第093回国会 運輸委員会公聴会 第1号
昭和五十五年十一月十二日(水曜日)
   午後一時六分開会
    ―――――――――――――
  出席者は左のとおり。
    委員長         黒柳  明君
    理 事
                伊江 朝雄君
                山崎 竜男君
               目黒今朝次郎君
                桑名 義治君
    委 員
                江島  淳君
                大木  浩君
                梶原  清君
                高平 公友君
                山本 富雄君
                青木 薪次君
                瀬谷 英行君
                広田 幸一君
                小笠原貞子君
                柳澤 錬造君
   政府委員
       運輸省鉄道監督
       局国有鉄道部長  永光 洋一君
   事務局側
       常任委員会専門
       員        村上  登君
   説明員
       日本国有鉄道副
       総裁       馬渡 一眞君
   公述人
       元北海道新聞論
       説主幹      大内  基君
       早稲田大学商学
       部教授      中西  睦君
       明治大学商学部
       教授       清水 義汎君
       流通経済大学名
       誉教授      中島 勇次君
       広島修道大学商
       学部教授     中川 輝男君
       朝日火災海上保
       険株式会社東京
       営業第二部副部
       長        柳田 一男君
    ―――――――――――――
  本日の会議に付した案件
○日本国有鉄道経営再建促進特別措置法案(第九
 十二回国会内閣提出、第九十三回国会衆議院送
 付)
    ―――――――――――――
○委員長(黒柳明君) ただいまから運輸委員会公聴会を開会いたします。
 本日は、日本国有鉄道経営再建促進特別措置法案につきまして、六名の公述人の方々から御意見を拝聴いたします。
 この際、公述人の方々に一言ごあいさつ申し上げます。
 本日、御多用の中、本委員会に御出席いただきましてありがとうございます。委員会を代表しまして心から御礼申し上げます。忌憚のない御意見をお聞かせいただきまして、本委員会の審議の参考にさしていただければ幸せかと思います。よろしくお願いいたします。
 次に、会議の進め方につきまして申し上げます。
 まず、六名の公述人の方々からお一人十五分程度の御意見を順次拝聴し、その後約一時間三十分委員の質疑にお答えいただきたいと存じます。
 なお、本日の会議の趣旨は、皆様方の御意見を承ることでありますので、私どもに対する御質問は恐縮ながら御遠慮願いたいと存じます。
 また、会議を円滑に進めてまいりたいと存じますので、御発言なさるときは、委員長と呼び許可を得てからお願いいたします。
 それでは、これより順次御意見をお述べ願います。
 まず、大内公述人にお願いいたします。
○公述人(大内基君) 私は、はるばる北海道から参りました。
 実は、今度の国鉄再建法によりまして、赤字対象線になっておりますのは全国で約四千キロでありますが、そのうち北海道はその半分の二千キロになっております。つまり北海道の実情を訴えればローカル線廃止の実態というものがある程度明らかになるだろう、そう考えて、北海道を中心にしてこれから赤字ローカル線の問題について意見を申し述べたいというふうに存じます。
 委員長、ちょっと参考資料がありますが、委員の皆様にお渡ししてよろしゅうございますか。
○委員長(黒柳明君) 結構であります。どうぞ。
○公述人(大内基君) よろしゅうございますか。
○委員長(黒柳明君) どうぞ。
○公述人(大内基君) 北海道には現在国鉄の線区は三十六ございます。そのうち再建法案によりまして廃止対象になるのが二十七線区に上っております。つまり、全線区のうちの七割五分が廃止対象になっております。このことは委員各位が十分御承知のところでありますけれども、知識だけではなかなか実感がつかみにくいだろうというふうに思いまして、いまお手元に配った資料、これをごらんいただきたいのであります。
 細く書いておりますのが残る線でありまして、太く書いているのが廃止される線であります。一見しておわかりだろうというふうに存じますが、北海道からほとんど線路がなくなってしまいます。もともと北海道の鉄道というのは、いまからちょうど百年前、一八八〇年小樽の手宮というところから札幌に引かれた三十数キロ、日本で三番目に古い鉄道でありますが、この線区というのは小樽と札幌との間の人間の交流を図ることを目的としたものではなくて、札幌の後背地でありますところの産炭地、特に幌内炭鉱の石炭を小樽港から積み出すためにつくられた線路であります。
 総じて言えることは、北海道数十年の開発の歴史というものは、北海道の資源を本州資本によって収奪するためのものであったというふうに極言しても差し支えないだろうというふうに思うんでありますが、その先兵的な役割りを果たしたものは実に鉄道であります。明治の初め、北海道の人口は明治二年に六万人でありました。鉄道の敷かれた当時は十万人に足りませんでした。それが現在五百五十万、五十数倍、六十倍にもなっているということは、この鉄道によって北海道が開発され、そこに人口が定着したことを物語るものであります。
 ところで、この鉄道でありますけれども、実は当時の労役に服した者でありますけれども、もちろん屯田兵がありました。原住民のアイヌ民族がおりました。さらに忘れてならないのは囚人労働であります。一時五千人を超える囚人がこれらの開発のために道路もしくは鉄道の建設のために酷使されたのであります。私たちもよく血と汗でもって物を築き上げるというようなことを言いますけれども、北海道の場合は血と汗ではなくて、実はこれらの囚人やあるいは屯田兵たちの人柱の上に築かれた線路、道路であるというふうに言ってもよろしいのであります。というのは一つの資料がありますけれども、一八九〇年、ですから、いまから九十年前のことでありますが、これらの労役によって一年間に百六人の死者を出しています。罹病した者、病気にかかった者、実に十一万九千人、これはさきの衆議院議員をしておりました渡辺惣蔵さんが「北海道社会運動史」という中に記されたものであります。このような数字からも察せられるように、まさに北海道の鉄道というのは囚人やあるいは屯田兵の血と汗ではなくて、人柱の上に築かれたそういう線路だということをぜひ皆さんに御認識をいただきたいのであります。
 そうして、戦後ようやくにしてこれらの線路がわれわれ民衆の手に移った。北海道の開発が線路によって進められる、住民の福祉の発展に役に立つようになった。そのとたんにいま皆様のお手元に差し上げたように北海道から全部線路を取ってしまうというような、これが今日の国鉄の再建法案なんであります。しかも、これは都市から地方に行きどまりの線を取るというのではなくて、言ってみれば都市間交通を取るのと同じなのであります。北海道は広域地帯でありますから、道庁の下に十四の支庁を置いております。いわばこれはミニ県庁であります。このミニ県庁と結ぶ線もいずれも廃止対象になっています。たとえば日高本線でありますが、浦河というところと苫小牧を結ぶ線、あるいは留萌と深川を結ぶ線、さらには釧踏と網走とを結ぶ線、いずれも支庁所在地でありますが、こういう線まで全部廃止対象になっています。のみならず、最も重要視しなければならないのは、実は北海道の鉄道の根幹というものは、札幌を中心にしまして東西に二本の幹線が走っています。北の方は札幌から旭川、北見を通って網走に至る線であります。これが北の方の線であります。一方札幌を通りまして、滝川を通り、帯広、釧路、根室を通ずる線、南の線であります。これが二つの幹線でありますが、この幹線と幹線とを結ぶ線、これがいま言いました釧網線であり、同時に北見と池田とを結ぶ池北線であります。これによって初めて幹線が結ばれているのであります。私たちは鉄道網という言葉を使いますけれども、これらの線を取ってしまいますと、残るところは幹線のみになりまして網ではなくなります。もう鉄道網ではなくて鉄道線になります。
 ついでにちょっと数字を挙げますけれども、廃止線区の対象市町村の数は実に百二十六であります。北海道全部の市町村は二百十三かと思いました。半分以上が廃止対象になります。駅の数が実に四百三十三、人口にしまして二百六十万が直接的影響を受けるわけであります。したがいまして、北海道にとりましては、鉄道から仮にバスに転換するとしましても、これは単に便不便の問題ではなくて、生きるか死ぬかの死活の問題だということであります。改めて言うまでもないと思いますけれども、北海道は第一次産品が中心であります。農産物にするとバレイショとかあるいはタマネギであるとか、さらに林産物では木材、あるいは石炭というようなものがあります。つまり最も大量であり最も値段の安いものであります。こうしたものを輸送するのに、一体バスに転換することによってどういうコスト高を招くのかということも十分考慮に値することだろうというふうに思うのであります。
 ところで、こういうことを申し上げたいのでありますが、たまたま先般私たち北海道から百五十名の者が中央に北海道の実情を訴えるために陳情に参りました。運輸省やあるいは国鉄にも参りまして陳情したのでありますが、その際国鉄並びに運輸省から言われたことは、北海道は道路に力を注いで十分に発達しているから線路は取っても差し支えないのではないか、こういう話がありました。あるいはまた、北海道のある鉄道の幹部の人は、線路のかわりにバスが走ればバスの方がむしろ便利になるのではないか、こういう発言もしております。でも皆様、こういうこともひとつお考えいただきたいのであります。廃止対象になっておりますところの深川から名寄というところ、道北地帯でありますが、深名線というのがあります。豪雪地帯であります。単に雪が深いばかりでなくて恐ろしく寒いところであります。この方面では年間零下三十数度になることもまれでありません。暖かい地方にお育ちの委員の皆様にはおわかりいただけないかもしれませんけれども、私旭川に二年ほど住みました。零下二十数度になりますと、町を歩いておりましても頭のしんが凍りそうになって目まいがします。三十数度になりますと、私見たことがありませんが、人の話によりますと電線にとまっておりますスズメが凍死して落ちるそうであります。自然に生きるところの能力を与えられているはずの小鳥でさえもあの寒さの中では死んでしまうんです。そういうところでもって鉄道をバスにかえて、吹雪の中でいつ来るかもしれないところのバスを街角であるいは野っ原で待てというのでしょうか、そしてこれが便利というものでしょうか。いや、確かに地獄か極楽かわかりませんですが、死の国へ行くのには便利なバスかもしれません。こういう実態の中でバス転換が図られるとするならば、北海道の生活というものは根底から破壊されるというふうに言ってもよろしいのであります。
 道路が整備されているということを運輸省などは強調しますけれども、一体この道路というものがどういうものかという実態もひとつ見てみたいというふうに思うのであります。ことしの春でありますが、たまたま所用がありまして、道東――北海道の東の方を車で通りました。ある山の峠を通りましたときに、大きく看板に、クマに注意というのが出ていました。クマに注意ですよ。いたく注意して済むことかどうかわかりませんけれども、落石に注意とか、あるいは急カーブに注意ということは私たちよく目にしますけれども、クマに注意というのは私も初めて見ました。実に日本の政府というのは動物愛護の精神に富んでおりまして、クマのために散歩道をつくってある。しかもそれを舗装してある。そうしてその峠の下を走っております列車は犬くぎが抜けていつ脱線するかもわからないという状態なのであります。同じ交通機関の中で、一方は高度成長の中で、特にその後の不況の中で公共投資という名のもとにどんどん金がつぎ込まれ、国鉄に対してはほとんど金がつぎ込まれていないというのがこういうアンバランスを生んでいるものだというふうに思うわけであります。
 こういうような総合的な交通政策、いや、今度の再建法案の中には総合交通体系を確立するということをうたっておりますが、単なる抽象的な言葉だけでありまして、具体的に一体どういう総合交通政策をとるのかということが明示されておりません。たまたま五年間のうちに七万数千人の人員を削減することによって国鉄を黒字に転換するということが一つの目的になっているようでありますけれども、一体今日の国鉄の職員がどういう役割りを担っておったか、いや、戦後今日までどういう役割りを担っておったかということにも思いをいたす必要があるだろうというふうに思うのであります。
 戦後、外地からたくさん引き揚げてきた。あの荒廃の中で日本を復興させるためにはどうしても鉄道輸送が必要だという観点から、たくさんの人間を雇い、そしてその人たちの努力によって確かに日本は復興しました。しかし、その結果として今日見るように国鉄の職員の数が多いし、年齢もきわめて高い。同じ公社でありながら電電とは比較にならない高賃金に悩んでおることも事実であります。しかし、それらは本来国の政策として行った人員増でありますし、年齢構成もそういう理由から来ているということになれば、これは単なる国鉄内部の問題として考えるべきではなくて、国全体の政策の中において判断すべき性質のものだというふうに思うのであります。私は、今次の再建法案を通じて特に印象に持ったことは、赤字の問題を国鉄内部に限定し、これを何とか解決しようというふうに考えているというふうな案だと思うのであります。そうではなくて、本来交通というのは、国全体の政策の中においてどうあるべきかという、そういう観点から問題を考えるべきだというふうに思うのであります。国鉄内部で幾らひねくり回しても今日の国鉄の赤字は解消するものではないというふうに思うのであります。いたずらに弱い者にしわ寄せをし、労働者にしわ寄せをするような再建法案でありましては恐らく国民の納得も得られないだろうし、協力も得られないだろうというふうに思うのであります。
 特に遺憾に思うことは、今次再建法案が住民の意思をほとんど聞いていないということであります。いや、確かに案の中では二年間協議会をつくってそれぞれ協議をするということになっておりますけれども、あの中身を詳細に検討いたしますと、住民の意思が反映する余地がほとんどありません。国鉄というのは、いや、交通というのはまさに国民の生活と直結しています。したがいまして、あくまでも住民の意思を尊重し、住民とともに語り合う中でもって交通政策というものはつくり上げられるべき性質のものだというふうに私は思考するのであります。
 どうか賢明な委員の皆様におかれましては、これらの実情を踏んまえまして、今次再建案について十分な御討議を賜りますようにお願いをいたしまして私の陳述を終わります。
 どうもありがとうございました。
○委員長(黒柳明君) どうもありがとうございました。
 次に、中西公述人にお願いいたします。
○公述人(中西睦君) 中西でございます。私は条件的賛成という立場から公述をさせていただきます。
 そもそも国における交通体系というものは、最適な資源配分並びに所得の最適な適正な配分というものを目的として、しかも有効な競争環境を生かしつつ、しかも福祉の向上に役立つべき体系をつくるべきであるというふうに考えております。しかしながら、今日までの交通政策、特に私は交通市場政策という立場から論じさせていただきますと、歴史的に市場メカニズムを維持しつつ、その中においてサービスの公正さ、負担の公正さというものを維持して、秩序を守りつつその体系を守ってきたのが一九六〇年代までの終わりであっただろうと思います。そういう意味で消費者主権というものを常に前提に置きながら今日まで政策が実施されたものと私は理解しております。
 そういう関係から考えてまいりますと、そういう市場メカニズムに任せては不公正の問題その他の問題が出てくる場所において、公共的な規制という意味で、たとえば市場参入規制だとか、サービス規制だとか、もしくは運賃料金規制というふうなものを織り込みながら今日まで行ってきたわけでございます。しかしながら、私個人もただ市場メカニズムだけにゆだねていいかという問題については、一〇〇%それを是認しているわけではございません。すでに委員の方々も御存じのようにイコールフッティング論の出ました一九六〇年代以後、わが国の交通政策というのは、調整政策を中心としながら、いわば適正輸送の分担というものをいかにすべきか、また、省エネルギー資源対策をどうすべきか、環境の抑制をどのようにするべきかという形での調整政策の重点政策へと移ってきているわけであります。しかしながら、それに対する種々のこれまでの論議というものは、ここで時間の関係上申し述べませんが、その中において、いわば二つに大きく分かれている論拠があると思います。
