第087回国会 内閣委員会 第12号
昭和五十四年五月二十九日(火曜日)
   午前十時三十分開会
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   委員の異動
 五月二十八日
    辞任         補欠選任
     竹内  潔君     斎藤栄三郎君
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  出席者は左のとおり。
    委員長         桧垣徳太郎君
    理 事
                岡田  広君
                林  ゆう君
                山崎  昇君
                向井 長年君
    委 員
                源田  実君
                斎藤栄三郎君
                塚田十一郎君
                西村 尚治君
                林  寛子君
                原 文兵衛君
                堀江 正夫君
                片岡 勝治君
                野田  哲君
                村田 秀三君
                和泉 照雄君
                黒柳  明君
                山中 郁子君
                森田 重郎君
                秦   豊君
   国務大臣
       国 務 大 臣
       (総理府総務長
       官)       三原 朝雄君
   政府委員
       内閣官房内閣審
       議室長兼内閣総
       理大臣官房審議
       室長       清水  汪君
       内閣法制局長官  真田 秀夫君
       内閣法制局第二
       部長       味村  治君
       内閣総理大臣官
       房広報室長兼内
       閣官房内閣広報
       室長       小玉 正任君
       内閣総理大臣官
       房総務審議官   大濱 忠志君
       宮内庁次長    山本  悟君
       法務省民事局長  香川 保一君
       外務大臣官房長  山崎 敏夫君
       文部省初等中等
       教育局長     諸澤 正道君
       自治省行政局長  柳沢 長治君
   事務局側
       常任委員会専門
       員        鈴木 源三君
   国立国会図書館側
       副  館  長  酒井  悌君
   説明員
       警察庁交通局運
       転免許課長    森田 雄二君
       外務大臣官房外
       務参事官     枝村 純郎君
       外務省アメリカ
       局外務参事官   北村  汎君
       郵政省郵務局業
       務課長      桑野扶美雄君
       郵政省貯金局第
       一業務課長    岩島 康春君
       自治省行政局振
       興課長      木村  仁君
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  本日の会議に付した案件
○元号法案(内閣提出、衆議院送付)
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○委員長(桧垣徳太郎君) ただいまから内閣委員会を開会いたします。
 委員の異動について御報告いたします。
 昨日、竹内潔君が委員を辞任され、その補欠として斎藤栄三郎君が選任されました。
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○委員長(桧垣徳太郎君) 元号法案を議題といたします。
 質疑のある方は順次御発言願います。
○山中郁子君 元号法案について幾つかの点にわたりまして政府の見解をただしますが、すでに衆議院それから参議院の内閣委員会が始まりましてからもさまざまな審議が進められてまいりました。私その中でやはり大変痛感いたしますことは、いみじくもどなたかがおっしゃいましたけれども、政府の答弁がエンドレステープみたいなもので、本当に同じことを繰り返し繰り返しうまずたゆまずおっしゃって時間を消化して、そして何とか元号法案を成立させようと、こういうことで、本当に国民の皆さんの疑問とか批判とかそうしたものを代表して私どもが質問もし意見も申し上げていることにまともに答えられないというケースが大変多いわけですね。こういうことは、これだけの重要な問題でありますし、すでに参議院の内閣委員会でも二日にわたりまして参考人の皆さんの御意見も伺い、そして、やはりその中でさらに認識も深めることができましたし、また政府の方々もそれをお聞きになっていらしたわけですから、私はその点について、国民の真摯な批判とか疑問とか、そうしたものにまじめに誠意をもって答えるということを、ぜひともそういう態度をとっていただきたいということを、私は初めにくれぐれも要求もし、お願いも申し上げる次第です。
 一世一元の元号として提案されております元号法案ですが、すでに政府の答弁の中でも、また元号法案の成立を推進する勢力の方たちの中にも、千三百年のよき伝統なんだから、だからこれをこの法案として成立をさせて、将来にわたって安定的に使用できるような保証をつくらなきゃいけないんだと、こういうことを繰り返し述べてこられましたけれども、千三百年の伝統ということで言うならば、千三百年間一世一元でなかったわけですが、改めてこの点については、千三百年の伝統ではなかったんだということを確認されますか。
○国務大臣(三原朝雄君) まず元号問題について、今日までの政府の姿勢なり答弁等がどうもマンネリ型で誠意を欠いておるぞというおしかりを受けましたが、この点につきましては、誠心誠意御意見についてまたお答えをいたしておるということで努力をいたしておりますけれども、私どもの説明が意を尽くさずして、そういう御批判を受けることについては一層反省をいたしたいと考えております。
 そこで、いまお尋ねになりました元号の問題が伝統的なものであると言うが、実際に千三百年の長い間の伝統であるということを言うけれども、そういう点がすきっとそういうふうに受け取れるかどうかという点について問題があるのではないかという御意見でございますが、なるほど元号自体の歴史的な過程を見てまいりますと、中国から渡来をしてきたという事実、これは中国から参ったわけでございますけれども、しかし参りまして以後、日本におきましては独自な発足また運用がなされて千三百年の長き間続けられてきたということにつきましては、私どもはこれを歴史の上で認めてまいり、伝統と申し上げても間違いではないということを考えておるわけでございます。ただ、一世一元についての歴史的な回顧をしてみれば、すきっと一世一元ということがとられたのは明治以後ではないかという御指摘でございますが なるほどすきっとされたのは私は確かに明治以後であったと思うのでございまするけれども、しかし千三百年の歴史の中におきましても、やはり新天皇が御即位なされば代がえ元号といいますか、そういう立場で絶えず元号が御即位とともに改元されてきているという事実は否定できないものであると思うのでございます。
 中にはいろいろな形のものがあったことも承知をいたしておるのでございます。たとえば瑞祥改元でございますとか、あるいは大きな災害等の際にまいりました災異改元であるとか、あるいは干支のめぐり合わせによります改元である等がまいっておるわけでございますけれども、なおまた天皇一代の中に二回も三回も改元されたというようなことも事実としてあるわけでございます。そういうことを過去の歴史の経過等を検討された上で、文明開化の時代に明治がなってまいって、そこで合理的な運営をしようということになって、私は明治以後、こうした一世一元制がとられたものであろうと思うわけでございます。そういう意味で元号というものを見てまいりますれば、やはり長い間の伝統的なものであったというようなことをここで申し上げても過ちではないというような判断に立っておるわけでございます。
○山中郁子君 だから、一世一元というのは千三百年の伝統じゃないんですね、これを御確認なさいますかということを伺っているわけです。
○政府委員(清水汪君) 私からただいまの大臣の御答弁をもう少し補足して申し上げたいと思いますが……
○山中郁子君 そうか、そうでないかだけでいいんですよ。エンドレステープはいいです。
○政府委員(清水汪君) 一世一元ということは、つまり天皇の代がかわることを一つの契機として元号が改められるということを意味するわけでございますが、そのような元号の改まり方というものは先ほどもお話にありましたように、すでに千三百年来の伝統の中にいわば含まれていたということが言えるわけでございまして 元号の歴史と申しますのは、一世一元あるいは変わり方としてはそのほかの変わり方、御在位中の変わり方ということも含めまして、元号というもので存続をしてきたと、このように理解をしておるわけでございます。
○山中郁子君 だから、私最初に申し上げましたように、私たちが質問することにちゃんとまともに答えてくださればいいんです。いまお話伺ったのは、私もももうたくさん伺いました。そして衆議院の議事録も読みました。要するに一世一元というのは千三百年の伝統ではなかったんですね。そのことを確認してくださいということを申し上げているんです。
○政府委員(清水汪君) 一言でという御要求でございますが、やはり元号の長い歴史というようなものでございますので、なかなか簡単には言い切れない面があろうと思いますけれども、ただいま申し上げましたように、代がわりによる改元ということも含めて元号は千三百年の伝統を持っているというふうに申し上げることができると思います。
○山中郁子君 委員長から御注意いただきたいんです。私は一世一元が千三百年の伝統ではないんだな、そのことはそうでないならそうでないと言ってくださいと質問しているんです。御注意してください。
○政府委員(真田秀夫君) 御質問者のさっきからの……
○山中郁子君 法制局、関係ないじゃない。
○政府委員(真田秀夫君) 御要求がございましたので、一言で申し上げますと、一世一元が制度として確立したのは明治以来でございます。その前には天皇御一代の間に、もう何回も改元が行われ、最も多いんでは元号が八回も九回もあったことはございます。一世一元が制度として確立したのは明治以来でございます。
○山中郁子君 制度として確立したのは明治以降だと、だから少なくとも制度としての一世一元は千三百年の伝統ではないと、こういうことですね。
○政府委員(真田秀夫君) 元号制度が日本でずっと行われておったのは大宝以来なんです。それが千三百年近くなります。
○山中郁子君 そんなこと聞いてない。質問に答えてくださいよ。そんな答弁されたら質問できませんよ。
○政府委員(真田秀夫君) そこで、御質問者に一言でお答えしますと、一世一元が制度として確立したのは明治元年以来でございます。
○山中郁子君 私、とっぱななんでちょっとやっぱりこだわって申し上げますけれども、要するに一世一元の制度は千三百年の伝統ではなかったんですね。そうなのか、そうでないのか、長官、お答えいただきたい。
○国務大臣(三原朝雄君) せっかくのお尋ねでございますので、先生の御質問に対して過去の一世一元というようなものを歴史的にやはり回顧して申し上げた方が親切であろうということでお答えしてまいったのでございますけれども、確かに新しい制度として確立をしてまいりましたのは明治以降であることは御指摘のとおりでございます。
○山中郁子君 それで制度としてと、つまり制度としての一世一元は千三百年の伝統ではなかったと、こういうことですけれども、制度としてというふうにおっしゃるけれども、実質的にはあたかも一世一元が千三百年の伝統ではあったと、制度としてはそうではなくて明治以降だと、こうおっしゃいますけれども、実際にそれでは皆さんがおっしゃる大化以降の二百四十六の元号ですか、それと天皇は八十九代に及ぶと思いますけれども、その間の一世一元の元号は幾つあったんですか。
○政府委員(清水汪君) 一代の天皇の御在位の間において改元が一度であったという意味において例を申し上げますと、元号が始まりましたのが大化ですが、その後中断して、文武天皇の大宝から継続しておるということは御案内のとおりでございますが、
○山中郁子君 幾つあったかと聞いているんです。
○政府委員(清水汪君) 元明天皇、文武天皇の次の元明天皇、奈良時代はそれだけでございまして、平安時代に入りましてから桓武、平城、嵯峨、淳和、この四代の天皇のときば御一代において即位に伴って改元されて以来は御在位中に改元はされておりません。それから、その後も清和、陽成、光孝、宇多の各天皇の代も同じようなことになっております。そのほかにもあるわけでございますけれども、散発的にそのような例が出てまいりますので、全部は省略させていただきますが、かなりの数がございます。
○山中郁子君 幾つかと聞いているんです。幾つあったのかと私は聞いているんです。
○政府委員(清水汪君) 元明天皇、桓武、平城、嵯峨、淳和、清和、陽成、光孝、宇多、これ九つでございます。それから、冷泉、花山、三条、後三条、後白河、六条、後嵯峨、後伏見、後亀山、後小松、称光、後桜町、後桃園、それから明治、大正までのところでございます。
○山中郁子君 幾つあったのかと聞いているんです。どういう意図であなた、そういうふうにおっしゃっているのか知らないけれども、幾つあったのかと聞いているのに何で幾つと答えないんですか。最初に私は、だから申し上げたでしょう、そういうことでいろいろはぐらかしたり、時間をむだに使うようなことやめてくれと言うんですよ。いいです、もう。要するに、そんなに一世一元ということは伝統でもないし、数としたってそんなにたくさんないんですよ、事実上の数としたってということを、いま私は政府に確認をいただきました。
 それで、もう一つ申し上げますと、総務長官にもそれは御理解をいただきたいんですけれども、明治になってから行政布告の詔書で、従来の元号制度を大きく改めて一世一元にすると、こう述べているんですね。だから、このこと自体はっきりしているように一世一元というのはそれまでのあり方から大きく改めて一世一元になったんですよ。だから、こんなものは伝統でないということははっきりしているんです。そのことは明治元年の行政官布告の詔書にちゃんと書いてありますでしょう、どうですか。
○国務大臣(三原朝雄君) いま審議室長が申し上げましたように二十数代の天皇の際にはそういうこと、一世一元の制をおとりになったということは史実の上に明らかになっておるわけでございますが、しかし、いま申されましたように、それが一代の中に数回の改元がなされたりするようなこともありましたので、それを合理的に適正な方法でということで、明治以後におきましては、それを一世一元でいくぞという方針がとられたということは御指摘のとおりだと思うのでございます。
○山中郁子君 行政官布告詔書にそういうふうに書いてあるということの確認をいま求めたわけで、そういうふうに書いてあるということですね。
○国務大臣(三原朝雄君) はい。
○山中郁子君 確認なさったわけですね。ちゃんとそういうふうにわかるように言ってくださいね。
 そうしますと、いままでの、皆さんが千三百年の伝統とおっしゃる元号はだれが決めてきたのか。
○国務大臣(三原朝雄君) 当時は側近の輔弼の任に当たる者が原案を策定をして、天皇にこれを申し上げてまいったのでございまするけれども、最終的には天皇がお決めになると、そういうことでまいったと受けとめておるわけでございます。
○山中郁子君 天皇が決めたということについての例外はないわけですね。その決め方の中身に多少の違いはあるということは何回もおっしゃっていましたけれども、例外はないわけですか。
○政府委員(清水汪君) 私どもが理解をしております範囲では格別の例外はなかったように思います。もちろんいまお言葉のように実質的には、たとえば将軍家による影響というようなことはもちろん間々見られたところだというふうに学者などの解説があるところでございます。
○山中郁子君 そうしますと、一世一元は伝統ではなかった。天皇が決める、つまり勅定ということは千三百年の伝統であると、こういうことになるわけですけれども、伝統を重んじてということから言うと、どうして天皇が決める、そうすると当然天皇が決めると、こういうことになるのが伝統を重んじることになるんじゃないですか。どうして天皇が決めるということにならないんですか。今回の元号法案、伝統を重んじて出したという元号法案。
○政府委員(真田秀夫君) どうも山中先生、一世一元が伝統だというふうに私たちは言っているわけじゃないんでございまして、元号という制度、これはもう千三百年に近い伝統があるということを言っているわけでございまして、天皇が決めるとかだれが決めるというんじゃなくて、元号制度を存続させるというのが実は今度の法案のねらいでございまして、だれが決めるということにそうわれわれはこだわっているわけじゃなくて、いまの憲法のもとにおいて、これは民主的な制度のもとでございますから、国会で法案をおつくり願って、その御委任を受けてそして政令で決めるということでありまして、元号だから天皇が決める、それが伝統であって、そうでなければ元号という制度になじまないとか、そういう気持ちは毛頭ありません。そういう気持ちで法案をつくったんじゃございませんので、もう国民の大多数の人が元号制度を残したいと、将来にわたって。そういう国民の御希望にこたえて元号制度を残すと。で、だれが決めるかどうかというのは、それは日本の歴史を見ますと、先ほど審議室一長が申しましたように、最終的には天皇がお決めになったという歴史はあります。ありますが、しかし、それはいまの憲法の制度のもとでは天皇がお決めになるというわけにはまいりませんので、それで法案をお出しして国会でお決め願うと、最終的な決定権を国会にゆだねて、そしてその御委任を受けてその都度政令で決めるという手続をこの際はっきり認めておらうというのが現在の国民の要望にも合い、かつ現在の憲法の精神にも適合するという気持ちで法案を起案したわけでございまして、決して天皇が決めなければ元号とは言わないなんというような気持ちは毛頭ございません。
○山中郁子君 だれも天皇が決めなきゃ元号と言えないじゃないかなんて言ってないんだから、よけいなことは答えていただかなくていいんだけれども、要するに、そうすると天皇が決めると憲法上問題があると、憲法違反だと、こういうことですね。
○政府委員(真田秀夫君) いまの憲法のもとにおける天皇の国家機関としての天皇の御行為につきましては、これはもう御承知のとおり憲法に列挙してある、天皇は憲法に定める国事に関する行為のみを行うと、そういうふうに書いてございますから、元号を決める権能を天皇に与えるというような法律をつくることは、これはいまの憲法のもとではもうとても考えられない事項でございます。
○山中郁子君 だから、天皇が決めるということは憲法違反なんですね。
○政府委員(真田秀夫君) 天皇に元号の決定権を与えるような法律をつくることは憲法違反でございます。
○山中郁子君 すでに衆議院の質疑の中で、統治権の総攬者であった天皇が決めた主権天皇制と不可分の政治制度であると、明治以降の元号制度はですね。そしてまた、先ほど法制局長官が言われました年を表示するいわゆる紀年法であったということだという二つの側面の展開をされております。それで、結局明治以前も明治以降も元号は天皇と結びつくことによって引き継がれて現在に至っていると、これははっきりしているんですよね、一世一元ないしは一世多元であっても何であっても盛んに代始改元がこうだというように強調されているけれども。そういうことで、私はそういう天皇と結びつく元号を天皇が決めることはいまの憲法のもとで憲法違反だと、苦肉の策で結局内閣が決めると、そして法制化すると、こういうところにこの問題の一つの基本的な焦点がある。つまり憲法にそぐわないものである元号を、一世一元の元号を、それを手続的に憲法違反にならないように法律をつくって、そして内閣が具体的には政令で決める、こういう方向をとってきているというのがこの元号法案の提案の本質であると思います。
 これら多くの問題について、戦後の経過を見てもいろいろと論証される面があるということで、私は皇室典範の制定の問題に関係して政府の見解をただしたいと思うのですけれども、旧皇室典範では元号が規定されていたけれども現典範ではあえて規定しなかったと、この点についてすでにいままでの審議の中で、政府は純然たる国務事項であるから典範に規定するのは適当でない、こういうふうに判断した、こういう御説明があるんです。この点はもう一度確認をしたいんですけれども、新皇室典範、現皇室典範に元号制度を規定しなかったのはなぜですか。いま御紹介した、すでにそういう純然たる国務事項であるから規定しなかったと、そういう御趣旨の答弁がすでにありましたけれども、それはそういうことですか。
○政府委員(真田秀夫君) 現在御提案をして御審議をいただいている元号法案は、とにかく元号制度を将来にわたって残したいと、続けたいという国民の大多数の方々の御要望に沿ってつくったわけでございまして、それで苦肉の策としてこういう手続を決めたんじゃないかというような御発言がございましたが、決してそういうものじゃなくて、とにかく元号制度は残すと、そしていまの憲法のもとにおいては、これはもちろん天皇に元号の決定権を与えるというようなわけにはまいりませんので、むしろいまの憲法のもとでは国権の最高機関である国会でルールの基本をお決めいただいて、そしてその具体的な元号の名称は事の性質上一々国会でお決め願うというわけにもまいりませんので、それで御委任のもとで政令で決めるというルールを考えたわけでございまして、どうも何か先生の御発想を伺っていますと、元号というのは天皇が決めなきゃ元号制度でないとかいうような感触を受けるわけでございまして、何か元号法案をつくると昔の主権者であられたころの天皇制、いわゆる主権者天皇制といいますか、それに逆行するとか、そこへ戻る一里塚であるとかいうような反対論者の御意見ございますが、私たちはそういう気持ちは毛頭ないわけでございまして、とにかく元号制度を残すということが主眼なんで、それをいまの憲法のもとでこの元号制度を将来にわたって残すためには、いまの民主的な手続による、つまり国会でルールの基本を決めていただく、あとの具体的な元号の名称、これは政令で決めるという御委任をいただきたいと、それが今度の元号法案の本旨でございまして、決して天皇制と結びつかせて、そんなにこだわってお考えになる必要はないんじゃないかというふうに私たちは素直に考えるわけでございます。
○山中郁子君 私が質問しているのは、旧皇室典範から新皇室典範に変わったときに、昔は元号制度というのは、元号というのは皇室典範に規定されていたんですよね。それが新しく皇室典範ができたときに入ってなかったでしょう、入らなかったわけでしょう、なぜ入らなかったのかと、こういうことを伺っているのです。余りむだに時間を使わせないでください。
○政府委員(真田秀夫君) 現在の憲法ができましたときに、いろいろ憲法付属法典について検討を行う審議会ができまして、そこで当然皇室典範もその審議の対象になったわけなんですが、いまの新しく制定される憲法のもとにおいて、天皇はいわゆる憲法に定めてある国事行為のみを行うんであって、国政にわたってはいけないということが書いてあるわけでございまして、それで旧皇室典範の第十二条のいわゆる「践祚ノ後元号ヲ建テ一世ノ間ニ再ヒ改メサルコト明治元年ノ定制ニ從フ」というようなあの規定は、これは純粋にその皇室関係ではないんであって、これは国民の日常生活にかかわる国政事項ではないかと、したがって、新しい憲法のもとにおける皇室典範の内容としてはふさわしくないんであって、その元号制度を定めるならば、それは皇室典範ではなくて別に元号法というのをつくるべきであるという御意見がありまして、新皇室典範の案の中からはそれを削除いたしまして、そして別途元号法案というのを立案したわけでございます。ただ、それが当時占領中という特殊事情がありまして日の目を見ないで、制定に至らないで今日までに至ったと、こういう経過がございます。
○山中郁子君 一つは、これは衆議院で宮内庁の山本さんが答弁なすっていらっしゃるんですけれども、新皇室典範に元号を入れなかったのは、これが純然たる国務事項であるから適当でないと判断したと、こういう御答弁をされているんですね。純然たる国務事項と、純然たるものでない国務事項というのはどういう定義ですか。
○政府委員(山本悟君) 衆議院の審議におきまして御答弁申し上げましたのはそのとおりでございまして、現在の皇室典範には何を規定すべきかということは、先ほど法制局長官がお答えになりましたように、臨時法制調査会におきまして御審議になり、その際新しい皇室典範には憲法で書いてございます皇位継承あるいは摂政というような事項を中心にいたしまして、それに関連いたします部分におきます皇族のこと、あるいは天皇あるいは皇族たる身分に伴います特別な事項あるいはその審議会と、こういつたようなことについて規定をすると、こういう方針をお決めになったわけであります。したがいまして、その間におきましては、新しい皇室典範にはいわゆる国務に関する事項というものは規定されないと、こういうことにその審議会でも決まってそれが法制化されたわけであります。
 その際その元号の問題といたしましては、これは旧憲法下におきましても内閣が決めるという手続によってやるシステムでございまして、新しく皇室典範に入れるような、ただいま申し上げましたような意味での天皇あるいは皇族の身分に関する事項というものから外れる。したがって、これは今度の皇室典範には入れるべきではないと、こういうようなことになってきたと、ただいまの臨時法制調査会の議事録その他によって承知をいたしているところでございまして、そのことを衆議院におきましても御答弁申し上げた次第でございます。
○山中郁子君 そうすると、純然たる国務ということは天皇と一切関係のない、天皇に生ずる事実と一切関係のない国務だと、こういうことですか、ここでおっしゃっているのは。
○政府委員(山本悟君) いわゆる天皇が関与してお決めになっていいようなものという意味では、皇室典範に決められるような事項じゃない。皇室典範には天皇なり皇族なりの身分関係を中心にして決めると、こういう御方針でございますから、そういうものは新しい意味での皇室典範の中には規定すべき事項にはなってこないと、こういうような意味が述べられていると思います。
○山中郁子君 法制局長官にちょっと簡潔に答えていただきたいんですけれども、山本さんが純然たる国務と純然たるものでない国務と、こういうふうにおっしゃっているんですけどね、こういうのはどういう定義になるんですか、簡単に答えてください。そういうふうに分けられないなら分けられないとおっしゃってください。
○政府委員(真田秀夫君) 元号を決めるということはなるほど旧皇室典範の十二条にございます。で、元号をどういう元号を決めるかということは、これは旧憲法下においてはなるほどそれは天皇制と非常に密接な関連がありまして、旧皇室典範というのは、皇室家のまあ家法といいますかと、それから国民の権利義務に関連のあるものと何か渾然として入っておったんだろうと思うんですよ。で、その元号制度を決めるということは、それはいま申しましたように、その旧憲法下における天皇制と非常に密接な関係があると同時に、国民の日常生活、国民の社会生活、それにも関連があるという、まあそういう両方の性格があったんだろうと思うんですが、そこでいまの臨時法制調査会で皇室典範をどうするかということが問題になったときに、これはやはり国民生活にも関連があるんだから、だからその新しい皇室典範には盛るべき性格にはなじまないという判断が働きまして、それで旧皇室典範の十二条は新皇室典範には入れないということで、先ほど申しましたように、別の法律にすべきだということで当時元号法案というのを立案して――そういう経過かありまして、いまの皇室典範には入れなかったわけでございます。
○山中郁子君 本当に時間をむだに使わされて、私は最初に申し上げたことを法制局長官はどういうふうに受けとめていらっしゃるのかというのを疑いますけれども、臨時法制調査会は、元号法案の制定、元号法案の提案を答申していませんでしょう。なぜしなかったんですか。
○政府委員(真田秀夫君) それは私が関与しておったわけじゃないんでよくわからないんですが、結局、臨時法制調査会は、憲法付属の重要法案について新しい憲法に即する制度を研究し答申しろというのがその設置目的であったわけなんで、いわゆる元号制度は、いまの憲法から見れば、それは旧憲法のもとにおける元号制度とは違って、それほど憲法付属の重要法案だとは理解しなかったんではなかろうかというふうに推測するわけでございます。
○山中郁子君 そうすると、臨時法制調査会が、先ほど法制局長官は、臨時法制調査会で検討して、結局、皇室典範には入れるのは適当ではないから新しい法律をつくればいいと、こういう考え方になって、事実それも準備したけれども、GHQにつぶされたと、こうおっしゃいましたね。だけど臨時法制調査会は提案してないでしょう。元号法案をつくれという答申はしてないでしょう。さっきのお話と違いますね。さっきあなたは、新しい皇室典範には入れるのは、その皇室のあれじゃないから、不適当だから別な法律をつくればいいと、こういう考え方で臨時法制調査会で検討したんだと、だけど臨時法制調査会はその答申出してないでしょう。なぜ出してないんですか。私が言いたいのは、臨時法制調査会ではそういうことじゃなくて、この元号法案をつくるということが国民主権の憲法の理念に反するからつくれないと、こういうことで新典範にも入らなかったし、新しい法律をつくるということにもならなかったと、これか真相だということを――私はもう時間かむだですから申し上げますけれども、あなたのおっしゃったことは、臨時法制調査会が答申していれば別ですよ。答申してないでしょう。どういうことだったんですか。
○政府委員(真田秀夫君) 的確に申し上げますと、私自身関与したわけじゃございませんので、いろいろな資料を通して推測するわけなんですが、結局先ほど申しましたように、臨時法制調査会は憲法付属の法典のあるべき姿はどうであるかという検討をしたわけなんで、その対象から元号制度は皇室典範には盛るべきではないというか、ふさわしくないということで外したわけなんで、で、元号法案をつくれというようなことは、なるほど言っておりません。言っておりませんが、それは一般の法律と同じように、これは政府で考えて、必要があればつくればいいではないかと、いわゆる臨時法制調査会の守備範囲といいますか、職務の内容にはふさわしくないということで外しただけでありまして、そのときに元号法案をつくれという答申をしてなかったと、してなかったから、それは元号制度が憲法違反だから、元号なんていうのはやめろというような、そういう意味の答申から外したというふうには私は理解しておりません。
○山中郁子君 あのね、臨時法制調査会への諮問は、「憲法の改正に伴ひ、制定又は改正を必要とする主要な法律について、その法案の要綱を示されたい。」と、これを「諮問する。」と、こういうことになっているんですよね。じゃ、主要な法案じゃないと、元号というのは大した問題じゃないからやらなかったと、こういうことですか。
○政府委員(真田秀夫君) おっしゃるとおりに、新憲法の施行に伴って、必要ないわゆる重要な法案とは見なかったということだろうと思います。
○山中郁子君 当時のその臨時法制調査会の委員でいらした宮澤教授が――亡くなった宮津教授ですけれども、一つだけ御紹介いたしますと、こういうことを言っていらっしゃるんです。「終戦後、元号をどう取り扱うかは、問題であった。新しい皇室典範を作るとき、もとの皇室典範の元号に関する規定は、全部のぞいた。これは、必ずしも、元号制度がすでに消滅したと解したからではなく、元号についての規定を、それまでどおり、皇室典範に設けることは適当でないと考えたからであった。」ということをおっしゃっていて、そして「天皇か統治権を総攬する制度――天皇統治制――を前提とすると」、そういう前提として「天皇統治制がまったく否定され、元号の改定にすら天皇が少しも干与できないとされている日本国憲法の下で、一世一元の原則が効力を有すると解するのは、どう考えてもむりだとおもう。」と、こういう主張を述べていらっしゃるんですね。一世一元の問題ですよ。つまり国民主権の憲法のもとで一世一元の元号制度を法律としてつくることはむずかしいと、当時の臨時法制調査会の委員であった宮澤先生がこういうことを述べていらっしゃるし、そういういろんな、ほかにたくさん例ありますよ。だけど時間が限られていますからたくさん出しませんけれども、当時の法制局の参事官でいらした佐藤功さんも、上智大教授の佐藤功先生も同様の見解を述べていらっしゃるんです。
 ですから、私が申し上げるのは、臨時法制調査会の議論の中で、元号法案というものは皇室典範からは除くということになると、しかし、新しく法案をつくるということはできないと、国民主権の憲法のもとではそれはむずかしいんだと、こういう判断で元号法案は答申もしなかったし、実際に結果的にできてないわけでしょう。そういう憲法解釈だったんです。それが三十年たって、結局はそれで現憲法でできると、こう変わってきたでしょう。で、あなたがそうでないとおっしゃるならば、臨時法制調査会の速記録が法制局におありになるそうですから、それを出していただきたい。私どもはこれをもう何回も要求しています。それをあなた、どうしてもお出しにならない。だったら、わからないじゃないですか。そのときの委員の皆さんがこういうふうにおっしゃっている。当然のこととして、そして答申もされてない。それだったら結局、現憲法に、憲法の理念に反し、憲法上それはむずかしい、できないと、だから元号法案の答申もなかったし、元号法案もつくらなかったと、こういう結果であったということを否定する何にも根拠ないんですよ、臨時法制調査会でどういう審議がされたかということをあなたが論証されなければ。推測だけではそういうことは、客観的には論証になりません。臨時法制調査会の皇室典範の問題に関しての速記録を資料として出してください。
○政府委員(真田秀夫君) 臨時法制調査会の速記録、これは、皇室典範は御承知のとおり、調査会の第一部会というところで審議したわけなんですが、これは議事録ございます。ございますが、これ衆議院の内閣委員会でも御要求があったんですが、速記録そのものは、これは各人別の名前が入っておりますので、お出ししていいかどうか、非常にちゅうちょするわけなんです。かつ、私の方で今回議事録を全部調べさせました。調べさせましたが、その中で、元号制度は新しい皇室典範に盛るのは望ましくないんだという御意見は出ています。出ていますが、いま委員がおっしゃったように、元号制度は憲法違反であるから盛るべきでないんだというような、そういう感覚の御意見は見当たりません。全部調べましたが、結局、先ほど申しましたように、新しい皇室典範というのは、これは皇室の皇位継承とか、そういう皇室関係のことだけを書くべきであって、元号制度を、つまり旧皇室典範の第十二条に相当するような条文は盛ることは適当でないという御意見は出ております。
○山中郁子君 法制局長官が御自分でそういうふろにおっしゃっても、何にも客観的な論証にならないでしょう。あなたはそういうふうに都合のいいことだけおっしゃっているのかもしれないじゃないですか。なぜ出して見せないんですか。地方開発審議会だって、たとえば社会保障制度審議会、そういうところだって速記録ちゃんと、要求すれば出してくれますよ。出してください。委員長、資料提出をお計らいいただきたいと思います。
○政府委員(真田秀夫君) 臨時法制調査会の審議の経過、内容は、私がただいま申し上げたとおりでございまして、しかもその速記録は、これはもう国会図書館にあるわけなんですから、いっでも議員さんは御利用ができるわけでございまして、私の方から調査会の総会の議事録をここで出せとおっしゃいましても、非常にちゅうちょを感ずると。内容については、先ほど申し上げましたように、ただ、元号制度を新しい皇室典範に盛ることはふさわしくないという御意見は出ております。
 また、宮澤先生からそういう意見書が提出されたというようなこともあったようでございますが、とにかく憲法違反であるとか、そういう御議論は、総会の速記録を精査いたしましても、見当たらないということでございまして、その辺はもう御了承願いたいと思います。
○山中郁子君 あなた、ごまかしちゃだめよ。私たち何回もあなたに要求しているし、衆議院だって要求していたことば、総会の議事録だなんて言ってないんですよ。総会も含めて、部会、小委員会、とにかく皇室典範の法令の問題に関して、審議の中身を――七十数回の会議をやっているんです。小委員会、部会通じまして、それを出してくれと申し上げているんです。それは国会図書館にあるんですか。あるなら、あなたの方だって出せるでしょう。すぐ出せるでしょう、資料として。
○政府委員(真田秀夫君) 臨時法制調査会の総会の議事録はあります。ありますが、ただ、先ほど申しましたように、皇室典範の問題はその調査会の第一部会というところで審議したわけなんですが、この部会の議事録というのは実はないんです。これは残ってないんです。で、総会の議事録は、これはあります。で、中身を見ましても、いまの元号制度は、これは新しい皇室典範には盛るにふさわしくないという御意見があるだけであって、憲法問題との関係は論ぜられた形跡はございません。
