第129回国会 国際問題に関する調査会 第2号
平成六年三月二十三日(水曜日)
   午後一時一分開会
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   委員の異動
 二月十五日
    辞任         補欠選任
     大渕 絹子君     志苫  裕君
     永野 茂門君     石井 一二君
 二月十六日
    辞任         補欠選任
     山田 健一君     西野 康雄君
 二月十七日 
    辞任         補欠選任
     西野 康雄君     山田 健一君
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  出席者は左のとおり。
    会 長         沢田 一精君
    理 事
                大木  浩君
                大島 慶久君
                松前 達郎君
                猪木 寛至君
                荒木 清寛君
                上田耕一郎君
    委 員
                上野 公成君
                岡野  裕君
                下稲葉耕吉君
                宮澤  弘君
                矢野 哲朗君
                志苫  裕君
                谷畑  孝君
                深田  肇君
                細谷 昭雄君
                山口 哲夫君
                中西 珠子君
                島袋 宗康君
   事務局側
       第一特別調査室
       長        下田 和夫君
   参考人
       東京大学教授   五十嵐武士君
       京都大学教授   吉田 和男君
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  本日の会議に付した案件
○理事補欠選任の件
○国際問題に関する調査
 (二十一世紀に向けた日本の責務について)
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○会長(沢田一精君) ただいまから国際問題に関する調査会を開会いたします。
 まず、委員の異動について御報告いたします。
 去る二月十五日、大渕絹子君、永野茂門君が委員を辞任され、その補欠として志苫裕君、石井一二君がそれぞれ選任されました。
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○会長(沢田一精君) 次に、理事の補欠選任についてお諮りいたします。
 委員の異動に伴い現在理事が一名欠員となっておりますので、その補欠選任を行いたいと存じます。
 理事の選任につきましては、先例により、会長の指名に御一任願いたいと存じますが、御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○会長(沢田一精君) 御異議ないと認めます。
 それでは、理事に松前達郎君を指名いたします。
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○会長(沢田一精君) 国際問題に関する調査を議題といたします。
 本日は、二十一世紀に向けた日本の責務につきまして参考人の方々の御出席をいなだきまして、御意見をお伺いし、質疑を行います。
 本日は、参考人として、東京大学教授五十嵐武士君、京都大学教授吉田和男君に御出席をいただいております。
 この際、参考人の方々にごあいさつを申し上げます。
 五十嵐参考人、吉田参考人におかれましては、お忙しい日程にもかかわりませず本調査会に御出席を賜りまして、まことにありがたく存じております。
 本日は、二十一世紀に向けた日本の責務につきまして忌憚のない御意見をお伺いし、今後の調査の参考にいたしたいと存じます。どうぞよろしくお願い申し上げます。
 本日の議事の進め方でございますが、まず、五十嵐参考人、吉田参考人の順序でそれぞれ四十分程度御意見をお伺いいたします。その後、午後四時半ごろまでをめどに質疑を行いたいと存じますので、何とぞ御協力をお願い申し上げます。
 なお、意見の陳述、質疑、答弁とも御発言は御着席のままで結構でございます。
 それでは、五十嵐参考人に御意見をお述べいただきたいと存じます。五十嵐参考人。
○参考人(五十嵐武士君) 二十一世紀に向けての日本の責務という非常に大きなテーマで、私事にわたって恐縮なんですけれども、私は昭和二十一年の戦後生まれでして、来年がちょうど敗戦といいますか終戦五十周年ということで半世紀を迎えます。私も五十が近くなりまして、大学の方の同窓会を毎年やっておりますけれども、その同窓会のパンフレットに何か書いてほしいということで、去年の十月ぐらいに書きまして、十一月の初めの緑会大会という大会がございますけれども、そこに載せていただいたわけです。
 そのときに、二十一世紀を迎えるに当たって、私は非常に困ったことがあると。それはどういうことかといいますと、私から見ておりましても、日本には少なくとも三つの違った世代があるんではないか。その三つの違った世代が国際問題を考えるときに、みずからの経験を踏まえて考えていくとすれば、全く違った物の見方をする可能性がありますし、私のような中間の世代にとってはある面では橋渡しをしなければいけないという非常に重要な役割が今あるんではないかということを書きました。今の大学生の人たちは、私が大学に入った後で生まれておるような人もおりますものですから、東京オリンピックの後の日本しか知りません。
 今のアメリカの大統領は私よりも二週間後に生まれた方ということになりますが、去年の一月からのアメリカの大統領の施政を拝見しておりますと、アメリカの三代目の大統領のトマス・ジェファソンの言葉が思い出されます。それは、地球は生ける者のものであるという言葉なんです。アメリカの大統領はいろんなことをやられていますし、いろんなことをお考えなんだろうと思いますが、私はやはりクリントン政権の評価すべき問題の一つは、財政赤字を後世に残さないようにするために何をしなければいけないかということを真剣に考えられているんではないかと思います。膨大な赤字ですから、どういうふうになるかわかりません。しかし、去年の予算では少なくとも四年間、十四兆円ぐらい、そのために増税と緊縮財政で、日本円にしますと五十兆円ぐらいの緊縮財政をとったわけです。そういうことで、将来の世代、二十一世紀を生きる世代に対して現在の負債を残さないようにしようということをお考えになっているんではないかと思います。
 私が国際問題を日本人の一人として考えるときに、やはりぜひ皆様にお考えいただきたいのは、五十年前の問題を二十一世紀の日本に残さないでいっていただきたいということです。今の日本が直面している問題というのは、それが清算できないことによって、非常に大きな試練に立たされていると思います。そして、私がこれからお話しいたします、現在の日本が二十一世紀に向けて考えなければいけないことの中に、それが大きな障害として残っているんではないかと思います。
 こういうことを、実は先輩を迎える同窓会の雑誌に書くのは非常に心苦しかったんです。しかし、今の若い世代に全く経験もない、しかもその若い世代の御両親は戦争の経験もないという人たちなんですが、そういう人たちに昔の日本の問題で責任をとってほしいとか何とかしてほしいと言っても、これは非常に難しいんじゃないかなと。
 ですから、少なくとも追体験をしなさい、中国へ行ったら盧溝橋に行って、抗日記念の記念館がありますけれども、ぜひ行ってらっしゃい。私は一番最初にアメリカに行きまして、帰りがけにパールハーバーへ行きました。その後一度もハワイには行っておりません、別にハワイが嫌いだからということではないんですが。ハワイに行ったらパールハーバーへ行ってらっしゃい、中国へ行ったら盧溝橋へ行ってみなさい、そういう行きたくないあるいは知らなかったでは済まされない体験を御自分で考えてみた方がいいんではないかということを書きました。二十一世紀の問題を考えるときにも、私は常にそういうことを考えております。
 前置きが長くなりましたけれども、そういうことから、簡単に今の国際情勢を踏まえて二十一世紀に向けて何が問題になるのか。二十一世紀といいましてももう七年ぐらいしかありませんから遠い先のことを考えるわけではありません。それに向けて何か実現をしようとすれば、今から着手していかなければいけないことも多いんではないかと思いますが、私なりに考えたことをお話しできればと思っております。
 現在の国際情勢は御存じのようにある面では今までとは違ったことを考えなければいけない時期に来ております。二月の日米首脳会談というのは非常にそういう面では、ある面では稚拙な外交の結果とはいえ、転換期の日本を象徴したんではないかと思います。アメリカにもうこれ以上頭を下げたくないという人たちがついにノーと言ったわけです。これは、今の日米関係に対処するためには必ずしも賢明なやり方ではなかったとは思いますけれども、もう頭を下げてはいられないという一種のナショナリズムが率直にあらわされた。アメリカの方でもそういうふうに受けとめているだろうと思います。それでうまくいくかどうかわからないにしても、日本側でもそういう自己主張をしたくなったということになると思います。
 先ほどクリントンのお話もしましたが、今までの政権とは非常に違っております。アメリカ側でも既に問題点が数々指摘されておりますが、国内の経済再建を優先して、外交についてどれだけまともに考えているのか、どれだけ準備して外交を展開しようとしているのかわからない政権だと言われています。これから九六年の再選に向けてクリントン政権はやはり国内重視の政策を続けていくだろうと思います。そうしますと、多かれ少なかれアメリカに今まで頼ってきた国々は、外交問題について今までと同じようにアメリカに頼れなくなる時代を迎えています。
 クリントンは私と同じ世代に属しますから、アメリカの戦争でも第二次大戦ではなくてベトナム戦争の世代に属します。国が間違ったことをやったときには間違っているというふうに主張した世代に属しますから、これから不必要なことはやらない、特に海外での介入についてはやりたくなければやらないという方針をとることはかなりあり得ることだと思います。そういう面では、超大国としてのアメリカがむしろ経済的に生き延びることを考えながら、海外に対する介入主義を抑制していこうとしていく時代ではないかと思います。
 その反面、アジアとの関係では経済的なつながりが非常に強くなっております。大西洋を隔てたヨーロッパ諸国との貿易よりもアジア諸国との貿易量の方が多い時代を迎えておりますから、アメリカは経済的なつながりを今後も続けていくような方針をとっていくだろうと思いますが、その反面、軍事的にどれだけ駐留米軍を保持する方針をとるかは未確定な部分が生じています。現在は北朝鮮問題がありますから、まだ本格的な撤退政策はとっておりませんけれども、既に韓国との間には駐留米軍を撤退させることで合意もできております。ですから、環境さえ整えばその方針を実施する可能性は十分あるわけです。
 また、去年からこれはブッシュ政権との比較で非常にはっきりしました。私たちは私たちが論じてきたことをやっとアメリカ側が受け入れる条件ができたということで歓迎しておりますけれども、それはアジア地域での安全保障についての多国間協議に応じてもいいという姿勢を示してきていることです。九一年以来いろいろこういう構想が日本側から出されましたけれども、ブッシュ政権のときには日米安保さえあればほかは構わないという姿勢が非常に強かったんですが、去年のASEANの拡大外相会談以降の動きとしてアジア諸国の安全保障の対話にアメリカも参加していく。そして、去年は実現できませんでしたけれども、APECのシアトルでの首脳会談でも安全保障問題を話そうではないかということをアメリカ側から言い出したわけです。これはASEAN諸国が応じませんでしたので安保対話までいきませんでしたけれども、アメリカはそういう形で単独主義、あるいは日米との二国間主義を超えて、アジア諸国との多国間協議というものを尊重するような姿勢を見せております。
 実際に多国間協議になったらアメリカが今までと全く違った方針に転換するのかどうかというのはこれから様子を見なければいけないところなんですが、先ほどもお話ししましたように、アメリカが軍事的に介入するのを控えようとしておりますから、そういう点では新たな方向に移っていくかもしれません。その一つのあらわれが、恐らく国連を利用した形での海外の紛争への介入ないし解決への協力という方向ではないかと思います。
 いずれにしろ、こういうふうな安全保障政策の変化というのが生じますと、アメリカがほかの国に相談もなく、あるいはほかの国の期待どおりに海外に介入しないという状況が出てまいりますから、そういうふうになった後の安全保障をどういうふうに取り扱っていくのかというのは、それぞれの地域の諸国が独自に考えていかなければいけない問題になってくるんだろうと思います。
 他面、アジアでは、御存じのように経済発展が進み、特に中国は、これは世界銀行の評価によりますけれども、香港、台湾を含めた大中国圏というのを考えれば、購買力では既に日本とGNPでほとんど変わらないような水準まで来ているんだと言われています。中国が今後どういうふうに発展していくのかというのは未知数なところが多いわけですが、毎年一〇%を超える経済成長、しかもそれに見合った軍事力の近代化を行っておりますから、人口規模からいって並みの国でない中国がそうした発展をするとすれば、今までとは非常に違ったアジア情勢が生まれてくるだろうというのを考えざるを得ないわけです。
 そのほか、朝鮮半島の情勢がいまだに不安定だというのは連日の新聞をにぎわわせていることですし、また、ロシア、ベトナム、ミャンマーといった社会主義国が残っているということもアジアの情勢では特異なことではないかと思います。
 そういう情勢を踏まえて、日本がどういうふうに対応していく必要があるのかということになりますが、短期的な問題と長期的な問題、長期的といいますか中期的な問題と言った方がいいんですが、そのように分けて考えてみたいと思います。
 短期的には、去年のクリントン政権以来、日本の貿易黒字体質というのが、二国間の問題だけではなく国際的な経済発展の障害になるという位置づけがなされるようになりました。非常に荒療治だと思いますけれども、円高誘導のようなことまでアメリカは平然と行うようになっています。経済的にそれが果たして正しいやり方なのかどうかは問題があるにしても、問題の解決、日本の黒字体質というのを何とかしなければならないということになれば、荒っぽい対策でもとるというのがアメリカの方針になっているように見受けられるわけです。
 日本でこの貿易黒字の縮小策を考えるとすれば、抜本的に考えれば恐らく三つぐらいの選択肢があるだろうと思います。
 第一は非経済大国化。もう経済大国であるのをやめようというやり方で、これは内需は今までの状態でも輸出を抑制すればできないわけではないと思います。輸出税をかけるとかそういうことによって、これ以上の経済的な発展というのを多くは望まないという選択をするのも一つのあり方かもしれません。
 第二は、輸出抑制と内需拡大のバランスをとることだろうと思います。これも経済的な規模をある程度の伸びに抑えていくというやり方だろうと思います。
 それから第三は、一種の貿易の拡大均衡のようなものを目指していく。輸出の漸増はこのままにしておいて、そのかわり輸入の非常に大幅な拡大をする。
 大体この三つで貿易黒字の、標準的なといいますか可能性として考えられる選択肢が出るんだろうと思うんですが、現在の日本は恐らく、この三つのいずれを選択するにしても、政治的にも、また経済的にも用意がないんではないかと思います。ですから、国際的に問題になっているんですけれども、日本側としてその国際的な問題に抜本的に取り組む可能性がない。そうすると国際的な批判の継続というのを甘んじて受け入れなければいけないということになると思います。これは二十一世紀に向けても恐らく基本的な条件として考えなければいけない問題ではないかと思います。
 中期的な視点から、それではどうするかということが問題になると思います。
 細かいことはお話ししませんが、二十一世紀に向けての日本の国際関係での問題というのは、片方でアメリカとの関係が今までと同じようにいかないかもしれないという日米関係での問題点。それからもう一方では、アジア諸国が経済発展をし自己主張を始め、しかも欧米諸国に対抗しようとする姿勢を示しているということです。日本の選択は欧米諸国側につくかアジア諸国側につくかというような形で既に論議が始められています。恐らくどちら側に行っても、それほど日本にとったはいい選択だとは言い得なくなってきているのが現状じゃないかと思います。
 そういう点で、現時点から発想していくとすれば、日米基軸方針というのがアジアとのつき合いの中でどういう問題点を持つのか、そういうところで考え直していく必要があるのではないかと思います。端的に言えば、日本がアメリカとは違った独自のアジア外交というのを展開できるかどうか、そういう用意があるかどうか、また、そういうことができる能力が果たしてあるかどうか、そういう選択に迫られてきているんではないかと思います。
 私は、日米関係が決裂していいというふうには思っておりませんし、今後も友好関係を続け得なければ、日本の国際関係は非常に難しくなるだろうと思います。しかし、今までのように日米基軸といって、アメリカとの関係さえよければすべて事が済むかといえばそうはいかなくなっている。したがって、アメリカとの友好関係をある程度の距離を置きつついかに保つか、そしてアジアとの関係をいかにつくっていくか、そしてまたアジア諸国と、特に中国とアメリカとの関係の中でどういう位置をとるか、立場をとるか、そういうことが問題になっていかざるを得ないんではないかと思うわけです。
 アメリカ側との関係でいきますと、私は、政治的な価値、自由民主主義的な制度、人権や自由という価値観、この価値観を日本も共有しているということをきちんといろいろな機会に示していかざるを得ないと思います。
