第126回国会 内閣委員会 第3号
平成五年三月二十九日(月曜日)
   午後一時開会
    ―――――――――――――
   委員の異動
 三月二十六日
    辞任         補欠選任
     大久保直彦君     風間  昶君
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  出席者は左のとおり。
    委員長         守住 有信君
    理 事
                板垣  正君
                田村 秀昭君
                穐山  篤君
                喜岡  淳君
    委 員
                石川  弘君
                合馬  敬君
                永野 茂門君
                藤江 弘一君
                翫  正敏君
                小川 仁一君
                瀬谷 英行君
                風間  昶君
                吉田 之久君
                聴濤  弘君
                高井 和伸君
                寺澤 芳男君
   国務大臣
       国 務 大 臣  河野 洋平君
       (内閣官房長官)
       国 務 大 臣  鹿野 道彦君
       (総務庁長官)
       国 務 大 臣  中山 利生君
       (防衛庁長官)
   政府委員
       内閣官房内閣内
       政審議室長
       兼内閣総理大臣  伊藤 博行君
       官房内政審議室
       長
       内閣総理大臣官  高岡 完治君
       房審議官
       内閣総理大臣官  石倉 寛治君
       房管理室長
       国際平和協力本  柳井 俊二君
       部事務局長
       国際平和協力本  萩  次郎君
       部事務局次長
       総務庁行政管理  増島 俊之君
       局長
       総務庁恩給局長  稲葉 清毅君
       防衛庁長官官房  村田 直昭君
       長
       防衛庁防衛局長  畠山  蕃君
       防衛庁教育訓練  諸冨 増夫君
       局長
       防衛庁人事局長  秋山 昌廣君
   事務局側
       常任委員会専門  菅野  清君
       員
   説明員
       警察庁警務局人  櫻井  勝君
       事課長
       法務省民事局参  升田  純君
       事官
       法務省刑事局公  馬場 義宣君
       安課長
       外務省欧亜局西  石川  薫君
       欧第一課長
       外務省欧亜局ロ  小町 恭士君
       シア課長
       外務省国際連合  神余 隆博君
       局国連政策課長
       厚生省社会・援
       護局業務第一課  村瀬 松雄君
       長
    ―――――――――――――
  本日の会議に付した案件
○恩給法等の一部を改正する法律案(内閣提出、
衆議院送付)
    ―――――――――――――
○委員長(守住有信君) ただいまから内閣委員会を開会いたします。
 まず、委員の異動について御報告いたします。
 去る二十六日、大久保直彦君が委員を辞任され、その補欠として風間昶君が選任されました。
    ―――――――――――――
○委員長(守住有信君) 恩給法等の一部を改正する法律案を議題といたします。
 本案の趣旨説明は前回既に聴取しておりますので、これより質疑に入ります。
 質疑のある方は順次御発言願います。
○翫正敏君 翫正敏です。私は恩給の問題を考えますときには、戦後補償のあり方、それをトータルに考える視点からこの恩給の問題を議論したいわけであります。
 そういう意味では、恩給担当の総務庁長官はもとより、官房長官にもぜひ質疑の内容に加わっていただいて御見解を伺いたいと、このように考えているところですのでよろしくお願いいたします。
 以前私は、この委員会でシベリア抑留者の請求権に関する質問をいたしまして、その中で請求権の放棄ということは国家自身の請求権及び国家が自動的に持っていると考えられている外交保護権の放棄ということであって、人間個々人の請求権というものまで国家が放棄をすることはできないということを答弁いただいたわけであります。
 そういうことに立って考えてみますと、特に戦後補償という問題は、日本とアジアの関係を考える上で避けては通れない問題となっております。戦後補償法が日本にはたくさん十幾つございますけれども、その中でも一番古い大正十二年から制定されておりますこの恩給法、前回、去年の審議のときにも私、国籍条項の問題を質疑いたしましたけれども、こういうようなところに日本の戦後補償のあり方、これの基本的な問題が内在していると、このようなことで質問をしたいわけであります。
 近年は特に従軍慰安婦の問題を初めとして、サハリン残留の韓国・朝鮮人の補償の問題、また在日韓国人の傷痕軍人の補償の問題、B、C級戦犯の補償の問題、韓国の太平洋戦争犠牲者遺族会の軍人軍属の人たちの補償の要求、さまざまなこういった補償要求がなされてきておるところでありますので、こういうものに対して我が国としてどのように対応していくかという、こういう重要な問題を考えますときにおきましても、この戦後補償法の一番原点たる恩給法のあり方、これを精査すべきであると、こう考えるところであります。
 ところで、最初に外務省の方に確かめたいのですが、欧米各国でございますが、アメリカ、イギリス、フランス、イタリア、ドイツ、この欧米各国における軍人に対する年金等の支給の実情について簡単に説明願いたいと思います。
○説明員(石川薫君) お答え申し上げます。
 委員ただいま御指摘の各国におきましては、かつて自国の軍隊に勤務中負傷しまたは疾病にかかった者、もしくはその遺族に対しましては、自国籍を有する者のみならず、よその国籍の者に対しましても年金または一時金を原則として支給していると、このように承知いたしております。
○翫正敏君 ただいまのは詳細の資料、外務省が作成した資料を私持っておりますけれども、要するに、アメリカにおきましてもイギリスにおきましてもフランスにおきましてもイタリアにおきましてもドイツにおきましても、この欧米各国では、すべて国籍の有無ではなくて兵役に服したかどうかというその観点に立って、服した軍人すべてに年金または一時金が、額の差はそれぞれの国によってあるようでございますけれども、支給がされている。
 この意味において、我が国の支給のあり方とは基本的に違う。こういうことで理解してよろしいでしょうか。
○説明員(石川薫君) お答え申し上げます。
 委員ただいま御指摘の各国につきまして、それでは申し述べたいと存じますが、基本的には委員の御理解で正しいと存じます。例えば、アメリカ、イギリス、イタリアの各国につきましては、原則として国籍による扱いの相違はないものと承知いたしております。
 他方、例えばフランスにつきましては、円いわゆるフランス領土の住民の年金額はそれぞれの国の物価等を考慮して算定している、場合によっては低いものもあるというふうに承知しております。
 ドイツにつきましても、近隣諸国とは条約がございますが、その条約に従いまして支給を行っている、このように承知いたしております。
○翫正敏君 では、日本における恩給制度の基本的性格というものは何なのか。これは総務庁の方からお答え願います。
○政府委員(稲葉清毅君) 日本国におきます恩給法におきましては、日本国籍の保持を恩給の受給権の要件としておるわけでございますが、これは、我が国の恩給制度が公務員と国との特別な関係に立脚した公務員年金制度である、そういう沿革ないしは性格に由来するものでございまして、これは、大正十二年の恩給法の制定以来今日に至るまでの我が国の恩給制度の基本的な約束事の一つとなっているところでございます。
○翫正敏君 ほぼ全額国庫負担の国家補償の性格である。本人の掛金を原資とするいわゆる社会保障の制度というものとは違うものだと、こういう理解でよろしいですか。
○政府委員(稲葉清毅君) ただいま委員のおっしゃいましたように、特に軍人の場合は全額国庫負担で、納付金もございませんし、そのような性格のものであるというふうに理解してよろしゅうございます。
○翫正敏君 総務庁長官、先ほどの欧米各国の例に比べて我が国がこのようになっているという、そういう実情でございますね。そのことを今聞かれまして率直にどのような感想といいますか、所感をお持ちか、ここでちょっとだけお聞かせ願いたいと思います。
○国務大臣(鹿野道彦君) ただいま恩給制度の基本的な性格というふうなことにつきまして恩給局長から答弁をいたしたわけでありますが、大正十二年、恩給制度が施行されてから、今答弁申し上げたような我が国としての基本的な考え方で対応しておる、こういうふうなことになるんではないかと思います。
○翫正敏君 いや、そういうことではなくて、欧米各国の軍人恩給の支給の実情というものと比較して、我が国の支給のあり方というものの基本的なことについてどのように今お考えかということをお述べください。
○国務大臣(鹿野道彦君) 各国のそれぞれの制度につきましては、それぞれの沿革やそれぞれの制度の考え方というふうなものがいろいろあるわけでございまして、我が国の恩給制度につきましても、今申し上げましたとおりにそのようなことでございますから、ただ単純に比較するというふうなことは必ずしも妥当ではないんではないか。いろいろな状況の中からそれぞれが判断をしたというふうなことではないかと思っております。
○翫正敏君 ところで、この我が国における恩給の最高支給額と最低支給額を総務庁の方から示してください。
○政府委員(稲葉清毅君) 現在、旧軍人恩給、普通恩給を受給されている方で最高額は、もとの階級が中将でこざいまして実在職年が三十四年の方がいらっしゃいますけれども、この方が年額約四百四十万円でございます。また、最低額につきましては、実在職年十二年以上で七十五歳未満の場合の方、こういった方は恩給年額の裁定された額に対しましてそれより高い最低保障額が適用されますが、その最低保障額が百五万四千八百円となっております。
○翫正敏君 本人の掛金を原資とするのではなくて、すべて国庫負担の国家補償という我が国の恩給制度の基本的性格というものにかんがみまして、在職時の階級による格差があるということの根拠はどこにあるんでしょうか。
○政府委員(稲葉清毅君) 確かに、恩給は国家補償的な性格は有するわけでございますけれども、やはりその沿革から申しましてこれは年金制度であるということには変わりないわけでございます。したがって、恩給は国家補償であるという議論がよくされるのでございますけれども、正確に言うと国家補償的な性格を有する年金制度である、こういうことになると思うのでございます。そうしますと、これは年金制度でございますから、それは退職当時の俸給、最近ではほかの年金制度は退職当時ではなくてさらに生涯的な給与というのもあると思うんですけれども、いずれにしても退職当時の俸給と在職の年数を基礎として算定されるということが基本でございます。これは、旧軍人、旧文官を問わず共通する原則でございます。
 したがいまして、旧軍人の場合、この退職時の俸給につきましては、従来から階級ごとに仮定俸給表というものを定めまして、それに基づいて恩給年額を計算してきたところでございまして、退職時の条件ということを考えれば、階級により恩給年額にある程度の差が生じるのはやむを得ないと思っているわけでございます。
 ただし、先生おっしゃいますように極めて大きな格差があるということは必ずしも妥当でないという御意見もございますし、旧軍人の恩給が、再出発に当たりまして、例えば兵隊さんの階級を二等兵、一等兵、上等兵、兵長とありましたのを兵長に一本化するというようなこと、あるいはその後においても、仮定俸給表等につきましてなるべく下に厚いような改善をするというようなこと、それから最低保障制度を導入する。そういったようなことにつきまして、できるだけ下に厚く上に薄いという改善をするように努めてきたところでございまして、戦前に比較しますと階級による差は非常に大きく縮小しているわけでございます。
○翫正敏君 縮小する努力はしているといいましても、基本的に恩給額が在職中の給与の額というものをもとにはじき出されております関係上、現在四倍以上の最高と最低の格差がついているわけです。こういうものはやっぱり基本的におかしいというふうに思います。おかしいと思うか思わないか、総務庁長官と官房長官におのおのお答え願いたいと思います。
○国務大臣(鹿野道彦君) ただいま答弁申し上げましたとおりに、恩給年額というのは退職当時の俸給と在職年数に応じて算定することとなっておりまして、そのことが恩給制度の基本ではないかと思います。したがいまして、階級により恩給年額にある程度の格差が生ずるということはやむを得ないものではないか、このように考えるところでございます。
○国務大臣(河野洋平君) 総務庁長官の御答弁と同意見でございます。
○翫正敏君 私は、これだけ大きい格差は不当であるので、この差をさらに縮める努力をすべきだという意見を申し上げておきたいと思います。
 国籍による差別が我が国の恩給にはあるということに戻りまして、もう一点お伺いしますが、国際人権規約B規約の第二十六条、このところには、「すべての者は、法律の前に平等であり、いかなる差別もなしに法律による平等の保護を受ける権利を有する。このため、法律は、あらゆる差別を禁止し及び人種、皮膚の色、性、言語、宗教、政治的意見その他の意見、国民的若しくは社会的出身、財産、出生又は他の地位等のいかなる理由による差別に対しても平等のかつ効果的な保護をすべての者に保障する。」ということをうたっているわけでありますが、この規約と恩給法九条の国籍要件との関係を伺いたいと思います。
 初めに、外務省の方から、国際人権規約B規約がいつつくられて、どのように発効しているのかを説明してください。
○説明員(神余隆博君) 急な御質問をいただきまして、今担当の説明員がまだ参っておりませんので、できれば後刻正確に御報告させていただきたいと思います。私、必ずしも事実関係、この場で間違ったことを答えてもあれでございますので、大変申しわけありませんけれども。
○翫正敏君 じゃ、見えたらすぐ説明してください。よろしいですか。
○説明員(神余隆博君) そのようにします。
○翫正敏君 これはとにかく効力を発している条約でございます。我が国においても効力を発している条約でありますので、そういう前提に立って質問をします。
 サンフランシスコ条約が一九五二年、昭和二十七年の四月二十八日に結ばれまして、それによって日本の旧植民地出身の人が本人の意思とは関係なく日本国籍を失うということになりました。ある人は在日外国人となり、ある人は祖国の方で独立をされたわけでありますけれども、この人たちに恩給法九条の国籍要件を当てはめるのは極めて不当なことではないかというふうに思います。国際人権規約B規約二十六条に違反するものではないかと思うんですが、総務庁長官及び官房長官の御所見を伺いたいと思います。
○政府委員(稲葉清毅君) ただいま御指摘のように、恩給法の国籍条項が国際人権規約B規約第二十六条に違反するかどうかということにつきましては、そういったB規約の経緯等について後ほど外務省から御説明があるようでございますが、私ども恩給局が解釈権限を有しているわけではございませんけれども、ただ、この条項が合理的でかつ客観的な差を設けることまでも排除しているものではないというのが国際社会の解釈であるというふうに私どもは理解しているわけでございます。
 先ほども申し上げましたように、恩給法において日本国籍の保持を恩給受給権の要件としているのは、公務員と国との特別の関係に立脚した公務員年金制度という我が国の恩給制度の沿革ないし性格に由来するものでございまして、これは合理的であると同時にすべての人に適用しているわけなので、客観性を持つものであるというふうに考えているわけでございます。
○翫正敏君 では、両大臣も同一見解ですか。
○国務大臣(鹿野道彦君) ただいま答弁したとおりでございます。
○翫正敏君 じゃ、ちょっと別の資料に基づいて質問いたしますが、一九七九年、昭和五十四年七月に恩給局が発行しました「恩給相談ハンドブック」というものがございます。これがコピーですけれども、その問い四というところに、国籍を失った人が新たに日本国籍を取得したときに恩給をもらえるかどうか、そういう問いを出して、その答えと解説をしているわけであります。これの一番最後のところに、ある人に対しては特別の取り扱いがなされた、このように書かれておりますので、その特別な取り扱いをした理由ですね、それから具体的な件数、国籍の別、日本国籍を取得した日にち、また恩給を受けられるようになった日にちなどを順次説明してください。
○政府委員(稲葉清毅君) ただいまも申し上げましたとおり、恩給法は、日本の国籍を失ったときは恩給受給権を失うという旨規定しておりまして、昭和二十七年四月二十八日のサンフランシスコ平和条約の発効によって日本国籍を失った朝鮮半島及び台湾の出身の人々についてもこの規定が適用されて、恩給受給権は消滅することになるわけでございます。このことはこのハンドブックにも書いてあるわけでございますけれども、しかしながら、これらの人々のうち、平和条約の発効後比較的早い時期に日本に帰化して日本の国籍を取得して恩給の請求を行った人々につきましては、平和条約発効に伴う国籍喪失は本人の意思によらないものでございまして、平和条約には国籍の選択権については何も規定してないわけでございますけれども、本人の意思によらないわけでございます。
 その後、その方たちが日本に帰化したい、言いかえれば自分の意思で日本の国籍を選択するというふうな意思表示があったものと考えられること、それから、厚生省の方で所管しております援護法につきましては、帰化すれば援護法の適用を受けるとされておりまして、それとの均衡も配慮せざるを得ない、こういう事情がございまして、そういった方々についてはさまざまな見地から考えて、平和条約の発効によって国籍を失うということにはされたんだけれども、その後比較的早い時期に日本に帰化したい、言いかえれば日本の国籍をそのまま保持していたい、そういう意思表示がされた方につきまして、こういう人にまであえて国籍条項を適用していくのはいかがなものか、こういう見地から恩給を支給するとしたところでございます。
 しからば、それじゃそういう方たちは何人ぐらいいたのかというお尋ねでございますけれども、恩給の裁定件数が大変膨大でございまして、その中から帰化した者を完全に掌握するというのは非常に困難でございますけれども、随分調べさせていただきまして、現在把握しているところでは十二名でございます。そのうち、台湾出身者が七名、朝鮮半島出身者が五名という内訳になっております。
