第094回国会 社会労働委員会 第7号
昭和五十六年四月十四日(火曜日)
   午前十時三十三分開会
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   委員の異動
四月十日
    辞任         補欠選任
     松尾 官平君     森下  泰君
四月十四日
    辞任         補欠選任
     沓脱タケ子君     小笠原貞子君
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  出席者は左のとおり。
    委員長         片山 甚市君
    理 事
                遠藤 政夫君
                佐々木 満君
                高杉 廸忠君
                小平 芳平君
    委 員
                石本  茂君
                斎藤 十朗君
                関口 恵造君
                田中 正巳君
                福島 茂夫君
                丸茂 重貞君
                村上 正邦君
                森下  泰君
                丸谷 金保君
                安恒 良一君
                渡部 通子君
                小笠原貞子君
                沓脱タケ子君
                柄谷 道一君
                前島英三郎君
                山田耕三郎君
           発議者  高杉 廸忠君
   国務大臣
       厚 生 大 臣  園田  直君
   政府委員
       内閣官房内閣審
       議室長兼内閣総
       理大臣官房審議
       室長       石川  周君
       内閣総理大臣官
       房管理室長    関  通彰君
       厚生大臣官房審
       議官       吉原 健二君
       厚生省公衆衛生
       局長       大谷 藤郎君
       厚生省医務局長  田中 明夫君
       厚生省薬務局長  山崎  圭君
       厚生省社会局長  山下 眞臣君
       厚生省児童家庭
       局長       金田 一郎君
       厚生省保険局長  大和田 潔君
       厚生省年金局長  松田  正君
       厚生省援護局長  持永 和見君
       社会保険庁医療
       保険部長     吉江 恵昭君
   事務局側
       常任委員会専門
       員        今藤 省三君
   説明員
       内閣官房内閣審
       議官       造酒亶十郎君
       総理府恩給局恩
       給問題審議室長  勝又 博明君
       外務省アジア局
       外務参事官    長谷川和年君
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  本日の会議に付した案件
○障害に関する用語の整理のための医師法等の一
 部を改正する法律案(内閣提出)
○戦傷病者戦没者遺族等援護法等の一部を改正す
 る法律案(内閣提出、衆議院送付)
○戦時災害援護法案(高杉廸忠君外五名発議)
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○委員長(片山甚市君) ただいまから社会労働委員会を開会いたします。
 委員長から特に発言を求め、厚生大臣にお尋ねいたします。
 前国会、第九十三臨時国会におきまして、健康保険法の改正の審議に当たり当委員会の確認質問事項がございましたが、その後どのような進捗状態にあるかということをお尋ねしたいと思うのです。
 前国会における約束が、具体的にどのような状態であるかということは言うまでもございませんが、特に薬価基準につきましては、年度内に改正をするという再三にわたるお約束がございましたし、また、富士見病院等の不祥事件に当たりましては、医療法等の改正も言われました。
 また、特に医療費の値上げについては、四月以降に検討するというように聞いておりましたが、その後政府側から何ら御通知がございませんが、これは審議の過程から言いましていかがなものかと存じます。
 特に新聞等においては、非常に私たちの審議と食い違った発表があるので、この点を大臣にただし、大臣から御答弁を賜って、委員会を進めてまいりたいと思いますので、冒頭に特別に御発言を賜ります。園田厚生大臣。
○国務大臣(園田直君) 前国会での健保法の審議の最終に当たって確認質問がございましたが、これはきわめて重要な問題で、健保法改正審議のいわば集大成とも考えております。すべて医療あるいは医療保険制度にとって重要な課題でありますので、誠実に努力をしてまいりましたが、いまなお不完全なものあるいはできないもの等もございます。
 その中で特に直接医療保険に関係するものとして、健保組合間の財政調整の実施、診療報酬の統計的審査方法の導入の検討、分娩費の引き上げ等については、答弁の趣旨に従って実施したと考えております。
 退職者継続医療、五人未満事業所への適用等については、答弁の趣旨に従って実現すべく事務当局を督励しているところでございます。
 室料差額の解消、付添看護における患者負担の解消については、次期診療報酬改定の際に、必要な措置を講ずる考え方でございます。
 医療保険以外の事項についても、昭和五十六年度予算編成に当たって、保健所運営費補助制度の維持、結核医療費公費負担の継続等、答弁の線に従って措置をいたしております。
 老人保健医療、高額医療機器の問題については、今国会に関係法律を提出すべく準備を進めております。
 なお、これらの事項については着実にやっておるつもりでございますが、いま報告しましたとおり、いまなお残っているもの、あるいは未完全のもの等もございますので、今後、誠意をもってこの確認事項の達成に努力する覚悟でございます。
 医療法は、ただいま改正は鋭意努力をいたしておるところでございます。
 なお、最後に御発言がありました薬価基準の改定でありますが、これはまことに残念至極でございますが、速記録で見ましても、私の記憶からしましても、安恒委員初め各委員の方々に、薬価改定は五十五年度年度末、こういうことをしばしば正確にお答えをしてまいりました。その後だんだん作業が進まないという実情がありましたが、私はさらにこれを頑強に、国会答弁はこれは最大のものであるから年度内にやれと、督励をしてまいりましたが、作業の実情上おくれてまいりました。その間新聞等に出ましたことがありまして、ある議員から、新聞で六月と書かれたがどういうことだという確認のこともあります。その際大臣は、まことに申しわけないが、答弁とは少し違っておくれますが、四月の初めには必ずいたしますという返答をしておったところでありますが、残念ながら事実はそれとは違っておりまして、指導監督の任にある厚生大臣、特に責任を持って答弁した国会答弁が、私が食言したことになりまして、遺憾至極、まことに申しわけないと存じております。
 一つは、私は年度末あるいは四月の初めと答弁しましたのは、私の事務的な知識の不十分さから、当然私は告示であると、こう考えておったわけでありますが、だんだん進んでまいりますると、それが私の勘違いもあり、事務当局の手落ち等もございまして、四月の十日に内示を各メーカーにしたところでありまして、そこで私は、まあうそ言ったことは、理屈は述べないで謝る以外に方法はないけれども、新聞に書かれた六月などということのないように、手段を選ばず急げと、こういうことでいま督促をしておるところでございます。まことに申しわけないと存じます、一日でも、一時間でも早く改定できるようにやることがせめてもの私のおわびだと存じております。
○委員長(片山甚市君) ただいまの大臣の御答弁は、当委員会でそれぞれの委員の方々から御質疑があろうと思いますから、議事を先に進めさしていただきます。
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○委員長(片山甚市君) 障害に関する用語の整理のための医師法等の一部を改正する法律案及び戦傷病者戦没者遺族等援護法等の一部を改正する法律案を便宜一括して議題といたします。
 障害に関する用語の整理のための医師法等の一部を改正する法律案につきましてはすでに趣旨説明を聴取しておりますので、戦傷病者戦没者遺族等援護法等の一部を改正する法律案について、政府から趣旨説明を聴取いたします。園田厚生大臣。
○国務大臣(園田直君) ただいま議題となりました戦傷病者戦没者遺族等援護法等の一部を改正する法律案について、その提案理由及び内容の概要を御説明申し上げます。
 戦傷病者、戦没者遺族等に対しましては、その置かれた状況にかんがみ年金の支給を初め各種の援護措置を講じ、福祉の増進に努めてきたところでありますが、今回、年金等の支給額を引き上げるほか、準軍属の範囲及び戦傷病者等の妻に対する特別給付金の支給範囲を拡大するなどの改善を図ることとし、関係の法律を改正しようとするものであります。
 以下この法律案の概要について御説明申し上げます。
 第一は、戦傷病者戦没者遺族等援護法の一部改正であります。
 改正の第一点は、障害年金、遺族年金等の額を恩給法の改正に準じて引き上げるものであります。
 改正の第二点は、満洲開拓青年義勇隊の隊員としての訓練を修了して集団開拓農民となった者により構成された義勇隊開拓団の団員が、軍事に関する業務等による傷病により障害者となり、またはこれにより死亡した場合において、その者またはその者の遺族に、障害年金、遺族給与金等を支給するものであります。
 第二は、未帰還者留守家族等援護法の一部改正であります。これは、未帰還者の留守家族に支給される留守家族手当の月額を遺族年金に準じて引き上げるものであります。
 第三は、戦傷病者特別援護法の一部改正であります。これは、さきに述べました義勇隊開拓団の団員のうち軍事に関する業務等による傷病により現に第五穀症以上の障害がある者に、戦傷病者手帳を交付し、療養の給付等を行うものであります。
 第四は、戦傷病者等の妻に対する特別給付金支給法の一部改正であります。これは、昭和五十五年の遺族援護法の改正により障害年金等を受けることとなった者のうち、昭和玉十四年四月一日において第五穀症以上の障害を有した戦傷病者等の妻に特別給付金を支給するものであります。
 以上が、この法律案を提案する理由及び内容の概要でありますが、この法律案については、衆議院において障害年金、遺族年金等及び留守家族手当の額の改正規定のうち、昭和五十六年四月一日から施行することとなっているものを、公布の日から施行し、五十六年四月一日にさかのぼって適用することとする修正がなされております。
 何とぞ、慎重御審議の上、速やかに御可決あらんことをお願いいたします。
○委員長(片山甚市君) 以上をもって趣旨説明の聴取は終わりました。
 これより両案に対し質疑を行います。
 質疑のある方は順次御発言を願います。
○安恒良一君 本来でありますならば、いま提案をされました法律の中身に、直ちに質疑に入らなきゃなりませんが、委員長からも特別に御発言をされまして、大臣に報告を求められました問題について、まず私はそのことについてきょうはひとつ質問をせざるを得ません。それはなぜかと言うと、厚生行政に対する信頼の問題でありますから、信頼のないところに法律の審議をやってもまた裏切られてはいけませんので、あえてそういうルールを百も承知をしながら、きょうは薬価問題について質問をしたいと思います。
 まず第一に、いま大臣は大変部下をかばわれまして食言をしたとか、自分が事務的に告示ということについてそれまでの日程とか手段、そういうことを十分承知しない、そこに問題が起こった、こういう部下をおかばいくださる気持ちはよくわかります、しかし大臣、それはそういうことにはならないのであります。
 昨年の十一月十八日の議事録第七号をひとつ開いてお読みをいただきたいと思います。そのときにはそういう手段、方法等も含めて私は質問をいたしています。たとえば大和田君は、「第六次経変の結果、薬価算定の補正作業が十二月いっぱい」、こう言っています。そして、それ以降日程がこれだけかかりますということで、薬価改定の影響率、それから作成、薬価基準の告示まではやはり二カ月はかかります、こういうことを大和田君は言ったわけです。そういうことを受けた中であなた自身が、「私の判断では今年度末か来年度初め、一日も早く改定したいと思いますが、いまのところの見当では今年度末か来年度初め」とならざるを得ないでしょうということにやりとりがはっきりしておるわけです。
 というのは、私も昭和三十七年から中医協の委員を国会議員になるまでやっておりまして、薬価改定にどういう作業、手段が要るか、どれだけの日時がかかるかというのは専門的に承知をいたしています。そういう角度からあなたにそのことを詰めて、しかもこの原稿は非常に重要だということで、大臣答弁は、当時事務局が起草をして大臣が御答弁になっているのであります。でありますから、その限りにおいて、いまあなたがおっしゃったような、私が食言をしたとか、事務的に詳しくわからなかったからぼくが誤りを起こした、こういうおかばいは間違いであります。そこで、これは真相を明らかにせざるを得ません。
 それからさらに、三月十二日、私は予算の総括質問をする前に保険局長を呼んでいます。同じく十八日にこの問題で大臣と明らかにやりとりをしております。この議事録もひとつ読んでいただくと、やはりその中でも明確に、若干は、少しおくれたがしかしやりたいということが、まず大臣は、私がこの前の国会の議事録を引用して質問しましたが、「答弁したことも覚えておりまするし、安恒さんの御意見もよく覚えております。当時と変わりはございません。」、こういうことを答弁されています。そして、「御指摘のとおりに作業がややずれ込んでおりますが、それでもいろんな情勢からぜひ年度内には作業の解決を終わりたい」と思いますと。そしてさらに、「年度内にこれを仕上げるように全力を挙げます。」と。そこで私は「年度内には必ず約束どおりやっていただく。」と、こういうやりとりを実は三月十八日にいたしました。それで、このときに初めて公式の席上であなたから、いわゆる引き下げ率についておおむねこの見当ということが言われているわけであります。
 続いて、四月一日であります。新聞にどうも六月ということが一部報道されました。そこで、私はわが党の和田委員の締めくくり発言でそのことを確認する必要があると思いましたから、一日、予算委員会終了後直ちにあなたのところに参りまして、あなたがいま言われたとおり、大臣、六月と書いてあるが約束が違うじゃないか、どういうことなんだと言ったら、いや三月三十一日はもうずれたけれども、できるだけ四月早くやりたい、これで了解をしてもらいたいと、こういうことでございました。そこで、私どもは四月二日の総括の締めくくりのときにその質問はやらなかったわけであります。
 こういう経緯から言いますと、いま大臣がおっしゃいましたような、その事務的とか詳しく手続を知らなかったということでおかばいですが、私は何かが動いていると思う。何かが動いている。というのは、私は厚生行政というのに対して、ある場合には医師会が圧力をかけるとか、健保連が圧力をかけるとか、もしくは被保険者が圧力をかけるとか自民党が動くとか、野党が動くとか、こういうことは政治であります、しかし、私はやはり公平に政治というものはやってもらわなきゃいかぬと思う、公平に。公の席上で、しかも重要な昨年の健康保険法、何年越しの健康保険法を上げるときの一つの大きな条件として約束されたことが、破られるということについては私はわかりません。
 しかも、ことしに入って予算委員会でしばしば大臣にお尋ねをしている。その際も明確にされておるのが、実は四月の七日の日に突如として私の手元に保険局の医療課長と業務局の経済課長が参りました。私はいませんでした。秘書にこの文書を置いて帰られました。それには「薬価基準の全面改定スケジュールについて」と書いてありまして、薬価基準の改定のため第六次経時変動調査に基づく最終の改定作業は三月末日までにおおむね終了いたしました云々ということで三項目の文書を置いていかれました。そこで私は、これは大変なことだということで八日の日に直ちにぼくのところに来るようにと、こう言ったら経済課長だけが参りました。医療課長はちょっと御都合があって来られない。そこで私は、何だと、こんな重要な問題をということで山崎業務局長にまず電話をして話すと同時に、保険局長に来るようにと言ったら、大蔵省に行っておってわかりませんということで、五時半ごろ私のところへ来ました。そしてこの文書について初めて説明を徴したわけであります。もしもこういうことになるんだったらどうして三月の十二日、十八日、質問の前に話し合いをしたときに話をしないのですか。
 さらに四月一日の日に、総括締めくくりのためにやらなきゃならぬことがありますから、わざわざ私は大臣のところに伺って新聞にそういうことが出ているがどうなんでしょうかということを聞いたときに、どうしてそれをおっしゃらないんですか。そして突然二人の課長が私のところを訪ねてきて、この文書を置いていく、こういうやり方は、私はそれはいけないことだと思う。大臣、官僚をおかばいになってはいけません。私から言わせると、そういう約束を、大臣が国会の席上で約束をされたことを故意に曲げて破るような官僚がおるんならば、それは厚生官僚として不適任であります。国民の厚生行政を今後任せるわけにはまいりません。こういう問題についてひとつ大臣のお考え方と、それからこれは大臣だけじゃありません、事務当局として詳細にどういうことでどうなったのか、作業日程がどうなったのか、なぜうそを言ったのか、予算委員会のときにしばしば呼んで聞いたのになぜうそを言ったのか、安恒さん、実はこういうことになっておりまして、これだけおくれますという話は全然ありませんでした。三月三十一日にはちょっとおくれる、できれば四月十日ごろになるかもわかりませんと言うから、それはまあ十日間ぐらいのことなら、作業日程、告示までにそんなことがあるだろうと思いました。しかしそういうときに話をしないで、一片の文書を持ってきて、そしてこちら側が呼ばなければ来ない。私はそういう政治的な姿勢はよくないと思う。
 ですから、このことについてその間のいきさつをまず明らかにしてもらいたい。どこでどういうふうに――あれだけ国会でやかましく、というのは、薬価の改定については昨年の予算委員会で問題になって、通常国会終了までということのやりとりがあるんです。その後、いわゆる第六次経時変動調査をやるために遅くなるということで、それも十二月末には終わるということがしばしば答弁をされて、そして年度内、三月いっぱいということにこの議論はなっているわけですから、もう去年の予算委員会からずっと経緯があるわけですから、それがこのようになるということは、私はいけないことだと、何が起こったんでしょうか、何があったんでしょうか、ひとつそのことを明らかにしてください。
○国務大臣(園田直君) いま安恒さんが述べられた事実は全くそのとおりでございます。しかし、何といたしましても機関の長たる大臣の指導監督の問題でありまして、最終の責任は私であると考えております。
○政府委員(大和田潔君) お答え申し上げます。
 大変申しわけないことでございます。初めにおわびを申し上げるわけでございます。実は三月の中旬の時点におきましては、まだ私どもといたしましては、何とかして早期に告示にこぎつけたいということを必死に考えておったわけでございます。で、その時点におきましては、年度内には非常にむずかしくなってきたと、しかし四月の初中旬、そのころには何とか告示が間に合うんではなかろうかということで、努力を実はしておったわけでございまして、大臣に対しましても、作業が若干ずれ込んではおりますけれども、何とか四月の上申句にはその告示が出せるのではないかという御報告を申し上げておりまして、その後、そういう御報告のまま推移をいたしてしまいまして、大臣に対しまして私、補佐に欠けるところがあったことは大変申しわけないことであるというふうに考えておるわけでございます。
 実はその後、三月の中旬以降でございますけれども、どうもそこでやっております一万三千品目につきまして、最終的に改定薬価の確認であるとか、改定薬価の場合再チェックでございますが、そういったもの、あるいは前回に薬価基準改定いたしました後三年間に、いろいろ変更がございました。そういうことにつきましてチェックをいたしますために、全品目の品名とか規格等の確認をいたしておったわけでございます。それが意外に実は手間取ってしまったわけでございます。
 そこで、官報の仮原稿というのがあるわけでございますが、その官報の仮原稿の印刷局への投入、これが三月の末になってしまったと。もっとこれは早く、三月の上旬に何とか出したかったわけでありますけれども、そんなふうになってしまったと。そういたしますと、いろいろと印刷局の方では実はもう年度末から年度初めにかけまして、各種の法律であるとか、あるいは予算書、あるいは各省庁の省令、告示等、これが非常に詰まっておるということで、どうしても相当の日数が要るというようなことでございまして、四月の中ごろには何とかと私ども思っておりましたし、また大臣にも申し上げてまいったわけでございますけれども、それがかないませんで、現段階におきましても、まだ告示されてないというような状況でございます。なお、その間、安恒先生がおっしゃいましたように、いろいろと私ども御説明等いたしません手落ちがございました。そういうことで、いろいろ私どもの方で申しわけないことがあったことを深くおわびを申し上げる次第でございます。
○安恒良一君 子供だましをしてはいけません。三月の中旬、私がやりとりをしたころは何とか間に合うと思ったが、その後間に合わなくなったって、そんなばかな話はないんですよ。薬価の改定にはどういう作業をするかというのはもうしばしば議論をして、明確にどれだけの日にちがかかるかというのは知っているんですよ。そういうことを知らぬ人なら、あなたのいまの答弁で、ああそうか、しようがないなと――私は納得しません。まず業務局が調査をして結論を出して、九〇バルクに入れてきちっと結論を出して、保険局が受け取って、そしてここに書いてあるような手続をすべてして、そして告示をする、告示をしてからどれぐらいで実施をすると、過去において何回もやってきていることです。そういうことを全部承知をした上で、私は質問をしているんです。それを三月の十八日の質問のときまでは、年度内には間に合わないけれども、四月十日ぐらいには何とかしたいと思うということを言っておって、そしてその後事情が変わったなどというのは子供だましだよ。人をばかにしてはいけません。本当のことを言ってください、大臣。そんな子供だましは通用しません。そういうことを熟知した上で話し合いをしているんですから、どのくらいかかるかということも十分承知をした上で何回も詰めている。それを三月の中旬ごろには何とか間に合うつもりだったが、その後いろいろ作業してみたら間に合いません。――業務局長、君のところで作業を終わったのはいつですか。保険局にいつ渡したか。保険局はどうしましたか、
○政府委員(山崎圭君) 私ども業務局としましては、調査を受け持っておるわけでございますが、御案内のように、昨年九月に第六次の最終的な経時変動調査を行いました。その結果は、最終の薬価算定作業に必要な資料といたしまして、昨年末に保険局に引き継いでおります、
○安恒良一君 大臣、お聞きのとおりです。ですから、それまでは約束が守られているわけです。
 問題は、昨年末保険局が受け取ってから何かが起こっているんです、何かが起こっている。いろんなことを言って――私はこの前のやりとりのときに、薬価の引き下げと医療費の改定はたまたまリンクする場合もあるけれども、今後は薬価は毎年、一年に一遍きちっと調査をして下げてもらいたい、医療費というのは、こういう低経済成長になったら毎年毎年というわけにいかないでしょう、しかし三カ年据え置いているのだから、医療費の引き上げの時期はいつですか、こういうことで、大臣から五十六年度明けたらやらなきゃならぬだろうと、こういうことで私はそうですかと、五月か六月になりますね、そういう話までずっとしながらこれは詰めているわけです。いまの日程でいきますと、私のところへ来た日程によりますと、「このため四月六日より四月十五日まで、改定薬価基準の内示及びヒアリングを実施し、そのうえで官報掲載の手続きをとる。」、こう書いてある。この日程でいきますと六月になりますよ。いわゆる医療費の引き上げと薬価の引き下げを一緒にやろうとする意図が動いているじゃないですか。意図が動いているじゃないですか。国会でしばしばそのことについて議論し。そして最終的には、高杉委員が十一月の二十七日の日に大臣と一問一答の中で確認をしています。
 しかも四月の一日の日に私は大臣と話している、一日の日に話していますね。だから保険局長が言うように、三月の十八日以降おかしくなったといったら、四月の一日のときに、率直なことを言って――あなたは鈴木内閣でナンバーフォアと言われている実力大臣ですよ、そういう大臣までだますというやり方はよくありません。私どもをだましただけじゃない、あなた自身がだまされている、あなた自身が官僚によってだまされている、そういう厚生行政は私はよくないと思う。あなた自身がだまされている。あなたは、私の質問を受けるときには、十八日のときにもちゃんと答弁について保険局長や業務局長と打ち合わした上で私に答弁をされているわけですから、ですから、あなた自身をまでだましている。どこに何があったか知りません。私はどこに何があったか、保険局長との間に何が起こったか知りません。起こったか知りませんかね、そういうことを平然とやられているということについて大臣どう思いますか。いま私とのやりとりを聞かれて、だれが納得しますか。三月十八日以降いろいろやってみたら、どうも間に合いそうもなくなった、情勢が変わったと言っている。ばかじゃないかというんです、そんなこと。そういうことはいけません。そして、いまになって連絡が不十分でございました。何ですか、一片の紙切れをもってぽんと置いていって、こちらが呼ばなきゃ来ない。それで連絡が不十分で、こんなことで済んで、それで許されるのだったらだれでもやりますよ、そういうことは。ぼくはきのう大和田君に言ったんですよ。おまえさんはここまでのことをやらかした以上、出処進退を明らかにしたらどうだ、出処進退を明らかにしろと。大臣にこれだけの御迷惑をかけているじゃないか。野党にこれだけの不信感を買うことは、今後厚生行政を、君、やっていけるか。私は少なくともきょうはやりとりしますよ。この次から彼が出てきて答弁したら答弁を拒否します。そういううそを言う人間に答弁をしてもらう必要はありません、うそを言う人間には。答弁は拒否します、これから。ちゃんと正直に私は事態を報告して、事態の収拾に当たってもらいたいと思うんです。これだけの大きいことをしてかした以上、出処進退はやっぱり明らかにするものはする、ないものはないようにする。子供だましてはいけないです。薬価改定にどういう作業があって、どれだけの日時がかかるかというのは百も承知した上でずっと議論してきているんですから、それがどこでどう狂ったのかということなんですよ。ひとつ、大臣並びに保険局長、考え聞かしてください。
