第155回国会 文教科学委員会 第5号
平成十四年十一月二十一日(木曜日)
   午前十時開会
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   委員の異動
 十一月十九日
    辞任         補欠選任
     鈴木  寛君     江本 孟紀君
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  出席者は左のとおり。
    委員長         大野つや子君
    理 事
                仲道 俊哉君
                橋本 聖子君
                佐藤 泰介君
                山本 香苗君
                林  紀子君
    委 員
                有馬 朗人君
                有村 治子君
                大仁田 厚君
                扇  千景君
                北岡 秀二君
                後藤 博子君
                中曽根弘文君
                岩本  司君
                江本 孟紀君
                神本美恵子君
                山根 隆治君
                草川 昭三君
                畑野 君枝君
                西岡 武夫君
                山本 正和君
   国務大臣
       文部科学大臣   遠山 敦子君
   副大臣
       文部科学副大臣  河村 建夫君
   事務局側
       常任委員会専門
       員        巻端 俊兒君
   政府参考人
       文部科学省生涯
       学習政策局長   近藤 信司君
       文部科学省高等
       教育局長     工藤 智規君
   参考人
       慶應義塾学事顧
       問
       日本私立学校振
       興・共済事業団
       理事長      鳥居 泰彦君
       青山学院大学大
       学院国際マネジ
       メント研究科長  伊藤 文雄君
       国立教育政策研
       究所名誉所員
       国立学校財務セ
       ンター名誉教授  市川 昭午君
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  本日の会議に付した案件
○学校教育法の一部を改正する法律案(内閣提出
 、衆議院送付)
○政府参考人の出席要求に関する件

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○委員長(大野つや子君) ただいまから文教科学委員会を開会いたします。
 委員の異動について御報告いたします。
 去る十九日、鈴木寛君が委員を辞任され、その補欠として江本孟紀君が選任されました。
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○委員長(大野つや子君) 学校教育法の一部を改正する法律案を議題といたします。
 本日は、本案の審査のため、参考人として慶應義塾学事顧問・日本私立学校振興・共済事業団理事長鳥居泰彦君、青山学院大学大学院国際マネジメント研究科長伊藤文雄君及び国立教育政策研究所名誉所員・国立学校財務センター名誉教授市川昭午君の三名の方に御出席をいただいております。
 この際、参考人の方々に一言ごあいさつ申し上げます。
 本日は、御多忙中のところ当委員会に御出席いただきまして、誠にありがとうございます。
 参考人の皆様から忌憚のない御意見をお述べいただきまして、本案の審査の参考にさせていただきたいと存じますので、よろしくお願い申し上げます。
 次に、議事の進め方でございますが、まず鳥居参考人、伊藤参考人、市川参考人の順にそれぞれ十五分程度御意見をお述べいただいた後、委員からの質疑にお答えいただきたいと存じます。
 それでは、まず鳥居参考人から御意見をお述べいただきます。鳥居参考人。
○参考人(鳥居泰彦君) おはようございます。
 それでは、私から意見を申し述べさせていただきたいと思います。
 まず最初に、先生方に御理解いただきたいのは、今、この十年、二十年ぐらいでしょうか、一九八〇年代から世界じゅうの先進国がみんなそろって教育改革に取り組んでいます。アメリカ、イギリス、フランス、ドイツ、いずれも、特にイギリスとフランスは真剣に教育改革に取り組んでいます。
 ちなみに、それらの教育改革のスローガンになっているものの幾つかを御紹介いたしますと、アメリカの場合には、レーガン大統領のときに、ア・ネーション・アット・リスク、危機に瀕する国家というタイトルを付けて国民に訴えています。また、サッチャーさんは、一九八〇年から八八年にかけてたくさんの法案を作られ、最終的には一九八八年教育法と呼ばれる法律を仕上げられたわけですが、それらのたくさんの法律を貫いているサッチャーさんの思想は、エデュケーション・フォー・オール、それからまた、ビクトリア朝の美徳の復活というような形でスローガンを掲げています。それらを一言で申しますと、やはり国家戦略としての教育改革という考え方がどこの国にもあるわけであります。
 私ども、中央教育審議会を昨年再編していただきまして、新しい新中央教育審議会の下で様々な改革に取り組むことになりました。その改革の一つ一つに私たちのスローガンといいますか、我々が考える意味での日本はこういう改革をしなければならないという気持ちを込めてやってきているつもりでございます。
 なお、中央教育審議会は、それまで、平成十二年まで存在した様々の審議会、教育関係の審議会を一つにまとめたものでございまして、中は五つの分科会から成っています。事実上、五つの審議会の中に組み込まれたと言ってもよろしいと思います。
 中に入っております分科会は、一番目、教育制度分科会、それから二番目が生涯学習分科会、それから初等中等教育分科会、大学分科会、そして五番目にスポーツ・青少年分科会でございます。
 本日御説明を申し上げます学校教育法の一部を改正する法律案にかかわります審議を続けてまいりましたのは、ただいま挙げました五つの分科会のうちの四番目、大学分科会で審議をしてきたものを受けて法律案の改正、法律改正案ということになったものでございます。
 この大学分科会の中は四つの部会に分かれています。その四つの部会は、将来構想部会、それから制度部会、大学院部会、それから法科大学院部会の四つでございます。
 この四つの部会で審議をしてまいりました結果、私どもは、今年の八月に三本の答申をお出しいたしました。それは、大学の質の保証に係る新たなシステムの構築について、それからもう一つが大学院における高度専門職業人養成について、三番目が法科大学院の設置基準等についてでございます。この三本の答申が基になりまして、今日御審議をいただいております法律の改正案になったものでございます。
 概略、どういう審議をしてきたか、そしてまた何を皆様にお願いをしたいかということをお話ししたいと思います。
 まず、答申の一、大学の質の保証に係る新たなシステムの構築について、本年八月五日の答申でございます。これは、現在、大学設置基準及び大学院設置基準に基づいて新たな大学や大学院を作るときには、大学設置審議会の審査を受けた上で国の認可を受けるという仕組みになっているわけですが、何から何まで審査、認可でなくて、もう少し自由度のある仕組みにできないだろうかということを考えた結果、次に申し上げるような方法にしてはどうかということになりました。
 それは、現在、それぞれの学部あるいは大学院は、それを修了ないしは卒業いたしますと学位を授与いたします。経済学部を卒業した者は経済学士という学位をもらいますし、それから、大学院を修了いたしますと経済学の修士をもらったり、あるいは博士の学位をもらうわけですね。その与えられる学位の種類、分野を変更しない範囲で組織の改編をする場合は国の認可を不要としてはどうだろう、そして届出で足りることにしようということを答申いたしました。また、新たな種類、分野の学位を授与するための組織改編の場合には、学部の学科の新設であっても認可の対象とするということにいたしました。そういう提案をいたしました。それから、新たな分野の学位を授与する場合に該当するかどうかについて、中央教育審議会で更に検討を続けるということも決めました。それから、私立大学の収容定員の増減に係る学則変更については、今後も認可対象とする、大学全体で収容定員が純増する場合には認可対象とするということを決めました。
 それから、設置審査の抑制方針というものが従来ございました。例えば、それが最も極端に今でも存在しているものは医師、歯科医師、獣医師、それから若干意味合いは違いますけれども、教員及び船舶職員の分野については、抑制方針というものが決まっています。これらの抑制方針の存在する分野については、今後これをどうしていくかということについて更に検討を続けるということで、これは中教審の答申の後、新しい中教審の活動の一つといたしまして、高等教育のグランドデザインというものをこれから作っていこうということで審議を始めたところでございます。そのグランドデザインの審議の中で、ただいま申し上げましたような抑制方針をこれから考え直すべきものについては考えていこうということでございます。ちなみに、今、約二十二万人の医師がおりまして、それから法曹関係者は約二万人と、一体、医師は多過ぎるのか少な過ぎるのかといったような問題も考えていかなければならないと思っております。
 それから、大学院における高度職業人養成につきましては、従来ありました専門大学院、これは平成十一年にできた制度でありますが、これを改正いたしまして、これを包摂する形で専門職大学院制度というものを設けることにしようということで答申を出しました。時間の関係で、詳しいことは省略して御質問に答えることにします。
 最後に、三番目の法科大学院の設置基準についての答申では、法曹養成に関する専門職大学院としてのいわゆる通称ロースクールの仕組みについて、主な学科の例でありますとか教員の数でありますとか、そういったようなことを具体的に決めまして答申をした次第でございます。
 以上三つを一つのまとまったものと考えて、このたび法律の改正案が出されております。学校教育法の一部を改正する法律案資料が皆様のお手元にあると存じます。それの最初のところに法律の改正案の趣旨が書いてございますので、ごらんおきをいただきたいと思います。
 時間の関係でここまでにさせていただいて、あとは御質問に答えたいと思います。
 ありがとうございました。(拍手)
○委員長(大野つや子君) ありがとうございました。
 次に、伊藤参考人にお願いいたします。伊藤参考人。
○参考人(伊藤文雄君) おはようございます。
 私は、このたびの学校教育法の一部改正につきまして、高度専門職業人養成の専門大学院に直接教育にかかわっている立場から、この改正は必要と考えております。特に私は、高度専門職業人養成のために、平成二年から夜間大学院の教育に、そして平成十三年からは専門大学院の教育に直接携わってきた経験から、その必要性を特に痛感いたしております。
 学校教育機関の教育機能には基本的に二つあると思います。一つは、言うまでもなく人格の形成で、これは、いついかなる社会においても社会の構成員として働き得る人格の形成だと思います。もう一つは、この時代の要請にこたえた人材を育成していくことであると思います。特に、今日のように社会の環境の変化の激しいときには、そこに適応した人材の必要性というのは急務と考えております。
 このたびの学校教育法の一部改正は、大学が時代的要請にこたえた高度専門職業人養成の大学院教育制度の整備にあると考えております。近年の社会環境の加速度的な進展、特に情報化、グローバル化、そして高技術化の進展は、組織に働く特にホワイトカラーの知的生産性の向上を強く求めてきていると思います。大学はそのニーズにこたえていく責務があると考えております。
 高度専門職業人養成には、医師、弁護士、教師、経営管理者、エンジニア等が含まれてきますが、私は、今、最近の金融、不良債権の問題、また今まで証券業、金融業、製造業、流通業の経営破綻という問題を考えてみますと、明日の経営を担う経営管理者の育成というのが急務と考えております。そういう観点から、このたびの学校教育法の一部改正につきまして私の意見を申し上げたいと思います。
 高度専門職業人養成の大学院教育は、昭和六十三年十二月の大学院制度の弾力化の中で、職業人に初めて専ら夜間で教育を行う大学院制度が生まれてまいりました。しかし、実際にはこの夜間大学院を担当する場合には従来の今までの大学院制度の中で行っておりまして、実際に大学院に来る社会人の教育にこたえるだけの教育組織又はそれに必要な教育研究施設設備を備えておりません。したがって、この問題を解決されたのが平成十三年の専門大学院制度でありまして、そこに初めて専任の教員組織、そして専用の教育研究施設設備が設けられてきたわけです。
 しかし、この専門大学院の中におきましても、やはりそれは従来の研究者養成の大学院の枠の中で行われてきておりますもので、やはり私たちが本当に今社会で求められている人材を育成していくためには、やはり今問題となっているのは、一人一人少人数のエリートな職業人を養成していくことじゃなくて、マスで養育していくことが必要であると考えます。
 やはり、これだけの大きな最近の不祥事を考えてみますと、経営者一人一人の問題ではなくて、社会全体として、その会社全体として一人一人の知的生産性を高めていく連鎖というものを作り上げていかないとやはりこれだけの高度専門職業人は無理で、今までのような研究者養成の枠の中で高度専門職業人を養成するには限界があると思います。
 したがって、高度専門職業人の養成にとって一番大事なことは、個人のエリートの職業人を養成することではなくて、マスで教育すること。このマスで教育することが今回の専門職大学院の創設にあると考えております。そういう意味で、この専門職大学院を創設する学校教育法については絶対必要と私は考えております。
 それから二番目に、私たちが考えていかなければいけない問題は、教育を受けるサービス。
 私たちは、今まで教育といいますと、どちらかといえば教える側から問題を考えております。しかし、高度専門職業人養成というのは、その社会の要請にこたえた実践的な高度の専門知識、スキルを受けるものですから、したがって受ける立場から見て、そして自分の授業料という対価に対して最大の教育サービスの受領価値が得られるかどうかということがやはり一番大事だと思います。
 したがいまして、やはり私たちが高度専門職業人を養成していくために、学生の受領価値を高めていくためには、やはりそこでは組織として、高度専門職業人を養成する大学院が組織として機能しているかどうか。
 私たちは、一つの組織を組織として考えていく場合には、この環境の激しい変化の中では絶えず自分で自己診断をしていかなければいけません。私たち健康を、私自身の例えば健康を考えても、自分自身ではどこが悪いか、がんの早期発見はできないと思います。しかし、組織は組織である場合に、やはり専門家の客観的な診断を受けて初めてこの環境の変化に対応できる組織というものがあるわけで、特にこの時代の変化の激しい中で働く高度専門職業人を養成していこうとするならば、やはり客観的な、そして受領価値を最大化するような教育機関の信頼性、客観性を得られることが必要でありまして、それはそこに当然第三者評価という問題が出てくるかと思います。
 そして評価には、自己点検・自己評価、それから自己点検・外部評価それから第三者評価があります。評価が自己点検に基づいた場合には、今日の原子力の問題を考えてみましても、これは的確に評価することはできません。やはり評価は第三者が客観的に公正に信頼を持ってすることが大事でありまして、したがってこの第三者評価機関の創設というのは必要不可欠だと考えます。
 じゃ、その場合に問題となるのは、私たちは相対的な社会でありますから、やはりデュー・プロセス・オブ・ローというものがこの評価の公正それから評価の客観性、評価の信頼性ということを生み出していくものでありますから、したがって第三者評価認証機関というものがこれによって作られていくというのは、これは避けられないことだと思います。
