第063回国会 文教委員会 第4号
昭和四十五年十月二十三日(金曜日)
   午前十時十一分開会
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   委員の異動
 十月二十二日
    辞任         補欠選任
     秋山 長造君     小野  明君
 十月二十三日
    辞任         補欠選任
     大松 博文君     近藤英一郎君
     土屋 義彦君     上田  稔君
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  出席者は左のとおり。
    委員長         楠  正俊君
    理 事
                田村 賢作君
                永野 鎮雄君
                杉原 一雄君
                安永 英雄君
   委 員
                上田  稔君
                近藤英一郎君
                小野  明君
                内田 善利君
                多田 省吾君
   国務大臣
       文 部 大 臣  坂田 道太君
   事務局側
       常任委員会専門
       員        渡辺  猛君
   説明員
       文部政務次官   西岡 武夫君
       文部省初等中等
       教育局長     宮地  茂君
       文部省大学学術
       局長       村山 松雄君
       文部省社会教育
       局長       今村 武俊君
       文部省体育局長  木田  宏君
       文化庁長官    今 日出海君
       文化庁次長    安達 健二君
       厚生省社会局老
       人福祉課長    永原 勘栄君
       通商産業省企業
       局次長      長橋  尚君
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  本日の会議に付した案件
○教育、文化及び学術に関する調査
 (教職員の給与に関する件)
 (映画に対する資金の助成等に関する件)
 (高齢者の教育に関する件)
 (教職員の懲戒処分に関する件)
 (国立大学の授業料に関する件)
 (医科大学等の設置に関する件)
 (義務教育における副教材費等の父兄負担に関
 する件)
 (放送大学に関する件)
 (日本学校安全会に関する件)
 (特殊教育学校に関する件)
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○委員長(楠正俊君) ただいまから文教委員会を開会いたします。
 委員の異動について報告いたします。
 昨二十二日、秋山長造君が委員を辞任され、その補欠として小野明君が選任されました。また、本日、大松博文君、土屋義彦君が委員を辞任され、その補欠として近藤英一郎君、上田稔君がそれぞれ選任されました。
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○委員長(楠正俊君) 教育、文化及び学術に関する調査を議題といたします。
 本件について質疑のある方は、順次御発言願います。
○安永英雄君 次官にお尋ねをいたしたいと思います。あなたは先月の二十九日に佐藤首相に会われまして、その話し合いの中で、長年懸案になっております、教職員の超過勤務問題について触れられて、そして本俸を平均八千円上げる、これによって解決をしたい、したがって特別な立法を十一月下旬から十二月に予定される臨時国会において政府提案として出したい、これについて佐藤首相も了解をした、さらにその話し合いの内容として、相当具体的に出ておるわけでありますが、この超過勤務問題を解決するために、教職員の給与のレベルを全体的に上げていく、そういった本俸かさ上げという問題で解決をしたい、こういう内容であります。さらにこの八千円、これはそのうちの四千円近くを一般の教職員の本俸アップ、残りが教務主任、学級主任、学科主任、こういった中間管理職手当あるいは研修手当に充てたい、しかもそのことによって労働基準法の三十七条を適用を除外する、こういった内容を話し合われたようでありますが、私としては、このまとまっておるという考え方については、これは教職員の給与の基本に触れる問題が二つあると思う。超勤の問題というものと、職務職階と、こういった問題、しかも間近に控えている臨時国会でこれを解決したい、しかも政府提案として出したい、こういうことでありますが、これの真意をお伺いしたい。
○説明員(西岡武夫君) お答えいたします。
 ただいま御指摘の、私が佐藤総理に会いまして、教員の待遇改善の問題について要望をしたという問題でございますが、一部の新聞にその内容が詳しく報道をされているわけでございます。それに基づいて、ただいま先生から御質問になったわけでございますが、実は私が総理にお目にかかりましたのは、現在、教育改革という大きな国家的な国民的な課題を控えている中で、中教審がいろいろな観点から、六・三・三・四の学校制度の改革をはじめとして、生涯教育という観点まで広い範囲にわたっての教育の改革についての御検討をいただいているわけでございます。その中でこれは私どもの考え方として、当面できる教育改革の方向は何であろうかということを考える場合に、やはり制度の改革もさることながら、いかにしてすぐれた人材を教育界に招致できるか、これがやはり当面する最大の課題であろう。そういう認識のもとに、教員の待遇改善と教員の養成制度の抜本的な改革、これがどうしても必要ではないか、そのことについて佐藤総理の十分なる御理解をいただきたいということを総理にお話に行ったわけでございます。したがいまして、具体的に新聞その他で報道をされておりますような具体的な案を総理に御説明を申し上げたということではなくて、基本的な教職員の待遇改善についての考え方を御説明をいたして、御理解をいただきたいということでお話をしたということでございます。ただ、新聞に報道されました中身につきましては、一部分かねて私自身が具体的な教員の待遇改善の案について考えております一部分について、かねて言っておりますことを総理と私が会ったことと結びつけた形で報道をされたということでありまして、具体的な内容を総理に説明をして、具体的にどの国会でどういう措置をとりたいという、そういう中身まではお話をしていない、これが実情でございます。
○安永英雄君 学制改革という問題を控えて、その中で、当然教職員の身分あるいは給与、こういったものが今後十分委員会なりあるいは国民の中に入ってこの問題は解決をさるべき性格のものであると思いますけれども、しかし当面の問題として、人材を集めるという意味で給与を高めていく、こういうことの理解ということですから、総理も理解されたということですから、この点について私は何も文句のないところで、当然なことをやられたと思う。ただ問題は、この新聞に出ている、しかもその中で一部次官の個人的な考え方だと、こう言われましたけれども、全く文部省内でこの超勤手当あるいは職務職階に関する問題等について検討はされていないのか、あるいは固まった案というふうには取らないでいいかどうか、この点についてお伺いしておきたい。
○説明員(西岡武夫君) お答えいたします。もちろん職階の問題、超勤処理に関する問題については、文部省といたしましては十分検討を続けているところでございます。ただ、具体的な成案をいまの時点で固まったものとして、確定をした案ということで御説明を申し上げるまでには至っていないということでございます。
○安永英雄君 それでは全く次官個人の考え方でも、教職員全般の給与という問題の一部を考え方として発表されたというふうにとってよろしいわけですね。
○説明員(西岡武夫君) お答えいたします。
 ただいま申し上げましたように、総理に私がお目にかかりましたときに、同時に新聞に発表されましたのは、あれをごらんいただきますと御理解いただけると思うのですが、いままで議論をされていたいろいろなものがすべて表に出てしまったという形で、それを一つの案のような形で発表されておりますけれども、いろいろな考え方がかみ合わされてああいう新聞発表になったわけでありまして、個々の問題についてはそれぞれの考え方がいろいろあって、それが一つのまとまった案としてという形では何もまとまってはいないわけですけれども、それが総理と私が会ったということと直接結びついたような形で一斉に報道をされてしまったということでありまして、いままでの超勤問題についての私の個人的な考え方も含めて、自民党の中でもいろいろな議論があった、そういったことが一緒になって、あたかも一つの成案のごとき形をとって報道をされた、そういうふうに御理解をいただきたいと思います。
○安永英雄君 どういうことか私にもちょっと理解できないんですが、整理してお尋ねしますと、新聞に報道されたこの内容というものは、文部省で固まった案でもなければ、自民党内で固まった案でもない、また西岡私案というもので総合的にまとまったものでもないということになりますと、結局西岡個人の給与全般についての一部の問題についての見解が出たというふうにとる以外にはないんですね。
○説明員(西岡武夫君) お答えいたします。
 もちろんそれも出ておりますけれども、御承知のとおり、いままで政府案として提案をされた超勤問題についての考え方、これの一部分も出ているわけでありまして、いろいろな考え方が出ているというふうに御理解をいただきたいと思うわけであります。
○安永英雄君 そうすると、質問のポイントもなかなかむずかしいのでありますけれども、しかし、あまりに新聞報道については具体的な点が多いわけです。それで具体的に聞いていかなければならないので、次官個人の考え方でけっこうです、まだまとまったものがないというんですから、けっこうですからお答え願いたいと思うのですが、現在この委員会でも明らかにされたのでありますけれども、もちろんこの幼稚園から大学までの学制改革の中で教員給与という問題についての問題はあるけれども、文部省自体としても、教職員の給与検討委員会ですか、はっきりした名前は聞いておりませんけれども、こういったもので実は実態調査も全国的に行なわれ、外国の調査も行なわれておる。それに基づいていよいよ総仕上げの時期に入ったということで、今後の教職員の給与はいかにあるべきかという大きな命題をかかえて、この給与検討委員会というものが発足するということは何回も聞いたわけです。もちろん私はそういった中でいま給与の基本に触れる超勤問題あるいは職務職階制の問題等が当然ここらあたりで検討されるべきじゃないか。あるいはまたこの検討の結果でこの委員会とか、あるいは当事者である公務員との間で話し合いが行なわれるとか、いろいろな方策が行なわれるだろうと思っておったわけですが、しかし、その一部とはいえ、ほんとうに何べんも言いますけれども、超勤の問題と職務職階制の問題という問題は、教職員の給与のこの基本に、柱になっておる問題ですから、言いかえますと、あなたは教職員の給与についてのいわば一部とは言われますけれども、大部について見解を出されたというふうに私はとらざるを得ないのであります。
 それからもう一つ具体的に出ておりますのは、次の臨時国会でとにかく政府提案として出したい、こういう明確な態度も表明されておる。これも一部かどうかしりませんけれども、そうされておると思いますが、私はまず疑問に思うのは、そういった基本に触れるような問題を、唐突とは申しませんけれども、次官のこれは一部の見解だという形でこういうなまなましい重要な問題を出されるというのは私は非常に不可解に思うわけでありますが、なぜそういうふうに先ばしられるのか。ここらあたりが私は非常に疑問に思うわけです。たとえばいま申した給与検討委員会の中でそういった問題を検討されるとか、あるいは中教審の答申が出て、それに基づいてこれはわれわれも一緒にこの問題について検討していくという重要な給与の柱の二つでありますから、なぜ急がれるのか。私は勘ぐれば、たとえばいままでのこの超勤問題についての議員提案等をめぐって行なわれた一連の動き等から考えて、どうもそこのところに、ただ総理に会われて教員の一般的な給与というものをぐっと上げるべきだというだけに了承を得たということにつけ加えて出されたということについて真意を伺いたい。
○説明員(西岡武夫君) お答えいたします。
 御指摘の、臨時国会の問題でございますが、これは御承知のとおり、来年度の予算の問題に、かりに超勤問題にしろ、待遇改善の問題にしろ、予算化をしてこれを具体的に措置をするということになりますと、来年度の予算の問題でございますので、当然政府提案として臨時国会に提案できる性質のものではないわけでございます。それと、臨時国会の性格から申しまして、もちろん私どもは超勤問題その他については早急に解決をしなければいけないというふうに考えておりますけれども、臨時国会に政府から提案をするという性質のものではない。したがいまして、臨時国会で処理をしたいということは、私は総理にはもちろん申しておりませんし、そういうことは文部省としては考えていないわけでございます。
 それと、私がなぜいまの時点で総理にこういう問題を話したかという御質問でございますが、教員の待遇改善の問題は、御指摘のとおりかなり時間をかけて、あるべき教職員の給与の水準というものをきめなければいけない。それにはいろいろなところからの御意見を承って国民的に納得される一つの姿というものをつくり出していかなければいけない。これは先生御指摘のとおり、それも慎重にある程度時間をかけてやっていかなければいけない問題であろうと思っております。ただ、その中でそういうあるべき給与水準というものを、給与体系というものができ上がるのにここ一年や二年かりにかかるといたしますと、それまでの間それでは何にもしないで文部当局としては超勤問題にいたしましても措置をしないのかという問題になるわけでございます。で、私どもはやはり当面の問題として超勤の問題については何らかの措置をしたい。それとあわせて、できることならば少しでも教職員の待遇改善へ足を踏み出していきたい。そのためにはやはりばく大な予算もかかる。そういう意味において、予算編成を目前に控える中で総理の十分な御理解をいただくという、そういうことを背景に文部省としても事務的に作業を進めていきたい。そういう考え方で私は総理にお目にかかったと、そういうふうに御理解をいただきたいと思うわけでございます。
○安永英雄君 だから、臨時国会ではこの問題については全く提案をする考え方はないということだけははっきりしたわけでありますが、それと急がれる理由というのをいろいろあげられたわけでありますけれども、私は、次官があまりに、やはりいままでの超勤問題についてのいきさつというものについて、何といいますか、行きがかりというものを非常に感じられているような感じがいたします。したがって教職員の給与の全般的な引き上げという問題については、これはもちろん賛成だし、同意見でありますけれども、超勤の問題が今日まで非常に解決ができないというのは、これが一般的に給与が上がるという問題と全く性質を異にした問題だから解決しないわけであります。したがって、私は、これは一部の意見と言われますから、次官に要望しておきますけれども、これはいままでの行きがかりというもので、そこだけ手をつけたのだけれども、いまだに文部省の考え方なりあるいは自民党の考え方が実現できない。これについてあせりを覚えるというふうな形で行きがかりでやっていかれると困るので、その点を慎重に運んでいただきたいと思います。
 きょうも労働省あるいは人事院のほうも出席願ったわけでありますけれども、都合があって出てこれないのでありますが、私の労働省あたりと接触した面では、特に三十七条を適用除外をして、そして本俸にかさ上げしていくというふうな解決方法については、労働省あたりはこれについては反対の意向を持っていると、私は見ている。各法律で、各省がそれぞれ超勤の問題について、労働基準法をねじ曲げるような特例をつくって、この適用除外をしていくという形になれば、労働基準法に基づく行政指導というのは全くできないようになるわけであります。これが、たとえば教職員に適用されたとした場合に、その与える影響は非常に大きいし、中小企業等も、現在のこの超勤手当をめぐる紛争という問題等についても、大きくこれは影響をしていくわけであります。これがひとつ適用除外を認めるという形になれば、労働省は労働問題について一切お手上げと、こういった状態になることは必至でありますから、その点もちろんいまの話では一部の次官のお考え方ということで、労働省なりそういった点と十分煮詰められて発表された問題ではないと思いますから、これも要望として労働省、関係省との打ち合わせというものも十分にされて、やはりこういった問題は発表されないと、私は軽率のそしりを免れないというふうに考えます。特に、まだ海のものとも山のものともつかないような次官の一部の考え方でありますから、臨時国会ではこれが出せないということでありますが、基本的には、やはり超勤の問題と職務職階制の問題は非常に重要な問題でありますから、私は一部参考までに申し上げておきたいと思います。
 その一つは、職務職階制という問題については、これは簡単に文部省のほうで取り上げていくべき問題でもないし、給与という問題、賃金という問題で職務職階制をまず考えていくという考えは現在のこの教育現場の混乱を大きく巻き起こすということを申し上げておきたいと思います。
 特に具体的にあなたの考え方として出ている教務主任、学級主任あるいは学科主任、こういったものを観念的に考えておられるかもしれませんけれども、現場の実態というものはどうなっておるかという問題もこれはよく検討されておかなければならぬと思います。どういう形でこういった主任がきめられてきておるのか、これあたりは法的に学校教育法その他の関係でこういう職種というものは全くあらわれていない。法的にもこれは非常に明確にされていない。給与法上でもこれは問題が出てくる。まあ次官の考え方は詳しく聞いていませんからわかりませんけれども、たとえば新聞等で考えました場合には、六学級あたりの学校あるいは二十学級あたりの学校、こういったところを比較してみましても、小さな学校は主任だらけですよ、全員が主任かもしれません。こういった問題が人事異動にも大きく影響していく、こういうことですから、現在の教育の経営全般についてこれが検討をしなければ結論が出ない問題であります。あるいは超勤の問題にいたしましても、三十七条だけを適用除外したところで簡単にいく問題じゃないし、また超勤の実態というものがはっきり教職員の場合あるわけですから、厳然として労働基準法の三十七条を適用するのが本筋である。こういったごまかし等でこの問題を解決するということは私は承服しかねますので、これは意見だけでありますが、私は申し上げておきたいと思います。次官のほうではっきりしたまとまった、固まった案でもないし、それから一部考えておった案だということですから、これ以上、案がありませんので、聞く内容もありませんが、ぜひひとつこの点については、先ほど私が要望申し上げた点について慎重に検討を願いたいというふうに考えます。
 給与問題については、時間がありませんから、以上で終わります。
 次に、文化庁関係でありますが、ごく最近までもそういった動きがありますけれども、現在、日本映画産業振興協会、もちろん仮称でありますが、こういった社団法人をつくって、これに対して国の助成措置を要求する動きがあります。で、その協会の設立の趣旨等を見てみますというと、現在あります日本映画輸出振興協会を中心にして、その協会をふくらましたような感じのする社団法人をつくって、そうしてそれに資金の調達、それからこれに対する助成措置、それから奨励金、興行褒奨金、映画館回修助成金、さらに製作資金貸し付けというものについても、現在の日本映画輸出振興協会の貸し付けの要領というものをさらに検討を加え、現行よりも低金利、返済期日も資金の回転率を考慮して二年程度とすると、このようなきわめて具体的な日本映画輸出振興協会をさらに大きくしたような社団法人をつくって、そうして国の助成を求めようとする動きが現在出ております。もちろんこの中心になっておりますのは映画会社の五社が中心になって動いておるというふうなことを私は聞いております。
 そこで、現在の日本映画輸出振興協会のこの現状というものについて通産省にお尋ねをいたしたいと思うのでありますが、現在の協会の加入状況、いわゆる現在の会員、こういったものはどうなっておりますか。
○説明員(長橋尚君) お答え申し上げます。
 映画輸出振興協会は昭和四十一年五月十日に設立されました社団法人でございまして、現在の会員は、東宝、東映、大映、日活、松竹及び石原プロダクションの六社でございます。
 この協会が設立されましたのは、昭和四十一年、当時の映画業界の非常な不況、それからまた、さらには外画輸入の自由化というふうな内外情勢の激変に対処いたしまして、国際市場性のある優秀映画の製作資金についての特別な融資措置を講ずることになったわけでございます。こういった特別措置の実施にあたりましては、業界共同の公益性の高い受け入れ体制というふうなものが必要である、かような趣旨にかんがみまして設立されたものでございます。
○安永英雄君 四十一年から四十五年、今日までの協会へ融資をされたその実態と、それからその返済状況、こういったものについて説明をしていただきたいと思います。
○説明員(長橋尚君) 輸出映画産業振興金融措置といたしましては、昭和四十一年度から昭和四十五年度上期末までの間に、合計六十六億三千八百万円が輸出適格映画の製作資金という形で興業銀行及び長期信用銀行からこの協会を通じまして会員の希望あるものに対しまして融資されております。その間におきます返済でございますが、これは期間三年の製作資金融資でございます。本年度上期末までの返済額は、合計五十四億一千八百万円でございまして、この九月末におきます未返済残高は、十二億二千一百万円でございます。対象になりました映画は、合計五十三本でございます。なお、この九月末の未返済残高十二億二千一百万円は、すべて返済期限未到来のものでございまして、返済につきましては的確に遅滞なく行なわれてまいっております。
○安永英雄君 今日までこの融資を受けてそうして映画の作品をつくっておるわけでありますけれども、その「目的」をあらためて私は読み上げてみたいと思うのですけれども、三条に、「本会は、優秀な日本映画の輸出の振興を図り、もってわが国映画産業の健全な発達を期するとともに、わが国の文化および国情の海外への紹介に寄与することを目的とする。」、こういったいわば崇高な目的を掲げて、そうして三年の期限がさらに延長されて明年度まででございますか、これが融資が次々に行なわれておるということでありますけれども、四十一年から今日までの融資を受けて映画を作成したその作品の内容を見てみますと、まあたくさんありますけれども、たとえば「大巨獣ガッパ」「大魔神逆襲」「ガメラ対ギャオス」「宇宙大怪獣」「神々の深き欲望」「怪談雪女郎」「怪談牡丹灯籠」「私が棄てた女」「濡れた二人」まだたくさんありますが、とにかくくだらぬ映画ばかりつくって、そうしてむしろ赤字を出しながら国の融資を受けて作品ができておる。中には融資を受けながらとうとう製作をしなかったという「奔流を行く男」こういったまぼろしの映画の事件もあっておる。大多数の作品を見てみますというと、この「目的」にあげておる「わが国の文化および国情の海外への紹介」といったり、「優秀な」映画、こういった目的に沿ったような作品はほとんどできていないというふうに私は考えます。まあ日本のいまの文化がエログロ文化とか、あるいは怪獣映画とかいう、そのものずばりが日本の文化、こういうふうに考えるならばこれは何をか言わむやでありますけれども、少なくとも日本の文化というものはこういった作品に象徴されるような文化ではないということを私は信じておりますが、通産省として、この輸出振興会に融資をするその効果といいますか、その目的を達したと思われますかどうですか。
○説明員(長橋尚君) これまでの融資対象映画の質につきましては、融資にあたりまして事前に通産省といたしましても審査委員の方々の御審査を願っているわけでございます。事前の審査でもございますし、それからまた審査基準といたしましての国際的市場性を有するものであるということ、また第二にすぐれた作品であるということ、それから第三に作品企画、撮影技術等に新味のあるものであること、製作費の適正、こういった基準に照らして御審査を願っているわけでございます。国際市場性の問題と、すぐれた日本映画であるということ、いろいろ風土、文化も違っております日本の作品の国際市場性というふうな問題につきまして、非常に判断のむずかしい点もございまして、御指摘のように必ずしも所期の目的でございます優秀日本映画の輸出振興というふうな点につきましては、十分な実績をあげ得ていないわけでございます。昭和四十四年度、ことしの三月末までの融資総額六十三億円に対しまして、残念なことに対象作品の輸出収入は四億円余りというふうな状況であることは事実でございます。そういうふうな意味合いからいたしまして、輸出映画産業の振興というふうな所期の目的にかんがみます場合、遺憾ながら必ずしも十分な成果をあげたとは言えないものと判断いたしております。かような点にもかんがみまして、この制度につきましては、本年度二十億円の原資追加処置が講ぜられたわけでありますが、これをもってもう原資の追加は打ち切りまして、審査基準の厳正化というふうな辺に意を用いつつ、この残されました原資の範囲内におきまして最大の効果をあげるべく努力をし、その上でこの措置を打ち切るべきものと、かように考えている次第でございます。
