第145回国会 日米防衛協力のための指針に関する特別委員会 第6号
平成十一年五月十三日(木曜日)
   午前九時二分開会
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   委員の異動
 五月十二日
    辞任         補欠選任
     寺崎 昭久君     吉田 之久君
     荒木 清寛君     魚住裕一郎君
     宮本 岳志君     小池  晃君
 五月十三日
    辞任         補欠選任
     小川 勝也君     久保  亘君
     佐藤 泰介君     輿石  東君
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  出席者は左のとおり。
    委員長         井上 吉夫君
    理 事
                鈴木 正孝君
                竹山  裕君
                山本 一太君
                若林 正俊君
                齋藤  勁君
                柳田  稔君
                日笠 勝之君
                笠井  亮君
                山本 正和君
    委 員
                市川 一朗君
                加納 時男君
                亀井 郁夫君
                木村  仁君
                世耕 弘成君
                常田 享詳君
                長谷川道郎君
                松村 龍二君
                森山  裕君
                依田 智治君
                吉村剛太郎君
                伊藤 基隆君
                木俣 佳丈君
                久保  亘君
                輿石  東君
                佐藤 泰介君
                千葉 景子君
                前川 忠夫君
                吉田 之久君
                魚住裕一郎君
                高野 博師君
                益田 洋介君
                緒方 靖夫君
                小池  晃君
                小泉 親司君
                照屋 寛徳君
                田  英夫君
                田村 秀昭君
                月原 茂皓君
                椎名 素夫君
                山崎  力君
                島袋 宗康君
   事務局側
       常任委員会専門
       員        櫻川 明巧君
   参考人
       中央大学総合政
       策学部大学院客
       員教授      森本  敏君
       名古屋大学大学
       院法学研究科教
       授        森  英樹君
       弁護士      金城  睦君
       駒澤大学法学部
       教授       西   修君
       松阪大学政治経
       済学部教授    浜谷 英博君
       帝京大学法学部
       教授       志方 俊之君
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  本日の会議に付した案件
○日本国の自衛隊とアメリカ合衆国軍隊との間に
 おける後方支援、物品又は役務の相互の提供に
 関する日本国政府とアメリカ合衆国政府との間
 の協定を改正する協定の締結について承認を求
 めるの件(第百四十二回国会内閣提出、第百四
 十五回国会衆議院送付)
○周辺事態に際して我が国の平和及び安全を確保
 するための措置に関する法律案(第百四十二回
 国会内閣提出、第百四十五回国会衆議院送付)
○自衛隊法の一部を改正する法律案(第百四十二
 回国会内閣提出、第百四十五回国会衆議院送付
 )

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○委員長(井上吉夫君) ただいまから日米防衛協力のための指針に関する特別委員会を開会いたします。
 委員の異動について御報告いたします。
 昨日、寺崎昭久君、荒木清寛君及び宮本岳志君が委員を辞任され、その補欠として吉田之久君、魚住裕一郎君及び小池晃君が選任されました。
 また、本日、小川勝也君が委員を辞任され、その補欠として久保亘君が選任されました。
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○委員長(井上吉夫君) 日本国の自衛隊とアメリカ合衆国軍隊との間における後方支援、物品又は役務の相互の提供に関する日本国政府とアメリカ合衆国政府との間の協定を改正する協定の締結について承認を求めるの件、周辺事態に際して我が国の平和及び安全を確保するための措置に関する法律案及び自衛隊法の一部を改正する法律案の三案件を一括して議題といたします。
 本日は、三案件の審査のため、参考人の方々から御意見を承ります。
 午前は、中央大学総合政策学部大学院客員教授森本敏君、名古屋大学大学院法学研究科教授森英樹君、弁護士金城睦君、以上三名の方々に御出席をいただいております。
 この際、参考人の方々に一言ごあいさつを申し上げます。
 本日は、御多忙のところ、本委員会に御出席をいただきまして、まことにありがとうございます。委員会を代表いたしまして厚く御礼申し上げます。
 参考人の方々から忌憚のない御意見を承りまして、今後の審査の参考にいたしたいと存じますので、よろしくお願いいたします。
 本日の議事の進め方でございますが、参考人の方々からお一人十五分程度ずつ御意見をお述べいただきまして、その後、各委員からの質疑にお答えいただきたいと存じます。
 それでは、まず、森本参考人からお願いいたします。森本参考人。
○参考人(森本敏君) 本日は、当特別委員会にお招きをいただき、大変光栄に思います。また、お礼も申し上げたいと思います。
 本日は、当特別委員会において御審議いただいているガイドライン関係法、とりわけ周辺事態安全確保法について、参考人として所見を申し上げたいと思います。
 御案内のとおり、我々は現在冷戦後の世界に住んでおりますが、冷戦期に構築をした同盟関係を冷戦後の世界にどのようにして役立てるのか、同盟の意義とは何であるのかということについて、九二年から九四年ぐらいまで随分と関係諸国で審議も行われ、議論も行われたと考えています。大体九四年の末ごろまでに、冷戦時代に構築した同盟をどのようにするのかということについては、冷戦期に築き上げた同盟をいわばもう一度冷戦後の安全保障環境の中で再構築をして、できれば強化をして、新しい国際秩序ができるまでの間、これで切り抜けていくという考え方についてコンセンサスが得られたのではないかと思います。
 それが欧州においてはNATOのパートナーシップ・フォー・ピース、やがてそれはNATOの東方拡大、そして現在のユーゴ作戦といった、同盟が生き残りを図るための熾烈な作戦を行っていると考えていいと思います。
 一方、ヨーロッパのもう一つの正面であるアジア太平洋においては、ソ連の崩壊はもちろん、旧ソ連軍の軍事的な脅威のいわば劇的な低下という安全保障環境の変化を招きましたが、依然として南シナ海あるいは朝鮮半島、中国と台湾の関係、その他この地域における非常に不安定な状況にどのように対応していくのかということについて日米間で同盟の再定義の作業が行われ、その結果が一九九四年の四月、日米共同宣言という形で作業の結論が出たことは御案内のとおりであると思います。
 この共同宣言に基づいて、いわばガイドラインの見直し、あるいは沖縄問題の解決、あるいはTMDの共同研究等いろいろな課題に日米両国で取り組むことになりました。とりわけこのガイドラインというのは、今後のアジア太平洋における不安定な状況に、日米が冷戦期に構築をした同盟をもう一度再構築をして、いわば強化をできるだけして、日米防衛協力をいろいろな分野においてもう一度見直し、必要なことを、やるべきことをやるという、つまり日米両方がお互いに何をすべきなのかということの分野と程度を明らかにすることによって、今後アジア太平洋における同盟を強化するというプロセスを我々は踏んでいるのではないかと思います。
 その意味において、このガイドラインに基づく必要な法整備というものは、今後アジア太平洋において日米同盟が強化され、そしてこの日米同盟を軸としてこの地域の平和と安定を維持するために不可欠の作業であると考えます。その意味において、この二年の間、国会や各政党を通じて御議論いただいた成果は大変重要なプロセスであり、できるだけ速やかにこのガイドライン関係法を国会で御採決いただき、これを実施に運ぶためのいろいろなプロセスを今後進める必要があると考えます。
 しかるに、一方、日本の国内を見ますと、日本の国民は何かしらの非常に不安感に今取りつかれていると思います。この数年、我々が経験した今までにないいろいろな事件や事案というものは、何かしら日本の周辺あるいは日本の国内における不安定な状況に、国民の平和だとか安定というものが維持できるのかどうかということについて素朴な疑問が国民の中に出ていると思います。その意味において、このガイドラインはいわば国内法でありますが、これをめぐる議論は、さきの大戦以後国内に全く見られなかった新しい安全保障論議を沸き起こしておると思います。
 昨年四月の末、現在の法案の原案が閣議で了承され、一年にわたって国内で議論しているわけですが、この一年は決してむだな一年ではなく、今後我が国が必要な安全保障政策を進めていく上において非常に大事な、かつどうしても通らなければならなかった重要なプロセスであったのではないかと思います。
 今ごろになって衆議院を通過しました法案のどこをどのように修正すべきなどということを細かく申し上げることは、これは私自身の考えですが、専門家としては余り建設的なやり方ではない。専門家というのは、常に、いかようにすればよりよい状態になり、そのことによって国民と国家の安定が維持されるのかという観点に基づいて建設的、生産的な意見を述べるのが我々の役目であると考えます。
 かかる観点から、現在御審議いただいておる法案について二、三点、私の所感がもしあるとすれば、それは次に申し上げるとおりです。
 一つは、第一条「目的」という衆議院において修正された法案の内容についてです。
 言うまでもなく、第一条の「目的」という文章は、前半に定義について述べ、後半に周辺事態法の目的について言及していると考えますが、前半の定義のところで、「そのまま放置すれば我が国に対する直接の武力攻撃に至るおそれのある事態」という言葉を周辺事態の定義として例示的に挙げたことは、この周辺事態がどういうものであるのかということについて国民に必ずしもよくわからなかった過去一年にわたる議論をわかりやすくしたということになると思います。その点について、私はこの新しい修正はそれなりに意味があるのではないかと考えます。
 しかし、一つだけ私が懸念することは、例示とはいえ、我が国周辺に起こる事態で、我が国の平和と安全に重要な影響を与える事態の中にかかる例示を入れたことによって、かねてより政府の方からお示しの幾つかのシナリオあるいはケースというものの中で例を引けば、我が国周辺で大変多量の難民が出る、あるいはある特定の国の内政や社会に非常に大きな混乱が生じて、そのことによって周辺事態と認定し必要な措置をとらなければならないような事態になったときに、かかる第一条の冒頭にある修正をそのまま読むと、仮にいかように多量の難民が出ても、それを放置しても我が国に対する直接の武力攻撃に至るおそれがある事態とは考えにくいようなケースがあった場合、一体周辺事態というものをこのように例示することによって、いわば幾つかのこれからのシナリオのうち排除されるものがあり得るのではないかということにいささかの懸念を持つわけです。
 もちろん、これは法の解釈としては、例示的に入れたものでありますので、本来の第一条の定義については定義そのものに変更をもたらさないということはそれはそれとして、この第一条の解釈をめぐって今後いろいろな議論が起こり得るということがあるとすれば、当初の目標どおり、わかりやすくするためにこの条文の修正を入れたことが適当であったかどうかという問題が起こり得るのではないかと考えます。
 第一条の後半に日米安保条約の効果的な運用に寄与するという条文の修正が入れられたことは、この全体の法律が日米防衛協力に基づく日米協力を行うものであるという趣旨にかんがみれば適切な修正であったと考えますが、しからば、例えば捜索救助活動で、日米安保条約の枠内ではとらえられない米軍人以外の戦闘員に対する捜索救助をどのように法的に担保していくのかということは、残された課題なのではないかと思います。
 その他、この現在の修正された法案についていろいろな所感があるわけでありますが、むしろ個々の問題について細かく触れるより、今後この法案を我が国としてどのようにとらえ、どのように扱っていくのかということが、今後の大きな課題であると思います。その点について三つ申し上げたいと思います。
 第一は、できるだけこの法案を速やかに成立させ、その後、この法案の趣旨、内容、そして地方公共団体や一般の我々国民がいかような協力や支援を求められるのかということについては、必ずしもまだ国民の中に浸透しているわけではありませんので、この点について広く国民にわかりやすく、一般の地方公共団体や国民がこの法律に基づいていかなる支援や協力を求められることになるのかということについては十分な説明も行い、地方議会にも十分な説明が行われ、場合によってはどこかでモデルケースの演習をして、一般の国民にもう少しわかりやすく、広くこの法律に基づく国民の協力と支援が求められる必要があると考えます。
 これが第一の点であります。
 第二は、この法案はガイドラインを実施するためのいわば前段部分でありまして、周辺事態の法整備はこれでようやく終結を迎えるとしても、問題の日本に対する直接の武力攻撃があった場合の日米協力は、いわばこの法整備の中の奥の院ともいう中核的な問題で、余り言葉が適当とは思いませんが、有事法制あるいは領域警備といった分野の法整備をできるだけ早く着手し、これを速やかに成立させるということが、次の段階として重要なのではないかと考えます。
 最後に、この法案の中で、いわば残された船舶検査については、今後いろいろなまだ議論が残っていると思います。
 そもそも船舶検査とはいかなる活動をいうのか、あるいは国連決議や旗国主義との関係においてこれをどう考えるのか、あるいはこの船舶検査の際の武器の使用等いろいろな問題については、法理論上のみならず実態として、このようないわば日米協力というものからやや離れて、広い意味での国連協力というものを実際の法律としてどのような形でつくり上げていくのかということが、もう一つの大きな課題であります。
 日米防衛協力というコンテキストでもともとの法案に入っていた船舶検査を外すことによって、日米協力というよりむしろ広い意味での国際協力あるいは国連協力というコンテキストでこの法律が、実態として我が国の船舶検査活動に意味のある貢献ができるよう法整備が進められることがぜひとも必要であると考えます。
 以上がこの周辺事態安全確保法に関する私の所感でございます。
 ありがとうございます。(拍手)
○委員長(井上吉夫君) ありがとうございました。
 次に、森参考人にお願いいたします。森参考人。
○参考人(森英樹君) 名古屋大学の森でございます。
 私は、法律学、とりわけ憲法学を専門にする研究者としまして、本委員会で審議中の指針関連法案について、国民的な不安にも留意しつつ、専ら法的な観点から意見を申し述べます。
 本件につきましては、国際政治とか外交とかあるいは安全保障など、さまざまな観点からの議論が可能でありますが、何よりも国会が行う立法でございますので、最高法規たる憲法に違反しないか、あるいは手続、内容の両面で立憲主義、法治主義に背くことにならないかということが問われるわけであります。この点をおざなりにしたままでの国家意思決定は、それだけで立憲主義、法治主義に背くことになりまして、ひいては国際社会において名誉ある地位を占めるということから遠のきます。
 さて、最初に触れておきたいのは、衆議院でなされました修正可決の経過についてです。
 院の独自性ということからすれば、この参議院には関知しないところかもしれませんが、あの経過自身が指針関連法案の性格をある意味ではあらわしている、暗示しているように思えますので、一言最初に触れておきます。
 二点についてのみ触れます。
 一点は、一部政党によるいわゆる修正協議が最後の最後まで正規の委員会の外で非公式あるいは非公開で進められ、修正内容は、後述いたしますように、法案の根幹にかかわる変更を含んでいたにもかかわらず、その修正協議が整うや否や、正規の委員会審議はほとんど経ないまま、脱兎のごとく採決されたことであります。
 もとより、政党政治ですから政党間協議の存在意義は否定すべきではありません。しかし、法案審議自体は、あくまでも国会内で公式に国民に公開された形で行うのが国民代表議会制の最低限の要請であります。
 それからもう一点は、こうした慌ただしい修正になった背景に、四月二十九日からの首相訪米の手土産にしたいということが政府・与党筋からも公然と語られておりました。
 自然成立があり得る条約は別といたしまして、衆議院を通過しただけの法案がいわば手土産になるというのは、参議院制度を軽視するも甚だしい言い回しでありまして、本参議院からも抗議があってしかるべきであったと思いますが、一国の根幹にかかわる国内法審議日程が首相訪米日程なるもので左右されるというのも主権国家には恥ずべき振る舞いであります。
 以上の二点をあえて取り上げますのは、問題の対米軍事協力システムの発動が実はこういう形で進行するであろうということをはしなくも示したと思われるからであります。
 すなわち、第一点で見せました本来の国会審議よりも非公式、非公開の政党間折衝が重視されて、そこで決着すれば議会決定が即座にとられるというその姿には、指針関連法案審議の焦点とされておりました国会関与のその関与の実像をかいま見る思いがしますし、第二点で見せました対米配慮が国権の最高機関の審議日程さえも拘束するというその姿には、要するに対米配慮がすべてを凌駕することをかいま見せたように思われるからであります。これを見て国民的不安は一層増幅されたに違いありません。
 さて、周辺事態法案は、修正されたことにより法的な問題点をさらに深刻に示したと思われます。したがって、一層の審議が本院でも必要かと思います。
 第一に、自衛隊の行う船舶検査活動関連規定をすべて削除し、残った後方地域支援及び後方地域捜索救助活動の実施の可否についてはこれを国会承認事項とする修正を行ったため、法案の原案は、第七条を全文削除し、多くの条文で項、号、文言にわたる大幅な削除、変更がなされ、他方では新条項も新設され、条文も動くといったようなことが起こっておりまして、外見はもとより法案の構造そのものが大きく変わってしまいましたが、そうであるならば、編成し直された条項の相互関連も含めまして法的に厳密な審議を必要とするはずであります。
 それから第二に、周辺事態の定義にかかわりまして、第一条には「そのまま放置すれば我が国に対する直接の武力攻撃に至るおそれのある事態等」という例示文言と、日米安保条約の効果的な運用に寄与しとの文言を目的に挿入する修正がなされましたが、これは政府・自民党の従来の説明からしても、法案の建前を根本的に変えた可能性が強いと思われます。
 日本有事ではない周辺事態を準有事とみなしましてこの種の例示文言を挿入することは、かねて自由党の要求してきたことでありましたが、政府・自民党は審議過程でも、この要求をのめば集団的自衛権の行使は違憲とする従来の政府解釈に抵触するといたしまして、他国間の武力紛争である周辺事態に際しての米軍支援は自衛権行使の問題ではないとしつつ、この自由党の要求には法案の前提が崩れるとして拒否してきたという経過があります。したがいまして、この修正は政府解釈の従来の建前を崩したことを意味し、集団的自衛権の行使に法的筋道を開いたことになります。法文上でも、自衛隊法七十六条の防衛出動の要件である「外部からの武力攻撃のおそれ」とどのように峻別されるのでありましょうか。
 また、周辺事態法案は現行日米安保条約の枠組みさえも突破するという批判がありましたが、安保条約の効果的運用といった、政策文書の文言ならともかく、法的文書の文言としては極めて画定力の乏しい文言を目的に挿入することで、効果的運用のためには安保条約の枠組みを超えるということをはしなくも自己告白したに等しいと私には思われます。周辺事態措置法は、ますます安保条約の枠組みからさえも遠ざかる、あるいはそれを超える懸念を与えております。
 第三に、かねてから批判のあった脆弱な国会関与に関しましては、新たに第五条が置かれて、「自衛隊の部隊等が実施する後方地域支援又は後方地域捜索救助活動」は、その実施の可否のみが原則として国会の事前承認事項とされました。しかし、「緊急の必要がある場合」には、事後の速やかな国会承認、そして「不承認の議決があったとき」は速やかに終了させなければならないとしています。一見したところ、自衛隊法七十六条の防衛出動の国会承認制度に似ておりますが、自衛隊法上の場合は、ただし書きにおいて「特に緊急の必要がある場合」とされ、国会の事後承認も直ちにとされておりまして、「不承認の議決があったとき」も直ちに撤収とされておりまして、これら要件の強弱に微妙以上の差異があることは看過できません。
 なお、自衛隊法の防衛出動には、衆議院解散時の場合をも想定した参議院緊急集会での承認の制度が定められているのに、修正法案には同じような規定がありません。これはいわば法の欠缺ではないのでしょうか。いずれにせよ、このような修正がなされても、周辺事態が常に緊急の場合とされる可能性が強いことにかんがみますと、自衛隊出動自体への国会による事前統制は依然として脆弱なままであります。
 また、憲法の平和主義原則はもとより、地方自治や国民の権利義務にも重大な影響のある基本計画は、なおも国会の立憲的統制を受けることがないままにされています。国民的不安は何ら解消されていません。
 第四に、自衛隊の部隊等の自衛官による武器の使用につきましては、原案をむしろ拡大しまして、後方地域支援においても認める修正を行いました。後方地域支援は、戦闘地域と一線を画した後方地域であるがゆえに安全という論理から武器使用規定を置いてこなかったのですから、ここでも法案の前提が崩れたことになります。
 後方地域捜索救助活動は自衛官、自衛隊のみの活動ですから、武器使用によって防護すべき生命または身体の持ち主である「自己又は自己と共に当該職務に従事する者」とはともに自衛官でありましょうが、後方地域支援の場合は国家公務員、自治体職員、民間人の職務や業務も想定されておりますので、どこまでが「自己と共に当該職務に従事する者」なのかが新たに問われます。いずれにせよ、後方地域支援への武器使用規定の拡大は、さらに一気に国民の不安を高めることになりましょう。
 それにしましても、審議、解明すべきでありながら残されたままの問題点は余りにも多過ぎます。周辺事態概念の周辺について、提案者は地理的概念ではないという態度を維持したままで、自由党の見解とはずれがあるように見受けられます。さきの修正文言の含意につきましても三党間でずれがあるようですが、いずれにしましても軍事法の規定は、その性格上一義的に明確にしておかないと危険であるという常識からして、あいまいな規定が余りにも多過ぎます。
 あるいは、自衛隊による邦人等の輸送の強化を内容とする自衛隊法改定案というのは、船舶、ヘリの投入と武器使用規定の新設によりまして、地理的限定も、それから国会関与もない自衛隊の本格的な海外出動を可能とする改定案になっておりますが、その重大さに見合った審議がなされているのでありましょうか。
 また例えば、細かいことのようですけれども、指針では、日本有事には個別的自衛権発動としてのロジスティックサポートという用語を使ってこれを後方支援と訳し、しかし周辺事態には自衛権発動とは無縁の安全なリアエリアサポートという造語を当てましてこれを後方地域支援と呼びつつ、両者を厳格に使い分けておりましたし、その使い分け原則からしまして、周辺事態法案においても後方地域支援という用語しか当てておりませんが、この建前からしますと、日米ACSAは改定によって周辺事態に際しての後方支援における物品役務の相互提供ということを行うことになり、その論理的自己矛盾も放置されたままになっております。
 その後方地域支援を定めた周辺事態法案の審議では、当該支援が敵性を帯び、報復攻撃あるいはテロ攻撃を受けてもやむを得ない兵たん支援であることがようやく国民的に明らかになり始めたばかりであります。これとの関連で、国民の最大の関心事になりつつあります自治体協力、国民協力についても、その内容、手続ともに依然として不透明なままであります。
 四月二十三日でしたか、政府はようやく自治体、民間の具体的協力項目例というのを示しましたが、その審議も本院で行われなければならないはずです。参議院の審議は、これら積み残しの問題とそれから修正によって生じた問題によって衆議院を上回る審議をぜひとも必要とするはずであります。
 最後に、指針関連法案は、自衛隊をいわば米軍の兵たん部隊として組み込むだけでなく、自治体、民間協力と相まって、日本全土をいわば不沈空母化する方向に向かわしめます。空母は攻撃用艦船にほかならず、経済力と軍事力で世界第一位の米国と第二位の日本が一体化し、こうした軍事的プレゼンスでそれこそ周辺を威圧するシステムを構築することは、かえってアジアの緊張を高め、日本国憲法の目指す平和環境構築とは正反対の方向にかじを切ることを意味しております。
 仮に日本の平和と安全に重要な影響を与える事態に対する軍事的対処を構想するにしましても、提案者や修正者は、日本が官民挙げていわば不沈空母となる、場合によってはコソボ紛争のごとき事態にもなるというその覚悟を正面から国民に求めてその審判を仰ぐのが筋でありましょう。その意味では森本参考人がおっしゃった「今後の対応」の一のところと私はその趣旨において同じであります。
 参議院は、独自の院としまして、この法案のそうした深刻な意味をきちんと示すべきであります。そのためにも拙速を避け、良識の府、理性の府にふさわしい参議院独自の慎重審議を強く望みたいところであります。
 この参考人質疑のチャンスも決して通過儀式にはしないでいただきたいということを申し述べて、私の意見陳述を終わります。(拍手)
○委員長(井上吉夫君) ありがとうございました。
 次に、金城参考人にお願いいたします。金城参考人。
○参考人(金城睦君) 沖縄の弁護士の金城です。
 良識の府と言われていますこの参議院で意見を申し述べる機会を与えていただき、光栄に存じますとともに、感謝申し上げたいと思います。
 同時に、二十一世紀に向けて私たちのこの日本という国のあり方、その命運を決することになるほどのとてつもなく大きな問題を含んでおります周辺事態法などの新ガイドライン関連法案の審議においてわずか数名の者の意見を一日や二日聞くとか、あるいは公聴会を形式的に開くといった程度で事足れりとするようなことがあってはならない。何としてもたっぷり時間をかけて国民各界各層の声をじっくりお聞きになり、十分な情報公開のもとにあらゆる角度から問題点を掘り下げて検討し、慎重審議を尽くされるよう、まず要望したいという気持ちもいっぱいであります。
 私はいささか体調を崩して、またスケジュールも詰まっていましたけれども、事の重大性にかんがみ、万難を排した形で昨晩急遽沖縄から飛んでまいりました。
 一昨日の十一日、この場ででしょうか、野呂田防衛庁長官が、地理的条件からいっても基地が多く存在することを考えても、沖縄が真っ先に周辺事態の影響をもろに受ける、周辺事態に巻き込まれる可能性は沖縄が一番高いという趣旨の認識を示されました。その沖縄から参ったわけであります。後に舌足らずだったということで訂正をされたり、総理大臣が陳謝されるということもあったようですけれども、この点は沖縄ではマスコミでも大々的に報じられ、大きな関心を呼び起こし問題となっております。
 それはなぜか。言われるところの周辺事態、想定される周辺事態というものが沖縄の現実と直結しているからであります。沖縄には百三十万の人間が住んでいます。そして、そのほとんどが沖縄戦における犠牲者を親族に抱えており、いわばみんなが沖縄戦の遺族といったようなものです。日本政府の行為によって遂行された戦争、その沖縄戦において住民の三分の一から四分の一という者が犠牲となりました。その沖縄戦から五十有余年経過した今日においても、全国の七五%に及ぶ米軍基地が集中し、日夜基地被害に悩まされ、ミリタリーカラーに覆われ、準戦時体制といってもいいような状況下に置かれております。
 準戦時体制と申しましたが、朝鮮戦争やベトナム戦争あるいは湾岸戦争、こういった私たちの記憶に新しい戦争においては沖縄の米軍基地の動きは慌ただしく、直接的な攻撃基地あるいは後方としての兵たん基地といった役割が遺憾なく発揮され、そのときの状況は、準を取ってまさしく戦時体制そのものだったと言っても過言ではないものでありました。アメリカが戦争をすれば沖縄基地が使われる。そのため沖縄が戦時体制の一角に組み込まれて、沖縄県民の日常生活はもとより、生命にもかかわる重大な事態が生じたのであります。
 ベトナム戦争の最中に日本人船舶の修理工たちが大型タグボートでベトナム海域に派遣されたり、あるいは日本人がそのベトナムの戦場で負傷させられたり、あるいは大量の米兵たちが殺され、その死体処理のために沖縄の基地が使われたり、さらには、B52戦略爆撃機が核兵器の貯蔵が疑われていた弾薬庫のすぐ近くで墜落、炎上し、付近住民をしていきなり戦争だ、原爆が落ちたといったような恐怖に陥れられたり、原子力潜水艦が寄港して、コバルト60が検出され、放射能汚染の危険性が現実化したり、あすの命のない戦場に駆り立てられていく米兵たちが荒れ狂って基地周辺で強盗、殺人、暴行、傷害、器物損壊等、事件、事故を頻繁に起こしたり等々、まさに戦時体制状態でありました。
 このような戦場と直結する状態のもとで、沖縄県民は日常的に多くの困難を強いられ、無数の被害をこうむったのですが、海のかなたのベトナムなどにおいてはおびただしい数の無辜のベトナム民衆が無惨にも殺されていったのでありますし、さらにベトナムに派遣されたアメリカ兵たちもたくさん死んでいったのであります。
 このような状況が真っ先に生ずる可能性のあることを認識しながら、そして自衛隊も参加した新しい形で全国的にこれを拡大した形で到来することを想定し、これを可能にするような法的仕組み、整備、整理をしようとするのが今回の、ただいま審議中の新ガイドライン関連法の制定のねらいであり、問題の本質ではないかと思うのであります。ですから、沖縄では圧倒的多数の県民がこの法案に危惧を示し、反対しております。
 お配りしてあります資料、地元の沖縄タイムスの調査によれば、反対が五五%、賛成はその半分以下の二六%にすぎません。共同通信の全国調査では、これとは逆に賛成が六六%と大変多かったようでありますけれども、あれはあの不審船騒動の直後の調査でありました。
 実は、安保体制といいますか安保の問題そのものについても、あの九五年の少女の事件以前と以後とで、沖縄の問題、安保の問題の核心が全国民に知らされると、安保への評価もがらっと変わるのであります。それまでは、安保賛成派が圧倒的多数であったのに、あの問題が起こって後の九六年の春には、見直すべきだ、安保反対だというのと、賛成だ、維持すべきだという意見は五分五分でありました。そこまで変わるのであります。
 衆議院では多数の先生方が、ごく一部、何かささい、瑣末と言ったら怒られるかもしれませんが、そういう感じのする修正をし、賛成、可決いたしておりますけれども、良識の府でありますこの参議院におきましては、ぜひ先生方が、日本が戦争への道を開くという、参戦するための戦争法と言っていい本質を持つこの法案を簡単に認めてはならないのではないかと思うのであります。
 戦争は、ある日突然起こるものではありません。それに至るまでのさまざまな準備の蓄積があり、そして過程があります。今度の法案もその中での極めて重要な一里塚である、ターニングポイントをなすものだと思います。沖縄戦や広島、長崎の悲劇を生んだあの太平洋戦争への過程における国家総動員法に匹敵するくらいのものではないかとさえ思われるのであります。
 私たち日本国民は、あの太平洋戦争の反省の上に立って、もう二度と戦争はしないと誓い合って日本国憲法、平和憲法を制定したはずであります。沖縄戦や広島、長崎の悲劇に見られるように、はかり知れない自国民の犠牲と、二千万人に及ぶというアジアの民衆を殺害したほどの残酷な戦争の惨禍、この結末に対する反省はうそではなかったはずです。その場限りのいいかげんなものでもなかったはずです。全国民的な道義がかかっていたと思います。戦争はしない、武力による威嚇または武力の行使は放棄する、国の交戦権は認めないと明示した憲法のもとで、ウオーマニュアルと言われていますようなこの戦争をするための法律を制定するということは矛盾も甚だしいものではないでしょうか。
 国際社会に向かって国家的規模で大うそをつくということになりかねないと思うのです。本音と建前というものの使い分けの上手な日本人と言われますけれども、今度の場合はそんな生易しいものではないと思うんです。日本人全体が、日本全体がうそをつく国家との烙印を押されて、そうなっても返す言葉がないといったのではたまりません。
 今、沖縄ではSACOの合意の実施という形で新たに基地の強化が進められております。全国を覆う新ガイドライン法、この関連法の制定の動向と沖縄における基地強化の動向は車の両輪のごとく今進められているように思われます。安全保障とか国の生命線とか邦人の救助とか、いろいろその言葉そのものの持つ意味は重要だと思いますけれども、そういう言葉を使って行われたのが結末において間違いなく否定しようのない戦争の惨禍でありました。
 私は、もう時間がありませんので、最後に沖縄戦の実相に触れた後で、あの沖縄戦終えんの地、摩文仁の丘の一角に立ちます平和祈念資料館の展示の結びの言葉を御紹介申し上げて、私の意見を終わりたいんですが、それは、
 沖縄戦の実相にふれるたびに
 戦争というものは
 これほど残忍で これほど汚辱にまみれたものはないと思うのです
 この なまなましい体験の前では
 いかなる人でも
 戦争を肯定し美化することは できないはずです
 戦争をおこすのは たしかに 人間です
 しかし それ以上に
 戦争を 許さない努力のできるのも
 私たち 人間 ではないでしょうか
 戦後このかた 私たちは
 あらゆる戦争を憎み
 平和な島を建設せねば と思いつづけてきました
 これが
 あまりにも大きすぎた代償を払って得た
 ゆずることのできない
 私たちの信条なのです
 いろんな危機や問題があるときに、その危機をあおったり、それに武力で対抗するというような形ではなくて、この危機をなくすための努力、平和をつくる努力、そこにこそ全力を注ぐべきであるということを強調して終わりたいと思います。よろしくお願いしたいと思います。
 ありがとうございました。(拍手)
○委員長(井上吉夫君) ありがとうございました。
 以上で参考人の御意見の陳述は終わりました。
 これより参考人に対する質疑に入ります。
 なお、参考人の方々にお願い申し上げます。
 御発言の際は、その都度委員長の許可を得ることになっております。また、各委員の質疑時間が限られておりますので、御答弁は簡潔にお願いいたしたいと存じます。
 それでは質疑を行います。
 質疑のある方は順次御発言願います。
○世耕弘成君 自由民主党の世耕弘成でございます。