 国際社会における日本の今後の存立というのは、恐らくアジア的な価値に戻るということによって全うできるというわけではないと思います。戦後五十年の日本の中で培われた西洋的な価値観というのを日本も積極的に育成していく立場をとらざるを得ない、またとるのが賢明ではないかというふうに思います。そうした基本的な立場を踏まえた上で、基本的な価値観での同質性といいますか、共通性を踏まえた上でどういう施策を展開するかというのを考えるのが賢明ではないかと思います。
 その上で、アメリカとの経済摩擦にいかに対処していくか。自動車産業の動向というのがありまして、何もしなくても早晩貿易黒字は減らざるを得ないだろうという予測が、楽観的に言ってできないわけではないと思います。日本はアメリカに対して五百億ドルもの貿易黒字があるにしても、三分の二は自動車関連と言われていますから、アメリカの自動車産業が盛り返して日本の自動車産業が衰退すれば、その面での貿易不均衡はあるいは減少するかもしれません。
 しかし、そうなると日本の経済の方が困るだろうという問題になりますが、いずれにしても、アメリカはもう今の状態で放置されたんでは困ると言っているわけですし、日本が何ら手をつけなければ相応の対抗措置をとると言っているわけですから、やはりこの点でも自主的に積極的な対策をとっていかなければ、アメリカとの友好関係を保持するのはあるいは難しくなるかもしれません。その上で、アジアでの安全保障の対話ないし多国間の協議体制をつくる上にもアメリカの参加を確保する、そうした政策をとっていく必要はあると思います。しかし、それは今までの日米基軸方針とは違って、あくまでもアメリカとの友好関係を保持した上で日本が独自の役割を国際的に担うという基盤であるわけです。
 日本が独自の役割を担うとすればどういうことが必要なのかというのを考えてみますと、当面はやはり世界の経済がブロック化しないような自由貿易体制を保持する役割を果たしていかなければいけないんだろうと思います。
 去年の千三百億ドルにも上る貿易黒字というのは、自由貿易体制の存続にとって最も大きな障害であるというような評価も行われるようになっておりますから、単にアメリカとの間で黒字が大きくて経済摩擦があるというだけではなく、ECの統合や北米自由貿易協定が強化されていく中で、ブロック経済化しない、可能性を保持する、確保するためにも日本側で積極的な施策をとる必要があるんではないかと思います。また、そのためには、欧米諸国とアジア諸国との経済的な問題での仲介役になれるような立場をとるべきだと思うわけです。
 それとも関連しますし、また安全保障問題とも関連しますけれども、日本はもう少し国際社会におけるみずからの存在価値というのが何なのか、ほかの国にとって認められるような価値とは何なのかというのを考えていく必要があるんじゃないかと思います。
 防衛問題というのは脅威に対処する、あるいはみずからの追求する価値を確保するということにかかわるわけですが、脅威というのはどういうふうにして減らすことができるかといえば、軍事力で対抗するのもそうなんですが、相手方の不信感、敵対感というのを減らすという努力によっても脅威というのは減少し得るわけです。安全保障はえてして軍事力で考えていきますけれども、そうした不信感を減少させるような手段というのは軍事力によってのみ達成できるわけではなく、むしろそれ以外の経済的な交流、文化的な交流、あるいはいろんな意味での信頼感の醸成ということによって達成できるわけです。その最大の手段というのは、相手方に自分の価値を認めさせることです。
 きのうたまたま「シンドラーのリスト」という映画を見てまいりましたけれども、その映画の中で、ナチスの収容所の所長に対して、実業家のシンドラーが権力というのは何かという話をしているわけです。権力というのは、鉄砲で撃ち殺すというのが権力じゃないんだと、許してやることが権力なんだと、相手が罰せられても当たり前だと思っているときに、パードン、恩赦を与えるという意味になるでしょうか、それが権力だと。
 私も学生に、あなた方は権力者になりたいんだろう、権力者になりたいと思ったら、困っているときに助けてやれば権力者になれると。相手が自分の意見を聞いてくれるというのが権力の最大の強みなわけです。相手が嫌がるのに力でねじ伏せるというのが権力であるわけではなくて、相手が進んで協力しましょう、あるいはいろいろ都合があるけれども何とか助けましょうかということを言ってくれるのが権力なわけです。
 だから、相手が困っているときに助ければ、一生恩義に感じるわけです。そういうセンスでみずからの存在意義というのを国際的に築き上げていくということが、何をするのにも前提条件になるんではないかと思います。そういう意味で、日本にはそれだけの背景ができていると思いますけれども、その背景をうまく使い切れているかというと、そうでもないんではないか。
 かつて細見卓先生とお話ししていましたら、彼はオフショアの金融市場を日本でつくればいいということを持論にされていまして、そのときに、まだ冷戦の最中なんですけれども、ソ連も日本で資金調達をしなければいけないという非常に大きな関心があれば、日本を攻めようなんていう気持ちを起こさないと。
 ですから、現在の状況で言えば日本で資金調達をしたいというアジア諸国の期待感というのは強いだろうと思いますし、また、日本の市場が経済発展にとって非常に重要だということであれば、日本との関係を良好に保たなければいけないという関心も生まれますでしょうし、それから技術移転の期待があれば、技術協力に対する関心から日本との友好関係を向上しようという意思も出てくると思います。
 ODAがその上では最も簡単だといいますか、現在の状況でいえば利用しやすいものなんですが、要請主義の建前の中で、残念ながらこのODAが十分活用されていない面があるんではないかというふうに思います。要請正義は相手が必要なものに協力するというので、内政干渉をしないという点では非常にきちんとした方針のもとに行われているんですが、率直な言い方をしますと、必要なことがわかっている国であればもっと経済発展できるんじゃないかという面もあるわけです。ですから、政策対話その他で話さなければいけないという関心も深まっておりますが、やはりもっと、相手が気づかない必要性まで考えてあげながらODAを供与するという姿勢があっていいんではないかと思います。
 日本のODAの問題点は、規模は大きくなりましたけれども、ローンが多いということで、まだ無償の比率がかなり低いわけです。それから、世界一の規模になりましたけれども、GNP比で言うとまだ〇・三二ぐらいの規模でしかない。しばしば軍事費とODAを加えて国際的な貢献の一国の規模を考えますけれども、日本の場合には防衛費を抑えているということがありますから、ほかの国に比べてそれを合わせたものの額というのは極めてGNP比では低いわけです。
 ですから、今お話ししたような対外政策全般との兼ね合いで考えますと、ODAの無償比率をもっとふやした形で、今後も対外政策の重要な一環と位置づけていく必要があるのではないかというふうに考えています。
 アジア政策でも、アメリカとの関係だけではうまくいかないということをお話ししましたが、この点は独自の日本の政策をぜひ今後は確立していく必要があるのではないかと思います。最近の新聞報道にもありますように、中国との関係でアメリカはかなり強硬な姿勢をとり続けておりますし、日本が米中の関係の中でどういう立場をとるかというのがかなり難しい状況になっております。
 日本の場合は、アメリカと違いまして、先ほども言いました過去の過ちといいますか問題がまだ残っておりますから、アジア諸国との関係、またアジア地域における安全保障というものを考えますと、ぜひその前段階になる問題を解消していかなければいけない。そしてその上で、アジア諸国の経済発展、またアジア地域での安全の問題をアジア諸国とじかに話していく必要があるのではないかと思います。そのために日本は、アジア各国が植民地から独立して、いまだ国益に固執する傾向が強い中で、新しい国際関係をつくっていく必要があるのではないかと思います。
 私は、二十一世紀に向けて、何もアジアはヨーロッパの歴史を繰り返す必要はないのではないかと。ヨーロッパは既にECの統合のような形で、あるいはNATOの再編のような形で地域としての発展を目指しています。それに対してアジア諸国は、今経済発展が行われる中で、みずからの軍事力を近代化し、安全保障の面で、すぐに戦争になる危険はないにしても、相互の安全を確認し合う作業にまではいっていません。
 こういうところで言うのは不謹慎だと言われるかもしれませんけれども、私は、北方領土のような問題は領土紛争の解決のモデルケースにすべきではないかと思うんです。アジア諸国間の紛争というのは歴史に根差したものが非常に多いわけですが、領土紛争のようなものを共通の利益になるような形で解決できないかというふうに考えます。どこの国に帰属するかというのは確かに重要なことかもしれません。しかし、紛争の領土が敵対する場になるのではなく、相互の発展の場になるという可能性もあり得るのではないかと思います。
 日本の場合には、北方領土の問題、竹島の問題、尖閣列島の問題という形で近隣諸国との間にいろいろな領土紛争を抱えております。また、南沙や西沙群島の問題では、中国、東南アジア諸国の間で領土問題があります。それを何も線引きをすることだけに固執する必要はないのではないかと思います。また、過去の清算を行うにしても、亡くなった人の補償をどうするかという問題もありますが、それを踏まえて将来のっき合い方をどうするかというのを考える機会もあり得るのではないかと思います。
 そういうことで、従来の常識にのっとった国際関係のあり方ではなくて、今後の新しい国際秩序をつくるために、従来の考え方とは違うやり方ができないかということも考えられるのではないかと思います。
 実は用意してきたことは多いのですが、時間が参りましたのでここで私のお話はやめさせていただきまして、後の質疑のときに御質問があれば伺いたいと思います。
○会長(沢田一精君) どうもありがとうございました。
 次に、吉田参考人にお願いを申し上げます。
○参考人(吉田和男君) 京都大学の吉田でございます。よろしくお願いいたします。
 私は大学で数理経済学とか財政学をやっておりますが、財政学の一環として国際公共財という観点から国際的な問題にも興味を持っておりまして、きょうはその点に関してお話しさせていただきたいと思います。
 私がまず第一に申し上げたいのは、戦後の世界というのは世界史全体から見ると物すごく異常な時期だったように思うわけです。米ソというのが世界的規模で地球を分割するという、こういった勢力圏をつくった。もちろん非同盟諸国もありましたですけれども、基本的に、これだけ大きな地域を、しかも非常に大きな力をもって分割するというのはかなりやっぱり異常な時期だったように思うわけです。
 そういう意味におきまして、近年の動きというのは非常にわからないことが多くなってきたわけです。民族紛争とか宗教紛争とかいうのが非常に出てきたわけですが、ある意味でこっちの方が従来の感覚からすれば普通で、むしろ今までの米ソが非常に大きな力をもって支配していたということの方がずっと異常だったのかもしれないというふうに、まず出発点から考える必要があるんじゃないかなと思うわけです。
 そのメカニズムをまず私なりに整理させていただきますと、やはり私は一番大きな導因は核というものだったのではないかなと思うわけです。核兵器というのがほかの兵器と根本的に違う点は、いわゆる経済学で言います規模の利益があるわけです。すなわち、開発費が非常に高いわけでして、それから設備費も大変かかるわけですが、これは一度できてしまうと、後は比較的ローコストでどんどんできてしまう。ですから、フランスなんかもそうですけれども、軍事費が開発するときにはぱんとはね上がるわけです。そういうふうな性質を持っている。
 これは、実は従来の軍事力の均衡というものを考えたときに、従来の形、つまり核以前の形とは随分大きな違いが出てくるわけです。すなわち、規模の利益ですから大きくなれば大きくなるほど単位当たりの影響力、力というもので考えますと費用がどんどん安くなるわけですから、でかければでかいほど効率的であるという従来にないことになるわけです。
 従来の軍事力ですと、大きくしようとしますとたくさん兵隊をリクルートしなきゃいけない。そうすると反発も起こるし、またそれからたくさんの資源を引き揚げるわけですから、それによっていろんなダメージを受ける、あるいは国民が非常に負担に感じるというマイナスが出てくるわけですが、核兵器の場合には、どんどんつくればかえって効率がよくなってしまう。一たんつくってしまいますと、これはもう大変な力を持ってしまうという性質があるかと思うんですね。
 したがいまして、アメリカが単独で核兵器を最初持ったわけですが、それに対してソビエトが核兵器を持つ。そうすると、お互いに効率的な軍事バランスをつくろうとすると、大きくなった方がいいわけですからどんどん大きくしちゃう。アメリカの場合もソ連の場合も、ほとんどクレージーと言っていいほど、ばかでかい核兵器体系をつくってしまう。何か地球を四回か五回壊してもまだ残っているという、そんなばかげた水準まで競争するわけですね。
 それから、もう一つの点は、核兵器を持っている国に対抗するために、自国で対抗できる国というのはそうたくさんないわけです。なぜないかといいますと、先ほど言いましたようにお金がまずかかるということです。技術的な蓄積をするため開発費にも非常にお金がかかる、そうすると、どこの国でもできるわけではない。自国でつくるよりも、むしろ同盟を結んでほかの中核的な国に軍事力を集中させた方が効率的になるわけです。安上がりになるわけです。大量報復戦略の時代のダレスの言葉にも、こういった大国に依存するような形で安全保障を確保するのは近代的なやり方だということがあるわけなんです。
 これはちょうど彼の表現を使えば、地域でだれも家の前に武装ガードマンを置かない、警察がみんな抑止してくれるから大丈夫なんだということで、ある意味でアメリカは各国にフリーライドを勧めたわけです。そうすることによって非常に効率的な安全保障を得ることはできる。特にアメリカの場合には、戦争でたくさんの若者をリクルートして、それを帰さなきゃいけない、ところがソ連との対立がある。とすれば、核兵器でそれを代替すればこれは非常に効率的に、しかもいろいろな公約を同時に満足できたわけです。
 そういった力というものが特にミサイルとくっつきましてどこにでも運んでいけるわけです。そうなりますと、非常に広範囲なところに絶対的な力を及ぼすことが可能になってしまうという過去には見られなかったことが起こったと思うんです。
 各国は米ソを軸にして二つの勢力圏に分割していくわけでありますが、それによって安全保障を軸とした共同体というのができてきたわけです。戦後、米ソというのはいつ戦争するかわからないという恐怖があったわけですが、もう何回となく、いやというほど戦争をしていたドイツとフランスが戦争するなんてだれも思わなくなってしまったわけです。それは、まさに一つの安全保障共同体のようなものがつくられることによって、ある意味で大きな国が二つになってしまったという面があるかと思うんです。
 そういった共同体ができていったことは、実はそれをアメリカは特に自由貿易体制という形で運営していくわけです。ソビエトの場合には国際分業ということでコメコン体制というものをつくるわけであります。この自由貿易体制というのが世界に非常に大きな繁栄を及ぼすわけです。特に日本は、この自由貿易体制に乗ることで大変な経済的発展を遂げる、経済的享受を受けたわけです。そういう意味で、安保条約という条約を通じてアメリカの体制につながったということが、自由貿易体制をふんだんに利用できたという面では非常に大きなプラスであったかと思うわけです。
 もちろん、アメリカという国もお人よしでやったわけではなくて、それはアメリカの安全保障と、それからもう一つアメリカの経済的発展のために自由貿易を各国に、当時ですとほとんど押しつけに近いわけですが、プレッシャーをかけては自由貿易をさせると。日本も最近米がどうこうと言っていますが、同じような話を工業製品についてはずっとやってきて、まだだめだ、いやもう自由化しなきゃいけないということで、押し合いへし合いして自由化をしたわけです。自由化をしたおかげで日本も発展するし、世界経済も発展するということになったわけなんです。
 そういったもともとの大きな枠組みでありますガットあるいはIMFという体制自身、アメリカの非常に強いリーダーシップでできているわけでありまして、これは逆に言いますと、安全保障を確保するために共同体的な構造をつくっていったことが、これが一方で平和、一方で繁栄という、もちろん米ソ間のすき間のところでは大戦争がたくさんあったわけでありますが、しかし全体として見て世界経済というのは非常に発展したわけです。また、ドルを基軸通貨としたIMF体制の結果、アメリカがちょうど貯蓄超過国になっておりましたから、その貯蓄超過を世界の経済成長のためにも使うということが行われて、ある意味で経済とそれから安全保障というのが両輪になって、アメリカにとっても好循環、世界にとっても好循環をつくっていったかと思うわけです。
 しかし、七〇年代に入りますと、あるいは六〇年代の後半からだと思うんですが、そういったメカニズムは随分変わってきたのではないかなと思うんです。
 一つは、やはり核というものの性格が変わってきて、核が使えない兵器であるということがわかり出す。非脆弱化ということでありますが、お互いに第二撃をするための能力を温存することが可能になってきますと、核というのは一発ぶち込めば全滅ですからそれなりの力があるわけですが、しかし第二撃能力があれば、撃った方も全滅するわけですから、相互に全滅というのは極めてナンセンスな話になるわけですから使えないという形で、核が完全に抑止される時代になるわけです。
 さらに、核というのが非常に困ったことにどこの国でもできるようになってしまうということが起こってくる。そうすると、米ソ以外にも中国とかフランスとかが持ってくる。今常任理事国の五カ国以外は持っていないことになっていますが、持っているのは間違いないわけでありまして、既にインドは実験をしたりしているわけでありますし、いろいろな国が持っているというのはもう公然の秘密になっているわけです。最近、北朝鮮の問題で疑惑というふうなものがあるわけでありますが、逆に言えば、どこの国でもできるというふうな状況になってきたかと思うわけです。
