第072回国会 予算委員会公聴会 第2号
昭和四十九年四月一日(月曜日)
   午前十時二分開会
    ―――――――――――――
   委員の異動
 四月一日
    辞任         補欠選任
     橋本 繁蔵君     内藤誉三郎君
     川野辺 静君     岩動 道行君
     瀬谷 英行君     小柳  勇君
     工藤 良平君     中村 波男君
     塩出 啓典君     柏原 ヤス君
     藤原 房雄君     田代富士男君
     木島 則夫君     中沢伊登子君
     加藤  進君     須原 五郎君
     岩間 正男君     星野  力君
     喜屋武眞榮君     野末 和彦君
     ―――――――――――――
  出席者は左のとおり。
    理 事
                片山 正英君
                嶋崎  均君
                西村 尚治君
                細川 護熙君
                吉武 恵市君
                小野  明君
                加瀬  完君
                矢追 秀彦君
    委 員
                今泉 正二君
                小笠 公韶君
                大竹平八郎君
                梶木 又三君
                木村 睦男君
                熊谷太三郎君
                黒住 忠行君
                高橋 邦雄君
                竹内 藤男君
                玉置 和郎君
                内藤誉三郎君
                中村 禎二君
                原 文兵衛君
                米田 正文君
                上田  哲君
                小柳  勇君
                辻  一彦君
                戸叶  武君
                中村 波男君
                羽生 三七君
                前川  旦君
                宮之原貞光君
                田代富士男君
                中沢伊登子君
                中村 利次君
                須藤 五郎君
                星野  力君
                喜屋武眞榮君
   政府委員
       大蔵政務次官   柳田桃太郎君
       大蔵省主計局次
       長        田中  敬君
   事務局側
       常任委員会専門
       員        首藤 俊彦君
   公述人
       日本労働組合総
       評議会事務局長  大木 正吾君
       東京大学教授   逸見 謙三君
       法政大学教授   力石 定一君
       建  設  業  下山市之丞君
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  本日の会議に付した案件
○昭和四十九年度一般会計予算(内閣提出、衆議
 院送付)
○昭和四十九年度特別会計予算(内閣提出、衆議
 院送付)
○昭和四十九年度政府関係機関予算(内閣提出、
 衆議院送付)
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  〔理事吉武恵市君委員長席に着く〕
○理事(吉武恵市君) ただいまから予算委員会公聴会を開会いたします。
 公聴会の問題は昭和四十九年度総予算についてであります。
 この際、公述人の方々に一言ごあいさつを申し上げます。
 本日は御多忙中にもかかわりませず本委員会に御出席をいただき、まことにありがとうございました。委員会を代表いたしまして厚くお礼を申し上げます。
 それでは、議事の進め方につきまして申し上げますが、お手元にお配りいたしました名簿の順に従いまして、お一人三十分程度の御意見をお述べいただき、その後委員の皆さんから御質疑がありました場合はお答えを願いたいと存じます。
 それでは、まず大木公述人からお願いをいたします。(拍手)
○公述人(大木正吾君) 新しい予算の問題につきまして連日御審議いただきます先生方に対し、私は冒頭、日本の勤労者全体を代表いたしまして心から敬意を表する次第でございます。またきょうは、ただいま委員長おっしゃいましたとおり、特に社会保障関係につきまして意見を述べる機会を与えていただきましたことについて、委員長にも心からお礼申し上げます。
 さて、本年の予算は、御承知のとおりのたいへんなインフレーションの中におきまして、政府自身も総需要の抑制方針のもとに、一般会計におきまして前年比一九・七%、財投関係におきまして一四・四%増という形である程度インフレ抑制の考え方が出ておるわけでありますが、この中におきまして、特に御説明を承りますと、総需要の抑制の中にありましても社会保障の関係の費用につきましては三六%の増額と、こういうような御意見もございますが、私どもはこの三六%の増額についてもちろん注意深く厚生省、大蔵省等の御見解等について新聞あるいは直接の審議会等におきましても伺っておりますが、残念ながら現段階の、特に生活保護世帯あるいは身体障害者もしくは家庭、さらには寝たきり老人の問題、また福祉年金、予算とは間接的な関係になりましょうが、国民年金や厚生年金等につきまして見まするときに、十分な施策というふうに考えるわけにはまいりません。たとえばまず一つの問題といたしまして、生活保護者の関係について見てまいりますと、インフレーションが今日ほど激しくなかった段階の四十五年、六年等の状態ですと、生活保護世帯の方々の一般勤労者の収入に対する水準は四十五年が五一・三%でございまして、四十六年は五三・二%の水準にございました。で、この両年ともに政府予算におきましては一四%ずつの増額の中にあったのでありまして、この物価の異常な上昇なりインフレーションの進行過程の中におきまして四十九年度予算が昨年の当初予算に対しましては二〇%増というふうにいわれておりまするけれども、昨年十月に異常インフレ下におきまして五%上のせいたしましたこととの関係からしますと、残念ながら一四・三%程度しか上のせになっておりません。東京都におきまする新予算をもとにいたしましての四人世帯におきましての受給額は六百六万と六百九十円でございまして、これを四人の家庭に合わせまして一人当たりの一日の生活費用わずかに五百円であります。いま先生方なり、私どももそうですが、町のそば屋さんに行きましてざるそば一枚食べましても二百円、若い青年層の方々が米のどんぶりを食べましても四百円程度の時代でございまして、まさしく一日五百円の生活保護水準というものはまあ人間といたしましての生存権といいましょうか、みずからの栄養摂取にもこと欠く状態であることは間違いがないと私考えます。ですから、この問題についてまさしく異常なインフレーション下の問題としまして、私たちはいろいろ御批判もいただきましたけれども、労働組合といたしまして黙っておることができない、こういう気持ちで厚生大臣等に対しましても緊急にインフレーション手当をお出しになったらどうでしょうかと、こういうお話をいたしてきた経過がございます。残念ながら本日は齋藤さん、エカフェに出張中でおられませんけれども、何とか新しい税源の増収等も見込まれる段階でございますから、せめてこの方々その他身体障害者の方々含めて、できれば予算が通過する段階もしくは今後の補正の段階等見越しまして何らかの措置を講じてやってもらいたいと、こういう気持ちがいたすのでございます。
 で、特にこの生活保護者につきましては、後ほど総括的な見解で申し上げたいと思っておりましたが、ついでに申し上げますと、まあエンゲル係数等におきましてかりに食費を四〇%程度の世帯、あるいは人間の生活水準と、こう考えた場合には、一般勤労世帯におきましての主人の収入の六〇%程度の保障がどうしても必要じゃないかと、こう考えています。ですから、私たちは日本がもし福祉国家という立場におきまして、GNP世界第二位、第三位の大国というからには、せめてエンゲル係数、食費四〇%程度の状態の保障、すなわち勤労者収入の六割程度が自動的に見込まれてくるいわゆるナショナルミニマムの確立がきわめて大事な段階ではないかと、こう考えておりまして、ぜひ各党各先生方の御再考なり今後の御努力をお願いいたしたい問題点でございます。
 特に私はこれに加えまして申し上げたいことは、三百六十九万人の老齢年金につきましても同趣旨のことが言えます。私は、田中総理がおっしゃいましたとおり、まさしく五千円の福祉年金、これを七千五百円にすると、次は一万円にするというような選挙当時の公約等についても耳によく覚えておるわけでございますが、残念ながらいまの物価上昇なり日本の低福祉の状態でありますと、五千円を二千五百円――五〇%お上げになったと言いましても、絶対額におきましてはどうしてもこれはこの五千円――七千五百円という数字か主として食費あるいはたばこあるいは若干のアルーコール類の嗜好品、そういったものになり、同時にそれが医薬品等になるという人間生活ぎりぎりの問題といたしまして使われている関係からしますれば、私はこの問題についても、ぜひ一人について早急に一万五千円、二万円というような国民年金のいわゆる一人当たりの水準に目がけて当面早急に改善しなければ、私たちの先輩として、日本の国のまさしく今日の経済なり政治の確立のために努力した先輩諸兄に対して申しわけないという気持ちで一ぱいなんであります。しかもこの福祉年金の場合ですとまさしく拠出年金ではございませんから、税金なり財政収入が多分に要ります。そのことは十分に承知でございますけれども、考えてみますれば、これは本年のいま私たちは賃上げ要求中でございますが、政府の組みます予算の所得税収入の根拠になりました数字は一八%という勤労者収入の上昇に見合った所得税のいわゆる収入財源の計算でございまして、現状ですといろいろ議論がございますが、まず一八%で本年の賃上げ問題が終息するということを考える方は財界の方といえどもない状態になっています。おそらく私は最低でも二四、五%、そして業種別の差がありましょうが、三〇%をこして現に回答が出されているところも多々ございますから、その関係からいたしましても私たちは一兆四千五百億円の本年度減税、こういったものは一八%の収入を見越しての分でもございましょうから、ぜひ私たちが名目的な賃金を得た段階でふえます自然増収の見込みがどの程度見込めるか、こういったものもどなたか御先生方の話があったようですが、新しくできました超過利得税一千七百五十億円、この金についての使途について大蔵大臣が特別の見解を述べていませんが、そのほうにいかなくても、私たちは私たち自身の収入の増を見越しても十分にこの福祉年金の方々の救済措置はできる、こう考えておりまして、ぜひこの問題についても御再考願いたいと思います。
 次に、私が申し上げたいことは、特に本年の社会保障費の三六・七%増について、齋藤厚生大臣もたいへん私たちの前ではとにかくりっぱなことをやった、こういうふうにおっしゃるんではございますが、お薬にかわるか、開業医の収入がふえるかという問題等がいろいろございましょうが、きょう手元に特に社会保険費用、医療保険等についての収入がどの層にふえていくのか、こまかな数字は持ち合わせておりませんが、とにもかくにも三六・七%の数字を示したその最大のウエートの問題が実は医療関係の費用に回っている現実をぜひ直視していただきたいし、私はこの場で申し上げる立場にありませんが、かつて税調委員を長くやっていました関係もございますけれども、ぜひこういった医療保険、特に医療関係に予算の多くが食われる段階では、少しく私の見解からは話がすべるかもしれませんが、医者の、開業医の特に所得税関係におきまする七二%の天引き非課税問題については、これは国民の税負担の公平観の上からも絶対直してもらいたいと、薬の問題等についても御再考いただきたいと、こういったことについて一言関連する問題として意見を述べさせていただく次第でございます。
 これ以外にも、寝たきり老人あるいは身体障害者あるいは施設に収容されている方に、こういった方々のことを申し上げれば際限がないような問題がございます。三十五万人の寝たきり老人で国が収容している数にはほぼ三万五千人、一割にすぎません。同時に、身体障害者をかかえておる家庭の悩み、これもたいへんな問題であります。もちろん日本がキリスト教の国でもありませんし、仏教の普及も弱いという状態ですから、ホームヘルパー等の問題と看護婦の志願者等について、どのようにこの種の方々の仕事をする層をふやすかどうか。私は、厚生大臣の関係で社会保障問題懇談会のメンバーとして、外国には男子の看護士というものがあるじゃないかということも意見を述べました。最近では警察官でも消防職員でも婦人がふえています。若い世代の考え方は変わっていますから、ヘルパーとかあるいは看護婦等の考えが女子の職業という立場だけじゃなく、もちろんこれはたとえばの話が、十年間この種の仕事をした場合には、年金計算の根拠として十五年間に見合って計算をするとか、当面の待遇改善もちろんでございますけれども、何らかのこの種の方々の数の確保の問題を真剣に考えませんと、まさしく寝たきり老人は寝たまま枯れ木のように朽ち果てるというような状態がこのまま進行する、こういうように憂えられてなりません。ですから、施設の関係に収容されております方々の場合でもそうですが、本年度予算で見る限りは二〇%の増ですから、現行一万二千九百八十三円に対しまして一万五千五百六十五円でしかありません。ということは二千六百円の増額ですから、いまの物価高の状態からしますれば二千六百円というような増額が一体どの程度――この方々の栄養を守るわけです。要するに栄養の低下を防ぐことです。防ぐためにすらもとてもじゃありませんけれども、その半分にも満たないし、三分の一程度かもしれません。
 私は、こういった問題について、労働組合が生活保護者の問題なり身体障害者のことを取り上げたことについて、よく政府の関係大臣の方々から、おまえたちは少し政治問題に入り過ぎる、こういう意見を伺います。しかし、労働組合がこの問題について取り上げなかったこと自身が非常に自分たちのエゴに走り、社会の断層について知らなかったことについて不明を恥じています。ですから私は、解決の方法は何も労働組合と齋藤厚生大臣の話し合いなり、交渉で解決をしなきゃならないと考えていません。国会の場における諸先生方の御議論、そして与野党を含む全会一致の結論、けっこうでございます。しかし、私は、ほんとうに日本国自身が、かりに福祉国家という立場でもって、世界なり、アジアに対してものが言える状態にするには、何といってもこの種の問題について国家的なコンセンサスのもとにおけるミニマムの確立、これは今日では避けがたいものだと考えております。そのために、私たちはみずからの減税闘争等をやっているわけでありまするけれども、ある程度、私自身も年収五百万をこす立場の労働組合の幹部ではありますけれども、自分の税金自身がふえることについて決してやぶさかでありません。しかし、今日の一兆四千五百億円の減税にいたしましても、あるいは来年度以降二兆円減税にしましても、これは部課長減税で、私自身にとって、実は私が使っている職員よりも私のほうが減税率が高いという恥ずかしい状態なんです。ですから、私は、この種の問題を考えたときに、国民の中における税の不公平というものを正しながらも、税負担率が若干の上昇をすること、やむを得ない。しかし、ミニマムをつくることの絶対性については、これはぜひこの種の議論が、まあ国民春闘ということばを冠しながらも起きていることについて、解決の場所について、御意見がありましょうから御批判もいただきますけれども、むしろ私たちは、いまこそ生活保護者や身体障害者、その方々の代理交渉をつとめる。同時に、これについて何も総評なり、春闘共闘委員会がいい形をとろうという気持ちはごうもないんでありまして、日本の国家の荒廃というものを心配すればこそ、私たちは問題を取り上げざるを得なかった、こういう気持ちなんであります。
 同時に、私は、年金の問題について少しく補強的な意見を申し上げておきますが、いまのインフレーションが、一体いつの日に一けたなり、五ないし七%段階に物価上昇がとまるかどうか。私はこのことについていま見通しを持つことはできません。短期決戦ができないということは、私は当初から、去年の暮れからいろんな雑誌、新聞等には自分の見解として述べておりました。同時に、労働組合は、年金スライドがヨーロッパに一般的に普及していますけれども、加えまして賦課方式とスライド方式を主張しています。賦課方式に対して、日本が老人国になるからというような御心配もあるやに伺いますけれども、しからば、掛けたこの国民年金なり厚生年金の掛け金を、一体いまの現状の物価上昇の中で、物価上昇の平均値を維持しながら、残した掛け金の積み立て分について、だれが責任を持って、五年後、十年後にその資金の内容が、物価上昇なりに見合った状態で財政の確保ができるでしょうか。私は、その問題についての答えは、どの方の意見であっても、これはノーだと思います。そうしますると、どうしても年金問題は、これは三年ないしは四年等のヨーロッパに見られますように、現段階の経済方式をとる限りは、単年度方式の計算しか、掛け金あるいは拠出年金の方々を保護する道はないと考えております。ですから、この問題についても、ぜひ、これは年金問題の、今日直ちにきょう決着のつく問題じゃございませんけれども、諸外国に見られますとおり、物価が七%前後の国におきましても、多くの国では賦課方式にほぼ転換し終わっている状態でございますから、そういう問題について、この際私たちの見解を述べさしていただきたいし、同時に、スライド問題につきましても、私たちは、まず何といっても大事な問題は、先ほど申し上げた国民的なコンセンサスのもとにおける一般勤労者世帯の六〇%を弱者救済の土台として保障する、ナショナル・ミニマムを確立する、そして物価の上昇があった場合に、五%という現行法律がございますから、これについては物価の一年間のあと追いというような状態でありますれば、とにもかくにも、この種の年金生活者は、自分たちの生活が毎年毎年下落の一途に計数的にはたどっていかざるを得ないわけですから、まあ半年あるいはもっと急上昇のときには三月、そういった中で自動的に物価の上昇スライド、こういったものは取り上げられてしかるべきだと思うし、私は、むしろこの際、物価スライド問題は、労働団体の見解とすれば妥協意見でありまして、基本的には、これは年金の、賃金問題、賃金上昇と見合ってのスライドがヨーロッパ等におきましては現状として多数の国が採用していますから、賃金の六〇%スライド、こういったことについて一部の新聞が、誤った報道だと思いますけれども、総理の見解等として伝えられた例もございますが、せめて現状におきましては、拠出年金について、私は賃金と物価を折衷した、五〇対五〇といってもいいでしょう、そういった面におけるスライド方向が取り入れられることが一番妥当だと考えているわけなんです。ですから、この種の問題について、私たちは、まさしく本年の一年間の展望をしたときに、組まれた予算について一九・七%と、当然の問題としまして、本年の十一月ごろには、黙っていても予算総額に対しますればおそらく一五%程度の増収、増税は間違いないという判断です。ですから、そういったことに見合って、この委員会におきまして、とにかく、私は直ちに予算の修正ができるできないの問題はございましょうけれども、日本の労働者なり、国民全体の気持ちとして、本年の後半の問題、あるいは補正の方向等を含めた問題点等についての御議論をいただきながら、当然の税収の見込まれる新しい超過利得税問題の一千七百五十億円、賃金の上昇分についての六から八%を政府予算よりもふえていく現状という問題等を見られて、私たちはとにかく、いまの低生活者、すなわち生活保護者、身体障害者、母子家庭、同時に寝たきり老人、その種の方々に対して、私たち自身はどうしても参議院の予算委員会におきまして、衆議院におけるところと違った意味合いで、与野党の先生方を含めて、とにかくこの種の方々に対するあたたかい、ひとつ御措置、その方向性というものを与えていただくことを、最後に、特にお願いとして強調いたしまして、私の見解を終わらしていただきます。(拍手)
○理事(吉武恵市君) 次に、逸見謙三先生にお願いいたします。(拍手)
○公述人(逸見謙三君) 農業に関して意見を述べさせていただく機会を得まして非常に光栄に存じます。また、このような動乱の時期に意見を述べることの責任を痛感する次第でございます。
 私から申し上げるまでもなく、農業問題の解決が困難であると、こういうことは、ひとりわが国だけでございませんで、世界で共通している問題でございます。で、このような困難な問題への対処に際しまして、私が日ごろ考えております問題点を最初に幾つか指摘いたしまして、最後に、私の意見を述べさせていただきたいと、こういうふうに考える次第でございます。
 問題点の第一は、現状の実態の把握に関することでございます。現在の農業政策の運営に関しまして最も重要なことは、海外農産物市況の動向に関することかと存じます。この点に関しましては、実は、専門に研究している私どもといたしましても、昨年の世界農産物市況があれほど高騰するかと、こういうことを見抜けなかったことを深く反省している次第でございますが、その後の世論を見ますと、この高騰から、食糧不足が直ちに近い将来やってくるような錯覚におちいっているんではないかと、こういうふうに拝察いたしまして、こういう錯覚におちいらないようにすることがまず大切かと存じます。昨年の事件は、ソ連が不作の程度を上回る穀物の買い付けを行なったこと、アメリカの在庫が比較的低水準にあったこと、こういう事情によりまして、もちろんそのほかインドの不作などございましたけれども、短期の変動あるいは変動的な現象が起こったことであって、傾向的な目から見ますと、食糧不足とは全く異なった事件であると私は判断いたします。ちょうど一九六三年のソ連の穀物不作から数年間続きました食糧不足論によって、一九六〇年代後半に世界がとてつもない穀物の過剰に悩まされました。全くこれと同じように世界じゅうが現在の穀物の高価格あるいはそのほか若干の農産物の高価格に単純に反応いたしますと、世界は再び救いようのない過剰状態におちいるのではないかと、こういうふうに拝察いたします。で、私判断いたしまして、変動幅は従来考えていたよりも大きくなるのではないか、また、平均的な価格水準は、石油価格の高騰や世界的なインフレを反映しまして、従来よりも高いではありましょうけれども、牛肉などの高級品を除きますと、世界の農産物市場は傾向的な食糧不足にはないと、こういうふうに判断すべきではないかと思います。
 次の事実といたしまして、日本の農業の農産物の自給率の低下に関する判断でございます。なるほど、麦や大豆は著しい減産を示しておりますが、全体として見た場合に、昭和三十五年から四十三年にかけまして、わが国の農業生産は三〇%も高まっております。この同じ期間に、人口は八・五%程度しかふえておりません。昭和四十三年以降は米の生産調整ということがございまして、わが国の農業生産は停滞しておりますけれども、米を除いた生産指数というのは着実にやはり増加しているわけでございます。このようなことを考えますと、減少する農業労働力でこのような増産を達成してきている、こちらの事実がむしろ注目すべきでありまして、自給率の低下は、農業の減産によるよりも――もちろん全体として見る場合でございますが、国民生活の向上による消費の増大によるものと考えたほうが適当ではないかと、こういうふうに考える次第でございます。私が簡単に計算したところによりますと、昭和四十七年度の大麦、小麦、トウモロコシ、コーリャン、砂糖、大豆、なたね、これの輸入を国内で生産する場合には、麦類の二百四十六万ヘクタールをはじめとして、全体として八百ないし一千万ヘクタールを必要とするわけでございます。また、麦の自給だけで、七百五十万の農業人口が一日十時間働くといたしまして、平均十六・四日よけいに働かないと麦の自給は達成しない。そのほかに関しましてはなかなか資料が得られませんけれども、先ほど申しました輸入農産物を国内で全部自給した場合には、おそらく私は七百五十万の農民が一年間に平均七十日ぐらいはよけいに、これは一日十時間としての計算でございますが、働かなければならないのじゃないか、こういうふうに考えます。これが、一定の時期にこれだけ働かなければならない、こういうことを考えますと、自給ということはたいへんな――土地面積といたしましても労働力といたしましても、数量に達するのであって、現実的な増産がこれら作物の自給にほど遠いものであると、こういうことは明らかではないかと、こういうふうに考える次第でございます。
 こまかな事実に関する点は省略いたしまして、最後に、兼業に関して申し上げたいと存じます。この点、私からこまかく申し上げるまでもありませんけれども、よく、日本の兼業農家は経営の土地面積が狭いためであると、こういうふうにいわれております。しかし、アメリカでも、農家労働力の四五%が非農業に働いておりますし、農家所得の五三%は非農業から出ておることが明らかでございます。で、ヨーロッパ共同体も実態は大体同様であると判断されるわけです。しかも、アメリカもヨーロッパ共同体の農業人口も、一九五〇年から一九七〇年にかけまして大体半分に減っているわけでございます。このようなことを考えますと、われわれは農業の就業構造が土地面積の広さによって左右されると考えるのはあまり適当ではない、農業非農業間の成長率の差に基づくものであると、こういうふうに見るほうが適当ではないかと思います。また、出かせぎは、出かせぎの人が家族から遠く離れているなど、いろいろな不便があることは申すまでもございませんが、兼業そのものが農業生産に悪影響を及ぼすかどうか、こういうことに関しては、もっと多面的な考察をするべきではないか、こういうふうに考える次第でございます。要するに、私どもは、自給率の低下だとか兼業だとかを、日本農業が不健全である、こういうことの徴候としてあまり簡単に解釈すべきではないんじゃないかと、こういうふうに考える次第でございます。
