第071回国会 内閣委員会 第22号
昭和四十八年七月十七日(火曜日)
   午前十時三十七分開会
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  出席者は左のとおり。
    委員長         高田 浩運君
    理 事
                内藤誉三郎君
                中山 太郎君
                山本茂一郎君
                片岡 勝治君
    委 員
                源田  実君
                佐藤  隆君
                中西 一郎君
                長屋  茂君
                西村 尚治君
                星野 重次君
                町村 金五君
                上田  哲君
                鈴木  力君
                鶴園 哲夫君
                前川  旦君
                黒柳  明君
                宮崎 正義君
                中村 利次君
                岩間 正男君
   衆議院議員
       内閣委員長代理  加藤 陽三君
   国務大臣
       厚 生 大 臣  齋藤 邦吉君
       建 設 大 臣  金丸  信君
       国 務 大 臣
       (防衛庁長官)  山中 貞則君
   政府委員
       首都圏整備委員
       会事務局長    小林 忠雄君
       防衛政務次官   箕輪  登君
       防衛庁参事官   大西誠一郎君
       防衛庁参事官   長坂  強君
       防衛庁参事官   岡太  直君
       防衛庁長官官房
       長        田代 一正君
       防衛庁防衛局長  久保 卓也君
       防衛庁人事教育
       局長       高瀬 忠雄君
       防衛庁衛生局長  鈴木 一男君
       防衛庁経理局長  小田村四郎君
       防衛庁装備局長  山口 衛一君
       防衛施設庁長官  高松 敬治君
       防衛施設庁次長  鶴崎  敏君
       防衛施設庁総務
       部長       河路  康君
       防衛施設庁施設
       部長       平井 啓一君
       防衛施設庁労務
       部長       松崎鎮一郎君
       外務政務次官   水野  清君
       文部省管理局長  安嶋  彌君
       厚生大臣官房長  曽根田郁夫君
       建設政務次官   松野 幸泰君
       建設大臣官房長  大津留 温君
   事務局側
       常任委員会専門
       員        相原 桂次君
   参考人
       日本住宅公団理
       事        播磨 雅雄君
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  本日の会議に付した案件
○厚生省設置法の一部を改正する法律案(内閣提
 出、衆議院送付)
○建設省設置法の一部を改正する法律案(内閣提
 出、衆議院送付)
○防衛庁設置法及び自衛隊法の一部を改正する法
 律案(内閣提出、衆議院送付)
 (派遣委員の報告)
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○委員長(高田浩運君) ただいまから内閣委員会を開会いたします。
 厚生省設置法の一部を改正する法律案を議題といたします。
 まず、政府から趣旨説明を聴取いたします。齋藤厚生大臣。
○国務大臣(齋藤邦吉君) ただいま議題となりました厚生省設置法の一部を改正する法律案について、その提案の理由及びその要旨を御説明申し上げます。
 第一は、環境衛生局に水道環境部を設置することであります。
 言うまでもなく、水道は国民生活に欠くことのできない基幹施設でありますが、近年における出活水準の向上、都市化の進展に伴い、水道用水の需要は著しく増大し、このため新たな水道水源の確保及び水道事業の広域化が大きな課題となっております。
 また、廃棄物についても、一般廃棄物、産業廃棄物ともに、その排出量の増大、質の多様化が著しく、重大な社会問題になりつつありますので、これに対処するため、処理施設の計画的整備はもとより、総合的な施策の展開が緊急の課題となっております。
 これらの国民生活の基盤となる生活環境施設の整備を積極的に推進するため、新たに環境衛生局に水道環境部を設置しようとするものであります。
 第二は、大臣官房の統計調査部を統計情報部に改組することであります。
 最近の社会の急速な変化に対応しつつ、国民生活に密着した厚生行政の一そうの推進をはかるためには、従来の統計調査等に関する業務だけでなく、電子計算機を利用して各種の情報の整理、分析を迅速に行ない、その結果を行政に反映させる必要があります。このため、統計調査部を統計情報部に改組するものであります。
 第三は、厚生省の付属機関として、従来の公衆衛生関係の四審議会を廃止統合して新たに公衆衛生審議会を設置することであります。
 現在、公衆衛生に関する審議会は、個別の分野、個別の疾病に対応して設けられており、広く公衆衛生全般にわたって審議する場がありませんが、この分野においては、疾病構造の変化に伴い新たな行政需要が生じており、個別の疾病対策のワクを越えて広く国民の健康の維持増進について総合的な見地からの施策を推進する必要があります。このため、現在の中央精神衛生審議会等公衆衛生関係の四審議会を廃止統合して、公衆衛生審議会を設置し、新しい観点からの公衆衛生施策を一そう推進しようとするものであります。
 以上がこの法律案の提案の理由及びその要旨でありますが、この法律案につきましては、衆議院において、公衆衛生審議会の設置に関する改正規定及び調理師に関する事務を公衆衛生局から環境衛生局に移管する改正規定、並びに施行期日に関し修正が行なわれたところであります。
 何とぞ慎重に御審議の上、すみやかに御可決あらんことをお願い申し上げます。
○委員長(高田浩運君) 引き続いて、本案の衆議院における修正部分について説明を聴取いたします。衆議院内閣委員長代理加藤陽三君。
○衆議院議員(加藤陽三君) ただいま議題となりました厚生省設置法の一部を改正する法律案に対する衆議院の修正につきまして、その趣旨を御説明申し上げます。
 まず第一に、公衆衛生審議会の新設に関する問題であります。政府原案では、中央精神衛生審議会、栄養審議会、結核予防審議会及び伝染病予防調査会を廃止し、新たに公衆衛生審議会を設置することとしていたのでありますが、これらの廃止しようとする審議会、調査会は、それぞれ個別の分野、個別の疾病に対応して設けられているものでありまして、さらにその対策を推進していくためには、ますます整備拡充を行なっていくことが必要であり、単なる統合は適当でないと考えられましたので、これらの審議会等の廃止統合に関する改正規定を削ることといたしました。
 第二に、所掌事務の問題であります。政府原案では、調理師に関する事務を公衆衛生局から環境衛生局に移管することとしていたのでありますが、調理師に関する事務は、従前どおり公衆衛生局において栄養行政の立場から処理させることが適当であると考えられましたので、この改正規定を削ることといたしました。
 第三に、施行期日についてであります。政府原案では「昭和四十八年四月一日」としていたのでありますが、衆議院における議決の日がすでにこの日を経過しておりましたので、これを「公布の日」に改めた次第であります。
 以上が修正の趣旨であります。
○委員長(高田浩運君) 以上で説明は終わりました。
 本案の審査は後日に譲りたいと存じます。
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○委員長(高田浩運君) 次に、建設省設置法の一部を改正する法律案を議題といたします。
 前回に引き続き質疑を行ないます。
 質疑のある方は順次御発言願います。
○鈴木力君 まず私は、最初に、どうもこの建設省設置法の、今度の機構はよくわかるんです、理解できますけれども、問題は、この筑波研究学園都市という、これが幾ら読んでみてもよくわからぬ。それで、ほんとうを言えば、質問申し上げる前に現地調査を主張しておりましたけれども、その現地調査の機会もなかったものですから、したがって、私のこれから質問申し上げることは、あるいはとんちんかんなことがあるかもしれませんけれども、そういうときはひとつおしかりもちょうだいしてけっこうですし、また、初歩的なことですから、よくわかりやすいようにひとつ御教授もお願いしたい。
 まず一つ最初にお伺いしたいのは、この筑波研究学園都市をつくる、これはまあ閣議決定をいたしました。これ全体を推進する行政的な責任は首都圏整備委員会ですか、どちらになっているんですか。
○政府委員(小林忠雄君) 首都圏整備委員会は、筑波研究学園都市の建設特別法に基づきまして、筑波研究学園都市の計画を策定する責任を持っております。各事業の施行につきましては、それぞれの各省が責任を持つわけでございますが、その各省間の連絡調整推進のために内閣に研究学園都市推進本部というものが設けられておりまして、その推進本部の長に首都圏整備委員会の委員長であります国務大臣が当てられております。
 なお、このほかに閣議におきます責任者といたしまして、研究学園都市担当大臣というものがまた別に置かれておりまして、これは現在は金丸国務大臣が任命をされておるわけでございます。
○鈴木力君 そこで、もう一つ私は最初に伺っておきたいのは、この閣議決定と、それから実施本部がもう事業を開始した、その関係は行政的にどうなっているのです。つまりあれでしょう、今度の建設省設置法の提案理由にも、閣議決定はことしですか、四十八年ですか、そうして実際は四十二年から事業を開始しているわけですね、この辺の関係はどうなっているのです。
○政府委員(小林忠雄君) 研究学園都市の建設に関する仕事は大きく分けますと、国の試験研究機関あるいは国立大学等の移転ということと、第二番目には、筑波研究学園都市の都市施設の整備、主として公共公益施設の整備、それからその全体の計画と、こう三つに分かれているわけでございます。従前、全体の都市建設の大綱というものと、それから公共公益施設の整備計画というものはすでにきまっていたわけでございますが、上もののどの機関がいつ移転するかということは、昨年の五月に四十三機関が移転するということを閣議で正式に決定したわけでございます。それで、今回決定いたしましたのは、これらの機関がいつ、どの程度移転するか、これに要する概算の費用はどのくらいかかるのかということ、これに見合いまして受け入れ側の公共公益事業の整備計画をさらに追加、あるいは繰り上げるということについての決定、こういう二つのことがからみましたために全体の計画そのものの修正をしたということでございます。
○鈴木力君 その順序はそういう順序だと思うのですがね。結局、先に法律が通っているわけですから、筑波研究学園都市建設法、通っているわけです。そのときにほんとうは議論すべきことだったかもしれない。何となしに筑波研究学園都市をつくるんだという、ぼんやりしたと言うとおしかりをいただくかもしれないけれども、それが一つ先にできた。その次には、まあ基本方針とか、そういうのはあとでまた少し伺いますけれども、それは文章につくった方針がその次にできた。どんなものを移転するかは一番あとからできているわけですね。普通のわれわれの常識ですと、どういう研究機関を移そうか、そうしてどういうものが集まれば何ができるか、それからその入れものはどうしてつくるかという、それがどうも行政の順序みたいに、こう思うのですけれども、そうではなしに、入れもののほうが先にできちゃって、さてここに何を移そうかということが去年の五月に閣議決定をしている。
 ですから、私はこれはもう大臣にお伺いいたしたいのですが、いまお伺いしましたら、担当大臣は建設大臣になっておられる。一体この筑波研究学園都市というそもそもの発想はどういうことだったのですか。
○国務大臣(金丸信君) 首都の過密――人口、工場、こういうものが非常に過密な状況になりまして、これを分散するということ、その中にまた政府の関係研究機関が非常にそのような過密状態の中ですから、研究の環境状態が悪い、そういうようなことも考え、また政府が率先してやるというようなことが適当だろうと、また政府の、そのあと地、向こうへ移ったあと地を利用するというような面も必要だろうというようなことが、このもとであろうと考えております。
○鈴木力君 そこで、もう少し担当大臣ですから具体的に伺いたい。この研究機関の環境状況が悪い。昭和四十三年時点では、どれとどれとどれが環境条件が悪かったんですか。
○政府委員(小林忠雄君) 現在の国立試験研究機関というのはそれぞれ歴史がございまして、いずれも科学の進歩に対しましてその施設等が老朽化しておりますし、さらに敷地も非常に狭隘であるというような状態のものが大部分であったと思います。
○鈴木力君 どれとどれとどれがという問いに対するお答えですか、それが。
○政府委員(小林忠雄君) 昭和四十二年に研究学園都市に移転をいたします機関を三十六機関決定したわけでございますが、これらの機関はいずれも東京及びその周辺にあるわけでございまして、その大部分のものにつきましては、施設が老朽化し、研究関係が必ずしも好ましくないという状態になっておったわけでございます。
○鈴木力君 私が聞いているのは、それなら四十二年に閣議決定できるわけでしょう、移転すべき機関というものが。それを四十五年に閣議決定をしている。その間の三年間閣議決定ができなかった事情はどういうことかということを聞いている。これは大臣に伺ったほうがいいですね。
○政府委員(小林忠雄君) 四十二年の閣議了解で一応移転を予定する機関というものをきめたわけでございますが、これらの機関がどういうような内容で移転をするかというようなことにつきましては、それぞれの省、それぞれの研究機関の内部でいろいろ意見があったところでございます。それで、これまでの間は、とりあえず新たに新設されるような種類のもの、あるいは用地が狭くてどうにもならない、新しい施設を設けるのに用地がないというようなものだけ着工していたわけでございますが、昨年各省間の意見が煮詰まりまして、正式に閣議決定をしたわけでございます。
○鈴木力君 どうもこれは、閣議のことは事務局長やっぱりそんな答弁をなされるんですか、私は責任大臣に伺っているんですけれどもね。もう閣議から一切、事務局長、本部の権限になっているんですか。これは私は行政の責任問題だと思って大臣に伺っているんです。
○政府委員(小林忠雄君) 大臣から御答弁があろうかと思いますが、閣議了解あるいは閣議決定に至りますまでは、それぞれの末端の研究機関、各省の担当部局等々が事務的に詳細な詰めをいたしまして、閣議了解の線に基づきまして正式の閣議決定に持ってきたと、こういうことでございます。
○鈴木力君 私はさっきから何べんも大臣に聞いているんだけれども、閣議は大臣でしょう。
○国務大臣(金丸信君) その問題は、事務的に詰めるのに時間がかかったということでございます。
○鈴木力君 それは私が一番先に申し上げたように、全く初歩的なことで、とんちんかんなことを聞くかもしれないと私が先に断わったのは、ここのことを申し上げておるのですがね。全く大臣に言わせればとんちんかんかもしれません。しかし、各省の詰めが終わらぬうちに閣議了解で土地は買っちゃった、そうでしょう。一部は事業を開始した。全体の土地の構想というのが先に出てきた。それから各省の詰めを行なって、そうして最終的に詰めができたから昭和四十五年に閣議決定と、こうなった。こういう順序でしょう。そうすると、何となしに、何をつくろうかはともかく、あそこの土地をまず買おう、それで東京都内に環境の悪いところの研究機関やなんかとにかくあるんだから、まず土地を買おう、そうしてそこに移しやすいのから移し出していきながら各省の詰めを、おまえのほうにどれかやらぬか、やるかというような相談をしながら来て、四十五年にやっとそれが全部きまったと、こういうことなんでしょう。私は、これはどうも行政のあり方からして、あまり望ましいことではないのじゃないかという感じがするのですね。要するに事務局ペースでずっと一部は走る。ところが、聞いてみると、事務局ペースでもなさそうなんですね。つまり、いま事務局長から伺いましたように、これは事務局長とすれば当然の作業をなさったと思うし、それから事務局長の御答弁の中身についても、事務局長とすれば当然そういう順序で作業をなさってきているわけですから、それはそのとおり間違いはないと私は思います。そうして事務局長の御答弁は、全く事務局長とすればそういうことになるだろう。それは私はよくわかる。わかるけれども、そういう行き方の中に非常にすっきりしないものがある。非常にばく大な予算を投入していって、そうしてそこに一応のものを想定してつくる。事務局ペースでこれを詰める。詰める段階にもうすでに予定地というのは先に出てしまった。
 一番いい例は、ここに文部省の管理局長に来てもらっておりますけれども、筑波大学をつくるために、あそこの敷地はもう確保してあるわけですな。そうして、すでにもういまでき上がったのは、どうですか、筑波大学の機関ででき上がったのは、グランドができたと聞いておる。あとどういう進行状況ですか。これは文部省の管理局長に伺います。
○政府委員(安嶋彌君) 筑波大学の施設の整備につきましては、四十六年から着手をしておるわけでございますが、まず運動場施設につきましては、四十六年に約一億六千四百万、四十七年に約一億六千二百万を支出をいたしまして、一応完成をしたという姿でございます。それから同じく運動関係の合宿施設につきまして、四十七年に約一億二千六百万を支出いたしまして、これも一応でき上がっております。それから継続中のものといたしましては、体育の専門学部、それから体育の図書館、体育館、それから体育関係の校舎、こうしたものが四十七年度に着工いたしまして、現に継続的な事業となっております。
○鈴木力君 これは行政のあり方からすると、いままで大体どこもそういう順序をとってきたとは思いますがね。たとえば山形の医科大学だって法律が通らぬうちに、もう大学の準備はずっと進めておる。おそらくそういうつもりで文部省はいまのような準備を進めたと、こうおっしゃりたいのだろうと思うのですね。ただ私が、特に最初から行政の順序ということを言って問題にしたのは、筑波研究学園都市というのは、いままでのたとえば医科大学をつくるというようなものとはケースが非常に違うのでしょう、ここのところは。そして閣議決定というのはあとで、おくれている。各省間の詰めというのがずうっとおくれてきているわけですね。何か先に入れものというものができて、そこに、さてここがあいだがら大学でも移そうかとか、そんな形になって進んできている。ところが、その間に工事のほうが先行しているわけでしょう。だから、たとえば医科大学のような場合には、もうほとんど全部合意の上にできているわけですから、文部省さえ変な小細工しなければ、さっささっさ通っていくわけですから、それは問題がない。
 ところが、管理局長に私は伺いますけれども、いま文教委員会がどういう状況かわからぬけれども、新聞を見ますと、筑波大学はこの国会では通らないということが盛んに言われている。筑波大学が廃案になったら、このグランドを何に使いますか。
○政府委員(安嶋彌君) 文部省といたしましては、筑波大学法案がぜひ成立することを期待いたしておるわけでございますが、ただいまのお尋ねは、それが通らなかった場合にどうするかということでございます。仮定の質問でございますから、私、お答えするのが適当かどうかわかりませんが、万一、万々一そういう事態がございました場合には、これは体育関係の施設として十分使用することが可能でございます。御承知のとおり、現在教育大学の体育学部は幡ケ谷にあるわけでございますが、土地も非常に狭隘でございますし、施設も非常に不十分でございます。したがいまして、そうしたものを補完する施設として十分役立てることが可能であるというふうに考えております。
○鈴木力君 そこで、教育大学の体育学部があそこまで出張して――出張してというか、出かけて、そして体育の学習をやる。そういう一つの考え方、この限りにおいては一応の考え方が成り立つと私は思うのです。そこで、いまの全体の行政責任といいますか、この流れの中に――これは建設大臣が研究学園都市全体の責任大臣ですがね。ところが、文部省の機関は独立会計になっておる。これは建設大臣が――建設大臣というよりも、研究学園都市の担当大臣としての権限関係はどうなるのですか。
