぬ。したがって、一方に理想論というものは十分わかりますけれども、しかし現実問題として、それを処理するのには、やはり現実可能な方法、現実可能な方法による反省の機会を求めるやり方、これ以外実は方法がないのではなかろうかと、こういう意味合いから実は今回の制度でも考え、そこで悪質なもの、危険度の高いもの、こういうようなものについては、裁判所のほうで従来より以上に徹底した個別指導をやっていただきたい。同時に、軽微なものについては反則金というものによって、個々具体的な例をとれば、御質問のようにふぐあいな点があるかもしれませんけれども、大数的な処理としては、反省を求める機会が、これのほうが多いのではなかろうか、こういったような現実論的な立場、それと理想論的な立場をかみ合わせて、そうして今回のこの原案をつくり上げた次第でございます。したがって私は、先生のおっしゃる理想論的な立場に立っての御意見にはいささかも異論はございません。
○竹田四郎君 いま長官は六十万件というふうにおっしゃられたと思うのですが、大体その数字はこの一二八ページにある数字を根拠にしておっしゃられているのだろうと私は思うのです。この表を見ますと、無免許が全体に占める割合が二七・四%ですね。最高速度違反というのが二七・八%ですね。これでもう五十何%いくわけです。そうしますといまの六十万件というのは必ずしも、この二つというのはおそらく反則金には関係のないものですね。そういたしますと、六十万件六十万件とおっしゃられるのだけれども、実際は三十万件、約三十万件ということに、反則金の立場はそういう形になると思うのです。その点は六十万件が全部反則金の対象になっているのかどうか。
○政府委員(久保卓也君) 無免許は、ここに書いてありますように二七%ですが、最高速度の二七%というのは、六十キロを五キロ、十キロ、十五キロオーバーしておりましても最高速度の違反ですから、それも入ります。したがいまして、先生おっしゃいましたように二十五キロ以上が反則金の対象でないということになりますと、パーセントはうんと減ってまいります。そこで私どもが把握しておりますのは、六十万件のうちで反則金の対象になるのは約四十万件、そのうちで、先ほど家庭局長もお話しになりましたように、過去一年の間に行政処分を受けた百十八条、百十九条、これは懲役刑のついた違反でありますが、その部分は反則金制度から除外しよう。そうしますと、四十万件のほぼ一割弱くらいであろうと思います、この数字はちょっとはっきりつかめませんが。そういった数字が反則金の対象外になる。で通じて申しますと、四十万件から四万件足らずを引きますから大体五五、六%、五〇%から六〇%の間が反則金の対象になる、こういうことになろうかと思います。
○竹田四郎君 そして、それではいま局長がおっしゃられた中で、反則金の対象になるのが四十万件くらいで、六割くらいだ。その中で一体それでは初めてその対象に、初めて違反をとがめられたのと、初めてやったというのと再犯との関係はどのくらいになりますか、再犯あるいは累犯ですね。
○政府委員(久保卓也君) これは実は正確な統計はございません。ただし、これは以前最高裁判所からいただいた数字でありますが、そのサンプル調査を裁判所がおやりになったそうでありまして、それを借用いたしますと、少年の反則該当事件の中で初犯者であったものがほとんど、ちょうど三分の二、累犯者が三分の一ということであります。
○竹田四郎君 それは交通問題ではないわけですね。すべてを含んでいるわけでしょう。
○政府委員(久保卓也君) 交通だけです。
○竹田四郎君 交通だけですか。そうしますと、この四十万件の中で大体初犯といいますか、それは大体どのくらいに、何件くらいになりますか。
○政府委員(久保卓也君) これは私どものほうでそういった統計をとっておりませんので、いまの数字を利用すれば換算ができますけれども、はっきりした数字は申し上げられません。数字はわかっておりません。
○竹田四郎君 そういうふうにあまりはっきりしないということで私は一律に――まあ私が特に主張しておりますのは、再犯、累犯の点は私は触れておりませんから、特に一番最初の問題を私は触れているわけです。そうしますと、ただいろいろな手続上の問題とか、事務処理の簡便さということで同じように扱うということは、私はむしろ少年の特殊性というものをこわしてしまうのじゃないか。むしろ再犯、累犯に追いやる場合もその中からは出てくる可能性も私はないとはいえない。ですから、少なくとも一番最初の比較的軽微なものについては、むしろこれは両親なり、あるいは職場なり、あるいは教育の場に当たっている人たちに相談をして、そして再びそういうことをさせないという、そういうことが私は本来の青少年育成の目的であるし、青少年にいろいろな反則金を課するとか何とかという問題も、それは金を取ればそれでいいという問題じゃ私はなかろうと思う。むしろ今後の健全育成というものを一番ねらっている、それの一つのショック療法といいますか、ショックになればいいという立場でおやりになっているはずであって、主目的は反則金ではないはずだと、そうすれば、私は何らかの形でそれは考えていただくべき問題である。こういうふうに思うわけですけれども、これについては相変わらずそういうような技術的に可能かどうかということを、先ほど最高裁の方は不可能だと言っておりますが、私は必ずしも不可能じゃないような気がいたします。そうしますと、私はそういうものをひとつより分けて、別の対策がとっていけるのじゃないか、こういうふうに思うわけですが、そういうことは一切できませんか。
○政府委員(久保卓也君) 私の申し上げることは、最高裁判所側と厳密には同じではないかもしれませんけれども、私どもがとっておりまする基本的な考え方は、いわゆる免許成人説でありまして、少年というものは何であるかということが、まあ本来問われるべきであろうと思うのでありますけれども、少なくとも交通関係については、やはり免許を少年のときにあたりましても与えておるわけでありますので、その点については成人と同じような義務を負うべきではなかろうかということであります。たとえば、少年がいま二十未満となっておりましても、選挙権がない者をおとなと同様に扱うのはけしからぬという議論が最近の読売週刊誌にも出ておりましたが、たとえば外国では、イギリスなどでは、すでに十八歳以上に選挙権を与えておる。アメリカでは上院を通過した法案によっても、十八歳以上に選挙権を与えておるということが、これは新聞の報道でありましたが、そういうふうに出ておりまして、少年というのは何であるか、選挙法の上での少年、あるいは道交法上の少年というような取り扱い方も考えられるのではないかというような観点に立ちまして、基本的には成人と同じように扱いたい。ただし、少年法というものはやはり現存しておりますので、その少年法とのかね合わせで道交法の特別な扱いとしてこういうふうな扱いをしております。したがいまして、当初御質問にありましたような一般の事件についてまでこれを及ぼすということを、この道交法の改正でもちろん意図しておるわけではさらさらございません。
 そこで、いまは技術的な問題でございましたが、交通違反に対して反則切符を切るのは現場の警察官が切るわけなんでありまして、その場合に、その人が再犯であるかどうかということを確認する手だてがない。なるほど、運転者管理センターの電子計算機の中には、過去の違反で検挙をされた事例というものは出ておりますけれども、それが現実に裁判所でもって有罪とされるような事態であったかどうかというところまでは追跡しておりませんし、また、一々それをやっておるということでは、先ほどの大量処理という反則金の制度のいいところがなくなってしまうというような問題がありまして、裁判所のほうでは、実は累犯者を何とか現場で把握してもらえば、そういったものを裁判所に送ってもらえるというような途中の御意見もあったわけでありますけれども、現実の問題としては、事実上それは困難であるということで、いまは再犯、累犯というかわりに、行政処分の前歴の段階でそれを押えている。ですから二度目の違反であるか、あるいは三度目の違反であるか、四度目の違反であるかということは、若干のズレがありますけれども、そういった相違でもって現実には処理せざるを得ないというのが実情でございます。
○竹田四郎君 最高裁、大臣がお見えになりましたから、大臣のほうにも質問したいと思うので、ただいまのことについて、ちょっと最高裁のほうの考え方についてお伺いしたいと思います。
○最高裁判所長官代理者(外山四郎君) ただいまの反則金制度を少年に適用する場合、免許成人説という立場でこれを認めるのが相当だというような御趣旨に理解いたしましたけれども、私どもの考え方はそれとやや異なっておりまして、運転免許を持っておるから成人だと、成人と同じ扱いでいいかと考えるのでなくして、やはり違反をした場合に、それをいかに処遇し、再犯を防止するかという点になれば、これはその違反者が少年である場合には、やはり本来は少年としての処遇をなさるのが相当であろう。その点は少年の教育可能性あるいは心身の発達の不十分という点から見まして、運転免許を得たから当然に、違反の場合、成人として扱うのが相当だという考えをとっておるわけではございません。ただ、先ほども申しましたように、この反則行為というものは、交通違反の中で軽微なものである。しかも非常に大量な事件である。一種の行政犯である。これらのものについては、やや例外的な措置ではございますが、その違反に応じた定型的な処理ということも考えていいのではないか。また、それが少年に対する反省の機会となるという意味を持つものであるならば、この制度を少年に適用することも十分考慮の余地がある、こう考えたわけでございます。
○竹田四郎君 まだそういう問題あとたくさんありますけれども、大臣がお見えになりましたから、ひとつその問題についてはあとにとっておきまして、ほかの問題を大臣にお聞きしたいと思います。
 最近における交通事故というものはたいへん多くて、年間死ぬ人でさえも一万五千人とか六千人とかいうことでありますし、負傷者を入れれば、その数はたいへんな数になってきている。そうして一方、車のほうはどんどんふえていくけれども、道路の改良というのは、午前中にもいろいろ意見がありましたように、これはちっとも進んでいない。ただこういう形をそのままで過ごすわけにはこれはまいらないと思う。そこで、まあ私どもも主張しておりましたけれども、現在の交通行政というのは、警察庁だけでできることでも私はなかろうと思うのです。また建設省だけでできることでもこれはなかろう。そういう意味では非常に総合性を持っているとともに、しかし、それが各省がかってにやられたのでは、これまた車の運転者にいたしましても歩行者にいたしましても、また、交通機関を利用する立場の者においても、これまた困るわけです。そういう意味で、交通行政全体を総合化し、一元化していくという、そうした立場で私どもは交通安全基本法というものを早く制定をいたしまして、総合性、一元性ということを確立をいたしまして、そうして交通安全、あるいは交通の混雑、通勤の混雑というようなものを解消していかなければならない。前にも交通安全基本法が提出せられたことがありますけれども、そういう形で交通安全基本法というものを早く制定すべきである、こういうように思いますけれども、大臣の御所見を承りたいと思います。
○国務大臣(荒木萬壽夫君) 私も、もちろん交通安全基本法が制定されることが先決である、むしろそのように思うのであります。お示しのとおり、交通の安全は、警察機能だけでは万全といえませんので、建設省の所管であり、あるいは運輸省の所管であり、各省にまたがっておりますので、一元的に基本の考え方を定めておくことがどうしても必要であるという見地に立って、基本法の制定を望んでおるものであります。
○竹田四郎君 この基本法は、大体政府のほうでは今国会はおそらく提出されないだろうと思うのですが、大体いつごろ提出をされて成立をさせたいと思っていらっしゃいますか。
○国務大臣(荒木萬壽夫君) 来週から衆議院で審議を始める予定になっております。
○竹田四郎君 その次に、今日の交通混雑あるいは交通違反、そういうものは、一つはあまりにもマイカー族が都心に入ってくる、このことが私はかなり交通混雑を起こし、そして交通渋滞を起こし、それが今度は事故につながるという例がかなり多いだろうと思う。そういう意味では、交通ラッシュを解消するという方法、この方法が、かなり交通事故をなくす上でも私は有効な方法ではなかろうかと思うのです。きのうのテレビ見ておりますと、何か警視庁のほうではたいへん御苦労されて、朝と晩で、中央線ですか、これを移動することによって交通渋滞をはかすようなモデル地域をつくられまして、何カ月間か実施をされまして、それは非常に成績がいいと、こういうような話があったわけでありますけれども、これも一つの方法だろうと思いますが、いまの道路を見てみますと、まさにバスで行っても途中でつかえてしまう。だから、ひとつマイカーで都心まで乗り入れて、何とか裏道をすり抜けて、そしてつとめ場所に行くと、こういう車がかなり多いようですね。そういう意味で私は、ラッシュ時に白ナンバーの車――これは特に緊急な車というのは別だろうと思います。一般的な白ナンバーの車というのは、ある路線を限定して、そこはひとつ通さない。そこについては、たとえば大衆輸送機関であるバスだとか、あるいはタクシー、こういう形で大衆輸送機関のほうを完全にしていけば、それほどマイカーを都心の中に乗り入れる必要はない。ある一定の鉄道の郊外のところで、マイカーはそこで駐車場を与えることによって、大衆輸送機関に振りかえる、こういうふうになれば、都心の混雑というのは比較的ラッシュ時には私は少なくなるのではないか、こう思いますけれども、そういうような形で、特にラッシュにおけるところの整理というものが、特定な道路を指定することによって、ひとつ自家用車はそれに入れさせない、あるいはある一定時間を限ってトラックは一切入れさせない、こういうような措置をとることも、私は一つの大きな混雑と交通事故を解消する一つの手だろうと思うのです。そういうようなことは何かお考えになっていらっしゃいますか、どうですか。
○政府委員(後藤田正晴君) やや技術的な点も含まれておりますので、大臣にかわりまして私からお答えを申し上げます。
 御説のように、今日の交通の混雑状況から考えまして、ただいま仰せのような措置をとらなければならぬ時期がまいってきておると思います。そこで、現状を申し上げますと、東京では七・五トン、三十人以上のバス、大阪では五トン以上のトラックとバスと、こういうような――バスといいましても定期のあれじゃございません。そういうような大型のものにつきましては乗り入れの規制をいたしております。
