第109回国会 文教委員会 第2号
昭和六十二年八月二十五日(火曜日)
   午前十時開会
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   委員の異動
 七月三十日
    辞任         補欠選任
     山本 正和君     浜本 万三君
 七月三十一日
    辞任         補欠選任
     浜本 万三君     山本 正和君
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  出席者は左のとおり。
    委員長         田沢 智治君
    理 事
                仲川 幸男君
                林  寛子君
                粕谷 照美君
                佐藤 昭夫君
    委 員
                川原新次郎君
                木宮 和彦君
                山東 昭子君
                杉山 令肇君
                世耕 政隆君
                寺内 弘子君
                星  長治君
                柳川 覺治君
                山本 正和君
                高桑 栄松君
                勝木 健司君
                下村  泰君
   国務大臣
       文 部 大 臣  塩川正十郎君
   政府委員
       文部大臣官房長  古村 澄一君
       文部大臣官房総
       務審議官     川村 恒明君
       文部省初等中等
       教育局長     西崎 清久君
       文部省教育助成
       局長       加戸 守行君
       文部省高等教育
       局長       阿部 充夫君
       文部省高等教育
       局私学部長    坂元 弘直君
       文部省学術国際
       局長       植木  浩君
       文部省社会教育
       局長       澤田 道也君
       文部省体育局長  國分 正明君
       文化庁次長    久保庭信一君
   事務局側
       常任委員会専門
       員        佐々木定典君
   説明員
       警察庁刑事局捜
       査第一課長    広瀬  権君
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  本日の会議に付した案件
○教育、文化及び学術に関する調査
 (臨時教育審議会答申の評価と実施推進体制に
 関する件)
 (公立文教施設の整備、教員の待遇改善等教育
 諸条件の改善に関する件)
 (広島大学岡本学部長殺人事件に関する件)
 (大学入試制度改革に関する件)
 (高校の中途退学者の増加に関する件)
 (私学助成の充実に関する件)
 (秋季入学制度導入に関する件)
 (東京大学における寄附講座の開設手続に関す
 る件)
 (学生等の就職指導と就職協定の遵守状況に関
 する件)
 (障害児を担当する教師の資質に関する件)
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○委員長(田沢智治君) ただいまから文教委員会を開会いたします。
 教育、文化及び学術に関する調査を議題とし、質疑を行います。
 質疑のある方は順次御発言願います。
○山本正和君 きょうは、いわゆる文教行政と申しましょうか、あるいは我が国の教育についてのさまざまな議論がございますが、そういう一般的な問題をまず最初に大臣にお伺いしてみたいと思うのでございます。
 それは、実はちょうど今学校は、特に小中高等学校夏季休業中でございます。ところが現在、恐らくほとんど全国の都道府県におきまして、教職員が子供たちと、あるいはクラブ活動あるいは林間学校、さまざまな活動が今やられております。そして、私の知っているところによれば、諸外国で、学校の教職員が子供の休業中に子供と生活をともにする、あるいは生徒指導のために中学校の教師が夜の夜中まで駆けずり回る、クラブ指導を行う、こういうのは諸外国には例がないようでございます。要するに日本の教職員というのは、本当に一般的に言いまして、もちろんたくさんの数でありますから中には問題を起こす教師なしとは言いません。しかし、一般的に言いまして、諸外国と比較した場合に、私は日本の教師諸君ぐらい子供と一緒に生活をする、そういうことが長い我が国の歴史の中で続けられてきており、なおかつこの問題に懸命に取り組んでいる、こういうことは、私は諸外国に比べて本当に希有なことではないかという気がするわけであります。そしてまた、子供に対して親が望むさまざまな願いも、これは外国と比較いたしますと、子供にかける親の願い、このことが本当に、こんなに子供に大きな期待をかけている親が国民を形成している、これもまた諸外国と比べてたぐいまれな状況ではないかというふうに私は思うのであります。
 そういうことからいった場合、私は、ちょうど十年ぐらい前からさまざまな言葉で言われまして特に大変気になった言葉、教育の荒廃とか学校が荒れているとか、あるいは教師に対する本当に何とも言えないような不信感をあおるようなさまざまな新聞記事、あるいは家庭が崩壊しているというふうな表現、こういうふうなことが異常なぐらい言われたことに対して、私は非常に残念な気がしてならないわけでございます。要するに、さまざまな現象がありますけれども、この二十世紀から二十一世紀を迎えようとする文明社会の中で、本当に日本の国民は親も教師も子供たちも、大変な難しい時代に生きるために、人間として生きるために、大変な思いをしながら頑張っているというふうに私はとらえたいわけでございます。
 そういうことについて大臣はどういうふうにお考えか、まず、この点をお伺いしたいと思います。
○国務大臣(塩川正十郎君) お話にございましたように、現在の小中学校を含みます教師の方々は、私は大方そのとおり一生懸命おやりになっていただいておると思っております。しかし、どうしてもそうでない者が目につくのでございまして、例えば政治家にいたしましても、この委員会におられる政治家の方はみんな立派な政治家であるのにかかわらず、一部からは、政治家はけしからぬ、どうのこうのと、こういろいろ言われるようなものでございまして、やはり一部の者が目立つということ、少しの事件が過大に見られるというふうなことがあることは事実であろうと思います。しかし、一般論として見ましたら、やはり現在、先生がそれぞれ夏休みを犠牲にしてまで子供と一緒に、研修に、あるいはまた生活指導に努力していただいておるのが大多数だと思うのでございますけれども、一方においてやはり、その先生の日常のあり方をめぐりまして一部に批判があることも事実だと思うのございます。
 したがって、これからはお互いにといいましょうか、教育に関係する者が絶えず密接に連絡し合って、そのチームワークの中で子供の教育をしていくことを考えなければいかぬ、こう思っておりまして、ただ言葉先だけで教育に対する議論というものはできるものではない、私はこう思っております。
○山本正和君 今、大臣の言われますことは確かにごもっともな話でありまして、一生懸命やっているけれども問題点なきにしもあらずと、一言で言えばそうだと思うのであります。
 私は、ここで大切なことは、実は文部省というのはやっぱり日本の教育にとって、いわゆる教育に携わるすべての者にとって一番大切な、要するに行政面でのいろんな角度から責任を持って、そして国民に対して責任を持って教育を、いろんな条件、あるいはいろんな問題点に日本の国の名において責任を持っている立場である。その立場である文部省として、私は正直言いまして、文部省の若い大変優秀な職員の方々をよく承知いたしております。大変な思いでいろんな調査に当たられておりますし、随分すばらしい仕事もおやりになっておるわけであります。そういう中で、戦後不幸なことに、やれ文部省と日教組とかあるいは自民党と日教組とか、というふうな言い方でもって、教職員集団あるいは教職員団体と申しましょうか、そことの間にさまざまなトラブルがあった、また問題点なきにしもあらずというふうに私も思います。しかし、実は一番大切なことは、文部行政の基本というのは、教育に携わるすべての教職員に対して、文部省があるからしっかり頑張ってください、こういうことを言い得る状況というのが国民にとっては一番望ましい姿ではないかというふうに私は思うのでございます。
 そういう意味からいった場合、今私が大臣の御見解を承りたいということを申し上げたのは何かといいますと、全国で一生懸命に頑張っている教職員に対する大臣の激励の言葉をぜひいただきたい。私は、自分自身が長い間教職員組合の仕事をしてきましたから、いろんな政治的な問題からくるトラブル等も知っております。しかし、実は私がいつも胸を打たれるのは、本当に理屈も何も言わずに子供とともに生き抜いていこうとしている教師の姿ですね。それがやっぱり私どもにとっての一番大きなフライドだったというふうに思うのであります。教育という仕事をしていたという喜び、それは、そういう友人の姿、先輩の姿、そういうものを見る中で私どもは勇気づけられて、教育の仕事をしてよかったなと、こうなる。またさらには、教師というものは決して万能ではございません。欠陥を持った人間であります。その欠陥を持った人間でありながら子供たちを教えた。その教えた子供たちが、巣立って大きくなっていったときに、その欠陥のあった教師に対して、しかし先生あのときはよかったと、こういうことを言ってくれる。先生あれはどうもおかしかったけれども、というふうな言い方をしながら、大変人間としての信頼といいましょうか、そういうことを十年後、二十年後になって言われたときに、本当に教師としての生きる喜びを感ずるわけであります。
 私がここでこういうことをなぜ冒頭に申し上げたかといいますと、本気になって一生懸命働いている、頑張っている教職員が私は多数だと思うんです、日本じゅうの教職員は。その多数の教職員に対して、文部省がやっぱりもっと温かい、温かいというとおかしいが、いろんな意味での施策は講じておみえでございますけれども、この際、大臣から、そういう全国で頑張っている教職員に対して温かい言葉をいただきたい、こういう意味で申し上げたのでございますので、ひとつ率直な御見解をいただきたいと思います。
○国務大臣(塩川正十郎君) 私も同じような気持ちでございます。でございますから、小学校長会、中学校長会、あるいは教育委員の方々、そういうような個別に懇談をいたしましたときに、私は決して、今の中学校、小学校、教育委員会というものが、それが間違ったことをやっておるとか、あるいは努力が足らぬと、そういうことは一言も言っておりませんで、いろいろと御尽力していただいておることに対しては、厚くお礼は申しておるつもりでございます。しかし、先ほどもおっしゃったように、教育行政の責任者としての文部省として、さらに追加してこういうことをお願いしたいと、こう申しておる。それは私はやっぱり役目種言わざるを得ないと思っておることでございます。
 したがって、私は一般の先生方に対する尊敬の念も持っておりますし、それだけに評価もいたしております。しかし、ここで大事なことは、一般の先生で、その一人一人の先生はというと私は非常に立派な先生だと思うのでございますが、何かの一つの集団行動をやるとなったら、時々常軌を逸するようなことが起こってくる。この時々常軌を逸するようなことが、社会的に見て、せっかくの先生の努力というものに対して非常な非難になってくる。でございますから、そういうとっぴなような集団的な行動だけは慎んでいただくようにしてもらいたい。
 我々文部省が教師と一体とならなければ教育の実効が上がらないということはもう十分承知いたしておりますし、でございますから、古い話でございますが、人確法もやり、そしてまた、国会の決議もございました四十人学級も、こんな財政の苦しい中において、何はともあれ文部省の最優先政策として取り上げてきておるということでございまして、決してそんな敵対関係で、教師対文部省と、そんなことを考えておるものではございません。私も機会があれば先生を具体的に激励することもいたしたいと思っております。
○山本正和君 大体お気持ちを私なりに理解したわけでございます。
 そこで、二十二日付の新聞で、文部省に教育改革実施本部を設置して、これが発足したと、こういう記事が載っておりました。私、どうも教育改革というのは、この言葉は英語で言いますとエデュケーションリホームと、こう言うんでしょうか。英語で言うリホームという言葉の意味はもうちょっと違ったニュアンスを感ずるんですけれども。教育改革ということが盛んに言われます。しかし実は、我が国の今の教育の状況の中で、大変、本当に諸外国に誇っていいような部分もたくさんあるわけであります。いわゆる問題の部分を手直しをして、そしてもっとよりよくしていこうと、こういう意味の改革なのか。現在あるものを半ばもう否定的にとらまえてしまって、今の我が国の教育の状況は大変もう危機なんだと、アメリカが何かネーション・アット・リスク、要するに危機に立つ国家というふうな言い方で教育問題を論じて大変なことがあったわけでありますけれども。その教育改革という思想ですね、これは一体どういうふうな立場でお考えになっているのか。要するに、教育改革というのがいわゆるリホームという英語で表現されるような言葉でいくのか、それとも、行政改革という言葉はちょっとおかしいんですけれども、要するにあらゆる機構とか制度とかいうものを抜本的に、これをもうすべて白紙の立場で見直していくと、全面見直しという意味での改革なのか、その辺の、教育改革本部の発足に当たりましての大臣の御見解をまず承りたいと思います。
○国務大臣(塩川正十郎君) 余り難しいことは私は考えておりませんが、教育は、時代の進展に伴いまして絶えず改善していかなきゃならぬということは事実でございます。でございますから、教育改善というものはこれ永遠の課題であって、当然取り組まなきゃならぬ問題ではございますが、同じ改善であっても、そこに一つの区切りをつけて見直してやっていこうという場合に、その印象を強くする、改善の印象とそれから動機を強くするために改革という言葉が言われておるんだろうと思っておりまして、教育改革、その改革は革命的な改革という意味じゃ決してないと私は思っております。がしかし、普通の営々として努力しておる日常の改善、それに一つの弾みをつけ、そして、何といいましょうか、集中的に一つの改善をまとめていこうという意味において、強いニュアンスをもって表現する場合に改革という言葉が使われておるんだろうと思うのでございます。
 過去、明治、大正、昭和とずっと何遍も教育改革を実施しております。その中に出ておりますのも、その改革案が出ましたときには、やっぱりその次の年にいろんな法律案が出されてきておる。こういうことを見まして、改善の延長ではございましょうけれども、一つの、何といいましょうか、きっかけをつくっておると、こういう意味に私は解釈をしておるのです。
○山本正和君 その中に私も、いろいろ問題点といいましょうか、私なりにはこれちょっと問題だと思うところも幾つかはありますが、例えば生涯学習というふうな大変すぐれた思想が中に盛り込まれているということも聞いております。それから特に大臣の談話の中で、私はこれは本当にぜひそのとおりでやっていただきたいと、こういうふうに思った部分があるわけであります。それは何かといいますと、教育の責任者は文部省なんだと。要するに、国の中で、国の行政機関の中で、何はおいても教育に対して責任を持つのは文部省なんだと、こういうことについてかなり強い決意をもって談話としてあらわれております。
 私は、もう解散になりましたから今さら別に臨教審の問題を云々申しませんけれども、確かに内閣に直属させていろいろやった方がいいというふうに思われたかもしれぬのですけれども、実際は、教育というのはなかなかちょっとやそっとのことで、今の表面の現象をあけつらうことによってよくなるものではない。本当に教育行政に真剣に携わっている立場から深い検討をしていくものであって初めて教育の問題についての議論はできるだろうと私は思うんです。もちろん意見は聞かなきゃいけません。ですから、そのために中教審もあり、あるいは各教育団体もあるわけでありますから、そういうことについて意見は聞くだろう。しかし、当事者はあくまで文部省でなきゃならない。それが、臨教審を三年間おやりになったわけですけれども、これはそれでそれなりのいろんな意味はあったかと思いますけれども、私はやっぱりそういう形態じゃなしに、今後は文部省が責任を持ってこの問題に取り組んでいくんだと、こういう決意としてこれは新聞を読ましていただいたんですが、それでよろしゅうございますか。
○国務大臣(塩川正十郎君) まさにそのとおりでございます。
○山本正和君 どうもありがとうございました。ひとつぜひその形で今後もお取り組みをいただきたいと思います。
 そこで少し話題を変えるわけでありますが、実は私、参議院の国民生活に関する調査会の委員をいたしております。そんなことで、国民生活調査会で各省庁に対するさまざまな提言をいたしました。これは与野党一致して、全会一致の形でもって各省庁へ提言をしたわけであります。
 その中で、要するに我が国の内需拡大ということも絡みまして提起している中に、今の公立学校の校舎をよりよく充実させていこう、こういう立場も含めまして、老朽危険校舎に対する早急なるこれの改善ということを要望をいたしております。これについて現在、今までどういうところに問題があるのか、さらにはまた、六十三年度予算においてこの問題をどういうふうに扱われておるのか、ちょっとお伺いしたいと思います。
○政府委員(加戸守行君) 老朽校舎の改築につきましては、鋭意従来から努力をいたしているところでございまして、例年、市町村の事業計画を事前に聴取いたしまして、その必要事業量に見合う予算の計上を図りまして対応してまいっておる段階でございます。
 御承知のように危険校舎の改築につきましては、従来から、その耐力度点数四千五百点でございましたものを五十二年度の補正予算からこれを千点引き上げまして五千五百点ということで危険改築の促進を図って今日まで参っているところでございますし、そのほか、建築後二十四年以上経過いたしまして教育を行うのに著しく不適当な建物につきましては、これを不適格建物という認定をいたしまして、これに対する補助を行ってまいったわけでございます。そのような形で従来からの老朽校舎あるいは危険校舎の改築ということを促進してまいったわけでございまして、その結果としまして、現在のところ、本年五月現在でございますが、小中学校校舎の危険改築という形での要改築面積が二百九十二万八千平米にまで下がってまいっておりまして、全体の校舎保有面積の中ではわずか二・三%を占める状況ということでございます。
 もちろんこの危険校舎あるいは補助対象となりますものは、年々老朽化してまいりますから毎年新しいものがふえてまいりますけれども、漸次それを解消させるということで今後とも努力してまいりたいということでございます。
○山本正和君 実は、従来ペースでの状況につきましては今お話しもございましたし、私なりにも承知をしているわけでありますが、ここで緊急対策としてこれを繰り上げていくというふうなことについてのお考えはないのか。
 また、問題点といたしまして、各市町村の財政力がいろいろと問題点となってまいります。となると、当然自治省と連携しながら地方財政に対する手当て等も必要となってこようかと思うんですけれども、その辺も含めまして御見解を伺いたいと思います。
○政府委員(加戸守行君) 御承知のように、本年は特別に内需拡大という観点から大幅な補正予算が計上されたわけでございますけれども、塩川大臣先頭に立たれました御努力によりまして、文部省関係につきましても、公立文教施設三百六十三億円の大型の補正予算を計上することができたわけでございます。これに伴いまして、従来から進めておりました改築及び六十三年度以降に予定しておりましたものの前倒しもしていただきまして、危険校舎の改築促進を図るということで、相当な成果を今上げつつあるところでございます。
 それから、市町村財政への対応でございますが、今回の大型補正につきましても、従来からの補助と同様に起債の対象とするということで、自治省の方の御協力も得まして、平年度ベースと同様な形で前倒し分についても対応できるという状況になっているわけでございます。
○山本正和君 ひとつぜひ一層のお取り組みをお願いしたいと思います。
 それから、実は高等学校につきましては、これは省令がと思うのでありますが、高等学校設置基準というのがございまして、例えば一つの高等学校に必要な運動場の面積とか、さまざまなものが決められております。ところが、小中学校についてはいわゆる設置基準というものがないわけでございますが、この辺の理由はどういうふうになっているのか、ちょっとお教えいただきたいと思います。
○政府委員(加戸守行君) 小中学校につきましては、いわゆる義務教育としての視点において行われるわけでございまして、その基準に合致するかしないかということによりまして学校を認可するしないということになりますと、児童生徒を全部収容するという視点からいたしますれば、その基準に達しないがために学校が開設できない、よって義務教育を実施できないというようなことも考え得るわけでございまして、そういう意味で、義務教育の諸学校につきまして、いわゆる建築の基準といいますか、それを認可の基準とするような形によることは適当でないという視点から、特段の基準が設けられていなかったものと理解いたしております。
 しかしながら、一方、全国的に一応同一の水準以上の義務教育ということを確保するという観点からいたしますれば、学校の校地校舎につきましても、どの程度のものであればよろしいのかということは当然あってしかるべきでございまして、そういう意味で、市町村が学校建築をいたします場合の基準といたしましては、現在、義務教育諸学校施設費国庫負担法という法律がございまして、市町村が学校建築をいたします場合の国の補助、負担を行うことになっております。その中におきまして、その負担法に基づきます政令等におきまして一定の基準を設けまして、学校教育に最小限必要な施設についての補助基準というものを、これは補助の視点から、あるいは国庫負担の視点から定めているわけでございます。
 具体的には学校種別あるいは学級数等に応じましてそれぞれの基準があるわけでございますが、例えば校舎につきましては、普通教室あるいは特別教室等の教室関係の面積が一つ、それから職員室、保健室等の管理関係の面積、さらに廊下あるいは階段といったその他の面積と、これ三つに分けまして、それぞれの基準平米数を学校種別あるいは学級数等に応じました数値を設けまして、それに対します国庫負担を行うというような体制にしているわけでございます。
 また、こういった基準面積につきましては、それぞれ年度によりまして逐次改善が行われているわけでございますけれども、今後ともその充実を期してまいりたいと考えているわけでございます。
○山本正和君 一定の水準と申しましょうか、小中学校、特に義務学校について、教育の機会均等という立場から、しかるべき標準といいましょうか基準といいましょうか、これが必要かと思うのでありますが、ただ、非常にこれは難しい要素があろうかとも思うわけであります。特に小学校中学校の場合は、その土地土地に根づいたさまざまな条件がございます。そしてまた、例えばもしすべての小中学校が、全国どこへ行っても同じような校舎が建っていて同じような運動場があってとなりますと、いよいよ教育の画一化を象徴するような格好になっていくというような心配をいたします。そういう意味で、今時に小学校あたりでオープニングスペースを持った学校、あるいは本当に木の肌を感ずるような形での教室づくり、いろんなことが今言われているわけであります。また、海岸という条件の中で学んでいく子供、山の中で学ぶ子供、大都市の子供、さまざまでございまして、そういう場合に、文部省としてはそういう小中学校のあり方についてどのような構想をお持ちなのか。また現実に、大変子供たちにとっても教職員にとっても、こんなすばらしい環境の中で勉強できていいなというふうなところもあるやに聞いているわけであります。そういうふうな問題につきまして、ひとつ局長の御見解をちょっとお聞かせいただきたいというふうに思います。
○政府委員(加戸守行君) 先ほど申し上げました国庫負担の対象となる基準面積と申しますのは、それぞれの校種別あるいは学級数等に応じまして何百何十平米あるいは何千何百平米というような数値は決まるわけでございまして、その中におきましてどのような形で学校をつくっていくかというのは、それぞれ市町村が弾力的に対応される事柄ではございます。もちろん、最低必要な教育を確保するわけでございますから、それほど大きく変わったものをつくることは困難でございますけれども、最近、いろんな環境の変化あるいは情勢の変化等に対応しまして新しい教育が要請される、あるいは先般の臨教審答申にも述べられておりますけれども、教育環境の人間化というようなこと、そういった、学校自体が潤いがある、温かみのあるような施設にしてほしいという各界の要望等もございまして、文部省といたしましても、例えば昭和五十九年度からは小中学校に多目的スペースを設けるという場合の対応といたしまして、小中学校校舎の必要面積のうち、小学校については七・六%、中学校につきましては六%かさ上げといいますか、面積を多目的スペースの補助対象にするというような措置を講じてまいったわけでございます。
 そのほか、例えば屋外教育環境の整備であるとか、あるいはセミナーハウスの施設整備に対します補助等も行いまして、学校がそれぞれ一つの教育の場であると同時に、また、子供たちにとって一つの生活の場でもある。そこで人間性を豊かにはぐくんでいただきたいという思いを込めて各般の施策をとっているわけでございまして、また各市町村に、あるいは教育関係者に対しましても、学校の施設について新しい視点から見直していただく。例えば、現在児童生徒数の減少等によりまして空包教室がだんだん出てまいっている状況でもございます。そういった空き教室をどのような形で利用していただければよろしいのか。いろんな方法で、例えば「学校施設のリニューアル」といったような手引等もつくりまして各市町村に配布し、学校施設の見直し、今後の持っていき方ということについて真剣にお考えいただくように、各般の指導を行っている段階でございます。
○山本正和君 そういたしますと、それぞれの市町村がかなり校舎建築に、その形態、態様等についてはいわゆる自由度の、どうぞ御自由にと言ったらおかしいんですけれども、それぞれの市町村が創意を凝らしてさまざまな形態のものをつくるということについては、これは文部省としては差し支えないといいますか、あるいは奨励するといいますか、そういう立場に立っているということでございますか。
○政府委員(加戸守行君) もちろん学校教育を実施する場でございますので、いわゆる普通教室とか特別教室あるいは必要な諸設備といいますものは、学校として、小中学校教育を成り立たせるための最低の要件がございます。それを充足した上でどのような形でそれを子供たちに、あるいは教育環境としてつくり上げていくかというのは、市町村の知恵でもあり工夫でもあろうと思うわけでございます。
 そういう意味で、先ほど申し上げたような多目的スペースあるいはオープンスクール、いろんな方式を各市町村でとり始めてまいっておりますけれども、そういう方向性を奨励する視点から、先ほど申し上げた多目的スペースの必要面積の引き上げであるとか、あるいは屋外教育環境施設につきましても補助をするとか、そういった奨励的な意味合いで補助のかさ上げといいますか、通常の校舎の基準面積に必要な部分を継ぎ足すといいますか、そういった付加的なものに対する補助の制度を設けてきているというゆえんでもございますし、そういった市町村の努力を今後とも期待したい。そういう意味では奨励を申し上げていると言って差し支えないと思います。
○山本正和君 そこで、どの法律だったか、ちょっと私も記憶がないんですが、学校に社会教育に使える施設を設けてもいいんだったか、設けるべきだったか、ちょっと記憶がないんですが、学校にその地区の社会教育に役立つようなものを施設として置く、こういうことがたしか法律に、政令か省令か記憶ないんですけれども、そんなことがありまして、そういうことをあらかじめ考えて学校を建てていくというふうなことも市町村等では考えているというふうに時々聞くんですけれども、その辺の問題はいかがでございますか。
○政府委員(加戸守行君) 学校教育法の中には、学校施設は学校教育に支障のない限り社会教育その他の目的に利用させることができるというふうな規定はございます。
 そこで、現在、学校の施設につきましてはいわゆる学校開放ということが叫ばれておりまして、それはコミュニティーにおきます学校の施設、一つの学校教育のみならず地域住民のためにもそれを利用させるというようなことから、従来学校開放事業という形で、例えば体育館であるとか運動場等の開放も行ってまいりましたし、それからいわゆる図書室あるいは音楽室あるいは特別教室等を住民にも開放できるようにということで、六十二年度予算にもそういった必要経費を計上いたしまして、この学校施設の一般住民への開放ということ、もちろん社会教育も含めまして、そういった施設利用のための例えば更衣室であるとかミーティング室であるとか、そういうような施設を付加的に学校施設の中に設けることについての補助も行っているわけでございます。
○山本正和君 ひとつぜひそういう立場でお取り組みいただきたいと思うのであります。
 あわせまして、生涯学習という観点でいきますと、いよいよそういう意味での学校の役割が大きくなってこようかと思います。ただ、その場合大変問題が起こってまいりますのは、人の問題が出てまいります。社会教育に携わる要員の確保というのが果たして各市町村で可能なのかどうか。また、社会教育に対して本当に専門家としてそれを推進し得る者が今おるのかおらぬのか等の問題も出てまいろうかと思うのであります。そういう意味から、今後の問題かと思うのでありますけれども、あわせてひとつ御検討いただきますように、これも要望しておきたいと思います。
 それから次に、実は小学校というよりもむしろ中学校、高等学校の方の問題かと思うのでありますが、公立の中学校と同一規模の国立の中学校と比較いたしますと、大変格差があるように思うわけです。例えば、私の三重県で言いますと、三重県の津に三重大学附属中学校があります。その附属中学校で置かれている教職員の数、あるいは用務員、養護教諭、事務職員等そういう数と、大体同規模の公立学校で、同学級規模の同じ津市内の中学校を比較しますと、かなり格差があるように思うわけでございますけれども、その辺についてはどういうふうに把握しておみえになるか、お聞かせいただきたいと思います。
○政府委員(加戸守行君) 国立の附属小中学校にりきましては、先ほど申し上げましたようないわゆる公立学校に対します一定め基準というものが定められているわけではございません。しかしながら、内容的にはほぼ同様の内容の教育が行れるわけでございますけれども、それ以外に、通常、附属小中学校の場合でございますと、当該設置されます大学の教育実習生にとりましての実践教育の場でございまして、相当数の教育実習生を収容する、そのためのいろんな手間暇等もございます。あるいはゼミナール室、控室、更衣室等々が必要にもなるというような点でございまして、施設面におきましても、そういった点では通常の公立小中学校よりもややゆとりのある施設、あるいは人員的にもそういった配慮というのがなされていると承知をいたしております。
○山本正和君 これはどうも余りいい話じゃないんですけれども、国立学校の附属の小中学校に、エリート志向といいましょうか、何とか入りたいというふうなことで子供をその小中学校にやるのを希望する親が大変多い。そんなことから、例えば抽せんでもって入学者を決めるというふうな問題等も出ています。
 これは私、それまでと違いまして、大変感心したことがあったのでありますけれども、三重県の方に東京から部長等で着任される方があります。そうすると、従来、昭和三十年代ぐらいまでは、国立の学校へ自分の子供さんを入れるという例が多かったんです。ところが、あるときから、いや、おれはこの町に住むんだからこの町の公立学校に子供を入れますよと言って、それから東京から出向でお見えになった方がすべて公立学校へ入れられた。そこで初めて、国立と公立とがこんなに設備が違うのかと、逆にそういう問題から明らかになってきたというふうな事柄があります。