 すなわち、これは国際的にも言えるわけでございますが、今後もやはり自由主義諸国におきましては、市場メカニズムを中心としながら最適な資源配分と適正な所得分配を図るべきであるという理念のもとに、ディレギュレーションと申しますか、いわばレギュレーションをできるだけ排除するような形で持っていこうとする考え方の国々と、それからやはりリレギュレーションと申しますか、規制を強化するべきであるという考え方の中で進められている二つの論拠がございます。私は、その中間というところにわが国はあるんだろうというふうに考えておりますけれども、そういう論点から考えましても、この国鉄の今後の役割り分担という意味では、考えられておりますように、やはり都市間並びに大都市圏の旅客輸送、それから幹線における大量定形貨物輸送における役割りというものは、今後も重要であることはもちろんであります。しかしながら、最近におきまして、年々八千億ないし九千億の赤字を出している、そして累積赤字も六兆円近くになっている、これをだれが分担するのか。すなわち利用者が分担するのか、間接的に国民全体で分担するのかという問題が今度の法案にも大きくいろいろな関連を持ち出してくるものだと私は考えております。
 すなわち、そのような国鉄の必要性の中で、それを維持していくとするならば、これは国民全体で分担する負担の増大ははかりしれないものがありますし、また今日までも、昭和四十四年以後たびたびこの財政再建の施策が練られ、またこれが議会で通過してその実施に踏み切られてきたわけでございますけれども、ここで改めて言うまでもなく、三本柱の中で、やや行政、財政上の支援はありましたとしましても、国鉄自身の企業努力という点では、私個人も非常に欠けている点があったのではないかというふうに考えざるを得ないわけであります。さらに、そのような三点の問題でも、やはり運賃の改定、運賃値上げという形の中でいわば財政再建の中心があったということは否定できないだろうと思います。それがどのような今日の結果を招いているかということは御承知のとおりでありますので、その説明を省かせていただきます。
 そのような中で、では、いまのようなままでおいていいのかということになりますと、何らかの形でこの財政を再建することは緊急の急務であるということは改めて申すまでもないだろうと思う。そのときに今度の法案が出たわけでございます。法案の骨組みについては改めて申し上げる必要もないと思います。私個人につきましても、三十五万人体制というものが本当にそれでいいのかという面では疑義を持っております。ある調査結果によりますと、三十万でいいという線もありますし、二十万人体制でもいいという考え方もあるわけであります。しかしながら、やはり現在、やっと労使関係というものの協調体制もでき、これからやるぞという考え方が出ている中での一つの私は線としての三十五万人体制が打ち出されているのであろうというように推察いたします。
 また、今度の法律でも非常に大きな重点である地方交通線対策でございますけれども、もちろん私もこのシビルミニマムと申しますか、国民一人一人の足というものの確保は、これは最大の前提条件であるということは私もそのとおりであります。しかしながら、国鉄の今日の状況からいたしまして、独占体制の時代にありまして、または経営の内容のよかったときに円滑に作動することのできた内部補助政策の限界というものが大きく見えているわけでありますし、極端に言うならば、内部補助体制というものは崩壊しているというふうに考えてよろしいのではないかと思います。
 それから、先ほどの大内公述人からありましたが、そのような理解、私も出身が九州でございますので、筑豊地区を初め、この採算路線の厳しさというようなものについては、私自身も経験しておりますが、しかし、それをすべて公共補助に頼っていくべきかどうかということは、今後のそういう調整政策の尺度も、またその絶対的な評価もできない現状の論戦の中で、これは国鉄の財政再建の一つの目玉として考えられる中で、この内部補助政策の限界の見える中で、ただ公共補助に頼るべきであるという考え方を貫いていいのかどうかという問題には私は大きく疑問を持つものであります。その中で、今日地方交通線対策という形の中で、もうすでに御承知のような体制がとられてあるわけでございますが、もちろんこの足の確保ということは重要でありますが、いまのような形でいわば維持されるならば、国民一人一人の負担の公正という立場からは非常にゆがめられた状態であるというふうに考えざるを得ないわけであります。その点を考えてまいりますと、確かにいろいろな施策が考えられますが、これ以外のまた方法も考えられるかもしれませんけれども、非常にこれまでの長い歴史の中での私は一つの結論である、また一つの方法であるというように考えざるを得ないわけであります。その意味では、私自身も北九州の出身で、北海道とともにローカル線の非常に多いところでございますけれども、私は現在のように輸送需要が少なく、そして鉄道の特性が発揮できない分野において、しかも代替交通機関の利用可能性がある分野においてこれを維持することが国鉄の再建にどうであるかという点では、私は全面的でないとしても、この地方交通線対策に対する一つの決断はするべき時期に至っているというように私は考える次第でございます。
 また、第三番目の債務のたな上げの問題並びに助成の問題でございますが、国鉄が果たして言っておられるように指定人件費や特定の六千百億というものを国家が補助すれば、国鉄が再建できるかどうかというものについては疑義が持たれます。しかしながら、それはそれとしましても、私は過去の財政再建計画の中で、国鉄自身が、労働者の方々も含めて、自分たちで最後の、いわば自分たちのやるべき場所をどのようにするべきか、また完全にやらなくてはならないという一つの意欲が今度の法案の中には出てきているというように私は感じますし、それを信じたいわけであります。もちろん今度の法案で、私個人としましては、国鉄が完全に六十年に黒字化するとは考えられませんけれども、しかし、そのような資源配分並びに所得配分という国家的な目標並びに有効競争を保持しつつ、しかも効率的な輸送体系を維持する上から見れば、ある場合には、いわば決断をせざるを得ない時期であろうということは、常々私も考えていたところであります。そういう意味で、私はセカンドベストという形ではございますけれども、この法案には、まだ種々いろいろな論点も考えられるかもしれませんが、私はやはりいまやろうとしているものを委員諸先生方の御助力もいただいて、これは私どもも含めましていわば踏み切るべき時期である。すなわち、これによって完全にはできないかもしれないけれども、いわば向上することは間違いない。とするならば、それについてはやはり前進をするべきであるという概念から私は賛成をするわけであります。
 しかし、その場合に、私が常に申し上げたいのは、やはり国鉄内部の方々の御努力がこの法案の成立に対するいわば帰趨を決する第一の条件であろうというように私は考えております。過去の過程の中には、やはり非常な甘さがあったということは否定し得ないというように私は考えておりますので、その辺を国鉄の労使全体が一丸となってこれを実施するということを前提としまして賛成とさせていただきます。
○委員長(黒柳明君) どうもありがとうございました。
 次に、清水公述人にお願いいたします
○公述人(清水義汎君) 国鉄の再建論につきましては、従来から非常にいろいろな論議が出ております。私はまず国鉄の再建というものを考えた場合に、何を再建するのかということを明確にしておかなければならないということだと思います。私は、国鉄の現在再建しなければならないことは、国鉄そのもののサービスの低下の問題、それから経営の問題、それからわが国における輸送構造の中で鉄道をどういう形に位置づけていくのか。私は、地理的な条件、それから平地面積当たりの人口密度の問題、それからすぐれた高度の日本の工業水準の問題等から考えますと、鉄道中心の輸送体系というものにもう少し踏み込んだ議論をすべきではないかというふうに考えております。そういう角度から意見を言わしていただきたいと思っております。
 すでに、昭和五十二年の十二月の二十九日の閣議了解によりましても、国鉄再建の基本方針という中で、交通における競争の激化というものは認識をされております。また、昭和四十年以来、国鉄なり公営交通の再建論の中で絶えず言われておりますことは、外的な要因をどう除去するのか。そしてその外的な要因の理由の一つには、必要以上の交通における競争の激化をどのように調整していくのかという議論は御案内のとおりであります。また同時に、そういう中で総合交通体系論というものも議論をされてきたわけであります。しかしまだこの点が、すでに十月の十七日の運輸委員会の議事録を拝見しておりましても国自体がまだ結論が出ておりません。運輸省当局は、来年の春ごろにはその結論が出ることを期待しておるというようなことが速記録を見せていただいて、載っているわけでございます。そういうことを考えますと、いわば昭和四十年以来のわが国の輸送構造の中での矛盾なり、抜本的な解決なり、将来へ向かっての大きな方針の確立というものは、まだ十分確立されていないというふうに見るべきではないかと思います。
 こういう中で、実は率直に申しまして、現実的にいままでの公営交通、国鉄の再建論というのは赤字対策論である。いわば企業経営というものの中での国鉄の運営論ではなくして、独立採算制、いわば採算性をどのようにして担保していくのかというミクロの角度からの国鉄再建論ではないかと思います。今回の再建の問題にいたしましても、やはり財政の再建、いわば赤字対策が中心になっているわけであります。そういうような赤字問題というものを全くネグってしまえということは決して私は申しているわけではございませんが、一体、今日の国鉄を取り巻く状況がどうなっているのかという一、二の点について指摘をしたいと思います。
 昭和五十四年度の監査報告書を拝見いたしましても、相変わらず国鉄の旅客輸送は前年度に引き続いて低下の傾向が出てきていることを指摘しております。監査報告書で一%と言っておりますが、概算いたしますと、一%という金額は二百億強の減収というふうにも読み取れるわけであります。
 また、モータリゼーションの問題を見ましても、今日交通事故、公害あるいはエネルギーの問題、こういう中で自動車に対する抜本的対策は必要だ。特に自家用車が急増する中で、潜在競争力を持ちます自家用ナンバーについて、運輸行政の中でどう対処していくのかという問題は、国会においても提起されたことを記憶しておりますけれども、これまた今日までこれに対する対策が十分打たれておらないわけであります。昭和五十四年度十二月末現在で、すでに自動車の数は、乗用車、貨物車、軽自動だけで三千五百八十二万台に上っております。しかも貨物自動車は八百六十七万台、これはもろに営業用の貨物と競合関係に入っております。一九七八年、すでにわが国は人口三・四人に一台という自動車の保有台数を示しておりまして、これがまだふえつつある傾向でございます。
 そういう中で、一体交通事業関係予算がどうなっているかと見ますと、昭和五十三年度の運輸関係の公共事業費は実に七兆三千九百十五億円に上っております。ところが、このうち五兆以上が道路に使われている。こういう形が、果たして総合交通体系というものがどうなるかわかりませんが、国が考えている将来ビジョンの中で整合性があるのかどうなのか。この点と国鉄の再建の問題は、私は不可分の問題だというふうに認識するわけであります。
 また、国鉄と他の輸送機関の競争関係の一例を申し上げますと、東京−札幌間におきましては、昭和四十年度におきまして国鉄のシェアが四九%ございます。これが今日では五%に下落をしております。東京−金沢間を見ましても、昭和四十年度で九八%であったものが七九%に下落しておりますし、逆に航空機は、それまで四万二千人の旅客が八十四万六千人と急増をしており、東京−福岡間におきましても、昭和四十年度八三%のシェアが三〇%の減少、いわば長距離有料旅客が航空機にどんどん吸収をされているわけであります。このことは自動車と鉄道との関係にも言えるわけでありまして、東海道線関係を見ますと、東海道線の静岡−浜松間、それに並行する東名の袋井−菊川間、この辺を例にとりますと、昭和四十八年度を一〇〇といたしますと、国鉄の急行、特急の輸送人員は指数八二に下落をしております。逆に高速道路の方の台数を見ますと、昭和四十八年一〇〇であったものが一二〇にふえておる。それから東北線関係でいきますと、東北線と東北縦貫道、それを比較いたしますと、国鉄が、昭和四十八年を一〇〇といたしますと、五十四年に七八、自動車の台数は、同年比較で一〇〇が一七三と上昇をしております。これが九州の鹿児島本線と九州縦貫道の区間を一部抜きまして見てみますと、昭和四十八年度に国鉄が一〇〇であったものが六一、自動車の台数の方は逆に四十八年一〇〇であったものが三三五という指数になっております。こういう状況を一体抜きにしたままで国鉄の再建ができるだろうか。
 昭和五十四年度の運輸白書の発表に当たりまして、地崎運輸大臣は、効率的な輸送体系を整備し、省エネルギー型の交通社会を形成していくことが運輸行政に課せられた当面の課題であると強調をされております。私も全く運輸大臣の御指摘のとおりだと思うわけでございますけれども、昭和五十二年度と三十五年を比較いたしますと、自動車のエネルギー消費量は、輸送機関全体の伸び率五倍をはるかに上回り九倍になっております。昭和三十五年度、鉄道の消費エネルギーのシェアは三二%であります。自動車は三四%でありますが、昭和五十二年度には、鉄道六%、自動車六四%となっております。五十四年度の運輸大臣の御指摘は、全くその後効果があらわれていないわけであります。
 こういうような角度から見てまいりますと、この法案の第二条、いわゆる経営の健全性というものを確保するための基盤の問題でありますけれども、それは内部基盤でいいのか悪いのか。私は、鉄道のような場合がある程度経営基盤を確立するためには、市場の占有性を担保をしていくという形がない限り非常にむずかしい条件を持っていると思います。しかも、反面におきましては法律で規定されておりますように、きわめて公共性の高い社会的な性格を持っております。こういう場合に、この第二条というものを現実に移す場合に、内部的な経営の健全性というような点ではきわめて問題が出てまいると思います。
 また、第四条の運賃及び料金の適正化の問題にいたしましても、従来適正化と言われておりますけれども、運賃の性格と料金の性格すらいまだにあいまいであります。ややもいたしますと、運賃より料金が高いというような現実であります。委員の諸先生方御承知のように、運賃というのは輸送対価であり、料金というのは使用料であります。輸送対価よりも使用量が高い、こういう形がダイヤ改正のたびごとに出てきておりますし、東北新幹線のダイヤ等を見ておりますと、各駅停車の「ひかり」というような珍現象が起きております。
 あるいはまた、第八条を見てまいりましても、この第八条以下主に地方交通線対策でありますが、かつて国会でも論議になりましたように、過疎と過密の問題、これと交通の関係をどうするのか。現在のように都市圏に不適正に集中している人口問題をどうするのか、あるいは生活圏の問題をどうするのか、これらの問題も出てまいりますし、第九条におきましては学識経験者の意見を聞くことができるという規定もございますが、その辺はむしろ聞かなければならないとすべきではございませんでしょうか。また同時に、地域住民の意向を十分反映をする。現在交通というのは生活の必要手段であります。そうなりますと、住居を撤去することと交通なり道路を撤去するということは、同一ではないにいたしましてもきわめて重要な要素を持つということであります。
 第十二条、十三条というものを見てまいりますと、これは国鉄の運賃制度の根幹にかかわる問題でございますし、鉄道国有の原則との整合性の問題にも触れてくるわけであります。御承知のように、鉄道国有法第一条におきましては鉄道国有の原則を明記をしております。そして、ここで例外とされている「一地方ノ交通ヲ目的トスル」云々という解釈は、これは民営を国有化する場合の規定であります。これを拡大解釈をいたしまして逆に国有から民営に落とす場合の解釈というものは慎重にしなければならないと思います。
