第189回国会 我が国及び国際社会の平和安全法制に関する特別委員会 第17号
平成二十七年九月八日(火曜日)
   午後一時五分開会
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   委員の異動
 九月四日
    辞任         補欠選任
     江田 五月君     小川 勝也君
     吉田 忠智君     福島みずほ君
 九月七日
    辞任         補欠選任
     愛知 治郎君     石田 昌宏君
     高野光二郎君     猪口 邦子君
     山本 順三君     長峯  誠君
     川田 龍平君     儀間 光男君
 九月八日
    辞任         補欠選任
     大沼みずほ君     島田 三郎君
     堀内 恒夫君     宮本 周司君
     白  眞勲君     相原久美子君
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  出席者は左のとおり。
    委員長         鴻池 祥肇君
    理 事
                石井 準一君
                佐藤 正久君
                塚田 一郎君
                馬場 成志君
                堀井  巌君
                北澤 俊美君
                福山 哲郎君
                荒木 清寛君
                清水 貴之君
    委 員
                石田 昌宏君
                猪口 邦子君
                大沼みずほ君
                北村 経夫君
                上月 良祐君
                島田 三郎君
                高橋 克法君
                豊田 俊郎君
                長峯  誠君
                堀内 恒夫君
                三木  亨君
                三宅 伸吾君
                宮本 周司君
                森 まさこ君
                山下 雄平君
                山本 一太君
                相原久美子君
                小川 勝也君
                小川 敏夫君
                大塚 耕平君
                大野 元裕君
                小西 洋之君
                那谷屋正義君
                白  眞勲君
                広田  一君
                蓮   舫君
                谷合 正明君
                平木 大作君
                矢倉 克夫君
                儀間 光男君
                井上 哲士君
                仁比 聡平君
                山田 太郎君
                和田 政宗君
                水野 賢一君
                福島みずほ君
                山本 太郎君
                荒井 広幸君
   委員以外の議員
       発議者      小野 次郎君
   国務大臣
       外務大臣     岸田 文雄君
       防衛大臣
       国務大臣     中谷  元君
   事務局側
       常任委員会専門
       員        藤田 昌三君
       常任委員会専門
       員        宇佐美正行君
   参考人
       立命館大学客員
       教授       宮家 邦彦君
       元内閣法制局長
       官・弁護士    大森 政輔君
       慶應義塾大学総
       合政策学部准教
       授        神保  謙君
       日本弁護士連合
       会憲法問題対策
       本部副本部長・
       弁護士      伊藤  真君
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  本日の会議に付した案件
○我が国及び国際社会の平和及び安全の確保に資
 するための自衛隊法等の一部を改正する法律案
 (内閣提出、衆議院送付)
○国際平和共同対処事態に際して我が国が実施す
 る諸外国の軍隊等に対する協力支援活動等に関
 する法律案(内閣提出、衆議院送付)
○武力攻撃危機事態に対処するための自衛隊法等
 の一部を改正する法律案(小野次郎君発議)
○在外邦人の警護等を実施するための自衛隊法の
 一部を改正する法律案(小野次郎君外一名発議
 )
○合衆国軍隊に対する物品又は役務の提供の拡充
 等のための自衛隊法の一部を改正する法律案(
 小野次郎君外一名発議)
○国外犯の処罰規定を整備するための自衛隊法の
 一部を改正する法律案(小野次郎君外一名発議
 )
○国際平和共同対処事態に際して我が国が実施す
 る人道復興支援活動等に関する法律案(小野次
 郎君外一名発議)
○国際連合平和維持活動等に対する協力に関する
 法律の一部を改正する法律案(小野次郎君発議
 )
○周辺事態に際して我が国の平和及び安全を確保
 するための措置に関する法律及び周辺事態に際
 して実施する船舶検査活動に関する法律の一部
 を改正する法律案(小野次郎君発議)
○公聴会開会承認要求に関する件
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○委員長(鴻池祥肇君) ただいまから我が国及び国際社会の平和安全法制に関する特別委員会を開会いたします。
 委員の異動について御報告いたします。
 昨日までに、吉田忠智君、江田五月君、愛知治郎君、高野光二郎君、山本順三君及び川田龍平君が委員を辞任され、その補欠として福島みずほ君、小川勝也君、石田昌宏君、猪口邦子君、長峯誠君及び儀間光男君が選任されました。
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○委員長(鴻池祥肇君) 我が国及び国際社会の平和及び安全の確保に資するための自衛隊法等の一部を改正する法律案、国際平和共同対処事態に際して我が国が実施する諸外国の軍隊等に対する協力支援活動等に関する法律案、武力攻撃危機事態に対処するための自衛隊法等の一部を改正する法律案、在外邦人の警護等を実施するための自衛隊法の一部を改正する法律案、合衆国軍隊に対する物品又は役務の提供の拡充等のための自衛隊法の一部を改正する法律案、国外犯の処罰規定を整備するための自衛隊法の一部を改正する法律案及び国際平和共同対処事態に際して我が国が実施する人道復興支援活動等に関する法律案、以上七案を一括して議題といたします。
 本日は、七案の審査のため、四名の参考人から御意見を伺います。
 御出席いただいております参考人の方々を御紹介いたします。
 まず、立命館大学客員教授宮家邦彦参考人でございます。
 次に、元内閣法制局長官・弁護士大森政輔参考人でございます。
 次に、慶應義塾大学総合政策学部准教授神保謙参考人でございます。
 次に、日本弁護士連合会憲法問題対策本部副本部長・弁護士伊藤真参考人でございます。
 この際、参考人の方々に委員会を代表して一言御挨拶を申し上げます。
 本日は、御多忙のところ本委員会に御出席をいただきまして、誠にありがとうございます。
 参考人の皆様から忌憚のない御意見を頂戴をいたしまして、今後の我々委員会の審査の参考にさせていただきたいと思いますので、よろしくお願いを申し上げます。
 議事の進め方について申し上げます。
 まず、お一人十五分以内で、宮家参考人、大森参考人、神保参考人、伊藤参考人の順に御意見をお述べいただき、その後、各委員からの質疑にお答えいただきたいと存じます。
 また、御発言の際は、挙手をしていただき、その都度、私の許可を得ることとなっておりますので、御承知おきをいただきたいと思います。
 それでは、まず宮家参考人にお願いをいたします。宮家参考人。
○参考人(宮家邦彦君) 宮家邦彦でございます。
 本委員会で私が意見を申し述べる機会をいただきましたことを大変名誉に思っております。
 さて、ある著名な憲法学者は、外務省員はみんな自衛隊に入って危険地域を経験すべしと、こういうお話がありました。私は、もしかしたら、実戦はともかくといたしまして、外務省員とか自衛隊員よりもはるかに実地の戦争経験があるのかもしれません。
 私は、外務省でアラビア語が専門でした。クウェートで研修旅行中にイラン・イラク戦争が始まりました。初任地は戦時下のバグダッドでありました。そして、二年数か月在勤いたしました。湾岸戦争発生直後はサウジアラビアに出張いたしました。二〇〇四年にはイラク戦争後のバグダッドに再び派遣をされました。特に、二度目の勤務というのは、二人の当時の外務省の同僚を失った直後でございました。戦場に送られる兵士の気持ちを僅かながらも理解したつもりでございます。
 私は、もう政府の関係者ではありません。本日は、自由かつ率直に、自分が経験した、まあかぎ括弧付きですが、戦争ないし戦闘を含む世界の安全保障の常識と私が日頃思っていること、これを述べたいと存じます。
 まずは、結論から申し上げます。
 今回の平和安全法案に反対する方々の主張は、これまでの私の個人的な経験に照らせば、およそ安全保障の本質を理解せず、冷戦後の世界の大きな変化を考慮しない観念論と机上の空論でございます。人によっては、現実味を欠いていると言う方もいらっしゃいます。空想的平和主義、ガラパゴス平和主義とおっしゃる方もいます。このような議論がいかに世界の常識から懸け離れているか、本日は、時間の許す限り、委員の皆様を通じて国民の皆様に御説明をしたいと思っています。
 本日の議論のキーワードは抑止でございます。
 冷戦時代というのは実に安定した時代だったのかもしれません。一九五〇年に朝鮮半島で抑止が失敗いたしましたが、これを除けば東アジアでは基本的に抑止は効いた時代でございます。ところが、冷戦後二十五年たちまして、世界各地では現在、旧帝国による不健全な民族主義というものが次々と復活をしつつあるように思います。これに伴い、各地で物理的な脅威も発生し始めております。最大の問題は、この種の国家ないし勢力には抑止が効かない可能性があるということであります。
 イラク戦争後のバグダッドで私はイラクの内戦も見てまいりました。そして、これらの経験から学んだことは、戦争というのは悪意のある勢力が物理的力を持って現状を変更しようとするときに往々として起きるものだということでございます。これは私の安全保障の常識でございます。
 例えば、イラン革命直後、湾岸地域には力の空白が生まれました。その力の空白を埋めようとしたのがイラクのフセイン大統領でありました。当時のイラクを抑止する国はありませんでした。
 逆に、最近のシリアやイラクではイスラム国が台頭しておりますけれども、これも国際社会がシリア内戦に対して適切な措置をとらなかったことの結果でありましょうし、その国際社会の対応の中には、欧米諸国のシリアの現状を放置する動き、これもあったように思います。
 このように、軍事介入というのは、時に事態を悪化させることがありますが、同時に、非介入主義というものも同様に悪影響を及ぼし得るのでございます。危機に際して正しい措置をとるということは決して簡単なことではありません。人間は錯誤をいたします。予想を超えるような事態が起きるからこそ、まさに危機なのであります。戦争の抑止に失敗をすれば、悪意の勢力は一層勢い付きます。これが人間の歴史であります。いかに善意の勢力が平和を唱えても、いかに外交努力を重ねても、抑止は破れるときがあるのです。今のウクライナ、南シナ海、シリアというのはその一例にすぎないのであります。
 今、日本の国会で、特定の状況の下で危機的な状況は起こり得る、いや、起こり得ないんだと、こういう議論が繰り返されておりますが、誤解を恐れずに申し上げますけれども、私は、危機というのは実は何でも起こり得るんです、何でも起こり得る。だからこそ、あらゆる事態に対応できるような法的枠組みをあらかじめ準備しておかなければいけない、これが私の理解でございます。
 続いて、イラクでの経験を踏まえまして、私が感じている同盟の本質についてお話をいたします。
 二〇〇四年、サマーワに陸上自衛隊の本隊が到着いたしました。私は、当時、バクダッドのCPAという、連合国暫定当局でしたか、日本政府の代表兼連絡係で出向しておりました。本隊が到着する前と後でCPAにおける日本の待遇は大きく変わりました。到着後は、連合国の一員として日本が得られる危険に関する情報、出席できる会議、待遇、これ、全て格段に向上いたしました。なぜでしょう。もちろん、自衛隊は戦闘部隊ではありませんでした。しかし、我々は同盟国扱いになったのであります。
 信頼できる同盟国があるからこそ、力で現状を変えようとする勢力への抑止力が高まるのであります。信頼できない国の部隊には重要な情報も待遇も与えない、これが世界の常識であります。こうやって国家は相互を守り合い、そして平和を保っているのであります。逆に言えば、そのような関係を築けない国家との関係だけでは、いざというときに他国は頼りにならないのであります。役に立たないのです。このような現実を知れば知るほど、安全保障面での相互信頼を高める努力、これがいかに必要かということは御理解いただけると思います。
 現在審議されている法案など整備する必要はないんだと主張される方の多くは、この法案が戦争法案だとか、戦前の軍事大国化、軍国主義への道だなどという主張をされる方もおられるそうです。本当にそうなんですか。戦前の日本が失敗したのは軍隊があったからではないでしょう。民主主義の下で、その軍隊に対するシビリアンコントロールができなかったことが問題なんです。今の日本で当時のような軍国主義が再び起きると本気で考えておられるんでしょうか。それほど我々は今の日本の民主主義に自信がないんでしょうか。とんでもない。私はそうは思いません。それどころか、グローバルスタンダードから申し上げれば、日本の現在の法案では、平均的なNATOの加盟国と比べてもはるかにはるかに限定的な集団的自衛権しか行使いたしませんし、また行使できないのであります。これでどうやって日本を軍国主義化するんでしょう。私は理解ができません。
 もう一つ、今国会での議論を伺っていて疑問に思うことがございます。それは、審議中に具体的な法案の内容について余り詳しい議論がなかったことであります。議論をしないでおいて一方で説明不足だと言われても、これはなかなか理解できないのでありますが。
 今回の法案が確かに多数の法律の修正というものを伴う、分かりにくいという議論があることは承知しております。しかし、その理由はちゃんとあるんです。最大の理由は、ポジリストかネガリストかの違いであります。
 主要国の安全保障法制というのは基本的にネガリストであります。すなわち、禁止条項を列挙し、それ以外は実施可能とする構造です。だからこそ各国はシームレスな対応が可能になっています。ところが、日本では、ポジリスト、すなわち、実施可能なもののみを列挙して、それ以外はできない、このような虫食い状態ですから、臨機応変の対応をしようと思えばどうしても、いかなる危機的状況にも対応できるようにするためには、このポジリストを拡大していくしかないのであります。だからこそ既存の法令の修正が多くなってしまう、これはある程度仕方がないのかもしれません。
 もちろん、最も分かりやすい方法は、自衛隊法をネガリストにすればいいのかもしれません。しかし、そうすれば、一九五五年以降、五〇年代以降の国会の答弁の積み重ねというのは一体どうなるんだということを考えれば、やはりネガリストは採用しないと決めた今回の判断は正しかったと思っています。
 今回の法案では、自衛隊員のリスクが高まるからけしからぬ、反対だという議論もございました。私は、これは国民の生命と財産を守るために命を懸ける自衛隊員に対して極めて失礼な議論だと思っております。
 自衛隊員は、リスクを取るためのプロフェッショナルであります。だからこそ、そのために必要な訓練を行い、そして必要な装備と十分な情報を持って仕事をする専門家集団であります。例えば、巨大火災が発生して消防隊員に、いや、こんな危険な火事だから行くなと言うんですか。出動するなと言うんでしょうか。火事が拡大した今こそ消火が必要でありましょう。そのためにプロは日頃から実力を養っておくのであります。消防隊員と自衛隊員が一体どこが違うんですか。
 続いて、憲法問題、特に集団的自衛権に関する議論について幾つか申し上げたいと思います。
 過去五十五年間の日本における安全保障議論で強く感じますことは、安保を批判する、批判的に論じる人ほど軍事問題、安全保障の問題について余り知識が十分でないという実態、現実でございます。典型例が、武力行使との一体化論であります。
 この概念の是非、私はいつも言うんですが、分からなくなったら英訳してみなさいと。英語に訳せれば私はロジックが通る、分かりやすい概念だと思うんですが、残念ながら、護憲派のある憲法学者も、これは一体化は英訳できません、日本でしか通用しない、日本だけの概念でございますと、そうおっしゃっていました。それはそうでしょう。要するに日本以外では通用しない議論をしているということであります。
 そもそも、違憲、合憲の最終的判断を下すのは最高裁だというのが私の理解でございます。憲法学者、法制局長官にはその権限はありません。先日も、ある尊敬する元法制局長官とお会いしまして、自分は軍事問題は素人だと言われて、私は愕然といたしました。
 冒頭述べたとおり、著名な憲法学者が、外務官僚には全員自衛隊入隊を義務付けて危険地域を体験させよと、こうマスコミでおっしゃっているそうであります。こんな暴論が許されるのであれば、私も一言申し上げたい。憲法学者や内閣法制局長官こそ戦争地域を体験されたらいかがでしょうか。こういうことを申し上げるのは不謹慎かもしれません。
 冒頭申し上げたとおり、彼らは、日本国憲法の下で日本への武力行使の着手がない段階での武力行使は違憲だと、日本への武力行使の着手に至る前の武力行使は、たとえ国際法上集団的自衛権の行使として正当化されるとしても、日本国憲法に反するのだと、こういう御説明をされるそうです。
 しかし、このような、私に言わせれば、二十世紀の戦争概念に基づく解釈が今もまかり通っていること自体、若干不思議でございます。残念ながら、良きにつけ悪きにつけ、二十一世紀の戦争概念というのは、今までの伝統的な概念を超えて、宇宙にもサイバーにも広がっております。このようなことは最低限御理解をいただきたい、知っていてほしいことだと私は思いました。
 集団的自衛権、国連の集団的安全保障等々について、日本の中で、一部ですけれども、どこか否定的なイメージ、何か悪いことをしているようなイメージがあるのは実に不思議だと思っています。考えてみてください。日本が外国から武力攻撃を受けたときに、アメリカは日米安保条約によって日本を守るんですよ。この防衛する義務を負っているけど、その根拠というのは国連が各加盟国に認めている集団的自衛権なんです。いざというときに自国を守ってもらう根拠となる概念をそのように否定的に考えていること自体、私はどうしても違和感があります。そのような自己矛盾に近い議論が今も続いている国は、私の知る限り、日本しかございません。
 七月の衆議院の特別委員会で岡本行夫氏は、国際安全保障環境の変化を見れば、行政府の部局である法制局が直接的な国土防衛以外の行為は全て黒と判断してきたことが、果たして海外で日本人の生命と財産を守るために適切だったのか考え直す時期だとおっしゃっています。私は全く同感でございます。
 私は憲法学者じゃございません。どちらかというと現実主義的な元行政官にすぎません。しかし、私はこう信じています。憲法があるから国家があるのではありません。国家を守るために憲法があるのだと理解しています。
 戦争の形態が根本的に変化した二十一世紀、憲法学者はなおまだ古い憲法の解釈に固執をする。しかし、それでもし逆に国が守れなくなっているんだとすれば、それはいかがなものか。どうしてこの矛盾にお気付きにならないのか、私はどうしても理解ができません。
 さらに、ある憲法学者は、存立危機事態条項それ自体、憲法九条違反である前に、そもそも漠然として不明確で違憲であるという議論もあります。実に乱暴な議論だと思います。さきにも述べましたとおり、世界の主要国の安保法制というのはネガリストでできているんです。このような形で明確な定義をしていない場合は少なくありません。それでは、その定義がないことが違憲になるんでしょうか。私は、断じてそうではないと思っています。
 繰り返しになりますが、日本は三権分立の民主国家であります。立法府が作る法律を行政府は執行する、それが憲法や法律に反するか否かの判断は最高裁の仕事であります。
 アメリカの最高裁は、最近、同性婚を合憲と判断いたしました。日本では、従来の論理の延長にない議論だということで批判がありましたけれども、同性婚というのも、考えてみたら従来は男女婚なんですから、その論理の延長上にはない議論であります。なぜこんなことが民主国家で起きるか、それは、この種の判断変更というものが認められるのは最高裁だけだからであります。憲法学者や官僚にすぎない法制局長官にはそのような権限はないのは言うまでもありません。
 最後に、平和安全法制全体について一言申し上げます。
 この法案に反対される委員の方々、本当に現行法制だけで二十一世紀も国際安全保障環境の下にある日本を守れると思っていらっしゃるんでしょうか。もちろん、領域警備のように現行法の運用で、これを変えれば何とか対処できるものもあるかもしれません。しかし、現行法ではどうしても対応できない種類の危機が生まれつつあることも、これまた悲しい現実であります。
 今後、世界はますます不安定さを増す可能性がございます。このような時代に、将来政権を担うときがまた来るかもしれない責任政党のメンバーの方々、本当にこの法案は不要だとお考えなんですか。私には信じられません。そして、そう信じたくはないのです。責任ある立場にある方ほど、この種の法案が必要だということを内々理解しておられるのではないか、私はそう信じたい。もし、皆さんが将来政府の要職に戻って、そのときに、この種の法案がなかったときにどのようなことが起こり得るかを真剣に考えていただきたいのです。
 参議院は良識の府だと信じています。党利党略ではなく、机上の空論ではなく、現実の世界の実態に即した本音の政策議論を是非お願いしたいと思います。法律論も重要でしょう。しかし、法律論だけでは国家は統治できません。そこで必要となるのは、観念論だけではなくて、現実に即した高度の政治判断であるべきです。
 国民の生命と財産を守る安全保障には右も左もありません。保守もリベラルもありません。そこにありますのは、安全保障というのは、一億人を超える国民から成るこの国の安全を確保する手段であり、あらゆる事態に対応できる切れ目のない柔軟性を持つべきだと思います。
 国民の代表である国会議員の皆様がそのような政治判断をするために選ばれてきたんだと私は信じております。民主主義は、最大多数の最大幸福を実現する制度でございます。今こそ成熟した政治判断をお願い申し上げ、意見陳述を終えたいと思います。
 御清聴ありがとうございました。
○委員長(鴻池祥肇君) ありがとうございました。
 次に、大森参考人にお願いをいたします。大森参考人。
○参考人(大森政輔君) 大森でございます。
 私は、先般行われました閣議決定の問題点を指摘することを通じて、その閣議決定が落とし込まれた法案についての意見とさせていただきたいと思います。しかも、時間の関係もございますので、今回は、集団的自衛権の行使は憲法九条の下で許容されるのかという問題と、他国の武力の行使との一体化に関する閣議決定による見解の変更は相当であるのかという二点に絞って意見を述べたいと思います。