 やはり私たちがこの絶対性というものを相対性の中で考えたときに、ある取るべき手続を踏んでみんなが納得した上で作っていく、このデュー・プロセス・オブ・ローというものを無視した場合には、やはり学生の立場からして、本当に信頼のできる又は客観的な評価をされている、また評価の公正性というのはなかなか得難いものだと考えております。したがいまして、第三者評価機関というものは必要と私は考えております。
 それで、最後に私たちビジネススクールで、アメリカではこの第三者評価機関については一九一九年からスタートして、後れること百年後れております。それで、全米で今ビジネススクールというのは六百幾つかありますけれども、この認証機関で受けたのは三百八十三という形で、やはりこれから高度専門職業人が急務となっているときに、この専門職大学院、マスで教育する、高度専門職業人を教育する専門職大学院というものと、そして学生に対して教育サービスの受領価値を最大化するような形でこの第三者評価機関の創設というのは必要であると私は考えております。
 失礼しました。(拍手)
○委員長(大野つや子君) ありがとうございました。
 次に、市川参考人にお願いいたします。市川参考人。
○参考人(市川昭午君) 市川でございます。
 私は、専門職大学院制度の創設及び第三者評価制度の導入について私見を述べさせていただきます。
 専門職大学院制度の創設に関しまして、第一に申し上げたいことは、今までの大学院教育が社会ニーズとの間でミスマッチを起こしていたのではないかということでございます。
 一九九一年、平成三年の大学審議会答申「大学院の量的整備について」は、十年間で大学院の規模を二倍にするという数値目標を明示いたしました。これは大変珍しいことでありまして、大変に急速な拡充政策を打ち出したわけであります。その結果、近年、大学院の量的拡充は目覚ましいものがあります。大学院学生は一九九〇年から本年度までの間に九万人から二十二万四千人に、実に二・五倍になりました。しかし、この大学院の量的整備に伴うべき大学院の教育内容の質的な転換がなされてこなかったと思います。その結果、九〇年代の長期不況の影響もありますけれども、大学院修士課程及び博士課程の卒業生の就職率が一〇%ポイント以上低下いたしまして、その反面で無業者が大変に増えております。
 それからまた、現在の大学院は、修士課程はもちろんでございますが、博士課程もまた研究者になる人というのは今やマイノリティーでございまして、マジョリティーは研究者にはなっておりません。しかも、研究者になる割合は、大学院創設以来低下の一途をたどっているわけでございます。つまり、大学院修了者のマジョリティーが研究者じゃなくてそれ以外の職業人になるという現実の変化にもかかわらず、半世紀の間、我が国の大学院はいわゆる研究大学院であり続けたわけでございます。マジョリティーが研究者にならないのにほとんどの大学院が研究大学院であるということは、大きな矛盾と言わなければならないと思います。
 これは、大学院の拡充が大学の経営者や大学の教職員のために行われていたのではないかと疑われても仕方がないと思います。高等教育大衆化の状況の下におきまして、高度職業人教育の必要性が認められるというだけでなくて、それ以上に私は、大学院の急激な拡充が高等遊民を生まないためにも、大学院教育の改革、特に専門職業教育への転換が望ましいと考えております。
 そういう点では伊藤先生と同じく賛成でございますが、ただ、一つだけ遺憾に思うことがございます。それは、今回の大学院制度の改革が司法制度改革の一環としての、教育界の外から突き付けられた改革となったことでございます。
 「法科大学院の設置基準等について」と題する中央教育審議会答申、これは先ほど鳥居先生がお話しございましたが、これを読んでみますと、失礼ではございますが、司法制度改革審議会の意見のコピーではないかと思うようなところがあるわけでございます。無論、司法制度改革の一環として法曹教育の改革がなされた場合、それに伴って大学院教育の改正が必要になることは当然でございます。しかしながら、大学院における専門職業人教育のシステムが確立しておりまするならば、それほど大きな改革は必要とせず、部分的な対応で済んだのではないかと思います。
 昭和二十四年、一九四九年にアメリカ占領軍の指導を受けて大学基準協会が大学院基準というのを制定しております。それを見ますと、その附則で専門職業人に関する基準は別に定めるというふうに書いてあるわけでございます。にもかかわらず、その後半世紀にわたりまして専門職業人に関する大学院基準というのは作られなかった。ようやく平成十年になりまして大学審議会答申「二十一世紀の大学像と今後の改革方策について」で、高度専門職業人養成に特化した実践的な教育を行う大学院の設置促進という方針を打ち出しました。その翌年に専門大学院が制度化されたわけでございます。しかし、これは法改正によるものではございませんで、設置基準の改正によって行われましたし、したがいまして大学院の目的変更には至っておりません。
 先ほど伊藤先生からも御説明ありましたように、従来の修士課程の枠内でなされたわけでありますし、そもそも専門大学院という名称からしてあいまいなところがございます。大学院ともなればあらゆるものがすべて専門化しているわけでございまして、専門大学院というのは何じゃいなということになるわけでございます。そういう点で、従来の大学院との違いが必ずしも明確ではなかったわけでございます。このように、四年前の改革は極めて不徹底なものであったために今日、法改正を迫られることになったと思います。
 外部からの改革要求がなければ本格的な改革ができないというのは、これは大学関係者の体質がその背景にあるのではないかと思いますけれども、専門職業人の養成に関しましては、今後ほかの省庁から様々な介入が予想されます。例えば、金融庁が公認会計士の大幅な増員を目的に公認会計士養成のための専門職大学院を検討しているという話も伝わってきておりますが、こうした情勢から、これまでの大学院制度との早急な調整が不可欠となっているだけではございませんで、先ほど鳥居先生から御紹介ありましたように、高等教育のグランドデザインを策定すること、それから高等教育政策における文部科学省の主体性を回復することが緊急の課題だと思います。
 それから、残された政策課題といたしましては、三つばかり挙げたいと思いますが、一つは、既存の大学院の少なくない部分を職業大学院に移行させることであります。経営管理とか公衆衛生などの既存の専門大学院は専門職大学院に移行することとなっているそうでありますが、既存の大学院でも様々な専門職を養成しているわけでございまして、そういった専門職を養成している大学院あるいは学部というようなものをできるだけ早く専門職大学院に移行させるということが望ましいと思います。もちろん、各専門分野それから各研究科によって様々な事情がありますので一律にはいかないと思いますけれども、なるべくそうした方向に向けて改革を進めていくことが大事であろうと思います。
 次は、教員の確保であります。
 適材の教員を確保するということは非常に大事でございますが、専門職業人を養成する大学院の教員には、これまでのような研究に専念しがちだった大学教員では不適当であることは無論でありますけれども、かといって専門職業の実務経験者をそのまま充てればいいというものではありません。どちらからコンバートするにしましてもある程度の準備期間が必要でありましょうし、教員であれば実務経験、実務家であれば教育経験、あるいはその双方による共同研究などが必要になろうかと思います。
 それから三番目は、就学機会の確保であります。
 専門大学院には、大学からストレートに進学する従来型の学生のほかに、いわゆる社会人の再教育需要がこれまでの研究大学院以上に大きいと思います。したがって、社会人、特に勤労者の就学機会を確保する、そのための就学支援が必要になろうかと思います。それは、例えば修学の場が企業が集中しております都心にあるということ、それとはまた逆に全国的な適正配置、夜間や通信制の大学院などが必要になってくると思います。
 また、奨学制度にしましても、ストレート進学の場合とは違いまして、単に奨学金制度ということではなく、教育休暇や就学休業といったような制度を併せて考える必要があろうかと存じます。
 次に、二番目の第三者評価制度の導入ということでございますが、まず、政府の主導によりまして評価機関を設置者別に設置することについては検討の余地があろうかと思います。各認証機関が独自の基準で認証することでは共通の水準を保つことは難しいわけですし、かといいまして基準の共通化を指導したのでは複数の認証評価機関を置く意味が乏しくなると思います。
 また、大学評価は大学が自己改善のための目的で自ら行うものだとすれば、それは関係団体が自主的に行うべきだということになります。したがって、政府によって強制されることではなく自主的に行うことになろうかと思いますが、御案内のように、我が国がモデルとしておりますアメリカの大学評価は民間団体によって自前で行われております。そこまでは我が国の現状から望めないとしましても、すべての大学に評価を国が義務付け、受けなければ是正措置の対象とするというのは疑問であります。特に、市場原理で成り立っている私立大学などでは、評価を受けるのは各大学の任意でよいのではないかとも思われます。ただし、職業資格と直結する専門職学位を授与する場合には義務付けが必要かと存じます。
 評価機関は、多様であると同時に政府から独立していることが望ましいわけであります。したがって、多様な複数の民間機関によって実施すべきであろうと思いますけれども、実際には評価には膨大なスタッフと巨額な費用を必要とするわけでありまして、そうなりますとどうしても評価機関は国の支援を望むようになろうかと思います。しかし、評価機関が国の財政援助を受けることになりますと、その対象は国が認証した評価機関に限られざるを得ません。それに、財政支援を受けることは大学評価が行政の下請の仕事だという印象を与えがちになります。そこでその評価機関の自律性が疑われるというようなことで、必ずしも好ましいと言えません。ここにジレンマがあろうかと思います。
 次に、評価の目的は何であるのか、その結果をどう利用しようとするのかによって評価の性格及び内容が大きく変わってきます。教育研究の内容、方法の改善など大学における教育研究を活性化しようとするための手段であるとするならば、審査は教育研究の内容、方法の適否を判定することで足りるわけでありますが、資金配分の基準とするのが目的であります場合には相対評価とかランク付けが不可欠となってまいります。
 現在、大学評価・学位授与機構が行っておりますのは教育研究活性化のための評価でありますが、国立学校法人化後に求められているのは、運営交付金の算定などに反映させることが可能な評価であります。となりますと、機構が行っております評価内容、方法の革新が求められることになりますけれども、研究評価に関してはともかく、教育評価につきましては、これが極めて困難であります。
 と申しますのも、改めて申し上げるまでもなく、研究とは違い、教育の効果は学習する側との共同作業であります。したがって、教育する側の意欲と能力がどれだけあっても、それだけでは決まるものではございません。それに、研究評価と違いまして、教育評価は各大学独自の教育目標についてその達成度を測るものでありますから、原理的に言って相対評価が不可能であります。となりますと、よほど傑出した教育成果を示した大学だとか、あるいは余りにもひどい教育をやっている大学だとか、そういった極端な例外的なケースを除きますと、基本的に教育に対する交付金の算定は、教育費に関する限りやはり学生数を基本とするほかはないんじゃないかと、こういうふうに考えます。
 いずれにしましても、大学評価は大学の地位や威信を大きく左右する可能性があるだけに、信頼性、公平性、透明性、客観性などをどう確保するかが大事だと思います。
 しかし、これらを徹底的にやろうとすればいよいよ作業が繁雑となり、評価する側も評価される側も時間とエネルギーを消耗して、いわゆるエバリュエーションファティーグという言葉がありますけれども、評価疲れになるというジレンマがございます。
 大学は昔から様々な形で評価されてきたわけでありますが、制度的な大学評価は平成三年の大学設置基準大綱化による規制緩和との引換えとして生まれ、以後、規制緩和が進むのに並行して次第に評価も強化されてきたわけでございますが、事前の規制が緩和される以上、事後評価はやむを得ないことであります。事前規制から事後チェックへの移行という総合規制改革会議の主張にも一理はあります。しかし、事後評価はしばしば事前規制以上に時間とコストを要するものであります。また、総合規制改革会議は大学の改廃の弾力化とおっしゃいますけれども、学生の教育などは事後評価では救われないという問題もございます。
 このように、大学評価は莫大な時間と費用、エネルギーを必要とするわけでありますが、それに値するだけの効果を生んでいるかどうか常にチェックすることが肝心であります。大学評価はあくまでも大学改革のための手段であって目的ではございません。評価に要する作業のために研究教育活動への取組がおろそかになるというのは本末転倒でございます。したがいまして、根本的には一定の期間を経た後に事前評価と事後評価の関係を改めて見直していく必要があります。当面は、評価の客観性を保ちながら、評価内容の重点化、評価作業の簡素化を図っていくことが必要かと存じます。
 以上で終わらせていただきます。(拍手)
○委員長(大野つや子君) ありがとうございました。
 以上で参考人の方々からの御意見の聴取は終わりました。
 これより参考人に対する質疑を行います。
 なお、各参考人にお願い申し上げます。
 御答弁の際は、委員長の指名を受けてから御発言いただくようお願いいたします。
 また、時間が限られておりますので、できるだけ簡潔におまとめください。
 質疑のある方は順次御発言願います。
○有村治子君 おはようございます。
 自由民主党・保守党の中から自民党の有村治子が質問をさせていただきます。
 三人の先生方、今日は貴重なお話を参考人としてお話しいただきまして、ありがとうございました。先日行われました文教科学委員会での議論を踏まえて、本当に参考になる御意見でした。
 私がいただいております時間は二十分でございます。その中で主に五点程度お伺いさせていただきたいと存じますので、各質問に対しまして強い御主張、お考えをお持ちの方が、私、指名を申し上げませんので、手を挙げてお答えいただけますと大変有り難く存じます。大変恐縮でございます。
 まず一点目なんですが、法科大学院、いわゆるロースクール、ビジネススクールを建てた場合、専門的な先生方を専任講師、専任教授として配しなければいけない。その割には入ってくる学生数、社会人学生数は非常に少ないということで、大学のマネジメントという点から考えると経済的にはペイしないということが現状の問題になると思います。その中で、やはり大学のマネジメント側としては費用対効果ということを考えなければならない。そうすると、学部のそれこそマス教育の中で出てきた財源というのを大学院の方にメンツに懸けて回してこなきゃいけないというようなことも自然な成り行きとして考えられますが、ペイしない中で大学院のところに進出するそのベネフィットというのは一体どういうところにあるのか、お教えいただきたいと存じます。
○参考人(鳥居泰彦君) おっしゃるとおり、ロースクールは今のままでやったら、多分、先生おっしゃるとおりにペイしないという現象が起こると思います。ただ、実はペイしない最も甚だしいのは医学部です。医学部は、大ざっぱに申しまして、百人規模の医学部を持っておりまして、そして授業料を一千万から二千万の範囲でいただいているという学校を想定いたしますと、少し丁寧な教育をし、そして大学設置基準の第三十九条に定められている学部は附属病院を持たねばならないという規定どおりにやりますと、大体年間で三十億円ぐらい、マキシマム三十億円ぐらいの赤字になります。それほどひどくはないと思いますけれども、同じようなことが起こることが想定されます。
 じゃ、一体それなのになぜ大学は医学部を持ち続けるのか。それはやっぱり大学の全体としての総持ち合いの仕組みの中で、社会的な使命として医学部を何とかして持続しようという気持ちがあるからなんです。恐らく、これからロースクールを設置したいといって手を挙げてくる学校の中には、そういう志といいますか、それを持っている学校が多数含まれると思います。それ以外のところは恐らく授業料で問題を解決していくんではないかと想像されます。