 なお、これは皆様非常に特殊なケースでございまして、例えばこういった十二名のうち五名ばかりは、昭和三十年にモロタイ島という島から帰還された方が五名ばかり含まれているんですけれども、例えばこの五名は台湾の出身者の方でございまして、いわゆる高砂族と言われていた方でございますけれども、昭和十八年に特別志願兵として入隊いたしまして、以後南方を転戦いたしまして、インドネシアのハルマヘラ島という島がありますけれども、そのかなり近くの小さな島のモロタイ島というところに配属されまして、そこで戦争をしているうちにジャングルの中で散り散りになって、その後もう日本の指揮系統が全く失われたところで皆さん再会いたしまして、そこで昭和三十年まで約十年間横井さんのような生活をしていた。
 そういう方が三十年に発見されて、日本に帰られて、平和条約のことも知らず、国籍を失ったということも知らず、いや我々は日本人として戦争に参加して、これでその場で日本に帰化したい、日本の国籍を継続したい、そういうような方が多うございまして、そういった方にまであなた方は日本人ではないよと言うのはなかなか難しい事情もございまして、そういう裁定を行っているわけでございます。昭和四十九年ぐらいまでに帰化された方についてこういったケースがあるということでございます。
○翫正敏君 昭和四十年ごろの国会の審議録やマスコミでの取り扱いではこういうものが出ていないというふうに思うんですけれども、該当者はどうしてこのような特別な取り扱いを受けることができるということを知ったのか、それを簡単に説明してください。
○政府委員(稲葉清毅君) これは何分にも古い話でございまして、先生おっしゃったように私どもも古い記録をいろいろ調べたのでございますけれども、例えば、そういうことについては、先生おっしゃいましたようにそういう措置があるということを公表しているわけではございませんけれども、ただ、恩給は請求を待って裁定するということをずっとやっておりますので、当時におきましても請求があったものについてはそういう措置をとっていると。あるいはお問い合わせがあったり照会があったりした場合にはそのようにお答えしているわけでございます。したがいましてハンドブックにもそのように書いてある、こういう事情でございます。
○翫正敏君 このハンドブックというのは何冊ぐらい印刷したんですか。
○政府委員(稲葉清毅君) ちょっと今資料の持ち合わせがございませんので、何冊かはわかりません。
○翫正敏君 要するに、ハンドブックに書いてあるからこれを見ればわかるじゃないかという、そういうことでは結局もらうべき資格がある人でも申請することができないというふうに思うんですね。やはり新聞にちゃんと載るとか、国会でそういう議論が行われて、それがマスコミに取り上げられるとかということがあって初めて該当者の人は知ることができると思うんです。そういうように思います。
 この要件を満たしている人で、まだ恩給をもらっていない人というのはそういう意味からいると思うんですね。そういう人がいるかいないかを調べるという気持ち、またさらに、もしそういう人がいて本人が申請をすれば今からでももらえるのかどうか、そういうことを説明してください。
○政府委員(稲葉清毅君) 原則として、恩給法においては国籍を失ったときは恩給の受給権を失う。ですから、帰化したとしてもその権利は回復しないというのが原則なんでございますけれども、しかし、先ほども申し上げましたように、平和条約発効後比較的早い時期に帰化をして恩給の請求をしたという例については特例的な措置として恩給の支給を認めているところでございます。
 今、先生からお尋ねのように、仮に、今後そのような人から請求があった場合には、どのような事情で帰化をして、どのような事情で請求がおくれたのか、そういった事情をよく聞いた上で慎重に検討させていただきたいと思っております。
 繰り返して申し上げますけれども、恩給の場合、非常に大勢の方を対象としておりますので、私どもとして受給権があるかないかということについて個々に掌握することはできませんので、すべて請求を待って審査しているというのが実態でございます。
○翫正敏君 日韓条約の対象とならない台湾出身者、朝鮮籍の人も同じであるということでいいですか。
○政府委員(稲葉清毅君) 日韓条約の対象とならない台湾籍の方あるいは北朝鮮籍の方につきましても、これは比較的早い時期に日本に帰化して、つまり、言いかえれば、平和条約発効時期において自分の意思で日本国籍を選択したであろうという推定ができる方につきましては、同じように扱うべきではないかと存じているわけなんでございますけれども、ただ、今後帰化するということになりますと、これは別の問題でございまして、あくまでも早い時期に帰化した方ということで考えさせていただきたいと思っております。
○翫正敏君 そこがちょっとあれなんですが、それ議論していると長くなりますので、そのうちまたやりたいと思います。
 さっき国際人権規約のB規約のことをお尋ねしましたので、外務省の方からこの条約の発効について説明してください。
○説明員(神余隆博君) 先ほどは大変失礼申し上げました。
 委員御質問の人権規約B規約、いわゆる市民的及び政治的権利に関する国際規約でございますが、これの署名日は一九七八年五月三十日でございます。そして批准書寄託、すなわち批准の日は一九七九年六月二十一日となっておりまして、それを受けまして、我が国について効力を発生いたしましたのが一九七九年九月二十一日というふうになっております。
○翫正敏君 それで、総務庁長官にお尋ねしたいんですけれども、総務庁の方から、事務方からでも最初は構いませんが、そもそもこの恩給法の九条において、国籍を失いたるときは恩給権が消滅するというふうになっているわけなんですけれども、この恩給法の九条の「国籍ヲ失ヒタルトキ」というのには、サンフランシスコ条約のようなこういう条約によって、本人の意思とは関係なく植民地の人たちが国籍を失うというような場合は想定されていなかったと考えるのが相当であろう、正しいのではないかと思うんですけれども、大正十二年の恩給法制定当時の立法の趣旨というものにかんがみていかがなものでしょうか。
○政府委員(稲葉清毅君) 委員ただいまお尋ねのように、私どもといたしましても、恩給法の制定当時において、今のような形で日本の領土が一部分割、独立することによって国籍の喪失をするというようなことまでを想定していたとは思えないわけでございます。しかしながら、昭和二十七年に平和条約を締結しましたときも、そのときに恩給法につきましてどういうふうに扱うかという議論は当時はなされていなかったようでございまして、そういったことは二国間条約にゆだねるということだったのかもしれませんけれども、いずれにしても恩給法においては、日本国籍を有しない者には恩給を支給しないという法律になっておりまして、現に外国人である人々については恩給受給権はないものと考えているわけでございます。
○翫正敏君 長官、いかがですか。
○国務大臣(鹿野道彦君) 今、恩給局長から答弁申し上げましたとおりに、基本的には、大正十二年の恩給法制定以来今日に至るまでの恩給制度そのものの基本的な考え方だ、こういうふうなことだと思います。
○翫正敏君 サンフランシスコ条約が発効して、その後に恩給法が復活しているわけですね。これが戦後補償法の基本というものになっているわけであって、国籍条項というものによって日本国籍以外の人を排除していないのは原爆の治療を受けられるというこのことだけでありまして、他のことについてはすべて国籍条項や国籍要件というものがあって日本人だけにしか補償しないという、これがやっぱり日本とアジアとの今後の関係を考えていく上においても非常にネックになっているのではないかと思うんですね。
 そういうことを考えてみますと、その大正十二年の法律が制定された当時にはこのような条約によって国籍を失うというようなことは想定されていなかったということなどにかんがみましても、やはりこのサンフランシスコ条約によって国籍を失った人に対する特別な配慮、措置というものは当然今後考えていかなければならない問題でないかというふうに思うんです。先ほどのハンドブックの例は極めて一つの古い一例でございますけれども、やはり特別な措置をここに講じているという前例もございますから思うんです。
 そこで、官房長官にちょっと最後に見解をぜひ承りたいんです。
 今後のことというふうに考えていただきたいんですが、サンフランシスコ条約によって一九五二年、昭和二十七年に日本国籍を失った人、このサンフランシスコ条約によって国籍を失った方の中でも特にまず在日外国人のことを考えて、そこを手がかりにして、さらに先ほどの国際人権規約というものにまで視点を広めながら問題を解決していくのがいいのではないかと思いますのでお尋ねするんですけれども、この在日外国人の人は日本の植民地支配によって日本の国籍を強要されました。そして、戦後日本に永住をしている特別な外国人というこういう性格を持っています。またずっと日本に税金を払い続けている、そういうもちろん外国人でもあります。
 サンフランシスコ条約と先ほどから何回も言っておりますけれども、恩給法が大正年間にできました時点では全く想定をされていなかった事態によって国籍を失ったということでございますし、さらには一九七九年の国際人権規約B規約発効から十年以上たっているというこういう現状でございます。
 国際社会の中で名誉ある地位を占めたいというこれが我が国の国是であると思いますけれども、そういうことからかんがみましても、まずこの恩給法第九条の国籍要件そのものを法律から撤廃するのがベストであるというふうに私は考えているものでありますけれども、当面のどころとして、サンフランシスコ条約で国籍を失ったすべての外国人に適用しないというふうにし、さらにはそこから国際条約、人権条約というものにまで日本の戦後補償というのを広めていくという、こういう法の弾力的運用というものの中で問題を解決をしていくというものが求められる方向なのではないかと思うのですけれども、官房長官はどのように今後の方向についてお考えでしょうか。
○国務大臣(河野洋平君) 先ほど来総務庁恩給局長等が御説明を申し上げておりますとおり、国と公務員との関係というものについて長い間の歴史の積み上げが一方でございます。大正十二年でございますか、この長い間の国と公務員との特別な関係というものに立脚した制度、この制度を見てみますとやはり国籍条項というものはその根幹に触れる重要なものだ、これが一つどうしてもあると思います。しかし一方で、今委員が御指摘になっておりますような問題もそうした考え方が一部にあるということも承知をいたしております。特に委員はかねてからこうした問題に着目をして御論議を展開しておられるということも承知をいたしております。
 そこで総務庁におかれましては、いろいろな角度で御検討をされたというふうに私は想像しておりますが、さまざまな角度から検討をした結果、本日の答弁になっておるということでございましょう。私といたしましては、この問題については総務庁の御判断を支持したい、こういうふうに思っているところでございます。
○翫正敏君 非常に残念です。戦後補償の問題というのは、外国の方からいろいろ従軍慰安婦の問題を初めとしてどんどん日本政府の方に要求が出てきている問題ですので、これをどうして解決していくかという重要な問題に関係しておりますから、ぜひ今後ともさらに検討を加えていっていただきたいということをお願いしておきたい、そういうふうに思います。
 議論は変わりますが、防衛庁の方にちょっと教育訓練の内容について質問しますので、担当の教育訓練の方お願いいたします。
 東京都小平市にあります自衛隊の調査学校でございますが、この調査学校の中で心理戦防護課程という課程がありますけれども、この課程ではどのようなことを教育訓練しているのか、概略説明してください。
○政府委員(諸冨増夫君) お答えいたします。
 先生御指摘のように、調査学校におきまして心理戦防護課程という課程を設けて教育をしております。これは内容は若干業務の性格上つまぴらかにはできませんが、概略だけ申し上げますと、有事の際に自衛隊に対しまして部外からいろんな意味の心理的な揺さぶりといいますか、そういうものが想定されます。そういう場合に、自衛隊は、団結といいますか、組織の団結を維持するということでそういう心理的な妨害に対しましてどういうふうに対応するのか、隊員が動揺しないように、有事の際に、そういうときにはこういうふうに対応しろというふうなことを勉強させておるというのが内容でございます。
○翫正敏君 今の説明ですと、心理戦防護課程というのは外国から心理戦、謀略的な活動、スパイ活動的なことだと思いますが、そういうものを受けたときに我が国の自衛隊がそれにどう対応するかという、こういう教育訓練であるという説明だったと思うんですね。それでいいですか。
○政府委員(諸冨増夫君) 私、申し上げました有事の際に自衛隊が仮に本土で戦うというような場合を想定いたしますと、いろんな形で、例えば航空機によるビラであるとか、あるいはいろんな意味で向こうの陣営から我が方の陣営に早く投降せいとか、そういうふうな働きかけがあると、そういう意味でございます。
○翫正敏君 実際私持っております資料が、ちょっと古いんでなんですが、昭和五十年の十一月十日から五十一年の三月十一日までの間に陸上自衛隊の調査学校、小平市の調査学校で行われました情報教育部第五教官室の教育実施計画、これがあるんですけれども、この期間に第十七期幹部心理戦防護課程教育実施計画というものをつくってそのとおり実施をしたという、そういうことは間違いありませんか。
○政府委員(諸冨増夫君) 先生御指摘の期間に心理戦防護課程という課程が確かに行われております。それは事実でございます。
○翫正敏君 この課程においてどのような、主に実技、実習、演習といいますか、こういう実習ですね、演習というのがありますが、実習とか演習はどのようなものを行ったかということを概略説明できますか。
○政府委員(諸冨増夫君) 総合実習という期間がその課程の中に設けられておりますことは事実でございますが、具体的にどういうことを行っておるかというようなことにつきましてはちょっと御説明を差し控えさせていただきたいと、このように思います。
○翫正敏君 説明をしたくないようなので、私の方から持っております資料に基づいてどういうことをやったのか、実習したのかちょっと説明してみます。
 まず、昭和五十年の十一月二十五日から二十九日までの演習ですか、実習ですか、この期間に行われた訓練の内容なんですが、一万円作戦というものが行われた。これは、この作戦のといいますか、訓練の目的は秘密組織の結成と資金集め、その目的を国民に説得する訓練と、こういうふうに位置づけられておりまして、カバーネームなるものをこれを受けた自衛官の人たちが用いまして、そしてにせの名刺をそれぞれがつくりまして一口何がしかの寄附を国民に対して集める。具体的には都内を回って国防協会への寄附という形でこれを依頼して回った、それぞれが手分けして回った、こういう作戦がありました。
 このとき、名前は申しませんけれども、それぞれ受講された人たちは当時実在をしております会社ないしさまざまな団体の名刺をつくりまして、名前だけ、カバーネームですか、いわゆるにせの名前を、自分の本名ではない名前をつけましてそしてそれぞれ都内を回って寄附を募って歩いたと、こういうことでありますが、このような訓練をしている、実習したということですね。
 さらにもう一点見ますと、投書作戦というのがありまして、これは五十一年の一月十日から一月三十一日の間にかけてそれぞれ投書を、自衛隊に非常に国民の支持が集まるようにと、そういう目的の内容になっておりますが、このようなことは「桐千葉」という題の、十七期研修生が修了します直前に文集をつくりまして、そしてその中に皆書いてあることでございますけれども、この投書作戦の方は、これも新聞の名前はきょうは挙げませんけれども、それぞれ大新聞でありますが、大新聞に、例えば「駅構内の除雪職員はどこに」ということで、自衛隊員が一生懸命除雪をやっておるが、駅の職員がしてないというような内容の投書をしている。それから「自衛隊への偏見排せ」という、こういう内容の投書も行っております。
 さらには、「今こそ青少年に徳育を」というので、教員の名前になっておりますが、教員にしては極めて内容が問題な、勉強ばっかりしていると精神障害者になるのではないかなどというような、こういうことが書いてあるんで、これ本当に教員なのかどうかも疑わしいんですけれども、それを調べてみましたら、どうもそこまで私わかりませんでしたが、そういう「今こそ青少年に徳育を」という、題はすばらしいんですけれども、こういうもの。「雪祭りが教えてくれたもの」、まだありますね、「野犬の事故をなくして」と、こういう題の投書も来ているんです。
 こういう投書をしまして、これすべてこの訓練の、演習の、実習の課程の中で行っていると、こういうことが資料の上で明らかだし、当時の新聞をこれ調べましてはっきりしておることなんですけれども、このような演習をしたということをお認めになりますかのそれから、こういう演習、教育訓練の目的というものはさっきおっしゃったようなことと合致するんでしょうか。
○政府委員(諸冨増夫君) お答えいたします。
 今、先生いろいろ御説明いただきましたが、実は、先般一部マスコミにそのような報道がございましたので、古いことではございますが、私どもも念のために一応調査をいたしたところでございます。その結果、当時の調査学校の担当の教官等はほとんど退職しておるような状況でございまして、いずれにしても資料としては、調査学校としては大体資料保存期間というのがございまして、数年でいずれも教員関係の資料については焼却処分になってございます。
 したがいまして、在職しております教官なり当時の学生等からいろいろ聞き取りをやりました結果、どうも新聞に報道されておるようなところはなかなか特定できなかったというのが実情でございまして、いずれにしてもそういうところが私どもの調査の結果でございます。
 したがいまして、その目的その他について、私どもちょっと事実関係が全く特定できないということでコメントを差し控えさせていただきたいと思っております。
○翫正敏君 教官の方はそれぞれもう退職してわからなかったとおっしゃいましたけれども、この「桐千葉」というものをつくられた編集委員長の人は現在、名前は申しませんけれども、現職自衛官ですよ。事情をお聞きになりましたか。
○政府委員(諸冨増夫君) いろいろと調査しました結果、今御指摘の資料を当時の学生がつくったというような記憶を持っておられる方もございました。
○翫正敏君 もう一遍言ってください。
○政府委員(諸冨増夫君) 当時の関係者に調査した結果、今先生が御指摘のような論文集といいますか、資料集みたいなものをつくったような記憶があるという方もございます。
 そういうことで、事実関係はまだ特定しておらない、特定できなかったということでございます。
○翫正敏君 じゃ、今後さらに私が申しましたような内容のことをしたのかどうか、コメントができないというようなことでなくて、やはり現職の自衛官の人もおられるし、やめた人だって事情聞けばわかりますから、もっとちゃんと調べて事実か事実でないか、これを明らかにしてほしいし、さらに今日現在、ただいまのこの心理戦防護課程の訓練内容が昭和五十年当時と同じなのかどうかということについても大いなる疑義がありますので、この点もさらに明確にしていただくために調査を要求したいと思いますが、どうですか。
