第186回国会 文教科学委員会 第18号
平成二十六年六月十二日(木曜日)
   午前十時開会
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   委員の異動
 六月十一日
    辞任         補欠選任
     櫻井  充君     浜野 喜史君
 六月十二日
    辞任         補欠選任
     浜野 喜史君     櫻井  充君
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  出席者は左のとおり。
    委員長         丸山 和也君
    理 事
                石井 浩郎君
                二之湯武史君
                大島九州男君
                松沢 成文君
    委 員
                上野 通子君
                衛藤 晟一君
                中曽根弘文君
                橋本 聖子君
                堀内 恒夫君
                水落 敏栄君
                石橋 通宏君
                斎藤 嘉隆君
                櫻井  充君
                那谷屋正義君
                浜野 喜史君
                新妻 秀規君
                矢倉 克夫君
                柴田  巧君
                藤巻 健史君
                田村 智子君
   衆議院議員
       修正案提出者   笠  浩史君
   国務大臣
       内閣総理大臣   安倍 晋三君
       文部科学大臣   下村 博文君
   副大臣
       文部科学副大臣  西川 京子君
   事務局側
       常任委員会専門
       員        美濃部寿彦君
   政府参考人
       内閣官房内閣参
       事官       佐々木裕介君
       財務省主計局次
       長        岡本 薫明君
       文部科学省初等
       中等教育局長   前川 喜平君
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  本日の会議に付した案件
○政府参考人の出席要求に関する件
○地方教育行政の組織及び運営に関する法律の一
 部を改正する法律案(内閣提出、衆議院送付)
○学校教育法及び国立大学法人法の一部を改正す
 る法律案(内閣提出、衆議院送付)
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○委員長(丸山和也君) ただいまから文教科学委員会を開会いたします。
 委員の異動について御報告いたします。
 昨日、櫻井充君が委員を辞任され、その補欠として浜野喜史君が選任されました。
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○委員長(丸山和也君) 政府参考人の出席要求に関する件についてお諮りいたします。
 地方教育行政の組織及び運営に関する法律の一部を改正する法律案の審査のため、本日の委員会に、理事会協議のとおり、内閣官房内閣参事官佐々木裕介君外二名を政府参考人として出席を求め、その説明を聴取することに御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○委員長(丸山和也君) 御異議ないと認め、さよう決定いたします。
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○委員長(丸山和也君) 地方教育行政の組織及び運営に関する法律の一部を改正する法律案を議題とし、質疑を行います。
 質疑のある方は順次御発言願います。
○斎藤嘉隆君 民主党の斎藤嘉隆でございます。
 この地教行法の改正もいよいよ大詰めになってまいりました。私も野党案の策定に随分深く関わってきたものですから、今日は、今までの委員会の中でいろいろお聞きをし、確認をさせていただいたことも含めて、もう一度最終の確認を様々させていただきたいと思っています。
 今回の改正の柱、目的、幾つかあろうかというふうに思います。一つは、首長と教育委員会との連携の在り方、また責任の明確化といったことがあろうかと思います。もう一つ大きな柱に、今回の改正によって危機管理体制が迅速に行われるようになるということを、これまでも様々にこの国会の場でも議論をされてまいりました。
 もう一度確認をさせていただきたいと思います。現行法と比べ、どの点がどのように迅速化されていくのか、お聞きをしたいと思います。
○国務大臣(下村博文君) お答えいたします。
 現行の教育委員会制度につきましては、教育委員長と教育長のどちらが責任者か分かりにくい点、また、いじめ等の問題に対して必ずしも迅速に対応できていない点、さらに、地域の民意が十分に反映されていないという指摘、また、地方教育行政に問題がある場合に国が最終的に責任を果たせるようにする必要があるといった課題があるというふうに認識しております。
 このため、改正法案におきましては、政治的中立性、継続性、安定性を確保しつつ、一つは、首長が議会同意を得て直接任命する教育委員長と教育長を一本化した新教育長を置くことによる教育行政における責任体制の明確化を図る、また二つ目に、常勤の新教育長から教育委員への迅速な情報提供や会議の招集の実現など、迅速な危機管理体制の構築を図ることができる、さらに、首長と教育委員会が協議、調整する総合教育会議の設置や首長による大綱の策定など、地域の民意を代表する首長との連携の強化を図ることができる、また、国が最終的な教育行政の責任を果たせるように、第五十条を改正し、いじめによる自殺等が起きた後におきましても、再発防止のために国が教育委員会に指示できることの明確化を図るものでございまして、地方教育行政の権限と責任をより明確化し、全国どこでも責任ある体制を築くことが可能となると考えております。
○斎藤嘉隆君 そうなりますと、大津のような非常に痛ましいいじめの事件が起き、また子供の自殺というようなことにつながるといったような場合に、こういう事件が起きたときに一義的にこういったことの最終的な責任は教育長が負うと、こういうことでよろしいでしょうか。
○国務大臣(下村博文君) 今回の改正案によりまして、教育委員会における責任の所在が不明確であるという従来の課題が解消し、教育行政の一義的な責任が新教育長に一本化され、責任の明確化が図られるということになります。また、常勤の教育長が教育委員会の代表者となることによりまして、教育委員への迅速な情報提供や会議の招集が可能となるなど教育委員会の活性化に資するものと考えられる一方、首長に対しても、直接、新教育長の任命責任を負うことになるということで、その役割がより明確化になるものと考えます。
 ただし、今回の改正においては、教育の政治的中立性、継続性、安定性を確保する観点から、引き続き教育委員会を合議制の執行機関として残すとともに、教育委員会の職務権限そのものは変更があるわけではございません。したがって、地教行法第二十一条に規定する教育に関する事務の管理、執行については教育委員会が最終責任者であり、第二十二条に規定する教育に関する予算執行権については首長が最終責任者であるというところでございます。
○斎藤嘉隆君 今、首長と教育長あるいは教育委員会との責任の、分担というとあれですけれども、在り方というのをるる御説明をいただいたというふうに思います。
 もちろん、いじめなどが起きたときに、学校にも大きな責任があるわけです。教育長、教育委員会にも責任がある、また首長にも当然でありますけれども様々な責任があろうかと思います。言ってみると、無責任な首長が、いじめなどが起きたときに、その責を教育長、教育委員会などに丸投げをして自らの責任を認めないというような状況はこれはもう絶対あってはならぬと、そのための今回の法改正であるというようにも思います。
 いじめ事件一つ一つを取っても、その背景というのは実に多くの背景がございます。学校の指導体制の不備もあると思いますし、教育委員会の事実誤認やあるいは隠蔽体質、こういったこともあろうかと思います。また、教育条件整備の不備などにより子供たちの見守りが十分にできないということもあります。家庭との連携がうまくいかないということもあります。あるいは学区の自由化など、昨今、必要以上に教育現場、子供に言ってみればストレスを与えるような様々な施策がそれぞれの地域で行われているのではないか、その弊害を指摘するような声もあろうかというように思います。
 現行法でも、地域でいえば元々首長というのは教育行政全般にわたって予算執行権を持つわけでありますから、その責任というのはもちろん今でも大変大きいということであろうかと思います。責任の明確化はもちろん重要でありますけれども、きちんとそこの責任を分かち合っていかないと、ある意味で大幅な改善にはつながらないというように思っております。制度至上主義では、やはり、前も申し上げましたが、教育現場の抱える本質的な課題に目を向ける努力がどうしてもおろそかになってしまうのではないかというように思いますが、大臣、この点についてはいかがでしょうか。
○国務大臣(下村博文君) それはおっしゃるとおりだと思います。
 制度はより現実的な課題に対応したより良いものを常に目指すということは当然必要ですが、どんな制度であってもその制度によって全てパーフェクトに解決するということにはならないわけで、常により良いものを目指すということは必要になってまいりますが、しかし同時に、今、斎藤委員から御指摘がありましたように、そこにおける人がどんな人かということが必要でありまして、そのために、教育長それから教育委員においても、より地域の方々に信頼をしてもらいながら、そして教育委員会そのものの権限が変更になるわけではありません。これは執行機関として存続するわけでありますから、今まで以上に教育長や教育委員の人選については首長それからそこの地方議会等がバランスを取った十分な配慮をされる必要があるというふうに思いますし、同時に、その教育長や教育委員に対するたゆまぬ研修等を、あるいはいろんな機会を提供することを、そこの自治体、あるいは国もそうでありますが、することによって、より望ましい、教育長それから教育委員が学び続けて、そして地域から教育問題として信頼されるようなそういう体制も、つまり人づくりも十分に同時に配慮していく必要があると考えます。
○斎藤嘉隆君 ありがとうございました。
 これまでの、私、衆議院の文部科学委員会そしてこの委員会の議事録をずっと、かなり多かったんですが、読ませていただいて、幾つか大臣や局長の御答弁で少し気になるものがあるので、そのことについて確認をさせていただきたいと思います。
 今回の改定の利点について、これは衆議院の議論でありますけれども、下村大臣、こうやって述べていらっしゃいます。せっかく省令改正しても進まない部分が、総合教育会議を設置することによって自治体における例えば土曜授業が加速度的に推進をされると、そういう役割が総合教育会議ができることによって生まれたというように御答弁をされています。
 総合教育会議の設置によって土曜授業が加速度的に推進をされるということのちょっと真意をもう少し詳しくお聞かせをいただきたいと思います。
○国務大臣(下村博文君) これは今年の、御承知のように、四月から省令改正をいたしまして、これまで特別な理由があれば土曜授業ができるというところを、教育委員会の判断で土曜授業ができるというふうに改正をいたしました。そのことによって、愛知県におきましては名古屋市が既に活用されておられますけれども、より活用しやすくなるということを省令改正したわけでございます。
 ただ、名古屋も、あるいは東京もそうなんですが、やっているところが一〇%ぐらいで、実際は、土曜授業の、土曜学習含めて、必ずしも土曜日に教員が教えるということじゃなくて、地域の方々が教師となって教えるということでの土曜学習ですが、寺子屋教室とかいうふうに命名している自治体もありますが、熱心といいますか、やっているところは一〇%しかないと。
 この省令改正で、実際にスタートしてもまだ二〇%ぐらいであります。これは、基本的に教育委員会そのものが非常に消極的だというところもたくさんあります。一方で、首長も、首長のもちろん意識によって相当違いますが、首長はやりたいと、土曜授業をやったらいいのではないかと、しかし、やるかやらないかは教育委員会の判断ですから、なかなかその辺で、首長はやりたいと思っていても、教育委員会がそれはやるべきでないということでやれなかった自治体もあるということを首長から聞いたことがございます。
 その辺で、総合教育会議を設けることによって今まで以上に制度的にコミュニケーションが取れると。まあ今までもうまくいっている自治体は、実際は、常時首長と教育委員の方々がいつも話合いをしながらその自治体におけるより良い教育行政を目指しているというのが実態的には相当あるとは思いますが、しかしやっていなかったところも事実としてあったわけでありますが、それが総合教育会議を設けることによって今度は制度上これは担保されたということで、首長が是非土曜授業や土曜学習をしたらどうかということについて、総合教育会議等で話し合うことによって協議、調整が調えばやれるということで、結果的に土曜授業があるいは土曜学習が加速されるのではないかということでの期待感ということで申し上げたところであります。
○斎藤嘉隆君 この土曜学習、土曜授業の根本的な考え方についてはこれまでも大臣とも議論をさせていただきましたし、そこはそんなに相違がないんです。
 ただ、これはあくまで執行権者は教育委員会であろうというふうに思いますので、総合教育会議ができることによって例えば土曜授業の推進という方向が加速度的に進められていくということをやっぱり一義的にこういう国会の場で言及するのはいかがかなという、そういう思いがあります。
 例えば、総合教育会議でこの土曜授業について話し合われる、それはもう当然あると思います。その結果、地域の実情に応じてやっぱり実施せずというような結論も当然あるわけで、そこのところを、政治の場で議論をするときにやっぱりニュートラルに、何というか、うまく言えませんけれども、きちんとそこのところは議論をしないと、変な意味で今回の総合教育会議が、じゃ教育再生実行会議の言われている、あるいは国の言われている施策をトップダウンで地域に下ろしていくためのそのための会議なのかというふうに思われかねないし、そのことについて非常に多くの方が危惧を持っているということも事実だろうというふうに思います。
 こうやって施策の方向性についてもちろん議論がされ、それは、実態としては進むことが可能性としては高いというようには思いますけれども、様々な判断がそれぞれの地域でなされることになろうというふうに思いますので、その点、一点ちょっと是非お願いをさせていただきたいと思います。
 僕は、この総合教育会議、実は、いろいろ問題はあると思いつつも、期待をしている部分が一つありまして、有効に機能すれば、僕はこれまでの教育に関わる縦割りの行政の弊害というのをかなり排除できるんではないかなというように思っているんです。
 例えば、先日、神奈川で小さいお子さんが白骨化した遺体で見付かるという大変痛ましい事故がありました。あれは、例えば、小学校で入学予定、就学予定の子供だったわけであります。就学予定者の確認というのは、実は教育現場はすごく大変困難なことでありまして、名簿は来るけれども、電話をしても通じない、郵送物を送っても何の返事もない、訪問をしてもそこには誰もいないと、そういうことはもう日常的にあるんですね。そうすると、仕方がないと言うとあれですけれども、そこで入学予定者から削除をされていくというようなことも現実の問題としてあろうかというふうに思います。
 それが、そのことが例えば今回のこの痛ましい事故につながったと、その最大の原因であるとすると、これは教育委員会にも大きな責任があるし、それから首長部局の福祉関係の部門にも大変大きな責任があろうかというように思います。例えば、こういう議題が教育委員会の側から現場の問題として投げかけられて、そしてこの総合教育会議の場で双方の執行権限に関わる課題として取り上げられて、その対応策が役所内で横断的に議論をされていくということになると、これはまさにすばらしいというふうに思います。
 あるいは、子供の就学保障、例えば就学援助などについて、これは今地方の単独事業となっていますけれども、同様に双方がこの課題について連携をし合って、確認をし合って、例えば補助品目を拡大をしていくと、そんな方向で例えば調整が付くということもあろうかと思うんですね。これは、今までなかなかできなかったことを公の場でやるという意味でいえば、非常に大きな利点だと思っています。
 教育委員会と首長部局というのは、こういう形でこの総合教育会議の場で連携をしていただきたい、是非。こんな会議になることも、私は、可能だし、期待をしておるのですが、いかがでしょうか。
○国務大臣(下村博文君) 総合教育会議を積極、前向きに捉えていただいてありがとうございます。おっしゃるとおりだと思います。
 先ほどおっしゃっていましたが、要は、人の部分も確かにあるとは思いますが、しかし、そういう制度ができることによって、今まで以上に、それぞれ別々の執行機関があったわけですね、それによってなかなかそういう正式な平場での会議設定が行われていないということで、あくまでも非公式な議論が、今度は総合教育会議という場の中でいろんな議論ができるということが提供されるわけであります。
 ですから、こだわるようですけど、土曜授業も、教育委員会の判断でできるということについては、教員が土曜日に授業をやるということでは教育委員会の判断でできますが、土曜学習等は、これはやっぱり予算に関わるものですから、教育委員会で勝手に決めるというわけにはやっぱりいかないと思うんですね。では、その分の予算はどうするのかということになると、当然それは首長の了解がなければ、土曜学習等は全てボランティアで成り立つというわけにはやっぱりいきませんし、それから自治体は、地域住民、一緒に協力してもらっての土曜学習ということでありますから、当然、事前に首長と相談をしなければ、教育委員会だけで単独で判断できることではないわけでありまして、予算に関係することはですね。
 そういう意味で、この総合教育会議が設けられることによって、今の居所不明者の問題等トータル的に、あるいは、おっしゃったような生活支援について、要保護家庭に対してどうするかということについても、教育委員会の意見を首長に対して逆にきちっと主張できる場が提供されるということでありますから、是非この総合教育会議を適切に有効活用をしていただければというふうに考えます。
○斎藤嘉隆君 その上で、もう少し細かい点について確認をさせていただきたいと思います。
 第一条の三で規定をされるこの大綱について、これまでも幾度も議論されてきましたが、どうもまだ自分の中でしっくりこないんです。しっくりこない。ちょっと確認をさせてください。大綱は総合教育会議で協議、調整を行い策定すると、こういう理解でよろしいですか。
○政府参考人(前川喜平君) 改正案の第一条の三におきまして、首長が大綱を策定するに当たりまして総合教育会議において教育委員会と協議するということとされております。この協議するということにつきましては、この次の条文の第一条の四と併せて読んでいただく必要があるわけでございますけれども、大綱に記載される事項の中には、協議した上で首長の事務と教育委員会の事務を調整するというところまで至る事項と、そもそも調整の対象にならないという事項もあるということでございますので、第一条の三においては協議するものとするとされており、第一条の四の方で協議をする事項と調整をする事項と、これを書き分けているということでございます。
 第一条の四の第一項に規定されている調整を行う事項というのは、大綱に記載される事項のうち、教育委員会の権限に属する事務と予算の編成、執行や条例提案など首長の権限に属する事務との調和を図ることが必要な事項のことでありまして、例えば学校の耐震化を進めるとか少人数教育を推進するとかということが該当するわけでございます。このような事項につきましては、総合教育会議におきまして、協議のみならず、更に調整まで行うことを前提としているということで協議、調整すると言っているわけでございますが。
 一方、大綱のうちにも首長が自らの専権事項である大学に関することあるいは私学に関することを記載するということは十分考えられるわけでございますけれども、これらは協議する中には入る、大綱に書く以上は協議する中身には入りますけれども、そもそも教育委員会との調整が必要ではない事項でございますので、こういったことにつきましては調整まで至らないということでございまして、協議は全てのことについて行われますが、調整はお互いの事務の間の調和を図ることが必要な事項に関して調整が行われると、こういうことでございます。