 本日は、三人の参考人の先生方、御多忙のところ本委員会に御出席をいただきまして本当にありがとうございました。
 時間も限られておりますので早速質疑の方へ移らせていただきます。
 今、三人の参考人の御見解を聞かせていただきました。今回議論になっておりますガイドライン関連法案につきまして、森本参考人は内容に関しては幾つか問題があるものの賛成、そして森参考人、金城参考人は反対という立場であられると思っております。
 私の立場を申しますと、今回のガイドライン関連法案、あるいは周辺事態に日本がきっちりと対応するということに関して国民の中で賛否が出ているという原因、二つあると思うんですけれども、まず一つは、やはり今回のこの周辺事態への対応というのがどうも米国のためにやっているんじゃないかというふうに誤解をされているんじゃないかと思っております。
 私は、日本の周辺で争乱が起こる、そしてそれが長引くということは、これは食糧や燃料を輸入に頼って、あるいはそれを買うための外貨を貿易という形で、輸出という形で獲得しているこの日本にとって、周辺の争乱が続くということは、これは国民の生活に影響するゆゆしき問題であって、周辺事態に日本がきっちりと対応するということは、これは決して他国のためではなくて日本のためであるということを明確にしておく必要があるんじゃないかと思っております。
 そして、もう一つ。このガイドライン関連に関する賛否の根底にあるのは、やはり日米安保に対する評価ではないかというふうに思っております。私自身、この日米安保を評価するということをこういう公の場でやるのは非常にちゅうちょがあります。
 私は昭和三十七年の生まれでございまして、もちろん戦争を知らない子供たちの一人であります。それどころか、六〇年の安保改定に伴うあの大きな社会混乱、これも私が生まれる前の出来事でありました。ついでに申し上げますと、東京オリンピックは生まれた後でありましたけれども記憶にはなくて、物心ついたときにはもう日本は高度成長の軌道に乗っていたという非常に幸せな環境の中で育った世代であります。
 しかし、だからこそ今の日本の繁栄を守りたい、そしてこの繁栄をきちんとした姿で自分の次に続く世代につなげていきたいという気持ちが非常に強い。他国に侵略をされて国土がじゅうりんされるようなことがあっては絶対ならないし、あるいは他国の軍事的な恫喝に屈して日本が、日本人が一生懸命積み上げた富が奪われるようなことがあってもいけない、そういうふうに考えております。そして、戦争やあるいは安保闘争の実体験がないからこそ、私は感情や過去の経緯に左右されることなく比較的客観的に、どうすれば日本を守っていけるのか、あるいは過去、戦後日本はどういう形で守られてきたのかということを冷静に評価できるというふうに考えております。
 私は、国を守るということには二つしかやり方はないと思っています。自力で守るか、あるいはほかの国と組んで守るか、あるいは守らなくてもいいという発想もあるかもしれませんけれども、それはおいておくことにしたいと思います。そして、過去、日本は米国を同盟相手として選んで、実質的に米国の軍事力の傘に守られてきた。そして、その選択がもたらした果実というのは非常に大きくて、日本が戦争に巻き込まれることはなかったし、あるいは切迫した危機に迫られることもなかった。経済面でも、国防費の負担という面で大変な得をさせてもらって経済の発展につながった。そういう面で、私は、日米安保というものを大きく評価しております。
 逆に、中国がいる、ソ連があった、そして南北朝鮮の問題がある、台湾の問題があるという環境の中で、日米安保なかりせばということを考えると、私は非常にぞっとするわけであります。
 そこで、三参考人にお伺いをしたいのですけれども、この日米安保について、今までの成果というものに関してどういう評価をされているか、それぞれお答えをいただきたいと思います。まず、森本参考人から。
○参考人(森本敏君) 日米安保体制の評価については、まさに先生の御指摘のとおり、我が国がさきの大戦後、日米同盟という道を選択したことが今日の安定と今日の繁栄をもたらしていると思います。その点について国民の多くが冷戦時代から日米安保体制を支持してきたことは御案内のとおりであると思います。
 今回のこのガイドライン及びそのガイドライン関係法の持っておる意味というのは、先生今御指摘のように、いわば日米安保体制というものを、日米両国の防衛協力をきちっとしたものにすることによってアメリカのプレゼンスというものとコミットメントをこの地域に確保し、そのことによって日本の平和と安全を維持すると同時に、アジア太平洋全体の平和と安全を維持するという、いわばそういう役割と、もう一つは、このガイドライン及びガイドライン関係法には必ずしも明記していないわけですが、この関係法を整備することによって、結果として日本の国家の危機管理あるいは安全のための法整備を含む体制を整えるという間接的な役割、この二つの面を持っているのではないかと考えます。
 いずれにしても、日米安保体制が日本やアメリカのみならず、この地域全体の平和と安定に重要な役割を果たしているということについては多くのアジア諸国の共通した認識である、このように考えております。
○参考人(森英樹君) 世耕委員の御質問は、日米安保条約に基づく仕方に対する評価を伺いたいということかと思います。
 委員御発言のとおり、自力で守るか、他国と組んで守るかというチョイスがあるというふうに問題を立てる立て方が委員の立て方ですが、それは言うまでもなく、軍事的に自力で守るか、軍事的に他国と組んで守るかというふうに問題を立てておられるようです。
 憲法の規範的な命題は、軍事的に国際紛争解決にコミットすることをしないということを命じているというふうに私は理解しているし、多くの憲法学者もそのように理解をしております。
 したがいまして、その延長線上で考えれば、憲法の規範命題は、日米安保体制のごとき、軍事的プレゼンスというふうに今も森本参考人が使われましたが、そういうことをも含めた軍事的対応で国際紛争に対応することを丸ごと否定しているというふうに理解するほかございません。
 なお、軍事的プレゼンスという言葉は、憲法用語で言い直せば武力による威嚇というふうに翻訳できる言葉かと私には理解できます。それはともあれ、そのような規範体系を持っている憲法のもとで、立憲主義、法治主義に基づいて政策立案を法的にも進めていくという場合に憲法と矛盾することは明確でございますので、妙な言い方ですが、その種の議論は憲法を変えてから行うか、憲法に基づいて実態を改めてから議論を起こすか、どちらかしか選択肢はないのではないかというふうに私には思われます。
○参考人(金城睦君) 世耕委員のおっしゃったように、評価できる面と、ただいま森参考人の言われたように絶対的に否定されなきゃならない面と、二面があると私は思います。
 確かに、経済成長をもたらしましたし、日本にとって一般の国民がこれはいいと評価できるような内容が結果としてあったこと、そのこと自体は否定できない側面だろうと思います。
 ただ、では日本国民というのは本土に住んでいる人間だけかということをこの際お考えいただきたいという感じがいたします。本土であっても、全国民が安保のもたらすそれこそ恵沢を受けているのかというと、逆の面も少なくない。それどころか、現在では百三十万になっております、百万前後の沖縄県民にとっては安保は全く害でありました。
 安保が成立したのが一九五二年四月二十八日、日本の独立と沖縄が切り離されてアメリカの占領支配がそのまま続けられる。そして、安保体制が形成されるというときと同じであります。それを通じて日本本土はそれなりの平和あるいは経済成長があったかもしれませんが、それから後の沖縄はずっと人権は抑圧され、非人間的な扱いを受け、安保のために日本人であって日本人でないような扱いをされました。そういうことが安保の評価として、忘れていいでしょうか。
 これは私が沖縄の人間だからだけで言うのではなくて、人間としてそれだけではいけないんだろうと思うんです。自分たちが経済が豊かであるならば、その豊かな経済をつくる上において他に犠牲を強いる、他民族を抑圧したり収奪したりする、そういう形で平和とかあるいは経済発展とかというものは人間として許せるだろうかという感じがありまして、このことはどうしても深刻に考えなきゃならない点だろうと思っています。
○世耕弘成君 ありがとうございました。
 私、決して安保を評価するに当たって沖縄を忘れているわけではありません。沖縄の皆さんが御苦労なさっていることについては非常に私も深刻に考えておりますし、経済発展の果実を一緒に味わえるような形に持っていく努力をしていきたいと思っております。
 さて、先ほど森本参考人は陳述の中で、今回のガイドラインの見直しの動きを冷戦期の同盟の再構築あるいは強化という形で定義されたと私は把握いたしました。しかし、私、今回の新ガイドラインと前の旧ガイドラインを読み比べると、ちょっと不安になる部分があるんです。米国政府のスタンスが同盟強化とは反対の方向に相当変化しているんじゃないかという気がしています。
 特に、日本有事の場合の規定というのを読ませていただきますと、旧ガイドラインでは、日本は、原則、限定的小規模な侵略を独力で排除するけれども、規模や態様の面でそれが難しいのなら米国の協力を待って排除するという形になっています。ところが、新ガイドラインでは、日本は日本に対する武力攻撃に即応して主体的に行動し、米国はそれに適切に協力をするという趣旨になっております。
 きょうは外務省見えていませんけれども、日本語は主体的に行動するという何だかよくわからない表現になっていますけれども、これ英文ではプライマリーレスポンシビリティー、すなわち第一義的な責任を負うという用語になっています。どうもアメリカは気持ちが変わってきているんじゃないかという気がします。
 これまた米国の立場に立てば、私はその気持ちもよくわかるんです。日本は米国に軍事的な負担だけをさせて自分たちは経済発展を謳歌しているんじゃないか、もうこれからはどうぞ自分らのことはまず第一に自分らでやってくださいという気持ちがこの文言に非常にあらわれているんじゃないかという気がしています。日本有事の際に米国は、この新ガイドラインの適切な協力というところを盾にとって、それは適切な協力に当たらないからうちはやらないよというようなことが出てくるんじゃないかという私は憂慮を持っております。
 森本参考人にお伺いしたいんですけれども、新ガイドライン下で、日本有事に当たって米国は、旧ガイドライン下で米国がとったであろうレベルと同レベルの協力をしてくれるとお考えになりますでしょうか。
 そして、私、有事に当たって確実に協力をしてもらうのは、このガイドラインという紙の上の文字の世界だけではなくて、やっぱり日常の信頼関係というものが非常に重要になってくるというふうに思っています。
 しかし、今回のガイドライン、これ合意してからもう二年近くたつのに、まだ関連国内法の整備ができていないという状況であります。よく手土産にした、手土産にしたと批判をされますけれども、これが米国への手土産としたら、もうとっくに賞味期限が切れたものじゃないか、あるいは、もらった人がふたをあけてみたら十個入りのおまんじゅうが六個しか入っていない、重要な船舶検査が落ちている、そんな手土産なんじゃないかなというふうに思っております。
 こういう現状が米国を一層失望させて、日本に対する信頼感、あるいは有事になったら日本のために一肌脱ごうという気持ちを薄れさせる結果になっているんじゃないか。この辺、森本参考人の御見解を伺いたいと思います。
○参考人(森本敏君) 日米安全保障体制のもとで日米がいかなる役割を分担するかということについては、日米両国の持っている防衛力の機能、能力というものによって、時代を経て変質してきたのではないかと考えます。
 もともと六〇年安保の改定が行われた後の我が国の防衛力というのは、まだ自衛隊が本当に草創期で、アメリカの一部であれ役割を果たすということはとてもできる状態にはありませんでした。七八年に旧ガイドラインができたときに、我が国の防衛力は、一応我が国を短期間であれ独自で防衛する能力をやっと身につけたという状態でありましたが、それでも圧倒的に米国の極東におけるプレゼンスと機能のごく一部を我が国が自国の防衛力というか自衛力で補って、トータルで何とか抑止と防衛の機能を果たすという状態にあったと考えます。
 しかし、冷戦が終わってみますと、アメリカの国内におけるいろいろな事情もあり、東アジアにおけるプレゼンスや機能というものの変化というものを考えた場合に、また、日本が育ててきた防衛力の持っておる役割というものを考えた場合に、我が国がいわば日本に対する武力攻撃に主体的にまず対応し、アメリカに必要な部分を補ってもらうという、そういう役割を双方に、協議をした結果、常に冷戦時代から日米が相互補完という役割をずっと果たしてきたわけですが、その相互補完の比率がどちらかといえば日本に大きくなって日本の果たすべき役割が大きくなってきている、それがこのような文書の形にあらわれたのではないかと考えます。
 しかしながら一方、先生が後段において御指摘になったように、九六年四月に日米共同宣言ができて、九七年九月にガイドラインができて、去年の四月にこの草案を閣議で御承認いただいて、今日に至るここ二年の間、日本は随分、いわば日米同盟に基づく宿題というものを行うに際して、アメリカ側から見ると大変ぐずぐずとしてきたと思います。アメリカは日本の政府が力強い政治的なリーダーシップをとってこの問題を解決してくれることを常に願って、いわばはっきり言うと言いたいことも言わないでずっと我慢してきているという状態が今日でも続いているのではないかと思います。
 そのことは、日本という国は、いわば外側から余り要らざる圧力だとか干渉というものを安全保障の分野についてかけるということは、逆効果になるのではないかとアメリカの政策決定者が長いこれまでの日米関係の経緯の中で、教訓として学び取ってきているのではないかという強い印象を私は受けるわけです。だから、アメリカが言わないのは、言うことがないからではなく、我慢して、日本の政治的リーダーシップがとられて、順調に日米同盟強化の道が確実に進められるということを期待しながら見守っている、このような状況にあるのではないかと考えます。
○世耕弘成君 よくわかりました。
 しかし、一方で、現実の今、日本の周辺を取り巻く状況を見ておりますと、例えば先日の不審船の問題ですとか、あるいはテポドンの問題を見ておりますと、どうも現実問題として有事に当たっての日米協調というものが弱くなりつつあるんじゃないかと日本の周辺諸国から読まれているんじゃないかという気が私はしてならないんです。日本と米国の非常に緊密な関係というものが見えていれば北朝鮮も安易にテポドンなどは打ち込めなかったはずじゃないかというふうに私は思っております。
 今、北朝鮮が非常に心配の種になっているわけですけれども、それに対する特効薬は、私は偵察衛星やTMDも非常に重要だとは思いますけれども、それがまず第一義的にあるのではなくて、まず第一に日米の協調をしっかりさせておく、何かあったら日米は一緒に頑張るんだという姿勢を外国にきっちりと見せておくことが特効薬ではないかと思うんですけれども、その辺、森本参考人のお考えはいかがでしょうか。
○参考人(森本敏君) 先生の御指摘ですが、全く私もこの点については同感です。
 昨年八月にミサイルが北朝鮮から飛んできて、今年になって不審船が入ってきたという事例によって、日本の国内はどちらかというとアメリカ側から見てややナショナリスティックな方向に進んでいると考えますが、日本が行うべきことは、日本として独自に対応する能力を持つということはもちろん重要ですけれども、それよりもとにかく今は日米間の抑止の機能をいかにしてきちっとしたものにしていくかということと、外交的にも日米のみならず韓国を含めた日米韓の三カ国の抑止の体制をどのようにして緊密できちっとしたものにしていくか、これが我が国周辺の、特に半島における不安定な状況をこれから解決していく一番重要な方法なのではないか、このように考えております。
○世耕弘成君 それではちょっと質問の方向を変えますけれども、防衛問題というのは、国にとりましては究極の危機管理になるわけでございます。
 私は長年、ついこの間まで企業の危機管理の一翼を担って仕事をしておったわけでありますけれども、危機管理というのは危機のいろいろなフェーズに合わせていろいろな準備をして初めて成立するものであって、しかもそれが有機的にリンクをしていなければいけない。今、いろいろ湾岸戦争ですとか阪神大震災がありまして、危機管理ブームのようなところがあるんですけれども、企業の危機管理で陥りがちな誤りというのは、立派なマニュアルを一つつくって、これがあるから我が社の危機管理は大丈夫ですというのが陥りがちな誤りなんです。私は、危機管理というのはそういうものではなくて、多面的にいろんなフェーズに合わせたいろんな準備をしておくことが重要だというふうに思っております。
 そして、今回の周辺事態関連法、これだけで私は日本の危機管理というものが完了するわけでは決してないというふうに思っております。いろんなフェーズに合わせたさらなる準備が必要だと思っております。
 先ほど森本参考人は、今後の有事法制の必要性ということを訴えられました。私も全く同感でございます。しかし、この有事法制と今回の周辺事態関連法案、この辺はきっちりとリンクしてなきゃいけない、あるいは相当オーバーラップする部分もあるのではないかというふうに考えています。
 森本参考人にお伺いしますが、今後有事法制を考えていくに当たって、今回の周辺事態関連法とのリンクをどういうふうに考えていけばいいとお考えでしょうか。
○参考人(森本敏君) 有事法制という言葉が必ずしも適当とは考えませんが、ガイドラインができた後、法整備を進めるに際し、我が国の周辺で起きた事態を最初に法整備の対象とし、その後で我が国の領域、領土に対する直接の武力攻撃を後の法整備にゆだねるというか任せるといういわば二段構えをやって今回周辺事態法が先に審議されていると考えます。
 しかし、先生御指摘のように、これは後に続く有事法制あるいは領域警備につながるものでなければならない。つながるということはどういう意味であるかというと、私は二つの考えるべき、あるいは考慮すべき要素があると思います。
 第一は、周辺事態安全確保法というものと、それからこれから行う有事法、特にその中での第三分類の法の中で国として対応すべき、例えば総理大臣のとるべき権限や手続、あるいは内閣のいろいろな手続、地方公共団体との手続、国会承認のいろいろなルール、そういったものは法がばらばらであっては困ると思います。
 つまり、先生も今おっしゃったように、緊急事態と日本有事とがオーバーラップしていて分けられないときに、例えば実際の現地の部隊指揮官が法律によってことごとく手続が違うなどという複雑な行動をできるかどうかということを考えた場合に一つのルールが、二つの大きな法体系の中で共通部分がないといけない。その意味において、今回の周辺事態法の原理原則部分というのは、今後法整備が行われる有事法制や領域警備に十分に適用できるものでなければならないし、またオーバーラップしている部分については共通の手続でなければ、個々の事態に対して法体系や手続がことごとく違うなどということを迅速かつ柔軟に対応する部隊の指揮官に求めることはそもそもが実際的でないと思います。それがまず第一です。
 それから二番目に、そのことは結局のところもう少し包括的な法体系に全体としてすべきであって、したがって原則的な、例えば国家にとって緊急事態、つまり平時から有事に至る間のプロセスの、いろいろな総理大臣の権限、立法府の手続あるいは行政府の責任、あるいは地方公共団体や国民の権利義務といった国の基本的な問題を、有事あるいは緊急事態、それから平時並びに国連に対する取り組み方、あるいはそのいずれでもない例えば人道援助や邦人保護といったいろいろな活動、そのトータルな法体系が、できれば一つの法体系の中でおさまっているということがむしろ法を運用するときに実際上運用しやすいのではないかと思います。
 その意味において、今回の周辺事態法が、後に続く法整備にとって非常に適用される部分が多く、かつまたそこは十分に参考にされなければならない、このように考えています。
○世耕弘成君 ありがとうございました。
 時間でございますので、これで質疑を終わります。(拍手)
○柳田稔君 おはようございます。
 きょうは、参考人の皆様、大変ありがとうございます。私は、民主党を代表して質問させていただきたいと思います。
 まず、森本先生にいろいろ教えていただきたいのでありますが、私もこの政治の道に入ってから大分森本先生には御指導いただいておりますので、おまえが民主党の代表かというとちょっとお考えになるかもしれませんけれども、きょうは大分個人的な意見も入れて質問させていただきたいと思うのであります。
 先日の当委員会におきます質問で、時間をいただきましていろいろと質問させてもらったんですけれども、日本国内のことはさておきまして、今回の周辺事態法、海外から見たときにどうなのかなと。
 海外の軍隊がどういう活動をされているかというと、るる説明したんですけれども、ないけれども国連軍があるだろうと、考えとして。その次、PKOがあるなと。国連決議に基づく多国籍軍ですね。世界に行くと同盟軍と言われていますけれども、同盟軍がある。これは国連が関係している。それ以外考えると、集団的自衛権と個別的自衛権かなと。それ以外、私の頭では考えつかないのでありますが、そんなもんだろうかと思うんですね。
 そうしたときに、今回の周辺事態法で自衛隊が活動できるようになるわけですね、海外で、日本の領海外で。とすると、この活動というのは、海外から見ると一体どういうふうに考えればいいのかなと。
 私の考えは、これはもう当然、集団的自衛権の行使と海外の人は考えるだろうというふうに思っているんですが、政府はそうではありませんと、新しい概念ですとお答えになるんですね。世界にない新しい概念がこの周辺事態法なんですと答えるんですが、日本政府がいかに新しいと言っても世界にとってはわからないわけです。
 だから、世界の常識で言うと、この周辺事態法というのは集団的自衛権の行使の一部になるんじゃないかなと思うんですけれども、先生、どうでしょうか。
○参考人(森本敏君) 今、先生の御質問の趣旨を私なりに理解すれば、例えば、日本の憲法の解釈のもとで自衛隊が日本の領域の外で行う活動は、まさに先生の御指摘のように、理論上は、第一に国連協力。この国連協力にはいろいろな形がありますが、既に国際平和協力法で行っているPKOや国際的な人道援助、その他、理屈上は多国籍軍等に対する協力というのが将来あるかもしれませんが、そういういわゆる広い意味での国連協力あるいは国際協力。
 第二が、自衛権を行使する場合。それには集団的自衛権を行使する場合と個別的自衛権を行使する場合と二つあると思います。
 しかし、私は、それ以外にいわゆる同盟協力という分類があって、つまり、同盟国として領域の外で協力するということは、国連協力でもないし、それから自衛権を直接行使する場合でもないケースがある。もちろんこの場合、同盟協力の中で、集団的自衛権を行使する場合というのはオーバーラップしていると思いますが、例えばある事態が起きて日米が領域の外で情報交換をするということを仮に考えた場合、そのような情報交換が一体自衛権の行使に当たるのかというと、私は必ずしもそうではないと考えます。
 つまり、広い意味での同盟協力というのがあって、一緒に例えばPKOの活動をやるためにいろいろな地図を交換したりあるいは情勢を分析したものを意見交換したりする、あるいは同盟国として双方がいろいろな協力を領域の外で行う、これを一体自衛権と国連協力の二つだけで解釈できるのかというと、私は必ずしもそうできないのではないか、つまりできない分野があるのではないかと思います。
 今回のこの法案に基づいて日本が領域の外で米軍のために行う後方支援活動というのは、国連協力でもないし自衛権を行使するわけでもない、したがって、広い意味での同盟協力の部類というふうに考えてよいのではないか、このように考えています。
○柳田稔君 周辺事態というのを政府が六つぐらい例示されております。その中に、周辺で有事という場合も想定されていますよね、有事がもしあった場合とかございましたね、一つ。それをもとにして、日本の平和と安全を脅かす、だからそれは周辺事態と認定して自衛隊が行動できるように、輸送ですけれども、後方支援とか後方地域支援とか呼んでいますけれども、その事態を考えたときに、ある地域で紛争が起きた、これにアメリカ軍は関与している、日本の周辺のある地域において、これは特定できませんけれども、有事が起きた、それにアメリカ軍が参加をしていると。ところが、日本の周辺ですから、この事態は周辺事態と日本政府が認定して後方地域支援活動をするわけです、物を運ぶわけです、水とか食糧というのは大切な軍事物資ですからね。これを運ぶということを考えたときに、これは集団的自衛権の行使になりませんでしょうか。
○参考人(森本敏君) 集団的自衛権というのは、あくまである国が別の国と同盟関係を結んでいるときに同盟関係にある国が他国から武力攻撃を受けた場合、当該国が武力攻撃を受けていないにもかかわらず、同盟国に対する武力攻撃をみずからの国に対する攻撃とみなして共同して対応するという国の権利をこの場合集団的自衛権と概念しておりますので、水や物資を補給するという活動は、そのことが今申し上げたように武力の行使に当たるとは考えられませんし、また米軍が例えばどこかの国に攻撃を受けていてともになって戦うという活動とは概念されませんので、したがって、厳密に言うと集団的自衛権の行使には当たらないのではないか、このように考えます。
○柳田稔君 もう一つ、前線と、俗に言う兵たん、日本の政府の考えはよくこれを区別するんですね。
   〔委員長退席、理事竹山裕君着席〕
前線と後方支援は違うと区別されて考えるんですけれども、世界の軍隊の常識で、こんなに前線と後方の支援、兵たん、区別している国というのは、言葉をかえますと、そう言って別々に作戦を立てている国というのは、軍隊というのはあるんでしょうか、先生。
○参考人(森本敏君) 作戦計画として区別しているということはありますが、法としてそのように区別して対応措置を変えるということは戦闘行為の現状に必ずしも現実的でない対応になるので、余りそういうことはないと思います。
 ただ、明らかに戦闘地域だという地域と戦闘地域でない地域というのは分けられると思いますが、両方が判別しがたい、区別しがたいという地域は恐らくあって、その地域の方がはるかに広いというのが戦闘の実態に近いんじゃないかと思います。
○柳田稔君 こればかりやっていますと一日かかりますので、そろそろ話題を変えないといけないんですが、もう一回聞きますけれども、作戦行動としては一緒ですよね。地域は別として、作戦行動としては一体であると。
 ある地域で紛争が起きたときに、米軍とともに行動している日本、兵たん活動なんでしょうけれども、その有事が起きている地域から見ると、同じ作戦行動をとっておる同盟軍とみなされてもおかしくないのではないのかなと思うんです、地域じゃなくて作戦ということを考えると。その辺は先生どうなんでしょうか。
○参考人(森本敏君) 相手から見て同盟軍とみなされるかどうかということと集団的自衛権を行使するということとは必ずしもイコールではないと考えます。
 例えば、日米が同盟国であり、我が国の施設・区域を安保条約に基づいて米軍に提供しているという同盟国としての行為そのものが、相手からどう見えるかは別ですが、しかしそのことが先ほど申し上げた集団的自衛権の行使そのものに当たるということには必ずしもならないんです。
 あくまで、例えば日本の領域の外で米国の艦艇が他の国から攻撃を受けているときに、日本は攻撃を受けていないにもかかわらず、米艦艇に対する攻撃を自分の国、この場合日本に対する攻撃とみなして、日米双方でともになってこの攻撃を排除する行動をとるという行為をこの場合集団的自衛権の行使というふうに概念すれば、そのような同盟国として見られるかどうかということと集団的自衛権の行使というものとは区別して考えられるべきではないかと、このように考えます。
○柳田稔君 今回、この法案の第一条の「目的」を修正いたしました。内容は先ほど先生がお触れになったとおりなんですが、政府も修正した三会派も、これは一つの例示だとおっしゃっているんですね。その内容は「そのまま放置すれば我が国に対する直接の武力攻撃に至るおそれのある事態」と書いてあるんですね、これ。
 それで、この委員会でも大分議論したんですけれども、言葉をかえて抽象的に言いますと、青信号、黄色信号、赤信号と。もう赤信号というのは日本有事ですという大体そういう考えで、赤信号というのは日本有事ですと。平時というのは青信号ですと。これは海外にとってじゃなくて、日本にとって平時というのは青信号ですと。でも、いつか青信号から、平時からだんだん変わっていって変遷して最後は赤信号、有事になるだろう、これは黄信号の例示ですと、実は提案者がそう答弁しているんですよ。もっと突っ込んだ答弁は、この事態は黄かもしれないけれども実態は赤だ、逆に、これは赤かもしれないけれども実態は黄だという場合もあります、そういった状況も例示として挙げていますとおっしゃるんですよ。
 ところが、政府が提案して衆議院でいろいろ議論をしてきた内容を聞きますと、あくまでも平時なんです、青の段階なんですと。ですから、後方地域、安全な地域として国が指定したところは絶対にと言っていいほど攻撃を受けません、安全な地域なんですと答弁されるんですよ。ですから、日本は武力の行使とか一切そんなことはしなくて済むんです、だから御安心くださいといって衆議院ではずっと説明してこられたんですね。
 だから僕は、これは平時だ、日本にとっては青信号、そういう状況であれば、まあ、うんという感じで聞いていたんですけれども、参議院に持ってきた途端に、先生も御存じのように、衆議院では採決する直前に修正しましたので、その修正部分を読むと、そしてここに来た修正者の話を聞くと、黄信号態様も含まれていますとおっしゃるんですよ。
 とすると、この法案自体の本当の目的が、法案に書いてある目的が変わったのではないか。変わった、平時と。要するに、青信号だけではなくて黄信号も含めますというふうに変わったのではないかと私は思うんですけれども、先生はどうでしょうか。
○参考人(森本敏君) 私は、今の例をそのまま引けば、この事態は、仮に黄信号というのは日本にとっての黄信号と先生がおっしゃるとすれば、私はこの定義そのものは……
○柳田稔君 黄信号に赤信号……
○参考人(森本敏君) いや、私はそうじゃなくて、全く青ではない、つまり、青と黄信号の間というふうに考えます。
 どうしてかというと、日本にとって日本の周りに起きておる事態は日本の平和と安全に重要な影響を与えるような事態ですから、それは全く日本にとって平時という状態ではない。今、先生がおっしゃるのは、日本が活動することが日本にとって青信号のような状態で行うということを意味するのであって、ここに言っておる事態は明らかに赤でもないが青でもないという状態だと思うんです。
 それで、私が先ほど申し上げた趣旨は、そういうことにあるのではなく、その黄信号の事態というものがどういう事態なのかというときに、政府がかねてより御説明になっているいろいろなケースが六つほどございますが、わかりやすく一つの例を挙げれば、多量の難民が日本の周辺にいて、それが我が国の領域内に流入してきて、それがもはや我が国の平和と安全に重要な影響を与えるような事態だと考えざるを得ないという事態があったとしても、その事態を放置すると我が国に対する直接の武力攻撃に至るおそれがあるのかというと、難民がいかようにふえても日本に対する武力攻撃のおそれがないといった事態がもしあるとすれば、それは六つ挙げたケースの中で排除されるケースがあるのではないかと。その意味において、この第一条の修正は、そもそも周辺事態の定義そのものを変えているのではないけれども、幾つか考えられるケースの中で排除されるケースが今後あり得るということを申し上げたわけです。
○柳田稔君 自由党の提案者が実はそう答えたんですよ、黄だけれども赤ですという事態も入っていますと。だから、赤だったらこれは日本有事ですからこの概念と離れるんですけれども、黄ということは、これはいいんですよね。でも、黄だけれども赤かもしれないという事態も考えていますと言うから、あれ、そこまでおっしゃるとこれはちょっと違うんじゃないのかなというので質問させてもらったんです。
 もう一つ僕は自分の考えをちょっと言いたいんですけれども、今、コソボ情勢を見ていますと、最初の状況からどんどん変わっていますよね、時を追うごとに。泥沼化しているんじゃないかなと思うんです。そうすると、この周辺事態法も、この事態も最初とずっと一緒という場合ならいいんですけれども、多分事態がどんどん変わる場合の方が多いだろう、どちらかというと深刻になる方が多いんじゃないかなと思うんですが、その深刻になったときに政府は計画を変えてまた国会に報告しますと言っています。ただ、場合によっては、よく言われるメンツというのがありますから、最初に言った計画はこれで大丈夫ですという場合も考えられなくもない。
 だから、事態が変化しているのに計画は変わらない、そしてだんだん泥沼化に入ってしまうというものをいつか阻止する仕組み、やめろと、または計画を変えろと、もっとちゃんと対応する計画に変えなさいという仕組み、簡単に言いますと、国会がもう一回関与できる仕組みですね。基本計画を一回承認した、期間がたってからもう一回、これはこうすべきだとか、これは泥沼化に入るからやめなさいとかいうふうな国会の関与の仕組みというのが僕は要るんじゃないかなと。PKOでつくりましたけれども、最後の終盤の修正で。今回の周辺事態法については、僕はああいうものはあった方がいいんじゃないか、コソボ紛争を見るとそういう感じがするのですが、先生どうでしょうか。
○参考人(森本敏君) この種の紛争の事態は、まさに千変万化する状況の中で生き物のごとく動くのが通例でありますので、その意味において、当初の情勢判断、あるいは情勢判断に基づく基本計画が途中で変更することは可能性としては大いにあり得る、それは先生の御指摘のとおりだと思います。
 しかしながら、この法案の修正は、いわば原則として事前に国会承認、そして緊急の場合に事後に御承認いただくという手続になっており、しかも基本計画については、基本計画をつくったときあるいは変更のときに直ちに国会に報告されるということになっています。
 日本の国会の常として、これは我々一般の国民が余り申し上げるようなことではないと思いますが、自衛隊の活動を含む実施、措置について国会で御承認いただくというときの国会の御審議の内容というものを考えた場合に、単に自衛隊を出すか出さないかという一行だけを国会で御承認いただく、仮にそういう場合であったとしても、現実の問題としては政府がいかなる情勢を判断したのか、あるいはなぜ周辺事態として認定したのか、日米間にどういう認識の考え方があったのか、基本計画はどういう考え方においてつくられたのかという、相当にいろいろなものを御説明し初めて御審議いただくというのが常であります。
 その時点で、基本計画のあり方そのものについても、国会承認の対象となっていないと法にそう書いてあるだけで、実態は国会において基本計画そのものを御審議いただくということになるわけで、十分に私は、この法案の修正で事実上シビリアンコントロールや政府が行う基本計画のありようについて御審議いただく手続になっているのではないかと考えております。
○柳田稔君 事態が変遷していきますので、歯どめの措置として、もしかしたら今の計画では足りないから計画を再度構築すべきというのを国会が指示してもいいんではないか。または、ちょっとこのままではおかしくなるよ、有事に至るよ、もうそろそろやめなさい、もうやめましょうよということを国会が判断できる手段を持ってもいいのではないかなと。単なる報告ですと、ああそうですかで済みますからね。最初に国会承認を与えたんだからもういいじゃないかと言われると、これも困ったなと。そういうことも僕は考えていいんじゃないかと個人的には思っております。
 時間がもうあと四分もなくなりましたが、金城参考人にちょっとお伺いしたいのであります。
