第065回国会 沖縄及び北方問題に関する特別委員会 第5号
昭和四十六年三月十日(水曜日)
   午後一時十六分開会
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  出席者は左のとおり。
    委員長         米田 正文君
    理 事
                長谷川 仁君
                松井  誠君
                渋谷 邦彦君
    委 員
                河口 陽一君
                大松 博文君
                塚田十一郎君
                川村 清一君
                松下 正寿君
                渡辺  武君
                喜屋武眞榮君
   国務大臣
       国 務 大 臣  山中 貞則君
   政府委員
       沖繩・北方対策
       庁長官      岡部 秀一君
       沖繩・北方対策
       庁総務部長    岡田 純夫君
   事務局側
       常任委員会専門
       員        小倉  満君
   参考人
      東京大学教授    田村 三郎君
    ―――――――――――――
  本日の会議に付した案件
○参考人の出席要求に関する件
○沖繩における免許試験及び免許資格の特例に関
 する暫定措置法の一部を改正する法律案(内閣
 提出)
○沖繩及び北方問題に関しての対策樹立に関する
 調査(沖縄の毒ガス問題に関する件)
    ―――――――――――――
○委員長(米田正文君) ただいまから沖及び北方問題に関する特別委員会を開会いたします。
 参考人の出席要求に関する件についておはかりをいたします。
 沖繩及び北方問題に関しての対策樹立に関する調査のため、本日、東京大学教授田村三郎君を参考人として出席を求め、その意見を聴取することに御異議ございませんか。
 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○委員長(米田正文君) 御異議ないと認め、さよう決定をいたします。
○委員長(米田正文君) 次に、沖繩における免許試験及び免許資格の特例に関する暫定措置法の一部を改正する法律案を議題といたします。
 まず、政府から趣旨説明を聴取いたします。
 山中総務長官。
○国務大臣(山中貞則君) ただいま議題となりました沖繩における免許試験及び免許資格の特例に関する暫定措置法の一部を改正する法律案について、その提案理由及び概要を御説明申し上げます。
 沖繩の本土復帰を控え、本土と沖繩の一体化をはかり沖繩住民の経済的社会的福祉を増進するための各般の施策の一環として、昭和四十四年に沖繩における免許試験及び免許資格の特例に関する暫定措置法の制定を見、沖繩と本土との各種免許資格の一体化措置が講ぜられ、これにより十八種類の本邦試験を沖繩で実施し、二十七種類の沖繩の免許資格者に本邦の免許資格を与える等の措置をとることといたしております。
 ところで、法制定当時に措置しなかった免許資格のうち、沖繩の税関貨物取扱人法の規定による税関貨物取扱人については、沖繩の本土復帰により通関業務が大幅に減少することが見込まれるに至ったため、沖繩の通関業従事者の間で転職の問題が取り上げられ、本土との免許資格の一体化の要望が高まっております。また、選考により沖繩の測量法の規定による測量士または測量士補の免許を受けることが認められた者については、選考の基準等選考の実態から見て試験合格者と技術的能力において遜色がないものと認められます。よって、これらの者に本邦の免許資格を付与する等の措置を講ずることとし、ここに改正のための法律案を提出することとした次第であります。
 この法律案による措置の内容は、沖繩の税関貨物取扱人となる資格を有する者で大蔵省令で定める講習の課程を終了したものは、本邦の通関士試験に合格した者とみなすこと、沖繩の税関貨物取扱人の業務または沖繩の行政機関における本土の関税に相当する税その他通関に関する事務に従事した期間は、本邦の通関士試験の試験科目の免除対象期間とすること、並びに選考により沖繩の測量士または測量士補の免許を受けることが認められた者で国土地理院長が行なう講習の課程を修了したものは、それぞれ本邦の測量士試験または測量士補試験に合格した者とみなすものとすることであります。
 以上が、この法律案の提案の理由及びその概要であります。
 何とぞ慎重御審議の上、すみやかに御賛同あらんことをお願いいたします。
○委員長(米田正文君) 本法律案に対する質疑は後日に譲ることとし、本日はこの程度にとどめます。
    ―――――――――――――
○委員長(米田正文君) 沖繩及び北方問題に関しての対策樹立に関する調査を議題といたします。
 なお、本日は沖繩の毒ガス問題について調査を進めたいと存じます。本問題について田村参考人の御出席をいただいておりますので、田村参考人に一言ごあいさつを申し上げます。
 本日は、御繁忙のところわざわざおいでをいただきましてまことにありがとうございます。どうぞ御専門の立場から忌憚のない御意見をお述べいただきたいと思います。
 まず、順序といたしまして、初めに田村参考人から十五分間程度御意見をお述べいただきまして、そのあと委員から質疑をしていただくことになっておりますので、さよう進めてまいりたいと思います。
 それでは田村参考人、御意見をお述べ願います。
○参考人(田村三郎君) 私、ただいま御紹介にあずかりました東京大学の田村でございます。本日は、初めて諸先生にお目にかかり、また私の意見などお聞きいただく機会を与えていただきまして、たいへんに光栄に存じております。
 さっそく御指名に従いまして十五分間くらい、あまりまとまっておりませんけれども、まずお話を申し上げます。
 御承知のように、本年の一月十三日に、沖繩に貯蔵されております米軍の毒ガス兵器一万三千トンのうち百五十トン――それはびらん性のマスタードガス、すなわちイペリットを充てんした百五十五ミリ榴弾砲弾であります――の砲弾が嘉手納空港の北側にございます知花弾薬庫から天願桟橋へと運び出され、さらに翌十四日輸送船のロビンソン号によってジョンストン島へと向けて運び去られたわけでございます。
 私は琉球政府の要請によりまして、この移送に立ち会うべく、一月八日から十四日まで沖繩に滞在いたしましたが、実はたいへんこれは思いがけないことでございまして、一月五日に突然琉球政府の東京連絡所の係官が私の自宅のほうへ来訪されまして、毒ガス撤去に伴う移送積みおろしの確認の立ち会い及び安全対策指導のため沖繩に来るようにとの屋良主席のことばを伝えられたわけであります。
 私は本来生物有機化学者でございまして、決して毒ガスの専門家ではございません。私は、私たちの国に毒ガスの専門家はあり得ないし、あってはならない、こういうふうにかたく信じております。しかしながら、私の専門は、ある部面では農薬の化学にも関連を持っております。御承知のように現在、致死性の神経ガスと呼ばれておりますところのGBガスであるとか、あるいはVXガス、こういった毒ガスは、殺虫剤として知られておりますところのパラチオン、これによって代表されますところの有機燐殺虫剤と、構造的ばかりでなく、その発展の歴史の中で密接な関係を持っておるわけでございます。このようなことから私は、一人の日本人と申しますか、あるいは日本国民として、あるいは一人の科学者として、この沖繩の同胞のために少しでも役立つことがあり得ればと、こういうような願望を持ちまして、自分の能力が必ずしもどの程度この問題に貢献し得るかどうかということは確信もございませんでしたけれども、あえてこの要請を承諾したわけでございます。
