第166回国会 政府開発援助等に関する特別委員会 第4号
平成十九年二月二十七日(火曜日)
   午後一時五十六分開会
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   委員の異動
 二月二十二日
    辞任         補欠選任   
     那谷屋正義君     若林 秀樹君
 二月二十六日
    辞任         補欠選任   
     藤末 健三君     柳澤 光美君
     若林 秀樹君     藤本 祐司君
     大門実紀史君     小林美恵子君
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  出席者は左のとおり。
    委員長         山崎 正昭君
    理 事
                阿部 正俊君
                小泉 昭男君
                山下 英利君
                犬塚 直史君
                富岡由紀夫君
                浮島とも子君
    委 員
                岩城 光英君
                太田 豊秋君
                岡田  広君
                神取  忍君
                岸  信夫君
                中川 雅治君
                中村 博彦君
                野上浩太郎君
                朝日 俊弘君
                江田 五月君
                小川 敏夫君
                大久保 勉君
                加藤 敏幸君
            ツルネン マルテイ君
                藤本 祐司君
                柳澤 光美君
                高野 博師君
                松 あきら君
                小林美恵子君
                近藤 正道君
                亀井 郁夫君
   事務局側
       常任委員会専門
       員        泊  秀行君
       常任委員会専門
       員        桐山 正敏君
   参考人
       広島大学平和科
       学研究センター
       助教授      篠田 英朗君
       国際連合大学上
       級副学長     ラメッシュ・
                タクール君
           (通訳 大野 理恵君)
           (通訳 加藤 紀子君)
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  本日の会議に付した案件
○政府開発援助等に関する調査
 (平和構築における我が国ODAの果たすべき
 役割と課題に関する件)
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○委員長(山崎正昭君) ただいまから政府開発援助等に関する特別委員会を開会いたします。
 委員の異動について御報告いたします。
 去る二十二日、那谷屋正義君が委員を辞任され、その補欠として若林秀樹君が選任されました。
 また、昨二十六日、大門実紀史君、若林秀樹君及び藤末健三君が委員を辞任され、その補欠として小林美恵子君、藤本祐司君及び柳澤光美君が選任されました。
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○委員長(山崎正昭君) 政府開発援助等に関する調査のうち、平和構築における我が国ODAの果たすべき役割と課題に関する件を議題といたします。
 本日は、広島大学平和科学研究センター助教授篠田英朗君及び国際連合大学上級副学長ラメッシュ・タクール君に参考人として御出席をいただいております。
 この際、参考人の方々に一言ごあいさつを申し上げます。
 本日は、御多忙中のところ当委員会に御出席をいただき、誠にありがとうございます。
 参考人の方々から忌憚のない御意見を拝聴し、今後の調査の参考にいたしたいと存じますので、よろしくお願いを申し上げます。
 それでは、議事の進め方について申し上げます。
 まず、篠田参考人、タクール参考人の順序でお一人二十分程度御意見をお述べいただき、その後、各委員からの質疑にお答えいただくとともに、意見発表をお聞きいただきたいと存じます。
 御発言の際は、その都度委員長の指名を受けてからお願いをいたします。
 なお、御発言は着席のままで結構でございます。
 それでは、篠田参考人からお願いをいたします。篠田参考人。
○参考人(篠田英朗君) ありがとうございます。
 ただいま御紹介いただきました広島大学平和科学研究センターの篠田でございます。本日は、貴重な機会をいただきまして感謝をいたします。
 私は、平和構築を専門に研究している者でございまして、アフリカ、アジア等の紛争後国、あるいはニューヨークなどにおける国際機関の平和構築の政策などを研究することを主務としております。しかし、その観点でODAに関する問題を考えさせていただく機会もかつていろいろといただきました。また、そもそも私は、学生時代より国際ボランティア、難民救援事業等、NGO等でやってまいりまして、開発あるいは援助の業界のことにはそれなりの関心を持ってまいりました。
 また、最近は研究の観点で、昨年は例えばODAの平和構築政策の第三者評価のチームにも加えていただきましたし、大学では、連携融合事業という特別経費で、JICA、JBIC、アジア経済研究所、UNITAR、国連訓練調査研究所といった連携パートナーと平和構築分野の研究を進めております。
 本日は、そういった観点で、平和構築の切り口でODAにまつわる問題を私なりの観点で意見させていただきたいと考えております。
 本日は、しかし、まず、平和構築もODAもそれぞれが別個の独自の問題領域と考えておりますので、平和構築とは何か、そういったところから平和構築にまつわる性格そして問題を簡単に述べさせていただきまして、その後、それを踏まえて私なりの意見というものを付け加えさせていただきたいと考えております。(資料映写)
 平和構築でございますが、これは正に平和をつくる活動でありまして、平和をつくる活動は基本的にすべて平和を構築する活動なわけですが、一般に我々が平和構築活動と言っているものはもう少し踏み込んだものであろうかと思います。つまり、あした戦争がない状態をつくるとか、来年戦争がなければいいといったたぐいのものではなく、より長期的で持続的な平和を目指していく、さらに、そのような永続的平和を支えていける社会の基盤というものをつくっていく、永続的な平和の社会的基盤をつくっていく、そうした活動が平和構築というものであろうかと思います。したがって、この平和構築のすそ野は大変に広く、また長期的な視野が必要となるということになろうかと思います。
 一般に我々は地域紛争が蔓延している世界に生きておりますので、この平和構築活動は多くの場合、紛争が起こった社会にこのような永続的な平和の社会的基盤をつくっていく、そうした活動を指すものと理解されておりますので、人によっては紛争後の復興という言葉を好んで用いている場合もありますが、両者はかなりの程度に一致点があるということかと思います。
 ただ、紛争が和平合意によって停止した、それを維持していくようなことを目的とする平和維持活動、あるいは紛争を調停によって止めていくための平和創造活動、そういったものとはやはり平和構築というのはカテゴリーとして区別される、より長期的、社会的な基盤を目指していくものとして理解されているということになります。近年では、国際平和活動といったものがこれらの諸所の、もろもろのカテゴリーを含み込む一般名称として理解されているということだと思います。
 あえて指摘するほどのこともないことですが、日本も平和構築分野に関して様々な活動を行ってきている次第です。湾岸戦争後、国際貢献の必要性が叫ばれる中、国際平和協力というものが強くうたわれて、これは平和構築よりも大きな概念であろうかと思いますが、平和構築に関連する問題も含み込むものであったかと思います。アフガニスタンの復興支援の際には、平和の定着ということが大きな政策的な見取図として提示された次第です。そして、平和の構築という言葉自体もODA大綱、中期政策に入れられ、JICAさん、JBICさんもこうした用語で事業の評価あるいは立案を行っていると。そして、近年では麻生外務大臣が、いわゆる平和構築の担い手を育成するということで、寺子屋構想を出していることはよく御存じのとおりです。
 そこで、このように広く議論されて問題だと認識されている平和構築がそもそもなぜ重要なのか、そこに少し振り返ってみて、その後の意見表明につなげていきたいと考えています。
 まず、現代世界にとって平和構築がなぜ重大な問題なのか。端的に言いまして、現実の問題として世界じゅうに地域紛争が蔓延しているという事実があるわけです。他方、国際社会全体は、冷戦が終結して以降、構造的には分裂していない。もし関心と意思があれば地域紛争の解決に乗り出すことができる。したがって、地域紛争が起こるたびにどのような対処をするかということが道徳的に問われる、それが一般化したということになります。さらに、近年、二十一世紀に入ってからは、対テロ戦争というものがこの平和構築の状況に更に一層複雑な様相を与えていることは皆さんよく御存じのとおりです。
 このことはもうちょっとグラフを用いて示したいと思いますが、これは一九四六年から二〇〇五年までの武力紛争と言われるものの数を示したものですが、一目見て数が近年になって増えてきているということが分かるわけですけれども、特にこの緑色で示されていますものは国内紛争と言われているもの、ある国の内部で起こっている武力紛争、この数が非常に多くなっていて、ほとんどの武力紛争が現代では内戦ということになっている次第です。
 この内戦がどこで起こっているか、主にアフリカ、アジアといった地域で起こっています。その原因には何があるのか、領土問題、統治の問題がございます。領土問題といいますのは、この場合、ある国の中でのある地域が一つの独立国としてみなされるべきかどうか、そういった問題も含みますが、統治上の問題といいますと、政治の正統性の問題、ある政府が本当に正統性を持っているのかどうか、そういった問題をめぐって内戦が起こるということが非常に頻繁に起こっている次第です。
 結果として、アフリカ、アジアでは、冷戦が終わって以降の時代だけで、例えばアフリカを取ってみますと、百四十もの紛争当事者が出てきていると。国の数のほぼ三倍近い数の紛争当事者が戦争をしている。しかも、極めて印象的なことに、アフリカ、アジアも相当程度にそうですが、戦争が起こった場合、反政府側の勢力が勝利を収めるということの方が確率としては多くなっている。つまり、反政府側にとってみると、武力紛争を起こすインセンティブがあると。また、もう一つ言ってみますと、それだけアフリカ、アジアの国家機構の脆弱性が問題であるということになろうかと思います。
 このようなグラフを用いて私が申し上げたいことは、戦争が起こっている、大変に頻繁に地域紛争が起こっているその背景には、こうした地域的な事情、原因を見ていますと、アフリカ、アジアという地域における国家機構が大変に脆弱であるという問題が潜んでいるということであります。
 アフリカ、アジアというのは言うまでもなく二十世紀後半に脱植民地化の流れの中で新興、独立した諸国でございまして、ある意味でこれらの諸国が国家基盤が弱いということは実はそれほど不思議なことではない。そうした脆弱性がいろいろな情勢の中で武力紛争の頻発という現象としても現れてきているという事情がある次第です。
 したがって、こういった背景がございますがゆえに、地域紛争といいますのはその総体としてグローバルイシューである、世界大の問題であると言われる次第です。つまり、新しい国々が国家機構が脆弱なまま存続している、これが武力紛争という形で問題を見せているわけですが、この脆弱性を解決しないと現代国際社会秩序全体が不安定化すると。したがって、地域紛争の問題というのはそれ自体がグローバルな問題であるということの事情がここにあるわけです。