 同時に、鉄道敷設法第五条におきましては、鉄道建設「審議会ハ本邦経済ノ発達及文化ノ向上ニ資スルコトヲ目標トシ」て審議決定しなさいというふうにうたわれております。建設する段階では国民経済全体を配慮し、そして国民の文化の向上という角度から決定をする。そうして、それが経営採算の面から撤去され、あるいは他の輸送機関に転換をされるということでは、鉄道敷設法とこの法律との整合性がどうかという問題にもなってまいります。しかも、先ほど引用いたしました十月十七日の議事録では、いま国の方では運政審の方で将来の日本の交通政策の方向を示すべく総合交通体系について十分御審議の模様でございます。だといたしますれば、その方向が出た段階で、それとの関連で国鉄をどうするのかという角度からの御論議が至当ではないかと思います。そういう意味で、どうぞ委員の先生方の皆さん方におかれましては、この法案審議につきましてはできるだけ慎重な配慮と時間をかけていただきたいという形で、早急にこの結論を出すことについては反対だということを申し上げて陳述を終わらせていただきます。
○委員長(黒柳明君) どうもありがとうございました。
 次に、中島公述人にお願いいたします。
○公述人(中島勇次君) 中島でございます。
 私は、この法案に賛成し、これをぜひ成立させていただきたい、こう考えるものでございます。
 その理由は、この法案に盛られております国鉄再建計画の基本構想に、これまで十年余りにわたりましてやってまいりました再建努力に失敗した苦に経験を踏まえて、見方によっては一種の開き直りというものを感じさせるような抜本的な発想の転換が織り込まれているという点でございます。あるいはこの点が国民の一部には強い反発を感じさせる点があろうかと思いますが、私はこの勢いで今度こそ国鉄の経営を健全なものに立て直していただきたいと強く希望するわけであります。
 そこで、今回のこの基本構想にあらわれている再建計画に対する発想転換の意義というものを国民の皆さんによく理解していただく、そのためにはここで改めてこれまでの再建計画がなぜ成功しなかったか、その原因をもう一度かみしめてみる必要があろうかと思います。
 これまでの再建計画が成功しなかった背景には、御承知のような予測しがたい経済情勢の大きな変化という不運な一面もございましたが、その根底には、何といっても政府並びに国鉄当局のこの問題に取り組む基本姿勢に一種の甘さといいますか、大きな誤算のあったことをこの際謙虚に反省してみなければいけない、こういうふうに思います。これまでの再建計画の骨組みは、御承知のように、昭和四十四年九月に閣議決定されました国鉄財政再建に関する基本方針で示されておりますけれども、それを要約いたしますと、まず経営体制を近代化して、鉄道の特性を発揮できる分野を重点的に拡充強化する、それによって輸送量を経済成長の波に乗せて大幅にふやしていく、それとあわせて経営合理化を進めて経費の膨張を極力防ぎ、十年後、つまり昭和五十三年度には償却後の黒字、つまり完全な自立採算体制を回復する、それまでの間、政府は財政援助によってそれをバックアップする、いわゆる三本柱説であったわけでございます。
 この構想の第一の問題点は、基本的に拡大再生産によって国鉄が自力で赤字経営から抜け出すことができる、こういう発想でございます。つまり、輸送量の大幅の増加を財政再建の原動力といいますか、一番大事な柱としていた点でございます、この計画の壊れた原因は、つまり弱点は、その一番大事な柱、つまり輸送量の増加の期待が外れますと再建計画全体が根底から崩れ去ってしまう、こういう運命に置かれていたわけです。
 事実はそのような結果に終わったわけでございますが、ではその予測がどの程度狂ったのか。これを数字の上で見ますと、当初計画の昭和五十三年度の輸送量目標は、旅客が二千九百三十億人キロ、貨物が九百六十億トンキロと、こうなっております。その実績を見ますと、旅客は千九百五十八億人キロ、目標の六七%、貨物は四百四億トンキロ、目標の四二%、大幅に落ち込んでしまったわけでございます。この誤差は、もちろん経済成長率の落ち込みという影響も大きかったと思いますけれども、重要な点は、交通市場の構造とか性格が根本的に変わった、変わりつつある、それによる国鉄離れの現象というものを甘く見ていったところに大きな誤算があったのではないか。経済成長率は落ちましたけれども、全体としてはふえているわけですから、その中で国鉄だけがこういう大きな落ち込みになったというのは、やはり自動車その他の競争機関の影響だろうと、私はこういうふうに考えるわけです。
 それで、次に第二の問題点は、輸送量の過大の期待がいま申し上げましたように大きく計画を狂わしたわけです。先ほど申し上げました数量差を五十三年ベースで収入に単純計算でやってみますと、約一兆四千億近い誤差が、収入の狂いというものが出たわけです。この面で、この輸送量の見込み違いが計画を大きく崩した。そればかりでなく経営合理化の効果を阻んでいた。輸送量が年々ふえるということを前提とした輸送計画ですから、その中でできるだけ経費を抑えていこう、つまり仕事量を減らさないで人を減らしたり経費を減らす、こういうところに労使関係の紛争の原因もあったであろうし、またその効果が余り期待できなかったと、こういう点もあったかと思いますが、一番大事なことは、輸送量の落ち込みがわかったときにはもうすでに経営合理化は手おくれになっている。つまり、いつも常に経営合理化が後追いの形にならざるを得ない仕組みになっている。これを外から見ておりますと、いかにも国鉄は経営合理化が不熱心だ、親方日の丸だと、こういったような歯がゆさが感じられるわけでございますが、その背後にはこういった計画の仕組みそのものの中に一種の弱点があったと、こういうことを改めて認識しておく必要があろうかと思います。
 第三の問題点は、国鉄の財政基盤の構造的欠陥というものに当初計画の中では余り注意を払っておらなかった。だからこそ自力で回復できるんだと、輸送量さえふやせば自力で回復できるんだという発想になったわけですけれども、この国鉄の赤字経営体質というものの根は決して最近のものではなしに、まことに古いものだと私は考えていますが、御承知のように国鉄は、終戦直後から荒れ果てた輸送施設をまず復興する。それからインフレに追いつけなかった運賃問題。復員者とか大陸引揚者を吸収することによって一時は六十一万人にまでふくれ上がった要員問題。それから通勤輸送の混雑緩和、あるいは老朽化してしまった輸送施設の全面的な取りかえとか、そういったような公共企業体としての立場からやむを得ずに企業的採算を度外視して行ってきたさまざまの公共施策のツケが累積されて財政構造の中に大きな欠陥ができていたわけです。もちろん、これが独占体制であれば何とかしのぐ方法もあったかと思いますけれども、これに追い打ちをかけるように交通市場の構造変革によって輸送分野が大幅に圧迫された、後退してしまったと、これによってその根にある構造的欠陥が顕在化して今日言われているような救いがたい赤字体質というものになってしまった。こういうわけです。したがいまして、この過去の原因による財政構造の欠陥にメスを入れる必要があるということが痛切に感じられるわけです。
 それから第四の問題は、国鉄に義務づけられているいわゆる公共性の問題でございます。これまでの再建計画の中では、鉄道独占時代と同様に国鉄の公共性というものが強く前面に打ち出されまして、これを国の財政援助を引き出すためのいわば一種の大義名分として使ってきたと、こういうような傾向があったように思います。したがいまして、公共性を見直したらどうか、こういうような意見はもちろん当時は余り聞かれませんでしたが、あるいは今日でも多分にこれははばかる言葉だ、いわば一種のタブー視されているような言葉だと思います。一般論といたしまして、公共性と独占性というものは非常に密接な関係にある、いわばうらはらの関係にあると考えられます。したがいまして、かつてのような鉄道独占時代に国鉄の公共性を見直せ、こういうようなことを言ったところが、これはもちろん全く世間に通用しない意見だったと思います。しかし、今日ではもちろん国鉄全体としては非常に高度の公共性を持っておりますけれども、部分的には特定の地域とか、あるいは特定の輸送目的などにつきましては、鉄道よりももっと便利で経済的な輸送手段が幾らでもある時代となっているわけであります。そのようなところでは鉄道の独占性が失われる。それと同時に、反射的に公共性の方もおのずからその重みを失ってきていると、こういうふうに見るべきだと思います。
 私がこのような意味で国鉄の公共性を見直せと、余り皆さんにいい顔されないこういうことを強調いたしますのは、公共性というにしきの御旗を立てられてしまいますと、すべての経営合理化がストップしてしまう、またそれを通そうとすると国の財政援助が幾らあっても足りない、こういうことになろうかと思います。
 そこで、私はこの問題について御理解をさらに深めるために、公共性にもコストがかかるものだということを御理解いただきたいと思います。ローカル線の赤字は乗客が少ないためだということは常識的にどなたでもわかっていることだと思いますが、たとえば百人定員の客車に大体六十人乗ってくれれば採算がとれると、こう見込まれているところに二十人しか乗ってくれない。そういう場合にはこの列車はまるで空気を運んでいるようなものだとよく言われておりますけれども、実はその空席は公共性を運んでいるのだ、こういうふうに見るべきだと思います。その空席にもまあ乗客と若干の差はありますけれども余り変わらないコストがかかっている。この問題が国鉄の財政問題と関連する点は、この公共性を運ぶためのコストを一体だれがどのような形で負担するか、また一方において経営合理化、つまり国鉄全体のコストを節減するためにコスト負担者のいないこの公共性の輸送をどんな形でどこまで切り捨てられるか、この二つの問題に何らかのけじめをつけてかからない限り、国鉄財政の再建という問題の本質的な前進はとうてい期待できない、こう私は考えます。
 まあ、以上のことを前提といたしまして今回の再建計画の基本構想を見ますと、まず第一に、基本姿勢として縮小再生産の方向を打ち出している。それを前提として三十五万人体制を目標とする徹底的な減量経営に踏み切ろうとしている。
 第二番目に、財政基盤の構造的欠陥にメスを入れる。国鉄の経営努力の及ばない分野、いわゆる構造的欠損は政府の責任において処理しよう、こういうふうなことが明確に打ち出されている。まあ言いかえれば国鉄の努力の分野と政府のやるべきこととをここで一応けじめをつけた、この点であります。
 第三に公共性の見直し、こういう点では、内部的には利用者の少ない貨物取扱駅を廃止するとか、効率の低い貨物列車の打ち切りをするとか、乗客の少ない旅客列車を間引きするとか、細かい問題もいろいろ考えておるようでありますが、特に多年の懸案であった地方交通線に対して積極的に取り組む姿勢が織り込まれている、この点であります。全体を通して、これまでと全く変わったひとつ積極的な再建意欲が見られるというのが、私がこの法案に賛成する理由でございます。
 しかし、その反面、今回の再建計画の基本構想の中には、いまいろいろ指摘いたしましたようにかなり画期的な問題が含まれている。利用者及び国民一般に与える影響というものは非常に大きいものがあろうかと予想されます。したがいまして、この法案が通って具体策を決めて実行するに当たりましては、国民一般の理解と協力を仰ぐために十分なPRと慎重な御配慮をお願いいたしたい。その点につきましてまだ政府及び国鉄御当局に対していろいろ要望したい点もございますが、時間がございませんのでここでは省略いたします。
 以上でございます。
○委員長(黒柳明君) どうもありがとうございました。
 次に、中川公述人にお願いいたします。
○公述人(中川輝男君) 広島から参りました中川輝男であります。
 大方の方は御承知の方も多いと思いますが、広島市内にはいろんな車体の路面電車が走っておることで有名でございますけれども、多くの都市が都市交通の障害であるといって軒並みにレールをめくった中で、市民や電車労働者の支持と協力の結果存続し続けているわけであります。朝夕の車の渋滞をよそに、大変便利な市民の足として愛されながら有効に機能しております。モータリゼーションと安い石油の大量消費の時代には一見逆行した選択であったかに見えましたけれども、結局は長期的な見通しを持った賢明な市民の知恵であったということが現在証明されつつあると思います。まあ自画自賛めいてやや恐縮な点がありますけれども、このことは国民、市民の日常の足にかかわる交通問題には長期的で住民の納得のいく展望を持って対処をしなければならないという、ごく一般的でありますけれども、しかしごく重要な教訓を与えてくれたように思うわけでございます。
 ただいまから国鉄再建法案に対して反対の意見の陳述を行いますけれども、その前に大方の合意があるかに見えます総合交通体系の確立という方向には賛意を表しておきたいと思います。しかし、従来のように、最近は考え方がだんだん変わってまいっていると思いますが、モータリゼーションと道路政策を基調としまして、輸送マーケットでのいろいろな交通諸機関の競争に任せるというのには反対であります。国鉄をやはり中心とした公共大量輸送機関を主体に、航空機、自動車、船舶をそれぞれ分業的に位置づけて、かつ国民の必要最小限の足の確保という点で国家の相応の財政負担を明確にする方向に総合交通政策を転換するということで賛意を表するものであります。
 さて、反対の第一は、端的に赤字ローカル線に対する処理の問題であります。ローカル線の利用効率の悪いものを廃線とし、あるいはバスをもってかえるというのは、特に過疎地域の実情や住民の心情を無視し、あえて地域や住民に一層の苦痛と困難を押しつける結果となると思います。廃止対象と考えられている一日の乗車密度二千人未満の路線は、中国地方は五路線、約三百キロメートルでありますが、広島県北の三次と島根県日本海岸江津を結ぶ三江線の場合について言いますと、明治以来八十年の地元住民の悲願が実って、やっと昭和五十年八月、五年前に全線開通を見たばかりであります。沿線二市九町村ははなはだしい過疎地域でありまして、乗車密度は五十二年度から五十四年度まで平均して六百四十一人、中国地方ではたしか最低の路線でありますが、開通以降、これが過疎に歯どめをかけた一つの要因と見られております。ところが、やっと五年後にはもう廃止が取りざたされている始末でありまして、沿線地域では村の存亡を左右するという危機感があふれております。
 ローカル線廃止で最終的に切り捨てられる地域は全国にたくさんあるはずであります。いわゆる交通弱者だらけの住民の足を奪うだけでなく、地域の産業を没落させ、大体河川の源流地域になるわけでありますけれども、自然や山林資源の荒廃や乱費につながることになり、国土保全上も問題であります。バスに転換いたします場合でも、そうでなくとも財政基盤が弱く四苦八苦している地方財政に最終的に背負われることになるわけでありまして、住民の負担を重くする、そして国鉄の赤字は自治体や住民に軽嫁され、押しつけられる羽目になりかねないものであります。
 心情論でばかり物を言うつもりは毛頭ありませんが、直接的、個別的な経済効率や国鉄の企業性からばかり物を言っては、国鉄に対する国民の期待やその反映としての公共性の柱は消滅してしまうというように思います。経済効率一本やりで公共性を抑えつけないで、より高いより長期的な判断基準が必要であろうと思うわけであります。
 さらに、廃止の具体化に当たって設けられる地方協議会の手続では、聞いておりますところ二年間での見切り発車が規定され、また構成メンバーに地元住民の代表が入っていないということも重大な問題であると思うわけであります。
 第二は、同じく地方線に対して特別に割り高な運賃制度を導入しようとすることであります。これはかつての運賃値上げ、利用者の減少、収支の悪化、さらに値上げの悪循環としてすでに経験済みのことであります。これが経営収支の改善につながるとは考えられず、むしろ縮小再生産に向かう可能性が強いと思うわけであります。あるいはその意図はローカル線を終局的に放棄することにあるのではないかと疑いたくもなるわけであります。こういうローカル線の分断的で区別的な受益者負担方式というのは、区別的な受益者負担方式一般を否定するものではありませんが、特に経済力の弱い交通弱者に負担を加重することになるわけであります。経営改善に苦慮する余りのこういう制度は、国鉄の完全な企業性の偏重、公共性の放棄と言わざるを得ない点から反対をするわけであります。
 先ほど清水公述人からもおっしゃいましたように、総合交通政策を確立してその後十分慎重に委員の皆様の御審議をお願いしたいというわけで、さしあたり二点の反対の点を申し上げた次第であります。
 終わります。
○委員長(黒柳明君) どうもありがとうございました。
 次に、柳田公述人にお願いいたします。
○公述人(柳田一男君) 柳田一男であります。
 私は千葉県浦安町に住み、営団東西線を利用して通勤しております。また、会社では営業面を担当しております関係上、毎日ほとんど国鉄の電車や地下鉄線を利用してお得意様を訪問したり、ときには全国各地を新幹線などを利用して飛び回っており、国鉄の利便を深く感じているものであります。
