第145回国会 行政監視委員会 第7号
平成十一年七月二十六日(月曜日)
   午後一時開会
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   委員の異動
 五月三十一日
    辞任         補欠選任
     水野 誠一君     田名部匡省君
 六月三日
    辞任         補欠選任
     脇  雅史君     上杉 光弘君
 六月四日
    辞任         補欠選任
     上杉 光弘君     脇  雅史君
 六月二十四日
    辞任         補欠選任
     梶原 敬義君     山本 正和君
 六月三十日
    辞任         補欠選任
     阿南 一成君     有馬 朗人君
 七月一日
    辞任         補欠選任
     有馬 朗人君     阿南 一成君
     山本 正和君     梶原 敬義君
 七月二日
    辞任         補欠選任
     櫻井  充君     浅尾慶一郎君
 七月五日
    辞任         補欠選任
     浅尾慶一郎君     櫻井  充君
 七月十五日
    辞任         補欠選任
     阿南 一成君     若林 正俊君
     脇  雅史君     松谷蒼一郎君
     小川 敏夫君     海野  徹君
 七月十六日
    辞任         補欠選任
     松谷蒼一郎君     脇  雅史君
     若林 正俊君     阿南 一成君
     海野  徹君     円 より子君
     松 あきら君     浜田卓二郎君
     小泉 親司君     小池  晃君
 七月十九日
    辞任         補欠選任
     円 より子君     福山 哲郎君
     浜田卓二郎君     松 あきら君
     小池  晃君     小泉 親司君
 七月二十一日
    辞任         補欠選任
     福山 哲郎君     小川 敏夫君
 七月二十二日
    辞任         補欠選任
     木村  仁君     上杉 光弘君
 七月二十三日
    辞任         補欠選任
     上杉 光弘君     木村  仁君
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  出席者は左のとおり。
    委員長         続  訓弘君
    理 事
                大島 慶久君
                塩崎 恭久君
                田村 公平君
                千葉 景子君
                渡辺 秀央君
                田名部匡省君
    委 員
                阿南 一成君
                海老原義彦君
                加藤 紀文君
                木村  仁君
                坂野 重信君
                馳   浩君
                山内 俊夫君
                脇  雅史君
                小川 敏夫君
                小宮山洋子君
                輿石  東君
                櫻井  充君
                長谷川 清君
                堀  利和君
                大森 礼子君
                松 あきら君
                岩佐 恵美君
                小泉 親司君
                富樫 練三君
                梶原 敬義君
                高橋 令則君
                石井 一二君
   事務局側
       常任委員会専門
       員        田中 久雄君
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  本日の会議に付した案件
○理事補欠選任の件
○行政監視、行政監察及び行政に対する苦情に関
 する調査
 (政府開発援助等に関する件)

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○委員長(続訓弘君) ただいまから行政監視委員会を開会いたします。
 委員の異動について御報告いたします。
 去る五月三十一日、水野誠一君が委員を辞任され、その補欠として田名部匡省君が選任されました。
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○委員長(続訓弘君) 次に、理事の補欠選任についてお諮りいたします。
 委員の異動に伴い現在理事が一名欠員となっておりますので、その補欠選任を行いたいと存じます。
 理事の選任につきましては、先例により、委員長の指名に御一任願いたいと存じますが、御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○委員長(続訓弘君) 御異議ないと認めます。
 それでは、理事に田名部匡省君を指名いたします。
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○委員長(続訓弘君) 次に、行政監視、行政監察及び行政に対する苦情に関する調査を議題といたします。
 本委員会は、今期国会において、政府開発援助等に関する件について、関係省庁に対し質疑を行うとともに、参考人からも意見を聴取し質疑を行い、さらに、国際協力事業団の研修業務等に関する実情調査のため、研修施設の視察及び関係者との意見交換を行う等、広範な調査を進めてまいりました。
 そこで、これまでの調査を踏まえ、理事会における協議の結果、お手元に配付いたしております論点整理資料を作成いたしました。
 本日は、政府開発援助等に関する件について、この論点整理資料を御参考にしていただき、自由討議形式で二時間程度、おおむね三時までをめどに委員各位の御意見を伺いたいと存じます。
 議事の進め方でありますが、まず大会派順に各会派五分程度御意見をお述べいただきまして、その後、委員相互間で自由に意見交換を行う方法で進めてまいりたいと存じます。
 それでは、御意見のある方は順次御発言願います。
 なお、御発言は着席のままで結構でございます。
○阿南一成君 本委員会における審議を通じてODAの議論を深めたということでありますが、ただこのODAを考える際に重要なのは、ODAは我が国の国際的な責務であるということでありますが、一番大事なことは我が国は軍事的行動に制約がある、したがいまして軍事的行動に制約のある我が国にとって重要な外交政策上の手段として改善すべき点は改善し、体制の一層の整備をしてより効果的、効率的な援助が行えるよう政策を推進することが必要であると考えております。
 特に、ODAの実施体制については二〇〇一年から行政改革において外務省が政府全体を通ずる調整を行うこととなっておりますので、このような調整が効果的、実効的に行われるための体制整備が必要であろうというふうに考えております。
 また、政策の整備や透明性、効率性の面ではODAの基本的な方向性や重点課題を明確にする中期政策の策定作業が行われておるところであります。また、具体的案件選定の指針となる国別援助計画を順次策定の予定であると承知をいたしております。ODA政策に関するこのような政府の取り組みの姿勢については大いに評価をすべきであろうかというふうに私は考えております。
 なお、ODAについての種々の批判にこたえまして、納税者である国民の一層の理解を得る上で情報公開や広報努力が必要であろうかというふうに考えておるところでございます。
 以上であります。
○千葉景子君 民主党・新緑風会の千葉景子でございます。
 行政監視委員会におきますODAに関する対政府質疑、参考人の意見聴取、関係機関の視察、そして関係者との懇談等をさせていただきました。これらの経過を踏まえ、論議を踏まえまして、私は大きく三点意見を述べさせていただきたいというふうに思います。
 まず第一は、ODAの理念、目的についてでございます。
 ODAで達成すべき日本外交の目的あるいは国益、何のためにODAを実施するのか、こういうことが必ずしも明確になっていない。参考人からも、ODAで日本が何を目指しているのかがはっきり伝わっていない、ODAに戦略性がない等の指摘などもなされました。まず、ODAの理念、目的を明確にする、これが第一に必要なことではないかと思います。とりわけ、外交を軍事に依拠しない我が国にとっては、ODAは国益を実現するためには重要な外交手段の一つでもあろうかと思います。これまで平和の最大の受益者であった我が国が平和をつくる国、こういうことで例えば軍縮や民主化、そして貧困の撲滅等、こういう平和を創造するための具体的目的を明確にしてODAを実施することが必要ではないかと思います。ODAが特に国内と同じように海外における公共事業のばらまき、こういうことにならぬよう改めて理念、目的を確認する必要があるだろうと思います。
 次に第二点は、ODAの実施体制を見直し、その透明化、効率化を図ることではないかと思います。
 外務省以外の省庁が実施している技術協力等のプロジェクトの計画や成果が必ずしも透明ではございません。中央省庁等改革関連法によって外務省はODA全体に共通する方針に関する関係行政機関の行う企画の調整及び有償の資金供与による協力、技術協力に関する関係行政機関の行う企画立案の調整を担うということが規定されましたが、実効性が本当に担保されるのか甚だ疑問でもございます。ODAに関する情報業務の外務省への一元化をより明確にして実効性あるものにすべきではないでしょうか。また、ODAに携わる機関、JICA、OECF、各省庁との連携を強化して現地調査や人員の派遣、プロジェクトの重複などを防ぎ、コストを削減するということも重要なことであろうと思います。
 次に三点目、ODAの評価について指摘をさせていただきます。