 私は、国立の附属学校が施設が悪くていいということを言うのじゃありませんけれども、公立学校の施設が、同じ規模でこれだけ大きな格差があるというふうなことになりますと、これはいろんな意味で学校の見直し、例えば定数にしてもあるいは公立学校の児童一人当たりの経費にいたしましても、そういうものをもっときちんと見直して、そして国立学校で置かれているのはやっぱり教育上これだけは必要だという観点でそれだけの人数が必要になる、あるいはそれだけの設備が必要になるということでやるわけですから、公立学校の方も、当然国立と同じ観点で子供たちにとって必要なものがあるわけでありますから、そういう意味で、小中学校については最低何が必要なのか、そういうふうなことについて見直しをおやりになる等の計画はございませんか。
○政府委員(加戸守行君) 先ほど申し上げましたように、国立の附属学校というのが教育実習の場でございまして、主体的に教育面におきましても公立より大きく負担のかかる面でございます。しかしながら、具体的に諸条件の比較をいたしてみますと、例えば敷地の場合でございますが、大学の敷地内にございますとちょっと小中学校の敷地面積というのは算出が困難でございますけれども、大学とは独立した敷地を持っております附属小中学校の十九校で計算いたしますと、国立学校の場合、児童生徒一人当たりの校地面積が三十九平米でございます。それに対しまして公立学校の全国平均の児童生徒一人当たりの平米数が三十七平米でございまして、約二平米の差ということで心持ち国の方が広いかなという感じでございます。
 一方、校舎面積にいたしますと、児童生徒一人当たりの平均保有校舎面積でございますが、全国平均いたしますと国立学校が一人当たり七・九平米、公立学校が一人当たり七・六平米、これもほんの気持ちだけということでございまして、そんなに大きな格差があるわけではないというように施設設備面では考えているわけでございます。
 それから、児童生徒数の比較でございますが、国立学校の場合は一学級当たりの生徒数の平均が三十七・○人でございますが、公立小中学枝の場合が平均三十六・三人。いずれにいたしましてもその辺はほとんど大差がない状況でございます。
 しかしながら、先生おっしゃいますように、全般的には、公立と相対的に比較すれば、国立の方がやや気持ち条件的にはいいだろうということは言えるわけでございます。しかしその面は、先ほど申し上げた、ちょっと公立とは異なった特殊な条件を持ち、また使命を持っているという性格もあるわけでございます。そういった点で、私どもとしましては、国立がどうであるかということもさることながら、公立学校につきましての諸条件整備というのは、例えば人的にも物的にも今後だんだん底を上げていって、全国的にレベルアップをするための努力をすべき事柄だと理解をいたしております。
○山本正和君 ぜひともひとつ、義務教育でございますから、機会均等という観点からも、公立、国立あるいは私立にかかわらず、子供たちに等しい条件が与えられるような今後の施策をお願いしておきたいと思います。
 それから、実は何を言いましても学校にはやっぱり金がかかるわけでありますが、公立文教施設の予算というのは、最近、この二十年間ぐらいの傾向の中で、文部省予算の中で、一体これはどれぐらいふえてきているのか。そしてまた、国の財政全体の中で見た場合、国の財政がどんどん大きくなっているわけですけれども、その大きくなっているのと並行して文教施設の予算も一体同じようにふえているのか。それとも比率が悪くなっているのか。その辺について少し、二十年ぐらい前も含めてお知らせ願いたいと思います。
○政府委員(加戸守行君) 公立文教施設の整備につきましては、これは財政附に豊かであるから貧しいからということで左右されるべき筋合いのものではございませんで、御承知のように、量的な拡充という時代、つまり児童生徒の急増に伴いまして必要な施設整備を行わなければならないというような状況が続きます段階ではそれに応じた伸びを示しておりますし、また、五十七年度をピークといたしまして児童生徒数が減少に向かいました。その児童生徒の減少に伴いまして必要とされる面積数も減ってきたということで、各年度ごとに市町村の要望を承りまして、それに見合った予算の計上を行ってきているということでございます。そういう意味では数字の相当大幅な変化がございます。
 二十年スパンということでございますので、例えば昭和四十年度の予算でございますと、予算金額が二百五億円でございます。それからその五年後でございますが、四十五年度でございますと、倍増いたしまして四百十五億、そして五十年度はそれよりさらに四倍強でございますが、千八百三十億、そして五十五年度はさらにそれの三倍に近い五千三十九億という、これは幾何級数的にふえていった時代でございます。先ほど申し上げましたように五十七年度をピークとして児童生徒は減少に向かいましたために、それから五年後の六十年度は三千百七億円、そして六十二年度は二千六百十億円という形で減少方向に向かっておりまして、ここ数年の傾向を見ますと、大体約一割前後の予算額の減少を来しておるわけでございます。これは先ほど申しましたように、やはり建物整備の必要性というか改築の必要性、あるいは新増築の必要性というのが大幅に減少してきたという状況があるわけでございまして、その起因するところはおおむね児童生徒数の減少に伴うものと理解いたしておるわけでございます。
○山本正和君 戦後四十年の間に特に市町村財政を圧迫した、そしてそれをいつまでも引きずったのが新制中学校の発足に伴う校舎建築だった。したがって、その当時とにかく雨漏りだけしなければというふうなことも含めた急造学校が随分多かったわけであります。それがどうやら、今局長からお話しのございましたように、かなり高度経済成長期の中で、また改めて新しい形態の学校等も議論されるようになってきたという状況でありますけれども、実は、小中学校の今置かれている状況をずっと見ていきますと、大変な格差がある。そして、本当にこれはすばらしい環境だなというところで学ぶ子供もおれば、こんなところで勉強できるのかというふうなところの者もおる。そういう意味を含めまして、ぜひとも将来展望に立って公立文教施設の予算につきましては格段のひとつお取り組みをいただきたい。
 そして私は、教育にお金をほうり込むということをやっぱり政治は惜しむべきでない、行政は惜しむべきでないという観点での今後の文部省のお取り組みをぜひともいただきたい。そして、少しでも時代の進展に合った環境の中で子供たちが勉強できるようなものを常に文部省は求めていかれる、あるいは国内でも随分進んだ施設を持っている学校もありますし、そういうものをどんどん市町村に紹介もしていただいて、そして地域の親たちも含めて自分たちの子供の学校をよりよくしていこうじゃないかというふうな取り組みをしていけるような、そういう問題提起等も文部省の方からぜひおやりいただきたい。これは要望をいたしておきたいと思います。
 次に、国会議員の海外族行といいますとよく新聞紙上で皮肉られるんですけれども、私も実はこの六月の末から七月の初めにかけまして、長田裕二調査会長とそれから坂野重信筆頭理事と三人で、国民生活の調査ということでずっと回ってまいりました。その中で、ボンに参りまして、午前中しっかり小学校の授業参観を三人でしたわけです。もちろん私はドイツ語わかりませんけれども、そこでいろいろ授業をしておられる状況を、子供たちが休憩時間に運動場へ出て遊ぶ姿をずっと見ておった。それで、これは長田先生も坂野先生もひとしく言われたのは、こういう状況で教育ができたらいいなとこういうことを言われるわけです。それは、小学校の置かれている環境は、町中ではあるけれども、大変緑を大事にした環境である、こういうふうなこともいろいろありますけれども、と同時に、先生一人で子供二十人なんですよ。ボンという町です。これは首都ですから、それは人口の絶対数は少ないかもしれませんけれども、かなり町中です。そこで小学校の子供二十人を教えるのに先生が一人です。そして、校長が時々その指導もするわけですね。これは単にドイツだけじゃない、ヨーロッパの先進国と言われるところではほとんど、一学級当たりの児童数を減らしていって、そしてそれぞれ個性に合った教育をやろうとしている。その取り組みをほとんどの国が今やっているわけであります。長田先生、坂野先生は、文教のことは僕らは素人だけれどもと言っておられたけれども、これはすばらしいなと、こう言われるんです。
 政治家であろうと経営者であろうとあるいは労働者であろうと、すべて人の子の親であります。人の子の親であれば、子供が本当にわかりやすい勉強をしていく姿を、大変こう期待するわけです。そういう意味で言いまして、文部省がもう随分昔から手がけられた一学級最大四十人学級、こういうことでお取り組みいただいたのが若干中断をいたしました。これについて、将来構想も含めまして現在どういう状況になっているのか、そしてまた、この四十人学級ということについてさらにもっとよりよい状況についての見直し等はお考えになっているのかどうか、その辺を承りたいと思います。
○政府委員(加戸守行君) 教育条件といたしましては、学校環境の整備であるとか教職員の給与の優遇であるとか、あるいは今も先生おっしゃいましたような一学級当たりの編制基準、そういった諸般の要素が多々あるわけでございますけれども、その中におきましても、先ほど大臣申し上げましたように、四十人学級の推進ということに力を尽くしておるわけでございます。時代的に申し上げれば、明治十九年でございますか、小学校令ができた時代には八十人という基準からスタートして、長い年月をかけながら減ってきているわけでございますけれども、欧米先進諸国との対比は、おっしゃられますればまさにそのとおりでございまして、そういう意味におきまして、先生御承知のように、昭和五十五年から昭和六十六年にかけます十二カ年計画におきまして、全国の小中学校すべてに四十人学級を実施したいという形で鋭意今努力をしているわけでございます。途中五十七年から五十九年にかけます臨調答申に基づく実質上の凍結措置等もございましたが、現在児童生徒の減少期に向かっておりますので、それに伴います教職員の自然減を利用して四十人学級を着実に推進したいということで、昭和六十二年度、今年度におきましては、小学校は児童減少市町村以外の市町村におきます第二学年まで、中学校につきましては児童減少市町村の第二学年までということで、若干の例外はございますが、四十人学級を進めているわけでございます。六十三年度も円滑にこの四十人学級の実施を続けるべく、今予算要求の取りまとめをしている段階でもございます。今後予想されます、今申し上げた教職員の自然減の中におきまして、この四十人学級を着実に六十六年度完成目標へ向かって達成すべく努力をしているわけで、最大限の努力を尽くしたいと考えいる状況でございます。
 なお、その後の問題におきましては、臨教審答申等でもその後におきます各般の状況等を踏まえて新たな検討ということの課題が残されているわけでございまして、六十七年度以降の問題につきましては、その時点におきます諸般の動向等を踏まえましての対応をいずれしなければならないと考えております。
○山本正和君 なるべくそのテンポを、もう少し引き上げていただけないかと思います。正直に言いまして、四十人学級を六十六年あるいは六十五年になんという感じで見ていくということと、我が国でこれぐらい熱心に教育論議が行われているということとの間に私は矛盾を感ずるわけです。ですから、何とかその辺の問題、これだけ教育論議を一生懸命やっている、特に与党といわず野党といわず教育論議を一生懸命やっているわけです。また、政府としては教育問題を、真っ先にこれを立てて頑張ろうということを言っておられるわけですから、というならば、この問題をあわせて、やっぱり教育改革論議の中ではきちっとしていくべきだろうというふうに思いますし、四十人学級でいいということにならないわけでありますから、特に私は、私自身もかつて高等学校で化学の授業をして五十五人の子供を教えたんです。そういう経験があります。五十五人の子供を教えるのと、例えば水産学校で十四名の生徒の講座を持つのと、大変な違いですね。これは高等学校でそうですけれども、小学校、中学校の場合に、今は子供の一人一人が育っているその家庭環境、それに合わせて子供をしっかり見据えて、そしてその子供の特性を生かそうとすれば、四十人なんというのは本当にもうとんでもない話だというふうに私は思うのです。そういうことも含めて、ひとつ文部省に設置されました改革実施本部の中での課題としてこれはぜひ取り上げていただきたいというふうに思います。
 それから、あわせまして、実は一昨日の日曜日に、私のところに、中学校の生活指導を一生懸命やっている教師がやってまいりまして、いろんな話をしておりました。その中で、こういうことを言うわけです。百分たちが授業を持って生活指導をする。これは、学校に適応できないぐらいもう本当に子供がすさんでしまって、もちろん授業には出てこない。出てこないならいいんですけれども、いろんな意味でほかの子供たちに対するさまざまなアクションがある。その子供にかかわると授業ができなくなる。しかし、それでも生活指導を担当している中学校の教師であれば、自分の担任以外の子供であってもそれの面倒を見なきゃいけない。一生懸命面倒を見るわけですね。その面倒を見る場所がない、学校の中で。変なところへ連れていくわけにいきませんし、図書室へ行くわけにいかないしと、そういうふうな話をずっとしておりました。
 そこで、そういう中学校で授業にも出ないような子供たちはどこへ行っているのか。学校の中にはおるんです。学校の外へ出ていくとなりますとこれは大変な問題が出てまいりますけれども、また違った事態になりますけれども。どこへ行っているかというと、養護教諭の衛生室へ行っている。養護教諭の先生と一生懸命いろんな話をしている。養護教諭の先生というのは授業を教えませんから、子供にとっては苦痛じゃないんですね。おまえ勉強できぬぞというふうな目で見られないで済むわけです。そしてまた、事務室の事務の先生のところへ行っていろいろ話をしている。要するにそういうふうな状況の中で生徒指導をやっている者が言うのは、こういうことを言うのです。何とか生徒指導をやれるカウンセラー、責任者、それが各学校に配置できないものだろうか。そして、そのいろんな問題が起こる、問題行動をする生徒に対して、自分の経験なり、あるいは十分な指導なりができる、そういう人を中学校に何人か配置するというようなことができないんだろうかということを言っているわけです。そうしなければどうなるかといいますと、もう学校の外へ放り出さざるを得ない。最後は、三重県でいえば園児学園ですけれども、園児学園等でお世話になるということになっておるわけです。ですから、何とか学校の中で中学校の子供をちゃんと卒業させようと思ったら、もっとそういうふうなことが今必要な時代に来てしまっている。それがアメリカの生活指導、これはガイダンスの担当の状況をこうやって調べてみると、アメリカでは学校の教師が家まで行って生徒の生活指導なんかやらないんですよね。知らぬ顔ですよ。それで呼びつけるんですよ、親と子供を学校に。そのカウンセラーが。あなたたちはこうしなさい、ああしなさいということを言うんです。日本みたいに夜の夜中まで家庭訪問をして、本当に自分の生活を犠牲にしてやっていくというふうな生活指導はやっていないんです。
 ですから、そういう状況を含めまして、こういう中学校の生徒指導あるいは小学枝の高学年の生活指導等の問題について、これは教育改革の一番根っこにある問題ですから、お取り組みをいただきたいと思いますが、この辺の問題はいかがでございますか。
○政府委員(加戸守行君) 最近の生徒指導は非常に難しい状況にあるということは十分承知をいたしておるわけでございます。例えば六十二年度の措置といたしましては、いじめあるいは非行等の対策という視点から、その生徒指導担当の特別の教員三百名を定数加配いたしまして措置をして、各学校の、特に困難校におきます生活指導の対策の充実に資したわけでもございます。
 もちろんこの問題は、先生おっしゃいましたように、例えば現在養護教諭におきましても、単なる保健ということではなくて、児童の心身の相談にもあずかるといったような努力をまたお願いしておるわけでございまして、それから例えば中学校におきます、今先生おっしゃいました部屋がないということでございますが、中学校ではカウンセリングルームとかあるいは教育相談室といったようなものを設けていただくように、これも一応国庫負担の対象基準には入っておりますけれども、そういったものの物的な整備も必要でございましょう。と同時に、今おっしゃいました専門的なカウンセラーの活用ということが何とかできないかという視点もございまして、現在、免許法上の免許がなければ教員あるいは講師になれないというような状況でございますけれども、現在、教育職員養成審議会で御審議を願っております中では、社会人の活用という観点から、例えばカウンセリング可能な方を免許状がなくても非常勤講師として登用できるというような道を開くべく御検討いただいている状況でもございます。
 そういう意味では、各般の人的、物的条件をそろえながら、今一番深刻な問題とされております生徒指導の問題、特にカウンセリングの問題に取り組んでまいりたいと考えておるわけでございます。
○山本正和君 カウンセラーの問題を今お取り組みいただいているということでございますが、ひとつ現場で生徒指導を一生懸命にやっている教職員の意向調査等もしていただきまして、どういうものを現場は要望しているかということについての調査をぜひしていただきたい。
 私は三重県で、これは三重県の教育委員会がおやりになっているんですけれども、夏季休業中に、とにかくお盆の間ぐらいはちょっと楽になりますから、お盆の間に県の教育長あるいは指導課長等が、県下で中学校で生徒指導を一生懸命やっている人たちを全部集めて一日勉強会をして、経験交流をして、その後御苦労さんというので一緒に御飯を食べながら、ビールも飲みながら話し合いをしているんですね。教育長や指導課長、もちろんそこへ地教委もあるいは校長も組合の幹部も皆入りますけれども、生徒指導をやっている人本当に御苦労さんというような形で取り組みをしております。その中で出てくるいろんな意見を聞きますと、本当にこれを何とか行政の場で取り上げて解決できないかというような問題がたくさん出てくるわけでありますので、ぜひともひとつそういう観点から、生徒指導に携わっている教職員のカウンセラー、その他こういう問題についての要望をぜひ聞いていただきたい、これをお願いをしておきたいと思います。
 時間がたってしまいましたので、あと特別措置法等の問題をちょっとお聞きしておきたいんですが、よろしいですか。――それじゃもう少し続けます。
 実は、文部省の役割ということを定めた文部省設置法というのがございます。この文部省設置法の中にいろんなすばらしいことがたくさん書いてあるわけでありますが、私、そういう中で一つ思いましたのは、教職員の給与についてもこれを調査する、あるいはこれの対応をするというふうなことも中に入っているんですね、文部省設置法に。ところが現実問題は人事院が勧告をしてそれでちょんと。ですから文部省としてはそういう給与問題については一体自治省やあるいは人事院等とどのような形で協議をおやりに、なっているのか。あるいは人事院勧告等に対して文部省の果たされている役割、恐らく何かかなり相当重い仕事をおやりになっているとは思うんですけれども、その辺のことが余り見えてまいりませんので、お知らせをいただきたいと思うんです。
○政府委員(加戸守行君) 教職員の給与改善につきましては、昭和四十八年度から、人材確保法によります数次の給与優遇措置が行われたわけでございますけれども、それが終わりました後におきましても、例年文部省から人事院に対しまして大臣名できめ細かく多岐にわたります給与改善要望を例年行っているわけでございます、これは文書でございますが、と同時に、もちろん文書の補足説明的な内容を事務レベルで折衝いたしておりますし、細かい問題につきまして似その担当事務者間でのいろんな説明なり要求なり要望なりを毎年申し上げているわけでございます。しかしながら、こういった厳しい財政状況の中で、あるいは人事院勧告のベース自体が非常に低い中でございますので、大幅なベースアップの中でございますと対応できる事柄でありましても、現時点におきましてはなかなかそういうきめ細かいところまでは要望がかなえられないという状況でございますが、事務レベルといたしましても、毎年それは熱心に散り組んでいるわけでございます。
 なお、給与調査の問題でございますが、文部省におきましては、公立の小中学校等の教職員の義務教育費国庫負担を行っておりますので、その関係で、負担金のベースからは各県の給与状況がどのようにあるかということは、負担金ベースとしては調査を行ってそれを把握しているわけでございます。そのことと、また現実にどのようなベースアップの必要性があるかというのはそれぞれ人事院あるいは各都道府県の人事委員会で御調査なさって勧告をなさる事柄でございますが、と同時に、今、先ほど申し上げましたような周辺の問題というと言葉は悪うございますけれども、本俸以外の諸手当その他につきましての要望は毎年鋭意努力をして、要望を続けているわけでございます。
○山本正和君 これは大変批判を呼んだ部分もあったわけでありますけれども、教職員の給与に関する特別措置法が、これは法律として現在あるわけであります。これは、一般公務員に比して優遇すべきである、こういう法の精神、そしてこのことを人事院も十分踏まえて勧告すべきである、こういうことが法律の中にはっきりうたわれている。しかしこのことが、私は必ずしもそれがいいのかどうかというととは別でありますけれども、法律ではそういうふうに言われているにもかかわらず、実はこの特別措置法が出された直後は確かに教職員の給与は相対的に高くなった、しかし今ずっと比較していきますと必ずしもそうなっていない。
 それからもう一つ問題点がありますのは、公務員に対しては六%の超過勤務手当の枠がございます。ところが義務教育の職員、あるいは高等学校職員も含めてですけれども、調整手当と称して四%のこれが保証されている。しかし、これは無定量の超過勤務を持っているわけですね。正直言いまして、学校で働いている教職員に、勤務時間を週四十時間でもってやってしまえと何ぼ言っても、それはできないんですね、現実問題としては。ですから、例えば一週間に本当に六十時間も働いている教職員もおるんです。しかし、それは自分自身の生活の一部という、生活そのものというふうな気持ちで頑張っている、そういう者に対して、これは給与上は保証し得る道位私はないと思うんですね。ないからどうしたらいいのかと言えば、要するに教職員としていろんな意味での自分の使命感なり何なり持たせようとするならば、やっぱりそれだけの高い位置づけというものを、例えばお医者さんは一般公務員よりもうんと高い位置づけをしておるわけですね。これは人間の命を扱うからです。それに伴って医者としては医者なりのプライドを持つ。同じことであるわけでありますからこういう特別措置法があるんですけれども、この問題等は一体議論をされておられるのかいないのか。また、人事院等は一体こういう問題についてどういうふうに、文部省は折衝されるときに議論されるのか、その辺もしございましたらお聞かせ願いたいと思います。
○政府委員(加戸守行君) 四十八年度からの人材確保法に基づきます数次にわたります給与改善におきまして、当時の、四十八年度ベースで換算いたしますと当時の給与約二五%程度上げたということでございます。それは当時のベースでございますからそのまま現在維持されているわけではございません。しかしながら、例えば現在の公立小中学校の先生方の初任給でございます、それを一般公務員の大学卒の場合と比較いたしますと、教員の場合が十三万四千九百円、行政職の場合が十一万五千九百円ということで、一万九千円の差があるわけでございます。もちろんそういったその他の、今先生おっしゃいましたそのほかに教職調整額の問題と超勤との比較の問題、あるいは義務教育特別教員手当の問題とか、いろんな付加的な要因がございまして単純比較は難しゅうございますが、その優遇された状態は今日まで引き続いてきているというわけでございます。
 また、各年度におきます本俸ベースアップにつきましても一般公務員と同様なベースでのアップが教員についても実施されてきているということでございまして、人事院におきましても、それは単純な民間給与との比較におきまして教員が高過ぎるから下げる、公務員を上げるというような、そういう較差といいますか、是正というようなことは対応しておりませんで、一般ベースで従来の高いベースを維持するような努力を人事院としてもしていただいているものと考えております。
○山本正和君 ひとつ今後とも、文部省が一層の教育全般についての責任者という立場から、ぜひ教職員の問題等につきましても努力いただきますよう要望いたしまして私の質問を終わりたいと思います。
○粕谷照美君 最初に、去る七月の二十一日に広島大学で起きました学部長刺殺事件について、予算委員会でも質問があったわけでございますが、それは事件の翌日だったわけでございまして、全然その後の経過を知ることができません。今どのような捜査の状況になっておりますか、現状をお知らせください。
○説明員(広瀬権君) お答え申し上げます。
 お尋ねの件につきましては、本年七月二十二日午前八時四十分ごろ、広島市中区所在の広島大学総合科学部部長室におきまして、同大学総合科学部長の岡本哲彦氏六十一歳が殺害されているのが発見されたという事件でございます。
 この事件につきましては、七月二十二日の午前八時三十五分ごろ、同氏が前夜から帰宅しなかったために家人が大学に通報し、その通報を受けた大学職員が学部長室を訪れまして学部長が死んでおるということを発見して一一九番をし、それが一一〇番に転送されてきたということによりまして警察が認知をしたものでございます。
 現場に臨場いたしましたところ、被害者は学部長室内の入り口付近に倒れておりまして、背中と胸部にそれぞれ二カ所、計四カ所の創傷があり、また死体には砂や水がかけられていたこと、付近に入れ歯や眼鏡が散乱していたことなどから殺人事件と断定いたしたものでございます。
 この事件は、大学の学部長殺害事件であり、しかもその死体が構内の学部長室内で発見されるという極めて異例の事件でございますので、直ちに所轄広島中央署に刑事部長を長といたします百五十名から成る捜査本部を設置いたしまして、犯人の早期検挙を図るため、当面、現場資料の収集と分析検討、被害者の生前の行動の解明、さらには現場周辺における不審者の発見、犯行の動機、背景の解明等々の捜査方針のもとに、現場の検証、関係者に対する事情聴取等所要の捜査を鋭意推進しておるところでございます。
○粕谷照美君 捜査内容を詳しくお話しをいただくということにはならないと思います。思いますけれども、一カ月たって全然その進展がない、こういうことに非常にいら立っているわけですね、大学のキャンパスの中でそのような事件が起きたということについて。
 文部大臣、このことについて大学の方にはどのような御連絡、御指示をなさいましたでしょうか。
○政府委員(阿部充夫君) ただいまの事件でございますけれども、広島大学の方から状況の報告を時折聞いておるわけでございます。
 広島大学側といたしましては、この事件が判明をいたしましたのは七月の二十二日でございますけれども、その翌日の七月二十三日に早速部局長の連絡会議を設けまして、捜査当局に全面的に協力するということの取り決めをいたし、学部長室の隣の会議室を捜査用の事務室として提供して協力すべく努めているという話を聞いておりますので、それに対して、そういう方向でやっていくようにということを、大学側の方針を子として、できるだけ御協力するようにということを大学側に申しているところでございます。
○粕谷照美君 警察庁としては、この捜査が進まない理由というものをどのように考えていらっしゃいますか。
 新聞などを見てみますと、内部犯行説がささやかれているとか、あるいは犯行の可能性を捨て切れない人が六人もいる、一人一人洗っているとか、などということが出てまいりましたね。いろんな話をしようと思ってもやっぱり口をつぐんでしまうのじゃないかと思うわけですね。その辺はどのように考えておりますか。
○説明員(広瀬権君) 御指摘のとおり、捜査にはやや時間がかかっておるところでございますが、捜査が難航しておる理由いかんという御質問でございますけれども、既に申し上げましたように、本件の犯行場所が大学の構内であり、また時間帯が夜間であるということ、さらには大学が既に夏休みに入っておったために現場周辺におきまして不審者あるいは不審車両を見かけたといった情報の提供が少ないということ、それから現場からの物証、砂等いろいろな物証があるわけでございますが、そういう物証が直ちに犯人に直結するといったものでないこと、それから犯行の動機、背景につきましても必ずしも現在まで有効な情報が寄せられていないといったようなことから、やや時間がかかっておるところでございますが、捜査本部自体といたしましては、百五十人の、しかも優秀な捜査員をここに投入いたしておりますので、時間はかかっておりますけれども懸命な捜査をいたしておりますので、御理解を賜りたいと思います。
○粕谷照美君 九月の五日には学部葬が行われるという話であります。一日も早くこの事件が解明されるように、警察庁の努力を心から要望いたしまして私はこの点についての質問を終わります。
 次に、ポスト臨教審の問題について伺います。
 この問題については先ほど山本委員からも質問があったわけでありますけれども、八月の十八日、教育改革推進閣僚会議で中曽根首相が、内閣直属の機関を設置をしたい、こういうことを表明をされたそうであります。また、八月の二十日の臨教審の解散パーティーで同じようなことを総理がごあいさつをなさったと聞きます。それについてまた文部大臣のごあいさつは、全然別の立場に立ったごあいさつだったということが報道をされております。先ほどの山本委員の質問に対しても、ポスト臨教審は文部省が主導でやるんだ、こういうことでございますが、その辺のところをもう少し詳しく、総理の真意をどのように文部大臣は受け取っていらっしゃるかお伺いいたします。
○政府委員(川村恒明君) ただいまお尋ねがございましたように、この臨教審の終了後の進め方の問題、いろいろの御議論があるわけでございます。先日の八月二十日の臨教審の解散パーティーの際に総理が御発言になったこと、私も直接伺っておりますけれども、これから教育改革の重要性にかんがみて、この教育改革を政府全体と申しましょうか、あるいは国民全体の課題として実施に移していきたいというふうなことをおっしゃっているわけでございます。それではその具体の進め方をどうするのかということにつきましては、これはいろいろの議論のあるところでございますし、私どももこれからの教育改革の課題を見据えながら今後の進め方を考えてまい力だいというふうに思っているわけでございます。
 ただ、この教育改革で示されております課題、実際これを具体化する場合の課題の九〇%以上は私ども文部省がこれを担当する仕事ということは、これはどうなっても変わらない問題でございます。私どもは、この私どもに課せられた教育改革をいかに実施をしていくかということが当面緊急の課題ではないかということでございます。
 そういう大臣の御指示もございまして、去る八月十八日に教育改革の実施本部というものを文部省で設けまして、それで臨教審が終了いたしました八月二十一日にその実施本部の第一回の会合を開かせていただいた、こういうことでございます。
○粕谷照美君 大臣に私お伺いをするのは、総理が内閣直属の強力な機関を設けてやりたいと、こうおっしゃっていることを文部大臣としてはどう受けとめているか。審議官のお答えは状況説明としてはわかりましたけれども、私は文部省の責任者としての文部大臣の考え方を伺っているわけであります。
 特に、新聞紙上によりますと、例えば国鉄再建監理委員会を特に例にとって、亀井委員長以下少数の人たちが具体案をかいたから六分割もできた、こういうふうに述べたと言われます。新審議会はそうすると少数の人たちによって行われる、行いたい、こう内閣総理大臣は考えているようであります。そしてまた、同じく新聞報道でありますけれども、予算一つとっても文部省だけでは取れるような改革ではない――文部省もまたなめられたものですね。こういうことを言ったと言われているわけであります。このことを大臣はどう受けとめていらっしゃいますか。
○国務大臣(塩川正十郎君) 言葉から解説されますと、粕谷さんのはちょっと私は誤解があるように思うんです。それは、おっしゃったことはそのとおりおっしゃっているんです、総理は。それは間違いございません。しかし、一つの点で、例えば少数の人が答案を書けばそれの方が強力に実施できる、こういうことでございますが、そういう意味で言っておられるのではないんです。そうではなくて、総理の言っております――私もこの問題では随分総理とは議論いたしました。考え方につきまして若干相違があることは事実でございます。しかし、総理のおっしゃっていることは私は原則論としてよくわかりますし、理解しておるつもりでございます。その総理のおっしゃる中で、少数者でという意味は、要するに絶えずそれに専念をして推していくといいましょうか推進していく人、これが必要だという、そういう意味でございまして、決して少数者の意見によって壟断していこうと、そういう考えを言っておられるのではありません。実行の段階に入ったならば、その答申を得たものを具体化して、具体化するのにはいろんな手続が必要だよと、それにはまだいろんな手続が必要だろうが、それを推進していく推進役というものは少数の方が効力があると、こういう意味でございまして、そこの点はひとつ正確に御理解していただきたいと思うんです。