 しかしながら、国鉄の経営状況はこのところ毎年九千億円に近い赤字を発生し続けているということで、このまま推移していくと将来膨大な赤字が累積され、後世に大きな国民負担を残すだけではなく、国鉄の輸送サービスがこのまま維持できるかどうか、不安を感ずるものであります。この間国鉄も、少しでも収入をふやすとか人員を種々工夫して減らすなど経営努力をしてきたと思いますし、また政府も可能な限り財政援助を行ってきたと思いますが、一向に改善されておりません。
 私なりにこの原因を考えてみますと、かつて国鉄が明治以来わが国の交通運輸の中核として産業経済の発達に大きく寄与してきましたが、近年の、特に昭和四十年代に入ってからの航空機、自動車、海運等他の交通機関の急速な発達によって国鉄の輸送分野は大きく浸食を受けてまいりました。すなわち、三十五年当時は国鉄は旅客で五〇%、貨物で四〇%のシェアを持っていたものが、最近では旅客二五%、貨物一〇%と大幅に減少したもので、このような事態に対して国鉄のあらゆる面での対応がおくれたことが今日の経営悪化の原因であると考えられます。
 さらにまた、経費の面で見ましても、特に四十八年のオイルショック以来の物価の急激な高騰が収支のバランスを大きく崩したものと思います。さらには五十一年に行った五〇%もの大幅な値上げで利用客が減ったことも響いていると思われます。
 利用者にとって国鉄というのは国そのものであるから、赤字を出しても、輸送シェアが減っても税金で補てんし、いままでどおり国鉄の輸送サービスを維持すればよいという考え方があります。各種交通機関が発達し、国民が自由にこれらを選択できるようになりました今日、まして国の財政自体の健全化が問題になっていることを思えば、国民経済全体から見てこのような考え方がよいのか、私は疑問に思うものであります。また、このような考え方が一方にあって、たとえば地方ローカル線の問題に象徴されるように、マイカーの普及などによって幾ら利用客が減っても国鉄が現在まで運営してきたわけで、結果的に国鉄経営のあり方があいまいなものとなり、赤字がふえ続けるという事態になっているものと思います。
 私は、国鉄が各種交通機関の中にあって、たとえば新幹線の大量高速性、大都市における通勤輸送など、国民にとって最も必要とされる輸送サービスを今後とも提供してもらわねばならないと考えております。またさらに、他の交通機関に負けないようより質のよい、たとえば冷房化率の向上、高性能通勤電車の投入、運転保安設備のさらに向上のようなサービスアップを図ってもらいたいと思います。
 貨物の例で申しますと、危険度の高い石油製品が海岸部から消費地である内陸部へ鉄道という安全な敷地内で大量に輸送されていますが、これをタンクローリー輸送にすべて切りかえる事態になると仮定しますと、いまでさえ渋滞し事故の多い市街地道路をたくさんのタンクローリーが走り、この場合の事故を考えますと住民はさらに不安な生活を送るという事態になりかねません。このように国鉄の特徴が発揮できる分野の輸送サービスを今後とも維持拡大していくためには、現在のような経営状態から一日も早く脱却してほしいと願うものであります。
 国鉄を再建するにはどうすればよいか、なかなかこれだという決め手がないむずかしい問題だと考えますが、私は昨年七月国鉄が発表した国鉄再建の基本構想案を読み、これこそ残された最後の再建の道だという思いがいたしました。この構想では、国内における各種交通機関の現状を十分認識した上で、かつてない徹底した効率的、重点的な経営に取り組むことを柱として、伸ばすべきものは伸ばし、一方国鉄ではいかに努力しても運営ができない分野からは撤退するという考え方を打ち出しております。このことは、本年十月のダイヤ改正において、貨物列車の削減のほか、旅客列車についても、いままで増発増発できたものを初めて輸送に合わせて列車本数などを見直し、これを減らすという画期的なことを行ったと聞いております。このような徹底した重点的経営方針を前面に打ち出し、なお国鉄の努力でいかんともしがたい過去債務の問題等についてこれを明確にし、政府に善処を求めているものであります。国鉄の再建のためみずからかたい決意を持ってこのような考え方を打ち出したことは、私としては全面的に賛意を表するものであります。
 今回本運輸委員会において審議されている法案は、このような考え方を全面的に取り上げ、国鉄の責任、国のなすべきことを明確にし、再建のため必要な法的な裏づけがきちんとされているものと考えますので、本法案に賛成するものであります。
 最後に、一日も早く国鉄再建の明るい展望が開け、国民の鉄道としての健全な経営下において労使協調された明るい鉄道となるようお願いして私の公述を終わります。
○委員長(黒柳明君) どうもありがとうございました。
 以上で公述人の方々の意見陳述は終了いたします。
 これより公述人に対し質疑を行います。
 質疑のある方は順次御発言願います。
○目黒今朝次郎君 公述人の方々からいろいろお話がありまして、共通的に言えることは総合交通体系をやはりつくって、それに整合性のある再建を十分時間をかけて国民にわかりやすくしてほしいというのが共通的にあったと思います。
 それで、これは大内公述人にお伺いをしますが、こういう先ほど資料も出されました。これはマスコミとか労働組合の段階ではこういうことが言われておるわけでありますが、国会の審議の段階では全然こういうものは政府も国鉄も委員会には提示してないんであります。全然提示してない、衆参両院でも。したがって、私たちは法案の条文と政令というんですが、政令と、その政令の具体的な中身ですね、それをやっぱり国会に出して国民にわかりやすく議論すべきだと、こういうお願いをしておるわけでありますが、政令とかこういう中身については出すわけにはまいらぬというところで国会が審議が行われておるわけであります。でありますから、皆さん方が地方で関心を持っている国会審議というのはきわめて抽象的な審議に終わっていると言っても私は過言ではないと、こう思うのでありますが、皆さん方が非常に大きな関心を持っておることを国民の代表である国会が具体的に審議をし、しかも国鉄の使命を達成するためには、やはりこういう具体案を国会に提示をして議論をしてもらって、同時に関係国民の意見を聞くということが最も皆さんが共通して言っている国民の合意と理解を求めるものだと、こう思うんですが、これに対して大内公述人と中川公述人の御見解を聞きたいと、こう思います。
 それからもう一つは、中西公述人と中島公述人、あるいは清水公述人のお三人にお願いしたいんですが、何回か再建計画をやって流れてきたと、そう言われておりますが、そして一面では再建計画ではなくて赤字対策だという言葉も使われております。あるいは公共性の見直しだということも言われておりますが、一体全体国鉄の現在の十一兆の借金、六兆円の累積赤字、これがすべての面の問題の根源になっておるわけでありますが、この十一兆円の借金と六兆円の累積赤字は、国鉄労使の責任でできたものか、国鉄の労使にかかわりなく国の政策として行われたいわゆる赤字であると、こう御理解か。そしてその問題と関連して、いま東北新幹線、上越新幹線も建設されておるわけでありますが、これも開業と同時に三千ないし四千億の赤字だということを国鉄当局は認めておりますし、青函連絡船は何兆円という莫大な金を抱えておるわけでありますが、この青函連絡船をどのように経営に結びつけるかということすら国鉄も運輸当局もいまだに計画が立たないと、こういう現状でありますが、この東北新幹線、青函連絡線と現在の十一兆円の借用金あるいは六兆円の累積赤字、いわゆる国鉄赤字は、国鉄の労使を離れたところに赤字の根本的な原因があるんじゃないかと、そのことをこの法案はほとんど手をつけていない。たな上げという一部分ありますが、中身は手をつけてない。これで果たしてこの法案で再建ができるのかと、この点をお三方に聞きたいと思います。
 もう一つ最後に、公共性の見直しという言葉が、これは中島先生、公共性の見直しと言われましたが、過疎過密地帯でむしろ交通手段を持たない、しかも非常に文化の恩恵に浴してない過疎地帯の方々にこそ公共性の見直し、いい意味の公共性の見直し、ローカル線の足の確保という点は、この高度化された社会であればあるほど、取り残されようとする北海道とか九州とか、あるいは過疎地帯の方々にこそ公共性の公共性たるゆえんを敷衍するのが私は国鉄本来の任務であり、政治の原点ではないかと、こう思っておるのですが、公共性の見直しの角度がちょっと違うようでありますが、いかように考えられるかお伺いいたします。
○委員長(黒柳明君) お座りになったままお答えいただいて結構ですが。
○公述人(大内基君) いや、立った方がぐあいがいいですから。
 実は昨年の暮れからことにかけまして、まあ昨年以来と言った方がよろしいんですが、政府によりまして国鉄再建のためにいろいろ論議が行われたことは新聞報道などで国民も十分承知しております。しかし、具体的な中身につきましてはほとんどわからなかった。それが再建法案が出まして国会にかかって、これは大変だということになりまして、自分の目の前から線路が取られるというのであわてまして、たとえば北海道の例を挙げますと、ことしの四月までに百四十六の市町村が反対決議をしています。それまでは何も知らなかったというような状況であります。
 したがいまして、今度の再建法案が仮に国会を通ったということになりますと、実は国民は余り中身を知らないうちに再建法案を通されたということになるわけでありまして、その後政令で線路がどうなるかということになるわけなんでありますが、ここで新聞報道を引用することは余りいいことかどうかわかりませんですが、私たちそういうものより知る手段がありませんので新聞報道を頼りにして申しますと、たまたま、つい先ごろ運輸大臣と自民党の政調会長が札幌に参りまして、この政令の問題について記者団と話し合いをしたようであります。その際に、ともかく法案は通せと、そして政令でもって何とかしてやるからというようなことを言われたというふうに新聞報道をしております。あるいは北海道出身のある代議士は、おれの目の黒いうちは絶対におれの線区からは線を外さないということを選挙区で豪語をしているということも伝え聞いております。そうなりますと、政令の中身がどうなるのかは私たち全くわからないと、いわば一人のあるいは数人の政治家の、何といいますか、政治力によって内容がどうでも変更になるというような政令案であっては国民を無視することもはなはだしいものだというふうに私たちは考えるわけなんであります。
 したがいまして、当然まず国会でもって政令の中身を十分に審議をして、そうすると、これは当然国民全部が知ることになるわけでありますから、そういう上で国民全体が討議に参加するような形をぜひつくっていただきたいというふうに考えるわけであります。特にこれから法案が通りますと、例の協議会がつくられるわけでありますけれども、その協議会の構成メンバーを見ましても、残念ですけれども、国民の声が反映するようにはできておらぬようであります。先ほども申しましたけれども、交通というのはまさに私たちの生活にとって衣食住に次いで欠くことのできない重要な問題でありまして、生活に直結しているのでありますから、当然私たちも参加する中でもってこれらの協議が行われなければならないものだというふうに思考するわけであります。どうかそういう点をぜひ国会の場でもっても十分御討議いただければまことに幸いだというふうに思うわけであります。以上。
○公述人(中川輝男君) 大内公述人のお答えと全く同然でございますが、この地方路線というのは大方が生活路線をなしております。で、それだけに非常に生活に密接なかかわりを持つわけでありますから、単に法律ばかりでなく政令に至るまで細部に至るまで審議をし尽くし、国民に広く周知せしめて、そして国民の合意を皆様の審議、採決の中で反映していただきたい、それがやはり一番基本的な民主主義のルールであろうというようにも思うわけであります。
 非常に簡単でございますが、以上でございます。
○公述人(中西睦君) まず第一に、その国鉄赤字の責任は労使の問題なのか、それともいままでの政策、政府の問題なのかという問題でございますけれども、それは両方私はあったと思います。
 確かに戦後における問題というのは、増大する旅客並びに貨物輸送にどのようにこたえていくかという形で、四十年前後まで、高度成長期以前までは非常に大きな国鉄の役割りがあって、その後に御承知のように高度成長期が起こってきたわけですが、その中における政策のいろいろなとり方という問題には私は政府の責任というものがあったということは言えると思います。しかしながら、それと同時並行して、やはり労使の関係における問題点というのは非常に大きな問題もやっぱり抱えている。それをどのぐらいの割合なのかと言われれば、私いまお答えできませんけれども、これがその後におけるところのやはり十一兆円並びに六兆円の累積赤字の問題にも関連してくると思います。
 ところで、そのような問題をどのように取り上げるかということで、では全部それが公共補助というような形またはたな上げというような形で可能性があるのかといえば、これは非常にむずかしい問題であろうと思います。だから、私は先ほども申し上げたように、交通政策という価値観が非常に変わってきていたということを私はこの中で申し上げたとおりでございまして、ずっと、総合交通体系というのが四十年代の後半に出てくるまで、すべて市場メカニズム中心で、消費者主権主義というものを尊重するという形で交通政策が行われてきた。すなわち、私たちはそれは経済行動と申しますけれども、それに今度初めて、今度は社会行動といってよろしい経済外の要因、省資源とか環境だとかいろんな問題を、または分担論の問題だとかという問題が出てきたわけでありますが、その歴史性の中で、かつてはそれは研究者である私どもも含めましてそれが一番是であるという考え方の中で進んできた。しかしながら、やはり言うところでだれをいま悪かったということを言っては私はいけないんだと、いままさにこういう問題を抱えたときにどうするかという形で考えるべきであろうという考え方に立っています。おまえが四割でおまえが六割なんていうことは言い得ないだろうと、それが一つ。
 それから、東北、上越新幹線のような赤字のできるようなものを今後もどうするのだと言いますけれども、これもやはり国鉄自体が本当にやりたくてやったのかという問題になってまいりますと、これはやはり政策、国家の交通政策との兼ね合いであるだろうと。これまでは私たちの学会の内部でもいわば新幹線分離論のような問題とか、いろいろ論議されておりますけれども、時間がございませんけれども、それはやはり私は負担にはなるだろう。しかし、それに対していまからどのように考えておくべきかということは考えておくべきであろう。ただ、もう一度申し上げておきたいのは、私は総合交通体系の論理、確かに運輸政策審議会でいま論議されておりますけれども、いままで何十年にわたってきた論理の中を、わずかこの三月までとか四月までに、総合交通体系の論理、さっき言う社会活動、社会行為というようないわば視点の転換が本当に図れるだろうか。それを待って国鉄財政再建をするべきだというお考えもあったようですが、私はそのようなことをしていればますます危殆に瀕する、緊急な課題である、だから、いろいろな問題があるけれども、セカンドベストとして私は本案を緊急にやっていただきたい、そういうふうに考えております。
○公述人(清水義汎君) 一つは借入金の問題でありますけれども、御承知のように国鉄というのが公共企業体になる前に、いわば資本の蓄積ができないような仕組みのままこの数十年を経緯して、しかも公共企業体になった段階で自己資本というものを十分持たされないでスタートした。そういう形の中で、また昭和三十年以降の第一次近代化計画以来借入金中心の設備投資を行ってきた。これは私はやはり経営者にも責任がありますし、それから政府にも責任があると思うんですね。もうあの当時からこのままいけば借金で水ぶくれになってどうにもならぬということが言われておったわけでありまして、これについてはやはり経営側の方でははっきりできないものはできないということをなぜ明らかにしなかったのか。いわばこのことが公共企業体が成立したときの、いろいろ議論はありましょうが、あのときの最低の一つの原則はオートノミーの確立であったはずなんですね。政治のオートノミー、それから人事のオートノミー、それから経営のオートノミー、この三つの自主性を中心に国鉄が体質の大きな転換を遂げたわけなんですが、この三つともだめだったわけですね。そこに私はいま中西先生がおっしゃられたように、政府が何割で経営者が何割ということは私もこれはちょっとわかりませんけれども、しかし両方に責任がある。