 今、当委員会では、新聞にも書かれておりますけれども、国民の声を聞くということで、中央公聴会、さらには地方公聴会の話が出ております。端的に言いますと、衆議院で沖縄の声を聞いておりません。良識の府参議院としては何としても沖縄に行って沖縄県民の声を聞くべきだと私は主張しておるんですけれども、今それが非常に対立いたしておりまして、どうなるか予断を許さない状況になっておるのでありますけれども、金城参考人の御意見を賜りたいと思います。
○参考人(金城睦君) この問題の集中的な影響を受けるところは一時的であれ沖縄であるという防衛庁長官の認識もございました。私もそのとおりだと思います。米軍の基地が集中し、米軍との協力をどうするかというのがこの主題、テーマですから、これは何としても現地沖縄で沖縄県民の声を聞くということは、余りにも当然過ぎるほどのことではないだろうかと私は考えます。それこそ本当は全国各地で聞いた方がいいと思いますけれども、それなりに制限があるとすれば、その中で選ぶべき場所としてはやはり沖縄が最適の地であり、ぜひこのことは当委員会におかれまして、良識の府としてお聞きいただくべきであると考えます。
 それは、地元の新聞の社説にもそのことが強調されておりまして、私個人の意見だけではなくて、沖縄の世論でもあると言っていいと思います。
○柳田稔君 ぜひとも実現するように頑張ります。こちらの皆さんも多分オーケーをしてくれると思いますので。今、金城参考人がおっしゃったことはよく御理解をしていただけると思います。
 森参考人に全然質問できませんで済みませんでした。
 これからもいろんな審議をしないといけないのでありますけれども、きょう伺った話を参考にして今後も頑張っていく所存であります。
 本当にきょうはありがとうございました。(拍手)
○益田洋介君 三人の参考人の先生方、本日はお忙しいところお運びいただきまして本当にありがとうございます。
 まず最初に、森本先生にお伺いしたいのでございますが、慎重でありながら速やかにこの法案を通すべきであると。そして、先生は、その後やはり有事法制について可及的速やかに法整備をすべきである、こういうふうな御意見でございました。
 まだ私どもの記憶に新しいわけでございますが、昨年十二月十八日未明、長崎県の対馬の南西八十キロ、五島列島の北西九十キロの地点で北朝鮮の半潜水艇が韓国の爆撃に遭いまして撃沈されました。そのときに、我が国の海上保安庁はギブアップをいたしまして、すぐに自衛隊が出動したわけでございますが、そのときに自衛隊がとった行動は何であったかと思い起こしてみますと、本当に心がいてつくといいますか、心寂しいほどの行動しか我が国政府はとれなかった。
 それは、自衛隊法に基づいて、七十六条の適用がなされなかったわけでございますので、三人の自衛隊員が丸腰で南約五キロの地点を調査研究した。それにとどまったわけでございます。
 したがって、これは有事といえば有事、あるいは平時と有事の中間点あたり。その中間点あたりに関しては法整備は何もできていない。だから何もできなかった。こういう現実に実際遭遇したわけでございまして、仮定の話はできないと政府は言いますけれども、仮定じゃなくて現実にこういう事件が起きている。
 だから、一刻も早くこれらを含めた、これは先生も先ほど言及しておられました領域警備、それから日本の有事の法制について速やかに私は国会が審議をすべきであると思いますが、先生御意見ございましたらば、補足的にお伺いしたいと思います。
○参考人(森本敏君) まさに先生の御指摘のとおりで、このガイドライン法に基づいて今回周辺事態法を御審議いただいているわけですが、日本に対する直接の脅威というものに対応する法律の中には、日米協力という分野とそれから日本が独自に対応しなければならない措置、これに関する法整備と二つあるわけです。
 しかし、一般に日本が有事と言っている事態というのはあくまで自衛隊法第七十六条に基づく防衛出動下令後の事態でありますから、先生御指摘のように、平時から防衛出動下令までの間のいわば一種の緊急事態に、相手が正規軍の場合、海域あるいは日本の領土の中で自衛隊が必要な活動をするというための法整備、すなわち広い意味での領域警備というものは今後ぜひとも有事法制とともに整備をし、できれば一つの法体系の中に組み入れて法整備をし、法整備をするだけではなく、これに基づいて必要な例えば自衛隊と海上保安庁あるいは警察あるいは日本の各都道府県等の必要な協力体制を整えるという国の中の体制を整えることが不可欠である、このように考えます。
○益田洋介君 十二日、ドイツのシュレーダー首相が中国を訪問いたしました。従前予定されていたシュレーダー首相の訪問は、国賓として五日間、また中国とEUの首脳会談まで予定されていたが、すべてキャンセルされまして、一日だけの実務訪問にとどまったわけでございます。
 朱首相と意見交換をいろいろしましたが、大変な食い違いがあからさまになったということでございまして、やはり米国主導であると、今回のベオグラードの事件もそうですが、中国は考えているようですが、イギリスとかドイツに対しても相当の非難の声が上がっているんだと。西欧と中国の間に非常に隔離があらわれてきた、如実になってきた、残念ですがそういう事態。
 ここで先生ひとつ、シュレーダー首相がこういうことを言っているんです。多様な意見の表明は民主主義の本質である。もし政府の政策への反対、賛成の意見がなかったら民主主義の成熟度を疑わなければならないといって中国政府の姿勢を批判している。これをどういうふうにお考えになりますか。
○参考人(森本敏君) 今、先生の御指摘の言葉ですけれども、前後のコンテクストが必ずしも正しく把握できませんので言葉だけで判断するということは大変難しいと思いますが、この問題には二つの側面があると思います。
 一つは、冷戦後の世界というものを見ると、冷戦時代のようにイデオロギーというものによって国際関係が律せられるという時代から、価値観といいますかそういうものによって国際関係が動いているという要素が非常に強く、今回のユーゴ作戦に対するロシアや中国の対応は、欧米諸国から見るといささか価値観が異質であるという、いわば異質的なものを中国とロシアに感じているのではないかと考えます。こういったいわば中ロ両国の異質論というものがもし頭の中にあると、そのような発言はある程度理解できると思います。
 一方、もう一つの側面というのは、今回のアメリカのベオグラードの中国大使館に対する誤爆というのは、これは大変残念で、基本的にはあってはならない事故であったと思いますが、中国もこれに対して遺憾の意を表明しながら、しかし非常に自制された対応を今のところしている。
 したがって、ドイツは、私の感じから申し上げると、NATOが編成されて五十年の歴史の中で今回初めてドイツがいわば実戦部隊として参加しているということであり、はしゃぐという気持ちは表現が悪いのですが、初めてNATOの実戦部隊としての活動にドイツが参加しているということに現在のドイツ政権のいわば感情の高ぶりというものが少し見られて、もし正しいとすれば、それがそのような発言につながったのではないかというふうに考えます。
○益田洋介君 NATOに参加するだけでなく、先生の御指摘は正しいんで、私は昨年十月にフランクフルトに行きましたときも、要するにEUの中心的立場になっているんだ、リーダーシップをとるんだというその気概は非常にいいと思うんですが、それがはしゃいでいると先生今おっしゃいましたけれども、そういったものにつながっているのが現状ではないか。危惧される部分でございます。
 四月に中国の朱首相が訪米いたしましたときに、WTOの加盟の合意にアメリカがこぎつけなかった。これは非常に大きな禍根を残しているのじゃないかというふうにジョセフ・ナイ・ハーバード大学ケネディ・スクールの総長が言っておりますが、先生はどういう御意見でしょうか。
○参考人(森本敏君) WTOの参加問題について、私は必ずしも内容を詳細に承知しておりませんが、将来のグローバルな国際経済の中で、中国がWTOの中に入って国際経済のために役割を果たすということは、これは経済のみならず国際社会全体の安定とか秩序にとってこれから非常に重要なことなのではないか。したがって、いろいろな障害があるということは承知しますが、中国ができるだけ早くWTOに加盟できるような環境をつくるということが必要なのではないかと考えます。
○益田洋介君 NATOの新戦略概念などに関しまして、中国は、国連が形骸化されてしまったのではないか、あるいは見方からするとNATOの中国外しが行われたのではないか、そういうふうな認識を持っているのではないかと一方で言われております。このことが、今回マケドニアへの国連平和維持軍派遣問題で、結局中国は拒否権を行使して国連が機能不全になった、そのためにやむを得なくてNATOが主要な役割を果たすことになってしまった。
 国連とNATOの関係、これは先生はどういうふうにお感じになっていらっしゃいますか。
○参考人(森本敏君) 本来は、地域に起きた紛争は地域的取り決め及び地域機関によって一義的に解決するということが国連憲章の当初の趣旨であったと思います。その意味において、欧州において起きた紛争は欧州における地域機構及び地域的枠組みによって第一義的に解決されるということが必要であると思います。
 しかしながら、この場合、武力の行使というものを行うことに対して国際法上の根拠ができるだけきちっとなっているということが必要で、今回のNATOの作戦は、いわば国際的な人道的問題を解決するために武力の行使をするというやむなきに至ったという考え方に立っているのではないかと思いますし、また一部の国には、このことによって人権だとか人道という問題に武力を行使できる新たな国際慣習あるいは国際法をつくるプロセスができたという見方も一部あると思います。
 このことについては、私は今回のNATOの作戦だけで論ずるのはいささか時期尚早ということだと思います。つまり、このような武力行使のあり方というものは、この作戦が全部終わった後、非常に大きな反省が生まれるのではないかというように考えています。
 しかし、いずれにしてもNATOと国連の関係というのは、あくまでヨーロッパにおける紛争はヨーロッパにおける地域機関と地域的枠組みにおいて第一義的に解決し、国連が常にこれに対して正当性あるいはお墨つきというものを与えつつ、双方で問題を解決するということが今回の紛争のあり方として正しかったのではないかと思います。その意味において、国連が十分に機能していないということは大変残念なことであると考えます。
○益田洋介君 先生のお考えにかなり近いと思うんですが、最近やはりジョセフ・ナイ総長がこういうことをおっしゃっているんです。二十一世紀の世界秩序を維持していくためには幾つもの国際的組織が重層的に機能することが必要になってくるだろう、もう国連にだけ頼っていてはいけないんだという考え方、具体的にどういう組織かということはまだ言っておりませんけれども、例えば中国を加えてG9というような世界会議を行ったらどうかというふうな提唱もしています。この点はいかがお考えですか。
○参考人(森本敏君) 冷戦後の安全保障が、今の先生の御指摘のように重層的な性格と傾向を持っているということはそのとおりであると考えます。
 冷戦時代のように、例えばある陣営の同盟関係とその国の固有の防衛力だけで抑止と対応ができるという時代から、地域における安全保障の枠組みあるいはグローバルな安全保障の枠組みが幾つも重なり合って抑止と機能の役割、それから抑止や機能のみならず、そのような軍事的な役割を果たさないで済むようなよい安全保障環境を構築するための広い意味での予防外交あるいは予防防衛あるいは信頼醸成措置といった紛争を未然に防止するためのいろいろな働きかけ、この三つの機能を、今申し上げたように、例えば二国間あるいは多国間の同盟、それぞれの国の防衛力のみならず、地域全体の安全保障それからグローバルな安全保障とが双方で重層的にそれぞれ役割を果たして、全体として国際社会の安定を維持し、その中で各国の安全保障を確保するという傾向に今日あると思います。
 その意味で、アジア太平洋においては、あるいはアジア太平洋のみならずグローバルな世界の中で、中国が消極的といいますか、否定的というのではなく、建設的で前向きな役割を果たすように我々として働きかけていくということは、G9のみならず、この地域における安全保障にとっても不可欠なことなのではないかと考えます。
○益田洋介君 森先生にお伺いします。
 アメリカは、従来、一つの中国という政策を掲げて主張してまいりましたが、一方で最近、台湾への最新鋭ミサイルの売却、あるいは台湾がTMD開発計画に参画するという話し合いを始めたと言っています。この辺がやはり米中関係に亀裂を生じさせる原因になっているのではないかという気がいたしますが、先生、いかがでしょうか。
○参考人(森英樹君) 私は専門が法律学なものですから、御質問の方面について必ずしも明るいわけではありませんが、アメリカによる中国政策も、それから先ほど来御議論のあったNATOの対応につきましても、基本的には、国際的な、規範的な枠組みを離れたところで、パワーポリティックスで動いているということが一つ重要な問題として指摘されなければならないかと思います。
 したがいまして、規範的な枠組みを離れたところで、アメリカが東アジア戦略の一環として今一つの中国から事実上台湾を軍事的にバックアップするという方向にかじを切り始めたということは、おっしゃるとおり事実だろうと思います。ということは、この東アジア地域に、冷戦型ではありませんが、一昔前の弱肉強食の主権国家の、いわば軍事力でもって相争う威嚇のシステムというのが現出してくるという点で私は大変危惧をし、また心配もしているというところでございます。
○益田洋介君 十一日の当委員会の総括質疑におきまして、私はアメリカのホワイトハウスが発表した機密文書の公表文書の一つを取り上げました。これは沖縄の返還交渉、七二年の一月六日と七日のサクラメントにおける日米首脳会談の記録でございますが、その中に驚くべき事実がありました。
 それは、P3の移転先として、当時の外務大臣であった福田赳夫さんが、岩国とか三沢では困る、できるだけ沖縄の中で移転させてもらいたいと。これは要するに那覇空港の返還時でございます。なぜ岩国で困るのかといったら、山口県は当時の佐藤首相の選挙区だった。三沢は陳情を受けたんでしょう、群馬の近くですから。そういう身勝手なことをして沖縄に基地を集中させたという経緯があるんです。私はやっぱり我が国政府に責任があると思うんです。
 それで、金城先生にお伺いしたいのは、お土産を持ってアメリカへ行ったと小渕首相は言っているけれども、今度二〇〇〇年に、私は大歓迎しますが、サミットが沖縄で行われるときにクリントン大統領にお土産を持ってきてもらったらいいと思うんですよ。どんなお土産を先生は具体的にお考えですか。私、総理に言いますから。
○参考人(金城睦君) 端的に言えば、沖縄基地をできるだけ早く沖縄からなくしてアメリカの方に持っていくというような内容のものが最大の沖縄へのお土産だと思います。そのことを期待していますが、今の動きはどうもそうではなくて、沖縄に押しつけたままこれを何とか沖縄県民に認めさせようというような、そのための方策を講ずるのではないかと危惧いたしております。
 ぜひ沖縄県民が喜ぶような、真に喜ぶような、沖縄にとっても日本にとっても世界にとってもプラスになるような土産を世界の大国の大統領に持ってきてもらいたいと思いますね。
○益田洋介君 ありがとうございました。
○小池晃君 日本共産党の小池晃です。
 参考人の皆さん、大変ありがとうございました。
 私はまず憲法学者である森参考人からお伺いをしたいというふうに思います。
 この新ガイドライン関連法案、これは日本国憲法九条に照らして考えると、日本有事でもない周辺事態に際して武力の行使を行う米軍に対して日本が行う支援、これはもうそもそも日本国憲法の原則に反するのではないか、そういう根本的な疑念をぬぐうことができないのですが、いかがお考えでしょうか。
○参考人(森英樹君) 立法の府である参議院の諸議員を前に大学での憲法の講義をレクチャーするというのも何か釈迦に説法のような気がいたしますが、こういうことが申し上げられるかと思います。
 日本国憲法第九条の規範構造は、簡単に言いますと、第一項が目的規定、第二項が手段規定でありますが、その第一項では国際紛争を戦争とか武力行使または武力による威嚇という方法で解決しないということを定めており、また第二項はその手段としてそのような目的のために一切の戦力、すなわち軍事力を保持しないということを定めていると理解できます。
 自衛力の問題というのは、あるいは自衛権の問題というのは憲法規範上出てきている問題ではございませんでして、これは憲法の講義や教科書などでも説明するときは憲法規範外から持ち込まれた概念である、こういう説明をすることになります。
 問題は、昨今問題になっております武力行使と一体化するかどうかという御議論との兼ね合いでいいますと、憲法九条一項で戦争だけではなくて武力による威嚇または武力の行使ともどもにワンセットで放棄したのは、本来はあるいは本当は正規の戦争なのに、単なる武力衝突だとか武力の行使だというふうに説明をしまして戦闘を拡大していきました第二次世界大戦までの事実あるいは経過、これは例えて言いますと、あえて戦争と呼ばずに事変とわざわざ呼びかえたということと相通ずるわけですが、そういった事実を反省いたしまして、戦争のみならず武力行使やあるいは武力による威嚇もあわせて禁止をした、こういう構造になっております。
 したがいまして、この憲法の九条一項の武力規定と申しますのは、これはその意味では事実上の戦争も含めた広い意味での戦争概念であり、用語として説明する場合は戦争等というふうに言っても構わないわけであります。つまり、武力行使というのは外形的な戦闘行為そのものに限定したそういう法的用語では少なくも憲法上はありません。客観的に戦争行為とみなされますすべての行為、これが禁止されているというふうに憲法の解釈は行わなければならないと考えております。
 したがって、そこにはもろもろの兵たん支援というのが当然含まれるわけでありまして、それがどの地域で行われようと、戦争行為とみなされるものはすべて九条一項によって禁止されているということになります。ですから、本来は、安保条約の第六条で行われておりますいわゆる米軍への基地提供というのも、その筋道でいいますと九条一項に反するということになってまいります。
 実は、このことは私の特異な議論ではなくて、五〇年代末、ちょうど六〇年安保改定と前後しまして法学界の方で大分議論があったんですが、そのころから多くの国際法学者、有力な国際法学者が一貫して指摘してきた重要な点でありました。
 したがいまして、いわゆる後方地域支援というのは直接の戦闘行為ではないというふうに外形的には見えますけれども、れっきとした戦争行為でありまして、憲法の禁止した先ほど紹介したような意味での武力の行使に該当いたします。戦闘地域と一線を画した、武力行使と一体化しない後方地域支援といったような、いわば一体論あるいは一線論といいましょうか、そういうものによる説明というのは、武力行使概念を直接的な戦闘行為にいわば限定して使っているようでありますが、憲法の禁止しました武力行使というのはそんな外形的限定を受けた概念ではないということを冷静に御理解いただきたいというふうに思います。
 九条の一項は、要するに国際紛争の解決に軍事的にはコミットしないということに尽きますし、ガイドラインやあるいはその関連法案は国際紛争解決に軍事的にコミットするというふうに言っているわけでありますから、したがって憲法論の方からいえばどうしても違憲と言わざるを得ないということになってまいります。
 以上です。
○小池晃君 ありがとうございました。
 まさに、今お話がありましたように、政府は武力の行使というのを本当に狭い意味での直接の戦闘行為というふうにとらえて、そしてその上に武力の行使と一体化という日本独自の概念を用いて、一体化しなければ憲法違反ではない、こういう議論を構築しているわけであります。
 これが国際司法裁判所の一九八六年に出したニカラグア事件の判決でも、輸送や補給行為そのもの、今、森参考人おっしゃったように、兵たん行為の大部分というのが武力行使、武力の威嚇に当たり得るということを述べているわけでありまして、今言ったように、後方地域支援というのはまさに憲法で禁止された武力の行使そのものに当たる、武力による威嚇そのものに当たるということがはっきりしてきているのではないでしょうか。
 その上で、金城参考人にお伺いをしたい点がございます。
 沖縄の問題ですが、アジア太平洋地域でアメリカが戦争をすれば、とりわけ沖縄というのは出撃、兵たん、演習基地とされる。これはベトナム戦争のときに明らかになったことだと思うんです。先日の野呂田防衛庁長官の、周辺事態に巻き込まれる可能性は沖縄が一番高いのではないか、地理的条件からいっても、基地が多く存在することを考えてもあり得るんだという答弁があった。これはまさにガイドライン法案が発動されるような事態では、もちろんどこでもそうなんですけれども、沖縄というのはもう前線も後方もない、まさに全島挙げて前線基地化する、そういう地理的、政治的判断を政府自身がしていることではないかというふうに思うんです。
 その上で、自治体や県民の参戦協力というのが沖縄では特に事実上強制される事態が想定されるわけであります。先ほどお話がありましたように、沖縄戦やベトナム戦争を通じて戦争の悲惨を押しつけられたのが沖縄の人々である。その沖縄県民になお一層戦争協力を強制するこの政府のやり方、対応についてどのようにお考えになるか、心からの、感想も含めてで結構ですけれども、お話し願いたいというふうに思います。
○参考人(金城睦君) 沖縄県民の気持ちをよく沖縄の心とか言われます。それは、あの第二次世界大戦での犠牲を根元的な背景として、そしてその後の米軍支配下における、つまり軍事支配下における実態に即して、平和こそ沖縄の心だと。それは、自分らが戦争によって犠牲にされている、日常的に爆音被害、あるいは軍人による暴行等の被害、あるいは環境破壊等々無数の基地被害をこうむっていますけれども、と同時に、自分らの痛みは他人の痛みでもあるんだと。それは戦争によって起こるということから、一切の戦争に何としてもこれは反対だ、どんなことがあっても許せないということが沖縄県民の根本的な気持ちであります。
 それにもかかわらず、沖縄戦も沖縄県民が望んだことで起こったのではありませんでした。戦後の基地化された沖縄の実態も沖縄県民が招いたものではありませんでした。常に基地、戦争には反対が沖縄県民でありました。すべて日本政府やアメリカ政府や、こういった支配者、大国の力によって押しつけられたものでありました。そのもとで戦争協力を嫌々ながらさせられてきた。
 これを拒否するということが、せんだっての、九五年以来の沖縄から提起された基地反対運動の中でも、知事を先頭とする形で起こりました。そうしたら、その知事が、知事の権限として土地の強制使用についての署名という権限を拒否するという権限を使っていたら、そのこと自体を奪うという国会による特措法の改正ということが行われました。手足をもぎ取られ、実態的に沖縄に基地が集中させられ、一体どうすればいいのか。我々沖縄県民は自分の願いや自分の思いと違うことを常に強制される、そういう生き方をさせられる、これでいいのだろうかという気持ちがとても強い。
 ですから、今回のこの法案の審議過程におきましても、ぜひとも戦争協力を強制するようなことはしないでほしい、逆に沖縄にある基地をなくす方向で努力してほしい、こういうことを強く思っているものであります。
○小池晃君 ありがとうございました。
 続いて、アメリカは既に沖縄の在日米軍というのをアジア太平洋軍のかなめというふうに考えている。そして那覇軍港の移設や海上ヘリ基地など、基地の縮小という県民の願いを裏切って逆行した動きが出てきているわけですが、ガイドライン法案によって沖縄の基地強化、これがさらに質的にも量的にも加速するのではないかと思うんですが、その辺はどういうふうに見ていらっしゃいますでしょうか。
○参考人(金城睦君) 九五年以来の沖縄の基地反対運動は一人の少女の犠牲と勇気を契機として起こりました。それは基地のもたらす被害が人間の尊厳を失うものだ、奪うものだということから起こりました。それで沖縄の基地が縮小、撤去の方向に動き出すかのように見えていました。そこで全国民的な関心が沖縄に向いたんです。
 ところが、他方では、日米両政府はずっと一貫して沖縄基地の強化策を講じていたのでありました。その一つが普天間飛行場を海上ヘリ基地を建設してそこへ移すという案でありました。その中身を見ますと、表面的には整理縮小という形で見えましたけれども、実は普天間飛行場はそのころにはもう米軍の予定する機能を持たせるには老朽化している、狭い、新しく配備を計画しているオスプレーはあの町のど真ん中では事実上困難である、不可能に近い、ならば新しい基地をつくりたいという強化策としての海上ヘリ基地というのが考えられていたのでありました。
 今、また新たに那覇軍港を浦添地先に移転しよう、新たでもないんです、前々からあることでありますが、現実化しつつあるかのような動きに今ありますけれども、それも東洋一というか世界一と言えるほどの、米軍機能を果たし得るような、大きな原子力艦船でも入港できるような巨大な港湾にしようという動きなのでありました。
 ですから、一方での沖縄基地の動きと現在のこのガイドラインの制定に向けての動き、これは対をなしておりまして、そのガイドラインの中身は周辺事態のときに米軍と軍事的に協力するということでありますから、軍事的な協力であるとすれば、これは基地のあるところが集中的な影響を受けるはずです。基地のあるところはどこなのか。最も集中しているのは沖縄であります。したがって、これは沖縄に集中的にあらわれるということで、その集中的にあらわれる沖縄の基地をより強化しようということが促進されるのではないかと大変危惧しているところであります。
○小池晃君 森参考人にお伺いしたいんです。
 衆議院で自自公三党による修正がなされた。衆議院では修正部分についての審議というのはたった三時間だった。そして参議院に法案が来てからも、与党の側からはもう早く上げよう、早く通そうという声ばかりが聞こえてくるわけであります。
 先ほどお話にありましたように、この修正によって新たにこの法案につけ加わった矛盾というのは大変大きい。それから、いまだに解明されていない問題点、修正以前の問題も含めてたくさんあるわけであります。法文上の欠陥、欠落やあいまいな定義を放置したまま参議院を通すなどということは決して許されるものではないというふうに考えるんです。
 参考人からごらんになって、先ほどのお話にもありましたが、その中でも特にこれはもう放置すべきではない、放置することは絶対できないという重大問題、たくさんあると思うんですが、その辺を語っていただきたいというふうに思います。
○参考人(森英樹君) 既に最初の陳述で申し上げたとおりでございますが、くどいようですけれども、ここは立法機関ですので法をつくるわけですから、法的な吟味にたえるような審議をきちっとしていただきたいということを法律家としては強く要望したいと思います。
 きょう申し上げましたように、細かいことのようですが、例えば日米ACSAで地域支援ならぬ後方支援という言葉を使っているということの論理矛盾というのは本当にこのままでいいのかとか、あるいはもっと細かいことのようですが、国会承認を求めることになったようですけれども、国会承認をしようと思っても衆議院が解散しているということについての規定は欠缺したままになっているというようなところはどのようになさるおつもりなのかといったような、修正されたことによってかえって増幅されて審議しなければならないことがふえたというところが私には感じられます。
   〔理事竹山裕君退席、委員長着席〕
 新聞報道では、何か参議院での審議時間は衆議院の七掛けなどという議論があるようでございますが、その是非は別にいたしまして、私の見た感じ、この法案に関して言うならば、衆議院での議論でも物すごく問題が出たままになっているし、かつ衆議院の駆け込み修正によって問題がほとんど議論されない修正可決がなされた。したがって、参議院で一五〇%審議をむしろお願いしたいというのが私の率直な印象であります。
 さらに、きょうの議論を聞いておりまして、もう一度ちゃんと国民に対して説明をしておかなければならぬ問題としては、先ほど来の森本参考人とのやりとりの中でも見え隠れしてきましたが、法的に言いますと、国際法上どうなるのかという問題が改めて問題になり始めているんではないでしょうか。
 それで、森本参考人はそのことを、今回の法案は集団的自衛権でもなければもちろん国連協力でもない、その中間地帯のような形で同盟国協力ということで説明されようとしました。その意味ではおっしゃるとおりでありまして、既存の国際法上の枠組みではちょっと説明のできないような立法と協力をしようとするのが今回の問題だと私には見えます。
 周知のとおり、国連が定めております武力行使等々の枠組みは非常にはっきりしておりまして、国連軍で行うのか、さもなければ個別的、集団的自衛権ということでしか認めないというのが国連憲章の枠組みであります。しかも重要なことは、その個別的、集団的自衛権の行使を発動する際も、国連憲章五十一条は、安保理が当該の措置をとるまでの間という言い方で時間的にも性質的にも非常に限定しているということと、それからもっと大事なことは、個別的、集団的自衛権の行使それ自体は国連憲章の中では必ずしも正義だというふうには認定されていない。それを決めるのは国連安保理だと。それまでの間という言い方をしているわけですから、この集団的、個別的自衛権の行使ですら、国連憲章では必ずしも正しいものという前提にはなっていないということになっているわけです。
 いずれにしても、その二つの枠組みでしか用意されていないところに、同盟協力型というんでしょうか、そういう新しいジャンルを設けてそれで発動しようとするということは、国際法の基本的枠組みからしましても、この法案は非常に特異なものとして海外からも批判を受ける可能性が十分にあり得るのではないかというふうに思います。
 以上です。
○小池晃君 ありがとうございました。終わります。(拍手)
○照屋寛徳君 社会民主党・護憲連合の照屋寛徳でございます。
 参考人の先生方には貴重な御意見をいただきまして、感謝を申し上げる次第でございます。
 金城参考人にお伺いをいたします。
 昨日、それから一昨日の当委員会における野呂田防衛庁長官の発言でありますが、私は、沖縄に住む者として、野呂田防衛庁長官の発言はまさにこの審議をしているガイドライン関連法の本質を言い当てておるなというふうに思いました。きのうは舌足らずであったから撤回をするとか、総理が陳謝をするとか、私はそういう陳謝やごめんなさいで済む問題じゃないと思うんです。むしろ、十一日の当委員会における野呂田長官の発言こそが真意であり、このガイドライン関連法をつくろうとする人たちの意図ではないかというふうに思うわけです。
 私は、主権国家、独立国家として、その国のあるべき安全保障、これを真剣に国民的に議論することはいいことだと思います。しかしながら、一方で、この安全保障の負担や犠牲を五十四年間、我が国は沖縄に押しつけてきたわけです。現実に、いまだに七五%の在日米軍の基地が集中をしている。当然、周辺事態になれば沖縄が一番犠牲になる、これはもう明々白々じゃないかと思いますが、金城参考人、防衛庁長官の発言をどのように受けとめておられるでしょうか。
○参考人(金城睦君) 野呂田長官、大変正直な方だとその発言を聞いて思いました。本当に本音をあのときに御発言なされたと思います。
 現実の想定される事態ということを論理的に見ても、現実的に推定をしてみても私の認識とも一致するものです。
   〔委員長退席、理事竹山裕君着席〕
 問題は、そのような事態が予想され、推定される状況のもとでそのままこの法案を推進していくのか、そういう恐ろしいことが想定されるならば、これは考え直そうというふうにいくのか。私は、これは考え直すべきであると当然考えますが、野呂田長官の方はそれでも、沖縄が真っ先に周辺事態に巻き込まれる危険が大きいという認識であっても、なおこの法案は日米両国にとって必要だ、特に日本にとって必要だという御認識であり、通そうとされているということだと思うんですね。
 しかし、そのまま正直におっしゃったけれども、そのおっしゃった中身が沖縄を初め全国民に知られたら、これは騒ぎになる、大変だということで撤回されたんだと思うんです。言論の府でありますから、言葉というのは極めて重要である。言葉によって物事は解決していくという場でありますけれども、でも本音を言って、そのことの影響が大きいから、自分らのねらいを通すことは難しくなるとなったら言葉自体を変えるという、そういうことでは言葉をおとしめることになりはせぬかということを感想として持っております。
 そして、最初の意見のときにも申し上げたつもりですが、この周辺事態法が通っていったら、どんどん沖縄基地のこれまでの役割以上のことが沖縄に集中的に押しつけられるということで、沖縄はこの五十年以上米軍基地のもとで戦時体制のような状態に置かれてきたけれども、これがさらに続くだけじゃなくて強化される、そういうことになりはせぬかという危惧を持っているものであります。
○照屋寛徳君 私は、ガイドライン関連法は明白に憲法に違反をするというふうに考えております。
 それから、よく沖縄では安保が見えるというふうに言われます。金城参考人も在野法曹として安全保障や基地や人権に関するたくさんの論文を書いておられることは私もよく承知をいたしております。
 顧みますと、沖縄は冷戦時代に日米軍事同盟共通の敵であるソ連に対抗するものとして基地が置かれておりました。ところが、冷戦が崩壊をしてソ連という国家そのものが崩壊したにもかかわらず、依然として沖縄に基地が集中をしている。私は、二十一世紀の新しい時代に、我が国の安全保障、軍隊や軍事力による二国間の軍事同盟、この軍事同盟に基づく安全保障で本当にいいのだろうか、こういう思いを持っているわけであります。共通の軍事同盟は当然共通の敵を前提といたします。かつての共通の敵、ソ連が崩壊をすると、また新たに仮想敵国、共通の敵を見つけ出して日米間の軍事同盟関係を強化する、そしてその負担は沖縄に押しつける、こういうやり方は私は認めるわけにはまいりません。
 在日米軍基地の実態に照らして、金城参考人は憲法、それから現行の日米安保条約、そしてガイドライン関連法のかかわりをどのように考えていらっしゃるのか、意見をお聞かせください。
○参考人(金城睦君) 軍事同盟としての安保の核心といいますか、かなめは基地にあります。その基地の圧倒的多数が、七五%とも言われるような多数があの小さな沖縄に集中している。ですから、沖縄が安保のかなめになります。だから、沖縄に行くと安保がよく見える。
 よく見える安保の中身は何であるのか。大量の米軍の基地が集中することによって生じていること。一つは日常的な米軍の行動による爆音等の被害であります。そして、軍人の存在による犯罪等の被害であります。町の真ん中や農地としてもすばらしい場所が基地にとられている。沖縄本島の二〇%が米軍基地で占められるというようなこともあって、沖縄の振興開発、発展の障害になっている等々、安保の見える中身というものは沖縄にとってさまざまな害悪を及ぼすものであります。
 沖縄にとって害悪だけじゃなくて、それは他国、他民族への抑圧や侵略や殺りくの根源地にもなっている。ですから、沖縄では、沖縄における諸悪の根源は米軍基地であるということが定義のようになされております。
 その米軍基地の集中する沖縄ですから、沖縄では基地の整理、縮小、撤去を県民は要求する。このような基地がつくられてきたのは、沖縄戦を初めとした軍事作戦行動を契機として、戦後、また日米両政府の安保体制の政策、日本から沖縄が切り離されるサンフランシスコ体制のもとで形成されてまいりました。
 そこでは日本国憲法は全く適用されない。日本であって日本でない状態が沖縄でありました。沖縄は、それでも人間が住んでいるわけですから、人間としての尊厳を確立したいために、人権を回復したいために、民主主義を実現したいために基地の反対を叫び、基地の撤去を要求し、その集中的表現が平和憲法下への復帰ということでありました。目指したのは平和憲法でありました。