 今回の毒ガス移送に関連する事実経過、これに関しましては、もうすでに諸先生方が御承知のところでございますので、あえてそれを繰り返そうとは思いません。また、後ほど、いま委員長からお話しございましたように、何かいろいろな御質問がございましたら御質問いただくという形にいたしまして、むしろ私自身がこれとのかかわり、この毒ガス移送とのかかわりをどんな形で持ったかということを簡単に触れさせていただきます。また、それをもって私の御報告にかえさせていただきます。
 琉球政府に招かれました私たち調査団は、軍事評論家の小山内宏氏と、それから国立予防衛生研究所の和気朗氏、それから東大の農芸化学科の森敏氏と私の四人でございます。それから、実はたいへん奇妙なことでございまして、私たち四人というものは、それほどこれまで、ことに小山内氏と和気さんとは私一面識もないというようなことで、森君にしても、ふだんほとんど話をしたこともない。たいへん、何と申しますか、まとまりのない調査団で、結局一人一人の責任において調査をしよう、そして共通なものがあればそれをまとめていこうではないか、こんな形が最小限の共通の理解でございました。
 私たちは一月八日に沖繩に到着いたしまして、多少飛行機がおくれましたけれども、大体昼近くになりまして、そのあと当日、那覇病院とそれからある。プライベートな眼科の病院――病院と申しますか、医院を訪れまして、各種の精密な身体検査を受けたわけであります。
 その日はそれで終わりまして、九日の午前には民政府に参りまして、そのあと防毒面その他の装着訓練をいたしまして、さらに軍司令部へ参りました。それは申すまでもなく基地への立ち入りの予備的な手続ということでございましたけれども、その段階におきましては、私たちはまだ、はたしてこの知花の弾薬庫へ入れるかどうかということはわからなかったのでございますけれども、ちょうどその昼ごろ宿舎へ帰るときに屋良主席に路上で車でお目にかかりまして、それから屋良主席が最後の――再度のというか、ランパート高等弁務官のところへ私たちの弾薬庫立ち入りの交渉に行く、それに会いまして、それから宿で待っておりますと、昼ごろこの許可がおりたという連絡がございました。そして、実はこの九日の午後は米軍による毒ガス移送のリハーサルがございまして、それが済んでから午後三時ごろ私たちは第二六七化学中隊の本部に参りました。化学中隊と申しますのは、当然のこととして毒ガスを担当しております部隊であります。そこで、今回の移送の総指揮官でありますところのジョン・J・ヘイズ少将から移送の方法のあらましを説明されました。次いで私どもは知花の弾薬庫に入りまして、そこで約一時間半ないし一時間四十分くらいヘイズ少将以下そのスタッフと、イグルーと申しまして、皆さま御承知かと思いますが、弾薬庫は、イグルーといって、エスキモーの雪の小屋でございますか、その名前をそのまま使っておるらしくて、そのところに入りまして、そしてまずその百五十五ミリ榴弾砲の現場を見せてもらって、それからいろいろ説明が始まったわけであります。そこで、われわれは現物を見ると同時に、今回の移送にあたりまして、このマスタードガスを検知するというディテクションの方法はどういうことがあるかといったことを具体的な説明を受け、それからさらに、すでにそのときには弾薬がトレーラーの上に載っかっておりましたので、その積載の状況を点検するということ、そのプロセスでいろいろ米軍側と討論を重ねるということをいたしまして、さらにそれが終わってから再び知花の弾薬庫へ車で帰りました。そこで約二、三時間でございましたか、大体午後七時半くらいまで、ヘイズ少将と、その日に見た問題あるいはその他安全対策について討論を重ねたわけでございます。前後四時間ばかり現地の検証と討論に費やしたわけでございますが、その過程で明らかになったことは、実は米軍の側においては少なくとも沖繩の住民の安全対策という問題についてはほとんど考慮は払われていなかったのじゃないだろうかということがかなり明確になったと私は思っております。それから、実は十一日に予定された移送は二日間延期になりまして、一月の十三日に移送が行なわれたわけでございます。第一回の移送は五台のトレーラーをもって無事に終了をいたしましたけれども、第二回の移送に際しましては、実は五台あるべきトレーラーが四台しかないというような思いがけないハップニングがございまして、この件に関しましては後ほどランパート高等弁務官、それからヘイズ少将、それから屋良主席、それから私ども琉球政府の調査団、こういったものが共同して記者会見をいたしたわけでございますが、その席上ランパート高等弁務官がみずから発言を求めまして、この件に関しましては自分の誤解に基づいて大きなミステークが起こったというようなことについて遺憾の意が表されました。それからヘイズ少将からも、技術的には成功であったけれども、パブリック・リレーションに関連いたしましては成功とは言えなかったといったような、率直な意見の表明というか、むしろ遺憾の意が表されたわけでございます。今回の毒ガス移送は、確かに百五十トンが見かけ上は無事に行なわれましたけれども、しかし、その背後には、いま申し上げましたように、米軍の最高司令官が事の成り行きを深刻に案ずるような、初歩的な、しかも重大な間違いがあったという事実には注目すべきことがあると思います。
 最後に、今後の問題について私見を述べさせていただきたいと思いますが、現在新聞の報道その他によりますと、現地におきましては、今後におけるこの残りの毒ガスの移送の経路の選択につきまして、主として論議が集中しておるように伺っております。私の考えとしても、それはたいへん重要なことであると思います。なぜかと申しますれば、先生方がむしろ私のほうより御専門でございますから、よく現地の状況を御存じのように、たいへん、家というか部落が込み入っております。そうして地形が、サンゴ礁特有の非常に凹凸の多い、起伏の多い地形でございますので、その中で今後安全に移送を行なうというためには、非常に移送経路の選択ということが重要になると思っておりますが、それにもかかわらず私は、この間は確かにイペリットでございますから、 そう大きな蒸発性あるいは揮散性がございませんけれども、今後こういった神経ガスが運ばれるということを考えますと、もし一たんそれが漏れたという場合には、多少の経路の変更ということでは、とても災害を回避するということは不可能ではないだろうか、あるいは、少なくともそれはほとんど無意味になるという事態が予想されると思います。で、私の考えでは、それより重要なことは、米軍の毒ガス貯蔵の実体、たとえば一万三千トンというふうに公表されておりますけれども、はたしてそれが一万三千トンであるのかどうかというような問題、さらに、先日の百五十トンと申した場合も、実際には、砲弾の中に入っておるガスの量からいいますと、実は大体その一〇%で、十五トンくらいです。ですから大体百五十トン運び出したその残りのものがどういう実体であるのか、一体どんな形で貯蔵されておるのか、それから、どんな種類のものがどれだけあるのかと、こういったものを具体的にお調べいただきたい。これはぜひわが国の政府の責任において実地検証をしていただく機会を持っていただきたいと思っております。
 次は、神経ガス、一般にGBとかVX、こういった神経ガスの検知、すなわちディテクションであるとか、それから除毒――デコンタミネーション、解毒――デトキシネーション、除毒と申しますと、私が申しますのは釈迦に説法でございますけれども、要するに、こぼれた場合にどういうふうにして毒性を落とすのかというのを、私、一応「除毒」と申しました。それから「解毒」というのは、かりに人間のからだの表面につく、あるいは体内に入ったという場合に、どうして中毒を防ぐかということをここで一応「解毒」と申しておるのでございますが、その方法を含めて、毒ガス兵器に関する一切の安全基準の公開を米軍に求めていただきたい。これらの問題につきまして、わが国の政府並びに国会議員の諸先生方に格別の御努力をお払いいただくことを期待しつつ、一まず私の意見の開陳を終わらせていただきます。