 まず、集団的自衛権の行使は憲法九条の下で許容されるのかという問題につき申し上げたいと思いますが、日本国憲法が制定されまして、今日までの変遷を少したどってみたいと思いますが、昭和二十年代の前半、このときは、自衛権がそもそもあるのかないのかという議論で終始いたしました。ところが、昭和二十五年、朝鮮動乱が起こりまして、日本の治安を事実上担保しておりましたアメリカ軍が朝鮮半島に出兵いたしまして、日本国内は治安の真空状態が生じたと。そこで、警察予備隊が組織され、それが保安隊に組織改編されまして、昭和二十九年七月の一日、自衛隊が創設されました。
   〔委員長退席、理事佐藤正久君着席〕
 そこで、当時の内閣は、それまでの憲法九条の解釈を整理いたしまして、次のような内容にまとめたわけでございます。これは、当時の法制局の説明によりますと、決して憲法解釈の内容を変えたのではないんだと、いろいろ行われてきた解釈を整理したんだということになっております。
 これをどう評価するかはこれまた別の機会の問題でございまして、この昭和二十九年七月の一日、自衛隊の創設に際して整理された憲法九条の概要を申し上げますと、第一点は、憲法九条一項は、国際紛争を解決する手段としての戦争、武力による威嚇又は武力の行使を禁じているが、独立国家に固有の自衛権までも否定する趣旨のものとは解されないと。第二点は、同条二項は戦力の保持を禁止しているが、自衛権の行使を裏付ける自衛のための最小限度の実力を保持することまでも禁止する趣旨ではなく、この限度を超える実力を保持することを禁ずるものであると。そして第三点といたしまして、自衛隊は、我が国の平和と独立を守り、国の安全を保つための不可欠の機関であって、右の限度内の実力機関であるから違憲ではないと。
 この三点に整理して、それ以来、憲法学の研究者の中には自衛隊自体の違憲性に関する議論も交わされてはいましたけれども、政府におきましては、上記整理された見解を今日まで堅持し、その保有は認容できるが、その行使、集団的自衛権の行使については、政府を含めて否定すべきものであることがその都度確認され、今日まで一貫して堅持されてきたわけでございます。
 それを象徴した言辞が、例えば、この事項は集団的自衛権の行使に当たるから憲法九条に抵触し認められないのではないかと、このように、あたかも集団的自衛権の行使が憲法九条に違反する典型行為であることを前提とするような形で議論がなされてきたわけでございます。
 したがいまして、本件閣議決定による集団的自衛権の行使認容は、超えることができない憲法則ともいうべき基本原則からの重大な逸脱であると言わなければなりません。
 次に、先般の閣議決定におきましては、論理的整合性、論理的帰結、基本的な論理の枠内、合理的な当てはめの結果などという、それを個々に考えてみますと、意味不分明な概念を設定し、集団的自衛権の行使認容を、その合理的な当てはめの結果として憲法九条が認める自衛のための措置に当たるんだと主張しているわけでございます。これは、多分、個別的自衛権と集団的自衛権を同質のものとして、同次元の存在における必要性の区分にとどまるとして、憲法九条の下で集団的自衛権の行使を容認する伏線にしているのではなかろうかと推測するものでございます。
 しかしながら、個別的自衛権と集団的自衛権は決して同質のものではなく、本質的な差異があるんだということを申し上げたいと思います。
 個別的自衛権の行使、すなわち、外国の武力攻撃によって我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が損なわれる場合には、これを排除し、我が国の存立を全うし、国民を守るために他に適当な手段がないときに必要最小限度で武力の行使を行うということは、独立主権国家ならば固有かつ先天的に有する自己保全のための自然的権能に基づくものであると解されまして、憲法九条の下でも当然に許されるものであると考えるわけでございます。
 他方、集団的自衛権の行使、すなわち、我が国が武力攻撃を受けなくとも、我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生した場合において、それを阻止するため、当該他国の要請を受けて、武力攻撃を行う第三国に対して我が国が武力行使を行うことができるとされる国際上の権利につきましては、武力攻撃を受けた他国との密接な関係と申しますのは同盟条約などを根拠とするものでございまして、上記のような個別的自衛権とは異なり、その権利の根拠あるいはその内容というものは、他国との間の同盟その他の関係の密接性により後天的に発生し、付与される内容を持つものでございます。
 このように、集団的自衛権の行使につきましては、それが密接な関係にある当該他国の要請を受けて行われることが示すとおり、直接的には当該他国を防衛することを目的とするものであり、他国防衛権あるいは他衛権という用語を使った方がその本質を端的に表すと考えるわけでございますが、この他国防衛権の行使が間接的には自国の平和と安全の確保に寄与することがあり得るとしても、自国に対する武力攻撃を排除することを直接の目的とする個別的自衛権の行使とは本質的に異なるものでございます。
 このように、両者は別次元の事象であり、本件閣議決定に言うような基本的論理の枠内における合理的な当てはめの結果として、単に同次元における必要性の程度に応じて許否の区分の線引きを移動させることができ、また移動させようとしたにとどまるものではございません。したがって、我が国を取り巻く国際安全保障環境の変化を考慮しましても、憲法九条の下で、いずれの場合も我が国による武力の行使を許容できると判断することは、これは内閣の独断でございまして、肯定できるものではございません。
 以上のとおり、集団的自衛権の行使は今後とも憲法九条の下で許容できる余地はないのに、本件閣議決定において憲法解釈の変更と称してこれを憲法九条の下で許容できるとして、それを前提として各種の施策を講じようとすることは、内閣が閣議決定でなし得る範疇を超えた措置である、したがって、その権能を超えたものとして無効と解すべきだと思います。したがって、これを前提として自衛隊法の改正その他所要の措置を講ずることは到底認められないと考える次第でございます。
 そのほか、先般の閣議決定の内容には多々問題点がございますが、時間の関係もありますので、そのうちの数点を申し上げたいと思います。
 まず、集団的自衛権行使限定要件の不明確性というものがあるわけですが、これは話せば長い話になりますのでまた別の機会にいたしまして、新三要件の第一要件の後段、明白な危険という用語が使われております。これについて若干私の意見を申し上げたいんですが、自公間の与党協議において、根底から覆されるおそれという用語を入れようとしたことが新聞報道では言われております。しかし、根底から覆されるおそれでは判断の客観性を確保できないとして、明白な危険とすることによって与党協議は落着したようでございます。
 しかしながら、単なる危険に明白という用語を付加しても、本来、危険の概念には、国語辞典等をひもときますと、危害又は損失の生ずるおそれがあることという意味であるというふうに書かれております。このおそれという不確定概念が本質的に含まれている。したがって、明白なる用語をかぶせましても、発生の不確実性を除去することは用語の本質的意義から不可能であり、規定の運用者いかんによっては、その主観的判断の結果が大きな差が生ずるということを否定できないのではなかろうかと一言申し上げたいと思います。
 次に、この集団的自衛権の行使とその先制攻撃性という問題が次に存在するわけですが、これはまた別の機会に申し上げることにいたしまして、次に、先般、私などはマスコミを通じてでございますが、法的安定性という問題についてその議論が闘わされたことがございます。これも是非申し上げたいんですが、これも後ほどにいたしまして、その次が、最高裁砂川判決と集団的自衛権行使の関係でございます。これは是非私は申し上げたい、そして理解をいただきたいと思う次第でございます。すなわち、最高裁は砂川判決中で集団的自衛権行使を合憲と認めているかという問題でございます。
 この裁判の実務に関係する法曹、放送局の放送じゃなくて専門家という意味でございますが、法曹の間では、最高裁砂川判決が集団的自衛権行使の合憲性の有無まで射程範囲にしているものではないということにつきましては何ら異議はございません。
 砂川事件で問題となりましたのは、旧日米安保条約に基づく米軍駐留の合憲性、これが問題になりまして、同条約は日本の個別的自衛権とアメリカの集団的自衛権との組合せで日本を防衛しようとするもので、同判決において我が国が集団的自衛権を行使できるか否かという点は全く争点となっていないのでございます。
 ところが、この判決理由中の数行を引き出しまして、それに独自の考え方を入れて、最高裁も集団的自衛権の行使を認めているという説がかなり広まり、それがかなりの力を持って当面の論争を左右しようとしている、この点は非常に問題でございます。
 この最高裁判決の先例としての価値、つまり当該先例から引き出される一般法理が何かというのは、あくまでいかなる具体的争点に対してなされた判決かということに即して決まるものでございます。砂川判決から集団的自衛権の行使が合憲であるとの結論が導かれるとの主張は、こうした法律学の基本の理解に関係するものでございまして、到底そういうことができるものではございません。この判決に集団的自衛権の行使を許容する最高裁の意図を読み込むことは全くの暴論でございます。この暴論というのは、傍らの論じゃございませんで、バイオレンスの暴でございます。
 なぜこのように私が少ない時間を費やしたかと申しますと、最高裁は集団的自衛権行使を合憲と判断しているんだという、事実じゃない言葉を信じて本件閣議決定を支持している者が相当数に上ると推測されます。しかし、このように国民を誤って導くに至ったことは非常に遺憾でございまして、本来は内閣法制局がそれを是正しなかったというところに発端があるわけでございまして、私は内閣法制局に随分長い間いたわけでございますけれども、これは内閣法制局の任務の懈怠であると言わなければなりません。是非、後輩、現役の人たちはこれを耳に入れ、頭にたたき込んで、もう一度考えてもらいたいものであると思います。
 次に、この閣議決定をめぐる議論を聞いておりますと、文言、すなわち表示と表示者の意思というものがそごしていると言わざるを得ないと……
○理事(佐藤正久君) 大森参考人、時間が過ぎておりますので、御発言をおまとめください。よろしくお願いします。
○参考人(大森政輔君) はい。これはもうそういうことで。
 最後に、これだけは是非お願いしたいと思いますが、国際紛争への積極的関与の端緒になるおそれがあるんだということでございます。
 また、我が国が集団的自衛権の行使として武力行使をしている第三国に武力攻撃の矛先を向けますと、その第三国は、反撃の正当な理由の有無にかかわらず、事実上、我が国に対し攻撃の矛先を向けてくることは必定でございまして、集団的自衛権の抑止力以上に紛争に巻き込まれる危険を覚悟しなければならず、バラ色の局面到来は到底期待できないことを自覚しなければならないのではなかろうかと。
 したがいまして、集団的自衛権の行使は、このような事態の発生可能性を伴うものでございますから、それを国策として採用することが我が国の平和と安定確保のために必要であるとすれば、憲法上明文をもって用意されている憲法改正手続にのせ、全国民的検討を経ることが求められると言わざるを得ません。
 本来はもう少し申し上げたい点があるんですが、最後に一言申し上げたいと思います。
 それは、冒頭に申し上げました他国の武力の行使との一体化の問題でございます。
 この問題、これは大体どういう考え方であるかというのは、もう既にこの当委員会で十分に議論されたと思いますが、今回の閣議決定、この一体化に関する閣議決定の問題点は二点ございます。その一点は、戦闘現場と非戦闘現場を一線で画することの非現実性という問題と、それから支援活動内容の拡大が武力の行使との一体化の縮小を来す見解になっているという点でございます。
 それぞれの、是非申し上げたいことが二点あるわけでございますが、また御関心のある方が質問をしていただきますれば、その際に自分の考えるところを申し述べたいと思います。
 もう随分時間が超過いたしまして、どうも失礼しました。
○理事(佐藤正久君) ありがとうございました。
 次に、神保参考人にお願いいたします。神保参考人。
○参考人(神保謙君) 慶應大学の神保でございます。
 本日は、平和安全法制特別委員会に参考人として意見を述べる機会をいただきましたことに、まず深く感謝申し上げます。
 まず初めに、今回提出されている平和安全保障法制整備法案及び国際平和支援法案は、日本の安全保障政策に必要不可欠な法案であるという私の基本的な考え方を述べた上で、現下の安全保障環境の変化を鑑み、現在提出されている法案でもなお不十分であり、仮に法案が成立したとしても不断の体制整備が必要であるという問題意識を私からは表明させていただきます。
 まず、基本認識を申し上げます。
 冷戦終結後の日本の防衛・安全保障政策は、安全保障政策の変化に応じて大きな進化を遂げてきたわけでございます。九二年のPKO法の成立以来、日本は延べ十四回の国連PKOミッションに一万人を超す自衛隊員を派遣し、既に二十数年間にわたるグローバルな展開をしてまいりました。また、九七年の日米防衛協力のガイドライン及び二年後に成立いたしました周辺事態法の成立以降は、我が国を取り巻く地域で生じ得る紛争に日米共同で対処する枠組みも整えてきたわけであります。また、二〇〇〇年代に入りますと国際テロリズムの時代に入るわけですが、その台頭と拡大に対しても、テロの温床となり得る地域に対する人道復興支援を中心とした国際協力に積極的に関与してきたわけでございます。
 こうした過去二十年にわたる日本の安全保障政策の展開は高く評価されるべきであると考えておりますが、今日、そこには二つの新しい、しかも深刻な問題が発生をしているということを指摘したいと思います。
 第一は、こうした数多くの自衛隊のミッションの拡大をこれまで既存の法律の改正や時限立法の中で乗り切るという、言わば増改築工事の繰り返しであったということでございます。
 今日、私、配付資料を準備しておりまして、配付資料の防衛計画の大綱と脅威認識・政策・制度の空間概念という格子図を御覧になっていただきたいと思います。これは最新の一三年十二月に発表された我が国の防衛計画の大綱に示されている文章を抽出したものなんですけれども、その文章に示されている脅威認識と我が国の政策、これに対応する制度を、グローバル、アジア太平洋、そして日米を中心とした二国間、そして国内という空間軸の中でまとめたものでございます。
 これはやや乱暴な分類ではございますけれども、ここで私が示したかったことは、御覧になっていただくと分かるとおり、脅威の性質自体はグローバルから国内に至るまで空間及び領域を横断する性格を持つようになってきているということでございます。そして、近年の政策も徐々に国内から二国間、アジア太平洋地域、グローバルへと横断する志向を持つようになってきているということでございます。
 しかしながら、制度について御覧になっていただくと、それは空間別の縦割りによってつくられているものが多いということでございます。ここに、安全保障環境は領域横断になっているにもかかわらず、制度自体は空間の縦割りにとどまっているというミスマッチが生じているということをまず指摘したいと思います。これが第一の問題でございます。
 第二の問題は、二十一世紀の我が国を取り巻く安全保障の最大の変化と言ってもよいと思います中国の台頭に関することでございます。それが我が国の安全保障に二つの新しい領域への対応を迫っているということを申し上げます。
 一つは、本委員会でも再三にわたり問題提起があったと了解しておりますグレーゾーンと呼ばれる事態でございます。まさに、私の図で申し上げますと、この二国間と国内の間、そして事態でいいますと平時と有事の間、そして法制度でいえば自衛権と警察権の間の切れ目に我が国の主権を侵害する重大な事態が生じているということは本委員会の皆様が共有するところであろうと考えております。
 もう一つは、先日の軍事パレード、皆さん御覧になったと思いますけれども、そこでも示された中国の軍事力の急速な拡大が、我が国ひいては周辺国、さらにこの地域に関与する米軍との軍事バランスを大きく変化させているということでございます。特にこの米軍の地域的関与に関する、これ拒否力と呼びますけれども、これが高まっていること、これを専門用語ではA2AD環境と呼んだりしますけれども、このこと自体が東アジアの紛争抑止、紛争対処への方程式を大きく変化させつつあるということでございます。
 以上申し上げた二つのミスマッチあるいは新しいドメインの拡大こそが、なぜ今日我が国が確固とした安全保障の法制度を策定しなければならないかという重要な根拠だと私は考えているわけでございます。そして、そこには日本の防衛政策にとって今日最も重要な三つの領域への対応が明確に意識されているわけでございます。
 第一は、グレーゾーン事態への対応。これは、平時と有事の中間領域、そして警察権と自衛権の隙間を埋める対応ということになります。
 第二は、これは九〇年代からの宿題であったわけでありますけれども、朝鮮半島や台湾海峡での有事を念頭に置いた周辺事態、今法律では重要影響事態における日米の共同対処能力の強化、そしてその延長線上にある集団的自衛権の限定的行使をめぐる問題でございます。
 そして第三は、国際平和協力における自衛隊の役割の国際標準化、そしてそれを通して日本が世界の平和維持、平和構築で積極的な役割を果たしていくことという、以上の三つでございます。
 そして、この法案自体を見てみると、現在提出されております平和安全保障法案自体は大変複雑に構成されておりまして、多くの国民の皆さんには大変分かりにくいものとなっております。そして、この複雑さを十分に単純化できず、国民の理解を得られていないという状況は、率直に言って政府・与党の皆さんの努力不足を指摘しないわけにはいきません。
 せっかくの機会ですので、外部の有識者という立場で招かれている私であればこのように整理するのになという形の視点を幾つか提示をしてみたいと思います。
 本法案は、私の理解するところ、先ほど申し上げた三つの領域に対して切れ目のない、シームレスな対応を目指す制度構築の試みというのが一言で申し上げる平和安全保障法案の最大の目的だと考えております。
 この切れ目のない対応がなぜ必要であるか。それは、既に述べたとおり、安全保障上の脅威が領域横断的であるにもかかわらず、我が国の法制度が十分に横断的ではないという問題認識から出ているわけでございます。ですから、このシームレスという概念に対する理解が極めて重要だと考えているわけですが、しかも、このシームレスという概念は、私の考えでは以下の四つの領域に及ぶと考えております。
 第一は、事態の段階をめぐる考え方でございます。
 これは防衛計画の大綱や日米防衛協力のガイドラインでも示されているわけなんですけれども、平時から緊急事態までのあらゆる段階で切れ目のない体制整備をすることが重要だという、こういう考え方でございます。しかしながら、実際にはグレーゾーンと有事の間、そして低強度紛争と高強度、ハイエンドな紛争との間には、制度的、能力的な隙間が厳然として存在しており、これを埋める方策が不可欠であるというのが一番目のシームレスの考え方でございます。
 第二番目のシームレスの考え方は、地理的空間に関する概念でございます。
 先ほど来申し上げた領域横断的な脅威に対応するためには、我が国はどこまでの地理空間を安全保障上の空間とみなすのか。これは、ここまで委員会でも議論されたとおりだと思いますが、事態の性質に応じて変化する概念でございます。
 かつて、これは周辺事態として想定された朝鮮半島周辺の地理的区分ということにとどまらず、二十一世紀の安全保障環境を考えると、特に海洋安全保障、東シナ海から南シナ海、インド洋、そして中東地域に広がる広域空間の戦略的重要性は間違いなく高まっており、さらに、そういった広域空間であるからこそ様々な形態の国際協力や共同行動に参画する必要性が増したというのが、これが空間的シームレスの必要性でございます。
 第三の概念は、アクターの連携でございます。
 従来の周辺事態法であれば、その協力相手はアメリカに限定をされておりました。しかし、今般提示されている重要影響事態法案では、後方支援の対象国はオーストラリア等の友好国を含めるという設計になっております。これは、仮に朝鮮半島有事で、そうした有事が発生した場合ですけれども、その対応に従事する部隊はアメリカ以外の多国籍の軍になるということはほぼ確実であります。その場合、日本が柔軟に後方支援ができる枠組みを整備できるかどうかということは、これから起こり得る朝鮮半島の危機管理や紛争対処においても、私自身は必要不可欠と考えているわけでございます。これが第三番目です、アクターの連携。
 そして最後は、領域横断ということでございます。
 特に、先ほど申し上げた中国の拒否力の拡大、A2AD環境。様々なミサイルや戦闘機、潜水艦などを持っているわけですけれども、こうした環境において、アメリカ軍そして日米同盟が中国に対して相対的な優位を確保し続けるためには、実は様々な領域に対する、これは宇宙やサイバー空間を含むわけですけれども、これはアメリカの用語でクロスドメインと言っておりますけれども、クロスドメインの領域で協力を深めなければいけない、様々な領域をシームレスに担保するということが必要だということでございます。
 これが切れ目のないということを言っている四つの領域でございまして、これを正確に使い分けて法案の中にどのように反映させるかということが大変重要だと私自身は考えているわけですけれども、現在提出されている平和安全保障法案は、私のレジュメの(2)に示したとおりなんですけれども、例えば自衛隊法の改正は@とBに対して、そして重要影響事態確保法案はAに対してといった形で整理することによって、シームレスという切り口から、なぜ現在この法案が重要なのかということが国民の皆様に対してより分かりやすく説明できるのではないかと考えております。
 与党及び政府関係者の皆さんにおかれましては、極端な単純化や便宜的な事例紹介にとどまらず、国民に分かりやすく説明する努力を引き続き継続していただきたいと思っております。
 そして最後に、私は現在提出されている法案に強く賛同する立場ではありますが、幾つかの苦言を申し上げたいと存じます。
 最大の苦言は、本国会における議論が日本国憲法に対して合憲か違憲かという議論に相当多くの時間が割かれ、日本の安全保障政策の在り方を問う議論自体は十分に展開されてこなかったということでございます。
 僣越ながら、私見では、平和安全保障法をめぐる最大の論点は、この法案がシームレスな安全保障体制を確保できているかどうかということにあると考えております。しかも、その点に関して、私は研究者という立場から、現行の提出された法案では十分ではないと考えております。これが、仮に本法案が成立したとしても不断の体制整備が必要だと冒頭に申し上げたゆえんでございます。
 絞って三つの論点のみ申し上げます。
 第一の論点は、先ほど来申し上げておりますグレーゾーン事態への対応でございます。
 これは警察権と自衛権の切れ目を埋める方策ということが焦点となっているわけですけれども、この方法に関しましては、海上保安庁及び警察の能力と権限拡大と、自衛隊による警察権の行使の適用拡大という、言わば下から上へのアプローチと上から下への双方のアプローチがございます。今回の安保法制では、グレーゾーンに対して、上から下、つまり自衛隊の海上警備行動や治安出動の迅速な閣議決定の手続や、平時に活動する米国に対する武器等防護というものを当てはめようとしているわけでございます。
 当然、私自身も海上保安庁のみで対応できない事態に自衛隊の出動を柔軟に担保することは重要だと考えておりますが、他方で、もう一方の下から上への作用、つまり海上保安庁の権限拡大については、特に海上保安庁法第二十条、これは警察官職務執行法第七条の規定の準用になっておりますけれども、これに事実上がんじがらめになっている武器使用権限をどうするかということの議論については依然として本国会では欠落したままになっていると考えております。
 当該事態に対して、海上保安庁の権限と能力を拡大して、警察権、言わば英語で言いますとホワイトホールを拡大するのか、それとも軍事組織を早期に投入する方がいいのかということを考えるのは、これは日本が国家としてエスカレーション管理をどうするのかということの戦略に関わる問題でございまして、この戦略論こそが法制度に反映されなければいけないと考えているわけでございます。これが第一点です。
 第二の論点は、武力行使の新三要件として提示された存立危機事態をめぐる問題でございます。