 第二に、事実に関する指摘はこれで終わりまして、政策に関して申し上げたいと存じます。通常農業政策は、価格政策であるとか構造政策であるとか、こういうふうに分類しておりますけれども、政策の手段、こういう観点から見ますと、財政支出を手段とする政策と、財政支出を伴わないで政府が国内市場で価和操作を行なう政策と、最後に、動植物検疫制度とか、農地制度とか、どちらかというと価格金額としては示されない政策、こういう三種類に分類されるのではないかと存じます。このちょうど中間の、国内市場で価格操作を行なう政策は、言うまでもなく、関税だとか輸入の数量制限だとか、こういうことを手段として行なわれるわけでございますけれども、この政策に関しましては非常にいろいろな批判がございますが、この政策は、生産者と消費者の利害というものが簡単に対立してしまう。また、国内の生産者と外国の生産者との利害が簡単に対立してしまう。それが外交交渉にはね返ってくる。こういう意味で非常に目立つ政策でございます。私も個人的には、この政策に関していろいろ批判はございますけれども、全体として見ました場合に、ほかの二種類と政策に比べまして利害の対立があるという意味で、ある意味で監視機構が働いている、その意味であまり大きなワクからはずれないのじゃないか、こういうふうに考えます。全体として見た場合には、批判を受ける回数とか、そういう量の割合に比べまして健全な政策ではないか、こういうふうに考えます。
 第三の、価格や金額によって示されない政策は、これは市場の価格に反映しないという点で、現状にはたしてこの政策が適しているのかどうか、こういうことは非常に把握しにくいわけでございます。そのために、ときとしては時代おくれになったり、また場合によっては一般の関心を受けることなく簡単に改められてしまう可能性を持つものでございます。さらに、その是否の論議が数量化しにくいために、往々にして水かけ論に終わる可能性もあるわけでございます。私は、動植物検疫制度とか農地制度に関して、もっと一般に情報を流して、改めるべき点は改める、こういう方向に進んでいただきたいものだと考える次第でございます。
 最初の、財政支出を伴う政策は、これは最も強力で、また最も広く採用されているという意味で、農業政策のある意味で根幹をなすものでございます。ただ、この政策は、国内市場の価格操作による政策ほどには一般の注目を浴びてないと私は判断いたします。第一に、納税者の種類が、あるいは一人の納税者にいたしましても税金のいろいろな種類が多種多様で、財政支出がどこから出されているか、これは全然判明しないわけでございます。第二に、税金の使途がまたこれ、多種多様でございまして、一つ一つの支出項目の全体に占める割合は小さく、また、農業関係の支出が方々に分散しておりまして、一般の人々には、はなはだ理解しにくいわけでございます。正直なところを申しまして、私も今回御指名いただきましてから書類を調べたわけでございますが、なかなか農業関係の予算というのは全体として把握しにくい。恥ずかしく思った次第です。実に、この予算書の複雑さは、何も日本だけではございませんで、私、聞くところによりますと、各国共通でございまして、非常に理解しにくく、たとえばアメリカのブルッキングス研究所では、毎年の予算書の解説と論評を数百ページの書物として出して、非常に好評を得でいる。そういう次第でございまして、これはいかに理解しにくいか、こういうことの証拠じゃないかと思います。で、このために、財源に対する競合関係と申しますか、あるいはトレードオフの関係と申しますか、これは農業政策の分野で見ますと、わずかに構造改善的な支出と価格政策的な支出との間の関係として注目される以外には、あまり注目されてない、こういうふうに仄聞する次第でございます。
 私は、農業に関する財政支出がどのように支出され、どれほどの効果をあげているかを、もっと一般にわかりやすく示していただきたい。それと同時に、農業に対する財政支出がその全部ではないにしろ、単に農業者のみでなくて、消費者にも役立っている、こういうことも示していただきたいと存じます。さらに農業者の利益になっているものも、単にこれは農民に対するものとしまして、単に農業関係の財政支出だけではなくて、道路などの種々のものをあげて示していただきたい、こういうふうに考える次第でございます。と申しますのは、この現在の非常に困難な農業政策というのは、抜本的な、こういう方向でやっていったらうまくいくんだ、こういうことはなかなか示し得ない。したがいまして、どうしても全体が、こういうふうにして国全体として配慮しているんだと、こういうことを示して、消費者と農業者の双方に納得してもらう以外にないんじゃないかと、こういうふうに考える次第でございまして、その点で、ぜひそういうことをやっていただきたい、こういうふうにまず考える次第でございます。
 で、さらに、私から申し上げるまでもございませんけれども、農業に対する財政支出のうちには、個々の農業者にその便益が帰属するものと、帰属しない、――ことばで言いますと、公共財的なものと二つございます。で、後者の公共財的なものとしては、生鮮食料品の流通及び価格対策についての卸売り市場施設、こういうものなどに対する支出であろうと思います。前者は、食管の赤字などの補てんに関するものだと存じます。予算書で見る限りにおきまして、総需要抑制の中で、後者に力点が置かれていることは私はけっこうなことだと思いますし、ミカンのジュース工場の建設などはもっと力を入れてほしいものだと、こういうふうに考える次第でございます。ただ、このインフレの時代に、農業者も非常に苦しいわけでございまして、食管赤字のような個々の農業者に帰属する、別の言い方で言いますと、私的財的なものに対する支出であっても適当な配慮をしていただけたらと、こういうふうに――もちろん、これは先ほど申しましたように、一般の国民の理解をできるだけ得る努力をした上で、しかもインフレがおさまりました場合には、これを弾力的に、かつ、極力圧縮していただきたいと、こういう条件をつけてでございますけれども、私的財的なものに対する支出にいたしましても、インフレのときは配慮していただきたいと、こういうふうに考える次第でございます。
 また、今年度の特徴として私が理解さしていただいておりますのに、最初に申しました、海外市況が不安定になったためにいろいろな費目が出ている。米の在庫の積み増しだとか、農林水産備蓄対策費だとか、国際協力事業団の新設だとか、こういうことが出ておりまして、これも敷地の選定だとか、あるいはあまりお米を持ちますと将来古々米の問題がまた生ずるだとか、総需要抑制の中で海外協力費も限度があると、こういうことはございましょうけれども、これらの費目が全体として上がっていることに深い敬意を表する次第でございます。ただ、これらの効率的な運営を希望するわけでございます。
 さらに、できるだけ生産を増産するものとして、農業基盤整備費に適当な配慮をなされている、これもけっこうに存じます。私は、この点に関しまして一つだけ注釈さしていただきますと、国有林との総合的な施策を行なえば、まだ草地開発の余地は大きいのではないかと、こういうふうに考えておりますので、農業基盤整備費の中でもっと草地開発に力を入れていただけたらと、こういうふうに考えます。これはその余地が大きいというだけではなく、畜産が現在たいへんな危機に直面しておりますし、その畜産の危機というものは、現在は海外の輸入穀物の値上がりのほうに注目が主として進んでおりますけれども、値上がりだけではない畜産の危機というものがございますので、もっとこの草地開発のほうに力を入れていただいたらと、こういうふうに存じます。
 さらに私は、これは若干過去になりますけれども、八郎潟干拓などのように、過去にたいへんな投資をいたしまして、能率のよいところは、現在これはなかなかむずかしいこととは存じますけれども、米の生産調整などの際には特別に配慮して、また、若干未完成なところは早く完成さしていただきまして、過去の投資の効果を十分にあげていただきたいと、こういうふうに存ずる次第でございます。
 で、指摘は以上に終わりまして、最後に私の意見を述べさしていただきたいと存じます。
 その第一は、これは全体の考え方に関することでございますけれども、今日では、農業というものは農民が自由に考えて自由に経営している産業ではないと、国民の理解を得て、いろいろな国の援助のもとにやっている産業である、あるいは国の政策に依存した産業であると、こういうことを認識せざるを得ないのでございます。で、その意味で、消費者の理解がなければ農業政策というのは運営できない段階に来ております。しかも、全国民に占める農業者の比率はますます減ってまいっておりまして、アメリカのように、失業人口よりも農業人口のほうが少ないというところまで達するのは、まだまだ時間があると思いますけれども、少なくとも、なかなか少数者の産業になると、こういう点に関しましては異論のないところじゃないかと思います。この際、農業政策が国民全体の理解なしに推進されるということは絶対の不可能でございまして、先ほど申しましたように、農林予算の解説などにもっと力を入れて、消費者の理解を得てほしいと、こういうふうに考える次第でございます。
 で、二番目に、これも先ほど述べたことに関連いたしますけれども、現在の世界農産物市況の動乱に直面して、従来の政策をまたいたずらに過度に修正することなく進んでいただきたい。短期の変動に対する対応ということにとどめまして、やっていただきたいというふうに考える次第でございます。変動対策としましては、備蓄だとか長期契約だとか、開発輸入などが考えられますけれども、ここでいままでのところは、備蓄に関しましては国内的に備蓄すると、あるいは開発輸入も、開発されたものが直ちに日本の輸入になると、こういうことになっておりますけれども、各国が備蓄を持つということは、かえって国際市況の変動を激化するのである。で、もちろん最小の備蓄というのは各国が持たざるを得ませんけれども、世界市場全体を安定させる方向に国際協力を行なっていただきたいと、こういうふうに考える次第でございます。また、開発輸入にいたしましても、これは各国がそれぞれの外国の生産物にひもをつけてしまいますと、世界、国際市場というものは残りの市場になってしまう。言いかえますと、これは砂糖の国際市場が、御存じのようにそうでございますけれども、各国が国際市場を全部ひもつきにしてしまっている。そうすると、残りのほんとうの意味の自由市場というのはたいへんな変動を繰り返すわけでございます。こういう意味で、開発輸入ということもあまり日本の輸入と厳密に結びつけないで、世界全体が潤うような形で、地元の消費なり、ほかの国々に輸出されるものも含めて、広い意味の農業協力として推進する面も力を入れていただきたい。特に、発展途上国が増産になるようにと、こういう方向でやっていただきたいと考える次第でございます。
 最後に、私、当面と申しますか、経済政策の範囲として考えられる時間的な感覚といたしましては、不足傾向はないと申し上げましたけれども、言うまでもなく、いまの人口が無限に続きました場合は、だれの目にも明らかなように、不足になることは当然じゃないかと思います。ただ、遠い将来の配慮といたしましては、これは経済政策の範囲で、あるいは農業政策の範囲で使うのじゃなくて、人口対策だとか――これも日本よりもむしろ発展途上国に対する人口政策への協力だとか、科学技術の振興だとか、発展途上国援助などによって、直接農業政策と結びつけないでやったほうが適当かと存じます。
 以上でございます。たいへんありがとうございました。(拍手)
○理事(吉武恵市君) どうもありがとうございました。
    ―――――――――――――
○理事(吉武恵市君) それでは、お二人の公述人に御質疑のある方ば順次御発言を願います。
○細川護熙君 私は、初めに大木参考人にお尋ねをしたいと思いますが、きょうは社会保障の問題についてお話しをいただくということで、非常に貴重なお話をいただきましてありがとうございました。私も非常に参考になりましたが、その中で、春闘の問題にもちょっと触れてお話しになりましたが、春闘共闘委が今回の春闘において弱者救済ということを旗じるしにして、現に非常に大規模なストライキを行ない、また、これからも予定をしておることに関連をして、まず第一点は、春闘による物価へのはね返りというものはないと考えておられるのか、あるいはほとんどないと考えておられるのか、この点の確認が一つ。
 それから、今回のゼネストは、昭和二十二年のゼネストを上回る非常に、かつてない大規模なものであるということでありますけれども、新聞等の論調を見ましても、すべてこれはゼネストというような手段に訴えることなく、話し合いによって解決をすべきであるという主張を言っております。私もこれが正当な世論だと思いますけれども、このようなゼネストというものを旗じるしにしておられる弱者救済というスローガンと、どうも私は二律背反の結果にしかならないのではないかという、国民の一人として率直な疑念を感じざるを得ないわけです。この点について、まず初めにお尋ねをして、お答えによって、またもう一問さらにお尋ねをしたいと思います。
○公述人(大木正吾君) 細川先生からの御質問でございますが、一つば賃金の物価に対するはね返りでございますが、これ、まあ日本の場合には、統計数字がいろいろまちまちに出てきまして、たとえば一番ひどいのは、私が企画庁の経済審議会の中心部会であります総合部会のメンバーをしておるわけでありますが、経済企画庁がつい二週間ほど前に出しました試みの算という名目を打ちまして出した、もし賃金が二五%上がれば物価は一九%上がるという試算でございますね。それから三〇%の場合には二四%と、こういうことを言ったのでありますが、これが日経連タイムス等に相当大きな報道をされたし、新聞にも出ました。私は実は、まあ経済企画庁の関係のメンバー、審議委員は六年から八年やっているのですが、かつて、所得政策問題で大阪大学の先生が中心でまとめましたときにもそうですし、ごく最近では、隅谷委員会がまとめたものもあるわけですが、労働界の代表を交えずして企画庁がこの種の発表を一方的になすということは、例がなかったことなんです。そこで私は、内田さんなりにも会いたかったわけですが、多忙をきわめた関係上、うちの調査部長を担当の佐々木孝男審議官のところにやりまして、いかなる根拠をもってこういう数字が出てきましたかということについて尋ねました。そうしましたら、ちょうど去年の三月から、まあ大体七月ごろの物価狂乱時代でございますね、このときの数字をモデルの材料、原料としてつくりあげましたから、ああいう数字が出たわけでありまして、むしろ客観的には、最近ではほぼ一様に認められていますのは、生産性本部、金子美雄さんを長とします――結果的にこの数字は、二四、五%の場合に、主として製造業をさしておりまするけれども、人件費コスト一一から一三%、これへの響きは大体三%前後と、こうなっておりますから、このほうがはるかに客観性が高いという判断で、これは間違いないと私は思います。ですから、むしろそういった学問的な数字もございますけれども、実際には細川先生お認めいただけると思いますが、昨年の四月一日以降、私たちはささやかなインフレ手当の要求等をいたしましたけれども、この間には、家内が働きに出て、共かせぎがふえるとか、時間外労働をして少し収入をふやしたとか、そういったことはございますが、残念ながら今日、昨年の四月以降――きょうは四月の一日でございます。きのうまでの物価上昇が、大体まあ全国平均二六%という消費者物価の数字がございますけれども、これに占める労働者賃金、労働者収入の与えた影響というものは、まあ経済的に申し上げますとゼロといっていいんでしょう。しかし、実勢的には全くゼロと考えなくてもいいでしょうが、まさしくこういう数字が示しますとおり、インフレーションあと追い賃金ということが実相でございますから、ぜひこれらは細川先生に十分な御理解を願っておきたいと思うのであります。
 それからもう一つ、ゼネスト問題につきまして御批判もございました。まあ新聞論調でもいろいろ書かれておりますが、三・一のストライキ、三・二六のストライキ、こういったことをやって、その過程で、労働大臣長谷川さんなり、さらには齋藤厚生大臣、小坂総理府総務長官等と何回か会談をしてまいりました。その結果としまして、御承知の弱者救済で一時金平均二千円、予備費百三十億円のことの話も出されました。同時に、私たちは、このときに、身体障害者の代表とか、あるいは身体障害者の代表の方々ともお会いいたしまして、どうしたものでしょうかとお話をしたんですけれども、絶対その程度のものでは私たちはどうにもなりませんというお答えでございました。その後におきましても、実は労働大臣中心の交渉を続けてまいりましたけれども、残念ながら全然話し合いは進展いたしませんでしたし、最終的には三月二十五日の夜、夕刻会見をしたんでございますが、その際、担当の齋藤厚生大臣はアジア・エカフェ会議へ出張中でございまして、かわりに大村副長官が出られたんですが、残念ながら、担当の大臣の所管事項について、前の回答から一歩も出なかったわけなんであります。
 そこで、先生の最終の御批判めいた御質問でございますが、私たちは、ゼネストというものは目的ではありません、これは。要するに、目的はあくまでもまあ弱者救済問題、あるいはみずからの賃上げ問題、最低賃金制、中小企業の方々の問題、あるいは年金のスライド問題こういう問題でございまして、これについて今朝の新聞等でも、政府側も相当検討を加えていただいておりますから――まあストライキをして迷惑かかからないということは、これはないわけでありますけれども、そのことは認めますが、ここで明確に申し上げたいことは、やっぱりゼネストは目的ではない。要するに、デモンストレーションとか、市民運動、公害反対運動、日照権運動、私たちは議会制民主主義を否定する気持ちはごうもないわけでありまして、要するに、その種の手段として労働組合にはストライキをするという憲法上の一つの権利が与えられておるという立場に立ちまして、むしろ自分の賃金だけを片づけて、そして春闘が終わり、成功したということは面はゆい気持ちなんでございまして、ぜひ私たちは、このような事態が避けられるように、細川先生にも、この参議院の予算委員会のメンバーとしまして、特に齋藤厚生大臣等に対して、与党の側でございますから、何とか問題の解決が前進しますように、とくとお願いしていただく、このことをお願い申し上げて、答弁にかえさせていただきます。
○小柳勇君 私、大木公述人と、それから逸見公述人に三問質問いたします。
 一つは、いまの春闘で、もちろん大幅賃上げやスト権の問題、あるいは最低賃金制など、労働者の今後の問題については当然この解決に努力されるのは至当でありますが、いまの国民的な課題です、それもたくさん項目があります。この春闘が終結するには、これとこれだけはどうしても国民的な課題を解決しなければならぬと、そう決意しておられるものがあろうかと思います。で、ゼネスト体制を控えながらの非常に重要な時期でありますし、国民の前に、国会を通じて、これとこれとはどうしてもいわゆる春闘の中で解決する決意ですよと、そのことを明らかにしていただきますと、われわれも及ばずながら議員の一人として、厚生省なりその他政府にも働きかけて問題の解決に協力する決意をいたしておりますので、大木事務局長から、たくさん問題はあります、もちろん全部を解決するのが国民的な課題の解決でありまするが、これとこれだけはどうしても解決しなければなりませんと、そういうものをひとつお聞かせおき願いたいと思います。
 それから大木さんに第二点は、賦課方式、この年金の賦課方式について、先般来、私もここで総理にも厚生大臣にも質問いたしました。で、厚生大臣はまだ、はっきりした見解は表明いたしません。総理ははっきり見解を表明いたしまして、諸外国で青年がこの賦課方式のために税金が高くなって外国に逃げていくのがたくさんありますよと、したがって、賦課方式はだめですという断定的な発言をされました。まことに心外であります。ところが、その後の慶大の教授との討論でも、テレビの対談でも、そのことを明らかに国民の前に総理が明言されています。まことにもってこれは私は総理として不見識だと思いますし、さっき大木さんの説明でも、るるとしてありましたから、もうわかっておりまするが、これは運動の中で、なぜ掛け金方式では悪いかと、賦課方式でなければ根本的な年金の改善はないんだということを、もう少し国民の前に明らかにされることが必要であると思います。したがって、さっきもお話を聞きました、で、わかっておりまするが、もう一言、言い足りないものがあれば付言していただきたい。
 それから逸見教授にお聞きしたいのでありますが、お話を聞いておりまして、現在、農地を縮小して工業団地がだんだんできております。あるいは道路、新幹線にりっぱなたんぼがどんどんとられる。われわれ政治家として地方を回りまして率直に感じますのは、石油危機のあとに食糧危機が来るのではないかと、しみじみと感じます。それは農家の人自身が言っています、農業の人自身が言っています。現在の農業の、どんどん土地を工業団地に切りかえていく、あるいは住宅に切りかえていく、こういうような政策では、もうすぐ食糧危機がやってまいりますよと、しかも農業におもしろみがない、楽しみがない、こういうことを言っています。先生のお話を聞いておりますと、現在のこの自民党のやり方そのままそっくり肯定しておりまして、人口さえうんとふえなければ食糧危機はありませんというようなことでありまするが、どうも私どもの感覚と違うのでありまするが、お考えあればお聞かせを願いたいと思います。
 以上です。
○公述人(大木正吾君) 小柳先生の御質問でございますが、四月の中旬のゼネストのかまえの中で、たいへん私に対しましてきびしい御質問になりますが、端的に申し上げて、第一の課題は、これは二月の二十八日の最終交渉で申し上げたのですが、やはりいま百三十億円、四十八年度予算の予備費の流用という中で出ました一人平均二千円のインフレ手当が、弱者問題、約六百八十五万人でありますけれども、これについて出されました。しかし、私は、その後における大蔵省の試算等によりましても、予備費が約二十億円なお残るという話も伺いましたし、この参議院におきまして予算委員会で、とにかく参議院の予算審議の限界がございますから、数字そのものについてどうしても変更ができないということであるかどうかわかりませんが、長谷川労働大臣、小坂総務長官等にも申し上げているわけですが、やはり来年度予算が当初の十七兆何がしかの金よりは、どう見ても私たちの賃上げの動向なり、法人税動向、あるいは新しく皆さん方の御努力で実ろうとしております超過利得税問題という点等を含めていきますと、私も税調のメンバーを長くやりました関係上感覚でわかるのですが、二兆をこすことは間違いない。そうした場合に、何らかのこれは前進方向というものについてお答えがいただけてもいいんじゃないか。たとえば、通過した段階では、厚生省関係予算の繰り上げで、あと百五十億なり百七十億積み上げれば二月二十八日の交渉状態に戻れるわけでございますから、そういう点、ぜひ一つの問題としてお願いしたいのです。
 次の問題は、何と言いましても年金のスライド関係の問題なんですが、私たちは要求を、福祉年金、国民年金、厚生年金として持っているわけです。現在組まれました予算の場合ですと、一四%というような四十八年度予算におきまする物価の見通しですね、というものを受けまして、ほぼ基準にして年金のスライド動向に予算が組まれているわけでありますが、実際には最終的に一四%平均値でおさまるわけではないと思います。同時に、私は、やっぱり積み立て方式、賦課方式とも関係をするのですが、いま物価は確かに鎮静方向に向かっています。しかし、この鎮静が長期的な鎮静であるか、あるいは五−六、特に六月の参議院選挙後にまた火を吹くかどうかになりますと、私の見解では、石油関係あるいは公共料金関係というものを胎内に持った日本列島でございますから、おそらく後半の見通しでは、日本経済研究の金森先生のところのデータによりましても、明確に政府見通しとは違ったものを出しております。そういう点等を考えた場合に、長期的にまだまだ日本の物価動向は二けた台を維持することは間違いないと、こう考えますが、いかがでしょう。一つ一四%ということ自身、現に一年間の三百六十五日の中間値をとって、平均物価で出して云々でありますと、後半の問題というものは全然もう現実とは背離をしてしまうわけです。私たちは、現在物価が二六%上のせのところの生活におるわけです。しかも、これはずっと傾向値がダウンせずに、傾向値が一五%の仰角でいくのか一三でいくのか一一でいくのか二〇になるかという問題の違いだけなんであって、二六%の土台は全然変わっておりません。そうしますと、私たちは、この土台の年金の特に掛け金、積み立て方式の部分については、私たちかけた分が、たしか四十九年度も、おそらく関係費用を出しましても、財投にも響くかもしれませんが、ほぼ二兆円何がしかは国民年金、厚生年金等の残額はあるわけでありますから、そういったものを見た場合に、ぜひこの種の問題についても考えて、当然数値は中間でもって、三カ月後あるいは六ヵ月後には、どうしても私たちは政府自身がこの年金スライドのパーセンテージは、私がここで言うまでもなく、変えざるを得ないことは明らかだと思います。ですから、そういうことを厚生省の年金局長なり大臣は答えるべきだと思うし、同時に、私たちは、現行のたとえば厚生年金は十一月の一日だと、国民年金は来年の一月の一日だ、こういうような非現実的な措置はまことに困るのでございまして、先生方にお願いしたいことは、予算が通ったから、政府の予算執行上の行政上の問題としまして、あまり与野党ともに窮屈な締めつけ方をしないで、政府が私たちに対して、国会の場でもけっこうですから、何らかのその種の弾力的な答えができますように期待をいたしたいわけです。