 それからもう一つは、あの高度経済成長期になぜ経営者は積極策を打たなかったのか。いわば太平洋岸メガロポリスと言われる新しい産業立地と莫大な生産力を持つ産業基地が建設される中で、引き込み線という問題については全く関心が薄かった。そのために四十年の第二次五ヵ年計画が終わった段階では、十年間の過程で昭和三十五年あたりからぐんと自動車が出てまいりますから、東海道新幹線が完成をした段階では、産業資本からの要請の輸送力増強はすでに国鉄から自動車に移ってしまった。こうなってまいりますと、これは国鉄だけの問題ではない、非常に多くの政策的な問題だ。いわば昭和三十年のあの高度経済成長という段階で当然新しい交通体系というものを政治の場では議論する時期でありますから、なぜフランス運輸法のような基礎的な運輸法規がその当時からできていなかったのか。今日でもできておりません。ほとんどが免許を中心にした免許法的な性格が多い。こういう点については、これから時間はかかるといたしましても、やはり考えていかなければならない問題じゃないかと思います。
 それから、総合交通体系につきましては、これはやっぱり私は道路と自動車、石油、この三つに引っ張られたと思います。特に総合交通政策を確立します場合には、交通全体として安全性、無公害性、それから規則性なり快適性なり便利性なり、それから経済性、この三つが調和をとれていかなきゃならないわけでありますけれども、たとえば羽田、成田の問題を見ましても、現在空域が成田ができる前の次元と比べますと、国内民間航空だけで羽田だけのときは約四百五十、現在六百と言われているんですね。そして、飛行場の数を見ますと世界で五十番目に近い。それから、飛行機の所有機数を見ますと、これは二十番目に近い。ところが、国内線の旅客数を見ますと世界で三番目なんですね。こういう綱渡りがなぜ行われているのか、そこにはやはり政策不在の問題があるからじゃないか、こういうふうに考えております。
○公述人(中島勇次君) 御質問のまず第一点は、十一兆なにがしの累積赤字は国鉄労使の責任かあるいは政府の責任かと、こういう点でございますが、私は国鉄の労使は国鉄経営を任されているわけですから、この赤字に全然責任がないと、これは言えないと思います。ただ、私が先ほど申し上げましたように、国鉄の累積赤字の中には、本来ならば国が政策的にやるべき費用負担が相当ある。一例を言えば、御承知のとおり、終戦直後のインフレ時代に国鉄の運賃をインフレ抑制のためにずっと抑えてきました。そのために足らない資金は国が貸してやるからやっていけと、こういうことになっていたわけですから、言いかえれば、たまたま国鉄が公共企業体という一つのバランスシートを持った組織になっていますから、そこで本来は国、大蔵省が賄うものを、そのバランスシートにつけていままで国策を遂行してきたと、こういうふうに考えます。したがって、その大きな部分はやはり国の責任である、責任というより国策の一つを国鉄のバランスシートにつけかえてきたんだと、こういうふうに私は考えるべきだと。
 それから第二点は、青函連絡船というのは青函トンネルのことだと思いますが、そうでしょうか。――この青函トンネルとか新幹線とか、これからつくる問題について、私は北海道を陸続きにするということは、将来の長い目で見た国土開発というか、国民の福祉を極力平等にするという意味で非常に有意義なことだと。しかし、国鉄は公共企業体だから国鉄がやれということは、これは国鉄はそこまでは責任や権限を持たされていないわけです。これは国の長期計画としての中ですから、これの負担はやはり国の責任、つまり国民全体の負担の中で解決する、国民共同の一つの国民的なプロジェクトだと、こういうふうに考えべきだ。それから、新幹線の、整備新幹線もありますけれども、いますぐにこれをやるということは、国の財政もありません、そこまでは及びませんけれども、長い目で見れば、いつかはやはりこういう鉄道の根本的な近代化というものによって日本の国土が本当にすべて生かされると、こういうことでやはり国の責任においてやる。国鉄はやはり財政のバランスを崩さない範囲内でその運営を任してもらう、こういう考え方以外に割り切り方はないと思うんです。
 それから第三点は、その公共性の見直しという言葉は、これは心情的に考えますとけしからぬことだと、こういうことになります。しかし、そういうふうに心情的に頭からそう言わないでもっと冷静に合理性を持って見ますと、僻地にたとえ一人の人が住んでいても、そこに鉄道を敷かなければいかぬのかと、じゃ何人までなら敷いていいのかと、これは非常に割り切りにくい問題。もちろん一人いてもそこに足をつけてやるということは、本質的には公共性の上から尊重しなければいけませんけれども、問題はその費用を一体だれが負担するのか、国民全体で負担するならば、国会で皆さんが、ここまでは税金、金がなければ増税してでもいいからそこまで鉄道を敷いてやれ、残してやれと、こういうことをおっしゃるならこれはそれで結構です。しかし、国全体で、中央でそこまでは見切れないから、この部分はひとつ地域で考えてくださいと、そうすると、必要があれば地域の中で、やはりその選択の問題だと思うんですね、その費用を負担するか、その公共性を生かすかということは、一にかかって選択の問題。だから今回のこの法案の中では、国鉄全体の大枠の中ではここまではめんどう見切れませんよと、あとはひとつ地域で考えてくださいと、方法についてはいろいろ御相談しようじゃないですかと、こういう体制になっているから私は先ほど来その姿勢には賛成だと、こう申し上げております。
 以上でございます。
○山崎竜男君 大内公述人にお伺いしますが、北海道からわざわざ御苦労さまでした。
 ところで、北海道から東京までどういう乗り物でいらっしゃいましたか。
○公述人(大内基君) 飛行機で来ました。
○山崎竜男君 これは当然だと思うんです。それでも十年、二十年前でしたら飛行機というものがいまみたいに発達していなかったわけですから、とにもかくにも東北本線、それから青函連絡船、そして札幌までの線と、こういうことでわれわれも行かざるを得なかったわけなんです。
 そこで、今度の国鉄再建法が三本柱からできておりますのは御承知のとおりですが、いま問題になっているこの地方ローカル線ということも、実は端的に言えば乗る人が少なくなったんですね。で、乗る人が少なくなったということはどういうことかというと、やはりそれだけ先ほどのお話のように自動車の普及がなされまして、好きな時間に自分の玄関先から目的地の玄関先まで行けるという便利さもあるということで、それとこのローカル線問題と離しては私考えられないと思うんです。そこで、いま政府がこの法案を出すに当たって、地域の足は確保いたしますと、絶対に確保いたしますと、ただその足が、こういう時世になってまでやっぱり国鉄しかないのか、あるいはバスがいいのか、あるいは民鉄、第三セクターがいいのか、その辺をじっくり考えてみなければならぬときへ来たと、こういうふうに政府は言っているわけなんです。
 それで、先ほど目黒先生もおっしゃいましたが、いまのところどの線が地方ローカル線になっているかということは政府でも発表しておりませんけれども、実はこの国鉄が赤字であるということは何年も前から言われておることでありまして、これは先ほどのお話のように、政府としても総合交通体系の中で国鉄の役割りはどういう役割りかということをはっきり示さなかった、そのままずるずるここまで来てしまった。これはわれわれ運輸委員会に属する国会議員にも責任があることですけれども、そういう情勢になってしまったという中で、国民は国鉄が赤字だということをわかっていながら実はさほど騒がなかったし、国民はある意味では国鉄なんというのは親方日の丸だと、つぶれるはずはないんだということでいままで来てしまったわけですが、そこで、赤字線といいますか、ローカル線を存続するためにはだれかが負担を、現在は何だかんだ言っても、だれかがその負担をしなきゃならぬ、その負担をする場合に、国でやれということは、結局国民全体が負担をしなければならぬということですから、やっぱり地域格差をなくしたり、地方の時代だと言われる現在において、どんな場合でも現在ある線を廃止するということはいいことじゃないから、われわれ国民全部がこれを負担いたしましょうと、こういうことになってくるとお思いになるかどうか、これを大内公述人、それから中西公述人、中島公述人にお伺いいたしたいと思います。
○公述人(大内基君) お答えをいたします。
 私、先ほども述べましたように、国鉄の赤字の問題を国鉄内部だけに限定して考えるべきものだというふうには思わないのであります。本来国鉄の赤字が何によって発生したかということは委員各位が十分御承知のところでありまして、モータリゼーションの発達あるいは航空機の発達、さらには港湾の整備、いろいろあると思いますけれども、ただ私は指摘いたしたいというふうに思いますのは、これらの道路にしましても、あるいは航空機が使用する飛行場にしましても、あるいはフェリーが発着する港湾にしましても、いずれも国の投資によって行われております。私は必ずしもこれらの投資をむだだと言うつもりはございません。がしかし、先ほども申し述べましたように、実は北海道の山の中にクマの通るところにまで道路をつけているんであります。クマが出るということは、車がほとんど通ってないということの裏返しであります。それが公共投資という名のもとに莫大な金を投下されている。しかもこれ冬期間になりますと当然除雪しなくちゃなりません。莫大な費用であります。のみならず、北海道におきましてはスパイクタイヤを使いますから道路が非常に傷む。補修費にこれまた大変な金がかかります。一体こういうような投資をすることと、国鉄が赤字線を走らせることとどちらがより住民にとって、住民の福祉にとってあるいは生活の向上にとって大切かということを大きな目でもって判断すべきではないかということが私の申し述べたいことなのであります。
 それから、御質問にないことでありますが、若干関連して申し上げたいというふうに思うのでありますが、最近、北海道だけでなくて、北海道が特にひどいんでありますが、北方脅威論というのがあります。週刊誌などによりますと、いまにも北海道がどこかの国から攻められるというような印象を与える記事がたくさん出ております。これは新聞に出たことでありますが、本州から北海道の大学に子供を出している親が、これは北海道に子供を置いたら大変なことになるから、すぐ帰ってこいという手紙を出したということが投書欄に載っておりました。まさにそういうような空気がいま日本じゅうを覆っております。これはマスコミの行き過ぎなのか、それともためにするためのものなのか私にはよくわかりません。がしかし、少なくとも何かの脅威があるがごとき言動が政界にもずいぶんあるようでありまして、もしや本当にそういうことをお考えだということになりますと、国防のために一体鉄道はどういう必要性を持っているかということの関連においても、私は国鉄の撤廃の是非ということを考慮すべきものだというふうに思うのであります。
 私は、決してどこからの脅威があるから国鉄を残すべきだというふうに主張するのではありません。ただ、脅威論というものがある中で国鉄を取るというのは国全体の政策の上において整合性が欠けているんじゃないか、国全体の政策が一貫してないということを指摘したいのであります。
 したがいまして、もう一度繰り返しますけれども、赤字の問題を考える場合には、国鉄内部に限定するのではなくて、国全体の政策の上に――もっと小さくてもいいです、日本の交通政策の上においてどの分野にどう投資すべきか、そういう観点に立って交通政策というものが立案され、その上でもって国鉄の役割りということも当然決まってくるだろう。残念ですけれども、今日国鉄の再建法案というものはそういうものが欠落する中でもってつくられたということに対して私はきわめて遺憾の念を持っているものであります。
○公述人(中西睦君) 私は負担の公正という意味とサービスの公正という視点から話させていただきます。
 まず最初に、先ほども私申し上げたように、国鉄の内部補助政策というのは完全に崩壊している、また成立しにくくなっている、そういう中で、ことに私も、中島公述人からも話のありましたように、減量体制をとらざるを得ない今日の環境の中で、地方ローカル線の、最初に強調しましたようにシビルミニマムというものが維持されなくてはいけない、すなわち足は確保されなくてはいけないけれども、私は果たして現在のところ、これから慎重に審議されるんだと思いますし、いま主張されているように、いわば残すもの約四千キロ、外すもの五千キロというものが究極にそのままになるとは考えませんが、その中で私はやはりいまいわゆる足を確保するということの前提に立ったときと、現在におけるローカル地方におけるモータリゼーションの進展というようなものとを考えていくときに、果たして地方鉄道路線を残しておくべきかどうかという点を、私は負担の公正という点からはもうその限界を超えているという判断に立ちましてこの法案に賛成しているわけです。
 もちろん、協議会のあり方、そのメンバーの構成、非常に重要であります。しかしながら、その負担の公正という観点からいえば非常な格差が都市の利用者とローカル地方の利用者との間に出ている。では、所得格差がどれだけあるのかと、そういう問題も勘案されてまいりますと、そこに一つのまた問題も出てまいると思います。すなわち、経済的外の問題というのが出てまいると思います。そういう意味で、サービスの負担という問題、公正さというものを言わさせていただきますと、その意味でやはりここは維持されなくてはならないし、何らかの形で他の手段にかわるとしても、何らかの負担を国家的に行うべきであるとする場合には、補助という問題が出てくるだろうと思います。補助もやはりこれは国民の間接負担でございますから、そういう負担の公正というものを考えた視点でやはり考えていかれるべきではないかということを私の主張といたします。
○公述人(中島勇次君) 御質問は赤字ローカル線の問題だと思いますが、公共性を保持するという立場から考えますと、まず足をつけてやるということが大事だと思うんです。鉄道でなければいけないというのはそれなりの理由のあるところしか考えられない。ですからこれの負担は、いずれにしてもたまたま乗る人だけがすべての費用を負担するわけにはいきませんからだれかが補助しなければいけない。いままでは独占体制ですから国鉄が大都市あるいは主要幹線のもうけでそれを負担してきたけれども、中西公述人の言われるようにその力がなくなったと、こうなりますと勢い公共補助しかないわけです。そこで、公共補助をするにしても、国に幾らでも金がある、あるいは地方自治体が幾らでも金を持っていてやれるということになれば、鉄道がよければ鉄道あるいはその他便利な方法でやれますけれども、やはりお互いに苦しい財政の中でやりくりするとするならば、公共補助でやるにしても国民一般の税金がなるべく軽く済むような方法をやったらいいじゃないのか。だから、バスでやった方が鉄道でやるよりも安いんだと、赤字が少なくて済むんだということであればそういう方法でやる。もちろん利用者、沿線の皆さんから見れば非常に不服だと思いますけれども、そこはやはりお互いの話し合いで納得して、なるべく不自由を感じさせないような手だてを講じた上で対策を講じていただく、これが必要だと。
 以上であります。
○山崎竜男君 それでは、清水公述人、中川公述人、柳田公述人にお伺いしますが、いま道路の問題が出ておりました。道路は御承知のとおり目的税ということで、自動車税、ガソリン税の中から道路財源にしか使えないような仕組みの税を設けて、それで道路をつくっているわけなんです。そこで国鉄あたりにでも、たとえば東北新幹線、盛岡以北、札幌まで持っていくにもいま財源がありませんから、そういう財源を見つけようじゃないかと思っているんですけれども、いまの日本の経済状態では新規財源を見つける余裕がない。その中でこういうローカル線問題が出てきているわけです。
 そこで、お三方にお尋ねいたしますが、やはりこれからの国鉄でもそういうような道路財源と同じような財源を見つけて、まあこれ税金につながるわけですが、整備をしなければならぬのか、あるいはこの辺で鉄道を新しくつくることはやめた方がいいとお思いになるのか、端的に、ごく簡単で結構ですからその点の御返答をいただきたいと思います。
○公述人(清水義汎君) 道路と目的税の自動車の関係でありますけれども、この自動車の問題が新しい問題にいまぶつかっていると思います。それは、一つは公害の問題、それからもう一つはいわばエネルギーの問題、そういう中で自動車税そのものも抜本的に変えていかざるを得なくなってきているんじゃないか。自動車といいましても公共輸送機関を分担する自動車もございます。これはトラックを含めてでございます。ところが、問題は自家用車でございます。そういうような形、いわばこれは私は一つの間接的規制の手法だと思いますが、そういうものと公共輸送機関の財源の問題、それから、いわ総量規制の中で出てきた新しい輸送需要を鉄道で吸収していくことによって収入の増加を図っていく、この辺のやはりバランスシートをどうとっていくかということがこれから検討されなければいけない課題かと考えております。
