第162回国会 総務委員会 第8号
平成十七年三月二十二日(火曜日)
   午後一時開会
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   委員の異動
 三月二十二日
    辞任         補欠選任
     水岡 俊一君     広中和歌子君
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  出席者は左のとおり。
    委員長         木村  仁君
    理 事
                世耕 弘成君
                森元 恒雄君
                山崎  力君
                伊藤 基隆君
                山根 隆治君
    委 員
                荒井 広幸君
                景山俊太郎君
                椎名 一保君
                二之湯 智君
                長谷川憲正君
                山内 俊夫君
                吉村剛太郎君
                今泉  昭君
                櫻井  充君
                高橋 千秋君
                津田弥太郎君
                内藤 正光君
                広中和歌子君
                藤本 祐司君
                弘友 和夫君
                山本  保君
                吉川 春子君
                又市 征治君
   国務大臣
       総務大臣     麻生 太郎君
   副大臣
       総務副大臣    今井  宏君
   大臣政務官
       総務大臣政務官  山本  保君
   事務局側
       常任委員会専門
       員        高山 達郎君
   政府参考人
       総務省人事・恩
       給局長      戸谷 好秀君
       厚生労働大臣官
       房審議官     大槻 勝啓君
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  本日の会議に付した案件
○政府参考人の出席要求に関する件
○恩給法の一部を改正する法律案(内閣提出、衆
 議院送付)
○行政制度、公務員制度、地方行財政、選挙、消
 防、情報通信及び郵政事業等に関する調査
 (平成十七年度地方財政計画に関する件)
○地方交付税法等の一部を改正する法律案(内閣
 提出、衆議院送付)
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○委員長(木村仁君) ただいまから総務委員会を開会いたします。
 委員の異動について御報告いたします。
 本日、水岡俊一君が委員を辞任され、その補欠として広中和歌子君が選任されました。
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○委員長(木村仁君) 政府参考人の出席要求に関する件についてお諮りいたします。
 恩給法の一部を改正する法律案の審査のため、本日の委員会に総務省人事・恩給局長戸谷好秀君及び厚生労働大臣官房審議官大槻勝啓君を政府参考人として出席を求め、その説明を聴取することに御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○委員長(木村仁君) 異議ないと認め、さよう決定いたします。
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○委員長(木村仁君) 恩給法の一部を改正する法律案を議題といたします。
 本案の趣旨説明は既に聴取しておりますので、これより質疑に入ります。
 質疑のある方は順次御発言願います。
○伊藤基隆君 民主党・新緑風会の伊藤でございます。
 まず、民主党・新緑風会は、今回の政府提出の恩給法の一部を改正する法律案について賛成の立場を表明して質疑を行います。
 今年は戦後六十年を迎えます。人の体験は六十年を超えると歴史になるということを言われるそうですが、六十年というのは私たちにとっては特別な感情を与えるもので、還暦を迎えるということは、人間の一生涯の中で肉体的にも精神的にも、また現在の社会の仕組みや習慣の中でも一つの区切りとして受け取られております。私も還暦はとうに過ぎておりまして、大臣も過ぎておられるようですけれども。
 この三月十日には、六十年前の東京大空襲について新聞やテレビを通じてかつてない規模で特集記事が掲載されました。番組が組まれたのは非常に意味あることだったと私も思いますが、この中で、人生の年輪を重ねた人々が東京大空襲での被災体験を語る姿が映し出されておりまして、六十年という節目を迎えて、あの悲惨な体験が忘れ去られないように次世代に語り継ぎたいという気持ちが伝わってまいりまして、私もそういう気持ちを同時に持っておるわけであります。
 十干十二支という古代中国が起源とされる暦は、中国文化の影響を受けたアジア地域に広く受け入れられておりまして、日本人で生まれて年のえとを意識しない人はまずいないと断言できます。このことは、韓国、モンゴル、ベトナム、タイ、マレーシア、シンガポールなど、アジア全体にかなりの広さで行き渡っております。本年の西暦二〇〇五年、平成十七年はきのととりの年でありまして、一回り前の一九四五年、昭和二十年も同じきのととりでございます。
 六十年を一区切りとする考えは、当然、欧米にはありません。日本と戦争した欧米各国の人々は、今年を特段の感情で第二次世界大戦の終結と結び付けるということはないだろうと思います。さきの大戦で日本が直接戦火を交えた、あるいは戦場となったアジアの国々では、相手の側も人生の一区切りの年と感じているはずであります。三月十日が日本国内でかつてない反響を呼んだように、今年の八月十五日や原爆投下といった事柄が、暦という身近な生活文化を共有するアジアの人々の間で例年とは異なった温度差でとらえられることは容易に想像されます。
 まず冒頭に、総務大臣に、今年戦後六十年を迎えるに当たって、どのような感想、どのような意識をお持ちなのか、お聞きいたします。
○国務大臣(麻生太郎君) 御指摘のように、昭和でいえば、本年、昭和八十年に相なりますが、敗戦後六十年という還暦という時代を迎えつつあるというのは御指摘のとおりだと存じます。
 先生とほぼ同じ、先生たしか昭和十三年と思いますので、私の場合、昭和十五年、紀元は二千六百年という年に生まれておりますので、戦争中、私のうちは空襲で丸焼けになりましたし、いろんな意味で、あの博多の大空襲のときには猛烈な記憶がそこだけ鮮明に残っておりますので、いろんな意味で戦争はやっぱりえらい悲惨なことになるという実態は正直ありますので、そういった意味では、今の日本という国が、あれから六十年間の間に振り返ってみて、あの状況に比べて今これまで立ち直ったということに関しましては感無量なものがあります。
 一度、官房長官室に、終戦した、終わった年に占領軍が乗り込んできたときに撮った写真、同じ角度から本日撮った写真というのが、いわゆる皇居の周辺、東京駅の周辺、いろいろ大きく伸ばした写真があるんで、これを外国の賓客には、日本は栄えているというがこれが六十年前の写真だと、それがこれまでに努力で立ち直れたんだという話をされるたびに写真がずっと、何か細田に言われりゃ見せると思いますが、あれはやっぱり私どもとして、その現場を見ていた私どもとしては非常に印象の強いところであって、東京駅の真ん前から全部富士山がまともに見えたのが今でも記憶に残っているところですけれども。
 いずれにいたしましても、六十年という間に随分時代の移り変わりというものの大きさを感じると同時に、やっぱりきちんとこれまで対応してきた我々の先輩方のおかげさまをもって今日これだけ、少なくともアジアの代表する者としていわゆる先進国首脳会議、最初からずうっとメンバーでいる有色人種は日本だけだと存じますが、そういった意味で、よくこれまで復興というものをしてきたんだということに関しましては、やっぱりいろいろ思いも深く致すところであって、やっぱりこの世代とか、我々の世代があの時代を覚えている最後になろうかと思いますけれども、是非そういった意味では、ある種の悲惨さやら、そういったときに日本のために戦ってくれた人たちのことをきちんと報いるというのは大変大事なことではないかと、私自身はそのように思っております。
