第101回国会 文教委員会 第5号
昭和五十九年四月六日(金曜日)
   午前九時三十分開会
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   委員の異動
 三月二十七日
    辞任         補欠選任
     柳川 覺治君     徳永 正利君
 三月二十八日
    辞任         補欠選任
     徳永 正利君     柳川 覺治君
 三月三十日
    辞任         補欠選任
     久保  亘君     松本 英一君
     吉川 春子君     宮本 顕治君
 三月三十一日
    辞任         補欠選任
     柳川 覺治君     園田 清充君
     松本 英一君     久保  亘君
     宮本 顕治君     吉川 春子君
 四月二日
    辞任         補欠選任
     園田 清充君     柳川 覺治君
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  出席者は左のとおり。
    委員長         長谷川 信君
    理 事
                杉山 令肇君
                田沢 智治君
                久保  亘君
                吉川 春子君
    委 員
                大島 友治君
                藏内 修治君
                山東 昭子君
                仲川 幸男君
                林 健太郎君
                柳川 覺治君
                粕谷 照美君
                中村  哲君
                安永 英雄君
                高木健太郎君
                高桑 栄松君
                小西 博行君
                美濃部亮吉君
   国務大臣
       文 部 大 臣  森  喜朗君
   政府委員
       文部大臣官房長  西崎 清久君
       文部大臣官房審
       議官       齊藤 尚夫君
       文部大臣官房会
       計課長      國分 正明君
       文部省初等中等
       教育局長     高石 邦男君
       文部省大学局長  宮地 貫一君
       文部省学術国際
       局長       大崎  仁君
       文部省社会教育
       局長       宮野 禮一君
       文部省体育局長  古村 澄一君
       文部省管理局長  阿部 充夫君
       文化庁次長    加戸 守行君
   事務局側
       常任委員会専門
       員        佐々木定典君
   説明員
       厚生省医務局医
       事課長      横尾 和子君
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  本日の会議に付した案件
○理事補欠選任の件
○国立学校設置法の一部を改正する法律案(内閣
 提出、衆議院送付)
○昭和五十九年度一般会計予算(内閣提出、衆議
 院送付)、昭和五十九年度特別会計予算(内閣
 提出、衆議院送付)、昭和五十九年度政府関係
 機関予算(内閣提出、衆議院送付)について
 (文部省所管)
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○委員長(長谷川信君) ただいまから文教委員会を開会いたします。
 まず、理事の補欠選任についてお諮りいたします。
 委員の異動に伴い現在理事が二名の欠員となっておりますので、その補欠選任を行いたいと存じます。
 理事の選任につきましては、先例により、委員長の指名に御一任願いたいと存じますが、御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○委員長(長谷川信君) 御異議ないものと認めます。
 それでは、理事に久保亘君及び吉川春子君を指名いたします。
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○委員長(長谷川信君) 次に、国立学校設置法の一部を改正する法律案を議題といたします。
 まず、政府から趣旨説明を聴取いたします。森文部大臣。
○国務大臣(森喜朗君) このたび政府から提出いたしました国立学校設置法の一部を改正する法律案について、その提案理由及び内容の概要を御説明申し上げます。
 この法律案は、昭和五十九年度における国立大学の大学院の設置、短期大学部の併設及び附置研究所の廃止並びに国立大学共同利用機関の設置筆について規定しているものであります。
 まず、第一は、大学院の設置についてであります。
 これは、これまで大学院を置いていなかった北見工業大学及び図書館情報大学に、それぞれ、工学及び図書館情報学の修士課程の大学院を、高知医科大学、佐賀医科大学及び大分医科大学に、医学の博士課程の大学院をそれぞれ新たに設置し、もってこれらの大学における教育研究水準を高めるとともに、研究能力のある人材の養成に資することとするものであります。
 第二は、短期大学部の併設についてであります。
 これは、長崎大学に、同大学医学部附属の専修学校を転換して医療技術短期大学部を新たに併設し、近年における医学の進歩と医療技術の高度化、専門化に即応して看護婦等医療技術者の養成及び資質の向上に資することとするものであります。
 第三は、附置研究所の廃止についてであります。
 熊本大学の体質医学研究所については、近年の学術研究の進展に伴う医学の教育研究上の要請に対応するため、これを医学部に統合し、同学部附属遺伝医学研究施設の新設等、医学部の教育研究体制の整備を図ることとして、廃止するものであります。
 第四は、国立大学共同利用機関の設置についてであります。
 国立遺伝学研究所については、文部省の所轄研究所である国立遺伝学研究所を改組転換して、これを全国の大学等の研究者の共同利用のための国立大学共同利用機関とし、これにより遺伝学に関する研究の一層の推進を図ろうとするものであります。
 以上のほか、昭和四十八年度以後に設置された医科大学等に係る職員の定員を改めることといたしております。
 以上が、この法律案の提案理由及びその内容の概要であります。
 何とぞ慎重御審議の上、速やかに御賛成くださるようお願いいたします。
○委員長(長谷川信君) 以上で趣旨説明の聴取は終わりました。
 これより質疑に入ります。
 質疑のある方は順次御発言願います。
○安永英雄君 新高等教育の計画の問題について、まず質問を申し上げたいと思います。
 昨年の十月に大学設置審議会の大学設置計画分科会、ここから、六十一年から六十七年度までの、いわゆる新しい高等教育の整備計画が報告を、中間報告としてされておりますが、話によりますと、三月末までに最終的な報告が出されるというふうに聞いておったわけでありますが、これはどうなっていますか。
○政府委員(宮地貫一君) 御指摘のとおり、六十一年度以降の高等教育の計画的整備について、昨年十月に、大学設置審議会大学設置計画分科会、高等教育計画専門委員会の中間報告が公表されたわけでございます。この中間報告につきましては、それぞれ関係方面に送付もいたしまして広く意見を聞くとともに、専門委員会におきましても、昨年暮れでございますけれども、大学関係の諸団体でございますとか、あるいは地方公共団体等から意見も直接聞いたりいたしたわけでございます。それを受けまして、現在、計画分科会では、中間報告に対するこれらの関係方面の意見を考慮しながら報告案の策定を進めているというのが現在の状況でございます。
 当初、三月末ぐらいまでに取りまとめるというようなことで作業は進めてまいったのでございますが、なお若干専門委員会での審議に時日を要しておりまして、そこまで至っていないわけでございますが、私どもとしては、遅くとも六月中には最終的な案の取りまとめをお願いいたしたい、かように考えているところでございます。
○安永英雄君 これは大臣にお尋ねいたしますけれども、今提案をされております、いわゆる教育臨調といいますか、これとのかかわりはどんなふうにお考えになっておるか。六十七年をピークにして十八歳人口が物すごくふえてくる、これに対応する計画が出ているわけですけれども、これは言いかえますと、現在の教育改革に非常に大きなかかわりを持っておる。大学教育、高等教育の面については、この十八歳人口の急増という問題の中で、大きく改革をするなら、一つの大きな実行の時期でもある、こういうことですが、今、六月には一応最終的な報告が出ると聞きましたけれども、この臨調とのかかわりですね。よく言われる、この十八歳人口の急増に対する計画実施、これについては文部省のいわゆる固有の行政責任だといった形でこれは進められていくのか、あるいは臨調とのかかわりで考えていかれるのか、そこらの点についての考えをお聞きしたいと思うんです。
○国務大臣(森喜朗君) 高等教育計画全般につきまして、新しい臨時教育審議会、今、国会に設置法案をお願いをいたしておりますが、ここでこの議論をいたすかどうかということについては、これは新しい審議機関の皆さんで御検討いただくことになるわけでございますが、そのことを議論するかしないかということは私からは今申し上げるということは差し控えなければなりません。ただ、全体的な長期的な教育全体に対する見直しをしていこうということでございますから、当然高等教育という問題についても、これは議論の大きな柱になるであろう、こういうふうに私どもは予想をいたしておるところでございます。
 今、先生からいろいろ御指摘をいただきました六十七年度をピークとするこの対応につきましては、これはどちらかといいますと、言葉は余りよくありませんけれども、いわゆる十八歳人口の動態を見ながら、量的な問題をどういうふうにしていくか、今、安永さん御指摘のとおり、これは文部省固有の事務でございます。したがいまして、これは新しい審議機関で二十一世紀に向けて見直していくであろう高等教育のあり方、制度、そうしたものとは別に、現在の高等教育機関の中で十八歳人口の皆さんをどのように吸収していったらいいのか、こういうようなことの議論、審議のお願いをいたしているところでございまして、大学設置審議会の報告にもありますように、中間報告に述べられておりますように、諸般の情勢の変化を見ながら適時適切な補整を加えていくことが必要になる性格のものである、こういうふうに私どもは考えておるところでございます。
○安永英雄君 これは午後の方でまた質問をしますのでそのかかわりについては別として、今はっきり、いわゆる文部省がそういった、教育臨調からいろんな意見が出るにしても、これはもう文部省の責任でやっていくというふうな言明がありましたので、その立場で今から質問してまいりたいと思うんです。
 この中間の報告を見てみますと、いわゆる八万六千という数字が出ていますね。これは一応もらった資料等でも見てみますと、五十八年度以降の規模拡大がなくて進学率も同じだといった場合には約十一万ぐらいの数字になるように思うんですが、この八万六千の基礎というのはどういうことで見ているんですか。
○政府委員(宮地貫一君) その中間報告に述べられております八万六千程度の数字ということでございますが、六十七年度におきます十八歳人口、これは二百五万に達するわけでございまして、その時点での進学率の設定といたしましては一応現在程度の進学率、大学、短期大学を含めまして三五・六%の進学率は確保するというような前提に立って算定をいたした数字でございます。つまり現在の入学、五十八年度で申しますと六十一万三千余りが進学をしているわけでございますけれども、これが現在進学率としては三五・六%でございます。定員超過率としては一・二八というような前提に立っておるわけでございますが、それを受けまして六十七年度の十八歳人口が二百五万となるわけでございますが、それを進学率三五・六%を確保するという前提で逆算をすれば、その時点における全体の入学者としては七十二万九千人程度が進学をするものと想定をされるわけでございます。それに対しまして、定員超過率としては、一応現状程度を一・二八ということで前提をいたしておるわけでございまして、その時点でも、それ以上にさらに事実上の水増しをするというようなことは考えないという前提に立って入学定員の増を算定をいたしたものでございます。そのおおよそ八万六千のうちほぼ半数に近い約四万二千については恒常的な定員増ということで対応をいたしておりますし、その四万二千の定員増を含めました入学定員五十三万七千の定員超過率一・二八で逆算をすれば約六十八万五千になる。しかしながら、七十二万九千という前提に立ては、さらに四万四千人程度の定員増を図らなければならない。一応、この四万四千程度の定員増につきましては、期間を限った定員増ということで対応したい。と申しますのは、昭和七十五年度になれば、さらに十八歳人口が約百五十万ということで、二百五万から五十万余り減少するというような事柄が想定をされるわけでございますので、全体的には昭和七十五年度の進学者としては約六十一万三千、定員超過率は七十五年度では一・一倍程度に改善をするというような前提に立ちまして、ただいま申しましたようなおおよそ八万六千程度の定員増を図ることが必要ではないか、かように考えておるわけでございます。
○安永英雄君 数字的にはちょっと合わないところがありますけれども、時間がありませんから、また別でただしていきたいと思うんですけれども、少なくとも減になっていくということも、この八万六千の中には考慮されているとするなら、これは間違いだと私も思うんだけれども、先々五十七年度以降の減というものを見た場合に、六十一年から六十七年の間、この数が間違いであったら、ますますいわゆる試験地獄、こういったものが起こるんであって、現実に起こりますよ、これ。減の方を考えて計算の中に入れておったらたまったものじゃない。生身の者が六十一年から七年までいるんですから、こういった点はまた別な機会にやりますけれども、これは相当やっぱり検討する必要がありますよ。これは最後まで、中間報告で出されたこの計数というのは最終報告でも変わらないというふうに見ていますか。簡単に言ってください、時間がありませんから。
○政府委員(宮地貫一君) 全体の総数については従来想定をいたしました数字としては変わらないもの、かように考えております。
○安永英雄君 次に移りますが、今も報告がありましたが、文部省がこの中間報告を受けて実施案をまとめて、そして臨時の定員増というものに限って国立大学の方に八千百、これを割り当てるということをやっているということを聞いていますが、先ほど説明されました恒常的定員数、臨時的な定員数約四万ですが、これの中で臨時の定員、定数、この中で文部省が引き受けるというのは八千百、これが文部省でこの実施試案として出されておって、既にもうその方向で各大学に検討を求めているという、こういうことですが、事実ですか、それ。
○政府委員(宮地貫一君) 期間を限った定員増について国立大学、私立大学、それぞれどういうような対応をするのかということは、いろいろ専門委員会でも議論はいただいているところでございますが、基本的には現在の国立、私立のおおむねのシェアと申しますか、大体二対八というようなことで、国立の入学定員が大学生で申せばほほ二割程度が国立というようなことを前提といたしまして、臨時、期間を限った定員増についても、国立の分についてはおおよそ二割程度は対応すべきではないかというようなことで、現実に各国立大学で、現在の施設なり他物その他で、設置基準から見ればどの程度ゆとりがあるかというようなことについて、各大学に今後の対応のために、もし現状で行うとすればどういう状況かということについては各大学に、事務的な問い合わせといいますか、調査をしておりまして、いわば今後の六十毎度以降の概算要求の前提になる基礎資料といたしまして、そういう数字は各大学に調査をいたしていることは事実でございます。
○安永英雄君 それが非常に怖いんですよ。最後に言われたいわゆる予算編成、明年度の。これで文部省の方では八千百でしょう。これを一応基準にして各大学の意見を聞いて検討しておりますと、これ以上のものが出るはずないですが、大臣にお聞きしますが、今話を聞きますと八千百というのは私立、公立、国立と現在の割合が大体二割ぐらい、それから四万何がしを計算すると八千百だと、こういうふうな考え方ですがね。私は前からこれは大学は国立がもう少しふえなきゃならぬ、この際私はふやさなければ機会ないですよ、国立の大学を。今まで長い間私学にぶら下がり、公立がやろうとすれば見向きもしない、こういう国の態度というものは私は非常に不満なんだけれども、少なくともこういった急増対策の一環としてでも国立大学の充実ということを、設置を拡大していくということを、この時期を外していつありますか。それを初めから、二割うちはいままで負担、担当しておったんで、今度生徒増の定数増については二割しか引き受けませんよという態度、こういうことが既に始まっておるとすれば、大臣としてはその方向でいいかどうか。私は、頭立というのをふやさなきゃならぬと、雨の責任で大学教育というのはやっていかなきゃならぬというぐらいの自由があっていいと思う。この点あたりの基本的な、国立大学の拡充という問題、特に施設というものを拡充していくという考え方、これについての大臣の基本的な考え方をお伺いしたい。
○国務大臣(森喜朗君) 高等教育をめぐります諸般の情勢というのは大変難しいものがございます。今、先生の御意見の中にもございましたけれども、果たしてこの進学率というのがこのまま推移するものかどうか、これも予想でいくわけでございますし、それから、少なくとも今の日本の経済情勢あるいは社会の状態というのも大体今のままで推移していくものだという前提でこの議論を立てているわけでございます。したがいまして、いろんな要素といたしましては、変動する要素をかなりもくろみながら、ある程度の計画を、先ほど申し上げましたように、量的にどう吸収していくかということで御議論を今いただいているわけでございます。全体的に今日までの日本の高等教育のかかわり合いの比率は、大体、私立が八で国公立が二という数字を示しておるわけでありまして、先ほど申し上げたように、進学率もこのような形で推移していくという前提に立つならば、国公立と私立の比率もおおむねこういう方向で進んでいくものであろうという、そういうことの前提に立って今御議論を願い、御検討を願っておるというところでございます。もちろん若干の変動というものも出てくると思いますが、大学というものは進学者が一体どこへ進むのか、どのような部門に進んでいくのか、あるいは東京のような三大都市圏に集中していくのか、地方に分散されていくのか、これはあくまでも受験生の気持ちということが第一でございますので、それをあらかじめ承知をしながらつくっていくということは非常に難しいことでございますが、それでも教育に対する国の責任において、こうしたことをある程度予測しながら、文部省というよりも、むしろ御専門の先生方から議論をいただいているというのが現実のところでございます。確かに先生御指摘のように、国立大学がもっと拡充するということは大事なことでございますが、こうして拝見をいたしましても、国立大学に学ばれたといいますか、教鞭をとられた先生方もたくさんいらっしゃる中で、私のような素人がこんなことを申し上げるのはどうかと思いますが、拡充策というのは、教育現場というものの研究の成果が上がるように考えてあげなければならぬということももちろんでございますし、それから、こうした財政状況の中で量的に拡充を大学自身をしても、先ほど申し上げたように、七十五年には今度は激減するということになっていくわけでありまして、そのときのいわゆる余剰になった一体、施設や設備や人の問題はどうなっていくのかということもいろいろ。しんしゃくしながら進めていかなきゃならぬという大変難しい、困難な問題があるということは、これはもう先生もよくおわかりだろうと思うんです。そういう中で、御専門の先生方に今一生懸命御議論をいただいておる、そのために各大学の意向や、また受け入れる場合にはどのような学問、どのような分野で、どういうふうに進められていくか、こうしたこともあらかたいろいろと調査を進めながら、また地方の公共団体やその他の私学団体等々の意見も踏まえながら、今、一層その協議を進めているところでございます。先生の御指摘をいただきました点も十分私どもも踏まえて、関係者に対しても指導していかなければならないと、このように考えておるところでございます。
○安永英雄君 非常に私は落胆しましたよ。急増という問題もある、また激減していくという状態もある。しかし、少なくとも文部街という、文部大臣としての立場としては、ふえるときと減るときと考えて、大体二割は今までやってきたんだから、それも妥当だろう、だから、二割というふうなことで国立の方は引き受けざるを得ない、だからそれの検討を今からやると、これが予算に出てくる。これじゃ非常に消極的で、むしろそういう定数の問題とか予算の問題じゃなくて、大臣の私は意欲、決意のほどを承ったわけであって、それについての前進が、前進といいますか、意欲的なことはひとつも見受けられませんので、これは仕方ないと思いますけれども、これは今後十分考えていただきたい点です。私どももまたこれは質問を続けていきたいと思うんです。
 今、各大学にそういった形で検討をさしていると、こういった場合に施設、設備――あなたの学校には何人ぐらい受け入れられるか、そのことについては予算の上でも、経費の上、施設費その他、教授の数、そういったものについては、こういう割り当てをするが、大体どのくらいの消化ができるかという検討だろうと思うんですが、そういった金の面、予算の面、定数の面、こういったものについてはどういう計画を立てていますか。一応、今八千百という範囲の中でお聞きしたいと思うんです。
○政府委員(宮地貫一君) この臨時増分のための施策については現在検討中でございます。六十年度の概算要求時点までにはその考え方を取りまとめたいと思っておるわけでございますが、現有しております施設、定員等を有効利用いたしますとか、あるいは工夫をするというふうなことで、可能な範囲でどこまで受け入れられるかということについて、あらかじめ各大学の実情等も把握したいということで調査をお願いをしているところでございます。そのことで、私どもとしては直ちに教育の質の低下につながるようなことは考えていないわけでございます。
 それから、問題は要するに教官組織の点かと思うわけでございまして、臨時増分のための非常勤講師をどのように採用していくかというようなことなどについて、基準分科会の御意見等も聞きながら今後対応してまいりたいと、かように考えております。
○安永英雄君 もうすぐの問題ですしね。これは文部省のいわゆる固有の責任においてやらなきゃならぬと、こうにまで言い切っておるのに、これだけの、例えば八千百人引き受けると。それじゃどういうふうにやるかと、こういったときに、予算の裏づけ、あるいはそういったものについては今から予算の編成までに考えますなんというようなこと、これはできますか。そういったものの裏づけがなくって計画が立ちますか。また、各大学に聞いたって出るはずがないじゃないですか。予算の裏づけなしに、こういったものの設置についての文部省の計画というのは、これはナンセンスですよ。新聞等でちょっと見ましたけれども、施設、設備は一切ふやさない、教授の問題については臨時の講師あたりを入れると。とにかく全然金なしでやっていこうというふうな考え方なんですが、この点どうですか心
○政府委員(宮地貫一君) 期間を限った定員増について申せば、六十七年度までにそれだけふやしていくけれども、しかし、七十五年度までにはその定員は減らしていくという前提に立っておるものでございます。したがって、施設等については現有施設をどのように有効利用すればいいかというような事柄について御検討を願っているわけでございまして、もちろん教官組織については必要な手当てということも考えなければならないわけでございますけれども、基本的には、期間を限った定員増については、そういう前提の上のものでございますので、私どもとしても、極力、現在の財政状況の中でどういう対応をすれば最大限今後の十八歳人口の増減に対応できるかということを念頭に置いて検討をいたしているものでございます。
○安永英雄君 時間がありませんけれども、いずれにしたってずさんな計画だし、もう少しきちっとした計画を示してもらわなければ、先ほどのように六月には最終答申が出るといっても、私は数あたりには狂いはないし、これあたりの計画で進めていくというわけですから、これはひどいですよ。ほとんど八割というのは公立あるいは私学に持っていって、自分のところは二割だけ。それの八千百に対しては予算の裏づけとか、そういったものについては先が減っていくということを見越しておれば、これは臨時の、先のことばっかり考えている。先ほど大臣にも私、質問したんだけれども、こういう急増していくという立場のときにこそ私は国立大学というものを整備していく一番大事なときじゃないですか。むしろ考えてみれば、激減していくといったときに、毅然として国立の拡充されたのがそのまま残っていく。そして私学や公立に依存しなくてもいいような体制をつくる一番絶好の時期じゃないですか。そういう消極的な国立大学の設置については私は非常に不満だ。
 次に、いわゆる大学設置の形態の多様化ということで、第三セクターの方式を中間報告がやっていますが、これも新聞報道ですけれども、文部省、これについてその方向に踏み切ったというふうなこともちょっと見たんでありますが、本格的な導入を図るという方針があるのかどうかお聞きしたい。
○政府委員(宮地貫一君) 特に地方における高等教育機関の整備ということを進めていくためには、地方公共団体なり民間との協力方式ということも今後考えていくことは必要ではないかと考えております。現に、具体的な事例で申し上げますと、例えば新潟にできました国際大学なら国際大学という場合にでも申し上げますと、地元の県なり町で、相当例えば土地を寄付するとか、そういうような形で協力をいたしておるわけでございますし、現に幾つかの大学でそういう具体例も出てきておるわけでございます。私ども地方の大学の整備に当たりまして、単に従来からの国立大学という形でだけの整備ということでは必ずしも適切ではないんではないかということで、私どもとしても、そういう関係地方公共団体と学校法人との協力方式というようなことは推進してまいりたいと考えておりますし、また、そのため認可基準等の面で検討を要する点があればそれを積極的に改善をいたしまして、それらの措置が講ぜられるように対応をいたしたい、かように考えております。
○安永英雄君 そうすると、結局、やっぱり文部省としてはこの第三セクターの方式に踏み切って、既に検討に入っているというふうに考えてよろしいですか。
○政府委員(宮地貫一君) 基本的にはそういうものが積極的に取り入れられるように対応してまいりたい、かように考えております。
○安永英雄君 対応を期してまいりたいじゃなくで、そういった方向で踏み切って、それについての検討に入っているかどうかということを聞いているんです。
○政府委員(宮地貫一君) そのために、今申しましたように、設置基準等について改善を要する点があれば基準分科会でも御検討を願いたい、かように考えております。
○安永英雄君 助成面では、いわゆる非常に性格が変わったものができ上がってくるわけですね。今の国立、公立、私学というのがまじり合ったような形態が考えられる。そうした場合の助成面の点で、これは検討を要する点がたくさん出てくると思うんですが、それは検討されておりますか。
○政府委員(宮地貫一君) 基本的には、学校法人が設置をする際に、地元の県なり市町村にどれだけ協力をしていただくかというような事柄でございますので、その助成策について、何らかそういう場合に、従来とは違った形の助成策を考えるかどうかというのは今後の課題であろうかと思います。
○安永英雄君 今後の課題というよりも、第三セクターを構想し、それに踏み切ったというときには、助成という裏打ちがなければ、それのないものに文部省が踏み切ったって何の意味がありますかここが一番問題になるんですよ。文部省が踏み切ったかどうかという問題は、助成について今度考えなきゃならぬ、私学についても、あるいは市町村の組合立についても。いろんな形が生まれてくるので、それについて、文部省の方でこれは助成するという方針、腹ごしらえができて初めて第三セクターの方針が踏み切ったということになるわけですよ。今まで公立の問題については知りません。私学については、ずたずた切っておるじゃないですか、今。第三セクターに踏み切ったということは、何らかの形で、形式はいろいろあろうけれども、助成をするという立場が、腹ごしらえがなければ踏み切ったとは言えない。たった一つ、国立の方の負担を軽くしようと思って、私立や公立にどんどんとにかくやりなさい、こう押しつけて文部省の負担を軽くしょうというくらいのことしか理由はない。その点はどういう決意ですか。大臣にひとつお聞きしたいと思うんです。
○国務大臣(森喜朗君) お言葉を返すようで恐縮でありますが、私学に全部押しつけて国は知らぬ顔をしているというわけじゃありませんので、私学にある程度お願いをすることになれば、私学に対する国の助成がそれに伴ってついてくることは当然のことでございます。それから、今お尋ねの、第三セクター方式というふうにあえて申し上げていいかどうかわかりませんが、最近、いわゆる地方からの大学の誘致というのは非常に多うございます。これはもう、都道府県あるいは市町村、まあ端的に申し上げると、北海道の一村みたいなところからも、ぜひ大学をというお考えがあるんです。そういうお気持ちは大変ありがたいことでございますが、本当に大学というのを、高等教育機関というものをなぜ必要としているのかということについてはそれぞれさまざまな理由がございまして、例えば、端的に申し上げれば、工場誘致を考えておったけれども、こういう経済情勢になって工場が来てくれないので、あとは大学でも誘致して人をふやそうなんていう、そういう素朴な議論もあるわけでございます。大学というのは、ただ建物を建てればいいというものじゃないのは、これはもう先生もよく御承知のとおりで、どんな学問を、どういう一体社会の態様、あるいは、これからの社会の変化に応じて、どういう高等教育機関が必要かということは、これは御専門の先生方で十分御議論をいただかなきゃならぬことでございます。
 ただ、一方におきましては、こういう財政状況の中でございますし、そしてまた、臨調等で、当面はやはり大学の新増設というものは、これはある程度抑制をされている今日の中で考えてみますと、それでも、地方に対する大変ニーズが強いわけでありますから、何らかの工夫でいろいろお考えいただけませんか、こういうことで、例えば県や市が土地を出しましょうとか、あるいは、ある意味では別法人をつくってお金を出しましょうとか、いろいろなアイデアが出てくると思いますから、そういうアイデアが出てきた中で、本当に県や市が直接お金を出すのか、土地と建物を提供するというのか、これはそれによって皆違ってくると思いますから、そういうようなものを初めて受けとめて、文部省として正式にそういう話があれば、やはり設置基準もいろいろな形態の所要の措置をとっていかなければならぬ、こういうふうに局長は申し上げておるわけでございます。その時点で、どういう設置形態になっても、国としては全くこれを無関心でおるというわけにいきませんので、いろいろな角度で助成をしたり援助をするということは、私は当然のことだというふうに考えておりますので、先生からおしかりをいただきましたけれども、全く文部省は知らぬ存ぜぬで、おまえらやれ、こういう姿勢をとっているわけではないんだということはぜひ御理解をいただきたいと思います。
○安永英雄君 時間もありませんので、それはまた昼からでもやります。
 直接、本案に関係する問題ですが、遺伝学研究所の職員の処遇の問題について、これは念のためにお聞きするんですが、いつでもこういった改組のときに職員が身分の関係から非常に給与関係で不利になるというふうなことが今までしょっちゅう起こったんですが、今回この問題はありませんか。
○政府委員(大崎仁君) 給与関係の問題につきましては、従来、国立遺伝学研究所の研究者につきましては研究職の俸給表の適用があったわけでございますが、今後は大学の教職員と同様、教育職の俸給表適用を受けるということになるわけでございます。個々の研究者について見ますと、若干の従来からの水準の異動があるわけでございますけれども、研究所内で十分御協議をいただきまして、それを承知の上で希望された、こういうことになっているわけでございます。
○安永英雄君 この文部省の直轄の研究所から国立大学の共同利用機関になって、これは私ども一般的に考えますと、予算的にも非常にゆとりができるんじゃないか、あるいは管理運営面でも自由な立場で研究がさらに進められていくんじゃないかという、こういった考え方を持つものですけれども、これはそういった面の効果ありますか。
○政府委員(大崎仁君) このたび遺伝学研究所を大学の共同利用研究所に改組していただく理由といたしましては、何よりもまず遺伝学研究所というものを全国の大学等の研究者の共同の、いわばセンターとして充実を図ってまいりたいというところにあるわけでざいます。そのような観点から、例えば外部の研究者が遺伝学研究所で研究しやすいように客員研究員とか、あるいは共同研究員というような制度を設けまして、そこで長期あるいは短期の利用、あるいは共同研究ができるようにする、さらには大学院教育への協力でございますとか、各大学院の人事交流、さらに先生お尋ねの点でございますが、いろいろの情報、資料をそこに集中、整理をし、あるいは高度の施設設備を整備をするというようなことで充実を図り、我が国全体としての遺伝学研究の中心としたい、こういうことでございます。
 具体的には明年度の予算で物品費だけをとりますと約一億二千万ほどの増を図っておるということになっておる次第でございます。
○安永英雄君 この点はいわゆる行革臨調との影響、関係があるんですね。だから結局、緯度観測所、統計数理研究所、こういったのも一応ちらっと名前が出ておったわけですが、これあたりも将来こういった転換をやりますか。この計画ありますか。
○政府委員(大崎仁君) 所轄研究所として、遺伝学研究所と同様に大学の研究体制の一環として位置づける方が適当ではないかという御指摘を受けておるものに、緯度観測所及び統計数理研究所の二つがあるわけでございます。緯度観測所につきましては、現在、測地学審議会という審議会が――これは地球物理学、地球科学全体の研究計画の御審議をいただく審議会でございますが、そこにお願いをいたしまして、望ましいあり方を御検討をいただいておるところでございまして、もし遺伝学研究所のような方向で、何らかの形で大学の研究体制に組み入れることが適当であるという御結論がいただければ、その方向で努力をいたしたいと存じております。それから統計数理研究所につきましても、学術審議会である程度御議論をいただいておる時点でございますが、なお統計数理研究所内部での御検討の成果もまちまして、検討を進めてまいりたいと考えているところでございます。
○安永英雄君 時間も参りましたので最後にお聞きしますが、大学院の問題です。
 大学院設置の問題ですが、時間もありませんから結論的に申しますと、昨年の行革法の施行で今度七月一日からこれは政令事項にゆだねられたという形で、私もこの点については残念なんですよ、実際は。これはまあ行革の方でひとり歩きしておるのかどうか知りませんけれども、肝心のこの文教委員会等でこの問題については深刻に、いわゆる国会で論議をしていくのか、あるいはこれがもう政令事項に定められていった方がいいのか、深刻にやらなきゃならぬのが、外側の行革の法律でもって、いつのまにか七月一日から、いわゆる、もう来年度からは、この文教委員会にはこの設置法で大学院の設置がのらないんですわな。正確に言えば法案として出てこない、審議の対象にはならない、これは文部省の方の政令でどんどん決めていくと、こういう形になって実に残念ですけれども、今さらここで言ったってしようのない時期に来ておりますので、ひとつこれは大臣にお願いをし、約束してもらいたいと思うんですけども、今さらここで――今後の大学院の設置については、大学教育全般についての大きなポイントを握ってるところなんだし、これがまあやむを得ず政令事項になったとしても、この文教委員会としては非常に大きな関心があるし、論議をしなきゃならぬ、法律で出てこようと出てこまいとやらなきゃならぬ私は重要な問題だと思うんです。たくさんありますよ、毎年毎年こういった形で設置法というのがぎりぎりに出て、余り審議の期間がない。ないでも、絶対にこの大学院の問題については、これはやらなきゃならぬのですよ、今の実態からいって。それが残念ながらないんでありますから、何らかの形で私は文部省の方で当委員会に対して、国会に対して、報告といいますか、こういったものをひとつ出してもらいたい、政令で決めてやるとしましても。あるいは政令で決める前に、できれば、これは法律案という形じゃなくて、文教委員会に諮るなり、これは決議とかなんとか、そういうことじゃないけれども、意向を聞くと、我々の意向も聞くということの手だてをとってもらったり、終わったらひとつそれの報告をこちらの方にするというふうなことを私ひとつ約束をしていただけぬじゃろうかというふうに思うんですが、大臣どうでしょうか。
○国務大臣(森喜朗君) 国会への御報告等、委員会に対する報告等につきましては、これまた委員長や理事の皆様方、委員会の皆様方で御議論をいただき、御検討いただくことだろうと思います。ただ、今、安永先生が御指摘をなさいました点はとても重要なことだと考えております。したがいまして、これからは新たな設置に当たりましては、当然毎年度この文教委員会におきまして文部省所管予算の概算説明等いたしておるわけでありまして、文教委員会等でも十分予算全般にわたって御議論をいただくわけでございますので、その中で御説明もし、また諸先生方のいろいろな御意見も賜ることができるというふうにも考えます。あるいは、国家行政組織法第二十二条に基づく国会への報告義務がございます。これにつきましても、具体的な内容につきましてどういうふうにしていくのかというようなことは今後政府部内において検討を進めて、先生からいろいろと御指示をいただきましたようなことに対しまして遺漏なきを期していきたいと、こう思っております。
○安永英雄君 終わります。
○粕谷照美君 ただいま安永委員が質問をなさったところ、非常に重要なことだというふうに思っているんです。文部大臣の御答弁で、私はちょっとわからないんですけれども、臨調答申の方向に国立大学そのものがねじ曲げられていくのではないかという危惧を持っているんですね。これは文部省としては、ぜひそのようにあるべきだと、こう考えての措置なのですか、あるいは臨調の答申があったからやむを得ずそうなったと、こういうふうに理解をしたらよろしいのですか。
○国務大臣(森喜朗君) 先ほども申し上げましたように、高等教育機関のあり方について新しい審議機関で御決定いただくかどうかは、これは私自身が決定することでございませんが、当然、大事なやはり御議論をいただく柱になるだろうということは予想できるわけでございます。で、高等教育機関はとても大事な問題でございます。これはもう私からこの委員会で申し上げるのにどうもはばかるんでありますが、中村先生や高木先生や、美濃部先生や林先生、御専門の方はかりいらっしゃいますので、私のような者がとやかく申し上げるような立場でもないわけでありますが、新しい審議機関で高等教育機関のことについて御議論いただくことは、今、粕谷先生がねじ曲げるとか、何か圧縮をするとか、何か切り込んでしまうとかというふうな形だけでおとりにならないでいただきたい。むしろ、いろいろと国会の議論の中でも出ておりますように、高等教育機関にもっともっと意欲を持って研究に携わっていただけるように、本当に二十一世紀は日本にとって科学技術を中心としてやはり将来の、未来への大きな展望を開くために学問を進めていかなきゃならぬという、こういう見地、そういう中で、むしろ高等教育機関を大きく伸び伸びと、日本の国の教育の大事な柱として守り立てていくというような観点からの議論も当然私は行われるべきだというふうに考えております。したがいまして、先生の御心配の点も十分あるわけでありますが、何かこう臨調ということと一どうも何か教育臨調と私ども言ったことないんですが、マスコミで呼称されるものですから、臨調と一緒になって大学教育を切ってしまうんじゃないか、こういう前提で御議論をいただくということがそういう御心配になるのではないか。むしろ私は、高等教育を生き生きとした日本の将来の大きなかなめにしていきたい、こういう気持ちでおるんだということを、ぜひ私はこの際申し上げておきたいと、こう思うわけでございます。
○粕谷照美君 教育臨調という言葉は森文部大臣から確かに出ませんでしたけれども、中曽根総理が総理になられる前にはしょっちゅういろんなところでお話をしていらっしゃったのは記事に載っているわけですしね。三塚委員もそのことについてきちんと国会の中で質問をされているわけですから。私は、教育臨調という青葉はもうひとり歩きしているような感じがしてならないんですね。これは別に質問ではありませんけれども。
 今度は設置法に移ります。
 私は、この設置法で国立大学を充実していこうということについては賛意を表するものでありますが、しかし、それにいたしましても、本当に大学の新増設がありませんね。ただ一つ長崎大学の医学部附属の専修学校を医療技術短期大学にしていく、これが載っているだけなんであります。しかし、この提案理由を見ましても、「近年における医学の進歩と医療技術の高度化、専門化に即応して」と、こうある前段を考えてみますと、こういうところが短期大学でいいのだろうか。国民生活に密接にかかわる分野に関する学科でありますから、将来は四年制に持っていくという基本的な姿勢を持たないと、専修学校が短期大学に昇格をして、それでよろしいんだということにはならないのではないかと、こう思いますが、大学局長、いかがお考えですか。
○政府委員(宮地貫一君) 御指摘のように、看護学校を医療技術短期大学部ということで短期大学にいたしまして、特に教官組織の充実というようなことで質の向上を図っているわけでございます。
 将来の課題として、四年制で考えるべきではないかというような御意見かと承ったわけでございますが、当面私ども、なお看護学校をさらに幾つも抱えておるわけでございまして、順次、準備状況の整ったものから、医療技術短期大学に切りかえていくというような基本的な考え方に即して、ただいま対応しているところでございます。
 将来の課題としては、そういうこともあり得るかと思いますけれども、当面は看護学校を医療技術短期大学にするというような考え方で臨んでいるわけでございます。
○粕谷照美君 日本における看護の任に当たる人たちの評価というんですか、地位というのですか、非常に低く見られているという指摘がたくさんあるわけですね。そういう意味も込めまして、私は過密カリキュラムの弊害を除いていって、内容の充実を図るためにも四年制に将来はしていくべきである、こういう展望を持っていただきたいと思います。
 さて、高知、佐賀、大分医科大学に博士課程の大学院を設置して教育研究の水準を高めて研究能力のある人材の養成をする、これは当然のことであります。
 ところで、医科大学の大学院だけが、今回、博士課程について提案をされているわけでありますけれども、学校教育法の第五十二条は大学の目的をうたっております。そしてまた、第六十五条につきましては大学院の目的をうたっております。
 こういう観点から立ってみますと、昨年非常に大きな問題になりました、そして今回判決も出ました東京医科歯科大学の博士号取得をめぐって金が動いたということについて、大学局当局は、これはどういうふうに受け取っていらっしゃいますか。
○政府委員(宮地貫一君) 医科歯科大学の不祥事につきまして、確かに大変大学の自治の根幹にもかかわるような非常に大きな問題でございまして、私どもとしては深刻に受けとめているわけでございます。
 そのための対応策としてはそれぞれ考えているわけでございますが、御指摘の博士号授与に絡んで金品の授受があったというような事柄については、私ども承知をいたしておりません。
