第134回国会 外務委員会 第10号
平成七年十二月十二日(火曜日)
   午前十時一分開会
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   委員の異動
 十一月三十日
    辞任         補欠選任
     福本 潤一君     畑   恵君
 十二月六日
    辞任         補欠選任
     高野 博師君     山崎  力君
 十二月七日
    辞任         補欠選任
     山崎  力君     高野 博師君
     清水 澄子君     照屋 寛徳君
 十二月十一日
    辞任         補欠選任
     川橋 幸子君     大脇 雅子君
     照屋 寛徳君     伊藤 基隆君
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  出席者は左のとおり。
    委員長         木庭健太郎君
    理 事
                笠原 潤一君
                野沢 太三君
                寺澤 芳男君
                矢田部 理君
    委 員
                大木  浩君
                田沢 智治君
                武見 敬三君
                成瀬 守重君
                矢野 哲朗君
                田村 秀昭君
                高野 博師君
                畑   恵君
                伊藤 基隆君
                大脇 雅子君
                立木  洋君
                武田邦太郎君
                佐藤 道夫君
   国務大臣
       外 務 大 臣  河野 洋平君
   政府委員
       防衛庁防衛局長  秋山 昌廣君
       法務省民事局長  濱崎 恭生君
       外務省総合外交
       政策局長事務代
       理        山崎隆一郎君
       外務省総合外交
       政策局軍備管
       理・科学審議官  河村 武和君
       外務省総合外交
       政策局国際社会
       協力部長     朝海 和夫君
       外務省アジア局
       長        加藤 良三君
       外務省北米局長  折田 正樹君
       外務省欧亜局長  浦部 和好君
       外務省経済局長  原口 幸市君
       外務省経済協力
       局長       畠中  篤君
       外務省条約局長  林   暘君
   事務局側
       常任委員会専門
       員        大島 弘輔君
   説明員
       外務省中南米局
       長        佐藤 俊一君
       厚生大臣官房審
       議官       丸山 晴男君
       海上保安庁警備
       救難部長     坂  正直君
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  本日の会議に付した案件
○国際情勢等に関する調査
 (ボスニア和平に関する件)
 (尖閣列島周辺海域における中国海洋調査船の
 活動に関する件)
 (日中間大陸棚の境界画定に関する件)
 (新防衛計画大綱に関する件一
 (APEC大阪行動指針に関する件)
 (カストロ・キューバ議長の日本立寄りに関す
 る件)
 (ODAに関する件)
 (中国に遺棄した化学兵器に関する件)
 (中国残留孤児に関する件)
 (日本の食糧自給に関する件)
 (フランス・中国の核実験に関する件)
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○委員長(木庭健太郎君) ただいまから外務委員会を開会いたします。
 まず、委員の異動について御報告いたします。
 去る十一月三十日、福本潤一君が委員を辞任され、その補欠として畑恵君が選任されました。
 また、去る七日、清水澄子君が委員を辞任され、その補欠として照屋寛徳君が選任されました。
 また、昨十一日、照屋寛徳君、川橋幸子君が委員を辞任され、その補欠として伊藤基隆君、大脇雅子君が選任されました。
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○委員長(木庭健太郎君) 次に、国際情勢等に関する調査を議題とし、これより質疑を行います。
 質疑のある方は順次御発言願います。
○野沢太三君 河野外務大臣におかれましては、週末を返上されましてロンドンにおきまするボスニアの和平実施会議に御出席をいただきまして、まことに御苦労さまでございました。
 今回の和平実施会議は、これまで何遍も繰り返されましたボスニアに関する停戦とまたそれの破棄、こういった繰り返しの中ではもう絶望的と見られていたボスニアの和平について、開かれた展望が得られたというふうに言われております。その意味で大変大きな意義があろうかと思いますが、今回の和平実施会議の果たす役割、意義と、その中で日本は何ができるのか、また何をなさねばならないか、この点につきまして大臣の所見をお伺いしたいと思います。
○国務大臣(河野洋平君) 和平協議はアメリカのオハイオ州デートンで行われておりました。二十日間を超える長い日数、いわば閉じこもった、缶詰なんということを言うんですが、閉じこもった場所で辛抱強く続けられた結果、テーブルを囲んで和平の合意ができたということを我々は非常に高く評価したいと思います。これまでのいきさつその他についてはいろいろ紆余曲折がございましたけれども、最終的にはまさに平和裏に合意が達成されたということでございます。
 ただ問題は、机の上の和平合意というものが恒久的な合意になるか、それが確実に和平につながるかということになると、これはそれぞれみんな、さらに我々はやらねばならぬことがたくさんあるという認識でいるわけでございます。
 今回のロンドン和平履行会議は、その意味で、平和裏に達成された合意というものがより確固たるものになるためには何が必要なのか。それは和平後の平和維持あるいは政治、人道、難民支援、復旧復興面の対策というものがきちっとできることが必要であろう。したがって、そのために国際社会はそうした作業に取り組むと同時に、この和平を支持するという国際社会の認識を明確にする、それによって当事者の努力を促すということが重要だ、そういう認識で会議が行われたわけでございます。
 会議には、たしか四十四カ国もの国から外務大臣が出席をされまして、その他国際機関の方々も出席をされて大変大きな会議でございました。五十数人の代表者が集まるという大きな会議でございましたが、イギリスのイニシアチブで行われたこの会議はイギリスの外務大臣が中心となって進みまして、各セッションごとに非常にさまざまな人たちからの議論があったわけでございます。
 その中で、今後この和平履行について上級代表を決めようということになりまして、前スウェーデンの総理でございますカール・ビルト氏を上級代表に選び出しまして、そのカール・ビルト上級代表のもとにステアリングボード、運営のための協議機関をつくる。そのステアリングボードの中に十数人を選ぶということになったわけでございます。詳細はまだでございますが、G7のメンバー、それにロシアを加え、さらに何人かの代表を加えてステアリングボードをつくる。その数はそう多い数でない、十人を超え、感じとしては十五人まではいかないのではないかと思いますが、そういう絞られた人たちによってステアリングボードができ上がって、そのステアリングボードの上に上級代表がいる。したがって、そのカール・ビルト氏のもとにあるステアリングボード、それはG7といいますから、つまり日本がその中に入っているわけでありますが、そのメンバーが今後、和平後の復興復旧のためのさまざまな調整に当たるということになったわけでございます。
 我が国としては、今後の民生部門における支援のためにみずからがどういう貢献ができるかを考えると同時に、ステアリングボードとしてどういうことをやっていくことが大事かということもあわせて考えなければならない状況でございます。
○野沢太三君 まず何よりも今、大臣御指摘のとおり、紛争当事者が決められた約束を守っていくかどうかということが大事でございます。同時に、ボスニア紛争の歴史背景等をいろいろ伺ってみますると、やはり国際社会からの確固たる意志、平和を維持しそれを守るためにさまざまな妥協あるいは力もある程度の背景として必要であるということで、国際社会がやはりもう二度とこのような非人道的な争いを繰り返してはいけないということを内外に明示するということが極めて大事ではないかと思うわけでございます。
 特に平和実施軍という、いわば初めて実力行使も前提としたシステムを発動して出す。これがいわばこのボスニアの和平に関しては極めて大きな存在になるだろうと思うわけでございますが、この点につきましてはあわせて後ほど伺うことにいたしまして、やはり民生をまず安定させなきゃいかぬ。この冬をどう越すかという極めて切迫した課題があるわけでございます。既に大臣としても、人道援助越冬資金二十億を拠出するということを表明しておられるようでございますが、これまでの援助の実態を見ると、こうした援助が実際に困っている人の手元までなかなか届かない。手足は一体どうなっているのか、どういうルートでこれを実行していくのか、この辺についてお伺いをいたしたいと思います。
○政府委員(朝海和夫君) 旧ユーゴの被災民に関しましては、委員御指摘のとおり国連の新しい統一アピールを踏まえまして、約二千万ドル緊急に拠出することといたしております。
 その実施体制でございますけれども、私どもの拠出に当たって中心的な役割を果たしますのはUNHCRでございますが、HCRは旧ユーゴの中に二十その事務所を既に持っております。そこで、約六百名を超える職員を配置しましてこれまでも活発かつ地道な人道援助活動を行っておりますものですから、UNHCRを通じまして私どもの新しい拠出も確実に各被災民の手元に届くものと考えております。
 なお、HCRそのものも事務所に相当の要員を配置しておりますけれども、現地におきまして約五十のNGOとの提携関係を持っておりまして、NGOの手を通じてHCRを経由する面もございますけれども、直接被災民の方々に救援の手が差し伸べられる、そういうふうに理解しております。
○野沢太三君 あわせまして、二百万ともあるいは現地にとどまったまま困窮しておる者を含めると三百万を超すとも言われる難民に対する支援対策は今後どのような方策をとられるのか、その辺について引き続きお願いします。
○政府委員(朝海和夫君) ただいま申し上げましたのは越冬対策でございます。
 UNHCR等によりますれば、現在相当冬が厳しいものですから、いわゆる被災民、避難民がそれぞれのもとおられたところあるいは別のところに引っ越すということは当面はないであろうということで、今おられる場所で越冬するということが基本的な考えでございますが、もう少し気候が暖かくなりますと、もといた家に戻ろうという方々あるいは今回の和平合意によって新しくできる線引きは自分にとってちょっとぐあいが悪いので別のところに移りたい、そういった方々も出てこようかと思います。そういう方々がどの程度の規模で出てくるだろうか、そのための所要の経費がどのぐらいだろうか、現在HCR等において調査中でございますので、これはそういったことが判明した後の段階として、私どもも従来同様できるだけ積極的に取り組んでまいりたいと考えております。
○野沢太三君 我が国としてできる一番の支援策であり、かつ高等弁務官に緒方さんが行っておられるという事態を踏まえましても、一番この面では積極的、効果的に援助をしていただきたいと思うわけでございます。
 それにつきまして、今我が国はまだ新しいボスニアを承認していないわけでありますけれども、大臣は現地滞在中、このボスニアの承認問題についてもコメントをしておられますが、これをいつごろ承認するのか、あるいはその条件が整っているのかどうか。承認ができれば直接的な支援策も可能になるのではないかと思いますが、大臣、この辺いかがでしょうか。
○国務大臣(河野洋平君) いずれにせよ、まず包括的和平協定が署名されるということが大事だと思います。この和平協定の署名はあさって十四日にフランスで行われることになっておりまして、このことがまず何よりも一番先であってほしいと我々は思っているわけでございます。
 しかし、包括和平協定が署名をされるということとボスニア・ヘルツェゴビナの国家承認の問題というのは、署名されたら必ずしも自動的にというほど簡単ではないようでございます。ここは条約局長から若干答弁をさせたいと思いますが、包括和平協定の内容でございますとかボスニア・ヘルツェゴビナの国内の状況、そういったようなことを検討しなければならぬのではないかと思っておりますが、よろしければ条約局長から答弁させます。
○政府委員(林暘君) 御指摘のように、ボスニア・ヘルツェゴビナについてはまだ我が国政府は国家承認をいたしておりません。
 国家承認につきましては、一般的に申し上げますと条件が大きく分けて二つございまして、一つは国家としての要件を充足していること、これには一定の領域を持っているということとそれを統治するための実効的な政治権力を確立しているということが一つでございまして、二番目は国際法を遵守する意思と能力があるということでございます。
 前者の方について、過去にありましたボスニア・ヘルツェゴビナというものが必ずしもその要件を充足していないと判断されたことから日本としてはまだ国家承認を行っていないものでございます。
 今後の問題につきましては、今、大臣が申し上げましたとおりに、包括和平協定の内容それから今後のボスニア・ヘルツェゴビナの中の状況を見きわめつつ検討していきたいというふうに考えておりますけれども、いっそういう国家承認ができるかということについて今の段階でちょっと申し上げる状況にはございません。
 いずれにいたしましても、支援の話し合いをするということについて、国家承認を行っていないということが支障になることはないというふうに考えております。
○国務大臣(河野洋平君) 欧亜局長から若干説明させます。
○政府委員(浦部和好君) ただいま先生の方から、いわゆる承認があれば援助がやりやすくなるのではないかという御指摘がございました。
 確かに従来の我が方の支援といいますのは、人道関係を中心に一・八億ドルやっておりますが、それはUNHCRを含む国際機関でございます。したがいまして、もしその承認を行うということになりますと二国間の直接援助ができるようになるという意味で援助がしやすくなるという側面はございます。
○野沢太三君 いずれにいたしましても、現在のボスニアはセルビア人勢力とムスリムあるいはクロアチア・グループの連合体といいましょうか妥協の産物というような情報があるわけでございますが、予想されます半年後以降の民主的な選挙が成功するかどうかということが大変大事なファクターになるのではないか、かように思うわけでございます。この選挙監視につきましても日本の持っております能力、ノウハウあるいは人員を含めてこれも積極的な関与をお願いいたしたいわけでございます。
 ところで、ボスニアにおける国連のPKOというのは限界を露呈したといいますか、とことんやってみた結果が余りうまくいかなかったと言われるわけではありますが、しかしNATOを初めとするこの平和執行の動機といいますか引き金をつくったのはやはり国連PKOの展開によってできたことであり、かつまた国連決議という背景がなければ武力行使が単なる報復に終わるということになるわけでありまして、やはり一定の役割を国連は果たしておったと、かように思うわけでございます。
 その意味で、このような紛争がまだ終わっていない、しかも当事者が合意をしていない、そういった段階で国連が乗り込むということの是非はあるわけでございますけれども、争いを座視するわけにはいかないという意味で国連の存在というのは依然として極めて重要であろうかと思うわけでございます。
 そこで、適切な力による解決というものも適宜行われないと答えが出てこないという極めて苦渋の教訓を得たものと思うわけでございますが、こういう中で国連の払った犠牲が死者二百十三、負傷者は二千を超える、しかも年間十六億ドルにも上るような費用を払ってPKO全体の予算の半分をつぎ込むと、こんな話があるわけでございます。こういった犠牲といいますか、コストと言ってもいいわけですが、こういったものは国連の行うPKOとしてはもうはるかに限界を超えていると思うのですが、いかがでございましょうか。
○国務大臣(河野洋平君) 私もそういうふうに思います。
 今回のボスニアの問題につきましては、今、野沢議員お話しになりましたように、国連がPKOを派遣するタイミングというものに今となってみればいろいろ問題があったと言えるのではないかと思います。ガリ事務総長御自身も、その辺についてはいろいろと今回の経験を教訓としておられるように思いまして、国連のPKO活動というものはやはり当事者の和平の合意、そういうようなものがどうしても必要になるということを考えておられる。と同時に、国連の財政的な負担というものにはやはり限界がある。
 私、一昨日も会議で事務総長が来ておられましたので、会議の途中に事務総長とお目にかかって廊下でほんの数分お話をいたしましたが、そこはもう本当に事務総長として苦渋に満ちて説明をしておられました。ボスニアに払った国連のPKOのための財政支援というものは、アフリカの人たちから見れば、あのボスニアに払っている支援の何分の一かをアフリカに回してもらえばアフリカはもう問題をかなり解決することができるのに、我々の方には来ないでボスニアにほとんど大半が向けられているという不満も自分のところに来ている、いろいろ考えてみてやはり国連の限界というものを自分は感じているというようなことをしみじみ言っておられました。
 しかし一方で、国連のPKOがあそこに出ていったために救われた人命というものは相当多いと思いますし、引き続き文民警察その他の分野については国連が大いに働かなければならない場面もあると思いますし、それから何よりも、お話しのように国連の安保理の決議というものが根拠になってさまざまな動きが出てくるということを考えますと、国連の存在というものはまだまだやはり大きなものではないかと私は思っております。
 しかし、今回のボスニアの和平の最終段階は、国連ではない話し合いの場を提供したアメリカを初めとしたコンタクトグループ、それにロシアも加わり、そういう人たちの努力というものが非常に前面に出ていたために、我々が持っている印象と少し違う印象を多くの人に与えたということではないかと思います。
○野沢太三君 大きな犠牲を払いながらも、しかし今まで国連やEUはしばしば仲介の労をとって、一時はそれが停戦合意まで行ったケースがあるわけでございますけれども、結局それが実らなかった。しかしながら、今回のアメリカの働きかけが大変効果を上げたのは何ゆえであったのか、この点について率直な御感想をお願いしたいと思います。
○政府委員(浦部和好君) 確かに紛争発生以来、EU、国連、コンタクトグループというものがいろいろ努力をしてきたわけでございますが、率直に申し上げまして、その努力をやっている過程といいますのは、セルビア人勢力とイスラム勢力との力関係が非常にアンバランスであったということは指摘できるだろうと思います。したがいまして、なかなか和平の機運がなかった。
 ところが、この五月あるいは特に八月以降でございますが、イスラムなりクロアチア勢力の方が相当勢力を挽回しまして力のバランスができ上がった。したがって、アメリカが入ってきて非常に現実的な和平案をもって交渉を成功に導いた。ただ、アメリカのつくった和平案というのも実はほぼ一年前にコンタクトグループの人たちがつくって出したものとかなり似通ったものであったわけでございます。ただ、そのときには先ほど申し上げました力が非常にアンバランスだったものですから、いかなかったということは言えるかと思います。
 それから、先ほど大臣が申し上げましたように、デートンでの和平交渉のときには、最終的にはクリストファーさんとかあるいはクリントン大統領自身もお電話したとかそういうことは言われましたけれども、あわせまして、コンタクトグループの代表のロシアの外務次官とかあるいはフランス、イギリス、ドイツ等の代表ももちろん積極的に交渉の仲介役を果たしたということはございます。