 それからもう一つ、財政一つとっても文部省ではどうにもならぬじゃないかというお話でございますが、決してそういう意味で言っているのではなくて、総理の言っていますのは、教育のテリトリーと申しましょうか範囲が非常に広がってきた、だからその総合性をとらなければ実効が上がらないではないかと、こういう趣旨でございまして、予算獲得が文部省一点に集中の時代ではなくなってきた、いろんな部門からやはりそれに対する措置が必要だと。例えば、一番いい例で申しますと留学生問題でございまして、この予算は文部省と大蔵省とそれから外務省。文部、外務の間において共管でやっていかなければならぬものがたくさんございます。職業訓練をこれからやろうとしておりますが、そういう職業訓練に重点を置くとするならば、生涯教育の一環としてやるとするならば、またそういう問題が出てまいります。そういう意味を言っておられるということでございます。
 しかし、私はこう思っております。総理が内閣にポスト臨教審を置いて――ポスト臨教審とは言葉はえらい省略ですが、推進しようというお考え、それはやっぱり教育問題が、今日一文部省だけの問題ではなくなってきた。つまり国際的にもあるいはまた社会の制度全般についても、特に産業構造との関係もあるではないか、あるいは労働問題との関係がある、雇用問題との関係がある。そういうものを踏まえて、もう教育は一文部省だけの問題ではなくして、グローバルな政治全体の力でやらなきゃならぬと、こういうことで、私はこの点につきましては非常に頼もしいことであると思ってはおりますが、一面からいいまして、私の主張しておりますのは、しかしこの答申を受けた中身は、先ほど審議官も言いましたように、教育の事九〇%以上のものが文部省に関係があり、というよりも文部省が原点として動かなければならない、そういう問題ではないですか、であるとするならば、まず文部省にその体制をとらしてみて、それで政治的にこれをどう判断するかということはその二の次であっても遅くない。とにかく文部省に改革への推進のスタートを切らして、そのために我々は努力しておるんですから、それを一度検討した上でしていただけぬかと、こういうふうに私は言っておるわけであります。
 したがって、この前も、臨教審が任期終了いたしました八月二十日、その翌日に直ちに文部省の中にこの改革を進める実施本部というものをつくりまして、文部大臣がその長となりこれに取り組むということにいたしたのでございまして、私はこの具体的な改革へのスケジュールというものもこの実施本部で一応試案としてつくってまいりたい。この試案を内閣なりあるいは各政党の方で協議をして進めていこうと、こういうふうな予定をいたしておるものでございまして、確かに総理と私、教育の範囲をどう見るかというここに相違が相当あるということは事実でございますが、しかし気持ちとして、改革に取り組む意欲とそれからその方法につきましては、総理と私の間に何の違いもないということを申し上げておきたいと思います。
○粕谷照美君 誤解があると、こう文部大臣がおっしゃいましたけれども、誤解するのは当たり前なんですよね、短い記事の中で出ている言葉を読んで私どもが判断をして。だから、誤解があってはいけないから今伺っているわけであります。
 まあ大体総理のお考えもわかりますし、確かに、教育が各省庁にかかわっているということ自体は私どもも否定いたしませんけれども、やっぱり教育の専門家である文部省がきちんとやっていくことなしに私は教育改革は進まないと思うわけでありますが、その教育改革実施本部の問題点、実施方針、この要旨というのが出てまいりました。私どもも臨教審の答申、部分的にはいいところがあるなと思っているんです。確かに、留学生問題、これなんかも非常にいいことを言っていらっしゃる。それに対応して文部省もやっているけれども、しかし、まだまだ不十分であるというふうに考えております。この実施方針の要旨の中に、先ほど山本委員も質問されました四十人学級の問題が入っています。これは何も臨教審だけじゃないわけですけれども、この四十人学級につきましては、「教職員定数改善計画を着実に推進する。」と、こういうふうになっていますけれども、これは計画を完全に実施するというふうに言いかえなければならないのじゃないかと思いますが、いかがでしょうか。
○政府委員(川村恒明君) ただいまこの「教育改革に関する当面の実施方針」につきましてお尋ねがございまして、八月二十一日の最初の会議でこれを本部として決定をしていただいたわけでございます。
 全体的には、今四十人学級の部分をお話しになりましたけれども、そのほかに新しく実施したいということを十項目、それから計画的に拡充をしたい事項が五項目、全部で十五項目整理させていただいたと、こういうことでございます。これは、その十五項目全体を見ていただきますれば御理解いただけますけれども、実施本部としてこれをやっていきたい、実行したいという方針を述べたという部分でございます。
 それで、四十人学級の部分でございますけれども、四十人学級、「定数改善計画を着実に推進をする。」ということで、その説明に、「現行の教職員定数改善計画を円滑に達成すべく、計画的に」これを推進していくということでございます。現行の教職員定数改善計画は、先ほど山本先生からお話しがございましたように、昭和五十五年からの十二カ年計画でこれが進んでいるわけでございますから、これを円滑に達成したい、こういうことで方針を出したと、こういうことでございます。
○粕谷照美君 円滑に達成するということであればわかります。そういう意味でいえば、例えば大学審議会を早急に発足させるとかいって、こちらの方なんかは実に明快にばんと出しているわけでしょう。片一方の方はまことに、確実にやりますなどということにはなっていない。この実施方針の要旨についてもいずれ質問をしなければならないと思いますが、きょうはそこが重点でありませんのでそちらの方はやめますけれども、とにかく十五項目、生涯学習体制などについても特別にそういう機関を設けてやりますというんですから、この辺なんかも大いに期待をしているところでありますけれども、文部省の都合のいいこと、国民が本当に心から願っていることよりは文部省のつまみ食いにならないように、私は特に要望をしておきます。
 さて次に、大学入試の問題に入ります。
 先日、文部省から「学校基本調査速報」というのをいただきました。「大臣官房調査統計課」でございますが、この中で特に注目をしましたのは、大学に入りたいという希望者が随分ふえているんですね。ことしの高等学校を卒業した生徒が百六十五万四千人。そのうち大学、短大を希望した人たちが七十七万九千人、去年に比べて四万人もふえている。そして浪人組で大学を受験をするという希望者が二十四万五千人、合わせて百二万四千人がいるという数字になっています。これ、すごいですね、百万人からの大学へ行きたいという生徒がいる。これを考えてみますと、大学入学試験がA、Bグループがどうのこうのということも大事でありますけれども、これほど大勢の子供たちが大学へ行きたいというような状況になったことについて、文部省は何か対策を立てなければならないと思いますが、この大学志望者の激増に対する物の見方、それにどういうふうに対応しようとしているのか、お伺いいたします。
○政府委員(阿部充夫君) 先生の御質問にもございましたように、第二のベビーブームという状況で、昭和六十七年度をピークにいたしまして十八歳人口が現在急増の途上にあるわけでございます。昭和六十年度あるいはその前の五十九年度というあたりに比べますと、四十万前後というような十八歳人口そのものの層がふえるわけでございます。
 文部省といたしましては、従来からこれに対する対策ということで検討いたしました結果、昭和五十九年の六月に大学設置審議会におきまして新しい高等教育の計画というものを立てていただきました。それをめどに、現在、必要な高等教育の拡充整備を進めているところでございます。
 この大学設置審議会から出ましたいわゆる新高等教育計画でございますけれども、これは十八歳人口がピークになります昭和六十七年度におきましても、昭和五十八年度時点を一つの起点といたしまして、その時点における高等教育への進学率、約三五・六%でございますけれども、この進学率は子供の数がふえた時点においても確保したいということで計画を練ったわけでございまして、したがいまして、それを確保するためには、数字で申しますと、六十一年度から六十七年度までの間に約八万六千人の定員の増が必要であるということに相なるわけでございます。ただ、六十八年度以降はまた急減期ということで減ってまいりますので、その点を考えますと、そのうちの約半分は臨時増募という形の方が適当であろうということで、恒久的な定員増と臨時増募と約半々ずつで八万六千人の拡充を図るという計画を立てたわけでございます。これが昭和六十一年度、六十二年度まで済んだわけでございますけれども、この時点におきまして、国公私合わせまして約七万四千人の入学定員の整備が既に図られておりますので、したがいまして、当初の計画の八六%が既に六十一、六十二の二年間で達成できているという状況になっておるわけでございます。なお、来年度、六十三年度以降についての各私学その他からの申請等を勘案いたしますと ごく近々のうちにこの当初の目標は達成し得るというふうに考えておるわけでございます。
 ただ、先生おっしゃいました、ことしの統計で若干注目すべき点は、従来と違いまして現役の志願率が、これはわずかでございますけれども上がってきている状況がございます。これは昭和五十年代の初めのころに四八%ぐらいの志願率でございましたので、それに比べればそこまではまだいっていないわけでございますけれども、それにしても、ここ二、三年若干上向きになってきているという状況がございますので、こういった問題を踏まえて、今の計画のままでいいのかさらに検討を要するのかという点につきましては、後ほど御審議をいただくことを予定しております大学審議会が発足いたしました際には、その審議会の重要なマターの一つとして御審議をいただきたい、こういうふうに思っておるわけでございます。
 なお、大学に入学できなかった三十四万人という人たちの実態というものも、これはよく調べてみませんと、全国の大学を見ますと、欠員があってまだ入れたいという大学がかなりあるわけでございますが、にもかかわらずそれだけの浪人というタイプの方が出ているといたしますと、それはやはりいわゆる有名校へ入りたいというためで、大学全体の規模の問題ではないということもあり得るのではないかというようなことも考えられます。そういった実態等もよく聞きながら今後の検討課題にさしていただきたい、こういうふうに思っている次第でございます。
○粕谷照美君 三十四万人の子供たちが入学できなかった、これは大変なことだと思うんですね。三十四万人というと一つの大きな市の人口でございます。確かに文部省が、八万六千人ほど六十七年のピーク時までにふやせばいい、その八六%を今達成したと、その努力は認めます。努力は認めますけれども、その五十八年に計画を立てた進学率が三五・六%という、これを見直す必要があるのではないかということを私は言っているのであります。
 そうすると局長は、大学審議会にお諮りいたします――まだ法律もできていない大学審議会にお諮りいたしますという答弁もおかしいと思うんですけれども、これ見直す必要があるということは、何も大学審議会にかけなくてもやれるんではないんですか。それはどうですか。
○政府委員(阿部充夫君) もちろん、現在実施しております新高等教育計画そのものは、現在置かれております大学設置審議会の方で議論をしていただいてつくったものでございますから、今回大学審議会が発足すれば設置審議会がなくなるということでございますけれども、しかしながら、仮に大学審議会の発足がおくれました場合には、もちろん設置審議会の中で従来どおり御議論をいただくということもあり得ることだと思っております。
 いずれにいたしましても、先ほど申し上げましたように、そもそもそういった三十四万人という人たちの実態がどうなのかということあたりもよく調べながらでございませんと、最近地方に幾つかの大学をつくってきておりますけれども、まだ欠員で悩んでいるというような状況もあるわけでございますので、必ずしも、ただふやせばいいとも簡単に言切れない面もございます。そういったことも踏まえまして、私ども事務当局としても現在既に検討をいたしておりますけれども、もちろんある段階では正規の審議機関に諮ってさらに検討をしていただくということは考えたいと思っております。
○粕谷照美君 ここのところをきちんとしていかない限り、この大学入試、AグループだBグループだということだけでは私は解決がつかない問題だというふうに思います。私どもが小学校を卒業するころ、進学をするといったのは六十三人のクラスメートのうちの一割の六人でしかありませんでした。今もう義務教育を終わった子供たちの九四%が高校へ入っていくわけであります。それに対して、それでは各県はどのような対策をとってきたか。やっぱり全員入学をさせたい、子供たちのために教育の条件をつくりたい、こうやって頑張ってきているわけでありますから、大学に入りたいという子供たちのこの数を、やっぱり希望をかなえさせるという立場で私は努力をする必要があるんじゃないかというふうに思います。でも、猫もしゃくしも大学へ入るのはおかしいなんという意見もありますよね。またこんな遊んでばっかりいるような子供たちのために大学を建てなければならないのかなとという声も聞こえます。でもそれは、私は教育で何とかなる問題だというふうに考えますので、条件整備について格段の努力を要望しておきます。
 それで大学入試の問題に入るわけでありますけれども、今、六十三年度の入試、随分マスコミをにぎわしてきました。また、国民の関心を呼んでまいりました。文部大臣、六十二年度の複数受験、それから自己採点方式をなくしたというこういう問題について、結果的にやっぱり失敗であったというふうにお考えですか。
○国務大臣(塩川正十郎君) ことしの入試のこのあり方は、失敗というよりも、やはり学生にとっては機会をたくさん与えたという点において私はそれほど悪いことではない、むしろ前進しておると思っております。
○粕谷照美君 しかし、自民党文教合同会議の大学入試に関するプロジェクトチームの資料を見ますと、「六十二年度の国公立大学の入試は、受験機会の複数化という名分の下に、一期校、二期校の区分を廃止した際の論議を無視し、再び大学の序列化をもたらすものである。加えて、国公私立を通じた大学入試全体に混乱を招き、明らかに失敗であった。」、こう断じているわけですね。だから、大臣はちょっとお考えが違うんだなということを今思いました。
 それで、大臣が、この六十三年度入試に当たって国大協がA、Bグループ分けで随分国民の批判を受けていたときに、国大協とお話し合いをなさいましたね。そのときの態度というのは、どういう考え方でいかれたんでしょうか。
○国務大臣(塩川正十郎君) 私は、機会を多数化する、複数機会を与えるというならば、確かに大学の努力として、理工科系はA、Bグループ分けにしてほぼ目的のように分けられておるわけです。そんなにそごは来してないと思うんです。問題は社会科学部門なんであります。法律、経済、文学、こういう部門でございます。こういう部門につきましては、どうしても大学がやっぱりいい学生を優先的にとりたいというエゴが働いておる。理工科系も同様でございますけれども、しかし学問の内容が、教育の内容が相当違うと思うんです、理工科系と人文科学、社会科学とは。そういう点で学校が、複数化の機会の配分を偏ってしまった。私はその点について大学側に、複数の機会を与えるというその趣旨をわきまえるならば、学校が、やはり自分の学校はいい子を先にとりたいというそういう考え、その学校のエゴをある程度修正して、お互い話し合って、A、Bグループ分けを理工科系と同じように均等に割ってくれぬか。もしそれができないとするならば、各大学、理工科系以外の各学部についてはA、B二回やればいいじゃないか、こういうことを言ったわけです。
○粕谷照美君 それにしても、あの時点で六十三年度の方針を変えさせようというのは、非常に難しい時期ではなかったかというふうに私は考えておりますが、結局国大協にしますと、自己採点方式をまた復活をしていくというように一つは直してきた。そして今回の、今春の試験で問題だったのは、やっぱりA・Aグループ、B・Bグループの願書を受け付けたわけですね。そうすると、見せかけの倍率になってしまって、非常に混乱が起きてきた。今度ここのところを何とかしなければいけない、こういうふうに直しているわけですね。これがこの部分的手直しということになりましょうが、自由民主党の文書を見ますと、小手先で手直しをしても、「全く改善の名に値しない。」と、非常に手厳しく言っているわけですが、こういう国大協の努力というものを文部大臣はどのようにお考えになりますでしょうか。
○国務大臣(塩川正十郎君) 私は、国大協は非常に努力しておると思います、特に、この六十三年度のあり方をめぐりまして各大学とも相当に深刻な問題を抱えて懸命に努力した。しかしああいう六十三年度方針、私は非常に不満ではありますけれども、一応あれで決着して、大学がさらに一層の改善を六十四年に向かって約束してくれたということは、私は一つの国大協の努力だと思っております。しかし、一般的に見まして、やはり受験というのは選抜でございまして、競争なのでございますから、できる子もできぬ子も同じようにやれという、これは私はなかなか難しい。これはもう入学試験問題というのは永遠の課題だろうと思っておるんです。
 だからといって、その時々刻々に移っていく学生の層、あるいは大学における教育の内容、こういうのは変わってきますから、例えば最近、粕谷さんも御存じのように、理工科系、技術系の学生の養成にうんと力を入れていますわね。そういうぐあいに変わってきておりますから、そういうものを踏まえて私は適時改正もしていかなきゃならぬと思うんです。しかし、根本にある、競争なんだという、それには勝者と敗者があるんだという、この現実をなくしてしまうということはちょっと我々の手では及ばないことだと思っておるのでございまして、いい知恵があったらお聞かせいただきたいと思います。
○粕谷照美君 それで、六十四年度の入試について、今国大協は必死の努力をしているようでありますね。大臣のお話なんかも受け入れて、いわゆる真っ二つにA、Bに割るという考え方もあるし、また、国公私立五十五大学の有志の先生方からは新たなる分割についての提案もあるようであります。そしてまた、それについて、逆に言えば、Aを受験してBを受験する――国公私立の先生方の問題は、Aを受験して合格をしたならばBは受験をさせない、こういう案であります。ところが、それはおかしいんじゃないか、Aに合格をしてもBの受験をする権利をやっぱり保障すべきである、Aは権利保障だ、こういう考え方の案もあって、三つが今大きな主題になって討議が行われているようでありまして、私は本当に大学の先生方の英知を集めたいい入学試験の体制をつくる非常にいいチャンスになったというふうに思うわけでございますが、ここのところで非常に問題になっているのは、国大協の入試改善特別委員会が六十四年度以降の国立大学の入試のあり方を話し合った、こういうふうになっております。そうすると、六十四年度はそれで決着がつきますね。六十五年度は新テストだということになっているわけです。この新テストのときに、六十四年度のその考え方が入るのかどうなのか、これが問題であります。
 あわせて、その新テスト、まだ名前も決まらぬで六十五年にやりましょう、本当は試行もやらなきゃならないんですけれども、試行もやるのに名前も決まらない新テストというのはどういうものかと思うんですけれども、この六十五年からの新テスト、本当は六十四年からだったわけですね。これが一年延期をされた。その延期の理由というのは一体何なのか、ここのところをひとつお伺いをしたい。
 時間がちょっとなくなったものですからまとめてお伺いをしておきますけれども、この新テストというのは、国立大学もそれを使わない自由があるわけですね。私学はもちろんのことですけれども、国立大学でもそれを利用しない自由があるわけであります。その利用するかしないかについては、これは早々と報告をしなければならない。そういうこともまだはっきりしていないのではないか。だから一年延期になって六十五年になったのではないかと思いますが、国立大学でもこの新テストを利用しなくても構わないということは明確になっておりますか。
 あわせまして、この新テストは共通一次の改良であるのか。全く別の、中曽根総理のおっしゃる自由テストである、任意テストである、その辺を明確にしていただきたいと思います。
○政府委員(阿部充夫君) 新テストについてのお尋ねでございますけれども、新テストは、当初できるだけ早く実施をしたいということから昭和六十四年度の入試からの実施ということを目標に準備を進めてまいったわけでございまして、これに対応いたしまして、例えば国立大学協会等においても随分と御議論があった上、この新テストについて積極的に協力をするというような方向も出していただいてきておったわけでございます。
 しかしながら、いかんせん各方面でのいろいろな御意見を集約をしてまいりますと、やはり新しいテストをよりよいものにするためには、もう少し実施の時期について考えてほしいというようなことが高等学校側からも、あるいは国公私の大学の側からも同じような御要望等も出てまいりました。また、現実に新テストを標榜いたしました時点と、それからその実施の時期との間が余り短過ぎるのもどうかというような御意見等もございまして、入試改革協議会に昨年の十一月にこの問題を諮りましたところ、やはり円滑な実施のためには一年間延長したらいいだろうというような御結論をいただきまして、政府として、実施の目途を六十四年度入試というのを六十五年度入試というものに改めたわけでございます。現在、その方向に基づきまして諸般の準備を進めているところでございます。
 この新テストにつきましては、臨教審の答申自体もこれを国公私立の大学が自主的判断によって利用するあるいは利用しないということを判断できるものとしたいということにしておりますし、また、具体に利用する場合の利用の仕方につきましても、例えば一科目だけ利用するとか、あるいは従来の共通入試のように五科目利用するとか、そういったような利用の方法自体も各大学の御判断に任せるということにいたしておりますので、そういう性格のものとしてこれは考えていきたいと思っております。
 ただ、私どもといたしましては、せっかくのこれまでの共通一次というものが、特に試験問題、出題の内容等につきましては大変高い評価を得ておるわけでございますので、そういった意味からは、当時の海部文部大臣の言葉をおかりすれば、「よいから使おう、このテスト」ということで、利用するしないは自由だけれども、いいテストだからみんなが利用してくれることを期待をするというようなたぐいのものとして考えておるわけでございます。
 なお、共通一次の改良か別のものかという御指摘につきましては、大変難しい御質問だと思っておりますが、私どもといたしましては、臨教審の答申にもございましたように、従来の共通一次テストにかえて新しくこういうテストをやろうということでございますから、従来の共通一次テストはなくなって新しいテストを始めるんだと、こう思っております。ただ、実際には、特に出題その他の関係からいえば、共通一次が十年近くの間やってきた、そして社会に評価されている実績というものがあるわけでございますので、そういったものの成果はできるだけ受け継ぎながら、しかも、何といいますか、全く立て直しをした新しいテストとして動かしていきたい、そのような考え方でおる次第でございます。
○粕谷照美君 そうしますと、共通一次というのは六十四年度で一切終わり、六十五年からは名称新たなるテストが行われると、こういう理解でよろしいかと思いますが、大体、この六十四年度実施そのものが初めから問題だったんじゃないんですか。臨教審第一次答申があった、総理から強い御指示があって、そして藤波官房長官はもう六十二年度に実施をします、それは無理だということで文部省も随分頑張って六十四年度実施、こうなったわけですけれども、もうその時点からとてもできるわけないと、こういうふうに言われていたわけでありますから、この六十五年度実施については本当に万全の体制というものをつくっていただきたいと、こう思っております。
 ところで、年内に予算上二万人を対象として新テストの試行が行われるというようになっているのではないかと思いますが、その現状はどうなっておりますでしょうか。
○政府委員(阿部充夫君) 新しいテストを実施するに当たりましては、今までの共通一次とは別の形のものではございますけれども、国立大学関係者は共通一次という経験を経ておるわけでございますけれども私学の関係の方々はそういうたぐいの経験が全くないわけでございますので、新しくお入りいただく私学関係者、私学につきましては、やはり試行テストのようなものをやって一度経験を積んでいただいた上で今後の対応を決めていただくということが適切なのではないかというようなこともございまして、昭和六十二年度、本年度の予算に試行テストを実施をするというための経費も組んであるわけでございます。現在その本体の新テストの方につきまして、具体の実施の方法について細かい点までを、詰めを行っている途上でございますので、その詰めができ上がりました段階でこの新しいテストの試行の問題について取り組みたいと、こう思っております。
 またもう一方で、特に私学関係者に、私学に参加していただかなければ意味がないわけでございますので、各私学での御検討を現在お願いをしておりまして、それぞれの私学でも真剣に御検討をいただいていると思いますので、その状況を見詰めながら、そういうことで試行テストの問題、具体にいつどんな形でやるかという問題については考えたいと思っておる次第でございます。
○粕谷照美君 もう時間が終わりですから、一言だけ。
 そうすると、今の試行テストは年内に行うんですか。年度内に行うんですか。できないこともあり得るのですか。その辺はいかがでしょうか。
○政府委員(阿部充夫君) 実施の時期はまだ、本年度の予算でございますし、それから全体の各大学の仕事の流れ等を考えますと、来年に入れば本番の入試という問題もございますので、そんなことを考えますと年内ということが一つの目標になろうかと思っておりますが、いずれにいたしましても、本物のテストの方の中身が細かい点まである程度決まりませんと試行テストに入れないということ等もございますので、それからまた、現実に各私学に参加をしていただかなければ試行テストができないわけでございますので、そういう点を現在鋭意詰めている最中ということでございます。
○粕谷照美君 わかりました。
 終わります。
○委員長(田沢智治君) 午前の質疑はこの程度といたしまして、午後一時まで休憩いたします。
   午前十一時五十六分休憩
     ―――――・―――――
   午後一時二分開会
○委員長(田沢智治君) ただいまから文教委員会を再開いたします。
 休憩前に引き続き、教育、文化及び学術に関する調査を議題とし、質疑を行います。
 質疑のある方は順次御発言を願います。
○林寛子君 まず、幾つかの質問をさしていただきたいと思いますけれども、私は質問が下手でございまして、いつも、自分で予定をしました質問が、後半大抵残してしまう、大変質問が下手だなと思って、後悔しているんです。ですから逆に、今横から声がありましたけれども、後ろから質問をやったらどうだという話があって、きょうはちょっとそういうふうで、今までお伺いしたいと思いながらも残しましたものも多々ございますので、順序が前後いたしますけれども、御理解いただいて、時間がなくなりそうでしたら時々後ろの方へ飛ばさしていただきますので、御了承いただきたいと思います。
 御存じのとおり、教育は国家社会の発展の基礎を培うものでありますし、次代の日本を担う青少年の育成という上では一日たりともこれをゆるがせにできないという大変大きな私どもは責任もあるし、またこの委員会の重み、また大臣の担われた文部大臣としての重みもあろうかと思いますけれども、教育改革というものに対する国民の期待と関心は大変大きくなっておると思います。
 御存じのとおり、臨時教育審議会が五十九年の八月二十一日発足いたしました。六十年六月二十六日には第一次の答申、六十一年四月二十三日第二次答申、六十二年四月一日第三次答申、そして六十二年八月七日第四次の答申、いわゆる最終答申と来たわけでございます。その間私どもは、いろんな質問をこの委員会でもさしていただきました。るる御説明も聞きました。また、臨時教育審議会の皆さん方にも、岡本会長初め皆さん方にも参考人として御出席をいただきました。その間、臨時教育審議会におかれましても、会議の開催が六百六十八回、二千八十六時間、公聴会は全国各地で十四回、また団体あるいは有識者からの教育改革ヒアリングは延べ四百八十三名、現地視察が三十四回、六十三カ所に及ぶという、この三年間の臨教審の果たしていただいた役割というものは、大変御苦労であったと申し上げたい。
 私は、この臨時教育審議会の答申が出されまして、これからがいよいよ教育改革のスタートであるという認識を持っております。そういう意味で答申は出されたけれども、それをどうしていくのか、今後どう処理するのか、あるいは教育改革に伴う予算というものは果たして別枠にでき得るのかでき得ないのか。午前中も同僚の粕谷委員から予算に対しての質疑もございました。私も大変その点は注目しているところでございますけれども、大臣が最終答申を受けるときの文部大臣、私は大変重要な時期に文部大臣をなすったと思います。そういう意味で、臨教審の答申に対しての今後の文部省の対応のあり方、あるいは予算をどういうふうに持っていくのか。あるいはこれは、例えが思うございますけれども、四全総と同じように三十年計画で持っていくのか、あるいは二十一世紀までの今後十三年間でというお考えなのか、その辺の御所見を伺いたいと思います。
○国務大臣(塩川正十郎君) 臨教審の委員の皆さんには大変な御尽力をいただきまして、先ほど林さんのお話ございましたように、私はまさにこの種審議会にしては異例なほどの御尽力をいただいて答申を重ねていただいたと思っておりまして、深く感謝いたしております。私はこの答申は、きざな言い方でございますが、まさに歴史的な意義を持つものだと位置づけておるものでございまして、それだけにこれの改善に取り組む私たちの責任というものも本当に重大だと思っております。
 そこで、具体的に取り組む体制でございますけれども、かねてから文部省の中に教育改革推進本部というものがございましたんですが、これをさらに強化拡充する意味をもちまして教育改革実施本部ということに名前を変えさせ、構成メンバー等も一部異動いたしまして強化し、つい先日二十一日に発足した次第でございます。本部長は文部大臣が担当する、当然でございます。
 そこで、これはあくまでも事務的に改革改善策を進めていく実施部隊となるものでございまして、まずとりあえずこれを発足さしたということでございますが、政府全体としてどうするかということでございますが、これにつきましては、政府全体の力をどのように結集するかということにつきましていろんな考え方があるところでございまして、まだ最終的には決まっておりませんけれども、しかし政府をしては確かに臨時教育審議会の受け皿で強力なものをつくって、それがやはり推進役となっていくということは当然必要なことでございまして、この件につきましては、できるだけ早い時期に政府部内におきまして意見の一致を見、実行に移していきたいと思っております。
 同時に、応援団と申しましょうか、これだけの大規模な改革でございますので、事柄が各省庁にまたがっております。しかも、教育改革は議論だけでなく、またやる気ばかりでは進みませんで、財政の問題も伴うてまいります。そういたしますと、まさにこれは国政の中の重要な課題でございますので、政府の閣僚全員と、それからこれをバックアップしていくのに、やはり責任政党としての現在の内閣でございますので、それを構成する与党との間で教育改革推進本部というものを設置していただいて、これが御意見番であり同時に強力なる後援会である、こういうものをつくっていただきたいとお願いしておるのでございまして、この件につきましては、政府と与党との間においてほぼ合意を得てきておるような段階になってきておるところでございます。
 そういう体制が整いましたので、実は二十一日、実施本部発足いたしましたときに、これからの改革への行程表と申しましょうか、具体的なスケジュールをどう組むかということを協議いたしまして、委員の先生方のところには、非常にお粗末なものでございましたが、とりあえず基本方針となる骨格的なものをお届けさせていただいたと思っておりますが、これをさらに肉づけいたしまして具体性を持たせ、予算との関係、制度改善の法改正、関連した具体的な緻密な計画をできるだけ早い時期におつくりし、御協力を願いやすくいたしたい、こう思っておるところでございます。
