第150回国会 国民福祉委員会 第5号
平成十二年十一月二十一日(火曜日)
   午前十時開会
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  出席者は左のとおり。
    委員長         中島 眞人君
    理 事
                亀谷 博昭君
                田浦  直君
                柳田  稔君
                沢 たまき君
                小池  晃君
    委 員
                入澤  肇君
                尾辻 秀久君
                大島 慶久君
                狩野  安君
                武見 敬三君
                南野知惠子君
                今井  澄君
                小宮山洋子君
                堀  利和君
                松崎 俊久君
                山本  保君
                井上 美代君
                清水 澄子君
                西川きよし君
   事務局側
       常任委員会専門
       員        大貫 延朗君
   参考人
       日本医師会副会
       長        糸氏 英吉君
       健康保険組合連
       合会常務理事   対馬 忠明君
       日本労働組合総
       連合会総合政策
       局生活福祉局次
       長        花井 圭子君
       立命館大学産業
       社会学部客員教
       授        篠崎 次男君
       社団法人全日本
       病院協会(四病
       院団体協議会所
       属)副会長
       医療法人恵和会
       理事長      西澤 寛俊君
       医事評論家    水野  肇君
       九州大学大学院
       医療システム学
       分野教授     信友 浩一君
       有料老人ホーム
       「グリーン東京
       」社長      滝上宗次郎君
       特定医療法人健
       康会理事長
       地域医療研究会
       代表世話人    三上 勝利君
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  本日の会議に付した案件
○健康保険法等の一部を改正する法律案(内閣提
 出、衆議院送付)
○医療法等の一部を改正する法律案(内閣提出、
 衆議院送付)

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○委員長(中島眞人君) ただいまから国民福祉委員会を開会いたします。
 健康保険法等の一部を改正する法律案及び医療法等の一部を改正する法律案を一括して議題といたします。
 本日は、両案について参考人の方々から意見を聴取することといたしております。
 午前は、主に健康保険法等の一部を改正する法律案について四名の参考人の方々に御出席いただいております。
 参考人の方々を御紹介いたします。
 日本医師会副会長糸氏英吉君、健康保険組合連合会常務理事対馬忠明君、日本労働組合総連合会総合政策局生活福祉局次長花井圭子さん、立命館大学産業社会学部客員教授篠崎次男君、以上の方々でございます。
 この際、参考人の方々に一言ごあいさつを申し上げます。
 本日は、御多忙中のところ、当委員会に御出席をいただき、まことにありがとうございます。
 参考人の皆様には忌憚のない御意見をお述べいただきまして、両案の審査の参考にさせていただきたいと存じますので、よろしくお願い申し上げます。
 次に、議事の進め方でございますが、まず参考人の皆様からお一人十五分で順次御意見をお述べいただき、その後、委員からの質疑にお答えいただきたいと存じます。
 なお、意見の陳述、委員の質疑及び参考人の答弁とも発言は着席のままで結構でございます。
 それでは、まず糸氏参考人から御意見をお述べいただきます。糸氏参考人。
○参考人(糸氏英吉君) 糸氏でございます。
 今度の改正につきまして、健康保険法に関連して御意見を申し上げたいと思います。
 医療は、日本国憲法が保障する国民の生存権、健康権を守る上で必要不可欠なものであり、また社会保障の基本となっているものであります。財政など目先の対応に追われることなく、国家の理念を反映させ、国の将来像を描くという姿勢で臨むべき課題であると、かように考えております。
 さて、戦後半世紀以上を経た今日、世界のどの国も経験したことのない少子高齢社会に突入し、我が国の医療システムが大きな転換期を迎えているということも事実であります。昨今、医療制度の抜本改革に向けてさまざまな議論が行われていますが、二十一世紀の我が国の医療にとって必要かつ不可欠な原則を述べてみたいと思います。
 その一つは、医療へのアクセスのよさを今後とも確保しなければならないということであります。我が国を世界一の長寿国に達成させた原動力の一つが一枚の保険証であります。いつでも、どこでも、だれもが良質な医療を受けられるこのシステムが大切であります。このシステムを守っていくには、まず健康保険法において、国民皆保険体制と現物給付制度が堅持されねばなりません。また、医療法においては、十分な提供体制を確保し、国民が安心して医療を享受できる環境をより整備していくことが必要であります。
 いま一つは、超高齢社会においても持続可能な保険制度と提供体制を早急に構築しなければならないということであります。したがって、老人保健制度においては、従来の拠出金を主体とした老人医療の運営から脱却し、高齢者医療の特性を考慮した独立した高齢者医療制度を構築していかなければならないということであります。そのためには、財源負担のあり方、診療報酬のあり方など、一般医療とは別のものを考えていく必要があると考えます。医療法においては、高齢化に伴う対応として長期療養者に適した病床の確保と在宅医療の整備、これらに伴うマンパワーの充足などを早急に図らねばなりません。
 さて、医療保険制度改革に対する私どもの考え方を申し上げたいと思います。
 本年八月、日本医師会は、二〇一五年医療のグランドデザインを発表し、抜本改革に対する考え方を具体的に提案しております。その中で核となるのが高齢者医療制度の創設であります。これを中心に診療報酬改革などの抜本改革を進めるべきと考えております。
 高齢者医療制度のポイントは、すべての七十五歳以上の後期高齢者を対象とすることにより、慢性疾患とみとりが主体となるこの世代への医療提供のあり方を治療中心から介護中心へと移行させます。そして、医療度や痴呆度を加味した合理的な診療報酬包括払い方式を開発します。あわせて、高齢者の尊厳と家族の合意形成を図りながら、終末期医療のあり方の改善を図ることによって、高齢者に対する医療費の出血を医療担当者みずからの手でとめるというものであります。
 後期高齢者は健康に対するリスクが極めて高いことから、制度の基本理念を保険から保障へと移行させ、一般医療保険からの老人保健拠出金制度を徐々に廃止し、公費を重点的に投入することを提案しております。あわせて、後期高齢者みずからが保険料を支払うことによって、高齢者の独立と制度への参加意識を促すという考え方であります。
 一般医療保険制度は、原則として、保険料と自己負担によってのみ保険原理で運営し、予防医療の充実や高度医療の普及などを図ることによって疾病の発症や重症化を回避しようという考えであります。
 制度の創設とあわせて、現場の対応として切り離すことのできない医療と介護を、高齢者、一般、それぞれの保険制度の中で吸収していくという考え方も提案しております。
 次に、一部負担金の見直しについて述べます。
 過去の健康保険法の改正というのは、改革の名をかりた患者負担増の歴史であったと言っても過言ではありません。日本医師会は、医療費の財源負担構成において、負担の主体を明確にするために、公費、事業主、家計という区分で介護保険を含めた費用負担構成を検証し、見直しを進めています。その結果を見ますと、二〇〇〇年で公費が三二%、事業主が二二%、家計が何と四六%という結果になっております。すなわち、家計負担が事業主負担の倍以上となっていることがわかります。
 経済不況が続く中、企業経営が苦しいということもよく理解できますが、だからといって国民の財布にこれ以上の負担をかけるべきではないと思います。将来的な負担構成のあり方については時間をかけて議論すべき課題であると思いますが、少なくとも現行制度下でこれ以上の患者負担増は回避すべきと考えています。
 今回の改正の中で、平成九年に導入されたいわゆる薬剤二重負担が老人については正式に廃止されることは、我々のかねてからの要望であり、評価できると考えております。この薬剤二重負担の導入自体が根拠が極めて希薄なまま実施されたことを考えても、廃止は当然であります。
 薬剤二重負担とあわせて、患者負担が一割から二割に引き上げられた被用者保険本人は、制度改正後二年を経過した今でも、いまだに受診抑制が続くという極めて憂慮すべき事態となっております。とりわけ、現役世代の入院にまで及ぶ受診抑制は、この世代の将来の健康に大きな影響を及ぼすことが危惧されます。このことは、予防し得た疾病の発症あるいは重症化となってあらわれ、将来、医療費としても多大な影響としてはね返ってくるおそれがあります。
 御承知のとおり、一般医療保険については薬剤二重負担制度が今も存続しております。ただいま述べました理由から、これも速やかに廃止すべきものと考えております。
 次に、老人定率負担の導入についてであります。
 高齢者の負担のあり方については慎重な議論が必要と考えております。同じ高齢者といっても、年齢階級、世帯構成等によって支払い能力に大きな格差があると考えるのが妥当であると思います。政府審議会等では、高齢者世帯の所得や預貯金の平均額を引用して支払い能力があると判断する傾向があります。しかし、その根拠となるデータは、ほとんどが六十五歳以上あるいは七十歳以上という区分で論じられており、より高い年齢階級の経済実態が明らかにされておりません。
 今回の改正案においては、一般世代とは別の独自の上限額設定により実質的な著しい負担増に一定の歯どめがかかっていること、また、一部ではありますが定額と定率の選択制が残されたことがぎりぎりの線だと考えております。
 いずれにしても、抜本改革案を模索する中で、高齢者にとって適切な相応の負担というものについて、もっと突っ込んだ議論が行われる必要があると痛切に感じております。
 次に、高額療養費の見直しについてでありますが、さきに述べましたとおり、働く世代の受診抑制は過去の患者負担増の場合とは異なる傾向を見せております。すなわち、平成九年の施行から二年以上経過した平成十一年度末現在でも、受診がもとに戻ってこないということです。この傾向が長く続けば続くほど、将来への影響はさまざまな形で大きくリバウンドしてくることになります。今回の高額療養費の見直しによる自己負担限度額の引き上げは、所得が一定以上の者に対する適用であるとしても、現役世代にさらなる心理的プレッシャーを与えることになるのではないかと、かように心配しております。
 最後に、介護保険についてでありますが、紆余曲折を経て、ようやく本年四月、スタートいたしました。要介護認定のあり方、利用者負担徴収を含めた市町村によるサービス格差、関係者間の連携、当初の財源負担構成が実現できていないこと等、制度発足時の混乱だけでは済まない根源的な課題も指摘されております。
 保険者である市町村は、規模が小さいだけにきめ細かな配慮ができる反面、政策的な影響を強く受けやすいという一面を持っております。利用者が不公平感を抱かずに安心してサービスを受けられるよう、全体的な環境整備がまだまだ必要だというのが実感であります。
 特に、サービス提供側の課題として挙げられるのが、営利法人の事業参入を認めたことの影響であります。一部の営利法人は、莫大な広告費をかけて大々的な宣伝を行ったにもかかわらず、利用者の確保がままならず、制度発足からわずか半年で既に事業撤退、あるいは大幅な人員削減を初めとする事業縮小を決定しています。
 このような企業行動は、新たな社会保障として位置づけられる介護保険のサービス提供に著しい影響を与えることになります。その影響は、結果的に介護を受ける利用者の不利益につながるものであります。介護も、医療と同様、国民の健康、生活に直結した極めて公共的な使命が強い事業であります。これに取り組む者には営利追求とは別の倫理観が求められることは言うまでもありません。
 規制緩和の流れの中で、医療の分野でも営利法人の参入が議論されておりますけれども、介護保険の動向を一つの試金石ととらえ、さらに今後慎重に考える必要があると、かように私どもは思っております。
 以上で終わります。
○委員長(中島眞人君) ありがとうございました。
 次に、対馬参考人にお願いいたします。対馬参考人。
○参考人(対馬忠明君) 新日鉄健康保険組合理事長代理の対馬でございます。
 本日は、現場運営に携わる者としての意見を含めまして、健保連の意見を申し上げる機会を与えていただきましたことに対し、まず最初に厚く御礼を申し上げたいと思います。
 健保法の改正案についてでございますけれども、現状を打開して一歩前に踏み出して、さらなる抜本改革にぜひつなげていただきたいという強い思いから、賛成の立場で意見を述べさせていただきます。
 改正案の内容について意見を申し上げる前に、私どもの置かれた状況を、御案内とは思いますけれども、より御理解いただくために、まず健保財政がいかに待ったなしの状況に置かれているか、触れさせていただきたいと思います。
 私は三年前、九年の健康保険法一部改正、自己負担を一割から二割に改正するなどの内容が含まれていたわけですけれども、この場で意見陳述をする機会がございました。その当時と現在を対比してみますと、財政危機が一段と深刻化し、まさに待ったなしにあることが一目瞭然だろうというふうに思います。
 恐縮でございますけれども、資料ナンバー1、決算見込みの概要をごらんいただきたいというふうに思います。
 この資料の六ページ目、一番最後のページでございますけれども、経常収支の推移が掲載されております。平成六年七年八年、八年は千九百七十六億円という高額の赤字でございました。九年十年、これは法改正の影響で一時小康状態となったわけですけれども、十一年度は二千三十三億円という巨額の赤字になったわけでございます。さらに足元の平成十二年度、これは予算でございますけれども、マイナス三千三百億円ということでございます。これではとても健康保険組合とは言えません。不健康組合でございます。
 この財政悪化の原因は、経済の低迷などによります保険料収入の伸び悩みなどもありますけれども、その主因とも言うべきものは、ふえ続ける老人医療費などを賄うための老健拠出金など、拠出金の大幅な増加であります。
 一ページ目でございますけれども、ここの2に老健拠出金について記載がございますけれども、ちょっと小さい字になりますが、そのすぐ下に二千七十八億円という数字がございます。前年度から二千七十八億円増加したと。これがすなわちその上の決算見込み額二千三十三億円の赤字にそっくりそのままなったと言うことができるわけであります。
 保険料収入と拠出金の関係で見てみたいと思いますけれども、これは五ページ目になりますが、二段目と三段目に拠出金と、そのうちの老人保健拠出金についての欄がございますけれども、この欄をたどっていって一番右側に平成十一年の見込みがございます。拠出金全体としては四〇・三〇、つまり初めて四割を超えたわけでございます。老人保健拠出金でございますけれども、三二・九二%、初めて三割を超えたわけでございます。
 保険料収入の四割を超える金額が私ども組合の手の届かないところで決まり、召し上げられるのでは、責任ある自主的な運営はなし得ません。しかも、これは平均値でございますから、組合によっては五割にも六割にもなるものであります。かつて、江戸時代の農民の過酷さをあらわすものとして、四公六民、五公五民という年貢割合がありましたが、それ以上の五割も六割も拠出させられる、召し上げられるというのでは、苛斂誅求と言うほかはございません。
 ここ数年、毎年二けたに上る組合が解散などにより減少している中で、十三年度も引き続き悪化することが見込まれておりまして、予算が組めないという悲鳴を上げている組合も数多くございます。
 なお、組合には積立金が多くあり、あたかも黒字であるかのような意見がありますが、それは誤解であります。積立金のうち三カ月分は解散の場合のいわゆる未払いの引当金として積み立てることが義務づけられておりまして、十一年度の決算では約二百の組合がその準備金しかない状況でございまして、とても余裕があるものとは言えません。
 こうした後のない状況の中で今回の改正案を迎えたわけですが、賛成の理由を三点に絞って申し述べたいと思います。
 一点目は、老人医療費の一割定率負担が、十全な形ではありませんが、織り込まれていることであります。先ほど拠出金などの過大な負担が財政悪化を招いていると申し上げましたが、定率一割負担は、老人医療費、ひいては拠出金の抑制に寄与するものであります。
 定率化ということは、どういう診療行為にどのぐらいかかったか、トータルで幾らなのか、自分の窓口負担は一割だからこうだというように、患者にとって診療内容とその費用が明確となり、透明化される、またそのことによってコスト意識の一層の喚起、向上も期待できることになります。若人を定率として、老人のみ定額とする根拠はないはずでございます。国民ひとしく定率負担とすることによって、自助、共助、公助の望ましいあり方、老人と若人との負担の公平性、健康な老人と病弱な老人との公平性などを議論する共通の基盤もできましょう。また、介護保険との関係でも、定率一割負担によって初めて整合がとれることにもなります。健保連として長年にわたって定率負担を強く主張してきたことも、こうしたゆえんからにほかなりません。
 複雑でもあり、また一部定額が残っていることなど、問題点を含んでいることは認識しておりますけれども、医療保険制度、とりわけ老人保健制度についての大きな前進であり、抜本改革につながる第一歩として高く評価したいと思います。
 二点目は、保険料率上限の見直しが含まれていることであります。
 新日鉄健保のケースで、現状がいかに変則的な状況に置かれているか、財政にも重荷になっているか、御説明したいと思います。
 私どもの組合は、医療保険の料率が八・九%、千分の八十九でございます。介護保険に必要な料率は〇・九%、千分の九、双方を足し合わせますと九・八%となりまして、九・五%の法定上限を〇・三%上回ることになります。したがいまして、現在、〇・九から〇・三を引いた〇・六%しか徴収できず、不足する〇・三%相当分はやむを得ず納付猶予申請をしてしのいでいる状況であります。
 この納付猶予申請分、つまり徴収不足分ですけれども、一月当たり四千五百万円、一月の法改正を前提にしましても、今年度で二億七千万円にも上ります。私どもは、組合の機関決定で〇・九%徴収して納付することを決めているのであります。にもかかわらず、法定上限があるがゆえに、毎月四千五百万円もの不足分がかさんでいきます。組合運営を預かる立場として実に耐えがたいものがございます。
 私どものように、本来必要な介護保険料を徴収できず、納付猶予申請をしたり積立金などを取り崩して対応している組合は実に四割にも上ります。この問題は、本来、介護保険導入時の四月に解決が図られるべきものでしたが、七月に対応するとされ、さらに来年の一月からと先延ばしされているものであります。制度の中に組み込まれる上限、下限は本来例外チェックとして機能させるはずのものです。
 介護保険創設時に料率上限について議論がなされた経緯は承知していますが、現実に四割もの組合が抵触している上限などというものは、上限の名に値しないのではないでしょうか。まして、その上限は、医療保険財政が厳しいほど、つまり料率が高いほど当該組合を苦しめ、運営に携わる者を呻吟させているのであれば、なおさらのことではないでしょうか。変則的な運営を強いられ、財政にも悪影響を及ぼす保険料率上限をぜひ見直していただきたいと思います。
 三点目は、抜本改革をできるだけ速やかに推進したいとの視点でございます。
 本来、十二年度は抜本改革を実現し、粛々と実施しているはずの年でありました。遺憾ながら実施は二年先送りとなりました。この改正法案には、老人の一割定率負担など、抜本改革の足がかりとなる内容を一部含んでおりますが、もとより抜本改革とはほど遠いものであります。
 少子高齢化、経済成長の低迷など、社会経済環境の構造的かつ急激な変化は、これまでの延長線上ではとても対応できるものではありません。新たな高齢者医療保険制度の創設、定額払いを基本とする合理的な診療報酬体系の構築、合理的な薬価設定と薬剤使用の適正化、患者中心の医療提供体制の確立など、抜本改革の各項目は、そのいずれをとってもすぐに答えが見つかり実行に移せるほど簡単なものではありません。とりわけ、最も重要な高齢者医療保険制度の創設は、関係者間の意見が対立し、方向性すら見えてこないのが現状であります。
 このような状況のもとでは、目の前の法改正を初め、抜本改革議論のための基盤づくりとなるもの、環境を整えるもの、これは速やかにすべて行う、そのことによって、後顧の憂いなく、一日も早く全力を挙げて抜本改革の具体的検討に取りかかる必要があるのではないでしょうか。ラストチャンスである十四年度改革まで、残された時間は一年数カ月しかありません。これを逃すことは、健保組合を初めとする医療保険制度の崩壊につながります。健保連としても、関係団体との意見の対立点を強調するのではなく、共通点、接点を見出す努力を重ねていくつもりでございます。
 国民生活に最もかかわりの深い社会保障、医療保障については、政治の場においても、例えば超党派的対応ということも含めて、ぜひ早急な改革議論をお願い申し上げる次第でございます。
 千八百の全組合がかたずをのんでこの法案の審議を見守り、また成立を切望しております。この法改正にあわせて、十三年度の政府の予算措置等も講じていただきまして、今以上の財政悪化に何としても歯どめをかけ、十四年度の抜本改革の実現につなげてまいりたいということでございます。
 日夜にわたる御努力に重ねてのお願いで恐縮ですが、十分審議を尽くされた上での法案の速やかなる可決、成立を心からお願いして、陳述を終わります。
 どうもありがとうございました。
○委員長(中島眞人君) ありがとうございました。
 次に、花井参考人にお願いいたします。花井参考人。
○参考人(花井圭子君) おはようございます。日本労働組合総連合会生活福祉局の花井でございます。
 健康保険法等の一部を改正する法律案に対する意見を述べたいと思います。
 まず、医療・医療保険制度の抜本改革についてです。
 健康保険制度は、かつて三K赤字の一つに数えられたように、赤字を生み出す構造的欠陥が指摘されながら、政府は抜本的な制度改革を先送りしてきました。そのため、膨張する医療費を被保険者、患者の負担で埋め合わせるという悪循環を繰り返してきました。この悪循環を断ち切ることは、高齢化の進展と老人医療費の膨張からいよいよ重大な課題となっており、五年前から関係審議会で議論が重ねられてきました。
 九七年九月の健康保険法等改正で、被保険者、患者の負担が大幅に引き上げられました。このときの国会でも、医療・医療保険制度の抜本改革を求める意見が全政党から出されました。当時の与党三党、自民、社民、新党さきがけは、法施行に先立つ八月二十九日に、「二十一世紀の国民医療―良質な医療と皆保険制度確保への指針」という改革プログラムを公表し、抜本改革の実施は平成十二年度を目途とするが、可能なものからできる限り速やかに実施することを明らかにしました。当時の与党三党は、二〇〇〇年度抜本改革を国民に公約したのです。また、同年秋の介護保険法制定時に、政府は介護保険法施行の二〇〇〇年度に抜本改革を行うことを明言いたしました。さらに、翌九八年の通常国会では、国保法等の一部改正審議で、抜本改革を二〇〇〇年度に行う旨の附則修正が行われました。
 以上のように、抜本改革二〇〇〇年度実施は政府の公約であり、国会の意思でもあったはずです。しかし、それ以降、これらの公約すべてがほごにされてきました。そして今回、またもや改革なき負担増を行おうとしています。私たちはこれまで政府に三回も約束を破られたと思っています。抜本改革を先送りして負担増を中心とした今回の改正は、到底容認できるものではありません。大幅な法案修正を求めます。
 以上を前提としまして、以下四点について意見を述べさせていただきます。