 そこで御質問の、マイカーの制限をやるべきじゃないか、これはかねてからいわれておりますし、私どもも検討いたしておるのですが、問題はその際に、マイカーとは一体何ぞやということの、この区別がまことに容易でございません。現在、営業用というのは、輸送を業としておる車だけが営業用で、それ以外は全部自家用車。白ナンバー、したがって業務に使っておる場合でも、運送業に使っていなければ白ナンバー、そこで白ナンバーをどのように区分けをするか。新聞社の車はどうなるのか、あるいは議員さんの車はどうなるのか、あるいは役所の車はどうなるのか、お医者さんの車はどうなるのか、まことにこれは実に技術的に非常に困難がある。したがって検討はいたしておりますが、いま直ちに踏み切るというところまではいっていないのであります。
 そこで、その次、問題は、車を一応制限するにしても、大衆輸送機関の確保をせねばなりません。そこで大衆輸送機関の大型バスについて、広い道路等について一定のレーンをこれに専用に一定時間使わせる、これも考えまして、これも試験的に一部実施をいたしました。ところが今日、遺憾ながら一定レーンをそういう大衆輸送機関に確保しますとかえって混雑が激しい。しかも、確保したレーンの上はあまりバスがそんなにひんぱんに走らない、それだけの要するにバスの量がない。そういったような難点もございます。いずれにいたしましても、そういう技術上の問題がまだまだこの点については非常に残っております。
 いま一つの問題は、こういった現状の交通の規制というのは、道路交通法第七条でやっております。第七条は、御承知のとおりに道路交通の安全と円滑をはかるため必要があると認められる際に、一定の区間を限って制限なり禁止ができる、こう書いてあります。そこでこの解釈としまして、現実に安全と円滑に支障があっても、合理的に必要であるという考えに立てば何でもできるということも言えるわけです。しかし、それは一定の道路の区間を限らなければならぬ、こういう制限がございます。
 そこで今日、それではこの規定だけで、その規定の解釈上、幅を広げて、たとえば東京都の二十三区の中に一定の時間にはある種の車は入れないということが一体できるのか、できないのか、こういうことになるわけです。そうすると、これは法律の専門家に私何べんも聞いたのですが、合理的に必要ならできるという解釈もあります。しかし、私は、なるほど、この法律を解釈上やれば、たとえば二十三区内全部の路線の区間を指定するのだといえばできるわけです。しかし、そういうやり方は、私は行政のやり方としては適当でない。これはやはり社会生活、経済生活に重大な影響を与える問題でございます。したがって、こういう重大な社会生活、経済生活に影響を与える以上は、たとえこの法律の解釈は無理無理解釈をしてできるからといって、やるべきものではない。これはやはり、やるのについては、だれが見てもこの法律の解釈で当然だといったような法改正の原案を国会に提出して、皆さま方の十分な御審議を得た上で私はやるべきだ、こういうことで、現在この点につきましては、今回の法改正の際にも、混雑緩和の一部規定改正を入れておりますけれども、そういった根本問題については、先ほど言った技術上の観点もあるしするので、いま少し時間をかしていただきたい。そしてこの一年間検討をした上で、あらためて皆さん方の御批判をお願いを申し上げたいと、こう考えております。
○竹田四郎君 その点はひとつ早急にやっていただかないと、これはますますにっちもさっちも動きがとれないということになりますから、その点はひとつお願いをしておきます。
 朝日新聞が報道するところによりますと、三月六日の日の閣議で荒木公安委員長から特に発言を求められまして、総額十兆三千五百億円の新道路整備五カ年計画の中に、交通安全や管制のための施設費が含まれていないのはおかしい。道路整備を進める以上、これらの経費は不可欠であり、道路整備費の三%程度は必要だと、こういう発言をされまして、佐藤首相も安全施設費をふやすように検討しろ、こういうことが報ぜられているわけでありますが、これは午前中にも私指摘をいたしましたように、たとえば道路をつくっても歩道をつくらない、あるいは標識や信号機の問題、これは非常に不備で少ないということは、これは大臣もお認めいただけると思うのですけれども、いま一番やはり交通事故をなくし、交通渋滞をなくして円滑にしていくという上では、私はただ単に取り締まりだけではどうにもならない状態だろうと思う。交通環境に相当な金を投じていって、人と車というものが分けられる、こういう形にならなければいけないと思いますが、ある書物によりますと、日本の交通事故というのは非常に後進国的な歩行者と車、自転車と車というような形の事故、言うならば初歩的な事故といいますか、そういうものが非常に多いという評論をしているものがありますけれども、先進国では自動車と自動車との事故が非常に多くなっている。まあこれもいいことではありません。そういう形で日本の交通事故に対して非常に初歩的な事故だと、こういうふうに評論しておりますが、そのためには交通安全の施設費をうんとふやさなくちゃならないと思います。先ほどの閣議での話はその後一体どういう方向で進んでいるのか、その点をお聞かせいただきたいと思います。
○国務大臣(荒木萬壽夫君) 新道路五カ年計画が提案されましたときの話でございますが、従来、道路の概念は、道をつくり、それを舗装し、やっとこさガードレールを備えつけ、歩道橋を付置するということでもって道路概念は終わっているやに見受けられます。今日では道路といえば、当然自動車が走り、歩行者が安全に歩行できるということとあわせて考えなければならない概念を総合したものが道路だろうと思うのでありまして、道路五カ年計画が十兆円をこえる膨大な資金計画をもって策定されましたけれども、信号機、道路標識等が当然それにくっついて初めて道路であるのに、それを置いてきぼりにして道路概念が確立されて、いままでどおりにやられるということは何としてもおかしいと存じましたので、そういう意味のことを発言したわけであります。三・五%という数字を掲げましたので、大蔵大臣から異議が出まして、三・五%というのをいまきめてしまっては困るという異議が出て、それは何もここでそれを確定するということでなくて、その概念を確立してほしいということだということで了承を得まして、四十六年度からそれを当然のこととして計画に盛り込んで実施するという含みで、いま山中総務長官主宰のもとに関係省庁打ち合わせすることになっておる次第であります。
○竹田四郎君 これはひとつぜひ交通安全施設に金をかけて出すようにしていただいて、交通環境をよくするということに大臣もおつとめをいただきたい、このように思うわけであります。
 それから警察一般の中で――私は県警察にも若干いろいろ審議する過程を過去に持ったわけであります。どうも警備警察といいますか、治安警察といいますか、そういうものと交通警察というのと二つに分けてみるといたしますと、どうもいろいろな面で警備警察関係の人の昇給昇格というのは比較的早い。交通関係はどうも仕事に追われているといいますか、事件の処理に追われているといいますか、非常に朝早くから夜おそくまで事件の処理に追い回されているというような実情ではないかと思うんです。そういう関係で、これは前にもあった問題でありますが、たとえば刑事警察と警備警察とを比べると、刑事さんはいつまでも巡査であって部長にはならない、給料もあまり上がらない、待遇もよくないということで、かつて非常に問題になりまして、部長になるのに何か特別な方途を講じたことがかつてあったように私は承っているわけであります。どうも警察の場合にも私は若干そういうような感なきにしもあらず、こういうような感じがいたします。たとえば、道府県の警察の部長さんの格づけなんかでも、警務部長さんが一番えらい、その次は警備部長さんがえらい、交通部長さんというのは、案外下のほうになっているというのが私は実際の実情じゃないかと思う。しかし、考えてみますと、先ほども申し上げましたように、交通警察というのは、ただ単に取り締まるということだけではいかぬわけです。非常に個別的な性格もありますし、それからさっき言った道路環境の問題もあるでしょうし、あるいは取り締まりにあたっていても、最近ではまさに空気の汚染の中で交通の指示をやっておる、まさに毒ガスの中でやっているにひとしいというような場所もあるわけですね。また体力的に見ても、あの白バイなんかで飛ばしている姿を見ますと、あれで一日飛ばしているというのはたいへんな過労だと思うんです。若い人で体格のいい人ですから、かなりたえられるんだろうと思うんですけれども、しかし、それに対する報いというようなものが私はどうも比較的少ないような感じを受けとれるわけです。そういう意味で、私はむしろ今後の交通事情の悪化あるいは改善のためには、交通警察というのは別立てにする。それはどのくらいの程度に別立てにするのがいいかという点は、いろいろ議論があろうと思うけれども、たとえば昔は消防、警察というようなものはかなり一体化していたものであります。そういうものが今日消防と分かれてきた。そういうような形で、交通警察については私は独自な体系というものを行政の中でも、行政の組織の中でも別な体系をむしろ持つべきであろう、こういうふうに感ずるわけでありますし、また、一般国民としても、私は交通警察というのはもっと進めてもらいたい。交通違反をなくする、交通事故をなくすという立場では、おそらく国民全体がこれはおそらく意見の一致を見ていると見て差しつかえないと思います。ただ交通警察と警備警察との関連という点で本格的に踏み切っていけない、警察行政で踏み切っていけないという面も全然私はゼロだとは思いません。ある程度そういうものも加味されてきている。こういう点で適切な交通警察の確立というものにも私は若干阻害要件もなきにしもあらず、こういうふうに思うわけでありまして、そういう意味で交通警察の行政体系とその他の警察の行政体系というものを私は別にしたらどうだろうか、そのことのほうが、さらに交通安全の仕事を進めていく上に効果的ではないだろうか、こういうふうに考えるわけでありますけれども、その点についてはどのようにお考えになりますか。
○政府委員(後藤田正晴君) 今日の交通事情の実態から見て、交通警察をもう少しりっぱなものにしろ、こういう御趣旨に私はいささかも異存ございませんし、また、そのつもりでやっております。ただ、とかく従来から警備警察偏重だ、こういう御議論をよく私ども聞きます。警察の仕事というのはそのときそのときのやはり警察対象のいかんによって、全体の十七万五千の警察官をどのようにうまく力の配分をするかということを考えて絶えずやっておるわけでございます。したがって、警備が重要な時期には警備に人を集める、交通が重要なときには交通に人を集める、これはもう十七万五千をどのように合理的に使うかという観点からやっておるわけでございます。そういう観点で、今日交通警察の状況から見まして、決して私は先生が御心配になるような実態ではない、こう考えております。今後一そうやはり交通の強化ということは、これはやらなければいけませんけれども、警備が重点になっているから交通が立ちおくれておるということは、これは私は全国警察の状況を見て、そういうことは私はないと、こういうふうに思います。
 そこでよく言われるのですが、人員あるいは予算、あるいは昇進、あるいは諸手当等の処遇、こういう点でよく比較せられるのです。しかしこれには非常な実は誤解があるわけなんです。それは人員等について見ましても、交通はおそらく今日二万数千名おりましょう、警備も二万名近い一万数千名でしょう。ただ交通の場合は、御承知の七万五千という外勤警察というのがある。これはその仕事の非常に大きなウエートを交通取り締まりに当てているわけなんです。そういう点もひとつ人員の点については考えなければいけない。それから予算につきましては、これは基本的に実はよく攻撃せられる方の御意見が誤解があるのです。それは警察の予算のたてまえというのが、全額国費でいく予算と補助金予算でいく部分と、それから県単予算と三本立てになっているわけなんです。ところが警備のほうの予算は国の公安に関係するということで、これは全額国費ということになっております。そこで国会に出る予算を見ますと非常に大きく見える。ところが全体の予算は今日警察は三千億をこしております。その中で見ますと、交通の予算というものは決して少ないものではございません。ことに交通の場合には県単予算、財源措置を見ながらですよ、これは財政計画あるいは交付税等で財源措置も見るし、あるいはまた反則金の収入を一応国に入れて、それを全部安全施設に返戻するといったような関係で、予算全体から見ても、私は交通はしわ寄せを食っているという実情は全然ない。昇進は、これは同じでございます。これは、警察の昇進は試験でございまするので試験に通らぬ限りはどうにもならぬ、ここに一つの問題がございます。たとえば、刑事のように仕事が忙しいと、それがために試験を受けるのに不利だと、こういうことがございます。それで、それは警備と交通との比較でなしに、制服勤務者と私服勤務者という比較のほうがいいと思います。それで、私服のほうにとにかく勉強の機会がない。そこで、こういった刑事さん方に対しては特別任用の措置で救済すべきじゃないか、これが先ほど御質問があった数年前の措置なんです。交通が特に試験が受けにくいというようなことは全然ございません。それから、諸手当について見ましても、これは確かにおっしゃるように、あの交通ひんぱんなところでお気の毒な勤務だと思います。あるいは白バイ勤務は非常に危険でございます。したがって、そういった点については、それぞれの手当については同じように措置をいたしておるということでございます。
