第131回国会 内閣委員会 第7号
平成六年十一月二十四日(木曜日)
   午前十時開会
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   委員の異動
 十一月十日
    辞任         補欠選任
     都築  譲君     吉田 之久君
     立木  洋君     聴濤  弘君
 十一月十六日
    辞任         補欠選任
     中尾 則幸君     喜岡  淳君
 十一月十七日
    辞任         補欠選任
     喜岡  淳君     中尾 則幸君
 十一月二十二日
    辞任         補欠選任
     聴濤  弘君     吉川 春子君
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  出席者は左のとおり。
    委員長         岡野  裕君
    理 事
                板垣  正君
                狩野  安君
                瀬谷 英行君
                寺澤 芳男君
    委 員
                井上  孝君
                岩崎 純三君
                岡部 三郎君
                村上 正邦君
                萱野  茂君
                久保田真苗君
                栗原 君子君
                中尾 則幸君
                中村 鋭一君
                永野 茂門君
                吉田 之久君
                猪熊 重二君
                吉川 春子君
   国務大臣
       国 務 大 臣
       (内閣官房長官) 五十嵐広三君
       国 務 大 臣
       (総務庁長官)  山口 鶴男君
       国 務 大 臣
       (防衛庁長官)  玉沢徳一郎君
   政府委員
       内閣官房内閣内
       政審議室長
       兼内閣総理大臣
       官房内政審議室
       長        藤井  威君
       人事院総裁    弥富啓之助君
       人事院事務総局
       管理局長     山崎宏一郎君
       人事院事務総局
       給与局長     丹羽清之助君
       宮内庁次長    鎌倉  節君
       皇室経済主管   古居 儔治君
       総務庁人事局長  杉浦  力君
       総務庁行政監察
       局長       田中 一昭君
       防衛庁長官官房
       長        三井 康有君
       防衛庁防衛局長  村田 直昭君
       防衛庁経理局長  秋山 昌廣君
       防衛施設庁長官  宝珠山 昇君
       防衛施設庁総務
       部長       粟  威之君
       防衛施設庁施設
       部長       小澤  毅君
       外務大臣官房長  池田  維君
       外務省北米局長  時野谷 敦君
       外務省欧亜局長  野村 一成君
   事務局側
       常任委員会専門
       員        菅野  清君
   説明員
       警視庁刑事局捜
       査第一課長    南雲 明久君
       宮内庁長官    藤森 昭一君
       北海道開発庁計
       画官       田口 平治君
       沖縄開発庁総務
       局総務課長    川口  雄君
       法務省刑事局公
       安課長      中井 憲治君
       外務省経済局漁
       業室長      飯野 建郎君
       外務省条約局法
       規課長      鶴岡 公二君
       大蔵大臣官房審
       議官       久米 重治君
       文部省初等中等
       教育局教科書課
       長        清水  潔君
       厚生省社会・援
       護局保護課長   松尾 武昌君
       海上保安庁警備
       救難部警備第一
       課長       津野田元直君
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  本日の会議に付した案件
○国家行政組織及び国家公務員制度等に関する調
 査並びに国の防衛に関する調査
 (天皇・皇后両陛下の外国御訪問等に関する件
 )
 (アイヌ新法制定に関する件)
 (戦域ミサイル防衛に対する取組に関する件)
 (国家公務員の省庁間人事交流と在外勤務経験
 の拡充に関する件)
 (防衛施設庁長官の沖縄県民と米軍基地の共存
 共生発言に関する件)
 (米軍弾薬輸送艦フリント搭載艇と漁船藤丸と
 の衝突事故に関する件)
    ―――――――――――――
○委員長(岡野裕君) ただいまから内閣委員会を開会いたします。
 まず、委員の異動について御報告いたします。
 去る二十二日、聴濤弘君が委員を辞任され、その補欠として吉川春子君が選任されました。
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○委員長(岡野裕君) 国家行政組織及び国家公務員制度等に関する調査並びに国の防衛に関する調査を議題といたします。
 これより質疑に入ります。
 質疑のある方は順次御発言願います。
○村上正邦君 おはようございます。
 きょうは、自民党も若いのが少し質問に立ったらどうだという委員長からの理事に要請がありまして、内閣委員会のメンバーを見ますと私が一番若いんです。きょうは委員長のそうした激励を受けて質問に立たせていただくわけであります。
 ちょうど、ちょうどというのはなんでございますけれども、私にふさわしいテーマだなと、こう恩って取り上げさせていただくわけでありますが、本日は宮内庁長官、こうした下界へおりてきていただきましてありがとうございます。本日は宮内庁長官もお出ましいただいておりますので大体の問題点は御想像がついておられるかと思いますが、天皇皇后両陛下の外国御訪問に関して具体的実例をもとに一石を投じ、その課題を指摘し、今後の皇室外交のあり方を確立いたしたい、こう思っております。
 天皇皇后両陛下の即位後の外国御訪問は、平成三年九月に東南アジア三カ国、平成四年十月に中国、平成五年九月に欧州三カ国、そしてことしの平成六年六月のアメリカに続きまして十月にフランス、スペイン二カ国を歴訪なさっておられるわけであります。戦後五十年の節目を前にして、このところ積極的に外国を御訪問されておられます。そして、いずれの訪問国においても、新しい日本の象徴としての両陛下に対し親しみを持って最高級の温かい歓迎を受けられ、親善と友好の役割を大いに果たされておりますことをありがたく存じております。
 私は、諸外国歴訪という強行軍の日程のもとで、両陛下がどこへお出ましになられましてもいつもほほ笑みと礼節を持って各国の国民や首脳の方々と接しておられる御様子を拝見するにつけ、本当に頭の下がる思いであります。と同時に、御歴訪中の御心労をお察し申し上げ、本来ならばもっと気楽に御旅行ができたらなと、これは私一人だけでなくして多くの国民の皆様もそう思っておられるのではないかなと、こう思っております。
 そもそも外交は、政治の責任において政府が行うものであります。我が国の場合、象徴としての天皇陛下を中心として皇室にも各国との友好親善に携わっていただく、いわば皇室外交という表現での国際親善が行われております。しかし我々は、ややもすると皇室に安易におすがりすることになれてしまいがちではないか。この点、皇室外交のあるべき原点に立って反省する必要があるのではないかと思います。
 具体的な質問に入ります前に、皇室外交の位置づけ、意義について、特に陛下の外国訪問は閣議決定の事項でもありますので、官房長官、そしてまた外務省、宮内庁長官にまずこの点をお尋ねいたします。私は二時間要求しておりましたが、一時間しか時間がありませんので簡潔にひとつお答えをいただければと、こう思っております。
 そしてまたもう一つ、官房長官が途中で退席なさいますのでついでに最初にお尋ねしておきますが、今私が陛下の御即位後の各国歴訪の毎年の例を挙げましたが、ことしだけなぜ年二回にわたっての御歴訪を決定したのか、この点をまず伺っておきます。
○国務大臣(五十嵐広三君) まず、天皇皇后両陛下の外国御訪問の意義についてでございますが、天皇皇后両陛下の外国御訪問は、言うまでもなく日本国の象徴としてのお立場で我が国と御訪問国との友好親善関係の増進を目的として行われるというものでございます。
 平成五年及び今年、両年それぞれ二回にわたっての外国御訪問ということになったわけでございますが、平成五年につきましては、八月にボードワン国王陛下葬儀御参列ということで、これはベルギーに葬儀参列のためにおいでになられたということが一つ昨年はございました。昨年のもう一回というのは、今御指摘ございましたように、イタリア、ベルギー、ドイツのヨーロッパ三カ国について御訪問になられたわけでありますが、このイタリア、ベルギー、ドイツとそれから今年のフランス、スペイン、この二カ国、合わせて五カ国のヨーロッパ各国御訪問というのは実は一体として考えておりましたものですから、今年はフランス、スペインについて引き続き御訪問になられたということでございます。今年は同時に六月にアメリカを御訪問になられました。
 そういうことで、一年に二回ということは確かに例の多いことではないのでございますが、昨年、今年はそれぞれ二回御訪問ということになりまして大変な御苦労をおかけいたしました次第でございます。例年をずっと見ますと、二回というのは通例から見ると少し多い状況であったと、こういうぐあいに思っている次第であります。
○政府委員(池田維君) ただいま官房長官から御答弁がございましたように、天皇皇后両陛下の外国御訪問につきましては、日本国の象徴としてのお立場で我が国と御訪問国との友好親善関係の増進を目的として行われるというものでございます。
 したがいまして、国際親善の実を上げるにふさわしいものになるように、相手国からの招請であるとか、あるいは国公賓の来日等の相手国との交流の現状であるとか、あるいは相手国の状況、それから地域的なバランス、それから国内の行事等々を考えまして、さまざまな角度から検討した上で閣議で決定されて御訪問をお願いするということになっております。
○説明員(藤森昭一君) 天皇皇后両陛下の外国御訪問につきましては、ただいま官房長官及び外務省から御答弁申し上げたとおりのことでございますが、特に先ほど村上委員から御指摘がございましたように、陛下の外国御訪問中におけるいろんな御苦心、御負担というものは我々の想像を超えるものがございます。
 そういうことを考えまして、私どもとしましては両陛下の外国御訪問が本当にいい状況のもとに立派な成果を上げるということに何よりも心がけまして、従来からも御負担の増大を避けるという配慮をしてまいりましたけれども、これからも一層その点については配慮を深めていかなきゃならない、かように考えております。
○村上正邦君 先ほど官房長官のお話の中で、私の聞き違いだったら訂正をしていただきたいんです。
 ことしの二回にわたる御訪問で、六月にアメリカなんですね。そして十月に今回のフランス、スペインとなるんですが、このアメリカの六月は十月のフランス、スペインの後に日程が決まったと、こういう御説明かと思ったんですが、そうじゃございませんか。ということは、私が皇室外交の位置づけということのお尋ねをいたしましたのは、そういうことであればやっぱりそういう政治的な中で皇室外交というものをお考えなさっているんじゃないのかなと今御答弁を聞きながら思ったものですから、もう一度重ねてこのことを、重大なことでございますので問い直しいたします。
 さらに付言しますと、陛下の御訪問は、日本の国内行事等々からいきまして六月というのは異例な月なんですね、御訪問するにいたしまして決定した月が。過去、平成三年は九月、平成四年は十月、平成五年は九月、こういう形の中で九月、十月が非常に多いんですね。それが六月という月にアメリカということについて、私はこの月の選定にしてもちょっと不自然さがあるのかなと、陛下の年中皇室行事の中で無理な日程を入れられたのかなと、それにはそれなりの意味があるんじゃないのかなと、こう思って尋ね直しておるんです。
 これは官房長官が御出席ですからできるだけ官房長官に。事務的なことで私は聞いておるんじゃないから。
○国務大臣(五十嵐広三君) 先ほど申しましたのは、ヨーロッパとして五カ国で、前年三カ国で後年二カ国を行ったと、こういうことでそれは十月ということでございます。
 アメリカに関しましては、これは言うまでもございませんけれども、日米両国間の友好親善関係の一層の増進という見地からかねてから両国間で検討をされていたものでありまして、アメリカ大統領の招待にこたえて行われたものでございます。今のような政治的なといいますか、そういうものでは全くないということをお答え申し上げておきたいと思います。
○説明員(藤森昭一君) ただいま官房長官からお答え申し上げましたことに関連しまして、先生の御質問にちょっと敷衍をして答えさせていただきたいと思います。
 御質問の中にございましたように、六月という時期に陛下が御訪問なさったことは平成になってからはございませんが、皇室の諸行事、御日程等の関係からいいますと、六月という時期は比較的その辺のところがゆとりがあるといいますか日程を組みやすい、時期としてはそういう時期でございます。むしろ十月というような時期は比較的行事の多い時期でございますので、六月はそういう意味では日程が組みやすい時期である、時期としてはそういうことでございます。
○村上正邦君 それでは宮内庁長官、先帝陛下の例外遊の場合、六月にお行きになられたことはございますか、前例が。
○説明員(藤森昭一君) それはございません。
○村上正邦君 ですから今、宮内庁長官は、六月の国内における皇室行事はまあまあ余裕がある、こうおっしゃられましたが、かつて先帝陛下が六月に一度も外国を訪問されてないというのはそれなりのやっぱり私は意味があったんだと。これ以上申しません。
 今回のアメリカの陛下の御日程についても、宮内庁長官にいろいろこの日程について外務省主導で組まれた日程ではないのかということを私どもがお尋ねしたこともございますが、この問題はこれ以上時間がございませんのでお尋ねいたしませんが、私は後々問題を指摘いたしますけれども、年二度の外国訪問というのは、今の宮内庁の体制の中でやっぱり相当の準備期間も必要でございましょうし、かなり無理な日程になる、無理を重ねるからいろいろな不祥事が生まれてくる、こう思っております。
 そこで、不祥事といえば今回のスペインの勲章の紛失問題について触れさせていただきます。
 天皇皇后両陛下は、十月二日から十四日までフランス、スペインを御訪問になられたわけでございます。現地では大変な歓迎をお受けになり、両国の親善友好は一層深まったと伺っております。
 フランスでは、パリのシャンゼリゼ通りに日の丸の旗が翻り、ミッテラン大統領主宰の晩さん会は過去最高の規模で行われたそうでございます。まぶたに浮かぶようでございます。その席で天皇陛下は、フランスから日本がいかに多くのものを学んだかをお述べになるとともに、フランスがいかに日本の文化芸術に学んだかも御指摘になられました。
 パリ在住の日本人芸術家の甲斐やちよさんは、古い歴史と文化の国であるフランスが、やはり古い歴史を持つ今や大国である日本の天皇を、最高の礼を尽くしておもてなししたことを日本人として誇らしく思うと喜びいっぱいに語っておられました記事を私は読みました。これですべてが尽くされているのかなと、こう思います。
 またスペインでは、フアン・カルロス国王主宰の晩さん会において天皇陛下は、日本と交流が始められた十六世紀は世界の強国が自国の領土を拡張しているときでありましたが、この時期既にサラマンカ大学のビトリア教授は、キリスト教徒と非キリスト教徒、ヨーロッパ人と非ヨーロッパ人とを区別することなく、普遍的な世界の法をお説きになりました。今日の世界に思いをいたすとき、四百五十年以上も前にビトリアが掲げた理想は、今なお私どもの追い求めねばならない課題として残っていることを感じますとお述べになりました。
 このように、相手国の文化、歴史を深く尊重しつつ、人種平等の理想をうたいとげられた天皇陛下のお言葉に大変スペインの人たちは感激ひとしおであったと報じられております。同時に、日本の文化のすばらしさも堂々と紹介され、相互理解と相互尊重に基づく親善友好を実現することができたのも、ひとえに天皇陛下であればこそと改めてそのありがたさを痛感した次第であります。
 にもかかわらず、何と申しましょうか、一番大事な点について、随行員が天皇陛下がスペインで着用される予定の勲章の携行を忘れ、日本から取り寄せようとして途中で紛失したというまことにゆゆしき問題が起こったと聞いております。今回の勲章紛失問題を初め、宮内庁、外務省のさまざまな失態が最近目につきます。これは対外的に日本国を代表する天皇陛下の御動静にかかわるばかりでなく、日本の名誉にもかかわる問題だと思うわけであります。紛失した勲章はトアソン・ドール勲章というスペインでも最高級の勲章だと言われていますが、そもそもこの勲章の携行を忘れること自体が信じられません。
 今回、首席随員を務められた中山太郎元外務大臣もスペインから勲章をいただいているそうでありますが、中山先生の方には事前に宮内庁の方から勲章携行を忘れないようにと連絡があったと聞いています。随員にはそうしたチュックをしておいて肝心の天皇陛下の勲章を忘れるとは一体どういうことなのか。宮内庁の担当者は事の重大性に対する認識が欠けているのではありませんか。職務に対するマンネリ化と無責任さがこうした油断を生んだのではないか。加えてその後の処置、機長託送という処置も他力本願で最終的なチェックを怠るなど常識に欠けているのではないか。本当に情けない事件だと私は思っております。
 天皇陛下におかれましては、寛容な御心により、過ぎたさきのことの傷跡にもう触れなくてもという御心とも思われますが、この際、この間の経緯、事実関係を明らかにして、今後、前車の轍を踏むことのないようただすべき責任はきちんとただしておくことが重要であろうかと受けとめております。
 そこで、今回の御訪欧の前に先遣隊というのか先遣団というのか、フランス、スペインに行っていることと思いますが、先遣団はスペイン国王主催の晩さん会にこのトアゾン・ドール勲章が必要であるということをきちんと事前に確認したのかどうか。この事実関係を長官にちょっとお尋ねしておきたいと思います。
○説明員(藤森昭一君) ただいま先生御指摘のことに関しましてはまことに申しわけない次第でございますが、陛下が外国御訪問、今回はフランス、スペインでございましたけれども、スペインにおいて勲章を着用される場合にどのような勲章をどのように着用されるかということにつきましては、スペイン側の慣行と我が国における慣行、これらを十分に慎重に考え合わせて、十分打ち合わせをした上でその着用を決めていくというのが国際儀礼のルールというふうに承知をいたしております。
 今回お尋ねの先遣隊は、もとより現地に赴きましてスペイン側と打ち合わせをしたわけでございますけれども、その段階におきましては、晩さん会において勲章着用ということが必要となるという点と式の次第等につきましてはこれを確認してまいったわけでございますけれども、どの勲章をどのように着用するかということにつきましては双方まだ十分な打ち合わせができておりませんで、したがいましてその可能性のある勲章を日本から持参すると、こういう対応をし、あと現地においてさらに協議を詰めてどの勲章を着用するかを決定すると、こういう段取りで進んだわけでございます。
○村上正邦君 しかし、このトアゾン・ドール勲章というのは一番陛下が、何か三つスペインの国からこれは皇太子のときにいただかれたものでございましょうが、しかしこれが最高の勲章だということであるならば当然、そしてまたその時点でどの勲章をということかわからなかったということでございますけれども、そんなことは常識で私はあり得ないことじゃないのか。しかし、それがそうだということでございますれば用心のために、三ついただいておれば三つちゃんと持っていくというのが、これがやっぱりおそばについておられる方々の常に最善を尽くすということが大事ではなかったのかなと、こう思います。