 たいへん失礼いたしました。
○委員長(米田正文君) 以上で参考人の御意見の開陳を終わります。
 これより質疑を行ないます。
 質疑のある方は、順次御発言を願います。
○松井誠君 いま参考人もおっしゃられましたけれども、われわれも近く大規模な毒ガスの撤去が行なわれることを期待しておりますし、そうなければならぬと思います。その際に、この第一次の撤去の教訓といいますか、経験といいますか、そういうようなものがほんとうにフルに利用されなければならぬと思いまして、それで、そういう点から二、三お聞きをいたしたいと思います。
 いろいろございますけれども、先ほど、米軍はその地域住民の安全対策というものについてほとんど考えていなかったということをおっしゃいましたけれども、それが特徴的にあらわれておったのはどういう点であったのか、そういう点をまずお伺いをいたしたいと思います。
○参考人(田村三郎君) お答えいたします。
 やはり私の考えでは先ほどの「除毒」、――デコンタミネーションということばを申し上げましたけれども、やはり私はこの住民の安全対策というものを考えた場合には、その毒ガスが漏れた場合には一体どうして毒を消すのかと、こういうことであると思います。ところが、実はこのリハーサルのときに私たちの車に一緒に乗りました――乗ったというのは、私たちに説明役として民政府から一緒に乗り合わせましたマックドゴールという大佐の方がおられます。私、実はそのいまの除毒の問題が一番気になっておったものですから、マックドゴール大佐に、米軍としては今回のマスタードガスの移送についてどういう除毒剤を準備しているのかということを聞いたわけでございます。そのときには炭酸ナトリウム、普通に言えば洗たくソーダでございますけれども、炭酸ナトリウムの水溶液を準備しているという話でございました。それからその次に、第二六七化学中隊で、まず今度の移送のあらましの説明を受けた後、現地へ車で参りました。そのときジョン・ヘイズ少将が、何か質問ないかということを盛んに言われるわけです。私たちは全部見せてもらってから質問させていただこうと思ったのですが、どうしても質問しろ質問しろと言われるものですから、私、では一体米軍はこの毒ガスについてどういう種類の除毒剤を持っておるのかということを聞いたわけでございます。そうしましたら、それについてジョン・ヘイズ少将は、四種類ある、こう答えられたのです。ですから私は、その四種類は具体的にどういうものであるかということを尋ねますと、それはちょっとわからない。わからないというのは、軍事機密ということじゃないと思うのですが、まあ、答えられないということです。そして一緒にバスに乗り合わせておった幕僚というのですか、スタッフ・メンバーに、だれか答えないかということを言ったわけですけれども、だれ一人としてそれに――専門家であるはずですけれども――お答えにならなかったわけです。そしてそれにつきましてジョン・ヘイズ少将は、では、あとで化学中隊の本部に帰ってからそれを知らせるということであったわけでございますけれども、そしてそのときに化学中隊に帰ってから、私たちが帰るときにはすでにプリントができておりまして、それを拝見いたしますと、実は四種類じゃなくて三種類であります。しかも、今度の移送についてはそのうちのさらし粉とそれからDS2――これは化学名で申しますとデリエチレントリアミンでございますが――それだけが準備されておる、こういうわけでございます。そういたしますと、四種類であるというものが三種類しかない。しかも実際に使うのは二種類である。さらに先ほどのマックドゴール大佐は炭酸ソーダと申しましたが、炭酸ソーダを使わない。そういうようなことが一番特徴的にあらわれていると私は思います。
 それから第二点は、われわれはその移送につきまして、どういう事態が起こるかということはなかなか予想ができないと思います。ところが、実際に今度移送隊に準備されておる――その前に、移送につきましては、では具体的にどういうふうな除毒剤を準備するかと、こういいますと、一つは知花弾薬庫に置く。それから一つは天願桟橋に置く。そのほかはコンボイに置いておくと。そのコンボイには各車両にデリエチレントリアミン、これは速効性の薬剤でありますが、それを用意する。そのほかに特別な車にさらし粉を準備しておくというわけでございますけれども、少なくとも私の感じでは、事故というのはどういう形で起こるかわかりませんが、要するに、あの砲弾の中に入っている毒ガスの量に比べれば、その除毒剤の量というのは著しくアンバランスであると私は思います。それからその問題につきましてジョン・ヘイズ少将その他に意見を聞きますと、事故が起こった場合にはすぐその現場で、事故の起こった発生地点でそれを除毒すると申しておりますけれども、はたしてそれだけの量で除毒できるかどうかということ。それから繰り返して申し上げますように、事故というもののその規模というものは、予想できないわけでございますから、最大限の準備を払わなければならぬと思います。そういう意味で、コンボイ――移送隊と一緒に運ばれている除毒剤の量が著しく少ないということが第二点でございます。
 それから第三点と申しますと、もしそれが少ないとすれば、当然沿道の各所に私はさらし粉その他のものを配置すべきであると思います。そういうものが全然配置されておりません。
 それから第四番目には、われわれは無防備な人間である。こういうものの移送が行なわれるというときに、無防備な住民はやはり避難をするのが最上であると思いますけれども、この点についてジョン・ヘイズ少将にただしますと、彼は、アメリカの経験において、事故が起こった場合には常にうちの中へ入っているのが一番最上の安全策である、こういうふうに言っておるわけであります。ところが、私の考えでは、アメリカのようなハイウェイのような道路と、沖繩のようなああいう入り組んだ地形とは全く違っていると思います。ことに、ああいう貧しい傾いたような家に住んでおる、そこで窓を締めておっても、ほんとうに毒ガスが侵入しないという保証があるのかどうか。全くその点に関しましては、アメリカにおける経験、あるいは学説――とまでは言えないかもしれませんけれども、――一つのそういったセオリーといったようなものを、そのまま沖繩の異質な状況の中に適用するということは、これは間違っておるのではないかと思います。
 以上――もっとありますけれども――とりあえず四点につきましては、私は真剣に住民の安全対策が払われていないと言っても差しつかえないと私は思っております。
○松井誠君 先ほど、除毒のほかにガスの検知と解毒ですか、そういう問題について安全基準の公開を求めるべきだというお話がありましたが、いまの除毒のお話はお伺いをしましたけれども、あのときにもやはり何がしかの検知というものがあったそうですが、そのときの検知の器具がそのときの状態で、やはり安全対策が十分であったかどうか、あるいは解毒の方法が用意されておったかどうか。それからあと、特にこれから神経性ガスが大量に運ばれるときに、一体こういうものについてどういうものが最低限度必要なのか。そういう点について教えていただきたいと思います。
○参考人(田村三郎君) いまの検知の問題でございますけれども、われわれは、やはり解毒の場合の前提としては当然検知ということがあると思いますので、一体検知法としてどういうものがあるのかということの説明を求めたわけでございます。一般には、私の印象としては、米軍の係官は非常に率直であると思いました。実際に今回の移送に使うところの――マスタードガスをおそらく対象にしたと思っておりますけれども――検知器具を二種類示しまして、一種類はこのくらいの黄色いやや茶がかったような試験紙でございます。これは単にマスタードばかりじゃなくて、GBそれからVXにも共通して使えるような紙、ただ変色の色が違うということでございます。そのほかにスポイトのような、ちょっとスポイトをお考えいただければいいと思いますけれども、そのスポイトが非常に細くなっているもの、その細くなっているガラスの部分に、何か私たちわかりませんでしたけれども、薬剤が入っている。それをどっか液滴が落ちているところから吸い込む、そうすると変色するということでございますけれども、しかし、いずれにいたしましても、その紙のほうは当然やはり液滴――マスタードならマスタードの液滴に触れなければ変色しないはずでございます。