○伊藤基隆君 私は、今大臣の話を聞いていまして、一言一句とも全部共有するなという感じがしてお聞きいたしました。
 この六十年間、すなわち第二次大戦後の日本は、今大臣の答弁にありましたように、平和国家の道を歩んでまいりまして、戦争の加害者にも被害者にもならずに平和を維持することができたわけでございます。国の安全保障をめぐって時に激しい闘争や論争を経験しまして、国際間の危機や緊張に接近する機会がなかったわけではありませんが、しかし平和を求める様々な努力の結果として、終戦の年に生まれた人は、終戦という言葉もあるいは今の若い人は分からないかもしれませんけれども、今日まで戦争を知らずに育って社会で活躍し、今日還暦を迎えるに至っているわけであります。破綻した国土を復興し、経済を大きく発展させた、長期間にわたり戦争と無縁であったこの六十年間は、私たちの世代の誇ることのできる実績であるとも感じております。
 比較して、その前の一九四五年から前の六十年間とはどういう時代であったかを考えてみますと、正に平和や経済成長に象徴されるこの六十年とは正反対の歴史が浮かび上がってきます。二回り前のきのととりの年は一八八五年、明治十八年になります。この年は太政官制が廃され、第一次伊藤博文内閣が誕生した年であります。まだ議会開設、憲法制定は実現していないものの、既に日本軍は朝鮮半島に進出しておりました。その後、日清戦争、義和団事件、日露戦争、韓国併合、第一次世界大戦、シベリア出兵、山東出兵、満州事変、日華事変からアジア太平洋戦争に至る正に戦争に明け暮れる六十年間であったと言っても過言ではございません。
 この六十年間で戦争犠牲者の数は爆発的に増加しています。一八八五年、明治十八年には二千六百五十八人であった旧軍人遺族恩給の受給者は、六十年後の一九四五年には約百万人に達しているのであります。国会図書館外交防衛課の試算によれば、国家予算に占める軍事費の割合は、戦後の六十年間がおおむね五%から一〇%であるのに対し、戦前の六十年間は常に三〇%以上で、戦時には八〇%を超えることもあったということであります。
 近代国家が行ってきた戦争は未曾有の破壊と甚大な犠牲をもたらしましたが、終戦までに戦争に動員した人々に対し国家が行わなければならない補償は、平和な時代を生きる後世の国民にも大きな負担を強いております。
 恩給費の総額のピークは昭和五十八年の一兆七千三百五十八億円で、受給者人数の減少が著しい本年度でもなお一兆円を超す費用を必要としております。ほんの数年前までは生活保護費の総額よりも恩給費が上回ることの方が一般的であった事実を思えば、国家財政の観点からも、戦争というものは後々まで高く付くものだという感想を持つところであります。
 そこで、総務省の事務局局長にお尋ねしますが、日本の現在の恩給制度はどのような水準にあるのでしょうか。給付額や受給対象者の数を、終戦直後から現在までの推移について簡潔に御説明いただきたいと思います。
 あわせて、総務大臣より、戦後六十年を経過して現在の恩給制度をどのように評価されているか、十分な国家による補償が行われているとお考えか、基本的な見解を伺います。
○政府参考人(戸谷好秀君) 恩給制度の水準の推移でございます。
 旧軍人恩給、終戦直後の昭和二十一年に一部の傷病恩給を除き廃止されまして、昭和二十八年に復活いたしております。
 復活直後の昭和三十年における旧軍人恩給受給者関係の数字でございます。総数で百九十三万人、うち公務扶助料の受給者が百五十二万人、この方々の平均年額は四万二千円でございます。普通恩給の受給者が二十一万人、平均年額は三万円。普通扶助料の受給者は八万人、平均年額一万七千円等となっております。
 そこで、この受給者でございますが、昭和四十四年度の二百六十二万人をピークに年々減少いたしまして、十七年度予算における旧軍人恩給受給者は対前年度六万人減の百十八万人を想定しております。このうち公務扶助料の受給者は、昭和三十年に百五十二万人と申し上げましたが、これに対しまして十三万人、平均年額は百九十七万円になっています。普通恩給の受給者は昭和三十年二十一万人でございましたが、二十九万人、平均年額が六十五万円。普通扶助料の受給者は、これも昭和三十年八万人でございましたが、六十七万人、平均年額は六十一万円となっております。
 軍人恩給復活直後は公務扶助料の受給者の数が七九%に上っておりまして、現在では普通扶助料受給者が五七%を占めていると、こういう形で推移しております。
○国務大臣(麻生太郎君) いかにぞと、いかにぞと思いやるかな戦いの、いかにぞと思いやるかな戦いの終わりし後の民のなりわい、天皇陛下の御製ですけれども、これが靖国神社に飾ってある御製の句の一つでありますけれども、やっぱり国のためにやっぱり戦って命を投げ出していただいた方々に国家が最高の栄誉をもって報いるということをしているということは、これは国家として大変大事なことなんだと、私自身はそう思っております。そういった意味で、国家補償という基本的性格というものがこの恩給の中にきちんと残されてしかるべきところなんだという具合に認識しておりますので、これは誠意を持って処遇するというのは当然のことだと存じます。
 現在の、今、恩給制度の年額やら支給につきましては局長の方から答弁があっておりますけれども、僕は、完全に十分であったかといえばいろいろ御意見のあるところだと思っておりますけれども、最大限の努力というのは歴代皆やってこられたんだと思っておりますので、そういった意味では年金受給者の方々から一定の評価はそれなりにいただけているのではないか、そんな感じが私としてはいたしております。
○伊藤基隆君 今の大臣の御答弁について、ちょっと後でまた御意見をお聞かせいただきたいと思いますけれども、今の具体的なことについて一つ、二つお尋ねいたします。
 今回の恩給法の改正案に直接関係する一時恩給の控除制度についてお尋ねします。
 これは一時恩給を受けた者が恩給法の改正により普通恩給権を有することとなった場合、既に受け取った金額を一括返済しなかったとき、恩給年額から一時恩給年額の十五分の一の額を終生控除することとされた制度でございます。実態は、一時恩給年額の十五分の一の額を四十年以上もの間控除されている人が九五%、最短の人でも二十三年も控除されているということであります。本来ならば、一括して一時金を全額返還した者との整合性を図るのであれば十五年たった段階で控除をやめてもいいはずであります。もっと早くこの制度を廃止すべきだったのではないかという議論が出てきても不思議ではありません。私は、容赦のない厳しい措置であったのではないかと、恩給を所管する官庁が長い間言わば放置してきたことは、余りにも人の情けを感じさせない、冷たい印象を受けるわけであります。
 この点について大臣の所見を伺います。
○国務大臣(麻生太郎君) 御指摘の、伊藤先生の御指摘のところですけれども、制度上は御存じのようにこれは全額一括返還又は終身控除というものの、これは選択制がずっとされておりましたので、近年に至るまで控除をしてほしいという御要望というのは全然顕在化してきておりませんでした。この種の御意見が出るようになりましたのはこの五、六年ぐらいのことでありまして、特に顕著になりましたのは一昨年、昨年ぐらいから、昨年ぐらいからだというような感じがいたしております。
 やっぱり控除を受けられる方々、いわゆる恩給対象者の年齢が八十近くなってきておりますので、高齢となられた控除対象者の方々より、今お話がありましたように、十五年を大幅に超える期間控除というものは継続されていることから、廃止してほしいという要望が強まって検討を昨年から行わさせていただいたということでありまして、現在の控除対象者のほとんど、約九割以上の方々が四十年以上の控除期間を有しておられますので、最短のケースでもほぼ二十三年という控除を受けているという実態がございますので、支給額の調整という制度の趣旨というのはほぼ達せられたのではないかという感じはいたしますので、これ以上控除をし続ける必要はないのではないかという判断をさせていただいて、今回の法案の提出に至ったという経緯でございます。