○斎藤嘉隆君 局長の話が長くなれば長くなるほどだんだん途中からよく分からなくなるんですけれども。
 ということは、地方公共団体の長は大綱を定めるときにあらかじめ総合教育会議において協議をすると規定にありますが、その後述の規定も含めて考えれば、そこでは、協議について規定はされている、しかし、調整についてはこの項目にはないけれども、後述のものも含めると当然調整という概念もこの中には入ってくると。しかし、これは、合意は必要なく協議しただけで首長独断で策定でき得るんだというこういう意味ではなくて、あくまで調整の上で策定することが前提であると。ただ、例外的にそうでないケースも出てくると。こういうことでいいですか。
○政府参考人(前川喜平君) そもそも、先ほど例示いたしました大学とか私学に関すること、これは教育に関することではありますけれども、首長の専管の事項でございますので、これは大綱に書くということは十分考えられるわけではございますけれども、そもそも教育委員会の事務に関わらないということでございますので調整事項にはならないということなのでございますけれども。教育委員会の事務であって、かつ首長の所掌する予算あるいは条例といった事項、事柄に関わると、こういう事項に関しましては、大綱を作成する際には極力十分な協議を行い、調整を尽くすということが前提であるというふうに考えております。
○斎藤嘉隆君 短くしていただいてありがとうございます。
 いろんな答弁がこれまでなされていまして、例えば、局長は、大綱は、首長と教育委員会が十分に協議し、調整を尽くした上で策定することが肝要だと、これ、協議に加え調整が必要という認識を示されています。大綱の策定に当たっては、首長のみの判断で定めるわけではなく、総合教育会議において、教育委員会と協議、調整を行うと、これも五月十四日、公明党の議員さんに対する局長答弁の中でもこうやっておっしゃっている。
 私学の問題だとか大学の問題、それは理解できます。それは理解できますけれども、ただ、どうしてもまだ皆さんの中に、本当にこの大綱で扱うものの調整というものとの関わりがいま一つしっくりきていないのではないかなと思います。
 最終的な確認をしたいんです。大綱の内容は総合教育会議で協議し、調整を図る、これが前提だと、これでいいですか。
○政府参考人(前川喜平君) 繰り返しになりますけれども、改正案におきましては首長が教育委員会と協議して大綱を定めるとされているわけでございますが、これは、教育行政における地域住民の意向を反映させるという観点から、地域住民の意思を代表する首長にその大綱の策定権を与えているということでございまして、その大綱の策定に当たりましては、教育委員会との合意、完全な合意までを必要とするという条文にはなっていないわけでございますけれども、その策定の際には、教育行政に混乱が生じないようにするために、首長と教育委員会との間で十分に協議し、調整を尽くすということが重要であると考えているということでございます。
○斎藤嘉隆君 もう一点、この第一条三の四項で、大綱の内容は、首長に対し、本法二十一条に規定すること、つまりは教育委員会の専権事項について事務を管理し、又は執行権限を与えるものと解釈してはならないというようにあります。これは分かりやすい規定だというふうに思います。大綱によって教育委員会の執行権限が影響を受けるということがあってはならない、こういうことですね。この規定はその理解でよろしいですね。
○政府参考人(前川喜平君) そのとおりでございます。
○斎藤嘉隆君 一方で、これは今の議論にもありましたけれども、首長は総合教育会議で、協議の内容にかかわらず、自分の例えば選挙公約であるとか、御自身の意思で大綱の中身を策定をし、記載をすることができるという旨もこれまでも言及をされているわけです。ここのところがやはり分かりづらいということだろうというふうに思います。大綱の中に、例えば調整が付いたものと調整が付かないものとが混在をするというようなことも、今の局長の御答弁をそのまま受け止めれば、そういうこともあり得るということであるかと思いますが、調整のならなかった内容について、教育委員会についてはその尊重の義務を有しないわけです。
 果たして、この大綱を見た地域の住民の皆さんがそんなことを理解できるんでしょうか。やはり、ここのところはある程度、法の今の様々な議論は議論として理解をしますけれども、方針として明確にした方がいいんではないかなというふうに思います。原則、やはり私は、大綱というのは、総合教育会議の場で協議がされ、一定の調整がなされたものについてやっぱり記載することが望ましいと、こういう方向、方針を地方公共団体に具体的にお示しになるべきだと思いますが、いかがでしょうか。
○政府参考人(前川喜平君) 大綱は首長が教育委員会との間で総合教育会議において協議をして定めるというものでございますので、この教育委員会との間で十分に協議し、調整を尽くすということが重要であると、これは間違いのないことでございます。この点については、法案成立の暁には十分周知してまいりたいと考えております。
○斎藤嘉隆君 この大綱の扱い方については、これも先ほど申し上げた議事録をいろいろ精査していると、いろいろ気になる答弁が出てくるんです。特に、文部科学委員会、衆議院の議論では、余りこの参議院の場では答弁で出てこなかったような中身も実は出てきているんです。
 例えば、これはいずれも衆議院での委員会での大綱に関する下村大臣の御答弁でありますけれども、首長が総合教育会議の主宰をし、そこで大綱を決めるということでありますから、当然、決められた大綱について首長が最終的に責任を持つわけですから、それについて教育長は従うのは当たり前の話であるというふうに思いますというふうに大臣が述べられています。あるいは、別の場では、協議、調整ができなかったにもかかわらず首長が大綱を作成するということは、首長の強い意思ですから、首長はその大綱を実現したいために大綱を作成するわけですから、これは任命された、要するに首長に任命された教育長はおのずとそういう立場の中で判断するというふうに思いますと。
 首長が決めた大綱について、教育長は協議、調整ができたできないにかかわらず従うことが当たり前である、これは文部科学省としての公式な見解であるのでしょうか。
○国務大臣(下村博文君) 法律の立て付けとして、総合教育会議の主宰は、これは首長であります。首長と基本的には教育委員会、緊急の場合は教育長と二人でやるということも出てくるかというふうに思いますが、その中で協議、調整を行うということが当然これは法の立て付けとしても前提条件でありますが、それでも調整が付かなかった部分においても首長の思いで大綱に書き込みたいということが出てきたときに、総合教育会議の主宰者であるその首長の意思をそれは排除はできないということですから、書くことは可能ということであります。
 しかし、一応、教育長が単独でこれは考えられるところじゃなくて、これは、教育委員会そのものが合議体ですから、先ほど申し上げたように、緊急の場合、首長と教育長が二人で議論したことであっても教育長がそれで独断で決められるわけではなくて、教育委員会に持ち帰って、後でその委任事項については了解してもらうということでの合議体としての了解事項というのは当然前提条件としてありますから、何が何でも首長が決めたことを教育委員会が従わなければならないかということであれば、そういうことはないと、別々の執行機関ですから。教育委員会は教育委員会としての、執行委員会としての権限と責任の下で自ら判断をするということは当然の話でありますが。
 ただ、総合教育会議の中で協議、調整をぎりぎりした中で、その中でのことについては、それは首長の思いと、それでも、とにかく調整付かなかったことでも大綱に書くということについては、それはそれとして、教育長はそういうふうなことについては当然考えるだろうと。それでも、教育委員会の執行機関としての立場からどうしても相入れないという部分があれば、それは当然相入れないという結論が出ても何ら問題がないということであります。
○斎藤嘉隆君 いや、僕は、当委員会で下村大臣と幾度も議論させていただきましたが、こういう御答弁ってされないんですよ、ここでは。僕、これはやっぱり非常に、この認識というのはもう議事録に残ってしまっていますし、やはりこれは問題であると思います。大綱が首長の思いで作られたものであるので、協議、調整がされなかったことについても教育長は、要するに、一方の執行機関の長である教育長はその思いに従うと、このことが当たり前だというような、これ、文科省は僕は今回の法律の立て付けの中では絶対言ってはいけないことではないかなというように思います。
 もう一度お聞きしますが、ここの、じゃ、答弁は、教育長が、調整されていないことについても首長の思いに従うのは当たり前だ、教育長は任命されているのだから、おのずとその立場の中で判断をするんだと、これは、この法の立て付けには必ずしもそぐわない。そういうことでいいですか。ちょっとこれは撤回すべきではないかなと思います。
○国務大臣(下村博文君) これは前提条件がありまして、法の立て付けそのものは、これは教育委員会の独自の執行機関としての立場がありますから、これは首長の言うことを全て聞く必要は教育委員会の権限の中においてはありません。ただ、その前の、教育長が首長のその思いを、従うことは当然だという表現というのは、その前にいろんな議論がありまして、その議論というのは、つまり今回は教育長は首長が直接任命をする、直接任命するわけだから当然首長は自分のそういう教育的な思いを共有できる人を任命するだろうと。ですから、考え方が基本的には同じであるということが前提になかったら多分その教育長を任命するということも首長はしないだろうと。
 ですから、そういう前提の中で議論した中で、そして総合教育会議の中で首長のその思いということは、任命した首長の思いと共有して任命された教育長から考えたら従うのは当たり前だと、そういう経緯の中で申し上げたことでありますが、しかし法律そのものは、これは先ほどから申し上げていますように、教育長が一人で判断できることではなくて、教育委員会という合議体の中で、そこで教育委員会としての判断が、これは執行機関としての判断でありますから、最終的には教育委員会の判断が法律上は優先されるということであります。
○斎藤嘉隆君 前川局長に最後ちょっと確認させてください。
 前後の文脈は様々あろうかと思いますが、ただ、首長が協議、調整がなされていない部分について定めた大綱について、教育長はその大綱に従わなければいけないと、こういう状況はありませんね。
○政府参考人(前川喜平君) 首長は大綱に定める権限を持っているということはこれは事実でございますので、大綱は大綱として受け止めるということになると思いますけれども、第一条の四の第八項で言っているところの調整が行われた事項について結果を尊重しなければならないという、この条文が適用されるわけではないということでございます。
○斎藤嘉隆君 それが適用されるわけではないということでありますから、従わなければいけないというものではないということであるというふうに確認をさせていただきたいと思います。
 大綱の内容は原則調整をし、例外的に調整できなかった内容を大綱に盛り込むと、これは法令上、私もどこをどう読んでもやっぱり排除はできないというように思います。教育委員会は、ただ、その内容については執行義務を持たないと、これはもう答弁で何度もされているということであります。一方で、今僕が申し上げたような答弁もずっと精査をしていくといろんなところでぽとぽとぽとと出てくるわけで、やっぱりこれ国会審議の場で一定の一貫性を持っていただかないと、これは何度も言っていますが、地方が混乱をして様々に解釈をすることになろうと思いますので、是非これ、今後更に細かな点について議論をされて地方とのやり取りをされていくことになろうかというように思いますけれども、是非この点を確認の方よろしくお願いをしたいと思います。
 もう一点、総合教育会議で議論されるのは大綱ばかりではありません。諸条件整備、地域の実情に応じた教育、重点的に講ずべき施策、そして子供たちの命に関わるような緊急の場合の措置、これらは調整が付いた場合に首長と教育委員会という二つの執行機関がそれぞれ尊重義務を持つということであります。そして、大綱以外で協議、調整される事項としては、首長と教育委員会とで権限が重なる部分、これは今の議論でも幾つも出ておりますけれども、それぞれが独自に持っている執行権限に関わるものについては、議論や協議はされるかもしれないが、調整をされるものではないと、これ前回の委員会質問で前川局長からそのとおりであるというように答弁を得ています。
 確認をさせていただきたいと思いますが、そのような考え方でよろしいでしょうか。
○政府参考人(前川喜平君) 総合教育会議で協議される事項というのは幅広いものでございまして、教育に関わることであればどのような議論でもできると、こういう意味で協議と。協議の対象というのは幅広いものでございますが、調整をするという事項につきましては、これは御指摘のとおり、教育委員会の職務権限に属する事務と首長の職務権限に属する事務と、これが相互に関連し合う、またその調和を図る必要があると、こういう場合において調整が行えるということでございます。
○斎藤嘉隆君 ありがとうございます。
 もう一点、今、先ほど大臣の御答弁の中にも少し出ておりましたが、総合教育会議について、この構成員について首長と教育委員会ということになっていますけれども、首長と教育長のみが参加をし総合教育会議で協議し、調整を行うということはあり得るのでしょうか。
○政府参考人(前川喜平君) 総合教育会議の構成員は首長と執行機関としての教育委員会の二者であるわけでございますけれども、教育委員会からは教育長及び全ての教育委員が出席することが基本であると想定しておりますけれども、緊急の場合には首長と教育長のみで総合教育会議を開き協議をするという場合も可能であるというふうに考えております。
 教育長のみが出席する場合でございますけれども、これは合議体である教育委員会を代表するという立場でその総合教育会議に臨むことになるわけでございますが、事前に対応の方向性について教育委員会の意思決定がなされている場合、あるいは対応について教育長に一任されているような場合につきましては、その範囲内で教育長は自らの判断で調整、決定をすることができるということになります。
 一方、協議、調整の内容につきまして改めて教育委員会に諮るという必要があるという場合には、総合教育会議においては一旦態度を保留する、あるいは仮の決定をしておいて、持ち帰った上で教育委員会において再度検討した上で改めて総合教育会議において協議、調整を行うというようなことも起こるというふうに考えております。
○斎藤嘉隆君 それでは、総合教育会議で教育長と首長が二人でその会議に参加をし、緊急的な措置の必要な事項について議題となったことについてその場で協議をし、そして調整までいくと。調整までいくというのは、今のお話で事前に合議体の教育委員会で何らかの意思の確認がなされているような場合、こういう場合については調整をすることもあると。
 しかし、普通、緊急の場合というのは事前の意思確認というのは余りされていないことが多いんではないかなと思いますが、そういった場合については、あくまでこれ最終的には合議体である教育委員会が協議の上決定をする、調整事項についてはですね、ことでありますから、合議体としての教育委員会の意思、判断を待つ必要が当然そこには出てくるということでよろしいんでしょうか。
○政府参考人(前川喜平君) これはケース・バイ・ケースだというふうに考えておりますけれども、教育長があらかじめ教育委員会から委任を受けている事項であればこれは教育長は自らの判断で決めることができるわけでございますので、こういった委任の範囲内であれば教育長と首長との間で総合教育会議を開きそこで調整まで行うということは可能であるというふうに考えております。
○斎藤嘉隆君 そこでどうしても先ほどの議論にちょっと戻ってしまって、教育長と首長が二人で総合教育会議を開く、そこで自分の任命をした、首長の任命をした教育長であるので、その教育長については首長の意図に従うことがある程度想定をされるというような状況の中で、本当に総合教育会議としてこの質問の冒頭で私が申し上げたような機能が発揮ができるんでしょうか。
 私は、緊急の場合に二人でいろんな相談をする、協議をすることはあると思います。そこで、双方が執行義務を有するような、調整を図るような場合については、極力教育長と首長二人で開催をするような総合教育会議の場では判断をすることは避けることが、この教育委員会制度、地方教育行政の在り方全般の法の趣旨を考えたときに望ましいというように思いますが、その点、そういう考えでよろしいでしょうか。
○国務大臣(下村博文君) それはおっしゃるとおりだと思います。
 先ほど前川局長から答弁がございましたように、基本形は首長と教育委員会で総合教育会議を開くということでありまして、ただ、緊急性、例えばいじめ等によって子供が重大事態に陥ったというときに、もうその日のうちに首長がすぐ会議を開きたいと、総合教育会議を開きたいと。しかし、教育委員全員がそろわないこともあり得るわけですね。その場合はもう教育長に一任して対処してくださいということで、首長と教育長だけで総合教育会議で対処するということはあり得ることだと思います。
   〔委員長退席、理事二之湯武史君着席〕
 ただ、御危惧されているような大綱の中で盛り込むべきことについての協議、調整は、それは、緊急的な総合教育会議というよりはやはりきちっと議論することでありますから、教育長だけで勝手に決めたということが会議体としてはあり得るわけですが、しかしそれは、教育委員会できちっと後で説明をするという中で、教育委員会でこれは執行機関ですから決めるということですから、教育長一人で決められるということではありませんので、それはその一つ一つの形態によって変わってくるかと思いますが、この緊急事態というのはいじめとか急遽開かなくちゃいけないということでの想定での、その場合は二人、首長と教育長だけで開くこともあり得るのではないかということであります。
○斎藤嘉隆君 ちょっと時間が余りないものですから、いろんな点について実は危惧を持っています。私たちは、元々、民主党案として首長への権限一元化というものを出しましたけれども、同時に、そこについてはきちんとチェックをする、そういう機能を今以上に強化をしていくということを同時に盛り込んでそうした案を作らせていただいたつもりであります。そこのところが、総合教育会議という場において首長と教育長二人で独断で様々なことが調整をされていくと、大綱に書かれないことであっても調整がされ、それについて後々教育委員会が執行について尊重する義務を負うということは極力避けていただくように、もう本当に緊急の場合にそういうことがあり得るのだと、このことも是非明確にしていただきたいと思います。
 最後に一点、政治的中立性の要請が高い事項は、教育委員会制度を設けた趣旨に鑑み、協議の議題として取り上げるべきではないという、これも幾度も答弁をされています。当然ながら、教育委員会に執行権限がある事項全般について私は協議の議題とならないということが前提であると、これはもう今までの答弁の中で明らかなことでありますから、特段このことについて問題はないというふうに思いますけれども、最後に、政治的中立性の要請が高い事項、このことについて具体的に何を指しているのかお答えをいただきたいと思います。
○国務大臣(下村博文君) 教育の政治的中立性とは、教育基本法第十四条第二項が「法律に定める学校は、特定の政党を支持し、又はこれに反対するための政治教育その他政治的活動をしてはならない。」と規定しているなど、多数の者に対して強い影響力を持ち得る教育に一党一派に偏した政治的主義主張が持ち込まれてはならないことを意味するものであるというふうに理解をしております。具体的には、教育内容に関する政治的中立性、また人事における政治的中立性、そして日々の教育活動に関する政治的中立性が求められるところであります。
○斎藤嘉隆君 様々の議論をしてまいりましたけれども、時間が参りましたので、これぐらいにさせていただきたいと思います。
 細かな点についていろいろ確認をさせていただきました。今後、繰り返しになりますが、地域、各地方で混乱が起きないように、もう来年の四月からの話でありますので、是非慎重な議論をし、そして的確な連携を取り合って事が進むように、法案への賛否はともかくとして、その点をひとつお願いをさせていただきたいと思います。
 ありがとうございました。
○柴田巧君 おはようございます。日本維新の会・結いの党の柴田巧です。
 いよいよこの地方教育行政法の審議も最終盤を迎えまして、思えば五月二十三日の本会議の代表質問を皮切りに、委員会開かれるたびに大臣等にお聞きをしてまいりました。また、地方公聴会、名古屋、静岡などにも行かせていただいたところでありますが、午後は総理が入られますが、ここでは同僚の藤巻議員が質問に立たれますので、これが私のこの改正案に対する最後の質問になろうかと思います。
 したがって、これまでの議論も踏まえながら、根本的な問題を改めてお聞きをすると同時に、残念ながらここに至っていますが疑念がまだ十分に払拭されない、よく分からないといった部分なども加えて幾つかお聞きをしたいと思います。