○粕谷照美君 それでは、あったのは一体どういう事実に対して金品の授受があったのでしょうか。
○政府委員(宮地貫一君) 医科歯科大学の事件の概要でございますが、医科歯科大学の医学部教授池園悦太郎及び横川が同学部の第一外科教授選考に際しまして、教授候補者の一人酒井から金銭を収受したということが報道されたわけでございます。
 その後、同大学で調査委員会を設け事態の解明を急いだわけでございますが、五十八年十月に池園及び候補者の一人でございます畑野が贈収賄容疑で起訴をされ、先般判決があったというのが具体的な概要でございます。
○粕谷照美君 最初、これは博士号についての報道がなされたわけですけれども、そういう事実がなかったということであれば、私はまことに結構なことだと思いますけれども、このとき医学部長がコメントをしているわけであります。事実とすれば驚くべきことであり、組織上、博士号に絡んで疑惑などあり得ない、こう言っておられます。私も博士号取得のいろいろな基準などを調べてみましたけれども、そういうことであれば国立大学にはあり得るはずがないと、こう思っていたわけです。しかし、この医科歯科大学の、医学部長が、うわさを聞いたこともないと、こういうふうに言っているんですけれども、なるほど博士号に関してうわさを聞いたことがなかったとしても、教授選に絡んで金が動いていた、金を要求されていたというようなうわさを聞いたこともないというようなことで医学部長が務まるのだろうか、こういう感じを持っていたわけであります。
 このことに関して、文部省としては医科歯科大学に対してどのような御指導をなさっていらっしゃいますか。
○政府委員(宮地貫一君) 医科歯科大学の事件が起こりましてから、具体的な指導といたしましては、例えば業者との癒着を排除するということで、寄附金の受け入れについて適切なチェック機構を整備いたしますとか、あるいは、さらに同様の見地から、医療機器等の購入に際しましても合議制による対象機器の選定機構を整備するというようなこと、さらに問題の多い医師のアルバイトについては、兼業許可の運用につきまして実質的審査の機構を整備するというようなことを初めといたしまして、具体策を確立するよう大学側に要請をしたわけでございます。
 それを受けまして、大学側におきましても、倫理綱紀に関する委員会を設置いたしまして、教授会において綱紀に関する申し合わせを行い、さらにただいま申しましたような事柄についてのチェック機構として四つほどの委員会を設置いたしております。
 さらに国立大学全体に対する指導といたしましては、例えば国立大学医学部の附属病院長会議の常任委員会においても注意を喚起し、常任委員会でもその申し合わせをいたしておるわけでございます。そのほか医学部長会議でございますとか、事務局長、病院事務部長を特に臨時に招集をいたしまして、各大学において、このような不祥事態のないように一層自粛自戒すべきことにつきまして、私どもとしても厳しく指導をいたしておるところでございます。
○粕谷照美君 無医大県の解消と医学部医大の充実の反面、医師過剰論が非常に台頭しているわけであります。そして入学定員削減の方向が検討をされていると文部大臣の答弁もあったということも聞いているわけですけれども、厚生省来ていると思いますが、医師過剰というのは一体何ですか、どこからこのような数字が割り出されてきておりますか。
○説明員(横尾和子君) ただいまのところ全国の医師数は、厚生省の推計では約十八万人というふうに承知をしておりまして、この十八万人を人口十万対の医師数という形で表現いたしますと、人口十万人当たり百五十二人の医師数がいるということでございます。私どもはこの百五十人という医師数の目標を昭和四十五年に策定いたしまして、昭和六十年までに最小限必要な医師数として目標を掲げたことでございます。したがいまして、現時点で百五十人の目標を超え百五十二人になっているということをもとにして過剰というふうには考えておりません。
○粕谷照美君 過剰ではないと厚生省は判断をしているわけですね、そうすると。では、過剰というのは、一体いつ何人になったら過剰になるのですか。
○説明員(横尾和子君) 現在の医師数の状況をもちまして医療の世界における医師の充足状況を見ますと、なおいろいろなところで医師が足りないという状況がございますから、現在の時点で過剰だというふうには考えておりません。
 将来の問題でございますけれども、厚生省の推計によりますと、昭和七十五年では、現在の養成力のままでまいりますと約二十七万人の医師、人口十万対比の表現をいたしますと二百十名になります。さらにそれ以降、昭和百年になりますと、ちょうど現在の倍の、人口十万対で三百人程度になるのではないかというふうに思っております。
 私どもは、そのことをもってすぐに過剰か過剰でないかということを判断しているわけではございませんで、当然医師に対する需要は、人口が高齢化し医療の受療率が高まれば医師に対する需要もふえていくわけでございますけれども、そういうことも織り込んで将来の医師数というものがどのくらい必要か、新たに目標を設定する時期に来ているという判断をしているわけでございます。
○粕谷照美君 一年間に七千五百人の新しい医者が出てくる。でも、確実にまた古い医者も七千五百人になっていくわけでありまして、医者の数字というのは、九十九歳でも現業についている、百歳を超えてもなおかつ医師として働いているという数字で推計をされているわけですか。
○説明員(横尾和子君) 先ほどの推計は、おっしゃるように年齢を切ることなく推計をいたしております。
○粕谷照美君 そういう意味では、百五十二だとか二百だとかという数字が絶対に過剰であるとか過剰でないとかというきちっとした定理にはならないのだと私は思うのですね。そして、どういう科、何科の医者がどのくらいかという、こういう説得なくては、私どもは医師の数が多過ぎるなどということにはなりません。
 当文教委員会でも、この一月に入りまして行きました徳島医大の医学部長さんのお話を伺いますと、当県は非常に住みよいところであるのか、医師の数が非常に多くて十万人当たり二百人だと。でも過剰という言葉は一つも出てこないわけでありますね。私は過剰じゃなくて偏在が今一番大きな問題だろうというふうに思いますけれども、全国自治体病院協議会が僻地医師の不足を訴えていると思いますけれども、何か厚生省にそういうことについての文書が来ておりますでしょうか。
○説明員(横尾和子君) 自治体病院協議会の御調査は私どももいただいております。それによりまして、全国の自治体病院の約半数の医療機関で、なお医師の不足を感じているという御報告をいただいております。
○粕谷照美君 半数の病院で医師の不足を訴えているというのは非常に大変なことだというふうに思うんですね。けさの新聞を見ましたら、何か三重県の鳥羽市の離島で一人のお医者さんが村から追放されたというんです。お医者さんのくせに、殺したろかとか何か大変な暴言を吐くんだと、こういうあれなんですけれども、でも、十年間それでもいていただかなければならなかったという、こういう医師の偏在という実態があるんだろうというふうに思うわけですけれども、私は文部大臣がこの医師過剰論に対応して何か厚生大臣と話し合いをするというような答弁が予算委員会においてなされたということを伺いますけれども、この点についてはどうお考えになっていらっしゃいますか。
○国務大臣(森喜朗君) 今、粕谷先生と厚生省の御議論を伺っておりまして、医師というのは、適当な数というのは一体どういうふうに見るのか、私自身も非常に疑問に思っております。今粕谷さんおっしゃったように偏在という面もありますし、実は私の父は田舎で町長をやっておりまして、自治体病院の責任者ですので、非常に困るんですね。金沢からわずか三十分ぐらい離れた町なんですけれどもお医者さんが不足で、まして山間僻地、離島なんというのはもう本当に困っておられる。それでも医師が過剰だなんて、こう言われるとちょっと首をかしげたくなる面もありますし、それから大学の中の分野別に見ますと、例えば基礎医学の先生方が足りない。これは本当かどうかわかりませんが、解剖なんかは獣医学をやった人がやっておられるなんという話も時たま聞くわけで、ちょっと驚くわけでございます。
 しかし、当面十万人当たり百五十というふうな一応目標を掲げておられたようでございますから、これはもう当然達成確実だという、こういう総量的な形で言えば問題があるのかもしれませんが、しかし、人口の高齢化あるいはまた医療の需要多様化、複雑化に伴って、医師に対する視点というのは、かなりいろんな角度から見てみなきゃならぬことだと思います。問題のお医者さんの数がどれだけが適当かどうかというのはこれは文部省の責任ではないのでありまして、これは厚生省で考えてもらわなきゃならぬことでありますから、私はそのようなことを厚生大臣にも申し上げたんです。厚生大臣も、厚生省として、ぜひ、医師の養成計画ということもあるけれども、まず医師の一体適正数がどの程度なんだということを検討したいと。厚生省の方でも検討会を設置したとか、する予定だというふうに伺っておりますが、したがって、私としてはその結論を得てから対処すべきである、こう思っているところでございます。
 ただ私は、先日、二月十七日だったと思いますが、委員会で答弁をいたしましたのは、現実の問題として、百二十名、これは局長もそういう答弁をいたしたようでございますが、百二十名定員の医学部については、教育の条件整備をやっていく上にはちょっと百二十人では多過ぎるという面があるんだそうでございまして、そういう面から見て改善をする必要があるのではないか、もしやるとするならば定員百二十名あたりのところで、研究教育の改善という見地でそのあたりに少し検討を加えてみたらどうだと。ただし、その地域医療の関係がございますから、地域の対応といいますか、あるいは大学自体の対応というものもございますし、そういうものを見ながら、もしやるとするならば百二十名定員のところあたりから少し定員については検討してみたらどうかと、こういう考え方を申し上げたわけでございます。
○粕谷照美君 私も先日、小学校六年生のときの同学年会がありまして、男子一組七十一人とか二組六十七人とか、それだけ入って勉強を習っていたわけです。今、四十人学級をなぜ文部省はやらないかと、こういう時代に来ているわけですね。やっぱり一クラスというんですか、先生が教える人数とかというのは適正な規模があるというふうに思うんですが、その百二十人じゃどうも余計過ぎるというのですか。なぜその百二十人というものを決めたのですか。少し甘かったのでしょうか。その辺は局長、どうですか。
○政府委員(宮地貫一君) ただいま大臣が御答弁をしたとおりでございますが、特に新設の医科大学について申し上げますと、最初につくりました旭川医科大学、山形、愛媛の三医科大学は入学定員百二十人で設定をいたしたわけでございます。それ以降の新設医科大学につきましては、入学定員百人ということで設定をいたしております。既設の大学でございますと、相当いろいろ講座やその他も十分充実をされているわけでございますが、新設医科大学の場合には、例えば附属病院につきましても、本来ならば八百床というところを大学の附属病院としては六百床ということで、残りは関連病院での実習というようなことで対応をいたしておるわけでございます。特に臨床実習というようなことなどが不可欠でございますが、臨床実習というようなことから見ますと、教授一人当たりの学生数が百二十人でございますと、多くなって密度が、どうしても濃い実習が必ずしもできないようになるとか、あるいは臨床実習のための入院患者が不足をするというような問題も出てくるわけでございます。したがって、百二十人というのは教育研究条件から申せば、必ずしも望ましい姿でないと、特に新設医科大学の場合で申せばそういうことが言えるのではないかと、かように考えております。
○粕谷照美君 しかし、今の厚生省のお話では、昭和七十五年だとか昭和百年になったらと、こういうお話なんですね、数字。その間に新設医科大学を充実をさせていくんだという考えがなしに、人数を減らしていくことで教育条件をよくしようというのはちょっとおかしいんじゃないですか。大体、国立だけそうしようというんですか。もし百二十人ということであれば、全部並べて百二十人の教育条件のところはと、こう考えたらよろしいんですか。
○政府委員(宮地貫一君) これは、それぞれの大学の講座数でございますとか病床数でございますとか、いろんな条件をそれぞれ個別に検討してみなければならない問題はあるわけでございます。
 それから、確かに御指摘のように昭和七十五年でございますとか、あるいは昭和百年という時点でというようなお話があるわけでございますが、医科大学で六年間の教育をしまして国家試験を受けて卒業研修をいたしまして、さらに一人前の医師として活躍できるというには大変、教育期間というものはそれだけを要するわけでございます。したがって、相当長期的な見通しに立ちまして医学部の入学定員を全体としてどう設定するかということは検討いたさなければならない課題であるとは考えております。
 それからお尋ねの点は、国立じゃなくて私立の場合もどうなのかというお尋ねもあったかと思いますが、私立医科大学の場合で申しますと、もちろん、教育研究条件改善をすること大変大事なことでございますけれども、私立医科大学の場合で申し上げれば、そこには私立医科大学が存立していくための経営的な観点ということもやはり入ってくるわけでございまして、必ずしも国立の場合と同様に一概には議論ができないのではないか、かように考えております。
○粕谷照美君 経営を考えてということよりも、私はまず、これは厚生省が考えるべきことなんでしょうけれども、国民のための医療ということを考えて、いかによい条件の中でよい医者をつくっていくかという、こういう考え方に立ってやっていただきたいと思います。大学局長の答弁は私は納得ができませんが、本日はそのことに主眼があるわけではありません。
 今、この医学部の入学宝貝の問題が非常に大きく叫ばれていく中で、私はこの医師養成が非常に、何というんですか、一員性のない形で行われているのではないかということを指摘してみたいと思うのです。
 まず、医師養成は国公私立大学だけじゃなくて省庁別、目的別医大というものがあるんですね。それで、これ国が認可しているわけですよね。
 厚生省、御存じだと思いますけれども、省庁別に三つほどありますね。その三つほどある医師養成の学校はどういう目的でつくられたのでしょうか。
○説明員(横尾和子君) 私ども承知している限りにおきましては、国立の文部省御所管の大学、あるいは文部省が認可された大学のほかに、特殊な目的を持ったものとして自治医科大学と産業医科大学−自治医科大学は先ほどお話の、ありましたような特に僻地を中心とした地域の医療を担う医師の養成ということでございますし、産業医科大学は産業衛生の分野で活躍する医師の養成をされているというふうに伺っております。また、医科大学ではありませんが、防衛医大が自衛隊の医官の確保という目的で設置されたというふうに承知しております。
○粕谷照美君 この三つの学校は文部省の指導監督というんですか、そういう範疇に入りますでしょうか。
○政府委員(宮地貫一君) ただいまお話のございました三つの医科大学ないし医科大学校でございますが、自治医科大学、産業医科大学は、これはいずれも学校法人として文部大臣の認可を得て設立をされているものでございまして、一般の私立の大学が文部大臣の指導助言のもとにあるという意味で、その点では全く同じでございます。ただ、防衛医科大学校は、これは御案内のとおり、医師である幹部自衛官を養成するということで、防衛庁所管の医科大学校でございまして、これは文部省が直接指導するという立場にはございません。
○粕谷照美君 それでは、文部省、十分承知ではないかと思いますけれども、この僻地の医者を確保したいという市町村の、自治体の願いがこの学校をつくったわけですね。先ほど安永委員が指摘されたように第三セクター方式のような感じがしてなりません。県からお金がその大学に払い込まれていくわけですからね。そして、さらに国からも助成金が出ていますね。目的を持って立てた学校なんです。まだ卒業生も何人もいませんから実績についてどうのこうのと言うこともできませんけれども、しかし、当文教委員会でも視察に行ったこともあるわけですが、これ大体目的に合っているというんですか、願望で立てた大学らしい卒業生の動きになっていますでしょうか。
○政府委員(宮地貫一君) 御指摘のように、自治医科大学は公立病院等に勤務する医師の養成と地域医療、特に僻地の医療の確保を図るという観点でつくりましたもので、それぞれ運営費については各都道府県が均等分担をするというような形でございますので、考えようによりますれば、もちろんある意味での第三セクター方式と申しますか、学校法人の形態をとっておりますけれども、実際上は経費については都道府県がそれぞれ負担をしておると、もちろん国の私大助成費も出されておりますけれども、そういうものと言えるかと思います。
 それで五十三年以降卒業生が出ておるわけでございまして、先生御案内のとおり、形態としては授業料がなくて納付金、生活費相当額を貸与し、卒業後九年間公立病院等で勤務をすれば返還を免除するというような形で運営をしているものでございますから、僻地の医療確保という観点を十分織り込んだ運営がなされているわけでございます。ただ、具体的にそれらのものがどういう状況かということでございますが、私どもが承知しております範囲内では、大体、卒業生はそういう公立病院への勤務という形で対応しているように伺っております。
○粕谷照美君 先ほど厚生省のところに届いているとおっしゃいましたけれども、全国自治体病院協議会が僻地の医師不足を訴えて、何とかしてくださいと、こう言っているわけですけれども、その中に、一定期間、僻地勤務行為を指導してほしいという要望が出ているんです。この指導というのは、これ厚生省というよりは、どちらかというと私は学校そのものの指導といいますか、この辺になると思いますが、これについて文部大臣どのようにお考えですか。
○国務大臣(森喜朗君) 自治体病院が要望しておりますことは、私は非常によく理解できます。せっかく県の県税を出資をして、何とか自治体に就職してもらいたい、こういう願いを込めて卒業生に多くの、まあ、言葉よくありませんけれども、お金かけているわけです。ですから、そういう意味では、義務規定というのはいろいろな形であるんだろうと思いますが、結局、単位を取って国家試験を取るまでにいけというわけにいかぬわけです。国家試験通らないとお医者さんとしての行為はできない。国家試験通ってお医者さんの資格取っちゃいますと、今度は職業選択の自由ということで態法に保障されているわけですから、あっち行け、こっち行けというようなことはなかなか義務規定でできない。これも医師道という道に携わるという立場の中で、倫理といいますか、そういう使命感というものを持っていただくということが大事でありまして、国家試験通ってお医者さんになった方に、一年間でも山間僻地、離島へ行きなさいというようなことができ得るのかどうか、これどうも文部省の所管だけで、なかなかこれは考えられないような問題じゃないか。しかし、何とかそういう願望を込めて、教室の中で指導者がそういう指導をしていってもらう。今の医学部は指導教授のもとで学問を研究しておられるわけでございますので、その先生方の指導性に私はよるところが多い。また、その指導される先生方に私どもが期待しなきゃならぬのじゃないか、こんなふうに思うわけでございます。
○粕谷照美君 私は、この自治医科大病院もそうですけれども、産業医科大学というのも、これは非常に問題があるというふうに思っているんです。これはお金が入るのは産業界から入っていくわけですから、逆に言と、医学、医療が資本に弱いという形になりはしないか、それから産業資本の介入を排除することができるだろうか、こういう学問的な問題点があろうかと思います。そういう中で空白の労働現場の衛生管理というものが何かおざなりになっていくというんですか、そういう心配もあります。
 例えば、つい先日、判決が出ましたけれども、土呂久の公害に対する判決がありました。あれは小学校の先生が自分の受け持ちのクラスの、ああいったような地域の子供はなぜそういうふうにして顔色が悪いんだろう、体が悪いんだろうと気づいたところから家庭訪問が始まり、問題として県の教研集会に発表し、そして日教組教研で取り上げられて大きな波紋を投げかけてきたわけであります。もっとも、この先生、今、組合員でなくなりましたから、私は残念だと思うんですけれども。しかし、こういう問題点について、なぜ医師がこのことを取り上げなかったのか。例えば、イタイイタイ病にしてもそうですし、水俣病にしてもそうですし、また昔から、よろけと言っていましたけれども、今はじん肺病ということで非常な問題点になっている、産業の中で問題になっているときに、こういう学校を卒業した人たちに対して本当にきちんとした教育をしていただかないと、産業に追随する医業になっていくのではないだろうか、こういう感じがしてなりません。こんなことをきちんと指導しないで医師をつくり上げていくということも私は問題だというふうに思います。
 また、防衛医科大学について質問をきのう防衛庁にいたしましたら、とにかく定員に足りないんですね。防衛庁には医者が一千名必要だと、しかし現役で今四百人ぐらいしかいませんと、こういう話でありました。今回は五期生の卒業なんですが、大体入学定員が八十人で七十四人ですと、こういう報告もありましたけれども、しかし、私は、考えてみますと、医者が多過ぎる、入学定員を減らさなきゃならぬと言いながら、非常に多目的な形で医師の養成が行われているということは問題だというふうに思いますが、文部大臣、この辺はいかがお考えですか。
○国務大臣(森喜朗君) 自治医科大学、あるいは産業医科大学、防衛医科大学校、これはそれぞれ医学教育機関としては医師養成を任務といたしておりますが、それぞれの設置の目的がいろんな意味で特色があるわけでございまして、医師養成ということも大事なことでございますが、同時に教育研究活動ということも医師養成機関の中の大きな目的の一つでもあろうと思います。私も当時文教の仕事を党でいたしておりましたので、恐らく、こういう要望があってできてきたということを党の立場で見ておりましたが、どちらかと言うと、本質的には医師不足、自分たちのいろんな仕事のエリアの中に医師が容易に供給できる体制が欲しいということからスタートしていることは間違いはないと思っております。しかし、そういう中で、先ほども申し上げましたように特色ある医学教育を進めていく、そういう意味では私はそれなりのまた設置の意義があったというふうにも考えております。
 確かに医師過剰とも言われておりますが、現実の問題としては医師不足ということの方が、むしろ私は社会に出てきている面では多いと思いますので、ただ、お医者さんといいましても、それぞれさっき粕谷さんがおっしゃったように、皆分野が違うわけでございますので、その辺というのもなかなか強制でき得るものではございませんが、それぞれの立場でそれぞれの設置の趣旨を踏まえながら、医学教育の研究活動という面でも、これからなお一層積極的にやっていただきたい。私は、そういう意味で、まだまだしばらくこうした大学が本当に医療の中に、あるいは社会の中に、どういう立場、意義を持っていくものか、もう少しやはり見守ってあげる、そういう私はまだ時期ではないかな、こんなふうに思っております。
○粕谷照美君 わかりました。それでは医学部の入学定員の削減は考えていないと、こういうふうに文部大臣がおっしゃったと理解してよろしいですか。
○国務大臣(森喜朗君) 先ほどからお話がありましたような理由で削減をするというのではなくて、いわゆる医師過剰云々ということではなくて、医学教育の現場というものの充実という意味で検討の課題ではないだろうか。ただし、先ほど申し上げたように、それはやはり大学の対応もございますし、それから各地域による新設の医科大学でございますから、そこの地域医療との関連も見なきゃならぬでしょうし、分野のことも見なきゃならぬでしょうから、そういうようなことも十分に対応しながら考えてみるべき、そういう段階ではないかなと、こういうふうに私は申し上げておるところであります。
○高木健太郎君 ちょうど厚生省の方もおいでになりますので、私、今の問題について、ちょっと私の意見を申し上げておきたいと思いますが、今、文部大臣から検討課題ではあると、別に医師過剰であるからではない、医学教育の充実という観点から検討する課題ではあると、こういうお答えであったと思います。私も同様に考えておりまして、単に医師の数が多いからということで、これは軽々に行ってはならぬと、こう考えております。それは最近も言われますように、医師は非常に専門化してまいりますと同時に、また一般化しなければならないという要請も受けておりまして、ゼネラルフィジシャンというようなものも考えられております。また、第一次、第二次、第三次の医療ということも考えられておりますし、また、先ほどからもお話ございましたように、医師の分布という問題もございます。こういうことも考えると、決して数を人口で割ったというわけにいかない。
 もう一つは、どこを減らそうと、全体の医師の数が、入学の数が減りますから、またこれ入試の方に響いてまいりまして、これはまた子供を持つ父兄に対して非常に大きなインパクトを与えるんじゃないか、こういうことも一方で考えなければいけない。
 また、最近になりまして、患者が医師を選択するという傾向が少しずつ見え始めてきました。これは私は、悪徳医師を追放する上では非常にいいことじゃないか、自由競争であるべきものである、こういうふうに考えておりますので、いい面もあるということで、十分広い立場でお考えいただいた方がいいのではないか。この点ぜひ文部大臣にも、厚生大臣とお会いになってお話しになる場合に、ひとつお考えいただきたいことである、こういうふうに思っております。
 それから、ちょっと厚生省の方、しばらくとどまっていただきたいと思いますが、よろしゅうございますか。
 最初に、私は、研究所のことをお聞きしたいと思うんです。
 大学の附置の研究所というのが大体現在幾つぐらいあるものであるか、それから施設はどれぐらいであるか、これを余り、全部というと大変でございましょうから、医学部関係に限ってひとつどれくらいあるか、お聞かせ願いたいと思います。
○政府委員(大崎仁君) 国立大学に限りますと、現在国立大学の附置の研究所が七十でございます。それから、そのほかに共同利用機関として位置づけられているものが十ございます。研究施設の数につきましては、これはいろいろ種類がございますけれども、一応研究施設として取り扱われているものが三百二十六ございます。
○高木健太郎君 そのうち、お聞きするところによりますと、後で、最近できてきた研究所の中には、あるいは施設の中には、あるプロジェクトに対して研究の年隈を大体切っておられる。その時点で見直しをされるということを聞いておりますが、幾つぐらいそれはあるんでしょうか。いつからそういうことは始められたでしょうか。
○政府委員(大崎仁君) 時限つきの附属施設、これはまだ研究所段階の組織ではございませんが、附属研究施設あるいは研究所施設等の部門等につきまして、組織の固定化を防ぐという観点から、時限を一部つけておるわけでございます。
 初めて時限をつけましたのが昭和五十年度からでございまして、その後その時限が来て廃止をされたもの等もございまして、現時点では、附属施設で時限が付されておりますものが国立学校で申しますと約四十という状況にございます。
○高木健太郎君 次いで、研究所、研究施設――共同利用の方はおくといたしまして、研究所設置あるいは廃止をするときの手続をひとつお聞かせいただきたいと思います。
○政府委員(大崎仁君) これは研究所の性格等にもよりまして一律には申しにくいわけでございますが、概括的に申しますと、まず、その研究所の設置あるいは改組を推進をされる当事者の方々が十分御検討され、さらに関係学会等の方々も含めまして熱心な御検討を重ね、結論を得られた時点で私どもに御相談があるということが最初のステップでございます。文部省では、そのような御相談を受けました段階で、いろいろ当事者と御意見を交換しながら、全体的な学術研究体制の中での位置づけというものを考えるわけでございますけれども、その場合には、通常、研究所等のような大きな重要なものにつきましては、学術審議会の御意見をお聞きをいたしまして、さらに前向きに進める必要があるという判断が学術審議会として感触がございます場合には、別途検討のための会議を開くというような手順を踏みまして、予算要求あるいは必要な行政上の措置をとらしていただくという手順を踏んでおるわけでございます。
○高木健太郎君 設置する場合の今のお答えはわかりましたんですが、廃止をする場合はどういうふうな手続をとるのか。
○政府委員(大崎仁君) これまで研究所を廃止いたしました例というのは余りないわけでございますが、数年前に、たしか九州大学の産業労働研究所が廃止転換をいたしました。このたび熊本大学の体質医学研究所が廃止をされるわけでございます。これにつきましては、やはり、ただいま申し上げましたように、まず基本的に設置されております研究所自身、あるいはその学内において十分御議論をいただきまして、自主的な御検討を踏まえての、その検討の過程で、いろいろ私どもも御相談にあずからしていただくことももちろんあるわけでございますが、その廃止をすることによりまして、それがさらに新しくその分野の研究あるいは大学の教育研究体制の充実につながるというような方向で成案がまとまりました場合に、その御要望を受けて、私どもとして必要な措置をとらしていただく、こういう姿になろうかと思います。
○高木健太郎君 私、廃止ということに少しこだわりましたのは、先般、昨年でしたか、九州大学で温研とあれが一緒になりまして生体防御研究所ができた。今回、また熊本でこういう廃止及びその転換ということが行われた。これらが真の大学の自治的な考え、あるいは学問の発達による要請ということであれば、私、何も申し上げることないわけなんです。何らか臨調の響きが少しでもありまして、それから業績が余り芳しくない、内部からもあるかもしれませんが、外部からの何かもあるということで、それが動機になって学内に何かざわめきが起こる、このことがこれを廃止して新しくしなきゃならぬような雰囲気になっていったんじゃないか。要するに、外力がある程度働いたのではないかということをちょっと憂えたものですから、その点でもう一度その点をお聞きしておきたいと思うんです。
○政府委員(大崎仁君) 御指摘のように五十七年度に九州大学の温泉治療学研究所が生体防御医学研究所ということになり、このたび熊本の体質医学研究所が医学部の教育研究体制の中に統合されるわけでございますが、両研究所とも、それぞれ研究所で研究に従事しておられる先生方が、最近のその分野の研究の進歩の状況から見まして、従前の姿では研究をさらに発展をさせる上で適当ではないのではないかということをお感じになるということが出発点でございまして、もちろん、そのようなことをお感じになるにつきましては、関連分野の研究者からもいろんな御批判とか御意見とかというものが当然あろうかと思いますが、あくまでも、しかし研究の発展ということがもとでございまして、別の観点からのいわゆる先生御心配のような外圧的なものは私どもとしてはないと申し上げられると思います。
○高木健太郎君 もちろん、そうであってほしいと思いますので、今後もその点は十分注意をしていただきたいと思うわけでございます。
   〔委員長退席、理事田沢智治君着席〕
 ところで、このような研究部門なりの新設が見直しをしたという場合に、今度の熊本の場合で見ますというと、もとのものが六つございまして、そのうちの二つが医学の中の講座として転換になると、あとの四つが遺伝ということになっておりますが、その中の一つに生体防御というのがございますが、これは生体防御でございますか。
○政府委員(大崎仁君) 体質医学研究所に従来置かれておりました部門が医学部の講座、あるいは新たに医学部の研究施設として設けられます遺伝医学研究施設の部門に転換をするわけでございます。新しくできる部門の中に生体制御という部門を予定しておるわけでございます。生体防御ではございません。
○高木健太郎君 ここには防御と書いてあるものですから、読み直しをされた十分なこれは資料だと思っておりましたけれども、どうも防御というと、それに当たる教授がおいでじゃないんじゃないかと私は考えましたので、お尋ねしたわけでございます。
 問題は、今度はうまく遺伝生物、生体制御、遺伝病理、疫学というふうに四つの部門にそれぞれの方が、横滑りという言葉は私は余りよくないと思いますが、適当な教授であったというふうに私は考えなければならぬのですが、何だか横滑りであるという、例えば形態学がいきなり遺伝生物学ということになったというようなことが、これは熊本大学でお考えになったことであって、私がここで取り上げる問題ではないと思いますが、例えばの話、新しい時代の要求に合って、より発展的に立派なものにしたいというときに、廃止にするというときには、本当のことから言えば、もとあったものは完全に廃止にして、新しく若い、そして活発な研究をしている人をそこの教授にするというのが本当の姿じゃないか。もちろん、もとの教授の方がそれに対して非常に適任であると、この人以外においてはないというふうに大学の方でお考えになれば、それは結構でございますが、私は、時にはそういうことが起こり得ないのではないかという場合に、その方はやめていただくということになるんじゃないか。この点はどうなんですか。
○政府委員(大崎仁君) 御指摘のように、既存の施設を改組、転換して新しいものをつくります場合の一番むずかしい点は、改組、転換した組織に最もふさわしい研究者を迎え得られるかどうかということと、従来いろいろお骨折りをいただいておられた方の処遇ということでございまして、大学、研究所自体もいろいろその点では御苦労をしておられるわけでございますし、私どもとしても事柄の性質として直接どうこういたしがたい問題ではございますが、その点については頭を悩ましておるわけでございます。このたびの体質医学研究所への転換につきましては、そのようなことで、現にいろいろ長年研究に精進をしておられた方々がさらに研究を続けられる場を確保するということはやはり考えなければならないことでもございますが、一面、新しい血を入れていただくというようなことで大学でも御工夫をされまして、医学部から助手等の定員がたまたまあいているものを振りかえて、新しい医学研究施設の教授ポストを拡充するとか、あるいは退職し、転出をされた方が若干名ではございますが、おられるというようなことも活用しまして、新しい研究施設にふさわしい研究者をお迎えするという努力をしておられるというふうに承知をいたしております。
○高木健太郎君 私、この今度の問題について言っているのではなくて、実は、その研究部門の名にふさわしくないような教授が就任されるというようなことも間々あるように聞いております。こういう場合には文部省は口出しはできないのでしょうけれども、大学の自治に任されるわけでしょうけれども、ぜひ、せっかく新しいものをつくられるならば、その際思い切った処置をしなければならぬこともあるのではないかと。
   〔理事田沢智治君退席、委員長着席〕
まあまあ主義では本当の意味の、国民の税金を使った大学では、これは考えなきゃならぬことじゃないかと、こう思うので特に申し上げたわけでございます。
 もう一つは、この研究部門の方が今度は講座に彩られたという、これをかなり簡単に考えられているんじゃないか。というのは、研究部門というのと講座というのは違いがあると思うんですが、どういうふうに文部省では考えていますか。
○政府委員(大崎仁君) これは医学部の講座でございますから当然のことでございますが、医学部におきます教育、研究の両面にわたりまして、その分野の責任を負う組織となると、こういうふうに理解をいたしております。
○高木健太郎君 そのとおりであろうと思います。ただ、日本の従来の教授の選考の場合には、その人の研究業績が非常に重く見られておりまして、教育業績ということはほとんど見られていないと、そういうふうに私は考えているわけで、いろいろな方にもその意見は申し上げているわけですが、この場合、研究部門で、ある人が講座に行って、果たして教育的な能力というのですか、そういうものもお考えになってのことであろうと思いますけれども、このこともひとつ新しく廃止するとか、あるいは中の転換をするという場合には十分ひとつ考えていただきたい。あるいはどこかで審議をされるとなれば、そういう一つの基準をつくられて、文部省としては、転換をし、廃止し、新しくつくるという場合には、これだけの注意が必要であるというような、そういう基準をひとつおつくりになっておいたらどうか。そうでないと、大学の自治、自治と言っても、大学の自治も誤ることもあると。だから最小限そういう基準をおつくりになるということが私大事じゃないかと思うんですが、文部大臣、その点についてはどのようにお考えでございますか。
○国務大臣(森喜朗君) 専門の高木先生が専門でない私にそのようなお尋ねをなさると大変私もつらいところでございますが、研究荷の配置というのは大変むずかしい問題だと思います。学問、教育というのは連続性が必要だということもあるでしょうし、だからといって、常に停滞をしているといいましょうか、新しい学問というものも生み出し得ない、そういう中で、そのままおられる方々を、いつまでも講座制だ、研究所だという形の中で温存しておることは、これは国家のために余りよくないというふうに私は当然考えますが、こうしたことを大学内体、研究所自体等々でお考えをいただいて、いろんな意味で運用面でも御自身でいろいろお考えをいただくということが大学の自治ということから言えば一番よろしいのではないかというふうに考えますが、先生から御提言が今ございましたような事柄も検討をしてみる必要があると思います。いろいろ多くの問題がこれによって出てくることもございますけれども、文部省としても大学の自治だけで常にすべて大学にお任せをしておくということであっても、やはり私は文部省としての責任は果たし得ないんじゃないか。何らかの形で指導していく、そういう考え方も取り入れていくということも十分私は大事なことじゃないかと、こんなふうに感じました。
○高木健太郎君 最近、いろいろ教育のことについて言われておりまして、その中で、日本というところは基準というものをつくるのが余り得意じゃないし、好きでもないところがあるわけですね。だけれども、何か大事なことをしようという場合には、あらかじめそういう学識経験者なりを集めて、ある程度、その基準がもう間違いでないというふうな基準は永久にできないわけですけれども、時代、時代に応じてその基準を改めていくとして、一応の基準はつくっておいて、そして誤りのないようにしておくと。もし、それが悪ければ、その基準を変えていくというような弾力的な基準をつくっておく必要が私はあろうと、こういうふうに考えるわけです。ただ面積があるとか教授は何人であるとか、そういう基準ではなしに、その中身の、内容についての、ある程度の基準を持っておく必要があろうと、こういうふうに考えておるので、一応、私のこれは意見でございますから、この点も御参考にしていただきましてその方面でお考えいただきたいと、こういうふうに思います。
 次は、研究所というものに先ほど時限があるということでございまして、すかっといけば廃止してしまうと、その教授はどこかにやらなきゃならぬということになりますから、いわば研究所の教授になった人は一種の任期をしかれているというふうに考えてもよかろうかと思うわけです。そうすると、それが五年であれ十年であれ、とにかく、なったその部門の責任者は十年だては自分は何らかの身の振り方を考えなければならぬということになります。これは御存じの岡崎の生理学研究所のときには、そのような任期をしこうということを運営委員会その他で決めたことがございますが、その点、実行されているかどうか私存じませんけれども、これは文部大臣が小林さんに予算委員会でお答えになった中で、そういう任期を、あるいは契約制の導入ということも、活気づけるという意味では非常にいいことではないかと、考えておくというようなことをお答えになっております。三月十日の予算委員会ですね。これは今まで余り文部大臣としてそういう御発言をされた文部大臣はないわけでございまして、非常に私、進歩的なお若い馬力のある文部大臣でいらっしゃいますので、これはいいことをおっしゃったと実は思っているわけです。日本ではこれがやろうとしてできなかったことでございます。
 そのできない一つの理由は、公務員の身分保障ということがございまして、この関係も一つございますし、それから研究所だけ任期制をしきましたところで、講座の方は終身雇用制であると、こういうことになりまして、そこの間にちぐはぐが起こるということで、私は、もし任期制を導入されるとしたらば、こういう研究所あたりのところから始めていくという一つの方法もあると。そうでなければ、任期制をしきますと言ったところで、また永久にこれはできない問題である。諸外国では大体任期制になっておるところが多いわけですから、この際、この研究所と任期制ということについてお考えをお聞きしたいと思います。
○国務大臣(森喜朗君) 大学の教官の人事というのは、閉鎖性をできるだけ廃して、生き生きとした教育研究活動を展開する、このことが一番大事だと考えております。したがって、任期制を導入したり、あるいは業績を審査するというようなやり方を入れてみたらどうかというような、こういう御意見も事実ございます。しかし、今、先生からもお話がございましたように、大学の自治というまず大きな一つの壁もございますし、それから終身雇用的意識というのも強く、職場間の中では非常に流動性も高くないという実態もございます。公務員制度一般における身分保障という問題もございますので、非常に難しい問題だというふうに考えております。特に人事の問題は、これまで、こうした多くの国会の議論の中で、大学の自治の根幹ということでございますので、文部省としては慎重に対処してきたというのが正直なところでございます。
 私は、先般衆議院の予算委員会におきまして、社会党の小林先生から、むしろ、そのことを思い切って改革をしていくことが大事ではないか、こういう御質問をいただきました。私はそういう意味では、確かに今の日本の教育の中で、研究というものが生き生きと続けられていくという意味では、講座制あるいは学科制というのはやっぱり閉鎖的な傾向に陥りやすいということもしばしば耳にいたしております。
 現実の問題といたしまして、私もよく選挙区で、大学そして博士課程を取って、大学院に学んで、まだ確実なる仕事がなくて、いわゆるオーバードクターの問題でありますが、大学院まで出て博士になったのに、なぜ仕事がないんだろうかということを、一生懸命にお金を仕送りしてきたお父さん、お母さんの立場から見ると、私によくそういう御質問をいただくわけでございますが、指導を受けた先生とよく相談をなさらないといけませんよということを、我々政治家にそういうことを頼んで、どっかいいところはないかというようなことでは、この問題は解決しないので、指導を受けた先生方を中心にお考えいただかなければならぬのですよと、こう申し上げながらも、実は自分の心の中には、何かやっぱり独特の世界があるのだな、気に入らなければどこにも回さない、あるいはほかにもなかなか御推薦を得られない。また、どっかの部門に移ろうと思っても、そこの中はまた一つのセクショナリズムがある。こういうようなことも何か解決するということはできないものだろうかななんということは、私も政治家になってから随分いろいろと疑問に感じながらいろんな検討もしてみましたが、先ほど申し上げたような前提が壁となって隔たっているようでございまして、したがいまして、双方、とんでもないことだという御意見もございますし、また、今、高木先生から御指摘のように、教育という意味では、諸外国のことを考えても、そういう方向に踏み切るべきではないかというご意見も多々ございます。こういうことは従来の考え方から、文部省は主体性を持たなきゃならぬとは思いますけれども、今日的なこれまでの文部省、そしてまた大学とのお互いの信頼感の中において、文部省が今積極的にこれに取り組むということはなかなか難しい問題かもしれませんので、先ほどからの御論議でも出ておりましたように、高等教育全般を見直してみるということは、当然新しい審議機関で御検討いただくような重要な課題になるのではないかと考えますので、そういう中では当然我々の政治の立場が全く入れない社会でございますから、そういう御専門の皆さんで十二分にそういうようなことも御論議をいただくということが適当ではないだろうか、私はこのような趣旨のことを小林先生に対して答弁を申し上げたわけでございますし、同時になかなか難しい問題でございまして、ぜひ私は、そういう意味で、御専門の方々が、新しい審議機関などで大学教育全体のものを、それから先ほど安永先生でしたか、大学院の問題もおっしゃいました。そういうような問題も含めて、大学の教官、研究者のあり方というものも十二分にいろんな方面の議論を踏まえながらいろいろと御論議をいただくということが極めて適当ではないか、こんなふうに私は考えておるところでございます。