○野沢太三君 今回の和平は、その意味で国連のPKOのあり方について大きな教訓となっておりますが、これとてもやはり力というものを抜きには実現しないものだという大変な結果をもたらしておるわけでございます。
 明石さんはこれにつきまして、これからは伝統的なPKOというものが中心にあって、そして平和執行的な役割は必要なときにNATOのような軍事機構や多国籍軍に委任をしていく、こういう仕組みがうまくできれば国連PKOはこれからも大きく機能するんじゃないか、こういった所感を申されておりますが、これにつきましての所感はいかがでございましょう、重なる部分もあろうかと思いますが。
○国務大臣(河野洋平君) ガリ事務総長は、議員もよく御承知のとおり「平和のための課題−追補」というものを発出されまして、今、議員がおっしゃったような、つまり伝統的なPKO活動というものをもう一度真ん中に据えていこうというような気持ちを強く持たれておられるように思います。この話はしかしケース・バイ・ケース、一つのパターンをどこにでも当てはめられるかどうかということになると、なかなかそう簡単にはいかないと思います。しかし、国連としての基本的な考え方について事務総長は、以前言われたことと違ったあるいは少し別の角度からのお考えを持っておられるというふうに承知をいたしております。
 私どもとしても、さっき欧亜局長が申しましたけれども、最後の合意に到達するまでの間にでき得る限り少ない犠牲者で和平に到達しなければならぬというふうに思っておりますが、それぞれのこうしたトラブルに歴史的なものそれからさまざまな背景があるものですから、なかなか思うとおりにいかないところも多うございます。今回も、宗教的な背景から国際社会からの支援がどこが多いとか少ないとかというようなものがあったりして、なかなか一概にこれでいい、これででき上がりというような単純な図式にならなかったわけでございます。
 いずれにしても、国連のやるべき仕事というのは、紛争当事者間の合意があって、認められてその間に入っていってPKO活動をするという最も伝統的な活動がやはり国連の仕事としては一番意味のある仕事と思えるといいますか、言えるというふうにお考えになっているように思います。
○野沢太三君 もう一つ別な角度から、今後このようなことが再発しないためには、国際司法の面から戦争犯罪に対する処理がどう行われるのか。ハーグの国連戦犯裁判所に起訴されている指導者もいるようでございますが、これらがうやむやにされてしまうようでは納得できない人も出てくるかと思うんですが、これはどんな見通してございましょうか。
○政府委員(山崎隆一郎君) 先生御案内のとおり、一九九一年以降、旧ユーゴ領域内において紛争が激化しまして、ジェノサイド等非常に重大な国際人道法違反が発生いたしまして、マスコミでも非常に大きく取り上げられました。国際社会としてこれに対処するために、安保理で鋭意議論が行われまして、九三年に決議が通りました。そこの決議の結果、このような重大な違反をする者についての責任を追及するために国際裁判所が設置されたわけでございます。今日までにボスニア・セルビア人勢力の指導者であるカラジッチ等五十二名を訴追しておりまして、今のところそのうち一名について身柄を確保して刑事手続を進めております。
 それで、実際の御質問の国際裁判所における刑事手続そのものでございますが、それは安保理が採択しました規定に定められておりまして、カラジッチのような身柄を拘束されていない被告人につきましては、裁判官は十一名おりますが、その裁判官の発出した逮捕令状等に従いまして逮捕、拘禁した上で、第一審裁判部において公判手続に付され、審理の結果被告人が有罪の場合には拘禁刑が科されることになっております。
○野沢太三君 目には目をということではいけない面もあろうかとは思いますが、やはりこれは世界じゅうの人が見ているわけでありまして、これまで行われたあの無法な行為についてはしかるべき責任と処置がなされなければならないと思うわけでございます。
 我が国もその面については過去に戦争責任ということで大変な犠牲を払っているわけでございますが、そういった面で正しいことをきちんと行うということもやはり大切なことと指摘をしておきたいと思います。
 そして、現在二十万人と言われるような犠牲者を出して得られた和平でございますが、これが本当に長続きするかどうかということが一つまた心配であるわけでございます。先ほどもお話がありましたように、ムスリム・グループ、いわゆる連邦側に武力といいますか力がなかったがために和平が実現しなかったということもあって、いわゆる武器禁輸解除というような措置も言われており、力の均衡が必要ではないかと言われておりますが、このことがまた軍備拡張につながって以後の衝突の原因にならないかという心配があるわけでございます。
 できる限り武装を軽くして、警察力程度のものにしていくことの方が正しいのではないかと思いますが、この点いかがでございましょうか。
○国務大臣(河野洋平君) とりあえずは兵力の均衡ということなのだと思いますけれども、議員お話しのように軍備縮小という方向に当然議論が進んでいってほしいと念願しております。
 そうした軍備縮小を目的とする会議といいますか交渉が既に予定されておりますから、そうした交渉によって軍縮と申しますか、軍備が小さくなっていくということがやはり和平の恒久化という点では望ましいというふうに思います。そのことがやはり国連のPKO活動その他の意味といいますか、そういうものを大きくするというふうにも思っております。
○野沢太三君 最後になりますが、今回平和実施部隊、IFORと名前がついているようですが、これが編成されまして六万人近い兵力が展開をするということでございますが、その役割は大変限定されていると伺っておるわけでございます。しかし、この平和実施部隊がうまく機能するためには一体だれが指揮をとり、どのような任務を遂行するか、これが大変大事だと思うわけでございますが、その役割と今後の駐留期限の見通しについて、わかる範囲でお願いしたいと思います。
○政府委員(浦部和好君) この和平実施部隊の目的でございますが、今回の和平協定を各当事者が履行するに際しまして、この履行を支援するために基本的には展開すると。具体的には、各当事者の軍武装勢力の一定期限内の撤退及び兵力分離地帯の創設等の監視及び支援、兵力分離地帯や両主体、両エンティティー境界線の標識設置の監督、国連保護隊の撤退支援等を行うことになっております。またさらに、可能な範囲内で人道援助活動支援とか、あるいは選挙実施のための安全な環境づくりの支援等を補助的な業務で行うということになっていると承知しております。また、この和平実施部隊は一年の期間を想定して派遣されるものというふうに理解しております。
 ただ、御案内のように、三年半にわたりまして多大な犠牲を払う紛争が続いておったわけでございますから、その任務の遂行は必ずしも容易ではない、なかなか難しいものだろうというふうに考えられます。
○野沢太三君 クリントン大統領は、アメリカは一年で撤退するつもりだというようなことも記者会見で言っているようでございますけれども、なおその後問題が残るようであればいわゆるこの合意に基づいた治安の維持という意味で再度のPKOの派遣があり得るかどうか。この点については、仮定の問題ではございますが、いかがでございましょうか。
○政府委員(浦部和好君) 将来のボスニアにおける再度の国連PKOの可能性でございますが、実は去る十一月二十一日のデートンの和平合意の中においては全く言及されておりません。また、我々の承知する限り、国連内部においてもまだ具体的な議論は行われていないというふうに承知しております。
○野沢太三君 いずれにいたしましても、新しくつくられました平和実施部隊という知恵がうまく機能するように、日本は直接これに参画はできませんけれども、少なくとも国際会議の席上その他での発言、そしてまた民生その他に対する支援の方では十分な働きができるわけでありますので、ひとつしっかり頑張っていただきたいと思います。
 以上で終わります。
○武見敬三君 まず、外務大臣に外交政策を進める上において世論をどう位置づけるかという基本的な視点についてお尋ねをしたいと思います。
 この場合に、外交政策を策定する過程で世論をいかに生かすか、また世論をいかに健全に外交政策の中に反映させるかという側面と、それから策定された外交政策をいかに世論に理解していただくかという側面と二つあると思いますが、外務大臣はこの世論についてどのように位置づけ、お考えになるんでしょうか。この二つの側面ともに御説明いただけると幸いです。
○国務大臣(河野洋平君) 私は、国民の理解なくして外交政策を進めることは非常に難しいと思っております。
 ただ、確かにおっしゃるように、国民世論にしりをたたかれて外交が進むという場合もあるし、かなり中長期的に高度な判断をして、それを国民に正しく理解してもらうための努力をするという場面とやはり両方あると思います。
 例えば日ロの交渉などに臨みますと、日本側の国民感情からいって、あるいは日本の世論は領土問題の早期解決を非常に強く望んでいる、これをやらずにほかのことはできないというようなことを言ったこともあるわけですけれども、それに対して先方も、いや、ロシアにはロシアの世論というものがあるんだということを言われて、世論を背中にしょって取り組むという、そんな場面もございました。あるいは、相当長期的な対応をするときには、世論がこの問題についてまだ静かであっても外交政策上取り組まなければならないこともございます。
 もっと言えば、世論と逆の方向に向かってもやはり進めなければならないこともあって、その場合には世論にその状況をできるだけ説明して理解を求める努力というものも必要なのではないかと思います。
○武見敬三君 それでは、具体的な課題についてお尋ねをしたいと思います。
 内容は尖閣列島周辺海域における最近の中国船籍の活動状況についてであります。
 ことし五月十一日木曜日から五月十九日の金曜日、さらに五月三十日火曜日から六月七日の水曜日に至る合計十八日間、中国船籍である向陽紅〇九号という海洋調査船がおおよそ尖閣列島周辺海域から奄美大島沖に至る中間線のまさに内側の海域において調査活動を行ったという事実はあったのでしょうか、お伺いしたいと思います。
○説明員(坂正直君) 先生今お話しのとおり、ことしの五月十一日から十九日まで、それから五月三十日から六月七日までの延べ十八日間、東シナ海の日中中間線より日本側に当たります宮古島の北方海域、ここで中国の海洋調査船向陽紅〇九がケーブルを曳航しながら航走しているのを海上保安庁の巡視船及び航空機によって確認しております。
○武見敬三君 この向陽紅〇九の同海域における調査活動は事前に日本政府に対し了解を得たものであったのでしょうか、この点を外務省の方にお伺いしておきたいと思います。
○政府委員(加藤良三君) 事前にそのような了解を求める行動はなかったと承知いたしております。
○武見敬三君 実際にそこで行われた海洋調査の内容はいかなるものであったのでしょうか。
○説明員(坂正直君) 現場におきましては、巡視船によって該船の追尾、監視を行っております。その活動状況から資源探査と認められる活動を行いましたので、その点を外務省と協議いたした上、該船に対して活動の中止を要求しております。これに対しまして、その時点では該船は巡視船からの中止要求を受け入れずに調査を続行したという状況でございました。
○武見敬三君 調査を続行したわけでありますが、その活動状況について海上保安庁は、何日、どの時点で外務省に連絡をとられましたか。
○説明員(坂正直君) 最初、五月十一日に当庁の航空機によって視認しております。この活動中の中国海洋調査船向陽紅〇九がどのような動きをしているか、その時点ですぐ外務省に通報しておりまして、またその後も該船の動向につきまして適宜外務省に通報いたしてまいりました。
○武見敬三君 外務省はその連絡を海上保安庁から受け、その後どう対処したのでありましょうか。
○政府委員(加藤良三君) 外務省としては、海上保安庁から通報をいただいてから、これを外交ルートにのせまして処理をした経緯がございます。
 我が方からの申し入れに対しまして、中国側からは、本件調査は一般的な科学調査であるといった趣旨の回答があったわけでございますけれども、いずれにいたしましても、しばらくの後この向陽紅〇九号は日中中間線の中国側、すなわち西側に移動したという経緯があると承知いたしております。
○武見敬三君 そうすると、外務省は外交ルートを通じてこうした調査活動の中止を求めたわけですね。いかがでしょうか。
○政府委員(加藤良三君) 外交ルートにおけるやりとりの詳細をここでつまびらかにするということは差し控えさせていただきたいと存ずるわけでございますが、海上保安庁からの連絡をいただいて、この事実関係を中国側に外交ルートで通報いたしますとともに、我が国の主権的な権利、国際法上も認められている主権的権利が侵害されることのないようしかるべき形で申し入れを行って、そしてそれが先ほど申し上げましたような結果につながったということでございます。
○武見敬三君 ところで、海上保安庁の巡視船がこうした調査活動の事実上の中止を通告した、そうした過程で向陽紅〇九からの反応はいかなるものであったのでしょうか。
○説明員(坂正直君) 中国の調査船からは、これは認められた海洋調査であるということで調査を継続しております。
○武見敬三君 そうすると、海上保安庁からの通告、そして外交ルートを通じた事実関係の照会にもかかわらず、その後五月三十日から再びこの海洋調査を行うために同海域に向陽紅〇九が来て調査活動を行ったというふうに事実関係を理解してよろしゅうございますか。外務省にお聞きしたいと思います。
○政府委員(加藤良三君) 先ほど申し上げましたように、中国側からは本件調査が一般的な科学調査であるという趣旨の回答が最初あったわけでございます。
 一般論でございますけれども、大陸棚というものを対象としない科学調査であれば、その上部水域が公海であるということで、そのような調査に我が国の管轄権が及ばないということはございます。ただし、これは一般論として申し上げたわけでございます。
 私どもは、海上保安庁からの連絡をいただき、その事実を直接に率直に中国側に伝えまして、そして我が国の主権的権利が侵害されることのないよう措置をとったと。そのやりとりの詳細は明らかにするのを差し控えさせていただきたいと思いますけれども、結局、後日この船は現場海域を離脱して中国側の海域へ去ったという経緯がございます。
○武見敬三君 実際に日本側の通告や外交ルートを通じた照会によってこの向陽紅〇九が同海域から去ったというふうに理解するのか、あるいはそうではなくて、これを無視して引き続き当初の活動を全部やり続けた後で同海域を出ていったのか、その判断は改めて検討する余地があるように思います。
 次に、この海域におきまして日本の企業四社が鉱区の開発権を獲得するために出願をしているというふうに聞いておりますが、事実でありましょうか。
○政府委員(加藤良三君) そのような要請があると承知いたしております。
○武見敬三君 この出願に対して、実際に外務当局はどのような対応をしているのでありましょうか。
○政府委員(加藤良三君) この件につきましては、そのような案件の我が方による処理の対応いかんによって我が国の主権的な権利というようなものに将来悪影響が出ないように確保する、そういうような視点をも含めて政府として検討をすべきものだろうと思いますし、そのような流れに沿って検討されているのだろうと思います。
○武見敬三君 実際に出願をした日本企業に対しまして、いわゆる先願権というところまでは認めたとしても、試掘権、調査権あるいは採掘権というところまでは事実上まだ許可は出していないと、こういう理解をしてよろしゅうございますか。
○政府委員(加藤良三君) 大変恐縮ですが、私は詳細なところまで直ちにお答えできないわけでございますが、おおむねそのようなところかと存じます。
○武見敬三君 実際にこの日本企業四社はまさに向陽紅〇九が海洋調査を行った地域において地質調査等を望んでいて、それについての了解を求めていたはずでありますが、こうした了解はいずれも得られずに、実際、国内における日本企業は同海域においては一度もまだ海洋調査、地質調査を行っていないというふうに理解してよろしゅうございますか。
○政府委員(加藤良三君) もし私が申し上げることと違ったことがございますれば、後刻、正確なところを委員に御報告申し上げますが、そのような事実がと推察いたしております。
○武見敬三君 こういう状況というのは非常に理解しがたい状況でございまして、国内企業に対しては同海域の地質調査等は認めないで、事前の了解もなく中国船籍の海洋調査船が来て同海域で調査をするのは事実上それを受け入れるような、そういう対応と受け取られかねないようにも思いますけれども、この点はいかが御了解しておられるのでしょうか。
○政府委員(加藤良三君) そのような対応の仕方を政府として行っているとは考えておりません。
 例えば向陽紅〇九号にいたしましても、これが事実上その調査をするのを黙認したということではなくて、正当な手続というものを政府として踏んで、その結果、当該船舶が現場を離脱するというような効果に結びついたということであろうと思います。
 例えば、今後中国船が同じような活動をする、同じような事態が生じたという場合には、個別具体的にその活動内容を把握した上でしかるべき対応を行うということがやはり筋道ではなかろうかと思っておりまして、政府としてはそういう筋道に沿った対応をしているつもりでございます。
○武見敬三君 私が非常に心配しておりますのは、こうした海洋調査等を積み重ねる形で既成事実というものが中国側にとって有利に組み立てられていくことを大変に恐れているわけでありまして、こうしたことをやはり政府間において厳格にきちんと協議をしていただいて、このようなことが今後起こらないように強くきちんとした対処をしていただきたいと考えているわけであります。
 そこで、実際にこの状況を理解する上で、こうした向陽紅〇九が調査した海域、それを日本はどのように国際法上認識をした地域であるかというお尋ねに移っていくわけであります。
 いわゆる経済水域というふうに日本は同地域を認識しておられると思うわけでありますが、こうした経済水域というのはおおよそ二百海里認められているというふうに私は理解しております。また他方、大陸棚の権益の場合に関しましては、大陸棚に沿って最大三百五十海里まで経済水域が認められるというふうに理解をしております。したがって、日中間の同海域におきましては、明らかに日本の主張する経済水域と中国側の主張する経済水域が大きく重複する海域が出てくることになるわけでありますが、この場合、どのような解決の仕方があるのか、お尋ねしたいと思います。
○政府委員(加藤良三君) 最初に、ちょっと事実関係について若干の整理をさせていただきたいと思いますが、東シナ海と申しますか、日中の関係について申し上げますと、排他的経済水域については日中両国ともこれを設定しておりません。
 日本の場合、明年の通常国会に海洋法条約を提出することを目途に準備を進めております中で、この排他的経済水域についての問題は国内関係者の御意見というものを念頭に置きながらさらに検討を進めるという段取りになると思います。
 他方、大陸棚につきましては、排他的経済水域と異なりまして、沿岸国による特段の設定行為を必要としないまま現に存在しているというわけでございます。当海の大陸棚は我が国と中国大陸との間に存在する一つの大陸棚でございますわけで、日本といたしましては、相対する国の間における大陸棚の境界画定は中間線原則によるべきであるという主張をしておりますことは御承知のとおりでございます。
○武見敬三君 中間線領域と申しましても、その設定は相当に困難なプロセスがあるというふうに伺っております。この日中間の中間線について、一応日本側としてそうした主張すべき中間線を既に設定しておられるのか否か、その点についてお伺いしたいと思います。
○政府委員(加藤良三君) 委員が御指摘のとおり、日本側は中間線の議論を主張しております。これに対して、中国側は大陸の自然延長に基づく大陸棚の幅員ということを主張しておりまして、両者の主張は一致しておりません。しかし、日本と中国の間にもいろいろと意見交換の場があるわけでございまして、このような意見交換の場を通じて相互の立場は理解し合っているというのが現状でございます。
○武見敬三君 そういたしますと、日中の両国政府間において、東シナ海における経済水域及び大陸棚等に関する政府間協議というものは行われているのでありましょうか、また過去に行われたという事実はあったのでありましょうか。
○政府委員(加藤良三君) 厳密に国連海洋法条約の国会提出に伴う排他的経済水域の設定にかかわる問題ということにつきまして、日中間で正式の協議というものが行われたということはございませんが、他方、いろいろな機会をとらえでそのような協議につながる意見交換ということは私たちとしても既に行っているところでございます。