 もう一つは、やっぱり最低賃金制の問題がございますが、これは中小企業の労働者の方々に対する問題なんです。日本は後発的資本主義国ですから、農業問題の話もございましたけれども、その関係からいたしますと、どうしても中小企業と大企業の賃金の差、これは主として生産性なり規模の差から来るものでありまして、そしてその関係からして私たちが理想としておりあえずの現段階の数字は、大企業一〇〇%に対して中小企業は八五%の賃金水準は維持しなければいけないと――それでも私はおかしいと思います。しかし、当面の中小企業の援助措置等によってできる限界はその辺だろう。しかし、これは小柳先生も御承知と思いますけれども、実は三年ほど前には、一〇〇に対して七八ぐらいまで接近をしたわけなんです。最近二、三年間に下落しまして七〇%を割りました。六八という現実の数字なんです。ですから、現行のいわゆる地場別な、業種別的な最賃協定とか、十一条方式、地域包括方式、こういったものでは全く――平均的な意味合いを見ましても、さっき申し上げた、地域によっては生活保護世帯よりももっと以下の労働者がたくさんおるということなんです。こういったことについて御注目いただきまして、私は直ちに本年からと申し上げませんけれども、最賃のいわゆる仕組みですね、仕組みを、地域包括とか、あるいは業種別協定とか、そういったものじゃなく、もっと列島中を見た場合に、一〇〇に対して八〇、八五、向こう三年間、そういった方式によるところのプロセスを織り込みながら一定の方式というものを見出してもらいたいと、こういうふうに考えておるわけでございます。
 それから、最後になりますが、賃金の額がどうなるかということは、けさほどの新聞にもございましたし、田中総理自身が、経済問題については相当な幅でめんどうみたい、こういうこともおっしゃってますから特段に触れませんけれども、一つの問題は、スト権の問題であります。これは、小柳先生御出身の国鉄等のあの雪の中で徹夜でもって保線をされる労働者の気持ち、私は実は前事務局長岩井さんと同い年ですけれども、私と同じ年配の国鉄の助役すれすれのところにとまっています職員の賃金を実は仲間として聞いてみました。何と、うちに持って帰る金はですね、十万と四千円ぐらいなんです。五十二歳です。そういった状態で、五十歳前後の奥さんが共かせぎに出ながら、やっと生活の、まあ言えば、世間並み水準を守るにきゅうきゅうとしているわけです。
 しかも、昨年の公制審の答申の読み方の問題で、きょう実は資料を持ってまいっておりませんが、これはぜひお考えいただきたいんでございますが、八年間の公制審、スト権のない労働者の問題についてよく考えて議論しなさいということで始まりましたドライヤー勧告に基づく公制審の答申の末尾の下から三行目に、非常に大事なことが書いてあります。それはこういうことです。三公社五現業については争議権の解決をしなさいと書いてあります。それから同時に、中間におきまして、日教組、自治労等の問題に触れまして、中央交渉について、賃金以外の問題について、労働条件については中央交渉をしなさいと、こう書いてあるんです。そのことすら、去年の九月三日以降、全然政府、総理府等では結果的には、あまり詰めた議論がないようです。私は日本人的に、もし日本語を共通して解釈をすれば、現に争議権のない労働者のために八年間議論をした。そして争議権の解決をせいということを書いてあるからには、まあ確かに公営関係の仕事ですから、若干の制限条項はやむを得ないと思いますけれども、スト権を与える、争議権を与える、このことが解決の日本語の読み方だと思うのであります。残念ですけども、これについて昨年の前官房副長官山下さんは、解決とはスト権を与えない場合を解決と、こういうふうに新聞やテレビで発言されました。私はここに問題があろうと思うのです。
 ですから、ILOラリーが非常に注目して、きょうもILO関係の方々も東京にだいぶ来られることになるわけでございますけれども、私たちは公共事業の性格は十分に承知しています。同時に、国鉄の民営論、電電の民営論等もございますが、実際問題として、民営というものは、外国ではむしろ赤字の私鉄を国が買い上げている。アメリカ等は、ごく最近、国有企業にしぼっている状態なんです。そういう点からしますと、民営論というものは、田中さんに反論する立場ではございませんけども、時代に少しく逆にいく方向じゃないかと思いますし、民営にしてスト権を与えるなら、これはスト権委員会も何も要りません。ですから、まさしくスト権問題については公制審の答申をそのまま実行していただくということが一つの大きなポイントでないか、こう思うのでありまして、私たちは、あまり無理なといいましょうか、何か急に問題を提起して急に解決を迫る、そのためのゼネストと、こういうふうに考えておりませんから、あくまでも理にかなった段階を経てきた中での最終的な問題として、この種の三、四点を重要な問題点としまして、政府との話し合いというものをさらにこれから、きょうの午後もあしたも詰めたい、こう考えておりますから、ぜひ与野党の諸先生方の、側面的といいましょうか、あるいは院内における政府答弁による解決もけっこうでございますから、そういったことを含めて御協力をお願いいたしたいと、こう考えています。
 それからもう一つ、賦課方式問題について先ほども触れましたけれども、これは私どもの資料ですと、積み立て方式でないとあぶないという、こういう議論でございますが、たとえばことしの場合に、国民年金なりあるいは厚生年金で国が得ます金額そのものは、おそらく相当な額、二兆数千億円に達するかもしれません。財投に相当いくと思います。しかし、これについて考えていきますと、賦課方式にいたしましても、財投資金で結果的にはどのような金に使っても、今日の二〇%前後の物価を補償する道はありません、これは。そうしますと、今日だれが考えても、もう三、四年間の短期の賦課方式しかこの年金の積み立てにかわるものはないわけなんでありまして、田中総理がどうおっしゃったか知りませんが、外国では若い層が逃げているということは、私は少なくとも総評四百三十万の代表といたしまして、その組織内において、賦課方式に転換したことによって自分の掛けた金が先輩にわたることが明確になった場合、それから逃避しようなんでいう日本の青年諸君はないと思うし、責任を持ってそういうことはさせないつもりでおりますから、そのようにお考えいただきたいと思います。
○公述人(逸見謙三君) お答えいたします。
 私の意見が何か与党と同じようだと、与党が私の言うとおり農業政策を展開していただくとたいへんありがたいわけですけれども、いつもいただけないんで実は失望しているわけでございます。それはともかくといたしまして、食糧の自給率が下がっていることは、これは事実として認めないわけにまいりません。私の申し上げましたのは、不安定の食糧危機と傾向的な食糧危機とは違うと、不安定な食糧危機は不安定対策として対処すればいいんだと。これを傾向的な問題として対処することは、日本の国土、資源、労働の資源からいっても不可能だと、香港ほどではございませんけれども、日本の国土でやることは不可能だということを申し上げているわけでございます。それからもう一つは、そういうことをするということは、やがて世界的なとんでもない過剰を数年後にもたらすものであると、こういうことだけ申し上げたわけでございます。もちろん不安定による危機は、これは現実にございますので、不安定対策は十分やっていただきたいと、その不安定対策に関しましては、国別にやったらかえって世界市場は不安定になると、世界市場全体を安定するような国際協力でやってほしいと、こういうことを申し上げたわけでございます。事実問題としましては、農民がたいへん不満を持っているということは、私は認めないわけにいかないと思います、これは。ですけれども、私もしょっちゅう農業政策というものを専門にしているために、私までが悪いように消費者から言われるわけでございまして、消費者も不満を持っております。それなるがゆえに、農業問題と農業政策に対して国会はどう努力しているのか、政府はどう努力しているのかということをもっと啓蒙してほしいと、こういうことを申し上げたわけでございます。一刀両断に私は農業政策が解決するとは思いません。そういうような立場に追い込まれているわけでございます。その中でやってほしいということを申し上げているわけでございます。
 ただ、農民の不満の原因で大きなものは二つあると思います。一つは、農業者の数がどんどん減りまして、国民的な社会の中で農業者は少数者になってしまったということでございます。これは確かに農業部門としましてはたいへんな不満のものでございますけれども、これを少数者じゃなくて、多数にもっと置きますと、農民はやはり第二の不満の原因を生ずるということを私は申し上げたいわけでございます。と申しますのは、日本の農業者はたいへんな能力の持ち主でございまして、これは先ほど八郎潟でちょっと申し上げましたけれども、あそこでお米を七・五ヘクタールとか十ヘクタールつくっております。あれは唯々諾々としてやっているわけでございます。別に苦労しないでお米をつくるなら、十五ヘクタールでも二十ヘクタールでも日本の農民は十分やっていけるわけでございます。その能力のある農民がせいぜい二ヘクタールか三ヘクタールのところに押し込められていると、ここに不満を持っているわけでございます。ですから、少数者になることをやめて多数者でいれば、自分の能力ほどの農場を与えられないという不満を持つわけでございます。ですから、どのみち農業者の不満は解消しないと私は思います、残念ながら。その問題としまして、できるだけ農業者に能力に合ったような面積なら面積を持たせ、豚舎なら豚舎を持たせ、鶏舎なら鶏舎を持たせ、しかも、国民の理解を得て、少数者でありながら消費者や何かから応援してもらって、自分は国民経済における農業の役割りを果たす、こういう消費者の理解を得てやれる農業に努力していただきたい、こういうことを申し上げたわけでございます。
○細川護熙君 先ほどちょっと質問が中断をいたしましたので、お許しをいただいて、もう一問だけ大木さんにお尋ねをしたいと思いますが、先ほどからお話しの公務員のスト権の問題というのは、やはりこれは本来国会の場で、国民の代表である国会の場で冷静に審議を尽くして決定をさるべきものであって、ストの圧力によってスト権を奪還するというような手段というものには、やはり私は非常に強い疑念を感じざるを得ないわけであります。このスト権の問題が解決をしない限りゼネストは続けられるということははっきりしておられるのかどうか。きのうのテレビでもたしかおっしゃったと思いますが、いまもここで、もし国会の場で満足な回答が得られるならば、一つの方向が出るならば、これはこれを尊重するという趣旨の発言をしておられますけれども、この御発言の趣旨は、満足な回答が得られるならばゼネストは終息をするというふうに受けとめてよろしいのかどうか。それが一つと、それからかねて大木さんは、いわゆる順法というものはやるべきではないという趣旨の発言をしておられますが、これは今日もなおいまもってそういうふうな個人としての信念をお持ちなのかどうか。この二点についてお尋ねをいたします。
○公述人(大木正吾君) 細川先生のたいへん御親切な、御懇篤な御質問に感謝いたしますが、端的に申し上げて、八年前に公制審――公務員制度審議会が開かれておりまして、これは公制審というものを設置するときには、たしか国会でそのことの審議――審議会を始めるということについては国会のおそらく場で若干の議論があったと思います。同時に、いま大事なことは、公政審の答申が出されましたから、結果的にはこの公制審の答申をどのように実際の政治の場なりあるいは労使関係の場に特に生かすかどうかという問題であります。ですから、私が申し上げましたのは、公制審の中の全文を申し上げる時間もございませんので、非常に大事なところは、これは前田義徳NHK会長なりあるいは労働金庫の今井一男さんなり、入った方に伺ってもらえばなおわかるわけでありますけれども、三公社五現業の場合には、大多数の公益委員の方々が――具体的に数字などで伺いますと、これもはっきり御本人方の御署名をとったわけではございませんから、大まかに申し上げますと五対二で、三公社五現業については条件づきで認めなさい、日教組、自治労等についてはほぼ三者併記ですね、スト権問題について。これがまず率直な公制審の答申なんであります。ですから、私は、たとえば公労法をどうするか、あるいは地方公務員法をどうするか、あるいは国家公務員法をどうするか等の法律案の改正につきましては、当然国会の場の議論が必要と考えています。ただ、問題は、政府がこの公制審の答申について、先ほど触れました幾つかの問題について、一つの例といたしまして、三公社五現業については争議権の解決をはかるべき、こう言っているんですね。これは当然審議会の記録の中にもあるわけでございますから、これは条件が若干つけられてもスト権を与える、争議権を与える、こういった方向での答弁があってしかるべきでありましょうし、同時に、国会の場における答弁であっても、春闘共闘の代表が総理なり長谷川労働大臣と話し合った中における答弁でも、その場は問わない、こういうふうに申し上げたわけでございますから、要するにその答弁がありましてから後に、さらに関係法律の整備が必要でございますから、その整備の過程で、また、その整備の政府案ができた段階で国会の先生方の御論議をちょうだいすることはあたりまえだ、こう考えています。
 それから順法問題でございますが、順法闘争ということは、これは非常に私の印象ですと陰湿な闘争なんですね。ほんとうは、もうさしたくないという心境なんです。しかし、残念ながら、さっき申し上げたように、国鉄の労働者の生活状態が一般の商社、銀行等から比べたら五割ぐらいも低い現状なんですね。しかも、深夜までお客さんを送るという、どろくさい仕事をいたしておりますから、そういう関係ですと、まさしく私たち見ておって、労働条件なり生活条件が気の毒でならないわけなんですね。ですから、むしろ争議権というものを与えることによってこそ、順法闘争というものについて、そういう戦術がとられなくなるんじゃないか、こういうふうに考えていますし、現にそういう議論がいま参議院に立候補しています目黒君――まあ、あばれん坊動労目黒今朝次郎と言われましたけれども、彼自身の発言でも、去年テレビでもってお話しの際には、順法などしたくはない、しかしスト権がなければ何も方法ないじゃないかと、こういうお話でございますから、ぜひそういった面についても、一方的発言で恐縮でございますが、御理解を賜わっておきたいと、こう考えている次第でございます。
○玉置和郎君 関連。
○理事(吉武恵市君) 玉置君、簡単に願います。
○玉置和郎君 関連するのに何で簡単にと言うんですか。そういうことを言いなさんな。間違っています、そういうこと。発言せぬ前に簡単に願いますなんて、何を言うんですか、訂正しなさい。
○理事(吉武恵市君) あとで許すつもりですから。
○玉置和郎君 訂正しなさい、訂正しなければ発言しないよ。そういう発言もしない前に簡単に願いますって、どういうことなんですか。訂正しなさい、それは。
○理事(吉武恵市君) 関連は簡単に願います。
○玉置和郎君 いや、関連はわかっていますよ、関連だから。きのうやきょう出てきたんじゃないんだ。何を言ってるか。
 大木さんにちょっと関連して質問します。あなたは弱者救済ということを言われました。これはもっともだと思うんです。私は、社会保障というのは、これはやっぱりイデオロギー以前の人道的な問題から社会保障というのは出てきておると思うんです。これは認めますね。お互いこれは認めなければいかぬ、このことは。そうであったら、生活保護者だとか老人ホームにある老人たち、これはやはり社会の片すみに追いやられておるという大木さんの発言も、これも私たちは是認をします。そういう人たちであればあるほど、いま起こっておる社会の現象というものについて知りたいという願いを持っておるということ、これはあなた認めるでしょう。しかも、その知りたいという範囲の中に、自分たちのこのいろんな生活をしていく上において政府与党というものが大きな影響を持っておるということも、あなたは認めるにやぶさかでないと思います。こういうこと認めますね、どうですか。―― ええ、いいです。
 それで、私はこの点が重大だと思うんです。きょうは電話がかかってきた、和歌山から。これは和歌山県の湯浅という郵便局があるんです。湯浅という郵便局に、自民党が三月十日に出した自由新報が五千部、きのう現在に至ってまだそのあて名のところに配達をされていない。それから三月二十三日、私の友人の栩野という自民党の県会議員が、この湯浅、有田一円に五千部の訂正報告をした。その資料を郵便局に出した。これもいまだに湯浅の郵便局に積まれておる。これは読売新聞が土曜日か金曜日に写真班を連れて確認をしております。こういうことがスト権をとるという名のもとにやられておるとするならば、私はこれは重大な問題だと思うんです。そういう問題よりも、まずこの郵便物というものが選別配達されるんじゃなしに、郵便物というものはやはり公正に配達されなきゃならぬ。銀行融資には選別融資というのはあるんですよ、これは大木さん。しかし、郵便物なんというのは、これはイデオロギーをはさましちゃならぬのです。公正に配達をして、配達をされた先の者が、国民が一人一人その配達物を見て、そうして選別をしていく、言ってきたものを選別していくというのが、これは議会制民主主義をとる、民主政治をとる国民のあり方です。しかも、さっき言うように、寝たきりの老人、これなんかはテレビを見にいくわけにいかぬのです。こういう配達された新聞を見て、ああ政府与党はこんなことをおれたちに考えてくれているのかな、片っ方では、最近よく売れている赤旗を見て、また、これだいぶうそを言っているなというふうなこと、これはもう本人のかってですからね、判断は。そういう人もおる。だから、こういうことについて、あなたはいま公聴会の先生として来られて、どういうふうにお考えになっておるのか、御見解を承りたいと思います。
○公述人(大木正吾君) 私、いまの御質問に対してお答えいたしますが、ぜひ玉置先生にも、お互いにまあ冷静にお話し合いをいたしたいということでお願いしておきたいと思います。
 そこで、一つは、おっしゃるとおりです。イデオロギー以前の問題だと私思います。ですから、たとえば先生おっしゃるとおり、厚生省の中に、生活保護者とか身体障害者、こういう方々について専門的に代表でも入れて審議をする場所は残念ながらないわけなんですよ。この間も実は車いすを三百台ぐらい持ってきて、たいへんあの方々も生活に苦しんでおりますから、総理官邸に押しかけるなんという話がありまして、私たちは押えまして、せめて代表を齋藤厚生大臣にお会いさせてもらうからかんべんしてくれでもって、しんぼうしてもらったわけですね。私は、ですから、今度の春闘の解決の際、ぜひお願いいたしたいことは、厚生省に、私たちが入っています例の厚生年金とか国民年金とか、この関係については関係者が入る審議会があるわけです。しかし、いま私たちが国民春闘といい、同時にこのことを取り上げたからこそ実は日本国中が問題でわいているという残念な状態なんですよ。私がお願いしたいことは、だから玉置先生も賛成のようですから、厚生大臣にお願いいたしまして、身体障害者、生活保護者、福祉年金――福祉年金の方も七十歳以上でもって、いずれもなかなか健康上の問題もありますけれども、こういった人たちが直接意見を、ここに来ることはめんどうでしょうけれども、厚生省の中にその方々の審議会を開いて、約八百万人おりますから、この方々の問題の直接の意見を聞いていただくということをぜひ御質問に関連しまして齋藤邦吉さんのほうに先生のほうからも御伝言いただきたいのです。
 それからもう一つですが、実は全逓さんが現在時間外労働拒否に入っているわけです。ですから、自由新報を選別配達という形でやったことは、私はどうも、もしそういうことがあったとしますれば運動上でも邪道でございますから、これは私たちは賛成できません。ただ、もし時間外労働拒否という立場でもって一般的な郵便物のおくれが出ているとしますれば、御承知のとおり、労働基準法なり労働協約権もございますから、その点ではお許しいただきたいと思うし、私自身、お約束というわけにはまいりませんが、きょうこれから京都のほうに参りますから、時間がございましたら、ぜひ全逓のそれぞれの担当の方に、きょう国会で玉置先生からたいへん和歌山の関係でもっておしかりをちょうだいした、そういったことをしちゃいけない、やるんだったらそれはもう社会新報も自由新報も赤旗も、郵便料を払っているものは全部公平にやっていたらいいわけですから――おそらく、こっちの社会党の方々は社会新報を先にやってと言うかもしれませんが、やっぱり私たちは、郵便局につとめているからには――大蔵省の方々は、大手中小の選別融資のときにはわりあいに金持ちのほうに選別を優先的にやりますけれども、労働組合はけちなことを考えませんから、おっしゃるような問題については十分に注意いたしまして、選別的な配達はさせない、こういうふうに御理解いただきます。
○玉置和郎君 もう一回関連。簡単にやります。
 大木さん、事実なんです。ちゃんと積んでおるんです。その五千部は五千部で積んで、栩野のほうの五千部は五千部で積んで、それで一般の郵便物は全部出ておるんです。そこにわれわれが、これはいかぬなという感じを持つんです。それで、これはやっぱりあなたが言われるように、三月六日に、超勤はしちゃいかぬ、この春闘の間超勤をお互いにやめておきましょうという協定が何かできたそうです。その中でやった選別配達なんです。だから、あなたの言うように私たちはそれは認めませんけれども、認めませんけれども、あえて百歩譲って、そういう協定が労使の間でできたとするならば、労使という関係じゃありませんけれども、管理職とその間でできたとするならば、これは百歩譲って、そういうことだろうかなとうなずくのにはやぶさかなところがだいぶありますが、しかし、こういうイデオロギーをはさみましてやった場合には、これはほんとうに民主政治の破壊ですよ。だから、総評のこれは大御所として、こういう行き過ぎのところは断固として是正をしていくというこの決断、勇気、これが当然私は大木さんならあると、こう思ったんで質問したんで、ぜひひとつ早急に手を打ってください。
○公述人(大木正吾君) まあ、断固としてというふうにおっしゃったんですけれども、私は断固ということはあまり好きじゃないんでございまして、なるべく冷静に、クールに調べまして対処いたしたい、こういうふうにお答えいたしておきます。
○梶木又三君 逸見先生に一言お尋ねいたしておきたいと思いますが、農業は、先ほどお話しのように、これは小回りもできませんし、工業生産のようなわけにいかないので、先ほとお話しの、過度に修正すべきじゃないと、こういう最後の御意見、これは私確かに一つの傾聴すべき御意見だと思うわけなんですが、ただそこで、先ほどちょっと御答弁ございましたが、世界の食糧需給ですね。安定的なものと傾向的なものとあるというお話、あれはどうも二つともあるんじゃないか、こういう気がするわけなんですよ。開発途上国は人口もふえてまいりますし、もちろん生産力は上がるけれども、ふえてくる。そういう面では傾向的だと思いますし、それからまた、その国の政治的な発言力が強まってきますと、日本に幾ら金があっても売ってくれないというような事態もあるいは起きるんじゃないか、こういう点も、これは不安定的な要素だと思うんですが、こういうこともあるんじゃないかと思うんですよ。そこで、もちろん、先ほど言いましたように、農業のいますぐに過度の方向転換、これはもうできないと思いますが、もちろん、完全自給なんてこれはできませんが、できるだけやはり自給度を高める方向に持っていくべきじゃないかと、このように考えるわけなんですよ。
 そこで、将来の食糧需給に対するお考えをもう一回お話し願いたいのと、それから完全自給するとすれば、先ほど八百万とか千万ヘクタール必要だというお話がございました。とてもこんな面積は、もちろん日本で確保できません。はっきり言うて日本でできないと思います。そこで、できるだけ草地開発等で未利用地の開発をやる、これともう一つ、私は、どうしても現在の既耕地の利用率がいま非常に下がってきておりますので、この利用率を高めなくちゃならぬと思うんですが、こういう点に関して先生の御意見。
 それからもう一つは、海外協力のあり方で、私、先生のお話と全く同感でございます。ただ単に開発輸入、これはもういままでの過去のあり方を見ましても失敗いたしておりますから、そこで、ことし幸い海外協力事業団が発足するわけでございますが、海外にまだどのぐらい開発の可能性といいますか、こういうようなものがあるかということと、それから先ほどちょっとお話がございましたように、特定の国と特定の国だけが契約を結ぶというか、やっていくと、ほかの残ったところにアンバラができる、自由市場を撹乱するというお話がございました。私も全く同感でございますので、そういう協調のあり方ですね、これに対してどういうお考えか。
 以上三点ほどお伺いいたしたいと思います。
○公述人(逸見謙三君) お答えいたします。
 食糧不足の将来に関することは、はずれているかもしれませんけれども、私がいろいろ研究している範囲で申し上げますと、短期の問題に関しての御質問じゃないと思いますので、傾向的な問題に関してお答えいたしますが、発展途上国で食糧が足りないということは私事実だと思います。ただ、最近の統計で見ますと、世界の総穀物生産と申しますか、総穀物消費の七%が先進国経済圏から発展途上国経済圏に流れております。この七%というのは、人口増加率を二・五%として計算しまして、それから所得の向上も考慮いたしますと、二カ年間でなくなってしまう数量でございます。言いかえますと、二年ごとに倍々とふやさなきゃならない。これは世界市場としてはとても吸収できない、あるいは発展途上国といたしましてもとてもこれを買うだけのお金はないと。日本が関係する市場の問題としては、もちろん食糧援助とか何とかいうことば必要でございますけれども、日本の関係する問題としましては、発展途上国は発展途上国の中の増産で処理する以外ない。これは保有外貨の面から考えましても、それから世界市場の供給能力から考えましても、ないと、こういうふうに判断するわけでございます。むしろ、経済援助というものがなければ発展途上国は食糧不足におちいって、外貨を食いつぶして経済成長がとまってしまうと、こういうような解釈をいたしますので、これは世界の農産物市場にそう響くものではない、響く能力が向こう側にないと、こういうふうに判断すべきかと思います。