 繰り返しになりますが、今回の教育委員会制度の改革の一つの大きな出発点になったのは、言うまでもなくあの大津のいじめ自殺事件でございました。その際に最も問題視されたのが、情報を必要な部署に開示しない、あるいは調査を途中で打ち切る、またその理由を明らかにしないといった、いわゆる教育委員会の隠蔽体質だったわけであります。
 このような隠蔽体質こそこの問題の根源であって、それをつくり出すいわゆる教育村のなれ合い、ここから明確に脱却をするものでなければこの教育行政の改革はできないのではないかというのが私の率直な思いであります。
 このことはいまだにずっといろんなところで出ておりまして、先般、私も取り上げましたし、先日は田村委員も取り上げられましたが、長崎の先般も中学三年生が自殺した事件がございましたが、ここでも、当初は町の教育委員会はいじめというものはなかったということでしたが、ここに至ってどうもいじめがあったらしいというふうに主張が変わってきておりますが、これも言わば教育委員会の隠蔽体質を如実に表しているものなんだろうと思っているところであります。
 どうしても教育委員会は、制度上、地域住民からの監視が届かないということになります。したがって、その教育村を温存させるわけで、どうしてもそういう隠蔽体質にならざるを得ないというのが我々の考え方であって、もう教育委員会は基本的に制度疲労を起こして、なかなか、運用のレベルで改善できる限界を超えているんじゃないか、存続ありきの議論では根本問題が解決しないのではないかというのが我々の考え方の中心にあったものでありますが、今回の改正案でこの隠蔽体質を解消できるということをこれまでも答弁の中でおっしゃっておられるわけでありますが、果たしてこの教育委員会というものを存続させた上でそういったものが本当に可能なのかどうか、この点を改めて大臣にお聞きをしたいと思います。
○国務大臣(下村博文君) 今回の地教行法の改正によりまして教育長の責任が明確化することになりますので、いじめ事案への対処についても教育長がまず責任を持って取り組むことになります。また、教育長は教育委員会の主宰者となることで、迅速に教育委員会を招集していじめ事案への対処方針を決めることが可能になるというふうに考えます。
 加えて、首長が総合教育会議を招集して、いじめ事案等の緊急の場合に講ずべき措置、これは改正案第一条の四の第一項第二号でありますが、これについて協議することによりまして、首長と教育委員会の連携による効果的な対応が可能となってまいります。
 教育委員会及び総合教育会議は原則公開とされており、その議事録についても作成、公表が努力義務とされていることから、いじめ事案等の重大事案への対応状況についても可視化が進むことにより、いわゆる隠蔽体質の改善が図られるというふうに考えます。
○柴田巧君 今大臣は、いろんな仕組みをつくる、また教育委員会あるいは総合教育会議の議事録を公開するようにしていくということでありましたが、先ほど申し上げましたように、問題の根源はどこにあるかというと、学校現場と教育委員会がいわゆる同質性が極めて高いと、そこにかばい合いやなれ合いがあって情報が実際上がってこない、あるいは解決が遅れるということがあったわけで、例えば議事録は公開しても、その会議で発言しなければ議事録で全てが可視化されるわけではないと思うんですが、改めてお聞きをしますが、果たして教育委員会制度、そういう教育村のものを残して本当にこの隠蔽体質が解消できるのかどうか、重ねて大臣にお聞きをしたいと思います。
○国務大臣(下村博文君) 改正案におきまして、首長は、総合教育会議を設け、いじめ等の緊急事態に講ずべき措置について協議することができるというふうにされているわけでございます。そうした協議におきまして首長が教育委員会に対して情報の提供を求めることは、これは当然考えられることでありまして、これによりまして情報の隠蔽が行われないような取組が進むことを期待をしております。
○柴田巧君 重ねて答弁いただきましたが、まだなかなか根本問題が解決できないような気がしてならないというところであります。
 時間の関係もありますので次へ進みたいと思いますが、先ほどからもいろいろ出ておりますが、総合教育会議、これは先ほどもお話があったように、また先般私も質問をさせていただきましたし、先ほど大臣も答弁されましたが、例えば居所不明児童生徒の対策など、教育委員会といわゆる首長部局が連携してやっていくということにおいては一定の効果を上げるのではないかと期待をしたいとは思うんですが、これを、総合教育会議をつくることによって迅速な危機管理体制が構築されるという答弁がこれまでもなされてきているわけですけれども、本当の緊急時、一分一秒を争うような、それこそ命が、身体、生命が危ぶまれるという、そういう緊急時においては、むしろこういう、総合教育会議というのは調整、協議の場ですので、これが逆に開かれることによって対応が遅れるんじゃないかというのを大変懸念をするわけです。
 恐らく、何か事故や大きな災害があれば、当然各部局は会議を開くんでしょう。あるいは、都道府県や市町村においてはいろんな対策本部もできるんだろうと思います。その上に総合教育会議も開いてやってみたけれども首長と教育委員会の意見が調わなかったといえば、結局時間の浪費になったということもあり得るんだろうと思いますが、そういう意味で、この総合教育会議はそういう本当の緊急時にはやはり不向きな組織なのではないかという疑念が払拭できないんですが、その点、どうでしょうか、大臣にお聞きをしたいと思います。
○国務大臣(下村博文君) これは、御指摘の点はそのとおりのところもありますし、そもそも本当に必要な緊急時に総合教育会議を別に開く必要はなくて、基本的には教育長、教育委員会が的確に判断をすれば済むことでもあると思います。
 今回の地教行法の改正によりまして今まで以上に教育長の責任が明確化になることによって、いじめ事案への対処についても教育長がまず責任を持って取り組む、そのことによって緊急対応は実際はできるはずであります。また、教育長は教育委員会の主宰者にもなるということになりますので、迅速に教育委員会を招集していじめ事案への対応方針を決めることが可能になります。
   〔理事二之湯武史君退席、委員長着席〕
 それでも解決しない、あるいはちゃんと事をしていないということで、首長が必要に応じて総合教育会議を設けると。そのことによって首長と教育委員会が対応方針を協議するということでありますが。それでも緊急事態で教育委員会を招集する時間の余裕がない、そういう場合においては、首長と教育長のみで会議を持つなど柔軟な迅速対応、つまり教育長が判断することもできますし教育委員会で判断することもできますが、首長と教育長二人で総合教育会議を設けて、そこの自治体として全般的に対処をするということも可能なわけであります。
 さらに、首長と教育委員会が連携して対応しなければならないような場合として、例えば緊急にスクールカウンセラーを増員するために予備費を支出する必要がある場合、また児童虐待など児童相談所や青少年健全育成部局と連携する場合等が考えられるわけでありますが、こうした場合においても、総合教育会議における迅速な協議、それから首長と教育委員会の連携による効果的な対応、それが可能となるわけでありまして、緊急時に不向きな会議とはならない柔軟な対応が的確にできるのではないかと考えます。
○柴田巧君 ありがとうございます。
 私は、とはいえ、今申し上げましたように、緊急時には本当に機能するのかというのを心配をしているわけですが、それはそれとして、この総合教育会議を設けて対応させていくということであるならば、首長と教育委員会が協議をした、調整をしたけれども残念ながら調わなかったと、だけれども急ぐわけですから、対応が、やっぱり緊急時は協議、調整よりも決断、実行が大事だと思いますけれども。であるならば、それぞれ首長、教育長が責任を持ってそれぞれの担当のことは執行すると、そしてその上で後々、総合教育会議で、こうこうこういうふうに調整は調わなかったけれども、こういうことをやりましたと、そしてまた評価なり点検、チェックを受けるという措置は必要なのかなと思いますけれども、その点はどういうふうに考えておられますか、お聞きをしたいと思います。
○政府参考人(前川喜平君) 緊急事態に際しまして、総合教育会議における対応方針の調整まで至らないという場合におきまして、仮に調整が付かなかった場合ですが、首長及び教育委員会又はその委任を受けた教育長が、それぞれの権限に基づいてまず必要な措置を講ずると、これは当然考えられるところでございます。その後に再び総合教育会議を開催して、首長と教育委員会が連携して行う対応方針についてしっかりと議論すると、このような段取りも十分考えられると考えております。
○柴田巧君 今申し上げたように、どうしても調整ができずに、それぞれ執行した後、また評価、点検をするということは必要な措置であろうと思いますが、そういうことができるようにしておくべきだと思います。
 先ほども大臣おっしゃったように、いずれにしても、第一義的には教育長が、緊急事態に教育の関係のものは当たっていくということになるんだろうと思います。そうだとすると、教育委員長と教育長を一本化していわゆる強大な権限、責任を持つ教育長ができ、また、緊急事態もいろいろな、自殺の事案もあれば感染症や不審者がやってくるとかいろいろ多種多様な、また複雑なものがあると思いますが、そういう意味でも教育長の危機管理能力の向上というのはこれは不可欠だと、この改正案が通ればなおさらそうだと思いますが、その向上を具体的にどのように図っていくのか、お聞きをしたいと思います。
○政府参考人(前川喜平君) 様々な緊急事態に対応するに当たりまして、教育長を中心として迅速かつ必要な対応がなされることが大事であるということから、教育長の資質、能力の向上は極めて重要であるというふうに考えております。
 そのため、首長が教育長を任命する際には、危機管理能力の高い人物を選ぶということも大切な要素ではないかというふうに考えております。さらに、議会においてその能力をチェックする、その上で任命するということが重要であるというふうに考えております。
 その上で、緊急時も含めまして、教育長のリーダーとしての資質、能力の向上を図るということも重要であると考えております。現在、国におきまして、市区町村の教育長等を対象といたしまして、事例発表や研究協議等の研修を実施しておりますけれども、また様々な大学におきましても研修プログラムが実施されているところでございます。今後、こうした取組についても充実を図ってまいりたいと考えております。
○柴田巧君 いや、私がお聞きしたかったのは、そのうちで特に危機管理能力を上げるのにどういう取組が必要だと考えているか、そこをお聞きをしたかったんですが、改めて尋ねたいと思います。
○政府参考人(前川喜平君) 研修などの際にケーススタディーなどを使うということは有効であると考えております。これは成功例、失敗例それぞれ実際の事例などに即して実際にシミュレーションをするような形で、当事者である教育長がそれぞれの経験、知見を持ち寄って研究協議をすると、このようなワークショップ形式のものは非常に有効ではないかというふうに考えているところでございます。
○柴田巧君 ありがとうございます。
 そういったいろんなケーススタディーとかワークショップとか、実践的な危機管理能力を向上させるいろんな研修の充実に是非努めていただきたいと思います。
 一方、今度の改正案では、文部科学大臣の地方自治体への関与についても見直しが図られたところであります。教育委員会の法令違反や怠りがある場合というふうにはなっておりますが、児童生徒等の生命又は身体に現に被害が生じ、又はまさに被害が生じるおそれがあると見込まれ、その被害の拡大又は発生を防止するため、緊急の必要がある場合に、その是正を図ることが困難な場合に、教育委員会に対して文科大臣が指示できるということが明確になったわけでありますが、本来ならば地方公共団体が、あるいは教育長が、教育委員会がしっかり対応できて、文科大臣からの指示がない段階で全て処理ができれば言うまでもないんですが、今回これが明確になることになったわけですが、実際に発動するまでにどのような手順を踏んでいくということになるのか、この点をまず確認をしたいと思います。
○政府参考人(前川喜平君) 改正案は、大津のいじめ事件の際に、現行の規定ではいじめにより児童生徒等が自殺してしまった後の再発防止のためには発動できないのではないかという疑義が生じたことから、事件発生後においても同種の事件の再発防止のために指示ができることを明確にするために設けたものでございます。
 この指示の発動につきましては、現行法と同じく、他の措置によってはその是正を図ることが困難である場合に限るとされているところでございまして、また、平成十九年の改正のときの附帯決議におきまして、「文部科学大臣が是正の要求や指示を行うに当たっては、十分な情報に基づいた、慎重な運用に努める」とされており、発動について慎重に判断することが必要であると考えております。
 例えば、いじめ等により児童生徒の生命に関わる事件が発生し、二次的な被害の拡大防止のための措置が必要であるにもかかわらず、必要な措置が教育委員会においてとられず、必要な措置を講ずることについて国が指導や助言を行ってもなお当該教育委員会において措置がとられないというような場合には、国として指示を発動することが考えられると考えております。
○柴田巧君 基本的にちょっと疑問に感じるのは、そもそも緊迫した状況の中で文科省が本当にその現場の正確な情報を迅速に把握ができるか、あるいは予防的な措置がとれるのかというのが、現場でさえ混乱してなかなかうまくいかないのに、文科省が現場よりも早くいろんなことを、是正措置を求めるということなど実態を把握ができるのかと非常に疑問に感じるわけで、そういう意味でもその関与の強化というか、これは何か実効性が本当にあるのかどうかというのは非常に疑問に感じるわけであります。
 いずれにしても、当該の地方自治体の首長に指示権がないにもかかわらず文科大臣がその教育長の指示権を明確に持つ、認めるということは、これはやっぱり地方自治の本旨からいっても余り、いかがなものかなというのが率直なところなんですが。こういうものはむしろ、当該自治体の首長にこそそういうものがあってしかるべきで、それがその地域の実態に即した実効性のある対応を可能にするんではないかと思いますが、この点はどうお考えになるか、大臣にお聞きをしたいと思います。
○国務大臣(下村博文君) 第五十条の指示権は、教育に関する事務は自治事務であることを前提としつつ、国と地方の適切な役割分担を踏まえ、地方公共団体の内部において問題が解決できない場合に、児童生徒等の生命、身体を保護するため国が最終的な責任を果たせるようより解釈の明確化を図ったものでございまして、御指摘のように今まで実際この法が該当した事例というのは一例もありません。ですから、基本的には地方自治体が対処できることであるということが前提条件だというふうに考えます。
 地方自治体においては、地方自治法上、首長と教育委員会は執行機関としては対等であり、いじめ等の緊急事態への対応の責任者は教育委員会であるというところであります。首長から独立した行政委員会を設けた趣旨に鑑みまして、首長から教育委員会に対する指示権を設けることは、これは逆に地方自治法の趣旨からいっても適切でないというふうに考えます。
 しかし、首長は広く住民の生命、安全の保護を図るべき立場であるということでもありますので、いじめによる自殺事案等が生じた場合には、緊急の必要がある場合には、総合教育会議を開催して講ずべき措置を協議、調整し、教育委員会と連携して効果的な対応を行うこと、これは期待されるところであります。
○柴田巧君 ありがとうございます。
 時間もあれですので次に移っていきたいと思いますが、若干ちょっと話が戻るような感じになりますが、先ほどからもありますように、この一本化される新教育長、それこそこれからこの改正案が通れば大変大きな役割が期待をされる、担っていかなきゃならぬということであります。
 そういう観点からもその質的保証が非常に強く求められるのは間違いないだろうと思うわけで、参考人の委員の中からも、あるいは地方公聴会の公述人の方からも、そういうことであるとすると、やはり、かつて我が国でもそうでありましたが、質的保証をするためにも教育長としての免許状が必要じゃないかという意見も出されたところであります。確かに、いろんな形で教育長の力量の向上、それをまた保証するというのは大事なことだと思いますが、この考え方について大臣はどのように思っていらっしゃるか、お聞きをしたいと思います。
○国務大臣(下村博文君) 教育長の資格については、昭和二十四年の教育職員免許法の下では免許状を有する者から任命することとされ、その後、昭和二十九年には免許制度が廃止をされ、大学での所定の単位の修得や職務経験等の任用資格を満たす者から任命することとされましたが、昭和三十一年の地教行法制定の際にこうした資格制度は廃止となったという経緯がございます。これは、免許や一定の任用要件を求めた場合、全国各地において適任者を確保することが困難であるということから、各地方公共団体の状況に応じて柔軟に適材を確保できるようにするため免許や一定の資格は求めないこととしたものでありまして、今回の改正案においてもこの考え方は維持されております。
 教育長が教育行政の責任者として必要な資質、能力を有するかどうかは、まずは任命権を持つ首長が責任を持って判断をし、そして議会が同意を与える際にチェックをするということで、それぞれの自治体において責任を持った教育長を是非選んでいただきたいと思います。
○柴田巧君 そういう意味でも、教育長の、免許はともかくとして、資質の向上が一層求められるということであります。
 この後、教育長の研修についてお聞きをしようと思ったんですが、先ほども一部答えていただいておりますので、これはちょっと割愛させて飛ばしていただいて。
 同様に、これまでは、教育委員会の問題の一つは、審議の形骸化ということが指摘をされてきました。教育委員の皆さん、もちろんいろんな面ですばらしい方々ですが、ややもすると教育委員会事務局の追認機関みたいなところがなきにしもあらずだったわけですが、これから教育長が非常に巨大なものになる、そのチェックをしていくということからも、また、多様化、高度化する教育問題にやっぱり的確な意見を述べてもらうということからも、教育委員の皆さんの研修の在り方といいますか資質の向上というか、よりいい議論を教育委員会でしていただくために、あるいは教育長をチェックしていただくためにも教育委員の研修の更なる充実が必要だと思いますが、これはどのように具体的にやっていかれるか、お聞きをしたいと思います。
○政府参考人(前川喜平君) 教育委員の資質向上のために、現在、国、都道府県、市町村の各段階におきまして様々な研修が実施されまして、各教育委員会の委員同士の交流でありますとか情報共有が行われております。
 文部科学省におきましては、毎年、都道府県、指定都市の新任教育委員に対して研修を行っておりますことに加えまして、文部科学省と都道府県教育委員会との共催によりまして、市町村教育委員会の委員等を対象とした研修会も実施しております。
 また、都道府県におきましては、平成二十四年度の調査によりますと、全市町村の教育委員を対象とした研修を年平均一・二回行っているほか、自らの教育委員に対する研修を年平均七・一回行っているということでございます。市町村におきましても、自らの教育委員に対する研修を年平均四・八回行っていると。
 こういう状況はございますけれども、教育委員の研修につきましては、改正後の地方教育行政においてますますその役割は高まるということに鑑みまして、今後さらにその研修の充実方策について検討してまいりたいと考えているところでございます。
○柴田巧君 時間が来ましたので、これで終わります。
 どうもありがとうございました。
○松沢成文君 みんなの党の松沢成文でございます。
 この地教行法の改正案に対する質疑もいよいよ今日が最終日となりまして、今日は教育委員会制度の在り方だけでなく、地方教育行政あるいは教育における国と地方の役割分担、こういう大きな視点から大臣のお考えをお聞きしたいなというふうに思っております。
 教育委員会制度というのは、戦前戦中の非常に中央集権化した教育体制の反省から、戦後、GHQが入ってきて、アメリカでやっていた地方分権型の教育、これを進めていかなきゃいけないということで導入されたわけですよね。ですから、教育委員会制度そのものが教育の地方分権を進める一つの、道具といっては失礼ですけれども、システムとして導入されたというふうに私は理解をしております。
 そこで、特に義務教育段階における国と地方の役割分担でありますけれども、それも随分議論が出てきました。私は、やはり国は、地方教育の主体というのは地方自治体なわけですから、国は教育の指針だとか方針だとか、それをしっかりと示していく。例えば、学習指導要領で、義務教育、こういう教科でこういう内容で教えてくださいね、あるいは、最低限のクラス編制は最低限これぐらいの形を取ってくださいね、あるいは、もっと大きなところでいくと、教育基本法というのを国が定めて、教育の基本的な方針、これは国が決めていきますから、地方自治体はその方針に従って地方で教育の実務をやってくださいね、こういうナショナルミニマムやナショナルスタンダードをしっかりと国は定めていく。それに従って、それをしっかり守りながら、教育の実務は、例えば学校をどう運営する、地域の教育をどうやって活性化する、これは地方にその実務をできるだけ任せていく。これが私は教育における国と地方の役割分担だというふうに思うんですが、大臣の見解もこれと同じでよろしいでしょうか。