 それからもう一つは、そのスポイトのほうの器具にいたしましても、やはり現物に触れなければそれが出てこない、ディテクトできないと思います。そういう点で、一応平たん地でございますれば、大体そこに薬剤がまかれたということでそれでもそれは検知できると思うのですけれども、非常に入り組んだブッシュの多いようなああいう沖繩の地形で大きな爆発があったような場合に、はたしてそれで一々検知できるかどうかということは、私は技術的にそれを扱ったことはございませんから確言はできませんけれども、かなり困難であるというふうに言って差しつかえないと思います。そういう意味で、しかも、それを持っているのは米軍の係官だけですから、そういうディテクションの問題につきましてもやはり不十分であると言って差しつかえないと思います。
 それからもう一つの御質問の、今後の問題ですけれども、マスタードガスの場合には、非常に蒸気圧が小さくて、したがいまして揮発性が少のうございます。ですから、これは一カ所に長く滞留するかわりに、広範囲をコンタミネートすることはないと思っております。ところが、御承知のGB、VXの場合には、これは非常に揮発性が大きうございます。それは皆さまがパラチオンやなんかの現在の有機燐殺虫剤を一応頭に浮べていただければよろしいかと思いますが、それよりももっと蒸気圧が大きうございます。しかも、それが通常、液状ないしはエアロゾルとして使われるわけでありますから、非常にむしろ揮散する。そして、それを呼吸器から吸入するというようなことをねらって散布される性質を持っておるものでございますから、これのディテクションは単にそういったケミカルなものでできるのかどうかは私もわからないのです。むしろ物理化学的な方法を組み合わせたようなものがあり得るのではないだろうか。なぜならば、GB、VXの場合には、これは農薬の化学、ある程度一定の化学工業の発展段階に対応してこれは容易に合成できるものでございます。ですから、アメリカが万が一に予想する敵国といったものも当然それを持っているということを予想するだろうと思います。そういたしますと、それをディテクトする方法は必ず米軍が持っているはずじゃないだろうか、こう考えるのが至当だと私は思います。そうしますと、そういうものを今後の神経ガスの移送の場合にはぜひとも公開――公開と申しますか、われわれが自由に使えるような状況が生まれることが望ましいのではないか、こう思っております。
○松井誠君 時間がありませんので、いろいろお伺いしたいのですけれども、もう一点だけお伺いいたしたいと思います。
 先ほどのお話の中にも出てきましたけれども、これからあとの第二次撤去、これのコースがいま問題になっているわけであります。先生のさっきのお話でも、あの第一次撤去のコースというものは地形的にもよくなかったというわけであります。具体的にどこというようなことをもちろんお尋ねするわけではございませんけれども、コースを選ぶときに、抽象的な条件として、欠くべからざるものとしてこれだけはどうしても満たすものでなければいけないというような、そういう条件がありましたらひとつお知らせ願いたいと思います。
○参考人(田村三郎君) これは全く私の私見で、ございまして、諸先生方も御承知だと思いますけれども、沖繩の琉球政府が毒ガス移送経路について私どもの行くまでにすでに三つのコースを選定しておったわけであります。選定と申しますか、二つは実際にこれからつくるという案でございますけれども、それで私は初め、たとえばこの知花の弾薬庫は御承知のように嘉手納空港に隣接しておりますから、嘉手納の空港を通って、極端な言い方をすれば、あの四千メートルの滑走路を通って、そして沖繩の西海岸から持ち出すというようなことを考えたらどうか。これはまあ、あるいはまた琉球政府の知念副主席なんかもそういうことを言っておったのでありますが、やはりなかなか嘉手納の部落の人たちはそれに承諾しないということでございますけれども、いまやはり考えるのは、やはり何と申しましても、当然のこととして住民地域を避けると、こういうことになります。住民地域を避けるということは、具体的には米軍の基地の中を通るということにつながっていくと思うのですけれども、できるだけ住民の地域を避ける。しかし、はたして避けられるかどうかということがありますが、とにかくなるべく避けるということが一つと、もう一つは、沖繩のサンゴ礁の地形ということから考えますと、平らな、平たんな道をつくるということはなかなかむずかしいのではないだろうか。ですから、この移送の経路につきましては、まあ、それはどこから費用が出るかわかりませんけれども、とにかくなるべく地形を削って起伏を少なくすると同時に、道路の路面を平たんにする。そういったきわめて単純なことではないだろうか、こう思っております。
○渋谷邦彦君 ただいまいろいろな観点から御説明をいただきまして、たいへん御苦労されてこられたと想像するわけでありますが、先生がおっしゃっておりますように、兵器というものは絶対に安全性というものは保証できない。なるほど私もそう思います。いついかなる要素が加わってそれが爆発につながるかと想像するだに非常に危険だと、こう思うわけであります。今回おいでになられまして、いま申し上げたように、絶対安全ではないという一つの観点をどこにお求めになるか。たとえばいまのお話の途中でございましたように、知花弾薬庫は嘉手納空軍基地に隣接しておりまして、へたをすると、滑走を誤って機体もろともに弾薬庫にぶつかるかもしれないという危険性がある。あるいは自然爆発ということは考えられないのかどうかということ等でございますね。そうした場合に、先ほどあげられた、米軍側の発表による四種類の解毒剤なりあるいは除毒剤なりではとうてい地域住民の安全を確保するわけにはいかないのじゃないだろうかということが心配でございますが、その点はいかがでございましょうか。
○参考人(田村三郎君) 私も、どういう根拠でと、いまのお話でございますけれども、一つこういう具体的な例が、われわれが話をしているプロセスで、上がってきたわけでございます。実は、これは一九六八年の七月のウォール・ストリート・ジャーナルに出た例の神経ガスの漏洩でございますね、あれは実は今回の毒ガス撤去のきっかけになったのだと思いますけれども、そのことについてわれわれは質問したわけでございます。そうしますと、きわめて率直に、いや、実はたしかに漏れたのだ、ということで、それは、そのときは砲弾ではなくして爆弾が漏れたらしいのでございます。爆弾の中に何か毒ガスをチャージして、そしてあと、ハードバックとか彼らは言っておりましたけれども、二枚くらいの鉄板でそれをおおうらしいのでございますね。そのおおったところ.が、やっぱり爆弾ですから表面は非常になめらかにしておかなければならぬのかもしれませんが、それでときどきみがいたりなんかする、そういったプロセスなのか、あるいはその途中であるのか、もともとあったのかわかりませんが、ピンホールがあいておった。そしてそこから神経ガスが漏れていた。そしてそこに入っていたウサギが死んでいた。そこで非常にあわてて、軍人が二十三名、軍属が一名でございますか、それを隔離して――隔離というか、それを病院に入れたけれども、人間のほうには別に異常はなかった。こういうことで、とにかく、少なくとも爆発ではなくてもそういった漏洩というものがどうしてもあるのじゃないか。