 以上であります。
○参考人(市川昭午君) おっしゃるとおりでございまして、やはり鳥居先生もおっしゃいましたように、授業料の単価を高くするということが必要になろうかと思います。したがいまして、先ほど申し上げましたように、学生に対する経済援助をどうするかということが課題になっております。
 それからもう一つは、先生御指摘のように内部補助でございます。我が国の私立大学は戦前、学部学生というのは大変少なくて、専門部というのがありまして、これが大変数が多かったわけで、この専門部の収入で学部の収入を補ってきたわけでございます。戦後は人文科学、社会科学系の収入に、いわゆるマスプロでございますので、その収入で理工系や医系の費用をカバーしてきたところがあろうかと思います。
 それで、これにつきましては、アメリカの教育経済学の本にもいろんなことが書いてございまして、そういう内部補助、アメリカでも大学院は結局学部の収入で内部補助をしているようでございますが、しからば、そういう大学、規模の大きい研究大学へ行くのは不利かどうかと。そうすると、やはり必ずしも不利じゃないという説もあるんですね。経済的に見ますと、自分たちの納付金の一部が大学院に使われているわけでございますけれども、その結果、大学が非常に研究的に高いレベルになるとか、教育活動が活性化するとか、あるいは研究室や図書館などが充実するとか、いろんなことがありますので、必ずしもそうでないという説もございます。
 それからまた、そういう内部補助は学部学生を搾取することになるので良くないという説もございまして、これは見方によって異なるようでございます。
○有村治子君 ありがとうございます。
 実は私自身も、去年の選挙に出させていただく前まで、伊藤先生に御指導賜っております青山学院大学の国際政治経済学研究科という専門大学院で職業人の養成のところにいましたので、この点というのは本当に切実だと思います。特に、会社を辞めて大学院で新たに学びたいという人たちが授業料で反映されるであろうコストを負担するということに関して、国がどういうふうに経済的にバックアップしていくかというのは、国家戦略として考えていかなきゃいけない問題だと私も認識を共通にしております。
 次にお伺いしたいと思うんですが、まず、鳥居先生も伊藤先生もおっしゃっていただきました、大学において国を支える意思と社会的使命感を育成するということが大事な大学あるいは高度大学院の使命だというところに出てくるんですが、それでは、社会の要請に従ってというときの社会の要請というのをどう大学組織が感知していらっしゃるのでしょうか。
 先ほど市川先生がおっしゃいました、今回の大学制度の改革も司法制度改革のコピーのようなところから始まったのではないか、そこが残念だというようなことをおっしゃっていただいたと私は理解しているんですが、大学がどう社会のニーズを感知してそれにこたえていくか、その感知能力はどこで感知していらっしゃるのか、教えていただきたいと思います。
 特に、どういうことを感知するということとともに、この大学は、うちの大学は何々する力を養成していきたいというような答え方で教えていただけると有り難いと思います。特に、今ビジネススクールなどで言われているのは、問題解決する力、発信する力、あるいは生きる力ということもおっしゃいますけれども、もう少し具体的に、何々する力を具体的にここで育てたいというようなことがあれば、そこも教えていただければ有り難いと思います。
○参考人(伊藤文雄君) ビジネススクールはいろいろな専門分野があるかと思います。それで、私どもはやはりそれを何で感知するかということは、産業社会が一体どういう動きを展開しているか、やはり今言ったグローバル化、特に日本が例えば中国に生産拠点をどんどん移していく、そこで何が求められているかと。そこで活躍する人材を育成すること、すなわち国際マネジメント能力を高めていくこと。
 したがって、それぞれの大学の持っている教育の理念又は目的、またその大学の持っている経営資源に求められまして、今、社会の中でどういうトレンド、環境の変化、どういうトレンドがあるか。そのトレンドに対して、この社会についていくんじゃなしに、社会をリードしていくようなそういう人材育成というのは、やはりトレンド、環境の変化の中のトレンドを見ることによって私たちはそれを感知しております。
○参考人(鳥居泰彦君) ただいまの御質問はとても大事なことをおっしゃっておられると思います。
 世の中は物すごい勢いで変わっている。その中で、一体大学はどういう仕組みでその変化を感知するのかということだと思います。これは大学の自治という問題とも密接に関連しています。
 私は平の教授だったとき、教授会というのは大きな力を持っている、そして自分たちは自治というものを与えられていると思っていました。私、学部長になりました。学部長になって、ちょうどそのころに、私、経済学の分野ですが、アメリカ経済学会、アメリカン・エコノミック・アソシエーションが大きな報告書を出しました。それはCOGEEと略称されますコミッティー・オン・グラデュエート・エデュケーション・イン・エコノミックスという委員会の膨大な報告書です。簡単に言いますと、今の経済学は現実の経済が要求していることをやっていないじゃないかということをノーベル賞級の人たちが自ら、自らを分析したんですね。そして、各大学の学部に呼び掛けていったんです。それから、これは一九九〇年ですが、九一年になりますと、ロイヤル・エコノミック・ソサエティー、イギリス王立経済学会が、ザ・フューチャー・オブ・エコノミックスという報告書を出しました。これも同じ趣旨なんです。
 そこで、私は経済学部長としてみんなに呼び掛けました。やっぱりこれもう一回見直そうじゃないかと。ところが、だれも付いてこない。要するに、教授会を構成する一人一人の構成員がそれぞれに自分の自治ということを言うのが今の学部の自治であって、決して学部全体としての意思決定にならない場合が非常に多い。果たしてそこでは感知できるんだろうか、実は感知できない。だから、アメリカン・エコノミック・アソシエーションは別委員会を作った。イギリスの王立経済学会も学会という立場で物を感知した。
 我が国の場合にも、司法制度改革もそうですし中教審もそうですが、その仕組みで物を感知して、それを大学に投げてあげないと感知していただけないという側面があるんですね。これは非常に残念なことですが現実でありまして、私たちはそれをある種の使命として持っています。
○有村治子君 今の御意見を伺って、日本そのものが、三人の先生方の論文、記事にもありましたが、日本が先進国でい続けられるためにという視点は、私も正にそこのところでどうしなきゃいけないかという危機感は同じく持っているんですが、日本の大学があるいは大学院が国際競争力を得ていく上で重要な課題はどこだとお考えでしょうか。
 特に、先日報道されて、ちょっと私も記事しか読んでいないんですが、中国の若い子供たちが、僕は大学院、修士、博士まで行きたいということを言っている中国人の子供が多い一方で、日本の子供たちというのは大学卒業でせいぜいだと。中国の子供たちは、だって大卒なんて高卒と同じでどこでもいるじゃないという現状認識を持っているというのに、この勢いというのは怖いなと改めて思ったんですが。
 日本語、英語とすると語学的なハンディもあります。そして、世界でヘッドハンティング、いい学生を連れていくような、そういうリクルートのシステムが日本で定着しているかというとそうでもないような感じもしています。そういう意味で、日本がどう世界から英知を集めて競争力のある大学院、高度教育機関を作るかというところで障害になっているところ、あるいはアドバンテージになるところがあれば、お教えいただきたいと思います。
○参考人(鳥居泰彦君) 今、先生がおっしゃったのは十一月八日の読売新聞の一面記事です。あれをもう一回復唱しますと、中国の中学二年生は約四〇%が博士まで行きたい。それに対して、日本の中学二年生は二ないし三%しか博士課程を志向していない。つまり、大学にはみんな夢中で行きたい。けれども、それは四年止まりであって、そこから先へ行くつもりは全くないということなんですね。
 これ何が障害なのか、何がそれを引き起こしているのか。やっぱり社会全体の空気じゃないでしょうか。産業界が博士課程を出た者あるいは博士号を持った者を遇する気持ちが全くないというところに最大の問題があると思います。
 しかし、先生おっしゃるとおり、今や博士課程まで修めたぐらいの能力を持った人が実際の世の中を動かしている。特に技術の面や医学の面や、そういうところではもう明らかにほかの国に後れを取りますので、もっと博士課程まで含めた大学院教育をしっかりとやっていかないといけないというふうに思っています。
○参考人(伊藤文雄君) 私は環境にさらされていくことだと思います。やはり外に出ていって初めて自分の存在が分かる。それによって日本を立て直していくという力が出てくるので、今までのような同質的な閉鎖的な物の考え方の中ではなかなか自分自身がその課題は見付けられないと思っております。
○有村治子君 国際競争力ということを考えたときに、やはり日本で絶対に避けて通れないのが産学官の連携だと思います。これは、スイス・ローザンヌにあるIMDというところでも、日本の産学連携というのはなかなかうまくいかないというふうに第一線のビジネスマンたちが、ビジネスウーマンたちが評価をされています。
 そんな中で、産学官連携、特に大学、高度の専門教育をする大学院との社会あるいは官との関係の中で可能性があるアドバンテージになっているところ、それから日本の大学が生き残りを懸ける中で、産学官をやっていく上で立ち後れている分野というのがあるとすれば、ここを直してくれたら大学は生き残れる、ここを直してくれたら本当に日本はアドバンテージを持つというような、大学の現場の御意見を教えていただきたいと思います。
○参考人(伊藤文雄君) 私のところのビジネススクールは正に産業社会のニーズにこたえた人材育成で、それで産学官で一番問題は、やはり産業界が大学の教育を信頼していただけることだと思います。やはり今までのような新卒でものを育てて、オン・ザ・ジョブ・トレーニングでもって人材を育成していこうということでは無理で、やはり大学は教育の公共機関ですから、大学に対していろいろな寄附講座又は支援という中で、本当に大学というものを信頼してその大学で育てた人材を積極的に採る。すべて新卒で採られて、それで中で、企業内教育の中で人を育てていくということにはもうこれからの国際化社会には限界があると考えております。
○参考人(鳥居泰彦君) 産学官連携は、まず学問分野について考えてみますと、理科系、医学系、これはもっともっと徹底して産学官連携を進めなければいけない。と同時に、社会科学、人文科学の分野は産学官連携というのはあり得ないというふうに思い込まれていますが、そんなことは決してなくて、例えば映画一つ作るにしても産学官の連携というのは大いにあり得ることなので、我々は全体に目を配るべきだと思います。
 二番目に申し上げたいことは、大学学内に産学官連携アレルギーはまだあります。これをぶっつぶしていかないと、適当な言葉ではありませんけれども、これを壊していかないといけないと大学人として思います。
 最後に、産学官連携を私学の立場から見ますと、明らかに国公立とは違っています。私学の場合には、産学官連携とは言いながら、いただくものは、産学官連携で受け入れる資金は請負業とみなされるんです、税法上。その請負をしたときの請負が、例えば一〇〇だけお金が入ってきたとしますと、そのうちの何%がコストであるかは所轄の税務署が判断できるようになっています。残った金額について課税されるわけですね。この制度を改善していただくために随分ここにおられる先生方にもお世話になりましたが、まだまだ改善し切れていないんです。ここを直していただきたい。
○有村治子君 ありがとうございます。
 今、伊藤先生がおっしゃいました、産業界が学校で行われている教育の精度が高いということを信じていただくことが大事だということをおっしゃっていただきました。
 そこで、やっぱり最後の質問になるんですが、大学の評価機関でどう公平性、客観性を大学の評価機関が持って、いわゆる基準評価、現状評価、順位評価、いろんな側面のアクレディテーションがあると思うんですけれども、その中で、私自身は伊藤先生がおっしゃった、評価機関を設けてそれを使う、活用するということに意味があるというのは私は同感なんですが、市川先生がちょっと異なった意見をしていらっしゃいました。
 そこでお伺いしたいんですが、私自身はむしろどの大学がどこの機関に行ってもいいというものではなくて、ある程度同じ物差しで、そして評価をする側もされる側も納得のいくような基準作りを一緒にしていって、これでやるよ、評価するよ、いいねという共通理解ができて、そして社会もその評価制度そのものに信憑性を持っているという方がいいと思うのですが、この点に関してはどうお考えになられますでしょうか。最後の質問ですので、お三方、教えていただければ大変有り難く存じます。
○参考人(市川昭午君) 私は、大学というのはいろいろ多様でございますので、それから評価というのは非常に難しいものでございまして、どういう視点から見るかによって評価結果が変わってまいります。
 ですから、幾ら客観性、公平性に努めましても、人間のやることですから、必ず何らかのバイアスは免れないと思うのでございます。そうすると、研究費に対する助成でもそうでございますけれども、こちらの審査機関では落とされたけれどもこちらでは拾ってもらったと、いろいろなことがございますから、評価機関はやっぱり一つではなくて複数あった方がいいんじゃないかと、こう思っているわけでございます。
 それで、ただ、おっしゃるように、少なくとも公費の助成に係るようなことにつきましてはある程度最低限の共通性みたいなものは必要かと思いますけれども、しかし、客観性、公平性ということには限界がございますから、それを是正するためにはやはり複数の評価機関が望ましいのではないかと、こんなふうに考えております。
○参考人(伊藤文雄君) 私は、先ほども申し上げましたように、高度専門職業人の養成という観点から、受ける学生の立場から見て、本当に信頼のできる教育サービスが受けられるか受けられないか、その判断基準として評価は必要で、評価は自己点検に対する評価じゃなくて、これは第三者評価が必要で、じゃ第三者評価は何かといったら、この社会ですから、希少性の相対的社会ですから、それはデュー・プロセス・オブ・ローに基づく以外方法はないと考えております。
○参考人(鳥居泰彦君) 今、両先生がおっしゃったことに加えまして、ほうっておくと勝手格付されちゃうんです。例えば、アジア・ウイークという雑誌は毎年アジアじゅうの大学を格付していきます。あるときは東京大学がアジア全体で第一位になったかと思うと第十位に落っこったり、突然変わるんですね。それをやっぱり私たちは考えますと、我々自身が責任を持って自らの評価というものを国内で、しかもそれは国際性を持った評価機関を作っていく必要があると思います。
 ただ、その場合の費用は物すごく掛かります。私、今から三代前の大学基準協会会長だったんですが、一つの学校を評価するのに延べ百人掛かります。それを全部無償でやらせていたんです。無償はひど過ぎるじゃないかというので、何とかお金を捻出しまして、今は一人一年間に一万円払っているんです、評価料。大変なことなんです。それはやっぱり国費である程度見て、かつ国とはインディペンデントな関係を持った評価機関というものを作っていただきたい、そう思います。
○有村治子君 どうもありがとうございます。
○岩本司君 おはようございます。
 先生方、本日は貴重な御意見、本当にありがとうございます。民主党の岩本司でございます。
 時間の関係がございますので、早速御意見をお伺いしたいんですが、先ほど市川先生のお話の中で、高等教育に関するグランドデザインを描くべきだというようなお話がございましたけれども、中教審におきまして平成十年、一九九八年に、二十一世紀の大学像と今後の改革方針について、競争的環境の中で個性が輝く大学、このことが答申されておりますけれども、これではグランドデザインではない、不足がある、問題があるというような、こういう受け止めでよろしいでしょうか。また、その理由は何かを市川先生、お話を聞かせていただければと思います。
○参考人(市川昭午君) ただいまお尋ねのグランドデザインでございますが、グランドデザインとは何かということが法律で定まっているわけではございません。したがいまして、平成十年の大学審議会答申を高等教育のグランドデザインと称して悪いというわけではございません。