○政府委員(諸冨増夫君) 私ども、十分調査した結果、ただいま御説明いたしましたような結論に到達したわけでございまして、一部そういう報道に基づいたものにつきまして今後ともまた再調査をするというような気持ちは今のところ全くございません。
 それから、内容につきましては、その報道に出ておりますようなことについて現在の調査学校でやっておるかということになりますと、これは調査の結果、全くそういうことは現在行っておりません。
 したがいまして、十数年前の事実関係について一応私どもとしては調査した結果、よく内容は特定できなかったということで調査は終了したというふうに御理解いただきたいと思います。
○翫正敏君 調査は終了したということは納得できないわけで、先ほどあなたはおっしゃったけれども、この「桐千葉」というもの、この論文集といいますか感想文集かわかりませんけれども、こういうのをつくった記憶があるという人が受けた人や教官の中にいたということをおっしゃったでしょう。おっしゃったのなら、この内容について真偽のほどを明らかにしなければならないのじゃないですか。真偽のほどを明らかにしてください。
○政府委員(諸冨増夫君) 先生御指摘の文章は、あくまでも防衛庁としてといいますか調査学校として指導してつくらせたとか、そういう性格のものではないというような調査結果でございます。あくまでも私的に学校卒業生がそれぞれ任意につくった文章でございますので、それを調査して事実関係をどうのこうのというところまでは、私どもとしては現在必要はないんじゃないかと考えておるところでございます。ましてやその内容について一々真偽のほどをコメントするという立場に、私は現在そういう立場には防衛庁としてないというふうに考えておるところであります。
○翫正敏君 じゃ、ここに書いてある内容というのは、要するに、これは先ほど言いましたように心理戦防護課程の実習の内容の中でこういう内容のことをやったと書いているわけですね。この「桐十葉」というものの中にはこういうふうに書いてあるわけです。であれば、こういうことを何のためにしたのか、何の目的でしたのか、新聞にこういうにせの投書をしたり、にせの名刺をつくって寄附を集めたりして、何のためにしたのかということはそれは古い話だからもういいというわけにはいかないんじゃないんですか。
 まず、そういうことをしたのかしないのか事実をもう一遍調べなければいけないと思いますが、どうですか。防衛庁長官の方へ行きますよ、話がもう一遍調査してくださいよ。
○政府委員(諸冨増夫君) 今御指摘の中で、一部でございますが、いろいろ新聞に投稿したという記事が出ておりましたが、あれについては私ども調査した結果ではそういうことをやった記憶の学生が当時おったということで、内容は先ほど先生御説明ありましたように一部野犬の撲滅とかあるいは雪祭りへの協力とか、そういうことについて投稿したと。
 これは、私ども事実をあくまでも確定した上の結論ではございませんが、事実といいますか真偽の過程をきちっと特定したわけではございませんが、今推測しますと、心理戦防護課程というものを卒業するに当たって、いわゆる対心理、いろんな妨害があったときに動揺しないように、隊員に幹部としていろいろ説得するといいますかそういう説得力あるいは文章表現力、そういうものを最終的に総合実習という形で投稿作戦といいますかそういう形で行ったということで、それは一部の学生、今おる職員でございますが、認めておるところでございます。
○翫正敏君 カバーネームなる名前をそれぞれの受講生がつくって、そして名刺をそれぞれの人がつくっているというのはここにちゃんと資料に載っていますね。この資料を全部私拡大鏡かけて読みましたら何て書いてあるか全部わかりましたが、そういうのが目的なんですか。
○政府委員(諸冨増夫君) 今、先生お手元に何かお持ちの資料でございますが、実は私ども防衛庁としてそういう名称のものがあるという報道は承知しておりますが、現在確認したところ実物は発見できなかったというのが事実でございます。
○翫正敏君 だから、発見できなかったでおしまいじゃなくて、もしこれが事実なら、現職自衛隊員がにせの名刺をつくって、そして個々に東京都内を回ってお金を集めて歩いたということになれば問題でしょう。防衛庁長官、問題だと思いませんか、事実だとしたら。事実だとしたらですよ、事実だと断定していません、私。事実だとしたら問題だと思いませんか。
○政府委員(諸冨増夫君) 事実を特定できなかったわけでございますので、事実だとしたらという仮定の問題でお答えするのは私どもの立場上差し控えたいと思うわけでございます。
○翫正敏君 だから調べてくださいと言っているわけです。
○政府委員(諸冨増夫君) いや、調べました結果、私が申し上げたようなことでございますので、何分非常に古いことでございましてその内容について特定できない、まあ一部の報道は私ども承知しておりますが、ということでございます。
○翫正敏君 じゃ、そういうことをおっしゃるので、次回機会を見まして、ここに書いてあります、ここに参加をされました人の氏名、それからこのカバーネーム、どういうカバーネームを使ったか、そういうこともすべて特定をして次回の機会にもっとさらにちゃんとただしたいと思うんです。
 きょうは、新聞とかの名前も挙げませんでしたし、参加者の名前も挙げませんでした。すべてそういう、いわゆるだれがどうしたということの名前を全部、カバーネームがどうで、それが実名はどうでということも対照して調べましたけれども、それも全然挙げておりません。そういうことをしませんでしたのは私なりの配慮なんですけれども、調べるつもりはもうない、こういうふうに局長がおっしゃるのなら、次またいろいろとこっちの方も考えたいと思います。
 次へ行きます。カンボジアにおいて自衛隊が現地の住民の方を死亡させた事故について、事件について質問いたします。
 まず最初に、一九九二年十月三十日の事件及び一九九三年一月十二日の事件について、まずこの事件は平和協力隊の業務としての事件、事故と言ってもいいですけれども、自衛隊の業務の事故なのか、それをまず最初に仕分けしてください。
○政府委員(秋山昌廣君) カンボジア派遣施設大隊隊員の起こした二件の交通事故は、いずれも自衛隊法百条の七に基づき自衛隊の部隊等の実施する国際平和協力業務の遂行中に生起したものでございますので、これは自衛隊員として自衛隊の業務実施中の事故になるというふうに考えております。
○翫正敏君 ちょっとはっきりしないので、もう一遍ただしますが、官房長官の方がいいのかもしれませんが、要するに自衛隊の業務なのか、自衛隊が平和協力業務を行っているときの事故なのか、それを特定してくださいと言っているんです。あなたの答えではそれがわかりません。もう一遍言ってください。
○政府委員(秋山昌廣君) 自衛隊法の百条の七に、「長官は、国際連合平和維持活動等に対する協力に関する法律の定めるところにより、自衛隊の任務遂行に支障を生じない限度において、部隊等に国際平和協力業務を行わせ、及び輸送の委託」云々と、「これを実施することができる。」という規定がございまして、二つの事故につきまして、最初の昨年の十月の三十日の事故でございますが、これはカンボジア派遣施設大隊の隊員が資機材等の輸送のため走行中に起きた事故でございますし、ことしの一月の交通事故もUNTACから支給される物資を受領するため走行中の事故でございまして、いずれも自衛隊の業務実施中、つまり国際平和協力業務という業務の実施中の事故ということでございます。
○翫正敏君 わかりました。自衛隊の部隊としての事故ですね。それでよろしいですね。その自衛隊の部隊としての事故なんですから、自衛隊の方で事故の内容を、私は事件だとこう見ているんですけれども、事件の内容、調査をされておると思いますので、それを説明してください。
○政府委員(畠山蕃君) 二つの事件の概要ということでございますが、まず平成四年十月三十日に発生した交通事故の概要について申し上げます。
 日時は、平成四年十月三十日金曜日の現地時間九時半ごろでございました。場所は、プノンペンの南方約二十八キロの国道三号線上プレイトテン村でございます。相手方は、現地人の男性三十二歳でございました。事案の概要でありますが、民間船等でシアヌークビルに搬入いたしました資機材等をシアヌークビルからタケオヘ輸送するため、タケオからシアヌークビルに向かって走行中の第一次カンボジア派遣施設大隊の特大型トラック、これは輸送中隊の陸士長が運転中でありましたが、これが国道三号線においてモーターバイクに乗った現地人男性と接触しまして、当該男性は死亡したというものであります。
 それから、平成五年一月十二日に発生した交通事故でありますが、これは日時、平成五年一月十二日火曜日の現地時間十五時五分ごろでございます。場所は、国道三号線と国道四号線の分岐点から西へ約二キロ行ったところの国道四号線上でございます。相手方は、現地人の女性で四十八歳。事案の概要でありますが、UNTACから支給される物資、これはコピー用紙でありますが、それを受領するためにトランジットキャンプに向かい走行中の第一次カンボジア派遣施設大隊の四輪駆動ワゴン車、これは本部管理中隊の二等陸曹が運転中でありましたが、これが国道四号線におきまして自転車に乗った現地人女性と接触をし、当該女性が死亡したというものであります。
 いずれも現在UNTACの調査が終了しておりませんで、事実関係の細部は確定しておらないところ、我が方で現在まで把握しているのは以上のとおりであります。
○翫正敏君 この二件のことについて、防衛庁長官は現地の二人がお亡くなりになったということですので所感がおありだと思いますから、お述べ願いたいと思います。
○国務大臣(中山利生君) UNTACに出動いたしました自衛隊の諸君が二件のこういう交通事故を起こしたということは大変残念なことでありますし、被害を受けられた方々に対しましては心から御冥福をお祈り申し上げたいと思っております。
 先生御承知のように、カンボジアは我が国と交通事情が全く違いまして、交通事故あるいは交通のモラル等につきまして予想もできないような事態が想像されましたし、私どももテレビ等で拝見しておりましても大変なところで輸送業務を行っているんだなという感じがありました。そういうことで、派遣隊員の諸君には厳重に、不測の事態であっても事故を起こさないようにということを強く要望をしているところでございます。こういうことはまことに残念でありまして、今後の処置については適切に処置をしていきたいと思っております。
○翫正敏君 今、自衛隊の警務隊ですか、そこで調査中でありますが、この後の処分とか補償のことについて尋ねたいんですが、刑事処分、行政処分、民事補償というものが当然行われるわけでありますが、それはどのようになっていくのか、これは官房長官の所轄になるんですか、説明してください。
○政府委員(秋山昌廣君) ちょっと所管がいろいろ分かれておりますので恐縮でございますけれども、行政処分につきましては、先ほど申し上げましたように国際平和協力業務という自衛隊の業務として行った過程での事故でございますので、防衛庁長官の懲戒処分手続というものが実際に進められているわけでございます。
 ただ、懲戒処分そのものは。
○翫正敏君 わかりました、それで。行政はそれでいいです、行政は。
○政府委員(秋山昌廣君) それと、あと懲戒処分の手続を進めておりますけれども、先ほど来説明いたしておりますように、UNTACの方でも並行的に進めております事故調査の結果を見てみたい、その推移を見きわめたいということで、懲戒処分そのもの、あるいは行政的な対応についてはまだ決定しておりません。
○翫正敏君 刑事事件につきましては、この間国会での答弁を聞きました。業務上過失致死なので国外犯としての処罰規定はない、こういう答弁がございましたが、これは交通事故だから即業務上過失致死だというそういう断定はできませんね、調べてみないとわからないわけですから。運転していた人や乗っていた人の意図の問題、意思の問題、こういうものを調べてみないと業務上過失致死であるということは断定できないわけですから、それをどういうに調べるのか、これをお願いしたい、そういうふうに思います。
 なぜそういうことを私問題にするかといいますと、例えばこれから、ないことが一番望ましいんですが、銃、武器、こういうものの使用の規定も自衛隊にはつくってあるわけですから、そういうような場合になりましても、これが正当防衛、緊急避難という場合に当たるのか、それとも一番極端な場合には武力行使に当たるのかというような場合でも事件そのものをよく調べてみないとわからないということになりますね、そういう事件が起きた場合。そういう場合にだれがどのような方法で最終的な刑事処分を決めるのかという、こういうことをきちっとしておかなければならないと思います。
 そういう意味で、交通事故だからこれは国外犯としての処罰規定がないからそれで一件落着というそういうことにしないで、ちゃんと調べてほしいというそういう立場でお聞きしているので、お答えください。
○政府委員(秋山昌廣君) 私の方は現地に司法警察職員としての警務官を派遣しております。先生御案内と思いますけれども、刑事訴訟法第百八十九条の二項で「司法警察職員は、犯罪があると思料するときは、犯人及び証拠を捜査するものとする。」、それから同第二百四十六条に「司法警察員は、犯罪の捜査をしたときは、」「速やかに書類及び証拠物とともに事件を検察官に送致しなければならない。」云々という規定がございます。
 本件も警務官が現地でこの隊員の起こした交通事故につきまして事実関係の調査をいたしましたが、その調査過程で今申し上げましたとおり、犯罪があると思料した場合にはもちろん直ちに捜査を開始するわけでございますが、事故直後よりUNTAC及び現地関係当局との調整あるいはいろいろ事実関係を調査したところでございますけれども、現時点で少なくとも刑法上の犯罪があるというような見方には立っておりませんので、それ以上の手続はしていないところでございます。
○翫正敏君 検察の方にちょっとお伺いしたいんですけれども、国連のPKO活動における刑事処分は派遣国の責任であるということになるわけですから、自衛隊の警務隊の方から事件の報告は今ほどの説明では来ていないし、これからも来ないというふうに考えられますが、検察庁の方から能動的にこの事件の内容というんですか、それを調べるというそういうつもりはございませんか。
○説明員(馬場義宣君) お答え申し上げます。
 今、先生御指摘の具体的な事案について私どもお答えをすることはちょっと差し控えさせていただきます。
 ただ、一般論として申し上げさせていただきますと、刑事事件として捜査する必要があり、かつ第一次捜査機関において捜査するのが適当と思われる場合にあっては、検察としても適切に対応するものと考えております。
○翫正敏君 今回の事件については、検察の方から能動的に事件を調べるというつもりは今のところないということだと思いますが、日本国民ならだれでもこの事件の調査と真相ですね、本当に業務上過失致死なのかどうかということを検察に調べてもらいたいということで、検察庁へそういうことを要求するということはできますか。
○説明員(馬場義宣君) お答えいたします。
 これも一般論で申し上げますと、刑事訴訟法には犯罪の被害を受けた者が告訴をする、あるいは犯罪があることを承知している者が告発をするという形で捜査機関に捜査の開始を求めるという手続はございます。
○翫正敏君 民事のことについてちょっとお伺いしますが、基本的にはUNTACの方で補償するということでありますが、この国連の方の補償に、遺族の人がその補償内容に不満というような気持ちを持った場合に、日本の裁判所に訴えを起こすことが可能でしょうか。
○説明員(升田純君) 御質問の御趣旨は、法律的に考えてみますと、実体法上の問題と手続法上の問題があるわけでございます。
 まず、手続法上の問題といたしましては、カンボジアの方が、我が国を被告とする民事訴訟でございますけれども、これを我が国の裁判所に提起することはできるわけでございます。
 次に、実体法上の問題と申しますのは、損害賠償請求権の内容につきましてどの国の法律を適用するかという問題でございます。これにつきましては、例えば一般人である日本人が外国で自動車事故を起こしました場合の法律関係を考えてみますと、我が国に法例という法律がございますけれども、その十一条の一項によりますと、不法行為による損害賠償請求権の存否、効力は、その原因となる事実が発生した国、交通事故の場合には交通事故の発生した国の法律が適用されることになっております。自衛隊員が外国におきまして国連平和維持活動の職務に従事していたときに交通事故を起こした場合、この法理をそのまま適用することになりますと、本件の場合ではカンボジアの法律が適用されることになるわけでございます。
 しかし、このような私人間の一般民事に関します従来の考え方を本件のような新しい事態に適用することにつきましては問題があり、新しい解釈が必要であるという見解もございまして、この点につきましては議論のあるところでございます。それで、本件のような場合、我が国の国家賠償法が適用あるいは類推適用されるという考え方もあるわけでございます。
 ところで、本件の場合に国家賠償法が適用されるとしましても幾つかの問題がございます。我が国の裁判所に訴訟が提起されるという要件のもとに考えてみますと、自衛隊員の国連平和維持活動としての活動が国連のコマンドのもとにある活動であるといった事情から、国家賠償法一条一項に言います国家権力の行使に当たるかどうかというのが問題になるわけでございますけれども、この点につきましては具体的な事案に即して解決すべき問題でございますし、私どもとしましては事案の具体的な内容を承知しておりませんので、意見を差し控えさせていただきたいと考えております。
 それから二つ目の問題でございますけれども、実は国家賠償法の第六条というところに、被害者が外国人である場合、国家賠償法に基づきまして我が国に対して損害賠償を請求しようとする場合には、相互保証がない限り国家賠償法の規定が適用されないということになっております。本件の場合には、日本人が被害者になった場合に、カンボジアの法律によりまして日本人がカンボジアの国に対しまして損害賠償を請求することが認められていなければ、カンボジア人が日本の国に対して国家賠償法に基づきまして損害賠償を請求することはできない、こういう関係になっております。ヒの観点からは、カンボジアにおきましてこのような相互保証を認める法律があるかどうかという点が問題になろうかと思います。
 いずれにしましても、本件のような事案につきましては、具体的な紛争が訴訟として裁判所に提起された後に、最終的には裁判所によって判断されるべき事柄というぐあいに考えております。
○翫正敏君 最後のところだけはよくわかりました。最終的に裁判所が判断することであるということだけはわかりました。要するに、これは内閣総理大臣が指揮権を持ってカンボジアに、これからはモザンビークにも、モザンビークのことを聞こうと思っていたんですが聞けませんでしたが、モザンビークの方にも今後派遣するそうですけれども、そういう世界各地に自衛隊などをPKO活動に派遣していくわけですから、それは私人が向こうの現地の私人を事故死させたとか何か加えたりとかというそういう私人間の問題では全然ないわけでありまして、国家とその国の国民との関係の問題になるわけですから、その点は一番最初の前段の方に言われたのは全く基本的には間違いだということを指摘しておきたい、そういうふうに思います。
 質問はこれで終わります。