 次に、国際社会の側の事情を少しだけ見ていきたいわけですが、武力紛争の中で和平合意に達した武力紛争はどれぐらいあるかといいますと、三分の一強ほどあります。これは、武力紛争の数の推移とともに大体同じような比率で動いております。このことが示しますのは、国際社会の努力、和平合意を結ばせるための努力、そういったものが限界があり制約があるということであると同時に、その一方で、しかし目に見えた差異、違いというものも生み出している。限界もあり、まだまだ足りない、不足もありますけれども、やればそれなりの効果はあるということが分かるわけで、したがって、更に努力の余地があれば努力をする価値はあるということになります。
 こうした経緯により、現在では、例えば国連PKOのようなものを分かりやすく示しますと、現在、PKO、国連のPKO局の管轄になっているもので十八ぐらい展開しておりまして、要員数にして八万、文民職員、ボランティアも入れますとまあ十万弱程度が展開していると。日本がゴラン高原の数十人のみであるということは皆さんもよく御存じのことでございます。それから、政治ミッションと言われる比較的小規模に平和構築を目指していくようなミッションも幾つもあるということでございます。
 更に突き詰めまして、なぜ日本にとって平和構築が重要であるのかということですが、非常に端的に、これだけのグローバルイシューでございますので、世界第二位の経済大国としての地位と責任から発生する重要性というものが当然ある。更に突き詰めて考えてみますには、第二次世界大戦以後、日本は平和国家としてアイデンティティーを確立し、さらに、それを精神的な基盤として法制度、社会的な制度を構築していった。そのような国家である日本が平和の問題について他国より大きな関心を抱いたとしても、それは決して不思議なことではないという事情があろうかと思います。
 さらに、平和構築というのは、実は様々な場面で、天然資源の問題やテロの問題と絡みまして、実は大きな安全保障上の問題、政治的な意義を持っている場合が多々あります。
 さらに、平和を求めるということは、基本的にはだれもが否定し得ない大変に公益度の高い目標である。しかも、平和を構築するという作業自体は大変に知的に高いレベルの作業と一般にみなされている。この分野において関心を持つ国家がその関心に見合った能力を示すということは、国家としての威信に直結する事項であろうと考えられます。
 更に突き詰めまして、特にODAにとってなぜ平和構築が重要なのか。
 既に申し上げてきたところでありますが、平和構築というのは、様々な分野において様々なやり方で平和、長期的な平和を目指して活動していくものでございます。経済分野である、開発援助である、したがって平和は関心がないといったことは許されないというのが平和構築の物の見方。開発援助の側からの平和への貢献とは何かということが常に問われる。そうした包括的な見取図、包括的戦略が必要とされるものである。これが第一にあります。
 さらに、平和構築は一年、二年で達成されるものではございませんので、五年、十年、場合によっては更に数十年の単位で物事を見て支援を考えていく必要がある。そのときに、長期的にODAを通じてどのように支援をしていくのかということが大変に大きな問題になるわけです。
 また、平和構築においては資金が必要になります。資金だけがすべてを解決するわけではございませんが、資金がなければ決して実施し得ないような性格の活動も大変に多く存在していることは事実であります。
 さらに、ODAの問題は資金の問題だけではなく技術協力の問題でもあります。先ほど申し上げましたように、平和構築あるいは武力紛争の問題の背景には国家基盤の脆弱性という問題があります。国家基盤を安定化させるためにまず第一に必要なのは、その国家の基盤を担う人間を育てることです。その人間を育てるためには、ODAを通じた技術的協力というものが大変に重要な意味が、持つということは自明のことであります。
 このような性格を持つ平和構築に本来的に存在する問題というものがございます。
 まず第一に、平和自体の持つその目標のあいまい性、各地域の事情に応じた平和というものを考えなければならない。そして、そのあいまいさは多分に政治的な性格に由来するものであるということです。
 さらに、多様な活動の分野がございますので、それらを包括的に統制していくような見取図、戦略的な視点というものが必要になる。これは大変に困難な作業ですが、無視することはできない作業であります。
 さらにもう少し、違う次元になりますが、多岐にわたる活動分野があるということは、非常に異なった性格を持った組織が平和構築に関与してくる。全く異なる組織文化、習慣、価値観を持った組織がかかわってくる。非常に分かりやすく言いますと、人道援助の分野での女性比率というものは、例えば軍事部隊では全く異なるといったような事情があります。それらの団体の独自性、どうしてそのような違いがあるのかということを十二分に理解した上で、その調整を図っていくという作業が必ず必要になるという難しさがあります。
 さらに、地域で戦争が起こっている以上、国際社会の関与が必要であるということで、国際的な平和構築活動が行われるわけですが、しかし、国際社会の努力だけで持続的な平和が達成し得ないことは当然であります。しかしながら、そもそも紛争が起こった社会には、そのような持続的な平和を維持する能力が欠落している場合が多いがゆえに平和構築が行われるので、いたずらに、単純に現地社会の主導性だけを唱えていてすべてが解決するわけではない。これは、それぞれの限界とバランスをどう取っていくかということが常に平和構築に内在する大きな問題ということになります。
 こうした問題、性格を踏まえながら日本のODAでもかなり明確に平和構築の意義がうたわれて、それがどのように、その平和構築の目的にどのように到達していくかということが記されているわけですけれども、最後に、私なりの私見といいますような意見を幾つか述べさせていただきたいと思います。
 ODAを通じた平和構築の課題ということですが、平和構築にはいろいろな段階があって、紛争中、紛争直後、そして安定期に入った段階、いろいろな段階があると思いますが、一般に紛争直後は安全保障上あるいは軍事的な問題の度合いが高く、安定化してくると開発援助の役割が高まると言われております。そのこと自体は決して間違いではありませんが、すべての段階を貫く政治的な問題が存在するということの認識が実は非常に重要であります。
 開発援助の専門家の方々は大変精緻な評価基準、計画立案の方法というものを持っております。それらの数値化されたような指標というものは時に平和構築の分野では必ずしも十二分に発揮されないことがあります。開発援助の専門家の方々は時に政治的な理由でこういうこともやらなければいけないといったようなことを言いますが、それはちょっと違う話でございまして、平和構築の分野では純粋な開発援助の指標に基づいて評価しなければならない問題と、その政治的な効果のゆえに非常に意義が高いということを認めなければならない分野の問題があるということでございます。これらの問題を適切に評価し、政策判断をこなしていくためには、一言で言えば政治的なリーダーシップというものが必要になるということではないかと思います。
 さらに、異分野の専門家、組織が一つの平和という目標に向かって異なる方向からアプローチしてきますので、これらの連携をどうやって取っていくかが課題になりますが、ここでもやはり政治的なリーダーシップというものがどれだけ発揮できるかということが問われてくるのであろうと思います。
 さらに、平和構築の場面におきましては、現場にいる要員だけが感じる事情、雰囲気、要請といったものがございますので、現場主義というものを非常に尊重しなければならない。しかし、現場主義を尊重するためには現場の外にいる者が、あるいは制度が支援しなければならないことというものも大変に多くなっている。その非常に分かりやすい例は安全対策のような分野でございますけれども、このような分野がまだまだいろいろと改善の余地があるという印象はございます。
 さらに、平和構築の分野におきましては、包括的、統一的な戦略の作成が必要である、重要であると申し上げましたが、そのような戦略的な見取図というものは、例えば和平合意が結ばれたときに、包括的な和平合意が結ばれたときにある程度立案されたりするといったような進み方がよく見られます。日本の援助もそのような大きな枠組みを最大限に意識することがまず必要ですが、できれば主体的にその枠組みの作成に加わり、独自の知見を用いて貢献していくということをもっと積極的にできるようになると、更に実施部分での充実度も高まるであろうということが考えられると思います。そのようなことをするためには、国内において常日ごろから政策研究のレベルを高めておく必要がありますし、政策意思の強化、その必要性というものを強く認識していくことが必要であろうと思いますし、それを更に支える一般国民の意識の喚起といった問題も大変に重要であろうかと思います。
 さらに、私は戦略的な見取図というものを強調してまいりましたが、そういった政策的な見取図は必ずしも従来の既存の援助スキームと符合するわけではありません。スキームはスキームとしての存在価値があることは認めつつ、いかにしてそれを戦略的な視点に基づいて柔軟に運用していくか、これはやはり政治的なリーダーシップが問われる事項であろうかと思います。
 さらに、人材育成、活用、特に現代では若い世代において平和構築に関心を持つ者が増えております。そうした方々に適正な評価、ポストを与えていく、そういったことはいわゆる純粋な育成と併せて大変に重要になってこようかと思います。
 さらに、平和構築においては現地社会とのパートナーシップ、現地社会との関係をどう取っていくかということが大変に重要になってまいりますので、そのパートナーシップ形成能力、それ自体を高めておくということが大変に重要です。そして、その上で平和構築の政策をその問題を抱える社会の長期的な能力強化の方向性の中でどのように位置付けて長期的な政策の中で消化していくか、そういったことを考えていく必要があるかと思います。
 これらのことを総合的に私なりの言葉で申しますと、日本の平和構築アプローチというものを更に一層思想的、方法論的に精緻化、体系化して確立していくことが必要であろうと。そして、その中でODAの政策あるいは実施方法というものもおのずと精緻化されていくであろうと考えられます。
 最後に、余談めいたものを付記として示さしていただきますけれども、私は広島で、あるJICAの研修機関で、JICA中国センターというところで、平和構築をテーマにしている研修のコースリーダーのようなものを幾つか複数今までやらしていただいております。紛争後国からの、例えばボスニア・ヘルツェゴビナからの平和を学ぶ学校教員の方々とか、広島を場にして平和について考える。私は現地に行って話もしたりするわけですが。それから、アフリカの行政職員、シエラレオネとかルワンダとか、そういった方々に広島に来ていただいて平和構築の政策について考えてもらう、あるいはスキルアップしていただく。そういったことにも従事して、自分がシエラレオネに行ったとすると、また学生相手にお話をさしていただいたりもするわけですが。
 また、広島にはUNITARという、国連訓練調査研究所という機関がアジア太平洋を管轄する機関としてございます。これがアフガンフェローシップという研修を持っておりますので、私自身、カブールに行ったり、あるいは広島での研修で平和構築について語ったりしますが、その際に、例えば広島というもの、これはODAでの一環としてのイラク人の行政職員支援研修ですけれども、日本の復興というものを一つの精神的な基盤として平和構築を考えるということに非常に感覚的によく分かっていただくことが多いわけです。
 一般に、日本の復興といいますと、やれ国際紛争であったとか地域紛争と原爆は関係ないというような話をされるときがありますが、紛争後国の方々は、非常に素朴な人間の生活感覚として、戦争の惨禍から立ち上がって平和な社会を、復興の過程を通じて平和な社会をつくっていく、その意義と苦しみというものをよく知っておられます。それは、日本の事例をひもときながら、一緒に語ることによって更に議論が深まるということがございます。
