第131回国会 文教委員会 第2号
平成六年十月二十七日(木曜日)
   午前十時開会
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  出席者は左のとおり。
    委員長         松浦 孝治君
    理 事
                南野知惠子君
                森山 眞弓君
                会田 長栄君
                浜四津敏子君
    委 員
                井上  裕君
                木宮 和彦君
                世耕 政隆君
                田沢 智治君
                上山 和人君
                肥田美代子君
                本岡 昭次君
                森  暢子君
                乾  晴美君
                北澤 俊美君
                木暮 山人君
                及川 順郎君
                橋本  敦君
   国務大臣
       文 部 大 臣  与謝野 馨君
   政府委員
       文部大臣官房長  佐藤 禎一君
       文部大臣官房総
       務審議官     雨宮  忠君
       文部省生涯学習
       局長       泊  龍雄君
       文部省初等中等
       教育局長     野崎  弘君
       文部省教育助成
       局長       井上 孝美君
       文部省高等教育
       局長       吉田  茂君
       文部省学術国際
       局長       岡村  豊君
       文部省体育局長  小林 敬治君
       文化庁次長    林田 英樹君
   事務局側
       常任委員会専門
       員        青柳  徹君
   説明員
       防衛庁教育訓練
       局訓練課長    西ケ廣 渉君
       厚生省大臣官房
       審議官      齋藤  勲君
       厚生省保健医療
       局エイズ結核感
       染症課長     稲葉  博君
       厚生省児童家庭
       局家庭福祉課長  大泉 博子君
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  本日の会議に付した案件
○教育、文化及び学術に関する調査
 (文教行政の諸施策に関する件)
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○委員長(松浦孝治君) ただいまから文教委員会を開会いたします。
 教育、文化及び学術に関する調査を議題とし、文教行政の諸施策について与謝野文部大臣より所信を聴取いたします。与謝野文部大臣。
○国務大臣(与謝野馨君) 第百三十一回国会におきまして文教各般の問題を御審議いただくに当たり、所信の一端を申し述べさせていただきます。
 来るべき二十一世紀に向けて、国民一人一人がゆとりと潤いのある生活を実感し、多様な個性を発揮しながら自己実現を図ることができるような社会をつくっていくために、文教行政の果たすべき役割はますます重要になると考えます。
 私は、文教行政を担当する省として、このような使命に思いをいたし、文教行政各般の推進に全力を挙げて取り組んでまいる所存であります。また、このために、教育や学術を未来への先行投資と位置づけつつ、文教予算の充実確保に一層努めてまいります。
 以下、主要な課題について、基本的な考えを申し述べます。
 第一の課題は、個性の尊重を目指す教育改革と生涯学習社会の構築であります。
 生涯学習の振興のため、多様な学習活動の展開を図るとともに、社会人を対象としたリカレント教育やボランティア活動の支援などの施策を積極的に推進します。また、放送大学については、放送衛星を利用した全国化の実施に向けて準備を進めてまいります。
 初等中等教育においては、みずから学ぶ意欲や思考力、判断力、表現力などの育成を重視する教育の実現に取り組みます。また、総合学科、単位制高校の設置や職業教育の充実など魅力ある高校づくり、高等学校入学者選抜の改善と中学校における進路指導の改善充実などに積極的に取り組むとともに、環境教育や理科教育の一層の充実を図ってまいります。さらに、道徳教育や生徒指導の充実、国旗・国歌の指導等についても引き続き推進するとともに、学校週五日制については、実施の過程で出された課題の解決を図りつつ、その着実な推進に努力します。
 さらに、初任者研修等の充実により教職員の資質の向上に努めるとともに、公立学校の教職員配置の改善を着実に進めてまいります。また、義務教育教科書無償給与制度は今後とも堅持してまいります。
 高等教育においては、戦後最大とも言われる大学改革が進行中であります。カリキュラム改革、大学院を中心とした教育研究の水準の向上、大学入試の改善、教育研究環境の改善充実などに積極的に取り組んでまいります。また、理工系教育の魅力向上に取り組むほか、育英奨学の充実を図るとともに、昨今の学生の厳しい就職状況等にかんがみ、就職指導の充実などに一層努めてまいります。
 私立学校については、その役割の重要性にかんがみ、私立学校振興助成法の趣旨に沿って、その教育研究条件の維持向上と修学上の経済的負担の軽減等を図るため、私学助成の確保などに努めてまいります。
 第ニの課題は、人類の知的創造活動としての学術研究の推進であります。
 大学については、研究施設設備の老朽化・狭隘化・陳腐化、研究費の不足など研究環境の劣化が指摘されており、その改善充実を図ることが緊急かつ重要な課題となっております。
 我が国が、今後、科学立国として発展していくために、科学研究費補助金の大幅な拡充、大学の教育研究施設設備の改善、若手研究者の養成確保など、学術の振興のための総合的な施策の推進に努めてまいります。
 第三の課題は、スポーツの振興であります。
 広島における第十二回アジア競技大会は成功裏のうちに終了したところですが、長野オリンピックを初め、今後も我が国で行われる国際競技大会の開催支援と日本選手の競技力向上を図るとともに、国民のスポーツニーズの多様化を受けて、いつでもどこでもスポーツを楽しめる生涯スポーツの振興が重要な課題となっています。さらに、プロスポーツに対する国民の関心も一層高まっております。
 このため、スポーツ振興基金による助成を含め、スポーツ施設の整備充実、すぐれた指導者の養成確保、各種スポーツ事業の推進など、諸施策の一層の充実に努めてまいりたいと考えております。
 第四の課題は、「文化発信社会」の構築を目指す文化行政の新たな展開であります。
 我が国の伝統文化を継承しつつ、文化の発信と交流を通じて国際社会に貢献するとともに、「文化発信社会」の構築に向けて積極的に文化政策の展開を図ることが極めて重要な課題となっております。
 このため、国立文化施設の整備充実や第二国立劇場の開場に向けての諸準備などを着実に進めるとともに、すぐれた芸術創作活動の推進や若手芸術家の養成の充実に努めてまいります。また、地域における文化の振興に係る各種の施策や文化財の保存と活用のための諸施策を推進してまいります。
 最後に、国際化の一層の進展と情報化社会に対応するための文教施策の積極的な推進であります。
 教育、学術、文化、スポーツを通じて国際交流を推進し、国際社会に貢献していくことは極めて重要な課題であります。このため、ユネスコ、OECD等の国際機関を通じた教育協力や途上国への援助、協力を推進するとともに、留学生交流、研究者交流や国際共同研究の充実等に努めてまいります。また、アジア諸国を初めとする海外の文化遺産保護に関する協力等を積極的に推進してまいります。
 また、情報化の目覚ましい進展に適切に対応するため、情報教育を一層推進し、ソフトウェアや教育方法の研究開発、情報ネットワークの整備等を図ってまいります。
 以上、文教行政の当面する諸課題について所信の一端を申し述べました。
 文教委員各位の一層の御理解と御協力をお願いいたします。
○委員長(松浦孝治君) 以上で文部大臣の所信聴取は終わりました。
 これより質疑に入ります。
 質疑のある方は順次御発言を願います。
○南野知惠子君 自由民主党の南野知惠子でございます。
 改めまして、文部大臣の御就任おめでとうございます。また、このたびノーベル賞や文化勲章を受章されます方々に御祝辞を申し上げます。
 さて質問でございますが、我が国は、先ほど文部大臣から御所信をいただきましたとおり、大学研究施設の老朽・狭隘化など研究機関の貧弱が常々話題となり、学者や研究者が創造性豊かな発想や研究を積み重ねる環境整備が急がれておりますところ、近年、最重点施策の一つとして文部省はその整備を図ってこられ、今回の概算要求においても、卓越した研究拠点、センター・オブ・エクセレンスの形成を目指し六十一億円余りの要求がございますが、その内容をお示しいただきたいと思います。
○国務大臣(与謝野馨君) お答え申し上げます。
 センター・オブ・エクセレンスについては、平成四年の学術審議会答申におきまして、創造性豊かな世界の最先端の学術研究を推進していくためにはその形成が強く望まれると指摘されたところでございます。同審議会は、形成のための施策等についてさらに検討を進め、本年七月、中間まとめを発表いたしました。
 この中間まとめでは、既にセンター・オブ・エクセレンスとしての特色を有している全国共同利用型の研究機関について研究の一層の高度化を図る施策を講じること、国際的に高水準の研究活動を行い、中核的な研究拠点として発展する可能性の高い研究組織についてセンター・オブ・エクセレンスとして育成する施策を講じることが求められているところでございます。
 文部省ではこれを踏まえまして、研究費、設備費等センター・オブ・エクセレンスの形成を促進するための所要の経費を要求しているところでございます。
○南野知惠子君 ありがとうございました。ますます科学立国としての我が国の行く末を見詰めていきたいと思っております。
 次の質問でございますが、私学助成についてでございます。
 大臣の所信表明の中で、私学助成の確保などに努めていく御方針を示されました。
 高等学校以下の私学経常費助成費は、本年度予算において昨年に比べて二五%の減、六百三十五億と二百十二億の大幅削減となり、保護者に大きな不安を与えました。六月九日の参議院予算委員会において、来年度以降の取り扱いについては、国の財政状況と私学助成の重要性、都道府県における実際の助成状況を勘案しつつ予算編成過程において適正に判断するとの意見が示されております。平成七年度概算要求とその理由を簡単にお示しいただきたいと思います。
○政府委員(吉田茂君) 私立高等学校等経常費助成費補助金については、御指摘のような二百十二億円の減額というのが内容でございますが、一方で、地方交付税を特別に充実いたしまして、その結果、国全体としての財源措置が充実されまして、六年度の各都道府県の実際の助成状況について見ますと、引き続き改善が図られております。
 こういう状況を踏まえまして、七年度の概算要求については、私立高等学校の普通科等の四十人学級の推進、あるいは教育の個性化、多様化等、教育改革への私学の自主的な取り組みを財政面から支援するという、そういう理由と申しますか、観点に立ちまして、公私間の格差是正にも資するよう、極めて厳しい国の財政事情ではございますが、対前年度比七十億円、一一%増の七百五億円の増額要求を行っておるところでございます。
 適切な確保について最大限の努力をしてまいりたいと考えております。
○南野知惠子君 ありがとうございました。
 次は、文部省と日教組の関係でございます。
 平成六年十月二十四日のある新聞に、日教組の諮問機関である21世紀ビジョン委員会が将来の教職員運動のあり方を検討した中間報告の記事がございました。文部省と社会的パートナーとなるよう提言したとありますが、これに対する評価及び文部省の対応について大臣の御所見をお願いいたします。
○国務大臣(与謝野馨君) 先生御承知のように、この中間報告はあくまでも中間報告でございまして、現段階で特にその内容についてコメントする保立場にはございませんけれども、この報告書自体は新しい時代に向けた日教組の内部努力の一つのあらわれではないかと思っております。今後は来年三月に最終答申が出されると伺っており、日教組として最終答申を受けまして具体的な検討をされると伺っております。
 文部省としては、日教組の従来の姿勢に変化が見られるかどうかについて今後とも注意深く見守ってまいりたいと思っております。
○南野知惠子君 ありがとうございました。
 次は学校週五日制についてでございますが、月一回の学校週五日制が実施されて約二年が経過した現状から、学校週五日制に対する文部省評価はいかがなものでしょうか。大臣にお尋ねいたします。
○国務大臣(与謝野馨君) 学校週五日制は、段階的に導入することといたしておりまして、平成四年から月一回の実施をしているところでございます。
 先生のお尋ねがもし月二回の学校週五日制のことでございましたら、その実施につきましては、調査研究協力校、これは約七百近くございますが、そこの研究結果などを踏まえまして、現在、協力者会議におきまして過去の調査研究協力校でのいろいろなデータを検討していただいているところでございます。
 文部省といたしましては、そういう検討の結論をまちまして月二回の学校週五日制の実施について判断してまいりたいと考えております。
○南野知惠子君 ありがとうございました。まだでございますならば、現場の準備もございますので早急に決定していただきたいと思っております。
 また、一回の学校週五日制についてでも私学では定着しにくいと言われておりますが、その理由は何なのでしょうか。さらに、それらを懸案とするところに受験シフトを重視する学校が多いために、その制度の定着に受験制度の見直しが必要とされておりますけれども、どのような対策をお考えなのか、お聞かせをいただきたいと思います。
○政府委員(野崎弘君) 私学の実施の状況ということでございます。
 これは平成五年の四月で調査したものと平成六年の四月に調査したものがございますが、この一年間で、例えば高等学校ですと五一%から六一%、中学校で三二%から四三%、小学校で六三%から七五%ということで、実施している学校がふえておりますが、ただ、導入についての検討がいまだ行われていない私立学校もあるという状況でございます。
 特に、校種別で見ますと中学校の比率が高いという状況にあるわけでございまして、この辺の理由が何かということでございますが、これはそれぞれ学校としての考え方というものがあってこのような状況になっていると思うわけでございますけれども、私どもといたしましては、私立学校につきましても公立学校とできるだけ歩調を合わせて学校週五日制を導入していくことが必要である、このように考えておりまして、従来からその積極的な取り組みにつきましてお願いをしているところでございます。今後とも関係者に対しまして理解と協力を求めていきたい、このように思っております。
 それには受験体制というような問題もあるんではないか、こういう御指摘でございまして、やっぱり学校週五日制の実施につきましては幅広い国民の理解を得て実施をしていくことが必要であるというふうに私ども考えておるわけでございまして、そういう意味合いから、明治以来の学校教育に対する考え方というものの転換を迫るものでございますので、段階的に導入をするということで現在月一回を実施しておるわけでございます。
 月二回につきましては、今大臣から御答弁もございましたように、検討していただいておるわけでございますが、そういう中で幅広く国民の理解も得ながら、そして現在高等学校の入試の改善もしております。また、大学におきます入学者選抜も着実に改善が図られているわけでございますので、そういうものと相まってこの円滑な実施ということを図ってまいりたいと思っております。
○南野知惠子君 ありがとうございました。ゆとりのある学習に効果が見られますよう努力していきたいと思っております。
 次の質問は道徳教育の重要性ということについてでございます。
 特に最近の風俗には目に余るものがあり、子供たちの経験してきた学びや、その年代での常識では消化し切れない、判断を超える内容のもの、例えば青少年の目に触れるところにヘアヌードのはんらん、テレクラやデートクラブを利用した売春、下着や制服を売るブルセラショップなど、性に関する過剰な情報が簡単に手に入る状況であり、本、雑誌、漫画、テレビ、ビデオなどを通し、茶の間や閉鎖された子供部屋に届けられております。興味旺盛な子供たちは、冒険心を持ってお金に魅せられ、得た情報をすぐ行動に移していく現状が見られております。子供独特の発想が大人の常識をひっくり返している社会現象も見られます。大臣はこのような状況をどう御認識しておられるのでしょうか。
 また、現行の道徳教育の中で、思いやりや生命尊重などと同じく、性の尊厳という問題についての指導も充実させるべきではないでしょうか。学校教育の中でこのような事態にどう対処されるのか、大臣の御所見をいただきたいと思います。
○国務大臣(与謝野馨君) ただいま先生が御指摘になられた数々の問題については、私は先生と全く認識を一にしておりまして、大変憂慮すべき状況にあるということを考えております。そして、学校において道徳教育の中で性の尊厳ということの指導を充実させるべきという御意見にも、私は全面的に賛成でございます。
 学校教育におきましては、人間の尊重と男女平等の精神に基づきまして、男女の人間関係をどう形成していくかという人間としての生き方など、性の尊厳についての指導を行うことは将来の我が国を担う児童生徒の豊かな人間形成を図る上で極めて重要であると考えております。
 このため、学習指導要領におきましては、御指摘のように、道徳教育においても、小学校高学年においては男女仲よく協力し助け合うこと、中学校においては男女が互いに相手の人格を尊重し健全な異性観を持つことなど、男女が相互に人間として尊重する態度を育成することを基本として、これらの指導内容を明示し、児童生徒の発達段階に応じた指導を行っているところでございます。
 文部省といたしましては、今後とも道徳教育を通じた性の尊厳に関する指導の一層の充実に努めてまいりたいと思っております。
○南野知惠子君 次は、家庭科教育の充実ということについてでございます。
 最近のテレビ情報では、若い娘さんといいますか、女性が洗剤を入れてお米をといだり、サバのみそ煮は熱したおなべの中にサバを入れて上からみそを塗るなどの実演をしておりました。極端な例かもしれないのですが、基本的な知識が欠けていると言わざるを得ないのではないでしょうか。
 一義的には家庭教育の問題であるとも思われますが、学校で体系的により根本的に日本の食文化や健康生活を教えるべきと思っていましたところ、本年度から高校家庭科教育が男女必須としてスタートいたしました。具体的な科目を見ますと、まさに人間教育、生活教育であろうと思われます。このような大人への成熟に向けた基礎教育をぜひ充実させていただきたいと思いますが、現時点での評価について、問題点も含め、大臣の御所見をいただきたいと思います。
○国務大臣(与謝野馨君) 平成六年度から実施されております高等学校学習指導要領におきましては、家庭科教育については、家庭を取り巻く環境や社会の変化等に対応し、男女が協力して豊かな家庭生活を築くため、生活に必要な知識、技能を習得できるようにすることなどの観点から、内容の充実を図ったところでございます。
 御指摘の家庭教育については、例えば「家庭一般」では、「乳幼児の保育と親の役割」の中で「子供の人間形成と親の役割」を、「生活技術」、「生活一般」では、「子供の成長と親の役割」の中で「親の役割と家庭教育」をそれぞれ取り上げることとしております。また、食品文化については、例えば「食物」の中で「食生活の変遷と食文化」を取り上げることとしております。
 文部省としては、今後とも家庭科教育の一層の充実に努めてまいりたいと考えております。
○南野知惠子君 ありがとうございます。よろしくお願いしたいところでございます。
 次は、いじめと不登校のことについてでございます。
 文部省の調査によりますと、近年減少傾向にあったいじめが平成四年度になって若干増加しております。また、学校嫌いを理由に年間三十日以上欠席した小中学生が昨年度より二千六百人増加し約七万五千人に及ぶなど、不登校の児童生徒は調査開始以来の最高となり、事態は深刻化いたしております。
 ある新聞に、先生と目が合うのが怖かったという中学三年生の男の子の打ち明け話なども出ております。いじめ、不登校に至る状況や原因は一人一人異なり一挙に解決できないでしょうが、学校やクラス環境、また人間関係をよくするなどの対処が必要ではないかと思われます。
 また、保健室登校の問題もございます。子供にとって保健室の存在は大きな意味を持っており、近年その業務内容も複雑化し、養護教諭の果たす役割が一層重要になってきていると思いますが、これらのことについて大臣の御認識をいただきたいと思います。
○国務大臣(与謝野馨君) いじめや登校拒否等の問題の解決のためには、学校におきまして児童生徒一人一人の個性を生かし、人間味のある温かい指導を行うことを心がけ、児童生徒が充実した学校生活を送ることができるよう努力することが肝要であると考えております。
 学校における教育相談機能などの充実を図るためには、学級担任や養護教諭などが連携して学校全体で取り組む必要がございますが、近年、心の問題を持って保健室を訪れる児童生徒がふえておりますことも指摘をされております。こうした児童生徒に保健室で対応する養護教諭の役割は大変重要であると考えております。
 こうした養護教諭の重要性にかんがみ、文部省では従来から養護教諭を対象とした研修会を行うとともに、特に心の問題に適切に対処するためヘルスカウンセリングの指導者のための講習会を開催し、養護教諭の資質向上を図っているところでございます。
 今後とも養護教諭の指導力向上に努めてまいりたいと考えております。
○南野知惠子君 ありがとうございました。心と体の健康が、伸び伸びとできる環境が子供たちにとっては大切だと思います。
 今大臣もお触れになられましたが、平成七年度の概算要求でスクールカウンセラー活用調査研究として約一億円を要求しておられますが、その内容についても少しお聞かせいただきたいと思います。
○政府委員(野崎弘君) いじめとか不登校の対策につきましては、学校が校長以下全教職員一致してこれに対応していかなきゃならないということが基本なわけでございますけれども、やはり状況によりましては、教育センターあるいは児童相談所その他の専門関係機関にも頼らざるを得ないというのが現状なわけでございます。しかし、これらの活用にもさまざまな制約、限界がある、こういうことでございます。
 最近、子供たちの心の問題というようなことにつきまして、臨床心理士というような方々がいろんな場で活躍をしておられるわけでございまして、現在約四千人の臨床心理士の方々がおります。教育とか医療あるいは福祉等さまざまな場において当たっているわけでございます。
 この方々の資質の向上を図るというようなことを目的にいたしまして、昭和六十二年に財団法人日本臨床心理士資格認定協会というのが発足をしておるわけでございますが、こういう方々の力というものを学校におきましても活用していくことが大事なのではないか。こういうようなことで、平成七年度の概算要求におきましてスクールカウンセラー活用調査研究というものを要求しておるわけでございまして、こういう方々の学校におきます活用の仕方とかそういうことにつきましてこの中で調査研究をしていきたい、このように思っておるわけでございます。
○南野知惠子君 ありがとうございます。いろいろな方策を講じながら、いじめ、不登校、保健室登校、そういったものを少しでも減少させていきたいというふうに思っております。
 次は、看護関係のことについてお尋ねしたいのでございます。
 看護系の大学の設置が進んでおりますが、そうした大学化が進む中で、養成所を卒業した看護婦たちの四〇%強が大学に進学したいという希望を持っております。
 専修学校卒業者の大学編入につきましては平成五年十一月九日の当委員会において私も質問させていただきましたが、その際の御答弁は、「大学審議会において御議論をいただいている」とのことでございました。その後一年近く経過しておりますので、御検討はどの程度進んでおりますのか、進捗状況を教えていただきたいと思います。よろしくお願いいたします。
○政府委員(吉田茂君) 御指摘のように、専門学校関係者等からの御要望をいただいておるわけでございまして、専門学校卒業後さらに学習を希望する方々の大学への編入学ということにつきまして、現在、大学審議会で検討をいただいております。
 専門学校は、御案内のとおり、制度止一条学校とは別個のもの、こう位置づけられておりまして、大学等に比べて緩やかな基準のもとで独自の目的、教育方針に従って運営をされておる。教育内容もさまざまでございますので、専門学校の卒業者に対しては、現在、制度上大学の途中年次への編入学は認められておりませんが、一方で、専門学校卒業者の大学編入学ということは大学における学習機会の多様化を図る方策の一つということで、生涯学習なりあるいは高等教育の活性化の観点から検討すべき課題であるということで御議論いただいておるわけでございます。
 大学審議会では、一つには、学校教育法上これまで一条学校以外から一条学校への編入学というものは認められていないことから、法律的な考え方をどうするか、それからもう一つは、専門学校の教育内容や水準というものが非常に多様である、これが一つの専門学校の特色でもあるわけでございますが、仮に専門学校卒業者に大学編入学を認める場合の基準をどうするか、こういうことについて現在検討がなされております。
 今後は看護婦養成施設や専門学校の実情を十分踏まえ、大学関係者等の意見も広く伺いながら鋭意御検討をいただくこととしておりますが、何分にも学校の制度の根幹にかかわる事柄でございますので、十分な審議が必要でございます。結論の時期については今のところ明確にはなっておりませんので、御理解を賜りたいと思います。
○南野知惠子君 大体一年前にお聞きしたのと同じではないかなとも思っておりますので、本当に前向きに急いでお取りまとめいただきたいと思っております。看護教育にとっては緊急を要する課題でありますので、さらによろしくお願いしたいと思うんですが、大体いつごろになるのか、おおよその見当をお知らせいただきたいと思います。
○政府委員(吉田茂君) 今申し上げましたように、学校制度の中で編入学については、これをもし実現することとなれば初めてということで、今申し上げまし軽、審議の時間がやはり十分必要であるということで、結論を急いでいただきたいというふうにお願いをしておりますが、今のところいつという時期的なものを申し上げられないので申しわけありませんが、鋭意御検討をいただくように私どもでも努力したいと思っております。
