第063回国会 決算委員会 第6号
昭和四十五年九月四日(金曜日)
   午後零時四十三分開会
    ―――――――――――――
  出席者は左のとおり。
    委員長         森 元治郎君
    理 事
                和田 鶴一君
                渡辺一太郎君
                和田 静夫君
                黒柳  明君
    委 員
                長田 裕二君
                菅野 儀作君
                田口長治郎君
                長屋  茂君
                初村瀧一郎君
                矢野  登君
                山崎 竜男君
                安永 英雄君
                沢田  実君
                二宮 文造君
                渡辺  武君
   国務大臣
       文 部 大 臣  坂田 道太君
   事務局側
       常任委員会専門
       員        佐藤 忠雄君
   説明員
       法務大臣官房訟
       務部長      香川 保一君
       文部省初等中等
       教育局長     宮地  茂君
       文部省大学学術
       局長       村山 松雄君
       文部省社会教育
       局長       今村 武俊君
       文部省体育局長  木田  宏君
       文部省管理局長  岩間英太郎君
       会計検査院事務
       総局第二局長   鎌田 英夫君
       最高裁判所事務
       総局行政局長   矢口 洪一君
    ―――――――――――――
  本日の会議に付した案件
○昭和四十三年度一般会計歳入歳出決算、昭和四
 十三年度特別会計歳入歳出決算、昭和四十三年
 度国税収納金整理資金受払計算書、昭和四十三
 年度政府関係機関決算書(内閣提出)
○昭和四十三年度国有財産増減及び現在額総計算
 書(内閣提出)
○昭和四十三年度国有財産無償貸付状況総計算書
 (内閣提出)
    ―――――――――――――
○委員長(森元治郎君) ただいまから決算委員会を開会いたします。
 昭和四十三年度決算外二件を議題といたします。
 本日は、文部省の決算につきまして審査を行ないます。
 この際、おはかりいたします。議事の都合により、文部省の決算概要説明及び決算検査の概要説明は、いずれもこれを省略して、会議録の末尾に掲載したいと存じますが、御異議ございませんか。
  〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○委員長(森元治郎君) 御異議ないと認め、さよう決定いたします。
 それではこれより質疑に入ります。御質疑のある方は順次御発言を願います。
○和田静夫君 たいへん限られた時間になりましたし、すでに始まりもおくれましたので、答弁のほうも的確に、簡単にお願いをしたいと思います。質問のほうも簡単にやります。
 まず、学校給食問題について二、三お尋ねをしますが、小、中学校で給食をまだ実施していない学校がかなりあるようでありますが、どれくらいありますか。
○説明員(木田宏君) 現在、小学校では学校給食の実施率が九六%、中学校では学校給食の実施率が、ミルクまで含めましてでございますが、八四%でございます。食事を完全に提供しておりますものが小学校で八二%、中学校で五〇%という実情でございます。
○和田静夫君 それで、完全に実施ができない、いままでかかって。その理由は何ですか。
○説明員(木田宏君) 現在非常に実施がおくれておりますのは中学校でございまして、中学校につきましては、一つはこの給食の実務等を担当して世話を焼いていくという校内の処理の持っていき方に非常に問題がありますことと、小学校から進めてまいりましたために、中学校の整備をするのにまだ自治体のほうにおきまして十分手が回っていないということがおもな理由でございます。
○和田静夫君 そうしますと、十分に手が回っていない、それらについての対策はどういうふうにされますか。
○説明員(木田宏君) これは現在新たに給食を開始いたします学校数を一年間に大体二千六百校程度を見込みまして本年度の財政措置も進めておるわけでございまして、現在のこのテンポでまいりまして、昭和四十九年くらいまでには全国ほぼ普及できるという見通しで奨励策をやっておるところでございます。
○和田静夫君 給食の費用が非常に値上がりをしていますね、その状況はどうです。
○説明員(木田宏君) 現在小学校で給食の食費が一応一食当たり四十八円、中学校で六十二円と一応算定をいたしておりまして、前年度に比べまして小学校で五円九十一銭、中学校で七円六十七銭というような値上がりの状況でございますが、諸物価の、食品の物価上昇等から考えまして、まあある程度やむを得ないものと考えております。
○和田静夫君 その給食費ですね、地域間で相当格差が見られますが、その理由と対策を伺いたい。
○説明員(木田宏君) この学校給食の経費は、それぞれ地域の食材料を利用するわけでございますので、生鮮食品にいたしましても地元でとれるもの、あるいは遠方から送られてまいりますもの等、食品の種類によりましてそれぞれ値段に差がございます。したがいまして、食材料の内容につきましては、栄養の基準を示してございますけれども、使用いたします個々の食品が違いますことと、また個々の食品の値段が地域によって異なりますことから、全体の食品として考えてみますと差異が出てくるという状況でございます。この改善策と申しますものにつきてましては、ある程度この地域の食材料をもとにいたしまして学校給食を実施いたします以上、この食品一般につきまして地域差があればこれはやむを得ないことと考えるわけでございます。しかしながら、これからの給食の指導にありましては、できるだけその食需要をとりまとめることによりまして、とりまとめた食需要によりまして良質のものを低廉で購入するという努力をしていかなければならないと考えております。また最近冷凍食品等もだんだんと普及してまいりました。こういう冷凍食品等は、市町村単位と申しますよりは、もう少し大きな地域の規模で購入することが可能であり、また適切なものでございますので、文部省では三年ほど前からコールドチェーンの普及等を予算上も措置をいたしまして、冷凍食品を県下まとめて取り扱えるような態勢を指導いたしておるところでございまして、このような一括購入と申しますか、大量にまとめられる食品をまとめて提供するという方向を、今後一そう奨励してまいりまして、少しでも食品の価格の低廉化に役立つように指導してまいりたいと考えております。
○和田静夫君 日本学校給食会について、四十二年の八月三十一日に行政監理委員会が、学校給食のミルクは粉乳より生乳に切りかえつつあり、また各都道府県には学校給食会があり、さらにその連合会があり、この連合会に当会の業務を行なわせることとしても支障はないと認められるので当会は廃止する。そういうふうに答申をしましたね。その後の閣議了解で四十五年度から廃止の方向が確認をされました。ところが四十五年度からどうも廃止されそうもない、廃止できない理由を大臣から伺いたいと思います。
○説明員(木田宏君) 日本学校給食会は、いま御指摘がございましたように、脱脂粉乳の取り扱い業務を従来担当してまいりまして、この脱脂紛乳を国内産のなま牛乳に切りかえてまいりましたものでございますから、本年度の予定では八八%がなま牛乳、一二%が脱脂粉乳ということになりまして、取り扱い数量が減ってまいってきたわけでございます。当初、いま御指摘の閣議了解がありました際には、四十五年度になま乳がごく一部の僻地を除きまして、全部提供できるという予定で進められたのでございますが、本年度のところ、なお一二%程度の脱脂粉乳による普及業務が残っておりますので、四十五年度における廃止という問題は見送ることにいたしました。今後、それでは四十六年、四十七年、どうするかということでございますが、給食物資につきましては、やはり全国的にまとめて取り扱う機関が私は必要だと考えておる次第でございまして、今後の学校給食の振興上、学校給食会のあり方を基本的に考え直して、日本の学校給食全体の食材料の取り扱いに最も意義のあるような仕事をさせるようにいたしたい、このように考えているところでございます。
○和田静夫君 そうすると、いまの答弁によると、これは大臣に答弁していただきたいと思うのですが、閣議で了解をされた、その閣議で了解をされた事態というのはたいへん不見識だった、こういうことになるんですか。
○国務大臣(坂田道太君) 大体そういう方向であるわけで、閣議了解がなされたわけでございますけれども、その後のやはり事情の変化というものもございまして、ただいま局長から申し上げましたように、脱脂粉乳も使わなければ僻地等においては学校給食をやっていくことができないというような事情もございますし、さらにこれからはなま乳を相当程度増加される見込みでございますし、また一面において、先ほど御指摘がございましたように、物価というものを上げないというためには、特に学校給食の食材料というものを低廉ならしめる方策としましては、何か全体として一括購入と申しますか、各府県で一括購入という形をとりながらこれを進めていくということが望ましいという考え方でいま進んでおるようなわけでございます。
○和田静夫君 大臣の答弁のようにはならないんですね。たとえばさっきも申しましたが、行管の意見は、各都道府県には学校給食会があり、さらにその連合会がある、その連合会に当会の業務を行なわせても支障はない、こうなっているんです。したがって、先ほど来の御両者の答弁というのは、県の学校給食会連合会でいけないという理由については何も明らかじゃないんですね。
○国務大臣(坂田道太君) 実は閣議了解が四十二年十二月十五日になされているわけでございますが、「日本学校給食会は、脱脂粉乳の牛乳への切替えが終了する時期(文部、農林両省の計画では昭和四十五年度が予定されている。)をもって廃止する。ただし、今後、取扱う基本物資の変動により、その業務内容に重大な変更の必要が生じた場合には、あらためて検討することとする。」ということもございますので、ただいま申しましたとおりになったわけでございます。
○和田静夫君 いま私が申しました県の学校給食会連合会ではやっていけない理由というのは何です。
○説明員(木田宏君) 現在の特殊法人学校給食会の前身が財団法人の学校給食会でございます。そして県の財団法人としてつくられております給食会と連携を保ちながら、当初の脱脂粉乳の供給業務を行なってきたのでございます。しかしこの脱脂粉乳につきまして国庫補助等の措置がございまして、その政府の管掌いたします物資の取り扱いを適正ならしめるために、これを特殊法人として取り扱わせるほうが物資の管理その他がより的確に行なわれるということで、特殊法人に格上げと申しますか、性格づけられたものでございます。ただいま大臣からも御答弁申し上げましたように、この学校給食会が従来脱脂粉乳だけを取り扱ってきたわけでございますけれども、国として学校給食の奨励をいたしておりまして、学校給食で使用いたします牛乳にしましてもあるいはその他の物資にしましても、国としての奨励策というものを考えていくといたしますならば、将来この学校給食会におきまして物資の取り扱いが脱脂粉乳以外のこともやり得る、また、そのほうが意味があるというような状況になってまいりましたならば、やはり政府の奨励いたします物資の取り扱い機関として、明確な責任と権限を持った特殊法人として処理をしていくことのほうが適切である、このように考えておるところでございます。
○和田静夫君 時間がたってまいりますからあまり深追いしませんが、次のような資料を出してもらいたいのです。私はここに日本学校給食会が十年前に出したあれを読んだのでありますが、牛乳と小麦粉については供給数量と国庫補助額、小麦粉製品と脱脂粉乳については取り扱い数量だけが、そしてかん詰めミカンあるいはビタミンCあるいは食用チーズについては供給量と供給価格、そういったぐあいに、たいへん統一なく示されているのです、あのパンフレットは。そこで、統一的にこれこれの製品について、買い入れ価格が幾らで、国庫補助額が幾らで、供給価格が幾らで、事務費は幾らで、収支決算はどうなっているのか、細部にわたる総合的な収支状況を示す資料をいただきたいのでございます、後ほど。そしてできれば、その事務費のうち何人分の給与費が幾らで、その他幾ら使われたか、そういう形のものにしてもらいたいのです。それはよろしいですか、いただけますね、資料。
○説明員(木田宏君) 事務費につきましては、全額国の補助金で処理をいたしております。ただいまお示しのありました個々の品目につきまして御指摘の点につきましては、給食会に確かめまして、後ほど資料として提出申し上げます。
○和田静夫君 脱脂粉乳となま乳の使用状況の割合をお聞かせいただきたい。
○説明員(木田宏君) 四十五年度現在におきましては、なま乳の使用率を八八%、それから脱脂粉乳の使用率を一二%というふうに予定をいたしております。
○和田静夫君 なま乳は農林省の畜産振興事業団です。脱脂粉乳は日本学校給食会ということにもきっちりとはまあなっていないようですけれども、その両者の連絡調整はどのような形で行なわれていますか。
○説明員(木田宏君) なま乳の使用につきましては、農林省が主管になりまして、全体の必要数量とまた予算に伴います補助金の見合いになっております。なま乳の供給計画を立てておるわけでございまして、それとの見合いで脱脂粉乳の使用量を予算上策定いたしまして、当方から供給するということにいたしておるわけでございます。現実の使用につきましては、末端の学校におきまして、給食費との関連を勘案しながら、生乳、あるいは場合によりまして混合乳――脱脂粉乳と生乳との混合乳、あるいは生乳の供給が非常に困難な僻地等にありましては脱脂粉乳ということを選択して使用をいたしておるわけでございます。その具体的な学校側の需要数というものをもとにいたしまして現実の供給業務が行なわれております。
○和田静夫君 給食の材料購入の窓口は非常に錯綜をしています。そのためにいろいろとうわさを生んでいるので、これはさらに引き続いて私調べてみますから、きょうの間に合いませんが、給食センター、県学校給食会、それから県学校給食会連合会、日本学校給食会、学校、教育委員会、そういう材料購入の窓口がこういう錯綜をしている関係ですね、これを一ぺん納得のいくようにちょっと説明をしてもらいたい。
○説明員(木田宏君) 学校給食は、当初個々の学校の自発的な努力によりまして開始をされたものでございますから、それに対しまして中央からは脱脂粉乳の提供を行なう、そしてなお小麦粉につきましては食糧庁を通じて提供するという、二つの、小麦粉と脱脂粉乳は中央からの提供食品として学校に送られてまいりますが、他の食品は、発生的には、個々の学校がすべての食材料を購入いたしまして学校給食としての調理を行ない子供に提供するというところから始まったわけでございます。したがいまして、現在でも大体学校数の約半分強が、学校で食材料をすべて調達をいたしております。で、地域によりましては学校ごとに食材料の調達をするということが非常に煩でありますために、事実上の団体――市町村の学校給食会等々の名前がついておりますが、事実上の購入団体を別につくって一括購入する等の努力を始めておるところがございます。組織的に市町村の学校給食会をつくって購入をいたしておりますところが、現在では二百十八カ所程度と承知をいたしております。このほか、学校ごとの調理あるいは購入がたいへんであるということから、約十年前ぐらいからでございますけれども、共同して学校給食の調理を行なうという共同調理の仕事が進んでまいりました。そこで、共同調理場におきましては、共同調理場が独自に自分で給食物資を買うということになっておるわけでございます。ただその際に、これは府県により地域によって違うわけでございますが、なお調味料でありますとか、添加物でありますとか、あるいは冷凍食品等もそうでございますけれども、そういった全県的な範囲でまとめて購入したほうが適切なものにつきまして、県下の給食関係者が力を合わせて一緒に共同で購入しようという態勢も進んでまいりました。若干の県でございますけれども、栃木県等におきましては、県の給食会が約百品目程度、県下の学校共同調理場のために必要な物資を共同で購入して提供をするという状況にまで進んでまいってきておるところでございます。この現状を、将来、いまのそれぞれ学校、地域の判断だけに放置して、成り行きにまかせておいてよいかどうかという点については、学校給食の進行上、やはり考えなければならない問題があると思いますので、もう少し、将来の方向といたしましては、個々の学校の購入業務というものを軽減してやる、そして市町村が責任を持って学校給食をやる以上は、市町村として取りまとめて物資の購入に当たるというような方向を指導してまいりたいと思っておるところでございます。現在、御指摘のようにいろんな段階に分かれておると申しますのは、その発生的な経緯によるものでございます。
○和田静夫君 その発生的な経緯はわかっているんですが、それを整理していこうという意欲はお持ちになっているかどうかということが一つ。それから最初の問題で一点返りますが、国立の小中学校の給食はほとんどゼロでございますね、ほとんど行なわれていないんじゃないですか。そこで、先ほど来言われたこの改善目標の中に、国立の小中学校の扱いはどうされているんですか。
○説明員(木田宏君) 今後、給食物資の改善につきましては、ただいま御指摘のありましたような問題点を意識して、できるだけ給食物資を総合的に一元的に取り扱うという体制を確立してまいりたい、強くこのことは考えておるところでございます。
 なお、重ねて御質問のございました国立学校でございますが、国立の付属の小中学校では、小学校におきましては全部、中学校におきましては七十六校中四十七校で学校給食を実施いたしております。しかし、これらは、ほとんどすべてでございますけれども、個々の学校の給食業務にゆだねられておりまして、他の公立の学校と共同で調理をするとか購入するとかという実態はございません。
○和田静夫君 次に、教科書裁判の問題について二、三伺いますが、それとの関連において、まず一つ拓大の事件であります。大学が、言ってみれば単に青年が集まるところではない。学問をする、考える人間が集まっているところである。いまさら私が言うまでもないんですが、その考える青年、人間たちに思考停止を強制したり、あるいはその結果独善主義を求めるなどという形が生まれることは私は許せないと思うのですが、どうも今度の拓大の授業再開問題というのは、検問の体制一つ考えてみましても、その検問体制に一種の暴力団組織が加わっておるなどといわれるのでありますが、それらとの関係では、いま私が申しましたことがどうも指摘をされてもしかたがないのではないかと思うわけでありますが、文部当局はどういうふうにお考えになっておりますか。
○説明員(村山松雄君) 拓殖大学におきましては、六月に愛好会のクラブ活動の行き過ぎから学生が死亡するという事故が起こりまして、それを契機に紛争が起こりましたので、大学としては授業を休講といたして収拾をはかってまいったわけでありますけれども、夏休み明けを前にいたしまして授業の正常化をはかるべく、学生を大学に呼んで話し合いを何回かに分けて行ないました。で、秩序に従って授業の再開を希望する者については、そういう確認を得た上で授業を再開するという手はずを整えております。そういうことでございますので、現段階では、まだ校内に自由に出入させるということではなしに、暴力行為の起こるようなことを防止しつつ、一定の制約下に校内に学生の出入をさせる、こういう体制で授業再開の準備を進めておるわけでありまして、その間に暴力が介在するというようなことについては、そのような事実はないと存じます。
 いま申しましたようなことで、学生の授業を受けたいという気持ちを把握しつつ暴力の予防措置を講じながら授業再開を進めるというぐあいに承知いたしております。
○和田静夫君 暴力の予防措置を講ずるために一方暴力的なものを介入をさせる、あるいは暴力団まがいのものがそこに介在をするなどということに、もしなるとするならば、それはすでに大学ではありません。そういう事情はないのではないかとあなたが答弁をされましたが、われわれはそれと逆のいわゆる資料を得ております。その辺のことは十分に調査をひとつしてもらいたい、そういうふうに考えます。同時に私は、この大学という名のつくところの総長が、現職大臣の中曽根さんである、こういうことは事としてはかなり重大だと思うんです。なぜならば、七月の衆議院の文教委員会等を通じて、文部次官が防衛庁長官と拓大総長との兼任は不適当だというような答弁をされながら、そのことが内外に明らかにされましたが、私は、今日、先ほど指摘をしましたような事実で拓大の検問体制というものがとられながら、九月の授業再開ということになっているのであるならば、それは明らかに憲法の二十三条をそこなうものであるし、あるいは憲法第十九条の「思想及び良心の自由」に対しても、拓大の今日の措置というものは抵触をするものであるし、あるいは憲法二十一条の「集会、結社」あるいは憲法十四条の法のもとにおける平等等に明らかに抵触をしている、私はそういうふうに思います。そこで、そういう抵触をする措置を中曽根総長が指導をしている、あるいは中曽根氏に代表をされる大学当局がそれを行なっているということになれば、これは当然憲法九十九条によって、憲法を尊重をし擁護をする義務を負う国務大臣、この国務大臣としての中曽根氏は、言ってみればそこに大臣としての資格が逆の意味で問われなけりゃならない。大臣が総長を兼ねることについて否定的なのではなくて、このような状態の大学の総長が憲法九十九条を順守をしなければならない国務大臣の地位にあることについて、私はたいへんな疑問を抱かざるを得ません。もし中曽根総長が文教に対しても一定の見識を持たれて、全くの自由人として拓殖大学の総長をつとめられているのであるならば話は別です。私はその辺を明らかにしなければならないところに当然拓大の検問制度にまつわる授業再開の問題はかかっていると思うんです。そこで私は、佐藤内閣総理大臣も憲法六十八条の二項に基づいて、そのような疑惑を持つところの中曽根国務大臣を罷免をすることを求められてもよい、私のほうがそのことを総理に求めたいと思うんですが、きょうは文部の決算委員会でありますから、文部行政の責任者としての坂田文部大臣は、以上のことを踏まえながら、強く佐藤内閣総理大臣に私が述べたことについて進言をすべきだと思いますが、大臣の見解を承りたいと思います。