○武見敬三君 一九九二年の五月ごろと承っているわけでありますけれども、中国側がこの東シナ海において鉱区を国際入札に出したという事実があったと思います。このときに、中国側が国際入札に出した鉱区の一部が日本側の主張する中間線を越した海域までをも含んでいたという経緯があったと聞いておりますが、事実でありましょうか。
○政府委員(加藤良三君) ある時点においてそのような事実があったと承知いたしております。
○武見敬三君 外務省はこのときにはどのように対処されましたか。
○政府委員(加藤良三君) 外務省といたしましては、そのはみ出しという事実があることが判明いたしましてから、九三年一月、中国に対してそのはみ出し部分というものを入札の対象から外すように申し入れをいたしました。それで、その三月に当該はみ出し部分、日本側の海域に我々から見ればはみ出した部分を契約の段階において除外することで収拾したという経緯があると承知いたしております。
○武見敬三君 このときに日中両国政府間において、部分的にということがあったかもしれませんが、中間線の設定について交渉に入ることを合意したという事実はあったのでしょうか。
○政府委員(加藤良三君) 今の御質問についてでございますが、私、その間の事実関係をただいまつまびらかにいたしません。
○武見敬三君 私が理解している限りにおいては、このとき政府間の交渉を行うということで合意が一時的に成立をしたというふうに伺っております。ただし、それがその後うやむやな形で途切れておりまして、実質的にはそうした政府間交渉が行われていなかったというふうに私は理解をしております。
 この点について私は、なぜそうした中間線の設定について政府間協議を継続して行わなかったのか、それが非常に理解に苦しむところですが、この点についてお伺いしたいと思います。
○政府委員(加藤良三君) そのようなものを正式な協議と位置づけるかどうかの問題は別にいたしまして、先ほど私からも申し上げましたように、一貫して中国との間に意見交換ということが行われていることはまた事実でございます。
 例えば最近においては、ことしの六月に日中の外交当局の課長レベルでそのような点を含む意見交換が行われております。
○武見敬三君 現在このように向陽紅〇九の海洋調査等の問題も出てきているわけでありますが、今後こうした中間線設定に向けての政府間協議というものは日本政府として積極的に働きかけて行う予定があるのでありましょうか、その点をお聞きしたいと思います。
○政府委員(加藤良三君) いずれにいたしましても、排他的経済水域の設定ということに伴いましてそのような協議が必要になることは明らかであると思います。
○武見敬三君 そうすると、実際にはまだ行われていないけれども、これからは行うという基本姿勢と了解をしてよろしいわけでございますね。
○政府委員(加藤良三君) はい。今までのような、時には非公式な意見交換といったようなものを踏まえつつ、これを協議というものにつなげていくということであろうと思っております。
○武見敬三君 それから、こうした尖閣列島周辺海域における中国船籍の諸活動等に関しまして十分にその情報が開示されておらず、なかなか国民世論の知るところにはなっていないように思うわけでありますが、外務省としてこうした案件についての写真あるいは海図等々の資料について公開する意思をお持ちでありましょうか否か、お聞きしたいと思います。
○政府委員(加藤良三君) 具体的な御要請をいただいた上で、私どもとしてケース・バイ・ケースに判断してお答えを差し上げるということになろうかと思います。
○武見敬三君 私は、こうした案件について、ただやみくもに国民を刺激するような情報の開示というもので世論を感情的にしてしまうことは決して得策だとは思いません。しかし、こうした事実関係について国民世論に対し最低限知らしむるということは、やはり今の日本を取り巻く諸状況がどういうふうな状況であるかということを理解させる上で極めて重要だと思います。
 特に尖閣列島の領有権問題に絡むこうした案件について、いわばタブー視するような形で報道が行われないというようなことがもし事実であったとするならば、これは甚だ残念だと思うのでありますが、外務大臣、この点はどのように御了解されているでしょうか。
○国務大臣(河野洋平君) 日中関係の重要性にかんがみれば、こうした問題について両国は静かに理性的な話し合いを行う必要があると思います。
 他方、先ほども申し上げましたように、国民の皆様に対しては正しい情報の提供というものもまた必要であろうかと思います。今まさに議員がお話しになったように、感情的になるということがあってはならないと思います。理性的に判断なされるということに我々は大いに努力をする必要があるだろうと思っております。
○武見敬三君 最近の中国の状況を見ておりますと、一九九二年に中国の領海法におきまして尖閣列島や南沙群島、西沙群島を中国領と明記したという事実がありましたが、これに対しては外務省はどのように対応されたのでありましょうか。
○政府委員(加藤良三君) その当時、この問題につきまして外交ルートを通じ申し入れを行っております。
○武見敬三君 その申し入れの内容についてお聞かせいただけませんでしょうか。
○政府委員(加藤良三君) 御案内のとおり、日本にとってみれば尖閣諸島というのは日本の固有の領土の一部でございまして、これをめぐる領土問題というもの自体がそもそも存在していないというその法的立場にある存在であるというふうに考えております。そのような日本の国際法上の権益、日本の主権というものが侵されることがあってはならないという立場に基づいて、それらの日本の主権的利益を確保するという趣旨に沿った申し入れでございます。
○武見敬三君 よくわかりました。
 中国は、一九九二年十月に行われた中国共産党第十四回大会におきまして、人民解放軍に対しまして、国家の領土、領空、領海の主権に加えまして初めて海洋権益の防衛を任務とするということを明確にしております。こうした考え方は人民解放軍の中では非常に強く任務として認識されるようになっております。
 実際に解放軍出版社等で出版された「軍事戦略簡論」という書物等もあるわけでありますが、これらにおきましても、海洋国土は中国の国土の不可分の領土であり、かつ中華民族の生存と発展のための不可欠の空間である、中国の戦略的利益の所在でもあるという極めて強い認識の中で、人民解放軍の海洋権益の防衛の重要性を指摘するということがあるようであります。
 そうした背景の中で、さらに中国の石油事情というものが一九九三年から悪化をし、純輸入国になったというふうにも承っておりますが、その点についてどう認識をしておられるか、お聞かせいただきたいと思います。
○政府委員(加藤良三君) 今御指摘のような状況も事実としてあるというふうに理解いたしております。
○武見敬三君 中国の場合、こうした海洋資源、特に石油資源を含む海洋資源について、それを常により多く確保して、そして自国内における石油の供給体制を整備し、対外的に石油エネルギー等で外国に依存する度合いを極力縮小化しようとする考え方があると思いますが、その点についてどうお考えになるんでしょうか。
○政府委員(加藤良三君) そのような考え方が中国の中の一部にあったとしても、それは不思議はないと思います。他方、中国のこれからの動向というものがアジア・太平洋全体の平和と安定にとっての大きな要素であるということは紛れもない事実であろうと思われまして、この点についてはアジア・太平洋の諸国を通じて共通の認識があるのではないかと考えております。
 ただ、中国にとってみますと、改革・開放経済体制を進めていくということについてはそれなりの国際環境が必要である。中国として改革・開放体制というものを自分たちにとって最もよい選択であるという判断のもとに追求していくということであるならば、それを可能ならしめるような国際環境が必要だということはこれまた厳然たる、また客観的な事実であろうというふうに思います。
 私は、個々の件についてここでコメントは申し上げませんで、むしろ中国のこれからの大きな流れ、動向というものを引き続き注視していくことにしたいということ、及び改革・開放経済体制にコミットした中国というものを維持していくように国際協力が行われるべきではないかという視点を申し上げて、御答弁にかえさせていただきたいと思います。
○武見敬三君 アジア局長が御指摘の点、実は私も全く同感であります。ただし、そうした理性的な私どもの対応というものが報われるか報われないかということを考えたときに、やはり報われないケースについてもきちんと対処しなければならないということはあるだろうと思います。
 特に私が心配しておりますことは、こうした新たな使命、任務を帯びた人民解放軍の中に、国際的な慣習等に習熟しておらず、かなり一方的な行動に強硬に出るような姿勢が時にあるかもしれない。そういうケースを私は非常に心配をし、またそういうことがないようにするためにも日本と中国との間の安全保障対話といったことの重要性が今後ますます増大するだろうというふうに考えているわけでありますが、この点、外務省はどうお考えでありましょうか。
○政府委員(加藤良三君) 委員のおっしゃるとおりと思います。
 今おっしゃられたことは、中国の国防姿勢、国防政策というものについての透明性の問題ということが大きな側面であると申し上げてもよろしいかもしれませんけれども、この透明性というものをできるだけ極大化していくということを外務省としても考えているわけでございます。そういうわけで、先般来、日中間の安全保障対話といったような枠組みを他の地域的な大きな枠組みなどとの組み合わせにおいて活用させていただいているということでございます。
○武見敬三君 そこで、海洋調査を行った向陽紅〇九号は一体中国内のどこの組織に帰属しているのか教えていただけますでしょうか。
○政府委員(加藤良三君) 今ちょっと手元に資料を持ち合わせておりません。
○武見敬三君 確認できたらぜひ教えていただきたいと思うのでありますが、二つ意見がありまして、一つは国家海洋局である、他方は中国の海軍であるという二つの説があるわけでありまして、その点をやはりきちんと確認しておくことが中国の政策決定をより詳細に理解する上で重要ではないかと私は考えます。そして、こういう状況下において私が心配しておりますことは、中国側がこうした強硬策に乗って既成事実を積み重ねていこうとする姿勢であります。
 事実関係だけ確認をしておきたいわけでありますが、中国の石油掘削船勘探三号が現在いかりをおろしている海域は日本の主張している日中両国間の中間線の付近であるというふうに承っておりますが、それは事実でありましょうか。
○政府委員(加藤良三君) 今の御質問にお答えする前に、先ほど私、資料を手元に持っておりませんと申し上げました向陽紅〇九の所属の問題でございますが、これは中国国家海洋局所属の海洋調査船でございますので、補足させていただきます。
 なお、後段については海上保安庁の方からお答えいただきます。
○説明員(坂正直君) 今月の一日と三日、当庁の航空機によりまして日中中間線付近に錨泊中の中国の石油掘削船勘探一二号を視認しております。該船の錨泊位置を詳細に調査するために、巡視船を現場に向けましてGPSという測位装置で測定しましたところ、中間線から五百七十メーター日本側に入っているということが判明しました。
 なお、これは当庁はGPSで測定したものでありまして、該船がどういう測位をしたのかということは承知しておりません。
○武見敬三君 以上で終わります。
○畑恵君 平成会の畑でございます。
 きょうは防衛庁の方がお時間が迫っていらっしゃるということでございますので、当初の予定とは順番を逆にさせていただきまして、先月の末に出ました新防衛大綱、こちらの質問からまずさせていただきます。なお、御答弁が終わられましたらどうぞお席をお立ちください。
 旧大綱から十九年ぶり、冷戦終結から五年余りたってやっとといいましょうか、待ち望まれて出た大綱の見直したと思うんですけれども、さまざま特徴がございまして、自衛隊の規模のスリム化ですとか質のハイテク化、中でもやはり一番特徴といいましょうか強調されているところは日米安保体制の強化だと思います。数だけではあらわせないのかもしれませんけれども、旧大綱の中ではこれについて三カ所、ところが新大綱の中では十三カ所にも及ぶということでございますので、その意気込みというのは非常に感じられるんです。
 では、実際に強化体制をとっていく上での実効性の問題についてですが、マスコミ等でも論じられていますように、具体的な、また本質的な論点を避けて、幾つか課題が残っているのではないかという指摘もありますけれども、そういう御指摘についてはいかがお考えでございましょうか。
○政府委員(秋山昌廣君) ただいま先生の御質問にございましたように、規模のスリム化、ハイテク化あるいは日米安保の観点、もう御指摘のとおりでございます。
 この防衛大綱をつくるに当たりまして、国際情勢が大きく変化したということとあわせまして、国内外における自衛隊への役割の期待の高まりといったようなものを背景といたしまして、今度の新防衛大綱の一つの特徴は、「防衛力の役割」という中に、当然のことながら「我が国の防衛」という柱のほかに「大規模災害等各種の事態への対応」あるいは「より安定した安全保障環境構築への貢献」といったようなものを掲げたわけでございます。
 その中に、今御指摘になっているような問題も含めてやったわけでございますけれども、先生御質問のこれから検討すべき課題についても我々は十分意識して、大綱の中にいろいろ織り込んだつもりでございます。
○畑恵君 今の御答弁では私が質問した点について余り触れていただいていなかったようです。
 はっきり申させていただきますと、例えば日米安保体制の運用強化についてうたっていらっしゃいます。例を出しますと、運用強化を実施に移そうとしますとまず問題になりますのがACSA、物品役務融通協定、これを締結するという問題が起きた場合にどうなるのか。これは新大綱には触れられていないんですけれども、運用強化ということをうたえば当然具体的に直近に出てくる問題について大綱の中にはなぜ明記されなかったんでしょうか。
○政府委員(秋山昌廣君) 防衛大綱の「V 我が国の安全保障と防衛力の役割」の中見出しで「日米安全保障体制」というところがございますが、冒頭御指摘がございましたように、今回の防衛大綱で日米安全保障体制について特に一つのまとまりを持った書き方をしたところでございます。その中に「日米安全保障体制の信頼性の向上を図り、これを有効に機能させていくためにはこということで、四つほど課題を掲げております。その二番目の課題の中で「共同研究並びに共同演習・共同訓練及びこれらに関する相互協力の充実等を含む運用面における効果的な協力態勢」、ここで我々は具体的に言いますとACSAの問題を考えておりまして、これは今、政府部内でも検討しておりますし、米国とも協議しているものでございます。ここに含まれているという趣旨でございます。
○畑恵君 そうしましたら、実際ACSAについては実施に移していくということで理解してよろしいでしょうか。そのことを盛り込まれているというふうに読み取るべきなんでしょうか。
○政府委員(秋山昌廣君) 防衛庁としては、外務省とも協力しながらACSAについての新しい協定あるいはそれに関する法令について、現在、政府の中で検討し、準備をしているということでございます。
○畑恵君 わかりました。
 さらにもう一歩踏み込んだ問題になりますと、アメリカ側はかねてから緊急事態における日米間の相互支援体制、この強化というのを主張していらっしゃいます。そうしますと、この問題は有事の点まで踏み込んでいきますと当然集団的自衛権の行使について考えていかなければいけない。
 私は、新防衛大綱が今回十九年ぶりに出た、しかもこれだけ日米安保が揺れている、強化体制をうたっているという中で、論議をされる状況がまずでき上がったと思ったのですが、一番根幹の問題をやはり避けて通られたのかなという印象は否めないんです。集団的自衛権についてはどのような御見解をお持ちでしょうか。
○政府委員(秋山昌廣君) 集団的自衛権に関しましては、これは国際法上、国連憲章第五十一条による個別的及び集団的自衛権を有しているということは疑いないわけでございますけれども、現在の憲法のもとで認められる自衛権の行使は、我が国に対する急迫不正の侵害に対しこれを排除するためとられる必要最小限の範囲のものであるということから個別的自衛権の行使に限られると。
 したがいまして、我が国は憲法上集団的自衛権の行使は認めていないと解しているところでございます。政府といたしましては、そのことをベースにいたしましてこの防衛大綱をつくっているということでございます。
○畑恵君 それをベースにしてというところにやや含みがあるような気がするんです。今のような御答弁ではございますけれども、この問題については今後当然論議をしていく状況下にあると私は認識しております。
 我田引水になるかもしれませんけれども、私ども新進党の安全保障議員連盟有志が集団的自衛権のある程度容認という形で「新世紀に向けた安全保障政策大綱」というのを出しておりますけれども、私どもだけではありませんで、さきに自民党の国防・安保・基地対策合同部会、こちらの方でもやはり議論の必要性というのは提唱していらっしゃいます。
 三部会の報告をちょっと読ませていただきますと、「国際社会の平和と安定を確保するため、中長期的課題としてわが国が現憲法の下でどこまでなし得るかについて明らかにする必要がある。このため、国連における集団安全保障と集団的自衛権に関する議論を深めるべきである」、こういう御報告の文面になっておりますので、論議もされないでこういう防衛大綱が出るということについては、私はいささか現状の認識との乖離があるというふうに思うんですけれども、いかがでございましょうか。
○政府委員(秋山昌廣君) 集団的自衛権の不行使ということは、防衛大綱にも日本国憲法のもと専守防衛に徹するということが書いてありますので、政府としてはその原則は守るということだと思いますが、もちろん議論といたしまして、具体的な政策なり措置なり、そういったものがこの集団的自衛権の不行使というものに当たるか当たらないかという議論は当然出てくると思うわけでございます。
 したがいまして、今回の防衛大綱の議論の中でも、例えば与党の防衛調整会議の中でそういった議論はございました。我々としても、今回の防衛大綱の「防衛力の役割」の中で「大規模災害等各種の事態への対応」というところで、「我が国周辺地域において我が国の平和と安全に重要な影響を与えるような事態が発生した場合」というくだりがございますが、そこの関係ではこういった問題がこれから議論されなければならないと考えております。
○畑恵君 議論されなければならないというお言葉でございました。
 しつこいようですけれども、やはりこの問題について政府の方にお尋ねがあったときに、官房長官は一刀両断という印象を私は否めなかったんです。集団的自衛権の行使のように憲法上許されないとされている事項について、従来の政府見解に何ら変更がないことは当然だというお言葉を官房長官は出された。これは今の御答弁とかなりニュアンスが違うなというところがあります。もちろん、何ら変更がないことは当然だ、でもこの先はわからないというふうに続くのかもしれませんけれども、それは非常に続きにくい言葉だと思います。全くそういう意思はないというふうに官房長官の言葉は受け取れますので、実際、政府の方ではどのようにこの部分について、本当に論議をするお気持ちがあるやなしやというのをもう一度改めて伺いたいのです。
○政府委員(秋山昌廣君) 例えば、昭和五十六年の五月二十九日に集団的自衛権につきまして質問に対する答弁書というものを出しておりますけれども、そういった形でこれまで、現在の憲法のもとで集団的自衛権は行使しない、できないということについての考え方は何ら変わるものではないと。
 ただ、その中で具体的ないろんな施策を考える場合に、これが集団的自衛権の行使、不行使にどういうふうにかかわってくるのかという問題は、まだ研究しなければならない課題がたくさんあると思っております。そういう問題については、これから検討されるべきであるということを申し上げたわけでございます。
○畑恵君 確かに憲法解釈の問題、そしてどれが集団的自衛権にかかわるのか、かかわらないのか、そういう課題についてはぜひ前向きに、そしてオープンに、また与野党問わず語れるベースというのをつくっていっていただきたいと願っております。ありがとうございました。
 それでは、いささか時間の経緯としては戻って恐縮なんですけれども、さきのAPECの問題につきまして、先日質問させていただきました折に時間の関係で積み残してしまった部分がありましたので、伺わせていただきます。