 で、先進国の市場の問題でございますけれども、いろいろな数字で考えますと、FAOのバーマ事務局長が言った数年前の予測は楽観過ぎたということは、私、事実だったと思います。そういう反省がありました。ですけれども、その楽観論修正にいたしましても、大体ここ十年ぐらいを考えますと、収支とんとんになると、こういう計算は私は出ざるを得ないのじゃないかと、こういうふうに――数字を手元に持ち合わせておりませんので、あれですが。それから非常に長期の問題といたしましては、なるほど食糧というものは不足して、世界が、ローマクラブの報告ではございませんけれども、まいることは事実だと思います。だけど、考えてみますと、かりに食糧で世界が行き詰まる前には、鉱物資源で世界の成長率が行き詰まるほうが早いのじゃないかと、私はそう考えます。そういう意味で、私どもが推測しますと、これはどうも非常に長期を考えましても、食糧不足のほうの心配というものは、経済政策の範囲として考えるべきじゃない、科学技術の範囲として考えるべきだ。
 それから、世界の食糧のいま増産の余地がどのぐらいあるのかということでございますけれども、これはどの程度のお金を世界が支出するかという決心次第によって数字はたいへん変わってまいります。たとえば、いまの私どもの技術から申しますと、海水を真水に変えるということばそうむずかしいことではございませんし、ヒマラヤに降った雨をインドの高原地帯に水路で通すことも、お金を決心すれば、そうむずかしいことではございません。ですから、農産物価格というものをどの水準に落ちつけるか、あるいはどの程度の支出をするかということで決心はきまってくるわけでございます。ただ、現在で考えますと、ほとんどの余地は先進国側にございまして、発展途上国側にないことは事実でございます。
 それから、既耕地の利用率が非常に下がっているのは私は事実ですし、これはもう少し高めるべきではないかと存じます。ただ、これはいまの農業技術で、たとえば裏作に麦をつくるという技術を、麦の品種改良を伴わないでやりますと、農業者に対して酷ではないか。できる範囲でやっていただくことは非常にありがたいわけでございますけれども、ともかくも技術というものがもう少しめどがつきませんと、やっていただくことは酷じゃないか。これは麦の品種だけでございませんで、裏作の利用を、機械化の問題とかいろいろなものを含めまして、私は申し上げるわけでございます。
 それから国際協調のあり方でございますけれども、元来、去年の九月から新国際ラウンドというのがガットの場で始まったわけでございます。従来、ガットの場で議論されているのは、生産国のほうが消費市場に対してドアをあけることに非常に熱心であって、それを一方的にやっていたわけでございますけれども、最近の農産物価格の高騰あるいは資源の高騰から、資源ないし食糧に対する今度逆に供給保障の問題というのが私どもは非常に国際的に大きな課題としてあがってきたんじゃないかと思います。
 で、こういうことで、せっかく新国際ラウンドに対しては日本は非常に積極的に推してきたので、これはもちろんアメリカのトレードビルが通らなければ実質的に始まらないわけでございますけれども、かりに始まりました場合は、供給保障の問題とそれから国際的に在庫を持つ問題でかなり指導権をとっていただいたら、かなり現実的な問題になるんじゃないか。
 それから、もしアメリカのトレードビルが通りませんで、ガットが始まりませんでも、ことしの秋にはローマで世界食糧会議というのが始まります。この機会をとらえましても、まだいろいろ運動する余地があるわけでございます。私は、何も日本の食糧供給というものが万々歳の安定にあるということを申し上げているわけじゃございませんで、自給率が下がったということは不安定だということを申し上げているわけでございます。ただ、その不安定が過度に感得されると非常に困った問題になると。で、不安定に対処するやり方は国際協力でやるのが最も効率的である、こういうことを申し上げているわけで、その機会は、私の知る限りでは、新国際ラウンドと秋の世界食糧会議でリーダーシップをとっていただいたら、かなりのことができるのではないか、こういうふうに考えます。
○辻一彦君 三点、大木公述人とそれから逸見公述人にお伺いいたします。
 一つは、大木さんのさっきのお話の中に、弱者救済に重点を置く、そしてその財源を超過利得税に求めるべきであると。私も大筋で賛成であります。しかし、政府のほうでは、総需要抑制という点からこの超過利得税を考えるというような考えもあると聞いておりますが、弱者救済という観点に立って、超過利得税の性格上これに求むべきであるというこの見解につきまして、もう少し詳しくお伺いをいたしたい。
 それから第二は、逸見公述人にお伺いいたしますが、日本の農業の危機は、一つは畜産の危機という形で非常に深刻に出ておると思います。そこで、麦やえさ、草という資源をどう自給するか、高めるかということがたいへん大事だと思います。その中で小規模の面積につくってもなかなか容易ではないんですが、日本の国有林あるいは原野、未利用地はかなり膨大なものがまだありますが、五十ヘクタール、百へクタールというようなかなり大きな団地に麦や草資源、えさをつくるとなれば、私は先ほど示された、いわゆるどれだけの労働力が要るかという計算はかなり違ってくると思うのでありますが、そういう大規模な団地をたくさんつくって、そしてえさ資源の自給率を高める必要があると思いますが、この点についてどうか。
 それからもう一つは、兼業農家の御認識でありますが、私も兼業農家は現状の中ではこれが存在を否定することはできないし、必要悪といいますか、やむを得ない状況であると思います。しかし、その実態を見ると、この兼業農家の多くは不安定兼業が多い。そこで、田植えあるいは稲刈りを早々に済ましてかせぎに外に出る。そうなりますと、田植え時期と稲刈りの忙しいときには農村におって働きますが、あとはほとんど婦人や老人にまかされる。そうしますと地力の維持という点においても大事な稲わらなんかは燃やしてしまうような状況ですね。こういうものをほんとうは堆肥にし地力維持をはかっていくということが長い農業生産の上において非常に重要であると思いますが、こういう点が兼業農家の場合には非常に欠けておるという点から、兼業のあり方ということは、まあ私はやむを得ないにしても、やはりそれをいい方向に理解をするということはできないのではなかろうかと思いますが、以上三点についてお伺いいたしたいと思います。
○公述人(大木正吾君) 辻先生の御質問でございますが、先ほど小柳先生にもお答えいたしたんですが、弱者救済問題につきましては相当問題をしぼった提起をいたしておりまして、確かに三百億円程度の回答が出ましたときの長谷川労働大臣の御発言に、総需要抑制に反するという発言がございまして、しからば一体この三百億円というものと、まあ、ここでもって大きな話をしてもしかたがありませんが、防衛費の関係でありますとか、あるいは中四国の三本の架橋の問題でありますとか、こういったたいへんな大きな何兆という金が別途動いていますから、そういう点で私たちはこの弱者救済問題がインフレ促進という面でなく、むしろインフレでもって不公平の拡大された部分をささやかながらもとに返す作用でしがなかろう、こういうふうに考えておりまして、この問題については、政府側の答弁がどうあったか私もよく存じませんけれども、一つの例といたしまして超過利得税問題をあげたのであります。
 この税がなくても、十分に来年の十一月ごろの見通しに立てば、現に一八%の所得税財源と見た賃上げがどんなに低く見積もっても二四、五%こすことは間違いないでしょうし、三〇%こえている企業も現にもうどんどん出ているわけでありますから、そういう点からしても、この税金だけじゃなく、もっと基本の問題に触れましても十分に措置ができる、こう考えておりますので、不公平の拡大しっぱなしたものを少し手当てする程度でしかない、こういうふうに受けとめていただきたいのであります。
○公述人(逸見謙三君) 未利用地を利用して飼料の供給力を高める、この点に関しましては私全くそのとおりと思いまして、私も先ほど国有林の開放と結びつけて利用する余地が大きいんじゃないか、もう少しその方面に力を入れてほしい、こういうふうに申し上げたつもりでございます。特に薪炭林がかなり余っておりまして、そういうところを草地に変える余地というのはあるんじゃないか、こういうふうに考えております。
 ただ、私は、世界の需給関係と日本のえさの必要度を考えますと、そこに穀物をつくるよりも草地にしたほうがよろしいんじゃないか、こういう意味で草地にもっと力を入れてほしいというふうに申し上げたわけでございます。
 出かせぎに――まあ兼業農家一般が非常に不安定でございますけれども、特に出かせぎが不安定で、これが安定になるということは望ましいというふうに私も考えております。ただ、安定になりましても、先ほども申しましたように、出かせぎは生活上のいろんな不便がございまして、困ったことじゃないかと考えております。
 ただ、私が現地を回りまして、これは全国を調べたわけでございませんので、断定的には申し上げられませんけれども、聞く範囲で一つ問題点がございまして、出かせぎ地、たとえば東北などで工場を誘致いたしましても、そこで応募する人は、出かせぎの人が応募するんじゃなくて、その地元のもっと低賃金の産業からそっちの工場へ寄ってしまう、こういうような問題がございまして、出かせぎをやめてもっと恒常的な兼業に移るためには、もっと高い賃金を、出かせぎと同じような魅力のある産業を誘致しなきゃならないんじゃないか。これはなかなか農業政策の範囲ではむずかしいというのが私の実感でございまして、その意味で、どうも私の本日の公述は全部悲観論みたいで、むずかしいということを申し上げに来たみたいで非常に恐縮でございますけれども、いまの出かせぎは、できるだけ地場産業でもって出かせぎに匹敵する魅力のあるような工場を誘致してくる以外にないとは思いますけれども、それをまたつくるということになりますと、そこの農地が食われてしまう、こういう競合関係にございまして、抜本的な解決はなかなかむずかしいんで、出かせぎは出かせぎで、出かせぎ先に対していろんな配慮をする、こういうようなことで徐々に解決していく以外にないんじゃないか、こういうふうに考えております。
 それから地方の問題に関しましては、私非常に不満を持っておりまして、これは兼業だけじゃなくて、このごろは専業農家もなかなか堆厩肥をやらなくなっておりまして、私どもも不満を持っていたわけでございますが、ただ、私どもが、ごく最近までは、地力の低下でたいへんだぞ、たいへんだぞと申しましても、農家のほうに、その年その年は地力が低下しているにもかかわらず比較的よくとれてきたために、なかなか聞き入れていただけなかったわけでございますけれども、昨年ぐらいあたりから、これはやっぱり地力の低下というのはたいへんなことであるということを各地の農家で気がついていただいたことと、それから肥料が、どうも石油危機以来、とんでもない人造肥料ばっかり、化学肥料ばっかりにたよっていたんじゃ、これは価格の面からもかなわない、こういうことになりまして、堆厩肥をやるということにかなりの力を入れだしたというふうに考えております。これはもっと先生方のお力で普及していただいたらと、こういうふうに考える次第でございます。
○矢追秀彦君 予定の時間が過ぎましてまことに恐縮ですが、大木公述人と逸見先生にお伺いしたいと思います。社会保障という問題ですが、私もあまり専門でございませんので、あるいは的はずれの質問になるかもわかりませんが、この社会保障に対する考え方といいますか国民の意識といいますか、そういったものに対するPR――と言っては変なんですけれども、そういう点がまだまだ私は足りないんじゃないか。
 ただ単に、社会保障というのは、老後が幾らお金があればいいんだとか、あるいは身体障害者、母子家庭あるいはいろんな精神薄弱児に対する施策――これは私はやめろと言うんじゃないんです、やらなくちゃなりません。ただ、それが行なわれることが非常に大きな社会自体の構造というか、そういう大きな変革あるいは意識の変革というものがそこから起こるんだと、それが非常に大事なんだという点に対する強調が私は非常にまだまだ足りないんじゃないか。
 非常に大ざっぱな議論になりますけれども、たとえば賦課方式に切りかえたとしますと、現在、六十五歳以上六万円の年金は可能だと思います。そうすればお年寄りがかなり小づかいがふえる、そうすると今度は若い世代の人たちもお年寄りを大事にするんだと。また、これは大ざっぱな計算ですけれども、生産者米価を一〇%引き上げた場合は、農村に対する収入は約千五百億ぐらいの増加だと思います。それに反して、六十五歳以上のお年寄りに六万円年金を出しますと、六十五歳以上の約四三%が農業人口ですから、一兆三千億も農村に対する収入がふえる、こういう試算を出しておる学者もおられるわけです。そうすると、米価の値上げ、もちろんこれはいろんな面で生産者米価の値上げをしなくちゃならぬ面もありますけれども、そういった点で農村が豊かになれば、ある程度そういったものもいままでのような急ピッチにやらなくてもいい面も出るんじゃないか、まあそれは一面ですから全体とは言えませんけれども、そういうふうにすることによって――あるいはまた、定年退職ということも、これも西ドイツあたりでは最終の賃金の七五%が支給されておる、そのために六十五歳から六十二歳に定年が短くなっている、こういうふうな現象がやはり起こっておるわけですから、社会保障というものを国民の意識の中にもっと定着をしていく、それによっていろんなものの考え方も変わるんだと、ただお金と制度だけの充実のみにとらわれておったのではまだまだ進まないんじゃないか、こう思いますので、その点についてどうお考えか。
 もう一つは、賃金上昇と社会保障の充実の相互関係といいますか、これに対してはどういうふうにお考えか。いまの状態だと、やっぱり賃金をどんどん上げないと、これはもう貯金もしなきゃなりませんし、早く物を買っておかなきゃなりませんが、老後というものが保障されておれば、そう急激な上昇をしなくてもいい。特に先ほどもお話しありました最低賃金制、私たちも賛成ですが、非常に格差がふえております。いま六八%と言われましたが、ものによってはもう半分以下という――この間ある雑誌を見ますと、かなり今度、いわゆるわれわれから言うともうけた企業ですね、便乗値上げでもうけた大商社なんかのベースアップの落ちつくところとそうでないところの差は、私は六八%でおさまらないんじゃないかと思うんです。そういった点で、やはりこの社会保障のあり方と賃金というものが非常に関係性がある。この辺に対して事務局長さんはどうお考えになっているか、その二点。
 それからもう一つは、逸見先生のほうは、先ほど農業人口の問題で、必ずしも少ないことが問題ではないんだと、ふやせばいいというだけではないんだということを少し言われましたが、あと、途中でちょっと退席をしましたので、あるいは聞き漏らしたかもわかりませんけれども、私はその人口の減る――もちろん日本の技術も進んできましたけれども、その質ですね、やはり質が、どうしてもいまお年寄りの方が中心になっておりまして若い人があまりやっていない。ただ人数が少なくていいという、ふやさなきゃならぬというのは――私はもちろん先生の御意見に決して反対じゃありませんけれども、もっと質を変えなくちゃいけないんじゃないか。若い人がもっと農村にとどまって、そうして農業をやるためにはどうすればよいのかと、この辺がやっぱり大きな問題になると思うんです。だから、数の問題はわからないでもありませんけれども、私は質の問題をもっと強調していただきたいと思うんですけど、その点はどういうふうにお考えか。
 それから最近では、特にいわゆる各大企業というのは、海外に、特に畜産関係なぞは自分たちでお金を出して牧場を経営していく、そこから安いものをどんどん入れてくる。だから自給率を高める場合は、日本の場合、いまのままでいきますと、農産物はどうしてもかなり高くついてきます。先ほど先生は国際協調をずいぶんおっしゃっておりますけれども、いま言ったようなそういう形での国際協調がいいのか、あるいはどういうふうな形の国際協調が――日本の自給率も高めながら、しかも日本の自給率が高まるとともに――日本の自給率が高まっても農産物が高くなったんではやはり大きな問題になりますので、その辺をどう考えていけばいいのか。いま言ったように、どんどん海外へ投資をして牧場を経営したりあるいは農場を経営していく、そういうような行き方がこれから私はどんどん進むと思うんですけれども、現に相当やられているわけですから。その辺の国際協調のあり方、これをどうお考えか。
 それから、ちょっと本論からはずれるかもわかりませんが、漁業についてどうお考えか。非常に資源ナショナリズムとともに、なかなか各国とも魚をとらさない状況が出てきておりますので、その点はどうお考えになっているか、お伺いしたいと思います。
○公述人(大木正吾君) 先ほど玉置先生のほうからも、まあイデオロギー以前の問題というお話があったんですが、これはイデオロギーというものと国民の生活なり、その中における階層分化をどう見るかという問題は確かにあるんですが、私は福祉国家というものを論ずる場合、いまやっぱり日本人全体のコンセンサスを求めるとしますれば、八百万のまさしく生活ヘッジの手段を持たない身体障害者、あるいは生活保護者、まあ実際これ、数字がはっきり厚生省もつかめないんですが、六十五歳から七十歳にいる、年金を一切もらってない、明治末期に生まれた方々の問題もあるわけなんですね。こういった方々が大体におきまして平均勤労者所得の六〇%というものが保障される姿が、やっぱりナショナルミニマムとして一番大事な問題だと思うのです。
 ですから、そういう意味合いで、私たちは、よくためにする批判を受けますけれども、たとえば低生活者とか、あるいは弱者をさしみのつまにする春闘だと、こういう御批判もございますけれども、私はここで責任持ってお答えいたしたいことは、総評なり春闘共闘といたしましては、三年間継続的にこの問題については取り組んでいきたいと思うし、同時に、賃上げの一部というものをこの方々の運動資金としてファンドをつくって、そして、もっとやっぱり運動を広範に広げなきゃいけないし、同時に、さっき厚生省に審議会を設けたらどうですかということも、私の意見として申し上げておいたんですけれども、そういった問題で、おそらくお手元の厚生省関係の資料等ございますればわかると思いますが、日本の振替所得、国民所得に対します率は最近わずかに上昇いたしましたけれども、七・八%ぐらいが実際の数字なんです。アメリカの八・一に対してもっと低いわけです。ヨーロッパに対しますと、大体三分の一ぐらいしか振替所得率がないわけなんですね。しかも個人消費率が、よく田中総理もおっしゃるんですが、五二%前後とおっしゃいます。これもヨーロッパの先進工業国と比べていきますと、大体六〇に対して五二ですから、その辺でいくと一〇%ぐらい低いと、こういう関係なんですね。
 私はこのことを総合して考えた場合、やはりいまの異常インフレーションというものを一つの言えば動機として、国民全体がぜいたくを私たちは希望しないと、まず税制上の不公平をなくしていくと、そしてせめて三年、五年の間に、ヨーロッパのように二けたの一七、八%か二〇%ぐらいの要するにナショナルミニマムをつくって、そして弱者問題につきましても、年金生活者もその水準にとどめていく、なおかつ、物価というものを一けた段階に押えていくという、こういったことが経済問題と非常にやっぱり大事な問題だと考えているわけなんです。ですから、こういったことと、あえて一言つけ加えますと、いまの三十歳以前の若い方々の都市住宅問題ですね、これは。この問題の二つをやらなかったら私は、どの政党が政権とっても、ストライキでもって一週間困ることは問題じゃないと思います。この種の問題こそ、若い層の住宅問題と、まさしく六十五歳以上の老人、あるいは弱い方々の問題ですね、この二つをやらずして日本が国際舞台でもってものを言える、私、立場じゃないと思うのですね。ですから、この二つについて私たち自身は労働組合の運動を通じて、何だかんだ御論がありましょうけれども、そこに向けて向こう三年間、とにかく福祉国家をつくる立場でもって労働運動の領域というものを考えながらこれからも運動を進めてまいりたいと、こう考えておる次第であります。
○公述人(逸見謙三君) お答えいたします。
 農業人口の年齢別の質に、個々の年齢の中で同じ年齢のものを比べての質と、それから年齢別の年齢構成という質とあると思いますけれども、個々の、おのおのの年齢を外国に比べた場合、日本の農業者の質というものはかなり高いのではないかと思います。ただ、おっしゃるとおりに、非常に年寄りが多いということも事実でございまして、この点は私も、実は十数年前に予想したよりも年寄りが残っているんじゃないか。これは十数年前に私予想いたしましたときに、日本で、現在日本にあるような小型の機械がこれほど普及し、これほど能率のいいものになるとは思わなかったわけでございます。で、欧米の機械みたいな大型のものじゃなきゃ適応されないと、こういうふうに考えておりましたら、日本の工業のほうが日本の圃場に適応しまして、いまから二十年前ですと、五十、六十の農業者というのはかなり年とって見えましたし、農業労働をやっていくのにかなりつらそうにやっておりましたけれども、いまはかなり楽々と――そう申しちゃ失礼ですけれども、かなり楽々とやっている、こういうことで技術が変わってしまいまして、かなりの年配の方がやっているというのが事実じゃないかと思います。
 で、私は、もう少し若い人が残ってもいいんじゃないか、もう少し年配の人がリタイア――退職していただいてもいいんじゃないかと、こう考えますけれども、ただ、年配の人が小規模の機械、いまの日本の圃場に合った機械を利用して楽しくやっていける、それから除草剤なんかで、夏の田の草取りなんかも軽減されてやっていけると、こういう技術進歩の恩恵を受けて、生きがいを感じてやっていけるということは、これまた尊重すべきことじゃないか、こういうことで、後継者を保つと、こういう意味ではよろしいわけなんです。もう少しやっていただいたほうがいいわけなんですが、いまの年配の方が残っていることも、非常にこれは働きがいということは金銭で解消されませんし、いいことではないかというふうに考えます。で、根本的にはこれがどうなるかというのは、地価対策に手をつけない限りはだめですし、はっきり申し上げますと、農業だけの地価対策、農地だけの地価対策ということもこれは不可能でして、この年齢別構成を変えるということになりますと、抜本的な地価対策が必要なんじゃないか、こういうふうに考える次第でございます。
 で、海外からの問題で、自給率の問題でございますが、日本の自給率というのは、考えようによってはあまりこだわっていただく必要ないんじゃないかと、こう考えます。なかなかずるい自給率の算定をしておりまして、たとえば羊毛とか綿花とか、綿などは日本は明治の初年、たいへんつくっていたんですが、自給率の計算には入っておりません。この分ではそのうちトウモロコシなんかも入らなくなっちゃうんじゃないかと心配しておるわけでございますけれども、自給率というのは、かなり技術的なものでございまして、自給率の定義の問題でございます。
 それからもう一つは、日本の自給率の低下の特徴は、品目別に非常にアンバランスがあると。大豆のように、もうほとんど数%に下がったものと、それから、畜産物はどれを見ましてもほとんど九割くらいを自給しております。これがイギリスが、同じ六十何%にイギリスの自給率はなっておりますけれども、畜産物の自給率と穀物の自給率が大体同じぐらいな比率になっております。日本の自給率の低下の特徴は、これは品目別の自給率の間にアンバランスがあるということでございます。で、私どもは、これは私は個人的にはいまのほうが経済的な自給率であると、品目別にアンバランスを持ったほうが経済的であると申しておりますけれども、将来もし事情が変わりまして、世界の穀物市場が非常に不安定になった場合は、これは畜産物の自給率をもって下げて、穀物の自給率をもっと上げると、こういう余地はあるんじゃないかと思います。それのほうが変動に対しては強いわけでございます。ただ、全体の自給率を上げるということになりますとなかなか問題じゃないかと。
 で、ただ能率主義の観点から申しますと、これは私がかなり尊敬している学者の計算でございますが、世界の国別の生産力の差を見ますと、生産力がどういう要素によって差が出ているか、こういう差によりますと、大体三分の一は農民の教育程度によって生産力の差が出ております。それから、三分の一は肥料とか機械とかをどのぐらい使用しているかということによって生じております。残りの三分の一が大体農業内部でございまして、その残りの三分の一の二〇%は、どのぐらい家畜を飼っているかということによって生じております。土地の面積は一〇%を説明するにすぎません。これは何も羊毛をつくる場合の生産力を言ってるんじゃなくて、農業全体の生産力で、土地の狭い国は狭いなりの農業のやり方があるわけでございます。こういうことで考えますと、畜産物は比較的土地から離れておりますので、同じ、先ほどの安定の問題から離れまして能率の問題へ移りますと、畜産物を輸入するよりも穀物を輸入して、国内でできるだけ畜産を盛んにしたほうが日本の自給率は高めやすい、こういうことになってくるんじゃないかと思います。ただこれは、それがありますと品目別のアンバランスが出まして、これはなかなか問題である、こういうことになろうかと思います。
 漁業は全くしろうとでございますけれども、農業の立場から漁業を見ますと、これはナショナリズムと申しますか、日本では国内の漁業は、沿岸は全部漁業権が設定されておりまして、こういう意味で、日本は既得権みたいにあっちこっちに出て漁業をしておりますけれども、この既得権みたいに、出て、世界中を漁業権を設定をしないままで将来運営していくのがいいかどうかは、私は疑問に思っております。これは何も日本がとってはいけないということではなくて、とる場合にはある意味の相手国にお金を払って、資源を保持していただいてとってくる、こういうほうがいいんじゃないか。いまのままですと、だれも漁場に対して投資をする人もおりませんし、とりほうだいでとっておりますと、世界の魚はやがて、やがてどころではない、もう限界に来ているのじゃないか。幾らマグロのはえなわをやりましても、はえなわの本数はふえても、とれるマグロの数量は同じ、こういうことになってきている。資源の枯渇に対するためには、世界的な漁業権の設定というものが必要なんじゃないか、国別に、そういうふうに考えます。
○嶋崎均君 きょうの、大木公述人がおいでになりませんので、私は残念ながら質問を準備しながらやめました。委員長の運営に対して非常に不満でございます。十二時までしか時間がないというなら、そういうような運営のしかたがあったと思います。私は強くその点について不満を持っております。