○国務大臣(坂田道太君) まあ拓大事件は遺憾な問題でございます。しかし、学長として、総長として今日までとられてきた措置につきまして、私は先生がいま御指摘になっているように、学問の自由を阻害するとかあるいは大学自治を侵犯するとか、そういう憲法上の違背といいますか、そういうものはないと思います。むしろ昨年の大学紛争を経験しました私といたしましては、先ほど先生がまた御指摘になりましたように、大学というところは理性と良識の府でなければならない。暴力が横行することは許されない、そういうところでなければならない、そのとおりだと私は思います。そうしてそういうような暴力が横行いたしまして、大多数の教官や大多数の学生たちが静かに研究、教育ができないというようなことを一掃する責任というものが大学側になければならない、こう思うのでございます。その場合に、物理的力を持たない大学当局が、一部の暴力集団によって学問の自由と大学の自治が逆に侵されておったというのが去年一年の実態ではなかろうかと思います。その場合に、むしろ学問の自由と大学の自治というものを守るというふうに考えるならば、当然警察力を要請してこれを排除する、そうして大多数の教官の研究の自由を守り、そうしてまた学ぶ自由を守って、正常な良識と理性の府たらしめるということが、私は大学としてのとるべき責任である、こう考えてまいりますと、ただいまの拓大におきまして総長はそのような措置をとられたというふうに私は考えるわけでございまして、むしろ暴力行動等が行なわれないような状況にするためにそういうような検問というようなこともその経過的にはあってしかるべきだ、かように私は思います。しかし、本来の大学の姿というものは、そういう検問等がないように、自由に出入ができる、自由に研究ができる、自由に教育ができるという場にしていかなければならない。その過程においては、それを排除する措置をとったからといって、それが直ちに学問、研究の自由を侵す、また大学自治を侵すということにはならない、かように考えております。
○和田静夫君 私は、いま大臣の答弁されたことのいわゆる一般論と拓大の問題というのは、かなり異質の問題を持っているというふうに思うのです。ということは、拓大事件というのは、しごきによって一人の学生が殺されたのであります。したがって、その殺されたことで拓大事件が終わらされてしまうということには私はならないと思うのです。事件そのものが中曽根総長に象徴されるというか、その精神構造に象徴をされる拓大の体質、その拓大の体質的なものから実はあのことは出ている、そう私は思うのです。なぜならば、たとえば大学が今日まで示しているいろいろの態度が私は明確にそのことを物語っていると思います。この事件のあった拓忍会と同様の性格を逆の意味では大学が押し通している、そう言っても私は過言でないくらいだと思うのです。中曽根さんが、真実学問と文教あるいはその政策その他について自信がおありになるのならば、話し合いを求めている学生の意見くらいは聞いてやるのがあたりまえじゃないですかね。今日まで全くそれが無視されてきているということ、それは私は顕著な例であろうと思う。あるいは殺された学生の父親なりが上京をして来れば、大学当局の諸君が、お疲れになっていましょうから鬼怒川温泉へでも行ってお休みになったらどうですかなどというような勧誘をすることによって、殺された学生の、言ってみれば弔慰金やそれらのものが話がついたならば事終われりというような態度などというものは、私はどうしても許すわけにいかないと思うのです。これが先ほども言ったとおり、佐藤内閣の閣僚でなければある意味ではまた一定の考え方があります。しかし国政の最高の責任を負うところの閣僚としての中曽根さん、それに代表される学校当局がそういう形をとっているとするならば、私はやはり国民が多く疑惑の目を持つであろうし、あるいはまたそれはついには政治不信にもつながるのではないだろうか。そういう意味において文部大臣は、大胆に、中曽根さんが自発的に閣僚の地位を去る、そういうような形のことを求められても私はしかるべきではなかろうかと、こういうふうに思うのですが、いかがでしょう。
○国務大臣(坂田道太君) 私はきょうの閣議におきましても、中曽根大臣から報告を受けたわけでございますけれども、三分の二程度がすでに勉強しておる。そうして相当の話し合いにも何千人という人たちが集まって話を聞いたと、こういうことでございまして、昨年の私の大学紛争の経験からいいますと、そういうように多数の人たちに対して話し合いをしたというのは、東京大学ではやりましたけれども、なかなかほかの紛争大学ではやれなかった。それはやはりよくやっているのじゃないかというふうに私は思います。そうして、おさめ方についてはいろいろこれは方向はあると思いますけれども、わりあいに短時日に授業再開ができたということは、これは、やはり中曽根君はよくやっているんじゃないかというふうに私は思っておるんでございます。でございますから、もちろん中曽根さんにおやめなさいなんということを私は申し上げないつもりでございます。しかしまた、坂田君、ぼくもわからぬところもあるから、いろいろ注意はしてくれと言っておられますから、私も注意は申し上げております。
 それから、全然何か大学の体質を変えなきゃ、いかぬということを考えていない、あるいはそういう実行をしていないというふうに御指摘でございますけれども、中曽根大臣から話を聞きますと、中曽根さんは中曽根さんなりに、拓大というものをりっぱな大学にしなきゃならぬというふうに努力をし、またいろいろの具体案を進めておられるように伺っておるわけでございます。
○和田静夫君 それでは冒頭の、いわゆる暴力団まがいの者が検問制度につながってそれに参加をしているということが、先ほど局長、私が調査を依頼をしたのですから、調査の結果明らかになった場合に、その大学をいわゆる代表するところの総長が、佐藤内閣の閣僚であることについては、当然不適任になると思うんですが、そのことについては、大臣そうお思いになりましょう。
○国務大臣(坂田道太君) その事実というのがまだあるのかないのかわからないのに、何も私は申し上げるわけにはいかないと思います。
○和田静夫君 私のほうは事実があるというので、したがって、調査を依頼をした。その調査については約束をされた。調査結果に基づいて私が指摘したような形のことが出た場合には、明確に先ほど来述べているような見解に立って、私は中曽根さんに総長をやめなさいとは言わない、佐藤内閣の閣僚をやめて、自由な立場に立って自分のいわゆる学問に対する、あるいは学校の運営に関する所信を世に問うてやるべきだ、そういうふうに思いますから、そのことを強く求めておきたいと思います。
 そこで、教科書裁判の判決でありますが、私は、たとえば家永三郎さんが、暴力団まがいの者から脅迫される、あるいはそういう手紙をもらう、電話を受けるなどというような事態も、実はこのいま言ったような拓大的なやり方の土壌から、ああいう事態が起きていると、こう思うのですが、昨今、司法の判定、それがたとえば下級審の判定であろうとも、それによって冷静に行政当局、政府が反省をするのではなくて、全くそれを無視しているかのような風潮が生まれている。私はそういう中からたいへん歴史の危険性をさえ考えるのでありますけれども、どうせ二審では行政当局の立場が認められるだろう、あるいは政治的な動向との関係においてそういう結論が当然導き出されるだろうなどというような形で上級審の逆転を確信をして、裁判にあと要する約十年くらいを、行政によってあつかましく厚顔にいままでどおり突っ走ろう、あるいはさらにその間に動かすことのできないような既成事実をつくってしまおう、そういうような考え方が、たとえばあの教科書裁判の判定以降の文部省通達に出ているように思われます。そこで下級審と行政のあり方というものについて、最高裁判所としてはどのようにお考えになりますか。
○説明員(矢口洪一君) 裁判は一審、二審、三審という制度をとっております。で、国民は一審の判決に不服である場合には上級審の判断を求めることになっておるわけでございますが、しかし裁判をいたしております下級審自体といたしましては、それぞれ全責任を負ってここで判断を下しておるわけでございまして、最善と信ずるところに従いまして判断をいたしておるわけでございます。ただ、一審の判断が直ちにそのまま当事者に、勝った当事者にも負けた当事者にも心服してもらえるかどうかということになりますと、これはあくまで訴訟の三審級の制度というものによっていかざるを得ないわけでございまして、第一審の裁判官あるいは二審の裁判官は、それぞれ自分たちのいたしました裁判ということについて、これに心服を得たいということで鋭意全力を傾けておるわけではございますが、その結果それに直ちに従ってもらえるかどうかということは、あくまで当事者がその判決をよしとして確定せしめるかどうかということにかかっておると言わざるを得ないわけでございます。したがいまして、判決が確定いたしません以上は、私どもも下級審の裁判があるということから直ちにこれに従えということには、法律的にはできないわけでございまして、当然不服とされておるところをさらに上級審で判断をする、最終審においてどのように確定するかということによって、そのように確定したものについてはその確定力を十分に当事者あるいは第三者に尊重してもらわなければならない、このような法律構造であり、また現在そのように行なわれておると言わざるを得ないわけでございます。
○和田静夫君 教科書制度の仕組みを考えてみますと、文部大臣が自分の任命した教科書検定調査審議会や、あるいは教科書の調査官を使って自分のつくった検定基準あるいは学習指導要領で検査を行なっているわけですね。発行や採択にあたっては、この発行業者を制限をして、あるいは都道府県教育委員会が任命した教科書選定審議会の指導助言によって都市単位の採択地区で採択する、そういうことになっていますが、肝心の教師の意見というのはほとんど入る余地がない。というよりも、実質的には教育行政機関によって教科書がつくられる、そうして採用する仕組みに実質的にはなっている。そうすると国定教科書制度と常識的に言って変わりないのではないかという批判がありますね。そうして私はそういう批判は当たるのではないかというふうに考えているのですが、この点については大臣、いかがお考えになりますか。
○国務大臣(坂田道太君) この教科書は検定制度でございまして、国定制度ではございません。そうしてどういうような教科書会社でもりっぱな教科書を出し、そうしてそれが検定を合格いたしますればそれは採用になるわけでございます。それから昔は非常にたくさんの業者がございました。しかし事実上父兄の側からいいましても、あんまりまちまちな教科書ということには賛成ではないというような批判も一面にあったことは御承知のとおりだろうと思うのでございます。そういうことで、ある段階でもう少し広地域で採択したほうが実情に合うのじゃなかろうかというような考え方から、広地域採択になったわけでございます。まあそういうことで、多少その当時よりも発行業者というものが少なくなってきたということは、これは事実だと思います。昔は東京あたりでは各学校で採択しておった。しかし、そのいい点もありますけれども、また悪い点もある、あるいは父兄から非常な苦情が出るというようなことがあって、今日のような広地域採択ということになってまいったわけでございまして、その点はなかなかむずかしい問題ではございますけれども、今日の実情には一応かなっておるのじゃなかろうかというふうに私は思います。
○和田静夫君 私は、とにかくそういう採択区域の拡大等の傾向というのは、第一に教育の画一化を招くし、地域に密着をしない、観念的で、知識中心の教育が行なわれて、真のたとえば個性や能力に応じた教育であるとかあるいは個人開発の教育であるとかいう、そういう教育目的が達成されないのではないかということを実は非常に心配する。同時に第二に、教科書の発行が大手業者にしぼられてしまう。いまいろいろ理屈では言われますけれども、そういう寡占化が進んでいくことは、私は創意くふうの上で競争が行なわれなくなるのではないか、そういう意味で、よい教科書が期待できないのではないかということをたいへん心配をいたします。それはしろうとの見解だと言われれば、そう片づけられるのではしかたがないのでありますが、私は児童の父兄として子供たちの教科書その他を見ながらそういうふうに考えますが、いかがですか。
○国務大臣(坂田道太君) 私は、教科書は重要な教材の一つであるというふうに思います。先生もそういうふうに受け取っておられると思うのですが、まさに先生の職務というものは、その上に立って創意くふうを生かす教育でなければならぬ、個性ある教育というものをやるべきである。そうして多くの先生方は、一つの教科書がございましてもその上に自分の創意くふうをこらしながら教育をなすっていらっしゃるだろうと私は信じておるのでございます。またそういうような教科書だけしか教えられないような先生は、それこそ創意くふうのできない先生であるというふうに思うのでございまして、先生のおっしゃるように、そう考えなくてもいいんじゃないかというふうに私は思います。これはやはり国定一本でございましたら、やはり先生の御指摘のような問題があろうかと思いますけれども、一県に二つとか三つとかいうようなことであれば、中には一県一つというようなところもないわけじゃございません、そういうふうなことになっておると思いますけれども、現在の検定制度を維持していく限り、やはり競争原理のもとにいい教科書がやはり出てくる、そういうものを国定にしないほうがいいというふうに私は思っております。
○和田静夫君 そこで、さっきの最高裁の答弁との関係でありますが、第一審の判決が出た。たとえばこれが国民個々の場合、その第一審の判決に服しなさいというような形での大きく社会的にもあるいはたとえば行政担当官などを通じて説得行為が多く行なわれますよ。控訴する自由があるとは言いながら、持っているところのいわゆる資金の関係もあれば、周囲の関係もあるというようなことが一般的には存在しますね。そうすると、私は第一審の判定といえども、それにすぐ反対するような通知が出されていくということに対しては、たいへんな危倶を常識的には持たざるを得ません。そこで、「教科書検定訴訟の第一審判決」についてという宮地初等中等教育局長の四十五年八月七日付の通知というものは、これはたとえば法務省などと、その影響するところ等について相談がなされて出されたものですか。こういうことについての見解を承りたいと思います。
○説明員(香川保一君) 御指摘の通知については法務省と文部省では全く協議などはいたしておりません。
○和田静夫君 法務省の側は、いわゆる下級審の判決があった、そうしてこれは世間を騒がしておるのでありますから、いわゆる文部省のその通知があったそのことについては御存じですか。
○説明員(香川保一君) こういう通知を出したということの連絡を受けております。
○和田静夫君 そうしますと、その通知をごらんになって、いわゆる杉本判決との関係においてどのようにお考えになりました。
○説明員(香川保一君) そのような通知がなされます前に、教科書裁判の一審判決につきまして、文部省におきまして内容をつぶさに検討いたしまして、全面的に承服しがたい、遺憾ながら一審判決については理解しがたいということで控訴することにしたわけでございまして、この通知は一審判決につきましてのかような点について承服しがたい、つまり控訴いたした理由等を文部省から関係方面に通知をされたものでございますので、その内容につきましては、もちろん私ども異存のあることはないわけでありまして、むしろこの判決の持つ影響から考えますと、妥当な措置ではないかというふうに考えております。
○和田静夫君 私は最後にいたします。
 ともあれ控訴するところの理由があるのですから、そのことにいわゆる否定的であろうと思いませんが、この問題の性格からいうて、非常に長い間国民的な関心を持ちながら、あるいは多く有識者あるいは専門家等の意見があらゆる場所で開陳をされながら、そうして下級審とはいえ一定の結論を得た、私は、その結論をお互いが尊重をしながら、その判定に基づくところのいわゆる国民全体の負託に応じ得るそういう行政というものが進められるのが当然だと思うのです。で、おれは控訴をしたのだから、したがってその第一審には否定的なんだから、いままでの判定を得るまでの、言ってみれば社会的な歴史的ないろいろな意見の開陳やそういうものについてはおれは知らないのだ、文部当局はわれわれの考えておるところの方向でのみ行政を行なっていくのだ、どっちみちその意味で最終的には行政の立場が理解をされたような結論が出るのだというような態度がもしありとするならば、私はたいへん不幸なことだと思うのです。したがって、そういうような態度がやはりとられないようなそういう指導というものが、私は法務の関係においてもあるいは文部行政の立場にあるその衝の方々においても、十分考えられてしかるべきだと思うのです。そういう意味の意見を強く述べて私の質問を終わります。
○国務大臣(坂田道太君) 私といたしましては裁判所の判断を尊重したいわけでございますけれども、今度の判決は、やはり私どもといたしましては承服ができません。ならばこれを控訴するということは、また私たちに与えられたことでございますし、またこの判決に示されたようなことで、誤解を招く、そうして検定制度そのものが事実上は失われておるのだと、こういうような風潮がもしそれこそ国民の側に誤解をされるというようなことがあってはならない。そういう意味で控訴いたしました理由、それからまた現制度は維持していくんだと、こういうことをはっきり申し述べることは、むしろ国民に対する行政庁として当然の措置だというふうに私は考えております。
○安永英雄君 私は、学校教育の中における課外のクラブ活動の問題について、まず御質問を申し上げてみたいと思います。
 過ぐる七月の二十日に熊本の地裁におきまして、この問題について関係のある判決が出ております。この事件は熊本市内のある中学校に起こった問題でありますが、正課の時間を終わって、そして課外のクラブ活動を実施しておる、その中で柔道部の練習の中で、たまたまその時間――まあ時間は午後の五時二十分のできごとでありますが、担当の先生がPTAの総会のほうに出ておられた。ところがまたその柔道の練習の中にたまたま卒業生の高校の生徒が来て、そして柔道の乱取りをやった。で、その高校の生徒が中学校の生徒を投げた。背負い投げで投げたときに頭を打って、そしてその結果、その子供は言語障害あるいは半身不随、こういった状態になってしまった。これが事件の内容でありますが、それをめぐって中川という父兄が、これはまあふんまんやる方ないということでしょうけれども、この心情は当然もっともなことでありますが、これを国家賠償法によって市当局並びに学校長、職員――担当の柔道の職員――これを相手とって告訴をされて、その裁判の結果が過ぐる七月の二十日に出たわけであります。このことは文部大臣も出身県でもありますので、よくおわかりと思います。私はこの裁判が負けたとか勝ったとかいうことは申し上げるつもりもありませんし、それについての、文部省はこの裁判についてどうやるのかということを私は聞こうとは思いません。ただ、その判決の内容でありますが、いろいろありますけれども、「クラブ活動が教育の一つである以上、放課後であっても学校側に注意義務があり、事故の責任を負うべきだ」あるいはまた事故当時坂口教諭、これは柔道の先生でありますが、坂口教諭はPTA総会に出席し、柔道場にいなかったが、「指導教師がいなかったときは他の教師に指導監督を頼むべきであって、これを怠ったのは明らかに学校側に過失責任がある。」、判決はいろいろ言っておりますけれども、大体この二点を骨格にして、そして原告側の主張を全面的に認めて、そして賠償一千万、慰謝料百万、こういうことを支払うべしという判決が出たわけであります。私は、この新しい学制改革になって約二十数年たちますが、確かに課外のクラブ活動というのは一つの教育の営みの中で非常に不明確な盲点でもあるということで、これは新制度が発足して以来非常にこれは問題になってきながらそのままずるずる今日まできたという感がある。学校教育にとっては非常に問題のところのことがこの判決に含まれておるということで私は問題にしたいし、また文部省の見解等もお聞きしていきたいというふうに考えるわけです。
 そこで、私は非常に注意すべきことは、この判決の中で、クラブ活動が学校の教育の一つである以上ということで、私も現地に行って調べたことがあるのですけれども、裁判所等の意見等を承りますというと、確かにこのクラブ活動というものが学校教育という範疇の中に入るのか、社会教育という範疇の中に入るのか、こういった点まで十分に検討を加えられた結果の判決であるということを私は感じてまいりました。これは言いはしませんけれども、感じてまいりました。そこで、ただ単に学校の中で起こった問題だからというふうな常識論では決してない、あるいはまた学校の教育の延長だからということでこの責任を追及するということでもない、非常に冷静に、現在の学校教育の中における課外のクラブ活動というものの性格を徹底的に検討された結果がありありと見えるということであります。
 そこで、いままで、先ほど申しましたように、何とはなしに性格がはっきりしないままに、そうして極端なことを言えば、学校側から言うならば教師の奉仕といいますか、サービスあるいは犠牲、こういったものの上に成り立っているような課外のクラブ活動であったというようなふうにも私は反省しているわけです。そこでこういった鋭い判決が出ておりますから、四月の学年の初めのときに職員会議で一年間のその学校における学校の経営方針、教育計画というものが校長を中心にして全職員で計画をされます、その際、もちろん正課の時間割りあるいは教科の担任、こういったものもありますけれども、必ず課外のクラブ活動というのも一年間の学校計画の中に厳然と入るように、四月当初の一年間のその学校の教育計画の中に、はめ込まれる、したがってその場合には、何といいますか、どういうクラブの設定をする、そうしてそのクラブの経費はこれだけだ、あるいは担当の先生はだれそれだ、そうして使う教室はどこなんだ、運動場の使用計画、教室の使用計画、すべて一切が一年間の計画の中で組み込まれている、私はそういったところを実態も調べて、そうして明らかにこの課外のクラブ活動というのは、学校の教育計画の中に責任を持って組まれているものだという、この実態を調査されて判決が出ているという状態なんです。
 そこでこの件については、私は全国の小・中、特に高、この三つに対しては明確なこの判決を踏まえて、クラブ活動のあり方というもの、そうして教員の服務の問題も当然この中に、 はっきりこの際しなければならない。特に時間外勤務とその責任の範囲というものも、二十数年間うやむやのうちに済んでまいりました課外のクラブ活動という問題について、明確に私はこの際文部省としての方針を出す時期にきていると思います。ただ単にクラブ活動の時間に注意をしてやりなさい、そういったことだけの注意だけでは済まない。特に新学期が始まった今日でありますが、この判決は夏休みに出ております。夏休み中も各教育現場では非常に問題になっておりますから、特にクラブ活動の中でも体育という問題はこの九月から非常に活発になってまいる時期でありますから、私はこの際、そういった点について明確にするという意味で次のように質問をしてまいりたいと思います。
 そこで、学校内において今日までこういった傷害とか、あるいは死亡、こういったものについての件数は、実態はどういうふうになっているかお知らせ願いたいと思います。