 しかし、先ほど鳥居先生もグランドデザインをこれから作るんだ、今着手したところだとおっしゃっていますし、それからまた、国立学校の法人化に関しまして文部科学省が設置しました調査検討会議も、国としての長期的な高等教育、学術研究施策のグランドデザインの策定が必要だということを提言しております。
 それからまた、今回の大学改革につきまして審議しました中央教育審議会の答申の大学の質の保証に係る新たなシステムの構築につきましてのその末尾に、高等教育の今後の在り方や全体規模などについて、高等教育のグランドデザインの一環として検討するとございます。
 答申概要の末尾にあるように、今後検討するということでございますから、ということは、まだグランドデザインはできていないというふうに政府自ら考えておられるのではないかと、こんなふうに思います。
 仮にグランドデザインが存在すれば、それはポジではなくてネガの形であるかもしれません。文部省の幹部の方がそういうのを持っていらっしゃるかもしれませんけれども、それはあくまでもネガでございまして、ポジになっておりませんので我々からは見えないわけでございまして、したがいまして社会的には存在しないと同じじゃないかと、こう思うわけでございます。
○岩本司君 同じ質問なんですが、ほかの先生方、グランドデザインをどのように、高等教育に関するグランドデザインですが、この国の、どういうイメージで描かれているのか、ちょっとお話をお聞かせいただければと思います。
○参考人(伊藤文雄君) 私は、今まで高等教育の中で大学院というのは、学部から大学院という上を見ていたと思うんです。私たちの環境はこれだけ変化、高度化しましたから、やはり高等教育の水準というのは修士課程に来ている。そうすると、修士課程から今度は学部教育の在り方、やはり私たちはもっと、学部教育の中で今問われる人間性の教育、国際語学教育、情報教育、その他基本的な教育、そしてより高度の、今まで学部の中で高度な専門教育をやっていたものが大学院の修士課程に来た。そして、修士課程でこれからは生涯教育を含めますといろいろニーズがありますから、それは複線化されていくべきものだというふうに考えております。
 今までのように学部があって、その上に大学院を乗せていくという考え方じゃなくて、大学院の修士課程を中心にして学部教育の在り方を考えて、そして修士課程の中には研究者養成の大学院と、これから様々な産業界また社会の専門的な要求にこたえた形のいろいろなプログラムの大学院があってしかるべきだなと私は考えております。
○参考人(鳥居泰彦君) 今、伊藤先生がおっしゃったことと重なりますが、一番大きなグランドデザインのポイントになるのは、高等教育の中の大学院の部分をどのようにもっと先端化して、それからまた柔軟性を持たせていくかということだと思います。
 例えば、ロースクールはこのたび三年という特別の長さになりました。じゃ、この後、メディカルスクールというのを考えるとしたら一体何年の長さになるのか、その辺りもこれから考えていかなきゃならないことだと思うんです。私、中教審の会長なので、今具体的なことを発言してしまうと物議を醸しますので、ある範囲内で申し上げたいと思うんです。
 それから、今、複線化というお話が出ましたが、これは物すごく大事で、国民の皆さんに是非理解してほしい。要するに、人生多様だということを国民が受け入れない限り学校制度の改革はできないんですね。みんなが同じ大学を目指す、これはおかしいので、いろんな方向を目指す大学があっていい。こっちの方向を目指した大学をこれはレベルの低い大学だというふうに考えるのが間違いなんだということですね。
 それから、やはり日本の国家にとって非常に重要な役割を果たす職業人の養成が学校教育法の枠外に置かれているものがたくさんあります。昔の言葉で言えば士官学校のような役割を果たす学校は今、日本には存在しないわけですね、学校としては。警察学校もそうですね。要するに、そういったようなたぐいのものはたくさんあるわけです。そういうものをどのように教育制度全体の中で扱っていくかということも非常に重要な問題だと思います。
 一番言っていけないようなことを言ったような気がしますけれども、そういうことを考えております。
○岩本司君 ありがとうございます。
 先ほどのお話の中で、法科大学院ありきで今回の専門職大学院構想が出てきたのではないかという、こういう御意見、国民の皆様の中からもあるわけでありますけれども、国民の皆様の中から文部科学省に自主性がないのではないか、主体性がないのではないかというような御意見もあるんですけれども、今回審議されております学校教育法の一部改正案、専門職大学院では、専門職大学院構想に関しても言えるわけでありますけれども、当面しています法科大学院構想では何を重視すべきであるのか、この点のお考えをお聞かせいただきたいと思うのですが、どうぞ三人の先生方、よろしくお願いします。
○参考人(鳥居泰彦君) まず、文部科学省の主体性の問題なんですが、これは医師、看護婦、それから法曹関係、これ、それぞれ違う省庁が所管している国家試験がありまして、そしてそちらの方から要求される学習基準が元々あるわけですね。これをなじませていく作業に十年、二十年と時間を掛けてきています。
 例えば昔は、医学部の学部の授業カリキュラムというのは、医師の国家試験で要請される科目をまず先に上げていかないと要するに授業科目の編成ができなかった。ところが今は、大学設置基準の側で主体的に科目を決められるようになりました。ですから、例えば内科学の何とかかんとかという難しい名前で昔は決まっていたものを、胃の診察の仕方という科目を作ってもいいということで、だんだんにそのウエートが文部科学行政の側に移ってきているという事実があります。
 同じことが今度のロースクールについてもありまして、司法試験の側で要求しているものと教育をする側で考えるべきことを折り合わせていく作業、折り合いを付けていく作業があったんですね。そのことを是非御理解いただきたいと思います。最初に、それだけまずお答えを申し上げたいと思います。
○参考人(伊藤文雄君) はっきりしていることは、今までは試験で、試験技術でもってその資格を得る。しかし、このたびの法科大学院は教育にあると。法律というのは私たちの環境を作るものです。したがって、そこにかかわる、係争問題にかかわる人たちですから、私たちは絶えず力の方向、していいか、していけないか、もししていいとすればどこまでできるか、力の程度、正にこれは倫理の問題であります。
 したがって、法科大学院で一番、私たちの希少性の社会でトラブルが起こったときに、ここにかかわる人たちですから、やはり今までの倫理的な教育というのは今までの試験制度では無理で、やはり正に法科大学院の教育の中で本当に正しい環境と社会を作る人たちを育成する、そこが大きな問題だと思います。
○参考人(市川昭午君) 今まで法曹の養成というのは、法務省の司法試験と、それから最高裁の司法研修所によって行われてきたわけでございます。したがいまして、文部科学省の所管します大学の法学部というのは余り関係がなかったわけでございますけれども、今後は今までの点としての養成からプロセスとしての養成になるということでございますので、そのプロセスにおける法科大学院が中核に本当になれるようにしていただきたい。
 それで、文部科学大臣と法務大臣の協議、あるいは法務大臣からの意見の申出というのがございますけれども、それとは逆に、法科大学院が本当に法曹養成の中核になれるように、文部科学大臣から法務大臣に意見を言っていただくというようなこともお願いしたいと思っております。
○岩本司君 ありがとうございます。
 また、市川先生のお話の中に、先ほどですけれども、専門職大学院で単に実務家を登用すればいいというものじゃないというようなお話も、御意見もありましたけれども、現実的には相当登用しなければならないわけで、その結果、やはり人件費等の問題もありまして学生さんたちに跳ね返ってくるわけであります。相当、大学院を卒業するのにもお金が掛かると。もちろんアメリカ等でも、一千万円卒業するのに借金して法科大学院を出るという、そういう例もございますけれども。
 学生さんたちへの援助ですけれども、これは必要と考えますけれども、その援助のやり方、どういう形で援助するか、した方がいいのか、先生方の御意見をお伺いしたいと思います。
○参考人(伊藤文雄君) 私は、前から大学院に通う学生には所得控除をすべきだと考えております。
○参考人(鳥居泰彦君) 所得控除、私も同感であります。と同時に、日本のいろいろな税制上の仕組みを是非見直していただいて、篤志家が学校に寄附をする、あるいは篤志家が自分がこの人と思う学生に支援の寄附をする、いろいろな仕組みが税法上認められて優遇されると、優遇という言葉が当たっているかどうか分かりません、むしろ当然だと私は思いますけれども、そういう仕組みを是非作っていくべきだと思っています。
○参考人(市川昭午君) アメリカのように、メディカルスクールやロースクールの学費が大変高くて、その代わり卒業してから高い収入を得るということが期待されるということでございますが、そうなりますとどうしても医療費も高くなりますし、それから訴訟費用も高くなります。それですから、やはり私費負担だけでやるんじゃなくて専門職養成にはもっと公共のお金をつぎ込む、その代わりその卒業生が法外な所得を得るということもチェックするというような方向がよろしいんではないかと、こう考えております。
○岩本司君 ありがとうございます。
 また、今から国際競争といいますか、もう国内でも各大学が競争して生き残っていかなければいけないわけですが、当然、ユーザーである学生さん、また保護者の意見を取り入れないと、ニーズにこたえないと生き残っていかないわけでありますけれども、第三者評価に、学生さんですとか保護者の方々の、また学校の先生方の意見を第三者評価に取り込むことに関してどういうお考えなのか、ちょっと、取り込むって、今の段階ではそういうふうになっていないんですけれども、私は取り込むべきだと思うんですよね。当然それは取り込まない、何というんですか、最終的にユーザーである学生さんたちが行かなければ先ほど申し上げたように倒産といいますかなくなっていくわけですけれども、維持できなくなっていくわけですけれども、私は入れるべきだと思う。
 先生方の御意見、第三者評価にこういう学生さん、保護者の皆さんの意見を取り入れるべきかどうか、ちょっとお伺いしたいと思います。
○参考人(伊藤文雄君) 二つあります。例えば、私たちインターナショナル・パートナーシップを結んでいるカーネギー・メロン大学、学生の意見を聞いたときにはランキングが十何位です。今度逆の、ウォール・ストリート・ジャーナルでいきますとランキングが二位、三位です。
 それで私は、学生評価は第三者評価に入れるべきではないと思っています。今、私たちビジネススクールでは、学生評価を毎年年に二回やって、その評価が二・〇の先生には辞めてもらっております。
 そういう意味で、実際に私たち自身の問題として、やはり第三者評価は相対的にいろいろの角度から見ていくものですから、これは学生が本当に教育サービスを受けるにふさわしい機能を果たしている大学かどうか、その組織が機能が完全であるかどうかを見るものであって、直接学生の評価は、受けた場合の問題として、直接先生方がそれを受けて、そしてどういうふうに改善するかという問題と評価の問題は別だと考えております。
○参考人(市川昭午君) 学生は高等教育のユーザーでございますから、その評価は市場評価の一種ではないかと思います。したがいまして、第三者評価にはなじまないと考えられるわけでございます。
 そうは申しましても、学生による評価は大学の教育や運営におきまして大変大事なことでございますので、学生評価を実施しているか否か、どんな内容でやっているかといったようなことを第三者評価機関が大学を評価する場合の重要な資料とするということが望ましいと思います。
 それから、単に学生だけじゃなくて、保護者とか雇用主とか地域社会など、いろんなステークホルダーがいるわけでございますから、そういった広範な意見も反映されるような、反映するようにしている大学を第三者機関が高く評価するというような、間接的な形で学生評価というものを入れていくべきだと、こう考えます。
○岩本司君 ありがとうございます。
 それから、もう時間が限られていまして、私、先生方のお話を聞かせていただいて、ちょっとこれ通告していないんですけれども、もう時間が限られているんですがお伺いしたいことがありまして、先ほど先生方のお話の中で、今からの時代のニーズに、時代の流れをキャッチして生き抜く力のような、そういうお話があったんですけれども、ちょっとこれ、携帯電話で、今、着メロって御存じですか、着メロ。着メロというのは、電話が掛かってきたら、今までは電話のリーンという音だったんですけれども、それがいろんな音楽で、メロディーを自分たちで選べるようになっているんですけれども。
 この会社も、設立、会社作っていきなり上場するようなこういう時代で、正に今何が必要かと、すき間というか、何が必要かという感じる力といいますか、感性が本当に重要になってくると思うんですね、この国際競争の中で、感性。
 この感性を、何といいますか、どこを切っても金太郎あめのような教育と、よく国民の皆さんからそういう御意見があるんですけれども、この感性を、感性豊かな人間に育てるにはどのようにこの国の教育に取り入れていったらいいのかというふうに私は感じているんですけれども、思っているんですけれども、疑問を感じているんですが、先生方の御意見をちょっとお聞かせいただきたいと思います。
○参考人(鳥居泰彦君) 今おっしゃった問題は、私は、幼稚園教育から大学院教育まで全体の見直しだというふうに思っています。
 幼稚園教育の段階でもうほとんどの基礎ができる。にもかかわらず、幼稚園教育について、先生が今おっしゃったような感性も含めて、もっと基礎的なこととか教養の一番基本になるところとか、そういうものを教えるところからもう一回再考する。今、金太郎あめの話が出ましたが、今、金太郎とか桃太郎という言葉を知らない幼稚園の先生が一杯いるんですよ。そこから始めるしかないという感じなんですね。
 上は大学院までなんですけれども、そこのところは、本当におっしゃったそういう新しい技術、新しい技術を支えているのは、感性と同時にもう一つは本当の基礎的な学問の力なんです。今の先生がお持ちの機械も、その一番大本のところは一ビット一ビット、ワンディジットワンディジットの操作でプログラムが作られているんですが、その一ビット一ビットのプログラムのことを、昔、私たちが昭和三十八年ごろにコンピューターを日本で最初に輸入したときはやりました。しかし、今はそれ、授業をやっている学校はないんですよ。ほとんどある種のソフトを使える教育なんですよ。それはどこでやっているかというと、上海交通大学とか、全然我々が今まで考えもしなかった大学の人にやらせるとそれができる。もう負け始めているんですよ。
○参考人(伊藤文雄君) 二つあると思います。
 一つは、専門大学院の場合には、非常に教員、組織が多様化しています。実務経験豊富な先生、また学生に理論構築という学問、そういういろいろな多様な経験を持った先生方の授業に接することによって、やはり自分で今何が求められてくるかが分かるかと思います。
 それからもう一つは、大学自身がそういう機会を作ることです。私は、今年七月にモスクワ大学のビジネススクール、それから中国の復旦大学のビジネススクール、それから韓国の高麗大学のビジネススクール、そして青山と、一週間呼びまして、一緒に工場見学をし、一緒にマネジメントゲームをお互いにやり、またそれぞれの国のグローバル化についてプレゼンテーションしてやると。そういうことによって、今までと違った価値観を、相互理解を深めていく。
 それから、私は今年、学生を十五人連れて中国の上海に行きました。そして、中国の宝山鉄工所を見学しました。それから、ヨーロッパのベル・アルカテルの工場見学をしました。それから、日本のサントリーと東芝して、そうして向こうの学校で中国の文化、伝統と現代、中国の政治システム、中国の経済改革、中国の企業環境、そういうのを学んで、その中で学生が、いろんな会社から来ている職業人がその中でいろいろなことを身に付けて帰っていくという。
 だから、これからはそういういろんな機会を積極的に進めていくことによって、何がオポチュニティーだ、環境の変化をとらえて、その成長の機会に発展させる何が機会かということはつかんでいけると思います。