 日本は平和主義を掲げている国家でございますので、そうした平和主義というアイデンティティーをストレートに伸ばしていく、その方向性の中に平和構築の政策の精緻化というものをより明確に位置付けていく、そのことがODAの政策の充実にとっても大変に重要な視点ではないかということが私の私見であります。
 これをもって意見を終わりにさしていただきたいと思います。
 御清聴ありがとうございました。
○委員長(山崎正昭君) どうもありがとうございました。
 次に、タクール参考人にお願いをいたします。タクール参考人。
○参考人(ラメッシュ・タクール君)(通訳) 山崎委員長、議員の先生の皆様、まず初めに日本語ではないことをおわび申し上げます。
 今回は英語でお話をさせていただくことをお許しいただきまして、ありがとうございます。
 まず、五つの暫定的なコメントを申し上げます。
 第一、国連大学は常に我々が持っているノウハウを国民、国会そして皆様に提供することを、排他的ではない形で皆様に提供することをうれしく思っております。すべての国家に我々が持っている知識を提供したいと思っていますが、その多くの国家の中でも、加盟国の中でも日本が最も重要なパートナー国ですので、いつも協力をさせていただくことを感謝いたします。
 国際公務員として、私が日本のODAあるいはほかの国のODAの個別の政策に関しましてコメントをすることは差し控えなければなりませんので、一般的な話になります。
 第三ですけれども、これを冒頭に申し上げておいた方がよいかもしれません。ODAという話をした場合には、人道緊急援助は含めておりません。例えば、津波がインド洋で起こった場合のような緊急支援は入れておりません。
 第四ですが、ODAという話をした場合には一般原則があります。どのようなODAの側面を話すにしても、平和構築を含めて原則があります。量か質か、絶対的な金額かあるいはGDPのパーセントか、あるいはグラントか円借款か、あるいはタイドかアンタイドか、援助については受入れ国のニーズに応じて提供するべきか、あるいは提供者から見た上で最も効果が高く実績が高いと思うものを提供するべきか、内容は絞るべきか幅広いものを提供するか、これは平和構築、ODA、すべてに当てはまる原則です。
 第五の暫定的な最初のコメントですが、援助といった場合には議論の三本柱があると思います。
 まず第一、そして最も幅の広い考え方としましては、道義的に援助をしなければいけないという理由があります。みんな人類の仲間であるから寛大に提供するべきであるというのが道義的だと思います。
 その対極にある第二の議論なんですけれども、これは商業的な、自国のためです。ODAは提供するけれども、これはタイドであったとして、我が国産業のかかわりが原則となるという場合です。その場合には、隠れみのであって、実は助成であるかもしれません。国内の競争力のない産業の保護につながるかもしれません。
 そして第三、なぜODAをするかといいますと、これは啓蒙された上での自国のことを考えた判断であるということです。ODAを提供して、例えばインフラをインドのような国で整備することになった場合には、その結果、インドのあるいはその受入れ国の経済成長が速くなることになります。その経済が成長すれば、日本の企業にとって輸出先になる可能性があります。ということであれば、結局は日本経済のためになるという考え方があり得ます。同様に、環境保全でODAを提供するとすれば、これは集団としての自国の利益にもなりますし、かつ経済成長、環境保全、双方に援助を提供することになりますと、経済並びに環境難民を抑えることができます。
 このような考え方が啓蒙を受けた上で自国のことを考えてODAを出していくことで、平和構築にも同じ考えが当てはまると思います。平和構築に貢献を行いますと、最終的には紛争のスピルオーバー、国外への波及を抑止することができますし、難民が流出してくることを予防することができます。
 そして、中身に入っていきますけれども、平和構築を考えていきますと、これはどういうことかといいますと、既存の平和的な状態を強化することも含むでしょうし、あるいは紛争後の平和を新たにつくることも含みます。つまり、紛争をまずは発生させないようにして、その発生しない状態が続くようにするということ、あるいはその紛争が止まった後、再発しないようにすることを含みます。
 これを広く予防あるいは紛争後の復興に分けることができます。予防するのか、あるいは紛争後の対処か分けることができます。何よりも、悲惨な紛争国家を予防するということは国家主権の責任であり、その国家の中の機構の責任です。国家としてすべての市民に対して公正な取扱いと公平な機会を提供しておくことこそが紛争予防の重要な基盤です。説明責任、善き統治、法の支配、人権の保護、社会経済発展の促進、また必要なところに資源が公正に分配されるようにしておくことは国の第一義的な責任です。
 しかし、紛争予防は、だからといって国内問題、現地の問題だけではありません。しばしば国際社会の強い支援が必要である、場合によっては国際支援が不可欠なこともあります。構造立った予防は多くのやり方があると思います。例えば開発援助という形態があるのかもしれませんし、それ以外の方法で紛争の根本的な原因に対応する可能性があります。あるいは、地域のイニシアティブがあれば、善き統治、人権の保護、法の支配を促進するための援助を提供することがありますし、ミッションを派遣したり調停を行ったり、あるいは対話、和解を促すほかの努力の形態があると思います。場合によっては、予防のための国際支援は動機付け、誘因という形を取るものがあるかもしれません。あるいは、罰則的、懲罰的なものさえ含むかもしれません。
 紛争予防に提供されているという資源は、実はそれ以外の努力に比べると小さいもので、戦争の準備あるいは実際の戦争あるいは強制的な介入、紛争後の人道支援あるいはPKOで使われているお金の方が予防に比べて大変大きいわけです。悲劇的な紛争予防のためのカーネギー委員会の推計によりますと、国際社会は二千億ドルを紛争管理に、七回の介入で使ったということです。本来であれば、一千三百億ドル掛けていればより効果的な予防を行ったはずなんです。しかし、言葉と実際の資金援助、政治的な支援の間には大きなギャップが残っております。特に、かなりの問題が開発援助にはあります。国際社会は以前に比べまして開発援助の使い方が上手になっておりまして、紛争予防はできるようにはなっているんですけれども、しかし、全世界的にはこの開発援助の水準は縮小しております。
 武力紛争を理解するためには、貧困、政治的な抑圧、制度の脆弱性あるいは資源の分配の不平等といった問題を理解しなければなりませんし、問題を解決することができません。症状だけに対症療法的にしていたのでは問題解決にはなりません。とりわけ、その原因に取り組むためには開発援助、ODAは大変重要な役割を果たす余地を持っています。
 それでは、紛争が起こってしまった後の平和構築に関してですけれども、実は紛争の中できっちりと完全に終結するというものは少ないということを忘れてはいけません。紛争後の平和構築といった概念は、大変複雑な変化のプロセスがつながっています。政治変化、社会変化、経済関係の変化が複雑に絡み合った状態です。全く直線的に滑らかに進むものではなく、ぎざぎざした進行の仕方です。物事が進まない、あるいは逆行することさえあります。
 これは意外なことではないと思いますけれども、国連は初期の安定化、初期のインフラ復興、初期の地元の統治制度の復興はできたかもしれませんけれども、なかなかその先に行きません。本当にその国家が持続的に自ら経済開発を促し、社会の変革を起こしていくことができるというその後の段階までにはなかなか国連は力を発揮することができていません。
 そもそも平和構築というのは、紛争の再発の可能性を抑えるということ、また復興、和解、回復に適した環境をつくり出すことなんですが、まだ実験的な段階であって、プロジェクトとして完結しておらず、まだ仕掛かりの途中であると言わざるを得ません。現実を見ていきますと、国家間、地域間、あるいは内戦が継続しているのが事実です。あるいは、和平の合意はしばしば破綻いたします。また、対立集団はしばしば紛争に逆戻りします。一方で全く新しい紛争も常に発生するものです。政策よりも実践が先行しています。
 国連の活動も、以前はただ単に戦争から平和へという一直線の移行を求めていましたけれども、今では統合的なアプローチをしており、紛争の予防、紛争管理、平和構築に取り組んでおります。平和構築といった場合には、国連の二つの規範的なミッション、すなわち安全保障と開発とをつなぐ概念の橋架けとなります。
 何よりも緊急で重要な、戦禍を被った地域、紛争後の社会で行うべきことは治安の安定化です。第二に必要なのが国内地域、そしてその国際地域の正統性の復興です。第三にしなければいけないのは国内インフラの復興です。最終目標は国づくり、国家づくり、そして経済開発です。ODAはこの四つの段階の三段階で役割を果たすことができます。つまり、正統性の復興以外の三つで役に立つことができます。
 この四段階の中で、背景には戦略的な視点が必要であり、効果的、効率的、正統な公的な制度で、かつその国民が必要としている物とサービスを提供することができ、治安と秩序を維持することができるための復興と開発をする必要があり、武力の行使については正統な機関が独占するべきであり、グループ間の調停をできる存在でなければいけません。バルカン半島、東チモール、アフガニスタン、イラク、いずれも長期化してしまった紛争を経験した国々です。その結果、その国々の国民は深いトラウマに残されておりまして、経済は破綻状態であり、インフラはずたずたになっています。政治制度も大変無理が掛かっておりまして、場合によっては地元の人たちは深く分断されてしまっています。
 国際ミッションが派遣されていますけれども、それを見てみますと、そもそも復興と国家づくりのためには現地の人たちの能力が不可欠であるにもかかわらず、その人材を活用する、人材を育成するということに関する企画、資金援助、実施能力に大きなギャップがあるところが分かっております。現地の人材を育成しなければ必要な復興はできません。
 統計によりますと、和平合意の後五年以内に暴力が再発する国々が半分に達しております。したがって、平和構築に関する新しい委員会を構築することが二〇〇五年の国連総会の首脳会議で決定されまして、平和構築委員会ができました。新しい平和構築のオフィスが国連の中にできたということであります。
 その目標といたしましては、様々な国において活動し、そしてまた国際社会に関しまして優先順位を決めることになりました。国際当局に対しまして十分なサポートを提供するということ、そしてまた国内の現実に関しまして全体的な優先順位を提案する。また、経済回復、そして持続的な制度あるいは経済成長、開発、回復力などを動員していかなければなりません。また、コーディネーションなどをタブするフォーラムを提供し、優先順位、戦略などに関しましてのそごなどを克服しなければなりません。そして、武装解除、動員解除、社会復帰を促していかなければなりません。統合された戦略を進めていかなければならないということで、そしてまた持続可能な開発を目指していかなければなりません。
 最近の研究、ポール・コーリア先生、オックスフォードの経済学者でありますが、世銀で活躍していらっしゃる方の意見が出ています。この分野で非常に重要な取組を行っています。その中でも長期的な持続可能な支援、援助を国際社会が提供することを呼び掛けています。紛争後の社会復興のために重要だと主張していらっしゃいます。
 私は、先ほど日本のODAについてはコメントしないということを申し上げましたが、一般的なコメントをさせていただきたいと思います。
 関心のある、そしてまた外部のアウトサイダーといたしましては、いわゆる文民の人道的、国際的な役割を果たしていただきたいと思います。その中に平和構築も含まれています。紛争の予防、そしてまた紛争後の復興も含まれます。インフラの開発、そしてまた環境管理、環境に関しましての戦略で役に立てると思いますし、そしてまた軍縮においても役割を果たしていただけると思います。
 すべての国の運命は他国と絡み合っているわけであります。そういうグローバルな世界であります。そして、環境の持続可能性に関してもそうでありまして、アメリカだけではなく日本やインドもそうであります。孤立していくということはできません。免疫があるわけではありません。国際経済、国際安全保障、グローバルな環境の中にあるわけです。ここでこそODAは果たし得る役割があります。啓蒙された自己利益のためにも役割を果たせると思います。ODAは平和構築、紛争前、そして紛争後において大きな役割を果たし得ると思います。