○説明員(木田宏君) 現在詳細なデータはちょっと持ち合わしておりませんけれども、私のほうで所管をしております日本学校安全会、これは学校の管理下で起こりました児童の傷害に対しまして、治療費の給付等を行なっておるわけでございますが、一年間に大体七十万件程度を取り扱っております。もっともこの学校の管理下と申しますのは、登下校の途中も含めまして、学校安全会の目的から通常のいわゆる学校教育活動よりもかなり幅の広い内容のものとして取り扱っておるわけでございます。そういう給付件数から大体の概況というものは推定できるかと考えております。
○安永英雄君 この点は私ぜひ知りたいと思いますから、文部省の調査の正確なものをひとつ資料として提出を願いたいと思います。大体私のほうで調べた点でありますが、昨年だけでも大体二百数十人の死亡者があると思います。で、私はこの実態は、つぶさに二百数十件を調べたわけではありませんけれども、今度中川さんが熊本で初めてこの問題について国家賠償法に基づいて告訴をされましたけれども、この二百数十件にのぼるこの問題も裁判にはあらわれなかったけれども、実際は学校の中、あるいは行政の中で、陳謝をする、平あやまりにあやまる、こういうことで解決をしている。当該の教員を畳に手をつかして、そして相済みませんでしたという形でこの問題を解決した県もある。あるいはまた、町長、市長等が中に入って、そうして適当な見舞い金を出して和解という形でこの問題を解決した件数も、私は全部は知りませんけれども、あるんです。たまたまこれは一点が裁判所に告訴されたということが非常に全国的な問題になったけれども、二十数年間のうちこういったもので非常に責任の所在、こういったものについては、あいまいの中で解決がされておるという実態を私は知っておる。これは文部省が詳細なそこまでは私は調査されたことはないと思うんです。そういった解決方法について調査されたことはないと思いますから、データはないと私は思います。そういった実態が随所にあるわけです。私がもう一回ここで聞きたいのは、逆に教師の場合、いわゆる公務災害、公務死、そういった問題についてデータがあればお知らせ願いたい。
○説明員(宮地茂君) 恐縮ですが、ただいま資料を持ち合わせませんので、後刻正確な調査をいたしまして、お手元へお届けしたいと思います。
○安永英雄君 これもひとつぜひ正確なものをお出し願いたいと思います。これは私は文部省として重要なデータでなければならないと思います。
 そこで教員の場合、公務災害、公務死、こういった認定をやるのは、どこがやるか。
○説明員(宮地茂君) 当該の死亡したり負傷したり、そういう教師の任命権者のほうから公務災害基金のほうに御相談申し上げまして措置をしていただくようになっております。
○安永英雄君 裁判の問題は生徒児童の問題でありますが、教師の点について私はこれも実態をぜひつかんでいただきたいと思いますが、その査定の基準あるいは査定段階の作業というものについて、私は文部省としてあれは確かに非常に関係が深い機関だと思いますから、指導も必要じゃないかと思います。私はこの実態を二、三件を持っていまの審査会に出かけたことがあります。かつては都道府県でやっておりましたことを中央でやることになった。特別私は、文部省に責任があろうと思います。この査定の中で非常に問題になるのが、これが勤務時間中であったかどうかということが非常に大きな問題になるのです。子供の問題のときにはああいう判決が出ているが、教師の立場に立ちますと非常に問題がある。たとえば私が取り扱った県で申し上げますと、冬に柔剣道の寒げいこをやった。これは朝八時半に登校するのを六時ごろに登校して一斉に寒げいこをする。その寒げいこを指導していた先生が、生徒が面というふうに打ってきた、それを受けてなくなられた。これは当然公務死だということで県からも申請が上がってきた。ところが結果として、なかなか公務死の認定が行なわれない、よく調べてみますと、これが勤務時間でなかったというのが大きな要素になっておる。もう一つあります。それは子供のほうが小さいし、先生のほうが高いから、面を打っていれば面金のところをたたいているから、それで脳天のところをたたいていないから、それで死ぬわけはないというふうな医学的なものも、しかも実際に行って調べたのじゃなくて、書面審査で調べた結果が大きく影響することと、勤務時間外であったということで、これはついに公務死という判定をいただけなかった。これは全く私は先ほど申しましたようにクラブ活動というものについての性格と責任の範囲、こういったものが非常に不明確のままにきているということであるし、しかもあるときはクラブ活動を推奨する、特に最近、体育のクラブが非常に多いわけでありますが、これも次々に対外試合、こういったものが拡大をしていくという文部省の方針も出ている。したがって、これについて県、それからブロック、そうして全国大会、こういったものを目ざしながら非常に活発に今後ますます起こっていくだろうと思う。そういった時期を踏まえて、私はこの判決が文部省正しいかどうかというふうなことを申し上げません。言いたいところですけれども、教科書裁判ではずいぶん言われたことですから、言いたいですけれども、これは私は静かに判決を、上告しておりますから、見守りたい。しかし、この点については判決がいよいよ上訴されて、そうして結審が出る。そういったときにこれが裁判で原告側が勝ったとか負けたとか、それを受けて行政指導というものをしてはならないと思うし、これを一つの足がかりにして、裁判とは別に、これは行政指導、そうしてそれのいままで問題であった点を明確にする時期にきたというふうに私は思います。
 そこでもう一つお聞きしたいのですけれども、このクラブ活動の全国的な実施状況、いわゆる課外のクラブ活動の実施状況というものについて、文部省でおつかみになっておればお知らせ願いたい。実施状況といえば非常にばくとしておりますけれども、裏を返せば課外のクラブ活動を全くやっていないという学校があるかどうか。あるとすればどのくらいの数であるのかということでございます。
○説明員(宮地茂君) 先生のお尋ねのは、たとえば中学校なり高等学校の野球大会とか、あるいはその他の体育大会とかいったようなものが中心と思いますが、そういう一部の例はあれでございますが、お尋ねのような全国的にどうだという数字を私のほうはつかんでおりませんので、十月一日付で十月一日現在の報告をとるべく近く調査をしたいと思っております。したがいまして、詳細な数字はそれを待たないと出ませんが、ただいま資料を持っておりませんが、それもおもだったものであれば、ある程度の数はつかめていると思いますので、これもその程度のものでございますれば後刻お届けしたいと思います。詳細は近くいたしますその調査の結果をお待ちいただきたいと思います。
○安永英雄君 文部省のほうは毎年いろいろな学校調査とかというものをされますけれども、私は、これを怠っておったというのは、いかにもやはり文部省自体も課外のクラブ活動といいますか、教育の意図、こういったものについては明確なものを持たずに今日までこられているというふうに私は思います。実際、各学校から調査をされるときには、教員の調査から、時間数から、それから各教科はどうやっている、いわゆる正課に属する問題については詳細にとられておりますけれども、クラブ活動というのは案外見のがされている。しかし、これが実際は学校教育の中で非常に大きなウエートを占めているし、この教育的な取り扱いで弊害も――問題もありますけれども、私は非常に大きな学校教育の成果というものもここから生まれてきているような気もするわけであります。この点、ぜひ調査をして分析をしていただきたいと思います。私の調べたところでは、全国でクラブ活動を特に中学校に限っては、していないところは一校もない。全部何らかの形で、体育だけのクラブ活動もあり、全教科に類するようなクラブ活動もあり、あるいは化学あるいは音楽あるいは絵画、こういっただけのクラブ活動ということもありますが、どの学校でも課外のクラブ活動は行なわれているというふうに私は見て差しつかえないと思う。それだけにこれは明確にしなければならぬ。ぜひとも、これは日本全体にかかわる問題でありますから、この態度はこの際明確にしなければならぬと思います。
 そのために、もう一件お聞きしますが、そのためには教職員の――その前に生徒の教育をやる場合の時間数というものについて、これは制度があるわけですけれども、これをはっきりしなければならぬ。大体何時までが正課の時間であり何時間とらなければならぬか。それから課外というのは大体どこからどこまでが課外なのか、この点の法規に基づいた明確な線というものを、この際明らかにしなければならぬと思います。
 それともう一つは、教職員の服務の時間、勤務の時間、どこからどこの時間というものが勤務の時間になり、どこからの時間がいわゆる勤務を解放された時間、たとえばいまの裁判の中で五時二十分という時間はこの教員についてはこれは勤務時間であったのか勤務外であったのか、こういった点も明確にこの際しておかなければならぬと思いますので、この点の授業時間数の決定というものはどういうふうにして行なわれるものか、それから教職員の服務の時間、義務づけられた時間というのはどこまでなのかという問題について明確にしていただきたいと思います。
○説明員(宮地茂君) 質問が二つあったように存じますが、まず前段の問題でございますが、これにつきましては学習指導要領、さらに学校教育法の施行規則等に授業時数、さらに年間の授業日数、こういうものが規定されております。一例を申しますと、中学校では一週三十四時間が授業時数ということになっております。小学校では学年によって違いますが、小学校六年ですと一週三十一時間が授業時数、こういうことになっております。そして年間三十五週以上、日にちにしまして二百四十日以上ということになっております。そのほかに学校行事等で四十週以上とか、いろいろ規定がございますが、要するに子供といたしましては、授業時数としては週三十四時間、中学校でございますとそういうことです。
 ところで、先ほど来先生からクラブ活動につきまして課外とか正課とかいったようなおことばがございましたが、一応私どものの考えといたしましては、学校教育活動の中にいま申しました授業時数というものがきめられておる。授業時数は生徒として、小学校、中学校、所定の授業時数は授業を受けるということになっております。で、クラブ活動は、週三十四時間の授業時数の中に入っておりません。と申しますのは、今日クラブ活動は体育あるいは文化的なそういう事項でいろんなクラブがございますが、要するに学年や学級の所属を離れて児童、生徒の共通の趣味や関心を持つ者をもって組織するのをたてまえとするということで、全員ということになっておりません。そういうような関係もございまして、今後の学習指導要領の改定は、またそれに対していろいろ考えはございますが、少なくとも現時点におきましては、授業時数、中学ですと一週三十四時間の中にクラブ活動は入っておりません。しかしながら、授業時数に入っておりませんけれども、学校教育活動としては、先生も御指摘のように、体育等で一部不幸な事態も起こっておりますものの、こういうクラブ活動の教育的効果ということは、先生もおっしゃいますように非常にあると存じます。これに対しまして、教師の側でございますが、教師としましては、三十四時間の授業時数はどうしてもやらなきやならない問題で、あとの三十四時間の授業時数に入っていないクラブ活動は、教師としてはやらなくてもよいという論理は直ちには出てこないと思います。と申しますのは、私どもの考えでは、教師の勤務時間というものは、それぞれ各都道府県の条例なり人事委員会規則等で規定されておるようでございますが、大体大部分の県が一週四十四時間という勤務時間をきめております。したがいまして、この三十四時間の授業時数と一週四十四時間の勤務時間との間には十時間の開きがございます。しかしながら、現実に標準法、定数法の関係で、私どもが教師の定員を積算いたします場合は、一週担当時数一人の教師二十四時間という積算でやっております。したがいまして勤務時間四十四時間と三十四時間の開きが十時間しかないということではございませんで、現実的には四十四時間と教員定数の配当の一人二十四時間の差二十時間というものは、授業担当以外の勤務時間ということになろうかと思います。その場合に、二十時間の授業時間以外の勤務時間、これはクラブ活動の指導あるいはさらに自分が担当している教科科目の準備その他校務の時間に充てられるべきものと思います。したがいまして生徒の側としては、必修とか必修外、いわゆる正課とか課外とかいう観念は出てまいりますけれども、教師の勤務といたしましては正課はどうしても担当しなければいけないが、課外は担当しなくてもよいとかいう問題は起こらないので、勤務時間内でその校長のきめます校務分掌に従ってなさるべきものと思います。
 それから熊本市のこの不幸な例をお引きになられましたが、一般に私ども教師が勤務時間四十四時間といたしますと、夕方は常識的に五時までが勤務時間で、それ以後は勤務外ということになろうかと思います。大体原則はそうでございますが、今日、先生も御承知のように、教師には超過勤務を命ずる根拠規定もございません。そういうことで、文部省といたしましては、四十四時間内で教師の勤務は終わるようにという指導をいたしております。したがいまして原則的には五時までが勤務時間か時間外かの限界の時間でございますけれども、校長の権限でその勤務時間の割り振りを四十四時間の範囲内で割り振りができるようになっております。したがいましてその当該学校で、ある先生が、例をとりますと五時半が必ずしもその人の勤務時間であるというふうには出てこないと思いますが、そういうふうに常識的にはりっぱに五時以降は勤務時間外になろうと思いますけれども、やはりこういう訴訟とか裁判とかになりますと、個々のケースに従って判断をしていかないと、一がいに私どものほうでは申し上げかねると存じます。
 そこで今後の問題といたしまして、先生も建設的に御指摘いただいておりますように私ども受け取って、先生のおっしゃいますように、なおまだ不明確な点もございますので、今後一そうその点は特に身体に危険を及ぼすような問題との関係もございまして、念には念を入れてなお一そうくふうもいたしたいと思いますが、概要を申し上げますと、大体私どもは以上のように理解し、従来からそのように指導いたしておるところでございます。
○安永英雄君 総括的に答弁されてしまったわけですけれども、しかしそうはいかない点がやはりあるし、明確にしておかなければならぬ点があるわけです。たとえばいまおっしゃる時間の関係からいきましても、これは各校によって違いますけれども、たとえば私は正課ということばを使いましたけれども、そのとおり申しますとそれは三時に授業は終わる、そして先生の勤務時間は五時というふうにするとします。そこに二時間の問題があります。だから問題としては、生徒にとっては放課後のいわゆる三時からぶっ続けにやるわけです。しかし区切りとしては五時という区切りが一つあるわけです。今度の事件については五時二十分ですから、これはいまおっしゃったように責任はない、五時以降である。問題はクラブ活動の計画そのものがそういった区切りなしに立てられるわけですから、これは指弾されるわけです。そこで私は、いまおっしゃった中で、たとえば放課後から教職員が解放される五時まで、この間は教職員は拘束をされるから、この間クラブ活動をやるということについては、やらないでよいとは言えない、非常にこれは微妙なことばを使われたわけです。はたしてこの約二時間の間に、あすの教材研究もやらなきゃならぬ、あるいは生徒から集めた金の計算もしなきゃならぬ。いろんな仕事がたくさんあって、個人指導もやらなきゃならぬ。ところが実態としては、どの教員もほとんどクラブの指導者に年度当初に割り当てられるわけです。どこかにみな入っているわけです。したがって、そういった別の仕事をしようと、クラブの責任者です。今度のように柔道部ということで起こった問題について、なぜおらなかったのかという指弾が行なわれる。しかしそれは、その教員自体はほかの仕事も当然その時間にやらなきゃならぬ。ところが計画そのものはべた押しなんです。実態としてはみんな運動場に出るか一つの研究組織に入ってやっておる。したがって、どちらかにいつも空白が出てくるのは当然なことです。そこでやらないでよいとは言えないということですが、いまの現行の実態というものは、いわば厳格に言うなら、校長は職員に双務契約になっておるのか命令になっておるのか、そこは非常にまちまちでしょうけれども、あなたのことばからとりますと、当然命令を出せばそのとおりにやらなきゃならぬというふうにもとれるわけです。そういった放課後の五時以降の問題は、いまさっきのことばではっきりしますけれども、この二時間の問題がたまたま起こった場合にはたいへんなことになりますからこの性格を明確にしておかなきゃならぬと思いますが、これは命令として職務命令、こういった性格のもので、この二時間をクラブ活動のあれをやれとかなんとか言える性格のものでしょうかどうでしょうか。
○説明員(宮地茂君) これはそれぞれの各学校の授業担当もそうでございますが、全部の先生に同じ時間数の担当時数を割り当てるということもなかなかむずかしいと思います。しかし、これもそうかといって先生方がお互いに自分はこれだけだとか言いましても、子供に正規の授業をするためには先生方の希望どおりにやったのではうまくいかない。そういう意味で私は校長がひとりかってにきめるべき性格のものとは思いませんけれども、最終的にはやはり校長がきめざるを得ないであろう。そういう意味でいま先生が例をお引きになられました三時から五時の二時間の問題、これにつきましても、あすの教材の研究もありますし、また先生の研修の時間も要りましょうし、さらに家庭訪問などの時間も要りますし、クラブ活動の指導も要るということで、結局はそれぞれの先生方の御希望等ももちろん参考にするでしょうが、最終的にはやはり校長がきめていく。さらにそれを明らかにするためには校務分掌といったようなことでそれぞれの先生を何時から何時までと授業と同じように張りつけるということは、これは結果的にはやむを得ないことではなかろうか。さらに今度のように不幸な事件が起こることも予想されるとするならば、責任の所在もはっきりしなければいけませんので、私は必ずしもぴしっと何もかにもきめてやるのが本筋であるという意味で申し上げるのじゃございませんが、あいまいにしておく、あるいは教師の自主性だけにまっておったのでは、こういうような今回のような問題が起こったときには、いかにもその責任をきめられた先生にはお気の毒ですから、最終的には校長が校務分掌できめてしかるべき問題であるというふうに考えます。
○安永英雄君 それでは端的に聞きますがね、私はこういった裁判の判決もあるし、とにかく放課後の問題については文部省はこれは責任がないと言っておる。しかし二時間の問題についてはこれは責任があるのだ、こうなった場合に、クラブ活動のそれでは私は担当の職員にはなりません、そこまで責任は負えません、こう言った場合でも、私はあしたの教材研究のほうが重要だと思います、あるいは家庭訪問等もやらなきゃならぬ、これが私の仕事だ、したがって私はクラブの担当にはなりません、こういう形を申し出たときには、あなたの――明確にしておかなければならぬといった場合には、これは押しつけられませんね、どうですか、その点。
○説明員(宮地茂君) それぞれ各学校によりまして事情がいろいろ違うと思いますが、先生が御指摘のように、たとえば校務分掌でAという先生は月水金にクラブ活動を三時から五時の間にやるというふうになっておりましても、その先生が月水金のいずれかで、たまたまPTAがあるというようなときは、これはPTAに行くべきか、クラブ活動の指導に出るべきか判断に迷うと思います。したがって、そういうときには校務分掌として、月水金、A教諭がクラブ活動指導とありましても、校長と相談をされて、PTAがきょうあるからということを相談をされ、校長は、それではB教諭にクラブ活動の指導をその日はお願いしようとか、そういうふうに一応規則は規則できめておっても、画一的にその規則だけで縛られるということじゃなくて、やはりそこが一つの組織体ですから、校長を中心としての教員全体が、子供の教育という観点から運用の妙を得て学校経営をなさるべきもんじゃございませんでしょうか、私はそのように考えます。
○安永英雄君 いま最後におっしゃったことが非常に危険なんです。それが二十数年続いてきたのです。事、教育の問題だから、運営の妙を得て教育をやるのだからといって、確かにこの二時間の問題、これが非常に問題になってきた。先ほど言った二百何十人の死亡者のあるときには、そういった関係で、はいつくばって相すみませんという状態が出てくるのです。私は、それをこの際明確にしておかなければならぬ。これは行政として、あるいはもう制度として考えていかなければならぬ私は時期だと思う。それが教師の良心とか聖職とか、あるいはサービス、奉仕の精神でこれがささえられてきたところに、この熊本のような問題が起こってくるということで、これは時間がありませんから、私は最後に大臣にお聞きをしたいと思うのですけれども、私は課外のクラブ活動が本来学校教育の範疇には入らない、役割ではない、教員の本務ではないというふうに考えますし、学校の教育計画の中にこの問題を何かこう制度的のようにして組み入れるべきではないか。今日においては、制度的に明確な教育活動の分野でなければならない、私はそういうふうに考えるわけです。そういった基礎の上で成果をあげていかなければならぬ。ただ私の言っておることは、これは非常に制度的にも改正しなければならぬと思うのです。私はこの際、この判決を受けてそういうふうに思いますが、大臣としては、この問題を一つの反省のかてにしてもらうためには、どうしても制度的な改革というものに直ちに取り組んでいく姿勢がなければならぬと思います。先ほど言われた局長のことばのようでは今後やっぱり同じことが起こってくると思います。今度の場合でも柔道のときにたまたま校長に相談をしておけばよかったという形になれば、教師だけが免れるというわけではないのです。あくまでも市、そして校長、当該の教諭の一体の問題として起こってくる問題なんです。これはなぜかというと、制度的な欠陥があるわけです。私は、こういった点について、この際、一片の通達で、そういう場合には校長さんに相談して、入れかわりなさいとか何とかという注意でなくて、私はそういったものについて、腰を据えて、そのクラブ活動の問題については、この発展のためにも、教育効果をあげるためにも私はこれを契機に制度的にも検討してみる必要があると思いますが、この点についての大臣のお考えをお聞きしたい。