 そういうところに思いをいたさなかったということは、私は先ほど言いましたようにやっぱりマンネリ化、怠慢、そういう責任は免れないのではないのかなと、こう思いますが。
○説明員(藤森昭一君) 御指摘の点についてお答えを申し上げます。
 スペインから天皇陛下が贈られました勲章は、先生御指摘のとおり三つございます。昭和四十七年、五十五年、六十年と、こういうふうに三回いただかれておりまして、六十年の勲章が先生の御指摘のいわゆる金羊章という最高の勲章でございます。
 したがいまして、スペインにおけるどの勲章をどのように着用なさるか、佩用なさるかということに関しましては、先遣隊の段階ではまだそこまで詰め切れなかったこともございますので、今回の御訪問に当たりましてはスペインの勲章を持参したわけでございますけれども、その持参した勲章は金羊章ではございませんで、五十五年にいただきましたカルロス三世勲章というものでございます。この勲章は、先生御承知のとおり肩から佩用いたします綬及び胸部に佩用いたします副章及び首の方に佩用いたします頸飾と、この三種類のものがカルロス三世勲章であったわけでございます。したがいまして、担当者としてはそれを持ちまして、金羊章という勲章は頸飾だけでございますので、それを持参することを失念したということで、これは大変大きな失態でございます。
 いずれにしましても、現地においてその勲章楓用についてのスペイン側との打ち合わせの過程で金羊章勲章を楓用するということがわかり、それを持参していないということを発見いたしまして事後の処置をしたと、こういうことでございます。
○村上正邦君 老婆心ながらちょっとお尋ねしますが、この勲章の管理はどういうセクションが管理しているのか、ちょっと聞かせてください。
○説明員(藤森昭一君) 勲章の管理は侍従職がやっておりまして、これを統括する者が侍従長でございます。
 勲章の管理の実態は、陛下が儀礼的に外国からいただかれたものでございますから陛下の御所育物でございます。この御所有物は御所の中においてきちんと保管をされ、国ごとにリストをつくって適正に保管をされております。
○村上正邦君 そうすると、これは侍従職が責任を持っているわけですね。
 そこで、勲章を忘れだということを気づいたのはもちろん侍従職でしょう、侍従長なのか。そうしてそれは十月の何日だったのか。だからそれは晩さん会の何日前だったのか。その後、現地においてそれを忘れていたということに気づいて長官もこの相談にはあずかったのかどうか。そしてそこで協議がされて、随員のどなたかが本国のどなたかにどういうセクション、恐らくそれは侍従職でしょう、今の話では、どういう方法でこの勲章を速やかに現地へ到着するようにという指示を、具体的な指示をどうお出しになられたのか。それをちょっとお伺いさせてください。
○説明員(藤森昭一君) まず勲章、金羊章を持参していないということに気がつきました経過でございますけれども、先ほど申しましたように陛下の勲章楓用、着用につきましてスペイン側と具体的な打ち合わせに入りました際に、スペイン側から金羊勲章の話が出たということからいたしまして在スペイン大使館から、ちょうどそのとき陛下はフランスのトゥールーズに行っておりました時期でございまして、日にちとしては十月七日でございますけれども、その現地に随行している担当者の方にスペイン大使館から金羊葦宥持参してきているかということを念のために照会してきているんです。
 そこで侍従職、担当者が金羊章を持参してきていないということに気づきましで、そこから問題が明らかになったわけでございますが、金羊章を持参していないことが判明した時点において宮内庁と外務省の担当者が相談をいたしまして、十月十日、三日後に迫っております国王主催の晩さん会に御着用ということ、これに間に合わせなきゃならないということから、最も早くまた最も安全と認識されておりました方法で至急スペインに金羊章を送るということを決定いたしまして、その方法としまして航空機の機長にこの勲章の管理をしてもらって輸送するといういわゆる慣行に基づく機長託送という方法、これが最も早くて最も安全ではないか、こう考えられた結果としてその方法をとるということになったわけでございます。
 そして、その過程においては私にはもちろん報告はないわけでございますけれども、勲章を持参していないということと、そのために機長託送でこの勲章をスペインに急送するという手続をとって、その後に随行している侍従及び侍従長に報告があったというのが実情でございます。
○村上正邦君 そこで、機長託送というのは通関上どういう位置づけになっているんですか。緊急避難としてやむを得ないとしても好ましいものではないと思いますが、大蔵省はこうした実態をどう把握し監督してきているのか。
○説明員(久米重治君) お答えいたします。
 一般的に機長託送で貨物を輸出する場合には、輸出貨物の品名、数量等を税関に申告することになっておりまして、税関においてはこういった機長託送という例は相当ございます。
 今回の場合につきましては膨大な輸出申告貨物でございまして、御存じのとおり平成五年では七百万件以上の輸出申告を扱っておりますのですべての貨物をチェックいたしませんが、各種情報に基づき申告者の資質や貨物の種類等を勘案し、必要と思料される場合には厳正な現物チェックをしておるところでございます。
 本件の場合は、日本航空から機長託送晶として輸出したい旨の連絡がありましたところ、信頼のできる貨物であったことや緊急を要するというようなことから簡略な取り扱いを認め、現物の検査を行わず輸出を許可したものでございます。
○村上正邦君 長官、これは大切な物ですね。そして晩さん会に陛下がお出ましになるのを三日後に控えて、そういう重大性から考えれば当然この勲章はちゃんと責任ある方がやはり携えてお届けするということが私は常識じゃないのかなと思いますが、いかがでしょうか。
○説明員(藤森昭一君) 先ほども申しましたように、三日後に勲章を着用して晩さん会に出られる、こういうことがありましたために、担当者としましては日にちが遮っているということもありましてぜひ一番安全と考えられる方法で急送したい、このようなことを考えたわけでございまして、その点に関しましては先生御指摘のようなことは当然問題としてあるというふうに思います。
 ただ、担当者がそのような判断をしました背景といたしまして御説明いたしますと、今回のスペイン御訪問の前にフランスを御訪問になったわけですけれども、この際、実はミッテラン大統領への贈り物につきまして、陛下がフランス御到着直後の同大統領との会見においてその贈り物を贈与するということのために御出発の前に事前にこの贈り物をパリに送付する必要があるということからいたしまして、御出発直前にこの機長託送という方法で安全かつ確実に送付を実施したという経験があったことも恐らく担当者の決定といいますか判断に大きな影響を与えているのではないか、このように考えております。
○村上正邦君 しかし、事柄がそうした大事な勲章ですからね、私はやっぱりちょっと安易過ぎたんではないか。
 それから、今いろいろ税関の経緯を聞きましたが、伝えられるところによると、その託送の中身が勲章であるとも言ってなかった、機長託送という申し山もなかった、イベリア航空は単なる貴重品扱いにしたと、これはある新聞の社会部の記事でございますけれども、機長託送の確認を怠り一般扱いだった、こういうことが出ております。この事実関係を今私はここで細かく聞こうとは思いませんけれども、やはり私はこうした勲章に対する認識というものを非常に軽くお考えになり過ぎているのではないのかなと、このように考えざるを得ません。
 そこで、この勲章の包装ですね、どういう形でこれをお預けになられたのか。私どもがよくお見かけする紫のふくさにただお包みになられたものを渡したのか、こん包をどういうこん包でなさったのか、ちょっと聞かせてください。
○説明員(藤森昭一君) 今の御質問にお答えする前に若干先ほどの答弁を補足させていただきますが、職員が持ってこれを持参するという方法も担当者の間に考えられたわけでございますけれども、職員がこれを持って出国するための手続等にやっぱり時間がかかるということも配慮いたしまして、先ほど言いましたような今回の御訪問直前に機長託送ということを安全に確実に行ったというこのことも勘案してその時間内に急送するという判断をしたもののようでございます。
 それから今の御質問でございますけれども、現地からの連絡によりまして東京の侍従職が直ちに日本航空の機長託送ということを日本航空に依頼したわけでございますが、日本航空では成田からマドリードまで直行する便がない、アムステルダムまで行ってそこからKLMでマドリードまで送らなきゃならないということになるので、むしろそれならば成田からマドリードまで直行便の出ているイベリア航空が最も安全ではないだろうか、こういうことがございまして、日本航空の仲介でイベリア航空に機長託送でマドリードまでこの勲章を送ってもらうという話をつけてもらいました。その上、侍従職の担当者が電話でイベリア航空にその件を話ししまして、機長託送でお願いをしたい、こういうことを申し入れたわけでございまして……
○村上正邦君 中身は言ったの、中身は。
○説明員(藤森昭一君) それで、それによってイベリア航空のところまで荷物を持っていったわけでございますが、その際の包装の件につきましては、勲章それ自体は立派なケースに入っておるわけでございますけれども、それを布等で厳重にこん包をいたしまして、もちろんふろしきも使いましたけれども、厳重にこん包をいたしましてイベリア航空にこれを渡したということでございます。
 勲章と言わないで貴重品と言いましたのは、陛下の直接の御所有のものでございますし、また機長にこれを託するということでございますので、貴重品というふうに告げることによりましてこれは十分慎重に扱っていただける、このように判断したものでございます。
○村上正邦君 だから、やっぱりそういう責任のない預け方、責任のない預かり方、これは日本航空であれば日本人ですから、そこでこれは陛下がこうして何月何日御使用になるものだと、大事なものだと、責任持って頼むよと、こう言えるんですね。ですから私は、そういうことであればあるほどこれはどなたかが、責任ある人がちゃんと持っていくべきであったと。このことについての無神経さということについて宮内庁長官、責めざるを得ないんですね。
 そこで、官房長官は記者会見のお時間でございますので順番をちょっと変えてお尋ねしておきたいんですが、このことについて御連絡があったのはいつでしょうか。
○国務大臣(五十嵐広三君) 日時は定かに覚えていないところでありますが、石原副長官からこのようなことがあったということのお話を受けまして、早く陛下のお手元に戻るように念じていたような次第であります。その後に宮内庁の方からもその旨の御報告をいただいた次第であります。
○村上正邦君 十月十日なんですね、陛下の晩さん会は。その後というのはいつですか。こんな重大な失態を犯しておいてそれを政府にその時点で連絡をしていないということは、これはこの問題をやはり軽視して考えていたんじゃないのかな、こう言わざるを得ないんですが、官房長官はどう思われますか。
○国務大臣(五十嵐広三君) 恐縮ですが、突然の御質問の内容でございますので、今の点のこの日時に関しましては私の記憶には今ちょっと残っておりません。
○村上正邦君 日時は正確でなくて結構ですが、大体十月十日です、この陛下が晩さん会に出られたのは。その後なのか、その直後なのか。こういう事態になっているということをお聞きになった、三日前にわかったわけだから、こういう状況であるという報告は私はなきゃならぬ。といいますのは、ここで私は読み上げますけれども、これもある新闇の投書なんですね。「今度の事件は単に宮内庁のミスだというだけでなく、天皇陛下に対する意識が軽いのではないかと憤りさえ覚える。スペイン国王陛下に対しても無礼きわまりないと同時に日本の国としても恥である。」。これは前後いろいろ書いています。
 そこで、政府としてもスペインの政府に対して何らかの、今回のスペイン国王からいただいた勲章を、後ほどまた聞きますが、警察も来ておりますけれども、捜査段階であっても、このことについてスペイン政府に対して、それは宮内庁は宮内庁としてスペインの国王に対してはそれなりの意は尽くされておられると思いますが、政府としてはどういう対応をなさっているんでしょうか。
○政府委員(池田維君) スペイン側に対しましては、本件によりまして迷惑をおかけしたということを外交ルートできちっと伝えたわけでございます。そうして、せっかく両陛下の御訪問によって一層深められました日本とスペインとの友好関係というものが今回のことによって損なわれることがないように引き続いて日本側としては捜査に全力を挙げますけれども、スペイン側においてもよろしく協力をお願いしたいということをスペイン政府側に要望いたしました。
○説明員(藤森昭一君) 今、外務省から答弁があったとおりでございますが、私の方から外務省を通しましてただいまのようにスペイン政府に対して遺憾の意を表明すると同時に、勲章の発見について協力をしていただくように外務省を通してお願いしたところでございますが、同時にスペインの王宮府長官に対しましては、私どもの名前でこのことについて十分遺憾の意を表する、こういう措置をとっております。
○村上正邦君 官房長官は時間でしょう。聞いてもらいたいことはたくさんまだあるんだけれども、まあやむを得ない。
○国務大臣(五十嵐広三君) 恐縮でございます。
 記者会見の都合で退席させていただきますが、いずれにいたしましても、このたびの問題につきましては、天皇陛下、スペイン政府に大変御迷惑をおかけいたしましたことをまことに遺憾に思っている次第であります。
 この後、もちろん二度とこのような問題が起こらないように万全の措置をとるよう関係者に厳しく指示をしてまいりたいと、このように思う次第であります。
○村上正邦君 そこで、既に一カ月以上たっているんですが、勲章はまだ発見されていない。現地における捜査の進捗状況はどうなっているのか。
 そして、これは事が事だけに警察の関与ということはどうかとは思いますけれども、今後この捜査の成り行きによっては警察がやっぱり関与しなきゃならない事柄ではないのかなと、こう思いますし、また宮内庁としてもこの際こうしたことについての責任の所在というものは明らかにしておくことが今後私は二度とこういう事件が起こらないためにも必要ではないのかなと、こう思います。
 では、外務省と警察にお願いいたします。
○政府委員(池田維君) スペイン政府からは、その後一番新しいところは二十一日でございますけれども、引き続き調査中であるという回答をいただいております。
○説明員(南雲明久君) この件に関しまして、警察諸活動を通じまして得られます関連情報がありますれば宮内庁等に御連絡し所要の措置をとってまいりたい、このように思っております。
○村上正邦君 官房長、そのくらいのことは聞かなくたってわかるんだ、あなたの今の答弁。
 具体的にどういう捜査をしているのか。どこへこの捜査の依頼をしているのか。時間がないから、肝心なことの質問に入れないから次に移りますが、通り一通の答弁は余り好ましくないね。そんなことは聞かなくたってわかっているんだよ。全然何もやっていないなんということはあり得ないんだよ。
 ここは国会の場だからね、もう少ししっかりした状況把握をしてお答えしてもらわないと、やはり言いたくないことも言わなきゃならぬようになります。事柄が事柄でございますのでそれ以上お聞きいたしませんが、やっぱり一日も早くこのことについて全力を挙げて、私はこの勲章が発見されることを心から願うものでございます。
 そこで宮内庁長官、私はさっき年二回について最初に御質問をしたわけでありますが、去る六月に、先ほども触れましたように両陛下は約二週間にわたる猛暑の中のアメリカ御訪問を終えられたばかりであり、今回のヨーロッパの御訪問は両陛下の御体調にさわるのではないかと心ある国民は大変危惧をしておりました。
 幸い御体調も崩されることなく無事御帰国をなさいましたが、宮内庁はそもそも両陛下の御体調をおもんぱかっての計画を立てているのかどうか。この御訪米の際は皇后陛下の御体調も完全ではなく、御訪米前の六月三日の記者会見においては皇后陛下は、このたびの長い旅行の日程に全くの不安を感じていないと申すことはできませんでしたとおっしゃられました。また六月二十四日、御帰国前のハワイでの陛下は、最初のうちは時差の影響で気分がすぐれないときがございましたと。皇后陛下も、初め時差がとれるまではとても眠く感じましたと述べられています。両陛下が日程に関しての不安や不満を、まことに穏やかなおっしゃり方ではございますが、発言されたのは初めてのことではないでしょうか。
 実際、この御訪米初日のスケジュールは余りにもひど過ぎると私は思います。もう一遍このときのスケジュールを申し上げますが、六月十日午前十一時、これは日本時間でございますが、政府専用機で羽田空港をお立ちになり、両陛下は十三時間のフライトの後、現地時間の十日午前十一時、日本時間で十一日午前零時に南部ジョージア州のアトランタに御到着、フライトの間は両陛下は一睡もされていなかったにもかかわらず休憩をほとんどおとりになることもなく、到着の一時間後からカーター元大統領との昼食会、黒人公民権運動の指導者である故キング牧師の記念館に御訪問、州知事夫妻の歓迎レセプション、内輪の夕食会と立て続けに御出席になり、ホテルにお着きになったのは夜の九時二十分過ぎでございました。
 つまり両陛下は、日本を出発して以来ほぼ丸日程をこなしておられることになり、一体だれがこんな無理なスケジュールを立てるのかなと。宮内庁や侍従職としては、両陛下の御体調をおもんばかり、大使館や外務省の無理な計画に対しては私は毅然とその変更を働きかけるべきである。先ほども言いました、どうも外務省主導の日程で進められている嫌いがあるんじゃないか、このように思うがゆえに申し上げるのでございますが、宮内庁長官いかがですか、官房長どうですか。
○説明員(藤森昭一君) 今回の米国御訪問につきましては、私どもといたしましても両陛下の御体調を十分お考え申し上げて、そうして適正な日程を作成するということについて努力してまいりました。米国側の要望等も考慮しまして、友好親善を深めていただくという見地ももちろんございますが、そういうことの中で、先ほど申しましたように御訪問に当たっての両陛下の御負担の大きさというものは私どももしばしば随行をいたしまして身にしみて感じておりますので、その点についても十分努力をしたつもりでございますけれども、しかし結果といたしましては先生御指摘のように日程がかなり密なものになってしまったということにつきましてはまことに申しわけないことでございます。今後におきましても、この点は十分に反省をして改めるところはぜひ改めていく、こういうふうな配慮をしてまいりたい、かように思う次第でございます。
○村上正邦君 もういい、官房長、時間がないから。時間厳守しろと言われて、十一時一分で、あと一分で終わらなきゃなりませんが、私の言いたいことだけちょっと申しておきます。宮内庁としては、天皇の外国訪問となると半年ぐらい前からその諸準備に取りかからねばならないと思います。ことしのように年二回ともなると宮内庁はそのために一年じゅう追われてしまうことにもなってしまうでしょうし、他の皇室行事や国事行為その他の重要な行事との日程調整も大変でしょう。そんな国家にとって重要な事柄を他の省庁に比べて、これは肝心な今後のことですから宮内庁、長官も私はそう思っておられると思いますが、他の省庁に比べて予算もそれから人員も少ない、そして宮内庁侍従職がすべての責任を負っているところに外国御訪問における相次ぐ失態の根本的な問題があるんではないのか。私は今回のこの問題をつぶさに考えたときにそう思わざるを得ない。
 といいますのも、宮内庁侍従職は他省庁からの出向体制が慣例として続いており、宮内庁独自のキャリアのポストは極めて少なく、五、六年に一度の募集であると聞いています。人事院総裁に来ていただいたのはこのためです。採用数や募集年度が不定期であるため応募者が少なく、採用を予定していた平成二年には希望者が一人もなくて採用できなかったと聞き及んでおります。他の省庁から回されるキャリアは、中には本省との一線を画している人もいるでしょうが、やはりこの体制では一定の任期を事なかれ主義でこなすということにもなりかねない。それに戻ったときのポストを気にして、宮廷や本省に異論を唱えるというのもなかなか難しいということも私は陰の声で聞いております。