 まず、評価の前提としては、ここでも議論がなされましたが、国別の援助計画をきちっと策定する、ここがまずスタートになろうかというふうに思います。援助計画には外務省や他省庁あるいは草の根無償、NGOのプロジェクトなども盛り込んだ包括的なものにしてむだのない計画を策定することが必要だと思います。また、行政評価が行いやすいように、その際、数値目標などを設定して定期的に見直しを図っていくことも必要ではないでしょうか。国別、地域別のODA計画については、ODA大綱の原則に合致しているかなど必ずしも行政評価が十分にできないという指摘がございます。プロジェクトの成果を評価する手法、基準、これを早急に確立して、できれば第三者機関等による客観的な分析、評価ができるようなシステムを確立すべきであろうと思います。
 また、もう一点、国会の関与について、私は、例えば米国におけるGAOのように、政府から独立して調査権限などを有する機関を国会のもとに置き、当行政監視委員会のような委員会と連携をしながら定期的な報告を受けて国会がみずからチェックをするということも検討に値することではないかと思います。このような機関を設置することによって、海外青年協力隊等、ODAの実施に経験を持つ人たちのノウハウもそういう場で生かしていく、こういうことも検討したらいかがであろうか、こう思います。
 その他、NGOの役割、人材の育成などについても貴重な指摘がございました。時間の関係でこれ以上述べることができませんけれども、このNGOの役割や大変熱心な活動をしている人材の生かし方、これらも含めてぜひこれからのODAの大きな課題にしていかなければいけないと思います。
 以上三点、理念、そして実施体制、また評価の問題について述べさせていただきました。ありがとうございます。
○松あきら君 ODAについての審議はインドネシアのリベート問題に始まったわけでございます。実際どのような仕組みでどのようなお金が決まり、また拠出されているのか、情報が十分に開示されていないという懸念が本当に各委員からも出たわけでございます。非常に高額なリベートがあるかと思えば、しかしリベートという点につきましてもそれはリベートではないというような御答弁もございましたけれども、よかれと思った援助が効果を発揮していなかったり、またそういった観点でODAを改めて見てみますと、投資あるいは拠出が日本にとって何のメリットがあったのだろうかというふうに考えてしまいます。
 もちろん、ODAはメリットだけを考えて供与するわけではございません。国際社会の一員として近隣諸国の経済、政治を安定させ、また日本が国際社会において信頼に足る国であるということを認識していただく点が大事であるというふうに思うわけでございます。それは長い目で見なければならないもの、あるいは担当のお役人の方々の考えを信頼し、あるいは承認してじっと待つことも大事だとは思うわけでございますけれども、いろいろ私もおかしいなと思う点がございまして会計検査院の指摘の中から二、三問題を提起いたしました。
 一つは、パプアニューギニアの浅海漁業の施設について取り上げてみたわけでございます。援助後の現地の経済状況が変わったから送った施設は使われずに放置されているといった件でございます。これはここだけではなくて、いろいろなところでこういう問題が出ているわけでございますけれども、援助してももしこのようなケースが起こったらどのような措置がよいのか、改めて検討がなされて当然だというふうに思うわけでございます。
 こういうことが次々起こるということは、先ほども千葉委員の方から出ましたけれども、事後評価、これがきちんとされていない、この点が非常に問題があるのではないかというふうに私は思うわけでございます。現地の方は現金が、お金が少し余計に入れば仕事がどうしても二の次になる、そういう危険がある、そういうところでそういうことが起こった後どうすればいいかという、教育というとちょっと僣越ですけれども、そういうこともきちんと手当てしなければならない。やはり、結果として外務省はそういうことには手を抜いていると言われても仕方がないというふうに思うわけでございます。
 例えば、今申し上げましたパプアニューギニアの現地の方々の暮らしをどのようにしていこうとしていたのか、現地の文化も大事に考えた上で、やはり国際社会の中にうまく溶け込むようにしなければならないわけですから、例えば冷蔵庫や漁船や漁網を送って済む問題ではない、こういう意味で事後評価というものをきちんとしていただきたいというふうに思います。
 ODAは発展途上国の人々の生活を豊かにするために主にインフラ整備に対して先進国が実施する援助でございますけれども、やはり援助した後の効果がどのようになっているかということは私ども援助する側は非常に興味も関心もあるわけでございます。しかし、資金援助をした現地は大抵の場合私ども日本からはるかに遠いというわけで、だれかを派遣するといっても、それも予算の関係でやっぱりなかなかままならないというわけでございます。
 一九九八年の日本のODAの実績を見ましても、百六億八千万ドル、これは八年連続で世界最高というわけでございます。日本のODAの場合、贈与と有償が三対一ということで贈与が大半のほかの主要国に比べて有償比率が高いということも特徴があるわけでございます。有償は財政投融資が多くて、無償は一般会計、国民の血税、税金でございますから、やはり財政状況からいってもこれからどんどんふやすというわけにはいかないわけでございます。国は国民に対してどのようになっているのかきちんと説明する責任もあるわけで、今までインフラ整備に多くが使われてきましたけれども、人材育成のソフト面への供与がふやされるべきであるというふうに思います。
 また、ボランティアの方々の活躍も紹介されておりました。参考人の方々からもいろいろ伺いましたけれども、やはり意気と情熱だけでは続かないということも報告されたわけでございます。こういう事業が成功するには、やはり担当する方々のODA事業に対する誠意に負うところが大変多いというふうに思うわけでございます。そういった観点からも、これからも担当する方々に対する教育というとあれなんですけれども、やはりその方たちの考え方、これが大事だというふうに思います。やはり外務省にきちんとした人材育成の場をつくるべきであるというふうに思います。
 そしてまた、これからやはりいろんなことで不慮の事故に遭ったり、あるいはその不慮の事故で亡くなるような方も出てくる場合があるかと思います。やはり、世界じゅうを幸せにしていくという事業に貢献してくださっている方々を支援することはこれからの日本にとっても大事な使命であると思いますので、その点も外務省にしっかりやっていただきたいと思います。
 私は、二点目に麻薬の問題を提起いたしました。今、日本は非常に残念ながら麻薬天国になろうとしている状況があるわけでございます。青少年への広がり、あるいは専業主婦の方にまでこれが広がっているという大変な問題が出てきているわけで、これは決して見過ごすわけにはいきません。あらゆる有効な方法で撲滅しなければいけないというふうに思います。
 そこで、アジアでは黄金の三角地帯の生産が問題になっているわけでございますけれども、やはりこの問題は何にも先駆けて対処しなければいけない一番大事な仕事であるというふうに思います。
 現地の主食になるソバを植えようと、こういう指導でソバを植えている。なかなかしかしこれは現地でお金にするすべがない。結局麻薬生産に戻ってしまう。私の何でソバなのかという質問に対して、外務省はきちんとした答えがなかったんですね。実は私、これはつい最近ある民間の方に伺いましたら、何とこのソバは日本みたいなそばで食べるんじゃなくて、要するに主食になっていると。ソバの食べ方はちょっと日本のソバの食べ方とは違うんですけれども、それを何と主食のようにして食べられるということがあって実はソバにしたんだというお話を民間の方から伺って、ああそうなのか、それでソバなのか、何で外務省の人がそれをわからなかったんだろうなとつくづく思うわけでございます。だから、売れなくても日本人が米をつくるような感覚でソバということにしたというふうに伺ったわけでございますけれども、結局お金にならないとまた麻薬に戻ってしまうということから考えましても、やはりその点もう一度考え直してきちんとした対策をとらなければいけないというふうに思います。そのためにも、ぜひ麻薬対策に大幅な予算増、これを検討していただきたいと思います。十年後には少なくともアジアからは麻薬は出さないと決意をして取りかからなければいけないというふうに思います。
 最後になりますが、やはり私は、今後とも世界における日本の立場を考えるときに、ODAは重要な政策として維持しなければいけないと。しかし、さきにも申しましたように、日本の現在の財政状況の中ではやはりこのままでは国民の理解が難しいわけでございます。やはり、援助をするにしても、各省庁にまたがっている案件も多いので、その支援基準などをぜひODA基本法として統一的に決めておく必要があるのではないかというふうに思うわけでございます。
 ODAについては閣議決定されたODA大綱がございますけれども、ODA自体多種多岐にわたっておりますし、基準も不明確の感じがあるわけで、やはりこの基本法があればそのルールにのっとって実施されるものはきちんと政策としてやっているんだということになると思います。やはり、予算面でも透明性を確保するようにしていただきたい、ODA基本法をぜひつくっていただきたいという点を申し上げまして終わりとさせていただきたいと思います。
○岩佐恵美君 私は、ODAのあり方について四点指摘をしたいと思います。
 まず第一に、従来の円借款による箱物援助中心から教育、保健などの社会インフラ、食糧援助など人道的援助中心に改めるべきであるという問題です。
 日本のODAは経済インフラ中心で、アメリカ九%、イギリス一六・四%、ドイツ二〇・四%に比べ四五・一%と飛び抜けて高く、施設中心主義となっています。しかも、無償援助より有償援助の方が多く、二国間ODAのうち無償援助協力が一六%、技術協力を含めても三七%にしかすぎません。六〇%以上が有償です。そして、国連が指定する後開発途上国、LLDC諸国への無償援助は二国間ODA総額の一五・一%にしかすぎません。九七年度のODA白書の冒頭では、「多くの開発途上国においては、今なお多数の人々が飢餓と貧困に苦しんでおり、国際社会は人道的見地からこれを看過することは出来ない。」と述べています。ODA援助を社会インフラ、人道的援助中心に切りかえるべきだと考えます。
 第二に、戦略的援助ではなく、発展途上国の自立を促す援助をこそすべきです。
 外務省の二十一世紀に向けてのODA改革懇談会の最終報告では、ODAは日本の安全保障環境実現のための手段だと述べ、実際アメリカが安全保障援助を実施している国に重点的に配分されてきています。このような戦略的援助はやめて人道的な立場に立って発展途上国の自立を促す、そういう基本的な立場での援助をすべきだと考えます。