 御清聴、ありがとうございました。
○委員長(山崎正昭君) どうもありがとうございました。
 以上で参考人からの意見の聴取は終わりました。
 これより参考人に対する質疑及び意見表明を行います。
 参考人に対する質疑及び意見表明を行う際は、御起立の上、御発言ください。
 参考人の方々の御答弁につきましては、各委員の発言時間が限られておりますので、簡潔にお願いいたします。
 なお、御答弁は着席のままで結構でございます。
 それでは、順次御発言願います。
○神取忍君 自由民主党の神取忍でございます。
 参考人の先生方には、本日はお忙しい中、貴重なお話をいただきまして、ありがとうございます。
 紛争が起きると、まず一番初めに被害に遭うのは社会的に弱い立場の子供や女性です。報道の写真をよく見ていても、恐怖におびえた目をした子供の写真をよく目にします。このような子供や女性たちが一日も早く平和な暮らしをできるようにするためにも、私は平和構築の活動というのは非常に重要なことだと思います。
 そこで、私は、平和構築分野で活躍できる人材の育成と確保について、両参考人についてお伺いいたします。
 平和構築や平和の定着に求められる人材には、地域研究に根差した現地の深い理解、国際協力の協調に当たっての専門的な知識と経験、さらには、一般的な交渉技術に加えて、多言語・多文化コミュニケーション、危機管理に関する知識も必要と言われております。現在の我が国はそのようなマルチな能力を持った人材はなかなかいなく、大変少ないです。今後、そうした人材の育成に積極的に取り組む必要があると思います。
 そこで、まず篠田参考人にお聞きします。
 平和構築分野で活躍される人材の育成と確保の取組の強化を提言しておりますが、現在、我が国の平和構築分野の人材育成、確保の取組のどこに問題があって、どのような拡充策が必要があるかと考えているかお聞かせ願えないでしょうか。そしてあわせて、先ほどの平和構築の中の寺子屋構想に対する考えや要望がありましたら、そして御意見がありましたらお聞かせ願えないでしょうか。
 また、タクール参考人につきまして、我が国における平和構築分野での人材育成の在り方について御意見お聞かせ願えないでしょうか。
 以上、まず両参考人に御質問いたします。
○参考人(篠田英朗君) ありがとうございます。
 人材育成についてですが、これは大変に重要なので、制度的にできることは当然何でもした方がいいとは思いますけれども、そこで留意点としましては、平和構築というのは非常に政治的、複雑なプロセスを経て一歩一歩平和に近づいていくものであるということでございまして、何か研修をするときに一方的に知識を与えたり、答えが用意されているかのような研修内容であったらかえって害になる可能性すらあるということは留意すべきかと思います。
 したがって、世界の、私自身、例えばカナダのピアソン・ピースキーピング・センターの研修を広島でやっていただいたり、私自身その講師用の研修も受けていますけれども、そういうところで取り上げている非常に問題解決型の内容の研修、そういったものを主力にして、答えを探すというよりも自分で作っていく、それはどうしたらいいのか、そういったことを肌で感じ取る研修が必要であろうと思われます。そのためには、当然現場での経験というものが必須であろうかと思います。
 更に重要なのは、人材の育成ということに関して、何か真っ白な人間を研修によって使える人材にするというイメージではなく、既に関心を持ったりいろいろな経験を持っている層、既に日本の社会には若い世代を中心に相当数おります。この方々に適正、正当な評価を与え、その方々が活躍できるポストを与えていく。そのポストさえあれば、更にもう一年、二年能力を発揮して次のステップに行けるという方が、そういうポストがないがゆえに、その場の日々の生活のポストに甘んじなければならないということがございます。また、適正な能力評価の仕組みというものも、あるいは人事制度、そういったもので必要ではないかと考えます。今言ったことはすべて寺子屋事業の話にもかかわることかと私は理解しております。
 さらに、制度的な方向性として重要なのは、寺子屋の趣旨として、日本の国内の人材育成、さらにアジアの人材育成ということをうたっていらっしゃいまして、これは大変に重要なことでありますが、その際に抜け落ちるアフリカといった問題、さらには現地社会の人の、平和構築の正に基盤となる現地社会の人材を育成すると、そのために日本の人材が何が貢献ができるのか、そういった観点を更に積極的に寺子屋構想に注入していくことが、日本の人材を育てるという観点にとっても大変に重要なことではないかと考えています。
 以上です。
○参考人(ラメッシュ・タクール君)(通訳) ありがとうございます。
 まず、コメントの背景にあるお考えと私も同じ気持ちだということを申し上げたいと思います。文明社会への象徴というのは、そのVIPにどれだけ注目をするかということではなく、おっしゃったように最も弱い、最も脆弱な市民に注目をすることが大事だと思います。昔から、従来から最も弱い市民といえば、ほとんどの社会において女性と子供だったわけですから、先生がおっしゃったとおりだと思います。
 それでは、御質問に対してお答えいたします。
 二つか三つの方法で日本は今の人材資源を拡張する方法を考えることが可能だと思います。
 まず第一に、言うまでもありませんが、日本は情報交換あるいは意見交換、あるいは最良な方法をPKOに関してより長い経験を持っている国々と行うことができると思います。実際、そのような演習活動を行ったことがあります。日本、そしてインドの方たちに集まって話をしていただきました。PKOで相互補完の関係があるためです。
 第二、今日の現実を見てみますと、このような動きを行う場合には、軍事、文民あるいは民間産業があります。政府あるいは政府間、NGOと関係があります、人道支援活動家がいますし、今申し上げたようなありとあらゆる当事者が現場にいます。この人たちが一緒に働かなければなりません。皆さんが一緒になってミッションを行うことになっているんですが、実は研修が適用しておりません。研修はまだ分断されたままになっています。
 そこで、集中的な短い研修で構いませんので、統合的なプログラムが必要であり、異なる参加者が一緒に勉強し、経験を交流し、新世代の育成に貢献ができる場をつくることが重要だと思います。そういう場においてこそ日本は重要な役割を果たす余地があるのではないかと思います。日本の国民の育成だけではなく、他国の育成にもつながると思います。
○神取忍君 ありがとうございます。
 それでは次に、平和構築の分野の人材育成の問題とも関連して、開発教育等の充実の必要性について質問いたします。
 現在、日本の多くの大学、大学院においては、国際平和協力を含めた国際協力の場で働く人材を養成するという目的を掲げながらも、必ずしも十分な成果が上がっていないのではないかと指摘もされております。
 篠田参考人は、正に今大学でそのための活動をなさっているわけですが、現在の我が国の大学、大学院における国際開発、国際協力の分野での人材育成教育の課題や政府への要望がありましたら、御意見お聞かせ願えないでしょうか。
 あわせて、小学校、中学、高等学校の課程を通して国際協調にかかわる動機付けの機会を増やすことも大事であり、そうした段階での国際理解教育や開発教育に更なる充実が必要ではないかと考えておりますが、この点も御意見お伺いします。
 タクール参考人に関して、我が国の大学、大学院での国際開発、国際協力に関する教育における課題等について何かお気付きの点がございましたら、御意見いただけませんでしょうか。
 よろしくお願いします。
○参考人(篠田英朗君) 私自身は平和科学研究センターという研究センターを本務にしておりますが、教育の方は広島大学の大学院国際協力研究科で行っております。
 したがいまして、ただいまいただきました質問は大変に切実な質問でございまして、やや言葉に窮するところもございますが、各人、まずは教員の自覚、努力、これが大変に必要であるということはまず自ら教員として申し上げなければならないことであろうかと思いますが、さらに、制度的にやはり必要であろうと思われることは、教員の行政負担の軽減とかポスト数の柔軟な配分ができるような仕組み、それから外部の実務家層の教員採用に当たっての柔軟性、そういった目的に照らして柔軟にできるところは、制度の趣旨に照らして正当化できるものは最大限に柔軟化していただけると大分違いが出てくるようなこともあろうかとは思います。
 さらに、これは大学の側の取組になりますが、今できることでやっていないこととして、先ほど私自身が申し上げたようなポストの確保ですね。例えば、中堅で国際機関で経験を積んだ、上級の方はまた大分事情は異なりますが、中堅層の方々の少なくとも期間限定的なポストの確保、そういった努力を大学側が必ずしもしているとは言えない状況であります。
 現在、私は、例えば特別経費連携融合というようなものでそういったポストの確保というものに努めてはおりますが、更に努力の余地はあるかと考えています。
 以上です。
○参考人(ラメッシュ・タクール君)(通訳) 議長、どうもありがとうございます。
 先ほど申し上げましたとおり、私としては日本の大学、日本の教育制度についてコメントするということは差し控えたいと思います。しかしながら、一つ提案させていただきたいと思います。
 国連大学のような機関が要請を受けて、そしてリソースとして活用していただければと思います。そして、そのやり取り、対話などをもたらすことができればと思います。その国際的な奨学金なども含めて日本の国民、そしてまた日本の学生などに貢献させていただきたいと思います。興味のある、関心のある日本の市民などと経験などを共有できればと思っております。研究、リサーチなどの成果を共有できればと思っております。
○神取忍君 ありがとうございます。
 平和構築分野での活動を考える場合、軍事行動に制約を有する我が国にとっては、特に紛争終結後の平和の定着や国づくりの分野での活躍が期待されていると思います。
 しかし、ODAの白書を読むと、過去二十年間に世界で起きた紛争で、停戦や兵力の撤退に持ち込んだものでも五年以内には紛争に逆戻りするケースが半数以上上回るそうです。そうしたことからも、平和構築の活動は本当に難しいことだと思います。紛争が終結した国への支援の在り方について、紛争を再発させず、経済的に自立した民主主義国家へと発展してもらうためには、国際社会にはどのような対応が求められているんでしょうか。特に、我が国が果たす役割やそのための課題といったことを中心に、篠田、タクール両参考人から御意見をお聞きしたいと思います。よろしくお願いします。
○参考人(篠田英朗君) 既に御指摘のように、国づくりの面で日本ができることはたくさんあるといいますか、ほとんどの領域において日本は有力な支援者でございますので、あらゆる分野において日本の貢献が期待されている。しかし、特に、今後更に一層の発展が期待されるのは、政治、法的分野でございます。軍事的な分野において憲法上の制約がいかなる性質であれ、あるとして、しかし、それとは本来基本的には切り離されるべき政治的、法的分野での支援が従来必ずしも波及効果的に十分になされてきていないというような色彩があると思います。憲法問題に触れない範囲内で更にできる政治的、法的支援というものをより一層考え、それを国家の安定性につながる基盤につなげていくという、その見取図が必要であろうかと思われます。
 以上です。
○参考人(ラメッシュ・タクール君)(通訳) 日本は、日本が何か援助をしようとしても、安全保障あるいはその援助を平和構築に関して行った場合、何か隠れた理由があるのではないかという疑惑を持たれないという強みがあると思います。そのような意味で、もっとフォーカスを絞った政策関連な研究に的を絞ることができると思います。それには、研究機関を活用することができますし、国連大学なども活用していただければと思います。それによって、技術的な援助、人材育成、経済的な援助を提供することが可能ですし、その場合にはマルチ、あるいは二か国間の制度両方を活用することができると思います。それから、かつ、その条件には長期的にかかわりを持ち続けて状態が本当に安定化するまでかかわりが必要です。短期的な注目だけでは問題が残ってしまいます。