○国務大臣(下村博文君) おっしゃるとおりだというふうに思います。
 教育行政に関して、国は、学校教育法や地方教育行政制度など基本的な制度の枠組みの制定や学習指導要領等の全国的な基準の制定、地方の教育条件整備に対する財源保障を行う役割と責任を担うべきものであります。一方、地方公共団体は地域の実情に応じて学校を設置管理するなど実際に教育を実施する役割と責任を担うものであり、こうした国と地方の適切な役割分担と相互協力の下で教育行政を行うことが御指摘のように必要であるというふうに考えます。
 この教育行政における国と地方の関係や教育委員会と学校の関係については、平成十一年の法改正による教育長任命承認制度の廃止や平成十六年の法改正によるコミュニティ・スクールの制度化など、地方分権や学校の自主性、自律性の拡大の観点から累次にわたる制度の見直しも行われてきたところでありまして、文部科学省としても、今後とも、地方の自主性を尊重しつつ、国と地方の適切な役割分担と相互協力の下で教育行政を行ってまいりたいと考えます。
○松沢成文君 大臣の方針、私も賛成でございます。ただ、実態を見るとなかなかそうなっていない。まだまだ地方の教育の実務の部分に、国がしっかりと権限や財源を握ってしまって、地方の自由になっていないというところがたくさんあるんですね。その代表的な例が義務教育費の国庫負担制度だと私は思うんです。
 小学校や中学校の先生はその市町村の職員なんですね。しかし、お給料は市町村から出ていないで、三分の一は国が負担し、三分の二は都道府県が負担しているわけなんです。市町村の職員だったら市町村がお給料を負担するのが普通ですが、先生だけはそういう仕組みになっているんですね。それから、もっと言えば、じゃ、その先生方の人事権、人事権というのは普通、市役所の職員の人事権は市長が持っているわけです。ですから、その自治体にあるべきなのに、それが都道府県にあるわけです。
 ですから、義務教育の学校の先生方は、市町村の職員と言われながら、お給料は国や県から、人事権は県に握られている。どうしても、そうすると、県や国を見ながらやっぱりやらざるを得なくなってしまうんですね。
 この義務教育費国庫負担制度は、実は地方分権改革の中でも大きな議論となりました。小泉総理のときの三位一体改革で、我々、私、県知事会でも国に要望を出しました。もう国からの補助金、負担金というのはやめようと。でも、どうしても地方で格差がありますから、大都会で裕福な自治体から、過疎のかなり財政の厳しい自治体もありますから、そういうところの財源調整は、地方交付税というのがあるんだから、それでしっかりやっていけばできるはずですと。交付税を渡して、その中でルールに従って、あるいは地方の特性を生かしながらしっかりと行政をマネジメントしてもらう、これこそが地方分権につながる道なんだといって補助金、負担金の廃止と交付税化というのをずっと私たち議論してきたんですね。
 でも、やはり文科省は、どうしてもこれは国がやらなきゃいけないんだと、この制度は地方なんかに渡せないんだということで守り切ったというか、交付税化にならなかったわけですね。
 私は、教育の地方分権というのであれば、先生のお給料はできるだけ市町村が責任を持つ、どうしても足りない場合は交付税をいただいてその中からきちっと渡していく。国が直接先生にお給料を払うというのは、地方の実務を国がまだやっているわけですから、この制度は私は廃止していくべきだと。
 文科省の方も一歩譲ったんでしょうか、今まで二分の一の負担だったのが三分の一の負担に変えているわけですね。まあそんなちょろちょろやらずに、思い切ってこれはきちっと地方でやってもらう、そういう形にできないんでしょうか。
○国務大臣(下村博文君) 知事の経験のお立場からは、全国知事会といいますか、そういう立場からはそういう主張があるということは承知をしておりますが、本当に教員の先生方がそれを望んでいるのだろうかということについては、私は違う意見の方が多いのではないかというふうに思っています。
 つまり、地方に移譲することによって教職員の人材確保、それから処遇確保がアップするということがあり得るのであれば、それから、全国それが均一に更に総体的にアップするということが想定できるのであれば、それは先生方にとってもウエルカムな話だというふうに思いますが、そもそも人材確保法も毎年予算がこれは削られて名前ばかりになりつつある中で、私はこういうことこそ国が、全ての全国の教職員に対して確保すると。つまり、給与の処遇アップをしなければ、なかなか自治体任せでは相当の差が出てきて、そう富裕団体であっても十二分に教職員の給与までアップするというところまで行かないのではないかと。それをもう地方交付税等で担保すればいいといっても、実際担保していない自治体も現実問題としてあるんですね、本来それに使うべきところを使っていないというところもあるわけでありまして。私は、今までの政府の流れからいって、この義務教育費国庫負担金を、都道府県が負担した教職員給与、二分の一を三分の一にしたというのは実は間違いであったのではないかというふうに思っているぐらいであります。
 理由は、この義務教育費国庫負担金制度を廃止して全額地方一般財源化するということは、そもそも憲法第二十六条の要請によって国の責任を果たしているということにならないのである、憲法にも抵触するようなことになりかねないというふうに思うわけであります。むしろ、国が教職員給与等を逆に全額負担するような形で安心して学校の先生方には仕事をしてもらう、そのために国の方が給与についても十分対応するということを国が責任を持ってやる方向に行かなければ、優秀な人を教員として確保することも難しいというふうに思いますし、全国の格差を更に拡大することにつながってしまうのではないかというふうに思っておりまして、これについては、義務教育費国庫負担金は三分の一をいかに二分の一に戻すか、あるいは全額国にするかということを私は考えなければならないのではないかというふうに思っています。
○松沢成文君 大臣、私は、教員がどんどんお給料下がってもいいとか、あるいは地域によって教員のお給料の格差が出ていいなんということは言っていないんです。それを出ないようにするためには、国がルールを作ればいいんです。ある意味で、政策で決めればいいんです、基準を。何で現ナマのお金を国から直接送らなきゃいけないのかということです。これ、アメリカの教育委員会制度を見ても、もうアメリカは地域の自立ですから、全部、教育税まで地域で集めて、人事もその教育ディストリクトの中でやって、それでお給料も全部地域で自己責任で負担をしているんですよ。教育の地方分権というのを言うなら、そこをやらないと。基準を作るのは、国で作っていいんです。それまで自由にしろとは言いません。だからそこは、教育の地方分権と言うのであれば、そこまで踏み込まないと地方分権は成就しないと思っているんです。
 じゃ、もう一点。
 大臣、教員の加配定数、御存じですよね。今、教職員、これ約七十万人います。基礎定数が六十四万で加配が六万。約一割は加配の先生なんですね。加配の先生にも様々意義が私はあると思っているんです。いろいろ特別の技術を持った先生方ですから。
 ただ、この先生方は国の予算措置で決まるんです。それで、国がどの都道府県にどれだけ加配の先生を送るかも、これ国が決めるんです。それで、都道府県が市町村を飛び越えてどの公立学校に先生たちを送るかを決めていくんですね。ですから、こういう制度がある以上、もう地元の市町村は、あるいは学校は、県に要望に行かなきゃいけない、県は国に要望に行かなきゃいけない。こうやって中央集権型の教育行政がずっと続いちゃうんですよ。
 あともう一点、例を出します。
 学校が耐震化で、今耐震診断をして大きな改修もしなければいけない。これも実は文科省が持っている補助金でやるんですね、補助金でやるんです。ですから、もう地方の学校あるいは市町村の教育委員会、都道府県にもお願いして、最終的には文科省にお願いして予算を付けてもらわないと耐震の増築も改築もできないわけですね。
 ですから、例えば耐震構造にきちっと、クリアした学校をいつまでに、こういう基準で造りなさい、国が指令を出せばいいんです。なぜ、お金を、それを持つ権限、全部国が持っていて、それを都道府県、市町村、学校と下ろしていく、こういう教育実務が残っているのか。こういうのを残したままだと、教育の地方分権というのは絶対進んでいかないんです。
 この加配教員や学校の増改築、耐震の改築、これも全て最終的な財源、権限は国にある、このことについてどうお考えですか。
○国務大臣(下村博文君) 基本的に、教育の地方分権化を進めるということについては賛成いたします。
 できるだけ学校現場に権限を委譲することによって子供に寄り添った創意工夫をしていくということは、これは方向性としては望ましいことでありますが、ただ、今、松沢委員がおっしゃったことは、基本的な税そのものの問題がやっぱりあるわけですね。国税と地方税のバランスの中でどうするかということで、教育だけ今のような御主張をしたことによって本当に全ての自治体が改善になるのかということについて考えると、私はかえって悪化するところの方が大きくなるのではないかと。それは地方自治体の判断であるけれども、実際のところ、教員の人材の給与に相当する額、あるいはよく出てくるのは、国会で、図書費の問題とかありますが、それに相当する部分が地方交付税等で行っているにもかかわらず、それを地方自治体によって担保していないというところが結構あるわけであります。
 ですから、本当にそれによって改善になるのかどうかということを考えると、これは教育関係だけでなく、国全体の統治機構ですね、国税と地方税の在り方含めて一緒に議論していかなければこれは十分な改革にはならないというふうに思います。
 最初、アメリカの事例出されましたが、アメリカの方が本当に優れているのかと、つまり州単位でやっていいのかということについては、私は、このことについては我が国の方が、義務教育についてはきちっと責任を持つということを憲法でうたっているというこの部分は我が国の方が、これは憲法に書いてあるということが優れているのではないかというふうに思います。このことによってナショナルスタンダードとかナショナルミニマムを逆に確保しなければならないということになるわけでありまして、そういう財源部分あるいは国民の全国的な機会均等部分、そういうところを担保しながら、あとはそれぞれの地方の創意工夫の中でより良い教育を目指すという、そういうトータル的なバランスが求められているのではないかと思います。
○松沢成文君 私も知事やっていましたので、その経験からいいますと、例えば経済の分野とか福祉の分野とか、様々県庁の中にも部署があります。そういう分野はかなり地方分権進んでいますよ、権限や財源の部分においても。こういうもう補助金はやめよう、交付税化しよう、あるいは県に税源移譲してもらって県の責任でやっていこう、進んでいます。やっぱり教育の部分は、教育の機会均等とか最低水準の確保、これが必要だから国が責任を持たなきゃいけないという大臣のおっしゃるような理由の中で、やっぱり実務権限が文科省に残っちゃっているんですよ。
 私は、本当に地方分権を進めるんであれば、文科省は政策官庁に特化すべきだと思っているんです。国の方針、基準、これをきちっと決めていく、実務は地方に下ろしていく、そうじゃないと地方は本当に常に都道府県や文科省を見ながらしか教育実務の運営ができないんですね。ですから、自分たちで創意工夫して、その地域の教育を責任を持ってやっていこうとか、あるいはほかにはない新しい改革に挑戦しよう、こういう気力が湧いてこないんですよね。私は常々それを感じているんです。
 大臣、今回、教育委員会の議論をやってきて、大臣も教育委員会の地方分権化は必要だということで、それぞれ教育委員会でもいろいろ地方で工夫していろんな改革やっているところはありますよ。教育委員五人、六人で成る教育委員会、狭義の教育委員会は恐らくそういう議論もしているでしょう、地域の皆さんの代表ですから。
 ただ、私、前回も言いましたけれども、教育委員会事務局、ここには何百人というスタッフがいます。優秀な方もいます。この人たちの仕事の半分は都道府県や国との調整なんです。県からお金が下りてくる、あるいは国、文科省からお金が下りてくる、あるいは指導や勧告やいろんなことが下りてくる、それにどう対応していこうかなと。市町村にそれを伝えていかなきゃいけない、学校現場にそこまで行っているかなと。
 この文科省、都道府県教委、市町村教委、学校というもう縦型のでっかい官僚機構ができ上がってしまって、それは文科省が持つ権限あるいは財源あるいは人の面も含めて、その上意下達をしっかりとコントロールするための官僚機構になっちゃっているんですよ。ここに教育改革が進まない大きな理由があるんですね。片や教育委員会で地方分権進めましょう、地方で議論してみんなで頑張ってくださいねと言いながら、権限、財源、人材はもう縦型の中でコントロールをしようとする。私は、思い切ってここに、文科省がやはり一大決心をして、しっかりと権限、財源を下に下ろしていく、そして文科省は政策官庁に特化する、こういう意識改革をしない限り日本の地方教育行政というのは花開いていかないと思うんですが、最後に大臣の御見解をいただきたいと思います。
○委員長(丸山和也君) 大臣、簡潔にお願いいたします。
○国務大臣(下村博文君) 非常に重要なテーマで、簡潔にというのは難しいんですが、方向性はそのとおりだと思います。
 ですから、文部科学省も箸の上げ下ろしまでああだこうだと言うべきではありません。一方で、地方自治体も、自ら本当は決められるにもかかわらず、意思決定を自ら持たないで、全部上にお伺いしているというところも私は実は相当あって、法律上は整理されている部分も実際はあるんですよね。ですから、もうちょっと地方自治体も主体性を持ってやることによって相当クリエーティブな教育を独自にするということも可能な部分があります。その辺の整理は必要だと思いますが、一方で、義務教育については、これはやっぱりナショナルスタンダードやナショナルミニマムについては国がきちっと責任を持つという前提の中で、できるだけ地方の創意工夫が生かされるようなことについては努力をしてまいりたいと思います。
○松沢成文君 ありがとうございました。
○田村智子君 首長の意向の反映が学校教育に何をもたらすか、これが法案への大きな懸念です。そこで、教育についての大綱を首長が策定するというこの法案と類似した制度を先行的に実施している大阪府、大阪市について見てみたいと思います。
 府、市とも、二〇一二年に、自治体の教育振興基本計画案は首長が策定し、議会の同意を得るという教育行政基本条例を制定しています。この条例の制定に当たっては、地方教育行政法違反の疑義が指摘をされて、計画案は首長が教育委員会と協議し、策定することとなりました。さらに、教育委員会の権限が侵害されないように、現行地教行法二十三条の教育委員会の職務権限、二十四条の長の職務権限に基づいてそれぞれの権限を行使すると、こういうことも定められました。
 こういう条例で相違ないか、まず局長に確認したいと思います。
○政府参考人(前川喜平君) 御指摘の大阪府教育行政基本条例の第二条におきましては、委員会及び知事は、地方教育行政の組織及び運営に関する法律第二十三条及び第二十四条に規定する職務権限に基づき、適切な役割分担の下、府における教育の振興に関する施策の充実を図らなければならないと規定されていると承知しております。
 また、同条例の第四条第一項におきましては、知事は、委員会と協議して、基本計画の案を作成するものとすると規定されていると承知しております。
 また、同様の内容は大阪市の教育基本条例におきましても規定されているというふうに承知しております。
○田村智子君 計画の議会同意という点を除けば、今回の法案と同じように首長の関与を強めるという仕組みを導入したということです。その後、二年で大阪の教育の自主性、自律性は大きく崩れ、保護者、住民の教育への信頼を損ねる事態が次々と起きています。時間の関係で、ここでは一例として民間人校長について取り上げます。
 学校教育法施行規則では、校長は原則として教育に関する職に就いていることが条件とされています。ただし、学校の運営上特に必要がある場合には、教育に関する職の資格を有する者と同等の資質を有すると認める者等を校長として任命し又は採用することができるとして、いわゆる民間人校長、これを認めているわけです。
 大阪市では、市長が全ての長を公募にすると強く主張をして、二〇一二年に制定した大阪市学校活性化条例で、学校長を原則公募としました。公立学校の校長の半分は民間人からの公募、あとの半分は教育職からという目標も設定されたわけです。初代民間人校長は、二〇一三年の春、応募者九百二十八人の中から十一名が採用されました。ところが、半年もたたないうちに、保護者へのセクハラ等、六人がトラブルを起こしています。地元の新聞では、三か月で辞任、セクハラ、六人に問題と報じられたわけです。つい先日も、府立高校ですけれども、民間からの校長が万引きで逮捕をされています。
 問題となっている民間人校長がいるある中学校で保護者がまとめた資料を私も入手することができました。告発されている問題事例の一部を紹介します。
 修学旅行でのラフティングで生徒を川に突き落とす、生徒の顔を水につける。一年生と三年生の学年集会で、授業がつまらないなら一時間当たり千円換算で返せと要求しなさいと発言し、授業の収拾が付かなくなる。猛暑日に独断でイベントを開催、ところが、PTAには学校行事と言い、教職員にはPTA共催行事だと各々にうそをついていたことが判明。連日、校長室で議論という名の揚げ足取りを教頭に行い、教頭は、校務が滞り仕事に戻してほしいと一分近い土下座を校長に行う。一学期の間に私的に生徒の写真を約二千枚撮影。社会科見学でビールを飲み、帰校後、赤ら顔で校務に就く。韓国・朝鮮人等への差別的な文章を内部文書に記し、抗議され、その後の卒業式には欠席。近隣の小学校卒業式に中学校長として列席するが、礼服を着用せず、汚れた靴で、しかもかかとが踏まれた状態であったと。
 この文書には、誇張した表現は一切ありません、第三者の裏も取れているものであり、PTA役員が校長本人から事後確認が取れた事例のみ記載ですと書かれています。
 民間人だろうとなかろうと、こういう校長、これ全部、一人の校長がやったことなんです。こういう校長は教育者として失格で、教育職と同等の資質があるとは到底言えないと思いますが、大臣の見解をお聞きします。
○国務大臣(下村博文君) それは、今聞いた範囲内ではおっしゃるとおりだというふうに思います。
 そもそも校長は所属職員を監督する立場にある者でありまして、大阪市において民間出身の公募校長による不祥事が続いていること、これは大変遺憾であるというふうに我々も認識しております。
 リーダーシップを発揮し、組織的、機動的な学校運営を行うことができるような適任者を校長に確保するため、教育委員会が教員出身でない者を校長に任用することは一つの方法でありますし、それ自体は決して否定することではないというふうに思います。その際、教育委員会は採用の際に資質について十分な調査、選考を行いまして、教育に関する職にあった者と同等の資質を有すると認める者を校長に任用する必要があります。
 大阪市教育委員会では、民間出身の公募校長について、書類及び面接による選考を通じ、リーダーシップを発揮し、その権限と責任により自律的な学校運営を行えるかなどの観点から候補者の教育的識見等をしっかり見極めたとのことであります。これにより、教育に関する職にあった者と同等の資質を有すると認める者を校長に任用したというふうに聞いております。
 しかし、今御指摘があったことを含め、民間出身の公募校長による不祥事が続いている状況を踏まえれば、採用の際の選考の在り方そのものにも改善すべき点があるのではないかと考えております。
 文科省としては、校長の任用に当たっては、資質について十分な選考を行い、適任者を確保するよう、引き続き都道府県教育委員会等を指導してまいりたいと考えます。
○田村智子君 これもう大臣も失格だとお認めになったわけですけれども、市の教育委員会事務局は事実調査を行った上で更迭案を上げたんです。ところが、市教育委員会の会議では、これは橋下市長に賛同する委員が多数のためなのか、更迭案を否決したんですね。保護者たちは納得せず、市議会に更迭を求める陳情を上げ、これは自民党も共産党も、維新の会以外は全ての会派が賛成して採択をされました。それでも橋下市長は、感謝すべき校長だと言ってはばからず、現在に至るも擁護しています。
 市議会は事態を重視して校長の原則公募の条例を修正しましたが、橋下市長はこれを再議にかけ、議会は維新の会が多数であるため、原則公募の条例はそのままとなっているという事態なんです。民間校長の横暴な学校運営の影響からか、今や教頭の試験を受ける教員が激減をしていて、その合格率は八〇%にまで跳ね上がっているとも聞きます。
