第095回国会 文教委員会 第7号
昭和五十六年十一月二十四日(火曜日)
   午前十時四分開会
    ―――――――――――――
  出席者は左のとおり。
    委員長         片山 正英君
    理 事
                大島 友治君
                世耕 政隆君
                小野  明君
                佐藤 昭夫君
    委 員
                山東 昭子君
                内藤誉三郎君
                仲川 幸男君
                松浦  功君
                本岡 昭次君
                柏原 ヤス君
                高木健太郎君
                小西 博行君
   政府委員
       文部省体育局長  高石 邦男君
   事務局側
       常任委員会専門
       員        瀧  嘉衛君
   参考人
       社団法人全国学
       校栄養士協議会
       会長       田中  信君
       新宿区立落合第
       一小学校学校栄
       養職員      西山千代子君
       練馬区立旭丘中
       学校講師     加納 敏恵君
       豊かな学校給食
       を求める全国研
       究交流集会福実
       行委員長     雨宮 正子君
    ―――――――――――――
  本日の会議に付した案件
○参考人の出席要求に関する件
○日本学校健康会法案(第九十三回国会内閣提
 出、第九十四回国会衆議院送付)(継続案件)
    ―――――――――――――
○委員長(片山正英君) ただいまから文教委員会を開会いたします。
 参考人の出席要求に関する件についてお諮りいたします。
 日本学校健康会法案の審査のため。本日の委員会に社団法人全国学校栄養士協議会会長田中信君、新宿区立落合第一小学校学校栄養職員西山千代子君、練馬区立旭丘中学校講師加納敏恵君、及び豊かな学校給食を求める全国研究交流集会副実行委員長雨宮正子君を参考人として出席を求め、その意見を聴取することに御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○委員長(片山正英君) 御異議ないと認め、さよう決定いたします。
 暫時休憩いたします。
   午前十時五分休憩
     ―――――・―――――
   午後二時二分開会
○委員長(片山正英君) ただいまから文教委員会を再開いたします。
 日本学校健康会法案を議題といたします。
 本日は、お手元に配付いたしております名簿の方々を参考人として御出席をいただいております。
 この際、参考人の方々に一言ごあいさつを申し上げます。
 皆様には御多忙中のところ御出席をいただき、ありがとうございます。皆様から忌憚のない御意見を拝聴し、本案審査の参考にいたしたいと存じます。
 つきましては、議事の進行上、名簿の順でお一人十五分程度御意見をお述べいただき、その後委員の質疑にお答え願いたいと存じます。
 それでは、まず田中参考人にお願いいたします。
○参考人(田中信君) 本日は、日本学校健康会法案御審議の参考人としてお招きいただきましたが、御参考になれるかどうかわかりませんが、何とぞよろしくお願い申し上げます。
 私の考えておりますところを申し述べさせていただきますが、それに先立ちまして私の経歴を話させていただきます。
 現在は、社団法人全国学校栄養士協議会会長といたしまして、会員八千名とともに、二十一世紀を担う児童生徒の健康にとりましては学校給食がなくてはならないものである。その学校給食をより豊かなものにするために努力させていただいております。また、この三月までは、小学校の教員といたしまして給食主任もいたし、また管理栄養士の登録をいたしておりますので、栄養士の業務をも行ってまいりました。ただいまは栄養士養成施設の非常勤講師でございます。
 さて、このたびの日本学校給食会と日本学校安全会を統合いたしまして日本学校健康会を設立するということにつきましては、子供の健康を総合的に推進するということで、学校現場におきましては非常に大切なことであると存じます。その総合的に推進するということにつきましてもう少し詳しく申し述べさせていただきたいと思います。
 義務教育というところは、御案内のとおり、社会人としての基礎を築くところでございます。社会に出ますと、健康第一、健康であれば自分の持っている能力を十分に引き出すこともでき、またどのような職業につくこともできます。そのために学校では、「健康な生活とは」ということにつきまして各部門とも力を合わせて一丸となって努力いたしているものでございます。また、その方法といたしましては、子供の生活全般に手を入れるというやり方でなければ、その目的を達するということはなかなか困難でございます。そのためにどのように具体的にしているかということをもう少し述べさせていただきますと、もう十二月になりますと、かぜ引きがやってまいります。「かぜ引きを追い払うには」という指導目標が立てられますと、校内の体育とか保健とか安全、給食、生活指導、特活、PTAというものの部門がすべて「かぜ引きを振り払うには」というその点に集中して計画が立てられます。
 体育では、全校でマラソンをする、なわ跳びをする。保健では、薄着の励行、着物は何枚着ていますかという着物の枚数調べ、半ズボン、半くつ下でがんばりましょうと言います。また安全では、遊び時間は全部外へ出て遊びましょう、そのために運動場が込んでいますから、危ない遊びはやめて、器具も正しく使って、けがのないようにしましょうと言います。一方給食では、朝御飯は必ず食べてきてください、そうしてその食品の数は五つ以上なくてはいけません、数え方は、御飯で一つです、みそ汁を飲めば、みそ汁のみそで一つ、それからワカメが入ればワカメで三つ、豆腐で四つ、それでその上目玉焼きがあれば、油を引きますから油で一つ、卵で六つです、それにホウレンソウのおひたしでもつけば七つです、御飯、みそ汁、目玉焼き、ホウレンソウでもう七つになります、五つ以下ではいけませんというふうに具体的に申します。朝御飯が食べられなかったら体のどこかが悪いのですから、朝御飯が食べられた時点から学校に来てください、給食は残さず食べましょう、切っても切っても中まで緑の濃い野菜は、かぜの細菌を振り払う力がありますと申します。一方生活指導では、早寝早起き、朝起きたら、なわ跳び何回、庭の掃除をする、道路の掃除、部屋の掃除、そうして姿勢をよくして堂々と歩きなさい、しょぼしょぼしていれば、かぜの細菌はしょぼしょぼしているところに振りかかってきます、保健だの給食だの体育だのいろいろな目標を達成するには、すべて努力なしてはできません、努力、努力また努力でがんばりなさいと励まします。また特活では、その内容をポスターにいたしまして全校に張りめぐらせるというようにいたします。また教務では、その教育の内容をPTAに知らせて全面的な協力を仰ぐというように、各部門が一丸となって子供のかぜ引きというものに取り組むわけでございます。
 すなわち、子供の生活というものはどこがどの部門というふうに切り離せない総合されたものでございます。そのような観点から考えますと、このたびの安全会と給食会が一緒になるということは、それぞれの持っております力が十分に競合し合って一層発揮されるのではないかと存じます。
 また、もう一つこのたび考えておりますものは、学校給食といいますものはもう学校生活にとりましてなくてはならないものとなっております。そのために関係者は、向上、改善、充実のために一心不乱にならなければならないのでございますが、その方法については意見の違うところがございます。
 その一つの例を挙げますと、学校給食共同調理場でございますが、この点につきましても、市町村は、それぞれに抱えている事情によりまして、たとえば小規模校が多いとか、または給食場をつくる敷地がないとか、そのほかもろもろの経済事情によりまして、どうしても共同調理場でなければ実施できないということで、共同調理場建設の計画が進められますと、必ず反対運動が起こってまいります。この反対運動があるにもかかわらず、市町村は子供たちにとって早く給食をやってやりたいということで共同調理場実施に踏み切るわけでございますが、その際反対されたそれぞれの事項を埋めるために全力を挙げるのでございます。たとえば一番指摘される、遠いところから配送されるので冷めるという問題でございますが、この点につきましてもいろいろの工夫をして単独校と遜色のないようにするとか、または、離れたところで調理を行うのであるから子供の心と調理員の心が通わないというその欠点、すなわち教育である学校給食をどのようにその共同調理場の上に生かすかということで一心不乱になるのでございます。そうして、いろいろ実施される共同調理場による給食も、子供たちのためにとっては食事内容も向上されて本当に安心できるものになっているのでございます。私はこのことは、共同調理場云々ということを申し上げているのではなくて、このように多くの反対があるということは、その反対を埋める努力を関係者が一心不乱にするということを言っているのでございまして、このたびの健康会が誕生いたしますにつきましては、この委員会で諸先生方がたび重なる御審議をしているというそのことが、乙の両者が統合いたしますときに、いままで足りなかったことも十分に入れて、子供の健康を守るということだけではなくて、積極的に子供がその健康に立ち向かえる教育を育成する、そういう機関となるであろうということを私は確信いたしております。
 本日申し述べさせていただきましたことは、教育というものは総合的に成り立っている、どこがどうということを切り離すことができないものであるということと、もう一つ、いろいろ疑問をお持ちになって御審議いただくことがすなわち生まれる健康会にとって大変に有益な、プラスになるものであるということを申し述べさせていただきましたが、一日も早くこの日本学校健康会が設立いたしますことを願うものでございます。
 また、私が勤務いたしておりますところの学生の感想文がございますが、学校給食の重要性ということにつきまして二枚ほど読まさせていただきますのでお願いいたします。
 一つは給食の効果ということについてでございます。書きました者は養成施設の二年生でございます。
  私が小さい頃からよく母が言っていたことですが28お前は給食に随分助けられているんだよ。と、よく聞きました。私は未熟児で生まれ、生まれてすぐ肺炎にかかりそうになったり、心臓が弱かったり、からだが弱くて、両親も、28この子はちゃんと成長できるのだろうかと、心配していたそうです。しかし、小学校に入り、給食を好き嫌いなくきちんと食べ、よく遊び、運動していたらかぜなどあまりひくことなくじょうぶな子供になっていきました。こうやって自分のことをふり返って考えてみると、給食は子供の成長、発育になくてはならないものだと思います。特に中学時代は発育期のピークに達しているのだからぜひ必要だと思います。私は中学時代、給食があったことを非常に感謝しています。全国的にみると中学校の完全給食はまだまだ確立されていないようなので、一日も早く給食が実施されることを願ってます。
 もう一つは弁当についてでございます。
 私の中学生の時の生活は、朝はギリギリまで寝ていて朝食を少ししかとらず、昼は野菜類の少ないお弁当か菓子パン、クラブのあとに甘い菓子や清涼飲料水を口にし、夕食は油こいもの、そしてインスタントラーメンのような夜食……
 今から考えると背すじが寒くなるがあの頃は別に大した障害がなかったので何とも思わずこのような食生活を送っていた。
 一番おどろいたのは弁当は栄養的にかたよっているということである。母親が子供のために愛と知恵をしぼって作って下さるお弁当だから、栄養満点だと信じ込んでいたが、ビタミン類がとても少ないことに気づいた。
  私も現在自分でお弁当を作ってくるが本当にお弁当を作る苦労を感じている。水っぽいものやくさりやすいものは入れられないし、さめるとおいしくないので味付にも工夫がいる。味のちがうものをいっしょに入れると味がまざってまずいし、詰めるのにも苦労する。
  愛のこもったお弁当ではあってもわりと材料費もかかるので体をつくりあげる中学生時代にはやはり給食が向いていると思った。
  私の故郷では中学はどこも給食を行なっていないが、もし私が故郷で栄養士として働くなら、中学校も給食をとり入れるよう努力したいと思った。
 以上でございます。どうもありがとうございました。
○委員長(片山正英君) 大変ありがとうございました。
 次に、西山参考人にお願いいたします。
○参考人(西山千代子君) 私は新宿区の落合第一小学校に勤めております栄養士でございます。
 規模としましては、児童数が八百六十で、職員が五十です。
 私の学校では自校献立の給食を実施しておりまして、米飯給食はもう十四年前から実施して、週一回の御飯給食は当然やっております。これは栄養士がいるために実施できる状態があったわけで、自校ということはそういうことなんだというふうに主張しております。
 で、インスタント食品や半調理された加工食品は一切使われておりませんで、手づくりの給食です。手づくり給食の例としては、茶飯だとか、おでん、紅白なます、牛乳のようなものを使っておりますが、茶飯の米は除草剤や農薬のかかってないと分つき米だとか愛ももちろん使用しております。おでんなどは、だしは削り筋やだし昆布ですが、だし昆布はそのだしをとった後で形に切って結び昆布にしてまた使います。魚のすり身はだんごにしてゆでてつみれにつくります。木の葉型にして揚げたらこれはさつま揚げになります。大根、サトイモなどは有機農法の一年寝かせてつくった堆肥で育った無農薬の野菜を使っております。にがりを使ったがんもどきだとか、手づくりコンニャクとか、昔ながらのおでんを給食でつくっています。既製の市販されておりますはんぺん、さつま揚げなどは本物の味でないものとして使いません。そのため子供たちは、人気のある献立て試食会の希望などで、母親の声が多い献立です。これについては残菜は全然ございません。これが手づくり給食としていることです。足で歩いている放し飼いの自家飼料で育てられた鶏の卵だとか、その廃鶏をやわらかくした鳥肉だとか、同様に自家飼料で育てられた豚、牛肉、それから添加物の入らないハム、ソーセージ、ベーコンを使っています。有機農法の野菜は高いだとか無添加食品は値段が高いとか言われますが、私の学校では、一つは一五%引きの学校給食への理解をしてもらっていることと、しゅんのものはいつでも高いものばかりではないことと、年間契約の購入でかえって平均的な価格になっているために他の区内の学校の給食費と同じ給食費で特別な値段の高さはございません。それに、学校給食では高い安いで品物を選択するのではなくて、質のよいものを給食費の中で工夫することが大切だと思っております。残量がほとんどありませんのでむだが一つもありません。子供たちはいつも安全でおいしい給食と信頼して、真っ赤な完熟したトマトや甘い大根と有機農法の野菜はおいしいと喜んでおります。一番子供たちが無農薬の野菜を使いましてわかりましたことは、しゅんの野菜が一番で、おいしいしゅんがいつなのかを勉強できるし、自然のもの、本物が一番おいしいと、石油で育てる野菜には問題があるしというふうにだんだんと勉強しております。虫で穴のあいた野菜も、虫が毒味しているからこの野菜は安全だと言っております。地域のお母さん方も試食会その他の交流で有機農法の野菜を講入するグループをつくりまして、いま百家族を上回った人数が無農薬野菜を使っております。このことで地域が学校給食への関心や興味を持って、食事が生活の基盤の一つであり、生活のリズムの正しいとらえ方や家族で共通の憩いの場所がつくれる食事に考えを持って、一緒に食べることの中で家族の毎日の点検だとか心の伝え方など次々に食事の見直しから子供たちの生活のゆがみまでを考えて、できることからよい方へ実行したいというふうに学校給食をつないで一つの変わり方を家庭はやっております。
 洗剤の追放についても、私の学校では同様に二年前から石けんに踏み切っておりますが、千名近い給食数では食器も調理器具も相当な数になりますが、区の教育委員会から、ボイラーもいままでどおりですし、給湯量だとかなんとかという話は全然変わっておりません。石けんは四分の一の洗浄力ですけれども、安全が第一ですから石けんを使っておりますが、使いこなすには調理員さんの大変な努力が必要です。このとき私の学校では食器を紙でふく指導を教師が受け入れて生徒と一緒に全員油のひどい日はふいております。そのために給食の調理室では努力をするし、石けんで洗うことを一生懸命やっております。学校挙げての協力で初めて石けん使用も成功しております。石けんを使うことでやはり子供たちには安全性の問題を知らすことができますし、一つ一つこういうことをやってまいりますと栄養士が一校一名は絶対に配置されていなければとてもでないし、自校献立て研究努力していくと学校給食の本来の目的が達成できるのではないかと思っております。