 また、日本に関しましては、隠された理由がないと、疑われる理由がありませんから、これは強みだと思います。また、特に日本の強みを活用することが重要です。長く関与を続け、フォーカスを乱さず、余り早くあきらめてはならないということが肝要だと思います。
○犬塚直史君 まず、大変基本的なことからお伺いをしたいと思いますが、ミレニアム・ディベロプメント・ゴール、二〇一五年までにGNPの〇・七%を先進諸国が拠出するというゴールが大変今、前面になかなか出てこないような気がするんです。私どもも、この会議室を出まして地元に帰って選挙区でいろんな話をするときにODAの話というのは非常にしにくい。選挙には何しろプラスにはなりようがないと言っていいぐらい難しいお話でありまして、特にシャッター街と化した商店街の中で一生懸命苦労しておられる人たちに対して、見たことも聞いたこともない国に対して血税を使わなきゃいけないということを説得するというのは大変難しい作業なんですけれども。
 そこで、質問なんですが、世界を見回してみまして、これは同じような政治状況、選挙民との関係だと思うんですけれども、ほかの国ではどのような、何といいますか、ブレークスルーがあるのか、あるいは国連としてはどのようなプロモーションの仕方を有効と考えているのか、まずその辺からお伺いしたいと思います。
○参考人(篠田英朗君) これは、基本的には全世界共通の問題であろうかと思います。ただ、例えば、私自身は博士課程はロンドンで過ごしましたけれども、イギリスの方がこうした問題について一般レベルでの認知度が高いということは多分言えるのであろうと思われます。
 なぜそうなのかといいますと、それは、一つには実は植民地化の歴史があると思います。先ほど申し上げたように、現在、紛争地帯で、起こっているような地域だけを取り上げてみても、植民地時代から脱皮した脱植民地化の過程の負の遺産として現在の脆弱性があるというような色彩もありますので、旧宗主国あるいは植民を行った国家がこの状況について一層の関心を抱くというのは実は大変によく分かる話であろうかと思います。
 ただ、そういったことも含めまして、基本的にはマスコミとか社会一般の非常に社会的分野における問題喚起能力が高い。非常に卑近な例を取ってみますと、世界の貧困問題とかエイズ問題に大変熱心に取り組む大変人気のあるロックスターとか、そういった存在は欧米ではかなりいるにかかわらず、日本では必ずしもそう多くない。
 そういった状況はなかなか簡単には変えられないのであろうと思われますが、少しでもより良い方向に見いだして進んでいくためには、先ほど私が申し上げましたように、なぜこれが日本にとって必要なのか、どのような利益が日本にあるのかということを分かりやすく説明していく以外に方法はないのではないかなと私自身は考えております。
 以上です。
○参考人(ラメッシュ・タクール君)(通訳) まず、国連の代表として申し上げることができるのは、すべての関連あるドナー国がGNPの〇・七%の目標を達成していただきたいと望んでいます。この考え方というのは、最初にターゲットを設定した一九七〇年代から常に国連の目標でありました。
 国連の代表ではなく、学者として申し上げたいことがあります。政治的な問題について先生は言及されましたけれども、人道的な緊急支援が必要なときには道義的な理由というのは市民、そしてまた納税者によって理解されます。それはどの国においてもそうであります。しかしながら、この道義的な理由は、今これに関しましては啓蒙された自己利益という論拠を申し上げたいと思います。
 もちろん、マーケットとして日本の経済成長にとって重要なのは先進国であります。しかし、先進国というのはおおむね成熟市場であります。これから成長していくのは新興市場であります。平均的な所得レベルが、中国において、インドにおいて、そしてアフリカにおいて考えますと、何十億人ということでありますので、その所得レベルがOECD諸国の半分に到達することができれば、それだけで大きな経済的な効果が先進国に対しもたらされることになります。これは今後の経済繁栄を日本にとって約束する道のりだと思います。
 そして、平和構築という脈絡の中でお話し申し上げたいと思います。今までは一般論です。
 さて、現在の紛争の七〇%から八〇%はアフリカにおいて起きています。サハラ以南のアフリカにおいての一人当たりの所得というのは、世界で最も低いわけであります。そして、紛争の打撃を受ける限りにおきましては、経済的な発展、成長というのは望めません。リーズナブルなものは望めないのであります。
 したがって、アフリカの平和構築に対し支援を提供するということは、アフリカにおいての経済成長の必要条件であります。九億人の所得、またその大陸としては最も人口増加のレベルの高い国でありますので、その地域においての所得レベルが上昇することになれば様々な国からの輸入を考えます、日本も含めて。したがって、日本においての長期的な経済成長のためにも、アフリカにおいての経済の復興あるいは発展が必要であります。そのような論拠が必要だと思います。彼らにとってよいだけではなく、長期的には日本にとってもメリットがあるということを主張していかなければならないと思います。アメリカの経済も、ヨーロッパが第二次世界大戦後、復興しなければ大きな悪影響が出たと思います。そのような主張をしていただきたいと思います。
○犬塚直史君 おっしゃるように、ODAを考えるときに、やっぱりゴールから考えていかなければいけないのかなと、お話を聞いていてそのように思いました。
 例えば、最近のジェフリー・サックスという人の本では、二〇二五年までに極度の貧困をすべてなくすことができると、それも非常に具体的なステップを通じてなくすことができると。それが達成できればもう確実に大きなマーケットが広がるというような示唆のある本も最近拝読いたしましたが、その一つの道程として二〇一五年のMDGがあると。では、今何をしなければいけないかと。そういう大きな、先ほど来、先生がおっしゃっている戦略、大きな地図というのが必要なのかなというふうに感じました。
 そこで、今度は日本の人材育成についてお尋ねをしたいんですが、先ほど来、寺子屋の話等が出ておりますけれども、先生がおっしゃった真っ白な人ではなくて、その人たちが活躍するポストが必要なんだと。そういうところで活躍した人たちが自分のキャリアとして将来的にも働いていけるような社会制度の整備が必要なんだと。適正な能力評価をしなければいけないんだと。いつも新卒の新人を入れて常にその人たちが東京を見ているようなシステムではなくて、現地の専門家を育てなきゃいけないという御趣旨だと思うんですけれども、今それを行うに当たって幾つかポイントがあると思うんですが、どういうところを政治からお手伝いしていけばいいのかということを御教授願えればと思います。
 タクール教授には、国連の果たす役割、特にUNVなどに対して日本のボランティアの人たちが行こうとしているというお話はたくさん聞くんですが、なかなか国連、UNVではこれを採用する機会が少ないと。どういうところが問題になって日本人の国連職員が少ないのか。特にUNVに関連して御教授いただきたいと思います。
○参考人(篠田英朗君) 寺子屋事業に関しましては、現在まだ完全にこれでやるという形が公にされているわけではなかろうかと思いますので、その範囲内でコメントせざるを得ないかなと感じます。
 したがって、一つ大きな方向性のみを言うにとどめたいと思いますけれども、幾つかのことは既に申し上げました。
 平和構築を、一言で言いますと、平和構築を技術論でとらえるような研修機関であるならば、それは失敗に終わるであろうと思われます。真っ白な人材という言い方をしましたけれども、ある真っ白な人間に何らかの技術を次々と投入していけば平和構築のプロフェッショナルができるかのような考え方は幻想にすぎません。
 何度も強調しているように、平和構築では日々答えがない状況で皆さん自分で答えをつくり出すための努力を繰り広げられている。それが平和構築であり、そうした過程の中で皆さん能力を発揮されている。そういったことを進んで行う意欲と気概、そして、次々とそういった困難に立ち向かっていくことができる人間的な能力、それが平和構築では最も求められるものでございまして、そういった総合的な観点での人間の育成。さらに、その人間の育成といったときに、平和構築の本質は、現地社会の平和を維持する能力をつくり出す、そのために国際社会が支援をするということでございますので、国内的な技術論に走るとその現地社会への視点というものも失われる可能性があるということは常に何度も立ち返ってみなければならない点であろうかと思います。
 若干先ほどの質問にかかわりますが、日本国内において、若い世代には平和構築あるいは人道援助とか、そういった問題に関心を持ち、自ら進んでそういった領域に多少不利な状況があっても何とか頑張っていこうとする人たちがいます。ODAの増額といったことを非常に大きな政策テーマであっても、従来そういった問題に関心がない人を何とかして説得しようとするよりは、今既に関心がある階層をつくり出し、この層に日本国内で力を持ってもらう、この層に声を出してもらう、そのことが実を言うとより建設的であり、大変に重要なことであろうかと思います。その関心を持つ若者層をどうやって政治に取り込んでいくのか。彼らが関心を持つ政治的アジェンダがここに存在するということをどうやって肌で感じてもらうか。残念ながら、現在、日本ではそれが十二分に行われているとは言えない状況であります。
 したがって、ちょっと繰り返しになりますが、今関心がない人は、それはもっと関心を持ってもらいたいわけですが、現在関心がある人にどうやって声を上げて力をこの社会の中で持っていってもらうか、そのことについて我々はもっとより多くのエネルギーを割いて考えていかなければならないのではないかと感じています。
 以上です。
○参考人(ラメッシュ・タクール君)(通訳) ありがとうございます。
 まず、篠田先生が今おっしゃったことにつなげていきます。
 これは先進国で特に若い人の中の一般的な傾向だと思うんですけれども、NGOの方が国家公務員になったりあるいは国際機関で働くよりもいいという傾向があるようです。NGOの方がやりがいがあると感じているようです。NGOの方が個人として建設的な貢献ができる、違いを起こすことができると若い人は思っているようです。NGOに入った方が個人的にやりがいを感じるという傾向があるようです。
 そうは言いましたけれども、一方で、国連においても認識していたとおりなんですが、なかなか国連の制度の中で日本人職員が増えておりません。間違いなく、私どもは国連制度の中で、UNVだけではなく、日本人の働く方が増えてほしいと思っております。しかし、なぜ日本人の方の比率が少ないか、詳細に調べておりませんので具体的な理由は分かりません。
 しかし、高等教育の状況を見てみたところ、私の印象を申し上げます。どうやら、高等教育における国際化が余り進んでいないのかもしれません。同等の先進国で私が承知をしている国々に比べると、高等教育の国際化がそれほど進んでいないのかもしれません。
 たしか今日か昨日でしたか、東京大学に関するニュースを覚えております。五倍に外国職員を増やしたいと述べていました。外国教員を五倍にしたいと東大が述べているということで、ここにも深刻な状態が見えると思います。また、学生の国際化、教員の国際化、カリキュラムの国際化、そして国際キャンパスを持つという意味での国際化に当てはまると思います。
 住んでいるのはグローバルな社会なんです。高等教育自体も世界的、普遍的に運営されているんです。その現実が日本の大学では余り反映されていないかもしれません。それが更に国際的なジョブを持つことができるかどうかにつながっているのだと思います。
 日本政府としても認識をしていて、意識をしておられることは分かっていますけれども、やはり英語能力も日本人の中で高めていく必要があると思います。結局のところ、世界の言語は今英語になっています。これも理由の一つかもしれません。
 このようなことを解決するためには時間が掛かります。しかし、私、個人的には、国会議員、先生方のような皆様がこの事態を意識しておられるということがまず大事だったと思います。
○犬塚直史君 時間も限られてきましたので、最後に簡単に両参考人が先ほど来おっしゃっておられました統治の正統性ということについて伺いたいと思います。