 最後に、引立てにしたらどうだと、こういう御意見でございますが、これは確かに一つの方法だと思います。私ども検討はいたしております。ただ問題は、今日の警察官というものは、何を一体目標にしておるかということなんでございます。警察署長というものを一つの目標にしております。そこで、これは機動隊等についてもあるのです。機動隊専門につくれという御意見、私は反対なんです。あるいは交通についても、いまのような御質問があります。これはいまの段階では賛成できないのです。というのは、十七万五千をそのときどきの治安情勢に当ててどのように合理的に使っていくかというのが、私は一番経済的な人の使い方であろうと、ことに交通専門の部分を一つつくりますと、人事管理が容易でございません。機動隊も同じでございます。なかなか人事管理が、幅が非常に狭くなるのです。そういった意味から、一つの考え方ではあるが、なかなか私どもとしていま直ちに賛成できない。諸外国には制服というものと私服というものを大きく二つに分けてやっている、こういうのはもちろんあるわけです。だから、やってやれないことはない。しかしながら、やはり私は全体を効率的に使うというほうが、人事処遇その他の面から見てよりいいのではないか。ただし、今日のような専門化の時代でございますから、何でも屋というわけにはいかない、やはり十七万五千のうちに、どちらかといえば彼は警備専門、どちらかといえばこれは交通専門、こういうようなおのずからなる進路というものは出てこようかと思います。しかし、交通を専門にやっておっても、本人の見識があって、署長として適任、課長として適任、部長として適任なら、それに他の仕事にも重用していく、あるいは警備で優秀な者を他の面に回していく場合もある、おのずからなる専門はある、こういうやり方を現在やっておりますけれども、いまの段階で私はこれがいいんではないか、諸外国の人と話をしてみましても、おれのところはこうしているが、おまえのところのほうがいいぞ、これは、という意見もあるし、いろいろな議論があると、こういうことでございます。
○竹田四郎君 まあそれは人事管理の面とか、上から見た目では、なるほどそのように私は考えます。しかし、実際警察官の中へ全体的に入ってみますと、いや、警察の本流はこっちだと、交通警察なんというのは、言うならば傍系みたいなものだと、こういうような意識がないわけじゃないのですよ。現実にはあるわけですよ。おれなんか交通なんだからどうせたいして先はないんだというような、何というのか、一つのコンプレックス的なものがやはり警察全体の中にあるわけですね。おれはほんとういうと傍系だ、どちらかというと交通警察のほうは傍系のほうに一般に考えられています。これはやはり私は、交通取り締まりをやる際、あるいはいろいろな混雑緩和なりその他の措置をやる場合に、こういう意識があるというのは、これは非常にいろいろの点で問題点を起こすだろうと思います。たとえばやらなくてもいい余分なことまでやって、人権じゅうりんというようなことも、そういうコンプレックスの裏返しとして出てくる。交通問題については、私はあっちこっちで、ほんとうかうそか、現地を確認しているわけではございませんので、ほんとうかうそかと言われるとこれはわかりませんけれども、たとえば簡単な取り調べに対して手錠をかけて電柱にひっ縛ってそしてやるとか、そういうような話もときどき聞くわけですよ。私はそういうものは一つのコンプレックスから出ているもので、おそらくそれは別に奨励しているものではもちろんないと思います。そういう面で警察全体の人事管理を進めていく上で、若干そういうような問題点があるように私は考えられるわけです。その点はひとつ是正をしなければならないけれども、しかしそれはそう簡単に全体的に是正される問題ではないだろうと思う。しかし、いまそういうふうなお話でございますので、私はそれは考えていただかなくちゃならぬ、分けるか分けないかという問題はいろいろ意見の相違もあるところであろうと思いますけれども、考えていただかなければならない問題だと、こういうふうに思うわけであります。この問題についてはあと御意見をいただかなくてもけっこうでございますから、ひとつ次に移ってまいりたいと思います。
○委員長(山内一郎君) ちょっと速記とめて。
  〔速記中止〕
○委員長(山内一郎君) 速記つけて。
○竹田四郎君 それでは最高裁の方にお聞きしたいと思いますが、先ほどもお話の中であって、少年の事故、違反六十万件もある。しかしどうも家裁のほうではあまりそれを適正に指導してくれてない。何もしてくれてないというのはちょっと行き過ぎかもしれませんけれども、もうほとんどほったらかしの状態だと、だから警察のほうでひとつそれはやらなくちゃいけないのだというような感じもするわけでありますけれども、そういう点は、実際各家庭裁判所ではどのようにやられているのか。おそらく私はこれは一つは警察庁で言っておられることもある程度真理があるような気がいたします。特に少年問題を扱う調査官というものがかなり少ないだろうと思う。ですから担当件数が、これは交通問題だけじゃありませんし、その他の非行について全部扱うわけでありますから、そういう点では非常に少ないという、そういう面からこの問題が、警察庁で言われるようにあまりめんどう見てくれないのだ、こういうことになると思うのですが、実情はどうでしょうか。
○最高裁判所長官代理者(外山四郎君) ただいま交通違反事件の家裁における処理状況の御質問でございましたので、大まかな数字を申し上げますと、昭和四十三年におきます家裁の交通違反事件の処分の結果を見ますと、検察官に送致しましたものが約十四%、それから保護処分に付しましたものが一・四%、そこで残りの八〇%ないし八五%、この年度におきましては八五%ばかりになりますが、不開始、不処分という結果になっております。不開始、不処分という結果だけを形式的に見ますと、いかにも家庭裁判所が何も措置をしていないのではないかという疑問が生ずるかと思われますけれども、このように不開始、不処分というような結果が多くなっておりますのは、現在の少年法における保護処分の種類というものがきわめて少ないからでございます。現在の少年法上認められております保護処分は、少年院、教護院等に送致するか、あるいは保護観察にするかというようなことになるわけでございますけれども、交通事件につきまして少年院や教護院に送致するというのが適当な場合は非常に少ないわけでございますし、保護観察もこれを大量に行なうことには、受け入れ体制等の面からいろいろ困難があるわけでございます。ほかに交通事件に適した保護処分が法律上ないものですから、ただいま申しました不処分、不開始――審判不開始という形になって出てくるわけでございます。しかしながら、この不処分、不開始になった事案につきましても、家庭裁判所は決してこれを少年を野放しにしているわけではございません。不処分のすべてと、それから審判不開始の約六五%合わせますと、不処分と審判不開始のうちの約七八%につきましては、少年の再犯を防止するための何らかの教育的な措置が行なわれております。
 この教育的な措置は、少年の違反原因等を究明しまして、各少年に適した個別的な事実上の措置を行なっておるわけでございまして、少年には職場や家庭に問題がある場合とか、あるいは精神、あるいは身体的に欠陥がある場合とか、あるいは運転技術や交通知識が不十分とか、いろいろ原因が多種多様でございますけれども、その原因に応じた再犯防止、言いかえれば再犯危険性の除去のための措置を行なっております。たとえば交通安全教育のための講習を少年に対して行ないましたり、試験観察制度を活用しまして、少年の行動観察をいたしましたり、あるいは保護者や雇い主に指示や警告を発する。少年が学生である場合には学校と連絡して指導をさせる。さらに軽微のものについては少年に訓戒をするとか、指導を与えるとか、誓約書を出させるとかというような事実上の措置を行なっております。これは法律上の処分ではございませんので、統計の上では不開始、不処分という処分の中に十把一からげになってしまうわけでございますが、実質はいま申しましたような措置が非常に多くの場合とられておるのでありまして、決して野放しということではございません。まあごく事犯の軽微なもので、警察段階での注意で十分再犯防止の目的が達せられるような程度の事案の場合には、書面審理だけで済ます場合もございますけれども、これは全体の約二〇%程度でございます。
○竹田四郎君 確かにこういう数字は出されておりますが、必ずしも私調査官等の人数から見まして十分に消化をしているというふうには、ほかの事件とも関連してそうは実は思わないわけでありまして、この点につきましては、私はひとつそういう点で最高裁においても、そういう調査官等々、特にある程度人員を補充されまして、ひとつ少年の育成という立場で私はこれは御努力をお願いしたいと思います。
 それから、警察庁のほうについては、この質問を終わるにあたりまして、ひとつこれはもう少し、一律的にやるということではなしに、やはり何らか考えていただく。そして少年の健全育成ということのために、一般成年者と同じような扱いをすべてに対して行なうということは、若干の、家裁の問題がさっき出ましたけれども、これは実際皆さんの考えている反則金の仮納付、通告、本納付というのは、それは法律的にはそう考えているんですけれども、しかし、受けるほうの立場としては、必ずしもそう法律的に考えていないわけです。ですから、その点はひとつ十分私は実際の運営の上で考えていただかなくちゃいけない問題だと、こういうふうに特に希望しておきたいと思います。それから、その少年に対しては、たとえばさっき申しましたように、告知書を渡すときに、たとえばこれについては親に通知をするというようなことを書き添えるということもぼくはあり得ると思うんですよ。私が一番心配しているのは、二度繰り返すようで恐縮でございますけれども、そのことが少年の再犯への――これは交通問題じゃありませんで、一般の問題で再犯への契機になることを一番心配いたします。そういう意味で、ひとつその点はお考えをいただきたいと、こういうふうに思うわけであります。それでは少年問題についてはこれで終わりたいと思いますから、最高裁の方、御苦労さんでございました。
 次に、交通巡視員の問題についてお伺いをいたしたいと思いますが、交通巡視員の身分というのは一体どういう身分なのか。私よくわからないのですが、警察法の第五十五条ですか、第一項によると、警察の職員というのは、警察官と事務吏員と技術吏員その他所要の職員と、こういうふうに書かれていると思うんですが、交通巡視員の身分というのは、この形でいきますと、一体どういう身分になるのか、雇いになるのか、事務吏員になるのか。警察官でないということは事実だろうと思いますが、一体どういう身分なのか、そのことを明確にしてほしいと思います。
○政府委員(久保卓也君) その表現の中では事務吏員に相当いたします。したがいまして、一般の私服を着ている職員と同じでございます。
○竹田四郎君 そうしますと、いろいろな待遇ですね。給与、そうしたものは一体どのくらいに当たるのですか。私は役人の方の何等級何号俸というんですか、あれはあまりよくわからないのですが、一体どのくらいの程度に当たるのか、その点を聞きたいと思います。
○政府委員(久保卓也君) 一般職員と同じでございますので、たとえば国家公務員ですと行政職の(一)の俸給表を使うわけであります。したがいまして、具体的な数字は知りませんけれども、高等学校を出まして、それが行政職の八等級ぐらいでしょうか、八等級の一号に相当するとすれば、それと同じになります。ただ街頭に出て特別の権限行使をやることにいたしますので、特別の手当のほうで考慮してはどうだろうかというふうに考えて、現在自治省と折衝いたしております。給与そのものは、俸給そのものは同じになります。
○竹田四郎君 交通巡視員には被服あるいは装備品ですか、こういうものを支給するというふうにいわれておりますが、一体どういう被服を与えるのか、どういう装備品を持たせるのか。私はなぜこういうことを聞くかといいますと、警察の職員でありますけれども、一般大衆というものは、明らかにそれを交通巡視員でございますという形で理解するかどうか、これは私はかなり疑問だろうと思うんです。よく私どもにも話がありますけれども、おまわりさんがいたのになぜあれをつかまえなかったんだ、けしからぬじゃないか、おまわりさんは一体何しているんだという不平、不満ですか、そういうものは実によく聞くわけです。特に交通巡視員は交通の整理や歩行者の誘導や、あるいは駐停車についての是正措置とか、こういうことをやることが権限とされておるわけですが、しかし、大衆のほうが、はたして普通のおまわりさんと違うんだと、一目見て、大ぜい人のいる中でそういうことがわかるかわからないかということは、場合によっては、その場がおさまるんじゃなくて、かえって混乱を巻き起こしてしまうというような心配がないわけではないわけです。したがいまして、一体どういう被服を支給するのか、一般警察官とどういう点で違うということがすぐわかるというような服装をさせるのか、この辺は、いままで交通指導員というのが、交通安全協会か何かに所属している人がやっておりますけれども、ああいう方を見ましても、何か交通警察官とほとんど同じ服装で、えり章が片一方はあるのかないのかということぐらいでしか――小さなえり章があるかないかというのは、これは自動車に乗っていても歩いていても、ほとんど普通の人にはわからないことだろうと思うんです。少しもののわかった人で、あれはおまわりさんで、あれは民間の指導員だということがわかる程度でありまして、ほとんど一般の人はわからないわけです。そういう意味で、一体交通巡視員に支給するという被服というのは、一体どういう形のどういうものを考えておられるのか、お聞きしたいと思うんです。
○政府委員(久保卓也君) 制服の問題は、実は交通巡視員よりも、いまお話しの一般の民間の交通指導員の方々であるとか、それからガードマンの制服であるとか、この辺がまぎらわしいということにむしろ問題がございます。ところで、今度の交通巡視員につきましては、制服の問題については、いままだきめておりませんけれども、これは近いうちに部外の人に委嘱をして、まあ一般の市民にアピールするようなものをつくってまいりたいというふうに考えておるわけです。
 ところで、巡視員の場合に将来おそらく一般の給源その他の面から見まして、女性が主になるのではなかろうかと考えますが、これのモデルになっておりますイギリスのロンドン警視庁のトラフィックウォードンというのがありまして、これは大体六割か七割くらい女性だそうであります。テレビなどを見ましても、ほかの国でも類似のものを女性が特別のかっこうをしてやっておるのがありますが、わりといい制服をつくってまいりたい。また、男性の場合にしましても、警察官と同じでないようなものを考えてまいりたい。これは一般の方が見まして、他の分野のものでなくて、交通巡視員であるということが明白でなければ困りますので、その点ははっきりと区別のつくような制服をつくってまいりたいと、かように考えております。
○竹田四郎君 何か装備品も支給すると書いてありますね。装備品というのは、一体どういうものがあるのか。
○政府委員(久保卓也君) これは格別のものではございませんで、警察官のように手錠とか警棒を持たせるわけではありません。つまり犯人を逮捕するという権限は持たしておりません。特別の司法警察職員ではございませんので、したがいまして、身分証明でありますとか、あるいは青切符を切ることになりましょうから、切符を入れるホールダーでありますとか、場合によっては、これはまだ現在予算が入っておらないと思いますけれども、将来においては、自転車なりスクーター式のそういった乗りものが装備せられることになるかもしれません。ただし、これは個人の貸与品ということではありませんで、警察署の装備品ということになります。