○山中郁子君 あなたね、さっき個人の名前がついているから出せないとおっしゃったでしょう。それは何のことなんですか、それじゃ。
○政府委員(真田秀夫君) その総会の議事録はあるんですよ。ありますが、それは各委員の個人の名前がついて、そしてその御意見の中身が書いてあるわけなんで、まだ生きていらっしゃる方ももちろんたくさんいらっしゃるわけでございますから、……
○山中郁子君 国会図書館にあるわけでしょう、でもそれは。
○政府委員(真田秀夫君) 図書館にございますから、もし御必要であれば国立国会図書館でお調べになれば十分御承知できるわけでございます。
○山中郁子君 衆議院の段階でも、あなたはこの部会も、小委員会もあるということをちゃんと言っているの。あるけれども、名前がついているから出せないんだと、さっきもそのことをおっしゃったんですよ。それじゃ、名前がついているんだから出せないとおっしゃったでしょう、いまもおっしゃったでしょう、私の質問に対して。それば何なのかと聞けば、それは総会の議事録だと。それは国会図書館にあるから自由に見てくれと。じゃ、何で名前があって出せないんですか、もうちゃんと出ているんじゃないですか、どういうことなんですか。
○政府委員(味村治君) かなり事務的なことでございますので私から申し上げますが、臨時法制調査会の議事速記録はございます。これは総会の議事速記録でございまして、これは私どもの手元にございます。そして衆議院で提出せよという御要求が柴田議員からあったわけでございますが、先ほど長官の答えましたとおり、各現存する委員も含めましていろいろな委員の個別の意見が載っておりますので、そのような差しさわりのない部分を御提出さしていただきたいと。しかも関係のある部分と申しますと、結局、部会長の、これは第一部会で審議さしたわけでございますが、第一部会長の報告があるわけでございます。その第一部会長の報告の中に、皇室典範に規定すべき事項は原則として皇位継承と摂政等に関して必要な事項だというふうにするんだということを述べているわけでございまして、そのほかには特段に元号に関係する部分はないわけでございますので、その部分を御提出申し上げまして、御了解を衆議院の内閣委員会でいただいたということでございます。そういういきさつになっておりますので、御了承をいただきたいと存じます。
○山中郁子君 だから、ごまかしていらしてね、私はだからもう一度――これ以上時間かけませんから、その速記録を、部会も小委員会も、七十数回にわたって皇室典範の問題についてやっているんですから、それを提出してください、資料として。で、そのことについて委員長お計らいください。
○政府委員(真田秀夫君) 先ほども申し上げましたように、総会の議事録はあるんです。あるんですが、その部会だとか小委員会の議事録は実は整理したものはございません。ございませんから、せっかくの御要求がありましてもこれは不可能な話でございまして、御提出するわけにはこれはもうできないわけでありますね。ただ……
○山中郁子君 だから、あるものでいいから出してくださいよ。
○政府委員(真田秀夫君) ちょっと申し上げますと、当時関与された佐藤達夫さん――前の法制局長官ですね。
○山中郁子君 知っていますよ。
○政府委員(真田秀夫君) その佐藤達夫さんのいろんなメモがあるんですよ。そのメモまだ未整理中なんですが、で、佐藤さんが私の役所から人事院へ移られて、人事院へ渡したんです。それを人事院で保管しておりまして、そうして佐藤さん亡くなられまして、国会図書館の方へそのメモの、非常に部厚なものなんですが、お渡ししまして、で、国会図書館で整理中なんです。それを整理すれば、あるいはその辺の御質問の要点が出てくるかどうかわかりませんが、それは私の方に御要求になりましても、手元にないんですから、これはもう御提出は不可能な話でございます。
○山中郁子君 あなたのところにある速記録を出してくれと、こう言っているのです。こういう要求をしているのです。委員長、それをお計らいください。そしてその点についてあと私は留保いたします、この問題について。
○委員長(桧垣徳太郎君) 山中君要求の資料につきましては、その取り扱いについて理事会で協議いたしたいと思います。
○山中郁子君 その資料の提出を待ってさらに質問をいたしますので、この点について留保いたします。
 結局、憲法上できなかったという判断が、いまになったら憲法でできるんだと、むしろそれがいいんだと、こういうふうに変化してきているということが、この元号の問題だけに限らず、憲法の解釈改憲、実質改憲につながる重要な問題だということを私は指摘をしているのですけれども、要するに天皇と結びつく、その大きなかつての天皇、総攬者であった天皇が果たした役割りに結びつく、近づく、復活させる、そういうあらゆるいろいろな面での問題点がこの中にはたくさん含まれているということを私は申し上げているんですが、政府は、これは天皇とは直接結びつかないんだと、こうおっしゃっている。だからこれは憲法に反しないし、憲法の理念にも反しないし、象徴天皇制のもとでそれはもちろん十分だし、必要なことなんだと、こういうふうにおっしゃっているわけですけれども、そうではなくて、これはまさに天皇と結びつくではないかということが重要な問題として一つの柱をなしておるわけです。
 私は追号の問題についてお伺いしますが、これは先日、野田委員の方からたしか御質問があって、たとえば今後いまの天皇が亡くなられて、そうして昭和天皇という追号を皇室が、天皇家がつける、天皇家がつけるということであろうとなかろうと、要するにいまの天皇が亡くなられたあとの追号が昭和天皇になるということはあり得ると、こういうふうにお答えがあったと理解いたしましたが、それをもう一度確認をさせてください。総務長官にお尋ねをいたしました。
○国務大臣(三原朝雄君) これは宮内庁からやっていただきます。
○政府委員(山本悟君) 追号についての御質問でございますが、御案内のとおり、追号につきましては、旧憲法下におきましても、これは新天皇が決められるということになっているわけでございます。そうしてそのことの規定をされておりました皇室令は現在なくなっているわけでございます。したがいまして、追号につきましての法的な定めというのは現在は何にもないと、こういう状況になっていること御案内のとおりでございます。そういう前提に立ちまして、これからも万一の場合の追号はどうなるかということは、やはりこの追号というのは、そういう意味では天皇家の問題といたしまして、恐らく過去の慣例等に従いまして決められていくと、こういうことになろうかと思います。しかし同時に、元号と追号とは、いままでの法制化におきましても、いままでと申しますか、旧憲法下におきます法制下におきましても、その間に連動するという決めはなかったわけでございまして、そういう運動するという決めのなかったことがやはり一つの慣例、従来の制度であったわけでございますので、そういったことも十分考慮しながら、新しい天皇が決められるというようなことになろうかと思います。したがいまして、現在の時点におきまして、元号がそのまま追号として使われるかどうかということも含めまして、何も決まりがない段階でございますので、いまの段階におきまして、私どもの方からどうなるであろうという推測を申し上げることは非常にむずかしいと、こういうことを衆議院の段階におきましてもたびたびお答えをしてまいってきたところでございまして、この点は現在におきましても変わりがないというように存じております。
○山中郁子君 やっぱり総務長官にお答えいただきたいんですけれども、野田先生の御質問に対して総務長官は、結局いまの天皇が亡くなられて昭和天皇となることもあり得ると。手続問題は別ですよ。事実の問題としてそういうことはあり得るんだと、こういう趣旨のことを答弁されたと私は理解いたしましたが、そうですがと伺った。そういうことですね。確認をしたい。
○国務大臣(三原朝雄君) 大事なことでございますので……。
 野田先生にお答えをいたしましたのは、ただいま山本宮内庁次長が申し上げましたように、この過去の旧憲法下におきましても、制度的に明確な決め手になるような法制はございませんでした。したがって、今後の取り扱いについてはなお一層そういう点が明確に法制化されておるものは何もございませんと。したがって、いま将来の問題を予測することは困難でございますけれども、また野田先生から、いや将来そういうことが、新天皇が亡くなられた天皇に対して贈り名をする場合には、あるいは昭和というような贈り名を選ばれるような場合があるかもしれぬではないかというようなお尋ねがあったと思うのでございます。それに対しましては予測することは、私は至難なことでございまするけれども、そういうことはあり得るかもしれませんというようなことをお答えを申し上げたように記憶をいたしております。
○山中郁子君 あり得るということで、私は常識的に考えてそれは大いにあり得るわけだと思うんですよ。
 それで、山本さんが、これは衆議院の八百板委員の質問に対して答えていらっしゃるんですけれども、この追号の問題で現在まで、「ある程度の時間がたちましたところで新天皇が追号を差し上げる、こういうような慣例で来ているわけでございまして、現在、法令はないわけでございますが、そういう慣例を尊重しながら対処するというようなことになるのではないかと存じております。」と、こういうふうにおっしゃっているんですね。引き続いて、「贈り名でございますいわゆる追号と元号の関係」というのはということで、明治、大正とこの元号が贈り名になっているという事実がある、こういう答弁をしていらっしゃる。ですから、あなたがこういう慣例を尊重しながら対処するということは、明治、大正と元号がそのまま追号になっているということも含めて、こういう慣習を尊重しながら対処すると、こういう意味ですか。
○政府委員(山本悟君) 衆議院におきましてそう御答弁申し上げたのはただいま御指摘のとおりでございますが、もちろん過去における数多くの追号と申しますのはいろいろなやり方があってきているわけでございます。きわめて最近の事例、制度的には連動はいたしておりませんけれども、最近の事例は、先ほどお答え申し上げましたようなことでございますので、そういうようなことも当然最近の例として頭に置かなきゃならない、これは一つでございます。
 また同時に、新天皇が制度的に、法制的に制約されたもとじゃなくて、新天皇がお決めになるとすれば、そのときにどういうお考えになるかということもやはり現在ではわからないわけでございますので、必ずそうなるということを申し上げるわけにはもちろんまいりません。そういう意味で、やはり過去の伝統なり実例なりということは当然頭に置かなければなりませんけれども、いまの段階でどうこうなるということは申し上げかねるということをたびたび申し上げてまいった次第でございます。
○山中郁子君 そうしますと、宮内庁のお考えではっきりしましたように、それはもちろん新天皇がどういう考えを持つか、どういうふうになるかということはいまから申し上げられないとおっしゃるのは、それはそのとおりでございましょう。だけれども、明治、大正と続いて元号を追号に贈ったということも含めた慣例を尊重して対処するとなれば、それは方向としてはやはり元号が追号になると。この方向を指し示していることになりませんか。いままで皆さん方は、元号と追号は全然別なんだと、別なんだから、だから一世一元の元号をつくっても天皇とは結びつかないんだと、こういうふうにおっしゃっていた。だけれども、実際追号の問題はどうなのかと言えば、追号はそれは全然別だと、どうなるかわからぬと、こうおっしゃるけれども、なる場合もあると。宮内庁の考え方としてはそういうことも、そういう慣習を含めて尊重していく。そうしたら、もうまるっきりそうなるということじゃないですか、事実の問題として。幾ら理屈を言おうと。そうじゃないですか。
○政府委員(山本悟君) 非常に最近の事例を強くおとりになっての御発言でございますが、私どもの現在のところは、やはりそういった最近の例というのも、もう当然頭に置かなければなりませんけれども、基本的には何しろ、ただいまどうこう申し上げようがないというところに尽きるわけでございます。
 逆に、最近の事例はそうでございますけれども、そういうことは考えておりませんと申し上げれば、私は大変な越権でございます。そういうことは言えないわけでございまして、やはりそういった実例、過去の例その他も十分置かなければなりませんけれども、いまのところでどうこう申し上げる立場じゃないということをたびたび申し上げている次第でございまして、この点は御理解を賜りたいと存じます。
○山中郁子君 その慣習を尊重するとおっしゃっているんだから。で、実際問題として明治、大正とそうなっているわけでしょう。だから、いまの段階であなたがこうこうするというふうには言わないということは、それはもうわかっています。百もわかっている、何回も伺いましたから。だけれども、成り行きとしてそういう宮内庁が追号の問題に関して、天皇家との関係で大きな実質的な力ないしは影響力、示唆、そういうものを持っていることははっきりしているわけでしょう。その宮内庁のお考えが、そういう慣習を尊重して対処するということになれば、当然元号が追号になるという方向が、百のうちのたった一%の可能性という、そういう問題じゃなくて、一般的にあり得るかもしれないというのじゃなくて、かなり大きな問題として予測されるではないか。それはだからやはり天皇と結びつく。いまの段階で天皇と結びつかないんだ、追号と元号は別なんだ別なんだと何回もおっしゃるけれども、結局そういう方向が進んでいけば、法案は通りました、そして追号は元号になります、こういうことになったら、いまおっしゃっていることばみんな理屈だけであって、実際に天皇と結びついてくる結果をもたらすじゃないか。私はこのことを申し上げている。総務長官の御見解を伺います。
○国務大臣(三原朝雄君) なかなか厳しい詰めの結論をお出しになって、そうではないかということでございますが、やはりいま山本次長が申し上げますように、原則的な路線というものは確認してまいらねばならぬと思うのでございます。それから先は私は新天皇が最終的にお決めになることでございますので、いま言われましたように、大幅にそういう方向に行くではないかというような結論を私どもが出すことは慎まねばならぬことだと思うわけでございまして、それを、そうだろうと言われましても、そうでございますというようなことを申し上げることは私は困難だと思うのでございます。この点は良識ある山中先生の御判断でお許しを願いたいと思うのでございます。
○山中郁子君 良識ある私の判断によれば、先ほど申し上げましたような方向、つまりあなた方がいま関係ないんだ関係ないんだと言いながら、極端に言えば私は、国民をごまかして全く関係ないと言いながら、結果的に元号法案ができて、そして天皇の代が代がわりどんどんしていったら、結局みんなそれは元号が追号になると、こうなるじゃないか、私はこのことを指摘申し上げておきます。
 その次に、皇統譜令の問題について伺います。
 これは衆議院でたしか山花議員が質問をされていたことと関連をいたしますが、まず初めに皇統譜令が一九四七年の五月三日、つまり新しい憲法の制定に関連して、政令第一号として「この政令に定めるものの外、皇統譜に関しては、当分の間、なお従前の例による。」、こういうことになって、その「なお従前の例」が現在まで生きている、皇統譜令について。こういうことでよろしいですね。まず初めに確認をさせていただきます。
○政府委員(真田秀夫君) おっしゃるとおりでございまして、昭和二十二年の政令第一号でいまの皇統譜令ができましたときに、草々の間でございましたので、特別な規定がある以外の事項については、従前の皇統譜令の例によるというふうになっております。その後まだ改正がございませんので、いまのおっしゃいました規定はそのとおり現在でも適用されているわけでございます。
○山中郁子君 何か大分声が小さくなって聞きづらいのですけれども、つまり第二章の大統譜第十二条「天皇ノ欄ニハ左ノ事項ヲ登録スヘシ」と、こうなっているところで十四項目載っておりますが、これは「なお従前の例による。」ということで現在生きているということですね。いわば、天皇の身分に関する事項ということになりますから、「天皇及び皇族の身分に関する事項は、これを皇統譜に登録する。」というのが典範第二十六条です。これに基づく、つまり天皇の身分に関すること、私どもの庶民のあれで言えば戸籍ですね、それはこの第十二条「天皇ノ欄ニハ左ノ事項を登録スヘシ」と、これが生きているということになりますか、なりますね。
○政府委員(山本悟君) 形式的には従来の皇統譜令が引っ張られているわけでございますからそうも言えるわけでございますが、実質的にはやはり従前の例により得る部分というのは、現在の日本国憲法のもとによって合法なる部分についてのみそのことが言えるわけでございまして、そういう意味ではその十数項目の中で現在の日本国憲法のもとにおいて、たとえば何々を勅定したときというようなことであるとすればそういう制度がなくなっていればそういうことは書き得ない。これはもう当然のことでございまして、そういうような意味でのいろいろな取捨選択というのが行われなければならないものと私どもは存じております。
○山中郁子君 それでは生きていないんですか。どこが生きていないんですか。
○政府委員(山本悟君) 十四項目のうちどれという検討というのは実を申し上げますと、現在までその事例が起こっていないわけでございますので、具体的に法制的に詰めまでいたしておりません。しかしながら、基本的には先ほど申し上げましたように、日本国憲法のもとにおいてこれが適当であるもののみを登載すべきであると。そういうことになるのは法制上の考え方からいたしまして当然であろうと存じます。ある旧令の、基本的には失効したものについて特定の部分について従前の例によるというような法律制度がとられました場合には、その場合にはその旧制のうちで規定されているものが全部ということではございませんで、そのうちで現在においても合法的なものと合憲的なものというもののみがとられることは、これはもう法制上の常識といいますか、通例でございまして、そういう意味から申せば、そのうちのどの部分を新事態が起こりました際にすべきかということにつきましては、慎重なる検討を要する事項と思っております。
○山中郁子君 具体的に伺いますけれどもきょうはいま元号の問題の審議ですから、その問題に限って言います。
 第十二条「天皇ノ欄ニハ左ノ事項ヲ登録スヘシ」となっていて、第七項に「元号及改元ノ年月日」と、こういうことが入っておりますけれども、これは死んでいるわけですね、そうしたら。慎重に審議するまでもなく。
○政府委員(真田秀夫君) もう山中先生よく御存じのとおり、皇統譜令は皇室典範の二十六条に基づくものでございまして、第二十六条では「天皇及び皇族の身分に関する事項は、これを皇統譜に登録する。」という規定があって、それを受けていまの皇統譜令ができているわけでございますから、この皇室典範の二十六条からはみ出る部分は、これはなるほど現在の皇統譜令の第一条では、先ほど申しましたように草々の間につくりましたものですから、「なお従前の例による」というふうに一括して書いてございますけれども、その大もとになる皇室典範の二十六条に言っている、つまり「天皇及び皇族の身分に関する事項」からはみ出る部分は、これはもう当然効力がないというふうに御理解になって結構だと思います。
○山中郁子君 具体的にだから私は伺っているんで、七号の「元号及改元ノ年月日」というのは効力がないから政令はこれは改めると、こういうことですか、改めなければならないと。
○政府委員(真田秀夫君) それは「当分の間、な
 お従前の例による。」と言っているわけでございますから、なるべく早く現在の皇室典範に適合するように改めるべきであるということはお説のとおりでございます。
○山中郁子君 一般的な問題でなくて、これはもしこのままこれが問題にならなければ、宮内庁はもし皇位継承があれば、この大統譜に基づいて登録するわけでしょう。そうすると、七の「元号及改元ノ年月日」が天皇の身分にかかわるもの、つまり、戸籍として登録されることになるんですよ、だまっていれば。国会でこういうようにこの問題が提起されなければそうなるんでしょう。いまだって、もし皇位継承があれば、あなた方慎重に検討するなんて言って、慎重に検討しているうちに皇位継承があったとしますね、そうしたら、これに基づいて登録するんでしょう。
○政府委員(山本悟君) いまの議論している段階において万一のことがあればということでありましても、その際にもやはり十分に政府といたしましても慎重に検討をいたしまして、日本国憲法のもとにおいて適当という判断のもののみが登録されるようになると思います。
○山中郁子君 第七号の「元号及改元ノ年月日」は、それでは登録はしないと、そういうことですね。これは確認できるんですね。私はいま元号法案の審議ですからこの項目だけに限って言います。ほかのことについて慎重に討議される分には一向に構わないけれども、いま元号法案の審議ですから、これは重大な問題なんですよ。天皇と関係ない、関係ないと言っていて、天皇の戸籍に、その大統譜に改元年月日と元号を入れる。関係がないどころか、基本的な関係がここに出てくるということなんですよ。
○政府委員(山本悟君) 先ほども申し上げましたように、どれだけのことを規定すべきかということにつきましては検討を重ねているところでございまして、私どもといたしましてはまだ結論を出していない段階でございます。ただ、基本的な考え方は、先ほど来申し上げますように、憲法で許されないことをできるはずのものではございませんので、それが許されるか許されないかという見方というものは、要するに、身分に関する事項としてどれだけのものを規定すべきかということは、政府部内におきましても慎重に検討いたしまして決定をされるものと存じております。
○山中郁子君 七号の「元号及改元ノ年月日」を天皇の身分として戸籍に登録することが慎重に検討してみなければ、憲法上問題があるかないかわからないと、こういうことがいまの政府の見解ですか。
○政府委員(真田秀夫君) 先ほど申しましたように、皇統譜に登録すべき事項は皇室典範の第二十六条、つまり、「天皇及び皇族の身分に関する事項」に限るわけでございますから、恐らく宮内庁の方で御検討をおやりになるだろうと思いますけれども、元号とか改元の年月日というのは、これは私の現在の考えでは皇統譜に載っけるべき事項にはなじまないんじゃなかろうかというふうに考えております。
○山中郁子君 なじむ、なじまないの問題じゃないんです。天皇の戸籍に元号と改元の年月日を入れるということがはっきり憲法上できないと、この元号法案のあなた方が何回も何回もいやと言うほど繰り返してきた直接天皇にかかわらないんだということならば、できないことは明らかでしょう。総務長官どうなんですか、もしできることがあるかもしれないから慎重に検討するんだと言ったら、いままでのあなたたちの言ってきたことはみんなうそだということになるんですよ。
○国務大臣(三原朝雄君) 先ほどからいろいろ先生の独断的な見解等も承ってまいっておるわけでございますが、いま法制局長官なり山本次長が申し上げましたように、原則的にはもう憲法違反になるような、抵触するようなことはしてならないということは明確でございます。そういう点においていま私がその項につきましては入れませんとか入れるとかいうようなことを申し上げることは越権的な行為だと思いますが、そういう方針に沿ってただいま検討をいたしておるところでございます。それは早急にやらねばならぬ時間的な制約もあることも承知をいたしておるわけでございますから、あくまでも憲法違反にならないような処置に出たい。いま法制局長官は入れることはなじまないという表現で答えられたのも、そうしたいま法制局長官として結論を出すことが困難である、至難であるという、現実の検討をいたしておる段階でございますのでそういう回答を申し上げたと思いますが、いま山中委員の御指摘のような、憲法違反にならぬような処置をするという基本的な方針にのっとって検討を早急に加えていくということで進めておるわけでございますので、御理解を願いたいと思うのでございます。
○山中郁子君 私は、あなた方が、一世一元の元号の法律は天皇と直接かかわらないんだから、だからできるんだと、そういうふうに何回もおっしゃっている。そうでしょう。そうだってうなずいていらっしゃるからね。だとしたら、これはまさに天皇の身分に関するもの、大統譜というのは。そこに元号、改元の年月日を戸籍として登録するとなれば、これはまさに天皇に直接かかわるわけでしょう。天皇の身分そのものにかかわる必要条項になるわけですからね。そういうことがあなた方がいままでおっしゃっていたことと違うではありませんかと私が申し上げたのがどこが独断ですか。三原さんは紳士でいらして余りそういうことをおっしゃらないんだけれど、独断というのは何ですか。それがどこが独断なんですか。はっきりさしてください。
○政府委員(真田秀夫君) ただいま御審議願っている元号法案が天皇制と全然かかわりがないとは言ってないんですよ。現在の憲法の第一条で、天皇は国の象徴であり、国民統合の象徴であるという厳然たる規定があるわけですから、それでその改元は天皇の皇位継承の機会にやるんだという意味では象徴天皇制とは関連があります。ただ、天皇制と全然関係がない、関係がないと言われますけれども……
○山中郁子君 私、天皇制と関係ないなんて言ってないですよ。天皇と直接と言ったんです。
○政府委員(真田秀夫君) 現在の憲法第一条に言う象徴天皇制とは関連があります。これはいまの法案の第二項に書いてあるとおりでございます。
○山中郁子君 総務長官にお尋ねしてます。
○国務大臣(三原朝雄君) お答えをいたしますが、私どもが天皇との関係において今日まで申し上げておりますのは、主権在民の憲法の問題、それから一条に示しますその主権を持つ国民の総意によって象徴天皇というその地位を明確にしてある。そういう点について私どもは申し上げておるわけでございます。私どもが申し上げておるのは、天皇が統治の大権を持っておられた点につきましては一切触れませんということを明確に申し上げておるわけでございますが、しかし、国民がお決め願った象徴天皇という点におきましては、その皇位継承のあったときに、それから一世一元のそうした元号の期間をひとつこの法案に盛り込むということでございます。そういうことでございますので、いま御指摘されるように、天皇と全く関係ございませんというようなことを申し上げておるわけではございません。その点は御理解願うことができると思うのでございます。そういう点で、この問題につきましてもそういう立場で御判断を賜りたいと思うのでございます。
○山中郁子君 私は、天皇制の問題とか象徴天皇制なんて言っていないんです。天皇に直接かかわるということを申し上げている。象徴天皇制との関係はまた後ほどいたします。そういうことですから、私の申し上げたことを、これは真田さんにお話ししているんですけれども、よく聞いてからお答えになってください。
 いまの問題ですけれども、私は、前回の衆議院での山花委員の質問だったと思いますが、そこでも真田さんないしは山本さんなども検討する、見直すというようなことをおっしゃっているんですね。おっしゃっていると私は議事録を読みましたけれども。だったら、なぜそういうことをいつまでにちゃんとどうするということをおっしゃらないんですか。いまの総務長官あるいは法制局長官のお話を聞いていると、天皇に関係はやっぱりいろいろあるんだという反論的なことをおっしゃって、そうすると、あたかもこの元号及び改元の年月日を大統譜に書き込むことだってできるんだというような気持ちを持っていらっしゃるのかなと私はちょっと疑うわけなんですけれども、そうではないとすれば、責任を持ってこの政令をどういうふうに変える、あるいは、現在の問題として、少なくとも元号法案に関して、七号は皇位継承があった場合にもこれは書かないんだということをはっきりここで約束をされる、そういうことをされない限りはなし崩しに、表ではそういうものは関係ないんだとおっしゃりながら、実際にはこういうことで大統譜に書き込んでいく。さっきの問題と一緒ですけれども、追号の問題と一緒ですけれども、あらゆる面で天皇との一体化を推進していくことになるじゃないか、そこのところをはっきりお約束なさらなければ。その点について十分御協議が必要ならば御協議をいただいて、午後の冒頭に答弁をいただくことにしたいと思います。
○委員長(桧垣徳太郎君) 午前の質疑はこの程度にとどめ、午後一時から再開することとし、休憩いたします。
   午前十一時五十七分休憩
     ―――――・―――――
   午後一時二分開会
○委員長(桧垣徳太郎君) ただいまから内閣委員会を再開いたします。
 休憩前に引き続き、元号法案を議題といたします。
 この際、真田法制局長官から発言を求められておりますので、これを許します。真田法制局長官。
○政府委員(真田秀夫君) 午前の当委員会で問題になりました資料の提出の件でございますが、臨時法制調査会の総会の記録のうち、衆議院の内閣委員会に御提出いたしましたものにつきましては、当委員会にも御提出申し上げます。
 なお、そのほかにさらに、総会の議事録を精査いたしまして、元号に関する部分があれば、これもまたその写しなり、要点なり、適当な方法で御提出することについてはやぶさかでございませんので、お約束申し上げます。
○委員長(桧垣徳太郎君) それでは、これより質疑を行います。
 質疑のある方は順次御発言願います。
○山中郁子君 ただいま法制局長官から資料の問題について御発言がありましたけれども、私が午前中の質疑の中で申し上げましたように、これについては私も入手しております。それは衆議院での質疑で出していただいたものでございます。先ほど申し上げましたように、これではなくて、もっと皇室典範についてのたくさんの速記録があって、それをお出しにならないからそのことを要求しているのですけれども、もう一度調べてとおっしゃるけれども、私はそれを自分に確めさしていただきたいということを理事会でも申し上げました。いずれにいたしましても、国会図書館にあるというお話でしたので、私の方としても国会図書館をすでにもういままで調べていますが、国会図書館ではそれは入手できないということになっているのですが、もう一度重ねて理事会での御協議にのっとりまして、私の方でも調べますが、引き続きそういう点でのある速記録の中身を提出をしていただく、そしてそのことについては法制局で調べるということだけでなくて、私にも確かめさしていただきたいということを申し上げておきたいと思います。引き続きその点については、さらに御協議をお願いして、理事会においてその後の調査の結果について協議を続けるということになっておりますので、そのように私もいたします。
 そこで、午前中の質疑の続きなんですけれども、皇統譜令の大統譜の元号及び改元年月日の登録の問題につきまして政府の御見解を改めてお伺いいたします。
○政府委員(山本悟君) 内容は政令の事項でございましたが、この旧皇統譜令の十二条第七号の規定につきましては、これは現在の憲法下においては、皇統譜令におきます必要的な登録事項としてどうかということでございますので、その御趣旨も含めまして早急に検討をいたしたいと存じます。
○山中郁子君 早急に検討するのではなくて、いまここではっきり政府がこれについては登録をしないという態度をお示しにならない限りはこの問題は解決しないのですよ。それは午前中の議論の経過から見ておわかりだと思うのです。
 で、総務長官は、私一人の判断ではというふうにおっしゃいましたので、それでは内閣としてその件の見解をお出しになるというおつもりなのかどうか。
○国務大臣(三原朝雄君) お答えをいたしますが、午前中お答えをいたしましたように、この問題については法制局長官は、現在の憲法の条章に照らしてこれを政令で生かすことはなじまないということを率直に申し上げたところでございます。私もそういう点を踏まえて、政府として早急にこの問題の処理の結末をつけてまいりたい、そういうことでおるわけでございます。
○山中郁子君 結末をつけるということは、要するにこの大統譜の第七号ですか、この点については少なくとも大統譜の中からは削るのだと、こういうお考えだと承ってよろしいですか。
○国務大臣(三原朝雄君) いま内閣の意向として明確にそれを申し上げる段階でございませんが、法制局長官か申し上げましたように、それをここにまた生かして条章にするということはなじまないということを率直に申し上げました。私どもにおきましても、いままでの衆参の審議の経過等から見まして、そういういま言われたような方向で結論が出るのではないかという、現在の段階では私自身はそういうような考え方に立っておるわけでございますが、いずれにいたしましても、これはやはり内閣全体として最終的に結末をつけなければなりませんので、そういう一つの方向ということで処置してまいりたいと思っておるところでございまして、いまここで明確に削除いたしますというようなことを申し上げることのできないことを遺憾に思うところでございます。
○山中郁子君 午前中にも申し上げましたように、これは単なるたくさんある法令の中で若干いろいろ不備もありますという問題じゃなくて、元号法案の全く中心問題になっていて、この点がどっちに転ぶかということによって、それじゃやっぱり元号法案というのはあり得べきものではないという判断の基準になる一つの問題です。私はそういう意味で申し上げておりますので、元号法案審議の期間の中で内閣の見解をお示しいただけるということのお約束をいただきたいと思います。
○国務大臣(三原朝雄君) 私は元号法案のこれが根本問題というほどの受けとめ方をいたしておりませんけれども、いま申されますように、天皇制と関係を持つという御見解に立っての山中委員の御発言でございますが、そういう点を踏まえながら対処してまいる所存でございます。しかし決してここでこれが元号法案の根本的なものだという受けとめ方はいたしておりませんけれども、しかしそれが天皇制にかかわりを持つことでいろいろ今日まで論議がございました旧憲法下における天皇の統治の大権に関連するというような、そういう誤解と申しますか、そういう受けとめ方をするような点につながってくるという御指摘等もあるわけでございますが、そういう点について十分ひとつ御意見を受けとめながらこの問題の結論を出してまいりたい、そう考えておるところでございます。
○山中郁子君 追号の問題でも結局追号と元号とは関係ないからということを繰り返しおっしゃるわけですね。つまりそれほどまでに基本的な問題であるんです。ただ、いまこのことについて私はここで議論はいたしません。私の見解であるし、多くの方々の見解であることは疑うところのないところです。いずれにいたしましても、私がこの審議の期間中に内閣の見解としてお示しいただきたいということは御了解いただいた御答弁だと理解をいたしますので、委員長、この点については内閣の見解が示される時点まで保留をさせていただきます。よろしいでしょうか。
○国務大臣(三原朝雄君) お答えというよりも総理府総務長官として意見を申し上げたいと思いますが、それは先ほど山中委員が、結論的には追号というのはお使いにならないことになりますねというような断定的な御意見がございました。追号というようなものはお使いにならないことになりますねというようなあるいはそういうような意味の御意見がございましたが、私はこの点については、追号をお使いになる場合がありますねという断定的な意思表示がございましたが、この点につきましては、私は原則は先ほど山本次長がお答えをいたしましたように、旧憲法下においても法制的なものはございません、現在もございません、そういう立場でございますが、この追号については、新天皇が最後に御決定をなさいますのでいま私どもがそのことについて明確にそういう方向になるということもならないということも申し上げることはできませんので御理解を願いたいということを申し上げておることはやはり御理解を願いたいと思うのでございます。
○山中郁子君 では先ほどの点につきましては留保いたしまして、次に改元と儀式との関係についてお伺いをいたします。
 昭和改元の折につまり現天皇の即位の際に約三年間にわたって主要なものだけでも宮内庁からいただいた資料によりましても六十を超える儀式が大々的に国事として挙行をされたわけです。これが天皇中心主義体制強化のために最大限に利用されたということは論を待たないところであります。こういう中で、今後この儀式の問題がすでに大嘗祭の問題などは審議の中で上がってきていますけれども、一体政府として、そして宮内庁の見解としてこういう戦前と同様なこのような儀式がまさか同様な形で行われるということはないと私も思いますけれども、皇位継承に伴う一連の儀式の問題についてお尋ねをしたいと思います。
 現憲法制定と同時に、新しい皇室典範で皇室の公的儀式としては大喪の礼と即位の礼この二つが規定されている、予定されているだけですね。私はやはりここのところが現憲法の精神のもとで、国の公的儀式として行われる範囲であって、そのほかの問題については基本的には皇室の私的行事であるという理解をすべきだと考えておりますけれども、その点についてはいかがでしょう。