○岩本司君 どうもありがとうございました。
○山本香苗君 公明党の山本香苗と申します。
 本日は、大変貴重な御意見をいただきましてありがとうございます。いろいろと質問、どういった御質問をさせていただこうかなといろいろ考えてきたんですが、さきのお二人の御質問と多少重なる部分もあるやに思いますが、どうぞよろしくお願いいたします。一応どなたかというのは指名させていただきますが、これぞというときには手を挙げていただきまして、御意見をちょうだいしたいと思っております。
 まず、鳥居参考人と市川参考人にお伺いいたしたいと思うんですが、今回の答申の中で、すべての大学が国の認証機関の評価を受けるとする一方で、評価が基準を満たさなくてもそれを理由に国から行政処分を課されないという文言が入っております。
 これについて、ちょっとうがった見方かもしれませんが、評価が悪くても国は強権発動しないという念書に近いんじゃないかと、そういった声もございました。この考えの背景には、評価機関に対する十分な信頼がないということに起因するんだと思っておりますけれども、実際、今後の公正な評価、またその評価をどう生かしていくか、そして認証機関に対する信頼性の確保といったことが課題として残されているように思います。
 そこで、両先生に、評価機関による公正な評価をどう確保していくか、再度、異なった立場を持っていらっしゃるように思いますので、明確にお答えいただければなと思います。
○参考人(鳥居泰彦君) 今の御質問の件は、学校教育法の中で、今度の改正案の中に入っております、学校がいろいろな定めに基づいて運営されていかない場合にいろんなステップを踏んで、まず学校に対して改善勧告をしたり調査をしたり、その改善勧告が満たされないときに、最悪の場合には閉鎖命令も出せるようにという仕組みに変わるようになっています。
 今まではそうではなくて、学校教育法の第十三条だったと思いますが、閉鎖命令のことだけが書いてあったんですね。それから、私立学校法の場合には、私立学校の解散の要件の中、これ六つありますけれども、そのうちの一番から五番までは学校自身が倒産しちゃったとかなんとか、そういう学校の側の都合で解散するわけですけれども、第六番目の要件として、行政側の判断で、所管大臣の判断で解散命令が出されるという場合もあるようになっていたわけです。
 今回、今の御質問ですけれども、そのずっと手前の問題として、まず評価機関で評価をしてもらったらば評価されなかったという段階では、私は行政処分はしない方がいいというふうに思います。なぜならば、その段階では、学校が自ら改善をすることを求める方が正当なやり方であると、そういうふうに思います。
○参考人(市川昭午君) 大学の在り方は様々であってよいと思いますので、私は基本的に、職業資格などに直結する場合は別としまして、必ずしも評価を受けなくてもいいんじゃないか、評価を受けない大学があってもいいと。基本的には消費者である学生あるいは保護者が選択すべき問題であります。ただ、御案内のように、情報の不対称と申しますか、消費者は十分な大学の内容について情報を持っておりませんので、そういった点を補う意味におきまして第三者評価というのは存在理由があるんじゃないかと思います。
 したがいまして、評価の結果が悪くても、行政処分とは別個の問題で、あくまでも行政処分は不法行為、不法状態に対する処分であるべきであって、大学の教育研究内容に関してはそういったことをしなくてもよろしいんじゃないかと、こう考えております。
○山本香苗君 ありがとうございます。
 今、鳥居参考人の方からもおっしゃっていただきましたが、今回、私立大学に対しまして、今回の法改正におきましては、私立大学に四段階で、改善勧告、変更命令、学部等の組織の廃止、死刑宣告に近いような閉鎖命令と、この四つの段階ができるようになるということなんですけれども、今、私立大学連盟会長も兼ねていらっしゃるということをお伺いして……
○参考人(鳥居泰彦君) もう終わりました。卒業しました。
○山本香苗君 済みません。申し訳ございません。
 私立に対するこうした四段階の措置ができるようになったということを私立大学に対する政策転換じゃないかというような意見も出ておりますけれども、この点についてはどのようなお考えをお持ちでしょうか。
○参考人(鳥居泰彦君) 私立大学に対する政策転換であると私は思います。政策転換が必要なんだと思います。
 私立大学が、いわゆる違法状態、例えば設置基準を満たさない、具体的に言いますと、定員百人のところに二百人も三百人も学生入れちゃって、実際にやっていた学校があるわけですね。そういう学校に対して何らの行政的な指導も行うことができないというシステム、法律のシステム、それはむしろおかしいんで、それはきちっと直していくということだと思います。
 もちろん、私立大学の団体、これは私立大学連盟、私立大学協会、私立大学振興協会と三つ団体がありますが、それら自身が自浄能力を発揮するべきであることはもちろんですが、それを超えてなお違法を平気で行う、そういうケースについてやはりこの制度は必要だと思いまして、是非、法律改正の段階で御検討いただきたいと思います。
○山本香苗君 ありがとうございました。
 次に、伊藤先生にお伺いしたいと思います。
 新聞記事の方を見させていただきました。青山学院大学において二〇〇一年から専門大学院をスタートさせていらっしゃって、その課題として、日経新聞に書いてあったんですが、大学の運営が学部行政中心であるために専門大学の行政に障害が生じているといったことを今後の課題として挙げていらっしゃったわけなんですけれども、今後、現行のこの専門大学院というものをベースにして専門職大学院、これが作られた際に、こうした課題というものも引き続き起こっていくんじゃないかと思うんですが、この課題を今後どういう形で乗り越えていこうと考えていらっしゃるのか、また具体的にどういった障害があるのかも併せてお伺いしたいと思います。
○参考人(伊藤文雄君) 障害は、今までの大学院というのは、主に学部の教員が大学院を兼ねるという形で、日本の大学は学部中心の運営でなされてきていると。今回の専門大学院の場合には、基礎学部は持ちません。したがいまして、その専門大学院の運営は全部学部に基づいた規則でやられていて、したがいまして大学院というものが一々そこで大学の学則変更をやっていかなければ物事が出ていかないという点が一つの障害でありまして、やはりこれからは、専門大学院は、私たち自体が考えますと、別個の一つ、本当にこれからいろんな、ロースクールがあり、ビジネススクールができ、またエンジニアリングスクール、メディカルスクール、エデュケーショナルスクール、いろいろ専門分野の大学院があったときに、これは学部教育とは違った一つの私は学則体系でやっていくべきではないかなというふうに考えております。
○山本香苗君 この専門大学院、二〇〇一年にスタートですので、来年の春には初めての卒業生が誕生するとお伺いしているんですけれども、是非そういった方、卒業生の方々に直接、この二年間どういう形でやってこられたかとか、御意見を聞いてみたいなと思うんですけれども。
 直接、日ごろ学生に接していらっしゃる伊藤先生から見て、この専門大学院がどういった点で学生に受けた、大変、学生にとって本当に良かったなと思われていらっしゃるのか、満足度はいかほど、先ほど一年に一回ほど学生の評価を受けていらっしゃるということをお伺いしましたけれども、どういった結果が具体的に出てきているのか。そして、そろそろ就職という話もあると思うんですけれども、就職状況とか、そういったものについてお伺いいたします。
○参考人(伊藤文雄君) 私たちは、評価は二つやっております。一つは学生評価。これは、ツー・セメスター・システムですから年に二回です。春の授業が終わった後、それから秋の授業が終わった後。それで、学生が受講した全科目について、満足度、五段階評価でしていただいて、そして同時に先生方が学生に対してどういう評価をしていたか、それも明らかにして、そして私たちは、やはり学生の評価がもっともだなと思った場合には科目の担当の変更、また非常勤の先生だったら交代していただくと。
 それからもう一つ、私たちは外部評価をしています。産業界の人、又は海外のビジネススクールのディーン、国内企業のトップ等で二十六名、年に一回、六月。会長は東芝の会長の岡村氏にやっていただいて、そこで私たちの自己点検に対して外部評価をしていただいて、そこで改善をしています。やはり学生が授業評価の中で、私たちがそれを改善しているという形は評価してくれています。そして、外部評価につきましても、それに基づいて私たちは改善していくと、そういう形で学生の信頼感を得ております。
 それから、就職につきましては、現在、日本の大学ではまだ大学院修了生を採用するという企業側の体制はできておりません。したがって、学部から上がって、将来の高度専門職業人の、将来求めている学生にとって非常に就職については困難を感じております。
 今現在、パートタイムの学生が四分の三、七五%がパートタイムの学生ですから、就職の問題は出てきておりません。それで、残りの四分の一の学生がやはり企業の方に就職をしている。ただ、そこで言われることは、やはり学部の学生と一味違うという形で、この厳しい就職の中においても、専門大学院の学生、フルタイムの学生については就職はパーフェクトにいっております。
○山本香苗君 本当に、今、外部評価という話で、国際経済人や海外のビジネススクールの研究科長らに委嘱されて外部評価を行っていらっしゃるというように聞きまして、本当にすごいなと思ったんですけれども、先ほど、鳥居参考人のお話じゃないですが、これはめちゃめちゃお金掛かっているやろなというのが、何か非常に高く付いて、コストとかも、大学側は大変重視されていらっしゃるのでこうしたコストも省みずいろいろやっていらっしゃるんだと思うんですけれども、実際こうした評価等々を行うときのコストというものは大学の経営に大変、どういった点で、かなり負担となっているんでしょうか。
○参考人(鳥居泰彦君) 大学によってもうピンからキリまでだと思います。
 私自身の経験を申し上げますと、私が湘南藤沢キャンパスの外部評価というのをお願いしました。これは企業人が五人、会社や新聞社の社長さんとか、それから学者が五人ほどでありました。全部で一千万ぐらいの予算が掛かると言われましたが、皆様にお願いをいたしまして百万円で済ませちゃったんですね。
 ですから、そういうお願いの仕方をすればできないことはありませんが、今先に申し上げましたぐらいの金額は最低掛かる。そのことをやっぱり社会が認め、それから学内も、教授諸君がそのお金を掛けてでも自分たちを評価してもらうんだと考えるようになってくれないと成り立たない、そういうことではないかと思います。恐らく、多分ほかの学校は事情が違うと思いますけれども。
○参考人(伊藤文雄君) 私たちの外部評価は年一回です。一回に約五百万掛かります。それは、大学に規則を作ってやっておりますので、大学に払っていただいています。
 それからもう一つ、私たちは全米のACSPに入ります。そのアクレディテーションを得るために約百五十万円近く掛かります。これもやはり学生に対して、十分な対価に対して教育サービスを提供するということに対しては、これは大学自身がしなければならないコストだというふうに考えております。
○山本香苗君 ありがとうございました。
 この法改正のことについていろいろと勉強していく中で、私も大学卒業してまだ十年足らずぐらいなんですけれども、大学があって大学院があって専門大学があって専門職大学院ができてと、いろんな大学の名前が多様化してきている。選ぶ側からするといろんな選択肢が増えてきていいことなのかもしれないんですけれども、学部、また大学院、専門職大学院等々のすみ分けというものについてお三方の御意見をちょうだいして、最後の質問とさせていただきたいと思います。
○参考人(鳥居泰彦君) すみ分けはこういうことだと思います。これはもう伊藤参考人から先ほど来話が出ていますけれども、従来からある大学院、これは非常に重要な役割を果たしていまして、研究大学院ですね、この研究大学院をできるだけやっぱり強くしていくということは日本の高等教育行政の基本だと思います。
 それに加えまして、専門職大学院のカテゴリーをこれから内容を豊かにしていくこと、例えば今回ロースクールがその一つの形になりましたし、ビジネススクールができましたし、そのほかに恐らくこれからいろんなタイプの専門職、とりわけ国家試験と、いわゆる免許にかかわってくるような職業については専門職大学院を強くしていく必要があると思います。
 三番目は、国際競争に堪えるような専門職大学院や、それから研究大学院を強くしていく必要があると思います。そして最後に、教養、教育、そういう分野ですね。生涯学習というものも含めた分野について、やはりこれも大学院レベルでも日本は強くなっていかなきゃならない。
 それらが同時に並行して強くなっていくのが私の頭の中にあるすみ分けの構図でございます。
○参考人(伊藤文雄君) 私は、大学は三階建てだと思っています。
 まず、高校を出まして一階の学部教育を出て、そして社会の実務経験を踏んで、それで専門大学にまた入ってきて、そしてまたそこで働いて、今度次は三階の生涯教育に行くという、そういう形で、今まで学生は一回大学を通過したらもう縁がないという、そうじゃなくて、大学はそうした様々の年代に、そういう自分の経験に応じていろいろなニーズ出てきますから、そういうふうにどんどんどんどんスパイラルに大学というものはあるべきじゃないかなと、そういう意味ですみ分けを考えております。
○参考人(市川昭午君) 我が国の大学の欠陥は、高等教育が構造化されていないことだと思います。
 本来、高等教育は、短期の高等教育機関、それから四年制の大学、さらに研究大学院や職業大学院というようなことで構成されるんだと思いますが、我が国の場合、元々、大学院も発達せず、短期大学も発達せず、四年制大学に集中したのでございますが、最近はますますこの傾向が強くなりまして、今日、高等教育に在学する学生の九割は四年制大学にいるわけでございます。本来からいえば、もっと短期大学、高等専門学校などが発展すべきですし、それからまた大学院も発展すべきであります。それからまた、大学院におきましても、研究大学院に偏ることなく、専門大学院、職業大学院といったものがもう少し力を持ってくる、そういうバランスの取れた、バランスのある構造を持った高等教育というものが望ましいと、こう思っております。
○山本香苗君 ありがとうございました。
○林紀子君 日本共産党の林紀子でございます。
 今日は三人の参考人の皆様に来ていただきまして、大変貴重なお話聞かせていただきまして、本当にありがとうございます。
 私は、今回の学校教育法の改正というものでロースクールの問題というのが非常に大きく浮かび上がっておりますが、私の問題意識といたしましては評価という問題、大学評価というものを法律で義務付ける、これは国立、公立、私立、全部これを義務付けるということになっている。これは正に今までの大学の在り方を、先ほど鳥居参考人も私学では政策転換であるというふうにおっしゃいましたけれども、非常に大きな問題ではないかと思うわけですね。
 そこで、まず市川参考人にお伺いしたいんですけれども、私は参考人の「高等教育の変貌と財政」という著作を見させていただきましたが、その中で、大学評価は何のために実施されるのか、どんな効果があるのか、実施に値するものなのか、こういうことを常に問い続けていく必要があるんだというふうにお書きになっていらっしゃいました。
 今回のこの認証評価制度というものにつきまして、先生のこの問題意識からいいますと、何のために実施されるのか、どんな効果があるのか、実施に値するものなのかどうか、そういう点ではどういうふうにお考えになっていらっしゃるか、お聞きしたいと思います。
○参考人(市川昭午君) 私は、先ほど来申し上げましたように、大学評価は必要ではございますが、これは今まで評価されていない、競争がないというのはうそでございまして、昔から大学は様々な面で評価されてきたわけです。学生さんからも評価されましたし、同僚からも評価されましたし、外国からも評価されましたし、マスコミからも評価されている。評価されているんです。それからまた、競争もありました。大学間の競争もあれば、教員の間の競争も結構激しいものであったわけでございます。