 先日のAPECですけれども、自由化の行動指針がまとめられて、日本が議長国だったからこそだという外務省の方々からの非常に高い評価がございました。なるほど確かにまとまったことというのは非常に評価すべきことだと思いますのでは、なぜまとまったかという点について考えますと、やはりこの行動指針自体が非常に多くのあいまいさを秘めていて、目標達成までの具体的スケジュールを詰めずに先送りしたという印象が私には強くあるんです。
 実際、私だけではございませんで、海の向こうからですけれども、アメリカのウォール・ストリート・ジャーナルの行動宣言についての評価ですと、これは私が言ったのではなくてウォール・ストリート・ジャーナルが書いたのをそのまま読みますけれども、あいまいな官僚用語の代表作という表現をなさった。また、フランスのル・モンド紙は、農業分野の扱いが将来の対立を生むのは明らかで、あいまいさを多く残した結果、APECが勢いを失うのは避けられないというコメントが出ました。
 それぞれ御解釈があると思うんですけれども、確かに焦点になりました無差別性の原則につきまして、こちらのAPECの行動宣言の方を見ますと「努力する」とか「柔軟に進める」という非常に弾力性のあるお言葉がございます。今回の会議のテーマは「構想から行動へ」というテーマだったと記憶しておりますので、この「行動へ」という中ではどうだったのかなという感があるんですけれども、いかがでございましょうか。
○政府委員(原口幸市君) もちろん合意された行動指針の表現につきまして、これをあいまいであって問題先送りと解釈することも可能だと思いますが、反対に十八の非常に国情の異なる国の間で、みんなが一致して自由化に向かって第一歩を進めるということを実現するために必要な前提は何かということを考えたときに、やっぱりあれは一番現実的で実効性のあるものだという解釈もあるのだと思います。事実の問題として、大阪会合が終わった後、十八のメンバー、これは政府レベルですけれども、政府レベルの方々は、これは私どもの自画自賛ではなく、ほとんど例外なく非常によくやってくれた、あれがあったからこそ前に進めることができたという評価を下しております。また、今たまたまル・モンドとウォール・ストリートという少数の新聞についての論評を御紹介されましたけれども、しかし大半の新聞は日本はよくやってくれたという評価だったと私どもは思っております。立場によって解釈の違いはあると思いますけれども、やはりAPECというものがプラグマティズムに基づいて一歩一歩前に進んでいくということが重要だというのが私どもの考えでございます。
○畑恵君 今の御答弁は、まさに私自身もそのとおりだと思うところも多々ございます。
 では、APECというのはどういう場所なのかなと考えました場合に、自由化という山頂へ向けての山登りのようなものだと私は解釈させていただいておるのです。確かに、例えばアメリカのように、メンバー全体の体力ですとか、いわゆる国情、そういうことを余り考慮せずに、とにかく一刻も早く登頂を目指すんだ、さあ行こうということで突き進みますと、パーティーはばらばらになってしまって、これでは目的自体が達せられないということですから、今の御答弁は確かにそのとおりだと思います。ただ、ではおのおののペースで無理なく登ろう、どうぞ勝手なペースでというふうになれば、やはり山登りというのは苦しゅうございますので、本当に山頂まで登り着けるのかなというところはまた疑問が出てくるところだと思います。
 そうなりました場合、決して今回議長国だったということにとどまらず、APECの中で日本というのは今後間違いなくリーダーシップを担っていかなければいけない、またそう期待されているわけです。今回そういう土壌がきちんとできたわけでございますので、そうした中でまさにパーティーのリーダーとして率先して、日本はリーダーとしてみんなを引っ張っていくのだ、これだけ痛みを負ったのだからみんなも頑張ってくれ、そういう態度をこれから見せていかなければいけないと思うんです。
 実際、農業問題ですとか、たしかAPECの始まりの時点で日本の方からリーダーシップをとる、日本の方から例外をつくるようなコメントを出されましたので、私はそこの点についてやや危惧をしているんですけれども、いかがでございましょうか。
○政府委員(原口幸市君) 御承知のとおり、大阪行動指針の一般原則の中には同等性という原則も入っておりまして、今、先生御懸念のように、各国がばらばらに自由化を自主的にやるのであれば一体どうなってしまうんだというような懸念も実はあったわけでございます。それに対する一つの回答が今言った同等性の原則ということで、できるだけ各国のコミットメントというものに同等性があるようにみんなで配慮していこうと。
 それからもう一つ、行動指針の中に枠組みというのがございます。この枠組みも同じような考え方が出ているわけでございまして、今後各国は国別の行動計画をつくっていくわけでございますけれども、その行動計画準備の過程において各国が準備の内容をそれぞれ通報し合って協議していく、あるいは実施の後にはレビューするという形で、基本的に自主的な自由化努力ではあるんですけれども、同時にそこに何らかの協調的なペースが生まれるように配慮するということを工夫してあるわけでございます。そういう意味では、また繰り返しになりますけれども、プラグマティズムのもとでいろいろな各国の懸念にこたえるような努力はしたつもりでございます。
 それから、先生御指摘のとおり、日本はことし議長国として行動指針を取りまとめるのに随分努力したわけでございますので、当然今後のフォローアップにつきましてもできるだけの努力をするつもりでございます。
○畑恵君 お時間も迫ってしまいましたけれども、ただ、この問題につきましては、外務省の皆様が非常に御努力をなさいましてもその中だけでなかなか解決できない、日本が率先して自由化に向けて頑張ろうということにつきましては。
 最後に、お時間少なくて恐縮でございますけれども、大臣の方から各省への働きかけも含めて一言お言葉をいただきたいと思います。
○国務大臣(河野洋平君) 今、政府委員から御答弁申し上げましたように、今回のAPECにおきまして行動指針というものを策定したわけです。来年はフィリピンが議長をなさるわけですが、フィリピンで行われるAPECにはこの行動指針に基づいて各国は行動計画を持ち寄るということになっているわけです。したがって、我が国も我が国なりの行動計画をフィリピンのAPECには持っていくということになると思います。
 今回、大阪でもそうでしたが、ボゴール宣言という一つの大きな方向性を定めた政治宣言がございます。そのボゴール宣言というものを頭に置いて、そしてそれに向けてそれぞれの国はそれぞれの努力によってつくられた行動計画というものをフィリピンのときには持っていく。それは二〇一〇年、二〇二〇年までのずっとカレンダーを持っていくという人もあるかもしれませんが、当面この二、三年はこういうことをやります、あるいはこういう分野にこういうことをしますということを、それはそれぞれの国の判断で行動計画というものをフィリピンに持ち寄るわけです。その翌年は翌年で、今度は別の国で開かれるときにはまたそこへ持っていくということになるわけで、毎年我々はこれだけの努力をしました、これだけの前進をいたしますというのをそれぞれの国がそれぞれの国の前で言い合おう、こういうことになっているわけであります。
○畑恵君 どうもありがとうございました。
○高野博師君 御承知のとおり、きょうの夕方、キューバのフィデル・カストロ議長が訪日されて一泊される。滞在中は、河野外務大臣との会談、非公式会談と聞いておりますが、日玖議員連盟主催の昼食会あるいは日玖懇話会との意見交換等が予定されていると聞いております。そういう中で、内外の関心が高いと思われます。
 私自身も、八六年一月にカストロに櫻内義雄先生それから稲葉修先生とハバナで会っておりまして、非常に強烈な印象を受けているものですから関心が高いということで、この際、キューバに関して幾つか御質問させていただきたいと思います。
 まず、キューバの今の政治、経済、社会状況、これはどういうことになっているかお伺いしたいと思います。
○説明員(佐藤俊一君) ただいま御質問のございましたキューバの状況でございますけれども、現在、経済的には砂糖の生産というものに若干の減少というものが見られまして、外貨不足の深刻化によるキューバ経済の低迷というものがございます。政治的には、種々の制度的な民主化措置というようなものを頭に置いたと思われるような動きというのもいささかございますが、依然として一党独裁の体制が続いている、そのように認識をいたしております。
○高野博師君 キューバ国内におけるカストロ議長の立場とか指導力、あるいは国民的な支持等についてはどうでしょうか。
○説明員(佐藤俊一君) カストロ議長は一九五九年の革命以来キューバを長年指導してこられましたので、卓越した指導者として国内ではそのような認識と権威を持っておられる、そのように考えております。
○高野博師君 中南米諸国あるいは世界全体におけるカストロの影響力、こういう点についてはいかがでしょうか。
○説明員(佐藤俊一君) 中南米諸国の間には、現在、非常にキューバ自身も対外関係において活発な動きというものを示しておりますこともございまして、中南米諸国自身もキューバ問題について関心を深めているというふうに考えております。
○高野博師君 冷戦時代にカストロが左翼勢力、特に中南米の左翼勢力に与えた影響力というのは圧倒的なものがあると思いますが、冷戦が終わってカストロの、あるいは共産主義の歴史的な使命が終わったということが言われて、当然の結果としてカストロの影響力は低下した、こう思われます。そのカリスマ性にも多少陰りが生じている、こういう見方もあります。しかしながら、先ほど局長がおっしゃられたように、依然として大きな権力、力を持っていることは間違いないと思います。
 それで、中南米諸国がカストロあるいはキューバをどういうふうに見ているのか、キューバとの関係はどうなのか、この辺の現状についてお伺いいたします。
○説明員(佐藤俊一君) 中南米諸国がカストロ議長に対してどういう評価を持っているかというのは、私どもとしてはそれぞれの外に出ている現象から推しはかる方法しかないわけでございますが、カストロ議長は、本年に入りまして国連創設五十周年の記念会合とか、あるいはイベロアメリカ・サミット、そういうものに出席をしておりますし、それからフランス、今般の中国、ベトナム、こういった訪問を行うなど非常に活発な外交活動を展開しておられて、先ほど申しましたように大変国際社会の関心は高まっていると思います。
 ただ、各国のキューバとの関係というのはそれぞれのあり方があるというふうに観察をされまして、そういう意味において、カストロ議長の評価というものについてはそれぞれの国がそれぞれの評価をしているというふうに言うのが正しいかと思います。
○高野博師君 政治あるいは社会体制の違いはあっても、同じラテン系の文化とか音楽とか言葉あるいは歴史的な背景、そういうものを持っているということで、当然、中南米諸国はキューバに対してシンパシーを持っているというか、連帯意識を持っていると思います。経済状況が非常に悪化しているというキューバに対して、できるなら援助したいという国も相当あると見ております。二、三年前はメキシコ、ベネズエラ、コロンビアの三国、いわゆるグループ3の首脳がカストロにかなり接近した。そういう時期もありまして、キューバを中南米の孤児にさせないという仲間意識というか連帯感を持っているんではないかなと思います。しかし、どうしてもそこには対米関係というものが立ちはだかるというふうに見ております。
 そこで、アメリカとキューバの関係の現状はどうなっているかお伺いいたします。
○説明員(佐藤俊一君) 米国とキューバの間には現在外交関係がない状態だと思います。一九五〇年、米国は、キューバにおける革命の後に、キューバが米国資産を接収したこと等を理由といたしまして現在まで経済封鎖を実施しているということでございます。これに対しましてキューバ側は、無条件の国交正常化、それから経済封鎖の解除などというものを要求している状況でございます。ただ最近では、九四年ごろから数度にわたり移民の問題をめぐりまして二国間協議が行われるなど、対話というものも行われているようでございます。
○高野博師君 マイアミのキューバの社会というか移住者、これとの関係はどうでしょうか。
○説明員(佐藤俊一君) マイアミにおきますキューバの社会というものとアメリカとの関係は、そもそも基本的にアメリカの国内問題の側面というものがあると思います。フロリダにおきますキューバ社会というのは大変数の多い社会でございますので、米国の内政にとっても大きな影響力を持っている、そういう問題だと認識しております。
○高野博師君 何か現在アメリカの議会でキューバに対する新たな経済制裁法案、これが審議中だと言われていますけれども、どんな内容になるのか承知しているでしょうか。
○説明員(佐藤俊一君) 現在、御承知のように上下両院を通過いたしました、キューバ自由・民主的連帯法案という名前で呼ばれておりますが、ヘルムズ・バートン法案、これは両院協議会でただいまその内容について協議中だと承知しております。
 ただ、この内容については、アメリカ国内法を第三国に適用するといったような中身も含まれているという報道もございますし、実際に討議されましたものを見ますと、そのようなものも入っておるようでございます。
○高野博師君 次に、日本とキューバの関係の現状についてお伺いいたします。
 経済貿易関係、あるいは人的、文化的な交流、技術協力等についてお伺いいたします。
○説明員(佐藤俊一君) 現在の我が国との関係でございますが、キューバに対しましては技術協力援助を行いましたり、あるいは政府レベルでの文化交流といったようなものを行いまして、二国間の交流というのは実際に活発に行われているということだと思います。経済協力分野では、研修員の受け入れというようなことをしております。
 他方、交流が活発化するに伴いまして、本年に入りましてもキューバ側のレベルの高い人たちが訪日するということがございまして、キューバ政府の外務大臣あるいは外国投資経済協力大臣、国立銀行の総裁といったような方が九月までに日本を訪問しているという事実がございます。
○高野博師君 この外務大臣の日本訪問は日本政府の招待ですか。
○説明員(佐藤俊一君) これは日本政府の招待ではございません。
○高野博師君 技術協力については、九四年度まででJICAベースで三億七千五百万というのは具体的に何をされているんでしょうか。
○政府委員(畠中篤君) 我が国のキューバに対します技術協力援助は、主としまして研修員受け入れを中心に行ってきておりまして、御指摘のとおり九四年度までの累計で三億七千五百万円の実績がございます。主な研修分野は、農林水産、保健、医療、観光、工学分野といったようなところで、研修員の受け入れ総数累計で百五十二名。ただし、この百五十二名の中で日本まで招いてやります本邦研修は九十五名、残りの五十七名は他の中南米の国で実施された我が国の第三国研修に参加したものであります。
○高野博師君 キューバには在留邦人が二百三十八人、それから日系人が約七百人いるということですが、在留邦人はキューバでどういうことをされているのか、あるいは今の日系人の生活等の状況はどんなことになっているのか、お伺いいたします。
○説明員(佐藤俊一君) 現在キューバにおられます日系人、この日系人がキューバに移住された経緯は、一九一〇年代にさかのぼるようでございます。特に、第一次世界大戦中、キューバが非常に砂糖景気で盛り上がっておりましたときに、メキシコ、ペルー、それからパナマといったような米州各地から転住されてきた方が多いと承知しております。
 現在の状況でございますが、先ほど御指摘のありました数字のほかにどういう状況かということは、詳細は私ども承知はできないんですけれども、部分的なことで判明していることを申しますれば、青年の島という名前のキューバ第二の島がございますが、この島に農業に従事している日系人の方がかなりおられるといったような例が一応私どもによって把握されております。
○高野博師君 キューバの現在の経済状況に照らして日系人も相当厳しい生活をしているんではないかと予想されるんですが、この日系人に対しては何らかの援助をしたことがあるんでしょうか。
○説明員(佐藤俊一君) 日系人の方々を特別に念頭に置いて、念頭に置いてと申しますか、日系人というものを直接の対象として援助がなされたということは、私は今のところ把握はいたしておりません。
○高野博師君 一般的な話ですけれども、中南米には日系人が非常に多いということで、日本人自身も、日系人自身も日本と相手国のかけ橋になりたいというようなことを思っている方もいるし、そういうことも期待できる。日系人が移住先の市民権を取っている、あるいは国籍を持っているということで、これは相手国の国内問題だということで簡単に片づけるというか割り切ってしまうには惜しいんではないか、外交的にもっと活用させてもらってもしかるべきではないかなということを私は感じております。
 全体的に日本とキューバの関係は、貿易関係もむしろ減少傾向にあるんではないか、概して良好であるけれども、ほとんど進展は見られないというふうに私は見ているんですが、外務省はいかがでしょうか。
○説明員(佐藤俊一君) 先ほどお尋ねのありました際、近年、キューバ経済は非常に低迷しておるということを申し上げましたが、外貨不足の深刻化によりましてキューバ側の輸入代金の支払いが遅延しているということが現象として残っておりまして、御指摘のとおり、やはり日本とキューバの貿易は停滞傾向にあるというふうに考えております。
○高野博師君 ところで、カストロ議長が今回日本に立ち寄ると、給油ということでありますけれども。日本に来る前に中国とベトナムを訪問された。この中国とベトナムの訪問については何か注目すべき成果があったのかどうか、情報を持っているでしょうか。
○説明員(佐藤俊一君) 私どもが把握いたしておりますのには、主に報道として、いろいろな形での報道を通じて私ども承知しておりますけれども、その報道の方で非常に目につきますのは、社会主義における経済の近代化といったような課題について、例えば中国では深測地区を非常につぶさに視察をしたと、そういう中国側での現在の成功というか今やっていることについてキューバ側も非常に高く評価しているといったような報道が盛んにございます。そういう意味では、キューバの経済近代化の努力というものの中で今度の訪問は位置づけられるのではないかというふうな感じを持っております。
○高野博師君 キューバは、中国、ベトナム、北朝鮮等々と非同盟諸国ということで非常な友好関係にあると思いますが、実は、ちょっと余談になりますが、先週、ラ米のある駐日大使と懇談したんですが、カストロ自身が近い将来自分の落ちつき先として、ちょっと突拍子もないと思われるかもしれないけれども、中国を考えているんだというふうなことを言っておりました。私は、ラテン人と東洋人のイディオシンクラシーの違いがあってそれはあり得ないんではないか、あり得るとすればスペインとかメキシコではないかなと、そんな意見交換もしたんですが、今回の訪日に関してはラ米諸国の各国の大使も非常に関心を持っております。
 それで、日本政府はカストロ議長をどういうふうに見ておられるのか、お伺いします。
○説明員(佐藤俊一君) カストロ議長は、一九五九年以来キューバを長年指導してこられておる指導者でございますので、指導者として卓越した実績をお持ちだというふうに認識しております。
○高野博師君 私は、カストロは世界の現代史に間違いなく残る人物の一人であろうと。キューバ革命の英雄とも見られているわけですが、冷戦時代に各国の左翼勢力に対して与えた影響は、先ほど申しましたけれども、その功罪は別にして極めて大きかった指導者、革命家、思想家であった。また一方で、冷戦の終結の影響を最も強く受けている人の一人ではないか、こう見ております。
 それで、今回カストロ議長の立ち寄りの機会をとらえて、村山総理は会談されるんでしょうか。
○説明員(佐藤俊一君) カストロ議長の日本立ち寄りのことにつきまして、キューバ側からの御希望が出てきたわけでございますが、何分にも時間的に急に迫った形でお申し出がありましたので、ただいま調整をしている最中でございます。まだ結論は得ていないと私は承知しております。
○高野博師君 ショートノーティスだということも含めて会談の実現は難しいという見方かもしれませんけれども、この激動する国際情勢の中で、これからもショートノーティスというような場面がたびたび起こるんだろうと思います。