 まず第一は、七十歳以上のお年寄りに薬剤一部負担を廃止し定率一割負担を求める、老人に係る外来の一部負担金の見直しについてです。
 現在の老人保健制度は根本的に行き詰まっており、それにかわる新たな制度が必要なことは各方面から指摘されています。しかし、今回の改正案にはそうした積極的な改革内容は全く見当たりません。薬剤一部負担は一九九七年に導入され、薬剤数の減少など、一定の効果があらわれていたにもかかわらず、みずから決めた制度を二年もたたないうちに老人のみ実質的に廃止することは、廃止に至る不透明な経過も含めて全く納得することができません。
 そして、今回の改正は、定率一割の導入に加えて、医療機関が二百床未満か二百床以上かで異なる上限額、診療所の定率・定額の選択、院内処方か院外処方かによって同じ医療費でも自己負担額が変わるという大変複雑なものとなっています。お年寄りは何を見て判断すればいいのでしょう。医療機関にとっても煩雑で大変な事務負担となるのではないでしょうか。
 今国会の中で政府は、診療所に定額を残すことは複雑な面も否めない、複雑でわかりにくい面もあると答弁しています。さらに、患者単位で上限額を設定、管理できるかどうか、今関係団体と話し合いを進めているという答弁がありました。患者単位で上限額を設定するとはどういうことなのでしょうか。加えて、関係団体とはどこなのか。これらについては、本来、国会の場で審議すべき内容です。政府みずからが複雑でわかりにくいことを認めながらも、患者に混乱を招くような複雑な仕組みを、またもや国民、患者不在の中で導入しようとしています。これは、薬剤一部負担廃止によって不足する医療費を埋め合わせるための単なる財政対策でしかないからです。
 こうした小手先の制度いじりではなく、老人保健制度にかわる新たな高齢者医療制度の創設へ全力を挙げることが先決であり、この項の撤回を求めます。
 第二は、高額療養費に係る自己負担限度額の見直しについてでございます。
 見直しは、標準報酬月額五十六万円以上の上位所得者について限度額を十二万一千八百円に大幅に引き上げるとともに、一般、上位所得者とも、それぞれの限度額を超えた医療費の一%を上乗せするという内容になっています。これは自己負担額を軽減するために導入された高額療養費制度の根幹にかかわる重大な変更です。この制度は、重い病気にかかったときにこそ安心して医療が受けられる安心の給付の制度だったはずです。
 ところが、今回政府は、これまでの患者負担が家計に与える影響に加えて、患者が受けた医療サービスの費用も考慮して定めることとしたと説明し、医療を受ける人と受けない人との均衡を図る、コスト意識を喚起するためと答弁しています。まるで医療費は患者自身が決定しているかのようです。心ならずも重病にかかって医療費がかさむ患者にコスト意識を持てということなのでしょうか。
 また、高額となった医療、特に終末期医療等については、医療機関においてコスト意識が見られない事例が散見されるためという答弁もありました。治療中の医師や医療機関にコスト意識を持って治療を中断しろとでも言うのでしょうか。仮に、コスト意識のない医療機関によって医療費がかかったとしても、なぜそれが患者に転嫁されなければならないのでしょうか。理解しがたい答弁は、制度導入に必然性や合理性が全くないからとしか思えません。
 上位所得者とは年収ベースで九百万円以上程度と言われていますが、この層の多くは住宅ローンや教育費が重く、かつ現下の経済情勢で雇用不安、生活不安にさらされている中高年です。この層に、今度は病気になったときの負担を重くし、さらに生活不安を強めることになりかねません。加えて、上乗せの一%が今後引き上げられるのではないかという不安があります。
 改正内容は、保険料は所得に応じて、給付は公平にとする医療保険の基本理念を揺るがすものです。国民皆保険制度を維持するためにも、こうしたことは避けるべきであり、特に一%上乗せは何をおいても撤回するよう強く求めます。
 第三に、保険料率の設定に係る上限の見直しについてでございます。
 介護保険料は、健康保険料と合算して上限率を超えない範囲で徴収することとなっています。今回の改正で、上限率の適用を健康保険料のみとし介護保険料を別建てにすることは、実質的な保険料引き上げと言わざるを得ません。
 介護保険法制定時、政府は、医療費で賄っていた介護に係る費用、主に社会的入院は介護保険に移るので、医療費が減少し健康保険料は下がる、二〇〇〇年度までに抜本改革を行うため、介護保険料と健康保険料を合算しても法定上限率を超えないと説明しました。ところが、社会的入院は当初見込みより減少せず、抜本改革は行われていないため、両保険料を合算すると多くの保険者が法定上限率を超える見通しとなってきました。しかし、この要因は老人医療費の膨張による老健拠出金の増加にあり、見通しの甘さと抜本改革を先送りしてきた政府の責任です。
 介護保険法は本年の四月に施行されたばかりです。別建てにするのであれば、抜本改革時か介護保険の見直し時期に検討すべきであって、今回行うべきではありません。当面、現行三割の老人医療費の公費負担を引き上げて、保険者、被保険者の負担増を避けることこそ政府として責任ある態度だと考えます。上限率の別建てはぜひとも撤回していただきたいと思います。
 第四は、医療保険制度等の抜本改革に関する事項についてでございます。
 改正案には医療保険制度等の抜本改革の時期がどこにも明記されておりません。抜本改革を二〇〇二年度に必ず実行する規定を追加し、かつその実行を明確に約束するよう強く要望します。公約を破り、改革を先送りすることは、国民の医療保険制度への不信をますます高め、そのことが国民皆保険制度の崩壊を招くことになります。今度こそ、ぜひとも政治の決断で抜本改革を二〇〇二年度に実行する強い意思を国民に示すべきだと思います。
 私の意見陳述は健康保険法等の一部改正に対するものですが、最後に医療法等の一部改正に触れさせていただきます。
 医療提供体制は、医療資源を有効かつ効率的に配分し、良質な医療サービスを国民に提供するという目的から、医療制度の基礎となる重要な課題です。改正案は、審議会の中で後退に後退を重ね、改革とは名ばかりのものになったというのが私たちの認識です。国会の場においてぜひとも修正していただきますよう要望いたします。
 第一は、看護基準についてです。今回、四対一から三対一に引き上げられようとしていますが、二対一、最低でも二・五対一とすべきです。
 第二は、カルテ開示の法制化です。国民、患者が自分の体のことを知りたいという意識が高まっています。一方、多発する医療事故が国民の医療に対する不安と不信を高めています。患者の知る権利、医療への信頼確保という観点からも、本人申請によるカルテ開示の法制化を図ることは当然です。
 第三は、広告規制の緩和です。患者が医師や医療機関を選択するとき、口コミ情報に頼っているのが現状です。虚偽広告、誇大広告などを除き、原則自由にすべきと考えます。
 今回提出されている健保法、医療法等の改正法案は労働者の生活に大きな影響を及ぼす内容を含んでおり、これまでの改革論議に責任を持ってかかわってきた連合としましては到底看過することができません。改正法案の大幅修正と、医療・医療保険制度の抜本改革二〇〇二年度実施の決意を示されるよう重ねて要望して、私の意見陳述を終わります。
 ありがとうございました。
○委員長(中島眞人君) ありがとうございました。
 次に、篠崎参考人にお願いいたします。篠崎参考人。
○参考人(篠崎次男君) 篠崎です。
 私は、健康保険法等の一部を改正する法律案に反対する立場から意見を述べたいと思います。
 今回の改正案は、かなり高額な負担を高齢患者に上積みしようとしております。それとの関連で、もう一度医療とは何かということをまず考えたいわけですけれども、一九八〇年代以降の医療の見直しについて、厚生省は絶えず疾病自己責任ということを強調して改革を積み上げてきていると思います。
 私は、生活課題のうち、衣食住はある意味で個々のやりくりの対象になりますから自己責任ということが言われてもやむを得ないのかなと思いますが、医療というものについては、担当した医師が必要と認めた医療をきちんと保障されなければならない。その場合に、患者、住民の経済状況その他は考慮されることなく保障されないと命が全うできないという側面を持っていると思います。つまり、医療要求というのは自己責任を超えたところで発生するものだというふうに理解をしております。であるからこそ、今よりもはるかに日本が貧しかった以前より医療に対する公的責任が尊重され、社会保障としていろいろな給付が保障されてきたのではないかと思います。
 また、医療を担当する医療機関の側でも、多くの矛盾を抱えた診療報酬に不満を持ちつつも、医療の公的保障ということを守るということを優先させてさまざまな医療を守る努力を医師の側でも積み上げてきているように思います。いま一度、今回の医療保険の見直しについて、これまでの努力とこの原則について思いをいたさなければいけないようにまず思っております。
 では、高齢者の生活実態に照らして、今度の医療保険の改革なるものがどういう影響を与えるのだろうかということを、幾つかの事例を通して考えてみたいと思います。
 十一月十四日のこの委員会で、政府委員の答弁によりますと、今次見直しで自己負担増が一千四百六十億円となり、一人当たり平均月当たり八百三十円程度と説明されております。これは受診しなかった高齢者の数も含めてのことだと思いますので、実際に受診した高齢者の負担というのはこの額をはるかに超えるものになるように思います。
 ところで、一九八三年の老人医療費の無料制度が廃止されて以降、今日まで六回にわたる改革が行われてきております。厚生省が改革と言う場合に、患者、住民にとっては必ず負担増が起こるということであります。したがって、今回の医療保険の見直しが、津島厚生大臣は再三強調しますが、抜本改正の第一弾なんだというふうに強調されております。そうすると、この先どのくらい高額の負担が高齢者に押しつけられてくるのか、極めて大きな不安を抱かざるを得ません。
 もう少し具体的にこの負担に耐えられないということについて申し述べたいと思いますが、総務庁は単身世帯収支調査というものを最近出し始めております。平成十一年版によりますと、六十歳以上の保健医療費のうち、保健医療サービス費、つまり医科診療代、お医者さんにかかったときの一部負担が中心になろうかと思いますが、月三千百四十五円で、前年対比の伸び率が一七・六%という高額になっております。ですから、最近の負担増というのはかなり重い比率で高齢者に上積みされているというふうに言えるのではないかと思います。
 しかも、政府は低所得者には一定の配慮をしていると言われておりますけれども、外来に対する配慮はありません。それから、入院にしても上限が一万五千円になる、これに該当する人は七十歳以上のたかだか〇・七%にしかならない、そういう点では低所得者への配慮とはごく微々たるものと言わざるを得ません。
 そういう大幅な負担増と高齢世帯の家計との関係を見ていきますと、先ほど挙げました総務庁の収支調査によりますと、無職の単身高齢者の世帯収入は月額で十二万七千九百九十四円になっております。そして、支出がそれを二万四千六百五十五円上回っております。ですから、貯金を取り崩すか、こういう生活を多くの単身高齢世帯が強いられているわけです。それから、老夫婦だけの高齢夫婦無職世帯、年金生活者、これの月収が二十五万五千四百三円というふうに平均でなっております。この世帯も月々支出が一万四千四十三円上回っております。
 ところで、平成十二年版の厚生白書によりますと、高齢者の個人の所得が、無収入が一一・八%、それから年収八十万未満で二七・一%、八十万から百六十万の人々で二一・一%、つまり年収にして百六十万以下の人が全体の六割を占めております。月収二十万を超えても生活ができずに赤字になっているという状況の中で、これ以上の負担増というのは高齢者にとっては耐えがたいものになるのではないか、こんなふうに思います。
 特に、介護保険論議の中でも問題になりましたけれども、月額一万五千円以下の年金しか支給されていない高齢者が六十五歳以上の二〇%になります。三万円以下ですと三〇%を超えると言われております。こういう中で、国民健康保険料、介護保険料、医療費の一部負担、そして介護利用時の一部負担と、負担増が積み上げられてきております。高齢者の多数はかなり重い負担に不安を感じているというふうに思います。
 この負担増が高齢者を苦しめているのではないかという実例を、私は介護保険が証明しているように思います。
 例えば、百六の保険者の調査というのが、これは四月から六月までの結果が出ておりますけれども、サービス支給限度額に対する利用割合は、平均で四三・二%、要支援者は五四・二%ですが、介護度一度から五度まで、しかも四度、五度と重くなるにつれて利用率が減ってきております。この利用率が五割に届かないという大きな理由に、一部負担を支払うことができない、こういう苦しい高齢世帯の家計事情があるものと思っております。
 最近、ケアマネジャーからいろいろな報告が各地でなされるようになってきておりますけれども、私は五千円しか一部負担が払えないから五千円で賄えるサービスだけで結構ですと、あるいは一万円の負担で我慢しますと、こういう事例がたくさん出ているということが報告されております。
   〔委員長退席、理事亀谷博昭君着席〕
 再度申し上げますが、今次見直しで医療費負担増というのは高齢者に過酷過ぎるのではないかと思います。特に、冒頭申し上げました、個人の懐に関係なく必要な医療がきちんと提供されるという、こういうこれまでの医療保障の原則から見ても、今次見直し案というのは容認できるものではないと思います。
 医療の薄い高齢者の入所施設で、冬になると風邪の集団流行が話題になります。結果として肺炎で死亡する高齢者が多数出るという不幸が社会問題化しておりますけれども、これからは在宅でもこのようなことが起こりかねない、そういう危惧の念を私は抱かざるを得ません。今次の高齢患者の負担増という制度の見直しは、やはり撤回されなければならないように思います。
 次いで、今次見直しについての気がかりな点について、二点ほど申し上げたいと思います。
 先ほどからも話題になっておりますけれども、七十歳以上の高齢患者の場合に、受診した医療機関によって一部負担が異なるという制度が持ち込まれてきております。なぜこのような複雑な制度にする必要があるのかという点については十分説明がなされていないように思います。
 他方で行われている医療法の見直しを積み上げながら、医療機関の機能別類型化が進められております。それに呼応した形で社会保険の見直しが今後どのように進められるのか。恐らく、機能別に社会保険医療が限定されてくるのではないか、こういう危惧を抱いております。かかる医療機関によって一部負担が違うということが今回初めて持ち出されたということの背景には、このようなことがあるように思います。津島厚生大臣が再三強調するように、抜本改正の第一弾だと言われる理由はこの辺にもあるのではないかと思います。この関連性についてきちんと説明し、国会で国民にその内容がわかりやすい形で解明されるように審議を尽くすべきだと思います。もし関連性がないのなら、患者の受診を複雑にする見直し案は撤回すべきだろう、こういうふうに思います。
 それから、もう一点だけ申し上げますと、高額療養費制度の見直しについてですが、今回は上位所得者と言われる被保険者が五万九千円程度の負担増になる、それから一般の患者では三千四百円程度の負担増だと、これも十一月十四日の政府委員の説明の中にあることですけれども、上位所得者にこれだけ大幅な差をつけた負担増というのをどうして持ち込んでくるのか、この辺についてもよく理由がわかりません。
 一番私として危惧する点は、このように一定の収入のある人に対する負担増を何回か積み上げていくと、これらの被保険者は社会保険の加入を嫌うようになるんではないかと危惧いたします。近い将来、高額所得者の社会保険離れを促進する、そのための措置のように思えてなりません。
 別のところで進められております医療保険者の権限強化の問題や、あるいは年金論議の一部にあるように、基礎年金以外は民間移管という議論も台頭してきております。こういう議論と今回の見直しには共通点があるように思えてなりません。これらについても、社会保険の根幹にかかわる問題でありますから、慎重に審議がなされるように強くお願いしたいと思います。もしそういう意図がないのであれば、このような大幅な格差をつける見直し案についても撤回すべきだろう、このように思っております。
 最後になりますが、国民の政府への要求は、一貫して第一位が保健、医療の充実で、第二位が景気対策です。ここまで不況が大きく取り上げられて大きな問題になっているにもかかわらず、不況だからこそ国民は医療と福祉にやっぱり最重点の要望を政府にお願いしているわけであります。こういう国民の切実な願いに耳を傾けて、今次改正案は撤回すべきだ、このように私は考えております。
 以上で意見の陳述を終わります。
○理事(亀谷博昭君) ありがとうございました。
 以上で参考人の方々からの意見の聴取は終わりました。
 これより参考人に対する質疑を行います。
 質疑のある方は順次御発言願います。
○武見敬三君 それぞれ参考人の皆さん方から大変貴重な御意見をちょうだいしたわけでありますけれども、時間も十分と限られておりますので、糸氏参考人に二問御質問させていただきたいと思います。
 恐らく、ここにいらっしゃるだれもが、我が国における皆保険制度というものは二十一世紀においてもきちんと堅持すべきものというふうに考えておられると思います。保険証一枚あれば、どこでもだれでも、そしていつでも医療機関で治療が受けられるという、この医療機関に対するアクセスの保障という点で、我が国の医療保険制度というのはもう世界でも最もすぐれた制度であって、その機能は確実にこれから持続可能な医療保険制度を創設していく上においても確保しなければならない、プライオリティーとしては最も恐らく高いものであろうと思います。
 また、そうした皆保険制度というものを維持する基本理念というのを私は二つ指摘できると思うんですね。
 一つは、やはり国民の社会的連帯意識です。他人の病気であっても、やはりお互いに助け合おうという意識がありませんと、社会的な連帯意識としてこういう医療保険制度というものを維持する基盤というものはできないからであります。多民族国家で個人主義の米国などで皆保険制度を導入しようとするときに、どうしても大きな障害として常に背景にあるのが、こうした他人の病気については自分とは関係ないと考える個人主義というものがあるというふうに言われているわけで、我が国におけるこうした社会的な連帯意識というのは、私は我が国における極めて重要な国益だろうと思っております。
   〔理事亀谷博昭君退席、委員長着席〕
 また、他方で、もう一つ新たに指摘しておかなければならないポイントというのは、私は、国民一人一人が自分の健康は自分で守ろうとする自律意識だと思っております。特に、これから生活習慣病といったようなものにいかに対処するかということを考えたときに、病気になってからの治療というものも重要でありますけれども、さらに、病気になる前の予防というものをいかにこれから充実していくのかということが指摘されてくるようになりました。
 しかし、その場合に、実際のところ、こうした国民一人一人が健康を自分できちんと守ろうとする自律意識がありませんと、いかに予防医学的サービスを今後地域医療の枠組みの中で提供しようとしても、それが十分に機能しない。したがって、そうしたやはり自律意識というものがありませんと、未来志向の医療保険制度創設という観点から、これが機能しないということが想定されることになります。
 そこで、こうした社会的連帯意識と自律意識というその二つが、ともに持続可能な医療保険制度というものを考えるときに重要だということを指摘させていただいた上で、特に自律意識に基づいて、予防医学的なサービスというのを今後地域医療の枠組みの中で提供していくときに、やはり医療保険制度の中に予防給付というものをより積極的に取り入れてくるということが確実に必要になってきているというふうに考えるわけでありますが、この点についての糸氏参考人の御意見を伺いたいというのが第一点。
 第二点は、一部負担のあり方に関してであります。
 ここで、医療と介護両方の財源構成を見たときに、二〇〇〇年では公費が三二%、事業主が二二%、家計が四六%、こういう枠組みになっていて、大変に家計の負担が高い。そして事業主の負担が低い。これは、欧米における保険構造を見ても我が国の事業主負担というのは低いのであります。
 したがって、このいわばバランスというものを今後どのようなバランスに具体的にシフトさせていくことが適正と考えているのか。既に、二〇一五年の医療のグランドデザインの中でもさまざまなシミュレーションを行って具体例を提示されているというふうに伺っておりますので、その点についての御質問をさせていただきたいと思います。
 以上です。
○参考人(糸氏英吉君) まず、武見先生の御質問にお答えいたしますが、予防給付の問題でございます。
 御指摘のとおり、二十一世紀は、一言で言えば治療から予防の時代と、こう言ってもいいくらいに、病気になってからでは遅いんだと、その前に、病気にならないような手だてを、あらゆる現代の診断技術を駆使して病気にならない手だてを考える、これがこれからの二十一世紀の医療のあり方だろうというふうに考えてもいいんじゃないか。
 老人の問題でいろいろディスカッションされておりますが、私どもは、やっぱり老人においても、これから養われる人がどんどんふえて養う人がどんどん減っていくというこの二十一世紀の時代において何が一番大事かというと、やはり老人がリタイアしないで、できるだけ一日でも一人でも多く長生きして、しかも健康で長生きする。健康で長生きするためには、ここにまさに、今、武見議員おっしゃったように、予防給付的な意味が非常に大きい意味を持ってくるわけです。
 これはどうしても、年寄りだから風邪引きくらいほっておけというわけにはまいりません。年寄りだからこそ、かえってそれが寝たきりあるいは死亡という転帰をとるわけでございますので、長生きだけは成功させたけれども、長生きが人生の残酷な時の始まりということではやっぱり申しわけないわけでございまして、その意味でも、老人に早く病気を見つけ、寝たきりにさせないというような手だてを考えなくちゃいけない。
 そういう意味で、我々は特に若い人以上に老人のアクセスを大切にしたい。少なくとも、いろいろな負担によって老人の受診抑制を図らないようにしてあげたい。それは、とりもなおさず、老人の重症化を防ぎ、寝たきりを防ぐ。それの社会的なメリットというのははかり知れないものがあるわけでございますので、そういうことを私たちは主張しておるわけです。
 そして、若い人も、生涯掛けた医療保険の中で一銭も使わないでリタイアして退職する人があるわけです。そういう人もあるかと思えば、もう自分が掛けた金の何十倍も使う人もあります。そこに保険制度というものはあるわけでございますが、やはりこれからは、一年間一回も医療機関にかかったことがないという人には、一年間に一回だけは例えば人間ドックのようなものを保険で給付するといったようなことをしてあげたら、もっともっと私はこれから予防給付にも役に立つし、将来的にはそういうことも検討していただいて、病気の発生を予防する、あるいは寝たきりを予防する、それこそ健康な長生きを保障するという意味で、今後そういうことは真剣に考慮されるべき問題だろうというふうに思っております。
 そういう意味で、大体、老人保健制度ができたのは、一生涯結局病気にかからず保険金は全部組合とかそういうところに寄附したままやめていくといった人のために、それじゃということで老人拠出金はそもそもできたはずでございます。それが今ウエートになり過ぎて困っている。かといって、私は連合の方々も一切連帯はしないとおっしゃっているんではないと思うんですね。ただ過重になっていると。その過重を少しでも軽くしたいということは私たちも同感でございますし、それにはいろいろな努力をすべきだろうというふうに思っております。
 それから一部負担の問題でございますが、これは確かに、先ほどからもお話がありましたように、今余りにも患者さんにとっては耐えがたい負担になっているということは事実でございます。外国の例から見ても、もう少しやはり企業の方にも負担していただける制度にならないか。あるいは、国民全体で老人を助けるという視点からすれば、やはり公的負担を少しでもふやすような方向に持っていって、これ以上老人に負担をかけると、先ほどお話ございましたけれども、介護保険が一割負担、定率負担になっただけでもう給付は要らないという人がどんどん出てきているわけですね。たったそれくらいのことでそんなにと普通の人は考えるんですが、実際、老人の実態というのはそれほど深刻なものでありますので、できるだけ負担を軽くするようにやはり考えなくてはいけない。
