第166回国会 日本国憲法に関する調査特別委員会 第5号
平成十九年四月二十三日(月曜日)
   午後一時開会
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   委員の異動
 四月二十日
    辞任         補欠選任
     岩城 光英君     秋元  司君
     田村 秀昭君     長谷川憲正君
 四月二十三日
    辞任         補欠選任
     仁比 聡平君     吉川 春子君
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  出席者は左のとおり。
    委員長         関谷 勝嗣君
    理 事
                岡田 直樹君
                中川 雅治君
                舛添 要一君
                広田  一君
                前川 清成君
                簗瀬  進君
                荒木 清寛君
    委 員
                秋元  司君
                太田 豊秋君
                荻原 健司君
                木村  仁君
                佐藤 昭郎君
                櫻井  新君
                田中 直紀君
                中島 啓雄君
                中曽根弘文君
                野村 哲郎君
                山本 順三君
                大久保 勉君
                小林 正夫君
                芝  博一君
                津田弥太郎君
                那谷屋正義君
                白  眞勲君
                藤末 健三君
                松岡  徹君
                水岡 俊一君
                澤  雄二君
                山下 栄一君
                鰐淵 洋子君
                仁比 聡平君
                吉川 春子君
                近藤 正道君
                長谷川憲正君
   事務局側
       日本国憲法に関
       する調査特別委
       員会及び憲法調
       査会事務局長   小林 秀行君
   参考人
       駒澤大学法学部
       教授       竹花 光範君
       法政大学教授   江橋  崇君
       弁護士      木村 庸五君
       成蹊大学法学部
       非常勤講師    福井 康佐君
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  本日の会議に付した案件
○委員派遣承認要求に関する件
○参考人の出席要求に関する件
○日本国憲法の改正手続に関する法律案(衆議院
 提出)
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○委員長(関谷勝嗣君) ただいまから日本国憲法に関する調査特別委員会を開会いたします。
 委員の異動について御報告いたします。
 去る二十日、岩城光英君、田村秀昭君が委員を辞任され、その補欠として秋元司君、長谷川憲正君が選任されました。
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○委員長(関谷勝嗣君) 委員派遣承認要求に関する件についてお諮りいたします。
 日本国憲法の改正手続に関する法律案につき、意見を聴取するため、明二十四日、愛知県及び宮城県に委員派遣を行いたいと存じますが、御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○委員長(関谷勝嗣君) 御異議ないと認めます。
 つきましては、派遣委員等の決定は、これを委員長に御一任願いたいと存じますが、御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○委員長(関谷勝嗣君) 御異議ないと認め、さよう決定いたします。
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○委員長(関谷勝嗣君) 参考人の出席要求に関する件についてお諮りいたします。
 日本国憲法の改正手続に関する法律案の審査のため、本日の委員会に駒澤大学法学部教授竹花光範君、法政大学教授江橋崇君、弁護士木村庸五君、成蹊大学法学部非常勤講師福井康佐君を参考人として出席を求め、その意見を聴取することに御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○委員長(関谷勝嗣君) 御異議ないと認め、さよう決定いたします。
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○委員長(関谷勝嗣君) この際、委員の異動について御報告いたします。
 本日、仁比聡平君が委員を辞任され、その補欠として吉川春子君が選任されました。
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○委員長(関谷勝嗣君) 日本国憲法の改正手続に関する法律案を議題といたします。
 この際、参考人の方々に一言ごあいさつを申し上げます。
 本日は、御多用のところ本委員会に御出席いただきまして、誠にありがとうございます。
 参考人の皆様方から忌憚のない御意見をお述べいただき、今後の審査の参考にしたいと存じますので、どうぞよろしくお願いを申し上げます。
 議事の進め方について申し上げます。
 まず、竹花参考人、江橋参考人、木村参考人、福井参考人の順にお一人十五分程度で順次御意見をお述べいただきまして、その後、各委員からの質疑にお答えをいただきたいと存じます。
 なお、参考人の方々の御発言は着席のままで結構でございます。
 それでは、竹花参考人からお願いをいたします。
○参考人(竹花光範君) 竹花でございます。
 間もなく今年も五月三日がやってまいりますが、今年の五月三日で、御存じのとおり、現行憲法は施行満六十年を迎えるわけでございます。六十年たつのに、残念ながら、改正手続について法的な整備がいまだしでございます。日本国憲法はさほど改正手続が難しい憲法とは私は考えておりませんけれども、九十六条の改正手続が厳しい言い方をすると甚だ不備なものでありまして、その不備な点を国会が立法でもって補わなければ改正手続が進まないということでございます。
 六十年間、日本国憲法は一度も改正されておりません。できたときと一言一句変わっていないわけでありまして、これは世界的に見まして極めて希有なることであります。若干語弊のある表現かもしれませんけれども、異常なことであるわけです。
 昨日、大統領選挙の投票が行われましたフランスの場合は、現行憲法は戦後二番目の憲法です。現行憲法になりましても、十回を超える部分改正が行われております。ちなみに、大統領選挙は当初は間接選挙制でありましたけれども、改正によりまして、現在、直接選挙制に変わっているわけであります。例えば、世界で一番改正が困難な憲法の一つだと言われているアメリカ合衆国憲法について考えてみましても、戦後だけで六回の改正が行われている。
 こんなふうに各国は現実の変化に対応してかなりの頻度で憲法の改正を行ってきているんですが、日本国憲法は六十年間、一言一句変わっていないと。これは繰り返しになりますけれども、極めて異常と申しましょうか、希有なる現象であると、そんなふうに考えております。
 幾つかの理由があるかと思いますけれども、一つは、今申し上げましたように改正手続規定が必ずしも整っていないと。足らないところは立法で補うべきでありましたけれども、六十年間、その立法措置が講じられないままに今日に至っているということであります。手続が整備されなければ改憲は前へ進まないわけでありまして、このことも一つの大きな理由として六十年間一度も改正が行われなかった、そんなふうに考えております。
 お手元に配付されているかと思いますが、「憲法改正の発議と国民投票」というタイトルの四年前に大学の紀要に載せた拙稿の冒頭の部分のコピーでございますが、そこでは私は、いまだいわゆる立法不作為の状態にはなってはいないんじゃないかというふうに書きました。
 しかし、その後四年間の間に、衆参両院の憲法調査会の報告書が提出され、憲法調査会もそれぞれ憲法調査特別委員会にいわゆる改組されているわけであります。それから、各党も改憲試案作りを進めている。さらに、世論調査を見ると、メディアによってあるいは時期によって若干異なりますけれども、五〇%前後の国民が憲法改正に賛成であるという意思を示しているわけであります。こういう状況になってまいりましてなお国会が改正手続の法的整備を行わないということであれば、それはもはや立法不作為と言わざるを得ない、期待されている作為を行わないともいうことではないかと思います。そのような立法不作為状態をなるべく早く解消するためにも、手続規定の制定が私は必要なんだろうと。
 そういう意味で、今国会に提案されている法案については、中身について私の個人的な考え方と完全に一致しているわけではありませんけれども、ある意味で時宜を得ているということでありまして、できる限りの早い段階での成立を期待したいと思います。ただ、事国家の最高法規の改正にかかわる手続法でありますから、できる限り国会の両院において多くの賛成を得て成立させるのが私は望ましいのかなと。そのために十分な議論を参議院においても行ってほしいと、そんなふうに考えているところであります。
 しばしば、改憲の是非論と手続法の制定とを絡ませて議論する向きがあるかと思いますけれども、私はこれは分けて考えなければならないと。手続法が整備されたからといって直ちに改憲が実現するわけではありませんし、そもそもその整備を行うのは国会の義務でありまして、その義務を行ってこなかったということは、憲法でも国権の最高機関、そして唯一の立法機関と明記されている国会の言うならば義務違反、そんなふうに考えるべきだろうと、そんなふうに思っております。したがって、改憲の是非論とは切り離して手続法の整備について議論を進めていただきたいと、そんなふうに思います。
 それから、今提案されている法案、必ずしも細かいところまで私の考え方と一致するわけではないと言いましたけれども、まあ最大公約数的な考えを盛り込んでいるのかなというふうには思います。
 最後まで議論がかみ合わなかったといいましょうか、対立した点の一つが、国民投票の対象をどこまでにするのかという点でありました。与党サイドは憲法改正に限定すべきであるという考え方、野党、特に民主党の場合は、手続法の整備には賛成なんだけれども、国民投票の対象を重要な政策課題にまで広げるべきであるという、こういうお考えのようでありますが、これは現行憲法の下では、民主党さんのお考えも私は分からぬではないんですが、ちょっと無理があるように思います。
 憲法は、前文の冒頭で、日本国民は正当に選挙された国会における代表者を通じて行動するんだというふうに言いまして、続けて、それは人類普遍の原理だとまで言っているわけであります。さらに本文では、今も申し上げましたけれども、国会は国の唯一の立法機関であるというふうに定めております。さらには、五十九条でありますけれども、法律案は両院で可決された場合に法律となると定めているところであります。かなり徹底した、世界でも最も徹底したと言ってもいいぐらいの代表民主制を現在の憲法は取っているわけでありまして、ということは、いわゆる政策レファレンダム型の国民投票はこの憲法の下では導入が困難ではないかということであろうかと思います。
 諮問型ならばいいじゃないかと、結果に法的な拘束力を持たせなければいいんだろうというお考えもあるようなんですけれども、地方自治体で行われている住民投票について見てみましても、結局国民が直接的にイエスかノーか意思を表したということは実質的な拘束力を持ってくるわけであります。そうなりますと、諮問型であっても今の憲法の下では導入はいかがなものかなというふうに私は考えております。
 もし政策レファレンダム型の国民投票制度を導入するべきであるというならば、正に今の憲法を改正して、そのことが可能な内容に改めるべきではないかと、そんなふうに思っております。
 そのほか、時間の関係で余り細かいところまで踏み込めませんけれども、最近言わば浮上してきたという論点の一つが、最低投票率の定めがないのではないか、これは問題ではないか、かなり少数な国民の意向で改正が実現されてしまうのではないか、この法案の大きなこれは問題点だと、こういう御意見が出てきているわけであります。
 私も、個人的には最低投票率についての定めを置いてもいいのではないかと、置くべきだとまで強くは考えておりませんけれども、置いてもいいのではないか、そんなふうに考えておりますが、ただ、これを置くべきだとまでは強く考えていないという理由は、特に最低投票率を余り高いところに設定しますと、憲法改正が成立しないというようなことが頻繁に起こって大きな混乱を招来することにもなりかねない。
 それからもう一つは、最低投票率を明記することによってボイコット運動に道を開くようなことにもなりかねない。ですから、本来投票に参加する、一般の選挙の場合も当然なんですけれども、それは国民としてのやはり義務であるというふうに考えるべきじゃないかと思います。投票権は権利なんですけれども、それを行使することは義務ではないかと。この点は、憲法でその旨定めている例も見られます。ベルギー憲法の四十八条は、投票は義務として行うを要すると言っているわけであります。義務を履行しない場合には、様々なペナルティーが国によっては科されるということであります。
 我が国では、専ら権利だと考えて、棄権するのは自由だというふうに考える向きもあるようですけれども、やはりそれでは民主政治は成立しない、成り立たないんでありまして、国民が積極的に一票を行使することによって国民の意思が表示され、それに基づいて政治が行われていくと、これが正に民主政治でありますから、そういうボイコット運動や棄権を言わば認める、あるいは助長するようなことにもなりかねないわけでありまして、最低投票率についての定めは私は必ずしも必要ではない、むしろない方がいいのかなというふうな考え方をしております。
 大体、私に与えられた時間が参ったようでございますので、後ほど足らないところは質問にお答えする形で補充したいと思います。
 以上でございます。
○委員長(関谷勝嗣君) ありがとうございました。
 次に、江橋参考人にお願いいたします。
○参考人(江橋崇君) 江橋でございます。
 本日は、国政上の重要な議論に際して意見を述べる機会を与えていただき、誠にありがとうございます。
 私は、二〇〇一年四月四日に本院の憲法調査会で、二〇〇四年十一月十八日に衆議院の憲法調査会で、また本年三月二十二日、衆議院憲法に関する調査特別委員会中央公聴会で意見を述べる機会を与えていただきました。私は、各々の場合に、国権の最高機関における審議に少しでもお役に立てるように、専門家としての知見の提供に努めたつもりであります。本日も従前と同様にありたいと思いますので、よろしくお願いいたします。
 私は、憲法の改正には四層の協力と理解が必要だと思っています。与野党の協力、衆参両院の協力、発議者である国会と投票権者である市民の協力、そして日本と東北アジアの人々の協力です。こういう努力と理解の下で、なるべく多くの人々に支持され、祝福されるような改正を行うことが、でき上がる新しい憲法を定着させ、その実効性を確保する道です。それができるような改正手続をお考えいただくのが良識の府である参議院の責務だと思い、それを期待していることを申し上げます。
 さて、本日私に与えられている課題は、既に御提出されている国民投票法の議案に関する私の見解の表明であります。順次にそれを述べたいと思います。
 第一に、憲法改正案の発議における参議院の審議の在り方でございます。
 以前は、日本国憲法第九十六条の改正手続については、それが欧米の近代立憲主義に基づいて熟慮された条文であるように考えられていました。しかし、私は昨年、当時の史料を分析し直しました。その結果、義務的で例外のない憲法改正国民投票制の導入は、GHQ草案作成の最終段階で、マッカーサー総司令官とホイットニー民政局長の二人だけで急遽決定されたもので、GHQ民政局内部では検討されていなかったことが明らかになりました。また、GHQ草案の日本政府への提示後に両者の交渉で一院制の国会を二院に改めた際にも、一院制の国会という言葉を、平仄を合わせて二院制の各議院に改めただけでした。この変更がもたらした世界に例のないほどの厳しい加重の機能について十分な検討が行われていなかったのです。
 このことを含めて、日本国憲法第九十六条の制定過程では、憲法改正国民投票制の検討が不十分でありました。当時は参議院がまだ発足していなかったのですから、参議院の果たすべき役割や衆議院との関係の在り方も検討不十分です。条文では、憲法改正国民投票の発議の要件と承認の要件を定めるだけで、制度づくりの詳細は国会の裁量的な判断にゆだねられています。
 したがって、今日、憲法改正国民投票法案の審議に当たっては、参議院は、憲法改正手続において自分の果たすべき役割について、憲法第九十六条の趣旨を生かして、六十年遅れですが、認められた裁量権を誠実に行使して御決定いただきたいと思います。もちろん、その前提として、院の誇りに懸けた十分かつ慎重な審議が必要であります。
 さらに、先ほど、日本国憲法九十六条が多くの事項を未検討のままに残したと申し上げましたが、国会の発議に関して言えば、最大の問題は二院の関係の在り方です。
 日本国憲法は、第四章国会の中の条文で、衆参両院における各種の議案の審議、議決の在り方について定めております。これは、二院制だからという理由で一義的に決まるものではなく、議案の性質に応じた扱いを具体的に決定するべきものであり、憲法は法律案、予算案、承認を要する条約、内閣総理大臣の指名、内閣不信任決議などについて微妙な違いを盛り込んで個々に定めています。
 ところが、憲法改正案の審議、議決手続については何も決めていません。一九四六年の日本国憲法の制定手続が二院制の議会での衆議院と貴族院の逐次審議方式であったことは歴史的な事実ですが、この方式は旧大日本帝国憲法の改正手続を使ったものであって、日本国憲法制定後の憲法改正手続としてそれを当然に継承することにはなりません。私は、両院ともに三分の二の賛成が必要であるという高いハードルを設けた日本国憲法の改正問題の処理方式としては、二院での先議、後議の単純な逐次審議方式には無理があると思っています。両院の意見が不一致の場合の対応について憲法の中には何も書かれていないことも、この方式の無理を際立たせています。