○政府委員(山本悟君) 現皇室典範におきまして第二十四条即位の礼、それから二十五条の大喪の礼を行うと御指摘のとおり二つのことが規定をされておるわけでございます。この二つの即位の礼と大喪の礼が国事行為としての儀式として行われるということはこの典範の規定によりましてもほぼはっきりといたしておるわけでございますが、従来行われておりました、ただいまも御指摘のございました数十の行事、そのうちのどの部分を国の行事として行うべきか、どの部分をそうじゃない皇室の行事として行うべきか、あるいは行わざるべきか、いろいろな御議論のあったこともたびたび申し上げてきたところでございます。そのうちどれをすべきかということにつきましては、これもたびたび申し上げてきたことでございますが、全くいま検討を政府内で重ねているところでございまして、確定的なことを申し上げるわけにはまいらないという御答弁を繰り返しているところでございます。即位の礼、大喪の礼、大喪の方はこれは一種の御喪儀でございますから、おのずと一定のところでございます。即位の方は従来の登極令で申し上げれば先帝が崩御されまして直ちに位につかれる、それにつきまして践祚という観念の儀式が一連のものが数個ございます。そしてその後に今度は御喪儀があって、御喪儀が済みましてから、今度はいわゆる即位の礼というようなことがずっと各種の行事が行われる、こういうような順序で行われるように従来なっていたわけでございます。そういったような伝統というものを見ながらやはり践祚という言葉は現在の法令ではございませんけれども、その際にもこれから直ちに国事行為もやる、象徴天皇としてのすべての行為をやると、こういうようなことになるわけでございますので、その関係を中外に宣明する一連の行事も必要であろうと思います。そういったようないろいろのことが考えられるわけでございまして、どういう部分が国の儀式として適当か、どういう部分は国の行事とすべきでないかというようなことはこれから一つ一つのものにつきまして検討を重ねてまいりたいと、こういうような段階でありますことを御理解賜りたいと存じます。
○山中郁子君 私が申し上げているのは、皇室典範によって大喪礼と即位礼、この二つだけなわけですね。ですから、私は基本的には国の行事と儀式として行われるべきものはこの二つと思います。そして常識的に言って大喪礼、即位礼が二十も三十もたくさんの儀式でもって、それが二年も三年もかかって行われるなんていうことは考えられないですから、とりわけ現憲法のもとで考えられないわけですから、大喪礼と即位礼、皇室典範に基づくこの二つが原則として国の皇位継承に伴う儀式、皇位継承に伴うというか、天皇が亡くなる、新しく立たれる、それに伴う儀式だという基本的なところで検討なさるべきだと思います。というのは、あなたがいま御答弁になっていると、いただいた資料によりますと、大正天皇が亡くなってから現天皇が即位をされる、そこの儀式で 践祚の儀式が四つ、喪儀が二十九、即位及び大嘗祭が二十八と、これだけの儀式が全部で、だから六十を超えるわけですね。これを三年から四年にわたってやっているわけですよ。そうしていまの状況のもとでこの元号法案がいかに現憲法の理念に反するか、天皇制の復活や天皇、元首、そうしたさまざまな、いろいろな推進派の右翼の策動もあるし、行動もあるし、そしてまたこれを批判し、これを危惧する国民の大きな声もある、こういう状態のもとでこうしたものが展開されるということは私はあり得ないことで、まさに時代の逆行であると考えますので、基本的に皇室典範で決められている即位礼、大喪礼、そこを基礎にして常識的な国家行事、儀式として行われるべきだと、こういうことを申し上げておりますので、御見解を重ねて伺います。
○政府委員(山本悟君) 従来の川皇室令におきましては、非常に細かくいろいろの儀式を一つ一つ挙げていると思います。たとえば御喪儀の中でも何十日祭というようなものを一つ一つ書いていっている、それが二十幾つになると、こういうようなことでございますから、百日祭とか三十日祭、四十日祭と、こう書いてあるわけでございまして、そういう一つ一つのものを国としての儀式としてやるかやらないか、これはまさに御指摘のようなところがあろうと思います。そういうような意味から言えば御喪儀におきましてはそれは葬場殿の儀というのが普通のこの中心のことであったと思います。そういうようなことあるいは即位の礼であればいわゆる御即位の礼というような、ことに京都で行われた分類の中にあるわけでありますけれども、ああいったようなことが中心であることはそのとおりであろうと存じます。したがいまして、いまの新憲法の、日本国憲法のもとにおいて国の行事として行うことに適当でないというような判断に立つべきものについてはもちろんそれは落としていく。したがって、その行事を同じかっこうで従来どおりやるかやらないかは別といたしまして、国の国事行為としての儀式としてはどの範囲のものにすべきかということはまさにこれから大いにいろいろな御議論の上で詰めていかなければならない問題と、こう思っているわけでございます。
 その際に、いままでのすべての行事がすべて国の行事としてなるということではやはり基本的にはないであろうと思います。そのうち適当なものを国の行事としていく。どの部分が適当かということはこれから一つ一つ検討さしていただきたいと、こう申しているところでございます。
○山中郁子君 総務長官にお尋ねをいたしますが、たとえば山本さんがお答えになって、いままでの経過の中で大嘗祭から問題が提起をされてまいりましたから、その神道の儀式ですね。それが憲法の政教分離の関係で憲法上問題があるからそういうものは外していきますと、そういうものは検討していきますと、そうすると六十幾つもあるいろんな儀式をやって神様に関係するところだけ変えたりちょっと外したり、残ったものをみんなこれは憲法上問題はないんだというふうにしておやりになるみたいなお考えではだめなんじゃないですかということを私申し上げているわけです。
 それで、これはなぜかといいますと、戦後新皇室典範になってからも昭憲皇太后の大喪儀だとか、皇太子の成年式、立太子礼、それから結婚式ですね、成婚式と言うんですか。そういうものはやっぱり皇室喪儀令や登極令に基づいて行われて、そしてその神道の部分については皇室の私事であると、そのほかのことについては国の公的行事であると、こういうような使い分けをして、そうしてああやって大々的に、一種の私はキャンペーンだと思いますけれども、そういうものとして行われてきた経過があるわけですね。それですから、私はこれが単に一時的な成婚式だとか立太子礼とかというんじゃなくて、喪儀、即位とつながって長期にわたってそういう問題が全国民の上に大キャンペーンとして繰り広げられるような状況というのは、これは憲法の精神に大きく逆行するもので、反するものであるという観点から皇室典範に基づく喪儀礼、即位礼こういうものがまず基本として、極端に言えばそれ以外のものはないと。それ以外のものが国の儀式として行われることはあり得ないんだというふうに私どもは考えておりますけれども、それはいろいろ御検討になる部分がありましょう。だから、そういうことが基本なんですと私は申し上げているのは、そこのところを総務長官の御見解を伺っておきたいと思います。
○国務大臣(三原朝雄君) お答えをいたしますが、いま御指摘のように、現憲法下において皇室典範の中で、御指摘になりました即位礼なり大喪礼というようなものが、これは国事行為としてわれわれはすぐ理解できるし、ということでございますが、その他のことについては六十以上もいろいろな儀式がある。これをまさかおやりになるのではなかろうし、またそれは新憲法下においては適当でないと思うがという御意見でございまして、総務長官はそれをどう思うかということでございますが、私も原則的にはやはり即位の儀式あるいは御大喪の儀式というようなものが中心になって、その他非常に多くの儀式が行われるわけでございますが、それはいま申されたような新憲法下においていかにして処置をしていくか、整理をしていくかという立場に立ってただいま宮内庁において十分検討をいたしておりますので、いま申されましたそういうような一つの原則論に立って私もこの問題の処理が進められていき、最終的には政府でこれを決定をせなければならぬわけでございますので、そういう原則に立って対処してまいらねばならぬかなと考えておるところでございます。
○山中郁子君 これが皇室喪儀令あるいは登極令などに基づいて昔の形ないしは昔の規模で、多少中身が違っても行われるようなことになるということは、国民主権の憲法のもとでのやはり重大な逸脱になるし、大きなやはり問題になってくるということを重ねて指摘をしておきたいと思います。総務長官の御見解もそのように承りました。
 で、いままで私は幾つかずっと指摘もし、見解も伺ってきたんですけれども、結局現行の皇室典範に元号が入っていないのは、まさに元号が国民主権の憲法の精神にそぐわないものであったと。したがって、それが入らなかったんだということは私は明らかだと思います、それは事実に照らしても。これはここで議論はいたしません。もうおっしゃること、御見解はよくわかっておりますから。
 で、問題は、政府がいま盛んに天皇は象徴であると。象徴天皇制をうたった憲法のもとで、その精神に反するものではないということで、私は、これは事実上の解釈改憲、実質改憲につながるものだと思いますけれども、そういうことでこの元号法案を押し切ろうとしているというのが実態です。
 そこで、どうしても憲法の象徴機能の問題について触れざるを得ないということになります。で、この点もすでにいろいろな点から議論が行われていた面もございますけれども、それで伺いますが、旧憲法の天皇の象徴機能は、天皇が主権者であることからいって、日本の対外的代表の面でも、その国民統合の面でも、積極的、能動的な象徴機能であった。これはそう言えるわけでしょう。で、天皇によって初めて日本の国、かつて日本帝国ですね、それが成立し、天皇によって初めて国民統合が成立をした、こういう関係になっているわけです。しかし、現憲法の天皇の象徴機能はこれと根本的に違っていまして、言うならば消極的、受動的な性格を持っている機能であって、これは憲法学界の通説でもあると思いますけれども、つまり国民主権に基づいて象徴天皇制があるわけだから、だから国民主権が中心、第一義的にあって、それに基づく主権者たる国民の総意に基づいて象徴天皇制があるということで、そういう意味で受動的、消極的、そうして国政の権能もない、そういうものであるということはまず政府の見解としては御異議のないところでしょうか。
○政府委員(真田秀夫君) おっしゃいますとおり、旧憲法のもとにおける天皇は主権を固守される総攪者であられたわけです。で、そういう地位が大もとになりまして、そうしてやはり象徴性もお持ちになっておったと私は思うわけなんですが、現在の憲法のもとにおける天皇は、御指摘のとおり主権は国民のもとにあります。主権の存する国民の総意に基づいて象徴性を天皇に与えておるというのがいまの憲法の精神でございます。
○山中郁子君 ですから、主権者たる国民の総意に基づいてあるんだから、象徴天皇の機能というのは消極的、受動的なものであるというこういう学界の通説になっているし、私どもの理解もそういままできているわけですけれども、その点についてはそのように認識されていらっしゃるわけですね。
○政府委員(真田秀夫君) その現憲法下における天皇の地位、役割り、それが消極的であるとおっしゃる意味が私ちょっとよくわからないのですが、つまり憲法にはっきり書いてありますように、天皇は、この憲法の定める國事に関する行為のみを行い、国政に関する機能は行使できないという意味では消極的なんですが、しかし、その憲法が主権の存する国民の総意に基づいて日本国及び国民統合の象徴であるというふうに書いているわけですから、そういう面をとらえれば必ずしもいわゆる消極的だというふうに言い切っていいかどうか、なるほど具体的な権能としては国事に関する行為のみを行うというふうに書いてございますけれども、やはり象徴性はある。国民統合の象徴であり、国の象徴であるというふうに憲法が厳然と書いているわけでございますから、その面をとらえれば、そう消極的な存在であるというふうに言い切っていいかどうかは、これは問題のあるところであろうと思います。
○山中郁子君 そうしますと、別な角度から伺いますけれども、天皇の存在自体が積極的、能動的に国の政治に機能するということはあり得ないわけでしょう。そういう意味で、消極的、受動的と申し上げているわけですから。そういうことはあり得ないわけですね。
○政府委員(真田秀夫君) 天皇の国事に関する行為につきましては、憲法の四条なり六条なり七条に書いてあるわけでございまして、それはなるほど実質的な決定権限は、それは内閣の助言と承認によって行われるわけでございますけれども、その行為自身が、やはり天皇の名前において衆議院の解散なり国会の召集なり法律の公布なり、そういうことが行われるわけでございますから、その面をとらえれば、何もそう消極的だ消極的だというふうにきめつけてしまうのはいかがかというふうな気がいたします。
○山中郁子君 抽象的じゃなくて、天皇の存在が積極的、能動的に国政に機能していくと、新しい制度を生み出すとかね、そういうことはやはり象徴天皇というものの、主権者たる国民の総意に基づく象徴天皇、つまり国政の権限がない象徴天皇制のもとでは、それはできないことですよね。ふさわしくないことでしょう。
○政府委員(真田秀夫君) いまの憲法のもとにおいては、主権は国民に存することは明らかでございます。
○山中郁子君 そうすると、皇位の継承によって元号を変えて、そして国民を拘束する、この拘束については、議論がまた出てきましょうから、強制の問題のところでやりますけれども、拘束をする、あるいは天皇の名前を冠した、これは追号のところでもう言ってまいりましたけれども、これもそうなる場合もあるということですから、天皇の名前を冠した年月日を使わせる、これが象徴の機能をやはり大きく超えることになるんじゃないですか。
○政府委員(真田秀夫君) 主権は国民に存し、その国民を代表するのは国会でございますので、そこでただいま御審議をいただいているように、法律の形で元号の根拠を決めていただく、ルールを定めてもらうという手続をとっているわけでございまして、天皇がみずから決めるというようなことを考えているわけじゃないことは、これはもう明瞭であり、先生もよく御存じのことと存じます。
○山中郁子君 そうじゃなくて、直接天皇にかかわるわけですね。皇位の継承によって元号を改める、改元をするわけでしょう。そして天皇の名前を冠した年月日を使うと。冠さない場合もあるかもしれないというお話は前提としてありますからいいですけれども、それはわかっておりますけれども、そういうものは、単なる国民に及ぼす象徴天皇の心理的作用、これは象徴天皇制のもとですから私もそれは否定はしませんけれども、そういうものを超えるものになるではないかと、こういうことを私は申し上げているのです。それとも象徴天皇なんだから、天皇自身がやらなければ、どういうことを天皇と結びつけて、天皇と関連してやっても、それはできるんだと、こういう御意見になっていくわけですか。
○政府委員(真田秀夫君) 物事を論じていきますと、結局、元号制度を将来にわたって存続するかどうかがまず問題なんですね。いろんな統計によれば、元号制度は将来にわたって存続したいというのが国民の大多数の願望であるということが前提になりまして、その願望を制度として生かすためには、やっぱり何らかの手だてが要るわけでございまして、将来にわたって元号制度を存続するということになりますと、どうしても改元ということが論理、必然的に出てくるわけなんですね。それをどういう機会をとらえて改元をするかということになりますと、これはいろんな考えがあるわけなんです。たとえば五十年あるいは三十年、百年ごとに改元するなんということもありますけれども、それはどうも日本の現在の国民のイメージには合わないというふうにわれわれ考えるわけなんで、そこで、憲法が第一条で宣言しておる、象徴である天皇の皇位継承を機会に改元をするということは、一向憲法に違反するものでもないし、憲法が考えている天皇の象徴性と矛盾するものでもないというふうに考えるわけでございます。
○山中郁子君 象徴天皇制だから、だから天皇にかかわって法律をつくったり国民を拘束するというふうなことが出てきても、それは象徴天皇制だからいいんだと、憲法の理念に反しないのだと、こういうことだとすると、天皇が直接やらなければ、天皇の問題をめぐって、どういうことでもやっぱりそれは象徴天皇なんだからできるのだということになるのですか。象徴天皇だから、天皇の写真を毎日拝みなさいとか、そういうようなことも結局、その関係ですよ。直接天皇が何かをなさるんじゃないから、象徴天皇制のもとではそういうことは憲法上できるのだと、こういう御見解に広がっていくんじゃないですかということを私は申し上げている。それとも元号問題だけは象徴天皇でできるのだけれども、それはそのほかに広がっていくものではないと、こういう御見解になるわけですか。
○政府委員(真田秀夫君) 今度の法案を御審議願っているわけなんですが、国民を拘束するというようないま御発言がございましたが、そういうことは全然考えておりません。
 それから、天皇の写真を飾って拝みなさいなんというようなことは、全く関係がないのであって、とにかく元号制度を存続したいというのが国民の願望なんで、その国民の願望にこたえるために、あるルールが必要である。当然これはもう西暦とは違いまして、元号ということになれば、改元という問題が論理、必然的に出てくるわけなんで、その改元の機会を、一体どういう機会をとらえて改元をするかということになりますと、それは先ほど申しましたように、五十年目とかなんとかといういろいろな考えがありますけれども、いまの憲法の精神から見れば、とにかく国の象徴であり、国民統合の象徴である天皇の皇位継承という機会をとらえて改元をするというのが、どうもいまの現在の国民の一般に抱いている元号に関するイメージにぴったり合うというふうに考えたものですから、こういう法案を立案した、そういう経過でございます。
○山中郁子君 国民世論の問題については、もうさんざん議論されていますから、私は繰り返しませんけれども、政府は一世一元でもって国民が元号の存続を希望しているというふうに、それは先ほどの総務長官のお話じゃありませんけれども、独断をしていらっしゃるのですよ。そんなような、たとえば責任ある調査を総理府がなさったことないじゃありませんか。そういうことがあります。だけれども、私がいま申し上げているのはそうではなくて、結局、それじゃ象徴天皇制だから、天皇直接の権限に及ばなければ、直接天皇が何か権限を発揮するということでなければいいということになれば、それはやっぱり元号問題だけじゃなくて、いろいろ拡大していくことでしょう。これをみんな心配もしているし、そういう徴候があるわけですよ。君が代の問題だとか、やれ教育勅語だ、軍人勅諭だとか、さまざまなそういうかつての軍国主義の日本のそういう道徳律だとか、そういうものをよみがえらせてきているという、こういう反動的な経過がありますね。そういうものにつながっていくではないかと。象徴天皇制だからいいんだと、天皇の皇位継承を基準にしてやってもいいしということになれば、象徴天皇なんだから、国民がそれに敬意を表するのは当然なんだということで、天皇の写真を拝ませるということだって論理として出てきちゃうじゃないかということを申し上げている。そういうことではなくて元号だけは特別だと、こういうことなんですか。
○政府委員(真田秀夫君) 教育勅語だとか軍人勅諭まで話が及んでくるものですから、はなはだ私も答弁に困るんですが、そういうことを考えているわけではないんであって、一つの年の呼び方、つまり紀年法なんですね。紀年法として西暦一本でいくのか、あるいは元号制度を併用していくかということが実は問題の中心なんで、国民の大多数はやはり元号制度を将来にわたって存続したいという世論があるわけですから、それにこたえるために何らかのルールをつくると、そういうわけなんで、それで元号ということになればやはり改元ということがこれは論理必然的に必要になるわけなんで、その改元の契機といいますか、機会を何に求めるかと、それはいまの国民の世論といいますか、希望に、イメージから言えばやはり憲法が第一条で書いている象徴天皇の皇位の継承があったときに改元をするというのが一番国民の希望に合うであろうという考えでこの法案をつくったわけなんで、軍人勅諭とは関係ございません。
○山中郁子君 だから、あなたがいまそうおっしゃったでしょう、国民のあれにかなうであろうというのはあなたの恣意的な判断なんですよね。そういうことじゃなくて、それで一世一元と言ってそれを天皇の代がわりと結びつけて、象徴天皇のもとなんだからいいんだと、こういうふうにおっしゃってくるから、だからそれだったら拡大してくるじゃないですかと、現に日の丸、君が代の問題がいろいろ問題になってきておりますけれども、拡大されているんです。
 文部省においでいただいていると思いますが、いま象徴天皇制のもとで、だから元号が一世一元で天皇とそういう形で結びついても、国民主権のもとでの憲法の理念に逆行するものではなくてよろしいんだということを繰り返し法制局長官がおっしゃっておりましたので、それはそういう論理から言えばどんどん拡大していくではないかと、象徴天皇なんだから、天皇に関連してさまざまなものを国民に強制したり拘束したり、言い方はいろいろですよ、協力を要望するとか望ましいとかいろいろあるけれども、結局そういうふうにしてかつての戦時下の日本のファッショ的な道徳律、政治のもとでの。そうしたものを国民に強制させていくまさに逆コースを歩む大きな道をつくっていくものだということを私はいま申し上げているんだけれども、そこでいまいろいろ教育上の問題で君が代、日の丸が問題になっておりますけれども、これについて文部省の学習指導要領にそれが出されているということなんですが、いまの文部省の見解をお伺いいたします。――何か文部省の方が見えてないようですので、これはちょっと後に回します。
 日の丸とか君が代も学習指導要領によりますと、「国民の祝日などにおいて儀式などを行う場合には、児童に対してこれらの祝日などの意義を理解させるとともに、国旗を掲揚し、国歌を齊唱させることが望ましい。」と、こういうふうになっているんですね。そして、現実に教育現場へ行きますと、これがほとんど強制になってくるわけ、実際に。元号法案の強制の問題については後ほどまた触れますけれども、強制するものではございませんと、こうおっしゃるけれども、法律があると法律のないの違いというのは何なのか、参考人質疑の中でも先生方がいろいろおっしゃっていましたけれども、要するにそれは拘束ということなんですよね、本質的に、法律である、法律でないという問題はね。それは私は専門家の法制局長官に申し上げる筋合いのものじゃありませんけれども、いずれにしてもそういうことで象徴天皇が国民に心理的作用を及ぼすことはあり得ても、象徴天皇制が国民統合に対して何事か積極的、能動的に作用する役割りを果たすものではないということははっきりしているし、これは国民主権主義の必然であり、憲法学界の通説でもあるということを私は申し上げて、したがって一世一元の皇位継承に際して、これを基準とする元号法案というものは、元号制度というものは、この象徴天皇制の枠を逸脱するものである、憲法の理念に反し、実質的な解釈改憲、実質改憲につながるものであるということが私が申し上げたいことでございます。そして、そういう論理で従えば、ほかのことでもいろいろ先ほども、昔御真影というのがあったわけだけれども、そういう天皇の写真を飾ってみんなに拝ませるとか、そういうことだって象徴天皇だからできるんだということになってしまうじゃありませんかということを申し上げている。そういうことはないというわけですね。
○政府委員(真田秀夫君) 私からお答えすべき筋合いであるかどうかわかりませんが、政府としては、そういう御真影を飾って国民に対してそれを拝ませるというような、そういう法律をつくる気持ちはこれはもう毛頭ございません。
○山中郁子君 いまそういうふうにおっしゃっても、実際問題としてその理屈から従えばそういうふうにして拡大されていくと、その論理から言えば。ということを私はいま指摘をしているわけです。
 先ほど文部省の方と申し上げたんですけれども、私の方のお願いした時間がちょっとずれていたようですので、後ほどまた文部省には伺うことにいたします。
 これは先日問題になった菊花紋もそうなんですよ。象徴の象徴だからというような発想で無限にそれが広がっていくという道ができてくるんです。
 ところで、菊花紋については先日野田議員からいろいろお話があって、政府の見解というものをお示しになりましたけれども、ちょっとついでに伺っておきたいんですが、法制局長官は、いまは昔の制限はなくなってだれが使っても自由だというふうにおっしゃいましたね。だから靖国神社が使うのも自由なんだと、こうおっしゃったんですけれども、そうすると、どんな法律でもこの使用は制限してないということになるわけですか、いま現在。
○政府委員(真田秀夫君) 菊花御紋章の使用につきましては、現在これを制限する法律はございません。ただ、御存じだろうと思いますけれども、商標法という法律がありまして、そこで国旗だとかあるいは外国の国旗だとか菊花御紋章は、これは商標登録は受けつけないという法律はございます。つまり菊花の御紋章を登録して、それで営利的な目的で独占するというようなことはこれは好ましくないということで、それは商標法で禁止しておりますが、一般に菊花御紋章を使うのをどういう場合に使おうと、これは一般的な禁止規定はありません。
○山中郁子君 そうすると、商標として登録することは禁止されていると、だけれども一般的に使用することは禁止されていないと、こういう御趣旨だということですね。そうすると、これはどうなんですか。なぜ商標法では、菊花紋章は天皇家の私家紋ですよね、それが外国の国旗だとかそういうものと同じように扱われているんでしょうね。その辺の御見解はどうですか。
○政府委員(真田秀夫君) 商標法の立法趣旨、これは実は通産省あたりから正式にお答えすべきことだろうと思いますけれども……
○山中郁子君 法制局長官の御見解を。
○政府委員(真田秀夫君) 現在とにかく国の法律として登録は受け付けないということは、結局主権の存する国民の総意として、菊花御紋章を営利のために独占して、そしてほかの人には使わせないというそういう無体財産権の対象にすることは、やっぱり望ましくないという判断からそういう規定ができているんだろうというふうに思う次第でございます。
○山中郁子君 この菊花紋の問題に関連して、外務省は見えてますか。――外務省が先日、野田議員の質問に対して後ほど答弁を訂正なさって、初めは、象徴の紋章だから国の紋章的に使わせていただいているんだと、お許しをいただいてと、こういう御答弁がございましたけれども、後に訂正されまして、昔から慣習として使っているんでそういうものを使っているんだ、こういう御答弁になってまいりましたが、それは、単に戦前使っていたものだから慣習的に国の紋章として使っているんだ、こういう御見解と承ってよろしいですか。
○説明員(枝村純郎君) 官房長が最初に申し上げました見解と申しますと、国の紋章として使っておるということをたしか表現の中でございましたので、後でその点ははっきりと訂正をいたしまして、国の紋章というものは、現在の日本には存在しないということはよく承知しておるけれども、従来から使ってきた紋章であり、かつ国際慣例上、パスポートでありますとか在外公館の入り口でありますとか、そういうところには何らかの紋章を掲げることがふさわしいということで、いろいろ検討した結果、従来から引き続き使っておる紋章をそのまま使用することが望ましい、そういうことでお答え申し上げた次第でございます。
○山中郁子君 そうしますと、象徴である天皇の紋章であるから国の紋章にふさわしいんだと、こういう理屈ではないんだということですか。それとは関係なしに昔から使っていたんだから使っているだけだと。
○説明員(枝村純郎君) まさに国の紋章として使っておるわけではございませんけれども、何かそれに類したものを使うことが国際慣行上適当であり便宜である、各国との関係でもそういうものがないとどうもさびしいといいますか、適当でない、こういうことがございまして、考えてみますと、従来からも使っておりますし、新憲法のもとにおいて象徴としての地位をお持ちの天皇の紋章というものをいわば国の紋章に準ずるものとして使わしていただいておる、こういうことでございます。
○山中郁子君 私がここで申し上げたいのは、先日来の論議の中にもあったんですけれども、いまずっと象徴天皇制だからということをおっしゃってきているんで、それがみんなこういうふうに間接的に広がっていって、菊花紋も天皇の私家紋であるにもかかわらず、象徴天皇なんだから国の紋章に準ずるものとして扱っていいからそのようにしているんだということと、昔は使っていたと、そのまま惰性というか、習慣で使っているんだというのとは大変中身が違うんですよね。そこを伺っているんです。
○説明員(枝村純郎君) もちろん昔から使っておった、それが国際的にも日本の紋章としてよく通用し、かつ日本国民が、たとえば外国に行きましたときに、何か日本の庇護といいますか、そういったものを求めるよりどころとしても、一つの象徴として適当である。これはやはり長年使われていたことによってそういうことができておるわけでございます。他方、それが菊の御紋章であるということでございますので、新憲法下においてこれを引き続き使用することが果たして適当であろうかどうであろうか、その点は十分検討したわけでございますが、これを中止する積極的な理由はないというふうに考えてそのまま使用しておると、こういうことと御理解いただきたいわけでございまして、やはり重点は、どちらかと言えば引き続きという点にあろうかと存じます。
○山中郁子君 そこにだからやはり問題が出てきまして、そういうふうにして、だから、単に継続して前に使っていたからと。この前法制局長官は、何かほかに適当なのがあったら考えてくださいみたいなことをおっしゃっていたけれども、そういうものじゃなくて、検討はしたけれども国の紋章にやっぱり準ずるものとして使うのに中身の問題としてふさわしいということも入っているわけなのね。だからそういうふうに広がっていくじゃないですかということを私は申し上げているんです。もしそうでないならちゃんと検討すべきじゃないですか。私家紋になって、だれでもが使っていいもんだということになれば、それを国の紋章に準ずるものとして、幾ら前から使っていたからと言って、そのまま使っているというのは、これは怠慢もはなはだしいんであって、それだったらちゃんとそれこそ、野田先生が言われたけれども、日本を象徴するなら、桜の花だとか富士山があるじゃないかとおっしゃっていたけれども、どうしてもしなきゃいけないなら、いろいろそういうことを新たに検討するとか、そういうことが正しい筋の通った政府としての対応じゃないんですか。私は、そこのところをずるずるとそういう形であいまいなままに、結局政府も、国民主権の憲法のもとで、菊花紋というのは天皇の権威によって国民を支配する一つのやっぱり手段として、国民の間にずっとあった問題でしょう。そういうものをずるずると、何の根拠もなしに引き続き三十年間以上にわたって、国の紋章に準ずるものとして、何のけじめをつけた検討もされないで続けてきているというのは、やはりそういう慣習だということを理由にしながら、古いものをそのまま温存させていくということにつながってくるじゃないか、こういうことを申し上げたい。外務省はちゃんと検討すべきじゃないですか、しかるべき見地に立って。
○説明員(枝村純郎君) 先ほど申し上げましたように、戦後もちろん新憲法ができてでございますが、サンフランシスコ平和条約が発効いたしまして、日本国の旅券を出し、外国に正式の在外公館を置くということになりましたときに、それに掲げる紋章をどうするかということにつきましては、外務省部内では十分な検討を経たわけでございます。その結果として、先ほど申し上げましたように、戦前からも使われており、国際的にも非常によく通用しており、また国民が一つのよりどころとして持つに適当なものということを考えまして、これは検討を経た上でございます。ただ、その紋章の意味が、戦前におけるものと違っておるということは私どもも十分承知しておるわけでございますが、決して安易にそのまま戦前のことを踏襲したということではございませんので、御理解をいただきたいと思います。
○山中郁子君 それだとすればなおさらのこと、天皇の私家紋を国の紋章に準ずるというふうに判断すること自体が、憲法上天皇一人の私家紋だから、ほかの人はみんな自由に使っていいんだということに変わったんだとおっしゃっていることと大きく反することになる。そういうやり方が、先ほど申し上げましたように、古いそうした、現憲法下では問題があるそういうあり方を温存していく中身の一つになって進んできているんだという指摘を私は重ねてしておきます。
 それで、要するにこういう問題が出てくるのは、国民主権と象徴天皇というものの関係ですね、これが法制局長官は、それは条文どおりに読んでいただいて国民主権ということでありますとおっしゃるけれども、実際問題として、それがあいまいに故意にすることによって、天皇の象徴機能に準拠してというか、つまりそこを足がかりにして、どんどんいろいろな方向にいろいろなものを広げていく、天皇の問題をですね。それがいまの過程として進んでいるということを、元号法案のもう一つの例として存在しているんだと思うんです。
 それでお伺いしたいんですが、先日村田委員の質問に対して、憲法の改正の問題として、憲法改正手続をもってしてもかえられない基本的な問題という論議が若干ありました。私はそこで、そういうものがあるということは法制局長官がお認めになったけれども、具体的に個別にどれがそうであるかとか、どれがそうでないかということは私は申し上げないという意味のことを御答弁なさいました。それで私は、同じ繰り返しの質疑をするつもりはないんですけれども現憲法の国民主権、これは憲法改正手続をもってしても変えられない基本的なものであると――ある部分があるという中に当然入るものというふうに理解をしていらっしゃると受け取ってよろしいですか。
○政府委員(真田秀夫君) 現在の憲法がよって立つ最大の基礎は、やはり主権在民、主権は国民にあると、これがもう大原則だろうと思います。したがいまして、これは私の私見に入るかもしれませんが、憲法改正の手続をもってしても、主権在民の原則を変えるということは現在の憲法は予想していないというふうに私は考えております。
○山中郁子君 そうしますと、主権者たる国民の総意に基づく象徴天皇というものは、改正手続をもってしても変えられないというものの範疇には入らない、この点はどうですか。
○政府委員(真田秀夫君) だんだんと議論が際どいところへ入ってくるものですから、一々の条文を挙げられまして、これは改正の手続をもってして改正することができる範囲であるかどうかということになりますと、ちょっとここで私が即断はいたしかねるということなんです。まあ言えることは、先ほど申しました主権在民の原則、それから国際的な平和協調主義、それから基本的人権のうちの重要な部分、そういうたぐいのものは、これは憲法が将来にわたって国民に保障しているというふうに見ていいんだろうと思うんです。
○山中郁子君 まああいまいにおっしゃってる面があるんですけれども、その主権者たる国民の総意に基づく象徴天皇の地位というのは、主権者たる国民の総意によって変更することは憲法改正手続ではあり得ると、こういう判断を否定はなさっていらっしゃらないと思います。
 そこで、伺いますけれども、これは、憲法制定議会のときの金森国務大臣も、いまの法制局長官のような答弁をされているんですけれども、一つだけ私ははっきりしておきたいんですが、これは元号法制化促進の大きな推進力になっていると自他ともに認めておられる生長の家政治連合会長の田中忠雄さんという方のパンフですけれども、この中に、「現憲法において国民主権というのは、天皇の存在と相容れぬものであってはならない。もし相容れぬ意味で国民主権の実行を主張するならば、それこそ違憲である」と、こういう趣旨の記述をしていらっしゃる。まあたまたま私がいま引用したのはそこの部分ですけれども、随所に、象徴天皇あっての国民主権だということをおっしゃってるんですよね。これは、田中忠雄さんのパンフが私は手元にありましたのでたまたま引用いたしましたけれども、ほかの多くの方たちもそういうことを言っていらっしゃる向きがあるんです、推進勢力の中に。それは明らかに逆立ちですね。これは間違いですね。
○政府委員(真田秀夫君) 民間の方が書かれたパンフの文言について、私がここで一々反駁したり、賛成したり、そういうことする立場じゃございませんが、現在の憲法のたてまえから言えば、それは主権の存する国民がまずあって、それから象徴天皇が、そこで国民の総意に基づいて第一条で位置づけられる、この原則は、これはもういまの憲法の正しい読み方でございまして、天皇あっての国民だというふうな考え方は、私は賛成できません。
○山中郁子君 国民主権主義が憲法改正手続をもってしても改正し得ない永久に付記された権利であるという、その問題が、政府も、もちろん私ども国会議員も、公務員も、憲法を遵守する義務に基づいて、その何物にも優先する国民主権、民主主義、そうしたものをより充実させ、より発展させるということが憲法遵守の義務であるということに当然なるわけですけれども、一世一号の元号の法制化、そしてその使用の広がりを期待し、あるいは拘束をする――あなた方の判断では拘束をしないとおっしゃっているけれども、そういうことは、その国民主権に基づく現憲法の理念、民主主義の、国民主権の理念をより発展させ、充実させるのに役立つもの、このようにお考えですか。
○政府委員(真田秀夫君) いまの憲法が定めておりまする主権在民の思想と、それから、今度の元号法案がいわゆる一世一元の制度をとっていることとは、これは直接の関係はないというふうに私は考えます。
○山中郁子君 強めるものではないということは確かだということになると思います。