○竹田四郎君 その点ひとつはっきりわかるような形でしていただいて、現場の混乱をなくしたいと思うんですが、あと阿部さんのお時間の関係で途中でやめるかもしれませんが、ほかの警察職員で、ほかの事務吏員で、告知をするという法律行為ですね、こういうのは事務吏員で告知することができるものはほかにもあるんですか、これだけですか。
○政府委員(久保卓也君) 告知の権限は、道交法上明白でありまするように警察官だけです。
○竹田四郎君 そうすると、交通巡視員が青切符を切るというような告知ですね、これはこれだけに認めるというわけですね。交通巡視員だけに認めようということは、一体どういうことなんですかね。私はこれは告知の権限まで交通巡視員に与えるというのは、はたして適切なのかどうなのか。まあそういうことによって権限拡大ということで、実際は、警察官というものにだんだんなっていく可能性が非常に強いと思うのです。この告知ということを交通巡視員だけに認める、ほかは警察官だけだということです。これはどうも私は理解ができないわけです。告知を与えない場合には、一体どういう問題が起こるか。
○政府委員(久保卓也君) この前の当委員会でも問題になりましたが、正直な話、私どもが一番頭の痛いのは、駐車違反の問題と、それから街頭から警察官がだんだん少なくなっていくという問題であります。街頭からなぜ少なくなってくるかと申しますと、当然事故がふえますので、せっかくの交通係の要員が事故処理のほうに振り向けられる。街頭に立つ警察官がいなければ、それだけまた事故がふえるという悪循還に今日はなっているところであります。外国の人たちもよく言うわけでありますが、街頭に警察官がいるだけでも、それだけでも効果があがるということであります。そういう点からしまして、やはり街頭に立って交通の整理、誘導、指導をするための人がほしい。せめてその専務の人がほしい。これが警察官が手不足のところをそれで補うという問題であります。もちろん一般の駐車違反の問題も、これも反則金の切符を切ろうが切るまいが、駐車違反がなくなればそれでよろしいわけでありまするが、それを専務に担当する人がいてほしい。警察官をそれに充当させるのは、警察官の権限はあまりにも広範であり、なかなかそれだけには充当しきれない、人員的にも質的にも。そういった問題がございます。そこで、交通整理、指導、誘導といったような街頭に立たせる行為と同時に、われわれがいま頭を痛めておるところの駐車違反の取り締まりも、それでやってまいりたい。ただし、告知だけでありますから、取り調べをするのは、これは本署に呼び出されて、警察官がやるということになるわけです。ところが、たとえば交通指導という点から申しますると、一般の民間の人、あるいは市町村で雇われる、あるいは学校、それから安全協会、そういったところで出しておりまする交通指導員、民間の交通指導員との区別がつくかという問題も出てくるわけでありまするが、われわれのほうの交通巡視員は、ただいま申し上げましたように、一般の人たちと明確に制服でもって区別をいたしまするし、そうしてまた必要な交通法上の知識を教育するといった、一定の教養、訓練を経た上で街頭に出すということで、これは一般の吏員、あるいは交通指導員とは区別されたものでありまするし、警察の手の足らざるところをそれで補うということで、私は意義があるのではなかろうかというふうに考えております。
○竹田四郎君 私まだ残しておいて……。
○阿部憲一君 警察庁に二、三、本法律案につきまして御質問申し上げたいと存じますが、まず第一には、提案理由の説明では、最近における道路交通の実情にかんがみ、交通事故の防止をはかり、その他交通の安全と円滑をはかるため、運転に関する規制及び罰則を強化云々、こういうふうにうたってありますけれども、この道交法を改正したならば、このうたい文句のように、事故を減らすことができるかどうか。また、どのくらいメリットがあるのか。その辺のところの見込みですね。それから概況について御説明願いたいと思います。
○政府委員(久保卓也君) これはよくマスコミの方々からも聞かれるところなんでありまするが、この法律だけでどれだけ事故が減るということはなかなか申しにくい。おそらくこれはどういう計算方法を用いても結論が出ないのではなかろうかということを考えるわけでありますが、私どもといたしましては、現在総合的な交通安全の対策を検討しつつあるわけでありまするけれども、非常に重要なる一環としてこの道交法の改正を考えておりまするし、この次の機会にもまた提案さしていただきたいと思っておるわけでありまするが、こういった総合対策の結果、また再々ここでも問題が出ますように、警察以外の各省庁関係も努力された結果、私どもの目標といたしましては、十年以内に歩行者及び自転車の死亡事故の実数を現在よりも半減させたいということ、さらには全般的な事故の増勢が今日非常に高いわけでありまするが、これを何とか横ばいにまで持っていきたい、こういうことを目標にしておりますので、それに非常に大きく貢献するものと考えております。
○阿部憲一君 そうすると、この今回提案された法律案につきましては、あまり期待はしていないという結論なんですね。この前の委員会でもいろいろこの問題については質問もあったようでございますけれども、結局、今回の改正案の中には、車の、いま問題になっているのは排気ガスによる公害の防止の問題だとか、あるいは先ほども質問しましたが、都心部への車の乗り入れを制限する問題だとか、あるいはまた自動車利用の犯罪者取り締まりの問題、あるいはそれに対する免許取り消し、いろいろなことを多く盛り込むべきであるはずでございますけれども、これは何か御都合によって、二年先とか三年先とかいうふうなことがありましたけれども、私はむしろ現在のような大きな交通事故というものが、年間に一万六千人、あるいはまた負傷者は実に八十万人、ベトナム戦争とよく比較されますけれども、ベトナム戦争の死傷者よりも数が多いというぐらいに大きな問題になっていることに対して、非常にスローモーションではないか。私は一日、一刻でも急いで効果のある法律なり、あるいは措置なりをするべきじゃないかと思うのに、非常に当局のこれに対する取り組み方というのはなまぬるいような感じがします。したがって、いまのような、あとで、三年先、二年先に慎重に総合対策を立てるという御答弁は納得できないわけですけれども、その辺について、理由とお考えをおっしゃっていただきたいと思います。
○政府委員(久保卓也君) 現在の提案されておりまする法律案は、私どもは先ほど申し上げました総合対策の中で重要な柱を占めるものと考えておりますが、しかし、その中に、先ほどお話のありましたように、幾つかの社会生活を向上させるような分野のものが抜けていることは確かでございます。ところで、私どもがこれを取り上げましたのは、やはり今日の時点では道路交通法規を単に安全と円滑の観点のみで考えるべきでなくて、自動車交通からするところの、いわば社会悪と申しますか、社会的な公害と申しますか、そういった分野も救うべきであるという観点から問題を提示したわけでありますが、事実上の問題としましては、それぞれが非常に大きな問題点を蔵するものでありまして、これを具体的にどういうふうにするか、その実態を想定をし、その実態が実現されるためにはこういう文案でなければならないというふうにして、初めて案文ができるわけでありますけれども、どうもそこにありますような公害防止あるいは都心部への乗り入れの問題、自動車利用犯罪の免許取り消しの問題、いろいろそれぞれの難点、問題点を蔵しておりまして、私どもは必ずこれを法案に乗せるという方向のもとにいま検討をいたしておりますが、今回は事実上間に合わなかったということでありまして、もし間に合わない場合には、一本でやるならば、今回提案しているものも合わせて次国会に提出するというのが、あるいは筋であろうかと思いますけれども、いま先生お話になりますように、急ぐものはとにかくとりあえず出して、それからやっていくという考えのもとに、この点は分離させたわけでありまするが、この次の国会への提案の中には盛り込んでまいりたい、かように考えております。
○阿部憲一君 そうすると、いま私ちょっと触れました、たとえば車の排気ガスの規制の問題だとか、あるいは都心部への乗り入れ問題というようなことについても、この次の国会に間に合うように御準備なさるわけですね。――わかりました。
 なおまた、私ももちろん法律を改正した、罰則を強化したということだけでもって事故が減るとは思っておりません。もちろんガードレールの強化だとか、あるいは歩車道の分離だとか、信号機の設置など、交通条件の整備とか、あるいは交通道徳教育とか、ドライバーの体質改善がなされた上での法律案改正でなくてはほんとうの効果は上がらないと、こう思うわけであります。これは警察庁長官に伺いたいのですが、このような、法が先なのか、一体、人や設備が先なのか、その辺はどういうふうにお考えですか。
○政府委員(後藤田正晴君) やはり交通事故防止は、私は各般の施策が総合的に進められるのが一番いいのだ、こう考えております。したがって、法が先か、それとも安全施設が先かということについては、これはやはり私はいずれが先、いずれがあとという問題ではないんじゃないか。やはり総合的に考えてやるべきじゃないか。そこで、私どもの今回審議願っております法の改正は、何といいましても現行法が昭和三十五年にできておりますが、そこで急激なモータリゼーションの面から見ましてどうも立ちおくれている面がある。たとえば大阪の御堂筋等でやっております広い道路における交通規制についても、必ずしも法の規定が十分でない。したがって、そういう点もきちっとこの際根拠づけをやりたい、こういった立ちおくれをともかく今日近々にやらなければならぬということでやっているわけでございます。だから、やはり必要な法の改正は改正としてやっていく、同時にまた車と車の分離、あるいは人と車の分離、こういった安全上の諸施設を進めるとか、あるいはまた一般のモラルの向上をはかっていくとか、学校における交通道徳の涵養の面に手を打っていただくとか、やはり総合的に考えていくべきものだと、こういうふうに考えております。
○阿部憲一君 わかりました。もう一つお伺いしたいんですけれども、先ほど来、少年についてのいろんな違反の問題が出ましたんですが、違反金で解決しようという、要するに、交通規則に違反した、あるいはまた人を傷害、傷つけた、いろんな問題についてお金さえ出せばいいんだというような考え方を若い少年に植えつけるということは、私はあまり感心したことじゃないと思うんですけれども、この点についてどういうふうにお考えですか。
○政府委員(後藤田正晴君) その問題はやはり一昨年でしたか、反則金制度を創設する際に、実は私どもも一番検討を加えた点でございます。やはり金で全部済むんだと、その結果は交通事故が激増したといったんでは、これは何のための改正か全然意味をなさないわけでございますので、その点を一番警戒をしまして、私どもはやはり反則金制度というものは車の片方の輪だということで、他の一方の輪を昨年の十月一日から実施をいたしておりますポイントシステム、このポイントシステムと反則金制度、これの二つの輪で、これで交通事故防止に役立てる。同時に今日四百数十万件になっておるこの大量な交通違反のうち、典型的で軽微なものを大量処理にふさわしいような、しかも反省も求め得るような、ともかくいろんな議論はありましょうけれども、反省を求めるようなやり方ということで反則金に踏み切ったわけでございます。
○阿部憲一君 わかりました。その反則金ですけれどもね、これは家庭裁判所が反則金の納付を督促するようになっていますけれども、これはお金を払えない場合には幾ら催促したって納付できないと思いますが、この辺についてどうお考えですか。
○政府委員(久保卓也君) その点は裁判所にいく前、警察の段階も同じでございまして、反則金の支払いを裁判所が指示する――現在指示するということばを使っておりますが、指示することができるということになっておりまして、それに応じて反則金を本人が支払えば、あと家庭裁判所の審理を受けることはないということになるわけですけれども、しかし、指示をされても払うまいと思えば払わなくてもよろしい、そのかわりに家庭裁判所の支払い審理を受け、法的な処分なり措置を受けるということになります。つまり、通常の裁判所の手続に返るということになります。
○阿部憲一君 先ほどお話もありましたが、少年関係の事件というのが六十万件ですか、非常に多いと思うわけですが、この少年自体が事件が多い、事故が多いということは、要するに若々しさ、よく言えば若さといいましょうか、その発露、それから経験がない、浅いというようなこと、それから私ら少し年配者から言わせれば、罪に対する意識というものが低いんじゃないか、人命尊重とか、あるいは人をけがさせるということに対してどうも若い人は意識が薄いような気がします。したがいまして、私はこの事故を防止する一つのきめ手としてやはり年齢制限をもっと強化すべきじゃないか、言うなれば現在の十六歳以上、普通車だと十八歳以上ですか、許可を与えておりますが、これをもう少し引き上げたらどうかということ、それから特にバスとか、あるいは営業車とかというような一般の大衆――多数の人たちを相手にするような営業車については、特段にこのような年齢制限というものを加味すべきじゃないかというふうに思いますけれども、この点について御意見を承りたいと思います。
○政府委員(久保卓也君) ただいまの先生の御意見は、実は一般にも相当多いのでありまして、先般サンケイ新聞が千人の世論調査をやりました場合にも、三八%の人が少年に免許を与えるなということを言っておりました。ただし、いま私どもの考えておりまするところは一応十六歳なり十八歳なりの年齢に達しますると、少なくとも道路交通に関しては免許を与えるだけの思慮と体力、技術を持ち得るという判断に立ったわけであります。これは、この点は外国もやはり同じでございまして、まあそのよしあしはございますけれども、一応いまのところはそういった年齢でよろしいのではなかろうか、特に今度は警察外の判断も必要でありまするけれども、有職少年という問題もあります。そういった点から、外国の通例あるいは日本国内の実情から見てやはり十六歳、十八歳というのは可能であり妥当ではなかろうか。外国によりましてはもう少し年齢の低いところもございますけれども。それからいま一点の営業車について年齢を引き上げるということは、実はほんとうは私どもの念願でございます。つまり、たとえばタクシーの運転者、トラックの運転者についてせめて二十五歳くらいにするとか、あるいは世帯持ちにするとかいうようなことが安全運転に非常に大きく寄与するというふうに考えまするけれども、さて、それをやるについては現在の職業を持っている若い人たちから相当職を奪うことになりまして、これもやはり困難な面が多い、もちろん経過措置を講ずれば現在の持っている人たちが権利を失うことにはなるまいかと考えまするけれども、やはりこれは雇用関係も労働需給の関係もございましょうし、なかなかむずかしい問題で、非常にそういった世論の声が強くなれば格別といたしまして、いまのところはなかなか踏み切りにくいといったのが実情でございます。
