第190回国会 法務委員会 第4号
平成二十八年三月二十二日(火曜日)
   午後一時開会
    ─────────────
   委員の異動
 三月十六日
    辞任         補欠選任
     江田 五月君     石橋 通宏君
 三月十七日
    辞任         補欠選任
     石橋 通宏君     江田 五月君
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  出席者は左のとおり。
    委員長         魚住裕一郎君
    理 事
                西田 昌司君
                三宅 伸吾君
                有田 芳生君
                矢倉 克夫君
    委 員
                猪口 邦子君
                田中  茂君
                鶴保 庸介君
                牧野たかお君
                丸山 和也君
                溝手 顕正君
                柳本 卓治君
                江田 五月君
                小川 敏夫君
                加藤 敏幸君
                仁比 聡平君
                真山 勇一君
                谷  亮子君
   事務局側
       常任委員会専門
       員        櫟原 利明君
   参考人
       大東文化大学大
       学院法務研究科
       教授       浅野 善治君
       外国法事務弁護
       士        スティーブン
                ・ギブンズ君
       龍谷大学法科大
       学院教授     金  尚均君
       社会福祉法人青
       丘社川崎市ふれ
       あい館職員    崔 江以子君
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  本日の会議に付した案件
○参考人の出席要求に関する件
○人種等を理由とする差別の撤廃のための施策の
 推進に関する法律案(第百八十九回国会小川敏
 夫君外六名発議)(継続案件)
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○委員長(魚住裕一郎君) ただいまから法務委員会を開会いたします。
 参考人の出席要求に関する件についてお諮りいたします。
 人種等を理由とする差別の撤廃のための施策の推進に関する法律案の審査のため、本日の委員会に大東文化大学大学院法務研究科教授浅野善治君、外国法事務弁護士スティーブン・ギブンズ君、龍谷大学法科大学院教授金尚均君及び社会福祉法人青丘社川崎市ふれあい館職員崔江以子さんを参考人として出席を求め、その意見を聴取することに御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○委員長(魚住裕一郎君) 御異議ないと認め、さよう決定いたします。
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○委員長(魚住裕一郎君) 人種等を理由とする差別の撤廃のための施策の推進に関する法律案を議題とし、参考人から御意見を伺います。
 この際、参考人の方々に一言御挨拶申し上げます。
 本日は、御多用のところ本委員会に御出席いただきまして、誠にありがとうございます。
 参考人の皆様方から忌憚のない御意見を賜り、今後の審査の参考にいたしたいと存じますので、どうぞよろしくお願いいたします。
 議事の進め方について申し上げます。
 まず、浅野参考人、ギブンズ参考人、金参考人、崔参考人の順に、お一人十五分程度で御意見をお述べいただきまして、その後、各委員からの質疑にお答えをいただきたいと存じます。
 なお、意見の陳述、質疑及び答弁のいずれも着席のままで結構でございますが、御発言の際は、その都度、委員長の許可を得ることとなっております。また、各委員の質疑時間が限られておりますので、御答弁は簡潔にお願いをいたします。
 それでは、浅野参考人からお願いいたします。浅野参考人。
○参考人(浅野善治君) 大東文化大学の浅野でございます。
 本日は、このような機会をいただき、誠にありがとうございます。
 人種等を理由とする差別の撤廃のための施策の推進に関する法律案についてということでございますけれども、憲法的な観点からの問題点というものは、調査室からいただきました資料の中にもたくさん御指摘ございますし、また、これまでの委員会の御議論の中でもたくさん取り上げてきているところでございますので、こうした憲法的な視点ということだけではなく、むしろ立法学的な視点ということも加えて、少し考えているところを述べさせていただきたいというように思います。
 まず最初に、人種等を理由とする差別に対する私の基本的な考え方というものを明らかにしておきたいというふうに思います。
 人種等を理由とする不当な差別というものは、これは社会的にまず許されるべきではないというように思っておりまして、こうした不当な差別的行為には社会は厳然として対処していくべきだというふうに考えております。こういう考え方、こういう基本的な考え方につきましては、今回法律案を御提案なさっていらっしゃる発議者の方々ですとか、あるいは今回の法律案の基礎となっている理念というものと異なるところはないのではないかというように思っております。
 今回は、こうした差別の撤廃のための施策として法律の制定ということをお考えになるということですけれども、社会には多様な価値観ですとか多様な意見というものが存在いたします。そういう多様な価値観あるいは多様な意見の中で自由な議論を行い、社会が何が許されない人種等を理由とする不当な差別なのかということを判断し、社会がそういう議論の中で不当な差別の解消に向けた厳然としたその対処というものを決定していくということが望ましい姿ではないかというように考えております。
 そうした中で、国ですとか自治体とは一体どういう役割を果たすかということでございますが、社会がこうした差別の解消に向けた適切な判断ができるように環境を整えていくという、そういう形での関与というのが望ましいというふうに思っております。そういったことによって、環境を整えることによって社会のそういう積極的な取組というものが促進されていくと、こういう姿が望ましい、そんなふうに考えております。
 ただ、社会の中でこうした不当な差別というものが行われていく中で具体的に発生してくるところの権利の侵害ですとか、あるいは社会に対する危険というものが発生してくるとすれば、これを防止していくということも国とか自治体の重要な役割ではないかと、このように考えております。
 今回は法律を制定してということでございますが、法律を制定するということの意義について少し述べさせていただきたいというように思います。
 法律をなぜ制定するのか、あるいは、なぜ法律を制定しなければならないのかということでございますけれども、法律を制定しなければならない事項として、よく法律事項という言葉が使われています。この法律事項という言葉あるいは法律を制定しなければならないことということは、法の機能ということと大きく関係してきます。
 法律には法律にしかできない機能というものがあるわけでして、それはどういうことかというふうに申し上げますと、それは、法律の規定する内容というものをその適用対象の意思のいかんにかかわらず強制することができる機能、これが法の持っている機能ということになるかと思います。法の強要性という言い方がされますが、法律に制定された内容については、国民の自由を制限してでも権利が一方的、形成的に実現ができると、こういったことになるかと思います。また、それは逆に、法律によらなければ国民の自由は制限されないというようなことも意味しておりまして、権力はその内容を形成的、一方的に実現するためには法律によらなければならないということを意味することにもなります。
 ですから、そういった中で法律を制定するということですから、権力を適切にコントロールして国民の自由を守るという、そういう意味を法律というのは持っているというふうに思います。ですから、法律をもって規定する場合には、その法律で規定すべきこと、あるいは法律によって規制すべき場合というものについてはこのような観点から慎重な検討をなされなければならないと、このように実は思っております。
 今回の法律案でございますが、題名が人種等を理由とする差別の撤廃のための施策の推進に関する法律というようになっておりますが、これをもう少し言葉を補ってその内容を明確にさせようとするとすれば、人種等を理由とする差別の公権力による撤廃のための施策、公権力の施策ですね、の推進を定める法律ということでして、公権力の使い方、それを定めている法律ということになるかと思います。