 キューバのカストロについては、少なくとも二、三日の余裕はあったというふうに見ておりますが、こういう問題についてはできるだけ対応してやっていかなくてはいけないんじゃないか。カストロ自身が日本政府の要人と会いたいと、こう言ってきているわけですから、ぜひそれにこたえていただきたい。最初は給油だということがあったんですが、ぜひこういう機会をとらえて、むしろこちら側から持ちかけてもいいんではないかなというふうに思います。外交関係がないわけじゃない、あるわけですから。そういうことで、十分でも二十分でもぜひ村山総理は会談をされてほしい、そういうふうに思っております。
 もし今回会わなければ、これはある駐日の特派員が言っていましたけれども、村山さんはまた恥をかくことになるよと、こんなことを言っておりました。せっかくのチャンスをみすみす逃すことになると思います。
 アメリカとの関係、対米配慮というか、対米関係上マイナスになるとは私は決して思っておりませんで、日本の外交の独自性をもっと出すべきではないか。対中南米外交を考えた場合でも、むしろプラスになると私は思っております。村山総理は社会党の党首でもありますし、意見交換をすることはごく自然ではないかというふうに思っております。フランスのミッテランもわざわざフランスに招待しているということもあります。カストロほどの人物、こういう人物と世界情勢あるいは中南米、カリブ情勢について意見交換する、それは大きな意義があると思います。
 日本はもっと積極的に外交の幅を広げるというか、対話をすること自体に大きな意義があると思います。こういう政治的な対話を積み重ねることによって、世界の平和を確立することに大きな貢献ができるんではないかというふうに思います。
 キューバというのは、先ほどのお話にも出ましたように、非常に今は経済的に難しい状況にある。国民があれだけひもじい思いをしながらも、例えば野球とかバレーボールとか、こういうスポーツの分野あるいは文化関係等でも活躍している人材を多く輩出している。そういう意味では、将来大いに発展の可能性を秘めた国ではないかというふうに思います。日本はもっと民間レベルも含めて文化、教育、人物交流を促進して関係を緊密化していくことが大事ではないかな、私はそう思っております。
 今回、非公式の立ち寄りなんですが、日本政府は改めてカストロ議長を公式に日本に招待することはお考えでしょうか。
○説明員(佐藤俊一君) 先ほど申し上げましたように、キューバをめぐる新しい国際情勢の動き、それからキューバ自身が今後この状況からどういうふうに国づくりを進めていくか、そういうことを今後とも注視しながら、今おっしゃった課題はその中で考えていく課題かと、かように考えております。
○高野博師君 それでは、時間がありますので、ODAの問題についてちょっとお伺いしたいと思います。
 十二月六日の読売新聞に、これは会計検査院の報告ということで、フィリピンのODAの中で、二百五十四億円かけて架設された送電線の九五%が盗まれていた、あるいは二十九億円を投資して掘った二百二十四本の井戸のうち使われているのはわずか八本だけだと、こういう記事が載っておりました。また、九日のNHKのニュースでは、ODAの事業のうちのメキシコとかバングラデシュなどの六つの事業で、総額四百億円余りの円借あるいは技術協力等でつくられた施設あるいは機材が使われていない、援助の効果が十分上がっていないということが判明したと、こういうことが何度も放送されました。これらのことについて事実関係、問題点を外務省は把握しているんでしょうか。
○政府委員(畠中篤君) 会計検査院の報告はまだ正式には提出されておりませんが、私ども政府といたしましては、過去の経済協力をいたしました案件につきまして、毎年約百五十件ぐらいを選びまして実際の現状の評価をいたしております。例えば、平成五年度の評価の結果では、百五十件ぐらいの評価を実施しました中で三十件近いものが実は、計画の当初の目的というものは一応達成しているものの、その実施の過程とか今後さらに改善すべき点といったようなものが見つかっております。それから、残念なことではございますけれども、当初の目的さえいろんな状況のもとで達成できなかった案件というのも三件報告されております。
 私どもといたしましては、こういったいろいろな状況の中で、相手国の経済状況が変化したり治安状況が変化したりといった面もございましてなかなか一〇〇%当初の目的を達成するということはできませんが、こういった一部の援助効果をさらに上げるための必要性がある案件につきましては、評価を踏まえてそれぞれフォローアップと申しますか、改善策を講じたり、あるいは相手国のいわゆる自助努力といいますか、相手国が手当てすべき部分が残念ながら財政上の状況でおくれているといったようなものについては相手国にその努力を求めるといったようなことで、効果的な援助を実施するという目的のためにいろいろな対話、それから意見交換もしております。
○高野博師君 ODAの案件が問題になったケースの大半は、日本側というよりもむしろ受け入れ国側の事情が大きかったのではないかというふうに思います。
 例えば、受け入れ国側の経済事情が悪化した、したがってローカルコストの負担ができなくなったとか、あるいは機材、施設の維持管理が困難になった、あるいは技術協力のカウンターパートが育っていないということで案件が円滑にいかなくなったとか、あるいはプロジェクト関連の製品の国際価格が大きく変動してプロジェクトの継続が困難になったとか、そういう事情がいろいろあると思うんですが、日本側の事情としてはどういうものが考えられるでしょうか、プロジェクトがうまくいかない場合ですね。例えば、事前の調査が十分でなかったとか、予算の問題とか、どうでしょうか。
○政府委員(畠中篤君) 今、先生がお話しになりましたようなことで、案件がうまく当初の目的どおり実施されていない背後にあります理由は非常にいろんな要素がございます。
 例えば、メキシコの例では、よく御存じと思いますけれども、未利用の硫化鉱物資源というのがありまして、その中の金とか銀を精製して市場に出すというような技術を長年かかって移転したことがございますが、金とか銀の市価が非常に低迷しておりまして、そのプラント自体は市場のコストに合わないということで残念ながら使われていないといったような状況がございます。
 こういったものにつきましては、手当てをするといっても市況との関係がございますので、何とかこのプラントをうまく使えないか、少なくとも市況が回復するまで現状維持、メンテナンスをしてもらうようないろんな協力をしたりしております。
 あるいは先ほど御指摘のありましたフィリピンの送電線の盗難といったような状況につきましては、これは地熱発電で電力を発電しましたものをマニラの首都圏に送電、変電施設をつくって供給するというプロジェクトでございましたけれども、治安状況が悪く、残念ながら盗難に遭ってしまったというような状況でございます。
 これは計画の段階からそういう問題についてなかなか予測もできませんし、あるいは盗難防止のために我が国としてできる要素というのは非常に限られておりますが、こういった問題につきましては、せっかく日本が協力した円借款の案件でありますし、何とかこれを自分で当初の目的のように戻してもらいたいということで随分働きかけを行いまして、このフィリピンの件につきましては、国際金融機関からフィリピン側がお金を借り、一部自己資金でその復旧工事をするということで、この件は平成七年から九年にかけて大体施設が順次完成してくるということになっております。
 また、自助努力の点でございますけれども、当初の計画どおりには先方が手当てをできなくても、一年おくれ、二年おくれ、先方の財政の状況の許す範囲で少しずつ彼らが努力している面もございます。
 こういった面については、我が国の開発援助の一つの柱といいますか考え方が、できるだけ自助努力を促す形で、全部こちらでしてしまうよりは相手ができるところは先方にやってもらうという思想でございますので、ある程度の期間は先方のペースで努力をしてもらう。ただ、それがどうしてもいろんな状況で間に合わないといいますか、長い間そのプロジェクトがむだになるといったような状況の場合には、当初の約束とは違いますけれども、一部我が国でその辺も供与といいますか協力をしまして、プロジェクトを起こしていくといったようなこと、いろんなやり方があると思いますけれども、ケース・バイ・ケースで、いずれにいたしましても協力しましたプロジェクトが意味ある効果を発揮するようにいろんな努力をしておるところでございます。
○高野博師君 時間が余りありませんので簡単にしたいと思うんですが、マスコミがこのODAの問題を取り上げるときに非常にセンセーショナルな報道の仕方をする。ODAという言葉自体が非常にネガティブなイメージで一般に受け取られがちな面がある、これは非常に残念ではないかと思っております。
 一方で、実施する政府の側としても、国民の税金で賄われているんだということ、こういう事実は忘れてはならないと私は思います。ODAについては一〇〇%成功することが望ましいのでありますけれども、それにこしたことはないんですが、相手があることであって当然リスクは伴うというふうに思います。
 先進国、ほかの国については、ODAの供与案件の失敗率といいますか、当初の目的が達成されなかったのはどのぐらいなのか。日本の場合は、先ほどお話がありましたように、私のいただいたデータでは平成五年度の場合は百四十二件のうちの三件、すなわち二%がうまくいかなかったというデータが出ているんですが、ほかの国はどのぐらいなのかおわかりでしょうか。
○政府委員(畠中篤君) 実は日本政府は、先ほど御説明いたしましたように毎年百五十件ぐらいを選んでその評価をして、そしてその結果を評価報告書という形で情報公開と申しますか、ODAの情報の透明性を高めるという意味で一般に公表しております。その結果を、今、先生が御指摘になったような失敗例も、こういうことでということで掲示してございます。
 ほかの国の例でございますけれども、実は他の先進国は、それなりに評価をしている国もあります、評価していない国もございます。しかし、日本のように成功例、失敗例をあわせてこういう完璧な形で公表している国は今のところございません。評価の結果は大体内部で手当てをするために使われているのが現状でございますので、ほかの国との比較はちょっと難しいのが現状でございます。
○高野博師君 そういう事情もやっぱり国民によく理解してもらうというのが大事ではないかと思います。相手国の経済社会発展に大いに役立っているプロジェクトもたくさんあると理解しておりますけれども、よいことはマスコミにもなかなか取り上げられないという事情があります。政府はもっと広報に努力をすべきではないかと思います。
 ODAの場合には事前の調査を含めてきめ細かい援助をすることが大事ではないか。そのためには、何よりもODA担当の職員というか人員が非常に少ないという実情があると思います、これは私の経験からも言えることなんですが。
 例えば自分の経験からいいますと、緊急援助についても非常に他の国との横並びにこだわり過ぎて対応がおくれるということもこれまであったんですが、最近非常に早くなってきているというふうに理解しておりまして、相手国の評価も非常に高い。
 また、文化無償等についても、一件五千万ということでやっているんですが、これももう少し、五千万の範囲の中で例えば二、三件やるとか、こういうきめ細かい柔軟な援助をすればもっと評価され、感謝されると思うんですが、これもやっぱり人間が足りない。文化無償については担当官二人で全世界を見ているという現状で、これはもうほとんど不可能に近いようなことをやっているということで、こういう人員の増員も含めて対応すべきではないか。
 それから、小規模無償という五百万前後の案件の要望は、私も現地におりまして物すごく多いんです。これは規模が小さい割には非常に効果が上がる。広報の効果も上がるし相手からも感謝されるということで、予算の割合をもっとふやしてはどうかというふうに思っております。
 いずれにしても、ODAというのは我が国の外交の手段としては最大のいわば武器である、手段であるということで、十分に活用すべきではないか、そして国民にもよく理解してもらうということが大事ではないかというふうに思います。
 質問を終わります。
○委員長(木庭健太郎君) 午前の質疑はこの程度にとどめ、午後一時十分に再開することとし、休憩いたします。
   午後零時十三分休憩
     ――――◇―――――
   午後一時十一分開会
○委員長(木庭健太郎君) ただいまから外務委員会を再開いたします。
 休憩前に引き続き、国際情勢等に関する調査を議題とし、質疑を行います。
 質疑のある方は順次御発言願います。
○大脇雅子君 本年の六月にいわゆる化学兵器禁止条約が日本によって批准されましたが、現在の批准国数は何カ国ありますでしょうか。
 それから、安全保障理事会の常任理事国で批准をした国はあるのでしょうか。あるいは、その国の批准の見通しについてお尋ねをいたします。
○政府委員(河村武和君) お答え申し上げます。
 現在の批准国数は四十四カ国ということになっております。御案内のとおり、六十五カ国が批准をすることによって条約が発効するということでございますので、二十一カ国の批准が発効のために待たれるということでございます。
 国連安保理の常任理事国のうち、この条約を批准しましたのはフランスのみでございます。米、英、ロシア、中国の四カ国は批准をしておりません。これら四カ国の批准の時期につきましては、それぞれの国内のことでもございますので、確実な見通しを述べることは困難でございますけれども、中国につきましては、この条約の批准のための国内の検討作業を進めている、このように聞いております。アメリカにつきましては、現在、議会に対し批准のための審議を要請中でございます。またイギリスは、批准のために国内法を国会に提出するべく準備中と聞いております。ロシアにつきましても批准のための国内の検討作業を進めているというのが私たちの有しております情報でございます。
 いずれにしましても、我が国といたしましては、従来から各国といろいろな対話の場があります際、またジュネーブ軍縮会議等の多国間の場におきましてこの条約の早期批准を呼びかけてきており、引き続き早期発効のために努力してまいりたいと考えております。
○大脇雅子君 外務大臣にお尋ねをいたしたいのですが、この条約批准のために今後どのように働きかけていかれるおつもりでしょうか。
○国務大臣(河野洋平君) この条約は、私は極めて重要なものだと思っております。過去のものもそうでございますけれども、今後こうしたことに関心を、つまり兵器をつくる側が関心を示すということのないためにも極めて重要だと考えておりまして、私どもとしては、一つは、まず我が国がみずからのなすべきことをきちんとするということと同時に、各国に対してこうしたことに関心を持ってもらうことができるような姿勢をとるということが重要だろうと思います。
○大脇雅子君 外務委員会における化学兵器禁止条約批准のための審議におきまして、私は、先回、一九九二年二月十八日、中国がジュネーブの軍縮会議に提出した「ある外国より中国に遺棄され発見された化学兵器に関する情報」という文書について御質問をいたしました。その際、そこに書かれていた文言が非常に衝撃的でございました。その文書には「吉林省敦化地区で発見された化学兵器は、ハルバレイ・ダムの上流にあり、数量が多く、年代も経ており、大部分はひどく腐食しているため、大量に露出した場合、現地住民の生命を危険に晒し、彼らの財産と環境に悲惨なる結果をもたらすことになる」と。
 村山首相は、一九九五年の訪中におきまして誠意を持って対処するとの声明を出されまして、河野外務大臣もAPECにおいて同様の意見を表明されたと聞きました。政府も政府間協議あるいは現地視察と調査を行われておりますが、私は、十一月二十六日から十二月二日にかけまして専門家の方々と御一緒に、栗原君子参議院議員ともども現地に行ってまいりました。そのときの状況をお話しいたしまして、御質問をいたしたいと思います。
 十一月二十七日に、私どもは、吉林省の敦化市のハルバレイの遺棄化学兵器の埋蔵地点に、延吉から車で二時間、徒歩で一時間半の山道を登りまして、いわゆる中国側が八十万発余を埋蔵したとする一号坑、二号坑の現地を確認いたしました。そこまで参ります途中には、非常に大きな湿地帯がございましたり、山地は非常に砂地を特徴とする土壌でありました。いわゆるハルバレイのダムから約八キロの地点でございました。現在砲弾は埋め戻されておりまして、雪の中でございましたが、その地理的な状況の中で、非常に大きな危険を説明の中で感じて帰りました。
 その後、日中で行われまして密封されました化学兵器の保管倉庫を確認いたしまして、ことしの十月に発見されたばかりの日本軍の化学兵器であると思われる二百四十六発の砲弾を防毒マスクをつけて確認して帰りました。
 その状況は、非常に腐食しておりまして、黄、赤の帯も一、二発を除いてほとんど確認ができませんでしたが、中国側の担当者が振りますと、イペリットのびらん性のガスだと思われるような液体の音が耳元でいたしました。たくさんの被害者も出ている。ジュネーブの文書では二千人、そして敦化地区の死傷者は五百人とも言われております。今、非常に中国は開発が進んでおりまして、あちこちから遺棄された砲弾が出ております。工事のたびに発見されたりしておりまして、非常に大きな不安と危険にさらされているという状況でございます。
 中国の説明によりますと、この化学砲弾は中国全土で約二百万発、化学剤は百トンと言われております。この状況をどのように外務省としては認識されておりますか。いわば危険度の認識というものについてお尋ねをいたします。
○政府委員(加藤良三君) 詳細な点を御教示いただきましてどうもありがとうございました。
 私どもといたしましても、中国側から提示された数字として二百万発、それからバルク状のものとして百トンという化学剤の存在、それから二千人ぐらいの人が傷害を受けているというような数字があることは承知いたしております。
 私たちとしては、化学兵器禁止条約の精神を踏まえて、それから日中関係、日中間の信頼関係ということにもかんがみて、先ほど委員もおっしゃられたとおり誠実に本件に取り組むつもりでございますが、現実の問題といたしまして戦後五十年という時間の経過があるものですから、遺棄された場所の特定を含めまして処理に難しい面もあるわけでございます。しかし、できるだけ早期に解決を図らなくてはならないということは切に感じておりまして、そのために物事の順序として本格的な現地調査をまず積極的に進めたいというふうに考えております。
○大脇雅子君 外務省の調査に防衛庁も同行されておりますが、防衛庁としてはこの問題をどのように受けとめておられるのでしょうか。
○政府委員(秋山昌廣君) 防衛庁といたしましても、今、外務省のアジア局長から答弁がありましたように、同じような認識でできる限りの協力をしてまいりたい、かように考えております。
○大脇雅子君 この化学兵器の処理は、技術的にどのように無害化できるのでしょうか。防衛庁にお尋ねいたします。
○政府委員(秋山昌廣君) 旧軍が中国に遺棄したとされます化学兵器の廃棄の問題をどのように解決するかということについては、現在、日中両国政府間で交渉が行われている段階でございますので具体的な処理方法を申し上げるのは差し控えさせていただきたいと思いますが、あえて技術的な一般論として申し上げますと、本件のような遺棄化学兵器の処理は、弾体と内容物とを分離いたします工程と、それから分離した後の化学剤を処理する工程と二つに分かれるわけでございます。
 弾体と内容物とを分離する工程につきましては、例えば一つ一つの砲弾をねじ加工部分で解体するといったような方法、あるいは弾体を高圧の水流、ウオータージェットでございますが、これで切断いたしまして内容物を取り出す方法、あるいは弾体全体を冷凍いたしました上でプレス機で破砕するといったような方法が考えられるところでございます。
 分離後の化学剤を処理する工程につきましては、例えば他の化学剤を用いて中和するといったような方法、それから高熱の焼却炉で焼却する方法、あるいはプラズマを用いて焼却する方法、そういったものが考えられると思います。
○大脇雅子君 こうした技術的な方法は、まだ中国側とは具体的な折衝で提示されてはいないのでしょうか。
○政府委員(加藤良三君) まだ中国側とそのような本格的なすり合わせを行うような段階にはなっておりませんで、先ほど私が述べましたところと重複するようで恐縮でございますが、これまで視察と調査というものを合わせて五回行っておりますけれども、次年度からはまずそのような話し合いが本格的に進められるための本格的な調査というものを開始いたしたいと考えているところでございます。
○大脇雅子君 この砲弾処理に関しましては莫大な費用が要ると思われます。その処理の体制について先回私が御質問をいたしましたときには、外務省としては、どういう体制でもってこれを処理するのか調整中であるというふうにお答えになったと思いましたが、その後、検討は進んでいるのでしょうか。