 常識的に考えて、憲法改正案の提案という政治的に重要な事態が生じているときに、提出された院では憲法審査会の内外で活発な議論が行われているが、もう一方の院では議案の送付を待っている憲法審査会が沈黙しているというのは実に奇妙です。これでは、憲法改正を広く深い国民的討議の中で粛々と進めるということにはなりません。
 もっと皮肉なことを言えば、仮に憲法改正案の提出をめぐって与党内で意見の相違が起きて、A案が衆議院に提出され、同時にB案が参議院に提出されたらどうなるのでしょうか。単独与党なら党議拘束で一つにできるかもしれませんが、連立与党ならどうなるのでしょうか。あるいはまた、与党が甲案を衆議院に提出し、野党が乙案を参議院に提出したらどうなるのでしょうか。かつての郵政国会終盤の混乱を思い起こせば、様々な事態に対応できる制度づくりが必要です。
 私は、発議のハードルが高い日本国憲法の改正手続においては、与野党の協力が必要であるのは当然として、これに加えて参議院と衆議院の間にそごが生じないような協力が必要だと思います。その際には、いわゆるジョイントセッションの知恵ですが、事前の合同審査で両院の意見の合致した改正案を作って、各院に持ち帰って投票するというような協力のしやすい工夫を考えていただければと思います。諸外国にも合同審査を制度化した例のあることに御注意いただきたいと思います。
 私は、与党提出の国民投票法案第百五十一条が定めている改正国会法第百二条の八に合同審査会の設置が予定されていて、民主党案にも同様の規定があることを高く評価したいと思います。こういうふうに制度化しておかないと、実際の憲法改正は不可能になります。制度づくりをする立法者がこの点に配慮するのは立法者の良識であり、関係者の御尽力に敬意を表します。
 また、これについて、昨年の衆議院段階の議論で、一部の参考人から合同審査会方式やその勧告権限は二院制に反するので認められないという議論が出されていますが、日本国憲法にはどこにも憲法改正案の審議は通常の法律案の審議と同じに行えという条文はないのでして、この意見は憲法改正手続がスムースに進行する制度づくりを妨げて、結果的に現状維持を確保して護憲派の役に立たせようという意図が透けて見えるように思います。
 第二に、国会と市民との協力と理解の手段として、まず諮問的、予備的国民投票について申し上げます。
 私は、憲法改正手続は主権者である市民のきちんとした意思表示から始めるべきであると思っており、従来もそのように主張させていただいています。憲法改正という大きな事業は失敗してはならないのであって、そのためには改正発議後の国民投票一本だけで民意を問うのではなく、そもそも憲法改正の必要についての市民の判断を事前に聴き、必要だという意見が大勢であれば議会中心に市民の意見も聴いて審議を行い、改正案が発議できたらその仕上がりについて市民の承認を求めるという慎重な手続が必要だと思います。
 そうした場合の事前の民意の測り方はいろいろありますが、憲法改正の趣旨や改正案の大ざっぱな形を示して国民投票にかけるという選択肢とともに、憲法審査会における改正の具体的な審議開始の賛否を問うという選択肢の立て方もあります。諸外国でも憲法制定議会の設置を求める国民投票を行った例が幾つもあります。
 予備的国民投票については、そこでの市民の判断の影響力が強過ぎて、国会による改正の是非、その内容についての審議を縛ってしまうという批判があります。これに対して、諮問的な投票にすれば過剰な強制力を持たないと言われていますが、国会の審議権、発議権を大事にしたいというのであれば、さらにワンクッション置いて、審議機関設置の是非を問うという国民投票制度もあり得ると思っています。これは衆議院段階では審議されていない論点ですので、参議院の段階で御検討していただければと思います。
 第三に、憲法改正の国民発案、イニシアチブについて申し上げます。
 諸外国の例を見ると、憲法改正案について一定数の国民が直接に提案できる国民発案の制度が散見されます。私は、これは重要な論点だと思っています。言うまでもなく、憲法改正は、主権者市民の活発な議論の中で進行することが望まれます。日本国憲法の改正手続は大急ぎで作られました。通常の直接民主制は、市民意見の事前表明であるイニシアチブと、事後の市民意思の確認であるレファレンダムの併用であるべきところ、日本国憲法の場合は事後の国民投票のみになっています。この点を補正して、改正案発議の前に市民の意見が直接に表明される制度を導入することは、憲法の禁止しているところではないし、改正案の発議権者である国会にとっても安心して審議、発議に取り組むことができるようになり、有益であり、歓迎すべきものと思います。既に、一般の立法手続においても市民の意見を聴くパブリックコメント手続が制度化されています。憲法のような重大な議案に対しても、当然に事前に市民の意見を聴くことが必要です。
 その際に、一つの有力な方法として国民発案があります。私は、衆議院段階で検討され与野党ともに賛成していた案、つまり、請願の形で市民の意見の提出を求めて、憲法審査会で検討して採択したものを憲法改正案の中に含める方式が採用されるのがよいと思っています。請願ですと成立の要件は厳しくありません。小は数十人の専門家やNGOから、大は数百万人の団体まで、様々な意見が提出されると思います。憲法審査会が請願の性質、その内容と数量を判断して採否を決めて自分の改正案に盛り込むのであれば、これは国会の発議権を侵害することもありませんし、市民意見の反映できる制度としてよく機能すると思います。現在提出されている法案にはこれに関する規定が落ちていますが、参議院の段階で是非検討していただきたいと思います。
 第四に、憲法改正国民投票における賛否についての国内外の市民の運動の在り方について申し上げます。
 憲法改正案については主権者市民の自由な討議を確保する必要があり、規制は最小限にとどめるべきであると思います。市民には一般的な政治活動の自由があり、国民投票が国会議員の選挙に際して行われるとすれば選挙運動の自由があり、そして主権者として憲法改正案について意見を明らかにする自由があります。
 ただし、この自由を最大限に尊重するにしても、国権の最高機関が憲法改正を発議したという事態も十分に尊重されなければなりません。最近の議論ではこのことが軽視されているように思えます。国会が憲法改正を発議するということは、国会が憲法の全部又は一部に不備があり、欠陥があり、それを改正、修正、増補する必要があると判断したことを意味します。しかも、この現行の憲法は捨てるべきなのだという意思の表示は、もし国民投票で承認されれば直ちに実現されるのですから、国会としての最終的な意思表示が済んでいると言えます。
 そこで、もし仮に国会の行った判断が国民投票で否決された場合、国会や改正に賛成した議員の責任はどうなるのでしょうか。一たびは欠陥があると判断して見捨てた憲法をまた拾い上げて、何もなかったように使い回しをするのでしょうか。それは政治家としての見識がなさ過ぎます。あるいは責任を取って議員を辞職するのでしょうか。衆議院では解散、出直し総選挙が可能でも、参議院ではそれすら不可能です。私は、衆参両院で憲法改正に賛成した三分の二を超える議員は解釈改憲に走るであろうと思っています。現行憲法を改正案のように解釈してしまう。内閣法制局見解の改正でも、内閣総理大臣の見解表明でも、衆参両院の議会決議でも、両院ともに三分の二以上の賛成があるのですから何でもできます。
 しかし、もしこの道を選ぶのであれば、それは、自衛隊は憲法第九条違反だから憲法改正するといって選挙に臨んで敗れたときに、自衛隊合憲の憲法解釈をして、憲法の在り方に致命的な傷を負わせた悪夢の再現になります。いや、自衛隊の解釈改憲の場合は政府・与党の行為でしたが、国民投票による否決以後の解釈改憲は議会ぐるみですから、日本の立憲主義に与えるダメージははるかに深刻なものがありましょう。
 国権の最高機関が現行憲法は欠陥があると判断することは、このように引き返すことのできない重要な決定であります。そうだとしたら、そのような判断をした国会が、自分の判断について国民投票権者に対して十分に説明し、必死に理解を求めるのも当然であります。また、憲法改正国民投票という制度は、国会の発議した改正案についての是非を問うものであり、国会で否決された別案の賛否を問うとか市民の側からの修正提案ができるというものでもありません。
 ですから、私は、国会による憲法改正案の発議後は、国会の側からの改正に関する積極的な広報があってしかるべきだと思います。多数派の憲法改正案に対する反対の意見や市民的な意見はもっと早い段階で広く討議されるべきものであろうと思います。ですので、マスメディアにおける賛否両論に公平な報道を保障し、改正反対派の少数意見を開陳する十分な機会をいずれも事前に保障するという前提で、予備的国民投票や憲法請願、憲法改正パブリックコメントなどの市民参加の道を確保した上であるならば、発議した憲法改正案に関する国会の十分な広報が認められるべきだと思います。
 第五に、最低投票率など、国民投票における承認に新しい条件を加えることについて申し上げます。
 私は、与党案の提案者がおっしゃっているように、国民投票法で憲法第九十六条が定めている承認の条件を更に加重するのは憲法違反の疑いがあるという理解にも根拠があると思います。憲法に特別の定めのない限り、過半数の賛成という文言は最低投票率による加重条件を含まないと考えるのが素直な憲法解釈です。しかし、既に申し上げたように、日本国憲法第九十六条については、制定時の検討が決定的に不十分でした。学説的にもはっきりとしません。国会による裁量の幅が大きいのです。主権者である国民の考えているところ、最近の新聞調査では支持が八〇%です、や諸外国の経験もあります。ですから、国民投票法で、直接民主制の要素を強める趣旨で最低投票率、絶対得票率などの条件を加えたからといって憲法違反ということにはならないと思います。もちろん、逆にこれがなくても憲法違反ということにはなりません。
 時間が来ましたので、ここで陳述を終わらせていただきます。残された論点については、後ほど討議の時間に発表させていただければ幸いです。
○委員長(関谷勝嗣君) ありがとうございました。
 次に、木村参考人にお願いいたします。
○参考人(木村庸五君) 私は、現在、日本弁護士連合会の憲法委員会の委員、第二東京弁護士会の憲法問題検討委員会の委員として、憲法改正国民投票法案の検討に携わっております。一昨年の二月から今年の三月末までは、第二東京弁護士会の憲法問題検討委員会の委員長として、委員会発足以来この問題にかかわってまいりました。本日は、一弁護士として陳述をさせていただきます。
 今回の国民投票法案の衆議院における審議、議決の過程は、特に安倍政権誕生後、余りにも政治日程を優先して、法案の重要性とはいかにも不釣合いな拙速な審議がなされました。そして、与野党の一部の委員の間での水面下の折衝と不十分な委員会審議、そして付け足したようなセレモニー的なわずかな公聴会、そして本会議での強行採決という形で審議がなされました。公聴会で提起された問題についてこれを真剣に受け止めて十分審議し、法案をより良いものにしようという姿勢がもっとあってよかったのではないかと思います。
 このようなやり方で最重要法案を採択したことは、野党及び国民の多くの間に与党に対する不信感を生じさせ、かえって与党の目指す憲法改正のための国民的合意形成への障害になったのではないかと思います。国民的合意形成の重要な一歩でつまずいたという評価がなされるのではないかと思います。参議院での修正を拒否して今の法案をそのまま強行採決するようなことになれば、墓穴を掘るということになるのではないかと考えます。それは国民的合意形成を放棄することになるからです。国民の八割の人が最低投票率を定めるべきだという声を無視してこれに対する立法を強行した場合、憲法改正に対する支持を得られるでしょうか。
 参議院においては、この法案の今後の審議の過程で、参議院の存在理由を明らかに示していただけるものと大いに期待しております。参議院におかれましては、衆議院での審議を踏まえて議論の足らないところについてのみ集中的に審議、検討するのではもちろんなく、基本に立ち返ってゼロからこの法案をもう一度根本から見直し、衆議院の審議内容全体を再検討し、この国の最重要な法律としてふさわしい内容を備えているか、民意を十分反映しているか、理由のあるコメントを排除していないかなどを虚心坦懐に検討され、限られた時間の中ではありますけれども、最大限にこれを用いて、法案を最善のものに作り直していただきたいと思います。法案の重要性にかんがみ、憲法五十九条二項のいわゆる三分の二採択条項によらずに、最良の修正案を採択すべく、衆議院を含め、党派にこだわらない与野党の合意を形成していただきたいと思います。
 公正中立な手続法とするためには、攻守所を変えた場合を想定して受け入れられる手続となっているかどうかという発想が必要であろうと思います。どうか参議院議員の先生方、党派を超えて、政治日程に押し流されずに、良識の府、理性の府、再考する府としての参議院にふさわしく、質の高い議論を通じて歴史に残るこの重要な法案をじっくりと検討していただきたいと思います。
 繰り返しますが、憲法改正の基盤となるルールを定める法律は政権交代があっても通用するルールでなければなりません。その意味で、与野党を含めた議員の幅広い合意により定めるべきであると考えております。
 国民投票法案の必要性と審議の内容、速度について、憲法施行から六十年間、国民投票の具体的ルールが一切なかったことは矛盾であり、欠落であって、立法不作為による憲法違反であるとの主張がなされています。先ほどもそのような御指摘がありました。
 一般的に、立法不作為が違法であるとの考え方が深く浸透することは、それ自体立法府の責任を強調する意味で歓迎すべきことであると考えますが、この国民投票法の問題に限っては立法不作為による憲法違反の主張は法律的に的外れであると考えております。具体的に憲法改正の発議がなされたときに国民投票法案が存在しないのであれば、そのときに立法不作為による憲法違反を問題にすることはでき得るかもしれません。そのような提案もまだなされていないときに、法律的にそのような主張が成り立つとは思えません。
 国民投票のことが憲法九十六条に定められているのに、これを実施する具体的手続を定めた法律が存在しないということは、確かに立法の欠落であることは明らかです。国民投票はいずれ設けられなければならないものであるということについては異議はありません。だからといって、拙速に法律を制定してもよいということには決してなりません。六十年間放置しておきながら、憲法改正を提案できる状況になったと判断したからといって、急に立法不作為による憲法違反を主張し、十分な検討、審議の時間を与えずに法案を通そうとすることはいかがなものでしょうか。長期にわたって放置されたのは、現行憲法に対する国民の支持が圧倒的に強く、憲法改正の具体的な前提となる憲法改正国民投票法案を論じたり提案することすらできなかったということであって、立法不作為による違憲を論じるのは的外れであると考えます。
 次に、一般的国民投票制度についてですが、国民投票法案における国民投票の対象を、憲法改正国民投票のみならず、一般的な国政の重要問題についての国民投票にまで広げるか否かということについて意見を述べます。
 憲法改正国民投票と一般的な国政の重要課題についての国民投票では、前者が直接憲法九十六条を実施するための制度であって、後者は憲法上の要請に基づくものではないという点、及び法律的効果の点で本質的な相違があります。しかし、実際の投票手続としては共通する部分が多く、諮問的国民投票を是認するのであれば、両制度の相違を踏まえた上でこれを同時に法制化することは是認し得るところであります。
 特に、代表民主制の下で選挙制度を通じて国民の意思を具体的に反映することが困難となっている状況の中では、諮問的国民投票は国民の意思を政治に反映させるための有効な手だてとなり得ると考えます。郵政民営化に争点を絞った選挙で多数を得たからといって、他の国政の重要課題について国民の多数の支持を得たとは限らないのであります。このずれを埋めるために重要課題ごとに選挙をすることは困難がありますので、諮問的国民投票が役立ち得ると考えます。
 次に、最低得票率の問題について触れます。
 国の根本規範である憲法を制定する権力を持つ国民がその憲法を改正するという重要な意思表示をする国民投票において国民の賛否の意思が正確に示されるためには、国民の一定割合以上の者が投票するのでなければならないと考えます。ごく少数の者の投票でも憲法を変えることができるという手続法は現行憲法の趣旨に違反すると考えます。最低得票率について憲法に定めがないから憲法違反であるという議論は誤った形式論であり、法の精神から法を解釈するという解釈の常道から外れた解釈方法であります。硬性憲法の精神を踏まえないものであると考えます。
 ボイコット運動を誘発するという指摘がなされていますが、どうもその立論は非現実的で、説得的でないように思えます。憲法を改正しようとする以上、そのような運動を乗り越えられないようではまだ憲法改正に機が熟していないと判断すべきではないかと思っています。与党、民主党は、国民の常識からくる最低投票率が必要であるとの声をいま一度再検討し、思い切って最低投票率の導入に踏み切り、憲法を改正しようとする以上、最低投票率で要求される程度のハードルは乗り越えようとの決意を示されることを希望します。ボイコット運動を避けるために最低投票率を置かないというのではなく、ボイコット運動が起きないような、改正の趣旨を十分理解してもらうような方策を施すべきで、それができないのであれば改正は断念すべきです。
 次に、地位利用による国民投票運動の制限、これは罰則抜きでも設けるべきではありません。
 罰則がなくても行政処分がありますので、地位利用による国民投票運動であるとして様々な強制が起こり得るし、そして、国民の投票運動を萎縮させ、国民の意思形成の妨げとなります。地位利用という概念自体が明確でなく、恣意的に解釈されやすいのです。拡大解釈されるおそれが十分にあります。支配的勢力の政策に反対する立場の者ばかりが処分の対象になるおそれが十分あります。
 次いで、周知期間について。
 発議されてから六十日以降百八十日以内では、この重要な案件について国民的議論を尽くすには短過ぎます。成案が提示されてから、国民の間でじっくりと議論を重ねて国民的意思が健全な形で形成される機会を設けるべきです。大きな集会を計画するにしても、かなり前に申し込まないと会場を取れませんし、また、成案についての賛否の書籍の出版、これに対する議論にも相当の期間が必要です。
 次に、広報協議会について。
 今回の法案によりますと、広報協議会は、両議院の各政党の議席比率によって選任される各議院十名のメンバーによって構成されることとなっています。広報が国民の意思形成に与える影響は極めて大きいものがあります。憲法改正の発議自体が三分の二以上の多数をもってなされるのですから、広報協議会のメンバーは必然的に圧倒的多数が憲法改正について賛成の議員によって構成されることになります。この広報協議会がマスメディアを活用して憲法改正案を広報することになっており、法案では、広報協議会が公報の内容を決定し、放送する回数や内容を放送機関と協議して決めるものとされており、広報の在り方はこの広報協議会にすべてゆだねられています。このような広報協議会に公正な広報が期待できるでしょうか。法案には公報の内容は客観的かつ中正でなければならない旨の規定が置かれていますが、そもそも憲法改正を求めるメンバーが圧倒的多数を占める広報協議会に中立性を求めることは極めて困難であると考えます。