 いま栄養職員が配置されていながら一括献立を実施されたり、共同購入や学校給食会の品物を買うように強要されることもあると聞いております。共同献立は栄養士が集まって経験と知恵でつくったよいものだと推奨する人は言いますが、実は最低の献立になってしまうのです。立案の段階で人員不足だとか能力差の違いとかいうことが考慮されます。施設設備の違いがあることも考慮に入ります。その上に労働意欲だとか労働条件が大きく絡みます。で、この段階でできた悪い条件を全部配慮してできた献立は実施の段階では自分の学校で子供たちに喜ばれるかどうかは抜きにして地域差だとか日常性のことは問題なく勝手に定められてしまうのが共同献立だからです。これでは栄養士が一校一名に配置されるということを幾らしても、どんな学校給食を実施するかははっきりしません。一括とか統一献立なら献立が一枚あれば質も内容も抜きにしてやることだけが目的となります。特にセンターの場合などは、自校で働く栄養士は安全な材料でおでんを手づくりしてつくっているときに、加工されたおでんの袋詰めを湯につけて温め、子供たちは袋を破っておでんをさらに移して添加物と一緒に食べるような状態になります。自校でやると申しましても千人以上の規模になりますと給食センターと同様の条件が生まれできます。時間に制約されて加工食品を使わざるを得なくなったり、中身がわからない状態で食品を選ぶことになりますし、添加物とか安全性ということは二の次になってまいります。で、おいしさを追求するにはなかなかうまくいかず、冷めたり形が崩れたり、手間のかかるのは全部だめになって食べ残しが多いという状態になりますし、やむなく機械を使うと機械に合わせてつくるもので子供の声は届かない状態になりますし、これを教育的に取り扱おうとしても教育と関係のない状態で給食ができてまいります。そして子供たちには学校給食を食べながらえさの感じで受けとめるような状況ができできます。これでは教育としての学校給食は成り立ちません。
 子供たちに期待されている学校給食の条件は、一校一名の栄養士を配置して特に義務教育の中で自主的に食べ物を選び取る健康保持と、自然との触れ合いの大事さと、自然のサイクルの中で全体をとらえていく食の教育が大切なのだと考えております。栄養士はまた食堂をつくり、食堂を中心にした栄養指導だとか出張授業、学校の保健計画に参画して将来は栄養教諭による食の教育をやっていく、特に日本人の食事、食文化の育成が学校給食の教育の一環としての役割りと考えております。
 最後に、このたび一月二十二日に全国統一献立の実施を通達されましたが、このことには私たちは反対です。自分の学校で子供の希望する献立をお好み献立として卒業期に実施していますが、学校の自主性を尊重することが子供のための給食になると思います。机上プランの計画を残念に思いますし、味の統一は大変迷惑でございます。なぜそれを言うかといいますと、私たちが考える学校給食というものはこれからつくり上げていかなくてはなりませんが、貧しさの追求だけではなく、これからは教育としての給食の追求があるからだと考えております。
○委員長(片山正英君) ありがとうございました。
 次に加納参考人にお願いいたします。
○参考人(加納敏恵君) 加納敏恵でございます。ただいまは中学校の講師をしております。
 かつて私は昭和四十二年に練馬区で学校給食センターが始まりましたときに給食主任をやっておりまして、そこでセンターの貧しさ、内容が余りにもひどいということで私どもは束になりまして、学校を挙げてセンター反対、自校方式ということに取り組みまして四年たちまして自校方式に実は戻した学校でございます。
 では、なぜ私どもがそういうふうにセンター反対申し上げましたかというと、子供たちが残塁四〇%平均、ときには八〇%残すようなそういう非常にひどいありさまだったんです。そこで、私どもは給食というのは一体どういうことなのだろう、これはひとつ考えなきゃならないということで給食の目標というものを調べたわけです。しかし余りにもうたい文句と現実との違い。子供たちの参考になります作文を、その当時のを引っ張り出して私きょう持ってまいりました。ちょっと読み上げてみます。これは一年生の生徒なんです。
 もう、まずいってもんじゃない。どうしておいしいべんとうからまずい給食にするのかぼくは不思議でしかたがない。きっと全生徒がこう思っているにちがいない。
 味がまずい上に量が少く、食器がきたない。この悪い三冠王のそろった給食、大きなため息が出てしまう。
 もしべんとうだったら、今までよりうんと楽しい昼になることだろう。せっかく給食を作ってくれるのなら、なんでもっとおいしくできないのか、これまた不思議でしょうがない。
 生徒最大の敵、まずい給食。
 これが一年生の男の子です。
 それから、「給食診断」ということで教師が書いているわけです。
 物価上昇に悩まされている私には、ほんとうに勿体ないが先に立ちました。もっと勿体ないのは食事の済んだあとを見ると、あちらにも、こちらにも沢山残菜が出ることです。どれだけ生徒の胃袋に入ったのか、この残菜もお金なのに。豚ばかり太らさないでもよいのに……どうか全部食べられる食事にして下さいと願わずには居られませんでした。
 結局、食事というのはもっと教育の目標に合ったものでなくちゃならない。それが子供にきらわれる給食というのがあっていいんだろうか。
 それからもう一人、これは女の子です。
  「ただいま、ああ、おなかがすいた。おかあさんおやつちょうだい。」
 私が学校から帰って来て、まず最初に言う言葉がこれです。もうこの言葉には、ずいぶん長らくおせわになっています。それというのも、中学校の冷たい給食のせいなのです。
 中学校へはいる時、くいしんぼうの私がいちばん楽しみにしていたのは、あたたかくて、おいしい給食だったのですが、いざ食べて見ると、冷たいおかずでおいしくないパン。ぜんぜん期待はずれでがっかりしてしまいました。それからというもの、毎日、パンは三枚くらい残してしまいますし、おかずもおかわりする気にはなれません。けっきょく、帰宅してから、おやつをたくさん食べるほか、しかたがないのです。小学校時代の、あたたかくておいしい給食が今も忘れられません。
 これは自校方式のようです。
 それに、残ったパンだって、家に帰ってまでは、食べる気になれませんし、最後はすてることになってしまいます。ほんとにもったいない!もっとパンを少なくして、おかずをおいしくはできないのでしょうか。我が家の料理と、あまりにも差がありすぎて、給食になじむことができません。
 どうしてこのようなものしか作れないのでしょうか。それに食べる時間が短かくて、安心して食べていられません。とにかく、今の状態では、要望を出せばきりがありません。それに、これからの寒い時季も、冷たい給食ですごすのでしょうか。これから先のことを考えると、ゆううつになってしまいます。
 おいしくて、教室中を湯気でうめるような給食を、私は夢みているのです。そして、だれも残さず、楽しいふんいきの中で食べる給食。それはのぞめないのでしょうか。みんなが喜こんで食べ、むだのない給食こそ、学校給食の目的ではないのでしょうか。
 もうこれは一年生の女の子ですけれども、その当時こうやってちゃんと給食を批判しているわけです。
 もうたくさんこういうふうに次から次からあるわけですが、結局給食というのは期待外れだった、もっとこれから進みますと、給食はもう要らないと言い出したわけです。そして親たちが、もうお世話になりたくない、目方が減っちゃった、受験戦争に勝てない、何とかお弁当を持ってこさせたい、どうだろう、学校の方はどう考えていますかというふうなことにだんだんにエスカレートしていきまして、もう給食はお断りしたい、お弁当を持たせたい。そこで学校は迫られることになります。それから、生徒も文化祭なんかで壁新聞に、もう給食はこんなふうに添加物がたくさん入っているし、加工食品でまずい、句とかしてくれなければ私たちはこれから生徒会でほかの学校に呼びかけて、そして区長さん相手に少し活動するということで、学校にとにかくそういう運動に盛り上げていくような姿勢を示してきた。私どもは、それでは教員も黙っていられないということで、親たちと相談しまして、それで区の方に陳情を続けまして、結局お弁当を持ってこさせてもよろしいと言うんじゃなくて、もう実は文部省では行政指導しますと言って断られちゃったわけです。行政指導とはどういうことですかと言ったら、要するところ教育委員会を通して、校長さんを通して、担任を呼び出してとにかく弁当を持ってきちゃいかぬというふうな圧力をかけますぞということなんです。しかしどこの法律を見ましても持ってきちゃいけないということはないわけです。
 そこで私どもは、とにかくお弁当は、これは好きとかきらいとかいうんじゃなくて命の問題だから、やっぱりここまでは基本的に人権の問題じゃないだろうか。何を食べさせるとが食べさせないということを他人様に決められる。それが本当にいいものであれば、私たちは、子供は喜んで受け入れると思うんですね。ところがセンターの給食だけはどうにもみんないやがったわけです。そこでアンケートをとってみましたら九八%までがいやがっているわけです。とにかくお弁当を持ってきたい。それで、お弁当を持ってこれないという事情は親の都合によるんで、生徒は弁当持ってきたいというのがほとんどです。ということで、それでは踏み切らざるを得ない。それで今度は、区役所にも最後通牒ですね、私どもは体の都合によってお弁当を持ってきたい子をとめるわけにいきませんから、センターの給食は希望者だけにいたします。そこで区役所の方は驚きまして、それではそういうのがはやっては困る。よその学校もみんなそういうふうに待機しているだろうから、それじゃとにかくいまいっぱいになっているセンター、二万三千五百食ですか、その当時。とにかく二万食のセンターがあふれちゃっているわけだから、そういうところからそれじゃ外そうじゃないかという、まあいいチャンスだったのでしょうが、どんどんそれから希望の学校を外すということでまず小学校、中学校から外れていったわけですが、そういうことで私ども運動しまして四年目にやっと区役所の方でそれではおたくの方も外しましょうということになって、現在練馬ではセンターは当時の二万幾らから大体一万一千食、一万八千食の第一センターが一万食というふうに大体半減、そして六〇%減ぐらいになっているわけですが、しかしまだセンターは続いているわけです。
 とにかくセンターというのは、学校の給食というのは本当に害悪を流している。その当時子供たちが非常に殺気立っちゃいまして、こんなまずいものをなぜおれたちに先生は強制するのか、先生の段階でこれ断れないのかと、教育不信というよりも教師不信というところ。それで、教師がとめるのも聞かずに窓から隣家へ向かって、ミカンのいいのが出ているときに何でこんな冷凍ミカンなんが食べなきゃならないんだということで屋根に投げつける。隣家から飛んで来て苦情が出る。そうするとよけい今度は投げつけて玄関のガラスが割れる。とうとうしまいにはもうたまりかねてパトカーが飛んで来るというふうなことで給食騒動が持ち上がる。そして今度はおなかのすいた子供たちは学校ではおいしくないからというのでそば屋へ駆け込む。そして、そば屋で今度はいろんな上級生と下級生との取引といいますか、お金の貸し借りが始まったり、そして今度は食べ物屋でいろんな情報交換、まあ悪いところにも誘われる。そして万引きだとかいろんなこう夜の外出が始まってくる。おなかがすいて家庭に帰っても親が留守でというようなところから今度は――まあ切りはないんですけれども、そういうふうにして教師たちはおちおちと今度はしていられなくなったわけですね。そういうことで非行というのがそれからどんどんふえていくわけです。
 とにかく、それで私どもの学校は、給食センターを自校方式に戻すためには学校を増築しなければ、とにかくその余波として給食室をつくるんだということで学校を増築してもらうというような連動から始めて、やっとその許可がおりて、そこでやっと給食室が間に合ったと、こういうふうな形で、なかなか自治体というのは動いてくれないんですけれども、やっと自校方式に戻った。全国でも珍しかったようなことですが、お弁当を持ってくるんだということが一つの大きなてこになったようです。
 で、私どもは弁当ということを申し上げましたけれども、自校方式で本当にお金をかけてちゃんとしたものをつくっていただければだれもお弁当を持ってくるということは申しませんし、しかも給食そのものは、結局親の手が省けていいというのは実は親側の言い方です。ところが子供はそうじゃなくて、とにかくおいしい給食であればお弁当よりも本当は楽しみなんだと、学校でみんなと同じものを食べる自校方式でやってもらえたら本当にありがたい。しかしそれには栄養士さんがやっぱりちゃんといなくちゃだめです。私の学校は、始めるときに、栄養士さんのない給食はだめです、受けられませんということで一年待って、栄養士は完全配置しますということで給食を再開したわけです。
 そんなことで、給食というのは、栄養士を入れて、そして調理師も大体一人が百食程度の取扱数。現在、国の基準というのは非常に貧しいわけです。これなんか昭和二十九年ですか、それから一歩も甘ていないわけです。東京都は大体全体的に一人ふやしておりますけれども、まだまだこれは足りないわけですね。やっぱり食数に見合った人員を入れて、もう少し教育にお金をかけるということを考えていただきませんと、やっぱり子供を大切にするということにならないんではないでしょうか。
 それから、私たちの給食というのはそこで何とかいきましたけれども、自校方式でも問題がないわけじゃありません。とにかく大量購入とか、それから共同献立とか、こういうことを区の方で押しつけてくるわけですが、これはやっぱり栄養士さんが裁量を持っておりまして、栄養士さんが自分で献立を立てて、そしてちゃんとしたいいところで、地場のものを、新鮮なものを、しゅんのものを購入して、そしてそれを調理するというのが理想的なわけです。しかし、それがどこでつくられたか、いつつくられたか、何が入っているんだか、加工品で、添加物の冷凍加工調理食品という、そういったものをどんどん使うような、そういう給食ではやっぱり残されるものが多いわけです。
 ですから、私どもは、見合った人員で、施設、設備を十分にして、そして栄養士をちゃんと入れた、そして適正規模の学校であれば、六百人ぐらいの学校で、そして、十分食堂形式もこちらの要求するような形で――つまり、いつもどうも、していただく場合はお任せになっちゃうと、非常に中途半端な、都合の悪いのが多いんですけれども、自主性をこちらに持たせていただいて、ちゃんとこちらの企画したような形でやってもらう。やっぱりそういうことができれば、食堂があれば、本当にいい給食になるんではないでしょうか。
 教員の負担が少なくて済むとか、あるいはお金が安くて済むとか、それから衛生的であるとか、いろんなうたい文句は大変センターつくるときにはよかったんですけれども、実際にふたをあけてみると、センター給食はまずいところだらけで、お金は高くついているし、大体練馬なんかも調べてみますと、自校方式に比べまして一校当てにして大体四倍半お金がかかっている。ですから、単年度で一つのセンターをつくるということが非常に自治体の負担になります。一応補助金が出ておりますけれども、やっぱりそうじゃなくて、一つずついいものをちゃんとつくっていくということの方が私どもとしては望ましいわけです。あわてて一遍につくってもらっても、いいものができなければそれは何にもなりません。子供のためにならないわけです。
 とにかく、親たちの反対運動ということは、もうこういうふうにして、教員と一体になって何とか成功したわけですけれども、とにかく中身がおなかがすいても食べられないというふうな、そういうしるものがセンターでは出たということですね。
 それから、体育の教師が結局給食が食べられない。食べられないというよりも、生徒と食べたんでは足りないというわけですね。それで、教室へ行かなかったということで担任をおろされるというような事件もいろいろあったわけですけれども、生徒と同じ分量のものを、同じような脂っこいものを、年をとった教師もつき合わなきゃならない。しかも、それがその区におる限り、その学校におる限り、だんだんと中学生は卒業していきますけれども、何年でもそこでつき合わされるというのは、これはやっぱり体の関係もありますので、これはどうかな、やっぱりもう少し中身をちゃんとしたものにする必要があるのではないでしょうか。
 それから、教育が不在、とにかくセンター給食というのは教育の一環と申しますけれども、非常に教育的でない、物を短時間で運んで、そして遠くから声をかけて、味が濃かった、薄かったという声は届かないわけですよ、場所が遠いわけですから。ですから、全然声の届かないところから給食を届けてくる、非常にこれはまずいわけです。ですから、こういう自分のところでつくらないセンター給食というのは、これは非常に教育的でないわけです。教育的でないということはまだほかにもたくさんありますけれども、とにかく教育不在ということはセンター給食で一番強調できると思います。