 ですから、そういったものが使えない、使えないだけではなくて、だれでもできるということになりますと、余り有効な手段ではなくなってくるということが起こってきまして、そうすると、それに対してむしろ通常兵器が補完的な役割を果たすというふうな関係になってきたのではないかなと思うわけです。そうしますと、先ほど申しましたような規模の利益とちょうど反対方向に動くことになるわけですから、対立は小さく、同盟は多極化するというふうになるのはごく自然なことではないかなと思うわけです。
 そして、先ほど申しましたけれども、自由貿易によってアメリカは非常に大きく経済的にも発展するわけですが、それは生産技術においても規模の利益があったわけです、大量生産技術ですが。それをアメリカが十分に活用することによって規模の利益に係るようなところに関する経済的な特化、要するに、例えば自動車の大量生産技術がアメリカで確立される。そうすると、自動車をアメリカは集中的に生産することによって、ほかの国はそれを輸入することで自動車を利用するというふうな形が、自由貿易ですから、もちろん自由貿易といっても完全ではありませんからいろいろな障壁があったわけでありますが、自由貿易というのはそういう方向に動くわけであって、そしてアメリカというのはそういうものを十分活用していわば富を蓄えたわけであります。
 先ほど申しましたように、一九七〇年ごろから安全保障の形態がだんだん変わってくる。それに合わせて経済のシステム自身も変わってきたように思うわけです。規模の利益というものを追求する形でアメリカが大きな利益を得ているという形がだんだん崩れてきて、むしろ日本のような経済の方が、鉄鋼とか、後では自動車なんかで優位になってくる。相対的なアメリカの経済の地位はどんどん落ちてくる。そして、先ほど申しましたように、六〇年代ごろまで政治的な力と経済というものが好循環で両方がうまくいくという状況は、今度逆向きに流れ出して悪循環になっていくわけです。特にアメリカはベトナム戦争で敗退する、莫大なお金を使ってしまうということで、それも非常に大きな原因だったと思うんですが、軍事力のために経済が弱くなる、経済が弱くなるとそれが負担できないというふうな構造になっていったわけです。
 これはもちろんアメリカだけじゃなくて、ソ連も同じことをやっていたわけであります。一九八〇年代になりまして、七〇年代のベトナム戦争の終結以降、アメリカは若干そういうことで経済的な問題もあって撤退の方向にいくわけでありますが、それに対してソビエトは逆にアグレッシブに、積極的に世界戦略に打って出る。それの揺り戻しとして八〇年代、最後の冷戦の戦いをするわけでありますが、ある意味で消耗戦をやりまして、結局ソビエトは社会主義体制自身が崩壊してしまう。アメリカにしても、莫大な財政赤字をつくって、これが経常収支赤字を生み、経済の根幹をある意味で腐らしてしまったわけです。
 こうなってきますと、米ソともこんなあほなことはやめた方がいいというのはごく自然なことであって、特にソ連の場合には体制自身が崩壊してしまうわけでありますから、対立がなくなってくるということ自身、冷戦が終結するということ自身自然な方向であったかと思うわけです。
 しかし、冷戦が終結して平和が来たというふうにみんな思ったんですが、実はそうではなかったということはすぐわかるわけでありまして、何だかんだと地域紛争が拡大する。また、宗教を理由にして戦争が起こる。私らも、特に日本人の場合は余り経験がないものですから、よくわけのわからない戦争が世界じゅうでふえてくるというのは非常に困ったことだなと思うわけです。こういった新たな紛争が出てきたということで、我々考えなきゃならないことが非常に多くなってきたわけです。
 先ほど申しましたように、アメリカという国は米ソの対立があったために世界じゅうにいろんなコミットメントをして、軍事的なコミットメントもしますし、経済的なコミットメントもしますし、それから、うちの市場をどうぞ使ってください、フルオープンですよ、あるいは技術でも料金さえ払ったらどうぞ使ってくださいと非常に寛大な政策をとることができたわけです。しかし、米ソの対立がなくなってしまえば、世界にいろんなものを供与しようというインセンティブ、誘因というのはなくなるわけです。何で日本のためにこんなにしてやらにゃいかぬのやとみんな思うのは、これはごく自然な発想であるかと思うわけです。
 それから、そういった意欲がなくなるだけじゃなくて能力もなくなってきているわけです。経済的にかつての相対的なアメリカの地位というのは大変な水準にありましたが、全部合わせればまだ高い水準にあるわけですが、といっても相対的には非常に下がってきた。しかも、傾向的に下がっているということはますます問題が大きいわけです。世界の問題に対して介入と申しますか自分が積極的に参加して、そして世界の秩序をつくっていく、あるいは世界の繁栄のために何か寄与するという意欲、それから能力もなくなってきている、低下してきているということが今までの事態と非常に大きく変わってきたというふうに考えるわけです。俗に言うと、パクス・アメリカーナと言われた時代というものが終わりつつある。
 今度は翻って考えてみますと、日本という国はまさにそのパクス・アメリカーナにどっぷりつかってきたわけでありまして、世界の市場を自由に使わせていただけるし、あるいは石油でも、戦前は石油の一滴は血の一滴とかなんとか言って頑張ってやっていたものが、非常に廉価に、しかも先ほど申しましたようにドルを安定させることによって世界に投資する、もちろん石油開発なんかにも大量に投資されたわけですから、非常に安い石油をふんだんに使えるというふうな状況になったわけですね。
 安全保障の面におきましても、それほど心配しないで何でもやってもらっている。日米安全保障条約という条約は世界の軍事同盟の中でも非常に例外的な条約で、どこの国も戦後の軍事同盟の場合には片務性というのは必ずあったわけです。すなわち、核を持っているのはアメリカだけですから究極的にイーブンな同盟なんか結べっこないわけです。しかし、形式的にも片務的な条約というのが日本とアメリカの条約なわけですね。ほかの国は形式的には片務性がないようにされているわけです。そういった中で、ある意味でパクス・アメリカーナのおいしいところだけを享受できたという時代が、戦後の特に七〇年代までの日本ではあったように思うわけです。これは、先ほど申しましたようにアメリカの力、アメリカがつくり出した力というものが非常に強大であったということであると思います。
 これが七〇年代ごろから、やはり日米間で経済問題というのがいろいろ出てきます。貿易摩擦で最初の大きな問題でしたのはあの繊維交渉でありましたが、この場合に典型的なように、産業品目の中でさしてアメリカにとって重要でない産業ですらああいうふうな摩擦を引き起こす、政治的に解決しなければならないというふうな話になってくるわけです。
 昭和四十六年にいわゆるニクソン・ショックというのがありまして、ドルが基軸通貨からただの一国の通貨になる。そして、四十八年からはもう変動相場制であるというふうになってくるわけですね。ですから、その中で我々の経済というものも対応しながらやっていかなきゃいけない。アメリカにどっぷりというわけにはいかなくなってきた。
 対応しながらずっとやってきて、今度は一九八〇年代になりますと、アメリカの経済政策の欠陥もあるわけでありますが、アメリカが非常に赤字になる、経常収支赤字になる。それに対応して日本が黒字になる。その結果、延々と貿易摩擦というのが議論されることになるわけです。こういった変化というものも、アメリカの力の衰退ということではないかなと思うわけです。
 この衰退に対応してどういうふうな対応が行われてきたか。まず、安全保障の面に関して申し上げますと、国連の機能の強化ということが言われることになるわけでありまして、例の湾岸戦争を機にしまして、新しい秩序づくりのための協調体制というものも言われるわけであります。また因果関係としましては、冷戦の終結と複雑な関係にあると思うんですが、ヨーロッパにおきましては安全保障体制に関してCSCEが、パリ会議が開かれまして、機能するようになってくる。またそれから、最近はEUと言うようですが、ECがEUとして政治的統合まで進めていこうというふうなことになってくるわけであります。また、湾岸の後始末としましても、あの地域の安全保障に関して湾岸諸国の連携というのは強くなってくるといったような動きが見られることになるわけですし、国連と地域というものが一つのパラダイムとして安全保障の枠組みというふうな方向に徐々に移行しつつあるのではないかなと思うわけです。
 経済の方で見ますと、一つの方向と申しますのは地域主義、これは先ほど申しましたように、やはりアメリカという国を中心にして世界が共同体として機能するような背景があって世界的な自由貿易体制があった。それに対して、今申しましたように、地域というものが中心になって安全保障体制をつくる共同体的な動きをするということになりますと、経済が地域的な動きに近づいてくるというのもこれもまた自然な方向であるかと思うわけです。
 それから、ガットの場合、いろんな問題を徐々に解決してきて、今農業とサービスとかそういったところで非常に大きな議論になったわけでありますが、それ以上に、ガットの枠がありながらガット外の規制、特に日米間に関していいますと自主規制というやつですね。何か自主規制というと本当に、アメリカの学者と話していましたら、ボランタリーだからいいんだなんという話をするわけですが、日本人から見たらどれ一つとしてボランタリーなことはなかったわけでありますが、そういったガット外の形でまた保護的な動きになる。
 あるいは、ヨーロッパの動きの中には、今申しました地域的な動きと同時にセーフガードの対応というのはしょっちゅう行われるわけですね。何か山奥でビデオテープを通関させたり、原産地の割合がどうこうでなきゃいけないとか、非常に厳しい自由貿易に対するひずみと申しますか危機というものが生まれてきたんではないかなと思うわけです。
 それからまた、途上国の問題を少しお話ししたいんですが、途上国の問題に関しましては戦後自由貿易が行われるわけでありますが、自由貿易が行われて、それからアメリカの投資が来るということになって、戦後独立した国にとっては一般的にはプラスなわけですね。自由に物が売れるわけですから、あるいは開発するための資金が来るわけでありますから。しかし、一次産品問題というのは難しいところがありまして、つくれば安くなってしまうというところがありまして、交易条件という形で考えますと必ずしもよくならなかったわけですね。
 ですから、開発して輸出したけれども結局貧乏になってしまったというふうなこともあって、そうしますと経済が不安定、経済の不安定は政治の不安定ということになりますので、それを埋めるためにアメリカが積極的に援助をするわけでありますが、この援助をしていた力も相対的にだんだん弱くなったということでありまして、これに対して日本が随分肩がわりをする。今や援助の額につきましてはそれこそ世界で一番大きな援助大国というふうなところまできているわけです。
 途上国の問題というのは今非常に分裂しているかと思うんですね。一方で、いわゆる債務が累積して開発資金が入ってこないという問題を抱えている国がたくさんあると同時に、アジアを中心にして今や世界の経済成長の中心になっている。大西洋の時代から太平洋の時代へというふうなことが言われるほど大きな経済成長をしているわけであります。
 それに日本が大きくかかわったということは、私は自慢していいことだと思うんです。やはり日本が途上国、特にアジアの途上国に大きな援助をすることによって、これがどこまで実際寄与したのかそれはわかりませんけれども、少なからぬ、大きな役割を果たしたということは間違いないことで、これが、いわゆるNIESとかASEANの諸国、それから中国は今度とうなるかということになるわけでありますが、こういう国に対して日本が援助したことが非常に大きなプラスになっているということは間違いないんではないかなというふうに思うわけです。
 以上、戦後の流れを私なりに整理させていただいたんですが、戦後、もちろん米ソの対立ですから、ソ連側、ソ連圏というのはあるわけでありますが、米ソの対立を通じて、基本的にアメリカの力によって平和と繁栄が維持されてきたということは否定できないことであったわけであります。
 それが、七〇年代ごろから技術的な関係も変化することによって、いわゆるパクス・アメリカーナを成立させていた条件自身がどんどん崩れて変わってきたわけです。そこで日本の役割ということが出てきて、ある意味で、戦後五十年ですが、意外に短いような気もするわけです。アメリカはあれほどの大きな国であって、私たちも小さいときはやっぱりすごい国であるというふうに思っていたわけでありますが、何か最近の若い人なんかは余りすごい国だというふうには思わなくなってきていると。相対的な関係というのは随分変わってきたというふうなことが言えるかと思うわけです。
 あと十年以内に二十一世紀になるわけでありますが、今申しました変化に対応して私たちの日本というのも大きく対応を変えざるを得ない。表現は適当でないかもしれないですけれども、パクス・アメリカーナという温泉にずっとつかっていたわけです。温泉の温度がどんどん下がってきた。これを、温泉に入っていろいろ享受するという立場から、むしろ我々の方が世界の秩序あるいは繁栄を支えるために努力しなきゃいけないという時代になってきたように思うわけです。
 まず、安全保障の面から考えましても、近年PKO法もできて国連に対して貢献するということになるわけでありますが、国連というのは安全保障機構でありますから、そもそも世界の平和を維持するための軍事力の使い方に関する同盟であるわけですから、日本が何らかの形で寄与するというのはこれはもう当然のことであって、要するに国連に加盟しているわけですから、国連憲章上の義務というのを履行するのはこれは当たり前の話なわけであります。今までもいろんな議論があって、どこまでできるかというふうなことの議論があったわけでありますが、しかし今アメリカの力が相対的に低下し、世界でいろんな形の不安定が生じているときに我々がやらなければならないということは、これはもう避けられない話ではないかなと思うわけです。
 もう一つの安全保障上の問題は、日本の安全保障にも非常に大きく関連する問題でありますが、アジアの政治的安定をいかにつくるか。先ほど申しましたように、ヨーロッパにおいては非常にうまくと申しますか、非常にきれいな形で集団安全保障体制ができつつあるわけでありますが、アジアというのは非常に複雑ですから、そうは簡単にまいらないかと思うわけです。しかし、かといってそのままずっとこの状況が続いていくわけでもありませんので、アジアの安全保障をどういうふうにつくっていくかということに関して日本も相当積極的に参加せざるを得ないというふうに私は思うわけです。
 今までアメリカが、ともかく第七艦隊がどんとおったわけでありますが、しんどい話、面倒くさい話はどうぞアメリカさんやってくださいということでは済まされないことになってきているんではないかなと思うわけです。さらに、その前にまず日本が自国の安全保障問題に関してもっと真剣に対処していく必要も出てくるのではないかなと思うわけです。
 日米安全保障条約というのは、私は非常に不幸な条約だと思うんです。先ほど申しましたように片務性が条約上にもあるわけですから、日本人が感じるものとアメリカ人が感じるものの間に大きなギャップが生じてしまうわけなんです。アメリカはこれだけやってやっているというふうに思いますし、日本はいや大したことないじゃないかと、お金もちゃんと払っているというふうな認識のギャップというのは非常に大きいと思うんです。やはりこれが日米関係をぎくしゃくさせる根本にあるような気がして仕方がないんです。
 細川さんが大人の関係というふうにおっしゃったわけですが、今の条約の中で、アメリカが大人の関係と認めるということはやはり自然なことではないように思うんです。したがって、我々も二十一世紀にかけてどういう安全保障体制が望ましいのかということをもっと議論していく必要があるのではないかなというふうに考えるわけです。
 経済的な側面で申しますと、先ほど五十嵐先生もおっしゃいましたけれども、日本が一千億ドルも黒字を出しているということ自身、これは世界の経済の不安定要因であることは間違いないわけですから、これをどういうふうに考えていくかというふうなことが必要になってくるかと思うんです。
 そこで、重要なことは、貯蓄超過国としての日本経済の役割ということになるかと思うんです。経常収支が黒字であるということは、国内の貯蓄が国内の投資を超過しているということでありますから、いわばその貯蓄というのは外国において投資されているということになるわけです。問題は、どういうふうな形でそれが使われているかということかと思うんです。もちろん経常収支の黒字が一千億ドルもあるというのは、これ自身が問題であることは間違いないわけでありますが、同時にこれがどう使われているか。
 アメリカという国が一九五〇年代には経常収支黒字だったわけです。黒字だからけしからぬなんという話は一つも出てこなかったわけで、むしろIMF体制というのは赤字国責任なわけで、赤字国の方がイニシアチブをとって改善しなきゃいけないというのがIMF体制の立場であったわけです。それが今や、何か黒字になってけしからぬというふうに怒られているわけでありますが、それ自身の問題というのが先ほども申しましたようにあるわけでありますが、同時にアメリカが当時やったことというのは、やはり重要なことではないかなと思うわけです。一つは市場を開放していたということであって、それからもう一つは黒字を世界の成長のために活用していたということに尽きるかと思うわけです。
 実は、経常収支黒字というのは、先ほども言いましたけれども貯蓄と投資の差額ですから、そんなに長期間黒字が続くとはとても私は思えないんです。貯蓄率というのは長期的には下がっておりますから、いずれクロスするのはこれは間違いない話で、それがどれぐらいの期間になるかというのは正確にはわかりませんけれども、いずれ黒字はなくなるわけでありますから、逆に言いますと、それだけ経済余力があって、世界のために貢献できるチャンスなわけでありますから、これをいかに活用していくかということが重要かと思うわけです。
 一つは、ODAという形でソフトローンを供与するということも大切であります。グラントとソフトローンとどっちがいいかという問題もありますが、私はグラントは余りよくないんじゃないかなと。一般にはグラントエレメントが高いほど質のいい援助であるということになっておりますが、しかし、人間どこの国でもそうでしょうけれども、お金もらってよくなるということは余りないんです。やっぱり、お金を借りて、そして責任を持って返す、そういうふうな立場があるからこそみんな頑張るわけです。もらっちゃったら、まあいいや、せっかくもらえるんだからまた来年ももらえるやろということになるのがこれは人間だと私は思うんです。ですから、日本が特に東南アジアに対してローンの形で供与しているということは非常にプラスだと私は思っております。