 今回の法律案の基盤といたしましては、人種等を理由とする不当な差別行為は社会的に許されないと、許さない、許されないということですけれども、この認識自体は私の基本的な考え方と異なるところはございませんが、しかし、その社会的に許されないということを実現していくために、何が許されない不当な差別行為であるかということと、それから、その許されない不当な差別的行為に対してどのような防止措置をとるかということを判断していくということが必要になります。
 こういう判断を一体誰がどのように行っていくのかということが実は重要な問題ではないかというふうに考えております。こういう不当な差別行為は何かとか、あるいはどういうようなその防止措置をとっていくのかということを、公権力が裁量によって判断をする方がいいのか、あるいは社会の自由な議論の中で判断していく方がいいのかということになるかと思います。
 今回のヘイトスピーチ規制というような憲法上極めて重要な表現の自由というもの、基本的人権の中核を成すような、そういう価値というものを制限する場合には、公権力による裁量判断というものは適切ではなく、やはりその社会の自由な議論によって規制されていくものが判断されていくということが望まれるかと思います。もちろん、このような非常に重要な権利であったとしても、公権力はそこに対する何らの制約はできないというわけではないというふうに考えております。
 では、どういう場合かということになりますが、社会の自由な判断に任せておくとすれば、個人の権利が侵害される、あるいは社会に対して具体的な危険を生じさせてしまう、そういうような場合についてはそこに公権力が制約を加えるということが必要になるかと思います。
 言ってみれば、社会が自由に判断をする価値というものを制約してでも確保しなければならない個人の権利を保護するという価値や社会の危険を守るという、そういう価値がある場合には公権力はそれを規制をする、制約をする、そういう措置が求められるということになるかと思います。
 この両者の価値を比較考量をして、後者の価値が前者の価値を上回る場合には公権力によって適切な解決が図られなければならないということかと思いますが、その表現の自由というものは憲法上も極めて重要な基本的人権の中核的な価値ということになっておりますので、どういう場合にそういう重要な権利を制約して、公権力というものによってそこを規制していかなければならないのかということ、これは慎重なる検討が必要かなというように考えております。
 その慎重なる検討をしていくためには、具体的に一体どのような社会的な害悪がそこに発生しているのかということを具体的に検証して判断していくことが重要になるかと思います。具体的な検討を抜きにして、事前に一般的、抽象的にその規制というものを判断するとすれば、どういう場合に制約されるのかということが必ずしも明確にできずに、そういう制約を恐れて表現を控えるということになってしまい、表現の自由というものを萎縮させるということになってしまうということになるかと思います。
 公権力を行使して制約すべき場合やその内容につきましては、具体的な明確な要件によってその公権力が発動する場合というものが画定されていなければならないということになるかと思います。ですから、法律の要件の検討としてはそういう具体的な限界というものをいかに明らかにするかということになるわけですけれども、そうした規制を考える場合に、どうしてもその規制の中心というものが公権力の規制を必要とする過激な中核的な現象というものですね、そういうものをイメージしてそのことばかり考えがちになりますけれども、法律で規制をする場合ということでは、公権力の規制が必要かどうかという限界を画定させるということになりますので、必ずしも規制の必要性が高いとも言えないような場合についても、どこまでが公権力の行使の対象になるのかということを明確にして、どこまででということの限界について明確な線引きをするということが必要になるかというように思います。
 現行法においても、そういう明確な要件の下に、例えば名誉毀損罪ですとか侮辱罪ですとか、威力業務妨害罪あるいは脅迫罪、強要罪その他の様々な犯罪、そういった規制が定められておりますし、また、民事的な解決を図るという場合におきましても、具体的な侵害事実というものをきちんと事実認定をした上で損害賠償や人格権に基づく差止めというものを認めているということになっているのかというふうに思います。
 ですから、そういった意味で、今回の防止する法律を制定するというような場合に、事前に公権力を行使すべき場合を一般的に類型化をして公権力の発動の要件を決めていくというようなことをする場合においては、その具体的な権利侵害や社会の危険というものを十分に意識した慎重な検討というものが不可欠で、その対象が厳格に法律の中に規定されているということが必要になるかと思います。
 そういう観点から今回の法案というものを見させていただきますと、法案の第三条ということになりますが、規制することを求める、規制が必要となるような過激な不適切な行為というものがその範囲に入るということは当然これは読めるわけですけれども、じゃ、その対象としたい不適切な行為にとどまらず、それが必要以上にどの範囲まで広がってしまうのかということからいくと、どこまでが限界になるのかということが必ずしも明確になっていないのではないかというような懸念を感じるところでございます。
 不当なという表現が用いられていますが、一体その不当なということが誰がどのような基準で不当だと判断をするのか、また、その不当だという範囲というものが限定的に考えられているのかどうなのかというような点ですね。あるいは、三条の二項につきましても、このような行為が、不特定な者ということになりますけれども、こういうような行為により具体的にどのような害悪が発生するのか、また、その害悪が発生したことから何を守ろうとしているのか、そのために何を対象にして規制をしなければならないのかというようなことがきちんと限定できているんだろうかというような点からいくと、若干不明確な点が多いのではないかと、そういうようなことを考えております。こういったところが問題になろうかなというように実は考えております。
 今回の法律案は理念法だから厳格に定められなくてもいいじゃないかというようなお考えがあるいはあるかもしれませんが、法案の内容は公権力に対して積極的、主体的な、具体的な措置を講ずる義務、責務というものを課しておりますので、そういった意味からすると、どのような場合にどのような措置を行わせるのかということを公権力の判断に任せてしまうということだとすれば、先ほどから指摘させていただいておりますような問題がそのまま当てはまるのではないかというふうに思っております。
 特に、不当な差別を確実に防止するというようなことが基本原則で定められておりまして、その中で公権力に対して積極的、主体的な責務を課すということになっておりますので、公権力に何をさせるのか、あるいはその制限、公権力の発動の制限というものをどのようにお考えになっているのかということについては、法律案の審議の中で十分な御検討というものが必要になるのではないかというように思っております。
 このような観点から、最後に、人種等を理由とする不当な差別の解消にということの中で、公権力に何が求められているのかということをまとめさせていただきたいなというふうに思います。
 まずは、現行法でも対処可能な様々な措置、先ほども名誉毀損の罪ですとかあるいは侮辱罪というものもお話をさせていただきましたが、そういう様々な対処可能な措置がございます。こうした現行法の適切な運用がなされることがまずもって重要ではないかというふうに思っております。
 さらに、特に人権教育ですとか人権啓発ということにつきましては、社会の自由な判断の的確な防止措置の実現という、そういう環境の整備ということからして非常に大きな意義を持つものだと考えております。社会が自由に判断していくために必要な知識ですとか情報というものを的確に提供して差別撤廃に向けた社会の対応というものを促進していく、そういうような観点から、人権教育、人権啓発というものは極めて有効なものだというように実は考えております。
 現在、人権教育及び人権啓発の推進に関する法律というものも制定されておりますし、さらに、刑法の罪も含めまして具体的な様々な措置もありますので、こうした現行法では何が足りずにどのような不都合が生じているのかということをまず具体的に検証して、その足りないところが、何が必要なのか、公権力はそこで何を補っていかなければいけないのかというようなことを慎重に御検討されて法律案の必要性というものをお考えになるということが適切ではないかなというふうに思っております。
 例えば、人権教育及び人権啓発の推進に関する法律がございますので、それを改正して、例えば、今回の人種等を理由とする不当な差別の撤廃に向けた配慮というものをそこで明確に規定をしておくというふうなことも一つの方策として、強化策として考えられるのではないかなというように思っております。