 私は、外務省がそれを担うということは非常に大きな負担でありますし、といって防衛庁がこれを担って防衛庁が中国に行くということも大変なことでしょう。そうすると、やはり外政審議室などに各省庁が集まって特別のセクションをつくるなどして早急に処理体制を確立しないと進まないのではないかという気がするのですが、その点についてはどのような検討をなされていらっしゃるのでしょうか。
○政府委員(加藤良三君) 御指摘のとおり、化学兵器に関する技術、専門的な知識ということが非常に必要とされる案件でございますので、外務省として対応し切れない部分があるということは厳然たる事実でございます。これまで外務省を中心に行っております実態把握に向けた現地調査というものにおきましても、しかるがゆえに防衛庁それから民間企業の専門家の方の御協力を得てこれを行ってきているという経緯があるわけでございます。
 しかし、外務省は中国との関係では窓口になるべき機関であるということからこれまでの調査を行ってきているわけでございますが、この後どのようにこの問題に対応していく体制を整えるかということについては、引き続き検討が必要だと思っております。
 この点は、若干わき道にそれるかもしれませんけれども、処理方法に関してもいろいろ研究開発を行い、我が国以外にもノウハウが活用できるものがあればそれを活用するといったようなことも必要になるだろうと思います。外務省としては、そうした技術などをほとんど有していないわけでございます。したがいまして、関係省庁あるいは民間の専門家の協力をさらに得て、実質的な作業を展開できるような国内体制を整備していくということが非常に必要になっていると思っております。
○大脇雅子君 現在、化学的な処理のノウハウを持っているところは日本ではどこにあるのでしょうか。防衛庁わかりますか。
○政府委員(秋山昌廣君) 防衛庁でどうかという御質問と受け取らせていただきまして、防衛庁につきまして若干御説明させていただきたいと思います。
 防衛庁は、万一の化学兵器による攻撃に対処するために、化学兵器に対する防護及び汚染された機材等の除染につきまして必要な装備を保有しております。しかしながら、化学兵器を廃棄するためにそれらを分解したりまたは焼却するといったようなことの処理を行うためには特別に設計された設備や装備が必要でございます。防衛庁は、そうした設備や装備、さらにはそれに必要な知識や経験は有しておりません。
 旧軍が中国に遺棄したとされる化学兵器の廃棄の問題をいかにして解決するかにつきましては、現在、日中両国政府間で交渉が行われている段階と承知しております。我々としては、防衛庁の知識、装備その他そういったもので協力できる部分については、誠意を持って対応したいと考えているところでございます。
○大脇雅子君 そうすると、日本の民間企業ではノウハウを持っているんでしょうか。それから、外国ではどこがそういうノウハウを持っているんでしょうか。
○政府委員(加藤良三君) 私も民間企業で具体的にどれだけの技術、ノウハウがあるのかということについて現在つまびらかにいたしておりません。また、諸外国という御指摘でございますが、例えば一般論として申しますと、米国、ドイツ等にはその種の技術、能力を持った機関があるというふうにも承っているわけでございます。
 我々の現地視察ということの中にも、そういう観点からアメリカのジョンストン島あるいはダグウェイ試験施設といったところを過去訪問したケースがございますし、次年度の予算が十分獲得できた暁にはヨーロッパの施設への訪問ということも考えたいと思っているわけでございます。
 ただ、防衛局長からも答弁がございましたように、我々の全体、打って一丸として現実にどれくらいの技術、ノウハウがあるのかということについては、私はつまびらかにしかねるところがあるわけでございます。
 ただ、そういうこととは別に、ハルバレイを中心とする現場の本格的視察ということは進める必要があると思っているわけでございます。すなわち、これまで合わせて五回の視察と調査を行ってきたと申し上げましたけれども、これはいわば予備調査の性格のものであろうと思うのでございます。次年度からは予算要求も相当意欲的に積み上げて本格的な調査、例えば環境問題の調査なんかも行い得るようなそういう意味での本格的な調査をまず手がけたいというふうに思っている次第でございます。
○大脇雅子君 今年度の予算は五千万ぐらいでしたでしょうか。そうですよね。平成八年度は幾らの予算で、その環境調査はどこをどういう手法でやられる予定なのか、わかりましたらお尋ねしたいと思います。
○政府委員(加藤良三君) 予算についてはまだ原案も確定する前の段階でございますし、ここで私が額について申し上げるのは適当だとは思いませんけれども、今までの予算の数倍以上するような予算を確保したいと外務省としては考えておるわけでございます。
 そして、その環境調査的なものを含めた本格的な調査の第一の取りかかりは、委員も御指摘になりましたハルバレイ地区であろうかと思っておりますが、ハルバレイに限らずその他の地域についても同様の調査をできるだけ行いたいと考えております。
○大脇雅子君 このノウハウの蓄積ですけれども、これほど大がかりな遺棄された化学兵器のノウハウを例えば民間企業に委託するような形では私は日本の国際法上の責任から問題ではないか、やっぱりみずからやらないといけないのではないか。そして、化学兵器をこの地球上からともかく廃絶をするということであれば、最後の一発まで責任を持ってやらなければいけないのではないかと実は痛感をして帰ってきたわけです。
 防衛庁としては防御と除染についてのノウハウはあるわけですが、サリン事件などありまして、この無害化のためのノウハウを蓄積して軍縮のために社会的な貢献、これからさらに大がかりな化学兵器の廃棄に向けて日本が責任を果たしていくことが必要ではないかと考え続けているんですが、そういうことについて防衛庁、外務省はどのようにお考えでしょうか。
○政府委員(加藤良三君) このプロジェクトが総体でどれくらいの規模のものになるのかということは、まだつまびらかにできないわけでございます。ただ、相当大がかりなものになることは間違いないと思います。
 先ほどから繰り返しで恐縮でございますが、一方において我々は本格的な調査というものを進めて、大量の遺棄化学兵器の実態がどういうものであるかということをまずつかみたい。そのためには中国からの協力も得たい。現在のところ中国側は非常に協力的に対応してくれているという認識を持っておりますけれども、そういう過程を通じてこういう仕組みで対応すべきであるということがやがて決まってくるということになろうかと思うのでございます。
 ただ、いずれにいたしましても、民間主導とかなんとかということではなくて、この問題の性格にかんがみ、政府が最後まで責任を持って対応するシステムになるべきはいわば当然ではなかろうかというふうに考えております。
○政府委員(秋山昌廣君) 今、アジア局長の方から答弁もございました。防衛庁といたしましては、ただいま先生御発言になったお気持ちについて私もよくわかるわけでございますけれども、現在、日中両国政府間でどういうふうな形でこれをやっていこうかという交渉をしている段階でございますので、防衛庁としてどういう形で協力できるのかというのは、現時点ではなかなか見えておりません。
 繰り返しで恐縮でございますけれども、防衛庁の能力というのは防護あるいは除染の資機材、知識、経験ということでございますので、そういった知識、経験、装備でどの程度の協力ができるのか。実はマンパワーの大きさも、化学防護部隊というのはいろいろございますけれども、自衛隊、特に陸上自衛隊の中では実はそう大きくない部隊でございます。そういった問題も別途ございます。
○大脇雅子君 なぜこのハルバレイに何万発もの砲弾が集中したかということにつきまして、敦化文史資料というのがございます。それによりますと、敦化はかつて日本軍の対ソ作戦の重要な防衛線であって、戦略上のかなめであった。したがって日本軍はそこに大量の弾薬を貯蔵していた。そして、基本的には砲弾が地上に積み上げられたり地下に埋設されたりしていた。そして敗戦と同時に遺棄をして、一部は沼地、一部は河川、灌木の中あるいは地中に埋めて日本軍は敗走をしたわけです。
 一九五三年から一九六六年にかけて敦化地区で処理委員会ができて、一九五三年には二百名余の労働者を組織し、二カ月にわたって長さ二十五メートル、幅十二・五メートル、深さ十メートルの穴を掘って埋設を行ったという記録もあります。そして一九五四年の冬だけでも大型貨物自動車三十七台、牛馬そり四十九台、労働者三千六十名が動員されて、十七億元の支出がなされた。第一段階の処理においてすら半年の時間が費やされた。膨大な十年近い年月をかけて、遺棄化学兵器が住民に被害を及ぼさないようにという処理がなされたわけです。
 第一号坑が二十五メートル、幅十二・五メートル、深さ十メートル、第二号坑も長さ二十メートル、幅十メートル、深さ八メートルと言われております。三号坑、四号坑もあるということです。
 私が現地を確認しましたときは、日本の遺棄された化学兵器の埋蔵場所という石碑が、まるで墓石のようにコケむして落ち葉の中に建っていたという状況でしたが、先回の調査では土壌の浅いところでも汚染が見つかったというふうに聞いております。ですから、調査をしてそれから処理をするという気の長いことをしていると、何か非常に大きな恐ろしい事故が起きる危険性があるのではないかというふうに考えますと、慄然とせざるを得ない。
 中国側も今ではこの問題というのは敏感な問題として、人々が知るということになると住民の不安は極度に達してそこに住めなくなってしまうということで、今は広報を差し控えている。したがって、私どもも北京において放送局などが聞きにきましても一切発言しないで帰ってきたという現状です。
 ですから、やはり調査をしながら、一つずつ発見されたものを処理していく、処理をしていく方法も一つで失敗したらこれは人ごとですから、やはりいろいろな方法を試しながらそういうプロジェクトを早期にやっていかないと、これは日中友好の観点からも大きな禍根を残すのではないかと思って帰ってきたのですが、それはどのように進めていかれるのでしょうか。
○政府委員(加藤良三君) これまでの予備調査の段階におきましても、発見された中で急速な処理を要する砲弾についてはこれをドラム缶詰めにする等の方法を用いて無害化したケースもあったわけでございます。
 先ほど私が申し上げました次年度予算をいただいてから行われる本格的調査においては、もちろん調査という枠内においての話ではございますけれども、急速な処理を要する砲弾については、今私が申し上げましたような意味で、これまで以上の頻度とスケールによる無害化を含む処置ということも施しつつ、また先ほど申し上げました環境調査も並行して行いつつ遂行されていくというふうになると考えられております。
○大脇雅子君 それで、実は向こうへ行ってわかったことは、畑の中に集められて、敦化の委員会で集められたものはハルバレイに埋設されているんですが、川や海や湖にほかった砲弾というものは全然発見できないというか、わからないわけですね。それから、それ以外に埋められたところは全く明らかになっていない。そうしますと、必要なことは、どこに化学砲弾を旧日本軍がそこを占領していたときに配備したのか、あるいはどうやって弾薬を移送したのかという詳細な調査を必要とするのではないかと思うんです。
 防衛庁にお聞きしたいんですが、防衛庁の防衛研究図書館とかいったところにはそういった文書というのはあるのでしょうか。あるいは外務省の外交史料館などはいかがでしょうか。
○政府委員(加藤良三君) 外交史料館等についても私たちは調査をいたしましたけれども、今のような要請にこたえる文書というものがない。また、旧日本軍に関する資料の一部は、かつてこの委員会でもあるいは答弁があったかもしれませんけれども、防衛研究所で保存されているわけでございますが、しかし化学兵器に関する情報というのはそういうものを含めても極めて限られたものであるというのが実態であると承知いたしておるわけでございます。
 したがいまして、私たちとしては、そういう情報の収集にやはり力を入れるべきであろうと一方で思いますとともに、繰り返しになりますが、調査の過程において中国側の協力も得ながら、一体どういうふうに砲弾が分布しているのであろうかといったようなことを綿密に、そしてできるだけ早く特定していくことが必要になると思っております。
○大脇雅子君 例えば中国の北京の第一、第二档按館、国立公文書館ですか、そういうところに日本軍から押収した秘密の軍資料があるというふうにも聞いておりますし、それからアメリカとかロシアとかにも接収された資料があると思います。そういう資料をどうやってこれから収集していくか、何かアイデアなどお持ちでしょうか。
○政府委員(加藤良三君) 今この場で申し上げるような具体的なアイデアは残念ながらあるわけではございません。
 ただ、今御指摘になられました档按館ですか、我が国で言えば国立公文書館に相当するものだろうと思いますが、この資料の開示ということにつきましては、これは第一義的には中国側が決定する問題でございます。こういうものを含めて、またアメリカ、ロシアという指摘もございましたけれども、一般論として海外の資料であってもこの問題の解決に役立つものがあれば活用していく必要があるというふうに認識しております。日中で共同研究ということができるか、そういうことも探究する必要が出てくるかもわかりません。
 いずれにいたしましても、今後の中国側との協議を経て、いかなる対応が可能かということを今御指摘の点も含めて検討していきたいと思います。
○大脇雅子君 防衛庁の方は、そういう資料については、探査ないしは公開をお願いできるでしょうか。
○政府委員(秋山昌廣君) 防衛庁に防衛研究所というものがございまして、そこに戦史資料が保存されております。そして、その保存されている戦史資料は原則として公開になっておりますが、その公開されている戦史資料によりますところの情報は、既に国会の御指摘も踏まえてお示ししているところでございます。なお、わからない点もたくさんあるわけでございますけれども、その点については現在わかっている範囲内で説明をさせていただいているという状況でございます。
○大脇雅子君 中国の全人代の外事委員会を訪問いたしましたときに、そこの外務委員であられます除振さんが、中国において私は毒ガス戦を兵士として受けて戦った、したがって日本軍はそういう大きい規模の戦争になると確実に毒ガスを使ったという生々しい報告などをなさいましたが、防衛庁としては、旧日本軍が毒ガス戦を中国で展開したという点についての公式見解はどのようにしておられますか。
○政府委員(秋山昌廣君) 現在、我々が防衛研究所に保存しております戦史資料からわかっておりますところでは、御案内かと思いますけれども、化学剤には非致死性の化学剤と致死性の化学剤と二つの種類があるわけでございます。そして、旧軍がくしゃみ剤などの非致死性の化学剤を充てんした兵器を使用したということは、我々の研究所に保存されている資料から明らかでございます。
 ただ、現時点で旧軍が例えばイペリットといったような致死性の化学剤を充てんした兵器を実際に使用したか否かについては、資料が断片的でございまして、確認することができないという状況でございます。
○大脇雅子君 外務省はどうでございましょうか。
○政府委員(加藤良三君) ただいま防衛局長から答弁されたのと同様でございます。
○大脇雅子君 私たちが会いました被害者は二人でありまして、一九七四年十月に河川をしゅんせつしておりました黒龍江省の坑道局の船が毒ガス弾を巻き上げまして、そこの船員たちが被災をしたという事例の被害者です。私も知らなかったんですが、毒ガスの被害というのは、被害を受けてやけどをしたり腐ったりするという一過性のことだけではなくて、毎年そういった症状を繰り返す、体内に取り入れられた毒物がそういう作用を起こすというような報告もあります。
 広島市の大久野島という毒ガスをつくった場所で働いていた人たちを診ている臨床医の広島大学第二外科の山木戸さんも一緒に行かれて、その患者を診られて、これは大久野島で被災をした労働者に酷似した症状であるという診断をされました。したがいまして、そういう被害者が何人かいて、北京の三〇七病院とか瀋陽の軍関係の病院とかハルビンの医科大学などで治療を受けているわけですが、その治療状況はほとんど簡単なものではないか、あるいはそれ以後のフォローアップも少ないということです。
 私は、人道上の問題からもそうした臨床例をたくさん持つ広島大学とそうした大学との研究者の協力体制をつくって、少しでも被害者の方の痛みを少なくするということが必要ではないかと思いました。そういったことをぜひ外務省にもお願いをしたいというふうに考えますが、いかがでしょうか。
○政府委員(加藤良三君) 医療協力の点について御示唆をいただいたわけでございます。北京の三〇七病院という具体的な名称を付しての要望というようなものが中国側からこれまで出されているかというと、事実の問題としてそのようなものはまだ出されていないと承知しておるわけでございます。
 しかし、いずれにいたしましても、日中間では、御案内のとおり、官民のレベルでさまざまな分野、形態による医療協力、プロジェクト、技術協力の形でこれが行われていることは事実でございます。そして、そういうことも含めまして今後どのような協力を行っていくかということについても、これまた日中間で緊密に協議していくべき問題ではないかと思っております。
○大脇雅子君 ぜひそういった問題も射程距離に入れて、これからの日中の協議の中で提議していっていただきたいというふうに思います。
 私は、国会側としてもこの問題を政府だけにゆだねていくのではなくて、この大きな戦後処理の問題を我々がなお負っているんだ、遺棄された化学兵器は既に歴史の問題ではなくてまさに現在の問題だということを国民全体に目に見える形にする必要があるのではないか。膨大な予算も要りますし、国会の中でも特別委員会のような形をつくりまして、そして政府の仕事をフォローアップし、あるいは協力して調査していくというシステムが必要ではないかというふうに痛感をいたしました。
 日本人で敗戦時に中国において化学兵器を遺棄した経験を持つ生存されている方たちの情報ホットラインというものも私どもは北京で呼びかけたりしております。まだ情報は寄せられておりませんが、この問題の時空を超えた深さみたいなものを痛感いたしました。
 最後に、ちょっと時間をいただきまして、今、キューバからカストロ首相が来日をし、トランジットだと思っていたら、突然村山会談も設定されるというようなことでございます。
 キューバの支援というのは、私どももことしの五月に矢田部委員を団長としてキューバに伺いましたが、諸外国と比べて非常に少ないような感じがしておりますが、これから拡大していく余地はあるのでしょうか。
○国務大臣(河野洋平君) 今般、キューバの指導者が急に訪日をされることになりました。全く急なことでございまして、私どもも実は若干驚いたわけでございます。その御訪日も最初はテクニカルな訪日だと、給油その他を含めて短時間というお話でもございましたが、その後さらに情報が変わりまして、成田空港周辺に宿泊先を探しておられるようでございますけれども、都心にも入ってこられるというようなことから官邸との間で目下調整が進んでいると思います。
 こうしたことがございますと、今お話しのようにキューバに対します対応の仕方にも変化が出てくる可能性は十分あると思います。それはただ単に指導者が訪日されるからということだけではなくて、さよう午前中、高野議員からの御質問にもございましたけれども、昨今キューバをめぐる周辺国の態度その他にも若干の変化が見られるということもございますので、私どももそうしたことを十分注意深く見守りながら、我々が何をすることができるかということについても研究をしたいというふうに思っておるところでございます。
○大脇雅子君 キューバは実に誇り高い国でありまして、特に南米の国々からのキューバへの信頼というのは非常に大きなものがあると思います。キューバと日本との間の関係は、将来的にはそういう南米諸国と日本との関係のあるまさに一つのかぎにもなっていくようだと私は思います。今、アメリカの経済制裁のもとで大変な状況にあるということも私も見聞いたしましたので、キューバの人たちに対する支援をぜひお願いいたしたいと思います。
 ありがとうございました。
○立木洋君 大臣、きょうはいわゆる中国残留孤児と言われている問題についてお尋ねをします。