○政府委員(大和田潔君) 一つ申し上げなきやなりませんのは、先ほど申しましたように実は、三月の中ごろまでは本当に告示が四月中旬にはできると、こういう予定で私ども考えておったことはこれは間違いないんでございます。私どもそれで、大臣には告示は四月にできるということを申し上げて、結果的に私どもの見通しが大変甘かった、非常に甘かったということで、それで大臣にも大変御迷惑をおかけしたと申しわけなく思っておるわけでございますけれども、何も先ほど先生おっしゃいましたように、特段のことがあってそれを変えだということでは全くこれはございません。その点はひとつどうぞよろしく信じていただきたいと思うんでございますが、そういうようなことで、私ども非常に見通しが甘かったということを反省をしておるわけでございますし、またその結果、いろいろ多方面に御迷惑をおかけいたしましたことをおわびいたすわけでございますが、そういうような状況でございますので、御了承いただきたいと思います。
○国務大臣(園田直君) 一言も弁解いたす余地はございません。今後十分注意をして、部下の指導監督に精励をいたします。
○安恒良一君 大変甘かったなんて、まだ君はここでしらを切るのかね。「薬価基準収載全品目について、品名、規格の確認、供給継続の有無等につき収載会社の確認を求める。
 このため四月六日より四月十五日まで、改定薬価基準の内示及びヒアリングを実施し、そのうえで官報掲載の手続きをとる」こういうことになっているんだよ。三月の段階ではこういうことも全部できなければ、君が言うように四月十日ごろには告示はできないんだよ。そのころはこういうことまでやれると言っておったのが、何で急に四月になってこういうことをやらなきゃならぬのか。そんな、見通しが甘いとか甘くないということじゃないんだよ。保険局長を務める者が見通しが甘いで済みますか。うそを言いなさんな、うそを。うそを言ってはいけませんよ、うそを言ったら。こういう作業日程は全部承知の上で、三月の十八日にぼくが質問に立つ前に君を呼んで聞いているんだぞ。何をうそ言うんだ。どうしてそういううそを言う。
 大臣、私の時間をこれだけで費すわけにいきませんから、私はこれより以上あんなうそを聞きたくありません。白々しいうそです、全く白々しいうそ。見通しが甘かった、申しわけない、――そんなことで保険局長が務まりますか。保険局長たる者が、薬価改定にどういう作業が要って、どれくらいの日時が要るかということをわからぬで保険局長が務まったらたまったものではありません。全く白々しいうそです。いわゆる何らかの動きがあって、大臣が知らないところで、医療費の引き上げと薬価の引き下げを同時にやらなきやならぬ、こういう意図が動くから、この場面に来て全く白々しいうそを言わなきゃならぬ。業務局の作業は昨年に終わっている。終わった後三カ月も四カ月もこんなに長くかかるはずはない。あなた自身が去年、二カ月あればできると言っているんだ。それがいまになってそういうことをいろいろ言っている。ですから大臣、このことだけはひとつはっきりしてもらいたいんですがね、私はいま申し上げたように、こういう人は厚生官僚として不適任だと言っているんです。こういうことをやっていますから、これはやはり処断してもらわぬと困ります、白々しいうそを言って、薬価が下がる時期が一カ月でも二カ月でもおくれることは医療経済にとって重要な問題です。国民経済にとっても重要な問題、しかも今回は、一八%以上も下がるということですから、それを恣意的に大臣の意図まで押し曲げてやるという官僚がおったならば、これは許すわけにはまいりません。ひとつ大臣この点について、いま申し上げたように、これは私はきのう事務次官にも言っておきました。事務次官は、省内的な処罰はきちんとやります、御勘弁と、こう言ってきています。私はそれはだめだと、私と事務次官の話じゃない、公の場に出して大臣にそのことを求めるということで拒否をしておきました。
 ひとつ大臣、どうですか、いまいろいろやりとりを聞かれてあなたがおわびされる、厚生省の最高責任者としておわびされるその気持ちはわかります。しかし、そういう問題じゃないんです、この問題は。あなたのミスではないんですよ。あなたの意図を曲げてこういうことをやった以上、やった人が深くこういう問題について責任を明らかにする、これが私はやり方だと思います。そういう意味でぜひ大臣、ひとつこの点について、私はもう大和田保険局長というのは信用なりません。そういう人に厚生行政を任せるわけにはいきませんので、私の要求として本人の更迭をお願いをいたします。大臣、このことについての考え方を聞かしてください。
 それからいま一つは、今後私は、少なくとも私の質問に保険局長が出てきてちゃらちゃら答弁をすることも真っ平であります。このことも明らかにしておきます。
 前段について大臣のお考えを聞かしていただいて、この事態をどういうふうにするか。それからいま一つは、できるだけ早くと言われましたが、いつやられますか。私のところに来ているこの作業日程でいきますとほぼ六月になってしまいますが、どうされますか、大臣。抽象的なことでは困ります、ここまできて。できるだけ早く、一日も早くとか、もうそんなことを言ったって、いままで議事録に何回もあなたが言ってそのとおりにならないんですから。どうされますか、その二つについて。
○国務大臣(園田直君) 第一に、先ほど申し上げましたとおりに、この薬価の改定が断じて六月にかかってはならない。これがせめてもの私のおわびの第一だと存じますので、事務的にはここまできたらなかなかむずかしいと首を振っておりますが、私は事務的な慣例等は破ってでもこれは六月にかかってはならぬと、こういうふうに指示をしていま努力をしているところでございます。
 なおまた、事の経過は別にいたしまして、大臣が国会で答弁をしたことが全く違っておったと。私は政治生活三十五年間に、国会で答弁をして力が足りずにできなかったことはたくさんございますが、全く違った答弁したことは今度が初めてでまことに残念でございます。
 もちろん、こういう事件が起きたわけでありますから、経緯は別として何らかの方法を考えなきゃなりませんけれども、そのことについては、これは単に一人の問題ではなくて、私が使い、お願いをしている厚生官僚全般の今後の士気にも関することでありますから、いまの御発言は十分、私、胸にくみまして善処をいたしますので、しばらく時間をかしていただきたいと存じます。
○安恒良一君 わかりました。大臣が時間をかしていただきたいということ、それはかします。ですが大臣、やはり事の真相はぜひひとつあなたの調査によって究明をしてください。
 ここでもう、いろんなやりとりをするのに時間がありませんから、幾ら保険局長が抗弁をしようとすとんとこないんです、これは。ですから、なぜこんなにおくれたかというのは、大臣が三十何年も国会議員をされておって、大臣の趣旨とこんな反したことはないとおっしゃっている。私も昭和三十七年から中医協の委員をやらさしていただきました。国会議員としては新しいんです。しかし、いままでこんな約束をしたことを裏切られたことはありません。初めてです。昭和三十七年から中医協の委員や社会保険審議会の委員等もしました。いろんなことを議論をしましたが、こんな裏切りをされたことは初めてであります。でありますから、どうかそういう意味で、私の趣旨を十分体してとおっしゃいましたから、ぜひその方面でこれをやっていただきたいということをお願いをして、それから二度とこういうことがあってはいけないと思います。私は、こういう点は厳しくひとつ処置をするものはして、今後の厚生行政がいわゆるゆがんではいけません。そして、やはりこのことが今後の戒めになって、全体がやっぱりきちっと引き締まって、せめて国会で所管大臣が答弁をされたことは全官僚が全力を挙げて実現をする。そういうことをやっていただきたいし、それからいろんな圧力がかかることは知っています。しかし、やはり行政というものは中立てあらなきゃなりませんし、公平であらなきゃなりませんから、どうかそういう点についても、ひとつ大臣、ぜひ今後とも十分な御指導を厚生官僚にやっていただきたい。こういうことをお願いをいたしまして、この問題は大臣にお預けいたしますから、ぜひ私の趣旨を体して、処断をするものはしてもらいたいということを申し上げておきたいと思います。
 次に、きょうの議題でありますところの戦傷病者戦没者遺族等援護法等の一部改正について二、三の点を質問をしたいと思います。
 この問題は、きょうされております委員長を初め、野党各委員の先生方から本法案が国会に提出をされるたんびに、いわゆる軍属とか軍人とかその遺家族だけではなくて、一般の国民、戦災者に対して、そういうことについての適用についてしばしば真剣な議論がされてきたところであります。そういう中で、たとえば日赤の従軍看護婦であるとか、満蒙少年開拓義勇軍の問題であるとか、さらに陸、海軍従軍看護婦さんの問題であるとか、そういう点で、各委員の御努力の中で一歩一歩前進をしてきたことは事実であります。そのことについても私は評価いたします。しかし、一番肝心になります、たとえば去年、片山委員長が野呂厚生大臣との間にもきわめて厳しいやりとりがされていますが、いわゆる一般戦災者の問題については依然として進んでおりません。
 ただ、私がまず聞きたいのは、五十五年六月に戦災者の一般調査、これをやる、そしてその調査が五十五年六月にはまとまる、こういうふうに言われておりまして、片山委員長や浜本さんから、それがまとまったなら、それに従って、その上で作業をどのようにするのか。こういうことで、去年のところのやりとりは、この一般調査が五十五年六月にまとまる、まとまったならばその結果を見た上で、かねがねこの法案との関連もしくは、どうしても聞いてもらえぬものですから議員立法という形で野党共同提案で出してまいりましたところの、一般戦災者問題についてのやりとりは去年はそこで終わっています。
 すでに調査は完了していると思いますから、調査の結果はどうなったか、どのような分析をされたか、そしてそれを、今度のこの法律にどう反映をさせるか。これを見る限りにおいては全然反映しておりません、反映しなかった理由は何なのか、このことについて考えを聞かしてください。
○政府委員(持永和見君) 先生御指摘になりました一般戦災者の調査でございますが、これは五十五年に行いました身体障害者実態調査の中で、一般戦災者に関して調査を行うことにいたしておりました、
 それで、実は昨年の国会の論議の過程で、先生御指摘のように昨年の六月ぐらいに調査結果についての中間報告が出るというようなことを言っておったのは事実でございます。しかしながら、実際に調査の過程で、これは社会局が全体として身体障害者の調査をやっておられるわけでございますけれども、これが実は調査票を交付して、それを郵送で回収するという調査であったようでございまして、そういうことで、記入ミスあるいはデータ集計、そういったものに多少時間を要しました。そういうことで、昨年の実は九月に中間報告という形で出ております、昨年の九月に中間報告という形で出まして、この結果によりますと、いわゆる戦傷、戦災者――戦争を原因として傷を受けられた方、そういった方がおおよそれ万七千人おられます。それからこのうちで、いわゆる国内の空襲、そういったもので障害者になられた方が七千人おられます。このほかにこの調査では、顔にやけどをされたというような、いわゆる火傷者、空襲で火傷をされた人たちを、一応その調査票をお渡しして推計をいたしておりますが、その推計が大体三千人ということになっております。
 それで、数の把握は一応こういうことで概括的に行っておりまして、なお、現在のところ最終的な結果を御報告申し上げるまでにはいってないわけでございますが、現在のところおおよそ概括的に見てみますと、就労状況あるいは公的年金の受給状況、課税状況、そういったものにつきまして、一般の障害者の方々とあるいは戦災障害者の方々とさほど大きな差は見られないというような実態ということでございます。
 なお、私どもといたしましてはこの調査の最終的な分析を待ちまして、それによって今後、いろいろと御議論されております一般戦災者の問題について、どういうふうに取り組むかということは検討いたしてまいりたいというふうに考えておるわけでございます。
○安恒良一君 納得できません。なぜかというと、去年の五月に、六月には調査の結果がまとまると。それが九月になったということで三カ月ずれてますね。まあ、それ、やむを得ないことだと思います。しかし、もう去年の九月から、ことしはいま四月なんですからね、それをいまもあなたは最終的な分析をしてまたと、こう言ってですね、いまも私は言ったでしょう、物をはっきり言うときは言いなさいと、問題を後に後に送っていって、その場しのぎではいけませんよと。いまあなたは前段何と言ったですか、一般の障害者と大したあれはないと。ないということは、あんまりこういうことはやらぬということじゃないですか。私どもが長年追及してきたことは、一億本土決戦という形において東京の大空襲を初め、多くの人が亡くなったり戦災に遭っているじゃないかと。だから、軍人、軍属だけやるのは間違いじゃないか、そのことで議論をずっと続けてきた結果、去年、野呂さんが片山委員長や浜本さんに追い詰められた結果、実態調査をやります、やった上でとこう言って答えておいて、いまになったらまだ一年たって最終的な分析が済んでません。そして、何かやるのかやらぬのか。そういうとにかく法案を通せばいいと、通すたかにそのときは言い逃れをして、そして自分でだんだん追い詰められていくんじゃないですか。
 私はそういうやり方はいけないと思う。私は、少なくとも実態調査をやられたならば、それをきちっと分析をした上でかくかくしかじかしたい、こういう考えを出して、この法案の中で議論をすべきだと思う。大臣どうですか、いまのように去年の九月終わっておきながらまだ最終的分析はしておりません、これから分析をいたしました上でと言って、きょうはこれで逃げておけばまた一年間時がかせげると。ところが、片山先生もおっしゃっているように、戦災者の方だんだん老齢化して、亡くなっていく方は幾らでもあるんですよ。もう戦後幾らたってますか。もう結論を出すときじゃないですか。ただ、去年は実態調査をしているというから、それじゃその実態調査の結果が六月にまとまるというから、それを踏まえて何らかの――あれだけ議論をしたことですから、やや前向きの問題が出てくるだろうと思って期待をしておったら、いまあなたの言い方聞きますと、最終分析はまだこれからでございます、そして、最終分析をした上でいろんなことを考えたいと後段は言うし、前段では、いままで調査した結果においては、一般の身体障害者と何ら特別な配慮する必要がないようなことを言外にあなたはいま言ったんですがね、私はそういうことはいけないと思う。どうしますか、この問題は。
○政府委員(持永和見君) 私が、先生御指摘になりました一般の身体障害者の方々と差はないということを申し上げました、これはいま私が申し上げましたように就労状況とか課税状況とか、そういった生活の実態、いわゆる社会保障施策としてやる場合に、何かやる必要あるのじゃないかというような観点からも見た場合に、こういった問題が出てまいったわけでございまして、これまた最終的に身体障害者の調査結果とあわせ待ってこの結果が出るわけでございますから、身体障害者の調査結果がまだ最終的に出ておりませんので、最終的なことまで申し上げるわけにいきませんけれども、おおよそ現在のところの概括的なことは、そういうことで申し上げたわけでございます。ただ一般戦災者の問題は、こういった社会保障施策の問題とは別個の問題として、いわゆる戦後処理の一環として、そういった人たちに対する国の保障をどうするかといったような問題は、別の課題としてこれはあり得るかと思います。
○安恒良一君 私たちは一貫して、社会保障政策の一環という議論は一つもしてないんですよ。やはり軍人軍属も一般の国民も一億総動員で大変な戦災に遭ったじゃないかと、戦後処理として西ドイツにおけるやり方等を事例に挙げながらやるべきだということでずっと攻めてきている、で、それに対して去年、とにかく実態調査をした上でとこういうことを言われているわけでしょう、実態調査をした上でということ、その調査の結果は去年の九月にまとまって、そしていまになったらまだ最終分析が済んでない、こういうことを言うわけです。それでは最終分析はいつ済みますか、いつ分析をした上で具体的にあれしますか。いまもって、いまさっき保険局長がやり込められたように、いいかげんな答弁じゃなくて明確にしてください、最終分析はいつ済みます、いつ作業に乗せますか、どうしますか。
○政府委員(持永和見君) 先ほど来申し上げておりますように、これは一般戦災者だけの独自の調査ではございませんで、身体障害者全体の調査の過程でこの一般戦災者の調査をいたしておるわけでございます。身体障害者の調査の結果につきましては、現在鋭意最終的な分析を行われるということでございまして、できるだけ早くやりたいというのが社会局の方の意向でございます。
○安恒良一君 社会局長、大臣、いつ終わりますか、これ。できるだけ早くとか何とかそんなもの全然信用ならぬです、厚生官僚は。できるだけ早くとか一日も早くと言って、ずるずるやるんですから、どうなりますか、大臣、その分析がいつ終わるんですか、明確にしてください、分析はいつ終わるなら終わると。できるだけ早くとか一日も早くと言って、また来年になったら終わっていませんでしたって、そんなばかげた答弁、聞く気はありません、どうしますか、明確にしてください。少なくとも分析がいつ終わるかぐらいのことは明確に言ってください。――何で来ていないんです、社会局長。きょうあなたこういう重要な問題やるとき関連があるでしょう、社会局長はどうして来てないんですか。大臣、どうして来てないんですか、あなたの部下、きょう全部出てこにゃいかぬですわ、これ。
○政府委員(持永和見君) 調査について先ほど来申し上げているとおり、現在鋭意取りまとめということで社会局の方で行われているようでございまして、できるだけ早くということが社会局でございます。私どもとして、具体的にまだいつ、何月ということをお約束できる段階ではないと思っております。できるだけ早く作業を急ぎたい、こういうことでひとつ御理解をいただきたいと思います。
○安恒良一君 理解できません。社会局長呼んでください。できるだけ早くなんて一番あいまいなんですよ、少なくとも作業のことですからね、おおむねこれぐらいで終わるということは言えるはずです。理解できません、社会局長を直ちに呼んでください。それまで休憩してください、こんなあいまいなことは困ります。このことはきのう、このことを聞くことは通告してあります、ちゃんと。援護局長呼んで、こうこうでおれは詰めるぞということを言ってあります、ちゃんと。
○委員長(片山甚市君) 速記をちょっととめてください。
   〔午前十一時二十九分速記中止〕
   〔午前十一時四十四分速記開始〕
○委員長(片山甚市君) 速記を起こして。
○安恒良一君 それじゃ、いま私が質問したことに、社会局長も見えたんですから御答弁を願いたい――中身は聞いていますね。
○政府委員(山下眞臣君) 昨年実施いたしました身体障害者の実態調査、総数その他につきまして取り急ぎまして第一次の中間結果を出しまして、昨年発表いたしたところでございますが、引き続きその詳細な内容につきましての第二次の解析を現在行っておるところでございます。目下鋭意努力をいたしておるところでございまして、二、三カ月めどにこの結果が出るように努力をいたしたいというのが現状でございます。
○安恒良一君 大臣、いま言われましたように二、三カ月めどに大体作業が終わるそうでありますから、私は早急に、やはりもう長い間のやりとりは大臣十分御承知だと思います。私は戦後処理は終わってないと思うんです。やはり当時のことを考えますと、内地におろうと何であろうと、一般国民の中で戦災に遭った人と軍人、軍属を私は区別する理由はないと思います。そういう意味から言って、ひとつ本年度この法案に反映してないことは、私は大変残念に思います。思いますが、いま言いましたように、一般障害者と絡まして、それとあわせて調査するということで去年は逃げ切っておりますし、ことしになりますと第一次中間終わったが、精密調査がまだ終わってない、それに二、三カ月かかるということで、これでまた逃げ切ることになりますが、私は余り逃げ切りをやってはいけないと思いますから、ぜひ早急に調査結果を待って、ひとつどうするのかというのをお考えを願いたい。
 そこでちょっとお聞きしたいんですが、きょうは総理府の方からもお見えになってますが、どうもいつかわかりませんが、大分ずっと古い話ですが、一般の国民の戦災者の方についてはもう戦後処理が終わっていると、こういうメモが実は自民党と総理府との間に取り交わされている。それがあるためにどうしても、これだけ国会で幾ら野党から攻められても社会保障の一環としてと、こういうことを答えざるを得ないということになっているようでありますが、その点は事実でしょうか。
 それから大臣、その後いわゆる満蒙開拓少年義勇軍であるとか、日赤の看護婦さんであるとか、陸海軍従軍看護婦さんであるとか、だんだん枠をきちっと広げてきてます。さらに、国会のこの議論を踏まえられて、ひとつ大臣、この問題について調査の結果と相まって前向きにどうしようとされるのか、このところはひとつ大臣のお考えを聞かしてください。前段のところはそういう事実があるのかどうかと、総理府も来てもらってますから、それらを勘案して考え方を聞かしてください。
○政府委員(石川周君) ただいま御質問のございました戦後処理一般に関する政府・与党の政策姿勢を明らかにいたしましたものといたしまして、昭和四十二年の六月に引揚者等に対する特別交付金の支給に関する法律を提出いたしましたときに、党と政府の間で「本件措置をもって、あらゆる戦後処理に関する諸措置は一切終結したものとする。」という政策意思決定が行われております。この趣旨は、その後いろいろな機会にいろいろな方が御質問に応じまして御答弁されておられますけれども、いろいろお話がございますように、戦争というものはわが国にとりまして未曾有の事態でございましたし、すべての国民が程度の差こそあれ戦争によりまして生命、身体、財産上の何らかの犠牲を余儀なくされたところでございまして、こうした戦争損害につきまして完全に償うということは実際上できない、不可能である。そういう意味でいろんな傷跡が残っているということは事実だろうと考えておりますけれども、そうした戦争損害につきましては、結局は国民の一人一人にそれぞれのお立場で受けとめていただかざるを得ないというものと考えられているわけでございますし、しかし、そうは言いながらも、戦没者の遺族や戦傷病者あるいは生活の基盤を失った引揚者など、一般の国民と異なりまして特別の施策を必要とする者につきましては、援護等の措置を講じてきたところでございますし、それまで講じてきました一連の措置をもって戦後処理に関する措置は終了したものというふうな政策意思決定が、先ほど申し上げました合意書、了解事項というものだと考えております。その後もいろいろな御質問、あるいは閣議決定を通じましての御答弁とか、本会議での総理の御答弁とか、何回か同趣旨の政策方針、考え方というものが答弁されているところでございます。
○安恒良一君 大臣ひとつ、まずお考え方聞かしてください。
○国務大臣(園田直君) いま総理府から発言いたしました了解事項は、私も拝見をしております。しかし厚生大臣としては、戦後の処理が終わったと、行政府としてはもうこれ以上は手が出ませんというか、あるいは一応終わったというのはわかりますが、まだ大変な災害で戦地に行った人よりもひどい思いをした人はたくさんおるわけでありますから、戦後処理が終わったなどという傲慢な考え方を持っておりません。今後、なかなかこれは現実の施策としては困難ではありますけれども、やはり日本の戦前処理じゃなくて戦後処理でありますから、戦前処理なら別でありますが、戦後の処理でありまして、もう二度とこういうことをやっちゃならぬということが一貫して政治になきゃならぬ。そういう理論から言うと、国家から召されていったから、あるいはそうじゃなかったからということで本当は区別するのは理論的には間違いであって、やはりひどい日に遭われた程度によって区分するのが本当の私は理屈だと思います。しかし、現状としてはなかなか現在ではそれは困難であることは私も承知しております。
○安恒良一君 大臣ね、私は当時一億総国民が肉体的に、精神的に、財産的にいろんな被害を受けたことは承知しております。しかし、私どもが言っているのは、たとえば空襲で亡くなった方、空襲の中で戦傷、いわゆる傷つけられた方、そういう一般の戦災者についていわゆるこれは見るべきではないかと、こういうことを言っているわけでありますから。それを、当時四十二年にそれは自民党の政策としてあったというのはあったでしょう。しかし、そんなものは自民党と政府の話でありまして、少なくともそれを守らなきゃならぬということにはならぬわけであります、でありますから、私はやっぱり、いま申し上げたように、空襲のもとで亡くなった人とか大変なけがをされた方がたくさんいるわけですから、そういう方々と、軍人と軍属とを区別をするというのは、平和憲法下において国民の平等の権利から言っても私はおかしい。ですから、少なくとも私ども同僚委員がずっといままで追及してまいりましたように、まず実態を調べて、そしてどのくらい、それを救うのにはどれだけ財源がかかるのかと、そしてこうしたいと、こういう私は提案があってしかるべきだと思うんです。それがやっと去年になって実態調査、そしてことしになって実態調査の集計がさらにまだかかると、こういうことでありますから、ぜひこの問題につきましては、私いま大臣がおっしゃったんで、私も戦後処理は済んでないと思います。また、同じ第二次大戦で大変な被害を受けた西ドイツにおけるいわゆる救済方法等も非常に参考に私はなると思います。私は、精神的な問題まで全部救えなどということを言っているわけじゃないんであります。とりあえず、国民の中で戦災に遭った方々について実態を把握をし、それに対して同じような援護措置をこの際考えていくべきでないだろうかというのが、長年わが党がずっと主張してきているところでありますから、どうかそういう意味でこの問題については、いまも大臣から戦後は終わってないと、それから大変な被災を受けた方については何らか考えなきゃならぬと、こういう前向きの答弁もございましたから、早急に実態調査を集計をされまして、その上でまた来年これと同じような提案をされないように、この際強くそのことはお願いをしておきます。
 そこでその次の、時間がもう十二時までしかありませんからお聞きしたいんでありますが、いわゆるこれも去年問題になりましたが、ソ連の抑留者の問題について野呂さんは、厚生省としては援護局にプロジェクトチームを設けまして、その実態調査に当たった上で云々というやりとりがあっていますが、厚生省ではどういうプロジェクトチームを設けられまして、その後実態調査をどういうふうにされて、そしてソ連の抑留者の援護についてはどういうお考えをお持ちなのか、ひとつ聞かせてください。