○南野知惠子君 大変苦しい御答弁をいただいたわけでございますが、看護の教育といいますのは他の分野と違いまして、看護婦養成所におきましても、看護系大学、短大、そこら辺におきましても、カリキュラムや実習は同じ指定基準が適用されております。これは他の各種学校、専修学校とは違うところでございますし、大学編入する仕組みについて逆に組み立てやすいのではないかというふうに思いますが、それでもいつまでにその成果が見られるかというのはお示し願えないでしょうか。
○政府委員(吉田茂君) 確かに先生御指摘のように、そういった状況については私どもも十分踏まえてまいるつもりでございます。ただ、今おっしゃったような看護系の専修学校についての状況は御指摘のとおりであろうかと思いますが、制度全般にかかわる問題でございますので、その他全般的な問題、専修学校、専門学校からの大学編入学という大きな課題の中で解決しなければならないという非常に大きな問題でございます。
 そういう意味で、私どもとしては鋭意検討をお願いしておるところでございますが、全体の問題をいつまでに結論を出すということについてなかなか申し上げられないような状況でございますので、検討を急ぎたいと思いますが、ぜひ御理解を賜りたいと思います。
○南野知惠子君 本当に苦しいことを申し上げて申しわけございません。これを進めていくに当たりまして課題がございましたら、また法的な問題としてそれを解決するような方向でございますならば、ぜひまた我々の方にもお知らせいただきたいというふうに思っております。
 そのことに関連しまして、看護のマンパワーというものについて今大きく社会が注目いたしておりますので、質の高い看護を皆様方が望んでおられるのではないのかなと思っております。そういう観点におきましても、看護婦たちが満足して、そして相手の方々にいいケアをするというところに一つのポイントがあろうかと思いますので、大臣、ちょっとお言葉をいただきたいんでございますが。この件に関してよろしくお願いいたします。
○国務大臣(与謝野馨君) 看護婦の職業についておられる方の負担というのは、肉体的にも時間的にも大変な職業であると私はいつも思っておりまして、病院に参りますと、看護婦の皆様方が昼夜をたがわず働いておられる姿というのは本当に感動をいたします。
 そういう中にありまして、質の高い看護をするためには看護教育を充実していくということが大変大事な事でございますし、またいい資質を持った方がなるべく多くこの道に入っていただくということも大事でございます。医療の水準がますます高くなっている状況にかんがみまして、看護婦の皆様方の資質向上、このためには私どもやはり最大限の努力をしていかなければならないことであろうと思っております。
○南野知惠子君 ありがとうございました。ぜひ大臣におかれましても編入の問題点については鋭意早急に御返事いただきたい、御検討いただきたいと願うところでございます。
 次に、もう一つ問題点がございますが、平成六年四月に看護系大学を三十校もつくっていただき、我々、資質の向上ということについては文部省の大きな力を評価させていただきたいと思っておりますが、そのうち十三校しか助産婦教育がなされておりません。科目選定は各大学の自治によるものだと存じておりますが、大学教育の中で助産学、助産婦教育が取り入れにくい現状があるのであればお示しいただきたいと思います。
○国務大臣(与謝野馨君) 先生御指摘のように、我が国におきます急速な高齢化の進展及び保健医療を取り巻く環境の変化等に伴い、質の高い看護婦等の養成が社会から強く求められておりまして、文部省としては、先ほど申し上げましたように、国公私立を通じまして看護系大学の整備に積極的に対応することとしております。
 この結果、先生のお話のように、平成六年度におきましては看護系の大学は三十大学となっており、平成三年度と比較して十九校の増加となっております。このうち、助産婦の資格を取得し得る課程を有しているのは十三大学となっておりますが、大学から助産婦課程の指定を申請された場合には積極的に指定してまいりたいと考えております。
 なお、平成七年度に向けて看護学科の設置等の概算要求をしておりますのは、国立の三大学、すなわち金沢大学、山梨医科大学、浜松医科大学でございますが、そのうち二大学、すなわち金沢大学、浜松医科大学におきましては助産婦養成課程を置くことを予定しております。
○政府委員(吉田茂君) 事務的に申し上げますと、困難な状況と申しますと、やはり教員の確保が一つございます。それから、実習中に、分娩の取り扱いについては学生一人につき十回以上というような基準がございます。そのための実習施設の確保、こういった点に困難があるわけでございますが、今大臣申し上げましたような方向で十分な努力をしてまいりたい、かように思っております。
○南野知惠子君 ありがとうございました。
 そういう意味では、我々の助産婦教育ということも、実習を含めてカリキュラム構成と教員数などにも原因があるのではないかということは重々存じ上げております。
 しかし、最もゆとりのない教育の一つに大学の中における助産婦教育がなっているのではないかとも思われております。性教育、妊産婦教育、生命の誕生など親としての体験をする不安なときに、その人たち、家族の身近にいる職能者、研究者を育てる教育でございます。助産婦は、ミッドワイフといいますが、ウィズワイフ、婦人とともに生きるという意味を持ち、母子保健、地域保健の担い手として欠かせない存在でございます。その教育のあり方と数の確保などがこれからの日本にとっても、また国際貢献をするという立場にとっても大切だと思っております。
 大臣の御誕生のとき、そこに助産婦の手がなかったでしょうか。助産婦教育に対する大臣の認識をお伺いいたします。
○国務大臣(与謝野馨君) 私は、多分、三楽病院という病院で生まれましたので、助産婦の皆様方のお世話にならずに病院で生まれました。
 しかしながら、助産婦の皆様方に働いていただかなければならない場面はたくさんあるわけでございまして、先ほど申し上げましたように、各大学等におきまして助産婦の皆様方に対する教育等もさらに充実してまいりたいと思っております。
○南野知惠子君 ありがとうございます。幸せな妊産婦は幸せな子供を産んでくださると思います。少子化の問題につきましてもそこら辺に大きなポイントがあるのではないかなと思っております。助産婦、看護婦の問題で大変時間をとらせていただきましたが、いいお答えを望んでおりますので、よろしくお願いしたいと思っております。
 次は、原爆ドームの世界遺産についてでございます。
 我が国は世界唯一の核被爆国であります。原爆ドームを後世まで保存し、ノーモア・ヒロシマ、ノーモア・ナガサキを心から念じ、平和を愛する国民であることを世界じゅうに訴えていきたいと思っております。
 戦後五十年の節目を迎えるに当たりまして各方面で種々検討されていますが、本委員会でも、去る七月に広島に委員派遣を行い、原爆ドームの保存状況などを調査しております。さきの広島アジア大会においても、アジアの各国の多くの選手がドームを訪れ、平和への祈りをささげたと聞いております。
 政府としても、なるべく早期に世界遺産として保存を進めていただかなければなら低い時期に来ていると思いますが、大臣の御所見をお伺いいたします。
○国務大臣(与謝野馨君) 原爆ドームを保存することの重要性については、私の認識は先生の認識と全く一致をしております。
 この原爆ドームを世界遺産として登録するための手順は、第一は、国内法で、具体的には文化財保護法で指定をするという作業が必要でございます。そして、それが済みますと、第二段階の登録のための手続が必要でございます。
 これらの文化財につきましては、比較的近い時代、すなわちこの種の文化財を指定しました最後のものは明治二十三年のものでございまして、それから百年たっておりますが、その間の文化財指定はこの種のものに関してないわけでございます。その場合は、やはり文化財保護法上、どういう基準をもって文化財に指定するかというあらかじめ基準の議論をしなければなりません。
 このための審議会は臨時的にこの手続を急ぐという観点から既に開かれておりまして、そうたくさんの時間をかけてやるわけにはまいりませんけれども、基準を決めるわけですから、そう簡単に右から左に結論が出るという種類のものでもございませんが、先生初め委員会の皆様方が考えられている方向で私どもは作業が進んでいるのではないか、そして来年ぐらいには遺産に登録するための諸準備が整うのではないかというふうに考えております。
○南野知惠子君 ありがとうございます。
 なるべく早くぜひそのような方向に向かっていただきたいと思いますし、原爆ドームは世界において日本に一つしかない、そういった問題でございますので、御検討をよろしくお願いしたいと思っております。
 次は文教予算についてでございますが、大蔵省サイドでは、来年度の予算編成におきまして一層の歳出の削減が必要とし、教育、福祉も含め、聖域を設けずに各省庁の要求を絞り込む方針と言われております。しかし、教育、学術研究は国の基本であり、日本の未来を見据えていかなければならないと思っております。国は人なり、人は教育なりと思いますし、その国の文化のバロメーターは文部省の予算とも言えるのではないかと思っております。文教予算の充実に向けての大臣の御認識、また御決意をお伺いしたいと思います。
○国務大臣(与謝野馨君) 大変御激励をいただきましてありがとうございます。
 私どもとしては、次代を担う青少年の育成や基礎研究の推進、文化の創造と発信など、文教政策は国づくりの基本であり、そのための予算の充実は先生御指摘のように極めて重要な問題であると、また課題であると認識をしております。
 このため、厳しい財政事情のもとではございますけれども、来年度予算編成においても、教育、学術、文化、スポーツの各般にわたる政策課題に適切に対応するため、必要な文教予算の確保に最大限の努力を行ってまいる所存でございます。
○南野知惠子君 大変御決意いただきましてうれしく思います。
 先生のおばあ様でいらっしゃる与謝野晶子氏の大きな情熱に我々女性もあやかっていきたいと思っておりますので、その分、文教の問題点についても大きなる日本の国をつくっていくという御覚悟でお取り組みいただきたいと願望いたします。よろしくお願いします。ありがとうございました。
 質問を終わります。
○木宮和彦君 木宮和彦でございます。
 きょうは、まず、与謝野大臣、最も私が尊敬している大臣でございますし、政治家であります。また、お若いし、毛並みもいいし、頭もいいし、もう言うことはないんでして、ただ、先ほどから答弁を聞いておりますと、今まで自由奔放にお話しくださった大臣が非常に慎重に答弁されている。これだけはがっかりいたしました。私は大臣のおっしゃたことを引用して後でもっていじめるというようなことは全くございませんので、ひとつ本心で所信をお話しいただければ大変ありがたい、こう思います。よろしくお願いいたします。
 私は、実は、参議院に出まして、参議院でやるべきことは何かなと自分で考えておりましたら、やはり衆議院と違って、二院である以上は私は参議院というものは百年の計をやらにゃいかぬじゃないかと。衆議院の先生方は非常にお忙しいんで、解散ばっかりしておりますし、それから自分の選挙のことばかり考えておりますし、それだけじゃなくて自分の利権だけ考えていると、そう言うと怒られるかもしれませんが。その点、参議院は六年間というものは解散もございませんし、だから教育の問題とか外交の問題、環境の問題、福祉の問題、こういう日本の将来を運命づけるようなことをじっくりこの文教委員会でも実は討議すべきだと私は思うんです。
 私、実はもう長いこと、一年か一年半文教を離れておりましたけれども、今回また戻ってまいりました。みずから戻ってまいりまして、その最初の大臣が与謝野大臣でございますので大変私うれしく思います。
 それで、そもそも日本という国は一番教育には熱心な国で、諸外国の中でも一番熱心で、アメリカよりもヨーロッパよりもなおすぐれていると思います。これはやはり江戸時代からもう既に将軍様が、たしか綱吉でしたか、昌平黌でもって自分でみずから講義したというぐらいですから、大変学問を勧められた。それから明治以降になって、明治のまた政治家が偉かったと思います。
 恐らく、明治始まって以来、やることはたくさんあったと思います。富国強兵でもって軍隊もつくらにゃならないし、鉄道もつくらにゃならない。郵便もやらにゃならないし、橋もつくらにゃならぬというそういう財政が大変厳しい折に、ともかく、たしか明治五年だと思いましたけれども、太政官布告を出して日本の国民に義務教育を布告したわけです。それによりますと、「邑に不学の戸なく家に不学の人なからしめん事を期す」と、こう書いてあります。要するに、国民全員に勉強させて、そして字を読めない者をなくそう、こういう意気込みで明治政府がともかくやったことが今日の日本の発展をもたらしている原動力であることは事実であります。
 しかしながら、それはやはり無理していますから、なるべく安上がりの教育をしようというので、いろんなことで工夫しています。教室一つとってみても、小学校は昔は四間、五間、ですから二十坪。それで廊下が一間で、半分が土間で半分が板張り、こういう状況です。これは全国どこへ行っても同じ。教科書も国定教科書一つ。これは統制するということもあったかもしれませんが、それ以上に、やっぱりたくさんつくればロットは安くなりますから、しかも転校したって本を買わなくてもいいし。
 私なんか八人兄弟でございまして、与謝野大臣のお父さんはたしか九人だか十人だかの兄弟だと思いますけれども、ですから私は正直言って兄貴の教科書をもらうので買ったことがないんです。たまたま私が「サイタ サイタ サクラガ サイタ」というのを最初に使ったので、これだけは兄貴のお古をもらわないで、いいな、やっぱり一人っ子に生まれたかったなとそのときしみじみ思いました。
 先生もそうですね。先生もやはり、師範学校で、昔は中学校にもの生えたものを出ているぐらいで、しかも兵役が免除されて六カ月で帰ってくる。短期兵役やって、しかも授業料はただ。金がなくて、優秀な向学心に満ちた人間をともかく軍の学校とか師範学校に集めて、優秀な人材を確保して教育をさせたからこそよくなった。非常に効率よくやったと思います。これは私は非常にいいことだと思います。これは文部省の成果だと思います。
 しかし、戦後はずっと文部省が何も変わらないで、新制度ができても結局それが画一的な教育になっちゃって、金太郎あめじゃないですけれども、どこへ行ったって同じようなそういう教育になっちゃった。それがいいかというと、優秀な労働力だけはたくさん輩出したからよかったと思いますが、今になってみると、これだけ日本が成長して豊かになってしまいますと、むしろそれが邪魔になっているんじゃないかと思います。
 先ほどの南野先生のお話じゃありませんが、看護婦の問題一つとってもそうだと思います。今までは、ともかく教育をつけて、親も子供も学校もみんな立身出世あるいは億万長者になるということを夢見でやってきた。――違いますか。違ったら違ったでいいです。私はそう思うんです。
 しかし、もうそういう発想を転換せにゃいかぬ。これからはもっと多様化して、自分が白衣を着て病人を診るとか、あるいはボランティアでやるとか、あるいは、最近また問題になりましたけれども、理学療法士とか作業療法士みたいなものをつくって、ただ私、気に食わないのは、官僚というのはすぐ士をつける。何でも資格をつけて国家試験と。まあこれは一つはしょうがないといえばしょうがない。ですが、ところが、余りあれをやり過ぎちゃって、しかもゴールドプランつくったって人間がいないんだから、現実には。一体厚生省は何を考えている。厚生省いますか、いたら後でちょっとお話を聞きたいと思うんですけれども。そういうような時代に今なっているわけであります。
 それで、私学というのがあります。私学と公立あるいは国立と違うところはどこか。これは同じなんです、文部省ではみんな同じ。だけれども、私はよく言うんですが、公立と私学の違いは、まず公立学校というようなものは建物が先で、予算ですね、そこへ先生なり校長が集まって生徒が集まってくる。だから、ここに団地ができたから、どうしても教育をしなくちゃならぬからといって市、県あるいは国がそれぞれ議会を開いて、そこに予算をつけて学校をつくって、そしてやったのが現在の公立学校のルーツだと思います。
 しかし、私学はそうじゃないんです。一人の優秀な立派な教育者がいまして、例えば早稲田ですと大隈重信、慶応でいえば福沢諭吉とか、あるいは同志社の新島襄とかいう方々がおって、その人の学徳、人徳に慕って弟子が集まってきて、一人ではやり切れないから奥さんを手伝わせたり、あるいは掃除夫を雇ったり、自分が英語しかできなければ数学の先生を頼んで、そしてだんだんだんだんその私塾が大きくなったのがいわゆる私立学校のルーツだと私は思います。だから、私立学校は建学の精神ですからね。公立学校にもそれはないとは言いませんけれども、まあないですね。そこに私は根本的に私立学校と公立学校の違いがあると思うんです。
 まあ余り私が演説をやると怒られますからやめますけれども、いずれにいたしましても、今、私が申し上げました新島襄先生ですね、ここにこういう記事が載っています。「かつて同志社大学の創立者・新島襄は教師の心得として自身生徒の率先者となり、標準となり、志操を高尚ならしめて、生徒の智を進め徳を高くすることが教師の任の最大であると言っている。」。教師というのをこういうふうに定義している。新島襄が定義しています。私は、これに非常に感激しました。今の先生は、でもしか先生かサラリーマン先生が多くなっちゃった。あるいは受験だけでもうあとは考えない、性教育は勝手にやってくれと、これもやはり今の教育のひずみだと、私はこう思います。
 それから、もう一つありますけれども、これは大学時報という私大連盟のつくっている雑誌の中に、もう十年ほど前に早稲田の総長をやられた村井先生がこういうことを書いていらっしゃいます。「今次敗戦を迎えた運命は、わが国の教育の底流にあった「皇国史観」であるが、この歴史観を堅持したのは、東大の歴史教室であった。明治いらい学問と教育の最高の指導権を担い、官僚を独占的に養成してきた、東京大学に「皇国史観」を固守した一画があったこととこ、二万、わが国の私学は、民間の先覚者によって、官立学校と前後して設立されたが、大学として正式に認められるのに、五十年の歳月を要した。」。これは大正七年ですね、私立学校が大学として認められたのは。その他いろいろ書いてございます。
 これを読むと長くなりますからやめますけれども、この皇国史観というのは平泉澄さんです。私のおやじも実は東京帝国大学の史学科を出まして、京都大学の方の大学院に行って、後に旧制の高等学校の先生をやりまして中曾根さんを教えたんです。その平泉澄さんに、私のおやじ、自分のことを言ってはいけませんが、こんなところで。言ってみれば、日本と中国の歴史、文化交流史を研究した人でして、遣唐使とか、その前の遣晴使、あるいはその後の宋との、宋にどなたが行った、何回行った、どういう航路を使ったというふうにかなりきちょうめんにやった人ですが、いわゆる早稲田の津田左右吉という人の説を大分引用しています。ところが、それがやはりすぐに官憲の知れるところになって、直せとかあるいは発刊禁止とかいうような処分を受けたこともある。ですから、同じ東京大学にも二派あったんですよ。片方は先ほど言いましたように平泉澄さんです。この人は息子さんが平泉渉という有名な大臣もやられた方でございます。
 いずれにいたしましても、いわゆる今までの功罪をここで、戦後五十年たって、今もう一回大胆に根本的に教育改革をしていかなくちゃならない時期に至っているのではないか。それはだれがやるかというと、政治家がやる以外に方法はないと思います。大臣の決意だと思います。やはり文部省の役人の方々は対症療法は非常に上手なんですよね、先ほどの答弁を聞いていてもよくわかりますけれども。しかし、根本的に療法しようという意欲に欠けているんじゃないですかね。
 私は、正直申し上げまして、実は平成四年だと思いますが、自民党の中で教育改革に関するプロジェクトチームというのを六つつくりまして、その会長が西岡先生でございました。その六つの中で、一つは私学助成、これの座長が北川正恭さん、体育・スポーツが保利耕輔さん、生涯学習教育が鳩山邦夫さん、学術・文化・国際が渡瀬先生、それから大学改革が私で、教育行政が松田山石夫先生だったんです。六人おりましたが三人逃げちゃったんです。壊滅状態になりまして、中間報告を出したのは参議院の私だけでございます。
 この大学改革に関するプロジェクトの中間報告を、これを私、ちょっと臭いなと思って六月十八日にまとめました。三月十九日から実に十二回、しかも大学の有識者から経済界からジャーナリストから、それから文部省からも、ここにも審議官いらっしゃいますが、熱心に、これ精力的にやったんですよ。かなりいいものがまとまったと思うんですが、しかしながら六月十八日の夜に解散になっちゃって、六人のうち三人がいなくなっちゃった、こういうふうな今のていたらくでございます。
 何とかして、まあ政争は政争でいいけれども、教育問題というのは、今のことではなくて、百年の大計をこれからつくっていく大事な仕事なのでございますから、ぜひ私どもも自民党でもう一回これを復活させたいと思いますけれども、大臣、その辺を踏まえて、ぜひともひとつ忌憚のない、それによってどうこう責めるわけじゃございませんから、教育の将来について、おばあさんに倣って、ひとつ所信を表明していただきたいというふうに思います。よろしくどうぞお願いいたします。
○国務大臣(与謝野馨君) 先生のいろんな御意見、御卓見を拳々服鷹して今後やってまいりたいと思いますが、先生御承知のように、最近の文部省の行政にございます人間も従前に比べましてはるかに柔軟性も持っておりますし、新しい時代を先取りしてやっていこうという意欲は満ち満ちているものと私は思っております。
 ただし、教育というのはそう急に方向を変えるというわけにはまいらないという性質を持っておりまして、やはり改革があるとすれば、それは教える側も教えられる側も困惑しないような緩やかなカーブをたどって改革というものが実現されていくものだと思っております。
 私自身は、明治維新以来の日本の教育制度は、いろいろな欠点を指摘はされますけれども、初めて近代国家に入るための教育としては一応の成功を見た、全体としては成功であったと思います。ただ、そういう惰性の上に乗って今後日本の教育が進んでいいかといえば、私はそうではないと思っております。
 今までの日本の教育は、確かに平均水準を押し上げるということに大変大きな成功をしたと思うわけでございます。例えば、義務教育九年プラス高等学校に行かれる方という率を見ますと、高等学校に進学される方は中学を卒業された方の九六%に上っておりまして、半ば十二年間が義務教育化しているような感じにすら思うわけでございます。
 しかしながら、今後二十一世紀に向けて日本が活力のある社会を維持し、また世界の中で世界の文化や芸術等々に、あるいは科学技術の進展に貢献できるかどうか、今の教育制度あるいは教育行政が貢献できるような人材を輩出させることができるかということを考えますと、やはり大学も今行っております改革を勇気を持って進めなければならないと思います。
 また、義務教育というのは、その性質上、画一性ということがどうしても求められるわけでございますけれども、一人一人の子供というのはそれぞれの特質を持ち才能を持っているわけでございますから、個性を重視した教育というものを義務教育課程ばかりでなく大学に至るまで、またその他の学校におきましても、一人一人の子供が持っている能力が最大限に発揮できるような教育制度であってほしいと私は常に願っております。
 それと同時に、今の大学のほかに、科学技術の発展、また日本が二十一世紀を生き抜いていくための力を持つためには高度な学術研究等も必要でございまして、そのためには論理的な思考をできる子供たちを育てる、あるいは判断力、創造力、また具体的な問題について問題を解決する能力を持つというような方向へ教育を転換していく必要がありまして、知識偏重のみで教育が事足れりとは私は思っておりません。
○木宮和彦君 教育というのは百人いれば百人みんないろいろ意見が違いますので、なかなかそれを集約するというのは大変なことだと思います。
 ただ、文部省予算を見ていましても、かなり多いんですね、ほかの省庁に比べますと。自分のところの所管別でいきますと、大体、パーセントでいきましても一三・五七ですね。借金を返す大蔵省とかあるいは自治省のように地方へ持っていくのを入れますと文部省は七・五八になっていますが、自分のところだけで使うのは二・五七で、厚生省が三三・〇八%。二番目なんです、文部省は。あと防衛庁は一一・四六ですから。
 ですが、ただ一三・五その五兆五千四百三十一億六千万円というのは、半分以上、七割が人件費なんですね、義務教育にかける人件費。だから、これがある限りは文部省は何にもできないということになるんですな、はっきり言って。ですから、その辺にもうそろそろメスを入れてもいいんじゃないかなというような気がするんです。これは恐らくそう容易なことだとは私は思いませんけれども。
 しかし、本来これだけ民度が高い、民度という言葉がいいかどうか知りませんが、ともかく日本の大学卒業生、今在校生が五〇%を超えるような時代になったわけですから、国民を信用してという言い方はおかしいけれども、官が何でもリードしてやるという時代はもう終わったんじゃないか。
 郵政省もそうだと思うんですよね。この間も小泉大臣で大分問題になりましたけれども、郵便だって民間にして私は構わないと思うんですね。何となれば、小包の方はクロネコヤマトみたいなのがいっぱいできたから値段を上げないで、今度は郵便料金だけ上げちゃった。あれは独占企業の悪い癖だと私は思うんです。それだけじゃなくて、学校もそうだと思うんです。もう民営化、私立学校に、あるいは地方に任せちゃう。
 昔から日本人はメンテナンスというのを知らないんですね。私なんかも学校経営していますが、エレベーターをつくってもあるいは何かキュービクルをつくっても、メンテナンスに取られるのがもったいないような気がして、そんなものはサービスでやれと言ったって、最初はそれで通ったのに今じゃそれは通らない。建物をつくったって、躯体よりも中の施設、暖房であるとか冷房であるとか、いろんなそういったくさんの、このごろは特にハイテク教育をしなくちゃなりませんから、その方が全部の建築費の半分以上とっちゃう。もう世の中はそれだけ変わってきたんですね。メンテナンスが必要なんです。必要どころじゃない、もうどうしても必要なんです。しかも、それもそういう建物とかいうもののメンテナンスじゃなくて、内容のメンテナンス。計画を立てるときにもメンテナンスが必要になってくる。