 いずれにいたしましても、こうした新しい法律の制定を検討しようとする場合には、公権力をどのように発動させるかというような点、そういう点を十分に慎重に検討し、公権力の発動の限界というものをもっと明確にさせることが必要ではないか、そういうような感想を持っているところでございます。
 以上、今回の法律案を拝見させていただきまして感じましたことを述べさせていただきました。いろいろ申し上げましたが、これで私の意見の陳述とさせていただきたいと思います。
 どうもありがとうございます。
○委員長(魚住裕一郎君) ありがとうございました。
 次に、ギブンズ参考人にお願いいたします。ギブンズ参考人。
○参考人(スティーブン・ギブンズ君) ありがとうございます。
 スティーブン・ギブンズです。アメリカ出身ですが、今まで人生の半分は日本に住んでいます。一九八二年にハーバード・ロースクールを卒業し、アメリカの弁護士資格を取得しました。その後、長い間、ニューヨーク、それから東京で企業の国際取引業務を中心にやってきました。十年前から、もう一つの仕事として日本の幾つかの大学でアメリカ法を教えています。現在は、上智大学法学部専任教授としてアメリカのロースクール教育の基礎となる科目を教えています。担当している科目は、アメリカ憲法全般、そして言論の自由を保障する米国憲法修正第一条の専門的な授業を含みます。
 今日は、アメリカ憲法、特に修正第一条の視点から日本のヘイトスピーチ法案についてコメントします。もちろん、日本はアメリカ憲法とアメリカ最高裁判所の判決に従う必要はありません。しかし、皆様も御存じのとおり、アメリカの歴史、アメリカの憲法の歴史は、人種差別と平等及び言論の自由の理念と深く関わっており、少なくとも参考材料になると思います。
 まず、結論からいいますと、仮にヘイトスピーチ法案をアメリカ最高裁判所の判断に委ねることになったとしたら、法案第三条第一項の特定の者について、その者の人種等を理由とする侮辱、嫌がらせその他の不当な差別的言動を禁じる条文及び同条第二項の不特定の者について人種等共通の属性を理由とする不当な差別的言動を禁じる条文は、アメリカ憲法修正第一条に抵触して違憲とされることは明確です。実際、アメリカが人種差別撤廃条約に加盟したときには、一つの条件として条約のヘイトスピーチ関連の条項を除外しました。
 アメリカ憲法修正第一条は何かといいますと、その根本的な考え方は、国家が国民にいわゆる正しい思想や発言を押し付けること、逆に、国家が不適切とされている思想、発言を禁じ、処罰することは憲法上できないというものです。修正第一条は、ヨーロッパの絶対君主制や宗教迫害から逃げるために大西洋を渡った建国の父たちの基本的な価値観を反映していると言えます。
 この原則によって、幾ら過激であっても思想の表現、例えばナチス風にユダヤ人をやじるデモ、クークラックスクランの十字架燃やし大会、同性愛者は罪人であると叫ぶキリスト教原理主義者のパレードを行う権利は、全て憲法上保障されています。このことは数多くの最高裁判決に見ることができます。もちろん、多くの人はこのような行いに対して強い嫌悪感を感じます。私自身も、道端で在日特権を許さない市民の会のうるさいデモを見ると嫌な気持ちになりますし、街宣車もやめてほしいと思うことはしばしばあります。
 蛇足ながら、更に申し上げますと、不用品回収トラック、駅前での議員のメガホン演説、騒音選挙カー、ニューアルバムの広告トラックを全面的に廃止できないかと思うこともありますが、残念ながら言論の自由の裏面は、聞きたくない情報も耳や目に入る不都合と不快です。
 法案第三条第一項及び同条第二項は、先ほど述べたとおり、アメリカ憲法修正第一条に抵触して違憲となると考えますが、それらの規定に表れている問題点として、二つほど申し上げます。
 一つは、条文には非常に曖昧な主観的な解釈によって意味が大きく異なる文言が含まれています。侮辱という文言は刑法で使用されていて、その意味が明確化されていると聞いていますが、その他の嫌がらせ、迷惑、不当、その他の差別的言動などが挙げられます。どのような発言、どこまで言っていいのかは極めて不明確です。
 もう一つは、条文に曖昧な文言が含まれていることと関係しますが、重要な政治社会問題に関して活発な、そして率直な議論ができなくなったりすることも容易に想像できます。移民問題、慰安婦問題、教科書問題、観光客マナー問題、率直な議論ができないと、日本の国民は大きく損をすると思います。
 また、法案第三条のような禁止規定が仮に設けられたとしても、この規定は実際のところ救済を定めていないものだと理解しています。ということは、仮に誰かが条文に引っかかる差別的言動を行ったとしても、警察も被害者も法的には何もできないような結果になります。先ほど述べたような、曖昧で率直な議論ができなくなることは大きな問題ですが、救済のない禁止規定を設けることにどれほどの意味があるのか疑問を感じます。
 以上です。ありがとうございます。
○委員長(魚住裕一郎君) ありがとうございました。
 次に、金参考人にお願いいたします。金参考人。
○参考人(金尚均君) 初めまして、京都から参りました金尚均と申します。
 私の方では、現在審議されております人種等を理由とする差別の撤廃のための施策の推進に関する法律、これに関しまして本国会での成立を賛成したいというふうに考えております。そういったような理由から、以下、私の参考意見を今後の審議のために供したいというふうに存じております。
 まず、その背景につきまして、日本政府は一九九五年に人種差別撤廃条約に加入いたしました。本条約が一九六五年に国連で全会一致で採択されてからまさに三十年後の出来事であります。この間、日本におきまして差別問題はなかったのかというふうに問いますと、在日朝鮮人問題や被差別部落の人々に対する差別というものは依然として存在し続けたわけであります。しかし、国内法の整備はこの条約に伴って整備されてこなかったんです。このような状況に対しまして、国連の人種差別撤廃委員会から人種差別禁止法の制定が勧告されるといったような始末でございます。国際社会の一員として、日本におきましてグローバルスタンダードとしての基本的人権の保障と人種差別の撤廃のために国内の立法作業が急務というふうに言えます。
 人種差別を規制する法律がないという日本の法事情の中、二〇〇〇年頃から外国人、とりわけ在日韓国・朝鮮人を標的とする誹謗中傷やインターネット上の書き込み、そして公共の場でのデモや街宣活動といったものが目立ち始めました。それは、従来の差別事件のように公衆便所や電信柱などにこっそりと誰が書いたのか分からないかのように陰湿に差別落書きなどをするといったものとは異なりまして、公共の場で行われる、まさに差別表現であります。それは、自らの姿を隠すこともなく公然と拡声機などを用いて差別表現を並べ立て、罵詈雑言並びに誹謗中傷を繰り返すのであります。その表現は、例えばゴキブリ朝鮮人を殺せ、朝鮮人を海にたたき込めなどと攻撃的、凶悪的、排除的であります。しかも、駅前や繁華街などにおいて参加者並びに一般の人々に対して差別をあおり、賛同者を集めようとする極めて扇動的な差別行為であります。
 日本社会におきますこのような人種差別を象徴する事件といたしまして、京都市の南区にありました京都朝鮮第一初級学校に対する襲撃事件を挙げなければいけません。本件は、二〇〇九年十二月四日に起こった事件ですけれども、京都朝鮮第一初級学校前並びにその周辺で三回にわたり威圧的な態様で侮辱的な発言を多く伴う示威活動を行い、その映像をインターネットを通じて公開したといったようなものです。本件では、事件現場で司法警察職員がいたにもかかわらず、現行犯逮捕はおろか中止又は制止することもなく、漫然と刑法上の犯罪行為並びに民法上の不法行為を静観していたというものです。警察のこのような態度が被害を深刻化させると同時に、人種差別表現を社会に蔓延させる決定的な要因になったということは否定できません。
 被害者当事者によります民事訴訟の提起に対して、京都地裁と大阪高裁は次のように判示いたしました。つまり、一般に私人の表現行為は憲法二十一条一項の表現の自由として保障されるものであるが、私人間において一定の集団に属する者の全体に対する人種差別的な発言が行われた場合には、上記発言が、憲法十三条、十四条一項や人種差別撤廃条約の趣旨に照らし、合理的理由を欠き、社会的に許容し得る範囲を超えて他人の法的利益を侵害すると認められるときは、民法七百九条に言う他人の権利又は法律上保護される利益を侵害したとの要件を満たすべきと解すべきとし、それゆえ人種差別を撤廃すべきものとする人種差別撤廃条約の趣旨は、当該行為の悪質性を基礎付けることになり、理不尽、不条理な不法行為による被害感情、精神的苦痛などの無形損害の大きさという観点から当然に考慮されるべきであると判示いたしました。そして、その判示により名誉毀損と業務妨害を認め、人種差別撤廃条約違反をその悪質さの根拠とし、加害者側に約千二百二十六万円の損害賠償を命じたわけであります。