○政府委員(持永和見君) 先生御指摘のとおり、昨年の社会労働委員会で野呂厚生大臣が、ソ連抑留者の実態から考えて、いま先生御指摘のようなことを言っておられるのは事実でございます。ただ、この文章の中で、いろいろとございますが、「援護法の接点にあるもの、恩給法上の接点にあるもの、」そういった言葉がございます。私どもといたしましては、国会でいろいろと御論議になった接点の問題がございます。今回御提案いたしまして御審議をいただいております満州の青年義勇隊を卒業いたしました開拓団の問題でございますとか、あるいは外国に籍を置いておられる日本の元軍人、軍属の人たちの処遇の問題でございますとか、そういった現在の恩給法あるいは援護法の接点になっておる問題がございます。そういう問題については私どもプロジェクトチームを設けまして、それぞれ検討をし、その結果、今回御提案いたしておりますまず青年義勇隊開拓団の処遇ということになったわけでございますが、ソ連抑留者の実態につきましては、これは援護局本来の仕事として、引揚援護業務、あるいは未帰還者の調査業務、そういったものがございます。したがいまして、ソ連抑留者の実態、そういうものにつきましては、これは私ども特別にプロジェクトチームを設けるまでもなく、本来の業務としてこういった実態調査を、ずっと戦後今日までやってきたというのが事実でございます。
 で、ソ連の抑留者の援護法上の措置でございますが、援護法上の措置につきましては、これはソ連抑留期間中に死没された方、あるいは障害を受けられた方、そういった方々に対しましては、援護法による遺族年金あるいは障害年金を支給しているというようなことでございます。
○安恒良一君 そんなことを聞いているんじゃないですよ。現実がどうなっているかというのは承知の上で聞いているのは、去年野呂さんが言われたのは「なかなかこういう援護法の接点にあるもの、恩給法上の接点にあるもの、そういった問題全体の中で、ソ連の抑留者の実態から考えて、今後これに対してどういう処遇を与えていくべきかということについて、厚生省としては援護局にプロジェクトチームを設けまして、」と、こういうふうになっているわけです。だから、設けたのですか、設けないんですか、設けて、野呂さんが言ったようなことについてはどこまで作業が進んでいますかと、どうなっていますかと聞いているんです。いまあなたの答弁は、そんなもの設けるまでもなく、プロジェクト設けるまでもなくやっていますなんて言って、また大臣が言ったことと違うことをあんたが言うことになるよ。大臣はそういうことを言って、去年浜本さんの質問に対して、ここのところは次に送っているわけですよ。浜本さんからいろいろ、ソ連抑留者についてこうしてもらいたい、ああしてもらいたいということをずっとやりとりした中の最後のやりとりがこうなっているから、私はその後どういうふうに作業が進んでおりますかと、こういうことを聞いているわけです。
○政府委員(持永和見君) ソ連抑留者の実態そのものについてのプロジェクトチームというのは、実は私ども設けておりません。これは、この大臣の御答弁そのものについて、やや舌足らずの点があるんじゃないかと思いますが、そういう点については事務当局として説明不十分であったということを十分反省いたしておりまして、申しわけなく存じております。また、この段階でなお補足的な事務的な説明もしておらないわけでございまして、そういう点ではおわびを申し上げる次第でございますけれども、実は先ほど来申し上げておりますように、ソ連抑留者につきましては援護法上の処遇は行っておりますから、ソ連抑留者で私どもでやっておりますのは、引揚援護あるいは未復員帰還調査、そういったものに対する調査を行っているということを申し上げたわけでございます。
○安恒良一君 もう時間がありませんから。――何ですかあんた、大臣が答えたのに、舌足らずとかなんとか、そんな失礼なことを言っていいの。もう大臣やめたかと思って、いまになったら今度は舌足らずとか、そんなばかなことないでしょう。少なくともやりとりするときには、ちゃんと大臣が答弁をするのには、事務局とも打ち合わせをした中で、そして全部大臣は答弁されているんですよ。舌足らずだとか。そして、大臣はこういうふうに結ばれているんですよ。「厚生省の関係法律で対象にならないものにつきましては、これは総理府と厚生省とが十分話し合いまして、こうした戦争犠牲に対する今後の処遇をどういうふうな方向で持っていくかということについて、根本的にひとつこれは政府全体の問題として検討する必要があるというふうに考えておるわけでございます。」と、こう言っているんです。だから私は、政府全体としていろんなことをどういうふうにこういう問題をやったのかと聞いているんで、それを君はいまになってあの答弁は大臣が舌足らずであるとか、私たちが説明足らぬとか、大概いいかげんなことを言ったらいかぬわね。それがため公式の議事録というのこれちゃんとあるんだからね、言ったことにやっぱり責任を持って、たとえばその後ここまで検討してますとか、こういうふうになってますとか、こういう点が問題がありますと、こういう答弁ならわかるけれどね、いや実はあれは大臣が、食言したとまで言わぬけど、舌足らずとは何だ、舌足らずとは。説明が不十分だというのはどういう意味なんだ、それ。
○政府委員(持永和見君) 発言が適切を欠いて申しわけなかったと思います。これは先ほど申し上げましたように、事務当局としての大臣に対する説明が十分でなかったということに尽きると思っております。
 なお、後段で大臣がおっしゃいましたこの厚生省の関係法律で対象にならないものという問題は、ソ連抑留者につきましてはいろいろとソ連抑留中の期間の労務補償、その他の問題がございます。こういった問題につきましては、審議室長がお見えでございますので、審議室長からお答えいただいた方がいいかと思います。
○政府委員(石川周君) ソ連の抑留者の問題につきましては、いろいろ御質問、問題の提起のあることに厚生省初め関係省庁とお話をしていただく機会がございますけれども、この御質問の御答弁のプロジェクトチームというような形でのそれの結果としてのお話し合い、御提案というものはまだいただいておりません。
○安恒良一君 もう時間ありませんから、後で高杉さんにお願いしますけれども、大臣あんな調子ですよ。片方は片方にお願いしているし、片方は厚生省から提起がないとこう言って逃げ切るわけです。どれが縦割りの官僚の実態なんですよ。少なくとも野呂さんなら野呂さんが言ったらそれに対してこういう努力をしたと、しかしここまでしかいけませんでしたとか、調査した結果、それは何ぼ野党が言われても無理なら無理ですとか、そういうふうに明確にしていかなきゃいけないと思うんですよ、政治は。責任のなすり合い、一年間何しておったかということになる。どうか大臣、こういう点もきちっと精査していただきたい。私は、すべて私どもの主張が全部通ると思っていません。できないことはできぬ、できることはできると、ここまで検討していますと、こういうことは、私どもは少なくとも国民のいろんな要望を聞いて、この場において政府との間にやりとりをしておることですから、私はやってもらいたいということを申し上げて、もう私の時間十二時ということですから、後高杉先生の方にお願いして終わりたいと思います。
○委員長(片山甚市君) 両案に対する午前の質疑はこの程度にとどめ、午後一時まで休憩いたします。
   午後零時三分休憩
     ―――――・―――――
   午後一時三分開会
○委員長(片山甚市君) ただいまから社会労働委員会を再開いたします。
 委員の異動について御報告いたします。
 本日、沓脱タケ子君が委員を辞任され、その補欠として小笠原貞子君が選任されました。
    ―――――――――――――
○委員長(片山甚市君) 午前に引き続き、障害に関する用語の整理のための医師法等の一部を改正する法律案及び戦傷病者戦没者遺族等援護法等の一部を改正する法律案を議題とし、質疑を行います。
 質疑のある方は順次御発言を願います。
○高杉廸忠君 私は、本法案審議に当たりまして、本委員会において後刻わが党を初め各野党共同による戦時災害援護法を提案いたしますので、その趣旨に関連をいたしまして以下の諸点について、厚生大臣を初め関係当局に質問をいたしたいと思います。
 なお、お願いでありますが、午前中の審議に際しましても、あるいはまた各国会ごとに論議になっております本問題でありますから、これらについては幾つかの要請もあり指摘もありました。したがいまして、今後の審議については円滑にいくように特段の御協力をいただくことをまず要請をいたしておきます。
 そこで、厚生大臣に伺いますが、国連は一九八一年を国際障害者年と定めまして、すべての障害者にそれぞれが住む社会における「完全参加と平等」これを実現する行動計画を示し、世界各国が十カ年で取り組むべき目的と課題を明らかにしております。しかもその施策の実行を求めております。こうした中で、戦争による犠牲者である障害者にどのように思いをはせて国際障害者年を位置づけているのか、まずこの点について明らかにしていただきたい、このように思います。
○政府委員(持永和見君) 先生御指摘のとおり、一九八一年は国際障害者年でございます。これは国連の国際障害者年に関する採択がございまして、国際障害者年行動計画というのがございます。その行動計画の中で、ちょっと私読み上げさせていただきますと、国連はその国際障害者年行動計画において、「障害者のうち多数の者は、戦争及び他の形態の暴力の犠牲者である」と述べるとともに、この「事実に想いを至すなら、国際障害者年は、世界平和のための諸国民間の継続的で強い協力の必要性を強調する一つの機会として、最適に利用され得るものである」としているところでございます。
○高杉廸忠君 午前中の安恒委員からの指摘についても実態調査についてのお話がありました。それから、その中から分析なりあるいは解析をするのにまだこれから二、三カ月かかると、こういうお話であります。それを受けまして、身体障害者の実態調査で、戦傷者の実態の把握、これはこういった戦争犠牲者の実態調査と同時に生活の実態、それからその障害がもたらす苦しみについて、こういうふうな具体的な調査というものをしていく計画なりあるいはお考えがありますかどうか。
○政府委員(持永和見君) 現在、けさほどもお話し申し上げましたように、身体障害者の実態調査の中で戦災者の関係の方々の調査を行っているところでございまして、その調査内容としては就労状況、課税状況など生活の実態を把握するものはあるかと思いますが、いま先生御指摘の障害がもたらす精神的な面、こういう面については実はこの調査では行っておりません。
○高杉廸忠君 これからそういう調査をされる計画なりお考えはありますか。
○政府委員(持永和見君) けさほど来申し上げておりますように、生活状況、就労状況、こういった現在の調査項目にあるものにつきまして、最終的な分析を行っている段階でございます。その結果によりまして、一般戦災者の方々につきまして生活状況、就労状況などはある程度の把握はできるかと思いますが、いま先生御指摘の精神的な問題、こういうことにつきましては私ども調査というよりも、実際にそういった方々から生の声をお聞きする方がいいんじゃないかというふうに考えておりまして、これからもそういう方々とできるだけ話し合いをしていきたいというふうに考えております。
○高杉廸忠君 もちろん、戦後三十五年を経た今日でありますが、十分な補償を受けずにいまなお戦争による傷跡に苦しみつつ日々の生活を送っている民間の被害者が存在することはお認めになると思うんです。そのような人たちの集まりであります全国戦災傷害者連絡会があることは御存じですね。
○政府委員(持永和見君) 承知いたしております。私どもの承知いたしている範囲では、全国戦災傷害者連絡会、各古屋に事務所がございまして、杉山千佐子さんという方が会長でございます。で、今日までこういった会からの要求といたしましては、戦災傷害者あるいは死亡者の方々の実態調査をやってほしいということ、それから、戦災傷害者手帳、こういったものを交付してほしいということ、それから、戦災傷害者及び死亡した遺族に対しまして援護法をできるだけ早くつくってほしいと、こういうような要望が出されておるところでございます。
○高杉廸忠君 そういう人たちから今日まで要望がされていることはいま述べられました。で、空襲による死者、負傷者に対してまず弔意と、その苦難に対して報いる気持ちが欲しい、こう言っているんですね。そのための実態調査をすべきだと、これはしばしば私どもが言ってきたところなんです。こういった被害者団体から、いまあなたが言われたようなことは、被害者の方々から言われるまでもなく、私は当然国の責任として、政府が現在までなされてしかるべきだと思います。いかがですか。私はこの際、政府の責任において実態調査を行うこと、そして、その方々から具体的に出ている要望についておこたえいただくことが必要だろうと、こう思いますけれども、いかがですか。
○政府委員(持永和見君) いま申し上げました御要望が出ておるわけでございますが、一般戦災者の方々のまず実態調査につきましては、先ほど来申し上げておりますように、全国身体障害者調査の中で、多少のサンプル的な調査ということではございますけれども、そういったことで現在調査をし、その分析を行っている段階でございます。
 あと、それから戦災者の方々の弔意の問題につきましては、これにつきましては総理府でございますけれども、戦災史実調査を行うとか、あるいは戦没者の大会、八月十五日の全国戦没者追悼式にそういった戦災者の方々の代表の方々もお入れするとかというようなことで、総理府の方でそういった施策を行っております、
 最後でございます援護法の問題でございますが、これはなかなかけさほど来御論議がありましたように、非常にむずかしい問題でございます。そういった問題ではございますけれども、私どもとしては一つの課題だということで、こういった先ほど来申し上げております実態調査の結果なども見ながら、関係各省とも御相談し、政府としてのこれは政策的な判断ということが必要かと思いますが、そういった問題について検討さしていただきたいというふうに考えております。
○高杉廸忠君 厚生大臣、この際ですから、私は要望も含めて厚生大臣からお答えをいただきたいと思うんですが、いまのお答えのように政策課題であり、その意思決定は政府の問題だというふうにとられますから、現政府の、しかも有力な厚生大臣であります、いままで被害者の方々から出されました要望等を含めて、何らかの早期実現に向けての御決意をいただきたいと思うんですが、いかがでしょう。
○国務大臣(園田直君) 先ほど申し上げましたとおり、日本の戦争災害者の方々に対する基本的な姿勢は、戦後の処理問題であって、その受けられた災害の度に応じて考えるべき問題であると考えておりますが、現実はいろいろ違っておりまして、縦割りというか何か、軍人軍属あるいは軍の命令というようなものが先に立っておりますが、これは私は理論としてはなかなか筋の通らぬところもある。やはり全般的に災害に、ひどい思いをされた、つらい思いをされた方々の度に応じてやるべきだと思いますものの、現実としては、ここまでやってきました問題を切りかえることは非常に困難である、せめてそういう網から漏れた方々を戦後の処理は終わったなどと言わずに、一つ一つ努力をして網の日から漏れた気の毒な人々に対する対応の策を講ずることが必要であると考えております。
○高杉廸忠君 一般の民間戦災者に対しては一般の社会保障の枠内でと、従来そういうような答弁も繰り返されてきているわけです。私はこの際、具体的に指摘をしながら考えを伺うわけでありますが、次のような人はどのような所得保障の対象となるかということであります。
 たとえば、片目が失明で残る片方の目の視力が〇・〇九、この障害の場合、あるいはまた顔や頭部にケロイドが残った障害の場合、こういう場合に国民年金の一、二級に該当しますかどうか、まず伺います、
○政府委員(持永和見君) 国民年金の障害年金の支給対象となります障害の範囲でございますが、いま先生が御指摘になりました視力障害につきましては、一級が「両眼の視力の和が〇・〇四以下のもの」ということになっております。また二級が「両眼の視力の和が〇・〇五以上〇・〇八以下のもの」ということになっておりますので、先生御指摘の〇・〇九ということになりますと、国民年金の障害年金の支給対象にならないわけでございます。
○高杉廸忠君 国民年金の障害等級の対象に該当しませんね。この程度の障害に該当する場合、これは戦傷病者戦没者遺族等援護法の中ではどの程度の給付を受けられると、こういうふうになるんですか。
○政府委員(持永和見君) 遺族援護法によります障害年金の場合でございますけれども、遺族援護法によります障害年金の場合には、片眼が失明で、残る片眼の視力が〇・〇九である障害の場合、こういった場合は第四項症に該当いたします。
○高杉廸忠君 幾らになるんですか。
○政府委員(持永和見君) 障害年金額は年額で申し上げますと百八十四万六千円でございます。
○高杉廸忠君 現在の法制度が憲法違反でないとしても、このような実態で被災者というのは納得できるかどうか、私は政治のあり方として、どうしても放置できない実態だと思うんです。これでも一般の社会保障が充実したからそれでよろしいと、こういうふうに思っておられるのかどうか、これを確認したいと思うんです。
○政府委員(持永和見君) 一般戦災者の方々につきましては、先ほど来申し上げておりますように、現在、特別の援護措置は行われてないわけでございまして、一般的な社会保障施策の充実という形でその処遇が図られているわけでございます。この点についての御指摘でございますが、私どもといたしましては確かにその一般戦災の方々、戦争による被害者として大変御苦労され、お気の毒な心情にあるかと思います。しかしながら、現在の段階でこの一般戦災者に対して特別な援護をするということになりますとなかなか非常に関係するところ多く、非常にむずかしい問題であると思っております。しかしながら、この問題は再々国会でも御議論になっておりますし、また先ほど大臣もちょっとお触れになりましたように、一つのこれからの課題であるというふうに考えておるわけでございます。
○高杉廸忠君 先般の太平洋戦争下において、日本の国民は国家総動員法や防空法といった法律によって法律的側面から戦争への参加を強制されたのみならず、米軍の日本本土空襲によって戦闘員あるいは非戦闘員の区別なく、すべての国民が現実に参加世ざるを得なくなってきて、そのために多くの国民が戦争による負傷をした、こういう事実というものはあなたも認めるわけでしょう。
○政府委員(持永和見君) 国内で空襲に遭われた方、あるいは艦砲射撃などに遭われた方などの中には、先生御指摘のように戦闘員もおられますし、もちろん一般の非戦闘員の方々もおられることは事実だと思います。
○高杉廸忠君 そこで、これまた、大臣に政治の姿勢として伺うわけですが、従来の繰り返しになりますが、第二次世界大戦について国の責任というのは何だったのか。政治家として大臣はどういうようにお考えになりますか。この際、お尋ねをいたしておきます。
○国務大臣(園田直君) この前の戦争は、当時の為政者が誤った道を選んだわけでありまして、その結果、国も国民も今日のようなことになったわけであります。したがいまして、当時の為政者の責任ということは国の責任であり、今日われわれがまた責任を継承しなければならぬと考えております。
 なおまた、戦争の被害というものは、年がたつにつれて戦闘員と非戦闘員の区別なしに被害を受けるものでありまして、場合によっては、戦地でひどい目に遭ったつらさよりも、内地で日常生活をしながらひどい日に遭った方々の方がひどい場合もたくさんあるわけでありますから、そういうことに思いをいたして、まだまだ残った問題をしさいに、しかも心から申しわけないという責任の気持ちを持って、困難ではあるが、対応の処置を一歩でも進めていかなきゃならぬと考えております。
○高杉廸忠君 昨年八月の民間被災者に対する援護法の適用に関する名古屋地裁の判決、これが出ていることは御存じだろうと思うんですが、どうでしょう。
○政府委員(持永和見君) 援護法の適用に関しまして名古屋地裁の方から、昨年の八月二十九日、判決が出ております。
○高杉廸忠君 そこでこの際、確認を含めてお尋ねをするわけですが、その判決の中で、援護法を適用しないことは法のもとの平等に反しないとして、原告の訴えを却下しておりますが、判決理由の中できわめて注目すべきことが述べられているわけであります。
 この際、御紹介しておきますが、社会保障の見地に立ったとき、民間被災者であると旧軍人軍属であるとにかかわらず、同等の傷害を負った者に対しては、同等の保障をなすのが当然であると考える、こう述べているわけです。それからまた、戦争犠牲者に対する国家補償という面においても、国の遂行した戦争において傷害等を負った者は、民間戦災者であっても、旧軍人軍属であっても、その補償の必要においては、差は認められないと、判決理由の中で述べているんですね。そしてさらに、これらの人々に対して、国が国家補償の精神に基づきできるだけ広範囲にわたって、援護の措置を講じていくことが望まれ、法的にいかなる補償措置を講じていくかについては、なお、国の立法府たる国会の裁量の範囲だ、こう述べているんです。この点についてはどうでしょう。
○政府委員(持永和見君) この裁判は、一般戦災者に対しまして、遺族援護法を適用をしていないのは憲法に違反するじゃないかというようなことで訴えを出された裁判でございました。主文は却下ということになっています。
 判決理由の中で、いま先生おっしゃいましたようにいろんなことが述べられております。社会保障の見地からすれば、一般戦災者と旧軍人等を区別することはあるべきではない。また戦争犠牲者に対する国家補償という面においても、原則的にはそれほど顕著な差異は認められない。先生がおっしゃったとおりでございます。
 ただその後で、しかし現行の援護法は文官に対する恩給制度との均衡及び公務上の災害に対する国の使用者としての立場からの補償という見地があるので、そういう見地に立つならば、一般戦災者とそれから軍人軍属の方々、国と使用関係にある方々を区別するについては、合理的な理由があるということでの却下の理由になっておるわけでございます。
 さらに最後におきまして、いま先生お述べになりましたように、戦後三十年以上たった今日、十分な補償を受けられなくて、なお戦争による傷跡に苦しみつつ、日常の生活を送っている民間被災者が存在することは、これをうかがい知ることができる。したがって、これらの人々に対しまして、国が国家補償の精神に基づき、できるだけ広範囲にわたって援護の措置を講じていくことが望まれるが、法律的にはいま先生お述べになりましたように、国の立法府たる国会の裁量の範囲に属するんだというようなことの内容の判決でございます。
○国務大臣(園田直君) いま事務当局答弁しましたが、判決は私は非常に正しいと思っております。現行制度の援護法のあれには抵触しない。しかし、国家の責任というものはこういうものだということを書いてあるので、これは現行制度の援護法がこのままでいいのかという一つの判決だと私は心得ております。
○高杉廸忠君 大臣もお認めになりましたが、繰り返して申し上げますと、一番最後に私が申し上げました関係ですね。これは国が国家補償の精神に基づき、これは大事な点だと思うんです。できるだけ広範囲にわたってと、こういうふうにいまも大臣もお認めになったように、援護の措置を講じていくこと、これが望まれるという、この判決でも述べているんですね。最後には国会の裁量、要するにいままで幾つかの指摘をしてきましたし、あなたの方からの政策課題だという指摘もありましたから、そこで今後、いかなる補償措置を講じていくかについては、やはりこの立法府たる国会でこれを決めていったらいいというふうに私どもは思うんです。
 そこで、わが党が中心になりました戦時災害援護法、これを母国会ごとに提出をしているわけです。これは国会の裁量に基づく私どもの責任だと思っているわけですが、こういう点について、大臣もいまお認めになりました。これについてはどういうふうにお考え持っておられますか。
○国務大臣(園田直君) いま御発言の戦時災害援護法、この趣旨は戦争災害を受けた者は、身分、立場、その他にかかわらずひとしく戦争災害者としてこれに対する国の責任を果たす、こういう理論から言って私は理論はそうあるべきであると思います。しかしながら、実際に行政を担当する私といたしましては、これが現在の政治環境からなかなか実行することは困難である、こう思っております。
○高杉廸忠君 午前中の安恒委員の質疑の中にも出てまいりました前厚生大臣の野呂大臣の答弁、あるいはまた去る五十三年、当時の小沢厚生大臣、これは本社会労働委員会における質疑の中で、こういうふうに小沢厚生大臣も述べているんです。社会労働委員会の皆さんとも相談しながら逐次援護対策を進めていきたい、こういうような答弁をしておりますけれども、私は安恒委員が午前中指摘をしました、そして強く要請をしました。各大臣なりあるいは局長が、その場しのぎの答弁であってはならない、具体的にこれを実現していく、この姿勢が大事である、これが厚生行政、信頼される厚生行政である、こういうように思うんです。そういう点について援護局長並びに大臣に、私は基本的な政治姿勢でありますから、確認の意味で伺います。
○国務大臣(園田直君) 前大臣の二人の御答弁、これは当然私も、もって努力すべきものであると考えております。
 したがいまして、大筋を変更することはなかなか困難でありますが、いまの現行制度の中で網目から漏れて、ひどい苦しみに遣われながら、なお援護の措置が講じられてない者、これを一歩一歩改善するという努力をいたしているところでございます。
○政府委員(持永和見君) 大臣おっしゃいましたように、私どもといたしましても、国会の御論議を十分踏まえながら援護対策を講じていくのが私どもの務めであるというふうに考えております。
○高杉廸忠君 昨年の本委員会における審議の際に、片山委員、現社会労働委員長の質疑に対してもこういうように答弁されているわけですね。「財政的な問題は、制度を創設しあるいは運営する場合に大きな要素になることはもちろんでございますけれども、」、「一般戦災者といった者をどういう仕組みの中でどういうふうに構築していくかということのむつかしさを考えておる」、こういうふうに答弁されております。その後具体的に検討された結果として、こういう考え、これは昨年の答弁と全く同じですか。それとも、その考え方というのは漸次前進をしていっておりますかどうか。
 そして、これらに対する対応として、どういうように現在はお考えになっておりますか。この点も確認いたしたいと思います。
○政府委員(持永和見君) 昨年の国会の過程で、いま先生の御指摘のような議論があったことは私も承知いたしております。
 これは一般戦災者の方々は、先ほど裁判のお話が出ておりましたけれども、裁判で申しておりますように、現在の遺族援護法、これは使用者責任というものを目的とする、あるいは趣旨とする法律でございまして、そういった意味合いから、戦傷病者戦没者遺族等援護法で一般戦災者を処遇するということは非常にむずかしい問題であるというようなことであると思います。また、こういった人たちを、しからば特別に取り上げてこれに対しどういう措置をするかというのは、先ほど来私も申し上げておりますし、また大臣もお答えになりましたように、これからの大きな課題であるかと思いますが、こういった点につきましても、ほかの戦争被害者、そういった関係との問題もございまして、いろいろ政府全体としてこういった問題と取り組む、現在の段階でなかなかむずかしい問題もあるということを申し上げた趣旨かと思っております。
○高杉廸忠君 何回か繰り返しておりますけれども、政策課題であると同時に大臣からも、戦後はまだ終わっていない、こういうようなお答えもありましたから、私は従来の答弁ではなくて、前向きに前進をさせていく対応こそ必要である、こういうように考えるんです。そういう点でないと、私はいつまでも政策課題だといってあなたの方で逃げ切るわけにはいかぬだろう、こう思うんです。ですから、前向きな姿勢で、具体的に実態調査の上でこれらに対する施策を実現をしていく、そういう方向であるかどうか、それを確認をいたしますが、どうでしょう。