○伊藤基隆君 実は私の父親は戦争で死んでおります。だから、子供のときの生活にとって公務扶助料というのは大変重要な収入でありました。
 世に血税という言葉が頻繁に使われて、国民の大切な税金とか、税金の重さを言う場合がほとんどなんですが、兵役の義務のことを言うわけであります。国は当時言われた赤紙一枚で兵役に送り出していったわけで、そのことを思えば、その出した国はその後のことについてもう少し早くこういうことはやってもよかったんじゃないかと。これは大変重要な問題だと思っています。もう少し、専門に扱っていた恩給局があるんですから、思い至らなかったのかということは言っておかなきゃならないというふうに私は思います。
 さて、もう一点、今回の恩給法の改正案に直接関係する部分についてでありますが、法案には別に記載されていないわけですけれども、住民基本台帳ネットワークシステムを利用することによって死亡失権を確認すると、恩給権者が失権事由等に該当した場合の届出義務と罰則を廃止することとしておりますが、しかし、二年前に運用を開始した住基ネットには依然として国民から全幅の信頼が置かれているとは言えない状況が続いております。コインの表と裏の関係でなければならないはずなのに、住基ネットに対する個人情報保護の整備が遅れたことが最大の理由と思われます。あるいは、現行法では個人情報が漏えいし、権利侵害が起きた場合の賠償の法的責任の在り方が不適切だという指摘もなされているところであります。
 様々なこれをめぐる動きについて申し上げる時間がございませんけれども、多くの国民が個人情報に関して不安を持っている以上、恩給関係事務で大量の個人情報を取り扱う住基ネットの利用に当たっては漏えい事故などが決して起こらないよう最大限の万全の措置をとられるよう求めるところでありますが、この点について総務省の見解をただしておきます。
○政府参考人(戸谷好秀君) お答えいたします。
 人事・恩給局におけるこういうコンピューターシステムというのは三つございまして、一つは私どもの恩給事務総合システム、それから住基利用システムにつきまして特別な部屋を設けられております。それから総務省の事務のLANというのがございます。このシステム三つございますが、各々独立しておりまして、これにつきましては通信回線等による接続はしないということで、それぞれのシステムの間というものはいったん分離して情報を運ぶという形を取っております。
 それで、支給期ごとに受給者の生存確認のために指定情報処理機関から情報提供を受けるわけでございますが、この際には、データを暗号化するなどといった作業を加えまして外部への漏えいを防止しているところでございます。また、住基ネットに係る情報処理を行うサーバーや端末機が設置された専用室を設けてございますが、この出入りはIDカードの認証により職員が操作するとかあるいはカメラを設けておるとか、必要な対策を講じているところでございます。
 いろいろと対策、年々充実をしていかなきゃならないというふうに考えております。今後、なお一層の注意を払いつつ個人情報の保護に万全を期してまいりたいと考えております。
○伊藤基隆君 私は、二年前にも恩給法の改正で当委員会で質問いたしました。当時の片山大臣から、今後抜本的なことを含めて恩給の在り方をもう一度、もう一遍見直したらどうかという、こういう適切な指示、指摘を受け止めながら、十五年以降研究、検討を行っていきたいという趣旨の答弁をいただきました。
 私は、先ほど大臣の答弁にもありましたように、国家賠償的な性格を持っている現在の恩給というものが最後まで継続して支給され、戦争の犠牲に対する国家補償的性格は全うされなくてはならないというふうに考えております。
 しかし、二年前に恩給法改正をめぐって様々議論したときに、恩給、若干の恩給を引き上げるということに対する反対が起こりました。東京大空襲の犠牲者に対しても国家は補償する必要があるんじゃないかという声も出ました。様々な補償のありようが話し合われました。私は、それぞれに意味合いがないというんじゃなくて、意味は持っているのかもしれないけれども、国としては当時、まあどこの国もそうなんだろうけど、直接戦場で戦った者に限定するということで行っているんじゃないかと、またせざるを得なかったんじゃないかというふうに言いました。
 しかし、戦争を知らない世代が圧倒的に多数になった現在、時代の変化に伴って薄くなりつつある国民全体の認識の中で、恩給を継承していく努力はこれまでより強く求められることになります。恩給制度の使命、特に国家補償的な性格を完結するためには若い世代の理解がなくては到底成り立ち得ません。終戦直後は恩給がなければおかしいとか当然だということだったけれども、そのことが変化をしてきているんじゃないかというふうに思っております。階級の間に支給額の差がある、差が大きいということも批判の対象にはずっと今日までなってまいりました。
 大臣、そこでお伺いしますが、恩給によって戦争の犠牲に対する国家補償的性格を全うすると、このことは非常に大切なことだと思いますが、一方、国民の理解なしにこれを進めることは大変困難でございます。時代や国民の意識の変化に十分対応できるよう、将来のあるべき恩給制度の方向性について総務大臣としての考え方をお聞きしておきたいと思います。
○国務大臣(麻生太郎君) 伊藤先生御指摘のとおり、戦地に、赤紙と言われましたけれども、赤紙知っている世代も大分いらっしゃらぬので赤紙の意味も分からぬ方の方が多いんだと思いますが、召集令状を通称赤紙と呼んだものなんですけれども。
 やっぱり一般被災者と、志願、召集別にいたしまして、志願、徴兵別にいたしまして、基本的に戦地に赴かれた方々と一般被災者というのをある程度区別したのではないかという、私もその当時のいきさつをよく知りませんけれども、多分それが背景だったと私も存じます。
 少なくとも今の日本の繁栄とか敗戦後の繁栄等々というものは、これはさきの大東亜戦争、大戦において国のために尊い命を投げ出された方々によるところが大きく、その方々が悠久の国家を信じ、また家族の安泰、繁栄を願って自分の生命を投げ出されたということに関して、そういった御苦労の上に成り立っておるということだけは歴然たる事実だろうと思いますんで、このことには疑いの余地はないところだと思っておりますんで、風化させるということはない、させてはならないものだとも思っております。
 また、恩給というのはこういった方々に対する国家補償ということに関しまして給付されというか、考えに基づいて給付されているものでありまして、受給者の方々にしかるべき適切な処遇はこれは国家の責任と考えております。先ほど申し上げたとおりであります。
 ただ、今御指摘のとおり、六十年もたちますと一世代も二世代も入れ替わってきておりますんで、国民の生活水準とか公務員の給与とか、また物価その他いろいろな事情を勘案してこれは適切な恩給水準というのは維持する必要があるという、その必要性につきましては、なかなか教育の中で、またその他いろんな世代の中で語り継ぐ人がいないと、きちんとそういったものの重要性というのを理解したいと思っていても、若しくは全然気が付かないという若い方々もおられることもまた事実だと存じますんで、総務省としては、これは基本的にホームページを開いてもらえればとか、いろんな意味で恩給制度につきましては若い方々にもそれなりに理解というと、やっぱり今の若い人はそういったインターネットとかホームページとかいうものの方から入ってくる方が多いと存じますんで、そういった面を含めて恩給制度の意義とか広報につきましては今後とも総務省としてきちんと努めてまいりたいと存じます。
○伊藤基隆君 時間が迫ってきて聞きたいこともなかなか聞けなかったわけでありますけれども、最後に一言、大臣に私の思いをお話しいたします。
 実は今、恩給は郵便局で支給されております。当初は年四回地方庁まで行って、取りに行けということだったようですが、日清、日露戦争の後、戦争犠牲者が増加したこともあって、明治四十三年三月十五日に勅令第二十五号が発せられて郵便局で支給するということになったということをこの質問前に調べて知りました。