 今回の勲章紛失問題は、もちろん担当者がたるんでいることが直接的な原因でしょうが、宮内庁職員、侍従職の怠慢ばかりを責めても仕方がないと思います。日本国の象徴であります天皇をお守りする機関が他の行政機関よりも位置づけが低いため、人材確保の面でも予算の面でも宮内庁侍従職は外国御訪問の決定などで独自の権限を発揮できない体制にある。今後も皇室の外国御訪問を尊重、重視するならば、皇室を補佐できるような体制をつくるべきだと思います。
 政府としての宮内庁プロパーのキャリアの採用についての考え方を宮内庁長官、人事院総裁、お聞かせいただきたい。これをこの問題の締めにさせていただきたいと思います。
 たくさんまだ用意をしておりました。陛下がこの前の六月にニューヨークに行かれました折の外務省のいろいろな受け入れの中における大変失礼な事柄等々も随分と報道されておりましたのでこの際お聞きしたいと思っておりましたが、時間の関係でこれまた、もうしかし余りこういうことについて宮内庁長官にお出ましいただいて、今回も私も随分考えました、いかがなものかなと。私もこの問題はこれで打ち切りたいとは思いますけれども、最後に今申し上げましたことについてお聞かせいただきたい。ちょっと時間オーバーで答弁いただく時間をお許しいただきたいと思います。
○説明員(藤森昭一君) 宮内庁の人事等についての点で申し上げますけれども、宮内庁は御承知のように皇室関係の国家事務とかあるいは天皇の国事に関する事務等をお世話申し上げるということをしているわけでございます。これらの事務は幅広く各省庁の分野にまたがっておりまして、これらの事務を的確に進めていくという上でさまざまな経験とか知識及び行政的な実務の経験を持っている他省庁の出身者に出向をお願いしてこれに当たっているわけでございます。特にその際には、できるだけ宮内庁の勤務の経験のある職員、かつて宮内庁に勤務したとかずっと長く宮内庁に勤務しているとかいうような点を配慮いたしまして問題の生じないようにしておるわけでございます。
 しかしながら、いずれにしましても日ごろから職員相互の連携を密にいたしまして、宮内庁としてのお仕えする面で支障がないように一体性、機動性、この確保にこれからも努力をしていきたいというふうに考えております。
 したがいまして、これからの宮内庁の大事につきましては、仕事の特性とかあるいは職員の規模、職種等を総合的に勘案しまして、長期的な展望に立って採用あるいはその他の人事の運営に当たってまいりたいというふうに思います。
 なお、先ほど来いろいろと御指摘をいただきました勲章紛失のことにつきましては、この勲章、金羊章を持参することを失念したということは確かに担当者の責任でもございますけれども、私どもとしてはこれをチュックできなかった、組織的にチェックできなかったということについて指揮監督が十分に行われなかったということを本当に申しわけなく思っております。
 また、勲章輸送につきましても、担当者は安全性が高くてしかも速やかにという時間的な制約の中で考えたわけでございますけれども、しかし結果としてこれを紛失するという事態が生じました。その点につきましては、どういう手段、方法をもってこの輸送に当たるべきかということにつきましての指揮監督が十分に行われなかったことを本当に申しわけなく思っております。
 今回の事件全般を通じまして、何よりも天皇陛下に大変な御迷惑をおかけしたことを申しわけたく思っておりますし、スペイン政府に対しても遺憾の意を伝え、同時にその協力を得ながら勲章を発見することに今努力している過程でござい圭す。
 こうしたことの経緯を見ながら、再発防止はもとよりでございますけれども、この対応万般について検討してまいりたいというふうに思うわけでございます。
○政府委員(弥富啓之助君) 他省庁からの出向者であるか否かにかかわりませず、職員たる者はそれぞれの持ち場におきましてその職務に専念すべきものと認識をいたしております。
 いやしくも公務に携わる者は絶えず細心の注意を持って事に当たり、与えられた職員を果たすことがぜひ必要ではないかと、かように考えておる次第でございます。
○村上正邦君 総裁、そんなこと闘いているんじゃないんだよ。そんなことは当たり前のことなんだよ。私の言っているのは、それは建前であって、現実にいろいろと耳にするわけ。そこでやっぱり宮内庁のプロパー、キャリアの採用について考えていきなさいよと、こう注文をつけているんだよ。公務員の守秘義務だとか公務員の職務に対する姿勢等を聞いているんじゃない。それは当たり前のことだよ。何あなたそんな形式的なことを、そんなことであなたに来てもらったんじゃないんだよ。前向きにもう少し答弁しなさいよ。
 最後に長官、やはり私は、特に皇室尊厳、そして国民の陛下に対する尊崇の念を、厚くこの理解を賜っていくという、こうした観点できよう私はいろいろと御質問を申し上げました。そうした意味で心の奥にしっかりとどめて、ひとつこれからも長官、長官は昭和の御代から平成にかけて本当に多くの問題、今まで遭遇したことのないような、経験したことのないようなそうした事柄について本当に万全の体制で私はお務めいただいたということについて宮内庁長官に敬意を表しておりますが、さらに先ほど申しましたような切なる我々の皇室に対する思いというものを想いとしてこれからもしっかり輔弼願いたい。
 このことを申し上げて医村上正邦、質問を終わらせていただきます。ありがとうございました。
○萱野茂君 きょうはアイヌ新法制定にということでありますけれども、まず最初に、松本英一先生が亡くなられたその後を受けた私として、一番最初に部落解放基本法制定について特段の御配慮をいただき、一日も早くこの法律が制定されることを心からお願いしたいと思います。
 次に、理事会を通して、きょうは北海道からやってきて、せっかくのこの時間でありますのでアイヌ語でという申し入れをしてあります。短い時間でありますのでよろしくお願いしたいと思います。
 その前に、アイヌ民族の国土である北海道のことについて、ちょっと地名の上から申し上げておきたいと思います。
 今から百三十年ほど音に三重県三雲町出身の松浦武四郎という方が北海道へ行っております。前後十回ほど行ってアイヌからいろいろと地名を聞きまして、それを書き残してあるのが八千カ所から九千カ所あるというふうに北見市の秋葉稔さんという方がまとめたものがあります。
 それで、その地名を私の生まれて育った二風谷のアイヌの村へ持ってきてみますと、武四郎が書き残したと言われる地名がわずか十四カ所、大正十五年生まれの私が二風谷の地名を調査してみますと七十二カ所ありました。ですから、単純な計算で言っても九千カ所の五倍、四万から五万カ所あるということになります。これは推定の部分もありますけれども、現在北海道で使われている地名の九〇%以上はアイヌ語であるということをまず皆さんに知ってもらいたいと存じます。
 次に、アイヌイタッアニということであります。
 イタップリカ ソモネコロカ シサムモシリモシリソカワ チヌムケニシパ チヌムケ カッケマク ウタペラリワ オカウシケタ クニネネワ アイヌイタッアニ クイタッルゥェ ネワネヤクン ラモッジワノ クヤイライケプ ネルウェクパンナ。
 エエパキタ カニアナッネ アイヌモシリ、シシリムカ ニプタニコタン コアパマカ 萱野茂、 クネルウェネ ウッチケクニプ ラカサッペ クネプネクス テエタクルネノ、 アイヌイタッ クイェエニタンペ ソモネコロカ、タナントアナッネ シサムモシルン ニシパウタラカッケマクタラ アンウシケタ アイヌイタッエネアンペネヒ エネアイェプネヒ チコイコカヌ クキルスイクス アイヌイタッ イタッピリカプ ケゥドカンケワ、 クイェハウェネ ポンノネクス チコイコカヌワ ウンコレヤン。
 テエタアナッネ アイヌモシリ モシリソカタ
 アイヌパテッ アンヒタアナッネ ウウェペケレ コラチシンネ ユクネチキ シペネチキ ネフパクノ オカプネクス ネプアエルスイ ネパコンルスイ ソモキノ アイヌパテッ オカプネアコロカ ネウシケウン シサムネマヌプ ウパシホルッケ エカンナユカラ エクパルウェネ。
 インネシサム エッヒオラーノ ユクアウッヒ
 シペアウッヒ ニアドイェヒ ハットホ チコイカラカヲ オロワノアナッネ アエブカイサム
 アウフイカクニ チクニカイサム アイヌウタラ ケメコッペアナッネ ケメコツパワ オドタヌオドタヌ ライワアラパパ シツヌワオカ アイヌウクラカ アイヌイタッ エイワンケクニシサムオロワ ハットホアンワ アイヌイタッエイワンケ、 エアイカプパプ ネプネクス チイェワピリカプ アイヌイタッ ネアコロカ タネアナッネ ウララシンネ ラヨチシンネ ウコチャンチャンケペコロ クヤイヌアコロカ タネオカ ペウレアイヌウタラ ヤイシンリッ、ヤイモトホェプリウェンパワ イタッネヤッカアイヌプリ ネアヤッカ フナラパワ、ウゥォポキン ウゥォポキン エラムオカイパコロ オカルウェネ。
 ネヒオロタ ニシパウタラ クコラムコロヒエネオカピ アイモシルン アイヌウタラカ コエドレンノ シサムモシリタ オカアイヌカ ェネネヤッホ アイヌネノ アイヌイタッアニ ウコイタッパワ ラッチオカ、アプンノオカクニ
 コサンニヨワ ウンコレヤン ヘルクワンノネアゴロカ アイヌイタックイェ、アイヌイタッ エネアンクニ チコイコカヌヒ ラモッシワノ クヤイライケナー
 アイヌ民族の言葉で
 言葉のあやではありませんが、日本の国土、国土の上から選び抜かれてこられた紳士の皆様、淑女の皆様が肩を接しておられる中で、成り行きに従いアイヌ語でしゃべらせてもらえることに心から感謝を申し上げるものであります。
 私は、アイヌの国、北海道沙流川のほとり、二風谷に生をうけた萱野茂というアイヌです。意気地のない者、至らない者、私なので、昔のアイヌのようにアイヌの言葉を上手には言えないけれども、きょうのこの日は、日本の国の国会議員の諸先生方がおられるところに、アイヌ語というものはどのようなものか、どのような言い方をするものかお聞き願いたいと私は考え、アイヌ語を私はここで言わせていただいたのであります。少しですので、私のアイヌ語にお耳を傾けてくださいますようお願い申し上げる次第です。
 ずっと昔、アイヌ民族の静かな大地、北海道にアイヌ民族だけが暮らしていた時代、アイヌの昔話と全く同じに、シカであってもシャケであってもたくさんいたので、何を食べたいとも何を欲しいとも思うことなく、アイヌ民族だけで暮らしておったのだが、そのところへ和人という違う民族が雪なだれのように移住してきたのであります。大勢の日本人が来てからというもの、シカをとるな、シャケもとるな、木も切るなと一方的に法律なるものを押しつけられ、それからというもの、食べ物もなく薪もなく、アイヌ民族たちは飢え死にする者は飢え死にをして次から次と死んでいったのであります。
 生きていたアイヌたちもアイヌ語を使うことを日本人によって禁じられ、アイヌ語で話をすることができなくなってしまいそうになった。言っていいもの、使っていいもの、アイヌ語であったけれども、今現在は、かすみのように、にじのように消えうせるかと私は思っていたが、今現在の若いアイヌが自分の先祖を、自分の文化を見直す機運が盛り上がってきて、アイヌ語やアイヌの風習、それらのことを捜し求めて、次から次ではあるけれども、覚えようと努力しているのであります。
 そこで、私が先生方にお願いしたいということは、北海道にいるアイヌたち、それと一緒に、各地にいるアイヌたちがどのようにしたらアイヌ民族らしくアイヌ語で会話を交わし、静かに豊かに暮らしていけるかを先生方に考えてほしいと私は思い、ごく簡単にであったけれども、アイヌ語という違う言葉がどのようなものかをお聞きいただけたことに、アイヌ民族の一人として心から感謝するものであります。ありがとうございました。
 次に、蝦夷地に対する歴史認識についてということで御質問申し上げたいと存じます。
 アイヌ語を含め申し上げたことは、私の家系が体験したアイヌの歴史、アイヌの気持ちのほんの一部であります。北海道のアイヌは、今このような歴史を踏まえて新たな共生関係をつくるために、旧土人保護法にかわってアイヌのための新しい法律の制定を求めています。政府は、この法律制定の是非を検討するため関係省庁による検討委員会を発足させ、既に六年目を迎えてしいます。そして政府は、この法律制定の前提として、例えば先住民族であるとか先住権についての定義や概念が国内においても国際的にも確立していないとして法制化を渋っています。
 私自身、一人のアイヌの物書きでありアイヌの彫刻師であります。考古学者でも歴史学者でもありませんし、今はやりの形質人類学などはとてもわかりません。また、余り古い話、縄文とか弥生時代の話をしようとしているわけでもありません。日本の社会に近代的な政治体制とか近代的な法律関係ができたころからの話をしたいと思います。
 例えば、政府が今も日ロ両国の最大の課題としている北方領土の問題は、安政元年にさかのぼってのことですから百四十年来のことであります。日本と韓国、朝鮮のことで言いますと、植民地支配の原点であります日韓併合のときから数えても八十四年前からの話であります。ですから、アイヌモシリと日本の関係もそのほどの話であり、政府として責任のない話とは言えないことであると思っています。日本とロシアのこと、日本と朝鮮のことが未解決の問題であるとするなら、アイヌモシリと日本の関係だけを解決済みとするにはいささか手前みその都合のいい話ではないでしょうか。ですから、政府の皆さんと専門的な議論をするつもりはありませんが、私は長い歴史の中で起きてきた事実についてこの機会にお尋ねし、確認したいと思っております。
 これから私が話すことは、私が話すことではなく、平成四年の中学生の社会の教科書に書かれていることであります。それは、江戸幕府の時代、朝鮮も鎖国をしていたが家康の時代に国交が回復した。「琉球王国は、十七世紀の初めから薩摩藩に支配されるようになった。しかし、その後も中国とは独立国として貿易をおこない、中国は、琉球王国を属国あつかいにしていた。また、蝦夷地では、アイヌが独自の社会をつくっていた。」と記述されております。
 すなわら、ここでは日本の社会から見たとき、アイヌが占有していた当時のアイヌモシリ、蝦夷地でありますが、これは朝鮮や琉球大国と同じように独立した国であるとの認識を明らかにしているのであります。文部省が中学校で教えているこのような歴史認識について、政府も同様の御見解と受けとめてよろしいでしょうか。この点についてお伺いしたいのであります。
○説明員(清水潔君) 御指摘の教科書記述についてでございますが、御案内のように教科書の検定制度というのが現在とられておるわけでございますが、これは御案内のように特定の歴史的事象をどのように取り上げて記述するかということは執筆者側に基本的にゆだねつつ、検定においてはあくまで申請図書の記述の欠陥を指摘するということを基本としております。
 したがいまして、文部省といたしましては、検定において国が特定の歴史的事実在確定するというような立場に立つものではございません。
○萱野茂君 次の質問に移ります。
 蝦夷地を日本の領土とした時期についてであります。
 さて、和人が移住し、国家的な侵略と支配が及ぶまでのアイヌモシリは、アイヌによる静かで平和な時代が続いていました。教科書では、アイヌとアイヌ文化、そしてアイヌモシリの崩壊について次のように述べています。それは非常に簡単な記述でありますが、「松前藩は、幕府から蝦夷地の支配が認められると、アイヌをきびしくとりしまり、交易を独占した。そのため、アイヌの生活領域は、しだいにせばめられていったことあります。また、「十七世紀の中ごろ、シャクシャインを中心にアイヌが蜂起すると、松前藩は、シャクシャインを殺害して鎮圧した。」とあります。
 要するに、日本政府はアイヌが独自の社会をつくっていたアイヌモシリ、北海道に無断で踏み込み、やがてアノヌモシリを勝手に自国の領土に編入するのでありますが、このようなことは他国に対する侵略行為であり、武力による行為は武力侵略なのでありますが、そのような歴史認識でよいのでしょうか。政府の御見解をお尋ねしておきます。
 また、日本が蝦夷地を正式に自国の領土とした日はいつなのか。例えば、寛政十二年の東蝦夷の直轄なのか、安政元年の蝦夷地直轄なのか、それとも明治の時代に至って蝦夷地を北海道と改めたとき、もしくは明治十年の地券発行のときとするのか。そして、このように蝦夷地を日本の領土とするに当たって、そこに先住していたアイヌとは具体的にいかなる協議をし、いかなる約束、いかなる条約を交わしたのか、それとも日本政府は全く先住民族であるアイヌを無視したのか。
 これはわずか百年ほど前の話であり、昔話ではありません。日本の近代史にとってとても重要なことでありますからお尋ねをしておきます。歴史的、法的事実についてお教えをいただきたいのであります。
○説明員(鶴岡公二君) ただいまの委員の御質問はいわゆる北海道本島がいつの時点から我が国固有の領土という地位を獲得したかということかと存じます。
 これが具体的にいつ我が国の領土となったかということについては明らかではございませんけれども、江戸時代の末期から明治時代初めにかけまして、我が国と当時の帝政ロシアとの間で国境の画定が行われた際には、いわゆる北海道本島につきまして両国間で全く問題となっておりません。その当時も北海道本島が我が国の領土であるということを当然の前提として日ロ間での交渉が行われた経緯がございます。
○萱野茂君 後ほどその点についてはまだ戻ります。
 次に三番目、外国人ノ土地所有権二関スル法律について。私はこれまで幕藩体制の時代のお話を中心にいたしました。時代をちょっと新しくし、明治年代のお話に移します。
 明治政府は、明治四十三年、外国人に土地所有権を与える方針を出し、明治四十三年四月十三日には外人土地所有法を公布いたしました。この法律の趣きは、当時外国人が日本の国内において土地を所有することについて国際条約と国内法で規制しようとするものでありました。
 この法律では、第二条において、北海道、台湾、樺太については外国人の土地の所有を禁じているのであります。その理由は、いずれも当時なお植民地の性質を有することを理由としているのでありますが、台湾は御承知のとおり中国の領土であり、棒大は明治三十八年の日露戦争の戦利品として南樺太を日本が力ずくで奪った直後であります。すなわち、北海道ももともとアイヌの土地であって、当時既に日本が支配しているものの、その実態はまだ植民地の状態にあるとのことを法律によって明記したものであります。
 このことは明治四十三年三月一日の第二十六回帝国議会において、時の小村外務大臣が、「北海道台湾及樺太ノ如キ、今マダ植民地ノ位地二局ル」と明確にしているのでありますが、このように認識してよろしいでしょうか。この点をお伺いします。
○説明員(鶴岡公二君) ただいま委員御指摘の答弁は、明治四十三年三月一日、外国人ノ土地所有権二関スル法律案を帝国議会において審議されましたときの当時の小村外務大臣の答弁から引用されたものと思います。
 その引用部分でございますけれども、ここで当時小村外務大臣が申し述べましたのは「北海道台湾及樺太ノ如キ、今マダ植民地ノ位地二層ル此ノ如キ未開ノ地二於キマシテハ、土地ヲ」云々と申しておりまして、当時小村外務大臣の念頭にありました植民の地と申す用語というのは、文脈から判断いたしますと、土地を基礎とする植民、すなわち国民の移住により開拓する必要のある土地ということでございまして、今日の国際関係において用いられますところのいわゆる植民地という用語の一般的な意味、すなわち海外の領域に対する本国による政治的、法律的、経済的な支配というような意味合いをもって使用された言葉ではないのではないかというふうに理解をしております。
○萱野茂君 次に移ります。
 北海道旧土人保護法の性格についてちょっとお伺いします。次は旧土人保護法についてでありますが、明治政府は明治三十二年に北海道旧土人保護法を制定いたしましたが、この法律は数回の改正を経て今も現行法として残っていることは皆さん御承知のとおりであります。
 そこで、この法律の性格についてでありますが、アイヌの領土であるアイヌモシリを侵略し、自国に編入した日本国が、旧土人という先住民、旧土人と称する異民族を自国民として同化させ、また狩猟民であった旧土人を農耕民として撫育しようとしたものと理解していますが、いかがでしょうか。
 明治二十六年、第五回帝国議会におきます北海道旧土人保護法に対する加藤政之助議員の報告をちょっと読みます。
 本案は、この内地人の人種と異なるところの北海道の土人という一種の種族に向かってとあります。また、人種の異なるところのかの北海道の土人というのは、北海道をも占領しておったるところの一種の種族ともあります。さらに、全道を占領していた彼らの生活の糧に供しておったところの土地は、今や日本内地の人にことごとく奪われてしまって、彼らはそこを立ち去ったありさまになっておると述べられております。