 基地と反対をする、安保と反対をする、安保と反対概念にある憲法であります。この両概念が相対立するときに日本はどれをとるべきか。これまでの政府は安保を優先してきましたけれども、国の根本を定めるのは憲法ですから、憲法にこそ沿った政策、政治が行われるべきであると思うんです。
 先ほど来、森参考人がいろいろお話もなされましたように、日本国憲法はあの第二次世界大戦の戦争の惨禍を深刻な反省をもって受けとめて、そして基地や戦争につながることの政策は全部捨てた、やらないという態度が根本でありました。自衛戦争とか自衛権とか、さまざまな現実的なところからの要求によって、いろいろ難しい解釈をしながらあるところまでは進むこともあり得たかもしれませんけれども、今の沖縄の状態を中心として、さらに考えられている、日本が具体的に武力を行使する、あるいは武力による威嚇をもって世界に臨もうというこのあり方というのは、どこからどのように見ても憲法違反であることは明白だと思うんです。
 そのときに、少なからざる先生方でもいらっしゃるわけですが、何とかこじつけて憲法違反でない形をとりたいということと、場合によれば、憲法自体を改正しようかという動きもありますけれども、さまざまな問題があるときに、日本国憲法は世界に先駆けて、そのときの問題の解決のあり方は平和的方法、ちょうど国会でも一時期乱闘とかというのもありましたけれども、やっぱり言論による物事の解決ということが問題解決の根本です。それを国際的にも広げて平和外交によって解決していこう、そういうことが憲法の示す指針だと思うんです。憲法の根本原則を今こそ日本国民と日本国が、当然国家の最高機関として位置づけられております参議院においても、世界に誇れる地位を占めるというのがこの憲法の精神であります。
 日本が、経済的にも軍事的にもアメリカに並ぶ大国化ということが定評になっていますけれども、多くの方々が言われていることは、日本は外国に行ってみると外国からは余り信頼されないとか、日本人は余り好かれないとかということが定評のように言われます。しかし、憲法の精神に沿った行動をもし日本がとったならば、それこそ国際社会において、全世界、全人類的な価値を体現するものとして名誉ある地位を占めることができるんだろうと思うんです。
 いろんな難しい問題があって、先生もおっしゃるように議論はぜひ深刻にやっていただきたいけれども、この根本のところは絶対忘れないで、その道もあるんじゃないかということを探る方法をも講じていただきたいと思います。
   〔理事竹山裕君退席、委員長着席〕
○照屋寛徳君 最後に、憲法学者であられる森参考人にお伺いいたします。
 私は沖縄に住んでおりまして、我が国には憲法を頂点とする憲法法体系と安保条約を頂点とする安保法体系があって、どうも安保法体系によって憲法法体系が食いつぶされておるのじゃないか、こういう考え方も持っております。
 それで、修正案の提案者にきのう聞きましたら、特に「目的」の中に日米安保条約の効果的な運用に寄与すると、こういうことをわざわざ挿入いたしました、私は立法論としてどうなんだ、立法事実は何を考えておるんだと聞きましたら、いい返事は得られません。
 そもそも現行の安保条約は、周辺事態に際して自衛隊がアメリカの後方地域支援活動を行うということは一切規定していないし、そもそも想定していないのではないか、こういうふうに思うんですが、どうでしょうか。
○参考人(森英樹君) 時間がありませんので一言だけ。
 陳述でも申し上げましたように、効果的運用という文言は政策文書用の言葉ではあっても法的な、つまりどういう規範命題があるのかといったことを指し示すには非常にあいまいで不確定的な概念でありまして、したがって、ここをチャンネルに安保条約の枠組みさえも超えることが効果的運用の結果だというふうに説明されるキーワードになる可能性を十分に秘めているという点で、かねてからガイドライン関連法案は日米安保条約の枠組みさえも超えるのではないかという批判がありますが、その懸念を一層強くする修正であったというふうに私は読んでおります。
 以上です。
○照屋寛徳君 終わります。
○月原茂皓君 自由党の月原です。参考人の方々に御意見を伺いたいと思います。
 まず、森本参考人にお尋ねいたしますが、これはそもそも論になるんですが、それぞれの国が国策を遂行するためには、民主主義の国であればあるほど国民の理解というものが必要である、なぜそれが必要なんだ、我が国益に有利なんだというようなことでなければ話にならないわけであります。
 そういう意味で、この周辺事態法案も含めまして、日本が米国と結んでおる同盟という安保条約、そういうものが米国にとってどういう利益があるんだ、我が国にとってどういう利益があるんだ、そしてこういうところが共通だからお互いに手を携えているんだ、こういうふうに説明できなければ私はいけないと思っておるんですが、その点、両国にどういうメリットがあるか。
 このアジア太平洋地域に、またそれぞれの国にとって、アジア太平洋地域を中心とした行動について、何も軍事的な意味じゃなくていろいろな意味でどういうメリットがあるのか。しかも、軍事というのが世界の平和を維持するための一つの大きな要素でもあるわけです。物の考え方はいろいろあるでしょうが現実はそういうものです。そこで安保条約が結ばれておるわけですから、そういう点で両国にどういうメリットがあるんだということを森本参考人はどのように考えられておるか、御説明願いたいと思います。
○参考人(森本敏君) この点については冷戦後の日米同盟を再定義する作業の中で日米で相当話し合いも行われ、議論の交換も行われたというふうに考えていますが、結論の部分というのは比較的簡明といいますか明解なもので、一つは、まず日米両国が共有できる国益というもの、あるいは価値というものにあるという考え方で、それは何を意味するかというと、恐らくこの地域における自由だとか平和だとかあるいは市場経済だとかという普遍的な価値観に加えて、この地域全体の平和と安定という幅の広い価値観というものが両国によって共有されているということがこの日米安全保障体制における冷戦後の日米両国が持っている利益というか国益というものだろうと思います。
 それが全く一〇〇%一致しているなどというようなことはそもそもあり得ないわけで、いわば共有できる部分をどのように認識し、どのように追求するかということに同盟の協力があり得るという考え方に立っているのではないかと思います。
○月原茂皓君 今、いみじくもおっしゃいましたが、一〇〇%一致することはない、しかしそれを乗り越えてでも協力しなければならない、お互いにそれぞれの分野におけるリスクというものを覚悟の上でやらなければ同盟関係なんて成り立たぬ、いいところばかりとって同盟ができるわけではないし、現実にそういうふうな世界情勢ではない、私はこのように考えているわけであります。
 そういう意味で、リスクとしてはどういうことがあるんだと。これはなかなか難しい。今まで余り議論されていないんですが、森本参考人はどういうふうに考えられておりますか。
○参考人(森本敏君) 冷戦時代に、いわゆる国益にとっての脅威という議論がずっと安全保障上の対象として説得力のあるものであったわけですが、冷戦後には、その脅威というものだけではなく、リスクとか危険という新しい概念が取り入れられたと思います。この場合、アジア太平洋におけるリスクというのは私は三つの側面を持っているのかなと思います。
 一つは、この地域のそれぞれのサブリージョンの持っている不安定要因であります。例えば北東アジアにおける朝鮮半島だとか中国と台湾の関係、あるいは東南アジアにおけるインドネシアだとか南シナ海といった問題、南西アジアにおけるインドとパキスタンの関係といったそれぞれのサブリージョンが持っている地域的な、歴史的な不安定要因、これが一つのリスクであります。
 第二のリスクというのは、どちらかというと地政学的なリスクでありまして、それは例えばこの地域に中国といった社会主義国がある、価値観を共有できない国がある、北朝鮮という全く価値観を共有できない国もあると。あるいは、それぞれの国が、森先生のお話でもございましたが、いわゆるパワーポリティックスの中で勢力の拡大を図って国防費を増強しているといった問題もある。こういった地政学的な問題がこの地域にもたらすリスクというのがあると思います。
 第三のリスクというのは、いわばある種のトランスナショナルな分野の問題でありまして、これは例えば兵器の拡散だとか、この地域におけるテロだとか海賊の発生だとか難民の発生だとか、あるいはこの地域の非常に深刻な環境の問題だとかといった地域に特有に見られる共通の課題。
 この三つが冷戦後のリスクとして我々が認識しているもので、それぞれそんなに簡単に分けられるというものではなく、相互にそれぞれ相関性を深く持っているということなのではないかと思います。
○月原茂皓君 今御指摘ありましたが、そういうところをより安定した、そして全体が繁栄するようにするために、米国なり、当然日本もリスクを負いながら、それぞれの国益、法制度、憲法体系というか、そういうもとで努力していかなければならない。
 とにかく、私が心配するのは、巻き込まれ論というのがよくあって、何もかも巻き込まれるんじゃなくて、巻き込まれるにしても最小限にしなければならないけれども、同盟国として、そしてそれがこの地域の平和と安定のために必要となるならば、もろもろの条件下でもできるだけリスクを少なくしていく、しかしリスクは負うんだという、それがなければ同盟が成り立たない、私はそのように思っているわけであります。
 それで、時間が非常に過ぎましたが、有事法制のことを森本先生はおっしゃったし、また最近出された本の中にもこれからの問題として書いてありますが、私は、前方と後方に分けて一線を画するところというのは、これは洋上の議論が非常に多いわけですが、むしろそれよりも国内において、それぞれの基地、そしてその間の輸送、そういうものをきちっとできるような日本、よその国なら当たり前の話なんですが、そういう体制がまだできていないんじゃないかなと思いますが、そういう面での有事立法ということを森本先生も大きなウエートだと考えておられますか。
○参考人(森本敏君) 有事法制は政府の中で既に作業はもう一部取りかかっておられると思いますので、今後順繰りに形ができてくるものと考えます。
 この中で、特に第三分類といって一般の我々国民のいわば福祉、生命、安全を保護するという措置と、それから一方これと裏腹に、国民のいろいろな活動をある程度規制せざるを得ないという活動、この二つが、つまり何のために規制するのかというと、それは結局は個人の我々の安全を守るためではあるのですが、そういったいわゆる第三分類と称せられる、今まで余り手がついていなかったいわゆる有事法の中に先生のおっしゃっているような問題がトータルで取り入れられて、国家として非常に緊急の事態のときに国の治安というものをどうやって守るか、あるいは基地をより安定的にするための合法的な措置とはいかなるものであるかということがトータルで考えられるべきであるのではないか、このように考えます。
○月原茂皓君 本当に時間がなくなって済みません。
 森先生にお尋ねしますが、戦後の憲法の思想というもの、これはなかなか崇高なものでありますが、そういうものが我が国がそれほどの軍事力を持つこともなく維持され、また憲法体系も維持できたというのは世界情勢によるところが私は非常に大きいと思う。発足のときからそうなわけですから。
 そういう意味で、どういうふうな情勢のもとに先生のおっしゃっているような体系が維持されてきたのかということについて、お考えを伺いたいと思います。
○参考人(森英樹君) 歴史的なことを質問されているようですが、時間も全くありませんので。
 私が申し上げたいことは、憲法の理念は、いわば理念として棚上げするのではなく、それに向けての不断の努力を積み重ねるための規範として今なお有効であるし、その点は、コソボ情勢一つとってみましても、要するに軍事力では物事の本質的解決は何もできないということはますますはっきりしてきているので、軍事力によらない何らかの解決の道を国政レベルでも、あるいは民間レベルでも真摯に議論を重ねて、その方向に重点を置いたかじ取りをするのが憲法の命題だろうというふうに考えております。
 以上です。
○月原茂皓君 最後に、金城先生に質問できなくて済みませんでした。我々も、重要な安全保障の問題として基地問題を取り上げ、そして同じように国民として苦しみも分かち合えるような、そういう決意で国会で活動しますので、御了承願いたいと思います。
 ありがとうございました。(拍手)
○山崎力君 参議院の会の山崎でございます。参考人、御苦労さまでございます。
 まず、森本参考人にお伺いしたいんですが、今回の問題、いろいろ指摘はございますが、国民の中で一番不安に思うのは、今回の周辺事態関連法が制定されて実行に移されるような事態になった場合、日本国が戦争に巻き込まれる可能性が強まる、これは理論的にもあり得ると思うんですが、問題は、これは森参考人からも若干出ておりましたけれども、安保条約の六条事態、これが周辺事態とすぐれてオーバーラップしていると私は感じております。
 そういった意味において、この安保条約六条事態が現存している以上、今回の周辺事態諸法案、そういったことで我が国が米軍に協力することによって日本が巻き込まれる確率といいますか可能性といいますか、そういったものがどの程度高まるんだろうか。六条があって安保条約がある以上、意外とそんなに違わないんじゃないかという気もするんですが、その辺はいかがでしょうか。
○参考人(森本敏君) この周辺事態というものと安保条約第六条に言ういわゆる六条事態というものとは、私は本質的に変わらないんじゃないか。つまり、日米安保条約の目的に資するという意味において、ガイドライン及びこの法案で周辺事態という言葉を使っていますけれども、それはそもそももとをただせば日米安保条約の趣旨に戻るわけでありますから、したがって私はそれは全く別のものではないというふうに考えます。また、きちっとした抑止と対応の能力を構築しているということが国の安全に重要で、巻き込まれるか巻き込まれないかということを抑止や防衛の措置をとることとの関連において議論するというのは、安全保障の議論としてはいささかそうではないんじゃないかというふうに考えます。
 つまり、例えば何のために同盟を維持しているかというと、日本だけで対応するのではなく、同盟国とともにそれぞれの役割を十分に発揮させて、全体として地域と国家の安定を維持するという考え方ですから、そのことが高まれば高まるほど論理的には抑止と対応の能力が高まって、結局はより巻き込まれにくくなるということになるのではないかと思います。
○山崎力君 そこで、森参考人にお伺いしたいと思うんですが、つまるところ安保条約六条だということが言えると思うわけです。それが憲法の趣旨に沿うか沿わないか。六〇年安保のとき私はまだ小さかったのでその辺の議論は知らないわけですが、七〇年安保世代として思うわけです。
 そこのところと、いわゆる憲法学をやったときの書生論からいきますと、現行憲法は本当に法体系の根幹としての資格があるんだろうか。要するに、占領下、我々の主権がなかったときにおいて制定された、しかも経過が明らかになってくればアメリカが英語で書いたものが原文である、こういったものでいいんだろうか。少なくとも独立を回復したときに、同じ文章であってもいい、日本語としてあの憲法の文章というのは非常に私はよくないと思うんですが、趣旨はそのままやって、それで改めて独立国家として基本法典をつくるべきではなかったかという議論があったやに聞いております。
 その辺のところを含めて、最高法規である憲法の考え方と国民の意思とがずれていた場合、これはどちらを優先すべきだというふうにお考えでしょうか。
○参考人(森英樹君) 話の入り口にありました安保条約の六条に関してですが、六条は御承知のように米軍が基地を使用することを許されるという規定しかございません。その意味ではそれが基点になっていますが、それを超えて、基地の貸与、使用を認める以上に後方地域支援等々を行うことが許されるというふうに安保条約を変えるに等しいのが今回の法案だ、こういうことになるわけですが、そういう規範的な枠組みを超えるようなことが安保条約六条を基点にしながら今回の事態で起こっているということが最大の問題だと法律家としてはつかまえます。
 同じ趣旨で、憲法がその規範性を保持できないような実態が先行的に起こっているという場合にどのように考えるのかというふうに問題を置きかえて理解させていただきますと、一般論としては、おっしゃるような規範と国民意識の間のずれが生じた場合には所定の手続を踏んで、しかも憲法というのは硬性憲法でかつ根本法でございますから、かなり徹底した国民議論を前提にしたところの改憲手続をきちっと踏むことがぜひとも必要であるというふうに私は思います。
 ただ、その際に、立憲主義、法治主義ということを私が盛んに言うのは、それも所定の手続で進む法的な作業でありますから、その法的作業が現にまだ始まってもおりませんし、仮に進行中であったとしても現行法として存在しているのは憲法という規範そのものでありますから、憲法の尊重擁護義務が国会議員の諸先生方も含めてみんなにかぶっているわけですから、その規範どおりに動かす。それで変えるなら変える、変えたら変えた憲法で動くというのが立憲主義のごく単純な妥当な理解だと思っております。
○山崎力君 その単純な理解が国民に浸透しないで、勝手に解釈してやった方がいいということで延々と来ておりましたし、憲法学者の方も、明らかに違憲であるという八十九条の私学助成を放置して、それに対して何らかの対応措置もとらなかった。
 具体的に言えば、予算の執行に関して、これは違憲の法律に基づく予算執行であるからと差しとめ請求すらしなかった、そういったことを憲法学者すらやってこなかった。それの方がむしろ日本の国民性に合っているし、そういうふうなことの方が世の中は動くんだ、そういうかたい手続をしないでまあまあやっていけるような形でやった方がいいんだというのが、いい悪いは別として国民の意思であったとしか私は思えないわけでございます。
 よしあしは別として、そういう国民の意思だと判断することがお立場から見てできるなということかどうか、ちょっとお伺いしたいと思います。
○参考人(森英樹君) 大変重要な御指摘なんですが、私の理解、ないしは憲法学の一般の理解と言ってもいいかと思いますけれども、近代憲法というのは単純に言えば基本的人権とそれを守るための統治機構をどう編成するのかという二元構造になっております。
 公権力の編成の仕方というのは統治機構論と一般に言われるわけですが、実は近代憲法のいわば魂、精神の部分としては、基本的人権に当たる部分は、これは日本国憲法も「国民の不断の努力によつて、これを保持」するというふうに書いてございますように、ここの部分がどんどん膨らんでいくということについては近代憲法は許容的である。したがって、解釈の仕方としても柔軟であって構わない。それに対して、公権力の編成原理を定めております、これは軍事力もそれに入るわけですが、統治機構に関する部分については、これは厳格に解釈しなければならない。
 その意味では、基本的人権はどんどん変わっていっても、それこそ解釈改憲をやっても構わないけれども、統治機構については権力が動くわけですから、厳格に立憲主義を適用しなければならないという二本立ての理解というのが一般に憲法学界では、これは近代憲法そのものの精神からきておりますので、そういう理解に立てば、今御指摘の点はさほど矛盾のある現象だというふうに私は受けとめておりません。
○山崎力君 それが国民の理解と憲法学者あるいはそういった法律のところの乖離の原因であろうかと私も思うんですが、それはもう時間もありませんのでおいておきまして、沖縄の金城参考人に一言だけお伺いしたいんです。
 巻き込まれ論というのは確かに不安としてあり、それから過重な負担を負っているというのは事実だと思うんですが、平和を志向する余り、日本の現実の中で皆様方も含めて、危機をなくす努力というものが国際政治の中でいい方向に行ったという事例で何か思いつくようなことはありますでしょうか。
○参考人(金城睦君) 逆に、軍事力によって解決がうまくいった例があるでしょうかというのが一方であるわけです。軍事力の場合には間違いなく悲惨な結果をもたらす。他方、まだ具体的な例としては非常に少ないかもしれませんけれども、平和的な解決の場合にはいい方向にしか行かない。こういうことで、どちらを選択するかという場合に、私は平和的な方法を選択しますし、少なくともその努力はなされるべきであろうというふうに思います。
○山崎力君 軍事力がいい結果をもたらしたというのは、独立と自由が何よりもましであるということで成果を勝ち得たベトナム戦争の結果が私はあると思います。
 以上で終わります。(拍手)
○島袋宗康君 参考人の御三方、きょうは貴重な時間を割いていただきまして、大変御苦労さまです。
 二院クラブ・自由連合の島袋宗康でございます。
 私の一昨日、十一日の質問内容をちょっと御紹介したいと思いますけれども、沖縄の米軍基地がいわゆる朝鮮戦争、ベトナム戦争では出撃拠点となった。そこで、軍事評論家は、このガイドラインをそのまま通してしまったら沖縄が真っ先に周辺事態の影響を受けるだろうと。私もそのことが非常に心配でありましたので、そのことを防衛庁長官にお伺いしたわけです。防衛庁長官は、基地が多く存在することを考えても、言われるようなことがあり得るだろうというような御答弁をいただきまして、それが昨日もこの場で問題になったわけでありますけれども、結果的には舌足らずだったというようなことで訂正をされております。しかし、私はそのことが沖縄県民の大きな懸念だろうと。
 周辺事態が発生すれば、金城睦先生もおっしゃっていたように、在日米軍基地の七五%は沖縄にあるわけですから、当然沖縄が大きな影響を受けるだろう。そして、沖縄のいわゆる生命、財産、あるいは経済、生活に大きく影響するだろうというふうなことの懸念があるために私はあえてそのことを質問したわけでありますけれども、金城睦先生、そのことについてどのように御見解をお持ちなのか、お伺いします。
○参考人(金城睦君) 先ほども照屋委員でしたかの御質問にもございました。
 沖縄の置かれている、防衛庁長官も御認識のとおり、地理的な状況、米軍基地が集中しているという実態、そして過去の朝鮮戦争、ベトナム戦争、湾岸戦争などの経験からすれば、まさしく周辺事態が起こったときに沖縄が巻き込まれるといいますか、真っ先にその危険が沖縄に及ぶということは間違いない推定事実だろうと思います。沖縄県民もそのことを気にしています。
 ただ、実はそれは沖縄は真っ先にということであり、わかりやすいのであって、本当は沖縄だけではないかもしれません。基地は沖縄に集中はしているけれども沖縄だけではない、ほかにも基地がありますから、その基地周辺がそれこそ日本全国の中でも真っ先ということは言える。その真っ先のうちのまた沖縄が真っ先だろうという感じであります。
○島袋宗康君 このガイドラインの法案そのものが自衛隊の海外においてのいろいろな集団的自衛権、そういったものに抵触をするだろう、違憲じゃないかというふうなことがよく言われております。しかし、国民の本当のコンセンサスを得てこの法案が提出されているのかというふうなことについて非常に私は疑問に思っていますけれども、その辺は森参考人はどのようにお考えですか。
○参考人(森英樹君) 各種の世論調査等々は、極めて単純明快な質問で質問され、かつそれぞれの雰囲気、背景になったそのときに社会的に注目される事件等々に対する直観的反応みたいなもので出てまいりますので、国民の反応は今のところ、正確に言えば、法案の中身がわかった上で議論している、あるいは意識を形成しているというふうには言えないのではないか。
 これは、各種の世論調査の中で、法案の中身がわかっているかどうかという質問に対しては、ほとんどわからないとかわからないというのがかなりの数になお上っているということであり、ましていわんや今般の修正につきましては、国民的にはほとんど了解されていない、つまり知られていない形で議論がされているというところを大変危惧しますので、国民自身がきっちりとわかるところまで審議は続けていただきたいというふうに私は強く希望しております。
○島袋宗康君 おっしゃるとおり、そういった国民に本当にわかりやすいような法案であるのか、あるいは説明はされてきたのかというようなことについて、私は、先ほど来話がありますように、総理の訪米に当たって、四月二十七日に急遽といいますか、本当に国民がびっくりするような形で早い時期に衆議院で可決、決定してしまったというようなことで、今参議院に送られております。そのことについては、参議院の中でも、もっともっと国民にわかりやすく、あるいは理解できるような法案の審議を慎重にやらなくちゃいけないんじゃないかというふうに思っておりますけれども、森本参考人、その辺についてはどういうお考えですか。
○参考人(森本敏君) すべての問題、特に国の安全保障の問題、とりわけそれが実際の法律という形になりますと、そもそもがわかりにくくて、これは一般の国民のみならず、例えば政府でも外務省や防衛庁といった特に深い関係のある官庁以外の官庁では必ずしも十分にわかっていないわけです。したがって、法案そのものを審議する過程の中ではもちろんのこと、法案全部が成立しました暁には十分に地方公共団体、地方議会や一般の国民にわかりやすく説明するという努力が必要だと思います。
 ただ、わかりにくいというのは、そもそもがこういう国会での審議の中身そのものさえ本当にわかりにくくて、立法府の方でさえ実際の中身を本当にきちっとフォローすること自身が難しいような議論ですから、それを私は、例えば個人的なことですが、私の家族の者に一度説明したことがあるんですが、もういかように説明しても全く理解してくれないということで、これで専門家として生きていけるのかと思うぐらい難しい問題であるわけです。
 それをただ単に、例えば国民がわかりにくいわかりにくいと言ってみてもせん方なきことでありますが、でもこの二年の間、随分マスコミを通じて取り上げられ、テレビで政治家の方々が率直にいろんな議論をなさるので、割合に浸透してきたのではないかと。もともと関心のない人は全然わからないわけですから。
○島袋宗康君 最後に、そのわかりにくい周辺の範囲、いわゆる周辺事態の範囲です。
 そこで、政府はあらかじめその地域を特定したものではないと。非常にまたあいまいな形で進んでおります。私も非常にこれはあいまいであるというふうに思っております。
 この新ガイドラインについて近隣諸国がどういうふうに受けとめているかということなんですけれども、中国は、直接間接的に台湾を周辺事態に含めることには断固反対すると。そして朝鮮民主主義人民共和国は、軍事衝突が起これば日本には予想もできない恐ろしい災難がもたらされると。また韓国も、法案に対しては朝鮮半島の平和と安定に寄与すると評価する一方で、憲法の枠組みを守ること、防衛政策の透明性を確保することというふうな注文をつけております。
 これについて、金城睦先生はどのようにお考えですか。
○参考人(金城睦君) 北朝鮮、朝鮮民主主義人民共和国が、衆議院を通過したときに今おっしゃったような反応をされたんですね。北朝鮮なり中国、周辺諸国としては、過去における日本の侵略を受けたという体験があるし、その上での反省も深刻にされていないという見方をしています。その中での日米両国の軍事行動のための法案ですから、当然だと思うんです。
 そして、もし万一、言われているように北朝鮮が、現時点における日本の周辺の国でありますから、そこが想定されているというようなことがあるとすれば、そしてそれが現実化して、アメリカが北朝鮮に軍事的な圧力をかけるとか軍事行動を起こすとかということをした場合に、それは起こされた方が捨て鉢的な反撃としてその拠点である沖縄を中心に攻撃に出る、あるいはよく言われていますように、日本だったら各地に原子力発電所がいっぱいあります、そこを攻撃目標にでもされたら、それこそ夢想だにしないような惨害が日本に生ずるということは考えられることです。
 北朝鮮については非常に情報不足です。交流も余りないし、国交もない。だから、今努力すべきことは、あの不審船のようなことでいきり立つのじゃなくて、ああいうたぐいのものは実はたくさんあるらしいんですね、たぐいのものですよ。だから、そういうことは、それぞれに適切な行動というのは、警察的な海上保安庁があるわけですから、あるいはもっと別に、外交的な交渉での解決、そういう方向に努力をしていくべきであって、とんでもないことが、ああしまったということではもう遅いんですよ、万一起こってしまったら。そういうことが起こらないような努力をぜひしていくべきであるということを重ねて申し上げたいと思います。
○島袋宗康君 ありがとうございました。
○委員長(井上吉夫君) 以上をもちまして午前中の参考人に対する質疑は終了いたしました。
 参考人の方々に一言お礼のごあいさつを申し上げます。
 本日は、長時間にわたり大変貴重な御意見をお述べいただきまして、まことにありがとうございました。委員会を代表いたしまして厚くお礼申し上げます。(拍手)
 午後一時から委員会を再開することとし、休憩いたします。
   午後零時十二分休憩
     ─────・─────
   午後一時一分開会
○委員長(井上吉夫君) ただいまから日米防衛協力のための指針に関する特別委員会を再開いたします。
 委員の異動について御報告いたします。
 本日、佐藤泰介君が委員を辞任され、その補欠として輿石東君が選任されました。
    ─────────────
○委員長(井上吉夫君) 休憩前に引き続き、日本国の自衛隊とアメリカ合衆国軍隊との間における後方支援、物品又は役務の相互の提供に関する日本国政府とアメリカ合衆国政府との間の協定を改正する協定の締結について承認を求めるの件外二案を議題といたします。
 午前に引き続き、三案件の審査のため、参考人の方々から御意見を承ります。
 午後は、駒澤大学法学部教授西修君、松阪大学政治経済学部教授浜谷英博君、帝京大学法学部教授志方俊之君、以上三名の方々に御出席をいただいております。
 この際、参考人の方々に一言ごあいさつを申し上げます。
 本日は、御多忙のところ、本委員会に御出席をいただきまして、まことにありがとうございます。委員会を代表いたしまして、厚く御礼申し上げます。
 参考人の方々から忌憚のない御意見を承りまして、今後の審査の参考にいたしたいと存じますので、よろしくお願いいたします。
 本日の議事の進め方でございますが、参考人の方々からお一人十五分程度ずつ御意見をお述べいただきまして、その後、各委員からの質疑にお答えいただきたいと存じます。
 それでは、まず、西参考人からお願いいたします。西参考人。
○参考人(西修君) 御紹介いただきました西でございます。
 私は、一、本法案成立の必要性、二、憲法との関連、三、本法案をめぐる若干の問題点、そして四、いわゆる反対キャンペーンに対する印象という側面から意見を申し上げたいと思います。
 まず第一に、本法案はやはりぜひ成立させていただきたいと考えます。それは主に二つの理由からであります。
 すなわち、一つに、一九七八年の旧ガイドラインでは、一、「侵略を未然に防止するための態勢」、二、「日本に対する武力攻撃に際しての対処行動等」、三、「日本以外の極東における事態で日本の安全に重要な影響を与える場合の日米間の協力」を検討対象にいたしました。そして、前二者についてはかなり深く検討したのですが、最後の「日本以外の極東における事態で日本の安全に重要な影響を与える場合の日米間の協力」については、「日米両政府は、情勢の変化に応じ随時協議する。」とのみ記され、「あらかじめ相互に研究を行う。」とはされていましたが、具体的な研究がなされてきませんでした。それから約二十年を経て、冷戦の終結とその後の国際情勢の変化、日米安保条約の再確認などの諸進展を踏まえ、いわば残されていた懸案事項の処理に当たったということからであります。
 二つに、我が国周辺は決して波静かという状況ではありません。テポドン一号が飛来し、不審船が領海深くまで侵入しております。朝鮮半島で何が起こっても不思議ではないと言われている今日、我が国周辺地域において我が国の平和及び安全に重要な影響を与える事態、いわゆる周辺事態に対応する措置を講じておくことは絶対に必要だと思うからであります。
 第二に、憲法との関連で、本法案は憲法違反ではないかという声があります。この点に関し、私の調査を踏まえて自説をごく簡単に申し上げたいと思います。
 第九条の原案はマッカーサー・ノートにありますが、そこでは国際紛争を解決する手段としての戦争のみならず、自己の安全を保持するための手段としてさえもの戦争を放棄することがうたわれていました。この原案を受け取った総司令部民政局次長のケーディス大佐は、自己の安全を保持するための手段としてさえもの戦争の部分を削除しました。
 なぜ削除したのか。私は、ケーディス氏の生前、マサチューセッツ州の同氏宅を訪れ、その理由を尋ねました。ケーディス氏は、もしその文言がそのまま憲法の中に入れられれば日本は独立国と言えなくなるのではないか、そのようなことは非現実的だと思ったから削除したのだと明言しておりました。
 御存じのように、国際紛争を解決する手段としての戦争放棄は我が国の独創物ではありません。この文言は一九二八年の不戦条約に由来し、そこでは否定されているのは侵略戦争や国際法上違法な戦争であって、自衛措置を講じることは全く否定されていないという国際的合意がありました。それゆえ、マッカーサー・ノート中、自己の安全を保持する手段としてさえもの戦争が削除され、国際紛争解決手段としての戦争の文言が残ったという事実は、第九条を国際的な基準で解釈することを可能にしたということであります。
 次に、第九条を解釈するに当たり、第六十六条二項の文民条項と密接な関係があるということを見落としてはならないということであります。
 いわゆる芦田修正が衆議院を通過したことにより、極東委員会は、日本は自衛のためならば戦力の保持を可能にしたと判断しました。そして極東委員会は、戦力の保持を可能にしたことについてはクレームをつけず、戦力の保持を前提にして国務大臣の就任要件として文民でなければならないことを要求したのであります。この要求は実現し、現在の第六十六条二項になっています。このことは、憲法が一方で自衛のための戦力保持を認め、他方で文民統制の貫徹を求めていることを意味していることになります。このような事実は、日本国憲法が成立してからかなり後で判明したものであります。こうして新たに発行された資料をもとにして第九条の成立過程を精査しますと、第九条は非武装、非戦力を規定しているんだという憲法解釈が破綻を生じることになります。
 さて、以上のような認識に基づいて本法案を見てみたいと思います。
 本法案の目的は、あくまで我が国の平和及び安全に重要な影響を与える事態に対応するための措置を定め、日米安保条約の効果的な運用に寄与し、我が国の平和及び安全の確保に資すること、第一条にあります。憲法で禁じている国際紛争解決手段としての国権の発動たる戦争や武力の行使に至るということは考えられません。そしてまた、第二条第二項では、「対応措置の実施は、武力による威嚇又は武力の行使に当たるものであってはならない。」と明記されています。
 我が国周辺で我が国の安全や平和に重大な影響が及ぶかもしれない事態が発生したときに、アメリカのみにその排除をゆだねることができるでしょうか。憲法前文には、「われらは、平和を維持」「しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。」、「われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならない」との文言がありますが、私たちはこの文言の意味するところをしかとかみしめ、ゆめゆめ国際社会で不名誉な地位を占めることのないようにしていかなければならないと思います。
 以上のような視点から、本法案は憲法上の問題をクリアしている、このように考えます。