 さらに、ODAだけじゃなくて民間の資金として、特にアジアに関しても最近たくさんの資本進出をしているわけでありますが、それはいろんな技術とか経営のノウハウを移転しているわけです。そういうものを通じて日本の技術、経営のノウハウが伝播していくということがまた非常に重要なことですから、そういうことが行われやすいようにまたODAを使うということも私は大事なことではないかなと思うわけです。
 かつて援助は膨大に行われました。特にアメリカのやった援助というのは激しいほど援助をしたわけですが、どう見てもそんなにすごく成果が上がったなということにはならなかったわけです。やはり先ほど申しましたけれども、せっかく黒字の期間、これをいかに活用するかということを考えていく必要があるかと思うわけです。
 最後に、私一言申し上げたいのは、二十一世紀に向かってやらにゃいけないということは、やはり私は、一つは戦争の反省もありますけれども、戦後の反省というのも必要ではないかなと。戦後、平和と繁栄というものを享受してきたわけですが、その間に忘れたことも随分あるんではないかなというふうに思うわけです。
 それのまず第一は、やはり人々の生き方の中に理想というものがなくなってきた。まあもうかりゃええやんかというふうな発想で行われるというのは非常に問題であって、理想というものもイデオロギーという意味の理想ではなくて、我々が人間として持っているもっとオリジナルな発想からくる理想というのを私は考えたいと思うわけです。
 それは、例えば私たちが子孫に繁栄してほしいし平和であってほしいと願うことは、これは私たちの親も考えていたわけですし、その親の親も考えていたわけです。ですから、国というものをどういうふうに考えていくか。それは、死んだ者と生きている者とこれから生まれてくる者と、それの精神的な連帯みたいなものだと思うんです。それが私は理想だというふうに理解すべきであって、したがって、戦後アメリカのパクス・アメリカーナの中で大変いい条件に恵まれて経済成長をしてきたわけですから、これをどういうふうに日本が世界の中で役立てていくか、あるいは日本人としてどういうふうに生きていくか。そのためにどう使っていったらいいかということを考える必要があるかと思うわけです。そのためにやらにゃいかぬことというのは山みたいにあると思うんですが、二十一世紀までもう十年を切っているわけですから、もっとアグレッシブに議論が進められていくことを私は期待しているわけでございます。
 時間でございますので、終わらせていただきます。
○会長(沢田一精君) どうもありがとうございました。
 以上で五十嵐、吉田両参考人からの御意見の聴取は終わりました。
 これより質疑を行います。
 本日は、あらかじめ質疑者等を定めないで、委員には懇談形式で自由に質疑応答を行っていただきたいと思います。質疑を希望されます方は挙手を願い、私の指名を待って質疑を行っていただきたいと存じます。
 なお、質疑及び答弁とも御発言は御着席のままで結構でございます。
 それでは、質疑のあります方は指名させていただきますので、挙手をお願いいたします。
○山口哲夫君 社会党の山口と申します。ちょっと中座をしなければならないので、最初に質問させていただきたいと思いますけれども、五十嵐先生にお願いいたします。
 最近、アメリカの財界あるいは政界の方では、日本の市場というのはもう魅力がなくなってきた、むしろアジアの市場の方がこれからの将来性、可能性が非常に強いということで、アジアに対する貿易、輸出を盛んにした方がいいんじゃないかと、そんなような声があるというふうに聞いております。
 一方、日本の場合はどうかというと、アメリカとの間に貿易摩擦が相当激しくなってきている。スーパー二〇一条じゃないけれども、だんだん日本がアメリカから締め出されてくる時代が来るんじゃないだろうか。そうすると、最近、日本の輸出というのは結構アジアで量的には年々ふえているわけですけれども、結局はまた日本もアジアに進出をしていかざるを得なくなる。そうすると、戦前じゃないけれども、アジアでまた日本とアメリカの経済的な対立が起きてくる可能性というのがあるんではないだろうか。そうかといって、日本がアジアに対する貿易を抑制するということも、これはなかなかできないことでしょうし、こういったことが将来起こり得るんだろうか。仮に起こるとするならば、アメリカと日本とのアジアにおける経済対立をどういうふうに解消できるものなのか、そういうことについて御意見をぜひお聞かせいただきたいと思います。
○参考人(五十嵐武士君) 経済が専門じゃないものですからどれだけ的確なお答えができるかどうかわからないんですが、一つは短期的な問題として日本よりもアジアを重視しているということは間違いないと思うんです。それは、非常に日本で気をつけなければいけないのは、それだから日本に対する圧力がなくなるというのではなくて、むしろ日本とは余りつき合いたくないという可能性が出てくる。それはスーパー二〇一がどうかはわからないにしても、そういう傾向が出る可能性があるということですね。それが一つです。
 そうしますと、どういうことが起きるかというと、中国との関係がありますからどうなるかわからないところがあるんですけれども、日本だけ取り残されて自由貿易圏をつくるという日本包囲網という発想がありまして、これは現にアメリカ政府でも考えている人がいなかったわけじゃないと言われているんです。ですから、北米の自由貿易協定とASEANを結びつける、そして中国を結びつけるという形ですね。そうしますと日本に対する包囲網ができると。これは日本にとっては最悪のシナリオになるんですけれども、アメリカ側でそういうことを考えていたというのが一方にあるわけです。
 それから、アジア市場をめぐって日米が対立するというよりも、現在はアジアの域内貿易が非常に高くなっているわけです。アメリカに対するアジア諸国の依存度というのが、正確にはわかりませんけれども二五、六%とすれば、アジアの域内貿易が三〇%ぐらいになっていて、それがアメリカにしろ日本にしろ市場としての重要性が高まってくるという面がありますが、先ほど言いました問題と絡めて言えば、むしろアジア諸国が自信を持ってきて欧米に対抗するという動きを高めていく可能性もあるわけです。そのときに日米が競合するかどうなるかという問題と同時に、アジア諸国と欧米がどういうふうな関係になっていって、日本がどういう立場をとらなければいけないのかというような問題が出てくると思います。
 日米が競合するということは、アメリカ側で懸念しているのは日本がODAをかなり供与していまして、例えばアジア諸国では、もうタイはODAから卒業しましたけれども、アメリカのUSAIDという開発局の援助はほとんどなくなったことがあります。それは日本のローンは円借款が多過ぎるものですから、アメリカの援助じゃ太刀打ちできないということがあったわけですね。そういうふうになって日本の影響力が非常に強くなるものですから、それでアメリカが排除されるんじゃないかという懸念をアメリカ側は持っていました。日本の実業界はまだそこまでは考えていなかったみたいです。
 ですから、日米競合ということがアジア市場で起きるかどうかというのは、私は余り重要じゃないような感じは受けているんです。むしろ、アジア諸国が発展していく経路の中でアメリカとの関係がどういうふうに展開するか、あるいは欧州諸国との関係がどう展開するかということの中で、日本がどういう選択を迫られるかということの方が大きいんじゃないかなという感じは受けております。
 ただ、先ほども申しましたように、アメリカの実業界がアジア諸国に目を向け出したというのは、日本にとっては短期的にはプラスの面がありますけれども、中長期的に見てはかなり気をつけなきゃいけない問題もはらんでいるんじゃないかということになると思います。
○山口哲夫君 ありがとうございます。
○谷畑孝君 五十嵐先生と吉田先生に少し質問をいたしたいと思います。
 五十嵐先生の、とりわけ自由貿易ということの中で、日本の外交が日米自由貿易から多国間の方向に移っていくんだと、こういうふうに指摘されて、私もそれはプラスに思っているわけですが、今日やっぱりそう申しても、結局過日の日米包括協議の決裂というのは日本にとってみても非常に大事な問題だろうと思います。この問題は古くて新しいといいましょうか、中曽根元総理大臣のときにだってアクション、行動とか本当に精力的にそういうことを国民にアピールしたし、たまたまバブルの、景気の回復によって輸入が少しふえただとかそういう条件もありましたけれども、基本的には日本の構造そのものが輸出構造になってしまっている。
 そういうことで、今日よしんばだれが首相になろうが、だれが当たってもこの問題に対して有効な即効性というのが持てるのかどうかというのは非常に私は疑問だと思うんです。それは言いかえれば、今日の例えは日本の国の予算、公共事業のあり方、こういうふうなものも抜本的に内需拡大にシフトしていくようなことをしないと、予算だってシェアだけ決めた、その増減だけの議論ばっかりやっておってもこれはもう全くナンセンスな話で、やっぱり公共事業だけじゃなくて、中核都市構想といいましょうか三十万都市をさらにつくるとか、そういうことに対する抜本的なニューディール政策的な方向で新社会資本を投下するとか、そういう抜本的な方向でやらないと解決しないんじゃないのか。
 そういうことを基軸に置いて今日の自由貿易の堅持と、そしてアジアあるいはNAFTAを含めての日本の独自外交といいましょうか、そういったことがやはり日本が発揮していく一つの大きな基礎になるのではないかと私は思っておるんですけれども、その点についてはどう考えておられるか。
 まあ先生は三つの問題で解決できると。非経済大国化とか輸出とか、そういうお話をお伺いしたんですが、その点についてどうかということ。
 次に吉田先生には、私も最近考えることがあるんですけれども、一つは、本当に多くの意味で生きがいを失ったんじゃないかと。私どもが小さかったころは大きな道路は全部産業道路でした。家を少し出たところの道路というのは産業道路、どこへ行っても産業道路、多分日本国じゅう産業道路という名前がついたんじゃないかと思うんです。それぐらいに豊かになりたい、家が欲しい、テレビが欲しい、そんなことで走ってきたと思うんです。幸いにして豊かになってしまって、冷戦構造も終わって、私どもは当時はゆとりある社会だとかさまざまな、立場は違いますけれども、そういう生きがいを持ってデモをやったり、そんなことも私ども先頭に立ったりやってきた世代でありますけれども、また逆から申してもそうだろうと思うんです。
 そういう中で今日、国家というのはどういう国家像が大事なのかということも、そういうことに僕は根差しておるんじゃないかと、そんなことを思って仕方がないんですよね。だからといって、今日はやっておるように良寛さんだとかそういうように物質社会を拒否した精神主義、そういう六畳の間で暮らしていく、そういうのが今非常にブームでございますけれども、あるいはまた家族社会ということがブームになったりして、これも一つの過渡期の中で出てくる問題だろうと思うんですけれども、その点。
 先生は最後に生きがいの問題もおっしゃいましたけれども、やっぱりこれは国家論の問題だとかあるいは経済のあり方、高度成長がいいのか低成長がいいのか、あるいはヒューマニズムに生きがいを持つのか、そういうようなことも含めてひとつ教えていただけたらどうかということです。
 もう一つ簡単に申し上げますと、アメリカの人権外交、僕も中国、ロシア、どっちもよく行くんですけれども、中国のあれだけの人口、御飯を食べさせていこうと思えば、やっぱり生存権そのものが人権だという言葉は僕も非常によくわかるような気もします。そこらの点をもう少し上手な解決の方法がないのかどうか、そんなことも少し思います。これは先生のどちらか感想がありましたらお聞かせいただきたい。
 以上です。
○参考人(五十嵐武士君) 国内経済の方は吉田先生にお答えしていただいた方がいいと思いますけれども、細かい政策の効率性だとかそういうことは別にいたしまして、日本の貿易を考えますと、成長率は輸入と結びつき方が非常に弱いんですね。ですから、内需を拡大させても輸入がふえないというような問題が一つあります。
 それからもう一つは、アメリカ側もかなり指摘しておりますし私もそうだと思うんですけれども、例えばこういうことがあります。貿易黒字の収益というのはどこに行っているかとか、円高差益がどうなっているかとか。それが資金としてはあるはずなんですね。ところが、日本は財政規模のGNP比がかなり低い国なんですね。これは国防費が少ないからという理由が一つあります。しかし、逆に言えばソーシャルキャピタル、社会資本が充実していないということがもう歴然としているんです。
 私は大学の関係ですから、アメリカに行っていろいろな大学を訪れたりしますけれども、スタンフォード大学に行ったときに、かなり高齢の先生からこの大学はきれいだろう、公園みたいだろうと、日本の大学は何であんなに汚いんだと言われました。私の大学にもおととし文部大臣や経団連の方たちが見にいらして、驚いて帰っていった。それは実に施設が貧弱なんですね。
 ですから、今までの戦後の発想というのは、恐らく豊かになりたいということで最も効率的にむだのないようにといいますか、コストがかからないように、所得を上げるための発想をしてきたと思います。
 それから、それに見合った成果が貿易黒字として出ていると思うのですが、それが生活が豊かになるように活用されていないというのが現実です。例えば建物一つにしても、こう言ってはあれですけれども、旧制の大学の建物の方が新制の大学の建物に比べてはるかに立派ですね。それで、教養学部に汚い建物があって、昔の一高は何て汚い校舎を使ってたんですかと言ったら、いや、あれは新制の建物だと言っていましたですけれども、バラックに等しいような校舎を使って今までやっていた。
 ですから、内需を喚起するのには、一つは税制の問題がありますし、それから財政の問題がありますし、それから量から質ですね。そういう発想の転換をする必要が非常に大きいんだろうと思います。
 去年、初めてトヨタに伺って、あそこは減益になったと言っていらしたんですけれども、アメリカで車が売れなくなったら日本で売らなきゃいけないという話をされていたので、それはやっぱり道路をつくり直さないと売れないでしょうということをお話ししましたんですけれども。前提条件、例えば輸出品の大半で、中心になっているのは車ですね。だけれども、日本の市場では吸収能力がないわけです。なぜ吸収能力がないかというと、所得がないからじゃなくて恐らく施設が悪い。渋滞で車を運転するぐらいだったら電車に乗った方がいいということになると思いますね。ですから、企業のセンスだけじゃなくてもっと全般的な生活の改善というところまで発想を伸ばして、それの中で環境整備を考えていくということが必要になるのじゃないかと思います。
 それから、不動産の問題がありますから、全国的に見た不動産の有効利用というのを考えていって一極集中の状態を打破しないと、既存の状態のままで考えていてもなかなかうまくいかないんじゃないかという感じがします。
 私は、こんなこと言うと同僚にしかられるから困るんですけれども、大学なんか都会になくたって構わないと言っておるんです。こう言っちゃ失礼ですけれども、国会もなくても構わないんじゃないかと思いますが、そういう意味で資源の有効利用ということをかなり抜本的に考えていかないと、黒字の問題は体質化していますから、既存の枠組みだとうまくいかないんじゃないかと思います。
○参考人(吉田和男君) まず、経常収支黒字の問題ですけれども、今までも何回か抜本対策やってきて、何遍やったってだめなわけですね。だめなものは何遍やったってだめなんですね、結局は。
 考えてみますと、やはり日本経済というのは資本主義経済ですから、政府が何しようと余り関係ないんですね。やはり民間がどう動くかというのがもう最大のポイントであるわけですし、需要の中の大半は民間なわけですね。したがって、民間の経済をどういうふうに変えていくかという問題かと思うのです。
 それは、私、二つあると思いまして、やっぱりアメリカの人たちが日本に来て文句を言うのは何かわかるような気がするんです。結局、一つは規制ですね。やたらと規制が多いというのはやっぱり問題なわけですね。ガットというのは内国民待遇をすればいいということになっていますから日本の国民に対する規制を向こうに適用して、そのままだからいいんだということでは済まされないと思うんです。
 やはり世界的な規制の常識みたいなものがあるわけですから、その水準まで下げないと買えないですよ、物を。以前に金属バットが問題になりましたですけれども、検査をもう一遍するとかなんとか、そんなに言われたら売れないですよね。やはり世界の常識に規制を変えていくと。資本主義社会ですから原則自由である、問題が起こったらどういうふうに処理したらいいかというルールだけを中心にしてですね。しかし、とは言っても情報の非対称性ですね、つくっている者と消費者というのは情報量が違いますから、それをどうやって埋めるかといったようなことを検討していただいて、まず規制を基本的になくすという発想から始めていただく。これをやらない限りもう何も役に立たないですね。何やったってだめだと思うんです。
 それから、もう一つは、非常に厄介な問題なんですが、民間に民間の規制があるわけですね。例えばアメリカですと、だれかが何か向こうに安い物があるというと、必ずだれかが買ってきてはっと売るわけです。日本は業界秩序というのが何かどの業界でも、大体業界秩序なんという日本語自身おかしい話ですけれども、そういうのが常識のように議論されるということ自身おかしいんですね。やはりみんなビビッドな資本主義経済にしていかなきゃいけないわけですから。
 確かに弱肉強食でやるのは問題だと。アメリカのように何でも競争で、何でも強い者が勝つのがいいんだというところまでは私は賛成できませんけれども、と言っても、今度は日本のやり方もやり過ぎなわけですからね。それをやっぱり政府がコントロールするのは非常に難しいことなんです。民間の商慣習なり取引のやり方というのはこれはお互いさまだということでみんなやっているわけですね。これをいかに破壊していくか。要するに、資本主義社会というのは、何か一つの体制があるとそれを壊す人が必ず出てくるわけです。ですから、そういう壊す人を大事にするような、それは政策である程度可能ではないかなというふうに一つ思うわけです。