 これは国会の議事録でありますが、それは明らかに旧土人なる人種が日本人とは異なった人種であること、そしてその旧土人は北海道のすべてに先住し、そこを自分たちの領土としていたこと、さらに内地の日本人がその領土に侵略し、略奪したことを述べたものでありますが、私の認識に間違いはないでしょうか。この辺を確認させていただきます。
○説明員(松尾武昌君) 北海道旧土人保護法は明治三十二年に制定されました。
 この法律の目的でございますが、北海道の開拓が進むにつれ生活の道を失い、困窮に瀕していたいわゆるアイヌの人たちに対しまして、土地を無償で下付し農耕を奨励するなど、アイヌの人々の生活の安定を図るのを目的として制定されたものと承知しております。
○萱野茂君 旧土人の特定についてちょっと申し上げておきます。
 この法律の対象としている旧土人とはいかなる人であるのか。ここに私の家系を示す戸籍謄本がございます。これは私の家系図でもあります、戸籍謄本と家系図があります。その中で旧土人と書いてあるんです。この戸籍は、明治四年の戸籍法の公布に当たってアイヌモシリに住むアイヌを旧土人として平民の戸籍に編入したものであり、もともとの戸籍法には戸主を示す横に旧土人と記載されていたものでありますが、現在の憲法のもとで、それは人権を無視したものとして一時的に墨で消し、抹消したものであります。私のおじいさんは姓だけは和名をいただきました。貝澤となっておりますが、名前はトッカラムというアイヌ名が記載され、ひいおじいさんはイニセキテと記載されております。
 そこで、旧土人とはだれのことなのか。それはアイヌのことであり、もしかして私のことであるのかどうか。その辺、旧土人という言い方、アイヌという言い方、私にあなたですと言ってもらえればそれで結構なんですが、お伺いします。
○説明員(松尾武昌君) 北海道旧土人とは、和人と言われました人たちが北海適に移住していく以前より北海道に居住されておりました人々及びその子孫、すなわちいわゆるアイヌの人たちを言うものでございます。
○萱野茂君 今申し上げましたことの大事なことは、萱野茂を旧土人と、そしてアイヌということを認めてもらえたこと、これが大事なことでありますので、後ほどそれについてはいろんなことで必要になってくるでありましょう。
 次に、オットセイ保護条約についてお伺いしたいと思います。明治四十四年に発効を見たオットセイ保護条約についてお伺いします。
 この条約は、絶滅の危機にあったラッコとオットセイの捕獲の禁止を定めたものでありますが、加盟国は日本、アメリカ、ロシア、カナダの四カ国であります。
 この条約の第四条でありますが、条約加盟国は捕獲禁止を定めた指定海域の沿岸に、この次から読む文は原文のままであります。指定海域の沿岸に生息するインディアン、アイヌ、アリュートその他の土人については捕獲禁止の対象から除外するとの規定であります。要するに、この条約においてアイヌやインディアン、アリュートなどを条約の取り決めから除外し、これらに従来どおりオットセイの捕獲を認めることとしたのであります。それは、アイヌやインディアンが古くからこの沿岸地域に住む住民であったことのあかしでもあります。そして、これらの民族はオットセイを捕獲することで生活の糧を得ていたことなどを考慮したものであることは当然なのでありますが、そのように理解してよいのでしょうか。その辺をお伺いしておきます。オットセイ保護条約の条文についてはここであります。
○説明員(飯野建郎君) 北太平洋のおっとせいの保存に関する暫定条約は、既に一九八四年の十月に終了しておりますけれども、その第七条において、インディアン、アイヌ、アリュートまたはエスキモーが火器を用いないでオットセイを海上で猟獲するものについては条約の規定を適用しないという規定がございましたことは委員御指摘のとおりでございます。
 この条約におきましてこうした規定を設けた理由は、インディアン、アイヌ、アリュート及びエスキモーの生活習慣に特に配慮したことによるというふうに理解しております。
○萱野茂君 ということは、今でもアイヌであれば、インディアンであれば、アリュートであれば、オットセイとかそういうものをとってもいいというふうに考えていいでしょうか。
○説明員(飯野建郎君) 我が国はこの北太平洋のおっとせい暫定条約の実施のための国内法として、臘虎♯肭獣猟獲取締法というのがございます。これによりましてラッコまたはオットセイを捕獲する者については許可をとる必要があるということが規定されております。
 したがいまして、このオットセイを猟獲するためには許可を得る必要があるということでございます。
○萱野茂君 次に、アイヌ語についてお伺いしておきます。
 冒頭に申し上げました私の言葉、皆さんは私が通訳をしなければどこの言葉がおわかりでなかったでしょう。これは決して日本のある地方の方言ではありません。アイヌ語です。アイヌ語は言語的には日本語とは全く違う言葉であります。アイヌは日本人とは異なる文化、言語のもとで生きてきたことをわかっていただけたかなと思っております。今、アイヌ語を完全に話せる人は本当に少なくなりました。それは長いことアイヌにとってはアイヌ語を使うこと自体が差別にさらされることであったがために、だれもアイヌ語を使わなくなった結果であります。
 私は、民族にとって言葉こそその民族のあかしであり、民族の存在をあらわすものであると思い、十数年前から二風谷アイヌ語教室という私塾を開いてきました。昭和六十二年にはこの私塾に北海道の補助がつき、六十三年からは私の願いがかなってようやく文化庁の補助がつきました。
 アイヌ語は私にとっては命であり、この国会でもアイヌ語を使うことを許していただくこととしたのであります。私がこの委員会で質問をするに当たって、委員会事務局から、先生もしアイヌ語を使うのであれば理事会の了解をとってくださいとの話がありました。なぜですかと聞きましたら、別に国会法で定められているわけではないのですが、国会の慣習として外国語を使用する場合は理事会の了解を得ることとしているとのことでありました。アイヌ語は国会でも外国語となっていることを知ったのであります。これもアイヌモシリが異国であったことの一つの証明であり、国会自体がそのことを証明しているのではないでしょうか。それにもかかわらず、日本をして単一民族国家であるとした総理がおられたということは驚くべきことと言わざるを得ません。
 そこで、文部省にお尋ねします。文部省は、学校教育の中でアイヌ語を言語的にどのように位置づけをしようとしておられるのか、今後位置づけをする気があるのかないのか、その辺をちょっとお伺いしておきたいと思います。
○委員長(岡野裕君) 萱野茂君に委員長からお話をいたします。
 アイヌの言葉で先生がお話しになられたいという御意向は理事会で諮ったところであります。しかし、これを外国語だとは言っておりません。それは、国会審議、委員会審議は皆さんで議論を深めるという意味でありますので、皆さんにわかるような言葉でないと審議が進まない。したがって、短時間でアイヌの言葉はとめて、それの通訳をぜひ加えていただきたいといったことでありますので御理解をいただきます。
○萱野茂君 はい、承知しました。
○説明員(清水潔君) 学校教育の中におけるアイヌ語の言語的な位置づけについてのお尋ねでございますが、御案内のように学校教育は学習指導要領に基づいて教育が行われる形になっております。学習指導要領上においてアイヌ語の言語的な位置づけについて明確な規定はございません。
 しかしながら、例えば中学校社会科の地理的分野の教科書におきましては、北海道の地名にはアイヌ語に由来するものが多くあること、あるいはアイヌの人たちがアイヌ語を用いることなどが取り上げられているところでございます。
○萱野茂君 次に、先住民族であることの確認についてお伺いします。大変しつこく質問して恐縮でありますが、とても大切なことでありますので、次に先住民族の定義についてお伺いしたいと思います。
 ここまで私は、旧土人保護法、外人土地所有法、オットセイ保護条約など、これまで日本政府が条約や法律の中でアイヌ民族をどのように扱ってきたかについて申し上げてきました。政府の行為としてアイヌモシリを異国として扱ってきたこと、アイヌを異民族として扱ってきたこと、アイヌが先住民であり、日本はアイヌモシリを侵略し、支配してきた事実について十分御理解いただけたものと思います。それにもかかわらず、政府はアイヌを先住民族として認めようとしていません。これまでの国会の政府答弁を要約しますと、少数民族であることは最近になって渋々認めました。しかし、先住民族であるか否かについては、古くから住んでいることは認めるが、先住民族との固有名詞を使うことはちゅうちょせざるを得ないとしてきています。
 官房長官、私は個人的に長官には三十年来、私の貧しい平取町の中の二風谷村の民芸品アツシ織などをすべてお買い上げ願って、長官に向かって言いづらいし、顔を見ただけでもありがたい人がそこに座っているということで言いづらいのでありますが、官房長官、あなたはかねがねアイヌが北海道の先住民であることを政府に求めてきた第一人者でありますが、きょう私が申し上げたことでさらにその確信を深められたものと想います。先住民族として認めてくださるかくださらないか、その辺をお伺いできれば大変ありがたいと思います。
○国務大臣(五十嵐広三君) ただいまの萱野委員の御意見は、我が国国政史上アイヌ民族出身の国会議員としての、しかもみずからの民族にかかわる初めての御質問でございまして、大変意義深くお伺いをした次第であります。
 ただいまるるお述べになりました御意見は、これまでの歴史においてアイヌの人々が受けた深い悲しみや痛みに満ちたその思いというものを率直に訴えられたものと存じまして重く受けとめさせていただきたい、このように存ずる次第であります。
 御質問の点でございますが、アイヌの方々が北海道に先住していたということは既に学説上の通説でございまして、また先ほどのお話にもございました北海道旧土人保護法の制定自体が北海道に土着する民族としてのアイヌの方々の存在を示しているものであろうというふうに思うところであります。
 しかし、いわゆる先住民族の定義につきましては、先住権との関係もございまして国際的にもまだ明確な定義がございませんで、国連の関係機関でも議論が続けられている難問でありますことは御承知のとおりでございます。政府としては今後アイヌ新法問題論議の中で真剣に検討を進めさせていただきたい、このように思う次第であります。
○萱野茂君 このことについては真剣に検討していただきまして、先住民族であるという簡単な言い方ですが、その中にはいろいろとアイヌ民族としての感慨、重いものがありますので、ぜひ本気で検討してくださることをお願いします。
 次に、アイヌ新法の制定に対する政府の決意についてお伺いします。
 アイヌ新法の制定に対する政府の決意をお聞きするわけですが、政府は中国や韓国、朝鮮などかつてのアジア侵略政策についてその誤りを認めて、関係各国に謝罪の意思を表明してきました。来年は戦後五十年であり、政府としてもさまざまな事業を計画しようとしておられるはずであります。また、この戦後五十年を前に被爆者援護法の制定、従軍慰安婦の問題など、未解決の戦後問題を解決すべきとの強い意欲をお持ちのようであります。今、村山内閣が本当に戦後五十年を迎えようとするのであれば、アイヌ民族の尊厳の回復と新たな共生の社会に向けての第一歩としてアイヌ新法の制定を速やかに決断すべきと思います。
 私にとってはこの臨時国会が初めての国会であります。十月七日の本会議では、私たちの会長であります青大先生が代表質問の冒頭でアイヌ新法問題を取り上げてくださいました。村山総理の答弁について新聞各社は私に感想を求めてきましたが、私は、本当によい答弁は私の質問の順番まで待ってくれているのかなと善意に解釈することといたしました。本日の委員会は私がアイヌ問題を本格的に取り上げた最初であります。尊敬する五十嵐官房長官でありますから期待を込めて静かにこのアイヌ新法問題に対しての御返事を伺いたいと思います。
○国務大臣(五十嵐広三君) 御承知のように、アイヌ新法問題につきましては政府部内で検討委員会を設けましてこれまで検討を続けてきているところでありますが、いわゆる先住民族の定義が明らかになっていないなど結論に至っていないところであります。また、国際的にも現在、国連人権委員会を中心に議論を重ねているところでありますが、これも結論を出す状況にはなっていないようであります。
 しかしながら、政府における検討委員会も六年余りの検討を重ねているところでありまして、また先住民の国際十年が始まる折でもございますから、この際アイヌの方々の思いをしっかり受けとめて、現実的な解決策を見出すべく私といたしましてもできる限りの努力をしたい、このように考えている次第であります。
 また、連立与党におきましてもいよいよ本格的な取り組みがなされているとも聞いておりますので、この議論ともあわせて、この際、人権を重視する村山内閣として真剣な検討を進める決意であります。
○萱野茂君 本当はすぐにということを期待したわけでありますが、前向きで検討してくださるということでありますので、北海道のアイヌの期待を背に私はきょう質問したのであります。官房長官、ぜひ本気で一日も早い制定をよろしくお願いしたいと思います。
 次に、北海道総合開発計画とアイヌ問題について、開発庁にお伺いしたいと思います。
 私は、ここまでアイヌの歴史とかアイヌの文化についてお話をしてきたのですが、ここで北海道の開発政策について一言だけ触れておきたいと思います。
 北海道の歴史、文化は道内数万カ所を超えるアイヌ語による地名に触れるまでもなく、アイヌの歴史、アイヌの文化と深くかかわり、その影響を色濃く引き継いでいるのであります。現に今、北海道庁や開発庁が北海道の産業振興の目玉事業として進めている観光について言えば、その観光地のほとんどがアイヌの文化によって成り立っていると言っても過言ではありません。それにもかかわらず、北海道開発庁が立てた開発計画には、私が見る限りこれまでアイヌのアの字も見当たらないのであります。これほどアイヌの歴史を見事に抹殺し、アイヌの尊厳を無視したものはないのではないか、そしてこのことは今の政府のアイヌ民族への姿勢を象徴しているのではないでしょうか。
 北海道開発庁は、昭和二十五年に設置され、二十六年に北海道総合開発第一次五カ年計画を策定以来、これまで五期の計画がつくられてきたわけであります。
 ここで私は開発庁に提案いたしますが、次の開発計画の策定に当たっては、アイヌと和人の歴史、アイヌ文化の存在について正しい認識を示すとともに、今後の北海道の発展に当たっては異なった文化をともに認め合う共生の社会を目指すこと、またアイヌ文化の伝承と発展は北海道の振興にとって欠かせない施策であることを明記すべきと思いますが、開発庁の考え方はいかがでしょうか、お伺いします。
○説明員(田口平治君) 今お話のございました北海道総合開発計画は、北海道総合開発の向かうべき方向と施策の方針を示すもの、こういう位置づけになってございます。
 現行の第五期北海道総合開発計画でございますが、昭和六十三年度からの十カ年を計画期間としておりまして、産業構造の調整あるいは多極分散型国土の形成あるいは国際化への対応など国全体としての課題を受けまして、活発な研究開発の展開あるいは新たな産業立地の推進、食糧等の安定的、効率的な供給、国民の健康の増進や文化、教育等の場の提供など北海道の豊かな国土資源を活用して我が国の長期的な発展へ貢献することを目標とするとともに、あわせまして産業構造の変化に円滑に対応しつつ道内の産業活動の活性化を図り、国の内外との競争に耐え得る力強い北海道を形成することを目標としているものでございます。
 今お話のございましたように、北海道は古くからアイヌの人々との深いかかわりを持っているということでございまして、御質問ないしその提案の御趣旨につきましては、次期計画の策定に当たりまして貴重な御意見として真剣に承らせていただきたいというぐあいに考えております。
○萱野茂君 次に、北海道ウタリ協会というアイヌの組織があります。北海道で二百十数市町村あるうちの二百近くの市町村から、アイヌ新法制定について早期に制定すべしという議決をちょうだいしています。それで、北海道ウタリ協会が多くの人に見てもらおうと小さな本を書いてあります。それはとても大事なことを書いてありますので、もらった時間がもう少しありますのでそれを読み上げ、皆さんにお聞き願って私の質問を終えたいと思います。
  民族の尊厳を踏みにじった「北海道旧土人保護法」
   保護法制度の背景
  明治維新以来のアイヌ対策は、その根源とするところは同化、保護主義であり、授産と教化を主軸として施してきたが、一朝にしてこれを洗浄することはできないばかりでなく、著しい拓殖事業の進歩に伴い、経済状態は一大の変化を来し、アイヌ民族の生活上に大きな影響を及ぼした。制度としては一般和人同様に取扱われてきたと言っても、その実態は誠に苦しく同一の線上において活動することは不可能であった。
  アイヌ民族は、古来より自然と一体化した独自の宗教二言語、文化、生活習慣をもち主に狩猟・漁労採取によって生活していた北方民族であり、この自然生活時代より脱皮させ、一般和人と同一線上に競争させようとした、開拓使の対策は、あまりにも理想主義に失した政策であったと言える。
  その一例をあげれば、明治八年に、樺太楠渓より江別町に移住したアイヌ民族は、金銭に対する価値判断を理解しないまま、十銭の銀貨一枚をもって一円の買物をする者があるかと思えば、五円札一枚をもって、三十銭の煙草を買い求め、つり銭もとらずに立去るという実態であった。
  このような中にあって、一撰千金を夢見て来道してきた和人と、一緒に競争させた場合、その勝敗は火を見るより明らかであった。
  また、開拓使及び三県時代において、割渡した給与予定地や従来の所有地は、不当な物々交換によって転々として人手に渡り、生活の根拠を奪われたばかりでなく、耕作地は、概ね地券発行条例第十六条の官有地に編入されてあったが、その管理のずさんさから一般和人に払い下げられるといった弊害も生じたのである。
  かくして、アイヌ民族は、急激なる世態の変遷に遭遇して、土地を失い、職に窮し、漸次生活に困窮するに至ったのである。保護救済に努めたといえども開拓事業が最優先の時代であったため、アイヌ対策は、誠に不十分といわざるを得なかったのである。
  このような中にあって明治二十年前後より、ようやく日本の人類学的研究は、自然にアイヌに向けられ、一般社会に紹介されるようになったのである。
  見慣れぬ異人種としてのアイヌを見て、好奇心と同情と、相混淆して、やがて教化すべし、保護すべしの気運が高まり、明治三十二年に「北海道旧土人保護法」の誕生となったわけである。
  アイヌ民族の基本的権利を剥奪この、「北海道旧土人保護法」の誕生を誰が喜んで迎えたであろうか。
 北海道・樺太・千島列島をアイヌモシリ(アイヌの住む大地)として、固有の言語と文化を持ち、共通の経済生活を営み、独自の歴史を築いてきたアイヌ民族の基本的権利を踏みにじり、一方的に法の下に同化。保護政策を打ち立てた政府の姿勢に反発もできず、「無智蒙昧の人種にして、その知識幼稚」(アイヌに対する表現)なるレッテルのもとに、給与地にしばられて居住の自由、農業以外の職業を選択する自由をせばめられ、教育においては、民族固有の言語もうばわれ、差別と偏見を基調にした「保護・同化」政策によって、民族の尊厳をふみにじられたのである。
  この保護法こそ、日本の近代国家への成立過程においてひきおこされた恥ずべき歴史的所産なのである。
 以上申し上げましたいろいろな理由の中で、ぜひアイヌ新法制定は必要なことでありますので、よろしくお力添えのほどをお願い申し上げまして私の質問の時間を終わらせていただきます。
 ありがとうございました。
○委員長(岡野裕君) 午前の質疑はこの程度にとどめ、午後一時に再開することとし、休憩いたします。
   午後零時七分休憩
     ―――――・―――――
   午後一時二分開会
○委員長(岡野裕君) ただいまから内閣委員会を再開いたします。
 休憩前に引き続き、国家行政組織及び国家公務員制度等に関する調査並びに国の防衛に関する調査を議題とし、質疑を行います。
 質疑のある方は順次御発言願います。
○永野茂門君 防衛庁長官、連日大変御苦労さまでございます。先回の委員会で私は全く総理だけにお伺いいたしましたが、本日は防衛庁長官に若干の具体的事項について承りたいと思います。
 最初は、弾道ミサイル対処能力の開発あるいはその保有についてであります。
 大量破壊兵器とその運搬手段及びそれらの技術は、もう大変に世界じゅうに拡散してしまったと表現してもいいくらいに広がってしまいました。そして、これらの兵器あるいは技術の保有国の中には、世界の平和な安建したコミュニティーにそぐわない国も含まれております。そういうことから、私は、世界の主要な地域には弾道ミサイル対処能力を展開して、大量破壊兵器そのものの攻撃でありますとか威嚇を無力化するという必要に、緊急にそういうことに対応できるような状態をつくらなきゃいけないという事態に立ち至っていると認識しております。