○林寛子君 今大臣の御説明にございました、答申を受けての対応というものに対して、私は、大変迅速に教育改革推進本部というものを設けられまして、そこを受け皿にして推進していこうというそのことに対して、私は大変よかったと思っておりますけれども、でき得るならば、どのように、どの年度を目標に改革をするということで、一番やっぱり受験生、そして父兄が混乱が起きないように、また、その改革過程において拙速にならないように、よくコンセンサスを得てしていただきたいというふうに考えておりますので、その行程表も、大ざっぱとおっしゃいましたけれども、できるだけ世間一般、多くの皆さんに理解ができるように、行程表というものを、どのような順番でどの程度ということを大ざっぱでなくてなるべく明細に、文部省としてもそれに尽力をしていただきたい、懇切丁寧にというふうに申し上げておきたいと思いますが、ぜひそれを実行していただきたいと思います。せっかくいい答申が出ましても実行が伴わなければ絵にかいたもちでございます。何のために今私が申しましたような回数をかけて、今大臣がお答えのように精力的にしていただいたかわかりませんので、その点はぜひ文部省、文部大臣として、臨教審の答申に対応しての今後の教育改革のあり方というものを、ぜひ私が申しましたような手順で、受験生に混乱を起こさないように、また父兄にも戸惑いを起こさないように持っていっていただきたい。また、改革の実現を、理解を得ながらしていただきたいということをお願いしておきたいと思います。
 それから、同じようなことでございますけれども、結局、学校教育の成否は、究極のところ教員の質的向上にあると私は思っております。また、それだけ教員の責任というか、また教員の重みというものがあろうと思います。そういう意味で、国民の間にもこれからの教員に寄せる期待は大変大きいわけです。父兄も生徒もそうでございます。これはもう一つ後で申しますけれども、果たして教員の質的向上がどのように図られるのかという、そういう意味で、昨年の臨教審の第二次答申で提言されました初任者研修制度、新任教師の段階では一年間にわたり充実した研修を行うというものでございますから、これは大変有意義な制度であると私も思っております。
   〔委員長退席、理事仲川幸男君着席〕
だれしも、例を挙げて失礼ですけれども、私ども女も、子供を産みまして母親になったときは未知の経験ですから子供をどう育てていいかわからないというのが正直なところでございます。けれどもそれはやっぱりおばあちゃんだとか、そういう経験者に子供の育て方を教わりながら、母親として一年生でありながらも子供を育てていくあり方を経験者のおばあちゃんたちに聞いていく、そういうことがやっぱり私たち女性の立場でもあるわけでございます。初めて教師になった人たちがわからないのを経験者に教えてもらうというのは、私は世の習いで当然のことだろうと思います。
 私は、その初任者研修の大事さあるいは有意義であるということには大変賛成をするわけでございますけれども、先般初任者研修の試行といたしまして十日間洋上研修が行われて大きな成果を上げたと報道されているんですけれども、その洋上研修というものがどう成果を上げられたのか、簡単に御報告いただければと思います。
   〔理事仲川幸男君退席、委員長着席〕
○政府委員(加戸守行君) 本年度から三十六県市におきまして初任者研修の試行を開始いたしまして、二千百四十一名の新任教員が初任者研修の試行を受けているわけでございますが、その中の一部の教員につきましては、文部省におきまして洋上研修を実施するということで、これは都道府県におきます初任者研修の試行の一環として文部省が行ったものでございます。
 七月二十一日から釧路、富山に寄港いたしまして、日本海、瀬戸内海を経由して東京へ戻るというコースで、十日間のものを第一弾として計画させていただきました。第二弾は十一月に予定いたしておりますが、この第一弾は、西日本の教員三百七十二名を対象といたしまして、「ニューゆうとぴあ」という船に十日間乗っていただきまして研修を行いました。
 内容としましては、教育、学術、文化、スポーツ、科学技術、情報、国際経済等の各般にわたります一流の講師によります講義並びに研修生の自発的に選びましたテーマによりますいわゆるミーティングといいますか、ディスカッションの場、そういったいろいろなものを取りまぜまして、あるいは若干そのほかに寄港地におきます教育文化施設、産業施設の見学等も含めましたけれども、内容的には非常に充実したものであったと思っておりますし、また、私も釧路から富山の間三日間一緒に乗せていただきましたけれども、研修生の方々が生き生きとかつ活動的に取り組んでこられたということでございます。
 なお、その十日間の研修が終わりましたときに、無記名のアンケートでこの初任者研修について、洋上研修についての感想をおとりしました。それで、三百七十二名の方々からの無記名アンケートでございますけれども、批判的なといいますか、参加しなかった方が上がったという御意見はわずか六名でございまして、その理由は、船酔いしたからというのが二名、それから洋上生活が不便であった、不自由であったというのが二名、それから、当時ちょうど学校の行事とかち合って学校を離れるのがつらかったというのが二名ございましたけれども、そのほかの全員が、参加して非常によかったという大変な好評を博したと、私どもは手前みそでございますけれども評価している次第でございます。
 しかし、この洋上研修はあくまでも初任者研修試行の一環でございまして、メインはやはり都道府県におきます指導教員による七十日間の指導あるいは教育センター等におきます三十五日の集中研修等、あるいは宿泊研修等の総合的に行われるものでございます。しかしながら、国が実際に関与いたします部分が今申し上げた洋上研修でございまして、私どもは今申し上げたような評価を持っておるわけでございます。
○林寛子君 今御答弁のとおり、やっぱり初任者研修というものをやってみて、初めて、ああよかったという声が多かったということで、私は、船酔いだとか洋上生活が不便だということはこれは基本的な理由外でございますから例としても、そういうふうに、三百七十二名の中で大半の人たちが研修を受けてよかった、今度の洋上研修はよかったという結果が出ているのであれば、これから今後は船酔いなどがないような場所でという文部省の考え方はまた改めてあろうかと思いますけれども、ぜひそういう意味でこれからも続けていただきたいし、教師の質的向上ということに、資質の向上ということに対して、私は文部省は大いに努力をしていただきたいと思います。
 ただ一点、私は大変残念なことがございます。それは、国立教育研究所研究グループの調査が六月の二十五日に紙上に出ました。私はそれを見まして大変残念だなと思いましたのは、大ざっぱに言いますと、塾教師を学校の教師よりも信頼しているという調査結果でございます。それによりますと、塾の方が大変授業がよくわかる、指導が丁寧である、そういうふうに、小学校、中学校の子供、そして小学生の親、中学生の親、全部で調査をいたしております。私はそれを信用したくはありませんけれども、国立教育研究所研究グループの調査でございますから、見ると信用せざるを得ない。そういう意味では、私はこの調査発表が出ましたことを大変残念だと思いますし、教師の資質の向上と、そして教師を信頼していこうという子供とか親の願望とは裏腹に、塾の先生の方が信頼ができるというようなアンケートが出るということは、これからやっぱり考えていかなければいけない。一体何が欠如しているのか。また、文部省が小牛校の補習を奨励する通知を出しまして、過度の塾通いに歯どめをかけようというふうに聞いておりますけれども、文部省はこの過度の塾への歯どめということに関してはどういうふうに考えていらっしゃるのか、御答弁願いたいと思います。
○政府委員(西崎清久君) ただいま先生御指摘の、学校教育と壁との関連でございますが、本年の一月末に、塾関連ということで、学校教育の指導の充実についてという次官通知を出したところでございます。
 その趣旨は、現在、民間産業として塾が非常に盛んである、そして多くの児童生徒が通っているという実態は、これは皆様御承知のとおりでございます。この点について、学校教育として、先生方が目をつぶっているということではいけない。学校教育は、やはり公教育として父母の信頼にこたえる学校教育でなければならない。
 まず趣旨の第一は、学校教育として先生方が一歩前へ出よう、そして自分たちの子供が塾にどういうふうに通っているかという実態。その子供たちが、学校教育の授業内容と塾の授業内容との関係において、どういう点が自分の授業で不足しているかということをやはり自覚して、そして自分の授業を反省する必要がある。これが第一の趣旨でございます。
 第二の趣旨といたしましては、やはりそういう反省に立って、学校教育の中で個別指導という形で、一斉授業ではありますが、個々の児童生徒の教育上の問題として個性なり能力を伸ばす、一人一人の授業について努力をすべきではないか、これが第二点でございます。
 第三点といたしましては、やはり一斉授業なり個別指導の問題、正規の時間内でもしそれが不足しているとすれば、必要ある場合には、それぞれ補習という形で必要ある子供に個別の指導を放課後にでもやるということが必要ではないか。
 そういうふうな趣旨であの通知が出ておるわけでございまして、この点は、やはり通知だけで足りることではございません。したがいまして、事前に小学校長会、中学校長会、都道府県、市町村の教育長会と十分、半年かけて協議いたしました。それぞれの各団体も各学校に対して指導してもらうというふうな努力をしてもらうことにしておりまして、本年度当初から各都道府県、市町村教委あるいは学校において、その点に沿った努力をしていただいておるというふうな現状でございます。
○林寛子君 おっしゃるとおりだと思いますし、その努力も私もわかるところでございます。政治家はもちろんそうでございます。政治家も信頼がなければ、何を言おうと国民に信頼されなければ政治家というのは成り立ちませんけれども、先生方は特にそうであろうと思います。やっぱり子供も父兄も押しなべて教師を信頼をし、そして教師の指導力によって教育の基本があるわけでございますから、そういう意味では、このような残念な結果が今後だんだん数字が減っていくようにという、基本的な修学制度というものが別にありますからこれは問題は別でございますけれども、やっぱり先生への信頼というものに対しての基本というものだけはきっちりと文部省も指導していっていただきたいし、お互いに、現場の先生も文部省を信頼できると言えるような、文部省と現場との関係というものも、私は信頼が成り立って初めて教師の指導もできるんだと思いますので、その辺のところは今後よろしくお願い申し上げたいと思います。
 それから、学校の進学率と、中退者が出たという問題でございます。これは、大変ありがたいといいますか、日本は高校の進学率が九四・二%でございます。アメリカの場合は高校進学率九五・六%、そしてフランスが七六・三、西ドイツが五四・一、イギリスが四九と、大体世界じゅう先進国を見ましてもアメリカに次いで第二位の高校進学率ということで、大変私もうれしいと思っております。これはやっぱり日本の将来にとって、高校へ進学する人たちのこの向学心というものが日本の将来を支える大きな柱であろうと思います。進学率だけ見ますとアメリカに次いで二位ということでうれしいんですけれども、この進学率をまとも受け取るだけでいいんだろうか。
 これまた大変びっくりしましたのは、文部省は細かい数字をお持ちだろうと思いますけれども、学校の雰囲気になじめない、あるいは希望や特性に合わないという理由で、高等学校の中退者が大変大きな数を占めるようになりました。高校の中退者が東京だけでも一万三千人いるんですね、一年間に。そして、全国では十一万人いるんですね。こういう大きな数字を考えますと、私は本当に、進学率だけのパーセントで喜んでいるのではなくて、真の学校のあり方、高校のあり方の中で、果たして何がこの数字をもたらすのであろうかという、そういう基本的なことに大きな反省もあるし、また今後のあり方というものを文部省はどういうふうに考えていくのか。ここにいっぱい理由がございます。学校に合わない、なぜかという理由もたくさん出ております。時間がございませんから多くは申しませんけれども、全国で十一万人という、少なくともこの数だけ見ますとみんなびっくりするんですね。この辺についてはどういうふうに感じ、またどう対処しようとなさっているのか、伺わせてください。
○政府委員(西崎清久君) 御指摘のとおり、高等学校在籍者の中退者の数、それから全体に占めるパーセント、大変大きな数字でございます。十一万人、そして全体に占める割合が二・二%という数字でございますが、私どもは、従来はマクロの数字の調査だけをしておったわけでございますが、昨年、それぞれ個別の生徒について、退学者の追跡調査ということを面接で行いまして、その実態、その理由と申しますか、そういう個別の事情を把握してまいったわけでございます。詳細は時間の関係で省略いたしますが、私どもとしては、今後三つの課題があると思っておるわけでございます。
 一つは、やはり中学校から高等学校への進学につきまして、その能力、適性、進路に合った高校への進学という問題。やはり職業高校に行く者について見ますれば、何と申しますか、不本意入学者という数がかなり出ておるわけでございます。そういう点では、やはり普通科なり職業のそれぞれの課程に進む子供たちについて、能力、適性に基づく高校への進路指導、これが第一点の課題ではないか、こういうふうに思っております。
 それから第二の課題は、高等学校三年間において、それぞれの高校生が大学に進学するなり就職するなり、適正進路を選ぶわけでございますが、その点について、やはり適性に基づく進路指導というのが高等学校で十分行われなければならない。これは高校三年では遅いわけでございます。一年生からぜひこれはやらなければいけないということで、私どもは、第二の課題として高等学校における進路指導の問題にこれから力を入れてまいりたい、こういうふうに思っております。
 それから最後に第三点といたしましては、高校生の中退の理由をいろいろ分析しておりますと、学業についていけないという生徒がかなりおるわけでございます。そういう点から申しますと、高等学校の教科課程、かなりハイレベルでありますが、九四%、いろいろと能力、適性で違った子供たちが入っておるわけでございますので、高等学校における教科科目、学業の指導についてより個別に能力、適性に合った指導をきめ細かくやらなければならない。こういう点につきまして私どもは力を入れていきたいと思っておりますので、来年は概算要求もいたしまして、高校生の中退の関連を契機といたしまして、高校生に関する進路指導の充実ということを一つの柱にいたしまして力を入れてまいりたい、こういうふうに考えておる次第でございます。
○林寛子君 やっぱり子供たちが高枝に進学したいというときには、純粋な気持ちで高校進学を希望し、向学心に燃え、そしてまた上の大学を目指してという、自分なりの希望があろうと思います。けれども、入ってみて全く違った。今おっしゃいましたけれども、不本意入学なんという、入学するときから不本意入学という言葉を使われること自体、私は大変残念だ。入学するときには希望に燃えているはずなのに、今局長の御答弁では不本意入学という言葉をおっしゃいましたけれども、私は、せめて入学するときぐらいはそんな不本意入学というような言葉がないように、まず基本から考え直していただきたい。入学のときから不本意ながら入学するんだなんていうような、そういう日本語が使われること自体私は大変不幸な入学であろうと思いますので、その点も含んでぜひこの対処の仕方を、しかも十一万人ということになりますと、一年間に百以上の高校が消滅するぐらいな数でございますから、その点、私は真相の究明とともに、私ども進学率のパーセントだけで、アリメカに次いで第二位だなんて喜んでいる場合ではないということも含めて、ぜひ今後も御検討いただきたいと思います。
 それから、高校が済んでいざ大学ということでございますけれども、先ほどもう同僚の社会党の粕谷委員から問題が出ましたので、私は大学入試に関しては多くの時間を割きたいとは思いませんけれども、御存じのとおり、今の高校進学率と同じように、大学の進学率と申しますのも日本は三五・三%である。これもアリメカに次いで世界第二位。アリメカは四五・七から五三・五という幅はございますけれども。フランスが二八・六、西ドイゾが二八・一、イギリスが二〇・力となりますと、これもやはり日本の大学の進学率というものは三五%に達して、アリメカの次の世界第二位ということになるわけでございます。アリメカに次いで第二位と言いますけれども、大学のあり方、あるいは午前中も審議がございましたように、大学の入試の仕方、そういうものを勘案しますと、進学率は世界第二位でも、大学の入学方法であるとか大学の質ということを考えれば、本当にこれも世界二位なんだろうか。パーセンテージと中の問題、入学の仕方というようなことを考えますと、やはりこれも考え直さなきゃいけない時期に来ている。また、これも文部省にとっては大きな問題であろうと思います。
 これから国際国家として日本が発展していくためには、私は大学の教育にゆだねる部分が多々あろうかと思います。そういう意味では、真に日本が国際国家として発展していくために、もちろん科学技術の発展もしかり、あるいは学問研究の高度化時代の発展に対応するための大学改革を推進すべきだという、その基本的な問題は当然でございますけれども、文部省も、臨教審の答申を受けまして、大学に関する基本的事項を調査審議する機関として今度大学審議会を設置して本格的に大学改革を進めていくというお考えと承っておりますけれども、大学審議会の役割、どのように大学審議会に期待すればいいのか。これは次に質問がまたございますので、簡単に、文部省がどう考えているのかをお示しいただければと思います。
○政府委員(阿部充夫君) 御質問にもございましたように、現在の我が国の大学につきましては、その内容的な面あるいは量的な面、いろいろな面で改革が迫られている、あるいは運営の活性化が迫られているというような点があるわけでございます。
 臨教審のこれまでの四次にわたる答申の中でも、大学問題というのを大変重要な課題として取り上げ、非常に多岐にわたる御指摘をいただいておるわけでございますが、そういった中で、非常に簡単に申しますれば、一つは、大学を個性化していく、全体の大学が画一であってはいけない。やはり個性が発揮できるような体制、仕組みをつくっていくべきだという点。それから内容的にも、国際的な面で比較をいたしましても、質的な高度化を図っていかなければならないという点。それから具体の運営について、生き生きとした教育研究活動ができるような、そういうための人事、会計等の諸般の仕組みについて、活性化のための仕組みをつくり、具体の教育研究の活性化を図っていかなきゃならないというような観点から、非常に多岐にわたる御指摘があるわけでございまして、私どももそういう御指摘を十分踏まえまして、大学関係者との間にコンセンサスをつくり上げながら具体の改革を進めていきたい、こう思っておるわけでございます。
 そのための一つの重要なやり方といたしまして、これは臨教審自体からも御提言があるわけでございますけれども、大学審議会というものをつくりまして、国公私立の大学関係者を中心にしつつ、しかも社会の各界各層の人々の意見も大きく取り入れられるような仕組みのものをつくりまして、その中で御議論を重ねながら具体の改革を一歩一歩進めていきたい、こういうふうに思っているわけでございまして、現在国会に御審議をお願いしております大学審議会の設置に関する法案も、そういう趣旨で御提案をさしていただいているわけ。でございます。
○林寛子君 私は、大学審議会を設置してどういう答えが出てくるか、これはまだわかりません、これからの設置でございますから。けれども、今お話しがありましたように、大学審議会で審議をして答申が出されて、またそれからどのようにしていくかという、やはり何にしても審議時間がかかるという、私は、そういう意味では改革しなければいけない点というのはある程度文部省では整理できているにもかかわらず、そういうふうに審議会をつくって、審議会の答申を得て初めてそれから手直しの計画をしていくという、大変そういう意味では時間のかかる問題ではございます。果たしてそのような時間があるんだろうかという、これも一つ大きな疑問点でございますけれども、今後の大学審議会のあり方とか審議会の推進の仕方、文部省の行き方というものを、これからでございますので見守っていきたいと思います。その辺は、せっかく大学審議会を新しく設置して、そして大学教育の改革に取り組もうという文部省のあり方が達成できることを私は祈念しながら見守っていきたいと思っております。
 それから、今お話しございました、それぞれの大学の個性に合ったというお話がございました。私は、その意味におきまして大変個性に合ったといいますか、もともと私学というものは、それぞれの私立学校の建学の精神に基づいて個性豊かな教育研究を推進している。我が国の学校教育の中で私学の果たしてきた役割は、御存じのとおり今私学が、ぱっと見ましても大学だけでも七一・七%を私学が占めているわけでございます。その私学の占める大きさと、今日までの教育の中で私学の果たしてきた役割の大きさというものは、私ははかり知れないものがあろうと思います。そういう意味では私はこの私学の助成について今後ぜひ充実していかなければいけない、そういう気持ちがたくさんあるんですけれども、なかなか私学の助成というものが充実していかない。私たちの希望とは裏腹になかなか伸びていかないという問題。例えば五十七年度からずっと総額が抑制という、横ばいといいますか抑制といいますか、どっちの言葉を使ったらいいかわからないような私学振興助成費についての抑制の結果、例えば私立大学の経常的経費に占める補助金の割合が私立学校振興助成法制定当時の二〇・六%まで下回ってしまうという大変悲しい状態でございますので、何のために助成法をつくったんだろうかと、そういう気もしないでもないわけでございます。数字的には助成法をつくったときとわずかなものしか変わっていない。そういう意味では、私学の皆さん方あるいは父兄、生徒の負担というものも大変重くなっておりますので、私学の助成についてどういうお考え方をお持ちなのかも伺いたいと思います。
○政府委員(坂元弘直君) 確かに、先生御指摘のとおりに、法律が制定されまして施行されました昭和五十一年とそれから六十二年度、本年度の予算の額だけを比較いたしますと約二倍になっておる。千二百億台から二千四百億台と二倍になっておりますが、経常費に占める割合というのは先生御指摘のとおりにややダウンして、六十年度の率で申し上げますと、二〇%を現実に割っておるのが実情でございます。ただ、財政状況が先生御承知のような状況でございまして、五十七年度から厳しい概算要求基準の中で私どもも概算要求をし、予算編成をしなければならないという、そういう中で大変私どもとしても苦慮してきているわけでございますが、ただ、特別補助あるいは大型教育研究装置というような、私学の特色ある教育研究を推進するという観点からの施策については、これを今日まで若干でも充実してきているところでございます。
 額は、先生御指摘のとおりに、五十七年度から六十一年度までは前年度同額あるいは前年度同額以下ということで抑えられておりましたが、本年度、ほんのわずかではございますが、大学あるいは高等学校以下の経常費助成につきまして五億ずつ増することができたわけでございます。来年度以降のこれからの概算要求、今月末に財政当局に提出する概算要求に当たりましても、あるいは暮れの予算編成に当たりましても、厳しい財政状況の中ですけれども、私ども最大限の努力をしていきたい。特に、私学の特色ある教育研究を推進していく上に必要であります特別補助あるいは大型教育研究装置の補助についてはぜひ充実していきたいということと、それから私学の配分に当たりまして、私学の中で教育研究条件に応じた傾斜配分を行っておるわけですが、その傾斜配分を強化していきたい。言いかえれば、めり張りのある配分をやっていきたいというふうに考えているところでございます。
 いずれにしましても、先生方の御支援、御協力を得ながら、これからも私学助成の充実には頑張ってまいりたいというふうに考えております。
○林寛子君 今御説明ございましたように、私学助成というもののあり方、また私学の果たしてきた役割とそれに対する助成というもののあり方の大きな見直しというものが私は必要であろうと思います。見直しというよりももっと努力しなきゃいけないという課題が私たちにも課せられていると思いますので、その辺のところは、今御答弁にございましたように、私学助成の一層の充実と、また、とりわけ特色ある教育研究科を持っている大学に対する重点的な配分というものもやっぱり考えていかなければいけないだろうと思います。また、十八歳人口及び十五歳人口の急増対策についても、私学に応分の協力を期待しなければいけないわけでございますから、その辺のところも、私学の果たす役割の重要性にかんがみまして、今後とも学校の教育研究条件の維持向上と修学上の経済的負担の軽減等を図るために、ぜひ私学助成の大幅な伸びというものを期待しますが、努力していただきたいと思います。
 それに関連しまして、今留学生の問題が大変話題になっております。私は、日本の留学生の受け入れ体制、海外からの留学生の受け入れは、日本と諸外国相互の教育研究水準の向上あるいは相互理解や友好の増進に寄与するとともに、特に開発途上国の場合は、人材養成への協力など極めて重要な意義を持っていることだと思います。
 また、御存じのとおり、私どもは十万人受け入れ体制というものを目標にしているわけでございますけれども、私、きょうは幾らになったか聞いてまいりませんでしたけれども、あっという間の急激な円高、もう大体これでとまるだろうと思っておりましたのが、昨日も急激に円高になっております。そこで円高の直撃を受けまして生活苦を訴えている留学生が大変多い。また、留学生がこの円高のために大変困っているという実態がわかってまいりました。
 特に私は、そういう意味では、私どもが目標を掲げております留学生の十万人受け入れということがこれではほど遠くなるのではないか。御存じのとおり、日本は現在一万八千人でございます。アメリカは三十四万人です。フランスは十三万人でございます。西ドイツが七万四千人。そしてイギリスが四万二千人という数字がございます。十万人の留学生受け入れというのは目標ではありますけれども、今申しましたような円高によって留学生が直撃をされて、そして大変苦労している。特に大臣の御出身でございます関西で留学生の生活意識というものが調査されたわけでございます。大臣の出身地の関西では、大阪商工会議所等がいろいろ留学生の受け入れということに力を入れて、民間団体が、学生の受け入れ等を、民間の御家庭に受け入れるというようなこともしていらっしゃるようでございますけれども、私ども実際にこの円高の直撃で留学生の生活体系がどのように変わってきたのかというのを見ますと、国費が三四・二%。これは母国と日本会みますけれども、三四・二%。日本の企業が払っていますのは三七%。残りの六割強が私費留学生でございますね。そうしますと、彼らの一カ月の生活費が大体力八万から十万円が約三割を占めているわけでございます。八万円未満を加えますと全体の七割以上を占めている。円高のために親からの仕送りも減っていますし、アルバイトで時間をとられて勉強がうまくいかないというような切実な声もあるわけでございます。
 ですから私は、この留学生の十万人受け入れという目標があるにもかかわらず、急激な円高で、実際に今日本に留学している一万八千人という留学生にしても円高の直撃を受けて一カ月の生活費が圧迫されている。そういう意味では、私はぜひこれは何か考えてあげなければいけない。アメリカの場合は、留学生は多くの人に行き渡る奨学金だとか学生寮やホームステイによる住居の確保といったような、きちんとした制度がアメリカではできているわけでございます。私どもは、アメリカに比べたら、留学生の相談室などがあっても、運用面では、そういう相談室も果たして文部省のどこにあるのか、留学生ではわからないだろうと思います。あるいは、言葉とか生活習慣のオリエンテーションというものは、アメリカでは徹底してこれがなされているわけでございます。留学生の十万人受け入れという目標があるのであれば、こういう円高にどういうふうに対処していくのか。現実に困っている留学生にどう手を差し伸べることができるであろうか。また、アメリカのように、生活体系の中で留学生に対する受け入れる窓口、あるいは相談窓口、あるいは家庭にというような体制がどこまでこれからできるのか、その辺をまとめて留学生問題としてお答えください。
○政府委員(植木浩君) 昭和六十一年現在で約一万八千人の留学生が日本の大学等で勉強しておりますが、そのうち一万五千人の方がいわゆる私費留学生でございます。
 文部省では、二十一世紀初頭における十万人の留学生受け入れ、こういう大きな目標に基づきまして、いろいろと今先生御指摘になりましたような施策を総合的に推進しているわけでございます。特に、近年の円高に伴います私費留学生に対する施策でございますが、従来から医療費の八割補助、あるいは学習奨励費の支給であるとか、優秀な私費留学生の国費留学生への切りかえ採用、こういった施策も進めてきておるわけでございますが、特に、ごく最近の円高に伴う私費留学生対策といたしましては、塩川大臣がイニシアチブをとられまして、大学等における授業料減免措置の拡充、奨励を今図りつつあるところでございますし、宿舎の確保についても努力をしつつあるところでございます。
 なお、留学生がいろいろと図られたときにどういうところへ相談に行ったらよいかという点は、もちろんそれぞれの大学の留学生の担当者あるいは相談室というふうなところもいろいろとカウンセラーなど置いてございますし、また、文部省関係の日本国際教育協会というところでも留学生相談室がありまして、国内の留学生の方がカウンセラーのところに相談ができるというシステムにはなっておりますけれども、先ほど御指摘のホームステイなどのシステムを含めまして、さらにそういった点も十分に拡充をしていきたい、このように現在検討中であるわけでございます。
○林寛子君 検討中であるということは大変いいことだと思いますけれども、御検討いただいたことを、今おっしゃったように大臣が率先して実行に移す、できるものはすぐ手を打つということは私は大事であろうと思います。特に言葉が、まだ日本語が十分でない学生、そういう人たちのこの要望を見まして、私はこの実態調査を見まして本当に気の毒だと思いますし、また、私どもがそういう対処をしなければいけないという必然性を持ちながらも、なかなかその対処が時代の進歩に、また急激な円高のために追いつかないということもございますので、今後留学生に対してはぜひ特段の配慮をしていただきたいというふうに考えておりますので、御努力いただきたいと思います。
 それから、これだけ留学生が円高で困っていると言っております反面、私ども大変物的な豊かさを謳歌しております。国の豊かさの中に一番ないものが心の豊かさということで、物が栄えて心が滅びると言われる言葉を使わなければいけないほど日本の現状は私は残念な結果にあろうと思います。それは、私も毎回言っておりますのできょうはもう言わないでおこうと思っていたんですけれども、余りにも数字を見ましたら驚きましたので、一言だけ言わしていただきたい。
 それは、御存じのとおり文化振興に対する日本政府の対応が悪いということを指摘しなければいけない。対応が悪いということを文化庁を責めても仕方がございませんけれども、文化庁というものがなぜあるかという――私は毎回これ言っていますので言いたくないんですけれども、文部省全体の中でちっとも文化予算がふえない。では、文化予算がふえないんだったら民活でしょうではないか。民活を推進して、日本の文化の推進あるいは外国の文化に対する日本の理解が深まるような、何か民活によって文化振興に尽くしていただくような、それも税制的に、民間のお金をある一定のところに出していただいて、そして文化事業にお金を出したり助成したり、あるいは海外の他国の文化を日本に紹介するときにそれに援助をしたりというようなことをしてほしいと思いますけれども、国際交流基金というのは外務省管轄であって、文部省にはそういう機関がない。私はもうこれは毎回言っていることなので言いたくはないんですけれども、ついそのことになると言わざるを得なくなって同じことの繰り返しになって申しわけないんですけれども、文化庁というものがなぜあるのか。文化庁がお金のない中で第二国立劇場一つつくるにも何年もかかってなおかつできない。けれども、東京じゅうをちょっと見渡しただけでも、民間はあっという間に日本一のオーケストラのホールもできちゃう。そこらじゅうにいっぱいできちゃうわけですね。そして、文部省の文化庁予算が少ないから民活をしようと言っておりますけれども、御存じのとおり、これは私、買った会社をどうこう言うわけじゃございませんが、ゴッホの「ひまわり」、これは五十八億円でございます。そしてまた、ルノアールの「座るジョルジェット」、これは十六億円でございます。それからまた、ピカソの「ドラ・マールの肖像」、これも一億六千七百万円という、これ、言っておりますと切りがございませんけれども、あらゆるものが民間の手によって買い求められている。いいことかもしれません。けれども私は、日本の文化予算が余りにも少なくて、民間がそれぞれの得た利益で外国の文化の絵を買ってきた。日本の手に入らない、政府がとても買えないようなものも民間ではすぱっと買ってきちゃう。いいことかもしれませんけれども、反面、大変寂しい気がいたします。