○国務大臣(坂田道太君) 熊本市の中川穂積君並びにその御両親に対して、ほんとうに申しわけないことだと思っております。それにつきましても、御指摘のように、こういう時間外の教育活動、あるいはクラブ活動というものをどういうように考えていくかということについて、いろいろこれは問題があろうかと思います。私は、御指摘のように今後、明確にできるところは早く明確にすべきであるというふうに思います。ただ先生の最初のお話では、やはり課外活動、クラブ活動といえども非常に大事であって、教育上これは中学校においてはどこでもやっておる。そうして人間形成の上においても、これが必要なんだというお話もお聞きいたしたわけでございまして、そういう意味から言うならば、一応やはり教育活動の一環としてとらえなければならない面もあるのではないか。しかし同時に、教師の責任というものをどの程度まで見るかということは、また別な問題である。それは倫理的に言えば、あくまでも教育活動の一環であるから、当然まあ私にも責任がある。こういうことが言えますけれども、しかし人間のやることで責任がほんとうにとれることと、とれないこととが私はあると思います。モラル上は、倫理的には当然の責任がそれに最終的にはあるといたしましても、実際上責任の限界をどう定めるかということは、やはり別に考えなければならないものでございまして、その点について、やはり私は正規の時間内におけるこの責任の度合いというものと、一応は自主的にまかされた自治活動、クラブ活動というもの、しかもそれがこの高等学校の段階では、それを自治にゆだねるというのが非常に多い。しかし中学校、小学校になったら、やはり先生が指導してやらないと、実はうまくいかないという問題がありますけれども、しかしとにかく私は、正規の時間内の責任と、そうでない課外活動の責任の問題、これは法理的には非常にむずかしい問題ではなかろうかというふうに考えるわけでございまして、いかにも明確ではございませんけれども、しかし私たちは、こういう事件を契機といたしまして、何とかしてその教師が、ほんとうに自分として最善の努力をして、なおかつ果たされる責任については十分責任をとってもらう。しかしながら実際、道徳的責任はあるけれども、果たされないような問題をどういうように考えていくかということは、ひとつわれわれのほうでも今後考えてみたいと思います。真剣に検討してみたいと思います。先生方からもいろいろお知恵を拝借したい、かように考えております。
○安永英雄君 いまのは非常に微妙な言い方ですけれども、大臣の気持ちとしては、正規の授業の責任というものと、クラブ活動の責任の度合いというものは違うと、はっきりは断定されなかったわけですけれども、違うというふうに私は受け取ります。
 それで、次の質問に入らしていただきます、時間がありませんから。
 北九州の教育委員会内で起こった問題として、教職員の研修をめぐって紛争が起こり、そうして八月二十二日には大量の行政処分を行なったわけで、教員に対して停職四カ月が四名、二カ月が六名、減給が四カ月が十名、二カ月が八名、一カ月が六名、合計三十四名、そして校長先生四名に対しましても戒告を行なっておる。こういう研修の問題に端を発して、そしてこれについて処分を行なったというのは非常にめずらしいケースであります。しかも一般教員の場合には地公法三十三条、信用失墜というところの禁止条項に触れる。あるいは校長が職務命令を違反した。こういうゆえをもって合計三十八名の大量の懲戒処分を行なっておるわけです。そこで問題はこの紛争の内容についてでありますが、時間がありませんから、私から一応申し上げてみたいと思うのですが、これは社会党のほうでも衆参両院から議員が出席をして、そしてつぶさに調査に参りました。当該の教育委員会、教育長、あるいは校長さん、あるいは教職員、あるいは問題の研修会場、こういったところの調査をいたしておるのでありますが、これらもちょっと驚いたのでありますが、なぜ紛争になるのか、私自身も行ってあっけにとられたわけです。と申しますのは、すでに北九州は御存じのように五市が合併をいたしておりますが、市ごとに研究組織はちゃんとあるわけです。しかもこれは教育委員会も、教師側も、一般の教員も校長も、みな納得づくでこの三者で運営をしながらこの研修が行なわれておったわけです。そしてほぼ同じような研修を大体ことしやろうということで、普通ならばスムーズにいくところを、実際見てみますと、実に私は教育委員会のほうがつまらぬことをどうしても引かないということから起こっておる。たとえば焦点になっておりますのを見て驚いたのですけれども、基本的には研究組織をつくって研修をお互いにやろうじゃないかという基盤はあるわけです。ところが去年と違った方法として、聞いてみますというと、まず四月初めに各教科担任の分担がきまるわけですね。その分担どおりに、たとえば数学なら数学、理科なら理科というふうな研究部会をつくろう、これが言い分です。ところが教員のほうにとりましては一応、狭い学校の範囲内において自分の得意な教科ではないし、自分の免許状とは違ったものであっても、学校の全般的な教科の運営からいって、不満足ながら一つの教科担任の責任者になっておる。それをそのまま持ってきて研究組織に出てこい。こう言われては私自身も理科の担当はしていますけれども、実際は音楽のほうが本務なんだ、免許状を持っている。音楽の研究組織にいけるようにしてもらわないと、学校の分掌事務そのままを持っていかれては、研究は私はぐあいが悪いのでございます、こう言っておるわけです。たったそれだけの話なんです。それを片一方は、いやもう四月当初にきまったとおりの分掌で何月何日には研究組織のほうに出てください、その日に出てきなさい。――これはあまりに押しつけではないか。研究というものは本来そういうものじゃないんじゃないか。たとえば自分は音楽の専門家であるし、音楽を研究したいと思っても、中学校ではもう一教科ぐらいとりたい、数学のほうもとりたい。そのためには研修のほうには自分の得意な音楽よりも数学のほうの部会に行って勉強したい。一年間そういうことを押えつけられるということであれば、これじゃ必ずしも学校の校務分担というものと部との関係は、そう厳格に押しつけなくてもいいではないかというのが一つ。
 それから各部の運営上、部長をつくらなければならぬ。その部長は、昨年まではその部会でみんなで話し合って、そうしてそこで部長さんが生まれるという民主的な方法でやっていました。ところが今度は、その部長は校長を充てるんだというふうに、必ず校長さんが部長さんになるという決定をされておる。これを押しつけてくる。昨年の実績を見ますというと――教員たちの言い分は、実際はそう言っても、校長さんがおられるときには校長さんが全部昨年でも部長さんに事実上なっておる。たった一カ所――戸畑というところで一カ所だけ部のほうで校長さんがならなかったところがある。しかし全般的にはそうなっておる。したがって実質は、私どもも校長さんを立てて、校長さんが部長になられるということを了解しますから、頭から校長さんというふうな押しつけじゃなくて、やはりみんなで相談し合って、その結果校長さんが出て、部長さんになるということがいいのではないか。この二つなんですよ。実際私ども調査に行って見ますと、紛争の原因としては二つなんです。
 そこで教育委員会に私ども申し上げた。この二つくらいの問題は話し合いでできませんかと言ったら、私どもは誠心誠意話し合っていきますよ、調査団の方も見えておりますけれども、私どもは窓口を開いてさらに話し合って、これは解決したいと思います。こういう話だったわけです。これが教育委員会の立場と紛争の原因なんです。校長さんのほうに聞きますと、校長会のほうには――この調査は、校長会長――小中学校は五区ありますから、五区の代表の校長さんという方も来ていただいたのですが、異口同音に、教育委員会としてはもう少し相談してほしい。とにかく案をつくったら、それをぱっと押しつけてくるということじゃなくて、校長会のほうにももう少し相談してほしい。実際に研修というのは私どもの責任であるし、学校の中で私どもは責任者であるからもう少しまかしてほしい、研究さしてほしい。それを業務命令等を出してやるのはぐあいが悪い、こう言っている。業務命令を出さなかった校長さんが懲戒処分に付されているわけであります。そうして出て行けと。教職員に対しては、何月何日のどこそこでやる研究会に出席しろ、出席せぬということになってくると、職務命令を出して出席をさせる。この職務命令を研修あたりで出せるものかどうかという問題について教育長と特に話し合ったわけですけれども、教員が出やすいと思いましたから職務命令を出しました。ことばはそのとおりであります。職務命令を出さないと出にくかろうと思いましたので職務命令を出しました。職務命令とはそういうものかどうかということで、あそこで話し合ったわけですが、何はともあれ話し合いをつけるということでありましたから、私どもは帰って来たわけであります。
 ところが先ほど申しましたように、二十二日に一斉に大量の処分をされたということであります。したがって私は、お聞きしたいのですけれども、教職員の研修、これは私は特例法の中の十九条にもちゃんと明記してありますが、「教育公務員は、その職責を遂行するために、絶えず研究と修養に努めなければならない。」、これはそのとおりであります。そうして教育公務員には研修を受ける機会が与えられなければならないというふうに書いてある。しかしこれを私は何度読み返しましても教師みずからの職責を遂行するために、その自発的判断に基づく研修を制度的に保障しようというのが、私はこの特例法の趣旨だ、研修の趣旨だと、こういうふうに私は思います。教師の自主的、能動的な研修を期待し、その自覚を促している条文なんだ、だから行政当局等については、そういった研修のチャンス、機会、雰囲気、こういったものをつくってやるというのであって、あくまでも研修というものは本人の自主的な、能動的な、自発的な気持ちの中から生まれてくるものでなければ、研修には本来ならないのだというふうに、当然この法規はとれるわけであります。したがって私は、こういったものについて、さあ研修をするぞ、行かない者については職務命令を出す、職務命令に違反した者については処分をする。こういった取り扱いというのは、私はこの法の精神からいっても、また教育という場における研修という性質からいっても、私は職務命令、処分、こういった高圧的な立場で解決をしていくという筋合いのものでは第一ない、こう思います。この点について文部省当局としてはどういう……。
○説明員(宮地茂君) 研修につきましては、まあ先生が先ほど御指摘になられました教育公務員特例法の十九条、二十条に法律的には書いてあるところでございます。さらに法律に書かれなくっても、教師の給与といったようなものをいろいろの人が検討されます場合も、一般公務員よりも給与が高くなければならない。何がゆえに高くなければならないか、それはその使命なり性格なり、いろいろ一般公務員と違うところがあるんだというような論がなされますが、そういったような場合でも、具体的には教師は研修をし、いろんな書物を読み、さらに研修会に出て行く旅費等も要るんだといったようなことがよく議せられておりまするが、そういうことで教師の研修ということは他の職種と違って非常に重要なものだと思います。そういうような考えから十九条、二十条に、特例法に書いてあるわけですが、先生のおっしゃいました、確かに研修というのは研究、修養でございますから、水を飲みたくない馬に無理に飲ませるといったようなことでなくて、やはり教師が進んで研修をやりたいという気持がないと十分な効果はあがりませんが、さればといって教師のそういう自主性だけにまつということではなくって、いま先生がお読みになられました十九条の二項に「教育公務員の任命権者は、教育公務員の研修について、それに要する施設、研修を奨励するための方途その他研修に関する計画を樹立し、その実施に努めなければならない。」というふうに、これはたまたま任命権者ですが、その他文部省設置法にもございますし、さらに地方教育行政の組織及び運営に関する法律で教育委員会の一つの大きな仕事にもなっております。そういう関係で、必ずしもこの教師の自主性、自発的なものだけでなくって、教育行政当局がそういうことを用意し、教師に研修をさせるということも、当然これは法律根拠がございます。まあそういうことでございますので、必ずしも自主性は、大いに尊重する必要がございますが、行政当局がやるということは、これはやらなくてもよいというのではなくて、行政当局の責任、義務のようなことでもあろうかと思います。
 前半はそのように考えますが、さらに先生のおっしゃいましたいろいろ争点が二つあるということにつきましても、ちょっと私どもが聞きましたところでは、大体先生のおっしゃったような点に尽きるかとも思いますが、これには経緯がございまして、必ずしも先生がおっしゃいましたとおりでもないように承知しておりますが、特に処分をいたしました者は、研修に職務命令を出して出てこいといったのに、職務命令違反だから処分したということよりも、その妨害をした。で、これはまあ私聞いてまことに情けないことだと思いましたのは、まあ先生がおっしゃいましたような二つの争点があったんでございましょうが、まあ未解決であったとは思いますけれども、研修会をやっておる席に研修に出ることが予定されてない教師が妨害に来る。さらに研修場に入ってテープ等を大きな音を出して鳴らすといったようなことで研修が静かに行なえない、計画した研修の効果が十分達成できなかったというような事実もあるようでございます。したがいまして職務命令違反というよりも、せっかく研修をしている人の妨害を、研修と関係のない第三者的立場にある教師が妨害をしたということで、今回の処分はそういうことで処分をしたというふうに私のほうは教育委員会から聞いております。したがいまして必ずしも、先生のお気持ちは十分わかるんでございますが、そういったような教師の非違というものは、私どもとしてはやはり正す必要があろう、もちろん研修の持ち方につきましては、今後とも教育委員会としても全然教師の意思を無視して一方的に当然やれる法律根拠があるからやるんだというような態度は、もっと検討し、くふうする必要があろうかと思いますけれども、今回の北九州市がやりました措置につきましては、私どもはこれは遺憾なことでございますけれども、まあ適当な措置であったと言わざるを得ないと思います。
○安永英雄君 私も職務命令違反で処分したとは思っておりません。この点は私は二十六日、最終日ですが、実際現場に行ってみました、えらく新聞に載りますから。見ていましたけれども、教育委員会が言うほど妨害という形のものではなかった。これはこの部長を選ぶ、あるいは進め方、研修の進め方という問題について何も知らない校長さんが見えておって、そうして、それについて何も明確な答えもないし、また、きょう何をやろうかというようなことも明確な何も持ってこられない。実際に集まってくればよろしい、そして出席して点呼をとればいいというようなことだったから、それじゃ何のために私どもを呼んだのかというふうなことが、そのときの私はやりとりだったと思います。だから意識的に妨害するとか何とかいうことではなくて、職務命令、したがってちゃんと自分は出席しているんだ。――たまたまそういったことを取り上げて処分をしたというのは、私はもう少し文部省自身も、この問題については実態の調査をしていただきたい。その上でまた機会があったら私はお聞きしますが、この点についてのいまの文書報告や電話報告では私は現地の実態はわからない。それだから妥当であるというふうなことは、私は言ってもらいたくない。もう少し調査をしてもらいたい。
 それから一般論として、先ほど言いましたように、文部大臣にお聞きしたいと思います。事は研修の問題について、職務命令を出したり、処罰をすると、こういった雰囲気の中で研修がはたしてできるものかどうかですね。この点について私は、本来の研修というのは先ほど申したような性格のものだというふうに考えますが、それは双方、研修を受ける者も、させようとする者も、これについてお互いに反省しなければならない点もあると思います。思いますけれども、私は、研修というのはそういう場合にはほんとうの研修は行なえないというふうに考えますが、どうでしょう。
○国務大臣(坂田道太君) これは理想的に言うならば――やはり研修というのは研修を受けさせたいという者と受けたいという者、あるいは何かこういう先生にもう少しこういうような点を研修していただきたいという、そういうものがやはりからみ合っておると思うのでございまして、一がいには言えないわけでございますが、理想的に言うなら先生のおっしゃるとおりだと思うのでございます。
 ただ、今回の問題は、そういうふうないろいろな経過はあったにしましても、一般の研修に臨んできておられるところへ来て、そうしてそれを妨害をする。そういうことはまた先生としてやるべきことではないのではないかというふうに思うわけでございまして、そういう点に関する限り、やはり適当な処分を地方当局がやったということは、当然ではないかというふうに思います。
 それから、書面とか電話だとかというふうなお話でございますけれども、いま局長から聞きますと、教育長みずから東京に参りまして報告をいたしておるそうであります。
○安永英雄君 これは今後、もう少し私も調査をし、おたくも教育長を呼ばれただけでは一方的になると思いますから、そういった調査はすみやかに進めてもらいたいと思いますが、昨年各都道府県の教育団体に補助金を出しておられますね。この補助金について、時間がありませんから、北九州市に出された金額は幾らか。そして、時間がありませんから端的に申しますが、北九州小中学校教職員教育研究会というものの実体について――実体がないのです。そういう実体がないものにどういう判定をして、どれくらいの金額を出されたのですか。
○説明員(宮地茂君) ちょっと先生のおっしゃいました点、資料を持ちませんので、後刻資料を出さしていただきたいと思いますので、御了承いただきたいと思います。
○安永英雄君 これは先ほど言ったように、どういう根拠で多額の金額を出したのか。この金額がもとになっているわけです。紛争のもとになっている。というのは、この金額にさらにつけ加えて、そういった研究組織をつくろうということが一応発端になっているわけです。ところが、昨年度は一こういう研究組織はないのです。ないにかかわらず、この会については支出をしている。北九州小中学校の教職員教育研究会、そして八幡区の園町に事務所があるなどという、この事務所あたりもない、全くない。交付金要綱どおりに見てみますと、明確にそういったものがなければならないし、研究会は研究内容が適正であり、運営が堅実でというふうないろんな条項がついて金額が出されておる。この点についてはどうなんですか。
○説明員(宮地茂君) まことに恐縮でございますが、どうも先生の突然の御質問でお尋ねの資料を持っておりませんが、役所のほうにはございますので、御納得のいくような資料を持ってまいりまして、後刻説明さしていただきたいと思います。御了承いただきたいと思います。
○安永英雄君 納得させようといったって、納得しようがないです、実体がないのだから。幾ら調べたって実体がない。どこに金が行ったか。私はきょう監査委員のほうに報告してもらおうかと思ったのですが、まあそこまで私は言いませんが、実体がないものに幾らでも出していて、またこれに対しての基準等が怪しい。これは次の文教委員会等ではっきりさしていきたいと思います。終わります。
○沢田実君 私は、国立青年の家についてお尋ねいたしたいと思います。
 文部省設置法第十条には、社会教育局が国立青年の家を管理し、運営することが規定されております。なお二十五条には「本省に国立青年の家を置く。国立青年の家は、団体宿泊訓練を通じて健全な青年の育成を図るための機関とする。」というふうに定められております。この青年というのは、どういう青年をおっしゃっているのか。育成というのは、その内容はどのような育成をなさるのか、目的の内容についてまず御説明をいただきたいと思います。
○説明員(今村武俊君) 文部省設置法で申します青年には、特に定義はございませんが、いわゆる青少年――学生、生徒である場合もあれは、勤労青年である場合もあるというふうに理解をいたしております。健全な青年の育成をはかるというのは、設置法にもございますように、団体宿泊訓練を通じて青年を次代の後継者たるべく育成をはかるという趣旨でございまして、それも非常に抽象的な文言であって、具体的にこうこうするということが書いてあるわけではない、いわば非常に抽象的な目標でございます。
○沢田実君 そういうような抽象的な表現をしているので、国立青年の家はどういうことに利用してもいいというお考えなんでしょうか。
  〔委員長退席、理事和田静夫君着席〕
○説明員(今村武俊君) 常識で言う健全な青年の育成をはかるために利用されなければならないのでございまして、どうでもいいということには相なりません。
○沢田実君 社会教育法の第二条には「学校の教育課程として行なわれる教育活動を除き、主として青少年及び成人に対して行われる組織的な教育活動」云々ということが書かれております。それから、青年の家の管理運営について文部省社会教育局長通知というのが、昭和四十二年に出ております。それを見てみますと、特定の政党を支持する者等はいけない。特定の教派、宗派、教団を支持する者については利用さしてはならない。また営利を目的とした利用に供してはならないというような基本的な考え方が載っているようです。そういうふうに理解してよろしゅうございますか。
○説明員(今村武俊君) 昭和四十二年の社会教育局長通知はそのようになっておりますが、最後のところで国立青年の家は営利を目的とした利用に供してはならないとお読みになりましたが、「もっぱら営利を目的とした利用に供してはならない」という、こういう文言になっております。
○沢田実君 国立青年の家の昭和四十三年の予算を見てみますと、経費が三億六千八百七十九万八千六百二十二円、施設費が六億五百七十六万、合計いたしまして九億七千四百五十五万八千六百二十二円というふうになっているようでございます。国立青年の家が始まって以来の施設費の合計はどのくらいになっておりますか、お尋ねをしたいと思います。
○説明員(今村武俊君) 施設費の累計についてはいま手元に資料を持っておりませんので、後刻お届けいたします。
○沢田実君 概略何十億というような程度ではおわかりになりませんでしょうか。
○説明員(今村武俊君) 概数で恐縮でございますが、一つの青年の家を建てるのに施設費が五、六億かかります。その七つ分といたしますと、三十五億、概数はそんなふうな計算になろうかと思います。
○沢田実君 一カ年間の運営のための経費の合計は、どのようになっておりますか。
○説明員(今村武俊君) 運営のための経費というものを、施設費、人件費、管理費……。
○沢田実君 施設費を除いて。
○説明員(今村武俊君) 昭和四十五年度の例について申しますと、人件費、施設費、管理運営費、合わせて十億のうちの二億二千一百万円が管理運営費と相なっております。
○沢田実君 一カ年にどれくらいの団体が何名ぐらいこれを利用しているか。統計がございましたらお示しをいただきたいと思います。
○説明員(今村武俊君) 昭和四十四年度の利用状況について申しますと、研修の団体数が四千三百七十七団体でございまして、延べ研修生数が四十六万四千三百九十五人となっております。
○沢田実君 施設の減価償却等は、計算が複雑になりますので、そういうものは省略いたしまして、いまお話がありましたいわゆる経費を、この宿泊延べ人員で割りますと、一人当たりのいわゆる経費は一体どれくらいになるか、計算がございましたらお示しをいただきたいと思います。
○説明員(今村武俊君) 四十四年度で申しますと、十億円を割る四十六万何がしとなるわけでございますが、いまにわかに暗算ができませんので相すみません。
○沢田実君 実際に本人から徴収しております金額は幾らでしょうか。
○説明員(今村武俊君) 青年の家を使用することについて本人から徴収する経費はございません。ただ、食費は別でございます。