○安永英雄君 今日までの実績からいって効果があがっていないし、これについて残ったこの原資だけでそれ以降は打ち切るという態度ですから、私はその方針が正しいというふうに考えますが、問題はやはりそういった打ち切りの状態を察知しておりますから、五社あたりが中心にして、先ほど当社に申し上げましたような映画産業振興対策についての法人をつくってさらにこれを続けていこうという意図が私はありありと見えるような気がするわけですが、いまの輸出振興協会の問題についてははっきりいたしましたけれども、この産業振興協会の動きに対して今後どういうふうな通産省はお考えで進まれるのか、これをお伺いいたしたいと思います。
○説明員(長橋尚君) 御指摘の映画業界の要望事項につきましてはその趣旨を私どもも聞いているわけでございます。大きな根本のねらいといたしましては、日本において優秀な映画文化の根を絶やさないようにしたいというふうなことにあるように承知いたしております。御承知のように、内外情勢の急激な変化というふうな中におきまして、映画産業が非常に苦境にあることは事実でございます。それだけに映画産業あるいはまた映像文化につきましての将来のビジョンというふうなものにつきまして関係者一同十分に検討をし、コンセンサスをもちまして、その上で関係業界自体の自主努力をベースにした再建策というふうなものが考えられなければならないかと存じます。その場合には旧来の慣行にとらわれませんで、製作映画体制あるいはまた独立プロダクションの評価、あるいはまたブッキング制度、まあいろいろな従来の諸制度につきましてもこの際根本的に再検討いたしまして、経営の合理化、近代化のいくべき方向というふうなものを十分に見定めることが重要な前提ではなかろうか、かように考えております。
○安永英雄君 私、通産省の態度というのは正しいと思います。私はそうあるべきだと思う。しかし、その中でもやはり中心になって考えてもらわなければならぬのは、最近の映画界の実情から見まして、映画産業の振興、これをはかる場合に企業に対する経済的な助成で達成は決してできない、いまもおっしゃったけれども、やはり映画も商品として流通しておりますけれども、もともとやはり芸術家の創作行為によってこれがはっきりつくられておるわけでありますから、この根本認識を考えないで真の振興はない、こんなふうに私は思います。ここに重点を置いて今後のやはり映画の建て直し、こういったものを考えていかなければならぬのじゃないか、これは要望でありますが、最後に通産省にお願いをしたいと思います。
 通産省に対しては、以上で質問を終わりたいと思います。
 そこで、文化庁のほうに質問したいのでありますが、いま通産省の方針、態度というものはこの輸出振興会に対する融資を打ち切って、そして現在五社を中心にして産業振興協会なるものをつくって、そしてこれに対しての国の助成というものを求めておる。その内容を見てみますと、文化庁に対しても文部省に対してもこの助成奨励金等は具体的にこの定款の中でうたって要求をしておるという動きがあるわけであります。したがいまして、これはただ単に通産省の問題でなくて、文部省あるいは文化庁にもこの助成措置を要求しておりますが、この動きの確かにあることは事実であります。通産省ははっきりとこの融資を打ち切って、そして将来の映画界はどうあるべきか、映画産業はどうあるべきかという問題を根本的に検討して、そして結論を出していきたいというふうにいま表明があったわけでありますが、この産業振興に関する問題として、具体的に社団法人日本映画産業振興協会というものをつくって、そして融資を求めてくるというこの動きに対して、文化庁としてはどういうお考えをお持ちかお聞きしたいと思います。
○説明員(今日出海君) 私のほうは、映画企業というものを離れて、映画の企業はいまや最悪の状態にあるように見受けられますが、企業よりもそれに伴って低下していく映画の内容あるいは映画そのものの衰退ということには一方ならぬ関心を抱いております。ただここに、映画産業振興協会ですか、そのような動きは私のところにもたびたび来られて陳情を受けておりますけれども、まあここで陳情によって要求されておることは、私としてはこれを全面的に承認するよりは、いま仰せのごとく、映画界そのものが非常に不合理な進行を示しているので、根本的な対策というものを立てないでこの会だけで、この振興会だけを認めていくというわけには私はまいらないと思うのでありまして、まだそれにつきましては正式にはこの振興会と文化庁のほうでは相談をしたことはございませんです。これからどのようになりますかわかりませんが、しかし、ここで盛られているような助成金でありますとか補助金、融資であるとかというようなことは文化庁だけの一存ではまいらないし、またこの助成金問題でもいまの映画を救うとか、あるいは五社を救うという考えは全くございません。したがって、映画一般ということを考えますと、この振興会の考え方ではまだまだ不十分だという認識を持っている次第であります。
○安永英雄君 まあ大体通産省の考え方とよく似ていると思います。いわゆる将来の映画というものはどうあるべきか、その中における文化庁の立場というものも表明されましたけれども、しかし、私は関連しているような気がするんですけれども、文化庁が現在予算編成の中で国立の撮影所をつくりたいということでその調査費を要求してある、これは私ちょっと異様に感じるわけです。まずこの国立撮影所をつくるというその構想について文化庁の考え方をお聞きしたい。
○説明員(今日出海君) 国立撮影所というものの構想を考えましたのは、別に文化庁が映画の製作を全面的にやるという意味ではございません。これはひとつのスタジオをつくったらどうかという考えで、たとえば、いまイタリアのローマにチネチッタという大撮影所がございます。これはあらゆる映画の企画に対して、それをよろしいと認めた場合には撮影所を貸すというのでありまして、たとえば大体いまつくられている映画が実質二千万か二千五百万円ぐらいの程度かと思います。しかしその上に間接費というものがつくんです。それはなぜかと申しますと、いまの映画会社がそれぞれ撮影所を持っているあるいは撮影に要する器具並びに人員というものをかかえている、俳優などを加えまして大体千人くらいの人をかかえているんじゃないかと思います。そしてそれらの全費用を一本当たりの映画にこれを分けて加えております。これがいまの映画の実際の実費になっている。それが一本当たり八千万ないし一億円というような製作費というものになっております。したがって、実質的には二千万か二千五百万円のものが、八千万ないし一億という製作費になるということになりますと、映画館の数がもう半減もしておるし、映画見物の数字が約四分の一くらいに減っている現在、とても一億円を回収することはできない。八千万円の製作費を回収することはできない。つくるだけ赤字がふえていくという状況にあると、こういうのが現状でありまして、むだな大きな地面を、撮影所という土地を持ったり、設備を持ったりしていることがますます苦しいのではないか。こういうことから考えまして、一つの大きな撮影所を国が持って、これをあらゆる映画企業に門戸を開放したならば、今度は撮影所を持たない独立プロなどもできるんじゃないか、これを利用できるし、また撮影所を、五社もむだな金を必要としないんじゃないかというようにも考えます。しかしこれを実行するには、今度は映画界というものの体質を変えなきゃならない。それにはいまの日本の映画会社のあり方はアメリカ式でありまして、アメリカはやはり会社組織で撮影所を持っておる。ヨーロッパではそういうものを持っていない。全部俳優は俳優協会、監督は監督協会、キャメラマンはキャメラマン協会あるいは組合に属しておりまして、それをプロデューサーが、こんな映画をつくりたいというので金を借りてきて、これにはこういう監督がいいと言えば、その組合から監督を連れてくるというような組織と二つございますが、どうもこのヨーロッパ的なシステムというものを採用したほうが便利ではないか、簡単ではないかというような考えから、そういう組織に映画界全体が切りかえた暁には、この国立撮影所というものがより有意義に利用されるんじゃないか。こういうような考え方から、ひとつ国がそういう撮影所を持って貸したらどうかしら。これも一つの映画そのものを救済する意味での考えで、はたしてそういうことが現在の映画界に可能であるかどうか、あるいはそういうようなものができたらどのように公平に、どのように正しく、このいま衰弱の一途をたどっている映画そのものを救うことができるかということを考えまして、いまそういうような構想を立てたばかりでありまして、これについての私はもっと研究調査は必要かと思って調査費を加えたのであります。まだその域であります。
○安永英雄君 長官の、現在の調査費を要求して、国立撮影所をつくろうという構想について、具体的なものは一つもないわけでありますが、私はやはり調査費を請求するという形の場合には、もう少し具体的なものが出ないといけないのじゃないか。何かこうアドバルーンみたいな感じがしてならんのです。特に現在の映画製作について非常に混迷をしておる。それに短兵急に、この国の貸し撮影所をつくって、そうして、それの幾らかでも建て直りに協力をするというものの考え方は、私はむしろ映画の現在の沈滞しておる、そうして整理をしなきゃならぬ映画界の混乱を、さらに私は招くような気がする。やはり通産省が言っているように映画産業というのは将来どうあるべきか。そうして、映画の質というものは、文化庁としてはどう考えていくかという問題について、いまも長官がおっしゃったように、この映画作成のプロセスという中で、非常に問題点がたくさんあるわけです。たとえばいまおっしゃった撮影所の問題もありましょうし、配給ルートの問題もありましょうし、芸術性をどう生かしていくかという問題等もあって、もうかればいいというふうないまの風潮、そうしていまの映画会社が危機になっておる。それを経済的に、資金的にどう援助していくかという、それ一方で、この日本の映画の建て直しを考えた場合には、これはとうてい成功しない。文化庁らしい私は映画に関する考え方というのは、貸し撮影所というようなものをつくって、そうして現在の経済的な問題について協力をしようという立場はとるべきでないという私は考え方を持っておるのです。私は混乱を来たしていくむしろ現在の映画界というものについてどうあるべきかという、この文化庁の立場というものをはっきり打ち出して、その以降において具体的な問題について取り組みをしていくというのが順当じゃないか、それにこうアドバルーンをボーンと上げて撮影所、しかもこれは国のほうで撮影するんじゃなくて貸すんだということ、こういった考え方は捨てるべきじゃないか、ますます混乱をしていくいまの映画界から考えた場合にそういう気がします。むしろ先ほど言ったような産業振興の協会というふうなものをつくって、それに対する資金を盛って融資をしてくれ、あるいは助成をしてやってくれという肩がわりに、文化庁のほうがいまたくさんあいておる撮影所というものを買い上げて、そして急場しのぎに現在の映画界に力をかしてやろうというふうな態度しか見えない。私はこの点疑われてもいたしかたないような問題だと思う。もう少し、文化庁という形からいけば、たとえば国立劇場、こういった国民の文化というものと直接接触をし、そうして文化庁らしい国立劇場をつくって、国民文化の水準を上げていくと、こういった考え方ならば私はうなずけるんです。しかし、貸し事務所、貸し撮影所、こういった形でいま説明されたようなこの間接的ないろんな経費が要る、それをとにかく削減してやろうという考え方は、通産省的な考え方であるし、通産省もそれをとらない、これは私は疑われてもいたしかたない。やんややんやと協会をつくってこれに資金を入れてくれ、いやそれはとてもできない、しかし、そのかわりにこの撮影所の関係というものに困っておるならば、国のほうから金を出して買い上げて、そして貸してあげよう。こういう金の面の発想というものについて私は賛成できないんですけれども、この点についてはどうでしょうか。
○説明員(今日出海君) いま国立撮影所というものの構想が先に私は出てしまった。しかし、おそらくこれはアメリカを除くよその国も必ずこういう方向にいくのではないかという一つの見通しを持っておりますが、それは単なるいま経済的な問題の援助の幾分をこれで助けるというような意味合いよりは、私はこういうものを建てるためには、結局いまのさまざまな映画界の陋習、弊害というようなものを根本的に考え直さなければこういうものはやっても意味がないんでありまして、そういうものがまたやれるものでもないんで、そうなりますと、私はこの映画界の根本的な改革、改正、革命というものが必要なのではないか。その上でこのような措置もできるのではないかと思う。各映画会社の持っている撮影所を私のほうでは個別的に買い上げるとか、そんな意思は絶対ございません。やるんならば全く新しいところにこれを建てるべきであって、私はただイタリアのチネチッタというような国がこしらえた非常に組織の簡単で大きなものができている。こういうようなものが一つの先駆的な、模範的なものではないかというので、先般も次長がヨーロッパに行きましたついでに見てきてもらった。そのために非常にこの国立撮影所というようなもののプランが先に出てしまったんでありますが、しかし、それをやるためには、いま仰せのごとくさまざまな弊害、いままであった長い間の弊害というものを根本的にここでシステムから根本的に変えなければいけない。いまの考え方から言いますと、まあ映画界の苦しんでいるのはいま申したように間接費を一ぱいしょっていることと、それから直営の映画館を持って、どんなものでもいい、そこへ流しさえすればとにかく赤字でもあれ日銭が入るというシステム、あるいは系列館にもそのようなことがございます。こういうような安易な配給組織であるとか、それからむだな映画館をみな持っているということが半減以下になりましたけれども、しかしやはりそういうような配給のシステムというようなものも根本的に変えて、いまの五社が五人だけでしょっちゅう会って相談している、悪く申しますとなれ合い的な相談というものが、こういうような振興会という私たちから見れば非常にいい映画をつくるということを看板にしておりますけれども、また悪い映画もつくる可能性というものも十分持っている、こういうことを内在しているシステムで、国が撮影所をつくる、むだな費用の省ける撮影所をつくるというような考えは私のほうにはないのでありまして、前提条件としてこういう根本的な改革が必要じゃないか、五社に限らず。もう五社も独立プロも同じような状態になるというような状況で、いいものをつくるというときには、なるべくなら冗費を省くような道を国がとったらどうか、こういうわけでありまして、そんな建物を建てて、いまの五社なりなんかの幾分の救済をするとか、あるいは通産省が打ち切った補助金に対して、それの埋め合わせをするなんという考えは私は毛頭ない。私はやはり映画を救うということは、映画企業でなくて、映画を救いたいという中には、この内容というものを、いかにして映画の芸術性、しかも日本はグランプリをたびたびとった腕前がある、水準を抜いている作品をつくれるのに、ああいう低俗無比な映画ができるということに対して、私は非常に心痛しております。その点は私は決してそのような会社側に妥協とか、あるいは通産省の肩がわりなんという意思は毛頭ございません。
○安永英雄君 もう時間もございませんからこれ以上質問いたしませんけれども、最後に要望をいたしておきますが、いま長官がおっしゃったことと全く私も同感なんです。また長官も正直にというか、多少国立撮影所についてはちょっとそれが先ばしった、こういうお話もありましたけれども、私はやはり文化庁としても将来の映画がどうあるべきかという基本的な問題をはっきり打ち立てられて、そうしてその中における撮影所というものはどういうふうになきゃならぬかという道順を十分踏んでいただきたいということを要望いたしまして、質問を終わります。
○説明貴(安達健二君) ちょっとだけ事務的なことを補足さしていただきたいと思いますが、来年度予算に要求いたしておりますのは、優秀映画促進方策の調査ということでございまして、広い視野から、いかにしたならば優秀映画ができるかという方策を調査するための調査会の設置と、諸外国の状況調査、その中でスタジオの問題も検討するという内容になっておりますので、それだけつけ加えさしていただきたいと思います。
○杉原一雄君 きょう私は質問して、問題の本質を明らかにしておきたいと思うことは、実は九月二十二日でございますか、社会教育審議会が中間発表として出された「急激な社会構造の変化に対処する社会教育のあり方について」と、この中間発表の中における生涯教育、なかんずくその焦点になっております高齢者の教育の問題についてお伺いしたいのであります。
 しかしながら高齢者の問題、いわゆる老人問題の一面の所管は厚生省でありますので、両省を通じて問題の本質等を明らかにしていただきたいと思います。
 九月の十五日は御承知のとおり敬老の日でございました。国民がその日に、いままでにない敬老という問題、老人という問題、いわゆる老人問題とは何か、このことを私は真剣に考え込んだと思います。またマスコミ等も焦点をそこにしぼって各社ともいろいろなデータを明らかにし、社説をもってこれに対処してきたことは、傾向としてきわめて好ましいことでありますが、ただ問題は、いわゆる老人問題というのは、いまや押しも返しもできないような重要な段階に直面していることだと思います。
 私の県で最近二つの事件がありました。一つは、この九月の十五日、新聞が明らかにしたことでありますし、私もまた九月二十一日に現地を調査いたしまして、不幸にしてその御老人に会う機会を失したのでありますけれども、七十七歳の御老体が四反のたんぼを守り、一軒のうちを守り、息子やそうした近親者と離れてただ一人日暮しをしている。そういう生活が、過疎化の中で暮している老人の実態が明らかにされました。御年七十七歳であります。このことを詳細に述べる必要はありませんけれども、この老人にとってみれば、いわゆる都会のまん中に起こった現象ではない。過疎化のあの臨時措置法の適用を受けている村の、山の片隅に起こったできごとであります。この方がことしから来年、来年から再来年、どういう形で最後の人生を全うされるかと思うと、私も人ごとでないようなきわめて不安とある種のさみしさを実は感ずるわけです。
 ところが、その後十月の四日であったと思いますが、私の生まれた新湊という市でこういう事件が起こりました。これは七十一歳の御老人でありますが、白骨になって、かぎをかげながら家の中で死んでいたという事実があります。床の間にはお正月の床飾りがそのままされております。すでにおわかりのように息子その他とは離れ離れの生活をしているわけです。息子もおとうさんの習性も知っている関係上、玄関まで来たけれども、内かぎがかかっていたのであけないで、おとうさんは達者だからだいじょうぶだろう、どっかよそへ行かれたんだろう、このようなことでついに九カ月間この御老体が死んだまま放棄されていた。こういう事実が報道されたわけです。これもまた私も自分の故郷でもあり、身の切られるような実は思いをいたしました。これはある新聞紙が紹介をしてくれたわけですが、東京の文京延寿会の会長の大江潔さんは七十五歳でありますが、この方は老人の立場から老人の現状を老人白書、まあ白書ということばにあたるかどうか知りませんけれども、大江さんが自分の環境、自分の周囲の人たちから類推していろいろな分析を試みております。たとえば六十五歳以上の人口が七百五十万だと、これは厚生省にも異論があると思いますけれども、そういう中で老人の今日の状態を分析して自主、自治、自活できる老人が二百五十万、それから半従属老人が百七十五万、従属老人――あまり好ましい表現ではありませんが、これが百七十五万人。死待ち、死を待たれる老人が百五十万人、こういう分類をしております。しかも、そうした分類に立って大江さんはこのように言うのであります。いまの老人は子供に扶養されることを当然のこととして、今日まで全力、全財産を子供の教育にささげてきた。それに老後のために多少の貯蓄が可能だったはずの人も、実は戦争で全財産を失ってしまい、いまだに立ち上がれない人が多い。ところが経済が復興した今日においても、老人福祉は枯れ木に水をやるようなことだと政治家は考えている。となれば激しい競争に生き残れない老人は、子や孫の足手まといにならないように早くこの世を去りたいと思うのが当然でしょう、こう言っているわけであります。
 先ほど私があげた二つの例は、あるいはこの大江老人の分析に該当するところが多分にあると思うのであります。そこでこれは具体の問題から入ったのでありますが、こうしたことで厚生行政の側からいわゆる老人問題というのはどのように理解しておいでになるのか。そうしてそれはただいま大江老人の分析したような分析とおのずから違いますし、皆さんが行政的立場からそれこそ科学的なデータに基づいて分析をされていると思いますから、老人問題の今日的な状況、これを厚生行政の立場からどうとらえておいでになるか、それをまず一点お伺いしておきたいと思います。
○説明員(永原勘栄君) それでは最近の老人問題の背景につきまして、二点ばかり御説明しておきたいと思います。いま先生から御質問になりましたように、かつての老人は家庭の中で包まれて生活をしてきた。それが戦後非常に変わったという点が一つございます。そういうような意味からいま白書等で問題になったように、一人暮らしの孤独な老人というものが相当発生したということが一つございます。
 それからもう一つは、老人人口が今後急激な増高を遂げるということでございまして、現在は先進諸国の中でも全国民の中に占める老人比率は低い国でございますけれども、非常に早いテンポでもうあと四十年たたないうちに世界一の老齢人口国になるという問題がございまして、老人問題がクローズアップされたわけでございます。
 そういう点にかんがみまして、厚生省側といたしまして老人対策にいろいろな措置をしておりますけれども、一番最初の問題はやはり所得の保障でございまして、国民年金それから厚生年金によって皆保険制度が確立されていくことが第一点。
 それから第二点は疾病対策でございますけれども、現在抜本改正の中に老人のために新しい医療保険制度をつくりたいという案が、いま社会保障制度審議会と社会保険審議会で御審議をいただいておりますけれども、その内容は外来の場合は十割でございまして、入院の場合は七割給付案でございます。
 その次は、いま先生から御質問を受けましたように、たとえば寝たきり老人でございます、約四十万人。一人暮らし老人が約六十五万人。六十五万人の一人暮らしの老人の中には家族と全く断絶をして、死亡しても何日も発見されないというような老人が三割くらいおるわけでございまして、六十五万人の中の約三割は子供と全く断絶をした生活をしておるというような実態にございます。そういうような方々のためには、やはり今後老人ホームを相当整備していかなければなりませんが、現在老人ホームは全国に約一千カ所、七万人の収容力を持っております。これは世界的な水準に比べますと非常にまだ劣っております。劣っておりますけれども、日本の老人の家族との関係を見ますと、日本は八〇%まだ子供と同居しているという状態でございますけれども、アメリカが同居しているのが二八%、それからデンマークが二〇%、イギリスが四〇%というふうに諸外国では非常に別居がケースとしては多いわけでございますけれども、日本の場合はまだ家族の中に老人が扶養されているという形が非常に多くの型をとっておりますけれども、さっき言いましたように、扶養意識も弱まっておりますので、やはりこれからは年金を早急に整備をするというのがポイントになっているような状況でございます。
 以上で概括的な説明を終わらしていただきます。
○杉原一雄君 それでは現状、大ざっぱなことはわかりましたが、要するに何がそうさせたかという、その何がの問題ですね、それをどういうふうに分析しておいでになるか、それをお聞きします。
○説明員(永原勘栄君) 最初に申し上げましたように、家族の中で老人が扶養されているタイプがくずれてきたということは、家の制度もございますし、それから御承知のように、昔は交通機関に乗りましても老人に席を譲るというようなことが普通行なわれた社会があったわけですけれども、最近は老人が車に乗りましても若い者は席を譲らないというような一つの事例を見ましても、老人といいますか、社会道徳そのものも問題がございますけれども、老人を大切にしなくなった社会がいわゆるばば抜き思想につながってきているということが一つあろうと思います。
 それから第二の、老齢人口が急激に増加をするという形は、とりもなおさず、日本の出生率が非常に低下をしてきたと、急激に低下をしてまいりまして、かつては非常に出産率を誇った日本でございますけれども、戦後急激に出生率が減り、それから乳児の死亡率が減少してきております。昔はいわゆる急性肺炎で死亡する子供が多かったのでございますけれども、最近は新薬ができまして、乳児の死亡率が急激に減ってきている。そういうふうなこともございまして、老齢人口が急激にふえていくという一つのそういうところに背景があると私たちは理解しております。