 それから、学校給食会のことですけれども、一時私ども虫ボロになったパンを手にしまして、これはパン屋が不届きだと実は最初思ったわけです。ところが、そのパン屋さんを区の方に言って取りかえてもらったわけですけれども、ところが、今度は評判のいいパン屋さんにいったはずなのに、そこから届けられたパンがまた虫ボロのパンがやってきたわけです。そこで、私どもは一体粉とか、つくるとかいうのはどういうふうになっているのかよくよく調べてみましたら、学校給食会からその粉が届いていて、そのパン屋さんがだめになったら、今度は次のパン屋さんへその残った粉がまた輸送されていって、同じ虫ボロの粉でまたそこでパンがつくられていたと、こういうことだったわけです。ですから、学校給食会というのは一体粉というものをどういうふうにまぜているのか、一体それをちゃんと吟味してくれているのか。私どもは結局給食のパン、学校給食会の作品、そういういろいろな配送されるものに非常に不信感を持つわけです。できれば、栄養士さんが自分の場所で、そういう遠いところで全国的につくられたような、たなざらしじゃないと思いますけれども、いつつくったかわからないようなものでなくて、説明のつくものをやっぱり食べさせてもらいたい。親としても教師としてもそれは当然のことで、学校給食会というのは、そういうところに政府がお金をうんと使って、いろんな人たちがそこで高給をお取りになる。こういうことは私は言いたくないんですけれども、余り給食会というのはほめたところではなさそうに思いますので、ぜひこれはつぶしていただければと思っております、つぶれないかもしれませんけれども。健康会というのは私は非常に不信感を持っております。結局これは目をごまかすようなものでして、それだけのお金があれば各学校に栄養士を入れるぐらい、全国でどれくらいの学校があると、それに年間どれくらいの予算が要るのか、飛行機一つか二つか落ちるようなのを買わなくって、学校の子供たちが本当に幸せになればその方がいいと言ってもいいんじゃないかと私は思っております。
 それから、ことしのお正月ですか、栄養士さんのお話でネズミが出た話があるわけです。コロッケの粉にネズミがまじっておったわけです。これは北海道の方から取り寄せたジャガイモの粉で、お湯を入れたらすぐコロッケになれるようなそういう粉なんですけれども、結局問い合わせてみると、いやイモの粉に入っていたんじゃなくて、それは外の袋に入っていたんでしょうと言うんですが、ネズミは別に隠れんぼうして袋に隠れるわけはありませんので、やっぱりその粉の中に入っていたんじゃないかということで、栄養士さんたちはもう型にはめる寸前にその六万円からの給食をほかしてしまって、急遽取りかえたという話があるわけですが、そんな遠いところでそんなふうなものを使わなくても、小まめに自分の学校で、標準の学校であれば手づくりでできるわけなんです。センターであるがゆえにそういうところで加工したものを取り寄せなければ、短時間でこしらえて、そして配送しなきゃならないというそういうセンター給食でなければ、十分にコロッケぐらい手づくりできるわけなんです。そういう意味でセンターが余りにも加工食品を使い過ぎる。
 それから私どもの学校でもホウレンソウの中から虫が出ました。それで、一人の子供が声を立てますと、クラス全体がもう食べなくなってしまう。そのホウレンソウの虫のためにセンターの方から急遽人が来たんですが、これはセンターじゃなくて業者が来ました。来年の三月まで待ってくれと言うわけです。あしたからでもホウレンソウのちゃんとしたのを出せと言いますと、これは三月に年間のホウレンソウの買い付けをやって、一キロのこうり詰めにしてあるわけだから、それがなくなるまではとにかくそのミミズは出ますと、こんなふうなわけで、センター給食というものの現実というのはこういうことなんでございます。ぜひひとつよろしくお願いいたします。
 そこで私どもは、要するところセンター給食というのはこういうふうなものしかできないということと、それから栄養士はとにかく自校方式にして全校に配置してほしい。それから、施設設備を十分にしてほしい。そして、調理師さんは人数に見合った、一人百食以下の手数のかかるそういう人数で、つまり千人の生徒ならば十人というふうな形でもって、そして栄養士を余分に入れる、これが一番の最低の線だと思っております。そして、学校給食会というのは、これは健康会に化けさせないで、とにかくつぶしてもらいたい。お願いでございます。よろしくお願いいたします。
○委員長(片山正英君) ありがとうございました。
 次に、雨宮参考人にお願いいたします。
○参考人(雨宮正子君) 雨宮です。
 いまお二方の発言の中にもありましたけれども、学校給食の現状が非常に問題が多くて、私は母親ですけれども、全国のお母さんたちと一緒にとにかく子供のためによい給食をしていこう、豊かな学校給食を求めていこうという立場から、いまから五年前に豊かな学校給食を求める全国研究交流集会というのを結成して、以来五年間全国集会を開いてきました。
 こういう中で、いま前者二人の方がおっしゃったように、センターが多くて、そして自校方式を求めていくにもなかなかそれが追いついていけない。そしてさらに、単独校であっても一括購入で自分たちが選べないとかさまざまな問題がありますので、そういう中で、きょうのこの文教委員会で私たちの願っていることを聞いていただけるということは本当にうれしいと思っています。私は、そういう立場で母親の代表なわけです。
 私が学校給食に関心を持ち始めましたのは、もうずいぶん古いことで二十年以上前なんです。子供が小学校一年に入ったときに、まず、子供がとても弱かったので、どうしたら子供が丈夫になるかということを考えて給食の問題を一生懸命やってみようと思いました。そして給食委員を受けたわけです。この給食委員を受けたときに、その学校は自校方式でしたから、調理員さん、栄養士さん、それから先生、私たち父母と一緒になって給食の献立をつくり、子供の栄養を考え、そして地元の業者と一緒に話し合って残業のない給食をつくってきました。私は、その中で、母親でしたけれども、たくさんのことを学ぶことができたわけです。
 こういう立場で見ますと、いま二人の方がおっしゃった学校給食の教育というのは、子供の食だけではなくて地域の親にも教育力を与えてくれるんではないか、そういう意味から、学校給食が本当にすぐれたものだということをしみじみ感じていたわけです。
 ところで、最近見ますと、日本の子供たちの食事というのは大変悪くて、一番先におっしゃった田中先生のお言葉にもありましたけれども、全国の子供たちに総合的に栄養を考えていくというようなお話があったわけです。いま日本の子供たちの現状を見ますと、成人病の低年齢化とか、それから肥満児が多いとか、さまざまな問題があります。
 先日、十月の十三日、NHKでアンケートをとった報告がありました。これは朝の奥さんたちの見るテレビですけれども、子供たちの食事というのは、量が足りないし、食べたいときに空腹感を持っていないし、食卓にいつも大人がいないということで、本当にそれは子供たちが豊かな食事をしていないということをあらわしていると思います。これは母親の責任ばかりではなくて、母親たちが働きにいかなければならない実態をもあらわしていると思いますけれども、そういう貧しい子供たちの実情の中で、学校給食というのは、子供にとって一日に一食であろうと大切な生活であり、そしてそこは教育の場だと思うんです。そういう給食の場を本当に大切にしてほしいという願いで、お母さんたちと一緒に五年間研究してきました。
 この中で最近、きょうを機会に私はちょっと読ませていただいたので「学校給食研究」という本があって、そこで文部省の保健体育審議会の前田充明先生が書いていらっしゃるんですね。日本の食べ物というのは本当にすばらしいんだ、日本人の食というのは本当に世界でもすぐれているんだというふうに書いてありました。また、それから少し先にいきますと農文協――農村文化協議会が発行している「日本民族の自立と食生活」という本がありました。それを見ますと、日本民族というのは本当に世界でもすぐれた体力を持っていたということをドイツの医学者が明治の初期に述べていたんですね。これを見てみますと、本当にすぐれていた日本人の体力が、いまの子供たちの体力とあわせると、どうしてこんなに劣ってしまったんだろうかということを考えるわけです。で、日本人の食というのは本当にすばらしいんだけれども、最近の欧米化した食の中で、高血圧がふえたりいろんな問題が起こっているんじゃないか。そういうことを考えると、学校給食の中でもっともっとしっかりした日本人の食文化を教えてもらえないだろうか、そういうような日本人の食を学校給食の中に入れてもらえないだろうか、そういうふうに考えるわけです。
 それを考えていきますと、二番目に私が言いたいのは、学校給食会というものがどういう役割りを果たしてきたかということをきょうの機会に述べたいと思います。
 まず、学校給食会の歴史的な動きを見てみますと、やっぱりいま前者の二人の方がおっしゃったように、センターがどんどんつくられてくる中で給食会もどんどんふえてきたと思います。で、どうしてそういうことを言うかといいますと、私は千葉なんですけれども、千葉市の小規模校の小学校の例を見ました。そこでは毎日手づくり給食で、加工食品を使っていません。ところが、大規模の小学校の自校方式を見ますと、一回だけなんですね。同じ十二日間の統計をとってみましたら、一回だけが手づくりで、あと全部加工食品が入っていました。同じく中学校のセンター給食を見ますと、毎日加工食品が入っていました。ということで、センター給食は調理時間が短いということもあって、どうしても加工食品を使わざるを得ないわけです。ということと、大規模の小学校ですとどうしてもやっぱり手がかかる食事がつくりにくいということもあって、加工食品を多く使っているということがあるわけです。で、このセンター化とそれからだんだん学校が大きくなってくることとあわせて考えてみますと、どうしても簡単な加工食品が使いやすくなってくる。で、これは学校給食会の方から回されてくるわけです。
 なぜ回されてくるかというのを見ますと、私は千葉県の学校給食会に行ってみました。で、五十四年度の供給内訳表をもらったんですけれども、それは百品目にわたる加工食品をこの中でストックしていますということで見せていただきました。で、母親たちが一番いやがる調味料ですね、化学調味料などもしっかり入っていたということがあります。ということで、それらはすべて各県の学校給食会を通って回ってきます。で、日本学校給食会が主要四品目といって、輸入肉とかその他の肉などを扱って、あとのものは余り扱わないということを言っていますけれども、実際はタケノコのかん詰めとかその他、輸入かん詰めなどが回されてくるわけです。
 高知県のお母さんが言っていましたけれども、自分の地域はタケノコの産地なのに、どうして自分の子供たちに新鮮なタケノコを食べさせてやれないんだろうかということを言っていました。そこの地元はセンターでしたから、もちろんタケノコはかん詰めのタケノコを、輸入かんを食べているわけです。こういうことですから、私が願っているのは、本当に日本人の食というのは、日本人であるからこそ郷土の食を大切にしてほしいと思うわけです。
 ところが、日本学校給食会とそれから各県の学校給食会を通してくるのは、大手のメーカーのものばかりなんです。どうして大手のメーカーのものばかりかと言いますと、小さな業者は大量な品ぞろえにはついていけませんから供給することができないわけです。で、宇治の調理員さんが言っていましたけれども、宇治ではいままで自校方式の場合でしたら自分の地元で買えたけれども、これが統一献立一括化ということになりますと、大阪の方の大きな業者がてんぷらを運んでくると言っていました。ということを考えてみても、本当に小さな業者はこれにはついていけないわけです。学校給食会が地域の学校給食の供給を一手に引き受けるということは、地元の業者をも圧迫することになるんだということがよくわかると思います。で、政府はそういうところに対して年々予算をつけてきました。昨年の二月に予算委員会でこういうことが出ていました。三百人の人を雇って、そして二億五千万のお金を使うならば、それはもっと地元の業者に任せたらいいんじゃないかという質問があったときに、主要四品目を流通するためにも、ほかの品目は減らすから何とか存続させてほしいということを国務大臣が答えていました。ということを見ても、日本学校給食会の果たしてきた役割りというのは大きな業者を温存するためにあったのではないか。いま前の方がおっしゃったように、調理員や栄養士が自主的に選べないような品目が回されてきている、そういうことの不自由さが非常にあるんではないかと思います。
 あと五分しかありませんので飛ばしますと、そういう中で、三番目の問題点として今度出されてきた法案の問題があります。
 私は、この法案の、健康会と給食会の合併要綱というものを見せていただきました。一昨日いただいたので詳しく全部読み切ってはいませんけれども、法案の要綱の中で、十九項目ある中で給食に関することは三項目ですね。価格とそれから物資の供給と補助金のことしかないんです。私たちが一番願っているのは、学校給食は教育なんだということなんです。給食の本当の精神というのは、地元で生産したものを、子供たちが、どういうふうにして生産されてきたか、自分たちがそれを食べることはどんなことなのか、自分たちが全人格の発達をしていくためにも食はこんなふうに大切なんだということをしっかりと給食の中で同じ物を食べながら一緒に研究し合っていく。そういう中で人間関係が育ち、そして明るい人間関係の中で非行もなくなっていくんではないか。私は、そういう立場で見ますと、十九項目の中でわずか三項しかなく、あとは、何というんですか、安全会の方のことが重点的に書かれています。これでいったならば、文教委員の先生方にぜひお願いしたいのは、学校給食は教育なんだという立場に立って、もっとしっかりとしたものをつくっていただきたい。実際、千葉県の長生郡睦沢市では、そこは過疎の農村なんですけれども、校長先生がこの過疎の子供たちに自信を持たせるために、何とか食を通してみんなしっかりしたものを植えつけていきたいということから、村の予算の八〇%をも使ってランチルームをつくってもらった。教育にはお金がかかるけれども、子供たちに自信を持たせるんだということでランチルームをつくり、そこでは八人一組で先生も一緒にお昼を食べています。子供たちが献立からそこの地域でとれる野菜物からすべていろいろ研究をして、栄養士さんと一緒に献立をつくっています。そういう中で非行が全くないんです。子供たちが生き生きとしてクラブ活動をしていて、みんな元気で勉強をしていました。そういうのを見ますと、本当に教育にはお金がかかる。ただ行革の数字合わせだけの合併ではなくて、本当に子供たちのために考えられるような給食のあり方を考えてほしい。そういう意味からも、私はこの法案を見ると心配になってきたわけです。
 最後ですけれども、二十周年を記念して一括化の献立、全国一斉統一献立てカレーライスをつくって、そしてデザートは何々をつけて、副食は何々という指示がおりているのを見せてもらいました。私はこれを見て本当に驚いたんですけれども、こういうような一斉に何かを食べさせなければならないということじゃなくて、本当にそれぞれの地域でそれぞれの地域の持つ本当の味を子供たちに教えてあげたら、子供たちも、それからまたそこの地域のお母さんたちも、それから地域の生産者も農業者も、すべてが一緒になって地域ぐるみの教育をしていけるんじゃないか、地域ぐるみの教育と同時に給食がつくっていけるんじゃないか、そういうことを考えるわけです。そういうときに全国一斉統一献立ということで出てきたということは、本当にこれは人間を、日本の子供を画一的にしようとしているんじゃないか、そういう意味で危険なものを感じています。という立場から、ぜひ子供たちのために、ぜひ皆さんですばらしい給食をつくっていただくために、私たちの願いをくみ入れていただけたらと思います。
○委員長(片山正英君) ありがとうございました。
 以上で参考人からの意見の聴取は終わりました。
 これより参考人に対する質疑を行います。
 なお、参考人の皆様には、各委員の質疑時間が限られておりますので、大変恐れ入りますが、簡潔にお答えくださるようお願いいたします。
 それでは、質疑のある方は順次御発言願います。
○小野明君 田中参考人にお尋ねをいたしたいと思いますが、センター方式も自校方式も、いろいろな工夫をされて、これもいいもんだというふうなお話がございました。
 そこで、田中参考人はセンター方式と自校方式とどちらが本当に子供や母親に喜ばれる給食がつくれるというふうにお考えなのでしょうか。