 例えば都心に住宅をつくろう、郊外に家を建てた人を入れようというときには、やっぱりそれだけのメンテナンスを考えて、例えば子供が主体なんですね、子どもの教育。大臣は麻布出ていますが、開成とか麻布へ通える範囲内じゃないと動かないんです。最近は東京の郊外に、何というか、有名校と言うのは私は嫌いなんですが、そういう学校がありますと、そこへみんなへばりついて、子供が育つまでは郊外でとなかなか中へ入ってこない。一時間半通勤でもってふうふうしているのはおやじだけというのが東京の現状だと思います。
 だから、そういう意味でも、これからの教育というのはメンテナンスを大事に、建物じゃなくて、そういうものをしっかりとやるためには、それだけのやり方が私は大いにあると思います。どうぞその辺、大臣お答えしていただければありがたいが、していただかなくても結構でございます。私の希望としてそれを申し述べたいと思います。
 それでは次に、今度は週休二日制の問題について。
 現在文部省は月に一回週休一日制をやっております。これを来年から二回にすると。だけど、これを三回、四回までするんでしょう。その辺はどうなんですか。やらないんですか、やるんですか、その辺だけはっきりしてください。
○国務大臣(与謝野馨君) これはいろいろなことを考えながら段階的に考えていくと、こういうことでございます。
○木宮和彦君 無論、私は完全週休二日制にならざるを得ないと思うんです。ただ、いろんな統計を見てみますと、先生と子供というか生徒は賛成、親は反対というデータが出ているようでございますね。親は半分以上が反対しているというこの間の調査もある。ですから、そこら辺をどう調整していくのか。
 それから、私立学校にもなるべくそれに追随してもらうようなことを先ほど言っておりましたけれども、それこそ規制緩和じゃありませんけれども、あるいはどうなんですかね、公立学校だって私はもうちょっと自由に、この学校は週六日やるよ、こっちは五日だよという学校があってもいいと思うんです。何も右から左まで全部、私立学校まで強制することでもないし、それは各学校で工夫してやっていく。もしも強制的にやるとすれば、当然カリキュラムもいじらなきゃならない。
 昔は大学を卒業するのに十七年間必要だったわけですね。六、五、それから高等学校三年、大学三年。今はそれが六三三四で十六年ですから、大一学卒業まで修業年限が一年少ないんですよ、はっきり言って。それじゃ学ぶことが昔より減ったかというと、私はかなり、倍くらいふえているんじゃないかと。
 そうなると、修業年限あるいは学制もやっぱり変えていかなけりゃ、それは確かに先ほど大臣おっしゃったように、教育というものは安定性がなくちゃいかぬ、私もそれは十分わかっています。だけれども、ただ混乱を避けるとか、それはなじまないとかいう発想だけで、これを温存してそのままずるずる打っちゃっていいのかどうか。やっぱりどこかで区切りをつける必要があるんじゃないかと思います。カリキュラムについて、もしも将来、仮の話ですよ、完全週休二日制になった場合にはどういうお考えなのか、その辺をひとつ、もしわかれば。まだそんなことはわからぬとおっしゃるならそれでも結構でございます。
○政府委員(野崎弘君) 今、お話にございましたように、月一回を実施しておるわけでございまして、月二回の学校週五日制につきましては、現在の学習指導要領の中で実施が可能かどうかということで調査研究協力校を設けましてそこで研究をしていただいた。その後データが集まったものですから、協力者会議でそれを今分析していただいておる、こういうことで、月二回までにつきましては現在の学習指導要領の中での実施が可能かと、こう思っております。ただ、これを超えて完全週五日制というようなことになってきますと、これはもう現在の学習指導要領の内容をこなすことは無理だろうと、こう思っております。
 したがって、それに向けましては当然学習指導要領の改訂が必要ということになるわけでございますけれども、これは先生が今お話ございました一ように、じゃ国民が一体その内容としてどういうことを希望しているのかとか、あるいは今後の社会の変化とか、そういうことを考えていかなきゃいけませんので、その辺につきましてはこれから検討をしていく、こういうような状況でございます。
○木宮和彦君 私も、今おっしゃったとおりだと思います。もしも週休二日制をやろうという気構えがあるんなら、今からでもカリキュラムだけじゃなくて修業年限まで考えて対応していかないと私は混乱しちゃうと思いますので、自由選択で、各学校それぞれ、わしの学校は休日はふやさないとか、英語を減らすとか、いや、わしの学校は英語はと、それでいいと思うんです。
 ただ、そのときに、それじゃその学校へ行けるように、今の学区でもって縛っていたんじゃそれはできませんからね。だから、その辺はどうなるのか。そうなると、今の義務教育を根本的に覆すような、いわゆる親が選択権を握るような制度にする方がいいか悪いか。私はその方がいいと思うんです。やっぱり世の中というのは自由競争の原理がなくちゃいけません。今までのように、五五年体制で社会党さんは万年野党だったが、今度は与党となったら、やっぱり自由選択の原理でもって、今度の税制についてもあるいは年金についても、足を踏み込めば日教組の委員長だってそんな変なことは言えないですよ。
 ですから、そういう意味からいっても、教育改革は今がチャンスなんです。この機をおいてはもう私はないと思う。恐らく、ここにいる先生方が率先して学校の民主化と正常な姿の教育に私はしてくださるものと確信をしておりますので、ぜひともよろしくお願いいたしたいと思います。
 さて次は、これは通告をしてございませんが、今行政改革と規制緩和ということが非常にやかましく言われておりますね。文部省の特殊法人は皆まじめにやっていて感心しておりますが、しかし、中にはこれは要らぬじゃないかと。余り名前を挙げちゃいけませんけれども、例えば学校給食会というのがありますけれども、あれは民営の方がいいんじゃないか、安くつく。大事な子供の健康のためにそんなものができるかというような話もありますが、そうですかね。今は食料品店へ行きますと日付、一日や二日でもうどんどん捨てちゃいますからね、それはやっぱりニーズといいますか。ですから、そういう意味からいっても、私は学校の給食なんというのはもう民営化した方がいいんじゃないか。
 それから、私どもは私学振興財団に非常に世話になって、存続をお願いしますけれども、これもしかし、金融の方は今四・五で貸しているんです。今、市中じゃ三・七なんですよね。だから、少しでも学校の経営を楽にしようと思って返すと言ったら、それは先生困るよと。それは言っちゃいけませんけれども。ですから、それは確かに必要なときに長年で借りたんだから、十年契約とか十五年契約で借りたんだから、今途中で返すと言うとけしからぬと言うかもしれぬが、その辺は時代とともに特殊法人の方も運用をきちっと、また文部省もきちっとその辺は目を光らせてもらう方が私はいいような気がいたしますが、この辺について、大臣じゃなくてどなたでも結構ですから、もしありましたらひとつ。
○国務大臣(与謝野馨君) 現内閣では、特殊法人等と言っておりまして、特殊法人に限らず、例えば文部省の所管するいろいろな団体等を含めまして、そういうものの整理合理化ができないかということで、現在内閣総理大臣より、私ども文部省は文部省としての検討をせよということになっておりますので、私どもとしては事務次官を本部長といたしまして、どういう行政改革ができるかということを検討を始めたところでございます。この検討は期限がついておりますので、いやが応でも私どもとしてはある種の検討結果を提出するということになりますが、ここでは具体的な特殊法人のあれこれについては言及することは差し控えたいと思いますので、御了承をいただきたいと存じます。
○木宮和彦君 別にここで御回答をいただかなくても結構でございますので、鋭意ひとつまたその点についても努力していただきたいと思います。
 次に、今度は勤務評定の問題なんですが、いろいろまだ聞きたいことがたくさんあるんですが、時間も余すところあと十分になりました。
 勤務評定はもう皆さん御存じのように大分前からやっているんですが、なかなか今まで組合の反対に遭って日の目を見ておりませんですけれども、これについての実情ですね。これは勤務評定やっていらっしゃると思うんですが、その評定要素の観察内容表というものをそれぞれの都道府県の教育委員会で作成して、それぞれの評定者があるいは調整者がそれをやっていらっしゃる。それが一体何に反映されるのか。給料に反映しているのか、あるいはボーナスに反映しているのか、あるいは校長に昇任するために使うのか、いろいろあろうかと思いますけれども、今まではそれは伏せていたんですね、はっきり言って、多分。
 だけれども、私は、もう社会党も日教組も大分わかってきたんだから、やはりもっといろいろなものを見せて、しっかりした尺度をみんなに見せて、おまえはここが悪いんだよと言えるような、あるいはこうだよというような――私も学校経営者で今組合とやっていますが、大分うちの組合は強くて、共産党がいるものですから大変でございます。失礼しました。そういうことを言っちゃいけませんけれども。その方が学校の中もわかる。大部分がわかっちゃえばそれで困っちゃうんですから。だから、そういう意味ではっきりこの辺で勤務評定、これは文部省だけじゃなくて、行政官庁だってやっているんだからそれをやらにゃいかぬと思いますが、私が見たところでは、どうもやはり比較的国の方がまじめにやって、だんだん下保に来るとルーズになってくるということは事実なんです。
 ですから、ぜひとも今後、先ほどの新島襄のことじゃないけれども、サラリーマン根性でもう四時か四時半になるとすぐ帰っちゃう、そして朝もぎりぎりに飛んでくるという先生と、朝一時間早く起きて子供と一緒に遊んだり掃除したり、あるいは放課後、そんなに残らなくてもいいけれども、少なくとも子供たちが家に帰るまではやはり学校にいてあげると。そういう先生が多いと思いますよ。それが全く一緒の同一賃金でやる。それで和が保てるというのは日本人もおかしいと思うんですが、その辺やっぱりもうそろそろ、これは文部省の所管じゃないよ、あれは都道府県だよといえばそれでおしまいでございますが、もし文部省としても人事管理についての御所見があったらひとつお願いいたします。
○政府委員(井上孝美君) お答え申し上げます。
 教員の勤務評定につきましては、先生からもただいまお話がありましたとおり、県立学校の教員につきましては県の教育委員会が、市町村立学校の教員につきましては県の教育委員会の計画のもとに市町村教育委員会が勤務成績の評定に関する規則に基づきましてそれぞれ実施をしているところであります。
 その内容につきましては、おおむね勤務態度や欠勤などの勤務状況に関することのほか、学校経営、学習指導などの職務の状況に関すること、指導力、責任感、品位など特性、能力に関することなどが含まれておりまして、教員としての資質能力を多面的に評価するものとなっているところでございます。
 この勤務評定の結果につきましては、主任の命課、校長など管理職への登用、あるいは給与の昇給、昇格等、あるいは人材の適正配置等に十分生かされているものと考えておりますが、文部省といたしましても、教員が適切に評価され、教員としてふさわしい資質や能力を備えた人材が確保、配置されることが重要であると考えておりますので、勤務評定の適切な活用を含め、今後一層適切な人事管理が行われるよう、引き続き教育委員会を指導してまいりたいと考えております。
○木宮和彦君 時間があと五分になりましたので、あと二つほど聞きたいんですが、一つは私学助成の問題でございます。恐らくほかの先生方からもあるいは質問があろうかと思いますので、私は余り詳しく申し上げませんし、また要望もしませんで、私は私の考えを言います。
 私は、私学助成というものは補完的なものではなくて、公立あるいは国立と車の両輪のようなものだと。特に大学の場合には八割が私学でございます。国立大学は一兆五千億使っていますが、片方は二千五百億円ですから大体五倍ぐらい。しかも、それが八対二で分けられるわけですから、いかに私立の方は自力でやっているかと。しかし、日本の私立大学はまだ脆弱でございまして、それこそ、先ほど申し上げましたように大正七年に初めて制度ができたわけですから、国民的な評価というのは非常に少ないわけですね。ですから、皆さんがどんどん寄附を免税でもってやってくれるような仕組みのものを、あるいは一つの基金をつくってそれでやるというようなところまでいきますと一人前になるんですが、なかなかそれが、今その過程だと私は思います。
 ただし、補助金というものは、私はよく言うんですが、これは麻薬みたいなもので、余りこれを飲んじゃうと、たまには効きますよね、痛いところに。だけれども、余りこれを使い過ぎちゃうと廃人になっちゃう。だから自分でもって、私学の一番の大事なものは在野精神なんです、さっきの早稲田の大隈重信じゃありませんけれども。これは在野精神があって、なおかつ、一たん飲み出すともうやめられないんじゃ困るので、いつでもやめられる程度に飲んでいかないと私学の存立は私は危うくなると思う。
 だから、そういう意味で、私は一番望ましいの。国立大学がみんな民営化して私立大学になってしまえばそんなことを考えなくてもいいんですけれども、なかなかそうはいかぬとも思いますので、ぜひその辺は、佐藤元総理大臣が国会答弁で、私学助成を最初に出すときに、私学助成金を出すと、金は出すけれども口は出さないということを本会議場でたしか言ったことを覚えています。今は逆なんで、金も出さないで口は出すと。それじゃ私学の立つ瀬はないので、その辺をこれから文部当局あるいは県当局十分ひとつ私学についても御考慮賜れば大変ありがたいと思います。
 さて、最後の問題ですが、これはまた後ほど肥田先生の方からあるいはあるかもしれませんが、今ゴールドプランでもって、理学療法士あるいは作業療法士というのが昭和四十年に制度ができたんですが、実質的には稼働してなかったんです。ところが、いよいよ高齢化社会が到来いたしまして、これから一番必要なのは何かというと、やはりこういう資格を持った人なんです。町の中に老人ホームをつくって、そういう人が行けば、若い人が、しかも自分の職業に対してプライドを持って集まりますから、そこの活性化につながります。老人だけ置いたんじゃしょぼくれちゃいますけれども。そういう若い人たちがその近所に住んで、しかも年寄りをホームケアする。
 ですから、これは私は、薬剤師が今度は六年、四年から六年に何か、きょう厚生省来ているかもしれませんが、厚生省の意見と文部省の意見が違うようですね。これは無理もないと思うんです、文部省がそういうふうに考えますのは。国立大学に十四の薬学部があれば、それを六年にすると一年で幾ら幾ら、それはちょっと無理かと、こうなるんでしょうけれども、それはそういう発想じゃなくて、ともかく国全体のこれからの教育、どういう人間を養成していったらいいか、これをひとつぜひお願いいたしたいと、こう思います。
 それから、最後に文化庁の方ですが、文化予算が余りにも少な過ぎる。ともかくあれは六百億円くらいですかな。とんでもない話でして、少なくとも行政改革で二兆五千億くらい浮くうちの一割でもいいから、二千五百億くらいは文化庁にやらないとね。ただし、文化庁さん、建物をつくっちゃだめですよ、そんなものは。変な贋作買っちゃだめですよ。そうじゃなくて、贋作を見抜くような人材を養成するような施設を、昔の徒弟制度じゃありませんけれども、これは難しいんですよ、本物の音楽家とか本物の美術家とか本物の美術を見る人をつくるということは。これは学校じゃできません。私は、作業療法士だってそうだと思うんです。徒弟というか一対一、マン・ツー・マンで教育しないとこれはできない部門だと思う。むしろそういうところに文部省予算というのは私は大いにつけてもらいたい、あるいはハイテクの中の一番の先端のですね。
 そういう意味で、ぜひとも金の使い方をこの辺で、義務教育も大事でございますが、義務教育よりもむしろそういう方に日本もそろそろ転換期を迎えているんではないかなと私は思うんですが、ひとつもしそれについて御所見なり御意見なりありましたら、もう時間でございますので、大臣と文化庁の方から一言で結構ですがお話しいただければ大変ありがたい。それで終わります。
○政府委員(林田英樹君) 文化庁予算につきまし保ては、御指摘ございましたように、現在、平成六年度予算で五百九十六億という形になっておりまして、近年、毎年の伸び率といたしましては相当伸ばしていただいております。平成五年から六年には一〇・六%ふやしていただいたというようなこともございますし、来年度要求につきましてもかなりの力を入れた要求をしておるつもりでございますので、できるだけ金額的な伸びを努力する点につきましては、私どもなりの努力を続けてまいりたいと思っております。
 中でも特に先生御指摘ございましたソフトなり人に対します経費が重要であるというお考えでございますけれども、私どももその点の重要性が以前にも増して重要になっているという認識でございます。そういう意味で、国の中におきます予算の点でも、また地方に対します支援という点におきましても、人の問題さらにはいろんなソフト的な予算の比重を高めるようにやっておるつもりで保ございますけれども、今後さらに一層努力していきたいと思っております。
○木宮和彦君 ありがとうございます。
 本当に真剣にソフトのところを、メンテナンスじゃありませんけれども、やはり美術館なりあるいは文化会館の建物の管理者はいるんですけれども、それを運営する人がいないんです。そういう人種もいないんです、学芸員はいますけれども。だから、そういう方を養成していただいて、電話一本で、今月はどういう催しかある、それはどうやったらその切符を買えるからっともわからないんで、それはわかりませんというようなもので、そういう傾向が非常に現在強いわけでございますので、よろしくお願いいたします。
 どうも聞きづらいことをたくさん申し上げましたが、私は一生懸命やろうと思っているだけでございますので、他意はございませんので、よろしくお願いします。
 ありがとうございました。
○肥田美代子君 よろしくお願いします。
 教育の本来の姿は子供の個性を十分に引き出して伸ばすことであり、そしてその個性を十分に仲ばすために子供みずからの学ぶ力を育てることだと思います。そのみずから学ぶ力を育てるためには学校図書館が学校教育の心臓部にならなきゃいけない。ところが、その心臓部が今機能麻痺を起こしているというふうに私には見えるんです。そこで、学校図書館について少し質問させていただきます。
 学校図書館法が昭和二十八年にできまして、第五条で「司書教諭を置かなければならない。」と一規定しながら、附則の二項で当分の間置かなくてもよいとしたために、その当分の間が四十年間続いてしまった。そのことに関しまして前国会の予算委員会で赤松文部大臣がこう答えていらっしゃいます。「実は、私も「当分の間」が四十年も続いているということを学びまして、大変情けないといいますか、「当分の間」というのはやっぱり四十年ではないのではないかと思います。そうして、責任は文部大臣かなというふうに思っております。」と。
 そこで、与謝野文部大臣にお尋ねしますが、その四十年間放置していた責任を文部省は今からどういうふうにして挽回しようと思っていらっしゃるのか、その御決意のほどを伺わせていただきたいと思います。
○国務大臣(与謝野馨君) これは法律をつくりましたときのいろいろないきさつもございますし、社会情勢あるいは教育環境、財政状況、万般を考えてこの当分の間ということを書き込んだものだと思っております。
 そこで、当分の間というのはどのぐらいかということで、赤松大臣もそういう発言をされておられますけれども、当分の間というのは、法律の概念上は、続いている限り当分の間ということで、時間的に限ったものではないと私は考えておりますが、やはりそこにはある種の常識というものが働くんだろうと思っております。
○肥田美代子君 実は昨日、学校図書館の現状に心を痛めている方たち三十万人の署名が届けられまして、学校図書館にぜひ人を置いてくださいという内容でございましたが、それを私どもこどもと本の議員連盟でいただきました。そして、鳩山宏長が、元文部大臣でもいらっしゃいますけれども、大きな手でがっちりと受け取っておられましにし、文部省からは岡崎トミ子政務次官も御臨席いただきました。この件に関しましては、私はもういろんな議論をする余地はないと思うんです。官も民も政も全く同じ意見だと思います。ですから、あとは文部大臣が本当に火の玉になってこれの推進に努めてくださること、それしかないんじゃないかと思うんですね。国会議員の政治生命というものはあすをも知れないものですから、こどもと本の議員連盟でも、議員の中には、議員立法でもう出してしまおうじゃないか、附則を取っちゃって、そして専任の司書教諭を置く、そういうことにしようじゃないかという意見がございますけれども、それをやりますと、その時点から違法状態が起きるわけですね。それで踏み切れないでいるわけです。大臣いかがですか、在任中にたくさんのテーマかございますでしょうけれども、その主テーマの中に、この学校図書館法の改正に向けてのせめて道筋だけでもつけていただくような、そういうわけにはいきませんでしょうか。
○国務大臣(与謝野馨君) 大変難しい問題でございまして、これはそれぞれの学校の実態、図書館の運営等、万般勘案しなければなりませんし、また人員配置の問題もございますが、先生御指摘の法律改正については、直ちに学校図書館法の附則第二項を削除するのは困難であると考えております。
○肥田美代子君 即その附則第二項を取る、そして専任の司書教諭を置くというのは困難であるということは我々はみんな承知しております。ただ、これは困難だ困難だと言っておりますとまた四十年が過ぎてまいります。四十年というのは子どもが二回成人する年でございますので、私はやはり、文部省といたしましてはここで何とか頑張っていただいて、大蔵省から予算をしっかりととっていただきたい、そういうふうに思うんです。そして、我々もその応援団になりたいと思っているんですから、ぜひもう一度、文部大臣、積極的な御発言をお願いします。
○政府委員(野崎弘君) ちょっと事実関係を私からお話をさせていただきますと、今予算の話が出ましたけれども、法律は「司書教諭は、教諭をもって充てる。」と、こういうことでございますので、この学校図書館法の建前からすれば、教諭を充てれば足りるわけでございますから新たな予算措置というのは伴わないわけでございます。今一番やはり問題なのは、この司書教諭となる有資格者が二、三割にとどまっているというところに大きな問題があるわけでございます。
 なぜそうなのかということにつきましては、学校図書館あるいは司書教諭の職務の意義、あるいは必要性についての認識が不足をしているとか、あるいは教諭の側にも司書教諭として発令されることに伴います負担増に対する抵抗感があるというようなことがあるのではないかと思います。
 また、学校図書館の現状調査によりますと、司書教諭の有資格者を司書教諭に発令しない主な理由というのは、学校図書館でなく他の校務分掌を今の有資格者が担当しているとか、あるいは学校規模からして図書係等の校務分掌で担当することで足りるというような学校の認識もあるわけでございますので、私どもとしましては、司書教諭の職務に対する学校の認識を高める、あるいは発令に対する教員の抵抗感を除くというようなことが大事だと思うわけでございます。そういう意味でも、学校におきます司書教諭の有資格者の配置、そして司書教諭の発令をしやすい状況をつくっていく、こういうことがまず大事かと思うわけでございます。
 先生御指摘の予算ということになりますと、これは恐らく専任の話になろうかと思いますが、専任と申しますと、これは新たなまさに定数増の話になりますので、これは全体の教職員定数計画というものをどうするかという大変大きな問題になるわけでございまして、単に学校図書館をどうするかというようなことではなかなか議論のできない問題ではないか、こう思っておるわけでございます。
○肥田美代子君 そこの発想転換をしていただきたいというふうにもうこの数年申し上げているわけです。
 今、教諭をもって充てるということが校務分掌だというふうにおっしゃいましたけれども、本当に現場を見ていらっしゃいますか。今、校務分掌で学校図書館を一日中子供たちの需要に応じられるようにやっていく時間の余裕が先生方にありますか。私は現場を御存じなさ過ぎると思うんですね。文部省が学校図書館は要らないとおっしゃるならいいんです。学校図書館をつぶしてくださっても私はしょうがないと思いますけれども、やっぱりこれほどの宝の持ちぐされを私は文部省がほっておいちゃいけないと思うんですよ。
 定数法に位置づけるとか、いろんな困難なことがございます。わかっております。しかし、やる気があるのかないのかということを私はお伺いしたいんです。お願いします。
○政府委員(野崎弘君) 私どもは学校図書館というのは大変大事なものだと思っております。そういうことで、学習指導要領の中でも学校図書館の活用ということをはっきり位置づけておりますし、また来年度の予算要求におきましても、学校図書館と地域の図書館との連携を図るようなこととかいろんなことを試みておるわけでございます。
 ただ、学校図書館の運営というものをどう考えたらいいのか。この辺につきましても、現在協力者会議でも御論議いただいておりますけれども、やはり校長以下全教職員が、子供が読書をするということの重要性ということを認識して、一人一人の先生が読書指導に当たるということが基本にあるんだろうと思うわけでございます。そういう全体をシステマチックに考えていくというのが司書教諭の仕事だと思うわけでございますので、司書教諭の仕事そのものを私どもも否定しているわけじゃございません。
 したがいまして、学校の中で司書教諭の重要性というものを十分考えていただくように私どもも努力をしなきゃならないと思っておるわけでございますが、これはどうも学校におきます。その辺の、学校図書館の運営の方法とかそういうことについて必ずしも一致した考え方がまだないというような状況ではないか、このように思うわけでございますので、協力者会議におきましての御議論等も十分踏まえながら今後いろんな面で努力をしていきたい、このように思っております。
○肥田美代子君 それでは次の質問に移らせていただきます。
 今、木宮先生からも大変力強い応援の御質問をいただきましたけれども、薬による死亡事故が相次いております。ソリブジンの事故は十五名の死者を出しまして大変な社会問題に発展しておりますし、ごく最近では抗がん剤の塩酸イリノデカンの副作用でございますけれども、これでやはり四人の方が死亡されています。これは副作用だということがまだ確実には断定されておりませんけれども、そういう事故が起こっている。これは両方とも治験段階では既に死亡例が出ていますね。ですから使用上の注意には副作用の危険性ありと書いてあるけれども、それが医療現場でそういった情報をきちっと把握していないでこういう事故が起こってしまう。
 こういうことがあって、医学教育、薬学教育というものについて文部省は随分と心を痛められることになったと思うんですけれども、その辺いかがですか。