 私は、かねてより日本が集団的自衛権の行使を認めることは当然という立場で議論をしてきました。この観点から、昨年の七月の閣議決定において、武力行使に関する新三要件として、我が国と密接な関係にある他国を含めたことは画期的であると考えております。しかしながら、その後段であります、我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険があるという定義が付加された結果、その行使できる範囲が限定され過ぎた、限定することは反対しておりませんが、それが限定され過ぎたのではないかという懸念を持っているわけでございます。
 例えば、これまでの事例研究でもございましたように、日本以外の他国に向かうミサイルを日本のイージス艦が迎撃できるかどうかは、この解釈によれば甚だ疑わしいところだと言わざるを得ません。このままの状況では日米のミサイル防衛に関する共同行動には重大な支障が生じるという可能性を危惧いたします。
 時間が参りましたので、最後、簡単に述べたいと思います。
 第三は、国際平和協力の改正をめぐる問題でございます。
 今回の改正案の焦点となっているのは、PKOの参加五原則に関して、受入れ同意が安定的に維持されていることが確認されている場合、駆け付け警護を含む任務遂行型の武器の使用としたということでございます。この方向性自体は日本のPKO参加を国際標準に合わせていく上で必要不可欠であり、歓迎すべき改正であるというふうに考えております。
 しかしながら、問題となるのは、その前提となる受入れ同意が安定的に維持されているという状況認識そのものでございます。
 現代の中東、北アフリカ、西アフリカにおける秩序の不安定化は、しばしば広域に偏在する越境型の武装組織、これが特に組織化されているわけですけれども、こうした組織による破壊活動によってもたらされております。これは、国家の分裂等によって紛争当事者が固定的に存在していた九〇年代のPKOの状況とは大きく異なるわけでございます。これらの地域に展開される現代のPKOは、越境型の過激組織のテロ活動や急速な治安の悪化等のこうした事態の変化にも対応することが求められます。より現代の実態に即したPKO参画の法的基盤が今後形成されるということを望みたいと思います。
 以上で、二分ほど超過して大変失礼いたしましたけれども、私の冒頭の発言を終わらせていただきます。どうもありがとうございました。
○理事(佐藤正久君) ありがとうございました。
 次に、伊藤参考人にお願いいたします。伊藤参考人。
○参考人(伊藤真君) 伊藤真でございます。
 今回の安保法案が今の日本の安全保障にとって適切か、必要か、そうした議論はとても重要だと思います。しかし、それ以上に、そもそも憲法上許されているのか否か、この議論がいまだ十分になされているとは思いません。どんな安全保障政策であろうが外交政策であろうが、憲法の枠の中で実行すること、これが立憲主義の本質的要請であります。憲法があってこその国家であり、権力の行使である。
 憲法を語る者に対して、往々に、軍事の現場を知らない、憲法論は観念的でというふうによく批判されます。しかし、不完全な人間が言わば実行する現場、そして現実、これを人間の英知であるところの、言わば観念の所産であるところの憲法によってコントロールする、まさにそれが人類の英知であり立憲主義であります。憲法論がある意味では観念的で抽象的なのは当然のことであります。現場の感情や勢いに任せて人間が過ちを犯してしまう、それをいかに冷静に知性と理性で縛りを掛けるか、事前にコントロールするか、それがまさに憲法論の本質と考えています。
 憲法を無視して今回のような立法を進めることは、立憲民主主義国家としては到底あり得ないことです。国民の理解が得られないまま採決を強行して法律を成立させることなどあってはならないと考えます。本案は、国民主権、民主主義、そして憲法九条、憲法前文の平和主義、ひいては立憲主義に反するものでありますから、直ちに廃案にすべきと考えます。
 国防や安全保障は国民にとって極めて重要な政策課題であります。ですから、その決定事項に従うためには、それを決定する国会に民主的正統性、これは統治の統でありますが、正統性、これがなければなりません。憲法は、その冒頭で「日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、」と規定しております。なぜ正当な選挙が必要なのか。それは、そこでの多数決の結果に賛成できない国民であってもこの権力の行使を受けざるを得ません。それに納得できる手続が保障されなければならないからです。仮に結論に反対であったとしても、主権者、国民の多数から選出された代表者が十分に審議、討論してその問題点を明確にした上で成立した法律なので、仮に結論に対して反対の立場であったとしても取りあえずは従うということであります。
 国会における法律制定という国家権力の行使を正当化するためには、どうしても二つのことが必要であります。一つは、正当に選挙された代表者であること、もう一つ、十分な審議によって問題点を明確にしたこと、残念ながら共に満たされていないと考えます。
 現在の国会は、衆議院については二〇一一年、二〇一三年、参議院については二〇一二年、二〇一四年と、それぞれ二度も、毎年最高裁判所によって違憲状態と指摘された選挙によって選ばれた議員によって構成されております。言わば国民の少数の代表でしかありません。これは異常であり、違憲状態国会とも言えるようなものです。この瞬間、全ての皆さんを敵に回してしまったような気がするんですが、そこで安保法制というもの、国民の生活の根幹に関わるような法律を制定しようというわけですから、憲法判断において最高裁を尊重するというのであれば、まずは、最高裁が指摘するように、議員定数、これを憲法の投票価値の平等の要請に合わせて正す、民主主義が機能するようにしてからこうした議論をするのが筋ではないかと考えます。
 このように、代表民主制としての正統性を欠く国会である場合、主権者国民の声を直接聞くことが不可欠と考えます。連日の国会前の抗議行動、全国の反対集会、デモなどを始め、各種の世論調査の結果で、国民がこの法制に反対であることは周知の事実となっております。国民の声は決して雑音ではありません。自分たちの生活が根底から覆されるのではないかと危機感を抱いている生活者であり、また主権者であり、憲法制定権者の声であります。国会議員にとっては、自分たちを選出し、権力行使を、権限を授権してくれた主人の声。実際に声を上げている人々の背後に思いを共有する人々がどれほどいるであろうか、民意を尊重する政治家ならば想像力を発揮すべきだと考えます。違憲状態という異常の国会であるからこそ、国民の直接の声に謙虚に耳を傾けなければならない、そうでなければ民主主義国家とは到底言えないでしょう。
 もちろん、参議院で審議を継続しているにもかかわらず六十日ルールを使われてしまうようなことは、二院制の議会制民主主義の否定であり、あってはならないことと考えます。
 民主主義の下では多数決によって物事が決定します。しかし、少数意見、反対意見を十分に聞き、審議を尽くしたと言える審議、討論の過程こそが多数決の結果の正統性を担保するものであります。十分に審議を尽くすことで問題点を明確にし、それを国民に示すことで次の選挙の際の国民の判断材料を提供するわけであります。十分な議論も尽くさずに次の選挙で審判を受ければよいなどという考えは、民主主義を全く理解していないものと考えます。国民は、国会で十分に議論がなされたからこそ、そこでの結論が自分の考えと違っていたとしても、一旦は納得し、従います。この国民の納得感こそが民主主義を支える重要な要素であります。
 国民の納得と支持に支えられて自衛隊は活動します。国民の納得と支持が不十分なままで他国民の殺傷行為を国の名で行う、若しくは自衛官個人の判断で行うということになると、それは国民にとっても、また現場の自衛官にとっても、悲劇としか言いようがありません。
 では、不安を感じている国民も理解できるような十分な審議が尽くされたと言えるでしょうか。各種世論調査によっても、国民の理解が進んではいないと指摘されております。何事にもメリット、デメリットがあるはずなんですが、政府の側からはこの法案についてのメリットの説明しかないように思われます。デメリットをどのように克服するかの議論が全くなされていないと感じるからこそ、国民は不安になり、反対するのではないでしょうか。
 例えば、政府は、戦争に巻き込まれることはないと言う、また戦争法という呼び方を批判されます。しかし、例えば集団的自衛権を考えた場合、たとえ要件を解釈で厳格に限定したとしても、その効果は、日本が武力攻撃されていない段階で日本から先に相手国に武力攻撃をすることを認めるものです。敵国兵士の殺傷を伴い、日本が攻撃の標的となるでありましょう。これは、日常用語ではこれを戦争といいます。こうして戦争に巻き込まれるというデメリットを超えるメリットがあるということを何ら説明されていません。
 徴兵制は、憲法十八条に反するから全くあり得ないと言います。憲法十八条で「意に反する苦役に服させられない。」とありますが、しかし、これは公共の福祉で制限できると解釈されているものです。ということは、必要性、合理性が生じたならば徴兵制も可能ということを意味します。サイバー対策のためのIT技術者、輸送、医療、法務など必要な人材の確保に窮したときでも、限定的な徴兵制すらあり得ないと言い切れるのでしょうか。集団的自衛権の解釈でやってみせたように、これまでの政府解釈を、状況が変化したということで、ある日突然変更してしまうという可能性を否定できません。
 抑止力を高めることが国民の命と幸せな暮らしを守ると言います。しかし、軍事的抑止力を高めることでより緊張が高まり、危険になる可能性もあるはずなのですが、その説明はありません。ほかにも、立法事実が本当にあるのか、自衛隊員と国民のリスクはどうなるのか、後方支援がなぜ他国の武力行使と一体化しないのか、海外で自己保存以外の武力行使が許される根拠はどこにあるか、他国軍の武器防御が許される法的な根拠は、自衛官が海外で民間人を誤射してしまった際の処理など、ほかにも不明な点が山積みであります。多くの国民の疑問を残したまま強引に採決を強行してはなりません。
 憲法は、国民が自らの意思で国家に一定の権限を与えて、国家権力を制御するための道具であります。憲法は、その前文で、日本国民はこの憲法を確定したと言っています。何のためか。我が国全土にわたって自由のもたらす恵沢を確保するため、そして、政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こることのないようにすることを決意しとあります。つまり、二度と政府に戦争をさせない、そのためにこの憲法を作ったわけであります。そして、そのことを具体的に明確にするために憲法九条を置きました。
 憲法は、初めから政府に戦争する権限などは与えていません。そこでの戦争は、武力の行使、武力の威嚇を含む概念であります。すなわち、憲法は、政府の裁量で武力行使、つまり戦争を始めることを許してはいないのです。そこで、憲法の外にある国家固有の自衛権という概念によって、自国が武力攻撃を受けたときに限りの個別的自衛権だけを認めることにしてきました。
 この個別的自衛権は、日本への武力攻撃が行われたときに行使されますから、これは客観的に判断できる基準であります。しかし、集団的自衛権は、他国への武力攻撃を契機とし、政府の判断で行使されるものであり、限定的な要件を立てたとしても、その判断を政府の総合的な判断に委ねてしまう以上、政府に戦争開始の判断を与えることにほかなりません。これは、日本が武力攻撃を受けていないにもかかわらず政府の行為によって日本から戦争を仕掛けていることになります。
 日本が攻撃されていないのですから、攻撃する場所は日本の領土外、つまり外国であります。この結果、外国で敵国兵士が殺傷され、施設が破壊される。これは自衛という名目の海外での武力行使そのものであり、交戦権の行使にほかなりません。憲法九条一項に違反し、交戦権を否定している二項に違反します。
 たとえ自衛の名目であっても、その武力行使によって深刻な被害を受け、また加害者となるのは国民自身なのであります。ですから、国民自らの意思で、こうした海外での他国民の殺傷や施設の破壊をする権限を政府に与えるかどうか、これを自ら決定しなければなりません。それが憲法制定権が国民にあるということであり、主権が国民に存するということの意味であります。
 国民からすれば、自らを危険にさらす覚悟があるのか、自ら殺人の加害者の側になる覚悟があるのか、これを自ら決定する究極の自己決定権の行使であります。それが、憲法制定権を持つ国民が憲法改正の手続を取り集団的自衛権を行使できる国になると選択することにほかなりません。
 本法案は、その国民の選択の機会をまさに国民から奪うものであり、国民主権に反し、許されないと考えます。これだけ重大なことを、憲法改正手続も取らずに、憲法で縛られて戦争する権限など与えられていない政府の側で一方的に憲法の解釈を変更することで可能にしてしまうことなどできようもなく、明確に立憲主義に反すると言わざるを得ません。
 政府が憲法上許されるとする根拠が昭和四十七年の政府意見書と砂川判決であります。共に根拠となるという論証がなされていません。
 四十七年意見書の当時から限定された集団的自衛権は認められていたというようなことは、元内閣法制局長官であった宮崎礼壹参考人が言うように白を黒と言いくるめるようなもので、あり得ません。当時の吉國長官答弁及び防衛庁政府見解によって完全に否定されているものであります。
 さらに、時代が変わったのだから自衛の措置として限定的な集団的自衛権までは認められるようになったのだと解釈することは、時代の変化による必要性が生じたから、これまで認めてこなかった武力行使を必要性だけで認めてしまうということを意味します。法的安定性が根底から覆されるものであります。
 しかも、昨年の七月一日閣議決定では、四十七年見解の中核部分であるところの、しかしながら、だからといって、平和主義を基本原則とする憲法が自衛の措置を無制限に認めているとは解されないのであってという重要な記述をあえて脱落させています。
 必要があれば自衛の措置として何でも容認してしまうというこの解釈を許してしまうことは、武力の行使と交戦権を否定した憲法九条をなきものとし、政府に戦争の惨禍を起こさせないようにするために憲法で軍事力を統制した立憲主義に真っ向から反しています。この四十七年意見書は、合憲性の根拠にはなり得ないものであります。
 砂川事件最高裁判決は、集団的自衛権行使容認の憲法上の根拠にはなり得ません。これまで指摘されてきたように、砂川判決は、集団的自衛権の可否を扱った判例ではありません。憲法判例が一定の規範的な意味を持つためには、公開の法廷で当事者の弁論によって争われた争点について判断することが必要であります。
 持ち込まれた争点に対して法律専門家同士が議論を尽くし、裁判所が理性と知性によって法原理を探った結果だからこそ、その判決の内容を国民は信頼し、一定の規範としての意味を持つに至るのです。全く当事者が争点にもせず、専門家によって議論もされていない点について判例としての意味を持たせてしまうと、部外者による恣意的な解釈を認めることになり、裁判所の法原理機関としての正統性を失わせ、裁判所の権威をも失墜させてしまうでしょう。
 このように、当時争点になっていなかったのであるから集団的自衛権を認める規範としての意味がないという指摘に対して、それでも合憲の根拠というのであるならば、一、争点になっていなくても規範としての意味がある、又は、二、当時争点となっていた、このいずれかを論証しなければなりません。しかし、どちらの論証も政府側からなされていません。よって、法的にこの砂川事件最高裁判決を集団的自衛権の根拠に使うことは許されません。
 最後に申し添えたいことがあります。
 そもそも国会議員には憲法尊重擁護義務がございます。どんな安全保障政策であっても憲法の枠の中で実現すること、これが国会議員の使命であり、責任であります。昨年七月一日の閣議決定が違憲であることがそもそもの問題の原因なのですから、そこにしっかりと立ち戻って憲法上の議論をしなければなりません。良識の府である参議院の存在意義は、衆議院に対する抑止であり、数の力の暴走に歯止めを掛けることにあります。参議院の存在意義を今こそ示すことが必要と考えます。
 国民は、ここでの議論、そしてこの法案に賛成する議員のことをしっかりと記憶します。十八歳で選挙権を与えられた若者も含めて、選挙権という国民の権利を最大限に行使するでありましょう。昨年七月一日閣議決定以来、国民は、立憲主義、平和主義、民主主義、国民主権の意味をより深く理解し、主体的に行動するようになりました。これは、この国の立憲主義、民主主義、そして国民主権の実現にとって大きな財産になるものと考えます。
 国民は、これからも理不尽にあらがい続けるでしょう。戦争は嫌だという心からの本能の叫びから、また、今を生きる者として次の世代への責任があるから、あらがい続けることでしょう。それが一人一人の国民の主権者としての責任だと自覚しているからであります。そのことをここにいらっしゃる全ての議員の方が深く心に刻むことを期待して、私の意見陳述を終わります。
○理事(佐藤正久君) ありがとうございました。
 以上で参考人の方々の意見陳述は終わりました。
 これより参考人に対する質疑を行います。
 なお、質疑の時間が限られておりますので、御答弁は簡潔に行っていただくよう御協力をお願いいたします。
 質疑のある方は順次御発言願います。
○堀井巌君 自由民主党の堀井巌でございます。
 本日は、質問の機会をいただきまして、同僚、先輩諸氏の皆様に感謝を申し上げます。
 私は、特に、今我が国が置かれている国際環境、安全保障環境の変化についての関心を有しておりまして、その観点から、まずは宮家参考人に幾つかお伺いをいたしたいと思います。
 その前に、まず、今日は、四人の参考人の皆様には本当に貴重な意見を御陳述いただきましたことを、まずもって私からも感謝と敬意を表させていただきたいと思います。
 それでは、質問に入らせていただきます。
 まず、宮家参考人に中国について伺いたいと思います。
 先週の三日にも、さっき話にも出ておりましたが、中国の軍事パレードがございました。それによっても示されていましたように、中国の急速な軍備増強、また海洋進出、力による現状変更の試みというのは、やはり我が国の安全保障、この地域の安全保障を考える上でも大変憂慮すべき問題であると私は考えております。
 こういった中で、我が国がどのような安全保障法制でもってこの問題に対応していけばいいのか、従来の個別的自衛権というだけで安定した関係が保てるのか、あるいは、やはり今回の法案のように限定的な集団的な自衛権行使ということも踏まえながらそれに対応する必要があるのか、これについてどのようにお考えか、お伺いしたいと存じます。
○参考人(宮家邦彦君) 中国という国は非常に慎重な国だと思っています。戦わずして勝つことを恐らく理想としているでしょう。しかしながら、もし自己実現をしたいという意図があり、そしてその能力がある場合に、一番大事なのは、彼らがそのような自己実現を新たにすることがペイしない、むしろ不利になる、これを抑止と呼ぶわけであります。
 私は、今の法制の下だけであれば、中国は恐らく今までと同様に自己実現を続けていくと思います、残念ですが。それは恐らく、日米の連携、このままもしこの法案ができなくて、そして日米の連携というものにひびが入りそうだと見れば、彼らは必ず自己実現を進めてまいります。逆に言いますと、このような国々に対しては抑止力を強めること、これが最も効果的な方法である、宥和主義を取ることはむしろ相手に対して自己実現への誘惑を高めることになるというふうに考えております。
○堀井巌君 ありがとうございます。
 今のお話の中で、一つ、日米連携ということが出てまいりましたので、同じく宮家参考人にアメリカとの関係についてお伺いをしたいと思います。
 この国会の質疑の中でも度々出てきておりますけれども、今回の法案への例えば反対論の中に、アメリカの戦争に巻き込まれるという、こういった巻き込まれ論というのがございます。私は、これは私の個人的な意見ですけれども、自分なりに考えてみると、アメリカとの関係において憂慮すべきなのは、この巻き込まれ論ではなくて、むしろアメリカ社会の中で日本との同盟をしっかりと維持し強化をしていくことが重要なんだという認識が低くなっていくことなんじゃないかというふうに私は思っております。
 すなわち、日米関係、日本の安全保障にとっての日米関係ということを考えたときに、憂慮すべきなのはこの巻き込まれ論ということではなくて、やっぱりいかにアメリカの関与を維持強化していくかということではないかというふうに私は思っております。
 そういった観点からも、今回の法案というのは日米関係の連携の強化にもつながっていく、同盟の強化につながっていくというふうに私は思っておりますが、この辺について参考人はどのようにお考えか、お伺いしたいと思います。
○参考人(宮家邦彦君) アメリカの一部には、日中の紛争に巻き込まれたくない、日本との関係で巻き込まれたくないという人すらいるんですね。むしろ日本の巻き込まれ論というのは、集団的自衛権が権利であるということを理解しない議論だと思っています。
 私は、当然、米国は条約上の義務を守っていくと思います。問題はその守り方でございます。先ほど申し上げたように、抑止力を高めるという観点からは、やはりそれを効果的なものにしなければいけない。そして、相互安全保障条約でございますから、その相互性といいますか双務性というものを、もちろん憲法の範囲の中で、しかしできるだけNATO並みの双務性を増やしていく努力、これが日米の同盟の効果というものをより強固なものにしていくというふうに考えます。
○堀井巌君 ありがとうございます。
 先ほどのお話の中でも、日米同盟の強化と併せて抑止力という言葉も出てまいりました。ちょっと私も、もう一度、恐縮ですが、宮家参考人にこの抑止力強化をどうしていくかということについてお伺いをいたしたいと思います。
 今の現行法制の下では、例えばアメリカなどの外国艦艇が我が国を防衛するために行動しているときに仮に攻撃されたとしても、我が国の海上自衛隊あるいは自衛隊は反撃ができないわけであります。
 今回の法案では、もちろん日本人の生命、自由、幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険があるという場合に限ってという限定はありますけれども、そういった場合には、自衛隊の艦船が米艦防護のために公海上で反撃し得る、これが今回の限定的な集団的自衛権の行使だろうと、このように思うわけでございます。
 これは、相手から見ると、例えば日本に対して、アメリカの艦船を攻撃しようとする相手から見たときには、今までの法制では、日本の艦船、自衛隊は全く攻撃してこない、反撃はしてこないんだという認識にあるわけでありますが、今後、この法案が仮に成立したときには、もちろん、いつもいつも反撃するわけではない、日本人の幸福追求の権利等が根底から覆される明白な危険がある場合という限定はあるけれども、反撃し得るんだというふうに相手が認識をする、そのことが、相手の国が米艦に対する攻撃や何かをやろうということを思いとどまらせる、むしろ戦争を防止する、抑止するということにつながるんではないかというふうに私は考えているんですけれども、ここにこの抑止力強化の本質が私はあるように思っておりますが、その点についての宮家参考人のお考えをお聞かせいただきたいと思います。
○参考人(宮家邦彦君) 抑止力というのは非常に簡単なことでございまして、仮に私と女房が二人で歩いておりまして、そして誰かが彼女の手を触ろうとすれば、ぴしゃっとたたくのが抑止力でございます。もちろん、がつんと殴るのではありません。こら、そんなことをしたらとんでもないことになるぞと相手に思わせることが抑止力の本質でございます。
 今の議論を伺っていて私が一つ気になっておりますのは、日本がそういう権利を使うことによって、相手国は日本に対してどんどん攻めてくるんじゃないか、そういう議論もありますが、私はまず理解していただきたいのは、そのような状況では、相手は国際法違反をしているんですよ、そして、国際法違反で侵略行為なり不法行為を行っているんですよ。それに対して反撃するのはまず当然なんです。しかし、それが日本に仮に行われていないとしても、それが仮に日本に来たとしても、それは更なる攻撃が更なる国際法違反を重ねているだけの話でございます。そこのところの理解を、どうも誤解があるようでございます。