○高木健太郎君 任期制なんというようなものは、口では言うことができても、現実的には非常に私難しいだろうと思いますが、生理学研究所ではどういうふうになっておりましょうか、設立当初は任期制ということを言っておりましたが。
○政府委員(大崎仁君) 恐らく、申し合わせによりそのような運用を図りたいということであろうかと存じますが、手元の資料では、そのようなことをやっておるというふうにはございません。むしろ、岡崎の分子科学研究所が、助手は六年でかえるようにしようというような申し合わせで実行しておるというふうに承知をいたしております。
○高木健太郎君 岡崎の研究所以外にそういうところはございますか、任期制というようなところは。
○政府委員(大崎仁君) 高エネルギー物理学研究所におきましても、加速器の運転等を担当しておられる方以外の教官につきましては、七年間というのを一応のめどとしておるというふうに承知をしております。
○高木健太郎君 講座というのは非常に基礎的なものでございますから、しかも教育に関係がございますから、これにまで任期制を持ってくるということは、なかなかこれ容易ならぬことですし、また、いろいろ弊害もあろうと思いますから、急には考えられませんが、研究所の方では、内部的にそういう意見もあるということでございますから、あるいは、そういうところである程度できる部門もできてくるんじゃないかというように思います。
 そこで、私ちょっとお尋ねをしたいことがございますが、先般外人教師の任用ということが認められまして、現在、日本にどれくらい外人教師が正式に任官しておられるでしょうか。
○政府委員(西崎清久君) ただいま先生がお話しのように、五十七年に特別立法ができまして、現時点におきましての国立大学の外国人教授、助教授、講師は合計で十六名になっております。
○高木健太郎君 その中で欧米というところは何人ぐらい来ておられますか、外国を抜けてですね。
○政府委員(西崎清久君) 欧米関係でございますか。
○高木健太郎君 ええ。
○政府委員(西崎清久君) 欧米関係で申しますと、米国関係が五人でございます。それから、西ドイツが二名でございます。それから、英国が三名というふうになっております。
○高木健太郎君 その中には医学部関係の人はおられますか。
○政府委員(西崎清久君) 医学関係につきましてはお一人が耳鼻咽喉科関係でございます。その他はおられません。お一人でございます。
○高木健太郎君 その耳鼻咽喉科は教授ですか。
○政府委員(西崎清久君) ただいま申し上げました耳鼻咽喉科関係は欧米ではございませんで、中国の方でございまして、講師でございます。
○高木健太郎君 御存じのように、日本の医学というのは明治時代に始まりまして、西洋医学を導入して、その際は東大も、あるいはその他の大学におきましても、主としてドイツでございましたけれども、英国からもウィリス等の立派な学者を呼んで、その方々から開発された、あるいは教えを受けたということは皆さん御存じのとおりでございますが、その後、医学関係はほとんど外国人の教官というのがないわけでございまして、私、医学は少なくとも世界で冠たるものであるというふうに皆も思っておりますし、私もある意味ではそう思っております。全部が全部、日本の医学がトップレベルにあるというわけでは私はないと、大いに学ぶべきところがあるんじゃないかと、こう思います。
 そこで、もし医学の方でこのような研究所であって、任用制がとられて、そうして十年なり五年なりを日本で勉強、いわゆる教育をする、研究をするという人が呼べれば、こちらから何人かの留学生をやるよりも、はるかに私は効率がいいんじゃないか。そうして、非常に研究の能率も上がるんじゃないか。こういう意味で、外人のそういう教授をこういう研究所に招致するというような方向に進んでもらいたいという気がするわけです。
 それと同時に、もう一つは、もしもそういう任用ができないというふうに、なかなかそういうことは難しいでしょうからして、例えばゲストプロフェッサーとして、客員教授として医学部の臨床の先生をこちらに呼ぶということがあるわけですね。その呼んだときに、その人は手術をしようと思ってもライセンスがないからできないということになります。本当の意味のそういう学術交流というのはできかねるというふうなこともあるんじゃないかと思う。
 その点、最初の件につきましては文部省の方から、後の件につきましては厚生省の方からひとつお答えいただきたいと思います。
○政府委員(大崎仁君) 外国人の研究者を研究所等に招聘するという点につきましては、従来から一年程度の期間ではございますが、若干の予算措置がなされておりまして、大体百名前後の研究者を各研究所に招聘をいたしておるという状況がございます。ただ、残念ながら医学関係につきましては余り例がないというのが実情でございます。
○説明員(横尾和子君) 臨床の外国人医師を客員教授とした場合の医師法上の取り扱いでございますが、日本の医師免許を持たない教授である場合には、その御指導はいわゆる肩越しの指導ということにとどまると思います。
○高木健太郎君 もう余り時間がございませんからあれですが、アメリカの話でございますけれども、アメリカに日本の人が臨床家で行きますが、その場合にアメリカのライセンスは持っていないわけですね。ところが、その病院あるいは大学においてはライセンスなしで、その病院の中に限っては医療行為ができるというふうに内部で決められているわけですね。そういうことは日本でもできないものかどうか。余りに、というのは、日本の患者が今度も心臓の手術に行きますけれども、向こうの先生にやってもらうわけです。自分の体を向こうの先生に預けてでも手術してもらう先生であるのに、その先生がこちらへやってくればそれは手も触れさせない、肩越しであるというのは何となくこれは片手落ちじゃないかというような気がしますが、いかがでございますか。
○説明員(横尾和子君) 先生のただいまのお話は、研究組織としての、あるいは教育機関の医学部の中での限定されたお話というふうに考えますけれども、医師の免許については、現行法上はそういう教育関係だけの限定免許という形にはなっておりませんので、御指摘のようなことをするとすれば法律の改正等々の措置が必要になろうかと思います。
○高木健太郎君 ぜひ、その法律の改正をしてでも、お互いの利益のためにやっていただきたい。ひとつ厚生省は文部省と御相談いただいて、これは教育機関でもあり、あるいは病院の医療機関でもあるわけですが、その両方で、その内部においてはできるのだ。外の一般開業というようなことはできないにしても、学問の交流、文化交流という意味ではそういうことができるようにしないというと、普通の研究ならできるけれども、実務的なことはできない。これは医療に限ったことではない、ほかにもこの程度のことはあるんじゃないか、こう思いますので、ひとつ文部大臣にも、そういう教育機関の中、あるいは文部省の管轄しておられる医療機関の中、大学の附属病院、こういう中では、向こうからおいでになった方に実際そして治療もしていただける、手術もやっていただける、こういうことをひとつ厚生省とお話し合いの上で何か可能にしていただけたらば非常に私はお互いのためにいいのじゃないか、こう思いますが、文部大臣ひとつ御所感をお伺いしたいと思います。
 これで私の質問を終わります。
○国務大臣(森喜朗君) ただいまのお話も含めて、高木先生から大変いろんな角度からの御示唆をいただきまして感謝を申し上げるわけであります。
 私も時々難病とか心臓の手術でお母さんに抱かれた赤ちゃんが飛行機で遠くアメリカへ行くとかドイツヘ行くなんていうようなニュースを見ておって、先生、呼んだ方がある意味では安く上がるし、まず、危険な子供をそうやって動かすこと自体に非常に矛盾を私自身も感じておりましたが、しかし、国内にはそうしたいろんな意味での医師法という歯どめもあるわけでございます。そういうふうな形で医師法ができたというのは、やはり長い歴史や現場の中から、いろんな面から出てきたという、それは正当なまた理由もあるんだろうと思いますが、治療行為は難しくても研究行為ならばいいということも考えられるわけでございますが、こうした問題も新しい問題点として私は大変勉強になりました。先ほど申し上げておりますが、新しい審議機関などで、そうしたような問題、高等教育機関の研究のこと、治療のこと、よく総理も国会答弁で申し上げておりましたように、各省にまたがる諸機能というようなことをよく私自身も答弁申し上げてまいりましたが、こういうようなこともやはりこれは大いに議論をしてみる大事な問題点だろう。特に私は、今度の新しい教育改革は二十一世紀を担う青少年にふさわしい教育のあり方ということを申し上げておりますが、同時に、日本の国がこれから国際化のためにどんな役立ちができるのか、日本の教育はどうやって世界全体のためにあるべきなのか、こんなようなことも議論をしてまいりますと、当然、こうしたところにも問題が触れてくるだろう、こう考えます。大変、御提起をいただきました問題として、文部省としても十分これは私は取り組んでみる大事な問題であろう、こう受けとめて、今後ともいろんな角度で研究をしてみたい、こんなふうに考えます。
○高木健太郎君 終わります。
○吉川春子君 最初に、時間が大変少ないのでお答えは簡潔明瞭にお願いしておきます。
 まず、政府は第六次定員削減計画を立てて、文部省において六十一年までに国立学校などで四百七十九名の職員を減らそうとし、今回の法改正でも四十二名の定数削減が行われようとしております。私はその計画に強く反対で、むしろ、職務の遂行上定員をふやさなければならない職場がたくさんあるということを指摘したいと思います。
 具体的な例で申し上げます。
 最近、大学へ入学してくる学生たちは、彼らの多くは幼少から始まり、かつ長かった受験競争の間に受身的で無批判な記憶中心の勉強がすっかり身についてしまっているとの批判も多いわけですが、こういう傾向の学生を迎えて、群馬大学では教養課程の一般物理実験において、群馬大学方式というユニークな教授法を取り入れております。学生がじっくり構え、納得のいくまで時間をかけて勉強することを可能にしています。これは、受験勉強に明け暮れている現在の平均的な中学生、高校生に最も欠けている点で、この教育方法は日本物理学会誌第三十二巻十二号にも紹介されて高い評価を受けています。学生たちの反応も、物理実験は本当に自分たちでやる勉強であり、人から教えてもらうだけだった私にとって本当に新鮮な感じがして、もしかすると本当の教育とはこういうものかもしれないと思うようになったと好評です。
 ところで、この授業を担当しておられる教授の一人から次のような訴えがあります。
 群馬大学教養部では、物理、化学、生物の学生実験を実施しているが、教養部発足から十八年経過した現在に至るまで一名の教室付職員も配置されていない。そのような劣悪な条件下で、現在、物理、化学の両教室はそれぞれ前、後期各四回、一回三時間、生物教室は前期のみ二回の学生実験を実施している。学生実験には教官の学生に対する直接の指導に加え、別記のような専門的な内容を含む業務が付随する。例えば、実験室の清掃、整備。二、実験装置の整備。三、実験器具の貸し出し。四、試薬の調整、ガラス器具の洗浄。五、実験装置、器具類の帳簿整理。六、実験用資料の印刷。七、実験報告書の整理。物理、化学の両教室では、それぞれやむなく定員外職員を一部教室予算を割いて雇用しているが、学生に直接接し、教育上の責任を持つ職務を担う人が大学の正規の職員でなく身分的に不安定な日々雇用の職員であることは好ましいことではない。さらに、現在問題となっている定員外職員の三年雇用導入が決まれば、実験装置の整備、試薬の調整等の高度な技術を必要とする業務を支障を来さず遂行できる人材を確保することは不可能に近くなる。さらにこのような職種の場合、入職して三年という時期は仕事に慣れて、ちょうど業務に対して軌道に乗れる時期でもあり、このときに雇用を打ち切るというのは全く不合理であると言わざるを得ない。というのが訴えですが、文部省からいただいた資料によれば、国立学校の非常勤職員は五十八年七月一日現在で七千百三十人います。これらの人々の中には今述べた群馬大学の例のような、教授の片腕になって学生指導を含む専門的な仕事までやって余人をもってかえがたいか、あるいは日々雇用になじまない例も全国にはたくさんあると思いますけれども、そういう実情を文部大臣は御存じですか。
○政府委員(西崎清久君) ただいま先生のお話の点でございますが、定員外の日々雇用の職員は、本来的には季節的業務あるいは一時的、変動的なプロジェクト等に伴う職に……
○吉川春子君 実情があるかどうか、知っているかどうかだけでいいです。
○政府委員(西崎清久君) 従事していただくわけでございます。しかしながら、実態といたしましては、先生、御指摘のような、ある程度、教務関係で、あるいは医療関係で、専門的な業務に従事しておられる方々がおられるということは承知いたしております。
○吉川春子君 それでは、そのことはお認めになりましたので、文部省は文人給一〇九号の通達で、日々雇用の職員についての採用の抑制、新規採用については長期にわたる雇用にならないようにというふうに言っていますが、これは各大学に対して非常勤職員の雇用期間を二年か三年で打ち切れということを押しつけているのですか。
○政府委員(西崎清久君) 日々雇用の定員外職員につきましての処遇の改善等につきましては、従来からいろいろと問題があり、私どもも努力をしてきたわけでございます。しかし、形態としては一年雇用ということは風則でございまして、頭打ち等の給与の問題がございました。一方、常勤化と申しますか、長年にわたる勤務形態というものが片や弊害としてある。この二つの問題について我々としては解決を図るべき課題であったわけでございます。
 そこで、今、先生が御指摘の通達におきましては、新規の雇用の日々雇用の方々につきましては、再雇用の年限を長期化にわならないようにという学内でのコンセンサスができた場合、そういう大学機関においては、給与の頭打ちにつきまして若干の是正を図るというふうな処遇改善の前向きの措置をとることを協議いたしまして、私どもとしては措置をしておるわけでございます。したがいまして、私どもは、長期にわならないようにという指導はいたしておりますが、何年の期限でということにつきましては、学内でのコンセンサスの結果によると、こういうふうな考え方をとっておるわけでございます。
○吉川春子君 人事権はただいま官房長もお答えになりましたように、大学の自治の大切な一環ですのでこの二年で打ち切れ、三年で打ち切れということは、文部省としては、人事の介入であるから押しつけてはいないということでいいのですね。イエスかノーだけでいいのです。
○政府委員(西崎清久君) 年限については私どもは具体に申しておりませんが、学内におけるコンセンサスで、通常の場合三年というふうな期間での協議が整っておる例が多うございます。その期間については妥当なものと私どもは考えておるわけでございます。
○吉川春子君 年限について文部省は押しつけていないという答弁でした。私は、定員外職員の雇用期間を三年で打ち切るということには強く反対ですけれども、文部省はその大学のコンセンサスに基づいてやるべきだと、こういうお考えなわけです。
 次に伺いますが、群馬大学においていわゆる三年雇用の導入について学内のコンセンサスが得られていないと、こういう問題について伺いたいと思います。
 私の手元にこういう文書があるのですが、
 群馬大学識貝組合委員長 高野庸殿
 おたずねの件(「非常勤職員の雇用期間を三年以内にすること」を昭和五十六年一月二十二日の部局長会議で決定または了解したかという件)についてお答えします。
 一月二十二日と限らず私の在任中に、そのような決定をしたことも、了解をしたこともありません。記憶違いの可能性をおそれて、内研岩井所長にも確かめてみましたが、全く同じ見解であります。当時出席しておられた他の部局長も、同じように述べておられるそうです。
 もし必要なら、そして可能なら、当時の部局長会議の記録を御覧いただければ幸いです。部局長会議の記録は、評議会記録のように構成員全員の確認を得る手続きをしていませんが、事務官が作製したものを学長が査読し、修正すべきものは修正して、捺印の上保存される習慣になっています。
 昭和五十九年三月五日
 畑  敏 雄
前学長がこういうふうに言っておりますが、学長も知らない間に決められた三年雇用は、大学の意思で決まっているとは言えませんね。
○政府委員(西崎清久君) ただいま先生御指摘の点でございますが、私どもの方に学長名での文書が参っておりまして、五十六年一月二十四日でございますが、非常勤職員の取り扱いについては「一月二十二日開催の部局長会議において、下記のとおり取り扱うことが了解された。」と公文書で学長名でいただいておるわけでございまして、私どもとしては、この点について、文書による内容でございますので、部局長会議において取り扱うことが了解されたと理解をいたしておるわけでございます。
○吉川春子君 そうしますと、私が今読みました、その当時の学長のこの文書についてはどうお考えですか。
○政府委員(西崎清久君) 私どもは、ただいま先生のお話しの点の内容をよく承知しておりません。したがいまして、公文書における学長名の内容を私どもは理解をし、それが妥当であろうというふうに考えておるわけでございます。
○吉川春子君 この公文書には学長の欄に捺印がありますか、学長が了解しているという捺印がありますか、署名か。
○政府委員(西崎清久君) 学長名の公印も捺印されております。
○吉川春子君 捺印されておりますか。
○政府委員(西崎清久君) 捺印されております。
○吉川春子君 この原議書のことですか。
○政府委員(西崎清久君) 私が申し上げておりますのは、一月二十四日付で文部省の人事課長あてに提出されておる公文書に、学長の公印が押されておるということでございます。
 ただいま先生がおっしゃっておりますのは原議書の問題であると思います。で、原議書につきまして、群馬大学におきましては、学内の専決規程におきまして、大学と文部省等の公の機関における文書についての専決として事務局長に委任をいたしておりまして、学内手続としては、専決規程により事務局長によって処理されておるということは、学内手続の問題として事実でございます。
○吉川春子君 その当時学長であった方が、明確に自分は知らなかったというふうにはっきりこの文書で出しているわけですけれども、文部省に出されていたその公文書には捺印してあるということは、学長が知らない間にその文書、学長の印あるいは署名が使用されたということになりますね。
○政府委員(西崎清久君) 一月二十二日に部局長会議が行われたということと、それから、公文書の決裁手続において事務局長によって決裁されたということと、それから、文部省に公文書が学長名で出されたことというのは、それぞれ別の問題でございまして、取り扱いとして、一月二十二日における部局長会議において非常勤職員の取り扱いが一項目から四項目にわたって了解されておるということは、学長名の公文書にあるとおりであるというふうに私どもは理解をしておるわけであります。
○吉川春子君 それは、事実とその公文書との間に違いがあるわけですけれども、もし――もしといいますか、現実に学長が、その当時の学長がそういうことを否定されているわけですから、このことは事実とすれば大変な問題だと思いますが、いかがですか。
○政府委員(西崎清久君) 順序を追って申し上げますと、一月二十二日に部局長会議が開催され、そこにおいて非常勤職員の取り扱いが了解された。これが一つでございます。そのことについて文部省に文書を出す必要があるということで、その文書を出すのについて、学内の決裁上の扱いとしては、事務局長の決裁で処理されておると、これが第二段階でございます。そして、第三段階としては、事務局長の決裁に基づく文書が専決でございますから、学長名で公印によって文部省に提出されておると、こういう手順で行われておるわけでございまして、その間に遺漏はないというふうに私どもは理解をいたしております。
○吉川春子君 そうしますと、学長は、自分は知らなかったということをはっきり言っておられて、これは虚偽の文書ではなく本当の文書なんですけれども、それにもかかわらず、そういう学長が知っていたかのような文書が文部省に上がっている。その形があるから文部省としては、内容はともかくとして、それは学内のコンセンサスがあったものと認めると、こういうお立場ですか。
○政府委員(西崎清久君) この非常勤職員の取り扱いについて学内のコンセンサスがあるという問題は、この部局長会議における取り扱いでそのような扱いが了承されたというところに学内のコンセンサスがあるということでございます。
○吉川春子君 そうすると、その大学の長である学長はそういうことを知らなくても構わないんだというのが文部省の御意見ですか。
○政府委員(西崎清久君) 部局長会議におきましてコンセンサスが取り行われたことは、学内において当然学長にも事実上の問題として報告され、学長も承知しておられるはずでございます。その承知しておられる実情については、事実関係として私どもは捕捉することは難しいわけでございますが、少なくとも学内の手続において決裁規程に基づいて文書が作成され、文部省に提出され、学長の公印で公文が出ておるわけでございますから、これら一連の手続においては、私どもは正当に処理されておるというふうに理解をしておるわけでございます。
○吉川春子君 全くお答えが私納得できないし、おかしいと思うんですね。本来は、そういう部局長会議があって、それで、そこで納得されたということは、学長にも通じているということは、一応推測できますけれども、群馬大学の場合はそうじゃなかったんだと、部局長会議で仮にそういうことはあっても学長は知らなかったという、そういうことがはっきりしているわけですから、それでも、それをもって公文書に判が押してあるからということで押し切るということは、すごくおかしいと思うんですけれども、とにかく部局長会議で確認さえしてあれば、学長が本当は知らなくても構わないんだと、こういうのが文部省のお立場ですか。
○政府委員(西崎清久君) 学内における学長なり評議員会なり部局長会議あるいは教授会という関係につきましては、学内自治の問題として、それぞれの大学における意思決定なり、いろいろな意思決定に至るコンセンサスの問題として、お任せをせざるを得ないというのが私どもの立場でございます。しかし、この点につきましては、いろいろ機微にわたる点もありますので、私どもも調べさしていただいたわけでございますが、部局長会議等が事実行われ、それが正当な手続によって文部省に公文書として出ておるということが判明しておりますので、その点については群馬大学における取り扱いとしては正当なものとして私どもは取り扱いをしておる、こういうことでございます。
○吉川春子君 調べだということですが、調べた結果、部局長会議の結果について学長は知っていたというふうに文部省は調べがついたんですか。
○政府委員(西崎清久君) 先ほど申し上げましたとおり、部局長会議におけるコンセンサスで了解をされたということと、そのことが学長さんのお耳にどういう形で入ったか、あるいはどういう内容で入ったかという点については、事実関係の問題として私どもは承知はいたしておりません。
○吉川春子君 承知いたしておりませんの。
○政府委員(西崎清久君) そのとおりでございます。
○吉川春子君 そうしますと、ここに前学長が自分は承知していなかったということが明らかになっているわけですからね。大学の自治権というのは学長にあるわけでしょう。そういう方が知らなかったということは重大だと思うんでね。この点について文部省はもう少し調べて、そして、もし学長が知らなかったとしたら、新たな措置をとるべきじゃないんですか。新たな対応をするべきじゃないんですか。
○政府委員(西崎清久君) これは、私が申し上げるまでもなく、先生の方が御承知でございますが、大学における自治の問題といたしましては、教育公務員特例法その他におきまして管理機関の定め等がございます。したがいまして、学長限りで大学が運営されておるわけではございませんし、評議会なり部局長会議なり教授会、それぞれの機関の権限その他が総合的に構成されて、大学の管理運営が行われておるということでございます。したがいまして、私どもとしては、大学の意思決定に基づく文書の提出に当たり、それぞれの大学における取り扱いの態様が違うと思うわけでございます。群馬大学におきましては、部局長会議における非常勤職員の取り扱いが、部局長会議でいろいろと議論され了解されておるという取り扱いにおいて、大学における一つの意思決定のプロセスが重要な段階として処理されておる、こういうふうに理解をしておるわけでございまして、その点において部局長と学長の間の意思の疎通がどういうふうに行われたかにつきましては、群馬大学自体の問題として御処理をいただいておるというふうに考えるわけでございます。
○吉川春子君 端的にお答えいただきたいんですけれども、そうすると、その部局長会議で決定されていって、学長が知らなくてもそれは構わなかったということですね。
○政府委員(西崎清久君) 大学における意思決定につきましては複雑多岐にわたる問題がたくさんございます。したがいまして、群馬大学本部におきましては文書処理規程をつくっております。学長の処理すべき事務につきましては、事務局長に処理を任せているもの、庶務部長に処理を任せているもの、いろいろと、学長さんがみずからは責任を負うけれども、実際の事務処理は部下職員に処理を任せておるという事務がかなりあるわけでございます。そういう一環におきまして、本件につきましても、学長はお知りにならなかったかもしれません。その辺は私どもは実情をつまびらかにいたしておりませんけれども、やはり学内における取り扱いとして、学長さんがいろいろな面でお任せになっている実情というのはあるというふうに考えております。
○吉川春子君 時間がなくなりましたので、ちょっと残念ですが、全く今の文部省の御答弁は、大学の自治ということを勝手に解釈して、それで自分の都合のいいようにだけ使っているというほかありませんので、納得できないんです。
 最後に、文部大臣にお伺いいたしますけれども、三月十日の衆議院の予算委員会で、田中委員の質問に対して文部大臣が、三年を限度とする任用については、学内のコンセンサスを得て決めたので、遵守していくことを期待すると、こう言っておられます。文部省が期待されるかどうかは勝手なんですけれども、仮に学内のコンセンサスを得て三年雇用を導入したといたしましても、部門によっては、最初に申し上げましたように、三年雇用になじまないと、こういう判断を大学がした場合に、その期間を超えて同一人物と契約を結ぶことも、これは学長の持つ人事権の活用として当然許されるべきだと、そこも大学の自治の範囲だと思いますけれども、いかがですか。そこだけお答えください。
○国務大臣(森喜朗君) 日々雇用は、先ほど申し上げたように、一年が限度でございまして、それをどれだけにするかということについては、先ほども答弁を官房長がいたしましたとおり、学内のコンセンサスを得て定めるということが基本でございます。したがいまして、これらの先ほどからの御質問に対しましては、官房長の御答弁どおりであると、こう私から申し上げるしかございません。
○吉川春子君 じゃ、これで終わりますけれども、要するに、三年雇用の問題についても、大学のコンセンサスを得て大学の自治の問題だということが文部大臣の御答弁と承っていいわけですね。
○国務大臣(森喜朗君) この問題につきましては、先ほどから官房長が申し上げているとおりであるというふうに御理解を……
○吉川春子君 官房長には群馬大学の問題しか私、聞いていないんです。
○国務大臣(森喜朗君) 各大学においても同じでございます。
○吉川春子君 いや、その学長が知らないという問題についてだけ聞いたわけですから……。
○小西博行君 私は、国立大学を充実をしていくということは大変いいことだというふうに考えております。特に、最近はテクノポリス構想というのがございまして、現在、九地区が一応認可されたということに聞いております。そういった意味では、この地方の国立大学をこれから先どのように充実していくかと、これは非常に大きな問題だと思います。
 そこで、まず一点お伺いしたいわけでありますが、いわゆる筑波大学とか、あるいは新設の医科大学なんかで今やっておられます新経営方式というのがございます。筑波大学方式というふうに考えていただいても結構だと思いますが、従来の学校管理方式に比べましてどのような利点があり、あるいは欠点があるか、その辺の評価についてまずお伺いいたしたいと思います。
○政府委員(宮地貫一君) 筑波大学や新設の医科大学の方式がどういうぐあいに行われているのかというお尋ねでございますが、筑波大学については、先生御承知のとおり、学部、学科、講座制にかえまして教育のための学群、学類と研究のための学系の設置ということで、教育機能と研究機能を明確にいたしておるわけでございます。そのほか副学長を置きますとか、あるいは参与会、人事委員会の設置などを筑波大学では考えたわけでございます。
 また、新設の医科大学については、副学長制でございますとか、あるいは参与の設置に見られますように、いずれも組織運営上の新しい仕組みが導入されております。これらの点は、ほぼ機能としては私ども定着しておると考えておりますし、教育研究なりあるいは厚生補導など、大学の機能に応じまして効率的な運営が確保されるというようなことから、さらにまた全学的な立場からの意思形成が円滑に行われるというようなこと、さらに参与会で申せば、大学内だけではなくって、いわば広く学外の有識者の意見を反映させるというようなことで、積極的に評価できる点が多いんではないかと、かように考えております。ただ、いずれにいたしましても、この新しい仕組みが、それを導入いたしました趣旨に即して円滑に運用されていくためには関係者の不断の努力が必要なわけでございまして、今後とも一層の工夫、改善が図られるようにせねばならない、かように考えております。
○小西博行君 産学共同という言葉は、これはもうかなり昔から言われております用地元の産業にいたしましても、どうしても新しい技術といいますか、研究体制といいますか、そういうものに協力していただきたいということで、今日まで実際やっておるわけでありますが、特に最近のテクノポリス構想というのがございまして、遺伝子組みかえももちろん入りますでしょうし、それからその他、IC、LSIと、こういう電子産業、非常に私は高度な技術が要求されていると。現実問題としては、なかなか大学の先生がいろんな意味で指導をする時間制約というのが結構ございまして、その辺が大変難しいということも聞いておるわけでありまして、その辺の点から、これから先、特にこの産学共同というような面でプラスになるのかどうか。この方式が、その点をもう一回お伺いします。
○政府委員(宮地貫一君) 具体的な点で御説明申し上げますと、例えば新しい新構想の大学としてつくりました長岡技術科学大学、豊橋技術科学大学というようなところでは、特に実習でございますとか、そういうような面で産業界と密接な連携をとって運営をいたしておりまして、そのことが卒業生の評価についても大変高い評価をいただいておるわけでございます。さらに、これはまだ学生受け入れにまでは至っておりませんが、高岡短期大学を先般設置法改正で御承認をいただいて開学をいたしておりますけれども、高岡短期大学の場合も、地元の産業との密接な連携ということを念頭に置いておりまして、いわば地元と非常に連携をして、大学なりあるいは短期大学でもそうでございますが、運営をしていくということは今後とも必要なことだと思っておりますし、そういう点は、大学のあり方としても、そういう方向へ進まなければならないものだと、かように考えております。
○小西博行君 大臣、お聞きのように、産業界も大学の運営について参加してやっていくと、これが筑波大学方式といいますか、私は新しい方式じゃないかと、このように考えておるわけです。私自身は広島出身でありますから、今、広島大学の話が余り出ませんでしたので、その辺も踏まえて、これから先の新しい大学づくりという面でお考えがあったら聞かせていただきたいと思います。
○国務大臣(森喜朗君) 筑波大学のお話を今、小西先生からいただきましたが、当時、私も筑波大学法案の審議の中に衆議院におりましたので、そのときにもいろんな議論が出ましたが、要は、多様的な高等教育機関がこれからあっていいんじゃないかと。国立学校設置法の中の枠の中ですべて大学というのはあるべきなんだという概念かも、もう少し自由濶達な教育機関がこれからできていいんじゃないかと、こういうようなことから、その一つの皮切りといいましょうか、そういう意味で筑波方式というのが出てきたわけでございます。先ほど安永先生のときの御議論にも出ましたけれども、地域の自治体と既設の私立大学がかみ合うケースもあるでございましょうし、あるいはそうした産業といいましょうか、企業がいろんな形で、また自治体とタイアップしてやるという方法もあるでしょうし、これからいろんな形で設置の主体が多様な形で出てくることは、極めて学問を進めていく上において私はこれは歓迎すべき事柄ではないだろうか。また、おしかりもいただきましたけれども、財政がこういう状況でもございますから、何もかもすべて国家公務員として研究者を常置していくというやり方よりは、そうした産業と地域自治体と、もちろん国の方もお手伝いを申し上げて、そしていろんな形で三位一体となった新しい二十一世紀を展望するにふさわしい大学機関がこれから私は出てくることをむしろ期待をいたしたい、こんな気持ちでございます。
○小西博行君 それでは、大学の教養課程とかあるいは語学教育、これは大臣にお願いをしたいと思います。
 この大学の教養課程については、大臣の方から見直してみたいというようなのが、これNHKでしたか、録画撮りのときに発言されておりますけれども、教養課程というものに対してどのようにお考えなのか、まず一点お願いします。
○国務大臣(森喜朗君) 私は、たまたま各党の代表の皆さんで教育改革に関するNHKの討論会がございましたので、教養課程を見直してということではなくて、例えば教養課程に対する意義もありますし、またそれに対する疑問もあるという意見がたくさんありますから、先ほども何回か申し上げましたが、高等教育機関のあり方というのは、これから日本の教育を見直していくために大きな柱になり得るであろう、そういう意味で高等教育機関の大学院の問題もありましたし、先ほど高木先生から任期制のようなお話もございましたし、そういういろんなものを議論をなさっていく中に、確かに教養課程というのは、一遍、一考察すべき、考察してみる価値のある問題ではないだろうか、私はそういうふうに引用として申し上げたわけでございます。教養課程につきましては、大学教育の根幹にかかわる問題でございますから慎重な検討をしていかなければなりませんけれども、確かに幅広い教養課程を身につけて専門に進んでいくということは理想的でありますけれども、現実に各大学を見てまいりましても、実際に教育を受ける子供たちといいましょうか、生徒の、学生の話を聞いてみても、何か高等学校の延長ではないだろうか、あるいは高等学校の焼き直してはないかという意見も現実の問題として我々は耳にいたすわけでございますので、大学の就学の年齢という意味でのそういう幅、柔軟性とも絡み合わせて、教養課程あるいは単位をどういう形でとっていくのか、そういうようなことも含めて教養課程の問題も検討に値する私は大事な問題ではないかと、こんなふうに考えておるわけでございます。
○小西博行君 確かにそういう面もあろうと思うんですが、例えば工業高校から大学の工学部の機械科なんかに入ってまいりますね。そうしますと、ダブった面が出てくるわけですね。ほかの学生はもう普通高校から入ってきておりますから、それは全く新しい感じでもって勉強するわけですけれども、もう既に工業で大分やっている、同じに近いような講義をしている、こういうものはちょっと困るんだと、こういうような御意見もあろうと思うんですが、特に私は語学問題ですね。語学は、これいろいろ調べてみたんですけれども、第二外国語というのは大体二単位から四単位ぐらい選択必修という形でとらえている大学がかなりあるわけなんですが、この辺についてはどのようにお考えでしょうか。果たしてこれぐらいの単位で十分なのか、あるいはどうなのか、その辺のお考えをひとつ。
○国務大臣(森喜朗君) 実は私も大変、小西さん、うかつでございまして、第二外国語まで必ずとらなけりゃ卒業できないものだと実は私は思っておったんです。きょう実は先生からの御質疑があって、大学局長に意見を聞いたら、大学設置基準上は第一外国語のみが必要な要件なんだと、第二外国語は各大学の自由な判断に任せてあるんだと、こういうことでございまして、それなら学生時代あんなに苦労するんじゃなかったなあと、こう自分は思ったわけでございます。しかし、学問をどれだけやったから、単位をどれだけ取ったから外国語がすらすらできるというものではございませんし、どちらかというと、今の外国語教育は、必ずしも会話などには通用していないんじゃないかという世間の評価もあるわけでございます。したがいまして、単位数が少ないとか多いとかということば、また、これだけが所要の絶対必置なんだというようなことは、私はそれだけの判断でちょっと申し上げにくい問題があると思います。
 文部省自体がどういう指導してきたかにつきまして、もし必要がございましたら大学局長の意見を聞いてみていただければと思います。
○政府委員(宮地貫一君) ただいま大臣がお答えしたとおりでございまして、それぞれの大学がみずからの大学の教育課程なり教育目標に照らしまして自主的に判断をするということでございます。恐らく、大学教育をやるためには語学というものも、やはり一つだけでは必ずしも十分でないという判断が多くの大学の場合にはあるということが前提になるんではないかと思います。
○小西博行君 大臣、私も工学部で教えていまして、大体、単位を落とす連中というのはドイツ語ですね。まずドイツ語で落とすと。それから、例えば物理。大体落とすもの決まってんですね、数学だとか。先生の方もプライドがありまして、厳しくやるせいもあるんでしょうけれども、大変、私は語学、学校によっては非常に厳しく決めている場合がありますからね。英語がろくにできないんだけれども、ドイツ語もさっぱりだめだと、こういう感じが非常に多いものですからね。私はこの辺をもう少し軽くして、選択を自由にさしてあげるようなそういう形をとらないと、形だけはちゃんとできておるんですが、実質的にはほとんど効果をなしていないという大学もあるんではないかと思いますから、その辺も実態をずっと調べていただきまして、少し変えていただきたいと、そういう感じがしておるんですが、約束はしてもらわなくても結構ですが、どうでしょうかね。
○国務大臣(森喜朗君) 先ほども申し上げたように、各大学が自由に判断をすることだと思いますが、修学のことも、単位の取得の限度といいましょうか、科目の選定、学科、学部のあり方、私は高等教育機関はもっともっと自由奔放に柔軟であっていいんじゃないかなあと、そういう私は希望を持っております。
○小西博行君 次に移ります。
 共通一次、これはよく新聞にも出ておりますが、この共通一次試験のいろんな批判、もっとも効用もあると思うんですが、これに対して率直な御意見をまずお聞きしたいと思います。
○国務大臣(森喜朗君) 当時といたしましては、やはり非常に高等教育に進む進学率が高くなって、そして受験地獄という社会現象をもたらした。そういう中から、この共通一次を採用されましたし、もう一つは大学の試験は大学の自主性にお任せをしておったわけでありますが、学問は深めれば深めるほど難しくなってまいりますので、いわゆる社会に言う難問奇問というものが当時出てきた。そういうことを何とか解消すべきで、出題した大学の先生が解けなかったなんという。これは本当かどうかわかりませんが、新聞などでよくそう言われたものでありますが、そういうようなことを少し解決をするという意味で、高等学校でまあまあこのあたりを、適正な教養を身につけ、学問を身につける、この程度の進達状況でいいというところに一つの線を引くと、そういう状況を見るということ、到達度を見るというのがこの共通一次の最初の目的であったと思います。ただ、問題はこれが同じ条件で同じ日で同じ時間でやるということですし、北海道から沖縄まででありますから三十数万人、これをマークシート方式ということがいいか悪いかということがまず一つ問題あると思います。それから、進む教科によって、文科、理科、芸術大学等とございますが、これが全部五教科七科目をやるというのは非常にハードではないかという意見もございます。そういう意味と、もう一つ私は大事なところは、二次試験との組み合わせが、むしろ高校生にとって非常にこれが過重になっている。しかし、現実の問題としては、二次試験のあり方も、これ全部大学の先生方がお考えになることでございますから、当時、私たちが自由民主党の文教部会でお願いをしておった、要望しておった制度とは若干違った方向に行っているということは正直私は残念でしょうがないんです。できれば共通一次は学問の到達度を見ていただいて、あとは学生の個々の私は人格や、あるいは高等学校時代にいろんなことを学んできた、そんなことを聞いていただいて、余り学術中心に選ばれない方がありがたいなあ、実はこういう気持ちでおりましたけれども、現実は国立大学協会を中心として、やっぱり学者、先生といいますか、そういう先生方がおつくりになっておやりになることでございますから、我々からああせい、こうせいと言えない。もうこれは当然のことでございますが、いささか、評価はしなきゃならぬ面もたくさんございますが、現実の問題として少し改善をしていかなければならぬ、そういう時期に来ておるような、そんな私は感じを持っておるわけでございます。
○小西博行君 これは実際に実施の日時というのは四月十三日に正式に決定されたんでしょう。おくれたんですかね、少し。
○国務大臣(森喜朗君) 繰り下げたんです。
○小西博行君 繰り下げをしたわけですね。これは案外、受験する人は、もう少し早く一次試験やってもらって、そしてゆっくり二次試験に備えたいとか、こういうような御意見もずいぶんあるということを聞いておるんですが、その辺の実態はどうなんでしょうか。
○国務大臣(森喜朗君) これは六十年度から一月二十六、二十七日に繰り下げるということで、大体、国大協の皆さんのお考えがまとまりましたので、近くそのことを正式に要項の変更をいたしたいと、こう思っておりますが、御指摘どおり、高校生にとっては、もっと早くするべきだという意見はあると思いますが、基本的にはちょうど降雪期でもあるということもございましたし、私大の試験との絡みもありましたし、そして一番大事なところは高校長協会の皆さんの御意見を中心に、こういう考え方に国大協のいわゆる先生方がお考えをおまとめになったと、こういうことでございます。
○小西博行君 大いにこれは改善をしていただきたいというのが私の希望でございます。特に私学と国立大学と受験の科目なんていうのは、ちょっとかけ離れ過ぎているという感じがしておりますので、その辺もよく検討していただいて、十分に改善していただきたいと、そのことを申し上げまして、もう時間でございますから、やめておきましょう。
 終わります。
○委員長(長谷川信君) 他に御発言もなければ、質疑は終局したものと認めます。
 午後一時二十分まで休憩いたします。
   午後零時二十一分休憩
     ―――――・―――――
   午後一時二十分開会
○委員長(長谷川信君) ただいまから文教委員会を再開いたします。
 去る四月三日、予算委員会から四月六日及び七日の二日間、昭和五十九年度一般会計予算、同特別会計予算、同政府関係機関予算中、文部省所管について審査の委嘱がありました。
 この際、本件を議題といたします。