 なお、時間が過ぎましたから私は質問をやめます。非常に残念だということだけ申し上げておきます。
○理事(吉武恵市君) それでは、この程度で午前の質疑は終わらせていただきたいと存じます。
 公述人には、長時間にわたりまして貴重な御意見を賜わりましてありがとうございました。厚くお礼を申し上げます。
 午後一時二十分まで休憩いたします。
   午後零時二十二分休憩
     ―――――・―――――
   午後一時二十五分開会
  〔理事吉武恵市君委員長席に着く〕
○理事(吉武恵市君) ただいまから予算委員会公聴会を再開いたします。
 この際、公述人の方々に一言ごあいさつを申し上げます。
 本日は御多忙中にもかかわりませず本委員会のために御出席をわずらわしまして、まことにありがとうございました。委員会を代表しまして厚くお礼を申し上げます。
 それでは、議事の進め方につきまして申し上げますが、お手元にお配りいたしました名簿の順に、お一人三十分程度の御意見をお述べいただき、その後委員の皆さんから御質疑がありました場合はお答えを願いたいと存じます。
 それでは、力石公述人にお願いをいたしたいと存じます。力石公述人。(拍手)
○公述人(力石定一君) 御存じのように、戦後の経済成長には前提がありまして、一つは、あまりひどい不況を起こさないで完全雇用を維持する、そして経済成長を有効需要管理によって進めてくるというケインズのモデルに従ってやってまいりました。
 この前提には、資源は無限に供給可能である、それから自由競争を通じて資源の配分がうまくいく、こういう前提を立ててやってきたわけでありますが、初めのうちはこれでうまくいったわけですが、途中から、資源の供給には無限の供給力はないわけでありまして、やがてこれは天井にぶつかるわけです。最初の天井は、御存じのように労働力でありまして、労働力が構造的な不足の時期に入ります。いかなるデフレの時期にも労働力は過剰にはなかなかならない、不足がずっと慢性的に続くという時代に入ったわけです。
 ところが、最近は、今度は資源の供給力が制約要因になってまいりまして、これはいかなるデフレをやりましても、なかなかこの資源の価格の上昇とか供給不足というようなものを克服することは非常にむずかしいという事態に入りつつあるような感じがいたします。で、まあ昔でしたら、ケインズモデルの定着以前においては、ものすごい大恐慌を起こすことによって、不況を起こすことによって資源の供給超過をつくるということは可能であります。しかし、現在の政治的な民主主義のもとでは、大失業とかあるいは大量倒産を起こしますというと、政治がもたないわけでありまして、たちまち選挙で敗れてしまう。したがって、デフレーションというのは大体なま煮えでありまして、適当なところで打ち切って、また成長経路に返さざるを得ないというところにくるわけです。
 ところが、一方では、資源の供給にはこういう制約が出てきたわけでありますから、ここに非常なジレンマが出てまいります。そうしますと、各国とも政策としては、物価も安定させないと政治的に非常に問題であるということですから、デフレはなま煮え程度しかやれない、深追いができない、オーバーキルができないという政治的制約条件と、資源供給の制約条件の板ばさみになりまして、大体各国とも、賃金、物価に対する統制の方向に進みつつあるわけであります。
 ところが、この統制に進みますというと、今度は資源配分がそこなわれてくるわけでありまして、たとえば高くなったものをなるべく使わないようにするとか、あるいは省資源化をするための技術革新を促進するとか、あるいは代替のものに需要を移していくとか、まあこういうふうな価格メカニズムの作用があるわけでありますが、その作用を、価格コントロールをやりますとくずしてしまうわけであります。その結果資源の配分をそこなうということになってしまう。ここに非常に困難な問題がありまして、この際は、新しい政策モデルをくふうせざるを得ないところにきたのではないかという感じがいたします。
 そのためには、一つは深追いのデフレ政策はできないという前提は確かに現在もあるわけですが、その場合に、国民がある程度受け入れることのできるようなデフレ政策をくふうしたらどうだろうか。大量倒産を起こさないけれども、しかしかなり物価抑制効果のあるようなねらい撃ち的なデフレ政策を考える。第二は、省資源政策を徹底的に進めていく。この二つをくふうした政策モデルを考える以外にないのではないかというふうに思うわけであります。国民が受け入れるということは、なるほどもっともだと思うようなデフレ政策でなければいけない。オーバーキルというのは、全然関係のないところまで福祉予算がカットされたり、金融でばたばた倒産を起こされたというので非常に不満が強くなるわけでありまして、もっともだと思うような省資源的な、あるいはエコロジー的な対策を打ち込むことによって物価の安定をはかっていくと、こういう考え方があり得るのではないかと思うのです。そういうコースに転換していけば、われわれは、ある程度自由経済のメカニズムを生かしながら進むことがまだ可能なのではないかというふうに私は思っております。
 そのためには、そういう政策モデルの体系を若干、私、御紹介したいわけでありますが、現在の経済政策に即してこれを考えてみることにいたしますと、まず第一は、特にエネルギーとか、省資源のボトルネックに直面いたしまして、これをできるだけ使わないような省資源的な選択をするとしますと、第一にあげるべきものは、やはり個人自動車の利用だと思います。マイカーモータリゼーションというのは、これを走らせるのに必要なエネルギーは鉄道の大体六倍のエネルギーを要します。一トンのものを一キロ運ぶのに六倍のエネルギーが要ります。それから、道路等建設のエネルギーは、この道路建設のために必要なセメントや鉄ですが、それをつくるのに必要なエネルギーは、鉄道の線路の建設エネルギーの大体四倍要ります。それから、土地面積はもちろん四倍要りますし、それから耐用年数は、鉄道よりも、十分の一から五分の一ぐらいの、非常にぺらぺらで、すぐだめになって、エネルギーと資源を食うような、こういうふうな車両であります。それから、その周辺の生活様式が違っておりまして、鉄道を使う場合には、その周辺では比較的騒音が断続的でありますから、都会は地下鉄にしますし、いなかの場合は、ちょっと離れていればこの断続的な騒音には比較的耐えやすいわけであります。ところが、自動車ハイウエーが通りますというと、その周辺の生活様式は、とても夜となく昼となくトラックが走り、車が走るわけでありますから、うるさくてしようがないから、みな密閉生活に移らざるを得ないわけであります。これはなかなか耐えられないわけです。ほとんど眠れない。鉄道の場合は、ちょっと離れておれば耐えられるわけでありまして、いなかの場合は、夜ゴオーッと過ぎていくとあとはしーんとなるロマンチックな騒音でありまして、騒音の質に相違があるわけであります。それから排気ガスは、鉄道はゼロですし、自動車の場合は排気ガスがものすごいです。したがって、自動車周辺部、道路周辺部では密閉生活に移ります。密閉するとこれはアルミサッシが非常に要るわけで、これはものすごいエネルギーを食うわけであります。不二サッシが非常に成長を遂げたのはこれは自動車のおかげなんですけれども、こういう密閉生活に入ると、今度は春夏秋冬エアコンディションが要ります。これでまたエネルギーが爆発状態になるわけでありまして、電力の隘路にぶつかってしまう。鉄道の周辺では、春と秋はあけて暮らせますし、夏も涼しいときはあけられます。それだけエネルギーに対する圧力が違っているわけであります。これをついでに言いますと、事故についても、鉄道の場合を一といたしますというと、自動車は五百倍の事故発生率でありまして、事故は非常に多くなっております。
 こういうふうな全体の社会的費用を入れて考えますというと、やはり鉄道を使ったほうがこれからはよろしいのではないか。確かに石油の価格が上がり、エネルギーの価格が上がりますと、価格メカニズムを通じて代替的な鉄道利用というのが促進される効果があると一応予想されるのですが、しかしこの価格メカニズムというのはなかなか感度が鈍いわけでありまして、ただそれは、後方転嫁で価格上昇に結びつくわけで、代替的なものにかわるかどうかというのは完全には保証されない不確実性を伴っております。
 したがって、この価格メカニズムの前向きの効果をより一そう推し進めるような経済政策がここで必要になってくるわけでありまして、そのためには、まず第一に、パーソナルモータリゼーションの量を減らす――一番最初に、六〇年代にヨーロッパではもう手がけていますけれども、トラックの乱用を押えることであります。トラックは、社会的費用を入れて考えると非常に高くつく。私的費用ではトラックのほうが安いから、鉄道を使わないでトラックで貨物を運んでいるけれども、実は中長距離で比べますというと、圧倒的にトラックは高いものについているわけです。社会的費用が非常に高い。そこで、各国とも、ヨーロッパ諸国では、トラックに対する税金を引き上げる方策をとりまして、社会的費用を内部化させるわけであります。たとえば、十トンのディーゼルトラックを日本で使った場合の保有にかかる課税を一といたしますと、ドイツの場合は大体六倍であります。それから軽油税も四倍でありますが、こういう高い税金だと、中長距離はトラックを使うと高くつくので、みな鉄道を使うようになりまして、トラックの台数がかなり低くなる。全自動車に占めるトラックの台数が日本は四五%ですが、ドイツは一割であります。非常にトラックを節約して、短距離だけトラックを使って、中長距離は国鉄にゆだねるという形になります。全貨物輸送に占める国鉄のシェアでありますが、日本はかつて四五%でありますが、いまは一七%です。みなトラックに貨物を取られた。ドイツはかつて四〇%、現在三八%でありまして、よくがんばっております。つまり、中長距離の輸送を国鉄がやっておるからであります。それから、国鉄もそういう貨物のまどろっこしい輸送は困りますので、持ってきたらさっと行けるように、ターミナルを整備します。それから、複線化率も、日本は二八%でありますが、ドイツは六五%、イギリス七五%、複線化率を高くすると、大体三倍の輸送力が出ます。こうやって貨物をどんどん鉄道で運ぶようにしたわけであります。その結果、国鉄は御存じのように外国は貨物は全部黒字であります。日本の場合だけ国鉄は貨物が大赤字でありまして、旅客は新幹線でぼろもうけしていますからやや黒字でありますけれども、外国は新幹線がないので、旅客は赤字です。逆になっております。もしわれわれがこのドイツやイギリスやフランスがやったような課税政策をとって、中長距離トラックを抑制すれば、日本の国鉄は貨物が黒字になりますから、旅客はいまのところ黒字でありますから、両方合わせて黒黒になりまして、日本の国鉄は成長産業に変わるということになるわけです。したがって、そういうふうな課税政策を打ち込むということが、省資源政策を一歩前進させることになるだろう。これは予算の面で、税制の面で考えていただきたい。
 それからドイツでもう一つおもしろいのは、短距離トラックにつきましても、マイトラックは、持って行ってからで帰ってくる。自分の荷物だけちょこっとずつ載せている。ところが運輸会社のやつは、持って行ってまた持って帰る。そうしてほかの人の荷物も一緒に入れている。つまり、バスのような機能がある。空車率が運輸会社のほうが低いわけです。空車率の高いマイトラックは税金を高くして、空車率の低い運輸会社を税金を安くします。そうすると、マイトラック二台目ほしいと思っても、この際やめておいて、運輸会社へ頼んだほうがいいというつもりになる。そうすると、短距離トラックについての、マイトラックの量がやはり削減されてきます。そうすると、運輸会社は短距離トラックの輸送において、大きな黒字をあげまして、中長距離は国鉄に譲ると、こういう形でけんかを両成敗していくわけです。まあこういう形で総合輸送体系をとっていくことによって、トラックの台数を相当減らすことが可能になるのではないかと思います。ですから、さまざまのエネルギー資源価格の上昇を代替的なものに切りかえるような意識的な、人為的な一押しがないと、価格メカニズムはほんとうにそういうふうに働いてくれるかどうか、不確実であるということ、ここを前提として政策を考えていただきたいということでございます。
 それからマイカーについての規制は、保有税を上げると同時に、レジャー地域への乗り入れを抑制する。最近環境庁がそういう発表をいたしましたが、たいへんけっこうであります。ところが、京都や鎌倉なんかでも、乗り入れをしてくれるな、マイカーで来てくれるなと言っておりますけれども、この前京都の清水寺のところで調べてみましたら、パーキング料金が二百円です。あれではみんなマイカーで乗ってきます。乗ってきてほしくなかったら、あれを五千円くらいにすればいいのです。そうすると大体鉄道でやってくるという形になるわけですね。
 それから、通勤にももちろんマイカーをできるだけ押えるようにしていく。これはオフィスをつくったら、下に駐車場をつくらなければいけないという法律を、スウェーデンではだいぶ前に改正しまして、下に駐車場をつくってはいけない、つくると乗ってくるから。電車かバスで来なさい。こういうふうな規制を切りかえることによって、パーソナルモータリゼーションを押える。それからその次は、取った税金を――足を奪うわけにいきませんから、公共輸送にこの税金をつぎ込む。アメリカの運輸省でもいま検討中でありますが、みな自動車の税金が上がった、いままでは目的税で、主として道路建設に使ったわけですが、これはもうきりがないし、エネルギーも非常にかかるから、取った税金は地下鉄建設や、赤字線の時間帯のバスであるとか、赤字線の地域のバスや電車に補助金でやってしまえと、こういう考え方です。そうすることによって公共輸送に乗客を転移させる、シフトさせると、こういう税制政策をとろうとしておりますが、日本でも、運輸省でいま討論中のようですが、これをもっと推し進めていくということが必要です。つまり、目的税である現在の自動車課税、道路の建設に向けているやつをストップして、鉄道に切りかえるということによって、省エネルギー政策をとっていくという方向であります。
 それから、バスとか電車につきましては、この補助金をやって、人が乗ってくれば独立採算に向かう可能性はあります。しかしながら、将来人件費がどんどん上がってきますというと、これにも限界が出てまいりまして、やがて赤字になります。その赤字になった場合にどうするかということでありますが、いまシアトルで実験しているようですが、都市内の短距離のバスや路面電車はただにするというやり方です。つまり、いっそ税金でやってしまう。というのは、人件費が高いものですから、非常に切符を売るためのコストがかかるわけです。日本でも路面電車は、いま切符を売るためのコストだけで六割かかっております。したがって、あれをやめちゃって、乗りほうだいにしてしまえば、そのコストだけ減るわけでありますから、かえって安くつくわけです。エレベーターをもし切符を切ったら非常にコストがかかるんですね。だからあれはただになって、乗りほうだいになっているのですが、それと同じで、都市内についての公共輸送を税金でいっそ見てしまう。そうして、ただより安いものはないのだから、そっちに行きなさいというふうにして、マイカー規制はきびしくすると、こういう考え方で公共輸送体系を整えていくべきではないか、それから、デマンド・バスであるとか、バスストップでボタンを押しますと、そちらの方向に行くやつは何分後に来ますということをコンピューターが返事をくれる、待たないで行けると、こういうふうな型の政策もあり得ると思います。
 それからもう一つ省資源的に考えますというと、ハイウェー建設は一切ストップします。都市内の高架高速道路については往復、モノレールに転換できます。あるものについてはモノレールに転換する。建設はやめる。そしてモノレールにすると三倍の輸送力になります。まん中がすいていれば、これは自転車道路にします。いま低速道路だと時速十キロですけれども、自転車なら二十キロ出ますから、自転車のほうがかえって速いわけです。そうして排気ガスや音の少ないものが頭の上を通るというような形に切りかえる。それから全国の縦貫道路でありますが、これはもちろん再検討すべきであります。こんなにエネルギーを食うものをやったらやることは、もうこれからは国際収支の制約からもできなくなってきますから、縦貫道路計画は全部鉄道計画にいま計画変更すべきであるというふうに思います。これは、たとえば新幹線の計画と並行してつくっている場合は新幹線に統合してしまう。道路の上を新幹線をつくってもいいし、在来線をつくってもよろしい。そうやって幹線を複々線化いたしますというと、在来線のお客は新幹線に逃げます。そうすると、あとを貨物ダイヤを組んで、トラックの量を減らすのに対応していくという形になるわけであります。こういうふうな形の、建設計画も鉄道中心に切りかえますというと、たとえば本四架橋についての考え方も変わってきます。
 本四架橋は、いまは自動車道路をつくるために架橋になっております。ところが、架橋というのは非常にコストがかかるわけです。暴風のときにアメリカで橋がばさっといったことがありますけれども、非常にこれはむずかしくて、コストはかかるわけです。これは自動車道路を中長距離鉄道輸送に、中長距離は自動車輸送をやめるという考え方に立ちますというと、これは全部海底トンネルに変えるべきであります。三本ありますが、三本を全部海底トンネルに変えますと、一つずつについてコスト三分の一で済みます。日本のトンネル技術は世界最高でありまして、この技術を適用して全部海底トンネルの計画に変更すべきである。本州と九州は海底トンネルになっておりますが、あれは新幹線だけだからであります。技術的にはこれは明らかに可能なんであります。こうやってやりますというと、瀬戸内海の松が枯れなくて済むわけでありまして、国立公園にハイウエーをつくるというのは、ビーナスラインと同様でありまして、問題にすべきものであります。そういう観点からいきますと、環境上、資源上から見まして、本四架橋は海底トンネルに変えますというと、一本やるか、三本一ぺんにやるかがいま政治的な論争になっていますが、私はこれは三本一ぺんにやっても三分の一で済むという考え方から、トンネル計画に切りかえるべきであるというふうに思います。
 こういうふうにしていきまして、車の台数を、二千五百万台、六百万台近くありますが、これをどうしても必要な車にだんだんと押えていきます。どうしても必要な車というのは五百万台でありまして、五百万台ならば、バス、タクシー、ハイヤー、救急車、病院車、パトカー、それから短距離トラック、電動車いす、こういうのはみな入ります。昭和三十五年の保有台数が五百万台です。あのときは麻痺がなくて、事故はほとんどありませんでした。実にいい乗り物だったのですが、その程度で使えばいいのに、過ぎたるは及ばざるがごとしということにその後なってしまったわけです。
 あの所得倍増計画のとき自動車化を進めようとしたときに、ハリー・ジョンソンというロンドン大学の教授が日本へやってきまして、これからやるとすれば、実は外国はマイカーモータリゼーションで参っちゃっているんだから、これからやる日本としてはもう一つくふうを考えたほうがいいのじゃないか、こう言われているのですが、そうもいくまいというのでマイカーを進めてきた、その代価をいまわれわれ払わされているわけでありまして、御存じのように日本は土地が狭いですから、鉄道体系が非常に便利なところなんです。鉄道中心に都市ができておりますから、鉄道を使うと非常に公害も少ないし、便利にやれるわけです。ところが、車をこれに入れますというと非常に被害が多くなります。アメリカの場合はどうかというと、車で都市をつくっているものですから、車をやめて鉄道をやりますと、たとえばロサンゼルス市というのは、面積全体が関東地方全体ですから、鉄道を一本二本入れたって、そこまで車が要るわけですね。ですから、鉄道計画に転換がアメリカは非常にしにくいから、大型を小型にするという形で省資源をするのですが、日本は一挙に鉄道に向かうべきである。日本は車を使えば苦労が大きいけれども、鉄道を使うのに転換するのは非常に楽である。特に、まだマイカーが完全に必需品化してない地域が非常に多いわけですから、いまからでも鉄道計画に切りかえて、いかに鉄道中心のネットワークというのが便利であり、短距離の先っぽだけで毛細管だけで自動車を使うもんだということを全世界に模範を示すべきではないか。
 そうすると、その模範をみな見ると、デモンストレーション効果が働きまして、たとえば新幹線がドイツやその他フランスでも入れられてきておりますけれども、そういう形で世界にデモンストレーション効果が及びます。そうすると、資源エネルギーに対する需要と供給のバランスはぐっと変わってくるのじゃないでしょうか。いま自動車をつくるのに必要なエネルギー、それから道路建設のエネルギー、それからこれを動かすのに必要なエネルギー、全体入れますと、産業連関表でたどっていきますというと、石油の三五%ぐらいはここでがぶ飲みしているわけです。これがおりてくれれば非常に楽になるわけで、国際収支もコストの面でも非常に楽になるわけです。そういうことをやれば、国民的にもおりがおりたような感じで、かえってそちらのほうがいいということになるのではないでしょうか。そういう意味で、日本が先進国の中でまり先に決断して範を示すべきであるということが第一の柱です。
 第二番目は、石油を非常に使っておりますのは合成物質であります。化学工業で産業用電力の二割、産業用石油の二割を使っておりますが、これは使ってならないものを一ぱい使っております。たとえば洗剤でありますが、これはつくるときに汚染を出しますし、それから使うときに界面活性剤が大気汚染物質をからだに浸透させます。それから使ったあとに水道水にも少し残っておりまして、これが肝臓をこわしております。それから燐酸塩が入って、これが赤潮の原因になっております。モが大量に発生して、腐って、バクテリアが処理しきれなくなって酸素不足になりまして、これで魚がぶかっと浮いてくるわけです。こういう意味で非常に社会的費用が大きいのですが、これをもとの粉石けんに返しますと、これはヤシ油からとるので、ヤシ油というのは、太陽エネルギーを炭酸ガスと一緒に葉緑素が吸収して合成する光合成物質であります。これに切りかえますというと、これはつくるときに汚染が少ない。それから使ったあと、これはバクテリアがきれいに炭酸ガスと水に分解してしまいますから、三尺流れれば水がきれいになるという形になる。それから使うときに全然からだに問題がない。社会的費用が少ないわけです。ところが、私的費用ではこれは洗剤のほうが安くできますので、だからメーカーとしては洗剤のほうに移ったときに、かつての粉石けん時代の利潤率一〇%としますと、一五%ぐらいにはね上がるんです。しかしながら、実は社会的なストレスは非常に高くなっているわけで、実はその社会的総費用という観点からいきますというと粉石けんに返るべきであります。アメリカでは、湖に近い州では粉石けんに返ろうというので、洗剤の禁止をやっておりますが、日本のような海洋国家は、まずこれを禁止すべきであるというふうに思います。
 このようなものがほかにもたくさんございまして、たとえばプラスチック建材です。これは建築基準法で押えられているはずなのに、ざる法でやたら使っております。火災のときに逃げられなくなります。塩素ガスでやられます。それから合成繊維の中ではアクリル系の繊維ですが、これは燃えたときに青酸ガスが出ますから、使用を禁止すべきであります。これは製品安全法という法律を適用すべきだと思います。それから、はだ着に合成繊維を着ますとアレルギーの原因になりますから、はだ着にも抑制したほうがよろしいと思います。こういうふうにして、合成物質の深追いを押えて天然物質に切りかえるという方法があります。
 ほかにもありまして、たとえばプラスチックでありますが、いろんな形でフタル酸エステルという可塑剤を加えて加工をしておりますが、この可塑剤は水にしみ出しやすいわけです。だから、プラスチックの中に入れた血液を注射いたしましたら肺ショックを起こしまして、NASAの技術者がやってみたらそういうことが起こった。そこで、これはいかぬというので調べてみたら、フタル酸エステルがしみ出していた。このフタル酸エステルを鶏実験をしますと、鶏の子供がサリドマイド児になるわけです。たいへん問題なんでありまして、これを使うことによってプラスチックの軟質のやつの用途が非常に拡大したわけです。たとえばゴムホースにかわるプラスチックホース、プラスチックの手袋、プラスチックのシート、プラスチックのびん、あるいはたとえば駅なんかで売っているお茶の入れもの、それから血液を入れるバッグ、そういうふうないろんなところに使われておりますが、これはみなフタル酸エステルを加えておりまして、みなしみ出してくるわけです。これが毒性を持っているということについては七一年のアメリカの学界で騒がれておりますが、日本もいま厚生省がこの血液バッグについての検討を始めていますが、この危険なものを抑制いたします。これはPCBの二の舞いにならないようにというので特定化学物質の規制法ができているわけですが、あれを適用して第一号にやりますと、いまのプラスチックの用途は半減いたしまして、この部分が大体天然ものにかわってくるわけです。たとえば天然ゴムのホース、天然ゴムの手袋、こういうふうな形で切りかえることができます。ほかに繊維にかえてもいいわけですが、これも光合成物質であります。こういうふうな形にやっていきます。
 それからもう一つは食品添加物であります。これは三百三十点認めておりますが、食品添加物が催奇形性、発ガン性、染色体異状について完全にテストが終わっていると思われるものは、非常に自信があるものは少ないわけです。テスト中のもの、検討中のものが非常に多いわけです。検討中のものはこれは凍結すべきであります。凍結しますというと、いまのインスタント食品はほとんど成り立たないです。あれを使わないとできなくなっちゃう。そうすると家庭料理に返ることになるわけであります。同時に、食品添加物を使って、いまのインスタント食品というのはプラスチックの包装をしていますが、このプラスチック量が非常に大きいわけでありまして、ごみの中に占めるプラスチック量が日本は一割でありますが、イギリスは一%です。いかに日本は食品添加物を乱用し、インスタント食品に深追いをしているかということをあらわしております。これを抑制いたしますと、飛び道具を押えますというと家庭料理に返ることになる。こういうふうな転換も可能です。こういうふうにして合成物質の深追いを押えていきます。