 第三に、重大な環境破壊や住民犠牲につながる大規模な箱物援助についてです。
 大規模な漏水事故を繰り返し、五千世帯が避難せざるを得なくなったスリランカのサマナラウェア・ダムや、現地住民の反対で融資をストップせざるを得なくなったインドのナルマダ・ダムを初め、環境を破壊し住民に犠牲を押しつける一方、効果のない、しかもお金を湯水のように使って被援助国の借金だけをふやすようなひどい援助が数多くあり、大問題になっています。このような大規模開発について事前の社会調査や環境影響評価を徹底し、二度と同じ問題を引き起こさないよう箱物援助のあり方を見直すべきです。
 四つ目に、巨大な利権構造を是正すべきという問題です。
 日本の大企業が持ち込んだ大規模プロジェクトの採択、そこに介在するリベートの支払い、入札の談合など汚職、腐敗、利権構造がたびたび指摘をされながら一向に後を絶っていません。こうした事態をなくすためには、援助の計画や事業の効果などの情報公開を徹底すること、またNGOなどとの適切な協力のもとに援助を実施すること、相手国法人についても会計検査を行うなどが必要です。特に、ODAに対する国会の関与を強めることが不可欠です。計画や予算を国会で審議し国会の承認制とすること、実施状況の国会報告を義務づけてその効果や問題点を審議することが必要です。
 以上、最初の問題提起、意見の表明を行わせていただきます。
○梶原敬義君 私も前に意見を言われましたそれぞれの先生方と同じ意見でありまして、結論から申しますと、円借款、箱物、大型プロジェクトに重点を置かれております現行のODAのあり方を変えて、人道上の援助あるいはソフト面、人材教育にも日本の国内に留学生をもう少し思い切ってふやすような予算措置をすること、それから援助国内における教育の指導面あるいは技術の指導面、そういう面に援助をふやすこと、こういうような方向に思い切って切りかえていく必要があるだろうと考えております。
 一つは、我が国の財政状況を見ても、これから景気がよくなったとしても、よくなった後に何が来るのかというと、これは財政問題が大きな議論になってくる、これまでのような形で大型プロジェクトにどんどん援助をしていくような状況というのは恐らく非常に困難になってくる、この際そういうことを見越して本来あるべき姿に援助を変えていく必要があるだろうと考えております。
 私どもはもう長い間かけましてマルコス疑惑やその他各地の疑惑の問題を調査して、また国会で発言をしてきたわけでありますが、この利権の関係からしても、大型プロジェクトには利権がつきものでありまして、そういう観点からもこれは考え直さなければならないだろう、このように考えております。
 ODA予算の事業規模予算でいきますと、九七年が二兆百四十七億円、それから九八年が減りまして一兆七千三百二十一億、一般会計に占めるODAの予算が九七年度が一兆一千六百八十七億、九八年が一兆四百七十三億というように、九七年と九八年を比べますと少し傾向が出ておりますが、思い切って二十一世紀に向けてODAの基本方針を変えることが必要だろう、このように思います。
 我が国は明治維新以降、ミッション系の学校がどんどんできて、それが日本の民度引き上げに及ぼした影響は非常に大きいということを指摘する方もおりますが、私はむしろそういう方向にこれから援助を切りかえていく必要があるだろう、このように考える次第でございます。
 終わります。
○渡辺秀央君 ODAの今までの審議の中で大体問題点というのは絞られてきているように思います。私もそういう問題点を項目的になぞらえながら若干考え方をこの際申し述べておきたいというふうに思います。
 まず第一点は、ODAはまさに国民の理解と支援がなければ本来の日本から発信するODAの価値が全くない。むしろそのための情報の公開あるいは広報あるいは精査、結果評価というようなことがしっかりと行われて国民に本当に理解され、さらに支援というか、そういうことすら考えていいものであるべきだというふうに思います。そのために少しいろんな意味でこのODAの評価制度というものを考えたらいかがかという感じがいたします。予算を決めて、垂れ流しとは言いませんが、それぞれの今までのいい点と悪い点をしっかりと見きわめながら、その制度の確立をもう一つしっかりしたものにすべきだろうという感じがいたします。
 二点目としては、NGOとの関連性あるいは連携をどう進めるかということが大事ではないかと思うんです。これは一、二私も自分で体験をしたところでありますが、どうもNGOに資金を流す、そのNGOが代行として日本の国民の伝達をやっているというようなことは、これはある意味においてはいいことかもわかりませんが、そのことが非常に散漫になって重点的あるいはまたその国の理解を深めるのにむしろ混乱を起こす可能性がなしとは言えない。そういう意味で、NGOとの連携をどう進めるか。特にその際、まさに各省にわたる事項を一元化していく窓口ということがやっぱり必要だというような感じがいたします。
 三点目としては、このODAを実施するための援助体制の一元化、これはここでもよく議論されましたが、この行革の時期であればこそむしろ一元化すべきだと。そのことが効率あるいは簡素、ある意味ではまた理解しやすい、そういうことにもつながっていくと。極めて今日的な状況を見てみますと、全般的にわかりにくい状態になっていやしないか、あるいは日本の国内で理解をされにくいし、そのことが無関心を呼んでいる。先ほどもお話がありましたような今日の財政規模の中にもかかわらず、その点が危惧されてなりません。そういう意味で、むしろ一元化ということを考えるべきであるというふうに思います。
 四点目としては、ODA援助の重点化を考えるべきだという立場から、私は、やっぱり地域的にも相当、過去これまで数十年間、日本が先ほど来出ている人道的な問題あるいはまた最貧国に対する援助と銘打ってかなり広範に薄く広くということであったように思います。
 しかし、今日的状況から考えてみて、あるいはまた日本だけが何もそう広く薄くやることが果たしていいのか、むしろ重点化すべきではないか。地域的に私はある意味においてはアジアというようなことをもう少し、あるいは大洋州、オーストラリア、ニュージーランドですね、あるいはパプアニューギニア、太平洋諸地域、こういうところに対して単なる一人当たりの所得というようなことだけの考え方でODAを考えるというようなことではない別の角度からの発想ということが必要ではないのか。特に、アジアにおいてはまだまだ日本の援助を必要としている国々があるわけでありますから、私は重点的、効率的に行うべきであるというふうに思います。
 五点目として、ODAを積極的に進めるに当たって、国民の理解と信頼を得るためのODAであるとするならば、やっぱり国家予算の軍事支出の比率が多いところに対しては果たしていかなるものか、この際そろそろ考えていいことではなかろうかというふうに思います。いわゆる軍事大国に対して日本国民の血税を援助の方に回すということは国民の理解を得られない、もうそういう段階であると。したがって、そのことも我々としては問題点として指摘しておかなければならない。特に、国民を代表する国会議員の立場から、私はこの問題は相当大きな声で今後のODAの援助の対象としての基準あるいは一つの制度の中で考えられてしかるべきだというふうに思います。
 最後に、ODAをいわゆる地域、人道上の観点で考えていくということを言いながらも、結果的に一時的なその時点で起こった国際的な世論あるいはまた同盟国である自由主義国家群あるいはアメリカ等々からの話、単なるそのことだけをもって極めて援助の手が、あるいはまたかつて日本が迷惑をかけたにかかわらずそのまま放置されてきている。具体的に言うならミャンマーという国でありますが、ここに関しては軍事国であるということだけでもって果たして四千万、五千万の国民に日本の人道的立場からの援助を全く閉ざしておいていいものかどうか、そのことが軍事政権を支えるということにつながるというような拡大解釈だけでいいのかというような感じが一面いたしておりまして、カンボジアあるいはラオス等々のこともこれあり、形だけの民主化というようなことにとらわれず、その国の持っている問題点をしっかりと把握して、そして日本の国民の意思を伝達する、あるいは気持ちを伝えていく、ODAの本来の人道的な立場に立った援助ということが行われてしかるべきではないかという観点からあえて一言付言をさせていただいたわけであります。
 すなわち、結論として、ODAを我が国が行うに当たって、今日相当なノウハウと実績を積み重ねてきた、この辺でもう一度基本的な自主独立国家としての日本の本来的なODAであるべきである、そのことがまた日本の信頼を回復する道につながるだろう、こういう感じがいたしまして、あえて問題点を並べて多少の私見を申し上げて意見開陳にいたしたいと思います。
○田名部匡省君 もう既に何回かここで質問させていただきました。何といってもルールをきちっとつくると。これがないと、もうあっちへ行ったりこっちへ行ったり、いろんなことが出てくるという感じが一つ。
 それから、事前に協議をきちっとやって、その国が一体どういう様子なのか、それに基づいて調査をする、その結果どういうものをしてあげればこの国は自立していけるか、この辺をちゃんと見きわめて、ここでも私は前に申し上げたんですけれども、ODAの援助国との連携が必要でないかと。ばらばらにその国が自分の国に合うような、利益につながるようなことばかりやっているといつまでたってもうまくいっていないなという感じ。
 きのうか、作家の曽野綾子さんのODAに対する考えが載っていまして、要するに困ったら何でもしてやると自立心をなくすると、やっぱり自分たちもこうやってやろうというものがなければ、困ったら何かしてくれるんだろうという期待、これは日本の国内もそういう傾向が強いから、それをそのまま外国へ持っていったってもう一生援助を続けなきゃならないというような感じのことを書いておられたようでありますけれども、私も全くそう思うんです。
 それから、その国に合った援助の仕方というのはあると思うんですね。大変な国なわけですからそんなに立派な施設をつくらぬでも、学校なんかだって簡単な木造で向こうの建物でつくってあげると、それをむしろたくさんつくってあげた方がいいようなものもあるだろうし、ですからその国に合ったものにしていく必要がある。