 第三に、本法案をめぐる若干の問題点でありますが、法案それ自体については基本的に賛成いたします。特に、基本計画中の後方地域支援または後方地域捜索救助活動の実施につき、原則的に事前に国会の承認を得るように修正されたことは歓迎するものであります。言うまでもなく、国民の代表者の承認によって隊員の士気、モラールを高めること、またシビリアンコントロールが貫徹されるからであります。
 ただ、一つだけ申し上げれば、第一条の修正された文言に、「そのまま放置すれば我が国に対する直接の武力攻撃に至るおそれのある事態等」とありますが、目的を規定している第一条に「等」というすこぶる抽象的な文字が入っているのは他の法律で余り見かけないように感じます。それで、「等」の中身についてもっと説明する必要があるように感じます。
 法案そのものより今後の問題として、課題として、二つのことを指摘しておきたいと思います。
 一つは、集団的自衛権について、保有はできるが行使できないという政府のこれまでの解釈では限界が生ずるのではないかと思います。この解釈の見直しに着手していただきたいと思っております。この点については、後ほど御質問があれば私の説を述べさせていただきたいと考えております。
 二つは、国内における法整備の検討が不可欠になるということです。周辺事態が発生したならば、その影響は我が国の領域外のみではおさまらないこともあるでしょう。その影響が国土内に及ぶようなときに、国家としてあるいは国民としていかなる対応をとるのか、あらかじめ法的な整備をしておくことは法治国家の責務と言わなければならないでしょう。
 最後に、いわゆる反対勢力はこの法案が成立すればすぐにでも戦争が起こるようなキャンペーンを展開しております。実は私は、いわゆるPKO法案のときにも中央公聴会で公述人として意見を陳述したことがございます。当時も、自衛隊は海外へ武器を持って戦争をしに行くんだというキャンペーンがなされていました。その後、御承知のように、国会で大きな混乱があったりしましたけれども、社会党委員長・村山内閣総理大臣自身によって自衛隊のPKO派遣が命じられました。そして、実際、自衛隊はカンボジア、モザンビーク、ザイール及びゴラン高原に派遣されてきましたが、国際的な貢献として国の内外で高く評価されています。このことから、情緒的な反対のみでは効果的ではないという教訓が得られたと考えます。
 一体我が国周辺において非常事態が発生したら米軍との関係においていかなる対応をとるべきか、冷静な判断が求められていると思います。そして、多くの国民は事態を冷静に判断し、法に基づききちっとした対応ができるほど成熟しているものと信じます。先進民主主義国家は例外なく有事法制を持っております。民主主義が確立されていること、国民の法意識が高いことの結果と思慮いたします。我が国も、この憲法のもとでの五十二年間、国民の民主主義や法治主義に対する意識は高くなり、暴発を許すほど未熟ではないと信じます。そろそろ成熟した民主主義国家として安全保障の問題、有事法制の問題を地道にかつ真剣に考えていくべきではないでしょうか。その意味で、本法案は一つの試金石になる、こういうふうに考えているわけでございます。
 御清聴ありがとうございました。(拍手)
○委員長(井上吉夫君) ありがとうございました。
 次に、浜谷参考人にお願いいたします。浜谷参考人。
○参考人(浜谷英博君) 御紹介いただきました浜谷でございます。
 このところ有事法制に関する論議がしやすい環境になったという意見をよく聞くのでありますが、これは確かに冷戦崩壊後ということを考えますとそういう一面もあるように思います。ただ、正当な有事法制を論議するにしては少なくとも余り理想的な環境とは言えないのではないかという感じもしております。つまり、危機状態を背景にした論議というのは、ともすれば行き過ぎた人権侵害とかそういう人権の制約の過剰な面を見えにくくするわけであります。応急措置的で非常にバランスの悪い、言うなれば非体系的な、そういうような非常事態法制をえてしてつくってしまう嫌いがあるからでございます。
 今回の周辺事態措置法案が日本有事における緊急事態法制に優先して論議されているという、こういう具体例一例を見てもそれがわかるわけであります。つまり、平時において客観的冷静な目で安全保障法制というものを審議してこなかったツケが現在ここに至っているという感じが強くするわけであります。本来あるべき優先順位というのは、あくまで日本有事が先行されるべきでありました。ただ、事ここに至った以上は、我が国の安全保障法制の根幹として法整備を急ぐとともに、政策選択として日米防衛体制の維持とその協力を推進するからには、その実効性の向上を真摯に検討すべきではないかというふうに考えております。
 このような有事法制のいわゆる未整備というのは、有事の発生する際に政府のとった行動ことごとくが超法規的な措置ということにならざるを得ないという、まさに法治主義を標榜する我が国にとっては非常に遺憾きわまる実態をさらけ出すことになってしまいます。なぜなら、有事というのは、多少の前兆などはあるでしょうけれども、時と場所を選ばない予測不能の状態の中で、ましてや有事法制の有無などには一切かかわりなく起こるわけであります。その際、国民の生命、財産を保障する任務を負う政府としては、その不法な侵害の状態を看過するわけにはまいらないわけでありまして、そういうときには実力を伴う方策をもってしても国民を保護しなければならないわけであります。かかる行動に対して基本的に法的根拠のない実態、それから法的整備のおくれている状況というのは早急に解消すべきではないかというふうに考えております。本法案の早期成立が期待されている点でもございます。
 また、緊急事態法制の未整備による超法規的行動の不透明性というものは、逆に、他方で周辺諸国を初めとした関係国に要らない疑心暗鬼を増幅させる場合もあるやに思います。つまり、有事法制がない限りは、有事に関して我が国がどこまでやるのか、またどの程度やるのかということが他国にとってわからないわけでありまして、国際的な信頼醸成というのにはほど遠い状況でもあるわけでございます。
 その意味で、有事法制の整備というのは、軍事的合理性ばかりを追求したいわゆる人権無視の法制などでは決してなくて、我が国の平和や安全、国民の生命、財産が脅威にさらされたり、具体的に不法に侵害された場合の非常手段の確立を目指すものであります。国民の権利に関する一時的制約にしても、この前提のもとでやむを得ずにとる最小限のものであって、究極的目的はあくまで憲法の保障した国民の諸権利の自由な行使を一日も早く回復することにあると思います。
 防衛庁で進んでいる有事法制の研究も、なるべく早い機会に具体的法案化が急がれるべきではないかというふうに考えております。
 これが総論でありまして、以下、現在審議中の法案に若干の私見を述べたいと存じます。
 まず、周辺事態措置法案自体が、当初の政府原案と現在審議されております衆議院の通過案とではその性格が相当程度変化したのではないかというふうに思います。
 つまり、周辺事態の定義に関して、より具体的ないわゆる準日本有事的な要素を盛り込むことによって、我が国の自衛権行使の問題に限りなく近づいたと思われるからであります。例えば政府の示した周辺事態の類型につきましても、この六類型の温度差というのは相当程度大きいわけであります。中には、我が国の自衛隊の防衛出動待機命令の発せられる可能性が非常に高い、そういう事態も想定されております。
 これは、類型の一つと現在審議中の法案の目的の中にある条項を対比してみるとよくわかるんですが、六類型の中には、我が国周辺の地域で武力紛争が起こっている場合というのがあります。目的条項の定義を見ますと、「そのまま放置すれば我が国に対する直接の武力攻撃に至るおそれのある事態」、すなわち我が国の平和と安全が脅かされる事態、こうなるわけであります。これはまさに準有事でございます。
 当初の政府原案には、我が国の武力行使はおろか米軍の戦闘行動とも明確に一線を画した内容に徹したものであったのではないか。つまり、後方地域支援行動に関して武器の使用が規定されていなかったというのも、まさにそもそもかかる状況が想定されていなかったからだというふうに思うわけであります。
 すなわち、そういう意味では、準日本有事に関する法制は、本来は日本有事の法制の中で論じられるべき範囲でありまして、我が国の自衛権行使の問題としてとらえられるべき性質のものであると考えております。この場合は、対応手段をとるべきか否かの政策判断というものの余地がほとんどない状態であります。すなわち、日米の防衛協力や我が国の防衛の具体策を有効かつ迅速に進めない限り、いわゆる時を経ずして我が国の平和と安全に重大な影響を及ぼす、そういう蓋然性が相当程度高い状況を指していると思われます。
 政府原案に貫かれていた基本原則には、このような緊張状態は当初想定されていなかったのではないかというふうに思われます。つまり、準日本有事よりもさらに緊張度の低い、我が国に直接的な影響を及ぼす可能性が余り考えられないような、そういう本来的な意味での周辺事態というものだったのではないかと思います。だから我が国としては、いつの時点から、またどのような方法で、またさらにどこまでかかわるかといったような高度な政治判断の余地が非常に多く存在するわけでありまして、それだけ各種の制約や関与の際の原則というものが重要だったのではないかというふうに考えております。
 つまり、政府の従来の集団的自衛権等に関する解釈を一切変更せずに本法案中のこれらの活動を説明するとすれば、我が国の安全保障政策の法的根拠がまたさらに針の穴をくぐるがごとき法解釈にならざるを得ないということは否めない事実であろうというふうに思います。
 これらの点を早急に整理した上で、我が国の防衛政策の原理原則を明記した我が国の有事法制、我が国の有事を中心とした安全保障政策に関する基本法の制定が待たれているわけでございます。
 次は、時間の関係からも、国会の関与の方法としての国会承認について、若干の具体的な提案もしてみたいというふうに思います。
 議院内閣制は、大統領制等に比較して非常に内閣と国会との間の緊密性が高い制度でありまして、これは憲法の六十六条から六十九条に至るような条文で明らかになっているところであります。この緊密性は、特に法案の制定や、それから内閣と国会との共同判断が行われる際の国会承認等にあらわれてくるわけであります。
 周辺事態措置法案における国会関与に関していえば、国会は基本計画や自衛隊の活動の事前の承認ということにこだわり過ぎて、みずからの特性に基づく機能を見失ってしまうのではないかということを非常に私は懸念しておりました。緊急事態のレベルにもよりますが、本来の緊急事態が一刻を争う対応措置を必要とするものであれば、事前の承認行為というもの自体、政府案の提示と国会による政府案の丸のみ状態というものを現出するだけであります。その意味で、原則事前、緊急の場合によっては事後、これはもう実質的には事後承認でありますが、というのは争いの余地のない必然的結論なのであります。
 さらにまた、いわゆる緊急性の判断自体も政府が行うというのであれば、これはまた何をか言わんやでございます。この原則事前承認の挿入によって少なくとも歯どめ措置としてのシビリアンコントロールの実効性が向上するなどと考えるのは、これは国会の自己満足にすぎないというふうに考えております。
 重要なのは、政府と国会がおのおのの特性を発揮して、国家の存亡にもかかわりかねない政策判断をいかに迅速かつ有効に遂行できるかという一点に尽きているわけであります。すなわち、国会の機能は、多くの情報や資料に基づいて適切な審議時間をとり、検討、チェックする点に最大の特徴があるわけでありまして、合議体としての機能や国民の直接代表としての存在価値を示すにはこのような行動しか逆にはないと、また反対にはないということも言えるわけであります。
 もとより、国家緊急事態に際して何よりも優先されるべきは、不法な主権侵害や人権侵害等の一刻も早い排除でございます。すなわち、緊急事態に対する臨機応変の対応策が迅速性を失わずにとられ、それに対し効果的な民主統制がかけられているということが重要なわけであります。この場合、場合によっては瞬時の決断が国会承認に優先される事態も当然予測されるため、自衛隊法等にはいわゆる防衛出動に対して事後承認措置等が法定されているわけであります。
 しかし、国家の安全保障政策には政治部門全体の共同判断というのもまた不可欠であります。そこで、政府の判断に対して国会の文民統制というものがいかに効果的にかけられるか。それがまた重要になればなるほど、軍事に対する正確かつ豊富な知識を持った政治家の皆さん方のプロフェッショナルな視点というものが重要になってくるわけであります。正確かつバランスのとれた軍事知識がどうしても今後必要になると思います。
 いずれにせよ、緊急事態の対応には、迅速性を失わずに、かかる具体的な対応策にはシビリアンコントロールの実効性を確保する両府の共同責任というのがすべての政策のベースになるべきであるというふうに考えております。
 この二つの要請を満足する方策として、次のような加筆修正が必要ではないかということを具体的に提案してみたいと思います。
 それは、国会承認効果というものを持続的に担保する意味でのいわゆる期限つき承認制ということであります。
 承認行為の目指す本来的なあり方というのが事前承認にあることは当然でありますが、事態の性質上、事後承認もやむを得ないということは指摘したとおりであります。したがって、次の段階、これが重要なのでありますが、次の段階は事後の承認をいつの時点で行い、どのようにしてその後の経緯を検討、チェックするかということであります。現行法制の中では、国会が一度承認を与えた案件について、その後国会が再チェックし、少なくともさきの結論と異なる考え方を示すという法的手段はありません。
 そこで、その手段として期限つき承認制ということを考えているわけであります。すなわち、事前であれ事後であれ、初回の承認からそれには有効期限を設け、かかる期限後も継続して基本計画等を遂行する場合には、期限満了前の特定期日までに政府に対して計画継続のための手続を義務づけ、そしてかかる計画継続の容認を国会の事前承認とするわけであります。承認のための審議は、いたずらな引き延ばしを防ぐために審議日数の制限を設けたり、その制限の範囲の中で結論を出すようにする必要があります。
 具体的想定として、周辺事態の認定それから基本計画の策定、自衛隊の出動命令に至る過程を時系列的に述べると大分時間がかかりますので、これは質問等ありましたら考えてみたいと思います。
 また、本法案には最初の国会承認を求める手続は確かに規定化されているのでありますが、事態の変化等に対する対応策の変更というものに対しては必ずしも承認が必要とされていないように条文が読み取れます。これは、報告条項には「基本計画の決定又は変更」というものが明記されているわけでありまして、それについて承認条項にはないということであります。これらの点をチェックするためには、承認までの期間制限とともに、承認効果の有限性というものも考えるべきではないかと思います。
 このほかにも、細かい点で不明確な点が残るところは多々ございます。例えば、事後承認の期限がわからないとか、両院の不一致の場合に両院協議会の規定がないであるとか、それから不承認をされた場合に撤退のためのいわゆる期限が設定されていないとか、そういう細かい点はございますけれども、これは質問の際にでもお答えしたいと思います。
 このような国会関与の方法に加えて、議院内閣制の特質を生かそうとすれば、いま一つの方法は、政府と国会のメンバーによる事前協議制の導入ということであります。これはもう時間がありませんので項目だけにしておきます。いわゆる国会の特定メンバーと政府が承認行為をスムーズにするためのいわゆる協議機関を設けておく。これは議院内閣制のもとでは十分可能であろうと思います。アメリカの大統領制のもとですら議会と大統領の協議制というものは戦争権限法の中に明記されておりますから、議院内閣制でできないわけがないというふうに考えております。これは情報空白を強いられる国会にとっても非常に有効な手段ではなかろうかというふうに考えます。
 また、このほかに、さらに積極的な主体的な国会の意思をあらわす方法として議会拒否権というような方法もございます。これは配付させていただきました私の資料等を参考にしていただきたく存じますので、ここでは省略させていただきます。
 いずれにしましても、平時にこそ日米同盟の信頼性を向上させておくということは重要でありまして、本法案が有事を未然に防ぐ抑止力となって有効に作用し、さらに我が国の平和と安全に寄与することにつなげることが何よりも重要であると考えております。
 以上でございます。ありがとうございました。(拍手)
○委員長(井上吉夫君) ありがとうございました。
 次に、志方参考人にお願いいたします。志方参考人。
○参考人(志方俊之君) 志方でございます。
 時間も限られておりますので、皆様のお手元にあるレジュメに従いましてお話を申し上げたいと思います。
 私は、どちらかといいますと運用する側、ガイドラインを与えられた側から見たらどうなるかということにお話を絞りたいと思います。そのほかのことは前二者の先生方の御意見も私も拝聴しておりました。
 まず、今何が問題かということであります。これは第一線の部隊として何が問題かということであります。
 まず、「アプローチが逆転している。」とここに書いてありますのは、これは米国の戦略大学の教科書のものであります。戦略大学というのは、国務省、国防省、エネルギー省、そういうような各官庁から来た若いポリシーメーキングをする人たちと軍人、こういう人が集まった学校でありまして、そこで教育を受けてそれぞれの省庁に行って政策決定に参与する、そういう人の教科書であります。もちろん、こういう教科書どおりにはいかないわけでありますが、どう考えても一番下の階段から一歩一歩上がっていくのが真っ当な考え方、アプローチであると思うわけであります。
 大きくは四層になっておりまして、まず自分の国はこれでいくんだという国家戦略とか国家像というものがあって、その次に戦略、特にこの防衛の場合には防衛力の戦略なんです。その次に法的基盤を整備して、そしてインプリメンテーションといいますか実行の段階というのがあるわけであります。
 どちらかというと、今までの我が国の安保論議というのは、まず自衛隊がそこにある、このぐらいで守れる脅威はどのぐらいか、限定小規模侵攻だというようなことでだんだん上からおりてくる、ああこれが足りないといってやっていくのであります。
 ここに黒丸が三つついております。今この委員会で審議いただいておるのはこの三つでありますが、私どもが現役でいたときから見ますと隔世の感がありまして、大変力強く感じているわけであります。まことに御苦労なことだと感謝している次第でございます。
 しかしながら、この一番上にある自衛隊が自分の足元を見るとき、まだ歯抜けの部分がたくさんある、またあっても非常にあいまいなことがございます。この点については後ほどお示しをしたいと思います。
 それから、もう一つは(2)であります。下から五行目のところであります。「四つの座標軸」というのがございます。我が国はZ軸とT軸を見て見ないふりをしてきたということであります。
 私は自然科学を担当しておりまして、流体力学を専攻しておりましたが、運動方程式を解く場合には、X、Y、Zという位置の座標と時間軸がないと運動方程式は解けないわけであります。安全保障の運動方程式もこの四つの軸がなければ解けません。
 特に重要なのは経済軸でありまして、これは国家安定の基礎であって、最も重要な座標軸であります。そして、その次が政治外交軸。政治外交の最終目的は国家の繁栄と安全保障で、これが図形を決定するということであります。皆様の手中にあるわけでございます。しかしながら、Z軸、軍事的現実を直視する平面図というものがない。
 ちょっとこれを見てください。皆さんの方から見るとこれは矩形に見えるはずです。委員長の方から見ても矩形です。X軸とY軸から見たらこれは矩形にしか見えないんですが、こう見るとこれは初めて円筒ということがわかるわけであります。要するに、軍事という側面を抜きに国際社会の問題を見ても、それは全く違う像を見ることになるという危険性があるということであります。
 それから、もう一つのT軸でありますが、すべて物事は変わっていく、その変化に対応しないものは生き残れないということでありまして、我々はそれをソ連の崩壊とか北朝鮮の窮状とか、そういうところで見ることもできますし、もっと古い歴史にあっても、文明が武力によって崩壊したことはほとんどありません。すべて変化に対応できなくなって自分で滅亡していっているわけであります。そういうことを考えますと、我々は変えるべきものと変えられないものとはっきり区別して防衛政策を考える必要があるかと思います。
 その次であります。次の二ページ目に入っていただきます。
 国家の戦略があって、その上に防衛力、いわゆる経済とか政治とか外交でもどうしてもできなかったような場合にはどうするかという場合に、我が国が防衛力に何を期待するのか、自衛隊ではこれを防衛期待度と申しておりますが、そのときに、ここにこれもやはり四つの階層から成っておりまして、一番上が平時、周辺事態、準有事、有事というのがございます。この分け方はいろいろございましょうが、一応ここではこういうぐあいに分けてあります。
 それで、今回のこの法案においても疑義がある点、あるいは少し法案そのものからは離れるかもしれませんが、疑義のある点はクエスチョンマークで書いてあります。これは未定またはあいまいということであります。
 まず、平時であります。
 この特殊運搬船警護というのは、要するにフランス等から再処理された副生プルトニウムあるいは高レベル放射能廃棄物、こういうものを輸送する警護は、本来私は海上自衛隊がやるべきことであると思います。領海の侵犯、こういうものは海上保安庁がしっかりやっていただく。それもなかなか難しいのに、なぜ海上保安庁が一つの新しい船をつくってインド洋を渡り大西洋まで行くのかという、ここのところがどうもわかりません。
 それから海外対テロ活動、これも警察のみで今やろうとしておりますが、警察と自衛隊とでコンバインのチームがいいんではないかと思います。警察に適したことと自衛隊に適したことというのが起こった場合にはこのコンバインチームがやる、こういうことを平時にやれるような仕組みが本当にあるのか、あるいはしないのならそれだけの処置をしなければいけないということであります。
 それから、多国籍軍参加というのはバツになって、これは期待しないということで、自衛隊もそれを了解しておりますが、国連が機能しないときは一体じゃどうするのかというところが抜けていると思います。
 その次、周辺事態になりますと、後方地域支援、これは後方地域の範囲があいまいである、これも後で指摘します。捜索救難もしかりであります。
 船舶検査は別法ということで論議されているようでありますが、これも根本的に国連安保理の要請のある場合のみというのも私はやはり少し心配が残ります。
 それから準有事、こういう言葉が適切かどうかわかりませんが、私は、やはり有事でもない、周辺事態でもない、本当に日本の有事に直結するような周辺事態というものは私はあると思うんです。
 その場合の在外邦人の緊急退去で、危険が伴う場合はどうするのかということであります。危険があるからみんなが緊急退去しようというときに、危険がある場合にはこれを回避するというのは、どう考えても私はユーザーといいますか、ガイドラインのユーザーの方は難しいんではないかと思います。
 それから、友好国市民の緊急退去をしているときに、そこを自衛艦が通ったと。そのときに、急に第三国の船がその船をやっつけようというようなときには、本当に見て見ぬふりをして逃げてくるのかということであります。本当にこういうことをして、我が国は憲法に示された名誉ある地位を占めようという国家であろうか。これをもしやって、例えばアメリカの軍属が乗って退避してくる韓国の船が自衛隊の護衛艦の目の前で沈没しそうになったときに、それを見殺しにするということが本当に名誉ある国家のやることであろうか。もしそうであるとすれば、それは憲法違反であります、憲法には名誉ある国家でありたいと書いてあるわけですから。
 その次、領域警備というのは、やはり今自衛隊法にはいろいろありますけれども、何かを準用すればできるような気もしないでもないんですが、やはり私は法的根拠をちゃんとしていただきたいと思うわけでございます。
 次、有事であります。
 有事も、シーレーンの近い海の場合、以遠の場合、それから戦域ミサイル防衛、これは本当に個別的自衛権を発動するのかどうかですね。
 迎撃は、これはマルでいいと思うんですが、策源地、ミサイル発射台の機能を停止させようというような行動というのは本当にしていけないのかしていいのかはっきりしていただかないと、非常に航空自衛隊は困ると思います。
 それから領域防衛、これはもうマル、間違いありません。核報復はバツと。
 こういうようなことで、自衛隊は何をしていいか、何が任務かということが非常にあいまいな部分がございます。そこをしっかりやっていただくのが法治国家であると思います。
 三番目の最後のページに入りますが、結局、五つのことを明確にしていただきたい。
 一番目は有事法制の整備であります。シビリアンリーダーシップというものの基本であります。
 シビリアンコントロールという言葉は日本だけにある言葉であって、シビリアンリーダーシップというのが本当の言葉であります。皆様方がリードしているという意味であります。今これがないわけです。例えば、難民が来る。そういうようなときに、海岸に自衛隊が出て監視所をつくるときもすべてこの有事法制がなければ動けません。有事法制というのは、日本有事のときに必要なものでありますけれども、準有事のときだってそれが基本になるわけです。要するに、土台がないのに一階をつくっているという感じであります。
 二番目は武器使用基準の明確化であります。
 自衛隊は集団で行動するものでございます。指揮官が命令し、撃ち方始め、撃ち方やめ、撃ち方待てと言うのであります。現在の警職法の準用では、個人が危ないと思ったら自分の判断で相手を選び、時期を選び、武器を選び、撃ち返すということであります。タコつぼにおる、最前線におる一兵卒にそのようなことを任すことが本当に文民統制でございましょうか。それをしっかりしていただきたいということであります。
 その次、先ほど申しましたように、戦いというものは錯誤の連続であります。中国大使館を爆撃してしまったのも、あれも錯誤だとすれば、この六条の五項に「戦闘行為が行われるに至った場合又は付近の状況等に照らして戦闘行為が行われることが予測される場合には、」と、こんなことがわかるのだったら戦いというのは初めからありません。戦いは錯誤の連続でありまして、この部屋の中ではこの文章は生きておりますけれども、現場に行ったら何が何だかわかりません。これならば、危ないと思ったら逃げろと言ってくださった方がよっぽどわかります。
 四番目、これからは日米安保だけでなく、もっともっと広いアジア全体での地域的集団安保になるということになりますと、何らかの形でそれに日本が参画する場合に、やはり集団的自衛権というもののうちのグレーゾーンがあると思うんです。こういうことは集団的自衛権となり、かつ憲法には違反しない範囲であるという、そこを整理していただくことが重要かと思います。
 それから五番目、周辺事態に自衛官が冒すリスクの程度が不明確である。要するに、日本有事になるまでじっと待っているのかということであります。そういうことをするならば、物すごい自衛力が要ります。やはりここは協力して、日本に至る前にやるというのが本当ではないかなと思います。
 それから、結言でありますが、(1)と(2)は省略しまして(3)に入ります。
 現行法制の範囲内でも自衛隊員の士気を高める方法はいっぱいあります。それは単に物的な処遇改善だけではありません。皆様のおかげで自衛隊員の処遇は大変向上いたしまして大変感謝しておりますが、国民から愛されているということを知るかどうかということでございます。自衛隊員が国民のために命がけで行動できる、これは国民から愛された場合であります。そうでなければ、自衛隊はただ武器を管理する集団に堕してしまうわけであります。
 私は、昨年の十月二十七日にイスラエルに行ってまいりました。そのときにテロ事件がありまして、ガザ地区で小学生を乗せたバスが爆弾テロに遭遇したわけです。そのとき、後ろを走っていたイスラエル軍の二十一歳のジープを運転していた兵隊が爆弾テロとバスの間にアクセルを踏んで入っていって、爆弾テロをした人間二人とその兵隊は死にましたけれども、子供たちは全員助かりました。この兵隊はなぜ二十一歳なのにとっさにそういうことができたかというと、イスラエルの兵隊は国民に愛されております。日本の自衛隊が本当に愛されていれば、この宣誓にあるように、命をかけて日本の国を守ると思います。
 時間が参りましたので、これで終わらせていただきます。(拍手)
○委員長(井上吉夫君) ありがとうございました。
 以上で参考人の御意見の陳述は終わりました。
 これより参考人に対する質疑に入ります。
 なお、参考人の方々にお願い申し上げます。御発言の際は、その都度委員長の許可を得ることになっております。また、各委員の質疑時間が限られておりますので、御答弁は簡潔にお願いいたしたいと存じます。
 それでは、質疑を行います。
 質疑のある方は順次御発言願います。
○亀井郁夫君 自由民主党の亀井でございます。
 きょうは、参考人の三名の先生方にはお忙しい中をお見えいただきまして、ありがとうございます。ただいま大変明快に示唆に富むお話をお聞かせいただきまして、本当に感激したわけでございます。
 私も生まれが広島でございまして、山の中でございますが、昭和二十一年の原爆の翌年に広島市の中学に入りまして、原爆で焼け野原になった広島市の一角に立ちまして、戦争の残酷さ、平和の大切さを十分感じたわけでございますけれども、戦後五十年、日本はおかげで平和に過ごすことができて、そして経済的にも大変な発展をしてきたわけでございます。そういう意味でよく平和ばかだと言われますけれども、そういう状況になりまして、国を守るということに対する関心というのがかなり残念ながら少なくなってきておったのが事実ではないかと思います。
 しかし、たまたま昨年、テポドンの発射、あるいはまた最近の不審船の問題等、いろいろと問題が起こりまして、国民の皆さん方も国を守るということがいかに大事なのかということがわかってきつつあるんではないかと思うわけでもございます。
 そうしたときに今回の周辺事態措置法についてのこうした法律の審議でございまして、国民の皆さん方もいろいろと関心を持って見ておられる、読んでおられるわけでございまして、私のところにもいろいろな形での質問等があるわけでございます。そういう意味で、きょうは非常に高邁な話でなしに、そういった意味での立場からいろいろと先生方にお話をお聞きしてみたいと思うわけでもございます。
 特に、周辺事態の問題でございますけれども、日本の場合、大陸と日本海を隔てておりますけれども、かつては大変幅があったわけでございますが、今ほとんど幅があるようなないような形になってしまいました。そういうことから、大陸のどの辺で紛争が起こるかによっても違いますけれども、沿岸部で起こった場合には、日本の場合はすぐそばでございます。そういう意味では、後方地域だというふうに指定されても、それは公海を飛び越して日本まで入ってしまうということで、この法律が適用されるときには同時に有事につながってしまうんではないかという心配もあるわけでございます。
 そういう意味では、この周辺事態の措置法が適用されて、そして後方地域にいろいろと応援しようと言っているときには、もう大変なことになってしまうんじゃないかというふうな心配を持っておる人も多いわけでございます。
 そういうことでは、先ほどお話がございましたように、世界各国ともいろいろ有事に対する法制を整えて、そして万端整えておられるという話でございますけれども、そういう意味では先進民主主義国家におきまして、こういった有事法制の整備状況について、恐縮でございますけれども、志方先生、非常に詳しくわかりやすくまとめていただきましたので、一言どのような状況なのかお話しいただけませんでしょうか。
○参考人(志方俊之君) 後方地域の定義は大変難しくなりつつあると思います。昔であれば遠いところから太鼓の音が聞こえるということで、宇品の港から出征、旗に送られて出て行く、煙は残るという、そういう状態でありましたが、今のこの技術の発達した時代では、後方と戦闘地域の区別というのは非常につきにくいと思います。私どもが自衛隊にいたときよりももっとつきにくくなっておりまして、湾岸戦争のときを例にとりますと、実際に米軍の死傷者というのはサウジアラビアにいた兵隊がミサイルに当たって死んでいるということでございます。これは何百キロも後方であります。
 したがって、距離の概念で後方地域とか、ここが戦闘地域というようなことを定義するということは非常に難しいし、ここが将来戦闘地域になるかもしれないから離脱しておこうというのも非常に現実には難しいかと思います。
 したがいまして、特に潜水艦とかそういうものは至るところに浮上してくるわけでありまして、絶対にここには来ないと思っていたところに急に浮上してくるような場合にはどうしたらいいのかという、そういうことで現場の者は非常に困るような状況でございます。
 やはり技術の進歩ということを考えますと、後方地域と戦闘地域を文章で区別するというのは非常に難しいと私は思います。
○亀井郁夫君 ありがとうございました。
 次に西先生にお聞きしたいんですけれども、先進民主主義国家における有事法制の整備の状況等、軍事面だけじゃなしに平時を含めていろいろな問題についてもしおわかりになればお話しいただけませんでしょうか。
○参考人(西修君) お答えいたします。
 先ほど私は、先進民主主義国家において有事法制の考え方あるいは有事法制を持っていない国はないと申し上げましたけれども、これは時間の関係もありますので、数カ国に限らせていただきたいと思います。
 やはり日本と同じく敗戦国になりましたドイツでありますけれども、ドイツの憲法が一九四九年にできました。そのときは、いわゆる軍備条項はゼロでありました。けれども、一九五四年、さらにまた五六年にいわゆる再軍備条項というものを入れて、徴兵制まで入れました。一方、四九年のときから良心的兵役の拒否というものはありましたけれども、五四年、五六年に憲法を改正して再軍備条項を入れ、そしてまた六八年に防衛事態という概念、いわゆる非常事態でありますが、これを憲法に入れました。これは非常に大幅なものでありました。そして、六八年にその非常事態を憲法に入れたことによりまして、それと前後いたしまして、例えば非常事態に水をどうやって確保するか、あるいは労働をどうやって確保するか、交通をどうやって確保するか、それぞれすべて、水確保法、労働確保法、道路確保法、そういうような形で法的に整備をしております。
 それからフランスでありますけれども、フランスの場合は憲法上戒厳の条項がまだございます。それから、非常事態措置という非常に大きな権限が大統領に、これは十六条でありますけれども、与えられております。これはアルジェリア戦争でドゴール大統領によって抜かれました。そんなようなことで、特にフランスの場合は緊急権の母国と言っておりまして、やはり戒厳法もありますし、かなり詳しい条項を持っております。
 この二つはいわゆる大陸法と言われるものであります。あとは英米法の方でありますけれども、イギリスは御存じのように成文憲法典を持っておりません。持っておりませんが、やはり緊急権の法律で、例えば一九二〇年、これは治安の問題、ストなんかありまして、そしてまた第二次世界大戦においては何か戦時内閣というものがありまして、実際に対応しました。
 イギリスの場合は、イミュニティーアクトといって免責法というのがありまして、とにかくやって、その後でそれが本当に正しかったかどうか、免責をする、こういうことでやります。
 それからアメリカでありますけれども、これは浜谷先生の御専門でありますが、一九七三年に戦争権限法というのができました。さらにまた、七六年に国家非常事態法というのもできました。
 そんなふうにいたしまして、世界では、先進民主主義国においてはかなり整備されているということが言えるかと思います。
○亀井郁夫君 ありがとうございました。