   〔委員長退席、理事世耕政隆君着席〕
○参考人(田中信君) ただいまの先生の御質問でございますが、結論から申し上げますと、私はどちらも子供のために有用であるというふうにして実施されているものであると思います。すなわち、センターで実施いたしております市町村も、単独校でできるならば、もうすでに単独校で実施されているものでございますが、なお、反対にもかかわらずセンターでするということでありますので、私はそれぞれに子供にとって大きな意味を持っていると思います。そうして、続けてセンターにつきまして意見を述べさせていただきますと、先ほど来お三人の参考人から給食センターについての数々の御批判がございました。私はそれを伺っておりまして、全国のセンターで実施しております設置者、それから栄養職員、調理員、そのほかボイラーマン、配達をする運転手に至るまで、どんなに悲しむだろうと、こんなにまで一緒に子供たちのためにがんばっているのにそれが伝わらないというその悲憤の声が聞かれるようでございました。しかも、非行にまでつながるという御意見でございまして、恐らくそれは前の前の練馬区のお話でございまして、いまではそのようなセンターは全国にはないということを、私は全国各地を歩きまして断言させていただいてもよろしゅうございます。なぜなれば、センターではいま子供たちへの輸送という、その欠点から子供たちは温かいものがおいしいんだと、これは調理されたものをすぐ食べるのが最もおいしいわけでございますから、それをいかにして埋めるかということは二時間十分というのが大体一番遠い配送でございますが、その中で二重食かんを使い、それぞれの三クラス、四クラス分をコンテナに詰めまして学校に配送されますが、温度の差は実際にそこで調理して九十何度というものを詰めましても十度程度までにこぎつけております。それは単独校でリフトで給食前に上げましても、どうしても三十分ないしそれに近い線で上げておかなければ作業上困るのでございますが、それと同じ単独校では一重食かんでございますし、コンテナに入っておりませんから同じように下がっていく。その温度が下がるというのは学級で配食されるというところに工夫が必要ではないかと思います。そのように、私はセンターにとってこれは大変に悲しむべき御意見が陳述されたと、そういうふうに思っております。
○小野明君 西山参考人にお尋ねをいたしたいと思います。
 いま田中参考人からお話しになりましたのは、センターで御苦労をなさっている人たちのそういう御努力というようなものはだめだと、こういうことではないと思いますし、センターで働かれる皆さんも大変高温多湿の中でそれこそ厳しい職場環境で働いておられるわけですよね。だがしかし、子供に喜ばれるのは、統一献立とかあるいは全国一斉のカレーライス給食とかそういうものでなくで、手づくりの自校方式がより豊かな給食になる、こういう御意見だったと思います。さらに自校方式をよりよいものにするためにはどういう点をお考えになっておられるでしょうか。
○参考人(西山千代子君) 先ほどのお話の中で御説明をちょっといたしておりましたけど、手づくり給食ということを言っておりますのは、給食は、食事でございますので、家庭で食べている食事がそのまま学校でも食べられる状態を私は最良の状態だと思っております。そのために、センターの方たちはそれに努力をされていることはわかります。まして自分がそこで働いている身であれば、そのことを悪いことのために努力しているというふうには思いたくないのはもう当然だと思います。しかし、そのこととセンターをつくって進めることとは別でございまして、悪いことはなるべく早くよい方に向けたいというのが働いている栄養士の人たちが本当の意味で自覚したときの考え方だと思っております。現に、武蔵野市の給食センターの中では、小崎さんという栄養士の方が、センターではだめだとセンターの中で働きながら一生懸命告発をなさり、また、いい方に向けようという努力をなさっていらっしゃいます。そのことを考えますときに、そういう意味の取り違えは、働いていらっしゃる方は決してしないと思います。
 手づくり給食の中身でございますが、やっぱり野菜一つを切りますにも、時間に追われますと裁断機という機械を使いますから、やっぱりくずはたくさん出ます。タマネギなどを切りますと水分のいいところは全部落ちてしまいます。それから、形はいつも均一のために、見た目にも美的感覚はどんどん損なわれていきます。二重食かん云々と言いますけれど、二重食かんは保温だけのためでございますので、余熱がその後も働きまして実際に学校に着いたときには、機械で痛めつけられたジャガイモが高温で処理された上に二重食かんの中でまたゆで上げられて、実際に子供が食べるときにはぐちゃぐちゃの状態ができているんです。そのことを見逃してはいけないと思います。やっぱり一番心配なのは、危険なものを食べさせたくないという考え方なのでございます。これが抜きになりますと、はっきり言いまして加工食品の中身というものは素材が全然わかりません。どこかの工場でつくられて持ってきたものです。しかし、私はホウレンソウの端まで自分の手で確かめたホウレンソウをゆでて渡したいと思いますし、もしコロッケをつくるなら、本当の意味で手づくりでなくちゃいけません。それから、ポッテというような形をとっておりますけれども、ポッテの加工される間にネズミが飛び込むような状態では困ります。ジャガイモをその場で処理してつくるのは、家庭でもそれから学校給食の場でもやっていかなきゃならないことだと思います。特に、いま農薬の害などをたくさん言われておりまして、私千葉に住んでおりますが、実際にお百姓さんのうちに訪ねてまいりますと、自家用の畑というのを持っておりまして、農協用というのは別でございます。あれでなくてこれを売ってくださいと言ったら、これはうちの家のものだという言い方をします。それくらいにお百姓さん自身が知っていらっしゃるのになぜそういう話になるのかと思います。地方も落ちてまいりますし、もう方向転換をしなければならないということがずいぶん叫ばれておりまして、私はそういう無農薬の野菜だのなんだのを使い始めましたのも子供のためにならないから始めたのでございますので、それはだんだんと実際の自分たちの生活の中で見詰めていかなきゃならないことだと思います。きっと先生方のお宅では無農薬の野菜も大分入っていらっしゃるかに伺っております。でしたら、どうぞ学校給食の中でも子供たちにそういう危険性の少ないもの、害のないもの、疑わしいものは絶対に給食の中に入れないという態度でひとつ給食を進めていただきたいと思います。
○小野明君 加納参考人に二問お尋ねいたしたいと思います。
 一つは、いま加納さんは、自校方式の場合は千人に対して調理員は十人、栄養士は一人と、それ以上ないと完全ないい自校方式はできないというふうにお述べになりましたね。そのほかにこうしてほしいという点があれば簡潔にお願いしたいのと、それからもう一つは、学校給食会が大量に物資を押しつけてくるということをお述べになりましたね。これはどういうものを押しつけてくるのか、学校現場としてはそれはお断りいたしますと言うわけにはいかないものかどうか、その二つです。
○参考人(加納敏恵君) 調理師の件ですが、大体最低百食は手づくりができるだろうという、ですから千人を超えた場合はとにかく五百人ふえなければ一人調理師はやらないぞというふうな、それが四百人にしましても大ぜいになればなるほど非常にやりにくくなってくるわけです。とにかく最低でも百人ぐらいはできるだろうと、それ以上になりますと、もうコロッケつくるにしても大変忙しくなってきて間に合わなくなるということが出てきますので、限られた時間で手づくりをやるにはやはりそのくらいが一番いいんではないか、こういうことでございます。
 それから、ちょっとここのもう一つの学校給食会が押しつけるということではなくて、私は、そういう意味ではなくて、学校給食会から物を買うということは残量が多いという意味で、学校給食会のものはつまり安いということが一番の魅力になっているようですけれども、決して親は安いものを望んでいるわけではなくて、安全でいいものを望んでいるわけでして、だから安いということは中身が安いものしか使っていないということは、損してまで商売できませんので、結局そういうものを親は望んでいない。ですから、学校給食会というのはもうちょっとちゃんとしたものでない限り私ども買いたくない、しかし教育委員会は、うちの学校は学校給食会のものを買うのが量が少ないようだから、よその学校と均衡をとるためにもっと買ってはどうだというふうな上の方からのあれがあるらしいので、そういうことはないようにしてほしいということはあるわけです。それとなく申し上げますけれども、なかなかその辺が栄養士さんの若い方だとかあるいは何となく教育委員会にいい顔をしなきゃいけないかなというようなときには苦しいところがあるようですので、その辺をもうちょっとしっかり、栄養士さんでもコケが生えてれば大丈夫なんですけれども、その辺が心配なところがあるわけなんです。
○小野明君 よくわかりました。
○本岡昭次君 四人の参考人の方にそれぞれお尋ねしますが、給食の問題で大きく国会でこれから取り上げられるであろうと思われるのが、第二臨調が学校給食を民間委託にしてはどうかという事柄があるわけです。この委員会でもずいぶんそのことを論議をしましたが、給食の第一線におられる皆さん方、またそのために大変勉強し、またよい給食を子供たちに与えるためにがんばっておられる参考人の皆さん方からして、学校給食を民間委託するということが給食を教育的に見るということだけでなく、学校給食そのものの存在の問題とかかわって、皆さん方はどのようにお考えになるのか、端的にひとつお答えいただければありがたい、このように思うんです。賛成とおっしゃるか、いやそれはだめだとおっしゃるか、いかがでしょうか。
○理事(世耕政隆君) それでは順次に、田中参考人から、簡潔にお願いします。
○参考人(田中信君) ただいまの先生のお話でございましたが、私が聞きましたところによりますと、第二臨調での御意見は、全部を民間委託にするのではないと、ある運転手とか、輸送とか、ボイラーというような一部分を民間委託にして民間に活力を持たせてはどうかというような御意見があったやに承りました。
 それはそれといたしまして、私は民間委託云々ということの前に、なぜ市町村が民間委託を考えるのか。もしそういうふうな臨調の先生方が民間委託ということをお考えになったらば、なぜ民間委託を考えられたのかというその原因を知って、その原因はどこにあるのかと、その原因が私ども現場の栄養職員なり調理員なりの努力が足りなくて、それで民間委託にした方が子供にとってより効率が上がる、すなわちおいしい食事ができるということであるのかと、その辺のことをまず知りたいと、そういうふうに考えているわけでございます。でございますので、ただいまの先生の御質問の中身のいい悪いという前の原因そのものについて私どもは考え、もし私どもが至らないということであるならば、そして民間委託にするということであれば、私どもは全力を挙げて子供たちのために改善し、がんばっていかなければいけないという所信でございます。
○参考人(西山千代子君) 私は民間委託に全然反対でございます。
 それは、民間委託というものは、民間委託を考えた人の頭の中に学校給食は教育だなんてことは一つも入ってないからだと思います。特に、たとえばもし学校の教師に、教育を民間委託すると言ったら何と言うでしょう。そんなばかな話があるでしょうか。私にとって、給食というものは三十何年も一生懸命やってきたつもりでございますが、教育の本質的な中身があると思えばこそ努力をしてきたわけでございますし、たしか栄養士の本質というものは栄養指導であったと思っております。それで、民間委託をする人たちの考え方の中には――私は小平の市議会で取り上げられたというお話を聞きまして、その中でいろいろと運動された方に伺いましたが、議員さんたちの中にはお金が安いからいいじゃないかという話しかなかったそうでございます。決して教育という言葉もありませんし、子供においしいものを食べさせるという話もなかったそうでございます。で、子供の教育だと言ったら、あっけにとられた顔をして、いや、給食は教育委員会では予算の関係で話しているんだという話だったそうでございます。そういう話で学校給食を取り扱われては、私たちにとっては本当に自分の生涯をかけた給食を否定されたような気がしまして、大変腹立たしい思いをしております。そして、民間委託にするのがお金のためだけであったならば、それはもう何にも学校でやる目的がなかったはずですし、そして内容的に考えるなんという考え方がないとすれば、民間委託を言い出した人自身の、何と言うんでしょうか、子供の立場が全然なかったんだというふうにとって、大変私は腹が立っております。
○参考人(加納敏恵君) 私は、民間委託というのは、これは教育として最も悪い立場になると思います。と申しますのは、私は、食べ物というものは安全ということが一番最初にくるべきものだと思います。見せかけとか、安いとか、手がかからないとか、そういういろんな立場の人の領域を超えて、子供がどうだということを最も中心にして考えられなきゃならない。その場合に、見せかけだけとか、あるいは安いからとか、手がかからないとか、そういうことで子供に供されるとしたら、私はこれは教育の一環として絶対に許されるものではありません。それで、加工食品が多様化ということになりますと、結局添加物でいま子供の体がどうなっているか。いま十五歳を頂点としまして子供のがんが非常に急増しております。そして骨折だとかあるいは背骨が曲がるとか、とにかく形は大きくなっても、筋力の弱い、体の弱い子供が激増しております。成人病が子供の中にいっぱい入ってきております。奇形児がさらに上昇を続けております。一体日本人はどういう形で消滅していくんだろう。世界じゅうから日本人の食べ物について興味しんしんとして見守られている中で、いろんな加工食品が三百三十四種類、とにかく添加物が野方図にこれは抑えられないでどんどん広がっていっています。これを見ますときに、私たちは本当に安いからといってこれは絶対に業者に任せるべきではなくて、やはりちゃんとした学校のことを考えた、とにかくもっと良心的にできるところ、利潤というものを超えた、利潤というものを追求しない場でやはり良心的につくられるものでなくてはならないというふうに考えております。
 以上です。
○参考人(雨宮正子君) 私も民間委託は反対です。学校給食というのは母親と台所を結ぶものだと思うんです。台所というのは学校の炊事場のことであり、学校というのは母親の信頼する場だと思います。そういう点からいっても、業者にそれを委託するということは、本当に母親の信頼を業者に売るということになると思うので、そういう立場から反対します。
 具体的に言いますと、千葉県には相とそれから流山に仕出し弁当を委託しているところが――中学校の給食を委託しています。そこでは、一見豪華な献立ですけれども、それは本当は、たとえばギョーザなんかにしても一個ごろんと入っているだけで、実際のところは献立と実物とは大違いということで、子供たちの評判がよくなくなって、だんだん注文する数が減ってきました。五〇%ぐらいになったところが業者が教育委員会に泣きついてきました。それについて業者の方に一食二十円の補助を市が出しています。五〇%の子供に市が補助をするということは、学校給食、教育としての給食を考えた場合にも、また教育として機会均等の保障されている立場から考えてもこれは問題だということが一つ言えます。
 それからもう一つは、働いている人の委託の問題があります。これは臨時職員という形になっていますけれども、たとえばこの臨時職員の方は土曜日は出勤しませんから、センターの場合ですと前日に野菜物の処理をしておきます。ということで、土曜日は出ませんから、金曜日に野菜物の下ごしらえをしていくということで、三日前に給食の下ごしらえをしていくようになるわけです。ですから、栄養価の点も落ちていくということがあります。ところが、金曜日が連休だった場合には木曜日にやっていくということがあって、非常にそれは問題じゃないかということで、さっきセンターで働いている人はお気の毒だというのがありましたけれども、本当からいって、働いている人たちも同じ仕事をしているんだから同じに賃金が保障されなければならないし、権利が保障されなければならない。そういう立場からいってもこれは問題じゃないか。私はそういう三つの点からいって、民間委託は教育ではないという立場から反対します。