○杉原一雄君 原因の究明と現状分析と、そして対策というものがいま課長のほうで込みになって話をしたわけですけれども、私もどう押えていけばいいのか、これから論理の展開が非常に困っているんですが、だからいま老人問題というものの現状をまあきわめて常識的におっしゃった、そのことを私は否定しない、するわけもないわけでありますが、しかしもっと突っ込んで、そういうふうな状況を生んだ、あるいは今日の家族制度というよりも、家の生活といいますか、そうしたものがそうした形になってきた理由、あるいは老人に車の中で席など譲るような情勢が、美しい光景がだんだん少なくなってきたこと、これは文部大臣にも、教育の問題にも関連してきますが、厚生サイドからひとつ見解なり要望があれば聞いておきたいと思いますから申し上げておるわけですがね。もう一つは、これはあなた方今日の政権を担当する側からいえば誇りでもあろうと思いますが、老人の人口が非常にふえたということについて、これも人口がふえたとおっしゃっただけであって、なぜふえたかとはおっしゃっていないわけです。そういう問題はやはり突き詰めていかないと、核家族の問題にも、いわゆる老人問題というのは貧乏なり、それから孤独の問題であり、かつまた健康管理の問題になりますから、保障といえばもうすでに一般通念として集約されていることは、老人の最大の敵は貧乏だ、それから健康不安の問題だ、もう一つはきわめて孤独な状態にある、この三つが最大の敵だといわれているわけですが、そのように分離をしていけば問題は整理されると思いますけれども、いまちょっと申しましたように、結局人口がふえた、老人人口がふえたというのはなぜかといったようなことを繰り返しませんけれども、文部省の答弁はあとでまとめていただきますから、いま厚生省から遠慮会釈なく分析と要望と対策があったらもう少し突っ込んでお願いします。
○説明員(永原勘栄君) 私のことばがちょっと足りませんので御理解いただけなかったかと思いますが、老人人口の増加というものはどこに原因があるかということでございますが、これは御承知のように、戦前、特にベビー・ブームのときは、世界一の出産率を誇るということをいわれた、非常に子供を多く生んだ時代がございますけれども、急激に出生率が落ちてきた。したがって若い層が減って老人人口がふえるということになります。それからもう一つは、平均寿命が非常に長くなったということでございます。御承知のように、戦後は平均寿命が五十歳でございましたけれども、もう現在、男は六十九歳、女は七十四歳というくらい、非常に平均寿命が延びてきた。それから乳児の死亡率が非常に減ってきた。そういうような三つのものが重なりまして老齢化が早まっておるということでございます。
 それからもう一つ、先生から要望があればというお尋ねでございましたけれども、実は敬老週間中に、豊かな老後のための国民会議が東京で開催をされたわけでございます。その際に、非常に問題になりましたのは、やはり社会教育が国民会議で問題になったのでございます。七つの分科会共通に出ましたのは社会教育の問題でございまして、現在の社会は老人に非常に冷たくなっておる。その冷たくなっておる背景には、いろいろな教育の問題もあるというような御指摘でございまして、宣言の中にも特に教育の問題は大事だということが実は入っております。入っておりますけれども、その宣言の中の特に社会教育の関係といたしましては、若い層が老後の生活というものを理解できる社会教育を徹底してほしいということが第一点でございます。それから第二点は、世代間の断絶を密接にするような教育の場がほしいということでございまして、特にこれは若い層にも要望された点でございますけれども、老人層にも、老人だけがクラブをつくって孤立をしないで、婦人層、それから青年層ともお互いに交流する場を老人自身が持つべきだ。そうして老人は家庭の中、地域の中、それから職場の中で役割りを持って、特にこれから職場の中で知識と経験を持ってエネルギーを社会に活用する、そういう方向で老人は生活をしていくべきだというような意見が実は出たわけでございまして、私たちも老人クラブのいろいろな会合に出ますと、老人たちが一番嘆くことは、いまの社会に非常に不満を持っておるということでございまして、非常に老人に冷たいということでございます。ヨーロッパ諸国では、非常に個人主義といわれますけれども、老人を大切にする国でございまして、生活にはあまり干渉しないけれども、社会で老人を包む態度というものは、非常に私は先進諸国のほうがりっぱではないか、特に私、まあフランスで見た例でございますけれども、老人たちに対して若い層が席を譲る光景が非常にスムーズに行なわれておりまして、そういう点、私ももう一度日本に見たいなというようなことで実は帰ってきたような状況でございます。以上でございます。
○杉原一雄君 十五日が敬老の日でございますから、その前の九月の十四日に一応中央社会福祉審議会老人福祉専門分科会から老人問題に関する総合的諸施策についてという答申が議案として明らかにされているわけですね。これはまあ来年五月本答申が出る、このように書いてあるが、私、その辺のいきさつはわかりませんけれども、その中間の答申についていろいろ批判が出てきておるわけですが、先ほどの答弁の中でありますような年金の問題とか、あるいは健康管理の問題とか、まあいろいろあるわけですね。そういう中である新聞がこういう提起をしていることを私非常にうなずけるのですが、アメリカ等で国立保健研究所があって、ここが中心になって二十から百三歳まで、六百人の男女を登録して毎月心身の機能を測定して、いかにして老化現象が進行していくかというその老化のメカニズムをずっと追及している。結論としては医学的にもいろいろな角度からその老化の進行をおくらせる、そういう方向を研究所で確立する、こういったような作業が行なわれていることは、専門の厚生省は十分御承知だと思いますが、そういったようなことについて若干の行政的配慮が今日まで行なわれて来たか、いやいま行なわれようとしているのか、その辺のところを、もしあれば御披露いただきたいと思います。
○説明員(永原勘栄君) 行政の内部の検討の段階といたしましては、やはり健康な老人、元気な老人というものをつくるには若いときから一貫した健康管理体制のもとに行なわれるという配慮は厚生省側としても十分持っておりましたけれども、まだ一貫して関係方面とプロジェクトを組んでそこまで作業を進めるという段階まで至っておりません。
 ただし、審議会のいま御答申の内容にございましたように、将来は、いま先生が御質問されたような総合的な研究機関というものを今後つくるべきだというような御意向が、審議会から厚生省側にこれがいただける段階になろうかと思います。
○杉原一雄君 そこで、お年寄りがひとりさみしく死んでいくという現象が、先ほど二つの例をあげたけれども、これは全国的なきわめて最近の傾向として非常に憂うべき現象であろうというふうに、私たちもその年齢に近づいているからよけい心配するわけですが、ここで、そうした傾向の中でいろいろな角度からいろいろな提案が出ておるわけですが、私はより積極的な提案として出てきているのは、結局、後ほど文部省の回答の中でも明らかにされると思いますが、生きがいのある老人生活、高齢者の生活ということになると、いろいろ文部省サイドの考え方もあるわけですが、厚生省ではいま申し上げた年金を、手当てを厚くする、つまり地獄のさたも金次第だ、金さえあれば問題はある程度、半分以上解決するんじゃないかと、なるほどその点はある程度解決するでしょう。しかし、そうでない部面が、いま社会教育に対する要望等も出たわけですが、積極的な提案が行なわれたことの一つの中で、この定年制の問題が出てきているわけですね。
 これは厚生省にお伺いするのもどうかと思うけれども、あまりにも各省に多岐にわたることは失礼だと思ったので、あえて厚生省の見解を伺うわけですが、現在、定年制は、ぼくの友人あたりは五十五歳で民間会社はみなどんぴしゃりやめさせられているわけですね。一番ひどいのは高級官僚の方々でしょう。次官くらいになるとすぐ首になって、二年、三年続く次官というものはおらないわけですからね。そこで後ほど、変なことになるわけですが、しかしそのことは例外中の例外ですけれども、民間等は五十五歳でどんぴしゃりなんですね。ここらあたりのところに、平均寿命が延びて老人人口がふえたということをおっしゃったけれども、より積極的な老人の労働力といいますか、これは資本家サイドになりますけれども、しかし、いま労働力の不足等もありますし、有効適切にこれを活用し、それは働くことによって生きがいを今日まで感じて来たし、今後も感じ、あえて年金のおせわにならなくても自活のできる体制がととのえられればその生活そのものの中に生きがいをみずから発見できるわけですから、この定年制の問題について、厚生省では高齢者問題の一環としてどのような討論をされ、現在どのような結論に到達しているか。課長独自の判断でもいいですから、若干お聞きしたいと思うんですが、いかがでしょうか。
○説明員(永原勘栄君) いま先生の御質問になりました定年制の問題は、実は専門分科会提案がありましたし、それから国民会議でも出ましたけれども、この両者の御意見がほぼ一致しておりまして、現在の五十五歳ないし五十七歳定年を六十歳まで延長するのがいまの段階では正しいのではないか、適当ではないだろうか。そうして六十五歳までは、さらに再就職を老人もすべきではないだろうか。六十五歳くらいまではやはり職を持って活動すべきなんだ、それから六十五歳以降はやはり社会なり自分の経験をいかして生きがいを中心にした就労というものを社会が受け入れる体制をつくるべきだというような審議会の答申あるいは国民会議の意見の大要でございまして、大臣もこの意向を受けまして、また、労働省側もこの意向を体しまして、いま企業家ともこういう方向で定年制につい話し合いが進められているというような段階でございます。
○杉原一雄君 最後の生きがい就労の問題ですが、いままで若干何かしてこられたわけでしょう、それはどういうことなんでしょうか。
○説明員(永原勘栄君) いま六十五歳ぐらいまでは、どちらかというと就労中心に、賃金が中心になりますけれども、六十五歳過ぎますと賃金よりもむしろ生きがい、それから健康管理という面で、働いたほうがよろしいという就労がございますので、これは厚生省側で担当いたしております。したがいまして、現在二十一カ所老人のための就労あっせん所をつくっておりますけれども、来年は各県に一カ所程度はそういうあっせん所をつくってまいりたい。それから職場につきましても、最近老人向けの職場が開拓されまして、むしろ求人側が多い、老人をほしいという求人側のほうが多いような状況でございますので、今後は厚生省側として、人口十万以上の都市についてそういうようなあっせん所をこれからつくってまいりたい、また労働省側とも話し合いまして職場の中に、いわゆる高齢者向けの職場というものをこれから開拓をしてまいりたい。また労働省側でも老人のための再訓練を実は計画をしているように私たち承っております。
○杉原一雄君 厚生省に最後に。大体私は電車にできるだけ乗るくせをつけておりますが、ゆうべちょっと私一緒になった人に全日自労の人が二人おりまして、お年寄りの男の方と女の方で、実はこういうことで質問をするのだと話すと、ぜひ頼みますという話でしたけれども、それは所管が違うでしょう、おそらく失対の問題は。しかしこの失対に出ている人というのは大体いま六十を過ぎた人が非常に多いのでありまして、ことさらに新しい角度から政策を立案しなくても失対のいままでの状態をより保障し、より評価していっていただければあの皆さんたちがやはり働きに生きがいを求めて私はがんばってくれると思います。きのう、きょうあたりの新聞なんかで見ると、ちらほら打ち切るのだというような話が出ているのですけれども、それはおたくの所管ではないけれども、できれば相談にはあずかっておられると思いますから、その場合にやはり老人の福祉の立場で厚生省が一ふんばりしてもらいたいという希望を申し述べておきます。答えは要りません。
 次に、いままで申し上げたようなやりとりの中でおわかりのように、いまなおかついわゆる老人問題の本質を突いたとは思っておりません。ただ大体のことは私も理解したし、お聞きの大臣も御理解いただけたかと思いますし、すでに御承知のことだと思います。そこで先ほど冒頭に申したようなことで、九月の二十二日の社会教育審議会が膨大な答申案を実は出してきております。この中で、生涯教育という観点に立っていわゆる高齢者教育の問題が答申されているわけです。そこでいま厚生省の側で当然厚生行政の観点からいわゆる老人問題に対する現状分析と、それに対する原因の究明と対策という形で行なわれたと思います。それをお聞きになって文部省では文教行政の側から見て、いま厚生省が言われたことについて補完し、まだまだおれらはそういう考え方は甘い、もっと鋭い分析を実はしているので、原因はこうなんだ、老人問題とはこういうことなんだというような、いわゆる問題に入る前の前段のところのことについて見解なり補強していただけることがあれば一応最初にお伺いしておきたいと思います。いかがでしょうか。
○説明員(今村武俊君) 老人問題が病気の問題、貧乏の問題あるいは孤独の問題という大きな三つの問題点を御指摘になりましたが、老人が人間として生きていく場合に、病気の問題あるいは貧乏の問題等については他の省で所管しておられますが、社会教育の面では心の面ということに着眼をいたしまして高齢者に対する社会教育を進展していかなければならないということでございます。社会教育審議会の中間報告の要旨を一言にして申しますと、そういうことだと思います。
○杉原一雄君 いま厚生省から若干注文があったことについてその辺のところをお答えいただけませんか。おわかりでしょうね。
○説明員(今村武俊君) 厚生省のほうから社会教育に関する要望として三つの問題が指摘されました。第一は老後に対する理解の問題、第二番目が世代の断絶を埋めていくための方策を考えるという問題、それから第三が老人のエネルギーを社会へ放出していくといいますか、社会の中で老人が貢献をしていくという問題、こういうことでございまして、その三つについて社会教育審議会のほうではそれぞれに触れておるわけでございますが、第一の問題については、社会の老人に対するあたたかい思いやりと行き届いた援助が特に望まれるということで問題点の指摘がございます。
 断絶をなくするという問題におきましては、高齢者の方々がいろいろな学習の場を持って現在の社会を理解するということもございますが、また、中間報告には触れておりませんけれども、青少年はわりに年とった人の話を聞くということが好きでございます。そして自分たちの育ってきたその前の時代がどうであったかというようなことを理解するのも非常に好きでございますので、私どもこういった観点については青年の家の事業等において今後考慮する余地が十分にあると思っております。
 それから第三番目の老人のエネルギーを社会へ放出するという問題については、二つの問題がございますが、先ほどからもお話にのぼっておりますように、職場の問題、再就職の問題等、働くという問題と、それから余裕のある老人の方々は自分の余力を生かして社会奉仕活動を推進していただく、こういった問題があろうかと思います。そういった問題については社会教育審議会の中間報告でも触れておるところでございます。
○杉原一雄君 それでは質問の原点に戻りますが、この答申案の中で、高齢者の教育という欄があるわけですね。そのほか、老人の場合、あるいは青年の場合、婦人の場合、いろいろ列記されておりますが、おしなべてこの答申案の根底には生涯教育という思想が入っていると思いますね。それで私もちょっと教育関係の文献をつとめて読むようにしてきたのですが、生涯教育ということばが、西岡政務次官のことばの中にも出てくるのですけれども、非常によく使われるようになってきております。これはそんなに古くないと思うのですね。そうすると、生涯教育ということをこういう審議会でも強調され、大臣もおそらくそのことには同感だろうと思うのです。それでいまの時点で、このことが非常に強調されていく意味がどういうことなのか、しかも、国民全体共通の理解々するために、一体、生涯教育ということは何なのか、ねらいは何だろうということをひとつ前提に押えてみたいと思います。その点大臣の御見解をお伺いしたいと思いますが、いかがでしょうか。
○国務大臣(坂田道太君) 確かにおっしゃるように、生涯教育ということばは最近使われ出したことばだと思います。私どももこの概念をどう考えたらいいのか、実はまだ確たる考え方はないわけでございますけれども、ただ学校教育あるいは学校教育制度、これだけで一体、教育はなされるのかどうかというと、なかなか学校教育制度だけでは人間は教育できないのだと思います。昔は学校教育というだけで知識を吸収し、そして高等教育を受ければ、それで生涯、それが基本になって社会に適応していける、こういうふうに考えられたわけでございます。あるいは社会そのものを引っぱっていくというか、指導していくというか、大学を卒業すれば大学でおさめた教育あるいは研究の成果が、それが直ちに社会に還元され、そうして社会自身が引っぱられていく、進んでいくのだ、こういうふうに素朴に考えたものですから、こういう世の中になって、しかも情報社会、あるいはテレビだとかラジオだとか、そういうようなものがこれほど繁雑をいたしますと、幼少の段階におきましても、学校だけでは教育は成り立たない。家庭との関係を考えずしては幼児教育は成り立たない。あるいはまた大学を卒業しても、社会がどんどん進んでまいりますから、一たん得ましたその知識だけでは、あるいは大学でおさめた技術だけではとうてい社会に適応できない。再び何らかの知識を大学に求め、また大学もその研究の成果を、新たなる要請に対しこたえていかなければならぬ、そういう役目も大学自体に出てきた。あるいは学校教育制度の中にも出てきたと思いますけれども、しかし、同時に社会全体の繁雑の中においていろいろな知識が吸収される世の中に変わってきており、大学だけが唯一の知識の源泉ではないのだ、こういうようなふうに変わっております。そういう意味から考えますと、やはり学校教育と同時に社会教育全体として学校教育制度も考えなくちゃならないのじゃないか、こういう意味において、生涯教育というとらえ方でまいらなければ社会にも適応できない。あるいは大学あるいは学校制度そのものにも生かされない、こういうふうに考えられるわけでございますし、さらに老人問題にしぼりましても、ただいま厚生省のほうからいろいろお話がございましたように、単に所得を保障するだけでは、老人の精神的、情緒的安定というものは必ずしも得られない。たとえばスエーデンのように社会保障の行き届いた国ですらかなり老人に自殺その他が多いということは、やはり、生きがいというものは単に所得が安定すればそれで終わりというものではないのだ、ということから、老人に対するいろいろの教育が必要である。また老人の生きがいのために、今度は青少年の老人に対する考え方というものもやはり教育がなされなければならないということで生涯教育こいうものが叫ばれてきたのではないかというふりに考えておるわけでございます。私、たまたまいまから十一年前、昭和三十四年に厚生大臣をいたしまして、国民年金を国会で御審議をわずらわしました責任者の一人でございます。そのことを考えまして、いかに国民年金の制反というものが非常に大事であるか、と同時に老人にとって医療というものの保障というものが大手であるかということを痛感いたしましたが、いま文部大臣になりまして、また老人の心のささえといいますか、精神を、どうやって生きがいを感ずるようなふうに考えていったらいいかということをいま考えさせられておるわけでございます。
 私、二週間ヨーロッパの新しい大学を見に行ったわけでございますが、イギリスでたまたま労働党の議員で、ミスター・ディエルという人ですが、この方が昨年日本を訪れましたときに、私イギリスに行ったらぜひあなたともお話をしたいといっておりましたら、土、日をスコットランドの自分のうちに泊めてくれたわけでございます。このディエルさんに老人ホームを、自分の選挙区内におけるりっぱな老人ホームを見せていただきました。これは多少自分たちでもお金を出して有料の老人ホームですばらしい建築でございますし、アットホームな感じがいたしました。しかしそのときにこの労働党のディエルさんが言われたことは、こういうふうにして老人が子供や孫というものとは隔離されて、そしてただ死を待つばかりというのは人間生活をやる上においてどうだろうかという疑問を自分は持っておるということを申しておりました。たまたまディエルさんのうちに行きましたら、この人は労働党の議員でございましたけれども、三百年来の名門でございましてやかたというか、お城と言ってもいいぐらいのりっぱな由緒あるうちでございました。しかしいまは貧乏でもう何か財団法人みたいなものに一応管理権を預けて、これは税金の関係かと思いますが、しかし一晩泊まりましたら家族あげてサービスをしていただいて、ほんとうにディエル夫人というものはりっぱな人だなあという感じがしたわけでございます。ところがそのうちに、自分のうちが非常に財源的に不如意であるにかかわらず、おかあさんをちゃんと自分のうちでやはり養っておられるというさまを見てまいりまして、なるほどなあという感じがしたわけです。でございますから、戦後まあ経済的な理由もございまして、あるいは住居の関係もあって核家族ということで出生率が非常に少なくなった。そしてまた親とは離れて生活をするという習慣がだんだん日本にでき始めました。それが今後老齢人口の高まりと老齢者が非常にたくさんになるとともに、やはり問題が出てくるのではないだろうかというふうに思います。先ほど厚生省から御発表になりましたように、まだ日本では現在でも老人を含めた同居者が八〇%ということを申されておりますが、しかしだんだんその八〇%が低下していくんじゃないかということでございまして、何かここで老人問題に対してわれわれも、そしてまた厚生省のほうでもよくお考えいただき、また適切なひとつ施策もこれから考えていかなきゃならぬというふうに思っておるわけでございます。
○杉原一雄君 生涯教育に関する大臣の大まかな考え方をお聞きしたわけですが、先般、ごく少数でありますが、東大の教授連とかいろいろな人たちと教育問題を討論したのですが、その中で生涯教育の問題でやはりこういう問題提起があるわけです。いま御答弁にあったとおり、確かに技術革新が進行して高度化はものすごい勢いで進行している、そういう状況の中で非常に良質のマンパワーを確保する必要があるというのが今日的な経済システムの中での要請である。これに対応して近代における学校教育のあり方が改革を必要とする。そこで生涯教育という名であらゆる面における年齢、あるいは階層別の教育を組織化する必要がある。そういうことが下から要請されたのじゃなくて上から必要があるという観点から、政策として各階層各年齢別の段階における教育を組織化しようとしているということが、今日叫ばれる生涯教育の一つの方向であり、ねらいである。結果的にはそれはどういうことになるのか、その学者が言うのでは、結局マンパワーの国家的計画化の助長をするものだ。もっと言えば、教育に対する国家支配を全面的なものとする、いわゆる国家的な支配が幼時から墓場までというところまで把握しようとしている。けっこうなことのようだけれども、そのことが今日はよって立つ社会は資本主義の国家でありますから結果的にはやはり諸矛盾があらゆる方向に出てきているのじゃないか、こういう指摘が、実はあったんですが、しかし、そういう指摘は私は了解できるのですが、大臣はどうでしょうか、片腹痛いというところでしょうね、いかがですか。
○国務大臣(坂田道太君) 私はむしろ社会主義国家のほうがそういう形で問題を解決しようとしているのじゃないかというふうに思うのです。むしろ資本主義社会におきましてはなるたけ国の統制というものは少なくして、そして自分の一人一人の自主的努力というものを重んずるという形においてこの社会構造が仕組まれておる。で、老人でございましても自分が働ける間は全力をふるって社会に貢献する、社会のいわばお金といいますか、税金によらないでもやっていく。それは六十五歳であろうと七十歳であろうと自分はやっていく。一般の人はそこまでいかないかもしれない。国としてはたしかに国民年金で六十五歳以上から年金が支払われるという形になっておるけれども、年金を受ける者であってもなおかつ働ける者は働くんだ、こういう形、国からはお世話にならない、こういうふうにして若い世代に対してそう責任を持たせるべきじゃないという考え方がおとなの人たちに出てくる、そういう私は社会構造が原則だと思うのでございます。さりながら病気になったりあるいはだれも身寄りもなくて、しかもやっていけない、収入の道もないという方に対しては国は進んで相当の給付内容を充実してあげなければいかぬ、こういう形で年金制度等も拠出年金の制度をとっておるわけでございまして、もう一定年齢に達したら国が全部やるというのじゃなくて、自分が六十五歳になったときのことを働ける時分にそれを拠出をして、そうして国の世話にもなるのだと、こういうやはり考え方のほうが私は自由社会におけるりっぱなあり方ではなかろうかというふうに考えております。
○杉原一雄君 だがしかし、先ほど申したような現象が起こるのはやはり資本主義の世の中だということに私はなるような気がするのでありますから、生涯教育と言ってみても非常に日の当たる階層と日の当たらない階層、つまりそうした重点の指向する方向は違うだろうし、結果的にはそうした問題が起こってくるということは、私はいまの機構の中ではこれはやむを得ないような現象になってきているというふうに考えるわけです。だから、言いたいことは、答申案の中で高齢者教育の内容のことについて触れているわけですよ。それによりますと、「健康管理や保健衛生に関すること、余暇を有意義に過ごすための趣味や教養に関すること、社会の変化を理解するための時事問題に関すること、若い世代の理解に関すること、話し相手やレクリエーションのための仲間づくりに関すること、再就職」云々というふうにかなり問題点だけピックアップしておるわけです。この中でひとつ大事なこととして要望したいことは、これは私たちとしてもそう否定できないことなんだけれども、私はやはり社会教育の領域というものは限界があると思うのですよ。いま生涯教育という中で大臣と所信の取りかわしをやったわけですが、結果的に私は言いたいのは、やはり自主的に自己学習を保障するということを大前提にしていかないといけないのではないか、いわんや幼児のようなものを対象にする場合と高年齢者を対象にする場合と非常に違いますので、その辺のところを確認を実はしておきたいわけですね。今後作業を進められる過程の中で、私そのこと非常に大事だと思いますから、実は念を押したいと思うので、こういうことを申し上げておるわけです。