 それから、生きがいの話ですが、おっしゃられましたように、戦後の日本経済、日本というのが非常にハッピーだったのは、パクス・アメリカーナという国際秩序の中でそれを最大限に利用して、豊かになれば非常にいいことがあるんじゃないかということをもって生きがいにしてきたという側面は非常に大きいと思うんです。また、それがあったからこそこれだけ成長もして、やはり経済成長するということは絶対悪いことじゃありませんから、いい生活する方が悪い生活よりいいには決まっているわけです。しかし問題は、その豊かになった余剰をどういうふうに生かしていくかということですね。
 私は、例えば援助ですとか、努力したものはみんなで分かち合いましょうということも非常に大事ですが、最近やはり忘れられている点が、私二点あると思うんです。一つは文化です。日本の昔、どの辺を昔と言っていいかよくわかりませんけれども、経済水準は決して高くないですけれども、どうも文化水準は高かったように思うわけです。膨大な数の人が俳句をやり、それからもうほとんどの人がお茶、お花ぐらいはやりますし、琴を弾いたりですね。やはり個人が自分の生き方というものを考えていくという姿勢がまず大事だと思うのです。それが文化だというふうに私は思うわけです。そして、むしろ経済というのは基本的には手段である、その手段を使って我々の文化というものを育てるというのがまず大事だと思うわけです。
 それから、もう一つ、ちょっと表現は難しいんですけれども、公というものだと思うのです。
 私の大学なんかにもまさに銀行なんかに勤めていて、物すごい高い給料を放棄して非常に安い講師で、留学生の世話をする担当の講師なんかで来られている方もおられるわけです。また、いろんなところで最近よく聞くわけです、非常に高い給料をほうって公の関係の仕事をやりたいという人は。私はこれは物すごく大事だ思うんです。
 やはり経済的生活というのは、先ほど言いましたように悪いよりいい方がいいに決まっているわけです。しかし、そこに精神活動を伴っていなかったらおもしろくも悲しくもないんです。ですから私は、生き方というものは、一つのベクトルとして自分の価値というものをどういうふうに大事にしていくか、そしてまた社会に対して自分がどういう価値を考えていくことができるか。そういうことを手段として考える場合には教育しかないと思うのですが、それがどういう価値を持たなきゃいけないという押しつけは僕は必要ないと思うのです。大事なことは、自分の価値と、自分が公に対してどういう価値を持っているかということを自分で認識するということかと思うんですが、そういうふうなことは今までややされなさ過ぎたのではないかなというふうに思うわけです。
 最後の人権外交ですが、これは非常に難しい問題だと思うのです。国家というのがなぜ国家であるかというと、共通した倫理観とかあるいは価値観というものがあってそれを普遍化して、実現するために国というのはつくられているわけです。逆に言いますと、国際間で、国家間で価値観や倫理観が違うというのはこれはごく自然なことだと思うんです。しかし、かといってそれは普遍性を持たないものでもないわけでありまして、国家間で仮に倫理観が違うとした場合に、これをどう処理していくかというのは私は非常に難しい問題だと思うのです。
 アメリカの伝統的な考え方というのは、逆に言いますとアメリカというのは存立自身が非常にインターナショナルなものであるわけですから、非常に多種多様な価値観を持った人たちが集まってできた国でありますから、その中でアメリカをつくるということ自身が人権ということに表現できるのではないかなと思うわけであります。ただ、それが今申しましたように、国家間で違うといった場合にこれをどう処理するか、私、現段階ではちょっと答えることができませんが、非常に難しい問題ではあるかなというふうに考える次第です。
○細谷昭雄君 社会党の細谷です。
 きょうはありがとうございました。
 私は二つの質問を基軸にしまして、多少私の意見も加えましてお尋ねしたいと思います。
 二十一世紀というのは一体どういう時代なのか、二十一世紀の理念という点を一つ問題にしなくちゃいけないのじゃないかというふうに思っているわけです。同時に、そういう中から日本の国際協力をどうしたらいいのかということが割り出されなければいけないのじゃないか、こんなふうに思います。
 この二つのテーマについてですが、私自身は二十一世紀の理念というのは二十世紀を反省した上に立っての理念だと思います。これはこの前参議院で国際協力の会議があったんですが、その際にいろいろ議論されたのは、二十一世紀は人類と自然の共生ということが恐らく普遍の理念になるのじゃないのか、こんなふうなことがこの会議でも話し合われました。私もそう思うんです。そういう観点からしますと、問題になってくるのが、今までの二十世紀の、いわば日本に象徴される追いつけ、追い越せ、そして経済大国、こういったことが果たして許されるかというと、これはノーだと思うんです。
 しかし、現実にガットなんかの交渉の中で出てくる問題は、いわゆる先進諸国と言われる経済国はいろいろな点で制約を言うわけです。そして、開発途上国はそれに応じないというようなことが恐らく二十一世紀になりますとますます強くなるのじゃないか。特に今後のガットの主題というのは環境問題だろうというふうに言われておりますので、環境ということになりますと、当然二十一世紀の経済成長は恐らく抑制されざるを得ない。そうした場合に、先進国はいいんですが、果たして五十数億の世界の人口を食わせるために、先ほどお話がございましたとおり、中国その他が今後一〇%以上の経済成長を続けていくとすれば当然これは国際問題になってくるというふうに思うわけです。
 そこで、第二の日本における国際貢献というのは何かという課題を考えてみますと、そういう点で日本の国際協力は、先生方のお話がありましたが、確かに日米の基軸を中心とした国際外交ということになるとは思います。日本の今までの五十年、吉田先生はパクス・アメリカーナというお考えなんですが、それはそれとしても、私たちが貢献するということになりますと、当然、いわゆる開発途上国のそういったいろんな問題、環境からくるところの抑制、そして生活向上をどうするかという、もう生活向上なんというのは、日本は高齢化社会とかいうことで、むしろ福祉だとかそういう点でどんどんあれしているときに、一方では生きることの問題というのが出てくるわけです。先ほど五十嵐先生からお話がありましたが、安全保障の点は軍備の増強じゃなくて相手を信頼させることなんだという観点こそ二十一世紀の理念に合った、しかも日本の進むべき国際協力の方向じゃないのか、こんなふうに私自身は思うわけです。
 私自身は先生方よりも二十年も早く生まれまして、戦争の悲惨さ、そういうのを体験してきたという年代からしますと、そういう理想みたいなものを描くのは当然だと思うんです。クリントンや先生方のような世代、いわゆるベトナム世代というのがそういう点でどういうふうにお考えなのか非常に興味があるし、心配なところがあるんです。
 この点で、どうかその二つの私の質問の基軸について先生方のそれぞれのお考えをお聞かせ願いたいと思います。
○参考人(五十嵐武士君) 二十一世紀がどうなるかというのは、私は二十世紀とは非常に違った世紀になると思うんです。それはそんなに楽観できるかというと余り楽観はできないのじゃないかと思うんですけれども、一つの重要な条件は、人口構成がどうなるかという問題がありまして、現在の人口が、人類が五十三億ぐらいだろうと言われておりますが、統計の推計では二〇五〇年ないし二〇六〇年で大体百億を超えるだろうと言われているんです。ですから、半世紀で人口が倍になる。これは半世紀で倍になるというのはちっともおかしなことじゃありませんで、第二次大戦の後の人口が大体倍になっているのです。ですから、半世紀で倍になるというのはおかしくないのです。ただ、半世紀で倍になったところがどこかという問題がありまして、戦後は先進国の人口の伸びが多いんです。ところが、これからの半世紀の人口の伸びは中国を含めた発展途上国なんです。日本の場合には極端な推計ですと二十一世紀の末に八百万になるだろうという推計まであるぐらいなんですけれども、先進国の人口は低下していき発展途上国の人口が非常に伸びていくのです。
 そうしますと、さっきの人権の問題もそうなんですけれども、二十世紀は大戦の世紀だったんですけれども、逆に言えば西欧的な政治的理念、これは自由主義にしても社会主義にしても共産主義でもそうなんですが、それが全世界に蔓延した時代なのです。それが二十一世紀も続くかどうか。中国はそれに対して挑戦しているわけです。膨大な人口を養うために生存権を認めなければいけないというのは事実なんですけれども、中国がやっている人権の保障が十分かといったらそんなことはないんです。それが現在日本がどういう立場をとらなければいけないかという大問題になるのです。中国は政治犯について人権を認めたくないというのと同時に、それからすべての機関における思想統制をやっている国なんですね。それが問題になるわけです。
 アメリカの人権外交は余りストレートにやり過ぎるのが問題だと思いますけれども、例えば韓国の民主化がなぜ達成されたか、大統領選挙が民間人を含めて行われるようになった契機は何かというと、アメリカのプレッシャーなんですね。ですから、中国に対して人権問題で遠慮する必要は私はないと思います。言っていかなきゃいけないと思うのです。この点は私は中国に限らないと思いますけれども、経済発展したアジア諸国の次の問題というのは世代交代に伴う民主化の要求で国内の政治問題がどうなるかということだと思います。
 人権外交を中国が警戒するのは、若い世代でしかも高等教育を受けた人たちの民主化要求と結びついていって共産党の主導権を保持できない危険が出てくるからなんです。これも世代交代の中で解消し得る可能性は残っていると思いますけれども、ある時期に不安定化を免れない危険があるんじゃないかと思います。今の指導者はソビエト留学組ですから多少違いますけれども、それ以上の世代の人は革命世代ですから毛沢東思想の教育を受けた人たちなんですね。そうしますと、西欧的な価値観で政治が運営されるということをそもそも理解できないところがあるんです。
 ですから、そういうアジア諸国とどういうふうにつき合っていくかという問題がありまして、中国の人の言っていることに、はい、そうですよとうなずいてしまったら、こちらの存在価値がなくなっちゃうという問題にもなっていくわけです。
 ですから、二十一世紀が人類と自然の共生だというのは、発展途上国の比重が大きくなりますから、そういう人たちに地球環境をどうするのかということを説得していかなきゃいけないという問題があります。もちろん先進国がさんざん環境を荒らしておいて今ごろになって何を言うのかという反論はあるわけです。
 だけれども、中国の今の十三億の人口が五十年の間に何億にふえるかわかりません、倍になるかもしれません。そこで日本と同じような工業化をした場合に、日本の環境が守れるかというと守れるはずがないのですね。酸性雨が来るかどうかはわかりませんけれども、恐らくそのレベルの問題よりももっと大きな問題が起きる。それは日本の領空をいかに清浄化しても間に合うような問題じゃないと思います。ですから、やっとODAについても中国側で環境問題にも気を配るということを了承し出してくれたんです。それを説得するために大分年月を要しているわけです。
 ですから、今お話ししたいというのは、人口構成が発展途上国に比重を増していきまして、しかも倍増しできますから、そのときに何をやらなければいけないかという問題で、発展途上国の側に余裕がないというのは明らかなんですね。それをこちらの方でカバーしていかなきゃいけないだろうということが問題になるわけです。ですから、日本の国際協力はもちろんそういうところでいかに警戒態勢をつくっていくかということになると思いますね。それを率先して行えれば、もう既に予算の拠出は決まっているようですけれども、これからの発展途上国の人口増加、それから経済発展に応じた態勢をつくるために日本側が相当な協力をしていかなければいけないということはあるんではないかと思います。
○参考人(吉田和男君) 二十一世紀がまずどういう時代であるかということ、いろんなアイデアは出ているかと思うんですが、まずは二十世紀の反省ということになるかと思うんです。その中で、二十世紀の時代がどういう時代だったか、いろんな切り口があると私は思います。革命とか動乱とか戦争とか、そういうことでイメージづけられることはたくさんありますが、私は一つはやはり過信の時代であったというふうに思うわけです。
 一つは国家に対する過信ですね。何か問題があると、そうするとそれは国が何か解決すれば皆解決するんだというふうな過信があったと思うんですね。特に、社会主義経済体制をつくったのは、資本主義体制はうまくいかない、したがってこれは国の力でまず統御するということをすれば問題がなくなるだろうと、やはりこれは過信だったと私は思うんですね。
 あるいは、科学というものも、これで何でもできるんだと、月にも行きましたし、ほかに何かやりたいことがあれば科学で何でもできるんだと。これはもう過信であったように思うんですね。それから、経済にしてもそうですね。豊かになればこれでもう何でもうまくいくんだというふうな、これも過信だったと思うんですね。
 で、やはり二十一世紀という世紀がもし二十世紀の反省であるとすると、そういった過信からの解放ということになってくるかと思うんですね。過信からの解放といいますと、じゃ一体何なのかということになるわけですが、表現が非常に難しいわけですけれども、いわゆる保守主義の時代と。保守といっても自民党という意味じゃないわけですが、例えばいい自然環境を保守する、これをどういうふうにして守っていくか、これをどういうふうに次の世代に伝えていくか、あるいは私たちが社会に持っている非常に高い価値のものがあるわけですが、芸術とかそういうものをいかにそれを保守していくか。保守というのは大事にどこかの博物館に入れておけばいいというものじゃなくてそれをどう発展させていくかということになるかと思うわけです。
 したがって、メカニズムからいいますと、二十世紀が機械の構造ですね。何か機械仕掛けやっていて、ここが壊れたから部品を取りかえたらいい、あるいは全体がうまく働かないから何か新しい機械を入れたらいいというふうな発想から、もっと生物学的な、先ほど人類と自然の共生というふうなことをおっしゃられましたけれども、生物というのは基本的に共生する、もちろん生物というのは弱肉強食でありますし、また戦いの非常に残酷な面も同時に持っているわけですね。持っているわけですが、同時にそれは自然な調和を求めていこうとする、自然とかあるいは文化とかいったものを保守していこうとする力があるんではないかなと思うわけです。
 ですから、いわゆる宗教戦争みたいなのがこれからも結構あるんじゃないかと思いますし、私は戦争というものがなくなるとは、何千年もやってきたやつが急になくなるというようなことは絶対信用しませんから、これはどうやって抑えていったらいいかということは別途考えなきゃいけないわけですが、しかし社会全体のあり方としてもうちょっと生物学的なメカニズムをイメージするようなものになるんではないかなと。こっちの主義が正しい、これでやればみんなうまくいく、だからあっちの連中をたたきつぶすんだというふうな機械論的な議論というものからの解放という時代になっていくであろうし、なっていくべきではないかなというふうに私は考えます。
 先ほど世界秩序ということでパクス・アメリカーナの話をさせていただきましたが、パクス・アメリカーナというのは、まさに今申しました非常にメカニックな、機械論的な、あるいは過信の世界であったように私には思えてならないんです。ですから、パクス・アメリカーナが徐々に衰退していくというのは、これは先ほど申しましたように、パクス・アメリカーナに内在するメカニズムによってそういうふうに変化しているというふうに思うわけでありますが、その後に出てくるものは、ああいったような巨大な体系があって何か力で全体を押さえつけてやるというやり方から、もうちょっと分散的で、特に個々のいろんな集団とかあるいは国とかいったものがみずからの価値を保存しよう、保守しよう、自然とか文化とかいうのを保守しようとする、そういう競争の社会になっていくというふうに楽観をしております。
○荒木清寛君 公明党の荒木でございます。
 ちょっと個別的な問題を二点両先生にお聞きしたいんですけれども、五十嵐先生の事前にお配りいただきました論文を読ませていただきまして、エコノミストなんですけれども、軍事的な国際貢献については憲法との関係もあるから慎重にすべきだというお話で、私も基本的にはそうだと思うんです。いわゆる国連の安全保障理事会の常任理事国入りの問題がありますけれども、私はむしろ日本もそういうところに入っていきまして軍事面でない貢献といいますか、具体的には経済力というものを行使して貧困の解決であるとか、あるいはそういうことを通しての信頼感の醸成という分野でリーダーシップが十分とれるんではないかというふうに考えているわけなんですけれども、その点につきまして先生の御意見をお伺いしたいと思います。
 吉田先生は先ほど日米安保条約の問題をお話しされまして、片務性である、それが日米間の相互につきましてぎくしゃくする関係の要因になっているという御指摘であったと思います。
 ただ、日米安保条約といいますのは、これからも安全保障面だけではなくトータルの日米関係の基軸をなしていくということは厳然たる事実だと思うんですけれども、この条約の望ましいあり方といいますか、そういうことにつきまして先生のイメージがあればお聞かせ願いたいと思います。
 以上です。
○参考人(五十嵐武士君) 安全保障理事会の常任理事国になるのがいいかどうかというのは非常に大きな問題だろうと思います。
 私は、なった方が日本が国際社会に対して責任を負う、そうした責任感が出るだろうという意見には賛成します。しかし、安全保障理事会の常任理事国になって軍事的な責任、役割を担わないということが果たしてできるかというのには非常に疑問を持ちます。
 というのは、二十世紀は大戦の世紀だと言われまして、二十一世紀は恐らく大戦の世紀でなくなる可能性は十分あると思います。しかし、現在のボスニア等の民族紛争、地域紛争と言われるようなたぐいのものは全くなくすことができるかといったら、できないんじゃないかと思います。ですから、大国間の戦争にはならないかもしれませんけれども、国際的な警察機能・活動というのはやはり重要性を残すんではないかと思います。それが小規模なレベルでとどまればいいんですけれども、湾岸戦争規模の地域紛争は起こらないでほしいと思っておりますけれども、あの規模の紛争が起きたときに全く軍事的な役割を担わないで済むかといえば、非常に難しい問題になるんじゃないかと思います。