 憲法は、国会の圧倒的多数が憲法改正に賛成であっても、国民投票における過半数の意思を優先させています。したがって、少なくとも広報協議会のメンバーは、憲法改正に賛成の議員と反対の議員の同数をもって構成されるべきです。それは最低限の憲法の要請であると言えます。憲法改正の広報は中立的な機関によって行われなければなりません。現在の法案のような広報の在り方では、将来的に、国民投票の手続が問題とされ、国民投票法自体が憲法に違反するとして憲法改正の無効が争われることになるでしょう。
 そもそも広報協議会を国会に置くこと自体が適当かどうかという問題にまで本来はさかのぼらなければならないことになりますが、適切な代案がなければ、少なくとも広報協議会の中立性をいかに確保するかという点に更に細心の配慮が求められます。本来、憲法改正に関する国会の役割は発議をもって終わるものであると考えております。発議機関である国会が国民投票に干渉することは極力避けなければなりません。
 それから、国民投票運動のための広告放送についてですけれども、投票日の十四日前からラジオ、テレビによる広告放送の全面禁止、これは表現の自由の観点から認められませんが、ただし、有料の広告放送は資金力によって格差が生じるので禁止されてもやむを得ないでしょう。資金力のある者が有利になるようなことのないように、改憲案に賛成する立場、反対する立場が平等に広告できるようなルールを作り、国民がより良く知ることができるようテレビ、ラジオによる広告放送をも認めるべきです。特に冷却期間を設けることは必要ではありません。無料広告の形を取っても広報協議会の関与の下で行うことにすべきです。自由に有料でテレビ、ラジオによる広告放送を行うことを認めることは、発議後はなすべきではありません。
 報道、討論番組、バラエティー番組等における意見の表明については、報道機関の自主規制にゆだねざるを得ないと考えます。報道機関といえども、自らの立場を自らのメディアを用いて広めることは、特に発議後投票日前日までの国民投票運動期間については公正中立を保つために厳格に自粛すべきです。
 最後に、憲法審査会について。
 硬性憲法である現憲法の趣旨から、当初から改正を恒常的に検討する機関として憲法審査会を常設することは、それ自体憲法違反の疑いがあり、問題だと考えます。具体的な憲法改正が俎上に上ってきたときに委員会を設けるべきものと考えます。また、憲法審査会の設置は、衆議院及びその憲法審査会での審議の重要性をより増大させ、結果的に参議院の地位を低めることにもなりかねません。
 憲法改正においては、各議院での議決はそれぞれ独立性が強いものとして扱われているものと解されます。憲法改正を恒常的に検討する機関、改正案を作成する機関を設置するという内容を盛り込んだ国民投票法案は、公正かつ中立的な手続法案であることを放棄して積極的に改憲を推進する法案であると指摘されていますが、それはもっともな主張だと考えます。
 以上です。
○委員長(関谷勝嗣君) ありがとうございました。
 次に、福井参考人にお願いいたします。
○参考人(福井康佐君) 福井でございます。
 本日は、お招きくださいまして誠にありがとうございます。衆議院で二回、参議院で一回こうしてお招きいただいたことは大変光栄に存じております。
 私は、国民投票及び直接民主制を研究している者でございます。三月下旬に欧米十か国の国民投票の運用の実態を研究した成果をまとめまして、「国民投票制」という本を出版しております。本日は、これまでの調査研究に基づきまして、比較憲法ないしは比較政治制度という視点から、このたびの国民投票法案についての幾つかの論点をお話ししていきたいと思います。まだ中にはほとんど触れられていない論点もあるかと思います。
 それでは、お手元のレジュメをごらんいただきまして、まず最初に、初めに憲法改正国民投票の特徴という点を御説明申し上げたいと思います。
 日本国憲法九十六条が規定する憲法改正国民投票は、御承知のとおり議会が発議する国民投票です。これは、比較憲法的に見ますと、近い制度としてはアイルランド、北欧諸国の国民投票がございます。
 そこで、これらの国の運用でございますが、まずここでは議会が投票案件、改正案件についてのコンセンサスを形成して国民に提示する形を取ります。多くは議会の多数派が強行する形ではなく、少数派と協調し、投票案件を形成し、実施のための細目を決定する形を取っております。例えば、アイルランドは、最初のころは多数派が自派に有利になるような選挙制度をつくるために憲法改正を強行しようとしたのですが、二回とも失敗しているわけですね。それ以降は議会全体で協調して憲法改正を行おうと、そういう方向になっております。
 日本も、もし実施する場合になっても、少数派と協調し、投票案件を形成して実施のための細目を決定する形になるのではないかと思われます。例えば、具体的に申し上げますと、投票の案件の、改正案件の態様を決定するとか、例えば三択にするとか文言をどうするかとか、そういう問題でありますとか、あるいはその実施日をどうするか、総選挙と同時に実施するとかそれを回避するとか、そういうことは、やはり三分の二で実施するわけですから、与野党間の協議があってこそ初めてできるのではないかと、そう考えております。
 日本の場合は、特に両院の三分の二の賛成による発議でございますから、逆に言うと、三分の一の勢力に拒否権を与えていることになります。その意味でも、なおさら国民投票法の制定及びその後の改正案の審議、さらには実施の細目の決定については国会内でのコンセンサス形成が重要になっていくのではないかと、そう考えております。
 それでは、次に個々の論点に参りたいと思います。
 一、成立要件と最低投票率。これまで参考人の先生方からもいろいろお話しになったんですが、私ちょっとまた別の視点から申し上げたいと思います。
 まず、憲法九十六条は、発議要件、それから成立要件、国政選挙と同時に実施することができることという三点のみを規定しているわけです。そうすると、残りの部分は、江橋先生もおっしゃいましたように、オープンな規定でございまして、国会の裁量で細目を決定することを意味します。つまり、逆にいいますと、上記三点については明文で規定されている以上、強い意味を持つのではないかと考えております。
 しかしながら、上記三点以外がオープンな規定であるからといって、全くどのように規定されてよいというわけではございません。今申し上げました発議要件、成立要件から見まして、硬性憲法である以上、やはり慎重な憲法改正が求められ、つまり漸進主義的な改正がやはり基本姿勢ではないかと思われます。さらに、国民主権の原理からは、憲法改正国民投票において国民の意見を改正案作りに反映させ、また国民投票を盛り上げて、高い投票率の下で賛成、反対を決定するように盛り上げていくべきだろうと、そう考える次第です。
 そうすると、次に最低投票率という話が当然出てくるわけなんでございますが、確かに三〇%ないしは四〇%の最低投票率を設けることは、憲法改正の正統性を確保するという意味からでは確かに説得力はございます。しかし、比較憲法的に見ますと、成立要件としての投票率というのはほとんどどの国も明文で規定されているわけなんですね。世界じゅう見たわけじゃありませんから何とも言えないところなんですが、私の見た範囲内ではほぼ明文で規定されております。三〇%の投票率で実際六〇%の賛成であるとすると、全有権者の三〇掛ける六〇で一八%足らずの賛成で憲法という根本法規が改正されることは、確かに正統性という点では問題があるということもできます。しかし、私が今申しましたように、最低投票率を設定することは、私は九十六条の明文に反し、さらに実際に憲法改正にハードルをちょっと掛け過ぎているのではないかというふうに考えます。
 さらに、幾つかのそれ以外にも運用上の問題点がございます。
 まず第一に、先ほど来おっしゃられていますようにボイコット運動が発生しやすいこと、実は、これは実例がございます。例えば、イタリアとイギリスに実例があるんですが、特に大政党及び有力な政治家による呼び掛けは、ボイコット運動としての影響力が高くなります。
 イギリスの場合、一九七三年に、北アイルランドの憲法上の地位を問うための国民投票、これは国境地方の投票、ボーダー・ポールと言っておるんですが、それを実施した際にカトリック系の住民がほとんどボイコットしまして、投票率五八・六%、六割近いですね、賛成率九八・九%という驚異的な数字にもかかわらず、一方、当事者であるカトリック系の住民がボイコットしたということで何のためにやったか分からないという形になっているわけです。そういう実例もございます。それから、近時のイタリアの国民投票ではこのボイコット運動がかなり効果を上げておりまして、五〇%という投票率の要件があるにもかかわらず、最近はもうほとんど二十数%、三〇%台になっているわけでございますね。そういうわけで、かなり実はボイコット運動というのは、実際に投票率にかけると効果が高くなるということを御指摘させていただきたいと思います。
 ただし、投票率という点から見ますと、比較憲法的に見ますと、必ずしも低い投票率が良くないことだと思っている国ばかりではないわけでございまして、スイスのように、比較的国民投票を多めにやっている国でありますと、低い投票率は国民が賛成していると見て評価している国もございます。それから、アイルランドやフランスのように、低い投票率で成立しても正統性にはさほど疑問が生じていないという、そういう国もございます。
 それから、次の問題点としましては、これは大きな問題点だと思いますが、最低投票率を設定しますと民意のパラドックスが発生します。
 これはこういうことでございます。仮に最低投票率を四〇%に設定しますと、例えば人権を追加する場合、公明党の主張されるように加憲で人権を追加するような場合ですと、異論が少なくて、例えば投票率が三五%で最低投票率を下回って、投票率の八〇%の賛成があったとします。そうすると、三五掛ける八〇ですから、有権者に占める割合は二八%になります。一方、投票率がぎりぎり四〇%を満たして、賛成率が六〇%で成立したとします。その場合は二四%になるわけですね。実は、否決されている方が全体の割合が高いという投票率が発生することになるわけです。今この点については国会で御議論されていないんではないかと思いまして、御指摘さしていただきたいと思います。これもイタリアにはっきりとした実例があるわけですね。四九・六%で賛成率が九一にもかかわらず、ほかの回に比べると高かったにもかかわらず不成立という例がございます。
 第三に、ほかの選挙への影響が予想されます。三〇%台の投票率では民意反映が十分ではないということであれば、そうすると、知事選挙や首長選挙、補欠選挙はどうなるんだという話は当然出てくるわけだと思うんですね。この点も是非御議論していただきたいと思います。
 二番目として、国民投票運動に入りたいと思います。
 まず、憲法上の根拠としては、従来、選挙につきましては憲法四十七条に、選挙区、投票の方法その他の両議院の議員の選挙に関する事項は法律でこれを定めると規定しておりますが、国民投票運動の場合は、むしろ根拠規定は九十六条になるのではないかと。そうすると、公職選挙法的な規制が本当に、むしろ原則的に当てはまらない運動になるのではないかという点を御指摘さしていただきたいと思います。
 まず、具体的な問題になりますが、戸別訪問はどうなんでしょうか。戸別訪問は解禁すべきなのでしょうか。通常の選挙運動と異なりまして、買収又は利益誘導の可能性が低くなります。そうすると、してはいけないという理由の中にはプライバシーないしは平穏な生活を乱すという理由がございますが、それ以外には戸別訪問を規制する合理的な理由が見いだしにくいのではないかというふうに考えます。
 三番目として、これも是非御議論いただきたいんですが、通常選挙と同時に実施した場合、混乱が予想されると思うんですね。衆議院選挙、参議院選挙と同時に行う可能性は明文に規定されていますが、この場合、通常の選挙運動と国民投票運動の区別が付きにくいことが十分予想されます。選挙運動の規制は、現在、公職選挙法はかなり厳しいわけですから、一方、私が主張するように国民投票運動の規制がある程度緩く、戸別訪問、文書配布、運動方法などが厳しくないとすると、一方で厳しい選挙規制と一方で緩い運動が並立するということは大変区別が付きにくくて、混乱するのではないかということが考えられると思います。
 そして、三番目に、公平な情報の提供という点について申し上げたいと思います。
 私は、基本的には国民投票運動については規制を掛けるのではなく、むしろどれだけ盛り上げるかという点に議論を集中させるべきではないかと思います。
 国民から見ますと、改正案件についての公平で十分な情報提供が必要なのではないかと、求められるのではないかと思います。例えば、これは是非改憲されることについて申し上げたいんですが、九条を改正する場合、改正に賛成する側がその意味と将来の影響について十分に主張、立証する必要があるのではないかと思うわけです。例えば、海外への派兵の可能性、徴兵制、例えば軍法会議のようなものを設置することになるのであるかとか、そういうことはやはり国民に九条の改正後の射程範囲を十分に知らせるべきではないでしょうか。これは是非お願いしたいと思います。
 次は、ページをめくっていただきまして、情報提供がだれが行うかという問題がございます。
 国民投票広報協議会が行うとすると、その構成において公平らしさをどのように確保するかという問題が出てきます。また、国民投票においては、通常、政府から投票案件についての賛否両論を記したパンフレットが提供されます。その内容、つまりステートメントを決定するのは賛否の各陣営なのか、あるいは第三者がその両方の意見を聴いてその論点がかみ合うように作るのかという問題を是非御議論いただきたいと思います。
 最後に、十四日前からの放送禁止について申し上げたいと思いますが、諸外国の運用を見ますと、多くの国民投票は、投票の直前に投票者が態度決定をします。その際にテレビコマーシャルというのは随分影響力が大きいわけなんですね。そうすると、この規制は国民の情報獲得にとって私はむしろマイナスに作用するのではないかと考えております。
 従来御議論いただいているように、コマーシャルを金で買うことによって資金力の差が出ることに対する懸念が御指摘されております。アメリカでは確かにコマーシャルの強い影響力が指摘され、資金力の多い方が投票結果が有利になるのではないかということが指摘されています。ところが、実際はコマーシャルはネガティブキャンペーンに対して強く作用しているんですね、実際は。これは従来、国民投票・直接民主制では投票者は現状維持志向が強いからだと説明されています。
 最後になりますが、憲法改正を発議する際は、余りネガティブキャンペーンを恐れずに、むしろそれに打ちかつほどの説得力を提示して国民投票に挑むべきではないかと。その点を御指摘して、私のお話を終わらせていただきたいと思います。
○委員長(関谷勝嗣君) ありがとうございました。
 以上で参考人からの意見の聴取は終わりました。
 これより参考人に対する質疑を行います。
 なお、大変恐縮でございますが、各委員の質疑時間は限られておりますので、簡潔に御発言いただきますようお願いを申し上げます。
 質疑のある方は順次御発言願います。
○秋元司君 自由民主党の秋元司でございます。
 今日は、大変お忙しい中、参考人としてお越しいただきました各先生方におきましては本当にありがとうございます。
 今日は限られた時間でございますので、それぞれ項目に従って質問をさせていただきますけれども、場合によっては、質問が届かなかった参考人の方がいらっしゃるとすれば、時間の関係でございますので、冒頭にまずおわびしておきたいと思います。
 まず、私自身といたしましては、今回この憲法改正ということはそろそろやっていかなくちゃいけないべきものであるという考え方と同時に、この国民投票法、これはもうこの時期にいよいよ定めなければどのタイミングで今度やるタイミングがあるのかという思いもございますから、私は早期にこの問題を議論するべきだと思いますし、あわせて、審議時間が足りないという話もありますけれども、ただ、もう十分ある程度されてきたんじゃないかなと思う思いもございますから、そういった思いで今日は質問をさせていただきたいと思うわけでありますけれども。
 まず一点、議論をされてこなかった部分が幾つかあるんですけれども、この投票権者の資格、いわゆる有権者の年齢の件でございますけれども、実は私は個人的には二十歳以上でいいんじゃないかと思っているわけでありますが、それぞれ参考人の皆さんの思いをちょっと聞かせていただければ有り難いと思います。
○参考人(竹花光範君) 私も個人的には二十歳でいいんじゃないかというふうに考えているところであります。
 ただ、一般の選挙権とやはりリンクさせて考えるべきところがありまして、少し時間を掛けて、将来的には、場合によれば十八歳に引き下げるということも考えられると思います。かつては二十一歳選挙権が世界的な趨勢でございましたけれども、一九七〇年前後に各国で憲法改正などがございまして、十八歳選挙権を取る国が増えまして、我が国でも当時そういう議論がございましたけれども、だんだんトーンダウンしてついに議論が止まっちゃったということであります。ただ、なるべく多くの賛同を得て法案を成立させるということでは、民主党さんが十八歳を強く主張されたということで、そちらの方に与党が言わば歩み寄ったということはそんなに間違ってはいないと思います。
 ただ、三年間施行を待ってその間に他の法令との整合性を図っていこうということですが、この点はちょっと気になるんですが、憲法で国会の発議権が認められている、その発議権が三年間言わば縛られることになってしまって、憲法で与えられた権限が下位の法規で縛られるというのはこれは問題ではないかと、現実にはこの三年間で改正が現実化するというふうなことは考えにくいんですけれども、しかし法的には憲法で与えられた権限が下位の法規で縛られるという点は問題ではないかなと、そんなふうに考えております。
○参考人(江橋崇君) 私は十八歳でいいと思っております。
 今、竹花参考人もおっしゃいましたとおり、選挙の年齢と微妙に絡まってくる問題ですが、現在の二十歳以上の選挙権という制度は、衆議院の場合は解散がありますから平均三年に一回、参議院も三年に一回だとして、二十歳から二十三歳の間に一回選挙があるというそういう仕組みでして、実際には二十二、二十三にならないと投票機会が回ってこない年代もあるわけです。
 私は大学で法律を教えていますけれども、大学生は十八から二十二までですと、まごまごしていると大学を卒業するまで一度も投票機会がないということになりますので、もう少し下に下げて、十八からに下げれば十八から二十一歳の間で一回は選挙権行使する機会が来るわけですから、大学生の間に投票できるかなと。大学生で投票できていいんじゃないかと私は思っていますので、十八に下げることは賛成であり、それと同じく、憲法の国民投票の投票権についても十八まで下げて、若い人の意見をしっかりと聴くべきだというふうに思っております。