 予算の説明につきましては既に聴取いたしておりますので、これより直ちに質疑に入ります。
 質疑のある方は順次御発言を願います。
○久保亘君 予算に関連して質疑をいたします前に、一、二点ちょっと文部大臣の御答弁をいただきたいことがあります。
 一つは、既に国会に提出されました臨時教育審議会の設置法案に関連して、法案自体に関する質疑はこの法案の審議の段階でやりたいと思っておりますが、再三にわたって審議会設置法案の提出前の段階で各党の意見等を求めたいということを総理も文部大臣も言ってこられたんでありますが、このことはどうなりましたでしょうか。
○国務大臣(森喜朗君) 今、久保さんから御指摘をいただきましたように、このテーマは幅広く、そして国民的な広がりということを第一にいたしたい。でき得れば法案を提案する際に各党の御意見を十分踏まえて−これは総理の言葉でございますが、できれば各党の御了解を得て提出をしたいというようなことも総理は答弁でおっしゃっておられます。しかし、御承知のように政府提案でございますので、あらかじめ各党と御一緒に、形はどういう形になるかわかりませんが、各党に御相談することは可能でございますが、例えば各党と御一緒の共同提案というようなことは、これは政府提案としてはできないわけでございます。三月二十七日までには一応、一般法案提出の期限になっておりましたので、それまでの間に各党にいろいろ御相談を申し上げ、そして何らかの形で、一緒に出すという形はとれないにしても、御了解をいただいた方向でやりたいということで、党を中心に作業をいたしておる次第でございます。まだ総理の理想とは、若干、時間的なこれからの経緯も必要でございまして、各党に御理解をいただいてそれから出すというような形には、まだまだそこまで熟さないということもございましたので、党を通じまして党と各党の皆さんとの間でいろいろ御議論をいただいたようでございます。そういうことをある程度踏まえまして、お約束の三月二十七日という国会提出の期限が参りましたので、一応、党と党の間の協議を進めた段階で提出をさせていただいたと、こういうことでございます。
○久保亘君 党間の協議の問題についても、私どもが承知しておりますことでは、与野党閥のこの問題に関する協議が法案提出前に行われたというふうには聞いておりませんけれども、この問題については審議会設置法の中身にもかかわってまいりますから、いずれまたその機会に詳しくお尋ねをしたいと思っております。
 もう一点は、予算にも関連をして教育基本法の精神ということがしばしば言われるのでございますが、教育基本法の精神とはどのような受けとめ方を文部大臣としてはなさっておいででございましょうか。
○国務大臣(森喜朗君) 今日、戦後の日本の教育行政は憲法そしてまた教育基本法を遵守しながら、各教育関係の御協力を初めといたしまして、地教行法、すべての法律のもとに教育行政が進められているわけでございます。一番、教育改革の議論の中で、これは総理のいろいろな御発言からきていることなのかもしれませんけれども、戦前回帰になるのではないかとか、教育基本法を踏みにじるのではないかとか、いろいろな御懸念もございましたし、国会の議論の中でもそうした疑問点も出ておりました。したがいまして、この教育改革はあくまでも二十一世紀に向けて我が国社会に対応する教育の実現を期して、政府全体の手で教育のあり方を見直していきたい。そういうことで総理のもとで諮問機関を置くということにいたしたものでございますので、そうしたいろいろな見直しがいろいろな意味で誤解を生む点もあるという点もございまして、憲法そして教育基本法の精神をしっかり守って、その中で新しい教育の見直しをしていこうと、こういう基本的なスタンスでこの設置法をお願いしておるところでございます。
○久保亘君 教育基本法は憲法に基づいて定められておりますが、教育基本法の中で行政と教育とのかかわりについて、教育行政の任務というのは教育の条件整備である、こういうことが明示されております。そのことを十分御確認をいただいているという立場に立って、これから予算にかかわる質問をさしていただきたいと思います。
 私がお尋ねいたしますのは、文部省からいただきました五十九年度「予算額(案)主要事項別表」のページに従って質問をさせていただきます。
 最初に教職員定数の改善についてでありますが、全国各県で、今、行政改革に基づく定数減の対象として、どんどん削減をされております定数の中に、各県の事情に基づいて、県単で上積みされております定数がございます。この県単で上積みされている教職員の数は全国でどれぐらいになりますでしょうか。
○政府委員(高石邦男君) 各県ごとに県単定数がどれだけあるかちょっとデータを今ここで持ち合わせておりませんので……
○久保亘君 全体でわかりませんか、大まかな数字でいいです。
○政府委員(高石邦男君) これは各県によってばらばらでございますが、東京のように二千人余りの県単定数を持っておるところもございまして、これを全部トータルいたしますと約七千強でございます。
○久保亘君 これは、それぞれ各県の実情からして本来は標準定数の中に入れてもらいたいんだけれども、国の全体の基準として認めてもらえない。しかし、教育を進めていく上にどうしても必要だということから生まれてきて、本当ならばこれは必要な定数として認められるべき性格のものであったと文部省はお考えになっておりますか。
○政府委員(高石邦男君) これは県の事情でいろいろな要素がありまして、例えば急速に児童生徒数が減少していくような地域においては若干調整をしたいということで、そういう県単定数を置いているところがありますし、逆に、標準法の定める定数まで十分な定数が置かれていないという県の事情もあるわけでございます。したがいまして、この県単定数が標準法の基礎として当然算入されて計算されなければならない、こういうふうには一概には、言えないと思っております。
○久保亘君 何か、また後で私が無理なことを言うんじゃないかと思って、そんなに心配しないで答えてください。
 これは、この定数というものが上積みされなければ、その県の教育をやる上に非常に困難であるから定数を足して、国では予算上認めてもらえないけれども、県が独自の経費をつぎ込んでやってきたので、教育のためには欠かすことのできない定数として上積みされたものである、このことは文部省は理解を示すべきじゃないんですか。それは勝手にやったんで、本当は置いちゃいかぬのだ、こういうお考えですか。
○政府委員(高石邦男君) 県のそれぞれの事情で県単定数を置かなければならないということで、相当な努力を県でなされまして、県単定数が置かれているという事情はそのとおりだと思います。
 ただ、これを全国的な標準の学級編制基準であるとか、教職員の配置等基準の中で全部それをカバーできるような基準を設定するということは、いろいろな難しい問題があろうかと思います。
○久保亘君 そこから先のことはいいんです。今、文部省に言うのは、あなた方も大変だと思うんです。
 ただ、私は、行政改革がこの県単の定数をねらい撃ちしている、これはやっぱりよくないと思うんですよ。これは文部大臣、どうお考えになりますか。
○国務大臣(森喜朗君) 教育の実質的責任、教育行政を進めていく責任というのは県教育委員会あるいは市町村教育委員会等にあるわけでございますので、厳しい中でそうしたいろんな工夫を凝らしておられるということは、それなりに教育の現場を大切にしていこうという市町村、県の姿勢のあらわれでありまして、私としては評価をしたい、こう思っております。
 ただ、このことと、行政改革との兼ね合いで、これを切り込んでいこうという、そういう考えで私は進めているのではなくて、日本の国全体のやはり行政改革を進めていきたい、そういう方向でやっておるわけでございまして、具体的に言えば、確かに学校現場あるいは教育関係に及ぼす影響は極めで大きいわけでありますが、そこのところは私どもも予算編成の中に当たって、この今御議論をいただいております義務教育諸学校の教職員の定数等の改善の中でも、できる限り地方の皆さんに御迷惑がかからないように、また、教育行政がスムーズに進むように、そういうことを配慮しながらこの予算措置もいたしておるところでございまして、行革そのものが教育に特別に、教育の現場に定数の切り込みで当たっている、こういうふうに私どもとしては解釈はいたしていないわけでございます。
○久保亘君 先般、中国地方のある県に参りましたときにも、県の地方における行革の対象として県単上積み分の定数を外す、これでいかなければもう定数の削減ができぬというようなことをお話しくださった県の責任者もいらっしゃいまして、そういう形で教職員の定数がねらい撃ちされていくということは、はなはだ残念なことだと思うんです。私は、行政改革というのは、確かに節約しなければならぬ部分もあるけれども、一方、行政改革というのは、必要な部分にもっと力を入れるという面もなければならぬ、こう考えております。この点は、今後の定数改善に当たって、県が独自に努力している部分について、今、大臣が評価できるというお話でございますし、そういう立場に立って各県の教育行政を指導できるように文部省の努力をお願いをしたいと思う。
 次に、第五次定数改善計画が五十七年から行革関連特例法によって改善増が抑制されているはずでありますが、五十七年から五十九年度、今度の予算でもって終わります行革関連特例法で抑制された改善増の数は全国で何人になりますか。
○政府委員(高石邦男君) これはなかなか計算が非常に難しいわけでございます。と申しますのは、四十人学級を昭和六十六年度までに完成するということで、各年度ごとの定数は予算で決められた中を政令で定めるということになっておりまして、一番当初の青写真、それと比較してどうかという議論がよく行われますけれども、その青写真自体も、児童生徒数の変動がかなりありまして、相当厳密な計算をしていかなきゃならないということで、なかなか一概に幾ら抑制をしたということを申し上げることが非常に難しいわけでございます。
 ただ、一般的に当初の十二年計画で考えました数字と現在の抑制期間中の数字で申し上げますと、例えば五十七年度の場合では、当初計画は六百人程度であったのが三百人、五十八年度が五千人であったのが三百人というような形でございまして、それぞれの年度でかなりの変動があるわけでございます。
○久保亘君 これは十二カ年の計画があって、毎年毎年、文部省としては、その十二年計画に基づく改善増を計算されているはずですから、そういう立場での抑制された数というものはきちっとわからにゃおかしいんじゃないですか。そうしないと、十二カ年という非常に長い計画で、私どもはそのことにも不満があるんですけれども、それでも第五次定数改善計画が進行していくならば我々もそれを進めていかなければならぬと、こう考えておるんでありまして、それがこの三カ年にわたって非常に抑制をされてきた、こういうことなんでありますから、文部省はもっとこのことについて正確に把握しておかなきゃいかぬと思います。
 今言われただけでも、五十七年度六百人ふえるところを三百で抑えた、五十八年度は五千人ふえるところを三百で抑えた、こういうことですね。そうすると、こうして五十九年度まで抑制が続いております。三カ年間で抑制されていた分、本来五十九年度で到達していなければならなかったはずの定数から減っている分は、行革関連特例法の期間が終わります六十年度以降において、ことしで終わるんですから、六十年度から先において抑制されておった分はどういう計画で回復措置がとられますか。
○政府委員(高石邦男君) これは来年度の予算要求の時点、すなわちことしの夏の段階までにいろんな基礎の児童生徒数を正確に把握しなきゃならぬと思っております。
 まず、五十九年の五月一日現在における児童生徒数がどうなっているかということ、それから、それをもとにして、これは数式で割り算してすぐ出せませんので、各市町村からどういう実態の、四十人にした場合には学級編制になって人が必要かと、そういう基礎データの調査をしていかなきゃならない。そういう積み上げをいたしまして、夏の段階までに六十年度の概算要求の内容を決めていきたいというふうに考えているわけでございます。
 したがいまして、非常に一般的に言えますのは、児童生徒数の減少が十二カ年計画で見ましたときよりも、かなりもっと減少するという傾向があります。したがいまして、その減少の目減り分と、それから今後四十人学級によって改善を図ろうとする内容、それから教職員の配置率の改善によって図ろうとする内容、そういうものを総合的にあわせて全体の教職員定数の計画を考えていかなきゃならないということでございますので、当初計画の十二年計画との足し算、引き算だけで今後こうなって、こういう数字でこう歩きますということを今の段階で申し上げられないという状況でございます。
○久保亘君 それは非常におかしなことですね。少なくとも行革関連特例法による抑制がなかったら進んできている状況というものがあるんですよ。そして、六十年度ではここまで行くというものがあるはずですよ。六十年度に到達すべきものが三年間抑えられてきたためにずっとおくれている。このおくれている分をどういう計画で回復しますかということを私は聞いているんで、当初の計画よりも数字が違ってきたとかそんなことを聞いているんじゃないです。それは、当然十二カ年間の長い計画ですから、その間にはいろいろ変化があるから、その変化に合わせていくことは当然ですが、特例法で抑制された分は回復せにゃいかぬです。その回復をどこで追いつかせるかということを僕は聞いているんです。そうしないと、十二カ年計画が完結しないでしょう。
○政府委員(高石邦男君) おくれた部分を含めて、そして今後六十六年度までに達成しなければならない数値を含めて、今後の総合的な計画をつくっていかなければ、六十六年度に四十人学級の改善の目標は達成しないわけでございます。したがいまして、そういうものの総合的な計算をしていかなければなりませんが、全体計画で申しますと、当初の青写真では全体計画数が、いろんな自然減、それから四十人学級に伴う定数増、配置率の改善、こういうものを含めて約五万と推計したわけでございます。そして、現在の時点で五十九年度末までに増員したのが三万一千七百五十四、約三万二千。これだけは既に五十五年度から五十九年度まで歩いてきているわけでございます。したがいまして、差っ引き二万ということになるわけでございます。その二万の歩き方につきましては、今後どういうふうな形で行くか。そして、その二万というのが本当に二万必要であるかどうかというのは、実は児童生徒数の減少がかなり激しいという推測もありますので、そういう基礎的な変動の要因を全部調査した上で、夏の時点までに明確にしていきたいと、こういうふうに思っている次第でございます。
○久保亘君 十二カ年計画をつくられるときには児童生徒数の全般の部分はわかっておるんですよ、実際の数。それでそんなに大きく狂うような計画を文部省がつくっておられたはずはないんで、余りそこばっかり力説せぬ方がいいんです。あなた方自身が行革開運特例法によって三カ年間抑制を受けてきたと、この説明書にも書かれておるんだ。だから抑制を受けたという以上は抑制を受けた事実がなけりゃいかぬじゃないですか。その受けた抑制分は十二カ年計画が完結するのには支障がないようにやりますということをあなた方は約束されれば、細かい数字でどうのこうのということは要らないんです。抑制分は必ず六十年以降の計画の中で追っかけて回復させて、十二年目に完結する段階では当初の方針どおり、目的どおり終わりますと、こういうことを言っていただけばいいんですよ。
○政府委員(高石邦男君) その件につきましては大臣がしばしば予算委員会の席でも申し上げておりますように、六十六年度までには当初計画は達成するという方針は変えていないということでございます。したがいまして、具体的に今後どういうような形でどうなるかというのは、ことしの夏の時点でそういう基礎データの整理をいたしました上で対策を考えていかなきゃならないと、こういうふうに考えているわけでございます。
○久保亘君 それじゃ、ことしの夏、そういう十二カ年計画の完成年度までの計画を私どもに示してください。いいですね。それはいいですか。
○政府委員(高石邦男君) 今の時点で六十年度以降各年次ごとの割り振りの数字を正確に織り込んだ中身というのをつくり上げるということは非常に困難かと思うんです。ただ、六十年度に一体どういう形の考えで定数要求をすると、それは予算要求で決まりますのでお示しできるかと思います。
○久保亘君 年次計画をやっている文部省が完成年度までの計画を数字でつくられぬというのはどういうことですか。それならもう最初からこの第五次改善計画はその場当たりにやっていくつもりでやっておったのですか。そんなことはないと私は思うんだがね。
○政府委員(高石邦男君) これも国の財政状況にも関係いたしますので、例えばそれを六十一年でやるのか、六十二年でやるのか、六十三年でやるのか、これは児童生徒数の自然減との絡みもあるし、財政状況の影響もあるということでございますので、文部省がこういう計画で必ず五カ年間、これからの六カ年間はこういう歩み方をいたしますという内容の計画を出すのは非常に問題があろうかと思っております。
○久保亘君 地教委や学校指導するときのあなた方の、非常にあなた方なりにはっきりした強い姿勢というのがあるのに、どうしてこういう問題になったらあいまいにして、年次計画の数字さえも完成年度までのやつもつくれませんというような、そんな弱腰になるんですか。もともと十二カ年計画はちゃんと数字があったでしょう。あってつくられておった。それがこの行革関係で年次ごとには変更されていった。また事情の変化もある、数字の。そういうことはわかっておるんですよ。しかし、年次計画である以上は、完成年度までの計画というものを、毎年その年に変更が起こったならば、その変更を基礎にして、六十六年度までどう行くのかというのはつくっておかないと年次計画にならぬじゃないですか。そんなその場限りのことで理屈をつけながら、何か大蔵省に大変遠慮したようなそういう言い方をしておったんじゃ、私は文教行政の責任は果たせないと思うんですよ。別にあなた方はここで私に返事をされたから、それを言質にとられると来年から今度また困るというようなことを考えられる必要はないんですよ。これは国全体の財政事情の中でまた変更せざるを得ない状況に追い込まれたら、それはそれなりにきちっと説明すればいいんじゃないですか。そういう逃げ腰で、何かあいまいにしておけばいいというやり方なら私は定数改善は完結しないと思う。期待にこたえられないと思う。もう少しきちんとした態度でやれませんかね。
○国務大臣(森喜朗君) たしか昨日だったような気がいたしますが、久保先生も予算委員会にいらっしゃいましたので、私が申し上げたことをお聞き取りをいただけたかと思いますが、先ほども高石局長から申し上げたように全体の十二年計画、そして六十六年に完成をしたい。この全体計画は変更いたしておりません。ただ、今、久保先生がお尋ねのところは、三年間抑制をしたと、その分を六十年以降、六十一年以降どのようにのせていく計画を、まあ、数字でもいいから、後から一々そんなことをこだわらないから、それをなぜ出せないのかというそういう御質問であろうというふうに承知いたしました。ただ、局長は先ほどから何度も申し上げておりますが、児童生徒の動向、それから教職員のいわゆる採用の状況も出てまいりますし、それから退職の問題もございますし、とにかく三年間抑制されたその翌年の次の六十年からの、この数字は最初のところが非常に微妙だと思うんです。
 一方では、ここでまたおしかりをいただくかもしれませんが、別に大蔵省の立場に立つわけじゃありませんが、予算委員会でずっと大蔵大臣の答弁を私も聞いておりまして、もちろん行革関連法案は五十九年度で一応消えるわけでありますが、まだ引き続きかなり厳しい財政状況にあるという、こういう答弁を大蔵大臣もしておりますから、そういうことも政府の部内の者としては十分頭に置いておかなきゃなりません。したがって、そこのところと、財政状況が全体的にどのような来年度の予算の編成のシーリングがかかってくるのか、従来どおりやっていくのか、その辺のことがまだはっきりいたしておりませんし、そして先ほどから申し上げたような幾つかの諸条件を考えますと、六十年のスタートのところはとても大事だと思います。したがって、その六十年のところだけはもう少し時期を見て、七月、八月の概算要求時のところで、初めていろんな諸条件を勘案して設定ができます。そうすれば三年間の分を六十、六十一、六十二に振り分けるのか、もうちょっと五年間に延ばすのか、六十六年までなべてやるのか、そのあたりの基本的な考え方も恐らく六十年の予算編成の概算要求時にある程度の私は見通しはできるだろうと思いますが、現時点の段階では、そうした全体の計画を今申し上げることはなかなか難しいと、こういうことを述べておるわけでありますので、久保さんもそこのところをよくわかっておられてお尋ねになっておるわけでありますが、私どもも、これは、私は特に政治家として申し上げるわけでありますが、この十二年間というとてつもない計画を立てたのは、当時、文教部会長の私だったんですから、私もこれを責任において何としても進めたいという気持ちがあるわけでございますので、八月の概算要求時にそこら辺の事情をいろいろ勘案をして、今後六十六年までどういうふうにするのか、当面、二、三年の計画にするのか、あるいは五年ぐらいの計画にするのか、全体の計画変更するというのではなくて、あくまでも六十六年までの計画の中で、もう一遍どういう積み増しをしていくのかということについては、いましばらくお待ちをいただきたい、こういうことでございますので、どうぞ御了承をお願いしたいと思います。
○久保亘君 今、大臣が言われたことでも気になること一つあるんです。この行革関連特例法が延長になるのではないか、私もそのことはわかりますよ。今度は六十五年までその財政再建の期間を延ばすというんだから、そういう方針だと聞いているんで、これは延びてくる可能性ある。それを延ばされたら、この第五次改善計画はもう全部だめになるんですよ。そこで文部省としてはきちっとした防御の体制を固めてもらわぬと、財政当局の方針が先行して、そして文部省がそれに合わせて定数改善計画を、これを後退さしていくということではいかぬので、文部省の考え方、十二カ年計画の完成に向かって六十六年には当初方針どおり完成させるということをきちんとさせておいて、それをどうやって実現するかということで財政当局とも折衝してもらわないと、この行革関連特例法がまた延びたらしようがないなということで、すたこら自分の方が先に逃げ出すような態度じゃ困るから私は聞いておるんで、これは大臣の方はよくわかっておられると思うんで、六十六年に完成すべき第五次改善計画をおくらすことはない、そのことのために文部省としては全力を挙げて頑張ると、こういう決意はいささかも変わらぬということをそれじゃ言っていただけますか。
○国務大臣(森喜朗君) 私も再三、もう久保委員は何回もお聞きになったと思いますが、あえて竹下大蔵大臣あるいは山口主計局長の前で、おしかりをいただきながら、十二年計画、六十六年の最終年度は変えませんと、こう何回も委員会で申し上げておるのは、今、久保さんがおっしゃったそのとおりのことなんです。行革関連法を延ばすとか延ばさないというようなことは、こんなところで議論することではございませんし、そしてまたそのことは国会が当然議論があって踏まえてのことでございますから、私どもとしては今先生がおっしゃるとおり、この計画で何としてもやり抜きたい、こういう気持ちを常々予算委員会でも私は明言をいたしておるところで、その意欲をどうぞ御理解をいただきたいと思います。
○久保亘君 それではひとつ頑張ってください。
 次は教員研修の充実、七ページ以降のことになります。この中で免許外教科担任教員の研修が計画されておりますが、免許外教科担任というのが今実数としてどれぐらいありますか。
○政府委員(高石邦男君) 人数ということよりも、教科外担任の許可件数ということで申し上げますと、国語から各教科全体に及びますが……
○久保亘君 全体合わせた数でいいです。
○政府委員(高石邦男君) 合わせて約四万五百程度でございます。
○久保亘君 そうすると、免許外教科担任教員の研修補助という予算が組まれておりますが、この免許外教科担任の教員の研修を行わせることによって、これが免許外担任という立場から解消に向かうのかどうか。この研修によって免許外担任であることは変わらないが、免許外担任がうまくいくようにということなんですか。どちらですか。
○政府委員(高石邦男君) 先生も御存じのとおりに、正式の免許状を持っている人がすべての学校に配置されて教育が展開されることが望ましいという基本的な考え方は持っているわけでございます。しかし、定数の事情によっては免許外の教師によって授業を担当せざるを得ないという状態が発生している。したがいまして、その際におざなりにならないように、そういう先生方がその内容について十分な研修を積んで児童生徒に対する教育が滞りなく展開されるようにと、こういう趣旨でこの研修事業を展開しているわけでございます。
○久保亘君 では、これは免許外担任の教員を解消していくということには直接は役立たないですね。そうすると、やっぱりそれは定員ですか、そういうもので解決する努力をしなければ四万を超える免許外教科の担任の実態を解消することはできないと、こういうことになりますね。わかりました。
 その次は、「道徳教育の充実強化」というところで、新たに「校長等指導者養成実践講座」、「中央講座」というのが組まれておりますね。こういうのは何をやるんですか。校長などを今から生徒指導の養成をやるための「中央講座」を開いてやるというのはどういうことをおやりになるのか。
 それからこの生徒指導の充実強化に当たっての予算の前提になっている説明を見ますと、児童生徒の問題行動が非常に多くなっているから、こういうことをやらにゃいかぬという書き方になっておりますが、これはそういうようなとらえ方で割り切ってよいものかどうか。むしろ、その後の道徳教育の問題も含めて今お聞きしているんです。道徳教育の中央講座というのがございますね。この道徳教育の問題などが児童生徒の問題行動の未然の防止とか、そういうような対症療法的なもので考えられているということは問題ではないか。むしろ、児童生徒の問題行動の原因に深く切り込んで、その問題の解決に当たらなければ、問題行動が多いからこの生徒指導の担当者をもう少し集めて講習をやろうとか、あるいは道徳教育を充実強化しよう、そういうことに力点を置くことのみで解決できるのかどうか。特に、そういう目的で道徳教育の充実ということで、校長等指導者養成実践講座中央講座が新たに開かれるのは、これはどういうものであるか、ちょっと説明をしていただきたいと思います。
○政府委員(高石邦男君) 青少年の非行対策について、生徒指導の強化を図っていくというためにはいろんな手を考えていかなければならないと思います。その中の一つとして道徳教育の充実ということを考えているわけでございます。ですから、これが決め手になるということではなくして、その中の一つとして考えているのです。
 そこで、先ほど道徳教育の実態を調査いたしましたところ、なかなか道徳教育が他の教科ほどに十分な現場における定着をしていない。というのはどういうふうに教えたらいいかといういろんな問題がございますので、そういう点の研修が十分でないということで、よく三点セットと申し上げておりますが、一つはそのリーダーになる校長、教頭の先生方にそういう面の教育研修をやっていこうというのが一つ。それからもう一つは、現場に密着して学校、家庭、地域ぐるみの研究指定校を指定いたしまして、実践活動を伴う研究の実を上げていきたいというのが第二点。それから第三点は、郷土の偉人伝、それから郷土の伝記、そういうもの、身近な教材を取り上げる教材開発を考えていきたい。こういう三点セットの一つとして中央における校長、教頭の研修をこの事業等で取り上げようとしているのが新しい予算要求の内容でございます。したがいまして、御指摘のように、生徒指導全体についてそれだけで十分であるとか、それだけで対応しようというようなことではなくして、その中の一つとして取り上げようというふうに考えているわけでございます。
○久保亘君 時間が余りありませんから、詳しいこといろいろお聞きできませんが、もう一つ生徒指導の問題の中で、この十二ページのところに、「集団宿泊訓練推進事業」というのが新しい事業として予算が組まれております。これが総理大臣がしばしば言われる放牧教育とかいうようなものと関係あるんですか。
○政府委員(高石邦男君) 直接関係はございませんで、前々から文部省ではグリーンスクールというような形で少年自然の家等を使いまして子供たもの宿泊団体訓練を通じて教育の実を上げていきたいと、こういうことを事業として展開してきていたわけでございます。これをもっと発展さしていこうということで、今回の事業はそういう施設を利用いたしまして学校教育活動の一環として実施をする。要するに、授業中に実施をしていこうということで、この事業をもっと学校教育の中に位置づけていこうという発想が一つでございます。
 それから何といっても、最近の子供たちが自然との触れ合いが非常に少ないということから、子供たちをもっと自然との触れ合いの中で心と体を育てていこうというねらいが一つ。そして団体生活をともにすることを通じていろんな体験をさせていこう、こういうねらいでやっているわけでございます。その後、こういう考え方、ずっと前から文部省内にございまして、それを来年度飛躍的に拡充していこうという予算要求をしたのがこの事業でございます。
○久保亘君 この「集団宿泊訓練推進事業」というのは新規の事業ということで、大変、最初の予算説明の中でもわざわざここで読み上げられた中にも入っておりますがね。それでどんなことをおやりになるのだろうかと思っておりましたら、予算額二百万円、新規事業。それで、しかもこれ調べてみますと、「集団宿泊訓練推進事業」、予算二百万、これは文部省は四百万要求して二百万に値切られた。何度もゼロにされて、最終的にやっと二百万でとまったという代物なんですよね。それであなた方の予算の総括説明書の中にわざわざうたいとげるにしては、余りにも予算の組み方や大蔵省との折衝の仕方というのはお粗末なんじゃないですか。
○政府委員(高石邦男君) これは先生に大変な誤解がございます。その上に四億一千七百万という推進事業がございまして、これが実は公立小中学校の対象校約千校を対象にして、一週間程度の青年の家、少年自然の家等を使って学校教育に位置づけて事業を展開しようという事業費に対する補助、市町村に対する補助でございますが、その三分の一に相当する金額が四億一千七百万でございます。後の二百万というのは、その事業を展開していくために、ただやれやれと言うだけではいけませんので、どういう形の事業展開をしたらいいかといういろんなパンフレットをつくったり、そしていろんな事業のモデルをつくったり、そしてどういうやり方をしたら効果があるかというような調査研究をやる、そういうための経費でございますので、これはオール全体を含めての事業であるというふうに御理解いただきたいと思います。
○久保亘君 今までは、そうすると、この教育訓練の推進事業に関するそういう今あなたが言われたようなことはおやりにならずに、ただ自然教室の推進等ということでやられておったんですね、指導方針もなく。今度それをやろうと言われるんですか、新規事業を。しかも四百万ぐらいかかるだろうというので予算要求されたら、そんなもの要らぬと言われて何遍も大蔵省にはねられたでしょう。そして一番最後にやっと二百万残してもらったという予算ですよ。それじゃやっぱりだめなんじゃないですか。まあ、しかしそれはそれでいいです。
 その次は、今度は大臣にお尋ねしますが、「義務教育教科書の無償給与の推進」ということで、ことしも四百五十五億七千万の予算をお組みになっておりまして大変結構でございます。「義務教育教科書の無償給与の推進」ということでこの予算をお組みになります以上、よもや逆推進というようなことは将来にわたってないものと考えますが、ひとつ教科書無償についての大臣の所信をお聞かせいただきたいと思います。
○国務大臣(森喜朗君) これも先ほどの教職員の足数と同様に大変大事な問題でございまして、久保先生を初め多くの先生方からも御質問ございますし、また私どもに対する激励もちょうだいをいたしておりまして、大変私どもも感謝をいたしておるところであります。先生に今さら、またここにいらっしゃいます委員の皆さん方に、この経緯を御説明を申し上げるまでもないことでございますが、教科書の有償無償については非常に国民的にも幅広い、いろんな意見がございます。しかし文部省といたしましては、やはり義務教育のこの精神の広がりの意味からいいましても、教科書を無償給与していくというこの姿勢は大事にしていきたい。臨調の答申もございます。また中教審の意見もございます。そして私ども与党の自由民主党の中のいろんな従来の考え方の練り合わせもございます。そういうことをすべて踏まえまして五十九年度予算はそのまま措置をいたしたところでございますが、今後も引き続き文部省といたしましてはこれを堅持していくということで努力をしていきたい、こう考えておりますが、本年度のこの予算、五十九年度の予算を編成する上におきまして、来年度の予算編成、六十年の予算編成、つまりことしの夏のその時点で、もう一度各界の意見に耳を傾けつつ適切な対処をする、こういう申し合わせになっておりますが、私自身としても文部省としても、先ほど申し上げたように、何とか無償継続を進めていきたい、なお一層努力をしたい、逆噴射にならないようにしたい、こう思っておるわけでございます。
○久保亘君 大臣並びに文部省のお考えはよくわかりました。ぜひ、そういうことで御努力をいただきたいと思います。
 次は十六ページ、「幼稚園教育の普及充実」に関する項の中で、新たに「幼稚園教育要領に関する調査研究」費が計上されております。なお、二十二ページヘ参りますと、「学校教育制度等調査研究」費が前年度とりも四千万ふえまして八千百万円計上されております。これらの問題は、本来教育改革にかかわる問題なんじゃないでしょうか。新たな審議機関をつくって、教育改革にかかわるいろいろな審議を通じて方向を見出していきたいとされております文部省が、部分的にこうして「幼稚園教育要領に関する調査研究」とか、あるいは「学校教育制度等調査研究」、この中には新規のものとして「教育制度特別研究」というので五千百万組まれております。これは、新たな審議機関の設置とはどういう関係になってくるのでしょうか。
○政府委員(高石邦男君) 幼稚園の保育内容は、制定されて二十年以上たつという中身で、幼稚園の教育を受ける子供たちが、保育所と含めますと九〇%を超えるという状況になっているわけでございます。したがいまして、現在幼稚園で教えている保育内容がこれでいいかどうかというのは前々から実は論議の対象になっておりまして、この内容については専門家の研究会を設けて十分研究をしていく必要があるということをかねがね思っていたところでございます。
 そこで、この経費自体は、そういう内容の調査研究を進めるということでございまして、具体的に、これをこう変えるというところまでにいく基礎的なデータ整理というか調査、そういうものでございます。したがいまして、むしろ、いろんな論議が行われれば行われるほど、そういう基礎的なデータ調査というものは蓄積していかなきゃならないというふうに思っておりまして、そういう予算の執行をしたいと思っております。
 それから、学校制度の特別研究の予算でございますが、これも中教審の四十六年答申の先導的志向ということで、教育内容に対してはいろんな例外をも設けて調査研究を進めてきたわけでございます。ところが、なかなか、教育内容だけではなくして、例えば幼稚園と小学校、それから中学校と高等学校、そういうつなぎ目の現行制度下における弾力的運用、改善というものができないかということを少し実証的にいろんな調査研究を進めておかないと、ただ何もデータなしで、こうしたい、ああしたいと言ってもできないということで、これまた基礎的なデータを調査研究していくという内容として当然文部省が常日ごろからやっておくべき事柄である、それを一歩進めて、こういう教育改革のいろんな論議も行われるような雰囲気もございましたものですから、事務的にこれを並行してやっていきたい、こういう予算の内容でございます。
○久保亘君 どうもわかりにくいのですがね。特に学校の制度にかかわるものを、わざわざ今年度新たな予算を計上して、特別研究ですよ。それをおやりになるというのは、これは教育改革の新たな審議機関を考えておられる文部省の場合に、その新たな審議機関のこれは専門委員会的な役割を果たすのですか、何か関係あるんですか。
○政府委員(高石邦男君) この予算要求をして予算化したときには新機関との連携を別に考えていたわけではございません。幼稚園と小学校のかかわり合いだとか、中学校と高等学校のかかわり合い、そういうものを私立学校等では、かなり実質上一貫とした教育の仕組みをやっているので、そういうような実態がどうであるかということ、そして幼稚園と小学校の附属的な関係に位置づけして、保育内容とか小学校の教育の展開のことを考えていく。そういうようないろんなデータを整理していくことを通じて、今後、抜本的に教育制度の体系の問題とか制度の区切りの問題というような議論が出てきたときには、貴重な資料として利用されるであろう、こういうことを予想してつくっていたわけでございます。予算で計上を願ったわけでございます。
○久保亘君 これは、そうすると教育改革のための新たな審議機関の先取りみたいなものですね。私は、こういう問題は今あなたが言われた幼稚園と小学校のかかわり、中高のかかわり、こういうものこそ今度新たな審議機関で教育改革の問題として検討してもらいたいということを言ってこられたんじゃないですか。それがもうそういうものと関係なしに、文部省は文部省でやるんだ、こういうことでおやりになるならもう結構ですよ、どうぞやってください。
 これは大臣ね、審議機関とかかわりなく、こういう特別研究機関というものは、研究の体制というのがとられるのではなくて、むしろ教育改革の問題として、これから論議されていく問題なんじゃないでしょうかね。
○政府委員(高石邦男君) 大臣のお答えの前に申し上げたいと思いますが、新しい審議機関で学校制度の問題についてどういう事項を論議していただくかというのはこれからいろいろ決まるわけでございます。この予算を計上したときには、今後、何らかの機関で学校制度の問題は当然論議の対象に上がってくるということを予想されておりましたので、これを三カ年間ぐらいの継続的な事業として、いろんな基礎データを蓄積していきたい、こういう発想が基礎にあったわけでございます。したがいまして、ではどういう面の調査をしたらいいかというのは、今後の新年度以降におけるあり方として研究していかなければならないと思います。したがいまして、新しい機関が発足すれば、学校制度にかかわる事項でございますので、それらの動向も十分勘案しながら、これを有効に利用していくという次なる展開を考えていかなければならない、そういうふうに思っておるわけでございます。ただ、これを予算化したいきさつは、先ほど申し上げたような基本的な基礎データを整理していきたいというようなところからこの予算が計上されたということでございます。
○国務大臣(森喜朗君) 新しい教育改革を進めるというこの審議機関は、まだどういうことを諮問するかということについては、御承知のとおり決定しておるものではございません。しかし、予測できるところは、いま久保さんがおっしゃるとおり、教育制度全般に対していろんな諸制度の見直しがあり得るだろうという予想はできるわけでありまして、その中では当然幼稚園の問題も含めて学制全体の問題も議論になってくるだろう。これは予算委員会の審議の中でもこの議論は何回も出たところで。報います。今御審議をいただいているこの予算の中での幼稚園の教育要領等の調査研究というのは、あくまでも文部省固有の事務であります教育、学術、文化に関するものでございまして、その中で審議機関がどのような議論をこれから展開していこうといくまいと、文部省として幼稚園の問題はいかにあるべきか、そして今、高石局長たまたまつなぎのところをちょっと強調し過ぎたものですから、いささか誤解を受けたかもしれませんが、教育の内容、例えば幼稚園は系統立って文字を教えていいのか悪いのかとか、いろんな御議論があると思いますので、そうしたことを議論をしていこうということでございます。したがって、新しい審議機関でこうした問題がこれから議論をされれば、今、高石局長が申したように、その資料の材料を提供をすることにもなるかもしれませんけれども、そのこととは全く私は、関係は別だと思います。新しい教育機関はもっと長期的な問題を議論をしていかなきゃなりませんし、その議論に入り、また、あるいはそれを具体的な政策として生かしていく間にかなりの日数といいますか、時間が必要になってくるわけでありますから、教育はあくまでも間断なく教育の勉強というものを少しでもよくしていこうと、こういう姿勢で、この幼稚園の問題も、従来の文部省の固有の事務として研究、調査を進めていこうと、こういうものでございます。
○久保亘君 この教育改革の問題について、文部省がせっかく教育改革の問題を、国民的な合意を得られるようなものを、これから国民参加のもとに、この英知を集めてやろうという段階で、文部省の方が先回りをして一つのもう方向をつくっておくというようなものにならないようにね。特に教育制度に関する特別研究などというのは、そういうことは十分配慮をしていただきたい。
 それから、時間が余りありませんので、心身障害児の問題でね。ここも新規の予算で、「心身障害児適正就学推進研究校の指定」というのがありますが、心身障害児の適正就学というのは、これはどういう意味ですか、適正就学というのは。その文部省の考える適正就学ということだけではいかぬのじゃないか。
 もう一つ、心身障害児の理解、認識の推進というために一億一千二百万の予算が組まれておりまして、そして「一般の小・中学校の教師及び児童・生徒並びに保護者の心身障害児に対する理解認識を推進するための啓発事業」、こういうことになっておりますが、これはどういう啓発をこの行政の仕事としておやりになるのでしょうか。
○政府委員(高石邦男君) 心身障害児は、その障害の程度に応じて、養護学校であるとか、盲、聾学校ないしは特殊学級、そういうところに就学をさせて、その本人の最大の適性能力を引き出していくということで教育を展開しているわけでございます。ところが、なかなか親の立場になりますと、それに対する十分な理解、認識をされないままことにかく普通学級に入れたいというような方もかなりいらっしゃるわけでございます。したがいまして、まず「心身障害児適正就学推進研究校の指定」というのは、親と子供が、就学する前にそういう学校に体験入学をしてもらうと。一体どういう教育をしているか、どういうふうに教育されているかというようなことを知ってもらうというような機会をぜひ設けたいということで要求しているのが、この「心身障害児適正就学推進研究校の指定」の事業でございます。
 それから、一般的に就学義務を養護学校等において実施をいたしましたが、依然としてそれに対する正しい国民の理解がまだ十分に徹底していないというようなことで、いろんなパンフレットをつくったり、PR資料をつくりまして、その内容の適正な理解を進めるための事業を展開するというようなことが後段の内容でございます。
○久保亘君 きょうはね、予算に関してお尋ねする方ですから、余りここで論議をするのはもうやめておきますが、この「適正就学」というのを役所の側から一方的にお考えになることは非常に問題があると私は思っております。これは親の側の要求、子供の本当に願っていること、子供たちの将来にどうかかわっていくかというような問題、そういう点を真剣に考えなければならぬ。そういうこととあわせて、心身障害児の理解、認識ということについて、一般の小中学校の教師や児童、生徒ということとあわせて、これは文部省の理解、認識を推進するためにも、大いに努力をしてもらわにゃならぬ問題だと思っております。
 次は二十四ページ、ここへ「英語教育の振興」ということで英語指導主事助手の招聘七十人、これはアメリカ人に限るということになっておるようですね。それから、英国人英語教師の招聘ということで、今度はその下の欄の英語教師の招聘は、これはイギリス人に限ることになっておるようですね。そしてアメリカ人の方のこれは、なぜ英語指導主事の助手はアメリカ人に限定され、英語教師の招聘はイギリス人に限定されるか。それから、この英語指導主事助手の招聘の費用は一人百五十万円、英国人の英語教師の招聘の方は一人七十五万円。これはどうしてアメリカとイギリスで百五十万と七十五万の差があるのか、そこをちょっと説明してみてください。