○政府委員(小林忠雄君) 筑波研究学園都市建設本部と申しますのは、研究学園都市の建設に関する連絡調整及び推進を行なうための連絡調整機関でございまして、それぞれの機関の建設あるいは公共施設の建設等は、それぞれの省庁の責任で行なうわけでございます。国立大学等の特別会計所属の建物につきましては、特別会計所属でございますので、文部省が責任を持って建設をするわけでございますし、ただいま御提案申し上げております建設省設置法の内容になっておりますのは、一般会計及び特別会計所属の機関の施設の建設の責任を建設大臣が持っているわけでございます。しかし、推進本部の本部長は、たまたま建設大臣と同じ大臣が当てられておりますけれども、たてまえといたしましては、首都圏整備委員会の委員長という別の立場で、これは事業の直接の実施責任を持っているわけではないわけでございます。
○鈴木力君 どうも私の頭が悪いものですから、よくわからぬのです、そうなってくると。結局、そういうことなら各省にやらしたらいいじゃないか。住宅公団が土地を買ったのだから、あとはそれぞれ各省でやりなさい、こういうことでいいじゃないですか。
○政府委員(小林忠雄君) 四十幾つかの機関が一斉に一定の都市に移転をするわけでございますから、これらの機関が、関係の深いものはなるべくグループごとにまとめて研究ができるようにその都市の中に配置をいたす必要がございます。その地割りをするということがたいへんな作業でございますし、それから研究機関だけでなくて、そこに住む職員の住宅をどう配置をするか、公共施設をどう配置をするか、公共施設の建設と研究機関の建設とをどのようなペースで調整をしていくか、さらに電力をどこからどう引くか、交通機関をどうするかというような万般の調整ということが非常に多いわけでございますので、これは推進本部の重要な仕事になっているわけでございます。
○鈴木力君 地割りはたいへんむずかしいという話をいま伺ったのです。しかし、地割りはもうできたんでしょう。
○政府委員(小林忠雄君) 大体のところはセットしておりますが、また細部の点につきましては、いろいろまだ調整を要する点があるわけでございます。
○鈴木力君 その調整を要する点はどれですか、具体的に。
○政府委員(小林忠雄君) 昨年の四十七年度の補正予算におきまして、研究学園都市に移転いたします研究機関の配置の基本設計に要する経費が認められまして、これが首都圏整備委員会から建設省、農林省、通産省、各省に支出委任をいたしまして、現在その配置の詰めをしているわけでございます。すなわち、今度正式に決定をいたしました研究機関が、どういうむね割りで、どういう配置をするかということの配置をいま検討しておりまして、これは首都圏整備委員会と建設省の営繕部で主として技術的な詰めをしているわけでございます。その過程におきまして、各種の地下埋設物の関係でございますとか、道路の取りつけの問題でございますとか、こまごました点でなお細部の調整が若干残っているわけでございます。
○鈴木力君 細部の調整というのは、こまごましたことにきまっていると思いますけれどもね。あれでしょう、移転機関等配置図なんというのはもうできているわけでしょう。このうちの細部の調整がまだはっきりできないのはどれとどれなんですかということを聞いている。
○政府委員(小林忠雄君) たとえば通商産業省の工業技術院なら工業技術院というのは一本で地割りをしているわけでございますが、実はその中には十機関ほどがあるわけでございます。この十機関をどのように割り振るかというような問題、あるいは農林省につきましても、農林省の大体の団地ごとのグルーピングは終わっているわけでございますが、そのグルーピングごとに、たとえばコンピューターでございますとか、その他共用の施設で間に合うものはなるべく共用のものにしたほうがよろしいというような点がございますので、そういう建築的な詰めをやっているわけでございます。
○鈴木力君 これはやっぱり資料を出してください。現在細部の調整を要するものは、全部、全体の機関のうちのこれとこれとこれだというやつを出してください。そうでないと、たとえばという話じゃ全体の議論はできない。どうですか。
○政府委員(小林忠雄君) 最終的な調整にはまだ若干の時間が要するかと思いますが、まとまり次第提出するようにいたします。
○鈴木力君 聞き違えてもらっては困るですよ。これから調整を要するものを出せと私は言っているのです。最終の調整に時間はかかるだろうが、まとまってから出しますなんて、そんな話では――私の質問を聞いていますか、あなたは。まだ調整ができなくて、今後調整を要するものはどの機関のどれとどれとどれかを出せと、こう言っているのですよ。
○政府委員(小林忠雄君) 調査をいたしまして出すようにいたします。
○鈴木力君 そこで、さきに伺ったときに、どうも私がわからないのは、結局連絡調整機関で、責任本部が、推進本部が連絡調整機関だと、実際はもう各省に割り当てたらそれは各省がやるんです、各省の責任でやるんですというさっきの御答弁でしょう。そうしておいて今度は、いま聞きますというと、たとえば通産省なら通産省の十幾つかある、それの調整は推進本部でやるんです、こういう答弁でしょう。聞けば聞くほどわからなくなるんですね。各省がそれをやるんだというなら各省がやればいいし、したがって、その推進本部は各省のやるべきことのどこまで足を踏み込むことになっているんですか。その行政責任のかね合いのところをはっきりしてくださいというのが、私が最初から聞いているのはそこなんですよ。
○政府委員(小林忠雄君) 予算執行につきましてはそれぞれの省が責任を持つわけでございます。
○鈴木力君 予算のことを聞いているんじゃないです、私は。
○政府委員(小林忠雄君) その予算執行の調整につきまして、推進本部が合議体として調整をするというわけでございますので、どこまで調整をするかということは、必要に応じて行なうわけでございます。
○鈴木力君 ちょっと、これ、わかる日本人がいますかね。調整をすることは必要に応じてやりますなんて、必要のないことを調整した例が日本の政治に、政府にあったですか。必要があるから調整するんでしょう。その調整するものを、各省の主体性というものを認めて、その責任は各省なんですということをさきに答えてある、あなたは。それなら調整本部――私はそれなら少し乱暴な意見だったと思うんですよ。乱暴かもしらないけれども、それなら土地を買って地割りをつくったら、あとは各省がやりなさい、それでいいんじゃないかと、そう私が言った。そうしたら調整をするんですと。必要に応じて調整をするんですなんということは聞かなくてもわかっていることです。その必要に応じてという度合いがどういう状況、何なんですかと聞いているんです。
○政府委員(小林忠雄君) これは単に各省の試験研究機関を、研究の必要上ばらばらに移転をするというような種類の計画ではございませんで、こういう国立の試験研究機関、大学等を一カ所に集中をいたしまして、一つの新しい科学技術の中心にする。なお、こういうようなものの中核といたしまして、理想的な研究学園都市の都市建設をするというたてまえでございますので、それぞれの省なり、それぞれの研究機関がかってかってなデザインで、かってかってなものをつくるということは望ましくありませんので、配置、建物のデザイン、あるいは各種の供給施設の調整、こういうようなことを推進本部で行なうわけでございます。
○鈴木力君 これは委員長にひとつお願いをしておきます。やっぱりこれ、現地に行かないと、紙の上でここで議論しても、どうも話がぴったりこないと思うんです。したがって、もういまのこの問題は、やっぱり現地に実際に当たってみて、これは調整を要するんですとか、これはもう各省がやれるんですとか、そういうことを判断をしなければいけないと思います。そういう機会をぜひつくっていただくことをお願いしまして、この件につきましては私はもうこの程度にしておきます。
 その次に、ちょっと私のほうで伺いたいんですが、独立会計になっておるのは文部省関係と、あと、どこなんですか。
○政府委員(大津留温君) 建設省が建築をいたしません、独自の機関でやっていただくのは六つございまして、科学技術庁の宇宙開発事業団の筑波宇宙センター、文部省の筑波大学、図書館短期大学、高エネルギー物理学研究所、国立教育会館の分館、それに郵政省の日本電信電話公社筑波電気通信建設技術開発センター、この六つでございます。
○鈴木力君 そこで、独立会計部門の、そこのさっき事務局長がおっしゃった調整との関係は、これは各省と同じような扱いになるのですか。独立会計部門は別の扱いになるのですか。
○政府委員(小林忠雄君) 建設省が扱います分も、これは建設省が建設省設置法に基づきまして行なうものでございまして、各省の、その他の省の行ないますものと全く変わらないわけでございますので、推進本部の調整といたしましては全く同じ立場であるわけであります。
○鈴木力君 そうすると、文部省に伺いますけれども、いまどうなるのかわからぬけれども、体育学部が茨城県まで行って体育の学習をやることになるだろうと思いますけれどもね。調整問題について、その他の文部省関係の特に筑波大学を想定したそれらのものは全部調整済みですか、未調整のものがありますか。
○政府委員(安嶋彌君) 文部省関係施設の土地の関係につきましては調整済みでございます。ただ関連道路の問題につきましては、これは文部省だけの問題ではないかと思いますが、全体的にまだ若干問題が残っておるようであります。
○鈴木力君 大体その辺は、さっき言いましたように、またやっぱり現地へ行かないとぴったりしませんから、それはそれでいい。
 それで、あとちょっと別のことを伺いたいのですがね。さっきどうも私は、決定とこの事業の進行状態とが逆だ、こういうふうにどうもいまでもその気持ちは私は変わってはいませんけれども、一応それをおきまして、ここの土地を、一応筑波学園都市等をつくる、研究学園都市をつくるということにきまって事業を開始したのは昭和四十二年ですか。その事業開始というのは土地取得ですね。土地取得は住宅公団が担当して土地取得をなさったと聞いておりますけれども、住宅公団の方、お見えですか。まず、その土地取得の状況――状況といいますか、いまではほとんど買ってしまったと思いますけれども、現況はどうなっておりますか。
○参考人(播磨雅雄君) 住宅公団は、昭和四十一年十二月に大体の権利関係その他の調査が終わりましたので、具体的に買収に入ったわけでございます。県とか地元市町村の協力を得まして、四十一年の十二月から買収に入ったわけでございますが、現在までに計画区域二千七百五ヘクタールでございますが、そのうち大体千七百九十三・六ヘクタールが買収予定地ということになっておるわけでございますが、共同墓地等ほかにちょっと小さいのが幾つかございますが、約千平米を残しまして千七百九十三・五ヘクタールが買収済みでございます。
○鈴木力君 その、昭和四十二年から土地買収に入っているわけですけれども、その買収にあたりまして、その土地、その地域の土地の提供者と、買収側は住宅公団が国を代表して折衝に当たったわけですが、その間に何かトラブルとか、そういうものはなかったのですか。
○参考人(播磨雅雄君) トラブルと言われますと、ちょっと抽象的なんで、どうお答えしていいかはっきりわかりませんが、もちろんいろいろトラブルはございました。一つは、やはりできるだけ、山林といいますか、地目が山林ですね、平地林をできるだけ買いまして、農地はできるだけはずしていきたいと思っておったのでございますが、やはり山林の中に介在している農地もございますし、面積の都合もございまして、やはり農地もある程度買い上げさせていただかなければならなかった。そのほか民間の不動産業者からかなり高い値段で買っておられたような方もいまして、いろいろこまかいトラブルはたくさんございました。
○鈴木力君 しかし、基本方針としては土地の提供者と話し合いをして、それぞれ納得の上で土地を買い上げられたと、こう思うのです。私がトラブルと言った意味は、その土地を買い上げるについての何か国側のほうの条件とか、いろんな要求をされた、そういう事実があったのかなかったのかということを伺っているわけです。
○参考人(播磨雅雄君) 先ほど申しました農業を営んでいらっしゃる方々は、まあ人によりましては非常にたくさんの農地が区域内に入っているというふうな方もいらっしゃいまして、そういったことで県の方針といたしましても、やはりある程度の営農規模は維持して農業が継続できるようにしてあげたいというふうなことで、一定の基準を設けまして、農地については代替地をあっせんする、そういうふうなことで進めてまいったわけでございます。
○鈴木力君 その代替地を与えるという方針で進んでまいって、代替地を与えないで、そこの土地提供者から、問題が残ったままになっている、それは私の聞いたところでも――もう時間がありませんから、私が聞いているのでも若干あるのですね。それはどうして代替地を与えると約束をしておって、どういう事情でそれらの人には与えなかったのか。
○参考人(播磨雅雄君) 代替地の該当者と申しますのは、個人相手でやっておりますのと、あるいは部落とかなんとかの、何といいますか、団体単位でやっているのがございますが、私どものほうで事務的にいいますと、個人、団体合わせまして百六十九件の相手がありまして、その人たちに対しましては、すでに代替地をお渡ししたのもかなりございます。また、現在代替地造成中でございますが、そこを幾ら差し上げますということで、実質的に話がついているのもございます。現在百六十九件のうち話がついておりませんのが、開拓部落が二つと、それから個人が三人と、合わせて五件話がついておりません。これは個人の場合は、まあ場所が折り合わないというふうなこともございますが、買収にあたりまして、県とか地元のほうといろいろ相談したのでございますが、そういったところで念書を出されたりなんかいだしておりました引き継ぎが、公団との関係が――これは内部の話でございますけれども、あまりうまくいってなかったようなこともあったりいたしまして、若干話がおくれておったところもございますが、そういったことで現在残っているのが五つ、二つの部落と個人が三人、こういう状況になっておりますが、現在話を詰めておりますので、いずれそのうちには解決するものと私は思っております。
○鈴木力君 この念書の引き継ぎがなかったということですね。私は、こういうことがあっていいものかと、ほんとうに思うんですけれどもね。どうしても私どもの常識でわからない。私もここに念書の写しがありますけれども、はっきりした、責任者が日本住宅公団研究・学園都市開発局長なんという人の名前で、代替地を差し上げますという約束をきちっと念書で出している。そうすると農民は――この研究都市の基本方針にもありますように、営農を中心とする田園都市をつくるということになっているわけです。国を信頼して土地を提供しているわけです。そしたらそれが五、六年たってもまだ解決をしていない。だから私は、むしろこれは住宅公団というよりも、これこそ推進本部がもう少し調整の任に当たるというのか、そういう問題に乗り出すべきだと思うのですけれども、推進本部としてはどうなんですか。
○参考人(播磨雅雄君) ただいま具体的な話が出ましたのでお答え申しますが、過去のいきさつは別といたしましても、現在私たちといたしましては具体的に話をその団体と詰めているわけなんです。私たちのほうは、やはりお渡しするのが農地でございまして、その農地として、これは永久というわけにはいきませんかもしれませんけれども、常識的にはやはりある程度の期間は農地として使っていただかないと、ちょっと代替地方針といたしましては困るわけです。だが、その協議会の中にはすでに百姓をやめていらっしゃる方がだいぶおられるわけでございます。そういったことで、私たちのほうといたしましては、そういった協議会のほうで農地として使ってもらうという線でやって配分の案をつくっていただかないとちょっと困るということがございまして、具体的に場所をあげましてその協議会と話を詰めてもらっておるわけでございますが、相手方さんのほうでも、そういったことでいろいろ内部的な事情もございまして話がおくれているという点もあるのでございますが、両者で話をやっておりますので、いずれそのうちには私たちの考えておるような線で解決するだろうと、こう思っております。
○鈴木力君 これは別にどこのだれとか、責任者がだれとかということを言ってみたところで始まらないので、問題は、その地域の住民の人たちに早く納得をしてもらって、ということが第一ですから、それはもうあらゆる手を打っても、ぜひひとつ早急に、しかも円満に解決をしてもらいたい。少なくとも五年も投げておいて、あと土地収用法なんて、かさに着るようなことがあったら、私はこの研究学園都市なんというものの顔をよごすことになると、こう思うのです。住民の人たちからも私どもにもいろいろ手紙が来ましたり、たいへん困っていらっしゃる人がいる。
 それで、もう一つ公団の方に伺いたいのです。同じその土地を買った状況ですがね、一体幾らぐらいで買い上げておるのですか、土地を。
○参考人(播磨雅雄君) 買いました千七百ヘクタールの平均価格でございますが、土地だけで、上ものは別といたしまして、土地だけで坪千二百三十円でございます。
○鈴木力君 大体千二百三十円、まあ林とかあるいは農地とか、土地によって若干違うのでしょうけれどもね。現在周辺地域は地価はどれくらいしておりますか。
○参考人(播磨雅雄君) 私も、これは土地の値段ですから、具体的に知っておるわけじゃございませんけれども、また、何といいますか、ある程度造成済みといいますか、使用可能なところと、全然まだこれから手を加えなければ使えないところと、いろいろございますので、あれでございますが、いま使えるようなところですと五万円をこえていると、こういうふうに聞いております。
○鈴木力君 その問題がこれはもう――大臣がいらっしゃいませんけれども、そのうちにおいでになると思うのですが、それから推進本部事務局長さんにこれは聞いてもらいたいのですよ。それは意図がよかったとか悪かったとかということは一応別にして、最初に買ったときには千二百四十四円だった土地が――これは国が買い上げたものですね。しかもそのときに土地の提供を渋った人がおる。代替地をやるからと言って土地を提供させておいて代替地をやらない人がまだ若干残っておる。ところが、その周辺地域になりますと、いま御答弁にあったように、大体もう三・三平方メートル、坪で五万円ぐらいしておる。これは造成したところ、造成しないところ、もちろん土地によって違います。しかし、私は現地に行かないからわかりませんけれども、私が調査したところでは、この研究学園都市の最も周辺の部分で五万円ぐらいしている。そうなってくると、あの地域の土地を提供した住民は一体どんな感情を持っているかということを考えてみたことがありましょうか。あるいはその周辺がどうなるか。
○政府委員(小林忠雄君) これはひとり研究学園都市の建設に限りませず、あらゆる大規模な都市開発、あるいは大規模な公共事業が行なわれますときに一般的に問題になる点でございまして、事業用地の買収価格というものについては、研究学園のいまの平均三・三平米当たり千二百円というのは、これを決定いたしました当時におきましては、あの地区の平均価格を相当上回ったいい値段であったわけでございます。しかし、その後の一般の物価水準の値上がりによって土地が上がるという原因もございますけれども、より多くの原因は、その事業がそこで行なわれると、公共事業が行なわれるということに基因いたします開発利益というものが、単に当該開発地域だけでなくて、周辺に土地の値上がりを生み出すということは一般的にあるわけでございます。で、研究学園都市に限らず、すべてこういうような開発を行ないます際に、開発用地について適正な補償をいたしますれば憲法上は適正な補償になるわけでございますけれども、買われなかった周辺の人が、その事業が行なわれることが原因となって、より多くの財産価値を潜在的に獲得する、あるいは現実に高く売るというような問題につきまして、公共事業の施行に伴います開発利益をどこに帰属させるか、土地所有者のみに帰属させるということが不適正であるというような議論はいろいろあるわけでございまして、これについては各種の税制その他の問題に待たなければならないわけでございますが、ただいま御指摘のような点は一般的に存在するわけでございます。