○政府委員(吉田茂君) 御指摘の点につきまして、薬学教育について申し述べたいと思うんですが、当面、薬剤師の資質向上を図るということが一つのポイントであろうかと思います。薬剤師の資質向上の観点も含めまして、今後の大学における薬学教育の改善に係る方策につきまして、薬学関係の有識者から成る薬学教育の改善に関する調査研究協力者会議、これを設けて検討を進めてきたところでございまして、去る七月に中間まとめを公表したというようなことで検討を進めておるところでございます。
○肥田美代子君 ちょっとアメリカの場合に触れてみたいんですけれども、アメリカで毎年行っている最も尊敬する職業という調査の中で、薬剤師というのが大体一番なんですね。二番目が聖職者、そして三番目が大学の先生、四番目が医師、五番目が警察官というふうになっているんです。
 もう一つの調査結果がありまして、薬学部の学生に入学の動機を聞いてみた。そうしますと、アメリカでは薬剤師になるためというのが一番多いんですね。これを日本の薬学部に入った学生に聞いてみたら、一番は高校の担任の先生とか父兄に勧められたというんですね。ですから、日米両国の薬学部志望動機の差が既にあるわけです。
 まず、薬学教育について、その年限ですね、アメリカ、オランダ、デンマーク、ドイツ、フランスについて教えてください。
○政府委員(吉田茂君) 御指摘のアメリカにつきましては、薬科大学の修業年限が五年ないし六年、デンマーク、ドイツが五年、それからフランス、オランダが六年というふうに承知をしております。
○肥田美代子君 日本では医薬分業が遅々として進んでおりません。その大きな原因の一つに、やはりそういう薬剤師と医師との教育年限の違いというのが厳然としてあると思うんですね。お医者さんが薬剤師を十分信用し切れないというところがあるんです。
 厚生省では今後の薬剤師制度ということについていろいろお考えかと思いますけれども、その辺についてちょっとお話し願えますか。
○説明員(齋藤勲君) 社会の高齢化の進展に伴いまして、近年、医療、医薬品等薬剤師を取り巻く環境というものも大きく変化をしております。医療における医薬品の適正使用でありますとか、医薬品の研究開発といった分野で医療人としての薬剤師に対する期待が高まっている、このように考えております。
 こうしたところを踏まえまして、厚生省に設置されました薬剤師養成問題検討委員会におきまして、医療薬学の充実を図り、医療機関や薬局における実務研修を含めた薬剤師の養成体制に移行していくべきであり、そのような教育を受けた者に薬剤師国家試験の受験資格を与える必要があるという御提言。また、そのための教育課程は現行の四年制に二年程度の年限延長が必要であり、受験資格は六年間の一貫教育を修了した者に与えることが望ましいが、薬学教育の現状から当面の措置として大学院修士課程を活用することを提案し、大学新入生に対する新しい受験資格が遅くとも今世紀中に適用されるよう、検討委員会から御提言をいただいたところでございます。
 厚生省といたしましては、この検討委員会により取りまとめられました報告書の御提言を踏まえまして、医療機関、薬局における実務研修の受け入れ体制の整備など、厚生省として検討すべき課題につきまして鋭意検討を進めるとともに、大学関係者の皆様方の合意形成を図りながら受験資格の見直しに向けて努力してまいる所存でございます。
 具体的に申し上げますと、本年九月から薬剤師の実務研修の実施方策に関する研究を開始いたしまして、また近く薬剤師養成に係ります実務研修の受け入れ体制をどのように整備していったらよろしいかという専門家による調査検討委員会も発足する予定にしてございます。
○肥田美代子君 時間もほとんどございませんので、最後の質問にさせていただきます。
 私は、できることならば、現場を持っていらっしゃる厚生省と、それから教育を担当していらっしゃる文部省がしっかりと手を組んで二十一世紀の医療のあるべき姿を見詰めてほしいと思うんです。ですから、学校経営がどうのというような低次元な話ではなくて、これから国民の真に安心できる医療をどうつくっていくかということが大テーマであると思いますので、この厚生省の御意見を踏まえて、文部大臣はどのように進めていこうと思っていらっしゃるか、積極的な御決意を伺って終わらせていただきたいと思います。
○国務大臣(与謝野馨君) 文部省といたしましては、先生の御指摘のように、薬剤師の方の資質向上を図ることが非常に重要であるということは認識をしております。
 そういう観点から、今後の大学における薬学教育の改善に係る方策につきまして、現在、薬学関係の有識者の皆様方で薬学教育の改善に関する調査研究協力者会議というのを設けていただいておりまして、検討を進めてまいりました。先生御存じのように、七月に中間まとめを公表したところでございます。この中間まとめにおいては、医療薬学を重視したカリキュラム改革や大学院の整備を進めるなど薬学教育の改善充実を図ることを提言するとともに、薬学教育の年限問題については今後鋭意研究を進めると、こういうことを表明しているわけでございます。
 文部省としては、中間まとめの趣旨を踏まえまして、薬科大学に対し薬学教育の改善充実を要請するとともに、薬学教育年限問題について引き続きこの協力者会議において御検討いただき、その結果を待ちまして適切に対応してまいりたいと考えております。
○森暢子君 森でございます。
 文部大臣の所信をお伺いいたしました。その中に「多様な個性を発揮しながら自己実現を図ることができるような社会をつくっていく、それに対する教育の果たす役目は大きいというふうにおっしゃっておりまして、主要な課題の第一のところに「個性の尊重を目指す教育改革」、こういうふうにうたってございます。大変私どもはそれについては賛成でございます。結構なことだと思っておるんですけれども、やはりそれに対して、じゃ教育行政として具体的に何をどうしていくかということがこれからかかってくるのではないかと思います。
 それで、子供たちの状況というのは、御存じだと思いますが、今木宮先生からもおっしゃいましたように、学校教育は、基礎学力はきちっとついたかもわかりませんが、画一的でありまして、いわゆる金太郎あめと申しますか、こう言っては悪いんですけれども、同じような人間が育成されている。その中で、本当に個性を重視した、個性を発揮した人間ができるかどうかということは、今の文部行政の中では大変私ども心配しているわけであります。
 子供たちは指示待ち族と申しまして、つまり何か言われたらする、自分で進んでこうやろうというふうなのがやっぱりその中では養われていかない、いつもだれかの指示を待っている、そういう状況であるわけです。
 それから、子供たちの現状と申しますと、大変今の子供たちは疲れていると思います。つまり、自分自身のことを取り戻す時間が生活の中に実際ないわけでありまして、受験体制のために学校に早く行き、早く勉強し、早く帰り、早く塾へ行く。帰ったら、早く宿題をして早く寝なさい、こういうお母さんの言葉、学校の先生の言葉の中で追い立てられている、そういうことですね。大人や先生が敷いたレールの上を一生懸命走り続けている。自分をもう見失ってしまっている。今自分が何をやりたいか、自分自身の存在や価値を実感できる時間や空間とか文化、そういうものを味わう暇がないわけなんですね。
 そういうところから、この中に「多様な個性を発揮しながら自己実現を図る」という文言が出てきたのではないかというふうに思うわけですが、具体的に教育行政はそのために何をなさろうとしていらっしゃるかということを文部大臣にお聞きしたいと思います。
○国務大臣(与謝野馨君) 先生もよくおわかりいただいておると思うんですが、義務教育というのは、ある大きな集団を相手にやっております行政でございまして、そういう一人一人の個性に着目して制度自体はできていない。それはもう限界がある話でございまして、学習指導要領を初め、やはり義務教育課程というのは画一性というものを除去するわけにいかない側面を持っております。
 しかしながら、これはもうかねてからいろいろな大臣が答弁しておりますが、例えば学習指導要領も、これはある種の大綱的基準であるということになっておりまして、それぞれの学校において学習指導要領の範囲内において創意工夫ができることにもなっております。そういう意味で、校長先生初め現場の先生方がそういう創意工夫ということにも御着目をいただきたいと私は思っております。ただ、全体の教育制度としては、ある一定の教育水準を維持する、あるいは教育内容を提供するということからすれば、やはり画一性は免れない、そういう制度上の限界は当然ございます。
 しかしながら、その中でも一人一人の子供の個性やあるいは一人一人の子供が持っている能力を伸長させるということも大事ですし、ただただ知識だけをあるいは受験テクニックだけを習得していくというようなあり方というのは決して好ましいことではございませんし、やはりそこには新しいものをつくっていこうという創造力とか、あるいは他人と違う思考方法を持った子供とか、あるいは論理的に物を考えられる子供とか、あるいは具体的な問題に直面したときにその具体的な問題を解決できる能力を持った子供とか、そういう面で臨教審以来、文部省の教育に関する考え方も徐々ではございますけれども変わってきておりまして、二十一世紀を本当に担える個性豊かな子供たちを育てたいと思っております。
 ただ、先生御指摘のように、母親に言われて朝から寝るまで追われ続けているというお子さんがいることもまた事実でございまして、そういう面におきましては、それぞれの家庭において、子供の教育はどうあるべきかということを保護者の立場から、一度ならず二度三度と考えながら子供に教育機会を与えていただきたいとも考えております。
○森暢子君 この問題については、また文教委員会の中でいろいろと話題になろうかと存じますので、きょうは次に移ります。
 百二十九通常国会で予防接種法の一部改正ということで法案が通りまして、本年十月一日より施行されております。その中では、予防接種が義務から努力義務に変更されたり、集団接種から個別接種への転換、そしてインフルエンザがその対象から除外されるなど昭和五十一年以来の大改正であるというふうに思っております。
 このことにつきまして、厚生省の方から改正の趣旨を簡単に説明していただきたいと思います。
○説明員(稲葉博君) 今般の予防接種制度の改正につきましては、背景といたしまして、最近の生活環境の改善、また医学医術の進歩などによりまして我が国の伝染病の発生状況が大きく変わってきておりますこと、それとともに予防接種の義務づけや予防接種によります健康被害の救済のあり方などに関しまして予防接種制度全般についてその見直しを図るべきことが社会的に求められてきておること、こういったことを踏まえまして、国民の皆様の理解を得られる制度としていくというのがこのたびの改正の趣旨でございます。
○森暢子君 これまで社会全体で伝染病の発生とか流行を防ぐという、いわば集団防衛だったわけです。それが今回一人一人で守るという個人防衛になるわけでありまして、そのためには、安全な予防接種の実施であるとか、保護者とか医師の十分な理解を得るとか、それから健康被害があった場合の迅速な救済措置であるとかいろいろな課題があると思うんですが、厚生省としてはその課題にどのように対応なさるのか、お聞きしたいと思います。
○説明員(稲葉博君) まず、第一点目の個別接種にした背景というのが安全な予防接種といったものを念頭に置いたものにつながるわけでございますけれども、個人防衛という意味で個別接種ということを導入いたしました背景には、子供さん御本人の個人的な体質等をよく理解していただいているかかりつけの医師が、ふだんの健康状態また接種当日の体の調子などを的確に把握した上で、その子供さんの体の調子のよい時期に接種していただくというように、できる限り安全な予防接種を推進しようということの考えから個別接種を導入したものでございます。
 また、二番目に先生御指摘のように、新しいこういった予防接種制度を実施するに当たりましては、予防接種のことをよく理解していただかなければいけないということで、御指摘のように、啓発普及は極めて大切なことであろうという認識のもとに、具体的には、保護者向けには「予防接種と子供の健康」というようなパンフレットを作成いたしまして配付をしておりますほか、接種にかかわります医師を初めとする関係者向けにはガイドラインを作成して配付をしているところでございますし、また今月初めには電話相談事業というものも開始をいたしまして要望におこたえする体制を充実しているところでございます。
 また、予防接種に伴います健康被害ということに対しては、今般、障害児養育年金、障害年金及び死亡一時金等の大幅改善、また在宅の被害者に対する介護加算の創設というものを充実するほか、保健福祉事業の充実を図っているところでございます。
 また、これに加えまして、早急な被害に対する対応ということで、健康被害発生状況調査といったものも今般のものにあわせて情報収集をして、健康被害が起こった場合には適切な対応をしていこうという体制づくりに努めているところでございます。
○森暢子君 それで、医師や保護者への適切な情報の提供というのがこれから大事になってまいります、保護者が判断して子供を受けさせるかどうか決めるわけでありますので。ここにいただきましたのが、厚生省からいただいた「予防接種と子供の健康」という、これが保護者向けの教宣のためのパンフレットなんですね。これが各家庭に全部行き渡っているかどうかということをお尋ねしたいと思います。
○説明員(稲葉博君) その点につきましては、都道府県等を初めとして市町村にそのモデルを渡しまして、たしか私ども何十万部がつくりまして、各都道府県、市町村に渡して、またそこから各家庭に周知徹底していただくような部数の増刷等を図って周知徹底に努めていただいておるという現状でございます。
 ちなみに、三重県の方からいただいております、今先生のお手持ちのものを中心といたしましたこういった工夫をいたしまして、地域の保護者の方々に手渡していけるような部数を届けてまいりたいというように考えております。
○森暢子君 聞くところによりますと、これは予防接種対象の生徒の家には全部行っていないと。つまり、新しく子供を産む人、母子手帳をもらう人にこれをつけるというふうなことを聞いているんですけれども、それでは対応としてだめなんじゃないかと思うんですが、文部省はその点、保護者への理解、個人接種に向けての理解ではどのような対策をとっているんでしょうか。
○政府委員(小林敬治君) お答えいたします。
 この点につきましては、先月、体育局長通知を出しまして制度改正の趣旨等につきまして周知徹底を行ったところでございます。
 その際に、その通知の中で、各教育委員会や学校において児童生徒や保護者等に対し予防接種制度の改正のポイントや予防接種の意義に関する正保しい知識の普及を図るよう求めているところでございます。特に、今先生がお示しいただいた厚生省が発行している一般向けの「予防接種と子供の健康」という冊子の活用を図ることなどを具体的に示して、保護者への情報提供を積極的に行ってくださいというふうに指導を行っているところでございます。
○森暢子君 この中身なんですが、いろいろな方がこれを読まれてちょっと問題点を出しております。例えば、病気の怖さを大変強調していると。怖いんだ、怖いんだと、怖いから受けなきゃいけないというんですか、病気の怖さを強調していると。それから副作用、どういう副作用があったかというその例が大変少ないということですね。そして、予防接種を受ける前にこれをちょっと読んでもらって、わかりましたか、読みましたかというふうなことで早く決めなさいというふうな場面もあるというふうにも聞いているわけです。ですから、もう少し本当に予防接種というものはどういうものか、そして保護者としてそれを理解し、どう対応するかということの徹底が必要なんではないかと思います。
 それからもう一つ、ここに「予防接種ガイドライン」というのがあるんですが、これは予防接種をする医師、関係者に配られるわけですね。これも、本当にそういう関係者に全部行き渡っているのか。厚生省とどっちがお渡しするのかわかりませんが、学校も、医師に頼んでやっていただくんですから、これは理解してもらわなきゃいけませんね。これはどんなものですか。文部省の方はどうなんでしょうか。
○政府委員(小林敬治君) その冊子につきましても活用を図ってくださいということは通知の中で言っております。
○森暢子君 それで、個別接種になっているんですけれども、八月二十六日付の文部省の学校健康教育課から各県あての文書の中に、学校教育活動に支障のない範囲で、場所の提供、予診票の配付など協力を行うというふうに書いてあるんです。個人接種が中心ですけれども、やむを得ず集団で実施する場合は学校の場所を提供しなさい、協力しなさい、こういうことですね。ところがこの中を見ますと、接種場所の広さ、換気、照明、冷暖房設備、それから冷蔵庫があるかどうか、そういうところが配慮されている場所でないとだめだというふうなことが、厚生省の方にそれが書いてあるんですかね。それで、そういう場所が学校にあるかどうかですね。
 予診の時間を含めて医師二名、それからその人たちが一時間に四十名、医師が一人だったら一時間に二十名の接種しかできないわけです。これま一では数十秒で一人というスピードで接種をやっていたわけですね。それに歯どめをかけるということはいいんですけれども、普通、学校でやる場合に体育館を使います。体育館はほこりだらけですね。そういう中でこれだけの条件を満たして学校でできるかどうかですね。
 それから、問診票というのがあるんですが、体温をはかりますが、今までは前の日にはかってきた問診票を出せばよかったんですが、そのときに学校ではからなきゃいけないんですね。それだけの人数に対する体温計があるかどうかということもあるし、いろいろ問題があるので、やむを得ず学校で集団でする場合、これは文部省としてできるとお考えなんでしょうか。
○政府委員(小林敬治君) 今おっしゃられたようなことを一〇〇%満たそうとすると、市町村長等から協力の依頼がありましたときに学校側で大変困るという事態になろうかと思います。
 ただ、さはさりながら、予防接種の意義の重要性を考えましたときに、市町村長等から協力の要請がありましたときに、できるだけ学校に支障がない限りで協力をしてもらうということもまた大事なことなんではないかなというふうに思うわけでございます。その際に、やはりそういう完璧に整った環境でないとやってはいけませんというふうなことになりますと、学校側としては大変困ると。多分そのことを一〇〇%満たすというのは余り多くないんじゃないかなというふうに考えております。
○森暢子君 そうしたらどうするんですか、実際。どうなさるんですか、学校は。
○政府委員(小林敬治君) 厚生省が要求している水準にできるだけ近づけるような努力を学校側にしてもらうということになろうかと思います。
○森暢子君 それで、学校でする場合にやっぱり養護教諭がそれに対応しなきゃいけないですね、学校にいる養護教諭が。そうしますと、検温から予防接種機器の消毒とか、ワクチンならワクチンの運搬とか、それから子供たちの消毒とかやらなきゃいけない。ところが、養護教諭が今全校必ず一名ずつ配置されていない状況もあります。そうした場合に、本当に文部省、これから個別接種になってこういう現実問題になったらどうしたらいいかというのは、大変子供の健康と命にかかわる問題で、特に副作用というのは今世間の話題になっておりますね。これは本当に対処していかないといけないと思うんですが、養護教諭は医療の従事者ではなくて養護教育をつかさどるということなんですから、この辺本当にどう思われますか、どうするんですか。
○政府委員(小林敬治君) 予防接種の問題もございますし、養護教諭がいろんな点でこれから幅広く活躍をしていく場面が多くなってくると思います。今お話がありましたように、学校がやむを得ず協力をして予防接種を集団でやるという場合には、やはり養護教諭の先生というのは医師を補助して今までよりも増して負担がふえるというようなことは当然考えられるところでございますので、実は、現在、私ども文部省としては第六次の教職員配置改善計画を実行いたしておる段階でございます。
 これは、概要を申し上げますと、六年計画でございますが、養護教諭の配置基準を三学級以上の学校には全部一人ずつ、一十学級以上については一人を二人にというふうな中身になっているわけでございます。そうすると、大体大まかに見て、小中学校の約九八%ぐらいには配置できることになるというふうに考えております。全校配置ということにはまだならないわけでございますが、現在そういう努力をいたしておるところでございます。
○森暢子君 最後に、今養護教諭に対する期待、それが大変ふえております。保健室にいろいろ子供たちが悩みを持って行くとか、それを聞く役目も養護教諭は果たしているわけです。それにこの予防接種の問題やいろいろ期待される面は多いんですけれども、全校配置になっていないというのはこれはちょっとおかしいと思うんです。そうすると、やはり定数改善を早くして、ひとつ前倒しをして養護教諭全校配置に持っていっていただきたい、このように思います。
 以上で終わります。
○委員長(松浦孝治君) それでは、午後一時三十分に再開することとし、休憩をいたします。
   午後零時十八分休憩
     ―――――・―――――
   午後一時三十二分開会
○委員長(松浦孝治君) ただいまから文教委員会を再開いたします。
 休憩前に引き続き、教育、文化及び学術に関する調査のうち、文教行政の諸施策に関する件を議題とし、質疑を行います。
 質疑のある方は順次御発言願います。
○会田長栄君 日本社会党・護憲民主連合の会田長栄でございます。どうぞよろしくお願い申し上げます。
 昨日、文部大臣から、文部行政について主要な課題として基本的な五点について所信を聞かせていただきました。特に私は、文教予算を取り巻く過去五年間の情勢を見てみますと、財政事情が大変厳しいという中にあって相当苦しい編成をしてきた。何としても教育予算というのは、もう少し国の予算の中での位置づけも、文部省が概算要求しているとおり積極的に取り組ませなきゃならないということを主張してきた一人でありますが、特に大臣の二十一世紀に向けて教育や学術を未来への先行投資として位置づけつつ、文教予算の充実確保に一層の努力をするという決意を聞いて大変安心したし、今後その決意を我々も一緒になって精いっぱい取り組んでいかなきゃいけないという気持ちを持ちました。その点についての決意と御努力に敬意を表しつつ、限られた時間でありますから端的に私の方は質問してまいりますから、その点端的にお答えいただければ幸いであります。
 まず第一には、学校五日制の問題についてであります。
 大臣も御承知のとおり、平成四年九月から月一回で学校五日制が出発しました。出発するまでは、特に父母の間で大体四つの点にわたって心配の御意見が多くございました。一つは学力が低下する、一つは学習の負担が増して塾通いの子供が多くなる、あるいは非行がふえる、あるいは家庭の負担がふえるとの意見が出されておりました。
 しかし、月一回をやってみたら意外と、小学生、中学生、高校生あるいは教職員、父母の大方の意見というのは、子供の自主的な生活というものを取り入れられて大変よろしいという結果になりました。
 そこで、大臣にお伺いするんですが、所信の中で、実施の過程で出された課題の解決を図りつつ、その着実な前進を図ると述べられました。したがって、月一回やってみて出された課題をどのように一体とらえているのか聞かせてほしいというのが第一であります。
○国務大臣(与謝野馨君) 月一回の学校週五日制を円滑に実施するためには、学校、家庭及び地域社会の教育のあり方を見直すとともに、子供の生活にゆとりを持たせ、望ましい人間形成に資する観点から、教育課程の編成と実施上の工夫や家庭、地域社会との連携、協力を図ることが必要であります。これまでのところ、実施経過を見る限り、これらの点について積極的な評価がなされております。
 なお、当初懸念されておりました過度の学習塾通いや児童生徒の健全育成上の問題など、土曜日の過ごし方についても特段の問題は生じていないと考えております。
○会田長栄君 次に、文部省は平成七年度四月から月二回の導入をしたいと聞いておりますが、その見通しを聞かせてほしい。
○国務大臣(与謝野馨君) 次の段階でございます月二回の学校週五日制については、現在調査研究協力校の研究報告等をもとに協力者会議において検討を行っていただいております。文部省としては、協力者会議の結論をまって、月二回の学校週五日制の実施について判断をいたしたいと考えております。
○会田長栄君 それでは局長にお尋ねいたします。
 それは、なるほど協力者会議、十月六日、十月十四日、十月二十五日、そして十月三十一日に予定されていると聞きます。したがって、カリキュラムの編成の時期ということを考えると、学校現場、そして市町村教育委員会、県の教育委員会という、まことに手続上一定の期間を要することだけは間違いありません。したがって、学校での先生方の御意見というのを一体どのくらい討議する時間を保証して、文部省としては少なくとも協力者会議の最終結論というのをどの辺でまとめたい、こう思っているんですか。そこをちょっと聞かせてください。
○政府委員(野崎弘君) 今、協力者会議において検討いただいておるわけでございますが、この協力者会議の中におきましても、もし来年度実施するということになれば、今お話にございましたような学校におきます教育課程編成上の問題があるので、できるだけ早く結論を急ぐべきであるということが意見としても出されておるわけでございますので、私どもといたしましては、協力者会議におきまして早い時期に結論を得、学校におきます来年度の教育課程の編成に支障がないような形で結論をいただけるんじゃないかと、このように考えておるわけでございます。
○会田長栄君 学校現場で支障の来さないようにしていきたいというぎりぎりの線というのはどの辺だとお思いですか、ぜひ聞かせてください。
○政府委員(野崎弘君) ぎりぎりの線がどこかというのはそれぞれ学校において違うと思いますけれども、通常は十二月ごろからそういうような形でいろいろ学校内で検討がされるんではないかと、こんなふうに思っております。
○会田長栄君 大体想像はできますけれども、十二月というのはまことに二学期の締めくくりでございまして、その仕事とカリキュラムの編成の仕事とを相まってやるわけでありますから、大変錯綜する仕事があるんですね。したがって、それが十二月二十日までに討議を経て一定の学校での取りまとめをして届け出るというのは時間がかかるんですよ。したがって、私はできる限り協力者会議は、少なくても三十一日にやってもう一回やったぐらいでまとめていただいて、早急に文部省がそれぞれの都道府県なり市町村教育委員会を指導してもらわなければこれは対応できないんではないかと、こう思っているんです。