 農業についてもハウス農業に過度に行き過ぎておりますが、あれはハウスですから、紫外線が入っているかどうかわからぬものをわれわれは食べているわけです。紫外線が入っていないわけですから、栄養がほんとうにあるかどうかわからぬものを食べているわけです。実はあれは露地ものに集中すべきなんですが、露地ものの価格が値下がりしたときに保証がない。そこでハウスにみな逃げたわけです。ハウスを使うことによってプラスチックを使い、中で灯油を燃やし、中で農薬をかけるから農夫はからだを悪くする。こういう形で石油にやっぱり傾き過ぎている。これは価格保証をもっとしっかりやって、露地もののしゅんのもの、しゅんのものをみんなが食べていくようにするというふうにすれば変わってくるわけです。ところが、いまは農家は端境、端境の価格安定をねらっているわけであります。そこでハウスに行き過ぎたわけです。そういう点での農業政策の問題があります。
 それからもう一つは化学肥料の使い過ぎでありまして、これで土壌がどんどんやせてきております。それから、この化学肥料は全部作物が吸い取らないので、半分ぐらいは水にあふれちゃうのです。あふれたやつが井戸水や水道に入っておりまして、農家の主婦が非常に貧血が多いですが、あれはこの化学肥料が井戸水を通じて口に入りまして、入ったやつがからだの中で亜硝酸に変わりまして、ヘモグロビンが酸素を運ぶときに、酸素のかわりにこれがくっついちゃうわけです。なものですから、酸素不足になりまして貧血になるわけです。ですから、これが窒息を起こしたりしますし、この亜硝酸というのはバクテリアの作用で硝酸塩が亜硝酸になっているわけですが、この亜硝酸というのはハム、ソーセージの発色剤でもあるわけでありまして、発ガン性で使用の量的規制があるわけです。そういうものが化学肥料のほうからどんどんどんどんばらまかれてきているわけです。これは非常に問題です。また、この化学肥料を使いますと農薬を過度に使うということで、また農薬公害にもなるわけです。
 そこで、われわれは、石油、ナフサから化学肥料もつくられるわけですが、この化学肥料の依存度を落としていく。これは有機肥料に返るということであります。有機肥料に返るとなると、人ぷんであるとか、わらとか、そういうようなものを利用することになるわけですが、いまは人ぷんは下水で処理しています。ところが一次処理で沈でんさせ、二次処理でバクテリアで分解させるわけですが、二次処理のまま捨てているわけです。ところが窒素、燐酸が含まれておりまして、これが水に入りますというと、モが大量に発生して、また赤潮の原因になる。ですから、有機物を無機物に変えてはいるけれども、この無機物を通じてまた有機物が返ってくるわけです。窒素、燐酸ですから栄養素が強過ぎまして、モが大量に発生する。東京湾はどんどん下水ができておってきれいになっておるはずなのに、有機物の濃度が下がらないのは、これは有機を無機に変えて、またこの無機物が有機物をつくっているからです。つまり御苦労さんでしたと、こういうかっこうになっているわけです。
 ですから、二次処理では不完全なんでありまして、三次処理が要るのですが、三次処理はコストがかかるので、みな二次処理の下水です。そういう形で下水装置のほうで人ぷんは水をよごしております。不完全な処理で水をよごし、農家は化学肥料で水をよごして、両方断ち切れております。昔はこれはつながっておりました。これは肥たごでつないでいたわけです。ですから水にストレスは起こらなかったのです。現在は肥たごをやるわけにいきませんから――これのほうが技術的には合法則的なんでありますけれども、肥たごをやるわけにはいかないので、これは有機肥料のプラントを早く開発すべきであります。これは特定の大型プロジェクトを組んで有機肥料工場をつくって、そしてこれは総合下水ですと変なものが入ってきますから有機肥料になりませんが、これを専用の、われわれのふん尿と台所ごみだけの専用の下水路をつくりまして、これを有機肥料プラントに持ち込んで有機肥料に還元する。きれいに殺菌して臭気を取り除いて、農家で使いやすい形にして供給する。農家はそれを手に入れてやるわけですが、化学肥料より手間がかかります。手間がかかるけれども、その点については、どうせ都市のほうで第三次処理が要るのですから、第三次処理をしなくて済むわけですから、そのコスト分だけ補助金を農家にやるわけです。農家のほうはその補助金をもらって化学肥料から有機肥料に転換して、手間ひまかかるけれど、そちらのほうがカバーができるということになるわけですね。そうすれば全体の水が、両方とも、都市、農村ともよごれなくなるわけです。こういう有機肥料プラントの開発を日本は全力をあげて促進しなければいけません。
 そうやりますと、かなり脱石油になりまして、いまの作物が吸い取っている化学肥料からの窒素分と大体同量の窒素分をわれわれのふん尿によって供給できます。同時に、この有機肥料プラントではメタンガスが発生しますから、これは都市ガスにも使えるわけでして、こういう形で石油からわれわれのふん尿に転換することは可能なんであります。知識をもっと使うことによって省資源化をはかる、代替的な技術開発に全力をあげる、これがこれからの本命になると思いますけれども、こういうふうなことを検討していく。
 そういうふうにしてずっと化学工業の中のまずいやつを切っていきます。そうしますと、コンビナートはこれほど要らないことになっちゃうわけです。そうすると、要らなくなった需要の削減された分から、コンビナートは五年で腐りますから、腐ったときにリプレースを認めないという、工業制限法の規制を適用するわけです。そうしますと、これはスクラップダウンして精密機械にかえる。これで産業構造はぐっと省石油型になってくるわけであります。こういうふうなコンビナートヘの消費の面からの依存度を減らしていかないと、消費はやたらコンビナート製品を使っておいて、そして公害反対だけやりますと、これはボトルネックになってインフレになるわけです。したがって、消費の面で石油はそんな要らないんだという体系に切りかえていくことが今後の大きな課題だというふうに思います。
 さて、これをやりますと、今度はわれわれが光合成物質に転換したわけですが、これは熱帯産工業原料であります。たとえばヤシ油であるとか、天然ゴムであるとか、天然繊維とか、こういうふうなものはみんな光合成物質ですが、南の国々は、これを加工したものを先進国に大いに売ることが可能になります。そうすると、国民所得がいまの百ドルぐらいから二、三百ドルにはね上がるわけであります。国際収支の天井が上がりますからはね上がります。そうすると、大体人口増加率は、三百ドルをこえますと半減いたします。人口増加率が半減してくれれば、食糧の需要と供給のバランスはぐっと楽になりまして、いまのようにやたらに人口が二・五%も三・五%もふえたのでは、食糧は一%ぐらいしかふえていかないから、ここで食糧危機になるわけです。それが、光合成物質をどんどん加工して先進国に売れるようになりますと、国際収支の天井が上がりまして、そして食糧の供給と人口とのバランスが起こってきます。つまり、これは貧乏人の子だくさんから足が抜けるからであります。
 大体所得水準が二百ドル以下の段階では、おやじの労働で食えないから子供にも働いてもらって食っていくというので、貧乏人の子だくさんになるわけです。それからほかに楽しみがないとか、それから老後が不安定ですから子供だけがたよりですから、たくさん産んでおけばどれかいいのが当たるだろうというわけでやたら産むわけですね。こういう貧乏人の子だくさんは、三百ドルから五百ドル段階に入りますと半減いたします。人口増加率が半減します。これによって食糧のバランスを回復することが可能になる。ところが、いまはこの産児制所ができないできないで非常に困っているのですが、これは結局産児制限ができる土台を経済的に打ち出していないからであります。
 それからもう一つは、食糧供給をふやせというので「緑の革命」で、農薬と肥料をやたら使ったやつで対応したんですが、これはだめでした。これは農薬と肥料をやたら使いますと天候に弱いし、それから害虫に弱いので、みな失敗しちゃったわけです。だからやっぱり有機的な形に返らざるを得ない。だから、われわれは化学肥料を東南アジアへ供給するのじゃなくて、先ほどの有機肥料プラントを東南アジアへ輸出すべきなんです。こういう形にする。それからゴムの加工工場を東南アジアに輸出する。それから繊維の加工工場、ヤシ油をもとにした粉石けんの加工工場を東南アジアに技術輸出をいたします。そしてその加工品をわれわれが買っていく。こうなると、東南アジアの対日貿易赤字は縮小いたします。これによって東南アジアの反日運動の火はかなり下火へ、だんだん消えてくるという形になるわけでありまして、そういう生態学的な国際分業関係についての認識が非常に足りない。
 田中首相は今度もフィリピンへ行きまして、食糧基地になってくれとやっていますけれども、向こうは食糧不足で、人口爆発で困っているわけですから、そこへ食糧基地をつくってはいけないんです。食糧というのは国内で自給率を上げておきまして、熱帯産工業原料をわれわれは向こうから買う、そしてその技術をわれわれは輸出するという形になるべきです。ところが、日本はそういうふうな配慮をしないで、向こうの貿易が赤字になると援助資金をやって、そして日本で公害たれ流しできなくなった合成物質のプラントを東南アジアに輸出するわけです。で、向こうでたれ流しします。そうすると今度は公害輸出で頭にくるわけであります。することなすこと、みな頭にきているわけでありまして、こういう形では困るのでありまして、この考え方を転換していかなければならない。
 われわれはつまり合成物質への依存度を減らすという、石油への依存度を減らすことを通じて、太陽エネルギーを基礎とした光合成物質にかえることを通じて転換をはかるべきでありまして、いまの政府の、通産省の考えは、石油への依存度を減らすために、たとえば資源とエネルギーをたくさん使うものについては公害規制やその他をきびしくして、省資源化をはかって対外投資を拡大する、こうやってコンビナート部門を海外投資へ移そうとしています。これは公害輸出の戦略であります。それからある人は、大蔵省あたりで検討しておりますのは、資源を輸入した場合には関税がいまは安い、それから加工品は関税が高いんですが、これを逆にしまして、加工品の関税を安くして、それで資源輸入は高くする。そうすると資源立地型の立地に変わってきまして、国内では資源をたくさん使う産業は不利になります。したがって、対外投資がふえて省エネルギー型の産業構造に変わる、こういう産業構造転換を考えるのがいま主軸でありますが、それをやりますと、公害輸出という問題とぶつかってきます。そこで私は、合成物質への依存度は減らしておきまして、むしろ違った型の、昔からやっております生態学的にむしろ健全な産業のプラントをどんどん南の国へ援助してやって、そしてそちらで所得を上げてもらうようにしていくというほうが、摩擦が少なくていいのではないかというふうに思っているわけでありまして、省資源化には、消費の構造から変えるのか、あるいは単にエネルギーや資源への依存度の高い産業だけは海外に追い出すという、単純な形の国際分業論でいくのかと、この選択にわれわれは直面しているわけです。
 さて、だいぶ時間がたちましたので、大急ぎで第三番目の問題に入りたいんですが、エネルギーを非常に使っておりますのはわれわれのごみであります。ごみになるような消費財はやたらめたらにわれわれは使ってまいりました。で、たとえば大型のごみが昭島市で調べてみますというと、四割はそのまま使えるごみであります。西ドイツでは古くから、そのまま使えるごみの日ってのがあって、若夫婦は当分それをただでもらって済ますというようなことはやっていますが、日本もそういう不要品についての使えるごみは自治体あたりがただでもって住民に再配分していくというふうなことをやるべきではないでしょうか。
 それからもう一つの使い捨てを抑制する、資源をやたら使うことを抑制する税法上の手段があります。これは償却税というのでありまして、たとえば時計でありますが、同じ時計であっても、流行だけを追ってべらべらですぐだめになるような、そういう時計については物品税を一〇〇%取ります。そして三十年ぐらいもちそうで、これ非常にもちがいいと、こういうのは物品税ゼロにします。そうすると、もちのいいほうがかえって安いわけですから、みなもちのいいのを消費者は買います。メーカーは流行だけを追ったモデルチェンジ競争をやったそのべらべらなやつはあまり売れなくなります。そうしますというと、ごみの量はぐっと減ってまいります。使い捨てができなくなるわけですね。こういうふうな、税務署が耐用年数を推定するわけですが、テストをやったり、あるいは仕様書見れば大体わかるわけです。その推定耐用年数に基づいて逆比例する物品税を取ると、こういう取り方をやりますというと、この資源の使い方はぐっと変わってきます。いまはモデルチェンジを自粛すると言っていますが、なかなか自粛はできないんです。といいますのは、モデルチェンジ競争をやって、見てくれをそそったほうがまだ売れるもんですから、企業としてはそちらを選ぶ。まじめにやるとかえって競争で負けるんじゃないかというおそれが転換を妨げています。この償却税というのが入ってきますというと、まじめにやったほうがかえって得になるわけですから、そういう形の税制を適用することによって省資源化をはかる。これも一つのいい方法じゃないかと思います。
 それから使い捨ての癖がつくのはかんの使い捨てからくるわけです。あのかんを、だらしない人に自分で負担させるべきであります。あれは汚染料というのを三十円上のせして取りまして、自動販売機で売るときは必ず三十円上のせして取って、持ってきたら三十円返すと。持ってきたときに返す機械を、自動回収機というのをつけさせるわけです。口があいておりまして、あきかんをそこへぽんと入れると中でぺちゃんとつぶして三十円ぽろっと返してくれる。これは自動回収機ですが、かんぺこという機械で、もう商品化されているようですが、これにつり銭を返すやつをつけておきます。そうすると、まじめな人は三十円取り返すわけですが、だらしないやつは捨てる。そうすると三十円ついていますから、バタヤさんがそれ拾ってきて三十円かせげばいいわけです。バタヤさんが成長産業に変わります。こういうのをかんコロジーと言いますが、バタヤさんがあの山おれにまかしてくれということになるでしょう。いまは大体バタヤさんが一トン集めようと思うと二万個集めにゃいかぬですよ。二万個集めて、三十万から五十万人件費かかるんです。それを一トンをプレス業者に売りますと五千円でしか取ってくれないんですよ。だからだれもあれを集めない。昔は人件費が低かったから、集めただけで人件費をまかなったんですが、いまは人件費上がっていますから、そういうふうな公共的な介入をしないとリサイクルになりません。こういうふうにして使い捨ての癖をかなり押えます。そうすると、いま消費財についてかなりけちけちムードが広がっていますが、これが促進されまして、消費財の需要はもちのいいものしか買わなくなるという形を通じて、ごみがぐっと減りまして、同時に資源とエネルギーの利用度が減るわけです。それは耐久消費財にしましても、普通の消費財にしましても、みなそういう形で押えていくということをやりますと、非常に有利になるかと思います。
 こうやってわれわれはけちけちに返ろと言っていますが、実は使い捨てのものというのはあまりよくないんでありまして、ほんとうにあきがこないデザインで、非常にもちのいいもの、こういう芸術品のような消費財をわれわれは使っていくという形に変えるべきでありまして、けちけちの二宮尊徳に返れということではなくて、使い捨てをやめて芸術品をわれわれは長く愛するという、芸術としての生活に向かおうではないかと、こういう形で呼びかけるべきではないかというふうに思います。
 さて、こういうことをやりますと、エネルギーの需要がぐっと減ります。それで国際収支の赤字はかなり軽くなるはずであります。それから同時にデフレの影響でありますが、これが使い捨てのものについての抑制は消費者自身が有利なわけでありますから、したがって、これに対して国民的な合意が得やすいわけであります。使い捨て製品をつくっている産業では、セクターでは、非常に大きなデフレーションがまだ強まってくるでありましょう。この分野というのはセクターとして非常に大きいですが、この分野のデフレーションが進む。そこで労働力が余ってまいります。使い捨て経済――耐久消費財や自動車やそれから合成物質やその他のところで非常にたくさんの労働力使っていますが、これはごみをつくるために生産しているようなもので足踏み経済でありますから、これを断ち切るわけです。そういたしますというと、労働力の余裕が出てまいります。この余裕が出たやつをスカウトできるだけの公共部門が用意をしておかなければならない。たとえば大工さんが足りない、看護婦さんが足りない、ホームヘルパーが足りない、左官屋さんが足りない、先生が足りない、いろんなところが足りないんですが、この人手不足の方向に労働力をスカウトする。つまりちょうど戦時経済に動員された労働力が復員してくるような形で、復員体制を整えて、財政ではそういう用意をすべきであります。そのかわり、償却税であるとか自動車保有税というような、使い捨て部門に対しては非常に大きなデフレショックを与える。そのかわり、財政の健全な分野では拡大政策をとっていく、まあこういう考え方をとる。財政の中では、高速道路のない、エコロジー的に問題のものはカットしますけれども、そうでない福祉的なものは大幅に前進させます。そうやって波状再調整します。つまりローリング・リアジャストメントでありまして、これはオーバーキルと違いまして、そのデフレの目標自体が消費者に支持されます。同時に労働者も、首切り問題に直面しても、実は使い捨てをやめることを通じて首切りが起こってくるわけですから、しかもスカウトもしてくれるということならば、このデフレはある程度受け入れる余地があるわけです。こういうふうな政治的デモクラシーにおいて、労働者と消費者が受け入れる余地のあるデフレ政策のモデルをつくらないから、デフレ政策というのがやりにくくって物価がおさまらないわけです。無差別に金融と財政を量的に引き締めると、こういうことをやりますというと、関係のないところまで締めるものですから、抵抗が強くて、たいてい途中でなま煮えになるわけです。この結果、慢性的なインフレになったんですが、こういうふうな波状再調整型デフレ政策をとるべきだ。
 さてその次は、労働力の不足が緩和いたしますから、労働市場においては超完全雇用が終わります。いまの超完全雇用は使い捨て経済に労働力を非常に乱用しているからであります。むだに使っているからです。これが超完全雇用が終わって普通の完全雇用に返る、まあ二%程度の失業者は常に存在するという形のほうが健全なんでありまして、超完全雇用はインフレの原因であります。政策目標は完全雇用が目標なんで、超完全雇用を目標とすべきではないのであります。そういう意味で労働力の需給バランスが改善されてきます。それによって名目賃金の上昇圧力は落ちてきます。それで労働者は損するかと思うとそうではなくて、ボトルネックインフレーションが収束することを通じて実質賃金はかえって高くなるわけであります。それから同時に、労働者は使い捨てのものではなくて、もちのいいものを買うわけですから、たとえば、これ、部品がなかったものですから、この前十一年目で修理してくれなくて買いかえたのですが、買いかえると三万五千円ですが、もし十一年目で部品があって修理してくれれば千円で済むわけです。そういうふうな使い捨てのものをどんどんどんどんやって買いかえるための名目賃金の上昇があるんですが、その部分がカットされるわけですから、勤労者としては実質内容はかえってよくなるわけであります。こういうふうな形の整合性のあるデフレ政策のモデルというものが探求されなければいけない。企業としてはどうなるかというと、使い捨て経済が終わりますというと、過当競争が終わりまして設備誘因が落ちてきます。そうすると、借金を銀行に返すわけですから、金利負担が減って固定負担が軽く、楽になる、このプラスがあります。ただ企業としては使い得ない設備が出てきます。ちょうど軍需産業終わりますというと使えない設備が出てくるように、たとえば洗剤の設備なんというのは粉石けん変わりますと要らなくなる。そういうふうな使えない設備がアメリカの調査によりますと、大体設備資本ストックの約二五%あるそうです。これはやはりオシャカにする以外にないということになるかと思います。こういうふうな型のデフレ政策を遂行していくというのがいまわれわれに課せられた課題ではないかというふうに思うわけであります。で、こういうふうにして全般的な転換をはかりまして、われわれは生活の質の改善を目ざしていくことを通じてインフレーションと戦っていくということ以外には道はないというふうに思うわけであります。
 で、それじゃあ今度はエネルギー資源をどこに転換するかということですが、供給のほうに移ることにいたしましょう。
 まず第一は、石油を細く長く使うことであります。高くなった石油を細く長く使うという意味で、いまのような形の体制を需要の面で用意しておきまして、一方では、供給では、メジャーの供給にまかせておきますと、多国籍企業でありますから何をするかわからないわけであります。で、各国とも多国籍企業に対する自立化の傾向を進めております。アラブ諸国は、たくさんたまったドルでもって多国籍企業の経営権を買収するという形で、アラブが経営権を取得しつつあります。これと直結できるような石油会社をわれわれはつくることであります。つまり国内の共同石油、アラビア石油あるいは石油開発公団、こういうものを一本にまとめまして、イタリアのENI、ドイツのデミネックス、フランスのERAP、こういうふうな国策会社、日本航空のような国策会社をつくりまして、これが直接アラブとの連係をはかっていくと。そして供給については、メジャーの供給と競争的公企業として対抗していくという形をとるわけです。そうしますというと、われわれはメジャーの寡占的な市場支配力の強化から免れることが可能になるわけです。いまは原油価格をあんまり安く買うことによって得ていたメジャーの利益は失われつつあります。そのかわり、今度は寡占的な市場支配力を強化することによって、その失われた利潤を取り返そうとして価格が上がってくるわけですが、その部分については若干の削減の余地があるわけでありまして、それは競争的公企業を国内に持っているかどうかによって大きく左右されるわけです。そういう意味で石油会社、国策会社の一本化が必要であります。それからメジャーがどういう行動をとるかについて、もっとわれわれははっきり認識する必要があるわけで、これに振り回されては困るわけですから、メジャーの株式を三割ぐらいは開発銀行が取得いたしまして、開発銀行からその国家の代表を送り込んで、重役会においてその監視を行なうというふうな半官半民方式をとることも可能であります。これはヤマニ氏が進めてきたパーティシペーションオイルの考え方でありますが、これを日本でも適用すべきであるというふうに思います。
 最後に、代替エネルギーとしての原子力を考えることにいたしましょう。
 これについては問題がありまして、微量の放射能という問題があるわけです。これについては天然の放射能と同じぐらいだから大したことないといわれてきたわけでありますが、実は、これは生態学者の証言によりますと、五十万年ぐらい前の人類は天然の放射能に当たって相当淘汰を受けているようでありまして、それの中で生き延びてきた生き残りの戦士がわれわれの祖先らしいのですが、だから耐性を帯びているんですが、ところがこれがもう一ぺんハードルを迎えるわけです。これが問題なんでありまして、現にグラスというアメリカの教授がアメリカの学会で証言しておりますが、この天然放射能の影響の状況証拠が出ております。一九五八年につくられたアメリカの原子力発電所、それがある県と全米のガンの発生率の比較があります。全米のガンの発生率はこの十年間に八%増です。発電所のある県では三五%増です。それから数マイル離れた近距離では一八四%増です。こういう状況証拠が出ておりまして、こういうふうなものが出てくるものですから、原子力発電所があまりつくれないわけです。だものですから、アラブがその間隙を縫って売りどめをしてくるわけでありまして、環境問題と資源ナショナリズムがいまや合流しているわけであります。これに対応するためには、根本的な資源供給についての転換をはからざるを得ないということへわれわれは追い込まれているわけであります。これが一つのポイントですが、二番目は熱汚染が火力発電の二倍出ますから、発電所をどんどんどんどんいまの調子で海浜につくってまいりますというと、水の温度が上がりますと、水の中の酸素容量が減るわけです。酸素が減りますとモが大量に発生いたします。温度が上がりますというと酸素容量が減ります。そうするとモは有機物を分解するためのバクテリアの機能が落ちてきます、酸素容量が減りますと。したがって、非常に腐ってくるわけです。夏場の池が腐りやすくて冬場は池が腐らない、これは酸素の容量が温度によって違うからです。数度でも温度が上がりますというと、次々と赤潮がきれいな水の地帯にも広がる可能性があります。これがわれわれの漁業資源にぶつかってくるわけであります。漁業資源は水をよごしっぱなしにしておいて、南から持ってくればいいとやっていますけれども、これがまたものすごく向こうは権利金を上げてきておりまして、アラブに続けとばかりに二百海里に領海を拡大して、権利金を上げていますから、これから魚がどんどん上がってくるわけです。そういうことを考えますと、水の汚染というのは非常に今後重要なものであります。近海魚に栽培漁業を拡大するという余地がつくってないと、対抗力がないと魚の値段はどんどん上がってくると、これもまたインフレ問題になるわけです。そういう意味で、この水汚染の問題が、熱汚染の問題が問題です。
 第三番目は安全装題が働くかどうか、シミュレーションテストしかないんですが、コンピューターによるシミュレーションテストによりますと、働くかどうかわからないというので、アメリカでは出力を落として設計の変更が検討されております。