 もう一つ最後に、これは大蔵省との折衝の過程で水を差すようなことになって申しわけないのですが、高齢者学習促進方策というので新規事業として五百万円組んであるわけですね。新規全国十地区と、ここまで説明書きがあるのですが、新聞はいろいろ伝えております。しかし私は知りませんから、局長のほうからでもようございますが、これは一体五百万円で何をしようとしておるのか。だからそういうことをここでおひろめいただくと同時に、私は社会教育の領域として生涯教育というきれいなことばで、結果的には上からの押しつけにはならぬかもしれませんが、何かそんなような結果になるような教育が老人の世界にまで手が伸びるということになると、これは私は相当問題だ。だから自主的に、自発的に自己学習をやるという高齢者のそれに対するアドバイズなりあるいは財政的な裏づけなり、それが望ましい、そのことがこの五百万円の中に入っているのかと、私はわからぬから聞くわけです。そのことをお聞きして私の質問を一応終わります。
○説明員(今村武俊君) ただいま先生が御指摘されましたように、社会教育は社会教育に参加する人々の自発的な学習意欲を尊重しなければならないということは、この中間発表の各所に少し多過ぎると思うほど繰り返され強調されております。そういう線で今後の仕事の展開をはかっていかなければならないと私どもは考えております。
 それから来年度高齢者教育に関して五百万円の予算要求をいたしておるわけでございますが、実は昭和四十年から四十五年度までは一県あたり二学級の成人学級委嘱という事業によりまして非常にささやかながら研究を進めてきたわけでございますが、学級という名前を使いますと非常に型にはまって形式的な感じがございます。今回社会教育審議会の御意見の中間発表があった機会に、もう少し高齢者に対する社会教育のあり方を弾力性のあるものにし、幅を広げていってみたいということでございまして、五百万円の内容は、従前の研究委嘱をさらに研究を進める方向で考えられているものでございます。
 内容といたしましては、大都市、中小都市、近郊農村、純農村、山村僻地という五つの地区におきまして、それぞれわずかでございますが、二市町村を指定いたします。全国で十になるわけでございます。その市町村内の小学校区で高齢者全員を対象にして一つの実験をしてみていただきたい。その実験の研究を委嘱するための経費でございますのでわずかな金額になるわけでございます。
 研究の内容といたしましては、小学校区ごとに高齢者に対する社会教育のあり方を研究する研究委員会を設立して、高齢者の自発的なお気持ちを尊重しながら学習グループ活動促進方策を研究するというのが第一でございます。そして第二番目に、高齢者の学習希望意欲の分布がどういうことであるかということを調査し、啓蒙資料を作成して配付する。三番目に、高齢者の中からお互いの学習やグループ活動の世話をしていただく方を、名前はややぎょうぎょうしいのでございますが、指導員ということにして委嘱いたしまして、地域ごとに地域の実情に即した社会教育のあり方を徹底して考えていただく。そして、それらを私どもも相ともに研究をいたしまして、この研究の成果を得ました上で、一つの指導方針として地方公共団体に奨励してまいりたいという気持ちで、まだ全般的な仕事ではなくて、非常に個所的に集中した実験的な試みでございますので、金額的にはわずか五百万円ということに相なっておる次第でございます。
○委員長(楠正俊君) 午前中の質疑はこの程度にとどめ、十三時二十分まで休憩いたします。
   午後零時十六分休憩
     ―――――・―――――
   午後一時二十九分開会
○委員長(楠正俊君) ただいまから文教委員会を再開いたします。
 休憩前に引き続き、教育、文化及び学術に関する調査を議題といたします。
 本件について質疑のある方は順次御発言願います。
○小野明君 まず初めに大臣にお尋ねをいたしたいと思います。
 大臣は、この八月二十二日に北九州市の教職員に対しまして校長四名を含む大量三十八名の処分が研修問題をめぐりまして行なわれたことについては御存じであろうと思います。
 そこでこの問題は、若干先般来触れられておる委員もあるようでございます。それから見まして文部省としても調査をなさっておられると思います。
 そこで、この原因なりあるいはこれについての見解というものをお持ちであれば、まずお尋ねをいたしたいと思います。
○国務大臣(坂田道太君) 北九州市の御指摘の問題につきましては、本委員会でも御質問がございましたのでその際に申し上げましたが、さらに詳しくは局長から調査しておると思いますので御報告いたしたいと思います。
○説明員(宮地茂君) この問題につきましては北九州市から報告にも教育長が参りましたし、また、いま大臣がお答えのように本委員会でも二回でございましたが委員の御質問もございました。
 その際いろいろ御質疑にお答えしたところでございますが、この北九州市教育委員会におきます教育研修会の問題につきましては、一般の研修と違いまして北九州市には沿革が古いようでございます。それで、かねて昭和三十八年でございますか、北九州市が指定都市に指定された後に各区の校長会と市教委、さらに教職員組合、こういった三者で研修会を持っておったようでございます。ところがその後いろいろな経緯を経まして、今年度四十五年に行なわれました研修会につきましては、一部教職員組合の方々と教育委員会の考えとの間に、この研修会の運営について十分な話し合いが行なわれたようでありますが、しかし結論的にはお互いに納得のいかない点が二点ばかり残ったようでございます。
 その二点は先生も御承知と存じますが、部会長をだれにするか、組合側のほうとしては、その研修会に集まった方々がお互いに互選をして選ぶということを主張され、教育委員会のほうでは従来の経緯にかんがみて委員会のほうで任命をしたいという点と、さらに各部会への参加が、教育委員会のほうではそれぞれの先生方の所属する学校の校務分掌によりたい、しかし組合側の先生方は、自分の希望するものに入りたい、この二点で折れ合いがつかなかったようでございますが、研修会におきまして、そういうことが原因と存じますが、十分にこの研修の効果をあげることができなかった。と申しますのは、妨害をされたりといったようなことで、研修会は終わりましたものの十分な成果をあげることはできなかった。
 なお、この教育委員会が行ないました研修会に理由なく妨害をした先生方に対しては、まことに遺憾なことでございますけれども、公務員としてふさわしくない行為であるということで教育委員会のほうで処分をいたしたようでございます。したがいましてこの問題にはいろいろ経過があるようでございますし、またせっかくの研修会が十分な成果をあげ得なかったという点につきましては私どもとしても遺憾なことと思いますが、しかしながら一面におきまして公務員であり、また日ごろ子供たちを教えている先生方が、子供に対してもそういうことをしてはいけないと日ごろ教えておられるであろうような妨害行為をなさるということもよろしくないことでございます。そういうことで教育委員会として処分をされ、いま先生がおっしゃいましたような数字の懲戒処分者を出しましたということは私どもまことに遺憾なことと思いますけれども、委員会としてとりました処置はやむを得なかった措置であったと、こういうふうに考えております。
○小野明君 いま局長から若干の経緯について御説明がありました。その経緯につきましては私があとから逐次局長にお尋ねをしたいと思っておったことなんです。ですから、これはお尋ねをしますが、大臣に冒頭御見解なりこの原因をどう見ておられるかということをお尋ねをいたしたのですが、ことはやっぱり研修という問題が原因であります。ですから非常に重大でもありますし処分の数も非常に大量でございます。しかも最高は停職四カ月という処分で、いろんな委員会の見方はあるにいたしましても、この問題についてどう原因をとらえられ、あるいは見解をお持ちであるのか。これは大臣はよく北九州市や福岡には来られておりますようですが、ですから当然この処分の問題についても私は一つの見解をお持ちであろうと思った。当然これやっぱり大きな不祥事でございますから、その辺をお尋ねをいたしたかったわけであります。そこで再度お尋ねいたします。
○国務大臣(坂田道太君) 私が北九州市のこの先生方の処分の問題につきましてはこういうふうに考えておるわけでございます。研修というものが先生方には不可欠なものである、特に世の中がこういうふうに急激に発展し変化をしてまいりますといろいろのことを常に研究をしなければ教職員としてのつとめは果たせないと思うわけでございます。その意味合いにおきまして研究集会は奨励されるべきものであると考え、特に最近は県教育委員会主催の研修もございますし、また同時に中央でやります研究集会もひんぱんに、あるいは計画的に行なっておるわけでございます。そしてまた一面に先生たち自身の自発的な研究集会というものもあるわけでございます。しかし一般的な傾向としまして何か県主催でやります研究集会、あるいは中央でやります研究集会というものはやってはならないんじゃないかというような意見も先生方の中から出ております。これは私は間違いであるというふうに思うのでございまして、そういう意味合いにおいて研究集会を県で計画をし、あるいは中央で研究集会をする場合はやはりそれに出席をして、そして研修を行なっていただくことが御本人のためにも、また国全体としての教育を進めていく場合においても大事なことではなかろうかと思うのでございます。
 従来、北九州市におきましては、教組を中心として、いわば教組ベースでこの教育研修というものが行なわれておった事情があるようでございますが、御承知のとおりに、昭和四十三年で市の教育委員会が教組教研組織とその目的、性格、趣旨とは違う基本方針を定めまして、そして市の教育委員会の教育研究というものをやろうと、こう決意をして進めてきた、そして四十四年そういう研究組織を教組と折衝したわけでございますけれども、なかなか調整ができなかった、したがって今度は、四十五年からはやはりそのような市独自の教育研究というものをやろうということでやった結果、これに対して妨害をされた、こういうことはやはり公務員として、また教職員としていろいろの経緯はございましょうけれども、しかし、やはり常識を欠いたことであるということで、教育委員会のほうでこれを処分したということかと思うんでございますから、そういうことにつきましては、私としても市の教育委員会がやりました措置は了承すべきものであるというふうに考えておる次第であります。
○小野明君 大臣の御所見はわかりました。後ほど順次お尋ねをいたしてまいりたいと思います。しかし、だいぶん事実について大臣の把握のされかたが間違っている点もあるようでございます。そこで、局長に順次お尋ねをいたしてまいりたいと思います。これは教職員組合が言っておることなんです。これに対して、私ここへいろいろ持ってきておりますが、市の教育委員会としても市長ベースで教職員を一方的に非難をするビラを各戸に配布をいたしておるわけであります。それで、両方私は持ってきておりますが、局長も事実についてはいろいろ先ほど御説明あっておったようですから、御存じだと思いますから、一々お尋ねをしていきたいと思います。
 一つは、いま大臣は四十三年は教組主体に研修がやられておる、それから、四十四年はこれが調整が不能であった、四十五年は市の独自な構想で、市の教育委員会独自の構想で研究部会なるものを出してまいった、こういうことを御説明がありました。
 そこで、一々お尋ねをしていきます。この北九州の教職員組合の言い分というのはこういうことなんですね、子供たちの持っている無限の可能性を引き出し、開花させていくために、絶えず研究と修養につとめ、父母の皆さんの期待にこたえたい、こういう主張がありました。
  〔委員長退席、理事永野鎮雄君着席〕
そのために毎年教職員代表と校長会、市教育委員会と年度当初に研究のあり方について論議を重ね、実施に移してまいりましたと、こういう言い分であります。これが間違いであるかどうか、局長に御説明をいただきたいと思います。
○説明員(宮地茂君) その前に、大臣が言われました点と、小野先生がいま大臣はこのように言われたという点には、ちょっと大臣がおっしゃったことと多少違った言い方もございましたが、これはあとまた事実問題がございましょうから、お答えするとしまして、いまの点につきましては、私どもが報告を受けて承知いたしておりますところでは、昭和三十八年に北九州市が指定都市になった、で、指定都市発足後、市の教育委員会は、いままでの市であったのが指定都市になってから区になりました、その各区の校長会と提携いたしまして、従来いろいろありました研究組織を再編成、整備して、各区ごとに教科、領域別の研究組織を設けたと、その編成の具体的手続や運営にあたっては教組の意向を大幅に取り入れて、運営は教育委員会と教組と校長会、三者が共催でやっていくという形をとって四十三年まできたというふうに承っております。したがいまして、まあどちらがイニシアチブをとりましたか、そのように見受けておりまして、いま先生がおっしゃいましたのは、教員組合のほうでいろいろイニシアチブをとったようなお話のようにも聞きましたが……。
○小野明君 いや、違いますよ、それは大臣が言ったんだ。
○説明員(宮地茂君) そこで三十八年からの形は、教育委員会と教員組合と校長会と三者が共同主催で、同じ立場で主催をし、実質的には教員組合のいわゆる日教組の方々が毎年大がかりな日教組の教研集会を行なっておられるようでございますが、それの小型のような形で運営されておったというふうに聞いております。
 それにつきまして四十三年からは、どうもそういう形では教育委員会が共同主催をしてやる教員の研究会としてはどうもふさわしくないということで、四十三年以降は共催を取りやめて、教育委員会側で、教員組合の意見も聞くけれども、主催は教育委員会でやりたいというようなことで、従来と違った形でやろうとした。ところが教員組合の方々が妨害されて、四十三年は実施できなかった。それから四十四年は市教委は、四十三年にできなかったが、しかしさらにそれを復活してやりたいと、そういうふうに考えて、教員組合の方々とも折衝をして、教員組合の希望もいれて一応円滑に運営をしたと。しかしながら、四十四年にそういう形でやりましたが、なおかつ一部においては教育委員会主催の研修会としては必ずしも十分でないという点が一部にあったという経緯を経まして、四十五年には、先ほど申しましたような、部会運営の部会長の問題さらに参加する先生方の研修会の所属部会の問題、この二点が煮詰まらないまま、教育委員会主催で実施されたと、まあ経緯はそのように報告を受けております。したがいまして大臣が申された点、それを小野先生がまた、大臣はこのようにおっしゃったと言われた点、いま私が申しましたようにひとつ御了承いただきたいと思います。
○小野明君 私は端的に、この事実が間違っておるなら間違っておると、私が申し上げることがそういうふうに合っておるならそのとおりですと、そのどちらかの答えを求めておるわけです。ですから、話し合いをしてきたということについては、これは事実ですね。いま申し上げましたとおりですね。
 それからことしも「四月以降、五月下旬まで直接の担当課(指導室)の責任者と昨年の反省を行いながら、今年度の研究会の問題について、検討をしつづけてきていました。」こう言っておりますか、この点についても間違いありませんね、局長。
○説明員(宮地茂君) 大体そのとおりと思います。
○小野明君 大体というのは。
○説明員(宮地茂君) と申しますのが、先生のおっしゃるとおりの報告でなくって、これは私どもも口頭で聞いておりますし、私ども流にメモいたしておりますので、全くそのとおりであったかどうかわかりませんが、ほぼ先生のおっしゃるとおりであろうと、こういうふうに思います。
○小野明君 次は、話し合いをしてきておったんだが、五月二十五日に市の教育委員会は、「これが最終案です。不満であれば交渉は打切る」こういう通告をしてまいりました。そうして「六月一日に校長に通達を出し、研究部会の組織化を強行してきました。」こうありますが、これも事実ですかどうですか。
○説明員(宮地茂君) それも五月何日に打ち切ったとかいったその日にちは聞いておりませんが、前後七回にわたって折衝をしたけれども、調整がつかなかったので折衝は打ち切ったというふうに聞いております。したがいまして、五月何日であったかどうかはよく存じませんが、そういう意味におきまして大体先生がおっしゃったとおりであろうと存じます。
○小野明君 そこで校長に六月一日に通達を出して、研究部会の組織化を強行してきたわけですね。これはそこで話し合いを打ち切って、校長に通達を出してやったんですから、強行したということばを使ってもあながち間違いじゃないでしょう。間違いはありますか。そこでこの内容なんですが、そういうまとまらぬままに強行してきたものですから、先生方一人一人は何部会に所属するのかも知らされない。おまえは何部会だぞと、こういうふうに通告をされたにすぎません、こういう内容だそうですが、これも間違いはないですか。
○説明員(宮地茂君) まあ強行したかどうかは、これは受け取り方の感じでございますので、私どもは教員組合の方々と十分話し合いをし、できる限り円滑にという意図でやられても、いつまでたってもそれがととのわなければやめてしまうか、あるいはととのわないまま行なうか、いずれかしかないんだろうと思います。したがいまして、市教委のほうでは前後七回にわたって折衝したけれども、どうしても先ほど来申しております二点について了解を得る点に達しないので、あまりおそくなっても予定の研修会にも支障があるからということでやったようでございます。そういうことで必ずしも強行というふうな感じにはとれませんが、おっしゃいました事実はほぼそのとおりであろうと思います。
○小野明君 要らぬことは言わぬでいいんです。私が聞いておるのは、教師に、あなたは何部会ですよと、こういう通告ですか、そういうものがただ一片の通告によってされただけで、内容については事前に何も知らされていなかったと言っておるが事実か、こう言っておるんですが、わかりましたよ。それは話がつかなければ強行するんだからそれはそういうこともあっただろう、こういう御答弁ですからそれはそれでよろしいわけです。何もいいというんではないんですよ。あなたの把握のしかたについて私がわかりましたと言っておる。
 その次、「校長は、部会運営がどうなるのかも十分知らされず、校務分掌にもとづいて名簿を出せと強制されています。特に小倉区の中学校長会は、このままでは教師の研究意欲を阻害するし、職員を納得させることはできないと再考慮をうながした」市教育委員会に。そうしたら「職員の納得、了解はいらぬ」名簿を出せばよろしいんだ。こういうふうに言われたと言っておりますが、これは事実ですか。
  〔理事永野鎮雄君退席、委員長着席〕
○説明員(宮地茂君) いま先生がおっしゃいますような詳細な点は承っておりませんが、教師のほうでは自分の希望する部会に入りたいという希望があったと、組合からそういう話があった。しかしながらいろいろな部会でございますので教師の御希望を中心にしていくとある部会は非常に多い人数になりある部会は少なくなるといったようなことで、部会を運営していく場合にいろいろ支障がある。したがって教師の校務分掌で、A教諭は、中学でございますれば数学を担当しておる、B教諭は理科であるというふうな校務分掌に基づいて、それぞれの子供たちの授業を担任しておるそれを中心にして部会分けをしていきたいということで話し合ったがととのわなかったので、校務分掌どおりの部会に所属してもらうことになった。そういうことを聞いております。したがいまして、いま先生がおっしゃいましたような詳細なことの報告は受けておりませんが、大体私どもが報告を受けましたのはそういうことでございます。その間校長に知らされたかどうかといったようなこまかい問題につきましては、私は聞いておりませんのでそのとおりであったかあるいはそうでなかったかということは、ちょっとお答えしにくうございます。
○小野明君 あなたはそういうこまかいことは知らない、報告を受けていないと言うのならそのとおりに答弁をしてもらいたいわけです。推測で校務分掌でやったからどうだこうだと、こういうことは言わなくてもよろしいわけです。そういう詳細な点は知らないということが冒頭にありましたが、そういうひとつ正直な答弁をしてもらいたい。
 それからあなたはバランスをそれでは欠くではないか、こういう御見解をお持ちのようですけれども、次の点についてはどうなのか、次の点をお尋ねしておきます。「従って一人の教師が、多い場合は四部会や五部会に所属させられたこと。」こうあります。これは職務命令を一人の先生が四回も五回ももらったわけで、あなたはバランスがとれないからと言うけれども、こういうやり方でもバランスがとれていないわけです。これは事実ですかどうですか。
○説明員(宮地茂君) 私がバランスがとれないと言いましたのは、私の見解ではございません。市教委のほうから、たびたび申し上げておりますように、市教委の報告によりますと、組合側としては教師の希望する部会に入れてほしいとそういうことであったがへそれではバランスがとれなくなるので、校務分掌ということを中心にしてやっていけばそういうことが計画的にやれるということであったという報告を受けたわけでございまして、私がバランスをとれという私の見解ではございませんので、もしお聞き違いがございましたら、そのように訂正していただきたいですが、いま先生のおっしゃいました点は、小規模学校でございますと一人の先生が二教科ぐらい、あるいは三教科も激しいところでは持つかもしれません。その限りにおきましては、その先生は部会が二つか三つになるであろうというふうに考えられますが、これも推測を言うなということでございますが、これは推測でございまして、いま先生がおっしゃいました点、私は報告を受けておりませんので存じません。
○小野明君 そこで、何部会に所属をするかは全く秘密扱いであった、当日文書でこの部会に参加せよという強制を受けた、こういうふうにありますがね。この点についてはどうですか。
○説明員(宮地茂君) 私どもは校務分掌に従って部会に所属させるという報告を聞いただけでございまして、その裏づけのような点で、いまお尋ねの点はこれも聞いておりません。
○小野明君 そうすると、一人の先生が職務命令を四部会に所属すれば四枚、五部会に所属すれば五枚もらうわけですね、もらったわけです。おまえは今度数学部会に行け、きょうは国語部会があるから国語部会に行け、きょうは家庭部会があるから家庭部会に行け、当然自分の免許以外の研修部会にも職務命令をもらった。四枚も五枚ももらうわけですから当然そういうことがあり得るわけです。校務分掌というのはどうなっているか知りませんが、こういう矛盾が現実に起こったという点については御存じですか、どうですか。
○説明員(宮地茂君) 聞いておりませんが、それは四枚出さなくても、国語部会と数学部会と理科部会に行きなさいということで、一回でも言えましょうし、まあこれも推測でございますのでやめますけれども、そういういま先生がおっしゃいましたようなことは、まことに恐縮ですがそういったこまかい点は報告受けておりません。
○小野明君 こまかいこまかいと先ほどからあなたは言われますけれども、これは停職四カ月の処分をもらっているわけですよ。三十八名の処分があった、それについて一体どういうことで処分が行なわれたのか、その詳細についてあなたは御存じない、調べてないのです。こまかいからそれは知らぬと、これは少しあなたの立場としてはこれは怠慢ではないですか。調べ方が足らぬのではないですか。しかもこの問題については私が初めてここで尋ねるのではないのです。二回ほどこの委員会でも議題になった。それをのらりくらりといいかげんな答弁で今日まできている。まだ詳細にこの教育行政の実態を調べていないというのは、これはどういうことなんです。
○説明員(宮地茂君) 先生はいま懲戒との関連でおっしゃいましたが、私ども報告を受けておりますのは職務命令を出さなかった校長の四名は別といたしまして、あとは職務命令違反でやったんではない、全体の校務者としてふさわしくない非行、妨害行為を行なったので処分をした、そういうふうに聞いておりますし、したがいまして、いま先生がおっしゃいます点は、もちろんこの事件につきましてこまかいと申し上げましたのは、あるいは失礼かとも存じますけれども、私どもが詳細な報告を受けなかった点はございますが、処分との関係につきましては比較的こまかい問題ではなかろうかというふうに考えております。
○小野明君 その処分の適用の問題は、あとでこれもお尋ねをいたしますが、これは大体研修に職務命令を出すということが私は間違っていると思う。この研修の法の趣旨を曲げてあなた方はこの研修会というものを強行しようとしている。これが原因で、そして教員の反撃を買った、それについてあなた方が、市の教育委員会が処分をやった、ですからいま指摘しておる事実というものは決してこれはこまかい問題ではない。三十八人も処分されておって、何がこまかい問題ですか。こういう見解を持つこと自体があなたけしからぬじゃないですか。この点はどうですか。