 そういった意味では、やはり国民全体の連帯ということから考えれば、公的な負担をふやすなり、あるいはまた事業主にもう少し今以上に出していただくなり、そういうような方向へ向かわざるを得ないんじゃないか。老人の現在の一部負担をもう少し軽くするようにやはり我々としてはお願いしたいなというのが率直な気持ちであります。
 以上です。
○武見敬三君 ありがとうございました。ちょうど時間です。
○小宮山洋子君 参考人の皆様、いろいろな御意見、ありがとうございました。
 私も十分という限られた時間でございますので、花井参考人を中心に質問させていただきたいと思います。
 まず、抜本改革についてですけれども、三回裏切られたとありましたが、またまた先送りをされています。そして、今回の審議の中でも、大臣は国民と一緒にぜひ考えていきたいと述べられているわけですが、審議会も国民の代表なわけですが、たび重なる審議会の報告の無視ということもあります。どういう形で国民の声を入れた抜本改革ができるのか、さらに来年度中には抜本改革の案を出すという答弁がありましたが、通常国会でないとなかなか十分な審議が行われないと思いますので、そうしたことへの働きかけも含めてお答えいただきたいと思います。
○参考人(花井圭子君) お答えいたします。
 先ほど述べましたように、私たちは三回約束を破られたというふうに言いましたが、一番大きかったのが九七年九月からの負担増でございました。被保険者の本人負担が一割から二割に上がりまして、中小企業の労働者が大変多く加入しております政管健保が八・二から八・五%に引き上げられたわけです。そして、薬剤一部負担が導入されました。
 これらの負担というのは、あくまでも二〇〇〇年度に抜本改革を行うということを前提として私たちは受け入れてきたというふうに考えておりますので、その意味でも、二〇〇〇年度抜本改革というのは非常に重いことだったというふうに考えております。
 これから先、また延ばされようとしているわけですけれども、これからの抜本改革を考えたときに一番重要な課題は、皆さんが御指摘のように、老人保健制度の改革だろうというふうに考えております。私たちは、政府が二〇〇二年度というふうにおっしゃっておりますが、このことはどこにも明記されていないわけですが、ぜひともその約束は守っていただきたいというふうに強く考えております。
 厚生省の中で検討されております高齢者医療のあり方につきまして、まだ一切提示されていないような状況なものですから、ぜひとも早く国民の前にその案を示していただきまして、十分な議論を重ねた上で、できれば二〇〇一年の通常国会に法案を提出していただきたいというふうに考えております。
 先般、十一月十六日の国民福祉委員会におきまして、津島厚生大臣が二〇〇一年度中に改革案、法案を提出したいということをおっしゃいましたが、できれば通常国会にぜひともお願いしたいというふうに考えております
 以上でございます。
○小宮山洋子君 今もありました二〇〇二年度に先送りされた抜本改革の中心になります高齢者医療制度について、連合はどのように考えているのか。先ほど、日本医師会の方から個別方式というお話もございましたが、そのことも含めて連合の考え方を述べていただきたいと思います。
○参考人(花井圭子君) お答えいたします。
 私どもは、三年前から退職者健康保険制度というものを提案しております。いわゆる突き抜け型というものでございますが、医療福祉審議会の制度企画部会の中の四案の一つとして挙げられているものでございます。この案は、退職後、現在退職者医療制度に移るわけでございますが、国民健康保険の枠の中に入らないで被用者保険、いわゆる健康保険の中にとどまるという案を提案しております。
 これは、個別健保組合ということではなくて、被用者全体で管理運営機関のようなものをつくりまして、そこに保険者機能を持たせまして管理運営するということでございます。保険料につきましては、すべての退職者を含む被用者健康保険の平均保険料率、そして現役の事業主負担相当分は現役が支えるというものを考えております。
 ただし、七十歳以上につきましては、罹病しやすく、また幾つかの病気をあわせて持つという方が大変多くなりますので、患者一部負担は定率一割を考えております。さらに、公費のことでございますが、老人医療費、現在三割の公費となっておりますが、これを五割としまして、国保と被用者健保との高齢者の加入の比率に応じて按分すべきではないかというふうに考えております。
 ここで、新たな制度をめぐりまして、一定年齢以上の高齢者のみを対象にその医療費のほとんどを公費で賄うという案に対しまして若干の感想を述べておきたいと思います。
 私たちは、人間を一定の年齢で切ってしまうことはこれからのエージレス社会に反するのではないかというふうに考えております。確かに、高齢者は子供が扶養しなければならなかった時代は経済的弱者だったかもわかりませんが、現在、高齢者の中で所得格差が大変多くなっております。高齢者の平均所得が働いている人、二十代、三十代の年収に匹敵するような、あるいはそれ以上の所得を持つ高齢者もいらっしゃるというふうに思います。そういう人たちも含めて一律弱者とすることに対しましては、そういう弱者とする根拠はないのではないか。高齢者が今後確実にふえるということであれば、老若男女を問わず負担できる方は負担して支え合うというのがこれからの医療保険あるいは社会保障のあり方ではないかというふうに考えております
 先ほど、連合の案は連帯感がないんじゃないかというふうに言われましたが、決して私たち、高齢者を支えていくことには何ら異議はなく、問題は支え方の問題だろうというふうに考えております。
 以上です。
○小宮山洋子君 もう一点、もう一つの問題として、保険者機能の強化ということがあるかと思います。
 これは健保連の方に聞いた方がいいかと思うんですけれども、ちょっと時間の関係で花井参考人に伺いたいんですが、民間である健保連としてはいろいろな権限とか調査権が現在はないわけですね。
 そうしますと、今いろいろな医療事故が起きておりますが、本来ならそうした医療事故の代理人の機能を果たすとか、あるいは、いろいろ医師の中にもおかしな犯罪を起こす人がいますけれども、そうしたことへの行政処分とか、あるいは保険外のたくさんの負担などいろいろな苦情をみんな持っていると思うんですが、そうしたものを受けるところがない。こういうことを本当は担うべきではないかと思うんですが、保険者機能の強化については連合としてはどういうふうに考えているでしょうか。
○参考人(花井圭子君) お答えいたします。
 小宮山先生のおっしゃるとおりだというふうに考えております。
 私たち連合は労働組合でございますが、患者の立場も代表しているというふうに考えております。私たちが医療事故に遭った場合、どこにも訴える場所がないのが実態でございます。それから、払い過ぎた医療費を取り戻すにも、今保険者の中にはその代理交渉権すらありません。そういう機能をぜひとも持っていただきたいというふうに考えております。
 それから、何をおいても一番お願いしたいのが、レセプトチェックの強化をお願いしたいというふうに考えております。
 レセプト点検は今支払基金あるいは国保連合会でやっておりますが、これが十分だというふうにはとても思えません。これからふえていく医療費をいろんな形で効率化していくためにも、ぜひともレセプト審査の強化、審査体制の拡充を図っていただきたいというふうに考えております。この世界、書き屋、削り屋という商売が大層繁盛しているというふうに聞きます。このような商売が繁盛するような医療の世界というのはやはり変えていく必要があるのではないかというふうに考えております。
 以上でございます。
○小宮山洋子君 もう少しだけ時間がございますので、今の保険者機能の強化について健保連のお考えを対馬参考人に伺いまして、私の質問を終わりたいと思います。
○参考人(対馬忠明君) 今お話がございましたように、基本的には私どもも保険者機能の強化の一番大きなポイントというのは、被保険者の代表、患者の代表として私どもが一体何ができるかということだろうというふうに思うんです。
 ですから、私どもとしては、それは基本的には情報ではないのか、情報が一番貴重である。できるだけ情報を集めていってそれをいかにして被保険者、患者さんにつないでいくかということが一番重要ではないかな、こういうふうに思っております。
○小宮山洋子君 ありがとうございました。
○山本保君 公明党の山本保です。
 まず、糸氏参考人にお聞きしたいんですが、先ほど高齢者医療の制度について医師会としていろいろ考えているんだというお話がございました。
 保険制度とは直接かかわらないことかもしれませんけれども、その中で、お医者さんが責任を持ってこういう今の問題、高額医療の問題であるとかまた効果的な医療については責任を持って行っていくんだということで四つほどの項目を挙げられたわけでございます。もう少しその辺をお聞きしたいと思っております。
 というのは、私も、確かにこの問題についてはお医者さんがやはり一番専門家でありますし、高い識見と患者そして国全体のことを見通した立場からの御意見を出され、それでリードしていくべきものだと思いますし、またこれまでもそうやってこられたのではないかとは思います。
 ただ一般的には、今いろんな議論も出ましたように、カルテ開示の問題でありますとかチェックの問題でありますとか、またこの委員会でも特に今井先生の方から相当、私も全く同感なのでございますけれども、ベッド数が多ければ医療費が上がるというような問題。私も実は福祉の方をやっておりまして、まさに理屈からいいますとニーズがあるがゆえにサービス提供体制が整うというのが理屈なんですが、実際には福祉などにつきましてもそうではない現実がありまして、サービス提供体制といいますか、そういう仕組みがあるがゆえに費用がかかるという実態もあるわけです。
 そうなりますと、お医者様の方から国民の側に対して、決してそれは例えば仲間意識でお金を取ろうとしているのではない、まさに高度な医療を国民の側に立って出しているんだという、こういう強いメッセージが必要だというふうに思っておりまして、もちろんそういうふうにされているんだと思いますが、私、できましたらそれについて、全体は結構でございますけれども、何かきょうのお話に関連してお聞きしたいと思っておるのでございます。
○参考人(糸氏英吉君) 高齢者医療の問題は、先ほどから盛んに抜本改革が果たされなかったということをおっしゃいますけれども、抜本改革というのはそう一年や二年でぽんぽんと二十一世紀を決めてしまうというようなことはとてもじゃないができない。それは、二十一世紀に生きるこれからの人々のために本当に役に立つ抜本改革は、これは慎重にも慎重を期してやらなくちゃいけない、早くできればいいというようなものでは私はないと思います。
 そういう意味で、本当にこれからの二十一世紀の国民の幸せというものはどうあるか、また老人はどうであるか、また二十一世紀には一体どういう社会になっているかということを考えながら抜本改革を進めていくべきだと。もちろん、いいかげんにしていつまでもだらだらやれということでは毛頭ございません。
 そういう意味で、私は少なくとも現在、薬剤についてはいわゆる薬価差というものを廃止し、そして新しく今度厚生省に、中医協の中で薬剤専門委員というのをつくってエキスパート、また支払い側、全部加入して一緒に参加して、一つの新しい薬価についての制度がスタートしたということは、これは一つの抜本改革の第一歩だろうというふうに思っております。
 また、診療報酬改定につきましても、十分ではございませんが、少なくともホスピタルフィーとドクターフィーの骨格だけは一応今度のことしの診療報酬改定である程度その地ならしができた。また細かいことはこれからやらなくちゃいけませんけれども、これとても一遍にもう何もかもやってしまうということはなかなか言うはやすく行いがたしというところで、そこのところはもう少しいろいろ十分な念入りな調査を行ってやらなくちゃいけないという問題がございます。
 最後に残っている問題は、やはり高齢者医療制度、いわゆる医療保険制度をどうするか。これはまさにこれからの高齢者医療制度をどうするかということなんです。
 これはもう高齢者がどんどんふえてくるというこの事実、これは絶とうと思っても絶つことはできないわけでございまして、これはやむを得ない。高齢者の絶対数がふえてくる、どんどんふえてくるということは、これから二〇三〇年、四〇年くらいまでは続くわけです。二〇四〇年を過ぎればこれはもうふえなくなる、なだらかになって、後しばらく減っていくという現象です。全体の日本人の人口は二〇〇七年からは確実に減ってまいります。もうこれは人口学者がはっきり指摘している。人口が減っていくのに後期高齢者だけがどんどんふえてくるという時代になるわけです。この国難とも言うべきあらしというものは、だからこれから二〇〇〇年から四十年か四十五年の間をいかにくぐり抜けるかということが当面のやはり対策なんですね。ですから、これをどういうような抜本改革で迎え撃つかということになろうかと思います。
 そういう意味で、私たちも二〇〇二年には絶対高齢者医療制度についての抜本改革の第一歩はやるべきだということで思っておりますし、そういう意味では、これは連合の方あるいは健保連の方とも少々のことは妥協しながら、何としてでも国民の負託にこたえたいという気持ちでいっぱいでおります。
 高齢者の問題は、非常に先ほどから話題になっておりますけれども、高齢者は若い人と一緒にすべきだ、同じじゃないか、エージレスの時代じゃないかという御意見もそれは確かにあります。しかし、果たしてそれじゃ高齢者と若い人と一緒くたにできるかということになりますと、実際はこれはできないわけですね。高齢者は一つの病気があっても同時に幾つもの病気を持っている、病気になったら治りにくい、また簡単に寝たきりになる、あるいは簡単に死の転帰をとる。高齢者は一方ではもうどんどんふえて若い人はどんどん減っていく。こういう時代になってまいりますから、高齢者の問題というのはまさしくこれからの医療保険、介護保険についても重要なポイントになるわけでございます。
 その中にあって、特に高齢者が医療費をようけ食うということを言われておりますけれども、これは一方でやむを得ないところがある。一つは高齢者の絶対数がふえてくるということと、高齢者の生理的ないわゆる老化現象というものがやむを得ず介護とか病気を起こしてくるわけで、みんな若い人みたいにぴんぴんしておったら何も高齢者の問題なんか起こりっこないわけです。しかし、残念ながら確実に死への転帰を一歩一歩皆さん近づいておるわけでございますので、それに対する十分なケア、治療というのは、これは絶対必要なわけです。それに対してどう対応をしていくかということです。
 特に、高齢者の場合は終末期医療というもの、この終末期医療で医療費のかなりの部分が使われるということも事実でございます。そしてまた、終末期医療と逆に、高齢者をいかに病気にしないかとする、先ほどの武見議員のおっしゃった予防ということに対して、我々は高齢者が受診のときから、この人はひょっとしたらがんが発生しているんじゃないか、あるいはこの人は早晩心筋梗塞を起こすんじゃないかという疑いを持ったときはやむを得ず検査をします。検査をしますと、これは一遍に医療費がぼんと上がるわけです。やはり高齢者の特別な、若い人ではそういう確率というのは非常に少ないわけなんですが、高齢者はしょっちゅうそういう危険にさらされておるわけでございますので、どうしてもそこに医療費というものが上がってくる。
 人数がふえてくる、あるいは終末期医療が起こってくる、あるいはまた高齢者に対して病気を防ぐためのいろいろな診断的な技術を駆使するということは、これはしかし我々は好きでやっているわけではございませんで、高齢者のQOLとかこれからの社会活性を考える場合にはやむを得ず起こってくるわけでございますので、そこのところはやっぱり理解してあげないと、高齢者はどうでもいいやという議論になってしまうんじゃないかというふうに心配しておるわけでございます。
 そういうことで、高齢者に対しては私は特別な理解と特別な考え方と特別な高齢者の医療のあり方というものを考えるべきだろうというふうに考えております。確かに高齢者は老人保健ができたときよりも五歳も年齢が延びました。だから、七十歳というものを七十五歳以上を高齢者にして真に支援する、七十四歳までは若い人と同じように、これはまさに連合のおっしゃるように突き抜け型で、若い人と同じような負担で頑張ってほしい、七十五歳以上については、これは高齢者医療制度として特別の支援をする必要があるんじゃないかというふうに今考えているわけでございます。
 以上です。
○山本保君 もう時間がありませんので、ありがとうございます。
 一言だけちょっと。
 ぜひ、国民の側から見まして、医師会またお医者様の方から、御自分たちの立場を明確にされて、先ほど申し上げたような立場をよくわかるような議論を今後また私どももしていきたいと思っておりますので、どうぞよろしくお願いします。
 ありがとうございました。
○委員長(中島眞人君) 申し上げます。
 参考人の方、質疑者の方、ひとつ簡潔にやって、多くの意見、質疑ができますようにお願いを申し上げます。
○井上美代君 日本共産党の井上美代でございます。
 私は、今参考人の皆さん方からお話を伺いまして、いろいろ深く考えさせていただいております。私も時間の関係で、篠崎参考人に質問をしたいというふうに思います。
 私は、低所得者、女性も含みますけれども、特に女性の場合には長生きをしておりますので男性よりも七年も長く生きるということがあって、また女性の平均給与というのは男性の六割ぐらいだし、そしてまた年金というふうになりますと、それも同じように男性の半分ぐらいになるわけです。そして、生活がばらばらに変わっていって、いろんな仕事も不安定が多いという中で、無年金者も非常に多い、年金権も切れてしまうというようなそういう問題がありまして、まさに低所得者問題は女性の問題である、そして高齢者の問題は女性の問題である、こういうふうに思います。
 そうした立場から二つのことを質問したいと思います。
 一つは、先ほどからも出ておりますように、今度の医療改正が第一歩というふうに言っておりますよね。これはもう厚生大臣も何回も言っておられるんですけれども、今度の改正は抜本改悪に向けた第一歩であると、こういうふうに所信表明からそのことを言われております。今度のが第一歩であるならば、今度の内容というのは、先ほどからずっと出ておりますように、非常に心配な内容が入っているわけです。だから、これが第一歩だったら、次の抜本改悪はどういうふうになっていくんだろうというふうに大変心配になってまいります。
 そして、十六日の国民福祉委員会でも大臣は言われましたけれども、平成十四年に抜本改悪案を通常国会に出す、そして実施していくということを言われております。今の保険証を持っていけばいいというのから、まずどの病院に行けば少しでも安くできるのかとか、それから自分がお金を何千円持っていればいいのか、ちょっとぐあいが悪くなったけれども万が要るのだろうかと、こういうふうになってくるわけですね。こういう不安から病院へ行くのが遠のいていくということもあって、これは受診抑制になっていくわけなんですけれども、そういうことがあります。
 だから、私はこの次の抜本改革というのが今度のように患者負担増で本当に公的負担を削減していくという、こういうものであってはならないというふうに思っているんですけれども、この内容にもぜひ触れて、高齢者の負担がどう変わっていくのだろうかというふうに思いますので、それを一つ質問したいというふうに思います。
 もう一つは、これは首相の諮問機関である社会保障構造の在り方についての有識者会議の報告が出ておりますけれども、この中で繰り返し言われているのは、高齢者はお金があるということで、高齢者も負担を分かち合うことだということを繰り返し言われております。そして、医療保険制度においても、高齢者の医療費の自己負担は若年層に比べて低額に抑えられているということで、高齢者であれば一律に優遇するのではなく、高齢者のそれぞれの経済的な能力に見合った税負担や、そして社会保障制度における保険料の負担、自己負担を求め、これから増加する負担を若い人と分かち合うと、こういうふうに言っております。
 特に私、さらにまた心配になってくるのは、高齢者の中には相当の資産を有しながら負担能力がないとされている者もいる。住宅宅地資産の占める割合というのが高く、その資産を活用して生活費用を賄い、社会的な負担を求めるためには、高齢者が住み続けながらその住宅宅地資産を現金化する方法が求められていると。こういうふうに、資産が多いというのがそういうところまで出ているわけなんですね。
 私は、これを読みながら、貯蓄や住宅、土地資産の活用ばかりが非常に強調されているというふうに思っているわけなんです。それらを持たない人、あるいは少ししか持っていない、こういうふうに経済的に弱い立場の人たちというのは非常にたくさんいるわけです。だから、そこが忘れられてはいないかというふうに思うわけなんです。
 そういうことで、私はこの有識者会議の報告の中身についてもぜひ、低所得者や、そして本当に払えない、患者負担が大きいという、そこのところから見てどうなのかということを篠崎参考人にお聞きしたいと思います。
○参考人(篠崎次男君) なかなか数字で言いにくいというか、あらわしにくい問題なんですけれども、高齢者の問題というのは細々したまず生活実態に注目すべきではないかなと思います。
 例えば、介護保険料を一号被保険者が徴収されるというときに、自治体に質問や抗議の電話が殺到したと言われておりますが、その七割程度が高齢女性からのものだったというふうに言われております。そういう点から見ても、今、井上先生が言われた高齢女性の多くは低所得者ではないかという指摘はやはり当たっているのではないかなと思います。
 それから、老人クラブなんかでよく話を聞くんですが、昔は年金がなかったけれども、低い年金でもあるだけいいではないかと言われますが、私は、低額の年金をもらっているがゆえに複雑な生活を強いられているということが高齢者の現実ではないかなと思います。
 大体、子供と一緒に住まっている高齢者も、自分の身の回りに起こる現金出費は自分の支給される年金の範囲内というふうに決めている人が物すごく多いように思います。ですから、二万程度の年金から国保の保険料を払い、場合によっては自分の電話代を払い、それで医療費の一部負担を払い、さらにこの上に介護保険料が上乗せされてくる。そこで余ったら初めて老人クラブへつき合いに出かけるというような形で、多くの女性高齢者は経済的な閉じこもりが始まりつつあるんじゃないかなと思います。ですから、負担増をやりますと、この辺からやっぱり問題が起こってくるように思います。
 さて、厚生大臣が言われている抜本改悪でどう負担がふえるのかということですが、具体的な額を挙げて申し上げるということは、厚生省の方も情報を提供してくれておりませんので言えないわけですが、率直に申し上げまして、一九八三年から始まった二十一世紀へ向けての日本の医療の改革の基本路線というのは、すべて医療費の増加をどう抑えるか、医療費対策として積み上げられてきたというふうに思います。したがって、医療費を削減するということは、医療を薄くするか、あるいは医療の利用者の負担を重くするかということにしかならないわけであります。
 差し当たって考えられることは、七十歳以上の老人が一つにまとめられて医療保険に加入させられる、介護保険と同じように一定の保険料が徴収されると。そして、論議の経過を見ていますと、定率で最高では三割ぐらいのことを予測した老人医療保険が過去においては検討されていた。それがやはり復活してくるのではないかなと思います。
 さらに、定額診療報酬制度を大幅に導入するという形で、一般薬を社会保険から除外する案ですとか、あるいは病気に定価をつけて医療機関に請け負わせる案ですとか、こういう標準医療を超えた医療については自己負担などということもかつてはいろいろ議論されておりました。
 そういう点で、冒頭の私の陳述の中でも申し上げたんですが、抜本改正抜本改正と言われて、この先どのくらい負担増になるのかということについては、はかり知れないものが押し寄せてくるのではないか、そういうふうに感じております。
 それから、有識者会議の提言ですけれども、私はいつも腑に落ちないのは、世代間の格差があって若者が不満を持っている、不満を持っているということを強調されますが、具体的な事例でそのことが示されてはいないように思います。本当に若者自体が年寄りをそんなに疎ましく思っているのかどうか、この辺は一つ問題だろうと思います。