 それからまたその次の、爆発の問題でございますけれども、実は先ほど、最初に申し上げました、実体を調べていただきたいと申し上げましたのは、一体、この一万五千トン――現在はこれより少ない、百五十トン減っておるわけでございますけれども、それがほんとうに砲弾の中に詰まっているのか、あるいは爆弾の中に詰まっているのか、そうでなくて、ある部分は要するにコンテナの中に入っているのじゃないだろうか、そのコンテナがどのくらい一体安全度を持っているのだろうかということがあるわけであります。そして、実際に神経ガスが漏れたときの処理をした、少佐ぐらいの人ですけれども、いろいろ聞いてみますと、あわてて、やっぱり漏れますと、それを一ぺん鉄製のコンテナの中に入れる。さらにそれをコンクリートでやっぱり密閉する。それでどうにもしかたがないから、つい最近まで海に捨ててた。しかし、どうしてもこれは海の汚染の問題があるので、もう一ペんコンクリートに穴をあけて、そこに炭酸ソーダの水溶液をつぎ込んで除毒したというようなことで、非常に危険だと本人も言っておりましたけれども、それは気がついたからよろしいのですけれども、気がつかない場合どうなるのか。それから、たとえば容器なんか、輸送のときに何か道路に突然――人間は飛び出さないでしょうけれども、――犬とかネコとかいうものが飛び出した場合に、ぱっととまった場合のショックで一体どの程度安全なのかというふうな問題とか、いろいろあるので、どういう状況が起こるのか私はわかりませんけれども、ほうっておいてもとにかくそういう漏洩があるという事実というものは、それ以上の可能性というものもいろいろ考えてみる必要があるのじゃないか。なぜならば、毒ガス弾の場合には――毒ガス弾ばかりじゃなくて、その中には当然炸薬なんか入ってるわけですから、たとえばいまの百五十五ミリ榴弾砲、マスタードの場合には、TNTよりも爆発性の高いテトリトールなんていうものも入っておりますので、いつどういうことになるか私はわかりません。しかし、そういうことも考えなければなりません。ただし、自然爆発の問題はアメリカでもいままでなかったのじゃないかと思います。しかし、一九六八年にユタ州のダッグウエイの実験場で例の神経ガスの散布実験をやっていた飛行機の散布器の弁が数秒間締まらなかったために、そこからガスが漏れて、それで四千頭から六千頭ぐらいの羊が死んだという事実がございますけれども、これが今回そのまま当てはまるかどうかわかりませんけれども、何としても間違いというものはわれわれが予想しないときに起こるのだ。いまの先生のあれで、私は実は非常に安全性の問題で考えておりますのは、たとえば日本に原子力潜水艦が来た場合に、それは非常に危険だと言っておったわけですけれども、確かに日本では事故を起こさなかった。日本に寄港した段階をとらえれば確かに一〇〇%安全であるというふうに言えると思います。しかしながら、一九六八年に、御承知のように、大西洋で原子力潜水艦が核燃料を積んだまま沈んでおるわけです。逆にそれだけとれば、一〇〇%危険であると――これは暴論でございますけれども――そういうことも言える。ですから、危険率というものは、〇・〇〇一%であっても、その〇・〇〇一というものの起こった災害というものは、ほかの九九・九九九幾つの災害と全く同じ規模であり、ある場合にはそれよりも大きいかもしれないというのが安全性に対する考え方じゃないかと私は思っております。
○渋谷邦彦君 ここでやはり問題になりますことは、いまの御説明で尽きておると思うのでございますけれども、要は、米軍のほうから政府あるいは琉球政府に対しまして、どういう種類の一体ガスがどういう装てんのしかたがされておるか、そしてまた耐用年数はどうなっておるのか。それから、いわゆる格納されている倉庫の中の気温であるとか、いろいろそういう保存を安全にするだけの状態になっておるのかどうなのかということは、向こうの発表を待つ以外には手の下しようがない、このように理解してよろしゅうございましょうか。
○参考人(田村三郎君) それは私むしろ諸先生方のほうがよく御事情おわかりではないかと思うのですけれども、新聞でも一時報道されましたように、今度の政府の調査団のほうは、たとえば身体検査なしで、東京でおやりになったというお話でございますけれども、われわれは身体検査受けているときにそのまま入っていかれたわけであります。ところが、われわれのほうは実は半日それで費やしてしまったわけで、これは私は偶然であったことだというふうに信じたいと思っていますけれども、そういう事実があって、なかなか、われわれはいわゆる民間――まあ私公務員でございますけれども、この間の取り扱いは「民間」ということでございまして、民間の者が行った場合にはなかなかそういうことをわれわれ要求する場がないわけでございます。ですから、この間も実は私、今後の問題もございますので、知花の弾薬庫に入った場合に、このマスタードガスを貯蔵している弾薬庫以外のものも見せてほしいということを強く要請したわけでございます。ところが、それは今回は全く関係ないのだということで、われわれは全然見せてもらえなかったわけでございます。ですから、その場合に、非常にフレンドリーにやってくれてはいるのですけれども、その辺は限界というものを強く感じておりまして、私は、ですから、これは国会議員の諸先生方、あるいは政府の当局者といった方々がやはり十分に向こうとお話をつけた上で、そしてもし――私はもう実はこれでごめんこうむりたいと思っておりますけれども――適当な方がおられたらいらっしゃって、そしてつぶさに点検をさせていただくということが必要じゃないか。どうも中に入ってよく見ないとわからないし、いま先生のおっしゃったこの知花弾薬庫全部見たわけでございませんけれども、私の感じ、そこまで――知花弾薬庫の実際のマスタードガスが貯蔵されている部分に行くまでの感触としては、やはりこういう毒ガスというものは揮発するということがございますのでしょうか、一番高い、高地の部分にあったように私は記憶しております。それ以外のことは私もちょっとわかりかねます。
○渋谷邦彦君 私、ただいま申し上げたその理由は、先生のおまとめになりました調査報告の中に、日本には毒ガスに対する専門家はいない、また専門家がいてはならない。確かにおっしゃるとおりだと思うのです。そうした場合に、これはあくまでも学術というか学問的と申し上げたほうがよろしいのですが、かりに米側からかくかくしかじかのものがあるということがわかった場合、日本のいわゆる学者の方々が学問的な立場に立って、それにはこれが一番対応性があるだろう、これが解毒剤にも最も適応性があるだろう、そういうような手が打てるのではあるまいかと、こんなふうに想像したので申し上げたわけでありますが、おっしゃるとおり、やはり根本的な解決は政治的な折衝、あるいは外交的な折衝を待つ以外にはないだろう、これはおっしゃられるまでもなく痛切に感ずるわけであります。何と言っても、これから一万三千五百トンの残りの、また最も危険性の高い神経ガスの移送をするということになるわけでありましょうが、先ほどもお話がございましたように、それについては、やはり安全性の確保という面については、今回御調査の結果、まあ感触でけっこうでございますけれども、やはり輸送経路というものが一番大事だ。もちろん、その輸送する場合のトラック等の問題もございましょうけれども、やはり輸送経路というものは一番重要だ。へた間違うと、万が一事故があった場合にこれはたいへんなことになりかねない。そのように判断してよろしゅうございましょうか。