 というのは、国連の方が圧倒的な優位を保てるという保証がない場合に、派遣する国と派遣しない国の責任の問題というのはどうしても出てこざるを得ない。そこまで責任を負うという覚悟であればいいわけですけれども、そこはできないと言うのは非常に難しくなるんじゃないかと思います。
 それから、人口問題、環境問題についての積極的な役割を担うべきだというのは、私は先ほども申しましたように、日本が果たすべき役割ですし、現在の日本の憲法のもとでも十分それはできると思います。しかし、それは常任理事国にならなくても国連の活動の一環として十分できることで、例えば明石さんのような非常に有能な人材が国連にいれば国連の主導のもとで行うということもできますし、明石さんの場合にはそれこそ軍事的な機能まで日本人でありながら担っているということになると思います。
 ですから、外務省の方には申しわけないんですけれども、そうした公的な地位がなくても、やろうと思えば機関がもう既にありますし、その中でむしろ日本がなぜ貢献できないかといえば、そういう機関を担う人間がいないからです。
 これは、きょうはお話しできなかったことにもかかわるわけですが、国際的な役割を担おうと思えば何をしなければいけないかといえば、担い得る人間がいないといけない。お金を出しただけのものがなぜ評価されないかというと、日本人が中心になって必ずしも使っていないからです。そういう人材がなぜ出てこないかといえば、日本の高等教育が十分それに見合っただけの人材の養成をしていないからです。
 国際機関にいろんな人たちが行っていますけれども、みんな東京を向いて仕事をしているわけです。その国際機関で骨を埋めようとするだけの人材が行っていないからです。むしろ、明石さんのように日本に戻ってこようなんという気持ちがなくて国際機関に入った人たちの方が生き延びたわけです。現在の国際機関の中で主流をなしているような人たちというのは、国から送られたトップレベルは別ですけれども、インド人であるとかパキスタン人であるとか、あるいは一昔前の韓国人であるとか、自分の国に行って十分な地位があるとは思っていなかった人たちですね。そういう人たちが中核を今形成しているわけです。
 ですから、もっとやはり人材を育成するような教育をしなければいけませんし、そのためにはそれぞれの国の事情に通じた専門家を養っていかなければいけない。今の官僚機構の人事のように、三年たつと今までと違う仕事をやるというような、管理職養成のような人材養成をやっているんじゃ通用しないわけですね。そのためには非常にお金もかかりますのですけれども、そういう人が育成できれば、十年単位で考えれば十分成果は出ると思います。
 大学に入った人間を大学院で、どこで教育させるか、何を専門にしてどういう専門家にしようか、あるいは各官庁が、ODAならODA、国際関係なら国際関係でいいんですが、専門家をいかに養成するか、そしてその人たちの将来の職まで考えて、どうする、どういう待遇を行うのかというプランをつくられて育成を始められれば、十年で三十代になったら相当なレベルの活躍のできる人が出てくるんじゃないかと思います。先ほど言いましたけれども、そういうコストを払っていないわけです、たまたま優秀な人がいたからよかったというような形で今まで日本は運営してきていますから。これから国際的にもっと活躍しようと思いますと、そういうすそ野を育成するといいますか、そういうことから始めた方がいいんじゃないかと思います。
 特に二十一世紀を目指して考えるんですと、今から準備をすれば七年たてばある程度の成果は出るわけです。だけれども、何にもしないで西暦二〇〇一年を迎えて何をやろうかといっても、手足がなければ動かないわけです。
 ですから、特に現在二十一世紀を考えられるのもいいと思いますけれど、そういう中期的なステップをどうやって踏みながら、その時点で何をやろうかという発想のもとにお考えいただいた方が――その時点で準備もなくて速攻的に何をやろうかといっても、例えばODAのケースなんかもそうなんですけれども、日本がお金を出して現在何をやろうかといっても、プロジェクトファインディングと言いますけれども、プロジェクトを見つけるところで物すごい問題があるわけです。専門家がいないわけです。しかも、タイドじゃいけないと言われたものですから、日本の商社やなんかの人たちが関与するのも嫌だと言ってやめ出したわけです。そうしますと、民間にも人がいない。省庁にも人がいない。しかし要請主義だから自分でプロジェクトをつくってやろうということはできない。相手国で持ってこないと手続に乗らないということになります。
 だから、非常に不合理な制度で、しかも予算だけふえていくわけです。使う体制がないのに予算がふえるときというのは、金がなくて困っているときと同じように非常に不自由なんですね。その結果、問題を起こしてしまうということにもなりかねない。ですから、もう少し、余裕ができたんですから十年ぐらいの幅を見て、そのときにやろうとすることを決めて、そのために何が必要なのかというステップを考える必要があるんじゃないかと思います。
○参考人(吉田和男君) まず、私最初に申し上げたいのは、軍事力というのを私はもうちょっと正確に見詰める必要があると思うんです。戦後の日本に軍事力のサービスは国内からはなかった、なかったというか非常にローレベルであったわけですね。いわば軍事に関する協力もしたことが、解釈次第ではPKOはそうなのかもしれませんが、ともかく国内の自衛隊も水準は低いわけですし、これはローレベルで済んでいたわけです。ずっとそれできたわけです。だから、日本には軍事力のプレゼンスがなかったのかといいますと、そんなことは全然ないわけですね。これは、アメリカがそれを肩がわりしていたにすぎないわけで、なかったわけじゃないんです。
 世界の平和を維持するために軍事力が必要であるということは、これもまた歴然たる事実であるわけでして、ボスニア・ヘルツェゴビナで少なくとも兵力引き離しとか何かをさせようとするときに、何にもなしで引き離されることは不可能です。その事実としてあることは認めなきゃいけない。その中で日本が、どうして日本だけがそのサービスの供給をしなくていいというふうに言えるのか、これは僕はあり得ないと思うんです。
 大体、国連自身だって国連憲章の中にそういうふうなサービスをしなさいという義務規定もあるわけです。もちろん国連憲章で国際法ですから、直ちに政府に対してオブリゲーションを引き起こすものではありませんけれども、しかしそれは事実としてある。その事実をどういう形で分担していかなきゃいけないかを考えるときに、私の国はもう一切そういうことはやりませんということは私は不可能だと思うんです。なぜ今まで可能であったかというと、アメリカが肩がわりしてくれていただけなわけです。アメリカはもう既に先ほど申しましたようにだんだん手を引いていく。そのときにどうするか。夜警団を出したいと。うちは家訓で暴力的なことをやってはいけないから夜警団には出ないんだというふうなことでは済まないということです。
 安全保障理事会の問題、例えば今の段階で安保理事会に入るということは、これはやはり五十嵐先生の御指摘もありますけれども非常に難しい面がたくさんありますね。これをどういうふうに考えていくか。今が難しいからそういうところには入らない方がいいんだという判断が一つです。それからもう一つは、二十一世紀に向かって我々がやらなきゃいけないことは何かというところから考えて逆にスケジュールを立てて、どういうふうにそれに対応していくかというやり方です。
 やはり戦後の日本というのは、今の状況に対して考えるというやり方をやり過ぎたと思うんです。安全保障条約の中でアメリカが日本の軍事力サービスに関することを全部代替してくれている。そうしたらやる必要がないわけですね。必要がないときにやろうということは意味がないわけですから、そういうもののずっと積み重ねをし続けてきたわけです。先ほども申しましたけれども、アメリカが、何といいますか国際公共財の供給をするのに意欲も低下し能力も低下しているという、これもまた事実なわけでありますから、それをいかに我々補っていくか。また、先ほども申しましたけれども、日本というものが日本人として日本として世界の中で何をしていくかということを同時に考えるということをするときに、軍事力だけは全然問題外よというわけには私はいかないと思います。
 望ましいことは、軍事力がゼロになればそれは望ましいというふうなことが言えるかもしれないです。しかし、仮に軍事力がゼロになりますと、ごく小さな軍事力を持ったところが支配してしまうんですね。これは非常に危険なことなわけです。ですから、望ましい体制というのは、できるだけローレベルの低い水準の軍事力を持って、お互いの軍事力を利用し合うということが必要になってくるわけです。国連というのもそういう発想ですし、今の地域的な安全保障のあり方というのはみんなそういうことになるわけです。お互いにむだな戦車や大砲なんて持ったってしょうがないですから、できるだけ持たないようにしよう、できるだけローレベルにして、ローレベルにしたら対応できない場合にはお互いに共通して利用していこうという発想なわけです。そのときに、日本だけは一切何もしませんよということは私は不可能だと思うんです。
 ですから、私は、先ほど御質問のあった安保条約の片務性の問題に関しましても、やはり私たちは事実としてあるものに目をつぶってはいけないというふうに思うわけです。嫌なことでも、これはお互いさまだから少しずつ我慢して持っていこうやないかということはやらざるを得ないというふうに私は思うわけです。
 したがって、安保条約も少なくとも文言上も片務性のあるようなことはやっぱりやめておいた方がいいですし、安保条約というのは読んでいると何となく惨めになってくるわけです。ともかく国連の安保体制が確立するまでの問題だなんというのは、何か人から守ってもらうということが大前提になっているわけですね。やはり我々どうしても避けれないことがあるんだということは、これはもうやむを得ないというふうにまず達観するところから議論を始めるべきではないかなというふうに思うわけです。その中でできるだけ紛争が起こらないように、不要な軍事力を持たないように、できるだけむだはやめてお互いの協力で安定を図ろうというふうなシステムとしてどういうのがいいのかということを議論していくべきではないかなと私は思うんです。
○中西珠子君 公明党・国民会議の中西でございますが、きょうは五十嵐先生、吉田先生、お忙しい中をおいでいただきまして貴重な御意見を伺いまして、本当にありがとうございました。
 五十嵐先生が二十一世紀の対外政策に関しまして、日米基軸方針を再検討して多国間主義への移行というものは絶対に必要であるというお話でございまして、私も全くそのとおりだと思うんでございますが、私がお聞きしたいと思っていたことは、国連との関連をどのようにお考えでいらっしゃいますかと。殊に常任理事国入りということが取りざたされている中で国連との関連をどのようにお考えでいらっしゃいますかということをお聞きしたいと思っておりましたら、同僚議員がお聞きいたしまして、私が考えているようなお答えをちょうだいしたものですから大変感激しているわけでございます。
 それから、私ごとになって大変恐縮でございますけれども、本当に日本では、国際的に活躍のできる人、国際的な役割を担う人間、また国連のような機関その他の専門機関でも働く人が余りにも少ないので、私は津田塾大学の理事それから津田塾会の理事長をしておりますときに津田国際研修センターというのをつくりまして、一生懸命になって国際公務員の養成それから専門家の養成を心がけたんでございますけれども、大変難しい、本当に小さな私立学校などができることではないということをつくづく感じました。それで、数十名の人を確かに国連に送り出すことができまして、いまだに働いている人もいますし、殉職してしまったような人もおりますんでございますけれども。
 こういう国際機関でまたいろんな分野で国際的に活躍のできる人材の養成というのは本当に国家的な事業としてやっていただきたい。殊に東京大学、京都大学のような国立大学の教授の先生方に音頭をとっていただきまして、そして本当に国家的な事業として予算をうんとかけてやらないと、二十一世紀に向かって日本が国際的な貢献がいかにできるか、また国際的な日本の価値というものをいかに高めていくかということはもう人材の育成にかかっていると思うんでございますよね。それでもう本当に私は失望いたしまして、参議院に参りまして何とかこういう方面でも少しでもお力になれればと思ってやってきたわけでございます。
 本当に日本の将来を担う人材の育成、国際的に活躍のできる人材の育成、日本の立場をどんどん言うことができて多国間の代表をやはり説得もできる、そういった人間ができる必要が非常にもう日本としては急務なのではないかと思っておりますので、ぜひ先生方ただいまお話しになりましたようなことをあちらこちらでおっしゃっていただきまして、私も縁の下の力持ちになり、本当に微力でございますけれどもお手伝いをさせていただきたいと思っております、応援をさせていただきたいと思っておりますので、ぜひやっていただきたいと思います。
 私はODAにも大変関心がございますものですから、吉田先生が途上国問題、援助の必要性に関連していろいろお話しになったこと、それから五十嵐先生がお話しになりましたことも非常に関心を持ってお聞きしたわけでございます。
 吉田先生に一つお伺いしたいことは、「冷戦後の世界政治経済」という御著書の中で、途上国への援助政策というものはとにかく援助経済から途上国がいち早く脱却できるようなそういう政策を柱に行われるべきであるとおっしゃっているわけですね。これはマクロ経済的な視野からおっしゃっていて、全くごもっともなお話なんでございますけれども、一国が経済発展する問題ばかりでなく、今五十嵐先生から御指摘のあったような平和とか人権とか環境というグローバルなイシュー、これは一種のトランスナショナルなイシューで世界的な取り組みが必要なわけでございますけれども、そういうものの解決に向かってはやはりもっとミクロ的な、それから社会的な、また人道的な立場というふうなものからの援助も必要ではないかと思うわけでございますが、それをどのように組み合わせていくかということが大変難しい問題だと思うんでございますけれども、先生方どのようにお考えでいらっしゃいますか、御意見を賜りたいと思います。
○参考人(吉田和男君) まず、ODA予算の中で、日本のODA予算というのは私は世界でやっぱり特質的だと思いますのは、行政経費が少ないんですね。日本は行政経費が多くなるとすぐ怒られるわけですね、事務費を減らせと。多いもので言いますと、いわゆるとんから的なところが多くなる。特に途上国、要請主義ですから基本的には余りお金がかからない、行政経費がかからないというところがあるわけです。こちらから行って積極的に何か研究して調べて、それに対して何かプランをつくって、それでそれを支えていこうということではありませんから。
 しかし、要請主義でやるのにも、先ほど五十嵐先生も限界というお話をされていましたけれども、限界が大きい。そのためにはODAの中でやっぱり行政経費をふやしていく、つまり専門家をもっと養成するということは非常に大事なことだと思いまして、私もそれなりに努力はしているわけですが、やはり一朝一夕にできないんですね、専門家というふうなものは。鶏と卵ですけれども、そういう需要がなかったらだれもやろうと思いませんし、体制を変えてそういうふうにしようと思ってもそういう人材がいなかったらできない。これは鶏と卵でいつまでたってもできないというふうな話になってしまう。
 ですから、やはり私は、政策的に判断する場合には少々アンバランスでもそういうところに集中的に資源を投下するということが大事ではないかなというふうに考えています。
 それから、御指摘の点ですが、援助の問題というのは常に包括的な問題でいろんな問題を含んでいるわけです。
 それで、例えば人道的援助ということで、でも、援助というのはやはり非常に怖いということを私思うんです。例えばアメリカがよくやりました農産物の援助です。これ、餓死している人がたくさんいるわけですから、そこに人道的に援助するというのは物すごく大事なことですし、やらなきゃいけないんです。やりますと、そこの食糧関係の輸出入構造を変えてしまうんです。また、同時につくっている人にとってみればそれだけ需要がとられるわけですから、農業生産組織を破壊してしまったりすることもあり得るわけなんですね。
 ですから、そういう意味で、援助というのも人道援助という場合でもそういうのも十分配慮して、配慮したってやるかやらないか二つに一つですからなかなか難しいんですけれども、そういったことを考慮していろいろやる必要があるんではないか。
 やはり基本は援助される国がひとり立ちすると。ひとり立ちすればもう人道援助も必要ないわけですから、餓死する人はなくなるわけですから。ともかく、アメリカがあれほど膨大なお金を使って必ずしもすべて成功していない。経済を自立させることにどこまで援助が使われたのか、私個々に調べたわけではありませんので言えませんが、ともかくひとり立ちする、経済的にひとり立ちするということは非常に重要なことではないかなというふうに考えるわけです。
○大木浩君 最初に吉田先生にお伺いするんですが、経済学部教授であり、かつ大蔵の官僚もしておられたんで、その両方の御経験をひとつ念頭に置いて御質問するんですが。
 先ほどからのお話で、日本の対外的な貢献で国連とか、自衛隊という言葉をお使いになったかどうか忘れましたけれども、そっちの方はもちろんいろいろあるんですが、それをちょっと横へ置いておいて、経済の面で黒字解消、解消というか黒字減らしかなかなかできないんですが、じゃどういうことをやったら目に見えるようなことができるか、経済の面で。例えば大蔵省あるいは政府がこういうことをやったらできる、あるいは民間の金をこういうこと、政府が例えば税制措置をとったらこういうことができるじゃないかというようなことで、できるだけちょっと具体的に、例示的でもいいんですけれども、ひとつ教えていただきたいというのがこれが一つ。