 第四番目は、最後に残った濃厚な放射能、固形廃棄物でありますが、これが捨て場がない。アメリカは岩塩の中の地下水のしみ通らないとごろにそっと埋めてますけれども、日本はそういう捨て場がないもんですから、結局どんどんドラムかんにたまってくるわけです。そうやって、もし昭和六十年に発生するドラムかんの量を推定いたしますと、発電所がかりにできたといたしますと大体三十万本ぐらい出るのです。これの捨て場がなくて困っちゃうわけです。何ともできないのです。結局日本はロケットに乗せて太陽に打ち込む以外にないだろうと、こう言われておりまして、廃棄物処理コストが非常に高くなる。
 こういうことを考えますと原子力発電の将来はどうも非常に暗くなってきておるわけでありまして、技術予測から見まして、一ぺん公害型のものを選びますというと非常にあとで苦労するわけであります。こういうことを考えますと、技術予測の観点からはあとで苦労するような――当面うまくいくように見えるけれども、公害防除のためのコストが非常に上がって苦労してしまってどろ沼に入る可能性がある、そういうものはできるだけ避けたほうがいいわけで、そういう意味では太陽熱発電のほうが先にくるべきであるというふうに私は思います。サンシャイン計画二十二億、それから原子力発電はことし六百七十億の予算を組んでおるわけですが、これは逆ではないでしょうか。核分裂型の原子力発電の将来は技術予測論から見ると非常に暗くなっておりまして、むしろわれわれは太陽熱発電、たとえばシャープの太陽電池ですが、あれは電力の三百倍のコストです。だけれどもあのコストダウンさえやればこれはいいんですから、コストダウンだけやればいいようなクリーンなやつを選んでやったほうが将来的にはプラスが大きいのであります。そういう意味で、このサンシャイン計画のほうに予算を大きくつけて、原子力発電所についてはむしろアメリカにまかせてしまうと、アメリカはモルモット実験をやってくれているのですから、あちらにまかせて、日本は太陽熱発電に全力を注ぐべきではないかという感じを私は持っております。
 この前糸田英夫さんと会って話してみましたが、彼も核分裂型の原子力発電というのは大体もう放射能問題があって、幾らやってもなかなかうまくいかない。結局核融合まではだめではないか、こういう意見がだんだん強くなっています。技術者の間でも強まっておりまして、核融合ならば何とかなるけれども、しかしむずかしいですから、これは。二十一世紀、はるかかなたです。そうすると現在の原子力発電と太陽熱発電と、この二つの間の関係を、太陽熱は二十一世紀で、原子力が二十世紀の終わりの時期のエネルギーだと、こういう代替エネルギーの設定のしかたは問題なんじゃないかということになってくるわけです。こういう意味で、この点についての検討をしておかないと、あとでたいへんな研究投資のディスインベストになってしまうわけであります。自動車だってあれ使いながら直していったじゃないかと言っておりますけれども、自動車はそういうことをしたもんですから困り果てて、一酸化炭素を減らすと窒素が出てくる、窒素を減らそうとすると一酸化炭素が出てくると、とってもこの公害防止に困っておりますが、初めに選択を間違えると非常に損するわけですが、技術のメニューというものは幾つか複数あるわけです。その中で苦労の少いやつを選びとるかどうかが研究投資の効率化につながるわけであります。こういう意味で、私はエネルギーの供給についても考え直していくと。
 それからいますぐ使えるエネルギーというのは、御存じのように太陽熱エネルギーの光合成物質であります。光合成物質に切りかえれば石油と電力を太陽に期待することが可能なんでありますから、こういうふうにすぐ使えるエネルギーをどんどん活用していくということを通じて供給をバランスさせていく。こういうふうにして、GNPは上昇率は高いけれども、使い捨てのごみばっかりだと、こういうふうな経済からストックがだんだんたまっていき、生態学的にも健全なものがふえていくような、そういう成長経路に切りかえなければいけないところへわれわれは差しかかっているというふうに思うわけでありまして、この資源問題を契機に全般的な経済政策コースを検討することが第一であります。ゼロ成長か何%いくかというようなことを議論する前に、そういう問題を検討する段階に入ったというふうに私は思っております。
 どうもありがとうございました。長くなりまして申しわけございません。(拍手)
○理事(吉武恵市君) ありがとうございました。
 それでは、次に下山公述人にお願いをいたします。――それではちょっと下山公述人はいま原稿をとりにおいでになりましたから、力石公述人は、実は三時二十分までには帰らしてほしいと、こういうことでございますので、力石先生に御質疑のある方は御発言を願います。
○矢追秀彦君 先ほど少しお触れになりましたが、モデルチェンジの問題ですが、一時計の例だけ言われましたが、私たしか先生のお書きになった書物で、この石油の四割削減ができる一つの柱には電気製品をあげておられましたが、それについてきょうはちょっとお話が抜けたように思いますけれども、このモデルチェンジがいま税金の面だけを言われましたけれども、モデルチェンジ禁止法という法律も私は可能性ができるんじゃないかと思います。その点についてのお考えが一つと、それからたとえば自動車産業が、マイカーが押えられた場合の失業者の問題、これはまあほかのほうへ転換を言われました。もちろんこれも検討を要する問題だと思いますが、スウェーデンのあのボルボという自動車会社が最近ではオートメーションをやめつつある、むしろ手づくりの楽しみということで、そちらのほうに力が入ってきている。そういう点で、たとえ自動車産業が、マイカーが規制され、モデルチェンジがもし禁止がきびしくなった場合、日本の現在の自動車産業の失業者をどこかへ転換をするというのがなかなかむずかしい場合、いま言った手づくりのほうに切りかえる。そのために、確かにコストは少し上がると思いますけれども、モデルチェンジがそう早急に行なわれなければ、長い目で見れば、私はコストは安くつくと思うんですが、その点に対してどうお考えになっているか。
 もう一つ、モデルチェンジを減らしますと、日本ではまあ国民に理解ができたとしても、特に企業関係の方の御意見では、国際競争がダウンをしてしまうと、モデルチェンジ禁止をすることはいいけれども、国際競争力が弱くなれば、これは輸出がだめになるからなかなかできないんだと、こういう意見が企業側に強いわけですけれども、その点を含めてひとつお願いします。
○公述人(力石定一君) モデルチェンジ禁止法案というアイデアは、アメリカのネルソン上院議員が提案いたしまして、前から討論が行なわれているわけでありますが、自動車に関する限りは、モデルチェンジ禁止法は――これは安全第一であるから、モデルチェンジするたびに欠陥製品の出る可能性がある、そういうふうな輸送手段についてはモデルチェンジを禁止するということが可能になると思いますけれども、ほかの電気製品その他について、いきなりモデルチェンジ禁止ということは少し無理があるかと思います。で、安全の観点から自動車についてはモデルチェンジ禁止という形にすべきではないか。
 それから電気製品につきましての部品の保存期間ですが、電気冷蔵庫が部品の保存期間八年、産構審が規制している――行政指導しているんですが、八年であります。で、外国の場合は二十年でありまして、部品を残さないで、修理に応じないで、使い捨てをやって新しい物を買いかえさせると、こういうことを積み重ねてきたわけでありますが、あまりこれはかっこう悪いものですから、最近通産省は、八年じゃあんまり短過ぎるから、これを一年延ばして九年にしようと、こう言っておりますけれども、これは実に人をばかにしているわけでありまして、外国は二十年ぐらい部品は残っているわけです。アラジンの石油ストーブは昔のやつをドイツで持っていってみたら、三十五年前の部品がまだあったなんてことを聞いていますけれども、実に違うんですね。そういうふうな産構審の部品の保存期間、あれは行政の面でやっているわけですが、日本みたいに非常に行儀の悪い国では――外国は自主的に二十年くらい部品を残しているんですが――行儀の悪い国では、これはやはり法的に介入していくということが必要じゃないかと思うんです。で、部品の保存期間を、たとえば外国の例を調べて、それに合わせて二十年なり三十年というふうに延ばしていけば、それは修理して使うことがかなり可能になります。ゴミの中に占める、すぐ使えるゴミ以外のものも、部品さえあれば修理して使えるものが大部分ですから、こういう形でリサイクルをはかっていくということが必要だと思います。
 その次は、自動車産業についての、このモデルチェンジをやめた場合の労働雇用の問題でありますが、おっしゃるように、ボルボがやっておりますのは、かえって手づくり型にしたほうが、例のフォードシステムよりも生産性が上がるという考え方です。ところが、いやになっちゃって、もうおもしろくないものですから手抜きが非常に出てくる。アメリカの自動車は実に最近欠陥が多いんですが、あれはフォードシステムでやっているために、もう意欲がなくなって、おもしろくないものですから、次々と欠陥製品が出ています。で、そのために、日本のたとえばタクシー会社の運ちゃんなんかに聞いてみましても、もう外車は、前は非常にあこがれていたけど、最近はもうあぶなくてあんなの乗らない、日本のほうがかえっていいと、こういうふうな意見が出る。つまり労働力不足が過度に進んで、労働者もだんだんわがままになってくるし、それから生きがいもないし、おろしろくないというようなことになると、だんだんと欠陥製品の問題につながってきます。そういう意味で、それを手づくり型に切りかえることのほうが、かえって意欲が出てきて労働効率がよくなるから、その面でもコスト的には有利であるという考え方がスウェーデンあたりで出てくるのはわかると思います。ただ、それだけでいまの使い捨て型でやっている需要を吸収することは不可能でありますから、やはり自動車産業でこの使い捨てが終わり、特に公共輸送体系に切りかえた場合には、パーソナルモータリゼーションそのものが、保有率そのものが落ちてくるわけですから、したがって需要は相当国内では縮小するわけです。その縮小した需要を公共輸送体系、たとえば新交通システムであるとか、デマンドバスだとか、あるいは短距離トラックとか、そういうふうなものに向けていくわけですが、これでもやはり労働力は過剰になると思います。で、あと輸出でありますが、輸出については、
 本来は、そのパーソナルモータリゼーションのモデルチェンジ競争をやたらやりまくって国際競争をやるというのがおかしいのでありまして、たとえばフォルクスワーゲンにしても、ボルボにしても、GMがモデルチェンジでどんどんどんどん魅力を出してやっていくものですから、ついうっかり、ドイツやスウェーデン人はそちらに切りかえられちゃって競争は弱まっちゃう。非常に困っているわけです。むしろ、ドイツやなんかでは安全の観点からモデルチェンジ規制をやって、自分たちのシェアを守ろうというふうな考え方が出てきているようでありますが、まあこういうふうな考え方からしましても、将来的には、モデルチェンジをやたらやりまくって売り込むというよりも、いいもの、ボルボだとかフォルクスワーゲンなんかはわりあいと堅実で、しかももちがよくって、スタイルはあまりあれですけれども、安全性は非常に高いというような、そういうものに向かって自動車産業はいくべきでありますから、しかもパーソナルモータリゼーションからパブリックトランスポーテーションの供給者として国際競争でもあらわれていくべきであります。したがって、バスであるとか、トラックであるとか、タクシーだとか、そういうふうな需要を目当てに日本の企業はあらかじめ対処していくべきだ。したがって、いま国際的に悪いことをやっているんだから、しかたなしに、負けないためにはやる、悪いことを一緒にやらなけりゃいかぬという考え方を、国内でなくさなければいけないと同じように、国際的にもそれを規制していく。
 たとえば国際的な国連レベルで自動車についてのモデルチェンジについてチェック法案をお互いにやる。それは非関税障壁とみなさないということを提案していってもいいですしね。前向きに前向きに国連レベルでそういう問題を明らかにして、マーケットのキャラクターをコントロールしていくというふうな努力はやらなければいけないと思います。ただ、私は余った――自動車をつくるところだけじゃなくてですね、あのユーザー――あれ、ユーザーじゃなくてディーラーですね、ディーラーのあたりから、ものすごい大きな労働力ですからね、修理だとか車検だとか、そういうのがみんな余ってきますからね。したがって、パーソナルモータリゼーションが終われば相当労働力はやはり余裕が出てくる。で、これは非常に好ましいことであって、ちょうど戦時経済――交通戦争にまき込まれている、動員されている労働力が、戦時経済が終わって復員していくのと同じような面があるのだと、そういう意味では私は自動車産業に、及びその関連部門において労働力が余裕が出てくるということは、経済政策的には望ましいことであって、労働市場を所得政策なんということをあまり使わないでも済ませるような条件をつくり出すという意味で私はいいんじゃないかというふうに思います。
 ですから、完全雇用、いまの状態のもとで完全雇用を維持する、たとえば軍需産業でも完全雇用を維持するというのはおかしいのでありまして、肥大化された軍需産業を、縮小する時期が来たらこれは縮小して労働力はほかへ移転すべき、平時経済への転換と同じ機能をわれわれは経済政策に要求すべきではないか。したがって、しがみつくということは、労働者の立場からいってもこれはおかしいのではないかというふうに思うのですけれども。で、いまの問題、その所得政策は超完全雇用が長く続くことから起こってくるわけです。したがって、超完全雇用を起こさないような労働市場のコントロールを、経済政策でも並行して進めていくということが所得政策の導入を避ける非常に大きなプラスになると思うのですね。それを絶対失業はどんな産業でも出さないのだと、転換もしないのだというふうなことは、これはいまの経済の軌道自体が非常な使い捨ての石油文明という間違った軌道に入り込んで、ちょうど戦争経済の軌道に入っているような形に軌道が脱線しているわけですから、これを踏線するのを直していくということから起こる調整は、やっぱり勤労者も国民も納得しなければいけないのではないか。ちょうどアメリカで、朝鮮戦争が終わりますと軍需産業でぐっとデフレが起きます。その余った労働力と資源を平時経済に吸収するためにアイゼンハワーは消費者の減税をやります。それから住宅産業を興すわけです。そして波状再調整でこうならしていくわけですが、そういうふうな調整をやらなければいけないところへ来ているのではないかというように思いまして、私は労働力が余ってくることは、そんなに、何といいますか、恐れないで、むしろ前向きに取り組んでいくということが必要じゃないかと思います。
○中村利次君 公述をお伺いした中で、原子力についてお伺いをしたいのですがね。原子力問題についての公述がございましたね。アメリカの原子力発電所の設置地域で、肺ガンの発生率が、その周辺では三十何%あるいは何か距離をおいたところでは百何十%とか多いという実績が出ておるというお話でございました。ところがですね、私はこの自然界の中にも、日本でも四十何ミリレムから百数十ミリレムまでいろんな差異がありますし、それからインドのあれはバザール地方でしたか、一千ミリの放射線が自然界にある。ところが、一千ミリの放射線を自然界に持っておるところも、五十ミリレムのところも、調査の結果は、人間の健康上何ら影響がないという調査が出ていますね。それからなお、原子炉の設置地点、ここに原子炉が開発されて以来自然界の放射線に目立った影響を与えるような放射線の増加というものはありませんね。そうなりますと、これはどういう理由で、いまお話しをいただいた肺ガンの発生率がどういうような理由で多いのか。何かほかに、そういういろんな比較からいたしますと、どうも、どういう、放射線の影響というのがたいへんに私は理解しにくいんですね。千ミリレムのところも五十ミリレムのところも、肺ガンの発生率その他関係ない。何かはかに理由があるとお考えになるかどうかですね、お伺いしたいと思うんです。
○公述人(力石定一君) グラスという教授のレポートは状況証拠としてそれを示しただけでありまして、完全なきめ手であるというふうに見ることはできないと思います。ただ、状況証拠として、いまの数字ちょっと間違っておりまして、原子力発電所の近傍がここ十年間に一八四%の発生率の増大――発生者数じゃなくて発生率の増大なんです。それから、ここ十年間の全米ではプラス八%増、それから原子力発電所のある県ですね、その県では三五%増と、こういう数字なんです。だから、近くになると上がってくるわけですね。こういうカーブが描かれているという学会報告を出しまして、これは原子力発電所の、つまりガン発生を促進するという放射能の機能というのは、これは別のテストで認められているわけですけれども、その微量放射能がどういう影響を与えるかについては、自然放射能と同じぐらいだから問題ないという説だったけれども、それがプラスアルファされることによってガンの発生率を促進しているという状況証拠ではないかという学会報告をやったということなんです。ですから、その報告そのものを内部的に検討して、もしほかにあなたがおっしゃいましたような、別に影響がないというデータと突き合わせて、どちらがより真意性があるかということをやはり委学的に検討しなければならないと思いますね。ですから、私はそれについて結論を何も持っておりません。ただ、そういう材料があるということは現実なんですから、それをもとにしてこの問題をはかっていかなきゃならぬだろう。
 それからもう一つは、生態学の法則としてガンの発生率、放射能ガンの発生を促進すると、特に数十万年前の人類が自然放射能でとにかく相当淘汰を受けている。淘汰を受けて、それに対する耐性ができてきている。その耐性ができてきたのは、もう一つ、もう一ぺんこれにぶつかるんだというふうなことは、これは実験データではなくて、いわゆる生態学のほうでの自然の歴史研究のほうから出てきた結論のようでありますけれども、そういうふうな一つの経験を人類がかつてしているという、そういう生態学の研究成果があるとすれば、そういう問題と結びつけてこの点を検討する必要があるわけでありまして、これでもってアメリカでいま大きく討論中なわけなんですね。私はアメリカで相当それは深い討論がやられておりますので、もう少しそれをよく見る必要があるんじゃないか。日本があわててアメリカと同じ実験をやっても、モルモットに参加するというのはちょっと損ではないかという感じをしているわけですね。そういう意味で、その場台に、技術予測をする場合に、そういう問題いろいろあった場合には、それを織り込んで技術予測を立てて、はっきりした技術予測に基づいて、今度は研究投資の配分を考えるという積み立てをきちっとやらないで、ムード的に原子力が次らしいと、これはもう変わらぬらしいということで、わあっとやりますと、結局むだな研究投資になってしまうんじゃないかというふうな意味で、私はこれがきめ手であるということじゃなくて、テクノロジーアセスメントの原理を一つ一つ踏まえて意思決定をしていくべきだと。そうすると、どうしても考慮せざるを得ない材料ではなかろうかということを申し上げたわけです。
○内藤誉三郎君 ただいま先生、原子力発電に関連するのですが、アメリカの例はお聞きしましたけれども、一番いま原子力発電の進んでいるのはイギリスだと思うんで、おそらく四分の一ぐらいは現在イギリスはいっていると思うのですが、イギリスではそういう例を私は聞いてないんですよ。ですから、アメリカよりは原子力発電ははるかにイギリスのほうが進んでいるので、イギリスでそういう事態は起きていないと私は思うのですが、アメリカだけで断定――断定じゃないですけれども、されるのは少しどうかなという私は気もしまして、世界の趨勢はあなたのおっしゃるようにサンシャインの、これは私も一つのアイデアだと思いますけれども、まだそこまで開発がいっていない。開発が相当進んでいるのは原子力で、私はいま日本がやり得るのは、近い将来最も可能性のあるのは原子力じゃなかろうかと思うんでね、この点ちょっともう一ぺんお教えいただきたいと思う。
  〔理事吉武恵市君退席、理事嶋崎均君着席〕
○公述人(力石定一君) イギリスが生態学的に進んでいるかどうかというのは、アメリカのほうが生態学的な研究は非常に進んでおります。イギリスは非常におくれている証拠にコンコルドにまだしがみついていますけれども、アメリカの国会でコンコルド、つまりSSTがアウトということになりましたのは、こういう国会の証言において生態学者が決定打を放ったのですけれども、騒音と衝撃波だけじゃなくて、基本的には、地球の外側にオゾンの層というのがありまして、そのオゾンの層を通過して紫外線が入ってくるのですけれども、その紫外線が皮膚ガンを発生する機能がある。このオゾンの層が、SSTがあまり飛ばされるようになるとオゾンの層が薄くなるという効果が非常に問題になっております。南の国では、紫外線の濃度が非常に薄いものですから皮膚ガンになる可能性が非常に高い。そこでメラニンの作用を通じて、黒人になることによって皮膚ガンの発生を防いでいる。つまり、生態学的に黒人になるということは紫外線の濃度との関係があるんですね、皮膚ガンの発生を保護しているわけですね。そういう機能があるんだと。もし北半球でどんどんSSTを飛ばすようになると、オゾンの層が薄くなって、オゾンの層が薄くなると紫外線が濃くなる。そうすると、白人が次々と皮膚ガンでやられる。そのやられた場合には、おそらくその抵抗として黒人になろうという運動が起こってくる。そうすると、白人の人たちはみんな黒人になる覚悟がありますかと、こういう話をしたそうでありますけれども、こういうふうなこの議論が、皮膚ガンの問題というのはむしろとどめの一撃になっている。騒音と衡撃波よりもむしろこれなんです。これはこういうことを証言して、非常に理論的な研究が高まっているのはアメリカでありまして、イギリスはそれはレベルが低いわけです。したがってコンコルド――フランスも低いからコンコルドを一生懸命やっているわけです。
 この例から見ましても、イギリス、フランスの生態学的なレベルというのはアメリカよりかなり低いと、こういうふうに見ておりまして、テクノロジーアセスメント問題は、むしろアメリカは最先端を進んでいる。むしろ私はアメリカに学ぶんならこちらのほうを学ぶべきだというふうな感じを持っておりまして、そういう全体の学問の水準から言いまして、ヨーロッパ諸国は社会福祉理論とか、それから、そういう経済政策の若干の分野でアメリカよりは進んでいる面があります。そういう生態学的な技術研究についてはアメリカが一番先頭を切っているように私は思っております。そういう意味で、その次々出てきている学会報告というものの意味をもっと慎重に検討してみるべきで、世界の大勢という世論調査でものをきめないことが必要なのではないかと、そういうふうに思いまして、これ一つだけ材料として申し上げたわけです。
  〔理事嶋崎均君退席、理事吉武恵市君着席〕
○内藤誉三郎君 いま私は生態学の話を伺いましたが、イギリスでね、最も原子力発電の進んでいるイギリスにおいてそういう弊害は聞いていないんですよ、それはなぜでしょうかと。
○公述人(力石定一君) おそらく、アメリカのグラスの学会報告は、イギリスの生態学者に影響を与えて、イギリスでこれからこの問題が起こってくるでしょう。おそらく一、二年のうちにはその問題は問題になるでしょう。イギリスの生態学雑誌で「エコロジスト」というのがありますが、この「エコロジスト」の中で、原子力発電に研究投資を向けるよりも、むしろ太陽熱発電に向けるべきだという報告書が出ておりますけれども、これに署名しているのは、生物学者のハクスレーであるとか、経済学者ではミシャンであるとか、それからロブソンであるとか、いろんな人たちが共同署名をしております。この共同署名は、これからのエネルギーの選択、それから省資源、省エネルギーをはかっていくためにはどのような生態学的な経済政策コースが可能なのかということについての提言で、生き残りのための証言という論文になっております。これに百五十人ばかりの、イギリスの最もトップレベルの学者が署名しておりまして、その線からいきますと、おそらくその問題は、具体的に原子力発電の選択の問題におりてくるだろうというように思います。ただ、それが何か政治的な問題、あるいは原子力発電そのものの選択の問題までいくには時間がかかるでしょうけれども、おそらく二、三年のうちにはその問題は出てくるだろうというふうに思います。全然ないわけじゃございません。その「エコロジスト」というのはイギリスの最も進んだ生態学の学会誌でありますけれども、そこでそういう問題を提言しております。
○中村利次君 まあ、ここは議論の場ではございませんから、原子力についての議論はいたしません。ただ質問だけいたしますけれども、太陽熱の利用ですね、これはやっぱり人類の願望だと思いますね。しかし、太陽熱発電を原子力に優先させるべきであるという御公述でございましたけれども、太陽熱の利用あるいは発電、これは私も御趣旨に全く賛成でありますけれども、しかしながら、これに対してどういう公害その他の問題がからんでおるのか、私も実はこれはいろんなまだ解決をしなきゃならないたくさんの課題があるというぐあいに考えています。むしろ原子力以上に多くの課題をかかえておると思いますし、したがって、これをクリーンエネルギー化するためには、なかなかここ中期の五年、十年の見通しではとてもとてもこれは困難というよりも不可能ではないかと思うんです。そういう点についてはどういうぐあいにお考えでしょうか。
○西村尚治君 ちょっと同じ問題ですから関連して、ひとつお答えいただく前に、同じような趣旨のなんですが。