 このように強力な権限を持つ首長に教育について更に強い権限も与えると。この法案は運用次第では大阪のように教育に大変な打撃を与えると、こういう深刻な法案だということは指摘をしなければなりません。
 もう時間がありませんので、残る時間では運用面で、法案は悪いんですけれども、運用面で時間が許す限りただしていきたいと思います。
 十日の質疑で民主党石橋委員が、地教行法四十八条に基づき、都道府県教育委員会が大綱に基づき市町村教育委員会に指導できるかという質問をされました。初中局長は、指導はできるが、その指導に市町村教育委員会は従う義務がない旨答弁をされています。
 そこで、都道府県の大綱に市町村教育委員会の権限を拘束する内容、例えば市町村立学校の教科書採択であるとか、学力テストの学校ごとの結果公表を行うものとするなどの記載をすることは適当ではないと、大綱に書くこと自体が適当ではないというふうに考えますが、その点、いかがですか。
○国務大臣(下村博文君) 現行の地方教育行政法第四十八条に基づき、都道府県の教育委員会は市町村に対し、必要な指導、助言、援助を行うことができるものであり、各都道府県の教育委員会においては市町村立の小中学校の取組を支援する各種施策を行っているところであります。したがって、こうした施策について都道府県において大綱に記載することは、これはあり得ると考えます。
 一方、都道府県の大綱に市町村の権限を拘束する内容を記載することは、これは適当でないと考えます。仮にそのような記載の大綱が策定されたとしても、都道府県の大綱に市町村が従う義務はありません。
○田村智子君 適当ではないし、従う義務もないと確認しました。
 次に、総合教育会議の協議題にすべきでない事項として、委員会の審議では教科書と人事に関することがあるということが答弁されましたが、間違いがないかを確認したいのと、加えて、その他教育の自主性、自律性、政治的中立性の観点から協議題にすべきではないと考えられる事項にはどのようなものがあるか、お答えください。
○政府参考人(前川喜平君) 教育の政治的中立性を確保するという観点から、教育の政治的中立性の問題が生じ得る事項といたしまして教科書の採択でありますとか個別の教職員人事というものを挙げたわけでございますけれども、これは一つの例示でございます。ただ、この例示につきまして、例示を網羅的にするということは難しいわけでございますけれども、そのほかに考えられるものといたしましては、例えば、首長が自ら属する党派の主義主張に偏した教材を学校で使用すること、あるいは首長が自ら属する党派の主義主張に偏した教育の実施を求めるというようなことにつきましては総合教育会議において協議をすべき事項ではないと考えております。
○田村智子君 それは協議題にもすべきでないということを確認しました。
 教育委員会の権限に属する事務で、教育委員会が反対したにもかかわらず、協議を尽くさず首長が大綱に記載する、こういうことは教育委員会制度の趣旨に照らしても問題が大きいことだと思います。教育委員会が教育専門的な判断から学校ごとの学力テストの公開はすべきではないと表明しているにもかかわらず首長が公開すると大綱に書くということとか、あるいは教科書採択の方針などが問題になるということが想定されるわけです。
 そこで、確認をしたいのですが、現行法の二十三条、教育委員会の職務権限、法案では二十一条ですね、教育委員会の権限に属する事務については、教育委員会が反対しているにもかかわらず首長が大綱に記載するということも適切ではないというふうに考えますが、いかがですか。
○政府参考人(前川喜平君) 大綱は首長が策定するものとしておるわけでございますが、策定の際には、教育行政に混乱が生じないようにするためにも、首長と教育委員会との間で十分に協議し、調整を尽くすということが肝要でございます。
 仮に、教育委員会の権限に属する事項であって、それを教育委員会の同意がないまま大綱に記載するということは、これは起こり得ないとまでは言えないわけでございますけれども、一般的に望ましいとは言えないと考えております。
○田村智子君 望ましくない事態が起こらないためにも適切ではないと考えますが、いかがですか。
○政府参考人(前川喜平君) 望ましくないということでございます。
○田村智子君 次に行きます。
 法案第一条の四、九項で、「前各項に定めるもののほか、総合教育会議の運営に関し必要な事項は、総合教育会議が定める。」とあります。この定めるというのは、教育委員会と首長の双方が同意をして定めるということなのか、また、その運営に関する事項の中に、大綱以外の協議題についてはあらかじめ双方の同意を必要とするという趣旨を定めることは可能なのか、確認します。
○政府参考人(前川喜平君) 御指摘の改正案の第一条の四第九項でございますが、この法律案に規定されている事項のほか、総合教育会議の運営に必要な事項につきましては総合教育会議で定めるとされているものでございまして、それはすなわち、会議の構成員でございます首長と教育委員会の合意に基づき会議の運営方法が定められるということでございます。
 会議の運営に必要な事項は、それぞれの地方公共団体の実情に応じまして必要と考える事項を定めるということになりますので、国として一律にこういうことは定めなさいとか、こういうことは定めてはいけませんとかいうことではございませんけれども、例えば協議題の決定方法として事前に首長と教育委員会の双方で同意したものとするというような運営方法を定めるということは考えられるところでございます。
○田村智子君 総合教育会議は教育委員会と首長との連携を強めることが趣旨だと言っている以上は、以上のように協議題にふさわしくないものを首長が一方的に決めるべきではないと思いますし、その大綱の記載が逆に対立を深めるというようなことがあってはならないと思うんです。それだけに、施行通知によって、首長が一方的に協議題決めるべきじゃないよ、あるいは大綱というのはこういうことが適切だよということは、きちんと整理をして周知徹底することが必要だと思いますが、大臣、いかがでしょうか。
○国務大臣(下村博文君) 総合教育会議における協議の対象として適切でない事項や、大綱の策定に当たっては十分に協議し調整を尽くすことが重要であることなど、改正案の内容や運用の在り方につきましては、この国会審議の中で慎重に議論され確認されてきたところであります。こうした重要な事項については、法案が成立した場合には施行通知や説明会等を通じて丁寧に周知してまいりたいと考えております。
○田村智子君 それから、調整の付かない事項を首長が大綱に記載した場合、これは起こり得るわけです、権限を持つ教育委員会が執行しない事項を記載することになり、そのような記載は意味がないという答弁が繰り返されました。仮に首長がその意味のないことを書く場合、これは意味がない部分だということが正しく住民に理解できるようにすることが必要だと私は思います。
 こういう指摘、石橋議員からも何回か行われまして、大綱の策定過程は住民に公開されているとか、議事録で総合教育会議や教育委員会会議の議論を読めば分かるという趣旨の答弁も繰り返されたわけです。質問の中でも指摘されたとおり、総合教育会議を大多数の住民が傍聴するとか議事録を全て読むということは、これはなかなか考えにくいことなんですよ。まずあり得ないと私も思います。
 では、それ以外の周知徹底の方法が必要で、例えば大綱の公表に際して、この部分は意味がない部分であるということを首長が自ら付記をするとか、つまり合意に至っていない、執行できない部分ですと、あるいは教育委員会が独自に広報をするということなどはできるのかどうか。また、それができるとしたら、本来、合意できていないものというのはちゃんと知らせることが必要ですから、そういうことができるんだよということは奨励されるべきだと思いますが、いかがですか。
○政府参考人(前川喜平君) 大綱を策定するに当たりましては、策定権者は首長でございますけれども、首長が総合教育会議において教育委員会と協議し調整を尽くすということが何よりも肝要であると考えておりますので、調整の付かないことを、教育委員会が執行する方向で同意していないような事項について記載されるということは基本的には想定されないわけでございまして、余り例外的な事態につきまして周知しなければならないとまでは考えていないわけでございますけれども、仮に首長と教育委員会の調整が付かなかった事項が大綱に記載されているという場合に、それを明らかにする方法といたしまして、首長と教育委員会の調整が付かなかった事項が大綱に記載されているということを教育委員会が自ら広報するような形で情報提供をするというようなことでありますとか、あるいは首長に教育委員会が同意していない旨を大綱の中に付記してもらうというようなことは想定されないわけではないと考えております。
○田村智子君 教育委員会自ら広報できると。首長が判断すれば自ら付記できることは、首長の判断ですから私はできるというふうに思います。
 最後、一問、教育委員の任命の在り方について大臣にお聞きします。
 これ、多様な教育についての民意を反映する上では、一党一派に偏った委員構成では様々な問題が生じ得ます。地教行法でも同一政党には属せないというふうになっています。これ、政党所属ではなくとも、例えば首長のイエスマンのような人物ばかりを任命する、こういうことを重ねていって、結局教育委員会が首長の意のままに判断するということになれば、これは教育委員会制度の趣旨に反することになると思います。そうならないように多様な人選が大変重要だと思いますが、大臣の見解をお聞きして、終わります。
○国務大臣(下村博文君) 現行法におきまして、第四条第四項において、委員の任命に当たっては、委員の年齢、性別、職業等に著しい偏りが生じないよう配慮する旨の規定があり、多様な民意が反映されるよう配慮することが求められております。
 教育委員には大所高所からの知見や教育長の事務執行のチェック機能が期待されるところでありまして、こうした観点から、教育委員、教育長、適切な人選が行われることが望ましいと思います。
○田村智子君 終わります。
○委員長(丸山和也君) 午後二時三十分に再開することとし、休憩いたします。
   午前十一時五十六分休憩
     ─────・─────
   午後二時三十分開会
○委員長(丸山和也君) ただいまから文教科学委員会を再開いたします。
 委員の異動について御報告いたします。
 本日、浜野喜史君が委員を辞任され、その補欠として櫻井充君が選任されました。
    ─────────────
○委員長(丸山和也君) 休憩前に引き続き、地方教育行政の組織及び運営に関する法律の一部を改正する法律案を議題とし、内閣総理大臣に対する質疑を行います。
 質疑のある方は順次御発言願います。
○斎藤嘉隆君 民主党・新緑風会の斎藤嘉隆であります。
 今日は、六十年ぶりの地教行法の改正ということで、総理にも出ていただきました。大変お忙しい中、心から感謝をしたいと思います。
 与えられた時間は十分ですので、早速質問をさせていただきたいと思います。
 安倍総理は、御自身の著書ですとかあるいは様々な機会において、御自身の教育観をいろいろに述べていらっしゃいます。改めてお聞きをさせていただきたいと思いますが、総理は教育の最終的な目的についてどのように考えていらっしゃるか、一人の政治家として、そのお考えを改めてお聞かせをいただきたいと思います。
○内閣総理大臣(安倍晋三君) 子供たちには無限の可能性が眠っていると思います。それを引き出す鍵こそ教育の力であり、教育の再生ではないかと思います。全ての子供たちに世界トップレベルの学力と規範意識を身に付ける機会を保障することを目指し、教育再生に全力を尽くしているところでございます。
 現行の教育委員会制度はこれまで約六十年にわたり教育の政治的中立性の確保等に重要な役割を果たしてまいりましたが、今般、いじめ等の重大な事案が生じている中において、責任の所在の不明確さ、危機管理能力の不足などが顕在化をしているところでございまして、このため、今回の改正案では、政治的中立性や継続性、安定性を確保しつつ、教育行政における責任体制の明確化、迅速な危機管理体制の構築、地域の民意を代表する首長と教育委員会との連携の強化を図ることとしているわけでございますが、まさに教育の目的は、最初に申し上げましたように、子供たちの可能性を引き出していくことでありまして、人格の育成等において言わば教育の果たしていく役割は極めて大きなものではないかと思っております。
○斎藤嘉隆君 今回の法律改正に当たっては、様々な立法に至る根拠、理由、そういったものがあって、この委員会でもいろいろな形でこれまで議論をされてきました。我が国の教育の現状や子供たちの実態に即した改正でないと私は意味がないと、そのように思っています。
 そこで、もう一点お聞かせをいただきたいと思います。現在の日本の教育、そして、その教育の下で育まれた今の子供たちについて、安倍総理大臣はどのような評価をしていらっしゃるのでしょうか。よろしくお願いします。
○内閣総理大臣(安倍晋三君) 私は、誰もが日本に生まれたことを誇りに思えるような国をつくっていきたいと、こう思っているわけでございますし、全ての子供たちが夢を実現するため、世界トップレベルの学力と規範意識を身に付ける機会を保障することが教育の重要な目的であり、国家の責務であると考えています。このため、第一次内閣においては六十年ぶりに教育基本法を改正するなど、教育の再生を進めてきたところであります。
 十五歳の子供たちを対象とした先般の国際的な学力調査では日本の学力が過去最高となっておりまして、第一次内閣以来の教育再生の取組が着実に成果を上げていっていると、このように思います。その一方で、学力については、急速なグローバル化の中、コミュニケーションが取れる英語を身に付けることも課題となってきています。また、青少年を対象にした国際的な意識調査では、他国に比べて日本の子供たちは残念ながら自信がないとの結果が出ております。さらに、いじめに起因して、子供の心身の発達に重大な支障が生じる事案や、尊い命が絶たれるといった痛ましい出来事が起こっているわけでありまして、教育再生は道半ばであります。
 山積する教育課題に真正面から取り組み、これからの日本にふさわしい教育体制を構築するため、第二次安倍内閣においては教育再生実行会議を設置をし、自己肯定感や思いやり、規範意識を含む道徳教育や教育委員会制度、大学教育の改革等について提言をいただいたところでありまして、また現在、学制改革について御議論をいただいております。
 今後、教育再生実行会議のこれらの提言を踏まえつつ、内閣の大きな柱であります教育再生に全力で取り組んでいく考えでございます。
○斎藤嘉隆君 学校教育の主体は、これはもう少なくとも子供たちでありますし、教育はもうやり直しの利かない営みだというように思っています。だからこそ、私は、政治は教育に対して謙虚であるべきだというように思います。幅広い声を聞くことが必要だというふうに思います。これが現在の教育委員会制度の元々の趣旨であったのだろうというように思っています。
 今総理からも言及がありましたけれども、第一次政権の下で教育基本法を改正をし、そして愛国心等を規定をすると。著書では、読ませていただきましたけれども、教育の目的を品格のある国家をつくることだというようにおっしゃっていらっしゃいます。そして今、総理は集団的自衛権の行使容認にかなり前のめりな状況ではないかと思っておりますけれども、解釈改憲によって大変危険な状況に置かれるのは、私は、若者たちであり今の子供たちであり、これは紛れもない事実であろうというふうに思います。
 そこでお聞きをさせていただきたいと思いますが、自民党の国家安全基本法案には、国は、教育などの各分野において安全保障上必要な配慮を払う義務が生じるというようにあります。集団的自衛権の行使容認となった場合に教育内容に何らかの変化が加えられるのか、教育内容を一部見直すことが必要だと総理は今お考えになられているのか、お考えをお聞かせをいただきたいと思います。
○内閣総理大臣(安倍晋三君) 今私どもが検討を進めております、安保法制懇の報告に基づいて与党で協議を行っているわけでございますが、まさに日本人の命を守るために、平和な暮らしを守るためにシームレスな防衛体制をつくっていかなければならないわけでございまして、その中における検討を進めているところでございまして、こうした検討を進めていく、あるいは法的な整備を進めていくことによって、私は、むしろ抑止力の強化につながり、結果として、より平和で安定した地域をつくっていくことにつながると。つまり、このことによって、若い人たちあるいは子供たちの命が危険にさらされるということとは逆の方向に進んでいくということは確信をいたしておるところでございますが、いずれにいたしましても、今検討していることが学習指導要領に対して変化を与えるということはないと、このように考えております。
○斎藤嘉隆君 この問題については、やはりその主体となる子供たちや若い人たちにどのように伝えていくか、あるいは子供たちの声をどう受け止めるか、これも一つの私は大きな課題だというように思っています。我が国の教育の本当に大きな問題点は、政治の意向を受けつつ、一部の識者の皆さんが、まあ言ってみれば思い込みで様々なことを語って、そしてその中身が決められていくと、そういった状況があるのではないかなと思っています。
 国によっては、国家に特別な機関をつくって、必要なデータをたくさん収集をし、それを分析をしながら、例えば教育内容、教育課程、こういったものを議論をしてつくっていくと、こういったことをしている国もあるわけで、是非、我が国においても多くの皆さんに意見を聞いて、その多くの皆さんの声に耳を傾ける、その上で教育論について論じていくと、そんな姿勢を是非望みたいと思っておりますし、今回の改正がそういったものにつながっていく、そのようなものであってほしいと、そんな私の思いを申し上げさせていただいて、もう時間が来てしまいましたので、ここまでにしたいと思います。
 どうもありがとうございました。
○大島九州男君 民主党の大島九州男でございます。総理、文教科学委員会へようこそ。
 まず、今回のこの改正案の中の一つに、首長が新教育長を議会の同意を得て任命し、罷免するとなっておりますけれども、このことについては、下村大臣の答弁にもあるように、首長の任命責任と議会の同意責任が非常に重くなると、そういう答弁をいただいておりますが、そういう認識でよろしいでしょうか。
○内閣総理大臣(安倍晋三君) 今回の改正による新教育長は、教育行政の責任の明確化を図り、いじめ事件など緊急時において迅速かつ適切に対応をできるようにするためであります。教育委員会の代表者である教育委員長と事務の統括者である教育長を一本化して設けるものでありまして、この新教育長は、現行制度の教育長にも増して地方の教育行政において重要な役割を担うものであり、高い識見や優れた危機管理能力といった様々な資質が求められるものと考えています。
 私も行政の長として政府の様々な職の任命を行う立場にありますが、行政運営を的確に行っていくためには、要職の任命に際しては責任を持って適材適所で行っていくことが大変重要であると考えております。
○大島九州男君 もうちょっと簡潔に分かりやすく言いますと、責任は重いと、任命責任は重いと、そういう理解でよろしいですか。
○内閣総理大臣(安倍晋三君) 当然、この任命責任というのは重いものであると、このように思います。
○大島九州男君 首長の任命する教育長を中心とする新教育委員会で構成をする総合教育会議というのが今度必置されるわけですが、設置されて、その会議に地域住民の声、教育現場の声を反映させるためには、下村大臣は、コミュニティ・スクールや学校支援地域本部等に関わる人材が携わることは民意を取り入れた大綱の作成や地域教育力の向上につながるという意味で、総合教育会議のメンバーにはコミュニティ・スクール等に関わる人々が入ることは大変よろしいんじゃないかという、そういう意味の答弁をされておりますけれども、総理もそのような認識でよろしいでしょうか。
○内閣総理大臣(安倍晋三君) 地域や子供の実情に応じた質の高い教育を実現するためには、教育行政に地域の多様な声を反映させていくことが重要であります。
 今般の法案で設置される総合教育会議は、首長と教育委員会という執行機関同士の協議、調整の場として設置をするものであり、その中で多様な民意を反映する観点から、関係者や学識経験者から意見を聴くことができることとしています。
 こうした中で、御指摘の学校運営協議会の委員やPTA関係者、地元の企業人など様々な関係者から意見を聴くことは有用であります。こうした取組を通じて総合教育会議における議論が活性化をされ、地域や子供の実情に応じた教育が実現されるよう、政府としても必要な助言等を行っていきたいと考えております。
○大島九州男君 なぜここを確認させていただいているかというと、やはり総合教育会議というのが地域の声をしっかりとくみ上げて、そしてその地域の実情に合ったそういう教育をやっていくということが大変重要だと、そういう観点で何度も確認をさせていただいております。総理からそういう御答弁をいただきましたので、このことは全国の首長さん、いろんなタイプの首長さんがいらっしゃいますので、そういう方たちがそれぞれの自分たちの個人の意見、そしてまた自分が任免をするその教育委員会のメンバー以外の多くの人の声を聞いて教育を進めていただくということにつながることというふうに理解をさせていただきます。