○阿部憲一君 この点につきましては、ひとつ私どもももう少し当局において真剣に考えていただきたいと思います。まあ局長おっしゃったように、確かに現在就労している運転者の人たちにとっては、あるいは失業問題とか転職問題というのが起こるかもしれませんけれども、しかし、これが一体どのくらいの程度起こるようになるか、要するに、年齢を一歳引き上げることによってどのくらい出るかというようなことから検討していけば、二十歳でもいいのだというような安易なお考えでなくて、二歳なり三歳なり、よく十九歳の犯罪とかいわれますけれども、たった一歳の違いでもっていろいろな犯罪件数がふえたり、あるいは減ったりするわけですから、一歳引き上げ、二歳引き上げだけでも、私この交通事故を減らすのに効果があるのじゃないか、このように思いますので、ひとつ御検討願いたいと思います。
○政府委員(久保卓也君) ちょっとつけ加えます。先ほどちょっとことばが足りませんでしたが、以前に国会でも御意見があったはずでありますが、いまの二種免許、営業免許につきましては二十一歳あるいは二十歳ということになっております。それから経験年数も二年とか三年とか、車の型に応じまして引き上げられております、今日では。それをもう少し引き上げるべきではないかという問題がまああるということであります。
○阿部憲一君 交通安全及び事故防止対策を目的とするこの改正であるならば、当然この道交法だけでなくて、交通関係の一連の諸法も再検討して、同時に改正を行なうべきものであると思いますが、道路関係の法規も総まとめして実情に見合う改正をいつごろお行ないになりますか。また、具体的にそのような関係機関と折衝していることがあるかどうか。
○政府委員(久保卓也君) これは運輸省もそれから建設省、厚生省、それぞれ問題をかかえております。そこで、本来ならば行政官庁が一つになって同時期にいろいろな関係法案あるいはそれに類似するような法案が出されて審議されればよろしいのでありますが、やはり各省のかかえております問題と準備の段階も違いますので、若干ちぐはぐいたしておりまするけれども、おそらくここ一年ぐらいの間には、いま申し上げた関係省庁の法律、政令あるいは省令といったような段階が相当出そろうのではなかろうか、もちろんいまの法案審議、あるいはそのほかの関係法令について、各省庁相当に緊密に連絡しておることだけは申し上げられます。
○阿部憲一君 できるだけ、事態がなかなか急迫した問題でございますので、促進するようにお願いしたいと思います。
 なお、ちょっと本題からはずれるかもしれませんが、交通事故関係について二、三お尋ねしたいと思います、運輸省の方。いまもちろん道路の問題、交通規制の問題でありますけれども、事故の問題というのは、結局一つは、大きなポイントは自動車そのものじゃないかと思います。要するに、自動車そのものの構造とか、あるいは能力、力というようなものが大きな影響を及ぼしているんじゃないかと思います。それにつきまして、いま自動車のスピードのことですけれども、たとえば一例をあげるならば、トラックならトラック、これは時速四十キロとか六十キロとか、制限をそれぞれ受けているはずですが、現在売り出されているトラックの能力は決してそんな低いスピードでなく、百キロあるいは百五十キロくらいのスピードを出せるようにつくられていますね。したがって、それをつくっているということを誇示している、メーカーは売らんがために、それをことさらに馬力が強い、優秀な自動車だと、こう言って宣伝しているわけでございます。これはこれとしまして、現実にそれが動くときには、結局ハイスピード、要するに、制限を倍も越すことのできるような力というのは事故につながるというふうに私ども考えられます。したがって、このような無用なスピードを出せるような車をつくること自体、ある程度制限をしたらというふうな感じがするんですけれども、その辺についてちょっとお考えを承りたい。
○説明員(隅田豊君) ただいまの自動車の最高速度の制限の問題でございますが、自動車の最高速度と申しますのは、自動車の性能の中の一つのものをあらわしたわけでございます。自動車の実際の性能を見ておりますと、たとえば追い越しの力というようなものと、それから最高速度というようなものが自動車の性能の中では実は同じものになってまいります。最高速度を技術的にあまり押えてしまいますと、自動車はいろいろな速度で混合交通を実態としてやっているわけでございますので、その際の追い越しというものが今度非常に危険になってくる可能性もございます。そういう面で、技術的に見ましても、最高速度だけ押えるということは非常にむずかしいわけでございます。ただ、御説のとおり、非常に無用な高い速度というものが広告の上でも一般にアピールするように誇示されておりますし、私ども常識的に見ておりまして、あまりにも非常識的なような最高速度というものを掲げた車というものに対しましては、そういうものをつくるといいますか、いろいろ申請がありましたようなときに、そういうあまりにもひどいものについては押えるようにという行政指導はしておりますが、最高速度そのものを技術的に押えるということにつきましては、もう少し検討を要する点があると思います。
○阿部憲一君 いま最高速度が必要だというものの例として追い越しのことを出されましたが、追い越しこそは非常に大きな事故の原因だと思っております。私自身が車を動かしたときも、追い越そうというときは制限速度以上に走っている車をさらに追い越すわけですから、これこそ事故につながるといってもいいと思いますが、そういうことで追い越しできるような、追い越そうと思えば、定速で走っている、規則を守っている車をぐんぐん抜けるような状態にしておくこと自体が、私はむしろ運転する人たちの意識は、追い越してやろう、こういうふうな、事故を考えず、自分の優越感か何か、そんなようなものを持ってやる、ことにトラックとか。これが高速道路におきますいろんな事故に結びつくのじゃないか。そんなことから、そんなような追い越すためのスピード制限だとか、むしろそのような制限を押えて、追い越しなどは定速で走っている車をさらにそれよりも三十キロも四十キロも早いスピードで追い越せるような能力を持たせることが矛盾じゃないかと思いますが、この辺いかがでございますか。
○説明員(隅田豊君) ちょっとことばが足りませんでしたのであれでございますが、ただいま申しました追い越しと申しますのは、制限速度で走ったものを追い越すというつもりで申し上げたわけじゃございません。日本の道路で走っております自動車はほとんど混合交通でございますので、非常に早く走れる乗用車も、あるいはある程度、六十キロ以下のような低速で走っているトラックもみな一緒に走っております。そういたしますと、しかも速度制限がいろいろ区々でございますから、追い越せる状態においては乗用車は当然追い越すことが許されております。こういうような場合に、加速能力がある程度ございませんと、追い越し自体に非常に時間がかかってしまう。これはかえって先ほど先生がおっしゃいましたように、追い越しというものの事故が非常に多いことは事実でございまして、こういう点をできるだけ安全にさせるという意味では、ある程度の加速性能というものがあったほうが技術的には安全であると申せると思います。ただ、おっしゃるとおり、過度のハイスピードというものは危険につながることは事実でございまして、それはわれわれのほうもいろいろ行政指導その他でやってまいりたいと思っております。
○阿部憲一君 いまもお話のあったように、トラックがトラックを追い越す、昔は少しはエチケットがありまして、トラックというのは一番外側をスローで走っていて乗用車を優先させた。いまは乗用車をトラックが追い越す、御経験があると思います。特に東京を離れて国道なんか走りますと、そういう現象が朝なんかすごいですよ。そういうことをさせる能力をトラックに与えるということに私は非常に矛盾を感じているのです。ですから、それはもう技術的に、あるいはまた馬力とスピードの関係上どうしてもできないのだというお答えならば、これはやむを得ませんけれども、むしろ指導されるあなたのほうの立場として、なるべくそのような、無謀な追い越そうとか何とかというような、幾らでもスピードは出してもいいのだというような考え方を運転者に与えないような、車の性能というもので指導すべきじゃないか、こう思うのでございます。なお、これに関連してスピードの問題もありますけれども、自動車のサイズ、大きさあるいは型の問題ですね、これも同様だと思います。特にトラックについて、大型のトラックが満ち満ちています、極端に言えば。これがもちろん交通事故につながり、交通渋滞の大きな原因となっているわけでございます。ことにトラックの大型のもの、これに対してもちろん制限はおありになると思いますけれども、非常に道路に比べまして、よくこんな車を通らせたものだということで、私ども非常にいやな感じをします。一体どこがこういうことを取り締っているのだろうか。御承知のように、いま日本の道路は三・五メートルですか、これが四〇%だと言われているくらいに狭い道です。三・五メートの道を歩いていて、トラックが来れば、ほとんど両側の人は塀にからだをすりつけなければ難をのがれられない道路がたくさんあります。そういうものを横行さしておること自体に大きな交通事故、また交通渋滞の原因があると思うのでございますけれども、この辺についてもちょっとお考えを承りたいと思います。
○説明員(隅田豊君) ただいまの自動車の大きさの制限の問題でございますが、これは御存じと思いますが、道路運送車両法の保安基準、省令でもって最高限度をきめております。しかし、今度は道路との関係におきましては、これは道路法のほうの政令、車両制限令というものがございまして、道路に合った大きさの自動車でなければ走れないようなふうに道路法のほうで押えております。保安基準のほうでは一応普通の意味で許される最高限度をきめておりますものですから、個々の道路と合わせますと、お話のように、幅が非常に狭い道を何でこういう大きい自動車がという問題が出てまいりますが、一応、一級国道その他を普通の意味で走れる大きさまでは保安基準としては認めているというのが実態でございます。
○阿部憲一君 このように大きさそれぞれ、いまあなたの言われるように、一応は走れるように、あるいはそういう被害が起きない、一般の人に迷惑をかけないようにという配慮のもとに規則ができているとも思いまするけれども、しかし、それは規則のことであって、現実面においては決してそのような状態じゃございません、それに基づく事故も相当頻発しているわけでございまして、この辺について省令を改めるなり何なりの措置を、ひとつ真剣に取り組んでやっていただきたい。交通事故をなくするためにもお願いしたいと思うのでございます。
 なお、時間がございませんから、もう一言だけお伺いしたいと思うのですが、最近、追突事故が非常にふえてまいりました。追突事故のためにむち打ち症――つい先般もこの国会にむち打ち症に悩んでおる人たちが大勢陳情に参りまして、一人一人話を聞いて私ども非常に涙が出た。気の毒な社会の落伍者だとか、そんなことじゃなくて、救いようのない状態におちいっている人がたくさんありますが、これは原因は何かといいますと、いまの自動車の追突でございます。しかも追突を受けた人はおそらく、何といいますか、無実。スピードを自分が出してぶつかったんじゃない。安全地帯でとまっていたのにうしろからぶつかった。安全規則を守って、普通の速度で走っていたのにうしろからハイスピードでぶつかった、こういうのが非常に多いわけです。これに対する措置はいろいろ御検討中だと思いますけれども、先ごろですか、バンパーを何かゴム製品ですか、何か知りませんが、水を入れてそれでぶつけたら衝撃が八分の一で済んだとか何とかいうような実験方法も聞かされましたけれども、いまの自動車の中にはいろいろ欠陥を私も幾多感じておりますが、特に私ども追突で感じますのはバンパーなんです。バンパー、あなたも御承知のように、アメリカの車あたりはまだバンパーといってもいいけれども、日本のは絵にかいたような、うしろにただ絵をかいただけのような、力も何にもない、ちょっと押せばへこみます。そのようなものをやっぱり許すべきじゃない。もっとバンパーならバンパーらしいものをつけるように私はメーカーに要求し、指導すべきじゃないかと、こういうふうに思いますが、この辺のところはいかがでしょう。
○説明員(隅田豊君) ただいまのお話の追突の関係でございます。これは自動車の衝突問題として私ども広くつかんでおりますが、自動車の衝突は速度の範囲によりまして実は技術的に非常に複雑な現象を呈します。現在、自動車メーカーもそうでございますが、運輸省にも新しく今度研究所をつくろうということで、この国会で御審議を願っているところでございますが、そういうような研究所で衝突実験を繰り返しやっております。いま先生から御指示のございましたように、たとえば水を入れましたバンパーあるいはバンパーの形状そのものについての研究でございますとか、そのバンパーの間にスプリングを入れたものとか、このバンパーというよりも自動車ボデー全体を何かそういうふうに考えたらどうか、さまざまな考え方もございます。その基礎的になる、まず衝突というのが物理的にどういう現象であるかというのが現在盛んにやられているのが実は現状でございます。お説のように、バンパーそのものをどういうふうにするかという技術基準をつくるということは、やはりそういう基礎的な研究からやってまいりませんとできませんので、現在そういうことを研究のほうへ依頼しているのが現状でございます。
 そこで技術上の基準としましては、確かにむち打ちの方々、いろいろ被害者が出ていることは事実でございますので、そのためにいろいろな、保安基準では例のヘッドレストというのがございます。それを備えつけるように義務づけております。もちろんこれは私ども永久対策とは考えておりません。これはぶつかったあと、頭がたまたま保たれるということでありまして、つまり、車自体にそういうショックを与えないということが第一の問題でございますから、その研究を今後も続けていくつもりでございます。