○国務大臣(与謝野馨君) 先生が御指摘されました点は文部省でももちろん考慮しておりまして、来年四月ということが仮に実現するとすれば、それに至るまでの十分な準備というものが学校においてなされなければならない、こういうことは事実でございますし、その点は十分配慮をしていかなければならないと思っております。
 しかしながら、現時点では、協力者会議の諸先生方にいろいろなデータに基づいて勉強していただき、分析をしていただいている段階でございますので、私ども文部省として結論を無理に急いでいただくということはやや非礼にわたると思いますので、やはり静かにその結論を待ちたい、それが正しいのではないかと思っております。
○会田長栄君 大臣の所見はわかりました。
 そこで、局長、そんなことを言ってみたって、協力者会議で御意見があれば、ずるずると十月いっぱいかかるというのであれば、それは現場で、二回なら二回を導入したとき学校というものを果たしてどのように一体運営していったらいいのかというのが困るんですよ、それは。
 だから、私は一定の、例えば十月中旬までには協力老の先生方に御協力願ってまとめたいと思っているというんならそう言ってくれればいいんです。それなら別にそれ以上のことは言いません。なるほどそうすれば一カ月ぐらいの時間はあるな、それなら努力すれば何とかいい案ができ上がるなど、こう思うから尋ねているんですから。それを十一月中旬ですなんて言われたんじゃ、そんなもの、じゃ自分のいいようにやったらいいでしょうというので決まり切ったことになってしまいますよ。私はこれから局長に質問いたしますけれども、決まり切ったことではいけないと思っているから前提に聞いているんですよ。
○政府委員(野崎弘君) 先ほどお答えいたしましたように、協力者会議自体もできるだけ結論を急ごうと、こういうことで精力的にやっておるわけでございますので、十分その点はお酌み取りいただきたいと思うわけでございます。
○会田長栄君 若干不満であります。せめて文部省だったら、文部省の考えはこうです、ただし協力者会議でそれが延びるかもわかりませんとか縮むかもわかりませんぐらいのことをおっしゃったって別に罰金を取られるわけじゃないでしょう。私はそれぐらいは答えた方がより一層この問題というのはよく前進できると思ったから尋ねているわけでありますから、そのように私は解釈していきますから、ひとつよろしくお願いをしておきます。
 私は、月一回導入するということで本来は大賛成なんです。月二回も大賛成、月三回も大賛成の組なんです。何で大賛成がというと、これは意見短く言っておきます。私は、今の教育問題を語るときに、一番学校の教育力ばかり問われていますけれども、家庭での教育力というものが今問われる時期なんです。もちろん家庭だけじゃありません。地域での教育力というのも問われている時代なんです。
 今まさしく、自分のうちの子供でありながら、特定の要求については父母は出しますけれども、あとは出さないからね。地域にも関係なしですからね。よそのうちの子供だというところです。そういう意味で、家庭と地域の教育力というものを今回復しないと、私は間違いなく反省をしなきゃならない時期がもう既に来ていると思うからこういう意見を申し上げておくんです。どうぞその点は押さえておいてください。
 例を出しますから、これ自分の体験ですからね。
 私、中学生を持ちました。学校の教育力を高めていくために、PTAは大いに積極的に学校の事業に協力していかなきゃいかぬと出ました。この立場で、あるいは年齢でありながら、自分よりも二十五センチも大きい息子の学校に行って、どぶさらいから草刈りから石ころ拾いからみんなやりました。それで、うちへ帰ってきて言いました。おやじより二十五センチも大きい息子が何でおやじが手伝いに行かなきゃ石ころ拾えないんだ、草刈りできないんだ、どぶさらいできないんだ、こんなことを繰り返していたらおまえのところおかしくなってしまうんじゃないかと言ったら、息子も、おれもそう思うと言っていた。別に一時間ぐらい草刈りしたからといって学力が劣るわけはない。もともと学力なんていうものはそんな単純なものではないということを息子も言ったわ。なるほどこれはいい。それではこの次にと、こう言ったけれども、次の年に行ってまたやった。こういう経験があるから私は言っているんですよ。
 まさしくそういうふうに偏っちゃったんですよ。その後、変わりましたよ。今度は子供と親が一緒になってやるということに変わってきました。そういう意味で申し上げたんですから、ひとつその点はとめておいていただきたい、こう思っているんです。
 月一回導入を決めたときにどのように学校の先生方が苦労したかということを、やっぱりそれを率直に私は受けとめる必要があると思っているんですよ。それは何といっても月一回の土曜日、四時間ですね、この四時間を減らすために何が減ったか、あるいは月から金までの間にどういう子供の生活の上での変化があったかということを私はぜひとらえてほしいと思うからこの問題を申し上げているんです。
 だから、学校行事を精選した、こうなっています。学校行事を精選するということはどうかといったら、恐らく子供が主人公になる、子供が中心になって運営される行事というものが減っていったんです。これらが自発性とか自立とか創造性とか、個性を育てるというのだったら本来的にはそういうものはカットしてはいけないんです。ところが、それ以外のものをカットできないから結局ここにしわ寄せが行った。
 もう一つは何かといったら、いろいろ議論したけれどもうまい知恵がない。学習指導要領でき保ちっと押さえられている。その学習指導要領に基づいて教育課程が編成されている。その上で月一回やれというんですから、その知恵というのは大変な苦労を伴ってやった。最後には、大方の学校は土曜日の四時間を月曜日から金曜日まで上乗せしたにすぎない。上乗せするとどうなるか、その時間帯における子供の自主的な学習というようなものを中心として自治活動というのが今度は外されていった。
 こういうところに来ているものですから、今後検討されている月二回の休みの問題についての扱い方というのは、私は相当現場で討議できる余裕を持たせて結論を出してもらいたい、そして平成七年度の四月から出発できるようにしてもらいたいというところで申し上げました。
 その次にお聞きしたいのは、月二回の実施に伴うとか、月一回の実施に伴う文部省の見解として、所見として、学習指導要領は現行のものに基づいてやる。教育課程、カリキュラムの問題についてはこの学習指導要領に基づいて編成をする。その上に、標準授業日数というのが与えられている。この標準授業日数の問題については若干の凹凸があってもよろしいというのが今日まで文部省の見解でした。私もそう記憶しています。なかなかこれいいところなんですね。
 そこでお尋ねいたしますが、実験校あるいは実験校以外の学校で週休ニ日制の土曜、一日やりましたね。その結果、標準授業時数の問題について柔軟に対応した、こういう結果が出ていますか、出ていませんか、聞かせてください。
○政府委員(野崎弘君) これ月一回もそうでございますが、現行の学習指導要領の中で実施をするということで、月一回を始めるにつきましても、調査研究協力校というところに研究をお願いして月一回がやれるという判断のもとに今踏み切ってやっているわけでございます。
 月二回の学校週五日制につきましても、やはり同じく現行の学習指導要領とこの標準授業時数の中で実施が可能ではないかということで、六百四十二校の調査研究協力校が平成四年、五年にわたって研究を続けてきた。それが現在まとまりましたので協力者会議において検討していただいているわけでございますので、その調査研究協力校におきます授業というのは、あくまでも標準授業時数というものを守った上で、いろいろな授業時数の運用の工夫をするとか、具体的には時間割りの工夫をするということで対応してきておるわけでございまして、その内容を今協力者会議で検討していただいている、こういうことでございます。
○会田長栄君 どうしたって無理が出るんですよ。それはなぜかと言ったら、子どもの自主的、自立を求める活動を重視する、個性を伸ばす、いろいろ言っていますね。しかし、現実に今小学校だったら児童会活動というのは全く制約されていますからね。中学校だったら生徒会活動というものが制約される。特別教育活動も制約される。そういう中にあっての編成だったので、いわゆる標準授業時数というものについての凹凸もあってもいいという柔軟な考え方を文部省が出した。これは私は歓迎なんです。だから、そういう点を今後も維持していきますかということを聞きたい。
○政府委員(野崎弘君) 先生が今凹凸と言われたので、ちょっと私どもどういう意味がはかりかねるところもあるんですけれども、私どもが従来からお願いしておりますのは、標準授業時数というのが決まっておるわけでございまして、これは標準であるわけでございますが、この授業時数というのは学習指導要領に示しました内容を指導するに要する時数ということでこれを決めておるわけでございますので、通常このとおり実施するという考え方でお願いをしておるわけでございまして、たまたまあるときにそれが守れないというようなときに、それがすぐ学習指導要領違反だというようなことでは考えておりませんよという意味合いで従来から指導しておるわけでございます。
 学校週五日制ということで、月一回にしても二回にしてもそうだと思いますが、恒常的にこれを実施するわけでございます。その恒常的に実施する中で恒常的にこれを下回っていいというようなことで従来解釈を示したというようなことはございませんので、ひとつそういうように御理解をいただければありがたいと思います。
○会田長栄君 そこは非常に大事なところなんですよね。だから、大臣が所信で述べているとおり、子供の個性を尊重する、子供の自立、自発性、創造性、判断力、こういうものを育てる、こういうことの目標でやっていくとするならば、より一層そういう活動というのを実は緻密に指導していかなきゃいけないものが、結果的に、月一回やってみて、その四時間のやり方ということについてなかなか難しいもんだから月から金にその時間を上乗せしちゃって過ぎているという傾向の学校が多い。
 こういうことを考えると、私は、学習指導要領に基づく、そしてカリキュラムをつくる、カリキュラムに基づいて標準時数を配置するというのもそれはいいと思いますよ、いいと思うが、若干の柔軟性があったっていいんではないかと、こう言っているんですよ。従来そのくらいの柔軟性はよかろうと文部省は言ってきた。
 そこで、お伺いします。月二回を導入した実験校の中で、まさしく現行の学習指導要領、教育課程、そしてなおかつ二回をやってみて大方の小中高、父母も賛成だとなったのには、今の問題と関連して何かいい答えが出ていますか。
○政府委員(野崎弘君) いずれの学校も学習指導要領を下回る授業時数で実施をしたというようなというようなことは聞いていないわけでございまして、この標準授業時数というものを上回っておった学校がその上回る分を削減するような形で授業時数の工夫をするとか、あるいは年間の中で工夫をして授業時数を入れていくというようなことをいろいろしでいるというふうに私どもは報告として受けておるわけでございます。
 今先生御指摘の土曜日の分を単純に上乗せしておるんではないかということでございますけれども、私どもの調査では、そういう上乗せした学校におきましても、週を平均いたしまして一時間ないし一時間未満の授業時数の増があったというようなことでございまして、大部分はそういういろいろな工夫の中で、できるだけ子供たちの負担が増加しないように工夫をしてやっていただいた、このように考えております。
○会田長栄君 それじゃ、もう一つ端的に例を出してお聞きします。
 例えば、教育内容に関して、小学校の国語で言いましょうか。漢字を教えるというのは、これは学習指導要領に基づくとすれば、小学校一年で八十字、二年で百六十、三年で二百、四年で二百、五年で百八十五、六年で百八十一、全体で千六字、こういうことに決まっているでしょう。そうすると、これは何でもかんでも学習指導要領に基づいて指導するわけですから、教えるわけですよ、これ。そうすると、教育内容についても、一年のとき八十字というのはなかなか骨が折れる、六十字で抑えて二年のところに持っていきたいとかという、これくらいの幅は一体いいのかどうかということですよ。これは非常に大事なところなんですよ。
 極端に言えば、今の教育内容というのはどだい私は新幹線教育だという意見を持っています。子供にはわせもあればおくてもあるんだ、なかてもあるけれども、最初からわせの子供ばっかりではないんですよ。したがって、小学一年生のときに八十字というのは容易でないというんであれば、それを六十字ぐらいまでに柔軟に対応して、二年にそれでは百八十字にしてもいいか、あるいは三年に回してもいいかというようなことが現場の先生で相当議論されているんです。幾ら教えたって覚えなきゃどうにもならないでしょう、これ、覚えないと。覚えるものとしてやっているものですから、こういう意見が出るということを押さえておいてください。
 最後に、こういう議論が展開されていくとすれば、月一回なり月二回なりあるいは月三回なり月四回なりということを見通していくとすれば、どうしても根っこに当たるのは学習指導要領の改訂の問題なんですよ。この点について、文部省、文部大臣はどのような見通しを持っておられるのか、ちょっと所見を聞きたい。
○国務大臣(与謝野馨君) これは月二回が実施された後で考えなければならない課題でございまして、今直ちに明快に先生の御質問にお答えできる状況ではございませんが、月四回完全実施ということになりますと、当然今の学習指導要領を消化できなくなるということに相なります。したがいまして、学習指導要領を改訂するという作業が生じてまいりますし、その場合は、それに対応する教科書というものは一体どういうものか、そういう問題も出てまいると思っております。
○会田長栄君 学校五日制の問題については後の機会にまた議論させていただきます。
 第二番目の問題は、例年この文教予算の中で常に問題になるのは義務教育費の国庫負担制度、事務職員、栄養職員のことなんですけれども、長い年月にこの問題で大変文部省自身も苦労をしてきたし、努力もしてきた。その結果、制度を堅持するという考え方が文部省、文部大臣の基本的な姿勢だったと私は記憶しているんですが、大臣、同様にそういう決意で臨んでいかれますか、お聞かせください。
○国務大臣(与謝野馨君) ただいま質問が二つに分かれていたと思うんですが、一つは、義務教育費国庫負担制度は堅持すべきものだと考えるが、文部大臣としての決意はいかんと、こういうことでございますが、これは大変重要な制度でございまして、制度の根幹については今後とも堅持してまいる所存でございます。
 それから、少しお触れになられましたその中での事務職員、学校栄養職員等の問題につきましては、私どもは、義務教育費国庫負担制度は義務教育の妥当な規模と内容等を保障するための重要な制度であり、その際、対象となっている事務職員、学校栄養職員は学校の基幹的職員であると認識しており、今後とも適切に対処してまいりたいと思っております。
○会田長栄君 大臣から、義務教育費国庫負担制度あるいは事務職員、栄養職員の適用除外の問題について、力強い堅持の答弁を聞かせていただきました。その線に沿って全力を挙げて、こういう話題は二度と私どもの前に出ないように、大臣の御努力を、この際、特にお願いをしておきます。
 もう一つの問題は、これは文部省も各都道府県教育委員会も、高等学校の入学者選抜制度の改善問題について相当取り組まれていることは事実でございまして、その点の御努力には敬意を表しながらも、一点だけお伺いいたします。
 特に中学校から高等学校に提出する調査書の問題で、性格なりあるいは行動なり特別教育活動なりの分野でこれを点数化して調査書を仕上げるという問題について、文部省としての見解を簡潔に聞かせておいてください。
○政府委員(野崎弘君) 今高等学校の入学者選抜、それぞれ各都道府県で一生懸命工夫をいただいておるわけでございます。その中で、学力検査だけではなしに、生徒の個性というものを多面的にとらえる、あるいは生徒のすぐれた点とか長所を積極的に評価するということでいろいろな工夫がされておるわけでございます。そういうことをはかる上で具体的にどうしたらいいかという場合に、生徒の幅広い能力、適性というものを積極的に評価する、こういう視点から点数化して活用するということも一つの方法ではないかと考えておるわけでございます。
 もちろん、これは調査書のすべての項目について細部にわたりまして安易に点数化するというようなことは慎重であるべきことであるわけでございますが、各県がいろんな工夫の中で、子供たちの能力というものを積極的に評価したい、しかもできるだけそれを客観的な形で評価したいというような中で、これを点数化するということも、これは一つの工夫としてあるんじゃないか。文部省がそうしなさいという意味じゃございませんけれども、それぞれの県が工夫する中でそういうようなこともあり得るのではないか、このように考えているわけでございます。
○会田長栄君 時間の関係がありますから、私、申し上げておきますが、特別教育活動とかボランティア活動とか、あるいは行動とか、こういうものを点数化しなきゃ高校に入学させる改善に当たらないなどということで逃げてはならない、私はこう思っています。野球部のキャプテンだから五点くれる、ベンチで、球拾いだけやっているからおまえには一点だなんて、極端な言い方ですが、こういうことはやるべきものではないと私は思っていますよ。
 これは高等学校がそれなりの活動の評価をすればいいんであって、中学校の進路指導の先生方にそこまで点数化させて指導するようなことがあっては、私はちょっとやり過ぎではないかと、こう思って申し上げているんです。望ましいことではないかもしれませんけれどもということで、各県のやることですからという形でお答えいただきましたが、そうではなくて、その点はきちっと押さえて、各県に助言するならしてほしいという意見を申し上げておきます。
 それから、もう一点だけ伺わせていただきます。短く言います。
 私学助成の問題について、地方交付税という形で平成六年度は五年度より金額にしてマイナスにならなかった、プラスになったと、こう言っていますが、地方交付税というのは一般交付税でありますから、これは首長さんの物の考え方、議会の物の考え方で多くなったり減ったりすることは可能なんですね。そういう点について文部省として各都道府県に対してどのような御助言、御指導をされているか、そこのところだけ一点聞かせていただいて、私の質問を終わります。
○政府委員(吉田茂君) 御指摘のように、一般財源ということでありますが、しかし一方で、地方交付税はあるべき財政需要の標準的な姿としての基準財政需要額に基づいて算出されるということであるわけでございまして、私学助成につきましても、そういったあるべき財政需要が基本にある、そういうものとして交付税が算出されるということを踏まえまして、各都道府県において私学助成予算が充実するように私どもとしても既に指導をしておりますし、今後とも十分な指導をしてまいりたいというふうに考えております。
○会田長栄君 ありがとうございました。
○木暮山人君 新生党、新緑風会の木暮でございます。
 本日、与謝野文部大臣の所信を聴取いたしまして、まことに感銘を深めさせていただいております。未来に向かって、潤いのある生活と多様な個性の発揮等、有意義な社会形成の基本的問題に文教行政が大きく役割を果たしていくという御決意を披瀝されましたことは、まことに同慶にたえないことと存じます。加えて、文教に関する予算の充実確保に努力されるという考えはまことにありがたいことと存じます。
 所信の第一の課題に、大臣の基本的な考えとして、「個性の尊重を目指す教育改革と生涯学習社会の構築」とございますが、第一に、一番大切なことは、我が国にとって国旗と国歌の問題であると考えられます。大臣も申し述べているごとく、道徳教育や生徒指導の充実の基礎的要素の推進の上からも、このたび国旗と国歌の問題を解決したと簡単に言われておりますが、どのような理由で解決し、今後政治の都合によって変節等が再び生じ、もとの姿に戻るというようなことがないか、そのようなことにつきまして大臣の御所見等をお伺いしたいと思います。
○国務大臣(与謝野馨君) 国旗と国歌の問題については、衆議院の予算委員会等でも総理から御答弁がございまして、政府としての統一的なお話は衆議院の予算委員会の理事会等に御表明申し上げたところでございます。
 繰り返すことになりますけれども、国旗・国歌については、長年の慣行によりまして日の丸が国旗、君が代が国歌であるとの認識が国民の間に定着しており、政府としても日の丸・君が代を国旗・国歌として当然尊重をしております。しかし、一部の学校において、このような国旗・国歌の指導の意義が教員や保護者に十分理解されていないために、いまだに入学式や卒業式などにおいて国旗掲揚、国歌斉唱が実施できない状況があることも事実でございます。
 文部省といたしましては、これからの国際社会に生きていく国民として必要な基礎的、基本的な資質を身につけるために、学校教育において、我が国の国旗・国歌はもとより、諸外国の国旗・国歌に対する正しい認識とそれらを尊重する態度を育てる指導を行うことが必要だと考えており、学習指導要領において、社会科や特別活動などにおいて国旗・国歌に関する取り扱いを示し、指導の充実を図っております。
 今後とも、すべての学校において学習指導要領の趣旨が理解され、国旗・国歌について適切な指導が行われるよう、都道府県教育委員会委員長・教育長会議、指導事務主幹部課長会議、校長会等あらゆる機会をとらえて指導をしてまいりたいと考えております。
○木暮山人君 どうもありがとうございました。
 それで、指導といいましてもいろんな指導がありまして、私は、国旗・国歌の問題について今いろいろ世間で話されていることを聞きますと、少しどこかピントが外れているような感じがいたします。そこで、どういう理由でそういうことが論ぜられなければいけないかということをちょっと調べてみましたので、ちょっとお話しさせていただきます。
 我が国においては、国旗と国歌に対して、その論点が故意にずらされて論じられてきているような感じでございます。物事を論旨に沿った論理から考えた場合、国旗においては、我々子供のときから「白地に赤く日の丸染めて」という歌で育ったものでございまして、これが国旗だと言わなくても、みんなそれを見たときは国旗だと考えるようになっております。しかし、あの終戦、戦争に負けた途端に、それに関しまして私どもは大変な屈辱的な思いをさせられたものでございます。
 まず、日本を占領した連合軍がこの国旗と国歌というものに対しまして禁止の指令を出す。そして、禁止よりももっとすごい、敵対的な、それは占領したんだというような意見を述べております。私は、これを順を追って皆さんにちょっと聞いていただきたいと思うんです。
 連合国総司令部は、占領の当初、日の丸の掲揚を禁止していた。しかし、昭和二十一年五月、マッカーサーは、日本国憲法の施行に際しましで、国会、最高裁判所、首相官邸、皇居に限って国旗の掲揚を認めました。翌年三月には、連合国総司令部の覚書によりまして、十二の祝祭日において国旗の掲揚が許可されました。また、同年七月に国民の祝日に関する法律が制定され祝日が九日になったのに伴いまして、新たなる覚書が出ております。
 また、マッカーサー総司令部司令官は、昭和二十四年の年頭にメッセージを出しまして、国旗の掲揚の制限を撤廃すると言っております。
 今ちょっとお耳に入れたいと思うのは、まず第一に、マッカーサー元帥の書簡であります。これは一九四七年五月二日でございますから、新しい憲法が施行される前の日に日本人に向けて出された書簡であります。
 新日本憲法の施行によって日本には、自由な民意の表現によって民主主義の上に打立てられた 政府、今や主権を保有するに至った国民にたいして十分責任をもつそれぞれ国家権力の対等の機関から成り立った政府、そして神聖なる人類の自由を実現し擁護するとともに、人類に永続的平和を推進すべき使命をもった政府が樹立されるであろう、幾多のいきさつを経て可能となったこの歴史的な民主的自由の確立を記念するために余は今後日本の国旗が立憲政府の三主要部門を代表する国会、最高裁判所および首相官邸の内と上空に、また国家と国民統合の象徴としての立憲的役割を果される天皇の居所の内と上空に自由に掲げられるために日本国民に返還されることが特に時宜にかなったものと信ずる、この国旗の掲揚を以て日本人の生活に、個人の自由、権威、寛容および正義にもとずいた新しい永続的な平和時代が到来したことを意味するものたらしめよ
   一九四七年五月二日
          ダグラス・マッカーサー
こういう書簡が来ております。
 その後、すぐに吉田内閣総理大臣が返書を出しております。これを長々読むのも大変でございますから、吉田さんの一番大事なところをちょっと抜粋して読んでみますと、
 予は日本国民がこの意義深い措置により国民に示された信任と信頼とにこたえまた新憲法にもられた高き理想を達成するため最善の努力を尽すことを確信する。明日の新憲法施行は止に個人の自由、個人の尊厳、寛容および正義に立脚した新しくかつ永遠の平和時代の発足を意味づけるものでありこの歴史的な時期における日本国民に対する国旗の返還は最も時宜を得たものであり日本国民が真に民主的かつ平和的な国民たらんとするための新しくより高き努力に拍車をかけるものである。
   一九四七年五月二日
                吉田 茂
 その次に、日本の国旗掲揚に関する連合国総司令部覚書というのがあるんです。これは昭和二十三年三月一日であります。「今後別紙第一記載の十二日本国民祝祭日における日本国旗の掲揚を許可する。
 この件に関しては占領軍部隊に通告済である。」ということで、日本のいわゆる祝祭日に日の丸を上げてもいいんだと。上げてトラブルが起きないように、国旗を上げると敵対行動を日本が起こしたということでいろんなトラブルが起きると悪いので、占領軍の部隊には全部その旨の通告がしてあるということであります。
 それから第三番目に、日本の国旗掲揚に関する連合国総司令部覚書というのがございます。「次の各覚書を参照すること 一九四八年八月三〇日附日本政府覚書終調第三〇四四号「新国民祝祭日」に関する件」これは結局、祝日が先ほど申しましたように減りました。それに対してやはり通告しているわけでございます。
 それから、「名以外の国民的関心の場合における国旗掲揚に対する日本政府よりの要請については、連合国最高司令官においてこれを考慮する。」。何か国民の方でこういうときに国旗を上げたらというようなときに考えてあげる。結局、それまでは祝日といわゆる三権の長のところと皇居に国旗を上げてもいいと。これだけ返還になったわけであります。
 ところが、それからちょっとたちまして、昭和二十四年一月一日、やはりマッカーサーが日本の国民に年頭のメッセージとしてこんな手紙を送っております。