 今、郵便局は大変国民に利便なサービスを行っておるわけですが、一つ恩給にとってもそういう重要な局面で対応してきたと、そういう積み重ねが今日まで郵便局サービスの根幹に組み込まれてきたというふうに考えます。総務大臣は恩給も郵政事業も所管されておるわけですが、私も郵便局で働いた者として、又は戦争で父を亡くした者としても、将来の恩給の在り方でも現在の郵便事業をめぐる議論でも、血の通った庶民の気持ちを決して忘れることなく取り組んでいただきたいと思います。
 万が一にも恩給受給者が利用している町や村の郵便局がなくなってしまうようなことにならないと思いますけれども、この問題に取り組む大臣の決意をお伺いして、質問を終わります。
○国務大臣(麻生太郎君) 御存じのように、恩給は郵便局のみにおいて支給ということが可能になっております。現在、二万四千七百の特定郵便局含みます郵便局がございますが、そのうち二万七百、二万二百四十五の郵便局におきまして一兆六百六十二億円の恩給の支払というのが実施されております。平成十六年度の数字でありますけれども、そういった形になっております。
 そういった意味で、今の恩給の支払業務含めまして、あの政府の基本方針の中でも、国民の利便という点をあの五原則の中にも打ち出しておられるところでもありますので、こういう意味で、国民の生活に密着したいわゆる利便とサービスというものに関しましては今後とも郵便局というもので提供され続けていきませんと、これは高齢者の方々は更に遠隔地に行くということになりますとなかなか難しいことにもなりかねぬと思っておりますので、その点のサービスの維持については今後とも努めてまいりたく存じます。
○伊藤基隆君 終わります。
○弘友和夫君 公明党の弘友和夫でございます。
 私は、事実婚の配偶者の恩給受給資格についてお尋ねをしたいと思います。
 これは、先日私のところに長崎県のSさんという方が相談がありまして、この方、三十年ぐらい、元陸軍伍長Iさんという方とずっと生活をともにしていたんですけれども、このIさんというのが平成十五年三月二日に亡くなったわけですね。それに伴って、その七月三十一日付け請求によって、恩給法第七十三条第一項の規定によって扶助料の請求をしたと。これに対して恩給局は、配偶者では、法律上の配偶者ではないからこれは該当されないと、このように結論を出した。審査請求人の請求を却下する旨の裁定をした。それに対してまた異議申立てをして、したけれども再度、これは要するに配偶者ではない、遺族ではないと、だから遺族ではないという結論を出したわけですよ。
 これはどういうことでこの遺族ではないということになっているのか、まずそこからお聞きしたいと思います。
○政府参考人(戸谷好秀君) お答えいたします。
 恩給法上、扶助料を受けることができる遺族は公務員の法律上の配偶者、子、父母又は祖父母であって、公務員の死亡当時、これと生計関係があったことが要件となっております。配偶者でございますが、恩給法上の配偶者は公務員と法律上の婚姻関係にある者に限られるとしており、この点につきまして、平成七年三月に出されました最高裁判決におきましても法律的な解釈として確定しているものでございます。したがいまして、婚姻の届出をしていない事実上の妻、いわゆる内縁の妻は扶助料を受けることができないわけでございます。
 この扶助料の考え方でございますが、恩給法の扶助料は、婚姻における法律婚主義を導入、確立いたしましたいわゆる明治憲法の下で、届出に基づき戸籍上登録されることとなった公務員の配偶者に対し給付することとされた経緯がございます。そして、新民法の施行後も、恩給法の配偶者を法律上の関係を有している者に限定する考え方は変更していないわけでございます。
 恩給制度において配偶者を法律上の配偶者に限定していることの背景には、恩給制度の対象が戦前の社会構成員の模範となるべき官吏や旧軍人であったというところから、遺族配偶者についても法律上の届出を行った配偶者に限定をすると、そういうことで、社会秩序の形成維持に寄与しようとするねらいがあったものと考えられているところでございます。恩給制度発足の沿革に由来するものであるというふうに考えております。
○弘友和夫君 じゃ、社会秩序を維持するという考え方も、できたのは大正何年ですからね、できた当時は大正十二年ですから。そのときはそういう考えがあったかもしれない。それが何でいまだにそれが残っているのかと。
 じゃ、ほかの法律、同じようなその戦傷病者戦没者遺族等援護法、あと厚生年金保険法、国民年金法、国家公務員共済組合法、それぞれございますけれども、全部これは、配偶者とは婚姻の届出をしていないが事実上婚姻関係と同様の事情にあった者を含むと、こうなっているわけです。
 それは、できた大正十二年にはそういう、この家の考え方とかいろいろあったでしょう。ですから、それは入っているかもしれませんけれども、じゃ、それがいまだに続いているという、今この時点で続いているという理由、これをお聞かせいただきたい。
○政府参考人(戸谷好秀君) 恩給法におきまして扶助料を受けられる妻は法律上の妻に限られるということで、内縁の妻の場合、恩給法の処遇の対象にはならないわけでございます。ただ、先ほど先生のお話にもございましたように、さきの大戦において亡くなられた旧軍人又は障害を受けた旧軍人に内縁の妻がいる場合には、厚生労働省所管の戦傷病者戦没者遺族等援護法の対象となり、遺族年金が支給されるものと承知しております。
 そこで、この戦傷病者戦没者遺族等援護法でございますが、この法律は国家補償の精神に基づきつつも社会保障的色彩が加味されており、恩給法の対象とならない内縁の妻についても援護の対象としているものと承知しております。
 また、社会保障制度である国民年金や厚生年金、共済年金において、配偶者の届出をしていないが事実上婚姻関係と同様の事情にあった者を含むとされておりますのは、掛金制度ということに基づく年金を遺族に給付する際には、生活の実態に着目し、掛金を一緒に払っているという、そういう家計を同じくしていた者に給与するのが適当との観点によるものと理解しております。
 一方、国家補償としての、──よろしいですか。
○弘友和夫君 時間が十五分しかないんですから。
 ですから、今の国家補償、それから生活を、何だかよく分からないですね。現状としてほかの、じゃ戦傷病者、じゃ国家補償と生活保障を何か加味しているみたいな話していますけれども、この恩給法だって国家補償であるし、じゃ残された遺族の方は生活の保障もそれによってされるわけでしょう。その明確な理由というのが分からない。
 これは隣の吉川先生も大分前に、昭和六十二年にされて、そのときの総務庁長官は将来検討する課題の一つであると、こう言っている。十八年前ですよ、これ。検討されたんですか、これ。
 検討する。理由がないんですよ、理由が。ほかの法律、ほかのに比べてこの恩給法だけ、恩給法だけ事実上の配偶者というか、事実上を認めていないという理由がどこにありますか。明確に今の言葉で答えていただきたいんですよ。
○政府参考人(戸谷好秀君) 先ほどから申し上げておりますように……
○弘友和夫君 端的に。
○政府参考人(戸谷好秀君) 端的にですか。社会の模範たるべき公務員の恩給について、遺族に給する扶助料については法律婚による配偶者に限り認めるというのが恩給法制定当時の社会観に基づくものというふうに考えております。
 こうした過去の公務員制度、旧官吏制度とも言えるものの一環としての恩給制度の下での国と公務員との間の基本的約束事に基づき、長年にわたり扶助料の給付を行っております。したがいまして、こういう制度発足以来一貫してやっている基本要件を変えるというのは極めて困難だというふうに考えております。
○弘友和夫君 じゃ、その当時、社会の模範となるべき公務員。じゃ、今のこの国家公務員共済組合法は認めているわけですよ、ね。じゃ、今の人は社会の規範とならないんですか。この今の国家公務員は社会のこの規範とならない、だから事実上のあれを認めると、こういうことの理由になるじゃないですか。当時はそう、そうだったかもしれない。だけれども、現在の今話をしているわけですから。じゃ、今の公務員は社会の規範にならないんですか。
 まあ余り時間がありません。大臣、これに対してどうお考えか、ちょっとお聞きします。