 私は、そのような形で、日本が限定的ではあるにせよ集団的自衛権の一部を活用することによって、日米の相互信頼、そして相互の義務の、何というか、確認というものをすることが、長い目で見たときには日本の安全にとって最も重要な効果があると思っております。
○堀井巌君 ありがとうございます。
 続いて、またもう一度、宮家参考人で恐縮でございますが、中東についてお伺いをしたいと存じます。
 もちろん、国際情勢、なかんずく中東での御経験、御見識深い宮家参考人にお伺いしたいんですけれども、これまでの国会議論において、もちろん与党、それからまた野党の皆様の間においても、我が国の周辺地域において有事が発生した場合に、個別的自衛権を超えた何らかの対応を行わなければならないんではないかという見解について、ああ、これは一致しているなというふうに私も感じるときがございました。
 そんな中で、ホルムズ海峡での機雷掃海、これは、私自身は、大変重要な存立危機事態のときに、自衛隊が行くことが本当に我が国の国民の生命、自由、幸福追求の権利、これをしっかりと守るために必要な場合、これは必ず出てくるというふうに私は思っているわけですけれども、この辺について、中東の専門家でもあられます宮家参考人、どのように認識しておられるか、お伺いをしたいと存じます。
○参考人(宮家邦彦君) 中東の専門家という点では、この部屋にも立派な中東専門家おられますが、そこは私、一言言わせていただきます。
 中東の地域というのはこれからどのように動いていくか考えますと、私は決して楽観的にはなれません。確かに、イランの問題を言えば、核の合意ができたやに聞きます。しかし、これは恐らくうまく機能しない可能性すらある、まだまだ先はどうなるか分からないような状態でございます。
 私は、今の中東地域というのは、オスマントルコ、オスマン帝国、オスマン朝の崩壊過程がまだ終わっていない段階だと思っておりまして、残念ながら今後もこのような形の旧オスマン帝国の崩壊過程が形を変えていろんなところに出ていくと思っております。
 したがいまして、中東湾岸地域もその例外ではないと思っております。もう既にイラク、シリアでは統治機構が壊れておるわけでありますが、これが湾岸に及ばないとも限りません。そのような状況で、機雷掃海も一つの例なのかもしれませんが、私は、機雷に限らず、先ほども申し上げたように、ありとあらゆる事態というものを想定しなければいけない。そして、その下で、もしこの法案が通った場合には、新三要件があるわけですから、その要件に照らしてできることをやればいいというのが基本的な考え方でございます。その意味では、中東もそして東アジアも一つの海でつながっているところでございますから、これこそシームレスに対応していく必要があると思っております。
○堀井巌君 これが宮家参考人への最後の質問になりますけれども、今回法案、あるいはこの今回法案を含む我が国の積極的平和外交、これの世界各国の受け止めについてお伺いをしたいと思います。
 これまでの国会質疑においても、幾つか質疑者からその質問がございました。そして、我が国は、安倍総理を先頭に各国にこの今回法案あるいは我が国の外交方針を説明をして、多くの国々から賛意を得ていると、このような回答も政府側から答弁ございました。
 宮家参考人におかれては、今回のこの平和安全法制、様々な形で国際社会の様々な要人と恐らく意見交換等をされておられると思いますけれども、そういった中でどのように受け止められていると認識しておられるか、お伺いしたいと存じます。
○参考人(宮家邦彦君) 過去数年間の日本の政策というものに対する各国の反応は極めて良好だと、一般論としては申し上げられると思います。欧米諸国は、ほとんど異口同音にこれを高く評価し歓迎しております。東南アジアにおいても同じような状況でありますが、一九六〇年代、七〇年代の東南アジアとの関係を考えれば隔世の感があると思います。
 恐らく、否定的なコメントにもならないけれども、一味違うことを言っている国が二つほどございます、若しくは三つかもしれませんが。その国々においてすら、言い方は非常に微妙ながらも、全く拒否をできないところまで日本の説明というものは進んできているんだろうなと思います。
 では、あの二つの国が若しくは三つの国が、なぜそういうことが起きるか。それはやはり、ある国についていえばそれは戦略的な理由から、ある国においては国内政治上の理由から、国の名前は言いませんけれども、そのような対応にならざるを得ないのだろうと思います。
 これはある程度仕方がないし、これらの国々との和解というものは別途、慎重に、しかし時間を掛けて丁寧にやっていかなければいけないと思いますが、少なくともこの法案、若しくは最近のいわゆる積極的平和主義と言われる日本の政策についての各国の反応というものは極めて良好であるというふうに申し上げられると思います。
○堀井巌君 ほかの参考人の方にも聞きたかったんですが、時間が参りましたので、恐縮ですが終わらせていただきます。
 ありがとうございました。
○広田一君 民主党・新緑風会の広田一でございます。
 本日は、四名の参考人の皆さん、大変貴重な、また示唆に富むお話を頂戴しまして、心から感謝を申し上げます。
 私は主に大森参考人に御質問をいたします。
 まず、武力行使の一体化と、いわゆる大森四要素についてお伺いをいたします。
 今回の法案では、重要影響事態法などにおける後方支援のメニューから、これまで別表の備考でわざわざできないと明記をされておりました、例えば戦闘作戦行動のための発進準備中の航空機に対する給油及び整備が可能となります。
 その理由としまして安倍総理は、大森四要件に照らして、武力行使と一体化しないと判断をしている旨の答弁をいたしております。また、中谷防衛大臣も、ニーズがなかったためである、憲法との関係で除いたものではない旨の答弁をしております。さらに、今回除外するとした武器の提供につきましても、武器の提供を行ったとしても武力の行使と一体化するものではない旨の答弁をしているわけであります。
 先ほど宮家参考人の方からは、この武力行使の一体化について、これは世界にはなかなか通用しない議論である旨の御発言があったというふうに思いますが、この安倍政権でさえも、これは維持をしているところでございます。
 これらの答弁に対して、周辺事態法制定時の法制局長官であり、また大森四要素を作った大森参考人は、雑誌などの対談でこの戦闘機の給油などについて、武力行使との一体化が生ずる典型的事例であると内閣法制局として指摘をしていた旨の発言をされております。これは大変重要な発言だというふうに思います。
 そこで、この度のこの安保法制の核心論点の一つでございます武力行使の一体化に対する当時のやり取り、経緯、本当の事実はどうだったのか、大森参考人にお伺いをいたします。
○参考人(大森政輔君) まず、私の時間配分がまずかったために、肝腎の一体化の部分はほとんど触れられなかったわけでございます。
 当時、前回のガイドライン改定、これは橋本・クリントン会談を踏まえてのものでございましたが、結局は、アメリカで2プラス2の協議が片やなされています。同時に、法制局の中で、最初は一部でございますが、一部のテーブルで、同じ問題について、参事官と2プラス2の少しポストが低い段階での人たちと今度は憲法問題を議論したわけでございますね。
 今話題に上がりました戦闘作戦行動のための発進準備中の航空機に対する給油、整備、これは、私が、当時もう長官でございましたけれども、参事官から報告を聞いたところでは、参事官の方は、もう典型的な一体化事例であると、だから認められないよということをもう何度も何度も言い続けたようでございます。それで、最終的には、今御指摘になりました、ニーズがないから別表の備考に書いて、書くことによって収めたいと思いますといったこと、これはもう確かでございますが、それは表面上ニーズがないということにして収めたということのようでございます。
 したがって、実は、内実はと、こういう言葉がその後に続くわけでございますけれども、当時強く主張したのは、予想されますとおり、防衛庁、防衛省よりも外務省の方が声が強かったようでございますけれども、そのまま主張を通せば、結局のところ、一体化の典型的な事例だから憲法上認められないよということで議論が打ち切られたはずでございます。しかし、実は、そういうことにされてしまうと末永くその判断は尾を引くものですから、したがって、表面上はニーズがないからということで、しかもそれを、痕跡を残すために別表の備考欄にわざわざ書き込んだというのが真相だったと思います。
 大体、以上、そういうことでございます。
○広田一君 ただいま大森参考人の方から非常に貴重な御発言があったというふうに思います。まさしく内実、事実についてのやり取りの一端について御紹介があったわけでございますが。
 そうすると、確認でございますが、今の政府の、単にニーズがなかったとか、憲法との関係、武力行使との一体化の関係から除いたものではないという旨の答弁は、先ほどのお話に照らして考えれば、事実に反する答弁というふうに理解してよろしいのでしょうか。また、これは確認でございますけれども、武力行使との一体化が認められる場合には当然違憲となる、このような理解でよろしいのでしょうか。大森参考人にお伺いします。
○参考人(大森政輔君) 簡単に結論を申しますと、委員お尋ねのとおりでございます。
○広田一君 ただいまの大森参考人の証言も本当に極めて重要だというふうに思います。
 今回の戦闘発進準備中の戦闘機に対する給油、これは武力行使の一体化となり、そして違憲である、このように証言、発言をされたわけでございまして、このことが何を意味をするのか。これすなわち、これまでるる武力行使の一体化で安倍総理始め答弁をされていた政府の根拠が完璧に崩れたということだろうというふうに思います。この点は今後の委員会審議でも是非活用していかなければならないことだろうというふうに思うところでございます。
 次に、専守防衛と集団的自衛権との関係について大森参考人にお伺いをいたします。
 我が国の安全保障の根幹、基本理念として大事にしております専守防衛、これに関し安倍政権は、限定的な集団的自衛権を行使できるようになっても専守防衛の考えはいささかも変わらない旨の答弁を連発をしているところでございます。政府は、これまでの質疑の中で、集団的自衛権によって武力行使ができる存立危機事態と、個別的自衛権では武力行使できないいわゆる予測事態や切迫事態とが併存する旨の答弁をしているところであります。
   〔理事佐藤正久君退席、委員長着席〕
 このことは一体何を意味するのか。これは明らかに個別的自衛権と比較して集団的自衛権の方が武力行使のハードルが下がることを意味するものであります。これのどこが一体受動的なのか。この守ることに専念をするというふうに書いております専守防衛と、我が国に対して攻撃をする意思すらない第三国に対する武力行使を排除しない、つまり実質的な先制攻撃を容認する限定的な集団的自衛権とは相入れないと思います。
 先ほど大森参考人の方から、個別的自衛権と集団的自衛権は本質的に異なるものであるというふうな意見陳述があったところでございます。そこで、この専守防衛の考え方はいささかも変わらないとする安倍政権の見解について、大森参考人の御所見をお伺いをいたします。
○参考人(大森政輔君) 先ほども若干それに関係したことの議論がなされたように思います。
 個別的自衛権を発動している間は、そういう専守防衛に反するような事態は、これは生ずることはないんだろうと思います。専守防衛と抵触するような事態が生ずるのは、集団的自衛権の行使のある一局面がそうではなかろうかと。
 すなわち、第三国が我が国と密接な関係を有する他国を攻撃したと、それに対して、それを防ぐために、第三国に対して武力の行使をしてほしいというのが集団的自衛権の行使の一般的な形でございますから、その場合にどこでそういう反撃をするのかということになりますと、大抵の場合は、我が国の領域じゃなくて、第三国の領域あるいはその周辺の海域、空域じゃなかろうかと。そうなりますと、当然、我が国の武装した兵員が領域外に、我が国の領域外に出かけていくという事態が生ずるわけです。
 集団的自衛権の行使を認めることによって、反面、専守防衛が崩れることがあり得るということが言えようかと思います。
○広田一君 ただいま大森参考人の方から、集団的自衛権を認めることによって専守防衛が崩れてしまう、そういう可能性があるというふうなお話がございました。これはすなわち、安倍政権が言っている、専守防衛の考えはいささかも変わらないという見解とは全く違うものだというふうに理解をしたところでございます。
 続きまして、先ほど若干、大森参考人の方から、今の法制局に対する御発言があったところでございます。これまで歴代内閣が積み重ね、踏み固めてきておりましたこの憲法解釈と真逆の結論を導き出してしまった現在の内閣法制局に対して、大森参考人は、従来の法制局ならこんなことは恥ずかしくてできなかった旨の御発言をされておりますが、その真意と、現在の内閣法制局に対して元法制局長官としてどのような評価をされているのか。
 あわせまして、今回の解釈変更でございますが、実は法制局の中にもじくじたる思いをしている人がたくさんいるのではないかなというふうに思います。そういった方々への今後の助言等がございましたら、大森参考人、よろしくお願いを申し上げます。
○参考人(大森政輔君) お尋ねの件は、私がかなり長期間にわたって在職した旧職場、そして共に仕事をした旧友でございますので、なかなか非常に厳しいことを言いにくいわけでございますけれども、実は、数日前に朝日新聞において元最高裁長官が非常に厳しい意見を出されているわけでございまして、いや、私だけじゃなくて、最高裁長官までが法制局を、今の法制局をそう見ているんだなということが分かりました。非常に遺憾な事態ですということと、かつて法制局は内閣の良心と言われてきたということ、そして、法制局は時の政権の意見や目先の利害にとらわれた憲法解釈をしてはならないと、この三つの項目を山口元最高裁長官はおっしゃっておられまして、いや、全くそのとおり、本来ならば、顔を上げて最高裁長官の姿を見るのは恥ずかしくてできない、また、ここで皆様に大きな声で答えることもできないような内心の気持ちでございます。
 こういう事態から脱却するために我々先輩として一体どうしたらいいのかということを時々考えるわけでございますけれども、これはやはり、最後は、現在のその任にある者が自らの責任において現在のような立場から脱却する以外にまず方法はないと。だから、この山口最高裁判所長官が非常に思い切ったことを言われたのは、言っていただいたということで、本当に有り難い気持ちでございます。
 しかし、このまま今のような状態が続くわけじゃないと、誰かが、今の情勢の流れを変える者が出てくるはずであるということを私は信じたいと思います。ひとつ陰ながら支援をしてやっていただきたいと思います。
○広田一君 大変貴重な御答弁を頂戴しました。
 時間が過ぎましたので、これで失礼します。どうもありがとうございました。
○矢倉克夫君 公明党の矢倉克夫です。
 四人の参考人の先生方、お忙しい中、大変に貴重な御意見、本当にありがとうございました。非常に参考になりました。
 お時間も限られておりますので、早速質問に入らせていただきたいと思います。私からは、まず神保参考人にお尋ねをしたいと思います。
 今政治に問われている課題というのは、日本をいかに守るのかというところとともに、日本の繁栄の礎を築いていったこの世界の秩序というのをどうやって維持をしていくのか、この点であるかと思っています。
 秩序とは、例えば自由で開かれた国際秩序、これはアメリカを中心にした国がつくってきたものではありますが、この動態にとりわけ東アジアの秩序の維持の確保というところで影響を与えるものが、言われているのがやはり米国と中国との勢力、力の関係、パワーバランスの変化であると思います。米中のパワーバランスの変化、とりわけ米中では力がどちらが優越しているかという縦の軸と、また米国、中国が協調しているか対立しているかという横の軸、それの相関関係というのが非常に重要であるのかなというふうに思っているところであります。
 先生、先ほど、日本が直面した二つのミスマッチのうち、中国の台頭ということをおっしゃってくださったわけですが、先生の論文等も読ませていただいて感銘を受けたのは、この中国の位置付けというものを、秩序に対する単なる挑戦者とかそういうものではなくて、むしろ中国を秩序の一員とさせていってどのようにするのかというような視点が貫かれているところであったかと思います。私もこれは非常に重要だと思いまして、中国自身の今のこの力の向上というのは、当然ですけど、自由で開かれた秩序の中でのこの恩恵を受けて今こういう状態になっているわけでございます。
 今日のお話に対する質問の前提としてお尋ねしたいのは、大変大きな総括的な話になってしまうんですけど、アメリカと中国の力のバランスが変化する中にあって、日本は、近隣国である中国との対処という点なんですけど、中国をこの秩序を構成する一員として統合していって、また共栄する道を探る、そのためには日本としてはどういうような戦略を描いていくべきなのか。これ、時間の制約の中で大変恐縮ですが、端的にお答えをいただければと思います。
○参考人(神保謙君) 大変大きな質問をいただいたと思っております。
 委員お尋ねのとおり、中国は二〇一〇年から世界第二位の経済大国になりまして、第一位であるアメリカと台頭する中国との関係こそが特にアジア太平洋地域の秩序の中核となるというのは、そのとおりだと思います。
 問題は、中国の成長が、現在はもちろんソフトランディングの方向に鈍っているとはいえ、依然として高い成長率のまま続けていっているわけでございまして、二〇一五年の中国と二〇年の中国と三〇年の中国というのはまるで違う姿になっているという、この動態的な視点を持って米中関係を捉えていかなければいけないということだと思います。
 その際の原則はどういうことかというと、委員おっしゃるとおり、中国がかつての冷戦期のソ連と決定的に違うのは、中国自身が自由主義世界の中で恩恵を受けて成長を続けていることであり、その自由世界を否定することは自らの成長戦略の否定につながるということを前提とすべきだということだと思います。そうやって考えると、中国がこれから台頭する大国になるに当たって、自由世界の一員として責任ある行動を示すことができるのかということを常に問いながら、その中でアメリカと中国との関係をいかに安定化していくのかということが前提となると思います。
 ただ、問題は、宮家参考人の方からの意見もありましたとおり、中国にはどうしても譲れない原則が幾つかあると思います。例えば、政治体制でいえば共産党の一党支配体制、経済でいえば七%成長を維持すること、そして安全保障や領土の問題でいえば主権を絶対的に保持していく、いわゆる彼らの核心的利益と定義するものに関しては今申し上げたような自由世界と決定的に対立する要素を持つ要素だということだと思います。
 この要素をいかに管理しながら、力と、そして経済的な相互依存と、そしてルールの中で、どういうふうにマネージをしながら中国が最終的に建設的なアクターとして国際社会に参画していくのかということを日米が共同で、そして、ほかのライクマインデッドな国々と一緒に招いていく、つまり、中国と対立することが目的ではなく、中国が建設的なアクターになるように導いていくということが大変重要な原則だと考えております。
○矢倉克夫君 ありがとうございます。
 今、力と、また経済的な相互関連性、またルールという観点から日米で共同でしっかり対処をしていく、そのいろんなパワーバランスの中で、この共同対処をしていく中で、やはり中国が建設的に関わっていく環境づくりもまたしていくのが必要であるというような御趣旨の話であったと思います。
 先ほどお話もありました、この安全保障法制についてなんですが、安全保障法制も、続けてまた神保先生にお尋ねをしたいと思うんですが、日米同盟の強化を中核にしてシームレスな対応のための制度構築をするということ、これが目的であると思います。その目的の先にあるのは、今言った米中間のパワーバランスをどうやって安定化していくのかというような目的観に立った上でのお考えであるかと私は理解もしております。
 このシームレスな対応をつくることの意味についてなんですが、安全保障法制というのは、この国際社会の、今るるお話もあった、パワーバランスが変化していく中で、いかに秩序維持、安定を図っていくかという現実的な国際政治の観点から生まれたものであるというふうに私は理解をしております。特定国の脅威とかそういうものを、それだけを念頭に置いているものではなくて、今おっしゃった大局的な観点の中でシームレスな体制をつくるということそのものが、いろんな変動するパワーバランスの中での各国の利害が絡んでいく中で、国際社会での各国の動きを最終的に安定に向かっていく方策になるという全体観に立ったこれは法案であるというふうに私は理解もしております。
 ともすれば、安全保障法制というのも、これは抑止ということで、危機、急に来る危機に対して対処をすること、そのための方向性も当然あるわけですし、それが主要な部分ではあるんですが、そこの部分だけがわあっと強調されてしまって、日本がこの法制を今作ろうとしているのが、もう日本の目的が秩序の破壊者になるかのような、そういうような見方すら出てしまっている。誤解に基づくものでもあり、片目をつぶって片目だけを強調するような感じになってしまっているわけですが。
 そうではなくて、この安全保障法制というのも、抑止力に基づく日本の防衛とともに国際社会の安定を、これをつくっていく、そして、先ほど先生もおっしゃってくださった、全体の秩序をつくっていく中で、それぞれが協調し合えるような体制をつくっていくための大局的な観点に立った、観点の上での法制であり、これは車の両輪であるというふうに私は捉えておりますが、この件について神保参考人から御意見をいただければと思います。
○参考人(神保謙君) 委員のおっしゃる全体的な構造の理解に私も賛同を表明するものなんですけれども、今日、私は中国と国を挙げて申し上げたいと思いますけれども、中国の台頭によってこれまで維持してきた安全保障体制や法律の制度で何が足りないのかということを考えると、私が冒頭に申し上げたとおり、二つの大きな視点に対する手当てが十分にできていないということだと思います。
 一つは、グレーゾーン事態、つまり有事に至る前の段階で様々な主権の要素が脅かされるような事態に、新しい手当て、従来の警察権と自衛権のその隙間を埋める新しい手当てをしなければいけない。これは、実は日本だけではなくて、南シナ海の沿岸諸国のフィリピンやベトナムが同様に抱えている問題ということで、地域的な広がりを持つ重要な概念ということになります。
 二つ目は、これは、アメリカが長期的な競争戦略という文脈の中で考えていることは、更に二〇二〇年代に台頭し軍事力を強化する中国といかなる形でアジア太平洋の秩序を維持するかということでございます。一九九〇年代であれば、仮に北朝鮮が何らかの行動を起こし、朝鮮半島で有事があれば、アメリカ軍は自らの軍事計画に基づき朝鮮半島に軍を展開することが恐らく可能であったでしょう。ただし、今日、中国がアメリカ軍に対する拒否能力、例えば仮に上陸作戦を行う際に拒否できるような能力を持った結果何が起こるかというと、アメリカの軍事行動には大きなコストが生じるか、若しくは米中関係がしっかりと了解と合意がないままに朝鮮半島有事には介入することは極めて難しいという、こういう世界になってくるわけです。
 したがって、そのような事態においてもしっかりと周辺事態の中に関与していくためには、中国が仮に拒否能力を持ったとしてもそれを十分に突破できる能力を持つか、あるいは米中関係を安定的な形に持っていくかといういずれかの方法が必要でございまして、前者のために必要なのは新たな軍事体制とそれに基づく高強度、つまり低強度と高強度を埋めるシームレスな体制づくりということになると思いますので、以上の問題を考えますと、やはり新しい法案、新しいコンセプトがなぜ必要かということには十分な根拠があると考えております。
○矢倉克夫君 十分なそれぞれ根拠があるということを今確認をさせていただきました。大変参考になりました。
 大森参考人にお尋ねをしたいと思うんですが、慶應義塾の名誉教授である小林節先生が衆議院の特別委員会において、憲法解釈の権限について、国会と内閣と最高裁にそれぞれ対等にあるというふうにおっしゃっていました。内閣が政策目標を決めるに当たって法制局の意見を聞きながら解釈を固める、その後、国会で立法の形で合憲判断をしながら採決等をしていく、最後、事件があった後に憲法問題が問題になったときに最高裁がまた判断をして、それがまた順繰り巡ってくるというような話もされていた。