○政府委員(高石邦男君) まずアメリカからの外国語教育としての英語教育を習得した者を招聘しているわけでございますが、これは都道府県教育委員会に英語担当指導主事の助手として配置いたしまして、中学校及び高等学校における英語教育の改善に資することを目的として実施をしているわけでございます。この招聘の内容が帰国の旅費補助二分の一、給与費の補助三分の一ということで、都道府県に対して国が助成をするというような内容になっております。
 それから、英国人の英語指導教員は、日本と英国との間の文化協定の趣旨に基づいて、日英両国民の友好親普及び相互理解の促進を図るとともに、我が国における英語教育の一層の充実に資するため、若手の英国人教師を招致いたしまして高等学校等に配置するということで、五十三年度から実施しているわけでございます。
 そういうことで、実はその動機が若干違っておりまして、それから運用の仕方が若干違っているというようなことから、こういう単価の差があるわけでございまして、往復旅費をイギリスの場合には出している。そして、給与は受け入れ校で負担をするということで、給与についてはこっちに来た市立学校とか県立、そこが負担するというような仕掛けにしておるものですから、そういう金額の差が出ているわけでございます。
○久保亘君 そうすると、アメリカの場合は給料も払うの。
○政府委員(高石邦男君) さようでございます。
○久保亘君 あ、そう。
 じゃあ給料を払うにしては、今度はえらい安いんじゃない。一年間で百五十万、旅費まで含めて百五十万で来るんですか。
○政府委員(高石邦男君) 給与の三分の一でございます。三百六十万の三分の一という積算でございます。
○久保亘君 あ、そう。
 もうあと時間がわずかですから、まだちょっとお聞きしたいのがあと二十点ぐらいあったんですが、重要なことだけそれじゃあ急いでお聞きします。答えはできるだけ要領よくやってください。
 一つは、育英奨学制度の改善に伴う予算が計上されております。これは法律が別にあります。法律は目下衆議院にあります。ところが、この育英会法の改正が予算と同時に出ているということのために、新学年度の生徒、学生が奨学資金を受けることについて支障を生ずるおそれはないかということなんです。一体どういうやり方で生徒や学生に迷惑がかからないように奨学資金の募集や採用決定をおやりになるおつもりか、そのことをひとつお聞かせいただきたい。
○政府委員(宮地貫一君) 御案内のとおり、今国会に日本育英会法の改正をお願いをしているわけでございます。法律成立後、奨学生の募集採用を行うこととなりますので、法律の成立がおくれました場合には奨学金の交付もおくれて、学生、生徒の就学に支障を来すおそれはあるのではないかと私ども憂慮をいたしております。
○久保亘君 それは大変文部省として無責任じゃないですか。大体、予算と重大な奨学資金制度の法改正を一緒に出しておいて、通らなければそれはもう生徒や学生に重大な影響を及ぼすだろうと、そんなことを文部省が言っておったんでは、これは私は文部省は責任のあるやり方ではないと思う。四月から新しい学生が入ってくることはわかっている。もし重大な制度上の改正が必要なるならば、なぜ予算編成に間に合うようにそういう制度改正をおやりにならないんですか。同時に出しておいて、しかも、予算審議が国会では先行することは十分御承知のはずなのに、そういうことをおやりになって、奨学生の募集採用決定に支障を来したこの責任は文部省が負うべきものではありませんか。
○政府委員(宮地貫一君) 私どもとしては、新しい制度が一日も早く成立を見まして、交付の事務が取り進められるようなことを願っておるわけでございまして、いわゆる在学採用と申しますか、新規採用の場合には推薦書類の印刷発送、あるいは学校における推薦事務、育英会における審査、採用者の決定を経まして奨学金の交付ということになるわけでございますので、その間、やはり相当の時日を要するわけでございます。なお、予約採用の場合には、あらかじめ昨年秋に予約採用候補者の決定を行っておるわけでございますが、法案成立後、本人からの進学届けの提出を待って水採用をするということになるわけでございます。私どもとしては、これらの事務が支障なく行われるようにするためには、法案の成立を一日も早いことを願っておるわけでございまして、制度改正を政府としては決定をしておるわけでございますので、この法案が今国会で成立しないというふうなことは、私どもとしては、政府側としては、そういう事態はないものと考えておるわけでございますが、政府全体として制度改正を決定いたしておりますので、私どもとしては、その成立を期するということで対応をいたしておるところでございます。
○久保亘君 大変、文部省としては、何というか、越権的な言い方じゃありませんか。特に今度の改正は奨学資金に有利子制度を導入する。そして、従来の無利子貸与の奨学生の数を九千人も減らすという中身になってくるんですよ。そういう大きな改正を、これは国会がもう通すものと決まっているんだ。それで予算組んだんだと、通さなかったら国会の方が悪いんだと言わんばっかりの、そういう言い方でおやりになるのは、これは文部省の責任回避だと思うね。文部省としては、もしそういう重大な改正を国会で十分審議を尽くして結論を出してもらうということならば、少なくとも前の年にこの改正を出さなきゃ、予算と同時にこんな重大な改正を出して、それが学校教育に、大学や高校の教育に支障を来すというようなことになれば、これは文部省としては大変私は手落ちだと願うんです。このことについては文部省の誤りを認めていただかないといかぬのじゃないでしょうか。
○政府委員(宮地貫一君) 新しい事柄を実施するに際しましては、予算要求をいたしまして、政府として予算が決定をされ、その予算を執行するための法律制度の改正を当然に必要とするわけでございます。先生の御指摘は、制度の改正をやるならば、あるいは法律をあらかじめ議論した上で予算計上すべきではないかというような御趣旨にも例えたんでございますが、通常、予算計上と制度改正とはやはり内容的には並行して行われるべきものではないかと、かように存じます。
○久保亘君 もし、そういうお考えならば、予算の成立について私どもは少し改めて検討しなけりゃならぬと思います。そういうことで、予算で決まったんだから、この法律は通せ、こういうことでは困るんです。特に、この有利子制度の問題については、これは考え古いろいろあると思いますよ、人数ふやしたんだから。もっと多くの生徒に奨学制度が適用できるんだというメリットを強調される向きもあります。それも一つの見識だとは思いますよ。しかし、従来の奨学制度を根本から変えるものなんです、有利子制度というのは。そういう重大な変更を予算と法律と同時に出した場合に、そしてこれが予算よりも前に成立する可能性がないことはわかっている、国会の審議の慣例に照らして。わかっておって、そういうことをやった場合には、これはもう奨学資金を受けようとしておる生徒や学生にとっては大変な問題です。それを、我々は法律が通らなかったら憂慮すべき事態になると思っていると、そういうふうに開き直られるとちょっとぐあい悪いですな。これはやっぱりこの種のものについては文部省として、この学校の教育、特に進学する生徒、学生に対して迷惑を及ぼすことがないよう国会の十分な審議が行われるような今後のその法律の出し方や予算の出し方について配慮をする、今度のやつは、そういう点では文部省としては十分な配慮がなかったということを私は認めていただかないといかぬのじゃないかと思うんです。これ大臣いかがですか。
○国務大臣(森喜朗君) 今、久保さんの御質問の中にもございましたように、今度の育英事業のこの制度を変えますことは、対象人員をできるだけ広めたいという気持ちがまず第一にございます。これは久保先生一つの見識だというふうにおっしゃってくださって大変ありがたいわけでございますが、もう一つは、国のお金を借りるわけでございますので、やはり財政のこういう時期の中で、対象人数−授業料をふやそうということは非常に難しいことでございますから、そういう中でも何とかして対象人員をふやしたい、授業料をふやしたいというその発想からこの制度をお願いをしておるわけでございまして、そのために財投資金を投入することによって、卒業後ならば返還能力というものが出てくるであろうし、そういう中で三%程度の利子をお願いをしたい。もちろん学生時代にお返しをいただくなら、これは無利子で従来どおり結構ですよ。あるいはまた単価も上げておりますし、高等学校につきましては、これは外しましょう、あくまでも従来どおりでいきましょう。いろいろ、新しい制度に踏み切るときでありますから、工夫は凝らしてあるわけでございます。したがいまして、あくまでもこれは予算を伴う制度でございますから、確かに先生がおっしゃるように、もっと早くからこれを出しておけという一つのこれもまた見識だろうと思いますが、予算に伴う制度の改革でございますから、予算案を先に御審議をいただくというのも私どもは従来としての考え方から見ればやむを得ないのではないか、こういうふうに思います。したがって、確かに先生から見ると国会に対してこれは失礼ではないかという御意見も十分私はわかります。が、何といっても予算に関連した新しい諸制度でございますから、やはり本予算のこの御審議をちょうだいし、成立をいたしましてから、この法案をお願いするということが私どもから見ると、またやむを得ない一つの国会審議の形ではないかというふうに、国会の審議のことではなくて、提出をするという時期のことを踏まえて、そういう考え方しかできないわけでございまして、決して、これをやってくれないと困るんです。困ることは困るんです。しかし、やってくれなければ、これは国会の責任だと、そんなことを申し上げているわけじゃありませんので、ただただ、どうぞひとつこういう財政状況下の中で、有利子貸与とはいうものの、学生時代にお返しをいただければ無利子であるということなどもいろいろと工夫をいたしておりますという文部省の苦衷と誠意をぜひ理解をしていただいて、何とか速やかに御審議をいただきたいと切なるお願いを申し上げる次第であります。
○久保亘君 これ、私、有利子制度を評価したんじゃありませんよ。そういう一つの見識もあると、こう言ったんですね。
 それで、私どもとしてはこれはもう大変な問題だと思っているんです。それで、この問題については、ことしは少なくとも文部省として、法案がまだ衆議院で実質審議にも入っていない状況と聞いております。そういう中ではこれは非常に影響出てくる。これは大学局長言われたように影響出てくる。それでは困るから、影響が出ないような措置をとってほしいと思うんです。とってほしい。そして何らかの結論を得た場合には、その結論が出た後、少なくとも奨学生となった生徒や学生にいかなる経済的な迷惑もかからないようにやってもらいたい。時間がありませんからもうそれ以上のことは申し上げませんが、文部省として、この種の問題の扱い方については十分ひとつ今後そういう支障を来さないようにするにはどうすればいいかということを考えてもらわないと、仮にこの法律改正案が成立しない場合は一体どういうことになるのか、これはもう私は深刻な影響だと思うんですよ。だから、そういうこともお考えになった上、少なくとも従来よりも生徒や学生が悪い影響を受けないようにやってもらいたいと思います。
 最後に、ちょっと時間が経過しましたが、一点だけ。
 せっかく文化庁にお見えいただいているそうですからお尋ねをしておきますが、第二国立劇場の設立準備のために建設設計競技賞金七千万円が計上されておりますが、これは恐らく第二国立劇場、これはオペラを中心とするものだと聞いておりますが、その劇場の設計コンクール的なものをおやりになるんじゃないかと思うんです。それで、この建設設計競技はどんな方法でおやりになるんですか。
 それから、特にこれは、新聞にも、ある方の御意見が載っておるのを拝見したことがございますが、特にオペラを対象とする第二国立劇場の設立ならば、広く国際的にこの建築設計競技に参加を求められるつもりかどうかですね。そういう措置をおとりになれば、この建設の段階で第二国立劇場が国際的なものとしての評価を受けるし、また日本の第二国立劇場が国際的に宣伝をされるためにも大変大きな役割を果たすだろうと思うのですが、この建築設計競技の中身について、時間がありませんので、ひとつ簡単でよろしゅうございますが、わかりやすく説明してください。
○政府委員(加戸守行君) 第二国立劇場の設計競技につきましては、本年度当初に設置を予定しております設計競技審査会におきまして応募要項等を決定いたしまして、その応募要項に従って応募された設計競技の中から最優秀作品並びに優秀作品を選定いたし、その最優秀作品の当選者に将来の設計に当たっていただくという考え方を基本としておるわけでございます。
 そこで、今、先生おっしゃいましたように、国際コンペ等の実施についての御意見等も承知しているわけでございますが、我が国の建築士法の建前といたしまして、一定規模以上のものにつきましては我が国の一級建築士の資格を持っている者が設計あるいは工事監理を行うという建前がございます。それから日本におきます耐震構造といったものが、特殊な地震国でございまして、そういった面の特殊技術が要求される。あるいは気候の変化が激しい日本につきまして、高度な冷暖房計画というものについての配慮も必要とされる。あるいは舞台に関する防火規定とか、あるいは客席の配列等につきまして欧米諸国と異なる特殊な法規制等がございまして、そういった諸般の状況からいたしますと、我が国の実情を十分承知しない外国人が単独で参加していただくということは極めて困難ではなかろうかと考えているわけでございます。しかしながら、オペラ劇場、もちろん日本で初めてなものでございますし、欧米の古典的な伝統芸術でもございます。そういった観点からは、設計競技におきまして、そういったアイデアと考え方をお持ちの外国人の参加ということを排除する考えはございませんで、なるべくならばそういった日本人と共同していろんな考え方を取り入れるような応募の形というのも工夫してみたいと思っているわけでございますし、さらに外国のそういった舞台劇の専門家あるいは技術関係の方々等の御意見も十分取り入れられるような方向で考慮していきたいと考えている次第でございます。
○安永英雄君 前の本委員会におきまして大臣の方から所信を承ったわけでございますが、あの当時は、いわゆる教育臨調――臨時教育審議会、この構想、設置については検討中というところだったわけですが、これが二十七日に最終的に決定を見ておるという段階を今迎えておるわけですから、改めてこの問題について質問をしたいと思います。
 そこで、衆参の予算委員会等の質問、論戦を見ましても、この審議会で大体何を審議するのか、どういうことが審議されるのか、それを盛んに質問をしておりますけれども、なかなか手の内を見せない。私は初め、例えば昨年の七月あたりの総理の発言等を見ますと、当面の、現在、学校における暴力問題、家庭暴力の問題、あるいは非行の問題、落ちこぼれの問題、あるいは登校拒否、こういったいわゆる教育の荒廃というものをひとつ教育改革をやって一日も早くこの問題を解決したい、これあたりを特に強調をされておったので、あの当時としては私は明らかにそういった当面の教育の荒廃と、これを立て直すためにはこれは全力を挙げなきゃならぬし、そのためには文部省に任せられない、総理の直轄の審議会をつくるというふうなことを言われておったのであります。だから私は、このできた審議会はそういった問題について、いわゆる生の問題がこの審議会にかかっていくのかというふうにも思った時期もあります。また、そういう意味で予算委員会等では質問をされた人もおったようです。ところがだんだん、どういうわけか知りませんけれども、今や二十一世紀の話になってしまっておるわけですよ。つかみどころがない。何をここで審議されるのかというのが私自身もわかりません。今でもわかりません。
 これは、いろいろ今から聞いてまいりますけれども、いわゆるこの審議会に対して諮問をする、その諮問の内容なんですよね、問題は。この問題について多少お聞きしたいと思うんですけれども、あるときは、これは大臣もそうなんですけれども、大学の教養課程の短縮というふうなことも考えておる、あるいは飛び級というようなものも考えておる、これもすべて審議会で審議すべきものだと思う。きょうも大学院の問題とかあるいは教授採用の問題とか、いろんな問題も、これは審議会で審議されるでしょう、こういうことであるいはまた問題の教授の任期の問題等についても先ほど苦しい話があっておりまして、必ずしも直ちにこれに切り込むというふうなことは考えてい率いようなことでしたけれども、これもまた、この設置される臨時調査会でやられるでしょうと、こういうことで断片的にぽつんぽつんと出てくる。その都度それがマスコミに載っている。だから、一体、審議会で何が審議されるのか、こういったものについてはほとほと我々としてもつかみかねるんですよ。今でもつかみかねる。これは十分今後確かめていかなければならぬと思うんですけれども、私は、そういった意味で、どうしても――探してみますと、明確に出ているのは二月六日の総理の施政方針演説の中で出ているんですよ。それが教育改革の視点というふうな形で、教育理念、幼児教育、六・三・三・四制を初めとする教育制度、教育内容、次は教員の資質の問題、入試制度、海外子女教育、家庭や社会教育、言いかえれば、国会に対して、我々に対して示されたものが、断片的なものは別として、ある程度整理されたものがこれだけなんですよ。こういった問題について内閣総理大臣の諮問に応じて改革案を調査審議する新たな機関を設置するということですから、設置の趣旨、しかも、この中で審議をすべき内容というのはここだけしかないんです。したがいまして、まず大臣にお聞きしますけれども、この審議会で取り扱う審議の内容、諮問をするときの内容、この問題についてお聞きしたいと思います。
○国務大臣(森喜朗君) 戦後の日本の教育は私は輝かしい成果をもたらしていると思うんです。世界の国からも日本の教育に対しては大きな評価も得ておりますし、そういう意味では私は、戦後はみんな努力をして平和と民主主義、そのことを基調にしながら、今日の教育の成果が日本の現在の繁栄につながっている、このことは安永先生にも私はお認めをいただけるんではないかと思います。みんなで努力をし、みんなで頑張ってここまで来たんです。しかし、いかに輝かしい制度でも、どんなに立派な制度でも、いろんな意味で世の中が変化をしてまいりますと、きしみが出てくると思うんです。先ほどからも、午前中いろんな議論が出ましたように、高等教育機関も大変大きな成果を得ていることは間違いございません。しかし、一方においては、その高等教育を目指すためにいろんな社会に対しての、受験などを中心にした病理現象が現実には起こっているわけであります。私は、大臣に就任をいたしましてから、国立大学協会や私学の先生方とも何回かお話し合いをいたしましたが、試験のことだけを改革するなら、レベルを下げる、試験科目を減らす、いろんな技術的な改善はあると思いますが、しかし、学術や学問がそのことによって低迷をするようなことがあってはならぬという議論になると、確かに私どももちゅうちょせざるを得ないんです。しかし、現実の問題として、高等教育がすばらしくなってきても、社会におきます先生が、先ほど御指摘されましたような、いわゆる病理現象というのは現実にあるわけでございますから、いかなる諸制度でも、今日の日本を考えてみますと、十年前あるいは二十年前、三十年前、考えたこともないようなことが現実に行われている。高学歴化社会もそうでしょうし、情報化社会も、都市化社会も、あるいは国際化という問題もございますし、現に試験管で赤ちゃんができるという時代になってしまう。そういうような激しい変化の中に、教育というものを一度それに対応できるように見直しておくということが大変私は大事な政治的課題だというふうに考えます。
 同時に、社会党の皆さんもあるいは民社党さんも公明党も――順序は間違っておるかもしれませんが、どうも衆議院と参議院とは違いますので、順序は別といたしましても、共産党の皆さんも、いろんな意味で教育改革を出していらっしゃらない政党はないわけであります。そういう国民的な要請に対して、二十一世紀なんて簡単におっしゃったんですが、もう十六、七年先の話でございますから、二十一世紀を担う子供たちの教育というものがどのようにあるのか、そして、その教育がいろんな行政部門とどのようにかかわり合いがあるのか、こういうようなことを長期的に一度御検討いただきたい、そのためには政府全体が長期的な展望に立ってこのことを構えていく必要がある、こういうことで総理の諮問機関として法案の設置を今お願いをいたしたわけでございます。
 おしかりいただくかもしれませんが、ここからまず申し上げさしていただいて、どういうことを審議するのかということについては、これは当然審議機関の諸先生方がいろんな角度で御検討いただくことでございますが、総じて、今、私が申し上げたような事柄なども含めて、この審議機関に御検討いただく課題につきましては今後慎重に検討をしていかなければならぬ今段階だと考えております。まず、この審議機関という土俵をおつくりいただいて、そしてこの土俵が先生方の御協力、御論議の中で国会でまず設置をいただいた時点で新しい審議機関の先生方も御人選を申し、お選びを申し上げて、その先生方の御自由な御論議から始めていただきたい、このように政府は今考えているところでございます。
○安永英雄君 わかったようなわからないような気がするんですがね。私の質問は、この委員会ができて、そして大臣、係になっているわけでしょう。何という名前に正式になるのか後で御答弁願いたいと思いますが、そこで、総理の七項目ぐらいの項目も、それも入っているんだというふうな意味で、とにかく委員になられた方が自由にひとつ検討して、その中でそういったテーマ、いわゆる答申すべき内容についても話し合いましょうと、こういうふうに私は聞いたわけで、今は何もない、出たとこ勝負で、文部省なり文部大臣なり、担当の大臣として、委員会ができたら、この委員会でこれこれこういうことについてひとつ皆さん方の検討を煩わして、河口までに答申をひとつお願いしますというふうなことじゃなくて、自由にとにかく皆さん方――何を取り上げるかどうか別として、今おっしゃったのはどうも意味がわからないんですけれども、強いて言えば、この法案の中に「目的」というところが書いてありますが、せんじ詰めれば、この「目的」のところ、これに合うような答申をしてくださいというんでしょうか。抽象的にやられるんですか。具体的に出されるんですか。具体的には出さないというふうに私は今とったんですけれども、そうした非常に抽象的なことで、どうぞあとは皆さん方でというふうになさるんですか。
○国務大臣(森喜朗君) 先ほど先に趣旨みたいなことを申し上げたので、かえって御懸念が出たのかもしれませんが、まず設置をしていただいて、そしてスタートをいたします前に、当然どのようなことを御審議をいただくかということは、もちろん政府としてお願いをすることになると思いますが、このことにつきましては、今この設置法そのものを御議論いただく中で、国会の先生方の御議論もいろいろあるわけでございましょうし、また政府といたしましても、どういう事柄を御審議をいただくかについては今慎重な検討をいたしております。ただ、総理の施政方針演説の中身は、例えば教育の議論が起こり得れば、今先生がおっしゃったような理念や幼児教育やいろんなことがございます。ただし、このことを直接やってくださいということじゃありませんけれども、二十一世紀に向けての、そういう新しい教育がいかにあるべきかという御議論をいただければ、当然こうした事柄も御論議をいただく対象になるでしょうということを総理が施政方針演説の中で述べられたものであるというふうに私は承知をいたしているところでざいます。したがいまして、まず審議機関というものをつくっていただく。私どもといたしましては、どのような審議形態にするかということについては、新しく審議に加わっていただく諸先生の御意見をできるだけ尊重して、先生方御自身で御決定をいただくことが一番私は、よくいろいろ言われますように、政治が介入をしたり、不当な介入であるというようなよく御懸念や御心配があるわけでございますので、できる限り審議会が自主的にお考えいただくことが私は一番妥当なことであろうというふうに考えているところでございます。
○安永英雄君 確かに今おっしゃったような民主的な、お互いに話し合ってやってくださいということで、これはちょっと今まで審議会、これは性格が違う審議会もありますけれども、中教審にしたって、いわゆる行革の臨調にしたって、こういうことはありませんでしたな。こんなの初めてですよ、あなたの考え方は。しかし、早く設置法上げてくれと。まず土俵をつくってくれと。後の話はその人たちに任せるというのは、私はこれは審議会をつくる意味ないと思うし、法的にもちょっとおかしい、まあ、法的とは言わないけれども。こんな審議会あっていいだろうかと私は思うんですよ。極めて自由な審議会だというふうにとれる面もあるけれども、これは他の審議会とも関連してきますよ。
 例えば中教審の問題等につきましても、これは激しい文部省の注文があったでしょう。後で私は触れてまいりたいと思うんですけれども。免許法の問題あたりはひどいですよ。これは審議会としての性格は多少違いますけれども、文部省の方で、この教員の免許制度について諮問をしますので、ひとつ検討してくださいというのはあるけれども、この後について、おるのは、どういうのかな、私もびっくりしましたよ。教員のいわゆる「諮問検討事項審議用試案」というのがもう早速ついておるんです。「「教員の養成及び免許制度の改善について」の諮問に関し、審議のための参考資料として一つの具体的試案を示せば、次のとおりである。」。今度出ておる免許法そのままそっくりですよ。違っておるのは「特修」とか「標準」とか、ここのところだけが違って、そのままそっくり法律案でこのとおりに出しなさいと言わんばかりに答申を出しておいて、これ法制化して今度出ておる。私は後でこれしますけれどもね。こういうのが今までの例ですよ。中教審だって、委員の皆さん、まず自分のテーマ設定から始めてくださいというふうなことは初めてですよ。私はこういう審議会というのは初めてで、いかにも政治の権力が入らないようにとか、非常に民主的なことでございますので、早く設置してくださいという、私は何か差別されておるような気持ちがしまして信用できないという気がします。これは私の感じですよ。
 したがって、時間がありませんから、抽象的な何らかの諮問事項は出すということでしたから、それはそれでとどめておきますけれども。
 そうですね。ここでひとつ、今さっきちょっと答弁、大臣されたけれども、文部行政の専権事項とか文部省固有の事務だとか言われるけれども、実際は、本当は文部省の事務あるいは行政上の責任というのは、これはもう教育関係から学芸の問題、文化の問題すべてが私は文部大臣の所管の固有の仕事だと思うんです。あえてこの中から私のところでございますといえば、何を考えているかといえば、これはやっぱり今の審議会というものを考えておられるんじゃないか。胸張って文部省としては、すべてがわしのところの全部の責任なんだと言うけれども、その中で、先ほど言ったような屋上屋を重ねるような審議会ができ上がる。そこでは、今の話では、ある程度まとまってはいきましょうけれども、どういう結論が出るのか、どういうことをやってくださいというのか、わけのわからぬ審議会が始まってくる6私はそういった審議会に対して日本の教育という問題の全責任を持っている文部大臣が、あるいは文部省が、もろ手を挙げてこの審議会の設置に賛成をされる理由がわからない。これは衆議院、参議院通じての予算委員会等でも、この問題についてはいろいろ質問をしておる。しかし、あるときは予算獲得のためにはというふうな。ことを強調された面もある。あるいは政府全体としてというふうなことを言われる。あるいは国民総がかりというところまできておる。そうすると、これは文部省というところの仕事というのはどうなんだろうというふうに考えます。私も、先ほどからしょっちゅう使い分けております、これは文部省の固有の仕事なのかと。今から先、委員会じゃしょっちゅう聞かなければいかぬですよ、これは。文部大臣と総理大臣そこに置いておいて、総理大臣の方の所管と文部大臣、文部省固有の仕事については。私はそんな気がしてならぬのですがね。そして聞くところによりますと、文部省の持っているあの中央教育審議会、これは何か休ませるそうですな。休眠させるとかなんとかいうふうなことを聞きますけれども、これはもう各方面からいろいろ質問の角度が違うから、あるときは各省よく保育所と幼稚園の、労働省と文部省の関係でこれができないと、そんな話ができぬと。例えばということでしょっちゅう出される。労働省と。そういう点を力説されて、どうしてもこういう審議会づくらなければならぬというふうに強調されるときがあるかと思えば、教育改革については膨大な金がかかるんだと。その金は文部省自体じゃなくて、そういった機関に預けておいて、そこから金出してもらうということ、これは文部省として望ましいというふうな意味の答弁もあったように私は議事録見ました。これはいろいろ質問の角度とか、その場その場の時間的な問題等もあって、それぞれのところを力説されたんだろうと思うんですけれども、もう事ここに来れば、もろ手を挙げて賛成して、これは一日も早く上げてくれ、これはいいんだというのをもう少し整理して、きょうは文部大臣の方から、これをどうしてもつくらなければならない文部省としての立場というものを明示していただきたい。
○国務大臣(森喜朗君) 安永先生の教育にかける情熱、大変多岐にわたる御意見の開陳をいただきました。どれからお答えをしていいかちょっと迷うわけでございますが、要は新しい機関を設置をしたいという私は先ほど趣旨を申し上げたわけでありますが、繰り返しになりますけれども、今後におきます社会の変化や文化の進展に対応する教育を実現するということがやはり緊急かつ重要な国民的な私は要請であろう、そういうふうに私どもは受けとめているわけでありますし、これはお立場が違っても、どの政党のどの政治家の皆さんも、そのことが緊急の課題であるということについては私は間違っていないと思っているわけであります。したがって、社会の変化に対応して教育の実現を期していくという必要は学校教育だけではなくて、ゼロ歳からいわゆる生涯にわたる教育全般のことを教育改革の対象にしなければならぬというのがこれが一番の私は大事なポイントだろうと、こう思うわけであります。たまたま、その中で先生から今おしかりをいただきましたけれども、幼保の問題とか、総理が言いましたように、学卒後の雇用のあり方などは、たとえとして申し上げましたけれども、こうした問題を避けて通れないということはたくさんございますし、もちろん文部省と厚生省で話つければいいことだといいますが、先ほども確かに高木先生から外国の大学の先生が日本で手術をできるようにというときに、いわゆる医師法の問題が出てまいりましたけれども、いろんな問題がいろんな各行政部門にみんなかかわり合いを持っている。お互い確かに中教審のやり方で今日までやってまいりましたけれども、例えば幼保の問題にいたしましても、厚生省と文部省と両方のいわゆる代表する有識者ということになって、結局足して二で割るような両論併記のような答えしか出てこないということになって前に一歩も進んでいかないわけであります。したがって、政府全体がやっぱりこのことに参加をするということが私は大変重要なことである、こういうふうに私どもは政府としては認識をいたしまして、文部省固有の事務にとどまらないで、関係行政各部の施策との関連をも考慮して総合的に検討する必要がある、こういうスタンスを持っているわけでございます。
 もう一つは、何もなくやみくもにと、こういうふうに先生はおっしゃいましたけれども、これも国会で何回か御答弁申し上げましたが、これまでの中教審の議論を踏まえていきたい。ゼロからのスタートではなくて、中教審の御議論を踏まえて総合的に今までの問題の視点を若干変えてみる、検討の角度も考えてみる、こういうことでスタートするわけでございますので、決して屋上屋だという考え方にはならない、私はそういうふうに考えているわけでございます。
 先ほど先生からも御理解をいただきましたが、ちょっと後の駄弁が少し多かったので誤解を生んだのだと思いますが、審議会に何も諮問しないでどうぞおやりなさいということではございません。当然、政府といたしましては、諮問の事項はお願いをすることになるかもしれませんが、先ほど申し上げましたように、今そのことについて一生懸命に検討をいたしておるところでございまして、それが先ほど総理の施政方汁、あるいは私も国会の答弁等で申し上げる。そうしていろんな事柄なども踏まえつつ、二十一世紀に対応する教育はどのようなあり方がいいんだろうかということを一つの機軸にした諮問をいたしたい、こういうふうに考えておるわけでございます。
○安永英雄君 いろいろおっしゃったけれども、文部省としては文部省が本来果たさなければならぬ仕事、いわゆる教育行政遂行のいろんな変化によってもう限界がある、どうしてもああいうところでないと文部省自身では解決できないという弱音を吐いているんですか、これ。私はそんな気がするんですが、隣の労働省と話し合って、話ができない、一つの例でしょうけれども、実に情けないですな、そのくらいのことを。また総理の一声が必要なら総理のところに飛んでいったらどうですか。総理の前で労働大臣と文部大臣対決してこの問題片づけるというくらいのことがあっていいんじゃないですか。わざわざこんなそれこそ屋上屋を重ねるというような、私は思います。すべてのとにかく教育関係については最高の責任者、最高の文部省は責任。しかし、いまさっきるる述べられたけれども、どう考えたところで、もう文部省の限界に達して、とても遂行できません。そういうことでこちらの方に審議会つくるんですという、私はそういうふうにしかとれないんですが、なぜこれをせにゃならぬのかまだ理解できないんですが、もうこの時期に来て設置法をつくって提案しておるという段階で、もうざっくばらんに言っていいんじゃないですか。特にここは文教委員会ですから、参議院ではここであるいは審議するかもしれないという話も聞いています。ざっくばらんに言っていいんじゃないですか。手に負えませんと言うんですか、教育の問題は。例えば一つの例と言われた保育所と幼稚園の一元化という問題はできませんか、この審議会にかけなければ。もう一回、私は不明確です。まだわかりません。なぜ文部大臣が、また局長もおればあれもおるですけれども、実に私は情けないような気がするんですよ。文部省の責任のあるものを総理の諮問機関に持っていって。これはそうでしょう。答弁見ますと、そこで諮問をする。そうすると、これは尊重すると言って総理がそれを受ける。受けてそれから、大臣の答弁じゃなかったかと思うんですけれども、それによって関係閣僚会議か何かを開いてそしてそれが予算になり法律になっていく、こういう形というのを説明された議事録を私は読みました。違っておれば言ってください。諮問が上がってきた、答申を得た、それは大いに尊重しますとなっている。尊重した後どういう運びになるんですか、これは。
○国務大臣(森喜朗君) 今の御質問に対してお答えを申し上げます前に、文部省がもう限界でそして教育を何かちょっと言葉はよくありませんけれども、何か文部省でもうやれなくなって、そして総理に任すんじゃないか、こういう御心配をいただきましたが、逆でございまして、むしろ教育は大変大事で、教育がまさに各行政機能の中で、もちろん皆同じそれぞれの固有の事務を持っておりますが、どの役所にも深いかかわり合いを持って、むしろ教育は文部省が今一番ある意味では行政部門の中で重要な段階を迎え、非常に大きなウエートを国の施策の中に占めている、こういうふうに私どもは認識をしておるわけであります、したがって、総理が政府全体の立場でこうした問題を長期的に検討しようということでございますが、総理だけでおやりになるということであれば今の先生のようなそうした御不審も出るかもしれませんが、この法律案の中にわざわざ文部大臣の意見を反映するような条項も幾つか織り込ましたり、事務局には文部事務次官を充てることにいたしましたり、従来の八条機関にないような工夫をいろいろ凝らしておりますのも教育がいかに大事か、ちょっと言葉はきざだけれども、まず今日の内閣の中で、まさに文部省は主役なんだ、こういう私どもは意気込みを持っておりますし、そういう国民的な要請を踏まえてこの問題に対処しておるんだということを、これは先生も十分そのことを御承知おきをいただいておると思いますが、あえて私も文部大臣としてそのことを先生に申し上げておきたいと思います。
 答申が出ました場合には政府はこれを尊重しつつ必要に応じまして閣議その他の場を通じて当該答申の内容を踏まえて教育改革のための方策をいろいろと作成してまいります。単にそのことで予算をあっちから取ってくる、こっちから取ってくるということではございません。あくまでももちろん法律で改正をしなければならぬということになれば、またこうして文部省の法制、法律として先生方の御議論を国会の場でいただくことも当然のことでございます。
○安永英雄君 それにしても日本の教育そのものに全責任を持っている文部省、文部大臣、これが先ほどの説明その他で手をやいておる、総理に言わせりゃなっておらぬ、文部省は弱腰だ、あばら家で雨漏りしているようなもんだというふうな例も何か外で演説されたことも書いてありましたけれども、みそくそにとにかく総理から言われて、おまえのとこは限界がある、これ以上はおまえのとこには任せられぬ、おれのところに持ってこいと、こういうのが大体実態じゃないですか、総理の考え方は。それについて私は文部省怒るべきだと思うんだけれども、怒らずに主体的に私どもが握っておりますと言ったって、中教審もちゃんと持っている。私はどうもやっぱり納得できない。先ほど私もわかるだろうとおっしゃったけれども、私はまだわからぬですね、この点は。何であそこに持っていったのか。どえらいものが出てきますよ、あそこのところ。どんなものを審議してもいいような形で。例えば免許法の問題にしましても、私はちょっと触れたいと思うんです、時間がありませんから。
 これはたたき台と言っておりますが、文化教育の懇話会ですか、総理が私設であそこあたりの報告書あたりも見ましたり、あなたのところの手元の中教審の中間報告あたりを見ましても、教員の資質の向上、こういった問題については全部触れていますよ。そして、別にこの何といいますか、免許法とか、その制度をいじるよりも、むしろ教員が腹いっぱい研修できるような教育環境というものをつくるべきだというふうな意見が非常に強い。強いですよ。私はちなみに聞いてみましょうか。今度の免許法を出して予算の上では何をつけています、これ。ただ免許法だけで、これに伴う予算というのはなければなりませんよ。例えば、この免許法については。単位をふやす、現役の教員は勉強しろと。大学院出たまでの単位を取れ。どこで取ります。いつ取ります。どこで勉強します。今の教育現場見てみなさいよ。取りに行くためには定数の相当の充実をして代替の先生を置いといて、大学でも勉強に行かせるという予算つけていますか。何もついていない。第一それの単位を与える大学、研修に行く大学、これがありますか。きょうはもう時間がないからすぐ聞きますけれども、膨大な、とにかくこの免許法で一つの上の段階を取ろうと思えば、これはふさわしい教育機関も必要だし、施設も必要だし、いろんなことを準備しなきゃできない問題です。私はこれは新聞情報ですから、だれが言ったか知りませんけれども、現職教員の研修に対する自発的な意欲を助長することを図ったと、そのために出したんだと、こういうことを言っている。これが私は役人根性というものですよ。官僚というものですよ。競わして、そしてもう一つ取らにゃあ上の名前がついたところに行けぬと。そういう意欲をこんな発想で、教員のいわゆる資質の向上というものを図ろうなんというようなことは、私は、これは今までの例がたくさんあるでしょう、こんなもの、勤評から学テから。ちょっとして競わせる。小手先のことで、二十一世紀を目指して教員が本当に力をつけていくためにはこんな小細工で免許法をやって、もう一つ取らぬとだめだなんというような、こんなことで資質の向上を図っていくというような、そういう私は役人根性はやめてもらいたい。ましてや、これは先ほど、何が出るかわからぬけれども、教員の資質の向上というのは、総理もあの演説の中にも入れであるように、また今後の教育の発展のためには教員の資質の向上というのはやっぱり必要ですよ。これは大きな審議をするときの中心にならなきゃならない。それが小手先で三つぐらいに分けて、今、朝から晩までフーフー言って、今の教育の荒廃その他の問題を必死にやっている。とてもじゃないが今から大学に行こうなんというような余裕はない。こういったものにこの免許法を出す。しかも、この前、答弁見ますと、大臣はこれは文部省の固有の事務でありますから、審議会とは関係ございませんのでこれは進めますと、こう答弁がありますが、今でもそうですか。そんな小細工はだめですよ、これ。本当に教員の資質の向上を図るためには、勉強できるような、資質を向上できるような環境、大学をどこそこに行ったら、いつでも公開しているところで単位をとれるようになっています、その旅費はどうなるのだ、代替の先生、生徒を休ませるわけにはいきませんから、単位を取る定数というのは相当な数になると思うけれども、そういう準備、そういうものを全部準備して、そしてこれはすぐに何も役立ちゃしませんよ。この免許法が改正になって、改正した途端に教員の資質の向上なんていうのは図られるはずがない。じっくりやらなきゃならぬ問題ですよ、これは。
 もう一遍聞きますけれども、大臣、固有の事務とは言っても、これは一たん決めたら後帰りはできませんよ、こういう方法でやったら。単位、一生懸命取って、何日行って、こうやってテキスト何ぼ書いて、論文何は書いたら単位が何ぼになる。そんな仕事の中で本当に教員の資質の向上図れません、そんな競わせたような形で。私はそういった意味で、もう一回、ひとつこれは私は撤回してもらいたいと思う、この免許法。する意思ありませんか、大臣。
○国務大臣(森喜朗君) 教員の資質能力の向上を図るということは、常に教育の基本的な課題でございます。いかなる教育、どのような諸制度を完備いたしましても、教育の最大の影響力は先生にある。これはもう先生方皆さん御承知おきをいただけることだろうと、こう思います。したがいまして、今度のお願いをいたしました免許法の改正につきましては、いわゆる教養審の答申に基づきまして新しい免許法の改正を提出をいたしたものでございまして、このことは今先生からも御指摘がございましたが、文部省固有の事務でございますし、新しい教育審議機関は長期的なテーマを取り組むものでございますので、文部省といたしましては、持っております固有の事務につきまして、教育行政につきましては間断なく進めていくということが私どもとしては正しいと考えておりますので、撤回をするという考えはただいまはございません。ぜひ国会において御論議をいただきたいと、こうお願いをいたす次第でございます。
○安永英雄君 それじゃ、そこまで言われるんならば私はもう一回聞きますがね。文部省の固有の事務、固有でない事務、はっきりしてください。何を言っとるんですか。
○政府委員(齊藤尚夫君) 補足して御説明を申し上げます。
 今回、新たな審議機関を設けまして審議します趣旨は、先ほど大臣から御答弁申し上げましたように、学校教育のみならず、いわばゼロ歳からの生涯にわたる教育全般について御審議をいただく、そのようにいたしますと、これまで学校制度につきましては、例えば文部省だけでやれる、いわば文部省の固有の事務について中央教育審議会で審議していただいた、あるいは審議していただくということで作業は可能であるわけでございますが、そのように教育全般にわたります改革を行うためには、例として大臣からも申し上げましたように、例えば幼児期の教育の問題をめぐって幼稚園、保育所との関係、あるいは学校卒業後の雇用の問題、そういう行政各部の施策との関連が出てまいりますので、文部省固有の事務と他省庁の関連とも考慮いたしまして、総合調整機能を持ちます総理府にこの審議機関を設けるというふうにいたしたわけでございます。そういう趣旨で御理解をいただきたいと思います。