○説明員(宮地茂君) 教員の研修につきましては、先生も御承知のように、本人の自発的意思によって行ないますもの、さらに任命権者が教職員の資質向上のため、あるいは教職員の従事しております職務遂行のため必要があると認める場合は職務命令を出し得るというふうに考えられますので、職務命令を出すことが直ちにけしからぬというものではなかろうと存じます。
○小野明君 それはあとで尋ねると私は言っているわけです。ですからあなたは初中局長としてこの処分が行なわれたこの事実関係について調査不十分ではないか。先ほどから二回も三回もそれは存じません、これは推測でございますという答弁があっておる。そのことを私は言っているわけですよ。なぜこれだけの大量の処分が行なわれたらこの背景になる事実についてぴちっと調べておかないのですか。どうして調べないのか。こう言っているのです。
○説明員(宮地茂君) いま先生のお尋ねに対しまして私が一々お答えができないという点につきましてはおわびいたします。しかしながらその聞いていなかったその点が処分との関係で非常に関係があることとは事実考えませんでした。それを考えればいま先生がおっしゃいましたような点も、職務命令を一枚出したか四枚出したかといったようなことも調べますが、私どもは職務命令を一枚の紙で出そうと四回に出しましょうとも、職務命令というものを出した、あるいは出してないということ以上に、何回ということはあまり……、しかも紙を何枚渡したというようなことは、そう気がつきませんでしたので、聞かなかったわけでございますが、先ほど言いましたように職務命令に違反をした、いつの職務命令に違反してどうしたのだということでございますれば、いまおっしゃいましたような点も相当事実問題として聞く必要もございますが、職務命令違反で処分したのではございませんということでございますので、比較的その職務命令を何枚出したかとか、何回出したかというようなことを聞かなかったという点、いいわけがましゅうございますが、お答えいたします。
○小野明君 ほんとうにあなたいいわけがましいですね。研修問題に関して処分が行なわれたわけですから、一体いかなる事実があったのかと、このことについてはやっぱりこれだけの処分が行なわれておるのだから、どんな小さなことでも一片どうなのかということをもっと詳細に調べるべきである、こう私は申し上げておるわけです。その点はどうです。
○説明員(宮地茂君) 先ほどお答えいたしましたとおりでございます。
○小野明君 そこで大臣にお尋ねをいたしたいと思います。いまお聞きのような経過がありました。ですから、大臣が初め言われた事実のとらえ方が多少間違っておられたんですけれども、担当の、まあ担当と言っては問題があるかもしれませんけれども、局長でさえそれぐらいの事実認識しかないんですから、大臣がそういうふうに言われるのは、これは無理からぬことだと思います。そこで、いま職務命令については何枚出してもいいではないか、一枚出しても五枚出しても同じだと、まるで小切手切るように何枚やってもいいんだと、こういうふうな簡単なおっしゃり方ですけれども、教職員というのは、御承知のように、やっぱり免許法で免許状を持っているわけですね。それ以外の教科については教えられないわけですよ。それにその免許以外の教科にも行けと、こういう職務命令をもらいながらなおかつ行かなければならなかったと、職務命令をもらって行かなければならなかったと、こういう部会のあり方について一体どうなのか、大臣はどうお考えになりますか。
○国務大臣(坂田道太君) 私もこの詳細のところが実はわかりませんので、あるいはお答えにならないかとも思いますけれども、私が常識で考えますのは、やはり一つの教科を主として勉強していただくということも大事でございますが、しかし小規模学校等においてはほかの学科も教えておられるわけですから、やはりそのほかの学科等においても教職員として教えることができるように教委側から求められるということもあってもいいんじゃないかというふうに思うんですが、この点はちょっと私具体的に詳細がわかりませんので、あるいは間違っているかもしれません。
○説明員(宮地茂君) ただいまのお答えに補足いたします。教員が免許科目につきまして教育を受けるということが望ましいことでございます。ただ小規模学校等におきましては、必ずしもそういうふうに各教科科目に十分な教師が今日の段階ではまだ配当されてないという点につきましては、今後私どもも教員の定数を充実していきたいということで、その点についてのおしかりでございますればおわびいたしますし、今後努力いたしたいということを申し上げたいと存じますが、それにいたしましても、小規模学校等で免許状を持っていない免許外科目の担任につきましては、これは免許状の授与権者の県教委の許可を得てそれ以外の、免許外教科を担任することができるということは、暫定的ではございますが、法律的にも許されておる措置でございます。したがいまして、たとえば社会科の先生が他の科目をお持ちになっておられるという現実があるとしますれば、免許科目以外の教科は特にその先生としてはウイークなところでございますから、より一そう研修を受けて子供たちのためによい授業を行なうということが当然要請されてまいります。したがいまして、そういう意味で二教科あるいは三教科について研修を受けるということは必要なことと存じます。
○小野明君 これは教職員の配当が足りないために行なった便宜措置で、それをもってなおかつ本来の免許による授業を進めるのではなくて、おまえはこういうふうにしておるのだからこういう勉強もせい、こういう便宜措置をあなたは正論として居直り強盗のように言われておるのですが、これは決して望ましいことではないでしょう。やはり正規の免許を持った教員を配置をして、その免許のある授業について充実していく、そういう方向でありませんとこれは問題があるのではないですか。
○説明員(宮地茂君) 私は行政上の筋の問題を申し上げまして、先生のお尋ねの点は免許外教科について研修を受けることがどうかということでございますが、その点につきましては、まあ免許状を持った先生が免許科目を教えるということが筋でございます。しかし今日の小規模学校ではそういうことに必ずしもなっていないという点は、今後努力もしていきたいということを前提に申し上げたので、ですから、いまの事件としての今回の北九州市の研修会にやっておったことはこれは何ら間違っていることではない。ただ、ふえんいたしますと言いますか、その根源である免許外教科も持たなければならないという点については、別に定数増ということを今後努力したいという、また現実にそういう状況になっているのはまことに遺憾なことでございますということを私は謙虚に申し上げているつもりで、居直り強盗とか全然そういうつもりで申し上げているつもりではございません。もし私の説明のしかたが悪くてそのように受け取られたといたしますれば、そうではございませんので御了承いただきたいと思います。
○小野明君 大臣にお尋ねをいたしますが、この職務命令でやりましても何ら違反ではない、こういうふうに強弁をされます。しかしこの法の趣旨からいきますと、やはりこの研修をつとめなければならないと、こうありますけれども、やっぱりこれは教員の自発性、自主性というものがなければ研修の成果というものは期し得ないわけですね。それを職務命令をもって強行するということ自体が望ましくない。同時に、北九州には北九州のあり方というものがあるわけですね。従来話し合いをしてきた。今回急にわずかな意見の違いがあった。それを調整の努力をしないで、この北九州教育界の歴史というものを一ぺんに無視をして、強引に変えていこう、こういうところにこの紛争の原因があるのではないか、こう思います。この二点はいかがですか。
○国務大臣(坂田道太君) そこで私が最初に申し上げたわけでございますけれども、この日教組のものの考え方の中に、いかにも県あるいは市教育委員会あるいは中央の文部省が研究集会をやるのはよろしくないのだという一つの考え方を持つ一部の先生方があるわけです。あるいは教組の主張があるわけです。それは間違いではなかろうか。やはり県の教育委員会が主催する、あるいは市の教育委員会が主催するものであってもきん然とこれに参加するつまり自発性というものがもともと教員にはなければならないのだ。そういう前提が一つ私はあると思うのです。ところがそうじゃない一方の議論があって、しかしながら教育委員会のほうでは、四十三年以後いろいろ教組側の意見も聞きながら、しかし自分たちの考え方を納得してもらうようにやってきて、しかも四十五年度におきましては、組合と前後七回にわたってやった。もうここまで話してもわからぬのであるならば、もう基本的にどんなやり方をやっても教育委員会が主催するのはいかぬのだ、こういう考え方に立っておられる以上は、話し合いをもうこれ以上続けてもそれはだめだと考えられたに違いないというふうに思うわけでございまして、普通でございますと、私が冒頭に申しましたような関係において、先生方がやはり自主的に研究に参加をされるという一つの気持ちがあるとするならば、そうややこしくごたごたがあるはずがない。したがって、同時に今度は、市教育委員会においても、職務命令をもってやるなんというようなことは、普通の場合だったらないと思うのでございます。それをあえてやらなければならなかった事情は、いま私が申し上げましたようなことで、そこまで混乱してきたのですから、これはやはり一応のやむを得ない措置であるということでありまして、そう非難さるべきことではないというふうに私どもは思うのでございます。
○安永英雄君 関連。いまの大臣おっしゃったけれども、把握が違うのじゃないかと思うのです。と申しますのは、何かこう、日教組方式の研究集会、それから行政当局の行政指導というものとがかみ合わない。そうしてついに職務命令を出していったという状態ではないわけです。これは決算委員会でも私は説明を詳細にしたところです。御存じのとおりこれは四十四年度の状態というのは、いわゆる昨年の状態というのは、校長会それから教育委員会、教組、この三者が、いわば市の教育委員会が提案をしたその大筋において一致をして、三者で共催で行なっておった、何も問題のなかった研修会が昨年まであったわけです。ただ、食い違いがことしできたのは、いまの各学校の校務分掌というものの、教科そのものの各研究組織に入れという言い方が違っておる。それから、各部会の部長は校長でなければならぬという問題が今度新しく提起された。言いかえますと、この二つだけなんですよ。この二つだけが七回にわたって意見が一致しなかったというのです。だから私は、実に詰まらぬことに市当局はこだわったものだと思うわけです。それはそうでしょう。自分が専門教科であって、これがたまたま学校の運営組織の中ではこういう教科になっておるけれども、自分はこういう研究をしたい、こういった本人の希望もあるわけです。それを機械的に学校の校務分掌そのまま研究組織の中に入りなさいというところに、ここに無理がある。私ども、あそこの教育長とも会ったのですが、これは私は訂正してもよろしいと言った。これはなるほど各人の校務の中で便宜的にきまっておる校務分掌だ。研究したいという研究組織とは違うかもしれません。これは譲ってもよろしいということを私が行ったときに言ったことがある。実に大したことのない差なんです。それから、部長を校長にするというのは、昨年までは、結果として校長になるでしょうと言う、このことは教組も認めておるわけですから、昨年はほとんどの部会は校長が部長になっておるわけです。教育長のことばで言えば、これは表現が食い違っておりますと私に言ったこの二つのわずかな、去年スムーズにいった研究組織がことしたった二つくらいのわずかな差で、七回やってそうしてどうしても職務命令でやってのけるというほどの食い違いはない。私は、そこの文部大臣の認識がまだ実際知らないわけですから、あると思いますが、何か真っ向から白八十度違ったような意見で決裂して職務命令を出してやったというわけではないわけです。この点で私どもは職務命令を常識的に考えましても、この際、職務命令を出して処置をするというのは同違いであるというふうに私は考えます。また、教育長も私が現地へ行ったときにはこう言うのですよ。職務命令というものを出す気持ちはございませんでしたけれども、職務命令を出したほうが、出いい。先生が出よかろうから出しましたと、実にふざけたことを言うわけです。ここらあたりで私はあとの非行の問題とかその他の問題では、これは意見の違いがあるかもしらん。処分問題の動機というものは違うかもしらんけれども、いま小野委員が聞いておりますように職務命令というものを、この研修問題について出すというのはよほどのことでなければならぬ。私の認識ではよほどのことではない。もう少し煮詰めていけば、そのくらいのことは、話は昨年ついたのだから、ことしもつくだろうというふうにして私も期待しておったわけですが、やはり強行して職務命令を出してしまった。これがやはり今度の処分の前段についての事由の一番大きな問題ですから、この点あたりは、私は現状を申し上げて、そうしてやはり基本的には、いまも大臣おっしゃったように、基本的には研修という問題について職務命令を出すのは不当だ。出すべきでないということをいまさっきおっしゃったのですが、それと同じような状態だということを私は申し上げておきたいと思う。もう一ぺんどうですか。
○国務大臣(坂田道太君) やはり最後の段階におっしゃるような二つのことだと思います。そうして、何でもないことだとおっしゃるくらいでございますから、何でもないと言えば何でもないことである。何でもないことであるならば教組側だって何でもない話ですから、これをのんだっていいじゃないかとも言えるわけですが、教組側が、これがのめなかったということは、実はこれは何でもなくはなかったということであるということも言えるわけですね。そうして、ここまできて、そうして、中止してしまうかというと、やはり市教育委員会としては、去年からずっとやってきていることでもあるし、今度はひとつぜひ自分たちの考え方でやりたいということになっちゃって、それじゃやる方法は何かというならば、もう職務命令以外出すものはないということになったのじゃないか。したがって、最初教育長さんも職務命令なんていうのは、実は考えておらなかったとおっしゃったという意味も、最初の段階では、おそらく職務命令を出さないで何とか話をつけようと思ったが、この段階ではもうそれ以外に道はない。中止するか行なうか。行なうとするならば、もう職務命令を出す以外にはないと判断をされてやられた。したがって、私はやむを得ない措置であって、と申し上げた次第でございます。
○小野明君 大臣、北九州の教育長は文部省から天下った教育長ですね。御存じですか。御存じだったですか、どうです。
○国務大臣(坂田道太君) 県の教育長の吉久さんは向こうに行っていることはよく知っておりますけれども、北九州の教育長がそうだとは知りませんでした。
○小野明君 それはうかつだ。いま文部省から天下った教育長というのは全国に何人おりますか。これは局長が御存じでしょう。
○説明員(宮地茂君) ちょっと何人とぱっと答えられませんが、ちょっと頭に浮かびますものを二、三申し上げたいと思いますが、いま大臣がおっしゃいました、まあ天下ったということば、どうも私どもは考えないのですが、福岡県に、千葉県、広島県、群馬県、鹿児島県、その他二、三おると思いますが、あまり意図的に文部省が天下らしておるわけでもございませんで、いま何人おりますと、即座にちょっと言えないこと、御了承いただきたいと思います。
○小野明君 大臣、いま局長の言われた五、六人あるいは私は七人と思っておりますがね。このうち二人が福岡県におるわけです。県の吉久君、これは教科書裁判でも、証人にいろいろ出て、あなた方の都合のいいことを言うておるからおわかりでしょうけれども、それから、もう一人高石君。それで、教職員諸君も、大臣が言われるには、この官製研修会に気持ちよう参加せい、そういう御訓示なんですけれども、欣然と参加したいのはやまやまですけれども、なかなか参加し得ない要素がある。だから、欣然と参加し得るようなひとつ内容にしてもらいたい。これはやっぱり教員団体と話し合いの態勢がなければそういうものにならぬと思うんです。そうしないと永久に法律の特例法の十九条、二十条にいう研修の成果というものは期し得ないものがあろうと思います。そこで文部省から天下っただけに、高石教育長にもやっぱり文部省、大臣のおっしゃることを強引に推進しようというお気持ちがあるだろうと思うんです。そういうことが大臣のおっしゃるような趣旨を強引にやろう、手柄を立てよう、こういうお気持ちがあって、従来の慣行、歴史というものを無視したところに紛争の原因があるのではないかと思います。大臣はどうごらんになりますか。
○国務大臣(坂田道太君) 私は各県の教育委員会から教育長やら教育次長あるいはその他の者が求められるときには、できるだけ行ってあげなさい、そしてやはり県の実情というものを知らなければ、実際の学校の教育行政というものを味わわなければ、ただ文部省の机でもってああせい、こうせいというような指導も実はできないんだ、だからできるだけ行って、そうしてまた帰っていらっしゃい、こういうようなことは申しておるわけでございます。むしろ私はできるならばそういうふうに奨励していきたいという気持ちを持っておりますし、またいやしくも教育長となりあるいは教育次長となった以上は厳正中立、そしてまた教育の諸法規に照らしてりっぱな業績をあげてもらいたい。むしろその県の教育委員会で、文部省から来た課長や教育長という者はだめだというようなうしろ指をさされるようなことがあってはいけないということは、行きます人たちについては申しておるわけでございまして、たとえば広島に参りました宮地君のごときは、非常に私たち文部省としましては有能な人でございますから。この人は出したくはなかったんでございますが、やはり広島県の教育委員会からぜひぜひというような求めがございましたから、この方もやはり地方の教育行政を経験をしてくるということがやはり文部省の将来の行政を担当する上においてプラスになるだろうと、こういうふうに判断をいたしまして、彼の広島における教育長就任を私は認めたようなわけでございまして、文部省から出ているからでたらめなことをやっているというようなことはないと思いますし、忠実に文部省の職員として、また県の教育行政の一員として恥ずかしくないりっぱな業績をあげてくれるものだと期待をしておる次第でございます。
○小野明君 文部省から出せばそれだけの責任が文部省にも大臣のほうにもやっぱりできるんではないかと思うんです。それで私はあえてこの席でお尋ねをしておる。それでもっぱら北九州ではこういううわさがあります。文部省から天下っておるだけに文部官僚というのは非常に権力に弱い。それで大臣の御趣旨とだいぶ違うような実態が多いようですが、それで今回の三十八名の処分は、むしろ高石教育長が教育委員の諸公の意見よりも、来年市長選があるわけですけれども、この助役というのがおりまして、松浦さんとか何とかいう、これも自治省から天下ったらしいですが、その人の意向をよく聞くと、市長を再選するために教職員団体を弾圧をしたんだ、こういう見方が巷間もっぱらなんである。この辺のうわさについても見方についても、私はあながち間違いではない、むしろ真理をうがっておる、こう見ておりますが、その辺はそういう御関係があるかないか、ひとつお尋ねをしたいと思います。これは大臣はそういうことはないと言われるでしょうけれども、局長はそういううわさのあることを御存じかどうか。まさか本人から電話では言うてこぬでしょうけれども、どう見ておられますか。
○国務大臣(坂田道太君) いやしくも文部省の役人が教育長となっていきました以上は、少なくとも私が先ほど申し上げましたような気持ちを持って行政に当たっておると私は信じております。しかしながら、これは人間でございますから、いろいろの評判が立つということもこれはあり得ることだと思うんですけれども、しかし選挙問題とこれとをごっちゃにしてやるというようなことは断じてないというふうに私は信じております。
○小野明君 これだけの紛争を起こしたんですから、その辺はひとつ事実関係についても、あまり初中局も御存じないようですから、大臣のほうも関心をもってひとつそういった問題については現地教育長の姿勢を正してもらいたい、こう思います。
 それから次の問題は、一体職務命令によって、先ほどからお尋ねしておるんですが、その研究部会に追い出して研修の効果というものがあがるというふうにお考えですか。これはどうですか。
○国務大臣(坂田道太君) 将来の問題としましては、やはりこれは各先生方と教育委員会とがスムーズに職務命令でやっていくというようなことのないようにしなければならないというふうに思います。
○小野明君 それから処分の問題ですが、根拠については、これは先ほどから局長が、私が尋ねもしないのに何回も御説明になったから根拠はわかりましたが、この懲戒というのは基準がないわけですね。これはもうほとんど委員会の自由裁量ということで行なわれがちである。この「非行のあった場合」ということについても、自由裁量ということで行なわれがちであるが、一体この基準というものは、客観的な基準というものは一体何なのか。オールマイティーで処分をやられたらこれはかなわぬです。おれの気に食わぬからこれはこうやったんだ、こういう裁量もあると、こういうふうに受け取っても私は間違いじゃないと思うが、局長どうです。
○説明員(宮地茂君) 今回の処分は「全体の奉仕者たるにふさわしくない非行のあった場合」ということでございますが、このことばは、おっしゃいますようにまことに考え方によっては広くもとれるようにも考えますが、別に特にこれに基づいての基準というものがあるようには存じませんが、従来からの行政実例等も参考にすることでございましょうが、まあ一般的な社会通念によって判断されることでございますし、さらにその判断の基礎となりますものは、やはり確たる証拠といったようなものもはっきりしておる必要がございましょうし、ただ自分の、任命権者の、処分権者の恣意によってどうこうということは、当然そういうことはなされるべきでもございませんし、戒権者としても十分そういう点は心得てやるということが通常であろうと思います。
○小野明君 二十九条について客観的な基準がないものですから、これはもちろん刑事処分と違いますけれども、非常に任命権者の恣意が入りがちである。たとえば今回の量刑にいたしましても、一体何が基準なのか。普通の声で話したら減給二カ月で、ちょっと大きければ停職四カ月と、こういうふうなことになったのではないかという見方も成り立つわけです。これの客観的基準というものについて一体これはどういうふうにお考えなのか。いまの答弁ではあいまいもことしてわかりませんが、再度ひとつ明確にお答えを願いたい。裁量権者が心得ておるだろうじゃ問題にならぬです。
○説明員(宮地茂君) 先ほど申しましたとおりでございますが、客観的な基準というものはどこの官庁にもあまり具体的な基準はなかろうと存じます。しかしながら、基準がないからといって、本人の恣意でやるということは許されないことと思います。先ほどの繰り返しになりますが、従来からのいろいろな懲戒処分等についてのいわゆる行政実例もございましょうし、そういうものを十分参考にしたり、あるいは処分対象になりました事実行為の確認、その事実行為の強弱、こういったようなものを勘案いたしまして、一般的には社会通念として了承のできるような程度のもので行なうということであろうと存じます。
○小野明君 これはたとえば逮捕されたとか刑事処分があったとかいうような基準であれば、これは社会的な通念として通るわけです。これが全く任命権者の恣意によって行なわれるところは法の不備ではないかと思います。この点はどのようにお考えですか。
○説明員(宮地茂君) これは懲戒はひとり文部省とか教育委員会だけではなくて全官公庁に通ずる公務員全般の問題でございますので、その点におきましては、文部省が直接窓口とも存じませんが、できますれば、基準のようなものが何かつくられるということも一つの便法と存じますが、従来から基準というものがなくても、先ほど私が申しましたような点で行なわれておる。ただ、こういうものは処分でございますので、処分を受けた者としましては、非常に自分の利益を侵害されたというふうに感じられましょうから、申すまでもございませんが、それについて不利益処分であると考えるものについては、それぞれ不利益処分救済の措置が別途今日の制度では考えられておりますので、処分権者としてもそういう不利益処分救済措置によって処分を受けた者が訴えた場合に、全然自分の行なった処分が支持されないでひっくり返るといったような非常識なことも、これは当然処分するときに慎みましょうし、いろいろな点で今日のようなやり方でも私はいいんではなかろうか。しかし、基準といったようなものが示されるとすれば、もちろんそれに異議を差しはさむようなつもりもございません。
○小野明君 いまのままでいいんではなかろうかというようなお考えだからかってな処分が行なわれると思います。
 次に進みますが、そこで、休職中の者が停職、減給の処分にあっているわけですね。現に委員会から、休職をして、専従休職をやっておって、これは給料を受けていないのに減給処分を受けている。これは籔田泰章君という人ですね。それから同じく専従休職の者が、休職中の者が停職四カ月、これは天野靖久君、福井孝良君というのがこれです。休職中の者でもこういう処分が行なわれることは、これは問題ではないか。その手続や効果等については一体どう考えられるのか。
○説明員(宮地茂君) 休職中の者でございましても、教師としての身分を持っておりますので、非違行為がありましたとき処分をするということは合法的な措置であろうと思います。ただ休職中の者と現職中の者が同じ処分を受けましても、実益、実害と申しますか、そのほうは現実の問題としては差が出てくるかもしれませんが、考え方といたしましては当然行ない得るものと思います。