 先ほど文部省の方に、時間を私の方でちょっとずれてしまいまして失礼いたしました。お尋ねをこの時点でしたがったことは、象徴天皇制ということでもって次々といろいろな問題が拡大されていくというところで、教育上いま問題になっている君が代とか日の丸とか、そうした問題がありますけれども、その実態をお伺いしたいと思っておりましたので、学習指導要領の中にそうした項目があるので、一つは御紹介をいただきたいということと、その実態をどのように把握されているかを御紹介いただきたい。
○政府委員(諸澤正道君) 小中学校の教育内容の水準の維持向上を図るという見地から教育活動の基準を定めたのが学習指導要領でございます。
 そこで、学習指導要領の中でいまの国旗、国歌についてどういう規定をしておるかということでありますが、この、学校の各教科活動の中でこれにかかわるものは、音楽で君が代を教えるという問題がございまして、ここは、君が代を国歌として定めておる、規定しておるわけでございます。それから次に、実際に一番国旗、国歌と縁のあります教育活動は、特別活動と呼ばれる分野でありまして、これは、たとえば学校の儀式であるとか、あるいは運動会であるとか、こういうような、正規の教科の学習以外の分野の活動でございますが、この活動につきまして学習指導要領では、国民の祝日なとで儀式を行う場合には――この「など」の中にはまあ卒業式や入学式なども入るわけですけれども、儀式を行う場合には、児童生徒にその意義を理解させるとともに、国旗を掲揚し、国歌を斉唱させることが望ましいと、こういうふうに定めてあるわけでございます。
 そこで、この学校教育の場では、まあずうっとさかのぼって言えば明治の中期ぐらいから、この君が代を国歌とし、日の丸を国旗というふうに教科書の中にもまあ出てきまして、そのことはひとり学校教育の場だけではなくて、言ってみれば社会全体がそういう動きの中で学校教育の中でそういうふうなものを取り入れてきたということが言えようかと思うんですが、そういう実績の上に、戦後の一時期、多少、国歌につきましてはいろいろ論議があったりしましたので、昭和三十三年の学習指導要領の改定に際しましては、いまのくだりが、国旗を掲揚し、君が代を斉唱させることが望ましい。となっておったわけですが、一昨年の五十二年の改定では、これを国旗、国歌というふうに規定をいたしました。その趣旨とするところは、いま申しました過去の歴史に加えまして、たとえば昭和四十九年でしたかに内閣の広報室で行いました世論調査などを見ましても、日の丸、君が代を国旗、国歌として望ましいと考えるかどうかというようなことについて八〇%あるいはそれ以上の国民がそのような意向を示しておるという、いわば国民の意識の中に国旗、国歌としてもはや定着をしておるという判断をして、これを教育の場で扱う場合には国旗とし国歌と考えるんだというような趣旨でいまの規定をしたわけでございます。
 そこで現実に、御指摘のように、じゃ学校ではどういうふうにやられておるかということでございますが、これは個々の学校で多少ずつみんな事情が違いますから詳細正確な調査はむずかしいんですけれども、私どもが一昨年の指導要領の改定の際に全国の小中高等学校について調査をいたしましたところでは、卒業式等の儀式について国旗を掲揚し国歌を斉唱するという部門について、国旗について言いますと、全都道府県の約九割の県では九〇%以上の学校が国旗を掲揚していますと、それから国歌については全都道府県の九割ぐらいの都道府県において約七〇%ぐらいの学校が国歌を斉唱しております。こういうような実態でございまして、その改定した趣旨からいたしまして、私どもは極力望ましい教育をしてまいるように今後も努力をしてまいりたい、かように思うわけでございます。
○山中郁子君 この問題についての本質的な議論はここでは私はする目的はないんですけれども、それは私どもも文教委員会その他でいろいろ問題を提起しておりますし、政府の考え方、姿勢を追及しておりまして問題視をしております。実際そういう形で君が代というのは、その「君」というのは何か、天皇ではないかと、そういう象徴天皇だという問題とも、たとえば小中学校における君が代の斉唱という問題にも広がっていくわけですね。望ましいと、それで学習指導要領に書かれると、これはそういう行政指導の範疇の中で望ましいといったって、実際にはもう強制されてきて、いま御紹介がありましたように、ほとんどの学校でそうしたものが実際に行われているという背景には、もうほとんど強制としてそうしたことが指導されているという実態があります。私は、そういう点で君が代とか日の丸とか、先ほどそうした一連の反動的ないまの政治の成り行き、軍人勅諭も教育勅語も申し上げました。そうそう広げて言われても困ると法制局長官は言われたけれども、実際問題としてそういうことが象徴天皇制のつなぎで、結びつきで日に日に広がっているというのが実態ではないかということを私は指摘をしているわけです。
 次に、天皇メッセージ問題と言われておりますいわゆる沖繩の占領に関する天皇メッセージの問題についてお伺いをいたします。
 初めに、これと関連する問題として五月一日の読売新聞報道で問題になっておりましたハリー・カーン氏が「天皇陛下の公職追放緩和に関するメッセージの経緯について、カーン氏がウィリアム・キャッスル元国務次官に送った書簡」ということで報道をしております。これによりますと、「陛下は追放令の緩和が米日双方の国益に最も好ましい影響をもたらし、友好感情を育てることになると考えておられる。パージの廃止を提案するものではないが、これ(緩和)によって、有用で、先見の明のある善意の人びと多数が共通の利益のために働くことを許されることになろう」と述べたとされています。この点についての御見解をお伺いいたします。
○説明員(北村汎君) ただいま御指摘のありました天皇からのメッセージに関連する記録は外務省には全くございません。
○政府委員(山本悟君) この報道に関しましてのいろいろの事実につきまして宮内庁といたしましてもいろいろ調査もいたしたわけでございますが、当時の式部官長の松平氏の行為につきましての記録というのは一切ないわけでございまして、天皇が口頭のメッセージを託したというような報道になっているわけでございますけれども、さような事実については一切確認ができません。
○山中郁子君 こういうことは、それじゃ確認ができないということなのか、なかったと断定されるのか、どちらですか。
○政府委員(山本悟君) いま宮内庁の方でいろいろと調べたり、あるいは当時の先輩から聞いたりしたいろいろな観点から総合的に判断をして申し上げますと、当時の式部官長がどういう行動をしたかについては、いま確認をする手段もございませんし、一切記録がない。しかし陛下がそういったことを特定のそういったルートを通じて物を申されるようなことが宮中の慣例としてあるかというような点から申し上げれば、まさにそれは全く私どもといたしてはなかったというように否定的に申し上げてしかるべきだと存じます。
○山中郁子君 なかったと、ハリー・カーンの述べているそうしたパージについての緩和の提案というか、そうした種類の天皇の発言はなかったというふうに判断をしていらっしゃるわけですね。じゃ、
 沖繩問題についての天皇のメッセージについてはどうでしょうか。一応これは衆議院において内閣委員会で柴田議員が、また沖特で瀬長議員が取り上げて質問をしてまいりました。それで総務長官を初めとしていろいろ大変重要な問題だから慎重に考えさしてくれとか、調べさしてくれとか、そういうようなことをおっしゃっていらしたんですけれども、まずこの文書が三つ関連してあります。一つは、「対日占領軍総司令部政治顧問シーボルトから国務長官マーシャルあての書簡」ですね。それから二つ目は、前記書簡に添付された総司令部外交部作成の「マッカーサー元帥のための覚え書」の「琉球諸島の将来にかんする日本の天皇の見解」三つ目は、アメリカ国務省政策企画部から、これは部長がジョージ・ケナンですけれども、ロベット国務次官あての勧告「琉球諸島の処理」というこの三つの文書だという外務省の御報告をいただいておりますが、それを確認をいただきたい。
○説明員(北村汎君) ただいま先生がおっしゃいました三つの文書は、ただいま御指摘のありましたとおりに、一九四七年の九月の二十日付で最初にシーボルトがマッカーサーに対して寺崎英成氏からこういう話を聞いたというメモを出しました。そのメモを別添といたしまして二日後の九月二十二日に同じくシーボルトが当時の国務長官であったマーシャルに対して報告をしておるものが第二番目の文書であり、そしてその文書を受けて国務省のケナン政策企画委員長がペーパーを回しておる、ロベット国務次官に対して回しておる、それが第三番目の文書でございますが、それは私どもはこういう文書がアメリカ政府の方で秘密を解除されまして、それがナショナル・アーカイブスにあるということを知りましたので、早速それを入手いたして取り寄せて読んでおります。
○山中郁子君 ちょっと途中ですけれども、総務長官に御感想を伺いたいんですけれども、皆さんいま御承知のように、「参議院議員は元号法制化を急げ」と、そういうシュプレヒコールをもって私たちのいまの審議は実際上聞き取れないというような状況も生まれました。どういう御感想をお持ちですか。この審議をしている、ここにそういう形で右翼の勢力が妨害を目的として、そして脅迫を目的としてそうした行動が行われているということについての御感想を一言伺いたいと思います。
○国務大臣(三原朝雄君) お答えをいたしますが、先般も大体同じような御指摘の私に対する御質問がございました。私は元号法案が衆参において慎重審議を願っておるこの状態の中で、ああした右翼の行動はきめて迷惑である、残念に耐えないという心境でございます。なお、こういう方々の行動についてでき得れば警察関係者等にも御相談をして、なるべくそういう行動は取り締まることができれば取り締まっていただくように善処いたしたいというようなこともつけ加えて申し上げたところでございます。右翼の一部の行動に対しましては、まことに残念なことであるという考え方に立っておるわけでございます。
○山中郁子君 暴力的な行動その他脅迫状、多岐にわたった行動が目に余る形で展開されているということはすでに多くの御指摘があったところです。
 で、天皇のメッセージ問題に戻りますけれども、私はいま外務省が確認をされましたその公式文書ですね、アメリカの公文書館におさめられている上役に報告したものだとか明らかにこれは公文書ですね。そこにたとえば米国が沖繩その他の琉球諸島の軍事占領を続けるよう日本の天皇が希望していること、疑いもなく私利に大きく基づいて、私利、私の欲です、私利に大きく基づいている希望が注目されましょう。また、天皇は長期租借によるこれら諸島の米国軍事占領の継続を目指しています。その見解によれば、日本国民はそれによって米国に下心がないことを納得し、軍事目的のための米国による占領を歓迎するだろうということです。このアメリカの公文書によりますと、日本の天皇が私利に基づいて、自分の欲です、それは何か、十分にこのことを時代の背景を持って判断をするならば、天皇がみずから戦争責任の追及から逃れる。天皇制つまり国体の護持、そういう問題とかかわり合って沖繩の長期租借を提案している。そういうことが報道をされている。私は少なくとも二つの意味で大変大事な問題を含んでいると思います。
 一つは、まさに沖繩の占領問題などというのは国政にかかわるもの、国政そのものです。天皇が口を出すことはできない憲法違反の行動である。もう一つは象徴天皇、国民の象徴であると憲法で規定されている天皇が、日本国民を裏切って、少なくとも百万沖繩県民を裏切って国を売るかに等しいこうしたことが提起されたということがアメリカの公文書に書かれて、外務省が正式にその文書を確認をしている。このことについてすでに先ほど申し上げましたように、衆議院段階でも質問をいたしまして、よく考えさしてくれ、何回も何回もそういうことをおっしゃって、調べてもみるわと、こういうことだったように私は理解をしておりますので、まずお考えになった、あるいはどこかと御相談をなさったのか、判断の基準をお求めになったのか、調査をなすった、そうした経過についてお尋ねをいたします。
○国務大臣(三原朝雄君) お答えをいたしますが、私は衆議院においてその事態はきわめて重大な問題であると、そこでこの事実の有無についてつまびらかにいたしておりません。そこで、私からこの問題について正確な資料に基づいて答えなければならないと思うから私は即答を申し上げることは遠慮いたしたいということでまいったわけでございます。その際にも申し上げましたが、天皇のお言葉あるいは言動等について私が承ってまいっておる限りそういうことはないであろうというような判断もいたしておるわけでございますが、その後も私は外務省、宮内庁あたりに対しましてもこの点について、その事実について調査をさしていただきましたが、外務省にも宮内庁にもそういうようなことがあったかどうかということ、事実の有無については何ら資料がないという御返事を承っておるわけでございます。なお、私はその席上で調査をしますとか検討しますとかいうようなことは申し上げておりません。
  〔委員長退席、理事林ゆう君着席〕
それはいま申し上げましたように、このこと自体きわめて重要な問題であるし、不用意に私がここで調査をするとか検討するということは申し上げることはできないということを申し上げてまいったところでございます。私といたしましては、いま申し上げましたように、そうした事実に基づいて私はアメリカでそういうことがメモが整理をされておるということは承ってまいりましたけれども、日本にそれを受けとめるだけの何らの資料がないということでございましたので、これ以上私がとやかくこの問題について申し上げることはできませんのでお許しを願いたいと思うのでございます。
○山中郁子君 じゃ、外務省と宮内庁にそれぞれどういう調査をなされてどういう結果だったのかを簡単に御報告をいただきたいと思います。
○説明員(北村汎君) 先ほど申し上げましたように、外務省は三つの文書を入手して、それを読んでみましたが、こういう文書に関連のある何らか日本側での、ないし外務省の中での関連する記録がないかということを調べてまいりましたけれども、一切そういう記録が見当たらないのが現状でございます。まあこれは一つには、この文書は寺崎英成氏が口頭でシーボルトに語ったというふうにアメリカ側で書いておりますが、まず口頭であったということも一つのあれでございましょう。それからまた、寺崎英成氏は当時宮内庁の御用掛という資格で話をしておられるということもございましょう。それに御承知のように当時は占領中でございまして、外交権限のなかった時代であるという、そういう特殊な事情にあったということもあろうかと思いますが、外務省にはこの関係の書類は一切ないということでございます。
○政府委員(山本悟君) 寺崎氏が当時宮内庁の御用掛という立場にあったことばそのとおりでございますけれども、寺崎氏がシーボルトに天皇の希望として述べたといわれた事項につきまして、この国会におきましていろいろと御議論があったわけでございますので、当庁といたしましても種々調査をいたしました。しかしながら、何度調査いたしましてもこの件に関します資料といたしましては宮内庁側には何らの記録もございません。まあそういうような事情でございますので、これ以上に宮内庁としては調べようもないというような感じでございますけれども、まあこれまでの側近の者等を主体としてといいますか、宮内庁として陛下の御言動を側近で拝察をしている者の立場から申し上げますと、伝えられておりますような専門的な具体的な内容の御発言をされるということはまず普通は考えられない。
 それから宮中におきます慣例から申し上げましても、何か御指示があるというようなことであれば一御用掛にそれをお命じになるというようなことは、普通は側近の伝え聞いた話も含めまして側近の者からの感じといたしましては考えられないというようなことでございます。また、これはまあ相当に古い問題でございますけれども、一般的にある問題について陛下が個人的なお考えであったといたしましても、これを公的に対外的に御意向として表明するようなことは従来から全くなされていなかったというように私どもは引き継ぎとして聞いているわけでございまして、現在の侍従長を初め側近の者もそういうように先人から聞いているというようなことでございまして、ちょっとまあその伝えられておりますような事項を陛下の御命令によって伝えるというような事態があったとは現在の私どもとしてはきわめて考えにくい、こういうようなぐあいに存じているところでございます。
○山中郁子君 ジョージ・ケナン、つまりアメリカ国務省政策企画部からロベット国務次官にあてた勧告「琉球諸島の処理」という中には、「政策企画部は、米国が沖繩ならびにその他の必要な島じまにたいする軍事占領を、主権は日本が保持したままで、長期の租借――二十五年ない、五十年あるいはそれ以上――にもとづいて継続すべきであると、日本の天皇が提案していると伝えられていることに留意する。当部はこの方式を戦略信託統治の代案として検討するのが当然だと考える。」と、こういうふうに述べております。
  〔理事林ゆう君退席、委員長着席〕
結果的に、沖繩の占領はこうしたものに近い形で二十七年間続けられてきたわけです。その間に百万沖繩県民がどれほどの悲惨な犠牲を強いられたか、それは私がここで申し上げるまでもありません。沖繩の沖繩タイムス、琉球新報、これらの問題は国会でのこの議論を一面トップで報道をして、多くの人たちからその問題についての私は悲痛なと言っていいと思います。天皇が沖繩を売ったのか、本当なのかと、そういう声に政府はもっと責任を持ってこたえるべきじゃないんですか。天皇は生きていらっしゃるんだから、文書がない文書がないとおっしゃらないで、天皇にお聞きになったらどうですか。ジョージ・ケナンだって生きているでしょう、この人。生きておられると思いますよ。シーボルトだってどうしてお聞きにならないんですか。
○説明員(北村汎君) ケナンもシーボルトも存命中の人物でございますが、すでにシーボルトが寺崎英成氏から聞いたということで、こういう公文書を書いておるわけでございますし、ケナンもそういう文書を読んで自分の意見を書いておるわけでございまして、ですから、すでにもうシーボルトやケナンの考え方というものは、これはもうその文書の中に出ておるわけでございます。私どもとしましては、それはしかしあくまでもアメリカ側の受け取り方、アメリカ側が寺崎英成氏から聞いたということで書いておるものでございますので、私どもの方にどういう記録があるかということで調べましたけれども、それがございませんので、あくまでもアメリカ側の考え方だけでは、私どもとしても、これに対する考えを決めるというわけにはまいりません。ですから、シーボルトやあるいはケナンにいまさらこれを聞くということも必要もないかと考えております。
○政府委員(山本悟君) 先ほど申し上げましたように、このこと自体全く私どもとしては考えにくいことでございますし、そういう意味で、陛下にお聞きすること自体がいかがかと思われる点もございますし、また事柄が政治的なことであるということにかんがみまして、現在陛下に直接お伺いいたすことは差し控えさしていただきたいと思います。
○山中郁子君 この行為が憲法に違反する、国政に関与する行為だということば明らかです。そうした場合の内閣の助言と責任、こういう関係はどうなるんですか。内閣の助言と責任のもとに存在する天皇の言動、そうしたものについて、内閣は責任を持って真相を明らかにする。もしそういうことがあったら、天皇に助言しなきゃいけないわけでしょう。そういうことは全面的に放棄をされているわけですか。
○国務大臣(三原朝雄君) 政府のと申しますか、内閣の天皇に対する助言と承認ということは憲法に明示したところでございます。しかし、いま問題になっております問題点というのは、アメリカの公文書でございますか、メモの整理というようなものから出たものであって、天皇はそういうような言動をなさるようなことは考えられないという私は立場なり考え方に立っておるわけでございまして、そういう点において、一応の手続といたしましては、外務省なりあるいは宮内庁の御意見等を踏まえて、これに対処するわけでございまして、いま御指摘のあるように、この問題自体がアメリカから出た、そういうような一つの文書によって、これが事実かどうかというようなことを、これを天皇に確かめるというようなことは、私はいまのところそういうようなことは適当でないと、そう考えておるわけでございます。またあり得ないことであるとも考えておるわけでございます。その点については責任ある外務省、宮内庁の御意見を尊重してまいることが適当であると考えておるところでございます。
○山中郁子君 助言と承認の内閣の責任というのは、天皇の行為が憲法に違反するのかどうかというようなことについて、内閣が全然責任を持たないんだということではないんでしょう。そういうことは内閣が責任をお持ちになるんでしょう。それとも、天皇が勝手に何かなさったりしたりすることについては、国事行為以外は内閣は責任は持たないんだと、こういうことになるんですか。
○国務大臣(三原朝雄君) 天皇に対しまする内閣の助言と承認ということは、憲法で明確に規定してある。したがって、天皇の行為というようなものも、憲法から外れてなされないものであると私どもは考えておるわけでございます。この問題が起こりましたのは、戦後早々の時期でございますし、実際の事情を外務省なりあるいは宮内庁から確かめていただいて、そういう事実がないと言われますものを、あえて天皇に対してそういうことをお尋ねをしたりする行為は、私はとるべきでないと思っておるところでございます。
○山中郁子君 じゃちょっとはっきりしたいんですけれども、事実がないんですか。事実が確認されてないということ、どっちですか。事実がないと断定されているんですか。
○説明員(北村汎君) 外務省に関する限り申し上げますが、そういうような事実を示唆するような記録、そういう文書、一切ないということでございます。
○政府委員(山本悟君) 宮内庁といたしましても、ただいま外務省のお答えになったと同様でございます。
○山中郁子君 要するに事実がないということじゃないんです。事実を確かめる材料がないと、そういう文書はないと、こういう御答弁なんです。ですから、私はこれだけの大問題を、アメリカの何て言いましたか、公文書館ですね。公文書館、つまり公のものです。そこの記録に公文書としてあるわけでしょう。ずっとあるわけですよ、結局。それを事実がないと断定なさるならば、アメリカに対して日本のそれこそ皆さんがおっしゃる象徴である天皇が、私利に基づいて沖繩の長期租借をアメリカに申し出たというようなことをちゃんと解明しなければ、天皇は灰色の容疑に包まれるということになりませんか。疑いを国民が持って、悲しみの疑いを持っている人がたくさんいますでしょう。そんなことは天皇はなさるはずないだろうと思っていらっしゃるけれども、それだったら、国に、アメリカの公文書館にそういうものがちゃんと責任ある公職の人たちが書いたものがあるわけだから、それに対して国と国の関係でちゃんと解明もし、場合によったら取り消してもらうとか、事実がないなら、残るわけですから、未来永劫。日本の天皇が、いまの天皇がそういう汚点が残るままに、灰色のままに、そのまま済ませておくという結果になるんじゃないですか。もし断定はしないと、その材料がないということが確認されたんだというならば、私は天皇にお聞きになってくださいと、天皇はお元気でいらっしゃるわけでしょう。天皇に聞けないという何か理由があるんですか。
○国務大臣(三原朝雄君) 私は内閣の助言と承認という憲法事項というのは、きわめて重要な受けとめ方をいたしておるものでございます。軽々に何か象徴天皇についで、こういうことが外国から資料が出たから、それは確かめる必要があるぞというようなことで、内閣が行動を起こすというようなことは適切でない。十分やはり担当省庁でございます外務省なりあるいはまた宮内庁において、そうした点をお確かめになり、そういう事実は考えられないし、また、あるかどうかということも明確にやはりしなければ、内閣は天皇に対して、象徴天皇に対して、こういうことがありましたかどうかというようなことを申し上げるということは見識を欠くものだと、そう考えております。
 アメリカのそうした公文書館にあるということが、そのままもろに受けとめられるものかどうかという判断もなさっておられるだろうと思いまするが、この石崎さんでしたか……
○山中郁子君 寺崎さん。
○国務大臣(三原朝雄君) 寺崎さんですか、寺崎さんというような方がどういうお立場におられたのか、そういうことも私どもははっきりいたしませんけれども、そういう点を十分御検討なさった上での私どもに対するそういう事実を確認できないというようなことで申し上げておられると思いまするので、だからどうだというようなことを内閣として行動を起こすことは、私はいまの時点におきましては慎むべきことだと、そう考えておるということを申したわけでございます。
○山中郁子君 そうすると、アメリカの公文書館にそうした記録がずうっと将来も残っていくと、日本の天皇はあの時代にああいうことを提起したんだと、その結果沖繩が二十七年間アメリカの占領するというものに結びついたんだと、私は、昨年の予算委員会で米軍による事故犯罪の問題について追及をいたしました。その結果、十四万六千件という米軍の事故犯罪があって、そして、たくさんの人たちがそれで死んでいる。これは占領中の沖繩は入ってないんです。で、法務省に見解をただしましたら、とても記録がないと、占領中の沖繩の米軍の事故犯罪を入れたら一体どのくらいになるかわからない。そういう状態で、占領下の沖繩の状況が続いてきたわけでしょう。そういうことが天皇が関与をして、そういう結果になったかもしれないと、そうだと言ってるんですね、この書簡は。そういうことをずっとそのままそれでは放置して解明されないままにしておくということが最も内閣として適切ないまの態度だと、こういうことになるわけですか。私はそこはどうしてもわかりません。国民の多くの方だってわからないでしょう。
○国務大臣(三原朝雄君) 私は、憲法事項というのはきわめて重要なことであると思うのでございます。したがって、内閣が助言と承認をするというようなことまでいたすわけでございますが、そういう点について、内閣の責任というような立場から、いま問題になっておりますようなアメリカのそうした文書の中から出てきたからいますぐ政府が天皇に云々するとかどうとかいうようなことを政府として、内閣として処置することは、いま御指摘がございますけれども、お答えをすることは適当でございませんということを申し上げておるわけでございます。その後、外務省なり宮内庁でなおまたその御検討をなさり、調査をなさるというようなことがあり得るかもしれませんけれども、私は、現時点で外務省なり宮内庁から承っておる立場におきましては、政府としてはあえていまアメリカに対する処置、天皇に対するお尋ねというようなことをするというような事態ではございませんということを申し上げておるところでございます。
○山中郁子君 なぜ天皇に聞けないんですか、ちょっと端的にお答えいただきたいんですけれども。
○政府委員(山本悟君) 先ほども申し上げましたように、このこと自体、非常に、全く考えにくいことであるということもございます。
 また、同時に、事柄がいまお伺いをいたしましてこれに対してどうか、こうか、おっしゃること自体がきわめて政治的になる。これは憲法の関係から言っても、いまそういうかっこうでお伺いすることは適当でない、こういうような判断を私どもはいたしております。
○山中郁子君 山本さん、それごまかしちゃだめよ。御自分の行為に関してお聞きになることができないんですか。
○政府委員(山本悟君) いろいろなお考え方はあろうかとも思いますが、陛下が、たとえば記者会見等で何かあることについておっしゃった。この本委員会におきましても先般の委員会で議論が出ましたけれども、何かおっしゃったことが、やはり陛下のおっしゃったのはそういうお気持ちでなくても、やはりそうじゃないかということを盛んに言われることは現にございます。そういうような事例からかんがみましても、やはりこのことに、もしもお伺いして何らかのことを御発言になれば、たちまちそれはいまの状況、現段階においての政治的な問題になるだろうと思います。そういうような点から申し上げると、やはりお伺いすべきではない、私はそう存じます。
○山中郁子君 政治的問題なんですよ。だから聞かなきゃわからないということなのよ。それは問題になるでしょう。もし私はそういうことで話しましたというふうなことで確認されたらこれは大問題ですよ。だからこそその真偽、実際にそういうことがあったのかどうか。あったとすれば大問題だから、それは政府の責任として何らかの天皇に対する注意をするとか、今後そういうことが起きないための保証とか、そういうことをやっぱりしなきゃいけないんでしょう。大問題だから、そういうことを申し上げているんですよ。
○政府委員(山本悟君) その点で申し上げれば先ほども申し上げましたように、側近におる宮内庁の者といたしましては、さようなことがあったということは全く信じられない、かように申した次第でございます。
○山中郁子君 いやそれは信じる信じないの話じゃないんです。あなたね、いまもおっしゃったし、先日も野田議員の質問に対して天皇の発言は、御趣旨はそういうことではなかったとおっしゃるけれども、話として出たのは、テレビだとか、報道だとかで、国民はそれをどう理解するかというのは、あなたがどういうふうに信じるかということとは全然別問題なんですよ。そういうことをごちゃごちゃにしないでください。
 私は重ねて総務長官にお伺いいたしますけれども、いまのような政府の態度で、結局、私はそれは積極的に問題を解明しようとしない、天皇のためにも、天皇の立場に立ったって、もし本当にそういうことがなかったとしたならば、アメリカの公の公文書館にそのまま未来残るわけでしょう。そういうものをそのまま放置しておくということは、ささいな問題じゃないんですよ、大きな問題なんですよ。だからそのことについて政府がそのままあいまいにしておくと、天皇はもしかしたらそういうことをしたかもしれないと、沖繩県民を犠牲にして悲痛な声が寄せられているその事態が、もしかしたら天皇に起因したのかもしれないという、こういう事実を解明しないままに、そのままにしておくということが内閣としてのとるべき態度なのかということを私は重ねてお尋ねをし、いまの段階ではとか、あるいは私の考えとしてはとかとおっしゃっていますから、大平内閣として、内閣としてその問題についての明らかにしていく問題、私がいまここで申し上げている天皇に伺ってもらうということも含めて御検討ください。
○国務大臣(三原朝雄君) 先ほどから申しておりますように、憲法条章に基づく「内閣の助言と承認」というようなことにつきましては、私はきわめて大事なことであると思うのでございます。したがって、天皇がみずから作為的に、山中委員のお言葉を借りるならば、積極的にこういうことはどうだというような御意見を述べられて今日までまいるというような言動はいままで承ったことがございません。したがって、私は憲法で決められておる助言と承認というようなものに基づいて天皇が御決定をなさるということでまいっております。この戦後早々の時期にそうしたことが寺崎という御用掛から発言があったりして、そういうものが出てまいったという記録がアメリカにあるからといって、内閣自身がいまそのことについて天皇にこれをお尋ねをするということは、内閣の、私は立場といたしましてもやるべき行為ではないということを申し上げておるわけでございます。その点でいま尋ねよと言われるけれども、尋ねべきことではありませんということを申し上げておるところでございます。御理解を願いたいと思うのでございます。
○山中郁子君 それは全然理解できないんですよ。というのは、お聞きにもならないで、で、どうしてそれがそのままあいまいなまま、灰色のままずっと未来永劫行ってしまうということをなぜよしとするのですか、内閣が。そんなことではあり得ないでしょう。二つの面があるんです。もしそういうことが本当にあったならば、あったならばこれは重大な憲法違反の行為だし、今後そういうことが絶対にあってはならないという観点から内閣は責任を持たなければいけないんでしょう。それからもし本当にそういうことがなかったなら、なかったなら大変なこれは名誉棄損ですよ、国際的なアメリカとの関係で言えば。そういうものを天皇に対する灰色の疑いを政府が責任を持って晴らさなきゃいけないんじゃないですか。どっちにしても、そういう二つの問題があるんですよ。そのことについて何で天皇にお聞きになれないんですかと、私はこのことを重ねて申し上げているんです。当然のことじゃないですか。
○国務大臣(三原朝雄君) 私は、アメリカのそうした文書というようなものを全面的に肯定をする、経過なり等から見てそういうことを信じることができないとともに、私はそういう信ずることができないような問題について、しかも、憲法で決めております内閣の助言と承認という責任のある行為をやらなければならぬ立場から見ますと、私どもが現在時点においてそういうことを天皇にお尋ねをするということ自体やるべき行為ではないということを重ねて申し上げておきたいところでございます。
○山中郁子君 問題はそんな簡単に、いい問題でもないし、わかる問題でもないんです。天皇に聞けないということの合理的な理由は何もないんです。あなた何もおっしゃってないんです、事実はわからないんだと。わからないからといって、そういうものはなかったんだと断定されていらっしゃらない。なかったと断定されるならそういう根拠をお示しにならなきゃいけないし、なかったと断定されていなくて、それは私が信じているんですと、こうおっしゃる。それは総務長官がどのように何かを信じようとそれは御自由です。だけれども、少なくともこういう問題に関してこういう公なものとして日本に持ち込まれて、そして皆さんが知っているわけでしょう、国民が。そういう状態のもとでなぜ明らかにするという内閣の責任をおとりにならないのか。そういうことについては、それじゃ内閣は一切責任を持たないんだということで、そういう理解でよろしいわけですか。
 どういうことがあったとしても、天皇の言動に関して憲法に反する言動があったとしても、それは内閣は国事行為の問題で助言と承認をするだけでいいのであって、そのほかは国事行為と関係なければどういうことをおっしゃっても、どういうことをされても、それは内閣は責任持たないと、こういうお考えだというふうに理解してよろしいんですか。
○国務大臣(三原朝雄君) 憲法で決められております国事行為に対しても明確に内閣の助言と承認が必要であるということが明記してあるわけでございます。
 したがいまして、天皇自身がそうした国事に関するようなことを申されるお方でもないし、今日までの過去の実績等から見てそういうことは考えられませんというのが宮内庁なり外務省の方々の御意見でございます。そういう御意見を担当責任官庁である外務省なり、また宮内庁において申されるとするならば、政府といたしましては、その御意見を踏まえて対処すべきであると思うのでございます。
 そういう立場から見ますと、いろいろな御意見もございますけれども、この点につきまして天皇にお尋ねを内閣がするというようなことにつきましては慎むべきことであると、そう考えておるところでございます。
○山中郁子君 どういう理由で慎むべきことであると考えていらっしゃるのかはちっともわからないんですね。ただ天皇には聞かないということだけをおっしゃって、そして実際の事実が何ら解明しようという積極的な態度もとっていらっしゃらない。そうすると、そういうことが事実であったかもしれないと。したがってそれば解明しては困るんだと。政府がそういうふうに思っていると思われたって仕方ないですよ。責任ある政府としての見解を述べていただきたい。このことは、いまここで繰り返しても仕方ありませんから後の機会に譲りますけれども、強く申し上げておきます。
 一つお尋ねをいたしますが、強制の問題についてです。
 これはもう先ほどの議論の中で、私が強制とか拘束と言うと、必ず一々法制局長官は、いや強制じゃありません、拘束じゃありませんとおっしゃるんですけれども、それでいまこの問題をやるわけですけれども、元号法は使用に関して一切決めたものでないと繰り返していらっしゃるけれども、まず重ねて何ものをも強制、拘束するものでないということを確認されますか。例外なしにね。
○政府委員(真田秀夫君) 例外もなしに、この法案ばお読みになっておのずから明らかなとおり、使用のことについては何にも全然触れておりません。
○山中郁子君 いままでの審議の経過の中で、法律として決まれば政府は当然のこととしてこれを使用すると、こういう御見解が何回か出ていたと思います。これは元号法から出てくる見解ですか、法律そのものから出てくる見解ですか、主としてこの見解は多分総務長官や、あるいは審議室長から何回か発言があったことだと思うのですけれども、政府は当然のこととして使用することになろうということですね。
○政府委員(清水汪君) 私の方で何回か繰り返して申し上げておりますように、わが国におきましては、長い伝統を背景にいたしまして、年月日の表示という問題につきましては元号の体系でやるということが原則になっております。このことは現在すでに定着した慣習になっているというふうに理解をいたしております。そのような元号の存続の問題につきまして今回その手続について法律の形で明確に定めていただくと、こういうふうにお願いをしているわけでございますので、そこには一つの意味合いといたしましては、わが国においてそのように公式と申しますか、はっきりした一つの紀年の方法という性格そのものを元号が持っている。それが事実たる慣習と申しますか、確立された慣行として公の機関なら公の機関におきましては原則としてそのような方法で表示が行われていると。このような現実を踏まえた上でその元号の存続の手続につきまして法律をお願いしているわけでございます。