 本判決は、人種差別表現が不法行為に該当し、その違法性は通常の名誉毀損に比べて高いといたしました。本件は二〇一四年十二月九日をもって上告棄却され、確定いたしました。これにより、日本におきましてヘイトスピーチが人種差別であり、人種差別撤廃条約に反すると初めて判断いたしました。本判決の意義は、日本におきまして表現行為による人種差別が違法であり、しかも重大であることを示したところにあります。
 京都朝鮮学校に対する事件は人種差別の問題を社会と司法において顕在化させ、人種差別を防止する立法の必要性を明示させたのであります。本判決が嚆矢となりまして、日本社会において人種差別を撲滅するための社会的取組を改めて活発化させ、立法機関である本日の法務委員会での審議テーマとして人種差別撤廃のための立法が検討されるまでに至りました。
 立法の必要性につきまして、この京都事件では、人種差別の認定に際しまして憲法九十八条二項を介して人種差別撤廃条約を間接適用いたしました。繰り返しになりますが、これは現在国内法が日本において整備されていないからであります。間接適用とは国内法に直接の法律がないことを意味しており、その適用は極めて法技術的であり、法的安定性を欠き、それゆえその適用に際しても敷居が高くならざるを得ません。
 人種差別を撤廃するための法律が条約の国内立法のための法整備及び京都事件における司法府の判断というこの二つの意義を持つことに照らすならば、新たな法律の第一条の目的規定におきまして、日本国憲法第十三条及び第十四条はもちろんのこと、それにとどまらず、人種差別撤廃条約、自由権規約なども規定の中に盛り込む必要があるというふうに考えております。
 人種差別は、社会において支配的な勢力を持つマジョリティーがマイノリティーに対して攻撃を行い、マイノリティーが人権の主体であり社会の構成員であることを否定し社会から排除するという、看過できない、まさに人間の尊厳の侵害であります。これはまさに、人種差別がなぜ許されないのか、しかもこれを撤廃するための法律が何のために必要なのか、そこでは何が保護すべきなのかということを明らかにしております。それゆえ、条約を規定に盛り込むことは、法律を適用する際の明確な解釈指針というふうなものになり得ます。
 この目的規定を受けまして差別を禁止する規定を定めることが肝要でございます。禁止規定を制定することにより、司法、立法及び行政の三権の実務におきまして人種差別による被害とその危険性の理解を促進することができます。さらに、実害と被害があるにもかかわらず適切な対応を取ることができないままでいた立法、法の適用及びその執行の実務の在り方を、人間の尊厳の保護の見地から見直す重要な契機となり得ます。
 例えば、差別団体による人種差別を扇動するデモが現在でも行われておりますが、これに対抗する人々も確実に増えております。人種差別をやめさせようとする動きは確実に各地で活発になっております。しかしながら、人種差別に対する明確な実定法がない状況で、デモの交通整理をする司法警察職員がややもすれば人種差別をする人々を擁護しているかのように見える場面も多々生じております。その一方で、人種差別に対抗し平等を訴える人々に対して司法警察職員が強圧的な態度を取らざるを得ないという錯綜した状況も生じております。これはまさに、差別禁止規定がない事情の下、中立と公共の安全の保持の名の下に道路使用許可を得ているか否かだけで保護対象とそうでない者を割り切らざるを得ないことを表しております。
 人種差別を撤廃する実質的な担い手は社会に生きている私たち人間であり、私たちで構成される社会の自己解決能力であります。この平等の実現の追求を支えるのがまさに法律であるというふうに考えるべきでしょう。結果的に差別をする側を擁護することになる行政実務を変えるためにも法律の制定が早急に求められるというふうに考えていいかと思います。
 なお、人種差別禁止規定の制定に関しまして、特定個人に対する人種差別に焦点を狭めるべきではございません。なぜなら、人種差別はある属性によって特徴付けられる集団そのものに向けられるわけでありまして、たとえそれが個人に向けられる場合であっても、それはその人の属性、すなわち集団を理由に不当な扱いを受けるからであります。まさに、ヘイトスピーチがこれに当たります。
 その証拠に、京都地裁判決では次のように判示しております。すなわち、一定の集団に属する者の全体に対する人種差別発言が行われた場合に、個人に具体的な損害が生じていないにもかかわらず、人種差別がなされたというだけで裁判所が当該行為を民法の七百九条の不法行為に該当するものと解釈し、行為者に対し、一定の集団に属する者への賠償金の支払を命じるというようなことは、不法行為に関する民法の解釈を逸脱していると言わざるを得ず、新たな立法なしに行うことはできないと判示しております。
 同時に、この京都事件を扱った司法府は次のようにも判示しております。
 本件示威活動における発言は、その内容に照らして、専ら在日朝鮮人を我が国から排除し、日本人や他の外国人と平等な立場で人権及び基本的自由を享有することを妨害しようとするものであって、国籍の有無による区別ではなく、民族的出身に基づく区別又は排除であり、人種差別撤廃条約一条一項に言う人種差別に該当するものと言わざるを得ないと判示いたしました。
 これら二つの判示からうかがえることは、個人の名誉のみを保護する現行法の名誉毀損と、特定の集団に向けられた極めて有害な人種差別表現に対応する手段がないという、いわゆる現在の法の間隙又は法の不備を認め、立法による早急な対応、つまり集団に向けられた人種差別表現に対する禁止規定の制定を司法府は促しているわけです。
 次に、被害実態調査につきまして述べますと、社会における人種差別思想を正確に把握し、適切な立法並びに施策を推進する前提として実態調査を制度的にかつ定期的に実施すべきであります。
 日本政府は国連の人種差別撤廃委員会で次のように述べております。
 我が国の現状は、既存の法制度では差別行為を効果的に抑制することができず、かつ、立法以外の措置によってもそれを行うことができないほど明確な人種差別が行われている状況にあるとは認識しておらず、人種差別禁止法などの立法措置が必要であるとは考えていない旨を発言しております。
 しかし、このような日本政府の所見は、まさに政府レベルにおける人種差別事案に関する実態把握をしておらず、そのため客観的なエビデンスがないということを証左するものであります。さきに述べました国連の認識と日本政府の認識の乖離を回避するためにも被害実態調査の定期的実施をするための立法が必要と言えます。
 最後に、人種差別は一定の集団とその構成員である諸個人を社会から排除ないし否定しようと仕向けるものであります。人種差別は個人に対する害悪であるだけではなく、特定の集団そのものの否定、つまり社会における共存の否定であります。
 私たちは、二〇一五年七月から九月の間、高校生を対象に被害実態調査を行った結果、ヘイトスピーチなどの人種差別が生身の人間の心身を傷つけることを再確認することができました。さきに述べた京都朝鮮学校事件では、裁判を通じまして、人種差別の標的とされた集団が沈黙、無力化し、ひいては自尊心を喪失させられ、社会への参加が困難になる事態にもなりかねない、そのような深刻な被害の実態、現実が明らかになりました。
 人種差別は、人間を傷つけるだけではなく、社会そのものも傷つけるということを私は改めて強調しておきたいわけです。一定の集団又は構成員に対する差別と排除によって、その構成員の人権の享受を阻害し、しかもこれを同時に正当視、当然視する社会環境を醸成する、このような危険な事態が人種差別なのであります。
 他方で、人種差別は私たちこの日本社会の民主政をも損ないます。民主主義という決定システムは、一人一人の個人が社会の構成員として対等かつ平等な地位が認められ、社会の諸決定に参加するということが保障されなければいけません。人種差別を野放しする社会は、社会の構成員の中の一部の人々を不当に排除し、二級市民扱いし、ひいては人間であることを否定する、そういったことで、多様性や差異を認めない社会となり果て、共に生きる社会、すなわち共生社会を否定することになります。これはまさに私たちこの日本社会の民主主義の自壊であるということを忘れてはなりません。
 以上です。
○委員長(魚住裕一郎君) ありがとうございました。
 次に、崔参考人にお願いいたします。崔参考人。
○参考人(崔江以子君) 川崎市桜本から来ました崔江以子と申します。在日韓国人の三世です。日本人の夫と中学生と小学生の子供がいます。川崎市ふれあい館の職員をしています。ふれあい館は、乳幼児から高齢者までの幅広い方々が利用する施設です。日本人はもちろんですが、地域に暮らす外国人市民や外国につながる市民の利用もあり、共に生きる町の中で誰もが力いっぱい生きられるためにとスローガンを掲げ、市が掲げる多文化共生の町づくりにその役割を果たしています。