○参考人(木村庸五君) 私も、同じく十八歳に下げることは妥当であると考えております。
 これは、憲法改正国民投票以外の、ほかの選挙及びその他の関連法令の成人に当たる部分もすべて統一して十八歳にしていいんじゃないかと。高校を卒業して大学生になるころには選挙権を与えていいというふうに考えております。
○参考人(福井康佐君) 私も、個人的には十八歳が適当ではないかと思います。なるだけ早く政治的責任ということを身に付けるようにした方が望ましいと思います。ただし、この問題はもう少し国民全体で議論すべきじゃないかと思うわけですね。
 なぜかと申しますと、例えばデンマークという国は、投票年齢の変更が国民投票の対象事項になっているわけですね。やっぱりかなり重要な事項ですから、そう簡単にひょっと何かに合わせて決めていいのかなというような、そういう懸念がございます。
 以上でございます。
○秋元司君 ありがとうございました。
 続きまして、江橋参考人にお伺いさせていただきたいんですが、先ほど政党とそしてまた両院の存在ということで御議論いただいたと思うんですけれども、今回、先ほどお話しした流れで、この国民投票法案、今回出されている法案そのものにも今おっしゃられたような考えというのは、必要性を感じますか。
○参考人(江橋崇君) 先ほどは憲法改正について申し上げましたけれども、国民投票法案の作成過程というのは、言わば将来における憲法改正の練習みたいなものだと。ここで与野党が協議して合意に達して広い国民の支持を得られる安定した法律を作らないと、将来の憲法改正の審議の途中で不安定な法律はたちまち変わってしまう危険性がありますから、そういうこともあるので、この国民投票法の審議の中でそういうふうにしていただきたいと。
 そういった意味からすると、私は、衆議院の段階で自公民三党の方が中心になって、また、いろいろあるにせよ、社民党にしろ共産党にしても最低限我慢ができるような、そういうところで話がまとまってきていたというのは良かったんじゃないかなと、その流れがちょっと乱れているのは残念だなと思っております。
○秋元司君 ありがとうございました。
 次に、再三再四、最低投票率の話が議論されてきたわけでありますけれども、当然、最低投票率、一般にその言葉だけを聞けばなるほどという思いもあるわけでありますが、同時に、民主主義の基本原則から考えてみますと、まず己の主張をしていく、そしてまた、投票に行った人の意見というのも私はやっぱりこれは相当数配慮をしていかなくちゃならない点かと思うんですけれども、木村参考人と福井参考人にお伺いしたいわけでありますけれども、最低投票率、これはある程度理解できますけれども、やはり自分の意思を投票行為にもって表すという、このことが私は民主主義においては一番大事なことだと思うんですけれども、その点についてどのように思われますか。
○参考人(木村庸五君) 全くそのとおりだと思います。
 やはり選挙を通じて自分の意思を発表するということは望ましいことだと思いますけれども、それを法的に強制するということは望ましくないと思っております。そしてまた、憲法改正については、この重要性からかんがみて、やはり最低投票率というものを実現すると、その程度のバリアは乗り越えるべきであるという考えを持っております。
○参考人(福井康佐君) 国民投票といいますのは、諸外国の制度を見ますと、どの国にとっても正に大イベントになっているわけですよね。余り低投票率の例というのはそんなにないんですね。低い投票率の例というのは、もうどうでもいい話か、かなり技術的な話でしかないわけで、恐らく日本で実施する場合にそういう話にはなりにくいのではないかと思われまして、なぜ最低投票率というのが今クローズアップされているのかというのは私、個人的にはそれほど、ちょっと分かりにくいと思っております。
○秋元司君 私も思うところと似たようなところがあるわけでありますけれども。
 次に、メディア規制について、それぞれ触れていただいた方もいらっしゃいますし、触れてもらわない方もいらっしゃったんで、これは全員の皆さんにお伺いしたいんですが、今回、広告の件を非常に法で規制をしているということになっておりますけれども、私は、実はメディア規制の一番のポイントというのは、これはメディアの自主規制に任せるという方向性になっておりますけれども、やっぱり討論番組とかバラエティー番組、こういった報道で発言されるいわゆる有名人、文化人と言われている方がどのような発言をするかによって、結果的に有権者がその意見に賛同したり、それによっては自分はこれ違うんじゃないかと反論する、いろいろそういったメディアで、ごく、活躍をしているような人の発言によって有権者が影響を受けるということが私は一番大きなポイントじゃないかと思っているんですけれども。
 そういった討論番組とか今おっしゃられたバラエティー番組については自主規制という大まか方向になりつつあるわけでありますけれども、その点についてどのようなお考えをお持ちでしょうか。
○参考人(竹花光範君) 私も、原則メディアを規制すべきではないと、自由を認めるべきだというような考え方でありますけれども。
 今のお話にもありましたけれども、結局、残念ながら、世論と称するものがかなりの割合でメディアによってつくり出されるというようなところがあるんでありまして、一般の国民はなかなかいろんな情報を自ら収集しそれを分析する力がないわけでありまして、メディアの報道によって一定の方向にリードされてしまうと。その結果が国民投票の結果にもつながっていくということでは甚だ困ったことでありまして、したがって、できれば自主規制が望ましいんですけれども、場合によれば一定の枠を公的に設けていくと。例えば虚偽報道の禁止というようなことは考えられるんではないかと、そんなふうに思っております。
○参考人(江橋崇君) 私の考えていることは少し角度が違うと思いますが、やはり一番基礎に置くべきなのは、先ほど福井参考人もおっしゃっていましたけど、どうやって憲法改正、国民投票について国民の意識を盛り上げるかということで、これがないともう低投票率になってしまうわけでして、そのためには、確かに国民投票の行われる期日の直前にバラエティー番組等々でも取り上げたり討論会で取り上げることも大事ですし、そこでキャスターが活発な意見を言ってそれが影響するというのもあると思いますけれども、そういうことではなくて、私は、憲法改正の手続というのは、もっと始めの段階から市民の意思というものを重ねて繰り返し繰り返し問うて、言わば市民が参加し、市民の意見が草案作成段階でつくられる、加えられるような手続になるべきだと。
 そういった意味において、マスメディアの規制を、最終段階でいえば、野球の試合でいえば、九回の裏になってからのルールをどう決めるかということより前に、一回から八回までの方の問題があるんではないかなと思っております。そういった意味において、私は、憲法改正案のそもそもの提案が始まる前の段階から非常に自由闊達なマスメディアでの議論が展開できるような法制度をお考えいただければと思っています。
○参考人(木村庸五君) メディア規制については我々弁護士の団体でもいろいろな意見があるところですけれども、やはり本質的にメディアの自由ということを重んずべきであって、したがって、公的な機関によるメディアの監督という、その中身についての監督ということは認めるべきでないというふうに考えております。
 しかし、自主規制といいましても、やはりきちんとした自主規制ができる中立的な機関によってその番組のチェックができると、そういう自主規制の体制をつくっていただく必要があるんじゃないかと思っております。
○参考人(福井康佐君) 私は、諸外国の国民投票の運用を見ての立場から申し上げますと、一般的に言って、国民投票が否定する側、反対側が有利なのが事実なんですね。ネガティブキャンペーンの方が強くなると、この事実はもう変えられないわけだと思うわけです。
 それからまた、一般に国民は現状維持志向が強いわけですね。特に、憲法を改正すると、今現在住んでいる世界から知らない世界に行くわけですよね。そうすると、不安をあおることによって反対票が増えるというのは、ある意味で仕方ない。私がむしろ申し上げたいのは、それを打ちかつほどの説得力を改正側が提示すべきではないかということだと思うんですね。ですから、メディア規制とか、それからバラエティー番組によって影響力のあるタレントがそういう発言して困るんだということは、ちょっと少し違うのではないかというふうに考えます。
○秋元司君 続きまして、ちょっと話題を変えさせていただきますが、ちょっと福井参考人に一つお伺いしたいんですけれども、この戸別訪問について先ほどお話しいただきました。普通の、通常の衆参両院のそれぞれの選挙と同時にこの国民投票も行った場合において、国民投票であれば戸別訪問はそんなに問題ないし、しかし個別の選挙になるとそれぞれの候補者の選挙に影響ができ、取り締まる警察官を見ると、ごちゃ混ぜでよく分からないという話があるわけでありますけどね。
 ただ、私は実際問題、現場を見てみまして、元々この選挙に対する戸別訪問禁止としたのは、先ほども触れられましたけれども、要するに、買収行為を密室の中で行われちゃ、その可能性を排除しなくちゃいけないという、そういった主な目的で戸別訪問を禁止というふうになっているわけでありますけど、事実問題、そういった金銭等々のことがあれば必ず、言葉は悪いんですが足が付くということになりまして、それなりに警察、警察も含めた取り締まるところからの指摘を受けて、場合によっては検挙まで行く可能性が多いわけでありますが、事実上、その国民投票法でなかなかそういった金銭等の買収行為を行われるというのは非常に私は可能性として低いというのが一つ。
 それともう一つ、各種の選挙におきましても、実際現場では、じゃ戸別訪問をやっている陣営があるかないかといえば、多分ほとんどやっていると思うんです、実際は。しかし、なぜ、そこで戸別訪問が罰則として、現場として押さえられて実際検挙者が挙がらないかというと、基本的には口頭のみと。要するに、ペーパー等を配って一票お願いしますという行為をせずに口頭のみで終わっているケースだからこそ、口頭で言う分にはいわゆる足が付かないわけでありますから、実際はどうやっても怒られないということの中にあいまいもことして今現状の法の運用なされているという実態もあるわけでありますからね。
 ここは、私は余り、通常選挙と国民投票の関係で、一緒に行って、なおかつ戸別訪問を解禁をしたとしても、そんなに私は現場は混乱しないかと思うんですけれども、その辺どのように思われますか。聞き方が難しかったですか、ごめんなさい。
○参考人(福井康佐君) 戸別訪問をどういう理由で禁止されているかといえば、理解がですね、私は恐らくその買収その他利益誘導等が起きるのかなということで思っていたわけなんですが、その原則論からしますと今回は起きにくいんだと。
 今のおっしゃられたのは、現実には話していって帰ってくるだけだから、それは大したことないんだと。だから、現実には、恐らく国民投票運動をやったとしても、同じレベルであればそれほどの混乱は起きないんではないかというお話と理解します。
 そういうことであるとすると、正直な話、私も実際に戸別訪問、選挙運動の戸別訪問も解禁した方がいいのではないかというふうに考えておりましたので、むしろ、何といいましょうか、議論を喚起する意味ではむしろ戸別に一軒一軒やった方がいいのではないか。ただ、そうした方が現実には、選挙の問題としてはコストが物すごい掛かる、逆にコストが掛かるのではないかと。つまり、戸別訪問禁止というのは、一般選挙においてはコスト削減というためにやっているのではないかなというふうに理解しているものですから、そういう考え方に至ったわけでございます。
○秋元司君 ラスト二分でありますから、竹花参考人、江橋参考人にお伺いしたいわけでありますけれども。
 いわゆる天災でありますね、直下型地震等々、こういったものがいつどう起きるか分からないわけでありまして、国民投票というのは、極めて普通の通常選挙とは違い、日本全体の国民の声をどう反映させるかという意味の投票の行為でありますから、ある意味局地的な大震災とか大地震が起きた場合において、ある部分じゃ大丈夫かもしれませんけれども、局地的なあるエリアにとっては当然投票なんかが行える状態じゃないよということが発生した場合におきまして、もう既に投票日が決められて執行が迫っている中、選挙日当日そのような行為が起きた場合においての有効性又はその無効性というのをどのような判断をもって考えればいいかということを一つだけ最後にお伺いしたいと思います。
○参考人(竹花光範君) なかなか難しい問題なんですが、今回提案されている法案ではそういう問題、想定されてないと。いわゆる超法規的な措置でその場合対応を考えていくしかないのかなと思いますが。やはり、その被害の程度にもよりますけれども、実際に投票が行えないような深刻な事態になれば、その地域だけをまた別の日に投票してもらうということで、結果的には全体の国民投票の結果が出るのが遅れるけれども、それはやむを得ないと。
 要するに、多くの国民に、積極的に一票投じようという国民にはできる限り参加していただくというのが当然だろうと思います。国民主権の原理からしてもそういうことが言えるかと思いますので、ある種の超法規的な措置で、その段階で投票日を別の日に設定して投票してもらうということが望ましいのかなと。できればそうした事態も想定して法案の中に対応の規定を置いた方がより良いのかなとも思いますけれども。
 以上です。
○秋元司君 時間です。終わります。
○白眞勲君 民主党・新緑風会の白眞勲でございます。
 本日は、四名の参考人の皆様、本当にお忙しい中、急遽こちらにおいでいただいたような形になってしまったんじゃないのかなというふうに思っておりまして、国会としてもちょっと申し訳ないような感じがしておるわけでございます。
 それに関連しまして、我々野党としましては、この衆議院の審議のやり方とかそういったものを見ると、こんなやり方でいいのかなと。こういった、早急にどんどん法案を通すようなやり方がいいんだろうか。国民投票というものに対して、国民の皆様と一緒になって、先ほど江橋参考人が憲法改正についていろいろな議論を最初からすべきであるというようなお話も、国民の皆様と一緒になってやるべきであるという趣旨のことをお話しされましたけれども、この国民投票ということについても国民の皆様にいろいろな意見を聴きながら、ゆっくりとしっかりとした審議をすべきであるんじゃないかなというふうに思うんですね。
   〔委員長退席、理事中川雅治君着席〕
 そういう中で、この審議のやり方が今のやり方でいいんでしょうかというものについて、この四名の参考人の方にちょっとお聞きしたいと思います。
○参考人(竹花光範君) たしか今の法案が提案されてほぼ一年がたつわけであります。法案提案前の段階でも国民投票法案について議論が行われていたわけでありますから、かなり議論は煮詰まってきているのではないかと、そんなふうに考えます。
 ですから、ちょっと拙速なのか、あるいは十分な時間を取ったのか、なかなか判断が難しいんですけれども、もうほぼ議論は詰まって私はきているんだろうと。先ほど申し上げましたように、なかなか一致ができない点は国民投票の対象の問題、それから最低投票率の問題については最近浮上してきておりますけれども、この問題は当初ほとんど出てなかったということで、ほぼ議論が煮詰まってきているのかなと、そんなふうには考えています。
○参考人(江橋崇君) 残念ながら、衆議院の審議の特に終盤の様々なやり取りについて皆様に何か御報告するような専門的知見はございませんし、現場の実情も分かりませんので、何とも答えられないなというお答えになってしまいます。申し訳ございません。
○参考人(木村庸五君) もう既に先ほどの陳述でいろいろ申し上げましたとおり、やはり最低投票率についてはもう去年の早い段階から弁護士会でも指摘しておりますし、それが余り真剣に取り上げられていないということもありますので、そういうふうに公聴会とかで出てきた問題をどうするかということをちゃんとまともに取り上げて審議していただきたいと思っております。
○参考人(福井康佐君) 議会が実施するタイプの国民投票は、申し上げましたとおり、コンセンサス形成の上で実施されるわけですね。そうすると、実施するということ、それからその他の、それ以外の細かい手続もすべて合意の下で実施されるわけです。例えば、選挙と同時にするとかしないとかも含めて、投票案件はこうするとか、例えば三つにするとかというふうにあるわけなんで、すべて合意で実施されるわけなんですね。恐らく日本の憲法改正が実施せられる場合もそうなるのではないかと。ですから、最初からこんなにもめていいのかなというのが率直な感想でございます。
○白眞勲君 今参考人の方々がいろいろな意見をおっしゃっていただいたんですけれども、積極的にこれでよかったというふうにおっしゃっているのは恐らく竹花参考人だけだったというふうに私は理解をしているわけでございまして、そういう中で、最低投票率というものが今も話がありましたけれども、私は法律の専門家ではございませんけれども、私が小学生のころにこの憲法、日本国憲法というのはとてもすてきなものよということを学校の先生から教わったときに、改正するには国民投票をして、最終的にですね、その過半数だということを聞いたときに、ああ、国民の人たちがみんな投票してその過半数なんだなというふうに私は理解したわけでございます。
 もちろんその中に、何というんでしょうね、もちろん棄権とかあるいは行かない人もいるだろうということを考えると、最低投票率というのは私はやっぱり必要なんじゃないんだろうかと。この憲法に書いてある書いてないといっても、実際問題、やっぱり最低投票率ないと、本当にこの憲法という一番大切な日本の、正に日本の在り方というものを定めるこの憲法にそういったものが、国民がみんなが余り関心を持っていないで果たしていいんだろうかなという部分がある中では、最低投票率というのもやはり必要なんじゃないのかなというふうに思います。
 そういう中で、与党の答弁の中にはこの最低投票率を付けることは憲法違反の疑義があるということを言っているわけですけれども、これ疑義あるんでしょうか。
○理事(中川雅治君) どなたに。
○白眞勲君 皆さん。
○参考人(竹花光範君) 私は疑義はないと思います。憲法にこの点について何らの定めもないわけでありますから、これは立法にゆだねられていると、発議機関そして立法機関である国会の判断にゆだねられているというふうに考えますので、最低投票率について法案に盛り込むことについては憲法上問題はないと思います。
○参考人(江橋崇君) 私は本来疑義があるところだと思っております。憲法で国民投票による過半数というふうに書いて、それしか書いていない場合は、そこに新たな条件を加重することは本来あってはならないことだというのは、憲法第四章の国会に関する様々な条文においても同じことだと思っております。