 そのような実態から申しまして、私どもとしては、この法案ができますれば、この法案のもとにおいて定められる元号というものは、この法案による根拠を持つものという意味で重みを持つことは当然でございますけれども、使用していくという問題につきましては引き続きいまの実態が続いていくということでございますし、別の面から言いますると、そのような実態を踏まえて法律をお願いしているということは、つまり元号が引き続き使われていくということを法案自体も予定しているということは言えるかと思います。そのような意味において従前から御説明申し上げているわけでございますが、法律そのものの字句といたしましては、たとえばどういうふうに使えとか、使わなくていいとかいうようなことは一切触れておりません。もちろん一般国民についてもその点は同じことでございます。
 そのような意味で、この法案自体から直接にどうこうというような、拘束とか強制とかいうようなことば出てこないということもあわせて申し上げているわけでございます。
○山中郁子君 そうすると、法律的には国の機関としても拘束されるものではないということになりますか。これは確認していただきたい。
○政府委員(清水汪君) 私どもとしては、この法律が、具体的、直接的に公の機関なら公の機関について法律的に拘束をするというような意味で申し上げているわけではございません。
 しかしながら問題は、元号が実態としてわが国において確立された慣行として使われている。ことに公務の分野におきましては、原則としてそれによっているという事実を踏まえてこの法律をお願いしているわけでございますから、この法律といえどもおのずからそのような慣行があるということを前提にしておりますし、したがって、またそのような慣行が続くであろうということは、やはり予定されているということは言えると思いますが、そのことは法律が直接に具体的に法的に拘束をしているという関係ではございません。
○山中郁子君 おっしゃるたくさんのことはもうわかっていますからいいです、何回も伺っていますから。
 法律的には国の機関としても拘束されるものではないと、こういうことですね。そうならそうと言ってください。
○政府委員(清水汪君) とかく裏から言いますと、その裏から言った言い方がまた別の新しい広がりの意味合いを持つということが間々ありますので、私は、あえてそのような言い方を避けているわけでございまして、やはり正面から申し上げておりますように、現在慣行として確立されているこのような実態を踏まえて、公式の制度の根拠として今度の法律をお願いしていると、こういう関係であるということを申し上げたいわけでございます。
○山中郁子君 強制するものではないするものではないというふうにたくさんおっしゃるから、例外はないのかと聞けば例外はないとおっしゃるから、それでは国としても法律的には抱束されるんではないのか、ないんですねということを質問しているのに、お聞きのように審議室長はそれにちゃんとまともに答えないんですよ。答えてくださるように委員長から御注意をしていただきたいと思います。
○政府委員(清水汪君) 御注意をいただきまして恐縮に存じますが、現在事実たる慣習であり、これは昭和という元号が事実たる慣習ということでございますが、その使い方として、元号によって年を表示していくということは、これは確立された慣行になっているわけでございます。そのような実態を踏まえての今度の法律でございまして、今度の法律自体には直接には具体的に使用についてどうこうという規定は全くございませんけれども、このような法律ができました後においても現在のような使用の確立された慣行、これは当然に続いていくものというふうに私どもは思っておりますし、そのことは法の立場から言いましても当然に法も予定しているところであろうというふうに申し上げているわけでございます。
○山中郁子君 答弁してくださっていませんから、ちゃんと答弁するまで私それはできません、ああいう答弁の仕方じゃ。ちゃんとまともに答弁してくれないんですもの。審議できないじゃないですか。何回だって聞いているのに。
○委員長(桧垣徳太郎君) おわかりになりますまでお聞きになってください。
○山中郁子君 同じことの繰り返しじゃわかりませんよ。答えないんですもの、聞いていることに。
○政府委員(清水汪君) 政府機関に対しましても、この法律が法的に直接的に拘束するということはありませんということを申し上げております。
○山中郁子君 そういうことを聞いているんです。そういうことを伺って、そういうふうに答えてくださればそれで済むんですよ。ぐだぐだ回りくどいこと言うことないんですよ。そういうふうに聞いていたじゃないですか。
 それで、そうしますと、いまさんざん事実たる慣習で今後もそうしたものが使われるということについての重みも増すとかいろいろおっしゃった。おっしゃったですけれども、そうするとこの際、政府としてもし元号法案が成立するとしたら、何らかの新たな統一的使用の基準とか、そういうものを政府としてお考えになるというようなことはないわけですね。
○政府委員(清水汪君) 事改めて、使い方につきまして何か拘束するような基準とかいうようなものを出すという必要性は現在のところないのではないかというふうに考えております。
○山中郁子君 お出しにならないという御見解と伺いました。
 それで先日も戸籍の問題で大分長いこと論議がございました。戸籍の場合にはいろいろおっしゃって、結局届け出はそれぞれの自由で、受理するけれども、戸籍はそれを書き直して元号にするんだと、そういう意味では拘束と言えば拘束と言えるかもしれないと、こういうふうな総務長官のお話がございましたけれども、この点は私は、いま繰り返しません。だけれども、原則として本人の自由を、国民の自由をもうとにかく最大限に尊重するんだということなんですよね、何回もおっしゃるように。何でもいいですと、どれでも出していいですと、受理しますということでしょう。それを一生懸命強調されていらっしゃるわけね、届け出なんかの場合。そうしたら戸籍の場合、これは単なる単純な届け出じゃなくて、野田議員もさんざん強調されましたけれども、その人の基本的な問題です、戸籍というのは。だからそこに、当然のことながら思想、信条、信教、そうした問題がまつわりついてくるわけでしょう。だから、少なくとも自由だと。届け出は自由なんだというふうにおっしゃって、ただ事務の統一上元号にするんですと。こうおっしゃるならば西暦で届け出た方は西暦で受け付けて登記をして、括弧して事務の統一上必要なら元号を併記すればよろしいんじゃないか、そういうことはできるんじゃないですか。もし本人の、国民の自由を尊重なさるということだったら、そういうことは十分考えられるんじゃないかと私は思うんですが、法務省の御見解をお伺いいたします。
○政府委員(香川保一君) 私どもの所管いたしております公簿、まあ戸籍簿あるいは登記簿でございますが、これは現在でも、元号法がない今日におきまして、大多数の国民が元号になれておるという現実を踏まえまして、国民が一番利用するのに便利なようにということで公簿の記載は元号の記載を統一いたしております。これは当該個人だけの趣味と申しますか、信条というか、そういうことで法務省が備えているものではないわけでありまして、一般の国民が利用するための公簿でございます。したがいまして、公簿の記載は元号法の成立の前後を問わず、やはり国民大多数が慣熟しておるものに統一するという方針は続けてまいるべきだと考えておりますが、届け出に関しましては、これは個々の人の問題でございますので、これは元号を使用するということは今日も強制いたしておりませんし、元号法が成立いたしましても、法律的にも、運用上も強制すべきものでないというふうに考えておるわけでございます。ただ、当委員会でも強制するのではないかというふうな御疑問すらあるようでございますので、成立いたしましたときには何らかの通達等の方法で国民の側に対しては強制すべきものではないということの趣旨を徹底させたいと、かように考えております。
○山中郁子君 いや、だから西暦で届け出る、それが私の考え方だし、要求ですという人は、西暦で書いて、括孤して元号併記するということでいいんじゃないですかという、そういうことはできるんじゃないですかと申し上げている。何もそれは、事務の統一上とおっしゃっているわけだから、何が何でも元号で統一しなければならぬという、そういう根拠もないんでしょう。
○政府委員(香川保一君) 公簿の記載も、法律的に申し上げますと別に元号でなきゃならないということはないわけでございまして、これは元号法が成立いたしましても同様でございますが、ただ、国民の一部の方が届け出につきまして西暦で記載されるというふうなことから、公簿におきましても西暦と元号を併記するというふうなことは、その必要もございませんし、先ほども申しましたように、その個人の公簿ではないわけでございますから、やはり事務の統一というふうなこと、あるいは多数の国民が慣熟しておる元号で表示することは、国民に対する行政サービスとしても適当である、かような考えで統一は継続していくべきだろうというふうに考えております。
○山中郁子君 謄本なんかもらったときに、西暦がむしろ入っていた方が合理的ですよ、わかりますね。親の明治何年、幾つかというように数えるのは大変ですわ。私はそう何もかたくおっしゃらないで。
 それともう一つは、この問題については個人の根源的なところですね、戸籍というのは。そういうわけだから、そこのところを先日野田議員がおっしゃいましたけれども、そういうことを政府もある程度認めていらしているんだから、そういうことは今後の問題として検討なすっていいんじゃないですか。元号法案の中でさんざん、国民の自由の意思は尊重する、要求は尊重する、受理については尊重するとおっしゃっているんだから。それはいまここで、そうしますとあなたおっしゃらなくてもいいけれど、それは政府として、そういうことを含めて検討するということは十分あってしかるべきなんじゃないですか、その元号法案が成立するしないにかかわらず。
○政府委員(清水汪君) ただいまもおっしゃいましたように、成立するしないにかかわらずということは、私どもも同じように考えておるわけでございまして、現在のそういう慣行的に確立している事務のやり方を将来も続けていく、これが一番適当であろうというふうに考えているわけでございます。したがいまして、この法案によりまして何か新しく新たに使い方についてつけ加えられると申しますか、積極的にどこか広がっていくというようなことをこの法案が企図しているとかいうようなことが別段あるわけではございませんので、私どもといたしましては、現在までに定着しているこの慣行でいくということが一番自然でもあるし、公務の能率性というような面から言いましても、そのことはきわめて当然と申しますか、合理的なことだろうというふうに考えているわけでございます。
○山中郁子君 いや、違うのね。あなた全然変わらないと言うけれども、重みを増す重みを増すと盛んに言ってらっしゃるんですね。戸籍の問題についてだって、元号法案の成立でもって、拘束ということは、そう言われればそうですというふうにもおっしゃっているわけ、そのこと議論しませんけれども。私は、するしないにかかわらずと言ったのは、してもしなくても同じだということを言ったんじゃなくて、現在でもそういうことが拘束されているんだから、しない現在でも皆さんが西暦の方がいいんだということで登録をなされば、届けなさったら、それは尊重して西暦と元号と併記ということをしてもいいじゃないですか。そういう根本的な基本的な大事なことなんだから、この審議の中でそういうことを強制しないと、国民の自由なんですとさんざん強調なさっているんだから、そういう手だてをお考えになってもいいんじゃないですかということを、お考えになる余地はないんですかということを申し上げているんです。そんなことはもう一切考えないというのが政府の態度だということならばそれで承っておきます。
○政府委員(清水汪君) 現在の公務のやり方というもので将来とも続けていくのが一番自然であろうというように考えておりますので、格別にこれを変えるということは考えていないわけでございます。
○山中郁子君 自由だ自由だと言っても、結局はそういう自由を尊重するなんという意思はないというのが清水さんのお考えのようですね。
 ところで、それはあれですか、法務省の問題で伺っているんですけれども、政府の見解として伺ってよろしいんですね。
○国務大臣(三原朝雄君) 先般も最終的に政府の見解としてお答えをいたしましたように、届け出については西暦でおやりいただきまして、そういう場合もありましょう。併用ということでいきますので西暦でお出しになりますが、国において処理をいたします公簿の記載につきましては、その際には元号で公簿の整理はさせていただきます、御協力を願いたいと思っておりますということを申し上げましたが、現在の政府のこの法案を成立させていただいた後の処置といたしましては、いま申し上げましたように、公簿の整理は元号でやらしていただきますので御理解を願いたい、そういうことでおるわけでございます。
○山中郁子君 それは協力という名の強制である、拘束であるということは繰り返しませんが、後ほどまとめてそれはやりますとして、いま総務長官お答えになったものと関連して、先日の委員会で法制局長官が何かちょっと新説を打ち出されたように私は伺っているんですけれども、つまり自由だというのは、国民が書くものについて自由なんだと。出しちゃうとそれは国民の側の問題じゃないから、これは役所の方の問題だから、それが自由であるとかないとかいうのは別問題なんだと。書く場合、国民が自分で書く届け出ですね、それが自由なんだというふうに整理をされておっしゃっていましたね。そういうことなんですか。私はそれは異論はありますけれども、少なくとも書く問題については一切自由なんですね。
○政府委員(真田秀夫君) 確かにただいま御指摘のような趣旨の発言を私はいたしました。つまり戸籍にしろ登記にしろ、いろいろ役所に対して申し立てをするその国民は、国民のサイドから見れば、それは西暦をお使いになろうと元号をお使いになろうとこれは自由であって、元号でなければ受理しないというようなことはいたしませんと、そういう意味で、国民には、おつくりになる申請書、届け出書等は、これはもう自由でございますと、ただ、その受理した後の行政庁――この前はちょっと裁判所の例を申し上げたのですが、国の事務として処理する場合には、これは効率的、統一的な事務処理というようなこともまた大事なことでございますので、これは元号でやると、元号で国の事務は処理するというお話をいたしました。
 で、その話をしましたのは、野田委員が、戸籍なら戸籍の謄抄本の申請をしたときに、自分は西暦で届け出をしたのに、もらう謄抄本は元号になっていると、これは国民の表現の自由とか信条とか、それを害することになるんではないかというお話に関連してそういう問題が出てきたわけなんです。
 そこで私が申し上げましたのは、なるほど戸籍だとか登記の場合には、それは届け出した人が自分で謄抄本をもらうから、話は実はむしろ簡単なんですけれども、両当事者がいると、それで裁判の話をしたわけなんですが、これは裁判には限らず、原告と被告がおりまして、原告は西暦で出した、被告は元号で出したと、そうすると裁判所困っちゃうんですね。
○山中郁子君 それはいいです、わかりますから。
○政府委員(真田秀夫君) そこで、裁判の判決なり決定の謄本を送るときは、これは西暦で出した当事者は、もらった判決なり決定なりの謄抄本は元号で出てきても、その辺はがまんしてもらわなきゃ国の事務としては困るでありませんでしょうかということを例に引いてお答えをした次第でございます。
○山中郁子君 請求書なり届け出なり、国民の側が出す場合については一切強制されないと、一切拘束されないということですね。
 免許証の場合は、総理府令で様式ができていて、「昭和」の不動文字が入っていますけれども、これも拘束されないということでよろしいですか。
○説明員(森田雄二君) 運転免許の申請なり運転免許証の更新の申請の様式は、ただいまお話しのとおり、総理府令で決めております。御指摘のとおり、「昭和」の不動文字が入っております。これは申請者の利便ということを考えてこういう様式をつくっておるだけでございまして、西暦でお書きになっても受理を拒否するというようなことはございません。
○山中郁子君 いまは免許証、こういうふうに自分で届け出、書いたものをこのまま写真にしてこうするでしょう。だから、国民の側で書いたものがそのまま免許証になるんですわね。これは、それじゃ西暦で書いても構わないということですね。
○説明員(森田雄二君) 私がいま申し上げましたのは、あくまでも申請書の話でございまして、免許証本体の方は、これは役所の方でつくる書類でございますので、先ほどからいろいろお話がございますとおり、事務の統一を確保する見地から、やはり統一して元号つきで処理したいと考えております。
○山中郁子君 じゃ、法制局長官、国民の側で書くものは自由だと、拘束しない。これは国民の側で書くんですよ。書いて出すんです。だけど、元号でなければだめだと警察庁おっしゃっている。どうですか。
○政府委員(真田秀夫君) 自動車の運転免許証の申請手続は、実は私自身はつまびらかではございませんが、いまのお話を聞いておりましても、許可の申請書を出すときには、これは西暦でも結構であるということでございまして、受け付けた後の行政庁の内部における事務処理と、それから国民がお出しになる申請書とはこれは話が別であるということでございます。
○山中郁子君 国民の側で書くものなんですよ。本人が書くの、これ。だから、これ自由でしょう、あなたがおっしゃったことによれば。私、こういうケースはほかにもあると思うんですよ。いま事務の合理化という問題になってきていますでしょう。だから、国民の側で書くものは自由なんだとこの前おっしゃって、きょうも、それは全部そうだとおっしゃったけれども、たとえば自動車免許証とってみると、これはやっぱり元号が強制されているんですよ。どうしても元号でなければ受け付けないらしいですね。私自分で免許証持ってないから知りませんけれども、いろいろ話を聞きますと。で、いま聞いたら、やっぱりそういうふうにおっしゃっているわけよ、元号でなければ受け付けないと。大分話が違うじゃないですか。
○説明員(森田雄二君) 免許の本体に関する部分まで申請者に書いていただいておりますのは、これはあくまでも事務の便利ということでやっておるわけでございまして、実のところこういう制度は近々のうちになくなる予定でございます。本来、これは役所がつくる書類でございまして、ちょっと性格が違うんではないかと考えております。
○山中郁子君 近々のうちになくなるって、いつなくなるんですか。現実にいまこれやっているの。そして、具体的に西暦で書くでしょう、そうすると受け付けてくれないのよ。それで二時間も三時間、もしそれでがんばろうと、すったもんだやって、そしてもうみんな時間が忙しいでしょう、働いているから。だから、結局根負けして、それでなければやってくれないから。私これよく聞いてほしいんですけれども、自動車免許証もそうですし、更新もそうですし、それから何か届け出もそうですし、融資を受けるのでもそうですし、お金を借りるのでもそうですけれども、こっちはみんな弱い立場なのよね。それをやってくれないとお金も融資受けられないし、証明書ももらえないと、こういう状況になるでしょう。それで御協力をお願いしますということで、ああでもないこうでもない、ああでもないこうでもないと言って一時間でも二時間でも受け付けてくれなかったら仕事にならないわけですよ、みんな、休暇とって。役所というのは自分が働いている時間に行かなきゃいけないわけでしょう。そういう中で、午前中休暇とって行くわね。もう行かなきゃならない時間になってくるのに全然やってくれない、そんなのざらにあるんですね。私は、協力ということではなくて、一切自由に、つべこべ言わずに全部受け付けると、自由だとおっしゃるんだから、そういうことはこの際ちゃんと確認してほしいと思いますけれども、いまはもう一つ前の段階で、もうじきやめますとおっしゃるけれども、いつやめるんですか。現にこれは行われているからね。自由だとおっしゃるけれども、自由でないわけだから。
○説明員(森田雄二君) 免許証の作成は各都道府県の公安委員会においてやっておりますので、全国的に同じようなやり方をとってないわけでございます。いまお話しのケースは一部の県の話だろうと思いますけれども、ただいま電子計算機を免許証の作成の方にも導入いたしまして、できる限りそちらに事務を持っていくという構想を推進しておるところでございます。これ、予算の関係ございますので、何年からということを明確に申し上げられるわけにはまいりませんけれども、長く続くものではないと思っております。
 もう一度申し上げますと、免許証本体にかかわる記載は、免許証本体は本来公安委員会において行うべきものである以上、現在のやり方はあくまで申請者の御協力を求めておる、そういうふうに私たちは考えております。
○山中郁子君 一つの例を私は申し上げたんですけれども、そうするとそれはあくまでも申請者の、本来はこっちがやるものを申請者にやらせて、しかも本人は西暦で書きたいというのに元号で強引に書かせているという、こんな無法なことないですよね。やめると言うんだけれども、それじゃ運転免許に限っては本人が、国民の側が申請書くものについては元号を強制するということは今後なくなると、今後そういうことはしないということでよろしいんですか、確認をしていただいて。
○説明員(森田雄二君) 申請書につきましては、そういうふうに指導をしていきたいと考えております。
○山中郁子君 だったら私、やっぱり法制局長官にごまかしだということをちょっとはっきりさせたいんです。申請書だとか何だとかというんじゃないの。国民の側が書くものについては自由だとこの前おっしゃったんですよ。だけど、これは国民の側が書くんです。何であろうと、申請書であるかないかは別として、そういうものほかにいっぱいあるの。事務の合理化というのは、やっぱりこういうところに全体として動いていきますよ。だから、それはちゃんと守ってください。申請書に関してはとこの人おっしゃるけれども、あなたのおっしゃったのは国民の側が書くものについては自由だということおっしゃったんだから、申請書であろうと何書であろうと、それは国民の側が書くものは自由だと、私はそれだけじゃ足りないと思いますけれども、少なくともそれでお約束なさったんだから、どんな場合でもそれは自由であるということは確認してください。で、指導してください、政府として。いま警察庁、ああいうふうに言っていますから、責任を持って。
○政府委員(清水汪君) 初めに私の方から繰り返しになって恐縮ですが、もう少しもう一度整理的に答弁をさしていただきたいと思いますが、ただいま議論になりました問題は、実は丁寧に分けて考えれば二段階の現象がそこに――現象と申しますか、事柄があるということだと思います。つまり、先般来当委員会におきまして御議論のありました点は、これは当然の前提だと申してもいいと思いますが、国民がたとえばある法規に基づきまして届け出の義務があるとか、報告の義務があるとかいうような場合に、まず国民としてその行為を行うという場合において何で書くか、それが書く、書かないという次元の問題だったと思います。その点につきましては、これはるる申し上げておりますように、やはりそれを受け取ってからは公務所の方が公簿を作製したりなんかするときにそれを記入するわけでございますから、願わしくあるためには同じもので書かれていることの方が楽でございますから、そういう意味においてお書きになる申請書とか届け出書にお書きになる段階においてもできるだけ元号でやるという公務のいままでの確立された慣行に御協力を願いたいという立場を申し上げていることが一つございます。
 しかし、その場合においてどうしても元号ではいやだと、西暦で書きたいという場合においては西暦で御記入になったものも正式に受理をいたしますと、こういうことが一つございました。受理された後の作業は、これは公務所の内部の仕事でございます。行政庁の中の仕事でございます。
 ところで、もう一つの問題は、本日たまたま運転免許証の例で出てきたわけでございますが、近年におきましてはやはり行政の簡素化と申しますか、したがいまして、結局……
○山中郁子君 なるべく簡潔に。
○政府委員(清水汪君) 複写方式というような物事はかなり広範囲に広がっていきつつあると思います。そういたしますと、たとえば一枚目は申請書と書いてあっても、二枚目は役所の中でそのままそれをたとえば写真的に固定すれば使えるというような式のものもだんだん出てくると思います。そうなりますと、やはり今度は別の次元でそうした公務の合理化あるいは簡素化ということに御協力をいただく意味で合わせたふうな書き方をお願いしたいということにもう一度なるわけでございます。いまの現象は、それが二つ重なった現象だと思います。
 そういうことでございますので、これはぜひこの機会にそういうふうなことも申し上げて、かつ御理解を賜りたいわけでございますが、やはりこれからいろいろ機械化とか、あるいはいずれにしてもいまの複写式に使うというような物事はふえてくると思いますが、そのような場合におきまして、聞くところによりますと、そういう場合はまたきわめて厳格な様式のようなものを使うということが当然に要求されてまいりますので、個々の個人が自由な筆跡で書くというふうなことがむしろなくなって、たとえばそこにおりますところの代書を仕事にするような方によってそういうものが書き込まれていくというような現象も現に広がりつつあるように思いますけれども、そのような一つの社会的な機能ということを媒介にした上で全体としては公務の合理化の方向へと、やはり事態が進んでいくのではなかろうかと、このように考えておるわけでございまして、そのような場合につきましての御協力ということでございますので、ぜひ一般の国民の方々にもその点を御理解賜りたい、このように申し上げたいわけでございます。
○山中郁子君 そうするとこの前、国民の側で書くものは自由だと、強制、拘束しないとおっしゃったのは訂正されるわけですか、政府の見解というものを。法制局長官が答弁されたことですので、法制局長官からお答えをいただきます。
○政府委員(真田秀夫君) この前申し上げましたように役所の中でつくる公文書ですね、これと、それから国民が書いて役所にお出しになる届け出書、申請書とは性格が別でございまして、前者については、これは役所の仕事でございますから統一して行います。国民がお出しになる分については、これは自由でございます。
○山中郁子君 じゃ、清水審議室長のおっしゃることとやっぱり違うんですけれども、どうなんですか。それはちょっと統一して聞かせてください。国民の側で書くものは自由であるというのが法制局長官のおっしゃること、審議室長は国民の側で書くものであっても、こういうケースのような場合に複写になったりなんかして、向こうの原本になるものもあるから、それは自由でないと。つまり、もっと言えば元号使用に協力をお願いするんだと、こうおっしゃっている。これは明らかに違いますよね。こういうケースはだんだんふえてくるだろうと清水審議室長おっしゃっている。私もふえてくるということは可能性として考えられると思うんですよ。
○政府委員(清水汪君) 大変恐縮ですが、国民の側で書くという、その書くという物理的現象の面だけについて言えば、昔のような時代で書いてた状態は非常に単純でございました。ところが、近年においてはたとえばその上から書くことによって、たとえば下がコピーになれば、そのコピーの下の方のやつは公務所の書類としてそのまま使うというような現象が近年はふえてきました。そうなりますと、同じ書くという意味において、書くということにつきましても、その中に二つの行為がいわば複合的にある、こういうことを私は先ほど来申し上げているわけでございまして、本来的に国民と行政庁との関係という意味におきまして根源的なところでとらえれば、申請書とか届け出書というものについて書くことについては私は御協力をいただきたいということは申しつつも、なおかつ最終的にそれは強制するものではない。したがって、最終的な方から言えば、西暦で書くのもいわば自由に受理されるということになるわけでございますけれども、公務所の文書の方は、従来申しましているように、元号で統一してまいりたいわけでございますので、今度は新しく複写式とかそのような現象の場合におきましては、その新しい意味においては公務の能率的なあるいは合理的な処理に別の意味で御協力をいただかなければならない、このことを新たな問題として申し上げているわけでございまして、法制局長官が法律論的に申し上げていることと別段矛盾をしているということはなくて、同じ論理の上に立って申し上げていることと存じております。
○山中郁子君 矛盾していますので一致させてください。片方の法制局長官は、国民の側で書くものは自由だとおっしゃっている。審議室長は、ものによってはやはり自由じゃなくて、拘束をすることにもなるよ、こうおっしゃっているわけです。これは明らかに違うんですよ。さんざん議論をした問題です。これからだってこの強制問題、拘束問題というのは大変大事な問題なんですよ。一致させてください、委員長。
○政府委員(清水汪君) それでは逆の言い方を、これは例示的という意味で申し上げたいわけでございますが、仮に複写式にやっているというような役所の事務のやり方に差し支えがあるということになれば、その場合には二つの選択があると思います。そのような事務のやり方をやめていくか、それとも国民が書く方の段階から公務所の方の職員が書くかということになろうかと思います。どちらも理論的には可能であり、あり得ることと思いますけれども、現実の問題としてはやはりそれは大量的に処理をいたしておるような場合に起きる事柄でございますので、公務の方の能率的な、効率的な遂行と申しますか、簡素化に御協力をいただきたいということになるわけでございまして、この点は御理解をいただけるのではなかろうかというふうに思っておるところでございます。
○山中郁子君 一致してないですよ。
○政府委員(真田秀夫君) 基本的には全然矛盾しているとは私も思っておりません。
○山中郁子君 それじゃ、法制局長官はこの前国民の側が書くものについては自由だとおっしゃったのはそれは訂正ですね。場合によっては自由でなく、協力をどうしてもお願いしなきゃならないものもある、そういうことですね。訂正なさるわけね。
○政府委員(真田秀夫君) 国民の方でつくる文書ですね、これは本来自由なものなんです。ただ、審議室長がるる説明しておりますように、事務の処理のやり方についてだんだんと手続の簡素化とかいろんなことがあれば御協力をお願いするということはあり得る、しかし基本的な考え方といたしましては、これは国民がつくる書類はこれは併用で、どちらでも結構であるというのが基本的な考え方でございます。
○山中郁子君 だから、法制局長官は国民の側でつくる、書く文書はそれは自由だとおっしゃったけれども、ものによっては自由には、やはり西暦だといって自由に受理してもらえないというものもあるんだということにこの前の御答弁が変わるんですね。先ほど私が一番最初に確認したのは、例外なしにそうですねと言ったらそうだとおっしゃったけれども、それは訂正されるということですね。それならそれでいいですよ。いいというのは、それでわかるから、清水さんのおっしゃることと一致するから。
○政府委員(真田秀夫君) 何遍も申し上げますように、国民が役所に提出する届け出書なり申請書なり報告書なり、それは紀年法としては元号をお使いになっても西暦をお使いになっても本来自由なものでございます。先ほど審議室長が申しましたように、いろいろ事務のやり方についてコピー式とか電算機にかけるとかいうようなことがありましても、基本的には国民がお出しになる分は自由でございます。
○山中郁子君 基本的にはという話はついてなかったんです。もともと自由だと、全部それは自由だということだったんですよ。それが今度は、それじゃこういうものは例外が出てきて基本的には自由だということならば、それはだから変わるんですね、御答弁が変わるんですねということを申し上げているの。それで清水さんの話によれば、そういうケースはこれから事務の合理化などでふえてくるであろうと、こうおっしゃっているわけでしょう。それはやっぱり重要な問題ですよ。やっぱりそれじゃ自由じゃないじゃないか。届ける国民の側で書く側については自由だと何回もおっしゃったんだから、だけれどもそうでないケースがあると、そういうケースはこれからふえてきますと、御協力をお願いしますと、こうおっしゃっているんだから全然違うですよ。それはちょっとはっきりしてください。委員長、ちょっとちゃんと統一してもらってください。で、……(「わかっているじゃないか」と呼ぶ者あり)わかってないじゃないですか。違うじゃないですか。二人の言っていること違いますよ。
○委員長(桧垣徳太郎君) 委員長の理解するところでは、根本的な矛盾はないと……(「そうだ、そのとおりだよ」と呼ぶ者あり)
○山中郁子君 どうしてですか、委員長。
 それでは、要するに国民の側が書くのは自由だとおっしゃっても自由でないものもあると、こういうことですね。(「国民が理解したらいいと言っているんじゃないか。わかっているじゃないか」と呼ぶ者あり)こういうことですね、法制局長官にお伺いをしております。
○政府委員(真田秀夫君) 国民の方でお書きになる文書についての紀年法は自由でございます。これはもう現行どおりでございまして、この法案ができたからどうなるというものではございません。
○山中郁子君 じゃ、自由であるということですので、国民の側で書くものは自由であるということですね。それは変わらないわけですね。だから、こういうことで出す側がいま西暦で書くと元号に直してくれと、どうしても強制されるケースがあるんです、いま現在の自動車免許証の問題もね、さっき警察庁がおっしゃったように。これはそういうことのないように総理府として、政府としてちゃんと御指導いただきたい、責任を持って。ということと、もう一つは、先ほどちょっと触れましたけれども、協力をお願いする、協力をお願いすると言いますけれども、実態は先ほど私が申し上げたとおりです。ですから、自由であるということならば、もうそういうことを余りつべこべ言わないで、実態は結局それで強制になって二時間も三時間もかかっちゃって大変な時間のロスを強いられますし、そういう実態がありますから、いずれにしても自由なんだということを政府がこれだけ何回も口をきわめてお約束なすっているんですから、もうそういうことについてはそうたくさんの人が、半分以上の人が西暦を書くというふうな状態にいま現在あるわけじゃないでしょう、実態的には。だから、そういうことをつべこべ言わないで自由だということを政府が責任持って国会で約束しているんだから、そういう指導をちゃんとしてください、無条件にそういうものは受け付けるということを。そういう指導をしてください。そうしなければ自由だ自由だと言ったって、実際は不自由で拘束されるんですよ。それが実情なんです。これはぜひとも総務長官にお考えいただきたいと思います。
○政府委員(真田秀夫君) でも、政府の方でつべこべ言うんじゃなくて、この法律ができると強制になるんじゃないかとおっしゃるから、それはそうじゃありませんと、この法律にはこの前も申しましたように、強制の強の字もなければ制の字も入ってないんであって現行と同じでございますと、使用関係については、そういうことを申し上げているわけでございます。
○山中郁子君 あなた方は協力を要請するということをやっていらっしゃるから、窓口のたとえば公務員の人たちに協力を要請しなさいという指導がきっとあるんでしょうね。だから、一生懸命協力を要請するわけだ。で、それはそういうふうになれば、なっていればまだいい方で、逆にそれはもう元号でなくちゃ困るんだ、元号で受け付けなきゃだめなんだという、むしろそういう指導になってて、だから協力なんていうことでなくて、西暦はだめなんだということでどうしても受け付けてくれないというケースがやっぱりたくさんあるんです。そういう事態をなくしてくださいということを、ここで皆さんが自由だ、自由だとおっしゃるならばなくすように責任を持って指導してくださいと、こういうことをおっしゃってるんです、この免許証の問題も含めてですよ。
○国務大臣(三原朝雄君) 法制局長官なり清水室長がお答えをいたしておりますように、原則的には御指摘のように届け出書等につきましては国民の自由な判断によってひとつ西暦でも元号でも結構でございます。それは原則的にはそういうことでまいるわけでございます。
 なお、窓口におきまして新しい事務合理化のための制度などができて、そこで書いていただくものがすぐ公簿にそのまま利用さしていただくというようなことになりかねない事務もあるかもしれない。そういう点につきましては、十分国民の方の御協力を受けたいということで申し上げておるわけでございますが、したがって、そういう点について、公務員は国民の公僕でございますし、そういうときに大事な国民の時間に一時間も二時間もお待たせして、そこでトラブルを起こすことのないような処置を、ひとつ何らかの指示をするなり通達を出すなりして配慮することが必要であるという御指摘でございますので、その点につきましてはいま貴重な御意見を承りましたので、十分念頭に置きながら対処してまいらねばならぬと、こう考えておるところでございます。
○山中郁子君 それは重ねて申し上げておきますけれども、先ほど法制局長官がお答えになりましたように、国民の側で書くものはすべてそうなんだということを、はっきりその上に立っておやりになっていただくということを重ねて念押しをしておきます。