 今日は貴重なお時間をいただいてありがとうございます。正直怖いです。とっても怖いです。表に立ってヘイトスピーチの被害を語ると、反日朝鮮人と誹謗中傷を受けます。私は今日、反日の立場で陳述をするのでは決してありません。ヘイトスピーチを違法とし、人種差別撤廃に国と地方公共団体が責任を持つ法案を是非成立させてほしい、法案に賛成の立場でお話をさせていただきます。
 私が生まれ育ち暮らす川崎市では、二〇一三年から十二回にわたりヘイトデモが行われてきました。お配りした資料の一ページ目を御覧ください。直近の二回、二〇一五年十一月八日と二〇一六年一月三十一日のデモは、その前に十回行われたデモとは大きく意味が違います。
 資料の三ページ目を御覧ください。
 駅前周辺で行われてきたヘイトデモが、十一月八日に川崎区の臨海部、在日コリアンの集住地域に向かってやってきました。私たちの町、桜本は、日本人も在日もフィリピン人も日系人も、誰もが違いを尊重し合い、多様性を豊かさとして誇り、共に生きてきた町です。その共に生きる人々の暮らしの場に、その思いを土足で踏みにじるかのようにあのヘイトデモが行われました。川崎に住むごみ、ウジ虫、ダニを駆除するためにデモを行いますと出発地の公園でマイクを使って宣言をし、ゴキブリ朝鮮人をたたき出せとヘイトスピーチをしながら私たちの町へ向かってきました。このヘイトデモに対し多くの人が抗議した結果、桜本の町には入りませんでしたが、住宅街、たくさんの人の暮らす共生の町にあのヘイトデモは土足で入り込みました。確かに、桜本の町はあの日は守られました。けれども、とてもとても大きな傷を残しました。
 資料十六ページの神奈川新聞の記事を御覧ください。
 在日一世のおばあさん、ハルモニ方は、何で子や孫の代にまでなって帰れと言われなければならないのだと傷つき、悲しみの涙を流し、ヘイトスピーチをする大人の人たちに、外国人も日本人も仲よく一緒に暮らしていることを話せば分かってくれるはずだと信じて沿道に立った私の中学生の子供は、余りのひどい状況に強いショックを受けました。多くの警察がヘイトデモの参加者のひどい発言を注意するどころか、守っているかのように囲み、差別をする人たちに差別をやめてと伝えたくても、警察にあっちへ行けと言われ、デモ参加者からは指を指されて笑われ、どうして大人がこんなひどいことをするのと大人に対して強い不信と恐怖心を持ちました。もしかして同じエレベーターに乗った人がこのヘイトスピーチをする人だったらと、エレベーターに乗ることが怖くなったと言います。私自身もこの十一月八日のヘイトデモのときに初めて抗議の意思表示をしました。残念ながら、決して届かぬ共に生きようの思いを見詰め、無力感に襲われました。
 そして、一月三十一日に再びヘイトデモが予告されました。集合場所の公園やデモに許可を出さないでほしいと行政機関にお願いしても、不許可とする根拠法がないのでできないと断られました。私たちの桜本地域の中高生や若者たちは、なぜここに住む人間がヘイトデモに来ないでほしいと言っているのに来るんだ、大人がしっかりルールを作って自分たちの暮らす町を守ってほしいと強い怒りと悲しみの思いをあらわにしながらも、それでも共生への思いをしるし、私たち大人を信じ、預けてくれました。
 そして、一月三十一日、ヘイトデモの当日、私の中学生の子供は、ヘイトデモをする大人に差別をやめて共に生きようと伝えても、その思いは残念ながら届かず、再び傷つき、絶望を突き付けられるだろうと心配して止める私たち親に、ヘイトデモをやめてもらいたいから、僕は大人を信じているからと、強い思いで沿道に立ちました。資料四ページから六ページにその日の記録の写真があります。御覧ください。
 あの日のことをお話しするのはとても厳しくつらいです。一月三十一日は過ぎましたが、まだ私たちそこに暮らす人間にとっては終わった話ではなく、続いている話だからです。また来るぞと言ってその日のデモは終わりました。悪夢のような時間でした。私たちの町、桜本の町の入口で、助けてください、助けてください、桜本には絶対に入れないでください、お願いです、お願いです、桜本を守ってください、僕は大人を信じていますと泣きながら叫ぶ中学生の子供の隣で、彼を支えなければと思ったけれど、あのとき私の心も殺されました。
 ヘイトデモをする人たちの良心を信じ、差別をやめて共に生きようとラブコールを送ってきたけれど、たくさんの警察に守られながら、一人残らず日本から出ていくまでじわじわと真綿で首を絞めてやるからと、デモを扇動した人が桜本に向かってくる。韓国、北朝鮮は敵国だ、敵国人に対して死ね、殺せと言うのは当たり前だ、皆さん堂々と言いましょう、朝鮮人は出ていけ、ゴキブリ朝鮮人は出ていけ、朝鮮人、空気が汚れるから空気を吸うなと叫ぶ人たちが私たちの町へ警察に守られて向かってきた。あのとき、私の心は殺されたと同じです。
 私の中学生の息子は、自身の多様性、日本と韓国にルーツがあること、ハーフではなくダブルと私たち親や地域の人から大切にされ、自分自身も自身の多様性を大切にして暮らしてきました。そんな息子が、朝鮮に帰れと言われても体は半分にできない、心がばらばらにされたと、あのときに受けた傷を一か月以上もたってからやっと言葉にして表現をしました。目の前で、大切にしてきた民族性の違いをもって、母親が死ね、殺せと言われているのを目の当たりにした彼の心の傷は計り知れません。
 あの桜本の入口の交差点は私たちの生活の場所です。買物に行くスーパーがあります。ドラッグストアもあります。給与の振り込みや学校諸経費の支払に利用している地元の信用金庫もあります。子供が通院する病院もすぐ近くです。今でも、あそこを通るたび胸が苦しくなります。景色の色が消え、車や人通りの音が消え、あの日、あの場所が思い起こされます。信号待ちをしていると、知らない間に涙があふれます。
 この被害を行政機関に訴えても、根拠法がないから具体的な対策は取れないと、助けてもらえません。私の息子や桜本の子供たちは守ってもらえません。ヘイトスピーチをする大人から傷つけられ、さらに守ってくれない大人に傷つき、それでも大人を信じ、ルールを作ってほしい、大人がきっとルールを作ってくれると信じて待っていてくれます。
 一月三十一日のデモの後、ある日本人の高校生が、何かごめんと謝ってきました。ヘイトデモが来る前は、私たちの町で互いの民族性の違いを豊かなものだと尊重し合いながらいたのに、謝り、謝られることなんてあり得なかったのに、日本人の彼もヘイトスピーチの被害者です。
 私の中学生の子供は、あのひどいデモの後、川崎市長さんへ手紙を書きました。そこに、朝鮮人は敵、敵はぶち殺せ、朝鮮人は出ていけとひどい言葉を大人が言っていました、もしこんなことを学校で誰かが言ったら、学校の先生はそんなひどいことを言ってはいけないときっと注意をする、表現の自由だから尊重しますなんて絶対に言わない、市長さんはどう考えますか、助けてください、ルールを作ってヘイトデモが来ないようにしてくださいとつづりました。
 その私の子供の、市長への手紙への答えが資料の四、資料の七ページ目を御覧ください。
 一月三十一日に行われたデモは、外国人市民の方々を始め、多くの市民の心を傷つけ、不安や不快感を抱かせる行為であり、とても残念に思います。しかしながら、このようなデモについては、現行の法令で対処することが難しいため、現在、国に対して法整備などを要望する準備を進めています。これは三月十四日に要望書が提出済みですが、という返事でした。
 差別があっても法律がないと差別が放置されたままでは、いつか私たちは本当に殺されます。白昼堂々と、死ね、殺せとマイクを持って叫ぶ成人男性が警察にその主張をする場を守られている。いつか本当に殺されます。
 その思いで、三月十六日に法務局へ人権侵犯被害申告を行いました。資料八ページを御覧ください。正しく差別が調査、検証され、救済及び予防のための適切な措置を講ぜられることを求め、申告をしました。
 差別の問題に中立や放置はあり得ません。差別は、差別を止めるか否かです。現状、国は差別を止めていない。それは、本当に残念ながら差別に加担していることになります。ヘイトスピーチを違法とし、人種差別撤廃に国と地方公共団体が責任を持つ法案を是非成立させてほしいと心から願います。
 桜本の若者、子供たちは、また来てしまうかもしれないヘイトデモに対して、共に生きよう、共に幸せにというメッセージを記しました。この思いを私たち大人がしっかり受け止め、このメッセージが届かずに再び傷つき、涙を流すことがないような社会をつくるためにも、何よりも国が、中立ではなくヘイトスピーチをなくす側に立つことを宣言し、差別は違法とまず宣言をしてほしいです。そのために、まず今回の法案をすぐに成立させてほしいと思います、共に。
 ありがとうございました。
○委員長(魚住裕一郎君) ありがとうございました。
 以上で参考人の意見陳述は終わりました。
 これより参考人に対する質疑を行います。
 質疑のある方は順次御発言願います。
○西田昌司君 自民党の西田昌司でございます。
 四人の参考人の皆さん方、今日は本当に貴重なお話をお話しいただきまして、ありがとうございました。