 私もこれ、最終的な権限は当然最高裁にある、その前提で、現実の判断の流れとしてはこの小林先生の意見に違和感はないわけですが、この点について元法制局長官としてどうお考えかという点をまず一点と、あと、先ほど武力の行使の一体化の議論の過程の中で改めて御経験を様々教えていただきました。内閣部局の一つである法制局の元リーダーとして、現職のとき本当に様々な意見、外務省の意見もあるし防衛省の意見もあるし、そういうものを全部情報も受けられて、いろんなお悩みの中でどうされたのかという御経験を拝聴させていただいたところであります。
 私も今それを聞いて思ったんですけど、内閣法制局長官の発言の重みというのは、やはりいろんな情報を、現職にあるときに、いろいろ聞いて、それを法制的にどう整理をするのかという、そこの判断の中で苦しみながら、悩みながらやられていった御過程にあるかと思います。今の内閣法制局の方々もその中でいろいろと頑張っていらっしゃるわけですが、そのような現場の苦しみから生まれた発言には権威もあるかと思っておりますが、この点、御自身の御経験からお答えをいただければと思います。
○参考人(大森政輔君) まず第一点の法律の解釈がそれぞれ三者にあるんだという御意見、それはもうごもっともなところで、結局、内閣を含めた行政機関による憲法解釈の変更も、それ自体は否定されるものではないと思います。
 内閣が、その委ねられた職務の執行に当たって、その前提として憲法その他の法令の有権解釈を行い得るということは、これはもう学者もそんなに反対はございません。ただ、問題は、解釈変更後の内容が憲法その他の上位法に照らして適法と認められることが前提なんだと。したがって、有権解釈権を有する者がAからBに変えるぞと言えばそれで当然全て解釈は変わるものではないんだと。あくまで解釈変更後の内容が憲法に反するのかどうか、合致するのかどうかという検討を伴うんだということを申し上げたいと思います。
 それから、もう一点は何でしたかね。
○矢倉克夫君 御経験から、様々、内閣法制局長官として、いろいろ検討された場合に、いろんな各部局の意見を聞いて、その情報もいただいたその悩みや苦しみの中で発言をされた経験、やっぱり内閣法制局長官の発言の重みというのはそういう現場の中での苦しみとかで生まれた過程の発言であるというところが大きいと思います。今、現場の法制局の方々もその中でやっていらっしゃるわけですが、そういうような過程を経られた法制局長官のこの言葉の重みの根拠というものを、御経験からまた感じられるところを教えていただければと思います。
○参考人(大森政輔君) 私の在職中もいろいろそれに関連した質問を受けたことがあるわけですけれども、そのために法制局参事官というのは一騎当千のつわものを集めているんだということでございます。したがって、その一騎当千のつわものが本当に十分な資料を集め、その資料の収集をやり、そしてそれを総合して、この関係についてはこういう考えがいいんじゃないかという見解を終局的には長官に上げてくるということでございます。
 したがって、我々は、制度で権限を持つ、与えられるというよりも、日頃の研さんによって、それほどの検討をした上の意見ならばそれがもっともであろう、それに従おうという結果を催すことができるように日頃から十分研さんをなお積もうじゃないかといったこともございまして、普通の状態ならば全てそういう気持ちを持って仕事をしていたはずでございます。
 ところが、どうも今回は、どう曲がったのか、それは言おうとすれば言えるわけですけれども、それが十分になし得ておらないというところに問題があるんではなかろうかと考える次第でございます。
○矢倉克夫君 終わります。
    ─────────────
○委員長(鴻池祥肇君) この際、委員の異動について御報告いたします。
 本日、堀内恒夫君及び白眞勲君が委員を辞任され、その補欠として宮本周司君及び相原久美子君が選任されました。
    ─────────────
○儀間光男君 維新の党の儀間でございます。
 今日は、四名の参考人の方々、お忙しい中をおいでをいただき、いろいろと貴重な御意見を賜りまして、ありがとうございます。感謝を申し上げます。
 私、維新の党でありまして、維新の党は、実は今議会に維新の党独自の法案を提案をしております。五つは既に俎上に上って議論が始まっているんですが、あと三つは今日、あしたかな、今日午後かな、のることになっておりまして、その中から二、三選別をして、いわゆる政府案と我が党の、維新の党の案の対比を先生方にしていただいて、国民がその話を聞いて、より良い法案はどっちなのかという判断の材料に供することができれば有り難いと、こういうふうに思っているところであります。
 なぜそう言うかというと、今般のこの法案の議論、私もそうなんですが、国民の多くがよく分からない、理解が深まらないとも、こうおっしゃっていまして、それを我々が対比案を出すことによって対論の中からその理解が深まる、良しあしが判断できることを探っていこうということの目的もありますから、どうぞ四名の方によろしく対応してくださいますようにお願いをしたいと思います。
 したがって、時間もないことから持論は余り言えないので、法律の趣旨だけを説明させていただきます。そして、御回答いただきたいと思います。
 まず、集団的自衛権でございますが、これは、私どもの案では、いわゆるノーであります。なぜなら、集団的自衛権、現憲法下では極めて灰色に近い、限りなく灰色であるという多くの学者、憲法学者、あるいは国民がおられる中で、そのとおり、そのまま可決してしまえば、非常に不安定な法律になってしまう、そういう危険性がある。
 なぜなら、成立後、後日、最高裁が判断として違憲という判断が出たときには、一気に法が不安定になって、国民の立場、権利も不安定になるという危険性があるから、ここは慎重にやはり適合かどうかを我々が決める。そういう立法府の権能ですから、適合な立法ができているかどうか、それを判断するために、私どもは、武力攻撃危機事態、政府案に対する、政府の存立危機事態に対する武力攻撃危機事態を言っておるんでありますが、これは簡単に言うと、いわゆる限りなく灰色に近い集団自衛権よりは、現憲法の適合性のあるところでとどめる。つまり、政府のおっしゃる三要件、新三要件が充足される、整えるのであれば、これは集団的自衛とか個別的自衛と言う必要はない、自然権で自衛隊は出動できると、こういう捉え方でこの違いがあるのであります。
 そういう意味では、ひょっとすると適合内にあるのではないか。つまり、個別自衛権を少し膨らませて、決して集団的自衛権を否とするものじゃありませんが、手続上、限りなく灰色だというのであれば、今は控えた方がいい、新たに憲法を改正してやった方がいいというふうな認識を持っておりまして、このことについては神保先生と大森先生にひとつ御見解を賜りたいと思います。
○参考人(神保謙君) ありがとうございます。
 私自身は法律の専門家ではありませんので、幾つか私の概念整理に不適切なところがあるかもしれませんけれども、今伺った維新の対案としての武力攻撃危機事態と、現提案されている法制との関係について、私の印象も申し上げます。
 一つは、現行のこの存立危機事態における第一要件というのは、基本的に日本の存立、生命、財産及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険という形で定義された中で、第三者、つまり我が国以外の国が攻撃された事態に適合されるという点においては、水の波紋に例えますと、その同心円の中心に個別的な自衛権がある、その範囲において限定的に広げている。ただし、その波紋の広がり方というのは、確実に個別的自衛権との関係で定義されているというのが、これが今の私自身の解釈でございます。
 今説明された、その自然権の中で提起をして、それが憲法九条と我が国の武力行使との関係で整理できるかどうかというところで私が持っている一つの懸念は、この解釈を適用した結果、いわゆる個別的自衛権の解釈がかなり広がっていくという危険があるのではないかということでございます。
 本来であれば、国際法上から見ても、あるいは国連安全保障理事会に報告するという事態にあってどのような事態と我々が定義するということで、国際標準に照らしてみると、明らかに集団的自衛権の範囲に入っているにもかかわらず、これを自然権であるからという形で全て解釈をするということは、むしろ個別的自衛権の拡大というふうに受け取られはしないか。悪い意味でいいますと、イスラエルはまさにそういう思考で個別的自衛権を捉えがちでございます。もちろん、維新の案がイスラエルのような自衛権を目指したものとは到底考えていないわけでありますけれども、この自然権による個別的自衛権の拡大という解釈にはそのような危険が生じる可能性があるということを私から印象として申し上げたいと思います。
○参考人(大森政輔君) まだ御党の提案、十分に検討させていただいているわけじゃございませんので、どこまで申し上げたらいいのか、余り自信もないわけでございますけれども。
 やはり、個別的自衛権を膨らませて集団的自衛権にまで近づけると、要件の立て方によってはそういうことも少しは可能かもしれませんけれども、本当にそれがどこまで、どこまで動かせば、やはりその結果も境目がはっきりしていなくちゃいかぬわけですよね、ですから、そういうことがどこまで可能なのかと。そういう考え方の下で法案を作成した場合に、ほかの関係で、法律はいろいろな方面に影響を持つものですから、その辺りの検討を十分に尽くした上でなくては、それもいいんじゃないですかと言う余り勇気もございません。
 御党の出されています案をもう少し読ませていただきたいと思います。
○儀間光男君 ありがとうございました。
 歯止めというか、これはおっしゃるように、個別自衛権を少し膨らませたと、こう申し上げられましたが、そのとおりで、ただ全体として、政府のおっしゃる新要素、三要素、これが充足されたときに、個別とか集団じゃなしに、これで行きますよというようなことを言っているんであります。あと、また、時間がありませんので次へ移っていきますが、時間があったらもう一度詳しく説明させていただきます。
 続いて、武力行使一体化でございますが、政府の案だというと、これは後方支援ですか、後方支援は武力の一体化にはならないんだというような主張でございますけれども、我が党の案は、これは完全に一体化されなければならない、一体化されるものである。
 理由は、今まさに攻撃に飛び立とうとする航空機あるいは攻撃に行こうという艦船、そういうものに補給、つまり兵たん機能を発揮するわけですから、攻撃と後方支援、攻撃と兵たん機能が一体とならないというと、一つの戦争状態は完成していないわけでありますから、これを個別にという仕分が非常に論理的に無理があり、また説得力に欠けると、そういうような思いがしてならないんですね。
 そういう観点から、非戦闘地域に行くというけど、相手側が攻撃すると非戦闘地域は戦闘地域になるわけですから、それはなかなかそういったって確保できない。領海、領域、領土から出ていけば、それは個別だとおっしゃるかもしらぬけれども、さっき言ったように、一体化、攻撃と後方支援は一体化されるものであるから、これは一体化であって認められない。こういう我が党の見解でございますが、それは宮家先生と伊藤先生にお願いしたいと思います。
○参考人(宮家邦彦君) 突然の御質問で、ありがとうございます。
 今頭の整理をいたしておりますが、先ほども申し上げたように、私は、今でも武力行使の一体化という議論については、私は非常にユニークな、そして国際的には余り通用のしない議論だと思っております。それを唱えておられる方が後ろにおられますからこれ以上申し上げませんが、しかし、そのような議論、じゃ、発進中ならばだめだけれど、発進していなければいいのか、じゃ、その前の段階はどうなんだと言い出したら、この議論は切りがございません。このような不毛な議論を続けることは、私は個人的には余りよろしくないと思っております。
○参考人(伊藤真君) お答えします。
 日本の憲法は交戦権を否認しております。その交戦権を否定している、否認している憲法の下であらゆる軍事行動は取れないはずであります。その観点から、戦闘行動であろうが兵たん活動であろうが、これは軍事行動と一般的には見られるわけですから、一切許されることはない。日本だけ一体化というちょっとユニークな議論がなされておりますが、それは日本の憲法が九条二項で交戦権を否認し、武力行使を否定しているからにほかなりません。もしこの条項がなければ、多分諸外国と同様に兵たん活動に自由に行けるのだろうと思います。
 なものですから、今の憲法の下ではこの一体化の議論がぎりぎりのところであり、委員御指摘のとおり、この兵たんも含めて、これはあってはならないことだろうというふうに考えます。
○儀間光男君 ありがとうございます。
 私は、戦争そのもの、攻撃そのものと後方支援が別個のものであるという宮家先生の議論、少しよく分からないんですが、例えば戦争のイロハなんというのは、兵糧を断つ、いわゆる兵たん機能を断っていくということがその基本でありますから、これは攻撃を今受けるんだという相手国から見れば一体化そのものであって、我々が一体化じゃないといったって、相手国から見ると一体化そのものですから、兵糧を断つのにそれに攻撃を加えていく。攻撃が加えられると、ここは非戦闘地域じゃなしに、もう戦闘地域に入るんです、日本の領海、領土、領空内であっても、というのが一般的な認識だと理解をするんでありますが、宮家先生、いま一度お聞かせください。
○参考人(宮家邦彦君) 時間もございませんので、簡単に申し上げます。
 私がイラクにおり、そして湾岸戦争を経験し、そして内戦も含めていろいろな状況を経験した上で申し上げますが、今のような、委員のような形できれいに、これは一体化だ、これは一体化じゃないと、ここまでは兵たんなんだ、ここから先は何とかだと、こういう議論ができるような状況では私はないと思っているんです。しかも、国際的にはそのような問題で物を線を引いているんではなくて、別のところでその関与というものを規定しているというふうに私は理解しております。その意味で、一体化論というものでこのような線の引き方をするのはいかがなものかということを申し上げているのでございます。
○儀間光男君 ありがとうございました。
 もう少しお話ししたいんですが、時間が来ておりますから終わりますけど、今日はありがとうございました。
○井上哲士君 日本共産党の井上哲士です。
 今日は四人の参考人の皆さん、本当に貴重なお話をありがとうございます。
 まず、伊藤参考人にお聞きいたします。
 立憲主義の立場から御意見をいただきました。それで、政府は、集団的自衛権行使には国会承認が必要だと、国民の代表の国会承認を受けるんだからこれは民主主義にかなうんだと、こういうことを言います。それから、そこを例外なき事前承認をすればクリアされるじゃないかというような議論もあるわけでありますが、こういう国会承認、国会関与を強めることは私も必要だと思いますが、それが果たして十分な歯止めとして機能するのか、立憲主義の立場から御意見を伺いたいと思います。
○参考人(伊藤真君) お答えします。
 国会は主権者国民の代表機関であります。なものですから、国民の代表としてこのような集団的自衛権の行使というものに対してチェックをする、民主的なコントロールという観点では必ず事前承認が必要だと、これは意味のあることだと思いますが、そもそも、では、国会が承認をすることが、適切な判断が可能なのかどうなのか。様々な情報というものが例えば秘密保護法などで情報統制されている、国会議員の方でも十分な軍事情報は得られない、その危険性が高い中で、適切な判断ができる保証はどこにもないと考えています。
 そういう意味で、武力行使を、国会の承認を事前に必ずするから許されるであろうという考え方には私は賛成しかねます。
 以上です。
○井上哲士君 ありがとうございました。
 次に、いわゆる武力行使の一体化論についてお聞きしたいと思います。
 大森先生の、ジュリストで長谷部先生と対談されている中で、この武力行使の一体化論を外務省が目の敵にしていたということがありました。
 私、ここに二〇〇四年の外務省安全保障法制研究会第二回会合論点という内部資料を持っておるんですが、これは情報公開で最近出されたものを入手をいたしました。この中で武力行使の一体化論について議論がされておりまして、学者や外務省の役人の皆さんが議論していて、その中で、小泉政権ですら集団的自衛権に否定的な立場を取っている今日の状況に鑑みれば、集団的自衛権行使の可能性はますます低くなっているように思えると。そこで、我々は一般法を作るという話になった場合に、集団的自衛権の話は触れずに、国際法の観点から武力行使の一体化論をできるだけなきものにしていけるように検討を進めていく必要があるのではないかと、こういう議論をしていたということがこの報告書に出ております。
 まず、宮家参考人にお聞きしたいんですけど、これは二〇〇四年の報告書でありまして、議論でありまして、二〇〇五年まで外務省におられたと承知しておりますが、当時、やはり外務省の中でこういうような議論があったのか、そういうことを承知されているのかということ。それから同時に、今回の法案では、武力行使との一体化論そのものは維持をするということを政府も言っております。一方で、自衛隊の後方支援自身は大幅に拡充をしたということになっているわけで、できるだけなきものにするということからいえば、今回のこの法改正の中身についてはどのように評価をされているかを聞かせていただきたいと思います。
○参考人(宮家邦彦君) 私は立命館大学の客員教授でございます。外務省を辞めたのはもう十年以上も前です。どのような経緯で、どのような合法的な経緯でその文書を入手されたかは存じませんが、それは私は関与しておりません。したがって、私が申し述べることはございません。
○井上哲士君 これは情報公開で明らかになったということが報道されましたので、私も外務省から入手をいたしました。
 じゃ、これと離れて宮家さんの御意見をお聞きしますけれども、先ほど来、武力行使の一体化論というのは国際的には通用しないということも言われておりました。そのお立場から、今回、武力行使の一体化論そのものは維持するということにしながら後方支援は拡大をしたという中身になっているこの法制についてはどのように評価をされているでしょうか。
○参考人(宮家邦彦君) 私は法案作成過程にも一切関与しておりませんので、私、個人的な意見しか申し上げられません。しかし、恐らく御理解いただけると思いますが、もし政府におられて、そして法律を作らなければいけないとなったときには、当然、それまでの経緯というものを十分検討しながら、そして維持すべきものは、仮にそれが個人的に意見が違ったとしても、今まで積み重ねてきた議論というものないし説明というものを完全に無視して法律を作ることはできないのです。だからこそ、先ほども申し上げたように、私は、本来であればネガリストにするのも一つの方法だったかもしれないけれども、ポジリストを拡充するしかないというふうに申し上げたのはそういう意味でございます。
 したがいまして、私は個人的に、先ほどから何度も申し上げていますが、個人的にこのような説明というのはおかしいと思っておりますけれども、法案を作成する過程において前例をある程度踏襲しながら国民により分かりやすい説明をしていくというのは当たり前のことだと思っております。
○井上哲士君 前例を踏襲された法案だという御評価なんだと思うんですが、そこで大森参考人にお聞きいたします。
 そのジュリストの対談の中では、この外務省が目の敵にしているという話の流れの中で、その中で、非戦闘地域でしか後方支援活動をできないようにするという考えを言わば編み出したといいますか、そういう提案があったと。それは、安全確保のために一線ではなくて二線を置くようにしたんだというお話がありました。その経過をもう少し詳しくお話しいただきたいのと、今回の法案で、この二線を置くことをやめて従来の戦闘地域まで自衛隊が行けるようになったようにしていると、このことについての評価をお聞きしたいと思います。憲法上どうお考えかということをお聞かせいただきたいと思います。
○参考人(大森政輔君) この一体化論の考え方は、これは実は、前回の湾岸危機ですかね、あのときに、我が国はその当時はまだ集団的自衛権の行使なんという話は全然表面では議論されていない時代なわけですけれども、中東貢献策、我が国が例えば多国籍軍に参加してサウジアラビアで後方支援なりをするかどうかじゃなくて、何か役立つ行為、活動ができないかということで、医療とか輸送とか、その辺いろいろ皆持ち寄ったわけですね。そして、中東貢献策というものに仕上げて、それを閣議決定し、それで当面は支援していくという作業をやったわけです。
 一体化論というのは、そのときに、いろいろな臨時国会で議論があったわけで、そのときに議論されたのが一体化論がだんだんと制度として構築されていく契機になったわけです。そして、その次に一体化論の問題を法制局を中心として真剣に考えたのが、先ほども申しましたように、前回のガイドラインの検討の際でありました。
 それで、いろいろ評判が良くないんだというようなことも対談で書かれていたかどうかよく覚えておりませんけれども、そういうことで、一体化論が全ての、霞が関の中で全てのところに対して評判が良かったわけではないことは間違いないんですけれども、しかし、そういう背景があるものですから、今回の閣議決定の中でひょっとすればその一体化論は廃止されるんじゃないかななんという一種の危惧感を持って閣議決定を拝見したわけですけれども、しかし、そのときは一体化論はやめるということは全然書いていなかった。ただ、縮小するということで、今までは、後方地域とか非戦闘地域とか、そういう地理的なバッファーゾーンを置いて一体化を防ぐ方策を盛り込もうとしたのがあの周辺事態法なんですね。そういうことがありましたけれども、閣議決定で廃止ということにはなっていなかったと。
 それはそれで非常に法制局としては評価をしたわけですけれども。評価をしたわけでございますけれども、その後、なぜ廃止ということに至らなかったのかといろいろ考えてみますと、やはりこの一体化論というのは、よく言われますように、憲法上の評価に関する当然の事理を述べたものであると。そういう当然の事理の問題なんだということで、一体化論は、非常に不便だけれども、しかしやはり憲法上の評価ということになればそういう問題が必ず浮かび上がって、それを否定し切れないんだということから残ったんだろうと思います。その代わりに、文字どおり現場主義、戦闘現場と戦闘をしていないその他の現場と、それをまさに一線で画すことによって、一体化論に煩わされずに後方支援を広く行えるようにしようというところで一体化論に対する対応策が講じられたのかなというふうに考えております。
 したがいまして、やはり憲法上の評価に関する当然の事理と。これはやっぱり否定し切れない一つの正論だと思いますね。そういうことで、ただ、いろいろ付随した問題があるわけですけれども、一応その辺りのところはそういう感想を持っております。
○井上哲士君 今の件ですけれども、つまり、従来は非戦闘地域しか行けない、ないしは後方地域しかできないということをしていたものを、その考えを取り払って、戦闘現場でなければいいと、従来は行けなかった戦闘地域まで行けるというこの法案のこの枠組みが憲法上合憲と言えるのか、それとも違憲と判断をされるのか、その点はいかがでしょうか。
○参考人(大森政輔君) いや、もう私も霞が関とは法的には縁が切れている存在でございますから、どこまでのことを責任を持って言えるのかどうかは分かりませんけれども、やはり一線で画すということは、戦闘地域は時々刻々変化するものであるということで、本当に文字どおり一線で画しますと、時には、戦闘地域外で支援活動をやっている者が、ある日、目が開いたら戦闘地域のど真ん中にいて立ち往生してしまうということが起こるものですから、それを防ぐための立法上の工夫として一線と。一線というのは、二線で画する、中間にバッファーゾーンを置くんだと、そうすることによってそういう問題点を防止しようという工夫だったんですが、それが文字どおり一線で画されてしまうというのは非常にまた逆の問題が出てくるんじゃないかなというふうに、そういう感想を持っております。
○井上哲士君 憲法上という点では。
○参考人(大森政輔君) 憲法上ですか。