 それから、外務省との一元化、今も話がありましたが、私も全くそう思うんですよ。外務省に任せたいんですけれども、それだけのスタッフがいない。しかし、どこの国に行っても外務省の出先があるわけですから、そことJICAが別々にあったり、NGOがまた別個にあったりということでは、これはチームに例えたらもう力を出せないですよ。みんなにやる気を起こさせて一体となってやるから優勝を目指して頑張れるので、そういうシステムをやっぱりきちっとつくると。それで、NGOの人たちにも入ってもらって、外務省もJICAももう一緒になってやるんだというような責任体制というものを明確にしていく、その中で情報公開でも何でもしてもらうと。これは国内でもなかなかわかりにくいんですが、もう外国のことになったら一向にわからない、そういう感じがします。
 今、軍事予算の話も渡辺先生からありましたが、私もこれは質問させていただきまして、いやそういうものをちゃんと見ながらやっておりますと言うけれども、本当にそうなのかどうか。そこの国の軍事予算と我々が出しているものがどのぐらいか出してもらわぬと、間接的に軍備増強を手伝っていることになるわけですから。本来ならもう生活できない、子供のエイズが多いとか難民で大変だというものに出さなきゃならぬお金を私たちが肩がわりすることによって今度は武器を購入する金に回るということがあってはいかぬ、こう思います。
 以上、これから国会議員の皆さんも行って視察をして現状を把握するということでないと、お金だけやって後は好きなようにやってくれというこのやり方は改めていかなきゃいかぬ、こう思います。
○石井一二君 私は、大体五点に集約して意見を述べたいと思います。
 御高承のごとく、八年連続で世界最大のODA供与国である日本というものは、特に軍事力で世界に貢献できないわけでありますから、この分野で今後も頑張っていかなければならない、そのことについては当然のことであろうと思っております。
 まず最初の一つの選択は、財政難の折からどの程度年々ふやしていけるか、あるいは減額せざるを得ないかという論議があろうかと思いますが、私は、これは何でもかんでもふやさなきゃならないという大前提を捨てて、やはり国内の景気とか財政の状況を見て横ばいの年があってもいたし方ないとフレキシブルに対応すべきであると考えております。
 次に、贈与か借款かという論議が絶えずあるわけでありますが、私はこの無償、有償という面ではやはり日本は有償を強く打ち出していくべきであろうと。なぜならば、自助努力というものを喚起する必要がどうしてもあるように私は思うわけであります。最近は大口債務国がほぼ一〇〇%近い債権の放棄等を主張いたしておりますが、安易にこれに同意すべきではない。もちろんそれに対する強い反対の御意見があることもわかりますが、いずれかの道を選ばざるを得ないということになればという前提で申し上げておるわけであります。
 三番目に、同じくタイドかアンタイドかという論議が出てきますが、私はタイドであるというように前々から申しております。これは、いいプロジェクトをつくろうと思えば、一応こちらから原案でいろんな案を示し、その効果、効力も御説明申し上げて、表面上要請主義という格好をとっておる以上、長年の潜在的な、蓄積的な努力を要するわけでありまして、同時にでき上がった後いろんな格好でのアフターサービスへの配慮ということも考慮した場合に、タイドということを我々は考えていくべきであろうと主張いたしております。これについてもアンタイドと言った方がずっと肩の荷が軽くなって物が言いやすいんですが、私はあえてその道をとるべきでないと思っております。
 続いて四番目に、対象地域について若干申し述べたいと思いますが、我が国の外交の基本は国連中心主義ということとアジアの中の日本ということを強く打ち出しております。そういった意味で、やはりアジア中心主義ということを貫いていかないと、幾ら金額を世界じゅうにばらまいても非常に薄い、効果のない形の見えないものになろうと思います。そういう意味で、アジア中心主義というものを表にうたっていくべきであろうと主張いたしております。
 きのうも夜NHKのテレビを見ておりますと、国連の限界というテーマで欧米諸国がPKOを中心にしてアフリカを見捨てておるというような報道がありまして、中身を見ておっていたし方ないかなというような気にもなったわけでありますが、私はそういった意味でアジア中心主義を主張しておるものでございます。
 それから五番目に、使い道として箱物とかソーシャルインフラ中心がだめだとか、あるいは人道的な援助にもっと切りかえるべきだとかいう御意見も出ましたが、私はこれはどちらも大事である、したがって両方あっていいんじゃないか、五分五分でいいんじゃないかというように考えております。
 昨今、青年海外協力隊等の活躍もどんどん脚光を浴びておりますし、また人材育成というものがそれぞれの国で大きく国の前途に明るい光をともしてくれるという面もございます。だからといって、ソーシャルインフラが整備されていないとその国の発展もないわけですから、これを五分五分という線を私は主張してまいっておるわけであります。
 それから、結論として申し上げたいことは、援助の評価システム、これは渡辺先生も今おっしゃいましたけれども、こういった面がかなり今までは弱かったのではないか。ちゃんと評価をして、そのベースに基づいて未来の計画を立てていく、そういうことが大事であろうと思います。そのことに関連して、窓口の一元化、外務省を中心としたものということが言われておりますが、私はこれについて賛成でございます。
 以上、極めて簡単ですが、五点に集約してあるべき方向としてこうではないかということを申し上げておきたいと思います。
 以上です。
○委員長(続訓弘君) 次に、委員相互間の意見交換を行います。
 御発言のある方は、挙手の上、委員長の指名を待って発言されますようお願いいたします。その際、委員の一回の発言時間はおおむね三分程度とさせていただきます。
 なお、御発言は着席のままで結構でございます。
 御意見のある方は挙手をお願いいたします。
○阿南一成君 今、石井先生の御発言をお聞きして、私も賛成であります。
 問題は、このODAの問題がややもたもたしておるというか、我々のところではっきりしないというのは、これはやはりODAにかかわる人間、人員が足らないということだろうと思います。
 行政改革会議におきましては国際協力庁を創設すべきであるという意見もあったというふうに認識をいたしております。しかしながら、今日、行政組織の減量、効率化を言われておるときにわざわざそういうものをつくる必要はないのであって、外務省の中の足腰をさらに強くすべきではないかというふうに私は考えております。
 ちょっと調べてみますと、一人当たりのODAの実績、日本は九七年ベースで四百八十四万ドル、それから米国は二百五十四万ドル、フランスは二百八十万ドル、こういうことになっておるわけであります。したがいまして、外務省の方で人的な整備をバックアップしていく、こういうことで私はいいのではなかろうかというふうに考えております。
 以上です。
○馳浩君 私は一点に絞って意見を述べさせていただきます。
 今現在、政府開発援助がどのような形で諸外国に対してなされているかということが私は余りにも日本国民に浸透していないと思っております。その一つは、我々国会議員が選挙区へ戻って有権者にお伝えしたりとか、あるいは行政府から意見聴取をしたりとか、そういったときに必要となる法律を持っていないということに落ち度というか弱点があると思っております。
 ぜひ私は、各党会派の意見のすり合わせのもとに議員立法でODA基本法といったものを整備した上で、実際的に予算を縛ることは非現実的だと思っておりますが、先ほどから諸会派の先生方からも御意見にありました評価のあり方、監視のあり方、こういったものに関しましてはもっと我々国会議員が前面に出て関与していくべきではないかというふうに思っております。我が委員会でも前回JICAの方を視察に行きました折に、やっぱり諸外国から研修に来ている方々には大変感謝をされておりますし、同時にそういった人材が全世界にネットワークとして広がっていくということは、これは日本が関与しているということの非常にすばらしい点であると思っておりますし、我々もその点については胸を張っていいと思います。
 そういう点に関しましても、我々国会議員が行政府に対しても諸外国に対しても十分胸を張って日本のODAはすばらしいと言うことのできるような法律を持って、そのもとに評価、監視の体制を整えていく。そして同時に、個人的な意見ですけれども、もっともっと予算も拡充していく体力もあるわけですから、その点についても我々国会議員が大きな力を持っていかなければいけないのではないかと思っております。
 以上です。
○櫻井充君 今の馳さんの意見に本当に賛成なんですけれども、やはり松さんもおっしゃっていましたとおり、まず基本法を作成すべきではないか。特に、杉下参考人がおっしゃっていましたけれども、国会の介入が必要であるというふうなことから考えても議員立法でぜひ基本法を作成していただきたいというふうに思います。
 それから、皆さんがおっしゃっているとおり、事後評価が絶対的に必要だと思います。事前のチェックがあった方が本当はいいのかもしれませんが、相手国との関係もあったりしてなかなか難しいと思いますので、事後評価をきちんとすることによって次の新しいODAを行う際の資料にしていけばいいかというふうに思います。事後評価をどのような形でやっていくか、こういう委員会がせっかくあるんですから、この委員会できちんと評価ができればいいなというふうに思います。
 それから、情報公開法が制定されましたが、果たしてそれだけで十分なのかどうかということになると思います。それから、これは杉下参考人の方から話がありましたが、要するに相手国政府と民間企業の問題だから、日本のお金が出ていっているわけですけれども、調査するシステムがなかなかできない。相手国政府だからというふうなことを言わないで、そのことに関してもきちんと調査するシステムをつくっていかないと透明性が高くならないというふうな話もございましたので、その辺の情報公開についても国会の方で議論できるようなシステムができればというふうに思います。
 いずれにしても、国民の方々の税金を使って運営されていくわけですから、国民の方々が十分納得できるような制度にしていただければと思います。
○小宮山洋子君 私は、要らないものを垂直型にやっていくODAではなくて、本当にその途上国で自立するために必要な水平型と言うんでしょうか、傍らから必要な支援をするためにはNGOがしっかりと働く必要があると思っています。