 太陽熱発電を原子力発電より優先さすべきというようなお話、確かにクリーンエネルギー、これは太陽エネルギーが最たるものでございますから、私どもこの開発を大いにやるべきであるということはかねがね主張しておるものの一人でございます。ございますが、ただ、中村委員からお話がありましたように、なかなかこれは技術開発の問題がまだまだ先のことだということで、サンシャイン計画は立てましたけれども、順序としましては原子力発電、それからずっとあと、これは二十一世紀のものというように位置づけておるわけですね。残念ではありますけれども、実際にはいまそういうふうに現在あるわけです。日本でも太陽熱発電を利用して温水器ですね、あれで家庭用のものくらいはそう先でない時点において開発ができるであろう、供給可能になるであろうと。しかし、大がかりな産業用のエネルギーということになると容易でないというのが多くの人の意見のようでございます。ただ、アメリカでは相当これは本格的に取り組んでおりまして、昨年も私ちょっとここであれしたんですけれども、人工衛星を使いましてね、何百キロという大型人工衛星を打ち上げまして、そこの太陽電池に太陽エネルギーを吸収して、それをマイクロウエーブで地上の受電所に集めて、それを配給するというようなまことに壮大な計画がある、NASAと民間の業者との間に。これは事実あるようです。ところが、それもなかなか容易なことでないんだということをまた聞いておるわけですけれども、先生がきょう、ただいま太陽熱発電のほうを優先さすべきだということをおっしゃったからには、何かその辺についての見通しのある、実用化その他について見通しのある情報を得られたからおっしゃったのか、それとも温水器あたりから逐次なにしていって、何十年か先に産業用のものにといったようなおつもりでおっしゃったのか。博識な先生のことですから何かその辺の情報がありましたら、われわれを力づける情報がありましたら、中村先生のお話と兼ねてひとつ。
○公述人(力石定一君) 実はこの前糸川さんに会って、糸田英夫さんといろいろ議論したんですけれども、ローマ・クラブが提言したあの報告は、原子力と太陽熱発電とどっちを優先して考えているのだろうかと、あのグループはね。そういう話から話が始まりましてね。ぼくはどうもやっぱり太陽熱のほうに物理学者、それから高級技術者の間ではだんだん技術予測論としては傾きつつ、そちらのほうが先だという意見に傾きつつあるのじゃないかという話をちょっと言ってみたのです。彼も核分裂型のやつは大体もう非常にむずかしいと、幾らやってもぼろぼろ放射能問題が出てきて非常にむずかしいと、だからやっぱり核融合になるまで待たなければいかぬと。核融合とは、しかし非常にこれは開発がむずかしくて、これは二十一世紀問題になってくると。そこで、彼の考えは、やっぱり太陽熱が先だと思うけれども、しかし太陽熱だって非常にいまおっしゃるようにすぐ簡単には出てこない。ただ、いま言った温水器だとかそれから住宅ですね、アメリカの太陽を取り込んだ住宅。これはみなシャープの太陽電池の応用例だと思いますけれども、宇宙開発で使ったのもやっぱりシャープのあれですよね。
 だから、日本は最先端を行っているわけです、そういう意味では。その太陽電池の原理を適用したような形の耐久消費財的な電力利用ですね。つまり、いまのやつはパブリックユーティリティで、公益事業として電力をやってこれを産業用に供給する。そういうものとしてその太陽熱を見るよりも、その耐久消費財的なものが前面に出てこやしないか。それでいまおっしゃるように、人工衛星を打ち上げてマイクロウェーブで送るというやつは、これはもう相当やっぱり時間がかかるだろうと思います。ですから、これが彼も大きく支配的に出てくるとは期待していないわけですよ。それよりむしろ耐久消費財的なものとして、いろんな形で太陽エネルギーを家庭内で取り込んで、その家庭内のエネルギーのウエート、太陽熱エネルギーを高めでいく。で、家庭用が大きいですからね、最近は。日本だけ産業用のエネルギーが大きい。各国は家庭用が大きいわけですから、これをウエートをあげていく。
 彼のヤマカンの予測なんですけれども、大体通産省は昭和六十年に二〇%の原子力発電、全電力の二〇%は原子力発電と、こういう議論に対して、彼はそれに対置して二〇%が太陽熱の耐久消費財的な電力供給、そして二%くらいが原子力発電、それ以上原子力発電はちょっと住民の反対が強くてつくれないだろうと。それともう一つ、学界で討論した場合に、どうもやっぱり次々出てきたやって、学界で説得できないものを住民に持ち込んでもそう簡単に説得できない。そうすると、やはり二%どまりじゃないか、それでむしろ太陽熱発電が二割ぐらい昭和六十年にいく、その辺に踏んだらどうだろうと。それからもう一つは、石油を細く長く使っていくという意味で、光合成物質に逆代替をはかる。いままでは合成物質で入ってきたんだけれども、石油合成で入ったやつをもとの天然的な光合成に逆代替をはかるというふうな形でつないでいくとかいうふうなやり方をとらざるを得なくなってきているんじゃないか。それを前提として経済成長コースを考えないとこれからの技術開発も経済成長も間違ってしまうんじゃなかろうか。
 それはたいへんな大きなボトルネックで、これはむしろ国会で議論をするということよりも、そういう専門家が技術予測をやって、そして専門家における討論によって結論が出されるべき問題であって、その討論の素材はもっともっとたくさん国会では集中して、そしてそれを最終的に政治的に価値判断を下されるということになるべきじゃないか。私は、手続としてはそういうふうな高級技術者の趨勢というものを国会はもっとにらんで、データをどんどんどんどん集積して、そして判断を下される必要があるんで、まあたとえばモータリゼーション、パーソナルモータリゼーションはあたりまえだと思って六〇年代やってきたわけですけれども、しかし、ここまでくるとやっぱりパブリックトランスポーテーションがあのときもうすでに選択の対象になっていたわけですよ。それでマンフォードとかいろんな人たちが、これからやるとすれば、ハリー・ジョンソンもそう言ってましたけれども、パブリックトランスポーテーションでいったほうがいいんじゃないかと言っていたんですけれども、まあ世界の大勢はパーソナルモータリゼーション。だから、みなそれに乗っかってきたわけですけれども、われわれはむだをしない、コースをむだをしないという意味でも慎重な選択の余地がある。
 私は、やっぱりこれは技術予測にすぎないんですから、一つの意見として聞いておいていただければけっこうでございますけれども、昭和六十年ごろに太陽熱エネルギーが耐久消費財的に使われて二割ぐらいまで電力需要の中で上がってくる、そして産業用の太陽熱発電が実際実用化されるのはやっぱり二十世紀の終わりごろになる、それから核融合が二十一世紀のもっと先になる、こういうふうな一応前提を立てておやりになるほうがいいのではなかろうか。エネルギーの経済学者、エネルギー専門家、財界、政界では一路原子力にばく進しておりますけれども、学者の間ではかなり疑問が強くなっておりまして、それで経済学者の中にも疑問がだんだん広がってきて、これが技術者のほうから感染してきまして検討しようということになってきている。そういう意味でここに御報告する次第であります。
○理事(吉武恵市君) ほかに力石公述人に対する御質疑のある方はございませんか。
○細川護熙君 さっきENIのことでお話がありましたけれども、その点で先生のおっしゃったのは、イタリアのENIの方式というものそのまま日本でやったらどうかという御趣旨であったのか、あるいは輸入、流通、あるいは価格のどの段階かでそういうふうなENI方式というものを、日本版のENI方式というものをやったらいいのかという御趣旨であったのか、いずれにしても、そういう方式をもしやっていくとすれば、石油管理特別会計というような何か特別会計をつくらなくちゃならぬと思うんですけれども、その場合の財源というのはどういうふうなことを考えられるのか、御所見があれば承っておきたい。
○公述人(力石定一君) ENI方式というのは、国家参加持ち株会社でありまして、これは開発から精製、販売、これ全体を握る、そしてメジャーの寡占的な市場支配力から独立した対抗力、カウンターベーリングパワーをつくろうと、こういう考え方で六〇年代からエンリコ・マッティーの指導下に行なわれたわけでありますが、これがアメリカのメジャーの力を弱める第一歩でありました。で、このてこを利用してアラブ諸国が、が然張り切り出しまして、メジャーがたとえばこの利益の分割について半々であったのを、こちらは二五%でもいいというふうな形で次々と譲歩をするもんですから、メジャーは非常におこったわけでありますけれども、こういうような国際寡占の市場支配力を競争的な市場関係に変えるという意味で、先進国が持つ有力な武器としてこういう国策会社があろうかと思います。そういう意味で、通産省の中でも昭和四十年ごろから、日本では共同石油というような形で流通の部門を統合するとか、あるいは原油の開発公団をつくって最初金融から手をつけるとかいうふうな形で徐々に手をつけていくけれども、最終的な目標は、理想案としては、政治が許せればENIというものを、日本版ENIをつくったほうがいいという考え方のほうが強いわけだったのでありますが、私はこれ知っておりますけれども、そういう方向に日本がやっておれば、かなり開発から精製、販売まで全部手を握って、そしてアラブが非常にたくさんの外資、ドルを持っているわけですから、この国策会社に共同投資をしてもらってもよろしいし、合弁方式をとってもよろしいし、そして向こうに合成物質のプラントを砂漠の横につくって、公害防止をわりあいとやりやすいようなところへ合成物質のプラントをつくるというような形で、原油を最も高度に加工してわれわれが購入するという、アラブ諸国が望んでいる方向に積極的に出ていくような武器を与えることができるでしょうし、それからまた、リスクが非常に高いわけですから、うろちょろうろちょろしてもなかなかうまくいかないわけですね。
 そういう意味で、リスクとそれから非常に集中した技術が要りますからね。そういう意味でメジャーに対抗するような、そういう巨大な国際企業という意味で国策会社を私はつくるべきだ。で、日本航空があの国策会社方式によって初めて世界の航空産業で対抗できているわけですけれども、石油産業においてわれわれが自立的な方向をたどるとすれば、そういうふうな産業体制をとる以外にはないと思います。それは石油の特別会計という形ではなくて、メジャーは別にあるわけですから、別会社なんですから、競争的公企業ですから、国家が参加した形の財政資金をそこにつぎ込んで、株式を開銀なら開銀が取得する形でもよろしいですしね、そういう日本航空型の形でやっていけばいいんではないかというふうに思いますけれども。
○理事(吉武恵市君) ほかにございませんか。
 それでは、力石公述人には長時間にわたって貴重な御意見を賜わりありがとうございました。厚くお礼を申し上げます。(拍手)
    ―――――――――――――
○理事(吉武恵市君) それでは、次に下山公述人に御意見をお述べいただきたいと存じます。
○公述人(下山市之丞君) 昨年春以来じりじりと騰勢を続けてきました物価上昇は、休むことなく上昇を続けてまいりました。特に消費者にとって食料品、衣類、日用雑貨といった日用品の上昇が目立ちました。これらは家計を圧迫するものであります。最近になって百貨店、小売り店の百三十二品目の小売り価格が行政指導で凍結されましたことはうれしい事態です。それにしても、一月の消費者物価が対前年度比で二三%上昇し、それ以上に二月の消費者物価が上昇したことは明らかに日本はインフレです。アメリカもイギリスも西ドイツもインフレと聞いていますが、インフレをストップさせるために衆参の各委員会を通じて討議されてきたようですが、相次ぐ石油製品の値上げによって他の関連製品も値上げしています。消費者物価は上がっています。物価が値上がりするばかりではありません。昨年に至っては鉄材、セメントなど建設資材が不足しました。そればかりではありません。洗剤、塩、砂糖に至っても不足を見ました。今後このような品不足が二度と起きないように投機防止法の効力を期待したいものです。
 それにしてもOPEC――石油輸出国機構の一方的値上げ通告に対して、資源の乏しい日本としては買わなくてはいけない。産業が成り立たないという状況では、OPECが値上げをすれば、それに関連して国内石油製品はもちろん関連製品まで値上げしなくてはいけないという状態にありますことは残念なことだと思います。こういった海外要因が国内の卸売り物価、消費者物価をひたすら引き上げている事実は見のがせない事実だと思います。先日も石油製品、石油関連製品の価格凍結時期が解除されるとおしなべて物価が上昇するのではないかと心配するものです。
 それに加えても、昨年の四月二日に日銀は公定歩合を〇・七五%上げ、十二月二十二日までに五回の公定歩合を上げました。預金準備率も連動して上げてきました。それに加えて都市銀行、市中銀行の窓口規制を徹底的に指導して、窓口規制を四半期、対前年度貸し付け高で見るなら、どの期においても対前年度で見るなら下回ったことはありません。このために中小企業のことし一月の倒産が千件をこし、去年の一月を大幅に上回っています。昨年四月から公定歩合の引き上げ、預金準備率の引き上げ、窓口規制強化などによって、ことし一月、二月に至っては、前に述べたように二三%も、それ以上も上がっていますが、最近になって物価も鎮静に向かっているようです。特に総需要抑制の大きな割合となる個人消費が停滞ぎみになっているようです。これが長く続き、物価抑制になればよいと思います。しかし、重油を大量に使う電力会社が、四月初めに約六〇%ともいわれる電力料金値上げを申請する予定といわれていますが、値上げをしなければ電力会社はやっていけないし、値上げされては困るものですが、経営上の最低限の値上げは認めるべしだと思います。いずれにしても、電力料金値上げ、秋に予定されている消費者米価、国鉄運賃値上げなど、さらには百貨店、小売り店の価格凍結品が行政指導から解除されれば、たちまち値上げラッシュが続きそうです。そうなれば、ことしも高い原油のために、海外要因により国内の消費者物価が上がることが予想されます。そうなってきますと、当然所得の上昇が伴ってしかるべしだと思います。
 それにしても、石油連盟と元売り十二社が公正取引委員会にやみ価格協定で告発されましたが、独占禁止法の中で気にかかる個所があります。それは、告発を受けて審判に持ち込み、審決が出るまでやみ価格協定の価格が維持されることであります。審判に持ち込み三年もたたなければ審決が出ないというような、消費者にとっては待ちくたびれるような話です。こういう審判は、早く結果を出して、不正な取引であったかどうか、早いうちに判明すべきだと思います。こういう独占禁止法内容は改正して当然だと思います。
 四十九年度歳入の部で、所得税一兆七千億円といわれる膨大な減税が実施されましたが、それに反して法人税、印紙税、自動車関係諸税などが増税されましたが、それに加えて最近会社特別税が成立して、この三月期決算から徴収されます。所得税課税最低限が大幅に引き上げられたのは、福祉政策のもたらすところでありましょう。福祉税制を徹底的にするというなら、所得が高額になっても課税率が変わらないようにすべきだと思います。高額所得者ほど得をするというのは、福祉優先の課税とは言えません。物価が二三%も上昇したのなら、税金負担は軽微で当然だと思います。しかし、昨年の春闘で大幅に賃金が上がり、またして今年に至っては大幅な賃金上昇がなされるといわれていますが、所得税を大幅に減税しても、物価上昇の起因になるおそれがなきにしもあらずです。それは賃金が上昇すれば、当然個人消費は伸び、総需要は伸びると思われるからです。税制調査会で追加減税もあり得るといっているようですが、春闘になって大幅な賃金上昇が起これば、当然物価が上がることが予想されることからして、追加減税は慎重にやるべきであると思います。むしろ慎むべきだと思います。
 次に、私は岡山からやってきましたので、岡山の実情を少し紹介してみたいと思います。岡山市の実情と、それに対して不足ぎみと思われることを述べさしていただきます。
 夜間診療所数が市内に現在二十二カ所あり、おもに外科中心でありますが、二十二ヵ所のうち三病院は総合病院であり内科、外科、小児科を含んでいますが、夜間診療所は満足すべきものではありません。日曜、祝日の昼間診療所を市内で見るなら、十一カ所あったものが九カ所となり、八カ所となり、現在は四カ所となっています。四十九年度に至っては一カ所、それも祝日、日曜の昼までとなっています。場所を減らし時間を短縮したことになります。心細い医療供給体制であります。岡山県の昼間診療所の実情を見ますと、岡山県を二十五地区に分け、十六地区四十六人の当番医によって昼間診療は実施されています。残る九地区においては昼間診療は実施されていません。不安な医療体制とも言えますのが実情です。
 四十年四月に実施されましたホームヘルパー制度は、岡山市の場合現在三十四名おり、なお不足状態にあります。県全体で見るなら不足の度合いは著しいものです。四十七年度末に百人、四十八年度末に百二十九人、四十九年度予定として百八十人が予定されています。一人七・五世帯受け持ちで千九百世帯必要となっています。それから見るなら、ホームヘルパーの目標達成人員数は二百五十五人となります。現在では約半分しかまかなわれていないことになります。これは二人に一人しかホームヘルパーの人は配置されていないことになります。一人に配置されて、一人にホームヘルパーの人がついていないことになります。一刻も早く二百五十五名を確保してほしい状況です。
 山陽新幹線の岡山以西の開通がことし十二月に迫り、一そう便利になるというものの、現在運行している岡山県内には五つの被害が出ています。小学校三つ、幼稚園二つとなっています。新幹線騒音のために授業ができない一つの小学校、一つの幼稚園が移転を希望して目下国鉄と交渉中であります。移転時期などはっきりしていません。国鉄側の補償の上に移転が実現されればよいと思います。また二つの小学校、一つの幼稚園は側壁をつくり、騒音防止を終えています。これから岡山以西の開通が幾つかの被害の出ることが予想されます。昨年夏、参議院公害調査班が大気汚染の著しい岡山県倉敷市呼松地区へ大気汚染の状態と住民の集団移転の調査に来られましたが、現在の状況においては移転に賛成する人、反対する人とまちまちに分かれており、住民の意思がまとまっていないといわれています。住民の意思統一がまとまれば、国の十分な補償があってもしかるべしだと思います。
 三十年から四十年に至って著しかった過疎問題についてですけれども、岡山県に見られる過疎問題としては、三十年から四十年に至っては人口の流出が大きかったのですけれども、四十七年、四十八年に至っては流出が少なくなり、流出する人口が食いとめられています。岡山県の過疎対策として、過疎の道路の市町村道整備をやってもらうこと、無医村へ医師会の巡回診療車を回してもらうこと、バスの運行に補助金を出して確保してほしいこと、農業の整備基盤を確立するなど、過疎に住む人の願いが、工業団地などをつくることばかりでなく、こういった十分な過疎対策を打ち出してほしいなどが過疎の住民の願いです。
 次に、社会保障についてですけれども、生活保護費を大幅に引き上げ、福祉年金、障害年金、母子年金をいずれも引き上げていますが、拠出制年金給付額を一四%引き上げたことは、物価上昇が著しかった、二〇%以上の物価上昇があったのに、物価スライドは一四%というのは、もう少し上げるのが妥当な線であると思われます。
 ホームヘルパーについてでありますが、現行七千六十人を千人ふやし八千六十人として、給与を四万五千円を五万五千円としている点ですが、給与は全国一律であるということは少しおかしいと思います。東京のように物価の高いところもあれば、いなかの物価の低いところもあるわけで、地域差によって物価は違っているのであるという観点が見られていないことは妥当と言えないと思います。また、ホームヘルパーのいない地域がたくさんあるといわれています。岡山県の場合でも、それははっきりしています。増員の千名がどの程度まで達成できるかは、給与、仕事内容によっておのずからきまってくると思われます。それにしてもホームヘルパーのいるところといないところがあるような制度は、一刻も早く改善されて、充足した体制を整えてほしいものです。また、重症心身障害児童対策に重きが置かれているのが目立ちますが、明らかに福祉重視のあらわれともいえます。浜松、宮崎、滋賀に医科大学が新設されますが、難病がたくさんあらわれて、その研究がなされていることは承知のとおりですが、休日・夜間診療所が少な過ぎるのはまことに便利が悪いという一言に尽きます。人口七十万以上の都市を対象に、七十カ所増設し、四十九年以降三年間で二百三十カ所にする予定であるとされていますが、もう少し早くしてほしいものです。ナースバンクの新設はたいへんいいと思います。看護婦不足はこのところ目立っているようです。給与等を引き上げ、転職などがないよう、十分な待遇を与えるべきだと思います。休日・夜間診療所を十分拡充するとともに、日曜、祝日の昼間診療も数が減る一方において、行政指導で食いとめてほしいと思います。
 公共事業についてですが、ことしの公共事業費が前年度を下回ったといいましても、四十八年度繰り越しがかなり残されており、実質的にはどの程度の工事量になるか、はっきりしていませんが、四十九年度予算における工事量が、四十八年度予算工事量より三割は減るといわれていることから見て、四十八年度繰り越しを入れても、かなり工事量が減ることは事実だと思われます。特に、道路整備を減らした点は、自動車の台数がふえる一方において、道路が狭い、道路が悪いなどは交通事故がふえるもとだと思われます。日々の交通渋滞には目をみはるものがあります。国道を中心とする主要幹線道の交通渋滞が目立ち、緩和の見通しが十分立てられているとは言いがたいです。そのような交通渋滞は、輸送に大きな支障を来たすばかりではなく、大気汚染にもつながってきます。都道府県道、市町村道の整備は過疎対策にもつながってきます。こういった道路整備は大いになされるべきだと思います。
 住宅対策についてですけれども、公営住宅、改良住宅、公庫住宅、公団住宅の戸数こそ減っていますが、一戸当たり面積は平均五平米拡大されているのは、量から質の変化を示しています。最近の調査でも一世帯一・〇五の持ち家の結果が出ています。それにしても、建築単価は上がり、他の公共事業を押えるのに、住宅に配慮があらわれているのは疑問視されてきます。それというのも、民間の設備投資などが押えられている反面こういうことがあるかもしれませんが、民間の設備投資を押えるくらいなら、住宅も押えたほうがよいような気もしますが、住宅金融公庫によるマンション、木造住宅に対する融資を五百万円、三百五十万円に拡大したことは住宅政策の大きな進歩といえます。
 新幹線についてですが、ことし十二月、山陽新幹線が岡山以西に開通するのに伴って、いま、工事はフルピッチで進行しているようですが、東北新幹線が東京−盛岡、上越新幹線が東京−新潟の工事が進んでいるようですが、長距離を短時間で行くということは、何かにつけて便利がいいと思われます。しかし、福岡の団地で起こった騒音に対する補償、あるいは名古屋における騒音訴訟など、至るところで起こってくるこの騒音、振動などによる補償対策が十分なされているとは言い尽くしがたいものです。なぜなら、岡山市に至ってもはっきりと決着がついていないからであります。また、自然破壊を招くことに少しも違いはありません。しかし、在来線の整備強化をして、たとえば過密ダイヤを防ぐとか、列車の運行回数をふやすなどして、整備強化をして、毎年八百億円ともいわれる赤字を解消しなくては、新しい新幹線を次々に拡張しても赤字になります。赤字の解消策を早く打ち出して、在来線は中距離に、新幹線は長距離に使われることが望ましいと思われます。北海道へ青函トンネルが掘られ、九州ヘトンネルが掘られて、新幹線の工事が進む一方でありますが、本土と鉄道で結ばれていないのは四国だけとなっております。去年、本四連絡橋が工事に着手する予定でありましたが、工事が延期されています。ことしの予算の中にも組み入れられてはいません。資材高騰が下火になるといわれていますが、いつのことやらわからないことは地元の者として残念です。
 大震火災対策について。
 昨年、全国で幾つかの大火災があり、多くの方がなくなられました。熊本の大洋デパートなどは大惨事の一つであると思われます。火災も幾つかありますが、大火災がなぜ防げなかったのか。防げたと思われる節も幾つかあります。それは未然に火災防止のために注意がなされていないからだと思います。過密都市の中で、火事になっても消防車が入らないなどの狭い道路などの整備を行ない、大惨事を未然に防ぐべきだと思います。大惨事が起こってから事後処理に終わることなく、一斉点検するなどして監視の目を強めるべきだと思います。今国会に提出される建築基準法の改正点の中に、現在の建築基準法がつくられた以前に建てられた既存の建築物に対する不法建築物を取り締まるという点です。大震火災対策費を上のせする前に、新規はもちろん、既存の建築物に対して火災を未然に防ぐようにすべきだと思います。
 食糧自給についてですが、食糧の大半を外国に依存していることは心細いことだと思われますが、四十九年度予算において、麦について主産地で六十キログラム当たり二千円、その他の地域で六十キログラム当たり千八百円、大豆は主産地で二千五百円、その他の地域で二千三百円、飼料作物については、十アールにつき通年作物は七千五百円、夏作物は六千五百円、冬作物は五千五百円の生産奨励金が与えられることになっていますが、小麦、大豆の輸入価格が、国内産政府買い上げ価格を上回りだした結果とられたのかどうかは知りませんが、昨年のように、アメリカの輸出規制がとられるようなことがあれば、日本としても増産に力を入れる一方、安定確保のために、小麦、大豆といわず、外国へ備蓄基地などの建設をしてもいいと思います。畜産振興審議会が開かれ、原料乳などの価格をきめようとしていますが、畜産農家はひどい赤字に見舞われております。畜産危機突破全国大会も開かれ、危機を訴えています。安心できる買い入れ価格を保証すべきだと思います。
 中小企業融資についてですが、財政投融資計画のあらましから見て、住宅、公害対策、中小企業に配慮が見えます。中小企業に対して経営改善資金の貸し出し規模を四倍にしたり、中小三機関の融資規模を二〇%に拡大していますが、中小企業には倒産も多いけれども、近ごろになって資金がだぶついているといわれるところが多くなってきているところから、少し融資などを圧縮してもいいのではないかと思います。
 これで終わらしていただきます。(拍手)
○理事(吉武恵市君) ありがとうございました。
 それでは、御質疑のある方は御発言を願います。――ございませんか。
 それでは、下山公述人には、貴重な御意見を賜わり、ありがとうございました。厚くお礼を申し上げます。
 それでは、明日は午前十時開会することといたしまして、本日はこれにて散会いたします。
   午後三時二十七分散会