 先週、日本政府があのアフガニスタンのPRT、プロビンシャル・リコンストラクション・チームですか、あれの要請を断ったようでありますが、そこで両参考人に伺いたいのは、軍事と民事の協力関係というものが一体本当に可能なんであろうかということについての問題点を御指摘いただきたいのが一つと、もう一つは、軍事で介入をしてある程度援助の人たちが入れるような地域を少しつくっていって、そこに支援の人たちが入ってくるという構図だと思うんですけれども、その際に、やっぱりこの正統性、軍事の正統性というものが大変重要視されると思います。
 タクール教授は、当該地域の主権国家が自国民を守る責任も能力もない場合にはその自国民を守る責任は国際社会に移行するという保護する責任という歴史的な文書を書かれた著者の一人でもありますが、今現在、私は、カナダを中心としてこうした統治の正統性にかかわる五つの原則、すなわち人道上の危機的な状況があり、これを防ぐのにほかの手段がなくて、そして必要最低限の武力行使を行い、またこの意図に正統性があり、そしてある程度の成功の見通しがあって初めて武力行使が行われるというこの保護する責任の五原則を安保理で今採択をさせるという方向でカナダが努力していると聞いておるんですが、そうした今の経緯を少しお知らせいただきたいと思います。
○参考人(篠田英朗君) 保護する責任論はタクール先生にゆだねるとして、私は前半部分にお答えさせていただきたいと思いますけれども、PRTについての政策的な立場というものを更に離れまして、軍事的な領域と文民の領域との接合点のその摩擦の問題についてでございますけれども、これは近年の国際平和活動の拡大、そして質的な多様化に伴って発生してきた事態でございまして、このことを一気に解決する手段は基本的にはないであろうと思われます。
 したがって、協力関係が可能か不可能かと言われますと、協力はしなければいけないのでしていますが、本当の意味での協力が可能であるとは余りみんな思っているとは思いません。しかし、更に両者が共有する目的というものが存在する以上、それは例えば非常に抽象的に言えば平和というものですが、その目的に照らして協力をするという非常に大人の関係はだれしもが取っていく。
 その際に、留意点といたしましては、それぞれの組織が持っている文化、そして支持基盤、伝統、価値観、習慣、そういったものをお互いが知ることは大変に重要なことであろうかと思います。知ることによって何が全然根本的に異なっているのかをよくわきまえて協力関係を結ぶ。本来、違う目的を持ち、違う伝統を持っていることが必要だと思われているがゆえに違う組織ができているわけでございまして、この両者を単にいたずらに融合させようということは余り意味のあることではない。
 しかし、相違点は知った上で、どうすれば協力することができるのか、あるいはここから先は協力することが本当に不可能であるというその地点を知るのか。それは、お互いがお互いを知る、なぜお互いがお互いに関心を持っているのかを知る、そのことに尽きるかと思います。
 以上です。
○参考人(ラメッシュ・タクール君)(通訳) ありがとうございます。
 では、その保護する責任についてでありますけれども、一つの主張としては簡単なものがあります。保護する責任、我々この部屋にいる人たちあるいは市民、そして議員、私のような人間をも保護する責任というのは一義的には日本政府にあるわけです。どの国においてもそうであります。ほとんどの市民はその国の国民ですので、責任というのは政府にゆだねられています。ですから、一義的な保護する責任というのはそれぞれ当事国の政府であります。
 しかし、その能力がない政府があります。あるいは、特定のセグメントに対しまして十分保護する関心のないところ、殺りくを許してしまうような政府もあります。そしてまた、政府自体が殺りくを行使しているところもあります。例えば、サダム・フセイン、イラクの政府がその例であります。国民に対して殺りくを行っているわけです。
 このような無能力あるいは意思がない、あるいは様々な理由から保護をしないということであれば、その保護する責任は政府から国際コミュニティーに移譲されるわけであります。そしてまた、国連の安全保障理事会にゆだねられるということになります。原則に基づいてであります。これは最後の手段でなければなりません。そしてまた、成功の可能性がなければなりません。そして、作業が終わるまで残らなければならない、そして最小限の武力を行使しなければならない、ほかの手段が使い果たされた後と、様々な理由があって、そしてその正統性というものが確立されるわけであります。
 しかし、この議論におきましては、より強調するべきポイントというのは、介入を通しての保護する責任はそのほかの責任も伴うということであります。予防する、こういうことが起きる前に予防する責任もあります。様々な方法、手段があります。支援も含まれてであります。ODAを通しての支援もその方法の一つであります。そして、大殺りくがあっても無視、意見、責任を持たないということであれば、その以前においてもそうであります。そして、次の責任というのは復興であります。紛争後の復興の責任も伴います。したがって、その保護する責任、この三つのうちの二つは平和構築にかかわるものであります。
 そして、ODAは非常に重要な役割を果たすのであります。とりわけ、様々な歴史的な経緯があるので、そして様々なその微妙な意味合いがあるので、軍隊としての役割は日本においては想定されていないわけであります。予防する、そしてまた復興、平和構築のアジェンダはしたがいまして日本のODAのフォーカスとして考えるべきだと思います。平和構築においてこの二つが日本にとっては重要です。
○松あきら君 今日は、篠田先生、ラメッシュ・タクール先生、お忙しいところお出ましをいただきましてありがとうございます。公明党の松あきらでございます。
 本日、両先生方のお話を伺っておりまして、正に国際社会の、あるいは世界のと言った方がいいかもしれません、その平和構築には膨大な課題があるということが改めて今日心に深く感じ入った次第でございます。貧困対策あるいは教育対策、環境対策、けが、病気等疾病等のあるいはその対策、そしてまたインフラ対策、紛争対策、あるいは軍縮ということも入るかもしれません。非常に大きな大きないろいろな問題が横たわっているわけでございます。
 先生方も御存じのように、日本は国連の分担金の一九%を払っている、担っているわけであります。これはアメリカに次いで第二位であります。しかし、日本には戦略性がない、こう言われております。先ほど犬塚先生が、国民の皆様にはなかなかこのODA、理解をしていただけない、私もそういうふうに思っておりますけれども、以前よりは少しずつでも進んでいるかなとは思いますけれども、私ども、このODAをすることによって国際社会の中への日本のあるべき姿、また途上国が新たに直面する諸課題にこのODAが非常に有効なんだということをもっともっと国民の皆様に知らしめていかなければいけない、訴えていかなければいけないというふうに思っております。
 今日いただいている私の時間が非常にタイトでございますので、まとめて質問を申し上げさせていただきたいと思いますので、よろしくお願いいたします。
 その戦略性に欠けているという中で、日本の顔が見えてこないという中で、例えばちょっと個別の話なんですけれども、タクール先生は母国がインドと伺っておりますけれども、私も昨年インドに伺わせていただきました。
 例えばデリーの高速輸送システム、これは千七百五十八億円が日本の円借款で供与されているんですね。しかし、残念なことに客車部分を韓国製を買ったわけですね、インドでは。ですから、韓国製というふうに書いてあって、インドの皆様は、これはもう韓国がやってくれたんだと、例えばこういうふうに思うわけですね。こういうことも、一般の国民の皆様がこれを知ったときに、せっかく自分たちの血税を使っているのに日本は何をやっているんだと思われてもちょっと致し方がないかなというふうに思うわけで、こういう対策も取っていかなきゃいけないのかなと。これは一つ質問というか、それが一つございます。
 それから、先ほど篠田先生が数値化、体系化ということをおっしゃいましたけれども、確かに大事だと思います、統計を取ると。この統計化をすることでODAの優先順位というのが見えてくるんでしょうか、これもお伺いをしたいと思います。
 それから三つ目に、私は地雷撲滅のために全力を尽くしました。と申しますのは、二十分に一人の人が傷付いている。今、日本の人口と同じぐらい世界にばらまかれている、それ以上だと、こう言われておりますけど、今まで実はこの地雷というのは御存じのように武器輸出三原則に入っていたんですね。平成十四年に私が経済産業大臣政務官をさせていただいていたときに、この役所がこれを所管しているといったときに調べましたら、掃除機の先に付いているような探査機、除去機は武器じゃないけれど、あとはすべて武器だったんです。これを外すのに死ぬ思いをいたしました。そして、平成十四年八月十四日に外せました。信じられないことに、皆様が信じられないとおっしゃいましたが、外せました。世界に冠たる日本のいい、すばらしいこの技術が国際貢献に使われるようになったと。そして、この地雷については日本も本当に頑張ってくれています。
 しかし、私がこれから御質問したいのは、実はクラスター爆弾のことであります。この地雷に勝るとも劣らないクラスター爆弾は、正に非人道的な、もう非常に大変な爆弾なんですね。小さいです。そしてよく分かるように色も付けてあるということで、これが不発弾になって落ちていると子供たちが触って本当に大けがをする。しかも、一つのあれの中に何百というクラスターが入っておりまして、これが今非常に問題になっているわけでございます。
 しかし、日本はクラスター爆弾禁止条約に批准しなかったということであります。これは、参加国四十九か国の国と国連機関、NGO、参加をしまして、日本とポーランド、ルーマニアの三か国だけが宣言に加わらなかった。実は、けれども、アメリカ、中国、ロシア、インドなどはもちろんこれには入っていないわけでありまして、そういうこともあるのかもしれませんけど、私はこれに、是非クラスター爆弾禁止の条約に賛成すべきだと思います。この点もお伺いしたいと思います。
 以上でございます。
○委員長(山崎正昭君) 時間の都合もございますので、まとめて簡潔にお願いをしたいと思います。
 篠田参考人。
○参考人(篠田英朗君) 御質問の最初の方は、ODA実施に当たっての目に見えた効果あるいは日本の存在感を出すための戦略ということで、平和構築の戦略ということとまたちょっと異なる意味での戦略でございますが、私自身は、紛争後地域で例えばボスニア・ヘルツェゴビナとか行きますと、日本の日の丸を付けたバス等が走っておりまして、そういう、逆に援助額よりも効果がある地域もあるかなという印象は高いです。昨年はアフガニスタンに行ってODAで調査いたしましたが、一般の方々は草の根での学校のことはよく存じていらっしゃると。そういう目に見えた効果もしつつ、実際のエネルギーはDDRと言われている政治的な分野に注がれていたというところはあるわけですが、いろいろとうまくいっているところもあれば失敗しているところもあるかなという印象がありますが。
 先ほど、私自身の発言及び評価の数値化とか、そういった指標と問題とを絡めまして言いますと、やはりこれはもう政治的なリーダーシップで、ODAというものは、どのような哲学、どのような価値観に基づいて、それは決して別に一つではなくてもいいとは思いますけれども、またしかも既に存在しているものだと思いますけれども、その価値に基づく評価というものはこういうものなんだということを示していただくことによって戦略立案も精緻化の度合いが高まるでしょうし、必ずしも数値化はできない部分での評価について実務家層が安心をすることができます。言ってみれば、数値化の問題というのは、数値化できない問題を評価してくれるのかどうかの不安であるんだと思いますね、私に言わせれば。それは不安に思うことはないという政治的な意思表明がどこかで的確になされるならば、実務家層はそれについて不安に感じることはないんだろうと思うんですね。じゃ、その数値化されない価値基準に基づいた評価というのは何かということは、是非、政治的リーダーシップを発揮して示していただきたいなと私は個人的には考えています。