○沢田実君 これは、私がその青年の家の中で一つの青年の家の実情を実は調べた資料なんでございますが、今年度の四月から九月までの毎月の宿泊団体と宿泊人員の資料がございます。その中で昭和四十五年の四月を見てみますと、延べ団体が六十一団体――これは一カ所の青年の家でございますが――延べ人員が一万二千四百七十三人宿泊いたしております。その中でその宿泊団体のほう――利用団体のほうを見てみますと、日本でも有名な大企業が相当数これを利用しております。具体的に例を申し上げてみますと、三菱重工百六十名四日間、百七十名四日間、東芝電気百十名二日間、五十七名三日間、日東紡績六十名二日間、同じく六十名二日間、十一名一日間、大同毛織百六十一名三日間等々、あるいは凸版印刷、阪急、京王、安田生命、朝日生命、エーザイ、殖産住宅等々、あげればきりがございませんが、その中の六十一団体のうちの五十一団体、八四%は大企業で利用しております。延べ人員のほうを言いますと、一万二千四百七十三名のうち八千七百十三名、七〇%はこの大企業のいわゆる新入社員の研修ということで利用しているようでございますが、こういうような利用ははたして青年の家設置の目的に合致しているかどうか、お考えを承りたいと思います。
○説明員(今村武俊君) 御指摘のように、青年の家の研修におきましては、企業がその従事する青年のために行なう研修もございます。しかし、企業の行なう研修であるからといってすべてもっぱら企業の利益のために行なっておるということだけではないのでございまして、勤労青年の研修のために、勤労青年が社会人としてりっぱな青年になるために研修をしていくのであれば、そのことについてこれを拒否する理由はないわけでございます。青年の家におきましては、具体的に青年の家の専門職員が申し込みを受けた研修のプログラムを見て、青年の健全育成という教育的な観点からそのプログラムが作成されておれば、その利用を認めるわけでございます。
○沢田実君 同じくこの青年の家の四十四年度の一年間の経費の合計を見てみますと、四億一千九百三十七万二千円、そのうち施設整備費が改築をいたしましたので三億一千五百二十八万三千円というようなことになっておりますので、それをマイナスいたしますと大体一億円が人件費その他に支出されております。そこで、宿泊した延べ人員を見ますと、十万八千四百七十八名ですから、ちょっと計算をしますと一人の宿泊に約千円、これだけ国の経費がかかっているわけです。本人からは三百円徴収いたしておりますが、朝食が七十円、昼食が百十円、夕食が百二十円、三百円はまるまる実費です。ですから宿泊してふろへ入り、あるいは宿舎もございますし、その職員の人件費、その他管理費を含めますと一人当たり千円になるわけです。私は、これだけ文部省が負担をしてこの青年の家をつくったことについては、先ほど目的等で御答弁もありましたように、青少年の、特に勤労青少年に対する社会教育ということが目的でつくったものである。あなたのおっしゃるように、大企業であってもそういう目的でやるんならいいとおっしゃいますけれども、実際に実績を見ますと、これだけの企業が新入社員の訓練のためにこれを利用するのに、なぜ文部省が一人に千円も負担して、そんなことをしなきゃいかぬのか、私疑問です。これだけの大企業であればおのおのの企業に研修所を持っております。おそらく自分の所の研修所でこれだけの研修をすれば、そんな経費では済みません。ですから、青年の家がまるまるそういうために使われている。この規則を見ますと、いろいろ申し込みの優先順位等がございますけれども、勤労青少年は――あるいはこの六カ月間を見てみますと、何々村青年団というようなのが若干は出てきますけれども、四月のごときは一つもそういう団体は出ておりません。先ほど申し上げましたように、七〇%ことごとくが大企業です。あとの三〇%は高校、大学等のいわゆる学生の研修に利用されております。はたしてこれが目的に合致するかどうか、いまの答弁だけでは納得いきません。そういうような現状でございますが、この青年の家の利用について大臣はどんなふうにお考えになるか、大臣の所見を承りたいと思います。
○国務大臣(坂田道太君) この昭和四十四年度の利用状況の中で、勤労青年が五八%、二十六万七千、学生生徒が十四万七千、青少年の指導者、これが四万八千人、一〇%ということになっておるわけでございます。私はやはり、勤労青少年でございますと、これが大企業であれ、中小企業であれ、あるいは一般の農村の方々であれ、あるいは都市の一般の勤労者であれ、そういうほうに利用していくということが非常に大事なことでございまして、やはり大企業の勤労青少年はだめだというふうにとられるべきじゃないんじゃないかというふうに思います。そして私も数カ所を回って、しかも入ってこられておる人たちと話し合いを何度かやってみましたけれども、ほんとうにここへ来てよかった、こういうことが学校教育の中にももう少しあればよかったんだ、宿泊訓練等があればよかったんだ、もう一ぺん来たいんだと、こういうような希望が非常に多うございます。そういう意味において、今日国立青年の家というものはよく利用されておるというふうに思います。ただいま御指摘のようなこともあろうかと思いますが、やはり私は、勤労青少年であればだれでもこれを受け入れ、利用して、そして健全な青年をつくっていくということにしたいというふうに思っております。
○沢田実君 勤労青少年が利用することはけっこうですけれども、大企業につとめる勤労青少年が、個人として、地域の青少年とともに利用するなら、それは私は文句を言いません。ところが、会社が新入社員だけを連れていって、その施設を会社が訓練に利用しているのです。会社の従業員の訓練に利用しているのですよ。そして、文部省が一人千円ずつ負担しているのです。なぜそんなことをしなければならないのですか。
○国務大臣(坂田道太君) 私は、新入生の訓練を国立青年の家――特に環境のいいところでございますから、そういうところでやられることはけっこうなことだというふうに思うのでございます。そして、この国立青年の家の利用のしかたというのは、こちらからこれこれのものをしてやるということは非常に少ないのでございまして、みずからやる研修なのでございます。国立青年の家で企画するものもございますけれども、そうじゃなくて、一般的にはむしろいろいろのプロジェクトを持って、そしてその国立青年の家を利用するということでございますから、大企業におる勤労青少年だからこれを拒否すべきであるというようなことこそ、私はおかしいというふうに思うのでございます。
○沢田実君 それで、最初にお尋ねしたのは、いわゆる「もっぱら営利を目的とした利用に供してはならない。」と、そこの解釈になるのですが、企業が自分の新入社員を訓練して、自分の企業のためにやることです。しかも、それがその会場があいているから貸してあげよう、そのかわり、実費は企業が負担しなさいということなら、大臣のおっしゃるとおりだと思います。だけれども、企業が新入社員を研修するためにその場所を借りて、そして企業の利益を向上させるために、自分の会社の社員を訓練するためにその場所を使っているわけです。そういう利用のしかたに対して、なぜ一人千円ずつも国が負担しなければならないのか。しかも、何十億という施設の減価償却も入れれば千数百円になります。それがはたして施設を設置した目的に合致しているのかどうか、非常に疑問です。私はもう一ぺん大臣のお考えをお聞きしたい。
○国務大臣(坂田道太君) 私は、人間の社会というものにはいろいろの企業があります、大企業もあれば中小企業もある、あるいは農村の青年もある。いろいろあるわけです。そういう人たちが健全に育つということには、国として当然その責務があると思うのでございます。そのために国立青年の家ができておるのでありまして、それは直接企業の利益とか何とかというようなことと結びつけてお考えいただかなくてもいいのじゃないかというふうに私は思うのですけれども。
○沢田実君 それではここで特定の政党あるいは特定の宗教団体、それからもっぱら営利を目的とする、そういうものに利用を禁止した趣旨について説明をいただきたいと思います。
○説明員(今村武俊君) 社会教育の趣旨といたしまして、社会教育活動が特定の政党を支持したり、あるいは反対したりするために使われるというようなこと、あるいは特定の宗教を支持したり、特定の宗教に反対したりするために使われること、あるいはもっぱら営利目的のために社会教育の施設が利用されるようなことは、これは社会教育法の趣旨として認めていないところでございます。したがって、青年の家の管理運営について出された局長通達においても同様の趣旨が盛られているものと存じます。
○沢田実君 そうしますと、いまの大臣のお考え方、局長の答弁から考えますと、特定の政党に所属しておっても、たとえば何々党の秘書団がそこを利用して研修に使うとか、あるいはまた、特定の宗教であっても、いま特に反対というようなことを盛んに強くおっしゃいましたけれども、特定の宗教団体でも、そこを研究のために利用することについては、特別区別しなくてもいいというお考えですか。
○説明員(今村武俊君) 趣旨といたしますところは、社会教育施設が政治目的のために、宗教目的のために、あるいは営利目的のために利用されてはならないということでございまして、あるいは政治団体、宗教団体、営利団体に属するような青少年が「規律、協同、奉仕の精神をかん養する」とか「相互連帯意識を高め、郷土愛、祖国愛、および国際理解の精神をつちかう」とか等々の青年の家の教育目標に従いまして、法律に定めてございます「健全な青年の育成を図るため」団体宿泊訓練をすることは、何ら差しつかえのないことだと存じております。
○沢田実君 そうしますと、企業が自分の会社のために採用した新入社員の研修をするために使うことは、いまおっしゃった「もっぱら営利を目的とした利用」ということにはならないのですか。
○説明員(今村武俊君) ものの見方だと思います。企業がその勤労青年の新入の機会に、勤労青年を訓練しようということを、もっぱら営利のためにするものというふうな見方に立っての先生の御議論だと思いますが、私の考えをもっていたしますれば、初めて就職する際に、今後の社会人としていかに生きていくべきかというようなことを真剣に勉強し、そうしてまた、初めて新しい社会の新しい友だちを得て、お互いに連帯感を持ち、そうして青年の家で規律正しい生活をして「規律、協同、奉仕等の精神」の涵養をはかるなどということは非常にけっこうなことだと考えます。
○沢田実君 考え方の相違ですから、あとは議論はやめておきますが、そういう考え方に対して私は、非常に疑問を持ちます。しかも、先ほど申し上げましたように、こういう企業の方々はこの施設があって利用できることを知っているのです。ところが実際に、農村あるいは地方の青少年の団体にはこれの利用のことが徹底されていない。そういうことはPRも不足であって、ほんとうはそういう人たちが利用するためにつくったものが、それ以外の人たちに使われておって、それでいいのだというお考えについては非常に疑問です。また、この問題についてはよく御検討をいただきたいと思います。
 時間の都合もありますので、次の問題に移りますが、四十三年度の決算で見ますと、教科書が無償配布になりまして、そのために国で負担をいたしました金額の合計は百二十四億余円になっているようでございますが、昭和四十四年、昭和四十五年にはその負担額はどのくらいになっておりますか、お教えをいただきたいと思います。
○説明員(宮地茂君) 教科書のいまお尋ねの経費でございますが、ちょっと資料を持ち合わせませんので、さっそく資料を取り寄せて――先生の御質問に関連がございましょうから、さっそく資料を取り寄せますので、しばらくお待ちいただきたいと思います。
○沢田実君 けっこうです、それなら。私の調べたところでは、四十四年が百四十一億余、四十五年が百三十五億余円になっております。四十四年より四十五年が少なくなっているわけですが、これは生徒数が減ったために少なくなっているのじゃないかと私は判断をしているわけですけれども、それでよければけっこうです。
 そこで、四十六年にはどのくらいになるかということなんですが、今後生徒数が減っていきますと、この金額はだんだん減っていくのじゃないか。ほかの予算はふえていきますけれども、教科書の無償配布の経費については減っていくような傾向にあるのじゃないかと思います。それで、そういうような状況にありますので、もう少し予算のワクをふやしていくことも可能じゃないか、こういうふうに思うわけです。教科書の内容をよくするとか、あるいは紙の質をよくするとか、そういうようなことをお考えかどうか承りたいと思います。
○説明員(宮地茂君) 失礼いたしました。先ほどの先生のお尋ねの数字でございますが、四十四年度百四十一億一千二百万円でございます。四十五年度は、いまおっしゃいました百三十五億八千七百万円でございます。四十六年度概算要求でいま事務的に大蔵省と折衝いたしておりますが、それは四十五年度よりも若干ふえます。それは学習指導要領の改定をいたしまして、今度中学校の一年生が従来は歴史、地理のうちの一つでございましたが、今度一年生から歴史、地理、両方を教えていくということになりましたので、一冊分教科書がふえます。そのことと、それからいまおっしゃいました点にも関係いたしますが、教科書の定価が現状におきましては多少教科書発行者のほうで赤字を出しておるといったような計算にもなりますので、私どもの考えといたしましても若干定価を上げる必要があろうというふうに考えておりますので、四十五年度の百三十五億よりも約七十億ばかり増額を大蔵省にお願いいたしております。さらにこれは、いまの教科書そのままでも物価の値上がり等に関連して何%か増でございますが、さらにいまの教科書そのものがいまの紙でよいのだとか、あるいはいまの色刷りそのままでよいというふうには考えておりません。したがいまして今後教科書の紙質なり色刷りなり、いろいろの面につきましては、なお今後一そう研究をいたしたいと思っております。したがいまして、いま先生がおっしゃいましたような点で内容向上ということになりますと、さらに定価を上げる必要があろうかと存じます。
○沢田実君 教科書が無償配布になりましてから副読本というのが使われているようでございますが、副読本というのは現在の教育上必要とお考えになっていらっしゃるか、必要はないとお考えになっていらっしゃるか、お尋ねいたしたいと思います。
○説明員(宮地茂君) これは御承知のように学校教育法にもはっきり規定いたしておりますが、教科書は子供が使います主たる教材でございますが、教科書だけでその他は全然意味がないということではございませんで、学校教育法の二十一条にも規定いたしておりますが、教科書以外の教材として有効適切なものは使用できるというふうに法律にも書いておりますし、さらに実際の問題としても各学校で多かれ少なかれ教科書以外の教材を使っております。その中にはいわゆる副読本といわれるようなものも含まれております。
○沢田実君 法律的にはそのとおりだと思いますけれども、実際、教科書が無償配布になる前はいまのような副読本は使用されていなかった。最近特に教科書が無償になってから副読本がふえてきた、こういう事実は御存じだと思うんですが、その点についてはどういうふうにお考えになりますか。
○説明員(宮地茂君) 教科書が無償になる前からも教科書以外の教材は使用されております。ただ教科書無償後、先生のおっしゃるように非常に急激に副読本等の教材使用がふえたかどうか、詳細な調査はいたしておりません。
○沢田実君 肝心なところの調査がないから困るのですけれども、要するに教科書無償にしようということで非常に文部省が努力したのは父兄の負担をなるべく少なくしよう。そして法律でもきまっているように義務教育はこれを無償とするという、この基本線に従っていこう、こういうわけでせっかく努力していらっしゃったのですが、最近はまた、同じように父兄は負担させられているのです。しかも、最近先生になった人の話を聞くと、一人当たり三百円までは予算があるのだからその範囲の副読本は何でも買っていいから買えと言われた。その先生は、どこかから予算が出てくるのだろうと思って、そういうふうにしたら、生徒からみんな徴収しろというふうに言われた例がたくさんあるわけです。そういうふうにせっかく教科書を無償にしたら、また父兄の負担は副読本という形でふえておりますので、私は、これは教育上必要ならば教科書の中に盛り込めばいいと思いますし、必要ないならばやめてしまったほうがすっきりしてしまって、父兄負担が少なくなるのじゃないか。それで先ほど来、予算がだんだん減っていくような現状でございますので、七十億プラスしてもっとこういうふうにしようというお考なんですから、副読本の若干の内容は教科書にも入れて、そうして教科書の改定によってあるいは副読本を買わせなくても済むようならば、そういうふうにしたほうが、私は父兄の負担が少なくなるという意味でお尋ねしているわけですが、そういう点についてのお考えはどうでしょう。
○説明員(宮地茂君) 私ども主たる教材としての教科書は、これは教科書訴訟もございますけれども、最小限必要な主たる教材としてはこの程度のものであるというような考え方で、これは学習指導要領なり、さらに教科書検定基準なりで、ある程度の必要最小限のワクを規定いたしておりますが、副読本を、先生がおっしゃいますように副読本の内容も場合によっては教科書に盛り込んでという考え方でございますが、ちょっとそれにはにわかに賛成いたしかねるわけでございます。と申しますのは、教科書のほうは父兄負担の軽減という意味もございますが、義務教育無償の理念をより広く実現したい、こういう考えでございます。そこで、教科書につきましては、文部大臣の検定を経た教科書の使用というものが法律にも義務づけてございます。ところが副読本と先生はおっしゃいますが、教科書以外の教材でございますが、いろいろな種類のものもございますし、これは義務づけてもおりませんし、また種類、内容いろいろございます。さらに各地域の特色、さらにその学校の考え等で、いろいろ実情に応じて多種多様のものがございます。こういったようなことから、ちょっと教科書とは――非常に教材としては教科書に準ずるようなものもございましょうけれども、これに対しての考え方はいま申しましたように違いますし、さらに性格も違うと思いますので、教科書をより一そう充実していくという点は大いに検討してもよいと思いますけれども、補助教材に金を出して父兄負担がかかるから、それを教科書の中に盛り込んで無償の対象にしていって、父兄負担を軽くするというかかわり合いにおいては、消極的に考えざるを得ないと思います。
○沢田実君 それでは「義務教育は、これを無償とする。」という基本の考えで教科書の国庫補助をやったのじゃないのですか。
○説明員(宮地茂君) そういう考えでいたしております。
○沢田実君 そういう考えでおやりになったとすれば、それをおやりになってから副読本がたくさんふえたのですから、その実情は知らないとおっしゃればここで議論できません。もう少し調べていただいて、そういうふうな実情にありますので、文部省、これはお考えをいただきたい、こういうことです。それも考え方が少し違うようで、議論してもあとは並行線のようですが、その点もお願いしたいと思います。
 それから次に移りますが、憲法の第二十六条ですけれども、「すべて国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する。」、これは御承知のとおりなわけですが、その教育を受ける権利が――国の財政上の理由ということになるのでしょうけれども、施設が完備してないためにその権利を受けることができない、こういう問題についてはどんなふうにお考えですか。
○説明員(宮地茂君) いま御指摘の点は、たとえば学校の義務教育などで一般の小学校、中学校というものは九九・九九%というふうに非常に就学率はよいのですが、ただいわゆるハンディキャップがある特殊学校に通うべき子供等が、十分まだ小中学校と同じような恩恵をこうむっていないではないかといったような御趣旨かと存じますが、端的に申しまして、小中学校と比べまして盲学校、ろう学校、養護学校等の施設が不十分であるということは率直に私どもも感じております。したがいまして、こういうハンディキャップのある子供たちにも教育の機会均等の見地からぜひ一般の小中学校に通う子供と同じような教育を受けさせたいと、まあこういう趣旨で、かねてから努力いたしておるところでございますが、遺憾ながら現実におきましては小中学校と全く同じようにはなっておりません。申しわけないと思っております。
○沢田実君 いま局長さんがおっしゃったように、私は精薄の問題についてお尋ねをしたいわけですが、現在児童福祉法による精薄の施設がございます。それからちょっと程度のいいところですといわゆる養護学校、その養護学校のある県は御承知のとおり非常に少ないわけです。養護学級等のあるところもありますけれども、そういうところでは非常に差がありますので、親としてはそういうところへはやりたくないという気持ちもあります。
 そういたしますと、義務教育を受ける同じ年代にありながら、いわゆる厚生省関係の児童福祉法でいく場合には、これはまあ父兄負担というものは非常に大きくなります。学校教育法になりますと、これはもう一カ月、給食費を含めて千円ちょっとで足りるわけです。ですから非常にかわいそうな子供を持った親は、学校教育法と児童福祉法との関係で、いま申し上げた教育を受ける権利がありながら施設がないために父兄負担が非常に多くなる。このお互いの、各省との関係ですね。いまおっしゃったように養護学校をさっそくつくってくだされば問題はないわけですけれども、すぐはできないでしょうし、その点について文部省はどんなふうにお考えですか。何か施設をつくるまでに何らかの方法でその辺を――義務教育を受ける年齢の者については何か特別な御配慮をするお考えがあるかどうか、その点を承りたいと思います。
○説明員(宮地茂君) これは私のほうも、こういう子供につきましては厚生省と十分連絡をとっておりますが、ただ非常に重度の障害のある子供は、極端に申しますとベッドで寝たっきりというような子供もおりますが、しかし厚生省のほうと十分連絡をとりまして、そういうときにはその子供のベッドサイド・ティーチングというのですか、病院に寝ている子供にやはり小学校、中学校の勉強もさせる。そのためにはその病院のそばに学校を建てていくとか、あるいは学校の先生がその病院に出向いて行くとかといったようなことを試み的にはいたしておりますが、まだ十分でございません。したがいまして、厚生省とも十分連絡をとりつつ進みたいと思っておりますが、一応私どもの計画といたしましては、今日精薄児の教育施設に例をとりますと、四十四年五月一日現在で、公立の養護学校が七十三、特殊学級が一万三千五百四十一学級ございます。また、三十九年以降の年度別の設置状況を申し上げますと、まあ毎年十校前後が設置されておりますし、さらに学級は五百学級から千学級くらいの幅で毎年設置されております。しかし、それにしましても今日ただいまの現在ではまだ三十県ばかりが設置いたしておりません。
 そこで、今後五年計画で養護学校のほうは対象児の三〇%の者を収容するための養護学校をつくっていきたい。さらに、残りの七〇%は特殊学級で収容するようにしたい、まあこういうことで一応の計画はつくりまして、ここ数年来努力いたしておるわけでございます。