 それから、これも審議の中で明らかになってきているんですが、公務員にどういう強制が出るのかということについて、元号法案が成立した、しないにかかわらず職務命令に反するということになれば処分は受けますというような見解として提起をされておりますけれども、公務員が仕事で年表示をするものはたくさんありますよね。書式で決められたものだけじゃなくて、いろんなもので公文書はみんなそうですね。公文書でしょう、仕事上書くものは。上司に報告するといったって、みんな年月日入れますわね。そんなことまで全部強制する職務命令だなんておっしゃっているわけじゃないだろうと思いますけれども、それはどういうことを言われているんですか。たとえば客観的にわかるもの、つまり省令だとかなんかで基準が、不動文字が入ってて基準が決められていますね、様式が。そういうものの範囲のことについて頭に置いて事務の統一ということでおっしゃっているわけですか。公務員がつくる文書に使う年月日の表示についてとういう――全部が全部じゃないでしょう。いま私が言ったように何でも、ちょっとメモを出すんでも、それも公文書といえば公文書ですわね。役所の仕事の上で書くんだから。そういうものまで全部含めておっしゃってるんじゃないだろうと思うんですけれども、どういうところに基準を、だれが見ても客観的にわかる基準を置かれて考えていらっしゃるのかということをお尋ねしたい。どなたでもお答えいただける方でいいですよ。
○政府委員(真田秀夫君) 公務員に対する紀年方法の使用について、私がお答えをしたことがございます。それも先ほどの話にも関連するのですが、今度の法律ができたから、この法律の効果として公務員に元号使用の義務が直ちに出てくるかというような形の御質問がございましたので、それはそうじゃございませんと、先ほど申しましたように、今度の法律は使用については何ら触れていない。ただ公務員の場合には国家公務員法なり地方公務員法なりあるいは裁判所職員臨時措置法なり国会職員法なりで法令には従わなければならない、あるいは職務上の上司の命令には従わなければならないとかいうふうになっておりますので、その服務のうちの法令に従わなければならないというその法令には当たりませんと、当たりませんが、しかし合理的な理由があって上司が下僚に対して公文書の作成については元号を使いなさいという職務上の命令が出れば、それはそれに拘束されるのはこれは法律論としてもう当然でありますということを申し上げたんでありまして、一体どの範囲の文書についてそういう命令が出るかというようなことまで、それは私の所管じゃございませんので、それは当該各省各庁の上司が合理的な範囲内においてそういう命令をお出しになれば、この命令には従わなければならないとか、しかもその命令が出た場合に、風変わりな公務員がおりましてそれに従わないということがあれば、それはまた公務員法上の懲戒の理由にはなりましょうと、法律上はですよ、法律上は懲戒の理由になることはあり得ますというお答えをしたわけでございまして、どの範囲の文書について命令を出すんであろうかというようなことまで実はせんさくしてお答えをしたわけではございません。
○山中郁子君 私はその点を法制局長官に伺いましたのは、これは四月十一日の衆議院の内閣委員会の議事録ですけれども、これは栂野委員ですかの質問に対して法制局長官が、「およそ公務員である者が公務上作成するいわゆる公文書の表現としては元号を用いなさいということは、これは先ほどもお触れになりましたように、公務員という特殊の身分関係を基礎とする職務命令でございますので、」とこういうふうに言っていらっしゃるのね、だから結局公務員がつくる公文書、公務員が公務上つくるのはみんな公文書ですよね。でしょう。「およそ公務員である者が公務上作成するいわゆる公文書」ですね。これは全部だから元号使いなさいという職務命令でございますと、こうおっしゃっているから、そんな何が何でも全部ということではないでしょうということをいま伺っているの。だからどういうものを、どういう範囲を考えていらっしゃるんですかということを伺ったんです。でもこのとおりやっぱり全部ということなんですか。毎日のメモに至るまで。御見解は。
○政府委員(真田秀夫君) その問題についてはたびたびお答えしているんですが、そのつど私は合理的な理由があって職務上の命令が出ればというふうに言っておるわけなんで、何が何でもすべてこういう命令が出るということを実は念頭に置いたわけじゃなくて、法律論としてはこうなりますよということを念を押してお答えをしたわけでございまして、恐らくは現在も大体公務員がつくる公文書は西暦じゃなくて元号で行われておりますので、そういう命令が、この法律案が成立したからといってすぐにそういう命令が出るというふうな具体的なことを考えて言ったわけではございません。冷ややかな法律論を申し上げておるわけでございます。
○山中郁子君 冷ややかな法律論を聞かせていただいたんですけれども、そうしますと、これは総理府の方に伺いますが、私がこの点にぜひはっきりさせてほしいと思いますのは、政府は、元号法案が直接使用を強制するものではないとか拘束されるものではないと、これは直ちに直接公務員にも国家機関にも及ぼすものではないと、先ほど御確認になったんですけれども、重みが出てくる、重みが出てくるとおっしゃるのよね、重みが出てくるということは、やっぱりこういうことを契機にして元号が法制化されたんだから、それもまた期待されているんだと思うんですけれども、職務命令の範囲であるということで恣意的な、つまり個人的な職制の判断でこれについてもそれは元号を書くのが職務命令の範囲であるとか、そういうことになりかねない中身を持っているんですけれども、常識的に考えるのは法令集として、様式としてできている、そういう客観的にみんながわかるもの、職制の個人によって恣意的に決められるようなものでない範囲、そういうことが合理的な範囲というふうに理解をされてしかるべきだと思っておりますので、その点をちょっと御見解として伺いたいということです。
○政府委員(清水汪君) 合理的な範囲ということが根本の趣旨であるということでございまして、ただ合理的な範囲の例というのが一つ一つどうかというようにちょっと聞かれましても、これはなかなか即答いたしかねるかと思いますが……
○山中郁子君 客観的基準のあるもの。
○政府委員(清水汪君) 私ども実際問題として見ておりますことを多少申し上げますと、やはり公務上の書類といいましても、その中でも一番典型的なものは、その公の機関の意思なりを表明しているようなそのような公文書、こういうものは典型的にあると思いますが、このようなものについてはまず疑問の余地がないだろうと思いますが、じゃ逆にこの例が適切かどうかは多少私も自信がございませんが、内部的にはたとえばその個人がいろいろの物の考え方なりというようなものをいろいろ作文をしておるというようなケースも中央省庁の場合には間々あるわけでございますが、それはまだその本人の研究段階のことでございまして、そのようなものが全体の討議にかけられた後で公務上と申しますか、その公の機関としての物の考え方なり方針なりというものが決定されるわけで、その決定される段階というのは、ただいまの公の立場で合理性というような話に入ってくる問題だろうと思いますが、個人が頭の中でいろいろ論理を考えたり解明したりしている段階で、元号で書こうと西暦で書こうとこれは別段どうということはないのではなかろうかと、こういうふうに感ずるわけでございまして、まあいまのは余り適切な例とも思いませんけれども、公務の立場で合理性という問題は、今後ともやはりその趣旨を踏まえたところで誤りのないようにしていかなければならないと、そのように私ども自身も考えておるわけでございます。
○山中郁子君 職務命令で合理的な範囲でそれで違反すれば、別に元号の使用強制は法律的にはないけれども、元号を使わなかったということで処分の対象になるという冷ややかな法律解釈だとおっしゃってお述べになりましたけれども、私はこの問題はもちろん問題があります、本質的に。だけれども、これは別なカテゴリーの問題ですからきょうはそのことに触れません。で、私はそれがよろしいと言っているわけじゃない。言っている問題なんじゃないんだということなんです、それは別な議論になりますから。
 だけれども、仮にそういうふうにしてあなた方がおやりになるとすると、元号は法律になったんだから重みが出てきたんだということと相まって相乗作用を起こして、やたらに何が何でも元号で使わなきゃいかぬのだというように考える職制が職務命令だというふうになってくるというような問題も出てくるわけでしょう。そういうことでごく私は、それじゃある程度基本的な言い方でいいですけれども、客観的なだれでもが恣意的なものじゃなくて、客観的な分野をはみ出るようなことについて元号使用を強制するものではない、ごく基本的な考え方としてですね。つまり様式として決まっているものだとか、そういうものの範囲だということがお考えとしてあるならばそのように承りたいということです。
 総務長官からお答えをいただければ幸いです。
○国務大臣(三原朝雄君) お答えいたします。
 公務執行の場合に、客観的に見て合理性を伴っておるかどうかという判断に立ってのお尋ねだということでございますが、たとえばそれはいままで使っておりますのは主として元号を使っておるわけです。しかし中には、私の方でやっております統計の事務を世界的な幅で機能さしたいとか、あるいは広報機能にいたしましてもそういうものがあったりします。
 文部省におかれましても、長い年次を換算をせなきゃならぬという場合は西暦をお使いになるというようなことがあるわけでございますから、そういう点はいま御指摘のように私は客観的に見て合理性があるかないかということは、そういうときに私はお決め願えるものだと思うのでございまして、そういう点から見て、それをどうしても客観的に見て西暦を使うべきもの、あるいは元号でいった方が適切であり、妥当であるというようなものを、だれもが客観的に認めるものについては、先ほど御指摘のように、これを行政執行命令に反するとかいうようなことで、いろいろ処罰をするというようなことはあり得ないものだと、良識がそういう点については解決をしてくれるものだという見解に立っておるわけでございます。
○山中郁子君 その面もあるんですけれども、私が申し上げているのはちょっとその面じゃなくて、もう一つの面で元号使用が原則的に行われていますと、法案ができました、それで一層重みが増しました。もっとやっぱり原則として元号を使用しなさいと、これは職務命令だというようなことに発展してきますと、何でもないような、公文書と言えばみんな公文書ですから、公務上仕事上つくる文書は。そういうものにまでみんな元号を書かなければ職務命令違反だというようなことに広がっていくようなことではないだろうと思うけれども、そうした場合のやっぱり考え方としては、こういう法令や何かでもともと様式が決まっていますでしょう、書式が決まっているものだとか、そういうようなものは客観的にわかるわけだわ。だけれども、職制の恣意的なもので元号が公務員のどんなものにも強制されるみたいなことが広がっていくことは、これはもう使用強制の一層の広がりになるわけなので、私は合理的なものについて職務命令違反で処分するみたいなものはまた別な問題点としてありますけれども、いま議論しないにしても、そのことをいまお尋ねしている。だから元号使用を公務員に対して上司が命令するなり何なりするにしても、それはおのずとだれが考えても客観的な法令の書式があったり、そういう省令や何かがあったりそういうものでしょうと、ですねということを伺っている。
○国務大臣(三原朝雄君) 御意見のとおりだと思います。特に恣意的なものまでに強制して元号ができたから、元号法が制定されたからこれを拡大して使用せよというようなことは、私どもは全然考えておりません。
○山中郁子君 関連してお伺いいたしますけれども、先ほどたまたま私の質問に対して長官が、外国の問題だとか統計だとかということで西暦の使用の方が合理的であるというようなことも出てくるというお話がありました。私はやはり今後の問題として、そういうことは相当やっぱり一層変化してそういう状況になってくると思うんですよ。
 それで一つは、国会図書館においでいただいていれば、国会図書館の図書カードですね、これが全部西暦に今後統一されていくというような図書協会としての方針などがすでに出されているというふうに伺っておりますが、その辺の状況をお知らせいただきたいと思います。
○国立国会図書館副館長(酒井悌君) お答え申し上げます。
 図書の整理につきましては、日本図書館協会が制定いたしました日本目録規則というものに準拠してやっておるわけでございます。それでいままで、終戦後でございますけれど、二度その改正が行われまして、昭和四十年一九六五年でございますけれど、このときの目録のとり方は書物の奥付に昭和なら昭和という年号で書いてあるものはそのままお使いなさい。奥付に西暦で書いてあるものはそれはそのままお使いなさい。ただ便宜上昭和というのが使用上ぐあいの悪いときには補記をして西暦を書きなさい、これが昭和四十年制定されました目録規則でございます。このたび一昨年の十二月にこれを改正いたしました。これは長い間時間をかけて検討して改正したんですが、その改正の結果は全部西暦によって記載をするということに改正されたわけでございます。それで当館におきましても昨年の一月、これを採用いたしました。なぜならば当館は日本の図書館の標準となるものでございますから、日本図書館協会の決定に従ってやっておるわけでございます。
 その改正の理由でございますけれども、まずこの日本図書館協会が多年にわたって研究されたその成果を当然尊重していこうということを基本的姿勢にしております。
 それからもう一つは、西暦と元号と両方書きますと、非常な手間がかかるわけでございます。国会図書館だけにいたしましても年間数十万冊の本が入りまして、カードをつくるわけでございまして、両方書きますと非常に手間がかかりますから、西暦一本にしたということでございます。
 それからもう一つは、カードの配列でございまして、図書館は、御存じのように、古い本から新しい本までありまして、その配列の順序と申しますのは、年代によって配列しておるものでございますから、年号だけでやりますと配列に非常に苦労いたします。したがいまして、全部西暦に統一してやろうということでございます。
 それからさらに、もう一つの大きい原因としましては、現在図書館業務にコンピューターを導入いたしまして、これを行っておりますが、このコンピューターを駆使いたしまして図書館業務を処理するときに、元号でもってやるというのは非常にむずかしい、システムをつくる上にむずかしい。それでこの数字だけであらわせる西暦の方がいいのではないかということも一つの理由でございます。
 さらに、この図書館業務と申しますのは、単に日本の国内だけじゃございません。日本の図書は外国の研究者も利用するわけでございまして、外国の国際的な記述の基準といたしまして、国際標準書誌記述という、ISBDとこう申しますけれども、標準があるわけであります。それは全部西暦でやるということになっておりますから、それでやりますと、外国の方も日本の図書を表示をするのにも非常に便利だ、こういう理由でもって改めまして、昨年の一月から全部西暦に統一してやるようになっております。
 以上でございます。
○山中郁子君 いま教科書が元号法制化によっていろいろ元号の使用が強制されたり、拡大されたりするというおそれがいろいろな問題で論議をされておりまして、私はいまそのことはいたしませんで、あしたの連合審査でその問題についてはまた文部省の方にお伺いをするつもりにしているわけですけれども、教科書の年表示ですね、これはいま現状どうなっておりますか。西暦主体で重要なものは元号併記と、このように私は理解しているのですけれども、文部省の方いらっしゃいましたら御答弁をいただきたいんですけれども――いらっしゃらない。じゃ、よろしいです。
 あわせてお尋ねをいたしますが、郵政省はお見えいただいてますでしょうか。元号問題、年表示の問題で、これは私が伺ったところによると、郵政省が、進学ローンを西暦で申し込んだら受け付けてもらえなかったというような種類の話をちょっと耳にしたことがございます、進学ローンですね。その問題はどういうことになっているのか。
 それから第三種の届け出を元号でなければだめだと言われたとか、あるいは元号で出してあるのを西暦に変えたいと思って言ったけれども、どうしてもそれは変えてくれなかったとか、そんなような話も耳にしておりますので、こうした種類についてはどういう扱いの状況になっているかお知らせをいただきたい。
○説明員(岩島康春君) 御説明申し上げます。
 私どもの進学ローンの取り扱いでございますけれども、御承知のように、私どもの窓口では国民金融公庫の貸付金のあっせんという業務を行っております。このあっせん申込書などをお出しいただく際には、これは様式がございまして、これは「昭和」という不動文字を使ってございます。ただ、これは国民金融公庫との事務の整合性といったようなこともございまして、なるべく昭和ということで私ども統一していただきたいと思っておりますけれども、預金者の方が申し込みになりまする書式そのものにつきましては、これは西暦で御表示になりたいと仮になりましても、それは私どもはそれでお受けする、こういうことで指導をしております。個々に先生おっしゃったようなケースがあるということは私現在のところ聞いておりません。
○説明員(桑野扶美雄君) 第三種についてお答え申し上げます。
 御質問、二点ございまして、まず申請段階のお話でございますけれども、第三種郵便物の認可申請書あるいは申請後の発行人の住所変更届け、こういった各種の届け書につきましては、郵便規則でその様式を定めておりますけれども、この様式では、申請年月日の欄は昭和何年何月何日としております。ただこれは様式でございますので、元号による表示を強制いたしたものではございません。
 それから認可を受けました第三種郵便物に表示する年月日についてでございますけれども、この郵便規則に掲げておりますけれども、何年何月何日第三種郵便物認可と、こういう表示をすることにしておりまして、これも元号による表示を強制しておるものではございません。
○山中郁子君 じゃ、ちょっと確認したいのだけれども、進学ローンも、第三種の受付も、そういうことで一切強制はしてない、自由に申し出ていいんだということですね。
 進学ローンのことが私ちょっとわからなかったのですけれども、何か印鑑証明がどうのこうのという話があって、それが西暦で書かれてあるのは外国人で、元号で書かれてあれば日本人だというふうに見るから、西暦で書いていくと外国人だからローンを貸せないのだと、こういうふうなトラブルか――トラブルというか、そういう話を聞いているので、そういう関係はあるのか、ないのか。一切そんなことは関係ないと。要するに本人の希望で、西暦でも元号でも進学ローンの融資の手続はもらえるということで理解をしてよろしければ、そのように御回答いただきたい。
○説明員(岩島康春君) 御説明申し上げます。
 第一点の先生御指摘いただきました利用者の方が郵便局の窓口にお出しいただく書式でございます。これは西暦でお書きになっても、これは私ども受け付けるということにしてございます。
 それから第二番目の印鑑証明のお話でございますけれども、これは多少私どもの内部の手続ということで恐縮でございますけれども、国民金融公庫の進学資金の貸し付けは、先生御承知のように、外国人を目下のところ対象にしておりませんものですから、私ども窓口でこれを受け付けるときに、窓口として、外国人であるかあるいは日本人であるか、こういう判断をするということが必要になってまいります。この判断の一つの方法といたしまして、私ども一番確実な方法としては、たとえば戸籍謄本をお出しいただくといったようなこともあるわけでございますけれども、戸籍謄本をお出しいただくというのは、これはなかなか預金者あるいは利用者の方に御負担をかけるということになりますので、なるべく簡単な方法はないものか。こう考えまして、この申し込みの際に印鑑証明をお出しいただくことになっておりますのですが、この市町村の発行いたします印鑑証明、これは事実といたしまして、日本人でありますとその生年月日のところが元号で、それから外国人の方でございますと西暦ということが事実上ある。これは国民金融公庫を通じましても私ども確認いたしたところでございますけれども、こういった違いがあるということに私ども着目いたしまして、また窓口で日本人であるか外国人であるかということを判断するという一つの有効な手段といたしましてこれを使わせていただいておる、こういうことでございます。
 で、これはあくまでも窓口におきまして、外国人であるか日本人であるかということを有効に判断するという手段でございますから、仮に――こういうことはまだ、私ども今回の貸し付けを行いましたけれども、聞いてはおりませんのですけれども、仮に日本人の方であって、そして御提出いただきました印鑑証明書か西暦表示である――これはこういったケースはないと聞いておりますけれども、あったような場合は、まさに戸籍謄本といったようなものなどをまた新たにお出しいただくというような方法で、日本人であるといったことを確認いたしますればお貸しするということにしております。まあこういったケースは、この春の貸し付けでもないということには聞いておりますけれども、考え方としてはお貸しするということになっております。
○山中郁子君 そうすると、その印鑑証明ですね。これは自治省の関係になるんだと思うんですけれども、自治省では印鑑証明は、いま郵政省から御説明あったように、西暦で申請はしても、日本人の場合には元号で出すと、こういうことになっているわけですか。
○説明員(木村仁君) 御承知のように、印鑑登録の事務というのは、地方公共団体固有の事務で、地方公共団体がその自主的な意思に基づいてやっていることでございますから、その様式、手続等において西暦を使うか、元号を使うかということも、全く地方公共団体が条例等の所定の手続で定めた事柄によっておるわけでございます。ただ、地方公共団体としては、ただいま例に出されましたようないろいろな法律関係なり手続関係をよそで行います場合に、住民が一番スムーズに便利にやれるように取り計らうということをやっていると思いますので、そういういまのような事態の場合には、外国人については西暦、日本人については元号という形で使っているところもあると思いますけれども、これはその各団体が独自の判断でやっているものというふうに考えております。特に私どもはどちらをどうだという指導はいたしておりません。
○山中郁子君 郵政省にもう一つ確認をしたいんですけれども、たとえばキリスト教団体の方たちが機関紙を第三種で申し込んだと。で、元号で申し込んで、たまたまそのときどうしても元号にしてくれと実際言われたと言うんですね。そういうことよくやっぱりあるんですよ、あなた方強制しないとおっしゃっても。そうしたら、今度元号でなく西暦に変えたいということで申し込んだら、絶対にそれ変えてくれないと言うんですよ。最初元号で受け付けたからもう西暦には変えないと、こうおっしゃっているというので、そういうことはないんですね、具体的に持っていけばすぐそれは変えてくれるということですね。
○説明員(桑野扶美雄君) お答えいたします。
 お話のようなこの認可年月日の表示についてのトラブルというのは、私ども事例は現在承知しておりません。そのような事例がございましたら、具体的に御指摘いただければ記査いたしまして適切に措置をいたしたいと思います。ただ、いまお話の、すでに元号で現在表示している認可年月日を西暦に変更したいというお話でございますけれども、まあこの場合の特別の変更手続というものは定めておりませんけれども、従来からこの表示されているものを異なった年表示をなさりたいということでございますので、あらかじめ認可をしました地方郵政局へ御連絡いただければと存じます。
○山中郁子君 まあ限られた時間ですので、最後の問題になるんですけれども、踰年改元の問題についてちょっと最後にお尋ねをしておきたいんです。
 今度の元号法案が一世一元だということなんですけれども、踰年改元方式を、まあ公明党さんなんか熱心に提起をされていらっしゃるわけですけれども、これに対して政府は、大変貴重な御意見なので検討させていただくと、こうおっしゃっているわけね。私は、その問題ばかなりこの元号法案の解釈そのものの基本にかかわる問題だという意味で重視をして解明をしたいと思っているんですけれども、これはこの元号法案の第二項を、提案者の提案趣旨から離れて文字どおり解釈しますと、踰年改元ということもあり得ると思うんですね。そういう意味で検討しているのは、こうした解釈運用もできる、この文言どおり解釈すれば。このことを意味しているんですか、踰年改元について検討しますとおっしゃっていることは。その法文解釈上それができるという理解でやっていらっしゃるんですか。
○国務大臣(三原朝雄君) お答をいたしますが、皇位の継承があった時期ということに、法律の中にはっきりいたしておるわけでございますが、したがってこの意味は、できるだけ速やかに改元をするということに私どもは解しておるわけでございます。しかし、このいろいろ衆参で御審議を願っておりますように、開かれた主権在民の新憲法下におきましては、開かれた元号であるということを考えてもらいたいという意見もあります。それから国民の生活なり経済負担というようなものを多くさせるようなことになってはいけないぞというような御注意もあるわけでございまして、そういう意味で、国民生活にできるだけ負担なり影響を少なくする、そういうことも考えてまいらねばならぬというような点を考えてまいっておるわけでございます。そういう中で、踰年ということが主として公明党の方々と、それから新自由クラブの方々あたりからそういう意見が出てまいりましたので、そういう御意見につきましては、いま申し上げましたような立場を踏まえながら、貴重な意見として今後の具体的な検討の資料としてまいりたいということを御回答申し上げたところでございます。
○山中郁子君 そうすると、この元号法案の二項「元号は、皇位の継承があった場合に限り改める。」となっている、この解釈運用によって踰年改元方式をとることもできるかどうかを検討しますと、こういう意味ですか。つまり踰年改元方式を、皆さん方は、提案趣旨は皇位継承が行われた場合には速やかに改元するということを提案理由の趣旨説明でおっしゃっているわね。そうでなくて、この「元号は、皇位の継承があった場合に限り改める。」ということだけを、この文字どおり解釈をすれば、踰年改元方式だってとれるわけですよね。そういうことをこの第二項で解釈をして考えていらっしゃると、こういうことですか。
○政府委員(清水汪君) 先ほど総務長官の御答弁の中の、これは用語でございますが、皇位の継承があった時期にというような、時期という言葉をちょっとお使いになりましたが、それは正確にはただいま先生のおっしゃいましたように「皇位の継承があった場合に限り」ということでございます。で、もともと「場合」という表現をとっておりますのは、そこにある程度の時間的なゆとりというものを政府にゆだねていただきたいという考え方からそのような表現をとっているということが一つでございます。
 なぜそのようなゆとりをお願いしているかということにつきましては、これは逆に言えば、るる申し上げておりますように、やはり皇位継承がどういう状況で起きるか、あるいはその場合の国民感情あるいは国民生活、経済社会活動に与える影響、そうしたものもやはりいろいろ考えてやっていく必要があろう。これからの国民に使われる元号でございますので、そのような配慮が当然望ましいと、このように考えておるから、そのような法律上の緩やかな表現を、表現としてはお願いをしておるわけでございますが、しかし、皇位の継承があった場合に改めるという、その基本の線からいきますと、やはり元号というもののあり方としては、事情の許す限り速やかに、こういうことが、これは法の趣旨として当然そう理解するわけでございますので、そのことを申し上げているわけでございますが、諸種の総合的な事情を判断した結果といたしましては、ある程度の幅がそこに出てくるということがあり得ると、それは幅の問題である、このように考えているわけでございます。
○山中郁子君 そうしますと、踰年改元方式というものは採用できる余地はないと、こういうことですね。結果的に踰年方式になる場合もありましょう、それは皇位継承の時期によって。あなた方、法案を成立させようという、そういう意味かどうか知らないけれども、一生懸命積極的に検討しますみたいなことをおっしゃっているけれども、踰年改元方式、いまの御趣旨によると、私は制度としてできない、絶対できないと思いますよ。できるんですか。
○政府委員(清水汪君) 制度としてと申しますか、いま申しましたような総合的な事情を考慮すると、そのような事情に関連して、たとえば踰年改元ということが御提案になっておられるということも、いま申しましたような事情との関連において、あるいはそのような趣旨を別の言葉で表現しているというようにも理解しておるわけでございます。したがいまして、すべてはただいま申しましたような全体の状況を勘案するということの中で、許される幅の中に入っている、こういうふうに理解をいたしておるわけでございます。
○山中郁子君 踰年改元方式というのは、すべての場合に、年を越して改元するということでしょう。だったら、政府の趣旨説明に基づく元号法案によりますと、踰年改元方式というのは、とれませんね。それでも、とれる可能性があるんですか。あるんで検討なすっているんですか。そうすると、一年のうちに皇位継承が二回あった場合には、元号のない時代が出てくる。追号との関係で言いますと出てくるし、その間元号のない時期の天皇が出てくる、こういうことも出てきますでしょう、踰年改元だと。そういうことはあり得ないと私は理解をしているんですけれども、皆さん方が一生懸命踰年改元とおっしゃって、あなた方も検討します、貴重な御意見ですとおっしゃっているから、どういう検討をされていらっしゃるのか。
○国務大臣(三原朝雄君) 初めから、踰年改元というようなことは考えられませんというようなことは毛頭考えておりません。
 それから、いま山中委員の御指摘のように、非常な不幸なことになりますけれども、一年に二回あるというようなことを考えたことがあるかというようなことでございましたが、そういう点も非常に不幸なことでございますけれども、そうした準備をやる、起案をやらねばならぬ立場に立ちますると、そういうことも念頭に置きながら言っているわけでございます。したがいまして、私どもここで踰年改元ということは考えられませんというようなことを、初めからそういうような考え方ではおりません。いま申されましたいろいろなケースを考えながら、先ほどもございましたように、皇位継承の時期の問題、あるいは国民の感情の問題、あるいはまた国民生活、あるいは経済社会活動の問題等を勘案して決めたいということでございますので、そうした一つのやはり貴重な御意見として、その検討の中の条件として、そういうものを踏まえて検討を進めたいということでございます。
○山中郁子君 ちょっと確認をしたいんですけれども、そうしますと、元号法第二項の「元号は、皇位の継承があった場合に限り定める。」ということは、皇位の継承があった場合に限り改めるんだから、年を越して改めるという制度をつくることも、この条文上はできるんだと、理解できるんだと、解釈できると、そういう方策を考えていると、検討の対象にしているんだと、こういうことになりますか。
○国務大臣(三原朝雄君) ただいまの御意見等も含みながら検討を進めておるということでございます。
○山中郁子君 そうしますと、できるだけ速やかに皇位の継承を、政府は速やかに新元号を決めるという趣旨説明ですね、これとまた矛盾してきますね。速やかにというのは、でも一年ぐらいのあれだったら、速やかなうちに入るという、こういう見解にもなるわけですか。
○政府委員(清水汪君) 事情の許す限り速やかにというように従前から御説明申し上げておりますのは、そのような言葉の中に、いま申しましたようなことをいろいろと念頭に置きまして、しかしながら、具体的な場合について最終的にどういう決定をすべきか、これはいまの内閣が決定すると決まっている話でもございません。したがいまして、基本的な考え方として申し上げているわけでございます。
○山中郁子君 だからはっきりしてほしいのは、一月、二月、三月というあたりに皇位継承があったとしますね、そうすると踰年改元というのは、ほぼ一年近く後になるわけでしょう、改元は。それでも速やかなうちに入るのだと、こういう趣旨だということですか。
○政府委員(清水汪君) 抽象的と申しますか、抽象的にあえて言えば、そのようなこともいまの法案第二項から排斥されているとは考えておりません。おりませんけれども、やはり事情の許す限り速やかにというのが本来の法の趣旨であるはずでございますし、やはり国民感情とか、いろいろの事情というものを総合的に勘案した上で、その具体的な時期についての決定はすべきものであろうと、このように考えているわけでございますので、いま具体的な意味におきまして、たとえば踰年ということをするとかしないとかというふうな申し上げ方は差し控えさしていただいているところでございます。
○山中郁子君 するとかしないとかというのを伺っているのではないので、検討しますとおっしゃっているから、検討のしようが私はないだろうと思うのです。政府のこの法案と、それからいままでの趣旨説明をされていらっしゃることから言うと、踰年改元方式というものを検討されるという、何というか、余地はないと思って伺っているのですけれども、第二項の範囲でもって、「皇位の継承があった場合に限り改める。」というところで考えられるのだということをおっしゃっているから、これで考えられるとすれば、やっぱり速やかにということは、一年先、十一カ月先、十カ月先ということは容易に起こり得るわけですわね、そういうことをやはりお決めになるわけですねと、お決めになることを検討の対象にされるわけですねと、余り速やかじゃないですねと、提案の趣旨説明とは大分違いますねと、こういうことも申し上げたいということなんです。
○政府委員(真田秀夫君) 法律的に御説明申し上げますと、改元がいつ行われるか、新元号がいつから実施されるかというのは、実は第一項の「政令で定める。」と書いている、この政令の施行の日をいつ決めるかと、いつにするかという問題なんでございまして、なるべく速やかにと総務長官が御説明になっていらっしゃるのは、実は条文からは直接は出てこないのですよ。つまり皇位の継承があった場合には行うのだということからにじみ出ているというぐらいの気持ちなんで、しかも速やかにというのは、これをまた法律用語として言いますと、直ちにとか、遅滞なくとか、速やかにとか、いろいろな言葉があるわけなんですが、そのうちで速やかにというのは、この法案に使っているわけじゃございませんけれども、速やかにというのはいま申し上げました三つのインターバルのうちでは、ややゆとりのある場合の用語だというふうに御理解いただきたいと思うのです。で、それじゃ全然その踰年改元の余地がないではないかというふうには実は考えておらないのであって、なるべく速やかに決めるのだが、その際に国民感情とか国民生活に与える影響の有無の度合いとか、あるいは崩御の時期等をいろいろ総合勘案してなるべく速やかに決める。しかし、踰年改元ができないというふうにきめつけるというようなものではないというふうに御理解願いたいと思います。
○山中郁子君 あいまいですね。踰年改元というのば、たまたまできるときにするというだけの問題ではなくて、踰年改元方式という方式なんだから、それは十カ月先もあり得るし、十一カ月先もあり得るし、十二カ月先もあり得るんです、方式として決まるんだから。だからごまかしていらっしゃるのよ。
 きょうずっと私、朝から質問させていただきました。それで、ずいぶん問題をやっぱり一生懸命はぐらかして、ごまかしていらっしゃることが多いのです。それはちゃんと答えてくだすったこともありますよ。全部ごまかしたとは私言いませんけれども。そういうことがやはり審議の問題としして、これからさらにもっとやっぱりそうしたことかちゃんと解明――いまの踰年改元の問題もそうです。私は賛成してくださる野党の人たちが一生懸命せっかく熱心に提案しているんだから、すげない返事はできないみたいなことで検討しますとおっしゃるのかどうかは知りませんけれども、いま申し上げましたように、あなた方の説明で言えば、これは私はできないと思うのです。できないはずだと思うのです。制度としてはですよ。だけれども、もうきょうは時間がありませんから、でも絶対できるとおっしゃらないわけだからね、できるとおっしゃらないわけでしょう。そういうような形でいろんな疑問点その他を残しながら無理やり強行するということにしては、この元号法案についての国民の声というのは、やはり大きな批判や不満や反論がある、異論がある、こういう状態であるということを私は指摘をいたします。
 あと若干時間が残っておりますのは、先ほど保留をいたしました皇統譜令の問題についての政府の見解をいただくというために留保をした時間にしたいと思います。(「三十秒しかない」と呼ぶ者あり)六分あるんです。
○国務大臣(三原朝雄君) ちょっと委員長、いまの御発言について発言をお許し願いたいと思います。
○山中郁子君 いやです。時間がなくなるから困ります。それじゃ、これは抜かしてくださいね。六分あるということを確認してくださいね委員長、留保した時間を。
○委員長(桧垣徳太郎君) 速記をとめて。
  〔速記中止〕
○委員長(桧垣徳太郎君) 速記起こして。