○鈴木力君 一般的に存在するからあたりまえだとおっしゃるんですかね。私が一番先に、閣議決定がおくれて、どの研究機関を移そうかということがあと回しで、まずここのこの地域に土地を確保して研究学園都市をつくろうという花火を上げた、そうして今度は住宅公団が、まあこれは任務ですから、それを受け持ったわけですから、これはそのどこがいいとか悪いということじゃない。その機関として業務としてやるわけですが、その必要な土地を買ったわけでしょう。その買うときには何という研究機関が来るのかということはお考えなしだ。まあ、考えておったと言うに違いないけれども、さっきまでの私の聞いたときには、各省の調整――調整というか、まだ詰めが行なわれていない。そういうことなんでしょう。そうしてあとから、もう土地を買っちゃったから、研究学園都市をつくるということにしちゃったから、たとえば教育大学みたいに、大学が紛争まで、あるいはいろいろ両論があるのを無理やりここに大学をつくるというような、すべてに、ここの研究学園都市づくりというのには非常に無理があったんじゃないか、私はそういう問題が一つあったと思うんですよ。もっとその必要というものが先に来て、そうしていくものなのか、場所を先につくってあとからいくという行き方なのか、これはどうも私は、悪口を言えば、政府が土地騰貴の一つの役割りをもうこれで果たした。まあ、これは悪口を言えばですから、当たらないという答弁があるかもしれませんけれども、ただ私は、いまの事務局長の答弁にどうしても割り切れないものがある。一般的に開発事業があれば土地が上がるのはあたりまえだと。
 ところが、それならば私はもう一つここで伺いたい。もう時間もあんまりありませんけれども、伺いたいのは、一体この研究開発都市をつくるという目的は何だ、自分たちの研究機関を移転するということじゃなかったはず、そうでしょう。もちろんその研究機関を移すということもあった。しかし、これにはちゃんと都市建設の基本構想、きっちりこうあってですね、周辺地域に対する都市計画ですか、整備計画というものもあったはずです。要するに、国の機関を移転をするという地域と、その周辺はそれにふさわしいところの田園都市をつくって、そうしてほんとうに文化的な、文化都市としてふさわしい都市をつくるのだということだった。したがって、住民の人たちは千二百四十四円で売った。もしいままでに売らなければ、私は何億という財産家だったのですと言う人がいる。これは感情的にそういう気持ちになるのはあたりまえでしょう。それはそれとして、しかし住民は、自分たちの地域がこの構想によって、おれたちの文化地域ができるのだという期待を非常に持ったわけですね。ところが、それに何をした、国が。道路をつくったと言うでしょう。道路をつくって土地を上げましたよ。それならその周辺地域に対する都市計画というものは一体どの程度に進んでおったのか、ほとんど進んでいないじゃないですか。どうなんですか。
○政府委員(小林忠雄君) 研究学園都市の建設の法律によりますと、研究学園地区につきましては研究学園都市としての都市的な建設をいたすことになっておりますが、周辺の開発地域につきましては、これは主として農業地帯として保存するということになっております。したがいまして、現在、周辺開発地区の整備計画につきましては、茨城県で案を練っているところでありまして、かなり固まったように聞いているわけでございますが、土地利用の問題といたしましては、開発をいたしますところにつきましては、都市計画法による市街化区域の決定をいたしまして、都市的な建設を進める。それ以外の地域につきましては、農業的な土地利用を進めていくというような点につきましては、市街化調整区域に指定をして市街化をむしろ抑制をする、こういう土地利用をきめるという方針で進んでいるわけでございますが、具体的にその線引きをどうするかということにつきまして、現在茨城県及び地元町村でいろいろと案を固めているところでございます。
○鈴木力君 もう少し、責任部局であるなら、その地域の立場に立ったものの見方をしなければいけないのではないですか。これは茨城県知事のやることでやっていると聞いています。そうでしょう。ところが、そのやっていると聞いていますまでにどうなったのですか。関係市町村が財源がなくて非常に困った、研究学園都市にふさわしい関係市町村の環境づくりということをやろうとしたが、財源がない。そこで知恵を出して、あそこの牛久沼でボートレースをやって、そのボートレースの上がりで周辺地域の整備をやろうとしたのでしょう。その事実、あなた知っているでしょう。しかし、それでは牛久沼のボートレースで上がった金で整備をするということはふさわしくない。ことしの六月でしたか、五月でしたか、茨城県の知事が田中総理大臣に談じ込んで、そうしてその財源を保証せよと談じ込んだ。総理大臣が保証すると言ったと、これは事実でしょう。これは一々伺いはしませんけれども、これは事実です。住民はそういう苦しみをやっているのですよ。そういう苦しみを住民にさせたのはだれなんです。
 そうすると、最初の筑波研究学園都市建設計画というきわめてりっぱな計画のように見えるけれども、その裏は現地の住民泣かせをやっておる。しかも昭和四十二年からもう土地を買って、先ほど私が聞いたように閣議決定前にそれぞれの計画が進んでおる。国の機関のほうはそうして進んでおる――進んでおると言うと聞こえはいいけれども、これはあとで少し申し上げるけれども、その出張した――出張したといいますか、でき上がった出先の公務員の人たちはまた生活環境が悪くて非常に苦しんでおる、そういう問題も一つありましょう。国の機関の職員も苦しんでおる。周辺の人たちを、それに見合った都市づくりのために、これは茨城県でやるんですという事務局長のその答弁のように、いざとなると、あとはそちらに責任を転嫁してしまって、住民を泣かしておる。こういうことなんでしょう。そういうときに、いま建設省部分は、自分ところの直轄のところに特に営繕本部をつくって、自分でこれはやりますと、こういう形になってくる。どうしても私はそういう点じゃ納得できない。もっともっと、自分たちの研究機関をつくるところと周辺との調和ということを、どうして第一義的に考えることができなかったんですか。
○政府委員(小林忠雄君) 筑波研究学園都市建設法によりますと、筑波研究学園都市のうち、研究学園地区の建設計画につきましては、首都圏整備委員会がこれを決定すると、すなわち政府の責任において決定するわけでございますが、周辺開発地区の整備計画につきましては、法律によりまして、茨城県知事がきめるということになっているわけでございます。もちろん茨城県知事がきめるから政府はこれについて何も知らないということではないわけでございまして、周辺の土地の都市的な施設の整備なり、あるいは農業的な開発なりにつきましては、建設省、農林省、それぞれの省が地元と相談いたしまして、最大限の援助をいたすつもりでございます。
○鈴木力君 これからやると、こういうんでしょう、御答弁は。私が聞いているのは、事業をスタートしたときに、全体の構想の中に周辺を含めたこの進み方というのはできなかったのかということなんです。結局、いまになると、土地が値上がりしてしまって、また、茨城県側に言わせれば、非常に大きな障害条件ができておる、そうでしょう。
 もう一つ伺いますけれども、事務局長さんね、いまあの周辺地域に、不動産業が土地を買いに入り込んでいますね。幾ら入り込んでいるか、御存じですか。
○政府委員(小林忠雄君) 茨城県当局が地元町村に依頼をいたしまして調査いたしました範囲におきましては、昭和四十二年ごろから四十七年末までの間に、業者数で約三十社、買収済み面積六百三十ヘクタールという程度のものが不動産業者の所有になっているようでございます。
○鈴木力君 それは茨城県調査で三十社ですね。それは調査漏れもあるみたいですよ。それからもう一つは、個人の売買も相当ある。そうしますと、私は、いまのような、そちらは茨城県だからというような態度でおると、結局、この田園の中にある研究学園都市という構想が、また同じ、何というんですかな、密集地域になってしまう。都市化、スプロール化というような、そういうことがもうすでにできるんじゃありませんか。どうも、いまのところは周辺ですけれども、たとえば不動産業の方の団地造成なんかの広告なんかも、盛んにここは出しておるんでしょう。
 特に、私は、見のがしておってはいけないと思いますのは、いま売りに出ているのはわりに周辺のほうらしい。ところが、現在の厚生省部門のあるあたりですか――まあこの地図で言えばこの辺、この辺はもう坪二十五万円ぐらいでいま売買されている。そうしてここに政府が計画をしないような――業者がそこに入り込んだ、政府の意図とは違うような町づくりがもうそろそろ始まろうとしているわけです。それは茨城県部分です、と涼しい答弁をしておる時代じゃもうないじゃないか。そういう実態調査は、推進本部ではなさっているんですか。
○政府委員(小林忠雄君) 確かに御指摘のように、周辺地域について、不動産業者が土地を買い占めて乱雑な開発をいたしますと、せっかく地区の中で理想的な都市を建設いたしましても、周辺が非常にスプロールを起こすということで、都市環境が非常に悪くなってくるということは、非常に困ることでございます。現在、しからば、どういうこれに対する対応手段があるかということでございますが、現行の法制で対応いたします手といたしましては、都市計画法による市街化区域、市街化調整区域の線引きをいたしまして、知事の開発許可を全面的にかける、こういうこと以外にはないわけでございます。
 それで、この地区につきましては、政令によりまして、市街化区域、市街化調整区域の指定をすべきところということが数年前すでにきまっているわけでございますが、具体の線引きにあたりましては、これは線引きをいたしますのは茨城県知事の権限でございますし、さらに具体の線引きをいたします際には関係市町村、関係住民等の公聴会その他の完全な手続を経なければできないわけでございまして、これらの手続がおくれているのはわれわれも非常に遺憾であると考えておりますので、できるだけ早い機会に茨城県当局で線引きをしていただくことを期待しているわけでございます。
○鈴木力君 もうこのあとは大臣にお伺いいたします。
 大臣ちょっといらっしゃいませんでしたからね、いままでのところはほんとうは大臣に聞いていただきたかったところですが、まとめて申し上げますと、研究学園都市――まあ都市づくりという発想は、私はどうもこの発想が少し疑問だという気持ちはまだ持っていますけれども、政府はおそらくそれは否定なさるでしょうけれどもね。で政府側の言い分を聞くと、言い分のような発想で進んできた。ところが、事ごとに問題を起こしておる。それは、地域の住民の人たちの側に問題を起こしてきた、こういうことですよ。
 で、まず一つは、これは住宅公団の方から、もう早急に解決をするという見通しもあるみたいな御答弁をちょうだいしましたから、それはその努力をしていただけばいいんですけれども、一つは、やっぱり土地提供者に政府側が約束を履行しなかった事実がある。そのことがひっかかって、尾を引いて、いまだに未解決の部分がある。これは数の上からいえば少ないですけれども、数の上からいえば少ないからそれでいいということにはならぬわけですね。はっきりした責任者の判こまでついた念書まで入れておいて、それを約束不履行だ。まあ事情はいろいろあるみたいだった。事情はあるみたいだったが、そういう住民泣かせをしているという事実が一つある。
 それからもう一つは、そういう住民に対して、今度は、事務局長さんの御答弁では、開発すれば土地の値段が上がるのがあたりまえだ、そういう意味の御答弁だったけれども、私は、それではとても、そうですがとは言えないんですね。昭和四十二年から買い始めて、坪千二百四十四円で買った土地が、その周辺が、一番安いところで五万円。もちろん、それはさら地の、原野で買ったのが、いまは道路が通ったり、多少条件がよくなっているから、その条件がよくなっている部分は上がるのは当然だとおっしゃる。それはそれとして、私もわからぬわけじゃないんですよ。しかし、それにしても、相当な、周辺地区でも五万円――何倍になるかはもう計算すればすぐわかるでしょう。ところが、この胴体部分といいますかね、学園都市の胴体部分の地価に近いところにくると、もう二十五万円ぐらいのところさえ出てきておる。そうして三十社がもう入り込んで、これは県の調査で三十社です、もう土地を確保してある。そこには団地造成というような広告さえ出ている。その団地造成では、それでは宅地が幾らかといいますとね、一戸当たり二十坪の宅地が売りに出ているわけですよ。そういう宅地があの一つの団地としてその周辺に出たら、最初のこの研究学園都市構想なんというものはもうどこかへいっちゃっている。そういう問題が一つある。
 それから、まとめて大臣に御要望とも御質問とも兼ねて申し上げますが、時間がそろそろありませんから。
 そこで、今度は、地域の住民の人たち――あすこはたぶん六カ村ですか、六カ村だったかですね。これが一緒になった地域になっているわけでしょう。そこが、研究学園都市という、これができることによって非常に文化的な明るい村づくりをするのだ、こういう一つの大きな期待があった。ところが、その期待があったのだけれども、確かに事務局長さんの御答弁では、これはもう法律によると周辺地域の整備は県知事がやるのです、こうなっている。だから、知りませんとは言わないけれども、事実上いままでは知りませんだったですね。そして、さっきも私が指摘いたしましたけれども、あすこの村の人たちが困っちゃって、財源がないから。大臣御存じだと思いますよ。ずいぶんいろんな知恵を働かしたでしょう。それで、ひどいのは、牛久沼でボートレースをやって金もうけをしようなんというところまでいった。田中総理が、そういうことをさせずに、国が責任を持つと知事に約束したみたいです。しかし、これも、総理と知事との間で話をしたということが新聞記事に出ただけであって、公式にそれならば総理大臣が約束をしたその財源が、どういう手続でどこから出るかということはまだ案もない。もう時間がないから御質問申し上げませんけれども、なお、これ、研究機関があすこに進出することによって、たとえば東大でさえもいろいろな研究、化学実験なんかから生ずる心配の要素があって、そうすると、そういう排水のルートがどこに行くのかという不安もある。そういう問題はもうほとんど片づいていないのです。
 したがって、私は建設大臣にいままとめてひとつ申し上げたいのは、建設省が今度営繕本部をつくられて、それはそれとして直轄部門の事業推進のためということはよくおわかりになる。しかし、当初政府が言いましたところの研究学園都市という構想は、国の機関ができればいいというものじゃないはずだった。私は、この構想を出したところのスタートのところにもう一ぺん戻って、もう一度戻って、問題点というものをもっと幅を広げたところで、これをどう整備するかという具体的なそういう計画にもう着手すべきだと、こう思うんです。法律をつくったから、法律は、たてまえはこうなっておりますからと言って、そして適当に弁解している時期じゃないと私は思う。したがって、それに必要な処置というものがあれば具体的に出すべきだ。それこそ私は推進本部の事業ではないか。そして建設大臣がたまたまその責任大臣を兼ねていらっしゃる。直ちにでもそういうところに着手すべきだと思うんですけれども、大臣、御見解いかがですか。
○国務大臣(金丸信君) 先ほど地元の土地を持っている者を泣かせるというようなお話もあったわけでございますが、その中に判もついてあるというような話もあります。私はそれも初耳でございまして、まあいろいろいきさつはあったと思いますが、しかし、政府が国民を泣かすというようなことがあってはならない。これは十分調査いたしまして再検討いたしたいと思います。
 なお、地元の地方公共団体六カ町村が、この事業を推進するためには相当な財政負担がある、その財政負担が一時的には増大するわけでございますから、この問題につきましては、総理も茨城県知事とお話をいたしたようでありますが、いま各省庁ともこの問題について軽減のことにつきまして検討をいたしておるわけでございまして、必ずこの軽減の件につきましては御期待に沿うようにいたしたいと、こう考えておるわけでございます。どちらにいたしましても、土地の問題が当時平均千二百円程度のものが五万円あるいは二十万円になるというようなことにつきましても、いろいろ問題点もありますし、また、この時点にまいりまして、すべてが全きを得たと私は考えておりません。原点に返りまして、先生のおっしゃるように振り返って反省もし、なおかつ、りっぱなものをつくるためにやらなければならない。そういう意味で反省もしながら、今後なお一段と意欲を持ってやってまいりたいと、こう考えております。
○鈴木力君 あと、文部省の管理局長に、これはあまり時間がありませんから御要望ということになるかもしれませんが、これは文部大臣にも本会議でもお伺いしましたし、田中総理大臣にも決算委員会でも聞いておるのですけれども、結局文部省が、また新しく新学園都市構想というものを打ち出しているわけです。それで、その中身はいま伺わなくてもいいのですが、結局、筑波研究学園都市が体験をしたように、私がいま問題点をある程度――時間がありませんし、現地にも行かなかったから多少抽象的でしたけれども、当初の構想とは違った問題がずっと出てきておるわけです。おそらくあそこでも、いまのように、このまま進めば、かりに筑波大学をつくるとしても、そのまわりにはまたいろんな民間のそれぞれのものが出てきて、望ましいところじゃなかったなというような研究都市ができるという条件がいまたくさん出ているわけです。こういうことをきっちりもしないうちに、そうしたことを現状調査もせずに、対策も講じないうちに、また新しい学園都市構想をつくるなんということを、しかも諮問委員会が一回か二回しかまだやっていないうちに、やや具体的みたいに発表していくというのは、私は不謹慎だと思います。したがって、私は私の意見を申し上げますけれども、この構想は中止すべきだ。つまり、私が言いましたように、どういう研究機関をどこに移すか、そういうことがきまる前に学園都市というものをつくった、そして、あとからそれぞれの各省がこの詰めを行なって、どの機関を移そうかということがあとからきまった。したがって、閣議決定というのは三年もおくれたわけですね。三年か、事業に着手してから四年もおくれたときに閣議決定したということです。その間に、もうまわりの土地というものはずっとつり上がってしまっているわけです。その同じ愚をまた文部省がやろうとしている。総理大臣がうしろで盛んにバックアップしていることをいいことにして、と言えば、そういうことになるかもしれません。そして全国に、一説には十カ所ともいわれる、二十カ所ともいわれる、そういうところをまたやろうとしておる。もうある地域なんかでは誘致運動が始まって、土地の買いあさりと言っては言い過ぎかもしれませんけれども、この土地にもう知事が誘致運動しているから、土地は少し買ったほうがいいぞという動きがあっちこっちにいま具体的に出ている。具体的な地名はここでは言いません、あとで教えてもよろしい。そういうことをまた全国に散らばすだけの話だ。そうすると、私に言わせれば、筑波研究学園都市もそうだ。いまや工業開発ということで進出をすると、公害という問題があって住民の反対運動が起こるものですから、学園とか文化とか言うと国民は抵抗力がなくて、どんなものが来るかということを見さかいなしに、これならいいということで誘致運動が始まる、それを利用して全国の土地のつり上げをはかっている。そんなことに文部省が乗っかっていくようなことはやめたほうがよろしい。
 これは私の意見として管理局長に聞いておいてもらいたい。省内でもひとつ御検討いただきたいと、こう思います。もう時間がありませんから、これは要望申し上げて私の質問を終わります。
○委員長(高田浩運君) 本案に対する午前の質疑はこの程度にとどめ、午後一時再開することとし、休憩いたします。
   正午休憩
     ―――――・―――――
   午後一時八分開会
○委員長(高田浩運君) ただいまから内閣委員会を再開いたします。
 防衛庁設置法及び自衛隊法の一部を改正する法律案を議題といたします。
 この際、去る七月十三日及び十四日の二日間、防衛庁設置法及び自衛隊法の一部を改正する法律案の審査のため、沖繩県に委員を派遣し、現地の実情を調査いたしましたので、派遣委員より報告を聴取いたします。内藤君。
○内藤誉三郎君 沖繩委員派遣について、派遣委員を代表して御報告申し上げます。
 片岡理事、西村、鈴木、宮崎、中村、岩間の各委員と私の七名は、七月十三日及び十四日の両日、防衛庁設置法及び自衛隊法の一部を改正する法律案の審査に資するため、陸海空各自衛隊の沖繩配備の実情を視察するとともに、屋良沖繩県知事及び平良那覇市長とも懇談いたしました。
 以下、視察先の各自衛隊の状況について、その概要を御報告申し上げます。
 まず、陸上自衛隊は、臨時第一混成団準備本部及び普通科中隊二、施設中隊、飛行隊等からなる臨時第一混成群が那覇空港に隣接する那覇駐とん地に配備されているほか、ホーク部隊である第六高射特科群の四高射中隊及びその他部隊が、コザ、勝連、知念、南与座、与座の各分とん地に置かれ、七月一日から防空任務についております。
 これら陸上自衛隊の部隊は、熊本の西部方面総監部の隷下にあり、現在の派遣隊員数は千八百二十人となっておりますが、防衛二法案成立後は第一混成団となる予定になっているものであります。
 同部隊における任務の特徴として、不発弾処理及び災害派遣がありますが、沖繩戦による不発弾はまだ相当数が残っているものと推定され、現在まで千五百九十発、二十二トンが回収され、六百八十発、十二トンが処理済みとなっております。