 そういった問題の中にクラスター爆弾というものも位置付けられるかなと。御指摘のように、参加してみたものの署名しなかったという、どちらかというと中途半端な対応があって、まあICCの問題とか似たような対応は多々あるわけで、どちらかというと、一般論としては中途半端というのは余り良くないかなという印象はやっぱり外部に与えることがあると思います。
 したがって、本気で人道というものを考えるのであれば、それに基づいた政策決定をしかるべき最も早い段階で下すのが当然であって、会議に出ながら考えるということはどうかなということであろうかと思います。
 以上です。
○参考人(ラメッシュ・タクール君)(通訳) 先生どうもありがとうございます。
 それでは、三点回答します。
 まず、国連の立場で回答いたします。
 最新の予算配分の中で合意が達成されまして、日本の拠出を一九・五%から一六%に下げることが決まったと理解しております。一六%の方が今の日本の経済規模の比率に合致していると思います。また、我々は全員、日本の国連に対する拠出金について心から感謝しております。これは間違いがありません。
 第二に、これも国連職員の立場として申し上げたいことがあります。
 これは国民の一般の認識とは違いまして、武力紛争は過去十五年間減ってきているんです。なぜかといえば、これは国連活動のためであり、加盟国が様々な形で援助したためです。九〇年代の始めから九〇年代の半ばまで、四〇%武力紛争の件数は減りました。殺りくされてしまう人数も減りましたし、また平均してそれぞれの紛争で亡くなる方も減ってきているんです。これは説得力のある、国民に有効な話だと思います。一般の方たちが新聞で受ける印象とは違うと思います。本当に大幅に減らすことができていたんです。これは念頭に置くべきグッドニュースだと思います。
 第二、今度はインド人として回答いたします。
 昨年、インドにいらしてくださってありがとうございます。今年もいらしてください、毎年いらしてください。
 そして、印象として申し上げますと、できるだけ強調してここで申し上げたいと思います。インド人における日本人に対する気持ち、善意の気持ちは、インド人のほかの国々の人に対する気持ちよりももっと強いんです。日本に対する親近感、日本に対する親しみ、日本に対する善意ほど強い気持ちをほかの国に対して持っていることを私は見たことも聞いたこともありません。これは大変政治的な大きな資源だと思います。日本は、いかにしてこのような親しみを活用することを考えていただきたいと思います。歴史的にも悪意を持つ理由はありません。歴史的に見ても悪い例はなく、どちらかといえば日本に関するいい印象が広くあります。日本の暮らしに関するいい印象があります。
 インド経済が成長していく中でより深い関心が生まれまして、日本が世界の中で最も強いものを活用したいという気持ちが強くなるでしょう。車だけではなく、インドで期待しているものは、是非、新幹線、日本のようなものがインドでできればと思います。日本の新幹線が今では世界基準、世界標準となっています。あれが高速鉄道の世界の模範となっています。かつ環境にも大変優しい状態です。インドで車を使うよりも新幹線が必要です。もちろんその際には、日本の貢献が本当に日本からのものであると、韓国の名前が出ないように留意をする必要があるかもしれませんけれども、以上にしておかなければいけません。国連職員ではなく、これは本当に個人の気持ちとして今申し上げました。
 私としてもクラスター爆弾に関する動きは期待しております。
○松あきら君 ありがとうございました。
○小林美恵子君 日本共産党の小林美恵子でございます。両参考人には今日は大変貴重な御意見をいただきまして、ありがとうございます。
 私は、まず世界の平和構築に当たる日本の立場としましては、最大の指針とするべきはやはり日本の憲法、憲法九条を堅持すべきだというふうに考えます。その上に立ちまして、今日はODAにかかわる平和構築という点で二点お聞きをしたいというふうに思います。
 一点目は、先ほどタクール先生もお話がございましたけれども、紛争予防の一環として貧困の問題も挙げられたかというふうに思います。その貧困の削減、いわゆる国連ミレニアム開発目標が掲げたものというのは極めて大事なことだと私も思いまして、その点にかかわりまして、日本がその目標達成に向けてどうかかわるべきかという点についてお二人の御意見をお伺いしたいと思います。
 二点目にお聞きしたいのは、いわゆる紛争後の復興支援とODAの在り方でございます。これは、とりわけイラクの関係でタクール先生にお聞きしたいというふうに思います。
 イラク戦争、もう先生も御存じのように、米国大統領でさえも、大統領としてイラク攻撃を決定した責任は私にあるというふうに、大義のないものだったということを述べられました。そうした戦争を日本が支持をして、そして自衛隊を派遣をして、今も航空自衛隊いらっしゃいますけれども、そして一方でODAによる復興支援ということで、ODAの平和構築の最初に手掛けたのがイラクへのODAによる復興支援だったというふうに私は理解をしております。
 それで、一方で戦争によって平和を崩しながら一方でその後の処理をODAで復興するという、こういうかかわり方というのは果たしてどうなのかと私自身は少々疑問を持っている件があるんですけれども、この点に関しましてタクール先生の御意見をお伺いしたいと思います。
○参考人(篠田英朗君) 貧困の削減の問題というところで、これは大変に大きな問題、また世界各国それぞれの事情というものがございます。
 そこで、短い時間でこれについて私が何かコメントすることは基本的には非常に難しいと思いますが、私の冒頭での発言に即して申し上げるならば、日本の援助あるいは開発、経済発展の知見というものを生かした支援、そういった日本の色の付いた支援というものをもう少し考えていく必要があろうかと考えております。
 現在、世界じゅうでは、いろいろな目標あるいは貧困削減のストラテジーペーパーとか、そういったものが国際機関主導で進んでおります。実態としては、日本の実務家層はそれに従いつつ、必ずしも一〇〇%それに精神的に満足しているわけではない部分も実態としてはあると感じています。その違いというものを日本が主体的に更に反省し、より積極的に貢献できるものにして表現していく、日本的なアプローチを作り出していく、そういった努力がもう少し求められるのではないかなと感じています。ちょっと大きな答えになりました。
○参考人(ラメッシュ・タクール君)(通訳) 御質問ありがとうございます。
 支援に関してですが、ODAそして援助、支援というのは重要な役割を果たし得ます。経済成長そしてまた開発並びに貧困の軽減において重要だと思います。
 ただ、ODAだけで十分とは言えません。ODAだけではなく、そのほかの政策ツール、手段なども必要であります。もちろん、サックスさん、そしてまた松先生の方からも出ているものであります。したがって、そのポリシーの手段というのは様々なものが必要であり、一つだけということではないという点を強調したいと思います。
 さて、イラクについてでありますけれども、国際的な私のような職員、国際機関の職員として答えることは難しいのですが、申し上げることができるのは、まず国連は確かに合意して始めたわけではありません。一部のメンバーが行った行為に関しまして、一〇〇%賛同していたわけではありません。そして、この警戒をしたということに関しましては、後を振り返って間違っていなかったということだと思います。
 しかし、現実に今被害を受けている、苦しんでいる人たちはイラクの国民です。そして、当該地域のそのほかの市民であります。だからこそ、安全保障、そしてまた世界各国の福祉のためにも復興支援が必要であります。したがって、我々にはその支援をする権益があるということであります。そしてまた、状況を安定化していかなければならないと思います。そして、平和と繁栄、正義の中で当該地域に定着することを望んでいるのであります。
 だからこそ、国連のような組織には比較的な優位性があります。例えば一国による、あるいはその同盟国の手段よりも優位性があります。その正統性がありますし、そしてまたチャンネルも確立しています。そして、専門知識もあります。普遍性があります。
 したがって、国連をもっと活用していただきたいと思っています。公に批判されたり、あるいは過小評価されることがないようにしていただきたいと思うのです。批判はしかるべき形で受けます。それは受けますけれども、しかし故意的に悪意のあるものもあるわけです。皆さんが評価している以上のことを国連はできると思います。したがって、その国連の手段を各国政府が活用するべきだと思います。比較優位性のあるところにおいては是非有効活用していただきたいと思います。国づくりにおいては、国連において大きな優位性と専門知識があると思います。
○近藤正道君 社民党・護憲連合の近藤正道でございます。
 今日は、お二人の先生方、大変有意義なお話をしていただきまして、ありがとうございました。
 私も今ほどの小林委員と似たような質問を実は考えておりましたけれども、重複は避けたいというふうに思っております。しかし、多少似たようなものになるかもしれませんので、お許しをいただきたいんですが。
 実は、私もこの紛争後の平和構築というのは大変重要なテーマだというふうに思っております。とりわけ、憲法九条を持つこの国としては、ここはもう避けて通るわけにはいかないと、積極的にかかわるべきだというふうに思っております。
 しかし、先ほど来、治安の安定とか、あるいは政府の正統性だとか統治の正統性だと、あるいはインフラの整備、これが時間的に、時間差を追ってきれいに出てくればいいんですけれども、最近はそれがもう一体となって現れる、そして数年後にまた紛争の状態に戻ると、こういうものが割と、例えばイラクがその代表だと思うんですけれども、出てきている中で、平和国家の理念に基づいて出ていくんだけれども、同時に、そういう平和国家であるがゆえに手段の点においてたくさんの制約を抱えている日本というのは、平和構築で一体どういう役割を果たすことができるんだろうかと。とりわけ、一定期間の事実上の内戦状態が続いているような状況で、日本の優位性というのは一体何なんだろうかと、ODAにおいて一体どんな優位性があるんだろうかと、ここのところ私考え込むことがあるんですが、こういう点で日本はその優位性があるんだという点がもしありましたら是非お聞かせをいただきたいと、これが一点です。
 もう一つは、とりわけこういう長期の内戦的な状況が続く場合に、ODAに入って、ややもするとやっぱり一方の側に加担しているんではないかと、こういうふうに見られることがやっぱり多いと思うんです。その場合は、やっぱり国際社会の中の多数意見に従って行動していくということが極めて重要だというふうに思いますし、これは篠田先生のかかわった、参考資料の中にも書いてあるんですが、この紛争当事者の合意に基づいてこのODAをやっていくと、このことの中のとりわけ一番重要なポイントというのは一体どんな点なのか、篠田先生からお聞かせをいただければ有り難いと、こういうふうに思います。
○参考人(篠田英朗君) 最初の日本の優位性ということでございますけれども、いろいろと改善点をどう考えていくかということは、それはそれとして検討するとして、現在既に優位であると思われる点という御質問の趣旨に答えますならば、既に培われてきた、戦後六十年の歴史の中で培われてきた平和国家としてのイメージ、そして、冷戦時代を通じて比較的中立性を保って行動してきたという実態としての歴史、これは一朝一夕では培えない財産として現在日本に存在している。
 それは、例えば日本が大々的に平和構築分野の支援を行ったアフガニスタンで非常に強く聞かれた問題でございまして、日本はDDRという武装解除の領域におけるリードネーションと、主導国になったわけですけれども、そのときに武装している各種集団との交渉の必要性が行われると、その交渉の陣頭に立つのがアメリカ人であるのと日本人であるのとでは相手が受ける印象は根本的に異なるという事情があります。基本的には、この場合日本の与える印象は良いものであるわけです。
 不足の点もあれば、その不足点であるがゆえに裏事情として優位になっているものも大抵の場合あるわけですので、優位になっている部分は大切にしっかり伸ばしていく、その部分は日本に対して国際社会が期待している領域であると認識して育てていくという、そういう視点は大変に重要な点であろうかと考えています。