 そういう意味では、私は、何としても、文化予算が少ない日本の中で、こういうふうに民間が余った金で外国の文化を理解するために一般公開してくださるということはそれはいいことかもしれません。けれども、何としても急がなければいけないのは、国際交流基金のようなものを文部省の中で、外郭団体としてつくっていただいて、民間のお金をそこに出していただいて、そしてわずかな文化予算をそれによって補っていく。しかもそこにプールしていただいたお金というものは税制で免除をして。そしてどの企業が幾ら出してくれた、どの民間からはこれだけの金が出たということを公表しなければ、彼らはしてくれません。今彼らかしている冠公演というのは、自分たちの広告になるから冠公演をするわけでございますから、私は少なくともそういうところをつくって、そこにどの企業が、あるいはだれが幾らしてくれたということも公表してあげて、免税措置をとって、日本の文化予算の少ない部分をそれによって補っていくということを考えていただかなければ、今の予算状態のままでは、私どもが口を酸っぱくして、物は豊かだけれども心がないんだから文化を文化をと言っても、私は今の国の財政事情からして当分は文化予算が急激にふえるとはとても考えられない状態でございますので、ぜひそのことも含めて、文化庁でも文部省全体でも結構です、民活の活用という言葉があるのでおれば、ぜひそういうふうに考えをまとめていって実行に移していただきたいんですけれども、いかがでしょう。
○政府委員(久保庭信一君) 芸術・文化の振興につきましては、かねてから先生方の指導を受けて努力をしておるわけでございますが、ただいま林先生のおっしゃいますとおりの現状でございまして、大変私ども、努力が不足であるというふうに感じておるわけでございます。
 国の予算の文化面に対する充実については、御指導をいただきながらこれからも努力したいと思いますが、私どもも民間の協力をいただきながら芸術・文化の振興というものを考えていきたいということを考えておりまして、昨年でございますが、協力者の方々に、関係の方にお集まりをいただいて御協議もいただいたところでございますが、先生の今のお話にございましたとおり、民間の活力の導入ということになりますとどうしても税制の問題等がございまして、財政御当局等の御協力もいただかなければならないわけでございます。
 そこで今私ども、私どもでできる限りにおいて民間の活力等もいただいて新しい仕事もしたいというようなことも考えておりまして、これはまた来年度のことになりますので本日は申し上げませんが、またそのような事業につきましては先生の御指導もいただきながら頑張っていきたいと思っておりますので、御指導いただきたいと思います。
○林寛子君 以上で終わります。
○高桑栄松君 それでは質問をさせていただきますが、林委員が、何か質問の仕方がどうとかだから問題を大分残すようなので前後するとおっしゃっていましたが、私も同じように質問がうまくないものですから残す傾向がございまして、一つには質問項目を盛りだくさんにしてしまう傾向がございまして、それで、差し上げていた項目を少し順序を取りかえて、やっぱり後の方からちょっと先にやらしていただきたい、こういうことでございます。
 文部大臣にまずお伺いしたいんですが、先ほど、午前中ですが、山本委員の質問をされたのに、文部大臣が、改革と改善ということでお話がございましたが、私、よくお話承りましたけれども、もう一度そのことについて承りたいと思います。
○国務大臣(塩川正十郎君) 私は、教育改革と言って銘打ちました。それ以前はよく教育の改善ということを言っておったわけですが、実は資料によりますと、明治五年以来、文部省ずっと毎年のように改善はしてきておるんです。しかし、現在でもなお改善は努めておるんですけれども、やっぱりその改善は、根本的にといいましょうか、時代の影響を受けて相当大幅に見直さなけりゃならぬ時期という、節々というものがあると思っております。
 私、ちょっと興味がございまして、大正六年、デモクラシーの風潮が日本に入ったとき、教育改革が大幅に行われまして、そのときには臨時教育会議というものを設置されたわけです。その後を見ますと、やっぱりその前後は改革がおくれておりますね。ところが、大正六年臨時教育会議が持たれまして、その後はやっぱり物すごい改革の法案が出ておるんです。そういうふうに改善はずっとやっているんだけれども、一つ一つの節目というものはやっぱりあると思う、時代の流れの中に。これは時代の刺激だと思っておるんです。その刺激が今ちょうど出てきておると思っておりまして、そういうふうなものが集中的に来るのが改革という名前で、いわゆるアクションを強くするという意味において言われておるのだ。といって、そこに流れておりますものはそれじゃ本当に改革という、革命的な改革なのかといったら、そうではなくして、やっぱり積年積み重ねてきた改善を一挙にこの際にやろうという一つのきっかけをつくってきておる、こう思っております。
 現在言われておる教育改革というのも私はそのように解釈しておるものでございまして、ここで大事なのは、改善への策を模索するということではなくて、実行に移していくときに今来ておるのではないか。そういう意味において改革という言葉を私は素直に受けとめておる、こういうところでございます。
○高桑栄松君 文部大臣は大変素直でいらっしゃるので、私は少し素直でない解釈を申し上げて御参考にと思っているんです。大臣と議論しようというわけではございません。
 前にもこれは申し上げたんですけれども、臨時教育審議会が発足をするときに、教育改革ということが特に総理大臣からうたわれて、選挙にもいいスローガンであったと思うんです。そして、一般国民の教育に対する熱意であるとか不満だとか要望だとかが一緒くたになって大変関心が高まったということだと思うんですね。
 それで、改善というお言葉、その中に改革といわゆる改善とあるんだろうと思いますけれどもね、改善という中にもね。じゃ、教育の改善というとどんなふうに分けられるか。私は、一つ制度があると思うんです。それから内容がありますね。それから方法があるんですね。ですから、ではその中で改革とは何かというと、文字どおり私が解釈すると、やはりラジカルな改定だと思うんです。これを改革と言っているんですね。ラジカルでなきゃだめなんですね。抜本的に変わるということであると、こう思います。したがって抜本的に変わる、そういうものでないのは本来改革とは言わぬのだろうと思います。そうすると、制度と方法と内容でいくと、制度こそこれに当たるわけです。内容と方法はこれは言うなれば改善なんですね。そして私の解釈に従って言いますと、内容、方法は教育のこれはやっぱり専門領域に当たると思うんです。素人が口出しがしにくいところだと思います。ですから、今までの制度でいえば中教審だと思いますね。これは専門領域ではないか。これが改善の側だと思うんですね。改革はラジカルな変化、改定ということでありますので、場合によるとこれは素人的発想が非常に有効なんですね。何でも知っている人はそれからは出にくいわけです。知らない人の方が飛躍的なアイデアが提供できるのではないか。その点で、臨時教育審議会の委員には教育学者が一人もいない。今もう一度承ったらいない。極めて改革に適した委員であったとちょっと思っているわけです。
 しかし、後で臨教審答申のことはまた細かく承りたいと思いますけれども、大変な数の時間と回数を重ねて大変な数の提案があったようであります。新聞論調等々の批判を、比較的文部省に好意的だと思われるようなマスコミ報道を見ても、やはり答申には飽き足らない。それから間口を広げ過ぎてはいないか。私が質問で申し上げたように、余り広げるとどうしても取りこぼしが出てくる。こういうことになっていくのではないのかなと、こんなふうに思っておりまして、そうすると、これから今度私の質問にもう一つ入りますけれども、この提案の中でラジカルな変化というのは、秋季入学だと僕は思っているんです。これは抜本的な変わりようだと思います。私はこれをやる方がいいと思って、前にも、二年ほど前に質問としては入れてございますが、答申にもようやくこれがばっちり載ったようでありますが、文部大臣、これについての御意見はいかがでしょうか。
○国務大臣(塩川正十郎君) 九月入学でございますが、実は私は恥ずかしながら、そういう考えもあるなという考えを持ちましたのは、臨教審の提案があってからでございます。それまでは九月入学というのは余り自分では考えておらなかった。
 私、文部大臣になりまして、臨教審で九月入学という問題が議題になっておる、それ以降非常に関心を持ちまして見ておりました。これは他の諸外国でも九月入学が多いものでございますから、でき得れば、でき得ればということは大きい犠牲がなく、そして国民の納得が得られるならば、私はこれは進めていっていいことだと思っております。しかし、そこへ至るまでに、一体日本の社会のあらゆる階層におきまして、あるいは団体におきまして、やはり今何となく四月を年度初めという思想がまだ非常にきついように思っておるんです。この考え方がだんだんと私は変わっていくだろう。年度ではなくして年次になっていくだろうと、そういうふうな空気ができてくることを私たち期待しておりますけれども、まずそういう社会的な土壌というものがそちらへ向いていくように誘導していかなきゃならない。私は決して九月入学を否定しておりません。だから、そういう土壌づくりをまずやっていかなきゃならぬということが一つ。それから、やっぱり学校が、学校というか教育者、教育関係の人がこれに素直に納得して協力してくれないと、犠牲は非常に大きいものになってしまう。この教育者の協力があれば、私は割とすんなりと移行していくように思っておるんです。
 私は、この二つの面についてどういう手法でもってこれにアプローチしたらいいかということを今考えておるところでございまして、九月入学を決して私は否定しておりません。けれども、だからといって、それじゃ答申が出たから今すぐに、ようかんをかみそりで切ったように、ぱっといつから、何年何月からやるんだということにはちょっと私は自信がないものでございますから、先ほど言った二つの基本問題にアプローチをしようとしておるところであります。
○高桑栄松君 国民の納得という中に、委員の中でもそんなお考えがあったように、それから新聞紙上で見ますと桜の咲くころの入学とかいって、いかにも情緒たっぷりなフィーリングが載っておりました。これは東京中心なんですね。私の住んでいる北海道は五月十日を過ぎないと桜は咲かないんです。鹿児島は三月の初めくらいでないでしょうか。粕谷先生の新潟は四月二十日ということになっています。桜の咲くころの入学というのは東京中心なんですね。すべて東京中心で物を考えてもらっては困る。それからもう一つは、私たちは四月入学をした人間だから、何となくあのイメージが残るんですね。私は北の国の人間だから、雪が消えてそして春がやってくる。浮き浮きとして学校に行く。これは確かにムード的にはそういう経験が物を言っているわけですよ。それでうまくいっていればそれでいいわけだ。
 しかし、今申し上げた中に、世界の大勢ということを考える必要があるわけです。もう世界の先進国はオールそうでありますし、途上国にしてももうとにかく九〇%以上が秋季入学をしているのに、日本はまだそんなことをやっている。先ほどの林委員の留学生問題もあります。半年のタイムラグがあるわけだ。これをどうするのかということですね。帰国子女の問題がありますよ。帰ってきた、半年先へ進むのかおくれるのか、そういうばかげたこともまたあるわけだ。それは日本が世界を指導して全部四月にするんなら話は別だ。しかしそうはいきません。ですから、国際化の中で第一番に日本がスタートすることの一つはこの秋季入学というのがあると思うんです。
 ですから私は、秋季入学でどこが困るんだろうかと思うんですが、私の知恵は至りませんのですべてをカバーできませんが、プラスの面はあるけれどもマイナスの面は財政措置だけでないかと思うんですね。臨教審の岡本会長はお医者さんですし、私も個人的によくお話しするんですが、この話をしたときも、彼は、予算のこともそうびっくりするほどじゃないんだよというような話を僕にはしていましたね。二年くらいのタイムラグでうまくやれるんでないかと。そういうのは前に聞いておったんですが、答申を見ると大体そんなようなことが載っておるんです。
 私はやっぱりラジカルな改変、改定ということを考えると、臨教審てたった一つじゃないのかなと思うぐらいなんです。これ以外は一体抜本的なものがあるのか。全部改善でなかろうか。改善というのは改悪につながっているわけです。後で入試の問題をちょっと論議に上せたいと思っておりますけれども。ですから、この際を外さないでやった方がいいんじゃないか、こう私は思っているんですが、大臣、答弁は同じでしょうかね。
○政府委員(川村恒明君) 九月入学につきましていろいろお話がございましたけれども、現在我が国で留学生を受け入れておりますが、いわゆる九月、秋季入学の国からの留学生の数、八月、九月、十月と一括しまして、留学生全体の五四・八%ということでございまして、現在世界の大勢が、先進国も発展途上国もすべて九月になっているというほどでも必ずしもない。これはやはりそれぞれの地域の事情あるいは歴史的事情によって違っているというようなこともございますし、それから留学生の受け入れについて、半年のタイムラグがあることが問題だというお話がございましたけれども、臨教審の審議の過程では、その半年のタイムラグがあるから日本語の勉強にも、あるいは受け入れのいろんな準備ができるというようなメリットもあるじゃないかというふうなお話がございます。
 それからまた、九月入学に仮に移行するとした場合の財政的な問題、これもまた非常に大きな問題でございますし、それ以外にいわゆる受け皿の問題、これを九月にした場合の家庭なり社会での受け皿が、受けとめられるだけのどういう態勢があるかというふうなことがございまして、私どもも大臣が申し上げましたように、このことについて頭から反対しているわけではございませんが、やはり具体的に積み上げていかなければいかぬ問題は相当あるんだろうと思います。その移行経費につきましても、移行のやり方によってはほとんどお金がかからない方式もある、しかし、それは学生、子供たちにかなりの負担を強いることになろうし、そうでなければやはり財政的には相当大きな、例えばそれは十六年ないし二十年間のトータルでございますけれども、一兆数千億というような経費も、やはり試算をしてみると出てくるというようなこともあるわけでございます。でございますので、先ほど大臣から申し上げましたような、国民的なそういう土壌をつくる、あるいは教育者の協力を得るというためにも、この問題についてやはり実証的な積み上げというものをきちんとやってみる。大丈夫だよと、こうやれば大丈夫だよというようなことをやっぱり明確にすることが大事じゃなかろうか。
 臨教審は、やはり臨教審の性格としてそういう線の太い御答申を出していただきました。まさにこの九月入学というのはそういう線の太い臨教審らしい答申だと思っておりますけれども、これを実施に移すに当たっては、我々今申し上げたようなことで、それに伴う問題というものを実証的に、実務的にやはりきちんと積み上げていくことがどうしても必要ではないかというふうに思っているわけでございます。
○国務大臣(塩川正十郎君) 今の高桑先生のお話で、私は実は本当はこう思っておるんです。教育といったって日本はすぐに学校の問題なんですね。教育問題イコール学校の問題なんです。今日、学校の問題というのはもう社会に物すごい密着した、社会そのもののような問題がたくさん学校の中でも生まれております。
 私は、やっぱり一番最近学校の問題は、確かに九月入学の制度改正とそれから週休二日制だと思うんです。これは私は、世の中を本当に根本的に変えていく問題につながってくると思っておるんです。したがって、秋季入学についてはそういう、先ほども言いましたように一回アプローチしてみろということなんです。そのアプローチをどういうふうにやっていくかということについて今いろいろ議論がございますけれども、しかし、これは賛否両論いろんなことがございまして、私の率直な感じで申しますと、賛成四割、反対六割という状況なんです。これはもういろんな識者に聞きますとそうなんです。教育関係者に限って、逆に言って反対が多いんです。こういう状況に実はなっておるんです。したがってこれから一臨教審がこのことを中途半端で終わってしまった。提案出したのはよい。実はこれをもっと国民議論にしてほしかったと私は思っておるんです。それをこれからやらなきゃならないのが文部省の仕事だろうと思っておるんです。
 同時に、週休二日制ですね。これ、いろいろ国会で問題になっております。しかし、本当に週休二日制に突っ込んでいくということになりますと、私は、何の用意もなくってという意味ですが、何の準備も、環境の、条件の整備もしないで週休二日制に突っ込んでいったら、大変な困難が起こってくると思っておるんです。したがって、九月入学、それから週休二日制、私はこれは非常に社会に与えるインパクトが大きければ大きいだけにまたやらなきゃならぬ問題であると思います。時代の趨勢だと思っております。だからこれには文部省のやっぱり私は生死をかけたような、そういうつもりでこの問題取り組んでくれということを言っておるんです。
 私は、これは単に学校の制度改正だけじゃなくって、まさに世の中の大改革になっておるわけです。今、働きバチだと言われております、確かに。この働きバチだと言われておる根本の中をずっと突っ込んでいきましたら、学校のあり方にかかわってきます。大変な関係が出てきております。そういうことから見て、私は非常にこれは文部省にとっては重大な問題。教育問題だけじゃないんだ、学校だけじゃないんだ、社会にどう影響があるのかということを考えて取り組んでいこうと、こういうことを言っておりまして、決して消極的になっておるものじゃないということをあえて申し上げたいと思うんです。
○高桑栄松君 今の件で若干私のコメントを申し上げて、これはもう議論ではなくて意見だと思って川村さんも聞いていただきたいと思うんですけれどもね。
 私の留学経験を申し上げますと、私は五四年ですか、昭和二十九年にアメリカに留学したんですが、私のときは語学の勉強というのは、オリエンテーションというのが六週間ございまして、九月入学のとき七月に行って、つまり夏休みですよ。六週間、朝から晩まで八時間ぐらいずつ英語をやったわけです。それはもう電話のかけ方から、道の聞き方から、ダンスの仕方まで教えてくれました。あのころでございます。ですから、語学の勉強はそういうことができるわけです、夏休みがございますと。
 行きますと、夜学があるんです。夜、外人のための英語を教えてくれる学校がちゃんと開かれております。それでタイムラグはないんだ、これは。だから、英語の勉強にいいだろうというのは、明治イングリッシュをやった人の話だ。僕は大正ですけれどもね。大正イングリッシュをやった人は、耳では聞いてないわけだ。目で見ているからリーディングとライティングはできるけれども、ヒアリングがだめな人がそう言っているんだ、私もその中の一人ですが。もう今の若い人はそんなことはない。したがってオリエンテーションはなくなった、もう。ですから専ら、もしやるとすれば、例えば夜学を開設して、語学、日本語を教えるのをした方がタイムラグがなくなる。もたもたしておったら、この情報化社会に半年もたもたしておったらもう先へ進んでいますから、早い方がいいと思っているんです。だから、これ論議を起こしていただくことは大事だと思います。
 それから週休二日のお話で、大臣にはこれは初めてだと思いますのでお話ししておきますけれども、私が北大の医学部長をいたしましたのは、昭和四十五年、大学紛争のもう本当の真っ最中です。それから五十一年まで六年間いたしました。その中で私がやった改革があるんです。学校五日制というやつです。あの当時、土曜日休みと言うと文部省にきっとどやされたと思うんで、土曜日は自習ゼミという講義名にして、公式授業なしにした。これは大変な抵抗がございました。一日八時間土曜日四時間とすると四十四時間ですから、四時間減らすということは一割講義を減らすんですね。大学の先生は時間が多いほど偉いと思っているようで、時間を減らすことを権威が削られるように思うようで、もう削るのに大変でございましたが、高桑流の論理を展開しまして、とうとう一年かけて土曜日を休みにしました。自習ゼミです。それで非常に喜ばれているんです。昭和四十七年くらいから始まったと思います。四年間かけて学年進行で完成いたしました。今北海道大学は――医学部ですよ、国立大学で唯一の土曜日の授業のない学校ではないかと私は思います。国際基督教大学は別です、外国の学校は別ですけれども。それで十分なんです。土曜日は図書館をあけて自習をさせればいいんです。宿題を出せばいいんです。大学はレジャーランドではないんだからということでございます。どんどん宿題を出す。土曜日は遊びたければ遊べばいい。しかし宿題をやれというんだ。それで、そのかわり図書館を開く必要がありますから、アルバイトを雇って土曜日の午後もあけたわけだ。あとはクラブ活動もやりたければ全部やりなさい、しかし試験はばっちりやるそという精神があったんです。それから、私は休講は絶対許さない。休講はあらかじめ掲示をしろ。出てきたら休み、これは師弟関係の信頼を裏切るものだ。だから、もし何だったら前の日に言わなきゃだめだ。それから交換をしてでも休講はするな。それは一割削ったものですから休講できないんだ。大変私はレボリューションだと思っています。調べていただくといいと思います。国立大学で土曜日休講の学校がふえたかどうか知りません。私のところ、医学部はそうやっています。
 ですから、現行法規の中でやろうと思えばできる。それで小中高も私はそれをやるべきだと今は主張しているんです。私のやった経験なんですね。ですから、これはどういう意味かというと、やっぱり土曜日は自習ゼミ、クラブ活動、何でもいい。そのかわり、休みにして子供を帰すと親が困るとかいろんなことあるから、先生は仕方がないから休めないんだ。ただしそういう場合には、例えば勉強をしたい子がいたら、塾に行きたいような子、塾的に勉強したい子、それらについては複式授業で先生が一人で引き受ける。手を挙げたら行って教えてやる。そして半分ぐらいの先生は、研修会は土曜日に決める。あっちこっちに研究会があったらそこへ行くためにあけておく。半舷上陸で半分休む。半分はスポーツの監督をする人がいてもいい、授業の監督をしてくれる人がいてもいい。そうすれば土曜日というものは子供にとっても先生にとっても自分の研修になり、それから果年齢の学生の――複式というのは異年齢ですね、異年齢の教育の中で子供たちの縦のつながりができるのではないか。その授業が今ない。異年齢はないんですね。だから大都会ほどないわけだ。それを土曜日を使って、今度は学校が土曜日に塾的な形でやってもいいんじゃないか。そういうことを私は今主張してるんです。これは現行法規でやれるんじゃないか。
 それで、教員の先生方は初任者研修というのはあるけれどもサバティカルイヤーというのはないわけだ、何年やったら一年休めるとか。ですから、それはせめて土曜日くらいを授業からフリーにして、半分ぐらいは研修に回る。学校の先生方はやっぱりみんな一生懸命勉強したがっていますよ、研修したがっている。これは普通はそうだと思うんです。ですからそういうことを、今ちょうど大臣が週休二日言われたものだから、私、自分の経験と照らしまして今お話をさしていただいたんです。
 それでは問題を、差し上げたトップの方に戻さしていただいて、臨教審の、今まで六百六十八回と二千八十六時間ですか、そういう会議を経て、第四次までいろんな答申が出てまいりましたが、大項目的な意味で主なテーマでいくとどれくらいの項目が提案されたんでしょうか。
○政府委員(川村恒明君) 臨教審の四回にわたる答申、非常に広範多岐にわたっておりますけれども、最終答申でそれが非常に明確に整理をされております。でございますので、一番大きく事項を分ければ、最終答申で、「改革のための具体的方策」として六項目整理されております。すなわち、「生涯学習体制の整備」、「高等教育の多様化と改革」、「初等中等教育の充実と改革」、「国際化への対応のための改革」、「情報化への対応のための改革」、「教育行財政の改革」、臨教審自体がおっしゃっておりますように、あと二つ、最終答申で出ました「文教行政」と「入学時期」という二つの個別の問題を除けば、このたびの教育改革の御提言は、この六つの事項に大きく分けて集約されるのではないかというふうに思っております。
○高桑栄松君 それでは、この重点課題を向こう何年間でやれる、やりたいというかな、やりたいと思っておられるのかどうか。
○政府委員(川村恒明君) ここに答申をされております事項は、先ほど申し上げましたように大変広範多岐にわたっておりますし、ただいまの入学時期の問題のように、事柄としてはわかるけれどもいつということを今言うのは大変難しい状況もございます。あるいは、先ほどの留学生の問題、留学生の十万人受け入れをやるべき、これは二十一世紀までにというふうに言われている問題もございます。ということでございますので、全体的に時期を明示できるものもあるし、現段階でそれを言うのは無理だということもありましょう。それから、それを実現する方法として新しく国会で法律の御審議をお願いしなければならないということもありますし、いや、予算的な手当てでできる、あるいは運営の改善でできる、いろんな種類の提言が入りまじっておるというのが私どもの偽らざる感想でございます。
 でございますから、これをこれから私ども文部省の教育改革実施本部で実施に移していくにつきましては、そういう内容の整理をいたしまして、その短期的な対応、中期的な対応、あるいは長期的な対応、そういうことで事柄の仕分けをしていかなければならないというふうに思っているわけでございます。
○高桑栄松君 年数がはっきりしなかったわけですが、今のお話を伺っていると、ひょっとすると、できそうもないのは後回しにして、文部省の好みに従う、つまみ食いというのがよく新聞に出ているものですから、つまみ食いだけされるのかなという懸念がないわけではないんですね。返事はもうわかっていますから聞かなくてもいいです。
 それで予算ですけれども、この重点課題を全部網にかけたとすると、トータルでどれくらいの予算がかかるものか。それからもう一つは、六十三年度、次の通常国会になるわけですが、六十三年度で臨教審関連予算というものはどれくらい今考えているのかということを伺いたいんです。
○政府委員(川村恒明君) この臨教審の答申に対応いたしますと申しましょうか、これを実現するための予算の問題でございますけれども、ただいま文部省で最終的に作業をしております六十三年度概算要求がございます。その六十三年度概算要求で、これは最終的には八月末に大蔵に出す時点で確定をするわけでございますが、私どもは、現時点で関係の予算をこの六十三年度概算要求で拾ってみますと、大体八千億ぐらい、七千九百億余りというのがこれの関係の予算ではなかろうかというふうに思っております。
○高桑栄松君 臨教審関係がですね、六十三年度で。
○政府委員(川村恒明君) そうでございます。概算要求。
○高桑栄松君 ところで、さっきちょっと申し上げた秋季入学で、大ざっぱに言うとどれくらいの予算がかかるんでしょうか。
○政府委員(川村恒明君) これは秋季入学の実施、移行と申しておりますけれども、移行のやり方によって千差万別でございますけれども、臨教審でのワーキンググループでのあれを拝見しておりますと、例えば多い方で一兆八千億、十六年間で一兆八千億ぐらい、少ない方ではほとんど負担がかからないというふうに、やり方によって大変な差があるようでございます。
○高桑栄松君 やり方によっては金がかからぬということはないんでしょう。やっぱり、一兆八千億またはゼロということはないと思うんだが、どうなんですか。
○政府委員(川村恒明君) これは臨教審で作業されたことでございますから私から申し上げるのもどうかと思いますけれども、私ども若干協力さしていただいた関係で、ゼロと申しますのは、かつて西ドイツがたしか一九六七年でございますか、それまで四月入学だったものを八月に切りかえたことがございます。そのときのやり方で、つまり非常に端的に申せば授業をカットしてしまうわけですね。一年分授業するところを九カ月やって、はいこれで全部終わり、こういうふうにやれば、そのための特別の教室も要らないし教員も要らないというやり方で、そのかわりその一九六七年当時に在学していた子供は全部そういうことで教育の切り捨てを受ける、こういう方式でございます。これは非常にぐあいが悪いということで、臨教審もこれはぐあいが悪いと。
 それで、一兆八千億かかるというのは、そういうことじゃなくて、四月から九月に切りかえるについて、やり方はいろいろあろうけれども、その移行期間は一時的に子供の数がふえる、そのためにやっぱりそれだけの先生の数も当然用意しなければならないし、教室も用意しなければならないということでございますから、施設設備について全く金がかからない西ドイツ方式というのはちょっと問題で、そうだとすれば、臨教審でもやっていただいておりますように一兆八千億とか、やや少ない方で一兆七千億でございますとか、そんな程度はやはり必要にはなるのかなと。これも私どもこれからまた精査して、もう一度計算してみたいとは思っております。
○高桑栄松君 まあ授業カットというのはよくないですよね。カットされた親も子もかっとなるんじゃないかと思いますから。これは避けていただきたい。それはわかりました。
 それでは次に、大学入試の問題に入りたいんですが、臨教審発足当時の特に中曽根総理大臣の言明は、偏差値をなくするとかいじめをなくするとかいろんなことをおっしゃっていましたが、大学に関しては偏差値入試をなくするということがうたい文句で、私はどんな方策が出てくるのか大変興味津々でございました。そして答申を見ましてもこれについては――まあ私は一番大事なったい文句だったと思っているんですよ。中曽根さんが言われたときはたしか秋季入学など出てきていませんよね。だから入試といじめというふうなあたりが非常に大きな問題であった。だがこの入試が具体的な提案もない。これはどういうことなんだろうかなと思うんですよね。先ほど粕谷委員の質問がございましたときに、入試については大臣は、受験は競争なんだから全部入れるわけにいかぬ、しかし永遠の課題だ、いい知恵はないかとおっしゃっていましたね。私は、いい知恵というほどかどうかわかりませんが、私の年来の主張がございますので後で申し上げますが、臨教審は、どうして具体的な入試改革案を提案できなかったんでしょうか。
○政府委員(阿部充夫君) 御質問の趣旨があるいは正確に私も把握できていないのかもしれませんけれども、臨教審では、第一次答申で入試問題を取り上げまして種々議論をした結果、いろいろな点の御提言をいただいておるわけでございます。
 基本的には、一つは現在行われております国公立大学の共通一次試験、これにつきまして、それがその内容等について、あるいは目的等については是とするにしても、結果的に大学間の格差の問題でございますとか、あるいは偏差値輪切りの問題でありますとか、そういうことを引き起こしてきているというような状況を踏まえまして、従来の共通一次試験というのをやめて、そのかわりに各大学が自由に利活用できるような新しいテストをやってはどうかということを一つ提言がなされておるわけでございまして、この新テストにつきましては、そういう方式をとることによりまして各大学が非常に多様な利用をするということによりまして、現在の共通一次について指摘されておりますように、その偏差値輪切りの問題というのが解消していくということを一つの大きなねらいにしたものであるというふうに理解をしておるわけでございます。
 また、そのほか、同じ第一次答申におきましては、先ほど午前中も粕谷先生の御質問でも出てまいりましたような国立大学の受験機会の複数化の問題等についても指摘がされ、これについては既に現在その実施に移し、そしてまた問題点等を逐次改めながら定着をするようにしていきたい、こうしておるところでございまして、そういう意味では臨教審からは具体の提案が幾つか入試改革については出されており、その実現について文部省として現在努力中である、こういうことでございます。
○高桑栄松君 受験機会の複数提供ということは、これは入学機会の複数ではないんですね。受験機会だけなんですね。だから問題は、受験機会を複数化したから今までと何が変わったかということで、変わっていないというのが現状なわけです。だから、ラジカルという意味は、因果関係をはっきりさせてその原因を絶たなければならぬわけです。ですからラジカルでないんだな、これは。やっぱり方法、内容のところでごちゃごちゃやって、改善だと思っておったら改悪ということもあり得るわけですね。