 しかし、不発弾処理の問題につきましては、処理場である読谷処理場が米軍との共同使用である上、地元民との約束により五十ポンド以下の弾薬に限定される等使用上の制約があるため、他に処理場をさがす必要がある等、今後解決を要する問題となっております。
 また、災害派遣のうち離島関係の急患輸送については、昨年十二月からの三自衛隊の実績九十三件のうち、五十四件が陸上自衛隊の行なったものであるとのことでありました。
 次に、海上自衛隊は、臨時沖繩基地派遣隊が勝連半島のホワイトビーチ地区に、臨時沖繩航空隊が那覇空港内にそれぞれ基地を置いており、隊員数も四百二十人となっております。
 臨時沖繩基地派遣隊は、佐世保地方総監部の隷下にあり、ホワイトビーチ地区の返還区域約六万八千平方メートル内に昨年十二月完成の占用隊舎及び管理棟がありますが、掃海艇用の桟橋及び支援船用の桟橋は米軍管理のものを共同使用しております。
 同派遣隊の装備としては、昨年十二月に佐世保から派遣された掃海艇二隻、輸送艇三隻ほか、支援船三隻が任務についております。
 臨時沖繩航空隊は、海上自衛隊航空集団司令部の隷下にあり、昨年十二月派遣されたP2J対潜哨戒機六機をもって対潜訓練等の任務についているとのことでありました。
 これら両部隊とも防衛二法案成立の場合は臨時の名称が取れ、沖繩基地隊及び沖繩航空隊となる予定になっておるとのことであります。
 次に、航空自衛隊は、臨時第八十三航空隊、臨時那覇基地隊、臨時沖繩航空警戒管制隊、臨時高射訓練隊及び臨時那覇救難隊等の各部隊が那覇空港内の那覇基地に配備されているほか、ナイキの訓練隊が那覇、知念、恩納の三カ所に、レーダーサイトが与座、久米島、宮古島、沖永良部島の四カ所にそれぞれ置かれ、七月一日自衛隊に引き継がれた那覇のADCC(防空管制所)とともに、本土と同様に防空任務を受け持っているとのことでありました。
 那覇基地に配備されている航空自衛隊の航空機は、F104J戦闘機二十一機、F10DJ練習機二機、T33A練習機六機、その他救難機二機、救難ヘリコプター二機となっておりますが、このうち臨時第八十三航空隊のF104J戦闘機は本年一月一日より米軍からアラート体制(防空警戒待機体制)を引き継ぎ、一月以来のスクランブル回数は四回になるとのことでありました。
 これら航空自衛隊各部隊の総人員は二千六百人となっており、臨時那覇救難隊等を除く各部隊は、現在西部航空方面隊の隷下になっておりますが、防衛二法案成立の場合、これら部隊は、南西航空混成団に編成され、その場合、航空総隊の隷下に入る予定になっておるとのことであります。
 なお、那覇空港は現在、航空自衛隊のほか、陸上、海上の自衛隊、米軍、民間機が共用しているため航空機の離発着回数は月約六千回にもなるとのことで、安全対策上からも米軍のP3対潜哨戒機等の早期移転が望まれるものであります。
 以上、各自衛隊の実情を視察するとともに、私ども派遣団は、ヘリコプターに分乗し、沖繩全島の米軍基地及び自衛隊配備の状況を上空からつぶさに視察したのでありますが、米軍基地のすみやかな整理統合の必要性を痛感した次第であります。
 最後に、沖繩県、那覇市においては、屋良知事及び平良市長を訪問、懇談いたしましたが、特に米軍基地の早期撤去及び自衛隊配備よりも民生安定面に重点を置かれたい旨の要望がありました。
 これら視察地における問題点等は、今後委員会における法案審査を通じて明らかにされることと存じますので省略させていただきます。
 以上が視察の概要でありますが、視察先の各機関より提供を受けました関係資料等は当委員会調査室に保管させてありますので、必要あれば適宜そのほうでごらんいただきたいと存じます。
 以上御報告を終わります。
○岩間正男君 委員長のお許しを得て、ただいまの報告に対して少数意見を述べさせていただきます。
 屋良知事は、沖繩の自衛隊の配備が本土並みでない現状を指摘し、自衛隊の強制配備に反対していました。
 また、平良那覇市長も、自衛隊の沖繩配備に反対し、防衛二法を廃案にしてほしいと要望されました。
 以上、少数意見としてつけ加えさしていただきたいと思います。
○委員長(高田浩運君) これにて報告の聴取は終わりました。
 これより質疑を行ないます。
 質疑のある方は順次御発言を願います。
○上田哲君 山中長官を迎えまして久しぶりの防衛論議をすることになります。防衛庁では長官は切り札だそうでありまして、ひとつ、きょうは大いに議論を戦わしたいと思うのでありますが、包帯づきの長官でありますから少し気がひるみますけれども、(「遠慮なくやれ」と呼ぶ者あり)じっくりひとつやりたいと思います。
 まず、お伺いをしたいのですが、この委員会周辺で聞こえてまいります話の中では、いま議論をされておりますいわゆる防衛二法案が、この二十九日にホワイトハウスに出かける田中総理訪米のための絶対的な条件である、あえて言えば、これなくんば、この法案を通しておかなければ何のかんばせあってかアメリカに相まみえんと、こういう重大な至上命令とでも言うべき政府の要請がこの法案にかけられているというふうに私たちは耳にしておるのでありますが、その間の経過はいかがなものでありましょうか。
○国務大臣(山中貞則君) 先日もお断わり申し上げましたけれども、初めに、まだ立つことができませんので、腰かけたまま答弁する非礼をお許しいただきます。
 ただいまの総理訪米の予定に、この俗に防衛二法と呼んでおります二つの法律案が可決成立されることがきわめて重要な前提であるという御推測、あるいはそのような見解があるという点については、私も、ある事実については否定をいたしませんが、しかし、この法律はすでに過去二カ年度にわたって成立をいたしておりません。まあその意味では、私たちはたいへん国の基本的な姿勢において困ったことであるという気持ちを持っておりますが、これは党派の違いによって見解の相違するところであろうと思いますけれども、この防衛関係法の成立がなければ、総理の訪米にはきわめて重大な支障があるということは、私はそのように思いません。というのは、その前にも、すでにハワイ会談あるいはサンクレメンテ等において、現田中総理もこの防衛二法不成立ということを前提に会談をしておるわけでありますし、あるいは、さかのぼれば佐藤総理の訪米において同じことが言えたろうと思います。したがって、総理とこの点を深く打ち合わせたわけではありませんが、訪米のためにぜひとも必要な、俗に言う手みやげ的な法律であるということはあり得ないものであって、むしろ日本の国会自体の意思の御決定を待つこと自身のみがこの問題に課せられた最後の問題である、そういうふうに考えております。
○上田哲君 ことばの中で、ある側面ではそのような意味合いも否定し得ないが、というおことばがありましたけれども、このある意味合いではというのは、いまの御説明にもありましたように、前総理のサンクレメンテその他の日米会談と、今回の田中訪米に関する防衛二法とのからみ合いが違うのは、沖繩、いわゆる返還後の沖繩自衛隊配備というものがこの防衛二法の大きな内容をなしているということだと思います。具体的には久保・カーチス協定というものに盛り込まれている取りきめというものが、七月一日の具体的な、しかもかなり多量な沖繩への自衛隊、兵力配備ということが明記されている。そういうことを考えると、沖繩返還一周年をほぼ経過した今日の新しい状態での総理訪米に、これが大きな意味合いを持っているのだというふうに理解をしていいわけですか。
○国務大臣(山中貞則君) それは全然違うんでありまして、私が先ほど一部にはそういう意見があることを否定しないと言ったのは、新聞の活字等にもそういうことが書かれておることも知っておりますし、いま、あなたがそういう意見について、自分はそういうことを聞いておるがということを前提にされましたので、そのことは私もそういう説の、あるいは見解のあることを承知いたしております、こう申し上げたのであって、中身はそのとおりに受け取ってもらっては困るわけであります。したがって、沖繩のアメリカ軍が撤退をした肩がわりの自衛隊の移駐ということについては、法律がお認め願えなければ、典型的な例として南西航空混成団等のごとき名称の独立した指揮系統を持った集団がそこに布陣できない、展開できないということになるわけでありまして、あくまでも、いまの臨時という形のままで、南西航空混成団について言うならば、西部方面隊の指揮を受けるという形にならざるを得ないというだけでありますから、その意味において、アメリカがあらためてこのような状態では困ると言って沖繩の局地防空なり防衛に引き返してくるというような事情が存在するものではない、こう思います。
○上田哲君 もし久保・カーチス協定を守らなければ、あるいはこの防衛二法に盛り込まれている沖繩配備が完成しなければ、アメリカがまた沖繩に引き返してくるだろうというのは、私はたいへん論理の飛躍だろうと思うんです。これはアメリカができないからこそ、沖繩返還ということにもなり、また防衛負担の肩がわりということになっているはずですから、そこは論理の飛躍だと思うんです。それはそれとして、久保・カーチス協定というのは、その意味ではどのような拘束力あるいは双務上の義務を持つのか。
○国務大臣(山中貞則君) これは条約とか、いわゆる協定と俗に言っておりますが、私たちの法律上考えておる協定みたいな両国を拘束するものではない、そのように思います。しかしながら、実務上の、アメリカが日本の自衛隊の沖繩展開によって撤収し撮る局地防衛の範囲、そういうものについて、逐次スケジュールを実務的に定めたものがいわゆる俗に言う久保・カーチスの取りきめである、そのように思うわけであります。したがって、私どもとしては、沖繩復帰後、初の自衛隊の展開でありますから、これを国防会議にもかけておりますし、しかし、全体計画ではありませんが、国防会議に第一回はかけて沖繩に配置することをきめたわけでありますけれども、決して両国政府を法的に、条約的に拘束しておるような内容のものであるとは受け取っておりません。
○上田哲君 これを協定と呼ぶか、取りきめと呼ぶかっていうのは、当時もかなり議論がありましてね。これは字引きを引っぱって、訳語の問題として、私はかなり無理をしている訳語としての取りきめだと思います。それはさておくとしても、あえて取りきめと日本の訳語を確定されているのは、この久保・カーチス取りきめというものは、日米間の国際上、法的な制約なり、義務なり、あるいは反対ペナルティーというものを全く持たないものであるというふうに考えていいわけですね。
○国務大臣(山中貞則君) これは、私が言ったのは、これを今後久保・カーチス取りきめと呼ぶというふうに政府の統一的な表現をしたわけでありませんで、久保・カーチス協定ともいわれ、あるいは取りきめとも呼ばれておるものである。協定というのは、国会の承認を得なければならないという意味の国際法に準拠したものであるわけではない。でありますから、これをそのまま実務取りきめどおりに、日時、兵員の数、そういうもので展開を一応はスケジュールをきめておりますが、その後行なわれました展開は、そのスピードあるいは数の配置のしかた等において変化があったことは御承知のとおりであります。幾分おくれたり、少なくなったりいたしたことは、事実が明らかにしておるところであります。
○上田哲君 私がお伺いしているのは、この取りきめでも協定でもいいです。いまの長官の御説明だと、協定と呼び、取りきめと呼ぶ違いは、国会の承認を得るか得ないかというところに分かれ目があるようですけれども、あえて言うならば、それは本来国会の承認を得なければならないものを、承認を得ないことにするために、協定であるものを取りきめと呼んだんだと私たちは理解しておるわけです。まあそこは平行線をたどるでありましょうから、あえて議論をしないとしても、あえて国会にもかける必要がないと考える政府の見解としては、このことが久保・カーチス協定の完全履行といいましょうか、展開ができない場合にも、日本は対米的に何らのペナルティーも負わないし、法的な規制を受けることはないというふうに考えるんですかと言うんです。
○国務大臣(山中貞則君) そのとおりであります。
○上田哲君 そうしますと、万が一です、万が一この防衛二法が通らないという場合、その場合に、日本国政府はアメリカに対して何にも、まあ体面上のことはあるかもしれないけれども、他の一切の外交関係において瑕疵あるべき姿にはならないということが一つ。また、田中総理は二十九日の訪米に際して、このことについて何ら執着するところがないと断言できるのですか。
○国務大臣(山中貞則君) その二点とも御主張どおりであると思います。
○上田哲君 くどいようですけれども、田中総理は、これを通過をさせてアメリカに行くということと、これを通過し得ないでアメリカへ行くという場合と、外交上の立場はどのように変わるのでしょうか。
○国務大臣(山中貞則君) 仮定の議論になるんですが、私どもは審議日数が残り少ないことは承知いたしておりますが、三年越しの懸案でありますし、たまりたまったものを三年目にまとめた数もございますから、これは艦艇就役、航空機就役等に伴ういわば人間の部品的な必要な数をお願いしている部門がありますし、これはぜひ今国会で通していただきたいと思っております。したがって、通らなかった場合を前提にして議論をされることについては、現時点においては少し私として答弁がしにくいわけですけれども、あくまでも仮定の問題として、かりに通らなかったという場合でも、田中総理がアメリカに行かれるのに肩身の狭い思いをするようなことはあり得ない、そのように思います。
○上田哲君 御答弁しにくいテーマでありましょうけれども、まあそれは簡単に言えば、通らぬでも心配ないということになるわけでしょう。少なくとも私はここで議論をする、しぼって言うなら、三年越し足し算になってきた、三年分トータルの問題と、あるいはそれはある意味では自衛隊の隊員の士気にかかわる問題などと言われるところと、それと沖繩配備の問題とはやっぱり違うと思うんです。で、沖繩配備の問題について、やはり私は日本外交なり、あるいは田中政府の対米姿勢というものの中に大きな関連があるのではないか。内閣委員会周辺でも、与党側のうわさ話の中にも、これは総理の至上命令であると、訪米についての絶対条件であるというふうに聞いたようにも思いますので、その辺を具体的に明らかにしたところからでないと政治的位置づけについて議論ができないと思ったわけですが、長官の明快な御回答は、それは田中訪米とは何ら関係ない、国論を代表する国会の審議がこのことを是とし得ない状態になり得るならば、総理としてはそのことに対して、政府としてはそのことに対して、大いに意に介するところはないのであるというふうに理解をしたわけです。それでよろしいですね。
○国務大臣(山中貞則君) あなたの立論の前提は、成立しなかった場合のことを前提にしておられるのですが、私のほうは成立をさしてほしいと念願をしておりますので、今日のこの時点においては、この委員会において、願わくは賛否の立場はあっても御理解を賜わって、今国会ではぜひとも会期中にこの法律を成立さしていただきたいとお願いをいたしておる立場でありますので、したがって、仮定の論争はこの程度にしたいと思います。
○上田哲君 熱望はわかりましたけれども、はっきり確認をしておきたいのは、田中訪米の前提としてこの議論がなされているのではないということを私は政府側の答弁としては確認できたと思います。その立場で議論を進めたいと思います。
 さて、そのことを前提とするとして、私は二つの問題が出てくると思います。一つは、やはり政府のただいまの御答弁にもかかわらず、やはり久保・カーチス協定というものは、あるいは政府のことばをかりるならば久保・カーチス取りきめというものは、単に日本政府あるいは田中内閣の対米姿勢、対米方針という問題のメンツなどということではなしに、もっと深く、たとえばアメリカ政府そのもののニクソン・ドクトリンなり、トータル・フォース・コンセプトなり、また安保ワク組み論をとる日本の外交のあり方なり、日本の防衛構想なりというものの中で、きわめて不可欠な深い関連を持っているものだと、そのような説明がなければ、訪米問題というささたる一行事とは別に、今日の十何年、あるいは二十年に近い防衛庁当局の考え方というものははなはだ場当たりということにならざるを得ません。したがって、この久保・カーチス取りきめなるものがそういう深いアジア情勢に対する日本政府の考え方というものを反映して結ばれたというものであれば、私はこれが結ばれないなどという状況になると、これはやはり、いわゆる安保ワク組み論であるなり、あるいは日米安保体制論なり、あるいは日本のアジア安全保障構想なり、などなどと称すべきものの中に大きな変化が生まれてこざるを得ないと思うんです。これは変化があり得ないものだということが言えるんですか。
○国務大臣(山中貞則君) この久保・カーチス取りきめは、御承知のように、沖繩返還というものを進めるにあたって、それぞれ外交上、あるいは日本の内政上、あるいはアメリカのまた沖繩における権益の問題、いろいろと数多くの問題を外務省当局が交渉をしたわけであります。その中で、アメリカとしては、アメリカ側から考えている沖繩の極東戦略の拠点としての機能の大幅な減退ということについては、相当渋ったであろうことはかたくありませんが、しかし、そうでなくっても、そうであったとしても、復帰したことによって、事前協議あるいは核の三原則、こういうものという日本側のきちんとした国是というものに従うということになるわけでありますから、アメリカの表現をかりるならば、自由性、弾力性がきわめて失われるということはあったと思います。しかし、それにもかかわらず、局地防衛については、日本本土と同じように日本側のほうでやれるかということの具体的な話し合いを、それは当然日本の国土の一県として返った以上は日本側の手で、いわゆる俗に言う専守防衛であり、憲法その他の制約のもとの国際紛争解決の手段とせざる戦力、防御戦力としての展開は自分たちでやるという取りきめをすることが、ある意味において沖繩返還の、アメリカが見ておる角度からの、アメリカが引いていったあとの彼らの残っておる権益というものをこれでだいじょうぶである、軍事上そういうふうに考える判断のよすがになったであろうことは想像するにかたくないと思うんです。したがって、実務取りきめとしての当事者の防衛局長とカーチス、当時の中将というものの間において、それらの展開の数なり、あるいは引き取るべきナイキ、ホーク、あるいはそれらの防空管制機能なり、そういうものについての取りきめが一応事務的にかわされている。このことは、私たちとしては、その当時の返還の――私も若干のタッチをしておりましたから、環境として当然そのような話し合いが行なわれていたであろうし、またそのことが、ある意味において、アメリカが思い切って沖繩から事実上一万人ほど兵も引いておりますから、そういうことにつながっていったものと考えておるわけであります。
○上田哲君 そうなると、ここで自衛隊の沖繩配備というものの任務、使命、目的というものがより明確にされなけりゃならないと思うんです。長官の御説明の中では、沖繩の局地防衛だということをおっしゃる。しかし、このことがたいへん無理な説明であるのは、たとえ、それが局地防衛であるにしても、日本本土と比べて比較にならない密度――単位当たり面積の自衛隊員の数なり、あるいは装備のパーセンテージなり、どういう比較をとってもいいわけですけれども、この密度というものは、明らかに最小限沖繩というところが、他の日本の国土のいかなる場所よりも特殊な条件のもとにある、もしそのことばを使うなら、局地防衛としてもスペシャルな局地防衛を目的としているところであるということは、これは否定せざるを得ないわけです。だから、たとえば北海道のある部分の、たとえば東北地方のある部分の局地防衛というような意味とは全くレベルの違う特殊な説明をそこに付与しなければ、やはりこれだけの大部隊を沖繩に投入をするということは、沖繩の局地防衛ということでは説明がつかないと思うのです。
○国務大臣(山中貞則君) これは、おっしゃるとおり、私は二つに分けて解釈すべきだと思うのです、二つの角度から。一つは、やはり日本本土に返った沖繩県というものが非常に緯度の長い点在を示しておる島々でありますから、沖繩県民の感情はよくわかりますが、一応自衛隊の全くの展開なしでは済まされないだろう、その点が一つであります。その点だけで言うならば、いまおっしゃったように、それならば本土の辺境といっても、北海道その他と比べてみて密度が濃い過ぎるのではないかという問題が次に提起されると思いますが、これについては、やはり私たちは、肩がわりということばは、ある意味においてはよくないという意味に使われると思うのです。しかし、もし日本人自身が局地防衛の任を空海等についてやらなかったならば、アメリカはやはり裸で重要な基地機能のみをさらしておくことには忍びない姿勢をとったと思うのですが、そうすると、やっぱりアメリカはそのナイキ、ホーク等の基地等を含めて撤収しなかったであろう。そういう日本がみずからの能力の限界内において、日本の憲法の定める制約下において局地防衛に任じよう、したがって、核弾頭等も装着できざるものに変えるというようなこと等も了承の上で、あえて局地防衛という形で日本側が肩がわりすることによって、アメリカ側の返還に伴う最終的な軍事的な価値からの、角度からの決断というものが最後に得られたものであると、そういうふうに二つの理由があると考えます。したがって、正常な状態で沖繩には自衛隊を配置する必要があるのかないのかという議論は、別途存在することを私も考えて承知しております。