○小野明君 最後に大臣にお尋ねをいたしますが、先ほどの大臣の答弁にありましたように、研修の本質論から見ていわゆる官制研修会ですね、任命権者の行なう研修についてもILO・ユネスコの教員の地位に関する勧告、これには研修の実施については教員団体等と十分に協議をして行なうべきである、こういう指摘があるわけですが、現状がむしろ官制研修会ということで、逆の方向に職務命令をもって追い立てていく、こういう望ましくない方向にあるわけですが、この勧告の精神から見て、今後の研修のあり方について御見解を再度伺いたいと思います。
○国務大臣(坂田道太君) おそらく世界の教育関係というもの、今度私イギリス、フランス、ドイツを見てきましても、これは新しい大学を中心に見てきたわけですけれども、教職員の側にもそれからまた文部省や政府の側にも一定の常識といいますか、あるいは特にイギリスで感じますことは、法律ということよりも常識というものが両方の側にある。つまり、コンモンセンスというものがイギリス社会では一つの基準になって、そうしてその運用をやっておる。こういうやはり前提がございますし、そういう意味においてILOのやはり教員の地位に関する勧告というものができ上がっておるというふうに思います。もちろんわれわれのほうも参加をしておるわけでございます。したがいまして、日本の教育土壌には不幸にいたしましてこの二十年間、政府あるいは文部省と先生方の団体である教職員組合との間にお互いに不信感があるということが事実上存在するわけでございまして、やはりこれを取り除くということをお互い努力しなければいけないんじゃないか。したがって、やはり理想的な形としては、職務命令でもってやるというようなことは異常な場合は別といたしまして、ふだんの場合においては話し合いにおいてやるというような慣行を一日も早くつくり上げていかなければならぬ。私たちのほうでもやはりそういう反省なりあるいは努力なりを怠ってはいけない。同時に、また、先生方のほうでも何か県のやる、あるいは市で、あるいは国でやる研修には行くなとか、あるいはああいうのはよくないぞというような声もあまり出していただかないほうがいいんじゃないかというような気がしてならないのでございまして、これは両方からやはりもう少し歩み寄り、かつ信頼関係を取り戻すということが大きい教育行政を進める上において大事なことであるというふうに考えております。
○小野明君 時間がきておるようですが、りっぱな御意見だと思います。坂田文政が進められてまいりまして、私も一つの期待を持っておったんですが、ILO・ユネスコの勧告について研修だけではございませんで、いろいろな指摘があるわけです。日本の文教政策の進め方について、行政のあり方についても指示をしておるんですが、やっぱり私は大臣がそういうお気持ちであるならば、どうしてその任期中に日教組と会うという道を開かなかったか。いまのお話ですと、当然コンモンセンスとして大きな人員を擁しておる日本教職員組合の代表とお会いになるのが至当のような御意見に伺ったわけですが、この点が非常に私は残念に思っておるところです。これからでもいいわけですが、なぜお会いにならなかったか、これからはどうされるのか、最後にひとつ前向きな大臣の御意見を伺いたいと思います。
○国務大臣(坂田道太君) 私といたしましては、お互い条件が整うならば、そういうようなことも考えてみなきゃならないということは、いつかのここの委員会におきましても申し上げたことでございますが、現段皆においては、お互いにおいてまだその土俵の場に上がるという態勢にない、私のところだけではない、向こうさんのほうもそういう熟せない点もある、こういうことかと思います。しかし私はやはり現場の先生と文部省の役人やあるいは大臣あるいは政務次官というものが話をしたりあるいは現場の認識を強く深めるという努力はしなくちゃならぬというふうに考えまして、昨年は大学紛争の問題で、全国を三十三都道府県回ったわけでございますが、ことしになりましては、下は幼稚園から高等学校、高専に至るまで、できるだけ土、日等もつぶしまして、実は現場を回り、子供たちともお話をする、あるいは先生方とも話をするあるいは各種のいろいろな団体ともお話をするという努力はしてきたつもりでございます。これはまあこれからの課題ではなかろうかというふうに考えております。
○安永英雄君 一点だけ。これは決算委員会で、私はっきり申し上げておったが、文部省その後全然手はずを進めておりませんけれども、四十四年度の北九州に対する教育研究に対する補助金の始末の問題でありますが、私は何回も申し上げたように、四十四年度の教育研究の実態というのは、北九州教職員研修協議会なるものの実態というのは全くない。その実態のないものに補助金を出しておる。これは私は文部省なりあるいは地元の教育長の非行の最たるものと私は思う。この問題ははっきりしなきゃだめですよ。私は文部省のほうで始末をしないということであれば、しかるべき処置を私はとりますよ。実態のないものに、どんどん国の予算を出していくなんというばからしいことはないでしょう。これは時間がありませんから、私はこの問題については早急にとにかく結論を出してもらいたい。教育長あたり処分の最たるものですよ、対象の。何も実態のないものにうそのものをつくって、研究組織をつくって、それに対して文部省からやすやすとそれに金を出している。この点の始末を早急にやってもらいたいと思う。やらなければ私正式な処置をとります。終わります。
  〔委員長退席、理事田村賢作君着席〕
○多田省吾君 私は、最初に国立大学の授業料問題について一問だけお尋ねをしておきます。
 前回におきまして、私は物価問題あるいは大学紛争あるいは私学の授業料値上げ問題にからんで、国立大学の授業料は値上げすべきではないと、このようにお尋ねしましたところ、大臣から、まあ国立大学が今日まで果たしてきた役割りから考えて、私立大学との差があってもそれだけの理由で値上げということは考えられないと、しかしある程度は私学との関係あるいは国立大学の抜本的改正のときは値上げしなければならないだろうというようなところで、その時期も、初めはいつの時期かということは考えさしてほしいと、こういうお話だったんですが、最後には、やはり最終的には党内の一部あるいは世間の一部にもそういう話があるので、明年度の予算折衝の際に、少なくともことしの十二月ごろきまるだろうと、こういうお話だったんです。大臣の姿勢は非常に慎重にというお考えのようでございますけれども、今月の十三日の自民党の文教制度調査会等あるいは前からの文教部会等の考えあるいは大蔵省の考え等は、ことしの十二月の予算折衝の際、もう三倍から五倍には国立大学の授業料を値上げするような非常にそういう方向に向かっているように思える。ですから、私たちは文部省として、文部大臣としてほんとうにここで値上げしない方向でいっていただきたいと強力にお願いするわけでございますけれども、きのうの朝日新聞の投書欄にも、大学の教授が投書をしております。私も非常に同感でございますので、ちょっと読みますと、「最近私学の授業料値上げが問題を起しているが、政府与党は国立大学でも学費の三倍値上げを考えているという。また紛争の種子をつくられては迷惑ということより、能力と意欲のある者には教育の門は均等に開かるべきだという立場から政府に再考を促したい。物価上昇に比し授業料据置きは不均衡だというのは教育を企業と同等視する発想で承服し難い。均衡というならまず考えるべき奨学金の増額である。月三千円で奨学金の名に値しようか。教育予算にしても、ロケットまで含めた東大予算を学生数で割って一人何十万円かけているというのはごまかしで実際の学生経費は驚くほど貧弱であり学生が満足にすわって昼食をとる場所もない現状である。
 近ごろは車で通う学生も多いくらいだから学費値上げも当然だというのは考え方が逆である。余裕のある家庭の子女でないと入試準備が困難なのに、このうえ国立大学まで学費値上げをしては、そうでなくても物価高で生活を圧迫されている庶民の子弟は学園から完全にしめ出されてしまう。大学が金に困らぬ教育ママの過保護子女だけで占有されてよいものだろうか。」こういう「学費値上げに再考促す」という題がついておりますけれども、こういった考えも非常に強いわけです。私もこれはたいへん同感でございます。やはり最高教育の機会均等ということは非常に大事でございまして、社会主義国なんかでは、そういう点は非常にうまくいっているわけですが、わが国のような場合はこれは大問題だろうと思います。奨学金にしましても、昭和二十五、六年でさえも二千百円になっていたのに現在では三千円です。もういまから二十年ほど前で二千百円ですから――あの当時はそれだけでも下宿料ぐらいは出たわけです。現在三千円じゃどうしようもない、こういう姿もございます。
 また東京大学の予算を見ましても、科学衛星及びロケット費が二十七億で一〇・八四%を占めておる。ところが学生経費は三億六千六百十七万円、一・四五%に過ぎない。こういう結果も出ておるわけです。こういったことから私は国立大学の授業料はあらゆる点から考えて、昭和四十六年度において少なくともやるべきではない、このように考えますけれども、大臣はどうお考えですか。
○国務大臣(坂田道太君) 一つには高等教育機関に対する国の財政援助方式あるいは受益者負担、奨学制度の改善等の関連のもとに、中央教育審議会の答申を待って、高等教育改革の重要な課題としていま検討すべきであると考えておるわけであります。
 二つには、高等教育の大衆化した今日におきましては、授業料を値上げすることは、公共料金抑制という点からも考慮すべきものがあると考えております。
 三番目には、国立大学の授業料の値上げは、公立大学、私立大学の授業料は言うまでもなく、さらには高等学校の授業料にも影響するところが大きいのでございます。
 四番目には、国立大学の授業料につきましては、教育政策、社会政策上の考慮が必要であります。単に私立大学授業料との格差だけでは論ずるべきではない。先般この委員会で私が申し上げましたようなことは、いまも変わってはおらないわけでございまして、現段階では総合的な判断をしました場合には、国立大学の授業料を改定することは適当ではないじゃないかというふうに考えておりますが、しかし最終的には、やはり予算編成のときに問題が出ないとも限らないわけでございまして、しかし、いまの段階では私はただいま申しましたように、値上げをすべきじゃないというふうに考えておるわけでございます。
○多田省吾君 もう一つは、これも八月の当委員会でお尋ねした問題ですが、医科大学の新設の問題でございます。初め自治省小は辺地医師確保のために、公立の医学高等専門学校を設立するということで二十億円の来年度予算も概算要求しているわけでございますけれども、厚生大臣また文部省から反対が出まして、この前新聞によりますと、十六日に都内のホテルで辺地医師の不足解消策について話し合った結果、大体文部省のいわゆる学校教育法にのっとった正規の医科大学を新設して、そうして辺地医師の確保をすると、また財団法人の医科大学になるだろうというような話し合いが行なわれたと聞いております。で、私も八月に大体このような線で文部大臣に御質問申し上げたこともございますし、この線で私たちは早くこういった医科大学の新設をやっていただきたいと、こういう気持ちは持っております。確かに申すまでもなく、日本の医師は非常に不足しております。で、ほんとうはお尋ねしてもいいんですけれども、時間もありませんので申し上げますと、日本では人口十万に対して百十二・一人の医師でございますが、アメリカは百五十・八、フランスは百十七・四、イタリーは百十三・二、ソ連は二百十五・九というような医師の数でございます。そうして日本においては、特に過疎地帯においては非常に少なくて、秋田が八十・四、山形が八十四・〇、茨城が七十七・六、こういった非常に少ない姿を示しております。ですから、いまは青森あたりの公立病院でも医者が少なくて病院も経営が成り立たない。まして、過疎地帯の町村においては、ほとんどお医者さんがいないために、たいへんな問題になっているわけでございます。で、特に日本においてはアメリカ等のいわゆる三倍の患者の方がいると、それから少し軽くても、みんな保険があるために見てもらうということで、重症患者が特にたいへんな思いをしているわけです。こういったこともありますし、私たちは辺地医師の確保のために三大臣が話し合われて妥当な線を出されたということは非常にけっこうだと思いますけれども、ただ話し合いだけで、これが進まなかったら何もならないわけです。またほんとうに辺地に就任してもらうということが憲法問題になるかどうかというようなことも論ぜられているわけでありますし、また大体いつからこの学校ができるのか、あるいはその学費補助にしましてもどの程度できるのかと、これによってもまた相当これは問題になってくると思いますが、大体この前話し合われた線あるいは今後なさろうという線はどのようなものか、できるだけ簡明にひとつお答え願いたい。
○国務大臣(坂田道太君) 自治省は僻地勤務医師を確保するために当初高等専門学校による医師養成の構想を立てたことは御案内のとおりでございますが、しかし文部省といたしましては、現在の医学水準から見ますと、現行の高校卒業後の修業年限六年の医学部教育によっても必ずしも十分な教育を行ないがたい面がございますこと、医学教育は人間の命等に対して十分な理解が可能な精神的、肉体的発達段階に達した者を対象としなければ困難であるというような理由から、自治省の案には同調できない旨を述べてまいったのでございます。また厚生省も、医師の水準の確保等の観点からこの構想には不賛成であるという態度をとってまいりました。自治省としては、僻地の医師を確保するためには、一般の大学医学部によるよりは、高等専門学校の卒業者に期待するほうが容易であるという考え方をとっていたようでございますが、先ほど先生が御指摘のとおり、厚生、文部両省の意見を聞いた結果、必ずしも高等専門学校構想にはこだわらず、新しい医育機関を設置し、修学資金の援助等を行なうことによって所期の目的を達することができるとの考え方をとるようになってきたものでございまして、厚生、文部両省もこれに賛意を表したものでございます。なお、この医育機関は地方公共団体の協力を得まして設置する学校法人が設置主体となることを考えているようでございますが、その具体的な方法等については、今後さらに自治省から相談があるものと考えております。また、この医育機関の学生に対する学費の援助につきましては、自治省では学費の全額を貸与し、卒業後一定期間僻地の治療のために勤務した者には、その返還を免除することを考えているようでございます。
 しかし、いま御質問のございましたいつからとか、あるいは具体的にということについてはまだ十分な検討がなされておりません。ただ、この三省の大臣の会合におきまして、私は、自治省でそれほどお考えであるならば、既設の公立医科大学を持っておられる、九つございますと、その定員は大体六十人ぐらいが平均でございますが、これをもう少し資金をつぎ込み、あるいは定員を確保することによって二十名ずつくらいふやしたならば一大学できるということが可能ではなかろうかというふうにも思いますが、その点もひとつよろしく考慮の上に考えていただきたいということを申したわけでございます。現に福島の公立医科大学におきましては来年度から二十名――六十名に対して二十名の定員をふやすということで大体話し合いがまとまって、来年度は福島の医科大学においては私が申し述べましたことに協力してくれるという体制になっておることも申し述べておきたいと思う次第でございます。
○多田省吾君 大体わかりましたが、もう一点、来年度から秋田大学に医学部が設置されるということをお聞きしておりますが、山形大学なんかも非常に辺地が多いために相当陳情があったんじゃないかと思うのです。ところが、きのうですか、市長選の応援のために山形市を訪れた田中幹事長、鈴木総務会長、水田政調会長の自民党三役が記者会見のとき、「山形県にとって念願の山形大学医学部設置の話が出ると――。「せっかく三役が顔をそろってきたのだから、認めようじゃないか」と幹事長がいうと、横の二役も「いいね。」このさっそくのOKには、さすが県庁の役人たちもビックリ。」といったようなことで出ているわけですけれども、こういったことは大臣は御存じでしょうか。また、これに対してどう措置をなさるのですか。
○国務大臣(坂田道太君) その記事は実は初めてここでお聞きをしたわけでございますが、しかし、そういうような要望が医師不足の県において相当要望されておるという事実は私もよく承知をいたしておるわけでございます。しかし、私はいつもここで申し上げておりますように、中央教育審議会の答申が来春行なわれると、やはりその答申を待って、一体日本列島においてどういうような大学をつくり、あるいは配置をし、そうして国・公・私立を調整すべきであるか。さらにどこどこに工学部をつくり、あるいはどこに医学部をつくったらいいかという一つのやはりプランは文部省としても持つべきであるという考え方を申しておるわけでございまして、それと同時に、実際上の問題として新しい大学をつくっていくという場合に、御承知の定員の問題、あるいは経費節減が定員を縛っておるという現実等を考えました場合に、私どもの計画からいうならば、四十七年度以降はこの定員のワクを少なくとも大学改革をやる当文部省についてははずしていただくということも閣議で発言をいたしておるわけでございますし、また、この半年ばかりの間に長期教育計画並びに計量的な計算をいたしまして、一年どれくらいの高等教育機関に必要な経費がかかるんだ、そして一体学生人口はどのくらいに持っていくべきであるかというようなこともあわせて考え、そうして財政当局にこの要求を迫らなければならないという段取りを考えておるわけでございまして、そういうことから昭和四十六年度の予算におきましては新たなる学部というものを創設するということはやらない、しかし四十七年度からはそういう学部設置あるいは大学の改革というものも出てきますということは言い続けてきておるわけでございまして、まあせっかくの三首脳がお話し合いになったことではございますけれども、私といたしましてはただいま申しましたような気持ちでおるわけでございます。
○多田省吾君 三番目に、義務教育における父兄負担の軽減問題についてお尋ねします。
 最近、小学校、中学校における義務教育費、子供さん方の教育にかかる費用というものは非常に高くなっておりまして、文部省調査の昭和四十三年度の父兄が負担した教育費という調査によりましても、学習塾とか参考書なんかの家庭での教育費を除いた学校教育費だけでも、小学校で二万四百五十五円、中学校で二万七千五百二十円かかっておりまして、これは昭和四十三年度ですが、昭和三十四年度と比べると、小学校が二・六倍、中学校が二・七倍の父兄負担の激増になっているわけでございます。これは年々増加の一途をたどっております。ですから、憲法の「義務教育は、これを無償とする。」という精神が形骸化されているように思えるわけでございます。
 で、この前も埼玉県の浦和市で長期欠席児童の欠席理由を調べましたところ、ある児童は、学校のプールの寄付が家で貧乏なためにできなかった。で、プールができたときにまわりの子供さんから、おまえは寄付してないんだから泳いじゃいけないぞと、こういうことで非常にがっかりしまして、童心を傷つけられて、そのために長期欠席児童になってしまったというようなたいへん困ったような姿もございますし、またこの前も本庄市に参りましたときに、ある生活保護家庭で、どうしても学校で制服をつくるというので、その子供さんの制服代として生活保護費を前借りしたのでありますけれども、やはり市役所等の吏員からまあいろいろ、前借りはけしからんとかいろいろ言われまして、非常にこれはまずい姿になっております。こういったこともあります。
 それからちょっと古いんですが、ことしの八月五日の毎日新聞には、東京都の中央区のある中学校のPTA会計が非常にずさんであり、学校教育費だけでも年間七万八千五百八十円と、普通の三倍程度の学校教育費がかかっている。おもにPTA会費でございます。父兄が非常に憤慨しまして都知事あてに訴えたためにこの実態が明るみに出たと。で、そこに明細が書かれているわけですが、その七万八千円の内訳は、卒業準備積み立て金八千四百円、給食費、PTA会費など三万九千百二十円、教材費が三千九百六十円、PTA総会、歓迎会費二千五百円、忘年会二千五百円、新年会三千円、RTA懇親旅行費五千円、林間学園四千百円、修学旅行慰労会二千五百円、父兄謝恩会千五百円、お別れ会三千円、補習授業費三千円と、こういった明細が出ているわけです。そして校長先生から用務員まで全教職員が総額二十三万四千円をPTAから受け取っていた。これは校長先生の話です。こういったことで、全国にはこういう学校も数多くあるのじゃないかと思われますし、また、東京の昭和四十三年度の調査によりますと、学校教育費のほかに家庭教育費まで入れますと、七万六千七百三十五円、これは小学生の平均ですが、そういうお金がかかっております。文部省の重点政策としましてここ数年父兄負担の軽減ということが大きな柱の一つになっているにもかかわらず、実効がなかなかあらわれていないようでございます。文部省としては、まずこういった義務教育における父兄負担の軽減についてどのようなお考えでいらっしゃるのか、簡明にお答え願います。
○説明員(宮地茂君) 義務教育につきましては、教科書無償制度がございますが、そのほかにできる限り父兄負担の軽減をはかりたい、こういう考えから、たとえばできる限り、学校の教材費を充実することによって生徒に転嫁させないようにということで、義務教育諸学校教材費負担金の増額をはかっていくとか、さらに先ほど先生のおあげになられました童心を傷つけるような、そういうことも私どもも聞いておりますので、そういった子供たちの就学奨励につきましては、これは要保護、準要保護児童、生徒の援助費ということで、学用品、通学用品、通学費、修学旅行費その他、一般の子供に対しましても、遠距離通学費であるとか、このようないろんな施策を文部省といたしましては文部省の予算の重点的な項目として、毎年その増額をはかっておるところでございます。しかしながら、御指摘のように、まだ完ぺきなものにはなっておりません。したがいまして、今後とも以上申しましたような施策を強力に推進することによりまして、父兄負担の軽減について一そう努力をしたい、こういうふうに考えております。
○多田省吾君 いわゆる父兄負担の中でも学校教材費というものがあるわけです。これは四十三年の調査で出ておりますけれども、一人当たりの平均額が出ておらぬわけです。それによって大体全国――いわゆる学校の教材費だけです、学校で買っているものだけでけっこうですから、大体年間小学校、中学校どのぐらいになっているか、どのぐらいを父兄が負担しているか、ちょっと計算しておっしゃっていただきたい。
○説明員(宮地茂君) 四十三年度の調査によりますと、小学校で全国で約五百三十七億でございますが、一人当たりにいたしますと五千七百八十八円、中学校でございますと総額三百七十億円、生徒一人当たり七千六百十五円というふうに一応調査の結果では出ております。
○多田省吾君 そうしますと、学校の教材費だけで小学校、中学校合わせて大体九百七億円ということになりますね。小学校が五百三十七億、それから中学校が三百七十億、九百七億円。これは東京都の調査によりますと、教材費が、ちょっと全国平均よりも四十三年度の調査では高くなっているようですが、小学校だけでいいですから、大体どの程度になっているか。
○説明員(宮地茂君) 小学校で総額が東京都五十八億円で、児童一人当たりにいたしますと七千四百二十二円で、全国平均の五千七百八十八円に比べますと約千六、七百円高くなっております。
○多田省吾君 それで東京都の四十三年度の調査の結果でございますが、これはあくまでも学校での教材購入費が一人当たり七千四百二十二円、ところが同じ計算のしかたで、今度は家庭での教材購入費というのが出ているわけです。これですと九千八十一円ですね。ですから、学校での教材購入費よりも大体二割以上高くなっております。ですから、こういう計算でいきますと、もう学校で購入する教材費が九百七億円ですから、全国ではやはり今度は家庭での教材購入費というものも全国で考えますとやはり一千百億円ぐらいになると思うのです。そうすると合わせて教材費だけでも二千億円以上を父兄が負担しているような姿になると思います。ところがいわゆる教材の中には、たとえば副教材一つ取り上げましても、あまり必要じゃないのじゃないかと思われるようなものが含まれているように思えるのです。これは私どものほうで都内の小学校の教員の方にアンケート調査をお願いしてとってもらったのですが、たとえば副教材で学習帳とかワークブック、それだけの使用状況を調べてみましたところ、中央区立のA小学校では使用している副教材の種類は三十三種類、ところがその教員の方のお考えでは、必要であるというのが六種類で、あまり必要でないというのが二十七種類、それから足立区立のB小学校では、使用している副教材の種類が九種類、そのうち必要であるというのが四種類、あまり必要でないというのが五種類、杉並区立のC小学校では、使用している副教材の種類が四十七種類、そのうち必要であるというのが十種類、あまり必要でないというのが三十七種類、江戸川区立のD小学校では、使用している副教材の種類が四十一種類、そのうち必要であるのが三十種類、必要としないというのが十一種類、中野区立E小学校では、使用している副教材の種類が二十六種類、必要である二十種類、あまり必要でない六種類、北区立F小学校では、使用している副教材の種類が二十九種類、必要である八種類、あまり必要でない九種類、わからないというのが十二種類と、大体こういった傾向が出ているわけです。私はその一々の教材の名前も全部とってあることはとってあるのですがね。こう見てみますと、私たちは専門家ではありませんけれども、見ても、あまり必要ないんじゃないかというようなものもあるわけですね。これに対して昭和三十九年に文部省の通達には出ているようでございますけれども、こういった副教材の使用に対してはどのようにお考えになっておりますか。