 先進民主主義国家はいずれも非常事態に応じていろんな形で法的整備を進めている。そういう意味では我が国は本当にお寒い状況にあるわけでございまして、そういう意味では今回の法改正が初めてだということになるわけだと思うわけであります。
 そこで、三人の先生方とも、先ほど有事法制の必要性をいろいろな立場から説かれたわけでございます。そういう意味では、志方先生書いておられるように、平時から有事までいろんな段階のことがあろうかと思いますけれども、そうしたことに対する法整備をしていこうとすると、従来、ともすれば憲法違反だというふうな形で大変反対されるという歴史があったのではないかと思うわけであります。
 そのためになかなかこういう問題も進んでこなかったわけでございますけれども、そういう意味では、三人の先生方にこういった非常事態に備えて、有事法制を含めていろいろと整備していくことが憲法違反なのかどうなのか、三人の先生方、それぞれ順番にお話しいただきたいと思います。
○委員長(井上吉夫君) それぞれ短く答えてください、憲法との関係で。
○参考人(西修君) まず、先ほど言いましたように、憲法九条は自衛隊の保持とか、それはクリアしているということであります。
 そこで問題は、やはり有事法制になりますと国民の人権などを制約するということはあると思うんですね。しかし、他方において、例えば憲法を申し上げますと、憲法十三条には、「生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。」。やはり憲法にも書いてありますように、一番大切なのは国民の生命、自由、幸福追求に対する国民の権利、しかも多くの権利が侵されないといったことが大切だと思うんです。ですから、そういう意味において、国民の生命、自由、財産というものをきちんと守っていく、こういうような意味の有事法制は非常に大切なことではないかというように考えております。
○参考人(浜谷英博君) 憲法の問題については、西先生の今おっしゃられたことにもう尽きると思います。
 憲法そのものが九条だけの解釈に終始しているものではなくて、憲法は十一章百三条ございまして、それを全部有機的な解釈をするということが憲法解釈の建前でありますから、また基本原則でありますから、そういう意味では、前文の理想であるとか前文の理念であるとか、それから九条の目的であるとか今言った幸福追求権の実現であるとか、そういうようなことがすべてバランスよく実現されている社会というのが一番理想的な社会ではないかというふうに考えております。
 そういう意味では、国民の権利が不法に侵害されたときに国家が手をこまねいているということでは国家の存在意義そのものが揺らいでいるわけでありまして、そういう基本的な考え方に立てば当然国防という問題も重要な憲法を守る側面になっているというふうに考えております。
○参考人(志方俊之君) 有事法制は、文民統制の一番重要な道具であります。自衛隊がやっていいこととやっていけないこと、有事になってすらやっていけないことを決める重要な法制でありますから、これを決めないことこそ憲法違反であります。
 また、有事になりますとどうしても私権を完全に自由にするというわけにいきません。ある部分は制約せざるを得ない。それから、総理官邸に少し力を持たせなきゃいけないということになりますと三権分立が少しゆがむ形になります。また、地方の港湾とか飛行場を使うということになりますと地方自治の問題にも絡んでまいります。
 したがいまして、憲法に触れる部分も出てくると思いますが、それを調和させるのが有事法制ということであれば、やはり有事法制をつくるべきだし、つくらないことこそ憲法違反だと私は思います。
○亀井郁夫君 どうもありがとうございました。
 そういう意味では、憲法上の問題もないということで、これからやはり有事法制を含めた法的な整備について頑張っていかなきゃならないだろうと思うわけであります。
 次にお尋ねしたいんですけれども、実はいつも一番問題になるのは北朝鮮が問題になるわけであります。別に仮想敵国にするわけではもちろんありませんけれども、皆さん方の頭にはすぐ浮かんでくるわけであります。
 私も五年前にちょうどピョンヤンの方に団体で行きまして、一週間ばかりおりまして現地を見ましたけれども、驚きましたのは、本当に朝鮮民主主義人民共和国じゃなしに朝鮮民族主義人民全体国家というふうな感じでございまして、完全にほとんどの方々がマインドコントロールされているんじゃないかというような感じがする国でございますだけに、これから何が起こるんだろうかという心配が非常にあるのは当然ではないかと思うわけでございます。
 そうしますと、これからの過程の中で、例えば戦いもボタン一つでまたテポドンみたいなものが飛んでくるということになりまして、しかもそのねらいが原子力発電所なんかになりますと、これは原爆が落ちた以上に大変なことになっちゃうということやら、いろいろみんな心配をしておるわけでございます。そういう意味では、ミサイルを撃ち落とすためには迎撃専用の弾道ミサイルも開発しなきゃいけない、いろんな課題があるわけでありますけれども、すぐには間に合わないわけであります。
 そうした意味で、こうした国を守るという観点から考えた場合には、法律の制定を急いだとしてもまだまだあちこち穴だらけでございまして、どうなるかわからないという不安、心配し出したら切りがないわけでありますけれども、こういったときに、この国を守るという観点から考えた場合にどういうことをこれから考えていかなきゃならないのかということについて、三人の方々に順番に教えていただければありがたいと思います。
○参考人(西修君) ミサイル防衛ということになりますと、私の場合は一応専門は憲法とか各国憲法の比較をやっておりますのでちょっと離れますけれども、私の考えるところは、やはり情報を正確かつ迅速、しかも広角度から収集するということだろうと思うんです。それから、法的な面からいいますと領域警備というものはきちんとやっていくことが必要でしょうし、テロやゲリラ対策、こういったものも必要でしょうし、またいわゆるTMDの配備とか、あるいは例えば自衛隊に若干の警察的な任務を付与するとか、そういうようなことで対応していく。
 今、先生おっしゃいましたけれども、何かベストセラーになったようでありますけれども、麻生幾の「宣戦布告」という本を見て非常に今のおっしゃったことが、日本の法律は穴だらけだというように思いましたので、このどこに穴があるか、それをきちんと整備することが絶対に必要であるということしかちょっと申し上げることができませんけれども、よろしいでしょうか。
○参考人(浜谷英博君) 私も軍事的オペレーションについては申し上げるほどの知識もございませんので基本的な総論部分だけに限らせていただきたいと思いますが、これは私の先ほどのプレゼンテーションの中にもございましたように、いわゆる日本の有事法制そのものを体系的に整備するということが最も重要ではなかろうかと思います。
 現在、いろんなことでいろんな方がいろんな場面で言われていますのは、必ずしも体系的ということからしますと当たっているようには思えません。したがって、それらの英知そのものを全部集合的にしましたいわゆる国家の安全保障に関する基本法のようなものを整備しないと、まず土台がないわけであります。議論をする上でのベースがないわけでありまして、これは非常に論理が飛躍したり、あらぬ方向へ行ったり、いろんな形で国民にはわかりにくいと思います。
 それからもう一つは、そういう法整備をする場合に忘れてはならないことは、やはり国民の支持ということであります。したがって、その支持を得るためにはどうしても公開性ということを主眼に置いた議論の進め方が必要だと思います。衆議院の法案修正等を見て公開性そのものが必ずしも満足されているとは思えない部分もございましたし、そういう意味では公開性に十分配慮した安全保障の基本法整備のための論議ということが一番重要ではないかと考えております。
○参考人(志方俊之君) 大きく分けて破壊工作とミサイル防衛という問題だと思います。
 まず、破壊工作につきましては、領域警備の根拠を自衛隊にしっかり与えておくということ、そしてやっていいことと悪いことを決めておくということが一つであります。
 もう一つは、原子炉というのはそれでも非常に危険なものでございますので、原子炉の警備はやはり武装でやった方がいいのではないかと思います。どこの国でも原子炉は武装警官あるいは武装ガードマンによって守られています。日本のようなところはございません。しかし、警察がやるとなりますとこれはまた問題があると思いますので、例えばペンタゴンは民間のガードマン会社がピストルとか機関銃を持って守っております。機関銃までとは言いませんが、せめて武装した信頼性の高いガードマン会社というものを法律的にできるようにして、そこに警備を任せるというようなことも一考かと思います。
 ミサイル防衛につきましては、日本としては四つ対抗策があると思います。
 一つは、みんなで笑って死ぬということであります。両極端の方には、自分も同じものを持つということであります。この二つは我が国のとるべきオプションではない、棄却されると思います。
 そうすると、その中間に二つありまして、一つは個別的自衛権を発動して相手の発射基地を攻撃する。一撃を食ったら二撃目が来る前にそれをやっつけるという、これは一つのオプションとしてあり得ます。それもやはり非常に危険なことだと思いますので、もう一つは飛んできたものは撃ち落とすという戦域防衛ミサイルの開発、できればそれを導入、装備することが私はいいのではないかと思っております。
○亀井郁夫君 ありがとうございました。
 私は、今お話を聞きましたことに加えて、やはり何といってもアメリカとの防衛体制、これをしっかりしていかないと当面は守れないんじゃないか、それが一番のいわゆる抑止能力になるのではないかと思いますし、そういう意味では安保体制の強化のためにも今回の法案の通過というのはぜひともやっていかなきゃいけないなという思いをしておるわけであります。
 それから、今回の周辺事態措置法の中での三本柱の一つでありました船舶検査が落ちたわけでございます。これは三党間のいろいろな事情から落ちて、今これから急いで今国会中にも提案するということで準備されているようでありますけれども、これを考える場合にどういうふうな点を特に注意しなきゃならないんだということを、できれば三人の参考人の方々からお話を聞かせていただければと思います。
○参考人(西修君) 私自身は、この法案の三本柱であった船舶検査、これが落ちたことに個人的にはどんなものかな、いかがかなと残念に思っております。今、別の立法でやるということでありますけれども、やはりその一番の問題、私はマスコミからの報道しか知りません。いわゆる国連の決議があるかどうかということの有無にかなり問題点があるということでございますけれども、私はやはり国連の決議があった方がいいというふうに考えております。PKOもPKFが今凍結されている状況でありますから、集団安全保障というような中で船舶検査をやるということが第一歩ではないか、そういうことによって我が国の周辺事態の問題あるいは日米安保の効果的な運用といったことを期すことができるんじゃないか、そういう意味においては国連決議が私は必要である、こう考えております。
○参考人(浜谷英博君) 基本的な考え方としては、強制力を伴うような活動が必ず含まれるということを前提にして考えますと、それは国連決議があった方がより権威があって、なおかつ実際の今までの活動状況等を具体的に見ても、やはり国連決議というものが前提になって行われているのが多いのではないかというふうに思います。したがって、ないよりはもちろんあった方がいい。
 ただ、一つだけ懸念されるのは、国連決議が出ない場合というのもこれは国際政治上当然あり得るわけでありまして、そうしますと、やはりどこかに我が国の国益の侵害という要素を組み込んでおかなければにっちもさっちもいかない、身動きがとれない状況になるということも懸念されるわけであります。
 ですから、その辺のことが配慮されれば国連決議が明記されるということについては反対する意思は全くございません。
○参考人(志方俊之君) 船舶検査が別法になるかどうかはちょっと私はわかりませんが、いずれにしても、国連の決議を必要とするということについては疑義を持っております。
 なぜかといいますと、国連の要請があるということは安保理が決議をしたということであり、安保理が決議をしたということは五つの常任理事国すべてが少なくとも賛成または棄権をした場合であります。といいますと、そのような国際紛争というのは大体大した国際紛争ではないわけであります。国際世論の大きなバックを受けてやることですから、余り日本の自衛隊が行動してもレジティマシーを問われることはありません。国連の安保理を通らなかったような場合こそ我々の日米安保が機能せざるを得ないという時期であります。今も起こっておりますすべての紛争を見ましても、国連は平和維持の能力はあっても平和をつくる能力はまだ不十分でございます。
 したがって、そういう力によってつくった平和を維持するというのが国連の現段階であるとすれば、この国連の要請がなければ船舶検査をできないというのは私はいかがなものかと思います。
 それと、発煙弾でやるというようなことも実におかしい話であります。それなら水鉄砲がましでありまして、水鉄砲なら漁船でやればいいことで、何も自衛艦が出ていくことはありません。
○亀井郁夫君 時間がなくなりましたが、最後に一点だけ西先生にお尋ねしたいのは、例の集団的自衛権か個別的自衛権かという問題でございまして、今回もそういう意味では、後方地域の支援につきましては、後方支援とやるとこれはひっかかる、そういうことで、後方地域の全く安全なところでやるんだからいいんだというふうな、かなりそういう意味では無理した形での構成がやむを得ずつくられておるわけでございます。
   〔委員長退席、理事竹山裕君着席〕
こういうことはなかなか理解しにくい面が多分あるわけでありますが、そういう意味では、例えばアメリカの人たちにこういうことが簡単に理解できるかどうなのか、そういうことを含めまして法的にちょっとお話しいただければと思います。
○参考人(西修君) 時間の関係で簡単に申し上げます。
 集団的自衛権、個別的自衛権、これは両方とも国連憲章五十一条で、要するに国連加盟国の固有の権利である、フランス語で言えば自然権である、こういうふうになっているわけであります。
 しかし、政府は、保有はしているけれども行使できないということであります。やはり固有の権利でありますから、私は、解釈上は法的には持ち得る、ただそれを実際行使するかどうかはまさに政策の判断である。どうも政策の判断と法律の判断がちょっとごっちゃになってきている。私は、やっぱり整理して法的にはできるというようなことにしておかなければ、先ほど先方後方ありましたけれども、そういったことも当然限界が出てくるんじゃないかというふうに考えております。
○亀井郁夫君 終わります。ありがとうございました。(拍手)
○木俣佳丈君 民主党・新緑風会の木俣佳丈でございます。
 本日は、本当にお忙しい先生方にお越しいただきまして、まことにありがとうございます。
 冒頭、私が質問させていただきたいのは、舌足らずの饒舌な某長官が、周辺有事のときには沖縄が大変危険になる、一番最も危険になると言ってみたり、勝手に憲法解釈を変更して後で修正を繰り返すという不始末がありまして、本当に大変な思いをされている方が多い。
 そしてまた、我々としても大変な思い、そしてまた決意の中にいるわけでございますけれども、これで恐らく公聴会というものが開かれるようになるわけでございまして、我々としては、何といっても今度の日米の防衛の協力の話、特に米軍の今の日本の配置の状況からしても、沖縄の方々の生の、そしてまた真摯な御意見を賜って、我々も意を新たにしてこの法案を決意していかなきゃいけないんじゃないか、こういうふうに思うわけでございますが、お三方に、まず沖縄公聴会についてお聞きをしたい。イエスかノーかだけで結構でございますが、どのようにお思いでございますか。
○参考人(西修君) これはこちらで決めるべき問題だと思うので、私どもがどうこう言うわけじゃありませんけれども、ただ、まさに沖縄に非常に多くの基地があるということを前提にして、こういう安全保障問題というのはまず沖縄の方々に真摯に耳を傾けるということは当然のことだと思います。
 ただ公聴会をやるかどうかということの決定はこちらにあるわけで、ですから私はおっしゃる趣旨は全くごもっともであるということしか申し上げられません。
○参考人(浜谷英博君) 基本的には同様でございます。
 ただ、沖縄の特殊性を配慮すると、沖縄の皆さんの痛みをともに分かち合って沖縄の人たちに真摯な配慮をするということではこれは当然のことだと思いますが、やはりこういう法案というのは国民全体の支持ということが不可欠でありますから、したがって沖縄に限らず、私の方としてはなるべく地方公聴会にしても中央だけではなくて、多くの方々の意見を参照していただきたい。その中には当然沖縄も含まれるということでございます。
○参考人(志方俊之君) 私は、やはり日本国憲法には言論の自由があるわけですから、何らかの形で沖縄の皆様の意見を聞くのが妥当かと思います。
○木俣佳丈君 ありがとうございました。
 次いで、今回の法案でございますが、当然ながら我が国の国益を守っていくということでもちろんこれは制定させていただくわけでございます。やはり、今いみじくも参考人の先生方からお話がありましたように、国民的な合意を取りつけていく、つまりこれはある人がこう言ってこちらの人がこう言って、ばらばらな議論では本当に話にならない。つまり、要は政権交代が起こったときにも、どちらの政権になっても同じ方向を向いている、これが日本のあるべき姿だと私は思うわけでございます。
 歴史を翻ってみても、私も浅薄な知識でございますが、例えばイギリスの労働党があるときにかじをぐっと左の方に切りまして、大変なことをこうむったこともちょっと思い出されるわけでございますけれども、やはりそういったときに、きょう午前中の参考人の方々からもありましたが、今回三党合意ということで、残念ながら我々民主党・新緑風会は蚊帳の外という感じでございまして、ちょっとテーブルに着かせていただいていないというような思いがあるわけでございますけれども、やはり全体としてとことんまで話し合って、そして求めていくという姿、それが正しいのではないか。
 そして、先ほどの繰り返しになりますけれども、政権交代とかそういったことではなくて、我々は政権交代をしても我が国の中に住むわけでございますし、我が国の権利そしてまた利益というのは大きくは変わらないということから考えても、概況が変わった場合は若干違いますが、ということからしてももっと議論を詰めるべきだというふうに考えるんですが、浜谷先生はいかがお考えでしょうか。
○参考人(浜谷英博君) おっしゃることはすべて納得できます。
 ただ、テーブルに着く着かないの話でありますが、実はテーブルに着けてもらえなかったのか、それともみずから着かなかったのかというのはちょっと私もわからないところであります。
 それから、こういう問題については、国民の全体の合意が必要だということは、まさに野党側の意見というのは非常に重要でございます。その意味では、野党そのものが政権担当能力の現実性を試されているわけでありまして、もう少し真摯な考え方が必要ではないか、現実的な考え方が必要ではないかというふうに思います。民主党もぜひこの考え方に基づいて参加されることを強く期待しております。
○木俣佳丈君 アドバイスをありがとうございました。
 現実的というと、例えばどういったことを浜谷参考人はお考えになりますか。
○参考人(浜谷英博君) 私が現実的と申し上げますのは、これは国会の、言うなれば合議制機関としての国民の直接代表がとるべき機能とかとるべき役割は何かということであります。これはまさに具体的には国会承認の問題に直結する問題だろうと思います。
 周辺事態措置法案でありますが、今の法案自体が少なくとも基本計画や自衛隊の活動の継続性については何も歯どめがありません。ですから、一回承認を与えてしまいますと、これから先どのような形に発展しても、国会の方がみずから主体的に意見を言って、そしてそれをチェックするという手段がないわけであります。
 これはPKOの折にも、私たまたまPKOのときも中央公聴会の公述人をさせていただきましたが、その折も申し上げました。そして、PKO協力法には二年を超えて活動する場合にはいわゆる事前の承認が必要だということが入ったわけであります。これはPKOのようないわゆる平和の維持活動についてすら入っているものが、こういう状況の中で日本有事に直結するようなものの中に入っていないというのはいかにも不安であろうと思います。
 したがって、まさに現実的対応とするのは事前承認というようなものにこだわるのではなくて、それは民主主義的正当性を持っている内閣が判断するということはとりあえず尊重して、そしてその継続性については十分な審議時間と情報を持った国会がチェックするという手段にぜひ修正して、これに民主党も真摯に協議していただきたいというふうに考えております。
○木俣佳丈君 ありがとうございました。本当に国会の関与、つまり国民の代表をさせていただいておる国会の関与というものが今一番問題ではないかというふうに思います。
 民主党の案では、基本計画、つまりこれは基本計画そのもの、周辺事態の認定、そしてまた出動、この三つを三点セットというふうに我々は言っておりますけれども、承認の対象にすべきだというふうに言い続けております。
 ところで、今回の修正におきましては、出動において国会の承認事項であるというふうになっておるわけでございますが、これはよく考えてみればすぐにわかるのでございますけれども、出動についてというのは周辺有事の認定があればほぼまず間違いなくそれを否定することはできないというふうに思うわけでございますが、志方参考人、いかがでございましょうか。
○参考人(志方俊之君) 修正はできないというのは、我々が決めることではなくて、皆様政治家の方々が修正するしないは決めていただくのであって、私は人間のやっていくことですから、修正もあるべきと思います。
○木俣佳丈君 ちょっと私の質問の仕方が悪かったかもしれませんが、要するに、民主党では三点を、周辺有事の認定、そしてまた出動、基本計画そのもの、これを承認の対象としております。
 今、修正案としては出動に関してのみ国会承認の対象、周辺事態の認定は安全保障会議の事項、防衛庁長官または内閣の事項というふうになっているわけでございまして、つまりもう周辺事態というふうに認定がされたら自動的に出動は決まってくるんではないかというふうに思うわけです。もしそれを歯どめなんかしたときには、国会は何を考えておるんだ、遅滞なく早くしなさい、こういう圧力が当然いろんなところから来ると思うのでございますが、いかがでございましょうか。
○参考人(志方俊之君) 周辺事態の認定について国会に諮ってやるような場合には、時間も相当かかると思いますし、それから政党のよって立つところによって妥協できない部分もございます。そうすれば国家としてはどっちもできないということになりますので、私はやはりこの認定については行政府に判断を任せる、そして出動のところでやはりチェックをするというのが妥当ではないかと思います。
○木俣佳丈君 浜谷参考人はいかがでございますか、今の考え方について。
○参考人(浜谷英博君) 僕は衆議院でも申し上げましたが、それは認定するもののボリュームにかかわるんじゃないかという気がしております。認定書類と言われるような膨大な大部なものが届けられて、さあ認定しろと言われたときに、果たして国会がそういう機能を持っているかどうかは非常にわかりません。
 そうしますと、当然その認定書類と実際の書類との別物ができて、まさにダブルスタンダードになってしまうような可能性も否定できないわけであります。したがって、認定をするものの中身そのものがいま一つ見えてこないわけでありまして、それによってちょっと私は考え方が定まるような気がしております。
 ですから、今の段階で、どういうものが認定書類として来るかということが全く知らされない段階でどちらがいいかというふうに言われてもちょっとお答えしかねます。
○木俣佳丈君 これは国会図書館からいただいた資料で、ドイツの基本法の場合、これは緊急事態を二つに分けて、緊迫事態と防衛事態ということで、このときに緊迫事態の発生の確定というのは連邦議会が行い、投票数の三分の二の多数を必要とすると、これが基本法の第八十a条第一項に書いてあるわけでございますが、やはりドイツでもできるなら日本でもできるんではないかというふうに思うわけでございますが、いかがでございましょうか、浜谷参考人。
○参考人(浜谷英博君) それも答えは同様にならざるを得ないわけでありまして、ドイツの承認行為というものが、結論的に申しますと、承認行為そのものがあるべきだという考え方は理解できます。ただ、ドイツのものがどういうようなボリュームのもので、具体的にどんなものかということが私ちょっと知識にございませんので、それがどういう形で行われているかはドイツについては詳しくございません。
○木俣佳丈君 西参考人、いかがでございますか、今の件は。
○参考人(西修君) 私どもは、緊迫事態についてはちょっと今失念しておりますけれども、防衛事態につきましては国会の承認を必要とします、まず第一に。両方必要であります。それで、もし国会の承認を求めるほど緊迫性がない場合は、この場合はそれぞれ、そこには何か十分に書いてありませんけれども、法律では連邦議会、要するに衆議院ですね、衆議院が三分の二、それから参議院に当たるところが三分の一と、二十四と十二で三十六だか、ちょっとその点、三十三だったか、その辺の詳しいところはあれですけれども、そういう衆議院三分の二、参議院三分の一の人たちが合同して、極めてコンパクトな、要するに国会といったら非常に広いですから、そういう防衛事態の場合はそういう狭い委員会でやると。これが第二段階ですね。しかし、それでも間に合わない場合、要するに例えばまさに侵害があったといった場合はもう既に防衛事態の承認があったものとみなすというようなことで、三段階になっているわけですよね。一番いいのは国会、全体の国会であります。それで、なかなか時間がなかったら小さい委員会、そしてそれでもだめなら承認があったとしてやる。
 そういうような三段階になっているわけで、やはりそこで何が問題かというと、緊急性の問題だと思うんですね。本来は国会というシビリアンコントロールでやるんだけれども、緊急でなかなか間に合わない、そういう場合はもうあらかじめ小さい委員会でやってしまいましょう、こういう緊急性が非常に大切だと思うんです。
 そういう中で、先ほどの基本計画そのものでありますけれども、基本計画を見ますと第四条で非常にいっぱい書いてあるわけですね。これを全部国会の承認でやるのはいかがなものかというふうに考えざるを得ません。
 そこで、私はある論文で、こういうものは原則、出動に当たって事前承認すべきだというようなこと、今回それが盛り込まれたといったことが国会のコントロールということで一つの進歩ではないか、そういうふうに理解しております。
○木俣佳丈君 今のことは本当に言い得て妙だと思うんですね。基本計画、きのうも同僚議員の中から御質問であったんですが、例えば、要はROEに属するような、船舶検査は削除されましたが、あの中にもあると、あんなことを法案の中に書くことがおかしいんだというような話がありました。私も本当にそうだと思いました。そしてまた、この法案は、関係者によれば、別々の法案で出してもよかったんだということまで聞きました。ですから、一項どかしても別に何てことはないんですね。
 結局は基本計画というのはそういうもので、要はいつものとおりというかパッケージにして包括的にやれば何となく格好もいいし、承認さえもらえれば後は好きなようにできるじゃないか、多分そんなような性格のものではないかなと私は理解いたしました。
 ちょっと話を戻しまして、今の西先生や浜谷先生のお話を統合しますと、事前、事後というのは余りこだわるなよ、緊急事態なんだからやはり余りそういう事前のことばかり気にするなというお話。そしてまた、しかしながら、その歯どめというものをどこで持って行くのか。米国の一九七三年のウオー・パワー・アクトでもやはりそういうふうになっている。あれは六十日間ですね。民主党でも修正として六十日を超えて措置を実施する場合は国会承認を求めると。先ほど浜谷参考人が言われたような期限つきの国会承認、やはりそういう考え方が日本に絶対僕は必要だと思うし、それこそ国会承認の対象たるものだと思うわけでございますが、浜谷先生に聞くと同じものですから、西先生、志方先生、いかがでございましょうか。
○参考人(西修君) これはまさにさっき志方参考人おっしゃいましたけれども国会の中でお決めになるということで、そういう二重のことをやるということは、それはこちらの問題だなと思います。
   〔理事竹山裕君退席、委員長着席〕
 ただ、ウオー・パワー・アクトの場合、もし万が一国会の承認などできない場合は、これは大統領の個人的な裁量でできるわけですね。もちろん事前協議が必要であります。しかしながら、あの協議というのはかなり形式的なもので、もう飛行機が飛んでいるときに電話してちょっと何かやるということで、かなり形式的なこともあるようでありますけれども。もし緊迫した場合は、大統領に一応裁量権を与え、そしてその後六十日間の間に承認を得るというようなこともありますので、ですから、事前にやるかあるいは継続的にやるか、それからもう一回やるかということは、まさにこちらの御判断だというふうにしか申し上げることができないと思います。
○参考人(志方俊之君) 私も前広に、国会の意見を聴取できるような状況のときには当然それはすべきだと思いますが、先ほど申しましたように、これからの武力紛争というのはそのいとまがない場合が非常に多いわけであります。
 したがいまして、アメリカの大統領戦争権限法にあるように、あの場合は六十日、さらに三十日ということになっております。できれば兵力等も制限をつけてもいいかと思います。六十日または九十日以内、例えば三万人以下のものならば行政府が当面の措置をできると、こういういろいろなことは皆様でお考えになっていただければいいのではないかと思います。
○木俣佳丈君 基本的にそういった考えに賛成ということで、賛成というか理解されるということでよろしゅうございますか。理解というか前向きに。
○参考人(志方俊之君) 当然でございます。延々と続いていったような場合、そして国民の中にその措置に対する意見がたくさん出てきたような場合には、やはりある時間を区切ってもう一度意見を聞くということは当然だと思います。
○木俣佳丈君 ありがとうございました。
 先ほど、除外された船舶検査がございまして、国連決議ということで我々も公明の皆さんも恐らくそれは賛成していただけると思うのでございますけれども、ちょっと考えますと、恐らく、これは私の邪推なんでございますが、つまりもう一歩踏み込んで国連の船舶検査のみならず諸活動、いわゆる集団的安全保障に入るそういった活動にもお墨つきをもらえば出ていけるんじゃないか。例えば、米国に後方からエネルギーとか水とか医療とかを届けるがごとく、国連決議があれば日本国もそのほかの国連軍、国連軍なのか国連の維持活動またはそういったものに届けることができるような、かなり幅広い国連協力基本法なのか国連協力法みたいなものを三派の中の二派の方は考えていらっしゃるように思えてならないんですが、そういうのというのは邪推ですか、浜谷参考人、どうですか。
○参考人(浜谷英博君) まことに失礼ながら、先生の邪推に対して僕がコメントするというのは参考人の立場としてはちょっと。私の考え方を述べたいと思います。
○木俣佳丈君 失礼いたしました。推測でございます。私の考え方でございますが、そういった考えにはどのようにお答えいただけますでしょうか。
○参考人(浜谷英博君) 先ほどこれは申し上げたことですが、いわゆる強制力を伴うようなことになりますと、これは大多数の国際社会が認知して、我が国の国民の支持があって、そして国会もそれに同意をしているというようなことが理想ではないかと思います。したがって、そういう意味で国連の決議があるということが望ましいというふうに私は先ほど申し上げました。
 ただ、国連の決議がなければ何もできないということになりますと、これは我が国の存亡にかかわるような事態に対応不能というようなことになります。ですから、必ずその意味での要素もそこには付加していただきたい、またその意味での対応手段もとれるような余地を残しておいていただきたいというふうに申し上げたわけでございます。
○木俣佳丈君 ありがとうございました。
 そろそろ時間もございませんので、西先生の御本、大変わかりやすい憲法のお話を書いてございまして、私も本当に参考にさせていただいておりますが、その本の中で、「憲法第九条をめぐる最大の混迷は、政府解釈の分かりづらさにある」と。ちょっと中略しまして、「政府の第九条解釈は、法律用語や抽象論の羅列、針の穴を通すほどのつじつま合わせ」と述べられているわけでございます。
 私は、今回の周辺事態のガイドライン三法、こういうのを見ていまして、まさに国民にわかりにくいように、そしてまた同様に世界の方々にわかりにくいような、そしてまた先ほどの歯どめの話もそうでございますけれども、何だかどういうふうになっていくのかわからない。志方先生も後ろから議論しているから全然わからないんだと。つまり、例えばここが戦闘地域でここから外が後方地域だとか、そういう明確なものというのはありますね。今まででも、例えばフォークランド紛争のときぐらいしか僕も持っていませんが、三百海里を戦域として、それ以外を後方地域としたんです。
 だから、そういうようなことというのはできると思うし、もっと明確な言葉で明確にしていくということが、日本の国家安全保障の戦略上若干は損をするかもしれないけれども、外交上または通商上、志方先生は三点挙げられておりますが、大きくX軸、Y軸では得するんです。だから、そういう考え方に基づけば、もっとわかりやすい文言で法律を書いた方がいいというふうに私、思えるんです。
 西参考人、いかがでございますか。最後の質問です。
○参考人(西修君) 私の本を利用していただき、どうもありがとうございます。そこに書いたとおり私は考えております。
 一応私は憲法をやっておりますけれども、憲法をやっている人間でも、例えば前の議論だったら、武力行使と武器使用とどう違うか、どこがポイントか、なかなかわかりにくい。そういう意味において、この国会の場で内閣のわかりにくい解釈をぜひ解明していただきたい、そういうようなことをこれはむしろ私の方からお願いしたいというような次第でございます。
○木俣佳丈君 終わります。ありがとうございました。(拍手)
○日笠勝之君 公明党の日笠勝之でございます。
 御存じのように、周辺事態安全確保法案はその第七条に「船舶検査活動の実施等」というのが入っておりましたけれども、諸般の事情でこれが全部削除ということになりました。今、新規立法ということを想定して鋭意協議をしているか、始まっておるか、しつつあるかでございます。
 いろいろと三人の先生方に、憲法問題もございますので、また運用面からということでぜひ御意見をいただきたいと思いますのは、いわゆる船舶検査活動のときの警告射撃でございます。これは先日来、法制局長官も、これは国連憲章第七条に基づく集団安全保障措置の一環である、憲法九条の武力行使、威嚇に当たらないとは言えないので慎重に今検討している、このようにこの場で御答弁されておりました。
 そこで、船舶検査活動における警告射撃について、合憲なのか違憲なのか、またそれぞれ合憲なら合憲、違憲なら違憲の理由というものをお聞かせ願えればと思います。三人の先生にお願いできればと思います。
○参考人(西修君) 申し上げます。
 私は具体的なケースはちょっと承知しておりません。それは日本の領海内ではなくて公海上ですね。この場合も二つあるように思うんです。