○上田哲君 なお私は足りないと思うのは、たとえば密度の問題、それを長官は地理的な環境というようなことを一つ例にとられましたけれども、自衛隊の受け持っているたとえば装備、あるいは展開している態様、そういう状況から考えると、この沖繩における自衛隊の配備態様というのは明らかに他の日本国土の地区とは違うわけです。つまり局地防衛ということばをいかに使おうとしても、自衛隊のみをもってあり得ない局地防衛、自衛隊のみでは果たされない編成という形になっているわけです。そういう状況を考えてみても、これは明らかに、単なる局地防衛論ということでは説明がつかないということが一つ出てくるのですが、もう一つの問題は、いまの中にも明らかなように、アメリカ軍との関係、関連というものが分かちがたく大きなベースになっているということだと思います。もっと端的な言い方をするならば、アメリカ軍は沖繩からその主力部隊を撤退はしていないと、これは確かに総務長官時代の山中大臣の努力などもありまして、施政権というものが返ってきたということは、事実問題としてそれは私たちは評価するところです。しかし、われわれが大きな議論の分かれ目としたのは、その施政権の及ばない軍事基地というものが、俗に言うところの、基地の中に沖繩があるというような形で今日も大きく蟠踞している。これはやっぱりわれわれにとって望ましいところでないのは今日も変わらないわけで、そのパーセンテージは八三%を下っていないわけでありますから、その広さ、あるいはその軍隊の実力、そうした現状からいって、このやはりキーストーン・オブ・ザ・パシフィックの沖繩と、アメリカの沖繩と、それとかみ合わされる日本自衛隊の大量の配備というものとの関係が、やはり二点目としてきちっと整理をされなければならないと思います。これはどういう関係にあるのかということを、長官らしくひとつすっきりと突っ込んで説明をお願いをしたいと思います。
○国務大臣(山中貞則君) 率直に見まして、アメリカは極東戦略の拠点を沖繩だということは、施政権のもとに自由に使用できる基地としての沖繩の価値を非常に強く認識していたと思うんです。しかし、そのことは復帰と同時に、日本本土の制約された状態に沖繩におけるアメリカの軍隊も置かれざるを得ないわけでありますから、このことは向こうも了承しておりますし、そうせざるを得ない。そうすると、じゃ基地機能というものをアメリカの戦略から考えて、極東戦略から考えて、完全に沖繩から撤収できるか、後方のテニアンその他において沖繩基地にかわり得べきものが完全に展開されたというような状態で準備が進んでおりましたならば、あるいは私たちが最も望んでいた姿で沖繩が軍事的な姿でも返ったかもしれないと思いますが、私の承知している範囲では、アメリカはまだ後方展開というものを完成していない。したがって、まだ沖繩に対して、アメリカの極東戦略からする沖繩を見詰める目というものは非常に大きな弾力性を失った、制約された姿であっても、彼らとしては捨てがたい価値を持っている。これはフィリピンにおいてもなかなか代替しにくい、あるいは韓国に移すことも、きわめて接近する距離の問題からいって置きにくいというような環境等もあるのでありましょうが、そういう中で、どうしても政治上の至上命題として両国の責任者が沖繩を本来の日本の姿に返すのだという合意をなされたということによって、アメリカとしては、その基地機能というものを減退はしても、やはり維持したい、最大限維持したいという念願を戦略上持っていることは間違いないと思います。したがって、その意味において、その戦略基地としての沖繩というものを日本が局地防衛を全くやらない、裸にしておくといった場合には、おそらくアメリカは、ただいま私どもの陸海空、ことに海空が中心に行っております局地の防空あるいは領海警戒、こういうもの等はみずからの手でやはり依然として行なったであろうということは想像できると思います。その意味において、私はまず日本人同士で、いろいろ戦争中のこともありますからオーバーラップしておりますし、旧軍というもののイメージが抜きがたい沖繩でありますから、たいへんつらいことでありますけれども、しかし、アメリカ人よりか日本人同士のほうが私はいいと率直に思います。そういう意味において、本来沖繩の局地防衛に必要であると最低限思われる数よりか若干の――私はその意味において、アメリカとの交渉の中において私どもが、沖繩県民のすべては許容しないところでありましょうけれども、しかもその許容でき得る限度を若干越えておる配置がなされておる姿になってしまった、こういうことは認めざるを得ないと思います。
○上田哲君 そうしますと、アメリカは今日もなお、つまりニクソン・ドクトリン下において、具体的な軍事戦略であるトータル・フォース・コンセプトの重要な支点としての沖繩を、従前どおりアジアのかなめ石として、太平洋のかなめ石として確保しようということが変わっていないと、そしてその意味では、もし日本が、日本自衛隊がそこに局地防衛という名称での参加をしないとなるならば、その場合にはアメリカはやはりその分だけでも撤退することなく従前どおりの体制を維持せざるを得ない状態が続いているであろうと、こういうことですね。
○国務大臣(山中貞則君) 私の言っているのは、最近出てまいりました総合戦力構想というものでアメリカが居すわったであろうという意味ではありません。アメリカが沖繩列島というもののキーストーンとしての価値は、依然として彼らはそれを捨てようとしていないということを申し上げたわけであります。しかし、日本に返した以上は、憲法の制約並びに日本国との安保条約、地位協定あるいは両国首脳の声明等による事前協議、こういうもの等がありますから各種の制約を受ける、弾力性をやや失った基地になる。B52の一つをとってみても、きわめて復帰後はむずかしい環境にある。こういうことを考える場合に、沖繩の価値というものは大幅に戦略的には低下はしたかもしれない、アメリカから見てですね。しかし、彼らはその低下した戦力であっても、やはりその価値は維持し続けたいと願っているであろう。その際に、局地防衛は全部日本は肩がわりせずに、裸にしてアメリカが引き揚げていっただろうかという点について、そうはいかなかっただろうということを申し上げているわけであります。
○上田哲君 大体わかりました。私が意見が違うのは、トータル・フオース・コンセプトのらち外にあるはずがないと、こういう常識の問題が一つと、それから実体的に言って、また戦略的に言って沖繩に配備さるべき日本自衛隊というのは、純一無雑に戦略部隊としてのアメリカ軍の防衛隊であると、私はまあそういうふうに見ております。そのために施政権の返還というものも、事実私はおととしの秋のアメリカ上院外交委員会の沖繩聴聞会に出席をして傍聴いたしましたから、そこでのロジャーズやその他の高官の質疑答弁などをこの耳で聞いてきた立場からいっても、明らかにやはりアメリカの関心の中心は沖繩の軍事的性格にあったと、こういう理解を今日も失っておりません。むしろ強化しております。そういう立場で日本の自衛隊が、そういう位置づけの中で沖繩に配備されるのだというふうに見ているわけです。長官、どうお考えになりますか。
○国務大臣(山中貞則君) それを全面的に私は承認しておるわけではないんで、アメリカ側から見て、そういう復帰に伴ういろいろの取りきめや話し合いの最中のかけ引きがあったろう、したがって、われわれとしては、二つの面を持っているのであって、一つは、日本列島の中に数多い島の、長い緯度に、深い緯度にわたって展開する南の国境を接する県が返ってきたのであるから、ここに自衛隊は全然配備しないということは、基本的なたてまえから――沖繩県民の感情論は別にして、国としてはとり得ないところである、その意味が第一点。
 さらに第二点は、アメリカが、このような自衛隊がみずから日本の国土、民族というものを守る姿勢の範囲の中において、憲法の制約下であっても、展開することにより、アメリカとしては彼らの失われた、弾力性の少なくなった基地機能であってもなお保持できるという、軍の最終的な国務省に対する意見の表明というようなもので最終的な沖繩返還ということにこぎつけたものであろうと、そういうふうに申し上げているわけであります。
○上田哲君 アメリカ国内の政治的なかけ引きはいろいろあったと思います。沖繩の軍事的価値、あるいはアメリカにおける沖繩の軍事的認識、あるいはペンタゴンのと言ってもいいですが、そういうものからすると、私はそういうふうに思うのです。これは長官も、そうだそうだと手をたたくわけにはいかぬかもしれませんけれども、それを全面的に否定はされ得ないであろうと思いますね。その千歩でも百歩でも譲って、ぜひひとつ性格づけをはっきりさせるために石を投げてみたいのは、防衛庁としては、あるいは日本政府としては、沖繩に配備する七千人の自衛官が、あるいはその装備が、日本のナショナリズムの上に立った局地防衛のためだということを百万べん言われても、それはそれでその立場でありましょう。そのことがどのように正しかろうと、また受け取られようと、それはやっぱり結果的に、実体的に、そこにやはり中心勢力として存在をしているアメリカ軍の付属物と言ったらコンセンサスは得られないかもしれないが、連帯物であると、その連帯なしに機能をし得ない部隊であるということまでは、これはまあ事実問題として承認されなければならないと思います。
○国務大臣(山中貞則君) そこのところは、やはり日本は日本として、独立国として、安保条約の締結下にあるアメリカの軍隊との間の、本土と同じような、ある意味の連携なり相談なりはあります。かといって、沖繩においては、アメリカの極東戦略の拠点としての彼らの戦略上から見た立場においてその指揮系統の中に入ると、あるいはまた引き継いだアラートなり、スクランブルをかける際等において、アメリカ側の命令とか、あるいは依頼とか、あるいはアメリカ側の許可を得るとかというようなことは全くありませんで、これはやはり本土と同じような状態で行なっておる。そのことがアメリカ自身が彼らの考えておる重要な拠点基地というものを、局地防衛という形を全部はずしてしまって出ていっても、まあまあ何とか制約下ではあってもやっていけるだろうという判断をしたのではなかろうかと思っておりますから、現地に展開されておりまする日本の自衛隊というものが、アメリカの行動と連動してもおりませんし、また、もちろんその指揮系統下にあるわけでもない。全く独立した日本自身の判断による行動をやっておるということであります。
○上田哲君 指揮系統がどうなっているとか、連動しているとかという話になると、それはむずかしいでしょう。しかし、具体的な問題として、それまでアメリカのやっていた一つの部隊がそこに存在をするためには絶対必要な部分である防衛任務というもの、その部分だけそっくり引き継いでいるという日本自衛隊の展開というものは、その本体と自衛隊との関係において連携体制の中にないということは、これは当然ないわけですね。私はそのことをまず言っているわけです。
○国務大臣(山中貞則君) それは、引き継いだ場所については、日本の自衛隊でありますから、かつてアメリカの兵隊たちがおった場所に、核弾頭を装着できないナイキ、ホークであっても、似たような形をしたものを持っておるわけでありますから、ある意味においてはそういうふうに見られてもしかたのない面も外観的にあるかもしれませんけれども、しかし、日本の自衛隊でありますから、あくまでも日本の自衛隊としての本来の任務を越えて、本土にないようなアメリカとの何らかの関係のある行動が軍事的にとられておるということは、沖繩においてもないということを言っているわけです。
○上田哲君 言い方を変えましょう。日本の自衛隊がなかったら、アメリカは丸裸になるわけですね、沖繩で。
○国務大臣(山中貞則君) そうなってくれたかどうかは、これは返還交渉の幾多の紆余曲折を経た中の話でありますから、おそらく日本は沖繩について自衛隊を派遣することはできないという返事をした場合において、アメリカは、ナイキ、ホークの基地、あるいは航空警戒管制システム等について日本側にゆだねられないということになった場合、おそらく撤収をしていなかったであろうということは想像するにかたくないと思います。
○上田哲君 そこのところはそういう形で認められるわけで、これは物理的にそうですよ。そういう連携体制というのを、それぞれの立場で、いろんな説明のしかたは持ち合わねばならないだろう。そこで、日本側とすれば、沖繩の局地防衛の任に当たっているんだということであっても、そこのところのことばを議論はいたしますまい。いずれにせよ、しかし、そこに連携体制というものがないなんという議論にならないわけですけれども、その連携体制の実体というのは何であるのかということをさらに突っ込んでいくならば、これはやっぱりたいへん双務的であると、こういう関係はやっぱりしっかりあるだろうと。つまり私が言いたいのは、久保・カーチス協定というのは、やはりそういう意味で、日本列島の中で非常にティピカルな形で一つあらわれた、あるいは特殊な形と言ってもかまいませんけれども、日米両軍というのか、米軍と自衛隊との間で非常にひな形的な形の一つとしてあらわれた――そのことばにこだわりませんがね、非常に双務的な関係、取りきめであると、こういうふうに考えたいわけです。
○国務大臣(山中貞則君) 私は、アメリカが沖繩県を日本の一県として日本に返そうという政治的な最高首脳間の取りきめがあった際に、いろいろと軍の内部において議論があったことも知っておりますし、またその際に、しかし、それは至上命題であって、これ以上基地機能に固執をして、占領政治に準ずるような政治を、異民族支配を続けることのメリット、デメリットと、あるいは日本に返して、そして基地機能が減殺をされても、ある程度、これから基地の不必要な分は返還していくにしても、ある程度の彼らは拠点基地を持とうとするでありましょう。そこらのことから考えて、返還をして日米両国の友好というものを深めた後に、減殺されたものであっても基地をなお維持できる体制がいいのか、あるいは基地機能に固執をして、日本国民の願望であり、沖繩県民の悲願である祖国復帰というものをいつまでも妨げられるかという取捨選択の議論が行なわれたことは想像にかたくないところであります。その意味において、やはり政治的な日米友好、これ以上沖繩県民を四半世紀以上の異民族支配にゆだねることを想像すれば、おそらく、これ以上長くなれば基地機能の維持すら困難になる状態が、コザ事件に例をとるまでもなく、頻発していくであろうという想像もしたでありましょう。そういうことから、アメリカ側としては、やはり返還すべきであるということに踏み切ったのであって、その意味において、本土のいま集約化されつつある関東計画等に見られるような、基地を維持するために、日本の自衛隊が横田のためにどこが必要であるというような存在はあまり言われないわけでありますけれども、沖繩においては、まず沖繩を返還することについての軍と国防省と国務省との関係において、いま言ったように、一つの双務性と言われますか、ある意味では、本土に比べて、アメリカの上院等で言われている安保条約の片務性という意味からいえば、ある意味では、局地防衛を日本がしてくれることによって、アメリカが撤収できた上に、減退したといっても基地機能のある程度が維持ができるということにおいて、本土よりも若干の双務性に近いものが返還時の取りきめにおいては行なわれて展開をされた。しかし、だからといって、日本の自衛隊が、全くの双務的に局地防衛もすべてアメリカと相談の上でやっておるという現実にはないということを申し上げたわけです。
○上田哲君 大体いいでしょう。もう少し整理して申し上げると、私が双務性と申し上げるのは、長官が言われるように、自衛隊が沖繩の局地防衛をやるのに一々アメリカ軍の指揮を得ているということはないと、そのところを私は議論しようとは思いません。非常に押し詰めた形で整理するとして、日本の自衛隊が沖繩の局地防衛を断固として独自性を持ってやるということであるとして、しかし、先ほど言われた地理的な条件その他を考えて、沖繩の局地防衛なるものは、一方にアメリカ軍基地の存在、軍事機能の存在というものを度外視しては考えられないという立場に、シチュエーションにあるだろう。また、アメリカ軍は、それがどのような布石をするかしないかというところで――いま議論はしませんけれども、アメリカ軍の軍機能、それが目的とするところの軍機能を果たすために、日本の自衛隊の存在は不可欠なものであると、そういう双務性が存在として存在をしていると、こういうことまでは間違いないものとしての双務性ですね、そういうものだと私は思うんです。
○国務大臣(山中貞則君) これは、日本に沖繩を返還するかどうかという最終的な決断をする際において、政治的な、日米友好のために返すべきであるという、そういう最高首脳間の決定というものに従って、軍が私はある意味では不承不承だったと思いますよ、そういう意味において、やはり日本の制約された本土並みの状態の中にしか基地は保持できなくなる、そのことを最後にはがまんしたんだと思います。その意味において、やはり本土より以上の沖繩の価値というものを極東戦略においてアメリカは見ているわけでありますから、それが素っ裸な状態にならないという保証はぜひとも必要だったろう、私はそう思う。したがって、私たちが、沖繩も日本の一県だから、自衛隊を配備しなければならないんだというだけのことならば、正直に言って、いまのような規模の局地防衛の力といっても、それだけの展開は必要なかったのではないかという気がしますが、しかし、それはそれがあって返還ということが実現をしたんだということでセットされておりますので、その意味において、現時点においては、復帰後においてはそういう形ではあったけれども、アメリカとの間の現時点における軍事行動の双務性といいますか、連帯、連動性というものはないということを言っているわけです。
 どうぞ上田さん、すわったままで……。
○上田哲君 いや、まあいいです、迫力が出ませんから。どうもやっぱり相手がすわっているとタイミングがとれぬですな。どこで終わるかわからぬです、相手の発言は。どうもその歯車がぱっといきませんけれども、詰め込んでいきましょう。
 そこで、双務性ということばはいいんですが、まあそれは大体お認めいただいた力学関係というか、位置関係というのか、それはやっぱりもうこれまでの議論の中で何べんもお認めいただいているように、沖繩を除く日本本土とはレベルがやっぱり違うということにはなると思いますね。
○国務大臣(山中貞則君) これはもう基地の、アメリカの大体持っておる基地の密度、これから言っても、沖繩県全体に占めるパーセンテージ、あるいは集中している沖繩本島のパーセンテージ、二〇%をこえるわけでありますから、このような状態が本土のどこにも存在しないことは、雄弁に――これはだれも抗弁し得ないところであります。したがって、沖繩におけるいわゆる軍事的な展開という意味において、返還のために肩がわりを、進んで日本が、日本人の手で守るところはやるから帰ってくれと言った場合であっても、沖繩における、これはやはり返された、返還――共同使用に関する基地でありますから、したがって、本来、国有地でも何でもない、ほとんどが沖繩県民の私有地であるところに自衛隊がいるという姿一つをとってみても、本土とは大いに異なる点があります。したがって、今後、これらの点は長期的な展望から、沖繩の基地縮小という意味とからめながら、自衛隊の沖繩の展開の姿も今後私はやはり考えていくべきものが存在し、また残っている、そう思っておるんです。