 次の質問なんですが、世の中の人の役に立つように頑張りなさいというふうに私は言われたことが大変自分の頭の中に残っていて、それを一つの座右の銘としながら生きているんですが、総理も、学校の先生やいろんな人に出会われた中で、今まで自分が生きていく上で教訓になるような言葉が、こういうのがあるんだというのがあったら是非ちょっと教えていただきたいんですが、よろしくお願いします。
○内閣総理大臣(安倍晋三君) 私は、小学校のときの担任の先生で野村純三先生という先生がおられたんですが、もう九十歳で他界をされましたが、この先生が担任になった最初の日のことを今でも覚えているんですが、いきなり、君たちはスターだと言うんですね、びっくりしたんですが。そして、私は君たちのことを、みんなのことを信じていると、君たちには間違いなく素質があると、こういう話をしていただきまして、私自身は割と授業中もぼうっとした子供で、よく先生から怒られることもあったんですが、また、余り学力の面で先生の期待に応じていたとも言えないわけでありますが、しかし、常に先生との個人面接のときにはとにかく褒めてくれるんですね。この褒めてくれたというのはとてもうれしいですし、だんだん自信にもつながっていきますし。
 言わば、そういう意味においても、こうやって人を信頼をするということと、その人の可能性を信じるということを相手に伝えるということはとても大切なんだなと、なかなかそれは、やろうと思っても、つい私の事務所の部下を叱ったりとかしてしまうんですが、むしろ相手のことを信頼することによって初めてこちらも信頼されるんだなと、こんなことを思っているところでございます。
○大島九州男君 今総理のお言葉にあるように、やはり学校の先生の一言って、その言葉というのは大変重いし、またいろんな親族の言葉も重いというふうに私も感じているところでありますが。
 総理、一つこの歌があるんですが、「名にかへてこのみいくさの正しさを来世までも語り残さむ」という、この歌、聞いたことありますか。
○内閣総理大臣(安倍晋三君) 恐縮でございますが、寡聞にして存じ上げないわけでございます。
○大島九州男君 いや、実はこの歌は、岸元首相が郷里の山口県から離れる際に旧制一高の恩師から自決を促される短歌を受け取ったときに返した歌と言われています。
 でも、私はこの通説とは違う解釈をしていまして、それはどういうことかといいますと、私、学校の先生の集会に参加をさせていただくと、教え子を再び戦場に送るなというスローガンが掛かっているんですね。これは、戦前や戦中に自分の意思に反して戦争で命を落とすことをいとわない教育を時の政府から押し付けられて、その教育を実践してしまった懺悔の言葉と私は受け取っています。なぜなら、教師として、そしてまた人間として、誰一人として命を失うことを奨励する人はいない、まさに安倍総理もそうだと思います。岸元首相の恩師もそうだったと思うんです。
 当時、苦悩の中にある岸元首相の性格を熟知した先生は、強く生きてほしい、命を大切にしてほしいという思いであえて自決を促す短歌を送ったんじゃないかと、その短歌を見て岸元首相は、強く生きる、そう信じてこの短歌を送ったんではないか、私はそのように受け取ったわけですね。そういう深い思いを受けて、先生に感謝の思いを込めて返したのが、「名にかへてこのみいくさの正しさを来世までも語り残さむ」と詠まれたというふうに私は考えるところであります。
 その心は、先生、戦争で多くの国民が命を奪われ、そしてまた戦争の責任を取って自決をしたり処刑された人々がいらっしゃる中で、岸元総理は、自分は生かされているその命を、まさに次の世の世界の平和と日本国民の平和のために自分の人生をささげ、そしてそれを、来世へまでそのことを伝えていきますと、こういうふうに恩師にお返しをされた短歌であると、私はそのように受け取っているんですが、総理、どのようにお考えになりますか。
○内閣総理大臣(安倍晋三君) 私の祖父の短歌について教えていただいて大変恐縮をしておりますが、どういう解釈が正しいのか、なかなか難しいところではございますが、私の祖父も東条内閣の一員ではありましたが、言わばサイパンが陥落をした時点で日本が空襲を頻繁にされる危険性が増大をしたということにおいて、ここで終戦に向けていくべきだという、そういう考え方を持っていたわけでございまして、その結果、東条内閣は瓦解をしていくわけでございますが、同時に開戦の一員でもあったわけでございまして、そうした中において、敗戦の責任を感じる上において、戦後、日本が二度と戦禍に苦しむことのないような国をつくっていきたいと心に誓っていたのではないかと想像しているところでございます。
○大島九州男君 総理と私はこうやって初めてやり取りをさせていただくんですけれども、こうやってやり取りをさせていただくと、総理の何か本当に人間的なことを感じる部分が多分にあって大変有り難いんでありますが、解釈、非常にそれぞれの受取があるということなんです。
 だから、憲法というのは、権力者である時の内閣、特に総理をしっかりと、縛るという言い方はおかしいですけれども、そういう人たちの心にしっかりと歯止めを掛けるものであって、それはその縛られる自分たちが自分の思いで変えるべきものではないと、まさにそのことを私は強く感じるわけであります。だからこそ、この集団的自衛権の解釈の変更というその強い思いよりも、やはり国民に広くその声を聞き、そして国民が、憲法を改正する手続もできたことでありますから、多くの意思でこれはこういうふうに集団的自衛権を認めていくんだというふうに変えていく、そういう決断をしたときに初めて大きくこの国は変わっていく、そのことをやっぱり政治はやっていかなければならないという強い思いがあるわけであります。
 教育は、人の人生を大きく左右する力を持つものであります。世の中は複雑であり、人間も千差万別であります。生まれ育った場所や環境が違えば、当然文化も違ってきます。子供たちにも多様な個性があります。その子供たちを育む教育は、時計の振り子が右に振れ左に振れしながら正しく時を刻んでいくように、教育もやはり、右に揺れ左に揺れしながら知らず知らずのうちに中道、すなわち真理にあった道に進んでいくものと、私はこのように考えています。
 まさに今、この国は、戦後大きく変化をしようとしている。まさにその振り子が振れる、左右に動く大きなその変化のときに国民の声をしっかり聞くということは、この総合教育会議においても必要だ、まさに内閣の運営についても、そして憲法を解釈を変えることについても必要だというふうに思うんですが、総理、どのようにお考えでしょうか。
○内閣総理大臣(安倍晋三君) 私は、総理大臣として、国民の命とそして平和な暮らしを守っていくという大きな責任を負っているわけであります。
 憲法の解釈、例えば九条の解釈につきましても、憲法ができた段階においても、吉田当時の総理は総理としての答弁で、自衛戦争もこの九条は否定しているという答弁をしているわけでございますが、その後、昭和二十九年に自衛隊ができたわけでございますが、その前々々々年には警察予備隊ができております。自衛隊ができた段階においては、言わば自衛権自体はあるという考え方になったわけでございます。
 つまり、その時々に、言わば憲法が、言わば憲法の前文にも国家としての平和生存権がありますし、また十三条には幸福追求権等もあるわけであります。つまり、そういう中において、憲法が禁じているものは何か、他方、国の生存権、そして国民が幸せな生活を営んでいく権利もあるのであるという中において適切な判断をしてきたのではないかと、このように思います。
○大島九州男君 ありがとうございます。
 国民の皆様にも是非このことはちょっとお伝えしておかなくちゃいけないんですが、安保条約の中にアメリカは日本に集団的自衛権を求めないという一文があるということを、是非これを国民の皆さんにも知っていただきたいと思いますが。
 これからの地方教育行政も、時代の流れに流動的に対応した正しい道を進むため、地域住民、学校現場に関わる皆さんの声をしっかり受け止めた真に子供たちのための地方教育行政の道を歩んでいくことを願い、安倍総理には岸元総理の思いを深く推し量って内閣の運営をしていただくことをお願いして、質問を終わりたいと思います。
 以上です。
○藤巻健史君 日本維新の会・結いの党、藤巻です。
 この改正案、時間を掛けて質疑を重ねてまいりましたけれども、重ねれば重ねるほど、私は、政府は中教審の答申のA案を採用して改正案を作るべきだったなと思って、残念でなりません。六十年に一度の大改正でございますので、もっと大胆に改革すべきだったのではないかなというふうに思っております。
 政治的中立という言葉が余りにも前面に出過ぎて、教育委員会を相変わらず執行機関、要するに中教審みたいな諮問機関でなく、執行機関として位置付けたのは、これはやっぱり大きい問題かなというふうに私は思っております。
 私は長い間民間におりましたけれども、執行機関というのは非常に重要な機関でございまして、まず間違いなくその構成員は常勤です。教育委員会のように非常勤ではありません。それから、民間であれば執行機関の中にいる人は、もし大きいミスとかそれから職務怠慢であれば個人的賠償を負います。教育委員会のように何かミスやっても国が損害賠償してそれでおしまいというようなことはありません。そして、民間の執行機関であれば、必ずや一人の人が決定権を持って判断をします。今度の教育委員会のように合議制で物をするということでもありません。
 もし、企業で、例えば会社の執行役員が非常勤であれば間違いなくその会社はすぐに潰れると思います。それから、例えばお医者様で、もし医療ミスをしても、それからちゃらんぽらんとした手術をしても、個人的に損害賠償を負わないのであるならば、私はそのお医者様の手術を受ける気はしません。そしてまた、合議制で物を決めるということですけれども、国際連合の例からしても明らか、特に常任理事国の例からしても明らかですけれども、合議制で物事がスムーズに進むということもありません。
 それにもかかわらず、今回の教育委員は、教育委員会のメンバーは非常勤が大多数であり、大きいミスをしても個人賠償の責任も負わず、そして合議制で決める、そのような形の機関が、執行機関として残していいのでしょうか。もしそれが駄目ならば、私は、やはり中教審のように、教育委員というのは諮問機関であるべきだというふうに思うんですが、総理、いかがでしょうか。
○内閣総理大臣(安倍晋三君) 今回の改正案においては、教育の政治的中立性、継続性、安定性を確保する観点から、引き続き教育委員会を合議制の執行機関としています。様々な人材の多様な意見により地域の実情に応じた教育行政の展開を図るため、教育委員は非常勤とし、その合議で意思決定を行うこととすることとしております。これを諮問機関とすることは適当ではなく、様々な改革によって教育委員会は執行機関として重要な役割をしっかりと果たしていけるものと考えています。
○藤巻健史君 やはり、先ほど申しましたように、民間の組織論でいえば、非常勤で、そして誰かが決定的に決めないとか、それから損害賠償をしないというような組織は、組織として成立しないと思います。
 もし、やはり、教育委員というのを重要な執行機関としてそのまま置いておくのであるならば、私は、そのメンバーに何か大きいミスですね、今回の大津事件のように証拠隠滅とか非常に大きいミスがあるならば、やはり個人に責任を負わせる、すなわち賠償責任を個人に負わせるというような仕組みを考えるべきだと思うんです。
 国家賠償法では、第一条第二項に、国家は公務員への求償権を有するとあるわけですけれども、大津事件のように教育委員会に重大な過失があって、それで公共団体が賠償を強いられた場合には、国家若しくは公共団体も、その個人に求償する、求償権を実施するというふうな仕組みをつくるべきではないかと。これは教育委員会だけでなくて公務員全体に言えると思うんですけれども、そういう仕組みを考えることは考えられませんでしょうか。総理、お答えください。
○国務大臣(下村博文君) まず、法的なことですので、ちょっと私の方からお答えをさせていただきたいと思います。
 この教育委員会制度の趣旨は、教育について識見を有し大所高所から教育行政について判断できる人材や保護者等の意向を反映する者を幅広く教育委員として迎えることによりまして、地域の実情に応じた教育行政の展開を図ろうとするものであります。そのため、教育委員を非常勤として任命し、その多数決で意思決定を行うという、そういう仕組みを取っているわけであります。教育委員会を諮問機関とした場合、教育委員会は意思決定機関ではないということになりまして、教育の政治的中立性を担保できないということから執行機関として残す必要があると考えているところであります。
 なお、地方公共団体の教育行政に係る損害賠償においては、国家賠償法上、被告は地方公共団体とされておりますが、教育委員に故意又は重大な過失があり、その結果として住民に損害を与え、地方公共団体が賠償を行った場合は、これは教育委員に対して地方公共団体が求償することも法令上あり得ないわけではありません。
○藤巻健史君 法令上あり得ないことではないじゃなくて、きちんと実務上も求償していただきたいということは申し上げておきたいと思います。
 法律上できるわけですから、必ずや、そうじゃないと、みんな責任持って仕事しないですよ、民間では。私も、結局、非常勤の取締役等をいろんなところでやっておりましたけれども、何かミスをすることがあって、そのときに損害賠償させられると思うからやっぱり気が引き締まって一生懸命やるわけで、何やっても大丈夫であるならば、それは人間として、人間なんて弱いものですから、やはり仕事を責任持ってやるということはできなくなるのではないかと思います。ですから、法律上もできるわけですから、大きいミス、それから忠実義務を果たしていない公務員に対しては、国は必ず求償権を発揮するという仕組みを是非考えていただきたいというふうに思っております。
 次に、質問を一つ飛ばして、もう一つの質問を先にいたしますけれども、私は、この質問のとき何回も申し上げたんですけれども、地方の教育行政も国の行政システムと同じでいいのではないかと。すなわち、安倍首相が下村大臣を任命し、いつでも罷免できて、そして中教審は諮問機関であると。この仕組みのままでいいんじゃないかと、それをそのまま地方にコピーしてもいいんではないかというふうに思っているわけです。
 というのは、やはり、私、いろんな回答を得ましたよ、いろんな。例えば、国と地方では統治機構が違うと、すなわち地方は二元代表制だけれども国は議院内閣制を取っているとか、国は制度の枠組みや学習指導要領などの基準を決めるけれども、地方は児童生徒に直接教育を実施したり教育人事を扱うからというような回答を得たんですけれども、それを聞いていますと、よっぽど国の根幹を決める政府の方が政治的中立を必要とすると思いますし、それから、二元制だからどうこうといいますけれども、二元制である首長は、これは直接選挙で選ばれるわけですから民意を反映しているというふうにも言えまして、よっぽど国の方が政治的中立が必要だと思うんですね。それにもかかわらず、今申し上げたような仕組みになっているわけです、安倍首相が下村大臣を選んで、そしていつでも罷免できると。この仕組みで今政治的中立が問題だという議論は決してないと思うんですね。ないのであるならば、より政治的中立が重要な国の仕組みをそのまま地方で、地方の行政の仕組みにもコピーすればいいじゃないかと。
 どうして、政治的中立が前面に出過ぎていろいろ、教育委員会を執行機関として残さなくちゃいけないのかと、そういう疑問を持っているんですが、それについてはいかがでしょうか。
○内閣総理大臣(安倍晋三君) 今回の教育委員会制度の改革につきましては二つの案があったわけでございまして、A案とB案。A案については言わば首長の権限を非常に強化したものでございますが、地域の民意を代表する首長の意向を教育行政に反映させることに重点を置いたものであったわけであります。しかし、この案には首長の影響が強くなり過ぎるおそれがあるとの立場の意見もあったことから、答申においては併せてB案も示されたわけでございまして、今回の改正案は、総合教育会議の設置や大綱の策定を通じて首長が教育行政に連帯して責任を負う体制を構築するという点においてはA案の方向性を取りつつ、政治的中立性の観点から、教育委員会を執行機関とするという観点でB案の方向も取り入れた、言わばバランスの取れた案だと考えています。
 国と地方の統治の仕組みは様々な点で異なっておりまして、単純に一方をコピーするというわけにはなかなかいかないのではないかと、こう考えております。
 いずれにせよ、首長の権限や議会との関係等を踏まえれば、教育の政治的中立性、継続性、安定性を確保するため、教育委員会を執行機関として残す必要があると考えております。
○藤巻健史君 聞いていてもそうなんですけれども、世の中、政治的中立性というのが極めて前面に出てきて、政治的中立性というのは、大学の先生に言わせると、極めて多義的で曖昧な概念だというふうに書いていらっしゃる先生もいらっしゃるわけですけれども、確かに政治的中立は重要ですが、どんぴしゃり真ん中である必要もないわけですね。右から見れば真ん中、中立の人は左に見えるし、左の人から見れば中立であろうと右側に見えるわけで、どれが完璧な中立かということは分からないわけです。
 もちろん、無政府主義とかそれから帝国主義とかいうのはまずいし、その反対もまずいんですけれども、多少の範囲内であれば、政治的中立よりも教育行政においてより重要なのは、より良い教育を子供たちに与えるとか、それからいじめ等が起こらないという、そちらの方がより重要だと思うんですね。そうすると、A案というのは確かに政治的中立性には多少劣るかもしれない、だけれども、A案の方が、例えば即座に責任を持った人が行動できるとか、いろんな改革ができるとかいう意味で、いい教育、子供たちのための教育を考えればA案の方がよろしかったかなと思うんですが、いかがでしょうか。
○内閣総理大臣(安倍晋三君) その観点から先ほど答弁をさせていただいたところでございます。
 与党において議論がございました。我が党の中においてもA案を強く推す議員も多かったわけでございますが、しかしその中で、与党において議論を重ねていく結果、バランスの取れたものになったと、このように思いますが。今までの問題点として、当初の、言わば教育委員会が設置をしたときのみんなの思いとは必ずしも一致していない結果になっているところも出てきているのは事実でございまして、大津のいじめ事件がその典型例でございますが、この責任の所在というところが一つ課題でありまして、また迅速に対応できるかということも課題であります。同時に、継続性等々も考慮しながら、我々、今回の法案になったと、こういうことで御理解をいただきたいと思います。
○藤巻健史君 別にこの改正法案が最後じゃないわけですから、今後ともより良い教育行政のために頑張っていただければというふうに思います。
 時間がちょっとだけ残っていますので、最後に、教育委員会とはちょっと違うんですけれども、経済格差についてちょっと質問したいんですけれども。
 今年の五月三日だったかな、シカゴ大学の、シカゴ派の大御所であるノーベル経済学者のゲーリー・ベッカー氏が亡くなったわけなんですけれども、これちょっと古い資料なんですが、東洋経済、二〇〇七年四月二十一日にゲーリー・ベッカー氏のインタビュー記事があります。
 質問として、マクロ面では好調でも、日本の国民の間で経済格差が広がっていますという質問に対して、ベッカー教授は、過去の水準と比べれば経済格差は広がっているかもしれない。でも、アメリカやヨーロッパと比べてごらんなさい。日本の格差社会など取るに足らない。日本経済をもっと成長させたいと思っているなら、この視点に立つことが非常に重要です。アメリカの格差社会の根本的な問題は、高等教育を受けた人と受けていない人の間で所得格差が広がっていることです。教育機会の差が所得格差をもたらすのは、ヨーロッパや日本以外のアジア諸国でも見られます。その点、日本は国際的に見ても教育の格差は小さい。だとすれば、現在の格差社会は一時的なものにすぎず、日本経済が成長するにつれて雇用機会が増え、所得格差も解消に向かうはずです。ということをおっしゃっているわけです。
 すなわち、ゲーリー・ベッカー博士は、日本の教育の格差は小さいとおっしゃっているわけですね。これは文部省の行政を非常に褒めていることだと思うんですが。今、財政が極めて厳しいときなんですね。それで、教育格差を縮めると、これは分かります。ゲーリー・ベッカー氏のおっしゃるように、将来の日本の経済格差を解消するという意味でも重要なんですけれども……
○委員長(丸山和也君) 藤巻委員、時間が来ていますので、質問されるならまとめてください。
○藤巻健史君 はい。じゃ、最後にまとめますけれども、教育の格差を是正して、かつその後でも、社会福祉でも格差格差と言っていたらば財政はもたないと思います。教育格差の是正は重要ですけれども、その他は、あと自助努力と、セーフティーネットの確立は重要ですけれども、その後は自助努力という社会をつくっていただきたいなというふうに思っております。
○委員長(丸山和也君) 答弁は要らないですね。
○藤巻健史君 要らないです。