 日本でやっている中では、日本のNGOと現地のNGOとが連携をとって、そこへ例えば外務省の草の根無償が行くトライアングルの援助というのが非常に評判がよい。これは私も見てきたところもありますけれども、こういう形のものがしっかりもっと広がっていくようにしていく必要があるのではないかと思うんです。
 それから、NGOというとボランティアで余りお金がなくてもできるかというと決してそうではなくて、NGOの人材養成のためにも少なくともそういうNGOの事務局はしっかりしていなきゃいけないんですが、今、政府のお金というのは余りそういう人件費に行かないようになっているんですね。ですから、きちんとその辺のNGOで働く人たちがちゃんとしたお金を持って働けるように、その意味からしてもNPO法の税制を含めてしっかり環境整備をする必要があるのではないかと思っています。
 それから、国際協力事業団を見にいったときにもそういう発言がありましたけれども、今、外へ出ていく専門員の方、あるいは青年海外協力隊の方が日本へ帰ってきたときに、その先が非常にドロップアウトしてしまうというケースがあるのです。ですから、そのあたりの仕組みが、やはり外へ行って戻ってきたときにまた何か勉強をして現地へ帰れる、そういうことですとか、それから企業などに戻るケースは戻れるようにするとか、そういうようなことがもう少しフレキシブルにできるようにしていく必要があるのではないかと思っています。
 それから、問題になったかと思うんですけれども、JICAの長期留学、官僚の特別枠、あれはとんでもない話なので、ああいうものこそ民間の人材育成のためにきちんと使われるべきだというふうに思っております。
 よろしくお願いします。
○富樫練三君 富樫でございます。
 私は、この間、インドネシアにおける例の鉄道の近代化事業の問題、これをめぐってのリベート問題、それからダム建設の問題、こういう問題の質疑をしてまいりましたけれども、これらの委員会全体を通じて三つの点についてぜひ意見表明したいというふうに思います。
 第一は、チェック体制を強化するという問題なんです。
 例えば援助案件探し、プロファイと言われておりますけれども、それとか計画の提案、それからJICAの事前調査、フィージビリティー調査、エンジニアリング・サービス、こういう形でどんどん進められて、あわせて交換公文の署名とか借款契約、そして入札、落札、契約の締結、工事代金の振り込み、こういうことについてほとんどが調達ガイドラインとかあるいは閣議決定されております政府の開発援助大綱、これに基づくチェックが事実上余り行われていないということがはっきりしてきたと思うんですね。これは今後のODAを考えた場合に、不正競争防止法、これを実施するという点から見てもチェック体制を強化するということ、このことがどうしても必要だというふうに思います。
 二つ目の問題は、情報公開の徹底であります。
 問題点がマスコミとかあるいは会計検査院によって指摘される。政府やOECFとかあるいはJICAがそれでも実態をなかなか明らかにしないという状況であります。一たび援助金として支出したお金は相手国のものであるからそのお金がどういうふうに使われても日本政府の責任ではないという日本政府の態度に原因があるというふうに思うんです。
 ところが、実際にはダム建設など日本のゼネコンが計画をしてJICAを通じて政府が決定をする、OECFがお金を振り込む、そのお金は工事を請け負った日本のゼネコンが受け取る、こういう仕組みであって、援助の相手国の政府を一度は通過するけれども結局は日本のゼネコンに入ってくる、こういう形であります。そのお金は国民の税金や財投資金というわけでありますから、今後のODA改善のためにはこれらの情報の公開、これは緊急の課題だというふうに思います。
 三つ目の問題は、現地住民の声がなかなか反映しにくいという、ここを改善するという問題であります。
 例えばコタパンジャン・ダムの建設の場合ですけれども、一万七千人が立ち退きを迫られた。水没予定地の集落では、同意書に署名した家々の壁に通し番号がペンキで書かれたり、だれが同意していないか一目でわかるようにされてしまったり、あるいは現地の村々では集会が禁止されて軍隊や警察の威嚇行為にさらされて署名をする、こういう状況であります。しかも、移転補償費は極端に低い、移転先での住民の生活は移転前よりも下がっているとNGO組織が報告しているわけなんです。
 こういう点で、現地と日本のNGO組織との緊密な連絡、協力のもとで事業の改善を図っていく、そして現地住民の声がしっかりと反映される、こういう改善が必要である。
 以上、三つの改善点をお願いしたいと思います。よろしくお願いします。
○長谷川清君 神奈川県の千葉さんを初め皆さんのおっしゃっていることはもっともなことがたくさんございまして、私は、それを本当に実効あらしめるためにはODAの運営のあり方、システム、これをプラン・ドゥー・シー、プラン・ドゥー・シーの繰り返し、これを習慣化させること、その上に立っての情報公開、この二つがきちんとできれば、皆さんがおっしゃっている多くの目的にかなっているんだろうかとか、むだはないかとか、よりよい知恵が働いているかどうかとかといったようなこと、あらゆる面で効率よく、しかも限られたお金が有効に使われているという、そういう道につなげるにはどうしてもこのプラン・ドゥー・シーというものを習慣化するというシステムが必要だ、こう思いますし、そこで明らかになったものの情報公開、この二つがなければ皆さんがいろいろおっしゃっている事柄についてこれを実効あらしめるのには余りにも多岐にわたり過ぎていて集約がつきづらいし、そしてわかりづらいということになるのではないか。つまり、プランの上にドゥーという構造があり、その上に立ってのシーというチェックの繰り返しをいかに国会の中で身につけるかということではないかと私は思います。
○梶原敬義君 私は三点申したいんですが、一つはODA基本法をつくるということについては賛成であります。
 かつて、フィリピンのマルコス疑惑の後、国会でも大分議論をして基本法をつくりかけたんです。原案までできたんですけれども、これは与党の方の強い反対でできなかった。外務省が物すごく抵抗するんですね。国際協力庁みたいなものをつくった場合には外交がやれないと言うんですね。要するに、援助をすることによって外交がやりやすいということを裏返せば言うんでしょうが、外務省が仕事ができない、こういう体質がありますから、よっぽど与党の方も腹を据えてかからないと外務省の相当な抵抗を受けるということを申し上げたいと思います。
 それから、二番目に評価システムですが、これは私どもはそのときに会計検査院は何をしているのか、現地に行ってやれと、これは受け入れ国との関係もありますけれども、随分厳しく言いました。言葉の関係もあるし、人もいないということですが、今少しずつ外務省は相手の了解も得て現地に入るようになりました。ここでやるのか、あるいは行政監察のところでやるのか、いずれもう少しはっきりして評価システムを確立していく必要があるだろう、このように思います。
 それから次に、留学生の問題ですが、先ほど言い落としましたが、やっぱり東南アジアの方から日本かアメリカかといったら、もうアメリカに留学したい人が多いようなんですね。一体原因は何なのか、いろいろあるでしょうが、資格の問題等もあるようです。これは相当おくれをとっているようですから、この部分は早く反省をして手を打っていただきたいと思います。
 以上です。
○小泉親司君 私は二つの点で意見を表明させていただきたいと思います。
 先ほどからも議論になっております基本法の問題については、援助のあり方、援助の目的、意義、そういうものをはっきりさせるということが大変大事だと思いますので、私どもぜひそういう形で推進をしたいというふうに思います。
 まず一つは、先ほども同僚委員からお話がありましたけれども、援助のあり方の問題では、アメリカの戦略援助といいますか軍事援助のてこ入れといいますか、そういう問題というのはひとつもっと真剣に考えていく必要があるんじゃないかというふうに思います。ODA大綱の中でも人道援助ということを理念にすべきだということが強調されておるんですが、年々のODAの援助を見ますとアメリカの戦略援助的なもの、それから軍事政権のてこ入れ問題みたいなものが大変大きな比重を占めているというのは疑いないことで、国連総会でも毎年この点での民主化や人権問題などが指摘されているところだというふうに思います。
 例えば、先ほどもちょっと御意見が出ましたが、ミャンマーの問題を見ますと、今度のケルン・サミットでミャンマーというのは重債務国に指定されているんですね。日本の対重債務国の金額というのは約一兆二千億円あるんですが、このうちミャンマーが四分の一を占めるんですね。ミャンマーの軍事政権が依然として債権を二三%とっていると。例えば、九〇年以降のミャンマーへの援助を見ますと、無償協力援助というのが大量に行われているんですけれども、この援助のうちの九〇%以上がいわゆる債務の返済のために使われていると。無償協力援助の中ではそういうものが占めているという点は、やはり今後お金をよく考えて人道援助の方向に転換していく必要があるというふうに思います。
 特に、先ほども意見で出されましたが、韓国の全斗煥政権への援助とかマルコス疑惑とか今度のインドネシアへの問題とか、疑惑の問題がいろいろ取りざたされておりますので、そういう点をひとつしっかりとした理念をつくるという上で基本法の制定はやはり重要じゃないかというふうに思います。
 もう一つ、ちょっとだけ指摘させていただきたいのは、ODAの援助の問題でも技術協力費の問題がありまして、参考人の質疑でも出されましたけれども、約一兆二千億円ありますODAの中の三分の一を技術協力費が占めております。このうち半分がJICA、半分が十七の省庁に分散しているんです。農水省とかその他十六省庁にわたっていますので、やはりこの一元化をしないとうまくないというふうに思います。
 それからもう一つは、この援助が公益法人を通じて行われている関係で各省庁の天下りの温床になっているというのがこの間の専門家の雑誌の論文などでも指摘されておりますので、そういう点での情報公開のあり方もきちんとすべきだと思いますし、実施体制の一元化、それから技術協力費の概要にとどまらないで援助の実態の情報公開を徹底して進める必要があるんじゃないかというふうに思います。
 以上、二点。
○渡辺秀央君 ちょっと今ミャンマーの話が出たので訂正をしておかなきゃいかぬと思うんです。