 我が国周辺を見ますと、最近話題になりましたまだ解決不十分な北鮮のミサイル保有そしてまた核疑惑もありますし、中国、ロシアの強力なミサイルに日本は囲まれておるわけでありまして、早急に我が国も対処能力を保有するということが要請されておると思います。この分野で最も進んでいる米国と提携しながらその爆待に向かって積極的に取り組むべきであると考えますが、長官はどのように考えているか、お伺いをいたします。
   〔委員長退席、理事板垣正君着席〕
 
 なお、さらにTMDの関係でありますとかあるいは若干のさらに具体的事項は防衛局長の方に答弁をお願いいたしますので、基本的な考え方をお願いいたします。
○国務大臣(玉沢徳一郎君) 御指摘のありました弾道ミサイルに対しての考え方という御質問でございましたが、今日の国際社会におきましては、大量破壊兵器とその運搬手段となり得る弾道ミサイルの拡散が残念ながら進んでおります。また、現実に世界各国は、我が国周辺の国々も含めて弾道ミサイルを保有する国が存在いたしております。
 こういう現状を見ましたときに、我が国の防衛を確保するという観点からも、弾道ミサイルにいかに対処するかということは専守防衛という観点から考えてまいりましても今後の我が国の防衛政策上の大きな課題である、このように受けとめておるところでございます。
○永野茂門君 それでは、防衛局、長にお伺いいたしますが、こういう長官の御方針をいただいて、かつまた米国側からの呼びかけもあってTMDの共同開発について何らかの対応をしようということだと思いますが、TMD共同開発に先立つ調査研究、これについてどのように構想しており、そして来年度予算においてどのようにその要求をされておるか、概略について承りたいと思います。
 さらにまた、本朝の報道によりますと、防衛庁に準備室ができるようなことも報道されましたが、それらについてもし発表できることがありましたら、その範囲内において御答弁をお願いいたします。
○政府委員(村田直昭君) お答えいたします。
 先生御指摘のように、戦域ミサイル防衛につきましては、先ほど大臣からもお話がありましたように我が国の防衛政策上の位置づけ、あるいは我が国の対応についての政策判断を行う必要があるということから、弾道ミサイルの脅威、TMDの具体的内容、その技術的可能性、費用対効果等多岐にわたる問題について検討する必要があると考えております。
 そのために、本件に関する政策判断に必要な技術資料を得ることを目的としまして、今お願いしております平成七年度の概算要求の中に調査研究費として約二千万円を要求、計上いたしておるところでございます。具体的には、弾道ミサイル対処システムの機能等についての評価を行うことを考えております。なお、それに伴いまして外国等の調査に当たる旅費というものも含まれてございます。これが七年度概算要求の概略の内容でございます。
 同時に、今、先生から御指摘がありましたように、これらの問題を解決していくための組織、検討のあり方というようなことにつきましては、先般の大震訪米時におきまして、時期は先般九月でございますけれども、玉沢長官と向こうはペリー長官の間で合意をいたしまして、日米間で政策判断に資するための共同の研究を行うということが合意をされまして、その共同の研究を行うための組織として日米ワーキンググループ、これはSSCの下にワーキンググループがあります。既に三回の会合を開いておりますが、その下にこういう共同研究を行う場を新たに設定しようということで双方から、日本側からの代表者と米側からの副代表者というようなものを設けて研究をスタートしようということに合意をしたわけでございます。それらにつきましては、一番最初にまず弾頭ミサイルの脅威についての分析というようなことから近々スタートをしたいと考えておるわけでございます。
 なお、その組織と別としまして、防衛庁がTMDを進めていくための受け皿として来年以降どうしていくかというようなことについて、一部報道されましたいわゆる準備室を開設するというような話がございますが、これはあくまで来年度の予算要求を受けて、それが認められた上で、仮に認められたとしますならばその予算を執行していく組織として防衛庁全体としてこのTMDの問題を考えていくという場合には陸海空自衛隊のかかわる問題でございますので、そういう意味で総合的な調査室あるいは準備室といいますか、そういうようなものをつくろうということは考えております。
 これはまだまだ来年度予算の要求とのかかわりにおいて今後の話として考えているわけでございまして、現時点ではそれぞれの組織の中で今言ったような対応を考えておるということでございます。
○永野茂門君 極めて重要な施策でありますし、私はこれがすべてであるとは申しませんけれども、将来の防衛においては極めて重大な機能であると思いますので、しっかりと調査研究をして進めていただきたいと思います。
 次に、情報機能の強化改善について承りたいと思います。
 冷戦後の不透明な安全保障環境の中で、我が国は専守防衛という政策のもとに、抑制された防衛力でさまざまな世界の危険に対処しなければならないわけでありますけれども、迅速かつ柔軟に対応ずる能力、特に状況を機敏かつ的確に把握できるような情報機能を持ち、今までの情報機能をさらに強化改善することが非常に必要であると私は考えます。また、世界各地での危険への対応、そして安保環境悪化を防止しそしてそれを改善するなど、今後ますます重視すべきところの国際安全保障のための多角的な協力の役割を果たすためにも情報機能の充実が極めて重要であると考えるところであります。
 しかるに、我が情報能力は文字どおり限定された領域周辺にしか、領域といいますかカバーする地域を含んでおりません。そして必要な情報は、すべてとは言いませんけれども、すべてと言っていいぐらいに米国に依存をしているという寂しい状況にあります。日本海での北鮮のミサイル実験につきましても、必ずしも十分には我が国だけの手段では把握できなかったという御答弁を随分前にいただいておりますけれども、こういうことにかんがみて大きな改善努力が必要だ、こう思います、
 特に、偵察衛星情報の収集能力において極めて重要なものとしてこれを考えなきゃいけないと思うわけでありますが、この種の緊急かつ重要な情報機能の強化改善につきまして長官の所信を承りたいと思います。特に偵察衛星の利用について、これは我が国が保有することも含めまして、保有しない方針というのも一つあると思いますが、そういうことも含めまして基本的な考え方を承りたいと思います。
○国務大臣(玉沢徳一郎君) 私はかねてから、動物の中でも非常に長い耳を持ったウサギは、長い耳は単に長い耳じゃなくしてできるだけ早く構報をキャッチしまして危険を察知して自分の身を守る、こういう役割を果たしておる、こう思うわけでございます。
 我が国は専守防衛、こういう観点に立った場合におきましては、いち早く我が国に迫る危機というものを察知いたしましてそれに対処する、こういう能力を高めるということは専守防衛という観点からも防衛の意義を高めるために極めて重要である、こういうふうに認識いたしておるわけであります。
 防衛庁としましては、従来から種々の事態に対し適切かつ迅速に対応できますよう情報収集、分析能力の充実に努めてきたところでありますが、今後とも不透明、不確実な国際構勢に的確に対応するためこれら能力の一層の充実に努めることか必要であると考えております。
 衛星につきましては、有力な情報収集手段の一つであり、各種情報機能の先案が専守防衛を濠とする我が国の防衛にとって極めて重要であることから、防衛庁といたしましても従来から関心を有しておるところであります。現在のところ、その保育も含め偵察衛麗の利用についての構想ないし計画はございませんが、各国の利用動向等については今後とも注意深く見守って研究をしてまいりたい、このように考えておるところであります。
○永野茂門君 衛星情報というのは非常に細かく明確な情報を得る手段でありますし、広域にわたって必要な情報を大変タイムリーに求め得るものでありまして、私はできるだけ、もちろん米国との共同によって米国の情報を利用するということ自体も大事でありますわれども、みずからの衛星も保有をして、米国の衛星、日本の衛星その他がお互いに補完し合いながら日本の安全、そしてまた世界の安全に必要な情報を収集するというような体制をなるべく早くつくり上げるように、これも非常にコストのかかることでありますのでいろいろと検討をしなきゃいけないことがありますけれども、ぜひそういう方向で御施策をなさるように御検討いただきたいと希望しておきます。
 次は、PKO部隊などにおける警護活動についてお伺いしたいと思います。カンボジアでは、選挙監視要費の繕築的な安全確保のためにPKO要員たる護衛官が情報収集のための巡回を行いました。これは何といっても安全確保が一つの目的であったと言わざるを得ないと観察しております。また、今回のゴマ、ザイールですね、対ルワンダの問題でありますが、NGOの医療員の、これも結果的な安全確保のために人道的救援にはせ参じております我が自衛官が輸送業務というものを行いました。
 このように文民、FKO要員でありますとかNGO要員などの警護目的を派遣されたPKO部隊などで、任務の中で許されておるほかの業務を行うことによって実質的にその目的を達成するということが余儀なくされておる状況であります。今後も一般的にこういう要請は必ずあるというように考えなければならないと思います。もし派遣されておるPKO部隊の自衛官がその要請に全く応じないということをすれば、これは人道的な大きな非難を受けることは間違いありません。それはそのこと団体が人道的な当然の行為であるからであると言えます。
 そこで、防衛庁長官は本件についでどのような所見をお持ちでありましょうか。また、この種の警護業務を、何らかの非常に限定された範囲内でも結構でありますけれども、任務付与をするというようなことを検討するお考えはありませんか。お伺いたしたいと思います。
○政府委員(村田直昭君) 大臣からお答えいただく前に、私から法律上の問題も含めましてお答えしたいと思いますが、先生御指摘の実質的に任務外の警護活動を行わざるを得ない状況というつことでございますけれども今までカンボジア等で行われたいわゆる情報、調査等の収集を指しておるのかと思いますけれどもこれはあくまでそういう任務を遂行するということでその業務か行われた。したがって、それは国際平和協力法上の任務の遂行として行われたわけでございまして、当然先生御承知のとおりでございます。
 今、先生が言われる警護活動というのがもし仮にPKO、NGO等に参加している要員を守るということであるとするならば、それは現在の国際平和協力法上そういう任務が規定されておりません、したがって、それは自衛隊のみみらず日本から派遣された機関でそういうことを行い得ないわけでございまして、これはあくまでそういう法律上の任務というものについての議論が先行して、その上でそういう必要があるというような場合に法改正が行われて実際にその業務が行われるということでしこざいまして、実質的に警護活動をやっているんじゃないかと言われても、私どもそういうことではございません。
 ただ、今までもるるお答えしておりますように、平和協力法の二十四条三項で自衛隊は武器の使用が認められている、そういうような範囲内、あるいは自衛隊の派遣されている部隊が存在することによる一種の存在効果というようなことによって反射的な意味で安全が図られておるというようなことがあるとすれば、そういうことは現行の中で行われているかもしれませんけれども、あくまで今言われたような警護活動の任務を与えるためには、来年が見直しの時期でございますけれども、そういうようなことについての法改正についての議論が先行すべきであるというふうに考えております。
○国務大農(玉沢徳一郎君) ザイールに関して言いますならば、ルワンダ難民支援でございますが、これは人道支援ということになっておるわけでございます。ザイールは独立国、主権国であれ、ますから、あくまでも治安及び警護というのは第一義的にはザイール当局にあるわけでございまして、これは我が国の自衛隊のみならず米軍もフランス軍もそのような警護及び治安対策上の役割は環たしておらないわけでございます。もし今後新たにPKOの部隊が、今検討されているやに聞いておるわけでございますが、派遣をされていくということになった場合におきましては、国際連合とザイール当局との間の話し合いによりましてそういう任務を付与するということが了解された上で活動ができる、こういうように理解をしているところ、でございます。
 したがいまして、その目的目的によって、ケースケースによっでいろいろ違うと思うわけでございますので、我が国の法律をどうするかという問題もありますけれども、やはり国際的な関係というようなものも十分認識をしまして、それらにどう対処するかという観点からもこれは議論を進めていくべきではないか、このように思います。
○永野茂門君 防衛局長並びに長官のおっしゃることは全くそのとおりであると思います。そしてまた、私は決してザイールにおいても、またカンボジアにおいても警護活動を行ったというように申すつもりはありません。任務内のことをしっかりとやったんだというように、その点はそう思っております。
 ただ、こういう事態というのはどうしても今後とも続いてくるので、今後のことについてしっかりと検討して、法律の範囲内あるいは憲法の範囲内といいますか、その中でしっかりとした活動ができるように、部隊がいろいろと重圧を感じながらどうやってその目的を達しようかとか、あるいは任務達成においてどういうようにしようかというようなことを迷わないようなことをしっかりと今後の法律の改正においてやっていただかなきゃいけない、そのための検討はしっかりと進めていただきたい、こういう意味で申し上げたわけであります。
 質問はこれで終わって寺澤同僚に移しますけれども、先々回も申し上げましたように非常に大事な安全保障、防衛というものを御担当なさっておるわけでございますので、来年の予算の確保について格段の御努力をお願いして質問を終わります。
○寺澤芳男君 皆さんよく御承知のように、今非常に激しい勢いで円高が進行しております。きょうは九十八円四十五銭で上げ一服ということでありますが、九十六円台から短期間のうちに激しい円高が続いております。このままでいきますと、日本経済は輸出産業を中心として大変厳しい状態が続くと私は思います。これ以上の円高は産業を空洞化させますし、雇用にも深刻な影響を及ぼしてくるだろうと懸念しております。円高が続く一方で、安くなるはずの輸入品が安くならない、これが内外価格差の問題でありまして、そこにはどうも構造的な問題が横たわっているのではないかと思うわけであります。
 十一月二十一日、総務庁がこのような内外価格差の解消を促すための行政監察を行うという報道がなされました。総務庁は、リベートや希望小売価格など日本独特の商慣行の改善を目的に、流通構造に関する異例の行政監察を初めて実施することを決めたと日本経済新聞では報じております。今回の行政監察について、その目的が内外価格差の是正であるだけに、本来省庁を対象とするはずの行政監察が一体どのような役割を果たし得るのか、いろんな疑問がございますので質問をさせていただきたいと思います。
 まず、行政監察をするに至った総務庁は、この内外価格差の実態、また日本的な商慣行をどのようなものとして把握し認識しておられるのか、ぜひ御答弁をいただきたいと思います。
○政府委員(田中一昭君) 御説明申し上げます。
 ただいまお話にございましたように、日経の夕刊二十一日付でそういう報道がなされたことは事実でございます。ただ、必ずしも正確に伝えていないということをまず申し上げたいと思います。
 来年の一月から三月にかけまして、中小卸売・小売業に関する行政監察を流適合理化を中心として実施することを予定しております。この監察は、中小卸売・小売を中心としました流通の一層の合理化、効率化を図ること等を目的としておりまして、通産省等における中小卸売・小売業に対する流適合理化対策の実施状況について調査を実施するものでございます。その流適合理化の観点から商慣行についても見直しの必要性が指摘されておりまして、各省庁におきましては民間の自主的な見直しを助長するため所要の取り組みがなされておるところでございます。
 私どもの今回の調査におきましても、こうした状況を踏まえまして、流適合理化対策に関連して商慣行についても可能な限り実態把握に努めたいと考えております。商慣行につきましては、今、委員のお話にもございましたが、基本的に民間事業者の商行為でございまして、その見直しも民間事業者が自主的に取り組むべきものと認識しております。商慣行の実情を把握しますために、民間事業者、団体を対象に調査を行う場合には、私ども総務庁の設置法第五条六項に基づきまして協力を得て行うことになります。調査権はございません。いずれにしましても、この調査対象と調査事項を含めまして現在検討中でございます。
 それから、今、内外価格差を是正するためと新聞には書いてありますが、私どもは今申し上げたような流通の一層の合理化、効率化を図る各省庁の施策を見直すということに目的がございまして、直接内外価格差の是正を目的とするものではございません。しかしながら、流通の合理化、効率化を図ることは結果として内外価格差の是正にもつながるものと考えております。
 内外価格差の問題は、委員十分御存じのとおりに政府における重要な政策課題で、各省庁におきまして内外価格差の調査を初めとしまして規制緩和、独禁法の厳正な運用等の取り組みがなされておるものと私ども承知しております。私ども監察局としましても政府におけるこれらの取り組みを注視してまいりたいと考えておる次第であります。
○寺澤芳男君 内外価格差の是正というのは、国民生活を豊かにするためにぜひ手をつけなければならないことでありまして、政府が積極的にその方向で具体的な施策に乗り出すということは大変歓迎すべきことだとは思いますが、問題は、民間で自然発生的に発達し現在も通用している商慣行に行政が直接関与していいのかどうか。いろんな意味で、直接関与しないでそれを指導している省庁を通じて間接的に関与するのかもしれませんが、この辺のところ、日本が世界からジャパンインクと常に官民一致して行動している非常に不可思議な国であるという見方をされやすいので、その辺のところをよくお考えの上、ぜひこの内外価格差の是正ということで非常に適切な手が、しかも常に民主導型で、官はその民の経済活動に関する環境整備をするということで、その根本をどうぞ忘れないようにやっていただきたいと思います。
 さて、民間の問題を扱った過去の行政監察において、だれに対しどのような勧告がなされたのか。また、問題を解決する上でそれらの勧告はどのような実効性を持ったと考えられてよいのか、総務庁長官にお伺いいたしたいと思います。
○国務大臣(山口鶴男君) 私が総務庁長官に就任いたしました後におきましては、シルバーサービスに関する調査を実施いたしました。有料老人ホームの入居予定者には一般的に多額の入居一時金が求められているわけでございますが、どうも入居してみますと最初の宣伝等と大分著しい差があるという点が問題になりまして、これにつきましては平成六年九月十四日に厚生省に対しましてこの検討を勧告いたした次第でございます。
○政府委員(田中一昭君) 若干補足させていただきたいと思います。
 私どもの監察は各行政機関の制度とか運営について監察し調査するものでございまして、したがって言うまでもございませんが民間に対して直接勧告するということはございません。うちの大臣から各省庁の大臣に向けて勧告をするわけでございます。ただ、それで注意を要することは、事業法等で各省庁の権限内、施策が直接及ぶことについては当然民間のことについても我々物を言うわけでございますが、その際も民間に対する直接の調査権はございませんので、ただ国が委託したり補助金を出している場合は我々は直接調査ができます。しかしながら、そうでない場合はできませんので、あくまでもその場合におきましても協力を得て調査をする。
 今、大臣が申しました例は典型的でございますけれども、空白の行政になっておる、弱者あるいは安全を確保する、消費者を保護するという立場で、宅建業のように例えばマンション等については業者が重要事項を説明することになっているわけです。ところが、有料老人ホームにつきましてはそういう重要事項も説明することになっていない。そういうために非常に問題が起きておるものですから、その場合に調査は、私ども協力を得て民間の有料老人ホームを調査しておるわけでございます。その実態から、厚生省に対して法的措置を含めて措置をしてくださいということを申し上げておるわけでございます。