 大学A、B分割方式というのは、これは大学も受験生も混乱を引き起こされたと言っているようですね。多分そうだと思います。だって、今までの経験が生きないんだから。そして何が何だかわからぬのでやっちゃったわけですよね。その結果、昭和六十二年度の受験でどうなったか。水増しの最初の発表。そして現実にどれくらい水増しになったか。このデータをちょっと伺いたいと思います。
○政府委員(阿部充夫君) ただいま手元に持っておりますのは、最終的にどれだけ入学定員をオーバーしたかという数字でございますけれども、国公立大学を合わせまして、入学定員をオーバーした数字が四千二百九十七人、国立大学だけで申しますと三千百七十九人が入学定員をオーバーして入学をしている、こういう数字になっております。
○高桑栄松君 今のは入学の決定でしょう。そうでなくて、水増し発表の場合はどうでしょう。
○政府委員(阿部充夫君) 入学定員十万四千人に対しまして、延べで十四万四千人当初の合格発表をしておるわけでございます。
○高桑栄松君 つまり、水増し合格発表三万何がしで、パーセントで三五%水増し合格発表した。この整理をしたら四千何百人かが定員オーバーをした、こういうことですね。そのときに、水増し発表というのは、やはり何というか、定員割れの危機感というふうなものがあったと思うんです。
 これに対して文部省は、国立大学の場合にどういう指示をされたんでしょうね。
○政府委員(阿部充夫君) 今回の受験機会の複数化に当たりまして、入学定員と対比して、各大学とも初めての経験でございますから、実際の合格者がどうなるかというのは大変難しい問題であったわけでございます。
 ただ文部省といたしましては、やはり国立大学が公の経費で設立運営されている大学であるということから申しましても、結果的に合格をし入学を許可される者の数が入学定員を下回って、いわばあきがあるという状態になるということは、これは国民の間で入学したいという希望があるわけでございますから、それとの関係で望ましくないので、合格者が定員だけ確保できるように、そういう配慮をぜひしてほしいということは強く指導いたしました。この点につきましては、従来からも国会におきましても国立大学で欠員があるという状況についての御批判をしばしば承っておったというようなこともございまして、そういう点を踏まえて、各大学でもひとつ十分な見通しを持って適切に配慮をしてほしいという御要望を申し上げてきたわけでございます。
○高桑栄松君 新聞発表を見ますと、国公立大学でいいますと入学者の定員オーバーが四%ですね。それで東京大学だけを見ると七・四%、北海道大学で四・七%となっているんですね。この予算措置については何か指示をなさったんですか。
○政府委員(阿部充夫君) ことし定員オーバーをして受け入れている場合に対する対応でございますが、従来から国立大学の予算面で、学生定員の問題につきましては、予算は学生定員を基礎として配分をするという仕組みでまいったわけでございます。しかしながら、今回は定員をかなり大幅に超過をしているケースも出てきましたものですから、これを大幅に超過して教育指導上予算面で問題があるというようなところについては御相談に応ずるということで対応しておるわけでございまして、今後の、具体的には今年度予算の執行の問題としてこれからの対応になってくると思っております。
○高桑栄松君 これは、今の予算というのは、臨教審関係の六十三年度予算に組み込まれるんですか。いかがですか。
○政府委員(阿部充夫君) 国立大学全体、国立学校特別会計として相当まとまった予算として組まれておりますので、その中の運用で対応していくという構えでおりまして、非常に困っておるところに対しては積極的に対応するつもりでおります。
○高桑栄松君 それから、ことしの試験の結果そういった定員割れ、定員オーバー、水増し等々があったわけで、今度は国大協で同一学部A、B方式というんですか、これを今度採用したいというのかな、後で秋かなんかに会議があって決めるということですが、それは昭和六十四年度からと。これは文部省がかわりがないのかどうかわかりませんが、文部省としても強い関心を持っておられると思うんですよ。一体今までの大学A、B方式を同一学部A、B方式にしたということで何を期待しているんでしょうか。どう思っておられますか。
○政府委員(阿部充夫君) 御承知のように、大学則にAグループまたはBグループに所属をするという形で今年度の入学試験が行われたわけでございますけれども、その結果を踏まえまして、来年度、六十三年度入試についてのA、Bグループ分けについて国立大学各大学が検討いたしました結果、新聞記事等でも十分御承知のことと思いますけれども、関西の主として法律あるいは経済といった文化系の学部におきまして、ぜひB日程の方にかわりたいというケースが非常にたくさん出てまいりました。
 A日程とB日程のバランスという観点から見ますとこの問題は、非常にB日程に著しく偏ってしまって、いわば受験機会の複数化という面からはかなり問題のある方向が出てきたというようなこともございまして、先ほど午前中に大臣からもお答えいたしましたように、大臣から直接国立大学協会の幹部に対しまして、全体のバランスがとれるような方向を検討してほしいと、当時五月ぐらいの段階でございましたか、各大学で検討してBグループに入りたいと言っているようなケースについていわば再考を促したというようなことがあるわけでございます。その場合に、一つはこういう問題はことし六十三年度の入試については我慢してBグループに行かずにAに残るとしたにしても、また六十四年度以降同じような問題が起こってくるという可能性がこういう分け方を進めていく限りではいわばずっと残ってくる問題であろう。国立大学関係者の中でもそういう意味ではひとつ抜本的なことを考えなきゃいけないんではないかというムードもございました。
 それで、これも文部省側からの一つの提案といたしまして、全部の大学が定員を二つに分けてAでもやりBでもやるという方式を考えれば、どの大学がどっちに属するという問題がなくなるではないか。それがなくなれば、分野ごとに偏りが生じているとかそういうたぐいの問題もなくなってくるし、要すれば当初のねらいであった受験機会の複数化ということは確保されているというような、仕組みとして検討すべき有力な方式ではないかというようなサゼスチョンもいたしたわけでございます。
 国立大学協会の方では、そういうようなことも受けまして検討いたしました結果、部分的な手直しを昭和六十三年度についてはやるけれども、六十四年度入試以降については抜本的な問題として早急に検討にかかろうということで現在検討が行われているところでございまして、その検討が行われている抜本的な方策の一つとして、今申し上げましたようなA、Bそれぞれ二回やるという方式も検討の対象になっているということのようでございまして、私どもの方としては、先ほど申しましたような分野別あるいは地域別のバランスの問題ということも解消するというような点からも、この方式は一つ有力な方式であると思っておりますので、国大協の検討の状況を現在大きな関心を持って見守っているという段階でございます。
○高桑栄松君 受験機会の多数化というのは入学機会の多数化ではないと僕は申し上げましたが、今の同時に、同時にじゃないな、二つの学校を一遍に受けられる――今まではどちらかだったわけですね。共通一次が済んだらあとはどちらかだったわけだ。その人の勝負にかけたわけだ。今度は両方受けられるとすると、大学の序列化は明快に出てくるわけですね、今度は。だから私は、大学の序列化ということは偏差値なんですよ。偏差値のいい人がいい学校に入るということだ。ですから、偏差値をここで解決をしないで受験の機会みたいなことだけをやっているから、偏差値で、一点足りなかった人はAには入られない。しかし、AもBも入ったらいい方に行きたい、こうなるわけだ。それ、全部もうはっきり。そうすると、仮に学校の格差があれば、両方入ったらもうBは捨てるわけですよ。そうすると、関西の某々大学は全部いなくなるかもしれないわけだ。そういうことになるわけですよね。
 ですから、とれによる期待というのは、私がさっき言った大学入試のラジカルな変更がないのではないのか。つまり、問題点は偏差値輪切りなんだから、そして我々は遠い遠い過ぎ去ったことだから、うまくいったからよかったとは思っていますけれども、やっぱり僕らのときも一点を争ったことは間違いない。しかし、一点違ったからこの大学に入れた。たった一点違ったから、例えば英語の定冠詞theをつけたかつけないかでこっちは落ちた。これだけの違いでもう全く人生が違うわけだ。人間がそんなに差があるんだろうかというところが私は入試の問題だと思うんです。
 ですから、これからは大臣のいい知恵があればというところを少しだけ、まあいい知恵かどうか知りませんが、御参考に。
 それは、私が前に申し上げた、松永さんのころから申し上げたハードル論なんです。一点を争うから偏差値というもののいい人が絶対いい方へ行く。したがって、幾つも受けさせてくれたらいい人だけがどこかに入れる。悪い人は絶対入れない。それだけ人間の差があるのか。私はそんな差があってたまるかと思いますね。たった一点で違うんです。私は試験の委員長もしたことがあるんですが、一点違うとそこで何人か違ってくるんです。一点少なくしてやればどうなる。もう十人ぐらい違ってくるわけだ、すぐ。それで及落が決まることの方がかわいそうなわけです。ですからボーダーライン、ボーダーラインじゃないな、そのちょうど合格圏内プラスマイナス何点かの間は、もうその能力において変わりないですよ。それを一点で切るから偏差値輪切り。その一点を多く取るための技術、これが塾なわけだ。だからそこに受験産業というものが栄えてくるわけです。だから、学校の先生は多分平均値で、しかもできない子を何とか引き上げ。ようとして努力しているから、できる子の方は余り構われない。できる子が塾に行ったらどんどん進んでいける。こういう複式みたいなやり方があるんだろうと思うんです。まあ私よく知らないんですけれどもね、塾というのは行ったことないからわからないですけれども、そうじゃないかなと思うんですよね。
 ですから、今大学入試だけで、後は高等学校も同じようなことを応用問題で考えてもらうわけですが、今大学入試というのは、学校教育の一応の終点は大学なんだから、そうすると、大学に入るために小中高があるように今やっているわけだ。それはまあ現実の問題ですよね。そして、大学にみんな入りたい。しかし、大学で授業を受ける基礎学力は、一定の学力ない人はだめなんだから、これはもう私も大学の教授しておりまして、だめな者は入ったってだめなんです。しかし、努力もしないで、一点差だけで入ったのでいいのかということになるわけだ。入ってもだめなやつがいっぱいいるわけです。落第が出てきます。落ちたのですばらしくできるのがいると思うんです。ですから、その辺が問題なので、一点を争って加算をするから塾が栄え、偏差値がはっきりしてきて、その一点でとるから某A大学とB大学との差がはっきりしている。だから、受験機会を幾ら与えても、偏差値で一点すぐれた人がそっちへ行く。これで人間の生涯の序列が決められては本当に大変だと思います。
 しかも、日本の一点を争う入試というのは、模範解答を要求しているんですよね。模範解答なんです。それ以外の解答を書いた人はだめにするんだ。ですから、模範解答だけを要求されるから、模範生だけが入ってくる。そして大学の場合、一定の偏差値だけの人というと、ある一定の方向を持ったような人だけしか入ってこないわけですね。それこそ多様な学生は入ってきません。ですから、多様な学生が入らない大学で、一定の同じようなレベルの人間だけが勉強していると、同じような人間、カラーが生まれてくるのではないか。これは個の確立からはほど遠いんですね。やっぱり日本はどうも集団指向だと思うんです。個の確立という言葉も今度の最終答申にちゃんと入りましたよね。御存じですか。いや、本当に入って、私はああよかったなと、やっぱり数十遍言ったら一遍ぐらい入るようになる。最終答申第一章3、「教育の基本的在り方」の(2)に、「個の確立」という言葉が出てきているんですが、この個の確立のない教育というのは国際化にはなりません。どこ行っても同じ返事するのは日本人かどうか知らぬが、国際的に通用しない。だから、我が国は国際化の中ではどれくらいおくれているのかなと。これは非常に重要だと思うんです、テンポ速いですから。
 ジャパンバッシングというのがあるわけでしょう。これは貿易のバッシングですね。間もなくオリジナルティーバッシングがやってきますから。学間のオリジナルティーを主張する。これにちょっとでもひっかかったらバッシングが来る。これはもう何だかに書いてあった。次にやってくるのは貿易ではない、学問のプライオリティーをだれが主張するか。日本のような模倣先進国はもうだめです。これはシリコンバレーでもう出てきたんですけれどもね。シリコンバレーでもうオリジナリティーはアメリカなんだと言われて、もう大変な日本は落とし前みたいのを取られた。今度の問題も何かそうらしいですよ。きのうのテレビで、日本は落とし前が取れるからおどした、バッシングしたら落とし前出したのでね、こういうふうにテレビで言っていましたね。あれは説得力ありましたよ。だけれども、それを言っていたニューヨーク市立大学の日本人の教授は、やっぱり個の主張がないということを言っているんですよね。個の主張です。個の確立です。なぜ相手にされた東東芝が頑張らないんだ。みんな政府に寄りかかる。そうすると政府は――いや、これはまあ批判になるといけませんからやめます。
 個の確立がないから、教育の中で、私はやっぱり個の確立をするために入試の改革が要るんです。だから、入試は一点を争う模範解答グループだけを入れるんじゃない。模範解答は六割でいい、例えばですね。ですから、私は共通一次賛成論者なんです。というのは、あれは客観的に点数が出ます。ただ、それの多い方を、一点多いからとるからだめなんで、例えば千点満点で六百点とか、某々大学は八百点とかね。某々大学は五百五十点でいい。それ以上は全部第一ハードルはパス。基礎学力これでよろしい。その上にもう一つ今度大事なのは、その人が将来自発的学習する能力があるのかないのかなんですね。日本で言うと、昔、能研テストというのがあったんですよね。例えば能研テストのようなものを使う。あれがいいかどうか私もよくわからないんだけれども、それは一つの能力テストなんですね。それは将来性を検討するような問題点が出てくると思うんです。それがもう一つのハードルになる。つまり、ハードルである程度ふるいにかける。二番日のハードルを何かかけてまた上げる。三番目が今度人物がありますからね。人物はやっぱり、例えばクラブ活動、勉強ばかりじゃなく、クラブ活動をちゃんとやっている、それにもかかわらず第一のハードルは通った。ああこれはいいなと。これがA、B、Cあったら、BならB以上をとる。それから社会奉仕ね。やっぱり地域社会活動をちゃんと子供のときからやっているというような、社会奉仕活動なんか、例えば時間で採点することもできると思うんです。大ざっぱにA、B、Cとか分けて、そういうふるいにかけていく。
 それからもう一つは、例えば二次試験というのは、私は、今のようにやっぱり一点を争ってじゃなくて、例えば工学系なら数学の第二なら第二が要るよと。ごく少数の、一、二の最小限度の必要と思われる学科目だけを二次試験していく。これも私は第一はペーパー点数でなくてハードルがいいと思うんです。ですから、ハードルでやって、そして仮に定員の二割を超したとしますか。それ、さっきの文部省が面倒見ると言った水増しです。それくらいならいいなら、それでやったらいい。そして学校の中で、最初の一年の半年ぐらいでしっかり試験をして、本当に将来伸びそうもないのを落す。これになりますと、五月病というのはないんです。
 私の経験ばかり語って申しわけありませんが、これは議論ではないのかも知らないと思ってお話ししているんです。私がアメリカへ留学しましたときに、私はやっぱりちゃんとした、相当シビアな競争試験を通って行ったんです。そしてオリエンテーションが六週間あったと申し上げました。行って三日目に試験がありました。いやもうびっくり仰天しましてね。五月病なんてものじゃありませんよ。三日たったらもうすぐ、試験は英語の試験でございますからね。本当に字引見ながらです。大変でした。試験に次ぐ試験がありましてね。四分の一学期の間、私はスペシャルスチューデントというやつです。つまり登録されていないんです。授業料は取っているんです。その四分の一学期で見込みがなければ落第なんですね。この人はもう単位を取れる学生になれないんです。私は幸い通りましたから、初めてレジストレーションを四分の一学期過ぎたときにしてもらって、今までの成果は全部単位に繰り込んで、そして三十何単位取って、私はマスターをもらってきました。それは大変な試験をしますよ。
    〔委員長退席、理事林寛子君着席〕
 ですから私は、二割ぐらいをハードルで上げていって、そして基礎学力は六十点なら六十点、能力点数は五十五点なら五十五点、人物はこれとこれとハードルでやって、そしてあるパーセントでプラスパーセントを入れて、一年目で半年ぐらいの間に勝負したらいいです。どうしてもだめなのは次の学校を受けるために排除する。来年別なところを受けなさいと。これは三年も四年もたってから落第させちゃかわいそうだ。私はそういう基本的な考えなんです。それで、これが入試の抜本的な改革ではないのかなといつも思っているんです。今までのものは全部一点加算ですから、一点を争っている。これは偏差値です。これを改定しないで何をいじくってもだめですね。それはもうだめです。それから大臣言われたように、全員を入学させることはできません。それはキャパシティーだけの問題じゃない、能力の問題があります。ですから能力もテストし、一点も争わないで、しかも一点はちゃんと勉強させてやる。これが入試改革の私の知恵なんです。
 大臣に感想を求めても困るかな。大分長いレクチャーになっちゃいましたけれども。
○国務大臣(塩川正十郎君) 非常に有益なお話、ありがとうございました。しかし私はやっぱり委員会の記録に残しておいていただきたいということが一つございます。それは、阿部局長が言いましたように、機会の複数化ということと同時に、私たちが三度四度大学当局と交渉しました中に、もう一つ重要な要素が含まれておった。それが先ほど高桑先生がおっしゃったものと符号するわけであります。
 それは何か。なぜA、B二つに分けて、二回受験やらせないか、やってくれたらいいじゃないかといったその説の中に、私は特に強調いたしましたのは、一回A、Bで試験のやり方を変えろということなんであります。何も学生に複数機会を与えるというだけじゃなくて、Aはそういう人物中心、だから小論文であるとか面接であるとか。面接一回で人間がわかるか、わかりはしないじゃないか。そうならば何遍も会って、しかし論文も書かす。そして人間を見るということ。例えばの話、例えばAグループの試験、これは一斉にやったらよろしいじゃないか。その次はBは本当に勉強できるかどうかという学問の、勉強のテストをやる。それに重点を置く。つまり重点の置き方をA、Bそれぞれ変えたらどうだ。こういうことによって大学では非常に幅の広い学生を対象に選考して、入学できるんではないか、こういうことを一つ提案いたしました。
    〔理事林寛子君退席、委員長着席〕
それと、もちろんおっしゃるように一点の差で、何もスポーツじゃないんだから、スポーツのような冷酷なことで人間を扱うわけにはいきません。スポーツは一点勝ったなら勝ち負けの勝負ですけれども、我々のこの学生の問題はそういうことではなくして、ある程度それを入学に入れる。そして、昔私ら学生でありましたときに、東京物理学校というのがございまして、これは非常にユニークな学校でございました。しかも優秀な者だけ勝ち残っていくというんです。だからそういう選別の方法があるんだろうか、ないんだろうかと言いましたら、しかしその問題に関しては、これはやっぱり学校の自治ですから、文部省からそれはできないということであります。
 そういたしますと、私は結論として持っておりますのは、今この入学試験の問題は大学の自治だとおっしゃっているんです。この大学の自治というものが本当に自治で押し通していけるのかどうかということ、社会の批判を受け、そして社会から非難を受けた場合に、そのときに本当に先生がそれで対応していけるかどうか。あるいは大学が設置された国家的要請、社会的ニーズという。もの、これをほおかぶりしてただ学園の自治だけで言えるのかということ、これは議論したところであります。私はあえてこれを大学当局に強く要求したんです。そうしたら、まあ一応受験の複数化に対しては我々も積極的に取り組みます。しかし、その試験のやり方とかあるいは対象とかというものについては、これはまさに学園の自治という厚い壁の中に閉じ込もってしまいますから、我我としても関与しがたいというようなところなんであります。
 しかし、私はこれはいろんな改革を進める中において、この学園の自治と行政の指導との接点をどこかで探さなければならぬと思っております。今回、大学審議会ができる、こういう問題も私は真剣に検討していただく、そしてお互いが協力し合う。文部省の方もいろんな情報を受験生に提供するこれはやっぱり責任があると思うんです。そういうことと、大学との間に、文部省と大学との協力を一層強化するためにも、ひとつ制度的に考えていかなきゃならぬ。そういうことを、ことしの春でございますが、大学当局と二度三度話し合いました中で感じたものでございまして、文部省としても、要するに先ほど申しましたような人間中心に見た受験生の選考もやってほしいということを強く要求しておるということ、これだけはひとつぜひ、何も偏差値一本でそれで大学側と話をまとめてきたというものじゃないということをちょっと私からも申し上げさせていただきたいと、こう思っております。
 お聞きいたしました意見、私も一々そうだなと思っておる点が多々ございました。それも参考にさせていただきます。
○高桑栄松君 大臣のお考えいろいろ承りまして、私自身も大変、まあ余りいい知恵であったかどうかは別といたしまして、参考にしていただけるということでよかったと思っております。
 あと、時間がもう迫りまして、最初申し上げたようにやっぱり取りこぼすのが出てきたようでありますが、一つ伺いたいのは、七月の三十日でしたかね。東京芸大の助教授の方のことが出ておりました。この問題点、さっき学問のプライオリティーというお話をいたしました。創造というのは芸術だけではないわけです。学問も創造が必要なわけです。ですから創造というものは人類の発展過程の中で非常に大事な人類の文化発展の要素なわけですから、これについて、国立大学でございますし、芸術の大学でございますから、文部省の御見解は何かございますか。
○政府委員(阿部充夫君) 今回の事件と申しますか、これは芸大のある助教授の方が、題材の一部に、ほかの方が撮った写真を見ながら、それを自分の日本画として絵にした、こういうケースでございまして、それがしばしば、何回かおやりになっていたということでございます。
 芸術の問題、あるいは著作権の問題なんかに絡んでくるのかどうか私もわかりませんけれども、これが是か非かというのは大変難しい問題であろうと思います。よくその辺の建物なんかを写真に撮ってあるのを見て絵にするというようなケースはしばしばあることだろうと思いますが、そういった意味で、たまたま写された写真がそういう単なる建物を写したとかいうのじゃなくて、鳥が飛び立つようなある一瞬を撮った大事な写真であるというようなことであろうかと思いますが、私どもの方としても、これの是非についてはちょっとにわかに、芸術上の問題でございますので、大変判断に苦しむところでございます。
 ただ、今回の件につきましては、御本人自身がこの問題については責任をとってやめたいという退職の申し出をまずされて、当該大学の教授会において検討した結果、本人の意思を尊重してそれでは辞職を承認しようと、こういうことに決めたということでございますので、文部省としては、大学の御方針を尊重しているという立場にあるわけでございます。
○高桑栄松君 新聞によりますと、この方は昭和五十四年に院展で文部大臣賞をもらっておられるわけです。その題材が、「風舞う」という、寸分遣わないモチーフであったということでございます。この文部大臣賞、一遍出したら、大臣、これは困るですね。下げるわけにはいかない。どうなんでしょう。
○国務大臣(塩川正十郎君) 文部大臣賞を渡したという事実は消えることはないと思います。
○高桑栄松君 それから、私やっぱり大変気になるのは、御本人は助教授なわけですが、教授が、才能のある人だからという言葉が出るんですね。それから画商でしょうね、やっぱり才能のある人だからと。それから芸大の美術学部長が、構成力にすぐれている人だと、さらなる飛躍を期待していたのにというのが出るわけです。
 その構成力というのは、モチーフというのは構成力なわけですから、それは人のものをそのまま持ってきたのはどんなにうまくかいたって写真みたいなものなんですね。だから、よくテレビなんか見ますと、そっくりさんというのがいます。そっくりさんというのは、その人の特徴を強調するから本物以上に似ているというわけだ。しかし、幾ら本物以上であってもそっくりさんはにせものなんですね。ですから、才能があるないという言葉を使ってもらっては困るわけだ。それはペインティングの才能でありまして、芸術というのはペインティングの能力ではない。これは写真の方がやっぱりもっと確実なんじゃないかと思う。寸分違わない。やっぱり構成力という、それがむしろモチーフなんだ。創造なんですね。
 だから、この方はこの方で、私は今この方を責めるつもりで言っているんじゃないんです。そういう人を、十年前からうわさがあったのを、芸術大学ともあろうものが、教授会は何にも、無為無策であったということを私は残念だと思います。それはその人たちの評価をされるんじゃないか。教授方のですよ、僕の言うのは。評価をされるのではないか。私も大学の人間であっただけに、そういうことを見逃したということが非常に恥ずかしいと思うんです。
 大臣、何かコメントありますか。
○国務大臣(塩川正十郎君) 私も全くそう思いました。やはり日本人は権威に弱いのかなという感じがするんです。権威と、それから何といいましょうか、広告に弱いというか、そんな感じがいたしまして、私もあの記事を見て、文部大臣賞が出ておるというので、実は疑問に思った一人なんです、率直に申しまして。おお、こんなのにと。やったというのは相当前ですが、しかし、これは今さら責任の問題を追及する問題でも、私はそんなこと思っておりません。おりませんが、しかしそれなりに、やっぱり選考のときに、こういう地位にある人、これは間違いないだろうということが前提となっておる、そういうところが日本人の弱さでもあったと思う。
 そしてまた、大学におきましてもお互いにかばい合うということがあります。どんな社会でもそうだと思うんです。政党一つ見ましても、公明党さんでも、先生はこれは政策的にこっちの方がいいんだろうなと思っているけれども、大勢がそっちに行けばそうだそうだということになることがあるんですから、やっぱり私はそういうところをはっきりするということはなかなか勇気のあることだと思いますが、そうなければならぬと思いますけれども、私は凡人としてなかなかそうはいかないのが現代の悩みの一つだろうと思うのであります。
○高桑栄松君 それじゃ最後に一言。
 今公明党というお話しございましたけれども、私は公明党員ではないんです。党費払っておりませんので。国民会議というので、党議拘束は受けないというので勝手に演説をさせていただいております。
○国務大臣(塩川正十郎君) どうも失礼しました。
○高桑栄松君 個の腹立がちゃんとあるということでございまして……
○国務大臣(塩川正十郎君) 我々も個性尊重いたしますから。
○高桑栄松君 そんなことをおっしゃるから何か演説しようと思ったのを忘れちゃったんですけれども――やっぱり日本人は、さっき僕が申し上げた、あの人は才能がある人だからといたわっているんですね。だからやっぱり何か家族主義なんだな。国際的に通用しないというのはそれを言っているんです。家族主義なんです。全体から言えば日本国株式会社、芸大で言えば東京芸大株式会社、その社員だからみんなかばう。これは国際的に通用しないですね。国際的ということは、国民はあるが国境はないんですよね。だから、国境がないのを国際的と言っているんです。ですから国際化をするということがこれからの教育の大事なポイントでしょう。ですから国際化にはどう道を開いていくのか、しっかり研究していただきたいなと、その中に個の確立をちょっとお忘れなくということで、私の質問を終わらせていただきます。
 ありがとうございました。
○佐藤昭夫君 まず、東京大学における寄附講座の問題について質問いたします。
 既に私は七月十日の本会議代表質問において、大学審議会設置法案の重大な内容、すなわち大学自治を根底から破壊して、真理探求と国民のための研究、教育の推進という大学の本来的任務を大企業奉仕の方向に大きく変質をさせるという問題、その当面のあらわれとして、東大における新日鉄、NTT、NECなどの寄附講座問題を指摘しました。これに対して中曽根首相は、大学自治は侵害しない、国民の期待に沿う大学になっていただくものだと答えているのでありますが、塩川文部大臣もこれと同じ考えですか。
○国務大臣(塩川正十郎君) 同じでございます。
○佐藤昭夫君 そこで、大学自治を守ると言うからには、当然この寄附講座開設に至るまで必要な民主的手続、ルール、こういうものは当然守られているんでしょうね。
○国務大臣(塩川正十郎君) そのとおりです。
○佐藤昭夫君 四月の二十一日、東大の評議会が「東大寄付講座要項」を決定をしております。この要項の附則において、「この要項は、昭和六十二年四月二十一日以後において、国立学校に関する法令に寄付講座に関する規定が置かれたときに、その規定の施行の日から実施する。」というふうに附則に書いておると思いますが、間違いありませんね。
○政府委員(阿部充夫君) 御指摘のような規定があると承知しております。
○佐藤昭夫君 ところで、ここに言う国立大学等の寄附講座及び寄附研究部門の実施を定める政令改正はいつ行われましたか。
○政府委員(阿部充夫君) 本年の五月に関係の省令の改正を行っております。
○佐藤昭夫君 五月十六日ですね、正確には。
○政府委員(阿部充夫君) 御指摘のとおりでございます。
○佐藤昭夫君 そうしますと 東大の寄附講座は四月二十一日の大学評議会で実施要項が決められた。五月十六日の文部省令改正、これをもって発足をした。もう一遍念を押すようですが、そういうことですね。
○政府委員(阿部充夫君) そのとおりでございます。
○佐藤昭夫君 にもかかわらず、こういう四月二十一日の東大の決定、五月十六日の文部省令改正、にもかかわらず既にそれ以前にNTTなど企業側から寄附金が入っているということになっているんじゃないでしょうか。
○政府委員(阿部充夫君) ちょっとお話がよく聞こえなかったので、恐縮でございますがもう一度。
○佐藤昭夫君 さっきから繰り返しておりますように、寄附講座というものをこういう形で実施をしていくんだ、開設をしていくんだということの東大側の実施要項、これが決まったのは四月二十一日ですね。それからその附則で、この実施要項の発足は、文部省令が改正をされたその時点をもって発効するというふうに附則で書いておる、御確認になったとおり。その文部省令改正は五月の十六日付。にもかかわらず四月の二十一日なり五月十六日、それに先立って、相当に先立って、もっと言えば三月の段階からNTTなどの企業側から寄附金が既にもう大学に対して入ってきているという事実があるんじゃないですか。
○政府委員(阿部充夫君) 奨学寄附金ということで、寄附が行われているそうでございます。
○佐藤昭夫君 その寄附が入った同時と金額、述べてください。
○政府委員(阿部充夫君) 例えば新日鉄の場合で申しますと、四月二十八日付で寄附の申し込みがございまして、寄附金の総額が一億五千万円ということに、なっております。
○佐藤昭夫君 新日鉄ですか。その一億五千万円というのは新日鉄ですか。
○政府委員(阿部充夫君) 幾つかあるわけでございますけれども、御指摘のNTTにつきましては、三月十一日付で奨学寄附金として一億五千万円、これも同じ金額でございますが受け入れております。
○佐藤昭夫君 三月十一日ですか。そういうことで文部省に対しての正式の報告が出ているんですか。
○政府委員(阿部充夫君) 三月十一日付で寄附申し込みが行われているということでございます。
○佐藤昭夫君 念を押すようでありますけれども、NTTから一億五千万円という寄附金が納付されたのはいつですか。
○政府委員(阿部充夫君) 手元に資料がございませんのでその正確な日にちがわかりませんけれども、一般に、こういうたぐいのものにつきましては、例年その年度の初めに、四月に受け入れておりますので、ただいま持っておる資料で、NTTだけちょっと寄附の時期が書いておりませんけれども、ほかの会社のは全部四月に受け入れておりますので、多分これも四片であったと思います。ただいま手元にこのNTTの分だけ日付の資料を持っておりませんので、恐縮でございますが。