○公述人(中川輝男君) 先ほどやや抽象的ではありましたけれども、総合交通体系について、私なりの幼稚な点もありますが、考え方を申し上げましたが、その中で、やはり財政的な負担の問題を言っておりましたが、――二つ申し上げておりました。一つは国鉄をやはり基幹にしてということ、そしてその他分業的ないろんな役割りを果たさせる。それから、財政的な問題を申し上げておりましたが、いままでもそうでありますが、今後においてはある程度やっぱり一定の自由競争の条件、市場条件をつくっていくためには国鉄の競争力を持たしめなきゃならない、そのためにはいろんな負担、構造問題として取り上げられておりますが、路線の基礎的な敷設の問題などについては国がそれ相応の負担は必要であろうと。経営問題については国鉄に任せるにしましても、そしてランニングコストの問題が国鉄の問題であるにしましても、基礎的な負担は絡めていかなければならないであろう。今後鉄道をつくるのかつくらないのかということは国民のいろんなニーズがやはりあるんだと思いますので、その辺については私はお答えしかねますが、ただ道路に対していろんな特定財源が付与されておりますが、国鉄についてはあるいは国鉄の今後の問題については、そういうことじゃなくて一般財源から回し得るのではないか、回さなければならないのではないだろうかと、そういうように考えております。
○公述人(柳田一男君) 御質問の第一点の道路と目的税、こういう関係でございますけれども、これ清水先生がおっしゃいましたように非常にむずかしい問題だと思います。特に地方線区が整理されたりなんかしますと、やはりファミリーカーというんでしょうか、自家用自動車の場合も考えなければなりませんし、また幹線を走るトラック輸送対策とか大型バス対策とか、こういうことも考えまして慎重に決めていかなければ、御審議願わなければならない問題だと思うわけでございます。
 それから、第二点の新しい鉄道を地方につくるかと、こういう点でございますけれども、これにつきましては、私が考えておりますところは、基幹輸送――具体的に話しますと、東京−札幌間は航空機で行くと、その後は北海道の幹線に任せると、こういうような場合には利用者の利便を図るために接続線路を設けるとか、そういうことは賛成だと思います。その他につきましては新しい線区はつくるべきでないと、こう考えております。以上です
○桑名義治君 清水公述人にお願いをしたいわけでございますが、先ほどからいろいろと御高説を伺いまして本当にありがとうございました。
 清水公述人は、今回の国鉄再建法に関しまして総合交通体制というものの結論が一応出てから出すのがよろしいのではないか、あるいはまた、いままでの国鉄再建法というものはむしろ赤字対策論であった、こういう御議論があったわけでございますが、今回の政府の国鉄再建基本構想には、昭和六十年度までには国鉄の財政を立て直す、こういうことがうたわれているわけでございます。そこで、実際に今回の法案によりまして国鉄の財政再建が、あるいはまた経営基盤が確立できるかどうか、いまから予測するということは非常にむずかしい問題でございますが、どういうふうにこの点についてお考えになられますか。また、この国鉄再建あるいはまた経営基盤の確立ということについてほかにまだ御意見がございましたらお聞きをしたい、こういうふうに思っております。
 それから、中西公述人にお願いをしたいわけでございますが、中西公述人の公述の中には、これは今回のこの法案に対しては賛成という立場でいろいろ御高説を伺ったわけでございますが、同じようにこの問題について今回の法案にこういう面がプラスすればなお一層ベターではなかろうかという、何かそういう御意見がございましたら付していただきたいと、こういうふうに思います。
 それから、もう一気に全部お話をしておきたいと思いますが、清水公述人にお願いをしたいんですが、今回のこの法案の中には、地方交通線は大体平均五割増しぐらいの特別運賃制度を導入する、こういうことがうたわれているわけでございますが、この問題はいわゆる採算重視という立場からわれわれは見ているわけでございますが、いままでの国鉄の公共性という立場から考えた場合にはいかなるものだろうか、こういうように思っているわけでございますが、この点についての御意見、これは大内公述人も一緒にお願いをしたい、こういうように思っております。
 それから、中島公述人にお願いをしたいわけですが、公共性の問題についていろいろと御議論があったわけでございます。そこで、確かに国鉄につきまして一番重要なことは、こういう公共交通機関というものは採算性を重視するのか公共性を重視するのか、その両面に立っていままで議論がなかなか発展しにくかった、また、そのはざまの中にいつのまにか国鉄がこういう状況の中に落ち込んだということもまた一面言えるのではないか、こういうふうに思うわけでございますが、このいわゆる公共性と採算性、これは概論的に、こういう項目を考えて取捨選択をすべきだという、そういう概論的なもので結構でございますので、その点について伺っておきたい、こういうふうに思うわけでございます。
 それから、清水公述人にもう一点だけお願いをしたいわけでございますが、先ほどから交通総合体系ということがいろいろとお話に上がっているわけでございますし、先生の御意見も陳述をなさったわけでございますが、さらに何かつけ加えることがあったならばこの点についての御意見も伺っておきたい、こういうように思いますが、よろしくお願いいたします。
○公述人(清水義汎君) まず第一点は、財政健全化のためにこの法案の成立によって経営基盤が確立されるかということでございますが、現状の国鉄のサービス純度、それから外的要因、これが放置されていることを前提に考えますと、財政健全化の見通しというのは楽観を許さないと思っております。もちろん、その中で非常に莫大な金額がたな上げになる、これは前々から言われたことでありまして、これは非常に大きな必要性と。これだけは早急にやるべきだと思いますが、しかし単年度赤字、こういうものが簡単になくなるかというと、これはなくならないだろう。ただ、極端な言い方をいたしますと、もうからない線は全部やめてしまう、黒字の線だけ残すということになれば別でございますけれども、これは現実問題として不可能でございますし、それこそ公共性、社会的必要性との観点が出てまいりますので非常にむずかしい。
 それでは、第二の御質問の中で出ている経営基盤を確立するためにどうすればいいかということですが、まず私は、国鉄の経営体質というものを、少しここで本格的に体質そのものにメスを入れるべきじゃないのか。特に国鉄経営体というのは、一般民間大手企業と比べますといわば経営陣の質と、それから感覚がまるっきり違うわけであります。いわば公共性ということを前提にいたしましても積極策をとろうとしない。実は私もこの二、三年じかに経験をしておりまして、よく会合等で話が出るわけでありますけれども、たとえば日本の輸送需要の中で非常に特徴的な輸送需要に中学校から上の修学旅行がございます。これが在来線を使うことが――いま修学旅行と言いませんので、あれは一種の授業の一環としてやっておりますが、新幹線じゃ役に立ちません。在来線の方が社会科教育、歴史教育に非常に役に立つわけであります。ところがサービスが非常に悪い。私も附属校の現在校長を兼務しておりますが、買い切りで参りましても炎天干しに二時間も三時間も待たして平然としておられる。こういうことでは、これは旅客の吸収は不可能だと思うんです。私は前々から、せっかくコンピューターを導入したんであれば、年間修学旅行計画を全部セットして、あの旅行列車をもう一回回復をしてもらいたいということを主張しておるものの一人でありますけれども、なかなかこれが実現をしていただけない。そのために徐々に中高では最近は飛行機へ移りつつある。ところがわれわれはひやひやものであります。万一これが事故が起きた場合には完全に一斉死亡でありますから非常にこわいんです。これはやりたくないわけです。それで今度はバスを使いますとタイムテーブルが全く維持できない。そういう意味で、それを好んでいく、しかも安定的な膨大な層が――これは一例でありますけれども、そういう点ではもう少し積極策をまず考えるような体質を考えていただきたい。
 それから第二には、経営基盤を確立するためにはやはり経営基盤を揺るがしている外的要因をどう調整するかということだと思います。外的要因を全然調整しないで内部要因だけでやろうとすれば、これは大都市交通の再建が失敗をしたと同じ結果になるということは火を見るより明らかであります。そういう角度から第二は考えていただきたい。
 第三は、交通と都市、交通と産業というのは不可欠の関係であります。長期ビジョンの中では、都市計画、産業計画、こういうものと整合性を持った長期計画を考えていただきたい。そういたしませんと、交通はむしろ後追いになっております。後追いになっておりますからそこには決して合理性というものを加えたものにならない。その空間を縫ったのがスピードに非常に恵まれている航空機と、それからドア・ツー・ドアの機動力を持っている自動車であります。そういう点を抜きにしては私は経営基盤の確立というのは不可能だと思う。むしろ国鉄縮小再生産に入ってしまうだろうというふうに考えるわけであります。
 それから、地方交通線の割り高な特別運賃制度ですが、これは非常に私は社会的に問題があるんじゃないかと思います。一般的に地方線区の国鉄のサービスは悪いです。従来から、国鉄というのは大体本線で使ったものをローカル線へ持っていくわけです。一時は五十キロレールを地方の三十五キロレールへ持っていくと、東海道線で使っていた特急を今度は地方の急行へ回すというようなことまで言われているような地方線冷遇であります。しかも無人駅もある。非常に合理化が進んでいる。しかも地方に住んでおられる方はそこに住まざるを得ないから住んでいる。いわば居住と職業の選択の自由がもっと自由でありまして、そこに住まなくてもいいような社会環境があるなら別でありますけれども、そこは生活と密着しちゃっている。いわば選択がきかない。こういう中で割り高な特別運賃制度というものを導入することは非常に問題があるのではないか。
 しかも、これは公共料金の一環として考えた場合には、ガスにいたしましても、電気にいたしましても、過密地域より過疎地域の方が敷設料ということだけを考えますと当然割り高になってまいります。いわば人口密度の低いところは割り高でいいと、こういう原則をしいてまいりますとこれは大変なことになるわけでありまして、そういう点ではむしろ、これは極論でありますが、割り高運賃制度というものをもししくんであれば、込んで込んでしょうがないところにしけばむしろいいんじゃないか。これは経営の原則から言えば、少ないところは割り引いて客を吸収すべきである、うんと込んでしょうがないところからは高くもらう、これが経済の原則だと思いますが、そういう点と近代的な経営、経営主義の導入ということと一体どういう関係になってくるのか。このことについてやはり相当慎重な形をとりませんと、現在イギリスの国鉄がやっているような差別運賃制度、これと同じようにこの問題は同列視できないというふうに考えております。
 それから、総合的な交通対策といいますのは、まず基本は、日本の交通の基幹を何にするかということがまず第一であります。そして補完に何をさせるのか。そして、補完にいたしましても基幹にいたしましても、一般の産業と違いましてストックがきかない。しかも、旅客は旅客、貨物は貨物、いわば一般産業で言うならば生産品目の変更のきかないのが交通部門でございますので、やはり市場をある程度占有化さして安定性を持たせる。それをいわば従来から言われておりますところの各交通機関にそれぞれの任務分担をさせるということが、抽象論じゃなくて法制上も占有化させ得るような方向がまず第一だ。第二は、そういうような角度から見ましても、今日の公害問題、エネルギー問題はこれはどうしても抜きにできないわけであります。特にエネルギー問題は二十一世紀の前半における重要な課題になることは、これは間違いないわけです。そうすれば、これらの資源を有効に使っていくという形の中から交通問題も考えていかなくてはならない。それから環境保全対策、交通事故対策、安全の面からも考えていかなきゃならない。そうすればいわば選択の自由の論議というものは、この交通の問題につきましては、特に公共輸送機関の体系整備の観点からは相当重視をしていかなきゃならないでしょう。
 そして、プライベートキャリアにつきましては、公共輸送機関が国の財源で保護政策をとりながらやっていくということでありますれば、それを阻害しないような中での配置をしてまいりませんと、国民の負担で財源を補てんをしていく、そして片一方では、その機能が低下するような形でプイベートキャリアを圧迫をしてしまうというのでは何もならないわけであります。特に通路部分につきましては、道路交通それから航空機、あるいは海運と同じような形でこれは考えていかなきゃなりません。そういうことで考えれば、二つの方法しかないでありましょう。通路部分を全くただで使っている交通機関から、何らかの税金を課して、これを通路部分というものを自己負担でやっている企業にその分だけ補償をしていく、こういう形をとるか、あるいは鉄道におきましても通路部分につきましてはこれを国家で補償をしていく、いわばフランス方式でありますが、そういうような形で考えていくことが必要かと思います。しかし、この問題は非常に重要な問題であると同時に、内容は多岐にわたりますので、短時間で説明申し上げることは非常に舌足らずでむずかしいわけでございますが、幾つかの気のついた点を申し上げて勘弁をさしていただきたいと思います。
○公述人(中西睦君) まず最初に、たびたび申し上げましたように、総合交通体系というようなものがこの一、二年のうちに早急に本当に国民的なコンセンサスを得るまでに確立できるのか。私は、できないんじゃないかと思います。すでに何十年という経過を経た、いわゆる市場メカニズム中心型の形で持ってきまして、それに不公正な分野が出たところをいわば公共規制というふうなものを行ってきた。それにさらに問題点が出たところを、いわば調整というものを行うようになってきているわけですね。それを一挙に、いままでの理念を欠いた経済性、いわゆる効率性の評価の基準になっておりますが、いまは。それを一挙に覆すような形での、いまの清水公述人のような体系へ持ち込んでいけるのか。これには相当な時間がかかるだろう。そういう意味で、それを待ってから国鉄問題を考えるということになりますと、これは大変な問題が起こると私は認識しております。そういう意味で、非常に緊急性があるということをまず最初に申し上げておきたい。
 それからもう一つの問題点は、では、こういうような今度の法律で経営基盤は確立されるのか。これは前提は、ここに書かれておる法律のとおりにすべてが実施され実行されたとするならば、私は、経営基盤はある程度確立してくる。完全だとは私も言い切れません。しかし、これは国のいままでの政策にしろ、たとえば経営計画にしろ、これをいまできるのかと私に言われても、それはできるということははっきり言えませんが、いままでと違って、先ほどからも言われているように、はっきりとした自分のできる分野と、それから国の補助を、構造的な問題を国にお願いするという明確な分離をこれほどしたことはいままでなかった。そういう意味で、私は完全に黒字になるということについてはまだ疑義もありますけれども、いままでのような形よりもさらに改善されるであろうという点では、私は一応同意できるのではないかというふうに考えております。
 もう一つあるんですが、新たな法案を追加したらという問題については、私はある程度昔から分割論者であります。その辺で、分割的なものをどのように織り込むかということを、この場合に個人としては考えますが、そのいろいろな分野、いろいろな労使関係の問題から、それからいままでの過程、これはもう何時間あっても足らないぐらいの時間が要ると思いますが、そういう意味から見ればセカンドベスト策、またはいまの段階ではベスト策として今法案をやっていただきたいと、そういうふうに考えております。
○公述人(大内基君) 私には、地方線の割り増し賃金をどう思うかという御質問でございました。この割り増し賃金という考え方の基盤にあるのは、赤字だから割り増し賃金をするということだというふうに思うんであります。としますと、一体、国鉄でもって黒字なのは何線あるのか。私よくわかりませんが、大体全国で八線区ぐらいだと思うのであります。残りは幹線を含めて全部赤字であります。赤字だから割り増し賃金を取るということになれば、日本全国をみんな割り増し賃金にするのが本当じゃないか。なぜ地方線だけ割り増し賃金を取らなければならないのかということに対して大きな疑問を持ちます。特に心配することは、地方におけるところの住民の所得と都市における住民の所得との格差の問題であります。改めて御説明申し上げるまでもないと思いますが、地方の方がはるかに収入が少ないんです。その収入の少ない中で負担増を強いる結果になるわけであります。