○喜岡淳君 社会党の喜岡でございます。どうぞよろしくお願いいたします。
 翫さんに関連して少し質問させていただきたいと思いますが、PKOの協力本部の方にお尋ねをいたします。
 今、PKOに参加されておる自衛隊の施設部隊、それから文民警察官、あるいは停戦監視のいわゆる三つのグループが現地で御苦労されておるわけですが、この三つのグループの人それぞれについて、処遇とか待遇、取り扱い等々についてはあまねく公平、平等にやるのが当然であると思うんですが、まずその点について御見解を伺いたいと思います。
○政府委員(柳井俊二君) ただいま先生御指摘になりました三つの分野に現在我が国からの隊員が派遣されておるわけでございますが、その処遇と申しましてもいろいろな面がございますけれども、例えば私どもの方で準備し、政府として決定いたしました国際平和協力手当、そのようなものについてはそれぞれの勤務環境、生活条件等を勘案しまして決めた金額がございますが、このようなものは平等に適用されておる次第でございます。
○喜岡淳君 さて、一月十二日の深夜のことですが、カンボジア北西部のシエムレアプ付近の日本人文民警察官の宿舎が攻撃を受けて、完全に焼け落ちております。幸い日本人の警察官は休暇中だったということで一命を取りとめでおりますけれども、現地に残っておりましたカンボジア人の女性二名は死亡いたしております。それからインドとガーナの警察官の二名の方もけがをされております。
 これ以外にも文民警察官の宿舎がたびたび襲われております。そういう意味では、文民警察官の安全についてどういうふうな御認識を持っておられるでしょうか。
○政府委員(柳井俊二君) ただいまお話にございました一月の事件につきましては、私どもも大変憂慮した次第でございます。文民警察官の場合は七十五名行っておりますけれども、これが五名から十名ぐらいの単位でカンボジアのいろいろなところにいわばばらばらに配置されているわけでございます。
 そこで、安全面の問題でございますが、基本的には文民警察官の安全というものにつきましてはUNTACの方で配慮することにはなっておりますけれども、私どもといたしましては、例えば通信の面でございますとかあるいは装備の面、あるいは研修の面での準備等々で安全面の配慮を私ども日本政府としてできる限りのことはするように努力している次第でございます。
○喜岡淳君 去年、おととしの国会の論議の中でも、やはり自己完結型の自衛隊でなければ安全性は守れないということで、自衛隊派遣についてはかなりの論議がやりとりされてきたわけですね。しかし、現実に今カンボジアに展開しております日本人の関係者を見れば、自衛隊の皆さんは確かに御苦労されておるとは聞いておりますけれども、ポル・ポト派の攻撃のないところに七百数十人がそれこそ自己完結型の生活をされておるわけです。日本の家族といつでも電話連絡がつく、テレビを見て、テレビゲームを楽しむこともできる、食べるものも、水も、お互い相互に毎日日本語による会話もやられておるわけです。
 停戦監視団の皆さんも、プノンペンに駐在する方と、そしてベトナム国境沿いに二人でチームを組んで三チーム派遣されておりますが、この人たちもいわば戦闘のさなかにはいないわけですね。そして文民警察官だけが銃火を交える最前線の現場に配置をされておるわけです。今回の派遣は警察官に犠牲を負わせて、自衛隊は後方に下がるという上からの派遣だったんでしょうか。
○政府委員(柳井俊二君) 確かに、法案の審議に当たりましては自衛隊の問題というのが非常に前面に出ていたと記憶しております。ただ、現実の配置につきましては、これはあくまでもUNTACの方で決定する問題でございまして、現在、幸い自衛隊の施設部隊がおりますタケオの周辺は平穏ではございますけれども、配置先によっては停戦違反等が相当頻発する地域もあるわけでございます。
 停戦監視員につきましては、第一次の停戦監視員が先ほど先生おっしゃいましたように国境につきましては三カ所に二人ずつ、それからプノンペンに二人というような配置でございましたけれども、今回第二次の八名の方が行かれまして、この第二次の停戦監視員は一人ずつ別々の八カ所に配置されることに最近なった次第でございます。
 また、文民警察官につきましても、相当広い地域にいろいろなところに配置されておりますが、中には確かに停戦違反あるいは武装集団による攻撃事件の比較的多い地域もございますので、そういうところにつきましては、私どもといたしましても重点的に、例えば通信手段を整備する等の措置を講じましてできる限り安全に配慮している次第でございます。
○喜岡淳君 安全面の配慮の問題でありますが、このシエムレアプの警察官宿舎が完全に焼け落ちて、もしそこにいれば日本人は五人とも死んでおったというこの事件が起きたわけでありますけれども、カンボジアに展開する他の文民警察官の方はそういうことは知らなかった、後日日本からの短波放送によってそういうことを後で知ったと、そういうような配置になっておるわけです。事前のレクチャーとは全然違う状況に今なっておる。単なる派遣といいますけれども、非常に危険なところの中で勤務についておる。御本人方も何とか任務としてやらなければならないという義務的な気持ちの中でやっておられるわけです。
 私どもは、かねてから選挙監視とか文民警察の派遣を要求してまいりましたけれども、こんなお粗末な状態ではこれは国民や世界の派遣に当たっての納得は得られないと思うんです。停戦合意は守られておるとそれは皆さん方いつも言うでしょう。しかしこれは森を見て木を見ない議論でしょう。現実ではこういうことがいっぱい起きておるわけですね。
 したがって、私は、日本政府が国連本部と交わした今度の業務内容、とりわけ文民警察分野での業務内容、この中に安全のための措置ということが盛り込まれておりますので、これをぜひ検討していただきたいと思います。安全のための措置、「隊員の生命又は身体に危害を及ぼす可能性があり、本部長の指示又は事務総長等の指図を受ける暇がないときは、業務を一時休止する。」、電話がないんですからどうやって指図を受けるんですか。連絡のしようもないですよ。ですから、こういった実際砲火を交えておる最前線の場合には、私は直ちに警察官の皆さんには業務の中断、安全なところに引き返していただきたい、そういうふうに思います。
 しかし、そうはいってもまだまだ文民警察の皆さん方はあちこちに展開しております。私どもの調べでは、通信手段をとにかく確保したい。この孤立感が最高の問題になっておると把握をいたしております。そういう意味では、自衛隊も使っておりますが、インマルサットによる電話の問題です。これは一セット二百四十万ですからね、安いものです。警察官の皆さん方にどういうふうにこの通信手段を確保されるおつもりなのか、責任ある御答弁をお願いします。家族も期待をいたしております。
○政府委員(柳井俊二君) 安全面、それから福祉面も含めまして隊員の個人の皆様の心理的な側面等々からいいまして、この通信手段が大変重要なことであるということは私どもも重々承知して、そのために努力をしているところでございます。UNTACの場合、文民警察に限りませんがその要員のための通信手段と申しますものはこれは当然UNTACの方で、UNTACの場合にはオーストラリアの通信兵が各地に配属されておりまして、これが確保することになっております。ただ、これが完全に十分かどうかということになりますと、場所によってはなかなか思うようにいかないということがあるのも事実でございます。
 そこで、私どもといたしましては、現在、結論的に申しますといろいろ問題がある、治安上その他問題があるという地域に重点的にインマルサットを配備しておりまして、文民警察につきましては現在五台配備中でございます。現在一台故障したということがございますので、今取りかえの手続をとっておりますが、今後ともそういう通信手段の確保ということには引き続き努力してまいりたいと考えております。
 なお、インマルサットの利用の形態でございますが、これは政府がリースの形でリース料を払って借り上げまして、そのほかは度数料と申しますか、その使用に応じて料金を払うという形でやっております。
 なお、シエムレアプの一月の事件後に追加配付したわけでございますけれども、その際、このインマルサットというのは現在非常にあちこちで需要がございまして、当時市場に十分な数がないということもございました。またリース料もかなり高いということもございまして、いろいろ技術的、財政的な制約がございますけれども、何よりも安全ということが大事でございますので、私どもは引き続きそういう通信手段の整備ということに努力をしてまいりたいと思っております。
○委員長(守住有信君) もう時間が余りありませんので。
○喜岡淳君 二時三十分までわずかしかありませんので、最後に一つだけ警察庁にお尋ねをしたいと思います。
 国連との約束では七月三十一日までということになっております。もし国連の方から延長の要望があった場合は、私は当然新しいメンバーが派遣をされるべきだというふうに思っておる一人であります。
 そして、最後にお尋ねしたいことは、七月末に無事任務を終了された文民警察官七十五名の皆さんの帰任後の処遇の問題であります。
 この活動に参加されたことを、今後の処遇の際、特に私はそれなりの配慮をした対応を警察庁の方でするべきが当然ではないかというふうに思いますが、カンボジアPKOに参加された警察官の帰任後の処遇についてお考えを教えていただきたいと思います。
○説明員(櫻井勝君) 先ほど来出ておりますとおり、大変劣悪な生活環境等の中で連日文民警察官、勤務をしているわけでございますが、今のところ大きなけがもなく、病気もせずに士気は依然高いものがございまして、心強く思っている次第でございます。そこで、彼らが帰任しました際には、表彰等によりましてその労苦に対して十分報いてまいる所存であります。
○喜岡淳君 以上です。
○藤江弘一君 実は、私も八、九年前でございますが、今政府委員がお座りになっている席に座っていたわけであります。そちらに座っている方が気が楽じゃないかと思いながら質問をさせていただきます。
 まず、恩給の基本的な性格でございますが、このことについては、もう既に何度も国家補償的なものであると、こういう御返事をいただいていると思います。しかし、要は定義ではなくその内容であると思います。その国家補償にふさわしい内容の充実というものに努力していく、このことは関係者の当然の責務であろうかと思うわけでございます。
 そこで、その国家補償としての恩給を担当される総務庁の基本方針はいかがでしょうか。
 私、最近、「恩給」というこの雑誌で恩給局長の記事を見させていただいたわけであります。「お客様は神様です」。そのお客様には一つは行政対象者、一つは国民というふうな意味のようでありますけれども、「だから難しい注文をつけられたり無理をいわれても、顧客の立場に立ってその感じ方や意見を尊重し、その要請に応えるように努めて行かなければならない、」「行政の直接の対象に対する、迅速で効果的な処理が要請される。場合によっては弾力的な措置が望まれる」ということを書いておられるわけでありますけれども、まことにそのとおりでございますが、私ども受給者の立場からいいましても、まことに信頼するに足る恩給局であろうかと思うわけでございます。
 言うまでもなく、いろいろな制約条件があろうと思いますが、まず第一義的に考えるのは、受給者の立場、受給者の実態を常に把握し、そして受給者の声に謙虚に誠実に耳を傾ける、これが私は基本的な姿勢でなければならないと思いますが、このことについて総務庁長官のお考えをお伺いさせていただきたいと思います。
○政府委員(稲葉清毅君) 先にちょっと答弁させてください。私の書いたものを御引用していただいておりますので。先輩局長に御答弁させていただくのは大変光栄でございます。
 ただいま私の文章を引用していただいておるわけでございますけれども、私といたしましては、基本姿勢としては、そこに書いてあるような姿勢で運営しているつもりでございます。
 恩給に関しましては、ただいま委員からもお話がございましたように、国家補償的な性格ということに十分に思いをいたしまして、かつ恩給制度全体にわたるバランスに配慮しながら受給者の方々の処遇改善にこれまでも努めてきたところでございますし、今後ともこの基本方針に立って、各方面からの御意見にも耳を傾けながら適正な恩給行政を進めてまいりたい、これが恩給局としての基本姿勢でございます。
○藤江弘一君 長官、いかがでしょうか。
○国務大臣(鹿野道彦君) 恩給が国家補償的なということになりますでしょうか、性格を持つ年金制度であるというふうなことは、結局は相互扶助の精神に基づいて、いわゆる保険数理の原則によって運営される他の公的年金と違いまして、国が公務員との特別な関係に基づいて全額国費をもって給付を行うというところにあるんではないか、こういうふうに考えます。
 そのようなことから、今恩給局長から答弁申し上げましたとおりに、恩給制度全体のバランス等に配慮をしながら受給者の方々の処遇の改善に努めていかなければならないと、こういうふうに考えるところでございます。
○藤江弘一君 これまでの御説明でも、社会保障制度とは明確な一線を画している、したがって、年金一元化の対象となっていないわけでありますけれども、生活保護との違いはどうでしょうか。
 これまでの恩給局の説明では、生活保護は社会扶助の観点から、資産その他のあらゆるものを活用してもなお最低生活を維持できない場合に、その者の必要に応じ個別にその最低生活を保障する建前のものであるが、恩給は、忠実に公務に従事した公務員に対する国の補償として、恩給以外の収入、資産の有無等を問うことなく、退職当時の俸給と在職年に応じて定められる、このように言っておられますが、このとおりですか。
○政府委員(稲葉清毅君) おおむねそのとおりでございまして、ただいま委員から御指摘ございましたように、生活保護の場合には、その方の所得とか資産をすべて活用しても生活ができない方に対して保障するのに対しまして、恩給の場合は、公務員として就職したときのお約束等に従って国としての義務を果たしていくという点から、資産の有無あるいは他の所得の有無、これは高額の方には若干の調整がありますけれども、そういうこととは関係なく支給していると、こういうことでございます。
○藤江弘一君 ところで、実態として生活保護よりもより低い恩給があるということは、これは事実でございましょう。
 そこで、もちろん足りなければ生活保護をもらえばいいじゃないか、こういうお考え方もありますでしょう。しかし、過去の栄光であるとか、現在、地域から大変尊敬されているという方々が生活保護に甘んじることができないという、こういう立場のお方がおられることも当然でありましょう。したがって、この点について目を閉ざしていいのかどうか。これについてはいろんな方法があろうと思います。仮定俸給の見直し、その他いろんなことがあると思いますが、少なくともその点について、これから前向きに御検討いただくことをお願いしたいと思うわけであります。
○政府委員(稲葉清毅君) ただいま一部の恩給の受給者の中で生活保護を受けざるを得ない方がいらっしゃるというお話でございますけれども、平成三年の厚生省の調査によりますと、生活保護を受ける者九十三万二千九百七十一人のうち、恩給あるいは援護年金の受給者というのは五千三百七十四人で〇・六%でございます。この五千三百七十四人ということは、恩給を受けている方の比率からいいますともっとさらに少ないわけでございまして、私どもといたしましては、そういう方がいらっしゃるということは心にとめていかなければならないことではございますけれども、恩給全体の改善ということにつきましては、これは恩給の話と生活保護の話はおのずから別のものであろうと、このように考えている次第でございます。
○藤江弘一君 軍人恩給制度については、御承知のように、マッカーサー指令によりまして一時ゼロになったわけでありますが、その後だんだんと復元をいたしました。また、戦後になって新しい制度も創設されたわけであります。その創設された制度というものはどういうものがありますか。
○政府委員(稲葉清毅君) 戦後、ただいま御指摘のように、昭和二十一年に廃止された軍人恩給が二十八年に相当な制限のもとに復活したわけでございまして、これを戦後、恩給改善をずっと続けていったわけでございますけれども、内容的には、ただいまのように戦前の制度に復元させることを目途とした改善、それから太平洋戦争の特殊性に着目した改善、これは太平洋戦争の特殊性といいますのは、戦前は戦争というのは外地で行われる、本邦の中で行われることは想定されておりませんでした。そういったことのために、本邦の近くあるいは中で戦争が行われたという特殊性に着目した改善、そのために制度といたしましては特例扶助料、特例傷病恩給等の制度が創設されました。
 それから、もう一つの柱といたしましては、給付水準の充実を図ることを目的とした改善がございまして、そのために各種の最低保障制度が創設される、あるいはベースアップの際の特別の上積み改善がされる、あるいは新たな制度として傷病者遺族特別年金というようなものも創設される、そういった戦前にはなかった新たな制度もできてきたというのが実情でございます。
○藤江弘一君 それでは、戦前の制度に比較いたしまして、現在不利だというものがありますでしょうか。
○政府委員(稲葉清毅君) 昭和二十八年以来、恩給制度につきましては逐年さまざまな改善を行ってきたわけでございますけれども、昭和四十一年にはそれまで懸案になっていた諸問題を解決するために内閣総理大臣の諮問機関といたしまして恩給審議会が設置されたわけでございます。その答申を受けまして、改善すべき事項として指摘された二十数項目につきまして、その答申を受けて以後逐年改善を進めてきたわけでございまして、大体昭和五十年代の早い時期には戦前の制度以上のレベルに達することになり、懸案となっていた諸問題はほぼ解決されたものと考えておる次第でございます。
○藤江弘一君 今質問をいたしましたのは、不利なものが残っているかということを御質問したわけであります。これは私から申し上げますけれども、軍人恩給の頭打ちがかつては五十年であったものが四十年に引き下げられたという点でありましょう。このくらいでございまして、その意味では私は恩給行政としてはまことに適切にかつ弾力的に運用されたものと評価してよろしいのではなかろうかと思うわけであります。
 ところが、制度的にはそのようでありますけれども、今戦後五十年になりますがなお風化しないで残っている問題というのが幾つかあるわけであります。一つは加算の取り扱いでございます。硫黄島は何年でしょうか、加算は。
○政府委員(稲葉清毅君) 硫黄島は一月につき二月でございます。
○藤江弘一君 これはどなたも疑問にお感じだと思います。なぜ三月でないのか。
 それから、今いろいろと長い間の要望として出されております湘桂作戦について、確かに大変な戦死者を出している激戦であったわけであります。ところが恩給局の対応としては、これは陸軍省、海軍省の議を経て勅裁を得た上で内閣告示とした、今さらひっくり返せないということでございます。しかしながら一方、それじゃ加算について戦後何もなかったかといえば抑留加算があり、かつ沖縄の加算があったわけであります。そのような意味で、これは御答弁は必要でありませんが、少なくとも先ほど言われたように弾力的に皆さんの要望を聞いて運用をしていかれるというならば、これらについて前向きに取り組んでいただきたいと思います。