 諸君の一般的福祉のためいま要求されているこれらの目標を遂行するにあたって必要な精神力を高揚するため、かつまた諸君が自由な政治的運命を切り開くための健全な基礎をつくるにあたって、今日までなしとげてきた幾多の進歩をみとめる意味で、私はここに諸君にたいし諸君の国旗をふたたび国内において無制限に使用し、掲揚することを許可する、私が今回この挙に出た理由は一にこの国旗が人類のひとしく捜し求めてきた正義と、自由の不易の観念に立脚した平和の象徴として、とこしえに世界の前にひるがえらんことを願うからである、またこの国旗が、国家主義なるものは成文律たると不文得たるとを問わず、各国民相互の義務と責任を確立する普遍的な国際法にたいしては高い義務感をもつべきであるという考え方をつよく鼓吹すべきことを念ずるからである、さらにまた、この国旗が日本の政治的自由を確保し、保全するに足る日本経済建設の義務に向って、日本国民の一人一人をふるい立たせる輝く導きの光りとしてひるがえらんことを心から念願するからにほかならない。
         ダクラス・マッカーサー
こういう手紙が来たのであります。私も最近初めてこれを見まして、日の丸・君が代というのは占領軍に占領されていたんですが、しかし、なし崩してはあるけれども少しずつマッカーサーが返して、しまいに自由にどうぞ上げなさいといって手紙までよこしているのに、今度日本の国の中で今は大騒ぎ。いろんなやっぱり考え方があります。
 しかし、こんなにはっきり日本の将来を明示して日の丸を返してくれた占領軍というのは私は立派だと思いますね。これに対して文部大臣、ぜひとも何か一言所見をひとつ述べていただきたいんです。これ別に指導とかじゃないんですよ。国民がこの手紙を見たとき、あんちくしょうと言うものじゃないと思うのでありまして、ひとつ所見のほどをお願いします。
○国務大臣(与謝野馨君) 戦争が終わりまして連合軍が日本に駐留することになりまして、いわば占領状態が生じまして、日本は外交等も途絶をし、いわば独立国としてのいろんな主権を失った状況が何年か続いたわけでございます。恐らく、その当時の占領軍はいろんな占領政策を持っておったと思いますが、その中で、国旗についてはそういう制限的な措置をとって、いわば戦前のいろいろなことと日本国民を遮断しようと、そういう試みがあったのではないかと私は想像をしております。
 しかしながら、そういう状況が続いた中で、やはり日の丸は日本の国旗であるという認識を持たざるを得なくなった。そういうことでそういう書簡のやりとりが行われたものと思いますが、何しろあの時代はやはり一つの混乱期でございまして、正常なことが行われるような状況ではなかったと思いますが、事が落ち着いて、日本国民の国としての主権や、あるいは国民の持っている国旗に対する愛着、そういうものを認めざるを得なくなったための措置だと思っております。
○木暮山人君 その措置はそれでいいんですけれども、返還してくれたわけで、それで自由に掲揚しなさいと。今までは自由には掲揚させなかったわけであります。それを自由に掲揚させる、やりなさいと。ところが、私、これを国民に指導する立場がちょっとまずかったんじゃないかと思うんですね。それは、日の丸を上げなさい、君が代を歌いなさい、これはおまえの国旗でこれはおまえの国歌だぞなんて、そんなこと言わなくたってみんな知っているわけでありまして、いかにもどこかから新しく持ってきたような感じでやるから、そこにいろいろな語弊も生じたり曲解とかそういうものが出てきたと思うのであります。
 大臣、ここでやはり初心に返りまして、国旗のない国なんというのはないわけでありますから、日本の国は世界に伍して、どっちかというと貢献しながらいかなくちゃいけないのに、何の目印もなく歩いていたのでは大変なことでありますので、少なくとも世界が認める国旗というものを我々の認識の中にしっかり焼きつけまして新世紀に向かって私はいくべきなんじゃないかと。でありますから、指導の仕方も、卑屈になって、謝りながら上げてくれ、これじゃうまくないと思うんですね。大臣、こういう意味で、もう少しスタンスを決めて、やっぱり誇りを持てる国歌、日の丸というやつを考えていってほしいと思います。こ保れはもう所見は要りません、
 第二番目の問題といたしまして、既に文部省の皆さんであれば、また文教関係に携わっておいでになる方々であれば御存じのことと思います。昭一和五十七年夏の一連の教科書騒動で、八月二十六日、当時の宮澤内閣官房長官は政府の責任において是正するというような発言をし、これを受けて文部省は具体的事項について検定方針案をつくり、教科用図書検定調査審議会に配付し、答申に基づき、十一月二十四日、義務教育及び高等学校の教科用図書検定基準に「近隣のアジア諸国との間の近現代の歴史的事象の扱いに国際理解と国際協調の見地から必要な配慮がされていること。」と規定を追加訂正している。
 それ以降、昭和五十七年度の教科書検定から適用され、この検定方針により、教科書に日本に関する侵略、南京大虐殺等、日本の子供たちに学校で使われたら学ぶ意欲や思考力、判断力、表現力などの育成を重視する教育にそぐわないような、教科用図書の内容の記述の正確性から見でなかなか問題のあるようなものが出ております。
 それの一つの例といたしまして、まず義務教育諸学校教科用図書検定基準には「正確性」というのがあるんです。誤りや不正確なところのないこと。また、一面的な見解を配慮なく取り上げているところがないこと。本文、注などに誤りや不正確なことがないこと。いわゆる正確でなければいけない、誤りがあってはいけないということでこれは考えられてきたわけでありますが、教科書の中に南京事件なんというのがありまして、これが今の教科書に載っていることなんですね。ここにありますのには、南京事件で日本軍が二十万人ぐらい殺したんだよと、こういうことを言っているわけですね。
 しかし、これにつきまして今裁判をやっている方がおりまして、その裁判の訴状と調書、これを手に入れてみましたら、平成五年四月十四日提訴しました同第六八四三号、謝罪広告及び損害賠償請求に関する件。この訴訟というのは、虐殺をしたと言った著者とやったと言われる本人が論争をしております。それともう一つは、この兵隊さんの中隊長、この方が生きております。またこの中隊長の上の大隊長も生きている。それで、そんなことはありませんとみんな言っている。それはそれでいいんです。こういうことが日本の社会に今どんどん出ておるわけですね。
 それともう一つ、これはぜひ皆さんもひとつ考えておいていただきたいんですけれども、時間がもうあれですからちょっと読んでみましょう。南京の虐殺はなかったとおっしゃっている方なんですが、こう言っているんです。「私は南京攻撃の第一線の大隊長で参加した。」と。森王琢という者です。
 私は福知山連隊で日中戦争に参加、南京攻略戦は昭和十二年十二月十日開始され、占きょしたのが十三日。私の大隊は南京城の東正門の中山門を攻撃した。激戦したが、十三日の午前三時十分、砲撃で城壁を崩し、その勢いではい上がり、軍旗を立てました。
 私はその時は城外の丘の上におり、城内には師団長と共に十五日に入場した。宿営地について陸軍省の先輩に会い、その日の午後、二人で戦場の視察に出かけた。山陵、紫金山など見て歩いた。
 そうして翌年の一月十九日に命令で転進したが、それまでは南京とその周辺の警備に当たつていた。したがって南京の大虐殺が行われたという時期、あったかないか、私は確信をもってお話しできるただ一人の人間だと思っています。
 例えば火事があったという人、なかったという人がいる。あったという場合には焼け跡を示すことが出来るが、なかった場合というのは、明かしは立てにくい。それと同じで、南京で虐殺があった、婦人が乱暴された、家が焼かれたと盛んに言われているが、それがほとんどウソであることを申し上げる。
 南京の虐殺が東京裁判に源を発しているのはご承知と思う。その裁判がいかにでたらめであったかということも、世界の常識である。裁判の統括者であるマッカーサーが、トルーマン大統領に対して東京裁判はあやまりだったと報告しているくらいだ。
 また主席検事であったキーナンも間違っていたと白状している。その裁判で南京虐殺が報告された。それを誠に情けない事に日本人の多くが信じている。あるいは信じさせられている。なぜかというと盛んに当時のマスコミがあおったからだ。
 そのウソをかいつまんで申しますと、検事側の証人として当時南京にいたマギーという牧師が、二日間にわたってどこそこでなにがあったとしゃべり回る。ブルックという弁護士が反対質問で間いつめると、二日にわたってしゃべったことは全部ウソで、結局窃盗と婦女暴行が各一件だけで、法廷で笑い物になった。
 次には中国人のKという町のボスが、どこそこで五百人が射殺された、四万三千人を埋葬した、四千軒の家が焼かれたと言う。四万一二千人をどうやって埋めれるか。四千軒の家を焼いたというが、私は十二月十五日に城内に入り、次の年の一月十九日までの南京で、火災は一件も起きていない。
 そういう証言を東京裁判は全部認めているのです。最終弁論では町に死体が散乱していたことも認められた。冗談ではない。戦いの直後私は城内に入ったが、私は死体の一つも見ていない。
 次に当時の従軍記者の虚言を申し上げる。
 A社のI記者は、南京城内の大量殺人というのを書いた。ある者が君はとんでもない記事を書いたなと、なじると、あれは自分が興味本意に書いたと白状した。その同僚の記者が、Iは後方ばかりにいて記事をでっち上げる男だと言っていたそうだ。
 次にB紙のS記者は、大激戦中の十二月十二日に中山門から入った。城壁にたどりついた兵が次々に万歳を叫ぶ。門の上では虐殺が行われていた、と書いている。
 十二日に私は門から二キロ離れた丘の上から双眼鏡で見ている。中山門の城壁には敵がいっぱいつめている。記者などが近寄れるわけがない。これ程明りょうなウソはない。
  もう一人B紙のA記者。この記者が皆さんご存知と思うが「百人斬り」というのを書いた。
 これは京都の連隊のNとMと少尉同士でやったというが、これが全くのウソ。
 第一に上官が、早く百人斬った方にほうびをやろうと言う。いつ死ぬかわからぬのに、こんな馬鹿げた軍隊があるはずない。(この他、兵士、記者、従軍看護婦などから数々の根拠のない流言を抽出してみせ否定した)
 ごく一部の例でしたけれども納得していただけたと思います。ということを大隊長が言っています。
 それで、これは今裁判しているわけですよ。そうしますと、そういうとき、もう二十万人殺しちゃったよということが出ているわけですから、少なくとも先ほどの正確性の観点から言いましたら、ここら辺の検定のやり方というのは、文部大臣、ちょいと考えなきゃならないんじゃないかと私は思うのであります。
 別にこれはいい悪いじゃありませんで、こんなやつがこんなもの見つけてきたと言われても、印刷物であるんだからしょうがないのでありまして、検定につきましては、もう少し正確なもの、そしてこういうものを教わった人、これに対しまして全く無責任に、将来、人の一生をどのような方向に指導するか、一番基礎的な教養の中でこううことを入れられたらどうなるか、そういうことについてまずちょっと大臣の御所見を聞いて、一どんな感じかひとつお伺いしたいと思います。
○国務大臣(与謝野馨君) 当然のごとく、教科書は正確性ということは重要な要素でございますが、それに至るまでいろいろな学説がありますときに、どの学説を採用するかというような非常に難しい作業も実は入っているわけでございます。検定作業はもちろん正確を期しておりますが、今のような学説とか諸説がある場合の取り扱いは大変難しいと、こういうことだけ御承知おきいただきたいと思っております。
○木暮山人君 ここで問題が幾つか出てくるわけでございますけれども、大臣はそういうぐあいな学説、いろんなことがあると、それで結構なんでありますけれども、当時、高石局長さんというのが答弁しているんです。議事録を見てみますと、侵略の用語の使用に検定意見を述べないというのは検定の放棄であり違法であると。結局、検定などというのは、その侵略という言葉を使った場合、下手に何か言っていると大変なことになるんだよということだと思うんですね。
 南京の問題の記述内容は今日まだ歴史的事実として確定しておらず、訴訟問題すら進行している今日、検定基準に定める正確性と相反する矛盾した検定行為になっている。
 こうした不正確で誤った内容の教科書が小中学校の場合は義務教育として発達途中の児童たちに強制されることになり、これは重大な問題ではないかということであります。児童やその親たちに、こうした違法な内容の教科書で教えられ被害を受ける場合の法的救済の手続が定められていないため異議の申し立てようがない、改正してもらうことはできないものか、こういう声があるわけであります。
 第四に、検定基準は文部大臣の告示であるが、文部大臣も、この場合、内閣官房長官の談話を受けてつくった告示であることから、この近隣アジア諸国条項の削除改正は権限がないということを言っているそうでありまして、こんなことは大臣どういう受けとめ方をなさるかということであります。
 第五番目、昭和五十七年夏の教科書騒動、つまり中国、韓国等の政府から我が国の教科書検定に対し抗議が執拗に来たとき、文部省初等中等教育局長は、抗議に当たるような検定の事実はない、著者に侵略表現を検定で進出に修正させたというマスコミの誤報によるものだと委員会でも説明し、相手国にも釈明している。にもかかわらず、鈴木内閣は、宮澤官房長官をして政府の責任において是正するとの談話を発表し、相手国に謝罪をしているわけであります。
 これは外圧に屈した姿と言わねばならない。しかも、文部省をして教科書検定基準を改訂、近隣アジア諸国条項の追加改訂させたことが我が国の学校教育に与えた影響は史上かつてない重大なものとなったことは、さきに述べた現状の検定実態を見ても明らかであります。これこそまさに教育基本法第十条、「教育は、不当な支配に服することなく、国民全体に対し直接に責任を負って行われるべきものである。
 教育行政は、この自覚のもとに、教育の目的を遂行するに必要な諸条件の整備確立を目標として行われなければならない。」、この法律に違反し、重大な過失を行ったものと言えるのでありまして、大臣、いろいろありますけれども、時間がもうございませんので、簡単にこれの受けとめ方、お考えをひとつお伺いしたいと思うのでございます。
○政府委員(野崎弘君) 今、南京事件に関連しての具体のことでございますので、私からお答えさせていただきたいと思います。
 南京事件の犠牲者数につきましては、さまざまな議論がなされているわけでございます。したがいまして、教科書によっては具体的な数について触れないということも十分あり得るわけでございまして、現実にそういう教科書も出ております。ただ、その執筆者があくまでも概数を挙げたいと、こういう場合どうするか。これは国が執筆するわけではございませんで、検定はあくまでも記述の欠陥を指摘する、こういうことを基本としているわけでございます。そして、今お話がございましたが、国際理解と国際協調に配慮するという昭和五十七年に追加された検定基準の趣旨、こういうものを踏まえながら、基本は学界におきます学説状況というものがどうかということを念頭に置いて検定を行っているところでございます。
○木暮山人君 学界の学説は結構なんですけれども、これは学界で二十万人というのははっきりしてきているんですか。今もう時間がありませんから、一応これはこれとして提起しておきまして、もう少し掘り下げたことを引き続き次回にもさせていただきたいと思います。そこいらは文部省の方もよく御研究なさってみてはと、かように思いますが、よろしいですか。
○政府委員(野崎弘君) 今の点につきましては、私どもは、南京事件につきましては、占領の際、多数の捕虜や非戦闘員が殺害されたということが現在の学界の共通認識になっているものと、このように承知をしておるところでございます。
○木暮山人君 そういうぐあいに今は認識しておいでになる。この認識が違うことになったときのことは、ではこの次に関連してやらせていただきます。
 本日は非常に時間をちょうだいして申しわけございませんでした。これで質問を終わります。
○乾晴美君 民主改革連合の乾でございます。どうぞよろしくお願いいたします。
 午前中の大臣の所信表明を聞かせていただきまして、その中でも高校教育が非常に大きくクローズアップされていたと思います。魅力ある高校づくりをしようじゃないかということだったと思います。高校は今進学率が九六%にもなっているということで義務教育に準ずるといいましょうか、ほとんどの生徒が高等学校に行く、こういうことなんですけれども、現実的には九六%の方々が学校に行くんですが非常に中退者が多いということで、高等学校の先生方も非常に頭を痛めていることだと思います。
 中学から高校に行くときにやめようと思って行った人はいないのでありまして、ほとんどの青年たちは希望に胸を膨らませて行くわけなんですけれども、どうしてもやめなきゃならなくなってくるその要因にはさまざまな要因があろうかというように思いますけれども、やはりその中で学校の先生方と生徒とがどのように接していたか、どのような問題点があったかというようなことも非常に大きな問題になってくるのではないかと思います。
 そこで、私がきょう申し上げたいことはどういうことかというと、高等学校の教員養成課程ということで、現実的には専門的な組織、いわゆる課程がないのではないかというように思っております。それは私自身のこともそうですが、私は徳島大学を出たわけなんですが、学芸学部の中に四年制中学校教員養成課程というのがあるんです。そこを出ますと、中学校と高校の先生の免状がもらえるわけです。四年制小学校教員養成課程というところを出ますと、小学校と中学校と高校の先生の免状がいただけるわけです。
 そういう現状で、私たちは昭和三十二年に卒業したわけなんですけれども、ちょうど急増期でありまして、高等学校の生徒がたくさんになるということで、急速中学校の免状を持っている、小学校の免状を持っている方々が随分と高校の先生になられていった時代でもありました。
 そういう中で、それが悪いというわけではないんですけれども、やはり高等学校には高等学校の教育のあり方といいましょうか、青年心理のあり方、接し方というのがあるだろうと思うんです。それが、先ほどからおっしゃっていますように、魅力ある多様化された個性のある高校教育をしていくということになってくれば、やはり専門的に高校教育ができる先生を初めから養成していくということも大事ではないか。
 先ほど大臣、所信の中で、知識だけを注入するのが高校教育ではありませんということをおっしゃっていたと思いますけれども、そういうことになってきますと、今ではやっぱり学芸学部を出た教師でも高校教育という課程はありませんし、ましてや専門学校、経済学部を出られた方が社会科の先生になられるというように、専門学校を出られた先生が即教師をしているということがありますので、そういうところが問題点になっているのではなかろうかというように思うわけです。
 質問の第一点は、国立大学の中の教員を養成している学校の中で、附属高校を持っている学校は全国で何枚ぐらいあるのでしょうか。
○政府委員(吉田茂君) 国立大学に附属する高等学校は、現在十四大学に十七校が設置をされております。
○乾晴美君 全大学は幾らあるわけですか。十四しか国立大学はないわけですか。
○政府委員(吉田茂君) 全大学は九十八でございます。
○乾晴美君 九十八校の中の十四でしょうか。非常に少ないのではないかというように思うわけです。
 それで、私の地元に鳴門教育大学があるわけなんですが、やはりそこには高等学校の教員養成課程というのはないわけなんです。地元の方なんですが、これは自主的な市民の手で、ぜひに地元の鳴門教育大学に高校教員養成課程の専門の分野をつくってほしいという活動がありまして、署名活動なんかもやっておりまして非常に反響を呼んでおるわけなんですけれども、こういった動きといいましょうか、大学院の中にでも高校教員を特に養成するような附属高校をつけるなど、そういう養成課程をつくるというような考えは今後文部省としてはお持ちでしょうか、いかがでしょうか。
○政府委員(吉田茂君) 御案内のとおり、鳴門教育大学は主として現職教員の研究、研さんの機会を確保する趣旨を持つ大学院、それと初等教育教員に必要な非常に幅広い総合的な学力を養う学部、これをあわせ持つ新しい構想による教員養成大学でございます。
 高等学校の教員の養成につきましては、ただいま御指摘もございましたが、国立大学の教員養成学部のほか、広く大学の一般の学部において教員となるのに必要な科目を履修させまして高等学校教員免許状を授与するというような形に相なっておりまして、大学の一般学部の卒業老が高等学校教員になるケースが非常に多いわけでございます。
 そういう意味から申しますと、今の鳴門教育大学の設置の趣旨等と合わせまして、ここに高校教員養成課程を設けるということについては考えてはいないというのが実情でございます。
○乾晴美君 こういった動きが出てくるというのも、やはり中退者が非常に多いということで、せっかく志を立てて高校に行ったにもかかわらず、徳島県では五百名ぐらいでしょうか、全国では一方に及ぶでしょうか、そういった中退者が出るということに心を痛めている方々の運動だというように受けとめております。今後多様な方法で高等学校の生徒に適応するような教員の養成をということも考えていっていただきたいというように思います。
 次の問題に移らせていただきます。
 次は、男女共同参画型社会をつくろうというようなことでいろいろなさっているわけなんですけれども、これは古くから、一九七五年、昭和五十年に国際婦人年がございまして、その次の年の一九七六年から一九八五年を国連婦人の十年としませんかと、そういった中で、女子に対するあらゆる形態の差別の撤廃に関する条約を批准していこうというようなことがございました。
 その条約は一部から六部までに分かれていたわけなんですが、一条から三十条までありまして、ネックになっておりましたのが御存じのように九条と十条と十一条であったと思います。九条は国籍法の問題でして、これは六十年の一月一日に問題解決したということなんですが、二番目の十条のところで、いわゆる男女によって違った教育をされるのはけしからぬではないかというようなことがあったわけでして、女子が家庭科を習っている間に男子は柔剣道をやっていたというような時代もありまして、それをきちっとした形にしていこうではないかといって、遅まきながら一九九四年のことしから高等学校では新たに家庭科を履修するということになったと思います。
 長年の月日がかかったもんだなというように思うわけなんですけれども、この四月から高校家庭科の男女必修ができて七カ月たったわけなんですけれども、実施状況はどのようになっていますでしょうか。
○政府委員(野崎弘君) 家庭科の男女必修につきましては、これは学習指導要領に基づきまして公立、私立学校を問わず実施されるべきものでございまして、私学を含めまして約九九%ということで、ほとんどの学校で開設されていると、このように認識をしております。
 ただ、この男女必修につきまして、これまで家庭科を置いていなかった男子校などにおきましては、施設設備の整備とかあるいは教員の確保について引き続き取り組みが必要である学校も若干ございますので、そういう点につきましては円滑な実施に今後も努めてまいりたい、このように思っております。
○乾晴美君 ただいま九九%実施されているということでございましたが、九月二十一日の日経新聞によりますと、特に私立男子校の足並みに乱れが出ているというように報じられておりますけれども、これは文部省としてはどのように受けとめていらっしゃいますでしょうか。
○政府委員(野崎弘君) 私どものデータとしては九九%実施をしておりまして、今残っているところもあるわけでございますが、本年から学習指導要領が動き出したわけでございますので、具体的に高校生が履修するのは一年生、二年生、三年生の間にこれを履修していくことになるわけでございますので、なお引き続き努力をしていきたい、このように思っております。
○乾晴美君 私がぜひにお願いしたいのは、この男女共学にしていくということは、これは男尊女卑といいましょうか、いわゆる男女平等教育もこの中で含めてやってほしいわけです。ということは、今までの概念でしたら、保護者も含めて、家庭科というと運針の早縫いであったり料理であったりというところでとらえがちなんですけれども、そうではなくて、やっぱり人間の生きていく一番小さな単位であると、その中で男性と女性がいかに協力して生活していくのか、そこで男も女もそれぞれ個性を生かして生きていける場を醸成していかなきゃいけない、そういうことを家庭科の中でもしっかり教えてほしいというように思うわけです。
 男尊女卑があるから、次の女子に対するあらゆる形態の差別の撤廃に関する条約の十一条の労働、雇用における機会均等法のところにも関係してくるわけでありまして、どうしても女性というのは家庭の中で仕事をし、男性が外で働いたらいいということがふんぷんといたしますものですから、ありとあらゆるところにそういう現象が出てくるわけであります。
 例えば、私も元学校の教員をいたしておりましたけれども、今、小学校、中学校、高校で女性の先生が占める割合は非常に多いと思うんです。多いと思いますけれども、雇用における機会均等法の中でうたわれたように昇格、昇進につきましても男女差別があってはならないと言いつつ、非常に少ないのが現状でないかと思いますが、その現状把握はどうなっていますでしょうか。小学校、中学校、高校の順に全国平均を教えていただきたいと思います。
○政府委員(井上孝美君) お答え申し上げます。
 小学校の教員のうち女性の占める割合は、平成五年五月一日現在で、校長が七・二%、教頭が一六・七%、教諭が六一一・三%となっております。中学校の教員のうち女性の占める割合は、平成五年五月一日現在、校長が一・二%、教頭が四・一%、教諭が三七・八%となっております。また、高等学校の教員のうち女性の占める割合は、平成五年五月一日現在、校長が二・五%、教頭がニ・〇%、教諭が二〇・二%となっているところでございます。
 これら教員に占める女性の割合は年々高くなってきているところでございまして、例えば小学校の校長の場合、昭和六十年では二・三%であったものが平成五年では七・二%に、また教頭についても四・二一%から一六・七%というように年々ふえてきているというのが現状でございます。
○乾晴美君 大臣、この数字をお聞きになっていかがですか。多いとお思いでしょうか。今高らかに六十年と比較なさいましたけれども、私自身は決して高い数字ではないというふうに思いますが、いかがでしょうか。
○国務大臣(与謝野馨君) 高いか低いかはにわかに判断できませんが、女性の方が少しずつふえているということは間違いないことであろうと思っておりますし、文部省としても、今後とも学校における女性管理職の登用促進について各都道府県・指定都市教育委員会を指導するなど、適切な指導をしてまいりたいと思っております。
○乾晴美君 私は低いと思います。