○上田哲君 まあ、長官の御発言の中に混在するのは、沖繩返還に当たられた直接の当事者であられたと。しかも、それは軍事面のほうでないサイドでやられたわけですから、そこをどうしてもミックスされるし、まあミックスされているのはあたりまえだと思うんですよ、沖繩返還なるものの交渉は。しかし、ここで議論するのは、それとの振りかわりにおいてという部分ではなくて、純軍事的な問題としての評価なんです。そのことで言うと、やっぱり私は純軍事的な立場において、沖繩における自衛隊配備というものと、その自衛隊配備が抜きがたく、分かちがたく持っているアメリカ側とのその双務性というようなもの、これはもう明らかに日本の国土の他のいかなる部分よりも全く違うのだということを先ほど来申し上げているわけですね。そういうことからしますと、そこのところをはっきり明確化した久保・カーチス協定というものは、これはやっぱり長官が言われる、できることなら、施政権を返した、沖繩の人たちを大切にしたい、われわれの国土を全く差別なく引き揚げていきたいというような立場からの米軍基地の縮小だとか、自衛隊配備のそのためのまた違った態様の変化とかということではいかぬのではないか。ことばが悪ければお許しを願うが、やっぱりそういう展望からでは沖繩問題は軍事的には解決されないのじゃないか。そこのところを、私は、たいへんきびしいようですけれども、いま長官が言われる、沖繩を愛そうと、沖繩を大切にしようと、そういう立場からの見方ではなくて、やっぱり明らかに――連動であるか連携であるか、何であるか、そのことばのところはいいです、分かちがたく存在をしておる双務性が一段他よりも高い、あるいは抜きん出て高い沖繩の軍事基地態様あるいは軍事配備態様、そういうもののもとであるペンタゴンなりアメリカ政府の防衛政策、軍事政策、こういうものから発している沖繩の軍事条件ですね、これは私はしばらく変わりようがないのではないか、こういう立場をとることのほうが正しいと思うんですよ、見方としては。正しいということばは間違いかもしれませんが、日本の見方として正しいかどうかということじゃなくて、そう見なければならぬのではないか。長官のいまの御発言は、そうでないある種の楽観説というふうに受け取るんですが、そうなればけっこうなことですが、そこはどうなんでしょう。
○国務大臣(山中貞則君) アメリカの極東戦略としての沖繩というものは、やっぱり世界情勢、あるいはアメリカ・ソ連、アメリカ・中共、こういうものの交流あるいは話し合いの過程においてやっぱり変化していくことはやむを得ない、あるいは変化していくべきだと思うんです。武装だけは完全にしながら、そして時代は平和が来たと握手をするのもおかしな話で、かといって、また警戒心を完全に解いておるか。米ソは核不戦協定を結んだ、しかしソ中はどうだ、あるいは米中は今後どうするんだというようなこと等はまだ大きな未知数の分野として残っておるわけです。大勢は、しかし、非常に私たちの望む恒久平和の方向に進みつつあるであろう。このことは、私たちはそういうふうに見ても差しつかえないんじゃないかと思うんですが、その際において、沖繩の極東におけるアメリカから見た戦略的に占める価値というものも変化していく。テニアンの軍事基地の建設の話をちょっとさっきしましたが、詳報を得ておりませんが、沖繩の基地に代替し得るほどの機能を持つようなものでは現在のところないようである。しかし、いずれにしろ、沖繩よりか後方にアメリカが展開をしていく日が来るであろうことは、私は大体想像できると思うんです。しかし、それまでの間、アメリカはやはり現在の制約された機能を持ち続けようとする努力をするであろうし、その意味においては、しばらくは現在の状態が続くだろう。私もそう思います。
○上田哲君 そこは私はかなりきびしいと思うんですよ。そこで、そのきびしさをひとつ押えていくと、やっぱり久保・カーチス協定に戻りますけれども、久保・カーチスという名前であらわされている、呼び方にあらわされている日米協定といいますか、合意ですね、この軍事的合意の線というのはかなりきびしい今度は義務性を双方に与えていると。さっきの双務性から言いますとかなり強い義務性を与えていると私は思うんです。だから、さっきは、田中訪米に対して決定的な要素ではないと。仮定の問題だから責任は負えぬだろうけれども、たとえ、これが万が一だめになったとしても、それが大きく足をすくうことになるんではないという、まあ強気の御発言がありましたし、これが通らなかったらアメリカに行かぬということはないでしょうけれども、しかし、それにしても、これは当然に、このような路線の上に立っている田中政府が、ニクソン大統領と話をする場合には、今時点において、七月一日というタイムリミットを越えている段階において、これはどうしても沖繩配備というものが不可欠な――おみやげということばは当たらないだろうけれども、手に持っていかなきゃならないものだというふうに私は考えざるを得ないと思うんですね。長官、そこのところを、そんなことを気にしなくていいのだと。通してもらいたいという熱意は別ですよ。これはやっぱりどうしてもそういうつながりの中でなければ考えてはならぬのだということになるんじゃありませんか。
○国務大臣(山中貞則君) 先ほどちょっと私、中共ということばを使ったことを訂正します。中華人民共和国と直していただきます。
 それは、あなたの立場からは、ぜひとも田中さんのおみやげでボストンバックに詰めてあげなければならぬのだと私が答弁すると、それはたいへん快哉を叫ばれるでしょうけれども、かといって、アメリカのロジャーズ長官がいま日本に来てしますけれども、返還当時P3が那覇空港から撤去しているはずであったのが、いまだにいると。これを何とか早くしろということをいませっついておるわけですけれども、それでもって日本に来れないかといえば、やっぱりしゃあしゃあとして来ておるわけでありますから、そう田中総理も防衛二法をひっさげてアメリカにという、そういうウエートの高いものではない。ましてや、久保・カーチス協定というものが両国を完全に拘束して、それがないと、何のかんばせあってアメリカに行けるものかというようなものではない。私はこれはそう思うんであります。
○上田哲君 田中総理は、簡単に言えば、しゃあしゃあとしてアメリカへ行くだろうと、こういうような話。まあ気を軽くして、ひとつ本法案は廃案にさしていただいて、田中さんがどうしゃあしゃあとして行くかというのを見たいものだという気持ちを表明したいんですが……。
 冗談を別にしても、長官、それほど問題ないと言うなら、ロジャーズが日本についてあまり気にしないというのは、これは違いますよ。ワシントンで私も調査したことがありますけれども、沖繩ということばを知っているのが、あのワシントンDC地区の中の――どこの国でも一番もの知りだといわれるタクシーの運転手さん、アメリカじゃタクシーの運転手というのは学生のアルバイトが多いんですから、知識階級です。十人に一人、沖繩ということばも知らない、沖繩返還協定が議論されているときに。その国の国務長官がP3ぐらい気にしないで来たって、別にしゃあしゃあということはないんですけれども、水の流れをさかのぼって向こうへ出かける田中総理がしゃあしゃあと行けるものかどうかと私はやっぱり思いますね。これは同一の断ではないと思います。しかし、それほどであるなら、これは長官、何で臨時という名前をあんなにつけながら、まだこの国会で、会期はどんなに詰まっているか、日にちが足りないか、見通しはどうかは別にして、今日ただいま、野党質問がきょう始まったばかり、最後の政府のエースの長官と私もいま大いにほこを交えてひとつやろうじゃないかと思っている一番目が始まったばかりのときに、すでに本委員会なり、衆議院の内閣委員会なりが行ってみたら、全部事実上の配備が終わっている。なぜそういうことをなさるのか。私は、やっぱりこれは裏返して、どうしたって、まあ国会は通っていないけれども、事実上はちゃんとアメリカさんのおっしゃるとおり、ペンタゴンの御意向に沿わないことがないようにしてまいりましたということを見せなければならぬということがあるだろうと思うのです、これは御答弁がしにくいかもしれませんけれども。私はやっぱりこの形はまずかろうと思うんですよ。
○国務大臣(山中貞則君) アメリカにそういうふうに城下の誓いを結んでやっているわけではないのであって、沖繩を返還しましょう、それについては局地防衛について日本側がどのような時期に、どのような展開が可能ですかというような実務者同士の話し合いがあって、それがまとまって久保・カーチス取りきめになった。したがって、それがやっぱりまとまった以上は、日本側もそれを最大限に尊重しなければならない道徳的な問題として、条約上の拘束はないにしても、やはり日本側としてはやらなければならない。返還はさしてしまった、そしてあとは約束は弊履のごとく破るということは、やはりこれは実務者同士の協定であっても、取りきめであっても、これは国を代表してやはり専門家としてやったわけでありますから、それは否定し得ないところでありましょうから、したがって、国会のお許しを得なければ名のれないような編成なり指揮系統なりというようなものは、国会の御審議を仰ぐために、防衛二法の中におととしからお願いをしてやっておるということが何よりの証明でありまして、それがお許しを得られなければ、やはり現在の状態で臨時という名前をつけたりなどして、指揮系統もやや不便でありますけれども、そのままでいかざるを得ないということになるわけであります。
○上田哲君 それはやっぱり山中長官としては苦しい答弁だと思うんです。長官は、おれがなったときにはそうなっていたのだということを言ったほうがもっとすなおだと思うんですよ。これはやっぱり、いま国際法上の義務はなくても、道義的にとおっしゃったけれども、国際法上であるかどうかわからぬけれども、日米関係上の大きな私はおもしはあったと思うのですが、それではなくても、道義的にとおっしゃるなら、道義のレベルをはるかに越えた国会に対する立場というものは、一体どうなるのかということがあります。
 あえて法的に言うなら、これは事務当局に伺いたいのだけれども、一体部隊の配備というものは、自衛隊法に基づいて付表の中でどこから先は国会を通さなければならぬ、どこから下ならばいいかという基準はしっかりしていると思うんです。その解釈を事務当局から聞かしてください。
○政府委員(久保卓也君) 現在の隊法の中では、師団あるいは航空団、方面隊その他法律事項というものが列記されております。そこで、自衛隊法の中に書いてないものについては、隊法の二十三条で政令にゆだねられております。そしてまた政令の中で団その他の部隊について特別に名前をあげているものもありまするし、単純に部隊の単位、たとえば団でありますとか、群でありますとか、そういったものをあげておるにすぎないものもあります。そこで、政令の中で三十二条が、さらに政令で書かれてないものについては防衛庁長官に委任をするという規定になっております。そこで、法律及び政令に書かれてない部隊につきましては、これは長官の権限として編成をすることができる、こういう基準になっております。
○上田哲君 そういう基準からすると、南西航空混成団はこれは明らかに法律違反じゃないですか。こんな大きなずうたいは、この法律の穴を通れないから、四つか五つに区分して、小さく分けて、臨時という名前をつけて向こうへ送り込んだ。穴を抜けた向こうじゃまた大きなからだになる。これは漫画の世界にはあるかもしれないけれども、国会を目の前にして、長官のおことばによれば、三年にわたってそのことを国会にお願いしているのだとおっしゃるが、国会でお願いするのは何べんお願いされてもけっこうだけれども、国会はこれを許諾するかどうかというところに国会の機能がある。とすれば、これはばらばら事件ですよ。明らかに法律違反ではありませんか、こんなものは。これを、法律を何とかして、歪曲して、ばらばら事件にして、頭と胴体を別にして、臨時という名前をくっつけて向こうへ送って、また向こうで組み立てるノックダウン方式というものは、これはやっぱり国会を軽視することはなはだしい。道義的と言うなら、こんな反道義的なやっぱり態度というものでは、まあやっぱりこれは多数党の横暴だということになりましょうし、シビリアンコントロールはどこへいくのだということになりましょうし、自衛隊が信頼を得ることになりませんよ。私は、そこのところは、長官、あなたに出発点の責任はなかったんだから、これはやっぱりぐあいが悪いということをおっしゃらないと、議論は筋が通らぬと私は思うんですよ。ここのところは法律違反であることは明白ですよ。
○国務大臣(山中貞則君) 実は衆議院で冒頭に、私はそのとき長官でなかったと言ったら、そんなことで責任を逃げてはだめだと言われて、それから責任は一切過去のものも私が負うということで答弁しておりますから、お気に沿わない答弁をしているわけでありますが、私自身の当時の立場からタッチした考え方は全く捨てて、いま答弁をいたしております。したがって、法律違反がどこまでであるかという問題は、長官権限にまかされた範囲において許される隊の編成、配置が行なわれておって、それは国会において定員の増なり、あるいは航空混成団等の編成、名称を認めてもらうなりという問題は、あくまでも文民統制の最終の場としての国会の御承認を得なければ名のれないということでありますから、過去二年、ことしで三年目になるわけでありますけれども、お許しを得られないので臨時という名前をつけておる。これは決してばらばら事件で、向こうでノックダウンしたというつもりではありませんで、私たちとしては、お許しを得て正規の姿にすっきりさせてもらいたいものであるという願望を込めて防衛二法をお願いしているということです。
○上田哲君 長官こだわるから、もっと私もこだわりますよ。じゃお許しを得る前と得ない前と、部隊の内容は変わりますか。
○国務大臣(山中貞則君) 部隊の内容は、定員の問題なり、あるいはまた編成の問題なり、名称使用の問題なり等において、現時点における名称の使用、編成、運用にとどまるのであって、私たちがお願いをしておる南西航空混成団等の指揮系統の新しい編成等を行なうことはできない、国会のお許しが得られなかったということで、それはできない範囲に入ると思います。
○上田哲君 よくわかりませんがね。インチキですよ、それは。同じものでしょう。同じものを、頭のところだけ八岐大蛇にして、ばらばらにして、看板をつけ直して言っているだけの話であって、事は同じではないか。つまり、この同じものが国会を通らなければならないはずのものであると、これはインチキじゃないですか。私はやっぱりそれはこじつけに過ぎると思うのです。明らかに自衛隊法の付表に出ているんですからね。そこをかいくぐってやるという姿勢が、自衛隊法を成立せしめる根本の政府の筋道であるということでは私はいかぬと思うのですよ。そこはやっぱり私は筋を通すべきだと思う。極端に言うなら、これが通らなかったら、その臨時部隊は全部解散しますか。ずっとやみでいるわけじゃないですか。やみであり、インチキであり、ばらばら事件であり、ノックダウンである。これはエースのやることじゃありませんよ。
○国務大臣(山中貞則君) これは、かりに法律を全く提案をしなくても、沖繩について自衛隊のある程度の展開は不可能かと言えば可能だと思うのです、日本国土の一部でありますから。しかしながら、現在のような編成と規模、そういうものでもっていかざるを得ない形において沖繩復帰が行なわれたということにおいて、これはどうしても国会の御決定を経なければならぬ。また、その国会の御決定を経ない前の長官権限の配備であっても、これは慎重を期すべきであるということで、国防会議の議と議員懇談会の決定を経て、そしてこれを実行したということでありますから、ある意味において、政府の中におけるシビリアンコントロールというものは完全に踏んでいるわけでありまして、最終的に国会で残った点をお許しを願い、お認めを願いたいということでお願いをしておるわけでありますので、臨時という名前が適当でないことはだれだってわかりますけれども、お許しを得られなければ臨時という名前を使う以外にはないということであります。
○上田哲君 これは最後に残った手続の国会だけだと言うんでは、これは困りますよ。シビリアンコントロールは政府部内の手続を踏めばいいということでは困るんです。これは長官、やはりお互いにシビリアンコントロールを守っていかなければならないという立場の分担任務者として、シビリアンコントロールの語彙の定義についてはもう少し御慎重にお願いをしたい。ハウスですよ、これは。国会ですよ。政府部内の手続を完了しておればそれでいいのだと、あとは国会だけが残っているということでは、これは全くさかさまであって、国会の了解が得られなければやっぱりシビリアンコントロールは成り立たない。そうでなければ、防衛出動だって、治安出動だって、みんなできるじゃないですか。もしそういう解釈をおとりになるんだったら、私はその議論に発展をしなきゃならぬと思います。あらゆる出動が可能です。あらゆる行動が可能です。私はやっぱり長官が、ここはやはり新長官就任というけじめが一つついたときでありますからね。やっぱり通るか通らないかは、あと旬日の間にきまることでありましょうけれども、その前にこのことはすっきりしていただがないと、今後の士気の問題と言われるなら、最も一番深いところにおける士気の問題として、こういうやみ行為はいかぬと思います。明らかに法律違反ですし、シビリアンコントロールの精神に反しますし、このような形でいくのだったら、私は国会なきにひとしいと思います。そこはやっぱり持って回ったお話じゃなくて、くどいようですけれども、何らかの善処をお願いをしたいと思います。
○国務大臣(山中貞則君) シビリアンコントロールの最終の場は国会であることは、これは論をまちません。したがって、国会で逆に法律も否決をし、そして現在沖繩に法律でゆだねられた範囲において展開されておる自衛隊も撤収すべしという御決議がかりにあったとしますですね、そしたら私たちはそれに従わざるを得ない。これははっきり国会が最終的な、しかも最後の、最高のシビリアンコントロールの場である、このことが雄弁にそれは物語っておると思います。したがって、いま展開しておるのは、自衛隊法あるいは防衛庁設置法なり等においてゆだねられた権限の範囲内において許される範囲のものが置いてある。しかし、それは正式の名称として名のるには国会の最終的な御判断が要るということで、ここ二、三年お願いを申し上げておるということで、決して国会をシビリアンコントロールという重大な立場から軽視しておるというものではありません。
○上田哲君 それは違います。ぼくはここんところをあんまりいつまでもやりたくはないのですけれども、長官の御答弁がそういう御答弁に低迷をされるのなら、やっぱりもう少し一言だけ申し上げなきゃならぬのです。
 法律だけは基準とされますね。法律違反ではいけないのだということをおっしゃっている。政府部内のそれがシビリアンコントロールの限度であっても、そういうことを言われるのであれば、長官が言われる意見は半分だけ筋が通り得るのです。日本国土のことであります、だから、長官に許容されている権限内での配備をしておりますというのは、あそこに臨時という名前をつけている、臨時第八十三航空隊、臨時沖繩警戒管制隊、臨時那覇基地隊、臨時那覇救難隊など、そういうのは長官の法律のもとにゆだねられている権限下ですよ。しかし、この臨時を取るか取らぬかということが――いま隣からサル知恵がついたけれども、そんなことではごまかしにならない。臨時をお取りになったって同じじゃありませんか。問題はそんなことじゃないんです、隣のサル知恵さん。問題にすることは、その小さな、そのいま臨時という名前を取ったような部隊を全部並べるという配備では済まないのですよ、沖繩は。臨時が取れたら、それを全部まとめて混成団にしなきゃならない単位のものがそこにあるということに問題がある。そうでしょう。そういう単位のものをそこに配置しなきゃならないということは法律的にはゆだねられていない権限なんですよ。それをわざわざこまかく切っちゃっているから、ばらばら事件なんだよ。目下はそういう臨時という名前を便宜的にもつけながら細分化した配置をやっているのは、法律権限下のことであるというおっしゃり方は、私はやっぱり不愉快ですな、これは。それは国民が法のもとに平等であるとか、法に対して発言をひとしくするというようなことでは、違いますよ、これは。確かに今日、こういうような形で配備することはできるでしょう。しかし、これが臨時という看板が取れたときに、混成団とならなきゃならないという内容と大きさを持っているものだということは否定されないでしょう。そこを否定されるか、されないかということでぴちっと答えてください。
 それだったらそれを、それと同じものを、寸分たがわないものを――寸分たがわないかどうか知らないけれども、間違いなく実体的に同じものを、あらかじめそうした法的な便法を通じて出しておくということは、私は間違いだと思うんです。
 そうなれば、もう一つかぶせてお伺いするけれども、かりにこれが、この防衛二法が今回通らなければ、あるいは未来通らなければ、この部隊は撤退するかどうか、そのこともあわせて三点ひとつお答えください。