○向井長年君 休憩ないようでございますから、引き続き私から質問を若干いたしますが、政府委員の皆さんお疲れでしょう。まあ簡便に私はやりますし、それから先般来本委員会においては慎重審議という立場から参考人を十名を招致いたしまして、参考人賛否両論の意見をわれわれが聴取いたしましたが、政府委員の方は御存じじゃないと思います。そういう中で私の判断では多くのそういう参考人の皆さんがこの本法案について、一つには思想的に、一つには法理論的に、あるいはまた実態論から、そしてまた過去の歴史の慣行、こういう問題を主体にしてそれぞれ賛否が述べられた、こう私たちは見ておるわけであります。もちろん賛同することもございますし、あるいはちょっとおかしいなという感じもございます。そういうなりに私たち解釈してまいりましたけれども、反対する参考意見の中に特に憲法を引用して、そして私から言うならばこじつけたような解釈のもとに反対論が述べられた形もあると思います。すなわちこれは皇位継承の問題であります。皇位継承の改元の時期の問題等々、これが中心になっておると思いますけれども、これは私から考えるならば、新憲法と旧憲法の混同をされておるような感じがするんですよね。したがって、天皇の地位という問題、先ほどから論議されておるように、象徴天皇、一方においては統治権を持った天皇、こういう中のやはり一つの混合と申しますか、こういう中から論じられたような感じがするわけです。それが憲法の趣旨に違反する、こういう論議が展開されました。これまず私は、これは法務省か法制局か知りませんが、本法案が皇位継承という改元の時期等の問題を含めて、憲法の趣旨に違反するのかしないのか、こういう問題についてまず冒頭にお聞きいたしたいと思うわけであります。
○政府委員(真田秀夫君) 御説明を申し上げますが、今回の法案は、大もとはまず国民の大多数の人が今後将来にわたって元号制度を残したいと、存続したいという願望を持っていらっしゃるというのがそもそもの出発点でございまして、そこで、元号を現在のような事実上の慣習というのではなくて、やはり法律の根拠を持った制度とする方が、将来にわたる安定性から見ても、あるいは民主主義の憲法のもとにおいても法律で根拠をつくってもらうというのが一番ベターであるという考えで御提案申し上げているわけでございます。
 そこで、その将来にわたって元号制度を存続するということになりますと、これはもう西暦等とは違いまして、必ず改元ということが必要になってくるわけでございまして、その改元をどういう機会に改元をするかということで、この法案では皇位の継承のあった場合に限って改元をするという仕組みを考えているわけでございまして、この場合の皇位の継承というのは、いまの憲法に書いてある象徴天皇の皇位の継承ということにほかならないわけでございまして、この法案ができたからといって天皇の象徴たる地位にいささかも変更を来すものではございません。むしろ、現在の憲法が主権の存する国民の総意に基づいて、天皇は国の象徴であり、国民統合の象徴であるというふうに厳然と書いているわけでございますから、その天皇の皇位の継承の機会に改元を行うと、それ以外には改元は行わないということを書いているだけでございますから、決して昔の主権の総攬者であられた旧憲法時代の天皇制に逆行するとか、あるいはいまの憲法に違反するとかいうようなしろものでないことは、これはもう明瞭でございます。もう私たちはこれがいまの憲法に違反するとは毛頭考えておらない次第でございます。
○向井長年君 参考人も憲法違反とは言ってないんですよ。憲法の趣旨に抵触すると、こういう表現を使っております。したがって私は、国民は素朴ですから、これは余りわからないので、憲法の趣旨に抵触するのかしないのかということをいまお尋ねしたわけです。いま法制局長官の言われたように私もそう解釈しておりますから、その問題については明確にわかりました。
 そこで、もう一つ続いての問題としましては、いかなる法律もすべては憲法にのっとった、憲法に反する法律はあり得ない、特に政府はそんなものを出すはずがない。したがって、人間尊重あるいはまた国民の利益を保護する、あるいは公益性、こういう問題ですね。社会秩序等を含めた形において法律というものはつくられてきておると思うんですよ、現在ね。この法律がしからば本法案が制定し、できたときに、国民に弊害があるのか、まず第一に。国民に何か害することがあるかどうか、私はその問題を、そんなことはあり得ないと思っておりますけれども、これはやっぱり反対する人から見ればあるということですな、国民に弊害が。そういう立場から、やっぱりこの問題をとらえているような感じがする、そうではないかもわからぬ、法理論だけで言っているかわからぬ。しかし、そういう形でそんな弊害があるのか、恐らく私は法律というものは実態論を無視した形の法律はあり得ないと思うんですよね。国民の実態の中から生まれてくるものである。飛び上がった法律はあり得ない。そうすると俗に法律用語で言うならば公序良俗に反するといいますか、こういうような法律ではないと私は思っておるんですが、この点どうなんですか。これは法務省も含めて答弁願いたいと思う。
○政府委員(香川保一君) 公序良俗という言葉は民法にあるわけでございますが、いかような意味におきましてもこの法案あるいは法律が公序良俗に違反するというふうなことは毛頭考えられないと思います。
○向井長年君 そういうことで、私は国民は素朴で、この法律に対する認識というものが過去の慣例から、あるいは慣習から、あるいは歴史的な慣習、伝統から現在昭和であると、昭和はこれ永遠に続くものやら、あるいはまたこれは根拠がないから、もし天皇さんがお亡くなりになればなくなるものやら、これわからないんですよ。わからないままに今日きておると思うんですね、慣行上。これを今度は法律根拠をつくろうではないかというのがこの法案でしょう。しかし政府の、総理府においても――ただ新聞等かやはり世論調査とかいろんな形でやっておりますよね。これはわからぬままにやっておるんでしょう、皆さん。いろんなとり方があると思う。この間も参考人の意見もありましたけれども、だから政府自身がこの法案を、多くの国民の意思によって盛り上がった中でこの法案が提案されておるんでしょう。しかしながら、そうかといって国民は歪曲し、えんきょくしいろんな宣伝もする団体もありましょうし、あるいはまた促進する団体もありましょう。そういう中で、政府自身がもっと国民に理解をさす方途がなかったんですか、今日まで。長年の問題ですよ、これは。したがって、そういう問題についてはやはり政府の今日までの、これ長い期間ですよ、法律根拠がなくて昭和が慣行できておるんですから。そういう問題からして、私は自民党政府と申しますが、自民党政府がこの根拠のなき元号に対してどう取り組むかという問題についてもっと広く国民の意見をいままで聞き、そしてそういう中からいよいよ国会でのこの審議になってしかるべきだと。ところが、それ十分じゃなかったんじゃないですか、その点いかがですか。
○国務大臣(三原朝雄君) 確かに御指摘のように、この元号問題というのは相当長期にわたる重要な問題として私は党内なり政府においては検討が続けられた問題でございます。にもかかわりませず、御指摘のように、国民が、八〇%以上の方が存続を希望しておられるその元号がどういうものであるか、どういう形でこれはその基本的なルールを決めていかねばならぬかというようなことについて国民に十分な広報活動をしていなかったという御指摘については、確かに私どもも反省をせなければならぬと思っておるわけでございます。そういう点で、衆参の国会における御審議等を真剣に慎重に願っておるわけでございますが、ただいま御指摘のように、反対をされる方、それからまた理解をしない国民がたくさんありますが、反対される方は、第一には先ほど御指摘になりました憲法問題が一つございます。一つは、これは法制化ということについての一般的な国民の受けとめ方というのが、強制に持ち込まれるのではないか、今後の元号の運営がそういう方向に行きはしないかという御心配あるいは西暦という問題と元号というものとの便、不便の問題等、おのおののお立場で論議をされておられるわけでございますが、そういう点を具体的にわれわれが承知しながら、もっと積極的に国民に御理解を願う、趣旨徹底をやるべきであったということについては、確かに御指摘の点は私どもは考えざるを得ぬと思います。ただ、国会審議になりましてもなおかつやりたいという気持ちはございますけれども、国会で御審議を願う段階においてはすでに遅かったなという私どもも反省をいたさなければならないような状態の中にございます。
○向井長年君 政府としては一応国民に対する理解の、こういう問題について反省もしておるということでございますから、これは私は反省すべきだと思います。
 やっぱりこの間私は参考人の意見聴取の中でも言いましたけれども、連日やはり国民の中で賛成論者あるいは反対論者がわれわれに陳情に来ます。早く通してください、あるいはつぶしてください、反対してくださいと両方ありますよね。私はそういう中で、特に反対で来られる人たちに時間をとっていろいろ説明をするんですよね。その人たちは深く知らないんです、毛頭。したがって、ただあれは憲法に反するから反対だとか、あるいは天皇制強化になるから反対だとか、そういう言論、もっと極端なやつは再軍備に通ずるというようなことを現に言ってますよ。だからそうではない、新憲法を君らは知っておるだろうと、この憲法はあくまでもわれわれは擁護しなけりゃならぬのだぞと、そういう立場に立って今日この法案というものが、慣行で来ておるがこうだという説明をし、そして使用の問題も自由であるという、こういう問題もいろいろ説明いたしますと、ああそうですか、そんな法律ですかというのが多いんですよ、私のところへ来る人たちには。努めて私は反対の諸君にこれは説いている。これは政府の立場でやっておるようなもんだ。もう政府がやらなければならぬ問題ですよ、これは本来。
 そういうことがたびたびあるんですが、やっぱりこの問題に対しては国民の合意をとらなければならぬ、コンセンサスを得なければならぬ、こういう立場でわれわれも努力いたしておりますが、そういう実態がただいまのところあるということも皆さん十分知らなければならぬ。それと同時にもう一つは、そうかといって、先般私が参考人に質問したときにそういうことがあると言ったら、そうじゃない、逆に賛成論者がそういう憲法に違反するようなことの宣伝をしているんだと、一部の、何といいますか、県民会議がこうだというような宮城県の問題持ち出しておりました。この中には自主憲法制定、元号法制化促進あるいは靖国神社の国家護持というのも、こういう問題を一つのスローガンとして出しておるんだと思うんですよ。これは出すことは自由でしょう。しかしながら、元号は一つの性格を持っておる、あるいは自主憲法という問題については、いま国民が民主憲法、新憲法を守ろうという空気、これもわれわれは賛同できる問題ではない。しかし靖国の国家護持という問題については私は意見があるんです。
 ついででございますから総務長官にもあるいは法制局長官にもお聞きしたいんですが、あの暗い軍国時代と申しますか、帝国主義時代と申しますか、私も戦争に行った一人でございますけれども、われわれのいわゆる同僚なりあるいは先輩なりが国に召されて亡くなっている、戦死している。こういう人たちを国が守らぬという手はないんですよ。恐らく国民全般の感情としては国が守るべきだと、これは私は皆そういう気持ちを持っておると思う。私の戦友もたくさん死にましたよ。しかしながら新憲法においては御承知のごとく憲法二十条で一宗教法人に対する国のいわゆる指導、援助があってはならないという規定がありますね。したがって、新憲法下ではこれはできないですよね。ところで、いまなお遺族会の皆さんが国家護持をうたっておりますよ。これに対して政府はどういう指導をされているのか。確かに国家護持は必要でしょう。しかし新憲法ではできない。だからこの問題については私たちはこう言っている。この憲法の趣旨から考えるならば国家護持は直ちにできませんよと、しかしながらあの靖国神社が、神社じゃなくてかわって靖国の森とかあるいは靖国の廟とかあるいは無名戦士の墓とか、こういう形において国が護持することはこれは可能じゃないんですか、宗教から離れて。各国の無名戦士の墓ですね、われわれ議長に随行していっても必ず各国へ行ったら無名戦士の墓へ連れていって、われわれ花輪を供えておりますよ。わが国だけですよ、靖国神社へ参れない、あるいはまた天皇さんが参ったらおかしい、総理が参ったらおかしいではないか、公的で参れぬのかというような論議が出ておるでしょう。私はここに一つの欠陥があると思う。
 したがって、そういう問題も含めて県民会議でやっておるそうでございますけれども、元号法案は別であり、また自主憲法制定も別だから、そこで靖国問題については私は現状の中では国家護持はできない。じゃ、やろうとすりゃどうするか。また当然国民感情として国が祭るのはあたりまえだと、これは私たちも割り切りますよね。多くの国民は割り切ると思う。しかし新憲法下ではできないんだから、やはり英霊を祭るその手段というか、そういう問題については、やはり総理府としては十分検討すべきではありませんか、靖国神社じゃなくて、別に。こういう問題を私は一つ申し上げておきたいと思いますが、付随して。その点についてどうなんですか、ちょっとお聞きしたい、一点だけ。政府の見解言えないかしらぬが、私の質問に対する見解ぐらい言えるでしょう。
○国務大臣(三原朝雄君) 御指摘のように、国家のために殉ぜられました英霊を国として処遇いたしたいというのは、私は党派を超えてそういう御心情はあると思うんです。いままで国会において議員立法の形で数次にわたって御提案がなされました。そういう審議の中から見てまいりましても、国として、国に殉じた人をどう処遇すべきかということは、国民の皆さん方の御意向も大体いま御指摘のようなところになれば一つになり得るというような、私もそういう見方もできるわけでございます。ところが、いま御承知のとおり、靖国神社が憲法の二十条に抵触をするではないかというところに問題の存在があるわけでございまして、政府におきましては、現在においては、国民のそうした願望と、それから問題点というようなものは、じっとこの点を受けとめながら推移を見守っておるということでございまして、そういう点について、問題の処理、また不可能な条件の処置等を考えてまいらねばならぬということで、動向を見守っておるというのが現在の政府の状況でございます。
○向井長年君 これは見守っておってはいけませんよ。やっぱり一方においては、そういう形で国家護持を叫ぶ国民がたくさんおるし、遺児があり、まあ遺児も大分成長しておりますけれども、それはやっぱり家族としても、遺児としても耐えられないんですよ。そういう問題に対して国がこたえるためにはいかにすべきかと。これは私はする方法があると思う。いまはあれは宗教法人でございましょう。これは無理ですよね。できません。そうなれば別な形で英霊を守るという方法をこれは考えればいいじゃないですか。で、各国から国賓が参っても、一応花輪を呈して参ってもらうということもあってしかるべきじゃないですか。天皇さんが参るということもいいし、あるいは総理大臣が参ることもいいし、当然宗教上の問題と違って、そうあるべきだと。で、国民はそれぞれの信ずる宗教があるわけですから、これはその宗教で適宜参ればいいんで、だから、それを宗教法人的な形から離れた形で、そういう問題はやはり検討しなければならぬと、私は思うんですね。
 だからその点について、ただ見守っておりますじゃなくて、これまた言っておきますけれども、選挙前になれば、またこれ大きな一つの運動になるんですよ、これは遺族会が。だから私たち遺族会から陳情を受ける、いま言うようなことを説明する。そういうことは政府が講じてくれるんですかという質問があるんですよ。したがって、そういう問題についてやはり政府は真剣に、いま直ちにできなくても、こういう一つの構想で考えているとか――これは総理府の所管じゃないですか。文部省ですか、そうじゃないでしょう、総理府でしょう。したがって、見守っておるんじゃなくて、積極的にやはりその国民感情をいかに政府が憲法の許す範囲内においてやれるという状態を検討を私はすべきだと思うんですが、いかがですか。
○国務大臣(三原朝雄君) この問題は、担当としては文部省が担当でございましょうけれども、しかし、いま申されたような一つの総合的な立場に立って、問題の検討を加えて、具体的にこたえていくということになりますれば、総理府も等閑視するような立場ではございません。
 そこで、御意見がございましたような点も含めまして、私どもといたしましても、世論の動向を傍観しておるとかいうようなことでなくて、やはり私どもそうした推移に対してはこたえねばならぬという気持ちを持ちながら、世論の動向を見守っておるというようなことだと思うのでございまして、御意見は、貴重な御意見として対処してまいりたいと思うのでございます。
○向井長年君 国民感情にこたえる気持ちで検討をしてやっていただきたいと思う。そうかといって、憲法を改正して云々と言いませんよ。憲法の趣旨はこれはあくまでも守らなきゃならぬという立場で、国民感情にこたえる方途を政府は検討をしていただきたいということでございます。
 続いての問題は、先ほどからも論議されておりましたが、この元号法が制定された使用上の問題ですが、これは法制局長官も、それぞれの立場から自由であるということをたびたびこれは言われております。なるほど自由でしょう。しかし私はこれ確かに自由であるということは、これは一つ結構なことだと思う。国民の中で、みずから書物を出版する、あるいは論文を書く、いろんな形において年号を使う、これはもう全く自由でなけりゃならぬ。しかしながら、行政上の問題について、これ全く自由だ自由だと言ってるけど、そんなこと、実際問題できるんですか。きれいごと言ってもだめだと思うんだ、私は。だから、そういう中から言うと、この法の欠陥があるんですよ。この間参考人も言ってましたよ、政府は無責任な簡単な法律にしてると、こういうことを言っておりましたがね。実際、使用上の問題は自由であることはいいけれども、しからば、これからやはり行政上の問題として、各省にまたがる問題、あるいは地方自治、そうでしょう、そういう中で、自由だから千九百何十何年。まあ自由といえば、千九百何十何年だけじゃなくて、皇紀二千六百何十何年でもこれは自由でしょう。これも法律根拠あるようでないのかしらぬけれども、あったんだ、いままでね。それと同時に昭和何年、あるいは次の改元された何年という問題が出てくるわけですが、こういう形で、一般国民は自由でいいけれども、行政上の問題でこれが全く自由であっていいのかどうかという私は疑問を持つんですよ。先ほどの共産党さんの念押しと逆の立場です、私は。
 いいですか。いま行政の簡素化、効率化、能率化叫ばれとるんですよ、そうでしょう。そういう中でふくそうした形が事実上これ、やれるのかという。いや、それはもう国民は慣習上なれとるから、幾らここでいろんな論議をしても、昭和何年あるいは昭和何十何年とかね、こういう形で使うであろうというあなたたち感じだからそういうことを言われとると思いますけれども、これはやはり国民を惑わすものじゃないですか。私は逆なんですよ。国民は自由であっていいが、行政上の諸問題については少なくとも統一をすべきである、そして行政の効率化あるいは能率化を図っていくと。これは、一つの様式というものは必ずあるんでしょう、各省においても。あるいは地方自治体においてもね、届け出の場合でもね。そうでしょう、戸籍がしかりですよ。そういう問題について、いやあ皆さん、野党から言われると、自由でございますと、答弁しにくいような、わかったようなわからぬこと言っておるけれども、実際上これは様式、形式からいって、一つのやはり形を国民に理解をしてもらうために私は統一すべきではないかと、こういう感じを私は持つんだ。これに対してあなたたち、何だか憶病になっとるんじゃないですか。
 だから、たとえば法制局長官ね、これが政令で行政上のいろんな問題に対してはそういうことできるということになるのか、できるか、あるいは地方自治においては条例でそういうものはつくられるのか。できますか、この現在の法律で。この点いかがですか。
○政府委員(真田秀夫君) 向井先生のせっかくのお言葉ですが、いまここで私が、この新元号の使用の強制がこの法律から出てくるなどということは、それはもうとうてい言える話じゃございません。この法律は、ごらんのとおり、本当に元号の決定の手続、ルールを決めてるだけでございまして、国民に新元号の使用を義務づける、強制することはとうていできるわけじゃございません。ましていわんや、政令をもって規定したらどうかというような御発言もございましたが、それもできるわけじゃございません。これは現在事実上の慣習として行われている元号について、その法的な根拠を与えるというだけのものでございます。
 それから、地方自治の問題につきましては、これは地方公共団体の事務にも二通りございまして、国の機関委任事務とそれから地方の固有事務とございますので、機関委任事務につきましては、これは御承知のとおり国の指揮監督権限が及びますので、合理的な理由があって国の方で各省各庁の長が指揮監督権の発動として元号を使いなさいということを命令、指揮監督権を発動すれば、それは当該事務範囲内においては地方公共団体の職員は元号を用いることになるだろうと思います。
 それから、地方公共団体が条例をつくってそして住民に対して元号の使用を義務づけることができるかどうかということは、どうもこれは今回の国の法律が紀年法としては元号と西暦との併用があるべき姿だというふうに大体読めるわけですから、そういうふうに読みますと、地方公共団体といえども、いかに条例という形をとっても住民に対して元号の使用を義務づけるような内容の規定を設けることは恐らく無理ではなかろうかというふうに考える次第でございます。
○政府委員(柳沢長治君) 条例で元号の使用を住民に義務づけることができるかという御質問だと思いますが、ただいま法制局長官がお答えになられたように、この元号法そのものが使用を強制するものではないという趣旨をとっておりますので、地方団体の条例でそういう趣旨の強制をするような条例は制定できないのではなかろうか、このように思います。
○国務大臣(三原朝雄君) 使用上の問題について御指摘でございますが、私どもといたしましては、国民の元号に対する存続を希望される実態、そして公的機関におきましては現状は大体原則として元号をお使いになっておるというそういう実態、こういうものを踏まえながら法案の制定をいま国会において御審議を願っておるわけでございますので、私どもといたしましては、公的な機関におきましての国民の方々の手続なり届出等の行為等も現状から急転するというようなことは考えておりませんし、また公的な機関におきましては現状の元号使用の状態を統一的な事務処理という立場で御使用してくださることが適当であるし、そういうことになるであろうと、またそういう意味での協力をお願いするということを考えてまいっておるわけでございまして、そういう点において非常になまぬるいし、そういうことをいますきっとしておかないと使用が混乱をするぞという御配慮に基づく御指摘でございますが、その点につきましてはあくまでも現在の実態を踏まえて、その実態をそのままの状態で元号の使用を願いたい、また特に統一的な行政事務処理という立場で公的な機関はお願いできるであろうという判断に立っておるわけでございまして、地方公共団体におきましても同様な見解をもって私どもは対処してまいりたい、そういう考え方に立っておるところでございます。
○向井長年君 あなたたちの答弁はわかって質問しておるのですよ。わかって質問しておるのだけれども、これは協力を求めるということですが、これはやはり事実上実態は千九百何十何年というやつは、これはほとんどごく少数の――国際的な問題は別ですよ、少数の私は国民だと思うのですよ、慣習からくる現在の元号というものに事実上なじんでおりますからそんなことはないと思うが、やっぱりこの法律の立場から言えば自由である、国民の意思を強制しないと言わざるを得ないでしょう、これはわからぬことはない。ところが、やはり先ほどからも論議ございましたけれども、強制はしないけれども協力は求めると言うんでしょう、だからこれは理解をしてもらえばいいんでしょう。理解するための、理解をしてもらうための、やはり私は公務員なり行政上の立場に立っていま言うておるのですよ、取り扱う人たち。一般の国民は別ですよね、一般の自由に使う人たちは別だが、特に行政上の場合において、そこに携わる公務員がふくそうしてくると思う。ただ届けだけじゃないですよ、過去の問題について、千九百何十何年にこういう問題が登記されましたかと、いろいろなこと出てくるでしょう。そうでしょう、登記の問題一つ見ても戸籍の問題でもそうでしょう。大正何年、昭和何年とか皆書いていますよ。それを千九百何十何年で私の方は提示してくださいと、こういうことを言ってくる人もないとは限らぬ。だから、やはり公務員の行政に携わる人たちが非常に現在簡素化あるいは効率化、能率化と言っている中でふくそうすることをあえてしなければならぬということについてわれわれ疑問を感じるわけだ。したがって、政府としても、あるいは地方行政としても、少なくともやはり強制はしないけれども理解を求める、長い慣習であり今後の問題としてもそういう努力は怠っていけないのではないか。これは法理論の問題じゃないですよ、行政に携わる人たちの立場に立って私はそうあらねばならぬ、こういう感じで言っておるのですが、この点どうでしょうか、自治省そういう点、長官どうですか。
○政府委員(柳沢長治君) 確かに御指摘のように強制はしないが協力してもらうと、こういうことは言うのは簡単でございますが、事実問題としては非常に問題があろうかと思います。そういう点で、地方公共団体の公務員の一人一人がやはりこの法案の趣旨を十分理解した上で国民に十分な理解を求めるように大いに努力しなければならない、このように考えております。
○政府委員(清水汪君) 私どもの立場につきましては再々申し上げておるとおりでございまして、ただいま先生のおっしゃいました御趣旨もよく理解をいたすところでございます。先ほど来申し上げておりますように、公務の立場におきましてはやはり従来から元号で原則的に処理をいたしておりますし、今後とも事務の整合性のある処理、そのことがまた効率的な公務の処理ということにもつながるわけでございますので、そうした立場から元号によって書いていただくということの御協力についてお願いをしていきたい。こういう立場を申し上げておるわけでございますが、その協力をお願いするということにつきまして、無用のトラブルが起きないようにするにはどうしたらよろしいかという点についてのいろいろの国民の御理解いただくための努力と申しますか、そのようなことにつきましては、ただいま御指摘のようなことでさらに努力をいたさなければならない、そのことは当然必要であるという認識は十分持っておるつもりでございます。
○向井長年君 それで、これからこの法案もし制定されましたら、ひとつそれぞれの関係政府部内において、特に民主的にそしてまた効率的に公務員の担務する立場等も十分考えて指導を十分私はやっていただくことを強く要望しまして質問を終わります。
○片岡勝治君 朝から連続の委員会の審議でありまして、皆さんもお疲れであると思います。できるだけ短い時間で質問を終わりたいと思いますが、まず第一番目に、この法案に関しましてはすでにわが党では二人の質問をしておりますし、二人の質問と重複しないように質問をしていきたいと思います。しかし、関連する事項がありますので、あるいは一部重複するかもしれませんが、お許しをいただきたいと思います。
 この元号法、聞くところによりますと何よりも何よりも重要なんだと、こういう政府与党の皆さんのお考えで、国会の審議の過程を見ましても、他の法律案に先んじてこの審議が衆議院で行われ、参議院でもただいま行われているわけであります。おれたちの恩給はどうしてくれるんだと、こういうことを私も地元で質問をされました。いや、恩給よりもやっぱり元号が大事なんだそうだ、こういうふうに私はお答えをしているわけでありますが、この審議を通じてなぜこんなに急がなければならないのかということをますます疑惑に感ずるわけであります。これは国民に強制しないんだ、強制しないんだ、いままでと変わりがないんだと、まあ腹のうちはよくわかりませんけれども、そういう終始答弁をしているわけであります。それだったら何でこんなに急がなければならないかとか、いままでと変わりがないんなら何も法制化する必要はないじゃないかという最近の世論調査の妥当性というものを私は何かますます明らかになってくるような気がするわけであります。
 そこで元号法案関係資料、こういうのをいただきました。ページ数、表紙を除くと八ページ、相当の枚数になるわけでありますけれども、参考になるのは提案理由説明、これは二ページにわたって書いてありますが、あと法律案要綱をよく見ますと、法文にプラス「こととすること。」これを最後にずっと書いてあるだけですね。こういう要綱というのは、私もまだ経験浅いのでありますけれども初めてであります。元号法案が余りにも簡単じゃないか、そういうことで多くの疑惑を感じております。これはすでに多くの質問があったとおりでありまして、本則二十九文字、附則四十三文字、これまた私の経験ではこんなに簡単な法律案は見たことがない。さらに理由、法律案提出の理由を申し上げます。「元号に関する制度を定める必要がある。これが、この法律案を提出する理由である。」これか理由というのを私見まして、次のページに何か書いてあるのかと思ってよく見たらこれで終わり、これも初めてですね。これはいま申し上げましたように、ひとつこの法律案を提出する政府の態度、何となく問答無用だというふうに感ずるんです、受けた印象は。「元号に関する制度を定める必要がある。これが、この法律案を提出する理由である。」この方式でいきますと、これからの法律案はみんなこれでいいことになりますね。何々に関する制度を定める必要がある。これが、法律案を提出する理由であるというふうになってしまいます。かくも不親切に元号法案関係資料をおつくりになったひとつ基本的な考え方をまずお聞かせいただきたいと思います。
○国務大臣(三原朝雄君) 御指摘がございましたが、元号法案につきましては長い間、御承知のように国民がこれを使用してまいりましたし、また国民の中に定着をしてきておりますし、国民自身がぜひ元号は存続をさせてほしいという要請があることはかねてからの事情でございます。政府におきましても、また与党におきましても、したがってこの問題を国民の御要請にこたえねばならぬという立場をとってまいっておるわけでございます。
 そこで問題は、その要請にこたえるためには一つのルールをつくらねばならぬ、そのルールは法制化によってその道を選びたいというようなことになったわけでございます。それにはだれが、いつの時点に決めるかということ、元号については国民自身、年号、元号については明治、大正とよく御存じでございますし、そこで大綱的なものになって御提出申し上げた元号に関する要綱的なものが簡素になったものであって、決して元号自体を軽く扱って云々したということではなかったわけでございます。
 それから、なぜ急ぐんだという御指摘かございましたが、長い間の問題であり、いつ改元をせなければならぬかというような事態も考えていかねばなりませんし、そうなりますと年の紀年方式というものが定まっておりませんので、それがためにはいろいろな論議の中から、一つの流れの中から現在時点が適当であろうというような判断をいたしたわけでございまして、これが非常に急いでおるとかいうようなことではなくて、この時点にこうした元号の改元についてのルールを確定することが必要であろうというような判断に立ったわけでございまして、決して早過ぎるとかいうようなことではなかろうという判断をいたしておるところでございます。
○片岡勝治君 大変重要法案の一つだということで政府も提案をされておるようでありますけれども、いま申し上げましたように、この提案理由が非常に簡単なんですよね。これほど重要な法案ならもう少し書いたらいかがですかということなんですよ。必要があるから必要なんだということじゃ理由にならないんじゃないですか。こういう法律案の提案理由というのはみんなこういう方式なんですかね、この点ちょっとこの方式、「元号に関する制度を定める必要がある。」――感ずるでしょう、お感じになりますね、これはちょっとひどいじゃないかという、感じませんか。
○政府委員(清水汪君) 御指摘をいただきまして恐縮でございますが、この法案の内容が元号を政令で定めるということと、それは皇位の継承があった場合に改めるという二点という内容そのものがきわめて簡潔でございます。そのような内容との関連も考えまして、この法律案の提案理由として書く表現と申しますか、その文章といたしましてはこの程度でよいのではなかろうかというふうに考えたわけでございますが、きわめて簡単であるという御指摘に対しましては、ぜひ御審議の機会におきまして必要な説明もさせていただきたい、このように念願しておったところでございますので、御理解を賜りたいと思います。
○片岡勝治君 それは理解できません。やっぱり提案理由ならば、必要がある、その必要を書かなければ、非常に不親切でしょう、言ってみれば審議の対象になるわれわれに対して、まあ私が言うのはどうかと思うんですが、ちょっとあれですよ、不遜な態度じゃありませんか、こういう表現の仕方は。
 それから、年号と元号がどういうふうに違うんだというようなこと、すでに私の方の質問にもありました。政府の答弁も、お聞きしますと必ずしも明らかでないわけでありますが、政府のこれまでの文書を見ますと、やっぱりこれは併用ですね、両方を使っておりますね。総理府関係の文書等につきましてもいままでは両方使っているわけです。これはいつごろこの統一見解が出たんですか。現在でも併用されているようでありますけれども、これはこの経過はどういうことになっておりますか。
○政府委員(清水汪君) その点につきましては、一つは元号といいあるいは年号といい、その意味につきましては、現在のわが国におきましては、まず格別の差異がないというふうにいろいろの場合に解説もされているというふうに承知をしておるわけでございます。したがいまして、事実問題としてはどちらもきわめて明瞭によく国民には理解されていると、このように受けとめております。私どもの法案といたしまして元号という言葉にいたしましたのは、これは多少どちらにする方がよろしいかという点につきましては検討いたしました。いたしました結果ですが、従前も申し上げましたように、やはりこの元号というのをある時期におきまして一つの区切りをつけます。で、そこから一つの新しい計算に入る。そういたしますと、そこが一つのもとになるということでございますし、いわば初めになる。で、その時点におきましてそこにこれからの呼び方の名前を決めていくわけでございますから、やはり元号という言い方の方がより適当であろうと、このように判断をいたしました。そのような結果として法案におきましては元号という表現にしておるわけでございます。
○片岡勝治君 そういたしますと、これはあえてこの言葉はこれからも統一をしない。たまたま法律案では一応元号という呼称を採用いたしましたけれども、あえてこれは故意に統一をするというお考えはないわけですね。
○政府委員(清水汪君) 故意にというお言葉でございましたが、確かに何か格別に統一を元号という言葉に図らなければならないというふうには考えなくていいのではないかと。ただ、事実問題として元号という言葉が使われていくことになるであろうと、このように考えております。
 それからもう一つは、やはりこの法律という形で、つまり昭和なら昭和、この次が仮に文明開化といたしますればその文明開化ということがその元号あるいは別の言葉で言えば年号というものとして今度は政令の形で元号は何々というふうに公布されるわけでございます。で、されたところのその文明開化なら文明開化というものを使って年の表示をしていくということになりますので、これは自然にその文明開化というのを何と呼ぶかということになれば、それは元号と呼ぶということが行われてくるんだろうと思います。しかしながら、歴史的に見ますと、千三百年にわたるこの元号、年号の歴史におきましては、事実問題として年号と言われていた記述もたくさんございます。そのようなものまでを特に今後において統一をするとかそのような必要はないと、このように考えるわけでございます。
○片岡勝治君 政府が世論調査をやりましたその資料にも元号と書いたり年号と書いてみたりばらばらでありますが、これはいま特にこれに統一する必要はないというような意見でありますが、たとえば教科書なんか、あるいはその他政府関係機関等でも私が申し上げましたようにばらばらであるわけでありますが、そういう面についてはどうですか。国民の側はもちろん自由に年号、元号ということをあえて統一しないで使うでありましょうけれども、教科書なんかはどういうふうになっておりますか。
○政府委員(清水汪君) 私ただいま一般的に申しましたのは、国民全般ひっくるめましてこの元号法案を成立をさしていただきました後におきまして何か一般に使う用語の世界におきまして元号ということに言わなければいけない、年号と言うべきではないというような意味の統一というようなそういう感覚でお聞きしたわけでございますが、そのような意味におきましてはそのような統一的なことをあえて考えることは第一実際問題として無理であろうというふうにも考えますし、そのようなことば必要ではないのではないかという意味を申し上げたわけでございますが、たとえば政府の中で年月日の表示は元号によることにするとか、あるいはある場合には西暦によることにするとかというような言い方が行われるといたしますと、そのような場合には年月日の表示は元号によって行うことにするというふうに、それはまず例外なくそういうふうになるんだろうと思います。それはわが国におきまする年月日の表示の中心的と申しますか、原則的な、少なくともフォームにおいては原則的でございますが、その原則的な方法としてこの法律に基づいて定められる元号を使うということになるわけでございますから、そのものを呼ぶときにそれをまあどちらで呼んでもいいかというわけでもないと思います。それはそのものを元号と呼ぶという言い方で呼ぶことになるんだろうというふうに思うわけでございます。