 特に金参考人、崔参考人のお話は非常に身につまされる思いがしまして、本当に私自身も、朝鮮学校は私の京都の本当に事務所の近所でしたから非常に残念に思っていたわけですけれども、今更ながらにひどい事案だったなということを感じているわけなんです。その一方で、今、浅野参考人それからギブンズ参考人からおっしゃられましたように、今回のこの法案の中にある、そのまま適用すると様々な問題が生まれてくるということも事実だろうと思うんですね。
 実は、この委員会が始まります前に、有田筆頭理事と私と、参議院会館でヘイトスピーチの勉強会がありまして、そこにも参加させていただいたときに、元々大阪市で条例ができました、橋下市長の後の市長が作られたわけですけれども、そのできた経緯の話も聞いておりまして、橋下市長自身は、ヘイトスピーチというのはとんでもないけれども、これを法的規制にしようと思うと表現の自由等に引っかかってくると、憲法上の認められている重大な権利侵害をしてしまう可能性があるので、結果的にはヘイトだったかヘイトでなかったかという判断は司法判断に委ねる以外ないんだと。
 そこで、この条例を作るときの目的は、そのヘイト規制というよりも、その規制を、判断を司法にしてもらうためにいわゆる訴訟の援助をしようとかいう、そういう形の条例を作るべきではないかという提案だったと思うんですが、現実はちょっとそれとまた違う方向に行っておりますが、要は、何らかの規制は必要だという思いはあるものの、今言いましたように、表現の自由等との、憲法上の規定されている大きな権利との間のバランスをどう取るかというのが非常に難しいんだと思うんです。
 さあ、そこで、そういうことを考えましたときに、まずは浅野参考人とギブンズ参考人にお聞かせいただきたいんですけれども、お二人はこの条例案に対しまして反対といいましょうか、法律でこういう形のヘイト規制をすることにはかなり問題があるという立場だと思うんですけれども、今お二人の、金参考人と崔参考人の非常に厳しい現実を聞かれまして、ほかにじゃどういう形でこういうヘイトスピーチを規制というか止めていくような手だてがあるのかということをお二人の参考人に聞かせていただきたいと思います。
 私自身は、先ほどの例えば朝鮮人死ねのような、それから非常に侮蔑的な表現や脅迫みたいのがあったりしますと、本当はそちらの方の違う刑法で規制できないかと、それから、若しくはいわゆる大きな大音量でああいうヘイトスピーチをやっていますから、騒音防止条例とか今の法律の中で直接的に彼らのやっている行動を止められるのがあるんじゃないかという気もするんですけれども、お二人の参考人にちょっとその辺のところをお聞かせいただきたいと思います。
 それから、金参考人と崔参考人につきましては、お二人の今まで経験されてきた非常に厳しい現実はよく分かるわけでありますけれども、もう片っ方で、今、浅野参考人やギブンズ参考人がおっしゃいましたように、その規制、ヘイトスピーチを私ももちろん許されるものではないと思っていますけれども、その定義をすることの難しさですね、そのことをどう乗り越えられるんだろうかというのが私の一番疑問に思うところでありまして、そのヘイトスピーチの定義をきっちり法律でできるんだろうかと、司法の判断に委ねずに公権力のところで、法律の中で規定すること自体が難しいんじゃないかというのがこちらの参考人の御意見だったと思うんですけれども、その辺の問題をどのように乗り越えられるとお考えなのかどうかということを金参考人とそれから崔参考人にお聞きしたいと思います。
 以上です。
○委員長(魚住裕一郎君) まとめての御質問ですから、順次。まず、浅野参考人。
○参考人(浅野善治君) 御質問いただき、ありがとうございます。
 今のお二人の参考人のお話を聞いておりますと、やはりひどい事態というのはあるんだろうなというふうに思っております。ただ、そういうものが、こういう検討をするときも、先ほども申し上げましたけれども、一番ひどいものだけが目を向けがちなんですけれども、実は法律を作るときというのは、そういうことを作った結果、とんでもないところまでその効力が及んでしまうんじゃないかというところ、そこにきちんと線が引けるかどうかというところをやはり見なくちゃいけないんだろうというふうに思います。
 ですから、例えば今回のものも、法律を作るのが無理かどうかというのはもっと厳密にやってみないと分からないと思っておりまして、厳密に本当に必要なものだけきれいに切り取れることができるのであれば、法律を作るということについてはこれは特に問題ないんだと思いますが、今のような表現でやっていくとすれば、これはとんでもないものに、でき上がった後に思ってもないところにこの法律が使われて、とんでもない効果を生んでいるというようなことになりかねないという感じがいたしますので、その辺のところが懸念があるということだと思います。
 じゃ、一体どういうことで効果を上げていけばいいのかということですけれども、今一つ申し上げましたことは、今回のものも例えば名誉毀損とか侮辱罪に当たるという判断があるんであるとすれば、そういうものを積極的に適用していくということは一つの方法だと思いますし、また、社会がこういったものをおかしいじゃないかということをもう少し明確にしてくれ、そのために一つ法律があるじゃないかというようなお話もありましたけれども、もっと、そういうことじゃなくて、人権教育ですとか人権啓発の中でもうヘイトスピーチは許さないというようなことを公的に、ポスターなんかも出ておりますようですけれども、そういったことをしっかり人権教育、人権啓発の中でしっかりそれを広めていくということが非常に効果があるんだろうと思います。
 実際、どういうものがそこに当たるのか、どういうものを防がなきゃいけないのかという判断自体は社会の自由な議論に任せるということが適当なんじゃないかなと、そんなことを私は考えております。
○委員長(魚住裕一郎君) 続きまして、ギブンズ参考人。
○参考人(スティーブン・ギブンズ君) 誰でも、まずは人種差別撤廃条約の精神、そして今回の法案の中の気持ちは賛成すると思うんですね。これは一応法律とされていますけれども、私は弁護士として、これは救済条項がないとこれはやっぱり歯のない法律となって、本当にこれは法律なのかと。もしもこれは本当の法律であれば、浅野先生がおっしゃったとおりいろんな問題がありますけれども、私は、この法律の精神は、やっぱり日本国はこういうことを許容しないという、その理念の宣言だと思うんですね。ですから、この法律の書き方を法律からその理念の宣言に変えれば、そういうような問題がいろいろ解消できるんではないかと思うこともありますし、もう一つは、私、先ほど、コメントの中には、デモの場所、時間、音量、やり方をより厳しくしてより制限すると、聞きたくない、見たくない一般の人が、又はその対象人物がそれを受けなくてもいいようなことになって、そういうような制限は憲法上基本的に問題ないと思いますので、そういうことも検討したらいかがですかと思います。
○委員長(魚住裕一郎君) ありがとうございました。
 金参考人。
○参考人(金尚均君) 定義のことですけれども、本法案に関しましてはとりわけ刑罰を問題にしているわけではございません。いわゆる差別禁止の理念法でありますから、その点、刑罰を予定とする規定とは異なって定義の問題も考えるべきであろうというふうに思います。
 それに関しまして、まさに前例として大阪市の条例がございます。そこでは、いわゆる行為者の目的並びに行為態様、そしてどういった場で行われたか、この三つの要件を明確に絞る必要があるというふうなことであります。それに関しましては、このヘイトスピーチ規制については、とりわけEU諸国で、EU加盟国全国がヘイトスピーチ規制を持っているということであります。そういったようないわゆる諸国の比較というものが非常に大事になってくるかと思います。
 例えば、その定義ですけれども、国連の自由権規約の二十条二項がまず先例になるかと思います。そして、二つ目としましては、欧州閣僚会議、これ一九八七年にございましたけれども、そこでの勧告においてヘイトスピーチの定義が出され、そして、それについてはアン・ウェーバーさんという方が著者となりましてヘイトスピーチのマニュアルというものが作られております。これについては英語などでも読めます。インターネットでも読めますので、それが参考になるだろうというふうに思います。
 そして、最近では、人種差別撤廃委員会から一般的勧告三十五が出ておりまして、そこでより明確にヘイトスピーチの定義があるというふうなことですので、まさにそれは諸国の比較、法を通じて日本の差別禁止についても十分に生かせるかというふうに考えております。その点では、いわゆる差別の定義ないしはヘイトスピーチの定義については各国それぞれ経験を踏まえた所見が出されるだろうというふうに思います。
 なお、アメリカでは、ヘイトスピーチ規制はないというふうなことがこの間議論されておりますけれども、例えばニューヨーク州刑法典などでは加重的ハラスメント罪という形で、いわゆる人種ないしは民族を根拠とした、ないしは理由としたハラスメントといったものが処罰の対象となっておりますので、あながちないというふうなことは言えないというふうなことです。