 それから山西軍の問題についても、これも同様でございます。今の状況からいえばいろいろわからない点もあるでしょう。しかしその当時の事情としては、兵隊の立場からいえば、上官の命令だということでやむを得ないような場合もあったのではなかろうかと思います。そのような点も十分精査された上で、いろいろな方が証言されておられるわけですから、十分にこれも耳を傾けていただいて積極的に対応されることを心から御期待を申し上げたいと思うわけであります。
 それから、遺族加算のアップ率と寡婦加算のアップ率との差があるようでございますが、これは最近数年間の数字をおっしゃっていただきたいと思います。
○政府委員(稲葉清毅君) 公務関係扶助料に係る遺族加算とそれから普通扶助料に係る寡婦加算の制度は、これは昭和五十一年度において導入されておりまして、昭和五十四年度までは同額で推移したわけでございます。その後、昭和五十五年度には遺族加算が一〇〇%アップしたのに対して寡婦加算は一五〇%アップいたしまして、六十二年度は両方とも四・五%アップでございました。その後、平成元年度には、以後は遺族加算の方が若干多くなっておりますけれども、遺族加算が四・八八%で寡婦加算〇・六四%、その差が四・二四%、平成二年度には遺族加算四・八四%寡婦加算三・六四%、その差一・二%、平成三年度は遺族加算三・八九%寡婦加算三・一三%、その差〇・七六%、四年度は遺族加算四・一〇%寡婦加算三・三三%、その差〇・七七%、五年度は遺族加算二・〇九%寡婦加算一・六五%、その差〇・四四%でございまして、五十一年度から五年度までの伸び率は寡婦加算が五九〇・八%、遺族加算が五〇七・九%でございます。
○藤江弘一君 そのように多少の特別改善をいたしましてもなおかつ相当の開きが寡婦加算との間。にあるわけであります。確かに出発の当初においては寡婦加算と遺族加算は趣旨が違った、このようにおっしゃるでありましょう。しかしもう何年もたっている。そして現在の実態から申しますと、公務扶助料の受給者の方は三十何万人ですけれども、そのうち御両親が受けておられるのはほんの二千人に欠ける、こういう状況でございますから、全く寡婦の方々といってもいい状況であります。
 したがいまして、そういう前提で考えた場合には遺族加算と寡婦加算は同じであるという、こういう認識があっても私は不思議ではないと思います。したがって要求も私は当然だと思います。このことについては、財源がどうこうという問題は仮にあるとしても、なるべく早い機会に遺族加算と寡婦加算を同額にするように御努力を願いたいと思います。
○政府委員(稲葉清毅君) こういった遺族加算と寡婦加算の差を縮めてというお話につきましては、毎年要求の都度、私どももよくお伺いしているわけでございますけれども、全体のバランスというものを考えながら毎年適切に対応してまいりたいと考えている次第でございます。
○藤江弘一君 それから、傷病恩給の目症の問題でございます。
 この点については、戦前にない制度であったということをおっしゃる。しかし振り返って考えてみるともう戦後既に五十年を経過しているわけであります。その五十年の長い間、社会生活の上でもまた実生活の上でも大変な不自由と苦痛を強いられてきたという実績があるわけでありまして、その点について十分考えてあげるというのが私は血の通った行政であると思うわけであります。先ほども御紹介ありましたようにいろいろな新しい制度ができている。それは行政の基本的な姿勢、考え方の問題だと思います。このことについて私はこの改善を強く求めたいと思うわけであります。
○政府委員(稲葉清毅君) 目症者に対します処遇につきましては、これは戦前から一時金制度があったわけでございますけれども、戦後は退職後三年以内に目症程度に到達した一目症、二目症の方に限定しているわけでございます。しかし、時効の関係もありまして、現在では制度はあるけれども現実には支給対象者がいないという形になっているわけでございます。
 この問題に関しましては、かねてより関係者から強い要望が出されていることは十分承知しておりますが、今の制度との兼ね合い、既に一時金を受けられている方の取り扱いをどうするか、そういった諸般の事情もございますので、今後さらに研究を重ねてまいりたいと存じております。
○藤江弘一君 現在、もう四年越しになりますけれども、軍恩連盟の方から出されております最低保障の改善の要求については御存じですね。
 平成三年の十一月に恩給局として「加算年と最低保障制度について」というペーパーを出しておられるんですが、これは御承知ですね。
○政府委員(稲葉清毅君) 月日は定かではないわけでございますけれども、そういうペーパーが一つの資料としてつくられたという事実はございます。
○藤江弘一君 つくられたというんじゃなく、恩給局がつくったんでしょう。
○政府委員(稲葉清毅君) 恩給局においてつくられた、このように申し上げているわけでございます。
○藤江弘一君 このペーパーをつくった時点と今の時点では、恩給局の考え方は変わっておりますか、基本的に。
○政府委員(稲葉清毅君) 見解の相違はあると思いますけれども、基本的には変わっておりません。
○藤江弘一君 それでは、お聞きしたいと思います。
 ここで加算年と最低保障制度のそれぞれの由来を述べておられますが、このことは客観的に事実でありましょう。三のところで言っておられる加算年と実在職年を同一に論ずることはできない、これは当然でしょう。それならば、その次の加算年のダブルカウントになるということは、これはどういう意味でしょうか。
 それから引き続いて、三で「年額のベースアップに加えて、短期在職者の支給割合を引き上げることは、実質的にベースアップを二回行うこととなる。」、このことについてどのようにお考えですか。
○政府委員(稲葉清毅君) 私が、先ほど基本的にはそう変わっておりませんと言ったのは、この問題に対する恩給局の考え方が基本的に変わっていないということでございまして、これは内部資料でございますので、文章の表現等につきましてはいろいろ問題もあろうかと思うわけでございます。
 いずれにいたしましても、ここで申し上げているのは、「加算年と同列に論ずることは適当でない。」という趣旨から申し上げて、このペーパーにはそのように書いてあるわけでございまして、表現が、ダブルカウントというのは、とにかく最低保障自体はアップするんだから、さらにこの制度をつくればもう一度アップする、こういうようなことを、事実をただ指摘したにすぎないというふうに思っているわけでございます。
○藤江弘一君 今のお答えには当然納得できないわけでありまして、もう一度というが、もう一度やるわけではない。要するに、この場合には加算と実在職年を足したものに、最低保障ということでどういう線を引くかということです。二回やるんですか、カウントを。二回やるはずはない。
 それから、ベースアップを二度というが、ベースアップと最低保障の割合の改善というのは全く別のものであります。二回というのは一体どういうことでしょうか。私は答弁は必要でないと思います。
 私から率直に申し上げて、これはある恩給のベテランの方に聞きましたけれども、全く意味不明であると。問題はこのような意味不明な文章を、恩給局は反対だ反対だといって、持ち歩いている姿勢が、最初に申し上げました恩給局の姿勢と一体どういうふうに結合するかということであります。お答えを願います。
○政府委員(稲葉清毅君) ただいまのお話は、内部資料としてつくられました文章の表現の問題でございまして、これ自体は私が表現として適切であったかどうかという問題はありますけれども、必ずしもそんなに大きな誤りをしている表現ではないと思うんでございます。
 そこで、むしろ加算年等は、実在職年あるいは恩給計算の問題について考えさせていただきたいんでございますけれども、加算年につきましては、戦前から存在したものでございますけれども、戦後軍人恩給が復活後しばらくの間は、加算年は恩給資格の計算には算入されていたけれども、金額計算には算入されていない。
○藤江弘一君 ちょっと、答弁はそこまでは求めておりません。
○政府委員(稲葉清毅君) はい。そういうことからこれを説明したわけでございます。
○藤江弘一君 内部資料と言われましたけれども、このことが国会の相当の先生の手元に、恩給局の説明とともに回っていたという事実があります。これはどうお考えですか。これももうあえて答弁は求めません。
 私は、なぜ謙虚に耳を傾けないで、反対だ反対だといって回らなければいけないのでしょうか。恩給局の姿勢は、私は受給者のために何をなすべきか、何をしてあげなければいけないのか、何をしてあげられるのか、これを常に考えるのが私は恩給局に求められる基本的な姿勢であろうかと思います。
 そこで、バランスというふうなことを言われましたので、申し上げたいと思います。
 恩給局の説明では、厚生年金の長期が上がって、長期と短期が乖離したからバランスをとって上げたということでありますけれども、最低保障が長期に導入されたときには加算年は計算に入っていません。したがって、実在職年が少ない者は受給額も少ないというのは当然であったわけであります。しかし、四十八年に加算が算入されたということで、加算と実在職年は同じ扱いになったわけであります。
 したがって、年齢等の要件を捨象いたしますと、階級が同じなら、実在だけで十二年の者と加算で十二年の者とは同額を受給するはずであります。計算いたしますと、どちらも十一万六千五百円。しかし、長期の方は最低保障がかかって十二万四千四百円と、多少のアンバランスはありましょう。しかし、四十九年に最低保障が短期に導入されたときに、短期は三段階にされましたために、計算ではどちらも十四万四千三百円であるけれども、最低保障では長期が他の年金にあわせて急増されたために、一挙に三十二万一千六百円、十七万七千三百円と倍以上の増額になった。他方は六年未満ということで一万六千五百円の増加にとどまっているわけであります。
 こういうことで考えますと、これは一体本当にバランスがとられたというのか。むしろ、事実はこの三段階によってアンバランスが拡大したといってもいいのではないだろうかと思います。このような状況に対して、多くの受給者が不合理に思い、不満を感ずるのは私は当然であろうかと思うわけであります。
 なお、申し上げれば、八年以上、これは日中戦争の初めから終戦までおられても八年です、実在職は。その方は六〇%しかもらっていないということであります。一〇〇%もらっておられるというのはほとんど職業軍人です。言うなれば、この最低保障の制度というのは職業軍人を優遇する趣旨なのでありましょうか。赤紙一枚でいや応なく戦地に駆り出された、その方をこそ私は大切にすべきではなかろうか、このように思うわけであります。
 ところで、引き続いて御質問を申し上げますが、今度の最低保障の改善の案がもし仮に実現をするとすれば、どういう影響があるのですか。
○政府委員(稲葉清毅君) 委員御質問の最低保障に加算年をさらに反映させろということでございますけれども、この加算年というのは、これは戦地等の勤務をされた場合につく制度でございまして、実際に勤務された年数でないということはよく御承知のとおりでございます。制度がもし戦前のままでございますれば、そのとおりなんでございます。
○藤江弘一君 ちょっと時間がないから、影響するかしないかだけを答えてください。
○政府委員(稲葉清毅君) はい。したがいまして、そういった旧軍人等が実際に生じた損失ばかりでなくて、筆舌に尽くしがたい過酷な環境で勤務したことをさらに評価せよということを軍恩連盟の方では主張されているのだと思いますけれども、そういったことにつきまして。
○藤江弘一君 ちょっと委員長、答弁が全然違いますので。
 私が申し上げたのは、この改善をすることによって何に一体どれだけ影響があるかと申し上げておるんです。
 これも巷間行き渡ったペーパーでありますけれども、千七百億という話がある。波及効果がそれだけあるというんです。一体その根拠は何でしょうか。恩給局としてその中身について推定ができますか。
 それからもう一つ、昭和五十五年に新しく設定された段階で、それまで五〇%の方が六〇%に上がっているわけです。これと同じ趣旨です。そのことを実現するためにどういう波及効果、つまりはね返りがあったのか。それからもっと申せば、今度の特別改善、これは大変に受給者としてはありがたいことだと思いますけれども、そのために一体どういう波及があったのでしょうか。そのことをお聞きしたいと思うわけでありますけれども、」もはや時間がありませんので、あとは省略いたします。
 しかし、問題は、今申しましたように、私どものどうも主張というものを曲解しておられる。つまり、今局長がはしなくも申されたように、加算を反映してくれと、そんなこと私どもはちっとも要求していない。加算が反映されていない状況なので皆さんに気の毒なことになっていると。今の五〇%という率、六〇%という率、七五%という率、これは何にも根拠がない、はっきり申し上げて。したがって我々としては長年の悲願として、それをもし加算に算入するというのであれば全部一〇〇%になります。もし仮にその一定割合を算入するというのであれば今の四段階を根底から覆すことになるでしょう。
 しかしそうではない。私どもそんなこと決して言っていない。せめて、皆さんお気の毒だから五〇%を少しでも上げてください。六〇%を上げてください。そしてもう平均寿命に既に到達していて、しかも年々の欠格者はだんだんふえています。このことは十分御承知でありましょう。これは御承知のように、傷痕軍人にもそのままはね返る、傷遺特にもはね返る、そういう方々を含めて百三十万の方の悲願であります。冒頭にお聞きしたように、もし本当に迅速かつ弾力的に対応していただけるのならば、そのことをぜひお願いをしたいと思うわけであります。
 以上であります。特に答弁は必要ではありません。
○風間昶君 公明党の風間です。
 昭和六十二年度から総合勘案方式というのを利用したということですけれども、その理由は一体何なんでしょうか。明確に簡単に答えていただきたい。
○政府委員(稲葉清毅君) 恩給の改定方式につきましては、それ以前には公務員給与に連動して改定をしていたわけでございます。
 ただ、公的年金の制度の改革との関係で、公的年金全般と恩給との間にいわゆる官民格差がある、恩給の方が改定率が高いじゃないか、そういう御批判が随分ございまして、第二次臨時行政調査会、それから第一次行革審等から公的年金制度の改革に関連して、この恩給のベースアップについても他の公的年金に倣った形で見直しを行うべきではないか、こういう御意見がありまして、それから私どもで鋭意検討したわけでございます。恩給は他の公的年金制度とはいろいろ違う面もございますので、必ずしも他の公的年金と連動するような、物価にスライドするような形は適当でないだろう、ただし、御指摘を受けているように公務員給与にスライドをするのも妥当ではないだろう。
 そこで、いわば間をとるような形でたまたま恩給法に第二条ノ二というのがございまして、ここで、公務員給与の改定は物価の変動等の諸事情を総合勘案するということが定められておりますので、その法律どおり運用したらいいのではないかということで昭和六十二年度以降総合勘案方式というのがとられたわけでございます。
○風間昶君 じゃ、今回の恩給の改定率、ベースアップ二・六六%というのは、六十二年度から過去七回、公務員給与の改定率八割、消費者物価上昇率二割の総合勘案方式というふうに今お話にございました。そうすると、計算を実際にやってみましたら、本当に八割と二割の加算方式になるというわけですけれども、計算式はいわゆるルールとして確立しているというふうに理解していいんですか。
○政府委員(稲葉清毅君) 委員ただいま御指摘のように、確かにここ数年間は公務員給与、これ行(一)俸給表でございますけれども、それで八割、消費者物価二割というようなウエートでの勘案になっておりますけれども、これは決して計算式として確立したわけではございませんで、やっぱりその年その年で国民の生活水準、公務員給与あるいは消費者物価の上昇率、そういったようなものを勘案して決めていこうということで、たまたまここ数年はそういう数字になっているということでございまして、決して計算式として確立されたとか、八、二で案分したとかそういうものではございません。
○風間昶君 たまたまと言うけれども、七年間そういう形で計算式ができているようにすら思えるわけでございまして、そうすると今後ともその割合を維持していくおつもりなんでしょうか。
○政府委員(稲葉清毅君) 例えば、ここ数年間たまたま総合勘案の結果がこういった割合になっているということは、ある意味で、この数年間国民の生活水準あるいは公務員給与の上昇率、物価の上昇率といったようなものがその年その年での変動はありますけれども、全体として見てはそれほどその関係が変わっていないということから、こういうことになっているわけでございまして、その辺の基本的な条件が変われば、またそこにどのようなものを総合勘案するかという考え方が異なってくるのは当然であろうかと思っております。
○風間昶君 わかりました。でもやっぱりどう見てもベースアップやなんかが一律になっているというふうな気がしてならないわけです。
 それで、公務員給与の改定は極端に非常に下位のクラスほど重視されているように思えるわけです。要するに、国家公務員の行政職の俸給表(一)の昨年の改定率は一級五・三、二級四・四%であるのに、五級、六級はだんだんと、七、八級クラスは二・三、十級、十一級は二・二%になっているわけでありますけれども、こうした状況から現在の恩給改定一律主義といったようなことが現役の公務員給与とのバランス上問題があるんではないでしょうか、いかがですか。
○政府委員(稲葉清毅君) この点につきましては、いろいろ御議論はあるかと思われるわけでございますけれども、私どもとしては本年度提案されているような内容が大方の御理解を得ている内容だと思っているわけでございます。
 確かに、恩給の改定をめぐりましては、受給者からはできるだけ多くのという要請がございますし、財政当局者あるいはほかのお立場の方からは、ただいまちょっとお話が出たような、少し高過ぎるのではないかという御批判もあるわけでございます。私どもといたしましては、皆様から同じようにおしかりを受ける程度のことが正しいのではないかと思っているわけでございます。
○風間昶君 次に、七十五歳以上の方の改定率は一般恩給の改定率の二・六六%を〇・五%上回る三・一五から三・一七%と優遇した理由というのは何か、お伺いしたいというふうに思います。
○政府委員(稲葉清毅君) 普通恩給の最低保障制度というのは昭和四十一年に設けられたわけでございますけれども、その額は厚生年金や共済年金の例を参考として設定されてきているわけでございます。
 まず、今回七十五歳以上の者にかかる普通恩給あるいは普通扶助料等の最低保障額につきまして一般のベースアップの二・六六%をさらに上回るような形で改善を行った理由でございますけれども、これは普通恩給の受給者の平均年齢が約七十五歳に達しておると、相当高齢化が進んでおるわけでございまして、特に皆様から高齢者について特に優遇していただきたいという、そういう要望が非常に強かったわけでございます。