 それから、ここで描かれる高齢者像というのは一般的な高齢者像です。具体的に見ていきますと、先ほど申し上げましたように、六〇%もの人々が世帯収入年収百六十万で生活をしているとか、かなり厳しい現実があります。七、八%前後の高額所得者が入ってくると貯金残高が二千四百万円になる、こういう実態です。ですから、やっぱり高齢者を具体的に見て、それで具体的な実生活に即した福祉なり社会保障なりの提供が私は必要ではないかなと思います。
 それから、若者の方が負担が大きいと言いますが、これも負担の額だけを横並びで比較するだけであって、収入対比で負担の比率がどうかということを検討していかないと高齢者の実質がつかめないのではないかな、そんなふうに思っております。
 それから、住宅の資産ですけれども、例えば、厚生省の資料でも毎年一四、五%の高齢世帯の年収が百万を割っております。それでほとんどが生活保護を受けておりません。二人暮らしでしたら必ず生活保護基準よりも低い収入であります。これを妨げているのが、現在自分の家に住んでいる、持ち家が資産として計上されてくるから、実質的にはそこを離れると生活ができないから住んでいる。それを売り尽くさない限り生活保護が受けられない。したがって、生活保護基準以下の日常生活を強要されているという高齢者が現にたくさんいるという、そういうことを前提として考えるならば、今高齢世帯の収入の中で家賃収入というのはほとんどありませんから、自分たちが必要な生活の場としての家屋を持っているにすぎません。これを資産の扱いにするということについてはやはり間違いではないかな、そんなふうにも思っております。
 以上です。
○井上美代君 ありがとうございました。
 終わります。
○清水澄子君 社民党の清水澄子でございます。
 参考人の皆さんのそれぞれの問題提起に非常に深く考えさせられることが非常に多くございまして、ありがとうございました。
 まず私は、花井参考人に伺いたいんです。
 さっき日本医師会の糸氏参考人がおっしゃっていたんですけれども、医療費に対する事業主負担が日本の場合は非常に国際的に見ても低いのではないか、やはりそれ相応の負担を考えるべきではないかというお考えを示されましたが、私もこれは前から考えていたことなんですが、これは、花井参考人の方は労働団体の代表ですし、被保険者を代弁する立場ですから、どのようなお考えを持っておられるのかということが一点。
 それからもう一つは、医療の抜本改革というのは、たとえどのような内容であってもやはり患者の立場、つまり医療の利用者の立場に立った改革というものが必要であると思うんですけれども、そういう患者の立場に立った制度的な仕組みの改革というのは、そちらではどのようなお考えをお持ちだろうか。まずその二点をお聞かせください。
○参考人(花井圭子君) お答えしたいと思います。
 まず最初の事業主負担のあり方についてでございますが、この問題につきましては糸氏先生と同じような考えをしておりまして、日本の場合、社会保障の中における事業主負担は年々低下している実態にあるというふうに考えております。今ちょっと手元に資料がございませんが、ここ数年を見てみますと、公費はほとんど横ばい、それから患者負担がふえております。その中で唯一減っているのが事業主負担というふうになっております。
 私どもは、企業及び事業主、同じですけれども、社会に対しての責任があるんだろうというふうに思っております。相応の負担という意味で、やはりもう少し事業主負担は高くあってもいいのではないかというふうに考えております。
 それから二つ目の質問でございますが、患者の立場に立っての改革という御質問かと思いますが、患者の立場に立って今一番何が不足しているかというと、私も二回ほど入院したことがございますが、まずほとんど情報がわからない。患者がどの医療機関を選択したらいいのか、あるいはどこにどういうお医者さんがいるのか、そのお医者さんがどのような技術を持っていらっしゃるのか、ほとんどわからない状況にございます。
 それから、保険の枠ではございませんが、特定療養費というものがございまして、差額ベッドが幾らか、あるいはどのようなお金が取られるのか、それも全く中に入って最終的に払う段階にならないとわからない、そういうことがございます。
 さまざまなことを含めまして、情報をさらに公開していただきたいというふうに考えております。
 それからもう一つは患者の、先ほども言いましたが、本当に困ったときの苦情処理機関がほとんど身近にないというのがとても不安な材料になっております。医療事故がたくさん頻発しております。それから医療費の不正請求等々診療報酬上の問題で、その苦情あるいは相談も含めまして訴える場所がないというのが今の医療制度の中で患者にとって大変欠けている部分ではないかというふうに考えております。
 以上です。
○清水澄子君 それで、情報公開はこれは非常に必要なことだと思うんですけれども、これは健保連の方にも本当は聞きたいんですけれども、もう少し被保険者を代弁するといっても、本当の意味のそういう医療改革に対してインパクトを与えるだけのそういう発言権というんですか、そういう政策決定というんですか、そういうふうな場に余り力がないように思うわけですね。
 やはり日常的に保険者がもっとみずから医療利用者を代理して機能するようなそういうシステムというのを考えるべきじゃないか。例えば保険者の団体がもっと民主的に自分たちで患者の苦情処理を受け付けるとか、オンブズマン制度をつくっていくとか、もっと積極的にアプローチしていく、そういう改革案が必要だと思うんですけれども、そういう点については、では健保連の方、いかがでしょうか。
○参考人(対馬忠明君) 健保連、非常に力がないじゃないかというおしかりやら励ましを受けましたけれども、私どもそういったことを含めて、できるだけ連合でありますとか日経連でありますとかそういった支払い団体と足並みをそろえながらいろんな要請なり要求をしていきたいということでございます。
 保険者機能の強化は先ほど申し上げましたので余り説明いたすこともないかと思いますけれども、基本的に患者さんに今ありますのは、一つは手足が縛られているじゃないかというのが一つあります。あともう一つは、手足は縛られていないんだけれどもなかなかに情報が集まりにくい、情報としてまた提供しにくい、この二つの問題があると思うんですね。時間の関係もございますので中身はちょっと割愛させていただきますけれども、この二つの問題について、私どもとしては一歩でも二歩でも現状より改善を図っていきたい、改革を図っていきたい、このように思っています。
○清水澄子君 それでは、篠崎参考人にお伺いしたいんですが、高齢者医療制度というのはどういうものが理想的とお考えでしょうか。
○参考人(篠崎次男君) 結論から申し上げますと、私は老人福祉法の中身をよくして、あそこに一つは戻すべきだろうと思います。その中で、健康づくりから福祉の問題から、しかも地域社協その他住民の町づくりを進める問題からボランティアから老人クラブ活動から全部入ってきます。そういうものと老人医療とがきちんと結合されて、地域の中で町づくりを伴う健康づくり、そこときちんと連携をとった医療制度ということが私は一番望ましいんではないかなと、こういうふうに思います。
 私は、老人医療制度の混迷は、老人福祉法から医療の問題を老人保健法に取り出したところから今起こっているように思えてなりません。そういう点で、老人福祉法、ただ公的に医療をやれというだけではなくて、住民の健康づくりから町づくり、ボランティア活動まで全部ひっくるめて、保健と医療と福祉が総合的に生活の場で追求されていく、そういうものと連動した医療保険制度か老人医療制度が望ましいんではないかと、こういうふうに思っております。
○清水澄子君 それでは、ちょっとこれは健保連になるんでしょうか、今回の保険料率の上限の見直しなんですけれども、これについて、現状の健保連の財政というのはわかりますけれども、健康保険料の引き上げですね、上限を見直したということで、今後これが抜本改革の第一歩であるということになると、こういう健康保険料の引き上げというのは、今後も上限は設けないわけですから引き上げが可能になっていくおそれはないのかということ、それから、やっぱり介護保険料の引き上げも青天井になる、そういうおそれはないのかということについて、花井さんとお二人、一言ずつお答えください。
○参考人(花井圭子君) お答えいたします。
 介護保険料が青天井になるのではないかということを大変危惧しておりまして、できましたら上限額を設定していただきたいというふうに考えております。
 以上です。
○参考人(対馬忠明君) 介護保険につきましては、医療保険と違いまして、まずは介護の認定から始まるわけですね。それから、在宅についても施設につきましてもいわゆる定額払い的な形になっておりますし、また今、私ども議論されているのは二号保険料の料率、つまり六十五歳未満の方々の標準報酬で割り返してどうかと、こういった議論での料率の話をしているわけですけれども、その前提としては、一号被保険者、六十五歳以上の被保険者の保険料を幾らにするか、こういう問題があるわけですね。そこと私どもの二号被保険者の料率の問題が連動しているわけです。
 したがいまして、一号被保険者の問題がクリアされて、それから私どもの方に来ますので、二号といいますか、保険料率の問題だけが先行していくということはありませんので、どんどんということにはならないのじゃないかなと、こういうふうに思っております。
○西川きよし君 本日は御苦労さまでございます。よろしくお願いいたします。
 まず、糸氏参考人と対馬参考人にお伺いしたいんですけれども、せんだって厚生省にもお伺いしたんですが、国民健康保険組合について御意見がございましたらこの機会にぜひお伺いをしたいなと思います。
 ことしの六月に、総務庁の行政監察局より厚生省に対しまして、国民健康保険組合について、財政力の高い国保組合に対する国庫補助率の引き下げの検討をするようにという勧告が出されております。
 この国保組合について、現状の中で御意見がございましたら、ぜひお伺いしておきたいと思います。お願いいたします。
○参考人(糸氏英吉君) 国保組合ですね。
○西川きよし君 はい、組合です。
○参考人(糸氏英吉君) 国保組合はそれぞれの職域でつくっているわけでございまして、これが国保全体から見ますと、一般の市町村が保険者になっている場合と、それから医師の場合も医師国保組合というのがございます。あるいは理容師さんとかいろいろございますが、それぞれの団体で経営しているわけでございます。
 本来の筋論から言えば、これは健康保険組合でもそうなんですが、全体で一つの、お互いに助け合うという精神からいえば、やはり給付率あるいは負担率といったものはできるだけ同じところに落ちつけていくべきだろうと、基本的にはそういうふうに思っています。その方が負担の公平という意味でいろいろと。
 ただ、中身を見ますと、例えば、手前みそになって恐縮ですが、私も国保組合へ入っています。医師国保組合ですと、私のところの家族あるいは私が私の診療所でどういう診療を行ってもそれは一切請求できないというそういう、よそへ行ったらよそで普通の診療。しかし自家診療はこれは認めないというようなそういう特殊なケースも中にはありますので、必ずしもみんな一本というのはいろいろ抵抗がある部分もあるかもわかりませんけれども、基本的理念としては、やはり同じような負担と給付であるべきだろうというふうに思っております。
○参考人(対馬忠明君) 国保組合ですけれども、いろんな経緯があって今の形になってきているだろうというふうに思いますけれども、ただ、内容的に見ますと、土木建築、いわゆるゼネコンの従業員さんなんかも入っておられるわけですね。そういったところに対しまして三割から五割の国費が投入されている、公費が投入されているということもありますし、また、自己負担も各組合によって異なっているようですけれども、ほとんど自己負担がないといったようなところもあるようでして、そういう中で、国保という名前がついていますといわゆる市町村と同じような扱いになるのかということがあるならば、私ども健康保険組合も国保新日鉄健康保険組合ということにしたらどうかなというぐらいでございまして、やはりちょっと矛盾があるのかな、バランスが悪いかなと、こういう感じはしてございます。
○西川きよし君 貴重な御意見、ありがとうございます。
 これまでの審議を通じまして、今度はこの改正案の内容でございますけれども、非常に複雑ではないかと、患者が混乱するのではないかと、そういう言葉を耳にするわけですけれども、議論も多くもちろんございますけれども、薬剤費負担のあり方にしてもそうでございますし、また定額制を採用している診療所があれば、定率制を採用している診療所もあると。また、高額療養費についても大変複雑ですけれども、この改正が行われるまでに患者さんに対する周知徹底が十分に行われるのだろうかと大変心配いたすわけですけれども、これは糸氏さん、そして篠崎さん、お答えいただきたいと思いますが、糸氏さんからお願いします。
○参考人(糸氏英吉君) 確かに、西川先生御指摘のように非常に複雑、非常に残念でございます。もっと簡便にやるべきだろうとは私も思っております。しかし、これはいろいろないきさつからこういうことになって、できるだけ成立するまでに単純化する方向でこれは御努力願いたいという気持ちは全く一緒でございます。
 なぜかというと、それはやはり患者さんに迷惑がかかるからでございますので、できるだけ患者さんに迷惑がかからなくて、しかも負担ができるだけ少ないという方向で最後の調整を図ってほしいと、かように思っております。
○参考人(篠崎次男君) 冒頭でも申し上げましたように、こういう複雑な制度が入ってきた本当の理由、それからこれが津島大臣の言われる健康保険の抜本改正とどこで結びつくのかと、その点についての解明をきちんとしてほしいというふうに思います。
 そういうことを前提として、西川先生がおっしゃる高齢者がまごまごしないようにどうしたらいいかというお尋ねですけれども、今のようなことをまず前提とした上で申し上げれば、やはり外来は一本化すべきだろうと、こういうふうに思います。それから、医療機関が何かを決めるというような、医療機関にげたを預けるような制度にはすべきでないと。もう少し厚生省がきちんと責任をとる形でやられるべきだと思います。
 ただ、私の前提は、こういう負担増そのものが問題ですから、そのことを前提とした上でお答え申し上げました。
○西川きよし君 改めて篠崎参考人にお伺いしたいんですけれども、お話の中にも出たんですが、改めて私は、今回の低所得者に対する対応をどのようにお考えになっておられるのかということをお伺いしたいんですけれども、今後どういった改正が行われるにいたしましても、低所得者に対する配慮というのは大変重要な問題であると思います。
 低所得者とはどのような方々のことを篠崎さんはお考えになっておられるのか、また、どういった対策が必要だとお考えになっておられるのか、この機会にぜひお伺いしたいと思います。
○参考人(篠崎次男君) 少なくとも、一方で基礎年金の額が労働者から要求されているような七万とか八万とかに引き上げられるとかなり解決される部分もあろうかと思いますので、医療保険の中だけでどう対応するかということについては私は限界があるんではないかなというふうには思います。
 ただ、住民税非課税世帯ですとかいろんな基準があろうかと思いますけれども、私は無年金者と、それから少なくとも三万以下の低い年金しか保障されていない方々については、一部負担、保険料の免除はしなければいけないんではないかと、そういうふうに考えております。
○西川きよし君 十二時一分まででございますので二分ほどですけれども、二分半ぐらいですが、よろしくお願いいたします。
 これは、花井参考人と篠崎参考人に最後にお伺いしたいんですけれども、まず今回のこの法案が例えば仮に廃案になったとしたときに、国民生活に与える影響としてはどのようにお二人はお考えなのでしょうか。これを最後にしたいと思うんですが。
○参考人(花井圭子君) 国民に与える影響、廃案になった場合ですか。
○西川きよし君 はい。
○参考人(花井圭子君) 今回の複雑なお年寄りに対する窓口の一部負担ですとか高額の大変中高年に負担増となるような仕組みを考えた場合、むしろ廃案になった方がいいのではないかとすら思うような中身ではないかと思います。
 通った方がお年寄りが大変窓口で行ったり来たりうろうろするような状況があちこちで出てくるんじゃないかというふうに心配しております。
 以上です。
○参考人(篠崎次男君) 患者負担増が避けられるということ、それから複雑な社会保険制度を先送りできるという点については歓迎すべきことだと、ぜひ廃案をお願いしたいと、そういうふうに思います。
 ただ、後でどのようなツケが回ってくるのか、その点、抜本改正の全貌を明らかにしつつ廃案にしていただかないと、先行きでそのツケがまた回ってくるんではないかという心配は色濃く残るだろうというふうに思います。
○西川きよし君 ありがとうございました。
○委員長(中島眞人君) 以上で参考人に対する質疑は終了いたしました。
 参考人の方々には、長時間にわたり貴重な御意見をお述べいただきまして、まことにありがとうございました。委員会を代表いたしまして御礼を申し上げます。
 午後一時まで休憩いたします。
   午後零時一分休憩
     ─────・─────
   午後一時開会
○委員長(中島眞人君) ただいまから国民福祉委員会を再開いたします。
 休憩前に引き続き、健康保険法等の一部を改正する法律案及び医療法等の一部を改正する法律案を一括して議題とし、参考人の方々から意見を聴取することといたします。
 午後は、主に医療法等の一部を改正する法律案について五名の参考人の方々に御出席いただいております。
 参考人の方々を御紹介いたします。
 四病院団体協議会所属社団法人全日本病院協会副会長・医療法人恵和会理事長西澤寛俊君、医事評論家水野肇君、九州大学大学院医療システム学分野教授信友浩一君、有料老人ホーム「グリーン東京」社長滝上宗次郎君、特定医療法人健康会理事長・地域医療研究会代表世話人三上勝利君、以上の方々でございます。
 この際、参考人の方々に一言ごあいさつを申し上げます。
 本日は、御多忙中のところ、当委員会に御出席をいただき、まことにありがとうございます。
 参考人の皆さんには忌憚のない御意見をお述べいただきまして、両案の審査の参考にさせていただきたいと存じますので、よろしくお願い申し上げます。
 次に、議事の進め方でございますが、まず参考人の皆さんからお一人十五分で順次御意見をお述べいただき、その後、委員からの質疑にお答えいただきたいと存じます。
 なお、意見の陳述、委員の質疑及び参考人の答弁とも発言は着席のままで結構でございます。
 それでは、まず西澤参考人から御意見をお述べいただきます。西澤参考人。
○参考人(西澤寛俊君) 全日本病院協会副会長の西澤でございます。
 まず、本日、私たちの意見を述べる場を与えていただきましたことに関しまして、厚く御礼申し上げます。
 早速ですが、意見を述べさせていただきます。
 まず、この法律案についての前に、現在の医療提供体制の評価と改革ということに対して私の意見を述べさせていただきます。
 現在の日本の医療提供体制は、世界的に見て非常によい制度であると思っております。総医療費もGDP比七%台と比較的安く、また国民皆保険制度、それと受診の自由、すなわちフリーアクセスが保障されておりまして、国民にとって十分な医療サービスの利用が確保されていると考えております。しかしながら、日本経済の低迷、少子高齢化社会の到来、また医療技術の急速な進歩等で、現状のままでは制度の維持が困難となっているのも事実でございます。それを考えますと、改革が必要なことは当然のことでございます。しかしながら、この世界に誇る国民皆保険制度の維持は最低条件だと考えております。
 また、改革の際のキーワードは、よく言われておりますとおり、医療の質の向上及び効率化であることは私も同じ考えでございますが、しかしながら、それをどの視点で考えるかということでございます。例えば、私たち医療提供側のエゴだけで考えるか、あるいは保険者側のことだけで考えるか、また言い方をかえますと、単にお金がかかるからそれを何とかしようだけで考えていくのか。そうじゃなくて、最低条件といたしまして重要なことは、国民の視点で考えるということではないかと思います。すなわち、改革案が出たときに、このことによって国民に対して有益かどうかと、常にその視点で物を考えるべきじゃないかなと考えております。
 そういうことで、今回の医療法改正案というものに対しては、私はその第一歩ということで認識しております。その立場で意見を述べさせていただきます。
 まず、病床区分の見直しということでございます。
 入院医療の機能分化ということは、医療の質の向上それから効率化、その両方の観点から考えてもこれは必要なことだと考えております。その点からは、今回のその他病床を一般病床と療養病床とに分けるということに関しては、私は賛成でございます。
 しかしながら、今後のことでございますが、これを第一歩としてさらに機能分化を進めていくべきと考えますが、そのときには入院患者のデータ元、すなわちどのような病態であるか、どのような病名で入院しているか、そのような入院患者の個々のデータというものをしっかりとって、そしてそれに合った適切な入院医療の機能分化というものを進めるべきだと思っております。そのためには、現在は余り普及しておりませんが、国際疾病分類、ICDといいますが、その普及、さらにはそれのコーディングの普及ということをぜひお願いしたいなと考えております。
 また、今回新しく療養病床というのができますが、これが医療型、介護型というものに分かれております。すなわち、保険制度の話でございますが、医療保険制度と介護保険制度にまたがってございます。ここら辺が現場では非常にわかりづらいということで、このあたりの整理も同時にお願いできればと考えております。
 続きまして、一般病床の人員配置基準でございます。
 これで大きいのは看護配置が四対一から三対一にということでございますが、これは私たちの協会内部でも賛否両論がございます。しかしながら、医療の質の向上という観点からは、三対一は必要と考えております。しかしながら、必要ということとそれに全病院が対応可能かということとは別問題と考えております。国民の信頼を得るためには、少しでも看護基準を上げるということで三対一は必要と考えますが、中小病院あるいは僻地の病院においては、この条件をクリアするということはかなり厳しい病院もございます。ぜひそこら辺のことを考えていただきたいと思います。
 それでは、対応が困難である問題点を幾つか述べさせていただきます。
 一つは、看護職員の地域偏在ということがございます。都市部にはたくさんいらっしゃいますが、地方、僻地に行きますと、雇用したくても有資格者がいないという現状がございます。このことに関しては、ぜひ支援をしていただきたいと思っております。
 そういうことで、中小病院とか僻地に関しては五年間の経過措置期間というのが認められました。これはただ五年間の期間を与えられたというだけじゃなくて、その間にぜひ看護従事者数の詳細な調査、そういうこととか、それから看護婦の養成の確保、そのことをぜひお願いしたい。そして、各病院がきちっと基準を上げたい、看護婦さんを雇用したいというときには、ぜひそのような条件が整っていると、それを五年間お願いしたいなと考えてございます。
 また、ちょっと問題が外れるかもしれませんが、現在、病院での看護配置三対一というのは入院患者三人に一人ですから、例えば百床の病院ですと三十四人ということになりますが、実は外来患者三十人に一人という規定もございます。すなわち、外来が三百人来ていれば十人さらに看護婦さんが必要だということでございます。これは特に地方に行って、ほかに医療機関がなくてそこの病院に外来患者がたくさん集まった場合に、それがゆえに看護基準をクリアできないということもございますので、このことも一考願いたいと考えております。
 続きまして、広告規制の緩和に関してですが、これは原則賛成いたします。
 ポジティブリスト、ネガティブリスト、どちらがいいかという議論がございますが、私はこれは将来的にはネガティブリストということがあり得るかと思いますが、現状ではやはり少し広告できる項目を拡大、すなわちポジティブリストの拡大ということでとりあえずはよいのではないかと思っております。
 続きまして、医師、歯科医師の臨床研修の必修化ということでございます。
 これは当然のことだと考えておりますが、単に法で研修が必要とかそういうことを定めるのではなくて、実際実効のある研修、中身のある研修、そういうものをぜひ考えていただきたいと思っています。また、研修医に対する身分の保障、これは例えば金銭的な給与ということだけではなくて、そのほかのいろいろな社会保障面のことを含めて考えていただければと思っております。
 また、研修ということで、一時的に現場で働く医師の数が少なくなることが考えられます。ですから、医療供給体制に影響しないこと、特に、医療過疎地に現在例えば派遣等で行っている実情がございますが、研修ということが始まってそこら辺の数が少なくなって、医療過疎地で従事する医師が少なくなるということがないような何らかの対策もお願いしたいなと考えております。