 ただし、憲法九十六条に関していえば、先ほど申し上げましたとおり、憲法を制定するときに急遽一晩で作られた条文ですから、何しろ。ですから、そんな細かいところまで考えてないわけでして、多くの論点がその後の審議に任されていて、憲法制定議会でもそれほど議論されていませんし、結局は今の議会の皆様の英知に任せられているという裁量の余地が非常に多い条文だと思います。
 そういうことからすると、私は、国民の国民投票に対する参加をきちんと確保するために、言わばその歯止めとして最低投票率というものを定めることが憲法違反だとまでは言えない。ただし、付けなきゃ憲法違反かというと、それも憲法違反とは言えないと。正に裁量の問題だと思っております。
○参考人(木村庸五君) 私は、最低投票率を設けることは憲法違反ではないと考えております。
 憲法の趣旨が、硬性憲法という性格を持っている憲法の趣旨から見て、最低投票率を設けることは憲法にむしろ合致すると。もちろん、八〇%というような最低投票率を設けるとすればいろいろ疑義が出てくると思いますけれども、常識的な線で最低投票率を設けることは問題ないというふうに考えます。
○参考人(福井康佐君) 私は、憲法上、疑義があるのではないかと考えております。
 比較制度論的に見ると、ほとんどの国がこれについては明文で規定しているわけでして、江橋先生が急に決まったからという部分もありますが、やはりこれはそのとおり尊重すべきことではないのかなと考えております。
 ただ、制度論的に申しますと、先ほど言いましたように、最低投票率というのは、先ほど言いましたパラドックスがどうしても出てきますので、むしろ有権者の割合を何%にするというような形、例えば賛成票は有権者の四割にするんだとかと、そういう形の付け方の方がパラドックスは解消できるのではないかなと考えます。
○白眞勲君 この憲法九十六条をじっと読んでおりますと、いわゆる国民投票でその過半数というんですけれども、結局、国民投票でやるのはマルかバツかですよね、結局は、賛成か反対かと。そうすると、これというのは、国民投票にかけられた時点で、賛成か反対かがその投票者、もちろん若干の無効票というのはあるにしても、どっちかになるわけですから、どっちかは必ず過半数になるというのが、私はそういう認識でございます。
 そうすると、この憲法九十六条に書かれているこの過半数というのは、やはり国民の皆様の過半数であるというのがこの憲法に書かれている部分ではないんだろうかと。そうじゃなければ、多数でとかいう文章であったんじゃないのかなとも思えなくはないんですけれども、その辺、四人の参考人の皆さんにもう一度お聞きしたいと思います。
○参考人(竹花光範君) 国民投票にかけてその過半数と言っているわけで、必ずしも国民の過半数と言っているわけではございませんので、私は個人的には有効投票総数の過半数と考えておりますが、この法案の場合もたしかそういう案になっておりまして、これは妥当だろうと思います。
 無効票や棄権票をこれを反対票にカウントするのは不都合でありまして、積極的に意思表示された有効票の中で賛成が過半数であれば、それで国民は憲法改正を承認したと、こう判断すべきだろうと思います。
○参考人(江橋崇君) 九十六条には確かにその過半数という言葉が使われておりまして、特にその過半数のそのの部分がどうなんだと。憲法のほかの条文で議決要件を定めているところにはその過半数とかそういうふうには書いてないわけで、九十六条だけそのと書いてあるのはどういう意味かと。
 これは私も専門家でして、オタッキーですから、何か意味があるのかなと思って一生懸命調べましたけれども、結局よく分からないのでありまして、例えば基本的人権に関する保障のところでも、学問の自由はこれを保障する、これをの三文字が入ったらどういう意味があるんだろう。学問の自由は保障すると学問の自由はこれを保障するではどう違うのか。
 一つは、文章を作られた方の美学の問題もあったかと思いますけれども、どうもよく分からない。とりわけ、佐藤達夫さんのお書きになったものは慎重に見たんですけれども、結局はその過半数のそのはなぜなのというのがよく分からないというのが正直なところでして、したがって、その後、憲法解釈としてそのの部分をいろんな理解を付けて、これは結局は国民という意味で国民の過半数、今おっしゃったとおり、そういう解釈が成り立っていることは承知しておりますけれども、そういう言葉からきてもよく分からないんじゃないか、むしろ制度論的に考えていった方がよいのではないかというふうに考えております。
○参考人(木村庸五君) 私は法律家になる前は、これは投票権者の過半数というふうに思っておりますけれども、法律家になりますと何かいろいろ余計なことも考えまして、投票権者の過半数と解することもできるし、投票総数の過半数と解することも不可能ではないと。ただ、憲法の趣旨からいけば前者の方が望ましいというふうに考えております。
○参考人(福井康佐君) 私も、有効投票の過半数というふうに今は考えるべきであって、それ以外に特に考える理由がちょっと見いだしにくいなというふうに考えております。
 以上です。
○白眞勲君 続きまして、この過半数に関して、ボイコット運動というものの考え方なんですけれども、私が思うには、やっぱり憲法を改正をして、それをボイコットしようというのは、もうよっぽどやっぱり関心がないのか、いや、関心がないというのは変だな、もうこんなんじゃ駄目だよというのが五千万人以上いないと、例えば五割、最低投票率を設けたとしてのボイコット運動が起きたときに五千万人がボイコットをするというのは、もう相当ひどいんじゃないかなと。
 元々そういったものだったら、憲法改正なんてやるべきなんじゃないんじゃないかなというような部分でのボイコット運動だというふうに思うんですけれども、それについて竹花参考人はどういうふうに思われますでしょうか。
○参考人(竹花光範君) 私は、五千万のボイコット者が出るなんというようなことは現実の問題として考えにくいんですが、どれだけのボイコット者が出るとか出ないとかという問題じゃなくして、そのボイコット運動を言わば助長する、あるいは是認するようなことになるのはこれは問題だろうと、そんなふうに考えております。
○白眞勲君 福井参考人にちょっとお聞きしたいんですけれども、福井参考人がお出しなられたレジュメの中に、憲法改正発議するときには、今おっしゃったネガティブキャンペーンという、いわゆる広報関係というかコマーシャルというか、それに打ちかつほどの説得力を提示すべきであるということになると、やはりこの最低投票率というのも一つの要素としてあり得るんじゃないのかなというふうにも思えなくはないんですね。
 つまり、それに打ちかつほどのということは、つまりネガティブキャンペーンがあったとしても、それを打ちかつだけの書いてある説得力ということになりますと、やはり今おっしゃったように、ボイコット運動に打ちかつためのということになるわけですから、説得力という面ではこれは過半数、やはりその辺の最低投票率を設けても決して不思議ではないのかなというふうに思うんですけれども、いかがでございますか。
○参考人(福井康佐君) ボイコット運動に打ちかつためというのはちょっと分かりにくいのですが、そもそもボイコット運動というのはボイコットする人もボイコットを呼び掛けているわけですよね、基本的には。そうすると、その人がただの棄権なのか、それともボイコット運動の賛同者なのかというのは正にそれが分かりにくいんじゃないのかなというふうに感じるわけで、私は、最低投票率についての私の意見は、結局、明文にないということが基本的な見解なんですね。
 ただ、それ以外の私は基本的には国民投票は盛り上げるべきだと思っています。ただし、最低投票率をつくることが盛り上げることに直結しないという立場なんでございます。
○白眞勲君 今、福井参考人からいろいろお話を聞いた中で、欧米のいろんな例を挙げられて御説明をしていただいたわけなんですけれども、私も実は韓国のことをちょっと調べてみたところ、韓国はこれまた九回も憲法を変えているんですね。九回変えているうちの、憲法五回目の改正から国民投票かけられているわけですけれども、これ、投票率が七、八、九で九〇%、九一・九と八回目が九五・四。八七年に最後に憲法を改正したとき七八・二という物すごい高いんですね、これ。それで、賛成がそれぞれ七回目が九一・五、八回目も九一・六、九回目が九三・一と。みんなやっぱり国民納得しちゃうんですね、そうすると。
 だから、例えば韓国で今憲法改正論議がまた、今の大統領が改正したいということを言ったら、結局マスコミとか何かがわあっと反対した関係もあって延びちゃったということもあって、やはり憲法改正の発議というものの前というか、その発議の前の段階でやっぱり国民の世論というものが非常に大きな影響を受け、それによって国民投票というのも非常に高い数字になっていくんではないんだろうかというふうに思えるんですけれども。
 そういう中で、広報というのは物すごく僕は大切だと思うんですけれども、この今回の与党案で見ると、今の木村参考人でしたっけ、問題点を指摘されたのだと思うんですけれども、広報協議会という中で、各会派の所属議員数の比率により、各会派に割り当て選任するということになると、最初からこれ賛成のための広報協議会が起きるという可能性が非常に高いというふうに思うんですけれども、四人のそれぞれの参考人の方々はどう思われますでしょうか。
○参考人(竹花光範君) もし会派の人数に比例しないと、逆に反対派の、改憲反対派の意向が強く反映されて、そういう不都合も出てくるわけでありまして、民主主義の原則は今更言うまでもないんですけれども、良くも悪くも多数決でいかざるを得ないんで、多数派の意向を、まあもちろん少数派の意向もできる限り取り入れるべきでありましょうけれども、最終的には多数派の意向で決定せざるを得ないと。そうであれば会派の員数に比例しておのずから配分せざるを得ないというふうに考えています。
○参考人(江橋崇君) 私が先ほど申し上げましたとおり、憲法改正国民投票というのは平場で憲法改正、賛成と反対のどちらがいいかというのが国民に問われる制度ではないと思っております。国民投票というのは議会が決めた憲法改正、ひっくり返して言うと、今の憲法はもう駄目だといって、まあある種のクーデターみたいなものですね、今の憲法でつくられている議会が今の憲法は駄目だと、だからこの部分は変えるんだというふうに決定、最終的に意思決定したものについて主権者国民として認めるか認めないかという話なんだと思うんです。したがって、私は極端なことを言えば、議会は決定する前は賛成反対平等であっても、決定した以上決定した案について国民に広報するのは当たり前の話だと思っております。
 私はむしろそうではなくて、それよりかもっと前の段階で、先ほど言われていますように、そもそも発議に至る前の段階で、国民の意見をきちんと聴き、賛成反対の両方の意見に公平に議論する場を与え、そして、そこで十分審議して、そして、できれば国民的合意を得た上でそれで最終的な議会で改正案を作ると。できた改正案については積極的にPRして、国民にこれでよろしいかと、言わば仕上げの段階の話ですから、そうなるのはある意味では当たり前で、所属会派の議員数に比例するというのもやむを得ないかなというふうに思っております。
○参考人(木村庸五君) 基本的に、国民投票の運動のときには、これは、それを仕切る広報協議会というのは賛成派と反対派と同数で、そして、公平な形で運動が行われるようにするべきだというふうに考えます。これはもう当然のことで、もう既に国会で発議されたからこれは推進派の方がイニシアティブ取っていいというのは、これはもうとんでもない話だと思っています。
○参考人(福井康佐君) 情報提供につきましてはやはり二つあると思うんですね。一般になるべく自由な情報の流通をさせると、国民の間で。もう一つは、政府の方からできるだけ公平な分かりやすい情報を提供すると、二段階が必要だと思うわけなんです。その点で公平な情報をどう提供するかという点では、やはり私は第三者性というか公平らしさということが非常に重要になってくるんじゃないかと思うわけです。
 そうすると、アイルランドの例がちょっと参考になりますね。アイルランドではレファレンダム委員会というのがございまして、そこが国民投票をある程度監視しているわけなんですが、その構成する者が例えば元最高裁判事とか比較的公平性の高い役職に就いた方々がなっているわけです。その方々が賛成論と反対論を両方議論をかみ合わせてパンフレットなりステートメントを作っているわけです。日本もそういう形の第三者機関的なものをつくるのも一つの方法かなと思うのですが、ただし、日本の政治文化の中でそういう第三者的機関というのはどこにあるのかという根源的な疑問を感じるところでございます。
 以上です。
○白眞勲君 ありがとうございました。
○澤雄二君 公明党の澤雄二でございます。
 今日は四人の参考人の先生方、大変忙しい中、貴重な御意見、ありがとうございます。選挙で声がかれておりまして、お聞き苦しい点は申し訳ございません。
 先ほどから最低投票率の話がいろいろ議論をされていますので、この点からちょっとお聞きしたいなと思っています。
 木村参考人が御意見の中で、八〇%は問題だけれども妥当な数字ならばいいんではないかという御発言がございましたけれども、参考人としてはどれぐらいの数字が妥当だと思われていますか。
○参考人(木村庸五君) ちなみに日弁連では三分の二という数字を出しております。そして、第二東京弁護士会では四〇%あるいは三分の二という数字を出しております。
 大体私は四〇%ぐらいかなというふうに思っております。
○澤雄二君 この当委員会でもこの最低投票率、いろいろと議論をこれまでされてきました。それで、例えば野党側からの意見として五〇%、投票率が四〇%だとする、そうするとその過半数ですから二〇%、ということは国民の五分の一の賛成で改正がされてしまうと、これは本当に憲法改正でいいんだろうかというのが大体の皆さんの御意見であります。
   〔理事中川雅治君退席、委員長着席〕
 仮に五〇%だとしますね、最低投票率。五〇%だとすると、過半数は二五%、四分の一ですね。四分の一と五分の一の違いというのは合理性があるとお思いですか。
○参考人(木村庸五君) その辺りは常識の問題で、どこを常識と見るかというのは、法律的な問題は、そういう数の問題とか微妙なところになりますと決定的な決め手はないことは確かです。ですから、それが大勢の感覚に合うかどうかということになると思います。
○澤雄二君 先ほどから皆さんが憲法改正は非常に重要なことだと。その重要なことを改正できるかできないかという数字が、何か今の御答弁だと大変、何か情緒的に聞こえてしまいます。つまり、最低投票率の議論というのはそんなところでしか議論してないんじゃないかなという気がいたします。
 福井参考人にお伺いしますが、福井参考人は、いただいたレジュメの中で、仮に三〇から四〇だとするというふうに書かれていますね。この三〇から四〇というのは何かお考えはあるんでしょうか。
○参考人(福井康佐君) 私の場合はパラドックスを説明するための仮説例として申し上げておりますが、四〇という数字、むしろ有効投票率四〇とかという例が例えばイギリスのかつて行った国民投票であるわけなんですが、それは、その前の一九七九年の国民投票では四〇%ルールというのを付けたんですね。それの根拠は、その前の一九七五年のEC加盟の国民投票が、賛成の割合が大体四〇、三九・幾つで近かったんですよ。それに合わせて大体このくらいという形で四〇%というのを次回付けたと私は理解しております。
 つまり、何か実例とか先例があるとそういう具体的な数字は付きやすいのかなというふうに考えます。
○澤雄二君 分かりました。
 ですから、先ほどからも、当委員会でもずっとこれまで議論されていますけれども、余り根拠がないといいますか、合理性がその議論に感じられないんで私はずっと聞いておったんでございますけれども。
 それから、この最低投票率を決める場合に、もし採用して決める場合にすごく大事なことが一つ視点としてあると思います。福井参考人、三つ言われていますけれども、一つ付け足したいなと思うんですが、それは有権者の中でどうしても投票に行けない人たちの割合というのがかなりいるんじゃないかと。
 例えば、高齢社会にどんどんなっていきますから、認知症の方がいらっしゃいます。寝たきりの方がいらっしゃいます。足腰が立たなくて歩行困難だって方がいらっしゃいます。それから、若者たちにしても、ニート、フリーターで所在不明だという人がいます。絶対こんなものには、どんな選挙にも行かないという人たちがいます。出稼ぎで選挙区にいない人がいます。そうすると、最低でも一〇%から一五%の人というのはもう最初から投票できない人たちがいるんじゃないかと。
 そうすると、一体、四〇とか五〇とかって数字を決めるのに何の根拠があるんだろうかということを思うんでございますが、皆さん、どうお思いですか。
○参考人(竹花光範君) 私も同感でありまして、先ほど申し上げたかと思いますけれども、積極的に投票に参加できる者はこれはもう参加する義務があると考えるべきでありまして、積極的に参加することが可能な人間が参加をして、その結果がこれは国民の意思であると、そういうふうに言うならば考えなければそもそも民主政治というのは成り立たないわけでありまして、どうしても物理的な理由で投票に行かれないという方々はこれはやむを得ないわけでありまして、技術的な問題として、将来的には、例えば在宅投票とか、そんな制度も考えられないことはありませんけれども、極めてこれは事務量も多くなり、労力が多くしてなかなか実際には難しいかと思いますんで、積極的な意思表示をした国民の、その特に有効票の過半数でそれが国民の意思であるというふうに仮定して国政を動かしていくと、これ以外にないんでありまして、憲法改正の場合もしかりでありまして、国民投票の有効投票の過半数の賛成、これが国民の意思だと考えるべきだろうと、そんなふうに考えています。
 そういう意味においては、最低投票率について法案で特に盛り込む必要は私はないと、盛り込むことによってかえっていろんな不都合が生ずるんだろうと、そんなふうに考えております。
○参考人(江橋崇君) 先ほども申し上げましたとおり、私は、憲法改正について主権者国民の意思を聴く道は国民投票一本ではまずいと。したがって、国民投票一本のときの投票率が低いから民意が聴けていないというのは、民意はちゃんと聴けていなければ聴けていないかもしれませんが、民意を聴く道はもっと別に一杯あるだろうと。
 そこで、例えば予備的な国民投票であるとか、あるいは議案作成過程における国民請願、国民の請願を議会で受けるとか、様々な形で市民の意見を聴くべきだと、そういうことのトータルとして民意が聴けたかどうかと、そして民意が憲法改正に賛成であるか反対であるかが判断されるべきなんだというふうに思っております。
 しょせん最低得票率を設けるというのは議会の側が政策目標を立てることだと私は思っております。つまり、どのような数値を立てても実際には大変困難が多くて、憲法改正を発議した議会は一生懸命様々な努力をしなきゃその得票率が達成できない。今おっしゃったような投票が困難な方々、一杯いらっしゃられるわけで、そういう方々の投票をどうやって現実に確保していくのかという制度改正も含めて議会はいろんなことを考えていかなければとても実現できないことがある。