 日本がミャンマーの空港に援助をしたのは管制塔が、日本の十年前に援助協力を約束したのがいわゆる民主化問題とつながって援助がストップになっているんです。これは国際飛行場ということであって、もし万一事故でも起こったら大変な日本に対する国際的な非難が来るということで、これはまさに人道的問題として、軍事政権に対する援助じゃなくて、先ほど私が言ったように、人道的問題として行われているんだということをどうぞ理解、認識をしてもらわなきゃいかぬというふうに思います。
 それから、私がさっきミャンマーのことを申し上げたのは、実態を見て評価をすべきだという一つの例を申し上げたのです。軍事政権ではある。アジア各国は全部軍事政権から始まっている。ソ連だって軍事政権から始まっている。だから、それはいつどういう時点で民主化するかということがむしろ問題なのであって、それがなぜできないのかというその国の持っている歴史、すなわちミャンマーは数十年間、日本が戦争のときに迷惑をかけてから少数民族との戦いの中にあったんです。ですから、ミャンマーは非常に強硬な軍事政権のように見えるけれども、内戦で時間が経過してきておったという実情を理解してやらなきゃいかぬというふうに思うんですね。
 私は、そういう意味で何も軍事政権を称賛して援助をするということを言っているんじゃなくて、一つの国を援助するのは皆さんとそう違わないことを言ったと思うんです。よく実態を見て、そして重点的に、あるいはまた人道的にということをあえて私は申し上げているわけですね。そういう意味で、この日本の援助というのがただアメリカに言われたからストップする、それじゃ独立国家じゃないじゃないかということを言っているわけなんです。そのことをどうぞ間違わないようにしてもらわなきゃいかぬというふうに思います。
 それから、一元化の問題というのは非常に問題があると思うんですけれども、しかし日本としてやはり縦割り行政から行政改革で新しい二十一世紀を迎える行政体制をつくろうとしているときですから、私はやはり外務省との関係、あるいはまたほかの省庁との関係ということはもっと議論する余地があるにしても、しかしこの委員会としては一元化の方向を目指すべきであるという、これは大体大方の合意じゃないかというふうに思うんですよ。それぐらいのことは私はある程度の合意として次の決議文で、皆さんとの話し合いですけれども、やっぱり決めておく、あるいは方向づけるということが大事だろうという感じがします。
○輿石東君 今、ミャンマーに対する支援の問題が出てきたわけですけれども、その支援のあり方、ODAの目的、理念、そんなお話もありました。それで、基本法をつくる必要があるのではないか、大多数の方がそんなことを言われ、一元化の問題も出てきたわけですけれども、私は日本のODAの出発が戦争処理、賠償をするというところから始まっている歴史も忘れてはいけないだろうと。そのことを踏まえて相手国の実態とか、どういう形でやっていくのか、それで人道的支援へ移っていくのだろうと思うわけです。
 そこで、一番欠けているのがやっぱり開発教育。小さいうちからどういう人間を育てていくかということも大事だろう、人材育成という面で。それで、学校教育ではそういう面をどういうふうに教えていくのか。憲法の前文を引き出すまでもなく、世界の平和を目指してお互いに平和のうちに生存する権利を有する、そういう理念に立てばそういう人間をつくっていくという視点も必要でありましょうし、外務省で開発教育を考える会などというのを九七年に設置をしたようですけれども、それ以降出てきたのは文部省との間に、教科書の中の記述が間違っていた、そのぐらいのものしか出てこない。やはり、基本法をうたっていく上ではこういう問題に視点を当てて基本法というものをつくっていくべきではないか、そんなふうに思います。
○脇雅史君 人材の活用といった観点からなんですが、ODAに対処できる人材というのは、言葉の問題もありますし、現地のいろんな方々との面識ということもありますし、経験がかなり物を言います。そうしますと、役所にいてそういう経験をお持ちの方でやめられた方をすぐ使わなくなるというのは非常に日本という国としてマイナスも多いわけです。もちろん悪い人を使ってもらう必要はないんですけれども、有能な方はどんどん使うという仕掛けが要るんじゃないかと思うんですが、そのことをただ天下り天下りと言って、悪いけれどもばかの一つ覚えみたいに役人からどこかへ行ったら天下りなんということを言わずに、その行く仕掛けをきっちりと国民の皆さんに透明にしてわかりやすくしてむしろ使う方が国として非常にプラスが多いので、ちょっと言い方が悪いかもしれませんけれども、そういう面で見直していただいた方がいいんじゃないかと思います。
○田村公平君 いろんな意見が出ましたけれども、ODAというのは基本的に、これは千葉先生と一緒に現場へ見に行ったんですけれども、漁港をつくる、それはいいんですけれども、漁港をつくったって漁船がないわけです。当然三十五度から四十度ぐらいの気温になるところ。物流という制度がない、製氷機もない、冷蔵庫もない、トロ箱もない、編んだ竹かごにとっていて、漁港だけは立派なんです。だから、要するに全部同じことだと思うんです、今やっているODAというのは。
 僕は現場主義ですからいろんなところへ行っていますけれども、例えばミンダナオに行く。ミンダナオというのはついこの間まで内戦状態にありまして、ミスアリ議長というのが州知事を兼ねていますけれども、モロ民族解放戦線の議長です。日本国大使館は全然関知していません。経済班長も絶対行くなと言うんです。僕は招待状をもらっていますから行きましたけれども、そういうところでそこの議長兼知事に会うと、新幹線の中古をこっちへくれと。電力事情も悪いのに、コントロール、つまり物流、交通ネットワーク、すべてそうなんですが、新幹線が欲しいというんです。新幹線はテレビで見ているわけです。だから、そういうのが実際ODAとしてなされているんです。
 それから、外務省の話が出ました。外務省には人手が全然足りていません。大使がいて公使がいて経済班長、これがプロパーのラインです。あとは一等書記官という名前で各省庁からの寄せ集めで二ないし三年で全部かわっていきます。例えばカトマンズからツクチェ村まで、ポカラまで車で六時間、そこから歩いて二日間です、幅一メーターもない道を。そういうところへ行く外務省の官僚はいません。だから何もわからない。かえってJICAとか協力隊員の方々の方が現場主義ですから地元に入り込んでいますから、そういう方々の意見をきちっと吸い上げてネットワーク化する。二年の任期ですけれども、気に入って三年、四年必死になってやっている人もいっぱいいます。特に女性が今進出しています。ネパールなんかは隊員五十名のうち三十人が女性です。それをうまく吸い上げる制度、それをつくり上げていけば僕は随分変わってくるだろうし、むだな箱物とか利権も随分なくなってくるような気がします。ぜひそういうふうに意見を集約していただきたい。
 それから最後に、これは松先生、気になっていたから申し上げておきますけれども、我が国のソバの原産地はゴールデントライアングルのところでありまして、例えばダウラギリの下にある二千六百メーターのツクチェ村というのはソバしかとれないんです。日本でもソバがあるところはジャガイモかソバしかつくれないところなんです。ソバの原産地はあのあたりなんです。だから、日本が日本のソバを向こうへ行ってつくらせているのではなくて、ソバしかないんです。だからいろんな食べ方をしています、焼いたり練ったり、僕らの子供のころもそうだったですけれども。そのソバをどうやっているかというと、カトマンズに日本のそば屋さんをつくりまして、カトマンズには日本人が結構おるものですからツクチェ村からソバを持ってきて、おそば屋さんがサンセットビューホテルという中にありますので、またぜひ行ってみていただきたいと思います。
○田名部匡省君 今、田村さんからの漁港の話は全くそうなんですよ。立派な漁港をつくったって冷蔵庫をつくったって、電気がなきゃどうしようもないんですよ。ですから、きのうかおとといの新聞かテレビでちょっと見たら、評価の三七%は見直すべきだというのが出ていましたね。それは何でそんなになったかというと、結局それを活用する人材がいない。それから、部品がなくてもう使えない、故障すると部品がないわけですから。ですから、事前にそういうことまで考えながらどういうものをつくるかということをやらなきゃ。
 それから、今言うとおり、人材が確かにいないんですよ。私もマダガスカルやいろんなところへ行きましたけれども、しかしあそこに外務省なり、領事館でもいいですが、あそこにJICAとか、例えば民間の商社の人たちがおりますね、もう定年になっても言葉はできますし、そういう人たちとかNGOの人たちがおって何かやらないと。外務省も無責任、現場のことになると農業のことでは一向わかりませんから、ですからそういう組織をどうつくってこれを回すかということをやってやらないと。病院を建てるといったって、今度は厚生省でなきゃ全然わからぬわけですから、それを全部外務省外務省といったって外務省じゃ機能しないことはわかっているんです。
 だから、そこにどういう仕組みをつくればこれが機能していくかということをやってやらないと。それで各省に頼むと、そこは完全に別個に自分たちのものを持っていますから、どんどん行っちゃう。外務省は全然わからないということではいかぬですよということなので、いろいろ苦労はあると思うんですけれども、しかしやっぱり本当につくった後も喜んでもらえるものをつくってあげなきゃ。私も何カ所か見たけれども、こんなに立派でなくてもいいのになと思うほど立派なのをつくっているんですよ。
 あの国にはふさわしくないといったら怒られるけれども、日本と同じものをつくることはないので、そこの生活レベルに合った、その地域の人たちが使っている程度のものでやってあげればいいという気がします。電力だって、何も大きなダムをやらなくたって、小さなので今その村ぐらいをばっとやるぐらいのがあるわけですから、そういうふうに考えれば、日本のダムみたいなのをつくって全部やる気にならなくても、村、村で困っていれば小さな発電機か何かをやって使えるようにするとかいろいろ考えなきゃ。そういうことを私は期待しているんです。
○大島慶久君 田村先生と田名部先生の今の御意見で私は非常にいいところをついておられるんじゃないかなと思いますのは、まず援助する国が一体何を求めているかということを、外務省の方には耳の痛い話かもしれませんけれども、特に東南アジア一帯で一番その国の実態をよく知っているのは日本の進出している商社の商社マンだというふうなことを私はよく伺います。実にそうなのかもしれません、商売することで生きていくわけでありますから。