○国務大臣(山中貞則君) これはまあ三点でありますけれども、関連した問題でありますが、要するに結論として、通らなければ撤退するかということは、通らないということはいろいろ理由があると思います。それは反対が多数であったから通らなかったのか、あるいは実際上審議が時間が尽くせないで法律として有効な成立が認められなかったのか、いろいろ理由はあると思うのです。私たちは、それを国会の御意思で十分に議論をしてもらって、そして防衛論争というものでこれを国民の前で議論した後に、これをおきめいただくならば、これを認めてくださるであろうという前提でお願いをしておるわけでありまして、したがってその前の二点は、すなわち、それならばなぜ事前にそういうことをやっておいたのかということは、これはやはりもとの議論に戻りますが、復帰の際において、沖繩をアメリカが返すにあたっての軍事的な観点なり、いろいろな観点から、両者の実務当局においてある種の合意がなければ、アメリカは返すことについても問題があった、あるいは軍事的についてもいろいろと議論があった、しかし、それが結果的においてはアメリカの沖繩返還というのは現実になっておるわけでありますから、私たちとして、久保・カーチス取りきめというものの内容について、隊の編成その他については国会の御意思が最終的にきまるまでできませんけれども、しかし、取りきめた内容にほぼ近いものについては、現状で配備しておることを、これが国会軽視だ、あるいは法律違反であるということばでありますが、法律は、これは解釈のしようであると言えばそうでありますけれども、の委任された内容の範囲であることは間違いないと思いますけれども、その姿勢はどうだということを言われれば、やはり初めから国会がこれに対して御賛同願っておるということが一番の理想的な姿勢であったろうということだけは私も承認せざるを得ません。
○上田哲君 まあ、このことをやってもおそらく平行線でしょう。やっぱりこういう姿は好ましくないということはありますね。
○国務大臣(山中貞則君) 好ましい、好ましくないという見方はいろいろあると思います。したがって、これは与党、野党の違いもありましょうし、各党においてもそれぞれ違いがありましょう。ましてや、沖繩県民の立場から見ても言い分が、ほかの地区と違って、あると思います。その意味において、私たちとしては、好ましかった、好ましくなかったは別にして、できれば私たちとしてお願いをしておる法律を今回はぜひ通してもらいたい、こういうことに結論はなるわけであります。
○上田哲君 そこへ持っていかれちゃ、やっぱりそれはことばとしては、誠意が足りないですよ。やっぱりそこは政府の姿勢としても、あまりすなおな、きれいな姿勢ではないということをひとつはっきり申し上げておきましょう。
 きょう、私は、中心的に議論をしたいのは、必要最小限ということです。政府は、いままで自衛隊のあり方、あるいは専守防衛という概念の御説明に対しても必要最小限ということばを使っておられた。私は、前国会でも、今国会の冒頭でも、防衛力の限界論争というのはかなりにぎやかでありましたけれども、防衛力の限界論争ということにあんまり興味を持ちません。防衛力の限界というような提起をわれわれがしたことは一ぺんもないわけでありまして、田中総理が就任早々に、防衛力の平和時における限界を設定したらどうかという発言があったようで、そのことをとらえて、そういうものができるのかどうか、私は、当時の議事録でも明らかですが、そういうものはできないだろう、防衛力というものは元来歯どめのできない、つまり軍事力というものは歯どめができないところに危険な実質があるのであって、そういうことができるんならおもしろいけれども、できると思うかという逆提案に対して、ひとつやってみなければなるまいというような御答弁があり、議論がありました。もとより、これについては中曾根元防衛庁長官時代にもかなり議論があったところですけれども、いずれにしても、私は、防衛力の限界設定論争というのはたいへんそもそも限界論争でありまして、まあ必要悪論争といいますか、そういう意味ではあまり意味を持たないと思います。で、私は、われわれのよって立つ原則を踏まえながら、その意味では、政府が使っておられる必要最小限ということについて、いろんな側面から議論をしてみたいと思います。
 もちろん、結論を先に申し上げれば、私は必要最小限という――四次防は、あるいはそれから先を望まれる姿というのは必要最小限というようなものではないという立場に立っていますし、そして必要最小限という概念規定のあり方というのも間違いだというふうに思っています。思っていますが、政府が有権解釈として使われるこの必要最小限という概念を、ことばだけの問題じゃなくて、できるならひとつ実体論議としてぜひ深めていく、あるいはそれを国会の場で明らかにできるなら、してみたい。どこまでできるか、ほとんど自信はありませんけれども、ぜひひとつ、いどんでみたいと思うんです。
 そこで、まあいまは特別国会ですから、去年の十一月十三日の――解散された、あのときの国会で、解散当日、いわゆる戦力とは何かという戦力論争を行ないまして、政府見解が明らかにされたところで紫のふくさということになっておりまして、それ以後防衛庁長官とこういう議論をすることがない。ぜひそうした議論をしましょうという締めくくりになっておりますから、そこのところに一ぺんひとつ戻してみたいと私は思う。
 で、昨年の十一月十三日に政府から示された戦力についての見解というものは、実は従来の政府見解を踏襲してるんだという説明に大まかになってしまっておりますけれども、そうではないと私は思います。で、元来、この設問は、五二年当時政府が持っていた、戦力とは近代戦遂行能力という定義のしかた、これを変えて必要最小限論になった。しかし、そうなった経緯というのは、当時未熟な一次防、二次防段階では説明できたグレードが、三次防から四次防に至って明らかに説明のつかない状態まで高まってきたので、そのために近代戦遂行能力論を突破してしまったというところから、必要最小限論という違った次元の論理設定になったと。こういう立場から、明らかに、五二年段階の政府定義に戻るならば、現在の四次防というものは、近代戦遂行能力すなわち戦力に、憲法九条に規定する戦力に入ってしまっているではないか、というものでありました。で、そういう設問に対して、そういう討議に対して、政府側がこれを、原則的には必要最小限論をとり、そして近代戦遂行能力論というものをはずして進んだというふうになっておるんですが、当日政府側が文章を読み上げる形で表明をした統一見解をきちんと取り上げてみますと、非常に重要な違いがはっきりいたします。お持ちであるかどうか、読みましょうか。
 戦力とは近代戦遂行に役立つ程度の装備編制を備えるものという定義は吉田内閣当時の説明だが、近代戦争は現代、攻守両面にわたって最新の兵器及びあらゆる手段方法を用いて遂行されるものをさすと解した上で、そのような戦争を独自で遂行できる総体としての実力をいうと解したものと考えられる。政府は、二十九年十二月以来、憲法九条二項の戦力を定義して、自衛の必要最小限度を越えるものと答弁し、近代戦遂行能力という言い方をやめたのは、次の理由による。
 第一は、憲法解釈の方法として、戦力についても、わが国が保持を禁じられている実力をさすという意味合いを踏まえて定義するほうがよりよい。近代戦遂行能力という定義は、戦力ということばを単に言いかえたにすぎない面もあり、必ずしも妥当とは言えない。――これは政府の言ってることです。
 第二に、近代戦遂行能力という表現が具体的に実力の程度をあらわすもので、結局は抽象的表現にとどまっている。
 第三に、憲法九条一項で自衛権は否定されていない。その自衛権行使の裏づけとして、自衛のため必要最小限度の実力を備えることは許されると解されるので、その最小限度を越えるものが憲法九条二項の戦力と解することが論理的ではないかと、うこと
 そこでです。これから矛盾点が出てくるわけですが、では、現時点で戦力を近代戦遂行能力と定義することが間違いかとなると、今日どういう意味で用いられるか、まず定めなければ、是非を判定する立場にはない。しかし、戦力の字義から言えば、近代戦を遂行する能力というのも戦力の一つの定義とは思う。結局、政府は二十九年十二月以前近代戦遂行能力ということばを用いた意味を述べたが、その意味であれば言い回し方は違うとしても、一がいに間違いではないと思う。
 これがこの臨時国会の解散当日の冒頭、政府が発表した統一見解でありまして、これは必要最小限論というタイトルにはなっておりますけれども、これまでの必要最小限論とは全く違うものであります。大きくこれは政府の戦力見解というものを変えたものだということを私はしっかりしておかなければならぬと思います。これは当日の朝の閣議の中でもかなり議論があって、たとえば、戦力とは素朴に言って戦う力という、素朴をとるとか、いろいろなことがあったということが後に聞かれております。こういう点からひとつ議論をしていきたいのですが、さっき申し上げたように、私はきょうはできるだけ法律解釈とか条文解釈というところに問題を持っていきたいというのではないのです。実体的にこれを掘り下げる時期に来ていると思いますから、できればひとつ実体的な議論に入りたいと思うのだが、その前提として、さしかけになっているこの問題をそのままにしておくことはできません。
 そこで、なるべく簡単にひとつお伺いをしたいのは、政府見解としては必要最小限論をおとりになっておられます。しかし、これまで全くなかった説明がここに出ているのは、五四年当時の――ここにもちゃんと出ておりますように、近代戦遂行能力と認めていたときの政府見解に戻っている、一がいには間違いとは言えないという表現でありますけれども。やっぱり自衛隊の四次防をもって達成されている現時点の実力ですね、実力というのは、言うところの近代戦遂行能力という客観的なレベルには達しているのだ。しかし、それはあくまでも日本国防衛論という立場からするならば、必要最小限のものであるから、われわれはそれを日本の防衛構想からする戦力とは考えない、こういう意味合いだというふうに理解をすればいいのかどうか。そこのところだけはしっかりしておきたいと思うんです。
○国務大臣(山中貞則君) これは吉國法制局長官が答弁した政府見解だと思いますが、本人がただいまそばにおりませんが、したがって、この文章についての議論については別途吉國君を呼んで一緒にお願いしたいと思うのですが、私はいかにも法制局らしい言い回しの文章だなあと思って、あまりよくわからないですね、これ。(笑声)要するに、近代戦遂行能力というのは、核兵器というものが近代戦の最高の最終のきめ手であるならば、それを保持しないので、保持しないことがわかっていて近代戦遂行能力と言っても間違いではないという言い方がはたしていいのかどうか。近代戦でもしかし事実核を持っている国と持っていない国とが戦いをやっても、あるいはまた中ソ国境紛争があっても核は使われていない。しかし、それは近代戦の局地紛争の最高の能力を発揮したものと言えば、言えないかもしれません――言えるかもしれませんが、日本の場合はもう少し違った見解で見るべきじゃないだろうか。これは法制局の見解ですから、これはこのまま私も政府見解として承認した上のことですが、そういうようなことばをもてあそぶと言っちゃ悪いですが、そういう近代戦遂行能力とかなんとかいうことじゃなくて、日本の場合は憲法九条の中の許容された範囲の軍隊であって、そして近代戦の最もきめ手である核を持ち得ない力であって、そしてもっぱら日本のほうから相手に対して攻撃ないし脅威を与えるようなものではなくて、そして日本自身の国土あるいは国家の安全あるいは民族の生命、財産というのを守るためだけの戦力、力、戦う力と申しますか、したがって、こちらからしかけて、近代戦を遂行する能力があるかと言えば、それはないんだ、しかも独自で、かりに日本の領土というものを進攻された場合に、はたしてどこまで独自で持ちこたえられるかという問題については、やはりある意味では、かさに象徴されるアメリカの強大な、安保条約のうしろに壁がある、庇護というものがあるということにおいてのみ成り立ち得る近代戦しかないだろう、そういうふうに私は見ておるわけです。
○上田哲君 核が行使される、あるいは核を保持してないところで起きる紛争、あるいはそこに使用される武力は全く戦力でないというようなずいぶん乱暴な議論になりましてね、それではまあ別問題ですけれども、私がここでしっかりしておきたい一つは、必要最小限という基準は、日本の自衛隊が戦力であるのか、ないかというときの基準としては違う次元だと思うんですよ。つまり、戦力とは何だと言ったら、自衛のための必要最小限の実力だと言う。もっと意地悪く言えば、戦力とは何だと言ったら、自衛のための必要最小限の戦力だと言う、まさに同義反復なんです。自衛とは何だと言ったら、必要最小限の戦力だと、自衛力とは何だと言えばそういうことになる。ことばがぐるぐる回るしりとり合戦になる。で、必要最小限というのは、一定の物理的な力、破壊力にしても何にしても、そういう武力のグレードをきめるものではなくて、あえて言えば相対的な基準としての目的論、方法論というふうなものになっていくだろうと思うんですよ。実体論とは違うと思うんですよ。だから、それをその必要最小限という概念で説明するというのは、私は法律論としてもたいへん賢くないことばづかいだと思うんです。それでは無理がくるんじゃないか。必要最小限以下ならばいいんだ、上がったものは戦力だ、それ以下ならば戦力でないという、こういう、形が違うと思うのです。だから、いまここで防衛庁長官に全部そういうものを変更してしまえということを言ったって議論にはならぬでしょうから、それはそれでいいですよ。一つの議論の出発点にしてもらえばけっこうですけれども、必要最小限という概念をもって戦力の区分とする基準論は、私は間違いだと思う。戦力論というのはもっと客観的な基準があるだろう。おっしゃるように核――核は、これはとういう用途に使おうと使うまいと戦力たり得る実質を持っているでしょう。それほどティピカルなものじゃなくたって、あらゆるものを、竹やりが一体客観的にいって今時点において、この現代において戦力であるのかないのかというあたりから全部積み上げていけば、それを束にした形が、どこまでが戦力でありというような幾つかの分類からいって、実体論的に戦力論というのは区分されなければならない尺度が別にあると思うんですよ。あるいは国土の大きさ、あるいは人口の大きさ、あるいはGNPや予算というようなことの中で、また割り算をされるところもあると思いますよ。だから、A国にとって戦力であるのが、B国にとって戦力でないというようなこともあると思います。しかし、それはあると思いますけれども、もう少しおしなべた実体論的な基準というのが戦力論にはなければならない。その一番典型的な形が、おっしゃるように核ですよ。それならわかるんです。どう言ったって核を持ったものが戦力でないということは、それは小さな核が大きな核に吸収されるという論はあったって、それはやっぱり否定できないということになれば、核を持たないわが国が、一体どこまでならば戦力であるのかないのかということは、その戦力というものをどういうふうに使おうとするのか、使うまいとするのかというところでは必要最小限論が出てきてもいい。しかし、それとは別に基準が一つなければ、戦力論というのは、私は非常に不毛な議論へいざなおうとする作為になってしまうと思うんですよ。
○国務大臣(山中貞則君) 私はあなたのおっしゃることがよくわかります。ただ、ここに政府見解として法制局長官が述べておるこのことが、やはり推敲された文章として出てきているんでありましょう。私は少しどうもすっきりわかりにくい文章のようにも思いますが、しかし、確かにある毎度から見た場合に、このような表現だけで、それが客観的に見て納得され得る範囲のものであるかどうかについてのものさしであるかは少し問題点がまだ残っているかもしれないと思います。それはやはりいまおっしゃったように、運用のしかた、使い方、目的、こういうものが入ってこなければならぬと思いますし、その国の置かれた戦略上の立地条件、あるいはまた陸続きか島国か、あるいは一つまとまった島なのか、あるいは点在する島なのか、いろいろな意味において、そういう問題が提起されてくるそれぞれの国によって違う問題であろうと思いますが、しかし、あくまでも日本の場合においては国際紛争を解決するための手段としての戦力は持たないのだ、あるいは相手に脅威を与えない、そうして日本がまた相手から不当に国土を侵略されない範囲において持つのだということでありますから、そうして核の三原則のもとに持ち込みも許さない、能力はあってもつくらないということでありますから、その範囲内においては、確かに先ほど害われましたこれは対応性というものがあって、相手方の、あるいは周辺の戦力というものが変わってくる。これは局地戦であっても、日本で言う専守防衛の範囲であっても、違ってきた戦術兵器、戦略兵器――まあ戦略は日本の場合ないわけですが、そういうようなもの等が変わってくれば、それに対応して装備の近代化、更新等が行なわれていくのは当然でありましょうし、そういう意味においては、内容は変化をしていく可能性のあるものでありますけれども、しかし、入れものの外ワクは厳然としたものが日本の場合においてはきちんとできておる、これはやっぱり日本の専守防衛と俗に言う範囲の中においてのみ許される力の保持である、そういうふうに思わざるを得ないと思います。
○上田哲君 従来とってきた政府の見解は、どんなに力が大きくなっても、専守防衛であるから戦力でないんだ、こういうことなんですね、簡単に言えば。私はそこのところがどうもたいへん論理性がないと思うんで、これを実体的にもっと議論しなければいかぬと思うんです。ただ、ことばとして言えば、戦力というのは、主権にかかわる領土、権利など、一定の状況を変更または維持し得る武力と、こういう定義はどうですか。
○国務大臣(山中貞則君) それも一つのある意味における定義だと思いますよ。ただ、これは私は防衛庁長官のときじゃなかったというのは、逃げる意味じゃなくて、問題点を提起されたのがたまたま上田さんですが、空中給油という問題が、いわゆる日本列島の縦の長さの問題じゃなくて、横への長さの距離の問題と、議論がそこに集中されて、やはり空中給油というのを日本の場合には行ない得る受けざらをも持つことがやっぱり誤解を招くと、専守防衛の範囲を逸脱し得る足を持つことになる、こういうことで政府側のほうも御指摘を反省をして、それを全部空中給油が不可能にする改造をしたことは御承知のとおりであります。そういうことから考えましても、日本の場合において、そのような誤解がときに生ずるようなことがあったら、直ちにこれは国会でチェックされたわけですけれども、そういうことはないという前提であっても、疑問が起こるようなことはやっぱり引っ込めていくという手段を今後ずっと行使していくべき至上命題があると思いますから、いまおっしゃったような見解も私はある意味のものさしの一つだと思いますし、否定はできません。しかし、そればかりで全部を律するというのにはいろいろなまだ定義があると思います。
○上田哲君 これは底意はありませんからね。これをオーケーと言ったら、すぐまた何かかぶせようと思っていませんから。私はことばのやりとりなんかあんまり意味がないと思うんです。しかし、ことばから始まりますし、そこは大事にしておかないと、憲法というのは意味がなくなるわけですから、一つの見解でけっこうなんですが、もう一ぺん申し上げるが、戦力とは、主権にかかわる領土、権利など、一定の状況を変更または維持し得る武力というような――これが全部私は正しいと思わないけれども、こういうような定義、基準というもので戦力というものを見ておく、この独自の尺度の中で、あとは目的論とか、方法論とかいうことで相対的に考えていくというところが出てくるんじゃないかというような試論、試みですね、試みというのを、われわれの憲法を正確に理解し合っていくためにひとつ努力をしてみたらいいと、こう考えているわけですよ、くどいようですけれども。そのような考えとしてですね。
○国務大臣(山中貞則君) いまのは学説としてあるのかどうかわかりませんが、かりに上田学説であるとしても、その変更ということばは、それはやはり重大な意味があると思うんですね。
○上田哲君 状況の変更もしくは維持。
○国務大囲(山中貞則君) えっ。
○上田哲君 状況の変更もしくは維持です。状況――領土の変更、かかるかな。
○国務大臣(山中貞則君) ちょっとそれは……。
○上田哲君 じゃ、その領土と権利などを取りゃいいんですな。
○国務大臣(山中貞則君) 領土、権利というものの変更ということが入りますと……。
○上田哲君 主権にかかわる一定の状況の変更または維持――いや、だれかがやろうということじゃないんですから。
○国務大臣(山中貞則君) 要するに、変更ということは、これは自分の領土、主権ばかりではなくて、相手の国にも関係を持っての相対的な、あるいは変更をせしめるということにとれると思うんですよ。
○上田哲君 いや、日本のことを言っているんじゃないですよ。日本のことを言っているんじゃなくて、一般に、アレキサンダー大王が行使した、シーザーが行使した、ヒットラーが行使した、そういうものを全部含めて、客観的な基準として戦力というものはあっていいんじゃないか、その戦力を人類の英知でいろいろ考えていくわけですね、方法論的に、目的論的に。だから、変更しようとした戦力があるでしょう。だから、それがなければ専守防衛と言って真剣にがんばる理由もないわけで、使い道を間違いないようにするんだと言っているわけですね、専守防衛という意味は。ですから、そういう意味で、一般論ですよ、日本の場合どうだということを私はここへくっつけようと思っていない。