 この残留孤児、これは一九八一年から肉親捜しという形で訪日調査が開始されまして、十四年間の経過を経ました。先般来られたのが二十六回目の調査でありましたけれども、こういう調査が明らかになるにつれて、事態はますます深刻だということを非常に痛感するわけです。
 大臣はお読みになったかどうかわかりませんけれども、山崎豊子さんが書かれている「大地の子」、これはNHKで土曜日に連続して、今週で完結するんじゃないかと思いますけれども、あの山崎さん御本人がこれは本当にあったことばかりですというふうにインタビューに対しても述べておられます。これが非常に大きな関心をNHKの視聴者に与えておるというのは、やはりこの問題は私たち日本人にとって避けて通ることのできない問題だということが歴史的な事実として私たちの目の前に出されてきていることにあるんだろうということを感じているわけです。
 それで、「サンサーラ」のインタビューに対して山崎豊子さんは、こういう言い方をしています。「残留という言葉には、意志があるでしょう。彼らには残留しようという意志はないのです。日本政府が国家としての責任を回避したずるい名称の書き換えです。戦争犠牲孤児というのが正しい。そう思いませんか」、これは山崎豊子さんの言葉です。あの困難な中で大変長期に現地を取材された実感だろうというふうに思います。
 現に、一九三一年に俗に言われる満州事変、柳条湖事件が起こります。そして、御承知のようにそれから五年後の昭和十一年、一九三六年、広田内閣の時代にいわゆる移民計画、これが十大政策の一つの柱に据えられて、全満州人口の一割を内地人で占めるという計画が立てられました。それから後、御承知のように一九三九年、昭和十四年ですが、平沼内閣のときに満州開拓政策基本要綱というのが出されて、東亜新秩序建設のために日本内地人、農民を中核とした新しい秩序の確立を推し進めるということが発表されている。だから、この中国残留孤児というのは、中国に対する侵略戦争なりその国策を進めたその犠牲者とも私は言えるということを申し上げたいわけです。
 これは私ごとになって恐縮なんですけれども、私はただこういうことを文書等々で読んでいるだけではないんです。私は中国で長く育ちまして、中学校の三年生のときに、その当時の北浦に学徒動員で開拓団の協力のために行って一緒に仕事をした。それで、終戦の直前になって、八月九日、ソ連軍が侵入してきたときに、我々の先生はもう全部出征していましたから、十四、五歳の子供たちだけなんです。それがもう今からがら夜中に我々は逃げたんです。
 それで、駅に着いてももう走らせる列車がないんです。そうして新京まで着いたら、ソ連軍の空襲です。死なないように地下に潜った。友達の中には行方不明になって、どこに行ったかわからないような、はぐれてしまった人たちもいましたけれども、子供たちで助け合いながら帰った。それで、今の瀋陽、かつての奉天ですが、あそこに着いたときには中学校に集結させられた。そして、おまえたちも銃を持ってソ連軍と戦えというふうなことまで言われる状態だった、現実にはそうはなりませんでしたけれども。
 そして、そこから今度、私たちがもともと住んでいた南浦の安東にまで帰るのに、列車の交渉に駅に何回行ってもないんです。ちゃんと軍服を着た関東軍の人や、ばりっとした服装をした人たちの列車は走っているんですが、我々を乗せる列車はないと言うんです。我々は無蓋車にやっと乗せてもらって、運行も不安定の中、今からがら、食べるものも食べられないで帰ってきた。やっと自宅に帰り着いたのが八月の十四日でした。
 それで今度は、北浦から避難してきた人々が南に南にと逃げてきたんですね。女性はみんなほとんど丸坊主ですよ、どういう意味がはもう御承知だろうと思いますけれども。荷物なんかほとんど持っていない。それから小さい子供さんというのはほとんどいないんです。どうしたのかと後で聞いてみたら、連れてくることができなくて捨ててきたと言うんですよ、あるいは中国人に預けてきたと。本当に涙がこぼれるような大変な状態の話を私たちは聞きました。
 それで、我々は捕まるよりもといって集団自決、日本人の手によって日本人が殺されたんですよ。それから、収容所なんかに収容されたら、衛生状態が十分でありませんからいわゆる伝染病が蔓延して死ぬとか、今からがら逃げてきて、やっと我々のところまで来た。家がありませんから、四つの部屋があれば一つの部屋に一家族ずつ共同で住むというふうな状態の中で、つまりそういう大変な侵略戦争が根源にあって、この大変な思いの中でこういう中国残留孤児というのが生じている、いまだにまだ解決していないという状態が残っているわけです。
 これはやはり政府の責任問題としても私は大切な問題だと思いますし、避けて通ることのできないこの問題について大臣はどういう御所見をお持ちなのか、述べていただきたいと思います。
○国務大臣(河野洋平君) これは今お話しのように、いろいろございますけれども、当時の事情というものの中でさまざまな体験をされ、さまざまな場面に出くわし、それは運のよかった人もいれば運の悪かった人もいる。しかし、運がよくても悪くてもそういう状況があったという事実は、我々はもうそのことから逃れるわけにいかないと思います、今の我々日本の人間は。そうした状況について、我々はやはり深く考えなければならないことだと思います。
 そして、今のお話にもございましたけれども、本当に自分の意思では動けないような子供たちが取り残されたということの悲劇。いや、それは中には非常に幸せに生活をしている人だっているかもわからないけれども、それはどんなに幸せであってももっと幸せであったかもしれないわけですから、そうしたことを考えれば、我々はこのことから我々自身を関係のない場所に置くわけにはいかないというふうに私は思います。人道的見地から考えても、どの側面から考えても、やはり深く考え込まされる事柄だというふうに私は思います。
○立木洋君 この中国残留孤児と言われる人々が起こった原因の問題について直接的な言及を大臣はなさいませんでしたけれども、やはりこれは少なくともあの大変な侵略という、そして満蒙開拓という国策にあったということは明確だったと思うんです。
 平成三年の三月二十六日、参議院の内閣委員会で当時の坂本内閣官房長官が、満蒙開拓団の派遣は当時の国策の一環として行われたものであるとはっきり答弁されている。さきの大戦において我が国の行為が多くの人々に耐えがたい苦しみと悲しみをもたらしたことにおわびと反省の気持ちを抱きつつ、今後我々は一層決意を新たにして努力をしていかなければならないということを述べられました。私は、やはりこういう内閣官房長官の述べた姿勢が現実の問題として実現していく努力をなされるべきだというふうに思います。
 御承知のように、昨年の四月六日、中国残留邦人等の円滑な帰国の促進及び永住帰国後の自立の支援に関する法律というのが制定されました。これは法務、外務、文部、厚生、労働、建設、自治大臣が署名した、議員立法で出されたものです。外務大臣も署名されている。その当時は、四月ですからまだ外務大臣ではなかったと思いますけれども、この中に「国等の責務」という項目がありまして、そしてこの中国残留邦人等の円滑な帰国の促進と永住帰国後の自立の支援を国あるいは地方公共団体の責任として決めてあるんですね。
 そして昨年の十二月八日、村山総理は、参議院の厚生委員会で述べられた答弁ですが、「中国の残留邦人等に対する援護施策につきましても、昨年十二月、」、つまり平成五年十二月、「早期の帰国希望者が向こう三年間に全員帰国できるように受け入れ計画を打ち出したところでもございます。」、ですから、平成八年までに帰国したいという人々には全員帰国させると。「さらに、本年四月には中国残留邦人等の円滑な帰国の促進及び永住帰国後の自立の支援に関する法律というものも制定されておりますから、本年十月から施行されたこと等々も踏まえながら、中国の残留邦人等の早期帰国及び日本社会への円滑な定着、自立の促進に今後とも一層力を入れていかなきゃならぬ」と、こういうふうに総理自身も答弁されているわけです。
 平成八年までに帰国したい方全員を帰すとするならば、これは本当に急がなければならない事態です。この法律が制定されたこと、また総理の答弁等から見ても、外務大臣としての決意のほどを、国としての責任に対する決意のほどを述べていただきたい。
○国務大臣(河野洋平君) 私は、拙速という言葉はありますけれども、この問題に関する限り、急ぐことが極めて重要なことだと思います。もちろん、十分調査するということも大事ではあると思いますけれども、とにかく戦後五十年という年月を経て、今この五十年目を迎えて、我々はやっぱりできるだけ急ぐということはどうしても必要なことだと思います。
 向こう三年間というふうに仕切られた根拠といいますか、どういう心づもりがおありになってのことか、今、私はよくわかりませんが、いずれにせよ一刻も早く帰国したいという意思のある人にはそのチャンスを提供するということが重要だろうと思います。帰国したいと言っておられるのに、こっちの都合でだめです、あるいは待ってくださいと言うべきでないというふうに思います。もちろん、いろいろな事情が先方にもあるでしょうし、こちらにもいろいろあるかもしれませんが、気持ちとしては私はそういう気持ちでおります。
○立木洋君 先ほど言ったように、坂本内閣官房長官の発言や、それから村山総理の述べられている発言、これはもちろん河野外相としても同感だというふうに受けとめていいですね。
○国務大臣(河野洋平君) 坂本官房長官は私の最も尊敬する官房長官の先輩でございました。私は全く同意見でございます。
○立木洋君 厚生省の方がお見えになっていると思うんですが、いろいろな表現の仕方があるんですけれども、中国残留邦人、それから中国残留孤児、中国残留婦人、いろいろありますが、全体をひっくるめて中国残留邦人は今現状でいうと何名、残留婦人が何名で、残留孤児と言われるものが何名なのか、それはどういう根拠でそういう数字をお持ちなのか、その点についてまずお聞きします。
○説明員(丸山晴男君) お答え申し上げます。
 厚生省が把握しております中国に残留している邦人でございますが、平成七年の十一月三十日現在で孤児が六百七十一名、婦人等が千百九名、合計千七百八十名でございます。日中国交回復後、日中両国政府で日本人孤児と認めた二千五百九十二名の方がおられますが、既にこれまで千九百二十一名の方が帰国しておりまして、現在六百七十一名が残留しているという状態でございます。
 また、御質問の婦人等につきましては、平成五年の三月三十一日現在で、その時点までに国交回復後帰国した二千四百六十一名を合計いたしまして四千二百二十名、したがいまして残る千七百五十九名の方が残留しておられるという数字がございまして、その後これまでに六百五十名が帰国をされておりまして、現在千百九名が残留をしております。したがいまして、孤児の方が六百七十一名、婦人の方が千百九名、合計千七百八十名でございます。
 また、御質問の残留邦人、残留孤児、残留婦人という用語につきましては、まず残留孤児につきましては、当時、言えば肉親が判明をせず、なおかついわば日本人であるということが認められる、終戦当時十三歳未満ということで、主として肉親捜しが大変必要だという方々についての総称でございます。婦人につきましては、おおむねそれより年齢が高くて、現地に残られた方々でございます。残留邦人の中で、男性の方は当時既に応召されたりして開拓団におられなかったこともありまして、どうしても婦人の方が多いということで、残留婦人の方が残留邦人のほとんどを占めているということでございます。
○立木洋君 これは厚生省も御承知だろうと思いますけれども「長野県満州開拓史」です。中国に百八回にわたっていわゆる開拓民を派遣した長野県の名簿です。名簿だけで千七百ページにも上る大変な、そして何の何という人がいつ生まれて、いつ日本を出発して、その人が日本にいつ帰ってきたのか、それから死亡したならば、どこでどういう理由で死亡したのか。全部調べ上げてあります。長野県は中国に開拓民、開拓団として行かれた方が非常に多い県の一つです。
 こういうようなことの実態を十分に調査して、そしてこういう帰国事業、帰国といいますか肉親捜したとかその他に努力をしていると認めることの可能な地方自治体というのは日本でどのぐらいありますか。
○説明員(丸山晴男君) 先生御説明のとおり、長野県は大変熱心に対策といいますか開拓史を編さんされておりますが、このほか私どもが調査した範囲では、福井県などの引揚者団体などが開拓団にかかわる資料を取りまとめたということの報告を受けております。
○立木洋君 一つの問題で、先ほど言われたように、帰りたいという人をできるだけ早く、急がなきゃならないという外務大臣の指摘は私も同感ですが、一方では私は、厚生省、外務省は地方自治体ともっと力を合わせて調査をすると。
 いろいろ聞いてみますと、向こうでいわゆる残留邦人とみなされる人々は、厚生省がつかんでいる根拠の範囲以上に、五千名ぐらいいるとか七千名ぐらいいるとかというふうな話も聞くんです。それが明確な根拠があるかないかということは、これはわかりません。しかし、まだ相当いると。それから、現に養父母になられた方が、自分が亡くなる前には絶対におまえは日本人だということを教えないというふうな人もいる。養父母が元気な場合に、日本人だと教えたら、その子供が日本に帰ってしまったら自分たちは老後どうするかということがあるので教えないという状態もあると。それで、もう死ぬ直前になってそれを教える。ですから、実際に自分が日本人だと知らない日本人がまだ中国には大分いるということも想定しなければならない。
 中国の状況は、御承知のように情報なんか行き届いていないわけですから、田舎におったらどこで何が起こっているかわからぬような状態だってあるわけですね、多少テレビが出始めたという状況があっても。
 そういうことについて、この間、調査に行かれた方の記録の報告を見てみますと、日本政府の対応の問題で、かつて満州で開拓団が一番多い黒竜江省、ここの政府に対してこの件に関して調査や連絡したことが全くない。これは黒竜江省の日本人に関する中国側の最高責任者で、黒竜江省人民政府外事弁公室領事処の黄処長が、かつて一度も日本政府から連絡を受けたことはありません、もちろん調査依頼などもありませんと、こう答弁しているのが一九九三年四月なんです。
 私は、調査の仕方それからあり方をもっと考えるべきだと。現実に戦争の被害に遭って、自分が日本人だということを知らないで、そのままの状態で命を失ってしまうという人もあるかもしれない。日本人だったら、やはり自分は日本に一たん帰りたい、どうしても帰りたいというふうな気持ちになる方があるかもしれない。今度の場合の、二十六回目に来た人々の話の状況の調査によりますと、それまでと違って、いわゆる養父母がもう既に亡くなられてあの世に行かれた、だから永住帰国が可能になってきたという条件のもとで帰ってきている。そういう永住帰国をしたいという希望の人が非常にふえているというふうなこともあるわけです。
 だから、そういう自治体あるいは外務省や関係省庁が協力し合ってもっと調査を進めるという点、ここで、それならこうした調査をやりますというふうなことが直ちに答弁ができなくても、検討して調査を進めるという方向だけは確認していただけないでしょうか。大臣、いかがでしょうか。
○説明員(丸山晴男君) 御質問の中で、黒竜江省の地方政府の責任者の方のお話でございますけれども、私ども、各省、東北三省を中心とした公安庁、公安関係が窓口でございまして、毎年打ち合わせをし、また訪日調査の前までにも既に現地において肉親調査をしていただいております。それと日本に戻ってこられた方々からの肉親捜しの依頼との突き合わせをしまして、その結果、五千名に上る名簿を作成しております。中国政府それから黒竜江省も含めて人道上の観点から大変熱心に協力をしていただいております。
○立木洋君 これは一九九四年四月号の「世界」に載っている「残留婦人に道は開かれたか」という、現地に調査に行った方が書かれている文章を私は引用したんです。私が勝手に言ったんじゃないんですから。
 もちろん私は、こういう施策が決められて、今までに二十六回にわたる肉親捜しの問題でやってきていますから、そのたびごとに必要な改善が行われてきているということを否定するものではないんです。否定しませんけれども、結局、今わかっている範囲内だけで、もうあと問題はないんだということではなくて、もっと十分な調査をして、そして日本に帰りたい人々にはやっぱり帰国の道をできるだけ早く切り開く、そういう努力をしていただきたい、さらにもっと検討していただけないかということの私の主張なんです。大臣、よろしいでしょうか。
○国務大臣(河野洋平君) 我々と同じ日本人が異国に長い間住んでおられる。その境遇は千差万別であろうと思いますけれども、いずれにしても、そういう方がおられる以上は我々としては何らかの手を尽くすべきだと私は思います。こう申し上げても、私は外務大臣としてその調査でございますとかその作業に直接携わっている人間ではありませんから、厚生省を中心にいろいろと努力をしておられるだろうと私も確信をいたします。しかし、そういう有力な情報があれば、その有力な情報には常に耳をかすという姿勢はあってしかるべきだというふうに思います。
○立木洋君 厚生省の方も、今まで万全だということではなくて努力されているでしょうけれども、さらに努力をしていただきたいということを重ねて要望しておきたいと思うんです。
 それから法務省の方、お見えになっておられますか。
 実は、これはもう御承知だろうと思いますけれども、日本人であって、中国政府も日本政府も日本人だと認めたから国から費用を出して帰国してきているんですね。帰国しているけれども、さまざまな事情があって、日本に帰ってきても日本人の国籍をもらうことができないで依然として外国人扱いになっているという実態があるんです。
 これはさまざまな理由があります。端的に言えば、中国人と結婚して中国の国籍を取った。そうしたら、日本の場合の国籍は、アメリカの国籍法とは違いますから、二つの国籍を同時に持つことができない。中国国籍を取れば日本の国籍はみずからもうなくなってしまうわけです。だけれども、本人が結婚したときにはそういうことを知って結婚したんじゃないんですね。知らないで結婚したんです。また、帰ってきたら、正直に言わないといけないと思って正直に向こうの国籍を取りましたというようなことを言うと、そうですか、それならもうあなたは日本人にはなれませんと言って処理されてしまう。
 私は、これは先ほど言いましたように、戦争の中で今までに経験したことのないような状態が現実に起こったんですね。そういう場合に、日本人が、私はもう老い先短いけれども、やっぱり日本に帰って日本人として生活して、日本で最後の道を歩みたいと思って帰ってきたところが、いや、実はあなたはもう国籍がありませんよと。
 私は、この問題について、いろいろな理由があるだろうと思うんです。今ある法律、法的に言えばこういうこと、こういうことがあるからそれはだめなんですということはあるだろうと思うんです。勝手に法務省がどうこうというようなことはないだろうと思うけれども、しかしこういう大変な今まで経験したことがない状況で起こったときに戸籍を、つまり国籍を渡すことができる特別な措置がとれないかどうか。
 日本の法律にはいろいろあります。しかし、特別の事情がある場合には特例措置というのがあり得るわけですね、いろんな場合に。だけれども、少なくともこういうふうな問題については今ここで御答弁を明確に、いや、だめですという答弁をいただいてしまうと私は困るんです。検討するというふうに答弁をいただきたいんです。そういう方法ができないのかどうか。
 あと残り少ない命を日本人として生きたいというふうに思って日本に帰ってきた人が、日本人として生きることができない、日本人ではなくて外国人として私は扱われている、こんな悲しみを死ぬまで負わせるというふうなことがあの侵略戦争の国策の結果生まれたとするならば、私はいかにも本人は無念ではないかと思うんです。だから、国籍の問題、戸籍の問題についてもそういうことが特例措置でできるような方法をどうか検討していただきたいと思うんですけれども、法務省の方はいかがでしょうか。
○政府委員(濱崎恭生君) 今御指摘がございましたように、いわゆる中国残留邦人の方々の国籍の認定の問題、それから戸籍への登載の問題、いろんな問題があることは私どもも承知しております。
 国籍の問題につきましては、委員ただいま御指摘ございましたように、我が国に国籍法という法律がございまして、その規定の適用の中で対応してまいらなければならない問題でございます。例えば、現在の国籍法では「日本国民は、自己の志望によって外国の国籍を取得したときは、日本の国籍を失う。」という規定がございます。