   〔理事板垣正君退席、委員長着席〕
 そのほかにも効果のあったものとしましては、消費者保護に関する行政監察を平成四年六月に勧告しておりますが、こういうエステティック団体に対する問題とかあるいはゴルフ場における農業の問題等々につきまして民間の協力を得ながら施策の充実を図るために各省に勧告している、こういうことでございます。
○寺澤芳男君 内外価格差の是正のためには、私はやはり公正取引委員会の権限を強化して自由な競争を促進するということが一番大事だと思っております。例えばちょっと前まで海外のお土産といえば洋酒ということに相場が決まっていたわけですが、平成三年に公正取引委員会が並行輸入を促進する政策を打ち出して以来、洋酒の値段は大幅に下がりました。それによって、洋酒に関する限り国民の生活は確実に豊かになったわけであります。今回の行政監察も国民の生活を豊かにすることを大きな目標として、ぜひともしっかりやっていただきたいと強く希望いたします。
 次に、十一月十一日、連立与党が各省庁間の人事交流促進のための方策を決定し、総務庁長官、官房長官に対してこれを要請いたしました。これを受けて政府も同じ内容の人事交流方策を閣議決定すると報道されておりますが、今回の人事交流方策は村山政権の行政改革の事実上の第一段となるものであり、注目をしております。
 今回の人事交流の目的、内容等の概略を簡単に説明してください。
○政府委員(杉浦力君) 御説明申し上げます。
 十一日にいただきました人事交流促進のための方策の概要でございますが、基本的には縦割り行政の弊害を除去するというためにお出しいただいた中身でございまして、大きくは三点ございます。
 第一点は、いわゆる旧上級職のうちで行政、法律、経済、こういった関係の職員が本省庁の課長になるまでには全員自分の省庁以外の省庁等の経験を二回以上させること、そのうち一回はできるだけ中央省庁等でやるべしというのが一点でございます。
 第二点は、幹部職員、私ども課長クラスと考えておりますが、幹部職員につきましてもできるだけ各省庁間の人事交流をする。特に、行政官庁を除いたところにその重点を置いてやるべしというのが第二点でございます。
 それから第三点につきましては、これは非常に個別にわたりますが、外務省の関連で大使、公使、領事、こういった方々につきまして民間人の活用をすべしという点、と同時に女性の活用もしていただきたいという点が大きな三点でございます。
○寺澤芳男君 その程度のことであるならば、あえて改革ということではなしに一種の変更ということに属するんじゃないかと思います。非常にマイルドであると思うわけですが、この程度の変更でありながら当初今月十一月中に予定されていた閣議決定が大幅におくれそうだと伝えられております。あるいは年内も無理ではないかという声すら上がっております。
 この点、総務庁長官に人事交流実現の決意のほどをお伺いしたいと思います。
○国務大臣(山口鶴男君) 御指摘の点は重要だと認識をいたしております。
 ただ、局長から答弁がありましたように、今までも上級職になります方は約八〇%ぐらい、他の省庁の経験を持つようにしているのでありますけれども、その交流たるや見ますと、例えば大蔵省から総合調整官庁である総務庁とかあるいは経済企画庁とか、そういったような交流が大部分でございまして、例えば大蔵省と通産省とか、そういった省同士の交流というのは大変少ないわけであります。そういう意味では、今度幹部職員になる者は二回はそういった交流をすべきだということは、今まで省あって省なしとか省あって国なしというような批判がございますけれども、そういったものを解決するのには一歩前進であるというふうに思っております。
 いつにということは、まだ計画しておりません。できるだけ速やかに御要望にこたえて少なくとも改善が実施されますように努力をいたしたい、かように考えておる次第であります。
○寺澤芳男君 十一月三日のヘラルド・トリビューンという雑誌に、戦前の日本政府が軍部の統制に無力であったと同じように、現在日本政府は省庁を統制できていないというふうな指摘がありました。また、大深度の地下の利用といった省庁の枠組みを越える問題が山積している現代の日本において、省益にとらわれない人材を育成するために各省庁間の人事交流を強化することは必須の課題であります。実現に向けた政府の真摯な対応を要望いたします。
 同時に私としては、このような国内的な人事交流とともに、さらに海外勤務を含めた人事交流を提案いたします。具体的には、上級職公務員について採用後、課長昇進時までに一回ないし二回、在外公館や国際機関で勤務することを原則とする人事交流案であります。
 現在我が国は、国際化の進展、国力に応じた国際的責任の増大により、外交体制の強化が急務の課題となっております。この観点から、外交強化懇談会の報告は、これは平成三年に出たものでありますが、外務省の定員の千名の増強を提言しております。私も当内閣委員会において外交体制の強化について幾度も発言してまいりました。しかしながら、その進捗状況は予算の制約もあり芳しくありません。
 そこで、我が国の外交体制を強化するとともに、国際的な視野に立って行動できる公務員を育成するという二つの重要な課題を同時に解決するための方策として、私は海外勤務を含めた人事交流制度の強化を提案するものであります。私の提案に対する所見を現在の海外勤務制度の実情とあわせて御答弁願えればありがたいと思います。
○政府委員(杉浦力君) 実務点につきまして御答弁申し上げます。
 先生がおっしゃいますように、現在の公務員につきましては、国内での広い視野と同時に対外的な視野を広げることは大変大切なことでございます。この観点から、ことしの二月にも行政改革大綱でも決めていただいておりますが、在外公館への出向あるいは国際機関への派遣あるいは外国政府への派遣、留学、こういった点につきましてさらに推進すべしという方針で政府の方も努力をいたしておるところでございます。
 具体的な数字が手元にございませんので申し上げかねますが、それぞれのところで一生懸命努力をしておる。さしあたり私どもの関連で申し上げますならば、各省庁の課長クラスの啓発の中に海外の視察も含めた視野を広げるというコースをつくったりしておるところでございます。
 後で人事院の方から御報告があるかもわかりませんが、人事院の方あるいは関係省庁におきましてもそれぞれ努力をいたしておるところでございます。
○政府委員(山崎宏一郎君) 国際的視野に立った人材の育成ということで人事院海外派遣研修というのを実施しております。長期のものは二年間、若手の公務員を外国の大学院に派遣しまして勉強させる。それから短期のもの、六カ月程度でございますけれども、中堅の公務員をそれぞれの省の抱える問題あるいは自分の抱える問題を持って外国の政府機関あるいは国際機関で勉強させるということで、長期のものは最近で年五十五人、短期のものは年間三十五名程度派遣しております。逐次増加していきたいと思っております。
○寺澤芳男君 特に、国際機関への出向ということにつきましては今後真剣に検討しなければならない問題だろうと思います。きょうは余り時間がありませんので、この問題はまた取り上げてみたいと思います。
 非常に大ざっぱな数字なんですが、今ワシントンに世界銀行、IMF、あるいはMIGA、IFCといった国際機関の職員が一万人おります。一万人のうちで日本人の職員が約百人、一%。日本の国が出しているお金は多分一二、三%あろうかと思います。したがって、千三百人いてもおかしくないにもかかわらず日本は百人しか出していない。この百人のうち多分日本の上級職の公務員が三十人ぐらいいるかと思います、数字は少し大ざっぱ過ぎると思いますが。
 公務員が世界の国際機関に出て、そしていろんな意味で活躍していただく、特に東ヨーロッパすなわち今まで計画経済であったところ、社会主義経済であったところか市場主義あるいは市場経済に移行するその移行の仕方、これは今欧米が、特にアメリカと英国がアングロサクソン的なやり方で一挙にいわゆる民間主導型の市場経済へ持っていく、それがなかなかうまくいっていないケースが多い。そういうときにある程度国が指導して、そして徐々に民間主導型の市場経済に持っていくということになりますと、日本の公務費のその辺の知識、ノウハウが非常に役に立つ場合もあります。
 このように国際機関に派遣し、国際機関で非常にありがたがられながら、しかもなおかつそれぞれ派遣された職員が国際性を身につけていくという、これも一石二鳥の効果があるものだと思います。
 この点についてはもう少し後で機会をいただきまして質問したいと思いますが、最後にその国際的な公務員の育成についての総務庁長官の御意見を闘いて私の質問を終わります。
○国務大臣(山口鶴男君) 寺澤委員の御指摘はまさに的を射た御指摘であろうと思います。
 実は、私の中学の二年後輩の中嶋宏君が今WHOの事務局長をいたしております。また、緒方さんもこれは高等弁務官として御活躍いただいているわけでございますが、これからは私たちがより多く国際機関で活躍するような状況をつくることが政府としても当然考えなきゃならぬ課題ではないかというふうに思っております。
 御指摘を十分踏まえまして対処いたしたいと考えております。
○猪熊重二君 防衛施設庁長官が去る九月九日、那覇防衛施設局内において沖縄の米軍基地の現状を肯定、追認するかのごとき発言及び現在衆議院で各派提案により審議されている沖縄県における駐留軍用地の返還及び駐留軍用地跡地の利用の促進に関する特別措置法案に反対するかのごとき発言をなした旨が報道されており、この問題に関しては十月五日の衆議院本会議において村山総理並びに玉沢防衛庁長官からそれぞれ陳謝の提言があり、また宝珠山施設庁長官自身も九月三十日に右の発言を撤回する言表明しておられます。
 しかし、私はこの報道された内容は単に発言を撤回したからすべての問題が解決したというふうには到底認められない基地の問題に関する重大問題を含んでいる、こういうふうな観点から宝珠山長官に主としていろいろお伺いしたいと思います。
 まず、施設庁長官の発言の前段の右の問題について、発言の趣旨について私の方から申し上げますから、間違っているか間違っていないかお答え願いたいと思います。
 「戦略上の要地には、どうしても防衛施設といいますか軍事施設というものは欠かせないものであります」「これは変えることができるものではない、もちろん量についてはその時々において工夫されて然るべきだと思いま」「この変えることのできない条件を踏まえて、逆にいいますと基地を提供できるという、非常に優れた位置にあるということでもありますから、これをプラスに転じて、基地を受け入れることによって、基地と共生する、共存するという、そういう方向に変化してほしい」。
 以上でございますが、このような発言は間違いございませんか。
○政府委員(宝珠山昇君) 去る九月九日、沖縄県出張の際の記者会見におきましていろいろの質問がございましたが、その沖縄の整理統合に関連する質問の中で、今、先生がお読みになりました趣旨のことを述べたことはそのとおりでございます。
○猪熊重二君 この中で、新聞報道等でもいろいろ問題にされておりますが、「基地と共生する、共存する」ということの授宮の真意をお伺いしたい。
 なぜかというと、通常の言葉で言えば、共存するというのはある程度わかるんです。なぜわかるかといえは、共存というのはAとBがそれぞれ独立性を保ってともに存在する、これが共存という言葉の通常の意味です。共生するというのは、ともに生きるというのは、AとBが一緒になることによって初めて一つのものとして生きていくことができるということだと私は思います。
 沖縄県は基地と一緒になって初めて生きていける、基地なしで沖縄県は生きていけないということを意味している、要するに沖縄県は基地と共生するという方向に変化してほしい、こうあなたはおっしゃっているわけです。
 「共存する」ということと「共生する」ということの違いをあなたはどのようにお考えだったんでしょうか。
○政府委員(宝珠山昇君) 私の発言の真意につきましては、玉沢長官からも本会議の場などを通じて申し上げさせていただいているところでありますが、昭和四十七年に沖縄が我が国に復帰いたしまして以来、密度の高い沖縄の基地をいかに整理統合するかということにつきましては日米両国とも懸命に取り組んできているところでありました。その整理統合について、五十一年であったかと思いますけれども、日米安全保障協議委員会において整理統合を行う方針について合意がなされ、防衛施設庁ではその方針のもとで取り組んできているわけであります。
 しかし、復帰以来一五%ぐらいか二十数年を経たなお返還なされただけで、八五%ぐらいが依然として存在するという状況がございます。これらについてしばしば私どもは、私どもといいますか那覇防衛施設局、防衛施設本庁というものが追求といいますか要請を受けるわけであります。そういう中で私どもは仕事をしているということをまず御理解いただきたいと思います。
 私の発言は、基地の整理統合を進めるについて、これを大前提といたしましで、どうすれば二十年間たった今もなお進まないでいるいろいろな問題というのを円滑かつ迅速に進めることができるかという観点から、基地行政の責任者としての心情を率直に述べさせていただきたいものであります。
 そういう中で御指摘のような言葉を使わせていただいたわけでありますが、これは広辞苑でございますとか日本語大辞典というものの中で私は確かめながら、今、先生がおっしゃるような意味もあるかと思いますけれども、共存というものとそれほど異なる意味で共生というものを使ったものではございませんが、この言葉をあえて使わせていただいたといいますのは、基地の問題について建設的に話し合うことができないだろうか、そういう方向に変化してほしいということの趣旨をこの言葉に託して申し上げさせていただいたものでございます。
 しかしながら、この言葉をめぐりましていろいろと反響がこざいました、整理統合の背景にある沖縄の基地事情についての県民感情に配慮した表現ではないという御指摘もございました。そういうことで県民の皆様には大変御迷惑をおかけいたしました。
 そういうことで、十月五日、経緯を経ましてこれを撤回させていただいたものでございます。御了解、御理解いただきたいと思います。
○猪熊重二君 今の長官のお言葉だと、共存も共生も大して差異はなく用いたというふうな御趣旨がと思いますけれども、しかし問題は、この言葉が出てくる前にあなたは何とおっしゃっているかということなんです。
 「これは変えることができるものではない」「この変えることのできない条件を踏まえて」と、こうおっしゃっている。変えることができるものではないというのは基地のことを指しているんです。基地の状況は変えることができるものではない、この変えることのできない条件を踏まえて、基地を提供できるという非常にすぐれた位置にあるということをプラスに転じて共生したらどうだと、こうおっしゃっている。要するに、共存、共生は同じようなことだとおっしゃるけれども、前後の文段から言っていけば当然あなたはもう少し、共生というのはともかく基地と一体となって、むしろ基地があることをプラスに受け入れてやっていきなさいというふうにあなたおっしゃっているんじゃありませんか。
 もう少し共生という言葉についての重みというか、意味合いというものについてもう一回お伺いしたい。
○政府委員(宝珠山昇君) 先生が先ほど引用されました部分というのは、私の会見の中でのごく一部分であるということを御理解いただきたいと思います。
 整理統合の進め方については、冒頭からかなり長い時間をかけて質問を受け応答しているわけでございます。その中で基地の整理統合というのが、遅々としてと申し上げてよろしいと思いますが、なぜ進まないかということを私なりに責任者として分析してみますと、基地を返せ、返還をしろという要望は出されますけれども、なかなか米軍の運用上からはそれはかなわない。在日米軍として日米安全保障条約による義務を果たすためには同じような機能のものをどこかに求めざるを得ないということを繰り返しているわけでありまして、ゼロか一かの議論になってきておるのがここ二十数年の経過であり、そのために基地の整理統合が進まないという状況を説明させていただいております。
 そういう中で、返還というのを、日米安保反対、基地撤去というような方針のもとで選挙に出られて、それを行政の柱とされているように理解しております。政治的立場としてそのことを私どもはどうこうは申し上げられませんけれども、それでは基地の整理統合という県知事自身の、沖縄県民の要請でもあると理解しておりますが、これを進めることはできませんと。そういうことで、ゼロにしろということではなくて、先ほども先生が引用になられましたように量についてはいろいろと協議に応じられると思いますけれども、ゼロにすることを前提にして立ち退けということだけでは進められませんということを申し上げさせていただいたものでございます。
 そういうことで、言葉にこだわるわけではございませんが、「これは」というのは戦略上の重要性ということでありまして、基地の今のままという趣旨ではございませんことを申し添えさせていただきたいと思います。
○猪熊重二君 この発言をあなたは沖縄でやったことが一番重要なんです。あなたの発言に対し、親泊康晴那覇市長のこの言葉をあなたは闘いてみてください。「全国的に均一に基地が張りつけられている状態なら、一般論としても理解されるだろうが、軍事施設が国内でも突出して集中しているという沖縄の現状からは、決して受け入れられる発言ではない。なぜ沖縄にだけ犠牲を強いるのか。」。
 結局、あなたは基地の問題一般論として抽象的にそういうことをおっしゃったんじゃないんです。沖縄の防衛施設局内の記者会見で沖縄の人々に対して言っている。だから沖縄の人は怒りますよ。
 それでは、あなたにまず伺う。現時点において在日米軍基地の状況について、概括的に全部説明してくれと申し上げても大変ですから、まず基地の面積によって米軍基地の状況。
 一つ、全国の基地面積及びこれと全国面積との比率。二つ、沖縄県の基地面積及びこれと沖縄県面積との比率。三つ、全国基地面積に占める沖縄県の基地面積の比率、これを述べてください。
○政府委員(宝珠山昇君) 詳細な数字の問題につきましては施設部長から答弁させますけれども、防衛施設行政で沖縄にかかわる部分というのは大変大きなウエートを占めております。
 したがいまして、防衛施設庁の職員が防衛施設の沖縄における難しさ、負担の大きさというものについては着任と同時に説明を受けますし、何度もその説明を受けております。当日も、前日であったかと思いますが、那覇防衛施設局長その紬の者から説明を受けております。私の頭の中には当然入っておりますし、全体の中では、米軍の専用施設の中では七五%が沖縄に存在しております。沖縄県面積ということでいきますと一二%ほどが防衛施設で占めておりますが、一一%ほどが米軍の専用施設であります。
 これを沖縄の本島に限りますともっと密度は高くなりまして約二〇%が防衛施設であり、米軍専用施設が一八%であったと思います。これを沖縄中央都に限りますともっと高いものになります。これは何度も沖縄に復帰後年いうかがっておりますけれども、なかなか改善していないというのも、先ほど申し上げましたように二十年近くたちながら一五%であるということからもわかりますように、重要なところになお米軍施設が残っているということは頭に置いております。それゆえに、とうしたらこれを返還し、在日米軍の運用上の要請、すなわち安全保障上の要請と地元の要請との調節点を探ることができるだろうか。それが私ども防衛施設庁の仕事でもありますけれども、そのためには建設的な話し合いのテーブルに着けるようになってほしいという願望を述べたものであります。
 不足いたしました部分については施設部長から補足させますが、ほぼ以上のことでございます。
○猪熊重二君 要するに、全国の基地面積で言った場合に沖縄が七五%を占めている、それは今あなたがおっしゃったとおり。それから、全国の土地面積と基地面積の割合において沖縄県の場合には五百倍になっている。要するに、全国平均の基地面積の比率に対して沖縄県は五百倍の大きさで基地面積を背負っているわけなんです。
 あなたは先ほどから、いや返還するためにはどうだとかこうだとかおっしゃるけれども、こういう沖縄の現状を前提にして、この変えることのできない条件を踏まえて、逆に言いますと基地を提供できるという非常にすぐれた位置にあるということでもありますから、これをプラスに転じてと言っているんです。何で、こんなに日本全国の七五%の基地を沖縄が背負っていて、全国平均に対して五百倍もの基地を抱えているのに、その沖縄に行って、非常にすぐれた位置にあるということをプラスに転じて基地と共生を図れなんということがどこから出てくる。
 もう一度答弁してください。