○松沢成文君 みんなの党の松沢成文でございます。
 総理には本会議でも見解を伺いましたが、この教育委員会制度の改革については、もうこの十年、様々な関係する団体から改革要望が上がってきているんですね。もちろん、全国知事会、市長会、町村会、それから地方分権の審議会である地方分権改革推進会議、地方制度調査会、さらには政府の経済政策を諮問する経済財政諮問会議や規制改革・民間開放推進会議、こういうところからも、教育委員会制度はもう欠点ばかりが目立つと、抜本的改革をした方がいいと。それで、その改革の方向性として、教育委員会の必置規制をなくして、そして教育委員会を置くか、あるいは教育委員会を置かずに地方行政をやっていくかは各地方自治体の選択に任せていくべきだ、ほとんどの団体がこういう方向の改革案を出してきている。今回の政府案で私はそういう改革が実現するのかと思ったら、残念ながら、教育委員会の必置規制が残って継続することになったわけなんです。
 なぜそうなったかについてはもう総理には本会議でも聞きましたが、今後、やはり教育の現場の様々な改革要望も受けて、さらに地方教育行政の改革に向けて、この選択制も含めて教育委員会制度の見直しを更に続けていく、そういう意向はあるかどうか、お聞かせいただきたいと思います。
○内閣総理大臣(安倍晋三君) 今委員が御指摘になったように、各自治体が、委員も神奈川県の知事を務めておられましたが、自治体の工夫を生かして、特色を生かした教育に取り組んでいくことも大変重要であろうと、こう考えております。
 一方、地方教育行政についてはどの地域においても責任ある体制を構築することが重要でありまして、こうした考えから、今回の改正案においては、教育委員会の設置を選択制とはせず、全国全ての地方公共団体において同様の仕組みとしているところでございますが、今後、果たしてどうしていくかという御質問でございますが、これは広い観点からしっかりと深い議論をしていく必要があるだろうと、このように思います。
○松沢成文君 教育の地方分権について更にお伺いしたいんですが、実は私は、道州制を導入すれば、国はもう教育についてはプランニング、方針や基準をしっかり定めていく、そして実務は道州あるいは基礎自治体にぐっと権限や財源の移譲がなされるというふうに思っているんです。そういう意味でも道州制は地方分権の究極の形と期待しているんです。
 前回の総選挙あるいは参議院の選挙でも、自民党、公明党、あるいは野党でも多分、民主党、維新の会、みんなの党、こういう政党は、それぞれ道州制を推進するという公約を掲げていたはずなんです。しかし、安倍政権が政権を取られて一年半近くたちますけれども、この道州制については全く動きがございません。このままだと公約違反ということにもなってしまいます。私は、安倍総理、公約を守る方だと思いますので、道州制推進の意思は持っていると思いますが、そうだとしたら、今後どのようなスケジュールと方法で道州制推進を進めていくのか、お聞かせください。
○内閣総理大臣(安倍晋三君) 道州制の導入につきましては、地域経済の活性化や行政の効率化などを目指して国と地方の在り方を根底から見直す、非常に大きな改革であります。そのため、現在与党において、道州制に関する基本法案の早期制定を目指して地方団体と丁寧に意見交換を重ねるなど、少しでも前に進めるべく精力的な議論が行われているところでございまして、なかなか道州制について自民党においては進んでいないんではないかと、こういう御指摘でございましたが、見た目は進んでいないという印象をもしかしたら持たれたかもしれませんが、しかし、しっかりと我々は着実に議論を進めているということは申し上げておきたいと思います。
 今後とも、政府としても、党と連携をしながら議論を深めていきたいと思います。
○松沢成文君 最後に、ちょっと法案とは離れますが、ちょっと教育改革という視点でお聞かせいただきたいと思います。
 実は、様々な公職選挙が行われるたびに投票率がどんどん下がっていく、私は大変憂慮しています。特に若い人の投票率が圧倒的に低いわけですね。今後、憲法改正のための国民投票法ができ上がって、ひょっとしたら憲法改正の国民投票が今後実現するかもしれません。そのときに、また投票率が二〇%とか一〇%、これでは憲法改正の正当性さえ疑われるような状況になると思います。
 やはり、民主政治国家を維持していくためには、多くの国民の皆さんが政治に参加をする、それを促していくという政策が絶対に必要だと思います。ほとんどの民主政治国家は、実は政治参加教育というのを学校現場で行っているんですね。もうアメリカもイギリスも、民主政治の国はほとんどやっています。
 私もそれに見習って、神奈川県では、私が知事のときに教育委員会と選挙管理委員会と徹底して議論して、全ての県立高校生に、三年に一度来る参議院の選挙のたびに模擬投票という実践訓練、訓練と言ったら言い過ぎかもしれません、実践教育を行っているんですね。参議院選挙の前に三回か四回、公民か、あるいは総合学習の時間で選挙について勉強します、制度から。あるいは、各政党のマニフェストもみんな勉強するようにします。そして、ロビーに投票箱と投票用紙、本物と同じものを置いておいて、それで自分の頭で考えて、どの政党がいいか自分で書いて投票してごらんと。そして結果は選挙が終わった後に公表するんですね、公選法に触れないように。実は、もう二回の参議院選挙でこの実践をやってきました。そうしたら、幾つかの調査で神奈川県の若い人たちの、特に二十代前半の人たちの投票率がもう既に上がってきているという結果もあるんですね。
 こういう政治参加教育の実践教育をやはり私は各学校でしっかりやっていけば、公職選挙やあるいは憲法の改正の国民投票、これも多くの国民が参加をして、民主政治あるいは選挙結果にその正当性を与えて、しっかりと国民の代表が政治をつかさどる、こういう形になっていくと思うんです。
 そこで総理、是非ともこの模擬投票制度のような実践的な政治参加教育、これ政治教育と勘違いしちゃいけません、政治教育というのは、この政党がいいから応援しなさいと先生が教えちゃったら、これは絶対駄目です。ただ、こういう各政党の政策を調べてごらん、自分で勉強して自分の判断で投票する、そういう練習をしてごらん、これは私は民主政治国家である以上、やらなきゃいけないと思っているんです。
 そこで総理、こういう政治参加教育、実践教育、特に模擬投票のような、こういう教育を行っていくことをどう考えるか。そして、私は国で政治参加教育推進法のような法律を作って、それでその重要性や方向性や意義をしっかりと国がまとめて、それを見て地方自治体が各自治体の判断でいろんなやり方で政治参加教育を地域で行っていく、こういう方向に持っていきたいと思うんですが、こういう法制定についても、総理の考え方をお聞かせいただければと思います。
○内閣総理大臣(安倍晋三君) 現在御審議をいただいている国民投票法改正法案、これが成立をすれば十八歳から憲法改正についての国民投票が可能になるわけでありまして、これは今までの二十歳から十八歳に変わるわけでありまして、これは大きな改正になります。
 そして、その後は国政選挙における十八歳への選挙権を広げていくということに向けて議論が進んでいくわけでございますが、これを契機として多くの若い人たちに政治に参加をするということの意義を知ってもらうこと、大変重要だと私も考えています。
 神奈川県において、模擬投票等について、政治参加教育を先進的にやっておられるということに対して敬意を表したいと思いますが、改正教育基本法に基づいて、学習指導要領等においても政治参加教育についての指針を示しておりまして、中学校や高等学校において模擬投票の実施など、主体的に政治に参加する意義等について学習が行われているところでございますが、政府としても、モデル事業によりこのような実践への支援を行っているところでございますが、今後、今申し上げましたように、国民投票法改正法が新たに十八歳という、投票権を十八歳まで広げていくわけでありますから、これを契機としてそうした事業をしっかりと行っていくことも考えていきたいと、このように思います。
○松沢成文君 どうもありがとうございました。
○田村智子君 五月二十三日の本会議質問で、この法案によって全自治体に策定が義務付けられる大綱、教育の基本方針ですね、これについて総理に質問しました。大綱には、首長の判断で教育委員会の専権事項、例えば、愛国心教育に最もふさわしい教科書を採択するなどの内容まで書き込めるのではないかという私の質問に、総理は、「教育委員会が適切と判断した場合においては、教科書の取扱いに関することなど、首長の権限に関わらない事項について記載することも可能」と答弁をしました。
 ところが、十日の委員会質疑で、この法案は、教育委員会の専権事項も、教育委員会の判断に関係なく、文科大臣の答弁によれば、首長が勝手に書くのは可能であるということが明らかになりました。
 総理は、「教育委員会が適切と判断した場合」とわざわざ限定し、教育委員会が同意しなくとも首長が勝手に記載できるということを意図的に隠したということなんでしょうか。
 いや、総理の答弁ですから、総理で。時間ないんですから、総理で、総理で。
○内閣総理大臣(安倍晋三君) 大綱は首長が策定するものとし、教育委員会との合意までは必要としていませんが、策定の際は、教育行政に混乱が生じないようにするためにも、首長と教育委員会との間で十分に協議をし、調整を尽くすことが重要であると考えています。
 これを前提に、大綱に記載する事項について、教育委員会が適切と判断した場合においては、首長の権限に関わらない事項について記載することも可能と申し上げたところであります。
 また、先般の本会議においても、首長の大綱策定に当たり、教育委員会との合意までは必要のない旨明確に申し上げているところでありまして、わざわざ外して答弁したということではございません。
○田村智子君 私は望ましいケースを聞いたのではなく、法案の解釈について質問をしたんです。教育委員会が適切に判断した場合と、教育委員会の判断のいかんにかかわらずというのは、全く違います。
 この法案によって、教育の自主性が首長によって侵されるのではないかということが国民の中でも最も大きな懸念です。中でも、教育委員会が反対したときに大綱に書き込めるのかどうかということが一番心配されること、これを答弁せず、都合のいいケースに限定したということは、極めて重大だということを指摘しなければなりません。
 時間がないので、次に行きます。
 大綱について、私が教科書採択を取り上げたのは、これはやっぱり歴史教科書の採択という、極めて教育の自主性、教育の政治的中立性が必要とされる事務が政治的に支配される懸念が現にあるからです。
 現在、文部科学副大臣でおられます西川京子衆議院議員、昨年四月十日の衆議院予算委員会で、日本軍慰安婦のことを言わば単なる売春行為であると断定し、高校教科書が日本軍慰安婦を書いていることを非常に問題だと思いますと述べられました。
 同じ予算委員会では、維新の会の中山成彬議員が、従軍慰安婦の問題が教科書に相変わらず残っているとした上で、日本人としての自信と誇りを取り戻す、そういうのを教科書検定の第一項目に挙げることについてどうかと質問し、総理は、「検定基準においてはこの改正教育基本法の精神が私は生かされていなかったと思います。そして同時に、検定官自体がその認識がなかったんじゃないのかなとも思います。」と答弁をされています。
 さらには、改正教育基本法に沿った教科書採択をと、特定の出版社の教科書採択を進める政治的な運動もあります。こうやって見たときに、日本軍慰安婦を詳しく教える教科書は改正教育基本法に違反しているから採択するなという政治的主張が、自民党などを与党とする首長によって起きる懸念が払拭できません。
 総理は河野談話を継承すると表明しています。河野談話は、慰安所における生活は強制的な状況の下での痛ましいものであったことなどを明らかにした上で、歴史教育、歴史研究を通じて、このような問題を永く記憶にとどめ、同じ過ちを決して繰り返さないという固い決意を表明しています。
 この立場からすれば、現在、従軍慰安婦について記述する高校教科書を改正教育基本法の目的、目標にのっとっていない教科書だとは到底言えないと思いますが、総理の見解を伺います。
○内閣総理大臣(安倍晋三君) これまでも申し上げておりますように、歴史に対して政治家は謙虚でなければならぬと考えております。歴史問題は政治・外交問題化されるべきものではないわけでありまして、歴史の研究は有識者や専門家の手に委ねるべきものであると考えております。
 そして、国民一人一人が自らの誇りと自信を取り戻すことができるよう、改正教育基本法の趣旨を踏まえた教科書で子供たちが学ぶことが重要であると思います。教科書にどのような事項を取り上げ、どのように記述するかは教科書発行者が判断し、申請した内容について、先般改正した検定基準に基づき検定がなされるものでありまして、例として挙げられました慰安婦についてもその中で取扱いが検討されるものであります。
 今後とも、教育基本法の趣旨を踏まえ、バランスよく記載された教科書を用いながら、我が国の歴史について子供たちがしっかりと理解を深めていくことができるように取り組んでいきたいと考えております。
○田村智子君 質問したことに答えていないんです。現在使われている従軍慰安婦について記述した高校教科書は、教育基本法の目的や目標に沿っていないんですか。
○内閣総理大臣(安倍晋三君) 今申し上げましたように、その判断をするのは私ではなくて、まさにこの検定基準に基づき検定がなされる検定官によって検定がなされていくわけでありますので、私がその質問に答えることは控えさせていただきたいと、このように思いますが、検定官においては、先般改正した検定基準、これは教育基本法、改正された教育基本法にのっとって、この改定された検定基準にのっとって適切に検定がなされるものと思います。
○田村智子君 慰安婦の問題を政治化させているのは、自民党の皆さんたちの質問の中からどんどん出てくるわけですね。今のことについても明言されないというのは、私、重大だと思いますよ。私は、やはり河野談話を継承すると言っている以上は、政府としても、従軍慰安婦はただの売春だったなどという河野談話を傷つける主張とは闘う必要があると思うんです。
 その上で注目すべきは、河野談話以降も、日本軍慰安婦の実態を明らかにする新たな証拠が発見されていることです。六月二日、日本軍慰安婦問題アジア連帯会議が総理に、河野官房長官談話後に発見された日本軍慰安婦関連公文書等資料五百二十九点を提出しています。その一つ……
○委員長(丸山和也君) 田村委員、質問の趣旨を本法案に関連する範囲にしてください。
○田村智子君 私のときだけそう言うのは非常に不当だと思います。
○委員長(丸山和也君) いやいや、私のときだけ、あなたの場合、特別だからですよ。
○田村智子君 私は、歴史教科書の問題は政治的中立性の問題なので聞いています。
 この五百二十九点の資料のうちの一つは、野戦酒保規程改正に関する件、慰安所が軍の正式な施設として位置付けられたことを示す公文書です。オランダ領インドネシアのバタビアでの裁判資料には、ジャワ島に憲兵隊長として駐屯していた兵曹長が、断ると顔を平手で二十回くらい殴った、ピストルで脅迫し、撃ち殺してやるぞと脅したなど……
○委員長(丸山和也君) 本法案に関する質疑にしてください。
○田村智子君 女性たちを慰安所に連れ出した手口が生々しく書かれています。
 総理、歴史教育や教科書の在り方を検討するためにも、こうして提出された五百二十九点の一部でも自らお読みになり、また一つ一つを政府として検証する、そのことが必要だと思いますが、いかがでしょうか。
○内閣総理大臣(安倍晋三君) 基本的に、そうした資料等については、言わば専門家によって分析がなされるべきであろうと、このように思います。資料の、言わばどれぐらいこれは確実な資料であるかどうかという分析も含めて専門家によって検証されるべきではないかと、このように思います。
○田村智子君 河野談話を検証するといった場合には、その河野談話の中で強制を示す資料はなかったということを言われているんですけれども……
○委員長(丸山和也君) 田村君、度々言いますけれども、法案審議ですから。
○田村智子君 それが本当だったのかということについても検証することが必要だと思います。
 委員長に一言申し上げます。
 私は、河野談話の問題は今国会でも何度も議論になってきた。しかも、それは……
○委員長(丸山和也君) いや、だから、本法案に関する形で、独壇の演説場じゃないんだから、ここは。
○田村智子君 歴史教育、歴史教科書を問題とする中での議論になってきています。今法案の審議でも、このことが政治的中立性の問題として他党の議員からも何度も質問がされました。そのときに、私の質問に対してだけそのような抗議をするということは、私からも抗議を申し上げたいというふうに思います。
 教育の政治的中立性という問題が非常に問われている問題で、法案に対する答弁についても不誠実な答弁が行われた、このことにも強く抗議をして、質問を終わります。
○委員長(丸山和也君) 御苦労さんでした。
 以上で内閣総理大臣に対する質疑は終了いたしました。
 内閣総理大臣は御退席いただいて結構でございます。
 他に御発言もないようですから、質疑は終局したものと認めます。
 本案の修正について松沢君から発言を求められておりますので、この際、これを許します。松沢成文君。
○松沢成文君 私は、ただいま議題となっております地方教育行政の組織及び運営に関する法律の一部を改正する法律案に対し、みんなの党を代表いたしまして、修正の動議を提出いたします。
 修正案の内容は、お手元に配付されております案文のとおりでございます。
 これより、その趣旨について御説明申し上げます。
 内閣提出の法律案は、執行機関としての教育委員会を存続させ、従来の教育委員長と教育長を一本化した新たな教育長を置くとともに、地方公共団体に首長と教育委員会から成る総合教育会議を設置するものであります。政府の説明によれば、どの地域においても責任ある地方教育行政を構築する観点からは、統一的な教育制度の仕組みであることが必要とのことですが、地方分権及び規制改革を進めるという時代の要請の中で、地方の教育行政制度についても、地域の自主決定権・選択権を最大限に尊重すべきであると考えます。
 人口、人材、経済力、歴史、文化、風土が異なる多種多様な地域を、国が定めた全国一律の制度で縛り付けることには無理があります。教育委員会を存続するのか、教育委員会を廃止し首長に委ねるのか、それぞれの地域において、首長、議会、地域住民が真摯に議論し、地域の特性を生かした制度を構築することが必要であり、それがひいては民主主義及び地方自治の推進につながるものと考えます。
 このような観点から、政府案に対し修正を求める次第であります。
 修正の要旨は、次のとおりであります。
 政府は、この法律の施行後三年以内に、教育委員会必置義務の撤廃等も含め、地方公共団体における教育行政の組織及び教育行政に係る職務権限の配分に関し、地方公共団体が地域の実情に応じた制度を定めることができるようにするための制度の在り方について検討を加え、その結果に基づき、必要な法制上の措置を講ずるものとする旨の規定を附則に加えることとしております。
 何とぞ、委員各位の御賛同をいただきますよう、お願い申し上げます。
○委員長(丸山和也君) これより原案及び修正案について討論に入ります。
 御意見のある方は賛否を明らかにしてお述べ願います。
○那谷屋正義君 民主党・新緑風会の那谷屋正義です。
 会派を代表し、政府提出の原案に反対、みんなの党提出の修正案に反対の立場から討論を行います。
 教育は、国家百年の計とも言い習わされておりますように、国の礎を築くものであるとともに、国の行く末を左右する極めて大切なものであります。これゆえ、教育制度に変更を加えようとするときは熟慮を重ね、慎重の上にも慎重に事を進めるべきものであることは論をまたないのであります。
 しかし、安倍政権になってからの教育改革は、グローバル化や教育再生という名の下に、大学改革や英語教育など学校現場や当事者を置き去りにする、まさに拙速、暴走をほしいままに推し進められてきたと厳しく批判せざるを得ません。
 今回の教育委員会に係る制度改正もまたしかりであり、いじめ問題の解決という誰もが否定できないことを口にしながら、改正案では、いじめ問題の本質ともいうべき教育委員会事務局の在り方には何一つ触れずじまいの中途半端さであります。
 また、パーフェクトな制度はあり得ないとの逃げ口上の下、肝腎の適材適所を貫く仕組みや運用等の改善を図る方策も手付かずという有様であります。この無定見ゆえに、現場で苦労を重ねる教職員に対する支援は無策に終わり、ただただ結論ありきの強権的手法に終始してまいりました。
 それでは、今般の地教行法改正案の問題点について具体的に申し述べます。
 改正案によって、新教育長は、これまでの教育委員長と教育長を一本化した名実共に権限と責任を兼ね備えたものとなります。また、首長は、この新教育長を直接に任命するとともに、総合教育会議を主宰し、教育の振興に関する総合的な施策の大綱を策定することとなり、教育制度における首長のイニシアチブ発揮の場は飛躍的に増加することとなります。