 以上でございます。
 御静聴ありがとうございました。
○委員長(中島眞人君) ありがとうございました。
 次に、水野参考人にお願いいたします。水野参考人。
○参考人(水野肇君) 水野肇です。どうぞよろしくお願いします。
 私の率直な感想を言わせていただきますと、日本の医療制度、体制もやっぱり大分変わってきたなというのが僕の率直な印象でございます。
 私は、医療審議会の委員というのは、若干途中休憩した時期はありますが二十五年やりましたけれども、最初の間は、医療審議会で医療法の改正ということはやらなかった時代が随分続いているわけであります。そのころは何をやっていたかというと、病床規制だけをやっておりまして、したがって、一体日本の医療はどういうところでコントロールされていたかというと、全部中医協で点数表によってやってきたわけであります。この医療法の改正のようなものを本当にやろうということになりましたのは、せいぜいこの十年でございます。
 実際に、第一次医療法改正以来、今度で四次になっているわけですが、そういうふうに医療政策というものが出てきて、それに対して片一方では点数表を決めるという、これが当然、車の両輪で動かないといけないわけなんで、ようやくそういう傾向が出てきたなと。それでも、まだ中医協でやっております点数改正の方が車の輪としては直径が大きいために、なかなかうまく前へは進まないというのが現状ではないか、比喩的に言えばそういうことであると思うんですけれども、こういうことをやるようになってきたというのは、私はやっぱり進歩なんではないかと思います。
 今、非常に難しい時期で、きょうは健康保険の方は余り触れなくていいというふうに言われておりますので触れませんけれども、日本は医療費が安い割には、国際統計、例えばWHOの平均寿命とか健康寿命とか、あるいは周産期死亡率とか乳児死亡率とかというふうなものは非常に優位なところであります。それから、医療費もイギリスに次いで先進国では二番目に安いと。
 だから言うことはないではないかという御意見もあるわけではございますけれども、今の日本の例えば平均寿命が長いとかいうふうなことは、私はそれは医療もいいのかもわからぬと思いますけれども、やっぱり日本の食生活というものが非常にウエートが高いんではないかというふうに僕は思っております。だからお医者さんはどうでもいいという意味ではもちろんありませんけれども、やはり相当食生活というのは大きなウエートを占めているんではないかと思います。
 それからその次に、私がいつも思っておりますのは、制度というのは結局その国の文化なのではないかというふうに私はかねがね思っております。だから、やはり社会保障制度というふうなものがいいか悪いかというのは、私は文化のバロメーターになるんではないかと思います。
 世界じゅうのものを見ておりまして、僕は全部知っておるわけではございませんけれども、例えば平均在院日数というのは日本はべらぼうに長くて、そして先進国では全部短くなってきている。スウェーデンでは、大体この数年間で十四日の平均在院日数が六日に短縮されているわけです。
 それは一体どういうことを意味しているのかというと、非常に治療というものは集中的に行われるというのが世界的な傾向であるわけでございまして、日本の一部にあるような、患者をたくさん診て、長い間入院させて、薬をたくさん出して、検査をたくさんやるというふうなことによって収入を確保するという方向は世界じゅうはもうそれは全部否定されておりまして、日本の点数表を見ましても、そういうことで収入が上がるような仕組みには今日は、御承知だと思いますが、なっておらないわけでございます。そういうことを考えまして、私は徐々に日本も行くと。とりあえず、やや第一歩に近いのが今回のものではないかと思うんです。
 医療法改正というのは、今まで療養型病床群をつくるとかいうふうなことだとか特定機能病院をつくるという両側だけやっていて、真ん中は何もやらずに来たんですが、どうやら真ん中もやらなければいけないということになってきて、私は、これは第四次と言われておりますが、五次、六次、本当のことを言えば十次ぐらいまでやらなければいけないんではないかなと思います。
 具体的な医療法の改正案については、先ほどおっしゃられましたようなお話と大体僕もそんなに根本的に違うわけではございません。ただ、全体の物の決め方のようなものとして、やはりある程度バロメーター的に、例えば入院患者三人に対して看護婦一人というふうな規定というのは、ある程度は僕はやむを得ないものではないかなと思うんです。これが金科玉条的に動き出すことについてはいろいろ問題があるかもわかりませんけれども、その辺は良識で判断されて、五年間あると。先ほども五年間をどう使うかという話をなさっておりましたけれども、私も全く同様な意見でございます。
 それから、私が今度の改正で非常に重視しておりますのは、非常にこれは賛成なんですが、大学の医学部を出て国家試験に通った人が二年間各科をローテートして、要するに一般内科、一般外科、小児内科、救急、公衆衛生、それから産科といったようなものを全部各科をローテートして、それが簡単に言えばファミリードクターの資格のようなものに持っていくという考え方は私は賛成でございます。
 非常に言い方が悪くて誤解を招くかもわかりませんけれども、私はやっぱり大病院と家庭医の先生というものは、同じお医者さんではありますけれども、訓練も仕事の仕方も本来違うのが当たり前なのではないかと思うんです。それは、専門医であれば家庭医ぐらいはだれでもやれるんだという意見が片側では私はあるのではないかと思いますけれども、それだけではやっぱり僕は考え方としてはちょっと無理があるんではないかと。やっぱり各科をローテートしてオールラウンドプレーヤーである先生が家庭医という格好でやっていただく。これは、まあ大体ねらいとしておるのは多分、これは多分ですが、アメリカでは家庭医という名のスペシャリストという考え方で大体考えられておるわけなんで、そういう傾向に日本もあるんだろうと思います。
 そのこと自体は間違いではないし、それから医療費というもの、医療法改正と医療費とは直接的な関係はありませんけれども、医療費というものから考えると、風邪引き、腹痛、二日酔い、切り傷といったような人が大学病院の外来に行くというのは私は間違いだと思うんです。やはり、これはまず我々が行きたいと思う人間関係を持っている家庭医のところに行って、そこでこれはここではちょっと、例えば検査の機械がないとか、判断力が多少問題があるとかいうので大病院や大学病院に回すというのがやっぱりあり方としては正しいんで、先ほどもおっしゃっておりましたように、機会均等というのはそういうことではなくて、やはりまず家庭医に行けば必ず診てもらえるという。それは健康保険があって診てもらえるということでございますけれども、そういうことが医療には何よりも必要なことなんであって、それがやっぱり機会均等ということに私はなるんであろうと思います。
 したがいまして、重病の場合にはぜひとも大きな病院や大学病院等でやっていただかなければいけないわけで、それはそういうところへ行く場合にはちゃんと健康保険の適用を受けるようにすれば、ただいきなり外来に勝手に行った人はペナルティーがある、スウェーデンでもありますが、そういう程度のことはやっぱりある程度はやむを得ないんではないかと。
 だから、この患者にとってどういう治療が必要かとか、どういう診断が必要かということを診ていくのが重要なんで、そのためには、皆様は御存じかもしれませんけれども、例えば岡山に川崎医科大学という私立の医科大学がございます。ここではもう十数年前からこういう各科をローテートするということを取り入れてやっておるわけです。そうしましたら、卒業生はやっぱりかなり評判がいいということと同時に、そこの教授連中と話をして聞いてみますと、彼らが言うのには、この患者をどこへ持っていけば一番いいかということについては担当教授よりはるかによくわかっておるのがその二年間のローテートの結果であるということを理事長も言っておりますし、教授も言っておるわけです。だから、私はやっぱりそういうことがこれからは非常に必要になってくるんではないかと。
 私は、明らかに心臓外科をやっている先生と家庭医の先生とは、同じお医者さんでしょうけれども職種は完全に違うのではないかという認識を持っておるので、そういうことを思うわけでございます。
 それから、あとカルテとかいろいろ問題がある部分もあるわけでございますけれども、これは非常に根本的な点で、医療というのは自由主義経済なのか統制経済なのかということがよく議論になるわけです。その場合に、ある部分についてはやはり国が金の面倒を見ながらやらなければならない部分というのがあるわけなんですね。
 例えば、コマーシャルベースだけでもし病院運営をやるとしたらどういうことになるかといったら、やっぱり採算の合うものしかやらない。そうすれば多分救急というのはやらなくなると思うんですね。ところが、救急というのは医療の原点なんです。だから、医療の原点をやらないというのはおかしいわけなんで、当然私は救急をやるというのは医療の非常に根本的な問題だと思うんです。
 そういう意味から、医療ではコアになる部分には、例えば健康保険とかあるいは公費の負担とかいうふうなものである程度面倒を見ざるを得ない要素がある。これを全部自由主義経済のもとでやってしまうとやっぱりそこは問題が起きるんではないかと、私は基本的にはそういう考え方でございまして、したがいまして、今度の改正はいろんな公開する広告なんかでも、何でもやったらいいというふうには僕は思わない。やっぱりある程度の制限はあるけれども、もうちょっと今よりは公開するということは必要なんではないかと思うんですね。
 例えば私どもが、私はこういう商売をしていますから大体のことは知っていますけれども、一般の方が病院の前を通られて、毎日通っておられても、一体ここの病院は何をやっている病院でどういう医者がいてどういうふうになっているのかというようなことは、とてもじゃないがわからないわけです。ちょっと入ってみたぐらいでは全然わからない。そういう意味において、例えば病院が土曜日の午後から病院の中を参観してくださいというふうなことを認めるとか、何かそういうことは僕はあってもいいんではないかなと、そんなふうに思っております。
 そのほか、きょうのテーマと関係があるのかどうかは別ですけれども、私はここでこの際、国会の先生方なんかにぜひともお考えいただきたいと思いますのは、こんなに医療ミスがどんどん出ていていいのかという問題でございます。
 それは医療ミスというのは昔からあったので、マスコミが書くようになったからふえたんだという見方もあるし、そこはちょっと証拠のない話でよくわかりませんけれども、現実に、少なくともああいうミスが連日のごとく新聞に出る程度出ていることは、それはうそではないわけなんですね。
 そういうことを考えると、今は、ひやりとしたのを全部集めてどうとかとかいろいろなことをやっておられますけれども、私は根本的な問題としてこれはぜひ御議論をいただきたいと。むしろ僕の方からのお願いであるわけですけれども、私はやはり今のままで、つまり今は自動車の製造工場でやるのと同じことを病院でやっておるわけですね。しかし、自動車の製造工場というのはほとんどがロボットがやっているわけです。トヨタでもどこでもいらっしゃればよくおわかりいただけると思うんですが。
 そういう意味において、今の病院の医療というものの中に、従事者が楽しいとかおもしろいとか興味を持てるとかという要素が少ないのではないか。ただやらされているだけだと、そういう考え方というのは私はどうもあるんではないかという気がするわけです。もちろん事故の七割は薬に関するものなので、そこのところはもうちょっと薬剤師が病院の中で活躍するとかいうふうなことも必要だと思いますけれども、私はそのこと以外にも、そもそも今のシステムでいいのかということはやっぱり根本的に一遍問い直してみる必要があるのかな、そんなふうに思っております。
 時間になりましたので、これで失礼します。
 どうもありがとうございました。
○委員長(中島眞人君) ありがとうございました。
 次に、信友参考人にお願いいたします。信友参考人。
○参考人(信友浩一君) この医療法は医療の質というものを担保するためにつくられた法律でありますけれども、かつての日本の貧しい時代、すなわち医療の資源が少ない、それから貧しいからこそ食べる物が貧しい、免疫が落ちておる、したがって感染症、急性疾患が主流、そういうもので我々は死の恐怖を感じておったわけですけれども、そういう貧しい時代を過ぎて、今の慢性疾患が主流の時代においては時間との争いではなくなった。自分の人生があった上での医療をどう使うか。そのように、時間との争いであった場合には医師に医療をゆだねなければならなかったのが、今や患者が医療を上手に使う、そうでなければ安心して生活できるということが実現できない時代になっているかと思います。
 したがって、医療というものは病院に行けば問題が解決するんだと、そういう施設完結型の医療というコンセプトで総合病院という名称でそのようにお使いくださいということをやっておったわけですけれども、前回の医療法改正では総合病院の名称を廃止した。これはすなわち、施設完結型医療は患者あるいは住民に間違った幻想を与えてしまう。決して病院に行けば問題が解決するわけじゃない、差し当たり病気で死なないようにする、死を先延ばしにするにとどまっているということで、これからは地域にあたかも総合病院ができるかのように、総合病院は入院医療に専念し、患者さんに身近なところにある診療所、中小病院が外来医療に専念すると。そういう外来医療と入院医療とが連携していく、そしてあたかも地域に総合病院があるかのようにという方向が出された。これは急性疾患主流の時代から慢性疾患主流の時代への大きな方向転換だったと思うわけです。
 したがって、貧しい時代においては中央に従っているということになりますけれども、医療資源が乏しいわけですから、全国で公平に使ってもらうためにやはり中央が行政力を持って検査をしながら監視をしながらと。コントロールがどうしても中央に行くということはやむを得なかったわけですけれども、前回の医療法改正で、できるだけ身近なサービスというものはその現場で考えてやってもらいましょうという大きな政府の方針。したがって、この四月から介護保険が市町村単位で運営されておるわけですけれども、その先駆けとして、医療においても地域の中にあたかも総合病院があるかのようにして使っていこうと、そういうふうに方向転換しておるわけですね。
 したがって、中央行政によるいろいろな規制というものよりは、現場においてどのように患者さんが自分にふさわしい医師を探しアクセスできるか、選択できる医療、それを現場で実現できるような方向を出していかないといけない。そのときにはやはり情報というものが患者さんにとってふさわしい、自分の命を預けられる、あるいは不愉快な思いをさせられない、あるいは事故がない、あるいは事故が起きたとしても納得できる、そういう先生に出会いたい、あるいはそういう先生がおる病院に行きたいと、それを担保しないといけないわけです。
 したがって、今回の医療法改正案で挙がっておりますポイントの中で、特に広告規制ということの考え方を従来のような考え方ではなくて、私の案であれば、それぞれの地域によって医療の風土、文化、慣習は違います。それを貧しい時代のように日本で一つというレギュレーション、コントロールをかけるものによって、現場現場にふさわしい医療の使い方が上手に使うということができるんだろうかどうだろうかということであります。
 例えば、縛らないケア、福岡が発祥の地でありますが、二年前に抑制廃止福岡宣言というものを出して「老人に、自由と誇りと安らぎを」と。治療のためには何をしてもいいという医療文化から外れて、まず患者さんの人生がある、その人生をむちゃむちゃにしてはいけない、治療のために縛っていいということはいけないと、そういう新しい医療文化をつくったのは福岡であります。
 それを受けて中央政府の方が省令で、介護保険の方でも施設介護サービスの場においては縛ってはいけないという省令を出したように、大きな流れは現場主導、行政支援という流れができております。この縛らないケアが欲しいところであれば縛らないケアというものを広告の中に入れたらいいわけだと思うわけです。いや、やっぱり患者の安全が第一だということであればそれは広告の中に載せなくてもいいということになると思います。
 そういう意味で、これからは広告規制に関しては、それぞれの医療風土を熟知しておる都道府県にある医療審議会が決めればいいわけであって、この東京で決める必要は、必然性はないんじゃなかろうかと。そういう時代の変革を過ぎておると思っております。
 それから標榜科名、従来であれば産婦人科の先生が開業される場合でも内科、小児科ということをうたってやっておりますが、そのようなルールを許していいのかどうなのか。ある地域においては既に郡市医師会が介入して、開業される先生の臨床経験を調べて、それにふさわしい標榜科を出すような指導をしております。これに関しても公正取引委員会が注目すれば何らかの不公正な競争ということでクレームがつくかもしれませんけれども、それを担保する意味でも、診療科という情報を広告で出す場合のその情報のクレジビリティー、信頼性というものをどこかが評価する、あるいはオーソライズすると、そういう仕組みをそれを必要としておる都道府県の医療審議会が決めればいいんじゃなかろうかと思います。
 そのように、これからは現場主導、中央行政支援というような流れの中で、地方にある医療審議会をベースにした形で情報をうまく使っていけるように情報開示をやっていくと。そういう意味で、地域間の競争を起こしながらクオリティーの保証を現場にゆだねると、そういう流れがふさわしいんじゃなかろうかと思っております。
 二番目は、今回の改正案の中では言及してありませんけれども、医療監視であります。
 先ほどの参考人が言われましたように、医療事故、紛争というものが医療監視でいわゆる指導事項なしというところから起きておる。ということは、現在の医療監視というものが、施設基準を満たしておればいい、そういう基準を満たしておけばいいという構造だけに注目したクオリティー、質のコントロールであるわけですね。そういうものであっても今の医療事故、紛争というもの、安心して医療が受けられるということの担保ができていないということ。
 したがって、医療のどのようなプロセスで患者さんの理解を得ながら、納得してもらいながら、すなわち選択肢を出しながらやっていただくかということの評価あるいは監視、あるいは結果ですね。余りにも病院の手術死亡が多いということは今の医療監視では全く着目されない、対象になっておりません。そのように、医療の経過、プロセス、あるいは結果、アウトカム、そういうものをきちんと医療監視できるようにならなければ安心して医療を使えないということになります。
 ちなみに、第三者機能評価ということでマル適マークを出したという医療施設で頻繁に医療紛争も事故も起きております。何を担保するのかということの疑いが国民の間、住民の間に出てきております。したがって、今の医療監視という方法の中には実は調査権というものが、司法権じゃありませんが、調査権というものがないままに入っていけない限界があります。
 私がおります福岡市東区では、この十一月から、医師会と医療監視をする行政の人が一緒の日に一緒の場所で行う、そして医療監視に近いようなその情報を行政の方に提供して、行政がそれを住民に開示することによって適切な医療機関、ドクターをわかって使ってもらうと、そのようなことの試みもしております。でも、これは法に基づく医療監視ではありませんので、いろんなクレームがつきかねないことでありますけれども、住民が非常に希望、要求しているやり方であります。
 したがって、今の形骸化しておる医療監視というものにぜひ調査権をつけ、かつ専門職団体と共同作業をしてその情報をうまく住民に使ってもらう、あるいは行政をうまく使うということで、自分が生まれ育ったところで医療を安心、納得、一体感を持って使う。提供する側も安心、納得、一体感を持って提供できるようになる。
 そういう現場主導、中央行政支援、そういう世界に持っていくきっかけを早く、今までの中央で統制をかけるという発想を免れて、より一層強く現場に多くの自主性が、主体性が出るような権限付与というものもぜひ検討していただきたいということでございます。
 以上でございます。
○委員長(中島眞人君) ありがとうございました。
 次に、滝上参考人にお願いいたします。滝上参考人。
○参考人(滝上宗次郎君) 滝上でございます。お招きをいただきまして大変ありがとうございます。どうぞよろしくお願い申し上げます。
 結論から申し上げれば、医療法の今回の改正には反対ということで参ったわけでございます。理由は、これが間違っていること、またあるいはこんなことをやっていては日本の社会保障制度はいずれ崩壊するであろうということからであります。
 そしてまた、きょう御説明申し上げたいことは何かといいますと、医療というものが国民から見ていかにその制度がわかりにくいかということを御説明したいと思います。効率化というような言葉がございますけれども、どんなことがあってもやはり国民は負担をふやしていかざるを得ないわけでございまして、その理解を得るためには、情報開示とともにわかりやすい制度にしていかなければとても議論はできないということかと思います。
 ですから、私における抜本改革とは何かといいますと、第一幕は、わかりやすく医療制度を直すということでございます。第二幕は、国民的な議論を行って、どうやって負担をみんなでしていくのかといった議論でございます。
 お手元に十三ページの資料をお配りしておりますので、その資料に基づいてお話し申し上げていきます。
 まず一ページ目は、これは共同通信社から全国の地方紙に配信しております「介護ざっくばらん」という私の連載のコラムの中から持ってきたものでございます。見出しに「海外よりまし老人医療」と書いてありますように、西澤先生のおっしゃったのと同じことでございます。
 それから、信友先生が疾病構造が変わったと、慢性疾患になってきたということで医療制度も変わってくるというようなことがよく言われておりますけれども、全国的にはそうでありましょう。しかし、私は有料老人ホームの経営者としてお年寄りの医療というものを常日ごろ見ていることからいいまして、こういう動きには大きく反対するわけでございます。
 介護を必要とする方は大変体力が弱い、そして慢性疾患を持っていらっしゃる、それは当たり前です。しかし、より重要なことは、この慢性疾患を持っていらっしゃる体力の弱い方が同時に頻繁に急性疾患になると、こういうことであります。そのときに急性疾患をどういうふうに治療するのかということが非常に重要でございまして、今の医療制度はどんどんお年寄りから急性疾患の治療の場を奪っているというふうに言えるかと思います。
 さて、一ページ目の「介護ざっくばらん」の中で四角に囲ったところをお話し申し上げてまいります。
 確かに看護婦さんをふやしていくということは重要でありましょう。三対一は必要です。いわんや二対一でもいいぐらいであります。しかし、なぜ反対せざるを得ないのかといいますと、そこの囲みの中を読ませていただきます。「日本の病院は、一ベッド当たりの看護婦の人数が欧米諸国の半分だ、と有識者は批判しています。」、あちこちの社説にもそんなことが書いてあります。これは実に一面的な批判だと私は思います。「確かに三、四十年前、まだ日本が貧しかったころは、人口十万人当たりの医師と看護婦の数は欧米に比べてとても少なく、医療には恵まれていませんでした。 今日では、欧米とほぼ肩を並べています。しかし、他国には決してない「社会的入院」のためのベッドが日本には五十万以上もあって、そこに多数の看護婦が働いています。人口当たりのベッド数は欧米の倍もあり、一ベッド当たりで数えれば看護婦の人数が半分となるのです。」。要するに、医療制度が間違っているために看護婦がきちんと配置できない、それだけのことであります。間違っているのは制度でございます。
 参議院の事務局の方から事前に資料をいただきました。第百五十回国会医療法等の一部を改正する法律案の参考資料というものをいただきまして、もうここにもちゃんと書いてあります。九十二ページには人口千人に対する看護婦の人数の国際比較がありますけれども、日本は先進諸国の中で比べまして全く遜色がない、同じ人数の看護婦がいるわけです。しかし、次の次のページ、九十四ページを見ますと、百ベッド当たりの看護婦の職員の数は日本は非常に低い、見劣りするほどひどい。これはもうはっきり言って厚生省の医療制度が過去失敗に失敗を重ねてきた結果であります。こういう失敗を直さずにどんどんどんどん配置基準をふやしていけば財政はおかしくなるに決まっている、こういうことであります。