○政府委員(宝珠山昇君) 沖縄の基地は沖縄県の問題でありますから、北海道に行って発言しても意味のないことであることを御理解いただきたいと思います。
 それから、沖縄になぜたくさんの基地があるかということでありますれば、戦後の歴史を経て今日に至っているわけでございまして、今すぐにそれを変えることはできないと私は考えております。
 その中でも、なお整理統合をしろという御要請を日米両国政府が受けとめて、その方針のもとで努力しているわけでありますが、地方自治体などの地元の協力なしにはこの整理統合というのはできないわけでございます。整理でなくて返還であればそれは地元の方は文句がないと思いますけれども、それでありますと日米安全保障条約に基づきます日本国の義務を果たすことができないということから申し上げさせていただいております。
○猪熊重二君 沖縄開発庁にいろいろお伺いしようと思ったんですが、ちょっと時間がなくなりました。まだ施設庁長官に聞かなきゃならぬことがいっぱいある。沖縄開発庁に沖縄の状況に関して、沖縄の振興開発に関していろいろお伺いしようと思って質問を準備したけれども時間がない。申しわけないけれども細かい質問は全部やめさせてもらいます。
 ただ、沖縄開発庁に沖縄の戦時中の状況だとかそういうものをいろいろお伺いした、説明していただいたそのときに沖縄開発庁からいただいた一枚の文書がある。今次大戦において沖縄がどういう状況に置かれていたかということに関して、私は初めて見たんですが、非常に何というか貴重な文書だと。私は初めて見たものですから本当にそう思いました。
 題目は「昭和二〇年六月六日、海軍沖縄方面根拠地隊の大田實司令官発海軍次官あて電報」という文書なんです。この文書を、お手数ですが開発庁でちょっと読んでいただきたいと思います。
○説明員(川口雄君) 先生今お示しの電報でございますけれども、昭和二十年六月六日、沖縄戦の終了直前の日付でございます。
 その電報は、「沖縄県民ノ実構ニ関シチハ県知事ヨリ報告セラルベキモ県ニハ既ニ通信カナクニ付」ということで「本職県知事ノ依頼ヲ受ケタルニ非ザレドモ現状ヲ看過スルニ忍ビス 之ニ代ツチ緊急御通知申上グ」という趣旨でございまして、沖縄県民の実情を述べております。
 途中省略いたしますけれども、「県民ハ青壮年ノ全部ヲ防衛召集ニ捧ゲ 残ル老幼婦女子ノミガ相次グ砲爆撃ニ 家屋ト財産ノ全部ヲ焼却セラレ
 健ニ身ヲ以テ軍ノ作戦二差支ナキ場所ノ小防空壕二避難尚砲爆撃下風雨二曝サレツツ 乏シギ生活ニ甘とソアリタリ 而モ著キ婦人ハ率先軍二身ヲ棒ゲ 看護炊事婦ハモトヨリ 砲弾運ビ、挺身斬込隊スラ申出ルモノアリ」と述べておりまして、「看護婦二至リテハ軍移動ニ際シ衛生兵既ニ出発シ 身寄無キ重傷者ヲ助ケデ 真面目ニシテ一時ノ感情二馳セラレタルモノトハ思ハレス更ニ軍ニ於テ作戦ノ大転換アルヤ自給自足夜ノ中ニ通ニ遠隔地方ノ住民地区ヲ指定セラレ 輸保送力皆無ノ者 黙々トシテ雨中ヲ移動スルアリ 之ヲ要スルニ陸海軍沖縄二進駐以来終始一貫勤労奉仕、物資節約ヲ強要セラレテ」とありまして、最後に、沖縄は「一木一草焦土ト化セン 糧食六月一杯ヲ支フルノミナリト謂フ 沖縄縣民斯ク戦ヘリ 県民ニ対シ後世特別ノ御高配ヲ腸ランゴトヲ」と結んでおります。
 以上でございます。
○猪熊重二君 どうもありがとうございました。
 この文章を私は初めて読んで、大田實という海軍の司令官がどういう方か全然知りませんけれども、県知事から頼まれたわけじゃないけれども、沖縄の現状を看過するに忍びず海軍次官に電報を打った。しかも、昭和二十年六月六日といえぱきょう死ぬかあした死ぬか、県民のことどころか自分がいつ死ぬかわからぬ状況で、この司令官が海軍次官にあてた電報なんです。そして、沖縄県民が本当に軍のためにも命を捨てて戦ってくれたと。「一木一章焦土ト化セン」「沖縄縣民斯ク戦ヘリ」と書いてあるんです。一番最後に「県民二対シ後世特別ノ御高配ヲ賜ランゴトヲ」と、こう書いてあるんです。
 結局、この司令官は直接の上司である海軍次富に電報を打っだけれども、これが海軍次官から海軍大臣に、総理大臣に、そして当時における統帥権の主体である天皇にまで行っても何とか、この沖縄県民のことを心から感謝するし、こんな苦しみをかけて済まんかったと言っているんです。そして、「県民二対シ後世特別ノ御高配ヲ陽ランゴトヲ」とまで言っているんです。だから、ヒユーマニズムというふうなもの、ヒューマニストというものは人の問題であって、そんな軍人であるとか人の職業やそういうものと無関係です。
 あなたは、この大田實という司令官が言った「県民二対シ後世特別ノ御高配ヲ賜ランゴトヲ」ということをあなたは自分で頼まれたと思いますか、思いませんか。
 要するに、これは戦争中だから統帥権の主体である天皇に届けばいいなと思って打ったかもしれぬ。翻って今の世の中で考えてみたら、日本国民全体が沖縄県民に対して後世特別の御高配を賜りたいと、こう言っているんです。あなたが先ほど言ったことと、この大田實という海軍の司令官とは随分行って来るほど違う。あなたはこの文章を読んだことがありますか。
○政府委員(宝珠山昇君) もう三十年ぐらい前になりますけれども、そのものに接しております。感激をいたしました。特にその現場で読みまして涙の出る思いであります。それゆえに、整理統合を日本国は返還後懸命に努力していると理解しております。
○猪熊重二君 いや、私はきょう河もあなたを攻撃しているんじゃないんですよ。もう少し考えてもらいたいということで今いろいろ申し上げさせてもらっているんです。
 要するに、沖縄は不平等でしょう。差別された状態にあるでしょう。憲法十四条の法のもとの平等というのは直接的には個人の問題。しかし、個人の平等を重蓄したこの憲法十四条の規定は、団体間においたって、あるいは地方自治体のレベルにおいたって平等でなきゃならぬ。その七五%の基地面積を沖縄にしょいかぶせておいて、あと本土の四十六部遺府県は二九%を広い面積にばらまいているだけでいいのかということなんです。
 結局、平等原則にもどった状況、平等原則に反した状況、これを合理化する、それを正当化する理由をあなたは今何だと考えておられますか。
○政府委員(宝珠山昇君) 先ほどの七五%近くといいますのは、在日米軍の専用施設についての数値でございます。日米安全保障体制のもとで自助の努力の一つといたしまして自衛隊がございますけれども、自衛隊の施設と在日米軍を合わせた施設ということでありますと、このパーセンテージというのは大きく異なってまいります。しかし、それとても沖縄に大きな負担をかけているではないかということでありますと先生御指摘のとおりであります。
 しかし、半世紀たとうとしております今日、なお御指摘のように現に基地が存在するということでございまして、その間に政府、米軍ともに努力をしてきておりますけれども進まないという実情があるわけで、これを何とかしようということできております。しかし、ほかのところと平均的に同じパーセントにしろということでございますと、それは今私ども展望を持てるものではございません。日本の他の四十六都道府県にわたりましても、自衛隊施設を含めましての濃密さということになりますと大きな差がございます。近くでも神奈川県というのは非常に大きな地域を在日米軍のために提供しているところでございまして、青森とかその他いろいろとございます。そういうことで、均一にしろというようなことでありますと、そういうことを申し上げられる状況にないことは御理解いただきたいと思います。
○猪熊重二君 私は、均一にしろと言っているんじゃないんです。機械的平等で言えば均一でなければならない。しかし合理性のある、理由のある差別は法のもとの平等に反しないんです、という意味において、沖縄において戦略的な位置からやむを得ぬという部分があるのはそれはそれで認められるんです。ただし、そのために沖縄に戦略的な位置であるとかどうとかというその一言だけで七五%を押しつけておくんじゃなくて、常にその差別、区別の合理性を考えなきゃならない。
 要するに、基本的人権というのは民主主義原理である多数決原理とは異なるということなんです。先ほど、萱野さんがいろいろアイヌのことをお話しになりましたけれども、自由であるとか平等であるとかというこの基本的人権の問題は多数決原理では処理できないんです。多数決原理というのは単なる民主主義の原理にすぎない。それなら、アイヌの人をうんとじゃけんにしようやと多数決で決めたら、アイヌじゃない人が多数でそうだそうだと言ったら、多数決でアイヌはいつだって不利な状況に置かれる。
 多数決でやったら、沖縄に全部基地を持っていっておこうじゃないかと。もし本当の意味の自由と平等という原則が国民の心の中になかったとしたら、多数決原理でやったら全部沖縄に持っていっておけと。賛成多数ですよ。少数者の権利というか、特定の不利益な地位に置かれている者の権利を本当に回復するためには、多数決原理じゃなくて常に自由と平等の原則に対する本当の取り組みがなきゃならぬということを私はあなたに申し上げたいんです。
 あなたも一生懸命それはやっておられるかもしれぬけれども、しかしどうもあなたの話を聞いていると、沖縄はそれでもしょうがない、しょうがないというようにとれる。
 それで、もう時間がなくなりましたから、軍転特借法の問題で、あなたは三点挙げてこの軍転特借法に反対するかのごとき趣旨のことを言っておられる。その三点を全部言おうと思ったんだけれども、時間がないから。
 要するに、あなたが言っている三点のうちの第二点目、この軍転特借法の問題点として、あなたはこれに反対であることの理由として次のように述べておる。「私どもは今、借料を一定額払っているわけでありますけれども、これを返還した後、借りていたときの金額をもとにたしか三年だったかと思いますけれども、三年を限度だったかもしれませんが、払えということがあるわけです。法律的に借りていない土地に借料を払うというのはどういう論理か」ということで、返還された土地についても三年間の、借料じゃないけれどもそれに相当する金銭を払うということを内容とするこの特別措置法に対してあなたは反対しておられる。その理由はどういうことなんですか。
○政府委員(宝珠山昇君) 先生が今、引用になられましたような趣旨のことを発言させていただいておりまして、そこで申し上げたことと異なりません。
 これは法案の八条第二項で、国は土地の返還日の翌日以降三年を超えない期間、賃借料を基準として算定した額を支払わなければならないとされておりまして、この事務を防衛施設庁が行えということになっておりますが、借りているから払っているわけでございますので、返還した後にどういう名目をつけて払うかということは、私どもなかなか何年が限度であれこのことだけからは理解できない。
 これは議員立法でありますが、予算関係法案につきましては国会法に基づいて関係行政機関の意見を聞くことあるべしとなっておりますので、そういう場合に備えまして私ども勉強しているわけでありますが、その一つとして問題提起をさせていただいたところでございまして、そのことは会見の中におきましてもお断りを申し上げて説明させていただいたところでございます。
○猪熊重二君 それはその人のそれぞれのいろんな考えがあると思うんです。
 あなたは、借りてもいないのに何で三年間その後金を払うんだとおっしゃる。しかし、一般の民間における任意の土地賃貸借契約だったならば、契約が終了したからその後賃料を払うとか私わぬとかなんということはあり得ないことだ。しかし、基地の提供ということはそんな純粋な私人間の任意の契約じゃないし、ある意味において契約の締結が強制されているものである、あるいは返還の日時が確定している契約でもない、あるいは長期にわたる貸借の結果として土地そのものの状況も変化しているだろう、あるいは土地の周辺の状況も変化しているだろう。いろんな状況を考えれば、何も三年間の賃料ではない補償的なものを支払うとしても別にそんなにおかしいことじゃないし、物の見方、考え方の問題です。むしろ私が先ほど申し上げた実質的な平等という観点から見たら不平等、あなたに言わせれば厚遇する不平等だとおっしゃるかもしれぬけれども、提供させられた方々から見たら正当な補償だと見ることもあり得る。
 いずれにせよへ私の時間がもう来ましたので、防衛庁長官と官房長官に、時間は短くて結構です、一言で。私は、この施設庁長官の発言にはきょういろいろお伺いしたけれどもまだ納得できぬ、まだやらにゃならぬと思っている。しかし、一分ずつぐらいの時間で申しわけありませんが、この宝珠山長官の発言問題に関して御意見をお伺いして終わりたいと思います。
○国務大臣(玉沢徳一郎君) ただいま御指摘がありました防衛施設庁長官の九月九日の沖縄での記者会見のいわゆる軍転特借法案についての施設庁の対応についてのことでございますが、施設庁の所掌とされた事項との関係で申し上げたと、こういうことだと思います。
 したがいまして、この発言が公務員としての政治的な中立性に反し、自衛隊法で定める隊員の政治的行為の制限の規定に抵触するとは到底考えられない、こういう見解であります。
○国務大臣(五十嵐広三君) 沖縄県民の皆様には戦中戦後を通じまして多大の犠牲と御苦労をおかけいたしているわけでございまして、この機会に改めて申しわけなく存じている次第であります。また、戦後は長期にわたりまして米国の施政下にありましたこと、復帰後も広大な米軍基地が存在していて、大変御迷惑をかけながら御協力いただいていることに改めて心から感謝申し上げたいと思う次第であります。
 御指摘の防衛施設庁長官のいわゆる基地と共存、共生云々などといいました発言につきましては、沖縄の県民感構に配慮を欠いたものであって、沖縄県民の皆様に大変御迷惑をおかけしたことはまことに遺憾と存じているところであります。
 防衛施設庁長官の発言につきましては、十月五日の衆議院本会議における総理と防衛庁長官の答弁を踏まえて、同日の記者会見において防衛施設庁長官が発言を撤回したと承知しておりまして、この点御理解を賜りたいと存ずる次第であります。
 基地行政には地元住民及び自治体などの理解と協力が第一でございまして、このことをしっかり踏まえて基本として基地行政を行っていくことが大事であると考えている次第であります。
○吉川春子君 国家公務員の給与調整額についてまず伺います。
 ことしの人事院勧告で給与のいわゆる調整額について「俸給表構造の変化等を踏まえた見直しを進めていく」ということが述べられています。これについて公務員労働者の間では、調整額の切り下げが行われるのではないかとの不安が広がっています。
 給与法第十条には、職務の複雑、困難もしくは責任の度または勤労の強度、勤務時間、勤務環境その他の勤労条件が同じ職務の級に属する他の官職に比して著しく特殊な官職に対して俸給表の該当のところの俸給月額が適当でないと認めるときは、人事院は俸給月額につき適正な調整額表を定めることができるとしています。つまり、職務の困難さや仕事の厳しさによって基本給の調整を行うということがこの条文の趣旨だと思います。この調整額の適用を受けている職種の職員にとっては、調整による加算を行った金額が基本給になるわけです。調整額によってそれぞれの欄が補整された別の俸給表ができていると同じなわけで、人事院でもミニ特別俸給表という言い方をされていると聞いています。
 それで、端的に伺いますが、これは諸手当とは違う基本給の性格を持つものだと、こういう認識でよろしゅうございますか。
○政府委員(丹羽清之助君) ただいま先生御指摘のように、給与法十条には職務の複雑、困難もしくは責任の度等と書いてあるわけでございまして、これは職務内容等の特殊性に応じまして俸給月額を調整するものでございますから、俸給として位置づけられていると申して差し支えないと思います。
○吉川春子君 そうですね。
 それで、職務の複雑、困難もしくは責任の度または勤労の強度、勤務時間、勤務環境その他の勤務条件に見合う賃金水準として調整数一当たり三%プラス定額というのが現在行われているわけですが、それをもし切り下げる、切り下げるとおっしゃっていないんですが、万一切り下げるというならば、当然、職務の内容に対する評価が下がったのかどうか、ここが問題になるわけですが、現在調整額の適用を受けている職種においてその職務の困難性が下がっている分野というのがありますでしょうか。
○政府委員(丹羽清之助君) 今回の見直しは、先生おっしゃったような適用官職の職務の特殊性の変化等に着目しまして、個々の官職に対する俸給の調整額の適用関係、これを見直すというものではございませんで、全体としまして現行の調整方式による調整が俸給表の構造や特別俸給表の有利性と整合性がとれていないという観点からその適正化を図るということでございまして、おっしゃったようなものにつきまして具体的に今どれがどうであるということは申し上げることができませんけれども、常に社会の変化に応じまして官職の特殊性というものは変化するということがあるわけでございますから、子細に見れば変化しているものもあるんじゃなかろうかと思いますけれども、具体的に今どれがどうというようなことはちょっと申し上げかねると思います。
○吉川春子君 職務の困難性が下がっている分野などというものは、今も指摘されなかったし、そういうものが具体的にあるわけではない、そういうことであろうと思います。
 もしこの基本給そのもの、それに準ずるものということの見直しか行われるとすると、その影響は毎月の手取りの給与はもちろんですが、すべての諸手当、年金にまで及ぶものですね。しかも、対象になる人員というのは九万数千人という数になるわけです。ことしの国家公務員の給与改定は極めて低額に抑えられておりまして、その上、二年連続の一時金切り下げが行われました。このようなときに調整額の実質切り下げを伴うような見直しか万一行われるとすれば、これは非常に給与の大幅ダウンに直結しかねません。こういうような重大な問題について、拙速な実施、見直しをするのではなくて、切り上げるという見直しもあろうかと思いますが、拙速に行うのではなくて、次の人事院勧告の際に詳細な内容を国会に報告してその判断を仰ぐべきだと思うんです。
 給与法というのは、言うまでもありませんけれども、人勧の後に必ず国会へ出てきてこの委員会で審議されてそれで決まるわけですね。ですから、実質的な俸給であるということであるならば、そしてそれを見直すのであれば、どういう見直しであれやはり国会の判断を仰ぐべきだ。それから、直接影響を受ける国家公務員の団体等とよく話し合いその意見を聞きながら検討すべきだ。その二点を強く要望します。いかがでしょうか。
○政府委員(丹羽清之助君) 俸給の調整額の調整方法につきましては、給与法の十条の規定によりまして人事院規則にゆだねられておるわけでございまして、人事院としましても法の趣旨に沿って責任を持ってその内容を定めていくものであると考えておるところでございます。
 今回、調整方式につきまして見直す必要があるということを報告で言及したわけでございますが、俸給の調整額の改正というものは基本的には給与に係るものでございますから、その検討に当たりましては各省庁、職員団体等の御意見も十分聴取しながら行ってまいる所存でございます。
○吉川春子君 人事院規則を国会にかけよ、このように言っているんじゃありませんよ。そうじゃなくて、給与というものは国会にかけて決まるんだから、その具体的な内容の変更にも匹敵するようなものは国会に十分判断する機会を与えるのが手続上重要なことであるから必要ではないか、こういうふうに申し上げているんであって、私はその点を強く要求しておきます。
 そのことを要求して、次の質問に移りたいと思います。
 弾薬輸送船フリント艦長艇と漁船藤丸衝突事故に関する質問を行います。
 ことしの七月十八日午後十時四十分ごろ、佐世保港内において漁船藤丸に米軍の弾薬輸送船フリントの艦長専用艇が衝突しました、藤丸は港外で操業を終えて港の市場に向けて、またフリント艦長専用艇は佐世保港シュリットベースンから港内に停泊中の空母キティーホークに向けてそれぞれ航行中でありました。藤丸は左舷が大破し、船長の藤原さんと妻の洋子さんは頭部打撲症など、フリント艦長艇は船首外板がV字形に破損、乗組賢三人、乗船者六名全員が肋骨骨折など負傷したと聞いております。
 衝突時の様子を船長の藤原さんは、暗やみからいきなり黒いものがどんとぶつかってきたと私にも語りました。相手がだれなのか全くわからなかった。船の前方でエビの選別作業をしていた妻の洋子さんが衝撃でどこかへ投げ飛ばされていなくなってしまった。気も動転して奥さんを捜し回っていた。そのときに相手はこの場からそのまま立ち去ってしまいました。そばにいた仲間の漁船が連絡をとり、やがて海上保安部が駆けつけました。その場で夜中に藤丸の実況見分等を行いました。その衝突の相手がフリントの艦長艇であったことは、翌朝、佐世保の海上保安都がフリントに搭載されている破損している現物を見て確認した。こういうことですね。確認だけですから簡単に御答弁をお願いします。