 さらに、この問題につきましては、非常に教育のしかたにつきましても一般の小中学校と比べてまだ未開拓な分野もございます。そういう関係からより一そうこの教育を充実するために、昨年来、横須賀市の厚生省関係の病院のあります隣に数万坪の施設を譲り受けまして、これが大臣等の非常な御熱意で特殊教育の総合研究所を目下建設中でございまして、来年秋ごろにはとりあえず一部分開所できるかと思っております。そういうことで鋭意努力はいたしておりますが、今後とも十分続けていきたいと思います。
○国務大臣(坂田道太君) 御指摘のこの特殊教育の充実ということは、私就任して一つには大学問題の解決、一つには日本の教育行政の谷間にある特殊教育に力を入れたいというふうに私は思いまして、ただいま申しましたように特殊教育総合センターもできるようになったわけでございます。確かに日本はほかの面では世界の先進国といわれるわけでございます、教育の面で。しかし特殊教育の面でも盲ろうという形においては、かなり進んでおると思いますが、盲ろうあるいは精薄ということ、あるいは肢体不自由児というような問題、あるいはそのハンディキャップを持った子供たちに対する政府の姿勢という点は、はなはだおくれておる。こう考えまして、この点につきまして何とかして、一日も早く教育を受ける権利を持った子供たちを責任を持って教育するというふうにいたしたいと、かように努力を続けておるところでございます。
  〔理事和田静夫君退席、委員長着席〕
○沢田実君 昭和三十六年以来、文部省としてはこの養護学校をつくろうということで努力をしていらっしゃるように聞いておりますが、現在、先ほどもお話がございましたように、十五県について養護学校があるだけです。で、そのことについて文部省の方々の御意見を聞きますと、文部省では補助金を出す予算をとっているんだけれども、県のほうでなかなか予算の関係もあってうまく進まないのだと、こういうふうなお話がございました。自治省のほうを聞いてみますと、自治省のほうとしてはそういうことを特別指導するわけにいかない、自治省としてはこれはやはり文部省でやってもらうしかないと、こういっております。きょうも自治省の方に来てもらって答弁してもらおうと思ったんですが、担当の局がありませんので答弁できないというお話なんで、それではよろしいということにしたわけなんですが、このことについては単に予算と補助金をとるということだけではなしに、各県に対する指導もしていただきませんと進まないのじゃないかと思います。
 それから、決算のほうを見ますと、お金はほとんど使っておりまして残金がありません。それで補助金の予算は全部使っているのじゃないかと聞きましたら、それは精薄のほうじゃなしに別のほうの施設に流用しているからないのだと、こういうお話ですので、精薄の養護学校をつくるためのお金がよそのほうで使われて、それがちっとも進まないというのは、私たち残念ですので、いま特に大臣からお話がありましたように、この御方針でひとつ一日も早く全国にわたって養護学校ができるように御努力をいただきたいと思います。
 最後に、時間もありませんので、もう一つだけお尋ねをしたいわけですが、学校の先生が生徒をなぐったという問題ですが、これはいままでも各地で問題になったことでございますけれども、特に最近、東京でそのような問題がございまして、そのなぐられた子供の父親が先生を告訴したというような事件がございます。で、その事件の内容につきましては、私その父兄の方のお書きになったものを全部持っておりますけれども、時間の関係でそのことは省略をいたしますが、この小学校における体罰教育ということについて文部省のお考えを承りたいわけです。
 ことしの春ですが、東京都の新宿区に余丁町という町がございまして、そこの小学校で一教官による児童への体罰事件が起こったわけです。それがもつれて、児童が学校内で村八分になりまして、それでほかの区の小学校に転校せざるを得なくなりました。それで父兄は先生を暴行罪で告訴するというような事件になったわけです。いま申し上げましたように新聞にも報道されておりますので文部省では御承知のことと存じます。このような事件を、いま申し上げましたように私は詳細を聞いておるわけですが、ほかにもそういう例がございます。そのような場合に、父兄の立場になりますと、先生のことですので泣き寝入りになってしまう場合が非常に多いわけですが、この新聞に出ました例では告訴までいったわけですので、これについてはいろいろな特徴があるわけです。そこで私は、この事件の具体的解決については、これは問題をおきまして、学校教育において教育手段として肉体的腕力行為が認められるものかどうか、こういう問題について問題としてみたいわけです。この新宿区の例を見ますと、先生、校長、PTAの一部の方は、教育上、ある場合には体罰、具体的にこの例で申し上げますと、竹の棒で生徒の頭をなぐったという、そういうようなことが言われております。そのような行為が必要な場合もあるのだという考え方、そういう気持ちは、私どもとても考えられないわけですけれども、こういうことが言われております。私は、これはとんでもないことだと思いますが、学校教育法第十一条にも体罰を加えてはならないと明記されておるのは御承知のとおりです。罰の中の種類としてからだに対する加害行為、こういうようなことは許されないことと思うわけですが、もし罰としてそのようなことが許せるということであれば、これはたいへんなことと思います。教育課程の中においてそのようなことは断じて許されてはならないと、こういうふうに思います。体罰といっても、その実力行為にもいろいろ段階はあろうと思いますが、軽くさわった程度というのならともかく、この場合には父親の述べたものによりますと、頭をなぐられてこぶができた、あるいは手でかばったら手から血が出た、あるいは頭にしびれを感じたというようなことがるる書かれております。このようなことは、ほんとうに行き過ぎだと思います。東京都としては戒告処分にするとかというようなことで、そういうようなことはいけないということを認めているようでございます。小学校でこのようなことが行なわれることは非常に遺憾でございます。教師はどんな場合にも直接行為に訴えるというようなことがあってはならない。あくまでも根気よく説得し、指導していくことが大事じゃないか。愛のむちということを言いますけれども、人をなぐるのに愛なんということはないと思います。教育に熱心のあまり行きすぎが少しはあってもかまわないという考え方はとんでもない間違いだと思います。このような動機優先、手段軽視の考え方が現代の風潮としてありますので、大学のリンチ事件とか、しごき事件とか、いろいろなことに発展しているのじゃないかと、こんなふうに思います。この問題について文部大臣、文部当局がどのような見解を持っておられるか、承りたいと思います。それを承って、私の質問を終わります。
○国務大臣(坂田道太君) ただいま仰せになりましたとおり、学校の中におきまして体罰を加えるなどということは、絶対にやるべきことじゃないというふうに私は思います。そういう指導を続けてまいりたいと思います。
○渡辺武君 去る七月十日に開かれました参議院の文教委員会におきまして、わが党の小笠原議員が拓大に起こりました暴力問題、これについて御質問申し上げました。そのとき西岡文部政務次官は「拓大当局の学生部長を本省に招きまして、今後その対策に遺漏なきよう指導をいたしているところでございます。」というふうにお答えになっておられます。特に拓大当局が当時計画しておりました学内諸団体の総点検について、村山大学学術局長が、この大学の方針を支持されて、「文部省といたしましても、その方針にのっとって、ぜひ学内から暴力を一掃し、拓大が教育研究を正常な形でやれるようにしてほしいということを申しているわけであります。なお、口頭の御説明のほかに、調査が一段落した時点で文書による正式な報告もいただくということになっております。」というふうに答弁しておられるわけです。当時、大学側が設けました事故調査小委員会、団体関係小委員会、学寮調査小委員会、これらの委員会による学内総点検の結果が八月上旬にまとめられた模様でありますけれども、文部省はこれらの調査結果の報告を受けていらっしゃるかどうか。それについて内容を御検討なさっておられるかどうか。また、文書報告をもし受けておられるとすれば、後日資料としていただきたいと思います。これらの点についてお答えいただきたいと思います。
○説明員(村山松雄君) 拓大の事件につきまして経過報告的なものにつきましては、文書で報告が出てまいっております。それからただいま御指摘のありました学内暴力根絶のための調査、調査に基づく対策の樹立につきましては、これはまだそういう文書による報告は出てまいっておりません。学生部長のほうから口頭で連絡がありまして、調査いたしましたところ相当数の暴力の被害を受けたという申し立てがあった。で、これに対しましては、やはり事柄の性質上被害者側の申し立てと、それからそれを加えたというほうの事情の聴取と、両方やって、適切な処置をとる必要があるということで、これから加害者側の事情聴取をやって、暴力行為で不問に付せないというものがあれば、それ相応の措置をとる、こういう報告があってございます。
○渡辺武君 なお、加害者側からの調査もとるということでございますけれども、もうこの被害報告なるものが出てから一カ月近くたっているわけです。ですから、暫定的にも私は大学当局として文部省に文書をもって報告するということが責任のある態度じゃあるまいかというふうに考えます。文部省としても、やはり新聞にも発表されましたし、非常に暴力行為が頻発しておったという状態でありますので、これはやはり積極的に文書でもって詳しい報告をとられて、その内容を検討されるということがしかるべき態度じゃあるまいかというふうに考えるわけです。
 で、手に入れました事故調査小委員会の調査報告、これに基づいて概略のことをいまここの委員会の席上で申し上げて、文部省の御見解を伺いたいと思います。事故調査小委員会のアンケートに応じた学生の数は千二百二十六人です。そのうち百九十人が暴力被害を受けた。ですから、一人で二回以上の被害を受けた者を合わせますと延べ二百五十六人が被害を受けているという結果になっております。その内容を申し上げますと、暴行六十三件、不法監禁、部屋の破壊三十九件、脅迫四十七件、脅迫まがい百七件、この中には、右側睾丸手術、つまり三分の一切除、それからまた両耳鼓膜破裂、頭部裂傷、睾丸はれ、それからまた第六・第七頸椎部疎突起骨折、全治三カ月の重傷、こういうような重傷も含まれているわけであります。このアンケートは、全学生八千二百四十一人に送られ、その回収率は被害調査書の発送事務遅延などのためにわずか一四%で、おそらく事態の一部分を伝えているにすぎないと思いますけれども、しかし被害回答者はその中の一六%、すなわち六人に一人が暴力被害を受けているというすさまじい実態であります。特に陰惨なのは一年生で、百七十六件の被害を受けております。つまり四月に入学をして六月までのわずか三カ月の間に一日二件の割合で暴力被害を受けているというのが実情であります。以前に学校に届け出たのはわずかに二十二名、名前を公表しないと約束した今度の調査でも五十一名が無記名で、いかに拓大の学生諸君が暴力の前に戦々恐々としているかということを物語っているのじゃないかと思います。
 暴行を加えた場所はどこかと申しますと、寮、それから部屋、合宿所、校庭、その他で、圧倒的多数が学校施設の中で暴行を加えられた、こういう状況であります。大学の正規の機関で調査、発表された以上のような事態を見てみますと、拓大にはおそるべき暴力行為が横行していること、安生君殺害事件は拓忍会という、愛好会に例外的に起こった事件ではなくして、いま申しましたような校内全体に横行する暴力行為を背景として起こるべくして起こった氷山の一角にほかならないというふうに思われますが、この点文部省としてどのようにお考えか、また安生君事件を二度と再び起こさないためには拓忍会に対してすでにとられた処置だけではなくして、この校内全体に横行しているこのような暴力行為を根絶しなければならないと思いますけれども、この点どう思われましょうか。
○説明員(村山松雄君) ただいま御指摘になりました拓大における暴力被害状況調査の結果につきまして、実はまだその加害者側の事情も調べた上でということで、拓大側から詳細な報告は受けておりませんけれども、いずれにいたしましてもかなりの暴力被害があったのは事実のようでありまして、大学としては決してそれを不問に付せず、事情調査の上必要な処置をするし、今後こういう状況が起こらないように一そう学内の体制も整備する。具体的にいえば、たとえば学生の苦情処理機関をつくるとか、あるいは学生の相談室をつくるとか、そういうことも含めてこれからの機構なり運営の改善につとめたい、こういうことでございました。文部省としては申すまでもないことでありますけれども、主義主張のいかんにかかわらず、それを貫徹する手段として暴力をふるうということは絶対に許すべからざることでありまして、そういうことのないようにという警告は再三発しているわけでありますが、それにもかかわらず拓大で表面にあらわれた事件のほかに、御指摘のような状況があるということが判明したことは重ね重ね遺憾なことであります。将来にわたっては大学側も相当な覚悟で是正につとめるということでございますので、文部省といたしましてもぜひそうやってほしいということを要望いたしておる次第でございます
○渡辺武君 文部省は六月二十四日の通達で学生の課外活動における暴力行為の防止という点を非常に強調された。また先ほど申しましたこの前の文教委員会でも暴力を防止しなければならぬということを強調された。いまこの委員会でも強調されている。この点については私も承知しておるわけですけれども、いま申しましたように拓大には、安生君事件を氷山の一角とするような暴力行為が日常茶飯事として横行しておるというのが実情なんです。ですから、これについては一片の通達を出すということだけでは私は済まないと思う。文部大臣は拓大のこのような横行する暴力、これを私は根絶しなければならないと思うのです。その根絶をするためには、どのような対策が必要だとお考えなすっていらっしゃいますか。
○国務大臣(坂田道太君) 私はたびたび、どの委員会にまいりましても良識と理性の府であるべき大学が暴力によって機能を麻痺する、あるいはそれによって生徒が傷つく、あるいは殺されるというようなことがあっては絶対にならぬというふうに思うわけでございまして、そのためには十分大学当局としてもその暴力根絶について万般の体制をとってもらいたいということをかねがね申してきたわけでございます。拓大につきましては、それを契機として、いま御指摘になりましたように通達も出したわけでございますが、なかんずく安生君がなくなったという拓大、しかもそれはいま御指摘のようにかなりの暴力がいままで起こっておったということについて、大学当局も非常な反省をもって、そうしてこれからこのようなことが起こらないような対策を立てておるということでございます。私たちもそれを見守り、また適切なる指導助言をいたしまして、そうしてこういうようなことが二度と再び起こらないように、また同時に、そういうような暴力的な体質といいますか、そういうものがなくなることを強く期待をいたしておる次第でございます。
○渡辺武君 いまおことばがありましたけれども、私は大学当局にただ単に期待するというようなことだけでは、拓大の問題は私は解決できないんじゃないかというふうに思います。なぜかと申しますと、いま申しましたように事故調査小委員会の発表したこのものの内容を一見しただけで、問題の所在が非常に深いということがすぐわかるというふうに私は思います。その点で文部省がもう少し積極的に拓大から文書の報告なり、詳しい資料なりお取り寄せになって、十分これを検討してほしいというふうに思います。
 私申し上げたいことは、拓大に横行するこういう暴力事件、これを根絶するためには、この暴力行為の根源がどこにあるのかということについて見きわめなければならないのではないかというふうに思います。
 その点で、まず最初に申し上げたいことは、暴力事件がどの学生団体によって引き起こされたのかということであります。事故調査小委員会の発表によりますと、暴力事件を起こした学生団体は、いわゆる拓大三派と言われてきました銃剣道愛好会、それから拓禅会、それから安生君事件を引き起こしました拓忍会、これらの愛好会関係については四十五件です。ところが正規の体育部――正規のというのは学校に届けられているという意味での正規の体育部、これが五十三件、それから応援団が三十五件、学生寮で引き起こされたのが百十九件、こういう状態、まさに正式に学校に届け出団体として登録されているその学生団体こそが最も暴力行為を頻発さした団体だということがこの小委員会の報告で明らかなんです。しかも、これまで未届け団体と言われていた銃剣道愛好会とか拓禅会とか、これらも実は届け出団体だということなんです。ですから七月二十九日付で発表された「団体関係小委員会報告」というのがございますが、それを見てみますと、こう書いてある。「柔剣道愛好会、拓禅会も届出られた団体であるとすれば未届け団体に最大の問題ありとされてはきたが、むしろ問題が大きいのは麗沢会傘下の諸団体や、その「予備軍」ともいうべき同好会等の届出団体の方ではないかと思われる。」、こういうように学校が正規につくった団体関係小委員会の報告の中でも、正規の学生団体こそが問題なんだということを強調して書いているわけですね。ここで私は、無視できないのは、この拓大の届け出団体を統合している、いまここに名前が出てきました蟹沢会、この蟹沢会の会長が、これが拓大総長である中曽根康弘氏だということです。中曽根総長は六月二十四日、同校が学生に対してロックアウトを実施した当日記者会見で次のようなことを言っておられる、体育会は規律正しい。武道をやっている者は修練を積んでいる。体育会を右翼や暴力団というのはかわいそうだ。また体育会学生はやむにやまれぬ愛校心からデモの妨害をしたのだ、こういうふうに言っておられるわけです。つまり別のことばで言えば、体育会の学生や応援団、事故調査小委員会の報告によれば、まさに暴力行為をしきりにふるっている団体ですけれども、これを事実上擁護する発言をしておられるわけです。大体拓大で暴力行為が頻発し始めたというのは、拓大の関係者に聞いてみますと、中曽根さんが総長になってからだと。前からも多少はあったけれども、しかし、これほど異常な状態で暴力行為が頻発し始めたのは、中曽根さんが総長になってからだというふうに言われております。しかも、いま私が明らかにしましたように、この異常に激しくなった暴力行為が、総長自身が会長をしている麗沢会傘下の届け出団体を中心として引き起こされておる、こういうことです。文部省としても私はこの点を考えていただかなければならぬと思うのです。私は拓大でこうして頻発するこの暴力行為の最大の原因、これは中曽根拓大総長が暴力を防ぐことに努力をするどころか、逆に直接に今回の調査で一部明らかになった体育会学生や応援団、これらの暴力を激励し、声援している、こういうところにあると思いますけれども、その点どういうようにお考えになりましょうか。また中曽根氏は総長として、またいま申しましたように、麗沢会の会長として拓大の暴力行為の責任者であるだけではなくて、みずから積極的に暴力を擁護しているわけですが、このような中曽根氏の責任を明らかにして、その暴力擁護の方針を改めさせない限り、拓大の暴力を根絶させることはむずかしいというふうに思いますけれども、その点大臣の御見解はどうでしょうか。
○国務大臣(坂田道太君) 先生のお調べになった限りにおいての材料をもととして、何か中曽根さんが暴力を鼓吹していると、こういうように受け取れるような御発言でございますけれども、これはどうも私はまだ調査も行き届いておりませんし、そうは考えておりません。そうしてまた中曽根さん自身が私に対しまして、今回の拓大事件はまことに申しわけないことであるし、そうしていまるるお述べになりましたような体質もあることは自分も認めると――先生のおっしゃったことを全部認めるというわけじゃございませんけれども、かなりそういう暴力事件が起こっておったというその事実は認めると、これを改めなきゃならないということであって、中曽根さん自身は精一ぱいに努力をしてこれを根絶させたいという気持ちであって、先生のいまの御指摘とは違うというふうに私は考えております。
○渡辺武君 私の資料と言いますけれどもね。これは私がかってにつくり上げた資料じゃないですよ。大学がつくった正規の調査委員会、ここの報告に基づいて客観的に私は申し上げておる。そうしてまた中曽根さんが拓大の総長であり麗沢会の会長だということもこれはまた客観的な事実ですよ。中曽根さんが最大の責任者だということは、これは否定すべくもない事実です。しかも、いま大臣は中曽根さんは精一ぱい努力しているというふうに言われましたけれども、その中曽根さんの精一ぱいの努力なるものの内容が問題じゃないですか。たとえば、私もう大臣も御存じと思いますがね、八月の十日の日に拓大当局は学生自治会の臨時執行部の委員長、副委員長を含めて、六名の学生が退学、十人が無期停学、二名が譴責処分というようなきびしい処分をいたしました。で、この臨時執行部というのは一体、この処分を受けた学生ですね、臨時執行部を含めてです、処分を受けた学生は何を目的としてどんなことをした学生たちか。またこの拓大側の処分理由、これは一体どういうものなのか、これを伺いたいと思う。これがはっきりすれば私は中曽根さんの努力というものの内容がはっきりするのじゃないかというふうに思いますが。
○説明員(村山松雄君) 八月十日に拓大におきまして学生十八名、退学を含む無期停学、譴責処分の処分を行ないましたが、この理由といたしましては、やはり無届け集会等で学内の秩序を乱したというのが主たる理由でありまして、まあそのほか平素からの行動その他を勘案してかかる処分が行なわれたという報告を受けております。