○山東昭子君 加納参考人にお尋ねいたしますけれども、先ほど給食の内容がまずいということをおっしゃいましたけれども、私も最近食べてみましたけれども、私たち自身が受けていた当時は、確かにその当時は脱脂粉乳でしたし、それから献立あるいは材料、こういう点でも大変貧困だったと思うんですけれども、最近は非常にバラエティーに富んでいいなあと目をみはるばかりだと思うんです。また、私のおいやめいを初めとしまして、全国のいろんな子供たちに学校給食をどう思うかと質問してみますと、みんなおいしいよとか、楽しみにしているんだ、いつもおかわりしちゃうんだなんというような答えが返ってまいりまして、多くの子供たちが私は満足していると思うんです。また、お母様方にいろいろ伺ってみますと、働かなければ生活していけないというお母さんたちの中に、私たちがこうやって仕事ができるのはやっぱり学校給食のおかげですと、また給食を一生懸命たくさんおかわりして帰ってくるとおかげさまでおやつも食べなくて済むし、おやつ代も余りかからなくて本当に感謝していますなんとおっしゃる方もありますし、あるいは子供が非常に偏食ぎみだったのが給食を通して偏食が直ったとかあるいは丈夫になった、こういう声を聞きますとやっぱり学校給食というのは大変意義があると思うんですけれども、先ほど加納先生、非常に教育目標というものを掲げて、やっぱり学校給食というものは教育だということを盛んにおっしゃいましたけれども、そうした学校給食を通じての教育の中に、やはり日本の社会というものは非常に豊かなんだと、豊かだからこれだけ食生活が豊富なんだと、世界に目を向けてごらん、世界の四十数億の人たちの中には、子供たちだけじゃなくて、大人だって本当にコップ一杯の水さえも飲めない、あるいは食事もできずに飢えに苦しんでいる人たちがたくさんいるんだというようなことを学校で教えていらっしゃるのかどうかということを伺いたいと思います。
 私は子供たちのためにもちろん学校給食というものが充実していなければいけないと思うんでございますけれども、最近の子供たちの中には何か欲望のおもむくままに行動している子供たちが多過ぎるような気がいたします。小さいときに欲望を抑えることができなかった人は非常に不幸であるとカントも言っておりますけれども、やっぱり子供たちのただわがままを助長するだけの学校給食を通じての教育であってはいけないんじゃないかなあというような気がするわけでございます。
 また、先ほど加納参考人が何かミカンが余りおいしくないから屋根にぶつけるんだとかなんかということをおっしゃったのは、どうもそういうところに結びつけるのはちょっと残念だなあというような気がするんです。やっぱりそういうことをした子供たちを諭して、そして正しい方向に導いていくというのが私は教育ではないかなというような気がするわけでございまして、そういう点はどういうふうにお考えかなと思いましてお尋ねするわけでございます。
○参考人(加納敏恵君) 私が申し上げましたのは食物、つまりお弁当ですね、食べ物に足るだけの内容に達してないというその限度で私は申し上げているわけです。つまり、人間の食べる物というのはやはり幸福感がなくちゃいけません。いまはとにかく非常に豊かな日本になっていて、それが戦前のあるいは戦後の間に合わせ給食から考えがずうっとそれを足場にして現在の給食が成り立っているわけです。貧しいんですね。非常に精神構造が貧しいところで成り立っている学校給食が、とにかく与えるという、一定の安ければいいだろうというものから成り立っているだけでして、中身が非常に子供たちの水準から見れば、家庭の食べ物から見れば、段違いに中身が乏しいわけです。そういう意味で、もっと政府が補助金を出すなり、あるいは自治体が何とかもっと中身を豊かにするような補助金を出すなり、そういうことを手だてをしてくれればもっとおいしいものが、そして豊かなものが、残さず食べられる、安心のできるものが出るんじゃないかと、私はそういうふうに思っております。結局、ぜいたくで言ってるんではなくて、食べるに足るだけのものを出してくれていないのがセンター給食だというふうに申し上げているわけなんです。ですから、ちゃんとした調理師で、ちゃんとした学校で自校方式をちゃんとできておれば非常においしいものができる。こういうものを小学校で食べていて、中学校へ来てセンター給食になったときに悲劇的なことが起こってくると、こういうふうに申し上げているわけなんです。
○山東昭子君 田中参考人にお尋ねいたしますけれども、学校給食会の役割りというものについて八千人いらっしゃる栄養士の方たちの現場ではどのような評価がなされているんでしょうか。それをまずお伺いしたいと思います。
○参考人(田中信君) そのことにつきましてお答えさせていただきます。
 まず、日本学校給食会が全国的な規模で学校給食の食事内容の向上ということに焦点を合わせまして、給食担当者、すなわち栄養職員も調理員も給食主任もと、それぞれの担当者の研修を全国的な規模で行って、そうして全国お互いに足らざるを補うというような気持ちで、どのように力を尽くしたならば子供の望ましい学校給食、豊かな学校給食を実現できるかというその研修の場を提供しているということが第一点でございます。このことにつきましてはなかなかほかの機関では、文部省でもこれはなかなかむずかしいものでございまして、文部省にかわるべき機関といたしまして日本学校給食会の果たす役割りの一つであると思います。
 次に、物資でございますが、先ほど来るるお話が皆様からございました。物資の安全性の問題でございます。このことにつきましては、大人と違いまして、成長発育期の抵抗力のない子供でございますから、厚生大臣が許可いたしました添加物でもなるべく少ないものが望ましいということで、大変充実した検査機関を持っております日学給が物資を選定いたしまして、この物資は大丈夫であるという折り紙がつくということが私ども現場にとりまして――現場では私ども一栄養職員は逆立ちしてもその検査機関を持っておりませんから、単純なことでございましたらできますが、そうでない本格的な検査はできないのでございますから、私ども個々にかわって物資の安全性を確かめてもらう検査機関を持っているということでございます。
 それからもう一つ、先ほど来もございました教育は機会均等でございますから、どんな遠い山間僻地といえども給食をやっているところには物資を届けなければなりません。民間でございますと莫大な輸送費がございまして、それはその物資にかかっていくわけで、そういうところの市町村は零細でございますから、なおさらのことでございます。そういう場合にも、日学給の物資は全国同じ同一価格で、日本じゅう、いかなるすみずみまでも配送することができます。
 なお、その物資は優秀で、栄養的にも十分に満たされていて、安全で、衛生的で、その値段もしかも安いと。値段の安いということは民間をリードしているということでございます。すなわち、民間のあるAという食品にはこの添加物を入れたと。一つの例を挙げますと、どれでも、チーズでもバターでも結構でございますし、どのような加工食品でも構いませんが、ところが日学給の選定物資にはそれが入っていないと、しかも値段が安いというときには、それにならって民間も入れないと。値段も、たとえば千円で流通したものが、日学給は千百円で売っていだけれど、価格を下げて流通させるというように民間を物資の面でもリードしているということでございます。
 以上でございます。
○山東昭子君 先ほど加納参考人がもっと予算をかければおいしいものができるんだということをおっしゃいましたけれども、私ども町で、レストランで食事をいたしましても必ずしも値段の高いものがおいしいとは殴らないわけでございまして、何かその意見にはちょっとどうかなというような気がするんですけれども、実際に現場で働いていらっしゃる田中参考人といたしましては、お金をかけなくてももっと内容的に充実する工夫というものはどういうふうにしていらっしゃいますか。
○参考人(田中信君) かければかけるほどいいというものでないことは食事内容も全く同じでございます。また、調理員も別にいまの数が充足していると、それで十分だと言っていることではございませんが、たとえばの例で、調理員が多ければ多いほど手の込んだ優秀な中身ができるというものではございません。私は、食事内容と申しますものは、一にその調理に携わる人間の心が第一でございます。でございますので、まず第一に、値段という前に栄養職員なり調理員は子供たちのために一心不乱にがんばるということを前提といたしまして、まず値段の点でございますが、先ほど来、日学給の使命ということで申し上げましたが、一つの物資を購入いたしますのに単独校でちょぼちょぼちょぼちょぼ買っておりますと、これは当然値段が高くなってまいります。けれども、年間または半年、三カ月という長期見通しを立てまして、そうして物資を計画購入する、まとめて買うということであれば、これは自然と値段は下がってまいります。しかも、その日暮らしと申し上げては失礼でございますが、そのときそのときに購入してまいりますと、非常に農産物などは値段の上下がございます。けれども、まとめて前に買い付けをしておいて、そうして値段を安定させるということでございますれば、私どもは給食費を上げたり下げたりということをしていないわけでございますから。きちっと何年かの見通しをつけて給食費を算定しておりますから、それに合わせた物資を調達できるということでございます。すなわち、現場でまず工夫しなければならないのは計画的な購入という面でございます。
 それからもう一つは、値段の点では良質なものを廉価に手に入れるという努力もなされなければならないと思います。当然、一般に流通しておりますものよりも一番いいものを子供に食べさせなければならないというのは、これは国民的な使命でございますから、いいものを安くというのは、またまた話はどうしてもそこに行ってしまうので、私は特にそこを言っておるわけではないのですが、日学給とか都道府県給食会とかまたは民間の三者が手を組んで、そうして子供たちのためにということを考えて、そうして現場の栄養職員、調理員と手を組んでいくならば必ずさほど高い給食費を出さなくても現状の中で工夫できるのではないかと思っております。
○山東昭子君 いま、ちょっとおっしゃいましたけれども、その二つの会が統合することによってどんな点に期待をなさいますか、あるいはこんなところがメリットがあるんだというようなところを……。
○参考人(田中信君) 安全会と給食会が一緒になるということは、私最初の陳述のときにも申し上げましたが、子供の教育そのものが切り離せないということでございます。それから、諸先生方が、私はちょっと、国会の先生方の御審議の状況を読ませていただきますと、どの先生も、これから目指す日本学校健康会はいままでのようにただ安全会は給付だけやっていてはいけないんだと、ただし、安全会はいまは指導も行っておりますが、給食会もいまよりも一層子供の健康にかかわるものを積極的にやるようにという御指摘をなさっておりますが、私も全くそのとおりで、安全会と給食会が一体になるということは、すなわち子供の健康そのものに真っ正面から取り組む施策を次から次へと行えるのではないかと。食べるということと安全ということはいろいろな面で、一々私が申し上げるまでもなく、この場ですでに御審議されているとおりでございます。
 以上でございます。
○山東昭子君 ありがとうございました。
○大島友治君 田中さんにひとつお伺いしますが、給食センターは先ほど来も非常にほかの諸先生方の批判が強いように私も聞いておったんですが、しかし、やはり田中さんのお話の中にも給食センターのあり方については一生懸命努力しているんだと、しかもできるだけこれは教育ということに結びつけるような方策も考えておるんだと、努力しているということをおっしゃっているんですが、さらに具体的にはどんなように給食センターの欠陥を補おうとするような御努力がなされておるか、ひとつ二、三の事例でもありましたらお願いします。
○参考人(田中信君) それでは、教育である学校給食ということの実現のためにどのように努力しているかということの点について申し上げます。
 子供が見ていないところで調理されている、調理員が子供の顔を見ていないところで調理をする、そういうところが、お互いの心がつながらないというところが一つ教育に欠けているものであるというふうに指摘されております。そのことを埋めるためには、学校では子供に社会科の授業として、または学級指導の授業としてセンター見学をしばしば行うようにいたしております。ああ、こうやって私どもの食事はつくられているんだな、大変だな。ああ何通りもたくさんのお食事が一遍に同じものがさっとできるんだと思ったら、そうじゃない。あそこではああいうお料理、ここではこういうお科理、こっちではこういうお料理と、二通りにも三通りにも分かれてやっているんだなというような認識、それから先生方もセンターを見るということによって、いままでは何やってんの、この給食はとかいうような御指摘も、ああ大変だなというようなお互いにいたわるという気持ち、またセンターの方では調理員も子供の顔を見ておりませんから、もう仕事そのもの、極端に言えば弁当づくりというようになってしまわないためには、始終学校に行って子供たちと一緒に自分たちのつくった食事をするということによって、ああ、こういうふうにやって、つくるときにはこういうふうに思っていたけれども、実際におさらについでみたら、案外いろんなものが一緒になっていたんだな、ああ、これはこういうふうに今度は工夫しよう、皆さんどうですかというようなことで、子供たちと一緒に食事をするということを努力の中に入れて、そしてそれを補っていく。また栄養職員は自分の立てた献立がどのように実施されているかというようなことでしばしば学校を訪問する。また訪問だけではなくて、お互いに交換お手紙というようなことをいたしまして、食かんの上に、きょうはこういうところに気をつけてつくりました、皆さんいかがですか、お返事をくださいと書いて、こうのせますと、それが学級にいきますと、学級にある紙に、どうもおばさんありがとう、きょうはこんなとこでとってもおいしかったよ、きょうはこうこうだったけど、今度はこういうふうにしてくださいというような交換お手紙等々いろいろな、そのような配慮を持って調理場とそれから学校の離れた間を埋めるということを行っております。また、栄養職員はしばしばそれぞれの学校に出向きまして、校長、給食主任、給食担当者等から子供たちの状況を聞いて、どのように配慮したらいいかというようなこと、また児童朝会の指導、それから年間計画に沿った栄養指導等も行って、教育である学校給食ということに一心不乱になっておるのが実情でございます。
○大島友治君 ありがとうございました。
 次に、西山さんにちょっとお伺いしたいんですが、材料ですね、非常に無農薬というか、有機質のものでつくったとか、要するに自然食というか、非常に健康にいいんだということで物資の調達に当たっておられるようですが、これは確かに自校方式の中ではやりやすいと思いますが、センターになりますというと、量も大きいからなかなか調達できないというような心配もあるんですが、自校方式にしましても、それは、環境に恵まれている場合は、調達の条件がある場合はいいと思いますが、なかなかこれむずかしいんじゃないかと思うんです。
 そこで、先ほどもお話がございました、いわゆる加工食品にいたしましても、厚生省で一応規格のちゃんと定められた、検査に合格したものを日学給の方でも検査場を通して全部点検してやっているようにも私も承っておるので、あえていまの無農薬の農業による生産物とか、そういうものばかりを調達するというのは非常に私は困難な問題じゃなかろうかと思うんですが。そういう点については、やはり普遍的にどこででもこれは自校方式でやるべきだというようなお考えなんですか。それとも特定な先生のところなんかは地域の環境からしてそれが調達できるから、そういうことなんですか。考え方としては私はりっぱだと思うんですけれども、非常にむずかしい現実の問題があるんじゃなかろうかと思うんですが、どうなんですか。
○参考人(西山千代子君) 確かに現状では問題がそんなに簡単でないことは存じております。しかし、以前に小麦粉をMSA協定でパンに切りかえて、学校給食はパンでなければおかしい、パンを食べると頭がよくなるというような方式で、学校給食に携わっている私たちはみんな一生懸命パンを食べさせたものでございます。いまここへきて御飯だ御飯だと騒いておりますが、学校給食というのは大変影響の大きいものだと思っております。それで、有機農法の野菜をいいものだとおっしゃっていることは、きっと議員さんも認めてくださっているんだと思いますが、それを前提に置いて考えますときに、物資の調達の多寡ではなくて、やっぱりそういう方向づけをしなければ学校給食というものの目的というものがすっきりいかないんじゃないかと思っているんです。実は、農林中央金庫のようなところで研究いたしておりますが、あそこの先生方の御意見でも、地方の落ちた日本の農業についてはやっぱり有機農法に戻るべきではないだろうかという思考があるそうでございます。