○国務大臣(麻生太郎君) あの、弘友先生、これはもう御存じのとおりなんだと思うんですが、これできたときからのいきさつというのが一番肝心なところなんだと。今おっしゃるようにいろいろ話がありますけれども、昭和十二年の軍事扶助法の国会審議におきまして、内縁の配偶者の給付について当時の答弁というのを読ませていただくと、当時社会局長官と呼んだそうですが、軍人は名誉を重んずるべし、この一言で答弁は終わっております。そういう法制定当時の社会観というのはずっと維持されたんだと思うんですね。それが一つです。
 それからもう一つは、やっぱり今言われましたように、そういった古くからの約束事でもありますんで、先ほどの答弁をされた長官、総務庁長官のお話もありますけれども、これは今、じゃ、これ変更するかということを仮にいたしたといたしますと、今、現状もらっておられる、扶助されている奥さんと、そのほかにもう一人内縁ということがあったときに二人前もらえるかということになりますと、両方おられた場合はどうするのかとか、いろんなことを考えぬと、これは私ら支給する方からいたしますとなかなか、弘友先生、これは現実問題としてはなかなか難しいんでして、これは法律上の妻の権利というのを守らにゃいかぬという立場もこれは当然考えておかにゃいかぬところでもありますんで、今おっしゃっている意味は、今の時代だからおまえ全然違うじゃないかという気持ち、分からぬでもありませんけれども、同時に、今申し上げたような例もこれは同時に考えておかなければならぬところでもありますので、これは慎重にやらぬといかぬところではないかという感じがいたします。
○弘友和夫君 大臣のお言葉でございますけれども、じゃ、ほかの、先ほど来言っております戦傷者云々、厚生年金保険法、国民年金、国家公務員共済組合法、じゃ、これだってじゃ既婚の配偶者を含むと、こうなっているわけです。じゃ、既婚の配偶者も含む、法律上の配偶者もいる、そういう場合、同じケースじゃないですか、これは。今何かそうかなという、同じケースじゃないですか。同じ、そういう場合だってあり得るわけでしょう。じゃ、そういうときはどうしますか。その正式の妻がいて、事実上の配偶者がいて、国家公務員共済組合法ではどう判断するんですか。
○政府参考人(戸谷好秀君) 共済組合法の判断でございますので私の方から特に申し上げるべきものではないかと思いますが、やはり法律上、そこは優先関係が決まっておりますので、そこの優先関係に基づいて判断されるというふうに考えております。
○弘友和夫君 それだったら、恩給法でも法律上の優先関係があればいい、解決する話じゃないんですか、これは、それだったら。
○政府参考人(戸谷好秀君) 恩給法の場合、既に昭和十二年にいろいろ、済みません、古くから法律ができておりますので、それに基づいてもう既に多数の裁定も行われておるということはございますし、恩給法全体としていろんな要素がございますので、ここの要素もなかなか基本的な要素として変えにくいものというふうに考えております。
○弘友和夫君 全くこの、古くから、大正十二年からの話だから、じゃ、片一方は昭和二十七年からの話なんですよ。同じことじゃないですか。
 だから、現在どう判断をしていくかということが大事なんです。それは、大正十二年の家庭の考え方とかなんとか、そのときそう決めましたよと。じゃ、何のために法律の改正があるんですか。今回も改正しているじゃない、次から次からやっている。必要があるから改正をしているわけでしょう。その当時、そういう理由で決めましたよとさっきから言われていますけれども、そのときはそのときの考え方でしょう。
 だけれども、今これを改正して、反対に言うならば、これをじゃ既婚、その事実上の婚姻関係と同様の事情にあるという者を含むというふうに、ほかの法律のように変えたときに何か支障がありますか。そこを反対にお聞かせいただきたい。
○政府参考人(戸谷好秀君) 一つは、既に裁定した方々についてどういうふうなことが考えられるかということがございます。それからもう一点は、これはいろんな部分が恩給法の場合古い制度としてございますので、そこについてはそれぞれの理由の下に現在でも使っておるというところでございまして、そこの基本的な枠組みというのが全体として大きく変わってしまうのではないかというふうに考えております。
○弘友和夫君 いろいろな部分があって、それぞれがどうとかいう、どういうことか分からないじゃないですか。それが基本的に変わってしまうというのはどういうことですか。
 ほかの、現在の、じゃ国家公務員共済組合法と、これに自衛隊だとか公務員、いろいろ入っておられると思いますけれども、それに入っているんですよ。もっと前の戦傷病者戦没者遺族援護法でも入っている。それとどこが違うのかと。恩給法だけが違うというのが分からないというふうに思います。
 最後、時間が参りましたので、最後に大臣、これを改正するというか、検討するというか、そういうあれはございませんか。
○国務大臣(麻生太郎君) 今、先ほども答弁申し上げましたとおり、これはこれまでずっと、今申し上げたような経緯で大正十二年から今日まで、また昭和に入りましてもずっとこの法律がこういった形で継続してきておりますんで、その間受けられなかった方々のことを考えますと、その点やら何やらを考えたときに、今改正をということをすぐにということの考え方は私としては持っておりません。
○吉川春子君 日本共産党の吉川春子です。
 恩給法に関連して、中国残留孤児らの問題について質問いたします。
 旧軍人などは激戦地加算等によって恩給法上は手厚く保護されてきました。片や、一九四五年に関東軍に動員された中国残留孤児らの父や子はどうなったのでしょうか。根こそぎ動員された在満邦人は、当時満州と言いましたのでこういう言葉を使いますが、二十五万人、死者九万人と言われています。戦死者の妻及び遺児、障害を持つ成年遺児らの遺族恩給はどうなっていますか。
 時間がないので端的にお答えください。お願いします。
○政府参考人(戸谷好秀君) 後半のあれですが、中国残留で孤児になられた方で恩給を受給できるケースという、考えますと、父親たる旧軍人が戦死されまして、母親も中国で亡くなられた場合につきましては、昭和二十八年の軍人恩給復活以後、成年に到達するまでの期間の公務扶助料が出されます。また、重度障害の場合には生活資料を得る道がないということで、昭和二十八年以後の公務扶助料が支給されるわけでございます。
 公務扶助料の額につきましては、十七年度の額は、遺族加算十四万八千五百円と最低保障額合わせまして百八十一万四千円と、あ、百九十六万二千五百円というのが一番小さい額でございます。
○吉川春子君 根こそぎ動員された中国残留孤児の父や子について基本的には恩給法が適用あると、そういう御答弁でしたね。
 ちょっと、端的に言ってくださいね。周辺のことは要らないんですから。
○政府参考人(戸谷好秀君) 私どもの方は、軍歴に基づきまして都道府県から厚生労働省を通じて進達されてきておりますが、それについて個別のそういう事情にあるかどうかというのは今承知しておりません。
○吉川春子君 それだけ言ってもらえればいいんです。
 調査をしていないと。全く無責任な態度でいるわけですよ、厚労省は。
 中国残留邦人は、敗戦になったことも知らされずに、男性たちは関東軍に根こそぎ動員され、老人、女性、子供だけが現地に残されました。頼みの関東軍は本土決戦に備えて日本に、本土に呼び返されるとか、あるいはソ連参戦を知ると早々に退散して、中国に残された人たちは戦渦の中で筆舌に尽くせぬ辛酸をなめました。敗戦後も、外務省は在満邦人が現地にできるだけ定着するようにとの方針を出しておりまして、一九五九年、特別立法により、日本政府から一度の捜索調査も受けることなく、中国残留孤児らは戦時死亡宣告されて戸籍から抹消しました。七二年に日中国交回復が行われましたが、なお放置されてきた。
 それで聞きますが、数字だけでいいです、現在三万人余の帰国者のうち何割が生活保護を受けておりますか。
○政府参考人(大槻勝啓君) お答え申し上げます。
 日本に帰国をされました中国残留邦人につきまして生活保護を受給している者の数ということでございますけれども、具体的な数としては把握をしておりません。ただ、平成十一年十二月に帰国後十年以内の中国残留邦人を対象に実施をいたしました実態調査によりますれば、孤児世帯の六五・五%、婦人等世帯の六四・八%が生活保護を受給されております。
○吉川春子君 せっかく日本に帰ってきましてもなかなか日本の生活に適応できない。自立支援事業というのは結果的に失敗をしているわけです。そして、生活保護の受給者が現在七割というふうにも言われているわけですね。