 いや、ですから、そういう制度でも、だから憲法九条に反するんだというような、すぐに憲法上の評価に結び付くものではないと思いますね。だから、政策としての妥当性の問題として、より良き妥当な施策を考える、その際に相当な施策かどうかということは、これはどうも立場によっていろいろ変わってくると思いますから、それ以上のことは控えたいと思います。
○井上哲士君 時間ですので。ありがとうございました。
○山田太郎君 日本を元気にする会の山田太郎でございます。
 今日は、四名の参考人の方々、いろいろ本当に示唆に富む、それから非常に重要な内容をお話しいただいてありがとうございます。
 まず、大森参考人からお聞きしたいんですが、実は、今回の存立危機事態の認定する、あるいは決めるまでのプロセスというのが実は法律上も非常に今回複雑だと思っておりまして、途中、多分内閣法制局もかむ話だと思っておりますので、こんな解釈でいいのかどうか。
 それから、実際に武力行使を、存立危機事態が発生した場合にこの法律によって実行するのに結構時間が掛かるのではないかなと。そうなってくると、本当の意味で、隣でやられている艦船を助けるとか、先ほど自分の奥さんに手を出した人をぴしゃっとたたくなんという話をされていたんですが、そもそもこの法律、そういった意味で意味があるのかなといった辺りもちょっと確認をさせていただきたいなと思っています。
   〔委員長退席、理事佐藤正久君着席〕
 まず、存立危機事態が発生すると、今までの質疑の中では、相手国からの要請があると。この要請を受けて、基本的に要請を受けるのが外務省になるだろう、在京の大使館又は外交ルートに基づいて、外務省内でそれが本物かどうかも確認されながら、外務大臣等々に上がっていくと。その過程でもって、次に国家安全局、NSCに上がって、四大臣又は九大臣を含んだ議論をすると。それと並行して、事態対処基本方針書というのを作らなければならない。
 特に、私がこの法律上実際に対処できるのかなというふうに不思議に思っておりますのが、事態対処基本方針書というのは非常に重要な文書でありまして、仮に国会の事後承認になった場合もこれをもって承認するかどうかを決めますから、これが曖昧だと結局は認められないということになりますので、これしっかり書かなければいけない。だけれども、その検討内容には、他にその手段がない場合とか、どういういわゆるこれが前提になっているのか。全て書き込んで、国会や、しかもこれは機密文書ではありませんので、国民には直ちにさらされるという答弁もいただいております。これだけの文書を作らなければいけない。
 そうなったときに、今後仮に裁判になったりとか、他の法律に不整合が起こらないように多分法制局もかむだろうと。これ、いろんな方々にも聞いていますので、法制局のチェックを受けると。それだけの時間を掛けてやっと閣議決定をすると。これ、例外なき閣議決定をしなければならない。閣議決定をした後、初めて指示して、対処して、隣の艦船が助けることができるということで、何か私は、このいわゆる対処が、あたかも隣でやられている米艦船、イージス艦を助けられるような、いわゆる一体化ができるような法律のように何かミスリードされているんですが、そもそも何のためにこんなものを作るのかということ自身、このプロセスを聞いていたら分からなくなってしまった感もあるんですね。
 そこで、内部にいた法制局長官ですから、これ、政府の方に聞くとケース・バイ・ケースだとか言われたりとか、いや、数時間で作れるとか、じゃ、数時間掛かるんですかと、こういう話なんですけれども、大森前法制局長官が経験から、これだけの対処、それから法制局でもやっぱりチェックを相当やらなければならないのではないか、こう思うんですが、実際はどれぐらい掛かるのか、こんなようなプロセスに多分なるんだろうかという辺り、ちょっとコメントいただけないでしょうか。
○参考人(大森政輔君) お尋ねの件に対して、我々といいますか、私のようにもう十数年前に現役を卒業もし、最近は一切そういう法案の審理とかそういうものに関与していない立場の者がどこまでのことを答えられるのかというのは、これはもう非常に答えること自体が難しい問題でございます。
 したがって、ここでできるだけ答えさせていただいているのは、過去の経験が有識者として役立つという範囲内のことはできるだけ答えることにしているんですけれども、お尋ねのようなことについては余り、本当に正確なことをかく答える知識よりも、情報、現在何が行われているのか、どういうことで法案審査が行われているのかなんていうことは、正確に参考意見としてでも答えることができる立場にはないと思いますから、もう答えるのはこれぐらいで御勘弁をいただきたいと思います。
○山田太郎君 ありがとうございました。
 私は、これ、すごく時間が掛かって、実際には、元々想定している対処はとてもじゃないけれどもできないんじゃないかなと思っていますが、この辺り、この法律が通ることによって、米軍との対処、日本を守る抑止力とかを含めた力になるんだという辺り、これ、宮家参考人の方が多分、もしかしたら賛成の御意見としては、この事態対処法案、通すべきなのかということでお伺いしたいと思うんですけど、私は、とてもじゃないけど、これはそもそも何かプロセス自身にもう矛盾を持っていて、見直してしまった方がいいんではないかなと思うんですけど、その辺はいかがですかね。
○参考人(宮家邦彦君) 私も大森参考人と同じ答えしか言えないとしかお答えできないんですが、それではお許しいただけそうもありませんので、一般論として申し上げますと、確かに今まだ文言の段階で、そして要件が三つある、そしてそこの議論をかんかんがくがくと皆さんやっておられるわけです。
 しかし、これが一旦法律になりますと、その中で解釈を確定し、そして運用を確定し、そしてできるだけ早くそれを運用するというふうにやるのは、これはどの政府機関であっても同じだと思いますので、そのようなことがどうなるかということは、まず法律を作っていただいてから議論をすべきことであろうと思います。
○山田太郎君 私は、その中身が分からない形でこの法律が本当にワークするのかどうか、ワークしないんであれば見直すべきなんじゃないかなと、こういうふうにも思っておりますが、ちょっとこれをやっていても、これはやっぱりもう一度現職の閣僚、官僚に聞いた方がいいと思っていますから、今度は呼んでも来なかった国家安全局を、NSCをこの国会に明日以降呼びたいと思っています。
 さて、伊藤参考人にもお伺いしたいと思いますが、先ほど国会の例外なき事前承認、実は我が党を始めとして三党で出したものでありまして、ちょっとミスリードをされるといけないので、少し御説明しながら御評価、御意見もいただきたいなと思っているんですが、入口と出口、中口というふうに我々呼んでおりまして、入口としては例外なき国会の事前承認。何で国会の例外なき事前承認しなければいけないか、あるいはできるかというと、今お話ししましたように、相当これ対処するには実は時間が掛かるんで、だったら国会でも対処できるんではないかと。かつて国会は緊急で三日で召集し、一日で衆参、委員会も含めて通した実力があります。
 もちろん、それでも対処できないんだというのであればどういう場合なのかということを聞きますと、いや、それはホルムズだとか何だとか。じゃ、ホルムズに行くのには何か月か掛かるでしょうと、こういう話でありまして、余りこのことをそのまま認めてしまうと、多分、武力行使をしなければいけない状態にもかかわらず、実際には事後承諾。で、事後承諾をしてドンパチ始まって戦争になったのに、国会で承認するかしないかといったら、せざるを得ないような状況に追い込まれるということは、やっぱり国会の例外なき事前承認が必要だし、いわゆる存立危機事態でありながら武力攻撃事態でない場合という全くもってどういう場合か分からないものに対して、いわゆる白紙委任でもって政府に自由を与えるというのは、ちょっとそれはおかしいだろうという議論があって、政府自身は、常に緊急に対処する必要があるからだと。じゃ、緊急に対処する必要があると言っていても、今言った事態対処基本方針書は作らなきゃいけない、NSCは開かなきゃいけない、閣議は開かなければいけないと。
 それで、実際に国会を開くかどうかに関しては、事態対処基本方針書に書かなければいけないということでありますから、何だ、閣議を開く前に、NSCがそれの文書を起案している段階で間に合わないと決めちゃうのかと。いかにも意図的に間に合わないように文書を工作することも実際にはできるわけでありまして、そういうことを考えると、確かに先ほど先生、井上議員の方の質問に対してお答えしていた、国会にそれだけの調査能力があるのかと、現場のことが分かるんかいと、こういう話はありましたが、とはいうものの、必ずしも情報が不完全であったとしても、我々は国民の代表として絶対に判断する必要があるのではないかと。情報が不完全だから、じゃ、現場の方がよく知っているので勝手に現場に判断させるということは、私はまかり通らないと思っておりまして、そういった意味で、国会のいわゆる事前承認、例外なき事前承認は必要ではないかなと。
 あと、中口としては、我々は九十日ごとと言っていますが、行ってみたら事情が違った、変わってしまったということに対処するために九十日ごとにチェックをしていく必要があるのではないか。
 そして、最後の出口としては、事後承認というのを国会でやると。検証をやって、まさにそれで国会議員は情報を研さんしながら、前回の、まあプロジェクトというんですかね、作戦はどうだったのかということに関しては反省して次につなげていくと。これによって国会議員も国会も情報を蓄積していくことができるだろうと、こういうふうに思っているわけでありまして、法律の中身、どこまで行っても確かに法文で押さえる必要はありますが、やっぱりそこは限界もあるのではないかなと。
 そう考えると、もう一つの歯止めの方法は、国会の例外なき事前承認、入口、中口、出口論ということを強く訴えているわけでありますが、是非、伊藤参考人の方に御評価いただければと思っております。
○参考人(伊藤真君) お答えします。
 私、先ほど申し上げたのは、事前承認、国会の調査能力等でそれは意味がないからやっても仕方がない、事前承認不要だという趣旨では全くありません。十分にできない場合もあるかもしれませんが、少なくとも国民の代表機関である国会が、事前、中、そして事後、きちっと監視、監督をする、それはどうしても必要なことであろうというふうに考えています。
 ただ、私の考えは、その以前のところで、この集団的自衛権の行使云々、そこの部分のところで憲法上疑義があるという前提があるものですから、そこを留保した上で今のような国会の承認、きちっと事前承認をマストにする、とても重要なことだと評価しております。
 以上です。
○山田太郎君 次に、宮家参考人、神保参考人にお伺いしたいというふうに思っております。
 いろんな立場があるとは思うんですが、よく、日本はもうちょっといわゆる普通の国になった方がいいとか、それから国際的な常識という形でのいわゆる防衛論、踏み込めば軍事論ということがやっぱり議論として出てきます。
 ただ、私は、日本は九条を持っていて、世界にまさに平和を目指すユニークな国だったからこそここまでやってこれたという自負も一方で考え方としてあるわけでありまして、これはフェアに議論をする必要が私はあるのではないかなと。国連憲章も、実際には交戦権を基本的に認めていません。ただし、その間、安保理にかけるまでの間という、実は、個別自衛権であったとしても集団的自衛権であったとしても、国連憲章をよく読み込んでみると臨時的措置なのではないかと、こういうふうにも取れるわけであります。
 そこで、非常にもう一つ国会外の中でも議論になっていますいわゆる抑止論ですね。要は、宮家先生もよく使われるんですが、ただ、抑止論を言い出しますと、最後は、日本は核を持つべきなのではないか、こういう議論まで発展するかもしれない。神保先生の方も、やはりアメリカと中国が競争していって常に一歩上回っていないとなかなか防衛というのはできないんだよと、こういう議論がありました。
 ただ、その先には、やはり核を持つという議論に結局はなるのか、抑止のためには最終的にはそれはやむを得ないことなのか、憲法を改正してでもそうするべきなのか。その辺り、ちょっと踏み込んでいるかもしれませんが、是非、コメント、お答えいただけないでしょうか。
○参考人(宮家邦彦君) 簡単に申し上げます。
 平和を百万回唱えても平和は来ません。中東での私の経験からは、しかるべき悪意を持つものを何らかの形で抑止する、若しくは押しとどめること、これ以外に戦争を回避する方法はないと思っています。
 もちろん、九条があること、これは我々は誇るべきだと思います。しかし、九条があるから戦争が回避されたのではありません。その点は御理解をいただきたいと思います。
 その上で、核武装の話ですか、私は、日本のような地政学的な位置にある小さな島国が、戦略的重心のないこの小さな島国が核武装をするメリットと、それから核武装をすることによって失うデメリットを考えれば、核武装はあり得ないと思っております。
○参考人(神保謙君) アメリカにおける核兵器の安全保障戦略上の位置付けというのは低下しつつあります。通常戦力自体がやはり非常に高度化して、そしてミッションにおける幅というものが広がっているのと同時に、核兵器自体が使いづらい兵器になっているという中で、その中で出てきたのがやはり長期的な核廃絶論、これ自体は日本政府も私自身も基本的には推進する方向性だろうと思っております。
 ただ、日本の周辺を見ますと、特に北朝鮮、核兵器の開発を続けておりまして、中国も、核戦力、非常に不透明ですけれども、その運搬手段としてのミサイルの近代化は目に見えて進んでいるという状況の中で、私が冒頭申し上げた通常戦力の拡大も続けているといった中で、日本が核兵器の役割を完全に否定する立場にはないということでございます。
 じゃ、どうするかというと、単純に日本が核武装に行けば済むという話ではなくて、現存する核兵器の傘、アメリカとの同盟関係によって担保された拡大核抑止をいかに健全な形で担保していくのかというのが第一の目標に置かれるべきであって、そのために、やはり今、日本とアメリカが進めている拡大抑止協議というものをしっかりと万全にして、アメリカが、当然核兵器の役割は低下していくけれども、北東アジアの核の拡散の状況に対応できる体制自体はしっかりと同盟の中で担保するというのが日本が取るべき方向だと考えております。
○山田太郎君 時間になりました。
 抑止をしているアメリカが最も戦争しているということも事実だと思っていますし、大きな今回の変化はいわゆるテロとの闘いということになったんですが、テロに対して本当に武器の抑止が効くのかどうか。それ以上に、非軍事ブランド、平和ブランドということをもう一つの選択肢として日本は求めていくべきだというふうに思っております。
 以上です。ありがとうございました。
○和田政宗君 次世代の党の和田政宗です。
 まず、宮家参考人にお聞きをしたいというふうに思います。
 戦争によって国民の命を失わせない、これはもう全国会議員の思いであるというふうに思うんですね。ただ、この安全保障環境というものの厳しさが増しているということを考えた場合に、私であったり我が党であったり与党の皆さんは、もっとしっかりと対処をすべきだ、野党の皆さんの中には、今の防衛力、さらには国防の考え方でも対処できるというふうにお考えになっているんだろうというふうに思うんですけれども、繰り返しになりますけれども、戦争によって国民の命を失わせてはならないということでは一致をしているということであろうというふうに思います。
 私は、安全保障環境を考えてみた場合に、何もせずに平和を守れる時代は終わったというふうに思っておりますし、自国のみで平和を守れるという時代も終わったというふうに思っております。
 この安全保障環境に対応していくという中で、宮家先生、抑止という言葉をお使いになっておりますけれども、そもそもこの日本の抑止を高めるために一番不足している部分というのはどういったところというふうにお考えになりますでしょうか。
○参考人(宮家邦彦君) 非常に重要な御質問ですが、余りにも広範囲で、一冊本が書けるかと思います。今度、次の本、この辺で書こうと思いますが。
 日本のように大陸の沖にある小さな島国が大陸とどのように付き合っていくかという観点からは、やはり、一つの例ですが、イギリスの対欧州戦略というのが私は非常に参考になると思っています。その意味で、イギリスが、大陸の欧州であると同時にイギリス独自性を維持する、この難しいバランスを維持してきたように思いますが、日本もそこから学べるところがあるんじゃないでしょうか。
 アジアの一員としてしかるべき役割を果たしながら、もう一方で、アジアとは違う、一味違う、そして島国、海洋国家として海洋国家同士の連携を強める、イギリスにせよアメリカにせよ、そういった二つの柱をうまくバランスを取っていくことが大事だと思うんですが、なかなか日本の国内でもいろいろな議論がありましてそのバランスがなかなか取れない、これが一番難しい点だと思っております。
○和田政宗君 ありがとうございます。
 やはり、専守防衛という考え方を政府も取っているわけですけれども、これは飛んでくるミサイルを全部撃ち落とさなければ日本国に着弾をしてしまうわけでありまして、しかしそれは防衛の現実からするとナンセンスということで、やはりテロ集団でありますとか国際平和を乱す国に対して共同でその対処ができるような法整備をしていくべきだというふうに私も思っております。宮家さん、ありがとうございます。
 そして、次に神保先生にお聞きしたいというふうに思うんですけれども、グレーゾーン事態です。
 これ、先ほど述べられたことでありますとか各種の論文、資料等をお読みしますと、実は我が党がこれまで提案をしてきたこととほぼ似ているなというふうに思っておりまして、我が党は独自の領域警備法を二月に官邸の方にお持ちをしております。これは、警戒監視活動を自衛隊の正面の任務に位置付けまして、海上警備行動や治安出動はその中に内包をしております。すなわち、段階が上がるというのは、防衛出動、これは内閣総理大臣の命令、内閣の判断が入るというような形でありますけれども、自衛隊の武器使用権限も国際標準にしてしっかりとグレーゾーンの穴を埋めていこうという考えであります。ただ、政府は今、これはお取りにならないということです。
 そこで、まさに海上保安庁の権限拡大、海上保安庁法二十条でがんじがらめになっている、先週金曜日に私、この当委員会でまさにそれを質問したわけでございますけれども、神保参考人の考え方としては、いわゆる海上自衛隊で、しっかり領域警備法なりを作ってシームレスに対応できるようにすべきなのか、それとも、海上保安庁の権限拡大、これを現状では現実的に取るべきなのか、そのお考えはどちらでございましょうか。
○参考人(神保謙君) 大変重要な御指摘をいただいたと思っております。
 一つの事例を申し上げます。南シナ海を御覧になった場合に、二〇一二年に中国とフィリピンはスカボロー礁をめぐる対立をして、二〇一四年の初頭に中国とベトナムがパラセルをめぐるオイルリグの設置をめぐって対立をしました。
 二〇一二年の際に、フィリピンには十分な海上警備隊がありませんから、あの際に、中国の海警局の船に対してフィリピンは海軍の小さい軍船を出したということをして、それが大変なエスカレーションの危機につながったということでございます。
 一四年に関しては、ベトナムは三十隻の海上警備隊を出したことに対して中国は百隻近く船を出してきて大変だったんですけれども、重要な事態は、それでも中国の人民解放海軍とベトナム海軍は十分な距離を取ってそのオイルリグの周りで水を掛け合ったり体当たりをしたりという緊張であったということでございます。
 ここから学べることというのは結構多いと思うわけですね。つまり、我々が、尖閣周辺なり東シナ海で対立が高まったときに、相手のエスカレーションの度合いに応じて相手より先に軍事組織である自衛隊を警察権という範囲でオペレートした場合に、中国はどのような判断をするか。当然、日本側が先にエスカレーションを起こしたんだから我々も海軍を投入するという判断のトリガーを引くことになるわけですね。その海上保安庁の権限拡大をもし進め過ぎるとどうなるかというと、警察組織と言っておきながら軍隊並みの行動をしているかというような形にも受け取る。
 これは、だから非常にニュアンスとしては難しい話なんですけれども、私として言えることは、バランスよくこれを下から上への動きと上から下への動きをやっていくべきなんですけれども、今の東シナ海と南シナ海の情勢を見ますと、やはり大事なことは、警察権である海上保安庁の権限拡大を可能な限り進めていって、それがどうしても対応できない場合に初めて海上警備行動を発令するという執行方式の方がエスカレーション管理としては望ましいと考えております。
 いつでも海上警備行動を先に発令できるような体制というのは、むしろ日中関係の管理という点においては、少し我々からあおっている側面が多いと受け止められる可能性が多いと思います。つまり、法案作成の構造そのものに我々のエスカレーション管理の姿勢が問われているということを申し上げたいわけでございます。
○和田政宗君 しっかり我が党としても参考にさせていただければというふうに思います。
 この領域警備につきましては、民主党さんでありますとか維新の党さんもこれは既に提出というような形になっておりますので、やはりシームレスに、考え方の違いというのはあるにせよ、しっかりとやはり東シナ海の脅威に対応していく必要があろうというふうに私は思っております。
 あと、もう一点、もう二点になるかもしれませんが、神保先生にお聞きをしたいというふうに思います。
 例外なき国会の事前承認、この法案に対してですね、国会の関与強化についてお聞きをしたいというふうに思います。この修正案自体は、新党改革の提案の下、次世代の党、日本を元気にする会、三党で提出をしたところでございます。
 シビリアンコントロールということを考えた場合に、これは、神保参考人は慶應義塾で学ばれて、今、慶應義塾で教鞭を執っていらっしゃるわけですが、私も実は慶應義塾でずっと学んでおりまして、福沢諭吉先生、慶應義塾の「修身要領」というのがございますけれども、独立自尊で有名なものですが、この第二十二条に、「国あれば必ず政府あり。政府は政令を行ひ、軍備を設け、一国の男女を保護して、其身体、生命、財産、名誉、自由を侵害せしめざるを任務と為す。是を以て国民は軍事に服し国費を負担するの義務あり。」、第二十三条に、「軍事に服し国費を負担すれば、国の立法に参与し国費の用途を監督するは、国民の権利にして又其義務なり。」というふうに書いてありまして、近代国家、近代政治の黎明期からこういった精神というものは国民が持つべきであろうという考え方であったというふうに思います。まさに、日本国においても今、そういった形でしっかりとシビリアンコントロールが行われるべきだという考え方であるというふうに思っております。
 我が党は、政府案でもまだ不十分なところがある、これは武器使用権限が厳し過ぎるのではないかというようなところも含めて指摘をしているわけでありますけれども、やはり時の政権によって暴走してしまうのではないか、私はないとは思いますけれども、これは国民の不安であるというふうに思っております。これは産経新聞の世論調査でも、五八%が安全保障法制が必要だと述べていながら、今国会での成立については三〇%から三五%。これは、すなわちまだ不安があるということであるというふうに思っております。
 私はこの不安を取るためにも、まず例外なき国会の事前承認という形で、安全保障環境も厳しさを増しておりますから、今国会で成立をさせて、自後に除外規定等について検討するというやり方もあるのではないかというふうに思っております。
 この国会の関与強化について、安全保障の面から神保参考人はどのようにお考えになるでしょうか。
○参考人(神保謙君) まず、慶應義塾の一員として、福沢先生の言葉を引用していただいたことに感謝申し上げたいと思います。
 国会の関与強化については極めて重要な案件であるというふうに思っていまして、その意図するところは、自衛隊員が命を懸けてミッションに臨むに当たって、国内の議論が分裂している状況や余り歓迎されないような状況の中で送り出すというのはやはり健全ではないと。それは国会の議論の、やはり、総意とは言いませんけれども、議論を尽くした上でそしてミッションに従事してもらうという、一人一人の命に国会議員も国民も責任を負ってミッションに従事させるという意味においては、国会承認というのは極めて重要だというふうに考えております。