○渡辺武君 いまお答えにありましたように、六月十九日、二十日、二十二日、二十三日、この日の無届け集会、無届けデモ、マイク使用等々ですね、学内の秩序を乱したということが理由になっているわけですね。そこで、やはり問題は具体的な問題から検討してみる必要がある。一体学校側の言っていることが事実なのかどうかという点で検討していただく必要がある。そうすれば中曽根さんの努力というものの内容がどういう内容を持った努力かということがわかっていただけるのじゃないか。ただ単にですよ、総長がこう言っているからそれを信用するということだけでは拓大の暴力問題というのは私は解決しないと思う。だからこそ私は言うのです。具体的にこれらの学生諸君がどういうふうに学内の秩序を乱したか。たとえば安生君が殺された事件の起こったのは六月十五日の日、その次の新聞にこの事件が発表されました。そうして二、三日おいた六月十九日の午後に一般学生諸君が中庭で安生君追悼集会というのを開いた。これがこの処分の理由になっている十九日の事件。ところが、この安生君追悼集会というのは、これは暴力をふるうために開かれた集会じゃない。安生君のあの被害、これを追悼して、二度と再びこういう暴力行為を起こしては困るということで一般学生が自分たちの手で開いた集会。ところが、これに対して、学校の職員を含む暴力学生がたくさん集まって、木刀を持ってこれを脅迫するというような事件が起こっているわけであります。それから、六月二十日の日にはどういうことが起こったか。前の学生自治会、それから体育会系の学生が主催して学内の茗荷谷ホールで安生良作君追悼学生集会なるものを開いた。これには約千人の学生が集まったと言われておりますけれども、同時にいままで拓大で頻発する暴力行為に対して何らの対策を講じないで、むしろ暴力を温存するような立場に立っていた前の自治会あるいは体育会系のこの人たち、こういう人たちのやることに不信を持っている一般の学生が、これがまた自分たちだけで青空集会を開いた。これが六月二十日のことであります。それから二十一日は日曜で何の事件も起こらない。六月二十二日から二十四日までは拓大にある大学委員会というのが、これが臨時休校を宣言して臨時休校に入りました。その臨時休校中の六月二十二日に前の自治会の執行部が学生大会を招集している。これには約二千人の学生諸君が集まった。ところが、いま申しましたように、前の自治会の執行部、これはいままで頻発していた拓大の暴力行為に対して何ら措置を講じなかった。むしろ学生大会でも開きますと、木刀や日本刀を持った暴力学生が学生大会の中を横行して、学生が執行部に対して反対の立場で発言しようものなら、たちまち脅迫するというようなことで、それを見のがしてきたというその責任などを追及され、そうしてこの執行部提案の議案が否決され、とうとうみずから辞任せざるを得なかった。参加した学生諸君も辞任だけでは足りないというので、これらの人たちを正式にリコールする。そうして臨時執行部というもの、これを選出する、こういうことです。ところが大学のほうは、この臨時執行部は正規のものじゃないというので認めないという態度をとったわけで、六月二十三日の日に新たに選んだ臨時執行部が大衆団交要求集会というのを開いて、これには二千名の学生諸君が集まった。ところが、これに対して体育会それからまた卒業生、こういうものは木刀などの凶器を持って学生諸君に暴行を働くというような状態。学生諸君は、その当時、拓大で暴力をなくすには自分たちが死ぬのを覚悟してやらなきゃだめだということまで考えた。それほどに暴力学生の脅迫というものはすさまじかった。これが事件の概要だと私は思う。
 ところが、大学当局のとった措置は何か。いま御答弁がありましたけれども、暴力はやめてほしいということで運動を始めた学生諸君、これに対してきびしい処罰をやっておる。ところが、その学生諸君に対して暴力行為を働いた学生に対しては、何らの処置もとっていない。これが中曽根さんが努力しているという、その努力の内容、中身だ。いまここに当時一般学生が何で自分たちが集会を開くのかということを説明した文書があります。その中に「当面の要求」というのがある。それを要点だけ読んでみますと、「学内暴力の根源である麗沢会をただちに解散せよ。課外活動の運営は学生自治会に移し予算権を認めること。総務局・体連・文連は自治会の管轄下におくこと。」これは第一の要求である。第二は「学内での暴力行為・凶器所持について全面的に禁止し、当局は断固としてとりしまること。銃剣道愛好会・拓禅会その他暴力団体をただちに解散させること。」それからまた第三が「学生の自治を認めよ。」ということで、「自治会活動は学生の固有の権利であり、当局は一切の干渉をやめること。自治会の団交権を認めよ。学内での集会・ビラ配布などの憲法で保障されている自由を認めよ。学友の意見が反映されるクラス制度を確立せよ。」、四として「安生君の「死の制裁」の全責任が学校当局にあることを認め全学友の前に自己批判せよ。安生君の家族の要求する補償に全面的に応ぜよ。」これが四つの要求のおもな点です。つまりここで言われているのは二度と再び暴力を繰り返さないような学校をつくりたいということです。暴力反対であるという立場です。そしてまた学内に保障されてなかった憲法で保障されているさまざまの自由、当然の自由、これを認めよという、この二点です。こういう要求をした学生が何で処罰を受けなきゃならないか。いま申しましたように学内の秩序を乱したというけれども、ただ一回の暴力も振るったことはない。よその学校ならば当然行なわれるような、そういう学生の集会が開かれたというだけのことです。その学生を大量処分しておいて、暴力行為を振るった学生を何ら処罰しようとしない、これは私は問題だと思う。なるほど安生君を殺したあの拓忍会ですか、この学生は刑事処分にもされましたし、学校も退学させられました。また直接手は下さなかったけれども、この暴力行為に陰に陽に参加していた拓忍会の会員十五名、これについても学校側は処罰をしました。どういう処罰か。無期停学一名、譴責六名、訓戒八名。暴力行為を振るってこういう処罰を受けておる。暴力行為も振るわなかった、暴力反対だ、学内を民主的なものにしてほしい、こういうことを要求した学生諸君は、これは退学六名、無期停学十名、譴責二名、異常にきびしい処罰をやっているわけです。しかも中曽根さんは、安生君事件。起こったあとで父兄に手紙を出しております。その父兄に出した手紙を読んでみますと、こういうことが書いてある。「誠に残念ながら時間の経過と共に、この純真な学生の動きは、一昨年来日大明大法大東大等の騒動を主導した民青同(日本共産党系)や三派全学連系の利用するところとなり、安生君のいたましい犠牲追悼は政治闘争にすりかえられ純不純が混在して」云々というふうにして、一般学生の正当な活動を政治的な方針で弾圧しようという態度を露骨に示している。これは最近八月末に行なわれた中曽根総長の対話集会での発言でもはっきりしている。こういうことを言っております。「明治、中央、東大など、他大学の紛争解決の方法をみていると、民青と妥協し三派系学生を排除することによってやっと可能になっている。しかしそういう形で大学を取戻したところで、どこに学問や思想の自由があるだろうか。そんな大学なら燃やしてしまった方がいい。」これが中曽根さんの発言ですよ。総長が、自分が総長をやっている大学を燃やしてしまえ、こういう暴言を吐いている。こういう政治的、政略的な立場、これが今度の臨時執行部の学生諸君大量弾圧の私は一つの大きな背景になっているんじゃないかと思う。こういう中曽根さんの方針、大学当局として正規にとっている方針、これを改めさせない限り、私は、拓大は暴力行為を根絶することができないと思う。重ねて文部大臣、どういうふうにお考えか、伺いたいと思います。
○国務大臣(坂田道太君) 昨年の大学紛争と私取り組んでまいりまして感じましたことは、近ごろの学生運動というものが何か暴力を手段として、しかも大学を拠点として、そして政治的主張を貫こうとする。そしてそれが日共系といわれる民青、あるいはまた、それに反対する三派、その三派もいろいろに分かれるわけですね。そして何かいろいろ考え方としては理屈があるんでしょう。しかし私は、三派であれ、民青であれ、少なくとも大学というものを拠点として、自分たちの政治的主張を貫くための拠点にするなどということは許さるべきことじゃないんだ。たとえば、民青にいたしましても、暴には暴でやらなければ場合によっては防げないんだということすらいわれておりました。そういうようなことはいかぬ、暴には暴をもってやるようなことは、さらに暴力をエスカレートする、そういうことはやるべきじゃないんだ。こういうことでございまして、最近の学生たちは、ああいう鉄棒を持ったり、あるいは竹やりみたいなこん棒を持ったりして、そうしてどういう主義主張かわかりませんけれども、それで集団的にやってきたのが去年の姿だったと思う。ああいう中で一体学問の自由があるのか、あるいは大学の自治があるのか。それよりもまず暴力行為を警察力を導入して排除するということをやって、そして大多数のまじめに勉強しようという学生の教育研究の自由を守り、あるいは静かに研究を続けようとする、そういう教官を守っていくことこそ私は学問の自由、大学の自治だ、こう思うわけなんです。そういう意味合いにおきましても、拓大問題もあるいは多少は違っておるかもしれませんけれども、暴力という点から考えるなら同じなんです。そういうことに対していろんな政治的な場に供されるということは、さらにさらに紛争をエスカレートしていくものだ、そういう意味において、いま拓大当局がとにかくこの拓大のいま批判を受けておるこの体質は、何とかして脱却しなきゃならない、こういう相当な決意をもってあの努力をしておられる、私はそう思っておるのです。その努力の結果が、九月の一日から授業が再開されて、そして三分の二の学生が出てきておる、こういうことでございまして、その意味においてはかなり努力をしておられると私は思うんです。しかしその暴力的根源と御指摘になるようないろいろのものが、そう簡単にできるとも思えないわけでございまして、さらにさらに私は大学当局がほんとうにこれを根絶するんだ、そういう体質はなくするんだ、そういう努力を積み重ねていただきたいし、われわれもそういうことをあくまでもやらせる、われわれの法規の範囲内において拓大に対しまして指導助言を強くやっていく。そしてひとつ拓大をりっぱな大学に立ち返らせたいというふうに私は考えております。また、拓大総長であります中曽根さんに対しましても、私の気持ちをいつも私は申し上げておるわけでございます。
○渡辺武君 抽象論で答弁をお避けになるのは私はよくないことだと思うのですね。民青その他についても大臣の御発言、私はここでいま論争するつもりは少しもありませんけれども、根本的に民青について間違っております。各地の大学で紛争が起こっても、最も民主主義的に、平和的にこの問題を解決しようと思って努力しているのは、これは民主青年同盟です。例なら幾らでもあげてみせますけれども、しかし私は抽象論でここでいまあなたと争うつもりはありませんけれども、拓大の問題について、もう少しやはり率直に大臣も中曽根さんと同じように、政略的な、政治的な立場からお考えなすっていらっしゃるようだけれども、しかしやはり文部大臣ともなれば、教育の問題については法律に基づき、憲法に基づいてやっていかなきゃならない立場にある方です。ですから率直に見ていただきたいと思う。いま私は事実をあげて申し上げたんです。中曽根さんが、総長になって、暴力行為が頻発し始めた、しかも中曽根さんが会長をしている麗沢会傘下の正規の届け出団体こそ最も暴力を頻発させている団体だというのは、大学側の正規の調査機関が調べた結果として発表していることです。そうでしょう。しかもその中曽根さんが暴力について責任を負っているはずです。ところが暴力をふるった学生について、むしろ処罰をするどころか、むしろこれを鼓舞激励をするような発言をしている。そうして暴力はもうやめてほしい、学内に民主的な秩序を確立してほしいということで運動をしてきた学生に対して、実にきびしい処罰をしている。これが客観的事態の物語ることです。一体、直接に暴力をふるった学生が悪いのか、それともこの暴力は困るということで運動をしている学生が悪いのか、この点大臣どう思いますか。
○国務大臣(坂田道太君) 私が申し上げておりますことは、暴力をふるったかふるわないかという、そういう特定ができるかということです。それからその特定ができました場合においては、明らかなことでございますが、これは大学当局も処分をするというようなことになると思います。昨年来の集団暴力行動というものは、なかなかこれが特定できないわけですね。そこらにも実は問題があったわけです。しかしいやしくも集団的に暴力を、お互いに竹やりを持ったりあるいは鉄棒を持ったり、振るい合うということ、それ自身はたいへんなことでございますし、たとえば法政大学リンチ事件に見られるような、ああいうようなことが日常茶飯事に行なわれておる。これは私はやはり許すべからざることだと思うのです。でございますから拓大においてほんとうに特定できましたなら、おそらく大学当局もちゃんと処分をなさるだろうと私は思っております。ですからその辺が、先生がいろいろの調査で、そういう暴力行為が行なわれたということをおっしゃっておりますけれども、それがはたして大学当局としてちゃんと特定できておるのかどうか。そのようなことを含めて、いろいろ報告があると思いますけれども、よく調査をいたしまして、今後拓大において暴力は根絶をするというように期待をいたしておるわけであります。
○渡辺武君 暴力が特定できるかどうかというような、そこに問題があるんじゃないのです。そうじゃなくて、まさに暴力を根絶してほしいということで運動している、みずからは何も暴力を振るっていない。大学側の処分の中に暴力をふるったとは一言も書いていない。そういう学生が厳しい処罰を受けておる。これは一体どういうことなんですか。文部省当局としてそんなことを許していいと思いますか、また、そういうことをやっている中曽根総長は、暴力を根絶することができるか――私はできないと思う。文部省としてどう考えますか。
○国務大臣(坂田道太君) 大学は大学みずからの判断によりまして、学生としてふさわしくない、あるいは学生として処分の対象になるという規則か何かを制定して、その基準に従って処分をしたということでございまして、それは妥当ではないかというふうに思います。それから規則とか何とかじゃなくて、とにかく大学で暴力を働いたというような学生に対しては、これがもし特定できるなら当然処分されるものであろうというふうに私は思います。
○渡辺武君 もう一度重ねて申し上げておきます。問題になっている六月の十九日のこの日は、一方で集会が開かれている、他方では緊急の教授会が開かれておる。授業はやられていなかったのです。それから次の二十日の日、これは土曜日だった。学生の集会が開かれたのは午後です、授業の終わったあと。いいですか。ですから学内の秩序を乱した乱したというけれども、しかし学校の最大の目的の一つである学生に対する授業、これはいささかも開かれていない。学校当局が言う学内の秩序というのは、いままで学生運動に対して、あるいは一般の学生諸君に対して、自主的に集会を開く自由も与えなければ、言論の自由も与えられない。これはいま言った総長が会長をやっている麗沢会、これを中心とする暴力支配によってそういう実情が生まれてきたというだけじゃない、学校当局の基本方針としてもそういう実情が行なわれていた。そういう秩序、これが安生君が殺されたということによってくずされようとしてきた。これは当然のことですよ。ところが大学当局は大学の秩序を乱されたといっている、その大学の秩序、これは憲法に抵触しないような暴力支配が行なわれる、そういう秩序だ。この秩序を維持するために学生諸君を処罰するというのが今度の処分の一つの本質だと思います。こういうことでは幾ら中曽根さんが暴力根絶のために努力する、大臣にはそう言われたでしょうけれども、国民はそうは思わないでしょう、そういうことを聞いても、おそらく。また文部省当局としても、その辺のところぐらいは十分に見て、うそか真実かを見分ける目ぐらいは持つべきだと思う。そうでなければ一片の通達を出したって、学内の暴力行為、これを根絶させることはできませんよ。その点重ねて、大臣どう思われるのか、伺いたいと思います。
○国務大臣(坂田道太君) 私は、やはり九月の一日から三分の二ぐらいの学生が来て勉強を続けておる、こういうことはやはり改革の第一歩になってきたのじゃないか。去年来の紛争を見ておりますと、それが三カ月にわたり、あるいは六カ月にわたって、なかなか授業再開さえできなかった。それが少なくとも三分の二の学生たちが授業を受けておるということは、かなりあの大学当局がそのために努力をされた。こういうことが客観的に言えるのじゃないか、私はそう思います。しかし、おっしゃるように拓大にございましたようないろいろの体質というものは、にわかに改善されるとは私も思っておりません。しかし、それに対しては今後いろいろの手を打って改善をはかりたいと、こういうふうに考えておられるわけですから、そのことについては文部大臣としてもそれを信用して、そして一日も早く拓大から暴力というものが追放されるような体制になってほしいということを、強く要望しておるわけでございます。
○渡辺武君 大臣のお考えはわかりました。私は、はっきり申しますけれど、九月一日から学校が再開されて学生が来ているということは、これは確かに事実です。事実だけれども、問題の本質は以前とあまり変わっていないということですね。拓大で暴力行為が頻発するその条件というものは、いささかも改まっていない。この点をはっきりとメスを入れて、直していかなければ、拓大の暴力行為というものは今後もおそらく続くだろう。この点はっきり申し上げておきます。
 さて、次に移りますけれども、移る前にもう一言だけ、学生に対する処分の問題について、大臣にこれは御参考までに申し上げておきましょう。大学が学則五十二条の四項、これに基づく内規によって処罰したということをいっております。そのように聞いておられるでしょう。
○説明員(村山松雄君) 先ほども申し上げましたように、今回の八月十日の処分は単に特定の事柄だけではなしに、当該学生がかなり長期にわたって大学の規則などを守らず、無届け集会などをやり、また出席状況、それから学業成績等を勘案し、大学側の説得・警告に対しても反省の色がなく、改心の見込みがないということで処分したわけでありまして、処分の根拠といたしましては、学則五十二条、それからそれに関連する細則等を援用したというふうに聞いております。
○渡辺武君 いまおっしゃった処分の理由ですね。これについては、まあいずれなお時間をとって御質問したいと思います。きょうは追及しませんけれども、処分の手続ですね、学則五十二条四項に基づく細則によってやったというふうな趣旨のことを答弁されたけれども、この細則なるものがいつ一体正式にきめられたものなのか、これは御存じですか。
○説明員(村山松雄君) 大学の御説明によりますと、ことしの七月三十一日にきめたというぐあいに聞いております。
○渡辺武君 七月三十一日にきめた内規で、六月の十九日、二十日二十一日というこの時点で起こった事件を処分するということについては、何の疑問も抱かれませんでしたか。
○説明員(村山松雄君) 大学の懲戒に関する学則というのは、多くの大学がそうでありますけれども、学校教育法並びにその施行規則の規定を援用いたしまして、学則自体にほとんどそれを引き写したような規程を設けておるのが普通でございます。したがいまして従来は性行不良でありますとか、学業劣等で成業の見込みがないとか、あるいは正当の理由がなくて出席が常でないというような事柄を例示的に列挙いたしまして、大体末尾に、その他学校の秩序を乱し、学生としての本分に反した者というような規程を設けておりまして、細則をつくっておるところもあり、またつくってないところもございます。細則がないとすれば、この程度の学則を根拠として処分するわけでございます。学生としての本分に反した者ということで従来処分がかなりの大学で行なわれておるわけでありますけれども、それがあまりはっきりしないということからいたしまして、それをはっきりさせるための内規、細則等をつくるということがよく行なわれておるわけでありますけれども、内規、細則等は学則を援用する場合の一つの心がまえでありまして、援用すべき根拠といたしましては学則の規程があれば、内規、細則等がなくてもやれるわけでございますので、事案が起こって内規をつくったということは、あらかじめ内規まできめておいたほうがトラブルを避けるような意味でベターだと思いますけれども、それによって処分の効果まで左右するということにまでは必ずしもならないのではないかと思います。
○渡辺武君 大学の学則あるいはそれに基づく細則、これは法律じゃないですからね。ですから、法律どおりにはいかぬというふうに思われるのは当然でしょうけれども、少なくとも法律、特に憲法、これには御承知のように不遡及の原則というのがあります。その法律の制定された以前に起こった問題ですね、それはその法律で問われない、これは当然のことだ。ところが拓大では、それは学則は前につくられていた、しかしその学則を運用するための施行細則を三十一日につくって、教授会の承認を得て、そうしてそれ以前に起こった事件にこれを適用して処罰する、こういう不都合なことをやっておるわけです。これは暴力反対の運動をやっている学生、学内の民主化を要求している学生を処罰するためにだけつくった細則だというふうに見ても差しつかえないと思う。常識はずれのやり方ですよ。こんな常識はずれのやり方までして学生をきびしく処罰して、その一方で暴力行為をふるった学生に対してはどういう態度をとっているか。私は、先ほど中曽根総長の記者会見のことばなどを引用しましたけれども、もう一つこれは文部省としても見のがすことのできない問題がある、そのことを申し上げてみたいと思う。
 七月十日に拓大ではいまの学生自治会というのがつくられました。七月十日といえばロックアウト後のことでありまして、一般の学生は学校に行ってない時期なんです。これは拓大の学生に言わせますと、学校側がでっち上げた自治会だと言う。その自治会の役員の顔ぶれを見ますと、委員長及び二名の副委員長は、これは旧自治会執行部の役員、これがそのまま横すべりして委員長と副委員長の椅子を占めておる。旧自治会といえば、さっきも申しましたとおり、暴力行為を容認し、みずから暴力行為を促進させるというような態度をとったために、学生の不信を強く受けてリコールまでされている人たち、これが学校側の支持によって今度の自治会委員長及び副委員長の役職についた。しかも今回の事故調査小委員会の調査で明らかになっているように、この委員長の坂元という学生は、これは日学同という右翼学生団体の団体員、拓殖大学の中でも暴力をふるっている。一人の学生に対して全治十日間のけがをさせている。そうしてまたあの六月の事件の中で教員にまで暴行を働いたという男、これが自治会の委員長をしている、こういう状態です。そうしてさっきも申しましたけれども、総長が会長をやっている麗沢会、これと学生自治会というのは、これも形の上では表面は分離されていることになっているけれども、麗沢会の常任委員に入っている学生六名の中で三人は自治会の役員という仕組みになっている。ですから、いままで旧自治会は拓大で起こった暴力行為についてほとんど無能にひとしい、むしろ暴力行為に依拠して自治会を握ってきたというだけではなくして、今度の新執行部の中にこういう暴力をふるう学生を委員長に据えるというような事態が起こってきているという理由も、これは私は、中曽根総長、麗沢会、これらの責任でもあるというふうに考えざるを得ません。ここに私は、拓大の暴力支配の根源の一つがあると思いますけれども、文部省としてどう考えておられるのか。中曽根さんが、こういう暴力機構――暴力機構と言ってさしつかえない、これを育成しているということについて、正しいと考えておられるかどうか、この点も文部省の御見解を伺いたいと思います。
○説明員(村山松雄君) 学生自治会の組織運営等につきましては、もう御承知のように、現在別に法令等の根拠はございませんので、学生の更生補導はいかにあるべきかという大学側あるいは文部省の指導行政上の考え方等々で、端的に言えば各大学適宜におやりになっておるわけでありまして、どのような学生が執行部になるのが適当であるかというようなことまで立ち入った指導はいたしておらないわけでありますが、一般論として御指摘の点に即して申し上げれば、暴力をふるったような者が執行部にすわるというようなことは好ましくないわけでございますけれども、この点につきましては事実を確認しておりませんので、何とも申し上げかねる次第でございます。
○渡辺武君 事実を確認したらどうなさいますか。