 そこで、高齢者を優遇する方法といたしましていろいろ検討したわけでございますけれども、かつてそういった最低保障額を設定いたしましたときに、厚生年金等の例を参考に一応内部的に算定方式をつくってみたと。そのときに用いられている、例えば仮定俸給表というようなものがございますけれども、そういうようなものについて今の時点に合ったような見直しをしたらどうなるかと、そういう見直しをした結果が一般のベースアップによれば百五万四千八百円だったんですけれども、まあ七十五歳以上の方については、そういった見直しをして計算してみますと百六万円ぐらいが妥当ではないかと、こういうようなことでこの額を決めさせていただいたというわけでございます。
○風間昶君 たまたま平均年齢が七十五歳だったということなんですか。普通恩給とか普通扶助料の最低保障額の区分というのは一応六十五歳ですよね。一般に高齢者というと六十五歳以上を私ども戦後生まれは想定するわけです。そういう意味で、一つの区分である六十五歳という事実があるんなら、私は六十五歳以上全員の方々をそういった優遇措置の対象とすべきだと思うんですけれども、それはいかがでございますか。
○政府委員(稲葉清毅君) 普通恩給等につきましては、従来から年齢によりまして支給内容を変えている、高齢者に至るほど優遇するというような考え方をとってきたわけでございます。
 委員ただいまのお尋ねのように、六十五歳以上という考え方というのも一つであると思うんでございますけれども、やはり平均寿命も延びてまいる。それで、その中で受給者の平均年齢もだんだん高くなってまいる。そういうことを考えますと、昔の平均年齢が比較的低かったときに設定された高齢者と、現時点における高齢者というのは少しずつ違っているんじゃないか、そんなことも考えているわけでございます。
○風間昶君 くどいようですけれども、そうすると、来年は七十六・五歳の平均年齢にもしなったら、そういうふうにまたなるんですか、そういうふうに考えてもいいんですか。
○政府委員(稲葉清毅君) これは、一度こういう制度をつくりました以上は、来年平均年齢が上がったから来年からは七十六歳以上だと、そういう運用をするつもりは全くございません。これはもう来年度も七十五歳以上でございます。
 ただ、先生、平均年齢が七十五歳になってきたので、七十五歳以上の方を優遇するというのは、それだけ全体としての高齢化が進んでいるので、その中で相対的に高齢者を優遇していこうと、そういう措置であるというふうに考えていただきたいと存じております。
○風間昶君 わかりました。
 私自身は恩給をもらっているわけじゃございませんので実際に行っていないわけですが、この「恩給のしくみ」というのを読ませていただきましたら、郵便局の窓口で受けなさいと、六日の日ですか、郵政省のいわば独占のように私は思えてならないわけですけれども、私からしますと、今やもう全国津々浦々に銀行を含む各種金融機関というのが非常に全国的なネットワークというのがつくられて、コンピューターによるオンラインが完備している以上は受け取り窓口を郵便局の窓口だけに限定する必要はないんでないか。むしろ銀行など民間金融機関の選択肢も受給者の方々に広げてやるべきではないか、そのことが大事じゃないかというふうに思うわけですけれども、その意思がおありになるのかどうか、お伺いしたいと思います。
○政府委員(稲葉清毅君) 恩給の支払いを郵便局で行っているということにつきましては、一つは歴史的な問題がございまして、実は昨年度までは、恩給の裁定は恩給局が行うけれども、支払いは郵政省、郵便局が行うということになっていたわけでございます。
 で、本年度から双方の事務の機械化がどんどん進みまして、そういった支給事務まで私ども恩給局の方でできるということになりまして、それで本年度から恩給局で実施するようになったわけでございますしからば、恩給局が受給者に支払いまでできるようになったんだから、その支払い先を郵便局だけでなくて銀行にまで広げて考えられないかという御指摘だと思うのでございます。
 ただ一つ、内容的に非常に難しい問題がございまして、郵政省、郵便局におきましては単に受給者に恩給の給与金を支払うという、そういう支払い業務を行っているだけでなくて、恩給制度を円滑に実施するためにいろいろな事務をお願いしていると、その非常に大きいお願いの一つが返還金の債権の管理でございます。
 これはどういうものかと申しますと、例えば、恩給は死亡とともに受給権が停止されるわけなんでございまして、そのために恩給の受給権者が停止すると直ちに私どもの方に御報告いただかなきゃならないことになっているんですけれども、これが必ずしも守られない場合が多いわけでございます。そうすると、どうしても次の支給時期になると支払いをしてしまう、この分について後から返還請求するわけなんですけれども、その債権管理を郵便局にお願いしているということがございます。これは法律的にもそういうことになっているわけでございます。
 そのほかに、受給者からの恩給に関する相談とか、諸手続の指導とか、そういうことも行っているわけでございまして、こういった、特に債権管理業務等を銀行等にお願いできるかどうか、これは経費の面もありまして、いろいろ問題はあるんじゃないかというふうに考えている次第でございます。
○風間昶君 なるほど、そういう問題があるわけですか。
 しかし、それは私は郵便局の業務ではなくて、むしろ恩給局の方の役割というふうに思えるわけです。そこさえクリアできれば、今回郵便局の窓口になったという大きな進展を図られたわけですから、ぜひとも今後民間の銀行を含めた金融機関にも、受給者の立場に立って広げていけるような御努力をお願いしたいというふうに思います。
○政府委員(稲葉清毅君) 私どももひとつ事情を理解していただきたいわけでございますけれども、例えば、同じような恩給、年金でございましても、厚生年金、共済年金等の場合は銀行でも郵便局でも受給できるようになっているわけでございます。
 ただ、私どもの恩給等援護年金は郵便局に限られているのでございますけれども、そこで、私どもがそういった債権の管理あるいは手続の指導、相談等もやればいいじゃないかというお話でございまして、私どもそれは十分に承知しているのでございますが、何分恩給に限っては出先機関というものがございませんで、すべての事務を新宿区若松町にある我々の恩給局オフィスでやっていると到底全国津々浦々に指導がなかなかできないわけでございまして、その辺の問題をどうクリアしていくかという問題があるかと存じます。
○風間昶君 そう思いまして、二、三人の方々に、実際に札幌市内と札幌市外の方に聞いてみたんです。
 郵便局の窓口で、恩給の遺族の方だったんですよ、お一人は。実際に相談されていますかと言ったら、相談をしても十分答えが返ってこないで、結局、北海道の道の恩給部局に照会をしているということが実際にあるわけです。
 ですから、やっぱり現実には郵便局の段階で相談の具体的なところまでお答えしていけるような、まだ実態になっていないんじゃないかと思うんであります。ですから、その辺のことも実際に窓口業務、支払いだけじゃなくて、そういった問題についてまで、債権管理まできちっと郵便局の方にしていただけるということであるならば、もう少し恩給局としても具体的な御指導をぜひよろしくお願いしたいというふうに思います。
○政府委員(稲葉清毅君) ただいまの御指摘、十分にかみしめて対応してまいりたいと思っております。
○風間昶君 よくかみしめて、かんでください。
 総理府にお願いしたいと思いますが、シベリア等戦後強制抑留者の贈呈事業についてお伺いしたいんですが、最後の質問で時間がちょっとオーバーして申しわけございません。あす、あさってがいわば請求期限でありますけれども、恩給不受給者、恩給受給者、それから抑留中死亡者の方々の対象者はつかんでいますからいいですけれども、請求件数もつかんでいますからいいですけれども、処理件数はどのぐらいになっているのか、もちろんパーセンテージとして出てくると思いますけれども、数等教えていただきたいと思います。
○政府委員(高岡完治君) 処理件数は二十八万二千件でございます。対象者に対します割合は六二・四%、約六二%近くになる数字でございます。
○風間昶君 そうすると、三割弱の方がこの贈呈事業から外れているわけですよね。これまでテレビなどを通してメディアで随分と総理府の広報活動を私も見ましたけれども、御苦労さまなことだったわけですけれども、六割は超えていると言っても三割の方が受けられないというのは極めて低いと思っておるわけです。せっかくこういういい制度があるわけですから、できるだけ数多くの対象者の方が贈呈を受けられるように、もし請求し損なった方、これでもうあした、あさってで終わりなわけですよ、もうだめですよと。
 何か、これはもうちょっと請求期限を延ばすとか、特段の御配慮をいただければというふうに思うんですが、これを最後の質問にして御返答いただければありがたいと思います。
○政府委員(高岡完治君) もちろん三十一日で終了いたすわけでございますけれども、ただ請求の意思を三十一日までに明確に私どもの方にお示しをいただければ具体的な手続、多少その事務的な手続がございますでしょうから、それが多少四月にずれ込んでも私どもとしては請求の意思が期限内に明確にされたということで処理をいたしてまいりたいというふうに考えております。
○風間昶君 質問を終わります。ありがとうございました。
○高井和伸君 私は、恩給問題で初めて質問するという立場から基本的に日ごろから考えている大きな枠組みの問題になるかもしれませんが、諸問題について質問したいと思いますけれども、特に恩給の問題と絡めまして、先ほど翫委員も御質問されました戦後の補償という側面のトータル的な観点についても御質問させていただきたいと思っております。
 今までの質疑を聞いておりましても、恩給法という国家公務員であった方に雇い主の国が約束どおりきっちり老後の補償をするという側面からの制度がいろいろ説かれ、そして特に戦地加算というような要素が非常に問題になり、それに準じていろんな類似の方々が恩給法に準じた取り扱いをしてくれ、こういうことでいろいろ問題が生じていまだいろんな問題が、私は議員になってから受け付ける陳情などを見ましても、大変でっかい問題が残されたままになっているだろうと、こういうふうな認識を持っております。
 そこでまず、ちょっと大きい問題になりますけれども、この恩給法は古い法律ですけれども、戦後は昭和二十八年から始まったと聞いております。戦後から含めましてもう四十年以上たっているにもかかわらず、かなり細かい議論がいまだもって延々続けられ、まだ定着した運用が図られていないような雰囲気に見えます。これはどこに理由があるんでしょうか。
○政府委員(稲葉清毅君) いろいろな理由はあると思うんでございますけれども、一つには戦後一時恩給が停止しまして、二十八年に復活したときにいろいろな制限が加えられて復活した。そのために戦前の水準にまで戻すために各般の方々がいろいろ御努力をされてきた、それからさらに戦前にできました法律が終戦前後のいろいろな我が国の置かれました特殊な事情、つまり恩給の受給者の置かれた特殊な事情に必ずしも対応していなかった面があるので、その辺を補うためにいろいろな新しい制度というものを検討しなければならなかった。
 そういうようなもろもろの事情がございまして、いろいろ今日に至るまで恩給をめぐりましてはさまざまな御議論がなされているのが実態というふうに考えておる次第でございます。
○高井和伸君 そういうときに、昭和六十一年に第一次臨時行革審が最終答申で、「恩給制度については、年金制度改正とのバランスを考慮して、必要な見直しを急ぐ」、こういう答申が出ました。これに対しては先ほど質問がありましたが、総合勘案方式という方に流れていったと思うんですが、先ほどおっしゃられた戦前のレベルに復活するのに時間がかかった、あるいは戦前の特殊事情を恩給法に配慮し切れなかったのをだんだん手当てしてきたという要素は関係あるんでしょうかないのでしょうかというのが第一点。
 それから第二点は、こういった最終答申に対する当局の対応は今までどうされたか、この二点について質問します。
○政府委員(稲葉清毅君) 臨調行革審の答申の趣旨は、公的年金制度を改革する際に、非常に官民のアンバランスがある、官民格差がある。恩給制度がかなり受給者について優遇されているために民といいますか、他の公的年金制度についての検討をする際に支障を生じるんではないか。したがって、恩給制度についてもそういった他の公的制度との関係で見直しをすべきではないか、こういう御提言であったと思うわけでございます。
 そこで、それを受けまして、私どもといたしましては、それでは恩給制度というものをどのような方向で見直していったらいいかということについて鋭意検討したわけでございますけれども、恩給制度というのが原則として他の年金制度と非常に違う点が幾つかございますが、それは例えば対象者が原則としてもう既に既裁定者であって新規参入者というのはないわけでございます。
 それから、対象者の大部分が旧軍人でございまして、これまた旧軍人というのはほかの年金の対象者と違いまして、転職の自由もなく、あるいは非常に服務規律の厳しい中で特殊な勤務をしてきた、そういう事情がございます。また、そういう方の御遺族が多く含まれているということがある。それから極めて高齢な方が多い。こういう非常な特殊な事情がございますので、見直しをしても他の年金制度と同様のレベルでこの問題に対処するのは必ずしも適切ではないんじゃないか、そういうことで現在の総合勘案方式になった、そういう歴史がございます。
○高井和伸君 今の答弁の中にありましたけれども、新規参入者がもういないという具体的な発言で、私の思うところはこういう恩給制度の何というのですか、一番先々法律の使命を達するまでのプログラムというかシミュレーションというか、そういったものは大体どんなふうに想定されているんでしょうか。
○政府委員(稲葉清毅君) 先生お尋ねの御趣旨が、将来の恩給の受給者はどのようなものになるかというお尋ねであろうかと存ずるわけでござい、ます。これは将来の恩給の受給者がどのように減っていくか、現在の時点では年率にして四%ぐらい減少しているわけなんでございますけれども、一つには恩給には転給という問題がございまして、例えば普通恩給を受給している方御本人が亡くなりますとその御遺族の方が扶助料を転給する、それから恩給の受給者というのは原則として配偶者あるいは御両親、御子息に限られてくるわけなんですけれども、御子息の場合は普通の場合ですと、成人になった時点で扶助料の受給権失うんですが、中には障害を受けられた方、そういったような方については失わないということもございまして、なかなかそう大きくは減少してまいりません。
 例えば、いろいろな仮定を置いて将来を推計しますと、五年後の平成十年度には現在の百八十七万が約百六十二万人ぐらいまで減少するのではないか。十年後の平成十五年度には百二十六万人ぐらい、これは現時点に比べますと三二%減でございますけれども、そのぐらいまで減少するんじゃないか、こういうふうに見込まれております。
 それで、内容的にも御本人に対する恩給がだんだん減って扶助料等に転結していくというふうに考えられるわけでございますけれども、私どもとしては大体その辺までを念頭に置きつつ行政を進めてまいりたいと考えておる次第でございます。
○高井和伸君 今のお話を聞いていますと、本人が死亡なさると扶助料に変わっていくと、そういう面で大分先へ続いていくことになるんでしょうけれども、本来的な本人支給という問題については、かなり早目に最終地点が見られるんじゃなかろうかと思います。私の言いたいことはまた後でまとめて申し上げます。
 そこで、私が言いたいのは、戦後もう四十五年を過ぎて五十年に近づきつつある今日において、戦後補償という問題でたくさんの問題がまだ未処理と言うべきか、政府から見れば処理済みと言うべきか、国民から見ると満足できないと言うべきか、そういった状況がいろんな場面で生じて現在も問題になっている。
 そういうときに私が思うのは、特に恩給法が、先ほどおっしゃられましたように官民格差が大きいというか、官が非常に重要視されて、軍人加算というところに大変重きをなして、軍人だったことによる恩給というものがやっぱり一つの基準になって、その基準を目指して、例えば過酷な勤務条件であった、あるいは戦地という特殊事情があったということで加算されていく中で、特に戦争による被害者が同じようなレベルであるのに、公務員あるいは軍人だけ、先ほどの言葉によれば補償的、年金的というような言葉が出てきましたけれども、そういったレベルで官が非常に重要視された。そのために民というか、そういった側面の戦争にまつわる被害者が納得できない、腹におさまらない。
 こういうことで、いろんな要求というか国民の声が上がってきて、それが例えば旧陸海軍従軍看護婦の問題だとか、元日赤救護看護婦の問題だとか、それからもっと端的に恩給欠格者の問題だとか、台湾住民である元日本兵の問題だとか、それから引揚者の問題あるいは戦後強制抑留者の問題、こういった問題が次々と出てきた。日本の国家の方針だった戦争に協力したのは、それは軍人さんも同じだけれども、それに伴って同じようなレベルで、程度の差はある、量的な差はある、期間の差はある、そういった差のある人たちが十分に恩給の世界から見たら満足できない世界に来ているんじゃなかろうか。
 私が言っているのは、恩給法の世界がどうのこうのというんじゃなくて、その基準を見た場合ということを言っているわけですが、その基準を見た場合、非常にいろんな制度が今まで行われてきまして、簡単に言いますと慰労給付金でそれなりの手当てがなされた、特定弔慰金という制度で手当てがなされた、あるいは特別交付金ということで手当てがなされた。それから、現在は平和祈念の基金で手当てをしつつあるというようないろんな場面での戦後処理がなされてきているだろうと私は思うわけです。
 そこで、端的に官房長官にお尋ねしたいんですけれども、現在特に従軍慰安婦の問題ということが戦後の問題に今なっております。端的に私の直接的な体験から質問するのも了見が狭いんですけれども、私は名古屋で空襲で昭和二十年の三月にやられちゃいまして、身内はみんな生き残りましてよかったんですが、家は焼かれ、生活環境は激変し、田舎に疎開しという、云々かんぬんということで、軍人さんとは違いますけれども、それなりに周りの人は大変たくさん亡くなっておられる。
 端的に言うと、戦争罹災者に対する対応から軍人さんへの恩給というような問題の幅を見るときに、これは政府としてこの戦後補償が完璧になされたと、こう無謬性を強調されるはずでございますけれども、こういった国民感情から見て、恩給法というでんとした大きい枠組みがセットされて、それに続くいろんなもろもろの問題の落差を見ていくときに、何か国民はまだ納得いってないというふうに私は感じております。
 そういった面での政府の対応としてはどうされてきたのか、そして今後どうされようとしておられるのかお尋ねします。
○国務大臣(河野洋平君) 御自身の御体験もございましょうし、いろいろとこの場面になってくると、つまり、戦後四十五年、五十年近くになってくると、気になる部分、気がつく部分があるということもお話を伺っているとわかります。
 終戦直後の混乱期では見えなかったことが、時代がたつに従って見えてくるものも中にはあるかと思います。そして、今先生御指摘になった幾つかの問題などが指摘をされて、これも気になる、こういう問題もある、こうした問題もあるなどいう問題が幾つか出てきておりましたので、政府といたしましては、戦後処理懇という、戦後の問題を処理するための戦後処理問題懇談会というものをつくって、そこで戦後のさまざまな言ってみれば未解決の問題といいますか、気になる問題をピックアップしていろいろ議論をしてきたところでございます。