 ただ、そういった競争からある意味では脱落しているというか、そういう大学や大学教員もいたわけでございまして、それが今までは需要が供給を上回っておりましたので存続していたということであろうと思いますが、これからは十八歳人口の減少に伴いましてこれまでと需給関係が逆転しますので、おのずから努力しない大学、努力しない教員は淘汰されていくことになろうかと思います。ですから、必ずしも制度的に評価をしなくても、そういう非制度的な評価というのは、今までどおりあるいは今まで以上に強く作用すると思いますので、その間でおのずから淘汰は行われていくんだろうと思います。
 それで、それだけでは不十分だというお考えからこの評価の制度化ということが、政府中枢でございますね、内閣府に置かれておりますいろんな何々会議と申すところから強い要請があって行われるようになったかと思いますけれども、規制緩和と申しますけれども、本当に規制が緩和されるのだろうかと。事後評価というものが常にちらちらしているわけでございまして、必ずしも評価を受ける側は自由になったとは思えないんじゃないかというふうに思います。
 それで、評価というのは今までもやられているわけですから、それを適正なものにするために、各大学がそれぞれ集まって自主的に認証機関を作って評価するということは、これは非常に結構なことだと思いますが、ただ、先ほど来申しましたように、評価というのは実際は非常に大変なことでございまして、お金も掛かれば時間も掛かればエネルギーも要するわけであります。それですから、これを完璧にやり抜くということは極めて困難なことであろうと。
 そこで私は、やはり評価は大事で望ましいことだけれども、やはり費用効果ということを考えていかなきゃならない。ですから、必ずしも事前規制が悪であって事後評価が絶対にベターであるとは言えないと思うんでございます。ですから、今回やるにいたしましても、一定期間、例えば十年たったら見直すというようなことが必要かと思います。
 それからまた、すべての大学に評価を受けることを義務付けるという必要もないだろうと思うんでございます。それは、先ほど来申しておりますように、結局ユーザーである学生が市場評価をするわけでございますから、それでやはりその目にかなわなかったものは淘汰されていきますから、むしろ私は大学側には情報公開を義務付けるということが大事だと思います。それによって、学生が、あるいは保護者が、あるいは企業が大学を適確に評価できるような、そういうシステムが望ましいんじゃないかと、こう考えております。
○林紀子君 もう一点、評価の問題について市川参考人にお伺いしたいんですけれども、先ほどもお触れになりましたけれども、評価と資源配分の関係ですね。
 今回の認証評価制度というのは、文部科学省にお伺いいたしましたところ、資源配分機関というものが一部参考にするかもしれないけれども、これが即お金に結び付くものではないというお答えではあったんですね。しかし、この先独立行政法人になる、私たちはこれはいかがなものかという気持ちは持っておりますけれども、独立行政法人のこの設計によりますと、正に評価と資源配分がぴったり結び付いているわけですね。私はこれはあめとむちではないかということも申し上げたんですけれども、やはり学問の場にその評価によってお金までそれで左右されるというシステムが持ち込まれるというのは、正に学問の自由とか研究の自由とか、そういうところにも触れていく問題なんじゃないかということで、大変な問題じゃないかなと思うんですが、その辺についてお伺いしたいと思います。
○参考人(市川昭午君) それは、評価がどのように行われるか、それからまたそれがどのように使われるかということによって違ってくると思いますけれども。本当に評価が公平かつ客観的に行われ、それが透明性を持ってだれも納得できるというようなものである、それからまた専門的な評価機関による評価がそのまま評価の基準に、配分基準に使われるというようなことでありますと、それほど心配もないかと思いますけれども、そうでなかった場合、そういう先生が御指摘のような心配も出てくることもあろうかと思うんです。
 それで、やはり何と申しましても人間がやることですから、必ずバイアスはあり得るということだと思います。ですから、評価と申しましても、要するに教育研究の内容、方法の改善のためのフィードバックの評価というものは、これは必要だと思うんですね。それで、ただ、これが予算の配分ということに結び付きますと一種の権力性を持ってまいりますから、これが教育、研究の自由を脅かすというおそれなしとしないと。これは大学人が毅然としていればある程度防げることでございますけれども、必ずしも現在の我が国の大学人がそのような高い自主性を持っているとも思えませんので、心配はございます。
○林紀子君 ありがとうございました。
 次に、伊藤参考人にお伺いしたいと思いますが、先ほどのお話の中で、専門職大学院、今もずっと御経験をなさっていらっしゃるということですけれども、人格の形成というのはもちろんだけれども、人材育成ということが今社会の要請にこたえるものだというお話だったと思います。
 それで、今回の専門職大学院ということで、高度専門職業人というのを養成するということになってまいりますと、正にこれは日本の中枢を担うような人たちというのを養成をしていくと、それぞれの分野でということになるんだと思うんですね。そうしますと、人格の形成も非常に必要であると同時に、研究というものもやはりそこできちんとやっていくということが必要なのではないかというふうに思うわけですね。
 今回は、研究指導を必須としないということになっているわけですけれども、それに対しましては、伊藤先生と同じように、今、専門大学院で教鞭を執っていらっしゃる方たちからも、こういう形は反対だ、研究的な要素が組み込まれたカリキュラムは必須ではないかとか、これを一律になくすことは今後に課題を残すことではないかとか、いろいろな意見も出されていると聞いております。
 伊藤参考人は、この研究指導を必須としないということについてはどのようにお考えになりますでしょうか。
○参考人(伊藤文雄君) 教育は研究なしにはできません。したがって、教育と研究を分けること自体に問題があると思います。高度専門職業人に対して教育することは一体どれだけ私たちが研究しなきゃいけないかと。問題は、教員が研究しないというんじゃなくて、学生に研究指導。
 私たちは二〇〇一年に私立大学連盟の実態調査をしました。二〇〇一年三月に、十三年三月に出したんですが、「私立大学院の創造的改革へむけて―実態調査に基づく分析と提言」。そこで、社会人がどういう理由で大学院に来ているんですかという複数のアンケートです。第一位が専門的知識、技術の習得、これが五三・六%。それから第二番目が専門分野の体系的学習、それが四九・一%。それから三番目が各種資格の取得、これが二一・二%。そして第四位が学位の取得、一九・五%。そして五番目に初めて研究者になるため、一五%と。
 学生は研究者になるために大学院に来ているわけでないわけで、私たち自身が研究して初めて教育ができるんで、学生に今までのような研究計画、課題を出させて、研究計画を出させて、そして研究指導教員は、どれにしますか、どういう論文を書かせますかと。学生は、ここにありますように、体系的な専門教育を受けて、そして企業の中で問題解決能力を高めるためにであって、企業に入って研究者になるためにビジネススクールに来ているんじゃないんで、ちょっと先生方に今のお話しいただいた中で誤解があるかと思います。
 私は、決して専門職大学院になったから、この研究指導、研究と教育が分けられるというんじゃなくて、今言ったように、日本の社会全体を考えていくときに、少数のエリートをつくるんじゃなくて、全体のバリューチェーンを考えますときに、まずそういう知的生産性を高めていくためには、今までのような研究課題を課して、研究計画を出して、そして指導教員はどれですかといったときには、これはマスで教育はできません。そういう意味で、研究指導は必須にせずということなんです。
○林紀子君 そうしますと、今までのような大学院で行われているような一対一といいますか、指導教官というのが付いてやっていくという、そういう研究指導ではなくて、しかし研究はやはり一つの大きなプログラムの中ではきちんと位置付けられるべきだというお考えでよろしいわけですね。
○参考人(伊藤文雄君) 結局、今度の専門職大学院はコースワークというのを導入していると思います。それは、体系的なカリキュラムを系統的に取ることによって、実質的に学生が今まで抱えた問題をちゃんと自分のものにまとめ上げていくという形で、今までのように何か狭い領域を深く掘り下げていくということではないと思います。
○林紀子君 よく分かりました。ありがとうございました。
 鳥居参考人にお伺いしたいんですけれども、最初のお話の中で、イギリス、アメリカなどの例を引きながら、各国とも国家戦略として教育を考えているんだというお話がありました。
 日本でも、小泉首相は米百俵の精神ということをおっしゃいましたので、教育ということをそういうふうに大事に位置付けていらっしゃるのかなとは思うんですけれども、しかし我が国の高等教育予算がどうかということになりますと、鳥居先生も、我が国のGNPに占める高等教育費の割合は約〇・七%、アメリカの一・一%、イギリスの一・四%と比べて非常に少ないと今までも御指摘なさっていらっしゃいますけれども、そういう意味では、先ほどの評価とそれから資源配分を結び付けるというのも、お金がないから、少なくともいい方にずっと渡しちゃおうというような、パイを増やすんじゃなくて、小さなパイの中でどう分け合うかというところから出てきた発想なのかなという気もしてしまうんですけれども、そういう意味では、やはり今非常に日本では高等教育に対する基本的な一番重大な施策として予算拡充するということが必要ではないかと思いますが、いかがでしょうか。
○参考人(鳥居泰彦君) おっしゃるとおり。特に私のように私立大学を経験してきた者の立場からいいますと、日本の教育予算、なかんずく高等教育予算についてはなお一層公費で見ていただくべきところがあると思っています。
 御案内のとおり、今大体、今年度の予算でいきますと、私学に対する助成金が約四千億弱でございます。それは私学の総予算の、私立大学の総予算の一二%ぐらいに相当しています。先生御案内だと思いますが、昭和五十年に制定されました私学振興助成法によりますと二分の一まで助成していただけるはずであったわけでございまして、それがまだ一二%かそこらにとどまっているのが現状でございます。是非よろしくお願いしたいと思います。
 それで、御質問の中にありました評価というのは、そのために、ないお金を少しでもどこかに絞り込んで使っていこうということなのかということだと思いますが、私はそういうふうには考えてはおりません。そうではなくて、アメリカのアクレディテーションシステムが動き出したときの歴史、日本でいいますと、アメリカのアクレディテーションを持ち込まれたのは、さっき市川参考人のお話にありましたように、昭和二十四年に駐留米軍が持ち込んできたものなんですね。そして、東京大学を始めとする国立大学、七校だったと思いますが、それと私学と合計で十八校で大学基準協会としてスタートしました。そのときが日本にアクレディテーションというものが持ち込まれた最初のときで、そのときからして元々アクレディテーションの本当の意味だったと思うんです。
 アクレディテーションというのは、相互にお互いに評価し合って、そしてそれらがみんな違う性質と目標を持った学校がそれぞれそのまま走っていきなさい、その代わり自分が設定した目標にかなっているかどうかをお互いにチェックし合いましょう、足りないところがあれば助言をし合いましょうという発想なんですね。それで、今日までその発想はアメリカでは少なくとも変わっていません。
 私、実はニューヨークにニューヨーク慶応高校というのを、俗称でございますが、やっておりましたけれども、もう私はそこの職を離れましたけれども、そこはNYSAISという、ニューヨーク・ステート・アソシエーション・オブ・インディペンデント・スクールズというアクレディテーション団体の評価を受けているんですね。
 そこはどういうことをやるかといいますと、あなたの学校、つまり慶応ニューヨーク高校は一体何を目標にしているんですか、内容としてはどんな教育をしたいんですかと、こう先に聞いてくれるんです。それを一年間ウオッチして、言うとおりやっていないじゃないですかというのを指摘してくれるわけです。その指摘にこたえて私たちが自己改善をすると、そうすると初めて合格証をもらってNYSAISの加盟校になるわけです。NYSAISの加盟校になると、それを見ていた市民が、これはNYSAISの加盟校になったじゃないか、じゃ僕は寄附するよ、少しずつ寄附が入るようになる、そういう世界なんですよ。私が考えているアクレディテーションの本当の使い道はそういうことなんです。
○林紀子君 時間になりましたので、どうも本当に貴重な御意見、ありがとうございました。
○山本正和君 今日はどうも三先生とも、大変お忙しい中、ありがとうございました。
 私は無所属の会でございまして、現在、政党に所属しておりませんが、国会改革連絡会という会派を作っておりまして、その代表という格好で質問させていただきます。
 私は、実は旧制の学校教育を終えた者なものですから、昭和二年生まれでございまして、ですから今度の大学問題等をずっと見ておりまして、私どもが思っておる昔の大学のイメージからいくと、何かちょっといろんな言葉が出てきて戸惑いを感ずるわけです。
 なぜ大学に専門職大学院なんて名前を付けるんだろうかというような気もしたんですけれども、先生方のお話を承っておりまして、大学というものがもっと自由に、一遍卒業した者がまた帰ってくる、あるいは社会人がいつでも学べる、そこで専門的な技能を付けるというふうな意味もあるというふうなお話ございまして、またそういうふうな取組をしていけばいいのかなとは思っております。
 ただ、私どもから言わせれば、かつては大学というのは、象牙の塔とは言いませんけれども、世俗とは切り離して、本当に学問のあるいは研究の場であるという思いが強くしておりました。ですから、例えば大学の学長とか、あれは昔は総長と呼んでございましたけれども、そういう先生方がいろいろお話しされる、論文を書かれる、その姿を見て私なりに大学というものに対する尊敬の念というのを持っておった、そういう思いが強いわけです、私どもに。
 本来、大学人というのは、こんなこと言ったらおかしいんですけれども、職業のためにとか、あるいは今の物の役に立つとか立たぬとかというふうなことじゃなしに、きちんとした学問に対する研究の場である、それを社会がどうやって使うかというのは社会の問題であると。それが、大学がどうもアメリカ式に、何でも役に立つものが必要だというふうになってくることに対してちょっと私自身は抵抗感がございます。
 しかし、それはそれといたしまして、現在の大学の中で先生方がずっと長い間取り組まれておる中で、やっぱり国に対して、高等教育に対して、ここだけはちょっと何とかせいと、こういうふうな御意見を今日は承りたいと。私ども国会の場でございますから、何とか大学人の先生方の御意向を受けて、国会の場でいろいろ議論をしていきたいと思っておりますものですから、お一言、大変時間がなくて恐縮でございますけれども、当面する、直面する、国がこれだけは大学に対してやりなさいよということをお伺いしたいと思っております。それだけで質問を終わりたいと思います。
○参考人(鳥居泰彦君) ありがとうございました。
 大学全体の問題として一番大きな問題は、私はまず一つは施設だと思います。国立大学の場合も公立大学の場合も私学の場合にも、たくさんの老朽化校舎を抱えています。校舎というのは、建て回しといいまして、建て替えるときにはつぶすわけにいかないんですね。今使っている校舎を残して使い続けながら隣に建物を建てて、やがてこっちを壊すと。したがって、相当のお金が掛かるわけです。それを、今いろんな仕組みで支えています。国立大学には国費が直接出ますし、私学の場合には私学助成金も出ますし、それから私が今理事長を務めております私学振興事業団からもお金を貸してさしあげることができます。しかし、いずれも不十分なんです。やっぱり、よその国の大学改革を見ていますと、学校の施設というものを抜本的に良くするということ、そして、ただ良くするのが老朽化校舎の対策だけではなくて、新しい時代に必要な施設を作っていくという意味で本気でお金を掛けています。これがまず第一です。
 それから二番目でございますが、物の次は人でございまして、やっぱり人材、大学人の人材のローテーションをいかに良くするか。そして、その中には外国の優れた人もどんどん招き入れることができる、その壁を取り払っていくことだと思います。