○政府委員(持永和見君) 現在、戦災者の実態調査を身体障害者実態調査の中の一環として行っておりまして、その詳細な内容の分析を、現在行っている段階でございます。しかしながら、この調査自体はいわゆる一般戦災者の実態を知るということでの調査でございまして、この調査が即援護措置に結びつくというような性質のものではございません。こういった調査を踏まえながら、これからのこういった一般戦災者の方々にどうするかということにつきましては、昨年の国会でも御答弁いたしておりますけれども、その結果を見た上で、どうするかということは政策的に判断をしていかなければならないというような問題ではないかと思っております。
○高杉廸忠君 現在の社会の中で、いままでとうてい国の補償の対象とならなかったものが、新しい政策判断と要請に基づいて補償されようと、こういう方向なんですね。そういった新しい問題と比べると、法律上の不公平というものが出てくる感じがどうしてもぬぐえませんですが。たとえば近年の公害補償とか、あるいは犯罪被害者補償などをめぐりまして身分関係論を放棄せざるを得なくなってきていると思います。こういったときに、一般戦災者のみに、政府が従来冷たい態度をとってきたというふうに私は思うんですけれども、一体それは何なんですか。ここをひとつ知りたいんですが、どうでしょう。
○政府委員(持永和見君) 国の戦後処理の問題でございますが、沿革を申し上げますと、国の戦後処理といたしまして、戦傷病者戦没者遺族等援護法が昭和二十七年にできております。この戦傷病者戦没者遺族法ができた理由といたしましては、先ほども判決でちょっと述べられておりましたけれども、一般の文官の方々の恩給はずっと戦後も残っておりました。戦没者の方々、軍人の方々の恩給、年金はとまってしまっておったわけでございますが、そういった点から、国会などの御決議もありまして、戦没者、一命をお国のためにささげたそういった方々の援護措置をできるだけ早くしろというような御決議もありまして、昭和二十七年に戦没者遺族援護法ができたわけでございます。その後、この戦没者遺族援護法の範囲の拡大と申しますか、中身の改善は逐次いたしてまいっておりますが、しかしながら、この使用者と申しますか、そういう一般の民間の方々までこれを及ぼすというような政策は今日までとられていなかったというのが実情でございまして、今日はそういう実態にあるわけでございます。
○高杉廸忠君 従来、一般戦災者に対しての、まだ経過もありますが、どうして一般戦災者のみに具体的な調査もない、あるいはそれに対する対応もないということは、一体何が要因、原因、そういうものが考えられますか。
○政府委員(持永和見君) 去る戦争と申しますか、第二次世界大戦は未曾有の大きな戦争でございまして、国民の方々が何らかの意味でそれなりの被害を受けたというようなことに相なっているかと思います。そういう意味合いにおきまして、すべての国民の方々がそれぞれ、程度の差はございますけれども、何らかの形で戦争による犠牲を受けられておりまして、こういった犠牲を、現在の段階で完全に償うというようなことは、これは無理と申しますか、できない問題でございます。そういう意味合いにおきまして、こういった方々につきましてもいまの段階で、今日まで一般戦災の方々というようなとらえ方というような特別な援護措置は行われていないという実態であろうかと思います。
○高杉廸忠君 どうもわからないんですけれども、償いというのは。それじゃ戦傷病、軍人軍属についての償い、これはできるんだが、私はやっぱり、先ほど申し上げましたとおりに、国民全体が戦争に巻き込まれたわけでしょう。あなたもお認めになったように、第二次世界大戦の日本国土における戦争状況というのは、軍人軍属あるいは戦闘員、非戦闘員にかかわらず、これは傷を負った者、亡くなった方、同じなんですね。何で区別があって、戦傷病あるいは軍人軍属だけに償いがあって、民間の方に私は完全に償いがあったとあなた言われたように思うんですが、私はないから言っているんであって、一般の民間の方で亡くなられた方、傷ついた方についての償いというのはなされていないんでしょう、その点はどうなんですか。
○政府委員(持永和見君) 民間の方々に償いがあるということを私は申し上げたつもりじゃございません。償いはいたしておりません。これは先ほど来申し上げておりますように、民間の方々につきましては社会保障施策というような中で処遇がされておるという実態でございます。
○高杉廸忠君 従来の論議の中でも、社会保障の枠内でという話はしばしば答弁されてきたんです。私がなぜこの名古屋の判決文を引用しながら申し上げたか、これは先ほども大臣もお認めになったように、具体的な実態調査を踏まえて、そして戦後は終わってないんだと、終わってないからその方々にも償いをするような方向で取り組むんだと、こういうようなお話でありますから、私は一歩前進だと思っているんです。
 ところが、いま局長のお話ですと、どうもそれが後退するような印象を受けますから、私は再度ここで確認をいたしますが、先ほど大臣もお認めになり、これからの施策についても前向きな姿勢で取り組まれるといった御答弁をいただいておりますから、それを踏まえて、援護局としては具体的に今後取り組んでいく、こういうお答えをいただきたいんですが、どうでしょう。
○政府委員(持永和見君) 私はいままで過去のいきさつを御説明申し上げたつもりでございます。
 これから一般戦災者の問題をどうするかということについては、先ほど大臣も、まだ戦後は終わってないというお話もございました。確かに一般戦災者の方々も犠牲の大きさあるいは犠牲の深さ、そういったものにおきましてはこれは軍人の方あるいは軍馬の方々と変わりない犠牲を強いられた方があるかと思います。そういったことを踏まえ、私どもとしては当面とりあえず具体的なことというお話でございましたが、けさほど来お話申し上げているように、現在、身体障害者の実態調査の中で戦災火傷者、そういった方々の調査もいたしておりますから、その調査の中身をさらに分析をしていきたいということを考えております。
○高杉廸忠君 せっかく内閣の方からおいででありますからお尋ねをしておきますけれども、総理府で行う史実の調査の中で、身体障害者の実態調査の中で明らかにしていくということも言われたんですけれども、身体障害者の実態調査が明らかになった時点で民間戦災障害者、こういうような実態というものを把握されましたときには、どういうような方向でお取り組みになるのか、内閣の方でどういうふうにお考えになっておられるのか、ちょっとお聞かせをいただきたいと思うんです。
○説明員(造酒亶十郎君) お答え申し上げます。
 先ほども援護局長から御答弁がございましたように、さきの大戦は非常に大変な戦争でございまして、すべての国民の方が何らかの形で生命、身体あるいは財産上の犠牲を余儀なくされたところでございまして、このような戦争の損害につきましてこれをすべて償うということは、実際問題として不可能でございます。究極的には、国民のお一人お一人にそれぞれの立場で受けとめていただかなければならないものではないかというふうに考えているわけでございます。
 しかしながら政府といたしましては、これまで戦没者の御遺族の方あるいは戦傷病者の方、あるいは生活の基盤をすべて失われた引揚者の方々、こういう方々につきまして援護等の措置を講じてまいったところでございます。
 そこで、このようにどこかで政府の行います戦後の処理施策について一応の区切りをつけなければならないということから、昭和四十二年でございましたか、戦後処理に関する措置は一応これをもって終わりとするという了解が政府・与党間でなされたところでございます。
 先ほど厚生大臣から、戦後処理はまだ終わってないというお話もございましたが、こういう了解をいたしましたのは、一応政府としての政策のひとつの考え方を示したものだというふうに私ども受けとめておりまして、援護局の方で実態調査の結果がおまとまりになった段階で、これとの関係をどういうふうに考えるか、あるいはさらに戦後三十五年を経過した現時点におきまして、改めて戦争による被害につきまして見直しを行って特別の措置を講ずるということは、国民の間にまた新たな不公平を生み出すということはないかというようなこと等々非常にむずかしい問題を含んでおります。大変むずかしい問題であるというふうにお答えをせざるを得ないと思っております。
○高杉廸忠君 大事な点ですから、これは政府として先ほども申し上げましたように、厚生大臣、鈴木内閣の基本姿勢にもかかわる問題になります。いまのような答弁で、私は四十二年の六月に政策意思決定がそういうような形であったかどうかは別として、大臣は先ほど、あるいは午前中の安恒委員の御質問にもしばしば戦後は終わってない、気の毒な方の問題についても対応していく、こういう姿勢を述べられました。いま内閣審議官の方からのお答えですと、新しい不公平な問題になるような御発言でありますが、私は新しい不公平を生むものだとは思ってない。しかも戦後は終わってないんだから、戦争責任がある国の責任において、気の毒な方々に対する援護のこの策を一日も早くしていかなきゃならぬ、こういう立場なんであります、鈴木内閣として、私は基本姿勢として大事な点でありますから、大臣から特にいまのような内閣審議官からの御答弁ではなくて、私は新しい不公平というような問題を提起されるようなことがない問題だと思っておりますが、その点はいかがでございましょう。
○国務大臣(園田直君) 現行制度の中で物を考え仕事をやっておる事務当局の意見、最後は厚生省も内閣の方も、未曾有の戦争であって大なり小なり被災を受けておるからがまんをしてもらわなきゃ仕方がないと、こういう統一されたような言葉が出てくる、ここに問題があると私は考えております。問題は名古屋の判決が一番正しいので、現行制度の援護法では一般戦災者はかからない。したがって、現行援護法の違反ではない。しかし、それでは国は責任は果たしておれないぞと、何かほかの方法を考えるのかと、こういう意味の判断、これが私は一番正しいと考えております。政府自体が――世の中も大分変わってきた。財政状態ここ数年間は非常に赤字財政でつらいわけでありますが、戦後の混乱時期から考えれば大分変わってきております。物の考え方も変わってきております。
 もう一つは、国が大変なことで戦に負けた。みんなそれぞれ災難を受けているんだからがまんしろと言うんなら、これは全部がまんするのが当然であって、軍人軍属等は特別の法律で援護してある、一般国民は同じ災害あるいはよりひどい災害を受けても援護を受けてない。ここに問題があるわけで、そこで私は、これは戦前処理とこう言っているのであって、二度とこういうことはやらぬという後始末なら戦後処理でありますから、その地位や身分や、鉄砲かついでいった人と内地で生産をしておった人との被害は同じであって、被害の程度でやるべきものである、しかし、現行制度はそうなってない。だからこれはもうここらで切り捨てなければ大変なことになるという考え方から、そういうひとつの理屈で政府部内が統一されてきておったのは事実である。しかし、いまや世の中も変わり、だんだん変わってきてみると、やはり一般戦災者の人々はこれを援護法の中に繰り入れるように考えるか、あるいは別個にこれを特別な枠内で、いわゆる骨組みの中で考えるか、こういう時代だと思います。しかし、正直に言って、特別な骨組みをいまつくることはこれはなかなか大変でございますので、当面の問題としてはいろいろ裁判になっても法律違反にはならぬと言われるようなことがないように、そういう――落ちこぼれと言ったら失礼でありますが、法の目に、恩典に治せない人々、こういう人々を丹念に拾い上げて、苦しいながらも積み上げていって、そしてその積み上げの中から将来時期を見て骨組みを変えていく。できないからいいんだと、こういうわけじゃなくて、できない中に何とか正しい道を進める努力をするのが政府の仕事であると考えております。
○高杉廸忠君 いま厚生大臣から、前向きな姿勢での御答弁をいただきましたから、それを子として、私はさらにお願いをしておきたいのは、去る昭和五十三年の当時の厚生大臣でも、私どもが提案をした戦時災害援護法についても、立論の趣旨も十分検討していきます。どういうような理由から、またどういう観点からこれを俎上に上らせていくか、もう少し研究の時間を与えてほしいと、こういう当時の厚生大臣も答弁をされているんです。それ以来、すでに三年が経過をしているわけなんです。もう時間もかなりかけて検討もされていると思うんです。しかも、いま園田厚生大臣からは力強い御答弁をいただきました。したがって、もう具体的にこれらを実現をしていく骨組み等々も含めてお考えになっていい時期ではないのかと、こういうふうに思うんですが、これは局長、どういうふうにお考えになりますか。
○政府委員(持永和見君) 先生御指摘になりましたように、五十三年に当時の厚生大臣が戦災援護法の関係で、立論の趣旨も十分検討して云々という議論をされておられます、私どもといたしましては、こういった経緯もございます。また、そのほかに国会でその後もいろいろと御議論がなされております関係もありまして、したがいまして、まずは戦災障害者についての実態をつかむのが先決じゃないかというようなことでございまして、そういう意味合いで、現在昨年の身体障害者実態調査に合わせてもらいまして、一般戦災者の調査をしているところでございます。
○高杉廸忠君 大体時間も余りありませんから、ちょっと細かい点でありますけれども、現在自治体のレベルで戦災障害者の処遇について弔慰金とか障害手当、戦傷援護手当などの支給の例が報告をされているんですけれども、こういった自治体レベルでの支給例というものを、現在どういうように政府ではお考えになっておられるのか、ちょっとお尋ねをしておきます。
○政府委員(持永和見君) 自治体の中で、戦災者に対しましていろんな措置をされておられることは私どもも承知いたしております。たとえば愛知県はことしから、五十六年度からの予定でございますが、一般戦災障害者の援護一時見舞金というような形で措置をされております。そのほか愛知県のいろいろな市におきまして、それぞれ戦災障害者に対する各種の給付を行われております。これはそれぞれの地方公共団体、それがそれぞれの立場で実施しておられる施策でございまして、私ども政府といたしましてはそれをとやかく申し上げる筋合いのものではないと思います。
 政府といたしましては、国全体の問題として戦災者をどうするか、一般戦災者をどうするかということについては、先ほど来御答弁申し上げているとおりの方向で対処していきたいというふうに考えております。
○高杉廸忠君 自治体でこういうふうなことが具体的にいま行われているわけですね。したがって、私は先ほども申し上げましたとおりに、国の責任においてやはりきちっとした償いをしていく必要があるから、母国会ごとに私どもは戦時災害援護法というものを提案してきている。しかも五十三年の当時の厚生大臣も、これは十分その立論の趣旨についてもわかりますから、これは十分検討していきます。しかし、もう三年も経過している。
 そこで、私は厚生大臣にぜひお願いをし、これを実現をしていただきたいと思うんですが、戦後非常にもう時間がたち過ぎているわけですね。で、どのように検討するかについても、私は非常に結論を急ぐ必要もあると思います。したがって、被害者の方やあるいは学者の方々の意見も聞いて、ぜひ大臣、大臣のもとにその研究会のようなものを設けていただいて、具体的にやはり取り組んでいく。これがもう時期的に必要ではないかと、こういうふうに思うんです。
 そこで、安恒委員からも指摘がありました。あるいは要請もありました。あるいは昨年の現片山委員長からも強い要請があったところでありますから、もう時間がたち過ぎております。どうかひとつ、これは実行の時期だと思いますから、いま申し上げましたような提案も含めて具体的に取り組んでいただきたい。お願いをするわけですが、大臣、いかがでしょう。
○国務大臣(園田直君) おっしゃるとおりに、三十何年という時間が経過し過ぎております。一つの大きな骨組みが出て、これに惰性でスピードがついてきた。これをかじ切ることは、さびがくっついておりますから、大変困難であります。しかしながら、物の考え方というのは、これはちゃんと持っていないといけないわけで、いまの言われた援護法ばかりでなく、福祉行政で地方公共団体の方が一歩先に進んでやっておる例がたくさんございます。そこで政府としては、これは地方公共団体が行き過ぎておるんだから国としてはやる意思はないと、こういうのが大体のいまの考え方でありますが、これは私は間違いである、少なくとも国は、世帯が、対象が広過ぎる、なかなか現在では手が及ばない。けれども、進んでいる地方公共団体を抑えるのではなくて、その水準まで国がどうやって追いつくかという努力をするという方向に切りかえていかなきゃならぬと思います。これも答弁は簡単でありますが、実際はなかなかむずかしい。しかし、援護法の問題にいたしましても、まず落ちこぼれを拾う。本当に困っている人は救う。それから、一般戦災者と援護法の対象となっておる障害者との差を逐次是正していく。そういうところから、逐次下の方から骨組みを少しずつ壊しながら建てかえていくのが正しいのではないかと考えております、
○高杉廸忠君 最後になりますが、これはお願いとして大臣に特に要請を申し上げるところでありますけれども、先ほどの質疑を通じて明らかになりましたように、実態調査についての把握もきちっとした分析をしていって、二、三カ月はかかると、こういうことであります、そうしますと、その実態が把握されるわけであります。
 そこで、いま私は最後に申し上げました、大臣のもとに学者や被害者の方々を含めて研究会なりあるいはそういうような具体的な場をつくっていただいて、実態が把握できるんですから、二、三カ月後には出てくるわけですから、具体的にその援護策というものを検討される具体的な場をやはり私はつくる必要があるだろうと、こういうふうに思うんです。それを実現していただいて、前向きに、戦後は終わってない、大臣のお言葉のとおりに、具体的な前向きな姿勢の中で取り組んでいただくことを強くお願いをし、大臣の御決意を伺い、質問を終わりたいと思います。
○国務大臣(園田直君) 先ほどの答弁の中にいまの御意見に対するお答えが落ちましたこと、申しわけございません。学者あるいは被害者の意見を聞くまでもなく、方針は私が言ったことが正しいと考えておりますが、さらに具体的にこれをどう進めていくか、具体的にどうやれば最小限度でありながらも皆さんの意見をくみ取っていけるか、こういうために一般の国民、被害者、学者等から意見を聞くような研究班、これは事務当局とも相談をして早急に検討いたします。
○渡部通子君 私は、具体的に未帰還者の問題、それから中国孤児の件、これについて若干ただしてまいりたいと思います。
 厚生省援護局から調査課というものを廃止いたしまして数年を経たわけでございますが、未帰還者の調査、それはどのような体制で対処するようになっておられますか。
○政府委員(持永和見君) 先生御指摘のように、援護局の調査課というのが従来ございました。しかし、いろいろ行財政の厳しい折から、こういった再編成を余儀なくされておりますが、現在は業務一課の中に調査資料室というのがございまして、調査課の仕事をそこが引き継いでやっておるわけでございます。実態的には室という形になっておりますが、中身としては従来と変わらない仕事をやっていると思っております。
○渡部通子君 国として、太平洋戦争におけるいわゆる大東亜戦域、南太平洋諸島の旧日本兵の残留者、生存者に対する捜索及び救出を今日までどのように行われてきたか、組織的に行われてきたのかどうか、その結果、生存者の存否についてどのような心証をお持ちであるか、伺います。
○政府委員(持永和見君) 国といたしましては、海外に残っておられます未帰還者の方々、こういった方々で帰国の希望のある方々は、できるだけ早く帰すというのがこれは私どもの基本的な方針でございまして、そういう立場で臨んでまいっておったわけでございます。
 戦後三十五年たちまして、なおかつ海外に残存の日本兵がおられるんじゃないかという情報もございます。そういった情報がございます際には、私どもできるだけ実地に調査をする、あるいは呼びかけをいたしまして、日本人であると、あるいはもとの日本軍人であるということが確認されました場合には、そういった人たちについてはできるだけ帰国をお勧めしているというようなことでございます。
○渡部通子君 ソロモン諸島の残留者の捜索、これは今日までどのように行われてきておりますか。
○政府委員(持永和見君) ソロモン諸島のベララベラ島におきまして、日本兵が残っておられるんじゃないかという情報がかねてからございました。そういった情報が現地住民からも寄せられておった関係もございまして、実は昨年ソロモン諸島に慰霊の巡拝に参りました。その際に、そういったベララベラ島にも特別に職員を派遣いたしまして、いろいろ捜索活動を行ったわけでございますが、その結果、日本兵と確認するまでには至らなかったわけでございます。その後もなおまだいろいろと情報が入ってきておるような状態でございます。そういったこともございまして、こういった日本兵の方々につきましての捜索につきましては、今後とも引き続きまた遺骨収集、あるいは慰霊巡拝という形でソロモンに行く機会もございますので、そういった機会をつかまえて捜索活動に鋭意努力したいというふうに考えております、
○渡部通子君 日本兵という確証がなかったというお話ですがね、心証としては存否をどうおとらえになっていらっしゃいますか。
○政府委員(持永和見君) ベララベラ島の日本兵につきましては、実は確証を得ておりません。で、私どもの印象として、その後も現地の人たちから、元日本兵らしいという情報がもたらされてはおりますけれども、どうも私どもといたしましては、日本兵だというふうに確証し得る可能性と申しますか、日本兵じゃないんじゃないかという可能性の方がやや強いような、そういう感じでございます。しかし、これもまた実際に現地に行って捜索してみないと何とも言えないことでございますので、そういった情報があります以上は、今後とも、民間の団体でございます、全国ソロモン会という団体がございますので、そういった会の方々とも協議いたしまして検討を続けてまいりたいというふうに考えております。
○渡部通子君 この島で死亡された日本兵の数はどの程度であると把握していらっしゃるか。あるいは戦死者の名簿等は明らかになっているんですか。
○政府委員(持永和見君) いまのところ、ちょっと何人亡くなられたいう数はわかりませんが、全体としての戦死者の名簿、これは私どもが保管いたしております。
○渡部通子君 いまちょっとお答えが大変漠然としていたんですが、わからないけれども全体としてというのは、どういうことですか。
○政府委員(持永和見君) 戦争に行かれた軍人の方々で、軍人の方々が生きて帰られたか、戦死されたか、そういったことでの調査は私どもでやっておりますので、個々の具体的な方々が戦死されたという名簿はございますが、このベララベラ島で何人亡くなられたかということにつきましては、これはわかりません。大体ソロモン全体ですとおよそわかりますけれども、個々の島で何人ということになりますと、ちょっとつかんでいないという状況でございます。
○渡部通子君 ソロモン全体では、じゃどのくらいですか。――大体で結構です。
○政府委員(持永和見君) 後で細かいことは申し上げたいと思いますが、海外の戦没者の方々が二百四十万人おられます。この中で南方地域が百六万おられます。ソロモンはこの南方地域の中に入っているところでございます。
○渡部通子君 それじゃ余り漠然とした数で、お答えはいただけなかったものと思いますけれども、先般読売新聞にもいろいろ報道が出ておりまして、「昨年後半、少なくとも三人の旧日本兵らしい人物を四人の島民が目撃している」という、こういう報道が行われまして、どういう状況であったと。着ているものとか、出方とか、逃げていった様子とかというようなことが詳しく報道されました。私はこれで知ったわけでございますが、これは昨年の暮れから年末にかけての立て続けの三件の報告ということで、それ以前にもかなりソロモン会等あるいは厚生省の調査でいるんではないかという、かなり長期にわたっての調査が行われているわけですね。そういうことを考えてみますと、これやはり、いないという確証の方が強いと、日本人らしくないという確証の方が強いとおっしゃるけれど、それは私はむしろ逆ではないか。
 具体的にこの読売新聞の特派員でありますお方の証言でも、現地にはいるという、それから現地に、もうすでに現地人と結婚して、雑貨商を営んでいらっしゃるという横浜出身の佐藤さんという方でギゾウ島在住とありますが、こういう方も目撃したという証言があるわけですね、日本人の中にも。それから現地人も目撃をしていると。これだけの物証がありましたならば、私はもう少し調査を急いでいただいた方がいいのではないか、もう当然だと思うわけですけれどもね。まあ現地人の証言、いわゆるソロモン、このベララベラ島あたりの現地人の正確度といいますかね、民度といいますかね、証言のいわゆる確実度といいますかね、そういうものに対しては、厚生省はどうごらんになっていらっしゃいますか。
○政府委員(持永和見君) いまの御質問にお答えする前に、先ほど私漠たる数字申し上げましたが、ソロモン諸島を含む東部ニューギニア、ビスマークこれで戦没者の数が二十四万六千三百ということでございます。南方地域全体で百万でございましたが、いま申し上げました地域では二十四万六千三百でございます。
 それからただいまの先生の御質問でございますが、ベララベラ島におきましては、先生も御承知のように、五十一年から私ども数字にわたる調査を行っているところでございます。私どものみならず、全国ソロモン会の方々も調査をしていただいておりますが、実際に向こうへ行きまして、現地へ行って、そういった日本兵らしいという情報があるものでございますから、呼びかけをしましたり、いろいろと日本の資料を配ったりしておるわけでございますが、それに対して応答が得られないというようなことでございます。ただ、現地の人たちが日本兵らしいということでこういった情報を私どもに寄せていただいているわけですが、私どもといたしましては、できればそういったその日本兵らしい人が出てきて、それで具体的に確認したいという気持ちを持って行っておるわけですけれども、なかなかそこまで至らないというのが現状でございまして、今後とも、本年もまたそういった機会ございますれば、こういった情報をもとに現地に行きまして十分、できるだけの捜索活動を続けていきたいというふうに考えております。
○渡部通子君 非常にお答えが私は非人情だと思うんですね。と申しますのは、民間のソロモン会はかなり長期に捜索をしていらっしゃるんですね。五十一年にいらしたときは一・五カ月、それから五十二年にいらしたときは二カ月、それから五十五年にいらっしゃったときはやはり一カ月、これだけの期間をかけて捜索をしていらっしゃるわけです。ところが、厚生省いらしたのは全部一週間とか、四日とかという調査ですね。これでは出てはこれないと思いますしね、呼びかけに対しての反応を待つにしては余りにも短期間過ぎるのではないかと、民間の方たちがカンパを募って、これだけ努力をしていらして、かなりの感触をつかんでいらっしゃるという経緯もあるわけですからね。去年ひそかに調査をなさったというけれど、これもいわゆる遺骨収集とか、巡拝とかにかこつけてのついでの調査になっているわけですね。そうではなくって私は、遺骨収集よりも生きている人間がいるかもしらぬという話でありますから、これに目的をしぼって捜索なり調査団なりを派遣してしかるべきだと思いますが、いかがですか。