○説明員(宮地茂君) これは先生も御承知と存じますが、小・中学校、高等学校等では主教材としての教科書は文部大臣の検定を経た教科書を使わなければいけないということになっておりますが、それ以外のいわゆる副教材につきましては学校教育法でも教科書以外の教材として有効適切なものは使用ができるということになっております。したがいまして、こういう問題につきましては、学校の校長、教諭の先生方、さらにその学校を設置いたします地教委、こういう一番子供に身近なところでいまおっしゃいますような点は十分考えていただくのがよかろう、こういうふうに私ども考えております。したがいまして、父兄負担が高くなるから教科書以外の教材は絶対に使わぬようにということもこれは言いかねますが、さればといって、やはり父兄負担のことも考え、教育効果があがるという点でそれぞれの地域で実情に即するようにやっていただきたい、これが私どもの基本的な考えでございますが、昭和三十九年に当時の初中局長から補助教材の取り扱いについて通達いたしておりますが、これにつきましてもまあ大体同趣旨のようなことでございますが、さらに一時うわさされました副教材をめぐってのリベート関係のいわゆる汚職というようなこと、これを伴うことは絶対に避けなければいけませんし、そういったようなことで通達いたしておる次第でございます。
○国務大臣(坂田道太君) ただいまの問題は、実際私も父兄の方から話を聞いたり、また実際、私、学校にまいりましてもいろいろ聞くわけでございますが、かなり安易に副教材を使い過ぎているという傾向があると思うのです。もう少しやはり先生方自身がくふうをし、選択をし、そして、これだけはやはり必要な教材であるということで父兄負担というようなこともやはり一方において考えてしていただくということを私としては強く望むのでございまして、ただいま初中局長が申しましたように、基本的にはわれわれのほうからそれはもう一切使ってはならないとか、あるいはこれだけにとどめるべきであるとかいうような指導はいたしませんけれども、しかしやはり常識的にそういうふうに多くなってきておるということにつきましては、学校においても各先生においても、それから地教委等においても十分父兄負担のことを頭に入れて必要なる教材をセレクトするということがやはり教科書としても、また教育行政に当たっている者としても大事な点ではないかというふうに考えている次第でございます。
○多田省吾君 いま大臣のおっしゃるように、三十九年に通達が出ております。まあ「適切でない補助教材が使用されることのないようあらかじめじゅうぶん指導すること。」というようなこと、あるいは学習の評価というものは学校の指導計画に基づいて教師みずから適切な方法によって行なうべきであると、こういうような基本原則は十分言っているのでございますが、そして私たちもそういう教育の副教材のいわゆる内容まで立ち入って、まあ教科書のときのように規制するようなことは私たちも望ましくありませんけれども、しかし、大臣のおっしゃるように、何といってもいま初中局長からあげていただいたように学校で教材として使っているのが九百七億円、また家庭で買っている教材が千百億円、二千億円以上のいわゆる副教科書とかあるいはさまざまの教材が使われているわけでございまして、やはり業者の中には教科書が無償配付になったのだからそのほかの教材で勝負しようというようなことで、だいぶ攻勢も激しいようでございますし、やはり大臣のおっしゃるように必要でないものまで使っているような傾向も私は実際父兄の方々からの話によりますとあるように見える。第三番目に、この通達の中には、「補助教材や学用品などを学校で取り扱う場合、教職員が業者から手数料、寄附など名目のいかんにかかわらず金品を受け入れることは教職員の服務の厳正を期するうえから望ましくない行為であり、」云々とあります。それはある程度はいろいろな手数もかかりましょうからあれですけれども、やはり業者からの――調査等によりますと、副教材としての価格でございますが、たとえば私たちの調査によりますと、習字セットというのがありますね、卸値が七百二十円、それが業者から学校への販売価格は九百六十円、生徒の購入価格は千八十円と、またそろばんというのがありますが、これは卸値が六百円ですね、それから業者から学校への販売価格は八百円、生徒の購入価格は九百円。それから笛というのがあります。これは卸値が六十円、業者から学校への販売価格が八十円、それから生徒の購入価格は九十円。ハーモニカ、これは卸値が五百六十円、業者から学校への販売価格が六百八十円、生徒の購入価格が七百五十円。業者の方からいきますと、大体生徒さんには卸値でもだいじょうぶなようなんですけれどもという話で言っているわけなんですね、ですから私たちはこういった生徒の購入価格が非常に高くなることは非常にまずいことである、このように思うわけです。そして副教材あるいはこういったものが相当業者から競争的に販売されている。昭和三十九年の通達のこれは相当自粛もしたようでございますが、また最近非常に父兄負担が急上昇しているという傾向は、やはりこういった副教材の使われ方が非常に多くなっているんじゃないかと、このように思うわけなんです。やはりこういったことは義務教育は無償とするという憲法の精神にも反することでもございますし、ただいまの御答弁から見ても私たちは好ましくないと思っています。そういうことでやはり文部省としては現状をお調べの上、こういったことは厳重に慎しむようにやはり指導していかなければならない立場なんじゃないかと、これは父兄の方からもずいぶん強くいわれているわけです。ましてそのほかにあまり必要でないような、先ほど申し上げましたけれども、学校で制服をつくるあるいは体育着をつくる、運動ぐつをつくる、こういうこともあるんです。この前も近藤啓太郎さんという小説家の方がコラム欄で、鴨川中学校では制服だと、それは何も父兄負担という面から論じられたのではありませんけれども、非常に画一的で、時計なんかもはめさせないなんていうことで、それは自由であってよろしいんじゃないかと、こういうことがコラムの欄にもありましたけれども、私も非常に同感です。まあこういったもし昔のように業者の方とそれから学校の結びつきがあり、またリベートが全部ほとんど一割以上だというようなことにもなりますと、それはちょっと今後好ましくないんじゃないかと、こう思います。文部大臣としてこの点をどうお考えになっておられるか、さらにお尋ねしたい。
○国務大臣(坂田道太君) これは先生のおっしゃるとおりに私も考えております。私どもといたしましてはあらゆる機会を通じましてその趣旨を徹底させて、不必要な教材、あるいはいま御指摘のように、そう制服でなくてもいいようなところに制服を無理やり買わせるというようなことがないようにいたさなければならないというふうに考えております。
○多田省吾君 もう一つは、学校の場合は、家庭で自由に買われる場合はいいんですが、大体の学校ではこういうものを生徒に渡すわけですね、業者からのこれは封筒です、絵の具セット申し込み書。それでこれにちょっと書いてありまして、市価より安いから、特安になっているから買ってほしいというようなこと、しるしをつけるようにと、こういうものを小学生の方なんかもらった場合に、やはり家庭に行った場合、みんなが買っているのに私だけ買わないというのはまずいということで、大体買ってしまうんじゃないか。楽器なんかもそうですね。楽器なんかも一つが終わらないうちに次の楽器を買わせられると、こういう場合もあるようでございまして、これは父兄にとっては非常に負担だと思うんです。そのほか本屋さんからはこういう申し込み袋、というのは副教科書でもないんですけれども、こういうものがたくさん渡る。そういうことで非常に父兄の方によっては困っている方もたくさんいらっしゃるんですね。こういったことはやはり三十九年の通達は一応ありますけれども、ただ通達を出しただけで父兄の方々の実情を御存じないとすればこれは問題だと思うんです。大臣としてこれはどうお考えですか。
○国務大臣(坂田道太君) この点はやはりもう少し私どものほうでも実態調査いたしまして、そしてまあ都道府県の教育委員会を通じて各学校に、ひとつ各学校の校長、教諭を含めた職員会議等の議題にしていただいて、そしてやはり厳選されると、あるいは父兄負担のことを考えて適当にやるというようなことも、実効のあがる方式をひとつ早急に考えてみたいと思います。三十九年に通達を出しっぱなしでなくて、あらためてやはり議会で提案されましたことについてわれわれといたしましても行政的にこれを具体的に少し浸透させ、そして是正の道があるならば是正をしたいというふうに考えます。
○多田省吾君 それからこういうのもあるんですね。ダブルカスタというんですか、この中に文部省基準教育用品審査合格と書いてありますがね、こういったものは文部省で許していらっしゃるんですか。文部省基準教育用品審査合格・ダブルカスタ、これが現在売られているわけですね。
○国務大臣(坂田道太君) 私ども初めて聞いたわけでございますが、えてして業者が文部省をかさに着ていろいろ売り込むというようなこともこれはあり得るんじゃないかと思いますが、よく実情を調査いたしたいというふうに思います。
○多田省吾君 局長、これは御存じないですか。これはね、いまあるんだというようにおっしゃいましたが、これはあるんです。だけれども、これは一年間有効なんです。だから十年前に届けて、一年しか使っちゃいけないのに、いままで使っている、こういうことらしいんですね。
 それから、もう一つは、これに文部省選定標準色準拠、こういうんですね、折り紙ですか、文部省選定標準色準拠、こういうのも文部省は許可しいていらっしゃるんですか。
○説明員(宮地茂君) 文部省選定何とかとおっしゃいましたが、文部省は教科書検定以外に文部省でそういうものを選定するとか、推薦するというような行為は文部省としてはいたしておりません。
○多田省吾君 ですから、こういったかってに文部省基準教育用品審査合格とか、それから文部省選定標準色準拠と文部省を全部かさに着て副教材が売りまくられているという現状なんです。そういった現状を、三十九年に通達を出されたんですから、相当お調べの上出されたんだろうと思いますけれども、こういったことは全然副教材については調査されたことはないんですか。
○説明員(宮地茂君) 調査したことがございませんので、まことに恐縮ですが、そういう声もございますので、来年度調査いたしたいと思いまして、予算概算要求を大蔵省にお願いいたしておる次第でございます。
○多田省吾君 で、こういった義務教育における父兄負担が副教材等によってますます非常に多くなっている。その上PTA会費だとか、あるいは学校の講堂やプールをつくるんだから寄付だとか、そういうのが、そのほか先ほど申しましたように、制服だとか、あるいは学校指定の運動ぐつだ、あるいは運動服だと、ますますそういう傾向が多くなりまして、義務教育の児童から業者がお金を巻き上げようという姿が非常に濃厚になっております。これは大きな問題だろうと思います。ですから、そういったことも含め、そうしてこの副教材等に関しては来年調査するということでございますけれども、たとえば値段的に必要最小限の副教材の基準というようなもの――乱用じゃなくて、そういったものをおきめになる考えはないものかどうか、それから適正価格一覧表みたいなものをお考えになることはないのかですね。ただお調べになる、それだけかということですね。いままでは全然副教材については調べてないということですが、これは非常に怠慢であると私たちは思います。実際父兄の方々が非常に困っているわけです。で来年調査するとして、その調査の結果をどのように生かしていこうとお考えになるんですか。
○国務大臣(坂田道太君) 第一義的に申し上げますと、そういうことは学校長及び各先生方が責任を持ち、また非常識なやり方をやめるべきであるというふうに思うんです。一々私たちのほうから通達を出して個々に指導するということも必要でございますけれども、やはり学校の先生方にそういう気風をまずつくっていただく、あるいは父兄のほうからそういう声を先生方に伝えていただく。そのためにやはりPTAというものもあるわけですから、やはりPTAを通じたり、あるいは各都道府県の会議等を通じまして末端まで浸透するようにこれから検討してまいりたい、もちろん教材費は来年のことでございますけれども、その前でやるべきこと、実効のあがること、これをひとつ早急に考えていきたいというふうに思っております。
○多田省吾君 最後に、やはりこういった義務教育における父兄負担の軽減という問題は各県、あるいは市町村の議会、あるいは教育委員会等においてはいろいろ考えているところもあります。しかし中には先ほど毎日新聞の例を取り上げましたように中央区のある中学校でこういった普通の学校教育費の三倍もかけているような、そういうPTA会費なり、あるいは教材なりのずさんなやり方をしている学校もあるわけですよ、その中にはやはり要保護世帯や準要保護世帯、こういった家庭の方々も含まれているわけですね、だから全般的にこの問題は大事でございますけれども、特に私たちはこういった童心を傷つけるような姿がございますし、たとえば大多数の家庭でこういう負担にたえていかれるとしましても、これは憲法の精神に反することでございます。また中にはこういったたいへんな人生を間違ってしまうようなおそれがあるという姿もございますということは、やはり文化国日本として、やはりこれはゆゆしき一大事だと思いますので、県や市町村ではやっているところもございますけれども、文部省自体は通達を出していながら全然副教材のことは知らない、調査をしてない。で、こういういかがわしい、文部省をかさに着たような、はっきりこれは違反しているわけですが、こんなものはないわけです、ないんです事実。先ほどないとおっしゃった。それなのにこういう文部省をかさに着たような刷り込みをして売りまくっている、こういう現状が事実あるわけですよね。そういったことはひとつ文部大臣としても厳重にお調べの上、今後の義務教育の父兄負担の軽減ということにつきましては、これはもうほんとうに力を入れてやっていただきたい。このように思います。
○国務大臣(坂田道太君) いま先生おっしゃいましたことは私も全く同感でございますから、具体的にひとつ調査もし、また具体的な措置として何かやり得るものがあるならば直ちにやりたい。こういうふうに考えております。
○内田善利君 私は、現在政府で考えられておる放送大学の構想についてお聞きし、また私たちの意見もお願いしたい、そのように思いまして、まず放送大学について質問したいと思いますが、昨年の三月でしたか、社会教育審議会で答申があり、さらに放送大学問題懇談会が、またいまは放送大学準備調査会でいろいろ調査がなされ、答申がなされておるようでありますが、当初の開校予定も四十七年と聞いておりましたが、さらに四十八年になったように伺っておりますし、この放送大学につきまして最近疑義に思っておりますことは、この放送大学がいわゆるアメリカ方式の純然たるテレビ大学なのか、ほんとうに内外ともに開かれた、イギリス方式のオープン・ユニバーシティーなのか、この辺の構想についてお伺いしたいと思いますし、さらに現段階でいつ開校の予定としておられるか。またそれまでのスケジュールがありましたらこれをお聞きしたいと思います。
○国務大臣(坂田道太君) 文部省としましては御案内のとおりに放送大学の設立につきまして昨年十一月放送大学準備調査会を設けまして検討を進めておりましたが、去る七月放送大学の性格、教育方法、教育内容等について同調査会の報告書が提出されました。放送大学の設立を具体化するにつきましてはなお検討すべき問題として放送大学の設立主体、放送の実施形態、放送大学に設置すべきコースの数及びその内容、入学者数の推定、並びにこれに伴う必要経費の算定等が残されており、目下これらの問題について検討を進めております。
 一方放送大学に対する国民の要請を正確に把握するため、二回にわたり世論調査を実施しており、また社会教育審議会の教育放送分科会においては、テレビ及びラジオにそれぞれ適する教育内容や、両者の併用方法等について、調査研究を進めております。
 先般ごらんいただいたと思いますけれども、総理府におきましてこの放送大学を知っているか、知っていないか。どのように望むか。というような調査をいたしましたら、これはまあ多少問題のとらえ方にも問題があったかとも思いますけれども、私たちが予想いたしましたよりもかなり低い、知らないというのが非常に多いということでございまして、私たちのほうでも、いま申しましたような世論調査の結果をもう一ぺん確かめたいと考えておるわけでございます。
 なお高等教育改革の全体構想の関連におきます放送大学についての問題が、基本的に考究する課題として残っておりますが、特に大学の通信制課程の関係については、慎重な配慮が必要であるというふうに考えております。しかしながら私としましては四十八年度を目途として設置準備を進めておるということは申し上げられると思うのでございます。
 私今回二週間にわたりましてイギリス、フランス、ドイツの新しい大学を見てまいりましたが、イギリスにおきまして放送大学のオープン・ユニバーシティーの幹部の方々ともお話をしてまいりました。またBBCの会長ともお会いをしまして、いろいろお話を聞いてまいりましたが、イギリスにおきましても、やはり予算的に十分であるだろうかという問題、あるいは一学生が聴視いたしますテレビ時間というものはわずかに三十分、ラジオが三十分、そうして来年度一月十日から開校するが、しかし初めは週テレビ四時間、そうしてラジオ四時間、こういうことで、はたして大学教育に値する教育というものが、マスメディアを通じてやれるだろうかという、そういう不安を実は持って帰ったわけでございます。御案内のとおり、私たちの放送大学においては、一応この報告書によりますと、テレビ一時間、ラジオ一時間ということで、その点においては充実をしておるわけでございます。しかしまた日本の考え方とちょっと違いますことは、向こうは通信教育というものを併用し、添削等も考えておるようでございます。BBCの会長の説明によりますと、ウィルソンがソビエトロシアに行きまして、あの通信制大学の発達をいたしましたこのソビエトロシアの実際やっておりますことを頭において、そうしてオーブン・ユニバーシティーというものを具体化していった、こういうことでございますが、オープン・ユニバーシティーの幹部の人たちは、はたして労働党のときに計画をしたこのオープン・ユニバーシティーというものが、保守党になって続けられるだろうか、あるいは何か少し予算的なチェックを受けるのじゃないかという多少の心配をいたしております。政府首脳及びBBCの会長を通じて聞きましたところによりますと、ここまで来たものをいまさらやめるわけにはいかない、こういうことでございます。ただ違うところは、労働党内閣においては、一たん社会に出て行った人たちで、何らかの高等教育を受けなかった人たちにこの放送大学の機会を与えようということに対して保守党の人は、それもけっこうだけれども、同時に大学には入れない学生たちにもこれを開放すべきではないだろうかというような議論があるということを指摘しておったわけでございます。私どもといたしましては、世論調査の結果もございますが、しかし、いま申しますように、四十八年度をひとつの目標にいたしまして、いませっかく努力をいたしておるわけでございまして、最終の予算要求の中にはぜひともこの放送大学の予算措置も要求をしたいといまのところ考えておるわけでございます。完全なスケジュールというものはまだ出ておりませんが、ただいま申し上げましたような状況を御報告を申し上げておきたいと思います。
○内田善利君 いまの大臣の説明で大体ロンドンのオープン・ユニバーシティー式であるということがうかがわれるわけですが、四十八年の開校をめどとしておられるようですけれども、ロンドンのオープン・ユニバーシティーも六年ないし七年準備期間があったと、このように聞いておりますが、四十八年開校予定としては、いまだに、社会教育審議会から答申があり、さらに懇談会、また調査会等々で調査が進められてきたわけですけれども、もう四十八年開校予定ならば、その設立形態あるいは放送の実施方法などはもうすでに決定すべきではないかと、このように思うわけです。国立大学方式にするか、これはロンドンのユニバーシティーもそうだと思いますが、あるいは特殊法人式にするか、まずこの基本的な問題が解決しなければ先へ進めないのではないかと、このように思いますが、この点はどうお考えなのか。
 それから設立準備機関としては、いままでのような、主体をパートタイムの懇談会あるいは調査会、こういうものにまかせないで、今後のスケージュールとしては開校までの間、仮学長とまでは言いませんですけれども、強力な専門的なスタッフをもって本格的な設立準備機関を設けてこの問題には取り組むべきではないかと、このように思いますけれども、この点はどうでしょうか。
○説明員(今村武俊君) 放送大学の設置主体につきましては、文部省の内部では特殊法人という方向で大体の線をそろえておるところでございます。ただ、特殊法人と申しましても、従来多くの特殊法人がございますが、それと同じ意味の特殊法人ではなしに、まさに新しく考えられる特殊な法人としての具体的な内容を検討しておるところでございます。
 次に、スケージュールに従って仮学長を設置して仕事を進めたらどうかという御質問でございましたが、まだその前に文部省として検討する事項が多うございます。たとえば高等教育改革の全体構想の中で放送大学をどういう位置づけにするか、たとえば従前の通信制大学というものは通学しない学生のための大学制度でございますが、放送大学も通学しない学生のための制度でございますし、ロンドンのオープン・ユニバーシティーも初めは放送制大学として考えられていたものが、現在では通信制と放送制と両方併用するような形になっておるというような問題もございますので、それらの検討あるいは新しい大学の管理機構あるいはカリキュラム、それよりも先に入学の定員をどのくらいに見込むかといったような問題等等、いろいろこう、まだ先生のおっしゃった仕事に取りかかる前に検討する事項が多うございますので、それらのことについて検討いたしておる段階でございます。
○内田善利君 昨年の三月、社会教育審議会の答申では、アメリカのシカゴ大学のような、教育委員会が地域的に多様な教育放送をしていくという提案であったように思います。また将来はCATVなどの有線放送等も考えられますし、そういった機器ができてくれば、私は全国的な、画一的な放送を行なうということになれば、やはり国が教育内容をコントロールするということになりますと、非常に危険性がある。したがいまして昨年の社会教育審議会の答申のような、地域ごとに放送機関を設けて、またCATVのような機器ができてくれば、そういったことのほうが地域的な教育もできるし、また地域独特の教育もできるし、またいま断絶と言われておる時代にさらに画一的な教育をすれば、教師と学生との断絶ということがいよいよ深められると、スクーリングがあるにしてもそういった傾向が強くなるんじゃないか。それよりも地域ごとの、シカゴ大学のような、社会教育審議会の答申のような教育放送を行なえば非常にいいんじゃないか。このように思うわけですがこの点はどうでしょう。
○説明員(今村武俊君) 先生のおっしゃるような御意見が有力な意見であることも事実でございます。社会教育審議会の放送分科会のほうでは、そういう意見が出ております。これは考え方としては大学の開放講座と申しますか、スクール・エクステンションと言われる類型の一つになるわけでございまして、社会教育審議会のほうではそういう考え方で構想を固めつつあったのでございますが、承るところによれば、電波の割り当ての関係でそのような構想を全国的に一般的に広げることはむずかしいのだそうでございます。そういうことで放送大学という考え方が出たわけでございますが、その放送大学も特殊法人を設置して、しかも学校教育法に言う正規の大学として、大学の自治を保障される大学として運営されることになりますと、国家権力がその教育内容に関与するということは考えられないわけでございまして、放送大学であるから直ちにいけない、スクール・エクステンションの形でなければならないということにはならないであろうと思います。つまりスクール・エクステンションの形もあり得るし、放送大学の形もあり得るということでございます。目下放送大学としては構想を進めておることは御存じのとおりでございますが、そのスクール・エクステンションあるいは地域ごとの何と申しましょうか教育を閉回路方式によって、放送手段を教育の中に取り込もうとする方策、つまり社会教育審議会の意見具申の線に沿いましたものとしては、明年度千葉県の館山において閉回路方式による有線ケーブルで結ぶ新しい放送形態を取り入れるための予算要求をしておる。こういう現状でございます。
○内田善利君 いまお話しのように、将来の教育の自由化時代が到来するということになれば、やはり国の画一的な全国一律の放送ということは、やはり何か放送大学は国の独占事業みたいになってくると、こうなりますと、非常に私はその危険性を危惧するわけですので、ひとつ十分この点は自重して、そのおそれのないようにこの放送大学構想は持っていっていただきたい、このように要望したいと思います。