 三番目はお金の問題なんですが、先ほど来何度もお話ししておりますように、税制を改正していただくだけでどれほど日本の国民の大学を見る文化が変わっていくか分からない。今までの日本の国民の文化状況、心理状況というのは、大学にお金を寄附するなんてとんでもないということだったと思うんです。そうではなくて、大学というのはみんなで支えていくものだという考え方に立つことができるような税制を考えていただきたいと思います。
○参考人(伊藤文雄君) 私は、高度専門職業人教育につきまして、いつもはしの論理で考えているんですね。はしで物をつかむ場合に、一つは固定する、そしてもう一つを動かしてつかめるんですね。欧米人は両方動かすからつかめないんで、やはり人格の形成というのは固定化された一本のはしで、そして、大学は公共機関ですから、絶えずそのときそのときのもので、もう一本のはしでつかんでとらえていくという。
 それで、私たちは、先ほど教育は象牙の塔と言いましたけれども、やはり先ほど言ったように、教育には二つの目的を、排他的な関係ではなくて同時にやっていくわけですから、やはり時代の要請、今日の日本の経済状況を考えてみますと、私たちは銀行が倒産するなんて考えられなかったと。いかに日本の社会がそういう人材をつくってこなかったということですから、やはりもっと教育を重視する。
 そして、教育は社会に、また国に還元するんですから、私は国にお願いしたいのは、学生にもっともっと学習の機会を提供する。学生が会社に遠慮して隠れて通学をするんじゃなくて、やはりそういう時間的な配慮、又は授業料に対して、先ほども申し上げましたように所得の控除をしてあげて、できるだけ学生に高等教育を受ける機会を提供する。それは最終的には国に戻ることですから、もう少し教育に対して、研究に対する援助も大事かもしれませんですけれども、実質的に教育に欠けているところについて十分な目を通していただきたいと思っています。
○参考人(市川昭午君) 私も、戦争中は陸軍の学校、戦後は旧制高校で学んだ経験がございますので、いずれも大変に良い学校だったと思っております。しかし、なぜ良い学校だったのかと。それはもう大変一人当たりの教官の配置、掛ける費用その他充実したものであったからだと思います。
 しかし、そういう点では旧制の学校に学んだ人は恵まれていたと思いますが、その一番の欠点は、大多数の国民は教育を受けられなかったということだろうと思うんですね。それで、やはり戦後の教育のいいところは、大多数の国民に、中等教育はおろか高等教育まで教育機会を拡張したところにあろうかと思います。
 ただ、残念なのは、それに伴うだけのコスト負担を国民がしようとしなかったということでございます。これは、国や地方財政の支出、それからまた寄附金その他あらゆる面におきまして、戦前の日本は富国強兵と言われましたけれども、世界のほかの先進諸国と比べまして異常に教育費に国民所得の多くの部分を割いたわけでございまして、歴史的な統計分析がございますけれども、日本だけはほかの国とは懸け離れた、国民所得水準に比べて懸け離れた教育支出をしてきたわけです。
 ところが、戦後は文化国家になったはずでございますけれども、教育費に関しましては逆でございまして、要するに、減ったというわけじゃございませんが、ほかの先進諸国、中進諸国が大変に教育を重視するようになりましたので、今日、高等教育の関係者はもちろん、いろんな方がおっしゃっていますけれども、大変に教育支出の国民所得に占める割合が小さい。
 しかも、我が国は戦前から初等中等教育、殊に義務教育重視でございまして、国の予算のほとんどが義務教育に使われてきたわけです。これはこれで非常に達見であったと私は思うんでございますが、一部の発展途上国のように、何か国のメンツのために一つだけの大学を飾り立てるというよりもよっぽどいい政策だと思いますが、ただ、初等中等教育に比べまして高等教育が非常に貧弱であると。これはもう施設一つ取ってみましてもそうでございまして、そういう点で、やはり教育の構造が昔のように小学校にほとんどの人間が行っていた時代とは違いますので、やはりGDPにおける教育支出の割合を増やすと同時に、教育内部における教育支出の構造的な配分を再検討する必要があると、こう考えております。
○山本正和君 どうもありがとうございました。
○委員長(大野つや子君) 以上で参考人に対する質疑は終了いたしました。
 この際、参考人の方々に一言ごあいさつ申し上げます。
 本日は、長時間にわたり貴重な御意見をお述べいただきまして、誠にありがとうございました。委員会を代表いたしましてお礼を申し上げます。
 ありがとうございました。
 午後四時三十五分まで休憩いたします。
   午後零時十八分休憩
     ─────・─────
   午後四時三十九分開会
○委員長(大野つや子君) ただいまから文教科学委員会を再開いたします。
 政府参考人の出席要求に関する件についてお諮りいたします。
 学校教育法の一部を改正する法律案の審査のため、本日の委員会に文部科学省生涯学習政策局長近藤信司君及び文部科学省高等教育局長工藤智規君を政府参考人として出席を求め、その説明を聴取することに御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○委員長(大野つや子君) 御異議ないと認め、さよう決定いたします。
    ─────────────
○委員長(大野つや子君) 休憩前に引き続き、学校教育法の一部を改正する法律案を議題とし、質疑を行います。
 質疑のある方は順次御発言願います。
○岩本司君 民主党の岩本司でございます。
 審議の締めくくりとしまして、総括的な質問をさせていただきます。
 連合審査委員会と各委員の先生方からそれぞれ御意見、御質問がありまして、結構重なる面が多いんですが、国民の皆様方に対しまして確認という意味で、決意を込めました御答弁、どうぞよろしくお願いいたします。
 まず、専門職大学院制度の創設でありますが、具体的には法科大学院がスタートしていくわけでございます。これからの大学院は学費が、連合審査でも同僚議員も質問させていただきましたが、相当に高くなることが予想されます。十分な支援策が必要と考えますが、大臣の御所見また御決意をお聞かせ願いたいというふうに思います。
○国務大臣(遠山敦子君) 新しい制度の法科大学院がしっかりした目標を達成できるように、これは学生たちがまず学ぶときに、経済状況のいかんにかかわらず、学ぶ意欲のある、あるいは能力を持つ人がその機会を与えられるようにすることは大変重要だと思っております。その意味で、一つは学生に対する奨学制度の充実、それからもう一つは法科大学院を設置しようとしている大学に対して何ができるか。いずれも大変大きな課題でございますけれども、私どもとしては、これについてはしっかりと考え、また申請の状況などを見ながら関係機関とも十分相談して前向きに取り組みたいと考えています。
 詳しいことについては、必要であれば政府参考人の方からお答えいたします。
○岩本司君 ありがとうございます。
 学生はお金がないわけでありまして、お金がないのは、でも学生は当たり前でございますので、保護者の顔色をうかがった法律じゃなくて、学生の立場に立ってそういう支援をできる限りしていただきたいというふうに思います。どうぞよろしくお願いします。
 法科大学院についてでありますが、連合審査でも申し上げましたが、法曹人を点ではなくプロセスで養成していくと、これが基本的な構想であり、制度改革の魂であります。しかし、その魂が形骸していく可能性もあるわけでありまして、法務大臣にも念を押させていただきましたが、このような新たな大学院構想はやはり大学人が育てていかなければならないと思います。この点に関しまして大臣の御所見をお願いいたします。
○国務大臣(遠山敦子君) 法科大学院、平成十六年から始まるわけでございますけれども、既にそれぞれの大学においてどういう形で法科大学院を構成していくのかについては、その関係する大学においてはかなり真剣な議論がなされているというふうに承知いたしております。それぞれの大学において私は特色を持った形でやっていただきたいと思っておりますし、それと同時に、制度の本来の趣旨であります単なる理論だけではなくて実務的な能力もしっかり身に付けた上で、かつ倫理性も十分に持った優れた将来の法曹を育成するためのしっかりしたカリキュラムがまず必要だと思っております。
 それからもう一つは、そのカリキュラムを、実際にそれを教育していく教員の資質の問題、それをいかに確保していくかということが大事だと思っておりますし、また設備施設の問題なども様々にあろうかと思っておりますけれども、私どもとしては各大学の取組というものを見守りながら、これをいろんな形で支援をしていく、その姿勢を崩さずにサポートできるものはサポートしていく、そういうスタンスで事に当たりたいと思っております。
○岩本司君 ありがとうございます。
 モラル、モラル教育というか倫理教育でございますが、この倫理教育を徹底して、法の番人を育成、養成するわけですので、徹底して行っていただきたいんですが、この点につきましても文部大臣の決意をお願いいたしたいと思います。
○国務大臣(遠山敦子君) 法曹の仕事に当たる方は、通常の社会人以上に倫理性というのが要請されると思っております。その意味で、カリキュラムの中にできるだけそういった面の科目も置かれること、あるいは実務的ないろんなケーススタディーなどを通して、そういうことの重要性についてしっかり教えてもらいたいと思っております。
 もちろん、そのカリキュラムの内容について私どもが云々するということは、これは差し控えなくてはならないと思いますけれども、そういうことの重要性については機会あるごとにお話をしたり、あるいはカリキュラムの形成について何らかアドバイスするようなことが、機会があればそういうようなことをお話をしたりして、全体としての法科大学院の養成しようとするその目的が達成されるように、できるだけの私どもとしても力を尽くしてまいりたいと思います。
○岩本司君 次に、導入されます第三者評価であります。
 参考人質疑でも明らかになりましたが、既に準備を進めております大学評価・学位授与機構でさえまだまだ課題が多いということでございます。とりわけ大学の教育に関する評価は難しい問題が山積しているわけであります。
 民間において幾つかの団体などが認証評価機関に名のりを上げようとしているところでございますが、基本は評価の質を競い合うことであります。そのために相当数の認証評価機関が生まれることが望ましいと考えますが、大臣の御所見をどうぞよろしくお願いします。
○副大臣(河村建夫君) 私の方からお答えさせていただきますが、岩本委員御指摘のとおり、この評価がきちっとできるかどうかというのはこれからの法科大学院の成果につながっていきますから、立派な評価機関ができるためにもやはり競争ということは必要であろうというふうに思います。
 そこで、制度上の設計からいいますと複数の評価機関が参入できるようにということになっておりまして、大学の評価基準とか評価方法あるいは評価体制、さらにその評価に対する大学からの意見具申に対してこれを受け入れる体制、あるいはもちろん財政的基盤、こういう基準を達成しているところについては、参加者についてはこれを認証するということになっておりますので、お互いの複数の評価機関が切磋琢磨しながら、多様な観点で評価が行われることを期待をいたしておるところでございます。
○岩本司君 認証評価機関は自立して評価の質をのみ追求することが望まれますし、第三者評価を受ける大学はまた評価を受けることによって教育また研究条件などの改善を行っていく、その取組を社会に示していくと、こうなることが理想であります。
 だとすれば、仮に国が財政的な支援を行うにしても、認証評価機関に支援するというよりも積極的に第三者評価を生かそうとする大学側をサポートすべきだと考えますが、大臣の御所見をお願いいたします。
○副大臣(河村建夫君) 併せて御答弁申し上げますが、基本的には岩本委員御指摘のとおりだと思います。
 ただ、御案内のように、まだこの評価機関といいますかこの評価制度、日本ではまだ定着をしておりませんで、これをきちっと養成していく責任もあるわけでございまして、そのことを、審議会の方もこれを支援をするようにという指摘もあるわけでございまして、この公的支援を、中教審の方がこの支援をするようにという指摘をいたしておるのは、正にそこにあるんだというふうに思います。
 もちろん大学に対しても当然一定の支援をやるわけでございまして、その自己点検あるいは自己評価、そういうものに対して外部評価の実施状況に応じて支援をするということになっておりますので、両面当面やっていこうという考え方に立っておるところでございまして、そういうことによって第三者評価の質が上がるようにという願いを込めて、当面まず評価機関の熟度を上げていくということが大事ではないかと、このように考えております。
○岩本司君 次に、評価結果の公開についてお伺いいたします。
 本法律案では、認証評価結果の公開を認証評価機関に対して義務付けておりますが、大学に対しては特段の処置はされていないわけであります。評価結果がいかなる形で当該大学に通知されるかは機関によってそれぞれだと思いますが、我が国の大学における情報公開への取組は余り進んでいるとは言えない大学も少なからずあるのではないかというふうに思います。
 法律案では、認証評価機関に対しまして公表が義務付けられていますが、大学側には義務付けられていないことについてどうお考えになるのか、認証評価の結果の公開についての考え方をお示しいただきたいというふうに思います。
○政府参考人(工藤智規君) 御審議いただいております法案では、認証評価機関に結果の公開を義務付けておるわけでございますが、それは、公開されることによって、大学が公開しても同じ効果を及ぼすということがあろうかと思います。
 他方、既に今、委員が御指摘のように、大学、一応公の性格を有する社会的存在でもありますので、既に大学設置基準において、自ら積極的にその大学の教育研究活動等の状況を公開すべしという規定が置かれてございます。それによりまして、これまでもそれぞれの大学が御工夫いただきまして、インターネットでございますとか刊行物等での各種の情報提供をしていらっしゃるわけでございますが、今回こういう評価がなされますと、それも加味しながら、大学の社会的責務として、それぞれの自覚と責任の下で、私どもがそのフォームまで強制するわけじゃございませんが、それぞれの御工夫でこの情報公開が進んでいくことを期待しております。
○岩本司君 第三者評価制度は今後育てていくことが大切でありますが、国としては果たして有効に機能しているかどうか、これ検証をしていくことが求められるわけであります。大学などの設置認可を規制緩和して、代わって第三者評価を義務付けるとともに、違法状態の大学に対する是正措置を整備するわけですから、在学している学生の権利といいますか、処遇を十分に踏まえた施策が必要だというふうに考えます。
 これに対しまして、大臣、ちょっと御所見をお伺いいたしたいと思います。
○国務大臣(遠山敦子君) 違法状態の大学に対する是正措置としては何段階もあるわけでございますが、これはいきなり閉鎖命令を出すということではございませんで、まず大学の自主性、自律性を踏まえた改善勧告、変更命令といったような、そういう緩やかで段階的な是正措置を整備しているところでございます。
 このような仕組みによりまして、学生に対するしっかりした教育がなされることを保障する効果もありまして、このことが学生の利益にかなうものというふうに考えているわけでございます。もちろん、大学への配慮という観点から、大臣が是正措置を発動いたします際には関係の審議会に諮問することを法律上規定して、慎重な対応を予定しているところでございます。
 これまではまだ発動された例はもとよりないわけでございますが、仮に大学への閉鎖命令が出されました場合には、学生の就職機会でありますとか、学生が不利を被らないようにその辺の適切な対応というものを同時に考えてまいりませんと、これは学生が大変な被害を受けるわけでございまして、そのことも十分に配慮しながらこの制度は運用していくつもりでございます。
○岩本司君 ありがとうございます。
 次も大臣にお伺いしたいんですが、第三者評価といいましても、最も重要なことは、大学側の、大学の教育を受けている者、ユーザー側、ですから学生たちの評価だというふうに考えます。学生は利害関係者ですのでいろいろ、いろんな先ほども先生方の御意見をお伺いしていまして、参考人の方々の御意見をお伺いしていまして、私もすごく勉強させられたんですけれども。第三者評価の担い手ではありませんけれども、学生は、利害関係者ですので。