 そうしますと、そういう手続上の非常にややこしい方法というものも、ついつい援助を受ける国の人たちは、すべてとは言いませんけれども、商社の皆さんに相談する機会が非常に多い。日本の商社マンというのは優秀な人が海外へ行く方が多いですから、非常に手続なんかも合理的に短時間でうまく教えてあげるというんでしょうか、そういったところにリベートの問題だとかいろんなことが絡むような気がいたします。ですから、外務省だけじゃなくて、外務省がもっとしっかりしていただくことが一番大事でありますけれども、そういう組織をしっかりとまず構築し直すということが一番大事であります。
 それから、医療の問題を事例に引いて言いますと、日本というのは日本の医療、我々も即外国から援助を受けたいと言われれば、例えばCTスキャナー、電磁波を使った断層撮影機、これは何千万もする機械であります。せっかく相手国に送るならそういう立派なものを送ろうという日本人の気持ちというのは大変とうといのかもしれませんけれども、それを使いこなせる医療人が海外では非常に少ない、特に東南アジアの場合は。失礼な言い方かもしれません。もっと基本的なところで役に立つものが一体何なのかということをよく把握することが私は一番大事だと。
 最後になりますけれども、こういう話を聞いたことがあります。日本の青年海外協力隊の方たちがいろいろと向こうで活動するに当たって今まで一番喜ばれたのは、日本であれば当たり前の洗濯機、これは電気がありませんから使えない、そこで、今の家庭にはどこにも見当たりませんけれども、あのぎざぎざと木を切り込んだ洗濯板というんですか、あれを実演したときに大変便利なものだ、ぜひこんなものをもっともっといただきたい、そういう話で感激したということを聞いたことがあります。これは一つの事例であります。
 ですから、相手が何を求めているのか、せっかく有効にお金を使うならどういった方法がいいのかということをもう少し抜本的に見直す時期じゃないのかな、こんなことを感じましたので一言発言をさせていただきました。
○塩崎恭久君 今の大島先生のお考えとつながるわけでありますが、田村先生の先ほどのお話の中にもありましたように、現地で何が本当に必要とされているのかということがなかなかわからないということは大変重要な問題だと思います。
 結論からいいますと、先ほど来繰り返し出ておりますが、基本法を制定すべきではないかという御意見が多いわけでありますが、私も全く賛成であります。
 理由は二つございまして、一つはODAの実施の方の一元化ということが再々出ておりますが、しかしそうは言いながら、それぞれの役所に、行政にくっついている方が情報が広くあるケースもあるんだと思います。したがって、一足飛びに一元化まで行くのはなかなか難しいだろうと思うんですが、少なくとも情報の一元化というのは、現地のニーズについても、あるいは国内の協力体制についても、あるいはNGOの体制についてもやっぱり情報を一元化してしっかりと握っていくということが大事である。そしてまた国家の政策として、私はODAはやっぱりエンゲージメントポリシーの一つだと思っておりますが、担当大臣ぐらいはいてちゃんと一貫して政策をやる。この間のアジアの通貨危機のときには輸銀のアンタイドローンが随分活用されておりますが、これは専属として大蔵省が握っていて、かつて中国で原爆実験をやってこちらがODAをとめているときに輸銀の援助を出したということでいろいろ問題になったことがありますが、外務省と大蔵省の間で連携をしているとお互いの役所が言う割にはお互いによく知らなかったりすることが多いので担当大臣みたいな者がいてもいいんじゃないかなと。ですから、ODAの実施の一元化が一挙にできないとするならば、やっぱりそれぞれを全部横糸で通す基本法みたいなのがなければいけない。
 それから、先ほど事後評価を大事にせいと、まさにそのとおりだと思いますが、言ってみれば事前の評価とも言える基本的な政策の柱建てというものから計画をつくっていくという意味で、基本法に照らしてみてその計画自体がおかしいということを、我々もまたチェックもできるわけでありますから、やるべきではないかと思っております。
 それから、結局こういった財政難のときにどれだけ支出を、先ほど石井先生からも余り金目にはこだわる必要はないんだというお話がありましたが、私もそのとおりだと思います。結局は現地の人であり、そしてまたこちらの人であって、ただ金を突っ込めばいいという話でもないし、最終的に自立をするためにも現地の人たちが、そしてまた日本人が助けるにしてもあるいは外国の方がその現地を助けるにしてもやっぱり人だろうと思いますから、現地での人の育成、そしてまた留学の受け入れをしっかりやらなければいけない。先ほど梶原先生からアメリカにみんな行ってしまうんだという話がありましたが、それはそのはずで、日本語から勉強したんじゃ間に合いっこないわけで、そういう意味では英語でやれる大学の教育の機会というもの、あるいはもうちょっと現場での技術等を得る機会というものが英語でやれるというのが余りにも日本は狭過ぎる、そういう意味での受け入れ体制をきちっとしなければ結局開店休業になって何もできないということになってしまうのではないかと思っております。
 これは何もODAに限らず、日本の大学の閉鎖性というか、結局アジアの人たちが日本の大学に留学をしないでアメリカやイギリスに行ってしまうということになっている一つの原因はやっぱり英語できちっとしたことができない、これは実は日本の企業でも英語で取締役会をやっているところはソニーぐらいしかないわけでありますから、そういうような閉鎖性がやっぱり日本をいつの間にかおくらせてしまうということになるのではないかなと思っておりますので、その辺の配慮もした方がいいのではないかと思っております。
○木村仁君 三つほど申し上げたいんです。
 第一に、基本法の制定については私も賛成でございます。外務省が基本法ができてどこか別に主管省ができると自分たちが外交でそれを活用できなくなるという、これももっともな話であるから、私は、基本法をつくって一本化するのならば、やはり外務省がそれを掌握するようにすればよいことでありますから、そういうふうにすべきではないかなと思っているんです。
 と申しますのは、この間マニラにちょっと二日ほど行ってきて代理大使の方と話しておりましたら、今のエストラダ大統領というのは非常にいいと。この人はエラップというあだ名がありまして、反対から読んでパレ、お友達、それを逆転してエラップというあだ名だそうですが、大変いい人なのか、非常に親日家で、日本から援助をもらってやった仕事のテープカットなんかするときには、これは日本の援助でつくったものですということを非常にはっきり演説するそうです。それはマルコスも前のラモスもアキノさんでもそういうことは言わなかった、全部自分でやったように国民にはアピールすると。これは日本の政治家でも同じでありますからそうかもしれませんが、このエストラダ大統領は、これは日本にお世話になったんだ、そういうことをはっきり言われる。せっかく日本も一兆数千億ドルからのお金を使って、有償・無償でありましょうけれども、援助をするわけですから、やはり最終的には回り回って日本のためになるということは常に考えておかなきゃいけない。そういうふうにするためには、やはり外交とも連携してプレーができるシステムはつくっておく必要があるから、基本法をつくるにしても外務省に中心を持っていくべきであろうと。各省がそれに対して協力するのは当然でございます。日本のODAは、今まで見ておると、商社がくわえ込んできたものを政府が取り上げて援助をしておるからおかしなこと、不透明な部分が非常にあるということでありますから、きちっとやっぱり公でリーダーシップをとれるようにしなければいけないのではないかと思います。
 それからもう一つ、先ほど塩崎先生が言われたことと同じですけれども、日本に来た外国の留学生に対してきっちりと研修ができる体制、そういう人材をとるべきであると。EROPA、東南アジア行政会議というのがありまして、そこの研修生を毎年自治大学校で受け入れておりまして、私ももう二十年ぐらい講義をやっております。地方自治法ですから私は一方的に十五時間でも二十時間でもしゃべるんです。しゃべる方はできるんですが、東南アジアの方々が質問をされると何をされたかさっぱりわからぬ、言葉に特徴がありますから。その程度の講師が教えているから、やっぱりどうしてもアメリカやイギリスが自分の国語で教えているのとは違うんです。ですから、もっともっと研修の受け入れをしたときに、この間あそこではみんな感激してすばらしいすばらしいと言っておりましたけれども、実際講師がおしゃべりになっているところを見ると必ずしもそうかなという気がせぬでもなかったですから、一つには人材を育てるということと、そしてそういうことのできる人をお願いするためには、講師料がもう全くお話にならぬほど安いわけでありますから、一兆二千億もかけて海外には援助しているんですから、それを受け入れる日本の中でも超一流の方が来てお話になってもいいくらいの、そこらあたりの改善も必要ではなかろうかな、私はそういうふうに考えております。
 ありがとうございました。
○岩佐恵美君 私は、先ほどから出されている計画段階でのチェックの問題で、とりわけ環境アセスの問題についてちょっと強調させていただきたいと思います。
 九七年に総務庁が行った有償資金協力の行政監察で、公害対策とか自然環境の保護の案件が極めて低いということ、それから環境配慮のガイドラインやアセスの技術指針が不十分である、こういうことが指摘をされています。私も質問の中でこの問題は取り上げました。
 カナダとかアメリカ、オランダでは、援助機関は国内の環境アセスに従う、こういうことが義務づけられております。ところが、日本ではそうした規定がなくて、OECFだとかJICAがばらばらに環境配慮の基準をつくっているということにすぎないわけですね。こういう状況というのは直ちに改善されていかなければいけないというふうに思います。少なくとも六月から日本のアセス法が施行されているわけですから、日本国内のアセス法の適用、これは行うべきだと思いますし、また、国際的な環境保全の進んだ基準に基づいて環境アセスを実施する、こういうことも必要だと思うんですね。今、地球規模での環境問題が大きな問題になっていますけれども、特に発展途上国や後開発途上国の環境破壊というのが大きな問題になっておりますので、大きな視点でそういうことを考えていく必要があると思います。そういう意味でのアセスの指針というのを明確にすべきだと思います。