 以上です。
○委員長(魚住裕一郎君) 続いて、崔参考人。
○参考人(崔江以子君) ありがとうございます。
 私は一市民なので、専門的にはお答えする立場にはないと思いますが、差別もなくて法律もなくて、両方ないのがいいのかもしれませんが、現に差別があります。差別があるのに法律はない。悪い結果を放置するんではなくて、悪い状態を元に回復するための手段としての法律を議論していただきたいと思います。
 以上です。
○西田昌司君 ありがとうございました。
 私自身も、ヘイトスピーチ自身は、これは許されるべきものではないと思っていますが、ただ、この法律案にはヘイトの定義始め問題点はいろいろあろうかと思います。しかし、今日の参考人のいろんな陳述を勉強させていただきまして、どういう形でこのヘイトスピーチの規制ができるのか、これからも与野党の中で議論をしていきたいと思います。
 今日はどうもありがとうございました。
○有田芳生君 有田芳生です。
 参考人の皆さん、今日はありがとうございます。
 私、常々思っていることですけれども、人間の認識というのは限界がありまして、日々自分でもこの限界を超えるには何が必要かなということを顧みることがあります。常に意識して敏感なアンテナを張らなければいけないし、できるならば、何か問題があれば、その現場に立って、自分の耳で、目で、そしてその空気、においまで含めて感じることで現実に少しでも近づきたいというふうに思っております。
 そういう立場から、まず、浅野参考人、ギブンズ参考人にお伺いをしたいんですけれども、私はこの法務委員会に所属をしていて、谷垣法務大臣の時代に、法務委員会に所属している委員の皆さん全員に、ヘイトスピーチの現場で何が起きているのか、短いものですけれどもその映像をお配りいたしました。そして、今回の委員の皆様にも既に、何か月前でしたかね、お配りをして、可能ならば見ていただきたいということをお願いをいたしました。
 実は、先週の金曜日、私は参議院の予算委員会でヘイトスピーチ問題についての質問をいたしました。その前に、安倍首相、そして菅官房長官にヘイトスピーチの現場、特に朝鮮大学を攻撃、襲撃をした在特会の桜井誠、本名高田誠前会長のひどい実態についてなどを記録したものをお渡しをいたしました。実は、今朝、菅官房長官から電話をいただきました。様々なこの問題についての会話も行いましたけれども、菅官房長官の御感想は、一言で結論だけ言えば、ひどいですねと、そういうことでした。
 ですから、まず私たちがこの問題の出発点に立たなければいけないのはヘイトスピーチの現場であり、そして被害者の立場にどこまで立つことができるかだというふうに思っておりますので、まずお二人の、浅野参考人、ギブンズ参考人にお伺いをしたいのは、お二人はヘイトスピーチの現場に立ち至ったことおありでしょうか。もしあるならば、そのときにヘイトスピーチの現場についての実態、ひどさについて、どのようにお感じになったでしょうか。
 さらには、もう一点、被害者の方々から、これまで意見、苦しみ、悩み、悲しみ、そういうことをお聞きになったことがあるでしょうか、あったとすればどのようにお感じになったでしょうか、まずそこをお聞きしたいと思います。
○委員長(魚住裕一郎君) では、順次。浅野参考人。
○参考人(浅野善治君) 実際の現場に行ったことはございません。ただ、こういうこともございますので、例えばユーチューブとかそういったものでヘイトスピーチの実態というようなもの、これは画像ですとか映像ですとか、そういったものでは十分見ております。そういったことでどういう感想を受けたかというと、これはひどいなと。今、菅官房長官がおっしゃられたということがありますが、それと同じように、これはひどいなというふうに確かに思いました。
 それと同時に、やはり法律を作るというようなことからしますと、これは極めて難しい問題だなというふうに実は思いました。というのは、このひどいものというもので、もちろん被害者の方から、会ってお話をお聞きしたとか、何かそういったこと、そういう機会も全くございませんけれども、大体の想像は付きますけれども、確かにひどいということがあるかと思います。確かに非常にお気の毒だということもあるかと思います。
 ただ、非常にひどいことですとかお気の毒ですとかということだけをきれいに、何がじゃひどいのかとか、どういうお気持ちで何が傷ついているのかということだけを、限定的に例えばそれを切り取って、そこだけ規制すればいいのかというと、恐らくそれだけではこの規制というのは十分ではないんだろうというふうに思うんですね。そうすると、じゃ、どこまで広げるんだという今度逆の話になるわけですね。そうすると、じゃ、どう書いたらどこまで広がり過ぎてしまうのかという話があるので、極めて限定することが難しい問題なんだなと、そういうように実は感じました。ですから、そういったことからすると、ある意味では法律の非常に不得手な分野という感じがいたします。
 ですから、そういったことで、まずは人権教育ですとか人権啓発ですとかそういったことを盛んに活用して、まずは社会の機運ですとかそういう基盤というものをつくり上げていくということが非常に重要な分野じゃないかなと、そんな感じがいたしました。
○委員長(魚住裕一郎君) 続いて、ギブンズ参考人、お願いします。
○参考人(スティーブン・ギブンズ君) 私は、一回、在特会のパレードを見たことがあります。まさしくひどいと思います。
 御存じのとおり、私は日本人ではなくアメリカ人です。私の祖先は南部にいて、その歴史でアメリカの奴隷制度、黒人の扱いで、その流れも直接経験しています。私のミドルネーム、バスなんですけれども、は私の父親が戦争のとき一緒に戦った黒人の兵士の名前です。私の父親はなぜその名前を私に付けたのかというと、多分、彼の親に今の時代は違うんだよと、白人と黒人は一緒ですよと伝えたかったと思います。
 こういうような歴史と伝統のあるアメリカには、私は、幾つか最高裁の判例をここに簡単に省略しましたけれども、今でも黒人に対する、ユダヤ人に対する、同性愛者に対するこういうような、死ね、地獄へ行けというような発言は憲法上保護されています。それは言う権利が守られています。ですから、それは私はアメリカの一つの力だと思っています。
○有田芳生君 浅野参考人にもう一点お聞きをしますけれども、先ほどの御発言の中で、人種差別撤廃施策推進法だととんでもない方向に行くおそれがあるという御発言がありましたけれども、具体的にとんでもない方向というのはどういう方向なんでしょうか。
○参考人(浅野善治君) とんでもないというのは特に具体的なイメージがあるわけではございませんで、思ってもいない、何が出てくるか分からないというところが一番怖いところではないかなと思います。
 例えば、法律ができまして公権力を行使するということになったときには、やはり公正中立に公権力が行使されなければならないということがあります。ですから、あらゆる主張、どんな色が付いている主張であっても同じように、何というんですかね、不当な差別というようなものであれば全て同じように適用してそれを規制していくということになるかと思います。
 ですから、そういったことからすると、こういう法律案を作ろうと思ったときに、想定していたもの以外のいろんなもの、どういうものに及ぶのかということも含めて全て検討してやっぱり考えていく必要があるんじゃないかなというふうに思います。
 そういう意味で、一つのところだけを見るのではなくて、幅広くどういうものに及ぶのかなというところも含めて、全くとんでもないようなものについても、こういうものに及ぶのか及ばないのかというような検討もした上で決定していくことが必要じゃないかなと、そういう観点で申し上げたところでございます。
○有田芳生君 私たちの法律案には、そういう問題については審議会をつくってガイドラインを作っていくんだということも明記されているということを発言をしておき、さらに、ギブンズ参考人にお聞きをしますけれども、合衆国の修正憲法第一条と表現の自由との関わりでの御説明は非常に貴重なもので、ありがとうございました。しかし、私たちはこの日本で、日本国憲法に基づいて、特に憲法十三条、十四条、人間の尊厳、人間の平等を守るためにヘイトスピーチをどのように抑止していくかということで何年にもわたって議論を進めてきているわけですから、アメリカの憲法に基づいてヘイトスピーチを抑止するための検討をしているわけではありませんよね。
 ですから、ギブンズさんにお聞きをしたいのは、じゃ、この日本において、ひどいとおっしゃったヘイトスピーチを抑止、禁止、なくしていくためにはどういうことが必要だとお思いでしょうか。
○参考人(スティーブン・ギブンズ君) 先ほどの繰り返しになりますが、今でもうるさいデモ、気持ち悪くなるデモがいっぱいあります。街宣車はその一つだと思うんですね。よくロシア大使館の辺り、あとは韓国大使館の辺り、街宣車が回って、そのスピーカーから流れる、まずは大音量なんですけれども、その内容もヘイトスピーチに近い、ヘイトスピーチに該当するかもしれない。