○竹田四郎君 先ほどの交通巡視員の話にまた戻るわけでありますが、青切符の下のほうに、一枚目に反則金相当額というのがありますね。二枚目、三枚目には反則金というふうにはっきりしている。この反則金相当額というふうに交通巡視員あるいは警察官が書ける根拠ですね、これは一体何条なんですか。ただ、反則金相当額を納めた場合には仮納付という形になるということはあるんですが、告知の中には反則金を書けるということは書いてないわけですね、百二十六条ですか、何ですか。それは一体どの何条によって、反則金相当額というものを書ける権限というものが与えられているんですか。
○政府委員(久保卓也君) 告知とそれから通告の法的行為の性格でありますが、正式には本部長が通告をしまして、そうして正式に納付をするというかっこうになるわけです。そこで道交法の百二十八条、百二十九条によりまして、警察官が告知をしました場合には、たしか一週間だと思いますが、十日でしたか――十日以内に仮納付すれば、あと通告を受けた場合に正式の納付をしたものとみなすというふうに手続が百二十八条、百二十九条になっております。それの仮納付の金額のことであります。
○竹田四郎君 ですから、私は反則金相当額を書くという権限ですね、これは警察官なり交通巡視員がそこへ数字を入れるわけですか。これは入れないんですか、どうなんですか、青切符の一番最初。それは一体どういう権限で、その告知に、青切符を渡すときに書く権限はどの条項に基づいて出てくるのかということです。
○政府委員(久保卓也君) 百二十六条はこれは告知の権限を書いてあります。それから百二十九条が仮納付の権限を書いてあります。これに基づいて政令に定める金額を書くことになります。
○竹田四郎君 私聞いているのは、百二十九条には一項に「当該告知を受けた日の翌日から起算して七日以内に、当該告知された反則行為の種別に係る反則金に相当する金額を政令で定めるところにより仮に納付することができる。」とあります。これはそうだろうと思うのです。ただ私が言っているのは、一番最初にその三枚つづりの紙を渡されるわけでしょう。そのとき反則金相当額という欄に金額を入れるわけでしょう。限度額幾つかのあれに基づいて二千円だとか、三千円だとか、五千円だとか入れるわけでしょう。そういう数字を書く権限はどの条項に基づいてそういう権限が与えられているのかというんです。
○政府委員(久保卓也君) これはあくまでも法律によりまして、告知を受けて仮納付をするということができることになっておりますので、その仮納付をする際の金額はこういう金額でありますよと、一々政令を見て反則金を本人が知るわけにまいりませんので、これは事実行為になると思います、書くこと自身は。したがいまして、その金額を警察官が教えてやって、その反則金相当額を本人が納める、そうすると、仮納付という効果が発揮できる、こういうことだと思います。
○竹田四郎君 そうすると、この反則金相当額を書くという警察官の行為は親切心だと、こういうことですか。書かなくちゃいけないんですか。それとも、どうなんですか、必ずこれは書かなくちゃいけないというものなのか。それは書かなくてもあとから通告がいくから、そのときに納めてくださいよと、こういうことなのか、どうなんですか。この点を明確にしてもらわないといかぬと思うんです。
○政府委員(久保卓也君) ちょっと事務的な問題でありますので、企画課長に説明さしたいと思います。
○説明員(藤森俊郎君) ただいまの御質問の点でございますが、百二十五条で反則行為の種別というのがございますが、種別がきまれば額は当然にきまるわけでございます。で、百三十二条で書面の記載事項を政令へ委託しております。政令でそういう額がきまっておるわけでございますし、また政令で、告知をするのは告知書でやれということになっておりますが、その告知書の中にそういう種別を書けと、こういうことになっておりますので、それに従いまして記入をするわけでございます。
○竹田四郎君 種別はわかるんですよ、非常によく。種別は現にこれは何条のどういう違反だと、たとえば駐車禁止違反とか、あるいは信号無視とか、そういう種別はわかるんです。種別を入れるということと金額を入れるということは同じことじゃないはずですよ。だから、その種別を入れるのは、これはきめられているんですから、それは入れなくちゃならぬ。ただ、金額を入れる権限というのは一体どこから出てくるのかということです。
○説明員(藤森俊郎君) ただいま申しましたように、告知の権限の内容といたしまして告知書の中にございます。それに反則金に相当する金額を定めるということが四十六条の告知書の内容でございます。それに基づいてこれを指定する、こういうことでございます。
○委員長(山内一郎君) ちょっと速記をとめて。
  〔速記中止〕
○委員長(山内一郎君) 速記をつけて。
○説明員(池田速雄君) 道路交通法の百三十二条に政令への委任規定がございまして、反則行為にかかわります条項につきまして、「実施に関し必要な事項は、政令で定める。」、こういう規定になっております。その規定を受けまして、政令の場合には第四十六条で告知書の内容を定めてございます。その第一項の第七号に「反則行為の種別」、それから第八号に、「反則金に相当する金額並びに仮納付の期限、場所及び方法」、こういったことが規定されておりますので、警察官が記入いたしまして告知することになっているわけでございます。
○竹田四郎君 そうすると、言うならば、親切心で書くことにしているんだ、こういうふうに理解をすればいいような気がしますが、そこで、政令で定める反則金の限度額と書いてあるんですね。限度額という金額は一体どういう意味なんですか。これは最高限度というんですか、それともそのものぴしゃりで上も下も――上はないわけですから、その下はあるということですか。たとえば二千円だ、三千円だと書いてありますね。一番軽いのでも千円というのがありますね。それは千円以下であればいいという意味ですか。その限度額という意味がよくわからないのですね。
○説明員(池田速雄君) 法律では別表がございますが、別表で反則金の限度額を書いているわけでございます。その法律に基づきまして政令の場合には本部長が通告いたしますそのものの額を規定いたしております。
○竹田四郎君 そうしますと、かりに反則金相当額で書いた金額と本部長が通告した場合の金額と、これは常に一致するというわけのものじゃないでしょう。変わる場合があるのじゃないですか。いつも一致しますか、これは。
○説明員(池田速雄君) 常に一致いたしております。これは政令の額できめておりますから、政令の額が本部長の通告の内容になるわけでございます。したがいまして、それが本部長が通告する反則金の額でございますから、その額を告知する、こういうことになっておりますので、必ず同一額でございます。
○竹田四郎君 反則行為の事項は、書いてあるわけですね。これは書くことになっておるわけですね。しかし、その反則事項の額というのが常に正しい、絶対正しいということは私は一〇〇%はないと思うのですね。あるいは書き間違えたものがいくかもしれない、あるいはそのときの判断が違っておるという場合もあるかもしれない、そうなった場合には、これは私は反則金相当額と通告の場合の反則金というものとは、これは当然違わなくちゃいかぬと思うのです。常に一〇〇%一致するということは私はおそらくあり得ないだろうと思うのですよね。どうなんですか、その辺常に一致しますか。
○政府委員(後藤田正晴君) だいぶ議論がこまかくなっておりますが、おそらく竹田先生は御承知の上で御質問しておられるのじゃないかと思いますけれども、一応この制度をつくったときの考え方をお答えしておきたいと思います。つまり、この制度をつくりましたときには現場で処置するのをたてまえにしております。そこで第一線の巡査に判断の余地をできるだけ少なくしたいというのを基本に考えたわけです。そこで、まず反則行為をやったものに対する反則金の額の限度は法律でまずきめちゃう。しかし、これは貨幣価値等の変動等もいろいろありますから、そこで法律では限度額をきめておいて、一昨年の施行当時はその限度額のもとで押える。それを政令で書く。その政令で書いた額は反則行為の種別に応じて全部額を書きます。その額が法律的には本部長の最後の通告の金額になるわけでございます。したがって、第一線でやる交通警察官の通告の額もこの額を書く。したがって、最後の通告額と現場でやる告知額とは、これは金額が一致する。これがたてまえでございます。しかし、いまお話しのように必ずしも警察官の誤りがないとは限らないわけですから、そこで、そういう際の救済措置というのをまた別個に考えてあるわけで、そこでそういう間違いについては必ず県警本部で審理しますから、それは必ず是正していく、こういうやり方になっておりますので、おそらく御承知だと思いますけれども、お答えをしておきたいと思います。
○竹田四郎君 そうすると、全体で、いままでの経験ではぼくはよくわからないのですよ。ほんとに御承知でしょうと言うけれども、わからないから聞いているわけです。実際に反則金相当額の総計というものと、通告による反則金というものは、実際上は私がいま言ったように誤りもありますから、これは一体どのくらいの差がありますか。
○政府委員(久保卓也君) ただいま必ず一致すると申しましたのは、たてまえとして一致するはずであるということで、いま先生言われましたように、間違いというものは、これはございます。わりと煩瑣な制度、煩瑣な面も含めておるものですから。したがいまして、私どもが手に持っております数字から申し上げますと、反則制度が発足しましたのは四十三年の七月でありますが、それからちょうど一年間、昨年の六月までの数字で反則金の徴収額が九十九億七千万円、約百億円でありますが、そのうちで同一期間に間違って還付したという数字が二千二百件、五百八十万円であります。これはたとえば無免許は反則制度になじまないわけでありますが、本人が実は免許証を持っておるんだけれども、うちへ忘れてきたというような場合に切符を切ったというような例でありますとか、それから過去一年間に行政処分を受けた者は反則制度の適用を受けておりませんけれども、現行法では、それが何か間違えて切符を切ったというようなもの、あるいは少年であるのを見間違えて相手の言うがままに反則切符を切ったというような例、まあそういったことが原因となって約二千件ばかりの間違いが生じておるということでございます。
○竹田四郎君 かえって私はこれは非常にやっかいだと思うんですね。実際仮納付でやっているのが総額の八二%、件数の八二%は仮納付でやっているわけですね。本納付というのはごくわずかなんですね。だから非常に手続的に私はめんどうだと思うんです。たとえば交通巡視員の場合もおそらく反則金、これについて告知をするというのは駐停車禁止違反だろうと思う。これなんかの場合でも、実際には、おそらく私は特に駐車の場合は、告知する相手方は近くにいないと思うんですよ、現実には。どこに行っているかわからないというのが実情だと思う。自動車のナンバー見たって、全部のナンバー表をお持ちになっているわけじゃありません。これは一回それ相当なところに照会しなければ、車の所有者もわからなければ運転者もわからない、こういうふうになりますと、実際同じような形で告知するという意味が私はないように思うんですね、ほとんど。まあほとんどと言ってもどのくらいになりますか、わかりませんけれども、かなりの数が相手がいないという場合が私は多かろうと思う。それならば、巡視員に対する告知のあり方というのは、すぐ書類を渡せるわけじゃない。むしろ、それこそこれはそこで相手に聞くわけにもいかないです。ただ、現実にそこに駐車違反の地域に駐車をしていたという、その事実だけでやるわけですね。そうなると、私はいろんな、おそらく全国で二千五百名ばかりの巡視員で、たとえば駐車時間のオーバーなんというのがありますわね。そういうようなものだって、現実には私は調べることはできないと思うんですよ。たまたま来て駐車違反の地域にとまっていたからということであって、そのほかにも、きのうも問題になりました、要するに青空駐車と言いますか、青空車庫なんかの問題も駐車違反の部類だと思いますよ。そういうものに対してだっても、これは実際上はたしてそれが駐車違反であるのかどうなのか、これだってわからないと思うんですね、現実に。そういうのはどうしますか。たとえば夜間なら八時間ですか、昼間なら十二時間でしょう。こういうのはその駐車違反の中には入らないわけですか。そういうのはほとんどできないだろうと思うんですが、どうですか。
○政府委員(久保卓也君) 夜間の問題は、これは主として警察官で担当させるほかしかたがあるまいと思います。これは夜間勤務をしておりますが、交通巡視員の場合には二十四時間勤務をさせる体制のものではございませんので、昼間、もしくはかりに夕方やるとすれば、時間差を設けて勤務させるということになりますので、あくまでも巡視員は警察官を補うという立場のものでありますから、困難なものは警察官が処理をするということになります。なお、違反駐車につきましての取り締まりは、これは警察官がやりましても困難であります。出頭通知を書きましても、現在のあり方ですと約五〇%くらいしか署に出て参りません。かりに出て参りましても、自分が運転していたんではないんだということで、なかなか信憑性がつかみにくいというようなことであります。特に現在私どもが試験的に実施をいたしておりまするかぎつきステッカーと申しまして、これくらいのビニール製のものに駐車違反のマークをつけまして、輪をつけまして、バックミラーの柱のところにくっつける。これは署に持ってこなければあかないようにかぎをかけるようになっておりますが、これをやってみますると、出頭率が九〇%前後に上がってまいりましたので、漸次この方法を普及させてまいりたいということを考えております。
○竹田四郎君 そうしますと、私は、その駐車違反に対しては交通巡視員がそれに対して告知をするなんという件はきわめてわずかしかない。渡せないですからね、本人に。あとの事務処理だけがたいへん交通巡視員に今度は逆にかかってしまう。今度はそれを本人には青切符は渡せないで、報告だけが本部長のほうにいくのだ。それから通告という形、そうすると、この本人に対して青切符を渡すという具体的な行為というのは、ほとんど仕事の内容として幾らもないんじゃないですか。どのくらいあることを予想していますか。