 それから、JICAの方々とのお話の中で、公害対策とかあるいは自然環境保護の事業というのが非常に重要だということが指摘をされておりましたけれども、日本からの派遣専門官の確保はなかなか困難だということが言われていました。私は、国はもちろんですけれども、民間あるいは地方の行政機関に対しても人材の育成確保、これを本当に系統的に協力してもらえる、そういう工夫をやるべきだというふうに思います。
 それから、ことしコスタリカで五月に第七回ラムサール条約締約国会議が開かれて、国際的に重要な湿地の登録拡大、登録基準を拡大しなさいということが決められていますけれども、日本国内でやるのはもちろんですが、発展途上国での選定に対する援助とかあるいは協力、これが必要であろうというふうに思います。
 それから、事業で影響を受ける湿地の保全とか希少野生生物の保護、地球温暖化対策事業など全地球的な環境保全のために積極的に努力をするということが私は日本の国際的な責任だろうというふうに思います。開発によって環境破壊はもう絶対してはならない、これは当たり前のことですが、もっと積極的に環境保全をするための資金的なあるいは技術的な研究調査、啓蒙などの人的援助をきめ細かくやっていくべきであるというふうに思います。
○坂野重信君 私自身、実はアタッシェの経験者であり、またODAに関連して仕事もやってきたわけですから、皆さんの発言もごもっともな発言ばかりですけれども、特に田名部先生のおっしゃったこと、それから田村先生、それから脇さんのおっしゃったことに関連してちょっと注意すべきことがあると思います。
 一つは一元化の問題、これは大変重要であるし、方向としてはやっぱり外務省を中心としてそういう方向でがっちり固める必要があると思いますけれども、さっき話が出ましたように、とかく外務省の役人は国際問題、エチケットとか政治の問題は詳しいんだけれども、いわゆる経済問題、特に内政の問題、自分の赴任している国の内政問題等を含めて、日本の問題でもそうですが、そういう知識がほとんどないんですよ。ですから、外務省に突っぱねて、外務省に経済協力局というのがありますけれども、これを強化してみても、よほどそういったエキスパートをそこに集めて、そしてノウハウというものを集約するように考えていかないと、一元化というのはなかなか難しいと思いますよ。
 私なんか大使館におったんですけれども、やっぱり内政のことより経済の方が明るい人なんというのはほとんど外務省のプロパーにいないわけですよ。そして、各省から来ているそれぞれのアタッシェがそれを補佐し、そしてまた商社が皆さんの意見を聞いて、そこで初めてそこの国にはこういうものが大事だということを外務省として大使も判断する、そういうものがなければ大使自身が総合的にこの国に対してODAで何を重点的にやるべきかという判断ができないと思うんですよ。
 そういう意味で、私は一元化するにしてもそんなことを忘れちゃいけないし、それから国内法も五、六年前に実は、さっきも話がありましたけれども、随分議論になったわけですよ、基本法をつくるべきだと。しかし、そのときも大蔵省の反対があり、与党の我々も必ずしも賛成しなくて流れたんですけれども、やっぱり法律をつくるときに考えなきゃいかぬのは、悪いことをするのは我が国の出ていった国民じゃなくて、その国の、非常にレベルが低いわけだよ、道義的な観念が。東南アジアを考えてもそうですが、だからそういうものを含めてその出先の国に対していかにそういう道義的なものを守らすかということを含めた何か総合的な法律というものを考えていかないと、我が国の国民だけ、出ていく連中だけ盛んにいじめて、おまえ悪いことをした、悪いと。何も初めから悪いことをする人はないと思いますよ。いやしくもそれは外国に出ていって日本の国威を宣揚しようという意気を持っていくわけですから。だから、初めは私は性悪説をとらないで性善説をとっているんですけれども、やっぱり何となくその国に出ていくと、その国自体がもうそういう悪いことをするようなことにならされて、そういうことをやらなければ損だというような風潮が、国によって程度の差はありますけれども、よっぽどそれは考えていかないとぐあいが悪いということをやっぱり私もこの際申し上げておきます。
 それから、外務省に一元化はいいんですけれども、さっき申し上げたように、技術者はおりませんからね。今までは技術指導というものが半分以上を占めておった。しかし、これからはそういった専門の技術よりもどちらかというとソフトの面の方が大事になってきますから、ハードの面ばかりじゃありませんけれども、やっぱりそういう技術者というものは各省に散らばっておるわけです。しかも、OBもたくさんおるわけです。外務省にはいないわけです。ですから、その辺の活用を今後どうするかということをよっぽど考えていかないと。
 そして、私は建設省ですけれども、建設省なんかは外国の生活をした者については帰ってきたらむしろ栄転さすというようなことを私のころから始めたんですよ。各省もそういうことになってくると、優秀な人材がある期間外国に行ってODAの仕事をやってくる、それで帰ってきたら、よくできるということになってくれば張り込みが違ってくると思うんですよ。そこまでいかなければ私はODAというものは十分にいかないという感じがいたしますので感想だけ二、三申し上げておきたいと思います。
 以上です。
○小宮山洋子君 先ほどから重債務貧困国の債務の削減について御批判の意見が幾つかあったので、ちょっと違う視点から一言申し上げたいと思うんですね。
 確かに借りたものを返すのは常識であるし、自助努力をしている国がほかにあるのに一部の国だけ削減することへの批判があるのはわかりますけれども、そうした国への援助が本当にそこの国民にとって必要な援助がなされた結果なのかどうかということが一つあるんだと思います。その債務がどんどん重なって利子がそれについてきて、結局その国の中で弱い立場にある子供とか女性たちの命にかかわったり、あるいは教育とか保健とかそういうことにいろいろな弊害が出ているということで、NGOが中心になってジュビリー二〇〇〇という、二〇〇〇年の前にみんなチャラにしてというか、同じレベルになって新しい世紀を迎えようというクリスチャンとNGOと労働組合の国際的な組織などが一緒になってかなり大きな運動になって、ケルン・サミットで人間の鎖をしたり、それから日本からも五十万ぐらいの署名を持っていきましたけれども、そういう一連の動きがある中で出てきていることなわけですね。
 ですから、やはりこれは日本のODAのあり方を根本的に問い直すことからやらないと、借りたものを返さないのが悪いといって、じゃそこで子供や女性たちが死んだりしていっていいのかというと、これはなかなか国際的にそういう話で通用することではないんじゃないかというふうに思うんですね。
 日本のやり方も、今度一〇〇%削減するということにしたのは、その点は評価ができる点はあるとは思うんですけれども、四十年かけて債務を一応返還させて、それを今度は日本が用意したリストの中からその見合った額のものを買わせる、そういうやり方に対してもいろいろ国の子供とか女性とか人々の暮らしに本当に役立つものになるのかどうかという、四十年かける間の利子のことも含めてそのやり方にも結構国際的にNGOなどからは批判もありまして、ケルンに続いて来年の沖縄サミットにも必ずこの問題は持ち越されていきますので、その辺の日本の対処の仕方と、それからやはりODAのあり方を問い直すことともう少し根源的なところから考えないと、返さないから悪い、そういう話にはならないのではないかと思いますので一言申し上げました。
○田名部匡省君 坂野先生の御意見、全く私もよくわかっているんです、専門家はいないんですから。ですから、各省にばらばらやらせるからおかしくなるので、そういう人たちを外務省に入れてきちっとした形でやる。それだけでもできませんから、民間やNGOの人たちも加えた組織をつくって、商社の人たちというのはそこなんですよ、言葉が通じなきゃどうにもなりませんから、そういうスタッフをつくって初めて動くのであって、私は外務省だけではもう絶対やれると思っていません。
 ですから、そういうものをつくらないと、事前に調査するとかなんとか言ってみたって、大使が一々調査に行くわけはないんですから。外務省にはそんな人もいないし、本当に最貧国なんといったら人数もそんなにいませんから、だからそこを別個に何か組織をつくってあげないといけない、こういう思いです。
 それから、小宮山先生のお話はもう全くそのとおりなんですが、日本でも同じですよ、あれつくれ、これつくれと後で維持費が何ぼかかるかなんてだれも知らずにつくっているんですから。長野のオリンピックのエムウエーブも五億かかるというので今になってびっくりしているんですよ。
 ですから、事前にこれをつくったら人をどのぐらい置いて、給料がどのぐらい、電気、水道、ガスがどのぐらいで何ぼかかりますよというのがわかった上で援助というものをしてやらぬと、それは過度なものをやったら今度は返済に悩むのはこれは当たり前のことなんです。ですから、そういうことまで見て援助をしてあげないと大変だと私はいつもそう言うんです。
 かつてカナダに選手で行ったとき学校視察に行きまして、昼夜使っているんですよ。定時制かと思って聞いたら、普通高校だと、昼夜。何で夜使っているんですかと言ったら、これを建てると一人当たり幾らの負担になりますから賛成か反対かと投票させたと。そうしたら反対だと、そんなに税金取られるのなら。ですから、仕方なくそこの市では昼夜使っていると、こういうことなんですね。ですから、本当にシビアなんですよ。日本は後の市民の負担、町民の負担を全然考えずに病院でも何でもどんどん建てて、四億も三億も負担して今ごろになってみんな青くなっているんです。
 それと同じことが、こういう国であればあるほどやっぱり維持費というものから計算してそういうことをやっちゃいけませんよというやり方をしないと、偉い人が何でも大開発をどんどんやってこれで利権がどんどん出てきて、それで今度は借金はどうにもなりませんからこれを何とかしてくれと言われたって。ですから、そういうことからきちっとやらないとだめですよと、こういうことを私は申し上げておるんです。
○委員長(続訓弘君) ほかに御意見はございませんか。
 それでは、予定の時間が参りましたので、本日の自由討議はこの程度にとどめることとさせていただきます。
 本日は、委員の皆様方から貴重な御意見をいただきまして、まことにありがとうございました。委員長といたしましては、本日の自由討議で出ました御意見を踏まえて、理事の方々とも御相談の上、今後の本委員会の対応をしてまいりたいと存じます。
 本日の調査はこの程度にとどめることとし、これにて散会いたします。
   午後二時四十四分散会