○説明員(村山松雄君) ただいま申し上げましたように、学生の自治会活動に対する指導といたしましては、大学において就学中といえども、社会に自立する上に、自主的な精神、行動を育成する上に適当な団体、組織活動を助長するという意味合いにおきまして、これが適正に行なわれることが望ましいという一般的な指導をいたしておるわけであります。そういう一般的観点からいたしまして、暴力的な傾向のある者あるいはそういう行動のあった者が執行部にすわるということは望ましくないという見解は、文部省としても持っておりますし、具体的な意見を求められれば、そういうことは望ましくないというような助言をいたすことになろうと思います。
○渡辺武君 持ち時間もだいぶ少なくなりましたので、なお幾つかの点で伺いたいことがありますけれども、はしょって最後に、一、二問だけしたいと思います。
 その前に一つだけ申し上げておきますけれども、私はいま、中曽根総長を頂点とする学生諸君に対する暴力支配の実情を幾つか具体例をあげて申し上げました。拓大でいま行なわれているのは、これだけじゃない。中曽根さんは、これは学則にもなければ、またこの拓大寄付行為にも書かれていない、全く学校の規則からいえば非合法な大学委員会というものを自分のもとにつくっておられる。そうしてこの大学委員会は学内の一切の権限を持って、学校の中のことを取り仕切っておるというのが現状の実情です。中曽根さんは、御承知のように総長、それからまた理事長、学長、この三権をしっかりと掌握して、拓大では全く独裁的な立場にある。その独裁的な立場にある総長が、自分のもとに、学則にもきめられていなければ、寄付行為にもきめられていない大学委員会というものをつくって、そうして人事権、教学権、これらまでもしっかりと握って学内を動かしている。特に、私は御参考までに申し上げておきますけれども、総長が任免権を持っております講師、それからまた助手など、この中にはいかがわしい人間がたくさんいるんです。たとえばTという講師があります。名前はここでは言いませんけれども、この講師は拓大の学生時代に強盗傷人事件を含めて四回もの暴力事件を起こして、そうして退学処分にされたという人間です。これが学内の反対を押し切って総長によって採用された。そうしてこれがあの安生君殺害事件を起こした拓忍会の顧問になっている。直接にこのTという講師があの殺害事件の責任を負っている人だといって差しつかえない人だ。また、Iという学生主事があります。この人は安生君のおとうさんが拓忍会から退部したいということを申し出たときに、大学が責任を持つから退部はさせないでほしいということで引きとめて、あの事件を起こす原因をつくっている。この人もまた総長が採用し、任命した人です。なお、この剣道部の顧問をやっているKという講師があります。この人は、これはさっき私申しました第六、第七頸椎部疎突起骨折、全治三カ月の重傷という事件を起こした剣道部のこれは顧問です。しかも、この剣道部では、一人の学生が剣道部の部長から暴行を受けている。それを見かねて、それほどまでにしなくてもいいんじゃないかと言ったところが、今度はその学生を半死半生の目にあわせた。そのときにこのKという講師は、下級生が上級生に向かってものを言うのはけしからぬということで、その暴力行為を支持したというような人です。これまた中曽根さんが任免権を持って採用した人です。こういう人を中曽根さんは要所要所に配置をして、いま申し上げたような大学の暴力行為を温存しているというのが実情なんです。その点もよくひとつわきまえた上で、事を処理していっていただきたいと思う。
 さて、伺いたいことは、文部省は拓大に補助金を出していると思いますけれども、どのくらいの助成金を出しておられるのか。
○説明員(岩間英太郎君) 過去五年間の合計をいたしますと、約三千万円の補助金を出しております。
○渡辺武君 そうしますと、国庫助成を行なう場合、私学法の第五十九条によって「その助成の目的が有効に達し得るかどうか審査しなければならない。」ということになっておりますね。拓大でこういう暴力行為が頻発している。また、拓大の体質として、中曽根総長独裁体制ができている。この独裁体制のもとで、学内の民主主義もなければ、また学生のいろいろな自由も奪われている。これと学生の暴力支配――総合的に運用されているというような事態を御承知の上で助成金を出されたんですか。
○説明員(岩間英太郎君) これは先生も、この前の国会でお話がございましたように、私立大学につきましては、できるだけ自主的な努力に期待するということでございますので、この五十九条の読み方につきましても、この「助成の目的が有効に達し得るかどうか」、これは将来の問題でございますから、なかなかむずかしいわけでございますが、著しくこれに反するような事態、たとえば経営の内容がきわめて悪いとか、あるいは大学の紛争が続いておるとか、そういうふうな事態がありました場合には、その補助金が有効にその目的を達することができないであろうというふうな、客観的な事実がはっきりしてまいりました場合には補助金は支給しないというふうな方針でございまして、できるだけ私学の自主的な努力というものに期待したい、そういう気持ちでこの規定を運用してまいりたいと思います。
○渡辺武君 時間がもうないので、あまり追及できないので残念ですけれども、こういう暴力の横行しているような大学、しかも努力をする、努力をすると言っても、その内容は、暴力に反対している学生を処罰して、暴力を行なった学生、これについてはほとんど見て見ぬふりをして、かえってこれを温存して援助するというような大学、これに数千万円の助成を出す、それはおっしゃることは、確かに抽象的なことで表面はきれいだけれども、文部省の失態じゃないですか、こんなところへ助成金を出しているのは。どうでしょうか。
○説明員(岩間英太郎君) 先ほど来大臣から申し上げておりますように、まあ九月から円滑に授業も実施されておる。私どもが補助金が有効に、適切に使用されているかどうかということを見ます場合に、まあ正常の授業が行なわれているかどうか、それが円滑に行なわれているかということが一つの判断でございまして、暴力行為のございました大学につきましては、それは暴力行為をいかにして防ぐかという別の観点から規制すべきものでありまして、補助金によってこれを是正するというふうなことは、補助金の目的から申しますと、いささかはずれたことではないかと考えます。
○渡辺武君 それでは最後に、一問だけして終わりたいと思いますけれども、私は、以上質問した内容でもおわかりいただけると思いますが、拓大で起こっている暴力事件、この最大の責任者は、これは中曽根総長であるというふうに思います。これはこの総長だということで、当然責任を負うというだけじゃなくして、直接に中曽根さんが暴力を温存し、さらに育成し、激励しているという意味において、中曽根体制といわれる組織の機構そのものが暴力機構と緊密に結びついているという意味においても、この責任は私は免れないと思う。こういう事態は、憲法第二十三条あるいは教育基本法十条、これらに照らしても好ましくない事態であることは明らかであると思います。特にこの前も、小笠原議員が申し上げましたけれども、現職の大臣が大学の総長をやっているというのは、いま申しました憲法及び教育基本法の精神に照らして、国家権力の教育への干渉そのものだ、そういう意味でまことに私は好ましくない事態だと思う。やっちゃならないと思うんです、そういうことは。また、大臣の兼職禁止の規定などもございますけれども、暴力の直接の責任者であり、国家権力の教育への介入そのものだという意味において、中曽根さんが総長になっているということは、私は文部省として当然反対すべきことだと思う。いま申し上げた私立学校法の五十九条の3の三ですか、これには「当該役員の解職をすべき旨を勧告すること。」という権利も文部省は持っておられる。このことも考え合わしてみて、また、この前の参議院文教委員会で政務次官の西岡さんが、政治家が片手間仕事で教育の責任をすべて負っているという立場に立つのは不適当だというような答弁を文部省の見解として述べておられる、村山大学学術局長も同趣旨のことを述べておられたと記憶しますけれども、この点について大臣はこれをどうお考えになるのか、その点を伺いたい。
○国務大臣(坂田道太君) 一般的に申しまして、西岡君の言ったことは正しいと思います。
○渡辺武君 一言だけ。勧告をするという権利がありますね、その権利行使はなさいますか。
○国務大臣(坂田道太君) それはやりません。
○黒柳明君 時間がおそくなりまして、大臣はじめ皆さんお疲れだと思いますから、短時間に要点だけ聞きますので、答えもその点を留意して御答弁願いたいと思いますが、公立の小学校、中学校、まあ義務教育ですね、これの父兄負担の問題、寄付金を含めて、これについて大臣どのようにお考えになっていらっしゃいますか、お願いしたいと思いますが。
○国務大臣(坂田道太君) 一般的に申しまして学校教育の場合に、寄付金はなるたけ父兄の負担にかからないようにしなければならないというふうに思います。また、そう努力すべきだというふうに思います。
○黒柳明君 私もここに次官通達、二十三年一月三十日、さらにそれを受けて三十年の九月二十八日ですか、内閣の閣議の申し合わせがあります。要するに官公庁における寄付金等の抑制、これは当然学校も入るわけですが、それにおいて、いま大臣がおっしゃったように、国民に負担を課し、また行政に疑惑を招くようなことがないように、こういうことで、寄付金等の抑制について再三再四通達を出されている、こういうことですが、公立の小学校あるいは中学校全国平均して、PTAの負担はどれくらいになっているか、昭和四十二年、三年、できれば四十四年あたり、お願いしたいと思うのですが。
○説明員(今村武俊君) 昭和四十三年度の父兄負担の調査によりますと、公立の小学校でございますが、PTA会費が九百九十八円となっております。学校教具のための寄付金、その他の寄付金がそのほかに五百六十七円となっております。これと同じような中学校の経費が、四十三年にPTA会費として千五十三円、その他として七百十八円となっております。
○黒柳明君 大体そうすると、四十三年では千五百円ぐらいですね、小学校が。中学校が大体二千円ぐらいである。これは全国平均ですけれども、東京はどのようになっていますでしょうか、東京都下の公立の。
○説明員(今村武俊君) ただいま申し上げたのは全国の平均でございますが、このうちで東京都下について直ちに御説明申し上げる資料を持ち合わせておりませんが、今年度調査いたしましたPTA会費の最低最高の調査がございますが、小学校で最低六百円、最高四千三百円、中学校で最低六百円、最高九千円という数字がございます。
○黒柳明君 私のほうでいただいた東京都下におけるPTA会費、四十五年度三百六十円以下が大体二%、それから三百六十一円から六百円が二五%、六百一円から千二百円が五五%、大体千二百円以下が八二%、千二百一円から六千円、高いところは六千円もあるらしい、それが一八%。要するに年額ですね、公立の小中学校の東京都下の平均は、過半数の八二%が大体千二百円以下、若干一八%が千二百一円から六千円、こういうこともある、こういう資料をいただいたんですが、いまおっしゃったのはこれの一部だと思うのですが、大体これでよろしゅうございますでしょうか。
○説明員(今村武俊君) すべてのその数字を確認しておりませんが、大体そういう見当であると思います。
○黒柳明君 PTAのことですが、これ社会教育局になるんでしょうか、PTAのあり方についてどのように指導をなされていらっしゃるのか。
○説明員(今村武俊君) PTAの所管ということばは適当でございませんが、社会教育局のほうで指導し、助言することになっております。PTAにつきましては、昭和二十九年と四十二年に社会教育局長の通達が出ております。そして、PTAは父母と教師が一緒になって学校教育、家庭教育について相互に理解を深め、あるいは地域の教育的な環境の整備をはかる等々の通達が出ております。
○黒柳明君 まあこの通達を私手元に持っています。要するにPTAが学校の後援会みたいな性格になっちゃだめだ、大臣もおっしゃったように、そういう寄付行為、父兄に負担をさせることは厳に慎まなければならない、こういうことで、ここにPTAの性格、生徒児童の校外におけるあるいは校内における相互理解を深めるとか、こういうことが書いてありますし、校費援助はPTA本来の目的ではない、こういう趣旨の通達もあります。そこで、いまおっしゃっていただいた全国平均小学校が千二百円、中学校が二千円ぐらい、都下においては千二百円以下が過半数、大部分である、こういうことですが、そこで具体的に、文部大臣の監督下にある、所轄下にある国立の大学の附属小学校、これにおける現状、これを言っていただいてもいいんですが、ちょっと資料がありますので、私が要点だけ。東京学芸大学の世田谷小学校、これは四十三年がPTA入会金一万円、PTAの寄付金が二万円、PTA会費が一万八百円、計四万八百円、それから四十四年が同じ分で四万八百円。それから東京学芸大学の附属の竹早小学校が同じような項目で四十三年が四万四百円、四十四年が四万四千円、小金井小学校が四十四年度が四万円、大泉小学校が三万六千円、東京教育大学の附属小学校四十三年が四万二千七百円、四十四年度四万八千四百円。こういうことなんですけれども、先ほどの公立の小学校の全国平均千五百円、東京が千二百円以下が過半数、大部分、こういうところから見ると、あまりにも国立大学の小学校のPTAの寄付あるいは入会金というものはべらぼうに高い。四十倍近くもの入会金を払う、寄付金も払う。こういうことなんですけれども、大臣、こういうことについてどのような御所見をお持ちでしょうか。
○国務大臣(坂田道太君) 実はきょう、はなはだ申しわけないわけでございますが、この資料というのは初めて実は御指摘を受けたわけでございますが、ちょっとびっくりいたしております。どういうような原因でこうなったのか、さっそく調査いたしてみたいと思います。
○黒柳明君 この資料をおつくりいただいた大学学術局のほうでは事実をお知りになっていたかと思うんですが、こういうことについて局長さん、どのような御見解をお持ちでしょうか。
 蛇足ですけれども、いわゆる寄付金、こういうものはいけない、厳に慎め、こういうこと。さらには、全国平均は千円から二千円ぐらい。ところが、国立の大学附属の小学校に限ってはその四十倍もの五万円なんというべらぼうな入学金、ここにはっきり寄付金と、こう明示した、これは東京都だけです。いま全国の二、三言うけれども、それはもっとひどいんですが、こういうことについていままでどのようなお考え、あるいはいつごろからこういうことが始まったのか。相当前から始まって現在も続いているんですが、毎年行なわれているんですが、大学学術局長さんのお考えはどうでしょうか。
○説明員(村山松雄君) 国立大学の附属学校におけるPTAの納付金あるいは寄付金、そういったものは、御指摘のように全部とは申しませんが、一部、東京、大阪あたりの附属では高額になっております。その理由といたしましては、PTAそれ自体の運営費も若干ありますけれども、大部分は、むしろ附属学校に対する施設、設備等の補助、つまり後援会費的なものに運営されております。それがどうしてこういう高額なものが取られるかということになりますと、結局附属学校においては親御さんも、あるいは先生の側も、公費だけの施設、設備で満足できないで、それに上積みするということが主たる原因だと思います。
○黒柳明君 そういうことお伺いしていたんですが、ところが、たとえば講堂寄付をした――たとえば、一番上の学芸大学の世田谷小学校、四十一年に体育館をつくった。そして、そのときのお金がまだまだ全部払われてないんで、毎年四万、五万の寄付金を取っている。ですから、施設をつくったといっても現実には毎年寄付金と同様にやっぱりお金を取っているわけです。また、これがPTAの自発的な行為といっても、そういうことについては、私、言うまでもなく、ちゃんとここに、これは四十三年九月二十六日、学術局長宮地さんです、「在校生等の父兄からの寄付金の抑制については、かねてから御配慮のことと存じますが、入学者選抜の適正を期するためにも、特段の御配慮を願います。」これは四十四年十一月六日、教育職員養成審議会から文部大臣に対する答申ですけれども、国立大学附属小学校の「PTA会費、寄付金等の父兄負担経費については、自粛の傾向は認められるが、現在でも附属学校が公立学校に比して高く、家庭環境のよい子弟しか入学できないと批判される原因となっている。」、こういうようなことで大臣の手元についせんだって行っているわけです。ですから、当然PTAに対しては再三再四学術局長みずから、あるいはこういう審議会を通じて文部省当局は、そういうことはしないように、要するに教育の機会均等、こういうこととは非常に反している、こういうことについての勧告なりあるいは是正、規制なりを受けているわけです。ですから、たとえ施設といえども、現実には番付と同じである。
 それから、もう一つは、さらにこれは――いま東京のを出してもらったのですが、大阪や京都を調べてみ六のです。ところが、この場合にははっきり入学寄付金、入学賛助金として徴収しているのです。こちらの場合にはPTA徴収金――PTA入会金、PTA会費という名目の寄付金なんですけれども、大阪教育大学附属池田小学校では入学寄付金五万、これは百二十人中、ことしは百二十人全部寄付しております。あるいは京都教育大学附属桃山小学校三万、同じく京都教育大学附属京都小学校、これも三万、本年度入学した者は八十名中八十名全部寄付金ないしは賛助金を出しているのです。ですから、いまおっしゃったようにたとえ施設としても、毎年毎年それを寄付金と同じ行為で、要するに金を出すのですから。さらにこの大阪なり京都なりは入学寄付金、賛助金として堂々と取っている。まあ取っているというのは語弊があるかもわかりません、PTAが納めている、小学校に払っている。小学校からいえば取っているとも言えると思うのですけれども、そうすると、こういう非常に教育の機会均等というものもこわしているし、私のところの訴えに、せっかく教育大学の附属小学校に抽せんで入った、ところが入学金五万出せと言われて泣く泣くこれを辞退したというようなことが、幾多例が、いままでもきているし、いまもきていますので、この質問をするような羽目になったわけですけれども、ですから、くどいようですが、たとえ施設にしても、現実には、これは寄付行為であり、堂々と賛助金、寄付金として取っている。しかも、五万ですよ、大阪教育大学の池田小学校は、本年度は。こういうこと、先ほど文部大臣が、いま初めてお聞きになった。これはいま初めてじゃないというのは、これは大学学術局長からの資料で、文部大臣もお忙しいもので、こういうことには目はなかなか通せないと思うのですけれども、相当前からありましたし、現在もあるし、しかも、こういう点について再三再四PTAのあり方あるいは寄付金のあり方、こういうものも勧告を受けているし、また現に是正方の通達も出している。ですから、文部大臣、いま初めてお知りになったということについて、そうじゃないだろうと言うのもおとなげないことですから、まあそうであるならば、こういうことについてどのようにこれを処置されていくのか、ひとつ御所信をお伺いしたいと思います。
○国務大臣(坂田道太君) これは公立と比較いたしまして、少し高いと思います。そうして、是正をどういうふうに具体的に進めていくかを検討しなきゃならぬと思います。が、また同時に、私は大学改革の一環としまして、一体附属小中高というもののあり方が、いまのようなエリート教育みたいな形でいいのかどうなのかということにむしろメスを入れなきゃならないのじゃないかというふうに実は思っておるわけでございます。むしろ普通の公立学校あるいは私立の学校等ではできないような、たとえば特殊教育であるとかいうようなものが、附属の小学校あるいは中学校、高等学校でやられるとか、あるいは実験的な意味における何らかの、たとえば一貫教育であるとかいうようなものを取り上げてやるべきじゃなかろうか。ただ、これが数十年来何かエリートの学校になっておることは、今度の大学改革の一環としてもう一ぺん見直してみる必要がある、こういうふうに考える次第でございます。
○黒柳明君 最後に一言ですけれども、いろんなことをあれしたいと思います。持ち時間はまだありますけれども、時間がもうおそいですから、文部大臣も大学教育の改善の一環としてお考えになりたいと、ぜひお考えいただきたいと思います。
 問題は、私は、大臣がいみじくもおっしゃったエリート教育、こういうことが、必ずしも寄付行為だけじゃないんですね。たとえば給食なんかも、これは予算がなかなか立ちません。調理師や何かは、これは予算出ているわけですけれども、こういう国立の附属の小学校は、父兄が交代で給食の手伝いに行く。そういうこともたいへんだけれども、おかあさんにしてはそういうひとつの特権みたいなことを自然自然に、何かおかしなことだけれども、考えを持つようなふうに移行するんです。ちょっと常識で考えるとおかしなことです。何も月に一ぺんも二へんも、要するにただ働きでそんなところへ行かなくてもいいわけです。根本的にはやはり文部省当局として考えていただく、予算づけなり、何なりですね。ほんとうにそういうくだらないことも含めて――ほんとうはそういう労力をやること自体がおかしい。公立の小学校ではやっておりません。ところが、それをやること自体にも何か特別意識、エリート意識を持つような非常におかしな感覚で父兄の方もいらっしゃる。その反面、そういうシステムというものを御存じない方は、せっかく楽しみにして入ったところが、いま言ったように、そんなお金は出せないと言って抽せんに当たったのに泣く泣く辞退しなければならない。そういう反面もある。そのような非常に変則的な教育というものが過去数十年行なわれてきたといういまの文部大臣のおことばですけれども、ひとつこの教育の、義務教育という中の何かこう化けものみたいなと言っては失礼ですけれども、非常に変則的なこういうあり方については、ぜひともいま大臣おっしゃったような抜本的な改革、これを示していただきたいと思いますし、いま予算の編成時期でもありますし、大学という抜本的な問題のワクの中での改革案かと思います。けれども、その組織も大学学術局ですか、社会教育局とか初中等局に属さないということですね。ですから、何かこの管理もちょっと戸惑いがちで、私たちもこれを調べるのにちょっと戸惑ったわけですけれども、そういうこともまた大臣言われた変則の一つにもなるかとも思いますけれども、ひとつまた同じ答弁をいただくようになるかと思います。私が最後に締めくくっちゃおかしなものですから、いまのおことばをまた受けて、抜本的に改革をする、こういう父兄負担というものはこれはうまくないと、あるいはエリート教育というものはうまくないと、さらにそれを実行に移していただくと、この御決意を最後にもう一言お願いしたいと思います。
○国務大臣(坂田道太君) 私といたしましては、やはりこういう問題を改善していかなきゃならないというふうに感じております。かなり時間はかかると思いますけれども、しかし、それを積み重ねてまいりたいと思っております。
○委員長(森元治郎君) 他に御発言もないようですから、文部省の決算につきましてはこの程度にいたします。
 なお、次回の委員会は、十月七日防衛庁を除く総理府関係、八日大蔵省の部、九日農林省の部の審査を行ないます。
 本日はこれにて散会いたします。
   午後五時十四分散会
     ―――――・―――――