 要するに、領海で、例えば具体的に前回のような不審船ということで、船名も何かもう既に過去のものを使っている、おかしいというようなことで、追尾といいますか、とまれと言ったんだけれども逃げていった。これは、私は国際法の専門じゃありませんけれども、私の一般的な国際法の知識から申し上げますと、その場合は継続追跡権ということです。これは領海内と同じような形でとめるためのいろんな手段は行使できるというふうに思います。要するに公海でも、日本の領海内でどうも不審だ、とまれと言ったんだけれどもと、いわゆる警察権の継続ということでこれはいろんな行動ができると思います。
 それから、純然、純粋たる公海だけでその船が航海していた場合にはどうなるかということです。その場合は、私の一般論的な国際法の知識では、やっぱり国際法上の武力行使になるというのが国際法の一つの考え方のようであります。
 そこでもう一つ、国際法上の武力行使と、それから国内法の、要するに憲法の武力行使と、それから先ほどちょっと申し上げましたけれども、少なくとも政府の武力行使の概念がちょっと違うんです。政府の武力行使は、一般に戦闘行為というものを前提にしているんです。そうすると、そういう船舶の場合、果たして戦闘行為と言えるかどうかということです。それは普通の場合、とまれ、停船というのは、これは日本の政府の言う武力行使の概念には当たってこないというふうに思うんですね。これがちょっとギャップがあるわけです。ギャップをどうするかという一つの問題があると思います。
 それからもう一つは、そういう武力行使は、これはまさに集団的安全保障の問題だと。おっしゃったように、国連憲章の第七章の問題、集団的安全保障の問題ですね。集団的安全保障といわゆる日本の憲法の自衛権の問題、ここがどうやってミックスするか、その辺がまた一つの問題になると思うんです。
 それから、今おっしゃられたことですけれども、従来の例からして何か十万件ぐらい検査があるようでありますけれども、威嚇発射をしたというのは国際的にゼロということのようですね。それから、警告を含めた発射は十万件のうちたった十一件ということで、具体的な問題としてなかなかそういうことはあり得ないんじゃないかと。
 そこで、最後に憲法の方に移りますけれども、少なくとも今の政府の憲法解釈の武力行使という概念とはちょっと何かずれがあるように思います。それから、集団的安全保障の問題というようなことで少しずれがありますので、明確にこういう点を憲法違反とはなかなか言えないような感じがします。そんなふうに私は思います。
○参考人(浜谷英博君) 今の政府解釈を基本にする限りは、いわゆる今の解釈、武力を行使するための解釈というのは、これは自衛権の行使以外にはとり得ないというふうな解釈が、それ以外の武力行使というのは非常にとりにくい解釈をしております。したがって、それを前提にする限りはなかなかとりにくいだろうと思います。
 ただ、警告射撃というものの性質なんですが、これは武力行使がとり得ないと、すなわち武力行使を前提としたものでなければ警告射撃とは言わないということですね。ですから、必ず当てないというものが前提になっている以上、何回撃ったってこれは警告にはならないわけですよね。警告というのは次に当てるぞということが前提になっていなければ警告でないわけですから。
 そういう意味では、警告射撃というのは武力行使、次には当てるということを前提にすると。そうすると、それが公海で行われるということは日本の自衛権行使というものの範疇に入らないことですから、これは憲法上の解釈はちょっと難しいのではないかというふうに考えております。
○参考人(志方俊之君) 先ほど私は集団的自衛権の行使についても広い幅があるということを申し上げましたけれども、例えば第三国の民間の船がたくさんの避難民を積んで公海上航行している、そこをたまたま自衛艦が通り過ぎているところにどこかの国の船が来てその前に機雷をまこうとする、あるいはそれに射撃をしようとするようなときは、これは私は警告するのが当然の義務だと思うんです。それからもう一つ、そういう場合には当然私は武力行使にも何にもならないと思います。憲法違反にもなりません。
 それから、全く相手が何もせずに公海上にいるときに、これに対して警告射撃をするというのはおかしいことであると思うんです。何も警告することはないわけであります。警告する必要がないわけですね。警告する必要があるというのは十万件のうち何件かということでございますが、何も相手がしていないのにこちらがやるということはあり得ません。それほど海上自衛隊はばかではありません。
 それから、警告射撃をするというのは極めて高度な射撃精度が要るものであります。現在の海上自衛隊の艦砲というのは撃てば必ず当たるようになっております。したがって、これを四十メートルとか五十メートルオフセットして当てるというのは高度な訓練をしている海軍でなきゃできないのでありまして、私はそういう意味で海上自衛隊は信頼に値すると。したがって、海上自衛隊が万が一公海上で何もしていない船に対して警告射撃をするということはあり得ないと思います。
○日笠勝之君 そこでもう一つ、船舶検査活動における国連安保理の決議というのが削除した中には入っておりました。そこで、この国連の安保理決議プラス旗国の同意、こういうものを入れるとすんなりとでき上がるのかなという観測もあるんですが、旗国の同意というのを入れる入れないでどのように法案上違ってくるのか、ないしは意味があるのかないのか、お聞かせ願えればと思います。
○参考人(西修君) この問題は正直言って余り考えておりません。今そんなに言われても、ちょっとすぐお答えができませんで申しわけございません。
○参考人(浜谷英博君) 旗国の同意と申しますと、要するに相手国の意思を確認した上でこちらの行為をするということですね。強制力は伴っていないということですね。しかし、もともとガイドライン等で言われていた船舶検査というのは、これは英語で言うとインスペクションという言葉を使っております。これは通常は臨検ということと同じであって、当然強制力を伴うものというのが前提になっているわけです。
 ですから、そうしますとかなり旗国の同意というものが実際には難しいんじゃないか。同意してくれればいいですけれども、要するに紛争になっているとか、それから日本がそういう危険性にさらされているということを前提にして議論しているわけですから、そうすると当然やられる方としては嫌だと言うに決まっているわけでありまして、そのときにできなければまた意味がないということですから、そういう意味では旗国の同意というものはもともとの意図に逆に反してしまうんじゃないか。それが得られるということであるならば最初から問題になんかならないんじゃないかという感じがいたします。
○参考人(志方俊之君) 海上における船舶検査も、今おっしゃられましたように臨検というのと阻止というのがございます。インターディクションの場合には、これは相手の国の了解があるということだってあり得るわけであります。しかし、臨検の場合には相手がそういうことに従わないからやるのであって、旗国主義というのは余り意味がないのではないか。もし旗国主義というものを尊重するならば、先般、船が二隻北朝鮮へ逃げたわけでありますが、それを北朝鮮に頼んで撃沈していただく、阻止していただくということをやることがいかに無意味かということと同じであります。
○日笠勝之君 では西先生、防衛法研究第二十二号の論文を読ませていただきまして、その中で、地方、民間の方々もこの法案、いろいろと関心が高いわけでございます。
 その先生の論文の中に、中央政府に反対の立場をとる地方公共団体や民間への対応が重要である。中央と地方、さらに民間との協力関係、なかんずく権限関係を整備しておく必要があると、このように論文に西先生はお書きになっておられます。
 具体的に、「権限関係を整備しておく必要」というのは、法律なのか政令なのか通達なのか、何なのかよくわかりませんが、どういうことを想定されてこのようにお書きになったのか、お聞きしたいと思います。
○参考人(西修君) 今、地方分権ということでいろいろ言われておりますけれども、そういう意味において地方の意思は最大限尊重しなきゃいけないと思いますけれども、やはり日本は一つの国家であります。国益というものをどう遂行するべきかということになると思うんですね。
 そういう意味において、やはりもし万が一重要な影響を与えるようなそういう周辺事態が起きた場合、やはりまた法律の方でありますけれども、法律で最終的に国家が何をできるのかということをやはり決めておく必要があるのではないかという意味で申し上げた次第であります。
○日笠勝之君 では、別途の立法措置をすべきだという意味なんでしょうか、今のお答えは。
○参考人(西修君) そういったことも含んでおりますけれども、しかしながら、もし特に法律がなくて、要するに国家の有事といいますか、そういったものに対して地方との話し合いといいますか、いろいろ協議ができればこれにこしたことはないと思います。
 ただやっぱり、今の地方分権推進法じゃありませんけれども、対等と協力であるということで、対等ということになりますと、一体どこでどうなるかということですね。そういったことをある程度決めておかなければスムーズな運用ができないんじゃないかということで、そこで申し上げたつもりであります。
○日笠勝之君 時間もあれでございますので、最後に三人の専門家の先生方にお聞きしたいのは、この周辺事態確保法並びにあとの二法案について、いろいろ戦争協力法であるとか自動参戦措置法であるとか自衛隊の海外派兵法だとか活字が躍ったりしておるわけでございます。
 そこで、こういういろいろな意見も意見としてあるわけですが、先生方も講演されたりテレビのインタビューで、簡略にわかりやすくお一人二分か二分半ぐらいで、どのようにこういうふうな意見に対していろいろコメントされておられるか、お聞きできればと思います。
○参考人(西修君) 六分ですから、一人二分ということは非常に難しいわけであります。二時間かけなければいけないところで、難しいわけです。
 それは、先ほどもちょっと申し上げましたように、PKOの地方公聴会でもそういう話がありました。では、実際自衛隊が戦争のために行ったのか、むしろ国際的に非常に高い評価を得られているじゃないかということが一つであります。
 それから、平和主義の概念、これを少し考えてみる必要があるのじゃないかと思うんです。平和主義というのは、決して非武装そのものは平和主義じゃないんだ、何かあった場合に、国家を守り、国民の生命、自由、財産を守るんだということを申し上げたいと思う。
 それから、私は比較憲法も少しやっているものですから、日本だけが唯一の平和主義憲法だ、これは非常に間違いである。私は世界の百七十数カ国を調べたんですけれども、平和主義条項を備えている現行憲法は百二十四もあります。非常に多いわけであります。特に、一九九〇年代にできた新しい憲法は八割以上が何らかの平和主義条項を設けております。その中には、憲法の中に、核兵器は持たないんだ、化学兵器を持たないんだ、生物兵器を持たないんだ、自国領土内に他国の軍隊の駐留を許さないんだ、そういう平和主義憲法もいっぱいあるわけです。しかしながら、そういう国においてもやはりきちんと有事法制を持っているわけであります。
 だから、平和の概念というものを、何か守る、あるいは武力を行使する、それがすなわち平和を破壊して戦争になるんじゃないんだということの結びつき、私、ちょっと言葉がおかしいかもしれませんが、短絡的な結びつき、そして平和主義憲法に対する神話的なそういう観念をぜひ改めてほしいということを申し上げております。
○参考人(浜谷英博君) 専門の立場というか、憲法の立場から申し上げますと、憲法の条文というのはそれぞれが独立した意味を持っているという部分ももちろんございますけれども、憲法全体の整合性がある解釈、我々有機的解釈とよく呼ぶのですが、その有機的解釈というのがやっぱり重要じゃないかと。
 そうすると、憲法で目指されている国民の人権保障を実現しようとすれば、この人権が不法に侵害されているということは最も反憲法的な状態なわけであります。したがって、この反憲法的な状態を憲法的な状態に戻すためのいわゆる手続法というのがどうしても必要なわけであります。その手続法がない限り、すべてそれを戻すためには超法規的措置によってやらなければいけない。これは法治国家が目指すような制度ではありません。したがって、そういう手続法ということが非常に重要である。それを体系的に整備することがもっと重要である。その中の一環として、今言ったような法案が整備されていくということが現実的ではないか、また理想的ではないかということであります。いわゆる違法な侵害もしくは違法な行為、このことを合法なものに戻すための手続である。したがって、広い意味では人権保障がまさにこれによってなされるんだということを認識していただきたいというふうに思います。
 これは、今、西参考人がおっしゃられたとおり、PKOのときもまさに再三言われたことでありました。要するに海外派兵である、海外へ戦争をしに行くのである。このことはまさにそういう誤解に基づく発想だったわけであります。日本人の知識レベルからいえば、決して日本人の知識レベルは低いわけではございませんので、行った活動を具体的に目にするに従ってだんだんPKOに対する理解が深まり、それが支持率につながっていったというのが如実に現実的に示されているのではないかと思います。
○参考人(志方俊之君) 我が国の安全を守るためには防衛力だけではありません。いろいろな方法で守るわけであります。例えば経済的な側面であれば、技術援助とか経済援助をしてライク・マインド・カントリー、仲間をふやしていく、それから外交的には、二国間、多国間あるいは国連との関係を維持して孤立しないようにしていく、これも安全の一つであります。それから、情報面でも、情報を収集する、こういうことがあるわけであります。それで危機を回避するというのがあります。
 しかし、軍事面では、自分たちが持っている物理的力はこういう場合にこう使うんだということを天下に宣言しておく、国民にも知らせていく、近隣の諸国にも知らせておくということは、これは運用の透明化につながることであり、我が国の軍事力が疑われないということになる、また抑止力にもなるわけであります。
 先ほど私が示した階段から一段すぽっと抜いたらどれほど危険なことかということであります。だれだってつまずきますよ。そういうことを考えますと、ガイドライン関連法案は決して自動参戦装置でもなければ戦争協力法でもありません。
○日笠勝之君 私も実はPKO協力法のときに審議に参加した一人で、こういうことをさんざん言われまして、我々の支持者の方からも、これをやるからにはもう次の選挙は応援しないというような本当につらい思いをしながら、今おっしゃられたように、本当にゴラン高原を初め汗を流して国際貢献をしておられる、何年かたってその果実というものがだんだんと理解をされているなと。しかし、今回は何かその前夜がぶり返してきているような気がしてならないとの感想を申し上げて、三人の先生方に感謝を申し上げます。
 ありがとうございました。(拍手)
○小泉親司君 日本共産党の小泉でございます。
 きょうはどうも大変御苦労さまでございます。幾つか質問をさせていただきます。
 質問に入る前に、御承知のとおり私たち日本共産党は、今度の周辺事態法案及び日米ガイドライン関連法案は、戦争放棄それから武力の威嚇、行使を禁止した憲法九条に真っ向から反する戦争法案である、そのために廃案にすべきであるというふうに考えております。
 私たちはその点で国会でいろいろと質問してまいりましたが、政府の答弁というのは、これは野呂田防衛庁長官の答弁でございますが、今回の法案の中では後方地域というのを定めたんだ、この後方地域において行われるという点ではそれは兵たんと違うんだ、兵たんと違うから、戦闘区域と一線を画した地域で支援を行うわけであるので後方支援と武力行使は一体化ではないんだと。こういうふうに武力行使一体化論とは、いわゆる後方地域支援だから憲法違反ではないという論理を張っておられるわけです。
 そこで、志方参考人にまず初めにお聞きしたいんですが、兵たんといいますと、例えば私どもが海兵隊の教本などを読みますと、兵たんというのは戦争の不可欠で分離できない一部なんだということも言い、自衛隊の野外令などを見ますと、これも、戦闘能力を強化するもので、その中身というのは補給だとか輸送だとか整備だとか改修だとかもろもろあるんだというふうに書いてあるわけです。こう言われますと、実際にこの法案に示されている自衛隊の武器弾薬の輸送ですとか燃料の補給ですとか整備ですとか、こういうものは兵たんではないのかなという大変な疑問を持っているんですが、その点、志方参考人から詳しくお話をお聞きしたいと思います。
○参考人(志方俊之君) 防衛力は大きく分けて四つの側面を持っていると言われております。一つが人事、これは兵力そのものでございます。それから情報、それから作戦機能、それと兵たん機能。そういう意味でありますと、この兵たんというものを防衛力から一つ欠如させれば防衛力は成り立ちません。したがって、兵たんという言葉、ロジスティックスという言葉を使えば、これは防衛力の一要素であります。
 しかし、それが行使される段階になりますと、兵たんというのは必ずしも物をそばまで持っていくことだけではありません。後ろで物をつくる、そしてそれを補給する、修理する、こういうことも兵たんであります。したがって、弾を撃っているすぐそばまで弾薬を持っていくのも兵たん活動であります。それから後ろで弾を運んで船に載せるのも兵たん活動であります。これを区別するのは軍事的におかしいと思います。
○小泉親司君 衆議院のガイドライン特別委員会では、自衛隊のそれぞれ佐久間元統合幕僚会議議長、それから松島中部方面隊の司令官でございますかが来られて、前線と後方というのはそんなに、区別なんか非常に難しいんだ、できないんだと。今、先ほども志方参考人、同じような御意見をおっしゃっておられましたが、その点はいかがですか。
○参考人(志方俊之君) 申し上げたとおり、技術が高度に進歩しておりますから、ミサイルその他の射程も長いわけであります。航空機も相当遠くまで飛んでいく。そういう意味では今までに比べれば非常にこの区別は難しい。例えば現在のコソボ紛争を見たって、コソボ地区の問題なのにセルビアのさらに奥地まで爆撃を受けている。これは後方地域ですね、しかし爆弾は落ちてくる。そういうことを考えますと、これから二十一世紀については後方と前方を区別することはますます難しくなってくるということであります。
 ですから、何もしないというのも一つの手でありますけれども、何もしなければ国民の命がなくなるという場合にはどこかでけじめをつけざるを得ないと思います。
○小泉親司君 政府は、何か後方地域支援というところは大変安全なところで、いわば弾は飛んでこないというようなことを言っておられますが、私もいろいろとこの間のNATO軍の、NATO軍といってもアメリカ軍が主力ですが、ユーゴの空爆を見ましても、参考人がおっしゃるように、何かどうも補給路みたいなのが非常に中心的にねらわれて、鉄道でありますとか高速道路でありますとか橋などの輸送補給路、こういうものがやはり私は集中攻撃されているというふうな印象を大変受けるんですね。その点では、後方地域支援といえども、先ほどもおっしゃっている点だと思いますが、当然軍事目標になり得る性格のものじゃないかというふうに思いますが、現実に、先ほど軍事の常識をよく踏まえてやった方がいいとおっしゃっているので、その辺どのような御意見をお持ちかお聞かせ願いたいと思います。
○参考人(志方俊之君) 今申し上げましたように、六百キロとか千キロのミサイルというのがございますから、千キロ後方で弾薬を積んでいても、そこにミサイルが飛んでくるという可能性は十分にあります。そのときには仕方がないと思います。そのときにやめるならやめるという命令を総理大臣が出せばそれで済むことであります。
○小泉親司君 次に、浜谷参考人にお尋ねいたします。
 私も「米国戦争権限法の研究」でありますとか「防衛法研究」での浜谷参考人の本や論文なども読ませていただきました。それで、私どもは今度の国会関与の問題についても、国会で承認するから今度の法案の性格が変わるのかといったらば、そうではないし、先ほども申し上げましたようにもともと憲法違反の法案でありますから、承認があるからといってそれで事足れりというものではないという立場なんですが、ただ、私、先ほど浜谷参考人からいただいたこの論文の中にも、「「我が国周辺の地域」という地理的範囲を示す用語は、新ガイドラインには使用されていなかったが、地理的概念の設定のない「周辺事態」は、歯止めのない拡大解釈につながるとの懸念を払拭し切れず、」というふうにおっしゃっております。
 私たちも、この点では、周辺事態が一体どのような地理的な範囲を示すのか、その事態が例えばどういう事態を示すのか、この点についていろいろと政府にただしてまいりました。政府はもう一貫して、きのうも修正案の議論がありましたが、地理的な概念ではないんだ、事態の性質に着目したものなんだというふうに言っておるわけですね。ですから、さらに今度の法案の中には、では周辺事態はどのようにして認定して、どのような手続でやるのか、いわば政府に白紙委任しているような形のもので、国会関与といっても、私、先ほど浜谷参考人の御意見をお聞きしましたが、自衛隊の行動の国会承認というような問題もあると思うんですが、まず周辺事態ということの認定ですとか、それから周辺事態とはいかなるものなのか、その定義という問題が私この法案の中では大変欠落しているのではないかというふうに思っておるんですが、その点での浜谷参考人の御意見はどのようなものなのか、ちょっとお聞かせいただきたいと思います。
○参考人(浜谷英博君) 周辺事態の性格そのものについては、これは起きてみないとわからないというのが実態でありまして、これは起きた状況によって変わるんだろうと思います。
 ただ、今現在周辺事態というものの中に、どういうものが周辺事態かと政府で示されておる六類型というのがございますね。その中には、果たしてこれが周辺事態か、当初の法案にあったようないわゆる周辺事態というものとはもう一歩も二歩も我が国の有事に近づいたようなそういう概念までが含まれているんではないかと。
 そうすると、もともと法案をつくった基本原則、その基本原則が少しずれたんじゃないか、それを周辺有事という言葉で説明するとどうしてもそこにそごといいますか誤差が出てくる。このことが問題ではないかと僕は先ほど申し上げたわけです。
 したがって、そこから先は委員と意見が違うんでしょうけれども、だからこそ日本有事の法をまず整備して、そしてそこを解決した上で周辺に行くべきである。今言った周辺というのは、いわゆる日米安保条約の実効性確保とか日米の防衛協力の信頼性向上とか、そういうことを目指しているわけですから、そんなに無制限に、地球の外まで拡大するような、そういう概念ではないだろうというのはわかります。
 しかし、どの程度までかということについては、まさに起こった事態の性質ということしか実際は言いようがないんじゃないかと思うんですね。結局どこまでだと言っても、その隣はと必ず言われるわけであって、その隣の隣はまた隣なわけですから、どんどんいってしまう。ですから、そういうふうな状況でしか解釈できないんじゃないかというふうに考えております。
○小泉親司君 その点では、参考人のこの考察の論文でいきますと、歯どめがないと。だから地域的に、ちょっと申しわけないんですが、読ませていただいた範囲だけの私の意見を申させていただくと、ここで参考人は後ろの方で、政府の見解によって極東とその周辺地域までなんだとおっしゃっているんですが、正確に言いますと、事実関係としてはそういうふうに政府見解は言っておりませんので、歯どめがないんじゃないか、どこまでも参考人のおっしゃるように進むのじゃないかと。だから、その点では地理的には無限定、無制限なんじゃないかというふうに思うんですが、ちょっと申しわけないんですが、その点をもう一度お聞かせいただければ。
○参考人(浜谷英博君) 安保条約の実効性向上というのは目的の中にも入っておりまして、いわゆる日米安保の実効性確保に寄与するためということになると、日米安保というのは概略的な範囲が定まっているわけですね。ですから、基本的にはそこから出ないであろうと。だが、その隣はどうすると言われると、それはもうどうしようもないんですが、出ないであろうということしか現在は申し上げられないのではないかというふうに思います。
○小泉親司君 もう一つ、先ほど浜谷参考人が冒頭の御発言の中でおっしゃっていた点でありますけれども、修正について実質的には事後承認なんだ、歯どめ処置にはならないんだと。先ほども同様の質問があったように思いますが、実質的には事後承認だと言われているその理由、その辺をちょっとお聞かせいただきたいと思います。
○参考人(浜谷英博君) 初めから実質的に事後承認だと申し上げたわけではなくて、原則事前、緊急事態によっては事後ということですね。だから、原則はあくまでも事前なわけですね。したがって、事前でやれればこれは何の問題もないわけであって、これは事前承認の方が望ましいと。
 しかし、例えば原則に例外を設けますとほとんど例外がひとり歩きするというのが世の中の常識でありまして、それを考えますと、実態としては事後承認に近くなってしまうんじゃないか。まして、緊急事態の認定はだれがやるか、緊急時であるかないかはだれが判断するかというと、政府そのものがやるんでしょうから、そうしますと政府の判断がいわゆる有権解釈としてひとり歩きしていく。ひとり歩きという言葉は余りよくないんですが、それが実態として一つの解釈になっていくということではないかと思います。
 だからこそ国会の役割はそこから出てくるわけであって、その前にかかわろうとしたって、もともとない能力を使おうというのが無理でありまして、ある能力を十分に発揮するというのが国会の役割としては重要ではないか。だから、それから先のものについては、情報と時間があるわけですから、先の方針についてはぜひ事前に承認を与えていただきたいというのが国会の言い分ではないか、そう申し上げました。
○小泉親司君 もう一つ浜谷参考人に聞かせていただきたいのは、衆議院ガイドライン委員会の御発言では、国会承認に関連して、「特に、自衛隊が、場合によっては我が国領域外で活動するようなことも想定されている以上、たとえ紛争地域とは一線を画するとはいえ、領域内での危険度よりは格段に大きい危険度のもとで活動するわけであります。また、我が国の置かれている地理的な環境、地理的要素から考えれば、必ずしも他国領海と我が国領海との間に公海が存在するなどとは限らず、その意味では、いわゆる後方地域という」、「危険負担にたえられるのは、いわゆる国会承認を通じた国民の支持以外にはあり得ないだろうというふうに考えております。」と御発言されておられるんですが、こういうふうになりますと、国会承認は、いわば危険のもとに行くという担保なんだとおっしゃっておられるやに聞こえるんですが、その点もう一度、同様の質問みたいな中身でありますが、お聞かせいただきたいと思います。
○参考人(浜谷英博君) 危険なところに行くのに、必ずしも国会承認ですべて危険なところに行ってもいいんだという意味ではございませんで、要するに、政策選択としてこういうことをやるべきだというふうに決めたならば、それが国民全体の支持があるということが一番望ましいのではないか、それがまさに国会承認ということであろうと考えました。
 したがって、いわゆる領域内で活動するよりは領域外の方が危険性が高まるということも十分考えられますし、それから、委員が今引用されましたいわゆる相手国の領土、相手国領海、公海、我が国領海、我が国領土というような、こういう図式ができ上がっているような地域だったらさもあらず、そうでない地域については後方地域そのものの存在すら危うくなる部分は十分あるわけであって、そういうときには一種国民全体の支持による政策選択という意味で国会承認は欠かせない、そういう意味で申し上げたわけであります。
○小泉親司君 実は、栗山さんとおっしゃる元駐米大使、浜谷参考人などは詳しく御承知の方かと思いますが、この点についてはちょっとお三人にお聞きしたいんですが、五月十三日の読売新聞で、「輸送、捜索救助などの自衛隊の支援活動は、この後方地域内で戦闘行為が発生したり、その可能性が予想される状況の下では、中止されなくてはならない。その理由は、自衛隊が戦闘行為に巻き込まれ、武器の使用を余儀なくされれば、憲法が禁じている武力行使に該当するという解釈によるものである。」とおっしゃっているわけですね。
 その上に立って、「仮に、予見できなかった戦闘行為が発生し、自衛隊がいったん始めた支援活動を中止して引き揚げるということになった場合は、どういうことになるであろうか。だれが考えても、戦闘行為が拡大するということは、それだけ米軍が自衛隊の支援をより必要とする状況になっているということである。 そのようなときに、米軍を見捨てる日本に対し、アメリカの政府や国民は、どのように反応するであろうか。日本政府がそのような決定を行った日に、日米同盟も安保体制も間違いなく崩壊するであろう。」と、こうおっしゃっているんですね。
 ほぼ同様のことを浜谷参考人は「防衛法研究」二十二号のところで言っておられるわけですね。それに近いことも志方参考人もおっしゃっておられるんですが、そうなってきますと、先ほど志方参考人は、法案にあります例の輸送しているところの近傍における戦闘行為が発生した場合、または予測される場合、こんなことがあったってだれが判断をするんだとおっしゃったわけで、ところがそれを実質判断するのは、この法案においては自衛隊の部隊の長でありますね。
 そうすると、この後方地域における、もともとこの後方地域というものは憲法上の担保から生まれているんですが、その憲法上の担保ということになると、憲法判断を自衛隊の部隊の長がやるような、そんなふうなことになってしまいはしないだろうか。浜谷参考人も裁量権が求められるとおっしゃっておられるんですが、その辺のところを、大変申しわけない、時間がなくなってしまったんですが、もしできればお三人、時間があれでお答えがなければ結構でございますが、お願いいたします。
○参考人(西修君) それは、私ちょっと触れましたけれども、むしろ集団的自衛権の問題としてもそういうことはあると思うんですね。要するに、アメリカと日本と一緒に何かやっていた、アメリカが撃たれた、日本は何もしないといった場合に、当然この集団自衛権がないわけですからアメリカだけが攻撃を受けてアメリカに例えば死傷者が出るといった場合に、アメリカの大変な反応が出てくるということで、これはいわゆる集団的自衛権がないために今おっしゃったようなそういう事態が起こってくると思うんですね。
 ですから、そういういろんなものを克服する最大のポイントは、集団的自衛権というものをどう考えるか。そこに私は、解釈上は可能である、それは政策上の判断なんだ、そこさえ解釈上可能になれば解決できるじゃないかというように考えております。
○参考人(浜谷英博君) 先ほどの実際上裁量権という問題は、現場担当者がそのときにこれはやっていいか悪いのかを一々尋ねていって、子供の使いじゃあるまいし、そういうことを一々承諾を得てからやるということでは恐らく限界があるだろう。もしくはやったことが後で必ずこれが刑法上の問題になるとか、自分のやったことに罪が問われるとか、こういうことをやったら、自由な活動はしろ、後で責任を問うかもしれないぞと、これでは現場で実際に活動している方がやっていられないと思うわけです。ですから、限られた法律の範囲の中でできることとできないことの明確化というのはまさに国会がやるわけですから、それを法案で明記した方がより効果的であるということが一つ。
 それからもう一つは、武器の使用と武力の行使というのは、これは自動的につながっていくかどうかというのは、私は疑問に思っています。武器の使用というのはあくまでこれは個人の判断でやることであって、武力の行使というのは国家意思でありますから、要するに責任も何もないわけですね、個人には。ですから、そういうことで明確にこれは区分けできるものだと思っております。
○参考人(志方俊之君) 先ほどから何回も申し上げておりますように、集団的自衛権といっても幅が広いわけであります。米軍がどこかの国と戦っているところに海上自衛隊が助っ人に来たといって行くような集団自衛権もありますし、米軍のパイロットが水の上に浮いているのを助けに行く、そのときにそれを邪魔しに来た人から防いであげるというのも集団自衛権、幅が広いわけですね。
 それは一に現場の指揮官がある程度の裁量でやらなきゃ、もしそれを見逃して、憲法が大切だといってその米軍を見殺しに帰ってきたら、次の日の世界じゅうのCNNで、日本の自衛隊、米兵見殺しというようなことになって、これは日米安保はもたないと思います。どっちをとるかは先生方が決めることでございます。
○小泉親司君 どうもありがとうございました。
 時間が参りましたので終わります。
○田英夫君 三人の参考人の方々、大変ありがとうございました。
 大変参考になりましたし、同時に、率直に申し上げて残念ながらお三人とも私とは意見が違う点が多いようでありますけれども、それはそれで大変参考になりました。十五分間でその違うところをぶつけ合って議論するにはいささか時間が短過ぎますので、若干絞って、むしろ私の意見を申し上げる時間の方が長くなるかと思います。
 自己紹介のようになりますけれども、私はこういう年ですから戦争体験があります。学徒出陣で行って、海軍の最後は震洋特攻隊というところにおりました。仲間の中には、いわゆる人間魚雷回天に行って死んだのもおりますし、戦艦大和で死んだ人も、階段ベッド上下で上で寝ていたのがそんなことで亡くなりました。
 そんな体験を踏まえながら、先ほど西さんが言われたこの憲法制定の裏のいきさつなども、私もそれなりに新聞記者になっておりましたので知っているところもありますし、また東京裁判の現場に取材に行っておりまして、「エイキ・トージョー デス・バイ・ハンギング」という現場にもおりました。そういう体験をしておりますので、本当に戦争の実態についても若干の、志方さんのような専門的な知識はありませんけれども、若干の知識は持っているつもりであります。
 そういうことの上に立って、最初に、志方さんがつくられた「アプローチが逆転している。」というこのペーパーは、非常に私もその意味では同感であります。
 つまり、日本で、残念ながら私どもの国会での今までの戦後の議論も逆転していた部分があるんじゃないか。一番最初にこの基本的な部分をもっと議論してくればよかったんじゃないか。それで、国民の皆さんにもある意味で意見の違いがあっても一定のコンセンサスができている、そういうことが必要ではないか。今後もこれは必要なことだと思います。
 特に、ここで「国家目標(憲法)」と書いておられる。この憲法というものは、現在もちろん平和憲法と我々が言っているものがあるわけですけれども、これをめぐる議論というのをしようという、ただ国会の中でしますとこれは政争の具になるおそれがあるということで、私どもはこのことに反対であります。
 その上に立って、やはり戦略、我々の言葉で言えば、これは平和維持をするためにいかにすべきかという戦略、これももっともっと議論をしなくちゃいけない。いきなりぼんとPKO法あるいは今度の周辺事態安全確保法、こう出てきて、それをめぐってそのときだけわわっとやって、最後は数で決まっちゃう。数で決まるのは議会制民主主義の方法でありますからやむを得ないとはいいながら、もっと議論がそこでずっといつも続いていて、具体的なものが出てきたときも、今回もこれは私は議論がまだまだ必要だと思います。
   〔委員長退席、理事竹山裕君着席〕
 その上に立って、あとは省きますけれども、こういう段階を踏んでいって、その議論が各段階でだんだん煮詰まっていくということをもっとお互いに考えなくちゃいけないんじゃないか、こう思います。
 その意味で、これは一つ質問ですけれども、憲法ができた段階では、実はその前の年に国連憲章ができていると思います。そして、憲法ができる、それから数年たって平和条約ができる。こういうことであって、実はそこに一連の、この間もここで私は意見を言ったんですが、一つの平和主義という、この意思が第二次世界大戦が終わった直後であるだけに貫かれていると思います。