○政府委員(久保卓也君) 交通巡視員がどの程度できるかということでありますが、実は現在の警察官自身が、先ほど申し上げましたように、駐車違反の取り締まりが非常にむずかしい面がありますので、その点は巡視員もやはり同じ問題を持っております。ところで、現在のやりにくいやり方でやりまして、年間七十万件の駐車違反の取り締まりをやっております。交通巡視員で何件になりますか、ちょっと数字は忘れましたが、以前計算したことがございます。やはり私どもとしてはある程度の期待を当然持っておるわけであります。
○竹田四郎君 それですから私は交通巡視員を置くことに反対だというわけではありませんよ。駐停車の禁止について是正、あるいはそれについていろいろな反則金をかけていくための準備行動ですね、これをやることはいいですよ。ただ交通巡視員の告知をするという権限を与えても、実際告知はできないんじゃないか、その場所では。ただ報告をあげるということはできますよ。どういうナンバーのどういう車が駐車違反の地域にとまっていたということを報告をあげて、それによって通告をやるということはできるけれども、告知という仕事はそんなにできないんじゃないか、現実に。それならば交通巡視員に告知なんという権限を与えないで、むしろそれは報告をさせる。そして通告がいって反則金を納付する。そういうふうにしたほうが私はずっと効果的だと思うのですよ。だから、ほかの警察職員には与えてないような特別な権限、告知という権限を与えて、実際には与えたけれどもたいして実績はあがらない、こういうことになるんじゃないですか。だから、この交通巡視員に告知という権限を与えても、私は実際上あまり意味がないと思いますね。
○説明員(池田速雄君) 告知の点につきまして、御説明不足の点があろうと思いますので、つけ加えさせていただきたいと思いますが、告知は原則として現場でやるのが原則、まあ大部分はそうであろう、こういうふうに考えますけれども、駐停車違反等の場合に現場にいない、こういう場合も十分に先生お話しのとおり考えられるわけでございますが、その違反者が出頭してきた、こういうような場合になりますと、その段階で一応やるわけでございます。ただ報告だけあげますと、そのあとで通告ができるという性格のものじゃございませんで、告知をやりませんと、あとの本部長の通告というものはできない。こういうような法律のたてまえになっております。したがいまして、最後までいよいよその者がわからない、あるいは住所がわからない、こういう場合には、こういった告知、通告という制度を経ませんで、普通の刑事事件になる、こういうふうな規定になっています。したがいまして、現場でかりに運転者等がいないということで告知ができませんでも、その者がそこに通知書を張っておく、先ほど局長申し上げましたように、あるいはかぎつきのステッカーをつけておくというようなことで、それを見て出てまいりますと、やはり告知という行為が必要なわけでございます。今度の巡視員もそういった告知ができると、こういうことでございます。
○竹田四郎君 それじゃ、それがかぎをつけたり何かするということはいいのだが、紛失――なくなった場合においてどうするのですか。そういう意味で、私はむしろそんな一般警察職員にないような権限を与えて、いまの話は、来たときにまたそれをやるのだと、こういう話もあった。交通巡視員は全国でわずか二千五百人――将来何名にするか知りませんけれども、一般市民としては、駐車違反のところにかってに車をとめられているのはたまらぬ。そういう現実の土地で駐車違反を早く整理してほしいというのが一般の人の考え方だと思うのです。いまのお話だと、今度はその車が来て、そしてそこでまたわざわざ渡すという、これはあとの事務的な問題ですね。そういうことをやっている余裕というのは、私はあるはずないと思うのですよ。一番初めの警察庁の御要求は四千五百名だそうですけれども、私は四千五百名としたって、全部それだけの人でいまの都会におけるところの駐車違反が取り締まれるということはできないと思うのです。もちろん警察官もやるでしょうけれども、警察官だってなかなか消化し切れないと思う。わずかそこら辺の人を入れたところで私はできないと思う。その交通巡視員がそういうあとの事務的なことを、呼び出して調べて、そこでまたやるなんという、そういう余裕というものはほとんどないだろうと思うのですよ、仕事の上で。むしろそういうことをさせるよりも、私はより多くの駐車違反の車を現場で指示するなり何なり、さっき言ったようにチェックする、そのほうの仕事のほうがずっと大切だと思うのですね。巡視員を事務職員的に扱うということは、私は最もこれは使い方がへただと思うのです。ですから、いま各県警察本部でも内勤の警察官をなるべく外に回し、そして、内勤の警察官にはその他の巡視員等を充ててやっていくというような、警察官の不足を補うというような形での措置をとりつつあるところもあるわけです、あちらこちらで。今度わざわざ巡視員をつくって、制服を着させて、スクーターも持たせて、外勤――外でつとめられるような状況にしておきながら、またそういう事務手続をするということではならぬと思うのです。むしろそういうものは、権限を持っていない、ほかの交通巡視員でない者がむしろそういうものをやって、金額はあげないで、そして、それは本部長の通告という形で本人のところに行くと、こういうふうに私はむしろすべきだと思うのですね。だから、こういう権限を与えていくということになりますと、私は先ほども被服の問題で御質問したわけでありますが、おそらくいろいろな権限をこれからどんどんふやしていく、それで、婦人が多くなるであろうというお話ですが、婦人警察官と同じような形に変わっていってしまう。ですから、その意味では、私は告知の権限というのはむしろ渡せない。むしろそれについては報告をして、本部長から通告が行く、こういうふうにするのがむしろ至当だと、こういうふうに思うのですが、いかがですか。
○政府委員(久保卓也君) 実際の取り締まりといたしましては、運転者が車に乗っていない場合の駐車取り締まりの場合が多いかもしれません。しかしながら、現実の問題といたしましては、たとえばいまの法制のたてまえですと、荷物の積みおろしの場合には五分ないし十分はよろしい。それは駐車と認めないという事実上の運営がなされておりますが、そういった場合に、運転者はやはり残っておればだいじょうぶだというようなあり方で駐車の長時間化ということが行なわれております。また、たまたま運転者がいるのに、単に報告しかできないということも、せっかく巡視員という制度を設け、街頭に配置をするというたてまえからいってももったいない。あくまでも警察官ではないけれども、警察官の持っておる一部の権限を与えて警察官を補う。そしてまた、現在各県で一番問題になっておりまする駐車の違反を何とか整理したい、それに一歩でも近づきたいということでありますので、私どもはやはりこの交通巡視員が告知という分野で相当活動し得るところは多いのではないかというふうに期待している次第であります。
○竹田四郎君 これ以上議論するのも何かむだなような気がしてなりませんけれども、いま久保局長のお話でも、多くの駐車違反という事実をなるべくたくさんなくしていきたい、こういうことですが、いまの引例も私は非常に感心しない引例だと思いますね。荷物をおろすのが五分程度ならば、これは認めるといいながら――そんなものは幾らもないと思うのですよ。実際そんなものを交通巡視員の取り締まりの対象にしたら、ほんとうに小さな魚をとって、大きな大魚を逃がすというような、そういうふうにしか私はならぬと思うのです。しかし、もうこれはあまり議論していてもどうもしようがないようでございますから。私は、あまり意味のないことをおやりになっている。そうしてその中にどうも私は、ただ交通取り締まりという観点のみが非常に強い。ほんとうに交通を指導して、交通のルールを守っていくという、あるいは法規を守っていくというそうした姿勢というものが非常に少ない。これは私は非常に遺憾だと思うし、こういう形で幾ら取り締まりを強化しても、違反なり事故というものは私はなくなっていかないだろう、こういうふうに思わざるを得ないわけです。
 そこで、もう一つついでにお聞きしておきたいのですが、特に婦人が多く当たるというし、歩行者の指導とか、あるいは交差点等におけるところのいろいろな手信号によるところの指示というようなこともありまして、かなり場合によっては危険な仕事に当たるわけですね。おそらく、あるいは交差点の場所によっては有毒ガス等によるところの障害も受けられると思うのです。こういう人たちのそういう面は一体どういうふうに扱いますか。巡視員ですが、先ほど何か特殊手当をつけるということはお聞きしたのですが、そういう障害に対しては一体どういうことをなさるおつもりですか。
○政府委員(久保卓也君) その点は一般公務員と変わりません。あるいは警察官とも変わりませんで、公務災害補償という形で処理されると思います。私が手当と申し上げましたのは、一般職員と同じではありますけれども、単に事務所の中で事務をとっている人と、街頭に立って、ある程度危険に身をさらしている人との相違があってしかるべきではなかろうか。したがって、そういう意味の手当というものは別途考慮すべきである。その件についてはいま自治省と折衝しているということを申し上げたので、補償関係につきましては、公務災害補償と同じになると思います。
○竹田四郎君 これは要望ですけれども、婦人の方が多いというわけですね。でありますから、ひとつその点は、あまり交通渋滞が続いていたり、あるいは交通が非常にひんぱんな、空気の汚染されたような、そういうところにはあまり立たせていただきたくないわけですね。御婦人の方でもおそらくそう、ほんとうにお年寄りでは使いものにならぬでしょうから、かなり若い人をお使いになるだろうと思うのです。この点は特に婦人の健康という立場から、配置する場所というものを相当考慮をしていただかなければいけないと、こういうふうに思います。
 それから先ほど千葉委員の御質問の中で触れられていたと思いますが、今度の場合、酒気帯び運転は禁止される、あるいはそういうおそれのある者に対しての酒の提供は禁止される、しかしこれは罰則がない。一方、呼気検査について、これを拒否した者については罰則がある。私はこれは問題が逆じゃないだろうかと思うわけですね。最近繰り広げられました、酒を飲んだら運転しない、ハンドルをにぎったら酒を飲まない、あのスローガン、私は非常によかったと思うのです。そしてかなり一般としても車を運転してきた人には酒を出さないというような習慣が定着してきたことは非常に喜ばしいと思います。私はむしろ呼気検査を拒否したら処罰をするのじゃなくて、酒気を帯びた運転そのものが悪いのだ、それは処罰されるのだ、こういう考え方にむしろ進んでいっていいんではないか。この新しい法律でいきますと、〇・二五ミリグラムですか、これ以下ならば飲んでもいいのだ、禁止はされているけれども処罰は受けないのだ。これではどうも首尾一貫していないような気がする。呼気検査でもってそれを拒否する場合に罰則があるならば、むしろ私は酒気帯び運転も罰則を設けて、酒酔い運転、酒気帯び運転というものをなくして、ほんとうに交通事故というものを酒から解放していくという意味では、私はむしろそのほうが本筋ではないか、こう思いますが、どうして禁止規定は設けたけれども罰則はその二つについては設けなかったのか、むしろ逆のような気がします。どうです。
○政府委員(久保卓也君) まず酒気帯び運転については一般的に禁止をいたしておりますが、罰則はついておらないということでありますが、ここで問題になるのは酒気帯びというのは何であるかということであります。たとえば午前中にコップ一ぱいのビールを飲んで、午後何時かころになってそれが酒気帯びであるのかどうかという境目の判定が非常にむずかしい。したがいまして、精神的な問題といたしまして、酒を飲んだら運転するなということはきわめて妥当でありますけれども、立件、つまり検察庁に送る一つの基準として、酒気帯びとは何であるか、何らの基準なしに、酒気帯びであるからおまえは罰金だという言い方は、どうも法律上は非常に困難であるということで、何らかの限度を設けなければいけないということで、〇・二五になったわけでございます。そこで〇・二五は何であるかと申しますと、これは現場で容易に判定し得る限度であり、かつまたいろいろな科学的な検査をやってみますと、少なくとも七割くらいの人がいろいろな機能の障害を、本人は自覚しませんでも機能の障害を来たす程度である。したがいまして、〇・二五というものは一応最低の限度であると考えるべきではないか。なお外国の例の場合でも、これは飲酒運転の取り締まりの強化、罰則の強化という歴史をたどっておるように私は見受けまするけれども、それでもなおやはり日本のほうがまだきびしい。これは道路環境、社会環境、あるいは人間の能力、その他にもよってまいりましょうけれども、相当きびしい。〇・二五というのがやはり私どもの知っておるのは一カ国ありますけれども、そのほかはそれよりももう少し上、〇・四くらいのところもございますが、〇・二五というのは非常にきびしいということだと思います。それを一般に広げるのは、やはりどうも立法上困難なのではなかろうかという感じがするわけでございます。
 それからもう一点、飲酒運転をするおそれのある者に酒をすすめてはならないというものでありますが、これは現行法でまいりますると特別の規定がございませんので、刑法の共犯理論で、酒酔い運転をした者があった場合にそれに対してその事実を知りながら酒をすすめたということであれば共犯として罰を受けるわけでありますが、その点は今後も同じであります。ところで、運転するおそれのある者には酒を飲ましてはならないというのを、これは罰則をつけようとなりますと、なかなか法律上の構成要件できわめてむずかしい。非常に何といいますか、厳密な表現でないものについて罰則を適用しようとする事柄であるし、片側にはまた刑法の共犯の理論はまだ働いているということで、その辺が非常に立法技術上困難であったということで、一応少なくとも精神的な、あるいは教育的な意図を持った規定としては設ける。しかし、それをどういうふうに将来罰則との結び合わせを考えてみるか、これは法技術上の困難な問題もありましたものですから、こういう形に落ちついたということであります。
○竹田四郎君 どうもその辺あまり一般国民としてはすなおに私は受け入れてくれないだろうと思う。〇・二五ミリグラムならそれでいいという形には私はいかないのではなかろうか、かなりその辺では効果が疑われてくるのではないか、こういうふうに思うわけであります。