 そうなりますと、私はすぐさまとは言いませんが、やっぱりそういう改革をすることで、学校が求めていくことで、日本の農業も変わっていくという部分があるんではないかと、そういうふうに感じております。決して全体が変わる中で安住して変わるんではなくて、やっぱり学校給食が教育という目標を達成するためにはそういう変革を常に目指してやってきたんだと思いますし、これからもやっていかなければならないと思います。一番肝心なことは人間としての生き方の問題だと思いますので、それは生産者の方たちも数少ない中で、この二、三日に全国の交流集会などをやって一生懸命勉強していらっしゃいます。はっきり申しまして、いま残念なことに、ずいぶん昔の話でございますが、金肥がはやりまして有機農法を捨てました。そのときに金のないお百姓のところではやっぱり有機農法のやり方が続いていたわけでございますね。それが続いていたところでは相変わらずそういうものが伝わっていって、いいお野菜ができているのでございます。それを捨てて金肥に切りかえたところでは、いま有機農法がやり方さえ伝わらなくなっているんです。これはやっぱり自然に戻るという考え方の中ではいまからでも遅くないから早く戻していくというような方向に全体で協力していかなきゃならないと思っております。いまは果物だのなんだのというのか、それから卵のようなもの、そういうものはすぐ切りかえられるわけでございますね。それから肉のようなものも、屠殺場でやっぱり検査をしましたときに、病気のものでも肉については余り問題視しないで、病気のところは別にしてやっているという話でございますので、私はやっぱり、病気ということは、牛や豚でも血液もリンパ液も回っておりますので、その辺はどんどん考え方を変えていかなきゃならないんじゃないかと思っております。
 なぜそういう言い方をするかというと、いまの状況の中で、健康を保つということが私たちにとっては一番大事なことで、それ以外のことは余り重要でないというふうに私は思っております。それがやっぱり学校の中で、教育と言いながら教育の教える方だけが進んでいって、育てる方が失われてきた過程があると思うんでございます。で、やっぱり、無農薬野菜をただ単純に食べている状況だけで判断せずに、無農薬野菜を使うことの意味合いをもつと本当の意味で考えて学校給食で取り上げていくべきだというふうに思っております。
○高木健太郎君 いま四人の方々の御意見をいろいろお伺いしました。田中さんのお話は、私、初めのところをちょっと聞き落としましたのでよくわかりませんでしたが、ほかのお三人の方のお話を聞いてましてびっくりいたしました。率直のところ、私、給食というのはいいんだ、体位も上がったし、いろいろよかったということを聞いておりましたら、ネズミが出てきたりミミズが出てきたり、あるいは農薬で悪いとか、いろいろな悪いところがずいぶんございまして、心の方にもよくない、教育にもよくないと、私がいままで聞いておりましたお話とは全く天と地ほど違ったということで、この方面には私素人でございますけれども全く驚いたわけです。で、田中さんの方では、いや学校給食によってずいぶんよくなった面があるんだというようなお話してございますから、何かこれはどういうふうになっているんだ、一体全体どうなんだというように私率直にそう思うわけです。ただここで、田中さんの方は、学校給食で大ぜい一緒にやってもいいところがあるんだというような説を少しとっておられるようだし、ほかのお三人は、いやもう千人以上はいけないんだ、何というんですか、百校方式ですか、そういうものの方がいいんだと言う。こういう議論というのは私余り片一方に固執するとよくないんじゃないかと思うわけです。それぞれ本当のことをやっぱり言っておられるんじゃないかなと私は思うわけです。また両者とも、これでなければいけない、こちらには欠陥がないんだ、そうおっしゃっているんじゃなかろうと思うわけです。そうでないと、これから学校給食を続けていくというときに、給食なんてなしにしようというような極端な説になりますと、やっぱり自校方式ぐらいならいいということになって、給食そのものが悪いとかいいとかでなくて、そのやり方におのおの問題があるからそこを改良していこう、それでよくしていこう、そういうことに今度の給食会と安全会を健康会にしようというその根拠があるように、まあいままでの委員会で乱そういうように承知しておるわけです。そういう意味では、よければやればいいじゃないか、だから文部省の方にも、余りお金を倹約せぬで、これは単に行革で縮めるというんじゃなくて、子供の教育あるいは健康というものは非常に重要だから、だからお金のかかるものならかけなさい、私はそう言っておるわけです。
 そういう意味で、私がそういう気持ちを持っておるということで、ひとつこれから申し上げることにお答え願いたいと思います。
 私、その二つの方式を聞いてますと、ちょうど、私は医者の端くれでございますが、公衆衛生的に全部をひっくるめてやらなきゃならぬ医療もあるわけです。しかし最近では、個人には個人差があるから、一人一人を見ていく、そういう医療がいいんだ、こういう考えもございますが、最近では、その両者を包括して、そして医療というのは行うべきである、こういう説が私は一番いいと思っております。ここにおいての皆さん方もそれぞれ顔も違えば着ておられる洋服も皆違う。だから、学校給食でもう全国一斉に統一食をやるんだ、それを朝から晩までなんといったら、これは私もとんでもない話だと思うんですね。かといって、それじゃ一人一人やるということもこれ大変な労力と金がかかるんじゃないかと思いますから、この中間で何かいい説がないかということをひとつちょっとお考えをいただきたい。これ皆さん後で御感想をお聞きしたいと思います。
 それからもう一つは、たくさんやるとどうも悪くなるんじゃないか、個別にやれば、弁当的にお母さんがつくったような手料理でやればいいものができる、それで安いんだ、両方反していることがあるわけです。私は、一人じゃ食えぬけれども二人では食えるという話もございますし、御飯もたくさんで炊けばおいしいけれどもひとり者が御飯炊いてもうまくないという話もあるわけです。そういうことで、必ずしも少ないからいい、それから多いからいいとも言えないんじゃないか。千人ということ、これ非常にそういう意味では重要な単位の一つになっている。だからもっと、千人と言わないでたまには全部弁当を持ってこさせる日をつくるとか、そういうことも織りまぜる。あるいはたまには全体が統一的に食べてみる、それで自分はどれくらい残したとか、そういうことも参考にしてそれで全体を一緒にやってみるとか、いろいろ取りまぜるということの方が私は大事じゃないかと、こういうふうに考えるわけですが、この点についてはどういうふうにお考えかということです。
○参考人(西山千代子君) いまのはバランス論に聞こえてちょっと不思議だったんでございますが、多いことには限度がございます。小さいことにも限度がございます。私たちが言っている一定の人数というのは、やっぱり規模を考えなけりゃならないという主張でございます。その中では、大体小学校の規模で日教組の方でも言っておりますように、十七学級から十八学級ということが大体いい線だというふうに思っております。それ以上に大きくなりますと、施設設備の点からも大変無理がまいります。それから、一人が平均して受け持つ分量についても、先ほど多くなればうまくいくんじゃないかという話とはまた違うんでございます。やっぱり内容的にどこまでやれるかという話も入ってまいりますので、一定の数字がやっぱりあると思います。ただ、先ほどからのお話の中で全国一斉に食べてみたらどうかというようながまん比べのようなことでは私は困ると思います。もし食べるならば、そこの学校で一番好まれるものという言い方をしましたけれども、やっぱり学校の自主性が最初に出てこなきゃいけませんし、もし調査だとかいろんなことがあった場合に、そのためにという話は一度ぐらいはあるかもしれません。しかしそうでなくて、何の目的がはっきりしないままに、ただ味を統一するようなことでやられるのは困りますし、もう一つは、カレーライスといいますと私の学校は手づくりでございますから、ルウは全部自分のところでつくっております。しかしどこかでは業者の喜ぶ場面もあるわけです。たとえばカレールウのでき合い品を買いますと、一斉にそれが売れるという状況をつくるわけなんですね。まさかそんなことを学校給食会がねらっているとは思いませんし、私は学校給食会から最小限度しか買っておりませんので、カレールウが売ってあるかどうかということは、前に売っておりましたからきっと売っていたと思いますので、そういうことのはけ口を考えているのかと思ってちょっと不満でございます。子供が好きということは、カレーは好きかもしれませんけれども、全国統一の献立のカレーというようなものは私には考えられないところがございます。
○参考人(加納敏恵君) 結局私は少数でできるだけ食べ物は身近なところで、時間的にも、そして人数も身近にということが私は理想だと思います。食べ物は余り時間を置かない、そして大規模にならない、そして子供のいわゆる状態に合わせた、ですから低学年と高学年ではもちろん大きさも量も違うわけですし、女の子と男の子でも違いますし、それからまた地域によりましても、市街地とそれから農村、漁村でも、またその味の面でもいろいろな嗜好が違うわけです。ですから、その場その場に合わせて地元のもので調理ができるならばこれにこしたことはない。ですから、私はセンターとかあるいは学校給食会とかいうところからとったりつくったりするということは私は不賛成なわけです。
○参考人(雨宮正子君) 私もいまの二人と同じ意見です。私の地域では自校方式で、栄養士さんが一校一名いらっしゃって手づくり給食です。本当においしくて、学校の給食の方が家庭の食事よりもおいしいと言うくらいです。カレールウなどもみんな調理員さんが手づくりでつくってくれています。ですから、そういう形でいきますと、給食会から物を購入するということはなくなってくるわけです。さっきおっしゃった、一人じゃ食えないけれども、たくさん吹けばおいしいということで話がありましたけれども、その言葉と関連づけて考えますと、たくさん買えば物が安いんじゃないかという考え方に通じると思うのですけれども、その考え方の中にちょっと問題を感じるわけです。と言いますのは、一括購入というのがありまして、一括購入というのは大量に買えば安くなるように思いますけれども、実は品ぞろえの点から問題があって、ほとんど食品の内容を献立の内容から見てみますと、冷凍食品が多くなっています。これは横浜市の例ですけれども、二百九十校、二十九万食が統一献立なわけです。ここではバナナ一本そろえるについても保存のために冷凍庫に保管をしてもらわなければなりませんので、保管料から一切ひっくるめますと、バナナ一本の値段が市販の値段より高くなるということで、どうしても冷凍のミカンとかが入ってくることになるわけです。そのほかの点でも、品ぞろえの点から加工費がかかっていますから、普通の自校方式で千人単位以下で物を買うのよりも高くなっている。こういうことを考えていただくと、やっぱり大きいということは給食に限ってはそれほどよくないんだということが言えると思います。そういう点から両者の方と同じ意見です。
○高木健太郎君 どなたがおっしゃったかちょっと忘れましたけれども、最近子供にも成人病だとかあるいは奇形児、骨折、肥満児あるいはがんなんかが多くなったと、そういうことまでも何か給食に関係があるような発言に聞こえましたが、私がもし聞き損なっておれば訂正いたしますが、そういうふうにお考えでございますか。あるいは給食がどの程度にこれに関係しているとお考えですか。
○参考人(西山千代子君) 私は学校給食が全部の責任を負うとはちっとも思っておりませんけれども、一端を大きく片棒を担いでいるんじゃないかというふうに思っております。なぜかと言いますと、加工食品が流行してこんなにはやるのも、結局学校で食べさせられたから、同じ物を家庭で食べるという状況が子供たちにあるわけなんです。その中で加工食品がどんどん広がっているという現状もございます。ですから、そういう意味では、そういう実態がお医者様なんかの発表にございますから、私は一端は担いでいるというふうに思っております。
○高木健太郎君 一端があると皆さんお考えだと思います。それは一端がないことはなかろうと思いますが、しかし一面では非常にそのためによくなったという面もあって、こういう病気というのはそう簡単にこれが原因だとは私は言いかねるんじゃないか。私、前にもここで話したことがあるんですけれども、実は今度健康会ができるわけですね。ところが給食会と安全会という二つのものが一緒になる。ところが体育なんかは抜けているわけですね。そういうことでは健康の会という名前が恥ずかしいんじゃないかと、だから先ほどもおっしゃいましたように、これからは体育の先生もお医者さんもいろんな方が一緒になって考えなければ健康というのはうまくいかないと、私はそう思うのですが、それについては一番初めの田中さん、どうお考えですか。
○参考人(田中信君) ただいまの先生の御発言のとおりでございまして、健康というものは一つの部門だけでは解決のできないものであるというふうに私も考えております。
 先生、ちょっとよろしゅうございますか、先ほどのお話のことで。――先ほど高木先生が物事の考え方として、右か左かということは、そういうことはあり得ないという、人間社会にとってはこちらかこちらかというようなことはないという御指摘でございましたが、私は全くそのとおりでございまして、たとえば添加物のある食品は毒であるというような極端なことは、これは言うのを避けなければならないと、そういうふうに考えております。
 また、それぞれの子供を尊重した給食をする必要があるのではないかという御指摘の点についてでございますが、このことにつきましては私も全く同感でございまして、個人を尊重する給食ということでぜひ私ども栄養職員も努力いたしておるものでございますし、また心臓なり、腎臓なり、肥満なりという子供につきましては、そのかかっている病院の栄養士とも連携をとりまして、個人栄養についても、学校給食の場で栄養士は担当していかなければならないと、そのように考えております。
○高木健太郎君 もう時間もございませんので、最後にちょっとお聞きしますが、いろいろまあ健康というのがいま非常なトピックになっているわけですけれども、それじゃ運動をどれぐらいしたらいいのか、栄養は本当はどういうのがいいのか、それについてもいろいろの説があるわけでして、これは医学の進歩が皆さん方の要求に追いついていないと、そういうふうに私は思うんで、いろいろ説があるということは実際は定説がないということになろうかと、その点私は医学者の責任じゃないかと思うんですけれども、子供さんがいろいろ希望を出されて、こんなミカン食べられるかというふうに捨てられたとかいろいろございますが、味がやっぱり悪い、冷たい、いろいろ要求があると思うんですね。それはセンター方式でおやりになっても自校方式でやってもあると。その場合に、私、何か安全会と一緒になったからその二つはきっとよく一緒に討議をなさるんでしょうが、これから先、まあ医学もしっかりしていませんから、お医者さんも入れる。あるいはこれから、いままで経験なさった方、栄養士の方、調理師の方、そういう方がお集まりになって審議会のようなものをつくるということを私は非常に提案しているわけですね。そういうものを、そこで決まったものを下から上に伝える。しかも、それがある程度の権威をもって伝えるような組織というものを、私今後つくるべき必要があるんじゃないかと。特に給食、安全と二つが一緒になって健康ということになれば、もっと広い意味で健康を考なければいかぬ。そうなったときには、いまの給食と安全だけじゃなしに、さらに大きな形の審議会というものを必要とすると思いますが、皆さん方は、子供の希望を上に伝えると、あるいは父兄の言い分をいろいろ伝えると、そういうものとしてどういう組織を今後考えようとされているのか、簡単にお答えいただきたいと存じますが、今度はそれじゃ雨宮さんの方から。
○参考人(雨宮正子君) 私は、いまの意見、本当にうれしいと思います。
 で、私たちは、学校ごとに父母と教師と栄養士と調理員と、それから地元の生産者も含めた給食委員会というのがあればいいなということをいつも思っていました。ですから、学校ごとにそれがつくられて、それが一つの市でまとまって、上に掌握されていったら、本当に具体的にみんなの声が吸い上げられていくんじゃないかなと思います。
 そういう立場から、上からと下からの結合という点でそういう審議会がつくられたら本当にうれしいと思っています。
○参考人(加納敏恵君) 私も同様でございます。学校ごとの、そういった学校、教師、そして親、それから業者、それから調理師、栄養師、そういう関係者の話し合いの場が持てて、そしてつくる側のための添加物というのはもう学校給食からは要らないんだと、つまり見せかけのようなもの、買ってくれんがためのいろんなお飾りというものは給食ではもう要りません。そういう無用の添加物を除去できます。
 それから、洗剤も合成洗剤のようなものを使わないで、石けんで、安全な作業のできるようなそういう形にできる。これは地元でやればできるということなんですね。