○参考人(田村三郎君) 私は、経路よりも、やはり繰り返して申し上げますように、どういう、何というか、安全基準があるのか。私はやはり広義の意味で安全基準を明らかにしていただくことが先決ではないかと思います。というのは、沖繩の県民の皆さんにとっては申しわけない言い方でございますけれども、どの道をとっても結局どこかに住民が居住しているという状況でございますから、まあ、言うならば、経路の選択というのは五十歩、百歩、どんな経路をとっても、もしそれが大きな金をかければいい道路ができるわけですから、必ずしも経路の選択ということは、なるべく住民地域を離れたところのほうがよろしいわけでございますけれども、むしろそれよりは、経路の問題については、どれくらい金をかけるか、そして平たんな道をつくるかということだと思います。むしろ、私は繰り返して申し上げますように、必ず安全基準というものはあるはずだし、米軍が私にくれたあれでは、「安全基準を」云々ということばがありますし、あるいは安全基準を上回る努力を今回はするんだと言っていながら、安全基準をわれわれについに示してくれなかったわけでございます。ですから、そのことはやはりすべてに優先すると私は考えております。
○渡辺武君 先ほど、今後の弾薬の輸送経路についてお話がございましたが、あるいはもう先生もおっしゃっていらっしゃるところかと思いますけれども、私ども、どの経路をとったらいいのかという問題をきめる前に、絶対的な前提条件というものが必要じゃなかろうかというふうに思うのです。
 その第一は、この間マスタードガスを運び出したあとに、一体どういうようなガスがどのくらいの量まだ残されているのか。それからまた、その毒性は一体どんなものなのか。さらに、それが詰められている弾体の種類はどういうものなのかということを明らかにさせることですね。
 それから第二に、先ほど先生もおっしゃっておられた除毒、解毒を含めてのアメリカの安全基準、これらの詳細を発表させること。
 これがコースなどをきめる上での絶対的な前提条件になるのじゃないかというふうに思いますが、その点、どんなふうにお考えになっていますか。
○参考人(田村三郎君) 全く同感でございます。いま先生のおっしゃったことにつきまして、私、これまで繰り返して申し上げてきたことでございまして、そのとおりだと思います。
○渡辺武君 先ほど、VXの漏れた経過ですね、これについての御報告がありまして、伺っていてちょっとりつ然とするというような実情でございますが、この問運び出したマスタードガス、これは大体何年製のものなのか。それから、アメリカで毒ガス兵器をつくり始めたのは何年ごろなのか。その辺を伺いたいと思います。
○参考人(田村三郎君) 先日運び出しましたマスタードガスは一九五五年製と言っておりましたし、その砲弾の耐用年数は二十五年ということですから、年数からいくとまだ多少残っているということでございます。
 それから、いまの毒ガスの問題でございますけれども、それぞれの種類によってずいぶん違いまして、大体アメリカは第一次大戦のときにはあまり戦争に関与しておりませんでしたので、御承知のようにホスゲンという毒ガスを一九一五年にドイツが使っている。それから青酸ガスを一九一六年にこれはフランスが使っている。それからマスタードガスは一九一七年にドイツが使っている。第一次大戦のあとに、アメリカあたりでも、こういった旧式――というか、旧式も新式もないわけですけれども、発見が古いという意味の旧式でございますけれども、いずれも備蓄してきておりますが、もちろん、神経ガスというのは、現在のバイェル、昔のIG、その会社にゲルハルト・シュラーダーという人がおりまして、その人が大体ドイツでバレイショのいろいろの虫、殺虫剤を開発しようとした。というのは、ニコチンが戦争でなくなったために、それにかわるものを見つけてくる。そのプロセスで有機燐の殺虫剤が出てくる。出てくると、ちょうど当時は第二次大戦のヒットラーが健在だったころで、それに飛びついてくるということで、大体GBの場合が一九三八年くらいでございますね。それからソマンが一九四五年。それから、そこの辺のところで例の第二次大戦が終わって連合軍が入ってくる。そこで、例のPBリポートなんというものがつくられて、洗いざらいケミカルズのデータが連合軍の手に入る。なお、それと、どうもちょっと文献見ると多少不可解な点があるのですが、イギリスでも、サウンダーという人がサリンとかタブンあたりはつくっておったというのですけれども、その文献もあろのですけれども、どうもはたして、それが戦後出ている本で、ほんとうに戦争中やったのかどうか多少疑問がありますけれども、少なくともイギリスでやっていた可能性があるわけです。アメリカはなかったと思います。ところが、アメリカが、戦後、PBリポートなんかをもとにして、これを非常に大量生産していくというプロセスがあったのではないだろうかと思います。
 なお、VXはどこで開発したのかといいますと、これもおそらく、大体基本的な化合物ができれば、そのまわりを毒性の強いものを洗っていくということは当然行なわれるわけで、ことにこれは農薬として殺虫剤の系列ですから、そのプロセスでも有毒なものが見つかっていくということでございますから、いまの御質問の神経ガスの初期のG剤につきましては、これはドイツですね。VXにつきましてはどこであるのか私しかと存じておりません。
○渡辺武君 そうしますと、先日運び出したマスタードガスの爆弾が一九五五年製といういまのお話ですと、大体アメリカで毒ガスをつくり始めたのが第二次大戦後というお話でございますね。
○参考人(田村三郎君) それは神経ガスについては第二次大戦、それ以外のものは当然第一次大戦が終わってからずっとつくっていると思います。
○渡辺武君 主として今後残されているのはCBやVXであろうというふうにいわれておりますが、そうしますと、ほとんどが第二次大戦後というふうに考えてよろしゅうございますかな。特に一九五二年ごろからこういう神経性のガス兵器がアメリカでつくられたというふうに聞いておりますので、そのことからちょっと考え合わせてみますと、先日、アメリカの国内における毒ガス爆弾、兵器、これはもう非常に危険な状態に来ているのだというような発表がアメリカであったと思うのですけれども、沖縄に置かれているものも、そういう点で非常に危険性があるのじゃないかというふうにしろうと考えながら考えられるのですけれども、その辺はどんなふうにお考えになっていますか。
○参考人(田村三郎君) 確かにこの間アラバマその他から運びました一万二千発ぐらいの砲弾、フロリダの沖に沈めたあれは、確かに耐用命数が来ているということで住民を納得さしたということを聞いておりますけれども、沖繩にあるのがそれと同じかどうかということは私も全くわかりませんが、ただヘイズ少将が話した限りにおきましては、沖繩に運び込まれたのが一九六二年に運び込まれた、その後二、三年の間に備蓄された、こういうような話でございます。ただし、その沖繩に備蓄されているものの耐用命数がどうかということは実は私全くわかりません。
 それからなお、いま先生のお話で、マスタードガスがほぼ運び終わったというようなお話でございましたけれども、私たちがこの間あるイグルーに入ったときには、まだ同じような形のマスタートガスの砲弾がかなり残っておりました。またその保存状態も決して悪くはないと思います。その表面やなんかの塗料の感じ、あるいはその他、入った湿度の感じ、イグルーの中の感じとか、あるいは木ワクの感じ。ですから、私も実は沖繩に行く前に、百五十トンのマスタードガスを運び出すというのはやはり耐用年数の問題ではないだろうかというふうに考えておったわけですけれども、現地へ行きますと、必ずしもそうではない。まだもっとほかの意図があったんではないだろうかというふうに思うわけで、そういう意味におきまして、今度のマスタードガスが保存命数に来ているかどうか私は確たることはわかりませんけれども、それと同じやはりイグルーの中に残っているという事実はございます。