○佐藤昭夫君 私の調査では、NTTが実際に寄附金を納入をしたのは三月二十七日であります。新日鉄とNEC、これについても御承知のようですから、それは納付はいつですか。
○政府委員(阿部充夫君) 総額を決めて、その後何年かにわたって分納するわけでございますけれども、他のケースにつきましては、日にちまで入っておりませんけれども、ただいま手元の資料では全部四月ということになっております。
○佐藤昭夫君 四月と、こう漠然とおっしゃいますけれども、私、何にも増してNTTが事は重大だと思うんです。大学が、評議会でかくかくの内容によって寄附講座を設けるということを大学が決める以前から、一億五千万のお金がNTTからどんと入ってくるわけでしょう。しかも、今のお話によると、新日鉄、NEC、四月だとおっしゃるんだけれども、四月二十一日の実施要項決定よりも前なのか後なのかによって、意味合いが私は重大な違いがあると思うんです。今申し上げた大学の自主的決定、それに先立って入ってきているのかどうか。いわんや五月十六日に文部省令の改正をやられるわけですね。さっきから何回も引用しております東大の実施要項のその附則で、この寄附講座なるものは、国立学校に関する法令の、その省令改正が行われたその日から、この寄附講座というものは実施をしていくんだ、それが五月十六日だと。そうしたら、NTTはもちろん新日鉄もNECも全部この五月の十六日以前の段階でお金が入ってきている。
 大臣、このことをどういうふうにお聞きになったでしょうか。そこのけそこのけ札束が通るじゃないですけれどもね、先に札束ありきと。大学でどういう決定になるかそれはわからぬのですよ。文部省令改正も一体いつどういう内容でやられるか、それもわからぬままに三月の段階からどんどんどんどん金が入ってくるんでしょう。それが既成事実になって、それにつじつまを合わせるかのように大学の実施要項が決定をされ、文部省令が改正をされていく。こんな逆立ちをした文部省の行政のあり方、そしてまた、大学自治だ何だというんですけれども、札束で大学自治をじゅうりんをする、そういうやり方がまかり通っているということじゃないでしょうか。文部大臣、どういうふうにお考えになりますか。
○政府委員(阿部充夫君) この寄附講座というやり方につきましては、かねてから国立大学の関係者等から、諸外国でしばしば非常に多くの例のあることでもあり、大学の教育研究を活性化をしていく、あるいは内容を豊富にしていくという観点から、ぜひそういうものを考えてほしいという御要望を聞いておりました。また、時期を一にいたしまして、臨時教育審議会の方からも、これは昨年の四月でございますけれども、こういう方式をとってはどうかという御提言がございました。
 文部省といたしましては、早速それを受けまして、制度的な仕組みを大学関係者の意見等を聞きながら整えていくという作業を行ったわけでございまして、それまでの間におきましても、何回かの国立大学の学長会議等につきましても、現在作業中であるからと、近々のうちにこういうたぐいのものを制度化したいという御説明等も行ってまいりましたので、そういうことを受けて東京大学では、近く省令が出るであろうから出たらばこういう要項を発効させようということで実施要項のようなものを評議会で決めたのだと、こういうふうに考えておるわけでございます。
○佐藤昭夫君 寄附講座について大学側からどの程度意見が出ておったかどうかということにはかかわりないんです。また、寄附講座が本当にいいものかどうか、ここについてはいろんな意見の人があるでしょう。しかし、そういうことにかかわりなく、例えば目的がよければ、内容がよければ手段はどんな手段をとってもいいんだということでは世の中は通りませんね。行政というものはそういうものであってはいかぬ。ちゃんと法律や規則にのっとって、踏み外しをしないようにルールを守りて行政や大学の運営というものは進められなくちゃならぬのだという、このことは大臣も御確認になりますね、その一般ルールは。
○国務大臣(塩川正十郎君) 一般論としては、もう仰せのとおりでございます。
○佐藤昭夫君 そうしますと、寄附講座についてたくさんの意見が出ていた、諸外国のいろんなそういう例もあった。しかし、それならば、ちゃんとこの大学自治という原則にのっとって、大学がまず自主的に結論を出して、それに基づいて企業が対応するという対応の根本、あるいは文部省が省令改正をやるというのであれば、その省令改正を待って実際に法的に寄附講座というものが有効になるわけでしょう。ところがそれがじゅうりんされるようなことがやられておる。これでもいいというふうに、大臣お考えになるんでしょうか。
○国務大臣(塩川正十郎君) 今、いろいろ佐藤さんの意見を聞いておりまして、これはまさに大学のやっておることでございますので、こういう話があったと、大学の自治との関係でいろいろ質問があって事実関係どうなんだということをちょっと問い合わせまして、私も実はこの事実知りませんので、意見を求められても、大学は自分の自治でやっている問題でございますから、これに対して我々はとやかく言うことはないだろうと思っておりますし、こういう御質問があったということは連絡いたしておきますから。
○佐藤昭夫君 東大側がやっておることだからということで逃げられますけれども、しかし、局長がさっき言われたように、事前に東大側から、こういう手順、段取りで寄附講座開設に持っていきますということについて事前説明があったというんですね。その事前説明のときに、東大の評議会としては四月二十一日に決めますけれども、もうそれ以前三月二十七日から一億五千万円金が入っていますと――局長、聞こえていますか。東大評議会としては、四月二十一日に実施要項を決めるけれども、それ以前三月二十七日に既に一億五千万円金が入っています、こういう説明もあったんじゃないですか。それに対して、ああそうかそうかということで、黙認を与えてきたというのが文部省じゃないですか。
○政府委員(阿部充夫君) 御指摘のような詳しい説明というのは、私どもは聞いておりません。
○佐藤昭夫君 私はそうじゃないと思うんです。だから、文部大臣がいや聞き始めだと。大臣は聞き始めかもしれない、しかし事柄の経緯は、私の申しているようなそういう経緯なんです。そういうルールを踏み外すような非民主的なやり方を文部省も黙認を与えて事が進んできたという、この点が、私は文部省としても重大な責任がありますよということを言っているんです。
 大臣は問い合わせという表現を使っておられますけれども、本当に事柄は大学自治にかかわる、自治がじゅうりんされている、こんなことがどんどんどんどん今後いろんな大学の寄附講座ということで横行し出すということになったら大変なことでしょう。あるいはまた、文部省令、幾ら文部省が省令改正やったって、そんなこと無視して金が先行しているということになったら大変なことでしょう。ですから、ぜひ大臣として、まず事実はどうか、どういう経過になっておったのかというここをよく調査をしてもらって、文部省としてこういうことが二度と繰り返されないようなそういう態度をはっきりさしてもらいたいというふうに思います。
○国務大臣(塩川正十郎君) 問い合わせいたしますが、それならば佐藤さんの方からその資料を私の方にひとつくれませんか。そうでないと、こういうことを言っておるんだがということで聞かなければ、私の方から問い合わせをしても交渉になりませんから。これは大学の自治でやっているんだと言われてしまったらそれまでですからね。
○佐藤昭夫君 何ですか、その開き直りは。私がいろいろ尋ねておる中で、局長が確認したことがたくさんあるじゃないですか……
○国務大臣(塩川正十郎君) 資料として下さい。
○佐藤昭夫君 しかも、この問題はちゃんと質問通告をしているのに、ほぼ四月でございますというようなことで、四月の二十一日以前か以後かということで大きな違いがあるんですよ。
 しかも大臣、この寄附講座を大学が受け入れたら、それは文部大臣に報告義務があるんですよ。報告義務がある。だから、知らなんだということ自体も大いに責任があるんですよ。報告を怠った方も問題かもしらぬけれども、それを知らなんだということで文部省の責任が済む問題じゃない。ぜひ徹底的に調べて、文部省の見解をはっきりしてください。局長のあれだけでも、NTTの関係だけでも四月二十一日よりも前の段階に金が入っておるということは局長自身も御確認になった。はっきりしているでしょう。
○政府委員(阿部充夫君) 先ほど来お答えしておりますように、四月の段階で寄附をするということでの寄附申込書というのを昨日大学側からもらいましたので、それでお答えしているわけでございますけれども、詳細につきましては、先ほど大臣からもお答えしましたように、なおよく大学から事情を聴取してみたいと存じます。
○佐藤昭夫君 とにかく、まだこの大学審議会というものもつくられてないうちから、こういう形で、規則無視、文部省令、法令無視、こういうことが起こっているんですから、私は、この大学審議会というものがつくられたら、こんなことがどんどん蔓延し出したら大変だというふうに思うのでありますが、まあそこの議論はまた後日ということにいたしましょう。
 そこで大臣、次の問題について大臣にお尋ねします。
 例の勝共連合とのことです。お聞きするまでもないと思いますが、教育は平和こそが命である、そうした点で、大臣もまさか日本は核武装せよというようなそういう主張には同調なさらないと、聞かずもがなのことかと思いますが、確かめたいと思います。
○国務大臣(塩川正十郎君) 私みたいな優しい男が、それは平和主義に徹底していますよ。そんな核武装なんて、恐ろしいことを言ったことはありません。
○佐藤昭夫君 最近、死相があらわれているとか、先祖が霊界で苦しんでいるとかと称して、つぼや印鑑などを法外な高い価格で売りつける悪徳商法として、霊感商法というのが大変問題になっている。これは通産省としても、消費生活センターでしたか、そこがいろんな情報収集して、国民に対して警戒心を持つように、そういうふうなPR活動なんかも政府としてもやっておるところでありますが、この霊感商法の組織的な背景にいわゆる勝共連合があります。これも今日明白な事実となっているのでありますが、この勝共連合なる組織は、例えば韓国語を世界語にせよとかという極端な韓国中心主義、そして冒頭言いました、日本は核武装をせよ、あるいは国家機密法、スパイ防止法を早期につくれといったことなどを唱えておる恐るべき団体でありますけれども、こうしたこともしばしばこの国会でも問題になってまいりました。
 大臣、勝共連合とはかかる組織であるということは御存じでしょうか。
○国務大臣(塩川正十郎君) 私は、勝共連合がどういう事業をやり、どんな内容かは余り詳しく知りませんが、しかし、共産党には反対であるということはよく知っておりまして、それだけは知っておりますが、それ以外のことは余り詳しく知りません。
○佐藤昭夫君 どうも特殊な部分だけよく御研究のようであります。
 そこで、ごらんになったことはあるはずですけれども、「思想新聞」という勝共連合の機関紙です、週一回の定期発行。これの八月二日付の三ページに、「塩川正十郎」という衆議院議員塩川さんのお名前の名刺広告が出ている。名目は「暑中お見舞い申し上げます」ということで出ているわけでありますけれども一必要とあればそっちに回します。大臣、どうぞ。――この事実までお示ししたのでありますから、これ、事実間違いないと思うんですけれども、大臣は、この勝共連合の機関紙に名刺広告を出してくれという依頼を、よくよく承知の上でこの勝共連合というこういう組織に広告を出されたんでしょうか。だれかが知らぬ間に出しておったということなのか、大臣が御確認の上で出るのか、どういうことでしょうか。
○国務大臣(塩川正十郎君) これを見ますと、自民党代議士がずっと並んでおりますから、恐らく私の事務所で、このように皆協賛していただいておりますのでというので出したんだろうと思います。
○佐藤昭夫君 そうすると、塩川さん御本人が確認をして広告に応じた……       、
○国務大臣(塩川正十郎君) 私は、こういう新聞とか、あるいは雑誌でございますか、そういうようなものに広告とか、一々私のところに相談しにやってまいりません。これは恐らく東京で出している――この新聞は東京ですか。
○佐藤昭夫君 東京だと思いますね。
○国務大臣(塩川正十郎君) 私の事務所で、こういうようなのは大抵もう秘書のところで、秘書というよりも事務員のところで処理しておりますので、私は後で聞くこともございますし、そのまま何も報告を聞かないこともございますし、いろいろございます。
○佐藤昭夫君 ことしの五月十五日の衆議院の文教委員会でありますが、我が党の山原健二郎議員が、この勝共連合と一体の関係にある原理研究会というのがあります。この原理研が昨年の十月の十一日、ニューヨークで開きました第三回の世界大学生総会という、原理研の世界的な集まりでありますけれども、これにあなたが、これは文部大臣という肩書がついていますけれども、あなたが祝辞を出されたことを取り上げましたが、そのときのあなたの御答弁です。この文教委員会での御答弁、御記憶と思いますけれども、祝電とか祝辞を出すときは当事者と会って割合慎重に私はやっているんだと。ちょっと今の話と違うんです。事務員がまあ適当に処理していたと今答えられておるんですけれども、この衆議院の文教委員会のこの答弁との関係はどういうことになるんでしょうか。
○国務大臣(塩川正十郎君) 私だって、文部大臣として祝辞をくれというとぎには、これはやっぱり役所の一員として、まあへっぽこ大臣ですけれどもやっぱり役所のことはきちっとしなきゃなりませんので、役所にも相談し、私も面接していますが、しかしこれとはちょっと話が違うんじゃないですか。これは暑中お見舞いと、ずっと並んである広告ですから、盆踊りにちょうちん出しているようなものですから、一々面接してどうということは、私はそんなことはやっておりません。
○佐藤昭夫君 そういうふうに問題を茶化してもらったら困るんです。
 あなた、今回は文部大臣という肩書がついてないから問題は軽いんだというふうにお考えになったら、世の中はそういうことで通用しないと思うんですよ。そんな肩書が印刷の活字としてついていようがついていまいが、塩川さんというのは文部大臣なんだというふうに世間は見ているんです。そして、日本は核武装をせよということで言っておるそういう勝共連合という団体、これがバックになっておる、霊感商法という国民泣かせの悪徳商法をやっておる、その背景になっておる勝共連合という団体、そんなものは盆踊りになにする程度だと。しかし、例えばもし右翼団体、暴力団の団体、こんなところに名刺広告を出したときも同じように、まあ盆踊りにちょうちんを出す程度だということでは済まないでしょう、まさか。同様に、繰り返し言っています、日本は核武装せよとかあるいは霊感商法のバックになっておるようなそういうところに、文部大臣という肩書があろうとなかろうと、世の中は紛れもなく文部大臣ということで見ている塩川さんが政治家としてそういうことをされる、こういう名刺広告を出されるということは、私は政治家として慎重にしてもらう必要があるというふうに思うんですね。あなたの政治家としての今後の名誉のためにも慎重にされる必要があるというふうに思うんですが、今後の対処という点での所見をお尋ねしておきます。
○国務大臣(塩川正十郎君) 暴力団の名刺広告なんというのは私は聞いたことございませんし、まあ事務所の者によく言っておきますけれども、しかし事務所の者も、自民党も民社党の議員もずっと並んだ広告があったら、それはやっぱり、そこへうちもいいですよぐらい言うんじゃなかろうかと思うんですが、しかし広告を出すのにも十分に注意をして出せよということは、一般論として申しておきます。
○佐藤昭夫君 今後は注意をする、そういうことでぜひ慎重な対処をお願いをしておきたいと思うんです。
 この後、君が代・日の丸問題で少し質問をしたいというふうに思っておりましたけれども、もう残り時間が少ないので、私、時間を余してやめるのは例がないんですけれども、余り中途半端な議論でもまずいと思いますので、きょうはこれでやめておきます。
○勝木健司君 それでは、質問させていただきたいと思います。
 臨時教育審議会は、去る八月七日に最終答申を提出いたしました。そして二十日に三年間の審議を終えて解散をいたしたわけでありますけれども、まずはこの間の委員の方々、専門委員、事務局の御努力に敬意を表したいというふうに思います。
 教育改革というものは、これからいよいよ論議の段階から実行の段階に入るわけでありますけれども、最初に、これまでの臨教審の論議過程を振り返ってみまして、文部大臣の所見をお伺いしたいと思います。
○国務大臣(塩川正十郎君) 私は、今回の臨時教育審議会は、政府が設置いたしましたこの種の審議会にいたしましては非常に異例なほど熱心にかつ充実した議論をしていただいたと思っておりまして、その点に関しましても本当に感謝いたしております。しかも、その審議をされましたことがすべて公開であったということは、国民の皆さんにとりましても、教育問題を検討していただくのに非常に有効であったのではないかと思っております。
 したがって、これだけの審議会の成果でございますので、私はまさにこれは歴史に残るべき重大な審議会の答申と受けとめておりまして、それを実行するにつきましても、そのような心構えを持ってこれに取り組んでいきたいと思っておるところであります。
○勝木健司君 次に、これからの教育改革の進め方についてお尋ねいたしたいと思います。
 最終答申の中では、臨教審後の教育改革推進体制について、答申の実現を期するため、政府は万全の体制と施策をとるべきである、また文部省は強力なる推進体制を整えるとともに、施策を積極的に実行すべきであると述べ、抽象的な表現にとどめておりますけれども、審議の過程の中では、行革審のような政府直属の新しい機関を設ける、また中教審を改組する、政府の教育改革推進閣僚会議で進めていく、こういう三つの案があったとも伝えられております。文部大臣といたしまして、文部大臣は二十一日の教育改革実施本部の初会合の中で、教育改革を担当するのは文部省だという趣旨の発言をされたと報道されておりますけれども、これは中教審の改組、強化等も考えておられるのかどうか。総理は総理直属のポスト臨教審の設置に意欲を示しているとのことでありますけれども、この点について、文部省としての見解をお伺いしたいと思います。
○国務大臣(塩川正十郎君) 実施本部を設置いたしましたときの、私があいさつを兼ねまして方針を述べましたのは、まさにおっしゃるとおりでございまして、教育改革を進めるその主体となっていくのは、教育改革推進のためのいろんな体制はいろいろと議論をされてとられていくであろうと思いますけれども、事務的に実際に現場に当たって実行していくのはこれはやっぱり文部省だと私は信じておりまして、また現に答申の内容の大部分は文部省が担当してきた行政所管でございますので、こういうことを考えますと、私はそのときに、文部省も生まれ変わった気持ちになってこの問題の改革に意欲的に取り組めと、文部省がやる気を持って教育改革を進めない限り教育改革の実は上がらないではないか、これはまさに文部省の最大の責任である、こういう意味の演説をしたと思っておりまして、それがそういう報道になったんだろうと思いますが、私は今でもそのような信念には変わりございません。
○勝木健司君 今回の答申の中心課題の一つは、秋季入学の問題であったと思います。答申の中では、「将来、我が国の学校教育を秋季入学制に移行すべく、関連する諸条件の整備に努めるべきである。」と結論づけ、導入の方向というものが明らかになったわけであります。
 まず移行の時期でありますけれども、臨教審の審議過程では、四十人学級が完成し生徒数が減少する六十八年度以降がよいのではないかとの見解もあったようですが、一体文部省として秋季入学制度の導入に本当に踏み切る気があるのかないのか。また、長期的に検討する課題と言っておられますけれども、どんなスケジュールで今後検討を進められていくのか、御説明を願いたいと思います。国際化が進んでいる今日ですから、文部省はもっと積極的に対応するべきだと考えますが、御見解をお伺いしたいと思います。
○政府委員(川村恒明君) 最終答申の中で秋季入学のことが取り上げられておるわけでございます。ただいま先生御指摘がございましたように、秋季入学には大変期待されるメリットが大きい。例えば国際化の問題でございますとか学校の運営上の便宜でございますとか、あるいは生涯学習体系への移行とか、いろんなメリットが述べられているわけでございます。ただ同時に、これを実施するに当たりましては、今述べられたようなメリットについてまたそれぞれに問題点があるということも事実。これは臨教審のこれまでの審議の経過でも明らかにされてきているところでございます。
 これから私どもがこの問題にどのように対応するのかということでございますけれども、先ほど来文部大臣からお答え申し上げておりますように、将来的に考えた場合に、やはりこの問題というものは避けて通れない取り組むべき問題だということは我々もそういうふうに認識をしておりますし、臨教審の答申を最大限尊重する立場からその実現に向けて取り組んでいかなきゃいかぬというふうに思っているわけでございます。
 そこで、これからの進め方でございますけれども、そういうメリットがあると同時にいろんなデメリットもある。また、その財政上の負担ということが大変大きいのもこれまた事実でございます。でございますので、この問題を最終的に判断をするのは国民の皆様、国民の理解と協力がなければならないし、その国民の理解と協力を得、特に先ほど大臣が申し上げましたように、教育関係者の協力というものは不可欠でございます。そういうものをやはりきちんと国民の皆様に納得をしていただく。これはいいことだと、やろうというふうに持っていくためには、やはり今言われております問題点、デメリットの方あるいは移行に要する経費の問題をどのように考えるのか、どういうふうに対応していくのかということをまずきちんとやっておくことが必要であろうというふうに思っております。
 でございますので、そういう観点から私どもはこの秋季入学制を実施するとした場合のそういう問題点、どういうふうにすればその問題点が解決できるのかというような点につきまして実務的な積み上げもきちんとやっていきたいし、そういう検討の結果はそれができ次第国民の皆様方にも目を通していただきまして、そういう形で国民の理解と協力を求めながら進めていくということが一番現実的な対応ではなかろうかというふうに考えているわけでございます。
○勝木健司君 今国民の理解ということでございますけれども、まだまだ国民の理解というものが十分でないように思われます。国民に対する啓発、広報活動を行う計画について、どういうふうにお考えなのかお伺いしたいと思います。
 あわせて、移行の方法でありますけれども、答申では二年間一斉移行方式というものが例示されているのみで具体的な方式については政府に検討を求めております。移行方式の検討というものはどのような形でやるつもりなのか、あわせてお答えいただぎたいというふうに思います。
○政府委員(川村恒明君) 国民の理解と協力を得るためのPRでございますけれども、ただいま申し上げましたように、やはり国民の多くの皆様方が不安を持っておられる、大丈夫かなということでございます。ですから、先ほど申し上げましたようないろんな検討を積み重ねていきまして、その結果を国民の皆様方にもお示しをしながら納得をしていただくということが一番国民の信頼を得る近道ではないかというふうに思っております。
 それから、移行方式でございますけれども、確かに臨教審の審議の過程では、二段階一斉移行というようなことも論議になったようでございますけれども、これは移行のやり方によって大変な手間がかかったり、財政的な負担があったり、あるいは子供の教育、子供たちに対する直接的な影響というのも出てくるわけでございますから、今どの方式が一番いいと決めるのはなかなか困難であろうと思います。その点で臨教審も、私どもの方にそこのところをきちんと検討しろよというふうにお任せをいただいているわけでございますから、その臨教審で言われた二段階の一斉移行、あるいは昭和六十七、八年ごろの子供の一番減ったときというような条件、そういう条件があることも現実的な問題として踏まえながら、これから十分に検討してまいりたいというふうに思っております。
○勝木健司君 さらに答申の中では、文部省の政策官庁への脱皮というものが置かれております。文教行政に関する調査研究・分析、政策立案能力の強化というものが求められております。私どももぜひその方向で文部省が二十一世紀へ向けての人づくり政策の企画立案の中心機関となることを期待いたしております。
 現在、文部省内の政策研究体制はどうなっているのか。また、そのための予算というものはどのくらい確保されているのか、お伺いいたしたいと思います。
○政府委員(川村恒明君) 文部省が今後二十一世紀に向けて政策官庁として比重を高めるべきという御指摘でございまして、これはある意味では私どもこういうことを御指摘をいただくということは我々の日ごろの努力の不足の結果かと大変に恥ずかしく思っているわけでございますけれども、もちろん現在文部省で、その政策の立案、形成、実施というのは文部省の全体が取り組んでいることは間違いないわけでございまして、それぞれの原局がそれぞれの立場で実施をしているわけでございますが、特に直接的に文部省全体のそういう問題を考えるセクションといたしましては、私どもの方で官房政策と申しておりますけれども、政策課、調査統計課、情報処理室等が一つのグループをなしているわけでございます。これが官房に属している組織で基礎的なデータの収集でございますとか、そういったものを現在実施をしている、こういうことでございます。
○勝木健司君 もう既に機構改革案等なども用意されているとのことでありますけれども、どのような改革案というものが用意されておるのか、ぜひ御報告をいただきたいというふうに思います。
○政府委員(川村恒明君) 臨教審の答申を受けまして全体的な文部省の機構改革が検討されているわけでございますが、当面、ただいま御指摘の政策官庁に向けての機構の整備ということに絞って申し上げたいと思います。
 一つは、これは臨教審でも指摘がされてございましたが、国立教育研究所の問題でございまして、国立教育研究所を政策形成のためのシンクタンクとしてこれを活用すベしというふうな御提言がございます。それを受けまして、この研究所の所管をただいまの我々の大臣官房の方に移す、官房政策の方へ移しまして、そこでそのような組織に模様がえをするというようなことが一つ。
 それからもう一つは、現在、先ほど申し上げました調査統計課という課がございますけれども、これを調査企画課というふうに改組をいたしまして、基礎的な情報のデータの収集ということが現在中心になっておりますが、そのデータの収集とともに、これをいわゆる情報として高次の政策判断を加えた情報としてこれを活用できるような体制を整えるというようなことを主として考えているところでございます。
○勝木健司君 今、国立教育研究所の改組については大臣官房に移すという回答をいただきましたけれども、現在の国立教育研究所というのは、臨教審の答申の中にも述べられておりますように、文部省のシンクタンクとしての役割をほとんど果たしていないように思われます。単なるアカデミックな教育学の研究機関になっておるのじゃないか。スタッフは、国の文教政策に寄与するということよりも、むしろ研究者としての評価を得ることに力を注いでおるように思いますので、ぜひ改組を早めていただきたいというふうに思います。
 また、文部省機構改革の一環として、生涯学習局の設置というものが六十三年を目途に構想されておるようでありますけれども、従来の社会教育というものは全体として時代のニーズに合わなくなってきておるんじゃないか。生涯学習局の設置と並んで、社会教育、成人教育のカリキュラム、施設設備等、全体の見直しが必要だと思われますけれどもいかがでありましょうか。また、生涯学習基本法の制定もそのような立場に立って行われるものと理解しておりますけれども、御見解をお伺いしたいと思います。
○政府委員(澤田道也君) 生涯学習局の設置の母体が、臨教審の答申で社会教育局を母体にということでございますので、便宜私からお答えを申し上げます。
 実施本部の第一回会合におきましても、社会教育局を母体として生涯学習局をつくる、社会教育関係法令の見直しに着手するということは第一回の実施本部で既に決まったところでございます。現在社会教育局を担当している局長といたしましては、これまでの社会教育局も相当やってきたと思ってはおります。したがいまして、私といたしましては、これに関して留意すべき第一の点は、戦後四十年間にわたって社会教育関係者が築き上げてきた実績と労苦とに十分配慮し、機構改革により社会教育の一層の発展が期し得ることであるように、またそのように、社会教育審議会というのが現にありますが、審議会の香月会長からもそのような申し入れを受けております。
 そういうことでございますので、関係法令の見直し、生涯教育局への転換につきましても、例えば先ほど勝木先生から法案の名前が出されましたけれども、どういう法案の名前になるかまだ決まっておりませんけれども、いつ出すか、そういうことも官房と相談をしながら、生涯学習振興に関する調査、企画、地方における体制の整備、社会教育のみならず文化、スポーツ、学校教育も含めたそういう生涯学習振興のための局になるように準備を進めていこうと考えておるところでございます。
○勝木健司君 次に移らしていただきます。
 いよいよ新卒者の就職のシーズンに入ったわけであります。この八月二十日から就職協定に基づく大学生の企業説明会が始まりましたけれども、本年の就職協定というものは問題なく厳守されておりますかどうか、お伺いいたしたいと思います。
○政府委員(阿部充夫君) 本年度の就職協定でございますけれども、昨年就職協定の見直しをいたしまして、特に臨教審の答申等を受けてのいわゆる青田買いの防止に努めてきたわけでございます。特に企業側の方々大変御協力をいただきまして、昨年は非常に守られた、よい成果が上がったという評価をいただいておりますので、そういった成果を踏まえまして、本年度は就職協定を若干改正をいたしまして、八月の二十日から企業説明という期間を設けて、会社訪問は九月の五日からというふうに若干昨年とは違った方式をとったわけでございまして、現在企業説明が行われているという期間の最中でございますので、全体の遵守状況について十分把握をしておるわけではございませんし、また、私どもといたしましては、この進行状況を見守っているという段階でございます。
 ただ、一部に新聞報道等で批判しているケースがあるやの御指摘もございますので、そういった点につきましては、企業側で今、就職協定遵守懇談会というのをつくっていただいておりますので、そちらの方にも御連絡を申し上げまして、注意を喚起をするというようなことにいたしておるわけでございます。いずれ九月ごろには全体の姿がある程度明らかになってこようと思っておりますが、またそういった状況も踏まえまして、さらに改善の余地等あれば企業側と相談して検討するということにさせていただきたいと思っております。
○勝木健司君 文部省は、今後とも学生に公平な就職の機会というものを保障するため努力してほしいというふうに思います。
 ところで、大学に提出する求人票の書式でありますけれども、大学ごとにばらばらで不統一なため各企業というものが大変困っているということでありますけれども、どうしてこのようなことになったのか。また、共通なものに統一できないものかどうか。この問題に対する文部省の見解と取り組みについて御報告いただきたいというふうに思います。
○政府委員(阿部充夫君) 大学側からの大学卒業者についての求人票の問題でございますけれども、大学卒業者の職業紹介につきましては、職業安定所を経由するということなく、各大学の学長がいわば安定所、職業あっせんの仕事をやると、こういう仕組みになっておるわけでございまして、各大学ではそれぞれの立場から、自分の大学としては求人票にこれこれしかじかのことをぜひ書き込んでもらいたい、学生に指導する立場上そういうことを知っておきたいというようなたぐいの要望がいろいろな形であるようでございます。そういった関係から、その大学の方針によって求人票の様式が違ってくるという問題がかねてからあったわけでございまして、かつて、この問題について統一できないかという問題も私どもから提起をいたしまして、大学関係者の議論に供したこともございますけれども、結局、各大学でいろいろ、これが欲しい、この項目が欲しい、あの項目が欲しいというような御要望等があってまとまらなかったというようなことを聞いておるわけでございます。
 ただ、いずれにいたしましても、やはり基本的に必要な様式というのはそう違いのあるものではないのではないかというようなことも考えられますし、また、企業側の便宜とかいろいろなことを考えますと、できるだけ統一した求人票になればお互いに便利ではないかというようなことも考えられますので、先生から御指摘をいただきましたのを一つのきっかけといたしまして、この問題につきましてはまた大学関係者と相談をさせていただきたい、かように存じます。