○安永英雄君 その説明聞けば、今、文部省がやらなきゃならぬのは教育全般、全部じゃないですか。そうでしょう、今まで従来文部省がやってきたことはずっとやりますと言うんだから。そうすると、総理がとにかくこの教育問題にしゃしゃり出てきてね、そうしてそこでおれがやると、こうやってだね、そうして教育全般について本会議場で施政方針演説七項目、こういった問題についてはおれの手で解決をする、改正する、教育改革をやる、こういったら文部省は本来の任務なんというのはなくなっちゃうんじゃないの。本来から私は文部省の解体論者ですよ。私はいい時期が来たと思っている。あの内務省が解体して、国家公安委員会、警察庁、自治省、あれは今、省になりましたけれど自治庁、こういうふうに解体された。今総理が考えておるような、二十五人なら二十五人、本当に国民の中で選ばれてきた人を中央教育委員会というものにしたらどうだと私は思う。文部省は文部庁、私はそれの方が一番民主的だと思う。地方教育委員会は教育委員会がやっている。中央の方は文部省が依然として残っている。戦後文部省の解体は、これは論議になった。ちょうど六・三のあの問題が起こったものですから、省としての形とっとかないと、予算その他の問題があるからあれですけれども、あの当時教育委員会制度に全部がえてしまう、中央も中央教育委員会制度にかえる、こういった形でいけばいいんで、二十五人、国民の中から二十五人民主的にこう選んで、そこで教育全般についての審議してもらって、そこから決まったものを執行していくのを庁になったらどうかと私は思う。私は、念願、日ごろ考えておったことが到来してきたと私はいつも思っている。私はいっそそこまでやった方が民主的じゃないかというふうに考えます。これは私のあれで、大臣にそのことについての見解は聞きません。いや、まあ聞いたって大臣失業するので……。どうですか、答えますか。
○国務大臣(森喜朗君) たびたび申し上げておりますが、二十一世紀という言葉はきざな言葉で、お耳ざわりかもしれませんが、十五年、二十年後と申し上げてもいいし、五十年後と申し上げていいのかもしれません。いずれにいたしましても、将来の日本の国を担ってくれる青少年のために、教育はどのようにあったらいいのかという御議論を幅広くしていただこうと、こういうことでございまして、その御議論の中で今安永先生がおっしゃったような御意見も出るやもしれません。それもまた一つの意見として、私は一つのやはり示唆に富む考え方かもしれません。もちろん最終的には皆さんでお取りまとめをいただいて、政府に御答申いただくことでございます。いずれにいたしましても、日本の教育全体について御論議をいただくことでございますから、先生はそういうお立場をとられるかもしれませんが、私はそのことが文部省が低下したとか、形骸化したとか、力がなくなったとか、総理がしゃしゃり出てきて、文部大臣そこのけそこのけと言っているというふうに私は受けとめていないんです。むしろ、いろんな教育問題は国会を通じて、各党会派の皆さんでも今日までいろんな御議論をいただきました。私も文部省が一番大好きな役所です。私も当選をいたしましてから十五年間、党の文教部会の中にずっと籍を置いて、文部省の予算のことをお手伝いもしてまいりました。そして今ほど総理が、まさに内閣挙げて教育を大事にしようという姿勢を貫かれたということは、私は大変うれしいことだと思っております。そういう中で、先生、御心配いただくことは大変ありがたいけれども、文部省がどっかへ吹っ飛んでしまうような、そんなことにならないために、この設置法の中にも幾つも工夫を凝らして、私は文部省のみんなが努力をしてこの法律の提案にまでこぎつけたわけでございます。今後とも新しい角度からいろいろ御議論をいただくものと思いますけれども、あくまでも教育は日本の国の行政あるいは政治の中の一番大事なものであるという、そういう認識で私は担当していきたい、こう願っているところでございまして、いろいろ御意見をいただきましたことは、先生の教育に寄せる大きな今日までの業績の中における私どもに対する御心配、あるいはある意味では御激励であるというふうに受けとめながら、むしろ私は先生のそういう御意見は感謝をしてお聞きをしたい、こんな率直な気持ちでございますので、どうぞ今後とも教育改革に対しますいろんな意味での先生方の御指導や、また高邁なる御議論をぜひ国会の場でも御展開をいただきたい、このようにお願い申し上げておく次第でございます。
○安永英雄君 私は先ほど別に冗談で言ったわけじゃないんで、また大臣も率直に受けとめて、あるいは今度の審議会の中で、二十一世紀を目指して私が考えてるような民主的な教育行政というものができるかもしれない。私はこの点は一致しておると思うし、まあ、その文部省解体そのものについては意見が違うかもしれませんが、少なくとも民主的な私は教育行政というものが行われなきゃならぬという点については一致したと思うんです。
 そこで、私もついでに申し上げておきたいと思うんですけどね、教育の荒廃という問題についてはいろんな論議がありました。国会の中でもあった。きょうも聞こうかとは思ったんですけども、もう時間がありませんので、大臣と私は恐らく同じじゃないかと思うんだけども、現在の非行とかあるいは暴力、そういった問題はどこから出てくるのか、どうしたらいいのかという問題が論議される、そのたびに、社会が悪いんだと、家庭が悪いんだと、これは家庭の責任なんだと、先生が悪いんだと。ひどいところになると、労働組合つくっているから悪いんだ、日教組が悪いんだ、いろんなとにかく八つ当たりがあっちゃこっちゃに来ておって、制度も悪いと、したがってこういう幅広い検討をしましょうというふうなことになってきてると私は思うんです。そこの中で私はいつも忘れちゃならぬのは、そして至極話に出てこない――今の文部省解体論じゃないですけども、教育行政、文部省を中心にして、地方教育委員会も含めて、教育行政がこの荒廃の道に走っていく一つの大きな力を示しておったということを私は反省しなきゃならぬと思う。これが余り出てきていないんですよ。私は、教育改革の中で、今のいわゆる中央教育委員会制度もさることながら、次のようなこともいままで長い間やってきて、文部省も知らず知らずに、あるいは知ってかどうかしりませんけれども、教育の荒廃の原因は私に言わせれば文部省の教育行政にある、こう言ってもいいくらいなところを見詰めなきゃならぬと思う、反省しなきゃならぬと思う。その点を私は申し上げてみたい。
 理屈は抜きにして、一番大きな文部省なり政府が教育行政の上で過ちを犯したのは、これは教育委員会の公選制をつぶしたことですよ、三十一年に。これが大きい。あれまでは教育という問題は一般行政と対立して、あの当時は教育委員長は教育知事と言われた。あの発足の精神に返らないといけないと思うんですよ。これが一つ。どうしてもこれは公選制、地方教育委員会は公選制――任命制じゃいけません。そして、やはり教育問題については、教育予算の提出権もあったんだ、提案権もあった。そして知事部局等は予算のときには必ず教育委員会と合い議しなきゃならぬ。合い議も調わないということになれば、対立予算として議会でやった。私は何回も教育委員会の予算、出た予算が通過した体験を私は事実持っています。それくらいに教育の権威というものはあったし、またそれだけに国民に対して直接の責任を負うという教育基本法の精神、これがこれぐらい行政面で具体的に出てきたものはなかった。あえて私は今、そのときになぜ政府が、時の文部省がこれを、公選制を切ったかという点についてはあえて触れませんけれども、これは大きな民主的な教育、いわゆる今では弾力性とかなんとか言いますけれども、弾力性を失わしたのはここです。これが出発点です。
 そうして次には、やはり教育課程の法的な拘束力というものを急に持ち出してきた。あの戦後の開かれた教育ということで、指導要領あたりも一試案と、教育現場でとにかく創意工夫をやってやれと、こう言ったのが、今度は、法的な拘束力がある。それに伴っての教科書の検定制度、昔の検閲ですよ、これ。あるいは管理職を強化していく管理職制度。こういったことで学校はいわゆる管理体制というものの中に入ってしまって、その中で教員の自由な濶達な教育ができますか。教員が軽い、教員が悪いと、こういう批判もあります。文部省自身も持っているんじゃないですか。どこから出てくるのか、こういうことが。こういうことを反省してもらいたい。これが二十一世紀に向かっての教育行政改革ですよ。これをやらないと、今の自由などか何とかというようなことは生まれてきません。
 時間がありませんから、そういった点の私は考え方を持っているんですけれども、改組とかなんとかいうようなことじゃなくて、文部省が教育行政上でやっていったことで、現在の日本の暗い、あるいは今の非行問題とか、あるいは全般の教育の荒廃というものの中に、今後やっぱり考えなきゃならぬぞという点を多少申し上げたんですけれども、まだ述べれば幾らでもあるんですが、機会はあると思うんです。総じて私は、文部省はけろっとしておる事態ではない。行政という問題から、それに携わる文部省としての反省はないか。地方教育委員会に対しても、これは皆さん方から希望がないか。こういった点についての所感をひとつ一括して文部大臣の方からお答え願いたい。
○国務大臣(森喜朗君) いろいろと安永先生から教育に対するお考えを承りました。大変、私自身も参考になることが多くございました。
 しかし、冒頭に申し上げたように、日本の教育は私はすばらしい発展を遂げてきたと思います。そして、戦後の混乱の中から今日的繁栄を来したというのも、やはり教育が基本として国民の中に定着をして、そしてすばらしい人の和、そして人々の努力、そうしたことが自由、濶達、奔放に今日の国民の中に息づいて、そしてこれだけの世界的な国家になっていった。私はそう思っております。
 そういう意味では、諸外国の皆さん方も日本の教育に対して大きな注目を集めてきております。それは何も文部省のみならず、地方教育委員会あるいは先生方みんなが努力して、ここまで日本の国の教育を定着したものだと思うんです。
 私は、先ほど申し上げましたように、いかなる立派な諸制度も、やはり世の中の変化と社会の対応にある程度こたえていかなければならぬ。すばらしい学問も遂行できたし、学校も普及をしましたし、みんなが多く高等教育については、午前中の議論にもございましたように、三十数%を超えるという、高等学校については九〇%を超える、こうした普及率を見たというのも、やはり日本の国の教育の誇り得る成果ではございますが、その反面、いろいろとまたひずみも出てきております。それが自閉症児あるいは登校拒否、乱塾時代、予備校時代というようなものも生み出してきたことは事実でございます。
 したがって、基本的には教育はどうあるべきかということを御議論をいただくということで、今お願いをしておることは、もうこれは繰り返しになりますので申し上げませんが、文部省も今日まで大変な努力もしてきたわけでございます。どうぞひとつ、今、先生がいろいろとお話をくださいました事柄なども、十分に文部省は踏まえて、さらに日本の教育がよくなるように、そしてまた子供たちが本当に適切なる教育環境の中に学び取ることができるように、そのようなことに私どもさらに努力をしていきたい、こんなふうに思っております。
 公選制につきましては、いろいろ御議論もあることでございますが、ちょうど私が子供のころに、教育委員会の公選制時代も、いささか記憶をいたしておりますが、大変教育委員会の選挙をめぐって、いろんな形で私は政治的に大きな動きを子供ながらにも感じ取っております。
 教育は政治的に申立をということがもちろん大事な基本的なことでございますだけに、かえって政治の中からできるだけ遠ざけて、今日的な公選制の制度、いろんなその中に中立が侵されないような仕組みがしてありますので、この制度を維持していくべきだと私は考えております。
○安永英雄君 私は、端的に教育行政というものにも見直さなければならぬ面がたくさんあるんじゃないかということを申し上げて、今大臣がおっしゃった中に入っておったような気もするわけですけれども、これは真剣にひとつ考えていただきたいと思うんです。
 大臣の所信表明の中にも、学校の中で校長を中心にしてうまく学校がいくようにという方針等も出ておりましたが、私はやっぱり行政関係もひとつ反省をして、そして二十一世紀に向かって全力を挙げて行政側も現場の先生方も一緒になって、とにかく教育の改革、こういったものに進んでいくという状態をつくらなければならぬ。そのためには行政がどうすべきかというのは、やはり長い間の反省も行政側にも必要じゃないかということを申し上げたわけで、この点は先ほどの答弁の中に入っておったと思いますので、これはひとつ十分話し合いをやったり、具体的な策あたりも出していただきたいというふうに思います。
 時間もありませんので、九州産業大学の問題につきまして、多少質問を申し上げておきたいと思います。
 これも予算委員会とか、その他で出ておりますけれども、私は地元ですから詳しいんで、多少具体的に聞いてまいりたいと思います。
 非常に簡単でいいですから、この九州産業大学の問題についての今日までの文部省の指導というものについて、概略説明していただきたいと思うんです。
○政府委員(阿部充夫君) 九州産業大学の問題でございますけれども、これまでの経緯を概況申し上げますと、五十七年の秋にいわゆる経常費補助金の不正受領が発覚をしたというようなことを契機といたしまして種々問題が判明をいたしたわけでございまして、この九州産業大学、これを経営しております中村産業学園に対しましては、まず文部省といたしましては五十七年度の補助金の不交付を決定いたしますと同時に、それまでの補助金のうちの相当額、総額にいたしまして二十六億円という金額の返還を命ずる。そしてさらに、それに加えまして行政上の指導といたしまして、理事体制の刷新ということを中心に入学者選抜方法の改善等五項目についての指導を、これは五十八年二月に行ったわけでございます。
 その後、同じ二月の末に中村産業学園からこれらの五項目についてかくかくいたしたいという回答があったわけでございますが、入試改善等の四項目については文部省の指導の方向に沿った改善を目指しているという状況がうかがえたわけでございますけれども、最も重要な項目である理事体制の刷新につきましては数年後に考えるというようなたぐいの、文部省の指導方針に即しているとは到底認められない種類の回答があったわけでございます。
 したがいまして、文部省といたしましては、いわばその回答を差し戻したと申しますか、これでは到底了解はできない、さらに検討を重ね、文部省の指導に沿ってほしいということを申し渡しをいたしまして、以後、粘り強く指導を重ねてきたわけでございますが、昨年の十二月十八日になりまして、当該学園では当時の鶴岡理事長が退任をいたしまして、後任に稲井鉄鳴氏という方が選任されたというような形での理事体制の組みかえが一部行われたわけでございます。
 しかしながら、このような体制の変化と申しますか、の中身につきましても、これまでの情勢その他諸般の状況を判断をいたしますと、実質的に文部省が言っているような改善ではないというふうに判断されましたので、これにつきましても、さらに社会の信頼にこたえられるような理事体制の刷新の問題について、引き続き真剣に検討し、早急に対応してほしいということで、ことしの一月に新理事長があいさつに見えました際にも、正面から御本人に対して失礼であったかとは思いますけれども、そういう指導を行ったというようなことでございまして、その後さらに引き続き指導を重ねている現状でございますが、まだ十分な回答を得るには至っておらないというのが現状でございます。
○安永英雄君 三月の七日の日に九産大の代表が文部省に来ているということですが、これは文部省の方が呼んだんですか、向こうが来たんですか。
○政府委員(宮地貫一君) 先方から参ったものでございます。
○安永英雄君 そうすると、いまさっきの以降、文部省としては九産大に対して指導というのは、どういう形でやりましたか。これは自発的に向こうが出てきたんですな、三月の七日は。呼びつけたんじゃないんですな。
○政府委員(阿部充夫君) これまでの指導の仕方として、呼んだ場合もございますし、先方から事件がある当時、その関係で御報告に見えるという形もございますので、両方の形態のものがまじっておるわけでございます。
○安永英雄君 この七日の日に文部省に来たのはだれですか。そして文部省はどなたが会われたんですか。
○政府委員(宮地貫一君) 大村学長が三月六日に……
○安永英雄君 いや、七日のことを聞いている、三月七日。
○政府委員(宮地貫一君) 七日には来ていないと申しておりますけれども、文部省で対応いたしましたのは、大学課の城倉企画官と加藤学校法人調査室長その他の係官でございます。
○安永英雄君 七日ですか。七日じゃないんじゃないんですか。
○政府委員(宮地貫一君) 担当者から六日に見えたというぐあいに聞いております。
○安永英雄君 この六日に来たのはだれとだれ、会ったのはだれとだれ、文部省の。
○政府委員(宮地貫一君) 先ほどお答えしたとおりでございまして、大村学長がお見えになりまして、文部省で対応しましたのは大学課の城倉介面官、管理局の加藤学校法人調査室長外係官二名というぐあいに報告を聞いております。
○安永英雄君 城倉さん以下五名、名前を後で私の方に知らしてください、会われた人の。
 このときの話はどういう話でした。
○政府委員(宮地貫一君) 卒業者の四名の単位認定に絡む問題で見えまして、六日に大村学長から、入学者選抜の実施規則の改正、成績原簿の点検、卒業までの日程などについて説明に見えたと報告を聞いております。
○安永英雄君 これは卒業式の問題等で、学長を首切ったという、あの時点の釈明に来たわけですか。
○政府委員(宮地貫一君) 六日の日にはその話は聞いておりません。
○安永英雄君 学長の問題について、この学長はなかなか不穏当で、だから処分しましたということを言って、これは文部省の方として、別にこの問題について、なぜ切ったんだとか、それはいけないじゃないかというふうなことは言わなかったという話ですが、それが一つ。それから理事会の刷新、これはやっておりますけれども、これ以上はなかなかできませんと。運営の刷新は、文部省の方から、その話はやめてくれと、こういうことでございましたと、こういう話が既にこのときに来ておった産大の側から帰って報告があっておる。それから、大村というのは学長ですが、大村を中心とする先生たちのあり方、各部長教授会から拡大教授会、そして全学拡大教授会と開いて、そして理事会の決定を覆すようなやり方については文部省も何とかしてくれませんかと、こう言ったら、これは回答はなかったと。そこで、行った人に理事長が、それじゃ文部省の方の行政指導の結論は出なかったということかと、全然具体策はなかったと、こういう報告をやっておる。
 そのほかたくさんあるんですよ。とにかく文部省の方では指導をしたとこう言うけれども、今や学校の中はてんやわんやですよ。卒業式なんていうのは、もう学生や卒業生や、とにかく大声でとなりながら、理事長帰れと、こういう状態も起こっておる。
 かてて加えて、とにかく鶴岡理事長去った後、もうむちゃくちゃな業務命令等もやっている。人事その他についても私は時間があればもう少しやりたいと思うんですけれども、大事についても、とにかくまだまだ前の学長の一連の連中が、教授会には口出しはさせない、人事の問題についてはこれは理事会の専決事項である、こういったことを業務命令で出して突きつけておる。こういう点とか、それから人事の妨害、それから役職員の選考あたりのやり方等についても業務命令を出して、そしてこれを変えさせようとする。これは私は明らかに学校教育法の五十九条の違反じゃないかというふうに考えるんですが、この点はどうですか。現在、指導をしているというのは、こういう実態を知って指導されておりますか。
○政府委員(宮地貫一君) 大学の中で、例えば教員採用の手続でございますとか、あるいは学生部長、教務部長等の役職の選考問題等については、大学側の状況についても私どもも状況は把握をいたしまして指導しているところでございます。
○安永英雄君 これ以上私は中身は言いませんけれども、文部省の名前を指して、上京していろいろ話しますけれども至極好意的であったとか、文部省に行ったら知っておる人ばかりで、そういう人たちはそうまで、地元の新聞がたたくほど我々はそう文部省じゃ人気が悪くないんだとか、この議事録あたりもう少し見ますとね、今度は教員の首を切ると、首を切ると十年戦争になる、十年戦争になったら五年先の国からの補助金がもらえなくなる、ここに何か工夫はないか。今度首切ったりすると十年戦争になって、五年分はもらいたいんだけれども、それが十年になったときはもらえぬことになる、さあどうだろうかと言ったら、理事長あたり昂然と、五年先になったらそうしたものじゃないよ、五年先はまた交付金もらえるんだよと、こういうことを口走っておるところ等もありますから、私は少ししか言いませんけれども、しょっちゅう出てくるのが、彼らは文部省を甘く見ている。地元の新聞やら見たことありますか。そんなことを向こうは口走るんだから、文部省も少々これはのませられているんじゃないか、少々もらっているんじゃないか、私学財団もそうじゃないのか。私学財団に行ったら、首になったあの学長が、御苦労さんと言って玄関まで皆出迎えに来るし、帰りがけは玄関まで送っておる、そして学長頑張ってくださいと、こんなことまで言っているということは逐一出ているんです。私は文部省を信頼しますよ。文部省がそんなことをするはずはない、ないけれども、余りに今さっきの対応を見てみると、私の質問も時間がないから言わなかったけれども、あなたが言ったような指導じゃだめですよ、あそこは。呼びつけたり、向こうが自発的に来てみたり、そういうことで指導しておりますと。なぜ現地に行きません。もう少し厳しい態度でやらなきゃあなた、あなたのところ五項目やって全然内容が、向こうは計画ないじゃないですか。そこらあたりに、私は甘く見られているところに一つの問題がある。事実はそういうことはないと私は確信しています。確信しているけれども、向こうはしたたか者ですよ。そういうことでなめられておる。しかも、なめられたというのは一番傑作は、もう質問があったそうですけれども、莫大なとにかく退職金三億六千五百万、あれだけ学校の名誉も傷つけ、教育をむちゃくちゃにやった鶴岡前理事長に対して、出しも出したり三億六千五百万、それから、長崎で初めから自分のこれはもう別荘と思って建てたんでしょうけれども二千九百万の、この名目は大学の研修所、大学当局によって、これ学生でもここを利用したかというと一遍もない。自分の故郷の方に帰ってきたときの別荘ですよ、これ。初めからそうなんです。大学の研修所じゃないんですよ、これ。研修所名目に建てているけれども、一遍も使ったことはない。自分がお国入りしたときの別荘ですわ。みんなあの近くの者は別荘と思っている。学校の研修所なんて思っているのは一人もいない。それをまた御丁寧にこれも差し上げます。約四億に近いとにかく退職金を支払う。これは文部省の指導で、第一この鶴岡前理事長がずっととにかく年間六千万の給与をもらっておった、それはひどいじゃないかということで文部省の方も今度は基準等を設けて、高く出したものはその分だけは交付金から差し引く、こういう基準になったのは、この鶴岡のいつももらっておった年俸ですよ、六千万になっている。それにまたこれ四億つけ足しておるんです。私は文部省がなめられておると思うんですよ、これ、あれだけ指導をして。依然としてあなたこれやっておるんですよ。近く、これ事実かどうか知りませんけれども、鶴岡前理事長なんというのは前の学長の宿舎を依然として使っておる。学校の車は使っておる。悠然として使っておる。そしてもっと最近では、何かまた学校の一部の仕事に返ってくるような話もある。そしてまず議事録は、いろんなことは読みませんけれども、あれはもう、今の学長あたり、たたき殺せ、こういうことまで、これは表に向こうは出していませんがちゃんとこっちはとっています。これじゃ私はどうにもあそこの学校、これは文部省が考えておるような刷新はできない、これは相当の手を打たなきゃならぬ、こういうふうに考えるわけです。したがって、私は文部大臣の考え方をお聞きしたいと思うんですけれども、この問題、文部省、本当に本気で乗り出して、この問題解決ということに力を注ぐと――いつも質問をすると、調査をしますとか前向きでこの問題はという話ですが、もう限界来てますよ。これは限界来てます。この点についてどう大臣思いますか、九産大の問題についての解決法。
○国務大臣(森喜朗君) 昨日も久保委員から予算委員会の一般質問にもこのことの御質問もございました。今、安永先生大変憤って御質問いただきましたが、決して文部省はのらりくらりやっておるわけではないわけであります。ただ、基本的には私立大学といえども大学の自主性、大学の自治、これを正しく守ってやることは基本的な文部省のスタンスでなければならぬと思います。たとえ数少ない一、二校問題だとはいえ、文部省がそうした大学の基本的な立場を侵すようなことがあれば他の大学に対してもいい影響を及ぼさないということにもなりますので、あくまでも当該大学の反省の中で文部省の指導に従ってもらいたい、こういう気持ちで今日まで取り組んできておるわけでございます。
 先ほど阿部管理局長からも本人を前にかなり失礼ではあったかということでありますが、国会用語でございますから、自治体制の刷新というようなきれいな言葉で表現しておりますが、端的に言えば、私が言ってもいいとこれは思うんでありますが、あなたやめなさいと、やめなかったらこれは前進しませんよという、そうした意味のことをはっきり今日まで文部省も指摘をしてきておるところでございます。ただ、今日までいろんな議論を踏まえてまいりますと、どうも世間で通用のしないことが多過ぎる。今先生が新聞見ながらおっしゃった退職金のことなども、きのうも久保さんからも御質疑ございましたけれども、どう考えても、これはやっぱり世間が納得しませんし、ましてや高等教育機関に携わる人々の模範にならなければならぬ人がこんなことをやるということは私も極めて遺憾千万でありますし、文部大臣としても大変残念なことでございます。ただ、この問題が起きまして直ちに経常費補助の打ち切りをいたしました。経常費補助を打ち切ってしまいますと、これも文部省の今の法律の中では弱いところでございまして、逆に縁が切れてしまうわけでございますから、監督の権限とか帳簿の、何といいますか、調査とかいうようなことが現実の問題としてはできなくなる。逆に言えば、このことを盾に九産大がもし文部省を愚弄する、先生から御指摘がありましたようなことをもし、おやりになっていないと私は考えたいけれども、そういうことをおやりになっておるとするならば、私は重大な問題として文部省も新たなる対応を考えなければならぬ、私はそのように事務当局に指示をいたしておるところでございます。願わくば先生のこれだけの、しかも地元にいらっしゃって極めていろいろ御精通をされた中で、この国会でこれだけの議論があるわけですから、この議論が学園に伝わって、学園がみずから反省をしてくださることを私は切に望んでおりますけれども、既に新聞にも出ておりますから、ここで御質問はございませんでしたけれども、先生の時間も切れておるようでございますから、国士舘大学の問題につきましても衆議院でこうした議論がございました。文部省と大学側のお互いの信頼感の上にこの大学行政というのはあるべきでございますから、そのことを逆に悪用し、盾にして身勝手なことをなさるということであれば、文部省もそういつまでもなめられてはいかぬ。私は少なくとも大臣であり政治家であります。しかも、私立学校振興助成法、私学財団法、命にかけて我々がつくった当事者でもありますから、そういう意味から言いましても、私学全体にこのことが影響を及ぼして、一般のまじめな大学にまで影響を及ぼすというようなことが、国民的な合意が得られないというようなことがあっては、私は重大な文部省の責任だというふうに言わざるを得ない、こう思いまして、場合によっては立法的な措置で国士舘大学について反省を求めるということのそういう段階へそろそろ入ったとしてもやむを得ないのではないか、こういうことを私は衆議院の文教委員会でも申し上げたわけであります。もちろん今も申し上げたように、そういう議論を踏まえ、また私どももそういう気持ちになる、そういう感想までも持つという事態を、大学側としても、もっと真摯に受けとめて、的確な改善をぜひしてもらいたい、こう願うのは私の本心のところでございます。したがいまして、もし、こうした事態がいつまでも続くということになれば、国士舘大学に対して私が申し上げたような答弁も、この九産大中村学園に対しても当然そのことが及ぶ事態になる、こう私は言わざるを得ないと思います。
○安永英雄君 終わります。
○高桑栄松君 私の先輩の方々の御質問で私が言おうと思っていること幾つか重なりましたので、それでは予告申し上げなかったようなアドリブ質問も加えさしていただきたいと思っています。それから、まだほんのつい最近まで大学の先生していましたので、若干レクチャースタイルが入るかもしれませんが、御寛容ください。
 まず、アドリブ質問の第一は森文部大臣の身長、体重を承ります。
○国務大臣(森喜朗君) 最近はかっておりませんけれども、大臣に就任いたします前は九十五キロ、一メーター七十五ございました。最近は心労で大分減量されているのではないかということを期待しておるわけでございます。
○高桑栄松君 九十五キロで百七十五センチというのは大変オーバーウエートでございまして、これでは健康管理がうまくいかないのではないかと。しかし、森さんはもりもり仕事をするタイプのようでおられますから、一年後にどれくらい減るか、一年後には健康優良児に近くなるか、興味を持って見ておりますから、どうぞひとつ健康に御留意して頑張っていただきたいと思います。
 そこででございますが、さきに私が医学教育会議のお話をいたしました。これもアドリブ質問でございますが、昭和五十五年に医学教育会議の設置についての勧告申し入れをいたしました。これは医学、私学、薬学、各界の全員こぞっての十年来の悲願でございます。昭和五十二年、つまり、その三年前には「医学教育制度の総合的運営並びに体制の整備について」という申し入れを行いました。つまりこれほど悲願をかけてやってきた。ところが、私はみずからもやったわけですが、文部省に行くとここは厚生省と、こう言われるんです。厚生省に行くと文部省と言われるんです。キャッチボール、これでもう疲れ果てて、こちらはやめろという、いや、やめはしませんけれども、そういうことで本当に困ったものだと思っておったら、今度、中曽根さんが複数省庁にまたがるものについてということで臨教審ができると。私は、我々のアイデアを中曽根さんがとったのではないかと勘ぐったぐらい大変都合のいい場面に到達をしたと、こういうつもりでいるわけです。
 これはお返事もらうつもりじゃないんです。レクチャーになりますが、何遍も文部大臣に言っておくと、もう条件反射でぱっと出てくるのじゃないかと思いまして、毎回この医学教育のことはちょっとぐらい申し上げておいた方がいいということで、臨調的スタイルでぜひこのことを御考慮いただきたい。これは私の要望でございます。
 そこででございますが、さっき安永さんの方の御質問で諮問のことがいろいろ出ておりました。私のお伺いしようかと思うものの一部分をもう質問があってお答えがあったんで困ったなと思ったので、レクチャー的なスタイルでお話しいたしますが、私はリーダーシップをとる側というのは、たたき台になる原案というものを持っていなければいけないのだと、これは管理者の心構えだと思うのです、あるいは経営者でもいいんです。ですから、これは私は文部省がもし事務局を担当する主体であれば、早急に大項目ぐらい持った方がいいと思うのです。
 ちょっと申し上げますと、これは全く私のあさはかな私見でございますけれども、例えば諮問の大きな項目で、領域は生涯教育、それから地域に根差した社会教育、大きなこういう一つの領域があるのではないか。あるいは内容に触れれば教育制度、教育内容、教育方法、こんなものがあるんじゃないか。少なくとも文部省は教育制度、教育内容、教育方法、これについての諮問はするんだろうと僕は思っているのですが、いかがでしょうか。
○国務大臣(森喜朗君) いろいろと先生の御見識で御指導、レクチャーをいただいておりますことを大変感謝をいたします。先ほどから安永先生にも少しおしかりもいただきながら励ましていただいたわけでありますが、この臨時教育審議会に先ほども申し上げたように、当然、諮問事項というのは私どもでおつくりを申し上げて、もちろん総理からされるわけでございます。先ほどちょっと私は入れ物、入れ物というふうに申し上げたのですが、この設置法を御議論をお願いをして、そして審議会を設置をしていただかないと前に進まないということを申し上げているわけでございます。
 先生もこうしたお役所にもおられたことでもありますし、十分御存じのことでございますが、法律の中には所掌事務というものがございまして、設置をいたしまして、所掌事務がはっきりと明確に国会でお認めをいただきましてから、初めて具体的な中身を検討するということになるわけでございまして、したがって、これまでの御答弁でおしかりをいただくわけでございますが、ざっと、アバウトというか、あいまいなお話を申し上げたのは、実はそこにあるわけでございます。しかし、さは言いながらも幾つか申し上げたように、二十一世紀を担う子供たちにとってどのような教育がいいのか、ゼロ歳から生涯教育に当たるまでいろんなことを私も申し上げてまいりました。今、先生がおっしゃったような教育内容や方法やあるいは教育の制度も当然こうした中に、議論の中に入ってくるのであろう。当然これは予想されることでございますし、むしろ、またそうしたことを避けて新しい教育の見直しはできないだろうと、こう思いますし、むしろそうしたことの自由濶達な御議論の展開をむしろ文部大臣としては期待をいたしたい、こんなふうに考えるところでございます。
○高桑栄松君 それではもう一つ、私は改革という言葉に少しこだわっているんですけれども、改革というのは、リボリューションというか、これはかなりラジカルな表現ですよね。ですから、今までのに少し変わった程度では、これは改善というか、そういうことだろうと思うので、私は今の申し上げた三つの制度、内容、方法という中で、改革と言うからには教育制度が変えられるのだろうと、そうでなければ改革という言葉は使わないで教育改善と言わなければならないのではないかと、そんなふうに思うんですがどうでしょうか。
○国務大臣(森喜朗君) 当然、教育改革というお話も出ておりますし、私もときどき見直しというお話も申し上げております。これももちろん諮問する事項がある程度決定をいたしましてからでございますが、御議論をいただく先生方の中で、いろんなこれから議論のやりとりの中から、かなりラジカルな改革という面も出てくるでありましょうし、ある意味では、今、先生から御指摘ありましたような改善というようなことも出てくるかもしれません。これはあくまでも改善だから弱いとか、その場限りのものであったとかということに私は必ずしもなるとは思わない。それぞれの制度や方法や内容によっては改善というような形のものもあるのかもしれません。今の段階では、私は、すべてのことを改善、あるいは改革、見直し、どれに当てはまるのかということは申し上げるべき段階ではございませんが、事柄によってはいろんな見方、表現ができるのではないかというふうに考えます。
○高桑栄松君 そこでもう一つ、今の制度、内容、改革なんですけれども、教育内容とか、教育方法というと、どちらかというとこれは専門家の領域に属するのではないか、教育制度ということになると、若干、素人のアイデアがかえって卓抜である場合がある、こんなふうにひょっと思って、私も口挟むことができれば、大学医学教育は自分でも経験しでそれなりの見解を持っているつもりでおりますが、小・中・高になると大分素人なんですね。国会議員ということで勝手なことを言わしてもらえるのは大変ありがたいように思いますが、ひょっとしたら間違うかもしらぬとも思うんです。しかし、その制度というところはやや素人的発想があった方がいいのかなというふうな感じなんです。責任ある回答でなくて、お考えだけで結構です。
○国務大臣(森喜朗君) 先ほど申し上げたように、制度というのは絶対なものはないと思います。素人という言葉、先生おっしゃいましたけれども、そういう発想が案外ユニークで、また所期の目的を果たし得ることもあるのかもしれません。しかしまた、制度は制度でこれまで長い間定着して、みんなで守ってきたものでございますから、それなりのやはり大きな成果もある、また、あったと思うわけでございます。
   〔委員長退席、理事田沢智治君着席〕
 したがいまして、御議論をいただく中で、今先生もいみじくも、私も発言をしたいなということをおっしゃったように、総理も常々申し上げておりますように、この議論を国民的な広がりでぜひいろんなところでしていただく。もちろん外からこの議論をぜひというようなことは慎まなければなりませんし、高邁なる見識を持つ各界、各分野の皆さん方が十分お考えをいただくことでございましょうが、日本の国の中にあるいろんな教育論議は、当然私は参考になさる方々が非常に多いだろうと思います。例えば公明党さんから出ておりますようなパイロットスクールを一つの基軸にしましたような教育改革論も、少し私も勉強さしていただきました。当然そういうことを御参考になさる方もあるでありましょうし、あるいは社会党さん、民社党さん、共産党さん、それぞれ教育に対するお考え方を国民の前にアピールされているわけでありますから、そうしたことも当然御参考にされて議論が展開されるだろうと思います。
 そういう意味で私は、教育改革へのこの高まりというのは、いろんな分野で、いろんなところで、端的に申し上げたら、マーケットの前で主婦の皆さんがお買い物かごを下げてのお話し合いでも、実は教育論というのはできるわけでありますし、そういう形の中でいろんな国民的な広がりの意見がこの臨時教育審議会の中にいい意味で吸収をされてくる、いい意味で反映をされてくることを私は願ってやまないものでございます。
○高桑栄松君 そこで、まだ今の制度、内容、方法にもうちょっと質問があるんですけれども、私が今申し上げたのにもし賛成であるとすれば、教育内容、教育方法というのは、どちらかといえば専門家のウエートが非常に高い、これは中教審でやってきたんじゃないかと僕は思うんです。そうすると、中教審でやれなかったこと、これも提案はしてあるが、文部省内の内輪の論議になった。それから、制度の問題になると、これは臨教審なんだという僕は認識を持っているわけです。そんな考え方、いかがでしょう。
○国務大臣(森喜朗君) 私は、広い意味で、制度も内容も先生がお話しになりましたのですべてを含んでいるというふうに申し上げておりますが、基本的なスタンスとしては制度の見直しだろう、制度の改善、改革だろう、こう思っております。
 ただ、その制度論をやれば、内容やあるいはまた方法についての議論は当然付随的になされる、私は、そういう意味で、広い意味で三つとも入っておる、こういうふうに申し上げられるかと思います。
○高桑栄松君 そこで臨教審の委員ということになるんだろうと思うんですけれども、そうすると、臨教審の委員というのは、今私が申し上げたような意味での専門的ウエートのかかった人と素人的発想の卓抜な人とどのくらいの割合で入るんでしょうね。言葉じりとりませんから、目の子でいかがでしょう。
○国務大臣(森喜朗君) これも本当に正直に申し上げまして委員会で御審議いただいて――これは本当に建前論じゃないんです、本当の話なんです。やはり私の性格もそういうところきちっとする性格でございますので、法案が国会で御論議いただいてスタートしなければ、私は委員の人選などに手をつけるべきではない。総理も私と再三この問題について打ち合わせをさしていただくときも、常に委員の人選については、それは新聞等で競ってお書きをいただいていろいろ参考になるのもたくさんございますけれども、いろいろと自薦、他薦があるとかというふうな、新聞にも出ておりますが、確かにそれらしきこともございますけれども、しかしどういう方をお選びするということは目下のところは全く検討いたしておりませんが、全体的に二十五名以内ということにお願いをいたしておりますので、できるだけ幅広く各界各層ということを大前提といたしておりまして、教育の専門家とそうでない方のバランスがどうかというようなことは、この際、先生に大変申しわけありませんが、全く今の段階で申し上げることは適当ではない、こんなふうに思います。ただ、先生の言わんとなさっている御趣旨やいろんな角度でいろんな御意見を持つ方を幅広く入れなければならぬということは、当然なことだと思っております。
○高桑栄松君 そこで、先ほど総理も言われたという国民総がかりということですね。私が質問しましたときに、文部大臣もおられたところでしたが、国民の代表の意見を聞いて総がかりでと、大変言葉としてはいいわけです。しかし、具体的にどうなるのかなと思うんです。私は、国民合意というものはどういうことを言うのかとか、周帳合意の形成とはどういうことかということを考えてみているんです。ですから、このことについてもし具体的にこんなふうなことを考えている――しかし、文部省とか文部大臣は一遍言ったら二度と変えられないと思われるでしょうが、僕はそう思ってないんです。やっぱり、いいことがあったら、なるほどと思ったら変えるというのが論議なんであって、それが合意というものだと思うんです。合意というのは、一致点があったらみんなオーケーなわけですから合意なんか要らないんで、余り気にしないでひとつ考えを言ってみてください。
○国務大臣(森喜朗君) 私の浅薄な頭の中ではいい知恵がなかなか出てきませんし、またスタートいたしましたら、審議会の皆さんに十分そういうノーハウを御検討いただきたいし、場合によっちゃ国民の皆さんからどうしたら国民的合意を広げられるか、そんなこともお聞きするのも一つのことであり、あるいは国民的啓蒙運動になるのかもしれません。
 そういう意味で、私は、ちょうど法律案を国会に提出をさしていただきました日に、たまたま、固有名詞入れていいかわかりませんが、NHKのインタビューがございましたので、審議の概要は適宜に公表して、国民の中の議論にできるだけ供したい、あるいは地方において公聴会等いろんなティーチインクとか座談会というようなものもできる限りこれは審議機関もおやりをいただくことも一つの方法でしょうし、
   〔理事田沢智治君退席、委員長着席〕
あるいはまたそれぞれのいろんなグループが教育論議を高めるという意味でおやりくださること、それに文部省や政府がいろんな形で協賛をしてもいいのではないか。あるいは大変なことになってしまいますけれども、私のところには随分今お手紙をたくさんちょうだいをいたします。いろんな教育に対する御熱心な御高見をたくさん記入をしていただきますと、こんなに多くの皆さんが関心を持っていらっしゃるんだなということを改めて感動もしておるわけでありますが、そういう意味からいいますとどういう形がいいかわかりませんが、多く国民の皆さんに改革に関する論文みたいなものを募集してみることも、また一つの考えてみる余地ではないだろうか。そんなようなことを私はNHKテレビのインタビューで申し上げたことを今思い出すわけでございます。
 改めて、またどういう方法がいいか、いろんな意味で工夫を考えてみなきゃなりませんが、ぜひ新しい審議機関の皆様方で、国民的な合意を形成でき得る、また国民的な広がりを持つ議論が展開できるような、そうしたノウハウをぜひお考えをいただきたい、こういうふうに思うわけでございます。
○高桑栄松君 今のお話も半分そうかなと思いながら、半分よくわからないところがあったんです。この前、私が伺ったときには、やっぱり総理のお答えは、会議が終わった段階で、あるいは区切りがついたその都度報告をする。そのままとりますと、これは上意下達ということではないか。いかがだ国民は、というふうに聞いて、それに対する反応を求めているように私には見えるんですが、国民の合意形成と言うからには、もちろん審議会が出発をしたら、それはちゃんと審議は開始されるでしょうが、同時に結論が出る前に、あるいは結論に持っていくための資料を吸収するための、そういう前段階というものがあるべきだと思うんです。つまり、国民の関心を振起していかなければならない。今、改革のムードが高まって、これは国民のだれしも思うことだと。しかし、方法論はよくわからないようだと、こんなふうなことがよく言われますが、これも国民が本当にムードを自分勝手に高めたのか。私はやっぱり刺激されたからだと思う。刺激されるまでは、何かもやもやしておっても、そこまではいってなかった。あきらめだとか、都合がいい人はこれでいいと思っていますしね。ですから、そういう意味ではやっぱり注意を喚起して、つまり、もうしちゃったんだから、今度は具体的にどういうことになるぞということで、まず関心を高めなきゃいかぬと思うんです。そして、相互理解というものを深めていって、その中に多様な意見が出てくる。それを吸収してこそ、出た結論を報告できていくんじゃないかなと思うんですが、その部分がいままでのお答えには欠けているように僕は思うものだから、いかがでしょうか。