 しかし、残念ながらその最初のもとになった国連憲章というものは現在も守られていないといいますか、その基本理念は守られていない部分が非常に多い。今コソボの事態が起きておりますけれども、あの爆撃をしているNATOの条約の第一条には、国連憲章の平和主義がうたってあります。しかし、それを無視してNATOは今回ああいう行動に出ていると。もちろん、理由はあることは事実でしょうけれども、あの国連憲章の精神が守られているかというと疑問を感ぜざるを得ない。
 そういう流れの中で日本国憲法というのも出てきた。これはやはり私は非常に大切にしなければいけないと思うんです。
 これも思い出の話のような昔話になりますが、昭和三十六年、一九六一年、安保条約ができて、十年という意味も込めて、サンフランシスコ平和条約の十年ということでその代表であった吉田茂さんのお宅に行って、私は一対一で話を聞いたことがあります、新聞記者として。
 そのときに私が吉田さんに、なぜあのとき単独講和か全面講和かと国論が二分していたのに全面講和ではなくて単独講和をとられたんですかと、こう質問しましたら、もう好々爺のようになっておられたんですが、そのときばかりは往年のワンマン宰相の顔になって、田君、ばかなことを言うなと言って怒られました。あのときの国際情勢を見てみろ、選択はそんな全面講和なんということはあり得ないじゃないかと。社会党の諸君はずるいと、耳ざわりのいい方をとって。しかし、現実にはどっちかを選ぶしかない、私は自由主義者だから自由陣営を選んだんだよと、こう言われたんです。ということは、今冷戦構造が崩壊をして、自由陣営か社会主義陣営かというイデオロギー対立の世界ではなくなった現在、根本的にこの吉田さんの当時の選択は崩れたんじゃないかと思います。自由陣営を選択するか社会主義陣営を選択するかということでは今はないはずです。
 そういう中で、さっきからの流れのことを申し上げましたけれども、三人の参考人の方はそれぞれ私の今申し上げたことに対してどういう感想をお持ちになるか、お答えいただきたいと思います。
○参考人(西修君) 申し上げます。
 憲法はおっしゃるとおり、まことに平和主義であります。例えば憲法前文の文言を申し上げますと、「政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、」と非常に強い決意を述べているわけであります。そういう意味において、いわゆる無謀な戦争とかいったものに日本国が入るということは絶対に許すべきではないと考えております。
 ただ、もう一つは、月並みな言葉で言うと、憲法が戦争放棄したけれども、武力紛争というものを憲法は放棄していないということは十分あると思うんです。そういう場合に一体どうするか。そういう場合には、やっぱり憲法のもう一つの理念である国を守り、または国民の生命、自由、財産を守る、これがもう一つの大きな憲法の精神であります。また、それが世界の平和と秩序を乱すような国際社会において、まさに名誉ある地位を占めて、そしてもし万が一戦争が起こった場合はそれをいかに防いでいくか、また日本に来た場合にはそれをどうやって防ぎ、国民の生命、自由、財産を守るかということも憲法の大きな理念であります。
 二つあると思うんです。再び戦争の惨禍が起こることがないようにするためにどうすればいいか、二つのオプションがあると思うんです。一つは非武装である。もう一つは、やっぱり自分の国は守っていくんだ、そして国際的な平和秩序に貢献していくんだ、この二つのオプションがあると思うんです。そういう意味において、私は後者のオプションが現実的ではないかというふうに考えております。
 それからもう一つ、自由主義と社会主義のそういう冷戦の二極化というものはなくなったんだと、ごもっともであります。冷戦後、要するに米ソの二大勢力というものがなくなれば平和が来るんじゃないかと思っていたわけであります。しかしながら、逆に米ソのたがが外れまして、まさに今御指摘のあったコソボの問題とか民族、宗教、いろんなものが出てきている。そういう中で、やはり日本の周辺も決して、先ほど言いましたけれども波静かではない。
 そういうような中で、日本がそういう事態というものにどう対応していくか。自由主義、社会主義という二つのイデオロギーがなくなったけれども、それ以後に冷戦後のいろんなものが出てくる、それにきちんと対応していかなきゃいけない、そういうふうに考えております。
○参考人(浜谷英博君) 憲法の解釈から説き起こされました委員の考え方というのは十分参考にさせていただきました。勉強になりました。
 基本的には立場はそんなに変わらないとは思うんですが、とる手段についてはいろいろオプションはたくさんあるかと存じております。したがって、例えば平和主義、同じ平和主義の考え方でも、日本の場合の平和主義と申しますと、これはもうほとんど非軍事主義と言った方が正確ではないか。非武力主義とか非軍事主義といったようなものであって、欧米の平和主義というのは必ずしもそういう意味では使われていない。平和を維持するためには武力行使も辞さないという、そういう平和主義というものも存在しているわけであります。
 ただ、日本国憲法が目指している平和主義というのはそこまでは多分言っていないだろう。しかし、国際安全保障環境の中で日本が重要な地位を占めていくとか、日本がそこに現実に存在しているということを考えますと、そういう考え方にも理解を示さざるを得ない部分もある。例えばNATO空爆そのものを挙げられましたけれども、NATO空爆そのものを最良の政策だと思っている方はだれもいらっしゃらないのではないかと思います。ただ、話し合え話し合えということを延々と続けていった場合に、ではコソボの住民の人権侵害はどうするんだといった発想が当然出てこなければいけないと思います。そうしますと、湾岸戦争でもしかりでありますが、イラクの行為が悪いというのはみんなわかっているわけです。しかし、その行為を武力で押し返したアメリカも悪いと言ってしまいますと、これはまさに警察官のピストルと暴力団のピストルを一緒にするような議論でありまして、当然そういう考え方にはくみできない。
 そういうことから我が国の憲法を考えますと、いわゆる九条を制約的に解釈するかどうかは別としましても、人権保障というものが純然と規定にある以上、この人権を保障するためには、ある意味で危険な手段といいますか、人権を守るためにはどうしてもそういう手段に訴えざるを得ない部分というのも想定されるわけであります。そのときに全く何もできないということであれば、国家の存在価値そのものが問われてしまうのではないかというふうに考えております。
○参考人(志方俊之君) 我が国は二十一世紀になりましても外国から資源を持ってきて、そして我が国で極めて高い付加価値を加えて、そしてまた外国のマーケットで買っていただく、こういう立国の姿というのはこれから当分変わらない。したがいまして、資源があるところが平和であること、そしてその道すがらも平和であること、そして我が国も平和であること、そしてそこでつくったプロダクツをみんなが喜んで買ってくれるフレンドリーネーションであるという、我が国ほど世界じゅうの平和が必要な国はありません。オーストラリアのような国はどこかで一年間戦争があっても何とか生きていけるということであります。
 そういうことでありますと、どうやって平和を守るかというアプローチが大切になってきます。いろいろな方法があると思います。一つではないと思うんですね。一つは例えば市民運動、市民の平和運動、これも大切なことで、市民の意思を示すという意味では大切であります。また、国会でいろいろ議論していただくのも非常に大切なことだと思います。しかし、抑制された自衛力を持って我が国がほかからの不安定材料にならないということも一つですし、我が国だけで守れないというわけであれば二国間の防衛同盟というのも必要になります。
 この四つを組み合わせて我々は何を守るか、単に我が国の国民の生命と財産だけを守るのが本当に防衛なのかということであります。我が国が抱いている価値観、自由とか民主主義とか個人の人権、こういうものが侵されても自分たちが生き残ればいいというなら、そういうように憲法を変えた方がいいと思うんです。憲法にはそうなっておりません。平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようというために我が国は名誉ある地位を占めたいと書いてあるのですから、やはりこの四つを組み合わせてしたたかに生きていく以外にはない。しかし、我々が奉じている国家の価値観を捨ててまで我々が国民の生命だけを維持するためにやることはないではないか。
 学校で教えていますと、先生、今回のガイドラインでなぜ日本はアメリカにこれほどのたくさんのことをしなきゃならぬのですかと聞かれるわけですね。答えは簡単です。アメリカ兵は命がけで戦い、我々はそれを助けるだけだ、その基本的な違いを考えてくれと。これはどこで決めたんですかということを学生が聞きますけれども、私は答えておりません。
○田英夫君 ありがとうございました。
 今お答えいただいたことも大変参考になりましたが、西さんがおっしゃった世界の憲法の中に平和主義というのはあるぞという、これは私も同感であります。コスタリカの憲法というのはまさに非武装であります。あそこのノーベル平和賞をとったアリアス元大統領というのは私も金大中さんを交えての友人でありますが、こういう人たちが世界の平和を守ることの先頭にずっと立って頑張っているんじゃないか、私どもはあくまでも平和憲法を守る側に立ちたい、こう思っております。
 終わります。(拍手)
○田村秀昭君 自由党の田村秀昭でございます。
 三先生、本日は大変貴重な御意見ありがとうございました。
 お三人にお聞きしたいんですが、昨日ぐらいから、防衛庁長官の御発言もあり、沖縄の問題が非常にクローズアップされております。どういうことかといいますと、このガイドラインが通過して、周辺事態になったときに、沖縄県だけが、かつて地上戦が行われたように、ほかの県よりも非常に多くの負担がかかるんじゃないか。それは、在日米軍の七五%が沖縄の約二〇%の面積に居住して存在しているからであるという理由なんです。
 沖縄県に特段の危険が、危険というか沖縄の新聞には危険きわまりないといっぱい書いてありますが、そういうことは私は考えられないと思っているんですが、その件についてどのような御見解をお持ちなのか、三先生方にお尋ねしたいと思います。
○参考人(西修君) おっしゃるとおりで、私は、沖縄のみではない、この法律そのものの目的、それからまたこの法律の趣旨というのは、必ずしも沖縄だけを犠牲にするとか沖縄だけを危険にするものではない、そんなふうにかたく信じております。
○参考人(浜谷英博君) 私も同感でありまして、沖縄だけが危険にさらされるかということに対しては、沖縄の危険性が例えばあるとすれば、これは本土全体の危険性とほとんど差はないというふうに思います。これは再三、先ほどからの議論の中でも、ミサイルの航続距離の問題等々で同様にわかることであります。
 ただ、一点だけ申し上げるとすれば、いわゆる負担そのものは、やはり米軍の駐留度が高いということからすれば、負担は沖縄の方がよりかかるんではないかということぐらいはだれでもわかることではないかと思います。
○参考人(志方俊之君) 冷戦時代は、北の方は自衛隊で対処する、北の方にはほとんど米軍がおりませんでした、西の方は米軍がいてそこで抑止をするという、こういう構造で来たわけであります。それが、冷戦構造が崩壊しまして、北での対処というのは多分ない。こういうときに、やはり西における抑止力というものは非常に重要性を逆に増してきた。周辺事態なども取りざたされているということがこれを証明しているわけであります。
 したがいまして、西での抑止はこれからますます重要になってくるということと、相手から相当離れたところにあるがゆえに、米軍があそこにいても大きなアクシデンタルなことが起こらない。冷戦時代に、北が大切だと言いながら北に米軍がいなかったのは余りにも脅威に近過ぎたわけですね。ですから、そこに米軍がいれば、北海道にいれば、相手と本当に一触即発になる可能性があるということで、北は自衛隊で守ろうと。私はそれを担当しておったわけであります。西は抑止と。
 そういうことになりますと、今回のこのガイドライン関係法案の議論で、やはり米軍の特に海兵隊、どこにでも速く展開できるあの部隊がここに前方展開するということがこれからの戦略環境でますます重要になってきたということで、沖縄の島民がかぶっている負担というのは、これからなかなか、なくなっていくということはこの戦略環境が続く限りないと思うんです。
 しかしながら、この機会に国民が、沖縄の県民が日ごろから受けている大きな負担を分かち合う気持ちを、このガイドライン法案をやることによってますます感じとるようになったのではないか。我々としては、沖縄県民の負担を少しでも軽くすること、そしてまたその苦労に報いることを考えていく必要があると思います。
○田村秀昭君 浜谷先生と志方先生に、何か負担についての御意見がございましたので、どういう負担に対してどのように重荷をほかの県はバンニングをシェアするかということについてもうちょっと具体的に、口先だけじゃなくて言っていただきたいと思います。
○参考人(浜谷英博君) やはり最大のものは基地ではないかと思います。米軍の七五%が、沖縄が日本の国土の四%ですか、そこの中にいるということは、これはもちろん歴史的な経過がありますから、好きでそこに行ったとか、日本国民みんながそこに押しやったということではないかと思いますけれども、現代ではやはりそういうことは十分、日米安保が重要だというふうに国民全体が考えるのであれば、その基地の負担についても国民全体が具体的に分散すべきではないか。要するに責任を分散すべきじゃないか。具体的には、一番大きいのは基地の問題であろうかと思います。
○参考人(志方俊之君) 基地を整理統合して縮小していくという努力はやはり続けた方がいいと思います。しかしながら、これにも限界があると思います。
 現在の戦略環境では、やはり海兵隊というのはあの位置にいて四周ににらみをきかせるということで抑止力になっているし、東アジアにおける平和と安定のために寄与している。そして、それを日本がサポートするという構造は当分変わらないとすれば、いろいろな努力をしても限界がある。そうであれば、何で報いるかという具体的なことでありますが、いろいろやっておられると思います。
 例えば、沖縄に観光客が行くように飛行機の運賃を安くしても、そうすればますます観光客だって、あそこの出身の若者はどこかのホテルで観光客と接するような職業につくとか、米軍の基地で働くとか、沖縄の青年に夢がないと思うんです。沖縄というのがアジアに開いたゲートウエーであれば、沖縄の青年がもっともっと世界の平和のために、米軍を駐留させることもやるけれども、自分たちが独自の立場で世界平和のために貢献できるような、そういう道を沖縄の青年に開かないと、優秀な沖縄の青年はみんな本土に来るかほかのところに行ってしまう。
 そういうことで、ではどうしたら沖縄の青年に夢を与えられるかというのは、やはり自分たちが平和のために役立っているという、例えば人道的救援部隊のスクールをつくるとか、世界じゅうに行って話ができるようなランゲージスクールをつくるとか、そして世界じゅうに行ってNGOをやるとか、あるいはサミットもそうですけれども、世界じゅうから沖縄にいろいろな人を呼んできて、そこで国際的なフォーラムをつくるとか、そういうことをやっていった方がいいのではないか。
 特に、例えば将来PKO等で医療支援をする場合に、我が国はほとんど風土病などの研究をしておりません。そういうような研究センターをつくって、沖縄の青年がそこで医学を学び、世界じゅうへ行って不幸な人を助けられる、こういうような夢を沖縄の青年に与えないと、私はお金だとか優遇策を幾らやってもだめだと思います。
○田村秀昭君 どうもいろいろありがとうございました。
 最後に、三先生とも皆さん、このガイドライン関連法については今のままで賛成なのか否かだけ簡単にお答えください。
○参考人(西修君) ここまで来た以上は、一番最初に言いましたように、私は通していただきたいというようなことで、細かいことはいろいろあるかもしれませんけれども、まず第一歩といったことで通していただければこのままでいいというふうに思っております。
○参考人(浜谷英博君) 私は、先ほどのプレゼンテーションを最後に申し上げましたように、いわゆる泥沼化を防止、国会が何かの関与によって泥沼化を防止できなければ国会の存在意義が疑われる。要するに、国会の存在意義が疑われるということは我々主権者としての国民の意思が疑われるということですから、ぜひ歯どめ措置としての期限つきの承認、これは言葉はどうでもいいんですが、私はそう呼んでいるんですが、期限つきの承認制というものを入れて法案を通していただきたいと考えております。
○参考人(志方俊之君) 政治に満点はないわけでありまして、やはりこれはこの法案で通していただきたいと思います。
 ただし、有事法制、集団的自衛権の問題、ルール・オブ・エンゲージメント、交戦規定、それと船舶検査、こういうものについては速やかに対処していただきたいと思います。
○田村秀昭君 どうもありがとうございました。(拍手)
○山崎力君 参議院の会の山崎と申します。三参考人にこれからお尋ねして、参考にさせていただきたいと思います。
 まず、集団的自衛権の問題、今回のガイドラインの審議の中でも陰にひなたにというか、いろいろな議論の中で出てまいりました。政府見解、ここで改めて述べませんけれども、私がどうしてもぴんとこないのは、集団的自衛権を制限的に用いているといいますか、あの概念というのは要するに中立政策をとるのかとらないのか、中立政策をとることによる国際社会に対する約束事、そういったものをやる人たち、やる国家は集団的自衛権をみずから放棄している。ところが、そうでない人たちはどこと同盟関係を結ぼうと関係ない。それが一種の集団的自衛権だろうというふうに私は思えるんです。
 集団的自衛権を憲法で否定していながら、正確に言うと持っているんだけれども使えない。だけれども、これは神学論争、法律論争、頭の中では別として、使えない権利はないと同じだというふうに解釈すべきだとすれば否定している。それでいながら、アメリカと軍事同盟条約である日米安全保障条約を結んでいる。そういったのは日本一国だけだというのはまず政府側も認めていることなんですが、そういう解釈自体が今回こういった問題の背景にあるんだろうと私思っているんですが、三参考人の御意見をまずその点についてお伺いしたいと思います。
○参考人(西修君) それは最初のプレゼンテーションのときに申し上げ、また自民党の亀井先生だったでしょうか、御質問にも申し上げた。一番最後だったものですから余り申し上げることができませんでしたけれども、やはりこれまでの政府答弁の一番ネックになるのがこの集団的自衛権の問題だろうと思います。集団的自衛権の問題を克服すればいろんなことといいますか、少なくともそういう御疑念のような問題点というものはなくなるんじゃないか。
 そこで、また繰り返しになるかもしれませんが、私自身の考え方といたしましては、国連憲章五十一条に個別的自衛権も集団的自衛権も固有の権利として加盟国に認められているわけであります。ですから、少なくとも国連憲章においては個別的自衛権も集団的自衛権も同じようなこととしてそれぞれの国の固有の権利として認められているわけです。
 ですから、私はそういう自衛権をどうやって行使するか、それは一つには個別的にもあるでしょう、また集団的にもあるでしょう。少なくとも両方とも固有の権利として認めているんだということが国連憲章の趣旨であります。そして、我が国も国連憲章を受諾して国連の中に入っているわけです。憲法九十八条には、日本国が締結した条約とか確立された国際法規を誠実に遵守することを必要とするということが九十八条二項にもあるわけです。
 ですから、私は結論から申し上げますと、集団的自衛権は解釈上は可能である。ただ、だからといって何でもできるわけではない。それをどうやって行使するか、これはまさにこういう国会の場とかあるいは政治の場、政策の場で大いにもんで、そして集団的自衛権の問題をもっともっと論じていく必要があるんじゃないかというのが私の立場でございます。
○参考人(浜谷英博君) 憲法の解釈については委員御存じだと思いますからそのままで、先ほど私がプレゼンテーションの中で申しましたのはいわゆる法案の変質であります。限りなく自衛権の行使の問題に近づいたのじゃないかというふうに申し上げました。
 集団的自衛権というのは、御承知のように、これは国連憲章の五十一条の中で初めて使われた言葉であります。もともとこれは自衛権であります。としますと、私の感覚からいいますと、自衛権というのはいわゆる集団であろうが個別であろうが、これは国家を守る、国民を守るという、そういうものに対して発動できるいわゆる国際法上の権利であります。
 そうすると、例えばこれは想定でございますが、個別的自衛権だけでは対応できないときに集団的自衛権を使おうとしたら、それは憲法でできない、ゆえに国家は滅びてしまったということであるならば、これは自衛権の名前に値しないわけであります。
 そういうことからすれば、まさに自衛権は国家の属性でありまして、もし個別、集団ということに分けて使うことが有益だとすれば、それはまさに国益に合致している、その方が国益に合致しているという前提がなければいけないというふうに思います。
○参考人(志方俊之君) 私は、個人的には、集団的自衛権は持っていて、かつ行使しても構わないというような解釈をとるべきだと思います。しかしながら、現況で集団的自衛権をトータルで使うというのはやはり知恵のないことだと思います。
 したがいまして、先ほどから何回も申し上げましたように、この集団的自衛権の幅のうち、この部分とこの部分は憲法に違反しないんだということをちゃんと政治が明確にすべきだと思います。今までの解釈は、何か自動参戦装置あるいは自動巻き込まれ装置になるかもしれないからもう全部やめておこう、頭の中に腫瘍ができたから首から上を切っておけばいいという、このようなことは政治ではあるまじきことだと思います。
 オール・オア・ナッシングというのを決めるなら政治家は要りません。政治というのはオールかナッシングの間のどこで国民の意見を調和させるかということが皆様の義務であります。それをやっていただきたいと思います。
○山崎力君 そういった意味での集団的自衛権の問題が、政府解釈の中でそれぞれのところがいろいろ問題点を抱えて今回の各法案を審議しているわけでございますけれども、その点と同時に私が一番やっぱり違和感を感じているのは、三参考人とも、直ちにある意味では国内法的な日本独自の非常事態法なり安全保障基本法なり、有事立法という言葉がなければそっちの方をつくるべきだとおっしゃっているんですが、私の立場からすればそっちが先でこっちが後だよと。そうじゃないと法律上のつじつまが合わない。
 前のところでも言ったんですが、周辺事態で米艦に物資を輸送しているときに日本有事になったら、その決まりがないから法的根拠がなくなってしまう、厳格に解するとやめなきゃいかぬということになるわけです。逆に言えば、法律的に言えば、いわゆる周辺事態法から類推解釈させて日本有事のときにもこういうことをさせようじゃないかという感覚にしか見えない。これは立法作業からすると本当に禁じ手といいますか、国民の理解を得られないんじゃないかと。むしろ先に、これをやる前に基本的な非常事態法体系をつくるべきだというのが私の個人的な考え方なんです。
   〔理事竹山裕君退席、委員長着席〕
 その辺について三参考人にお聞かせ願いたいのでありますが、特に志方参考人には自衛隊におられた経験があって、現実の日本有事のときに自衛隊が超法規的でなく本当に日本の国防を担えるのかという点を踏まえて、志方参考人にお答え願えればと思います。
○参考人(志方俊之君) 先生の御指摘のとおり、私のレジュメのここのところにありますように、この階段は下から上るべきものであります。そういう意味では、やはり安全保障基本法というようなものの整備が重要かと思います。その上にいろいろなものができるのであります。
 教育とか防衛というのは国家の基本的なことであって、教育基本法がありながらなぜ安全保障基本法がないのかというのを自衛隊員は不思議に思っております。そういうものが全然ありませんから、第一線の兵隊がいつも憲法に違反するかなんということを考えています。自衛隊法も任務が決まっているだけで細かいことは決まっていないわけですね。ですから、常に憲法を見ながらやっているという、そういう兵隊は世の中にいません。こういうことはやれ、こういうことはやるなというのを政治が決めていただく以外にありません。
 そういう意味で、下から順番に上がっていただきたいということなんですが、この自分の国を自分の国の兵力が守らないというのが一番下の方にあることに問題があると思うんですね。アメリカの兵隊が日本の国のために命をささげてくれるとでも思っておるのでしょうか。日本とアメリカの国益がこの地域でオーバーラップしているから、アメリカの兵隊はアメリカの国益のために命をかけ、自衛隊員は日本の国のために命をかける、その結果がオーバーラップしているから国益が一緒で同盟関係というのは成り立っているわけであります。
 日本の青年がアメリカの国益のためだけに死のうなんとはだれも思いません。それを私は学生に聞いてみました。先生も六十三になって頭が少しおかしくなったんじゃないか、だれが私たちがアメリカの国益のために死のうと思いますかと言うんですね。日本の国益のためにも死のうとは思わぬ、こう言うわけです。だったら、アメリカの青年が日本のために死んでくれるとでも思うかと言うと、ああ本当だと。じゃ、だれが守ったらいいのかと言うと、五、六分考えて、いや私たちしかありませんと。そんなことを大学で教育するようなほど日本の教育というのはもう崩壊しております。
○山崎力君 どうもありがとうございました。(拍手)
○島袋宗康君 二院クラブ・自由連合の島袋宗康といいます。
 本日は長時間にわたって貴重な御意見を賜って、非常に参考になっております。ありがとうございます。
 お三方にちょっとお聞きしたいんですけれども、もうこれは時間がないので単刀直入に申し上げますと、日本国の憲法九条についてお三方はどういう御見解を持っておられるか、拝聴したいと思います。
○参考人(西修君) これはいろんな側面から申し上げなきゃいけないと思うんですね。要するに、自衛隊が憲法九条に違反しているか、あるいは日米安保が憲法九条に違反しているかというようなこともあろうかと思いますけれども、端的に言ってこの周辺事態法、これが憲法九条に違反しているかということに絞るとすれば、これは一番最初の私のプレゼンテーションで申し上げたわけですけれども、ちょっと違った面から御説明したいと思うんです。
 今の憲法は、ごらんになっていただければわかるように、むしろ全体的に否定的な文章になっております。「日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。」、まず放棄するということになっています。第二項では、「前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。」となっております。そして、「国の交戦権は、これを認めない。」となっております。全部否定形であります。否定形であれば、何が否定されているのかということをはっきりさせれば、それ以外のことはまさに政治の分野で判断すべきである、解釈上は何が否定されているかとはっきりさせるのが私は解釈上の限界だと思っております。
 そこで、これはプレゼンテーションで申し上げましたけれども、国際紛争を解決する手段としての戦争とか武力による威嚇または武力の行使は永久にこれを放棄するというのは、これはまさに一九二八年の不戦条約と同じであります。そこにおいては、侵略戦争とか国際法上違法な戦争、これはだめなんだ、これははっきりしているわけであります。では自衛のためにどうか、これはまさに政治の分野であります。
 それから、「前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。」ということでありますけれども、では一体どういうために保持しないのか。これはまた憲法の学会がいろいろありますけれども、私は芦田修正というものをそこで利用するわけでありますけれども、要するに前項の目的というのは侵略とかそういったもののために陸海空軍その他の戦力を持たないんだ、すなわち自衛のための陸海空軍その他の戦力、これは別に禁止されていないんだ、こういう立場であります。
 そして、国の交戦権、これは第三項であるわけじゃありませんから、そこまで全体的に自衛権というものが認められているということになれば、国の交戦権というものは絶対的な意味の法規ではない、そういうようなことで、九条の解釈とすれば、要するに自衛のための措置、こういったものは憲法上別に禁じられているわけではないんだということでございます。
 ほかにも発展していきますとちょっと時間がかかりますので、その点だけ申し上げておきたいと思います。
○参考人(浜谷英博君) この問題ではもうほとんど一年間を通じてこの問題をテーマにしてずっとやるぐらいの講義になりますので、ここで二分ぐらいで説明せよと言われても私の能力では到底無理でございます。
 ただ、一点だけ挙げておきます。
 それは先ほどちょっと申し上げましたいわゆる国家の属性としての自衛権という問題であります。国家の属性、すなわち国として当然に持っている権利としての自衛権、これが憲法九条で否定されているとは到底思えません。というのは、国家というのはその存立基盤もしくは存立理由、まさにレゾンデートルとしてこれは国民の生命、財産を守るということは最大の任務だからであります。
 そうすると、いわゆる自衛権が九条で否定されていないということになれば、それは平時にどういう手段で何を守り、非常時にどういう手段で何を守るかということは、当然政治が法律をつくってそしてそれを規制していくことでありまして、そういう立場からしますと、その手段をまさに今議論しているということだろうと思います。
 したがって、憲法九条とこの法案とを関連づけますと、その点だけは間違いなく言えるということでございます。
○参考人(志方俊之君) 私も、基本的には前お二方の意見とほぼ一緒であります。
 ただ、私は自衛隊におりましたことから考えますと、今の陸海空自衛隊というのはアジア太平洋地域において恐らく米軍に次ぐ最大の防衛力であります。非常にソフィスティケートで、それを操る隊員も非常に優秀で、しかもシビリアンコントロールをされて、極めて私は立派な防衛力ができていると思います。
 しかしながら、あの条文を学生に見せて自衛隊の実態を見せると、この条文であのすばらしい自衛隊ができるということは、アジアの人はどう思うだろう。私も何回もアジアにシンポジウムなどで行きますと、陸上自衛隊というのは陸軍ではありませんか、いや、陸軍ではありません。どこが違うんですかと言われても、私の英語が下手なこともありますが、なかなか説明できません。
 私も三十五年間自衛隊におりましたけれども、何となくこれは軍隊ではないかなとずっと思っておりました。皆様も薄々感じていると思うのでありますが、やはりそういう疑義のあるものは、皆様が憲法調査会なり何かをつくっていただいて、階段の一番下でありますから、ここがぐらついていれば話にもなりません。自分の国は自分で守るということをちゃんと書いていただきたいし、日本国憲法の前文に「公正と信義に信頼して、」と書いてあります。信頼できない相手が出たときはどうするんだということがこの憲法には書いてないわけでありますから、そういうことがわかるようにしていただきたい。
 特に九条に限定しますと、我が国はかくかくしかじか、自分の国の利益のためというんですか、領域を警備するため、主権のために我が国は自衛権を発動するぞ、そのための軍隊は持つと書いていただいた方がもっと兵隊にもわかると思うんです。そして、しかしながらこの自衛隊、軍隊は絶対に日本の領域からは出ないんだ、国益を追求するために出ないんだ、ただし国際機関からの要請に基づいて最小限の武器を持って出ることはこれは別である、そういうことを明確に書いておけば義務教育を終えた人間なら全部わかるんですが、今は憲法学者が幾ら考えてもわからないというわけですから、これが市民にわかるはずはありません。
 しっかりした憲法を私たちにください。精神は結構です。平和をみんな愛しております。しかし、読んでもわからない憲法はそれ自体に欠陥があります。
○島袋宗康君 日米安保条約の極東条項と今回の周辺事態法案のいわゆる周辺事態の生起し得る地理的範囲との関係、その辺についてお考えがありましたら御説明願いたいと思います。御三方にお願いします。
○参考人(西修君) 一つは、日米安保条約を受けているわけですから、日米安保条約の極東条項、これは当然入ってくると思うんです。
 それ以外はどうかということになりますと、先ほどから両参考人が申し上げたように、やはりちょっと抽象的な色彩は否めないというように思います。ですから、これは私は別に政府委員でも何でもないんですけれども、それはどうしても、一体どこがどうかということを申し上げることは、私もちょっとよくわかりません。
 ただ、この法律そのものによりまして、「そのまま放置すれば我が国に対する直接の武力攻撃に至るおそれのある事態等我が国周辺の地域における我が国の平和及び安全に重要な影響を与える事態」、要するに要件は「我が国」、「等」は例示事項ですから一応外してもいいと思うんです。その基本のところは、「我が国周辺の地域における我が国の平和及び安全に重要な影響を与える」、それが例えば地球の裏側までは行かないだろうということで、朝鮮半島はまず間違いないだろうし、それから台湾海峡はどうなのか。いろいろ問題があると思いますけれども、やはり私は、後ろの方に書いてありますけれども、日米安保条約ということがあるわけですから、私自身としましては基本的には極東からそんなに離れないんじゃないか、そしてその中での我が国の平和及び安全に重要な影響を与える事態というようなところに着目して考えたいということしかちょっと申し上げることができませんけれども。
○参考人(浜谷英博君) これも先ほどから申し上げていることの繰り返しになるかもしれませんが、いわゆるこの法案自体が、日米安保条約の実効性を確保することと平時における日米同盟の信頼性を向上させるということに寄与するというのがまさにこの法案の目途だったわけでありまして、そういうことからしますと、当然地域的な歯どめというのも、いわゆる安保条約の折の極東及びその周辺というところにおのずと定まってくるわけであります。
 ただ、先ほどから申し上げておりますとおり、じゃ、漠然としたその周辺からちょっと離れたところで起こったときはどうすると言われますと、そこはもう行けませんというようなことはなかなか言いにくいので、したがって起こった事態によると。したがって、例えば逆に考えますと、いわゆる極東及びその周辺と言われている地域の中であっても、日本の安全と平和に例えば余り影響がなければ、これは当然発動されないこともあり得るということは想定できるわけであります。
 いずれにしろ、アメリカとの間の平時における信頼性確保というのが最大のこの法案の目的でありましょうから、実はこれは有事ではなくて平時に一番効果的な法案ではないかというような感じすらしております。
○参考人(志方俊之君) 周辺事態の定義を変える必要はないと思います。やはり地域を法律で限定するというのはおかしいと思います。日本の国益というのは世界じゅうにあるわけでありまして、そこを全部自衛力でやるかというと、それはできません。それは国際機関によるものもあるし、日米で協力してやるものもあるし、いろいろそこは政策の問題であって、基本と戦略を変えなければ、政策はその都度その都度の状況で政治が選択することであります。そういう選択をすることに自信がなければ決める必要があります。
○島袋宗康君 時間ですので終わります。
 ありがとうございました。
○委員長(井上吉夫君) 以上をもちまして参考人に対する質疑は終了いたしました。
 参考人の方々に一言お礼のごあいさつを申し上げます。
 本日は、長時間にわたり大変貴重な御意見をお述べいただきまして、まことにありがとうございました。委員会を代表いたしまして厚くお礼申し上げます。(拍手)
 本日はこれにて散会いたします。
   午後四時八分散会