○政府委員(持永和見君) 厚生省の調査は非常に冷たいじゃないかというお話でございますが、昨年は実はそういったいろんな情報ございましたんで、私どもの方も一カ月、これはベララベラ島に滞在いたしまして調査を実施いたしたわけでございます。その結果、確たる成果が上がらなくて残念なことをしたわけでございますが、今後も、こういった情報がなお来ておりますので、そういった情報を踏まえて全国ソロモン会の方々と十分相談しつつ、この問題については対処してまいりたいというふうに考えております。
○渡部通子君 先ほどのお答えが漏れておりますので重ねて伺いますけれども、小野田さんの捜索、救出後の発言を聞いておりますと、原住民の情報はすべて正しかったと、こういうことを言っていらっしゃいますが、ベララベラ島の原住民の情報に対する信頼度、それと協力体制が十分得られているのかどうか、その厚生省の感触を伺っておきます。
○政府委員(持永和見君) ベララベラ島の現地の人たちもうそを申しておるということはこれは言えないと思います。ただ、うそを申しておるわけじゃございませんが、どうも私どもとしてはまだ日本兵としての確証が得られないという段階でございます。
○渡部通子君 うそを申してないとおっしゃるけれども、非常に正直者で文化的には民度が高いというふうに一般には評価をされていると思いますし、それから目撃者の人物の評価についても、元議員であった人とか、あるいは牧師の娘さんのりっぱな人格の方の証言であるとかというふうに、全部それは評価のついていることでございますからね、もう少し信頼をしてあげてもいいのではないかと私は思うわけですね。厚生省が御苦労なさるのはよくわかります。一カ月も滞在すればかなりお金かかることで、それで結果が出ればいいですけれども、出ない場合にはむだ金を使ったのではないかと思われる御心配もおありでしょうし、そういう御苦労があることはわかりますけれども、事人命に関することでありますし、これだけいるかもしれないという事実が報道されているわけでございますので、もう一歩早急に努力をお願いしたいと思うわけです。
 ビラなどをおまきになったそうでありますが、平和に暮らしている私たちの常識では、理解できないという心理状態であると思います。したがって、ビラの内容等については、小野田さんや横井さんの場合の捜索の成功例というものを大いに活用していただきたいと思うわけでございますが、その辺はいかがでございますか。
○政府委員(持永和見君) 先生御指摘のとおり、昨年行きました際に日本語のビラをまきまして、しかも現地の人たちは安心できる人たちだから、十分に現地の人たちに連絡をとってほしいというようなビラをまいたわけでございます。中身につきましては、そういったいい成功した例もございますから、そういったものを十分参考にしてやりたいと思います。今後とも、これからもそういった捜索活動に当たりましては、そういった例を十分参考にしつつ、できるだけ現地の人を信頼するという立場でお互い臨んで、そういった日本兵の方々が本当に日本兵であるならば、その現地の人たちにできるだけ早く接触してほしいというのが私どもの気持ちでございます。
○渡部通子君 こちらへお戻りになっていらっしゃる戦友さん方のお話によれば、当時の島嶼作戦のもとで戦略的に残してきたと、こう思われる方々がかなりいるのではないかと、こう思われるわけです。戦後三十数年を経過しまして、作戦上残してきたというような、引き揚げ切れなかったというような、撤退し切れなかったという人たちを残しておいて、本土が平和に暮らしている、それをいま放置しておくということは、何とも行政としては恥ずべきことではなかろうかと私は思うんですね。それで、生存の当時の戦友の方から聞いたお話でも、撤退する船に乗れなかった、あるいは時間的に撤収時間に間に合わなかったと、こういう方たちがいたことは事実だと、これはお話としても伺いましたし、それから読売の報道見ておりますと、撤収艦へ絶叫していた、いわゆる見切り発車の積み残しの人たちを置いてきた、こういうことが大々的に報道されているわけでございます。
 だから、十二分に残っているということは、ここのジャングルは非常に猛獣も少ないし、食べ物もあるしというようなことでしてね、生存している可能性というものは十分に考えられるわけでございまして、ちょっとやそっとで出てこないという状況は考えられるわけです、幾らでも。あるいはもう終戦は知っているだろうと思われると、しかしながら終戦になっても軍隊は存続しておるのではないかという観念がいまだに残っているであろうと、あるいはしたがって私たちはまだ軍律下にあるんだと、こう思っていられるでしょうし、あるいは海岸へうっかり出ていって部落民に殺されては大変だというような、そういう心配もおありでしょうし、そういう状況の中で、かなり長期にしなければ出てくる状況ではないということは十二分に考えられると思うんです。それで心配いたしますけれども、この地域の天候ですね、雨期はいつ訪れますか。
○政府委員(持永和見君) 日本と大体同じぐらいだと思います。大体六月ぐらいから雨期に入るんじゃないかと思います。
○渡部通子君 違うんですわ。雨期の訪れは十月から翌年三月まで、だから私は早急に派遣をしてもらいたいというお願いなんです。雨期に入ってしまったらどうしようもない。雨期を御存じないくらいでしたら、長期派遣などということはまだプランの段階に入っていらっしゃらなかったのではないかと思うんですけれども、十月から雨期に入るとなると、この調査派遣というものは遅くも八月に派遣をしていただかなければまた来年まで一年お流れとこうならざるを得ないわけです。
 ここらへ軍隊として派遣された方たちというのは、伺ってみますと、大体中国、四国地方の出身の予備役召集、こういう人たちが終戦直前にこちらに派遣をされたとこう聞きました。そうしてみますと、年齢は大体六十歳を超える、こういう状況に思えますので、一日も早く捜索実施を行っていただきたい。生死に対する確信というものが一年おくれればますます持てなくなってくるわけでございます。したがって、最初から申し上げておりますけれども、従来の遺骨収集と並行した調査ではなくして、これを目的とした、しかも長期における派遣団を民間の方と協力して早急に組んでいただきたいと思いますが、いかがでございますか。
○政府委員(持永和見君) いま先生おっしゃいましたように、私どもとしては、人道上の立場から本当に日本兵ならばできるだけ早く捜索して、できるだけ早く救出するというのがこれは基本的な心構えだというふうに考えております。私どもといたしましては、従来も、昨年もやってまいりましたが、これからも全国ソロモン会、そういった民間の団体の方々と十分相談いたしまして、ことしのこのベララベラ島における捜索活動をどうするか、これについては早急に検討を詰めていきたいと思っております。
○渡部通子君 大臣にも御見解を伺っておきたいと思います。
 これは関西の方の新聞だったものですから、東京ではあんまりごらんになってないと思うんですけれども、「旧日本兵三人が生存」「厚生省、早急に捜索団」「住民、相つぎ目撃」という、社会面の方では、「積み残し戦友の顔・顔」「救出一刻も早く」こういう報道が大々的に行われたわけです。東京版には出ておりませんでした。東京版にはこういう五段記事でございましたですけれどもね。
 私は、これだけやっぱり大問題になっているということに関して、国の対応が一年間おくれるということは、またこれ大変なことになると思うわけでございます。大臣、やりとりをお聞きで十分問題は認識していただいたと思いますが、ともかく雨期に入らない前にやらなければならない。それから、やればお金のかかることでございます。そしてことし一年で成果が出るか、来年もまたもう一回やってみなければ出ないかもしれません。しかしながら、一人の人間を赤紙一枚でとって、生きているかもしれないと、これだけの情報があった限りは国として徹底した捜査をする責任が重々あると思いますけれども、これに対する大臣の、少し具体的におっしゃっていただければ大変ありがたいんでございますが、調査団の編成等についてのこの御決意を伺いたいと存じます。
○国務大臣(園田直君) 御発言のとおりに、相談をして事を進めるように努力をいたします。
○渡部通子君 ことし行っていただけるという感触ですか。それとも無理だという感触ですか。
○政府委員(持永和見君) いずれにいたしましても、そういった情報がいまも出ておりますから、私どもとしてはその情報を踏まえた形で捜索を続けたいという気持ちは持っております。
○渡部通子君 それでは、大臣もおっしゃっていただいたことでありますから、それについては厚生省内で早急に対策をお考えをいただきたい、心からお願いをいたしておきます。
 次に、中国残留日本人孤児の問題について、若干の御質問をさせていただきます。
 これについては、いろんな角度からもうかなり委員会等でも議論をされておりますので、なるべく重複を避けていきたいとは思っておりますけれども、最近の事件の中で、これほど戦後は終わっていないという現実を見せつけられた国民的大きな関心事を呼んだことでございました。新聞報道によりますと、大臣は八木事務次官を中国へ謝意を表明するために派遣をなさる、こういうことでございましたけれども、それはどんな資格で、またいかなる日程で派遣されたのか、まず伺います。
○国務大臣(園田直君) 資格は、私の代理という資格でございます。手紙、それから私から直接中国に電話をして、八木次官に援護局から一名つけて向こうへ派遣をいたしました。その結果、中国では特別の待遇で、次官であったにもかかわらず黄華副総理などが会ってくださいまして、そして目的は、いままでの親探しの調査についての中国の政府並びに国民及び養ってもらった親御さん方に対する謝礼、今後、これに引き続いてさらに調査、親探しを続けたいという相談にやったわけであります。
 なお、柄谷委員初め各委員から言われておった北朝鮮問題についても中国側から側面から援助願いたい、こういう大体趣旨だけ申しましたが、こちらの想像以上に非常に好意的で、しかも、今後もこの問題については両国で相談をして具体的に調査を続けよう、そしてなるべく早く事を進めていこうと、こういうことであります。北朝鮮はいまちょうど微妙な段階でありますけれども、それでもやはり赤十字が中心になって、わが方もこれに対して側面からという趣旨の、向こうは日本と違って赤十字の会長は厚生大臣と同じ方でございますから、こういう趣旨の予想以上の成果を挙げたと思います。そこでなお引き続いてなるべく早く、阿波丸の遺骨の整理もできたから早く来いということでございますから、連休明けぐらいにはさらに私の代理に局長を主席随員としてつけてやって、そういう問題で詳細に御相談もし、事を進めていきたいと考えております。
○渡部通子君 それは大変にありがとうございました。
 それで、伝えられるところによりますと、現在までに北京の日本大使館等に身元調査依頼があった残留孤児は約千二百人、そのうち四百五十余人が身許が判明している状況にある、こういうことでございますが、その背後には何らかの事情によって日本人と名のり上げていなかったり、あるいは知らされていない多数の孤児が存在するといわれまして、その数は数千とも一万とも、ちょっと膨大なことがいわれていることでございますが、その実態が明らかにされていないというのが現状ではないかと思います。したがって私はこの際、政府ができる範囲でまず実態をつかむことが大事ではなかろうかと思いますが、いかがでございますか。
○政府委員(持永和見君) 先生御指摘のとおり、現在私どもでつかんでおります数字というのは、日中国交回復後、孤児の方々から調査依頼のあった人たちの数は具体的につかんでおるわけでございます。その背後にはあるいは数千、何万という孤児がいるんじゃないかということがいわれております、私どもといたしましては、できるだけ早く、この対策を立てるにいたしましてもまず分母がどの程度かということを早く確定する必要がございます、したがいまして、そういう意味でいま中国大使館を通じまして、こういった孤児の実際の実態の把握についてどういうふうにしたらいいのか、あるいは私ども自体が調査に出かけていってもいいというようなことも申し入れをいたしておりまして、できるだけ早く、中国側のこれは御理解を得ないと、御協力を得ないとできない問題でございますんで、そういう意味合いで、いま中国大使館を通じましてそういった意向というのを私どもは伝えているところでございます。
○渡部通子君 そこで外務省に伺いますけれども、非常に複雑微妙なこういう問題を解決するためには、やはり現地でかなり情報収集なり相談体制なりをつくらなければ無理ではなかろうか、こういう気がいたしまして、多数の関係者が存在いたしました旧満州地区、そこに領事館なり何なりを設置して現場での情報活動や相談体制、これを何か置かなければ無理ではなかろうかしらという感じがいたします、去年末の日中閣僚会議での共同声明を見ましても、中国政府の合意と協力が表明されておりまして、かなり外交的環境も整っていると思われるのですけれども、外務省の対応、その辺はいかがでございますか。
○説明員(長谷川和年君) お答えいたします。
 先生御指摘のとおり、東北地区――これは吉林、黒竜江、遼寧の三省でございますが、には残留日本人も多く、また残留孤児も多いと承知しておりますが、こういった問題につきましては、私たちも現地の公館を通じて、あるいは中国側とも接触をしまして努めて事情を聴取し、またより多く資料を求めるべく努力しているところでございます。
 一方、総領事館を東北地区に設けるという件に関しましては、やはりこういった問題もございますけれども、日本と東北地区全般との関係を総合的に判断した上で、もちろん先生御指摘のこういった孤児の問題も含めまして、そういった総合的な判断の上で今後検討してまいりたいと考えております。
○渡部通子君 続けてもう若干外務省に伺いたいんですが、こういう孤児の親と会えたとか会えなかったとかという問題が、日本の国では大変エモーショナルに取り扱われているわけでございますが、それに対する中国人の感情というものが一体どういうことなのか、特に養父母さんあたりの感情はどうなのかというようなことは非常に心配なんですけれども、日本に対しては報道がほとんどないというのが実情でございまして、私、いつの場合にも日本国がこういうことを行うときに、外国人に、相手国に対する配慮とか報道が足らな過ぎるのではないかと、日本人中心視し過ぎるのではないかということを何事においても感じているものですから、この際外務省に伺っておきたいんですけれども、この親探しに対する中国人民の感情、あるいは養父母の実情、こういった点をある程度外務省は把握をしていらっしゃるのかどうか、これを伺いたいんです。
○説明員(長谷川和年君) こういった残留孤児の養父母の問題につきましては、日本と異なりましてお国柄が違うものですから、簡単に私たちとしても接触はできないという事情がございますが、政府としては、こういった孤児が長い間、大部分の人間が中国籍を持って、中国公民としてこういった養父母に長い間養われていたということもございますし、直接には接触はできませんけれども、中国の政府に対して先般伊東大臣が謝意を表明した、あるいは今般、八木厚生事務次官が行かれまして、園田大臣の代理として向こうに謝意を表明されたという経緯がございますが、私たちの感謝の念は伝えてございます。
 一方、養父母のこういった残留孤児に関する感情とか、こういったことにつきましては、必ずしも私たちは十分情報を持っていないし、接触もしていませんけれども、今後、中国側政府ともよく接触をしまして、可能な範囲内でそういったことがわかるように努力をいたしたい、と思います。
○渡部通子君 可能な限り努力をしたいとおっしゃるので、ぜひお願いをしたい。個別に一人、二人の養父母の発言とかそういったものを同本側に報道として流していただくだけでも、私はずいぶん認識が変わってくると思うわけですね。心ある日本人というのはみんなそれを思っています。それはこっちで親が見つかったのはよかったけれども、孤児といったってもう一人前の壮年でございますからね。それまで育てていただいた向こうの親は一体どうするのか、大体育てて引き取っていただくときにおいてすら、私たちには想像を絶するものがいろいろ複雑にあるのではないかしら。だけど、これだけ大量に育てていただいたということに関しては、もう何ともお礼の言いようがないくらいのものがあると思うんですね。それで、直接実際につかむのが困難だといま仰せでございますが、中国政府を通じてでも構いません、養父母の実情とかこのお気持ちとかというものを多少なりとも把握をしたならば、それを日本国民に知らせてもらう義務が外務省にはおありだと思いますので、それをぜひお願いをしたいということ。それから養父母に対して外交上謝意を表したとおっしゃいますけれども、何らかの配慮が必要ではないかと思いますけれども、いかがでしょうか。
○説明員(長谷川和年君) 先ほどお答えいたしましたとおり、外務大臣からも中国政府に対して養父母に対して謝意を表明するように要請した経緯がございますけれども、お国柄のこともございますし、私たちとしては当面は、こういった心からの協力に対して心から謝意を表明して、また今後とも中国側の協力をお願いするということでやっていきたいと思います。
 一方中国側は、当方が謝意を表明しました際に、日本側からのこういった謝意につきましては養父母の方に間違いなく伝達いたすと、そういう約束を得ております、
○渡部通子君 もう一つ外務省に伺っておきますが、中国孤児の問題については、国籍、言語、雇用、生活面、もういろんな問題が絡んでいるわけでございますが、各省庁の中心連絡センター、これを促進を図るものは外務省と、こうなっているわけでございますか。
○説明員(長谷川和年君) 現在、行政簡素化が提起されている時点におきまして、こういった中国残留孤児の問題につきまして新たな機構を設けるということはいかがかと思われますので、関係各省庁間の総合的な対応とか、あるいは対応策の調整とか、こういう観点から七省庁が昨年十一月に会合しまして、本件に関する第一回の連絡会議を開きまして、今後また改めて第二回の連絡会議を持つと、こういったかっこうを通じまして、このような問題につきまして意見を調整し、対応に遺漏なきを期すというように体制が整っております。
○渡部通子君 じゃ、大体外務省が中心連絡促進センターになるみたいなお話でございますので、ひとつよろしくお願いをしたいと思います。そして外務大臣が謝意を表明したと、こうおっしゃっていただきまして、先ほどは厚生大臣がかわりとして次官を派遣なすって、今後ともそうしたいと、こういう仰せで、すべての大臣がそうしていただいても結構なんですけれども、その辺調整をして、日本政府としての対応というふうにもう一歩強力にするという、そういう方向はお考えにはならない。わけですか。
○説明員(長谷川和年君) 先ほどお答え申し上げましたとおり、政府としましては、関係省庁が連絡体制を持ちまして、随時意見を交換して、こういった問題について万全を期すという体制でおりますが、この謝意の表明に関しましては、伊東外務大臣が指示をしまして、三月の二十日、中国の外交部に対して当方から、中国側の好意に対して謝意を表明したという経緯がございますが、たまたま日中間の関係が最近多岐にわたって深くなっておりまして、こういった観点から、厚生省関係の案件も非常にふえておりまして、かかる観点から、日中間で理解を深めるという目的を持ちまして、先般厚生事務次官が訪中されまして、同時にもう一つの目的としまして、園田大臣の代理として中国側に、中国の残留孤児の問題でもって謝意を表するということで、日本の重要な大臣が二人中国側に謝意を表明されたという経緯がございますが、政府としましては、先生御指摘のとおり、今後できるだけ積極的に、本件について取り組みたいと念じております。
○渡部通子君 いまの問題については、外交通であられる大臣の御見解もちょっと承りたいと思います。
○国務大臣(園田直君) 外交折衝でありますから、外務省が主にやっていただくことは当然でありますが、問題は、向こうの方もこういう問題は厚生部長が所管しておられます。それから現実の問題は私の方が一番関係が深いわけでありますから、外務省に相談をしながら、外務省を中心に私の方が推進役となってやるべきことだと。たとえば阿波丸の問題等も私が外務大臣のときに、向こうの運輸大臣からひそかに写真を持ってきて通知を受けまして、それをまとめて私がすぐ厚生省の方に、ここまでは道がついたから後は厚生省でということで厚生省にお願いをして阿波丸の遺骨収集ということになったわけであります。いまも外務省からよく御協力をいただいておりますが、今後とも所管はどこであろうと責任者は私のつもりで、向こうの外交部それから厚生部と連絡をとってやりたい。当然、今後とも外務省と緊密に連絡をとりながらやりたいと考えております。
 なお、養い親その他の問題については、いま外務省から言いましたとおり、外務大臣からも私からも一応の言葉は伝達してあります。しかし、相談の上、まあ親といってもいろいろありまして、中には、日本の孤児が日本に帰ってこられるような場合には生活に図られる方もあるわけで、こういう方々は、向こうと相談が調えば、こちらでお住まいになれるようにしたいと考えておりますけれども、なお、何とか具体的に、長い間ありがとうございましたという、人の道を尽くすだけのことは具体的にやりたいと考えております。
○渡部通子君 いま、大臣から大変いい御答弁をちょうだいをいたしまして、私もぜひそのような配慮をお願いしたいと思いますけれども、これまでに身元確認のできた孤児は百十五人とも二百三人ともいわれて、帰国しているということでございますけれども、いま大臣も言われたように、かつての孤児も、いまは働き盛りという年配でございまして、養父母に何らかの政策的配慮、これを何かきめ細かくできないものかしらと、私も考えます。
 それで、孤児の来日の際に、せめて一緒にぜひともという養父母があれば来日を受け入れるとか、そういったことは考えられないものだろうか、いま大臣は、希望があればこちらに住めるような方法さえ考えたいと、こういうことでございましたが、私のこの一つのささやかな提案に対する御所見などが例えれば。
○政府委員(持永和見君) いま大臣がおっしゃいましたこと、あるいは私が間違っているとすればお許しいただきたいんですが、中国残留孤児の方々、先般訪日されまして、いろいろと調査をいたしました。肉親のわかった方はもちろんでございますけれども、肉親のわからなかった、そういう人たちもできれば日本に住みたいという気持ちが非常に強かったということを私ども感じました。したがって、そういった孤児の人たち、肉親のわからなかった人たちにつきましては、向こうにおられます、先生も御指摘になっております養親の問題、いろいろございます。そういったことで、中国側の理解も得なければなりませんし、また受入体制の問題もございます。そういった点で、受入体制の整備も私どもとして必要かと思いますが、そういったことを検討いたしまして、また肉親のわからない人たちでも、できれば日本に住みたいという希望がある方については、そういった日本に永住できるような方途を何か考えなきゃならぬじゃないか、これについて前向きに検討しなきゃならぬじゃないかというような趣旨であるいはおっしゃったかと思います。
 それから、いま先生御質問の、中国の孤児を訪日調査させる際に、養父母もどうかというようなお話でございますが、私どもといたしましては、できるだけたくさんの孤児を、できるだけ早く解明したいというのが、まずの念願でございます。孤児にとりましては、何よりもまず肉親を解明してほしいということが一番の念願だと思いますので、孤児の人たちの数ができるだけ多いような方向で、効率的な、限られた範囲内での予算を使っていきたいというふうなのが、まず現在のところ考えておるところでございます。
○渡部通子君 わかりました。
 それで、肉親が判明しないけれども永住をしたいという希望者、これに対する何らかの考えと受入体制ということでございますが、里親制度等を活用なさるとか、あるいは公的なものが何か里親のかわりになるとか、そういったことは考えられるんでしょうか。
○政府委員(持永和見君) 日本で、肉親のわからない方々の孤児の受け入れにつきましては、受入体制の問題といたしまして、身元を引き受ける、あるいは日常の生活の世話をするといった人たちがおられることが必要でございます。そういった意味合いから、こういう人たちを引き取る形での里親制度ということを私どもは考えていきたいと思っております。現に、先般の訪日調査の中でも、里親になってもいいというような御意向をお持ちの方もおられますけれども、私どもとしては、国全体の問題からこういった里親制度というものをどうするべきかというのは、これから前向きにひとつ検討していきたいというふうに考えております。
○渡部通子君 そこで、今秋にも第二陣としてさらに六十人をお呼びになると、こういう話でございますけれども、滞日期間ですね、半月というのはちょっと短過ぎてもったいないんじゃないかという気がするわけでございますね。親にやっと三十六年日で会えた、ところが、探し探して、半月の滞在期間でちょっとしか会えなかったとか、それから、もう少し期間があれば探せたのにというような、せっかくの旅費をかけて、恋い焦がれて日本へ六十人呼ぶわけですから、せめてこれ、一カ月ぐらいいることができたらもう少し成果も出てくるのではないか、こういう気がいたしますが、いかがですか。
○政府委員(持永和見君) 三月の訪日調査では、先生も御承知のとおり、二日から十六日までという十五日間日本に滞在してもらいまして、いろいろと肉親解明の調査をいたしたわけでございます。で、この期間が短かったという説ももちろんございます。もう少しいればもう少しわかったんじゃないかというような孤児の方々もおられます。ただ私どもといたしまして、この期間をいたずらに長くしてしまうこともいささか問題であろうかと思っております。私どもといたしましては、調査がどこまでできるかということを十分踏まえまして、調査に必要な時間は十分とらにやいかぬと思います。そういう意味合いで、関係者寄り寄り集まりまして反省会など開いて、この滞在の期間について、二週間でいいのか、あるいはもう少し延ばさなきゃいかぬのか、その辺はこれから十分勉強さしていただきたいと思いますけれども、私どもといたしまして、いたずらにこう延びますと、実は先般の訪日調査の中でも、これが最後だよ、というテレビを見まして、それで駆けつけた親御さんもおられます、したがって、まあ親御さんの気持ち、なかなか自分が名のろうか名のるまいかというような気持ちも、迷っておられる方もいろいろあるんじゃないかと思いますが、どこまでもだらだらいたしますと、そういう方にとってかえって名のりにくいというような問題もございます。私どもの肉親解明という調査の立場から、それに一番ふさわしい期間はどのくらいだろうかというのを、先般の訪日調査しましたこの実績につきまして十分反省をいたしまして、この期間について、秋に呼びます場合にはまた中国側とも相談いたします。中国側におきましても実はこの間、先ほど先生御指摘のように、働き手を日本によこすわけでございます。養親の問題もございます。中にはそういった二週間、あるいは中国側を入れますと一月近くになりますが、一月近くの間日本に行かせますと、その間働きがないというようなこともございまして、そういった問題もございますんで、そういった点も踏まえて総合的な形でひとつ反省をしていきたい。私ども、二週間にはこだわっておりませんけれども、その点は今後詰めて検討していきたいというふうに考えております。