 そういった意味において、自分たちがたどり着くべき数値目標を立てて、ここまでは絶対確保するぞと、それで、これ以上の低投票率にはしないぞというふうに頑張られるという、その政策目標を立てることは私は結構なことだと思っています。しょせん腰だめですから、三〇とか四〇という数字になると思いますけれども、その最低投票率を定めること自体に反対ではありません。ただ、あくまでも国民の意思はそこだけで聴くのでは不十分ですと申し上げているところです。
○参考人(木村庸五君) 憲法改正の重みから考えて、やはり最低投票率は設けるべきであると考えております。
 その数字がどの辺りであるかというのは、法律の中でいろんな数字を決めることがありますけれども、なぜ三分の一で記述するのかとか、三分の二なのかとか、そういう決定的な合理的な理由ってあるわけじゃなくて、みんなでこの辺りにしましょうということで決めるんですよ。ですから、私はそれで四〇%でいいかなと。本当は三分の二にしたいですけれども、それは、実際上六七%近い人が投票するというところまでちょっと現状では期待できないということで、まあやむを得ず四〇%という数字を考えております。
○参考人(福井康佐君) 物理的その他の理由で選挙に行くことのできない方々も含めて、国民投票そのものをいかに盛り上げていくかという視点が非常に大切なんではないかと。
 江橋先生がおっしゃいましたように、国民の方から提案するという形もございますし、それから私は、一番大切なのは、盛り上げるということの一つの上に何を改正するのかと。つまり、盛り上がるものを改正するわけですよね、基本的には。国会で御議論いただいて、これは絶対に改正しなくちゃならないからということで改正するわけですから、むしろ、盛り上がるものを改正する、国民が投票所に行かなければならない、どうしても行きたいなというものを国会の方で取り上げるという話の筋なのではないかと思われます。
○澤雄二君 ありがとうございました。
 先ほど白委員も韓国の例を述べておられましたけど、数字を言っておられましたけれども、基本的に憲法改正、初めてのことですから、これは投票率が低いということは余り当初は考えられないと思います。
 国を挙げて投票率を上げる努力は、皆さんがおっしゃっているように多分やるんだと思います。これは間違いなくやると思います。それでももし投票率が低いということがあれば、それはある意味もう日本の民主主義のガバナビリティーがそこまでしかないんだということなんだということもありますし、それから、大事なことは、発議するまでに国民の代表である国会議員の三分の二以上がこれに賛成をしているというのは、そこにある意味もう国民の意思というのは反映されているとも考えられますので、私は余り最低投票率というのはこだわる必要はないんではないかなと。むしろそれは、逆にボイコットの運動であるとか、それから、技術的な話とか言葉を変えたいとかというときに、投票率が下がった場合にそれができなくなることの方の弊害の方が心配だなというふうに思っております。
 話を変えますが、福井参考人にお話を伺います。
 最初予定をしていた、考えていたのと、お話を伺っていると少し違ってきて、だんだん私と似てきているかなって、近い考えかなというふうに思ってきたんですけれども。
 大量コマーシャルとかの大量キャンペーンについてお伺いをしますけれども、福井参考人は、度を超えた反対キャンペーンを容認すると進歩的若しくは必要な改革ができなくなると、だから大量コマーシャルは規制すべきだということをどこかに書かれていると思うんです。私、事前に読ませていただいたものに書いてあった。つまり、憲法改正に反対する勢力ですよね、だからネガティブキャンペーンとして効果があるというふうに言われています。でも、今国会で議論をされているのはむしろ逆なんですよね。
 憲法改正を促進する方がその大量キャンペーンをして、金に物を言わせてそういうことをするんじゃないかという議論がされていますけれども、その辺のところというのは、どっちにも大量キャンペーンというのは規制すべきだというふうにお考えですか。
○参考人(福井康佐君) まず、ネガティブキャンペーンをすることによって、まず盛り上がることは間違いないと思うんですね。
○委員長(関谷勝嗣君) 福井参考人。
○参考人(福井康佐君) 失礼しました。
 ネガティブキャンペーンをすることによって、まず、多分、憲法九条改正ということであれば、かなりネガティブキャンペーンもなされるのではないかと思われます、有料広告その他メディアも含めてですね。それはそうだと思います。一方で、お金を使った憲法九条改正のキャンペーンもなされると思います。
 そのこと、賛成と反対が大量に出ることによって、むしろ国民投票自体が一つのイベントとなりまして、かなり盛り上がった形になり、投票率を押し上げるのではないかというふうに私は現在考えております。
○澤雄二君 私もそう思うんです。
 それで、大量キャンペーンという場合、今回テレビのコマーシャルが規制をされています、二週間前からできなくなるとか、有料の場合でありますけれども。この大量キャンペーンという場合、何もテレビのCMに限らないんだというふうに思います。今、インターネットももちろんありますし、様々な活字媒体、活字メディアも存在をしているわけですね。映画館のコマーシャルもありますよね。それから、手段そのものが実に多様であります。
 また、賛成、反対の意見表明というのも政党だけがするわけではありません。今、政治資金の領収書添付その他で、透明性の問題でいろいろ議論されていますけれども、その中で、いろいろ言われている中で政治団体の数がよく議論をされていますけれども、七万団体登録されています、都道府県で。こういうものが一斉にいろんな意見を言い始める。NPOもありますし、そのほか様々な住民の団体等もあります。一斉に賛成、反対の意見を述べ始めるということになると、一体何が大量キャンペーンなんだという判断がすごく難しくなるんだろうと思います。
 今、私の会館の部屋にも毎日百枚から二百枚ぐらいの、国民投票法案、反対してくださいというファクスが参ります。これも一種の大量キャンペーンですよね。ですから、一体何が大量キャンペーンという判断する材料があるのかということ、それから、それを規制することができるのかということであります。
 先ほどテレビ討論の話が話題になっておりましたけれども、一体、テレビ討論だとか番組に出ているキャスターの発言を自主規制なんということができるんだろうかと。私はできないと思います。ただ、大事なことは、自主規制ではなくて、公平さを保つということだと思います。テレビ側が、この人はこういう発言をする人だといったら、それを公平にバランスを取って出席をさせるというようなことは必要だと思いますけれども、自主規制というのはあり得ないと思います。
 ですから、単にテレビのコマーシャルを規制すればそれで事足りるという考え方そのものが何かすごく、もっと奥深くこの問題については考えなければいけないんではないかなというふうに思っているわけでございますが、この点について、福井参考人、どうですか。
○参考人(福井康佐君) 先ほど申し上げましたように、情報の流通というのは二種類、二段階あると思うんですね。
 一つは、真偽不明なものも含めた自由な情報流通と。スイスでは、プロパガンダといいまして、ポスター、文書等が非常にはんらんしておりまして、それは投票者の情報獲得の一つのかぎになっているわけでございますが、やはりそこでもどれが正しいのか間違っているのかというのが一つ問題になっているわけです。日本でも恐らく、今公職選挙法的な枠を取った上での国民投票運動をすると、情報が正しいかどうかというのは必ず問題になってくると思うわけですね。
 ですから、その意味で、むしろ公的な機関による最低限のこの改正はこういう意味ですよという内容、ステートメントを出すべきではないかと。それは、先ほど来出ていますような議会の構成比ではなくて、むしろ議会から委任された、あるいは議会を超えた第三者的機関による公平な情報を最低限提供すると、こういう二つの方式が望ましいのではないかと私は考えております。
○澤雄二君 また次のテーマに移らさせていただきますけれども、同じく福井参考人にお伺いいたします。
 投票案件の数についてこういうことを言われていますね。細かく投票案件を作成し、民意を正確に反映させることは望ましいが、諸外国の例を見ると、投票案件が一定数を超える場合、逆に国民の情報収集と理解が難しくなって、投票率の低下、棄権の増加の可能性があり、そのバランスが難しいというふうに言われています。
 例えば、具体的にこの日本国憲法を改正を考えた場合、どの程度が許容範囲とお考えになっているのか、それが一つですね。それからもう一つは、憲法改正の方式として、公明党が言っておりますけれども、加憲方式というのがありますが、これについてはどういう見解をお持ちでございますか。
○参考人(福井康佐君) 多くの国で国民投票を実施しているわけですが、私が研究しました欧米十か国におきましては、いきなり例えば三つとか四つとかという形の国民投票をする例は多くはないんですね、見てみますと。大体普通は一回、非常に重要な問題について一回ということで、それ以外については二つあったりという形になります。ただ、アメリカのように住民投票が州のレベルでほぼ確立している部分になりますと、十とか二十とかという形になってきます。ですから、私、そのお読みいただいた論文の中でも書いておると思うんですが、国民投票の初心者であるという観点からすると、やはり一ないし二が情報獲得という程度から考えても適切ではないかという点が一点でございます。
 それから第二点でございますが、加憲方式ということなんでございますが、現在、例えばプライバシー権のように憲法には規定されていないけれども事実上確立されている人権がございます。それを明文化するということは、例えばそれに伴ってある種の法規がまた制定されたりとか、あるいは、例えば公務員その他に対して交渉するときに、私にはプライバシー権がはっきり言ってあるんだという形で交渉の手段になるということも考えられるわけだと思うんですね。我が国のように行政国家ですと、やはり公務員と交渉する際に何々権というのがあるという形で強く出すということはかなりインパクトのある方だと思うわけですね。そういう意味では、現在あるものを追加するという形では、私は賛成したいと思います。
○澤雄二君 時間が参りました。今日はどうもありがとうございました。以上で終わります。
○吉川春子君 日本共産党の吉川春子です。四人の参考人の皆さん、本当にありがとうございます。
 まず、四人の参考人の皆さんに共通した問題をお伺いしますが、与党は大変国民投票法案の成立を急いでおられますけれども、一方、憲法を改正する必要があるかというアンケート、各種ありますけれども、改正する方がいいという人の比率が下がっているアンケートが多いです。
 これは読売新聞ですけれども、改正する方がいいという人の比率が二〇〇四年は六五%だったと、〇五年は六一%、〇七年は四六%と、だんだん下がってきている。こういうことについてどういうふうにお考えになるのかという点ですが、憲法改正の可能性が高まるとともにしり込みしている、今のままでいいという気持ちがじわじわ高まっているとも言えると学者のコメントが付いております。
 九条一項の改正、必要ないが八〇%、九条二項、改憲の必要ないが五四%、いずれも過半数なんですけど、憲法を大いに評価しているという人は八五%もいて、一九九七年から九ポイントも増加していると。一つの新聞社の調査の推移なんですけれども。
 急いで国民投票法を制定する意味がどこにあるとお考えか、あるいはないとお考えか、その点、共通の質問です。
○参考人(竹花光範君) 先ほども申し上げたと思いますが、改正の是非論と改正手続について法的整備を行うということ、これはリンクさせて考えるのは私は問題だろうと思います。
 改正が是か非か、賛成、反対か、これは別の次元の問題でして、国会の発議権それから立法権、それから考えて、先ほど来、九十六条の手続規定が極めて不備であって通常の立法にゆだねているというふうに考えざるを得ないんで、したがって、立法権それから発議権を持っている国会としてはその手続法の整備をする義務があるんだと。日本国憲法、成立からもう既に六十年たつわけでありまして、占領下においてはなかなか改正は困難ですし、それを予想させるような手続法の整備も困難だったと思いますけれども、もう独立回復してからも五十年以上経過しているわけでありまして、早くは決してないと。もっと早くやっておくべきだったのに、それが今ごろになってしまったということだと思います。
 今回の提案されている法案について審議が十分かどうかと。その点については私も必ずしも十分だったというふうに断定的には言えないかもしれませんけれども、ほぼ一年にわたって議論がされてきておりますんで、どこかではっきりと国会としての意思を決めざるを得ないということになってくれば、ある程度議論が詰まっていますんで、この辺で国会としての意思決定をしてもいいのではないかと、そんなふうに考えているところです。
○参考人(江橋崇君) 私は、別に今国民投票法を作ることが特に急いでいくことだとも思っておりませんけれども、したがって、国民投票法作られることは結構ですが、二つだけはしかしながらまだとても審議が足りないと思っております。
 一つは、発議に至る前段階の話が今度の国民投票法案でも後ろの方に国会法の改正として載っているわけでして、その国会法の改正として扱われている部分は発議に向けて衆参両院でどのように議論していくのかという部分に当たるわけで、そこについては私はまだ審議がとても足りないと。とりわけ、これは憲法上は参議院は衆議院と、珍しく衆議院と対等の立場にあるわけですから、対等の立場にある両院としてお互いに十分協議し合っていけばよいのに、衆議院でああいうふうに強行可決したものを参議院に送り付けて、無修正で通したいとか足りないところだけ補えとかというのは、やはり私はこの部分は特に議論が足りないと。
 むしろ、先ほど申し上げましたとおり、憲法改正国民投票の在り方あるいは憲法改正の在り方について参議院が果たすべき役割、それは私は、憲法上は単なる二院制じゃなくて衆参両院が協力していかなきゃうまく三分の二のハードルは越えられないと思っていますので、どうやって協力していくのかということがまだ審議がとても足りないんじゃないかなと。
 もう一つは、国民の意見をどう聴くかというところも、九十六条の文面にこだわり過ぎて、その最終段階での国民投票をどうするかというところは随分議論されていますけど、それに至るそれまでの、前の段階でどういうふうに議論するのかということについて全然議論ができていないんじゃないかな。日本国憲法ができたときに、いや、作られるときに、東京大学の人たちがみんな集まって憲法問題の研究会をつくって、そこが最初に出した意思表示というのは、憲法改正に当たって国民の意思を聴くというときに、最終段階で聴くだけじゃ大衆動員に終わってしまう、そうじゃなくて、やっぱり憲法改正のとき主権者、市民の意思を聴くというんだったらば、早い段階で、草案を作成する段階できちんと意見を聴かなきゃいけないとしきりと言っていたんでありまして、今の九十六条は、草案も何もかも全部できて、議会の最終意思決定が終わってから初めて国民にぬっと出してくるという形ですので、これでは足りないだろうという意味で、私は、憲法改正発議以前に民意を聴く方法についてもっと御議論いただかないと足りないんじゃないかと。
 その二点を中心に慎重審議が必要だと思っております。
○参考人(木村庸五君) もう既に申し上げましたが、憲法改正国民投票法案、これは憲法に定めた手続の法律ですから必要であることは当然ですけれども、これは憲法に準じて、やはり与野党の主要部分で合意できるような手続にすべきだと思います。
 弁護士会というところはいろんな立場の人がいまして、憲法問題そのものについて議論しますと、護憲派もあり、改憲派もあり、両方あるんですけれども、この手続法案については珍しく一致して問題点を指摘して、いろんな立場の人がそうだと言ってやはり今まで意見出してきています。
 そして、その主要な問題点についてまだ取り上げられていない問題がたくさんあるんですね。我々法律家として手続法というのはこうあるべきだというはっきりしたイメージがありますから、それからほど遠いというのが今の法案です。ですから、もうほぼ尽くされたとおっしゃいましたけれども、とてもそうは思えません。それは、こういう議場で、ここで配付しました日弁連及び二弁の意見の中にすべて今のところ網羅して指摘してありますけれども、そういう問題をきちっと決めて国民全体が納得する形で進めなければ、かえって改憲しようとするものに対する不信感を助長しているんじゃないかというふうに思います。
○参考人(福井康佐君) 憲法改正については、例えばイタリアは、一九四五、六年に憲法を制定して国民投票という制度を憲法に規定しているわけです。その後、国民投票法自体を制定したのは一九七〇年でして、その間二十五年間、割と長い間空白期間があったわけなんですね。それで、七〇年に国民投票法を制定して、七四年に初めて国民投票を実施しています。それは、この間、議会、与党、野党の間で国民投票を実施しようというコンセンサスがあったわけですね。つまり、憲法改正の国民投票の場合においても、まず国民投票をしよう、あるいは憲法を改正しようという、そういう中身の議論が当然最初に来るはずだと思うんですね。中身があって入れ物を作ると。今回は入れ物を先に作って中身を後から考えようということなのですが、その積極的な意味は私、ちょっと分からないところがございます、正直な話。
 もう一つ御指摘申し上げたいのは、憲法改正作業というのはやはり物すごく時間の掛かるものではないのかと思うわけですね。実際、三分の二という合意を取るために、例えば与党だけでは足りず野党まで含めて、あるいはどういう人が賛成するのかという、また江橋先生のおっしゃるように国民の議論も盛り上げてということであれば、恐らくモラトリアム期間であるところの三年じゃ足りなくて、五年とか十年という長い期間で必要ではないか。例えば今、イタリアなんかでも去年国民投票を実施してやっぱり否決されているわけですから、長い間掛けても否決されるかもしれない。そうすると、やはり国民投票法も大事だけれども、憲法をどういうふうに改正するのかという中身の議論がまず最初に来るべきではないのかなというふうに私は考えます。
○吉川春子君 ありがとうございました。
 続きまして、国民投票に関する運動の規制問題について、まず木村参考人にお伺いします。
 公務員及び教育者の地位利用による国民投票運動の禁止規定が設けられているんですけれども、この対象になる公務員数は、一般の公務員で四百万人ぐらい、そして教育公務員が百三十万人ぐらい、ダブりを除いても五百万人に上るというふうに私ども推計しているんですけれども、これだけの大掛かりな人々に対して運動の規制の対象というふうにすることはかえって憲法に対する議論を萎縮させるのではないかと思いますが、その点はいかがお考えですか。