 ここからなんですけれども、ただ、当然ながら、安全保障ですから緊急に対応しなければいけないこと、つまり議論をしている時間もなく対応しなければいけないことにどう担保するかということを、原則的というふうに言うのか、例外なきというところでいくかによっては、かなり手続論としての差がございます。
 そこに関する配慮というのは必要だろうというふうに思いますが、特に、ここで議論されている国際平和支援法のような形で、例えば多国籍軍であったり様々な国際ミッションに時間を持って価値判断をすべき案件については必ず例外なき事前承認をするべきであろうというふうに思っています。
 以前、外交評議会のリチャード・ハースという人が、戦争には、やむを得ずどうしてもしなければいけない戦争と、そうじゃなくて、選択をしてそこに踏み込む戦争の二つがあると。先ほど申し上げた国際支援法案は、もちろん戦争に踏み込むという意味で言っているわけではありませんが、日本が国家の選択として選択をするものであると、これに関する例外なき事前承認というのは必ず必要であろうというのが私の考えでございます。
○和田政宗君 それでは、最後に宮家先生にお聞きをしたいというふうに思うんですが、繰り返しになりますが、テロ集団ですとか平和を乱す国に対して国際社会が共同で対処をしようとしているときに日本は何もしないというのはあり得ないというふうに思っております。
 これ、欧米的価値観ということを考えてみないといけないというふうに思っておりまして、英国紳士が何でステッキを持っているかといいますと、あれは悲鳴を聞いたときに助けに行くということで、自衛より他衛に価値があるというような考え方であるというふうに思っております。ただ、我が国は、戦闘の最前線でほかの国に出かけていってということは当然できないわけでありまして、後方支援等、そういったところで協力をしていくという形になるというふうに思っております。
 今回の安保法制が通った場合の国際的な評価、これについて宮家先生はどのように考えますでしょうか。
○参考人(宮家邦彦君) 国際的評価は非常に高いというふうに思います。特に、日本が今まではどちらかというと不作為が続き、従来、本来であれば果たしてくるべきだった役割を果たしてこなかった。先ほど湾岸戦争の話がありましたけれども、あのときもお金だけという議論になりました。あれをもって歯がゆい思いをしたのは私だけではないでしょう。そのような時期、一九九〇年から、もう二十五年がたちました。
 日本は、今考えていることは、明らかに、日本のこれまでの経験に基づきながら、そして憲法の枠の中で果たすべき役割を果たそうという意思があり、それを実行してきたんだと思っています。それに対して異を唱える人はほんの僅かであります。我々はもっと自信を持って、国際社会に貢献する日本というものを、ただ単に経済社会だけではなくて、安全保障の面でも尊敬されるような役割を果たせる国になってもらいたいと思います。
○和田政宗君 時間が参りましたので、終わります。ありがとうございました。
    ─────────────
○理事(佐藤正久君) この際、委員の異動について御報告いたします。
 本日、大沼みずほ君が委員を辞任され、その補欠として島田三郎君が選任されました。
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○水野賢一君 無所属の水野賢一でございます。
 四人の参考人の先生方の御意見を聞かせていただいて、やっぱりこの問題の幅の広さというのか、印象的だったのは、宮家参考人と神保参考人は主に外交・安全保障の観点から論ぜられて、大森参考人と伊藤参考人は主に憲法との関係で否定的な意見を述べられたりして、外交・安全保障の観点もあれば憲法との関係なんかもいろいろあるので、それだけに、ちょっと残念ながらそういう意味では意見がかみ合わない部分もあるんじゃないかというふうに思いますけれども、それだけ奥の深い問題なんだというふうに思いますので、慎重な審議が必要だというふうにも思っております。
 まず、宮家参考人に見解を聞かせていただければというふうに思いましたが、宮家参考人は、先ほどのように、どちらかというと外交・安全保障のところからの論点で訴えられていましたけれども、憲法に関してのところで最後におっしゃっていらっしゃったのは、端的に要約すれば、憲法のために国があるわけじゃなくて国家を守るために憲法があるんだという趣旨のことをおっしゃっていらっしゃいましたけれども、そうすると、最終的にはあれでしょうか、宮家先生の御意見では、集団的自衛権の容認というのは、今回の法案は限定容認という形を取っていますが、より理想的には、俗に言うフルスペックの集団的自衛権というのが認められるのがより外交上、安全保障上は望ましいというお考えか、御見解をお聞かせいただければというふうに思います。
○参考人(宮家邦彦君) 非常に鋭い御質問であります。
 私は、憲法の問題とそれから国際法の問題、このバランスをどのように取るかというのは非常に難しい問題だと思っております。恐らく、ほかの方は意見が違うでしょう。国際法を重視する人もいれば、憲法至上主義の方もおられます。これは私は少なくとも同等であろうと思っていて、どっちが上だ、どっちが下だという議論は私はないと思っています。それをやれば憲法優先になってしまうからであります。
 しかし、そのことは憲法を無視していいということでは全くありません。むしろ、国際法の世界で国連憲章によって主権国家に対して与えられている全ての自衛権、これをどのように使うかというときには、当然のことながら、憲法との関係でそこでいろいろな配慮があってしかるべきだと思っています。要は、そのバランスをどう取るかであって、憲法がこうあるから全てが否定されるとか、そういうようなものでは私はないと考えております。
○水野賢一君 大森参考人に御見解を教えていただければというふうに思いますけれども、先ほど来の御説明の中で、これまでの法制局における憲法解釈などについては大変勉強になったわけですけれども、私の理解では、政府は憲法解釈を変えるということは全くなかったわけではなくて、例えば、憲法六十六条の文民の意味だとか、若しくは六十九条の解散権に関してだとか、七条解散ができるのか六十九条解散だけなのかとかというそういう議論とか、八十九条とか、いろんなところで憲法の解釈というのは、今回のように国際情勢の変化だけを理由にして変えていいのかどうかは別として、変えることというのは時にはあったのかなという気もしないでもないんですけれども。
 そこら辺は、大森参考人の御意見として、今回のこの解釈の変更は駄目だということは、それはもうまかりならぬということは分かるんですが、その他のことでも憲法の解釈というのは基本的に一切変えちゃいけないのか、それとも、物によっては変えていいものもあるんだけど、このことは、この九条に関しては駄目ということなのか、その辺の御見解を教えていただければというふうに思います。
○参考人(大森政輔君) 先般、どなたでしたか、申し上げたところですけれども、解釈の変更というのは一切ないというものではないということでございまして、特に、それぞれの行政機関が解釈権、有権解釈権を持つんだということになり、それを前提といたしますと、その有権解釈の結果を変えるということもあり得るとは思うんですね、一般論としては。
 ただ、変えた後の内容が憲法その他の上位法に照らして許容されるというものでなくちゃその解釈変更がそもそも結果としては無効になるということでございまして、先ほど憲法解釈の変更も結構たくさんあるよということでございますけれども、本当の変更は、多分私の記憶では文民の解釈、あれは確かに変更、ちゃんとした変更だろうと思いますね。しかし、それ以外は、変更のような姿をしながらも、実は整理した、あるいは言葉を整理したというものにとどまると。
   〔理事佐藤正久君退席、委員長着席〕
 よく、大学のある先生が、いやいや、もっとたくさんあるんだと。挙げてもらったら、内閣総理大臣の靖国参拝、あれも変えたじゃないかという意見が出てきたんですけど、いや、あれは従前は断定はしていなかったけれども、事柄の性質上断定をできるまでは控えておこうと。事柄の性質上控えておこうと、そういう答弁をして見解を述べていたのを、中曽根参拝のときに一応前提をはっきりして参拝をしたという、それはやはり変えたグループの中には入らないんだろうと思います。少し曖昧にしてその結果として控えていたのを、その前提たる曖昧さのところを突き詰めてきながら立つ位置を決めたということだろうと思います。
○水野賢一君 ありがとうございます。
 憲法の話が出たので、伊藤参考人に教えていただければというふうに思いますけれども、憲法九条に関しては、全く違う解釈として、これは政府もその解釈を取っているわけじゃないですけれども、いわゆる芦田修正論という考え方がありますよね。要するに、九条二項に、前項の目的を達するため陸海空軍その他の戦力を持たないんだから、要は、その前項の目的という一項は、すごい略して言えば、侵略戦争を禁じたんだから侵略戦争のための軍隊を持たないんであって、そのほかは自衛権、かなり幅広く解釈すると。
 そういう、解釈としても一つの学説としてはあると思うんですけれども、政府がそういう立場だというわけじゃないでしょうが、そういう学説については伊藤先生はどのようにお考えでしょうか。
○参考人(伊藤真君) お答えします。
 一つの学問的な考え方として存在し得ることは理解しますけれども、私はそのような考え方を取っていません。
○水野賢一君 大森参考人に御教示いただければというふうに思いますけれども、先ほどの質疑の中でも、今の法制局に何か言いたいことはというような、そんな質疑もございましたけれども、私がここでお伺いしたいのは、今の法制局の方々がやっていることというより、法制局長官の人事とかに関してですね。
 話題になったのは、安倍総理が小松さんを法制局長官に選ばれたときに、人事の慣例を破るものだというような批判もあったと思うんですね。小松さん御自身は故人ですから、故人のやったことに対していい悪い、私も今ここで申し上げるつもりは全くないんですけれども、今までの人事の慣例として、かなり、小松法制局長官、小松氏を法制局長官に起用したということに対して、人事としていかがなものかという、少なくとも慣例と違うじゃないかというような批判もかなり、それは批判というか賛否はあるでしょうけれども、いろんな議論があったと思うんですけれども。
 この安倍内閣の法制局長官の人事という点に関しては、先輩として大森参考人が何か御意見があれば教えていただければというふうに思います。
○参考人(大森政輔君) お尋ねの件につきましては、私は個人としてははっきりした考えがあるわけですけれども、それをこの席でどこまで言うべきことかというのはまたこれは別問題でございまして。ただ、今の制度で、内閣法制局長官の任命権は内閣にある、内閣の施策は大体総理の考えによってこの種のものは決まるんだということはそのとおりでございますけれども。
 これからは一般論としてお聞きいただきたいんですけれども、任命権を、人事権を持つ者が自分の意見と同じであるということを前提として人事をやっては一般的にもよくないですし、内閣の人事権の行使、法制局長官の任命権については、それはよくないと思いますね。自分の意見と同じ意見の人を法制局長官に任命する、これはやめるべきだと思います。それだけ申し上げておきます。
○水野賢一君 大変重い発言だったというふうに思いますけれども。
 私からは、質疑時間ちょっと残っておりますけれども、このぐらいにいたしまして、私の質問を終わらさせていただきたいと思います。
 ありがとうございました。
○山本太郎君 生活の党と山本太郎となかまたち共同代表の山本太郎と申します。
 今日は、参考人の先生方のお話、非常に勉強になりました。
 まずは、仮定の話に対しまして一般論としてさらりとお答えいただけると助かります。
 例えば、ある国が民間人に対する無差別攻撃を行ったと、それによってたくさんの人々の命が奪われました。そのようなケースは国際法違反、戦争犯罪というふうに先生方は考えられますか。順番に、宮家参考人からお聞かせ願えますか、お願いします。
○参考人(宮家邦彦君) 余りにも漠然とした御質問ですので、お答えしかねます。
○参考人(大森政輔君) 申し上げるべきことは同じです。
○参考人(神保謙君) やや冷たい答えが続いておりますけれども、一般的に申し上げまして、武力の行使というものが国際法で認定されているのは、国連憲章第五十一条の個別的及び集団的自衛権と国連憲章七章の下における集団安全保障ということになりまして、今、山本委員がおっしゃられた事例は、明らかにその二つの事例を外れる案件ということで、明確な国際法違反でございます。
○参考人(伊藤真君) お答えします。
 国家の意思として他国民に対してそのようなことがなされたら、国際法違反と考えます。
○山本太郎君 ありがとうございます。ちょっと漠然とした質問に対していろいろなお答え、ありがとうございます。
 それでは、もう少し、リクエストにお応えして、具体的なことを聞いていきたいと思います。
 例えば、米軍による広島、長崎への原爆投下、そして東京大空襲を始めとする米軍による日本全国への空襲、これによりもう本当に何十万人という方々の命が奪われました。そのほとんどが民間人です。これは国際法違反であり、戦争犯罪ではないかと私は考えます。宮家先生、いかがでしょうか。順番に。
○参考人(宮家邦彦君) 平和安全法案とこの今の御質問の関係がよく分かりません。したがいまして、お答えは差し控えます。
○山本太郎君 済みません、順番にお聞きしてよろしいでしょうか。ありがとうございます。
○参考人(大森政輔君) 一般論としては、私はその問題についてある考えを持っておりますけれども、それは在職中に答えた内容との関係で整理をすべきかどうかということで迷っておりますから、この席では申し上げることを控えたいと思います。
○参考人(神保謙君) 第一次、第二次世界大戦中における民間人の動員とともに、民間人を含む都市に対する爆撃というものが徐々に戦略の一環として位置付けられることになりました。当然、一九二九年の不戦条約等を始めとする戦争禁止、放棄規定というものが国際法上広まって、それに伴って、民間人と軍人を明確に区別しながら民間人の保護を進めていくという規範が国際法の中で育ってきたのも事実ですけれども、残念ながら、特に第二次大戦、民間人に対する無差別空爆、これは日本もやったわけですね、中国に対する重慶爆撃もやりましたし、連合軍はドイツに対してドレスデンに対する爆撃もいたしました。残念ながら、日本の東京大空襲、広島もそのような事例でございます。
 当然、国際規範の中では看過できない事例であったというふうに思いますけれども、第二次世界大戦という極限の状況の中でそれぞれの軍が取った戦略ということになろうかと思って、学説上、一九四〇年代における国際法違反かどうかということについては、まだ十分な答えが出ていないというふうに理解しております。
○参考人(伊藤真君) 私は、その当時の国際法の環境から、これは一つの国際法の規範として認められるものになっていたと考えますので、共にこれは国際法違反と判断しています。
○山本太郎君 ありがとうございます。
 伊藤参考人がおっしゃったとおり、当時はハーグ陸戦条約というものがございました。それにも民間人への無差別攻撃というものは明らかに違反であるということがはっきりしていたと思います。
 続きまして、イラク戦争、アフガン戦争、数々の、テロとの戦いという名の下いろんな戦いが行われていますけれども、米軍による多数の民間人殺害というものがいろいろ浮かび上がってきております。これらは国際人道法違反、戦争犯罪と考えられますか、いかがでしょうか。順番にお聞かせ願えたら助かります。
○参考人(宮家邦彦君) 引き続き質問の趣旨がよく分かりませんのでお答えは差し控えたいところですが、それでは余りにも失礼ですから、イラク戦争とアフガン戦争、私の関係した限りにおいて申し上げます。
 そのような判断をする状況かどうかの前に、私の理解では、イラク戦争、それからアフガン戦争とも国連決議に基づいた武力行使であったと理解をしています。したがいまして、その武力行使自体に法的根拠はあると考えていますが、その中でもしそのような事態があったとしたら、個々のものを私は一つ一つ見ていく必要があると思いますが、私の知る限り、米軍によるそのようなことがあったかどうかは別として、それ以外の多くの勢力によるおびただしい数の民間人が殺されている。イラクでもアフガニスタンでも同じです。そのことと同時に考えない限り、この問題についてコメントすることはできないと思います。
○参考人(大森政輔君) 私は、残念ながら、実態がどうだったのかというその確たる事実を十分把握しておる自信がございません。
 特にイラクが大量殺りく兵器を持っていたがゆえにあんなに、アメリカはそういうようなことを言っているようですけれども、実は、後で本当に調査したらなかったんだというような報道もございますね。その辺りのことを、実際どうだったのかということを、確たる事実をまだ知り得るところには至っていないんだろうと思いますから、確定的なお答えはいたしかねる次第でございます。
○参考人(神保謙君) アフガニスタン戦争とイラク戦争に関しては、若干違う根拠の中で考えていかなければいけないと思っております。
 アフガニスタン戦争に関しては、九・一一の後で十月にアメリカが軍事介入するということですけれども、当時、根拠となったのは、国連安全保障理事会の決議の一三六八という決議でございまして、これはアメリカの自衛権というものを拡大してアフガニスタンへの攻撃に当てはめるということを安保理が認定するという形式を取ったという点においては、国際法的な根拠という点ではかなり明確な形で軍事行動に踏み切ったものだと私自身は理解しております。
 問題はイラクでございまして、これに関しては、当然、一九九一年当時の安保理決議六七八、六八七という二つのものは明確な武力行使の規定であったわけですけれども、これを継続して、イラクは当然その後のいわゆる武装解除に関する明確な透明性を確保していくということに失敗をしてきたという評価の下で、たしか私の記憶では一四七一とかその辺りの決議だったと思いますけれども、それに基づきイラクの完全なその説明責任を果たすということを求め、それが十分でないということを根拠にアメリカは武力行使に踏み切ったという、こういう説明だったと思いますが、それが以前の、例えば九一年の湾岸戦争や二〇〇一年のアフガニスタン戦争のような明確的な国際法根拠があるかというのは、国際法学者の中では極めて疑わしいということが言われているということだけは申し上げておきます。
○参考人(伊藤真君) お答えします。
 国際人道法違反かという御質問に対しては、そうだと考えています。
 また、今、神保参考人お話しのように、イラクにおきましては国際法上の正当性の根拠自体が疑わしい、私は、あれは違法な戦争であったと考えております。また、劣化ウラン弾の使用など、様々な問題点が山のようにある戦争だったと考えています。その点からも、人道法違反を含めまして大いに問題があった戦争であったと考えています。
○山本太郎君 ありがとうございます。答えづらいことに答えていただきました。
 当時、イラク戦争があった頃には宮家参考人は現場にいらしたんですよね。バグダッドでCPA……(発言する者あり)ですよね。というお話をお伺いしたんですけれども、この戦争というものは、先ほどおっしゃったのは、要は、国連というところから、ちょっと言い方は違うかもしれないですけれども、許可的なものをいただき、正当性のあるものだったと。
 ごめんなさい、僕、やっぱり当時現場にいらした方の方がよく御存じだと思うんですけれども、結局、この戦争に関しては、当時現場にいらした宮家さんからしても、それを今、過去を振り返ってみても、一応正当性は担保されているという御認識なんでしょうか。
○参考人(宮家邦彦君) 先ほどは時間がありませんでしたから長々とお話ししませんでしたけれども、基本的には、神保参考人がおっしゃったことの最後のところに、日本政府はそれにもかかわらず、ちゃんとした国連の安保理決議違反という形で整理をして支持したと私は理解しています。
○山本太郎君 ありがとうございます。
 そうなんですよね。強制査察は受け入れたんですよね、国連決議一四四一。大統領宮殿まで全ての査察を受け入れた。UNMOVIC、御存じのとおり、国連の大量破壊兵器を査察するという機関、それが五百か所七百回も行われて、アメリカとイギリスに対して説明もしたと。もうどこにあるんだよ、もう見付からないよという話になったと。じゃ、教えてくれ、どこにあるのかと。百か所追加で教えてもらった三十か所目を捜索中にもう戦争始まってしまったという、かなり正当性薄いといいますか、その後にもやはり事務総長であった方も国連憲章違反であるということをはっきり言われていて、ブッシュ大統領まで、過去の戦争に対して、これ、開戦の責任があるというけじめの、けじめといいますか、過去を総括するようなお話しされているんですけれども。
 これ、非常に関係があると思うんです。何か。戦争を始めますという国がこの法律によってつながる、後方支援しますという話になった場合に、間違った戦争にも引きずり込まれかねないということなんですよね。引きずり込まれてしまう可能性があるという部分だと思うんですよね。
 過去の戦争に対して、日本が片棒を担いだ戦争に対して、やはりどのような事態があったのかというような検証というものが行われていなければいけないと思うんです。その過去の検証、イラク戦争の検証に関しては外務省既に出しているんですけれども、公表されているのがたったの数ページなんですね。これ、やはり第三者の目でしっかりと検証される、イラク戦争が検証されるということが非常に重要かと思うんですけれども。
 次は伊藤参考人の方から順番に、第三者の独立したイギリスやオランダのような検証、第三者委員会というものの存在というものはやはり必要であると思うんですけれども、いかがお考えでしょうか。
○参考人(伊藤真君) 当時、アナン事務総長も国際法違反だと言い、フランス、ドイツもこれは参加しないと。当時、百四十数か国だったと思いますけれども、参加しない、これは国際法違反だから反対をすると言っていたあの戦争であります。きちっとその原因を究明するということは近代文明国家ならば当然しなければいけないことだろうと。第三者の立場からの検証をしっかりと行う、必要なことだと考えています。
○参考人(神保謙君) 私自身は大変重要な御指摘だと思っておりまして、これは、政府内にとどまらず、やはり議員の方々、学術界を含めて、総合的にこれまでの過去二十年の戦争及びその日本の支持表明の評価というものをしっかりしていくということに関しては賛成でございます。
 だから、だからこそということでありますけれども、平和安全保障、支援法案ですよね、まさに多国籍軍型のミッションに後方支援をするかどうかという判断に例外なき国会の事前承認を規定したというのは、まさにそういうことだというふうに思います。まさに、それが正しい戦争であるかどうかというのは、国会議員一人一人の判断の根拠に関わってくる部分でございまして、だからこそ国会承認をしなければいけないと私は思っているわけでございます。
○参考人(大森政輔君) いや、私は、立場上、その辺りの情報を十分把握していませんので、曖昧なる答えをするよりも、そのようにお答えしておいた方が無難だろうと思います。
○参考人(宮家邦彦君) 違法な戦争に加担をした、片棒を担いだでしたっけ、そのような御発言はいかがなものかと思います。日本は戦闘に参加したわけではありません。日本は戦争が終わった後、戦闘状態が終わった後に、人道的な支援ということで自衛隊員は向こうに向かったのであります。片棒を担いだなんというような言い方はお慎みください。
○山本太郎君 言葉遣いに失礼があったなら本当にお許し願いたいと思います。
 それにしても、自衛隊が運んだ荷物の中身はチェックすることができなかったんですね。それは当時、石破長官もおっしゃっていたことです、それが連携している者としてのエチケットだと、そんなことをやったら連携が崩れてしまう。中身の分からない荷物もこの先運ばなきゃいけないという状況になったときのために、是非この問題というのは非常に重要であると。中身が分からないものを運んだのに、どういう貢献をしたかということがはっきりと分からないわけですものね。
 今日は本当にたくさんの貴重な御意見、ありがとうございました。失礼いたしました。
○荒井広幸君 新党改革の荒井です。
 どうも先生方、ありがとうございます。大変改めて勉強になったり、頭が整理されたり、そういう考え方でございます。