 それから、五十嵐先生には、先ほど国連協力でやっぱり人材が必要だということをおっしゃいまして、私も実は外務省にしばらくおったんですけれども、なかなか今の日本で外務省でさえ国連へぽっと持っていって使える人がどれだけいるかというと非常に限界があるというような感じを持っておるんです。先生は大学の先生ですからあえてお伺いしますけれども、どういうことをしたらそういう人材が出てくるかということですね。それについて実は先日もこの調査会で私ちょっと質問したんですが、最近は東大あたりでも英語教育を非常に一生懸命やっておられるようですけれども、私の知っている限りでは、毎年外務省の研修所へ入ってくる人の英語の試験をしていますと、必ずしもこの十年間そんなに目立ってよくなっていないんです。
 ですから、言葉ばかりじゃございませんけれども、そういう人材養成についてどういうことが考えられるか、この二つをそれぞれの先生からひとつお伺いしたいと思います。
○参考人(吉田和男君) まず黒字解消の問題ですが、大体黒字がずっと長い間続くというのはやっぱり不自然なんですね。それは一般的にはなかなか過去もそんなにないんですね、どこの国もまあアメリカなんかが長期的に黒字が続いたときもありますが。なぜかといいますと、やっぱり為替レートが調節するというのはごく自然なことなわけです。黒字がどんどんたまれば、これをほかに積極的に運用すれば為替レートは上がりませんけれども、運用のスピードが遅いとこれは上がっていくわけですね。円が高くなれば輸出が抑えられて輸入がふえるというのが教科書的な常識になるわけです。
 ところが、日本でどうしてそうならないかというところにやっぱり問題があるかと思うわけです。
 まず、輸出が減らない方は、これは非常に日本型経営システムというものに依存していると私は思うんです。日本型経営システムというのは、これはどうしても従業員の首を切れない。従業員の首を切れないから生産の規模を落とせない。そうすると円高になって何をするかというと、みんなで頑張って合理化をするわけです。合理化をしてしまえばレートが高い中でも輸出ができるようになるわけですから輸出が基本的に減らないわけですね。物すごい矛盾なんです。
 今度、輸入する方ですね。じゃ、輸入がふえればいいじゃないかということになるわけですが、輸入がふえるとどこかの日本の産業が倒れるわけです。それはもう当たり前の話なわけですね。そうすると倒れちゃ大変だというわけでみんなで支えるわけです。そうすると輸入がふえないわけですね。また黒字がたまってまた円高が進む。何か非常に矛盾したことをずっと繰り返しているように、やや雑な議論で申しわけないんですが、大ざっぱに考えますと。
 そうしますと、やはり根本には日本の経済に対する態度ですね。先ほど申しましたように、規制とか、あるいは民間の間で輸入をふやしたらこっちが倒れるからやめておこうとか、そういうふうなことをある意味でもっと――企業経営というのは、ただ、従業員の首を切れないという日本型経営システムの根幹みたいなところをどう調整していくかという問題は残るわけです。しかし、かといってそれを余りにも重要視し過ぎるために規制を残し、そしていろんな一種の民間での規制みたいなもの、そういうものを残し、やっていくと矛盾がどんどん大きくなるだけですから、やっぱりそこは大英断をして規制は国際的な常識並みにする。それから、民間でのそういった取引を制限するような動きはできるだけ排除するということがないと経済のシステムが動かないわけです。だから、私はそこが大事ではないかなと思います。
 それで、そこをやらないと公共投資を幾らふやしたってもう何遍やってもだめなわけです。次やったらあれはツーレートでツースモールだ、規模が小さいからだめなんだということを何遍も言ってきて、あれだけやってあれだけの規模をツースモールと言うのは、私は何をもってスモールと言うのかよくわからないんですよね。ですから、やっぱり根幹から考えていく必要があるというふうに私は思います。そこをまず何とか解決していかなきゃいけないし、それはやはり私は政治のリーダーシップというのも重要だと思います。
 規制緩和というのは、規制があることによって利益を受ける人は規制緩和によって必ず不利益になるわけですから、その人たちが反対するのは当たり前です。反対があるからできないというのでは何もできないということになります。むしろ私は、反対があるからできないというのはこれは政治家がサボっている以外の何物でもないと思うわけです。
 それから先ほどの、若い人がどういうふうにそういった国際社会で活躍できるかですけれども、私の学生なんかにも国連に入りたいといって今度大学院へ行く学生もおりますが、やはり何といってもそういうふうなことをするのが大事であるということをまず認識するということが大事だと思うんです。
 すなわち、語学なり専門知識なり、これももちろん大事ですが、それ以上にやっぱり志ですね。志をいかに持ってもらうか。日本のようにこれだけ若い人が安泰に豊かな生活をしている中から、何か志を持とうと思ってもこれはなかなか難しい面があると思うんです。
 さらに、先ほどの日本型経営システムじゃありませんけれども、日本の会社システムというのは入社がおくれたら絶対に不利になるわけですね。ですから、企業の中でちょっと国際協力事業団に入って手伝おうかと思っても会社の中でそういう仕事をすると不利になる。そこを何とかいろいろバイパスを考えて、その人たちが社会で十分保障される、保障といいますとお金だけ上げればいいというわけじゃないんですが、そういった活躍の場の道筋をつくってやるということも大事だというふうに私は思うわけです。
 ともかく、日本という国の中でいろんな一流会社に入って、一流の会社の中で給料をもらって豊かな生活をするということだけが人生ではないということですね。先ほども申しましたが、公というものをもっと考える教育というのが根幹にないとだめじゃないかなというふうな気がするわけです。
○参考人(五十嵐武士君) 人材の養成は、日本の人材の養成の仕方とアメリカの人材の養成の仕方は全然違うんですね。
 日本の人材の養成の仕方というのは、終身雇用とも結びつきますけれども、少数精鋭主義なんですね。ですから、入り口を狭くしておいてその時点で質のいい人を獲得しようという方法をとるわけです。
 アメリカの方はどういうことかというと、アメリカは英語で言いますとウエストフルリソーセスと言いまして資源浪費型なんですね。それはどういうリクルートの仕方かというとオーディション型なんです。必要なポジションに応募させて適切な人間を採る。
 私はこれは驚きましたけれども、子供が中学校はアメリカへ行っておりまして、バスケットをやりまして、バスケットのチームが新学期に編成されるわけです。そのときに何をやるかというとオーディションをやるわけです。日本のチームというのは、うちの子供のあれは驚きましたけれども、高等学校でやっていましたら、入った時点から正月四日と夏休み一週間ぐらいしか休みがないわけです。もうのべつ幕なしに練習試合や何かをやるというトレーニングの仕方ですね。
 だから、志のある人ないし少数精鋭で初めに採った人間をいかに生かすかという教育をするわけです。ところが、アメリカの場合には、今お話ししましたようにオーディション型ですから、ある時点で能力のある人間を採ってチームをつくって試合をさせればいいという発想なわけですね。ですから、一種の二段階なんですね。人材養成をやるところと採用するところは別だというシステムをつくっていくわけですね。
 人材養成は恐らくこれから、しかも今までない職種で人材を考えなきゃいけないとすれば、短期的なやり方に中期的なやり方を組み合わせていくという問題になると思います。短期的なやり方というのはオーディション型になると思いますね。ですから、必要な職種に経験のある人でやりたいと思う人を募集すると。現在のような不況のときはチャンスだと思うんですけれども、能力がありながらある組織では必要でなくなった人がいるわけですね。ところが、その人は海外での駐在経験があって、例えばODAやなんかのプロジェクトを見つけるのにもそれなりの能力があるかもしれません。ところが、日本のような企業社会では、一たん所属企業から抜けちゃいますと再就職できれば幸運だという形になって、能力があっても生かされないわけですね。もちろん即戦力にならないかもしれないということであれば二、三カ月研修するとか、そういう必要はあると思いますけれども、短期的には恐らくそうだろうと思うんです。
 私は、外務省の定員は倍増しても足りないぐらいだと思っているんです。なぜきちんとした外交ができないかというと、こんなことを言ったらしかられますけれども、忙し過ぎるんですね。私は、おととしの十一月にある会で小和田雅子さんと夕食を食べていましたら、そしたら彼女は夕食が終わった後で、これから本省へ戻ると言っていましたですね。二十四時間違う時差の中で勤務をしようとすれば、夜中まで働かなきゃいけない。湾岸のときはもうすり減るように皆さん働いたわけですね。それでもやった成果がけしからぬといって批判されたわけです。彼らに言わせると頭なんか使っている暇がないと言っていましたけれども、それぐらい人材が定員で縛られて余裕がないわけですから、毎年定員で決まっている人間で業務を処理しなければいけないといった体制をつくっているんですね。業務に応じた人を張りつけているという発想とは違うわけですね。
○大木浩君 吉田先生、先ほど私ちょっと一つ、民間の金を引き出すために何か税制上の優遇措置とか、それが何か考えられないかということも、もしお知恵がありましたら。
○参考人(吉田和男君) 税制というのは、私は基本的に政策税制というのは反対なんです。ですから、余りいいサジェスチョンにはならないかと思うんですが、簡単なことを言いますと、昔輸出補助金というのを税制でやったことがあるわけですね。例えば海外市場開拓準備金とか、それから輸出産業については償却を割り増しするとか、何かいろいろなことをやりました。あれの逆をやればそれこそ輸入がふえるわけですから、外国の商品を買えば税金が安くなるという政策というのは、全く否定はいたしませんが、どうも税というのを勉強してきた筋からいいますと、税というのはできるだけ経済をゆがめない方がいい。税というのは怖いものでして、税というのは変化しない方がいいという側面があるわけですね。人々はその税体系をにらみながら自分で仕事をしているわけですから、これが全く突然変えられるということになると、これは不適当なわけですね。
 しかし、今度政策税制でやってしまいますと、その目的が終わったときにそれをやめることができるかというと、非常に難しいですね、これもまた、難しいですし、やるのも適当でないということになるかもしれない。
   〔会長退席、理事大木浩君着席〕
  租税特別措置法というのは大体サンセットになっていますが、サンセットというのはなかなかできない。税というのは民間の経済行動を覇絆するものですから、民間の経済行動というのは変わりますから、余りそれを税制によっていらおうというのは、私は賛成しかねるんです。
○上田耕一郎君 日本共産党の上田でございます。きょうはありがとうございました。
 五十嵐先生は日米基軸方針の相対化という言葉で、また吉田先生はパクス・アメリカーナにどっぷりつかった状態から脱却という言葉で、日本に本当の意味での自主性を求められていて、私もまさにこれは核心だと思うんですね。
 その問題に関連して三つ両先生にお伺いしたいんですが、第一は非核、非同盟の問題です。
 吉田先生は、戦後の米ソ対決の大きな原因に核兵器を挙げられて、核兵器を持つ大国と核兵器を持たない国が軍事同盟を結ぶ傾向について触れられました。ソ連がなくなって、核軍縮、軍縮が大きな問題になっているんですけれども、今度の北鮮問題に示されているように、NPTの問題が大問題になっていますね。
 先日、日経の「経済教室」でアメリカの専門研究者が、日本がこのNPTの無期限延長に賛成していることを厳しく批判して、唯一の被爆国の日本は核兵器をなくす段階的案を提起して、そういう態度をとるべきだということを書かれていて、大変私はやっぱりアメリカの研究者にもこういう人がいるかと思って賛成したんですけれども、今のNPT、これを無期限延長というと、五つの核兵器を持っている国がいつまでも独占する、ほかの国は持つなというのはやはり無理があると思うんです。
 そういう意味では、先ほど二十一世紀は二十世紀の反省の世紀だと言われたんだが、やっぱり核の問題がこれだけ大きな問題を引き起こした二十世紀の教訓から、非核の世界を目指す先頭に日本は立つことが自主性という意味で大事なんじゃないかと思うんですね。同時に、非核を本当に実現するためには、やっぱり軍事同盟もなくさないと無理だろうと思うんです。核軍事同盟がNATO対ワルシャワ条約機構という対決をした結果、核の対決があれだけになっていったわけですから。
 二十世紀に二つの世界大戦があって、国際連盟も国際連合もやっぱり軍事同盟の対決が大戦の大きな原因だというのでなくす方向を目指したんですね。ところが、国連をつくるときに、サンフランシスコ会議のときに最後に五十一条が入って、当時国連大使だったダレスは著書で五十一条に非常に大きな意義を認めていたんですが、やっぱりそういう問題がありますだけに、二十一世紀は二十世紀の反省として軍事同盟と核に対する過信からも抜け出していくために、非核、非同盟を目指すべきじゃないか。そうしますと、吉田先生の言われた安保条約の片務化のもし双務化をお考えになるとすると、これは本格的軍事同盟化になるので、これは問題ではないかというふうに思うんですね。これが第一の問題です。
 二番目は対米黒字の問題なんですが、五十嵐先生は自動車産業の状況を見るとほっておいてもとおっしゃったかな、だんだん対米黒字なくなっていくだろうということもおっしゃったように思いますし、吉田先生のいただいたこの著書を拝見すると、高齢化で貯蓄率が下落して、西暦二〇〇〇年には貯蓄不足の経済になるとおっしゃっておりますし、日本側の問題としては、いつまでも続くものではないということはやっぱりあると思うんですね。
 ところが、それを今まで日米間の、政府間の協議でいろんなことをやってきて余り役に立たなかったと。九〇年の日米構造協議については、アメリカの通商代表部の次席が、あの当時、主権国家としてはこんな合意はかつてなかった、極めて異例なケースだということを書いているほどで、今度また数値目標というので強引なものを押しつけられていると。
 そういう押しつけられている状況から抜け出すためには、我々は、例えばアメリカ側の財政赤字、特に軍事費、これの削減を日本としてはもっと要望をする必要があるんじゃないかと思うんです。ラロック元海軍提督が所長をやっている国防情報センターが九三年第三号の雑誌で、九四年度軍事費、クリントンが提案した二千七百八十億ドルは実際の支出ベースでの比較ではブッシュ政権時代の計画よりわずか二十億ドル少ないだけだ、まだまだかなり多いという批判も発表しているぐらいなので、日本としては、アメリカの言うことを聞いたりノーと言ったりするだけじゃなくて、アメリカ側の問題点、これはもっと公然と事実も述べて、突きつけて、批判していくことが軍縮の時代をつくり上げていく上でも大事なんじゃないだろうかというふうに我々思っているんですけれども、それが二番目の問題でございます。
 それから、三番目はODAの問題で、この調査会もそれからその前の委員会時代もこのODA問題はかなり本気で取り組みまして、参議院としてかなり本格的な決議を全党一致でつくったこともあるんですね。そのときのいろいろな審議のときに、きょう両先生のお話に出た要請主義の問題も、JICAの理事なんかも来ていろいろ質疑したこともあるんですけれども、結局、要請主義とは言うんだけれども、日本の商社やコンサルタントが現地に行って、それで日本のコンサルタントや商社が大体テーマを見つけて向こうの政府が要請するという実態がかなり多いということが審議の中でも出てきたんですね。
 この要請主義をどう直していくかということは、両先生具体的な御提言もなさっておられますし、五十嵐先生は、相手が気がつかない点まで考えてあげるということをおっしゃっていて、本当にその国の自主的な経済発展を助けられるようなものと、それから吉田先生の論文を拝見すると、例えば一部は向こうの国自身も資本を持つというような自主性のやり方なども提案されておられるんだけれども、そういうふうに気づかないところまでの援助ということになるとかなり各国状況を調べなきゃなりませんよね。
 今度、私たちこの調査会で委員派遣で北九州のJICAの国際協力センターや広島大学でいろんなお話を聞いて、かなり研修生やなんかも日本に来ているし、各国の状況をつかめるデータはあるんじゃないかと。アジア経済研究所なんかもかなり調べていますしね。先ほど専門家ももっと養成するというのをおっしゃったけれども、今の要請主義から脱却していく上で政府や国会がやっていく仕事として、もし両先生で具体的な提案があればぜひお聞かせ願いたいと思います。
 以上三つです。
○理事(大木浩君) それじゃ、五十嵐先生からお願いしますが、まだあと実は質問希望者がありますので、ひとつその辺の時間の方も頭に置きながらよろしくお願いします。
○参考人(五十嵐武士君) じゃ、簡潔にお話しします。
 非核、非同盟の問題で、NPTはこういう問題があるんですね。現在は御存じのように拡散の傾向がありまして、拡散の担い手になるような国というのは発展途上国ですね。それで、恐らく非核ができるかどうかの問題というのは核の管理をどれだけきちんとできるかという問題で、私は今のロシアに対する支援も強化すべきだと思っていますけれども、それはロシア自身が核管理をきちんとできなくなってきているんですね。
   〔理事大木浩君退席、会長着席〕
 そういう核管理の体制がきちんとできない国で、しかも戦術核を地域紛争に使う危険のある国がありますから、そういう紛争当事国が戦術核を持つような体制になると非常に危険なんですね。それをどうするかという問題がありますから、むしろ非核もそうですけれど、国際管理を強化するような体制をとっていかないと当面は危険ではないかということを考えております。
 それから、非同盟の問題は、敵対する同盟関係なのか、それとも地域的な集団安全体制にするかという問題がありまして、NATOは今それに変わりつつありますし、日米安保もその政治の比重を増加させて、先ほどお話ししたように、多国間協議の体制にいかにリンクさせていくかというのが恐らく課題になるじゃないかと思うんです。ですから、直ちにオール・オア・ナッシングでどうかというのじゃなくて、対処しなければいけない紛争の形態に対してどういう役割を担い得るかというふうな発想をしないと、冷戦の時代とは非常に国際紛争の形態が違ってきていますから、この点はきょうは、持論はありますけれども、それほど詳しくは述べませんけれども、そういう問題がありますので、大上段な議論よりももう少しシチュエーションといいますか状況に応じた発想が必要なのではないかという感じがしております。