 では次に、定義のことを聞きたいのですが、徐行というのは一体どういうことなんですか。これはある人に聞きますと、たとえばアメリカのベースあたりで徐行という場合には、ギアをローギアに入れる、これが条件なんだ。そしていつでもとまれる。ところが日本の場合には、徐行というのはいつでもとまれる速度、こういうわけです。これもさっきの酒気帯び運転にちょっと似ているわけですが、一体何キロぐらいなら直ちにとまれるか、何キロならとまれないか、道路の構造にもよるでしょう。そういう点では非常に客観的な判断というものがなかなかできないだろうと思う。こういう点、もっと整備をされたらどうだろうかと私は思うわけですが、むしろはっきりと、これでもすべての条件で私はないと思いますけれども、徐行というのはローギアで走る。ローギアで走って、しかもいつでも停止できるというのが徐行なんだというふうにすれば一つの客観的な条件ができると思いますね。
 それからもう一つ、ことばの上で非常にあいまいだというのは、過労運転の禁止条項というのがありますね。一体過労というのはどういうことを意味するのですか。これもおそらく警察官のただ判断だけにまかされる事項だと思うのですね。そういうことでさっきの反則金でどんどんやられたのでは、これは過労なように見えても過労でない人もいるでしょうし、非常に表面だけは元気なようだけれども実際は神経が疲れておる、そういう定義が非常にあいまいだということ、しかもこの法律というのはある特殊の人だけが対象になっているのではなくて、現在の場合ではもう国民の中の五人に一人とか、七人に一人というような人が対象になっている法律なわけですね、道交法。それに対して、きわめてあいまいな、現場の警察官の判断だけでいろいろなことが行なわれるというようなあいまいな、定義がはっきりしていないような問題で、しかも告知され反則金までいただくと、こういうような形というのは好ましくないと思うのですが、もう少しそういう定義というものを私は明確にしていかないと、やはり交通取り締まりが公正ということにはならないと思うのです。そういうことばはほかにも私はあると思うのであります。その辺の過労運転なり、あるいは徐行というようなものをもっと私は明確にすべきだと思うのですが、いかがですか。
○政府委員(久保卓也君) お話の筋はよくわかるところでありまして、たとえば徐行の問題は私どもの一つの泣きどころであります。そこで、通常の定義といたしましては、おっしゃいましたようにいつでもとまり得る速度ということで、普通は十キロ程度というふうに言われておりまするが、しかし常に十キロとは限りませんで、その交通環境、道路環境によってもう少し上に上がってもよろしいということになります。そこで裁判例でも区々になっておるわけで、これをいまお話しのような、ローギアの場合に限るような規定のしかたも一つの案であろうと考えますが、いろいろな場合にこの徐行ということばが出てまいりますので、交通ルールの問題は大部分次の改正にゆだねておりますので、その際にひとつ検討してみたいと思います。
 それから過労運転の場合でありますが、これもやはり抽象的な表現で適当でないとも言えるわけでありますが、ただ、警察側で取り締まりをやります場合には、どう客観的に見ましても過労というような事例、たとえば徹夜で運転しておった、あるいは十何時間長距離の輸送に従事しておった、そういうような客観的に見て過労になっているに違いないという条件を踏まえたものを取り締まっておる。したがって、ボーダーラインのようなものにつきましては、この条文を適用しておらないような運用をしております。
○竹田四郎君 もしそういう形で十時間長距離運転に当たったとか、徹夜したあとの状態だとかという場合であるならば、何かそういう基準を設けるべきだと思いますね、あいまいなものについては取り調べをしないとここでは言っているけれども、しかし、そういう基準というのは現場の警察官の判断ですよ。徐行にいたしましても、徐行した、しないということについては、これは見解が違うと思いますね、ですから、そういうものを早い時期にやはり明確な基準をどこかに定めておく、そのことが必要だと思うわけですけれども、まあ、これも次の改正でお考えになることだろうと思いますから、あえてそれ以上申し上げません。
 それからいまの徐行に関連して、都市交通の規制の実施要項というのがありまして、大きな都市における裏通りの通学路は十キロくらいに速度を制限しようということで、各県警においてもその実情を調べて、できるところからさっそく実施したい、こういうふうにおっしゃっておりますけれども、時速十キロ程度に制限というのですが、実際問題として時速十キロということは、これはなかなか判断つかないと思います。私なんかも自動車の速度制限についていろいろ関係したこともありますけれども、県の公安委員会に行きますと、もう速度制限というのは三十キロが最低だ、もうそれ以下のものはしようがない、三十キロという制限だって実は意味がないんだと、だれも監視する人はいないわけですよ、何キロで走っているかということはわからないわけです。こういう裏通りというのは、おそらく通学路ということでありますし、子供が飛び出たり何かするところだと思いますがね。そういう意味でも時速十キロくらいにしていくというんですが、十キロにしても、ほんとうに十キロで走るのでなければ、なるほど十キロなんだけれども、実際は二十キロで走っている、あるいは三十キロで走っている。こういうことでは、かえって、このところは通学路であるから、これも十キロで走らなくちゃいけないというふうにしてありますから、歩く人は、自動車は十キロで走ってくると思っております。ところが実際は三十キロで走ってくる。そういうところにおそらくいろいろな事故が発生する私は原因があるだろうと思うのです。だから、これは警察庁のほうでおきめになるのか、各府県の公安委員会でおきめになるのかわかりませんが、こういうことを具体的に実施するとなったら、これは実施できますか、どうですか。
○政府委員(久保卓也君) 交通対策本部の決定で、裏通りについて十キロということが出ておりますが、必ずしも一律に十キロというわけではございません。したがいまして、私どもが各県に通達をいたしましたのは、部内でもいろいろ検討しまして、十キロという数字をあげることが実情に合うかどうか、若干自信がないものですから、裏通りで交通量の多いところで特別の施設のあるようなところ、そういったところについて徐行措置を講ずる、それが具体的に十キロが適当な場合は十キロ、二十キロ、三十キロといろいろな段階のところがあろうかと考えますので、一律に十キロというのは少し酷であるように私も思いました。したがいまして、道路環境、施設の環境、そういったことを考えて、徐行でいけるもの、それからキロ数をあらわしたほうが適当なもの、そういった区々の状況に応じた措置をとるようにという指示に改めました。
○竹田四郎君 指示はけっこうですよ、どういうふうに指示されようと。そのところの状態で私は別に十キロ以下にしろというわけでもなければ、二十キロ以下にしろというわけでもありません。そういうふうに指示した場合に、さっきも言ったように、おまわりさんが立っていれば確かに二十キロということで指示したら二十キロで走ると思います。そういうところには現実にはおまわりさんはそういないですよね。三十キロで走ろうが、四十キロで走ろうが、それはわからないのです。ですから、一体そういう指示をしたら、それをどう守っていくようにさせるかというその問題がなければ、指示はしてもしっ放し。実際の効果があるどころか、逆に、受けるほうでは、この道は二十キロだとか、十五キロの速さだと思っております。しかし、走って来る実際の車は三十キロだ。そういうことは実際にそれを守らせる措置というものがついて回らないと、むしろ私は危険じゃないか。だから、何キロに指示されるのもけっこうですよ、それは。その指示した実際の効果をどう考えておるのか、どうするつもりなのか。
○政府委員(久保卓也君) この点は言われるとおりでありまして、現在でも五十キロ、六十キロの制限でありましても必ずしも守っているとは申せません。そこで、私どもが再々申し上げるように、街頭に何とか警察官を出したいということであります。したがって、特に新しく規制を行なったような場合には、当分の間、警察官を出してそういった習慣をつけるということをやらせます。しかしながら、警察官がいなくなればまた元に戻るという可能性はありますけれども、これは当然、事の性質上やむを得ないので、機会を見ては警察官を外に出して、そういう習慣をつけていくということを繰り返し根気よくやっていくほかしかたがないのじゃないかというふうに思います。
○竹田四郎君 言っている御趣旨はよくわかるのです。しかし、現実問題として、都市近郊の裏道というのは、まあ住宅の中もあるでしょう。そういう都市近郊は、警察官を表に出すったって、警察官いないですよね。現在、派出所なんか都市近郊ではできております。派出所に警察官がいるなんということはまずないですよね。またその派出所自体もとにかく規定以上に少ない。そうなってみますと、こういうものを指示するのはけっこうですかね、現実には守っていけない。そこで、違反が堂々とまかり通る、こういう事態に私はなることをおそれるわけです。ですから、ひとつその点は何かくふうをひとつ考えていただかないといけない。まあそれよりも、私はそういう立場で取り締まるよりも、やっぱりこういうところでも、取り締まるよりも守られるようにしていくということが先行しないと、反則金を納めさせたり、あるいは罰金を取られるという、一億総前科者という、そういう形というのは必然的に出てくるのではないか、こういうふうに思うわけです。
 それから、今度はマイクロバスについて、先ほどもいろいろお話が出ましたけれども、通園通学のマイクロバスについては述べられております。何か病院に通うマイクロバスというのもあるそうですね。そういうものはこの対象外になるのですか。これも入れて考えるべきなんですか。これは数にしたらそんなにあるわけじゃないでしょうけれども、しかし、問題としては通園通学のマイクロバスとほぼ同じだと思うわけですけれども、病院に通うためのマイクロバス、これについて除いているのは一体どういうわけなんですか。
○政府委員(久保卓也君) マイクロバスとは限りませんが、通園通学のバスがある場合に、安全確認をし、徐行しなければならないと、こうしたわけでありますが、この場合の通園通学の中には、保育園のものも入ります。しかし、いまおっしゃった病院の点は考えられておりません。つまり、子供の保護という観点から、運輸省の保安基準の中で、通園通学のバスについて特別の表示をすることになりましたので、それに対応する措置をこの法律の中でとろうとしたわけでありまして、いまの問題について私どもまだ十分な必要性というものを感じておりませんでした。
○竹田四郎君 ただ感じていないということで、今後お直しになるつもりはないというわけなんですか。今度の改正には。そういうものの実態を調べて、病院に通う、これも病人の程度もありましょうし、あるいは手足の不自由な人もいるでしょうし、あるいは御老人もおられると思います。そういう意味で、私はそういうものも入れる必要があると思います。今後の改正の中で調査の上入れられる御意思があるのかどうか。
○政府委員(久保卓也君) 私ども実はその実態をよく存じておりませんでしたので、厚生省のほうともよく相談をしまして、必要性あれば将来の改正の中で検討したいと思います。
○竹田四郎君 次は自転車の問題ですが、確かに自転車が車道を走って、それによって事故が起きるということは、これは非常に多いですから、自転車をなるべく車道から除くということは私はけっこうで、賛成だと思います。それで、自転車は公安委員会の定めるところに従って歩道を通行することができるというふうになったわけです。ただ、今度は歩道に自転車を移して、なるほど自動車と自転車との事故というのは、これによって非常に避けられると思うんですが、今度は自転車と歩行者、特に私はそういう歩道、車道の区別のあるようなところにおいては、特に小さな子ですね、幼児、こういう子と自転車とがぶつかるという場合が非常に多いと思うのですね。だから、なるほど自転車と自動車のあれはいいけれども、今度は幼児と自転車との交通事故というものが起こるのではなかろうかと思います。それから、幼児のほうも、ここは歩道だからという考え方ですから、自転車なんかそんなにくるとは思っておらない。あるいはおかあさんに連れられて、小さな子というのは、おかあさんが荷物を持っていて、離れて一人よちよち歩く。四つか五つになれば歩道を走り回って行くだろうし、そういうことになりますと、どうも自転車と幼児との事故はどう防ぐか、この点お聞きしたい。
○政府委員(久保卓也君) 自転車の事故は全体の事故の中で、常に一二、三%を占めておりますので、何とか特に自転車の死亡事故を減らしたいと考えておるわけでありますが、その一環として今度の改正は役に立つと思っておりますが、ただ、お話のような事態がおそらくありまするけれども、そのおそれのあるような歩道について、自転車は通さないということであります。私どもがよく見ます地方の道路の中で、人の通行があまりなくて、しかも歩道が非常に広いというようなところがあります。現に今日でもこれは法律的な根拠はなくって、実際の指導上、歩道の上を自転車を通らしているところもあります。そういった実態を現実にこの法律の上で表現しようということでありまして、事実上のやり方としましては、たとえば広い歩道について、白線を引いて、その中で自転車を通らせるといったようなやり方もあろうかと考えます。いずれにしましても、人のある程度通るようなところにつきましてはあまり考えられない。非常に人の通行量の少ないところについて考える。しかも歩道の非常に広いところです。そういったようなところが相当数あるように、私は全国的に見ますと、あると考えております。
○委員長(山内一郎君) 速記とめて。
  〔速記中止〕
○委員長(山内一郎君) 速記つけて。
○竹田四郎君 確かにおっしゃることはよくわかりますけれども、何か自動車と自転車との事故を避けるために、今度はそれがほんとうに乳幼児のほうにしわ寄せがいくという感じがするわけですが、おそらくあまり人の通らないところということでありますけれども、人の通らないようなところに限って、今度は子供はおかあさんの手から離れるわけですよ、逆に。人がうんと混んでいるようなところは、むしろ迷うのじゃないかということで、おかあさんは手をしっかり握るわけです。あまり人の通らないところは子供はよけい走る。ですから私はその点で、はたしていまおっしゃったようなことで防げるかどうか、そんな気がしてならないわけですがね。これはひとつ十分検討していただきたいと思います。
 あとまだ若干ありますが、きょうはこれで一応終わります。
○委員長(山内一郎君) 本日はこれにて散会いたします。
   午後五時五分散会