○参考人(木村庸五君) 正にそのとおりだと考えております。今、刑事罰はないということになっておりますけれども、行政罰がなくてもいろいろ行政的な制裁がいろいろ加えたりされているわけですし、君が代・日の丸の問題でも一切そういう制裁はないということだったのに東京都でいろんなことが起きていると。そういうことを考えますと、この国民投票法案の国民投票運動に対する規制というのは計り知れない影響を与えると。特に、国民投票についての運動というのは、賛成か反対かということで、特定の個人に対する選挙活動ではないので、みんなが意見を出し合ってやっていけばいいんで、地位利用というのもよほど厳格にそれを定義しない限りそれは非常に危険なものであると、何でも地位利用にほうり込まれてしまうということがありますので、そういうあいまいな要件で制裁を加えるということは一切なくすべきだと、そしてみんなで一緒に議論していくということにすべきだと思います。
○吉川春子君 福井参考人に続いてお伺いしますが、国政選挙と同時に国民投票を行うと混乱するという先ほどの御指摘がありまして、その御意見に対して、私は今の公選法自体が非常に厳し過ぎるのではないかと。参考人もちらっとおっしゃいましたけれども、戸別訪問、文書配布、運動方法、これを本来もっと自由にして、そういう公選法を基準にして考えればまだしも、今の非常に世界にも例を見ない、戸別訪問なんて禁止している国はどこにあるだろうかと思うぐらいの、そういう中で、更にこれを基準にしてここまで大丈夫だなんという議論が衆議院の方でもなされていたと思うんですけれども、やはりまずこういう運動を規制しないと、自由にするということも議論すべきではないかと思いますが、その点についていかがお考えですか。
○参考人(福井康佐君) 確かに、現行の公職選挙法はいろんな規制が掛かり過ぎて、本来であればもう少し自由な選挙活動をしなければならないものがされていないのではないかというイメージを持っております。
 ただ一方、私は、現行の選挙活動、選挙運動というのはお金というかコストが非常に掛かり過ぎていて、こういうふうにある程度規制を掛けるというのはまるっきり合理性がないというわけではないかなともちょっと考えているわけですね。恐らく、無制限にしたときに、やっぱり逆にお金のある方が勝っちゃうという形になる可能性もある、どの国でもそうですけれども、そういう形になると思うわけです。
 ただ、一般論で申し上げますと、選挙法はちょっと、公職選挙法は厳し過ぎるなと。ただ、この場合、国民投票運動を緩くして公職選挙法を厳しくしてというのはなかなか難しいのではないかなと。どちらかを厳しくする、どちらかを緩くするという形じゃないと、実際は似たような形を取るわけですから、現実には運用上非常にバランスの悪いものになるのではないかと思われます。
○吉川春子君 次に、テレビ、ラジオなどの広告について、まず木村参考人にお伺いしたいんですけれども、投票日の十四日前からテレビ、ラジオによる広報の全面禁止というのは表現の自由の観点から見れば認められないけれども、有料の広告放送は資金力による格差が非常に生じるんだと、こういう御指摘で、私も本当にそう思うんです。特に、テレビのCMなんというのは、普通じゃちょっと買えないわけですよね。資金力のある人が有利になるような、そういう広報活動であってはこれは決してならないと思いますし、これが十四日前からの規制でどうかという問題とも絡むんですけれども、資金力のある人が有利にならないような、こういうルールというもの、具体的に何かお考えがあればお示しいただきたいと思います。
○参考人(木村庸五君) 技術的になかなか難しい部分だと思いますけれども、やはり広報協議会というところが枠取りをして、そこが平等に賛成と反対の広告をするようにアレンジするという形を取らざるを得ないのかなと思っております。そういう中で、それを無料の形で両方の立場の意見をテレビを通じて広告するということにするということだろうと思います。
○吉川春子君 今提案されている広報協議会はそういう役割を果たせるとお考えですか。
○参考人(木村庸五君) それは、先ほど申し上げたように、広報協議会そのものの構成についてはまた別途問題がありまして、これはやはり賛成、反対が同数になるようにしなければ国民投票運動そのものに対する管理がもうそれこそ不公平なものになるということで、それは投票制度としては全くふさわしくないというふうに考えております。
○吉川春子君 竹花参考人に今の点お伺いしたいんですけれども、とにかくお金の力というのがすごく必要なんですよね、テレビコマーシャルなどというのは。もう私どもはとても買うことができないぐらいのお金が掛かるわけですけれども、こういうことで有料のテレビコマーシャルを自由に買える、一定の期間の制限はあるけれども、そういうことについて、国民投票法、国民投票運動について大きな暗い影を落とすことになると思いませんか。
○参考人(竹花光範君) その辺は国民の良識といいましょうかね、成熟度の問題にもかかわってくるんですが、先ほど来議論がありますように、なるべくPR運動、改憲に関する、反対にしろ賛成にしろ、運動は自由にすべきであると。しかし、選挙直前までそうしたことが自由だと様々な悪い影響も出てくるだろうということで、十四日ですか、前になったらそれは禁ぜられるということになっておりますので、それなりの配慮が行われているかと思いますし、それから広報協議会の各党派に対する議員数による委員の配分の問題もありますけれども、私は国会議員の良識を信じております、国民の代表でありますから。自己の政党の意向で公平な運営を左右するようなことはないと、そう信じております。
○吉川春子君 江橋参考人にこの問題についてお伺いします。
 国会議員の良識とかなんとか、そういうものが有料広告の不公平さというものを担保する力になるんだろうか。やっぱり本当にこのお金の力でもって左右されないようにするにはどうすればいいとお考えでしょうか、お伺いします。
○参考人(江橋崇君) 公職選挙法や政治資金規正法も言っていますように、お金を出すことは政治活動ではないわけでして、したがって金力の差によって発言量が変わるということは良くないことだと。正にそのとおりだと思うんです。
 そのことを国会の方で十分お考えいただきたいと思うんですが、ただ、先ほどから申し上げていることに一つ付け加えますと、仮に選挙のときに国民投票を行うとなると、その直前の国会で衆参三分の二以上の議員が賛成した憲法改正案が同時に国民に提案されるわけですから、選挙の候補者はおのずとその選挙の運動の中で国民投票とか憲法改正について語ることになり、仮に、例えば自公民三党で憲法改正案ができたとしたら、自公民三党の候補者はみんな選挙区で今度の憲法改正案はいいぞ、いいぞと言い、批判する勢力の方は、全選挙区に候補者がそろうかどうか問題がありますけれども、やっぱりそこでも劣勢になってしまうということはあると思うんです。だから、したがって私は公平さで、選挙の、国民投票の管理としてはなるべく公正な形にすべきだと。それと同時に、しかし、国会が三分の二の、国権の最高機関が三分の二で憲法改正案を提起しているという立場も尊重しなきゃいけないという、両方でいずれにせよ活発にしてもらうよりしようがないのかなというふうに思います。
○吉川春子君 終わります。どうもありがとうございました。
○近藤正道君 社民党・護憲連合の私、近藤正道と申します。
 今日は、四名の先生方、貴重な御意見、御提言をいただきまして、ありがとうございました。大変参考になりました。これからの審議の中に是非生かしていきたいと、こういうふうに思っております。
 最初に、最低投票率の設定のことについてお尋ねをしたいというふうに思っています。憲法の九十六条に最低投票率の規定がありませんので、これを国民投票法案の中に盛り込むことをめぐって意見が分かれております。そして、世論調査の結果ですが、国民の八割近い人たちが最低投票率の設定を盛り込むべきではないかと、こういう意見を持っているということがこの間分かりました。
 そこで、今日もこのことについていろいろ議論があるんです。先生方の方からいろいろ御意見がありましたけれども、私、最後の方でありますので、もう一回確認の意味で聞かせていただきたいんです。
 九十六条には最低投票の規定はないんですが、与党の皆さんによれば、文言はないけれども、ここに最低投票率を盛り込むことは憲法上疑義があるという指摘をされております。つまり、最低投票率の規定は九十六条の憲法事項だと、国会が議論できない、もう憲法で、九十六条で決まっていることなんだと、こういう立場で基本的にお話をされておるわけでありますが、どうも先ほど来四名の先生方のお話を聞いておりますと、憲法九十六条は必ずしも最低投票率については定めていない、明確に態度を決めていない、これは国会で決めることができるんだと、こういうふうにおっしゃっている方が多数のように私お見受けをするんです。
 そこで、そういう私の理解でいいのか。つまり、最低投票率は憲法事項なのか、あるいは国会が自由に決めていい立法事項なのか、どっちなのかということ、前者なのか後者なのか、明確に四名の先生方からお聞かせをいただきたいと思います。
○参考人(竹花光範君) 立法事項というふうに考えざるを得ないわけですね。
 先ほど来議論をしてきましたけれども、九十六条は大変残念ながら不備な規定なんですね。足らないところは国会が通常の立法で補うしかないわけでありまして、将来的に新しい憲法を作る場合にはもう少し中身がはっきりした改正手続規定にすべきだろうと思いますね。現在はないんですから、これは、憲法は禁止もしていなければ要求もしていないと。これは立法裁量の問題だと考えています。
○参考人(江橋崇君) 私も憲法は立法に任せていると思います。
 そして、なお、御参考のために申し上げますけど、例えば基本的人権に関する条文についても解釈上疑義のある事柄は幾つもあると思います。それにつきましては、憲法裁判を通じて最高裁判所の憲法解釈権、違憲法令審査権で解決していただくのが筋だと思いますが、こういう議会制の基本にかかわる部分の憲法条文について疑義があるときに、この最終的な解決を最高裁判所に頼んでいいんだろうかという問題はありまして、やっぱりここは議会が自ら決定し、統治行為として自ら決定するんだという見識を持たれて自ら決定されて、そしてそのことを実行していただくというのが筋かなと思っています。そういった意味で、議会が御決定になるべき裁量事項だというふうに考えております。
○参考人(木村庸五君) 私もこれは憲法事項ではないというふうに考えておりますが、ただし、これも憲法事項であると考える人も結構おりまして、それを定めないのならば違憲訴訟をするということも言っておりますので、確かにそういう硬性憲法の趣旨からいくと、そういう解釈も可能であろうというふうには思っております。
○参考人(福井康佐君) 私はちょっと解釈論的には、これは明文で規定がございませんから、やはり最低投票率を付けるのはちょっと無理では、いや、解釈上大きな疑義があるんではないかと考えます。
 ただし、ただしというか、一つ例を申し上げますと、例えば最低投票率を四〇%というふうにした場合に、仮に実際の投票率が三〇%で八割以上の賛成があったと。三、八、二四%ということになりますよね。有権者の二四%の賛成というのは実は数字の上ではそんなに極端に低い数字でもないような、あるいは高いような、難しいところだと思うんですね。一つの考え方として、八割の賛成も出ましたという、そういうインパクトもあると思うんですよね。
 ですから、この数字の処理というのはなかなか難しいところがございますので、私はそういうところも含めて、やはり今の憲法としては明文でその部分が、比較憲法的に見たという視点です、私の場合はね、比較憲法的に見たときにはやはり最低投票率という規定は付けてないのではないかというふうに私は考えます。
○近藤正道君 福井参考人にお尋ねいたしますが、比較憲法という立場ではなくて、今の現行憲法の九十六条の解釈という立場に立ったときに、最低投票率の設定は憲法事項ですか、憲法事項ではありませんか、どっちですか。
○参考人(福井康佐君) この場で私に白黒付けろと言われてもちょっと困るんですが、まあ考え中ということにしてください。申し訳ございません。
○近藤正道君 そうしますと、四名の方のうち三名が明確にこれは立法事項であると、憲法事項ではないと、こういうふうにおっしゃって、福井参考人は更に検討をしたいと、こういうことでございます。だから、明確に憲法事項というふうにおっしゃる方はおられないということであります。
 そこで、立法事項とお答えになった三名の参考人の方にお尋ねをいたしますが、国会が決めるに当たって考慮すべき事項、検討すべき事項、これは何だと。つまり、最低投票を入れるか入れないか、国会が決めるに当たってやっぱり重視すべきポイントは何と何なのか、それぞれお答えいただけますか。
 今度は木村参考人から。
○参考人(木村庸五君) やはり過去の投票率、それは見る必要あると思います。しかし、普通の選挙の投票率とは国民投票は違いますから、その平均と比べてバリアが高くなってもいいと思っております。基本的に立法事項である、法律事項であるといっても、やはり憲法の趣旨に従って立法すべきであって、そういう意味では、私は積極的に最低投票率を定めるべきであるという考え方です。
○参考人(江橋崇君) 先ほど申し上げましたけれども、私は、この数字というのは、立法事項だということは政策目標だということでありますから、どこに設定すると国民投票制度がうまく機能するのか、国民の意見が十分聴けるのかというところで御判断いただくべきものだと、政策的に御判断いただくべきことだと思っております。
 なお、ちなみに申し上げますと、私の住んでいる市がそうなんですけれども、今の市長が最初に当選したときの選挙は、多数乱立した結果、絶対得票率一四%で市長は当選しております。で、一四%で当選した市長は何が困るかというと、リコールされたら一発でひっくり返っちゃいますから、当選したらば、何はともあれリコールが成立しない、つまり五〇%以上の人がまあいいかなと思ってくれるようなことを展開しなきゃいけない。
 一般市長選なんかで一四%でも当選しているんですから、最低投票率も六五とか五〇という、そんな高いところまではとても言えないよなと。政策目標としては三〇とかという数になるのかなとも思いますが、これは全く個人的な腰だめの数字です。
○参考人(竹花光範君) 私も、余り高い率を設定しますと国民投票が成立しないというようなことがしばしば起こりがちであると。それは大変な混乱をもたらすし、一回の投票に大変な労力とお金も掛かるわけですね。ですから、なるべく成立するように、設定するんだったら比較的低い数字をと。世界的に見てみますと、大体三〇%から四〇%が一番多いようですね。韓国などはたしか五〇%ですかね。
 私は、基本的には、先ほども申し上げましたけれども、積極的な意思表示をする国民と、それをしない国民を必ずしも私は同列に扱う必要はないと。本来ならば投票権あるいは選挙権というのは、その行使は、民主政治を成立させるためにはこれは国民の義務であるというふうに考えるべきだろうと。そのことを憲法上明記している例も見られるわけであります。憲法に明記するかしないかは別としまして、そういう考え方を多くの国民が取らなければそもそも民主政治は成立しないと。
 したがって、この棄権をする方々は、むしろモラトリアム状態に自分を置いて、意識的にか無意識的にか、積極的な意思表示をした国民の意思に言わば従うということなんだと、そういうふうに考えざるを得ないと、そんなふうに思っております。
○近藤正道君 最低投票率の話はそれくらいにいたしまして、次に福井参考人に一点お聞かせをいただきたいと思います。
 先ほど木村参考人が国民投票法案の問題点について幾つか問題提起をされました。国民に正しい情報を伝える、これはもう国民投票制度が機能する大前提であります。正しい情報をやっぱり公平に伝えるその担い手として、与党案では国民投票協議会というものを設けているんですが、その国民投票協議会はどこに置かれるか、あるいはどういう人たちによって構成されるか、あるいはどういう権限を持つかという点でいろいろ憲法上問題があるよという話を木村参考人が先ほど提起をされましたが、福井参考人、それこそ比較法の観点で、先ほどの木村参考人の御意見、どういうふうに受け止められておりますか。福井参考人はどういうふうにこの協議会の問題点について今考えておられるのか、お聞かせをいただければ有り難いと思いますが。
○参考人(福井康佐君) まず、情報の問題なんでございますが、やはり先ほど来、資金力の多い方が、資金力ですね、コマーシャルストール、多い方が情報が多く流通するのではないかという話が出て、それは正にそのとおりだと思うんですね。一方で、先ほどから私申しましたように、できる限り最低限正しい公平な情報をいかに国民に伝えるかというのも大切なことだと思うわけです。そうしたときに、その公平らしさ、どういうものを指して我々国民全体が公平だと思うかということが一つのポイントになると思うんですね。
 議員の割合で見たときに、例えば恐らく三対二とか四対二になるわけですよね。そうすると、それを公平だと考えるのか、あるいは賛成と反対の割合になったときに、一対一になったとき公平だというふうに考えるのか。そうじゃなくて、ある程度政治性を排した別の機関に頼んで、例えば最低限の情報を流通させるように確保するというのが公平だとなるのかと。幾つか、大きく分けて三つの考え方があると思うわけです。
 私は、そのうちの、ある程度政治性を排した第三者的機関を設置して国民投票全体を監視させ、そこで公平な最低限の情報の流通をさせつつ、それ以外については自由な情報の流通にゆだねるべきだと。それは、場合によっては、お金の多い方がコマーシャルが多いことにはなるかもしれません。ただし、その制度的なというか、現実的な担保として、お金というのは、コマーシャルというのは、ネガティブキャンペーンの方が非常に効果的なんだと。賛成、賛成と訴えていってもそれほど国民は効果がないんだという実証研究幾つか出ていますから、そういう観点からしても、余りコマーシャルは買う方が有利だという形にはならないんじゃないか。
 むしろ、お金をどこが出しているかということを情報公開すべきだと思うんですね。実は、財界や大企業がたくさん出しているとか、それから軍需産業が出しているとか、そういうことを公開させる方がはるかに大事なんじゃないかと。それこそが国民にとっての投票のかぎになるのではないかというふうに私は考えます。
○近藤正道君 分かりました。有益な示唆をいただきまして、ありがとうございました。
 木村参考人にお尋ねをしますが、先ほど冒頭にレジュメをいただきましたけれども、時間の関係でレジュメの最後の項目、つまり個別投票の方式の問題だとか、あるいは無効訴訟、あるいは改憲の、憲法改正の限界の問題等について言及されておりましたけれども、このことについて時間来ていてお話ししていただくことができませんでした。あと六分ぐらいありますけれども、この二点ないし三点について、是非お話を聞かせていただければ有り難いと思います。
○参考人(木村庸五君) 個別発議の問題ですけれども、現在、関連する事項ごとに賛否を問うという形になっていますが、この書き方だと、関連するということであればどうにでも伸縮するというところがありますので、やはり別々に賛否を問うと相互に矛盾することが明らかであると、そういうものは一緒にするという形でくくった方がいいんじゃないかというふうに考えております。