 この生活保護の問題なんですけれども、中国の方々が敵国である日本の子供を育てる、これは中国の文化大革命もあり、貧困もあり、大変な思いをして育てたということは私たち知っているところですけれども、その養父母が、幸せになりなさいということで日本に送り返してくれた。そして、その養父母が病気になって、看病のために中国へ戻る。そうしますと、帰国するときに親族のお見舞金、交通費も出ないし、挙げ句の果て、中国に帰国して養父母の介護などを何か月かやっている間は生活保護も打ち切られてしまう。こういう本当に血も涙もないようなことをされているんですけれども、なぜその間、生活保護を打ち切るんですか。打ち切らなくてもいいんじゃないですか。
○政府参考人(大槻勝啓君) 生活保護制度につきましては、言うまでもございませんけれども、生活に困窮する国民に対しまして国が最低限度の生活を保障するというものでございます。日本国内における最低生活を保障するということをこれは制度として前提としておるわけでございます。このため、被保護者の方で外国において生活をされる機会のある方につきましては、その間の日本での生活費が不要でありますことから、その渡航期間中につきましては生活扶助の支給を停止することといたしております。
 この生活保護制度につきましては、全国民を対象といたしまして、困窮に至った理由を問わず、いかなる者に対しましても平等に最低生活を保障する制度でありますことから、この制度におきまして中国残留邦人の方につきまして他と異なる特別の取扱いということをすることにつきましては困難な面がございます。
○吉川春子君 中国残留孤児、残留婦人たちは自分の意思で現地で長いこと生活していたわけじゃなくて、戦争のためにやむを得ずそういう結果になったわけです。しかも、満蒙開拓団というのは国策なんですね。その結果、中国に養父母がいると。その方を介護するために戻んなきゃなんないという事態のときに、わずかなその期間の生活保護を打ち切るというのは、生活保護法の第一条にも反すると思うんです。
 最近、判例が出まして、七人の強制退去の処分の取消し訴訟で法務省は上告を断念したわけです。判決は、妻の連れ子は中国残留邦人の実子以上の存在であったと認めて、遠因は日本国自身の過去の施策にあり、それに救済の遅れが結果的に日本への入国を困難にしたと、特有の事情として考慮されなくてはならないということで判決があり、法務省は上告を断念したわけです。
 今の事例と重なる部分と重ならない部分がありますけれども、是非特有の事情というのを考慮して、中国に短期間行って親の介護をしている間の生活保護費の打切りなんということはしないでもらいたい。どうですか。人道上の立場から再検討してください。
○政府参考人(大槻勝啓君) 御指摘の中国残留孤児と言われます方々の中にも生活保護を受けずに生活している方もおられるわけでございまして、そういった方々が里帰りされる場合には自費で渡航中の滞在費等を賄われているわけでございます。したがいまして、生活保護を受けている中国残留孤児につきまして渡航中の生活扶助まで支給するということは、ちょっと公平の観点からも問題があるのではないかと思っております。
 なお、私どもといたしましては、行政で直接はやっておりませんけれども、財団法人中国残留孤児援護基金におきまして、養父母の方が日本の帰国された残留邦人にお会いになるための訪日援助、あるいは逆に、残留孤児の方が中国の養父母をお見舞いに行かれる場合の渡航費等について援助する制度を持っておるところでございます。
○吉川春子君 最後に大臣、お伺いいたします。
 さっき大臣は、戦いに命を投げた人に対して国が手厚く補償するのは当然だと言われました。満蒙開拓団も、NHKのラジオでもやってましたけれども、国が大宣伝して、極楽浄土というんですかね、そういうところだということでたくさんの日本人を東北地方に、中国の東北地方に送り出したんです。
 私は満蒙開拓団が一番多い長野県の出身なんです。私も中国残留孤児と同じ世代なんですね。そういう思いでこのニュースをいつも見ているんですけれども、大臣、養父母がいて、お世話になって、その方が病気だと、あるいはお葬式だと、そういうときに中国に、日本にいても中国に子供として帰るというのは当然じゃないですか。しかも日本の生活が成り立っていない、生活保護を受けている。その間の生活保護を切られてしまう。こういうようなことは是非やっぱり、立法政策上の問題だと思うんですけれども、憲法二十五条の趣旨も生存権を保障するということですので、やっぱり親孝行という言葉が今適用されるかどうか分かんないんですけれども……
○委員長(木村仁君) 結論を急いでください。
○吉川春子君 そういう中で、やっぱりこの法制度も、組み立てられている日本の制度を見るときに、これは何とかこの問題を解決していただきたい。大臣として最後に答弁を、積極的な答弁をお願いします。
○国務大臣(麻生太郎君) これは最後に大臣としてと言われましたんで、ますます発言が制限されることは覚悟してください。(発言する者あり)大臣としてとおっしゃいましたから。議事録はそっちしか残りませんから。
 中国残留孤児に対する支援策につきましては、これは所管は厚生省ということになります、厚生労働省ということになりますので、私ども総務省として、それは孤児の方々の要望というものもこたえて、これは適切な方策というものが講じられるべきものだと。他省庁の所管のことでありますので、感想を述べさせていただきます。
○吉川春子君 納得できませんが、時間ですので終わります。
○又市征治君 社民党の又市です。
 おととい、二十日の午後、自民党の本部で恩給欠格者に対する説明会が開かれたと、こう聞いています。それは誠にいいことなんであって、当然総務省も何かお手伝いで行って説明でもしているのかなと思ってさっき聞いたら、全然だれも行ってませんと、こういう話なんで、いかがなものかと、こう思いましたが。この席に出席を事前にされる人にちょっとお会いをしたんですが、例えば、あと三か月軍歴が不足をして恩給がもらえないという男性が参加をされておったわけですね。その方は、中にはごまかしてもらっているやつもいるんだけどねと、こう悔しがってそういう話をされている人だったんですが。
 まず初めに、こうした欠格者の対策は今後何かやる予定があるのかどうか、その点を端的にお伺いします。
○政府参考人(戸谷好秀君) 人事・恩給局の、恩給法の所管部局といたしましては特に予定はございません。
○又市征治君 恩給欠格者とされてきたのは短期兵役者、そのほかに様々な戦争被害者の要求が今も未解決だということで随分声が上がっています。中でも大規模なのがシベリア抑留者でしたけれども、政府は一九八四年、昭和五十九年の懇談会報告、この中で、抑留加算を設けたから解決済みだというふうに言ってきたわけですね、あなた方は。抑留者の加算率は二倍ということになっているわけですが、しかし、シベリアより率の高い加算は少なくとも七種類あるというふうに私は理解をしますけれども、この三倍と四倍の例、これ簡単に列挙して説明してください。
○政府参考人(戸谷好秀君) 一月につき三月以内ということで、二月又は三月あるのは、戦地戦務加算というもの、戦争又は事変に際し、職務をもって戦務に服したとき、それから航空基地戦務加算というようなものもございます。あるいは、北方地域につきまして、昭和二十年八月九日以後、北朝鮮、満州、樺太において戦務に服したときの加算と、このようなものが幾つかございます。
○又市征治君 その方々はそれぞれ違う御苦労がもちろんのことあったんでしょうけれども、そういう点でいうと、抑留者が特に大きく加算をされたわけではないということですよね。そういうことになりますね。
 ところで、抑留と似て、これは今吉川さんからも話がありましたが、自分の意思に反して外国に放置をされてきた。私はせんだっての予算委員会でも、中国残留孤児という名前が大体これ間違いじゃないか、本人の意思全くないのにもうほうり出されてきた、放置孤児ぐらいのことになるんだと思うんですが、幼少で意思能力も全くないまま数十年大陸に放置をされてきたわけですね。この点、抑留者と似ているわけですけれども、もちろんこの人々に恩給があるわけではもちろんありません。歴代政府は、これは国民の戦争損害の一部だから補償できないと、こう言ってきたわけですね。本当にひどい話で、今ほども話がありました。