○渡部通子君 私の希望として、もう少し長くしてあげてほしいということを申し添えます。
 関連して、招待枠の問題でございますけれども、六十人、六十人、これでやってまいりますと、いま北京大使館に肉親探しを求める孤児の数が七百数十人と。これで計算をいたしますと、やはり現在のペースでも十年以上がかかる、これを年二回にいたしましても五年かかると、こうなってみますと非常にこれは先の長い話で、何とも歯がゆい感じがするわけですが、これの枠の拡大ということが大幅にできないものかどうか。まあ全部お金のかかる問題でありますけれども、早急にできないものかという点を伺います。
○政府委員(持永和見君) 実は、今回の訪日調査――そういった残留孤児の人たちの調査活動を訪日の形で行いましたのは、今回が初めてでございます。私ども、多少の不安もございました。しかしながら、国民の皆さん方の大変な御支援をいただき、またテレビ、新聞、そういったマスコミの関係の方々の絶大な御協力いただきまして、予期以上の成果を上げることができたことについては、心から感謝をいたしておるところでございますが、そういった実績がございます。そういった実績がございまして、実は五十六年度におきましては秋に六十人呼ぶという予定をいたしております。今後の問題といたしましては、先ほど先生お話しになりましたように、まだまだ残留孤児の数は相当多うございます。こういった人たちのまず実態調査も十分やらなきゃいかぬと思いますが、そういった実態調査を踏まえて、お話しのような枠を拡大する方向でやっていきたいと思います。
 ただ、私どもこれをやります場合には、浅く広くやったんじゃいかぬ。せっかく訪日されて肉親を解明される以上は、やはりそれなりに専門家によって徹底した調査をやってあげたいというのが希望でございまして、ただ単に訪日して、さっと通り一遍の調査をして帰させるというようなことであってはならないわけでございます。そういう意味合いで、私どもの方の事務的な受けざらの問題もございます。そういった点も、できるだけカバーいたすような努力をいたしたいと思いますけれども、そういった問題もございますので、枠は拡大するという方向で十分前向きに検討してまいりたいと思っておりますが、総合的な立場から、ひとつこれからの問題については努力をしてまいりたいというふうに考えております。
○渡部通子君 いま御答弁ありましたけれども、大臣、見通しいかがでございましょうか、この中国孤児の問題、いつごろ完結していただけるか、大体のめどがおありでしたらひとつ……。
○国務大臣(園田直君) いまの御発言は全部よくわかりました。いつごろ終わるかということは、これなかなかなずかしい問題でございますが、ただ一言聞いていただきたいのは、中国人も東洋人、日本人も東洋人でありまして、われわれ自身も、親探しがこんなに皆さん方から協力を受けて激励受けるとは夢にも思っておりませんでした。また逆に、正直言うと、中国の方も非常に神経質に、この問題をどう日本国民が受け入れるだろうか、たとえば――たとえばの話でありますが、たとえば親から離れて、養い親で育ててもらうというのは、日本国内であっても子供本人にとっては相当悲しい毎晩、毎日が続くわけであります。それを中国におったから苦労したと、中国が虐待したととられるようなことはないかなどという非常に細心の注意があったようで、そこで第一回おいでになるときにも、団体行動を解かないでくれとかいろいろ心配が寄せられました。したがいまして、いまおっしゃいましたことは、中国の方によく事を分けて相談すれば、先生のおっしゃったようなこと、枠もだんだんふえてまいりまするし、それからまた時期も、回数ふやすとかいうこと、それから向こうからこちらへ来ておるということもありますが、問題は子供を争って、養い親と実の親とおれのものだというけんかするような感情には持っていけませんので、先ほどおっしゃいましたように、相手の中国のお気持ちというものも、これは理屈ではなく感情を考えながら、向こうの方からこちらが願っていること、もちろん願いはしますが、それがいいぞとおっしゃるようなふうに心を配りながら、いまの先生の御意見が通るように努力をしていきたいと考えております。
○渡部通子君 いまの御答弁のとおりだと思います。私も相手国の感情なりその実情を、それを非常に配慮をしたいと思います。
 で、最初外務省にお願いしましたけれども、それらが日本に報道されない、知らされないというところに大変片手落ちがあるのではないかということをもう重々感ずるもんですから、ひとつ中国側に対する配慮、中国人の気持ち、そういったものをもう少し日本側に知らせる努力をしていただきたい。私、何でもかんでもほじくり出して日本へ連れてくればいいとは決して思っておりませんで、むしろかえってそっとしておいてあげた方がいいんではないかと、大騒ぎしない方がいいのではないかと、こう思う一面すらございまして、大体きょう私が質問に取り上げた趣旨も、中国側に対する配慮、向こうの中国人の方たちの感情を日本に知らせる努力、余り騒ぎ立てない努力、こっちの方がむしろ必要ではないかということを言いたいがためにきょう質問に取り上げたというような状況でございますので、それはもう大臣にくれぐれもよろしくお願いをしたいと思う一点でございます。
 で、これは改めてまた申し上げることでもありませんけれども、帰国が実現した人々に対する言語や仕事、こういう定着する指導でございますね。これに対してはまた特段の御努力をいただきたいと思います。何しろ社会体制の違うところで育っておりまして、言語が、全く日本語はむずかしいというようなハンディがございまして、日中国交回復後八年たっておりますけれども、こちらに帰ってきた孤児たちが、八年間で生活がどのくらい定着したかどうか、この辺を厚生省はどうつかんでいらっしゃるか。また今後の定着に対する労働省や文部省に対する促進方、こういった点でも一段の努力をお願いいたしたいと思います、これの御答弁を求めてこの問題は終わります、
○政府委員(持永和見君) 日中国交回復いたしまして以来、中国からの引揚者あるいは一時帰国者が出ておるわけでございますが、五十五年の十二月までのところ、引揚者といたしまして、いわゆる日本へ永住帰国するわけでございますが、そういった方々が世帯にいたしまして九百十九世帯、二千七百五十三人の方々が帰ってきておられます。それから一時帰国の方でございますけれども、一時帰国の方々は、往路中国からこちらへ渡った方、中国から日本へ帰られた方が世帯にいたしまして三千百二十一、人員で五千百六人でございます。こういった方々は一時帰国でございますので、また中国へお帰りになるわけでございますが、お帰りになられた方々が世帯にいたしまして二千九百七十六、人員にいたしまして四千六百八十人ということになっております。
○渡部通子君 数でなくて、生活が定着したのかどうか、日本になじめたのかどうか。その辺が八年たって現在いかがですか。
○政府委員(持永和見君) 率直に申し上げまして、永住帰国された方々は、それぞれの故郷へお帰りになりまして、日本の人たち、社会に飛び込んで、その中で生活をされるわけでございますが、一番大きな問題はやはり言葉の問題のようでございます。特に言葉につきまして私どもの方で調べたところ、子供さん方は非常に早うございます。子供さん方は比較的二、三年で言葉を完全に覚えるようでございますが、大人の方々、こういった方々は相当長期にならないとなかなか日本の言葉が覚えられない。そういった意味で一番こういった方々がいま悩んでおられるのは言葉の問題でございます。それから、これはあとは個々の事情になりますけれども、なかなかやはり三十五年という間中国での生活をしてこられて、日本の社会へ飛び込んで帰ってこられたわけでございますんで、人によりましてはなかなか、何といいますか、地域社会と申しますか、親族社会と申しますか、そういった中に溶け込めなくて、また別に世帯を持たざるを得ないとかあるいは別れて生活せざるを得ないとか、そういった方々もおられるやに聞いております。
○渡部通子君 最後に一点伺っておきたいんですが、これ全然問題また別なんです。戦傷病者相談員、戦没者遺族相談員、これについて特に待遇面をちょっと伺っておきます、これ非常にもちろんボランティア、篤志家、こういった方々の御協力を得るという性質のものかと思うわけでございますが、その手当額でございますね。この手当額がどういう性格の上で出されているのか。それから実費弁償という性格であったならば、民生委員が月額三千二百五十円に対して、この相談員は千三百円から千二百円ぐらいしかなってないわけですから、非常に少な過ぎるのではないかと。これでは、国鉄や私鉄の運賃も上がりますし、電話料金、郵便料金全部軒並み上がっておりまして、実費弁償にも合わないのではないかという気がいたしまして、ことしは予算が決まってしまったわけですが、来年度に対しましてもう少し上げていただいてもいいのではないかと、こういう感じを持っておりますが、これに対する大臣の御見解が例えればそれで終わらせていただきたいと思います。
○政府委員(持永和見君) まず、事実関係を私の方から御説明さしていただきます、いま先生御指摘のように相談員の方々の謝金、これは一応性格としては交通費なり通信費といったような実費弁償的なものでございまして、一人年額五十六年度で一万六千円ということになっております。先生御指摘の民生委員、それから確かに婦人相談員、そういった方々と比べますとかなりの格差がございますが、実は身体障害者の相談員あるいは精神薄弱者の相談員、そういった方々よりはちょっとばかり上の金額ということになっております。もちろん私どもといたしましてもこれで十分だとは思っておらないわけでございまして、これも年々というか、その必要の都度改善してきております、昨年は一万五千円でございましたのを、ことし一万六千円というふうに改善いたしたわけでございますが、この改善につきましては今後とも努力をする所存でございます。
○小笠原貞子君 経済大国日本と言われ、また、いまは花の盛りの春でございます。そして、この法案が毎年かかりますたびにいろいろな理由は述べられますけれども、戦線であろうと銃後であろうと戦争で受けられた当事者にしてみれば、これはもうかけがえのない自分の一生の問題でございます。そういうことから考えますと、私は本当にいまの政府の責任というものを考えていただきたいし、政治とは何だと――政治というのは国民の命を守ること、そして民生の安定であると言って差し支えがないと思うわけでございます。きょうも朝からるるその問題について各委員から話されておりますので、それを十分に体して一層の御努力を本当にやっていただきたい、毎年同じ、こんな調子でこの議題が上るというのは、私は本当に残念だと思います。そこにいまの自民党の政治姿勢というのが問われることになると、そう思うわけでございます。
 で、戦後三十五年たちました。しかし、私はその問題とともに毎日本当に一日が過ぎますと、私は本当にまたつらい思いがするわけでございます。と申しますのは、口唇口蓋裂の方々の問題でございまして、特に歯列矯正についての保険適用の問題というのを国会で初めて取り上げましたのが五十二年の十月二十五日でございます、それからこの国会で、もう一、二、三、四、五と、この本院においても五回取り上げられている、大臣は、渡辺厚生大臣、橋本、野呂そして園田厚生大臣と、こう四代にわたっているわけでございます。そして御承知のとおり、四、五百人に一人の割りで出生するということになれば年間約三千数百人と。そうしますと一日約十人近くの口唇口蓋裂の子供さんが誕生するわけなんです。そのことを考えますと、私はきょうもまた十人のお母さんがどんなに苦しんでおられるだろうかと思いますと、もう本当に胸が詰まる思いがいたします。
 私は、園田大臣とはこの問題では初めてでございます。いろいろと文字の上では認識されると思うけれども、私は感情でも本当にそのことをわかっていただきたいと思うんです。きょうもお母さんたち傍聴に来ていらっしゃいますけれども、そのお母さんたちがまとめました。こう言っているんですしそのときの気持ちは実際に経験した者でないとわからないね、口の裂け目から舌がちょろちょろ出てくる様子は何とも見ていられないつらさであったと、こわさとびっくり、愛情などという以前の問題なんだと、そして気は動転して、そして二、三日はただ泣き暮らしました。その母親の気持ちを私は大臣にわかっていただきたい。
 じゃ、そういうことに対してそれの対応するべき産院、お医者さんたちがどういうものであったかと。これも出ているんです、たくさんは申し上げられません。助からないよ、こんな子は。育つ見込みはないよと。哺乳びんで飲めなかったら命がありませんよと。これはもうあきらめた方がいいですよと、三日で死ぬだろうと、こういうことも言われる人がおると。そしてひどいのになると、育たないかもしれないが、縁起が悪いから退院するときは裏口から出て行けと、こういうことを言った人もいるというんです、お医者さんの中には。これがいまの現状だということを考えると、私はどうしても黙っていられない。
 そこで、いよいよ本題に入りますけれども、この口唇口蓋裂の問題は、いま保険適用になっていない、歯列矯正の問題で百数十万かかるというような大きな問題をしょっているわけですよ。子供は子供なりにその何回もの手術に耐えていく。母親はそれを励ましながら、そしてまたその大きな負担を強いられなければならない、
 これを五十二年十月二十五日に私取り上げましたときに、ぜひ健康保険の適用をお願いしたいと申し上げました。で、そのとき厚生省としてもいろいろ御検討していただき、言葉として、緊急に保険の対象にしたい、そして次回の診療報酬改定の際に必ず保険の対象にしたいということが最終的な厚生大臣の歴代のお約束と私は受けております。園田大臣、その点について変わりはないと思いますけれども、いかがでございますか。
○国務大臣(園田直君) この問題ではしばしば先生から発言があっていることはよく承知しております。お話もよくわかりましたし、また御心中もよくわかりますし、厚生大臣としても同じように考えます。
 しかし、問題はそうではなくて、いつ、早く健康保険の対象にするかということが第一の問題でございます。ただいま学識経験者の方に検討を依頼して、それがまとまり次第中医協で審議をして、そして健康保険にかけるよう事務的な進捗の過程でありまして、大体いつごろ入れるか、これ、健康保険――時期は後で事務的に調べて先生のところへ連絡にやります。
○小笠原貞子君 いまのような御答弁、ずっといただいてまいりました。そして厚生省としても歯科医師会としても重々お話し合いをされ、検討されてきた。五十二年から始まっているんです、この問題。もうすでに五十六年の四月でございます。三年以上たっております。相当検討も煮詰まっている段階だと思うわけでございます。
 で、いろいろ診療報酬の改定の時期というふうに新聞にも言われておりますし、そしていよいよ開かれる、中医協というものが近々開かれるというようなこともすでに報道されているわけでございますので、お約束どおりこの中医協で診療報酬の改定が行われるということですよね。そうすると、そこのところでこの問題がかけられるというふうに理解すべきだと思うんですが、いかがでございますか。
○政府委員(大和田潔君) いま先生おっしゃいましたような方向でできますように、日本歯科医師会、あるいは学識経験者、そういった方々の検討をいま私ども鋭意推進していただくように努力をしているというところでございます。
○小笠原貞子君 努力はしなきゃならないんですよ、もう努力していらっしゃるというのは三年半以上かかっているわけでございますので、だから今回の診療報酬改定に際して、その努力の結果がお約束どおりこの中医協で、今度の中医協でお諮りをいただけるということにならなければならないと、そう思うわけでございます。
 で、先ほど安恒委員の御質問に答えて、薬価基準についても六月にかかってはならないと、大臣は診療報酬の時期をそういうふうにおっしゃったと伺いましたので、今度の中医協で鋭意――三年半もやってきているんですからね、ここで当然かけるということになろうかと思いますけれども、大臣、そういうつもりでよろしゅうございますか。
○政府委員(大和田潔君) そのようにできるように私ども、先ほど来御説明いたしておりますように、学識経験者それから日本歯科医師会に検討を依頼しておるこの結果が出ませんと中医協にかけられない、したがって、この結果がかなり具体的に、前向きに進んでおるというふうに私ども聞いておりますので、さらにこれにつきましては強力にお願いをいたしまして、先生のおっしゃいますような方向でできますように、十分努力をするというふうにいたしたい。
○国務大臣(園田直君) いまこういっていたらくでありますけれども、幾ら何でも検討が三年も四年もかかるということは考えられません。そういう方向で努力するんではなくて、この審議会に私の使いとして、中医協に間に合うように結論を出してくれと、こういう相談をいたします。
○小笠原貞子君 大臣の御答弁、そのとおりだと思うわけでございます。検討検討でいつまでも引っ張られたら大変なんです、さっき言ったようなことを考えてみれば、お約束どおり、それでは大臣のお言葉で今度の中医協にもこれを煮詰めた段階で具体的にお諮りいただくということで、大臣の御答弁で私本当にちょっと安心をいたしました。どうぞ大臣よろしくお願いをいたします。
 それでは、口唇口蓋裂のいろいろな対策についてでございます。この治療に当たっては、もう御承知だと思いますけれども、生後二カ月から手術を行う、子供の成長に沿って適切なそして総合的な治療を必要としている。そのために、どうしても各専門分野の、たとえば口腔外科、形成外科、耳鼻科、小児科、歯科――矯正、補綴、言語治療、精神衛生、ソーシャルワーカーと、この前も同じことを申し上げましたが、そういうようないろいろなチーム体制が必要になってくるわけでございます。この点について小児歯科保険対策検討会、ここで、これももう五十二年以来の課題でございます。相当検討されていると思いますけれども、その御報告をお伺いしたいと思うんですが。
○政府委員(大和田潔君) これは唇顎口蓋裂患者に対する再形成手術、これにつきまして保険給付の対象となるや否やということでございますが、これは医師が社会通念上治療が必要と判断するものについては、保険給付の対象になっておるわけでございます。そういう割り切りでやっております。
○小笠原貞子君 知っています。
 私が言いましたのは、そういういろいろな各科にまたがる問題でございますね、そうするとそういう総合的な対策というものが検討されなければならないわけですよね、だからその総合的な体制というようなものが、もうこれも三年半もたっている段階ですから、相当煮詰まってきているのではないかといういまの段階で、この口唇口蓋裂の治療に当たる総合体制の問題はどういうふうなところまで来ているかと私は伺っているんです。
○政府委員(金田一郎君) 唇顎口蓋裂患者に対します、この児童に対する施策につきましては、育成医療によって医療費の助成が行われていることは先生御承知のとおりでございますが、この制度の保護者に対する周知徹底につきましては、妊産婦、乳幼児に対する保健指導を目的とする、しばしば行われております母親学級の機会をとらえまして、市町村、保健所でいろいろ指導を行っているわけでございます。また関係の医療機関に対しましても、育成医療の趣旨の周知徹底を県を通じて行っております、また、新生児に対する訪問指導の際におきましても、種々指導を行っているところでございます。
○小笠原貞子君 私、日本語で言っているんですからね、私の言っていることがなぜそんなにとんちんかんな答えで返ってくるんですか。いろいろな科にまたがっている、だから総合的な治療体制というものが必要であると、こうなっているわけですね。だから、そういう総合体制の必要な中から、どの程度そういう体制というものがいまの段階では検討されてきているのかと聞いているんです。どういうふうに指導したとかなんとかというんじゃないんです。日本語で言っているんだからわかるでしょう。
○政府委員(金田一郎君) 失礼いたしました。私ちょっと聞き違えましたので……。
○小笠原貞子君 私、大きな声なんだからね。(笑声)
○政府委員(田中明夫君) 唇顎口蓋裂患者に対します対策といたしまして、現在、私ども厚生省といたしましては学識経験者等によって設置されております小児歯科保健対策検討会におきまして、昭和五十五年度から本症に対します矯正治療を中心といたしまして、その他諸施策等について広く検討するため、専門部会を設けて、目下検討をしておるところでございますが、近くその検討の結果を取りまとめるべく部会の先生にお願いいたしておるところでございます。
○小笠原貞子君 大臣、お聞きになっておかしいとお思いになるでしょう。私はその治療体制、総合的な問題がどこまで進んでいるかと聞いているんだけれども、それに対して的確なお答えが出てこない。出てこないというのは何だと、それはそこまで具体的にきちっとした総合体制を真剣に考えていないと言わざるを得ないわけですよ。これはたとえば歯科大学の附属病院だとか、それから医大の附属病院というような、ごく一部のところでしかこういうチーム体制をとって治療をしていくということがないわけなんですね。これはもう五十二年に言ったから私はあれしませんけれども、重ねて言いませんけれども、国立病院なんか見ましても障害歯科すらないんですよ、体制としてはですね。本当に、それじゃそういう病院が幾つありますかと聞いても、これもはっきりしないいと。歯科大学二十九校のうち、障害歯科の講座を持っているのは一校だというようなお答えもいただいたわけなんですね。これくらい答弁がもたもたするくらいにこれは非常におくれているんですわ。だから、私はこの体制を早急にとっていただかなければならないと、そういうことをどうしても考えていただきたい。つまりセンター構想というようなものも考えられているだろうと、そういうようなことでぜひ具体的に進めてほしいんですわ。私、もうきょうの答弁聞いていたら、本当に手がついてないのと同じじゃないかというふうな不信を持ちましたよ。また、そのセンター的な構想が中央にできるだけでは、これはまだまだ足りないと、これも大事だけれども、それと一緒に都道府県ごとにも機能を充実した体制をとっていくことが必要であるというふうに考えるわけなんですね。
 それから今度、形はいろいろ手術して直すことができます。しかし、ここで問題なのは言語治療なんですね。それも幼児期に言語治療をいたしませんとなかなか効果が上がりにくいわけです、そうすると、その言語治療に当たるいわゆるSTというものの非常に不足というようなことがございますね。これの充実を図っていかなければならない。だから大臣に、もう時間がないから簡単に、やっぱり総合的な対策のできるセンター方式と言われるようなこともあると、そういう総合的なものが必要だと、これを早急に具体化するために検討ももっと進めたいというふうにお答えいただけると思う。それから、東京だけではなくて、各都道府県ごとにも、いますぐとは言わないけれども、とっていただきたいということ。それから、いま言いました言語治療のSTの育成強化についても積極的にやっていただきたい。この三つについて大臣の御見解を伺いたいと思います。
○国務大臣(園田直君) まず第一に、先ほどの保険の対象の問題でありますが、社会通念上どうのこうのと回りくどいことを言わずに、整形のものは対象にならない、こういう困った子供さんの手術は対象と、これははっきりすべきだと思います。
 それから、いまの問題は、何か審議会に聞いているそうですが、こういうのは審議会に聞かぬでも大臣の責任においてやるべきことだと私は考えますが、事務当局とも相談をして、いまの御発言の趣旨が通るように早急に話を進めてまいります。これは多分、私の想像ではお医者さん側からどうも厄介者扱いにされたということが原因で、そこで事務当局が少し足並みがもたついておると。しかし、近ごろ日本歯科医師会等でも直接私話をしておりますが、これに対する理解がふえてまいりまして、ボランティアでやろうというような意見さえ出てきているわけでありますから、この問題は私はそう困難じゃないと考えます。特に、都道府県についてもそういう方向で相談をし、指導してまいります。
○小笠原貞子君 先ほども申しましたけれども、そういう子供が生まれたときにこういうお医者さんもいると。そして、その子供さんが生まれたときに、それじゃ一体どうしたらいいんだろうと迷うわけですね。だから、その子供さんが生まれたそのお母さんに、いまはこうだけれども医学も発達していますと、だからこうこうこういう手だてでこうこうこういう年を追って治療すればこういうふうに治りますよというような、そういう指導が下に徹底しなければ、本当に子供と一緒に死んじゃったという人もいるわけですから、だから、そういう意味でこれに対する指導を徹底させてください。これはお金がかかりませんということでこれも五十二年のときに申し上げました。そうしたら、渡辺厚生大臣が、そういうことは実現できることは早急にやると、保健所などにも知らせるようなことは通達を出したいというふうにおっしゃったわけです。四年近くたちました。通達は出されましたか。どのような対策がその間に行われましたか。お答えをいただきたい。簡潔にお願いします。
○政府委員(金田一郎君) ただいま先生御質問の通達は、実はまだ形式的には出しておりませんけれども、昭和五十四年二月の全国母子衛生主管課長会議の席におきまして、保健所における相談、指導体制の一層の整備を各県で図るように指示いたしております。特に保健所等行政機関と医療機関の連携を密にして、十分な体制を整えるように指示いたしているところでございます。
○小笠原貞子君 五十二年に私がお願いをいたしました。厚生大臣は、早急に金もかからないから徹底したいとおっしゃいました。それでいま御報告を聞きますと、五十四年の二月に初めておやりになりました。これも手おくれでございます。そしてその中身と言えば、衛生主管課長会議、それから母子衛生の主管課長会議で御報告、御指導なすったと。しかしその御指導の中身が私たちが願っているような具体的な、本当にお母さんたちを励ませるような内容であったかといったら、全然そういうものじゃないんです。その中の一つとしてこうだと言われただけにすぎない、非常に不十分だと。時間はおくれるし中身は不十分だということをここにはっきりさせたいと思うわけなんです。
 五十四年にアンケートを実施いたしました、お母さんたちに対して。産院において適切な説明がなかったというお母さん五〇%です。保健所の訪問指導がなかったとお答えだったお母さんは六四%もございました。そして五十六年の二月にまたアンケートをいたしました。産院において適切な説明が何もなかった、これまたやっぱり五〇%なんですね。それから保健所からも指導がなかった、これもやっぱり五十六年に至りましても六〇%という状態でございます。そういうことから考えますと、そういうお金もかからないよと、通達も出して下にまで指導をしたいというお考えであれば、もっと私は徹底した指導を体制としてとっていただきたい。そして、ただ会議で言ったというんではなくて、この問題についても通達というようなきちっとした形でぜひ出していただきたいと、こういうふうにお願いしたいんですけれども、大臣いかがでございますか。無理でございますか、私の申し上げていること。