○渡辺武君 もう時間もありませんので最後に一言だけお伺いしたいのですが、最近、アメリカの国内で、沖繩の毒ガスをジョンストン島へ運び出す前に現地の沖繩でこれを毒ガスを抜き取って無毒化すべきだというような主張が出ているということを聞いております。これは先生も御存じだろうと思いますが、一九六九年の八月に、CB兵器の実験・貯蔵・輸送を厳重に制限する米上院の決議というのが出まして、その中にも、処理する致死性兵器は輸送前に無毒化するというような条項が一項目入っているということを聞いております。こんなことを沖繩でもってやられましたら、私はもう、とてもこれは輸送する以上に大きな危険があるのじゃないかというふうに考えるわけですが、それでアメリカがこの夏までに全部運び出すのだということを言い出してきている。しかも、沖繩の現地では、その輸送経路その他についてもまだ確たる結論も出ていない。どういう結論が出されるにしても、その準備をする期間、考えてみれば、夏までにはとうてい間に合わないのじゃないかというようなことも考えられますしですね、アメリカが無理やりこういうことを言い出してきている。それはもう早く撤回してもらうことはこれはわれわれ望んでいることですけれども、何か裏があるのじゃないか。むしろいろいろまだきまっていないということで、そんなら沖繩の現地でもって抜き取って無毒化するということで話を落としていくつもりがあるのじゃないかというふうな気もしているのですけれども、現地で毒ガスを抜き取って無毒化する。非常に危険だと思いますが、その辺、どのようにお考えなすっていらっしゃるか。
○参考人(田村三郎君) 私も非常に危険だと思いますし、おそらくアメリカの専門家も非常に危険だと思っているんじゃないでしょうか。というのは、量が多うございますから、先ほどのように、爆弾一本にピンホールがあいたというなら、これは何とか処理できると思いますが、その際も、処理した少佐は非常にこわかったと、こう率直に申しておりましたので、無理だと思いますし、実はそのGB、VXの燐剤の系統のものは非常に分解はしやすいわけです。ある場合には水でも分解する。ちょっと時間をかけてやれば、不安定なものですから、分解すること自身はやさしいけれども、要するに量的な問題である。あれだけ――あれだけと確認しておりませんが、少なくとも公表されているものの半分がかりに神経ガスであるにしてもたまたまあの狭い地域の中で安全に無毒化するということはできないのではないだろうか、こう思っております。ただ、先ほど、一つ補足さしていただきますが、経路の問題でございますけれども、経路以外に、最後に私はやはり港の設備、これをぜひやっていただかなければならないのじゃないか。積みおろしが、非常に彼らも慎重にやっておりますけれども、危険であると思います。彼らも、ですから、クレーンで幾つかまとめて砲弾を上げるときにも、台の下には、彼らはマットと称しております、何かこのくらい厚い非常にやわらかいクッションを置きまして、その上にまず置いて、それから持ち上げるという、そのくらいに気をつかっておりますので、そればかりでなく、一般に積みおろしのときの事故というのはあり得るし、ことに桟橋で事故を起こすとすぐ海面の汚染という問題につながりますので、この築港の問題は特に諸先生方におかれましても御留意いただく必要があるのじゃないだろうか、こういうふうに思っております。
○喜屋武眞榮君 どうもおくれて参りまして失礼いたしました。
 私がお尋ねしたかったことは、いままでの先生方のお尋ねの中でほとんど了解がつきましたので多くをお尋ねいたしませんが、二、三お伺いいたしたいと思います。先生の御見解を伺いたい。
 アメリカは、知らない間に沖繩に持ち込んで、それが漏れてから大騒ぎをしたわけでありますが、ところが、四十五年の十二月十三日の琉球新報の報道によりますと、アメリカは一万三千トンという公表をしておりますが、実際は数万トンあるという――まあ、あるのじゃないかという、こういうことが報ぜられておりますね、沖繩原水協の調査によりまして。こういったことに、先生方の調査されたその場合の感触から、もっとあるのじゃないか、こういったことに対する感触はいかがでありましょうかということが第一点。
 次に、いま三つの種類があげられておるわけですが、ところが、米軍の主要核兵器の種類、その見分け方というのによりますと、数多く種類があるわけでありますね。ところで、沖繩にあるのは、その三種類に限られておるのか。もっと詳しい、こまかな種類が十幾つか二十近くありますが、そういった多岐にわたる種類があるのではないかということも想像されるわけでありますが、その辺の先生の御感触、まずこのことについてお伺いいたしたい。
○参考人(田村三郎君) この、一万三千トンじゃなくて、もっとあるのではないだろうかというお話、私も実は話としては聞いておりますけれども、それが、とても確かめるというところまでいってないわけでありまして、そういう、一万三千トンでないということは、繰り返し耳にしております。ですから、一番最初に申し上げましたように、もし今後米軍において全部の毒ガスを撤去するということであるならば、それはその現地を見せても別に差しつかえないのではないだろうかと思っておりますし、そういう意味におきまして、国会の諸先生方がぜひ、もし何もないのだったら見せていいじゃないだろうかというような立場で、御調査いただくと非常にありがたいのではないだろうか。むしろ私のほうが諸先生にお願いしたいという点でございます。
 それから、沖繩にある毒ガスは何種類だろうかということも、実際私が見せていただいたのは、マスタードガスだけでございまして、また、彼らが話をしたのは、GB、VXの名前だけ出たので、それだけしかわかりませんけれども、しかし、これまでこの二、三年の間に、たとえば海水浴をやっていた子供がかぶれたとか、発赤したとかいうようなことを見ておりますと、例のおうのう剤と申しますか、ああいう催涙性とかあるいは刺激性の毒ガスがたくさん入っているというふうに考えて差しつかえないと思いますし、特に住民とのトラブルなんということを考えれば、当然住民というか、沖繩の、ということじゃなくて、一般的な住民ということを考えれば、当然そういうものを備蓄されておるというふうに考えるのがむしろ当然ではないだろうか。それを裏づけるのは、先ほど申しましたように、この二、三年間における海水浴の子供がけがをしたということが物語っているのじゃないだろうかと私は思います。
○喜屋武眞榮君 もう一つお聞きいたしたいと思いますことは、持ち込みが六二年のころというお話でございますが、このころ、うわさでは、これはホワイトビーチから持ち込まれたのだと聞いておりますが、米軍との話の中でそういうことも明らかになったか、それとも、その一万三千トンはある一定時期に同時に持ち込まれたのであるか。あるいは、ある期間を置いて逐次持ち込まれたのであるか。その辺の、お話の中でその持ち込みの経路やあるいは時期というものがどういうふうにあるか、お聞きしたいと思います。
○参考人(田村三郎君) お答えいたします。
 実はこのホワイト、ビーチから運んだということは、われわれがそれを知ったのはこういういきさつでございます。先ほども申し上げましたように、アメリカで、国内では安全に輸送しているとヘイズ氏が言うものですから、私たちは、アメリカと沖繩の地形は明らかに異なっているのではないだろうか、ことにロード事情が決定的に違っている、同日に論ずるわけにいかない、こう言ったわけです。そうしますと、ヘイズ氏は、いや、沖繩でわれわれはこれだけの量のものを安全に運んだではないか、こういうふうに今度彼がむしろ言ってきたわけです。それにつきまして私は、その安全だというのは一番近い道を運んだのだろう、具体的に、西海岸からすぐ嘉手納を通って知花に運んだんではなかろうかと、こういうふうに水を向けましたら、いや、そうじゃないんだということで、初めてそこで彼らは実際地図を持ってきまして、ホワイトビーチから、道路の番号は忘れましたけれども、幾つかの経路を通って運んだということを彼らの口から明らかにして、これは風説じゃなくてヘイズ氏自身がホワイトビーチから知花まで運んだんだということを明言しております。