○勝木健司君 最近、高枝卒業者の就職もかなり厳しくなっておるように伝えられております。いろいろな統計を見ましても、高校卒業者の就職環境というものはこれからますます厳しくなっていくものと予測されるわけでありますけれども、特に最近の高枝中退者の増大もあわせて考えますと、高等学校における進路指導をこれまで以上に強化していかなければならないというふうに思います。福祉科の設置など多様化が図られておるようでありますけれども、企業や地域と連携をとって、高校卒業者のための職業情報の提供など、進路指導の充実というものが行われているのでありましょうかどうか、お伺いしたいと思います。
○政府委員(西崎清久君) 先生御指摘のように、最近の円高不況で求人が減ってくる、そしてまた求人側は高学歴指向になっております。それからオートメーションでかなりいろいろと高卒者の就職が非常に厳しくなっている、これは先生御指摘のとおりでございます。
 私どもといたしましては、やはりこれは高等学校三年になってからの進路指導、就職指導では遅い、こういう考え方で、一年生の段階から自分の進路はどういうふうなことであるべきか、まず一年生の段階から指導をする。二年生になりましたら、自分の適性とそれから自分の進路ということについて考えさせる。三年生になりましたら、具体的な就職の企業等、これについて情報を提供して考えさせる、こういうふうな指導をしてまいりたいというふうに思っております。
 ただ、先生御指摘のとおり、何に増しましても進路情報というのが大変大事でございます。そういう点につきましては、地域地域ごとにやはり企業等も異なるわけでございますので、全国的な情報、地域ごとの情報、企業等の関係を十分各学校で把握して生徒に伝えることができるように今後とも指導を充実してまいりたい、こういうふうに考えている次第でございます。
○勝木健司君 次に、国際化社会と英語教育についてお尋ねしたいと思います。
 国際化国際化とよく言われておるわけでありますけれども、私どもは、中学、高校、大学と、およそ十年間も英語教育を受けながら、情けないことに簡単な会話すらおぼつかない現状であります。我が国の英語教育は抜本的な改革が必要ではないかというふうに考えるものであります。臨教審の中でも、また教育課程審議会の「中間まとめ」の中でも、外国語授業時間数の柔軟化などが求められております。外国人教師の大量受け入れというものがいよいよ実行に移されているようでありますけれども、これと並んで英語教育のカリキュラムの再検討や中学、高校の英語教師の養成、研修というものも見直してみるべきであるというふうに思いますけれども、具体的な施策をとられておりますかどうか、お伺いいたしたいと思います。
○政府委員(西崎清久君) 御指摘のとおり、外国語教育の改善は大変大事な課題でございます。
 まず一点、先生御指摘のとおり、教育内容の改善といたしましては、従来ややもすれば文法事項に偏りがちだというふうな指摘もあるわけでございまして、来年度学習指導要領の改訂に向けて現在作業が進められておりますけれども、やはり聞くこと話すことという点に重点を置いた教育課程の内容、学習指導要領というふうなものを念頭に置いて我々は検討をしてまいりたいというふうに思っておる次第でございます。
 それから次に、やはりそれを教える先生の問題、ヒアリングができる先生、スピーキングができる先生が大切でございます。なかなか国内にいては難しいということで、一つは英語の先生をアメリカなりイギリスに派遣するというふうな事業を拡充したいと思っております。それからまた、お話に出ておりました、外国の青年の教師としての招致ということで、自治、外務、文部という三省共同事業を今年度から大々的に始めまして、八百人余本年八月に参ったわけでございまして、これは来年度も千三百人という概算要求いたしておりますし、もっともっとこれを拡充してまいりたいというふうに思っております。入試等の影響もありまして、なかなかヒアリング、スピーキングという点が高校教育等でも難しいわけでございますが、大学でもヒアリングを取り入れるという大学がふえてまいりますので、より一層高等学校以下スピーキング、ヒアリングの充実が入試等の関係においても充実できるのではないかというふうに考えておる次第でございます。
 御趣旨に沿って努力をしてまいりたいというふうに思います。
○勝木健司君 次に、留学生の問題に移らしていただきます。
 文部省は、二十一世紀までに十万人の外国人留学生を受け入れるべく計画を立てて推進をされております。国費留学生の受け入れ枠の増大、受け皿の充実などを図っておられるようでありますが、留学生、特にアジア・アフリカの留学生の場合、一部の偏見のため、下宿先を見つけるということがなかなか困難であるというふうに聞いております。留学生を受け入れる下宿先などに対して費用の一部負担や税金の減免などの措置というものはとれないものかどうか。かつて、ホームステイ減税というものは必ずしも利用者が多くなかったようでありますけれども、お伺いをいたしたいというふうに思います。
○政府委員(植木浩君) 留学生の日本へ参ります数が年々ふえておるわけでございますが、特に、今先生から御指摘ございましたアジア等の学生、あるいは一般の私費留学生、いずれにいたしましても、留学生の宿舎の確保が大変大きな課題でございます。これまでも国立大学等の新しい留学生宿舎を増築をいたしたり、それから今日本国際教育協会、これは民間の団体でございますけれども、ここの新しい留学生会館を建築中であったりという施策を進めてきておるわけでございますが、さらに円高対策等もございまして、留学生の宿舎の確保を図るため、例えば民間の下宿、アパートに入居をする際、留学生は入居一時金といいますか権利金等が非常に負担が重くなっておる、こういう声も強くなっておりますので、そういった点も含めまして、留学生の宿舎の確保対策を今いろいろと具体的に検討しておるところでございます。
○勝木健司君 今、留学生の受け入れの体制について回答をいただいたわけでありますけれども、一部のアジア・アフリカのそういう方々を受け入れる側の税の減免とか、そういう問題については検討されておらないのかどうか、お聞かせをいただきたいと思います。
○政府委員(植木浩君) その受け入れる側といいますか、受け入れ体制といいますか、宿舎の対策はまず大変大きな問題でございまして、留学生が円高に伴う負担を少しでも軽減できるように、宿舎がより確保されるようにということで今申し上げましたように検討をしておるわけでございます。
 そのほか留学生の受け入れ体制という点では、従来から民間の宿舎をお建てになるようなときに減税措置を講じたり、そういった施策も講じておるわけでございますが、なお全般に宿舎問題を含めまして受け入れ体制の整備充実を図っていきたいと思っております。
○国務大臣(塩川正十郎君) 今の勝木さんの御質問ですけれども、私は、個人の住宅、これはちょっと難しい、税制上難しいと思うんですよ。私もちょっとそれ検討してみたこともございましたが、要するに下宿代、その部屋相当分ですね、この分は免税に、所得に入れないようにしてやってくれぬかということを言ってみたら、主計局では、どうもこれは非常に扱いが難しい、こういったふうなことは。なぜかと言ったら、一つは非常に希少な例だというふうに見ておるんです。これから十万人になってきたらうんとふえるぞと言ったんですが、まあそういうことが一つ。それから、個人申告でやらなくてもいい世帯が多いということ等で、税制上の問題として今のところ扱う気はないというのが大蔵省の考えておるところです。
○勝木健司君 もう時間も参りましたので、最後に、今回の臨教審最終答申の中に、「教育の基本的在り方」として、「「世界の中の日本人」」ということで自覚を持つことがこれからの国際化社会の中で特に必要であることが力説されております。そのために国旗・国歌の持つ意味というものを学校教育の中で適切に指導していくよう指摘されておるところであります。この指摘は私どもといたしましても大変賛成であります。
 しかしながら、いまだに学校現場では国旗・国歌をめぐるトラブルというものが絶えないのが現実であります。ことしも東京都内の学校で教師が卒業式の参列をボイコットするとか、一部の父兄が式場の日の丸を引きずりおろしたり、あるいは、ある学校では反対する生徒が日の丸を泥水につけて踏みつけるなどの事件もあったと聞いております。日の丸・君が代というものは国民の間に定着しており、これを大事にすることこそ国を愛する素朴な、そして当然な態度であるというふうに考えます。学校教育においてもこのような考え方に立って教育を行い、児童生徒というものが自発的に国旗掲揚、国歌斉唱をするようにすべきであると考えますが、文部省の考え方、特に文部大臣の御所見を伺いたいというふうに思います。
○政府委員(西崎清久君) 先生御指摘のとおり、日本国民としての自覚を育てる、そして国際社会において信頼される日本国民を育てるというふうな趣旨で、国旗・国歌について学校教育で十分指導をするということは従来から文部省も非常に力を入れてやってきておるわけでございます。まあ経緯といたしましては先生御指摘のような例も間間見られますけれども、全体の姿としては、学校教育において国旗・国歌を尊重するという指導が行われてきておるということは申し上げられると思うわけでございます。
 このたびの臨教審の答申は、従来の文部省のそういうふうな線に沿って、さらに国旗・国歌についての学校教育における適正な取り扱いということについて御提言があるものと我々は理解しておるわけでございます。
 したがいまして、私どもといたしましては、来年度でございましょうか、学習指導要領等の改訂の時期があるわけでございますが、臨教審の答申等も踏まえて、より一層適切に、適正に学校教育において国旗・国歌の指導が行われるよう留意するいろいろな措置を講じてまいりたいと、こういうふうに考えておる次第でございます。
○国務大臣(塩川正十郎君) 私は、国旗・国歌を尊重しない者は国際人として通用しないと思います。そういうような人間で国際化とか言ってみても、自分が確立していないのです。先ほど高桑さんおっしゃった個の確立、これがなくて国際的に通じるものじゃございません。
 私も、事あるごとに国旗・国歌の尊重を言っておりますが、しかし、全国的に見ましたら、小中学校で大体九〇%近く国旗・国歌を尊重してくれておるんです。あとの約一〇%ほどが実は問題なんでございまして、そういうところをずっと見ますと、PTAが反対しておる、地域社会が反対しておる、こういうのはほとんどないんです。実は学校の中なんです。校長が掲げると言う、あるいは君が代を斉唱すると言えば済む問題が、なかなか言わない。校長がふにゃふにゃしておる。一方日教組、組合は国旗反対だ、国歌を歌うな、こういうことを言っておる。しかし、非常に物わかりのいい穏健な日教組の組合の分会の方々は、それはやっぱり国旗を上げておるんです。現に上げておる。だからこそ九〇%から上げておるんです。ところが、一部の、何でもかんでも体制反対と、こう言っておるそういう先生方が国旗反対だと、こうやっておるものだから、そこへ校長がふにゃふにゃしておるものだから国旗が上がらない、こういうことなんで、我々もそこの点については教育委員会等を通じてやかましく言っておるんですけれども、地域ぐるみの問題というようなこともございますしいたしますので、やっぱり国民の自覚を高めていただくということがその解決の一番の根本ではないかと、こう思っておるのであります。
○勝木健司君 私は決して戦争推奨者でもありませんし、戦争の苦い経験を持つ、間違えば残留孤児ということになっておる環境にあるわけでありますので、だれよりも世界平和を愛する者の一人としての発言でありますので、そういうことで、これで質問を終わらせていただきたいと思います。
○下村泰君 質問に入ります前に、文部省にお礼とそれからお願いを申し上げます。
 先般のこの委員会で大臣にもお願いいたしましたが、先天性の筋ジストロフィー症の重度の障害がある秋田市にお住まいの清水大輔君と長女の聡子ちゃん、このお二人の件につきましてるるお願いを申し上げました。そのときに大臣が、この問題は白紙に戻そうと、こうおっしゃってくださいました一言によりまして、実はその後宙ぶらりんになりまして、そして秋田の方へ私は出かけていきました。秋田県へ十二月でしたか出かけてまいりまして、県の教育長にお会いしたかったんですが、お会いできずに、秋田市の教育長にお会いしました。そしてお話しを申し上げました結果、私と教育長の意見が一致いたしまして、この二人をとにかく普通の学校へ通わせましょう、半年一年通わせて、その中で見込みがあるならば養護学校から転籍をさせてくださいというふうに申し上げましたところが、秋田市の教育長は大変納得が早い方で、同意見です、そういうふうにしましょうということになったわけです。それで、週に二、三回登校しながら今まで様子を見たんですが、これは新聞の報道によりますると、今月の二十一日から二学期が開始されます。その時点で二年生として迎えることになったそうです。これは大変に結構なお話なんです。ただ、学校の側の方の御努力もこれは大変で、両親らの努力と熱意を認めて、登下校時の保護者の付き添いなどを条件にして学籍異動を認めた。学校側の方といたしましても、県の教育委員会と諮りまして、学校側の受け入れ態勢について、きょうだいのために講師を特別配置する方向で秋田市教育委員会と検討を重ねていると、県の方の教育委員会はこういうふうに話しております。
 こういうふうに、周りの人が温かい目で見、温かい心をもって接すれば、こういう問題は個々に解決していくわけなんですね。こういうふうな状態になったのも文部大臣の白紙に戻そうという一言があったればこそだと思います。これは御礼を申し上げておきます。
 ただ、今度はお願いの方なんですが、このお二人も、私ここでたしか御報告申し上げたはずなんですけれども、ペーパーテストの段階、あるいは素質を調べる段階、その段階で、まだ年端もいかない子供です、しかも障害を持っている子供が、おっかねえおとっつぁんを前に五、六人も並べられて、それで何だかんだと怖い顔されりゃ、これは大抵おかしくなりますよ。先ほどからいろいろ高桑先生も入試の問題なんかやっておられますけれども、一点の差で人生が変わると。ましてこれ障害を持っているお子さんなんですから、そういう点ではもうちょっとひとつ細かい観察をしていただきたい。殊に、御両親に私も伺いました、直接。そうしますると、御両親が出したそのペーパーテストですね、同じ問題を両親が出した場合には確実に的確につかむんですよね、マル・バツで。ところが、教育委員会のおっさん方の前でやると、これマルがバツになっちゃう。これはやはり状況による恐怖感だろうと思いますよ、これは。大の男だって上がることもあるんですからね。ましてやこういう障害を持ったお子さん。ですから、こういう認定のときにもう少し温かい愛情で認定をしていただけるように、これはお願いです。
 さて、これは大変結構なお話なんですが、こっちはまた全然結構でないお話になるわけですが、これは一月の十九日の月曜日の朝日新聞の報道なんです。これによりますると、一月の十七日に川崎市の市立桜本小学校の特殊学級二年の本間達也君という八つの坊やです。この坊や、もちろん特殊学級ですから先生にいろいろとお世話になりながら書き初めをしておった。ところが、これがなかなかうまくいかない。そこで、これはじれたんでしょうな、素手で頭を殴ったというんです。片方の新聞にはこぶしで殴ったとなっているんですね。素手というんですから、手に何も持っていないからこれは素手でしょう。それが丸くなればげんこつですわね。直っすぐになれば平手だ。平手とげんこつじゃえらいショックが違うんです、これは。このお子さんは生後六カ月で頭の骨が曲がったり変形したりするアベルト症候群という病を持っている。この殴打が原因で硬膜外血腫ということになりまして、明くる十八日にお亡くなりになっているんですね。硬膜外血腫というんですか、これは外から衝撃を与えなければできない状態なんだそうです。これ亡くなったんですよ。
 これに関しましてこの学校の教頭さんがいろいろ言っていますけれども、「指導に熱が入りすぎたようだ」、指導に熱が入り過ぎたのとじれったくてぶっ飛ばしたのとは随分意味が違う。こういう言葉で表現してこれは逃げまくっているような感じがするんですがね。
 その次に、また同じ朝日の方に、読者の投稿欄というのがあります。そこにこういう記事が出ております。神奈川県の大友博子さんという方の投書なんですが、
  娘の通っている中学校には特殊学級があり、障害を持った生徒も十数人いる。先日、娘がすごいけんまくで話すには、集会の時、このうちの一人が奇声をあげたのを怒って、校長先生が他の先生に「○○君をつれ出しなさい」と言ったという。
  障害を持つ生徒が奇声をあげるのは病気なのだから仕方ない。それを犬や猫に対するように「つれ出しなさい」なんて許せない、他の先生も知らん顔していたのに腹が立つ、という娘の感情を私は自然だと思った。
  教育者が生徒の前で、まして校長先生という立場の人が「つれ出しなさい」などと言ってよいものだろうか。それも弱い立場の、守ってあげねばならない障害の子供に向かって。先日の川崎での障害を持った児童の死亡記事でも、教育者への怒りを感じたばかりなのに。娘は校長先生と他の先生への不信をますますつのらせている。
  娘の話から、どうもこの障害の生徒が最近いじめにあっているらしい。今回の校長先生の発言が、ますますいじめに拍車をかける結果にならなければよいが。教育関係者は、自分の心の浄化をお願いしたい。こういうような記事が出ております。
 今の、私のこういった記事を読んだことと関連しまして、直接お立場にある局長、そして文部大臣の御感想をお聞かせください。
○政府委員(西崎清久君) 最初に、前段の方の秋田県のケースにつきましては、先生御指摘のとおりでございまして、昨年の先生の御質疑以来、私どもも、大臣の指示に基づき、県教委、市教委といろいろ連絡をとって、最終的には先生お話しのとおり、八月二十一日から普通小学校に通っておる。担任以外にこの二人の子供さんのために主として講師が一人つくというふうな手当てをしておるわけでございます。私どもは、願わくばこの二人のお子さんが普通学校で十分な教育指導を受けて、伸び伸びと育ってもらえるようにというふうな気持ちを持っておるわけでございます。なお今後ともフォローしたいというふうに思っております。
 それから、先生もう一つ御要望のありました就学指導の判定の問題でございますね。これは大変大切なことでございまして、市町村教委の段階、都道府県教委の段階で、それぞれ個々の子供さんについて、これが特殊教育の諸学校に行くべきか普通学校に行くべきか判定を行うわけでございますが、私どもは、いろいろな指導のケースもありますし講習会等もございますので、御趣旨のような留意をしながらこういう判定を行うべきであるということをこれからも徹底してまいりたいというふうに思っております。
 それから、後段の方でお話しございました川崎の例でございます。私もこの例につきましては新聞等で見まして直ちに照会をし、川崎市等からの話を聞いておるわけでございますが、今先生のお話に出ましたこの殴打をしたケースと、それから新聞投書のケースは、特殊教育プロパーと申しますよりは一般論としての教員の資質の問題、本当にこれは基本的な、初歩的と言うとどうかと思いますが、やはり教育指導者としての教員のあるべき姿の第一歩の問題というように思うわけでございまして、いたずらに感情的になって殴打をするとかたしなめるとかいうことはこれはあるべき姿ではないわけでございます。
 私どもとしては、先生御指摘のように、特殊教育はいろいろな子供の特性があるわけであります。今お話しのように、奇声を発するというのはやむを得ぬじゃないかという子供の特別の事情もあるわけでありますから、特殊教育の先生だけを対象にした教員の研修、講習というものを私どもも予算を確保し、久里浜に御案内のとおり特殊教育総合研究所がございます。あそこを中心としてかなり幅広く研修、講習をやっておるわけでございますので、こういう点については、今御指摘のようなケースも含めて十分留意をし指導をするよう、特殊教育総合研究所とも相談をしながらやってまいりたいというふうに思っております。
○下村泰君 大臣、いかがでしょうか。
○国務大臣(塩川正十郎君) 前段の方は局長が答えたとおりでございます。
 後段の、いろんな特殊学校で問題が起こってまいりますのは、やっぱり私は先生の愛情だと思うんですけれども、しかし、先生といえども人間ですから、たまにはそういうことも起こるのかなと思って今聞いておるんですが、しかし、全般的に言いましたら、私は特殊学校におきます事件もだんだん減ってきておるように思うんですが、なお一層先生の協力を得るように我々も努力を重ねていきたいと思っております。
○下村泰君 ある人が、障害児教育に携わる者の資質として、怒りと感動と科学が必要である、こういうふうにおっしゃっておる。すなわち、障害児に対するどんな小さな差別にも怒りを覚え、障害児の示すどんな小さな発達にも感動でき、しかも障害児の発達を促すために障害と教育に関する科学的な態度を持つことが必要である、こうおっしゃっておる。私もこれ同感です。しかし現実には、先ほど申し上げたようなことが起きかねないわけですね。そう数多く頻発しているわけではありませんけれども、起きないわけではない。
 そこで、今も局長おっしゃいましたけれども、教員養成の中で、もっと障害児への理解を促すための手だて、これが必要ではないかと思う。殊に私の知り合いのお子さんがやはり障害児で特殊学級に行っておるんですが、その学校はどういうわけだか二年で交代させるんです、特殊学級の先生を。そうすると、その全校の中にある特殊学級、まあ一つか二つかわかりません、各学年にあれば六つあるでしょう。それが二年ずつなんです。そうしますと、自閉症とかこういった子供さんたちはなかなか懐きませんわね。やっと懐いたかなというときにはもう先生がかわっちゃう。そうしますと、何のための教育なのかわからなくなるわけですね。もちろんそれは担当している先生は大変でしょう。私もそういう施設やなんかは全部細かく見ておりますし、自分の足を運んでおりますので接してもおりますし、よくわかります御苦労は。わかるんだけれども、せっかくなじんだなというころにころっとかわる。こういうような状態ではなかなか特殊教育の教育はできないと思う。殊に先生に養護的な手当てのできる先生を希望しても、そうは申し出る方は少ないでしょう。ですから、本当に、それ専一にやってくださる先生方というのは少ないわけですよね。そういったことを希望する先生以外はなかなかないわけです。
 そこで、すべての教職課程の人が、教員研修の中で障害者との触れ合いの場をつくる、これが私は必要じゃないかと思うんですが、このことについてひとつお話を承りたいと思います。
○政府委員(西崎清久君) 先生、今御指摘の点につきましては、やはり特殊教育は障害を持つ子供の種類、程度、いろいろと幅が広いわけでございまして、御指摘のとおりでございまして、そういう意味から申しますと、短い経験ではなかなか対応できない。したがって、一度担当した以上はやはり経験を積むようにしていこうというふうな人事上の配慮というのが大変必要なことだというふうに私ども思っております。
 私も、かなり以前でございますが、四国のある県に課長で出ておったことがございますけれども、特殊教育の諸学校にかかわる教員についての大事については、やはりその学校でかなり経験を積んでもらえるようにというふうなことで考えておったこともございますが、問題は、特殊教育の諸学校以外の普通の小中学校、この普通の小中学校で一クラスあるいは二クラスある特殊学級の担任の先生、この担任の先生方が往々にして短い期間でおかわりになるケースがあり得る。この点は御指摘のとおり、我々としても留意し、指導してまいらねばならないというふうに思うわけでございます。
 この点は、今後いろいろな機会に話をしてまいりますが、もう一つ先生御指摘のございました研修において全教員が障害者に接する機会を持つ、この点が大変大事であるという御指摘でございまして、この点はいろいろな機会に、新任者の研修、中堅者の研修あるわけでございますので、今後の研修のあり方あるいは実施のプロセスにおいて御趣旨が生かせるように私どもも考え、そして努力をしてみたい、こういうふうに思っております。
○下村泰君 大変結構な御返答でございましたので、どうぞひとつそういうふうに検討してみていただきたいと思います。
 それから、今年度の予算で色覚異常の研究会というのに予算がついたんだそうですけれども、その研究会というのはどういうことをやるんですか。
○政府委員(西崎清久君) 色覚異常にかかわる児童生徒という問題で、我々が今問題として意識しておりますのは、学習指導上の扱いの問題、これが一つでございます。それからもう一つの問題は、高等学校の入試で、特に工業高校等で、色覚異常がある者は受験を除外する、資格要件から外す、こういう問題があるのでございます。この二つの問題については早急に私どもも検討をし指導してまいらねばならない。
 そういう意味で、本年度予算を計上いたしまして、学識者、眼科医その他教職の方々も含めて協力者会議を組織し、当面まず急ぎますのは、入試で色覚異常者が外れるような扱いをしている都道府県があるわけでございますが、それに対して的確な指導をしたいというふうなことをまず第一着手としてやっておるわけでございます。それから次には、最初申し上げました学習指導において、色覚異常者の扱いについてどういうふうな的確な個別指導をしていくか。何らかの留意事項なり指針というものをつくって指導をしてまいる参考にしたい。具体的には文部省として都道府県等を通じて各学校に参考資料等を配布してまいるというふうな、二年計画の予定で今着手しておるのが実情でございます。
○下村泰君 そうしますと、今高校の入試の問題で……。
○政府委員(西崎清久君) まず第一に。
○下村泰君 実は私、五十九年四月十日に色盲と言われるいわゆる色覚異常、この問題を取り上げたことがあります。なぜ取り上げたかと申しますと、はり治療で治るとか、電気治療で治るとかというようなことで、やりました。けれども、実際にその専門家にお伺いすると、そんなことでは色盲は治らないんだというのがどうも医学的には実説だそうですけれども。そのときの調査で、そのときに申し上げたことなんですけれども、名古屋市内の小学校で四年生ですね、これは名古屋大学の眼科の先生がお調べになったんですけれども、市内の小学校四年生を対象にして、男が一万六千九百十三人、女の子が一万六千三十五人、この調査の結果四・五%から大体五%の人たちが色覚異常であるということが判明した。そのころに、大体推定すると三百万から三百五十万ぐらいというふうに言われているんですが、今文部省ではこういった調査の結果をどのくらいの数つかんでおりますか。
○政府委員(西崎清久君) 御案内のとおり、学校保健法に基づきまして学校保健に関する身体検査というのを一年、四年、中学、高校は一年でやっておるわけでございますが、色覚異常者の全体数の悉皆調査はないのでございます。そこで私どもは、これは体育局の所管でございますけれども、サンプリングの調査をいたしまして、それによる全国児童生徒の推計で全体の数字を把握しようとしておるわけでございますが、それによりますと大体四十五万人ぐらいになるのではないか。サンプリング調査に基づく全国推計でございますね。そのくらいの数字で色覚異常者が児童生徒にあるのではないか、こんな数字をつかんでおります。
○下村泰君 これは、局長のおっしゃっているのは完璧ないわゆる色覚異常、弱色は入れていませんね。
○政府委員(西崎清久君) はい。
○下村泰君 そうですね。それなら納得いくんですけれどもね。弱色やなんか入れたらそんな数じゃないはずなんです。
 そこで問題が起きるんですけれどもね。昨年国大協からも、入学資格制限の大幅緩和が打ち出されている、この色覚異常について。今年度の大学入試における色覚異常に対する制限の実態ですね、これは数おわかりになりますか。国公立と私立と、大ざっぱで結構ですから。
○政府委員(西崎清久君) ちょっと大学の方の数字を的確に把握しておりませんが、昨年の措置で、これは国立大学に関してでございますが、四年前と昨年との比較では十四大学二十四学部が制限を撤廃したと、こういう数字がございます。ですから、四年前、したがってことしからいえば五年前ですね。五年前と昨年とでは、四年間で十四大学二十四学部が制限を撤廃したと、こういうふうに受けとめております。
○下村泰君 これはそのとき私が手本にした一冊の本、小冊子なんですけれども、これ、もう国公立全部ですね、ここに出ています。これを一々読み上げたらえらいことになる、時間がかかりますから言いませんけれどもね。ほとんどの学校が拒否しています。もちろん中身は学科によって違いますよ。殊に工学関係ですね、こういうものは全然だめ。それから美術、もちろんだめですね。それ以外で、許すよという学校も多々あるわけです。ただ、ほとんどが最初は不可なんですよね。だが状況によって、一応検査をした結果、この程度ならよろしいというので許可されるというのが今までの現状のようです。恐らくそこから余り進歩はしていないと思いますけれどもね。ただ、国によっては色覚障害は障害に入れていないというところもあるんですね。特に自立大学で今もこうした制限があるというのはまことに残念だと思うんです。しかし、こういう状態で卒業しましても、こういう感覚に障害を持っている子供さんというのは、入社しようと思っても、日本全国企業四千社が拒否していますからね。それも出ています、名前も全部。そういうふうに就職すらも難しくなるんです、そういうのがはっきりしますとね。
 こういうのを本当に僕は是正すべきだと思うんです。さきの筑波短大の創設の際にも、一般大学への受け入れ促進を附帯決議でうたっております。先ほどの研究会では、高校入試、いわゆる職業高校ですか、について検討しているようですけれども、大学入試についてもこれから検討していただかなければならないという時期に来ているのではないかと思うんですが、これをお答え願います。
○政府委員(西崎清久君) 大学入試でお答えする前に、高校入試の方が初中局担当でございまして、具体に申しますと、今十八県が制限をしておるわけでございますね。したがいまして、この十八県については、いろいろな対応がありまして、工業とかあるいは水産とか農業、それから学科によって各県まちまちなんでございますね。そうであるとすれば、各県によってまちまちで、許しているところ、つまり制限を設けていない県が二十九県あるわけなんですから、それとの関係でもう少し私どもは詰めてやってまいりたいというふうに思っております。
 それから先生端的にお尋ねの、大学についてはどうかという点は、高等局の方で国立大学協会の方への指導をしておりまして、できるだけ国立大学でのこういう色覚異常者の入試の制限の撤廃をしようと、こういうふうな申し合わせが国大協でもあるようでございます。国立大学協会の中でもそういうふうな制限撤廃の方向で努力をしようという線に沿って、先ほど申し上げましたような各大学の努力で二十四学部の撤廃が行われてきたと、こういうふうに理解しておりますので、先生の御指摘の大学においても撤廃の方向で努力するようにという御趣旨は、十分また高等局と相談して、伝えるようにいたしたいというふうに考えております。
○下村泰君 私はいつも何だか宝くじの一けたみたいなもので、一番しまいなものですから、聞こうと思ってもほとんどほかの先生がみんな聞いてしまっていて、余り聞くことはございません。まだ時間があるようですけれども、これで終わりにいたしますけれども、大臣に一つ。
 色覚異常の問題なんですけれどもね。私の知り合いに横着なやつがおりましてね。免許証取れたんですね。どういうわけだか、取れたんです。これに免許証を出した警察の方もおかしいんですけれども。ところが、これが疲れてくると見えなくなるんです――自分がハンドルを握っておるんですよ。そうすると横にいる助手に、「おい、今昔か非か」と聞くんです。「青です」、それから行くんです。健康状態がいいと見える。こういう人もおるわけですね。それからアメリカの方では、飛行機章操縦する場合でも昼間は許可する、夜はいけない、こんなのもあるそうですね。ですから、日本という国はこういうことでは意外と企業でも何でも狭いんですよね。実は朝日新聞の記者の中にもいるんですよね、色覚異常の方が。これは弱色の方なんですけれどもね。夜になるとちょっと色がわからない、選別できない。太陽の光線では見えるという方がいらしたそうです。夜はモノクロになりますからね。テクニカラーじゃないんですから、モノクロなんですから。それで用が足りるところは用が足りて結構だと思うんですけれどもね。
 そういう人たちにやっぱりもう少し大学も門戸を開いて、そして就職でも何でも社会人として巣立っていけるような努力を願いたいと思いますが、大臣から二言力強いお言葉をひとつお願いします。
○国務大臣(塩川正十郎君) お申し出、これは一文部省だけではいきませんが、私もそういうことを聞いたことがございます。お申し出もあったしするので、政府の問題として相互に連絡しながら検討いたします。
○下村泰君 ありがとうございました。
 終わります。
○委員長(田沢智治君) 本日の調査はこの程度にし、散会いたします。
   午後四時四十八分散会
     ―――――・―――――