 特に強調したいと思いますのは、これまた北海道に例をとりまして恐縮でありますけれども、たまたまローカル線廃止問題が話題になったときに、興部という高等学校の先生が非常に嘆いていたことが新聞に出ておりました。実は自分の学校では三分の二が列車通学だというんであります。これは一つの高校が三分の二が列車通学だということ、この高校だけの特殊事情ではないと思います。北海道は非常に広大であります。したがいまして、どの町村もみんな高校をつくるというわけにいきませんですから高校の数が限られています。したがって、列車通学する数が非常に多いということであります。これがいま言いました割り増し賃金を全部引っかぶるという結果になります。特に強調したいことは、廃止の場合、バス転換した場合どうなるかということでありますが、ある線区での話でありますけれども、現在一ヵ月の通学費約五千円ぐらいかかっているそうでありますが、これが廃止によりましてバス転換になった場合には一万七千円かかるそうであります。一万七千円もかかるということになりますと、とてもこれは高校にやれないというふうにおやじに言われている。こういう現象が、仮にバス転換をしなくても割り増し賃金を導入した場合には各所に起きるだろう。高校はいまや義務教育と同じように見られている今日でありますが、こうなりますと、子供の教育を奪う結果になるおそれもありますので、この点について、割り増し賃金導入についてはきわめて大きな疑問を持っております。
 以上であります。
○公述人(中島勇次君) 私に対する御質問は、公共性と企業性とを割り切る何か考え方の基準はないか、こういうお話だと思います。
 この問題は学界でもあるいは実務界でも非常に論争の多い問題ですが、いまだにまだはっきりした答えが出ていないんです。私の考えでは、一般によく公共性と企業性とは二律背反的な問題だ、こう言われますけれども、私は全くそれは違う。つまり公共性と企業性というのは次元の違う問題で、これを二つすり合わせてどこでその整合性を持たせるかということはないんだ、無理だ、こういうふうに考えます。
 というのは、企業性というものを単に国鉄の採算がとれればいい、こういうような考え方で考えますと、これは非常に曲解されると思うんです。企業性というのは、言いかえれば経済合理性の問題で、できるだけ少ない資源の浪費でより価値の高い生産物を国民に供給する、こういうことですから、ですから、企業性はあるいは日本国有鉄道法第一条にありますように、能率的経営というのはそういうことを意味しているんですね。むだをなくしてそうして国民の持っている資源を最大限に利用して国民にそれを返してやるというのが企業性だと思うんですね。ところが、一方公共性の方はそういったような経済性を別にした政治分野で判断すべきで、これは社会的に見て必要だからこれは供給すべきである、これは社会的に見て余り意味がないからもうやめてよろしいと、政治判断で識別すべき問題だと思うんですね。したがって、この二つを一つの論理で解くという方法はないと思う。強いて言えば、もし企業というものを、独立して、そうしてしかも厳密に言う企業性を持って運営しろというならば、その範囲内で最も経済性を持ったサービスとしてできる範囲内でしか公共性におつき合いはできない。しかし、それでは政治的に見てこれはいけないんじゃないか。
 だから、その分は政策費として、これは経済原則と別の分野で、そこの経済を支えるような方法を講じない限り問題は解決しないだろう。たとえば母子家庭のようなところに、これはもう人間は働けばいいんだ、楽な暮らしをしたければ一生懸命働けと言うのは、これは理屈じゃないんですよ。しかし、すべての人間に母子家庭と同じような感覚でいったら、もう国民経済は崩壊してしまう。働ける人は大いに勤勉努力して節約して働きなさいよ、しかし母子家庭のような人は、政治的判断でこれは社会的にこういう人たちはみんなで助けてやらなきゃいかぬ。これを公共性と企業性をどこで割り切れといったら、母子家庭と、それから一般の働き手と一つ物差しでやれというようなもので、そこにやはり問題のけじめというものがある、私はこういうふうに理解しています。
○小笠原貞子君 まず、この法案に賛成とおっしゃる方に御質問をさせていただきたいと思います。
 本委員会でも、この法案がかかりまして二日の審議をいたしました。私たち審議するときに一番困りましたことは、一体どの線が残ってどの線が切り捨てられるのかと、その基準は一体どうなんだと。これは法律として政府でお出しになったからには、政府の責任で統一した考え方を出されなければ、もう本当に、しっかりした審議がかみ合わないということを再三再四申し上げたんですけれども、いまだに政府としての統一された見解というのは出されていない。そして運輸省が、各省庁とおおむね了解されたという程度の運輸省案で話が始まっているわけなものですから、まして地域の皆さんにとっては、これは一体どうなるんだというような非常に混乱がそこから起きているということをまず最初に申し上げなければならないと思うんです。
 きょうは、中央公聴会でそれぞれ御専門の立場でおいでいただきましたので、いいお知恵を拝借して、これからの審議に生かしていきたいと、そう思うわけなんです。
 柳田公述人は、朝日火災海上保険株式会社営業第二部副部長。営業マンとしてベテランの立場できょうおいでになりたと思うんですよね。たとえば経営で、もう赤字だと、財政大変だと言われたときに、一番先に何を解決しようと、どういうふうに考えていったらいいかというふうにお考えになるのが、私は経営する者の立場に立っては当然だと思うんですよ。そうしますと、この国鉄のいま問題になっている賛成なすった御三人の方、皆さんおっしゃるのには、赤字がこんなに出てきたら大変だよと。それで、しかもこれ緊急に対策を立てなきゃならないという立場からの御発言だったわけですよね。だから私は、そういう立場でお考えになるのは当然だと思うけれども、それならば、いま大きな赤字が一体どの分野で出ているかということについて、特に経営マンでいらっしゃる柳田公述人にお伺いしたいわけなんです。その赤字が地方交通路線でどれくらいの割合になって、これを切っちゃったら赤字対象の大部分が解決されるというふうに考えていらっしゃるのかどうか。赤字というものがどこから出てきたかということをお伺いしたいわけなんです。
 それから中島公述人、いま公共性の見直しという大変勇気ある御発言がございまして、日鉄法の第一条には、公共性ということがはっきりうたわれているわけでございますけれども、勇気ある発言ということで、私は評価はいたします。しかし、その中でいろいろおっしゃいましたね。公共性を見直さなきゃならないと、そして、いままた、年寄りやそれから母子家庭というような方々とはまた問題は違うんだということになりますと、これ一律の全国の基準でもってこれがつくられていってしまうと、その地域だとか、そういう個々の実情などを考えていたらこれは法案としてできないよと、だからそういうものは考えない、政治的配慮はできないというふうな形になってくるんですね。そうすると、あなたがおっしゃった母子家庭だとか、弱者に対する配慮というものは、この法案の中ではそういう配慮はなされないんですね。そういうことになってもこれはしょうがない。やっぱりいま赤字の方が大変だから賛成だと、そうおっしゃるのか。
 それからまた、協議会をつくるとか会議をつくるとかいろいろありますね。しかし、これは法律が通りまして、そして廃止した場合の協議であり、会議でございますよね。だから、そのときにいろいろ物を申し上げて、いろいろ厳正公正に、かつ慎重にと大臣お答えになりますけれども、この法律で、われわれの意見をどの程度反映させるかという保障をどういうふうに考えていらっしゃるかという問題を伺いたいんです。
 それから中西先生ですね、中西公述人も、先ほどから、これは大変だと、だけど、全面的にこれも無条件賛成という立場ではなくて、足は確保しなければならぬということもおっしゃったし、負担の公正ということの問題を先ほど発言なすったわけなんですね。私も北海道出身なんですよ。北海道もまだ札幌だからいいんですけれども、この北海道の、さっき大内さんいろいろおっしゃったけれども、非常に僻地がございます。冬は大変寒うございます。油は値上がりいたしました。そうしますと、本当に個人的に考えれば北海道価格なんて高い物価でなくて、町の安い物価のところで、便利なところに住みたいですよ、だれでもね。しかし、みんながそういう立場に立ってしまったら日本は一体生きていけるのかと。そうすると、大変寒くて、物価が高くて、だけれども、そこでその中で働いて、そうして日本の、北海道で言えば食糧基地としての生産に携わらなければならないと。で、好きこのんで不便な、高いところの寒いところで苦労しているのじゃないと、そういうことを考えた上に立てば、それは、あなたのこの地方はもう赤字路線だから、だから特別運賃加算しますよと。毎年どんどん交通料金というのは上がって、その上にまた五割アップということになると、負担の公平という立場に立って考えますと、私はそういう僻地でも、苦労の中でも一生懸命に働いている人たちのことを考えれば、やっぱりこの人たちのところに犠牲を強いるのではなくて、全体で負担し合って、それぞれの人たちが日本を構成している中で、公正にということが立場としては言えるのではないかと、こう思うわけなんですね。だから公正とおっしゃった意味、そういう意味でどうお考えになっているかということを伺いたいと思います。
 それから、先ほどもちょっと出ましたけれども、もうこの国鉄というのは、産業から文化から社会的影響非常に大きくなりますよね。その中で、さっき大内さんもちょっとおっしゃったけれども、きのう私も質問いたしましたけれども、進学率ですよね。私も大内さんいらっしゃいました興部高校に行きまして全部リストをもらってきました。そうしましたら、国鉄運賃で、学割でいきますと、いま三千八百円くらいなんですね。それが今度その国鉄が廃止されて、バスに転換される。確かに足は確保される。しかし、その負担率はどれくらいになるかというと一万八千五百円になります。五・三倍ぐらいになってしまうのですよ。そうすると、せっかく高校の進学というものが非常に高まってまいりましたね、これは北海道だけじゃありません。この間東北に調査に行きましたけれども。そういう場合に、そういう高い学割のその上に学割の割引率を高めようということになりますから、そうすると、こういう問題になると、これからの国民の教育を受ける権利についても非常に負担がかかって、在学生は卒業までをめんどうを見ますということになりますけれども、弟が新たに入りたいというときには、この冷害の中で生活大変だと、兄ちゃんは何とか出したけれども、おまえは出せないよと言って、この教育というものが低下させられる。教育学者である大学の先生としても、教育の問題真剣にお考えになると思うのですけれども、そういう立場に立ってごらんになったときに、この法案によって地方ローカル線は切り捨てと、代替で足は確保されても、そういうことから教育に対して非常に大きな影響を与えるという点についてどういうふうにお考えになるか、まず賛成なすったお三方にその三つの点、伺いたいと思います。
○公述人(柳田一男君) 私に対します先生の御質問は、営業マンとして経営赤字の場合にとるべきものは何だと、こういうことだと思います。
 私は、苦学いたしまして現在の地位を得ておりまして、苦学の間も行商等をやってまいりましたので、物品販売業、損保業、これをずっとやっております。しかし経営の決め手というものは、収入をはかって経費の節減を図る、こういうことだけしかございません。私の会社で例を挙げて申し上げますと、余りお得意様のない営業所は閉鎖していく、閉鎖に際しましては、いままで加入されておりますお得意様に対するサービスを考えまして、これを別のものに置きかえる。いわゆる営業所を廃止しまして駐在員を置く、こういうような形で減量経営に努めております。そうして収入をどんどんはかって、切るべきものは切っていく、こういうのが、やはり物品販売業並びに損保業、これも皆同じだと思います。
 以上でございます。
○小笠原貞子君 私が質問したのは、現在赤字になっていますね、国鉄が。だから大変だとおっしゃった。じゃその赤字というものがどこから出てきているのか、それを考えなければ、後また大変になってきますよね。そうしますと、いまの赤字が出てきているというものは、どこが大きなウエートを占めて、これに対しでどうすべきだという、やっぱり赤字対策からお出しになっているから。
○公述人(柳田一男君) それでは、私の説明はちょっと不十分だったと思いますけれども、いまの鉄道に私が申し上げましたことを置きかえますと、やはり赤字というのは、経費に見合わない、こういうものは、私は数値は覚えておりませんけれども、いわゆる経営指数のところで一〇〇を超えるものとか、そういうことで新聞紙上に出ていると思います。要するに、収入に見合わない経費を強いられるのだ、こういうところから赤字が出てくるのだと思います。それに対してはどうしたらいいかといいますと、やはりいまこの法律で見ますと、地方協議会等において、バス路線に切りかえるとか、それぞれ協議をしながらその赤字路線を何とか解消していく、こういうように私受け取っておりますものですから、そういうふうに対処したらよろしいんじゃないかと考えております。以上です。
○小笠原貞子君 やっぱりかみ合いませんね。
○公述人(中島勇次君) 私に対する御質問は、今度の法律の中では地方交通線の整理の基準がはっきりしてない。したがって、国会の場で議論しようにもどうも根拠がはっきりしないと。これについて一体国会の意見を今度の地方交通線の整理に反映さすにはどうしたらいいか、こういう点だと思います。
 私は、この問題はもうここまで来ますと国鉄の経営問題というより一種の政治問題になってしまった。したがって、この問題はやはり政治の枠組みの中で処理していかなければもう進行しないと。そこで、政治の枠組みでいけば、どうしても最も国民の総意である法律というもので枠組みを決めて、そしてある程度の枠組みの中では、次は行政の段階にゆだねる。その行政のあり方いかんには、これは国会の場で幾らでも御意見を反映させる場があると思いますが、そういう点でいきますと、先生が先ほど御指摘になったように、すべての線についてこの線はこうすることですよと、これ全部やったら法律にならないし、また国会の場やあるいは法律をつくる段階ではそこまで具体的に細かくやるべきものではない。むしろ基本姿勢、基本方針をはっきり決めておいて、行政に任せる枠組みを決めておいてその中でやっていく。今度の法律の体制では、一応そういう枠組みははっきりしておいて、そしてこれから先のことは政令その他にゆだねる、あるいは地方協議会その他によって地方の意見も吸い上げる、こういうふうな体制の中でやっておりますから、これは本当なら先生のおっしゃるようにすべてはっきりしていればでしょうけれども、ここで全国のやつを全部法律に織り込んだらとてもこの法律審議は一年かかっても解決しないと思いますので、その点で私はいまのやり方はやむを得ないと。
 ただし、私が先ほども申し上げましたように、これについては相当地方によって、事情によっていろいろと問題がある。だからこそ二十年、三十年前から議論されて解決しないんですから、ですから、そういってほっておいたら百年たっても解決しないから、ここらでこれをもう一回国民全部が自分たちの問題として、やり方によっては自分たちの税金の負担がふえるんですから、そういう考えで冷静な目で見ていく。そういう意味で、おっしゃる部分については、やむを得ないと、私はこういうふうに考えます。
 それでよろしいでしょうか。
○公述人(中西睦君) 私、小笠原委員からのあれは限定させていただきまして、私も、整理の基準につきまして細かく何々線区は何々というような決め方は法律で決めるべき問題なのかというのは否定的なんです。やはり、これはその線区線区の歴史性があり環境がありいろんな問題がありますけれども、それはやはり地方住民というようなものと国家とが政治的な場の中で考えていくべき問題であるというように私は考えます。だから、私は負担の公正のところだけ御質問にお答えさせていただこうと思います。
 負担の公正という意味は、私は現在の環境の中では、今度対象になっている路線の中で、地方交通線の中では内部補助のもう限界を超えているということを言いたいわけです。だから全部、先ほどの公共性と企業性と同じでございますけれども、だから負担の公正を、町にいる人もそういう先ほどの北海道の例の出たところも、全部それだけ割り高にしてよろしいよという考え方は持っておりません。だからこそ、そこの中にも法律では私はそれを期待しているのです。先生方の御努力を期待しているのですが、そこには、私はその中における足を確保し、そしてある種の格差ですね、私はもう一つの負担の公正とサービスの公正ということを申し上げましたけれども、そういう意味での確保をする意味で、私はそこには公共補助の問題というのは必ず浮かび上がってくると思うんです。それも、私はいまの段階でこれは何割するべきであるというような形を決めるべきではないというように考えております。だから、私は割り高は純粋経済性にのっとった意味での割り高運賃であるべきではないと思っていますし、私の読み取りました範囲では、法律の中ではそうしろとはうたってないようであります。だから、その辺を私は信じたいと考えております。