 中国残留邦人の方々についても、中国政府から中国人として把握されている、例えばパスポートを持っておられるという方々につきましてはこの規定の適用が問題になるわけでございますけれども、私ども、この規定の運用につきましては、やはりそれらの方々が現地で置かれた状況というものを考えて、自己志望という判断については慎重に判断すると。向こうで生活をされるためにやむを得ず国籍を取得するというようなことになったという方々が多いと思われますので、そういう場合には自己志望だという認定は慎重に行うようにということで配慮をしてまいっております。また、現地の直接の担当者にも、そういうことについては慎重な配慮をするように、実情に応じた適正な判断をするようにということで指導しております。
 それから、もし万一どうしても直接日本国籍というわけにまいらない、一たん中国国籍を取得されたという場合でも、現行の帰化という制度がございまして、元日本人につきましては簡易な要件で帰化することができることになっております。その帰化をしていただくには一定の手続が必要でございますけれども、その運用といたしましても、そういう方々の実情に応じでできるだけ早く処理できるようにという努力はしてまいっているつもりでございます。
 今後とも中国残留邦人の方々の置かれた実情を十分に踏まえたそうした運用に一層の努力をしてまいりたいというふうに思っております。
○立木洋君 一言だけ。時間が超過して大変申しわけないんですが、実はもっとたくさんお尋ねしたいことがあったんです。この問題については具体的な事実がいろいろありますので、後日また個別的な形でお願いを申し上げたい、御要望申し上げたいと思うので、そのことをお含みおきいただきたい。大臣、よろしくお願いします。
 終わります。
○武田邦太郎君 今、立木委員のお話を伺いながら、私も当時を思い起こしました。私は当時、長春の大同大街のソ連戦車の進撃するルートを想定して、その両側にタコつぼを掘って爆弾を抱えて入っていたわけです、ソ連軍が来たらその戦車の下へ飛び込むと。考えてみれば、そんなことをやっても成功するような作戦じゃないですね。ないけれども、今言われたような避難民が右往左往するのに幾らかでも時間が稼げるかというようなことで爆弾を抱えているわけです。ソ連軍の作戦が何日がおくれたので、陛下の放送が伝わってまいりまして、私は今ここに生きているわけであります。そういうことを考えるにつけましても、少なくとも世界政策を考える場合には、国民の英知を結集して間違いないことをまず期さないといけない。
 今の開拓の問題にいたしましても、私どもの先輩は随分開拓の問題を吟味して、絶対に向こうの農民が耕している土地を奪ってはならぬ、こういうことで大変な闘争をやったわけでありますけれども、それは踏みにじられて、戦争に負けて開拓民がああいう悲惨な状況に陥った一つの大きな理由は、開拓が未墾の大地を開拓したのではなくて、向こうの農民がやっている土地を奪って入ったということが一つの大きな原因だったろうと思うんですね。まあこういうことはきょうはお話しする予定はなかったんですが。
 それで、これまで日米安保について何回か申し上げましたが、かいつまんで復習しますと、安全保障を期するための日米安保は、日本の自衛隊に対する統帥が実質的に日本にあるのかどうか、これが心配である。第二は、日米安保によって我々は軍事力によって国際問題を片づけようとしがちなアメリカの協力を強制されないか、それに我々は加担するのか、これが第二点ですね。第三点は、露骨に言えば中国、北朝鮮を敵国視する、少なくとも向こうにそういうふうに受け取られる心配はないか。それから第四点は、アメリカの希望するだけの基地、土地が日本の国土にあるのか。沖縄が仮に嫌だと言った場合、それを本土で受け入れる可能性があるのか。
 一応、分ければこういう四つぐらいの問題がありますけれども、そういうことをよくよく考えに入れて、私は日本、中国、アメリカが発言して、できれば韓半島の二つの国、ロシア、東南アジア、これらの国々が三十年ぐらいを期間にする相互不可侵条約を結んだらどうか。これは単なる思いつきではありませんで、戦争に負けて五十年、幾らがこの種の問題を考えた一つのまとめであります。
 先ほどのお話じゃありませんが、どうか簡単に片づけないで、日米安保をこれからどこまで持続するのか、それともそういう不可侵条約を結ぶことと比べてどちらが各国の国民の財政負担が軽く済むのか、あるいはまかり間違って戦争に入っていく心配がどちらが多いのか、あるいは究極の平和理想に向かっていくのにどちらの方が聡明であるのか。こういうことについて、日米安保と三十年の相互不可侵条約との優劣を比較して、それでこの重大な世界政策の決定を国民の英知を結集して決定したらどうか。これは急にはいかないのはよくわかりますので、十分な時間をとって、アメリカの良識にも十分訴えて進むということをやったらどうかというふうに申し上げたのであります。
 幸いにして、大臣は、アメリカと日本とが対等の親友になるべきだ、こう言われるし、武力では究極の平和はから取れない、こういうこともはっきり言われたので、私は今の段階で大変満足をしております。
 そこで、国の独立ということがなくては平和は語れない。ある国の意思に強制されて屈伏したのでは平和は語れない。そういう意味では、軍事力と並んで大事なのは、我田引水かもしれませんが、食べ物だと思うんです。アメリカのレスター・ブラウン氏の研究所に言わせると、あと三十五年、二〇三〇年ですか、三分の一世紀後には世界の人口が八十億幾らになる、しかし穀物は今に比べて一億トンしかふえないというんです。これは私は少し暗く見過ぎていると思いますけれども、ともかくもこの研究所は毎年地球白書を出す権威ある研究所でありまして、それが二十一世紀は飢餓の世紀である、こういう書物を私の同僚の小島議員が最近翻訳して出しましたが、そう言われる中で日本は食糧の自給をどの程度考えているのか。
 これは若干申し上げましたけれども、穀物の自給率わずか二七%、そのほかに百八十万トンから二百万トン近い肉を輸入しておりまして、肉一トンを生産するのに七トンから八トンの穀物が要りますから、それらを総合いたしますと日本の穀物の自給率は二〇%にすぎない。平成五年のような不作の年には大体一五%くらいしか自給していないんですね。
 私が農政の勉強を始めたころびっくりした書物は、中国の漢代の礼記でありますけれども、国民の食糧は、九年分備蓄がなかったら不足だと思え、六年の備蓄がなければ窮迫していると思え、三年の備蓄がなければその国、国にあらずと、こういうことが書いてあるのを見まして驚いた経験があるんです。三年の備蓄なんかもちろん要りませんけれども、悪い年にはわずか一五%しか自給しない日本がこれは国と言えるのか、こういう憂いを持たざるを得ません。ちょっと古典的な言葉でありますけれども、今のシラク大統領のお師匠さんのドゴール元大統領が、食糧の独立なければ民族の独立はない、こう言って必死になって農業を振興したという話があります。
 独立という言葉にもいろいろありますけれども、まずせめて七〇%から七五%ぐらいは平常時に自給しておく。必要な油は一年分、これは大したことはありません、五百万トンあればいいんですから。日本は年間二億トン弱使いますから、農業が使う石油はわずかなものです。これはもう楽に備蓄ができますし、いざとなったら牧草畑とかゴルフ場を麦畑、ジャガイモ畑に振りかえれば、栄養失調にもならなければ、すき腹を抱えなくてもいい。こういう提案を三木内閣のころにやりまして、三木さんが非常に賛成なさって、ぜひやりたいとおっしゃったことはここで申し上げたかもしれませんが、いずれにしましても今でもやろうと思えばできるのですね。それをやらないで、主としてアメリカから供給されている。
 こういう状況は少しでも早く国際政治的に独立、それと並行して食糧の独立とはいかないまでも七〇%から七五%くらいまではまず自給できる体制を早急にとって、油類の備蓄なりあるいはゴルフ場、牧草畑をいつでも転換し得る体制をとるなりしたらどうかと思うのでありますけれども、そういうことを農水省とか防衛庁とか外務省が中心になって検討をするということはいかがでしょうか。
○政府委員(原口幸市君) 先生おっしゃるように、ある程度の食糧自給というのはもちろん非常に重要だろうとは思っておりますが、同時に、今、先生おっしゃいましたように、日本の穀物の自給率が三〇%を切っているという状況でそれを例えば七五%に持っていくということになれば、やり方いかんによっては大変大きな国際的な影響もあるわけでございます。日本は国際社会の中で生きている以上、その辺のコストというものも十分考えていかなきゃいかぬと思います。
 ですから、食糧が重要であることは十分わかりますが、同時に食糧以外の経済活動というものは日本もやっておりまして、それが今や国際的なネットワークの中に組み込まれているわけでございますので、その辺は国民的にも十分議論をして、国民的な納得を踏まえた上でやっていかざるを得ないのではないかというふうに考えております。
○武田邦太郎君 こういう国際収支の関係からの議論というのは、私ども過去三十数年この仕事をやっておりますからもう幾たびもぶつかっております。しかし、いざとなったときに国民が飢えると。レスター・ブラウン氏の計算では、そのころになりますと人類一人当たり年間の穀物の消費量は二百七十キロだというんですね。日本人は今、年間五百キロ以上食べております。そういう状況の中で、非常な危険があるということが権威ある研究所から多少悲観に過ぎるとはいえ言われている中で、食べ物だけの、それも全部ではない、食べ物だけの国際収支で黒がふえるということがそれほど自給体制をとることを拒否する理由になるのか。
 これはここでは結論が出ませんからいいですよ。しかし、そういう議論があるんですね。私どもとしては余りにたびたび聞いてきたことであります。
 なぜ自給率が減ったか。昭和三十八年ごろ、私どもがこの研究を始めて四、五年後はまだ穀物の自給率は八〇%でした。それがなぜ二十数%に落ちたかといいますと、経済成長の結果、国民が肉を余計食べるようになりまして、したがって穀物を余計消費するようになってきたわけです。これが一つ。
 もう一つは、農業の生産性が余りに低いものですから、若い人が都会の二次、三次産業の方にどんどん移るようになりました。また、農業をやっている人も、とてもじゃないが農業所得だけじゃやっていけないというので、御承知の兼業に入っていったわけです。兼業の中でも、今、農家と言われている人が三百五、六十万ですか、七割ぐらいは農業所得よりも二次、三次産業からの所得が多い第二種兼業なんですね。第二種兼業というのは、農業で生活をするのがプロの農業とすれば、農業で生活していないのでありますからアマチュアです。日本の農家の七割がアマチュア農業なんですね。それで単収が非常に低い。どんどん下がったわけです。
 そして、平成五年ぐらいの不作の年、つまり気象変動の激しいときにはプロの農家は減収していないんです、平成五年でも。そういうアマチュアの農家が、ほかの仕事の方が大事なものだから、いざとなったら気象変動に対応する農業の技術を生かし得ないんです、技術はあるんですが。
 だから、そういうようなわけで日本の農業をプロの農業に託するということを主体にしていけば、そしてそうじゃない農家はドイツ流のクラインガルテン式の農業を楽しむ方に転換すればできるわけであって、そういう国民全体が幸福に向かう道の中で食糧、穀物の高度自給はできるんだと、こういうことを私どもは声が小さいから三十数年言ってもちっとも響かないわけです。自民党の先生方は私の言っていることは随分よく御存じなんですけれども、やっぱり農協が反対するとついやりにくくなるんですね。農協はもう信用事業を見たってわかりますようにまず崩壊寸前ですから、本当の農協ができなきゃならない。
 終わります。
○佐藤道夫君 私からは、フランスと中国の核実験の問題について二、三お尋ねしたいと思います。
 核実験は、今日、マスコミ等に言わせますと人類の存立すら危うくするような空前の暴挙であるというふうに言われておりますが、フランスはなお来春までは何回かやるであろう、中国も決してやめるとは言っていないのでまた何回か続くであろうと思われますけれども、外務省からごらんになりましてこの両国の核実験に対する姿勢、これからの見通し、いかがでございましょうか。
○政府委員(河村武和君) 今、先生が言われましたとおり、中国は核実験をやめるということを言っておりませんし、フランスもあと数回核実験を行う、その後にCTBTに署名するということを言っております。それぞれ自国の国防政策に基づいた考え方に基づきまして核実験を行っているということであろうかと思います。
 我が国といたしましては、それがいかなる背景から出るものであるにせよ、このような核実験の実施というものは現在の国際社会の核実験禁止へ向けた努力に逆行すると考えておりまして、極めて遺憾であると思っております。その意味で、あらゆる機会を通じまして両国に対して核実験の停止を求めていきたい、このように考えております。
○佐藤道夫君 冷戦構造が崩壊した今日、核の抑止力という言葉自体もう死語化しつつあるのではないか、こういう気すらしておるわけです。しかし、フランスは一応はそういうことを主張しておりますが、抑止力と言うからには仮想敵国があるわけで、今日フランスの領土を侵略しようと爪を磨いておる国はフランスから言わせると一体どこの国になるのであろうか、こういう基本的な問題です。
○政府委員(浦部和好君) 九四年版のフランスの国防白書というのがございますが、それによりますとこう書いてございます。
 冷戦は終わったが核の時代は続いているとしまして、今日のロシアは脅威ではないが不安定かつ危険な要因を有しており、旧ソ連の兵器が幾つかの国家に分散して配備された結果、危険な要因がさらに増大している。それから、少数とはいえ幾つかの国が国際的規制にもかかわらず核開発努力を継続し、核戦力を保有するに至る可能性が非常に強いという見方を国防白書でしております。
○佐藤道夫君 我が国ほか四十一カ国でしょうか、核実験停止を求める決議案を提出いたしまして、これに対してアメリカはたしか棄権、イギリスは反対、こういう態度をとったようであります。実は私はその理由が知りたいんですけれども、いかなる理由で棄権し、いかなる理由で反対したのか。
 彼らは既に千回近くの実験をしておりますので、もう地球環境を汚すだけ汚したから今さらフランスの三回、五回の実験は何でもない、もうこれ以上地球は悪くなりようがない、こう考えたのか。それとも、何千回実験しても地球環境はこんな立派である、フランスの三回、五回は影響がない、こういうふうに思ったのか。あるいは、やはり核の抑止力という言葉が生きておるから、今でもフランスは核実験をして核を持つそのことが世界平和のために必要なんだ、こういうふうにイギリスやアメリカは考えたのか。そこら辺、外務省としてはいかなる分析をしておりますでしょうか。
○政府委員(河村武和君) 核実験停止決議案につきましては、九十五カ国が賛成をいたしました。十二カ国が反対をいたしまして、四十五カ国が棄権したわけでございます。これは第一委員会で行われた投票の結果でございます。
 今、先生が言われましたイギリスは、そのうち反対した国でございます。それぞれの国が投票したわけでございますけれども、さまざまな考慮からそれぞれ賛成、反対、棄権という立場をとったのだろうと思います。それが基本的なことでございますけれども、特に反対、棄権につきまして考えられる理由は、中仏両国との現在及び将来の二国間関係等に配慮した国もあったのではないか、このように私たちは分析しております。その意味で、イギリスが反対したわけでございますけれども、イギリスは自分たちがなぜ反対したかということについて特に説明はいたしておりませんけれども、やはり同じ核兵器国であり、かつEUの一員であるということで、仏との関係に配慮して反対をした、このように考えております。
 アメリカにつきましても、棄権の理由について特に公式にその立場を説明したことはございませんけれども、まさにいろいろな立場というものをもとにして棄権をする、こういうことになったと考えております。
○佐藤道夫君 我が国は唯一の被爆国だということをしきりに言っておりますし、この提案国の中でもリーダーシップをとったんだろうと思います。そういう場合に、世界の趨勢を決めるようなアメリカやイギリスが反対もしくは棄権という場合に、外務省として、外交というのは私はそこら辺に問題があるんじゃないかという気もいたすのですが、ひざを交えてアメリカあるいはイギリスにどうしてこの決議案に反対なさるのか、理由はどういうことなのかということをひざ詰め談判をして真意を聞こうとなさらないんでしょうか。その点、ちょっとお伺いしたいと思います。
○政府委員(河村武和君) 今申し上げましたとおり、イギリス及びアメリカは公式の場でそのようなことを表明いたしませんでしたけれども、私が今申しましたような内容は、米国とかイギリスとかとの接触を通じて我々が得ている感触であるということで考えていただければ結構だと思います。
○佐藤道夫君 そういうことについてぎりぎりと質問を発していくようなことは、外交儀礼上なさらないのが普通なんでしょうか。いかがでしょうか。
○国務大臣(河野洋平君) 私は、昨年、ことしと二回にわたって核に関する決議案の提出を命じて、最大限の努力を国連代表部に対して指示をいたしました。また、今回は、核実験反対のための決議については以前の国連大使であった波多野さんを首相特使としてニューヨークへ派遣して、波多野さんも一緒になって各国に対して説得をさせる作業を命じたわけです。
 一つ一つの国の名前を明示的には申し上げませんが、我々とすれば、どうしても反対だという国にもきちっと言って、どうしても反対だというなら反対しないで棄権してくれということを言う。それから、棄権するという国にはきちんと話して、棄権ではなくて賛成に回ってくれということを説得して回れということを指示しております。
 しかし、これはまた一方、ぜひ反対してくれといって努力をなさる勢力もあるわけで、このところはなかなか、全部とは言いませんけれども、ある部分については大変しのぎを削る。例えば、EU参加国なんというものは二国間関係を考える、あるいは自分たちの仲間であるということを考える、さらには核の抑止力が全体に及ぶかどうかということを考えるなどありまして、そこら辺はなかなか厳しいしのぎ合いの議論があったことは事実でございます。
○佐藤道夫君 フランスの核実験が行われますと我が外務省は抗議声明を発する、それから大臣が駐日フランス大使を呼んで厳重に抗議する、あるいはフランスまで特使を派遣する。いろいろなことが行われておりますが、毎回同じようなパターンですと、何だ、あれはおざなりか、どうせとめられやしないんだから形をつくっているんだろうと、こう言う口の悪い評論家もおるようでありますが、私はそうは思いたくないんです。ただ、行われるたびにニュージーランドとかオーストラリアとか、それからスカンジナビア諸国、最近ではオランダ、ベルギーまで含めてかなり強い態度で抗議をしている。
 かつて我が国を取り巻くABCD包囲陣というのがありました。大変古い言葉で恐縮ですけれども、台頭する日本の軍国主義を抑えようということで、アメリカ、イギリス、チャイナそれからオランダが同盟を組んだ名残でございます。あれと同じようにフランスを取り巻く包囲陣、といいましてもフランス人の六割は核実験に反対だそうですから、頑張っておるのはシラク大統領一人。大統領の支持率は今日もう一四%しかないということですから、シラク包囲網でもつくって国際会議でも開いて、シラクを攻撃するような会議を開けばそれなりの効果が相当期待できるんじゃないかと素人なりに考えておるわけですけれども、こういうのはやっぱり素人の考えでございましょうか。その点いかがでしょうか。
○政府委員(河村武和君) 今、先生はいわゆる国際会議を開いて中仏の核実験の対応を考えたらどうかということを言われたわけでございますが、現実に私たちが行いましたことは、特に国連において行いましたことは、まさに今言われたような豪州でありますとかニュージーランド、スウェーデンその他中南米の国々を含めました十九カ国とともに、国連におきましてコアグループというものを組織しまして、そこで決議案を作成するためにいろいろと意見交換をし、努力をしたわけでございます。
 この決議案を作成する段階におきましてさまざまな意見が出たわけでございますけれども、まさにそのさまざまな意見をコアグループの中で議論して、核実験の停止を求める国際社会の真剣な意志をあらわすにはどうすればいいかということで協議をしてきたということはございますので、そういう意味で、国際会議とまではいきませんけれども、共同して対処をしておったというのがこの核実験停止決議案についての背景でございます。
○佐藤道夫君 最後に、この問題についての外務大臣以下外務省の格段の御努力を期待いたしまして、質問を終わります。
○委員長(木庭健太郎君) 本日の調査はこの程度にとどめます。
 本日はこれにて散会いたします。
   午後二時五十五分散会