 女性が占める割合が六三・三%というように小学校では半数以上いるわけですね。そして、中学校では三七・八%というように四〇%になんなんとしている。そういう中で、中学校で約四〇%の女性がいるにもかかわらず、徳島県でも昨年までは校長先生はたったお一人でございました。やかましく言いまして、ことしになって初めてお二人になりましたけれども、決してこの二人というのが多い数字とは思っていません。それは、女性に能力がなくて、管理能力がなくてという、そういった男尊女卑といいましょうか、女性を差別するような意識があってのことではないかというように思えてならないわけであります。
 女性は往々にして科学技術に弱いとかと言われていますけれども、ことしの七月八日十二時四十三分に向井さんも宇宙に向かいました。彼女は四十二歳でしたし、非常に科学技術にもすぐれておったということが実証されたわけでございまして、私たちは向井さんによって科学に弱いということを払拭していただいたということで非常に喜んでいるわけなんです。女性もそういう場を与えていただけましたら力は十分に発揮するだろうというように思いますので、今後とも各都道府県の教育委員会に向けまして、女性の積極的な採用を文部大臣の方からもよろしく御指導賜りたいというように思います。よろしくお願いいたします。いかがですか。
○国務大臣(与謝野馨君) しかと承りました。
○乾晴美君 それでは次の問題に移らせていただきます。
 学校五日制の問題につきましては、南野委員だとか木宮委員、そして会田委員がそれぞれおっしゃいましたけれども、私はちょっと違った観点で触れてみたいと思います。会田さんの方からは、五日制になったんで苦労しているんだ、カリキュラムも大変苦労しているんだということなんですけれども、私は教員の立場、労働者としての教員の立場でちょっとお話をしてみたいと思うんです。
 先日の新聞では、九四年七月十六日のこれまた日経なんですけれども、日本労働組合総連合会の幹部の方と大臣が懇談なされて、そこで、これから学校五日制を月二回にしようかなというような意向を示されたというのが載っておりましたけれども、これは連合の方からそういうように五日制を進めてくださいと言ってくる理由の中には、やはり教員の労働時間の問題があろうかというように思うんですね。
 これが実施されましたときに、文部大臣ではありませんが、文部省の方から平成四年三月二十三日付で、各都道府県教育委員会教育長殿ということで、文部省の初等中等教育局長と生涯学習局長の連名の通知が出ているわけなんです。
 これをずっと読ませていただきますと、学校の教員のところなんですが、「学校運営上の対応」ということが出てきまして、そこに、地域に開かれた学校づくりをしなきゃいけませんということを明記しているわけなんです。例えば、「児童生徒を含め地域住民が遊び、スポーツ、文化活動などを行う場として、校庭、体育館、図書館、特別教室などの学校施設を積極的に開放すること。」ということを明記されているわけなんです。
 そういうことと、また、その与えられた一日の土曜日は、学校の先生方は「教員の研修や教材研究について、例えば、学習指導の改善を図るための校内授業研究会や情報交換金、教員の視野を広げるための研修を行うなど、その充実を図ること。」と。だから頑張れということだと思います。
 それから、「特に幼稚園、小学校低学年で土曜日に保護者が家庭にいない幼児児童や、盲学校、聾学校及び養護学校等の幼児児童生徒で保護者が希望するものなどに対しては、学校などにおいて、必要に応じて、遊び、スポーツ、文化活動などを実施すること。」というように明記しているわけです。
 それで、ずっときましたら最後のところに、「休業日となる土曜日には教員は休みとするのを原則とするがこと、原則になっているんですが、「上記の(イ)と対応して、当面、遊び、スポーツ、一文化活動などを行う場合には、教員も、必要に応じて適切に対応すること。」というふうになっているわけなんで、決してそれは休みではないぞ、学校へ出てきていろいろやらにゃいかぬということを通知で出しているわけなんですが、これは今も生きているのでしょうか。
○政府委員(井上孝美君) お答えいたします。
 現在、公立学校におきましては月一回の学校週五日制が実施されていることは御案内のとおりでございまして、教員の勤務の取り扱いにつきましては、学校週五日制の休業土曜日は勤務を要しない日とされているので、教員は休業土曜日には原則として学校に行く必要はないわけでございます。
 しかしながら、各学校の状況にかんがみまして、学校が休みとなる土曜日におきましても、土曜日に保護者が家庭にいない幼児児童等に対しまして、学校などにおいて必要に応じて、遊び、スポーツ、文化活動が実施される場合には指導員の確保が必要でございまして、ボランティアなどの協力を求めることにも配慮することといたしまして、教員についてもそれら活動を指導するボランティアとして適切に対応することが期待されるものであるというように考えているところでございます。
○乾晴美君 ということで、実際には勤務を要しない日になっているにもかかわらず、現実的には学校をあけますとやっぱり教員というのはそちらの方に手がとられるだろうと思いますし、例えば高等学校なんかでしたら図書館なんかは二階につくってあったりしまして、ほかの教室を通らないと図書館に行けないというような現実もございますし、いろいろ特別な施設もありまして、管理の面では現場の先生は非常に大変だというように思っているわけでございます。
 ですから、そういうボランティアの方々にも力添えをするということであれば、ボランティアの養成課程といいましょうか、そちらの方にもこれからも御尽力いただいて、少しでも地域の方々やボランティアの方々で対応できるようにも考えていただきたいと思いますが、いかがでしょうか。
○政府委員(井上孝美君) 学校週五日制の実施に当たりましては、もちろん学校、家庭、地域社会が一体となった取り組みをお願いしているところでございます。そういう意味におきまして、地域社会におきましても、学校外における子供の活動に対して、遊び、スポーツ、文化活動等において指導者として、ボランティアとして参加していただくということは必要なことと考えておりますので、生涯学習社会を構築していく上でも必要なことでございますので、全体としてそういうボランティア養成等にも当たっていきたいと考えているところでございます。
○乾晴美君 時間が来ましたのでもうこの程度で終わりたいと思うんですけれども、文部省の予算のことなんです。
 予算の伸び率は頑張って少し上がったというようには聞かせていただいておりますけれども、とにかく国づくりは人づくりでありまして、本当にこれから日本の国を支えていく子供たちの教育というのは非常に大事なんですから、できましたらシーリングを外していただくぐらいの努力をしていただきたいと思います。
 先ほどの会田委員の問題、私も非常に同感でございます。いわゆる教科書の無償につきましても、それから学校職員の事務職員と栄養職員の義務教育費国庫負担制度から外していこうというようなことの動きがあるわけで、そこは文部省が頑張ってくださっているというのは先ほどのお答えでよくわかりましたけれども、頑張ってくださっているにもかかわらず毎年言ってくるという、大蔵省からそういう要請が出てくるということは、やっぱり文部省の方の説明の仕方も悪いのではないか。もっと強引に頑張っていただきたい。私たちも応援団になりたいと思いますので、ぜひに予算の獲得におきましては最大の力を発揮していただきたいというようにお願い申し上げまして、私の質問を終わらせていただきます。
 どうもありがとうございました。
○浜四津敏子君 公明党の浜四津でございます。それでは質問させていただきます。
 昨年からことしにかけての第百二十八回国会、第百二十九回国会、そして第百三十一回国会の衆参両予算委員会におきまして、宗教法人法に関連する質問が五、六人の議員の方からなされました。これらの質問を伺っておりますと、どうも憲法の定めております基本的人権、信教の自由、そして政教分離の原則並びに宗教法人法につきまして誤った解釈やあるいは認識を前提にされての質問が多く見受けられますので、正確な意味、解釈をお伺いしたいと思います。
 そのうち、憲法が定めております信教の自由、そして政教分離の原則につきましては、先日、十月十二日の衆議院予算委員会におきまして、大出内閣法制局長官から明確な答弁がなされました。すなわち、憲法の政教分離の原則というのは、あくまで信教の自由を実質的に保障するための規定である、国及びその機関が国権行使の場面において宗教に介入し、関与することを排除する趣旨のものである、こういう答弁がありました。
 さらに、政教分離の原則の解釈に混乱を生じさせる原因になっております憲法二十条第一項後段の解釈でございますが、後段はこのように言っております、「いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない。」。この条文の解釈についてでございますが、大出内閣法制局長官は次のように答弁されております。
 特定の宗教団体が国や地方公共団体から統治的権力、すなわち立法権、課税権、裁判権あるいは公務員の任免権などの一部、すなわち司法、立法、行政といった本来国あるいは公共団体が独占的に行使すべきこうした権力の一部を宗教団体が授けられてそれを行使することを禁止する、この条文はこういう意味であると、こういうふうに述べられるとともに、宗教団体が政治活動をすることまで排除する規定ではない、このように明言されました。
 そして、宗教団体の政治活動というのは決して政教一致ではなくて、むしろそれは憲法で保障された権利である、表現の自由あるいは結社の自由である。そして、憲法の政教分離の原則というのは国家の宗教的中立性を求めているのであって、宗教団体の政治的中立性を求めるものではない、こういうことが明確に確認されたわけでございます。
 これは何も新しい見解が示されたというわけではありませんで、ほとんどの通説、そして政府見解として長い間堅持されてきた見解の確認であるというふうに思っております。
 そこで、文部大臣、政教分離の原則につきまして、内閣法制局長官からこうした政府見解が明示されたわけでございますが、大臣もこの政府見解と同じお考えでいらっしゃいますでしょうか。
○国務大臣(与謝野馨君) 内閣法制局長官の憲法解釈は政府の解釈でございまして、私ども政府の一員としてその解釈を支持いたします。
○浜四津敏子君 それでは、宗教法人法について質問させていただきます。
 まず、宗教法人法が制定された経緯でございますが、戦前は神社神道が事実上の国教とされまして、神社神道のみが国から特権を受け、そして他の宗教を弾圧し、信教の自由を侵害した、こういう不幸な歴史がありました。宗教法人法は、こうした歴史の反省に基づいてつくられたものであります。
 宗教法人法は昭和二十六年四月三日に公布、施行されておりますが、その前身は昭和二十年の宗教法人令として施行されております。これは、政治的、社会的、宗教的自由に対する制限並びに種族、国籍、信教ないし政見を理由とする差別をなくすために、ポツダム勅令により廃止を命じられた宗教団体法、そして治安維持法、これらが信教の自由を侵害した歴史の反省の上に立って制定されたわけでございます。
 戦前は、この宗教団体法そして刑法の不敬罪、あるいは新聞紙法、あるいは治安維持法等によりまして、神社神道以外の多くの宗教団体は統合を命ぜられたり、あるいは解散を命ぜられたものもあります。そしてまた、その中心者の方々が投獄されあるいは獄死に至らしめられたのであります。
 こうした例といたしまして、例えば昭和十年には治安維持法違反そして不敬罪で皇道大本教が、そして昭和十一年から十三年にかけまして治安維持法違反で新興仏教青年同盟が、そして昭和十三保年、治安維持法違反そして不敬罪で天理本道が、昭和十四年、治安維持法違反で灯台社が、そして昭和十六年は耶蘇キリストの新約教会、昭和十七年、日本ホーリネス教会、昭和十八年、無宗派キリスト教、昭和十八年、本門仏立講、昭和十八年、創価教育学会、昭和十八年、大日教、ほかにもありますが、こうした宗教団体の中心者が治安維持法違反として投獄されたり処罰されたりあるいは獄死させられております。
 こうした反省の上に立っての憲法の信教の自由あるいは政教分離の原則でありまして、また宗教法人法の制定に至ったわけであります。
 文化庁にお伺いいたしますが、今、私がるる述べさせていただきましたが、宗教法人法というのはこのような背景に基づいて制定されたということに間違いはありませんでしょうか。
○政府委員(林田英樹君) 宗教法人制度につきましては、先生御指摘のように、現在の宗教法人法は昭和二十六年に制定されたわけでございます。その法律の前身といたしましては昭和二十年に宗教法人令が制定されておったわけでございますが、これは先生も御指摘がございましたように、政治的、社会的及び宗教的自由に対する制限除去の件に関する連合国最高司令部覚書によって廃止を命ぜられました宗教団体法、これは昭和十五年に施行されたものでございますけれども、これにかわりまして宗教団体の財産の保全のための善後措置として、いわゆるポツダム勅令によって制定されたという経過がございます。
 しかしながら、その後、宗教法人制度につきましては、民法三十一二条の規定に基づいた法律をもって規定する必要があるというふうなことから、今のポツダム勅令によります宗教法人令は法形式上に問題があるというふうなこともございますし、それから宗教法人令の運用に当たりましては種々の不備も指摘されまして、また宗教界からも宗教法人法の早期の制定が強く要請されたというふうなこともございまして、憲法の信教の自由を踏まえました現在の宗教法人法が制定されるに至ったものというふうに考えております。
○浜四津敏子君 それでは、この宗教法人法の目的及び解釈の姿勢についてお伺いいたします。
 第十回国会において文部大臣が、本法、つまり宗教法人法の目的は宗教活動がしやすいようにすることであると答弁されておられます。現在においても宗教法人法の目的についての考えは、この当時の文部大臣の答弁のとおり変わっていませんか。
○政府委員(林田英樹君) 基本的に文部大臣が答弁したことにつきましては、現在も特段変更するような状況ではないわけでございますけれども、私どもといたしましては、宗教法人法は、宗教団体が、礼拝の施設その他の財産を所有し、これを維持運用し、その他その目的達成のための業務及び事業を運営することに資するため、宗教団体に法律上の能力を与えることを目的としているというふうに考えております。
○浜四津敏子君 宗教法人法一条二項にはこう定めてあります。
 「憲法で保障された信教の自由は、すべての国政において尊重されなければならない。従って、この法律のいかなる規定も、個人、集団又は団体が、その保障された自由に基いて、教義をひろめ、儀式行事を行い、その他宗教上の行為を行うことを制限するものと解釈してはならない。こう定めてあります。
 すなわち、現在の宗教法人法というのは、戦前の宗教団体法やあるいは治安維持法のように、宗教活動を制限し抑圧する法律でないことはこの条文が示すとおりであります。
 ところで、昨年来複数の議員の方が衆参両予算委員会で次のような質問をされました。
 多数の会員数を有し、全国規模で宗教活動を行っている宗教団体の所轄庁が文部大臣でないのはおかしいのではないか、何百万人ぐらいの会員数の宗教法人は大体文部大臣の認証なんだ、こういう質問がございました。
 そこで、宗教法人の所轄庁というのは何を基準に決めているのかをお答えいただきたいと思います。
○政府委員(林田英樹君) 宗教法人法第五条でございますけれども、宗教法人の所轄庁は原則としてその主たる事務所の所在地を管轄する都道府県知事とされておるわけでございます。このことは当該宗教法人の宗教活動が他の都道府県に及ぶ場合でありましても同様でございまして、文部大臣が所轄庁となりますのは、二つ以上の都道府県内にございます宗教法人を包括する宗教法人、いわゆる包括宗教法人と言われておりますけれども、その場合に限られるという制度になっておるわけでございます。
○浜四津敏子君 これまでのこうした質問は、たびたび創価学会が例に挙げられておりますが、この問題というのは創価学会だけに限る問題ではありませんで、あらゆる宗教団体に共通する問題でございます。例に挙げられました創価学会は、多くの会員を有しておりまして全国規模で活動しておりますが、包括宗教法人ではございませんで、その主たる事務所は東京都にあります。そこで、宗教法人法五条によりまして創価学会の所轄庁は東京都知事である、こういうことに当然なるわけで、文部大臣ではないわけですね。
 これは法律に定められているとおりのことであって、創価学会の所轄庁が東京都知事というのはおかしい、文部大臣じゃないとおかしいのではないかという質問がありましたが、何らおかしいことではないのではないでしょうか。
○政府委員(林田英樹君) これまでの国会におきます御質問に対しましても同じ答えをいたしておるわけでございますけれども、今申しましたように、宗教法人の所轄庁は原則としてその主たる事務所の所在地を管轄する都道府県知事ということでございまして、創価学会の場合はその主たる事務所が東京都にございまして、宗教法人といたしましては全国的な活動などはなさっておりますけれども、主たる事務所は一カ所で東京都という形になっておりますので、現在の法律制度で申しますと東京都知事が所轄庁になるというのが法律上の建前でございます。
○浜四津敏子君 ところで、憲法上、そしてまた宗教法人法上、すべての個人、団体は自由に宗教活動を行うことが保障されておりまして、その団体が宗教法人になるかならないか、すなわち宗教法人法上の手続をとって宗教法人となるか、あるいはそうした手続をとらずにいくか、いずれを選ぶのもその団体の自由であるというふうに解されますが、そのとおりでしょうか。
○政府委員(林田英樹君) 宗教活動や宗教上の組織を結成いたしますことは、憲法の信教の自由の原則から申しまして基本的に自由であるわけでございます。
 仮に宗教法人法に基づき宗教法人となり得る宗教団体でございましても、宗教法人になるかどうかは当該団体の意思にゆだねられているというふうに考えております。
○浜四津敏子君 これもある議員の方から具体的な質問がなされましたので、ちょっと確認させていただきます。ある議員の方はこういう質問をされました。
 SGIという団体が宗教法人としての手続をとらず宗教活動をしていることは問題である、法的地位を明らかにしていないのは問題だ、こういう発言がありましたが、今の御答弁のとおり、これはその団体の自由である、したがって何ら問題ではない、このように解してよろしいんでしょうか。
○政府委員(林田英樹君) 今御答弁申し上げましたように、宗教法人法上の法人になり得るものないしは宗教活動をなさっていらっしゃる場合でも、これを宗教法人となさるかどうかはそれぞれ団体の判断にゆだねられていると考えております。
○浜四津敏子君 次に、これも宗教法人法の解釈についての議論が混乱している節がありますので、ちょっと明確にさせていただきたいと思います。
 例えば、Aという宗教法人とBという宗教法人があります。これらは法律上別個独立の宗教法人である場合に、BはAの信徒団体という立場をとり、そしてAの教義をその教義としてきたことから従来は友好関係を有していた。ところが、破門等の理由によりまして関係が途絶された場合に、B宗教団体は従来どおり宗教法人法上の宗教法人としての資格にいささかの影響もないのではないかと考えられますが、いかがでしょうか。
○政府委員(林田英樹君) 宗教法人法上の宗教法人としての要件でございますけれども、これは宗教の教義を広め、儀式行事を行い、及び信者を教化育成することを主たる目的とし、神社、寺院などの単位宗教法人の場合には礼拝の施設を有することということが要件になっておるわけでございます。
 したがいまして、一般的には宗教の教義を広め、儀式行事を行い、及び信者を教化育成することが可能であって、礼拝の施設が存在しているということでございますと、たとえ何らかの原因によりましてそれまで関係を有していた他の宗教法人との関係が途絶いたしましても、そのことによって宗教法人の要件が直ちに消滅するということではないというふうに考えております。
○浜四津敏子君 ありがとうございました。
 それでは次に、母子家庭の福祉貸付金、殊に修学資金貸付制度について厚生省にお伺いいたします。
 母子家庭等福祉対策の一環としての母子・寡婦福祉貸付金、中でも修学資金、この制度の目的はどういうところにあるんでしょうか。
○説明員(大泉博子君) 修学資金の目的でございますけれども、母子家庭のお母さんが現に扶養しているお子さんを修学させるに必要な資金をお母さんに貸し付けすることによりまして、母子家庭の経済的自立の助成、生活意欲の助長を図りまして、あわせてそのお子さんの福祉を増進することを目的としてございます。
○浜四津敏子君 実は先日、この修学資金貸付金を利用されているお母さんから手紙をいただきました。このお母さんは四人の男のお子さんがいらっしゃるんですが、その四人全員のために厚生省管轄のこの制度を昭和五十八年から利用している、こういうことでございます。ちょっと手紙を読ませていただきます。
 四人の男の子をなんとか大学までとの思いで必死で育ててまいりました。長男の高校入学が決まり、二男、三男も合格致しました。高校卒業後、大学へ進学致しました。夢みる思いの子供の成長に、私は経済を支えるのに必死の思いでした。残念なことに、昭和六十一年七月、大学二年で長男は事故死致しました。方々の暖かい御配慮とはうらはらに世間は無情なもので、即刻役所より長男への貸付金の返済の通知がまいりました。二男、三男、四男と教育費のかかる時期にたちまち返済がはじまりました。納付書が送られてくる度に切ない悲しみを味わい、自分自身をはげまして返済を続けております。免除の方途はないものでしょうか。日本育英会の奨学金は、本人死亡の為、わずかの金額の返済のみさせて頂きました。ところが、市町村では、今までそんな例はない、厚生省なので市町村ではなんともしがたい。何回もこんな事例であってたまるものですか。何の政治が、交渉するたびにまた悲しくなります。
 こういうお手紙があったんですが、要するにお子さんの修学資金をお母さんが借りていた、そのお子さんが不幸にして亡くなった、こういう場合に、死亡後すぐに何の免除等もなくて即刻返済を始めなければならない、こういう制度になっているんでしょうか。
○説明員(大泉博子君) まず、お子さんを亡くされたお母様には、大変お気の毒なことと存じます。
 母子・寡婦福祉資金でございますが、その修学資金の貸し付けによって修学していらっしゃるお子さんが亡くなられたときは、亡くなられた日の属する月の翌月から六カ月間の据置期間を置きまして、その経過の後に償還が始まるということにしてございます。
 また、この資金は無利子でございまして、償還期間は二十年以内と大変長期にしておりまして、生計を維持しながら借り受けていらっしゃる母子家庭のお母様方にとってその返済が過重な負担とならないように配慮しているところでございます。
○浜四津敏子君 このお手紙の中にもありましたが、日本育英会の奨学金につきましては、日本育英会奨学金返還免除規程、こういうのがありまして、その中で、「奨学生又は奨学生であった者が死亡しこ、途中ちょっと省略いたしますけれども、「その返還未済額の全部又は一部の返還を免除することがある。」と、免除することができる制度を育英会の奨学金の場合には用意してあります。恐らく日本育英会の奨学金も、厚生省の母子・寡婦福祉資金貸付金の制度も同じように母子家庭の子供の教育の資金の手助けをする、母子家庭の教育にかかる費用を少しでも軽くしてあげる、こういう同じ目的だと思いますが、一方にはあって一方にはこうした免除の規定がないというのはどう考えてもおかしいのではないかと思います。
 これまでそれほどそういう事例がなかったのかもしれません。別に悪意でそういうことをやっているとは決して思いませんが、恐らく気がつかなかったということなのかと思いますが、今後、将来の問題として、こういう日本育英会の奨学金と同様の免除の規定を検討するお考えはお持ちではないでしょうか。
○説明員(大泉博子君) 母子・寡婦福祉資金の修学資金と申しますのは、母子家庭という状態に着目してお母様方に対して貸し付けることとしておりまして、貸し付け条件も緩やかにしているところでございます。母子家庭のお母さんが亡くなられたり、あるいは体に著しい障害が発生した場合で償還能力がなくなった場合におきましては、お母様の償還の免除をすることができるということになってございます。
 一方、日本育英会の方でございますが、先生のおっしゃいましたように、これは学生本人に対しての学資の貸与を行っておりまして、学生御自身、御本人が亡くなられたり、あるいは精神、身体の障害によって労働能力を喪失した場合には返納の免除をすることができるということになってございます。
 したがいまして、これら二つの貸付制度の趣旨と、それから借り受けている方、片やお母様、片や学生ということで異なりますものですから、二つの貸付制度を同一ベースで扱うことは困難であると考えてございます。
○浜四津敏子君 これは制度上、日本育英会の資金の借り受け人が学生本人である、そして厚生省の修学資金の借り受け人が契約上、法律上は母親だということは当然承知しておりますけれども、理屈はそうなんですが、制度の本来の目的からいたしますと、お子さんが亡くなった場合にお母さんに全部返済せよというのはちょっと制度の趣旨から外れるのではないか。むしろその場合に、ほぼ同じ目的の日本育英会の奨学金と同じように免除の措置を検討するべきであるというふうに考えます。これは検討をお願いしておきます。
 それからまた、このお手紙によりますと、現在次男が大学院に通っておりまして、また三男は今春から社会人になった、その結果三人分の返済が同時に始まってしまったと。この三人分の返済金というのは、先ほど課長さんのお話ですとそんなに高額にならないように配慮している、こういうお話でしたが、半年分で二十四万円、これは決して小さな額ではないというふうに思います。一年間ですと四十八万円、これは母子家庭にとっては非常に大きな負担であるというふうに思いますが、このお母さんはこの重い負担にも負けることなく一生懸命努力して、やりくりして一度も滞納なく返済している、こういうことでございます。
 この制度は、母子家庭の福祉を目的とするものでありながら、複数の子供がほぼ同時に大学等に行くことを本来想定していないのではないかというふうに考えられます。子供が複数の場合、複数保の子供について貸付金の制度を利用した場合に、このお母さんのように同時に返済が始まる。そうしますと、それを全部合わせると非常に高額になってくる。こうした場合には、またきめ細かく柔軟な救済制度を設けるべきではないか。例えば、子供が全員卒業するまでは返済を据え置くとか、何らかのもう少し柔軟なきめ細かな対応、そして援助を望みたいと思います。
 殊に少子化社会と騒がれて久しいわけですけれども、子供が多ければ多いほど非常に負担が重くかかる。幾らこういう制度を利用しても結局は母親、あるいは母子家庭だけではありませんけれども、その親に大変な負担がかかってくるということではますます少子化社会へ進んでいくというふうに思いますので、これについてもぜひ御検討いただきたいと思いますが、いかがでしょうか。