 他方、現実の教育を担う学校現場や、それを支える学校運営協議会、学校支援地域本部の活性化については、いかにもおざなりと言わざるを得ません。例えば、学校運営協議会は、政府はその意義を認めるものの、現在もその設置は全体の少数派にすぎず、政府はこれを平成二十八年度までに公立小中学校の僅か一割、約三千校に拡大するという極めてささやかな目標を掲げているにすぎないといった現状にあります。
 民意の反映として首長がリーダーシップを発揮すること自体は評価するものであります。ただ、首長と教育長によるリーダーシップの発揮と並んで、日々の教育を担う学校現場、それに密接に関連する学校運営協議会などを通じた地域住民の意向の一層の反映という回路が整えられて初めてバランスの取れた、かつ子供が主人公となる教育行政の発展が見込まれるのではないでしょうか。この点に関しては、当委員会における質疑、またお招きした参考人及び公述人から、ボトムアップの重要性が取り上げられてきたことは皆様方の記憶に新しいところと存じます。これまでの審査において何度も教育長の暴走の危険が指摘されてきましたが、このままでは首長についても次の選挙まで暴走を抑えることができないとの懸念が現実味を帯びるのではありませんか。
 このように、間もなく採決が行われようとしている現時点においても、大綱策定に当たり首長と教育委員会との間で調整が付かない事柄の取扱いを始め、委員会審査において明らかになった多くの問題点が今なお未解決のまま残っております。
 以上、るる申し上げたことの趣旨を是非御理解いただき、本日御出席の文教科学委員会の全ての皆様には、この地教行法改正案に反対していただくよう切に願う次第でございます。
 また、みんなの党の修正案につきましては、お考えに共鳴する点はあるものの、志す方向性が異なるとの観点から、賛成するには至りませんでした。
 以上をもちまして、私の反対討論といたします。
 御清聴ありがとうございました。
○矢倉克夫君 公明党の矢倉克夫です。
 私は、自由民主党及び公明党を代表いたしまして、ただいま議題となりました政府提出の地方教育行政の組織及び運営に関する法律の一部を改正する法律案に対して賛成の立場から、また、みんなの党提出の修正案には反対の立場から討論を行います。
 以下、政府提出案について主な賛成理由を申し上げます。
 一点目は、独立した合議制執行機関としての教育委員会制度を堅持し、現行の教育委員会と首長の職務権限の配分を変更しないこととした点です。
 政治的中立性、継続性、安定性の確保や、レーマンコントロールによる多様な民意の反映といった観点から、教育委員会制度の存在意義はいまだ失われるものではありません。本改正案において教育委員会制度が維持されたことを高く評価いたします。
 二点目は、現行の教育委員長と教育長を一本化した新たな責任者たる新教育長の事務執行の適正化を図るための規定を設けた点です。
 本改正案においては、教育委員による教育委員会会議の招集の請求権と委任事務の執行状況に関する教育長の報告義務について規定されております。また、教育委員会は、新教育長に委任した事務について、執行方針の策定、是正の指示、委任の解除を行うことが可能であることが確認されています。
 今後、教育委員が、これらの権限の行使を通じて、教育委員会の事務執行の適正化のために積極的な役割を果たしていくべきである旨を周知徹底するとともに、新教育長及び教育委員の資質確保のための研修体制を整備することを政府に求めます。
 三点目は、教育委員会と首長の連携強化のため、大綱の策定や総合教育会議における協議、調整という仕組みを新設したことについて、首長による教育委員会への権限の侵食を許すものではないことが制度的に担保されたことです。この点に関し、個別の教職員人事や教科書の採択は総合教育会議における協議の対象ではないことが確認されております。また、教育委員会と首長との間で合意に至らなかった協議調整事項については、それぞれが所管する事務について最終的な決定権を有することとなります。
 今後、教育委員会と首長の相互理解の下に政策を進めていくためには、総合教育会議における運用上の工夫を積み重ねていくことが欠かせないということを付言したいと思います。
 以上、本改正案に賛成する主な理由を申し上げました。
 なお、みんなの党提出の修正案については、教育委員会制度は地方教育行政制度の根幹を成すものであり、設置するかどうかを自治体の決定に委ねるという制度設計には反対いたします。
 今般の制度改革の発端は、いじめ自殺等の重大事案への対応において、現行の教育委員会制度における責任の所在の不明確さ、危機管理能力の不足、審議の形骸化等が指摘されたことにありました。
 今回の改正案は、それらの指摘に対し適切な手当てを行った制度設計となっております。しかし、制度改正をして終わりではなく、今後の運用を通じて制度に魂を込めていかなければなりません。そのためには、教育委員会の活性化は欠かせません。また、教育委員会事務局体制の改革も必要です。
 本改正案の成立が子供たちの幸福のための教育という視点に立った地方教育行政改革の契機となることを念願して、私の賛成討論を終わります。
 御清聴ありがとうございました。
○柴田巧君 日本維新の会・結いの党の柴田巧です。
 私は、会派を代表して、地方教育行政の組織及び運営に関する法律の一部を改正する法律案に反対、また、みんなの党提出の修正案にも反対の立場から討論を行います。
 改めて言うまでもなく、今般の教育委員会制度改革の大きなきっかけとなったのは平成二十三年に起きた大津市のいじめ自殺事件です。あの事件で最も問題視されたのが、情報を必要な部署に開示せず、調査を途中で打ち切り、いじめの真相究明、検証を怠った教育委員会の隠蔽体質でありました。
 このような体質こそ現行の地方教育行政制度の問題の根源であり、その解消のためには、地域住民からの監視が弱く、いわゆる教育村のなれ合いを温存させている現行の教育委員会の仕組み、在り方を抜本的に見直す必要があります。
 しかし、改正案は、教育委員会を執行機関として存置したことから明らかなように、地方教育行政に関する根本的な問題を解決するには極めて不十分なものです。教育委員会制度は、既に制度疲労を起こし、もはや運用で改善できる限界を超えており、存続ありきの議論では根深い問題が解決しないと考えます。
 また、大津市の事件で指摘された教育行政における責任体制の明確化についても、改正案は極めて曖昧です。
 改正案においては、教育委員長と教育長を統合した新教育長が設置されるものの、首長と教育委員会の権限の分断が残ったままです。両者が参加する総合教育会議が設置されるとしていますが、同会議は結局誰が教育の最終的な責任を担っていくのか依然として不明確なままです。これでは教育現場に無用な混乱を起こしかねません。このような結果となったのも、与党内で妥協に妥協を重ね、教育委員会存続が優先されたからにほかなりません。
 さらに、改正案は総合教育会議が設けられることにより迅速な危機管理体制が構築されるとしていますが、同会議は首長、教育委員会の協議、調整の場であります。緊急時に求められるのは協議、調整ではなく、決断、実行です。したがって、同会議のような組織が、いじめによる自殺や感染症の蔓延など、児童生徒の生命、身体を脅かすような緊急事態に迅速的確に適応できるとは思われません。
 一方、現行制度が抱える課題の一つに、教育行政や学校運営にいかに地域住民や保護者の意向をより反映させるかということがあります。
 しかし、この点からも改正案は不十分です。導入が思うように進んでいない学校運営協議会を各学校に必ず置くようにするなど、地域、住民、保護者が学校運営や教育活動により参画できるような具体的仕組みを明確に改正案に盛り込むべきだったのではないでしょうか。
 以上のように、教育行政制度の見直しに当たっては、隠蔽体質の解消、責任と権限の所在の一致、そして民意をより教育行政に反映させるものでなければ、六十年ぶりの抜本的改革という名に全く値しません。よって、私ども日本維新の会・結いの党は改正案に反対をいたします。
 なお、みんなの党提出の修正案につきましては、その趣旨は理解できますが、検討にとどまることなどから、現時点においては賛成をいたしかねます。
 以上申し上げて、討論を終わります。
○松沢成文君 みんなの党の松沢成文です。
 私は、みんなの党を代表いたしまして、政府提出の地方教育行政法改正案に対して反対の立場から討論をいたします。
 教育委員会は、これまで、権限と責任の所在が不明確であること、地域住民の意向の反映が不十分であること、審議等が形骸化していること、迅速性、機動性が欠如していることなど様々な問題を指摘されてきました。このような諸問題に対応するために、この度、政府が一つの改革案を提示したことについては評価をするところです。
 しかしながら、本改正案をもって、巷間言われるような六十年ぶりの抜本的改革と言うことは到底できません。
 そもそも、教育委員会制度については、この十年間、幾つもの総理の諮問機関や地方団体が抜本改革を求める答申や要望書を提出してきたわけであります。平成十六年には地方分権改革推進会議が、平成十七年には第二十八次地方制度調査会が、平成十八年には全国市長会、全国町村会、そして経済財政諮問会議、規制改革・民間開放推進会議が、そして平成二十五年度には第三十次地方制度調査会、そして地方六団体が、それぞれの立場で教育委員会の抜本的改革を求める答申や要望書を出しているのです。
 そして、これらの答申や要望書が求める抜本的改革とは、教育委員会の設置規制を外し、教育委員会を設置するかしないかを地方自治体の選択に委ねる選択制にほかなりません。
 しかるに、政府案は、このような諮問機関や地方団体の改革要請を一切無視し、教育委員会の設置に固執したものとなっております。このような法案に賛成することはできません。
 世界に目を向ければ、多くの先進国においても教育委員会は設置されておりません。教育委員会制度がなくとも、教育の政治的中立性、継続性、安定性を確保することはできます。
 みんなの党は、地方の自主性と多様性を尊重し、地方分権と規制改革を推進する立場から、選択制を実現するための修正案を提出いたしました。どうか委員の皆様の御賛同をお願いする次第です。
 今後も不断の教育委員会制度改革が行われることを期待いたしまして、討論を終わります。
 ありがとうございました。
○田村智子君 日本共産党を代表して、地方教育行政の組織及び運営に関する法律の一部を改正する法律案に反対の討論を行います。
 第一の理由は、教育への首長の関与を強めることは教育の自主性、自律性を脅かすからです。
 本法案は、自治体の教育政策の大本となる大綱の策定、決定権限を首長に与え、その大綱には、教育委員会の権限に属する事項も教育委員会の同意なしに首長が勝手に記載できることが明らかとなりました。愛国心教育にふさわしい教科書を採択する、学力テストの公表を行うなどの記載も、適切ではないが法的には可能ということです。
 静岡県では、現に、知事が教育委員会との協議を行わず全国学力テストの結果の一部を公表しており、こうした知事の圧力で授業が学力テスト対策に置き換わる事態も生じています。首長による学校教育への介入に道を開く法案だと言わなければなりません。
 また、責任の明確化を理由に教育委員長のポストをなくし、首長が任命する新教育長を教育委員会のトップに据えることは、教育委員会制度を首長の政治的意向を反映しやすい制度にするものと言わなければなりません。
 第二の理由は、教育委員会のチェック機能が弱体化することです。
 事務局の責任者である教育長が教育委員会の代表となることで、教育長への指揮監督権限、任命、罷免の権限も教育委員会から奪われます。
 大津のいじめ事件では、事務局による独走がいじめの事実を隠蔽することとなりました。教育長を始め事務局へのチェック機能の強化こそ検討されなければなりません。
 教育委員会の改革として求められるのは、教育委員会そのものの活性化です。教育委員が保護者、子供、教職員、住民の不満や要求を直接つかむ、つかんだ要求を踏まえて、自治体の教育施策をチェックし改善する、そうした活動を保障する改革こそ必要です。しかし、本法案には教育委員会活性化に資する内容はありません。
 一方で、第五十条で、文科大臣の是正指示の範囲が拡大しています。学校が深刻な問題に直面したときこそ現場に即して教育委員会が対応することが必要であり、このように上意下達を更に強めることは問題です。
 なお、みんなの党の修正案は、教育委員会は不要との立場のものであり、反対です。
 最後に、大綱に関する首長の権限について、本会議での総理答弁が首長の独断が許される法案であることを事実上隠すものであった、これは法案審議の根幹に関わる問題です。このような審議で採決を行うことにも反対であることを表明し、討論を終わります。
○委員長(丸山和也君) 他に御意見もないようですから、討論は終局したものと認めます。
 これより地方教育行政の組織及び運営に関する法律の一部を改正する法律案について採決に入ります。
 まず、松沢君提出の修正案の採決を行います。
 本修正案に賛成の方の挙手を願います。
   〔賛成者挙手〕
○委員長(丸山和也君) 少数と認めます。よって、松沢君提出の修正案は否決されました。
 それでは、次に原案全部の採決を行います。
 本案に賛成の方の挙手を願います。
   〔賛成者挙手〕
○委員長(丸山和也君) 多数と認めます。よって、本案は多数をもって原案どおり可決すべきものと決定いたしました。
 この際、大島君から発言を求められておりますので、これを許します。大島九州男君。
○大島九州男君 私は、ただいま可決されました地方教育行政の組織及び運営に関する法律の一部を改正する法律案に対し、自由民主党、民主党・新緑風会、公明党、日本維新の会・結いの党及びみんなの党の各派共同提案による附帯決議案を提出いたします。
 案文を朗読いたします。
    地方教育行政の組織及び運営に関する法律の一部を改正する法律案に対する附帯決議(案)
  政府及び関係者は、本法の施行に当たり、次の事項について特段の配慮をすべきである。
 一、本法施行後、教育の政治的中立性、地方教育行政における責任体制の明確化、迅速な危機管理体制の構築、地方公共団体の長と教育委員会との連携の強化等の状況について必要に応じて検証を行い、その結果に基づいて必要な措置を講ずること。
 二、新教育長の権限及び責任が従来に比して重くなることから、これを直接任命する首長の責任はもちろん、任命同意に際し、新教育長の資質・能力をチェックする議会の責任も重くなることを踏まえ、議会においては、所信聴取等、丁寧な対応を行うこと。
 三、教育委員会は、レイマンコントロールの趣旨を踏まえ、権限が強化される新教育長による事務執行を地域住民の視点に立って、厳格にチェックすること。
 四、新教育長については、その権限が強化されることに鑑み、大学等における研修を充実させるなど、資質・能力の向上を図ること。
 五、教育委員会が期待される機能を果たすことができるよう、教育委員に多様な人材を登用したり、人数を増やす等、教育委員会の活性化を促進する取組を推進すること。また、教育委員会事務局の職員についても、研修制度の充実や行政部局との人事交流等により、その能力向上を図ること。また、今回の改正によって教育委員会事務局の業務量が増える可能性があることから、小規模な地方公共団体については、指導主事の拡充等を通じた体制整備を図ること。
 六、学校現場に民意を反映していくため、保護者や地域住民の参画を得ながら学校運営の改善や学校支援の充実を図ることができるよう、学校運営協議会の設置の促進に努めること。また、地方公共団体の財政状況による格差が生じないよう、財政措置も含め学校運営協議会の設置及び運営に係る支援策を講ずること。
 七、首長が総合教育会議を運営するに当たっては、学校運営協議会や学校支援地域本部等の関係者の参加を積極的に求めること。特に、教育に関する総合的な施策の大綱がその地域の実情に応じて定められるべきものであることに鑑み、地域住民の意向が大綱に適切に反映されるよう努めること。
 八、総合教育会議において、首長及び教育委員会は、相互の役割・権限を尊重しつつ、十分に協議を行い、調整を図ること。また、いじめ事案など重大かつ緊急な対応を要する事案については、適切かつ迅速に対処し、地域住民に対して教育行政における責任を果たすこと。
 九、地域住民の教育に対する信頼と期待に応え、開かれた教育行政を推進する観点から、教育委員会や総合教育会議の議事録の作成・公表が確実になされるよう万全を期すこと。
 十、新法第五十条の文部科学大臣の指示の明確化については、自治事務に対する国の関与は限定的であるべきという地方自治の原則を踏まえ、国の関与は最小限とすべきことに留意して運用すること。
   右決議する。
 以上でございます。
 何とぞ、委員各位の御賛同をお願い申し上げます。
○委員長(丸山和也君) ただいま大島君から提出されました附帯決議案を議題とし、採決を行います。
 本附帯決議案に賛成の方の挙手を願います。
   〔賛成者挙手〕
○委員長(丸山和也君) 多数と認めます。よって、大島君提出の附帯決議案は多数をもって本委員会の決議とすることに決定いたしました。
 ただいまの決議に対し、下村文部科学大臣から発言を求められておりますので、この際、これを許します。下村文部科学大臣。
○国務大臣(下村博文君) ただいまの御決議につきましては、その御趣旨に十分留意をいたしまして対処してまいりたいと存じます。
○委員長(丸山和也君) なお、審査報告書の作成につきましては、これを委員長に御一任願いたいと存じますが、御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○委員長(丸山和也君) 御異議ないと認め、さよう決定いたします。
    ─────────────
○委員長(丸山和也君) 次に、学校教育法及び国立大学法人法の一部を改正する法律案を議題といたします。
 政府から趣旨説明を聴取いたします。下村文部科学大臣。
○国務大臣(下村博文君) この度、政府から提出いたしました学校教育法及び国立大学法人法の一部を改正する法律案について、その提案理由及び内容の概要を御説明申し上げます。
 大学は国力の源泉であり、各大学が人材育成、イノベーションの拠点として教育研究機能を最大限に発揮していくためには、学長のリーダーシップの下で戦略的に大学を運営できるガバナンス体制の構築が不可欠であり、学長を補佐する体制の強化、大学運営における権限と責任の一致、学長選考の透明化等の改革を行っていくことが重要であります。
 この法律案は、このような観点から、大学の組織及び運営体制を整備するため、副学長の職務内容を改めるとともに、教授会の役割を明確化するほか、国立大学法人の学長の選考に係る規定の整備を行うなどの必要な措置を講ずるものであります。
 次に、この法律案の内容の概要について御説明申し上げます。
 第一に、副学長が学長の命を受けて校務をつかさどることとしております。
 第二に、教授会は、学生の入学や学位の授与等のほか、教育研究に関する重要な事項で学長が必要と認めるものについて学長が決定を行うに当たり意見を述べること、また、教育研究に関する事項について審議するとともに、学長等の求めに応じ意見を述べることができることとしております。
 第三に、国立大学法人の学長選考について、学長選考会議が定める基準により行わなければならないこととするとともに、国立大学法人は、その基準及び選考結果等を公表しなければならないこととしております。
 第四に、国立大学法人の経営協議会の学外委員を過半数とすることとしております。
 このほか、所要の規定の整備を行うこととしております。
 以上がこの法律案の提案理由及びその内容の概要であります。
 何とぞ、十分御審議の上、速やかに御可決くださいますようお願いいたします。
○委員長(丸山和也君) この際、本案の衆議院における修正部分について、修正案提出者衆議院議員笠浩史君から説明を聴取いたします。笠浩史君。
○衆議院議員(笠浩史君) ただいま議題となりました学校教育法及び国立大学法人法の一部を改正する法律案の衆議院における修正部分につきまして、その趣旨及び内容の概要を御説明いたします。
 政府提出法律案は、教授会が学長に対し意見を述べる事項について、「学生の入学、卒業及び課程の修了」と「学位の授与」の二項目のみを明記し、その他の事項については、学長が意見を聴くことが必要であると認めるものに限定しておりました。このことにより、例えば、教育課程の編成等大学の教育研究において重要な事項について教授会の意見が聴かれることになるのか懸念がありました。
 そこで、衆議院における修正により、「学生の入学、卒業及び課程の修了」と「学位の授与」のほかに、学長が教授会に意見を聴くことが必要な事項を学長があらかじめ定めることといたしました。これらの事項には教育課程の編成や教員の教育研究業績の審査等が入ることが想定されますが、そのような事項をあらかじめ定めることにより、教授会としっかり協力しながら大学運営を行うことができると考えます。
 以上が本法律案の衆議院における修正部分の趣旨及び内容の概要でございます。
 何とぞ、御審議の上、御賛同を賜りますようお願い申し上げます。
○委員長(丸山和也君) 以上で趣旨説明及び衆議院における修正部分の説明の聴取は終わりました。
 本案に対する質疑は後日に譲ることとし、本日はこれにて散会いたします。
   午後四時散会