 それから放送大学の特徴としては、入学資格にはほとんど制限がなくて、だれでも入学できるということですが、あるいは特定の授業科目のみの履修を認めて単位修得証明書を交付するということでありますが、イギリスのオープン・ユニバーシティーの場合は最初は十万人の受験者を予想していた。ところが四万五千人しか集まらなかった。その中から書類審査あるいは面接検査によって二万五千人に決定したと、このように聞いておりますが、またその中でも主婦が少なくて、さらに勉強したいという学校の先生方が非常に多かったと、こういうことですけれども、これはやはり、この間も質問したわけですけれども、現在大学在学中の学生に対しても、たとえば工学部に入っていて、経済学を勉強したいというような場合に、この放送を聞いて単位を修得する方向にもっていったらどうかと、現在の大学と同じような構想の放送大学ではなくて、現在の大学生あるいは一般人が勉強したいという場合に自由に放送が聞けると、そして自由に単位も修得できる、そういう方向にもっていって現在の大学制度の補充的な役割りをする、放送というマスメディアを現在の大学に利用していくと、そういう考え方が一番いいんじゃないかと、そのように思うわけですけれども、この点はどうでしょうか。
 先だっての質問のときには二重学籍になるという答弁をいただいたわけですけれども、二重学籍という問題でなしに、現在大学で勉強している人たちがやはり放送メディアを利用して、さらに勉強効果を上げていくと、こういう方向にもっていったほうがいいんじゃないかと、このように思うんですけれども、この点はいかがでしょう。
○説明員(村山松雄君) 放送大学の構想それ自体が固まっておらない段階で、ただいまのような御質問に的確にお答えすることはむずかしいわけでありますが、伝えられておるような構想の放送大学と既存の大学、通常の課程あるいは通信教育の課程との関係いかんということになります。
 そこでまず第一に考えられるのは、放送というのは不特定多数のものに発射されるものですから、大学生はもちろん、だれが聞いても聞くこと自体はこれは自由だろうと思います。したがって放送大学から有益な教育内容が発射されれば大学生がそれを聞いて自分の実力の増進に資するということはこれはもう最小限言うまでもなくできるわけであります。さらに放送大学で放送したものが何か形式的にも既設の大学の卒業要件とか、それから単位の一部とかに充当されるかどうかというようなことになりますと、これはやはり放送大学ができた上で既設の大学との間でいろいろな話し合い、取りきめなどをしませんと、現段階で直ちにどうということは言えなかろうかと思います。ただまあ私の感じだけをあえて率直に申し上げますと、そういう相互にできれば適当な取りきめの上で教育内容を交換し、採用し合うということは、やり方がよろしきを得ればたいへん有意義なことであろうかと思います。放送大学を構想する際にそういうことも含めて検討がなされてしかるべきではなかろうか、かように感じます。
○内田善利君 先だって総理府で意識調査をなさっているわけですが、この調査結果で希望者が五%であったと、全体でいえば一・三%で全国に拡大すると八十五万人相当となると、これは非常に少なかったと先ほどの文部大臣の答弁でありましたが、八十五万人の希望者が応募したとしますと、これはたいへんなことになるんじゃないかと、先ほどのロンドンのオープン・ユニバーシティーの場合から考えますと、莫大な入学希望者が出てくると、こういう人たちをどのようにして採用するのか、まあ八十五万人全部採用されるつもりなのか。これはたいへんなことになると思いますが、この八十五万人がたとえば応募したとして、収容といいますか、あるいはいろんなスクーリングその他地域センター等が設けられると思いますが、こういったところではたしてオーケーなのかどうか、この辺どうなんでしょう。
○説明員(今村武俊君) 先ほど行なわれました総理府の調査、ことしの七月行なった調査でございますが、これは二十歳以上の国民から三千人を抽出して行なったものでございます。そのうちで、放送大学ということばを聞いたことがあるという者が三八・六%、そのことばを聞いたことさえもないという者が六一・四%であったので、大臣から先ほどのような御発言があったと思います。それで放送大学を聞いたことがあるという三八・六%の者について、放送大学をどういうぐあいに利用したいと思うかということで、大学教育を受けたいという者が三八・六%のうち五・四%あった。それで推定人員が八十何万人になるという数字を出しておるわけでございますが、ほかの調査に便乗いたしまして、まだ放送大学の内容も、構想も必ずしも具体化していない段階で、三千人の中から八十五万人を引っ張り出すという計算のしかたは、まだ少し乱暴なところもございます。したがいまして、現在十一月一ぱいでさらにこれらの問題を具体化いたしまして、一万人の調査を重ねてやっておりまして、その二つの調査を重ねてみて将来の推定数を考えなければならないと思っております。まあその結果、八十五万人という人々がほんとうに大学に入ってくれますと、これはたいへんなことでございまして、各都道府県ごとにチューターをおく施設をつくり、学習センターを置くという全体的な構想で議論をいたしておるわけでございますけれども、その学習センターが具体的にどの程度の規模で、どの程度のスタッフを擁しなければならないかという問題になりますと、なかなかむずかしい問題でございますので、いまのところ、考え方だけがございますので、まだその計数が具体化していないという現状でございます。
○内田善利君 ロンドンのオープン・ユニバーシティーですけれども、これはBBC放送とは全然別の形態で教育科学省がやっておると、したがって独立機関であり、BBCのほうではBBCの一部でもないし、BBCの人たちはこのオープン・ユニバーシティーの管理機関の一人としてここに属して、オープンユニバーシティーのメンバーとして仕事をしておるということでございますが、先ほど形態は特殊法人を考えておられるということですけれども、このいま考えられておる特殊法人とNHKとの関係はどうなっているのか、その辺ちょっとお聞きしたいと思います。
○説明員(今村武俊君) 特殊法人とNHKとの関係は、まだ決定的にきまっていない段階でございます。現在のところ、特殊法人が放送の電波発射施設まで持ったらいいという意見もございますし、特殊法人は大学のキャンパスと施設を持って、電波を発射する施設の保守、管理、運営はNHKに委託したらよろしいという意見もございまして、まだそれらが十分煮詰まっていない段階でございます。
○内田善利君 まだ相当何もかも煮詰まっていないようですが、四十八年の開校をめどとして、ひとつ強力に進めていっていただきたいと思いますが、もう一つお聞きしておきたいことは、いま現在通信大学があるわけですが、短大が七、大学で十一と、したがって学生が十一万ということでございますが、この通信大学は、現在理想として、この放送大学準備調査会の答申と同じような理想を掲げてやっているわけですけれども、この通信大学は一体うまくいっていないのかどうか。私は、この通信大学とさらにプラスして同じくテレビを使い、またラジオを使いして、先ほど来申しますように、現在のこういった通信大学をさらに強化し補充していく、そういう方向に持っていったほうがいいじゃないかと、このように思うわけですけれども、質問が重複するようでありますが、もう一度お聞きしたいと思います。
○説明員(村山松雄君) まあ通信教育の大学、短大は、現在、お示しのような状況にあるわけでありまして、うまくいっておるかいってないかというきわめて端的なお尋ねに端的にお答えすることは必ずしも容易ではございません。学生数からいけば、必ずしも増大するでもなくまた減少するでもなく、まあ俗に申せば横ばいの状況でございますので、まあまあということが一応言えようかと思います。それから登録しますものは相当数あるわけでありますけれども、問題は単位を取りおえまして学士号まで到達するものの割合は、通常の課程に比べますと、たいへん少なくてこれも経路が直線的でございませんので、まあ通常の課程のように入学者の何%が卒業するというぐあいに明快にとらえられませんけれども、大体一割から二割の程度ではなかろうかと思います。まあそういう状況を目しまして、必ずしもうまくいっていないじゃないかというような御指摘もあろうかと存じますけれども、ここら辺が一つはその通信教育の課程をやっております大学の悩みでありまして、通信教育といえども大学でありますから、教育研究の水準は落としてはならない。まあ仕事を持つ勤労者あるいは主婦等で大学へ来るものであるから、できるだけ便宜をはかりたいという気持ちとのにらみ合わせがなかなかむずかしいわけで、たとえて申しますと、たとえば通信教育でありましても大学教育でありますから、単にその知識を修得しさえすればいいということではなしに、一つは同じ学問を志すもの同士がやっぱり人的な接触をして切磋琢磨することも必要でございますし、それから大学の施設、キャンパスにおいて大学的な雰囲気に触れることも必要でありますし、それからまた先生の直接その謦咳に接するということも必要だということで、大体、その単位の全部に対して四分の一程度のスクーリングを課しておるわけであります。これを各年で割りますと、かりに四年で卒業するとすれば、毎年一月くらいのスクーリングをやらなければならぬ。これが元来が通常の課程に向かないような条件の方々が行っておる通信教育でありますので、たいへん負担になる。ただ、通信教育でこの添削指導を受け、それでずっといくだけでもたいへんであるのに、毎年のスクーリングといったような問題で、最初志を立てて進みましても、なかなか学士号まで到達できないというような通信教育課程というのは複雑な状況にございます。
 で、まあ放送大学との関係でございますが、通信教育というのは添削指導、スクーリングがございますが、やはり何といいましてもマスメディアを使った放送というような方法をごく一部は使っておりますけれども、組織的に採用しておりませんので、教育指導が必ずしも能率的でない面がございます。そこで、まあ私としては、これもきわめて率直な申しようになりますわけでありますが、通信教育の課程におきましても、もっと放出のような視聴覚的方法を積極的に取り入れて、場合によってはスクーリングとか添削指導などもうちょっと能率化する、両方のいいところをとって新しい面を開いていくといったようなくふうも必要ではなかろうかと思います。ただ、従来も多少そういう意見がありまして、必ずしもそれが軌道に乗りませんのは、やはり通信教育もそれぞれの大学が独自の方針、見識でやっておりまして、それぞれがみなマスメディアを使うということもたいへんでありますし、さればといって話し合って一つのカリキュラムにまとめ上げて放送を利用するというようなことになりますと、必ずしもその話がスムーズにいかぬ、これまたジレンマにに逢着いたしております。そういうことで、放送を利用することは望ましいことだと申し上げるのは簡単でありますけれども、実際にそれを実現するのはまた相当むずかしい点があろうかと思います。しかし方向としては通信教育と放送といったようなものも方法よろしきを得れば相互補完をしてお互いに能率を高め得る可能性はあると考えております。またそのような方向に文部省としても御協力をしたい、かように考えております。
○内田善利君 ひとつ実質的な教育効果があがるように要望したいと思います。
 それからもう一つ聞いておきたいと思いますが、授業料と、それから四十八年に開校になる場合の予算等がわかっておれば教えていただきたいと思います。ロンドンのオープン・ユニバーシティーの場合は一コース一人当たり二十五ポンドと聞いておりますが、日本の場合はどのように考えておられるのか、最後にお聞きしたいと思います。
○説明員(今村武俊君) まだ外部に発表できるほど計数的に固まったものがございません。
○内田善利君 次に特殊教育に入りたいと思いますが、その前に、これは公害の委員会で山中長官にお聞きしたわけですけれども、日本で初めて光化学スモッグが出まして、立正高校の生徒が入院した者が十一名、治療を受けた者が五十一名、こういったたくさんの生徒が突然学校内で光化学スモッグが原因で倒れたわけですけれども、私は当然これは公害病だと、公害にかかったのだと、そのように質問しましたが、厚生省ではこまかい調査もしていないようでしたけれども、公害病ではないと、こういう答弁でした。それから山中長官にお伺いしましたら、全然これは補償金は出ないと、 こういう御答弁でした。文部大臣にお聞きしたいことは、事学校の問題でありますし、こういった場合に何らかの補償金が出ないものかどうか、また、学校安全会というのがありますが、その対象にならないものかどうか。安全会の給付だけでも受けられれば非常に幸いだと、このように思うわけですが、日本学校安全会の給付の対象になるかどうか、なお立正高校はその安全会に入っていないようでございますが、私がお聞きしたいのは、この安全会の給付の対象になるかどうか、また、文部大臣としてはこういった学校のこういうことについてどのように考えられるのかお聞きしたいと思います。山中長官は、たとえばヘアピンに落雷したようなものだと、こういう非常に私たちとしては考えられない御答弁もいただいたわけですけれども、こういった学校内において不測の災害を受けた場合の補償についてどう考えられるか、この点一点だけお伺いしたいと思います。
○説明員(木田宏君) 御指摘のような光化学スモッグの障害というのはいままで起こったことがなかったわけでございますので、学校の管理下におきまして通常想定されております障害の中にいままでのところそういうオキシダントのようなものを想定して対象とするような扱いにはなってございません。しかし学校の管理下で起きましたいろいろな外的要因に伴います疾病あるいはその他の障害に対しましては十分にこれをめんどうを見ていくというのが学校安全会の考え方でございまして、たとえば日射病のように通常予想されますものにつきましては、当然学校管理下に起こったものにつきまして療養の給付を出すという取り扱いをいたしておるわけでございますから、今後学校の管理下で発生いたしました光化学スモッグによりますような事例が多くなってまいりました場合には、事態に十分対処できるように考えてまいりたいと思っております。
○内田善利君 十分にめんどうを見ていくというのはどういうことですか。
○説明員(木田宏君) 学校の管理下で子供たちが日射病にかかった場合に療養の給付等を出しておるわけでございますから、光化学スモッグのような事案によりまして学校の管理下の活動に障害が起こった場合にはそれに対処していくということは今後の運用上の問題として考えてまいりたいという意味でございます。もちろんこれは安全会と学校の設置者との契約によって処理をしておることでございますから、立正高校のように安全会に加わっていないものに対しましては措置のとりょうはございません。しかしながら安全会に入っておりますものにつきましては十分措置がとれるものというふうに考えております。
○内田善利君 安全会に入っていなければ措置のとりようがないということですけれども、やはりこういったことについては安全会に入るように指導していただきたいと思いますし、またこういう突発的に起こった場合にはやはり何らかの補償というものが人道的になされなければならないと、このように思うわけですが、ひとつこの点前向きの姿勢で考えていただきたいと思います。
 次に、時間がまいりましたが、特殊教育について若干質問したいと思います。
 最初に障害児ですが、障害児教育に対して文部省はどのように基本的に考えておられるのかお聞きしたいと思います。非常に日本には障害児が多いわけですけれども、その両親はほんとうに涙ぐましいほどの苦労をされておりますし、何も生みたくて障害児を生んだわけではないわけですけれども、日本を取り巻いている公害、特に薬品公害によりまして両親の健康がむしばまれた結果そういった障害児が生まれてきているのじゃないかと、このように思うわけですけれども、サリドマイドベビーをはじめとして胎児性水俣病あるいはその他両親の健康が原因で障害児が非常にたくさん戦後日本には生まれてきております。これは親の責任というよりはむしろ国の責任ではないかと、このように考えるわけですけれども、こういった障害児教育に対して文部省ではどのように考えられ、どういう対策を講じていかれるおつもりなのか。普通教育を受ける児童とこの特殊教育を受ける児童ということを考えますとき、また義務教育ということを考えますときに、まだ未就学児童も相当数おる現況でございますが、この点どのように考えておられるのか、お聞きしたいと思います。
○国務大臣(坂田道太君) 私は一昨年文部大臣を引き受けまして、まず第一には大学紛争処理、二番目には教育行政の中で世界的に見てもおくれておる特殊教育、心身に障害のある子供たちがいかにもこれは十分な教育がなされておらないということで、この谷間にありまする心身障害児の教育にはかねがね力をいたしておるわけでございます。
 その一つのあらわれは、御承知のように目下建設をいたしております神奈川県の久里浜の特殊教育研究所、これを進めているわけでございまして、特に重複障害児とかあるいはいろんなハンディキャップが重なっておる障害児に対する教育方法というものが見出されておらない。そしてまた、それに対しての社会復帰と申しますか、職業教育というものが十分ではないというような点から、その総合センターというものを実はつくっておるわけでございますが、さらに一般的に申しますと、心身障害児に対しましては、その能力に応じて適切な教育を施すことは言うまでもないことでございまして、そのために文部省としましては、かねてから特殊教育学校及び特殊学級の計画的な設置促進をはかる一方、教員の養成と確保、施設設備の整備、教育内容の改善、就学奨励費の拡充などの施策を講じておるところでございます。
 特殊学校のうち盲学校及びろう学校につきましては、かなりの整備をみておりますが、しかし、養護学校につきましては、戦後の教育制度として発足したこと、また財政上の問題もありまして、いまだ十分の状態ではございません。このために、養護学校の設置については、四十八年度までに都道府県立の未設置県を解消することを目標に、年次計画をもちまして毎年十八校の設置をはかることとしており、施設設備費について国庫補助を行なっているところであります。
 一方、特殊学級の設置につきましては、市町村の人口規模に応じた設置基準を設け、年次計画をもって精神薄弱学級、弱視学級、難聴学級、言語障害学級の設置促進をはかっておりまして、四十六年度からは新たに情緒障害学級についても設置を促進することといたしております。
 その他昭和四十六年度から盲、ろう、養護学校に、重複障害者のための特別学級の設置促進をすることとし、また、早期教育の重要性にかんがみまして、小学部を置くすべての盲、ろう、養護学校に幼稚部を設置するために必要な経費を要求しております。
 なお、情緒障害の特殊学級につきましては、四十六年度から各県に小学校二学級、中学校一学級を設置することを目標に、毎年四十学級の設置をはかりたいと考えておるわけでございます。
○内田善利君 質問したいことをみな答えていただいたのですが、現在、日本で該当児童は何人くらいおるのか、またこのうちでとにかく、未就学児童はどれくらいおるのか、その点お聞きしたいと思います。
○説明員(宮地茂君) たとえば視覚障害、あるいは聴覚障害、精神薄弱その他いろんな障害を持った子供がおりますが、大体、これは推定でございますけれども、そういう学校に行くべき子供が五十三万程度いると推定されます。そのうち学校に在学いたしております者が、約三〇%の子供が在学しております。こういうふうに私どものほうでは把握いたしております。
○内田善利君 普通教育の課程のほうでは一〇〇%就学しているわけですけれども、特殊教育の方面は三〇%就学ということですが、私はある区に行きまして、その実態を聞いたのですけれども、全然どれくらいの子供たちがその地域におるのか、またその中でどの程度の障害児がいるのか、その点調査がなされていないわけです。そして文部省の国と地方の文教予算を見ますると、特殊教育の総合的研究調査というのが四十四年度もゼロ、四十五年度もゼロになっておりますし、また心身に障害を持つ児童、生徒に関する実態調査、これも四十四年度ゼロ、四十五年度ゼロと、こういう状態で、実態調査は全然なされていない。この調査がなされないで、一体谷間に置かれた特殊教育の目標が立つのだろうかと、このように思ったわけですが、この点はいかがですか。
○説明員(宮地茂君) いま先生が御指摘なさいました資料あるいは書き方が十分でなかったので多少先生に誤解を与えるような書き方になっておるかと思いますが、実はそのゼロになっておりますのは、四十二年に実態調査をいたしまして、予算の比較表のようにやりましたので、その次の年にはその予算は計上しなかったという意味でゼロになってございます。したがいまして私が先ほど申し上げました数字は四十二年に実態調査をいたしました予算をもって調査をいたしました結果に基づいて推定数を申し上げた次第でございます。
 なお先ほど三〇%の者しかそういった特殊教育学校ないし学級に入っていないと申しましたので、あるいはあとの七〇%は全然就学していないというふうに受け取られたかもしれませんが、残りの七〇%はほとんどが――就学免除を受けておる子供も若干ございますが、多くは普通学級に入っているというふうにお考えいただけばいいと思います。しかし厳密に申しますれば七〇%の子供が、特殊学級なり特殊学校がもっと充実普及いたしますればそちらのほうへ入っていくべき子供である。そのように御了解いただきたいと思います。
○国務大臣(坂田道太君) 盲学校、ろう学校及び養護学校の就学につきましては、父兄の経済的負担の軽減をはかり、その就学を奨励するため、これらの学校に就学する幼児、児童、生徒の保護者に就学奨励費を支給しているわけでございますが、現在支給を受けている者の割合は八〇%に達しております。全額支給者は六〇%、半額支給者は二〇%でございますが、この昭和四十六年度、つまり来年度でございますが、におきましては、新たに小学校、中学校に設置されておる特殊学級のいわば児童、生徒についても、盲学校、ろう学校及び養護学校に就学する幼児、児童、生徒に対する就学奨励費と同様な措置を講じてまいりたいと考え、所要の予算要求をいたしておるわけでございます。
○内田善利君 時間がまいりましたのでまとめて質問したいと思いますが、養護学校を各都道府県別に義務化する考えはないかどうか、
 それから先ほど障害児が普通学級に入っているということですが、やはり特殊学級あるいは養護学校等をもう少し増設して、そしてそれを判別する委員会、これが非常にあいまいであると思いますが、この判別委員会を制度化して、もう少し充実した――この生徒は特殊学級に入れる、あるいはこの児童は養護学校に入れるというふうにして、特殊学級がきらわれる特殊学級になるようなことのないように判別委員会をもっと制度化してきちっとする考えはどうか、この点お伺いしたいと思います。
○説明員(宮地茂君) 普通児とハンディキャップのある子供との判別、これはなかなかボーダーラインにおる子供たちにとりましては特にむずかしい問題でございますが、さらに家庭の特に父兄の考えでハンディキャップのある子供の行く学校なり学級に行くのは何となく肩身が狭いとか恥ずかしいといったような、まあ、そういう考え方もございましていろいろむずかしい問題がございますが、いま御指摘の判別委員会につきましては現在五百余りの府県市町村に置かれておりますが、一そう科学的な基準のもとに判別をして、子供のしあわせになるような判別を行なって教育をしていきたい、そういう意味におきまして先生の、判別委員会を充実するかということに対しましては今後一そう適正な判別ができるように充実してまいりたいと思います。
 なお養護学校の設置について義務化する意思があるかというお尋ねでございますが、先ほど大臣もお答えになられましたように、毎年十八校ずつの養護学校の設置を促進いたしております。したがいまして、気持ちといたしましてはいまにでも少なくとも設置については義務化したいという気持ちはやまやまでございますが、いろいろな事情もございますので私どもといたしましてはまず未設置県を解消していきたいということで充実計画を進めておりますが、近い将来にできるだけ早く設置義務を課していきたいというふうに考えております。
○内田善利君 養護教員ですけれども非常に一人一人に当たってみるとたいへんな労苦をしておられるようですけれども、普通の先生方よりも手当が八%出ておるようですが、これで十分と考えられるのかどうか。見ておりますと非常にたいへんな思いをしておられるように思いますが、この点はどのように考えておられるかひとつお聞きしたい。
○国務大臣(坂田道太君) 私も実は各地を回りまして現場を見ましてそのような声を聞いております。そしてまた実態を見ましていかに苦労をされておるかということでございますのでこの点については十分検討をいたしまして前向きに考えていかなければならぬ課題であるというふうに心得ております。
○内田善利君 最後に、身心障害者の対策基本法ができたわけですが、この精神にのっとって文部省としてはこの特殊教育振興法というようなものを抜本的な施策をつくってこういったいろいろな普通教育に比べて非常に取り残されておるこの教育に対して抜本的な施策を講ずる必要があると、このように思うわけですが、この点どうでしょう。
○国務大臣(坂田道太君) もうその点はお説のとおりでございまして、私が文部大臣に就任いたしましてやらなければならないことは特殊教育の振興であるというふうに考えて、まあ、在任中しっかりやってまいっておるわけでございますが、まだまだ十分でございません。これから先も努力をいたしてまいりたいというふうに考えております。
○理事(田村賢作君) ほかに御発言がなければ、本件についての本日の質疑はこの程度にとどめます。
 本日はこれにて散会いたします。
   午後四時三十八分散会