○国務大臣(森喜朗君) これは私の表現力がまずかったんだなと、こう思いますが、高桑さんのおっしゃるとおりなんです。ただ、総理の答弁、そういえば私もちょっと思い出しましたけれども、一区切りついたらというような表現がありましたけれども、その一つの問題が一区切りついて意見がまとまりましたといって概要を公表するというのではないと思います。私もそういう――これはもちろん私が今とやかく言うべきことじゃないんですけれども、あくまでも審議機関の皆さんにお考えいただくことですが、希望とすれば、いろんな議論があって、全く入り口のところでやっていたのを一々外へ出すのもいかがなものかなと思いますが、ある程度こういうような議論がございましたよというようなテーマで一つこうよと、出てきたら、そういうことを決定するんじゃなくて、決定したものを出すんじゃなくて、そういう議論の概要みたいなものを外に向けて公表すると。そのことについて国民がまた議論が出てくるわけでしょう。そしてまた、そのことについて新聞やテレビ等でもいろんな意見も出しでくださるわけでしょう。それをまた吸収して、審議機関でまた、あるいは、そういうテーマがある程度出てきたら公聴会なども開いたりして、多くの皆さんの意見もちょうだいしながら、最終的にまた議論を踏まえてまとめ上げていくと。私はこういうつもりで申し上げたつもりでございますので、先生の御指摘されたこととそう私は違ってないと、こう思いますが。
○高桑栄松君 まあ、そうだとは思っていたんですけれども、一応確かめておきませんといけないと思ったんです。
 そこで、公聴会ということがありましたが、私は公聴会非常に必要なものだと思うんです。つまり上意下達ではないと、下意上達、それから相互理解、そういうものを含めて、意見というものがフィードバックをされていってはまた戻ると。どっかで集約しなければだめなんですから、集約をするのが、ある意味では原案を出しながら集約していくのが中央の審議会なんだろうと僕は思いますので、ただ、そのときに、どういう人たちから、公聴会で受けとめてというか、吸い上げるというのかな、いるわけですね。だから何かどういうふうに選びますか、公聴会の人を。
○国務大臣(森喜朗君) そこまではまだ具体的に、これは当然新機関の事務局でお考えいただくことに、もちろん審議委員の先生方の意見を聞いてでしょうが、むしろ、こういうことは事務局がお考えになることであろうと思います。したがって、私から今どうこうということございませんが、公聴会も、できるだけいろんな予算委員会等、あるいは行革のことなども、地方公聴会などもございますし、そういう形もいいのかもしれませんが、時々、何かわかった人たちが、決まった人たちが来てやっているという御批判もあるわけでございますから、教育の場合、非常に幅広うございますから、子供たちの話もあるでしょうし、先生の話もあるでしょうし、それから親の話もあるでしょうし、あるいはそうした教育を経て社会に入るわけですから、そういう受け入れる立場の方のお話もあるでしょうし、それこそ幅広くいろんな角度、あらゆる分野の方々の御意見を聞くというやり方が見出せるんじゃないだろうかというふうに思います。無作為にだれか抽出するということがいいのかどうかわかりませんけれども、でき得る限り議論を重ねて、そしてできる限り努力をして、先ほど先生のおっしゃったように上意下達にならないように、多くの意見がフィードバックするような、そういう仕組みは十分にこれから工夫をしていかなければならぬと、こう思っております。
○高桑栄松君 それで公聴会という言葉が出るごとに私は気になるのが、産業立地だとか火力発電プラントですね。ああいうのをつくるときに非常にヒアリングがもめますね。だから、ああいう形で教育が論じられてもらいたくはないと。さっき大臣指摘されたように、私も教育現場に長くいた人間ですので、教育というものは、そういう特定のグループというのかな、特定の目的を持った集団、いろんなのがあると思うんですよ、宗教も含めまして、企業も含めて。みんなそれぞれ特殊目的を持った集団がある。その集団の勢力拡大だとか、その利益追求のためにそっちの方にくみするようなことではいけないと思うんですよ。二十一世紀とおっしゃっているのは、これからどうなっていくか、世界の変わり目と同じように日本もわからない。だれかが言っているけれども、人類は一つになるのかもしれませんしね。そういうことがあるわけで、したがって、われわれは、ここ五年、十年の利益追求のために、そういうもので主張していくような教育ではだめだと。まあ、大臣同じだと思いますけれども、同じだと言っちゃ返事を強要したことになるからうまくないですけれども、そういうことで、いわゆるヒアリング、思い出すようなヒアリングでないということを何かしなきゃいけないと思うんです。どうでしょうか。
○国務大臣(森喜朗君) 先ほどから申し上げておりますように、今、私がどういうやり方がいいというふうなことをこの場で申し上げてしまうことは、かえって越権だと思いますが、先生からいろいろ御指摘がございましたように、できるだけフィードバックしやすいような方策は見出していかなければならぬと思っておりますし、それからもう一つは、今御指摘がありましたように、かなり長期の問題も、これは当然のことでございましょうし、むしろ、そのことが主であろうと思いますが、それだけではないので、短期的な問題として、ある程度考え方を国民の前に公表して、政府としてそれに取り組んでいける、そういうものも出てくるだろうと思います。そういう意味では、長期的な課題と短期的な課題というふうに表現したらいいのかどうかわかりませんが、私は仮に自分がそういう委員になって、もちろん浅薄な知識の中でいろいろ考えてみると、当然、長期のものと短期のものというものが出てくるんじゃないかなと、そういうふうに思います。
○高桑栄松君 今言われたこと私もそう思っています。短期的なものは多分改善ということでしょうね。長期展望というのが本来の改革なんだろうと思うんです。そういうことでございますが、私は今の公聴会なり中央の委員会なり同じことなんですけれども、委員を選ぶというのは大変大事なことで、これは申立性と本来一緒なんですよね。申立性つまり国民合意、申立みんなここにかかわってくる。だから委員をどう選ぶかということが問題で、私はやっぱり各方面というふうにちょっとさっき申し上げた私の私見ですけれども、カバーする領域で言えば生涯教育をカバーできるという代表が要るんではないか。もう一つは社会教育、つまりローカルですね。社会というものはその地域に根差した歴史なり風習なり言葉なりがありますから、だから、そういう地域社会の意見が入ってくる。それから専門家としては教育方法、教育内容があるだろう。それから今言ったように、子供を育てて学校に入れたお母ちゃんを含めて、教育制度をいろんな人が論ずるかもしらないんです。だから、こういう内容、カバーする領域等を含んで、私は中立というものの今の考えです。まだ、もうちょっとすると、また変わるかもしれませんけれども、今、私考えているのは、私たちは、たまたま党議拘束を受けませんので自由発言をしています。これが申立だと僕は思っているんです。ですから、その委員に出る人は党議拘束を受けない、一つの政党という意味ではありません、一つのグループという意味です。ある目的集団から出てくると、その目的集団の、何というんですか、そういう目的に縛られるから、そして、それに拘束を受ける。それは僕はあっちゃいけないと思う。ただ思想というのはだれでも持っていますから、その人の思想を無にするなんていうことはあり得ないんで、その思想というのは必ず発言の基礎になってくるわけです。ただ、私の言いたいことは、その個人の大脳で考えてやってくれ、ほかの雑音を入れないで、本当に自分で考えたもの、その考えたものは今までの蓄積の中からいろんな影響を受けて出てくるわけですから、それはしようがない。しかし、少なくともグループ目的に拘束をされないという、そういうことが条件でなければならないと思うんです。一札取ってもいい。それくらい、私はそれが申立性というものでないかなと。そういう人たちの委員、そういう人たちの代表を含めまして、もっと広いいろんなものがあると思うんです。ただ、一億一千万全部総がかりというのは方法論の問題で、私は臨教審が国民の信頼を得るかどうかというのは、この委員をどうするかということだと思うんです。だから、国会任命承認人事ですか、これがいいかどうか、私もだんだん考えたら、やっぱりこれこそ党派の拘束を受けるものではないかなと思って、このごろ、どれが本当なのかわかんなくなってきているんです。だから、私は今思っているのは、ちょっとレクチャーじみて申しわけありませんが、私の考えは、ちゃんと理論的に考えたことをお話をしてお考えも承りたいし、それから、何というか、そういうことも考えの中に入れていただけるんであれば、私は大変幸いだと思って今御質問をしたわけです。
 お願いします。
○国務大臣(森喜朗君) 教育の中立性を確保するということは、今後におきます教育の改革を推進するに当たりまして最も大切なところであると、これは常々国会の御論議の中でも私は申し上げてきておるところでございます。したがって、委員の皆さん方の、それこそ自由御濶達な議論というのが一番大事だと思う。よく御質問をいただいて、審議をそのまま公開しろ云々という、そういう御意見をよく出されるわけでありますが、そのまま公開制に仮にすれば、今、先生が御指摘をされたように、どうしても御自分の持っておられる考え方や思想が入っていいと、これは先生もおっしゃったとおりですから、むしろ、そのことが言いにくくなっていく、そういうこともあると思いますので、私どもとしては、さっきるる申し上げたような形で適宜に内容を公表していくという考え方が一番いいと考えておりますし、また人選につきましても、今先生からも同じお話がございましたように、これを、この人がいいかあの人がいいかというようなことを各党の皆さんにお一人お一人お聞きすること自体が、政治的にやはりいろんな意味で制約を受けてくるということになるわけでございます。したがって、今いろいろとレクチャーをいただきましたことなども踏まえて、人選については十分、なるほどなあという、それぞれの分野でそれぞれの人生経験、あるいは単に人生経験だけを考えますと、どうしても高齢になってしまいますので、これから新しい躍動する日本の教育を考えてくださるにふさわしいような方々、そういういろんな角度から人選を考えていかなければならぬ、こんなふうに思うわけでございます。
○高桑栄松君 今の大臣のお答えの中で適宜というのが私は気に入らなかったんです。しかし、後でなるほどなあと国民が思うと、これは僕大事だと思いますね。やりようがどうしてもないかもしれないし、僕なんかわからないんです。どうして選ぶのかと質問するのは勝手に言えますけれども、する側は困るんだろうと思うんです。だから、その辺まだ私には確たる方法論は持っていませんけれども、国民がなるほどなあと、つまり那須与一ですよ、敵も味方も船べりをたたいて喝采したと、こういう人事が僕要ると思うんです。それがまず第一に本当に大事なことではないかと思います。
 それから合意という。どこで合意をさせるか、一〇〇%の合意というのは多様な人を入れならないだろうと思う。だから、どうしても、どうするのかなあと思うんですが、民主的ルールに従えば五一%でいいわけだ。しかし、教育はそんなものだろうかと、これは何となく漠然とした恐れを抱きますね。だから、そういう漠然とした恐れを抱くようなものでなくて、やっぱり議決ということでいくのかしらんと思ったり、といって一致するということが一〇〇%というのはないというふうには僕も思いますもね。どんな場合でも一〇〇%はない。そうしますと、やっぱり一致点はだれでも協力はすると言うんです。不一致点は意見が分かれるんだから、その意見の分かれるところを明快に整理をしていくというか、それはちゃんとしたテーマにまたなり得ると思うんです。そして、それもまた議論していく間に自分の考えの至らなかったことを知ったり、あるいは出した方がまただめだったと思ったかもしらない。そういった相互理解というかが出てくると思うんです。それからディスカッションしていくうちに、許容度というか、そういうものが生まれてくると僕は思うんですよ。ですから、そういうことでできるだけ多数の賛成者が欲しい。ですから、私は申立だとか、国民合意とかと言うからには、やっぱり過半数ではなくて――知りませんよ。どれがいいのか知りませんが、三分の一とか四分の玉とかいろいろな考え方があると思うんですが、最終的に議決をするとなれば、少なくとも過半数というものじゃない、過半数であったらやめる、これはもうちょっと合意を得なきゃいけないんじゃないか、こんなふうに思って合意形成というふうなことについての私の考え方、今、述べさしていただいたんですが、いかがですか。
○国務大臣(森喜朗君) 合意を最終的に取りまとめていくということは、非常に、今、先生からいろいろな角度の御指摘がございましたように、大変難しいことでございますが、しかし、これも別に逃げるわけじゃありませんが、審議機関の皆様方が十分にお考えをいただく、どういう形で合意を形成するかということは大変大事な課題であると思いますから、少なくともおまとめになるにふさわしい会長の人選を申し上げなければならぬ、こんなふうに思うわけでありますが、審議に参加なさるそれぞれのお立場の審議委員の方々、それぞれいろんな御見識を持つ方々でございますから、十二分に御論議をいただいた上、またいろんな国民的な反応といいますか、意見も聞きつつ、最終的には取りまとめを立派にやってくださると、私どもは、そういうことを期待したいと、こう思います。
○高桑栄松君 それで思うんですけれども、一つは、国会は、そうすると、この教育臨調にどうかかわっていくのかということがあるんです。これは国会でその全部を決めるということではないと思うんです。なぜかというと、教育改革について、国会議員になられた方々が全部国民の委託を受けてきた、そんなことはないと思いますよ。何だか知らないけれども、声を出して、フーッとやって入ってきているわけですから、教育を論議して、やあ森さん立派だ、おれは森さんに入れると言ったんでなかったはずなんだわ。いや、森さんは言ったのかもしらないな、教育の専門家でおられるから。ですから、やっぱり我々は、本当に背景にある国民の教育に関する意見を代表しているかという自省があってもいいと思うんです。そうすると――いや、ここで一遍、やっぱり返事を聞いた方がいいないかがでしょうか。
○国務大臣(森喜朗君) もちろん私も、今こういう立場でありましても、国民のすべて、あるいは仮に、代議士ですから、私の選挙区の代弁者になるわけです。しかし、選挙区の皆さんが、仮に、私を入れた人が者すべて私にこのことを、こうだと、任じたというようなそんな恐しいことを私自身は考えておりません。常々、もし行き過ぎがあれば、また、誤ったことがあれば、次の選挙には当然そのことに対する反応が出てくるわけでありますから、常に謙虚に考えながら行動をしていかなきゃならぬ、政治家というのはそういうものだろうと、こう思っております。
○高桑栄松君 今のお話聞いて、森さん、私はやっぱり安心しましたわ。やっぱりそういう人だから文部大臣をやっていただくのに大変ふさわしいんじゃないかと。みずから文部行政の第一人者だと思っていちゃいけないですよね、いけないと思うんです。そうだと思いますけれどもね、自分でそう思っちゃいけないということですよね。
 そこで、国会議員の立場というのは、国民合意形成のためのルールをつくることが内容じゃなくて、どういう形でルールをつくるのかと、そのルールづくりが私は政治家の責任ではないかと。みずからが教育の専門家でないと自省すれば、国会議員は何に携わるんだと。手を挙げて賛成と言っただけじゃだめなんで、国民合意形成のためのルールを国会で審議をして、そして決めておくと。それは、長期展望に立った――二十一世紀というのは格好いい言葉ですけれども、十五、六年で来てしまうんですよね。そんなものではなくて、やっぱり長期展望ということでしょう。ですから、こういう価値観の多様化というのが、レボリューションというのが、国ではなくて、人類として近い将来起きるかもしらないし、そうしたら、もうがらりとまた変わるかもしれません。ですから、そういう意味で、やはり短期と長期に分けてその先を見通していく、それは本当に知恵を絞ってもらわなければいけない。そういうことで、我々はルールづくりを国会で審議しなきゃいけないんじゃないのかなと僕は思っているんです。
 これはこの前総理大臣に伺ったように思うんですが、御返事なかったように思うが、いかがでしょうか。
○国務大臣(森喜朗君) 大変先生の難しい御質問で、どうも私のような力では先生の講義を受けるのが精いっぱいで、総理もお答えできなかったことを私が答えられるはずはございません。
 ただ、ルールづくりをするということは当然だと思いますから、そのルールをつくる過程にあって、国会議員として、政治家として、賛否両論いろんなやりとりの議論が出てくるわけであります。現にこの文教委員会、きょうでも随分安永牛生初め皆さんからいろんな御意見をいただいております。これは議事録も残っております。国民もそれは見ることができます。当然、これからこの新機関で委員として選任をされた方は、国会でどういう議論があったんだろうかということは当然私は参考になさるであろうと、こう思います。ルールをつくるということは、ある面では先生のおっしゃるとおりかもしれませんし、しかし、その過程にあっていろいろと教育の議論が出てくる。そのいろんな教育の議論が、また教育のことを心配するという意見もあるでしょうし、そういう意見が当然各先生方の中にいい意味で、さっきもちょっと申し上げたけれども、反映をして、実りある成果を得るようになるんではないかと。そういう意味では、国会議員の役割もまた極めて大事だし、大変重要なものになってくると、私はこう思います。
○高桑栄松君 もう一つ、これも総理に質問をしてお答えが余りなかったみたいですので、大臣も聞いておられたあの場ですから……。私は総理に、本気でやるんですかと、念のためと申し上げたんですが、今の質問わからなかったと聞かれたですよね。で、僕立ち上がったら、知らないで立ったら三十秒ぐらい質問時間を損したというようなことがございましたがね。あのときの総理は、一生懸命やるという言葉で返ってきたと思うんだ。僕はそんなことを聞いたんじゃないんですよね。一生懸命やるのでなかったらこんなに皆さんが一生懸命にやれないわけだ、大体が。だから、一生懸命やるという言葉を期待したんじゃないんです。そうじゃなくて、本気でやる気だったら財政的裏づけはちゃんとしなきゃいけないんじゃないか、どれくらい考えているのかということだったんですけれども。今、法案を出されたんですね。法案が出たからには、これに対する見通し、予測、目の子でもいいですけれども、あると思うんですね。どれくらいの財政の裏づけをお考えでしょうか。裏づけというか、予算ですね。
○国務大臣(森喜朗君) ちょっと、お答えをする前にお尋ねをさしていただいていいのか、国会で一は政府側が聞いちゃいかぬのかもしれませんが、財政の裏づけというのは、この審議機関の裏づけという意味でございますか。
○高桑栄松君 いいえ、審議機関は――ああ、それも教えてください。臨調自身の予算はどうか。
 もう一つは、この改革をやるにはどれぐらいの投資が要るのかと、そういうことです。
○国務大臣(森喜朗君) 審議会に対する財政的なものはどの程度かということについては後で審議官からでもお答えをすることにいたしますが、私は、総理から教育改革をということで、数回にわたりまして総理とも議論をいたしてきました。少なくとも、先ほど先生からありましたように、本気でやる。まさに日本国の将来を左右する大事な問題でございます。それだけに当然、内閣を挙げてやるというのは、総理大臣としての大きな責任においておやりになることは、これは疑う余地もありません。したがって私は、これは総理に申し上げたことは、いろんな議論をしていただかなきゃなりませんが、教育を大事にするんだというその姿勢、そしてそのことは、いろいろな意味で財政的なものも当然伴ってくることも、どうぞひとつ、十分御認識でしょうなということもやりとりをいたしております。教育改革を進めていく上においては、当然ある意味では、合理的に節約する面も出てくるかもしれませんし、また、古きものを乗り越えて新しきものをつくるということにおいては、あるいは逆に財政的には楽になる面もあるかもしれない。しかし、御意見をいただいて、総理が答申を受けて、それを施策として国会の中で問い、政策として取り上げていくということになれば、当然財政的な問題がそれに伴ってきますよ、そのことも十分御承知おきをいただいてのことでございますね、ということも当然念を押して、当然のこととして教育の問題に取り組むというお考えをただしてございます。
○政府委員(齊藤尚夫君) 臨時教育審議会の経費の件でございますが、これは総理府に設置することとしておりますので、これに関します予算は総理府所管の審議会経費の中に計上されておるわけでございます。ただ、予算編成時におきまして、この審議会の組織、規模、内容等が必ずしも明確でなかったということでございますので、必要最小限の経費を計上してございます。執行に当たりましては、できる限り既定予算の範囲内で対処する、そういうふうに承知しております。
○高桑栄松君 今の額は何か載っかっているんですよね。いなきゃ困るんじゃないですか。
○政府委員(齊藤尚夫君) ただいま申し上げましたように、予算編成時におきまして、その組織、規模、内容等は必ずしも明確でなかったことでございますので、とりあえずの措置として次のような措置を講じておるわけでございます。
 総理府所管の審議会等に必要な経費の中に、一つは委員手当といたしまして百九十二万九千円、それから庁費といたしまして二十九万四千円、合計いたしまして二百二十二万三千円が計上されております。
○高桑栄松君 二十五人ですね。これは顧問も入るんですか。二十五人だけ。
○国務大臣(森喜朗君) 顧問につきましては、審議機関が設置をいたしまして、新しい審議会の皆さんがお考えになることだと思います。
○高桑栄松君 そうですか。二百万何がしというのはやっぱりちいっと貧乏たらしいですね。(「あしからず……」と呼ぶ者あり)あしからずか、なるほど――今声がございました。旅費があんまり多くないから、あしからずではやっぱり熱が入りませんから、もう少し頑張って取っておいた方が、委員が大らかにやってくれると思うんですよね。あんまり少ないね。いや、びっくりしました。我々の歳費と比べない方がいいと思うけれども、やっぱり少し哀れですよね。
 そこで、昭和四十六年中教審答申で、こういう改革をすればこうなるというのが出ておりましたが、ちょっとそれを教えていただきたいんです。
○政府委員(齊藤尚夫君) 四十六年の中央教育審議会は、今後におきます学校教育の拡充整備に関する基本的方策についてという諮問を受けまして、その答申の中で、今後の教育投資額につきましての試みの計算をいたしておるわけでございます。
 これ、いろんな条件がございまして、一つには高校の進学率を昭和五十五年に九五・七%というふうに想定をいたしまして、それから大学進学率につきましては短大、大学を含めまして四七・〇%という設定をいたしました。それから、基本となります国民所得水準でございますが、毎年一三・数%伸びるというような計算をいたしまして、この中央教育審議会答申の中に盛られました施策を含めまして、その教育投資額の総額を推計をいたしておるわけでございます。その推計は、全体で申しますと、国民所得に対します投資の比率が五十五年度で六・三%になるというような形で計算されておるわけでございます。ちなみに、現実にどうであったか、五十五年どうであったかということを申し上げますと、七%を少し超えているというのが実態でございます。
○高桑栄松君 その現実の七%を超えだというのは、改革のいろいろな試みなしでですね。
○政府委員(齊藤尚夫君) 四十六年の答申につきましては、文部省といたしまして、この答申の趣旨に沿って最大限の努力をしてまいりました。国会の御審議等その他で御協力もいただいたわけでございますが、たとえば教員の給与費につきましても大幅な改善が行われる、あるいは施設、設備の整備についても大幅な計上を行ったというようなことがございまして、中央教育審議会の答申に沿って行われているということでございます。
○高桑栄松君 今の七%というのは、さっきの答申の改革を実施すれば六・三%と、国民所得との比率がね。それが実質的にはもう七%を超えたというんで、教育投資というのは非常に金がかかるということだと思うんです。そのときの数字をいただいたのを見ますと、五十五年での推定と答申の改革を行った場合のお金の推定との差が三兆八千億というふうに数字の上で出ていまして、約四兆ということですね。さっきの二百二十万何がしの臨調予算では哀れでございますが、四兆と、ここで。だから、今度はもっと大きな差が出てくるはずだなと僕は思ってはいたんですが、今度やるとすれば、一体、今までのようなものをやっていった場合と、大きな改革をやったらどれくらいの投資が必要なのか、目の子、まあ幅があってもいいです、アローアンスはあってもさ。ただというわけにはいきませんからね、いかがでしょう。
○政府委員(齊藤尚夫君) ただいまその点につきましては大臣から御答弁申し上げましたように具体のこれからの施策が確定しませんと、それに要する経費というのは確定できないわけでございます。
 それから四十六年答申では、まさに学校教育の拡充整備が課題である。進学率も大幅な上昇を見込むというような客動的な状況もあったわけでございますけれども、そのような状況につきましても不確定な点が大変ございますので、そのような計算は現実問題として現在の段階ではできないというふうにお答えする以外にございません。
○高桑栄松君 私は、それでは相当事務局としては私は不満なんですよね。さっき申し上げたようにリーダーシップというのは、たたき台の原案がなければならないと思うんです。例えば、どんなことをしてもやると、これは揚げ足しゃありませんが、森さんは命をかけてつくった法案だったとかとおっしゃっていましたね。あの表現、僕はあんまり好きじゃないんです。こんなもの命がけたらだめですよ、それは。命なんてかけないと、そういうストレスはないと。それはちゃんと一生懸命、よかれと思ってやったということだと思うんです。知恵を絞ってやったということなんで、そういうストレスは僕は要らないと思うんですけれども。ですから僕はアローアンスがあると申し上げたんで、限度額なしに何兆円でもやるよというのか、これぐらいまでなら出せそうだとか、ただじゃ承知しませんよね。それは行革臨調というのは何かそんなような格好になっちゃったんじゃないのかなあと僕は素人ですけれども思っているんです。教育臨調はこれだけ頑張ったんですから、でっかい声を出したけれども、何にもなかったじゃ承知できませんよ。ですから、これ、やるという決心なんでしょう。いや、一生懸命やると言ったんだから、総理大臣がおっしゃった。ですから、僕は最小はこれぐらいかかる。いや、きょうでなくてもいいですよ。もし、あるんなら言ってもらうけれども、最大はこれぐらいというのがありますか。なければいい、今度また勉強してもらえばいい。
○政府委員(齊藤尚夫君) 繰り返し同じ御答弁になるわけでございますが、四十六年の答申の中で試算として行ったものでございますが……
○高桑栄松君 はい、それでいいです。
○政府委員(齊藤尚夫君) それでございますから、今後におきます教育改革の資料ではございませんので、そういう意味で御質問でございますので、そのようなことは具体の施策が固まった段階でしかお答えができないということでございます。
○高桑栄松君 本当に時間が追ってきましたので、ちょっと申し上げてあれしますけれども、私は今の財政の問題は、こういうのは不得手でございますけれども、本気でやると言ったからにはアローアンスのある幅の中で、これぐらいは最小限度かかる。何でもいいじゃないですか、何か幾つかの仮説を入れるんだよ、仮説をね。仮説が入らない予測なんてないんだから。例えば五歳児を入れたらそれだけでどれぐらいかかるか、六・三・三制の区切りをどこで変えたら小中高校の受け皿はどうなるのか、そして幾らかかるか、教員を、幼児教育の人はどういう人を入れるのか、今までの小学校の先生入れでいいのかどうか、そういうことだってあると思うんですよ。そういう仮説を幾つか入れてさ、あとはコンピュータがある時代だから仮説さえぱっちり入れたらばっと出るはずですよ。それを僕持ってきてもらいたいので、きょう僕十一分までなんで、演説ぶって終わりになりそうですが、何かありますか。
○政府委員(齊藤尚夫君) また同じお答えになるわけでございますが、そのような仮説を立てること自身が教育改革の問題でございますから、そのことに基づく答申は不可能でございます。
○高桑栄松君 そうすると私が頑張ってレクチャーをしないとどうもだめなのかなと思うんですが、私は文部当局に幾つかの仮説を立てて、どれをとるかは知りませんよ、しかし、文部省も考えがあると思うんだ、こういう案でいきたいなとか、だめだったらここだなとか、そういう考えを仮説として入れて、どうせ仮説なんだから仮説を入れてみたらこんなぐあいですと、それを追求はいたしません。私が心配しているのは、財政再建とあれほど銘打っておきながら五十兆円かけてもやるんですかと僕は言いたくなるわけですよ。何年かけてあれしても、それ五年で割ったって十兆ずつですよ。そんな気でやるのと。学年進行でいつでも六・三・三なら九年かかって一つ上がるわけだね。だから私はやっぱり財政再建のことが大きくのしかかっているんじゃなかろうかと。私が心配したのは、大臣ね、大きなことを、花火だけ上げておいて何にもなかったということでは困るということです。私も大分一生懸命になってきたんです、今度。だから大臣、一生懸命やってくださいよ。時間になりましたんで、何かあれば一言言ってください。それで終わります。
○国務大臣(森喜朗君) 今審議官が申し上げたように、仮説を立てることがという議論もあるわけですが、今私どもの立場で、それは確かに仮説を立てて就学年齢をこうしたらこの程度の金が要る、それは言えるのかもしれませんが、それはやっぱり教育改革になじむ――今の審議会というのは当然審議会御自身お考えいただくことでございますから、場合によっては大きな経費もかかることもあり得るだろうし、場合によっては、さっき申し上げたようにいろんな諸制度が改廃されるものも出てくるかもしれません。そのことによって逆に金がかからないようにできるのかもしれません。ですから、今この時点に立って具体的にどの程度のお金と言うのは、これは私は適当ではないというふうに思います。いずれにいたしましても、さっき申し上げたように、議論は長期と短期がございますので、出てきたものを単年ですぐやって、すぐ法律が通ったらこれだけ要るんだというものでもないはずでございます。今後の問題があるわけでありますから、時間的経過、年月的な経過というものも当然出てくるわけでございますから、そういういろいろ複雑といいましょうか、非常に多様な問題でございますから、そういう意味であえて仮説を立てない方がむしろ正しいというふうに私は思っておるわけでございます。先生のお考えと違って、首がしげられましたけれども、どうもいろいろと御教示をいただきましてありがとうございました。今後とも引き続き御指導を賜りますようにお願いを申し上げて、お礼にかえます。
○粕谷照美君 総理はよく二十一世紀に生きる子供たちとか、たくましい文化、こういうお話をなさいます。私は、一体たくましい文化というのはどういうものなのか、薫り高い文化だとか豊かな文化という言葉は聞いたことがあるんですが、たくましい文化というのは一体どういうことなんだろうか。予算はその国の顔だと、こういうふうに言われますから、その面でたくましい文化を見ていきたいと思うんです。
 文化庁にお伺いいたしますけれども、この十年間ぐらいに占める国の一般会計とその文化庁予算どんなふうになっておりますでしょうか。
○政府委員(國分正明君) 手元に文部省所管の一般会計におきます文化庁の予算があるわけでございますが、五十八年度で〇・八五%、三百八十三億円でございます。それから五十九年度について見ますと〇・七九%、三百六十三億円程度でございます。
○粕谷照美君 質問は社会党としては久保委員、安永委員、そして私なものですから、やりたいと思ったことが全部外されましたので、途中途中をぽっと質問しますので、質問通告をしていなかったからそういう答弁になったのかもしれませんが、予算委員会に出されました多分文化庁の資料だというふうに思うのですけれども、「過去十年間の国の予算に占める文化庁予算の推移」ということで見てみますと、昭和四十九年度が二〇・九%。当時の一般会計の伸びが一九・七%ですから、大体いい線を行っていると思うんです。五十年が二二・一%、五十一年がぐうんと下がって一二・五、五十二年が一七、五十三年が一九・九。ずっと十台が続いていく中で、五十五年になりまして文化庁予算の増加率が三・九%になるわけです。で、五十六年が今度はマイナス一・〇%、五十七年がO・七%、五十八年が〇・三%、そして五十九年度予算がマイナス五・六%になっていますね。これは間違いありませんか。
○政府委員(國分正明君) 文化庁のお出しした資料であれば間違いないと存じます。
○粕谷照美君 文部大臣にお伺いしますけれども、たくましい文化ということと今の文化庁予算との関連で、文部省としては文化をどのように今後考え、財政的な条件を整えていこうとされるのか、お伺いいたします。
○国務大臣(森喜朗君) 文化庁が所管をいたします文化というのは、これは文化庁の所掌いたします事務の中にあらわれていることであろうと思います。総理がたくましい文化というふうに表現をされましたのは、正直申し上げて、総理に直接たくましい文化ということについてお伺いをいたしておりませんけれども、前段にあるように「自主、連帯、創造を基調とする「たくましい文化と福祉の国」づくり」でありますということでありますから、目標といたしましては、やはり文化というのは、これは私の個人的な見解でございますけれども、人間の根底に流れる精神、具体的に言えば絵をかくことや音楽を奏でることも文化なのかもしれませんが、それは文化庁の所掌する文化だろうと私は思っております。総理の言わんとなさっておるたくましさというのは、友情とか信義とか親愛とか、そうしたいわゆる人間の本来持つ精神、そうしたものを一つの文化という形で私は例えられる。そういう基調の中にたくましい人間完成を目指し、そういう中で福祉の国をつくり上げていこう、自主、連帯、創造という言葉に表現をされているのはそういう意味ではないか、こんなふうに理解をいたしております。
○粕谷照美君 文化の中の一部分としての文化庁予算という観点から今お答えがあったと思いますけれども、しかし、毎年毎年文化庁の予算がどんどん比重を下げていっているということは重要なことだというふうに考えているわけですね。その意味でこれからも文化庁予算についての努力を文部大臣お願いをしたいと思います。
 さて、これから先ほど質問がありました久保委員の定数の問題に関連してお伺いをするわけですけれども、四十人学級の計画達成については国会の場で、衆参両院で、あのときは共産党は賛成しませんでしたけれども、その他の会派一致いたしまして三年後にはこれを見直すということに決議が上がっているわけなんです、大臣一番よく御存じだと思いますけれども。その三年が終わるわけですけれども、そのときの精神としては、十二年かからないで早くやりましょう、これが含まれていたと思うんですけれども、先ほどの御答弁では満足がいきませんので、もう一度御回答いただきたいと思います。
○国務大臣(森喜朗君) 当時、与野党の御決議の中で三年たって見直していこうというような議論であったというふうに伺っておりますが、ちょうどこの議論をしておりましたとき、たまたま私は政府の方の仕事をしておりまして、文教委員を離れておりました時期でございましたので、どういう経緯があったかはちょっと定かではございませんが、与野党の中から出てきた御決議として大変私も実は喜んでおりました。与党の立場でございますから、決められたのを十二年、正直申し上げて長いなという気持ちも私自身もありましたし、当時最初の五十五年のこの計画を設定をいたしましたときの党の責任者でもございましただけに、そうした御決議がめったということについては私は大変喜んでおった一人でございます。ただ、その後行革関連法というのが出たのはその当時としては全く予測しがたいものでございました。したがいまして、この三年間で抑制されたというところについて、端的に申し上げれば新しく、新規で、そこのところの改善がなされなかったということでございますから、私の立場から言えば大変残念だ、こう申し上げざるを得ないわけでございます。
 したがって、今後どうするかということについては、さっき久保議員も、それが不満だから、もう一遍聞くとおっしゃったわけですが、先ほど久保さんに私が申し上げたその信念で貫いていくということしか、この場では申し上げる方法がないわけでございます。御理解をいただきたいと思います。
○粕谷照美君 それで、そのときに出されましたこの改善計画ですけれども、全体計画の中に二つありまして、一つは、学級編制の改善ですから、四十人学級、もう一つが教職員定数等の改善になっているわけです。これはらばらじゃなくてセットというふうに私どもは理解をしてきたわけですけれども、片っ方だけ、四十人学級だけやっていけば、これはある程度一つの目的が達成できますよということではないと思いますが、どうでしょうか。
○政府委員(高石邦男君) そのとおりでございます。
○粕谷照美君 では、セットというふうに考えておきます。
 それで、五十五年からずっとこの五年間の数字を見てみますと、どういう基準で数字を決めたのだろうか、人数を決めたのだろうかという疑問が出てくるわけであります。五十五年、五十六年は一応その数字に当てはめたなあという感じがしますけれども、五十七年に入りまして、改善増の中では養護教員ゼロ、事務職員ゼロ、学校栄養士がゼロになっているわけですね。この三つだけをなぜ落としたのか、こういう疑問が出ます。そして、その翌年のつまり五十八年はその中でも事務職員だけがゼロであります。そして、ことしは事務職員が六人で学校栄養士が十二人、ふえたということはいいことなんですけれども、しかし、全体的に見てみますと、今までのこの計画の中から言えば養護教員は五千百二十二名、事務職員は六千三百九十二名ふやしましょう、学校栄養士は四千四百七十五人ふやしましょう、特殊教育諸学校は五千百二十四人ふやしましょうと言うんですから、ある程度整合性がなきゃだめだ。何でゼロのところが出たり、わずかに一けた六なんというのが出たり、二年間連続ゼロなどというような数字が出てくるのか、その辺に何か恣意が働いているのかどうなのか、お伺いします。
○政府委員(高石邦男君) 行革関連法案ができた際に、とにかく、最も必要な順位を考えていかざるを得ないということで教職員、教員ですね、教諭、これを最優先としてやっていこう。それから養護教諭、それから学校栄養職員、事務職員、それはある意味では次のランクに位する、こういうような考え方でございまして、教員を最優先として最小限の改善はやっていくという姿勢がこういう形になっているわけでございます。
○粕谷照美君 それは大変な考え違いと私は指摘をしないわけにはまいりません。今、非行、暴力、それから性の問題が学校の中で非常に大きく取り上げられております。また地域でも大問題になっているわけです。そういうときに子供たちが一番信頼をして物が言え、相談ができるというのは養護教員ですね。それが五十七年度にはゼロであった。今回は五十九名に伸びましたから、そのこと自体は私は結構なことだというふうに思いますけれども、そういう教員と養護教員と事務職員は差があるんだとか、こういう問題ちょっといけないんじゃないんでしょうか。
○政府委員(高石邦男君) これは確かにおっしゃるような考え方もございますが、非常に苦しいときに市町村の教育委員会とか県の教育委員会の意見を聞きますと、何といっても教員は最優先で確保してほしいという声になってあらわれるわけでございます。また次に出てくるのは、養護教諭は、これはぜひ必要だ、そういうことで、二年目から入るというような形でやってきておるもんですから、全体の発想は基本的には同じでございますけれども、優先順位を考えた際にそういう差が若干出たということでございます。
○粕谷照美君 それでは事務職員と学校栄養職員はどうですか。最近地域ではセンター方式の給食がどんどん進んでいる。なかなか養護教員採用できないんだ、栄養士の人たちが大変な危機感を感じているわけですね。私どもは自校方式が一番いい、こういうふうに思うわけですから、ぜひ栄養士も伸ばしていただかなければならないと思いますけれども、しかし、この栄養職員の改善は四千四百七十五が計画の中に上がっている。それよりも多い六千三百九十二名の学校事務職員の定数改善計画が栄養士の半分だということは、一体どういうことですか。
○政府委員(高石邦男君) 事務職員については、一定の大規模学校については複数配置という措置が講じられているわけでございます。したがって、まず基本的に基幹的な職員は最小限各学校に一人は配置していきたいというようなことからこういうような形になっておりまして、何も全体計画をこれでどうこうするんじゃなくして、抑えるときに、学校に養護教諭もい、栄養職員もい、それから事務職員もいる。その場合に複数配置になっているところが、一時的にそういうところに振り向けられるというような対応ができるというところから、事務職員の対応が若干三段目のスタートをしているという状況でございます。
○粕谷照美君 学校事務職員の複数配置なんというのは実に微々たるものでしてね。足りないから、みんなPTAでお金を出し合ったり、それから市町村の職員を学校に回したりしてやっているということも、局長、一番御存じじゃないですか。そういう意味で、均衡ある増員などというのは、下からの意見も聞くことも非常に大事でありますけれども、しかし、数字でぱっと見た、場合に、なぜこんなに差別をするんだろうか、こういう感じがしてなりませんので、御注意をいただきたいというふうに思っております。
 次に、五十七ページにあります学校法人の運営に関する調査指導費八百万円についてお伺いをしたい。これは学校法人運営調査委員制度を設けるというのですけれども、これどういうことをやるのですか。
○政府委員(阿部充夫君) 学校法人運営調査委員の仕組みでございますが、これ仮称でございますけれども、昨今、先ほどおしかりをいただきました九州産業大学問題、その他学校法人の運営に関しまして種々問題の発生を見ていること。大変遺憾に存じておるわけでございますけれども、こういった不祥事が発生をいたします要因といたしまして、種々、各役員等の学校法人経営に対する姿勢の問題でございますとか、あるいは制度そのものに対する理解が十分でないとか、いろんな問題があろうかと思うわけでございます。これまでの文部省の制度といたしましては、学校法人の運営につきましては、これを新設いたします際に私立大学審議会においていろいろ審査をし、その後数年間はアフターケアということで現地へ行って状況等も見るというようなこともしておるわけでございますが、その後は、まあ、いわば言葉は悪いんでございますけれども、それに対して積極的に調査、指導をするということはやっておらなかったわけでございます。
 一方、先生よく御存じだと思いますけれども、同じ私学に対する行政につきましても、教学面の問題につきましては、大学局に私学委員という制度がございまして、大学の先生方をお願いして、何年かに一遍ということになりますけれども回っていって教学の状況等を拝見をし、いろいろ助言を申し上げるというような仕組みでの運営も行われておるわけでございます。そういう意味では、学校法人関係について同じような仕組みをやはり考えていった方がいいのではなかろうか、その方がいろいろな問題の発生を未然に防ぎ、実態の改善に役立っていくということではなかろうかということで、こういう仕組みを考えたものでございます。