 二番目といいますか、後半部分で、紛争当事者云々ということでありますけれども、非常に技術論的、能力的に紛争当事者のことを理解し会話ができる、コミュニケーションできる、そして彼らの利益の調和点を見いだしていくのは、これは知識と経験とそれから人間性等、あらゆる意味での総合力が問われることなんだろうと思いますが、国家の姿勢として重要なのは、その交渉者なり平和構築の支援の前線に立っている者を制度的にサポートしている国家が一体何を信じて、何を譲らないものと考えて、どのような理由で関心を持ってそこに存在しているのか、そして、それはどれぐらい真剣に考えているがゆえに、どれぐらい真剣に考えていて、その真剣度であるがゆえにどの程度の資源を投入する構えがあるのか、そういったことが交渉を成功させたり平和構築に骨を与える大きな要素であろうかと思います。現場にいる人の立場をとってみると、本国あるいは国家が一体何を信じてどういうことを重要だと考えているのかが見えないことほど仕事ができない状況はございませんので、そのことをはっきりさせるということがしっかり筋の通った平和構築の道筋を長期的につくっていくまず第一の要素かと思います。
 以上です。
○参考人(ラメッシュ・タクール君)(通訳) ありがとうございます。
 篠田先生がおっしゃったように、あらゆる課題は機会、オポチュニティーにもなるんです。制約、壁があるかもしれません。それは日本が持っている憲法の特有性です。それはある分野では壁かもしれませんけれども、別の分野ではそれこそがメリットとなるわけです。それを識別することができるか、そして正しく活用ができるかどうかに懸かってくると思います。制約をただ単に制約だからと考えるのではなく、それを活用ができるかどうかだと思います。その能力を六十年間考えてこられた、それは私も同感だと申し上げたいと思います。
 第二に、それでは、紛争当事者が複数いて、一方は賛同していない、一方は賛成しているという場合にODAをどのようにすることができるのか。すべての状況に対する一つの答えはないと思います。これはあくまでもケース・バイ・ケースで考える必要があると考えます。
 その際に、一番参考となるのはブラヒミ報告です。国連の平和活動に関しまして二〇〇〇年に発出されたブラヒミ報告です。その中で、過去においては平等性を強調し過ぎたがために中立性になってしまって、悪意に対する被害者とその犯罪行為との間の中立にまで至ってしまったということです。被害者とそれを行った悪意の行為者がいるときには、どちらか味方をしなければいけません。被害者がいるときに中立だの公平だの言っている場合ではありません。その場合に中立を主張してしまったら、悪意の行為者の味方をすることになってしまいます。
 例えば、アフガニスタンのタリバン、クメールルージュがカンボジアにいました。あのような存在がいた場合には、その人たちが賛成していないのであれば、それは無視してもいいわけです。その場合には、国際社会と同じ立場を取り、あれは反対をしている立場については理解をしなければいけないと。
 しかし、同じように正統な立場である人たちが異なる意見を持っている場合には、国際社会、そして各機関の加盟国がその内紛には立ち入るべきではないと思います。その場合には、正統な人たち同士の争いであるから、その場合には我々は中立な立場を取らなければいけない。これが一般的な指針となると思います。
 しかし、あくまでもケース・バイ・ケースで対応する必要があると思います。
○亀井郁夫君 国民新党の亀井でございますが、今日は両先生、ありがとうございます。
 時間もありませんので、二点だけ両先生にお尋ねしたいのは、一つは、ODAについていろいろと使われているわけですけれども、人道支援やら、あるいはまたいわゆる平和の構築と言われていますけれども、平和の構築といっても、これは狭義に考えるか広義に考えるかで随分違ってくるわけですね。それで、狭義に考えた場合に、日本のODAは大体何割ぐらい使われていると評価されているのかと。狭義の平和の構築ですね、平和構築にということと、それからまた日本のODAについての特色といいますか特徴といいますか、そういう点があれば、その点について二人の先生からお聞きしたいと思います。
○参考人(篠田英朗君) ちょっと済みません。第一点目の、それは私がどう考えるかという……
○亀井郁夫君 あなたがどう考えておられるかということですね。
○参考人(篠田英朗君) もちろん、狭義の平和構築、広義の平和構築ということの定義付けによるんだろうと思いますが、狭義ということを平和構築の中核部分というようなものととらえるならば、余り数字を出すのはちょっと難しいなとは感じますが、余り使われていないという印象はあります。
 なぜそうなのかというと、それはいろいろな理由があると思いますけれども、歴史的な経緯、それから政策上の態度という点がありますが、一般に二点申し上げるならば、一般に誤解されている点は、先ほども少し申し上げましたが、憲法上の制約ということと政治的、法的支援ということを多分に誤解する嫌いがあり、全く軍事的ではない分野で政治的、法的に踏み込める部分に余り踏み込んでいないという経緯はあるということがあろうかと思います。さらには、平和構築というものについてのドクトリンの発展度というものがまだ必ずしも体系化されていないかなということがあるかと思います。
 済みません、二点目は。
○亀井郁夫君 日本のODAの特徴。
○参考人(篠田英朗君) 日本のODAの特徴。
 日本のODAの特徴は、これは私が述べるまでもないことですけれども、平和構築の分野で幾つか問題になるのは、伝統的なアジア重視からアフリカの問題へどう発展していくかとか、そういった問題、それから人道支援といいますか、インフラ整備、そういったものに重点を置いていたものが平和構築で必要とされるようなソフト部分での支援にどう発展させていくか、そういった問題があろうかと思います。
 それから、いずれも今まで特色と思われていたもので、それ自体は悪くないものとは思いますけれども、平和構築の中でいろいろな再解釈が必要であろうかということでございます。
 さらには、要請主義ということの問題は平和構築において大変に難しい問題でございまして、まず、だれを信頼して要請を受け取るのかというのは大変に疑問が残るという事情はあります。現地社会のオーナーシップを尊重するというのが日本の支援の一つの特色と言われておりますが、実態として形式的な要請主義に終わっているという嫌いもないわけではない場面もあると。それは、非常に物理的に要請主義を貫いていくことが不可能あるいは非常に困難である場面も平和構築の場面では多々あると同時に、さらに、形式的には要請主義が貫けるにもかかわらず実態としてそこの形式的な要請主義に疑問がある場合もある。その際に必要なのは、平和構築の分野で特にこれまでの日本のODAの特色と言われているような要請主義とか、あるいはもう少し思想的に言いますとオーナーシップ、現地オーナーシップの尊重といったものをより豊かなものに解釈していく、現地社会というのは単なる政府の紙ではないんだということをどのように日本が主体的、積極的に責任を持って平和構築の中で再解釈していくか、それが今後また問われていくかなと考えています。
○参考人(ラメッシュ・タクール君)(通訳) 篠田先生の方から包括的な答えを出していただきましたので、私の方から付言することはございません。
○委員長(山崎正昭君) これより、まだ七、八分ございますが、参考人に対する質疑及び意見表明を自由に行っていただきたいと思います。
 発言を希望される委員は、挙手をしていただき、委員長の指名を受けてから御発言ください。
 また、多くの委員に御発言いただきたいと存じますので、御発言はできるだけ簡潔にお願いをいたしたいと思います。
 それでは、希望の方は挙手を願います。
 高野委員。
○高野博師君 いいですか。
○委員長(山崎正昭君) どうぞ。五、六分程度あります。
○高野博師君 それでは、せっかくですので一つお伺いしたいと思うんですが、ODAが間接的に、あるいは広い意味で平和の構築に役に立たないということは恐らくないんだろうと思うんですね。ODAをやったことによって戦争が起きたとか紛争になったということはまずないんだろうと思うんです。
 そこで、紛争とか戦争の原因は何かということでありますが、その場合に、貧困とかあるいは領土問題、これも水、資源、食料といろいろあると思いますが、あるいは民族的な問題、宗教上の問題、いろいろあると思うんですが、基本的には経済社会の発展、要するに、ベーシック・ヒューマン・ニーズというような観点からODAをやっていれば、これは広い意味ではみんな平和につながっていくというふうに思うんです。
 で、一つは、国家機構の脆弱性というのが先ほど先生のお話の中で紛争の原因になっているということでありますが、ここの国家機構の脆弱性の中で、特に司法関係、警察、治安、こういう問題について、我が国はなかなか制約があるものですから難しい面もあると思うんですね。今日は、そこのところではなくて、篠田先生が最後におっしゃられた日本の平和構築のアプローチについて、思想的、方法論的な確立が必要だということなんですが、先生御自身はどういう思想的な、あるいは方法論を確立すべきだとお考えなのか、お伺いしたいと思うんですね。
 実は、今度、麻生外務大臣が先般、自由と繁栄の弧という、外交の柱にするという、これを打ち出しをやったんですが、これは価値の外交でありまして、自由とか民主主義とかあるいは市場経済とかというこの価値の外交を表に出してきたものですから、じゃ、それとのODAの関係をどうするのかと、あの自由と繁栄の弧に対してはODAはどういうふうにやるのかというようなこともあると思うんですが、いずれにしても、どういう思想的な、方法論的なやり方を確立すべきなのかをお伺いしたいと思います。
○委員長(山崎正昭君) 篠田参考人には、時間の都合もございますので、簡潔にひとつ。
○参考人(篠田英朗君) ありがとうございます。
 価値の外交でODAを体系化するというふうになると、何か非常に選別をするかのような印象があって、一定程度それも必要かと思いますし、何らかの望ましい価値の方向に特定の対象国を導いていくという視点も時には非常に有益であろうかと思いますが、より日本的なアプローチと。どちらかというと、今言われた価値の外交というのは欧米諸国がやっているようなことに近いものですから、それはそれで重要性は持っていると思いますが、より日本的なアプローチといいますと、先ほど亀井先生がおっしゃったような従来ODAの特徴と思われたものを更に発展拡大をさせるという視点であろうかと思います。
 したがって、先ほどの私が申し上げたことに即して言いますならば、従来、要請主義とか現地社会の尊重とか言われていたものがあって、それは大変にすばらしい理念であるにもかかわらず、実態としてやや形式主義に陥っている部分とか、そういったものがあるとすれば、さらにそれを内容的に豊かにしていく努力、そしてそれを日本が伝統的に持ちつつ、さらに未来にわたって発展させていく領域なのだという方法論が必要であろうかと思います。
 つまり、ODAの評価に当たって、現地社会との対話の重要性、それから要請主義といったときに、政府の正統性をどう評価していくかというような考え方とか、政府に取り込まれない、その社会に存在する声、力というものを取り込んでいく、そういった方法論をどのように明確にし実践していくか、それが、今までのODAの伝統を生かしつつ更に発展させて、それを日本という、日本独自のものであると言うにはばかられないものとする方向性ではないかと例えば考えております。
○委員長(山崎正昭君) それでは速記を止めてください。
   〔速記中止〕
○委員長(山崎正昭君) 速記を起こしてください。
 タクール参考人。
○参考人(ラメッシュ・タクール君)(通訳) あの御質問は篠田先生あてだったと理解しております。私の回答の必要はないかと存じます。
○委員長(山崎正昭君) どうも失礼をいたしました。
 予定の時間が参りましたので、これをもちまして参考人に対する質疑及び意見表明を終了させていただきます。
 当委員会を代表いたしまして、タクール参考人に一言ごあいさつを申し上げます。
 本日は長時間にわたり大変有意義な御意見をお述べいただき誠にありがとうございます。当委員会を代表して厚く御礼を申し上げます。ありがとうございました。(拍手)
 本日の調査はこの程度にとどめ、これにて散会をいたします。
   午後三時五十八分散会