 まず、その議論をいたしますについて基本的に考えますことは、確かに焼夷弾で家を焼かれたとおっしゃる方もありましょう。中には、直接銃撃を受けて命を失われた方もおられる。戦災に遣われて肉親を失われた方もおられる。つまり、過ぐる日の大戦というものは、日本の国民がすべてと言っていいほど多くの方々がいろんな意味で被害を受けた。
 その被害の大小はさまざまで、命を失ったという方から肉親を失った、友人を失ったあるいは物的な損害があった、精神的にもいろいろあった、それまでに築いた社会的な信用を失った、あるいは青春の一時期を失ったということに至るまでさまざまな被害があって、その被害の何といいますか、その被害がどのくらいの大きさであるかということはなかなか一人一人の主観的な問題もあるし、それから客観的にもちろんそれは評価できるものもあるのでしょう。さまざまあって、考えてみれば、あの戦争というものはやはり多くの国民に多くの被害を与えたというこの事実は我々重く感じないわけにはいきません。
 しかしながら、そうした中で、みんなで努力し合いいたわり合いながら、営々として努力を積み重ねてきた結果、今日があるわけで、今日、我々がこの社会の中で生きているということもまた事実でございますから、そうしたこともいろいろ受けとめて、もちろん先生御指摘のとおり、恩給欠格者の問題とかシベリア抑留者の問題とか、今日どうしてもまだ気になる問題というものだけをピックアップして、これらの問題をどういうふうに処理をすることがいいか。とりわけ、対外的なこれも先生御指摘の従軍慰安婦の方々の問題でございますとか、あるいはシベリアその他で強制労働をなさった今では外国籍の方々の問題とか、こうした問題についてどう考えるかというようなことをさまざま戦後処理懇で御議論をいただいたわけでございます。
 その戦後処理懇の御議論を踏まえて、政府として、この処理はこういうふうに処理をしようという整理を結局いたしまして、高岡審議官もおりますから、もしあれなら後ほど御説明を申し上げますが、平和祈念事業でございますか、そうしたことをやって、そうした方々に対する慰藉の気持ちをあらわしていくということで、一つの部分はそれでやらせていただく。
 それからもう一つ、さらに精神的な問題もございましょう。あるいはその他もろもろのやらなければならないもの、つまり調査を続けなければならないものもある。従軍慰安婦の問題などはそのまさに一つでございますが、そうしたことについてはさらに事実を突きとめるといいますか、真実の姿をもう一度確認する、そしてそれによってさらに我々の気持ちをあらわすということを考えていくという仕事もまだまだ残っているわけでございます。
 いずれにしても、私どもはあの戦いが残した傷跡、あるいは精神的な我々の心の中にあるものをやはり大事にしながら、次の世代にそういう伝えるべきものはきちっと伝えながら、国際的にもこれから先日本が果たすべき役割をきちっと果たしていく、あるいは国民の皆さんにも、平和で繁栄する社会をつくっていくということで責任を果たしていくことが今は大事なことだ、こういうふうに考えているわけでございます。
○委員長(守住有信君) もう時間が余りないから、もうちょっと、一分。
○高井和伸君 一分間で質問します。
○委員長(守住有信君) 質問はだめ、言うだけ。回答は時間がオーバーする。ほかの方々がおられる。
○高井和伸君 わかりました。じゃ私の提案だけにいたします、委員長の叱責によりまして。
 今、官房長官からの御答弁にございましたように、基本的には私は恩給法をベースに皆さんは自分の被害をはかっているんだろう、こういうふうに考えております。その大きさの枠組みにおいては、恩給法がよ過ぎてそのほかは悪いということが国民感情じゃなかろうかと思っております。
 しかしながら、今までおっしゃられた非常に多方面にわたる御努力を多としながら、やはり調査を続けるものがあるとおっしゃられました。先ほど挙げませんでしたけれども、朝鮮人強制連行、強制労働事件というのもまだあります。私の提案は、そういったものを含めまして、戦後五十年を迎えるときまでに、国際的に戦後補償をすべて終えるような施策をぜひ官房長官のもとでまとめていただいて、国際社会に対して我が国も戦後補償は終わった、体制ができたというようなことで御努力願いたいということを申し上げまして、私の質問を終わります。
 ありがとうございました。
○聴濤弘君 恩給法に関連して、シベリア抑留者の未払い賃金補償問題について質問をいたします。
 三月五日に東京高等裁判所はこの問題で判決を下し、控訴を棄却いたしました。私はこの問題、いろいろ調べました。今までの新聞報道、それから議事録、裁判の記録等々を調べまして、私はこれはもう不合理性ということを非常に強く感じます。第一に、一九四九年のジュネーブ条約では、その第六十六条で、捕虜が属する国は、これはこの場合は日本ですが、抑留国の未払いの賃金を補償する責任が。あるということを規定しております。
 ところが、この問題で本当に不合理性を感じますのは、グアムだとかマレーシアだとかシンガポール、ここはアメリカ、イギリス軍のもとでの抑留者の問題でありますが、これは帰国した際に労働に対する支払いを受けております。ところが、シベリア抑留者は受けていない。なぜグアム、マレーシア、シンガポール等々は受けたかという経過は私知っております。裁判でのいろんな判決の内容も知っております。私は、今質問したいのは、なぜ前者の場合は受け、後者の場合は受けないかという説明を受けたいということではございません。
 私が質問したいのは、一方では受け、一方では受けていないというこの現実がある、このことを不合理だというふうにお考えになるかどうかということについて、まず全般的な問題ですから、もし今よろしければ官房長官にお伺いしたいというふうに思います。
○政府委員(高岡完治君) 必ずしも私の立場でお答え申し上げる正確な立場にはないと思いますけれども、これは今月の初めに東京高裁で示されました判決文、あるいはそれに先立ちます第一審の判決文をごらんいただきますとよく御承知といいましょうか、御理解をいただけるのではないかと存じます。
 私の立場ではこれしかお答えできませんので、御理解を賜りたいと思います。
○聴濤弘君 理解できないから不合理じゃないかという質問をしているので、そう理解せいと言われてもなかなか理解できません。
 不合理性というものを感じるもう一つの具体的な問題について、これもまたそう理解せいという答えが返ってきたんではこれはもう何とも質問のしょうがないんですが、一つの具体的な問題もう一つ質問いたします。
 私は、シベリアの抑留者のすべての方々がきちっとした国家補償を受けるべきである、受けなければならない、そう当然思いますけれども、特に二階堂綱男さんという方がいらっしゃいます。この方は一九四九年以降、例のジュネーブ条約ができて以降も一九五六年までシベリアに抑留されました。裁判でも、また国会の議論の中でも、政府はこの抑留者は四九年以前にもう帰国しているので、だからこのジュネーブ条約は適用できないんだということを言ってきました。
 しかし、この二階堂氏に関して言えば、五六年まで抑留をされてきました。これは裁判の中では、スパイ罪で抑留されていたので普通のいわゆる捕虜とは違うんだ、そういう扱いだったんだという説明でありました。ところが一九九一年、ソ連当局は二階堂氏の名誉回復を行い、労働証明書が発行をされました。
 ですから、これは現在のこういう新しい時点では、ソ連自身があれば間違っていたということを認め、名誉を回復し、労働証明書を発行したんですから、二階堂氏の場合にはこれは四九年条約は適用できるはずだと思いますが、いかがでしょうか。
○政府委員(高岡完治君) ただいまの先生の御質問につきましては外務省から御答弁をいただくべきものと思いますので、恐縮でございますが、今ここにおります、よろしゅうございますか。
○説明員(小町恭士君) お答え申し上げます。
 ジュネーブ条約が日ソ間で発効いたしましたのは一九五四年十一月十日でございますけれども、一九四五年の敵対行為終了直後に始まるシベリア抑留問題につきまして、このジュネーブ条約第三条約がそのまま適用されるということには無理があると思っております。
○聴濤弘君 私は全体のことを言っているんじゃなくて、二階堂氏のことについて質問をしているんですが、その場合もやはり無理だということでございますか。
○説明員(小町恭士君) そう考えております。
○聴濤弘君 それはちょっと理解しがたいんですけれども。
 五六年まで抑留されていたんですね。それで、最初はこれはスパイ罪だということで抑留されたという説明だったんですよ。ところが名誉回復されて、そういうことはなかったと。それで労働証明書も出す、一九九一年にそのような措置がソ連側からとられたわけだから、それでも適用できないというんなら、ソ連が間違ったと言っているのをそれは間違いじゃないんだというようなことを主張するようなことと同じなんで、ちょっと納得しかねますが。
○説明員(小町恭士君) 何度も同じことで恐縮でございますけれども、先ほども申し上げましたように、ジュネーブ条約が日ソ間で発効いたしましたのが一九五四年十一月十日でございますので、一九四五年の敵対行為終了直後に始まりますこのシベリア抑留問題について、ジュネーブ第三条約がそのまま適用されるとすることには無理があると考えております。
○聴濤弘君 ちょっと押し問答みたいになるんですけれども、五三年に日本はこのジュネーブ条約に入っています。ソ連も五四年にジュネーブ条約に入っていますので、ですから何か、経緯からいってこれが適用できないというふうに主張されるのには何とも私は納得できないということをはっきり申し上げたいというふうに思います。
 これは、司法の側がいろいろな形でもってその法的な解釈をするというんならそれは一つの立場だと思いますけれども、やはり何とかして補償してあげなきゃいかぬという立場に立ては、もっと違ったアプローチがあって私はしかるべきだというふうに思います。もう一度はっきり申しますが、ソ連がこれは間違った処置なんだと言っていたのに適用しないというのは何とも理解しがたいということを、これは押し問答になりますからもうやめますが、私は強調したいというふうに思います。
 先ほども質問が一つありましたけれども、もう三月三十一日、今月末で例の平和祈念基金に基づく慰労事業の申請の期間が終わってしまうということになる、そうするとこの三月三十一日でこの問題も終わってしまう。しかも、今の二階堂氏の問題についてもそういう立場でおればみんな終わりになってしまう。あらゆる問題が終わりになってしまうというのがこの三月三十一日に来るという、こんな状況にあるわけです。もし現在の法律の解釈によれば、東京高裁が示したような判断以外にないんだということであれば、ますますこの不合理性というのは一層明白なものに私はなると思うんです。
 もしそうであるならば、私は新規の法律をつくるべきだ、そうしなければその方々を救うことはできないというふうに思うんです。アメリカでもヨーロッパでも新規の自国の法律をつくって、こういう方々にきちっと国家として報いる措置をとっているというふうに私は認識しております。そういう点で、もっと大きな政治的な立場でもってこの問題に対処しなければならないと私は思うんですが、総務庁長官のお立場、考え方を聞かせていただきたいというふうに思います。
○国務大臣(鹿野道彦君) 戦後五十年近くたっておるわけでありまして、今先生が申された点等々、いろいろ各方面からさまざまな問題が指摘され、要望が寄せられていることは承知をいたしておるわけでございますが、今の外務省からのシベリア抑留者に対する問題あるいは個別の問題等々につきましても答弁があったわけでございますが、事実関係の認定というものは総務庁では何とも言いようがないというふうなことでございます。
○聴濤弘君 もう一つ具体的な問題について御質問いたします。それは戦後処理の未処理の問題についてです。
 それは中国の山西省の残留部隊の問題であります。これは、議事録によりますとこの内閣委員会でも過去に一、二度取り上げられて議論されているところでありますけれども、改めて御質問したいというふうに思います。
 これは、御承知のとおり、中国の山西省で二千六百名の将兵が当時の中国政府軍を支援し、中国共産党の八路軍と戦うというために残留をした問題です。この政治的な中身について私はあれこれここで問題にしているのではございません。問題は、この残留された方々の処置の問題であります。
 二千六百名の方が残ったわけですけれども、その兵士の方々は知らないうちに現地除隊の処置がとられたため、帰国しても将兵としての扱いを受けていない、正当な処遇を受けないまま今日に至っている。政府の側は、その理由として、この残留は軍の命令によって行われたものではない、自由意思によって行われた、だからそういう処置はとらないんだというのがこの立場であると。それがこの中国山西省残留部隊問題として今日まで続いている問題でありますし自由意思に基づいて残留したんだというのが、これは成り立たない理由であるということは当時の証言等によって明らかになっておりますが、私はきょうはもう一つの問題、非常に私が奇妙に思う問題について政府に質問をいたします。
 政府は、一九七三年に、現地で亡くなられた方五百五十名のうち二百六十名に対して現地除隊の解除をして、弔慰金や公務扶助料を受け取ることができる処置をとりました。このこと自体は当然のことだと思います。そのことを私は問題にしているわけではございませんが、五百五十名のうち二百六十名にそういう処置をとって、なぜ他の方々にそういう処置がとれないのか、一体どういう基準でもってこの二百六十名の方にそういう処置をとったのか、御説明願いたいと思います。
○説明員(村瀬松雄君) 御説明申し上げます。
 本件は、ただいま先生からお話がございましたけれども、当時中国山西省におきまする日本軍、第一軍でございますが、二千六百名が命令によって残留した、こういうことでございます。政府といたしましては、昭和二十八年から二十九年までの間に、現地に残留して帰還されました方々、当時の幹部の方々、それから下士官の方、兵の方に広く調査をいたしました。どういう事情で残留されたのか、本当に命令によって残留させられたのか、そういう調査をしたわけでございます。通信調査もいたしましたし、また厚生省の方にも来ていただきましてお伺いしました。その結果、これを要約いたしまして、昭和三十一年に国会に調書を御提出いたしまして御説明申し上げたところでございます。
 その調書によりますと、これは大きく分けまして二つの時期がございます。まず前半と申しますか初めのころは、当時山西省の司令官であります閻錫山、この司令官が正確に第一軍に情報を流していなかった。日本軍は南京に支那派遣軍がおったわけですけれども、この支那派遣軍が命令なり情報を第一軍に流しておったんですが、これが通知されていなかった、連絡されていなかった。それから山西軍の方は、中国国民政府から日本人の山西軍の編成を禁止する、こういう命令が来ておったんですけれども、そういう命令が日本軍に通知されていなかった、こういう時期が実はあったわけです。
 それで、当時第一軍は約六万おったんですけれども、一万人残さなければ全員復員させない、こういううわさを流して日本軍を動揺させたわけです。そのときはもう大変日本軍も動揺いたしまして、約一万人ぐらいの兵隊さんが残る意思をはっきりさせていたわけです、これは特務団と称したんですけれども。
 そういう状況だったんですが、その後、二十一年三月になりまして、南京にあります支那派遣軍の方で、太原というところにいるんですけれどもどうも第一軍の状況がはっきりわからない、ひとつ現地の情報を調べてくれ、こういうことで当時の支那派遣軍の司令官が、参謀を、宮崎中佐でございますが、太原に派遣したわけです。それでいろいろ調査をいたしますと正確な中央の情報が第一軍に伝わっていない、そういうことがわかったわけです。それで、第一軍といたしましては全員帰還だ、これは支那派遣軍司令官の全員帰国、復員という基本的なお考えというものがわかりまして、それから中央からの情報なり命令なりというものがはっきりしましてそれでは全員帰還しよう、こうなったわけです。
 それで積極的な帰還の方策がとられたわけです。部隊長はもちろんですけれども、幹部の方々が下士官なり兵隊さんに対しましてそういう状況がはっきりしたわけだから、もう全員帰るんだということを言われまして、それで結局説得した結果、二十六名の方が残留をされたんです。それでやむを得ず、最高司令官、第一軍司令官が現地召集解除の措置をとった、そういう事情でございます。
○聴濤弘君 大変長い説明で、結局よくわからないんですが、非常に端的に聞きます。二百六十名の方には何かの処置をとられたんだが、それは軍の命令によって残ったものだということがわかったのでとられたんですか。
○説明員(村瀬松雄君) 軍の命令ではなくて、自己の意思で残ったということがわかって現地召集を解除したわけです。ところが、先ほどの先生のお話ですが、二百六十名についてどうしてこれを見直したかということですが、これは実は、三十一年から三十三年にかけまして国会でいろいろ御議論がございまして、御遺族の心情に配慮いたしましてそういう措置をとったものでございます。
○聴濤弘君 時間が来ましたので、ぎりぎりですが、一つだけ最後に申し上げて私の質問を終わります。
 今の説明を聞いても本当によくわかりません。現に今ちょっと名前も出ました宮崎舜市氏、残留部隊の第一軍の作戦主任参謀をやっておられた方、それからこの問題を精力的に今訴えて、私自身も陳情を受けました、山西省のこの問題の協議会の会長をやっておられる相楽圭二さん、この方々ももう高齢ですけれども健在でおられる。この方々が実際の内客を本当によく知っておられるわけですから、この方々から正式に、公式にちゃんと話を聞いてこの問題に対処すべきだというふうに私は思います。
 そのことを申し上げて、私の質問を終わります。
○吉田之久君 まず、恩給法の改正について申し上げます。
 いろいろとほぼ完璧に近い公的年金と比較して、恩給受給者の方々に対してなお一層の改善を図ろうということで総合勘案されまして、平均二・六六%の引き上げを行われる、あるいはまた必要な諸般の措置を講じておられるということにつきましては私も納得している一人でございます。
 しかし、先ほど高井委員あるいは聴濤委員また他の委員の方々もそれぞれお触れになりましたけれども、恩給法の改正のたびごとに私どもが思い悩みますことは、恩給受給者の方々とその一歩手前にあって全然受給できない人たちとの間の落差、それが今日だんだん年老いた人たちの中に非常に複雑な心理的なしこりを残しておる、こういう現実を考えざるを得ないのでございます。いろいろ過去にみんなが趣意書を集めて、特に軍人恩給の場合十二年で一つの線を引かれたということなのでございますが、今にして思えば、外地勤務も含めまして十二年の経験年数で線を引いたことが本当に適正なのかどうかという問題を考えるべきときに来ているような気がするわけでございます。