 さて、二ページ目をお願いいたします。
 社会的入院が五十万人以上と申し上げましたけれども、それは控え目な数でございます。ちょっと出典を書いておりませんけれども、これは私が書いている本の中から、五、六年前に書いた本の九十ページをコピーしてきたものでございます。この資料は私がつくったものではございませんで、厚生省さんがおつくりになったものであります。一九九四年の九月に介護保険を何とかつくろうというために「高齢者介護問題を考える」という冊子でございます。
 そこの一ページ、タイトルが傑作でございます、「高齢者の生活状況」。どこでお暮らしになっていらっしゃるかです。どこで治療を受けているかではありません。そして、どこでお暮らしになっているかといいますと、施設に百万人、そしてそれが介護施設では三十万人、何と病院で七十万人です。生活するところではないところで七十万人もの方が生活しているわけです。そして、同じ厚生省の資料で何かといいますと、そういった病院でありますととても高いお金がかかると、こういうことであります。
 要するに、安いところで介護せず高いところで介護している、しかも介護施設は生活の場でありますからゆとりがある。病院の方は、今回の改正案の中にもありますように、四・二じゃ少ないから六・四にしようと、その程度でございます。安かろう悪かろうという言葉がございますけれども、日本は高かろう悪かろうというところでお年寄りの生活を支えている、こういうことであります。
 今回ここに出るに当たってちょっと少しばかり勉強してきたのでありますけれども、十月三十一日に衆議院で同じ参考人の意見がございまして、私はそれを取り寄せまして実に驚きました。それは何かといいますと、健康保険組合の方がこれに賛成しているんですね、今回の法案に。読みましたら、健保組合の厳しい財政状況を踏まえというわけです。保険料率がどんどん上がっていくから食いとめてほしいと、こういうことです。
 なぜその健保組合が七割が赤字になったのか。理由は簡単であります。お年寄りの医療費に多額の拠出をしているからです。しかし実態は、ここに書いてあるように拠出しているものは医療費ではありません。介護のための費用を拠出しているわけです。
 要するに、組合健保というものは、自分たち組合員から医療費だよとして集めたものを介護のために拠出しているわけです。目的外使用です。ですから、組合健保は介護のための費用は出せませんと言って拠出金を拒否すればいいだけの話です。何のこともありません。それを、その理解が不十分なのかよくわかりませんけれども、どういう政治的構造があるのかわかりませんけれども、組合健保の方々が一生懸命医療費として集めたものを介護費で使っている、こういうことであります。いかに国民にお年寄りの医療の正しい情報が伝わっていないのかということでございます。
 さて、三ページ目をお願いいたします。
 これは昨年の十月二十三日、亀井発言で大揺れに揺れたころに朝日新聞から私の意見を出したものであります。見ていただきたいものは左上の介護保険の収入と支出の項目であります。要するに、支出の方を見ますと、老人保健施設に六千九百億円、それから療養型病床群に八千百億円出すわけですね。何ということはございません。介護保険とは何かといえば、老人医療費のツケを回したということが大きな目的であったということであります。そして、ここは介護病院と書いてありますけれども、療養型病床群であります。
 今回の医療法の改正は療養型病床群に分けるということでございますけれども、一体同じ療養型病床群がなぜ介護保険の方にもあってまた医療保険の方にもあるのか、全く国民には理解できません。簡単に言えば、介護施設を両方で見ている、これだけの話であります。
 要するに、今回の医療法の改正とは何かといいましたら、社会的入院を法律で容認するという実にばかげた、絶対あってはならない、これをやっちゃったらもう日本の医療の将来はなくなる、そこまで考えられるような悪法の改正であります。
 四ページ目をお願いいたします。
 情報開示が必要だなんと言いながらどこの新聞社かわからないようにしたのは、どこの新聞も同じように書いてありまして、どこをとってきていいかわからなかったので一応新聞社名は隠したと、こういうことでありますけれども、一面にこんなことが載っているということであります。
 さて、診療報酬実質〇・二%引き上げたと、こういう大見出しでございまして、これについてお話し申し上げますと、その一番右下の段に囲みをつけてあります。全体で〇・二%アップと大幅に削られた、報酬自体は一・九%アップだったが薬価が一・七%ダウンしたためだと。だから実質〇・二%だというふうに政府は発表したわけです。これは果たして本当なのか。
 左側に私がつくった資料を張ってきました。昭和五十六年、一九八一年から診療報酬の引き上げが難しくなってきたわけです。そのためにどういうふうに厚生省はそれを言い繕ったか、国民をごまかしたかといいますと、診療報酬は八・一%引き上げますと、一九八一年のところを見てください、しかし自己努力で医薬品を六・一%下げますから実質二・〇%の引き上げにすぎないと、こんなふうに言ってきたわけです。過去二十年間ずっとこういう説明をしてきているわけです。今回も、一・九%引き上げるけれども、一・七%引き下げるから、実質は〇・二%なんだと、こういうことであります。
 では、一体薬剤費は減ったのか。こんな勢いで薬剤費を減らしたわけでございますから、一九八一年に四兆円あった薬剤費は、じゃ今は三千億円か四千億円しかないのかというと、そうじゃなくて、六兆円か七兆円あるわけです。何も下がっていない、むしろふえている。こういうトリックで国民をごまかす。それで診療報酬を引き上げる。引き上げること自体にいい悪いは申しませんけれども、だますということはよくない。
 さて、この新聞の一面記事のリードの部分を読みますと、実に茶番劇が書いてあります。上げろ、下げろの大応酬だと書いてあります。三行目になりますと、引き上げを主張した日本医師会など診療側、強硬に反対した健康保険組合連合会など支払い側と、要するに日本医師会と健保連が大変に争ったということであります。
 こういうのを見ると、またわからないわけです。前回の衆議院、十月三十一日で、健保連の方が今回の改正に賛成したといって私は本当に腰が抜けるほどびっくりしたわけでございますけれども、こういう記事を見てもびっくりするわけです。要するに、これは実質〇・二%じゃなくて、もっと大幅な引き下げにもかかわらず〇・二%という、間違ったというか誤解したというか、わざと誤解しているのかわかりませんけれども、そういう了解のもとでやっている、こういうことであります。
 本当に医療というものは茶番でありまして、それが国民に茶番が真実かのように流されていることが問題であります。これでは国民のコンセンサスは得られない。
 例えば薬剤費にしてみれば、ちょっと数年前まで一兆二千億円が薬価差益だと言われていたわけです。多分過少申告でしょうと。お医者さんは全国に二十万人いますから、一兆二千億円を二十万人で私は電卓をたたいて割ってみたわけです。そうしましたら六百万円でした。何かおかしいな、六十万の間違いじゃないかなと思って何度も何度も電卓をたたいたんですけれども、一兆二千億円を二十万人で割ると、何と六百万円、一人のお医者さんが薬価差益で六百万円を得ている、こういうことであります。これでは薬漬けがなくなるわけはございませんし、薬害エイズの被害者というものははっきり言って医療制度の中にあるということしか私には考えられません。その後、薬価差益が減った減ったとか言いますけれども、実態がよくわかっておりません。
 さて、五ページ目をお願いいたします。
 いかに医療というものが不透明か、とりわけお年寄りの入院費用が不透明かというのがこの十一月八日の朝日新聞であります。八人部屋とか十人部屋でこれだけのお金を取られるわけです。地方のことはちょっとわかりませんけれども、関東では大部屋に入りまして大体十五万円から二十万円を超えるお世話料を取られるわけであります。どうなっているかといいますと、もう日本のこういったところは金持ちしか入れない、こういうことでございます。日本の憲法に逆らうような状況であります。社会保障制度は金持ちしか使えないようになっている。そして、今回の介護保険で特別養護老人ホームにも一割の負担がついた、こういうことであります。
 お年寄りはどういうふうに生活しているのかということを申し上げますと、例えば年金五万円で暮らしている、年金七万円で暮らしている、そういうお年寄りに聞けばすぐ答えてきます。これには二千五百円使うんだ、新聞の購読で三千二百円使うんだ、食費は大体一万七千円ぐらいでおさめているんだ、そんなふうにお年寄りは生活しています。あるいは、一日に使うお金は二千五百円以内におさめる、こういうのがお年寄りの生活です。そういうところに突然一割負担というものが、二万、三万というのが押しかかってくれば生活が破綻するのは当たり前であります。何か新しい物を買うには何かほかのものを削らなきゃいけない。そういうお年寄りに対して突然千円単位ではなくて二万、三万の一割負担を押しつける、こういうことが介護保険で行われたわけなんですけれども、果たしてよろしいんでしょうかと、こういうことであります。
 さて、六ページ目をお願いいたします。
 国民に情報が伝わるということが一番重要な抜本改革の第一幕であるというふうに申し上げてきましたけれども、六ページを見てもそうでございます。
 これは有識者会議の報告書が出まして、十月三十一日と十月二十五日の新聞であります。左下に毎日新聞がございまして、十月二十五日には、何と貝塚座長がみずからこうおっしゃったと、厚生省の考えや大蔵省の話を反映しているんだと、こういうことでございます。有識者の会議ではなくて、要するに行政がつくった報告書だ、こういうことであります。そしてまた三十一日の読売新聞では、袖井先生が何とおっしゃったかというと、ここに書いてあるように、省庁が口を挟む場面が多かったと、こういうことであります。
 そして、私は首相官邸というホームページでそのやりとりを見ていたんですけれども、こんなことは初めて知ったわけです。首相官邸のホームページに載っている有識者会議の報告書の議事録には厚生省さんのお名前は全然出てこないんです。各委員の発言しか出てこないんです。情報を流すんだったら正しく流していただきたい。要するに、国民を惑わすようなことはやめてだきたいということ、真の情報開示とは何かということを御理解いただきたい、こういうことでございます。
 七ページ目をお願いいたします。
○委員長(中島眞人君) 時間が来ておりますので要約を願います。
○参考人(滝上宗次郎君) 済みません、八ページ目だけやらせてください。
 二〇二〇年を見ますと、五千万人ちょっとの労働者が三千三百万人の年金を支え、そして七十五歳以上の医療費と介護保険を支えるわけです。はっきり言って、破綻する可能性があるということです。下の図を見てください。日本は一〇%から二〇%に行くのにわずか二十一年です。よその国は七十年、八十年かかってやるものですからゆっくりできる。しかし、日本は時間がない。問題の先送りが全くできない国で、最もこの国は問題の先送りをしているということであります。
 以上です。失礼いたしました。
○委員長(中島眞人君) ありがとうございました。
 次に、三上参考人にお願いいたします。三上参考人。
○参考人(三上勝利君) お手元にレジュメがお渡ししてありますけれども、それを見ながら御説明したいと思います。
 私は昭和四十三年に医学部を卒業しております。この四十三年というのは、いわゆるインターン制度が廃止になった年でありますし、同年五月に改正医師法が成立して現行の臨床研修制度が努力義務として始まった年です。学生時代及び青年医師連合時代を通じてインターン制度の廃止、大学医局の解体闘争に加わった者として、三十年余を経て今、医師の卒後臨床研修の必修化の議論にこのような場で意見を述べさせていただくということは非常に複雑な気持ちであります。と同時にまた、自分のこれまでの経緯も含めて、こういう場で発言できるということを感謝いたしております。
 私は、今回の改正の中で、特に医師の臨床研修の必修化のみに絞って私見を述べさせていただきたいというふうに思っています。
 先ほども申しましたように、インターン制度の廃止運動にかかわりましたけれども、三十年余が過ぎて、私自身は、医学部卒業後の臨床研修は絶対に必要であるというふうに現在考えております。
 我々の病院では、民間病院ですけれども、特定医療法人で、京都市内に三百六床の急性期病院を中心として、六つの診療所、九十六床の老人保健施設、百床の特別養護老人ホームを有する組織ですが、一九九一年から独自に研修委員会を発足させて、毎年一ないし二名の新卒医師の臨床研修二年間を実施しております。これは我々のところでは初期研修というふうな形で、五年間を研修期間として、最初の二年間を初期研修というふうにしているわけですけれども、それによって我々の病院の後継医師の育成を目指してまいりました。
 当院での臨床研修の経験と反省を踏まえながら、医師の臨床研修の必修化に関する法律案の問題点に触れたいというふうに考えます。
 項目は四点ありますけれども、まず第一点は、研修医の経済的保障と指導医に対する配慮ということです。
 昭和四十三年の医師法の改定でいわゆるインターン制が廃止されて、卒後臨床研修は努力規定になりました。その後、卒後臨床研修目標の設定であるとか研修プログラム等が導入されましたけれども、私の知る限りでは、ほとんどの大学でこのプログラムというのは機能しておりません。例外的に多少やっているところはあるわけですけれども、ほとんどの大学でこのプログラムは機能しておりません。
 したがって、インターン制が廃止されてから過去三十年以上というのは、卒業後の医師の研修というのは一つのプログラムにのっとってきちんとやられているということは実態が全くないというふうに考えていいんじゃないかというふうに思っています。
 ここに若手医師の会という会からの雑誌がありますけれども、これで見ましても、卒業後の研修をどうしたらいいかということで、いろいろな病院を探しているわけです。大学では少なくとも研修ができないということで、こういうパンフレットを各医学部に配付しています。そういう活動をされていますけれども、これで見ましても、卒後研修のできる病院というのが非常に限られているということを言っております。
 そういう意味で、僕が知らない点もあると思いますけれども、今の医学部の実態というのは、卒後研修に関して、少なくとも初期研修に関してはほとんど責任を果たしていないというのがこの間の実態だというふうに考えております。
 それから、それではその卒業した医師というのはどうしているかといいますと、ほとんどの卒業生というのは大学の医局に入局する、大学の医局で数カ月間の研修という名の、どの程度の研修をされるかというのはまちまちだと思うんですけれども、プログラムにのっとらない大学医局での数カ月の研修の後に、一部で指導医体制のないアルバイト医師として市中、町の中で劣悪な医療を行っているということが実態です。
 このことに関しては必ずしも彼らが悪いとか何かじゃなくて、生活保障がないということが裏面にあるわけですけれども、そういうことの中で自分の生活費を稼ぎながら何とか大学医局の中で生活しているというか、医療活動をしているというのが実態です。
 そういう意味では、先ほども述べましたように、その状態をこのままにしておくということは決してこれからの日本の医療にとっても好ましいことではないというか、そういう意味では今回の卒後の臨床研修を必修化するということに関しては、そういう面では僕は賛成なわけです。ただし、インターン闘争のときにありましたような経済的な保障がない、あるいは身分保障がないという形での研修の義務化であれば、それは絶対にうまくいかないし、廃止運動に加わった我々が今回それをつくるわけにはいかないというか、つくらせるわけにはいかないというふうに考えているわけです。
 そういう意味で、経済的保障とその指導医に対する配慮というのは絶対に必要であるということです。しかも、臨床研修に専念できるような生活の保障が絶対必要なわけで、我々のところでは二年間嘱託医師として常勤の医師に準じた給料を払っております。約三十万の初任給を払って医師を教育しております。もちろん、院外でのアルバイトは禁止ということを明記しております。
 実際に、一ないし二名の研修医ということで、二年間について言えば二、三名ということになります。しかし、それを五年間研修するということになると十名前後になるわけですけれども、それに対して七名の指導医が研修委員会をつくって、プログラム、進行状況、カルテの記載の方法、それから対人関係等々について、一週間に一遍のカンファレンスを含めて研修指導しているというふうな状態です。したがって、指導医の負担というのは非常に大きいということがありまして、これに対する配慮が欲しいということがあります。
 それから次に、研修指定病院に関する問題点、二ページのところです。
 現在、この法律案でもそうですけれども、研修指定病院というのは、特に厚生省の研修指定病院というのは大学病院と、現在であれば厚生大臣の指定する研修指定病院に限られているわけですけれども、及び病院群という少し緩和された項目がありますけれども、ここで問題になりますのは、一番に書いてありますように、大学の附属病院で果たして初期の臨床研修ができるのかどうかということについて僕は疑問を持っているわけです。
 このことに関しては、この法案の素案になっている医療関係者審議会臨床研修部会の小委員会報告の中でもその点については多少触れております。いわゆる初期研修に関して大学の医局というのは必ずしも適当でない面がある、そういう面に関してはこれからの研修指定病院の緩和を含めて市中病院との協力関係の中でやらないとできないんじゃないかという非常に素直な意見もあるわけですけれども、法案の中では完全にそれは削除されまして、大学病院と研修指定病院に限るというふうなことになっておりまして、この点は非常に問題があるというふうに思っています。
 大学医局による研修というのは、いわば初期研修じゃなくて後期研修の場合には非常に有効な部分というのはあると思いますけれども、少なくとも大学の医局研修というのは基本的に臓器中心の専門医養成であります。そういう意味で初期の卒後研修には適していないというふうに思っています。そういう意味では、大学病院と市中病院との協力と連携というのをもっともっと模索するべきじゃないかというふうに考えます。この点に関しては、ここの資料に載せていますように、二十一世紀医学・医療懇談会の三次報告等についてもそれは触れられております。それから、ただいま指摘しました小委員会中間報告でも述べられております。
 それから、臨床研修対象者というのは約一万五千五百人いるわけです。臨床研修指定病院数というのは平成十年度で四百四十カ所ということで、平均の頭割りしてみますと三十五人ということになります。三十五人を研修させるということは実際には不可能です。我々のところで、先ほども言いましたように、一学年と二学年となれば二人でも四人になるわけです。それに対して指導医が七名で指導しているわけです。実際にはその三十五名を一施設で見るということはたとえ大学であっても僕はほとんど不可能というか、これは授業と同じということになります。そういう面では、研修指定病院を大幅にふやさなければ十分な研修というのは保証されないのは明らかです。
 少人数の研修医師に対する充実した指導体制がなければ、結局は昔のインターン制と同じように、プログラムがあって、ほとんどが卒業前のポリクリと同じようにただ見学して回るというだけのことになって、ほとんど義務化されたけれども実効がないというふうなことになってしまうわけです。僕はこのことを非常に懸念するわけです。
 それから、厚生大臣の指定する病院、臨床研修病院の指定基準にかかわる問題ということで、先ほどの点ともダブるんですけれども、臨床研修病院というのは非常に厳しい指定基準があります。例えば、眼科とか耳鼻科とか皮膚科とか、そういうマイナーの科については二名以上の常勤が必要であるとか、それから剖検率が三〇%以上あるいは病床数の一〇%以上の剖検数が必要と。これはほとんど達成できないわけです。したがって、我々のところも三百床以上ありますけれども、厚生省のこの施設基準というのはなかなかクリアできないし、一般の地方病院もそうではないかというふうに思っています。
 そういう意味で、研修の内容が次のページに書いてありますけれども、実際には内科、外科を中心として、しかもプライマリーケア、それから在宅医療、救急医療、リハ医療を含む全人的な医療を目指すということが基本的になると思いますし、また内科、外科を中心とした臨床研修プログラムに基づいて救急医療における全科対応の訓練ということが中心になると思います。
 そういう意味では、内科、外科がしっかりしている、あるいは指導体制ができている、教育指定病院を受けているという状況の中でマイナーの科に対する何らかの対応ができるのであれば、僕はこの指定病院の緩和をそういう形でお願いしたい。そうしなければ地方などの中小病院にとっては全く指導ができなくなってしまう。今の地方の地域医療というのは、中小病院を中心として若手の医師を育てながら実際には行われているわけです。そういうことで、このやり方によっては研修指定の基準をハードルを高くしますと、地方の中小病院の臨床研修ないしはその病院の医療というのは非常に悪化してしまうという懸念を持っています。そういう意味では、ぜひ研修指定病院の緩和をお願いしたい。それから、研修内容については、先ほど述べたようなことを中心に考えてほしいということです。
 五番目のところで当院における卒後臨床研修の概要ということが書いてありますけれども、その中で幾つかあります。かつて我々のところでは五年間内科医等の研修を終えた後、在宅医療等の総合的な診療を行うというふうにしていたわけですけれども、そうしますと、五年過ぎてしまいますと、ほとんどの医師というのは専門医志向の方に傾いてしまうということで、そういう反省も踏まえて、我々は初期研修の中で在宅医療であるとかそういうものを初めに徹底的に、医師とは何か、あるいはどうなければならないかということをオリエンテーションするという意味で、初期研修の中に在宅医療とか救急医療とかそういうものを入れたわけです。そういうことで、多少の参考になればと思いまして当院における卒後臨床研修の概要ということで書きました。
 その中の四番目のところですけれども、社会的常識、患者・医師関係、チーム医療についての教育、このことは一見ごく当たり前ですけれども、実は社会的常識とかが欠如している医師というのはたくさんいるわけです。これをまず病院に来たときに、新卒を採ったときにこの社会的常識とは何か、この辺からまずオリエンテーションしなきゃならないというのが実際の問題で、特に例外的にいるわけではなくて、かなりな部分がこういうことを持っているわけです。
 それから八番目のところですけれども、思いどおりに二年間で初期研修というのはできないことがあります。したがって、初期研修の一年六カ月目のところでまず研修の評価をして、その足りない部分を後の六カ月間で補習するというか、補習授業じゃないですけれども、その評価に基づいて、この点があなたは足りないというようなことでやらせているということと、そこまでスムーズにいった場合には、最後の四カ月間は集中治療室勤務として救急疾患及び重症患者の集中的な研修を行っているということで、約十年になりますけれども、我々としては非常に優秀な医師を育てているというふうに自負しております。
 そういう意味では、今度の法律案というのは問題がありますけれども、いわゆるポイントになる部分というか、それだけはしっかり保証した上でやってほしいというのが僕の意見です。
 どうもありがとうございました。
○委員長(中島眞人君) これより参考人に対する質疑を行います。
 質疑のある方は順次御発言願います。
○入澤肇君 大変貴重な御意見をありがとうございました。厚生省等から説明を受けていますのが、参考人の意見を聞きまして立体的になったんじゃないかなという感じがしております。
   〔委員長退席、理事亀谷博昭君着席〕
 そこで、最初に西澤参考人、水野参考人にお聞きしたいんですけれども、実は今回の医療法の改正は、一つは医療サービス、医療提供体制を効率化したい、もう一つは医療コストを削減する方向で努力したい、そういうことから、急性病床と慢性病床を区別するんだということで制度が改正されるわけでございますけれども、実は前回の委員会で質問いたしまして私も疑問に思ったところを、きょうは糸氏参考人が午前中に、ホスピタルフィーとドクターフィーをちゃんと区別した診療報酬体系になりつつあるんだと、なっていると言ったのかな、そんな発言があったんですけれども、私はどうも診療報酬体系を見ていてもそう感じないんです。要するに、標準的な病院経営をする場合にどのような経営コストがかかっているのか、それと診療報酬体系はどのように連動しているのか。