○説明貫(津野田元直君) 先生御指摘のとおりでございますが、一点だけ、フリントの搭載艇がキティーホークに向かっていたということでございますが、その当時フリントに向かっておりまして、ただ負傷者が生じたものですからその負傷者の救護のためにキティーホークの方に向かったということでございます。それ以外は先生御指摘のとおりでございます。
○吉川春子君 ネービーニュースリリースでは、その十九日、事故のあった翌日、このように言っています。明かりをつけていない船と衝突した。衝突後、不明の船にはっきりした損害もなく自力で航行を続けたと言っているわけですね。こういうマスコミ発表をしています。
 これは事実と違うわけです。衝突した藤丸は明かりをともしていた。そしてその漁船は大破していた。これは間違いないですね。どうでしょう。
○説明員(津野田元直君) 搭載艇の実況見分あるいは関係者の取り調べ等の結果を総合的に判断したわけでございますが、両船の灯火とも点灯していたというふうに私どもでは認定しております。
○吉川春子君 まだそこまで聞いてないんですよ。藤丸は点灯していた、そして漁船は大破していた。こういうことは事実であったわけですね。
○説明員(津野田元直君) 漁船が点灯していた件、それから搭載艇が大破していた件については先生の御指摘のとおりでございます。
○吉川春子君 搭載艇のことをまだ闘いていませんよ。漁船が大破していたということは事実がと聞いているんです。
○説明員(津野田元直君) 失礼いたしました。
 漁船が大破していたという点につきましては事実でございます。
○吉川春子君 アメリカのネービーニュースリリースがうその発表をしていたということになるわけです。
 課長が今大変こだわっていました灯火の点なんですけれども、十一月十一日、海上保安庁はこの事件について、藤原船長と艦長専用艇のメイソン・ウエスリー・ジョン三等兵曹の二人を見張り不十分により業務上過失往来妨害で長崎地方検察庁佐世保支部に送致しました。
 私は現地にも行ってみましたけれども、藤丸は灯火していたという証言はありましたけれども、米軍は無灯火であった、こういう証言があるわけです。無灯火の船、真っ暗やみの海の中でどのように見張りができるというのかと思います。
 米軍が灯火していた、こういう目撃者はいたんですか。
○説明員(津野田元直君) 目撃者その他関係者の供述をもとにいたしまして灯火はついていたというふうに認識いたしております。
○吉川春子君 米軍は自分が灯火していたと言っているんです。米軍以外に米軍が灯火していたという目撃者を知っているんですか。
○説明員(津野田元直君) 第三者である目撃者の取り調べそれから乗船者の取り調べ等々を通じまして、総合的に灯火がついていたというふうに認定したところでございます。
○吉川春子君 私は、総合的に証拠をどうやって調べて判断したかという質問をまだこれからするんですよ。米軍が点灯していたという証言者がいたんですか。その点だけに絞って答えてください。
○説明員(津野田元直君) ございました。
○吉川春子君 本当ですか。だれですか。
○説明員(津野田元直君) 具体的な氏名あるいはその役職などについては捜査の中身に触れるところがございますので、お答えにつきましては差し控えさせていただきたいというふうに考えております。
○吉川春子君 人の名前を言えないというところが怪しいじゃないですか。
 それでは、藤丸のことについて言いますけれども、藤丸は船上でエビの選別もしていたし、船長が灯火したと言っているだけではなくて目撃者の証言もあるわけです。
 事故直前に藤丸とすれ違った瀬川汽船所属の客船せがわ丸船長の田島一幸さんも、藤丸の航行灯も作業灯も確かについていたと。こっちも向こうも当たらないようにお互いに右にかわしたと、航法どおりですね。衝突音を聞きつけて現場に駆けつけたとき、藤原さんの明かりはついていた、しかし米軍の方は明かりは見えなかったと、こういうふうに証言しているわけです。だれが目撃したか、その船に乗り組んでいた人以外はせがわ丸しかそばに駆けつけた漁船はいなくてあと真っ暗やみなんだけれども、それはあなたが言うんだから議事録にとどめておきましょう。
 そうすると、米軍が点灯していたと目撃者以外の証言でどうして総合的に判断したのか、それを伺いましょう。
○説明員(津野田元直君) 目撃者、その他の関係者、それから船艇等に対する実況見分等を総合的に判断いたしまして点灯していたというふうに認定したということでございまして、具体的な目撃者が推測されるようなことにつきましてはお答えは差し控えさせていただきたいというふうに考えております。
○吉川春子君 海上保安庁は私に対して、灯火設備があったんだと、マストが折れたんだと、米軍の。マストの灯火が衝突前には確かに点灯していたんだけれども、折れたときに消えたんじゃないか、こういうようなことをおっしゃっています。
 このマストに灯火設備があったということと、灯火設備があったけれども実際についていたということとは違いますね。だから、実際についていたと言うのだったならば、総合的に判断してとかそういう抽象的なことじゃなくて、例えばマストの先端に明かりがついていたのがありましたとか、それを押収しましたとか、そういうふうに言っていただかないと説得力がないんじゃありませんか。その折れたマストあるいは照明器具、そういうものを押収して調べた結果、米軍は明かりをつけていたと、こういうふうにおっしゃるんですか。
○説明員(津野田元直君) そういった設備の実況見分、それから目撃者を含む関係者からの取り調べにおける供述、そういったものから搭載艇についても灯火がついていたというふうに認定したわけでございます。
○吉川春子君 ちょっと同じ答弁を何遍も繰り返さないでください、いろいろ違うことを聞いているんですから。
 その折れたマスト、それから照明器具、そういうものを押収して調べたんですね。
○説明員(津野田元直君) どういったものを押収したとかということにつきましては、捜査の中身あるいは手法等に触れまずものですから、答弁につきましては御勘弁いただきたいと思います。
○吉川春子君 米軍が灯火していたという証拠がないですね。
 海上保安庁作成の「藤丸と米艦船フリント艦長専用艇衝突事件捜査経過」という文書によりますと、七月十九日に両船乗組員の事情聴取と記されていますけれども、事故の翌日に米軍の乗組員の事情聴取をしたというのは事実なんですか。その同じ文書に、八月上旬、米側より捜査に応じる旨回答という項目がありますね。米軍の捜査に応じると回答があった二週間以上前に米兵を取り調べていたということですか。そうではないでしょう。実際には八月七日か八日、横須賀港に入港したフリント艦内で米兵の事情聴取をしたのが最初じゃないですか。どうですか。
○説明員(津野田元直君) 両船の乗組員につきましては、事故直後に簡単な事情聴取を行っております。その後、米軍の方から捜査に対して協力するという回答がございましたので、八月上旬に至りまして取り調べを行ったということでございます。
○吉川春子君 海上で衝突の瞬間を再現した実況見分をやっていますね。そのときに藤丸とそれからフリントの艦長艇は参加せずに、海上保安庁の船でもって艦長艇に見立ててやっていますけれども、今回の事件でアメリカへ共同捜査の要求をどうしてしないんですか。
○説明員(津野田元直君) 米軍側に対しましては捜査に対する申し入れを行っております。それに対しまして米軍側の方から捜査協力に応じるというお話がございまして、八月の上旬においてその搭載艇の実況見分あるいは乗組員等の取り調べを行ったということでございます。
○吉川春子君 捜査に応じるというのだったならば、その衝突の瞬間を再現したときにどうしてアメリカの搭載艇は参加しなかったんですか。
○説明員(津野田元直君) その時点におきまして米側の方から協力ということができなかったということにつきましては、米側の事情でございますので私どもの方ではちょっとわかりませんが、その後の申し入れに対しましては協力するという御回答をいただいたということでございます。
○吉川春子君 官房長官、お伺いいたします。
 事故が起きましたのが七月十八日です。そして米軍の協力を得て佐世保から横須賀に入港したプリントの捜査を行ったのが八月の七日とか八日とか、随分たってからなんですね。それに至るまで捜査の要求に対してもなかなか応じない、現地の海上保安部は大変困っておられたというのが実情だと私は聞いております。
 そして、アメリカの船が無灯火だったということはもう現地に行けぱみんな言っていることだし、ふだんから無灯火だということも証言としてほ幾つかあるわけなんです。捜査の様子を聞いても非常にあいまいで、とにかく捜査のやり方が及び腰ではないかという印象が強いわけです。また、海上保安庁も確認していますように藤丸は灯火していたわけですね。そして、左の部分が大破していますから右によけたということは明らかなんですけれども、それを米軍は最初無灯火の船にぶつかったと、こういうような発表をしているわけです。
 それからもっと重要なことは、大破した藤丸について、はっきりした損害もなく自力で航行を続けたなどとうそとも言えるコメントを発表して、衝突した当時、真っ暗やみでもう夜中ですよね、そのまま自分はどこかへ行っちゃうと。そういうことは人道上も法律上も許されないんじゃありませんか。車の衝突事故だってお互いに正面衝突して、警察が来る前に片方が逃げちゃったなんて許されませんけれども、海上なんですよ。奥さんとだんなさん二人で船に乗っていて魚の選定作業を奥さんもしていた。そういうときにいきなりぶつけられて、しかもそのまま、どの船がわからないまま逃げちゃった、こういうことは許されないと思うんですけれども、官房長官、どうでしょうか。
○国務大臣(五十嵐広三君) まず、後段のいわば当て逃げのようなものでなかったか、それは人道上許されない行為でないかということでありますが、私どもで聞いてみましたところでは、事故直後に現場でフリント搭載艇乗組員と漁船藤丸船長が話し合おうといたしましたが、英語と日本語の言葉の違いから意思の疎通が図られなかったという経緯がまずあるようであります。
 また、当時フリント搭載艇操船者の話によると漁船藤丸乗組員二名が船上に立っていたということで、この両名は負傷していないというふうに判断をしていたようであります。一方、フリント搭載艇の方は、自分の方の船で多数の負傷者、これは九人重軽傷者が出たのでありますが、を出したものですからそれを救護するために現場を離れた、こういうことのようでありまして、事故発生後五分ほどして現場を離れたというふうに伺っているところでございます。
 なお、捜査に当たって及び腰でないかというようなお話もございましたけれども、これはそのようなことがあってはならないことでありまして、お話の灯火の有無を含めて捜査につきましては厳しく厳正に調べてまいりたい、このように思う次第であります。
○吉川春子君 英語と日本語と通じなかったと言うんですけれども、その通じなかったという意味は、せがわ丸が駆けつけてきたわけです、そして米軍が逃げようとするから、逃げるなど日本語で叫んだけれども、その逃げるなという言葉が通じなかったらしくて相手は逃げたと。そういう話を私は聞いていますが、その当時、船の方で何か言うのに英語でどうのこうのというのは、それはもうそういう事実はなかったと思います。
 けがをしていたと言うんですけれども、まず奥さんははね飛ばされてどこかへいなくなっちゃったんです。だから、船上に二人が立っていたのを見たなんていうのも、それは非常に事実に反して、私は直接船長から聞いたんですけれども、海の中へ投げ飛ばされたんじゃないか、どこへ行ったんだと思って必死で捜して、そして魚をためておく生けすのようなところに落ちていたというのを引っ張り上げたというので、五分ぐらいしかいなくてそれで立ち去ってしまった米軍にそういうことがわかるはずもないし、二人ともけがをしていた。
 いずれにしても、現場からそのまま五分で立ち去ったなどということは非常に許されないことだと思うんです。これはもう本当に重傷であったり海に投げ出されていたりすれば大変なことなんで、こういう問題についても厳しくやはり対応をしていただきたいと思いますし、捜査を厳しくすると官房長官は言われましたけれども、それは今後の教訓として米軍に対する事項で厳しく捜査していただきたいんですが、もう不起訴処分にしてしまっているんですね、米軍に対しては。その問題についてはこの後すぐに伺いたいと思います。
 防衛施設庁長官に伺いますけれども、八月六日、福岡防衛施設局の宇佐美事業部長が藤原氏にお見舞い金を届けていますね。これはどういう性質のお金ですか。
○政府委員(粟威之君) 一般的に米軍の航空機事故等の事故が発生した際には、地位協定第十八条の規定によって、損害賠償等の支払いに先立ちまして被害者等の精神的打撃でございますとか苦痛等に対して謝意の意をあらわし、また事後の損害賠償等の円滑を図るために諸般の事情を考慮して見舞い金を支払うことができることとしているところでございます。
 先般の事故の日本側当事者に渡した見舞い会もこのような性格のものでございます。
○吉川春子君 藤丸は船が大破して修理するのに何百万もかかったと私は聞いておりますが、この損害賠償その他の問題について、法律にも規定があるわけですけれども、もし御本人から申し出があれば日本政府においてこういう問題について積極的に解決するように努力していただけますね。
○政府委員(宝珠山昇君) 防衛施設庁は損害賠償の責務を持っております。地位協定などに基づきまして適切に処理させていただきます。
○吉川春子君 あと法務省だと思うんですけれども、十一月七日、佐世保海上保安部から送致を受けた検察庁は十一日、艦長専用艇の操船責任者のみを不起訴処分にしていますね。これはなぜですか。
○説明員(中井憲治君) 第一次裁判権がないという理由でございます。
○吉川春子君 公務であったと認定したということですか。公務の証明書が出たということなのか、どっちですか。
○説明員(中井憲治君) 地位協定十七条二項同の規定によりまして、我が国に第一次裁判権がないということを理由としたものでございます。
○吉川春子君 ちょっと要領よく答えてください。
 公務中であったと判断したからじゃないんですか。
○説明員(中井憲治君) さようでございます。
○吉川春子君 公務中であったと判断したので第一次裁判権が日本にはない、それで不起訴処分にしたということなんですが、十一月七日に送致を受けて、そして九日に公務証明が米軍から出て、十一日に不起訴処分にしたと、スピードの判断ですね。この間十分に捜査をして、これは公務中であったのかなかったのか、こういう期間があったとは思えませんけれども、どういう判断をしたんですか。
○説明員(中井憲治君) お答えいたします。
 まず、前提の事実についてでございますけれども、いわゆる公務証明の提出月日は平成六年八月九日付でありまして、同日付で米軍当局から長崎地方検察庁あてに提出されております。
 続きまして、いわゆる捜査を尽くしたと言えるかという点のお尋ねかと思いますけれども、本件につきましてはこれは具体的な事件の捜査の内容にかかわることでありますし、また不起訴処分に一方はなっておりますので、このような事案の内容でありますので個別的な捜査状況についてのお答えは差し控えさせていただきたいと思います。
 しかしながら、一般論として申し上げますと、検察官におきましてはこのような結論を出しました以上、所要の捜査を遂げまして、先ほど申し上げましたように地位協定上の「公務執行中の作為又は不作為から生ずる罪」だ、かような認定をしたものだと承知しております。
○吉川春子君 公務であったという前提で伺いますけれども、それならばその事故の責任者はフリント艦長のJ・M・マッキンタイア大佐ではないですか。なぜ三等兵曹という下級階級の兵士のみの責任を問うて送致したんでしょうか。
○説明員(津野田元直君) 操船者としての責任を追及したということでございます。
○吉川春子君 公務という場合に、操船者が公務であればもうそれは公務なのか。例えば、その船に艦長以下女性二人を含む九人が乗っていたわけですけれども、すべて私服であったというような場合に、これはその船全体が公務のために航行していたというふうには考えられないと思いますが、そのときは操舵責任者というんですか、操船責任者、これが公務であれば公務というふうに認定するんですか。
○説明員(中井憲治君) お答えをいたします。
 ただいまのお尋ねは、いわゆる公務執行中であることを認定するためにはどのような捜査をするのかと、かようなお尋ねであろうかと思いますけれども、公務執行中であるか否かということにつきましては、これは個々の具体的な事件ごとに証拠に基づきまして認定いたしますところのいわゆる事実認定の問題でございます。したがいまして、事件によりましてその必要な捜査の内容も異なってくるわけでございまして、一概には申し上げられません。
 一般論としてお答えさせていただきますと、米軍当局から公務証明書の提出があるというのが一般的でございますけれども、これに加えまして、必要に応じまして被疑者及び関係者を取り調べること等によりましてその点を明らかにしていくものと思われます。
 また、本件につきましてどのような捜査をしたかということにつきましては、先ほど来申し上げましておりますように、具体的事件の捜査の内容にかかわることでありますので答弁は差し控えさせていただきたいと思います。
○吉川春子君 一言だけ伺います。
 公務を判断したのは、公務証明書の提出だけではなくて、独自に日本の検察庁が判断した結果である、それも含まれる、そういうことですか、イエス、ノーだけで。今回の場合です。
○説明員(中井憲治君) 今回の場合に限っでどのような捜査を遂げ、どのような根拠に基づいて認定したかということにつきましては、先ほど来申し上げておりますように具体的事件の捜査の内容にかかわることでございますので答弁は差し控えさせていただきたいと思います。
○吉川春子君 それならば検察庁は、アメリカの公務証明書だけに頼ってこれは公務中だと判断して不起訴処分にしたと、こういう疑いも非常に濃厚なわけです。検察庁が責任を持って、証明書もあるし自分たちもそういうふうに判断したとおっしゃらないんですからそういう可能性もあるわけですね。
 時間がなくなりましたので、最後に官房長官にお伺いいたしますけれども、公務か否かの判断も極めて米軍に有利に行われている疑いがありまして、これは一般論も含めて、今回の事例も含めて、これが日米安保条約の実態だと言ってしまえぱそれまでなんですけれども、その被害に遭う日本の国民はたまったものではありません。今回の事例で言うと、公務の認定ということでアメリカ兵のみは不起訴処分にしてしまいました。これでは多くの関係者、市民が疑いを持っている米側の無灯火、このことについて本当に十分捜査できたのかどうか、実態はどうだったのか、こういうことを裁判所でも証明できないのではないんですか。
 一方、被害者と私は思いますけれども、被害者の藤原船長だけについては検察庁による捜査がまだ行われているわけなんです。こんな不公平なことがあっていいんでしょうか。海上に投げ出されそうになって一時間半もその場に置き去りにされていたことといい、今度の問題で送致されて、しかも相手は不起訴なのに日本人だけはまだ捜査が続いている。こういう事件について、もちろんこちらの方の起訴はできないとは思いますけれども、しかしこういう不公平な扱いについて、いかに安保条約があるとはいえ、法律の立場からも踏み外しているんじゃないかと思います。
 そういう点、日本政府においては日本の国民の利益、こういうものも十分に考えて対処していただきたいと思いますが、いかがでしょう。
○国務大臣(五十嵐広三君) 申すまでもなく、地位協定に基づいてそれは適正、厳正に処理されているものと、このように存ずるところであります。
○吉川春子君 今度の事件については今申し上げたようなことです。官房長官、ずっとお聞きになっておられたと思いますけれども、こういう事例において、もう何カ月も仕事ができない、奥さんも自分自身もけがをしてしまった、あげくは送検されてしまった、こういうところに置かれている藤丸の船長の気持ち、立場、生活、そういうものを考えたときに、いかに安保条約が大事だからといってこれで日本の国民の生活や営業が犠牲にされてはなりませんよね。そういう立場で政府は十分対処していただきたいと思います。
 もう一度官房長官の御答弁をお伺いして終わりたいと思います。
○国務大臣(五十嵐広三君) 今申しましたとおり適正に処理されているというふうに思いますが、今の委員のお言葉はよく承った次第であります。
○吉川春子君 終わります。
○委員長(岡野裕君) 本日の調査はこの程度にとどめ、これにて散会いたします。
   午後三時十六分散会
     ―――――・―――――