 満州事変、支那事変からあの大東亜戦争に突っ込んでいったわけでございますが、本格的に我が国が全面戦争に突入したのは昭和十六年十二月八日であります。戦争が終わったのが昭和二十年八月十五日でございます。現実に計算いたしますと三年九カ月と一週間でございます。あの全面的な戦争に突入した中で、私どもの同輩の諸君も国家のために命をささげようと思って続々と少年兵、志願兵として軍に入っております。その人たちは四年間の戦いには参加していないわけであります。しかも、少年兵になって陸海軍に入ったとしても、直ちにその日から外地に勤務をするのはまずないはずでございます。内地で訓練を経てから行く。だとするならば、あの大東亜戦争に真っ向から挺身していった人たちはどんなに計算しても十二年にならないわけでございます。
 一方、昭和八年に軍籍を置いて昭和二十年まで勤続して軍人として服務をした方々もいらっしゃいます。この十二年間を軍人として務め終わるのは普通の兵隊さんの場合にはちょっとそれは極めて珍しいケースでありまして、大体職業軍人の方々がその範疇に入ると思うんです。
 こういうことを考えますと、本当に命をかけてあの戦争に参加し、あらゆる犠牲に耐えながら頑張ってきたにもかかわらず、軍人恩給の適格者にはなおならないそういう人たち、十五歳で少年兵に入った人たちもそろそろ七十歳に近づいております。また、昭和八年以降軍役に服された方々、年齢的に二十で召集されたとしてほぼ八十歳になってこられているわけなんでございます。いかに長寿社会になりましても、老い先の短い人たち、しかしともに戦友として国家のために戦った、それが集まって一部の人たちは恩給をもらっておる。それはそれでいいけれども、おれたちは恩給の受給者になり得ない。この複雑な心理状況の屈折というもの、これをそのまま放置してこの人たちの人生を終わらせるべきではない。
 特に、いま一つ、従軍看護婦の方々も全く同じ立場にあると思うんです。ですからこの辺で、既にきょうまで経過してきた旧軍人恩給の受給者の方々はそれはそれで結構でございますけれども、その手前で残されて、木杯をいただいたり感謝状をもらってそれで満足している方もあるでありましょうけれども、何ともすとんと胸に落ちないそういうしこりを持っている人たちもたくさんいらっしゃると思うわけでございます。
 今、例えば十年以上経ながら十二年に満たない人たちがどのぐらい存在するか、あるいはこのまま推移して、先ほども同僚委員から質問がありましたけれども、だんだん受給者が年々減っていくはずでございます。そういう傾向がどういうラインを描いていくか。逆に言うならば、かつての運用の適格者のピーク時においては、適格者が何人おられて、遺族は何人おられて、受給総額は幾らであるか、現状は幾らであるか、十年から十二年に満たない人たちはほぼどのぐらいいらっしゃるか、そういうことをまとめて御説明いただきたいと思います。
○政府委員(高岡完治君) 具体的な数字について先にお答えをさせていただきたいと存じます。
 恩給欠格者は、これは私ども平成元年十月の時点で抽出調査をさせていただきましたが、その数はトータルで二百五十三万人でございました。その二百五十三万人のうち、十年を超えておられて十一年未満という方が十三万一千人、それから十一年を超えて十二年未満の方が十二万三千人でございました。
 それから、今まで私ども、この恩給欠格者の方々に慰藉するための事業を展開する事業経費として、平成二年から今年度まででございますが、その数字をまとめて申し上げますと約四十七億二千万円の事業費をトータルとして投入いたしてまいりました。
 以上でございます。
○吉田之久君 長官、ちょっと私の先ほど申しましたことに対しての御所見があれば。
○政府委員(高岡完治君) 私ども総理府の方で担当している業務でございますので、大臣がお答えになります前に簡単にお答えをさせていただきたいと存じます。
 先生御承知のように、恩給欠格者の方々の御心中、私どもいろんな機会を通じましてお伺いいたしております。私ども、戦争は経験いたしておりませんけれども、しかし、その御心中は十分理解させていただいておるつもりでおります。
 また、戦後処理懇におきましても、一番問題点は、こういう方々の御労苦、御損害、御無念といいましょうか、その痛切の念といったものが、若い世代がだんだんと出てくるにしたがってとにかく忘れ去られていく。自分たちは一体何のために苦労をしてきたんだ、何のために命を国家のためにささげてきたのか、こういう無念の思いがあるということも十分検討されておりまして、それがために、平和祈念の慰藉事業といたしましては、ぜひそういう記憶を次の世代に受け継いでいくべきである。そのために慰藉事業をやる。
 しかし、とはいえ、やはり個別の補償ということも考えなければいかぬということで、書状から銀杯あるいは祈念時計といいますか、懐中時計、こういう三つの種類の慰藉事業をさせていただいておるわけでございますが、こういったものが一応一段落すれば、ぜひともそういう祈念をするような展覧会でございますとか、資料でございますとか、あるいは調査、記憶、物品がなくならない前にそういったものを集めて、そして後世に伝えていくという作業をしろということになっておるわけでございます。
 先ほど御質問がございましたけれども、シベリアの関係につきましても、ことしの三月いっぱいで終わるということではございませんで、こういった御労苦を後世に伝えていくという仕事はこれからの重要な仕事として私ども展開をしていくつもりでございます。
 事務的なことではございますが、お答えさせていただきました。
○吉田之久君 大臣にお答えいただく前に、さらにちょっと質問を申し上げます。
 今の答弁を聞きまして、気持ちとしては政府の若い指導者の方々もよくわかっていらっしゃるという点で私も非常にうれしいんでございますが、しかし、わかっているだけではどうにもなりませんし、先ほどの官房長官のお話でも、だんだんと問題点が見えてきた、悩んでおる、しかし、悩んでおるだけではどうにもならぬわけでありまして、それから展覧会とか調査とか、これをやられるのは結構でございますが、やっぱり片方で、ほとんど同じ戦争に行きながら、あるいは人によっては先に入隊しながら全然もらっていない、片方の方は現に何十万、何百万と一年間にもらっておる。これはちょっとやっぱり耐えられないものがあると思うんですね。何も生活に困っているわけではありません。その金がなければ生きていけないわけではないけれども、戦友が集まったって何だか溝ができちゃってグループが分かれてしまうとか、どう見てもかわいそうなんですね。
 だから今からでも遅くはない。十二年の規定を十一年にまずは下げましょうと、また、一、二年の経過を見て十年に下げましょうとか、あるいは戦地加算を三倍にすべきところを四倍にしましょうとか、やっぱり時代とともに年金は変わっていいと思うんです、もっと貧しい時代には年金さえ出せなかった時代があったんですから。だから、今の日本のこの状況の中で、ほかにもいっぱい問題があるけれども、まずはとりあえずその辺からでも問題を解決すべきではないかと思うんですが、長官、いかがでしょうか。先に長官お願いします。
○国務大臣(鹿野道彦君) ただいまの吉田先生からのお話の点につきましては、私ども、関係の方々からも長年にわたりましていろいろお話も聞かさせていただき、そのような方々のために何とか方法がないものだろうかと、そういう御要請に対してこたえることができないんだろうかというふうなことも、いろいろと私どもなりに取り組まさせていただいてきたところであります。
 ただ、どうしても公務員の年金制度という性格からいたしますと、在職年数でどこかでやっぱり一定の線を引くというふうなことはやむを得ないのではないかと。現行の資格年限、在職中の基本的な約束事でもございますし、退官してもう三十年以上経過している今日において、今先生おっしゃったような形で見直していくということはなかなか難しいことではないかと、このように考えるところでございます。
○吉田之久君 もとよりそう簡単なことではないと思います。しかし、だからほっておくと言っていいのか。私は、政府も考えるから我々議会も考えるべきだというこれからの重要なテーマの一つだと思いますので、その点はひとつ、担当される大臣として大いに閣議の中でも、そういう意見もっともだと思うというやっぱり思いを吐露していただきませんとね。まあそのぐらいにいたしておきまして、時間がありませんので。
 大変不幸なニュースといたしまして、UNTACの軍事要員でバングラデシュの兵員がついに亡くなったという記事を見て、私たちも非常に悲しく思います。しかし、この種のことが、日本から派遣されているPKOの部隊の頭上に絶対起こらないとだれも断言できないと思うんですね。だから、この不幸な事件を機会に、なお、こういう危険に対してどう対応すべきかということを、これは外務省も防衛庁も真剣に考えてもらわなきゃなりません。
 まだわからないと思いますが、バングラデシュの人が亡くなっています。兵員が一人亡くなっていらっしゃいますが、このときこの部隊はどういう応戦をしたのかしなかったのかということも、やっぱり大いに検討すべき問題だと思うんですね。もしもそういう事件が起こったときに、日本のPKOがじっとしておって死んで、それでよかったとも言えないし、戦ったからいい、下手に戦ったからこうなったんだと言われてもかわいそうですし、これはこれからの大事な問題の一つだと思うんですが、どういう気持ちでこの調査、あるいはこれを教訓としてどういうふうに対応されようとしているのか、お答えいただきたいと思います。
○政府委員(萩次郎君) 吉田先生からお話ございましたように、二十七日の夜八時半でございますが、シエムレアプ州のアンコールチュムというところ、これはシエムレアプの北西四十キロの地点でございますが、バングラデシュの歩兵大隊のキャンプに対して、ポル・ポト派とみなされる武装集団の攻撃があったということで、同隊員の一名が負傷して六時間後に死亡したというUNTACの発表がございました。
 このシエムレアプ州と申しますのはカンボジアの北西部でございまして、停戦違反がしばしば起きるところでございます。そのほかにバッタンバン州とかコンポントムという州が若干停戦違反がありますが、シエムレアプ州が大変一番多いという地域でございます。
 こういった敵対行動で死亡したのは実は初めてでございまして、今まででもUNTACの軍事要員というのが二十九名ほど死亡しておりますが、これは今までは交通事故とか病気とか、そういったものでありましたが、こういった敵対行動で初めて死者が出たということは、大変私ども遺憾に思っております。
 なお、自衛隊の部隊は、このシエムレアプ州からは最も離れておりまする東南部のタケオ州におりますが、このシエムレアプ州には我が国の警察官九名がおります。現地と衛星通信でつながっておりますので、直ちに無事を確認しておりますが、いずれにいたしましてもシエムレアプ州というところはそういった事件の大変多いところでございますので、私どもの方としてもUNTACの明石代表に対して今川大使から要員の安全確保については十分配慮をしてもらいたいということを強く申し入れをしておるところでございます。
 先生の御質問の中にバングラデシュが応戦をしたのかというお話がありますが、UNTACの発表では、必ずしもはっきりはいたしませんが、夜間攻撃をされたときに若干ながらバングラデシュの歩兵部隊が応戦をしているというような報告も一部なされておるところでございます。
 いずれにいたしましても、大変遺憾な事態でございまして、私ども停戦合意は崩れていないとは確信をしておりますが、こういう一部の地域において依然として停戦違反があるということを大変遺憾に思っておる次第でございます。
○吉田之久君 大変不幸な、しかし我が国にとってもPKOの将来にとっても極めて重大な事件だと思います。したがって、単に国連UNTAC任せではなしに、日本の協力隊の本部として独自で徹底的に分析して、我がことと思って、もしも日本の場合にそういう状況になったときにどう対応すべきか。今問題の指揮、コマンドのあり方についてももう一遍この辺で真剣に考えるべき問題だと思いますので、これはまた機会を見て、どういう調査をされ、どういう対応をなさっているか、お聞きいたしたいと思います。
 ほとんど時間がなくなりましたので、中途半端な質問はやめまして、これで終わらせていただきます。どうもありがとうございました。
○寺澤芳男君 先ほど、前自民党副総裁金丸さんが釈放されたというニュースを聞きました。この金丸さんの問題は非常に国民の中での政治不信を深めてまいりまして、今やはり大変我が国の政治全体が危機の状態に接しているというふうに私は非常に厳しく思っております。
 鹿野長官にもぜひ御意見をお伺いしたいんですが、政治の腐敗の根源は行政の不透明性にあると思います。すなわち、官僚が行政情報を私物化して、これに一部の政治家が寄生することによって利権政治がはびこっていると思われます。
 日本では、行政情報を入手することに対する強い制約があって、これは皆さん御存じのように日米構造協議の俎上にも上げられております。少なくとも欧米先進国と同等の透明性を確保するための手だてをとるべきだと思いますが、長官の御意見をぜひお伺いしたいと思います。
○国務大臣(鹿野道彦君) 今、先生申されたとおりに、この問題につきましては行政をもっと公正にして透明な行政を確保してほしい、そうあるべきだと。いわゆるきちんとしたルールを持って事に当たるべきだと、そのような強い国内におけるところの声、並びに国内だけではなしに、諸外国からももっと明らかな行政のあり方というふうな形にすべきではないか、こういう強い要請、要望が出されてきたわけであります。
 そのような考え方に立ちまして、長い間の懸案事項でもあるわけでございますから、私どもといたしましてはぜひ対応していかなければならない、こういうふうなことで今日、行政手続法を今回の国会に提出をさせていただくべく、鋭意最善の努力をさせていただいているところでございます。
○寺澤芳男君 今、長官がおっしゃった行政手続法では私は全く不十分であると、こう思っております。もっと本格的な手だてをとっていただかないと日本の政治は大変なことになるという先ほども申し上げた危機感を持っております。やはり行政の透明化を促す議会制民主主義の基本法として、少なくとも欧米のサミット加盟国と同様、情報公開法を直ちに制定すべきだと思っております。この議会制民主主義の基本的な条件である制度の導入が、ほかのいろんな問題と同じように、対外摩擦と同じように外圧によってつくられるというような国辱的なことではなくて、やはり我々の力でこれをつくっていきたいというふうに思っております。
 一日も早く我々の主体的な立法によって実現する必要があると思いますが、もう一度総務庁長官の御意見を賜りたいと思います。
○国務大臣(鹿野道彦君) 行政情報の公開につきましては、今先生申されたとおりに、いわゆる公正で民主的な行政運営を実現し、行政に対する国民の信頼を確保するという観点から積極的に取り組んでいかなきゃならない、こういうふうな認識を持っております。そのような中で、文書閲覧窓口制度を一層充実するなど、国民の必要とするところの行政情報の公開に努力をいたしておるわけでございます。
 また、その一環といたしまして、平成三年十二月の国民一般からの行政情報の公開請求に対しましては、各行政機関が公開の可否を判断するための共通的な基準として行政情報公開基準を策定したところでございまして、引き続き行政機関が管理する文書を広く公開する立場に立ちまして的確に運用し、行政情報の公開を推進してまいりたいと思っております。
 今、先生申された情報公開の制度化の問題につきましては、平成二年九月の情報公開問題研究会の報告でもいろいろと検討課題が指摘されておるわけでございますけれども、結論といたしましては、合意を見るにいろいろな問題から至らなかったわけでございまして、引き続き調査研究を進めているところでございます。
○寺澤芳男君 この問題は非常に大事な問題でありまして、結局、何回もしつこく申し上げるようでありますが、やはり議会制民主主義の基本的条件だろうと思います。
 そろそろ時間が来たようですが、そういうことで、我々としてはぜひ行政の透明性というものをあらゆる立場であらゆる観点から盛った欧米のサミット加盟国と同様の情報公開法を直ちに制定すべきであろうということをもう一度重ねて強調いたしまして、私の質問を終わります。
○委員長(守住有信君) 他に御発言もなければ、質疑は終局したものと認めて御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○委員長(守住有信君) 御異議ないと認めます。
 それでは、これより討論に入ります。
 御意見のある方は賛否を明らかにしてお述べ願います。――別に御発言ないようですから、これより直ちに採決に入ります。
 恩給法等の一部を改正する法律案に賛成の方の挙手を願います。
   〔賛成者挙手〕
○委員長(守住有信君) 全会一致と認めます。よって、本案は全会一致をもって原案どおり可決すべきものと決定いたしました。
 喜岡君から発言を求められておりますので、これを許します。喜岡君。
○喜岡淳君 私はただいま可決されました恩給法等の一部を改正する法律案に対し、自由民主党、日本社会党・護憲民主連合、公明党・国民会議、民社党・スポーツ・国民連合、日本共産党、民主改革連合、日本新党の各派共同提案による附帯決議案を提出いたします。
 案文を朗読いたします。
    恩給法等の一部を改正する法律案に対する附帯決議(案)
  政府は、次の事項について速やかに善処すべきである。
 一 恩給年額の改定については、国家補償としての恩給の性格、恩給受給者の高齢化等に配意し、今後とも現職公務員の給与水準との均衝を維持するよう努めること。
 一 恩給の改定実施時期については、現職公務員の給与との遅れをなくすよう特段の配慮をすること。
 一 恩給の最低保障額については、引き続きその引上げ等を図るとともに扶助料については、さらに給付水準の実質的向上を図ること。
 一 恩給受給者に対する老齢福祉年金の支給制限を撤廃すること。
 一 外国特殊法人及び外国特殊機関の未指定分の件について、速やかに再検討を加え適切な措置を講ずること。
 一 戦地勤務に服した旧日赤救護看護婦及び旧陸海軍従軍看護婦に対する慰労給付金の増額について適切な措置をとること。
 一 恩給欠格者等の処遇について検討の上、適切な措置を講ずるよう努めること。右決議する。
 以上でございます。
 何とぞ委員各位の御賛同をお願い申し上げます。
○委員長(守住有信君) ただいま喜岡君から提出されました附帯決議案を議題として、採決を行います。
 本附帯決議案に賛成の方の挙手を願います。
   〔賛成者挙手〕
○委員長(守住有信君) 全会一致と認めます。よって、喜岡君提出の附帯決議案は全会一致をもって本委員会の決議とすることに決定いたしました。
 ただいまの決議に対し、鹿野総務庁長官から発言を求められておりますので、この際、これを許します。鹿野総務庁長官。
○国務大臣(鹿野道彦君) ただいまの附帯決議につきましては、今後慎重に検討してまいりたいと存じます。
○委員長(守住有信君) なお、審査報告書の作成につきましては、これを委員長に御一任願いたいと存じますが、御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○委員長(守住有信君) 御異議ないと認め、さよう決定いたします。
 本日はこれにて散会いたします。
   午後四時三十七分散会
     ――――◇―――――