 では、角度を変えて、せめて政府が比較的近年になって認めた抑留加算の理念というものをこの残留孤児に類推適用した場合はどうなるのか、その点についてお考えを聞かせてください。
○政府参考人(大槻勝啓君) 今の議員の方から恩給制度の海外抑留加算を引き合いに出されまして、同じような考え方で残留孤児対策ができないかというような趣旨のお尋ねではなかったかと思います。
 ただ、この恩給制度における海外抑留加算と、恩給制度自体が国と公務員との関係に基づきまして使用者として支給する制度でございますし、一方、残留孤児につきましては、今次の大戦に起因する混乱等によりまして残留を余儀なくされたと、そういった特別な事情にかんがみまして、帰国支援、そしてまた各種の自立支援策を講じてきたところでございます。
 両制度についてその趣旨、目的等々から見ますと、なかなか、これを引き合いに出しましてその趣旨を生かせないかという御指摘ですけれども、残念ながらちょっとそこは難しいのではないかと思っております。
○又市征治君 懇談会報告が出されて、あの時点ではいったん見直しといいますか、これがやられたわけですよね。それから数えてもう二十一年がたっています。戦後補償の考え方もだんだんと変わってきている。そういう意味では、例えばドイツにおいてもアメリカにおいても韓国においても、世界的にもこの戦争の個人補償を認めていく、こういう流れですよね。
 私は、この間も予算委員会でお聞きをして、本当にまず、その人々の生活をまず第一義に考える、今置かれているこの状況をどう考えるのかという立場でお聞きをして、そういう点ではあの拉致被害者の皆さん、当然これは他の国が平時においていきなり体を拉致していったわけですから、だけれどもその人々と比べて、じゃ、この残留孤児の人々とどう違うのか、なぜせめてそのぐらいの人間的な扱いができないのかと、こうただしているんですが、厚生労働省の考え方、本当に古いというか、常に後れて、あのハンセン病の問題でもずるずるずるずる後れている、こんな格好で来ているんじゃありませんか。
 中国残留孤児についても、帰国時にたった一回限りの十六万円の支援費だけ払って、それでまるで全部終わったようなこんな扱いというのはないんじゃないか。だから、そういう意味での加算的な対策を講じるべきじゃないか、こうお聞きしているんですが、そこ本当に改めて検討する考え全くありませんか。
○政府参考人(大槻勝啓君) 帰国されました中国残留邦人の方々に対しましては、厚生労働省としましては、これまで関係省庁、地方自治体等と連携いたしまして、いわゆる帰国者支援法に基づきまして日本語教育なりあるいは就労支援あるいは国民年金の特例措置といった措置を講じてきたところでございます。
 また、帰国直後におきましては、中国帰国者定着促進センター、これは入所方式で六か月間、缶詰状態にいたしまして、ここで基礎的な日本語指導、生活習慣指導、就職相談、就職指導等々行いつつ、衣食住について支援をしておるところでございます。その後、定着地、定住地に赴かれるわけでございますが、そこにおきましても、公営住宅への優先入居を図りますとともに、中国帰国者自立研修センター、これは通所方式でございますけれども、八か月間通っていただきまして、日本語、生活相談、就労相談、就職相談といった各般の指導、援助をいたしておるところでございます。
 また、自立指導員という専門の、専属の指導員を付けて指導をいたしておりますし、自立支援通訳といった者も派遣をいたしまして、日常生活に不便がないようにいたしておるところでございます。この自立支援通訳につきましては、来年度予算におきましては、介護、医療サービスを受ける場合につきまして期間制限を外すというような拡充策を講じておるところでございます。
 また、こういったセンターを出られた後につきましても継続的な支援が必要だということで、中国帰国者支援・交流センターを設置いたしまして、就労に結び付くような日本語習得支援、あるいは高齢化の中で引きこもり等にならないように、そういったことを防止するための地域との交流事業等、各般の施策を進めておるところでございます。
 そういった意味では、特別の対策を取っているというふうに考えております。
○又市征治君 そんなことは全部聞いた上で言っているんですよ。本当に、さっき吉川さんから出たように、そこで、養父母に、本当は鬼畜、日本人の子供だと言われていじめ抜かれて、そしてようやく祖国へ帰ってきたと思ったら言葉の壁がある。そして、向こうで育ててくれた親たちは高齢で、そこで倒れた、だから見舞いに行った、それでそのときに生活保護費まで切られてしまう。こういう状況について聞いているのに、あなた、全然そんな制度なんか何も聞いてやしていない。
 そこで、麻生大臣、政治家として逆にお聞きをしますが、私は少しそうした問題意識は麻生大臣もお持ちなんだと思うんです。ここらのところ本当にこのままでいいのかどうか、少し政府部内で本当に御検討いただく、そういう余地はないのかどうか。それは、もうそういう点で政治家としての御意見をちょっと承って、終わりたいと思います。
○国務大臣(麻生太郎君) これは戦争という状況で、特にこの種の話は北支、北支という意味はお分かりだと思いますが、北支で起きておる話が圧倒的に多いという状況は、ほかの地域とは全く状況が違っていると。じゃ、何で北支だけに集中しているのかという意味も又市先生の御年齢ならお分かりのところだと思っておりますんで、そういった意味では、この種の不幸な話というのは、これはほかにも戦争というようなものにいたしますと枚挙にいとまがないほどいろいろ、個別にはいろいろほかにも出てくるところなんだと存じますけれども。
 今申し上げましたように、甚だ不幸な状況になったという状況を考えて、これはそれなりに政府としていろいろやってきているんだと思いますけれども、今言われたように、その二か月なら二か月、三か月なら三か月の間の生活保護をということになりますと、これは法律としては日本国内のという前提になっておりますから、これは役人に幾ら言われてもなかなか役所としてはできないところだと思いますんで議員立法、議員立法なさるか何かいろいろな手口を考えられるということが大切なんであって、この場で厚生労働省、幾ら言われてもなかなか難しいし、ましてや所管外の大臣に聞かれても何ともしようがないということなんだと存じますんで、この点につきましては、これはかつて台湾でも似たようなことが、ほかにも例があります。台湾というのは、台湾政府のやった法理、方法というのもありますんで知らないわけではありませんけれども、そういった意味ではいろんなことが考えられるというのは大事なことだとは存じます。
○委員長(木村仁君) 他に御発言もないようですから、質疑は終局したものと認めます。
 これより討論に入ります。──別に御意見もないようですから、これより直ちに採決に入ります。
 恩給法の一部を改正する法律案に賛成の方の挙手を願います。
   〔賛成者挙手〕
○委員長(木村仁君) 全会一致と認めます。よって、本案は全会一致をもって原案どおり可決すべきものと決定いたしました。
 なお、審査報告書の作成につきましては、これを委員長に御一任願いたいと存じますが、異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○委員長(木村仁君) 異議ないと認め、さよう決定いたします。
    ─────────────
○委員長(木村仁君) 行政制度、公務員制度、地方行財政、選挙、消防、情報通信及び郵政事業等に関する調査を議題といたします。
 平成十七年度地方財政計画について政府から説明を聴取いたします。麻生総務大臣。
○国務大臣(麻生太郎君) 平成十七年度の地方財政計画の概要について御説明をさせていただきます。
 極めて厳しい地方財政の現状等を踏まえ、経済財政運営と構造改革に関する基本方針等に沿って、歳出全般にわたり見直しを行うことに努めております。一方、地域におきましては必要な行政課題に対しては適切に財源措置を行うこととし、安定的な財政運営に必要な地方交付税などの一般財源を確保することを基本といたしております。
 引き続き生じる財源不足につきましては、一般会計からの加算、特例地方債の発行等により補てんすることとし、地方財政の運営に支障が生じないようにいたしております。