○小笠原貞子君 時間がございませんので簡単にまたお伺いしたいと思いますけれども、大内公述人、さっき北海道の例をとられましたけれども、一番北海道が対象路線が多うございますし、特殊事情もございまして、いろいろおっしゃっている中で私もまた非常に感動し、昔を考えたんでございますが、ちょっとお伺いをさせていただきたいのですけれども、先ほど申し上げましたように、北海道の場合には、日本で北海道だけですね、エネルギーの大きな役割りを果たす石炭というものの生産、輸送の問題で、そしてまた、冬場は北海道はいまもう石炭ではなくていろいろなお役所の指導によりまして全部灯油にかわってまいりましたので、今度逆に灯油を入れなければならないと。そうすると、石炭と灯油という貨物の輸送量、それから農業、たとえばジャガイモ、カボチャ、タマネギ、いろいろと食糧基地としての北海道のそういうものの輸送に対しての影響は私は相当大きな影響を与えるのではないかというふうに考えているんですけれども、大内公述人のお考えはいかがでございましょうか。
 それからもう一つ、これみんなで考えなければならない問題なんですけれども、先ほどから公述人の御意見も伺い、また私たちも国会の中でいろいろ困難な点も申し上げましたけれども、やっぱり地元の住民がどの程度この法律、この政府の考えている問題について正しく認識できているかどうかという点はどういうふうにごらんになっていらっしゃるだろうか。本当に正しく認識できて、そこで一緒になってというようなところまで来ているのかどうなのかという二つの点をお伺いしたいと思います。
 それから、清水公述人、大変交通の専門家でいらして、私もいろいろ読ませていただいたりいたしました。先ほどちょっとこちらの賛成の方の答弁が、私の端的に質問したことと外れてそらされたという面があるわけでございますけれども、国鉄が受けている財政援助と国道と比べますと、道路の方が三倍以上でございますよね。非常に大きな額、道路につぎ込んでいるというのは先ほどおっしゃいました。それで、赤字出しているのは一体どこかと、これももう先生御承知だと思います。地方ローカル線全部ぶった切っても一千億程度ということで、その赤字出している七割というのは幹線から出ていますよね。しかも、その幹線の中でそれじゃどこから出ているかというと、これはまさに貨物の方から出てきているんだと。そうすると、やっぱり財政をどう再建していくかということになると、私先ほどそこが聞きたかったわけですよね。一体こういう赤字をどこが出してきているんだ。じゃそれに対してどういう手を打つかということがまずなければならないと思うわけですよね。しかし、貨物運賃については今度の場合にはこれは別になっていますね。貨物の会計の収支でこれから考えていきましょうという、ふうなことになっておりますので、その辺の点について、一体真の原因はどこにあるという、ふうにごらんになっていらっしゃるかということをお伺いしたいわけでございます。
○公述人(大内基君) お答えをいたします。
 実は先ほど申し述べました線のうち、たとえば釧路から網走に行く線、釧網線でありますが、非常な重要な線、準幹線とも言える線であります。実はこれは冬期間になりますと、全部オホーツク海岸の各地域の油が釧路港に陸揚げされまして、この釧網線を通って実は北の方に全部送られるわけなんです。これがもしも廃止されるということになりますと、オホーツク海岸の住民はエネルギー供給を受ける上において重大な支障を来すことはもう目に見えているわけなんです。さらに逆に、今度は油にかわりましていま石炭が重要視されているわけなんでありますが、これまた線路を切られますと、ようやく重要視されておりました石炭の輸送にまことに重大な障害を来すというおそれもあるわけなんであります。
 特に委員の皆様に御留意いただきたいというふうに思うのは、北海道の開発との関連の問題であります。北海道に開発庁ができたときの経緯の問題はいろいろありますからここでは触れないことにしますが、少なくとも国では特別の省庁、開発庁というのを設けて特別の予算を計上し、北海道の開発のために努力をしているわけであります。その結果として北海道の人口もふえたし開発も確かに進んだのでありますが、これまた先ほど申し述べましたように、この開発に果たした国鉄の役割りというのは実に大きい。しかも今日日本で残された開発の地域はどこかと言えば、まさに北海道であります。その残された北海道の開発を目前にしておいて、どうも列車を取ってしまうというのは全然これはいまの政策とは全く根本から違うのではないかと。じゃ先に開発庁をなくしてから線路を外す方が本当じゃないか、矛盾もはなはだしいものだというふうに私たちには思えるわけであります。
 ところで、住民の認識、意識の問題でありますが、私たち北海道にいる人間から見ますと、本州各地におけるところの住民は自分のところの関係線区はきわめて少ないために非常に意識が低いのではないかということを心配しています。ただし、北海道は先ほど来申しますように七割五分の線区が廃止対象になっておりますので、住民はこの点について相当の大きな認識を持つようになりました。
 一つの例を挙げますけれども、私たちキャラバン隊というのを全道五班組織しまして赤字ローカル線廃止反対の運動をしたわけなんでありますが、各地におきまして集会を開きました。その集会の一つの例としまして富内線というところにある富内という町でもって集会を開いたときに、たまたま町議会が開かれておりましたが、町議会では町議会を中止しまして町長以下町議員が全部集会に参加をいたしました。残念ですけれども、私この日参りませんでしたが、次の晩静内というところでもって同じような集会を開いた際に、これには私参加しましたが、あの田舎で七百人の人間が参加しまして、しかも会場に入り切れないような状態でありました。ということは、どんなに線区の廃止について重大な関心を持っているかということの証明だというふうに思うのであります。ただ、残念ですけれども、本州各地においては認識がきわめて不足している。そういうことが反対運動の盛り上がりを低くしているのではないかというふうに私たちきわめて残念に思っている次第であります。
 以上、私の答弁を終わります。
○公述人(清水義汎君) 簡単に主要な点を二、三ポイントをしぼって意見を言わしていただきたいと思いますが、一つは、国鉄そのものが民間企業と違いますから、これは配当もない、それから莫大な資本蓄積の必要もない、こういう性格を持っております。ですから民間企業と違って企業自体がある程度の公共負担を余裕があればすべきでありましょうけれども、今日のような国鉄の財政、非常に危機の状態では公共負担分についてはこれは私は国がめんどう見るべきだと思います。
 それから第二は、当初から赤字、黒字を度外視してつくった路線がございます。これは私は社会政策的路線あるいは社会的必要路線と言っておりますが、これについての経常経費の維持補償は国家の責任においてやるべきじゃないか。それからもう一つは、かつての運賃政策にございました。たまたま昭和四十五年ぐらいまでは国鉄は貨物、それから旅客別々に収支を出しておりました。私二十年から四十五年まで試算をいたしてみたのですが、たしか私の記憶では旅客は二十五年間の通算が五十億の黒でございます。貨物は一兆二千億前後の累積赤になるのです。こういうものは賃率そのものが当時普通等級が一等級から十等級ございまして、原価を割ってない等級が一、二、三だけなんです。三が賃率指数一〇〇ですから、幾ら輸送してももうからない。それから特別等級が全部賃率が原価を割っております。こういうものを国鉄運賃法の中で国会で審議をして決定をして、これは赤になるのがあたりまえで、いまさら赤になったってびっくりしても私しょうがないと思うのです。これは当然国民経済全般あるいは産業に対する保護政策としてお組みになったのでありましょうから、これはやはり国家が持つべきじゃないか。
 それからもう一つの大きな形は、輸送構造が変わることによって、自由競争はある程度前提にしておりますから、従来の国鉄そのものが遊休施設化して出た赤字です。これは国鉄がどんなにやっても非常にむずかしい。しかしその反面、これらのものを遊休施設化しないような積極策をなぜとらないのか。その一例が思いつきではございますけれども、あの修学旅行列車の回復策なんかをなぜもうちょっと考えないかというのがその面でございます。それから三つはやはり大きな赤字をやったのは莫大な設備投資と借入金。借入金の上に、しかも資本の有機的構成度が高まりますから当然平坪利潤率低下の法則にぶつかるというのは、これは経済学の原則でございます。その三つが私は主要な背景だというふうに考えております。
○柳澤錬造君 最初に公述人の先生方きょうおいでをいただいておって、私がもう一つ安全保障の特別委員会が並行してきょう開かれておりまして、あちらには総理も来ておりますので、出たり入ったりして大変失礼をいたしましたことをまずおわびを申し上げておきます。
 時間も過ぎておりますので二つだけお聞きをしたいと思うのです。
 最初は中島公述人の方に。先ほど国鉄の独占制が失われてきている、だから公共性を見直せ、そうでないと経営合理化がストップしてしまうじゃないか。私も国鉄が独占性を失ってきたということはそう思うわけです。ただ、独占性が失われてきたからむしろ公共性が出てきたので、独占性を持っておられたときには少々のことがあっても何も心配はなかった。それがだんだんいま薄れて貨物なんかもう一割以下しか運ばないようになってしまったためにいろいろ公共性が問題になって浮かび上がってきた。そう判断すべきじゃないでしょうかというように思うのです。だから公共性と言うならば市場経済下の企業性といいますか、それをいまどうやってそこで調和をするかということがいまここへ来たら一つの再建の大事なポイントで、その辺をどうバランスとるかということだと思うんですね。
 ですから私が聞きたいのはそういう観点に立ちまして、先ほど中島公述人は、今回の再建案は再建意欲が見られるから私は賛成になりましたと、こう言われたんですが、本来からいくならば、もっと前にどんどんどんどん旅客も貨物も減っていくことがわかっていたんだから、こんなところへくる前に今日を予測をして、むしろ再建政策を立てて取り組んでこなくちゃいけなかったんで、その辺はむしろおくれたという感じがするんですね。そうすると、従来も、もう四十四年から何回もいろいろ再建に取り組んできたんだけれども、従来は再建意欲がそれほど感じられなくて、今回だけは大変意欲があるというふうに感じられたという、その受け取り方の感じの点だけで結構ですからお聞かせいただきたいと思います。
 それから、もう一つ、中川公述人にお聞きしたいんですが、広島は、時代に逆行するようだけれども市電を残しておいてよかった、やっぱり長期的展望に立ってそういうことはやらなくちゃいけないのではないかと言われたんですが、時代に逆行するようだけれども市電を残しておいてよかったという、その辺のところの理由というものをちょっとお聞かせいただければと思います。
 以上の二つだけお願いします。
○公述人(中島勇次君) まず最初の公共性の問題ですが、どうも私、失礼な話ですが、先生の独占性がなくなると公共性が高くなるというのはちょっと私うなづけないんですけれども、これは一例ですけれども、イギリスでは旅客については非常に公共性というものを重要視して、そして、これはEC共通の規則ですけれども、公共性を保持するために鉄道が過重負担になるものは国がこういう原則で補助するんだと、こういうことをやっておるわけですね。ところが、貨物については全くいまフリーな姿勢をとっている。つまり、公共運送人としての義務を外して、そうして運賃も鉄道と荷主の話し合いで納得のいくことでやりなさいと、細かいことは別ですけれども、大きな姿勢としてそうなっております。
 というのは、要するに公共性というのはだれが行っても必ずこれは運んでくれる、こういったような一つの公共運送人の運送引き受け義務というものはこれは一番大事なポイントになっている。公共性があるから、いや私はあんたの荷物はいやだとか、えりぎらいできないような立場、義務を負わしているわけです。そういうところにあって、ところがいまは、これ私が聞いたわずかな例ですけれども、荷主にもっと鉄道を利用してもらいたい、こういうふうに盛んに国鉄の人たちに頼まれるけれども、義理は長年の間柄ですから感じるけれども、残念ながら国鉄を利用していたんじゃ商売が成り立たないから、だからトラックを使うんですよと。こういうことになりますと、つまり、そこでもうすでに鉄道の独占性が崩れているわけでございますね。ですから、しかし、トラック業者は採算とれないやつは断っていいわけですが、しかし鉄道の場合には、やはり鉄道は運送引き受けの義務がありますからどんなに採算が合わないものでも引き受けなきゃいかぬ、こういうことをいつまでもやっていたんでは、これは国鉄の合理化というのはもう切りがないんじゃないんだろうか。そこで、やはり公共性がなくなるということは国鉄全体についてそんなこと言っているんじゃなしに、昔は、独占時代は千編一律に絶対的な公共性があったんだけれども、いまは公共性のある部分とない部分とあるんです。だから、それをこれからはよく見分けながら対策を講じていかなければ合理化というものは前進しないだろう、これが一つ。
 それからもう一つの問題は意欲の問題です。今回の再建計画の基本構想は国鉄の発想が非常に尊重されている、こういうことを聞いております。したがって、国鉄は責任があるんだ、こういうことも言われております。これはちょっと皮肉な言い方ですが、じゃいままでのやつはだれがつくってだれに責任があったんだと、こう問い返したくなるようなものがあるわけです。これは私は、国民一般が一体国鉄の再建というものをいままでどういう目で見ていたんだろうかと、国鉄けしからぬ、けしからぬと言うけれども。というのは先ほど公述の中で申しましたように、いままでの再建計画の構想にはかなり希望的な、国鉄のしりをたたくようなきついノルマがあった。たとえば、輸送量の見込みにしましても、もっと努力して運べ、あるいは運賃問題にしても、もっと運賃を上げて利用者に負担してもらえ、こういうようなかなりやはり国の政治の上から国鉄に働かせようという面があったんではなかろうかと。
 しかし私は、この段階で、国鉄は国民の足であるということを国民全部が是認してくれるならば、国鉄のトップがその国民の足を健全にするために必要なことはどしどし政府に対しても国民に対しても主張すべきである、言いにくいことでも言うべきであると。私はその一端が今度のこの基本構想、今度の法案に盛られた再建計画で初めて出てきたような受けとめ方をしている。ですから、一般に言われていますように、国鉄自身がこうやってほしいということを言ってできたやつなら国鉄の人たちも責任があるし、また意欲も持ってやるであろうと。だから、三十五万人体制なんというのはそうなまやさしい、口で言える問題じゃないと思います、現実問題としたら。あるいは減量経営と一口に簡単に言いますけれども、現実の現場に行ったら、そう簡単にもうおまえやめろとかもっと働けとか、こういうことは言えるものじゃない。しかし、そこまで腹を決めたということは、私は今度こそ本気でやる気があるんだなと。いままでは、そう言っちゃ悪いけれども親方日の丸があったと言われても仕方がない面があるんじゃないですか、私はそう思います。
○公述人(中川輝男君) 私の論述のいわばまくらとして申し上げて、一般的な、しかしかつ重要な教訓をわれわれに与えているんじゃないかということでございますが、残してよかったというのはやはり市民として現に利用する者としての実感でございます。
 一つは、先ほども言いましたけれども、やはり朝の渋滞のときに、軌道を持っている路面電車というのはすいすいと行きますし、まあやや快適性なんかには欠ける点はありますけれども、無公害性、それから時間の確実性という点についてはやはり市民は非常に徳としている面はあるようでご、ざいます。それは市内の主要な国鉄駅とも連結しますし、郊外の宮島というところとも連結をいたしておりますが、黒字を例年続けておりますし、利用者も増大している。そういうところから一般的にもそう判断できるというように思っております。
○委員長(黒柳明君) 以上をもちまして公述人に対する質疑は終了いたしました。
 一言ごあいさつ申し上げます。
 公述人の皆様方には長時間にわたりまして御貴重な御意見を開陳いただきましてありがとうございました。本委員会を代表いたしまして深甚なる謝意を表する次第であります。どうもありがとうございました。これにて散会いたします。
  午後四時十九分散会