 そういうふうにして、みんなで安全なもの、そしていいもの、センターはそういうことが全然できないわけですから、だからそういう意味でみんなで考えて、そして要るところにお金を使っていく。たとえば、手を洗おうにもカランが少ないんだと、そういうことにお金をかける。つまり、私は、給食の中身ばかりじゃなくて施設設備に十分な対策を講じるということもやはり話し合いによってできると思います。そういうことであれば、私は学校給食会というのはそういうことにお金を使わないでどんどん地方分散して、そして栄養士を入れて、そういうところの会にこそお金を回してもらえたら、これは本当にいいのができるんじゃないかと思います。
○参考人(西山千代子君) 私は、ある意味で組織というものを余り信頼しておりませんので、大変申しわけないんですが、学校給食会がいまだかつて一番末端にいる栄養士の意見を尊重して聞いてくれたことはございません。で、そのために大変悩まされた思い出はございます。
 それで、性格的にそうなのか組織上がそうなのかよくわかりませんけれども、私の学校の中では、私は話し合いをすることが一番だと思って、それは十分にやるつもりでおります。しかし、それが上に伝わるという話には、私はある意味ではいままでの生涯の中で大体絶望しております。
○参考人(田中信君) 日本学校健康会の計画運営ということにつきましては、有識者を初め設置者、また学校現場のそれぞれの担当者の代表ということで計画、運営されるということが今後子供たちの健康にかかわる総合的な施策を推進できるということにつながるというふうに考えております。
○佐藤昭夫君 きょうは参考人の方々御苦労さまでございます。
 私の持ち時間は十五分ですので、できるだけ重複を避けて少し私も御質問いたしたいと思います。
 まず、雨宮参考人にお尋ねをいたしますが、冒頭の陳述の中でいろいろ参考人が、豊かな学校給食の実現を求めて議論をしたり調査もしたり運動もしたり、その一端の御紹介があったわけでありますが、本当に子供にとって役立っていくような学校給食をつくり上げていくために、特に今日時点で国や自治体、まあ文部省や都道府県の地方の教育委員会というふうに置きかえてもいいかと思いますけれども、そういう国や自治体に要望をされる点はどんな点でしょうか。
○参考人(雨宮正子君) 私たちが全国のお母さんたちと一緒に研究し、交流し、そして豊かな給食を求めていくという上で本当に国や自治体にお願いしたいことがたくさんあるわけです。
 で、一番お願いしたいのは、やっぱり子供を主人公にして、子供たちが健やかに育つような、そういう教育を実現してほしいということが一番なわけです。で、子供たちの全人格の発達という意味からも、学校給食がいろんな教科と関連しながら、子供が自分の生きていく力をその中でしっかり身につけてほしい、そういう給食を望んでいるわけです。
 それを望んでいく上から言いますと、さっきからいろんな論議が出ていますけれども、学校給食というのはやっぱり自校方式で、調理員さんや栄養士さんの心のこもった手づくり給食が一番いいわけです。なぜかといいますと、たとえば小さい学校でしたら、学校じゅうで春、ヨモギを摘んできて、学校じゅうににおいがあふれるような車もちをつくって季節の味を楽しんだというのが京都の方から報告されていました。
 こういうことで子供たちが自然に学び、そしてそこの地域で生きていく力を学んでいく、こういう給食をつくってもらうのには、やっぱりセンターではできないわけなんです。で、いろんな状態が自治体にあってセンター給食をつくっていくということがありますけれども、私たちがセンターの給食と自校方式の給食施設との計算をしてみますと、どう考えてもセンターの方が高くつくわけです。要らない人件費がかかったりいろんなことがありますから、センターの方が高いということがあるわけです。それをよく自治体の人も研究していただきたいんですね。
 私は船橋にいますけれども、船橋で中学校の給食という話があったときに、栄養士さんがセンター給食は本当に問題があるということを私たちに話してくれたんです。最初は私もセンターでも給食はあった方がいいじゃないかというふうな説に賛成していましたけれども、その話を聞きますと、栄養価の点から、そして子供たちに教育として与える点から、すべての点から言ってもセンターは問題があることがたくさんわかりました。それで、センターではなくて自校方式のということで一生懸命運動をして、以来ずっと続けているんですけれども、いま実際に見ますと、センターが全国で二千三百カ所近くあります。中には二万食以上のセンターが五つもあります。こういうことを見ますと、二万食のセンターといったらまるで戦争のような騒ぎで給食をつくっているわけです。ときには脱水機にかけてサラダをつくるというような、そういうような給食もあるわけです。そういうことを見ますと、やっぱり子供たちに豊かで安全でおいしくて、そして教育としての給食ということを考えると、いまある二千三百のセンターを小さくしてもらいたい。できることなら新設校には給食室をつくってほしい。これはいまから三十年前に、国際公教育会議の勧告で学校給食に対する勧告というのが行われて、日本でも、文部大臣は受けているわけですけれども、それを見ますと、やっぱり自治体が学校給食にそれなりの責任を負いなさいということがあるわけですね。そういう点から言っても、子供たちに豊かな給食条件をつくっていくということは自治体の責任だと思うのです。
 それで、民間委託とかそれから臨時職員の採用とかセンター化とか、今度行革の中で学校給食には名指しで方向性が出ていますけれども、そういうことは絶対にやめて、一つ一つの学校に調理室をつくってほしい。一つ一つの学校に栄養士さんを配置してほしい。また、栄養士さんはいま充当率が全国で五〇%しかありません。一校に一名の栄養士さんを配置してほしい。それから、調理員さんは少なくとも一人百食以下にしてほしい。ということは、百食以上ですと、緑のものは緑に、黄色のものは黄色にという心のこもった手づくり給食をつくっていくのには困難なわけです。調理員さんたちは一生懸命がんばってくださって百六十食でもいい給食をつくってくれていますけれども、それは職業病が多くて大変なわけです。いままでのこの国会の委員会とか予算委員会とか、ずっと議事録を見せていただきますと出ていますけれども、調理員さんの職業病というのは大変なものなんです。そういうことを考えますと、やっぱり百食以下にしてほしい、そういうことが願いです。
 それから、やっぱり私が一番願っているのは、日本の食事というのは世界にもすぐれている食事ですから、地元でできるものは地元で調達をして郷土の豊かな食事を子供たちに与えてほしい。それは。やっぱり日本の食文化を守っていくことだし、私たち大人が子供たちに伝えていく大切なことじゃないかなと思うんです。そういう立場から、地域に根づく学校給食をということを生産者とともにつくっていってほしい。それにはやっぱりセンターではできないということです。センターだとやっぱり品ぞろえの点からいって加工食品が多くなりますし、加工食品の中にはどうしても添加物が入ってきますから、その功罪はやっぱりどう考えても、添加物の中に含まれている燐酸塩の問題とかいろいろな点から考えると、子供の体にいいものばかりはないと思います。そういう点から、少しでも添加物のない食品を、子供に安全な食品を与えてほしい。それから、できればダシのもとは化学調味料を使ってほしくない。これは簡単なようですけれども大変なことで、ダシのもとに含まれている添加物は子供にとってはよくないものなんです。それはやめてほしい。そういう給食をやってほしいわけです。子供たちがビニールの中に入っているジャムやバターを机の上に並べて歯で食いちぎって食べている姿を見ると、お母さんたちは本当にショックを受けるわけです。そういう給食は絶対にやめてほしい。そういうことだとか、それから先割れスプーンとかランチざらをやめてほしいとか、そういうようなことがたくさん願いとしてあります。
 こういうことを考えると、やっぱり地元では一つ一つの学校で給食堂をこしらえて、本当にいい条件で子供たちのためになる給食を地元の父母や生産者とともにつくれるような、そういう献立委員会をつくって、そして私たちが選べる給食をしてほしい。それが自治体や、それから文部当局、皆さんに対する給食を通しての母親としてのお願いです。
○佐藤昭夫君 ありがとうございました。
 ちょっと質問が飛びますのでお許しいただきたいと思いますけれども、田中さんにお尋ねいたします。
 先ほど来、きょうの参考人の何人かの方も触れられていますし、先日、私も当委員会で文部省に質問をしたんですが、一月二十二日に予定をされておる全国統一献立ですね、この全国学校栄養士協議会の結成二十周年に当たってそれを記念をするいろんな事業をやるという、このことについては何も否定もしないし、いろいろ御苦労をなさっておる方々のその御苦労に報いていくための、そういう記念事業が計画をされるということはある意味では必要なことかと思うんですけれども、
   〔理事世耕政隆君退席、理事大島友治承者席〕
問題はその記念事業の重要な内容が全国一斉に――私は何もカレーライスを恨みに思って言うわけじゃないとこの間も言っていたんですけれども、たまたまカレーライスということですけれども、統一献立を一斉に各学校で供していくという、このことが本当に学校給食の本来の目的である地域や学校の実情にふさわしい多様な給食を子供たちに与えていくというこの点から見て一体どうなのか。
 ちょっとおたくの協議会の「学校給食記念週間中の全国統一献立日実施に伴なう会員用資料」という文書を拝見をしたわけでありますけれども、そうしますと「全国統一献立実施に当って」ということで、田中さんの会長名で趣旨のようなものが書かれておるわけですが、その中で「米国では、毎年金米統一献立を、学校給食記念週間中に行ない、大統領はじめ役所でも学校給食と同じメニューのものをたべるということはききました。」と。そうすると、日本も、総理大臣から、役所からそういうものを一斉に食べてもらおうというのが一番理想の姿とお考えになっておるのですか。まあいずれにしても画一的な献立て各学校の子供たちに給食をやっていくという、このことが教育的に見て一体いかがなものかというふうに私は思うわけです。この点についてちょっと田中さんの御見解を聞いておきたいと思います。
○参考人(田中信君) ただいま先生の御質問の、私ども全国学校栄養士協議会で計画いたしております全国学校給食統一献立の件でございますが、先生がいまちょっとお読みになったアメリカ云々というところは、実は表に出しておる文書ではございませんで、これは会員用に――こういう経験が私ども栄養士にはないと、ただしアメリカの栄養士は十八年前に学校給食が危機に陥ったときに広く社会に訴える連動を起こしてこのようなことをしたんだということをちらっと書いておきましたのが、いまたまたま先生のお手元に行きましてお読みいただいたような次第でございますが、私どもがその目的といたしますのは、全国同じカレーライスを小中学校の子供に食べさせようとするものではございません。全国同じ献立、カレーライスをもって、そうしてその学校を母体として広く社会に学校給食の重要性を訴えようとしている計画でございます。すなわち、学校給食というものは何と言っても実施の単位が小中学校でございます。そうして、その小中学校の子供が全国同じ献立て連帯感を持ち、そうして小学校、中学校それぞれの立場でもう一度学校給食の大切なことを考えてみましょうということから発想いたしまして、親にも子供たちと一緒に給食を食べてください、じゃお母さんは学校で一緒に試食会とか、親子給食で同じカレーライスを食べて給食のことを話し合ってください、お父さんは職場でカレーライスを食べてくださいと、こう言ってはおりませんが、こう言おうかと思っているわけでございますが、そうして、さらに親を中心にいたしまして社会に手を広げて、学校給食は先ほども私が述べました中に、二十一世紀を担ってもらわなければならない、そのためには学校給食は重要なんだということを社会のだれにも知っていただいて、ああそうなのか、給食はそんなに大切なのか、弁当でいいと思った、こんなに食糧が余っているからもう給食なんかいいと思ったけど、そうではないんだなあと、心で社会の人々が思ってくださるそのことも給食に大きな力になってまいります。しかも、もっと一歩進んで、いま給食では何を要求しているのかな、ああ、なに、学校食堂を欲しい。いままで勉強したところで、まあそれではゆったりとして楽しい給食、それは無理だと、それでは食堂をつくるように社会の人たちも応援しましょう。または米飯給食をみんな一生懸命推進して子供も喜んでいるけども、食器は依然としてパンのままではないかと、もっと食器もふやしてやろう、それからおはしも使わしてやろう、フライのときにはナイフ、フォークも使わしてやったらどうかというようなことを積極的に社会の方々からも応援していただくというと、そうすれば食器がふえれば、自然とああそれじゃ調理……
○理事(大島友治君) なるべく簡潔にお述べください。
○参考人(田中信君) はい。それでは――というような社会に積極的に切り込むということが目的でございます。
○佐藤昭夫君 もう時間ですから終わります。
○小西博行君 きょうは本当に御苦労さまでございます。実際にやはり現地で毎日苦労されていらっしゃる方々の御意見だけに大変参考になったわけであります。
 きょうの審議の中でいろいろ議論されたこと、特に自校方式と共同方式といいますか、この辺に論議の焦点が当たったような感じが実はしております。ただ、私自身もこの健康会法案については非常に厳しい態度でいま臨んでいるわけでありますが、特に私が考えておりますのは、先ほどちょっと出ました指定物資あるいは承認物資あるいは一般物資、こういう観点からいろいろ議論をいままでさせていただいておるわけです。
 指定物資は、もう御承知のとおり四品目ということで、これは農業政策という一つの面もございます。そういう意味で指定物資については、これはしょうがないだろうという考え方でいるわけです。問題は、承認物資と一般物資というものがございまして、承認物資は二十四品目ありましたが、二十一ぐらいにいま減っております。ただ、私が考えますのに、どうしても給食関係の整備が、国の補助金という形で、だんだん県学給ということで整備されております。そうなってきますと、どうしても県学給の方でも採算性という問題がどんどん出てまいりまして、何としても一般物資に対しても手を伸ばして、大量一括購入してそれを冷凍するなり常温で保管するとかいうようなことでやっておりまして、一般の地元の小さい民間の業者の方々が大変商売上やりにくいと、いままでは近くの学校へ新鮮なものを納めれば子供さんにもいいものを食べていただけるということで大変うまくいっていたんだけれども、最近は大変それがむずかしくなってきているというような御意見をずっと聞いておりまして、これは何とかして近くからいいものを、新鮮なものを供給できるような方式にしてもらいたいというようなことで、いま文部省にいろいろかけ合っているところなんです。その問題に対してはどのようにお考えでしょうか、それをお聞きしたいと思います。西山先生にひとつお願いしましょうか。
○参考人(西山千代子君) 私は、先生のおっしゃるように、やっぱり近所から買うという状況をつくっておりました。そのときには、品物が気に入らないときはかえてもくださいました。現にいまお豆腐を買っておりますが、そのお豆腐のお豆は、ちゃんと精選されたものをということで、卒業生の方だもんですから、大変努力してくださっております。私の言う無添加という状況もつくっていただいていますし、にがりを使ってという意見にもちゃんと賛成してやっていただいています。そういう意味では、私は地域の方が学校の希望するような状況をつくってくだされば、それは大変ありがたいことだと思っております。
○小西博行君 雨宮さんにひとつお願いしましょうか。父兄がどういうように希望されていらっしゃるか、その点もあわせてお願いします。
○参考人(雨宮正子君) やっぱり父兄としては、地元の業者、私が最初給食委員になったころは、お肉屋さんなどが、きょうはこんないいお肉がありますよということで、私が給食委員時代には声をかけてくれたんです。で、地元の業者と一緒に話し合えるということはすばらしいことなんですね。で、いま先生がおっしゃったように、本当に一般物資がどんどんふえていくということで、日本学校給食会が昨年売り上げた額というのは三百三十七億というふうに出ているわけですね。そういうのを見ますと、本当にだんだん一般物資が多くなっていって、さっきも言いましたけれども、地元でとれたタケノコが、子供に新鮮なものを食べさせたいと思っても、センターだと冷凍のタケノコが食べさせられているということで、お母さんたちは本当に嘆いているわけです。そういう意味からいっても、やっぱり地元の業者と一緒に話し合える、地元でつくり出していく給食というのは、給食会から物を卸してくるのではなくて、自分たちが選べる給食が望ましいと思います。そういう点からいっても、いま先生がおっしゃったとおり、やっぱり地元に新鮮なものがあれば、それを入れさせたい。で、長野県の栄養士さんなどは本当に悩んでいて、自分の地元に新鮮な野菜があるのにコンテナで運ばれてきたものしか子供に供給できない、そういう嘆きを持っている栄養士さんが全国に多いわけです。