○国務大臣(園田直君) 渡辺厚生大臣のおっしゃったように、金はそうかかるものではないし、また通達とか行政指導というのはそれそのものが日的ではなくて手段であって、徹底することが目的でありますから、そのつもりで改めて、こういういいことは何回やってもいいんですから、通達を正式に出して正式に徹底するようにやってくださるよう局長さんにお願いをして答弁にいたします。
○小笠原貞子君 ありがとうございました。すぐ実行していただきたいと思います。
 生まれて、そこでそういう障害児が出たという場合には、保健所にも連絡して、そして保健所から指導も受けられるというような、これはシステムが義務化されておりませんのでなかなか徹底しにくいというような状態になっておりますので、やっぱりそういう障害児が生まれたというときに、産院なり医師なりが保健所の方に連絡をして、そしていま大臣おっしゃったように、保健所まで、末端まで徹底させていただけば非常に大きな役割りに私はなると思う。そういうふうなシステムにすべきであると私は思うんですけれども、いかがでございますか。
○国務大臣(園田直君) そのとおりでございます。
○小笠原貞子君 それから、これもこの前申し上げましたんですけれども、知らないお母さんがたくさんいるわけですね。いままで、歯列矯正抜かしてはいろいろ保険対象になっているんだと、そのことも知らないお母さんもいるわけなんですね。私いろんな方の母子手帳拝見させていただいたわけですけれども、ここに主な母子医療の補助制度というようなのも書かれていて、大変気を配っていただいていると思うんですけれども、ここでは小児ぜんそくなど九つの病気にかかった場合医療費が支給されますと、悪性新生物だとか慢性腎疾患、ぜんそく、糖尿病、膠原病、慢性心疾患、いろいろこう書かれているわけですけれども、ここに口唇口蓋裂というような言葉を一言入れてもらえば、ああこれにも保険適用もできるし御相談にも行けるんだなということになるわけでございますからね。だから、こういうところにもちょっと配慮していただけたら私は大きな力になると思うんですけれども、大臣、いかがでございましょう。
○政府委員(金田一郎君) それにつきましては実は、もちろん全部の方ではございませんが、一部の方におきまして、まあこういった事実を書面上残すことにつきまして若干の抵抗のある方もあるように私ども承っておりますので、先ほどもちょっと申し上げましたが、母親学級等の機会にいろいろ指導するとか、あるいは関係医療機関につきましては、これからそういった御協力をいろいろ私どもの方からお願いいたしまして、できるだけ先生の御趣旨に合うようにしてまいりたいと存じます。
○小笠原貞子君 お母さんの気持ちは私わかりますの。ここでお医者さんが出産のときの異常であったか異常でなかったかという欄がございますよね。私らにしてみれば、これ異常なんだから異常と書いて、そして具体的に進めばいいと思うけれども、やっぱりお母さんにしたらつらいことでございますよね。だから、ここの異常とか異常でないとかという欄に異常だと書くということを言っているんじゃないんです。こういう疾患のときには保険適用になりますよという中の一つとしてお書きいただくのには、いまおっしゃったようなお母さんへの配慮なんていうのはないんですからね、ぜひそれ御検討いただきたいと思います。大臣、よろしゅうございますね。
○国務大臣(園田直君) 私のところは田舎でございますが、そういう例がありまして、私のところへ東京へ相談に来られて手術をされた方があります。やっぱりお母さんは田舎でなさらないのはいいお医者さんがいないこともあるが、一つは世間に知られたくないという恥ずかしさがあるわけでありますから、いまの点は非常に大事なことだと思いますので、そのように取り計らうようにいたします。
○小笠原貞子君 再形成手術の対策でございますが、先ほどから申し上げましたように、これはもう口唇口蓋裂児の場合には、一定の時間、長期にわたっていろいろな角度から対処していかなければならないわけですね、まず出生のときに異常はすぐわかります。発見されます。二カ月から五カ月の間に口唇部の閉鎖手術をやります。六カ月たちますと乳歯が出てまいりまして、一年半から二歳くらいになりますと口蓋部を閉鎖するという手術が行われると。そして、二歳ぐらいからは言語治療が必要になると。そして、六歳ごろになりますと永久歯が生え始ますので、混合歯列を矯正していかなければならない。七歳からになりますと、もうこれはまさに歯列矯正治療から補綴治療。そして、いろいろと無理がかかりますので鼻がちょっとこう片一方低くなったりというような、いろいろな年に応じて変化に応じての再形成手術ということも必要になってくるわけでございますね。
 さっきおっしゃいましたように、その再形成手術をめぐって四十五年の八月に厚生省通達をお出しになりました。それ、私も読ませていただきましたし、これもこの前からいろいろと申し上げておりました。社会通念上医師が必要と認める手術は保険給付対象としてよいと、こう書かれているわけでございますね。そうすると、社会通念上ということは非常に抽象的な言葉でございますよね。この口唇口蓋裂によってそういう鼻が低くなって、学校へ行ったら鼻べちゃだと言われると。
 もうつい最近も、私北海道から親子呼んだんですよ。そして私の家で、東京の方、群馬のお母さん、もう一生懸命仲間だからというので三組の口唇口蓋裂のお母さんたちがわが家に集まって、そしていろいろ経験も話されて、そして東京のお医者さんに診てもらって、ああいま私は中学、だけれどももうこの夏休みには手術してもらえると、手術した結果はこういうふうなお嬢さんがいるんだということを目で見ましてね、もう本当に泣きの涙だった。私、北海道へ電話がけたとき、どうしてると言ったら。それで、もうすぐ呼び寄せました。で非常に励まされて帰ったわけなんですね。そうしますと、この再形成というのは唇裂という、口唇口蓋裂というその障害のための再形成手術ということになるわけですから、この唇裂による再形成手術は当然保険の対象になりますということね。これをもっとはっきりさせて、そしてみんなに徹底させていただきたいと思います。いかがでございますか。
○政府委員(大和田潔君) これは先生おっしゃいました四十五年八月の通達でございまして、いわゆる美容といったようなものにつきましては給付外でございますけれども、その唇裂のような、たとえば大部分の場合はもう発声がおかしくなるとかいったようなことになつておるわけでございます。そういったようなものにつきましては、もう当然これは給付の対象になるというようなことでございまして、これにつきましては特に何と申しますか、給付の対象になるというような取り扱いをしておるわけでございまして、それにつきましては十分指導を徹底していく。
○小笠原貞子君 おわかりになっている方はそうなんです。だけれども、さっき言ったような指導徹底がないから、だからこれはだめなんですといって断られる。そして大変なお金が取られるというようなことが実際起きているんですから、だから私がくどいように言っていますけれども、ここのところの指導をきちっと下まで徹底させていただきたいということを申し上げたわけでございます。
 もう時間なので、三十分までですか、もう一分ちょっと済みません、サービスしてください。
 もう一つ問題は、私、時間ないから申し上げますが、今度は脳性麻痺児の対策についてでございますけれども、これも早期発見、早期治療いたしますと、非常に治っていくというようなことがもうすでに実験をされているわけです。これは北海道の「公衆衛生」という本を見ておりましたら、北海道の岩見沢市の保健所で五十三年九百名の乳児に対し、まずアンケートでチェックし、そのうちから百三十一名が精密検査を受け、その中で九名異常が発見されたと、実に九百名の九名だから一%ですよね。そういう高い率で異常児が発見されてきたわけです。これは北海道だけでなくて大津や京都、大阪などでも先進的にいまやられているわけですね。これが放置されたままでいるならば、よく言われます脳性小児麻痺を放置するならば社会的損失は六千万以上だと、こういうふうに言われているんだから、何としてもこの検診とかそれからまたこういった専門的な診断というものを自治体任せではなくて、国としても大変でございましょうけれども、国としても積極的にやっていく御努力をいただきたい、そして調査研究も進めていただきたいと、そしてOT、PTというようなのが少しずつはふえてきたようでございますけれども、この直接のOT、PTの充実についても、先ほど申しましたが、STの充実と一緒に具体的に取り組んでいただきたいというのが最後のお願いでございますし、どの程度までST、OT、PTは進んできているのかということは、事務当局の方からでも結構でございますが、お答えいただければと思います。大臣と両方お答えください。
○政府委員(田中明夫君) PT、OTにつきましては、昭和五十五年末の免許取得者はPTが二千七百七十八人、OTが九百七十八人ということでございまして、これは日本の医学のこの分野における立ちおくれのために非常に不足いたしております。
 私どもといたしましては、官公立の養成所のほかに民間立の養成施設につきましては整備費の補助をしているほか、昭和五十六年度から民間立の養成施設の開設を促進するために、新たに運営費の補助金を交付するということにいたしておるわけでございます。幸いにしてここ数年非常な勢いでPT、OTの養成所の施設数はふえてきておりますので、引き続き今後努力を続けたいと思っております。
○小笠原貞子君 ST。
○政府委員(田中明夫君) STにつきましては、これはPT、OTと次元の違った問題が一つございまして、まだ身分法が制定されておりませんので、まずこの身分をはっきりさせるという観点から、本年の三月の上旬から学識経験者からなる検討会を発足いたしまして、多角的な見地からいま検討をお願いしているところでございます。この検討会におきまして成案を得ることができれば、早速法制化に取り組んでまいりたいというふうに思っています、したがいましていまはSTという実態はございますけれども、はっきりとした法律上のあれはございませんので、数等ははっきりいたしておりません。
○小笠原貞子君 大臣、脳性麻痺の……。
○国務大臣(園田直君) 子供さんの病気は何でもそうでありますが……
○委員長(片山甚市君) 黙ってやっちゃあかん。そういうことはだめなんです、大臣。勝手に発言したら困ります。厚生大臣、気をつけてください。
○国務大臣(園田直君) はい、申し訳ありません。
 子供さんの病気は何でもそうでありますが、特にこの病気は早期発見、早期療育が非常に大事でありまして、これについての施策は充実をしてまいります。
○柄谷道一君 戦傷病者戦没者遺族等援護法等の一部を改正する法律案につきましては、私は、昭和五十年以来毎年本委員会で年金額の増額、支給範囲の拡大等について質問を続けてまいりました。あわせまして戦後処理対策として、中国未帰還者と中国遺児対策、中国引揚者の雇用と就学対策、警防団等防空従事者対策、旧満洲青年移民・旧満洲開拓義勇隊員対策、元日赤従軍看護婦対策、元陸海軍従軍看護婦対策、遺骨収集と墓参対策、北朝鮮日本人妻問題、元日本国籍のある台湾島民の財産請求権対策、元日本国籍のあるサハリン在住朝鮮人の帰国対策などの問題につきまして、提言を含めて質問をし続けてまいりました。その結果、逐年援護法の内容が改善され、戦後処理も相当程度前進し、今回も満洲開拓青年義勇隊の訓練を修了して、集団開拓農民となった者により構成された義勇隊開拓団員中、軍事に関係して死亡し、障害者となった者やその遺族が対象に加えられたことを評価するものでございます。
 しかし、きょう多くの委員から質問が出ておりますように、戦後処理はいまだ終わっておりません。戦後処理には一世紀を要するという言葉もございます。残された問題は数多いわけでございますが、他の委員との重複を避けまして私は本日、元南満洲鉄道株式会社の社員に対する処遇を中心として御質問をいたしたいと思います。
 まず総理府にお伺いいたしたいわけでございますが、昭和二十八年八月恩給法附則第四十三条によりまして、外国特殊法人職員期間のある者の特例が認められ、三十八年六月二十七日の政令第二百二十号で旧南満洲鉄道株式会社の公務員に相当する職員につきましては、他の八特殊法人とともに恩給法の適用が認められることになっております。まずその理由と根拠についてお伺いいたしたいと思います。
○説明員(勝又博明君) 恩給法上、満鉄等特定の特殊法人あるいは外国特殊機関につきまして、その職員期間を一定の条件のもとに通算しておりますのは、これら法人等の組織の性格あるいは業務の内容、さらには人事交流の実態等を考慮いたしまして、やむを得ない特例措置として認めたものでございます。御指摘の満鉄等特殊法人、これは九法人指定しておるわけでございますが、これらの法人は満州国等におきましてわが国の国鉄、電電、専売といった三公社の業務に非常に近い業務を行っておったということ、及び国策上多数の公務員がこれら法人に派遣されたという事情にあったことを考慮いたしまして、先生御指摘のとおり、昭和三十八年にこれら社員期間を恩給公務員として通算することにいたしたというわけでございます。
○柄谷道一君 恩給法及び政令を読んでみますと、「日本政府又は外国政府と特殊の関係があった法人で外国において日本専売公社、日本国有鉄道又は日本電信電話公社の事業と同種の事業を行なっていたもの」と、こう書かれているわけでございます。したがって、恩給法上南満州鉄道はいわゆる国鉄と同種の事業を行っていたものとこのように解したと、こう理解してよろしゅうございますね。
○説明員(勝又博明君) 満鉄は満州におきまして、日本の現在の国鉄ときわめて近い業務を行っていたというふうに認識いたしております。
○柄谷道一君 それでは援護局長にお伺いいたしますが、私の認識では昭和三十八年改正で、南満州鉄道の職員で軍事に関係して死亡し、または傷病により障害者となった者に対して援護法の適用が受けられるようになった。これもただいまの恩給法と同様の解釈に基づくものと理解して間違いございませんか。
○政府委員(持永和見君) 先生御指摘の、満鉄の職員を援護法に取り入れましたのは昭和三十八年の改正でございます。その理由といたしましては、満州におきましては、軍人なりあるいは軍属が行う兵員輸送、そういったものの装甲列車なり先駆列車、そういったものの乗務などを満鉄が軍に協力する特殊会社というふうな形で、軍の直接の指揮監督のもとに満鉄の職員が行ったという事実がございます。したがいまして、こういった満鉄職員の方々の実態はほかの戦地におきます軍人なり軍属の方々の任務と同様だったというようなことで、処遇の対象にしたものというふうに考えております。
○柄谷道一君 私が満鉄会等を通じまして、私自身の調べたところによりますと、昭和二十年三月末現在、満鉄社員は十三万七千八百四十五人おりました。このうちいわゆる恩給法と共済組合法の適用を受ける、そのために証明書を交付いたしました件数は三万八千件、現在、現職にありまして退任をすれば共済組合法の適用を受けられるという有資格者がこれは推定でございますが、約五千人。そこで戦後何名の方がすでに亡くなっておられるのか、これはつまびらかではございませんけれども、恩給や共済の適用を受けない旧満鉄社員は七、八万人に及ぶと私は承知いたしております。この七、八万人の旧満鉄職員は厚生年金では全く配慮の外に置かれております。
 そこで年金局長にお伺いいたしたいわけでございますが、同種の仕事をいたしておりました旧朝鮮総督府交通局共済組合、旧台湾総督府交通局共済組合など八つの旧共済組合につきましては、厚生年金の昭和四十年改正におきまして法附則第二十八条の三により組合員期間を算入することによって通名に準じた特例老齢年金を支給する、すなわちから期間とみなすことにより受給資格に結びつけるという措置がとられております。
 さらに四十四年の改正時、これは衆議院の修正によるものでございますが、附則二十八条の二により、労働者年金施行目である昭和十七年六月から二十年八月までを第一、第二種期間として定額部分の計算に入れるという措置をとりまして、これに実を入れたと承知をいたしておるわけでございます。これによりまして、当然附則二十八条の四による特例遺族年金の支給対象にもなったということでございます、このように旧朝鮮及び旧台湾の交通関係係の従業員に対して特例の措置が講ぜられたにもかかわらず、旧満鉄関係についてはその列外に置かれておるという根拠について御説明を願いたいと思います。
○政府委員(松田正君) 先生御指摘の昭和四十年及び四十四年の制度改正につきましてはそのとおりでございます。この場合、共済組合の組合員の方々のみを厚生年金保険の対象にいたしました趣旨は、本来、これらの対象になります方々が厚生年金保険法、これは労働者保険ということでございますけれども、昭和十七年に発足をいたしましたときに、いわゆる勅令をもちまして設立をされました官業共済組合の組合員につきましては、同法からの適用除外する旨の規定がございました。したがいまして、もし共済組合がないとすれば当然厚生年金の適用対象者となり得た方であろうと思うわけでございます。そういうような対象でありましたために、終戦によりまして昭和二十年の八月以降、共済組合が消滅をいたしましたので、内地に帰ってこられて一般の事業所に勤める方につきましては同質の事業、こういう趣旨をもちまして通算措置を講じた、かように承知をいたしております。
○柄谷道一君 大臣、法律論をずっとひもといていけばいま局長のようなお答えになってしまうんですね。ところがこれ、私たちよく戦争中歌いました鴨緑江節ですね、――朝鮮と支那と境のあの鴨緑江 かけし鉄橋はあら東洋一――朝鮮鉄道と満鉄とは鴨緑江にかかった鉄橋をもって連結されているわけでございます。たまたま満鉄は民間会社の形をとっておりました。しかし、私はいろいろ調べてみたんですけれども、昭和二十年九月三十日、連合軍最高司令官指令第七十四号によって満鉄は閉鎖を命ぜられたわけでございますけれども、この満鉄は明治三十九年八月、勅令百四十二号をもって南満州鉄道株式会社設立に関する件が制定公布されております。そして明治四十年三月五日、勅令二十二号をもって大連に本社が置かれております。すべてこれ勅令に基づく設置でございます。
 草柳大蔵さんの「実録満鉄調査部」というのを私読んでみたんですが、それによりますと、当時国鉄にすべしとの意見が論議された、しかし、結局は勅令による特殊法人として株式会社とした、その理由は、明治三十八年九月の日露講和条約によりロシアが建設、経営していた鉄道とその附属施設を継承し、同三十八年十二月、日清両国政府間において調印した日清満州善後条約並びに同附属協定によって清国の承認を得たという経緯もあり、かつ満州国が独立国家である、しかもこれが国連脱退の大きな理由ともなったという経緯もありますように、国際情勢を考慮して、あえて勅令による特殊法人という形をとったということが史実に明確に記載されているわけでございます。
 私は、このように満鉄の創設がすべて国家の意思に基づき、法令的には勅令をもって設置されたということは一点の疑いもない事実であろうと思います。さらに、その役員はすべて政府の任命によって決められました。正副総裁は勅裁を必要としておりました、さらに、毎年の予算、決算、事業計画、株式募集、社債発行、権利及び財産の処分、その他重要事項はすべて政府の許可を必要としておったことは疑いない事実でございます。
 こうした設立の経過と事業の実態、さらに一つの鉄橋をもって連結されておったというこの事実からいたしますと、形式的には株式会社ではございますけれども、その本質は国策遂行のための国家機関であったことは疑いのない事実であろうと理解をいたします。そういう理解があればこそ総理府は恩給法の対象とし、援護法ではまたこれをその対象にしたものと理解するのでございます。しかし、年金法の上では明らかに、形式によって旧朝鮮及び台湾鉄道と異った扱いがされているということは、私は公正の原則に照らし問題ではないか、こう思うんでございますが、政治家として園田大臣の御感想をお伺いいたしたいと思います。
○政府委員(松田正君) 旧満州鉄道におきまして従業された方々、こういった方々はある意味では、国策に沿いまして満州の地で骨を埋めるというような心情をお持ちで行かれたことかと思います。ただ、非常に冷たい議論でございますけれども、恩給法なり現行の共済組合が引き継いでおりますのはやはりその身分関係、公務員に準ずるというような身分関係に着目をして必要な措置を講じたわけでございます、は厚生年金につきましては、そういうような身分に着目した制度ではございませんので、ただいま申し上げましたような非常に冷たいお答えにならざるを得ないかと思います。
 ただ、御承知のように現在八つに分かれておりますそれぞれの年金制度、分立をいたしておりますために、それぞれの縦の系列で救うとすれば、どうしてもその中から漏れるものが出てまいります。そういった網の日に漏れたものを今後どうするか、これは将来の公的年金制度のあり方とも関連をいたします問題でございますので、なお研究の余地が十分あろうかと思いますので、そういった問題については重ねて勉強をしてまいりたいと、かように考えております。
○柄谷道一君 大臣、私はいま設立の経過とその運用の問題について指摘をしてきたわけでございますが、共済の内容についても配慮にとどめなければならぬと思うのでございます。満鉄共済がつくられましたのは、大正十二年に制定されました恩給法より早く、大正四年八月一日でございます。当時は年金制度の概念のなかった時代でございます。そこで、年功金制度と退職慰労金制度が併用されました。しかし、ここで考えなければならないのは、満鉄共済は社員、准職員、雇員という身分や男女の性別を超えまして、いわゆる強制加入の制度であり、任意加入ではございません。しかも、単なる会社の恩恵的福祉制度ではなく、現在の年金保険料、共済組合費に相当する拠金の支出が義務づけられておりました。その金額も、私の調べたところによりますと、最低一円五十銭から最高十五円。当時の給料とすれば相当高額の拠金が、給料にランクして拠出が定められております。しかも、共済給付の内容も疾病等に対する短期給付と合わせまして、退職、死亡による脱退時には年功金が給付されましたが、これはもちろん社員退職金規程による退職慰労金とは別個に支給されたものでございます。しかも昭和二十年三月には千五百十三万八千三百五十九円の共済基金残高がございましたけれども、終戦による退職者には何らの給付も補償も行われておりません。それは当時の旧満州の混乱した実態の上からはやむを得なかった措置ではないかと思うのでございます。
 私は、こうした共済の実態から見ましても、確かに身分関係または形式的には朝鮮鉄道や台湾鉄道と異っておりますけれども、その実態論からしてこれを区別する根拠というものに乏しいのではないか。いま、この際直ちに年金の方で同様の扱いをするということを御答弁されることは非常にむずかしいと思いますけれども、戦後処理の一つとしてこれは十分に検討を要するべき問題ではないかと、こう思考するのでございますけれども、大臣いかがでございましょう。
○国務大臣(園田直君) 今後十分検討してまいります。
○柄谷道一君 満鉄が閉鎖されましてすでに三十五年を経過いたしております。同じ満鉄社員でありながら、職員は恩給法の適用を受けております。戦後共済軽合のあるところに入りました者は、共済組合に通算措置がとられております。にもかかわらず、約七、八万人の者は全くその恩恵に浴していない。何回も指摘いたしましたように、同じ外地鉄道職員でありながら、朝鮮鉄道と台湾鉄道に対しては特別措置の救済を受けておりますが、満鉄職員にはその配慮がなされていない、また、心情的に考えましても、国策の命ずるままに旧満州に出向きまして、国家の意思に従って国策遂行の第一線に挺身したのが旧満鉄職員でございます。これに対しては、私はやはり終戦処理の一つとして、ここにも一つの落ちこぼれがある、こういう認識に立って、その対応策を真剣に検討するということが国家としての責務ではないかと、こう思うのでございます。
 大臣、いまきわめて簡潔に、検討しますというお言葉をいただいたわけでございますけれども、国務大臣としてこの問題について御努力願えますでしょうか。
○国務大臣(園田直君) 努力をいたします。
○柄谷道一君 この問題は法律改正ではないのですね。新しく立法化を必要とする問題でもないんです。私は、やはり最低限政令措置として、政令措置で措置できるわけですから、厚生年金の中に配慮するという決断がつけば政令一つで問題の解決ができる性質のものでございます。しかも、旧満鉄の全勤続期間を通算しろと言っているわけじゃないんですね。朝鮮、台湾鉄道同様の横並びの措置をしてはどうかと、予算上そう大きな額を必要とするわけでもございませんので、ひとつ大臣、真剣にこの問題について御検討を煩わしたいと、こう思います。
 そこで、この旧満鉄関係をそのような措置にいたしますと、他に八つの特殊法人があるんですね。恩給法で認められている他の八つの特殊法人があるわけです。いま大臣の検討したいというお言葉は、これらも含めての検討というふうに理解してよろしゅうございますか。
○政府委員(松田正君) 旧満鉄と同様の事情があるものにつきましては、検討の対象に当然いたさなければならないと思います。
○柄谷道一君 そのほか援護法につきましては、私としてもいろいろ意見はございますが、後ほど各派共同提案に係る附帯決議の中にその趣旨はすべて盛り込まれておりますので、私といたしましては、今後援後法の改善そしてその運用につきましては、附帯決議の意を体し、引き続きその拡充に努力されますように心から希望をいたしまして、私の質問を終わります。
○前島英三郎君 本日議題となりました法律案の一つは、差別的な不快な用語を使っているのを改めるというのがその趣旨でございます。
 障害に関する用語の整理のための医師法等の一部を改正する法律案と表題がつけられておりますが、言葉じりをつかまえるつもりはないんですけれども、用語の整理という表題をつけたのはなぜなのか、多少疑問があります。整理という言葉の意味は、たとえば広辞苑を引きますと、――乱れた状態にあるものをととのえ、また不必要なものを取り除いて、秩序正しくすること――とございます。つまり、散らかっているのを片づけるとか、ばらばらなものを統一するとか、そういう感じの言葉でありまして、過去の誤りを正すとか反省するといったニュアンスは余り感じられません。ところが今回の用語の改正は、単なる言葉の置きかえというだけではなく、差別的な、あるいは不快感を与えるような、そういう用語を不思議に思わずに法律に使っていた昔の考え方に対しまして反省を加えると同時に、その考え方や感覚が、現在でも残っているとしたらそれは間違っているんだと、こういうことをはっきりさせる、そういうねらいがあるはずだと私は思うんです、私は、整理という言葉にはおさまり切らない、もっと画期的な意味が込められていると、そう理解したいと思っております。厚生省としては、昭和三十五年以降につくられた法律にはそのような用語は使っていないのであって、頭の切りかえはとうの昔にすでにできておると、こう申されるかもしれませんけれども、しかし、それならばなぜ二十年以上放置していたのかという問題が当然残ってまいります。やはり、今回一括して訂正するということは、解決済みの問題を処理するということにとどまらず、国民とともに頭の切りかえをはっきりとやろうではないかと、そういうことでなければならないと考えます。