 今日は、和田政宗さんあるいは山田太郎さんから、修正案で、国会の事前承認あるいは継続する場合の再承認、そして終わった場合の検証やら報告の充実ですね、政府が評価も入れて報告書を出すと、こういうことを私たちは入れているわけです。それぞれの三党で立場が違うんですが、ここだけは一致しているということなんです。
 そこで、これも一般論として、ちょっと今まで議論にないことなので、こんな質問でどのようにお考えになるか、四先生にお願いしたいんです。
 今、政府案では存立危機事態と重要影響事態、これは、急を要する場合は国会の事前承認ではなくて自衛隊を派遣した後に事後承認を国会にすると、こういうふうになっております。例えば、事後承認をした場合です。国会が、衆議院、参議院それぞれが、この自衛隊の派遣は例えば存立事態の認定に甘さがあった、武力攻撃をしてしまった、これは正当性がなかったと。あるいは、重要影響事態で、後方支援でございますが、ここは武力は使いませんけれども、派遣をして、それによって例えば戦火がどんどんどんどん広がっていって、日本に影響がある事態ですから重要影響事態なんですが、日本に極めて切迫の事態をもたらしたんではないかということになって、衆議院、参議院が事後承認で認めずと言った場合です、内閣総辞職するべき案件でしょうか、どうでしょうか。
 少し考えていただいてからお答えをいただきたいと思いますので、もう一度申しますと、重要影響事態と存立危機事態というのは当然あるんですが、この二つだけが緊急の場合には国会の事後承認を求める規定になっているんです。緊急だから政府はとても国会に諮れなかったと、こういう理由なんでしょうが、政府が認定をしていきます。
 ところが、国会にかけたときに、重要影響事態でお答えいただくか存立危機事態でいただくか、両方でいただいても結構なんですが、ノーと。これは自衛隊を出すそのような認定、つまり日本との関係を含めてそうした事態ではなかった、政府の事態認定に誤りありと例えば衆議院が下したとき、参議院が下したとき、両方が下すということもあります。
 国民の皆さんも御理解をいただいていないのは、衆議院で三分の二を与党が持っていれば、法律なら参議院で否決しても衆議院で再議決できますが、国会承認はどちらも、どちらかが駄目であればもう終わりなんですね。ということになりますが、その場合、内閣総辞職に値するほどの認定間違い、国会と違うわけですから、そして、当然その場合は撤退しなければなりません、自衛隊は、撤退のリスクをしょいます。
 こういったことも含めまして、恐れ入りますが、ざくっとお答えできるのでございましたら御順番にお願いしたいと思います。
○参考人(宮家邦彦君) また難しい御質問ではございますが、法的に言えば、不信任決議が通っているわけではありませんから、その時点では総辞職というようなことにはならないと思いますが、政治的にはもちろんそれは意味が大きいと思います。それが第一点。
 第二点としては、しかし、私が、私はそんなことはあり得ませんけれども、私がもし総理であれば、そのような事態を招くということはそもそも想定していないわけでありまして、最初の段階から、当然のことながら事後にせざるを得ないにしても、事後の状況でちゃんと承認がいただけるような形の説明を初めからするし、根回しもするし、そして、時間的にもう出さなければいけないけれども、ほぼ同時並行的に物事は動いていくと私は考えますので、そのような状況で両方とも否決されるような、失礼ながらぶざまなまねを私はしたくありませんし、どの総理であってもそのようなことはされないだろうと思います。
○参考人(大森政輔君) 法律制度として、そういうある一定の場合には事前承認じゃなくて例外的に事後承認でいいということになっている、それは制度としてなっていると。ということになりますと、まかり間違って出動後に国会の方では緊急性なしということで事後承認が得られなかったという場合でございますね、そのときは、緊急性がないということになった場合に、結局、事後承認でまず出動させようというその判断が余りにもひどいときには何らかの政治的責任は生ずるかもしれませんけれども、緊急事情により事後承認、先に出動したと、でも、後でそれが承認得られなかったというだけでは総辞職等の責任、まあ責任といいますか、それに値することにはならないと思います、私は。
○参考人(神保謙君) 重要影響事態及び存立危機事態のいわゆる緊急の必要がある場合の事後承認が事後承認において否決されたという状況は、誠にこれは政治判断としての的確性が否定されたということになりますから、当然その政治判断に対する何らかの責任を負うということですけれども、その責任の負い方というのはやはり事態がもたらした我が国の国益に対する損害度に応じて決まるものであると思っています。
 それが重大であればそれは内閣総辞職になるかもしれませんけれども、そうではなく、事態が引き続き続いていて、例えば同盟国に対する後方支援はしないけれども、我が国の防衛事態、つまり自衛隊法の第七十六条の適用に係る問題については引き続き大事だということであれば、そのような内閣は引き続き業務を継続し、その事態の修正という形でその事態に当たるということが適当ではないかと思います。
○参考人(伊藤真君) お答えします。
 法的な一般論として行為規範と評価規範という区別で考えた場合、その内閣が判断をするという行為をしたときの状況に基づいてはそれは適法であったと、しかし、後ほど事情が変化をしたために、国会の事後承認の判断の段階で、それは承認できない事態に変化をしていた、そういうことはあろうかと思います。その場合に、内閣のその事前の判断というものに対して法的な要請というものを問えるかどうか、これは疑問、疑義があるようには考えます。
 ただ、政治的な責任という観点では、やはり日本の自衛隊を、これを出す、防衛出動をするなりするわけですから、そこで自衛官一人一人の命に関わること、また全ての国民に関わる重大な問題であります。その事前の段階のところで、事前承認なしに内閣が一定の決断をする、それはまさに、これが事後承認得られなかったときには総辞職するぐらいの覚悟でまさにしていただかなければ困るような問題であろうかと考えます。
○荒井広幸君 貴重な御意見、四先生方、ありがとうございます。
 私は、こういった観点を考えると、大森先生が先ほどもお話しされて、書物にも書いてありますけれども、文言と政府の意思が、発議者の意思が、ちょっと差があるんじゃないかと。それからもう一つは、明白な危険という危険も、実は不確定が非常に多い、恣意性が入るんじゃないかと。そして、宮家先生がおっしゃるように、国民が選挙で選んで、これは伊藤先生もおっしゃいましたが、選挙を通じて政権がつくられていますから、これは我々も信用したいし、また力にしていきたい。お互いが誤ってはならないわけです、いずれにしても。
 その場合に、どうなんでしょうか、私は戦争を知らないものですから、臆病なぐらい慎重にやはり文民統制というものを入れていった方が万が一のリスク、これは直接日本が重要影響事態で攻撃されている事態とはちょっと違いますから、例えば、米軍には多少の犠牲は強いるかもしれませんが、私は、ここは一拍置いて、国民もきちんと監視をしながら、その必要性、十分に認識し、自衛隊を拍手をもって頼むぞと送り出すことの方が、これだけ世論が割れているときには重要だというふうに思っているわけです。
 ですから、もっとフリーハンドがあって、重要なやるべきことをやりなさいと。私は原発の福島ですので、もっと想定外を想定するべきだというふうに思っております。しかし、憲法のやれる範囲でここまでだというので、我慢するべきところで、ここはここまでと。あとは憲法改正、今度は解釈ではなくて憲法改正なんだろうと思うんです。
 ですから、そこを、ずっと歴代の憲法という現実と、理想を持った憲法という現実と、そして刻一刻、厳しさ、武器の性質も殺傷力も変わってきている中でどのようにしたらいいかというのが解釈だったと思うんです。この解釈を超えているかどうかといったときに、限定的ということで、私は物足りないのがあるんです。
 実は私は、本当はうんと慎重派だったんですが、原発で想定外を置いたら大変なことになると思っているものですから、しかし憲法の理想も守らなくちゃいけないということで、限定的な意味での、日本が攻撃されたと同じぐらいのダメージがある、表裏一体の場合はやむを得ないというのはぎりぎり許されるのかなと、このように思っているので、大森先生にはお叱りをいただくところだと思いますが、そういう私は考えなんです。
 だからこそ、限定的という、ある種、何と言ったらいいんですかね、どっちから取っても中途半端なところになっているんだと思います。それは、憲法を尊重しているからここに私は落ち着いているんだろうというふうに評価しているわけです。
 そのときに、残念ながら、政府の恣意的判断が、過去の戦争の事例をもっても、緊急事態で始まり、緊急事態で拡大し、歯止めが、止まらないんです。ですから、私は、多少の犠牲、リスクを払っても、国会も一日か三日でそういう事態なら結論出せるでしょう、イエスかノーかは。国会側もぴしっと三権分立で政府を、そして防衛省、外務省、これをきちんとコントロールしていく、国民の目を入れていくということが必要だと考えているわけです。
 マスコミ含めて、ほとんどもう、いつ採決だとか、どうするんだみたいなことで我々のを抹殺しようとしております。これはもうそれぞれの立場に立ち過ぎた、私は包容力のない日本全体のムードだと思うんです。賛成派も反対派も、いかにして国会は役割を果たすかという議論は独立してできるはずです。こういったことを私ども三党は追求させていただきたいというふうに考えている次第でございます。
 普通は私で大体終わるんですけれども、今日はトリに福島みずほ先生が控えていらっしゃいます。大変お疲れのところ、真剣な御答弁をいただいたことに感謝を申し上げまして、今後この修正協議が、自公にも本当に真剣にやっていただいております。修正する、どこができるかできないか、そういった問題もやってまいりたいと思いますが、軍事のオペレーションを語っているんではないんです、文民統制を語っているんです、我々は。ですから、軍事オペレーションでは非常に難しいところはあるかもしれません。しかし、我々は武器等は使用は認めているんですよ、例えばPKOであれば。
 そういうものも含めて、どうぞ、私は一〇〇を求めず六〇。もちろん、自民党さんにしてみれば二〇〇を一〇〇にしたんだとおっしゃるかもしれません、総理にとっても。しかし、ここまで議論が分かれているときは、六〇を私は目指して、そして国民の幅広いコンセンサスを得ることが最もの日本の抑止力であるということを申し上げて、終わりたいと思います。
 ありがとうございました。
○福島みずほ君 社民党の福島みずほです。
 今日は四人の参考人の皆さん、本当にありがとうございます。厚生労働委員会で労働者派遣法の採決が突然あったので、ちょっと順番を変えていただいた、そのこともありがとうございます。
 まず、大森参考人にお聞きをいたします。
 先ほど、内閣法制局の任務の懈怠だとおっしゃったんですが、内閣法制局の役割、そして今その役割を果たしているのかという点について、一言お願いいたします。
○参考人(大森政輔君) 内閣法制局の役割、最も硬い言葉で申し上げますと、法制局設置法で、法案審議のほかに、内閣、内閣総理大臣、その他の大臣に対して法律に関する意見を述べることと。法律上の根拠としてはそれだけなんですが、役割を、任務懈怠だと、そういう言葉を使う、常に使おうとは思いませんが、あの点は、それはもう異論があったら本当はおかしいんですねというほど、九九・九九%は異論が生じないと。というはずであるにもかかわらず、そして、そういう事柄だから相手に、相手と言ったらば失礼でございますが、総理に、総理が最初は受け入れなくとも、それはもうそういうことだから駄目ですよということを、一回で駄目ならば二回、三回で駄目ならば五回と官邸に出かけて話せば、分かってもらわなければならない事柄なんですね。ところが、それをやった気配はありませんので、だから私は任務の懈怠であるという言葉を言ったわけでございます。
 だから、法制局はやることはいろいろあるわけですから、常に事後的に何かが、瑕疵が出たら、それは任務懈怠だぞと公の席で言うつもりはございませんけれども、あれだけは駄目ですということを申し上げます。
○福島みずほ君 非戦闘地域の要件がどのような理解で作られたのか、大森参考人、教えてください。
○参考人(大森政輔君) 非戦闘地域、戦闘、その他の地域、これは小泉内閣でアフガン問題ですか、それでその後の誰でしたかね、でイラク問題と。そのときはもう私は退官しておりまして、だからどういう理由で、原案はどうだったのにどう変わったかということを存じませんので、六法全書で書いてあるとおりになったんだと、それがどういう理由でなったのかということを具体的には了知しておりません。
 ただ、一般的に考えられることは、そういう一線で画すと、これは観念的には可能でしょうけれども、それには非常にいろいろ問題が生ずると。したがって、問題の地域とそれ以外の地域の間に緩衝地帯を設けて、例えば戦闘現場が時々刻々変わる場合には、それに対応して後方支援をしている者が適切に対応できるような枠組みをつくるべきなので、一線で画すような考え方というのは、今度のような閣議決定がそういう考え方なので、それはよろしくないということだけは言えようかと思います。
○福島みずほ君 イラク特措法は非戦闘地域ですが、今の法案は戦場の隣で弾薬などの提供もできると。非戦闘地域と戦場の隣で提供することは違うことだと思いますが、大森参考人、それについていかがでしょうか。
○参考人(大森政輔君) 昨年の閣議決定の中でそういう方針が打ち出されて、今回はそれに基づいて法律が改正されようとしているわけですね。だから、それについてどこまで意見を言うべきなのかというのは難しいところなんですけれども、そういう方に変えようという理由が何だったのかと。その理由は、閣議決定の記載からすれば、なかなか、なるほどそうだ、その方が、それでいいねという評価はしにくいものであるということだけは申し上げられます。
○福島みずほ君 周辺事態法では、「物品の提供には、武器(弾薬を含む。)の提供を含まないものとする。」としております。これは、中谷防衛大臣はニーズがなかったからだと答えておりますが、やはり憲法上の要請や当時の議論があったと思います。
 周辺事態法でなぜ弾薬は提供しないというふうにされたんでしょうか。大森参考人、お願いします。
○参考人(大森政輔君) 今の問題は広田議員の質問に対して答えたところではあるんですけれども、いろいろ微妙なことを処理するには、一応の建前と、それから、しかし実際の真意、事実は、これは別なことは多々あるわけですね。一応ニーズがないからだということで取り下げられ、取り下げられたんじゃなくて、別表の備考欄に規定されたと。それは客観的にも表面化しているわけですね。しかし、内情の実はこうだったんだというところは、私自身も審査を担当したわけじゃございませんので自分の体験じゃございませんが、その審査担当参事官からそういうことを報告を受けたということだけは申し上げておきたいと思います。
○福島みずほ君 済みません、大森参考人、そういうことを報告を受けたというのはどういうことでしょうか。
○参考人(大森政輔君) 報告を受けたとともに、あの周辺事態法は、案は私が在職中に、国会の審議、成立は私の退職後の、そういうふうに分かれていたんですけどね、ちょうど境目だった。しかし、どういうことだったといいますと、だから成立した、成立したというよりも、国会に提出した法案の中身はそういうふうに書かれていましたと。それに、閣議請議については私が判を押したと。しかし、国会審議並びに成立の過程は私はいなかったという、そういうことでございます。
○福島みずほ君 大森参考人、周辺事態法は、「戦闘作戦行動のために発進準備中の航空機に対する給油及び整備を含まない」としておりますね。それは、なぜこのようにしたんでしょうか。
○参考人(大森政輔君) なぜそうしたかと言われますと、そう書くことがどういう意味を持ったかということから逆に推論ができるわけですね。それが虚偽であったということ、事実がございませんので、多分そういうことで別表の備考欄に書き込まれたんだろうと思います。書き込まれたものについて私が決裁をしたことは間違いございません。
○福島みずほ君 この別表で、この例外、これはできませんよと書いてあるのは、やはり憲法上の理由、あるいは慎重であるべきだという判断が当時、内閣法制局にあったんでしょうか。
○参考人(大森政輔君) そういう法案、あれはたしか二部だったか、あるいは内閣官房で準備室を置かれたんだったか、ちょっと忘れましたけれども、そういう法案審査の過程で結局そういう処理をしたと。それぞれの人が、いろいろ心境は違ったのかもしれませんけれども、そうしたいからということで、そうするのはおかしいよということはございませんので、だから、そのように書き込まれた法案に決裁をして、意見書を付けて内閣に送った、送られたということは間違いございません。
○福島みずほ君 大森参考人、今回は弾薬も提供できる、それから発進準備中の戦闘機にもまさに給油ができる、整備ができるというふうになっておりますが、これについての見解を教えてください。
○参考人(大森政輔君) 今回の法案は、私は一切関係しておりません。したがって、現に出されている法案の中身はそういうことだということになっています。ということは、武器だけ備考に書かれて、それ以外のものは、例えば周辺事態法だと、現行法の中にはそう書かれているのが落とされた、落とすための改正案になっているということは間違いございませんので、それに審査をし、そして決裁をした人がどういう趣旨で決裁をしたのか、それは私の立場では申し上げない方がいいと思います。
○福島みずほ君 伊藤真参考人にお聞きをいたします。
 今日、立憲主義の話をしていただきまして、本当にありがとうございます。
 今回のある種憲法違反の法案、戦争法案と私は呼んでおりますが、この法案は、まさに立憲主義を壊すものであると、あるいは憲法と国民に対するクーデターではないか、もう一点、統幕長がアメリカで夏までに成立させる、こういう点こういう点などと言っているのもまさに憲法と国民に対するクーデターではないか、それほど危機的なことだと思いますが、いかがでしょうか。
○参考人(伊藤真君) お答えします。
 意見陳述で申し上げたとおり、全ての国家権力の行使は憲法のコントロールの下になければなりません。その憲法は、主権者国民が、政治家の皆さんたちを含め公務員の皆さんたちにこのような国づくりをしてほしい、こういう枠の中で仕事をしてほしいといって依頼し、ある意味では命令をしたものであります。もし国民がこの国の安全保障、外交問題について別の考え方を持つように至ったならば、国民を含めて十分な議論をして、そして、まずはその国の枠組みであるところの憲法というものを改正し、そしてその下で具体的な法律を作り現場の運用が決められていく、言わば上からきちっと決めていく、それが本来だろうと思います。
 ですが、現在行われているのは、委員御指摘のように、現場で、まだ法律もできていないのに現場で話が進んでいく。まずは、それぞれ、昨年の七月一日の解釈の変更から始まりまして、またガイドラインの策定、そして今それに基づいた法案作り、で、この法律の先に場合によっては憲法の改定などが予定されているのかもしれませんが、下から言わばこの国の形を十分な議論もなしに変えてしまう、それは私は法の下克上のようなものではないかと思います。
 本来の立憲主義というものを根本から覆す、それはクーデターという言葉を使うことも十分あり得る、そう評価されても仕方がないようなことが今この国で現実に進んでしまっている。そのことに対しては大変残念に思いますし、でも、だからこそ、主権者国民が今まさに声を上げて、立憲主義、憲法、どんなすばらしい憲法でもその国の憲法のレベルは国民のレベル以上にはなり得ないということがございますが、国民が主権者としての自覚を持ってこのクーデターを阻止する、法の下克上を阻止する、これが今必要な時期ではないかと、そう考えております。
○福島みずほ君 どうもありがとうございました。
○委員長(鴻池祥肇君) 参考人に対する質疑は終了いたします。
 この際、参考人の方々に一言御礼を申し上げます。
 長時間にわたりまして貴重な御意見をいただきまして、誠にありがとうございました。委員会を代表いたしまして厚く御礼を申し上げます。(拍手)
 速記を止めてください。
   〔速記中止〕
○委員長(鴻池祥肇君) 速記を起こしてください。
    ─────────────
○委員長(鴻池祥肇君) 国際連合平和維持活動等に対する協力に関する法律の一部を改正する法律案及び周辺事態に際して我が国の平和及び安全を確保するための措置に関する法律及び周辺事態に際して実施する船舶検査活動に関する法律の一部を改正する法律案の両案を一括して議題といたします。
 発議者小野次郎君から趣旨説明を聴取いたします。小野次郎君。
○委員以外の議員(小野次郎君) 私は、維新の党を代表して、ただいま議題となりましたPKO協力法の一部を改正する法律案及び周辺事態法及び船舶検査活動法の一部を改正する法律案について、その提案の趣旨及び内容の概要を御説明いたします。
 まず、PKO協力法の一部を改正する法律案について御説明いたします。
 この法律案では、人命救助と憲法上の要請との調和の観点から、いわゆる駆け付け警護をPKO司令部からの要請に基づく限定的な要件でのみ認めます。他方で、国連が統括しない活動は、現行法同様、人道支援、選挙監視の枠内の協力にとどめます。その概要は、以下のとおりです。
 第一に、国際平和協力業務について、統治組織の設立支援に係る業務の拡充等を行うこととしております。なお、駆け付け警護においては、自己保存型の武器使用に極めて近い条件下で人命救出に限定した武器使用を認めますが、政府案にあるいわゆる安全確保業務は認めておりません。
 第二に、いわゆるPKF本体業務及び駆け付け警護の実施に係る国会の承認につき、実施計画を添えて求めるものとし、例外なく事前に承認を得なければならないものとしております。
 第三に、国際平和協力隊の隊員の安全確保等に関する規定を追加しております。
 第四に、その他、自衛官の国連への派遣、大規模災害に対処する米軍等への物品、役務の提供など、所要の規定の整備を行うこととしております。
 なお、大量破壊兵器など、我が国として輸送することが適当でないものは、輸送できないこととしています。
 次に、周辺事態法及び船舶検査活動法の一部を改正する法律案について御説明いたします。
 この法律案においては、日米安保条約の実効性を確保するという、現行法制の基本的考え方を維持します。すなわち、従来どおり、周辺事態における後方支援活動をその内容とし、地球の裏側までを対象範囲とするものではないことを明確にしています。また、武力行使と一体化しないような歯止めを設けます。さらに、支援対象はアメリカ合衆国軍隊のみとします。その上で、以下の点を改正するものといたします。
 第一に、国会承認の対象を対応措置の実施から基本計画に改めるとともに、国会の承認を得た日から六月を超えて引き続き対応措置を行う場合には、基本計画について、そのときまでに実施した対応措置の内容を記載した報告書を添えて国会に付議し、その承認を求めなければならないとしております。
 第二に、対応措置の職務に従事する者の安全確保等に関する規定を追加しております。
 第三に、後方地域支援の実施に当たっては、大量破壊兵器など、我が国として輸送することが適当でないものとして政令で定めるものは輸送の対象から除外することとしております。
 以上がこれら二法案の提案の趣旨及び内容の概要でございます。
 何とぞ、慎重御審議の上、速やかに御賛同あらんことをお願いいたします。
○委員長(鴻池祥肇君) 以上で両案の趣旨説明の聴取は終わりました。
 両案に対する質疑は後日に譲ることといたします。
 暫時休憩をいたします。
   午後五時二十三分休憩
     ─────・─────
   午後五時四十三分開会
○委員長(鴻池祥肇君) ただいまから我が国及び国際社会の平和安全法制に関する特別委員会を再開いたします。
 公聴会の開会承認要求に関する件についてお諮りいたします。(発言する者あり)
 我が国及び国際社会の平和及び安全の確保に資するための自衛隊法等の一部を改正する法律案外八案の審査のため……(発言する者あり)来る九月十五日午後一時に公聴会を開会することとし、公述人の数及び選定等は、これを委員長に御一任願いたいと存じますが、これに賛成の方の起立を願います。
   〔賛成者起立〕
○委員長(鴻池祥肇君) 多数と認めます。よって、さよう決定いたしました。
 本日はこれにて散会いたします。
   午後五時四十四分散会