 この委員には、学識経験者の中から、学校法人経営あるいは私学経営について理解と認識をお持ちの方々を広く求めまして、いわば非常勤の形で文部省の委員をお引き受けいただき、手分けをして全国の私学をできるだけ回って歩きまして、状況を聞き、内容面での助言等していただく、こういうようなものを考えたわけでございます。
○粕谷照美君 何かこの方々、法制度で選ばれるということになりますか。
○政府委員(阿部充夫君) この委員の選び方につきましては、文部省におきまして広く各界の中から適任者をお願いをしたいということでやりたいと思っております。
○粕谷照美君 いえ、こういう意味なんです。私大などに入っていって調査をし指導するわけですから、相当の権限というものを持たなければならないと思うんですよね。何か知らないけれども学識経験者が来て、文部省でこういうような人が選ばれたから来ましたということで本当に調査ができ指導ができるのだろうかという不安があるものですからお伺いしているわけです。
○政府委員(阿部充夫君) 学校法人に対しましては文部省自体が法令上指導、助言をするという権限は持っておるわけでございますので、この委員の方々はそういった文部省の指導、助言の権限を文部省の委嘱を受けて実施をしていただくという立場でやるわけでございますので、これまでの各種の審議会の委員が大学等をごらんいただくというようなケースと同じように、権威を持ったものとして迎えていただくということを期待しておるものでございます。
○粕谷照美君 全学校法人大体五百七十ちょっとあると思いますね。何人選ばれるのかわかりませんけれども、一年間にどのくらい指導なさるのでしょうか。一めぐり全部終わるというのは大体何年ぐらいかかるという見通しになっておりますか。
○政府委員(阿部充夫君) 委員の数といたしましては予算上二十名程度予定をいたしておるわけでございますが、この先生方に全国の私学、五、六百法人ございますけれども、毎年その一割程度のところへ行っていただくということでございまして、それぞれ全部の大学、非常に数の多い大学にすべて行くということは到底不可能でもございます。何年かに一回ということにはなるわけでございますけれども、そういう制度で行っていただくということによりまして、それぞれの学校の経営にもいろいろみずから注意をしていただくということにもなりましょうし、あるいは他の学校法人に対しましても、そういう制度があるということで注意をして運営をしていただくという面での影響というしともあろうかと思います。そういう面での効果を考えておるわけでございます。
○粕谷照美君 私は決算委員会でちょっと指摘したことがあるんですけれども、九州産業大学に会計検査院が検査に行っているんですね。そしてこれを見抜くことができなかった、専門のですよ、それができなかった。実にそれよりも巧妙なんですよね。さらにまた、あそこの先生方にお伺いをいたしますと、それはそうだと言うんです。わからないと言うんです。経営者だけ連れて回りますから、例えば、そこのところにこういう研究室があります、人間がこれだけいます。そのときはいると言うんですよね。だから、会計検査院はそうだろうと思って帰ってくる。しかし、現実にはそんなのは前の日につくられてしまう。そういうことを考えてみますと、委嘱を受けて、相当権威を持ってとおっしゃいますけれども、本当にそれをやれるのだろうか。しかも十年に一回ですね。一割ぐらいというんですから、十年に一回という計算になろうかと思いますけれども、本当に十分な効果が上がるのだろうかという私は心配を持つわけです。逆に言うと、文部省がやらなきゃならない仕事をこういう運営調査委員に転嫁をして責任を回避するということになりはしないか。これはいかがですか。
○政府委員(阿部充夫君) 私学に対します文部省の関係といたしましては、先ほどの他の委員の先生に対して大臣の御答弁にもありましたように、やはり自主性を尊重するということを一つは重要な要素として考えていかなければならないと思うわけでございます。そういう意味で、例えば補助金を出すにいたしましても、私学振興財団という私学関係者の集まりを中心にしたような組織を通じて出すと。個々の大学に対する補助金を幾らにするということは文部省で直接扱わないというような方式も工夫をしてやっておるわけでございますので、こういった各私学に対する日常の指導につきましても、特に問題等が起こった場合には文部省が直接やらなければならないケースも多いかと思いますが、むしろ、こういった一般の私学の関係者の方あるいは学識経験者の方という方にそういう立場でいわばクッション的にそういう役割を果たしていただくということの方が適切ではなかろうかと、そういうことを考えているわけでございまして、文部省として逃げたとか、そういうつもりは全くないわけでございます。
 それからもう一つ、つけ加えさしていただきたいと思うわけでございますけれども、この学校法人運営調査委員というのはそういう性格のものでもございますので、例えば、会計検査院がやりますような経費の一々がどうかとかいうようなことは到底難しいわけでございますし、私どもはむしろそういうことよりは学校全体の運営の姿勢やなんかがどうなっているかというようなことで、非常にごまかしのきかないといいますか、言葉は悪いんですけれども、例えば教員の大事に関する規定なんかちゃんと整備されているかどうかというようなことを見ていただくとか、すぐ目につくところもあるわけでございます。あるいは理事会等も何回かちゃんと行われているかどうか。いろんなことを全般的に見ていただいてその運営の姿勢について指導をし、助言をしていただく、こんなことを考えておるわけでございます。
○粕谷照美君 そういうふうにおっしゃられれば、素直にああそうか、そうかと思いますけれども、しかし、私学関係者が私学の中へ行ってみて、本当にそういう指導ができるのかどうなのかという点では私は非常に不安があります。
 昨年の一月十一日の新聞なんですけれども、東日本学園大学で設立要件の資金が寄附ではなくて借金であったと。この判断を下したのが札幌地検なんですね。札幌地検が、これは設立要件であった資金が寄附じゃなくて借金だったと。その金額は幾らかといえば五十六億円。この大学は佐々木真太郎という同大学会頭の寄附金、それをもとにして文部省が認可をしたものであります。ところが、五十三年の七月に大学の定期預金十二億円がその佐々木会頭名に変更をされた。さらに五十四年四月にも十四億円が口座に振り込まれていた、こういうことが明るみに出ているわけであります。まず最初に、この問題点はどうだったんですか、文部省、認定は間違いがあったんですか、地検の方が間違っているのですか。どうでしょう。
○政府委員(阿部充夫君) 東日本学園の設立に関する経費につきまして、ただいま御指摘をいただきましたような、個人の方からの相当額の寄附が前提になってでき上がったものでございます。この寄附金につきましては、その寄附金の当時に寄附の申し込み書、預貯金等の証明書、入金伝票、役員会の決議録といったようなたぐいのものをすべて精査をいたしまして、寄附金として明確に処置されているということで、この学園の設立基金として認め、学園の創設を認めたというものでございます。なおその後、先生御指摘がございましたように、その個人の方に対しまして、これは大学からの貸付金でございますけれども、何といいますか、寄附をまた寄附したというんでしょうか、そういうことではなくて、一個人の方に対する貸付金として五十三年度十二億、五十四年度十四億の貸し付けを行ったということがあるわけでございますが、これらにつきましては、学校法人の措置と経営上の処置といたしましては極めて不適切であるというようなことで指導をいたしまして、その後、この金額につきましては全額返還をされまして、学校法人の方に完全に入金され、戻っているというようなことになっておるわけでございます。
 なお、地検の判断ということもお話がございましたけれども、私どもとしては、その当時の事情から見まして、これを寄附金として認定をし、その金につきましても、最終的にはやはり学園に戻ったというようなこともございますので、これを寄附金であると考えておるわけでございます。
○粕谷照美君 しかし、学校法人が、会頭であったとはいえ、学校の金を貸し付けるなんということはあるんですか。そういうようなことはアフターケアをしているはずですから、文部省にはわかっていなきゃならなかった。それがなぜわからなかったんでしょうか。
○政府委員(阿部充夫君) これがただいま先生おっしゃいました、アフターケアによりまして私立大学審議会の委員が行って、こういう事実を発見したわけでございまして、それからこの問題が起こり、その返還の措置を講じさせたということでございまして、まさに視学委員がアフターケアでこういうことを見つけていただいたということでございます。
○粕谷照美君 先ほど安永委員が取り上げられましたけれども、本当に残念なことですよね。九州産業大学の問題、それから国士舘大学の問題ですね。国士舘なんかこの参議院の文教委員会で初めて取り上げられたのが昭和四十八年ですから、十年間連綿として、なぜ一私立大学をこれほどまでになどと言って私どもしかられましたけれども、しかし、そういうことをきちんとしていかない限り正しくならないのではないか、こういうことも思ってきたわけでありますが、この辺のところについて、この調査を実施することによって今の東日本学園大学のように是正されていくであろう、自浄能力が発揮されていくであろうという判断をされてのこの措置でありましょうか。
○政府委員(阿部充夫君) こういう指導、助言という仕組みにつきましては、会計検査院の検査と違いますので、頭から、どこか悪いところが、言葉が悪いかもしれませんけれども、あるだろうから、それを見つけてやろうという構えでいくのではなくて、それぞれの私学の運営をできるだけよくしてあげたいという意味で助言をしていくという体制で臨むべきものであろうと思うわけでございます。そういった中で、したがいまして、いろいろなことがあるいは裏で行われていたというような場合に発見できないというようなことがあるいはあろうかと思いますけれども、全体として、そういう体制をしいていくことが私学全体をよくしていく一つの手段、いろいろな手段があると思いますけれども、そういった中の一つの手段として役立つのではないかということを期待しておるわけでございます。
○粕谷照美君 私学がみんなそんなことをやっているなんて思ってもいませんけれども、しかし、大変な国民の税金を使っていくわけですから、正しく使ってもらいたいのですね。私どもとしても、私学助成がこれでいいなんて、今回だって減らされているわけですから、全然思ってないわけですよ。まだ発足して間もありませんし、長い年月かけて私学の基盤というものをきちんとしていかなければならないという考え方に立っているわけですが、どうしても、それならそれなりに私学自身の態度というものを改めてもらわなきゃならないと思っているわけですが、やっぱり予算のこの審議に当たっての資料を拝見いたしますと、制裁措置を文部省が強化をした。それで昭和五十八年度において制裁措置を適用した事例というので、中村産業学園大学、つまり九州産業大学と九州造形短期大学、国士舘は国士舘大学と短期大学、三室戸というんですか、これは東邦音楽大学と東邦音楽短期大学、福田学園、これは三つ持っておりまして、東和大学、純真女子短期大学、埼玉純真女子短期大学、この三つが制裁措置を適用されているわけですね。九産大と国士舘は有名でありますけれども、その他の二つの学園についてはどんな状況の中で制裁措置を受けておりますか。
○政府委員(阿部充夫君) いろいろな事情がございますので、的確にお答えできるかはあれでございますけれども、例えば三室戸学園というのは東邦音楽大学という大学とそれから短期大学とを設置をしておる大学でございますが、卒業生の卒業の際に卒業を条件としてある程度寄附金を出せば卒業させてやるというようなたぐいのことをしたというようなことで報道されたものでございまして、その後内部の実態等いろいろ調べました結果、例えば教学の体制が極めて不十分で教授会等が十分行われておらないとかいったような運営上の不備が発見されたわけでございまして、それに伴いまして、これに対しましては厳正な指導をすると、同時に先ほど御指摘がございましたような補助金の上での厳しい措置を講じたわけでございます。三室戸学園につきましては、その後文部省の指導に従いまして理事長が退陣をするといって理事体制の刷新等がある部分図られるというような改善が行われておるわけでございます。
 他のケースはまことに恐縮でございますけれども、ただいま手元に資料を持っておりませんので、お許しいただければ後日、先生に御説明をさせていただきたいと思います。
○粕谷照美君 五十八年度にその制裁措置を適用した事例というのは、そういうことになっていますけれども、文部省が毎回発行されるんでしょうけれども、不交付校一覧表なんというのがありますね。それから事由だとかいろいろあるわけですけれども、その中で私大変気になっているのがあるんですよね。長期滞納なんというのは不交付校一覧の中でも明確にこう出ていますけれども、(参考)としまして「申請のないもの」と、こうあるんですね。東日本学園大学(北海道)、ずうっとこう日本歯科大、東京音楽大、日本文化大、こういろいろありますけれども、日本歯科大なんというのはお金がいっぱいあって助成金要らないから申請しないわけでしょう。そういう学校と、問題があって、申請したって、どうせ通らないやというものを、こうやって一緒にするということは、ちょっと問題なんではないんですか、どうですか。
○政府委員(阿部充夫君) 私どもも、常日ごろ、その書き方には若干の疑問は感じておるわけぞございますが、ただ、申請がなかったというだけで、文部省として非常に厳しい権限を持っているわけでこざいませんで、その大学の内情を十分調べた上で、これは悪いから申請しなかったんだと、こちらはそういう関係がないけれども、要らないという、私学の経営の方針として国の補助金はもらわないということで申請しないんだというのを区別するのは大変難しゅうございます。常識的には、もちろん、先生おっしゃったようなことを私どもも念頭には置いておるわけでございますけれども、そういう意味で事柄として極めて形式的に申請がなかったということにいたしておるわけでございますが、ない、内容は確かに先生がおっしゃるように必要でないというものと、それから申請してももらえそうもないから申請しないというものとが混在をしておるわけでございます。
○粕谷照美君 その中に松本歯科大学が入っているわけですね。これも数年前この文教委員会で問題が取り上げられたわけですが、その後、つぶれるかと思ったらちゃんとやっているというのですから、お金もらわなくてもきちんとやっていける体制、力を持っているのかなと思っていましたら、きのうの新聞に学債を発行したと。私ども、あの時代に学債がこのまま卒業のときには強制的な寄附になるのではないか、したがって、それはきちんとしたお金なんだから契約を結ぶようにすべきだというような意見も出したと思っているわけですが、新聞によりますと十六億円だと、お父さんやお母さんたちが、学生を人質にして何だと、しかし、それを出さなければ卒業さしてもらえないということになれば、もう、嫌でも仕方がない、オーケーをせざるを得ないというような記事が載っておりましたけれども、これ事実なんでしょうか。
○政府委員(阿部充夫君) 松本歯科大学の件につきましては、私どもも昨晩新聞で読んで初めてそういうことが問題になっているのかということを知った段階でございまして、まだ十分事実関係を把握をしておらないわけでございますが、ただ、文部省といたしましては、従来から学債の応募は任意でなければならないということ、それから学債を引き受けた父兄等に対しまして、これを寄附金に変えてくれというようなことを引き受けのときに、あらかじめ約束をさせるとか、あるいはその後変換を強要するというようなことは一切してはならないということを事務次官名通達によりまして各大学を指導をしておるわけでございます。したがって、この報道されているようなことが事実だとすれば大変遺憾なことでもございますので、大学当局に事情を確かめ、必要な指導はしてまいりたい、かように考えております。
○粕谷照美君 必要な指導といいますと、大学当局は、ああそうですか、わかりました、これで終わったんでは困るんですよ。必要な指導というのは、もっと具体的に本当に一人一人の生徒に、あなたはこれを寄附をするのかしないのかということをちゃんと応諾書をとるとか、学校が見たら、これはうんと言わないから卒業させないぞなんてことがあるかもしれませんから、そういうきめ細かなことまである程度指導してあげないと、何かわかってもらえないような気がしますが、その辺はどうでしょう。
○政府委員(阿部充夫君) 一々の私学につきまして、それぞれの学生等にまでの対応を文部省でやるというのは大変無理なことでもございますし、また、そこまで文部省が立ち入るのもいかがかという感じもいたすわけでございます。しかしながら、学校法人側から状況を聞きまして、こういうことをしてはいけないとか、あるいは父兄会を通じてであっても、そういうことはやっては困るとかいうようなきめの細かい指導はぜひしたいと思っております。
○粕谷照美君 次は、専修学校振興に関する質問でありますけれども、今回は随分予算も増額になっておりますけれども、専修学校というのは全国的にはどのくらい今あるんでしょう。
○政府委員(阿部充夫君) 専修学校でございますけれども、昭和五十年に議員立法という形でこの制度をおつくりいただきまして以後、大変社会のニーズに適合したということで拡充がなされてまいりました。
 昭和五十八年の五月一日現在でございますけれども、国公私立を合わせまして、学校数で二千八百六十校、学生、生徒数で申しますと五十一万人余りが全体で入学をしておるわけでございます。なお、ただいま申し上げましたのは、専修学校の中には先生御案内のように一般課程、専門課程、それから高等課程、高等学校程度のもの、専門学校程度のもの、それから学歴を問わないものという三種類がございますけれども、それを全部合わせました合計数で申し上げたわけでございます。
○粕谷照美君 この設置認可ですけれども、ちょっと緩やかなのではないか、問題のあるところがあるのではないかという声が聞こえてまいります。
 例えば、募集広告を見て学校を訪ねていって、そしてびっくりして帰ってくる人たちがいるわけです。この辺に大きな相違がある学校があるわけですけれども、一体、これはどういうところで調査をしておりますでしょうか。
○政府委員(阿部充夫君) 専修学校につきましては、先ほど申し上げたようなことで、ずっと各学校がかなり増設をされ、学生数も相当集まってきておるわけでございますが、これの認可につきましては、文部省で基本的なことだけは通知等の格好で用意はいたしておりますけれども、そういった範囲内で各都道府県が監督庁でございますので、各都道府県において認可をしておるというような制度になっておるわけでございます。
 先生の御指摘にもございましたけれども、私どもも専修学校がここまで発達をして量的に拡大をしてきたと、この段階から以降は中身の問題と、これは先生のおっしゃいますような関係で、学生がどの専修学校を選ぶかということの判断が十分的確にできるようにしていくという、この二つの点が非常に重要なことではなかろうかと思っておるわけでございまして、各都道府県に対する主管課長会議等におきまして、監督庁である各都道府県を指導いたしますと同時に、専修学校の団体等に対しましても、毎回のようにその二点についていろいろ御注文を申し上げておるわけでございます。
 そういった結果といたしまして、最近では大変いい例といたしましては、例えば東京都関係では東京都の専修学校関係の団体と東京都の高等学校の先生方の間で、年に何回か進路指導の協議会というようなものを開きまして、お互いに意見交換をするというようなことで、専修学校の実態も高等学校の先生方に十分わかり、生徒指導を間違わないで済むというようなこともできるようにというようなことも進められておりますし、さらに、このような傾向は広がりまして、専修学校側と全国の高等学校の進路指導協議会との間での協議というようなことも始まっておるわけでございまして、こういったことを通じまして専修学校の内容の充実と、それから進路選択の適正化というあたりの二つの問題を逐次いい方に向けていきたいと、こんなふうに考えております。
○粕谷照美君 二十七ページにいきまして、公立学校の施設整備の面からお伺いをしますけれども、随分減額になっていますね。この減額の週内は一体何ですか。
○政府委員(阿部充夫君) 公立学校の施設費の補助金につきましては、これは毎年都道府県を通じまして各市町村等の計画をとりまして、その計画に適合できる額のものを予算要求をし、確保をしておるわけでございまして、明年度の予算につきましてもそういった体制で確保をしたつもりでございます。こういうふうに減額になっておりますのは、先生も御承知のとおりでございますけれども、昭和五十七年度をピークにいたしまして小中学校児童生徒の数が減少に向かったということで、これまで急増対策等でかなりの学校施設の整備が行われておりましたものが、その必要が地域によってなくなってきつつあるというような結果でございまして、金額といたしましては、各地方団体が極めて不満を持つというような形の金額では決してないということでございます。
○粕谷照美君 しかし、地方団体の要望が全部取り入れられた金額であると、こういうふうに理解できないのではないかと思いますが、どうですか。
○政府委員(阿部充夫君) これは完全にということが言えるかどうかは別でございますけれども、従来から各市町村の御計画をいただきまして、これが実際に実行の段階になりますと一年後になりますので少し計画が動いてくるようなケースがございます。そのようなことも考えながら予算を組んでおります関係上、完全一〇〇%とまで言い切れない年もあるいはあろうかと思いますけれども、一〇〇%に近いような形で各県の御要望に対応してきておるわけでございます。したがいまして、五十九年につきましても、これまでの経験からしまして、おおむね御要望にはこたえられるというふうに私どもは判断をしているわけでございます。
○粕谷照美君 やっぱり予算委員会にいただ意ましたこの資料なんですけれども、公立小中学校の危険校舎の状況というのがあります。これは二十八ページの(3)になるんでしょうか。随分危険校舎があるんですね。北海道の数を最高にして、私のところの新潟県なんというのは二番目に位置しているわけです。こういう危険校舎を放置しておくということは非常に問題だというふうに思いますが、これは市町村がやらなければ文部省はお金を出さない、こういうことになろうかと思いますが、大分、市町村も財政底をついているんでしょうか。
○政府委員(阿部充夫君) 公立小中学校の木造危険建物の改築につきましては、従来からその促進に努めてまいたところでございまして、特に昭和五十二年度の第二次補正予算以降はこの改築を一層促進するという観点から、それまで改築補助対象の基準を四千五百点以下と定めておりましたものを千点引き上げまして五千五百点以下のものまで対象にするというような措置等も講じまして各市町村を指導し、その解消に努めてきたわけでございます。そういったことから、最近では木造建物そのものがずっと減ってまいりまして、鉄筋化率で申しますと八九%、つまり木造のものが一一%ぐらいしかもう残っていないというところまでまいりました。その木造建物の中で約三分の一くらいが危険建物でございまして、残りの三分の二はそれほどではないというものでございます。
 したがいまして、今、量的にはたしか五百万平米くらいが残っておろうかと思いますけれども、これらにつきましては各市町村から御要望があり次第それに対応するという構えで、文部省として予算措置をしているわけでございまして、全体の予算が、本年度の公立文教予算が一〇%ほど減少している中ではございますけれども、この危険建物についてはほぼ前年同額を計上して対応しようとしておるのでございます。
○粕谷照美君 ことしの豪雪でも三つの学校の体育館が倒壊をいたしましたね。あの場合は子供たちに死傷事故がなかったから本当に助かったと思うんですけれども、この辺については、もっと積極的に各自治体が努力をするように、また、その努力をすることができるように文部省としても対応を考えていただきたいということでございます。その次にマンモス校について伺います。
 このマンモス校解消のために今回措置をとられたということには私どもは賛意を表したいと思いますけれども、このマンモス校を解消するということは教育的に問題があるからこそ解消しなければならない、こういうふうに思っていらっしゃると思うんです。それはどういう理由を文部省としては考えていらっしゃいますか。
○政府委員(阿部充夫君) マンモス校の問題点につきましては、私どももいろいろ問題があると感じておるところでございまして、機会のあることに各都道府県の関係者あるいは現場の人たち等の御意見等も伺い、問題点を耳にするようにいたしておるわけでございます。
 いろいろありますので、ざっと申し上げさしていただきますと、まずはマンモス校の場合、どうしても施設が基準等に比べて非常に少ないというケースになってまいりますので、例えば土地が一般のものに比べまして五割程度しか校地がない、そういった中で生徒を入れるために校舎をつくってまいりますので、校舎の配置がどうしても複雑になってまいりまして、防災等の見地からなかなか問題があるというようなケースもございます。さらに学校運営面での問題といたしましては、例えば運動場が狭いために十分体育の授業が組めないというような問題もございます。あるいは学校行事面で、運動会とか文化祭とかいうようなたぐいのものが、全校一緒の運動会ができないから、何回かに分けて運動会をやるというようなケースも出てまいります。さらには、人間関係の面におきましても、職員室が二つに分かれている、三つに分かれているというようなことから、校長と各教員の間の意思の疎通が十分行われないとか、あるいは職員相互の意思疎通も十分でない。また、そうなってまいりますと、子供たちも、余りマンモス校ですと、子供たち相互の交流も十分にならないといったようないろいろな問題があるわけでございます。そういった問題をできるだけ解消していきたいということで、文部省としてもかねてから、この過大規模校解消問題に取り組んでまいったわけでございますけれども、特に昭和五十九年度からは、さらに従来の仕組みを一歩進めまして、残された課題に取り組もうとしておるわけでございます。
○粕谷照美君 このマンモス校解消のために、解消する計画があると、こう市町村の報告をもらっている資料を私は今見ているわけですが、いろいろ問題はあるけれども、こういう点こういう点で解決をしているというのは非常にいいことだというふうに思っておりますが、しかし、この周辺に用地がなく、通学区の調整も困難なために新設校の建設はできないものというのが小学校で九十、中学校で七十七、合計百六十七あるんですね。これは大変なことだなと思います。一体、こういうところに対してはどのような措置をとればいい条件ができるのだろうか。それから三番目に、過大規模校、つまり三十一学級以上の学校であるけれども、用地も建物も基準以上であるために新設校建設は予定していないというのが小学校で六十五、中学校で八十一、合計百四十六あるんですね。これはもう今まで、つまりそれは三十一学級以上であっても、基準に合っていますよと言えば、どんどん建てるわけですね。今後はそういうことがないような基準にするのですか。
○政府委員(阿部充夫君) 先生、御指摘がございましたのは、昨年の四月一日現在で私どもが行いました調査の結果に基づいてのお話であろうかと思います。この調査によりまして、三十一学級以上のいわゆるマンモス校が二千百四十四校という数字になってまいりました。そのうち、先生のお話もございましたように、これまでの補助制度等によって解消する見込みが立っているというようなこと、あるいは児童生徒が間もなく減少してしまうので解消するというようなたぐいのものが千五百校余りで、大体七五%はそういう形で解消するということが見込まれておるわけでございいます。
 そのほかに先生のお話にございましたような、周辺に土地が全くないというようなケースでございますとか、あるいは過大規模校であるけれども、校地、校舎等十分用意してあるから解消することは考えていないというようなケースのものが約三百校でございます。秋どもは、周辺に用地が全くないというのを、物理的に存在しないものをどうするかというのは大変難しいわけでございますけれども、それにいたしましても、何らかの工夫がないものかということで、各都道府県を通じて、あきらめないで考えてほしいということを各市町村にもお願いをしておるわけでございます。
 それからまた、どうしてもそういう状態にある場合には、管理運営上、各市町村としても特別の配慮、学校としても特別の工夫ということもいろいろ考えてほしいというようなこともあわせてお願いをしておるものでございます。
 以上申し上げた数字のほかに約三百校が何らかの新しい措置があれば解決することができるのではないかというものがございますので、その部分についての措置を五十九年度から新たに開始しようということをやっておるわけでございまして、先生、御指摘のございました、あきらめているようなケースにつきましても、あきらめずに粘り強く考えてほしいという指導をしておるといってとでございます。
○粕谷照美君 大臣にお伺いいたしますけれども、大臣もいろんな学校、随分見てこられたと思いますけれども、最高のクラスというのはどのくらいあると思いますか、一学校で。
○国務大臣(森喜朗君) クラスの数ですか。
○粕谷照美君 教えちゃだめじゃないですか。
○国務大臣(森喜朗君) 教えてもらいました。五十九クラスというのが最高だそうです。
○粕谷照美君 そうなんですね。大阪で五十九クラス、二千三百三十人の小学校、それから同じ大阪で、中学校では五十六クラス、二千四百二十六人。まあ、これではとても教育なんという条件ではないと思いますね。校長先生は、それでも一カ月たつと覚えてもらえるそうですけれども、教頭先生は一学期だっても覚えてもらえないそうです。何か話ししたり注意したりすると、どこのおじさんだと、こういうふうに言われて、もう教師の権威も何もあったものじゃない、こういうふうに言って嘆いておられましたけれども、このマンモス校解消というのは非常に重要な問題ですが、文部省の考え方が三十一学級以上、こういうふうになっていますね。大臣としては、適正な規模の学校というのは一体どの程度のことだというふうにお考えになっていますか。
○国務大臣(森喜朗君) 適正な規模というのは大体十二から十八、ないし二十四というのが大体標準になっておるように承知をいたしております。もちろん、設置者が、二十五を超えなくても分離をしたいというそういうお考えであれば、文部省としては積極的に、今の仕組みの制度ではございませんけれども、従来の分離方式で措置をしてきたものでございます。しかし、現実には設置主体者が大体三十を超えないと、分離という気持ちにおなりになっていないようでございますが、それにはいろいろと事情もたくさんありますが、単に用地だけではなくて、通学区域の問題、特に新しい、こうした大阪等では余りないようでありますけれども、地方の方に参りますと、昔からの意識みたいなものがございますから、そういう地域住民の考え方を調整することにも非常に問題があって、はかばかしく進んでいないということでございますが、当面は先ほどから管理局長が申し上げておりますように、まず最大のネックは用地を確保するというところでございましたし、これはもう粕谷先生初め皆様方からも、再三、予算の際にも強い御要望が出ておったことでございまして、とりあえず学校急増用地の取得費を拡充をさせて、このような措置をとらせていただいた。今後とも積極的に、今、粕谷さんに御指摘いただきました五十九クラスなんて、確かに先生のお話しのとおりでございまして、できる限り分離促進ができるように指導をしていきたい、こう思っているところでございます。文部省といたしましても、少なくとも、当面積極的に過大校解消をしていただけるであろう、そういう事業量だけはしっかりとこの予算で確保しておるつもりでございます。
○粕谷照美君 次いで十六ページに移ります。「幼稚園教育の普及充実」というところでございますが、幼稚園教育要領に関する調査研究費というのが三百万円挙がってますね。先ほどこれについての指摘もあったと思いますが、これは本当のところ、まだこの予算を組むころは、教育臨調なんという構想が出ていなかったと思うわけです。何を考えて予算計上したんですか。
○政府委員(高石邦男君) 現在の幼稚園の普及状況が、保育所を入れますと九〇%、保育要領ができたのは、たしか三十年台でございまして、もう二十数年の歳月が流れておる。そういうことが一つと、それから現実的に子供の保育の内容が、ほとんどの幼稚園に入っている子供がある程度字を知っているとか、覚えているとか、数字がある程度数えられるというような実態の変化というのがあるわけでございます。したがいまして、前々から、現在の保育内容はこれでいいかということが問題になっていまして、そういう角度から協力者会議を設けまして保育内容の見直しをやっていきたいということを考えて要求していたわけでございます。したがいまして、新しい制度の問題とか、今後のものに関係なく、そういう基礎的なデータは十分調査して実態をつかんで、そして研究していく必要があろうという気持ちで予算をお願いしてきたわけでございます。
○粕谷照美君 私は海部文部大臣のときに、予算委員会でこの質問をしたことがあるんです。東京あたりの小学校になりますと、大体八つから十幾つぐらいの幼稚園から小学校に入ってくる。それに保育園から入ってくる。さまざまなレベルの子供たちを小学校一年生で持つ担任の苦労なんというのは大変なものなんですね。それで、もう落ちこぼれが一年生の段階から出てくる。それで、小学校一年生に入るまでには大体どのくらいのことを、文字ですね、覚えさしたらいいのかと伺いましたら、森文部大臣だったら、どういってお答えになりますでしさいね。
○国務大臣(森喜朗君) 私も不勉強でございまして、さっきも五十人クラスを教えてもらったほどでございまして、大変申しわけないんですが。
 実は、たしか高石局長だったと思いましたが、幼稚園で字を教えちゃいけないのかと言って実はお尋ねをしたんです、正直なところ。系統立って教えてはいけないんだ、こういうことでございまして、どうも私は、そういうところが、現代のこういう社会の情勢から見ても、家庭状況から見ても、若干ちょっと今異を唱えたいなという気持ちです。現実に、背はテレビなんというのは家庭になかったわけですから、もちろん絵本とかそうしたものを見て字を覚えたと思いますが、最近、やっぱり子供たちはテレビを見て、コマーシャルではっと漢字が入ってくるわけですね。ですから、そのこと自体だって、もう幼稚園児はしょっちゅう出てくるコマーシャルなどは大体覚えてしまう。そういうことを考えてまいりますと、どうも実情にちょっと合っていないなという感じがいたしまして、もう一遍きょう、高石さんにさっき確認をしたら、会話だとか物事の事象を見て、ああ、お月様だとか、お菓子だとか、御飯だというような形で覚えるのはいいんだと、こういうことでございましたから、私は、こういう調査をこれからしていくということでございましたならば、幼児教育の中での実施なども現実に照らし合わせて、何らかの形で工夫を凝らしていくということが大事なんじゃないかなというのが、いろいろ、私は――粕谷先生、どういうお気持ちで私に御質問をいただいたのか、ちょっとその辺わかりませんが、私は、もう率直な気持ちとして、そんな感じを持っておるということを申し添えておきます。
○粕谷照美君 私も、みんなそれで悩んでいるんだと思うんですね。現場の小学校教師は、覚えてきたら教えることがなくなる、教えなきゃならない子供もいる。本当に、それで一年生からもう四十人、四十五人に教え込んでいくのは大変だと、こういうことになっているんです用
 私が今問題にしたいのは、教育臨調の説明のときに、保育所と幼稚園と、この一元化の問題が出ているから教育臨調をやらなきゃいけないんだ、臨時教育審議会をつくらなくちゃいけないんだ、こういう説明が予算委員会でたびたびある中で、この予算が出てきている。一体、この検討をしていく中で、三年間の臨教審ぐらいでは学制の問題、五歳児から小学校だとか、全部四歳、五歳は幼稚園に入れるとか、そういう結論が出るというふうには私は思わないんですけれどもね。一体、文部省はこの問題をどういうふうに持っていこうとするのかということがわからないんです。御答弁でもわからないものですから、それで先ほど伺ったわけです。
 問題で言えば、幼稚園教育要領というのが昭和三十九年に変わったときに、一つ大きなものが抜けたですね。遊びというのが六領域の中から取られたんじゃないですか。それでそれ以後、幼稚園というものは、いわゆる勉強ということを非常に重視するような傾向が大きくなってきた。その昭和三十九年に教育要領が変わって、昭和四十年に生まれた子供たちが、ある保育学園に入った。その保育学園の先生をしていらっしゃる中谷さんという人が、朝日新聞の「論壇」にこういうことを書いていました。今の保母を目指す子供たちは、自分が遊ぶことを知らない。どんな遊びをしていいかわからない。子供のころ遊んだ覚えがない。そういう子供たちが保育園の保母さんになって、遊びの中で育つ子供を教育できるんだろうか、教えることができるんだろうか、保育できるんだろうかということを嘆いて書いていらっしゃいました。それを見つけて、厚生省の方では早速い中谷さんに連絡が行きまして、確かに遊びが抜けているという点では大きな問題があると思うから、考え方を聞かしていただきたいということだったけれども、文部省の方からは一言も連絡がなかったということで、私に、文部省はやっぱり遊ぶということを大事にしていないんだなあと、こういう話をしておられました。
 この「健康、社会、自然、言語、音楽リズム、絵画製作」、こういう教育要領を、もっともっとうんと、学習体系立った方向に持っていこうとするものなのかどうなのか、その辺をお伺いしたい。
○政府委員(高石邦男君) いろんな意見がありまして、先ほど来話がありましたように、字を書く、数字を自然に覚えている、そういうような実態があるんだから、余り強制にわならないで、ごく自然な形で覚えれるような形のものも保育内容にあっていいではないかという御意見もあります。また、今、御指摘のありましたように、そういうものの以前に、もっと情緒を安定させるような、遊びであるとか、そういう情緒面の教育を充実すべきではないかという意見もございます。したがいまして、そういうもろもろの実態がございますので、まず一回、この経費で国公私立を通じて、一体どういうような形になっているかということを詳細に調査してみたいと思うんです。その上に立ちまして、専門家によるいろんな意見をお伺いするというような形で、この内容の研究を深めていきたいと思います。したがいまして、今の段階でどちらの方向で、どうこうするということを申し上げる前に、まず基本的な基礎データの調査研究を十分やって討議を深めていきたいというふうに思っております。
○粕谷照美君 そうしますと、その教育内容については保育所と大体足並みをそろえましょうということで、ずっとやってきているわけですね。厚生省の方も実態調査をしてもらわないと困ると思うんですね。片方だけ突出をして実態調査をして、片方、文部省だけでその教育要領の見直しを考えていくということは問題なんです。両方連絡をとり合うことになっておりますでしょう。
○政府委員(高石邦男君) 建前としては保育内容は、保育所においては、それに準じて教育をやるという形で、どちらかといいますと、文部省サイドでの幼児教育がどうあったらいいかという角度の論議が展開されまして、そしてそれを保育内容として定めていくと。その定められた内容を幼稚園教育で展開すると、同じような内容を保育所でも展開してもらう。こういう仕掛けになっているわけでございます。したがって、そういう角度から、現在、六歳児で言いますと六割強で、保育所は三割弱というような実態になっております。そういう仕掛けになっているということが一つと。
 それから、保育所に対して文部省のそういう調査を行うということがスムーズにいくかどうかという問題もございますので、今の御指摘もございましたので、厚生省とも連携をとりながら、文部省としては、先ほど来申し上げているような観点での実態把握に努めたいと思っているので、保育所の側でも協力してもらえるものかどうかと。協力してもらえるものならば、それに準ずるような調査は考えられるのではないかというふうに思います。
○粕谷照美君 教員免許法と私は関連して考えてみますと、幼稚園の教員も、もうちょっと単位をたくさん取りなさいと、こういうことになりますね。そうしますと、保母さんとの格差というのはすごく大きくなるんですよね。ますます幼稚園有利になりはしないか。片方だけもうどんどん事実が先行していく。そういうことについて非常に懸念をするものであります。母親が働いているから幼稚園に出すことができなくて、保育園に行った。保育園が幼稚園に準じてである。そして、幼稚園の先生はうんと学歴で言えばいいという思想があるわけですから、そういう意味で、何か子供に申しわけないと思う、あるいは劣等感を持つような、そんな状況をなくするような、すべての就学前の子供たちは同じような状況のもとに保育をされる、教育をされるということの条件をつくっていただきたいという要望をしておきたいと思います。
 最後に、時間がありませんから一つだけお伺いをいたしますけれども、この国立大学の整備に関する部分であります。整備に関するといいながら、実質的には四十八億九百万円もマイナスになっている予算であります。特にそのマイナスになる予算の中で、基準的教育研究費というのが二十八億五千万円も減になっております。この部分については、研究費というのは学生、それから教官当たりの積算校費、この単位が据え置かれるわけですが、物価がどんどん値上げして、上下水道も先熱費も運賃も図書も上がるということでは、実質的には研究費が低下をしている。それじゃあ何のための整備充実がと、こういうふうに思わないわけにはまいりません。この辺について、文部大臣はどう考えていらっしゃるか伺います。
 というのは、これもうちょうど五カ月ぐらい前の新聞でありますけれども、三重大学の薬理学教室が業界からお金を出してもらったということについて、いろんな記事が載っておりました。この中でこういうことを言っているんですね。教室側の方では、予算の制約から研究にどうしても必要な血液さえ買えないので、どうせ器具もらうなら現金でと、こう答えているんですね。どうしても研究に必要な血液も買うことができないような研究予算である、こういうことを現場の人たちは言っているわけですね。これは今出された予算よりいっぱいというわけにいきませんけれども、もうじきまた夏の概算要求という時期が来るわけでありますから、もっと充実をさせるように要望したいと思いますが、どうでしょう。
○政府委員(宮地貫一君) 教育研究の基幹的経費でございます学生当たり積算校費、教官当たり積算校費の単価改定が行われなかったわけでございますが、私どもといたしましては御案内のとおり五十九年度予算が一般歳出を前年同額以下に圧縮するという大変厳しい状況下で編成をされたわけでございまして、定年制実施に伴う退職手当等、人件費の義務的経費の増というような要素もございます。そんな点で物件費がどうしても圧迫を受けるというような事柄がございましたが、教育研究の基幹的経費としての学生当たり積算校費、教官当たり積算校費については一応前年同額を確保するということにいたしたものでございます。
 なお、特別なプロジェクト研究を推進するために特定研究経費を充実するということや、あるいは学生の教育に必要な実験、実習、特別経費についても増額措置は講じているわけでございまして、大変厳しい中で教育研究水準の維持向上には努めておるつもりでございますし、今後とも、それらの点については十分留意してまいりたいと、かように考えております。
○粕谷照美君 終わります。
○委員長(長谷川信君) 本日の質疑はこの程度といたします。
 明日は午前九時から委員会を開会することとし、本日はこれにて散会いたします。
   午後六時二十八分散会
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