 さて私は、昨年、用語の改善も大切でありますけれども、さらに突っ込んで法律の仕組みそのものを点検する必要があるということを強く申し述べてまいりました。いま述べた頭の切りかえがきちんとなされたとすれば、必然的にその仕組みの問題に突き当たるはずでございます。今後どのような方向で取り組んでいくお考えか、厚生大臣にまずお伺いしたいと思うのでございます。
○国務大臣(園田直君) 御発言のとおり、言葉を簡単に変えるだけが目的ではなくて、その用語から来る心の構え方というのが一番大事であると、こう考えておりますので、医療やその他についても、そういう心構えで対応してまいります。
○前島英三郎君 そこでこの際、不快用語の一掃に対しまして国会でもその機運が盛り上がっている折でもありますので、法律あるいは政令に限らず、いろいろな文献をも一通り見直す必要があるのではないかと、私はそう思うんです。すべての文献を点検するのは大変むずかしいと思うんですが、たとえば大臣にもお渡ししたわけですけれども、ここに日本国憲法の解説書というようなものがありまして、この手引書は大変ベストセラーになっております。昨今は憲法問題が論議されておりますので、老若男女いろんな方々がこの手引書、一番新しい改訂は昨年の六月のことでありますが、こういう日本国憲法の解説書みたいな重要な文献、まあたとえばこういう中をひもときますと、三百五十一ページなどを一つ見ますと「びっこの両院制」「びっこの両院制」「びっこの両院制」、びっこ、びっこということがあたかも当然のごとく書かれておりまして、それならびっこという言葉はどうかと広辞苑を引きますと――足の長さがそれぞれ違い、歩行が不自由であること――こういうまた解説がつきますので、したがってそういう言葉を使うよりも、短絡にびっこ、びっこ、びっこと、こういう書き方に変えられてしまうおそれもあるわけでありまして、こうした手引書みたいな重要な文献に際しては、やはり不快用語のこういう機運の中に私は点検も必要ではないかと、こう思うんでありますが、厚生大臣はその辺どうお感じになりましょうか。個人的な見解で結構です。
○国務大臣(園田直君) いまのお話は、宮澤先生の解説の中に出てくる言葉であると思いますが、これはまあ人様のつくられた本のことでありますから、私が訂正を望むわけでもありませんけれども、厚生大臣としては今後御注意を願いたいと思います。
○前島英三郎君 今回の用語の改定は、視覚障害、聴覚、言語障害の人々についてでございますけれども、一つは肢体不自由者に対し、あるいは体の不自由な人たちに対するいろんな用語の使い方が、日常の会話の中に、あるいは短絡に使われている。やがてこれがやはり不快用語という形で、日本語の表現にはいろいろな形があるわけでありますから、こういう差別的な用語を使われずに、今後もやはり厚生省としても御指導いただきたいというふうに思うわけでありますが、用語を改正しましても、実態としてこれらの人々の社会への進出が阻まれている状況が変わらないとすれば、余りまた意味がないのではないかというような気がするわけであります。
 法律の仕組みについては今後早急に検討してもらいたいわけですが、現行の施策の中でもやらなければならないことは大変多いわけです。
 まず、視覚障害の人々との問題でありますけれども、現状において視覚障害者の有力な職業分野としてあんま、はり、きゅうと言われるこの三療というものがございます。これは歴史的な背景もありまして、非常に大切な職業でもございます。ところが最近、東洋医学ブームということもございまして、この仕事へのいわゆる晴眼者、目の見える者ですね、日が見える人々の進出が大変著しい現象があります。厚生省が認可している養成学校で、日の見える人を水増し入学させている事実が新聞でも報道されました。それによりますと、私立の養成校のうち六割が目の見える人を水増し入学させ、中には定員の六〇%もオーバーしていたということが明らかにされております。あんま、マッサージ、指圧、はり、きゅうの分野への晴眼者の進出状況、あるいは養成校の実態、さらにこうした状況に今後どのように対処するか、厚生省としての答弁を求めたいと思います。
○政府委員(田中明夫君) 視覚障害者のあんま、マッサージ、指圧師の職域の確保の問題につきましては、あん摩マッサージ指圧師、はり師、きゅう師等に関する法律第十九条の規定に基づきまして、視覚障害者の職域を確保するため、視覚障害者以外の者のあんま、マッサージ、指圧師の養成施設の認定数の増加を抑制いたしております。
 それから、はり師及びきゅう師の養成施設の認定につきましても、設置計画につきまして、あんま等の中央審議会の意見を伺いまして慎重に検討を行うということで、実質的に抑制をいたしておるわけでございます。
 いま先生御指摘のあんま、マッサージ、指圧師、はり師、きゅう師の養成施設におきまして、定員を著しく超過しているような養成施設が見られましたので、厚生省といたしまして、そのようなことがないように厳しく指導しているところでございます。
○前島英三郎君 やはり視力障害を持っている人たちにとりましての一つの自立への道にはこの分野が大変多いわけでありますので、ぜひともそういう意味では、そうした職域の確保という面で強力な御指導を今後もお願いしたいと思っております。
 次に、聴覚障害者の自立と社会への進出について質問したいと思うんですが、まず聴覚及び言語によるコミュニケーションの障害が社会生活上とのような困難を伴うか、厚生省はどのように認識しているのかを伺っておきたいと思います。ともすれば、私のように歩けない者に比べまして外見上余り不自由でないように聴力障害者は思われがちでございますが、情報化社会という今日におきましては、そういう意味ではコミュニケーション上の障害の及ぼすハンディキャップは大変なものだというように私は思うんです。この点につきましての認識と、そのためにどのような施策を配慮しておるのか、伺いたいと思います。
○政府委員(山下眞臣君) 聴覚、言語障害者、外面的には一見障害のない方々と区別がつかないように見えるわけですので、ともすればその障害を見過ごしがちな傾向があることは、御指摘のとおりだと思うわけでございます。しかしながら、御指摘のとおり、聴覚を通じましての知識の体得、涵養、そういったものあるいは言語を通しましての人間的交流、こういったものは非常な重要な意味を持っているわけでございまして、この手段を失った方の日常生活における不利、ハンディキャップというものは非常にはかり知れないものがあろうと私どもは考えるわけでございます、この聴覚、言語障害者に対しましてどのような施策がなされ、また来年なされようとしているか、若干お時間をとって恐縮なんでございますが申し上げます。
 第一はコミュニケーションの手段といたしまして、手話用語の研究開発事業あるいは日常生活上の問題として手話通訳、手話奉仕員に関する事業あるいは情報、文化活動に関する事業、あるいは働く場の確保の問題等があると思うんでございます、これを若干時間とって恐縮ですが、まず最初には全日本聾唖連盟に対する委託事業といたしまして手話通訳の指導者養成事業、それから標準手話の研究開発事業、こういったことをいたしております。それから社会参加促進事業の中では、ただいま申しました手話奉仕員の養成、手話通訳の設置あるいは手話奉仕員の派遣、聾唖者日曜教室、音声言話機能障害者の発声訓練事業等を実施いたしておりますほか、手話教本や字幕入りフィルム、こういったものも配布いたしておるところでございます。
 五十六年度、今年度からは新たに取り上げます事業といたしましては、中途失聴者のコミュニケーションの確保ということで、いわゆる要約筆記奉仕員、オーバーヘッドプロジェクターと言うんでございますが、これが社会参加促進事業の中に取り入れられております。また日常生活用具事業の中におきましても、「あんしん」でありますとか「ひびき」でありますとかあるいは「めいりょう」というような特殊電話の貸与というのを新たに始めることにいたしております。また国の委託事業といたしましては、ビデオカセットライブラリーの製作、貸し出しというような事業も始めるということにいたしておるところでございまして、できるだけの努力をいたしているところでございます。
○前島英三郎君 大変積極的に取り組んでいる姿には評価をするところでありますけれども、今回の法律の見直しは用語の改定だけてあるために、その対象に含まれなかったのがいわゆる道路交通法の八十八条も再検討されなければならないというふうに私は思っているわけなんです。ところが道交法八十八条は自動車の運転免許の欠格事由として、「耳がきこえない者」、「口がきけない者」と掲げております。つんぼ、おしと書いてないのが救いでございますけれども、聴覚障害者からの批判が相当強い法律でもございます。しかしながら最近ではかなり重度の聴覚障害者の人たちも率先して社会参加をする、いろいろな施策にそれぞれ社会参加をしなければその施策も生きていかないわけでありますから、そういう機運は大変ことしの国際障害者年を契機としても大きく進展するだろうと思うんです。そこで、運転免許を取れるようになってきている現状もあるだろうと思うんです。このことが聴覚障害者の自立と社会参加に大変大きな力を与えております。大変喜ばしい傾向だと思うんですが、厚生省は当然こういう傾向には拍手を送る姿勢と見ていてよろしゅうございますか。
○政府委員(山下眞臣君) 私どもとしても望ましいことと考えております。
○前島英三郎君 自動車の運転免許を取るためには適性検査を受けることになっております。私も車いすになってから免許を取ったんですが、やはり適性検査を受けて、足を使わずに手だけで運転できる装置のついた車に限るといった制限つきで免許をいただいておるわけでありますけれども、聴覚障害の人の場合は、道路交通上必要な警告音が聞こえるかどうか、かすかにであっても警告しているということがわかるかどうかというテストを受けるわけでございます。ところが、厚生省では聴覚障害者に限って運転免許の適性検査に合格した者は、実際に免許を取っても取らなくても、福祉手当の対象からはずすという扱いをしていると聞くんですが、そのような扱いをしているのかどうか、その辺はいかがでしょうか。
○政府委員(山下眞臣君) 先生よく御承知のように、現在の福祉手当、重度障害者で日常生活で常時介護を要するような方に差し上げるということで、聴覚障害者につきましては、補聴器を用いましても音声を識別できない程度の重度の方、この方が福祉手当の対象になっているわけでございます。
 一方、いまの運転免許でございますが、これは規則によりまして、補聴器をつけました場合におきましては、十メーターの距離でも九十ホンの警笛が十分聞こえるという者を対象に免許を差し上げているという状態でございます。したがいまして、考え方といたしましては、運転免許を持っておるから福祉手当の対象にしないというのではございませんで、現在の機器、現在の状況におきまして運転免許が取り得る程度になっておる障害の方、これは福祉手当で考えておりますところの常時介護を要するという重度障害者、その方とずれがあるという考え方で御指摘のような解釈をただいまはいたしておるというところでございます。
○前島英三郎君 移動という問題に限って言いますと、私は手動式ですから免許をもらえるわけですね。しかし聴力障害者の人が車の免許を取るということとその部分は非常に接点があるだろうと、こういうふうに思うんですけれども、特別児童扶養手当等の支給に関する法律の第二条第二項で「この法律において「重度障害者」とは、別表第二に定める程度の廃疾の状態にあるため、日常生活においで常時の介護を必要とする者」と、いま局長のおっしゃったような形になっております、そして別表第二においては、その第二項で「両耳の聴力が補聴器を用いても音声を識別することができない程度のもの」と、こういうぐあいに書いてあるわけですね、自動車を運転できるような人は常時介護を必要とするとは言えないというのは、やっぱりこの聴覚障害者の日常生活上の困難さを軽く考えていると言わざるを得ないとぼくは思うんです。そもそもこの種の手当等を支給する目的は、障害を克服して自立して社会に進出することを援助することにあると私は思うんです。聴覚障害者が車の免許を取ろうとするのは、まさに自立と社会参加に向けてみずから前向きに努力しようとすることにほかならないと思うんですね。ところが、免許が取れるなら福祉手当は打ち切りますというあり方は、その自立への努力の足を引っ張るような形となるのではないかというような気がしてならないんです。制度の基本的な目的に逆行するような運用だと思うんですけれども、実態を見ますと、幾つかの矛盾があるように思えてならない。
 その第一は、聴力損失の測定方法の違いがあると思うんですよ。福祉手当の支給を受けるには、指定された医師の認定診断書をもらうことになっておりますね。その診断に当たっては、規格に合ったオーディオメーターを使いまして、さらに言語音によって聴力損失を測定することになっているわけです。オーディオメーターを使う場合、通常五百ヘルツ、千ヘルツ、二千ヘルツと三段階の周波数について測定して、その平均値を出すことになっておりますね。このような精密な測定に加えて、人間の声がどの程度聞こえるかということもあわせて判定することになっております。ところが、運転免許の適性検査というのはもっと簡単な方法でやっているわけですね。ですから、言葉ではなくて、警告音でやるわけです。道路交通法施行規則によれば、「一〇メートルの距離で、九〇ホンの警音器の音がきこえるものであること。」と、こうなっているもんですから、つまり厚生省は自分のところできちんと決めたやり方よりも、他省庁がほかの目的で行う聴力検査を尊重するということになってしまうんじゃないかというような気がして、私は何か非常に割り切れない感じがするわけでありますけれども、いま私が申したことに対して局長はどのようにお感じになるでしょうか。
○政府委員(山下眞臣君) ただいまも申し上げたつもりでございますが、基本といたしましては、特別児童扶養手当におきまして聴力障害者の一定の重度の方に、常時介護を要する方に福祉手当を差し上げる、それが基本でございます。したがいまして、運転免許があるか否かというのはまあいわば傍証的判断にすぎないのでございまして、これは自動車の機器の発達の度合い、そういったものによっても変化をすると思うんです。それが絶対の判断の要件になるわけではないと私は思うんでございます。ただ、現在の運転免許で書かれております十メートルで九十ホン聞こえるというのと、福祉手当の方で補聴器をつけても音声を解しないという程度のもとでは差があるものですから一応そういうことでこたえておるわけでございますが、基本の考え方は、福祉手当を支給する対象たる障害の程度がおありか否かということが判断の基本になる、このように考えております、
○前島英三郎君 数年前から音を光に変えたり、あるいは振動に変えたりという装置の研究開発も行われておりますし、そういう意味ではどんなに重度なハンディキャップを持った人たちもいろんなまた科学の進歩によりましてみずからのハンディキャップを補う形での社会参加ということが出てまいりますので、それがまた一つの厚生省の考えるいろんな諸手当の運用の中で、また障壁が出てくるようなことがあるとやっぱり困るというふうにも私は思うわけです。そういう意味では、手当をもらうにはなるべく表に出ない方がいいという感覚もいけませんし、また表に出て自立の意向が高まれば高まるほどみずからをそうした形で大きく発展、それから、努力をするというまた障害者の気持ちをもやはり裏づける結果になると思いますから、その辺の運用はひとつ的確にやっていただきたい、かように思っております。
 最後に、電動車いすの問題につきましてただしておきたいと思うんですが、電動車いすを補装具に取り入れたのはいいんですけれども、その給付に関する制限がきわめて厳しいと思います。で、補装具に取り入れる際にもそのあたりの点を指摘したいんですけれども、とりあえず厳しい制限のままスタートいたしまして、三カ年たったら検討するという答弁でございました。
 ところが、厚生省の制限は厳しいんですが、どうしても必要だという人が現実に数多くいるために、民間団体や企業が善意で電動車いすを贈るというケースが相当ございます。この善意はありがたいんですが、しかし、電動車いすはただ給付すればよいというものではございませんで、その人その人の障害の状況に合ったものでなければなりませんし、また使用するに際しても、一定の訓練を必要とするという面もございます。大変敏感に作動するものですから、ちっとやそっと簡単に乗っても使いこなせるというのには大分技術を要する部分があると思うんです。民間の善意の場合、そこまで要求することができないものですから、最近民間の善意によって得た電動車いすを使っていて、悲惨な事故に遭うというケースが現実にあったことを厚生省も知っておられると思うんです。
 一方、この二年間の電動車いすの支給実績というのは、厳しい制限のために余り伸びていないと思うんですが、その辺はいかがでございましょうか。
○政府委員(山下眞臣君) 先生のお話にもございましたように、従来、三分の一の国庫補助でございまする日常生活用具の給付事業の中で行っておりましたものを、一昨年補装具に散り入れたということでございます。
 まずはともあれ、一番困るところからということで、低所得の方から差し上げようというやり方でやってきておったわけでございますが、御指摘のような事情、私どももよく承知をいたしております。したがいまして、今年度その対象を広げたいということで、御指摘のような所得の制限の廃止でありますとか、あるいは併給の緩和でございますとか、そういったことについて目下検討中でございまして、そう長くない期間のうちに結論を出しまして緩和する方向で物を考えていきたい、かように考えております。
○前島英三郎君 そういう意味では、電動車いすは所得制限の撤廃の問題、さらに表は電動車いすでも、どうしても家の中は電動車いすというわけにはまいりませんので、併給という形に非常に近いときにそれはそういう形で前向きに対処される、こう理解してよろしいでしょうか。
○政府委員(山下眞臣君) そのように考えております。
○前島英三郎君 どうもありがとうございました。
○委員長(片山甚市君) 他に御発言もないようですから、両案に対する質疑は終局したものと認めます。
 これより討論に入ります。――別に御意見もないようでございますから、両案に対する討論は終局したものと認めます。
 これより採決に入ります。
 まず、障害に関する用語の整理のための医師法等の一部を改正する法律案を問題に供します、
 本案に賛成の方の挙手を願います。
   〔賛成者挙手〕
○委員長(片山甚市君) 全会一致と認めます、よって、本案は全会一致をもって原案どおり可決すべきものと決定いたしました。
 次に、戦傷病者戦没者遺族等援護法等の一部を改正する法律案を問題に供します。
 本案に賛成の方の挙手を願います。
   〔賛成者挙手〕
○委員長(片山甚市君) 全会一致と認めます。よって、本案は全会一致をもって原案どおり可決すべきものと決定いたしました。
 この際、高杉君から発言を求められておりますので、これを許します。高杉君。
○高杉廸忠君 私は、ただいま可決されました戦傷病者戦没者遺族等援護法等の一部を改正する法律案に対し、自由民主党・自由国民会議、日本社会党、公明党・国民会議、日本共産党、民社党・国民連合、新政クラブ及び一の会各派共同提案による附帯決議案を提出いたします。
 案文を朗読いたします。
    戦傷病者戦没者遺族等援護法等の一部を改正する法律案に対する附帯決議(案)
  政府は、次の事項につき、速やかに格段の努力を払うべきである。
 一、一般戦災者に対し、戦時災害によって身体に障害を受けた者及び死亡した者に関する援護の検討を目途としてその実態調査を実施すること。
 二、戦没者遺族等の老齢化の現状及び生活の実態にかんがみ、国民の生活水準の向上等にみあって、今後とも援護の水準を引き上げ、公平な援護措置が行われるよう努めること。
 三、戦没者遺族等の老齢化の現状にかんがみ、海外旧戦域における遺骨収集、慰霊巡拝等について、更に積極的に推進すること。
 四、生存未帰還者の調査については、引き続き関係方面との連絡を密にし、調査及び帰還の促進に万全を期するとともに、中国からの引揚者が一日も早く日本社会に復帰できるようその対策に遺憾なきを期すること。
 五、中国残留日本人孤児の肉親調査を今後とも積極的に推進するとともに、帰国を希望する孤児の受入れについて、関係各省及び地方自治体が一体となつて必要な措置を講ずること。
 六、法律の内容について必要な広報等に努める等更にその周知徹底を図るとともに、相談体制の強化、裁定等の事務の迅速化に更に努めること。
 右決議する。
 以上であります。
○委員長(片山甚市君) ただいま高杉君から提出されました附帯決議案を議題とし、採決を行います。
 本附帯決議案に賛成の方の挙手を願います。
   〔賛成者挙手〕
○委員長(片山甚市君) 全会一致と認めます。よって、高杉君提出の附帯決議案は全会一致をもって本委員会の決議とすることに決定いたしました。
 ただいまの決議に対し、園田厚生大臣から発言を求められておりますので、これを許します。園田厚生大臣。
○国務大臣(園田直君) ただいま御決議になられました附帯決議につきましては、その御趣旨を十分尊重いたしまして、努力いたす所存でございます。
○委員長(片山甚市君) なお、ただいま可決されました両案に対する審査報告書の作成につきましては、これを委員長に御一任願いたいと存じますが、御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○委員長(片山甚市君) 御異議ないと認め、さよう決定いたします。
    ―――――――――――――
○委員長(片山甚市君) 次に、戦時災害援護法を議題とし、発議者高杉廸忠君から趣旨説明を聴取いたします。高杉君。
○高杉廸忠君 私は、ただいま議題となりました戦時災害援護法案につきまして、日本社会党、公明党・国民会議、日本共産党、民社党・国民連合、新政クラブ及び一の会を代表いたしまして、提案の理由を御説明申し上げます。
 すでに戦後三十五年を経て、あのいまわしい戦争への記憶が一段と風化しつつある中で、なお、戦争の傷跡が生活を圧迫し、生命と健康を失った多くの一般戦災者が、いまなお、国から何らの援護を受けることなく、戦争犠牲者として、傷病苦と生活苦にあえぎながら、余命をつないでいる現実を放置することはできません。
 私は、これら戦災者の心情と、報われることなく高齢で亡くなられる方々の続出する日々に思いをいたすとき、援護の手が、一刻も早く差し伸べられる必要を痛感せざるを得ないのであります。
 振り返ってみますと、さきの大戦では、原爆投下を含め、米軍の無差別爆撃はとどまることなく、銃後と思われていた非戦闘員と、その住居までも、一瞬にして戦場に変え、わが国全土にわたる諸都市を焼き払っていきました。
 昭和二十年四月十三日「状況窮迫せる場合に応ずる国民戦闘組織に関する閣議決定は、新たなる兵役義務により、真として動員し、統帥権下に服役せしめ得る必要な法的措置を講ずること」を決め、昭和二十年六月二十二日に、即時公布された義勇兵役法では、「国民義勇隊に参加せしむべきものは、老幼者、病弱者、妊産婦等を除くの外は、可及的広範に包含せしむるものを徴兵」し、いわゆる国民皆兵体制をつくり上げたことによっても、当時、すでに平和な銃後は存在せず、戦場そのものとなっていたことは明白であります。
 これによる一般市民の死傷被害は、沖繩を除いても、優に八十万人を越え、罹災人口は、実に一千万人を越すと言われています。
 中でも昭和二十年三月十日の、東京大空襲は、わずか二時間余の爆撃によって、全部の四割が一瞬にして灰じんと化し、炎の中で、約十万の都民の生命を奪いました。その惨状は、イギリスの一物理学者が、原子爆弾攻撃による荒廃化を除けば、今までになされた空襲のうち、最も惨害をほしいままにした空襲と、指摘するほどでありました。
 昭和十七年二月二十四日に公布された戦時災害保護法では、昭和二十一年に廃止されるまでの間に十二万七千人の民間戦災者、傷害者、同遺族に対し、救済、補償もなされました。
 しかるに、政府は、今日まで、戦争犠牲者対策を、軍人軍属及びその遺家族など、昭和五十五年三月末現在約十四万人に限定してきているのであります。
 法制定後、準軍属と言われる人々など、わずかな範囲の拡大はあったものの、銃後の犠牲者に対する援護の手は、基本的に皆無に等しいまま、今日に至っているのであります。
 一方、今次大戦の同じ敗戦国である西ドイツでは、すでに昭和二十五年に、戦争犠牲者の援護に関する法律を制定し、公務傷病と同視すべき障害の範囲をきわめて広範に規定したため、援護の手はあまねく一般市民にまで行き届き、その対象は、昭和五十二年六月末現在においても、実に二百十七万八千人にも上っています。
 わが国の戦争犠牲者対策は、原爆被爆者に対する特別措置は別として、あくまでも軍人軍属等に限定しようとするものであり、こうした政府の態度は、大戦の過ちを、衷心から悔い改めようとする姿勢に欠けるばかりか、その態度のよって来るところが、軍事優先の思想であるのではないか、との疑念さえうかがわせるものであります。
 戦後三十五年を経て、いまだに放置されたままの一般戦災者に対し、国の援護措置を望む国民の声は、戦災地域にとどまらず、それ以外の自治体から決議、意見書が多く寄せられている事実とともに、もはや一刻の猶予も許されないところにきています。本案はこのような国民の声を背景に、本案成立の日まで、いまだ戦後は終らないとの確信を持って作成し、再び提案するものであります。
 次に、本案の要旨について、簡略に申し述べますと、さきの大戦で空襲その他の戦時災害によって身体に被害を受けた者及び死亡した者の遺族に対し、戦傷病者特別援護法及び戦傷病者戦没者遺族等援護法(以下それぞれ特別援護法、遺族援護法という)に規定する軍人軍属等に対する援護と同様、国家補償の精神に基づく援護を行おうとするものであります。
 ただし、遺族に対する援護については、遺族年金にかえて、一時金たる遺族給付金百万円を支給することとしております。
 援護の種類別に申しあげますと、第一に、療養の給付、療養の手当一万九千三百円支給及び葬祭費九万七千円を支給することであります。
 第二は、更生医療の給付は、補装具の支給及び修理、国立保養所への収容並びに日本国有鉄道への無償乗車等の取り扱いであります。
 第三は、障害年金または障害一時金を支給することであります。
 以上、支給要件、給付内容はすべて軍人軍属等におけると同様であります。
 第四は、遺族給付金、五年償還の記各国債として百万円の支給であります。
 遺族の範囲は、死亡した者の父母、子、孫、祖父母で、死亡した者の死亡の当時、日本国籍を有し、かつその者によって生計を維持し、またはその者と生計をともにしていた者といたしております。
 第五は、弔慰金五万円の支給、遺族の範囲はおおむね軍人軍属等におけると同じであります。
 なお、この法律による援護の水準を特別援護法、または遺族援護法による軍人軍属に対する援護の水準と同じレベルにしたことに伴い、これらの法律による準軍属に対する援護で、なお軍人軍属に対する援護の水準に達していない者については、同一レベルに引き上げる措置を講ずることといたしました。
 最後に、施行期日は、公布の日から、一年以内で政令で定める日としております。
 何とぞ、御審議の上、速やかに本案の成立を期せられんことをお願いいたしまして、提案理由の御説明を終わります、
○委員長(片山甚市君) 以上をもって趣旨説明の聴取は終わりました。本案の自後の審査は後日に譲ります。
 本日はこれにて散会いたします。
   午後四時三十九分散会
     ―――――・―――――