 自分が受けている授業の質を問い、また学部や大学の在り方、運営などを問い、また改善点などを要望していくと、このような協業関係に学生を参画させてこそ大学が活発化していくというふうに考えます。また、第三者評価におきましてもこのような取組を反映させることが必要というふうに考えますが、大臣の御所見をお伺いいたしたいと思います。
○国務大臣(遠山敦子君) 近年、学生が大学の授業の在り方あるいは教員の授業の仕方などにつきまして評価をするというのは、かなりの大学で採用されてまいっております。それが結構教員にとりまして自分の授業の在り方を見直したりするのに有益であるというようなことも聞いているわけでございます。その評価機関が学生の声を反映といいますか、学生の声を聞くべしというお話でございます。私はそれも非常に有効な方途の一つであると考えます。
 ただ、どういう形で評価をするかということは、これは国が一定の方式を定めるのではなくて、それぞれの評価機関が考えてもらうことにこそ評価の意味もあるわけでございます。その意味で、それぞれの評価機関が判断されるものだと思いますが、例えば大学評価・学位授与機構では、大学の実地調査のときに評価員が学生に面接を行っていろいろな意見を聞いているというようなこともございます。そんなことも参考にされながら、それぞれの評価機関が優れた評価をしていただくために工夫をされることを期待しているところでございます。
○岩本司君 ありがとうございます。
 少し時間が早いんですけれども、質問を終わらせていただきます。
 ありがとうございました。
○畑野君枝君 日本共産党の畑野君枝でございます。十分という大変短い時間でございますので、私は、認証評価機関について絞って質問をさせていただきます。
 そこで、まず伺いたいのですが、一九九八年にユネスコの「二十一世紀に向けての高等教育世界宣言―展望と行動」が採択されました。今回の法案提出や、あるいは今年八月五日に出された中教審答申、その審議に当たってこのユネスコの世界宣言がどのように議論され生かされてきたのか伺います。
○国務大臣(遠山敦子君) 御指摘の世界宣言は二十一世紀におきます高等教育の在り方について述べたものでございまして、一九九八年の採択のときには日本からも代表団を送りまして賛意を表しているわけでございます。
 その宣言の中では、高等教育の質の評価についても言及がされておりまして、また必要に応じては申し上げたいと思いますが、今回導入いたします認証評価制度は、それらがその宣言の中に織り込まれております内容とほぼ私は軌を一にしていると思っております。
 それは、複数の評価機関が大学の教育研究活動等の状況について、その特性に十分配慮しながら多様な観点から評価を行う仕組みということでございまして、ちょうど世界宣言の中でうたい込まれております評価機関の在り方の方向性と同じ、方向性を一にした内容というふうに考えているところでございます。
○畑野君枝君 それでは伺いますけれども、大臣が引用されました質的な評価の問題でございますが、そこでは、ユネスコの宣言では独立した全国レベルの機関が確立されなければならない、大学の自己評価とともに、外部評価というのであればそれは独立した、というふうに言われております。この独立した、インディペンデント、この問題をどのように認識されているか伺います。
○政府参考人(工藤智規君) 今、大臣からお話し申し上げましたように、このユネスコの世界宣言は、そのものは法的拘束力はないんでございますが、大学関係者にも十分知られてございまして、今お示しされたところは、英語ではインディペンデント・ナショナル・ボディーズとなっておりますので、どう訳すかはあるんですが、要は一定の自律性を持った全国的な機関という意味で受け取るのが穏当なんではないかと思いますが、そういう意味では、私どものこの第三者評価機関の仕組みも、第三者評価を国が行うのでは決してございませんで、国から別の立場にある機関がそれぞれ自律的に行っていただくという制度設計になってございまして、ここで指摘されている趣旨に方向としては一にしているものじゃないかと理解しております。
○畑野君枝君 そこは全く認識は私は違います。
 それで、今、午前中の参考人の方やあるいは国立大学協会などが一番懸念をされているのは、文部科学大臣によって認証を第三者機関が受ける、これで規制が強まるのではないか、こういうことなわけですね。私立大学を始め、参考人の方からの御心配もございました。
 それで、なぜ認証でない第三者機関じゃいけないのかということはもう議論する暇がありませんので、この委員会でも若干議論になったところですけれども、結局、全部文部科学大臣の関与、めがねにかなったものになっていくという中身になっている。大学評価の基準をどうするか各認証評価機関が決める際も、その基準というのは、法案では文部科学大臣が必要な細目を決めるというふうになっている。それは審議会でやるんだと、いろいろおっしゃいましたけれども、結局あらゆる問題に介入してくるんじゃないか、どんなものになるかも分からない、そこに一番の懸念があるわけです。
 真に独立したと、インディペンデンスというのならば、大学から独立されているだけでなくて政府からも独立したものにならなくてはならないというふうに思うわけです。ですから、これは本当に真の独立になっているのかといえば、私は大いに問題がある、これは認証評価機関だというふうに言わなくてはならないというふうに思います。
 評価というのは双方向ですから、言われた大学、同時に評価した第三者機関に対しても大学が物を言う、そういう中で、やはり評価の在り方そのものの認識も前進していく、真理に接近する、そういう評価に私はなっていくというふうに思うんですけれども、その点については、午前中の参考人の方から、国とはインディペンデントな評価機関を作っていただきたい、鳥居参考人からもこのようなお話がありました。そして市川参考人からは、評価をして予算配分をするとなると権力性を持つことになる、こういう意見も出されたわけです。
 ですから、私、十分ということでは、とても参考人から出された貴重な意見というのを、本当にこれでいいのかということを十分できないまま、残りあと三分ですよ。この点についてどういうふうにお考えになりますか。本当に真に独立したものにするにはどうしたらいいのか、これが問われているんじゃないですか。
○政府参考人(工藤智規君) 私どもの仕事のしぶりでどうも大分不本意な受け止め方をしていらっしゃると思うんですが、私ども、大学の設置認可もそうでございますし、このたびの新しい第三者評価の仕組みも、決してその内容、仕組みについて国が関与しようとするものではないのでございます。
 大学の評価は、今でも既に何人といえども可能でございます。今度、大学の質の向上のために大学自身が気付かない点を外の方に指摘していただいて、それを大学のいい改善のサイクルに乗せていくために、諸外国でも行っておりますし、ユネスコでも議論されたこういう方向に沿って、先ほど委員くしくもおっしゃいましたけれども、大学からも物を言い、評価者自身が評価される中で、双方向での評価の積み上げをしてより良いものにしていこうというものでございます。
 認証というのは一定の水準、先ほどごらんいただいておりますような、この改正法の規定にありますような一定の水準に合致するしっかりした団体ですよというのを社会的に確認するだけの行為でございまして、それ以上にその内容に口を差し挟むものではないのでございます。大学もどの評価機関の評価を受けるかは自由でございますし、それからどういう方々が評価機関に名のりを上げるかも自由なのでございます。
○畑野君枝君 今、局長がおっしゃったように、一定の水準があって社会的に確認されるということであれば、それは本当に社会的な中でよくないというか第三者機関というのは廃れていく、そういう本当に自律的、自主的な評価の制度を作るということが今私は大事だと思うんです。それを何で国があえて認証するのか。
 国は予算の配分権を持っているんです。そういう点では、資源配分機関、国がかかわる、その資源配分機関がこれを、結果を受けて予算を減らす、参考にすることが十分あると答弁されているじゃないですか。だれも、局長がそういうふうに言ったって信用しませんよ。
 それから、国がかかわってきた大学評価・学位授与機構、本当に関係者からはいろんな批判がある。自らやっているところ自身が十分な評価を大学にも納得し得るようなものができていない、それで本当に公正な独立したものができる、そんなことが、信じてください、後は、細目は文部科学大臣にお任せくださいといって、どうして国会で通すことができるんですか。
 私は、そういう点からも、こういうことはやめるべきだというふうに申し上げたいと思いますが、いかがですか。
○国務大臣(遠山敦子君) 時間がありませんので一言で申し上げますけれども、是非諸外国の制度もごらんいただきたいと思います。ここのユネスコで採択された意見に賛同した国々、例えばアメリカ、イギリス、フランス、ドイツ、それらもほとんどこれは、アメリカでは連邦政府の認証制度を導入しておりますし、イギリスも国が関与をしております。それから、フランスでは全国大学評価委員会が日本の行政委員会に該当するような形で置かれております。
 そういうことで、これは大学の質を良くするために認証機関もしっかりしたものでなくてはならない、そのために認証制度を用いるということでございまして、御理解をいただきたい。
○畑野君枝君 もう時間が来ましたので終わりますけれども、そういう点では、各大学にいろいろな状況あるでしょう。これはもっと議論したらいいじゃないですか、大臣がそうおっしゃるなら。本当にそれぞれの大学、国がどうなっているのか。
○委員長(大野つや子君) お時間ですので。
○畑野君枝君 終わります。
○山本正和君 もう先ほど法科大学院のことでいろいろと考え方申し上げましたので、ひとつ今後大学改革の中でそういうものも十分に加えて、そして今から法律が通ったらいよいよ政省令、規則等になるわけですから、その辺の段階で十分に考慮していただきますよう希望いたしまして、終わります。
○委員長(大野つや子君) 他に御発言もないようですから、質疑は終局したものと認めます。
 これより討論に入ります。
 御意見のある方は賛否を明らかにしてお述べ願います。
○畑野君枝君 私は、日本共産党を代表して、学校教育法の一部を改正する法律案に反対の討論を行います。
 本法案は、大学の学部等にかかわる認可事項の見直し、法令違反状態の大学に対する是正措置の整備、法科大学院を含む専門職大学院の創設、認証評価制度の創設という四つの重要な内容を持っております。
 本日、参考人質疑と法科大学院の創設についての法務委員会との連合審査は行われましたが、肝心の本委員会での法案そのものの審議は二日間で五時間強という短時間です。このように審議が不十分なままに、しかも参考人から貴重な意見を聴いたその日に採決をするというのは、誠に遺憾だと言わなければなりません。
 反対の理由は、認証評価制度の創設を行うということだからであります。本法案の最大の問題であります。これは、真に政府から独立した第三者機関が自主的、自律的に評価を行うというものではなく、文部科学大臣の認証を受けた評価機関等からすべての大学が評価を受けることを義務付けるものです。評価機関の認証基準も細目にわたって文部科学大臣が決めることになっており、国の意向に沿った評価機関とならざるを得ません。
 ユネスコで高等教育の質の向上のために独立した全国レベルの機関の確立を宣言した一九九八年の「二十一世紀に向けての高等教育世界宣言」にも反することになります。
 我が国では大学評価は始まったばかりです。二〇〇〇年度から実施されている大学評価・学位授与機構による大学評価は、国立大学協会が深刻な懸念を持たざるを得ないと指摘しているように、評価の名に値しないものでした。また、私立大学は第三者評価そのものを多くは未経験で、これから評価の在り方などを探求模索しようという段階です。このような状況で全大学に文部科学大臣の認証を受けた者による評価等を義務付けるのは余りにも乱暴と言わざるを得ません。
 さらに、文部科学省は、資源配分機関が評価結果を参考にすることも十分あり得るとしています。これは、大学が政府が進める重点分野などの短期的な研究成果の追求を進め、長期的視野で行われる教育、基礎研究をなおざりにする傾向に拍車を掛け、学問研究を衰退させることになりかねません。
 最後に、認可事項の見直し、法令違反状態の大学に対する是正措置については妥当なものと言えます。また、専門職大学院の創設については、研究指導を必修としないなど問題はあるもののその必要性は認められます。しかし、認証評価制度の創設は、第三者評価の名の下に、これまで以上に政府による大学の管理統制が進み、学問研究の自由、教育の創造的発展にとって深刻な影響を及ぼすもので、決して認めることはできません。したがって、本法案に反対するものです。
 以上で討論を終わります。
○委員長(大野つや子君) 他に御意見もないようですから、討論は終局したものと認めます。
 これより採決に入ります。
 学校教育法の一部を改正する法律案に賛成の方の挙手を願います。
   〔賛成者挙手〕
○委員長(大野つや子君) 多数と認めます。よって、本案は多数をもって原案どおり可決すべきものと決定いたしました。
 この際、佐藤泰介君から発言を求められておりますので、これを許します。佐藤泰介君。
○佐藤泰介君 私は、ただいま可決されました学校教育法の一部を改正する法律案に対し、自由民主党・保守党、民主党・新緑風会、公明党及び国会改革連絡会(自由党・無所属の会)各派共同提案による附帯決議案を提出いたします。
 案文を朗読いたします。
    学校教育法の一部を改正する法律案に対する附帯決議(案)
  政府及び関係者は、本法施行に当たり、次の事項について配慮すべきである。
 一、今後、大学の教育研究の質的向上については、大学関係者の自主的・自律的な取組が一層求められることにかんがみ、大学関係者に対し、本法の趣旨・制度の内容等について十分周知し、その理解と自主的な努力を促していくこと。また、大学・大学院の教育研究機能の改善・充実に一層努めること。
 二、大学の法令違反状態が生じないよう努めるとともに、大学における違法状態の是正措置を講じるに当たっては、その基準を明確にし、公正性、妥当性及び透明性の確保に努めること。
 三、認証評価制度の導入に当たっては、大学の個性・理念を損なうことのないよう、公正、妥当かつ透明性のある評価を確保するとともに、すべての大学が適正に評価を受けることができるよう、認証評価機関の整備充実に配慮すること。また、評価機関を認証する際の基準を明確にし、多様な評価基準・評価手法を持つ複数の評価機関が活動できるよう努めるとともに、評価が与える社会的影響を認識しつつ、評価の在り方についても必要に応じ見直しを行うこと。
 四、認証評価結果の公表等大学に係る情報公開については、大学に求められる公共性にかんがみ、これに積極的に取り組むこと。
 五、専門職大学院については、社会の変化に対応して求められる多様な分野における高度で専門的な知識と能力を有する人材が育成されるよう十分配慮すること。その設置・運営に当たっては、必要な財政的支援や大学の自主性・自律性が確保されるよう努めること。また、多くの者がその機会を得られるよう、奨学金等の支援制度の充実に努めること。
   右決議する。
 以上でございます。
 何とぞ、委員各位の御賛同をお願い申し上げます。
○委員長(大野つや子君) ただいま佐藤君から提出されました附帯決議案を議題とし、採決を行います。
 本附帯決議案に賛成の方の挙手を願います。
   〔賛成者挙手〕
○委員長(大野つや子君) 多数と認めます。よって、佐藤君提出の附帯決議案は多数をもって本委員会の決議とすることに決定いたしました。
 ただいまの決議に対し、遠山文部科学大臣から発言を求められておりますので、この際、これを許します。遠山文部科学大臣。
○国務大臣(遠山敦子君) ただいまの御決議につきましては、その御趣旨に十分留意をいたしまして対処してまいりたいと存じます。
 ありがとうございました。
○委員長(大野つや子君) なお、審査報告書の作成につきましては、これを委員長に御一任願いたいと存じますが、御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○委員長(大野つや子君) 御異議ないと認め、さよう決定いたします。
 本日はこれにて散会いたします。
   午後五時十七分散会