○国務大臣(山中貞則君) 一般論としては、そういうことが言えるんでしょう。ということは、戦争の結果は、必ず領土その他の変更といいますか、そこに地図の塗りかえが大体伴ってきております。第二次大戦で、あれだけわれわれはいかなる領土的野心も持っていないという、結果的な戦勝国側の申し合わせでありますけれども、日本とソ連の間は北方領土が残っておる。あるいはまた、逆な意味ではブラント首相は、国民の世論が圧倒的に支持していると思われがたい東方条約も結んでおる。あとオーデル・ナイセをどうするかの問題が残っておるとしても、やはりどうしてもそこらに残っておるものがあります。そうすると、ある意味では、そういうような変更する力というものは戦力であるかもしれません。日本側からの話ではないと言われますが、たとえば竹島に一個小隊いる、したがって、日本がこれを一個大隊持っていけば取れるわけですけれども、しかし、そういうことは日本はしないということで、竹島というものは、われわれは日本の領土だと思っておりますが、現実には大韓民国の支配する地域に入ってしまっている、国際司法裁への提訴にも応じてもらえない。こういう状態が、いわば日本の立場から見た戦力の限界ということになるんじゃないでしょうか。一般論としては私もおっしゃるとおりじゃないかと思います。
○上田哲君 これは一般論ですからね。一般論として、こういうものを、私は必要最小限論だけじゃ足りないと思いますから、そういう見解を幾つか立ててみながら、その中で論議を深めたいということです。つまり、こういう戦力であってはならぬということを言いたいわけですからね。そこで、そういうことからしますと、戦力一般論ということを踏まえながらも、今回の十一月十三日の政府見解の中にある近代戦遂行能力という見解も、戦力の定義としては、あながち間違いではないということは、長官からお答えが得られなければ後の機会でもいいんですけれども、私は非常に重要な、これまでにない見解表明だと思うんです。これは私の立場からすると、これまで浮き沈みをしてきた政府見解の中で、やっぱり実態の突き上げの中で、こういう表現も認めなければならないということになったというふうに受け取りたいんですけれども、そこをどう思考されるかは別として、少なくともこれまでの必要最小限論とは非常に違った、踏み出した見解を表明されたというところの意味合いをひとつまとめていただけますか、後にでも。
○国務大臣(山中貞則君) いま急遽法制局長官にこちらに来てもらうように頼んでおりますが、私は当時閣僚の一員でもありませんし、したがって、この統一見解に関係をいたしておりません。したがって、法制局長官と一緒に答弁をさせていただきたいと思います。
○上田哲君 じゃ、一つだけ伺っておきます。この必要最小限ということばを使う場合にも、一体だれが、そうしてどういう基準で必要最小限というものを測定するのか。
○国務大臣(山中貞則君) それはだれが主管者になるかという問題だと思いますが、しかし、その前に客観的に日本が持ち得る防衛力あるいは専守防衛の限界というものは、憲法なり、あるいは国会の決議までなりました非核三原則なり、あるいは他国に脅威を与えないという、もっぱら専守防衛という通俗なことばで言っております範囲である、これは客観的なものでなければならぬと思うのです。ただ、その中で、近代戦の装備がだんだん違ってくるでありましょうし、その場合において、その客観的にきちんと示された範囲の中において、時のやはり政府というものが一応原案らしきものはつくらなければならぬと思うのです。しかし、それに対して、先ほど来議論にもなりました、国会がそれをどう見られるかという限界のものは、国会のほうにおいて、当然それは日本の本来の憲法下の、あるいは諸制約下の持つべき戦力としては過ぎたるものであるという見解が示されれば、それに対して質疑、議論をして、そうして正しい見解のほうに従っていくという作用を繰り返していかなければならぬものだろうと思います。
○上田哲君 法制局長官が見えたら、ひとつ、もう少しその辺を検討することにして、あとに譲ります。
 外務省の水野次官、長いことお待たせをして申しわけないのですが、そちらへ少し急いでいきたいと思います。少し実体論的に入っていきますけれども、まあ武力論という、装備論というよりも、この必要最小限なるものが外的に制約、制肘を受ける要素というのはすでにあるわけで、およそ防衛構想というものが常に相手を想定した上でなければ成り立たないという性格からして、決してその一国が独自に部内的にのみ測定し得る必要最小限論というものはあり得ないわけですね。そういう意味で、外側からのいろんな制肘、影響を受けるということになると思うんです。そこで、安保体制というものにどうしてもたどりついていく。安保堅持と言われる政府の防衛政策の中では、安保のかさの中でということになるわけであります。
 これも月並みなことでありますけれども、一つ確認をしておきたいのは、先ほど来の防衛庁長官の御説明の中にも出てまいりますのは、世界の緊張緩和ということです。この世界の緊張緩和と一口にだれでもがまくらに振ることばでありますけれども、その緊張緩和というものの要素、要因、何によって緊張緩和がもたらされたかということを、たとえば一口で言うならば、一体強大国を中心にする抑止力論、抑止力の均衡の中で緊張緩和というものが得られたのであるか、それとも、逆に軍縮ということばにあらわされるような努力の結果として緊張緩和が進んでいるのか、そういう二つに分けて言うならば、どのようにお考えになりますか。
○政府委員(水野清君) 私の考えは、緊張緩和というのは、やっぱり米ソを中心とする二大国の核の手詰まりの問題に私は発していると思います。米ソで核競争をやったということは、上田委員も御承知のとおりであります。結局、核の手詰まりというものから、米ソともに核軍縮並びに一般的な軍縮の方向へ踏み切らざるを得なくなってきた、その中から私どもは緊張緩和という問題が考えられるわけであります。しかし、この緊張緩和というのは、どこか世界じゅうに第二次大戦後、たとえばベトナムであるとか、中近東であるとか、いろんな戦争状態というものが発生をしておりますけれども、これが単に現象的に氷が解けるような形でなくなっての緊張緩和ということではなくて、やはり日本の立場でございますと、たとえば日米安保条約というワク組みの中にあって、また、それに対応してソビエトなり中国なりの外交政策というものが変化をした中で、緊張緩和が発生した。いわば二つの――いまは二極時代から多極時代というふうなことばをいわれておりますが、実際的には、軍事的にはやはり二極時代から、共産主義国家群の中では中ソが二つに分かれておりますが、実際は三極になったにすぎないわけであります。こういう見地から見れば、私は、おそらく上田先生は、そこまで申し上げちゃ失礼ですが、緊張緩和という中で安保条約の存在が薄れていくんであろうというような御議論から御質問だと思いますけれども、日米安保条約というものは、ワク組みがあって、初めて緊張緩和というものが発生してきているわけであります。今日、日米安保条約が直ちに必要がないという議論にはならないと思うんであります。
 もう一つ私どもが考えなくちゃいけないのは、緊張緩和の直接の原因というものは、たとえば朝鮮半島にかつてあった緊張――今日も若干残っていると思います。あるいはインドシナ半島にあった緊張、こういったものは、現実にいま非常に緩和されて緊張が薄れておりますけれども、その背後には、中ソ国境における一つの緊張というものが発生したために、私はこの緊張――そのほかの地域における緊張緩和というものが発生したのじゃないか、こういうふうに考えております。
○上田哲君 ここ半世紀ぐらい私たちの頭の上を押えてきた考え方は、世界はエゴイズムで成り立っている。私もそのエゴイズム論を捨てるつもりはありません。しかし、エゴイズムのみで成り立っている――性善説をとる者は、世の中、世界の流れに対してうとい者であるというような感覚が、今日半世紀の世界の防衛政策や緊張状況をやっぱりつくってきたと思うのです。それを英知が乗り越えたと言ってはたいへん楽観論に過ぎると思いますけれども、たとえば公害による全世界的な環境阻害であるとか、あるいは一定の軍備競争というものの限界をやはり突き当たって知ったとか、一つには、ベトナムという小さな国が象のような大国アメリカをやっぱり背負い投げを食わしたというような特殊な例にも大きく教訓を受けながら、これを、世界は結局どこかで紛争が起きざるを得ないのだという教訓にする人もあるでありましょうけれども、しかし、やむを得ず起きた紛争であっても、やはりこういう結果にしかたどりつかないのだという教訓の取り上げ方も私はあると思うが、そういう形の中で、もし、大ざっぱな論理の飛躍を許してもらうなら、性善説と性悪説かもしれませんけれども、英知がまず世界の緊張緩和を前提した、アプリオリに世界はいま雪解けになりつつあって、それに符節を合わせるようにして軍縮という努力も行なわれているのだと。大体軍備なんていうものは、しょっちゅう鉄砲をみがいていなければ二十年もしないうちに使いものにならなくなるのですから。そういう装備更新などということをばかばかしいと考える――これは性善説じゃありませんよ。効率論からして、そういう英知というものが、やはりこの半世紀ほどの間に世界を支配することになったのではないかというような見方だって私は立ててみなければ、全世界的な公害論だとか、あるいはWHOの理想であるとか、そうして国連の理想なんというものは画餅に帰すると思うんです。そういうことを思い切って、今日少なくともそう言いながら、戦争はどこかで起きるよという論者に対しても、一方の極にそういうものを立てて見る世界の見方、こういうものが一つなければならぬと思うんです。そういう見方からしますと、日本の外交政策や防衛政策というのは、たいへん旧態依然たるところを低迷をしている。きつい言い方になるかもしれないけれども、安保ワク組み論などというのは、もうすでに全くさびついて役に立たなくなって効率を失した体制を、何とかして説明づけるためにやっとつくり出したことばが私はワク組み論だと思うんです。
 そういう認識の上に立って御意見を申し上げたいのでありますけれども、きのうからきょうにかけて行なわれた日米貿易経済合同委員会、これは端的に私たちの外交関係のあり方、あるいは平和保障のあり方というものに対して大きな警鐘を打っていると思うんです。私は結論的には、日米関係が破綻したほうがいいとは思いませんが、日米関係の友好が促進されることはいいに違いないのだが、そのためには、そのワク組み論などというところを前提にするのではなくて、もっとできるならば一定の距離を設定しようとする努力を前提として、その一定の距離の中から友好関係というものをつくり出していく努力というのが独自性だということになるだろうと思うんです。そういう点からしますと、今回の日米貿易経済合同委員会に対するアメリカの姿勢には、日本外交ははなはだものを言い切っていない。たいへん強気でものを言ったというような報道は一部にはされておりますけれども、しかし、私たちの感覚からすれば、やっぱり十分でない。何かアメリカのやり方というのは、この会議に象徴されている限りでも、非常に小手先で、独善的な対外政策の運営ということが目につくと思います。農産物輸出についてあれだけ自由化を言っていたのが、にわかに大豆の値上がりを国内的に見るに至っては急にドアをおろす。あるいは、本来太平洋のパートナーシップとしてこれほど持ち上げていたのにしては、シュルツをはじめ、それなくんば重要な話ができないであろう閣僚が突如として出席をしなくなるということ一つを取り上げてはいけないかもしれないけれども、その一つ一つを取り上げてみても、私は対等なパートナーシップというようなものが、この日米間をいま保ちにくくしている状況があらわれているというふうに考えるわけです。日米関係が、やっぱりそういう点では、もうかなり思い切った一定の距離を置く形の中でこそ友好関係を考え得る状況に来たのではないか。
 もう一つ多くを言うなら、安保ワク組み論というのは、やっぱり先ほど来申し上げてきている世界観という立場からするならば、結局冷戦構造の残滓を受けて、その体制を何とか保持しようとする旧体制、アンシャンレジーム保持のためのことば回しにすぎないのではないか。むしろ、そこから大きく脱却していくという自立性、そこに日本の外交というもののあり方が求められなければならないということが、今回の日米貿易経済合同委員会の中でくみ取るべき教訓ではなかったかと思うんですが、いかがでしょうか。
○政府委員(水野清君) 安保ワク組み論に対する御批判でありますけれども、たとえば、これはわれわれの住んでいる自由主義社会の側でなくて、その反対側の共産圏の中においても、まだたとえばワルシャワ条約というようなものが現存するわけであります。アジアの問題とヨーロッパの問題とは若干状況は違いますけれども、ヨーロッパにおいて軍縮という問題は、いま非常に米ソの間で考えられ、あるいは先ほど御指摘のように東方条約というものが結ばれたりして、ヨーロッパで軍縮という問題は真剣に考えられておりますけれども、これは相互に私はワク組みというものを持っていて、そのワク組みを少しずつはずしていくという状況にある、そういうふうに理解しなければ現実の情勢は私は理解できないと思うのです。たとえば、ヨーロッパにおける兵力相互削減交渉という問題は、相互に兵力を削減するからそこに緊張緩和の問題が具体的に取り上げられるわけでありまして、西欧側だけに兵力を削減しろと言っても、これは私は非常に無理なことだと思います。たとえば、アジアにおいては日米安保条約というものがこちら側にあり、また、中ソの間には中ソ軍事同盟条約というものがありますけれども、これは実際には、軍事同盟条約というものがあって、今日、中ソの間には大きな国境緊張があるわけなんで、これは現実には私どもはどうなっておるかわかりませんが、常識的に考えればこれは非常に形骸化していると思います。しかし、ソビエトは、たとえば北朝鮮との間にいろいろなワク組みを持っております。そのワク組みというものを見きわめながら、こちらも徐々に問題を具体的に見詰めていくということのほうが私は正しいのじゃないか、こう思うわけであります。
○委員長(高田浩運君) 速記をとめて。
  〔速記中止〕
○委員長(高田浩運君) 速記を起こして。
○上田哲君 安保ワク組み論の議論ですけれども、私は少なくともこの安保が考えられた時代背景、その時代背景をなしていた、一口で言えば冷戦構造というものはもう存在をしない。これは加速度的に消滅の方向に努力をしていき得る状況になっていると思います。したがって、安保がその限りで不可避的に変質をしていかなければならないのだということも、これはもう議論のないところだと思います。そうなると、安保ワク組み論というのは一体何なのかと、こういうことがもう少しく説明をされなきゃならない。防衛庁側から私は説明がほしいと思うのは、一体安保体制というものの軍事的ワク組みのメリットは何なんだと。いままで防衛庁がとってきた、外敵の侵犯に対して国を守るためには、万一の場合は、われわれだけではなくて、もっと大きなアメリカのかさによって守ってもらうんだという状況が今日ほとんど消滅をしている以上、まあ潜在的ポシビリティーみたいな言い方になってきて、万一じゃなくて、万々一の脅威に対してという言い方になるのであれば、これは軍事的な色彩というものが希薄になっているというよりも、軍事的な色彩でないものによって関連を求めていくのでなければ、元来そのワク組みというものはない。つまり、軍事体制として出発をしたこのワク組みが消滅をすることになったので、他のいかなるワク組みによってこれを結びつけるかという説明が十分でないというのが、やっぱり率直に言って現状だと思うし、だから、それを何か文化的友好条約に変えていくということはできないかというような話になっていくというのは、私はまあ、あがきとまでは言わないけれども、苦しい努力だろうと思うんですよ。そういう意味で、防衛構想上からもひとつ、もし万一どこかから攻めてきたときには、せいぜい二週間か三週間しかもたないわれわれが、アメリカ軍の来援を待つみたいな古典的な言い方でない、もっと構造的な――ワク組みということばは少しはそういう意味があるんですから、もっと構造的なアジア平和構造というのが何であるのか、そのアジア平和構造というものに日米安保体制というものはどういう役割りを果たし得るのかというところでの説明が果たされないと、これはやっぱり民意は得られないと思うんですよ。そこで、端的に比較をするなら、防衛分担あるいはただ乗り論というのでずっときたアメリカの主張は、やっぱりいまここである程度の足踏みをしている、というのは日本を軍事大国化したくはないということがかなりなウエートとして高まっているということがあるからでしょう。そういう形の中で、なおかつ日米ともに安保ワク組み論と言うのだとすれば、その安保ワク組み論というのは、やっぱり言うならば、端的に言えばアメリカのヘゲモニーの保持の構造、こういうことにならざるを得ないと思うんです。もし、アメリカのヘゲモニーの保持の構造だということでないと言われるならば、今回の日米貿易経済合同委員会で、もっとアメリカに対して、もっと鋭く、もっときびしく、まあ言われたと言われるだろうけれども、少なくとも日本の国民の民意のレベルまで、とうふ屋さんのレベルまでものを言うべきですよ。こういうところがやっぱり十分でないことは、このワク組みとは、日本の国民がアメリカとのパートナーシップで、平和な海のパシフィックに橋を渡してどう生きていくかという新たな世代の世紀のワク組みではなくて、やはりアメリカヘゲモニーのワク組みなんだという認識から離れることはない。
 もう一つは、そういうことと同時に、日本自身が中曾根時代からしきりに言われた自主防衛という名の軍事大国化、この方向に走ることをどのようにしてみずからチェックしていくか。このことが日本の外的な平和構造に対する自国の平和構造、そういう問題としていま大きく浮かび上がってこなければならないプリンシプルだと思うんです。
 この二つをしっかり立てることの中で、私はやっぱり脱安保ワク組みということにならなければ世界の潮流に乗りおくれると思うんですが、そこのところを、脱安保ワク組みという議論は、まあこれは意見が違うにきまってますから、そこのAをBと言うという言い方は別として、そこに至るプロセスの私の二つの考え方ですね。この考え方をどういうふうにお受け取りになり、また反論されるのか、御意見を双方から伺えればと思います。
○政府委員(水野清君) 安保ワク組み論の問題に固執をいたしますけれども、これは安保問題ではありませんが、たとえばベトナム戦争、インドシナの戦争の終息にあたって、キッシンジャーがハノイに行く前に、やっぱり北京に行き、モスクワに行って、その背後にある両大国と話し合いをしなければ、やはりこのインドシナの長い戦争は終息をしなかった。終息するかに見えていて、やはり最後のこの結論を出すためには、その背後にある中ソの両大国と話をするという必要があったということは、私は、やはり世界情勢の中でいま緊張緩和がどんどん進んでおりますし、上田委員のおっしゃるように冷戦構造下でできたいろいろなワク組み、日米安保もその一つでございますけれども、それがだんだんと変質してきているということは事実でありますけれども、それがまだなくなっているということでは私はないと思うんです。その間に、これを飛躍して不要論というものに飛び越えることはまだできないんではないか。
 それから先ほど来御質問で、私の答弁が落ちておりますけれども、きのうときょうに行なわれております日米の閣僚レベル会議において、日本がアメリカにもっと言うべきととを言っていないじゃないかというような御趣旨でありますけれども、私は、日本とアメリカの間というものは、もちろんお互いにフランクに言うべきことを言い、お互いの主張というものを理解し合うということが、これが私は日米間のベースであろうと思います。しかし、別に日米安保条約というものがあって、アメリカの軍事的なヘゲモニーか何かの中で、日本が言うことが言われないと。たとえば、大豆の問題にしましても、おとうふ屋さんの話にしても、御遠慮申し上げているということは全くないのでありまして、これはお互いに言うべきことを言い、努力すべきことをするという態度に私はいささかも変わらないんじゃないか。むしろ去年の田中総理のホノルル会談以降、日本というものは田中総理の訪中によって日中の国交回復も終わったわけでありますし、あるいはアメリカの大統領選挙も終わって、ニクソンの二期目の大統領の任期に入ったわけでありますし……
○佐藤隆君 委員長、本案の質疑を直ちに終了し、討論、採決をすることの動議を提出いたします。(「質疑の段階ではないか」「不信任請求」と呼ぶ者あり、その他発言する者多く、議場騒然)
○理事(中山太郎君) ただいまの佐藤委員の動議に対し……(発言する者多く、議場騒然、聴取不能)……起立を願います。多数と認めます。よって、本案は……(議場騒然、聴取不能)……作成は委員長に御一任願います。散会いたします。
   午後三時三十一分散会
     ―――――・―――――