 さらに、三位一体の改革として行われる国庫補助負担金の一般財源化等に対応し、所得譲与税による税源移譲等の措置を講じております。
 以上の方針の下に、平成十七年度の地方財政計画を策定いたしました結果、歳入歳出の規模は八十三兆七千六百八十七億円となり、前年度に比べ八千九百八十二億円、一・一%の減となっております。
 以上が平成十七年度の地方財政計画の概要であります。
○委員長(木村仁君) 次に、補足説明を聴取いたします。今井総務副大臣。
○副大臣(今井宏君) 平成十七年度の地方財政計画につきまして、ただいま総務大臣から御説明いたしましたとおりでございますが、なお若干の点につきまして補足して御説明を申し上げます。
 まず、歳入でございますが、地方財政計画の規模は八十三兆七千六百八十七億円ですが、その主な歳入について御説明いたします。
 地方税の収入見込額は、三十三兆三千百八十九億円で、前年度に対し九千九百五十八億円、三・一%の増加となっております。
 また、地方譲与税の収入見込額は、所得譲与税の増六千九百十億円により、総額一兆八千四百十九億円、前年度に対し六千九百六十七億円、六〇・八%の増加となっております。
 次に、地方特例交付金につきましては、税源移譲予定特例交付金の増三千九百八十三億円等により、総額一兆五千百八十億円、前年度に対し四千百三十二億円、三七・四%の増加となっております。
 地方交付税につきましては、平成十七年度の所得税、法人税、酒税、消費税及びたばこ税のそれぞれ法定割合の額の合計額十二兆六百八十億円から精算額八百七十億円を減額した額十一兆九千八百十億円に、平成十六年度以前の地方財政対策に基づき地方交付税法の定めるところにより平成十七年度に一般会計から加算することとされていた額四千二百五十八億円、通常収支の補てんに係る国負担分の臨時財政対策加算額二兆一千六百四十一億円、恒久的な減税及び先行減税による地方交付税の減収を補てんするための交付税特別会計における借入金一兆五千九百十一億円を加算する等の措置を講ずることにより、十六兆八千九百七十九億円を計上いたしました結果、前年度に対し百十七億円、〇・一%の増加となっております。
 次に、国庫支出金でございますが、三位一体の改革に伴う廃止・縮減等の影響を含め、総額十一兆一千九百六十七億円で、前年度に対し九千二百七十一億円、七・六%の減少となっております。
 次に、地方債につきましては、臨時財政対策債三兆二千二百三十一億円を含め、総額十二兆二千六百十九億円、前年度に対し一兆八千八百二十九億円、一三・三%の減少となっております。
 次に、歳出について御説明いたします。
 まず、給与関係経費についてでありますが、職員数につきまして、地方警察官の増三千五百人を見込みつつ、全体では一万二千四百十一人の純減を行うこととしており、その総額は二十二兆七千二百四十億円で、前年度に対し二千七百五十億円、一・二%の減少となっております。
 次に、一般行政経費につきましては、総額二十三兆一千三百七億円、前年度に対し一兆二千四百七十四億円、五・七%の増加となっております。このうち国庫補助負担金等を伴うものは、社会保障関係経費の自然増等により十兆五百三十八億円で、前年度に対し二千九百一億円、三・〇%の増加となっております。
 国庫補助負担金を伴わないもの、いわゆる通常分でございますが、地方団体の自助努力を促す観点から既定の行政経費の縮減を図る一方、地域において必要な行政課題に対し適切に対処するため、人間力の向上・発揮を始めとする新重点四分野に係る施策に財源の重点的配分を図ることとしており、その額は十一兆九千七百三十七億円で、前年度に対し三千八十七億円、二・六%の増加となっております。なお、平成十七年度においては、投資的経費、いわゆる単独でございますが、との一体的乖離是正分三千五百億円を増額計上しており、これを除いた場合は十一兆六千二百三十七億円で、前年度に対し四百十三億円、〇・四%の減少となっております。
 また、平成十七年度の国庫補助負担金の一般財源化に伴い、国庫補助負担金を伴わないもの、平成十七年度一般財源化分といたしましては二千六百六十六億円を計上しております。
 さらに、平成十七年度に一般財源化する保険基盤安定制度、いわゆる保険料軽減分でございますが、新たに創設する国民健康保険の都道府県財政調整交付金及び国保財政安定化支援事業につきましては、国民健康保険関係事業費として八千三百六十六億円を計上しております。
 公債費は、総額十三兆三千八百三億円で、前年度に対し二千九百七十六億円、二・二%の減少となっております。
 投資的経費は、総額十九兆六千七百六十一億円で、前年度に対し一兆六千五百二十二億円、七・七%の減少となっております。このうち、直轄事業負担金につきましては、一兆一千三百五十一億円で、前年度に対し百二十二億円、一・一%の減少、補助事業につきましては、六兆一千七百十億円で、前年度に対し五千四百億円、八・〇%の減少となっております。また、地方単独事業につきましては、前年度に対し一兆一千億円、八・二%の減となっておりますが、一般行政経費、いわゆる単独ですが、との一体的乖離是正分として七千億円を減額計上しており、これを除いた場合は、前年度に対し四千億円、三・〇%の減となり、地域活性化事業、地域再生事業、合併特例事業及び防災対策事業などにより、地域の自立や活性化につながる基盤整備を重点的、効率的に推進することとしております。
 次に、公営企業繰出金につきましては、総額二兆八千六百五十九億円で、前年度に対し二千百三十八億円、六・九%の減とする中で、地方公営企業の経営基盤の強化、上下水道、交通、病院等生活関連社会資本の整備の推進等に配意をすることとしております。
 以上をもちまして、地方財政計画の補足説明を終了させていただきます。ありがとうございました。
○委員長(木村仁君) 以上で説明の聴取は終わりました。
    ─────────────
○委員長(木村仁君) 地方交付税法等の一部を改正する法律案を議題といたします。
 政府から趣旨説明を聴取いたします。麻生総務大臣。
○国務大臣(麻生太郎君) ただいま議題となりました地方交付税法等の一部を改正する法律案につきまして、その提案理由及び概要を御説明させていただきます。
 地方財政の収支が引き続き著しく不均衡な状況にあること等にかんがみ、平成十七年度分地方交付税の総額の特例措置を講ずるとともに、国の一般会計から交付税及び譲与税配付金特別会計への繰入れに関する特例を改正いたします。また、各種の制度改革等に伴って必要となる行政経費の財源を措置するため、地方交付税の単位費用を改正する等の必要があります。
 次に、法律案の内容について、その概要を御説明いたします。
 まず、平成十七年度分の地方交付税の総額につきましては、地方交付税法第六条第二項の額に、法定加算額、臨時財政対策のための特例加算額、交付税特別会計借入金及び同特別会計における剰余金を加算した額から、同特別会計借入金償還額及び利子支払額を控除した額十六兆八千九百七十九億円とすることとしております。
 次に、平成十九年度から平成三十三年度までの間における国の一般会計から交付税及び譲与税配付金特別会計への繰入れに関する特例等を改正することとしております。
 また、平成十七年度分の普通交付税の算定に用いる単位費用を改正するとともに、算定の簡素化を図る観点から、経費の種類の統合及び補正係数の見直しを行うことといたしております。
 あわせて、公営競技を施行する地方公共団体の公営企業金融公庫に対する納付金の納付期間を五年間延長することといたします。また、義務教育費国庫負担金及び公立養護学校教育費国庫負担金の平成十七年度における暫定的な減額に伴う財源措置として税源移譲予定特例交付金を拡充いたします。また、その税源移譲予定特例交付金に係る基準財政収入額の算定について、百分の七十五の基準率を改め、税源移譲予定特例交付金の額により算定することとしております。
 さらに、地方公務員共済組合の事務に要する費用に係る地方公共団体の負担の特例を平成十七年度においても適用することとしております。
 以上がこの法律案の提案理由及び内容の概要であります。
 何とぞ、慎重御審議の上、速やかに御賛同あらんことをお願いを申し上げます。
○委員長(木村仁君) 以上で趣旨説明の聴取は終わりました。
 本案に対する質疑は後日に譲ることとし、これにて散会いたします。
   午後二時二十四分散会