 それから、財政赤字の削減は、おっしゃるようにSIIのときから日本側からしきりに言っていたことです。それで、現在はクリントン政権に逆手にとられているわけですね。アメリカ側は財政赤字の削減を実施するプランをもう既につくっているんです。それで財政赤字が現に削減されつつあるわけです。あるいは伸びが抑えられつつあるわけです。それに対して日本の貿易黒字はちっとも減ってない、むしろふえているというのが問題で、非常にそれが日本側にとっては苦しいところです。国防費の問題は確かにそうなんですが、それは移行の問題がありまして、軍需産業の民需転換の問題がうまくいってないというところがあるわけですね。ですから、日本側から重ねて要請して、恐らくアメリカ側は受け入れる余地があると思います。
 それで問題は、それを言っておりますとある時点で逆手にとられちゃうということです。アメリカの方は日本と、こう言っては失礼なんですけれども、財政が全然違って、アメリカはあるときに方針が決められるとがらっと変わってしまうんですね。日本は変わらないんです。それはぜひ参議院でも頑張っていただいて、硬直化した財政をいかに変えていくか、それは私は増税をやってもいいと思っておりますけれども、それぐらいのやはりきちんとした議論の上で方針を転換されるということが重要じゃないかと思います。私は経済学者じゃありませんので乱暴ですけれども、吉田さんのように対米黒字が減らないとは思っておりません。減ると思っています。ただ、やれるかどうかの問題はあると思います。
 それから、ODAは、私は日本のODAの今までの成果を余り強調し過ぎるとまずいんじゃないかと思っているんです。国際的に見て明らかにおかしなODAなんです。ODAというのはグラントが中心にならなきゃいけない問題なんです。日本はそれをすりかえて、経済発展に寄与したからいいじゃないかということを言っているんですけれども、そういうものがODAの本質的な性格ではないんですね。経済発展に寄与するというのは確かにいいことなんですが、それはたまたま日本の今までのODAが配分された諸国がアジア諸国だったからだということなんです。私は八九年から言っていますけれども、予算を倍増し、今度は四割増しにするわけですけれども、それだけ予算をふやすんであればアジア諸国以外の、アフリカ諸国であるとかあるいは中東もそうですし、ラテンアメリカもそうですが、そういう国にもひと配分しなきゃいけない。
 その場合の問題は何かというと、経済発展のベースが非常に弱い国なんです。人口増加を抱えていくような国というのは経済発展の基盤が非常に弱い国です。そういうところはいわゆる社会基盤、ソーシャルインフラストラクチャーという言い方をしますけれども、経済発展のための基盤ではなくて、教育であるとか人口問題であるとか、そういう面での人道援助が必要になるんです。
 私はたまたまサハラ砂漠の南にありますマリに行っているNGO、非政府団体の人と飛行機で一緒になりまして、何をやっているのかと聞いたら、防砂林をつくっていると言っていました。サハラの砂漠が南下するのを抑えるために防砂林をつくると。それはどうですかと言ったら、もう十年以上同じことをやっている。アメリカ人のクエーカーの人から始めてそれを引き継いで、電灯のないようなところに住んで防砂林をつくるためにやったと。効果はないんだと言います。なぜかというと、サハラが南下するものですからそれに応じて逃げてきた人たちが薪がないからみんな刈っていくというんです。その後にまた防砂林をつくっている。なぜそういうことをしちゃ悪いのかということを教えないといけないんですね。ODAというのはそういうレベルの問題なんです。
 今、吉田さんがおっしゃったようなことは、私はODAの研究で一応返事も出したぐらいですから調べたこともあるんですけれども、盛んに日本の担当者は言います。それから、おととし、宮澤首相のアジア問題の懇談会に出ていたときも皆さんそれはおっしゃる。だけれども、私が言うのは、簡単なところにODAをやって成果を上げた、難しいところはもっとあるわけです。
 欧米諸国やアメリカは、人口爆発のことを考えているものですから、もっと基本的なところから手当てをしていかなきゃいけないということを考え出しているわけです。ですから、こういうことを言っては失礼なんですが、成功したときが一番危険なんです。成功したときが一番危険だというのは、うまくいったのはなぜかというのがわからないからです。失敗したときは非常にはっきりしているわけですね、全部がわかるかどうかわからないけれども、なぜ失敗したかという理由はわかるんです。
 ですから、日本のODAがこれから考えていかなければいけないところは、現地の人もわからないことまでわかるような援助をすべきだというのはそういうことなんです。シナリオがあるような問題ではなくて、現地に行ってみて何が問題なのかというのを理解した上でおつき合いすべきで、私はそういう面で、こう言ってはあれなんですが、日本の商社がプロジェクトを見つけてくることは、語弊はありますけれども悪いことばかりではなかったと思うんです。それは、現地に住みついて現地の事情を知っていたわけです。今、そういう人すらいなくなっているというのがむしろ問題になってきている。ですから、それにかわるような人材を養成する政策ないし養成のプログラムを政府がつくられるんだったらいいんですけれども、十分なものができていないんですね。そういうところを考えていかなければいけないと思っております。
○参考人(吉田和男君) まず非核の問題ですが、私は全廃するというのは望ましいとも思わないんですね。といいますのは、つまり核兵器というものが存在するということは私でも知っているわけです。すべての人が知っているわけです。存在するものは物すごい努力をしたらすぐつくれるんです。存在しないものはつくれないんですね。技術というのは、一遍こういうものができるということがわかったらもうどんな方法を使っても比較的簡単にできてしまう。つまり、今やどこの国でもできるわけです。できない国は恐らく僕はないと思うんです、本気でやればですね。
 ということは、逆に言いますと、もし全廃したときには、もしどこかの国が、どんなちっちゃな国でもいいですから、そこが核兵器を持てば、もちろん核というのはシステムですから核運搬手段をちゃんと用意しなければいけないのでそうは簡単ではないわけですが、それができたときには逆に核を支配しているのは唯一になってしまうわけですね。ですから、核はなぜ安定していたかというと抑止で安定していたというのはこれは事実なわけです。
 それで、問題は、ああいうふうなハイレベルの抑止というのはよくないので、ローレベルの抑止をいかにつくるかということが大事で、ですから核の削減というのは私は大事だと思うんです。しかし、全廃したところで我々の頭の中に、核というのが存在しているということを知ってしまった以上、これは消せないんです、絶対に。私はそれは申し上げたいところです。
 それから、同盟の問題ですが、これは五十嵐さんと同じような意見でございますが、例えば日米安保条約を双務性にしてつくり変えるというのは、多分それ以前に集団安全保障型の何かをつくっていくような状況になったときだと思います。
 ですから、単独で双務型の、旧来型のいわゆる集団安全保障という形のものではなくて、地域安全保障のシステムというものがつくられなきゃならない。そのときには、日本を含めてアメリカ、ロシア、中国等々の大国がその中に参加できるような形、そういうものを何か考えていかざるを得ないというふうに思っております。ですから、同盟というのが従来型のある特定の仮想敵国を前提とした同盟ではなくて、地域の安定を図るための同盟というのは今後さらに模索されなきゃならない問題だというふうに考えています。
 それから、次の黒字の問題ですが、私は黒字というのはいずれなくなると、いずれなくなるわけですからむしろこれは大事にした方がいいというのが私の考えです。アメリカから怒られるのはもちろん怒られるわけですが、アメリカの赤字はアメリカの経済政策の結果なわけです。一九八〇年にレーガンが大統領になる前も赤字だったり黒字だったりしてたわけですが、あんな激しい赤字になったわけじゃないんです。レーガンの始めた経済政策が軌道に乗った年から赤字がひどくなってきているわけです。ですから、一九八〇年以降に日本が市場封鎖したなんという事実はありませんから、これは日本の市場の閉鎖性が因果関係になっていることはあり得ないわけです。したがって、アメリカの赤字はアメリカの政策でしか直しょうがないんです。
 ただしかし、日本の市場の閉鎖性というのもこれまた事実であるということです、先ほどから申していますように。規制が多過ぎるというのも問題ですし、また民間の組織というのが輸入に対して対応していないというのも大きな問題ですから、これは早急に努力して改革する必要があるというふうに考えるわけです。
 それから、最後のODAの問題ですが、五十嵐さんとちょうど私意見が対立したわけですが、ODAというのはどういうものでなければならないというふうにそもそも決めてかかるのは私は反対なんです。
 そもそも、例えばヨーロッパにおいてODAが始まったというのはそういう意味があったかと思うんですが、同時に援助の形態として始まったのはマーシャル・プラン、要するに占領地政策ないしあるいは被災地政策に対する経済復興という発想でOECDが受け入れ機関としてできて、そのOECDの枠の中でやってきたところから見ても、ある意味で両方の流れがあるかと思いますが、基本的にはいわゆるグラントで人道的な立場でやっていこうと。あるいはNGOのやっていることというのは、NGOというのは大体目的を持っておりますから、そのNGOがやるということ自身ヨーロッパのある考え方を前提としてそれを広めるために何かするわけです。ですから、そういうやり方も一つ当然あるわけですが、しかし私は、ODAというのが世界の経済の成長に寄与するということをやっぱり日本としては考えるべきではないかなというふうに思うわけです。
 それから、もう一つ、実行上の問題としましては、先ほどおっしゃられていた木を植えるような話ですが、結局、もしそれを日本がやるとすると日本人がやらなければ仕方がないんです。これもさっきの卵と鶏の話になりますが、まさに人の問題ということになってくるかと思うんです。そもそもヨーロッパの途上国に対する考え方というのは、これはキリスト教の組織が昔からやっている話ですし非常に伝統があるわけです。私たちがそれを踏襲してやらなきゃならないかどうかというのもやっぱり議論の対象にすべきことではないかなと思うわけです。
 商社がかわってやっているというふうな話、これはよく聞く話ですが、もしそれが非常に向こうにとってプラスになるのなら、それは結構な話だと思うんですが、しかし問題は、どうしてもある国の経済政策に対してどこまでコンシステントかどうかというのは、やっぱり日本としても全体のマクロの経済政策の枠組みの中で、どこまでそれが寄与しているのかというのを日本側から評価して、またそれに対して、日本も今までいろんな形で発展してきた、それのノウハウがあるわけですから、そういうのを生かせるような形でやるのが私は同じお金を使うなら効率的ではないかなというふうに考えるわけですので、要請主義というものをもっと改革していくということは必要ではないかなというふうに思います。
○島袋宗康君 一番しんがりになると思いますけれども、両先生、大変ありがとうございました。
 二院クラブの島袋です。
 五十嵐先生の日米基軸方針の相対化、それから日本独自のアジア外交の展開、そういったようなことと、それから軍事大国化の回避をしながら国際的な貢献を尽くしていくというふうなことについて、貴重な話をお伺いし感動しております。
 そこで、この日米安保に基づく駐留軍なんですけれども、冷戦構造が崩壊して、やはり日米のこういった安保条約に基づいた日本の駐留軍、そういったようなことをもっと真剣に考えて削減する必要があるんじゃないかと。私は先ほどのお話の中に駐留軍の撤退について韓国との合意がなされたというふうなことをお伺いしておりますから、私沖縄出身でありますので、いわゆる米軍の専用施設が七五%も沖縄に集中しているというふうなことからすると、やはりとりわけ沖縄県の駐留軍の縮小、撤退というものは非常に我々は関心があるわけです。
 それから、吉田先生のいわゆる日米安保条約の、アメリカ人と日本人との大きなギャップがあるというふうなことをお聞きしましたけれども、とりわけ沖縄にとっては安保条約そのものに相当なギャップがあるというふうな感じを持っておりますので、その辺をお伺いしたいというふうに思っております。
 それから、五十嵐先生の領土の紛争の問題については、相互が利益になるような立場で形を変えたやり方があるのではないかと。北方領土問題、あるいは尖閣諸島、それから南沙諸島ですね、あれは石油が埋蔵されているようでありますから、そういった合意を各国が取り繕えば、何とか五十嵐先生おっしゃられるような形でできると思いますけれども、例えば尖閣列島とかあるいは北方領土というものは完全に日本の国土であるというふうな主張をしていかなくちゃいけないという場合には、やっぱり相互の立場を理解しながら何とかそこで線を引くことはできないんじゃないかというふうな感じがするんですけれども、その辺についてお伺いしたいと思います。
○参考人(五十嵐武士君) 沖縄の駐留米軍については、アメリカの経済が上向きになっていますから、条件が多少違っていますけれども、恐らく米軍のアジアにおけるプレゼンスというのは減っていくだろうというふうに考えられるんじゃないかと思うんです。
 それで、完全に撤退するということがあり得るかということになりますが、これはアジアでの安全保障がどういうふうになるかによってかなり影響されるわけです。ただ、選択肢でぎりぎりのところで、恐らく海軍の巡回をするような形に変わるぐらいのところまではいき得るんじゃないかということ、現在いろんな人とお話ししていて出てきているのは、それぐらいのところまではあり得るわけですね。そうすると、沖縄を含めて在日駐留米軍基地というものが大幅に縮小される可能性は十分あると思います。それを日本の政府は非常に警戒していることは事実だと思います。
 先ほどの国防費の問題等もありますから、アメリカの方の経済再建のシナリオいかんによってはアメリカ側がそちらの方向に進んでいく可能性は十分あると思います。ですから、むしろそうなったときにアジアはどうなるかというのを考えなきゃいけなくて、私なんかですと、ロシアとの関係は改善しておかないと、朝鮮半島は落ちつかない、中国は軍事的な近代化をやる、そしてロシアとは領土紛争を抱えているというような状態で日本が二十一世紀に向かい合うというふうな事態はどんな状況かということを非常に強く感じます。
 ですから、領土を返還してもらうというのは重要なことなんですが、日本の安全保障め環境というのがどういう状態になってもらわなければいけないかというのをいろんな可能性の中で考えておかないと、五十年間あったのがこれからも続くという発想では済まないだろうというのが一つのポイントになるわけです。
 領土紛争についても、北方領土が日本の経済にとってどれだけ重要かという問題なんですね。三海峡封鎖戦略を考えたものですから、北方領土が一時的に戦略的に非常に重要な時期が七〇年代の後半から生じたわけです。だけれども、現在は米ロ関係が、今ロシアの国内情勢がおかしいものですからまだ不透明なところもありますけれども、冷戦時代とは全然違う環境になってきて、北方領土自体の戦略的な重要性というのは大幅に低下していると思うんですね。
 そのときに日本側で領土に固執している理由が何なのかというのは、終戦間際にやってきて戦勝国になっていまだに領土も返さないという恨みつらみ以外に余り考えられなくなってきているんですね。沖縄を返還していただいた理由というのは、戦後日米関係があれだけ友好的な関係があったということを前提にして、戦略的な再評価のもとに返還してもらっているわけですから、敵対的な状況が続いていた国に返せと言ったって返すわけはなかったわけです。
 私はある会議で当時のソビエト人に、あれは戦争の結果だと言われたことがあります。非常に単純なことです。取り返すんだったらもう一度戦争やってみろということですね。そういう条件の中で返還を言っても応じるわけはないわけですね。これから返還してもらいたかったんだったら北方領土を通じてお互いの互恵関係をつくっていかなきゃならないだろうと思います。そうでないとロシア側からは日本に返して何のメリットもないという状況の中で、返す動機というのは非常に弱いんじゃないかというふうな感じを受けております。
 ですから、そういう意味で国際的な日本の役割、貢献、そういうものを踏まえて、むしろ日本側から要求をしているところで、積極的なといいますか大胆な発想の中で関係改善できるような施策はできないものかというふうに考えている次第です。
○参考人(吉田和男君) 簡潔に申し上げます。
 まず、アメリカがアジアから撤退しているというのは私は五十嵐先生と全く同じ認識です。
 それから、ロシアとの関係においても、私は二十一世紀に向かってどういうアジアの安全保障体制をつくるかという視点から議論を進めるべきであるというふうに思います。ですから、今の一つ一つの問題よりも、まず、いつごろできるということは国際情勢ですからわかりませんけれども、まずアジアにおける安全保障体制の仕組みをどういうふうにするかと。
 私は、先ほど申しましたように、地域的集団安全保障体制というのは今の流れでありますし、これ以外に方策がないと思いますから、それを構築していく上で、それに合わせでいろいろ考えていくべき点ではないかなと思うわけです。もちろんその中にはアメリカ軍の撤退も入りますし、それからロシアとの関係も入りますし、北方領土もその中の一つの問題です。やはり、ヨーロッパでCSCEがあれだけ非常に複雑な中でともかく同じテーブルに、席に着いたということがあるわけですが、その前にやった努力というのはこれはもう大変なものだったわけですね。ですから、大変なことですけれども、二十一世紀に向かって我々はやっていかな仕方がないんじゃないかなというふうに思います。
○会長(沢田一精君) 両参考人に対する質疑はこの程度といたします。
 五十嵐、吉田両参考人に一言ごあいさつを申し上げます。
 本日は、大変お忙しい中、長時間の御出席をいただき、貴重な御意見を賜りましてまことにありがとうございました。本調査会を代表いたしまして心から厚くお礼を申し上げます。(拍手)
 本日はこれにて散会いたします。
   午後四時三十二分散会