 そういう意味から、この給食会法というんですか、指定物資についてはいろんな関係もあると思いますけれども、一般物資についてはできるだけ地元に調達をさせてほしい。
 先日、私の千葉県で給食の市民集会を開きました。それは市原市なんですけれども、そこではセンター給食だったんですね。もうたくさんの地元の業者の方が集まってくれたんです。というのは、給食センターだけれども、これから物資は地元で買うように皆さんと一緒に手をつないでいきたいという訴えをしたところが、集まってきたのは地元の業者だったんです。やっぱり地元の業者も地元で生き生きと生活できるようにしてあげるということは、日本の食糧を本当に守っていくという意味からも大切なことなんじゃないかなと、私はそういう立場から、いま先生がおっしゃった地元の業者ということでぜひ進めていただけたらと思います。
○小西博行君 実際に、県学給の方にいたしましても、国の予算でりっぱな倉庫――冷蔵庫を含めて、こういうものがどんどんどんどん年間に一つなり二つなり整備されていっているわけですね。そういたしますと、どうしても大量に買い付けるということに当然私はなってくると思いますね。その場合に、一般の業者もどうぞというような表現はしているわけです、小さい業者もどうぞ品物を届けてくださいと。もちろんこれは入札みたいな形になるもんですから、そういうことでやっておるんだけれども、現実になかなか買っていただけない。もちろん、これは量がある程度まとまったものですから、小さい卸問屋ではとてもじゃないけれども納め切れない。同時に、納めても、たとえば産地から直接買い入れるというような――たとえば私は広島ですが、ミカンなんかは当然そういうことになりますので、そういたしますと、一般の業者はとても入り切れない、この辺を何とかしてほしいんだというような声がもう大変強いんですね。ただ、パーセンテージでいきますと、承認物資そのものは一〇%足らずで金額的には小さいというんですけれども、一般物資の方はどんどん広くなっている。調べてみますと、大体二百とか四百種類とかいうように非常に数がふえているんじゃないかなという私は実感でいるわけですが、その辺のことにつきまして、特に品質面で、きょうの話ではやはり自校方式で近所からできるだけ買うというようなことが品質的に非常にいいんだというふうに聞いておるわけですが、参考までに、いま申し上げたこの県学給、この辺から買い入れたもので大変その品物がまずくてどうしようもなかったと、先ほどメリケン粉の話が少しありましたけれども、そういうものがほかにございますでしょうか。西山先生に。
○参考人(西山千代子君) 実は一度、狂乱物価といいますか、大変値段が上がったり下がったりしまして給食がやっていけないような状況があったことがございます。そのときには、自衛手段として回数を減らすとか、それから回数はちゃんとするけれども購入する物資を何とかやっていくというようなことがあったんです。そのときに対応できたのは、近所の荷店の方が学校のためだからということで平常値段を続けてくださったり、それから今後上がることを見越しながらこの際はという言い方でやっていただけたわけです。学校給食会の対応は大変遅うございまして、大体終わったころに値下げの話を紙でよこしました。大変しゃくにさわりましたし、その下げたということがもう実はやっとやっとついてきているぐらいのことで、あんな値段でしたらよそでたくさん買えます。安いお話だの手に入るお話でしたら、かえって私たちのように古い栄養士ならどこからでも手に入ります。ですから、やっぱり近所の方とか、まあこんなことを言ったらおかしいですけれども、卒業生が学校のためにというような言い方でやってくださることは、私たちそういうことだけを利用してはいけないんですが、ありがたいことだと思っております。
○小西博行君 きょうは文部省の偉い方々も後ろの方でよく聞いていただいておりますので、多分いい方向に進めるように相当考え方も変わったんじゃないかなと思います。自民党の先生方がちょっときょうは少ないんで、むしろ聞いていただきたい方々によく聞いてもらってその方向で本当に考えなきゃいかぬと思うんです。
 先ほどの話にひとつ返りますが、自校方式と共同方式ですね、私も高木先生の御意見を聞きながらさっきから思っているわけですが、本来食事というのはやっぱり家庭が最高だというのは私は当然だと思いますね。家庭の習慣というのもありますし、料理の仕方ということもあります。それよりももう少し大きくなりますと、恐らく子供さんですから学校で学校単位の調理を食べる。それからさらにまた大きくなると幾つかを共同でやっていくというような形にだんだんエスカレートしていく。恐らく原価的に何とか安く上げようというのがやっぱり私は文部省の考え方の一番基本になっているんじゃないだろうかなと、こういうふうに考えておるんですね。しかし、ただ、先ほどの御意見を聞きながら、何か両極端に分かれてしまっているような感じも私もいたします。ですから、恐らくこれから先、自校方式にしても、いやもう少し原価的に安く上げるためにこういう方法、しかも教育的に効果の上がる方法はないだろうかということは当然私は模索されるべきじゃないかなというふうに考えているわけです。同時に、共同方式にいたしましても、まあ悪いものを挙げるときりがないんじゃないかと思いますが、しかし少なくともその単位をもう少し小さい単位でやっていくとか何かそういう方策によって、できれば原価的に安く父兄負担額が少なくて済むような、しかも効果的なそういう方法を私自身は模索するべきじゃないんだろうかなというふうに感じたわけなんですが、その点について田中参考人からちょっとお伺いしましょうか。考え方で結構です。
○参考人(田中信君) ただいま御指摘なさいました先生のお考えどおりでございまして、給食センターにつきましても食数というものの限界というものがございます。普通私ども栄養職員が考えておりますものは五千食というところではないかというふうに考えておりますが、現在大都市では御案内のとおり一万二千、三千、一万五千というセンターがございますが、その場合はあくまでいま言う能力、五千の能力を適用いたしまして、そうして五千単位で献立が立てられるというのが現状でございます。さらに食数が少なければ、それ以下、二千、三千というような単位で幾つかに立てられまして、そうして一つの物資を大量に買い付けるということで、かえって値段を上げるというようなことを、市場でのそういう物価上昇を防いでおります。
 しかも、調理をするということもやはりその能力というものがございまして、一万五千なりもっと多くというようなことであっても五千以下に抑える調理の形をとっているのが現状でございます。すなわち欠点を補ってそうしてやっているということでございます。
○小西博行君 ちょっと私の理解では感じが違いまして、五千単位というのはどういう表現かちょっと私もわからないんですけれども、雨宮さんにちょっとお聞きしますが、そういう実態というふうにおっしゃったわけですね、五千単位ぐらいの共同方式、こういうふうにやっておられるというお話なんですが、私はちょっと理解が違いまして、一万以上のものも幾つかあるというふうに理解しておるわけですが、その点どうでしょうか。
○参考人(雨宮正子君) いま食数に限界があり五千単位だということと、それから小西先生がおっしゃったのは原価を安く上げるという方法でおっしゃったと思うんですね。
 私たちがいろいろと研究してみますと、大量なら安くなるという考え方がちょっと間違っているんじゃないかということをさっき言いましたけれども、実を言いますと、大量の場合には献立をたとえばコンピューターで算出しまして半年単位とか一年単位に立てるわけです。その献立の中で、たまたま五月にイチゴが盛んに出回るときであればイチゴがデザートにつくというのがありますね。とすると、そのときにたまたまイチゴがすごく高い場合があるんです。高い場合でもイチゴをつけなければならないということで、全体からいってひどく高くなるということがあるんですね。それが小規模ですと、地元の業者にイチゴが欲しいと言いますと、いやイチゴよりもきょうは先生トマトが安いからトマトをつけたらどうでしょうかという、そういう融通ができるというんです。そういうことで、非常に大量に一括化して献立を発注するということは高くなるんだということがいろいろなとこみから出ているんです。
 たとえばもう一つの点で言いますと、新鮮な物が集めにくいという、さっきバナナの例を出しましたけれども、じゃバナナでなくてほかの点ではどうかといいますと、ジャガイモなどでは自校方式ですとふかして使えるわけですね。でも、この場合に、大量に一括して買う場合には生のジャガイモではなくてすでに加工された、ポテトにすぐできるようなものが来る。そうすると、その加工賃が三倍かかっていて、生のものを使うよりも三倍にもなっている。それがいろんなワカメとかいろんな点で全部計算してみると、加工費がかかっているから大量に買う場合の方が高いんだということが出ているわけです。これはいまの五千食ならという単位とちょっと私の考え方は違っていまして、コストの点から言うと大量なら安くなるという考え方は問題があるという指摘をしたいわけです。
 それから、五千食が限界だということをおっしゃいまして、文部省の方でも五千食が限界だとよくおっしゃいますけれども、実は千葉県に十一校のところで四校給食をしてないところがあったんですね。そこで全部ひっくるめてセンターでやるということになって、七千食のセンターをつくったところがあるんですね。そこで見ますと、調理員さんの食数は自校方式と全く変わりがなくて一人当たり百六十食だったんですけれども、やっぱりセンターになると調理する時間がどうしても少ないので、七千食でも前日に野菜を処理しておいてそして朝の八時に火を入れて十時に仕上げて配送をするということで、これはセンターの絶対的な隆路じゃないか。そういうことで、食数が少なくてもやっぱりこういう問題があるんだということが実感として報告されているんですね。だから、そういう点から言って……
○理事(大島友治君) 簡潔にお願いします。
○参考人(雨宮正子君) やっぱり大きいということはいろいろ問題があるんじゃないか。心の込もった給食をするのには、小規模の自校であれば地元の人とも話し会えて融通ができるんだ、かえってその方が安くできるんだということが言えると思うんです。
○小西博行君 大変参考になりました。ありがとうございました。終わります。
○世耕政隆君 きょうはやめようと思ったんですが、ちょっと五分ばかり時間をいただきまして……。
 さっきから拝聴していますと、自校方式はもちろん私は非常にいい方法だと思います。それからセンター給食というのも、こういう文明社会の中で出るべくして出てきた方式で、これはやはり日本じゅうに全部給食を行き渡らせようという、そういった努力だろうと思います。で、給食の趣旨というのは、栄養とかいろいろな要素を加味してつくられたと思うんですが、私はその中で、仮に自校方式で千食単位ということで、さっき西山さん非常にいい御発言、りっぱな御意見を出しておられたんですが、非常に私も共鳴をするところが多かったんですが、自校方式の千人単位という給食でも私はかなり大量な給食というふうに考えております。そこで、西山さんのところでも天然自然食品を使うというふうに言われたけれども、千食単位ぐらいになりますと、恐らく――私の想像ですよ、間違っていたらごめんなさい。つまり冷凍とか、食品添加物の入った食品を千食単位の食事に全然使わないとなると、非常に私は逆に危険性も出てくる可能性があると。つまり添加物というのは防腐剤とかいろいろなものが入っていますが、現代において防腐剤の入らない食品というのはほとんどないんで、加工でなくてもそうだと思います。それから、私は腐りかかった魚とか肉を使うくらいなら、よっぽど冷凍の肉とか魚の方が鮮度が優秀だし、すぐれていると思うんで、私は必ずしも添加物、それから冷凍食品を否定するものではなくて、むしろ団体の多数の給食の場合には、よくよく考えた上で積極的に取り入れるべきである。これは集団中毒とか、腐敗とか、伝染病の危険を予防する意味においても私は必要だと思うんです。だから、そういう点でいきますと、自校方式で西山さんのところでおやりになっているやり方ですね、これは添加物とか冷凍食品というのはどのくらいの率でお使いになっていますか。
○参考人(西山千代子君) 添加物というものは、まあ私の学校では野菜はこれは問題ございませんね。それからお肉については、もちろん屠殺場の検査を経たものを買っておりますから、これは問題ございませんね。千人分と申しましても、大体千人分ぐらいは栄養士が一人で一応検収ができます。ところが、千人を超すということになりますと、置く場所さえないほどのセンターの肉の使用量になるわけなんです。そこがネックなんでございます。ですから、千人までだというお話でしたけれども、私の学校ではまずちゃんとした検収をやっておりますので、そういうことはございません。
 それからいま何か添加物の入っていない食品はないとおっしゃいましたけれども、素材としてはございません。添加物の入っているというのはちょっとわからないんでございますけれども、たとえばかん詰めにしてございますね、トマトケチャップなど、あれは添加物が要らないんでございます。ですから、おっしゃるような添加物の入った食品というのはちょっと私わかりませんのでございます。そうすると、素材以外のものということになりますと、おおよそ余り使っておりませんので、おしょうゆにしても、発注してから使うまでの日にちがちゃんと契約がございまして、そんなにたくさん大量に買いません。ですから、夏休みにかけて油断して残したなんということがもしありましたら、それは捨てることになりますので、大変注意しておりますので、添加物の話でひょっとしたらというお話は、私の学校ではちょっと考えられません。第一、学校給食では買ったものはその日処理でございます。
○世耕政隆君 その日処理なんですが、仮にしょうゆでも、みそでも、添加物のないものというのは、いまよく調べると皆無なんで、その日に使ってもやっぱりいろいろなものが入っている場合がよくよく考えると多いわけでございます。その点いかがですか。
○参考人(西山千代子君) おみその中に添加物が入っているというお話を伺いましたけれども、私やっぱりおみそのつくる場所も行ってまいりました。おしょうゆのつくる場所も行ってまいりました。で、目で確かめてまいりましたけれども、添加物は使っておりませんでした。それで、それ以上をせんさくするということになりますと、ついてなきゃいけませんので、信頼関係でやっておりますし、添加物の入ってないことは常識になっております。で、入ってないのがないというお話はちょっと私は信じかねますが。
○世耕政隆君 もう簡単に……。
 ああいうものは大体防腐剤――サリチル酸とか何とかいろいろなちょっとしたものを出荷するときに入れるもので、入れないとカビが生えてきたりなんかしますのでね、カビが生えるのを使うのもまたちょっとこれ問題がありますのでね。
○参考人(西山千代子君) 生えないまでに早く使い切るのが注文のやり方でございますので、そういうことはちょっとないんでございます。
○世耕政隆君 わかりました。
 それでは、もうこれで終わりますが、田中参考人にちょっとお尋ねします。
 さっきセンター給食の人数のことをおっしゃいましたが、これから改善するところとなると、人数以外のところでは調理とか、いろいろな食料品の買い込みとかいろいろありますね。そういうところで、どんな点をこれからセンター給食の中で改善していくべきではないかとお考えですか。
○理事(大島友治君) 田中参考人、要領よくまとめてください。
○参考人(田中信君) センターの給食におきまして皆様方が最も心配になる点は、教育である学校給食をどのようにそこに実現するのかということでございます。そのためには、先ほども陳述いたしましたように、学校とセンターを密着させるという方法でなければならないと思います。密着させるには、いまの現状の中では、まず栄養士の人数が足りません。栄養士は、食事調製とともに、その児童生徒の現在、未来を通しての栄養指導を行わなければなりませんので、食事調製に手いっぱいということではその目的を半分しか達成することができませんので、センターにおきましては、栄養士の人数を増員いたしまして、教育である学校給食の実を一層上げていきたいと、そういうふうに考えております。
 以上でございます。
○理事(大島友治君) 以上で本日御出席いただきました参考人に対する質疑は終わります。
 参考人の皆様に一言お礼を申し上げます。
 本日は、長時間にわたり貴重な御意見をお聞かせいただき、まことにありがとうございました。委員会を代表しまして厚くお礼を申し上げます。
 本日はこれにて散会いたします。
   午後四時五十八分散会
     ―――――・―――――