○片岡勝治君 総理府が出しております「世論調査」という月刊雑誌がございますが、その雑誌に政府が実施いたしました世論調査の元号に関する、あるいは年号に関する内容がその都度載っておるわけであります。その中にもばらばらですよね。まあ、そのことをあえて私はどっちでもいいと思うんですが。もう一つ、この「世論調査」の月刊雑誌でこれは年号を使っておりますかそれとも西暦を使っておりますか。
○政府委員(小玉正任君) 「月刊世論調査」は現在元号を用いております。
○片岡勝治君 かつては西暦使っておりましたね。
○政府委員(小玉正任君) 先生御指摘のとおり、「月刊世論調査」は昭和五十二年の一月号から表紙の年号表示に元号を用いております。
○片岡勝治君 政府がこの元号を強制する、しない、いろいろこの論議があるわけでありますが、ここに現物がございますけれども、御承知のように、私の手元にあるのは七五年四月号、七六年十一月号、ちゃんと大変進歩的に西暦でお書きになっております。私はこういう統計とか世論調査、恐らくいままでのこの歴史的な積み重ね、あるいは広くグローバルな国際的な、そういう関係で西暦をお使いになったと思うんですね。非常に妥当な使い方だと思う。ところが、いまおっしゃるように去年ですか、突如としてこの元号をお使いになった。で、元号を使うようになった理由は、恐らくそのころから元号法制化などという運動が多少出てきた関係だろうと思うんです。これはどういう理由でお変えになったんですか。政府が率先して西暦を使っていたんじゃ、まして総理府の月刊雑誌が西暦を使っていたんじゃこれは元号法制化を提案するにはどうもというようなお考えがあったんじゃないですか。
○政府委員(小玉正任君) 先ほど申し上げましたように、五十二年の一月号から年号の表示に元号を用いているわけでございますが、これは当時の関係者に尋ねてみましたところが、広報室の部内におきまして広報室関係の出版物の表示につきまして検討をいたしまして、部内の検討におきまして元号の使用について特に圧力があったということではないようでございます。
 ちなみに世論調査関係の刊行物には先生御指摘の「月刊世論調査」のほかに「世論調査年鑑」というのがございますが、これは昭和五十一年以前から元号を使っていたように聞いております。
○片岡勝治君 私、理由を聞いたんですが、何かやっぱり理由があって西暦から元号に変えたと思うんですけれども、これはなかなか答弁むずかしいでしょうね。恐らくこの元号法との関係があったと思うんですよ。ですから、やっぱり政府は元号法は強制しないんだ、何とかかんとか言っても政府みずからがこういうふうにやってくるでしょう。だから、やっぱりわれわれ国民の側からすれば、そういう強制というものがあるんだなということを感ずるわけですよね、ひしひしと。私もたまたま、これから内容の問題について質問するんですが、国会図書館からお借りしたら、なるほどこれ昔は西暦を使っているのに最近は元号に変わってきた。なるほどこれはというふうに感じたわけであります。これはつまり政府が元号に取り組む一つの具体的な証左として私は大変この将来を危惧するわけであります。
 さてそこで、この「月刊世論調査」には政府の実施したいろいろな世論調査を毎月出しております。私も一般世論の動向というものを自分自身で勉強するに大変参考になります。特に、総理府、政府がやっておる世論調査だけではなくて、一般民間のやっておる世論調査もこの中に収録をしておるわけであります。そういう意味では大変公平な雑誌としていままでは高く評価をしておりました。
 そこで、お尋ねをいたしますけれども、世論調査について政府関係が実施した、総理府が実施した世論調査はみんなこれに載っておりますね。私は全部ここにないんですけれども、これはどうですか。
○政府委員(小玉正任君) この雑誌の前半の部分に各省庁から依頼を受けました、当広報室で実施をしております世論調査の結果を大体収録してございます。と申しますのは、スペースの関係上調査の本数が多うございますので、新聞に公表して国民の皆さんにお知らせしましたものでもときどき出ないのがありますが、大体は収録している実情でございます。
○片岡勝治君 最近元号問題がここ数年大きな世論となって賛否両論の中で論議をしてまいりました。新聞や世論調査機関がやっております世論調査、これを全部調べればいいんですけれども、私もそういう時間がなかったんであります。民間の元号、年号に関する世論調査は、いっこの「月刊世論調査」に掲載されましたかをひとつ年度順にお聞かせいただきたいと思います。
○政府委員(小玉正任君) 「月刊世論調査」に載せました元号関係の民間の世論調査は、昭和四十八年五月号と昭和五十二年の四月号となっております。
○片岡勝治君 ちょっと済みません、もう一度……。
○政府委員(小玉正任君) 昭和四十八年五月号と昭和五十二年四月号でございます。
○片岡勝治君 これはどこのですか。
○政府委員(小玉正任君) 掲載しました世論調査はいずれもサンケイ新聞社が行いました「サンケイ一千人調査」、これは調査の固有名詞でございますが、「サンケイ一千人調査」というものでございまして、当時、「月刊世論調査」では、当広報室が行った調査のほかに、定期的に行われておりました、いま申し上げました「サンケイ一千人調査」と時事通信社の行っております「時事世論」とを継続して紹介していたようでございます。
○片岡勝治君 ようでございましたって、担当があなたでしょう、人ごとのように言わないでください。
 それで、特に元号が大変問題になってきてから各新聞社等が世論調査をやっておりますね。恐らく、総理府でもその結果というものは参照しているというようなお答えがあったわけであります。いつ、どういう新聞が世論調査をしておるか、ちょっと発表していただきましょうか。
○政府委員(小玉正任君) ここ一年ばかりの結果を申し上げますと、読売新聞社が五十三年の七月に、時事世論が五十三年の十二月に、NHKが五十四年の二月に、共同通信社が五十四年の三月に、毎日新聞社が五十四年の三月に、東京新聞が東京都だけでございますが、五十四年の三月に調査をしております。
○片岡勝治君 そうするとあれですね、これだけ読売、毎日、東京、時事、共同、NHK、それにサンケイさんが加わるわけでありますけれども、どうしてこれサンケイさんだけ掲載したんでしょうかね。
○政府委員(小玉正任君) 先ほど申し上げましたように、サンケイの一千人調査というのは、毎月時系列的にやっておりましたので、当時の方針といたしまして、定期的に行われる「時事世論」と「サンケイ一千人調査」を御紹介するという立場をとっていたからだと思います。
○片岡勝治君 ここに私三冊ありますけれども、たまたま政府の載っておるこの元号以外の世論調査は、特に民間の世論調査、新聞社も含めての世論調査はそういう方針ですか。つまり継続してずっとやっているものだけが載るんですか。そうじゃないでしょう。
○政府委員(小玉正任君) 現在政府関係の世論調査以外で雑誌に載っておりますのは、定期的な時事世論調査の結果と、そのほかにほかの新聞社、たとえば読売新聞社とかほかの新聞社の調査も随時掲載してございまして、現在ではこの二つに限った形で時系列的な調査のみを出しているというわけではございません。
○片岡勝治君 よく意味がわからないんですが、元号と限らずいろんな課題、テーマでたとえばこれは七五年四月号には「住民の自治意識」ということで毎日新聞社が載っていますね。あるいは「現代社会における不安と行動」余暇開発センターという、つまり直接政府関係でないものも載っているわけですよ。私は大変結構だと思うんですよね。ところが、元号に限っては大変重要な、特にここ二、三年元号問題でこれだけ大きな、特に政府が重要課題だと言っているときに、いま申し上げました新聞社各社がやっておるものを全然掲載しないでサンケイさんだけ掲載をした、こういうことですね。これは理由がちょっとわからない。本当の腹を、掲載しなかった理由、私は想像できるんですよ、想像できるんですけれども、想像で申し上げては失礼ですからずばり言ってくださいよ、ずばり。
○政府委員(小玉正任君) 最近の号で申し上げますと大きく分けまして二つの部分に分かれております。先ほどから申し上げておりますとおり、第一の部分が政府の各省庁から御依頼の行政施策に関するいわばハードな面の結果を掲載してございまして、後段に暮らしの意識だとか、あるいは青少年の問題だとか、あるいは主婦の意識とか、こういうどちらかといいますとやわらかい面の生活に密着した福祉の方を少し重視した形の結果をここ続けて掲載しているわけでございます。
○片岡勝治君 答弁になっていませんね、それは。大変重大な元号問題についていままで一切民間の新聞社等の世論調査の結果を掲載していなければいいんですよ。それはすべて政府機関がやった、政府が発行している雑誌だから。そうじゃないんですよね。いま申し上げましたように新聞社でやっているところ、あるいはその他でやっているものも逐次掲載をしている。しかし、紙面のまた都合があるので、全文掲載をしない場合には「きょうの世論」という欄で、これをダイジェストした、まとめたものを掲載をする、そういう欄があるわけですよね。ところがこれほど重大な問題の元号についてば一切これにタッチしない、掲載をしていない。これはちょっと本当のことを言ってくれませんか。
○政府委員(小玉正任君) 四十八年と五十二年に掲載いたしましたのは、当時定期的に行っております調査をそっくり出すという立場でございましたので扱ったわけでございますが、その後サンケイの一千人調査というのは中止しているようでございまして、したがって掲載をしなくなったんでございます。
 申し上げましたとおり、後段の調査の紹介はややソフトな面に焦点をしぼって紹介をしておりますので、別に他意はないわけでございます。
○片岡勝治君 そうじゃないでしょう。やっぱり政府が出す「月刊世論調査」ですから、政府は元号法制化をしたい、制度化をしたい。その中にたとえば毎日新聞や読売新聞等の世論を載せれば政府の方針と反する、法制化をする必要がないというのが相当部分、圧倒的な数になっているわけですよね。ですから、載せたくない、そういう気持ちは私はわかるんですよ。私がきっとあなたの立場になれば、これはどうもやっぱりかっこう悪いと思うかもしれませんよ。そういうことでしょう、理由は。そうでなければ、いままでやってなければいいものを、やっておって、事元号に関しては政府に都合の悪い世論調査が出れば一切こういうものには掲載しない。これも私は政府の態度として大変危険を感じますね。これは国民の世論形成にやっぱり政府が指導的に関与している、そういうことを明確に言えますよ。正直に言ってください。
○政府委員(小玉正任君) 五十二年に発表いたしておりますサンケイの調査の中身を見てみますと、法律で決めた方がいいだろうか、あるいは内閣が決めた方がいいだろうかというような質問もございまして、特に政府の都合の悪いことをそのときに隠しているということはないわけでございます。
 最近やっていないことにつきましては、先ほどから申し上げておりますとおり、青少年問題だとか福祉の問題とか、こういうところに焦点を当てて御紹介していますので、御理解いただきたいと思います。
○片岡勝治君 政府がやった世論調査、元号に関する世論調査を掲載していなければいいんですよ、それならば。そうでしょう。自分の方は掲載をして、しかし新聞社の方は一切これを掲載しないということは、これはやっぱり私たちには理解できない。政府の腹というものが私はわかるような気がするんですよね。これはどうですか、大臣、ああいう言いわけだけで、なるほどと思いますか。やっぱり不純なものを感ずるでしょう、大臣。
○国務大臣(三原朝雄君) 御見解が述べられたわけでございますが、私自身は、いま承っていまして、決していままでやっております広報室の処置というようなものが、政府に有利であるからそういうものを出すというような企図で広報活動をいたしておるということではございません。あくまでも国民に御理解を願いたいことは出したいということでございまして、決して、元号だけをおとりになってそうした見解のもとに御判断をされると、あるいはそういうような御見解が成り立つということに受けとめられるかもしれませんが、いま私はこの状態を見ましても、サンケイの中身は決して元号世論の調査につきましては政府に有利になるというような中身ではございません。したがいまして私は、広報室長が申し上げますように、政府はその時点で国民に御理解を願いたい、お知らせをしていく必要があるというような重点的な広報計画を立てまして、印刷にいたしてお配りをいたしておるということで、私は率直にそういう受けとめ方をいたしておるわけでございます。その点は御理解を願いたいと思うのでございます。
○片岡勝治君 大臣の気持ちはきっとそうでしょう。一々大臣がこれ決裁してやっているわけじゃないんですから。しかし、現実にこういう本をしさいに検討すればそれはそういうことが言えますよ。一つでも、たとえば去年これだけやっているわけですから、各新聞社は。せめて一つぐらい入れたらどうですか。それほど重要法案であり、国民の理解を求めるということであれば、やっぱりそういう政府機関でないむしろ世論調査というものを掲載してこの公正な判断、そういうものを求めていくということが私は特にこういったこの元号法案のような問題については必要じゃないんですか。それを開き直っていや政府は全然間違いがないんだということになれば、これはもう大変な問題だと思うんですよ。ぼくは謙虚な態度をぜひ示していただきたいと思うんです。やっぱり政府関係機関だったから、政府の方針に、政策に批判的な世論調査は載せにくかった。本当はそうでしょう。そういう気持ちが全然なかったということは言えないです、それは。
○国務大臣(三原朝雄君) 私は公器的な各新聞が、国民に全国津々浦々まで行くわけでございます。私どもの政府広報は限定をされておるわけでございまして、決してそういう作為的にするような処置を広報の方針としてはとっておりません。広報は年次計画に基づいてその都度一つの計画のもとに次は何を出す、次は何を出すというようなことでやっておるわけでございまして、いま御指摘のように各社でやっておるものを全部載せればよかったなあということは、そういう御理解が願えぬとすればそういうことをやっておれば、いま御指摘のあるような政府が手前勝手なことをしておるというふうな御指摘を受けることがなかったなあという、そういうことはいま率直に私は御指摘を受けて感ずるのでございますけれども、政府が日常やっております広報というのは、政府が有利になるとかいうようなことでなくて、国民の生活に幾分でも御理解を願えると、プラスになるというような立場で広報計画はやっておるものと思うのでございます。その点はひとつ御理解を願いたい。しかし、御指摘をされるような見解をお述べになったことについて、いま承りましてそういう点については、そういうことをすればいま御指摘のあったような政府が我田引水的な広報処置をしておるというようなふうにとられなかったなということは私自身もそういう反省をいたしておるわけでございます。今後そういう点についてはどう処理するかということを貴重な御意見として考えていかねばならぬなということは、率直に私は受けとめておるわけでございます。
○片岡勝治君 わかりました。ひとつ今後は公正なぜひ世論形成に御努力をいただきたい。新聞は津々浦々に行っているから政府がそれを掲載しないんだということではなくて、新聞社のいろんな世論調査はここに全部出ているわけですからね、ほかの条項について、項目について。そういうことでありますから、この点はまあ大臣が率直に反省の弁がありました。私もその答弁を了解いたしまして、次の事項に入りたいと思います。
 なぜそういうことを申し上げますかというと、政府の元号に関する世論調査、その設問の仕方がやっぱりこれ問題なんですよ。これいままで元号の審議を通じても政府の答弁では盛んに昭和の次がなくなるんだ、あるいはいま新しい天皇が出てきたときには、新しい天皇にかわったときには元号がなくなるんだと、こういうようなことを盛んに答弁しておりますね。現在、昭和という元号は現実に事実たる慣習として使われておるわけでございますから、その点につきましてはもう問題はないわけでございますが、さてその次の昭和の次の元号というようなことを繰り返し答弁をしておりまして、その点が大変問題である、こういうふうに一貫して答弁をされているわけです。つまりそういう昭和の次、天皇が変わると元号がなくなるんだ、そういう前提に立って政府が行った世論調査につきましても設問がされているわけでありますね。次の天皇の代になっても、昭和とか大正とかというような年号制度はあった方がよいか、こういうような設問もしかりであります。つまり天皇が変わったときに年号がなくなる、こういう一つのとらえ方ですね。これはそういうふうに考えておるわけですか。
○政府委員(清水汪君) ただいま御指摘の総理府の行いました世論調査ではまさにそのように書いてあるわけでございますが、これは私どもとしては、昭和とか大正というような年号制度はあった方がよいと思いますか、「次の天皇の代になっても、昭和とか大正というような年号制度はあった方がよいと思いますか」こういう聞き方をいたしておりますが、これは現在の昭和というのはまだもちろん現在あるわけでございますが、その前の大正それからここに入っておりませんが明治というような、明治、大正、昭和というような元号を三つ並べて考えた場合には、恐らく疑義なく明治は明治天皇の御崩御と同時に大正に切りかえられ、大正というのは大正天皇の御崩御と同時に昭和に切りかえられていると、こういうことでございますので、このことの意味についてはまず格別の疑問はないし、それからまたいまの昭和という元号については、それが事実たる慣習という状態で現に使われておりますけれども、これがいつまでのものかという点についても、大体の認識としてはいまの陛下の御在位中のものであろうと、こういう認識がまず一番素直な理解であろうと、こういうふうに解しておるわけでございますが、そのような立場からこういう設問をしているわけでございまして、格別これが誘導尋問というような意図のもとに使われている表現ではないと、全くそのようなことは考えていなかったというふうに申し上げられると思います。
○片岡勝治君 そういたしますと、いま使われております昭和――事実たる慣習ですね。これはそうすると天皇がかわられた、新しい天皇の即位があるとこの事実たる慣習というのはストップになるのですか。
○政府委員(清水汪君) 年を表示するその元号、あるいは年号でもよろしゅうございますが、年を表示する手段としてのその昭和というものを、何と申しますか、現在に生きていると言うと少し言葉がおかしいかもしれませんが、わかりやすい言葉だと思いますが、生きている元号というような意味でいつまでかと、こういうふうに考えるわけでございまして、そうなるとそれば今上陛下の御在世中ということに解するのが普通の解し方であろう、こういうことを申し上げておるわけでございます。もちろん明治も大正も現に実際の年号として存在し、使われているということでございますが、その意味合いはおのずから違うということは申し上げるまでもないと思います。
○片岡勝治君 この事実たる慣習というのは、この言葉のとおり一つの慣習ですよね。習律というか、ならわし、もう少しやわらかく言えば何となく使っていると。別に法律にあるわけじゃない、天皇の命令でもない、内閣総理大臣の命令でもない、そういう事実たる慣習ですから、それが何かの要因によってとめられるということはあり得ないんでしょう。大変、何というか、こういう例を申し上げちゃどうかと思うのですが、仮にそれではあした、あるいは本日でも皇位の継承があったと、ここでストップになるのですか、この事実たる慣習の昭和は。
○政府委員(清水汪君) 昭和という元号の性格については、そのように受けとめているのが一般の理解であろうというふうに考えております。
○片岡勝治君 そうですか。そうすると、仮に皇位の継承があった場合に、慣習までがストップになるんですかね。つまり、慣習というのはそういう外的な条件によって左右されずに、いま皇室典範にもあるわけじゃない、法律に決まっているわけじゃない、ただ何となく使っている。ですから、そう言っちゃ失礼ですけれども、大平内閣が変わったってストップするわけじゃない、皇位の継承があったってストップするわけじゃない。もし皇位の継承があってストップになる――私も、さっきの話じゃないけれども自動車免許証を持っていますよね。再来年の元号がちゃんと書いてありますけれども、そういうことになるんですか。事実たる慣習というのはそういうものじゃないんでしょう。
○政府委員(清水汪君) 事実たる慣習と言われておりますことの意味合いの問題だろうと思いますが、昭和というのが、年の表示方法としての元号ということで、昭和が使われているというその状態が事実たる慣習と、こういうことであろうと思うわけでございまして、その昭和自体は、現在のそれ自体の本来的な性格といいますか、意味合いということの理解におきまして、それは今上陛下の御在世中に限られるという理解が前提になっているであろうという意味で申し上げているわけでございます。
○片岡勝治君 そうするとあれですか、この事実たる慣習で使われている昭和というのはやっぱり皇室典範――行政官布告、この亡霊が皇位の継承とともに生まれ変わってまた出てくるということになりますね。そういうことじゃないんでしょう。そういうものにとらわれないのが事実たる慣習なんであって、もしそういう御理論なら、そういう理屈であるならば、新憲法が発足したときにどうなんですが、これは。昭和というのはもう廃止になったのですよ、あの時点で。あなたの理論なら、そこで昭和という年号が消えるはずじゃないですか。しかし、事実たる慣習としてただ何となくずうっと使ってきて、仮にここで皇位の継承があったってこれはずっと使われていくでしょう。恐らく政府あるいは諸官庁に出すのは、あしただって昭和何年何月と書きますよ、みんな。恐らく九九.九%の国民は使うでしょう。そういうことはなくてぴたっとここでやめちゃう、そういうことが現実の問題として考えられないじゃないですか。
○政府委員(清水汪君) 年の表示方法として昭和というのは、ただいまのお話の中で申し上げれば、新憲法の施行の時点までのところでは御案内のような旧法律の根拠に基づいたものであったわけでございますが、その旧法令が廃止になりましてから後はそれ自体は法律に基づくという根拠はないわけでございます。ないわけでございますけれども、その昭和が、年の表示の手段と申しますか、そういうものとしてはその後もずっと通用して、結局、事実たる慣習という昭和というのがそういう年の表示方法のそのものであるという認識が確立してきている、こういう状態があるわけでございますが、昭和というのはやはり、昭和自体についての理解としては現在の陛下の御在世中のものと、こういう理解が同時にそこには含まれている、こういうふうに理解をしておるわけでございます。
 それからもう一つ、あえてつけ加えさせていただきますれば、仮の話としてある時点でそれではそういう終わる事態がきたという翌日において昭和というものが全く使えないかと言えば、それは別の問題でございまして、たとえばそれよりも十日とか一年前にその将来の時点を指して昭和たとえば何十年とこういうものがあった場合において、それはそれで年を示すという意味においては明瞭でございますから、それはそれでそういう現象はあり得ると思いますけれども、原則的な理解としては昭和というのは現在の陛下の御在世中のものと、こういう理解であると思います。
○片岡勝治君 それは違いますね。もしそれならば新憲法ができた時点において昭和というものは消えるはずじゃないんですか、そうでしょう。つまり、昭和というのは現在の天皇が即位をした時に昭和というのが始まったわけです。あなたの理論でいけばそれで次の天皇の即位があったらこれが昭和だ。それじゃもう旧皇室典範が生きているんじゃないですか。そうじゃなくて新憲法ができて旧皇室典範が廃された。ですから、その時点で昭和というのはなくなるはずですよ、あなたの理論でいけば。これはひとつ考えておいてください。全然その理屈はなってません。これはだれが聞いたってそういうふうになると思いますね、そうでしょう。これはひとつもう少し考え直してください。私の質問はまだあさってにも残ってますからね。
 そこで、つまりそういう前提に立っていままでの世論形成がずっと出てきたわけですよね、世論形成というのは、そうでしょう。これは大臣の答弁、あなたいま答弁されましたけれども、そういう一つのスタンダードといいますか、土台になってこの元号問題をどうしようか、いまの天皇が亡くなられたら元号がなくなっちゃうんですよということになる。私たちはそうば考えない。天皇と全く関係のない事実たる慣習、法律とは関係のない事実たる慣習として私たち日本国民は使っている。その現実は私は肯定するんですよ、現に使ってますから、皆さんがね。もはや天皇の在位とは関係がないのがいまの事実たる慣習なんだ、こういうことですからね。そういう前提に、つまりあなた方の答弁はそうではない、事実たる慣習も天皇の在位と同じだということになれば、さっき言ったように旧皇室典範が亡霊としてではなくて現実に生きているということになりますからね。これは憲法違反ということになりますよ、あなたがそういうことをあくまでも主張なされるんなら。これはもう小学生が聞いていても、ちょっとそれは違うよお父さんと、こう言われますね。
 そこで、宮内庁の方見えておりますので、全く別の問題でありますけれども、別な角度から一、二お聞きをしておきたいと思いますが、大変元号問題については率直に言って神道の方々がまさに元号フィーバーといいますかね、熱狂的な運動を展開をしておるんです。先ほどスピーカーでがんがんやっておりました右翼もそうでありますけれども、そこでやっぱり私は元号についてなぜ神道の皆さんがこれほど熱狂的に運動なされるのか、こういうことをこの元号の審議の中でもいろいろ勉強してまいりました。
 そこで、やっぱりこれは神道、元号、天皇制、そういうものとの関係が非常に密接であるということは否定できないわけであります。しかし天皇御自身の宗教、これはもうわれわれと同じようにどの宗教を信じようともこれは自由であります。その点について私たちは何も申し上げる必要はない。むしろ天皇の信教の自由を私たちも守っていかなければならぬと思うわけであります。がしかし、日本の象徴たる天皇の私事である個人の宗教というのは、やっぱりそれなりに影響はあるな、これはわれわれが片岡の宗教が何だというものの影響と、これはもう比べものにならない、そういうことはこれは現実の問題としてあると思います。天皇の信教は神道だろうと思うんですが、これは間違いないと思いますが、どうですか。
○政府委員(山本悟君) 天皇の宗教が何だと、こういう御質問でございますので大変むずかしいことでございますが、天皇家にずっと伝わっております祭祀を中心にいたしましての祭り、それを現在におきましては神式において行われていると、いわゆる神式と称せられる形式でございますね、そういうものによって営まれていることは事実でございます。ただ、天皇家の各歴代の天皇がどういう信仰心をお持ちになりましたかということは、これは過去のいろいろなものを見ましても、これは仏教に帰依された方もずいぶんあるわけでございまして、いろいろなことがあろうと存じますが、現在においては主として神式のかっこうによっての祭祀が行われていると、こういうぐあいに申し上げるほかになかろうかと思います。
○片岡勝治君 神式ですべて行われるということになれば、それは神道ということになるんじゃないですか。
 私は歴代のことももちろん多少勉強もいたしましたけれども、特に明治改元後における皇室といいますか、天皇家の宗教というものは仏教が皇居から追放されましてほとんど神道一色になったと思うんですが、その辺のいきさつはどうですか。その明治初年における皇居におけるいわゆる仏教排除といいますかね、その実態というものをちょっと御説明いただきたいと思います。
○政府委員(山本悟君) 江戸時代の末期、幕末からそれから明治の初めにかけましていろいろな排仏毀釈とかその他いろいろなことがあったことは歴史的にもわれわれも承知をいたしているわけでございますが、たとえば各歴代天皇の葬儀の仕方、これは孝明天皇までは、わかりかねる部分もございますけれども、相当数仏式によっているようでございます。それが孝明天皇の三周忌のときからいわゆる神式に変わったというように過去の分献によりまして承知をいたしております。
○片岡勝治君 天皇のいわゆる葬儀というのはいま御説明あったとおりで、孝明天皇までは仏式で行われた、こういうことであります。その位牌もいわゆる皇居の中にあった、こういうことでありますが、明治改元、明治天皇の時代になりますと、いわゆる神道といいますか、そういう神仏分離という傾向が出てまいりました。これは皇室だけじゃなくて、一般民間の中でもそういう傾向があったわけでございます。特に徹底的に行われているわけでありますね。たとえば京都御所に安置されていた歴代天皇、皇后の位牌、これは仏式でお葬式をされているということでありますから、位牌あるいは宮中の仏像、仏具類、そういうものが運び出されて、泉涌寺と、何といいますか、般舟院という、これはそれまで皇室と関係のあった天台宗のお寺だそうでありますけれども、全部そういうところに運び出された。まあ宗教革命みたいなものですね。
 それから私よくこれわからないんですが、また御所内のお黒戸というのですか、「また御所内の「お黒戸」は、泉涌寺の御座所の奥に、そのままの形で移建された。泉涌寺の寺域には、月輪陵、後月輪陵等の多数の仏教式の皇陵」、つまり仏式の天皇のお墓ですね、あるいは皇后のお墓、皇族の墓所、こういうものも上知令で全部没収をされた、そして皇室との関係を断たれた泉涌寺は没落をした、こういうことが、これは事実のようです。明治初年のことですから、これは事実であります。こういうふうに考えてまいりますと、これはやっぱり天皇家は――もちろん天皇の意思だけではないと思いますよ、いわば神道一色に日本を塗りつぶしてまあ引っ張っていこう、そういう新しい明治政府の意図があったと思うんでありますが、それはさておきまして、現実にそういう措置がなされていたことは、これはどうですか、宮内庁も認めておりますか、そういう事実は。
○政府委員(山本悟君) いま孝明天皇の三周忌から変わったと申し上げたわけでございますが、それはまあ明治元年の十二月に行政官達というのが出ておりまして、これから「先帝三周 御忌辰神祇式ヲ以於朝中御祭典同日 山陵 御参拝被 仰出候事」というようなものが出ておりまして、そこから変わったことは御指摘のとおりでございます。
 それから、ただいまお話のございました、たとえば泉涌寺というようなところには、現在でも、まあどのぐらいの方までか私もよく存じませんけれども、相当江戸時代の天皇の御位牌というのが祭られている。これはお寺でございますから、仏式として泉涌寺でお守りをしているというようなこともございますし、泉涌寺の後ろの方に江戸時代の各天皇の御陵といいますか、これは御陵といいましてもいわゆる高塚式の土葬式の御陵ではございませんで、土葬かとも存じますけれども、それはちょっとあれでございますけれども、塔でございますね、石塔みたいなものでの御陵というのが相当ございます。そういうようなことは事実でございまして、御指摘のとおりだろうと思います。
○片岡勝治君 そういうことと並行して、いわゆる宮中三殿といいますか、神殿とか皇霊殿。そして天皇家の先祖を祭るお祭りというのは、皇霊殿、つまり神式に全部切りかえを行われた。そういうことを考えてまいりますと、江戸時代は比較的仏教的な色彩が宮中の中にあったわけでありますが、明治になりますと一転して神道一色になったということは否定できないと思うわけであります。したがって、元号とのかかわり合いを考えてみますと、これもいままでずいぶん質問も出ました天皇の贈り名、こういう問題を考えてみたときに、やっぱり大正天皇も明治天皇も、いわば神式による神ということになってくるわけですね。天皇――現天皇は現人神とかつて言われた時代もあったわけでありますが、これは人間宣言をされた、したがって、これまでの天皇はすべて神ということになるわけであります。神式では何と言うのか、「すめらみこと」と言うのですかね。したがって天皇の追号というのは、やっぱり神になった天皇の追号というふうにこれは当然考えられるわけですね。それとこの年号がぴったりする、そこに神道との関係が密着してくるわけでありまして、そういうふうに考えてまいりますと、神道を信じておられる人たちにしてみれば、これはもう年号、天皇、神道、そういうものの一体感というものは、これは相当激しいものがあると思います。私はそういうふうに見るわけでありますが、これはいかがでしょうかね、つまり天皇の贈り名といまの神道との関係。
○政府委員(山本悟君) 崩御されました天皇を神と考えるかどうか、それは宗教心の問題でございますので、何ともお答えのしようもない、人さまざまであろうと思わざるを得ないことでございますが、追号は崩御された天皇は従来でいけば大行天皇と称する。これは一種の抽象名詞みたいなものでございまして、それにどういうお呼び名をするかということで追号というものが決められてきている。これが過去千数百年来のやり方ということになっているわけでございまして、その贈り名の中にもいろいろなものがあるというようなことになっているわけでございますので、これは神道と直接関係があるというようなかっこうで過去何百年と続いてきたものとは理解いたさないわけでございまして、先ほどのようにそれぞれ仏教徒であられた天皇もあられると思いますけれども、そういう方にもやはり追号というのは過去から常に決められてきているというようなことになっているわけでございますので、直接の結びつきというようには私どもは理解いたしてないところでございます。
○片岡勝治君 それではもう一点、いま宮中で行われている祭祀、これはかつては祭祀令ですか、そういうものがあった、旧憲法時代。これは現在は失効しているわけですね。
○政府委員(山本悟君) 明治憲法時代には皇室令といたしまして皇室祭祀令というのがありましたことは御指摘のとおりでございまして、これは皇室令の一つといたしまして、昭和二十二年末をもって廃止になっておると存じております。
○片岡勝治君 廃止になった理由というのはどういうふうに考えたらいいでしょうか。
○政府委員(山本悟君) この昭和二十二年には皇室令系統のものはすべて国法といたしましては廃止をしたわけでございまして、その後皇室でもってやるべきことは皇室の中で決めればいい、皇室令というかっこうをとることはなくなっておる、こういうことになろうかと思います。そのうちで国法にしなければならないものは国法にされるということになるんでございましょうが、祭祀令につきましては国法にすることがございせんで、必要なことは現在の皇室天皇家自体でお決めになってやっていらっしゃると、こういうことになろうかと存じます。
○片岡勝治君 現実には皇居における祭祀は旧祭祀令とほとんど同じようなことが行われている。これは「皇室大百科」という本が数年前に出ましたね、これはその写しですけれども、よく見ると全部同じことをやっていますね、そうですか。
○政府委員(山本悟君) 旧皇室祭祀令に載せられておりましたお祭りの中でも、まあたとえば明治節祭等一部その後やっていないものもございますが、多くのものは旧令を尊重されまして、伝統を尊重されまして、いまの陛下もそのまま続けていらっしゃるというようなことになろうかと思います。
○片岡勝治君 こういう表現は適当でしょうかどうか、「皇室祭祀令に「大祭ニハ天皇親ラ祭典ヲ行フ」、「小祭ニハ天皇拝礼シ掌典長祭典ヲ行フ」とそれぞれ定められているのは、この故である。」という表現がこの文章にあるわけでありますが、この元始祭というのは大変大切なお祭りであるということが長々書いてありまして、最後にそういう表現がありますね、これを見ると皇室祭祀令が生きているような表現をされているわけですね、「とそれぞれ定められているのは、この故である。」これは間違いですね。
○政府委員(山本悟君) 定められているという言葉は何に定められているかというあれになりますと、皇室祭祀令は失効いたしているわけでございますから、国の法令形式のものには一切定めはございません。ただ皇室と天皇家といたしましてどういうお祭りをするかということは、さように大祭と小祭というような区別がございまして、それに従って実際にはおやりになっている。これは何と申しますか、天皇家の祭祀のこととしてそういうふうに決まりをなさっている。これは国法とは関係なかろうかと存じます。
○片岡勝治君 私もそういうふうに解釈をしたいのですよ。ただ、いま宮下さんという方は何をおやりになっていますかね、宮内庁式部官補佐。これはいまから四年ぐらい前に出された本ですね。この方の書いた本なんですよね。そのページの中にそういうことが書いてある。私が言うのは、旧皇室祭祀令は失効してなくなったにもかかわらずほぼ同じようなことが行われている。現実に。たまたまこれをずうっと読んでいて、なるほどこれは宮内庁の方々は、祭祀令は廃止になっているけれどもそうではない、実際は生きているんだというような表現があるものですから、この認識はやっぱりちょっと間違っているんじゃないかというふうに私は感じたんです。この辺はひとつ御指摘をしておきますので、ちょっと調査をされて、これは後刻お返事をいただきたいと思います。
 本日はこれで終わりたいと思います。
○委員長(桧垣徳太郎君) 本案に対する質疑は本日はこの程度にとどめます。
 本日はこれにて散会いたします。
   午後六時二十一分散会