 例えば、今度の新しい研修医制度で研修医を受け入れますね。この研修医を受け入れて、今みたいにアルバイトを禁止して三十万出すというふうな場合には、それは診療報酬体系の中に入り込むのか、別途の計算で病院経営コストの方できちんと計上しなくちゃいけないのか。
 この辺についての現在の制度と、それからあるべき道ですか方法、こういうことについて御意見をお聞かせ願いたいと思います。
○参考人(西澤寛俊君) 今の御質問ですけれども、ホスピタルフィー、ドクターフィーということなんですが、これは日本とアメリカの制度が違うので、アメリカのドクターフィー、ホスピタルフィーの概念を日本に持ってくるとちょっと間違うんじゃないかなと思っております。私は、考え方を変えまして、物と技術料というふうな分析の仕方がいいかなと思っております。今の日本の診療報酬はそれが十把一からげだと思っております。
 例えば、手術料という中には、手術材料費からそれにかかわる医師その他のコメディカルの人件費すべてが入ってございます。そのあたりをきちんと分析して、実際のコスト計算をまずして、コストを補償して、プラス技術料が何ぼかというつくり方が正しいかなと。そういう意味では、診療報酬の今の点数表というのは根本的に変えていただく必要があるかなと思います。
 それからもう一つ、研修のときの費用とかほかのことでございますが、その費用というのは特別上乗せされているわけじゃなくて、三上先生のところでは恐らく経営努力した中でそこを捻出して、持ち出しということでないかと思っております。
 以上です。
○参考人(水野肇君) ちょっと御質問の趣旨が全部僕は理解できているかどうかわかりませんけれども、最初におっしゃった急性病棟と慢性病棟に分けるという考え方でございますが、これは恐らく二〇一〇年ごろになれば、病棟というのは全部急性病棟になるというのが世界的な病院の傾向になりつつあるのではないかと私は思います。
 というのは、例えばスウェーデンなんかでは現在既に人を収容するということはよくない、やはりそれよりは在宅の方がいいんだという考え方が徐々に支配的になってきております。そういう意味で、病院というのは、本当にせいぜい三日とか五日とかという程度、手術か何かで入院するだけのものであって、現にヨーロッパの各国では即日退院と言われていますけれども、きょう入って、きょう出るわけですね。朝八時か九時に入って、午前中検査をして、午後手術をして、しばらく休んで夕方から夜にかけて退院する、それを即日退院と言っておるんですが、そういうものが病院治療のメーンになる時代はもうすぐそこに来ているというのが私はヨーロッパや何かの事情ではないかと思います。
 それから、私は糸氏さんがドクターフィーとホスピタルフィーに分かれていく傾向だと言われたという意味がもう一つよくわからないですけれども、もしも勘ぐって言えば、ドクターフィーというのは当然のことなんですが技術料であり、ホスピタルフィーというのは先ほどおっしゃられたように物であるということは間違いないわけです。それに分かれていく傾向にあるということであれば、それは世界各国の趨勢に大体合致した方向であるということに私はなるんではないかと思います。
 それから、先ほどおっしゃいました、じゃ卒後教育についてどうかという問題ですが、これは私の知っています範囲では、文部省と厚生省がそれをはじいた金額では大体二年間で八百億と。つまり、ローテートする間が二年かかりますから、一年で四百億、したがって二年で八百億と。
 それで、この八百億が高いか安いかという議論なんでございますが、それを文部省から呼ばれたときに、僕は高いとは思わないと言ったんです。それは何でかというと、医療費というのは二十八兆あるわけです。二十八兆とこの八百億とを比べたら、そう大したことはないではないかと。
 私はやっぱりこれは、先ほど来も皆さん御主張になっておられるように、ちゃんと給料というか手当を出さないといけない、そうせぬと、またインターン闘争みたいなことにならない保証はないというのが私の考えですが、八百億は、これは結局は健康保険から出すかどうかという問題はあるんですけれども、そんなに高額なものだという認識は僕個人は持っておりません。
 以上です。
○入澤肇君 この点は、非常に今のお話を聞いてもわからないんですけれども、要するに病院経営のコスト分析をすると、大きく物にかかるコストと技術料にかかるコストと言うんですけれども、物といったって、例えばいろんな職員を雇えば、技術料以外ですよ、雇えばいろんな人件費もかかるでしょうし、光熱水料もかかるでしょうし、病院を建てれば償却費もかかるでしょう。そういうふうなコスト計算がきちんとあった上で、標準的な効率的な医療サービスを提供するためにはどのような診療報酬体系がいいのかとか、あるいは病院に対する助成のシステムはどうかとか、そういうふうな積み重ねの議論が私はあっていいんじゃないかと思っているものですから、今みたいな質問をしたわけでございます。
 全体二十八兆円で八百億円ぐらいのお金は云々というのは私は当然だと思います、研修とか何かについては。しかし、これはそういうことも含めてきちんとした医療保険制度の中に、国庫助成あるいは保険料あるいは利用者負担の中にきちんとした名目を設けて計上されるような、透明性のある仕組みが私は必要じゃないかなと思ってその御質問を申し上げたわけであります。
 そこで、あと一分でございますけれども、西澤先生、今度の介護保険制度が発足して、医療型と介護型の両方の区別が非常に難しい、わかりにくいということが言われましたけれども、先生としてはどのように区分したら一番すっきりすると思いますか。
○参考人(西澤寛俊君) 非常に難しい問題だと思いますが、私はやはり入っている方の状態ですね、それをもう少しきちっと何らかのデータをもとにして判断すべきだと思います。
 正直言いますと、今の介護保険の方に入っている方は介護認定を受けていますからわかりやすいんですが、医療保険でどのような方が入院していらっしゃるかというのが実は見えていない。そのあたりをきちっと見えるようにすることがまず必要だと思います。それによってこの療養病床の役割というのが決まってくると思います。
   〔理事亀谷博昭君退席、委員長着席〕
 場合によっては、療養病床というのは介護保険に全部行った方がいいのか、あるいは、医療保険の対応の療養病床というのがあったとしたらどのような方が入院しているのか、そのあたりのデータをぜひ明らかにしていただきたいと思っております。
○今井澄君 参考人の皆さんにはいろいろ御意見をありがとうございました。それぞれがそれぞれの分野のことをお話しいただいて、それで全体像がある程度できたような気がします。それほど医療というのは多岐にわたるものですし、今度の医療法改正もそれだけ多くの内容を含んでいることだと思います。
 時間が十分しかありませんので、私は極めて絞って、二つほど絞って質問させていただきたいと思うんですが、先ほど水野参考人からお話がありましたように、十年ぐらいたてば病院というのは急性期病床中心になっていくだろうと。もちろん若干のリハビリ病院や慢性期病院はあるでしょうけれども、私も、入院施設というのは、入院しなければ治らない患者を入れて診察して治療して治すのが病院だと。それ以外の慢性疾患は在宅でやっているのが世界の常識だと私も思っております。
 ところで、そういうふうになっていく上で、水野参考人と信友参考人と滝上参考人にお聞きしたいんですけれども、日本はやたらに病院の数、病床数が多過ぎるわけですよね。それで、今、日本にある病院が世界の先進国の病院と比べて医療水準が高いと思っておられるか、同じだと思っておられるか、低いと思っておられるか、あるいは低くなりつつあると思っておられるか、その辺のことを端的にお答えいただきたいし、またその原因は何か、職員配置が半分以下なのにということを考えて、どういうことが原因とお考えか、その辺を三人の方にちょっとお尋ねします。
○参考人(水野肇君) 今井先生のおっしゃっておられるのに端的に答えると、私は高くもなく低くもないというのが日本の医療の水準ではないかと思います。
 ただ、一言言いますと、大学病院というところは、ヨーロッパ、アメリカでは最高水準を保とうと努力して、そしてそれを地域の住民に提供しようという努力をしていますが、日本ではやっていない、それが僕の感想です。
○参考人(信友浩一君) 致命的な医療に関しては日本はおくれておると思います。一方、障害にかかわるような、あるいは症状に苦しむような医療に関しては先進国並みだと思います。
 その原因は、どなたかが言われましたが、マンパワーはマクロで見れば十分あるわけですけれども、余りにも小さい施設に分散されておるがために、一つの施設に強力な医療チームができていない。非常に中途半端なチームしかできていないことがこの低医療の質をもたらしているのだと思います。
 以上です。
○参考人(滝上宗次郎君) 三点ばかりお答え申し上げます。
 日本は株式会社の病院が認められておりませんで、医療法人という形になっております。そのために資本が極めて小さい。ですから、日本はどこへ行っても中小の病院しかないわけです。大きな病院はつくれないわけですね、資本を集めることができませんから。そのために、どこも地場産業になっている。そういう意味では、メイヨクリニックみたいなものは日本にはないなと。これはもう医療法人制度の中から出てくるわけがない、そんなふうに一つは思います。
 それから、先ほど入澤先生のお話の中にホスピタルフィーとドクターフィーに分ければいいというような意見がありましたが、そういうような考え方が日本の医療を低くしているのではないかと思います。
 というのは、今、日本の医療というのはチームでやっているわけです。医者だけで医療をやっているわけじゃない。医者も看護婦もOTもPTもレントゲン技師も薬剤師も、いろんな人が集まってチームをつくって医療をやっている。しかし、診療報酬というふうに言われている。診療報酬と言う診療というのは、これは医者の行為しか指さないわけです。要するに、看護婦の給料もOTの給料もPTの給料もレントゲン技師の給料も薬剤師の給料も、医者が取ってきた給料をいただいているということです。こういうことで医師中心の医療制度になっちゃっている。これは直していかなければこれからのチーム医療というものはできないと思います。
 だから、診療報酬という名前もおかしい。それから、ホスピタルフィーとドクターフィーに分けりゃいいんだなんというのはもっとおかしい。こういう考え方は根本から直していただきたいと思います。
 三つ目は、私、老人の立場から申し上げますと、大学病院みたいなところよりも地域の中小の病院あるいは診療所の方がレベルは高いです。大学病院は、内科、外科なんというよりも、はっきり言って、呼吸器系だとか循環器系とか、もうどんどん分化しているから一つの病気しかわからない。老人というのは複数の病気を持っている。人間全体として診なきゃいけない。人間全体として診なきゃいけないというような訓練を大きな病院の医者は持っていません。地域の中小の病院とか地域の診療所、そういったところがずっと一人のお年寄りを十年、二十年診ている、体全体を診ているわけですね。そういうわけで、高齢化の中で診療所というものがもっともっと見直されていいのかなと、そんなふうに思います。
 以上です。
○今井澄君 二点目、西澤参考人と水野参考人と三上参考人にお尋ねしたいと思います。
 日本の医療制度は非常にコストパフォーマンスもいい、レベルも高いと。そして、その一つは国民皆保険とフリーアクセスだということが言われて、私もそうかなとは思っているんですが、しかしこのフリーアクセスというのはいかにも効率が悪い、むだが多いということも一方で指摘されていると思うので、実は、今後の医療のあり方、医療法改正、医療提供体制を考える意味でこれは一つポイントだと思うんですね。
 フリーアクセスをあくまでも守って、保険証一枚あれば大学病院でも近所の医者にでも行けるようにしておくのか、それとも、先ほど水野参考人も言われましたし、私も基本的にはそういう方向ですし、先ほどの三上参考人の医師の研修もそうですが、専門医になる人と、オールラウンドの、よく、いい町医者が欲しいと言われているそういう医者をつくるコースと分けてやっていって家庭医をつくっていくのと、メリット・デメリットいろいろあると思うんですね。どっちが絶対ということはないと思うんですが、それについて、少なくともこのままやっていったらもうパンクしちゃうわけですから、経済的にもパンクするし医療人だって体がもたないわけですよね。そうすると、どうにかしなきゃならない。
 そうすると、フリーアクセス制限の方で家庭医制度をつくってやっていくのか、それともフリーアクセスを前提として何か医療の方でチーム連携をするのか。患者は患者で勝手にかかる、医者の方は医療機関は医療機関で何とかそこをやる、どっちに重点を置いてお考えか、端的にお願いいたします。
○参考人(西澤寛俊君) 専門医と家庭医という分け方ですが、家庭医も一つの専門医とすれば、その医師の機能分担というのは私は今後必要だと思っております。
 それと、フリーアクセスと、それから大病院に普通の方が行くということですが、これはフリーアクセスというのは、決して患者さんがどこの病院でも勝手に行くということではないと思っております。すなわち、その方に合ったところに行けるということだと思います。外国を見ると、その方が専門医に行きたくても行けないという現状がございますが、日本は今のところございません。それを守ればいい。
 ということは、まず、病院、診療所を含めて医療機関が機能分担を明確にする、その情報をしっかり表に出す。国民、患者さんはその情報をしっかり受けてそして選択をする、そして自分に合ったところを選択すればいい。かかりつけ医をまず持っていただいて、その方に相談すればどこが専門かわかりますから、より専門的な医療が必要なときにはそちらに即座にかかれるというシステムさえつくればいい、それがフリーアクセスの保障にもなるんじゃないか、そのように思っております。
○参考人(水野肇君) 今の今井先生のあれですが、こういうことはわかっているんですね。これはスウェーデンとフランスですけれども、大体病気になって家庭医のところへ行って、どれぐらい家庭医のところで全部、言葉は悪いですが、さばけるかということなんですが、大体スウェーデンは九二%、フランスが九〇%、それから、これはデータが少ないんでどうかわかりませんが、西ドイツも約九〇%、八九・九とかいう。つまりそれは、それ以外の人はやっぱり大きな病院へ持っていかなくちゃいけないというと、結局、簡単に言えば九割の人は家庭医のところでやれると。
 それに対して、例えばこれは具体的な話で差しさわりがあるかもわかりませんが、都内のある大学の附属病院では外来が一日五千五百人おるんですね。これが異常だと思わない方が僕はおかしいんではないかと。やっぱりそんなに行くべきものではないんじゃないかということだろうと思うんですね。
 それから、日本はなぜそういうふうになっているのかというのは、私はそれは百貨店の影響ではないかと思うんですね。日本では百貨店に行けば何でも売っている。しかし、ヨーロッパへいらっしゃってごらん、百貨店に行ったら最高の物はありませんよ。安物しかないわけですよね、洋服でも何でも。ところが、日本では百貨店へ行けば最高の物が全部ある。そういう違いというのがあるんですね。
 だから、日本人というのは何か大学病院に行きゃ全部うまいこといくんではないかと思い過ぎていると。これは僕は日本の文化のちょっと問題点ではないかなと、そう思います。
○参考人(三上勝利君) 我々のところの病院というのは、先ほど言いましたように三百六床の急性期病院をやっていますけれども、診療所も六つあるということと、もうすぐ創立五十年になりますけれども、創立以来いわゆる在宅医療というのをずっとやっているわけです。
 ある時期までは、在宅医療を先進的にやっているということでいろいろなことを評価されたんですけれども、今度保険が変わりまして、二百床以上のところは在宅医療などはできるだけやるなというふうなことに変わってきまして、今の法律改正の中では、医療制度の改正の中で、二百床以上でもってその機能を分ける、それから紹介率でもってどうこうするというふうなことで、余りにも誘導的というか、むしろそれは今の時代からいえば本人が選択すべき問題じゃないですかというか、それを保険の中でがんじがらめに誘導していくというのは、僕はこんなことは実際にはなかなか実情に合わないんじゃないかというふうに思っております。
○山本保君 山本です。
 どうもきょうはありがとうございました。私もたくさんお聞きしたいんですが、うまくお聞きできるかどうか。
 まず、西澤参考人にお聞きしますが、先ほどからも議論になっていたところです。いわゆる病棟なり病床区分の問題ですが、一つは、療養とか慢性型というのはこれからなくなるんじゃないかと。私もなるほどなと思うんですが、もう一つ、反対に今一般と言われるものが、先生は先ほどもっと機能分化していくだろうと、こうおっしゃったんですが、どんなようなことをお考えでございましょうか。
○参考人(西澤寛俊君) 今はその他病床が一般病床と療養病床に分かれました。しかしながら、今の療養病床というのは人員配置基準も非常に少なく、介護保険の施設とほとんど変わりないと。そういうことでは、今のままでいいかということは一つ申し上げました。
 もう一つは、その一般病床ですが、これを急性期病床というとらえ方もございますけれども、私はそう考えておりません。もうちょっと広く考えております。急性期から亜急性、場合によっては慢性という言葉、あるいは長期療養と言ったらいいんでしょうか、もうちょっとその中の区分が必要かなと思っています。
 今、例えば回復期リハビリテーション病棟とかあるいは特殊疾患療養病棟というのはできてございますし、一般病棟の中に、長期の患者さんを平均在院日数から除ける除外規定というのがございます。そのあたりをもうちょっと明確にして、本当に急性期だけで在院日数が例えば十日ぐらいまででつくるとした場合には、もうちょっと一カ月から三カ月のものが必要じゃないかなと考えております。今の療養病棟は恐らく六カ月以降の方の病棟じゃないかなと思っております。
○山本保君 ありがとうございます。
 次に、水野参考人にお聞きしますが、これも先ほどから議論になっていることでございますけれども、私も家庭医というんですか、普通の町のお医者さんという方をもっとしっかり置いてほしいと、この前もそんな質問をしたんですけれども、先生は先ほど、スウェーデン、アメリカなどではこれはスペシャリストとして家庭医がいるんだという、たしかそういうふうにおっしゃいました。後でまた三上先生にお聞きしますが、さっき三上先生は、これは医者としての基本的な資質だというようなことを言われましたので、両方の先生にお伺いしますけれども、この辺はどういうふうに考えたらよろしいでしょうか。
○参考人(水野肇君) アメリカがスペシャリストだというのは、やっぱり日本でもそうですけれども、お医者さんて偉いんですよね。今井先生もお医者さんですけれども。お医者さんて偉いものですから、やっぱりどうしても、対社会の方からいうと、坊やいい子だというのを言わないと御機嫌が悪いというところが本当はあるわけですよ。そこでアメリカでは、おまえもスペシャリストだという言い方をしているというだけのことなんで、本質的にどうかというのは、それは私も、専門医になる人もちゃんと家庭医のコースを通ってからなればいいんで、その間の二年が一生を支配するとは、これは医学部の教授の中にはそういう人もあるんですけれども、僕はそれほどのものではないんではないかというふうに思っています。
○参考人(三上勝利君) お答えします。
 先ほど当院での研修方法について言いましたけれども、我々は単にかかりつけ医をつくっているというふうには思っていません。それを育成しているというふうには思っていません。あくまでもいわゆる初期研修を実施しているという意味でとらえております。
 したがって、我々の育成したドクターの中には、大学に戻って専門医になっている人ももちろんありますし、プロフェッサーになっている人もありますし、それから逆に、最近では大学の神経内科の教室の方から、現在の大学のシステムの中ではしっかりした神経内科医が育てられない、オールラウンドに対応できないということで、逆に我々のところに研修に一年ないし二年、公衆衛生からも来ていますけれども。
 そういうことで、最終的にかかりつけ医になるかあるいは専門医になるかというのは、それは初めから決まっていることではないんじゃないかというふうに思います。
○山本保君 それとも関連しまして、また水野先生と今度は滝上先生にお聞きしますが、先ほどのお話にも出たんですけれども、お医者さん以外のいわゆる医療従事者の専門性についてでございます。
 私は、自分が福祉の方の専門家養成の関係もやってきたものですから、福祉についても最低マスターコースぐらいのことをすべきだ、医療従事者についてもそうすべきだということをこの前から言っておるんですけれども、まず水野先生、それから滝上先生、その辺について何かアドバイスをいただけますでしょうか。
○参考人(水野肇君) 医療従事者というのは医者と一段何かランクが下のものだというふうな考え方をする時代はもう過ぎ去ったわけでして、今日では世界じゅうが大体あらゆる医療従事者の職種というものは原則大卒なんですね。
 それは一つは、例えば私は悪名高き昭和一けた生まれですけれども、私どものころにはなかなか上の学校へ行く人が少なかったわけですね。しかし、今はもうほとんどがみんな大学へ行く時代になっているわけでして、だから当然のことなんで、私は医療従事者というのは原則全部大卒程度の訓練をしていないといけないと。
 それからもう一つは、これからはその中でもメーンになる人は、ちょうど医者が六年のようにやはり獣医も今六年なんですよね、獣医もと言うたらいけませんから、獣医さんは六年だと。それで、当然僕は薬剤師も六年じゃないといかぬと思いますし、そういうふうに延びていく傾向にあるんだろうと。
 それから、私は恐らくアメリカではあと数年の間に医学部をもう二年延ばすんじゃないかという気がしておりますけれどもね。これは二〇〇五年にならぬとわかりませんけれども、私はそんなふうに感じています。
○参考人(滝上宗次郎君) 今の御質問につきましては、私は不案内なので簡単に答えさせていただきます。
 大学を出まして十年間銀行員をやりまして、おやじの後を継いで有料老人ホームの経営者を十四年間やってまいりまして、そういう畑から医療の世界を見ているわけでありますけれども、非常に身分差別の強い世界だなと、そんなふうに思います。それを、身分差別を認めるために学歴というものを利用してきたなと。ですから、医師以外の医療資格者に対しまして四年制をかたくなに拒んできたと。要するに、高校を卒業して二年でいいんだとか、高校を卒業して三年でいいんだとかというようなことだと思います。
 そういう中で、看護大学で四年制がつくられてきたと。いろんな突破口がありますけれども、それは看護婦だから、七十万人もいらっしゃるんですか、できる話でありまして、もっともっと違う職種にも四年制を導入すべきだというふうに思います。この点は私、水野先生と全く同意見、同感でございます。
 それから、専門性ということで申し上げますと、ちょっと医療ではないんですけれども、例えば介護保険の家事援助で、これは家事なのか、それとも、そこの犬を散歩に連れていくのは介護保険の対象になるのかならないのかとかいう議論が七月以来ずっとあるわけですけれども、その中で、ケアマネジャーがきちんとやらないからだという議論があります。あれは私は非常に憤ります。というのは、そこの家に行っているホームヘルパーが判断すべき問題であって、ケアマネジャーがしっかりしろとか、ケアマネジャーがきちんとケアプランをつくれとか、ケアマネジャーがそこではじけとかいうふうな議論は、ホームヘルパーの専門性というものを全く認めていない、そういうふうに私は思います。
 ちょっと医療以外のところに行きましたけれども、その辺が私の簡単なお答えです。
○山本保君 あと一分だけありますので、信友先生にちょっとお聞きしたいんですが、先ほど、いわゆる広告する問題とか、またそれをチェックする、監視する問題、私は裏表の問題だと思っておるんですが、例えばNPOでこういう医療チェックをするようなものが出てこないか。私、NPOのときに大分やったんですが、なかなか日本で出てこないようなんですけれども、何かこの辺についてはお考えございますか。
○参考人(信友浩一君) この縛らないケアを、医療監視オンブズマンというNPOベースで私も入って、それから弁護士も入って、それからNPOの何人かの方、それから純粋な主婦の方も入られまして、その形で医療監視になぞらえてオンブズマンとして入っていきます。確かに、そのやり方で徐々に、NPOベースないしは第三者のうまい人の組み合わせによって、そこでのぞいた情報をちゃんと開示することで機能していくという実感を持っています。これからの一つのありようだと思います。