 そうでなければ、もうそれこそ、あれも関連するこれも関連するということで、それぞれ意見が違う可能性があるのに一括して投票を求めるということになって、それは国民の意思を正確に反映しないということになりますので、そのように考えております。
 それから、無効訴訟ですけれども、これはここに書いてございますとおり、提訴期間が三十日では少し短いのではないかということと、東京高裁に限っているということが地方の方から裁判をするときに障害になるということで、せめて高裁すべてというふうにしてもいいんじゃないかというふうに考えております。
 それから、改正権を超えた改正というのは無効事由になるというふうにすべきではないかと思います。まあこれは最高裁の役割をどう考えるかという非常に難しい問題はありますけれども、やはり明らかに改正権の限界を超えているのにそれがまかり通るということを認める法律では困るというふうに考えております。
○近藤正道君 今ほどのお話の一番最後のところでありますが、憲法改正の限界の点ですよね。与野党とも改正には限界があるという点ではほぼ一致しているんですけれども、しかし何が限界を超えているのか、超えたときにどこがチェックするのかというところで意見が分かれるわけですよね。それは、それも含めて国会の中で十分議論していただきたいと、そしてそれでもなおかつ駄目なときには国民が判断をするんだという意見と、それも含めて裁判所が判断をするんだと、意見が大きく割れるんですけれども、木村参考人は裁判所でそれも、憲法改正の限界を超えたときにもチェックできるんだと、こういうふうに積極的におっしゃる理由をもう少しお述べいただけますか。
○参考人(木村庸五君) その辺は、それは政治的にそれを分析しますと、裁判所でそういうことができると定めることによって国会できちっと議論するという効果があるというふうに私は考えております。
 これ、裁判所に本当に適するかどうかというところまでは、いろいろ生々しい問題があった場合にいろいろ問題はあるかもしれません。でも、やはりそういうふうに限界を超えて明らかに憲法違反なのに、まあ憲法違反というか基本的な憲法の根本原則を変えるような改正であるのに、それを全く歯止めがないという形はやはり法律としては取れないということですね。
○近藤正道君 最後に一点、福井参考人にお尋ねをしたいと思います。公務員、教員の国民投票運動規制の問題であります。
 公務員、教員については、地位を利用して国民運動をやった場合には刑事罰の対象にはならないけれども行政罰の対象になると。そしてもう一つ、教員も含む公務員については政治活動に対する規制が残ると。これは場合によっては刑事罰の対象になるわけですね、これから三年掛けてその辺のところをどうも調整するようでありますけれども。
 地位利用の点と政治活動の規制の点と、この二重の点で公務員について、あるいは公務員、教員については規制が掛かるわけなんですけれども、こういう二重の規制で投網を掛けるようなやり方というのは憲法改正の国民投票運動では世界的に一般的に行われていることなんですか、それとも日本の場合は希有なようなそういう事例に当てはまるんですか。世界の事情はどんな様子になっているんでしょうか。私、世界的にはこういう二重の規制というのは余りされていないと、日本の場合は規制が非常に過重だという話を一般的に聞くもので、事情に詳しい福井参考人からお聞かせをいただきたいと、こう思いますが。
○参考人(福井康佐君) 私の理解では、公務員に対する政治活動の規制は、少なくとも国民投票についてはそれほど多くないというふうに考えております。私も実は公務員経験が三年間ございまして、そうすると、やっぱり罰則がなくてもそれは意識するのもある意味では当然だろうなというふうに思うわけですよね。
 ですから、また、国民投票自体は国家イベント、大イベントだと考えていますからなるべく議論を盛り上げたいと。そういう意味では、各種公務員に対する規制というのは、普通の選挙の場合とはちょっと違った意味で、ある程度規制は少なめにした方が、あるいはない方がいいんではないかと考えます。
○近藤正道君 終わります。どうもありがとうございました。
○長谷川憲正君 国民新党の長谷川憲正でございます。
 私が最後の質疑者でございまして、参考人の皆様には、本当に長時間、多方面にわたっての御説明、御答弁をいただきまして大変有り難く、御礼を申し上げます。非常に参考になっております。
 私、国民新党と申し上げても皆さん方は余り御存じないかもしれませんので、ちょっとだけ御説明を申し上げます。
 と申しますのも、順番が共産党、社会民主党と来まして、その次が国民新党でございますので、どんなに左の政党かというふうにお思いになるかもしれませんが、私ども保守主義の政党でございまして、郵政解散が行われるまでは私自身も自民党に所属をしておりました人間でございます。党の方針といたしましても、憲法の改正に反対でもございませんし、手続法を定めることにも反対でございません。
 しかしながら、この間の質疑でも私ちょっと申し上げたんですけれども、やはりこういう憲法にかかわるような問題というのは、先ほども参考人の方からも御意見がございましたけれども、できるだけ大きな国民的な合意をつくるための努力をしなければならないというふうに思っているものでございます。本来は、手続法の今議論をしているわけでございますから、意見の違いはあるにしても、そんなに大きな問題になるはずがないわけであります。それが今日非常に大きな議論になっておりますのは、事が憲法に関することだと。
 特に日本の憲法は、日本が戦争に負けまして、もう二度と戦争はすまい、そのためにきちっとした憲法を作るんだということで進駐軍が基本になって作ったとかいうような経緯は私ももちろん承知はしておりますけれども、世界の中でも平和憲法という名前を取って注目をされている憲法でありますから、この憲法はなるべく変えるべきでないというふうに思ってらっしゃる方もたくさんいらっしゃるわけであります。
 そういう中で、本体の憲法のどこをどう変えるのかという議論が国民の前に余り明らかにならないうちに手続だけを議論しようというところに私はやっぱりちょっと無理があって今日のような状態を生んでいるのかなということで、大変残念に思っているものでございます。
 そこで、個別の問題はもう各委員が御質問をなさいまして、私もなるほどな、なるほどなという思いで聞かしていただきましたので重ねての御質問はいたしませんので、一つ、こういうことはどうかということを参考人の皆様に御質問をしたいと思います。
 それは、この憲法の条文を読みますと、九十六条でございますけれども、国会がこれを発議して、国民に提案してその承認を経なければならないと九十六条に書いてございますが、この承認には、特別の国民投票又は国会の定める選挙の際行はれる投票において、その過半数の賛成を必要とすると。この承認には特別の国民投票等々と、こう書いてあるわけでございまして、要するに、投票に関する法律というものをあらゆる改正の機会に備えて一般的に用意しておかなければいけないとは特に書いてないというふうに私思うわけです。
 ですから、今度のように、今回いつ憲法の改正の提案がなされるか分かりませんが、あらかじめ物を作って用意しておくというよりも、とにかく三分の二以上の賛成で国会が発議をしなければいけないという非常に硬い条件が付いているわけでございますから、憲法の改正の中身というものが具体的に表に出てきて、そしてそろそろ国会でみんなで、これを三分の二で発議をするんだというような段階で初めて手続法を定めても私は問題がないんじゃないかと。その方が時間も掛からずにスムーズに手続が決められるんじゃないかというふうに思うんですが、御専門の皆様方の御所見を承りたいと思います。
 できましたら、竹花参考人から順番に御意見を承れば幸いだと思います。
○参考人(竹花光範君) やはり手続法を先に定めないと、何か具体的な問題が出てきたときにそれに備えるために手続法を議論するというんじゃ、かえって混乱すると思うんですね。
 それから、そもそも国会の立法の問題にこれゆだねられているんですから、九十六条、大変不備な規定なんで、何か問題が起こったとき、具体的に改憲が政治日程にのったときに手続を議論するというのでは、これは国会のいわゆる立法義務に反することになってしまうわけではないかと思います。
 ちょっと適当な例じゃないかもしれませんけれども、泥棒を目の前にして縄をなうみたいなことになりかねないわけでありまして、まずは手続法を整備しておくと、いつ憲法改正が現実化してもそれに対応できるようにしておくというのが、これは国会の義務ではないかと、私はそんなふうに考えています。
○参考人(江橋崇君) 今おっしゃったように、私は憲法改正案ができたらばその段階で国民投票法は幾らでも変えられる、極端な言い方をすれば一晩で作れる法律だと思います。
 しかしながら、そのとき一晩で作ろうとすると大きな問題が二つ出てくるわけで、一つは、もう憲法改正案の賛否をめぐって与野党がちがちにけんか状態になっていますから、何か党派的利益みたいなものばっかり優先していくことになってくる。
 それからもう一つは、人間って結構怠け者でして、一度どこかで落ち着いた時期にきちんとした国民投票法案を考えておかないと、その場では結構昔の議論に引きずられちゃうわけです。現に実際問題として、一九五〇年代に、当時の政府とか自民党の要請を受けて自治庁が作った国民投票法案というものにその後もみんな引きずられて、憲法学者の議論も含めてあそこに書いてある論点以外の論点はだれも考えないという、そういう、いや、そこまで言っちゃうとちょっと言い過ぎですか、そういう状態が続いておりまして、それを打ち破ったのが竹花さんと福井さんの九〇年代以降の新しいこの憲法改正に関する研究だったわけで、こういう研究が出るまでもうみんなあれ見て結局仕事していたわけですから、そういった意味でやっぱりあるときにきちんとしたものを作ればいいと。私個人として言えば、金丸自治庁の国民投票法案というのは相当いい加減なもので困った先例になっているなと思っているんですけれども。
 ですから、そういった意味で落ち着いている時期にする方がよいと。ただし、落ち着いている時期に急に一党一派が頑張ってやるぞとかいって強行採決というのはどうも具合が悪いので、やっぱり広い国民的、比較的まだ意見対立が出ていない段階で広い各党間の協力体制をつくった法案を一度作っておけば、法律を作っておけば、まあそれは比較的尊重されるし、将来のモデルとして重要な意味を持ってくるだろうと。
 そういった意味で、今の段階に作っておいた方がいいと私は思っています。
○参考人(木村庸五君) 私も、国民投票法案というのは、憲法改正が具体的な案が出てきた段階で作るというのでは遅いと思います。
 しかしながら、今の改正については、途中から狂ってきたといいますか、やっぱり一党、一党というか与党の方が強引に進めようとしたということで、せっかくこれまで進めてきたのがすべて台なしになったというぐらいの大きな影響があるんじゃないかと思いますので、仕切り直しをしてやはり冷静に、多数、過半数だけでなく三分の二程度の合意が得られるような、しかもそれ以外の各派もこれならしようがないと思うような公正な手続法を定めていただきたいと思います。
 そのようにすることによって、改憲しようという人たちにとっても決してマイナスにならないというふうに考えております。
○参考人(福井康佐君) 私の基本的な立場としましては、日本の憲法のような、議会が案を作って国民に提示するタイプというのは、正に比較制度的に見ると、実施する際に必ず改正案の中身と、それからその細目、手続、例えば実施日とか細かいこと両方、両方とも合意ができて実施されるわけなんですね。恐らく、日本でも何年後かにする場合は、中身と手続という両方、与野党間あるいは三分の二の勢力の合意の下で実施されることになると思うわけなんです。
 そういう考え方からすると、その都度、そのときにすればいいのではないかという考え方もあります、一つとしては。ただ、もう一つ、まずガイドラインを作っておいて、基本合意をつくっておいて、その後、各個別の国民投票を実施する際に一つずつ個別法規を作っていくという方法もあるのかと思います。実際、イギリスの場合は一九七三年から国民投票、現在九回近くしているわけですが、ある時期までは毎回個別法規を作っていました、個別法規。それぞれ少しずつ手直しをしているわけなんです。そういうように、一応ある程度ガイドラインを作って毎回手直しするという方法もあるかと。
 どのみちやっぱり、もう一度繰り返しますが、中身と手続の両方合意しなければ絶対できないと思うんですね。総選挙と一緒にやりたい党もあればやりたくない党もあるわけでして、その辺もいろいろ分けて考えなければならないかと思いますので、基本合意をつくった上で個別法規を作るという、そういうスタイルもあるのかなと考えます。
○長谷川憲正君 ありがとうございました。大変参考になりました。
 いずれにしても、憲法改正というのはこの国をもっといい国にする、国民の皆さんをもっと幸せにするというために行われるものでありますから、憲法改正を起点にしてかえって国論がいろいろ分かれる、国内が分裂をするというようなことにならないように、これはもう私ども国会議員全員が心して掛からなければならないというふうに思った次第でございます。
 もう大変時間が過ぎまして、間もなく四時が近づいておりますので私の質問はこれで終わらせていただきまして、最後に、何か言い残したことがありましたらそれぞれ、私最後でございますので、これだけは言っておきたいよというのがありましたら一言ずつお願いを申し上げまして、質問を終わります。
○委員長(関谷勝嗣君) では、言い残したことがある方は挙手を願います。
○参考人(木村庸五君) 衆議院の方で与党が採決して参議院に回ってきたので、法律的には非常に選択肢が狭まっているんですね。しかし、やはり国家の基本にかかわることですので、その選択肢の中で無理なことをしないで、やはりこの際、参議院だけでなく衆議院もともに国の将来を考えて、いい手続法に変えてほしいという非常に切実な願いを持っております。
 以上です。
○参考人(江橋崇君) 私のお渡しした事前のメモで触れてないところですけれども、私は、日本の憲法問題というのは北東アジアの問題の一部だというふうに考えております。これまで日本は、例えば中国の人権の問題について、天安門事件の後いろんなことを言ってきました。最近で言えば、今後北朝鮮と日本の国交が回復するようなことがあれば、開いた北朝鮮という国における人権とか民主主義の問題についてもいろいろ言わなければいけないこともあるだろうと思います。
 ただ、日本がそういうことを言ったらどうなるのかということがありますので、私はむしろ韓国のNGOとか日本のNGOとも協力して、北朝鮮が国際社会に復帰するんなら国際社会の基準は守ってもらいたいと、言わば国際社会の基準を守ることが日本の今後東アジアにおける人権とか民主主義とかの問題になってくるのかなと。そうした場合、やっぱり私は、日本は日本自身の憲法問題も北東アジアの人々から見て不信を持たれないような、むしろ、ああ日本にこういう憲法があって北東アジアは安定して良かったなと思えるような、そういう憲法になってもらいたいと思っているわけです。
 そういう観点からしますと、日本国憲法ができて六十年になっていますけれども、日本という国は、今まで日本国憲法を英語に訳した以外はどこの言葉にも訳してないというウルトラナショナリストの国家なわけです。その英語に直したのも、英語の文章に直したかったんじゃなくて、進駐軍に見せろと言われてしようがなくて作ったものですから、中には適当にごまかして、進駐軍にとって目障りな部分は日本語の憲法の原文と違う英語になっていますものね。そういうふうなものしかないということでして。
 まあ、例えば日本における憲法問題についての発信がない。発信がないところに信頼をしてくれと言われても無理だから、時々トマトをぶつけられたり、瓶ぶつけられちゃったりしちゃうんだと思うんですね。そういうことを繰り返さないためにも、私は東アジアの人々に対する広報啓発というのも大事だと思っていますし、既に憲法調査会当時にいろんな各方面の意見を聴くときに、在日している外国人、アジア人の方々も何人かお呼びして憲法に対する御意見を聴いていると思うんです。ああいうことが非常に大事だし、また、今後、今からでも遅くないわけでして、憲法改正問題について、国際語化されているアジアの言語についてはせめてもう少しPRなさった方がお互いにいいですよねというふうに思いますし、また、そうしておかないと、自分の国の憲法問題を開かないと相手の国の憲法問題に対して皆様が御発言することは困難になってくると思いますので、これからは、北東アジアに共通した人権とか民主主義をつくっていく一環として日本国憲法の改正問題を考えるというぐらいの視座を持っていただければと思っております。それを申し上げたかったわけです。
 以上です。
○参考人(竹花光範君) 今提案されている法案が成立しても、手続についてすべてが解決するわけではないかと思います。
 例えば、憲法改正案の提案権の問題、これ内閣にあるかどうか。これ、学界でも見解が分かれておりますけれども、内閣に認めるか認めないかと、このことをはっきりさせなきゃいけない。認めるならば内閣法に明記すべきだろうと思いますし、それから、国会の両院で総議員の三分の二の賛成で発議をするとされておりますけれども、その三分の二の基礎となる総議員とは何ぞやという、これも解釈が分かれておりまして、法定議員の数なのか現在議員の数なのかと、これもはっきりしなければ、三分の二の数をめぐっていざ手続を進めるときに大変な混乱が起こると、そんなふうに考えております。
 したがって、この法案だけですべてが手続について解決するわけではないと、そのことをひとつ御認識していただいておきたいと、そんなふうに考えております。
○参考人(福井康佐君) 最後になりますが、ここ二十年ほどの欧米の国民投票を見ておりますと、大統領が提案したりあるいは議会が提案するタイプの、憲法改正だけじゃなくEU加盟とかの国民投票を含めますと、いわゆる国会や政治家層で決定してコンセンサスができて下に下ろしても否決される割合が結構高いわけなんですね、現実には。そういう意味で、江橋先生がおっしゃるように、国民的議論の盛り上がりと情報、それから理解してもらうということが是非やはり必要なことではないかということが第一点。
 もう一つ、是非これはイメージしていただきたいんですが、国民投票というのはやっぱり国家の大イベントだと思うんですよね。何かやっぱりこっそりと低い投票率で成立するなんという、そういうものではないと思うんですね、基本的には。やはりみんなが賛成し、みんなが反対して、議論が盛り上がった上で成立するというものですから、そういう実態に合わせた国民投票法づくりを是非お願いしたいと思います。
 終わります。
○委員長(関谷勝嗣君) 以上で参考人に対する質疑は終了いたしました。
 参考人の方々に一言ごあいさつを申し上げます。
 本日は、大変お忙しいところ貴重な御意見をお述べいただきまして誠にありがとうございました。当委員会を代表して厚くお礼を申し上げます。(拍手)
 本日はこれにて散会いたします。
   午後四時三分散会