○喜屋武眞榮君 もう一つお尋ねしたいと思いますが、このコースの問題でいま幾つかの候補地があがっておるんですが、しかも、そのコース決定は、琉球政府がきめればいつでもそれに従って撤去するんだと、また日本政府も、琉球政府がきめたらそれに対して費用の半分は出すんだということも言明しておられるわけですが、ところが、最近アメリカは、この前の第一回の撤去コースを肯定するならいつでも運び出してやるんだと、こういうことも言っておるわけなんですね。そこでお聞きいたしたいことは、先生のお話の中で、第二次以降は第一次のコースを通らないと、こういうことがはっきり言明されておったでしょうかということなんですがね、そのことをお伺いしたいと思います。
○参考人(田村三郎君) 実は私ども、この今度の毒ガスの中では――比較的と言ったほうがいいかもしれません――比較的安全なマスタードガス百五十トン運ぶ、この実績の上において、同じ経路で同じ方式で神経ガスの移送が行なわれるといったことを非常におそれておったわけです。ですから、その点に関しましては、私ども、二六七化学中隊の本部に参りましたときに、繰り返しヘイズ氏に念を押したわけでございます。ヘイズ氏はそのときには、これは今回限りであるということを明言しておったわけです。しかし、われわれはあくまで民間の専門家であるということで、どの程度それが、何というか、約束というか、その言明が客観性というか、あるいはオブリゲーションが生まれるのか私わかりませんけれども、そういうふうに言っておりました。
 次に私は、いまの喜屋武先生のその経路の問題でございますけれども、私は個人の感想でございますけれども、この毒ガスを運んだのは決して沖繩の住民ではない。米軍であります。それにもかかわらず、その移送経路の問題でお互いに沖繩の県民の皆さんがいがみ合うというような事態というのは、私は何か非常に残念だというふうに思っております。ですから、この問題に関しましては、むしろ、やはり日本政府がはっきり自分の立場を打ち出して、そして米軍と折衝していただくということが私はむしろ先決だというふうに思っております。これは、とにかく繰り返して申し上げますように、これを運んだのは決して沖繩の住民じゃない。また、それは沖繩の住民が頼んだわけでもないということは明らかな事実だと思います。これはやはり運んだ人が運び出すというのが私は当然の義務であるというふうに思っております。
○塚田十一郎君 一点だけお尋ねをさしていただきたいと思うんですが、あるいはきょう先生に参考人としておいでいただいたこの機会の質問としては適当でないかもしれませんし、また事柄の性質上御答弁がいただけなければいただけなくてけっこうなんですが、この毒ガス問題が一般に、世間に知れて、まあ、当然私も、こういうものがあるんだということを知ったときの自分の端的な気持ちは、これは非常に驚きだと、こういうように実は感じた。こんな兵器をアメリカが持っておるんだろうかと、こういうことを感じたわけであります。で、まあ、アメリカがいま持って帰ると、持って帰るというところも、いままでの経過から見れば、アメリカ国内も、少なくとも人間のおるところはどこも持って帰ってこられることを全部反対する。それで最終的に人のいないジョンストン島に新たに格納倉庫をつくってそこへ移すということで問題が解決されるようになっておるようですが、そういうアメリカ国民の感情からしても、もちろん、私どもは一刻も早く抜いてもらいたい、どこかへ持っていってもらいたいと感じるわけでありますが、それよりも何よりも、この機会に、こういう毒ガス兵器は、いまお話を伺っていると、やり方によっては除毒ができる、無毒化することができるということのようでありますが、無毒化をするという考え方は成り立たないのじゃないか。この点をひとつ化学者としての先生の御意見を伺いたい。
○参考人(田村三郎君) お答えいたします。これは化学的な問題として、それからことにそれが実験室的な段階では容易にできます。なぜかと申しますと、たいへん、このGB、VXというものは、先ほども申し上げましたように、不安定なものでございまして、水にまぜて数時間おけば、かなりそれが分解いたします。ことにそれが少しアルカリ性になってまいりますと、非常に容易に分解いたします。ただ問題は、それが分解するときに熱や何かが出て、それが飛散するというようなことがございますので、理論的には非常に小さなスケールでは可能であると、しかしながら、それが大きくなると無毒化の作業をやっている人自身が非常に生命の危険をおかすことになるということだと思います。ですから、昨年の八月でございましょうか、米国でもわざわざアラバマあたりから――たしかアラバマだと思いました。アラバマからノースカロライナですか――まで持っていった。船に積んだのでございましょうか、ちょっとこれは忘れましたけれども、とにかく長距離輸送をして、そしてそれを船ごと大西洋の、フロリダとバーミューダ島あたりの中間と思いますが、沈めたという事実は、アメリカにおいてもなかなか大量のものを無毒化するということがむずかしいんだというふうに理解してよろしいのではないだろうか、こう思っておりまして、私は、 ですから、繰り返して申し上げますように、無毒化というのは容易であるけれども、それを大きなスケールで実施するということはきわめて困難である、こういうふうに理解すべきではないだろうか、こう思っております。
○塚田十一郎君 そういたしますと、今度アメリカが廃棄をしないでジョンストン島に持っていくというのは、あすこに置いて、また何かの機会があればどこかで使うという考え方であるのか、あるいはちょっとこれ、いまお話を伺っておると、大量に無毒化するということはむずかしいので、あすこに永久に使わないでしまっておくという考え方なのか、その辺の見通し、何かありましたら。非常にむずかしいかもしれませんが。
○参考人(田村三郎君) 私もそこら辺はちょっと読み取れないのでございますけれども、ただ、多少ついでの話なんでございますけれども、先日、一月九日に屋良主席のお供をいたしまして美里村に参りまして、住民との対話集会に出席さしていただきました。そのときもやはり住民の方から、お前たち、調査したとか立ち合うなんと言って、船で沖繩一回りしてきただけで、どこでそれをチェックするんだという質問を受けまして、私もやっぱりどうお答えしていいのかわからなかったのでございますけれども、まあ、その可能性をどういうふうに考えるか、私もちょっと……。ただ、なかなか毒ガスの輸送というのは、かなり技術的にたいへんなものではないだろうかと思います。なぜかというと、たとえばこの間の沖繩の場合にしても、本国の、例のメアリーランドの化学センターから化学専門家が来ている。そして実際の桟橋から積み込むときにはその人たちが立ち会っているわけです。それから、まあ、そういうことで船に積むこと自身が非常にあれであります。であるからこそ、沖繩にあれだけ備蓄するのに二、三年かかったということなので、一たんかりにそれをジョンストン島に運べば、それをまた全部を持ち込むということはなかなかできない。ただ、実はこの一万何千トン全部が神経ガスではないのでございますけれども、ほんとうに戦争に使うとしたら一万何千トンも要らないわけで、それをどっかへ運ぶということは否定はできないのでございますけれども、これはちょっと私の専門外でございまして、お許しいただきたいと思います。
○委員長(米田正文君) 以上で参考人に対する質疑を終了いたします。
 田村参考人にこの際一言お礼を申し上げます。
 本日は御多用中のところ貴重な御意見を拝聴させていただきましてまことにありがとうございました。深く御礼を申し上げる次第でございます。
 本調査に対する質疑は、本日はこの程度にとどめます。
 本日はこれにて散会をいたします。
   午後二時四十一分散会
     ―――――・―――――