○説明員(大泉博子君) まず、三人も育てられて大変立派なお母さんであるというふうに思われます。
 私どものこの修学資金についても、償還金の支払い猶予という制度がございます。高等学校のときに修学資金の貸し付けを受けていた方が償還金の支払い期日が来ましても大学に修学していらっしゃる場合には、支払い猶予が認められているというものでございます。つまり、基本的には学校を卒業して社会人となってから償還が始まる仕組みになってございます。
 また、母子・寡婦福祉資金の支払い猶予は、災害とか盗難、疾病、負傷などの理由によりまして貸し付けを受けた方が支払い期日に償還金を支払うことが大変困難になったと認められる場合には、その場合のみでございますが、支払い猶予が認められてございます。
 修学資金と申しますのはほかの資金と異なりまして、直接に利益を受けていらっしゃる、修学していらっしゃるお子さんでございますが、そのお子さんが連帯債務を負担する、借り主として加わっていらっしゃいまして、償還に当たりましては、お母さんと一緒に家族で助け合いながら償還していただくのが大切であるというふうに考えております。また、この償還金はほかの母子家庭に貸し付ける原資となるものでございますので、十分な御理解をいただきたいと思います。
○浜四津敏子君 今御説明いただいたある程度の支払い猶予の措置とか救済措置があるということはよくわかりました。ただ、こうした救済制度につきましても、数少なくある救済制度につきましても、窓口になっている市町村の担当者の方に十分認識されていないのではないかという節があります。今後、厚生省の方でこうした声にも十分対応できるように、また十分救済の手が漏れなく差し伸べられるような、そうした指導をぜひお願いしたいと思います。
 それでは次に移らせていただきます。
 先ほど文部大臣、高校教育の充実に力を入れられる、こういう趣旨の所信を伺わせていただきました。
 ところで、心身障害のある生徒の高校進学についてでございますが、現在、小学校、中学校には特殊学級というのがございますが、高等学校には特殊学級がございません。そこで、こうした障害のある生徒というのは高校への進学をちゅうちょせざるを得ないのが現実であります。また、高校に進学するとしても養護学校に行かざるを得ない、こういうことで、それでは健常児の生徒との交流もなくなって、また社会に対応するための訓練の場も奪われる。そんな状況から、心身障害のある生徒についてはほとんどが高校進学をあきらめざるを得ない、こういう現状にございます。
 申し上げるまでもなく、憲法二十六条には「すべて国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する。」と、こう明記されております。また、学校教育法七十五条には高等学校に特殊学級を設置することができる旨の規定になっております。知的障害児が一人の人間として豊かな人生を送ることを何とかやはり社会として助けるべきである、その礎となる学校教育の充実がぜひとも必要である。健常児とともに育ち合う場である特殊学級が高校まで設置されまして、子供たちの持っている力を伸ばす適切なカリキュラム、教育がなされることがぜひとも必要だというふうに考えておりますが、文部大臣、ちょっとお答えいただきたいと思います。
○国務大臣(与謝野馨君) 高等学校は義務教育ではございませんので、入学者選抜の原則に基づきまして高等学校教育の目的目標を達成するにふさわしい能力、適性を有すると認められる生徒を受け入れることとしております。
 心身に障害のある生徒のうちで高等学校の教育課程を履修できる見込みのある方の教育については、教育課程を弾力的に編成するほか、指導方法にも工夫を凝らし、このような生徒が適切な高等学校教育を受けられるように配慮することが重要であり、特殊学級を設けて固定的に教育することは現時点では必ずしも適切ではないと考えております。また、中学校の特殊学級卒業生のうちには、盲聾養護学校の高等部において教育することが適切な者もおりますので、文部省としては、高等部の整備に意を用いているところでございます。
○浜四津敏子君 高校は義務教育ではないから小学校、中学校とは違う扱いをしていいんだ、こういう趣旨のお答えでしたが、先ほども同僚議員の質問の中に出てまいりましたが、現在、高校進学率九六%でございます。ほぼ義務教育と現実は同じ、こういう状況の中で知的障害を持つ子供たちについてはほぼ高校進学を断念せざるを得ない、こういう現実をぜひ認識していただきたいと思います。
 そしてまた、むしろ固定的に特殊学級を設けての教育というのは問題があるという御発言でございましたが、ちょっとこれは朝日新聞に投稿された投書でございますが、読ませていただきます。これはある教員の方でございます。
 私は今、小学校の普通学級の二年生を担任しています。三十人の学級の中に障害をもつA君がおります。
 トイレは休み時間や授業のあい間に、私が連れていきます。中休みは校庭に出しますが、自分で教室に戻ることはできません。
 A君は、授業にはほとんど参加できません。ちょっと省略させていただいて、
 望むべき日本の教育のあり方としては、「障害児も地域の普通学級で」という意見に私も賛成です。しかし、現実にA君を担任してみて、A君にとって本当に普通学級の方が良いのだろうかと疑問をもちました。またちょっと中略させていただいて、
 A君にはA君に必要な学習や生活の場があると思うのです。A君が楽しく生きいきと生活でき、人間的に成長を遂げられる場こそ、A君にっての真の学校ではないでしょうか。こういう声がございます。
 私たちはどうも画一的に、やはり障害児も普通学級で、養護学校で、あるいは特殊学級でと型に、枠にはめがちですけれども、むしろその子に合った教育のあり方というのは、この子を健常児と同じクラスに入れるのか、それとも特殊学級に入れるのがこの子にとって一番いいのか、あるいは養護学校に入れるのがいいのか、その子供を中心に考えるべきである、こういうふうに思います。ぜひ文部大臣、高校教育に大変熱意を示されておられる大臣でございますので、何とかこの知的障害者の子供たちが十分に高校教育を受けられるように少しでも検討をしていただくように要望いたします。一言お答えいただければと思います。
○国務大臣(与謝野馨君) 大事な問題でございますので、引き続き文部省において先生の御趣旨に沿って検討をしていったいと思っております。
○浜四津敏子君 大変ありがとうございました。時間が迫ってまいりましたので、最後にLD児対策についてお伺いいたします。
 昨年十一月の文教委員会でLD児、学習障害児の教育機会につきまして質問いたしました。その際、文部省の方から、LD児救済のための調査研究協力者会議を設置して学習障害等の指導方法に関する実践的な調査研究を実施している、こういうお話がございましたが、その結果は出たんでしょうか。また、出ているとしましたら、その内容をお知らせいただければと思います。
○政府委員(野崎弘君) これは実は今も学習障害及びこれに類似する学習上の困難を有する児童生徒の指導方法に関する調査研究協力者会議ということで検討を進めているところでございます。私どもといたしましては、できるだけ早い時期にとりあえずの中間まとめを得られるように努めているところでございます。
○浜四津敏子君 調査研究を始めているというお答えがあったときから既にかなりの日時がたっておりますので、できるだけ早期に中間のまとめを出していただきたいと思います。大体いつごろ出される御予定でしょうか。
○政府委員(野崎弘君) なかなか学習障害の定義あたりも専門家の間で一律ではないというようなことで、急いでおりますが、遅くとも年度内には出したい、このように考えております。
○浜四津敏子君 大変ありがとうございます。それでは楽しみに待たせていただきます。
 現実に、前回の文教委員会でもちょっと触れさせていただきましたが、例えば川崎の飛翔の会とか、民間の人たちが自分たちの費用で施設をつくってこうしたLD児の教育に一生懸命大変な中で取り組んでおられますので、早期に調査研究をまとめていただいて、こうした子どもたちまた親に対してどういうサポートのシステムをとっていけるのか、またとるべきなのかということをぜひ検討していただきたいということを要望して、質問を終わらせていただきます。
 大変ありがとうございました。
○橋本敦君 けさの新聞各紙を見て文部大臣も驚かれたと思うのですが、私も非常に驚きました。小学校の校庭で学童の授業中に自衛隊が演習訓練をした。しかも、小銃、迫撃砲、機関銃、これを校庭に持ち込んでのことであります。私ども小学生のころは、教科書は「サイタ サイタ サクラガ サイタ」から「スズメ スズメ ヘイタイスズメ」に変わりました。「きょうも学校へ行けるのは兵隊さんのおかげです」という歌も歌ってまいりました。まさに数十年タイムスリップしたような驚きの思いをしたわけであります。
 戦後今日まで、平和憲法の理念、教育基本法の理念に基づいて教育が平和の問題を大事な課題として進められてきたこれまでの間に、授業中公然と学校の校庭で自衛隊が訓練、演習をしたという、こういうことは聞いたことがないのですが、保文部大臣、お聞きになったことはありますか。
○国務大臣(与謝野馨君) 余り聞いたことはございません。
 ただ、御指摘の件につきましては、現在宮城県の教育委員会を通じまして事実確認を行っているところでございますが、一般論として言えば、学校施設を開放するに当たって、学校、教育委員会は、授業への影響など教育上の配慮や児童生徒への安全性を十分考慮した上で許可する必要があるものであると考えております。
○橋本敦君 一般論のところまで私は今聞いているのじゃなくて、余り聞いたことがないとおっしゃいましたが、聞いたことはないでしょう、大臣、どうですか。
○国務大臣(与謝野馨君) 多分ないと思います。
○橋本敦君 文部省当局に伺いますが、文部省として、こういうような学校での自衛隊訓練、授業中公然とやったという事例はかってありませんね。確認ですが、いかがですか。
○政府委員(野崎弘君) 私も今まで聞いたことはございません。
○橋本敦君 そこで事実の確認、今照会中だという大臣のお話でございました。そういうこともあろうかと思いまして、急ではございましたが、防衛庁にお願いをして訓練課長に来ていただいております。
 新聞で報道された事実によりますと、場所は宮域県登米郡東和町の町立米谷小学校、日にちは今月十七日、時間は午前八時ごろから十時ごろまでであります。ここで自衛隊第二二普通科連隊の第三中隊が校庭で行進の訓練、宿営訓練を実施いたしました。機関銃などの武器もここで配置をいたしております。そして、その場所で、宿営訓練でありますから野営テントなどの施設も設置をいたしました。それが終わって、同じ場所で、そこの登米郡議長会会長やまた町長などが参りまして町主催の自衛隊激励会を開いたというように事実が報道されております。
 まず、この事実はすべての新聞が一致しておりますので間違いない事実だと思いますが、防衛庁、事実はいかがですか。
○説明員(西ケ廣渉君) お答え申し上げます。
 事実関係といたしましては、今御指摘のありました訓練は、確かに先生おっしゃるように、今月十七日、月曜日でございますが、陸上自衛隊の第二二普通科連隊、これは多賀城の駐屯地に所在しておりますが、この第二二普通科連隊の中の第三中隊に属します約九十名が、部外地利用の訓練ということで多賀城の駐屯地から登米郡の東和町立米谷小学校の校庭に移動いたしまして、午前八時から十時までの間、この校庭におきまして宿営訓練を実施いたしました。また、それに続きまして十時三十分ごろから約一時間、登米郡の町長の方、それから学校関係者、自衛隊、父兄会役員約百五十名でございますが、こういった方々が参加いたしました激励会を実施していただいたものでございます。
○橋本敦君 ですから、事実は今指摘したとおりであります。大臣は事実を照会中であるというお話でございましたが、事実は以上のように明白であります。重ねて文部大臣の指示で事実をお調べになることは結構でございます。
 そこで、午前八時から十時ごろまでですから、学校の校庭でこういった自衛隊の九十名の部隊の訓練が行われますと、小さな田舎の小学校でありますけれども、当然子供たちの関心、そしてまた興味がそっちへ参りますから、教育的に影響はないと判断すること自体がまことにふさわしくないわけであります。
 現に、新聞によりますと、佐々木登町総務課長は、短時間だから教育的に影響がないと思ったけれども、授業中に実施したというそのことについては教育的に影響があり反省している、こういうように述べていることも報道されています。
 それからさらに、現地の新聞によりますと、県の教育長の話として、「公教育の場で、しかも平日に児童の目に触れる場所に武器を並べて「激励会」が開かれたこと自体、教育的な配慮が足りなかった。県教委としてもこ「経緯など必要な情報を聴取したい。」ということで、調査の意向を公にしていますが、まさに教育長が述べておりますように、教育的な配慮が足りなかったと言われても仕方がないケースであるということは私は明白だと思うんです。
 ただ、大臣はさっき抽象的な答弁をされましたが、以上私が明確にした事実及び今述べたようなことから、こういったことはまさに教育現場においてふさわしくない、教育的配慮に欠けた問題であって、今後は二度とこういうことが起こらないようにすべきだというふうに私は大臣としてお考えをはっきりさせていただきたいと思いますが、いかがでしょうか。
○国務大臣(与謝野馨君) 今防衛庁側の事情の御説明がありましたが、教育委員会等にも文部省から問い合わせ、事実を確定した上で、ただいま先生御指摘のように、授業に影響がない、あるいは一教育上の配慮をする、こういう趣旨から何らかの意見を申し述べたいと思っておりますし、授業中に校庭で訓練が行われるというのは好ましくないことであることは明白であると思っております。
○橋本敦君 戦後教育の一つの原点はやはり平和憲法であり、教育基本法はそのもとでそういった理念を遂行していかなくちゃならぬ立場だと思います。そういう観点からいって、平和で静かに勉強している学校に再び軍靴の音が響くようなことがあっては、これはまさに憲法にかかわる問題としても私は重大な問題だと。
 大臣はふさわしくないという御意見でありましたが、教育の問題として私はこの問題については重大な問題であると思っておりますし、大臣がおっしゃったような立場で、今後こういうことが起こらないように監督、指導を強めていただくということを重ねてお願いしたいと思いますが、よろしゅうございますか。
○国務大臣(与謝野馨君) 教育委員会を通じまして、正確な事実、学校側の考え方、あるいは教育委員会側の考え方を掌握した上で、適切な指導をいたしたいと考えております。
○橋本敦君 私は、本当に憲法を守る立場ならもっとはっきりした答弁を大臣はおっしゃるべきだと思いますよ。しかし、十分慎重に対処するということでありますから、それはそれとして、今後また議論をしていきましょう。
 そして、訓練課長お見えになりましたが、こういった問題について、今後自衛隊としてもこういうことが重ねて起こらないように特段の配慮と自重をぜひともしていただく必要があると思いますが、その点についていかがですか。
○説明員(西ケ廣渉君) この部外訓練を実施するに際しましては、米谷小学校校庭で実施するということにつきまして事前に部隊の方で東和町との調整を行ったものでございますけれども、授業中の小学校の校庭が先生のおっしゃるように訓練の場所としてふさわしいかどうかということは大いに疑問があると思います。したがって、今後こういう部外地を利用して訓練を実施するという際には、十分慎重に考えていきたいというふうに思っております。
○橋本敦君 これで終わりますけれども、答弁は極めて不誠実だし、そしてまた本当に真剣にこの問題の重要性を受け取っていらっしゃるかどうか、私は問題だと思いますよ。本当なら防衛庁長官に来てもらい、総理に来てもらって追及するぐらい値打ちのある問題ですよ。そのことをはっきり申し上げ、そしてまた、文部大臣からも防衛庁長官に、きょうこういった問題について厳しい意見があったということをぜひお伝え願いたい。いかがですか。
○国務大臣(与謝野馨君) そのように伝えておきます。
○橋本敦君 それじゃ、次の問題に移ります。防衛庁ありがとうございました。
 次の問題は、南野委員からも御指摘がありましたが、原爆ドームの世界遺産条約登録の問題であります。この問題は、南野委員の御指摘にもありましたが、私ども文教委員会としては、党派、各党一致してこの問題をぜひとも前進するようにという方向で議論を重ねてまいりまして、七月には広島にも委員派遣をして調査を行ってまいりました。この問題について文部大臣は、南野委員の質問に答えて、前向きの検討をお約束していただいたわけでありますが、私からも重ねて、この点の問題点について指摘をしながら大臣に特段の努力をお願いしたい、こう思うわけであります。
 世界文化遺産登録というのは、言うまでもありませんけれども、これは今日、世界的に見て非常に重要な位置づけを持っております。これを原爆ドームについてするということの趣旨は、言うまでもありませんけれども、あの原爆ドームがまさに広島から世界へ向かっての核兵器廃絶のメッセージ、日本の心を伝えるという重要な位置づけを持っているわけでありますから、広島市、県を挙げ、市民を挙げて永久保存に今努力しているところであります。
 この原爆ドームというのは、人類初の原子爆弾使用の惨禍をまさに後世に末永く伝えていく歴史のあかし、歴史の証人として世界史の舞台においても、それ自体、そういう唯一のものとして高い普遍的な価値を持っている遺跡として後世に貴重な世界遺産としてこれを残そうということから出ているわけであります。
 そういう考え方自体については、これは広島市も県も、市民の皆さんも国民も一致した要望となっているのですが、この問題について基本的にそういう考え方が中心の大事な問題であるという認識については、大臣も私どもも意見の相違はないと思うのですが、いかがでしょうか。
○国務大臣(与謝野馨君) 原爆ドームを保存するごとの重要性については、先ほどからの御質問にもその重要性が論じられておりましたけれども、私はこの保存の重要性については、私ども文部省と先生方との間に基本的な相違はないと思っております。
○橋本敦君 そこで、この広島の原爆ドームの世界遺産登録についての一つのバリアといいますかネックになっている問題は、国内法の保存、保護措置として文化財保護法の適用が今のままではなかなかいかないということですね。そのことは何かというと、文化財保護法の考え方が近代歴史遺産の保存というところへ踏み切っていくかどうかということが問われているわけですが、大臣も先ほど答弁でおっしゃったように、百年という時日の経過、これを一つの目安として歴史遺産がどうかということが判断されるようになっておるということから見ると、これはまだ百年たっていない、こういうことですね。
 しかし、ユネスコの世界遺産条約自体の要件としては年代を限定する要件はない、これははっきりしております。したがって、アウシュビッツは世界歴史遺産として登録されているわけです。これは言うまでもなく、百年とかなんとかいう限定的要件はない、そういうことですね。しかし、国内保存措置をやるということについては、調べてみますと、ポーランドは我が国と違って政府の責任でいち早く措置を進めてきました。
 まず、一九四七年七月、早々と、これはポーランドの歴史において将来消し去ることのできない大きなナチスによる大虐殺のあかしとして、再びこういうことが起こらない、そういうあかしとして保存をしていくということで特別法をつくって、ポーランド国民及び諸国民の殉難の記憶をとどめるという趣旨で特別法を公布して、これの保存に乗り出しました。この法律を受けて、アウシュビッツ強制収容所は国立の博物館ということに指定をされている。それで、国の責任での保存というメンテナンス、これが始まるわけですね。
 それと同時に、ポーランドではその後、一九六二年に至りまして世界遺産条約に登録するための文化遺跡保護を文化財保護として国内でも措置できるように文化遺産保護及び博物館に関する法律というのを新たにつくりまして、近代建築も新たな文化として評価をし得る、「文化財とは、動産・不動産、古代・現代に関わらずこ、ここが大事でありますが、「古代・現代に関わらず、文化遺産、及び文化発展に対し、歴史的・科学的・芸術的価値を持つものから成る。」というように法律を制定いたしました。これでまさに現代遺産としてもアウシュビッツが国内法の保護によって、文化財として保護される体制が固まりました。こういう措置をとったのですね。
 ところが、残念ながら今日まで日本政府はこういう措置をとっていない、文化財保護法一本で来ておりますから。だから、この問題を乗り越えなくちゃならぬというのが手続的にあるわけですね。そして、こういうことについて、これはこの委員会でいろいろ議論になったあげくに文化庁も重い腰を上げられまして、近代の遺産の保存、活用について見直しをすることを含めて調査研究協力者会議を持つというふうになった、こう理解しておりますが、そういう方向であることは間違いございませんか。
○政府委員(林田英樹君) 先生御指摘ございましたように、現在の文化財保護法の法律そのものの中に、時代的にいつまでのものでなければならないというような要件が明確に規定されているわけではございませんけれども、私どものいわゆる史跡と申しております歴史的な場所等でございますけれども、こういうものにつきましては、歴史上、学術上の価値が高く、重要な遺跡として広く一般に認められ定着しているものの中から行うというふうな運用方針と申しますか、審議会としてもそういう判断でこれまで指定をされてきたわけでございます。
 ただ、いわゆる別種の文化財、例えば重要文化財等の建物というふうなものにつきましてはやや少し違った運用方針をしておりまして、少し新しいものも指定されておるというような経過はございますけれども、現在の原爆ドームなどのような性質のものにつきましては、史跡として検討されることになるわけでございますけれども、これらのものにつきましては今のような考え方で、一番新しいものでも明治の中ごろぐらいのものにつきましては今のような判断で史跡につきまして指定の例があるというふうな事情でございます。
 それで、今先生お話ございましたけれども、いろいろ各方面から原爆ドームについての検討を促進するようにというふうな動きもございまして、文化庁といたしましては臨時の文化財保護審議会の開催もお願いをいたしまして、近代の文化遺産の保存、活用に関する調査研究協力者会議というふうなものを設けまして、この会議で、検討対象とすべき時期は今のような運用でいいのかどうか、歴史的事象をどういう分野区分としてとらえるべきか、それから選択をするに際してはどのような選択基準でリストアップしていくのかというふうなことを今検討いただいておるというふうな状況でございます。
○橋本敦君 だから、今私が指摘をしたポーランドでは明白に法律によってやったんですよ、今お話ししたとおり。近代文化遺産、近代建築も含めて入れるということを明白にやったんですよ。それが、あなたがおっしゃるように、日本の文化財保護法では年代は法で規定していませんから運用基準でやっていますよね。だから、その運用基準の見直しで合理的な方向で運用できるならば、この問題もクリアできるわけです。それがどうしてもできなければ、ポーランドでやったように特別法をつくるということも一つの考え方として出てこざるを得ないことになりますね。しかし、そうなる必要は日本の場合恐らくないのではないか。今の検討を進めていただくならば、大臣がおっしゃったように、来年にはユネスコに申請する展望が開けるのではないかという、そういう期待を持って今の検討を眺めさせていただいていいのではないか、こう思っておるんですが、そこのところは大臣の見通しはいかがですか。
○国務大臣(与謝野馨君) これは原爆ドームを世界遺産として登録するための作業としてやっているわけでございまして、これを排除するというような仕事の仕方をしているわけではありません。これを何とか幾つかの考え方に立って文化財保護法の中で指定をして、そして世界遺産として指定していただく手続を来年行う、そういう方向で進めているわけでございます。
 しかしながら、そのときにやはり幾つかの考え方の整理をしておかなければいろいろな面で混乱が起きる可能性がありますので、他の文化財、史跡等との比較考量とか、近代の史跡に対する物の考え方、そういうものもやはり学識経験者の皆様方のお知恵をおかりして、きちんとした物差しと考え方を整理しておく必要がある。その作業は既に始まっておりますので、いましばらく辛抱強く見守っていただければ、汽車はもうレールの上を走っておりますので、しばらく見守っていただければと思っております。
○橋本敦君 大変よく趣旨はわかりました。
 それで、アウシュビッツの場合を調べてみますと、ユネスコの国際記念物遺跡会議、ICOMOSと言われるようですが、ここの評価調査によりますと、アウシュビッツ強制収容所を世界遺産のリストに登録する場合、登録基準六ということで「すぐれて普遍的な価値をもつ出来事、思想、信仰に関するもの」、この基準によって登録することを勧告したと、こうあります。したがって、基準の六で言う「すぐれて普遍的な価値をもつ出来事」、これはまさにそういう意味では人類史において普遍的な価値を持つ重要な問題でありますね。そして、平和、核廃絶という普遍的な人類的要求に適合している。そういう意味で、出来事であり普遍的な価値を持つ思想に関するものであるということでありますから、もし国内手続が進めばユネスコにおいてこのICOMOSの基準判断で十分世界遺産に登録される可能性があることは明白な状況だと。
 問題は国内手続で、今大臣がおっしゃったように検討を早く進めてそこへ行き着くことである、こういうふうに思っておりますが、文化庁は、今私が指摘した、申請をするならアウシュビッツで示された基準と同じように十分世界遺産登録を受けられる、そういう可能性のあるものだということについての展望はお持ちでしょうね。
○政府委員(林田英樹君) アウシュビッツにつきましては、先生御指摘の条項が適用されたと承知をいたしております。私どもも、まだ現在、日本の国内手続、史跡等の指定手続の関係での検討を進めておるところでございますので、具体的に世界遺産基準のどの条項に当たるか、またそれに対してICOMOS等がどのような判断をするかというところまでは私どもの検討も十分進んでおらないわけでございますが、可能性といたしましては、条項としてはこの条項が最も可能性の高い条項であろうとは思っております。
○橋本敦君 大体趣旨はお認めになっていただいたようでございますから、大臣に重ねて御尽力をお願いして質問を終わります。
○委員長(松浦孝治君) 本日の調査はこの程度といたします。
 本日はこれにて散会いたします。
   午後四時十八分散会
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