○山本保君 ありがとうございました。
○小池晃君 滝上参考人にお聞きをしたいと思います。
 九月二日の週刊東洋経済に参考人が書かれた「介護保険はなぜ失敗したか」という文章を私、興味深く読んだんですけれども、その中で参考人が、介護保険の一割負担が大変重いんだと。この一割負担、これで利用が抑制されているのに、この中で、医療に一割負担が導入されることは大変心配だということを書かれておられます。
 ちょっとこれは健康保険法にかかわる問題なんですが、この点について参考人の御意見をお聞かせ願いたいと思います。
○参考人(滝上宗次郎君) 介護保険は制度欠陥があちらこちらで露呈しているわけでございますけれども、私が一番嫌だなと思うのは、金持ちの保険になっちゃっているなということでございます。
 私の経営しているのは有料老人ホームでございまして、私のホームに住んでいる入居者は全員介護保険を喜んでいらっしゃいます。二十五万円かかったものが二万五千円で済むのか、安いものだと、こういうことであります。しかし同時に、私は一、二カ月に一回いろんな地方に行って、そこでそこの福祉というものを見させてもらっているわけでございますけれども、そういうところに多くの仲間がいますけれども、そこから出てきている話は何かといいますと、きょう冒頭の陳述で申し上げたように、五万円の年金をもらっている人がどのようにお金を使っているかと。一日二千五百円しか使えないとか、月にこれにはこれ、これにはこれと。要するに、何か新しい支出があったらほかのものを削らなきゃいけない、そういう世界でお年寄りが生活している。そして、それは物すごい人数だということですね。
 その中で介護保険というものが突然入ってきて、一割負担というものがある。一割負担ができなければ生活保護を受ければいいじゃないかというような話もありますけれども、はっきり言って、全国あちらこちらで利用率の低さは一割負担がということは大きいと思います。
 現に、東京とか神奈川みたいな所得の高い地域では利用率は五割に近いわけです。しかし、貧しい県に行けば利用率は三割ぐらいまで落ちてくるんですね。どう考えても、明らかに貧富の差で社会保障制度というものが使い勝手が違うということは、もうこれは否定できない事実だと思います。
 さて、そういうことからいたしまして、老人医療に一割負担というものを導入するのは反対です。要するに、介護であれば家族が肩がわれるからそれは家族がやってくれますけれども、医療というものは肩がわるものがないんですね。医療というのは本当に専門領域です。家族ではできない、ボランティアでもできない。そこに一割負担というものを導入するということは、確かにそこには上限をちょっとつけるとか言いましても、だんだん上限は上げられていくんでしょう。そういう突破口になるようなものは私は反対であります。社会保険という名前が恥ずかしいような状況が私は出てくるのではないかと思います。
 よろしゅうございますでしょうか。
○小池晃君 ありがとうございました。
 引き続き、臨床研修必修化の問題をお伺いしたいんですけれども、先ほど水野参考人から八百億円程度は当然だという御意見があって、私も全くそうだと思うんですが、この間、当委員会の審議を通じても、厚生省が言うのは、保険診療を行っているのであるから診療報酬の対価が出ている、それに加えて図書費等は補助金で出ているというふうに言うわけです。
 西澤参考人にお伺いしたいんですが、必修化ということになった場合にでも、この程度の非常にこそくな財政措置では、私は一般市中病院が研修医を受け入れてやっていくのには大変問題が残るのではないかと思うんですが、病院経営者としての立場から御意見をいただきたいと思います。
○参考人(西澤寛俊君) 全くそのとおりだと思います。研修ということが必要だということは認められていて、必要であれば当然それに対する保障はしていただきたいということでございます。
 私たちの立場からは財源がどこの財源を使おうがそれは関係ございませんが、研修するために指定病院等々で行う場合には、その費用の保障、それから研修医に対しても身分の保障、これは給与だけじゃなくて、私も卒業してしばらくの間は無給医局員みたいなことでやってまいりましたけれども、実際は保険とかいろんなそういう社会保障ですか、全くないんですね。そういう中でやってきました。そのあたりのことはぜひしっかりしていただきたいと思います。
 財源はどこから引き出すか、それは専門家の方にお任せしたいと思っております。
○小池晃君 最後に、三上参考人にお伺いしたいんですけれども、研修必修化の問題で、財源も規模も厚生省の方は明言をされていないんですね。それから、参考人が指摘された臨床研修指定病院の認定の基準についても、やはりもっともっと一般市中病院で研修の場を広げるべきだと、私も同感なんですけれども、その点についても明確なものを示されていない。
 そういう中で臨床研修がこのまま必修化された場合に、私はむしろこういう条件が改善されなければ大学医局による研修医に対する支配というか拘束というか、逆に強まってしまって弊害しか残らないのではないかということを大変危惧するんですけれども、参考人の御意見を最後にお聞かせ願いたいと思います。
○参考人(三上勝利君) 全くそのとおりで、僕自身も研修の必要性という点については、先ほど述べましたように絶対に必要であるというふうに思っているわけです。
 インターン制度が何で廃止運動というか、その後の大学紛争に結びついたかというのは、単にインターン闘争だけじゃなくて、教室の医局に対する問題というのがやっぱり根強かったわけですね。それは今でも全然変わっていません。だから、僕は三十年以上、卒業してからたちましたけれども、三十年前の医局と今と何が変わったかといったら、ほとんど変わっていません、我々外部から見ていても、派遣される医師の状況を見ても。
 だから、そういう意味ではインターン制度、先ほど御指摘のありました身分保障であるとか生活保障というあれがしっかりしなければ我々は絶対にこれを認めることはできないというふうに思っています。ただ、その必要性については今放置するわけにはいかないという、一方ではそれがあるわけですけれども、だからそのことについてはもうくれぐれもお願いしたいということ。
 それからもう一点だけ、衆議院のその点についての厚生省の答弁を聞いてみますと、やはり先ほどの小委員会の中間報告にのっとって、それに対する身分保障については、今後の四年間ないし六年間のうちに必ずはっきりしたものを打ち出すというふうなことを厚生省も答えているわけですけれども、ただ本当にそれを信じていいのかどうかというのは、やっぱり非常に不安な感じがします。
 以上です。
○小池晃君 ちょっと時間がありますので、水野参考人に一言。
 今の臨床研修の必修化、私はむしろこういう問題にしっかりお金をかけて、理学的所見や問診をきっちりとれる医者をつくれば、逆に医療費を抑制するといいますか、むだな検査をしないで済むようなお医者さんをつくるという点でも私は効果があるんじゃないかと思うんですが、いかがでしょうか。
○参考人(水野肇君) 私も全くそう思います。つまり、日本の医療費の使い方というのは、これは絶対に使うべきだというところにやや使っていない傾向があると。それから、どうでもいいと言うと怒られるかもわかりませんけれども、きょうは出てこなかったですけれども、例えば薬剤費の問題なんかというのは、あれはあのままほっておいていいのかと。あれをちょっとやれば、薬剤費というのは八兆あるわけですよね。だから、これは八百億と八兆と比べればようおわかりのように、非常に安いといえば安いんじゃないかと思うんです。それで、八百億で全部かどうかというのは、それから社会保障費をどうかというのも僕も全く同感でして、やっぱりどこかでそれは切れるわけですよね、アルバイトで飯食っている場合に。それがやっぱり私は余りよくないんじゃないかというふうに思いますし、それは思い切って金かければよろしいという意見については、私も全く同意見です。
○小池晃君 ありがとうございました。
○清水澄子君 どうも、それぞれの参考人の皆さん、ありがとうございました。
 時間が短いので質問がちょっと集中するかもしれませんが、まず三上参考人に伺いたいんです。
 ちょうどいろんな診療所とかいろんな医療をやっていらっしゃるのでお伺いしたいんですが、今回の改正で、高齢者の外来の一部負担金というのは非常に複雑だと思うんですけれども、これが一月一日実施なんですね。あと一カ月ちょっとしかないんですが、これは各医療機関でスムースにいくとお考えでしょうか。
○参考人(三上勝利君) まず大混乱すると思います。毎回の診療報酬の改定のたびに、ソフトの変更というのは非常に大変ですし、非常にお金もかかるわけです。
 今回のあれについても、十二月を挟んでということですから、まず最初の一、二カ月は手作業でやってというふうなことで、介護保険もそうでしたけれども、非常に混乱すると思います。
 以上です。
○清水澄子君 それから、病床区分の問題なんですけれども、これが今回の改正で慢性期と一般に区分したこと、これについてどのようにお考えになりますか。これは三上参考人にちょっといましばらく続けて聞かせていただきたいと思います。
○参考人(三上勝利君) 厚生省は、これまで一般病床を急性期病床と慢性期病床に分けるというふうに素案を出していたわけです。ただ、介護保険の絡みで、長期療養型病床群の介護型と医療型をこの慢性期との関係でどういうふうに位置づけるのかというのは僕らもちょっとわからなかったわけですけれども、恐らく一本化されるだろうというふうに考えていたわけです。
 今回の改定で、急性期と慢性期じゃなくて、一般病床と療養型病床というふうに分けたというのは、その点で一本化したのか、長期療養型のいわゆる医療型と慢性期という従来の厚生省の考え方と折衷案をとったのか、ちょっとその辺は僕にはわかりませんけれども、少なくとも医療についてどういう形で急性期と亜急性期、慢性期を機能分化するかというのは、それはある程度は必要じゃないかなというふうに考えています。
○清水澄子君 このことで社会的入院というのはなくなると思いますか。
○参考人(三上勝利君) なくならないというよりも、僕はこの点に非常に疑問を持っているんですけれども、この間の厚生省の医療改革の一つの大きな柱というのが、社会的入院の是正と在宅医療の推進というのはいつもずっとついてきたわけです。
 社会的入院に対してどういうふうにそれを是正するのかというのは、我々も随分そのことについては考えてきたわけですけれども、長期療養型病床群というのができて、それまでの例えば老人病院であるとかいろんなことが非常に問題視されました。しかし、長期療養型病院というのができた途端に、かつての悪役のように思われていた老人病院というのはいつの間にか長期療養型病院に名前を変えてしまったわけですよね、変えられてしまったというか。そういう面では、社会的入院の持っている意味というか、それは全部悪いというふうには言えませんけれども、社会的入院をどう是正するかという点では、長期療養型病床というのがいつの間にか出てきて、あいまいなうちに老人病院とかあるいは介護型病院というのがこの長期療養型病院という言葉の中にうやむやにされてしまったという感じがします。
 同僚の医師からは怒られるかもしれませんけれども、その辺の問題点をはっきりせずに長期療養型をつくったということは、僕は社会的入院が法的にも是認されてしまっているというか、だから、これからこれを改定するというのは非常に難しい問題をはらんできて、僕はこの点では非常に残念な感じがします。
 以上です。
○清水澄子君 これは、さっき滝上参考人がおっしゃっていることと共通しますか。
○参考人(三上勝利君) と思います。
○清水澄子君 よろしいですか、滝上参考人。
○参考人(滝上宗次郎君) 社会的入院は相変わらず五十万、六十万ベッドあると思っております。介護保険に移した療養型病床群は社会的入院ではなくなったというような厚生省のコメントがございますけれども、これもトリックです。
 要するに、介護費用から出せば社会的入院じゃないんだということじゃなくて、社会的入院というのは何かというと、病院で介護をすることを社会的入院というわけです。それが介護保険から出ようがお世話料から出ようが同じなんです。要するに、病院でやることを社会的入院というわけであって、それは全くなくなっていません。ですから、介護保険で見ましても、特養が要介護五で三十六万円ぐらいなのに、療養型病床群では四十一、二万になるわけです。
 それで、どういうことかといいますと、厚生省も何をやったかというと、社会的入院を是正するためには、なくそうとしないでコストを落としてきたわけです。ですから、コストを落としてきたために医者の数を減らしたりしてきたわけですね。その結果どうなったかといいますと、病院でありながら、慢性疾患は治療できるけれども急性疾患が治療できないという病院ができてきたんです。要するに、医療みたいなものはあるんだけれども治療ができない病院だというわけです。そして、介護の方は十分でないと。要するに、帯に短したすきに長しでありまして、こんな中途半端なものがなぜあるのかと私には理解できないわけであります。
○清水澄子君 これまた三上参考人に伺います。
 今回の改正案で厚生省は、薬剤の一部負担は薬剤コスト意識を喚起するんだ、そして薬剤使用の適正化を図るのだという説明なんですが、この考え方についてどのようにお考えになりますか。それから、薬剤コストのどこにむだが生じているのか、医療コストでしょうかね、全体どこにむだがあるのかという点でちょっとお話しください。
○参考人(三上勝利君) 先ほど来からのお話にもありましたように、医療費の一割負担が高齢者にとって非常に負担であるということについては僕も全く異議がありません。しかし、何らかの形で負担するということの意味ということについては賛成なんです。
 特に、一時期、非常に医療関係者からは問題視されましたけれども、いわゆる薬剤の一部負担、これはいわゆる受診抑制につながるということで非常な反対意見があったわけですけれども、僕はある意味でそのことは必要であるというふうに自分では感じました。
 それは一つには、今まではただでもらえるというふうなところで発生していたむだというのが、少しでも負担することによってそれが抑制されるということと、それから医療をする側にとっても、この薬が本当にこの患者さんに必要なのかどうかということについては、一割負担であろうが〇・五割負担であろうが、そのことを通して医療者にとっても非常に対価を求められるという問題があるわけです。そういう意味では、ゼロ割負担が一番いいやというふうには僕は考えていません。
 ただ、一割が本当に妥当なのかどうかという点についてはちょっと問題がありますけれども、何らかの負担をするというか、そのことによってコスト意識を考えるということについては僕は賛成です。
 また、我々の病院の統計によっても、薬剤の一割負担の前後で、我々の病院での薬剤使用量がどうなったかということについても明らかに差が出ております。そういう意味で、そのことは受診抑制と考えるか、あるいはある意味では使わないものをやっぱりお互いにそこで省いていくという、むだに対する考え方なのか、いろいろ見方はあるかもしれませんけれども、すべて悪いというふうには考えられません。
○清水澄子君 それでは、信友参考人にお伺いしたいと思います。
 医療事故の紛争とか監視システムなんですが、これは調査権がないという問題があると指摘されましたけれども、これらは法的な制度といいますか、システムを必要としていないでしょうか。これらはどういう法律をつくるべきなのか。
○参考人(信友浩一君) 医療法の中に医療監視はあるんですけれども、医療監視をすることに関しては調査権があるとは書いていないわけです。だから、向こうの病院の好意で出てくるものだけを見て判断をしないといけないわけです。そのために突っ込んでいけないわけですね。だから、なぜ事故が起きるのか、なぜ主治医が紛争を起こしたのか、その人の倫理観はどうなるのだと、そういうことに入っていけないものだから形式的になってしまう。
○西川きよし君 本日は御苦労さまでございます。私でラストバッターでございますが、よろしくお願いいたします。
 まず、水野先生にお伺いをいたします。
 先日ですけれども、当委員会で質問させていただきました中で、柔道整復にかかわる療養費について質問をさせていただいたんですけれども、平成五年に会計検査院から厚生省に対しまして支給の適正化に取り組むようにと要請されました。その後、水野先生が部会長をなさっておられた医療保険審議会の部会でも支給適正化についての報告書をおまとめになりました。厚生省でもこれまでいろいろ対策を講じているという報告もいただいたんですけれども、ぜひきょうはよい機会ですので聞かせていただければと思います。
○参考人(水野肇君) そのいきさつですか。
○西川きよし君 はい、今日までの経過ですね。目をみはるほどの、グラフで見てもそうです。
○参考人(水野肇君) これはきょうの法案と関係なくてもいいんですね。きょうの法案と直接の関係はなくてもいいわけですね。
○西川きよし君 はい、まずこれからお伺いしたいなと思いまして。
○参考人(水野肇君) 柔道整復というのは、御承知の方は少ないのかもわかりませんけれども、これは医師の処方があって柔道整復師に治療を受ける部分もないことはないんですけれども、多くは大体柔道整復師の判断等によってやることができる、これが何億かあるわけなんですね。これがいつも問題になるわけなんですが、会計検査院からはここが必ずしも明瞭でないという指摘があったものですから、これはやっぱりぐあいが悪いんではないかということでやり変えまして、システムをやり変えて余り人の批判を受けないようにちゃんとしたというのがそのいきさつで、その後は会計検査院の指摘はもう二度と受けてはおりませんし、まあまああれはやっておいてよかったのではないかというような私は部会長としての感想でございます。
○西川きよし君 ありがとうございました。ぜひきょうはいい機会ですのでお伺いしたかったなというふうに思ったものですから。ありがとうございました。
 次に、滝上参考人にお伺いしたいと思います。
 先月の日経新聞ですか、読ませていただいたんですけれども、ケアマネジャーについてお書きになっておられましたけれども、あの部分で、ケアだけではなくキュアもマネージすべきなのであると、この部分なんですけれども、現状におきましていろいろな問題があると思うんですけれども、どういった問題があるのか。きょうはまたよい機会ですし、それに今後介護と医療の連携、具体的にはどういった対応が必要であるのか。ぜひいろんな方々、いろんなお話をお伺いしますので、時間は短いんですけれども、詳しく御説明いただけたらと思います。
○参考人(滝上宗次郎君) かしこまりました。
 十月二十五日に日経の経済教室で、介護保険がなぜ構造的に機能しないのかということを申し上げました。それは簡単でございまして、幾つか例を挙げたわけでございますけれども、ケアマネジャーがきちんとした仕事ができていないわけですね。
 しかし、例えばデンマークなどではケアマネジャーが仕事ができている。それは簡単なんですね。デンマークでは医療がないからです。ケアだけ見ていればいいわけです。日本では医療が重装備にありまして地域の医者がきちんと、お医者さんに行っていますから、日本の場合はケアマネジャーが、きょうはちょっとおかしいな、医者に見せなきゃいけないなとか、要するに医療のサービスをどこでどういうふうに入れるのか、あるいは介護のサービスをどこでどういうふうに入れるのか、その両方をわかっていなければできないわけなんですね。ですから、ケアマネジャーという言葉自体が誤解を招きまして、あれはケア・アンド・メディカル・マネジャーとかいうふうにしなければいけないと思うんですね。
 実際には私は、看護婦で訪問看護の実績を二、三年やった人でなければあれはとてもできない仕事ではないかと思います。あるいはソーシャルワーカーとか社会福祉士とか、その手の医療と福祉両方の事情を知っている人たちでないとこれは無理だと思います。
 ですから、厚生省さんが言っているように、現在は始まったばかりでふなれなんだ、そのうちうまくなると言いますけれども、そのうちうまくなるのはケアマネジャーの部分だけでございまして、キュアマネジャーのところは一年やったって二年やったって全然うまくなるわけありませんから、これは混乱ばかりだと思います。そういう意味では、地域の診療所といったようなところといかに絡んでくるのかなといった問題が重要かと思います。
 介護と医療の連携というのは、もう本当にこれは重要な話でして、そのためには、やはりホームヘルパーだけの会社がございますけれども、バックに医療機関というものを持ったところでケアプランとかケアマネジャーが働くというようなことでないとだめなのかなと。そういう意味では、システムが大きく変わってきますけれども、無条件の競争ではありませんけれども、だんだん日本は診療所みたいなところを核にした訪問介護、訪問制度というものが成り立っていくのかなと思います。
 そしてまた、診療所というものが一番地域に責任を持っているし、地域のことをよく知っているしということと同時に、やはり診療所を中心にした医療と介護の連携というものが私は最もコストの安い、地域に住む人たちの、お年寄りへのサービスではなかろうかなと、そんなふうに思っております。
 以上です。
○西川きよし君 ありがとうございました。
 それに続きましてですけれども、今度は西澤参考人と水野参考人にお伺いしたいんですけれども、病院と診療所の連携についてお伺いしたいんですが、先日厚生省が発表した調査結果でも、高齢者ほど身近にある診療所よりも病院を選ぶ傾向が強くなっている。これは本当にいろいろな方々にお伺いするわけですけれども、厚生省でもかかりつけ医の推進ということでいろんなお取り組みをなさっているわけですけれども、病院と診療所の連携の必要性あるいは現状における問題点、どうすればいいのか。ぜひ、時間が短いんですが、一分ずつぐらいになりますが、西澤参考人、水野参考人、お願いいたします。
○参考人(西澤寛俊君) 病院と診療所の連携、これは非常に大切なことだと思います。ある意味では、地域におけるネットワーク、その中で病院の役割、診療所の役割があると思います。今までは確かに私たち医療提携が悪かったと思いますが、個々でやっていて連携がとれなかった、これが非常に国民、患者さんに御迷惑をかけたなと思っております。今後、やはり機能を明確にして、診療所の先生方はかかりつけ医機能、家庭医といいますかそういう機能を持っていただいて、私たち病院はそのバックアップをするという形だと思います。
 また、病院は入院、外来は診療所みたいですけれども、病院の外来もございます。ですから、同じ外来も診療所の外来と病院の外来ということでの機能分担というのも必要だと思います。
 そこで、やはり地域のニーズというものをきちっと医療機関が判断して、自分はどこの役割なのかなと。役割を明確にした上で連携する、そういう形で、この連携がなければ日本の医療はうまくいかない。逆に言えば、この連携ということが今後のキーワードじゃないかなと考えております。
○参考人(水野肇君) 一つ例を申し上げますと、東京都内で一番病診連携がうまくいっていると言われておりますのは、豊島区の医師会と大塚病院の関係です。これは何が一番ここで問題になっているかというと、診療所から病院への紹介というのはこれは非常にスムーズにいっているんですが、一番の問題は、病院へ行ったが最後、戻ってこないという患者が多い。これは患者の側にも問題があるんですが、私は病院の側にも問題があると思う。
 今の例を挙げました豊島区の医師会の例でいきますと、大塚病院から戻ってくるのは一三%しかない。これがやっぱり最大の問題だと思うんですね。これは極端な言い方をしますと、やっぱり六〇とか七〇とかというパーセントで戻ってくるのが本当だと私は思うんですね。それは全部戻るというのは無理かもしれません。それは病院へ行って死ぬ人もあるわけですから全部戻ることはないと思いますけれども、この一三%というのが一番うまいこといっているものでこれなんです。それから、これがもっとひどいのは大学病院なんです。これは一遍行ったが最後、ほとんど開業医のところへは戻ってこないんです。
 こういう問題というのを解決しないと、うまくやっておかないと、先ほど来言っていることはやってみてもうまくいかないなという心配を実は持っているわけです。これは一例を御紹介したんですが、一番の問題点は私はそこだと思っております。
○西川きよし君 ありがとうございました。
○委員長(中島眞人君) 以上で参考人に対する質疑は終了いたしました。
 参考人の方々には、長時間にわたり貴重な御意見をお述べいただきましてまことにありがとうございました。委員会を代表いたしましてお礼を申し上げます。
 本日はこれにて散会いたします。
   午後三時十三分散会