 私はそれを完全になくすることはできないと思いますが、してはならないと思いますけれども、規制によりその大音量を下げたり、例えばイギリスのハイドパークの中にはスピーカーズコーナーという隅っこがあるんですね。誰でもいつでも立ってそこで発言できるという場所で、聞きたい人は聞けるし、聞きたくない人はその近くへ行かなくてもいいと。ですから、そういうような場所と時間と音量の制限で、少なくとも一般の人、犠牲者となっている人のダメージを減らすことはできるのじゃないかと思います。
○有田芳生君 ギブンズ参考人は、先ほどの御発言の中で、私たちが提案をしている人種差別撤廃施策推進法に関わって、理念法ならばいいんだという御発言がありましたけれども、まさしく理念法として罰則がないものを私たちは提出をしているということを御理解いただきたいと思います。
 さらに、金参考人にお話を伺いますが、先ほどお話にあった人種差別撤廃委員会の一般的な勧告、一般的勧告の三十五、二〇一三年ですけれども、そこにヘイトスピーチの定義は一言で言って人間の尊厳と平等を否定するものであると、そういう記述がありますけれども、先ほどの皆さんが行ったアンケート結果の中で、やはり人間の尊厳が損なわれるものだということを若い人たちがアンケートの結果として出していらっしゃる。
 今日の資料の中にはありませんけれども、その9のところで、ヘイトスピーチ問題の解決に必要なことというのを拝見しましたら、ヘイトスピーチを禁止する法律の必要性については、朝鮮学校、全国では、合計すると、すごく必要と必要を合わせると八七・六%になっていますよね。京都朝鮮高級部だと、すごく必要、必要が八四・九%、まあ八五%、もう圧倒的な多くの人たちがやはり法律的な何らかの対応が必要なんだという結論が出されていますけれども、そこをもう少し御説明いただけますでしょうか。
○参考人(金尚均君) このアンケートにつきましては、私のレジュメの四ページ目からでございます。これは全国のコリア系の、コリアにルーツを持つ民族学校の学生並びに日本の公立学校の高校生を対象といたしました。これなぜ高校生かといいますと、先ほどの御紹介ありました京都の朝鮮学校の事件に、ちょうど当時小学校六年生から四年生の子を対象としたわけです。その子たちがもう高校三年生で、最後彼らにアンケートを取れる年だったわけですね。そして、彼らの中でどのような意識を、この京都の事件並びに昨今起きている日本のヘイトスピーチについてどのように思っているのかということを調べてみたかったということです。
 何よりも特徴的なのは四ページ目、一番最初、コリアンに対する差別についての質問で、いわゆる高校生、彼らは簡単に言えば二十一世紀の子供たちなわけですけれども、八割が日本においていまだ差別を感じるというふうに言われています。これは、私個人にとっても非常にショックでした。私は在日二世ですけれども、一九六七年に生まれて非常にもう年も取っていますけれども、この若い世代にも同じような差別を感じる状況が社会にはあるんだろうということです。
 そういった中で、あともう一つ言いますのは、この街宣についても非常に子供たちはショックを受けておりまして、一つは、何よりも同じ人間として平等に扱われていないということをインパクトとして持っております。
 これは、まさに先ほどから出ていますひどい状況だというふうなこと。これは、単にあの差別的なデモに対して、不快感を感じる、ないしは見て気持ちが悪い、聞いて気持ちが悪いということだけじゃなくて、人間として同じように扱われていない、ひいては人間であるということが否定されている、いわゆる人間の尊厳が否定されている。ここに、いわゆるあのヘイトスピーチないしは人種差別の被害を受けている人、現実に受ける人とその対象でない人との間の被害認識の非対称性が生まれるわけですね。そこをやはり私たちはこの審議の中でよくよく議論すべきであろうというふうに感じます。
 そういった中で、その高校生たちというものは、まさに私たちのこの日本社会において、この問題を解決するための一助として今回の法律が必要だというふうに感じているというふうに私は認識しております。
○有田芳生君 終わります。
○矢倉克夫君 公明党の矢倉克夫です。
 四人の参考人の先生方、本当にありがとうございます。
 とりわけ崔参考人、恐怖と闘いながらの中で勇気を持って声を上げていただいたことを改めて敬意とともに感謝申し上げます。本当にありがとうございます。
 それで、崔参考人にお伺いしたいんですが、我々公明党も一昨年の七月にヘイトスピーチ問題対策に対する要望書をこれ官邸に提出いたしました。その中の一節でこういうふうに書いております。私も起草に参加はしたんですが、ヘイトスピーチ問題は単なる表現規制の問題にとどまらず、我が国国民のマイノリティーに対する意識、そして今後の日本社会の在り方に関わる問題であると。私、これもまた受けまして、昨年の八月、当委員会でこの問題、協議をした際にも申し上げたことは、このヘイトスピーチの問題というのは、本来、民主主義であれば言論対言論で対抗するわけでありますけど、大勢でわあっとがなり立てて対抗の言論すら許さないような形で威圧をしている、この民主主義の在り方そのものにも関わってくるような問題でもあるとともに、今、冒頭申し上げたように、やはり少数の方がおびえながら生きていかなければいけないような社会であったらこれはいけないと、日本社会の在り方であると、これ問題であるというふうに捉えています。
 その意味からもお伺いしたいのは、公明党としましては、この問題は一部の特殊な事例のようなものもあるかもしれないですが、そうではなくて、やはり日本人、日本に住む人全体が、日本社会、全て共生し合うような社会としてあるべきためにはどうすればいいのか、それが今現状どうなっているのか、何ができるのかということを全体で考えなければいけない問題であるというふうにまず一点思っている、この点についてお伺いしたいのと、あと、被害に遭われたお立場からどのように思われているのかという点、まず一点お伺いしたいのと、被害に遭われたお立場からヘイトスピーチの何が脅威であるか。その言論の内容もありますし、態様もある、その両方かもしれないし、それ以外のものもあるかもしれない。ここにヘイトスピーチの脅威というものを感じるというものがあれば、ちょっと教えていただきたいというふうに思います。
○参考人(崔江以子君) ありがとうございます。
 ヘイトスピーチの脅威、全てが脅威です。警察に守られて白昼堂々と成人男性が、成人がマイクを通じて死ね、殺せと迫ってきます。その死ね、殺せという言葉に同調する方々が、笑いながら、私たちに向かって笑いながら指を指し、手招きをしてきます。
 彼らの路上でのあのヘイトスピーチを聞いて、いわゆるサイレントマジョリティーの方々、自分としては特にネガティブな感情を今まで持っていなかったけれども、大きな声で毎回毎回あんなふうにこう言っているから、ひょっとしたら在日には特権があるのかなとか、そんなふうに扇動されてしまう方々が出てきてしまうのも大変脅威を感じています。
○矢倉克夫君 じゃ、改めてまた崔参考人に。
 今おっしゃった、サイレントマジョリティーという人たちが、あのヘイトスピーチによって違う方向に意識を間違えてしまうというような、そういう脅威もあると。
 そういうふうなものではなくて、やはり国民全体でもっとみんなが共生し合うような社会とはどうあるべきかということをしっかりと議論し合う機運というのは高めなければいけない、こういうような思いも今酌み取らせていただいたわけですが、その辺りについてはどのようにお考えでしょうか。
○参考人(崔江以子君) ありがとうございます。
 私たちの桜本地域では、その違いをとても豊かなものとして尊重し合っているんですよ。その違いが豊かだ、違いはすてきだね、川崎市の人権尊重教育でそういうふうに互いの違いを豊かなものであるというふうに教え、学び、育ってきた子供たちは、人の違いをとても大切にする子供として育っていきます。そして、中学、高校と進んだときに、そういうフィールドでそういう大切な学びができなかった人に伝える役割を果たしているわけですね。違いが豊かだというふうに学び合うことがとても大切だと思います。
○矢倉克夫君 ありがとうございます。
 金参考人とギブンズ参考人と浅野参考人にお伺いをしたいと思います。
 先ほどはギブンズ参考人から理念法というお話もありました。私も、このヘイトスピーチというものに特化した形での理念法というものを、これはあり得べきであるなというふうに思っております。それはなぜかといえば、少なくとも立法事実はこれはあるのではないかなと。司法の判断でも、先ほど金参考人から話のありました京都朝鮮第一初級学校事件の判断におきましても、ヘイトスピーチというものを、これは人種差別であって表現の自由の範疇を超えると、法の保護にも値しないというような判断がなされたというふうに私は記憶をしております。
 他方で、今議題となっている法案でありますが、こちらについては、やはり様々、今のヘイトスピーチというものがいけないんだという理念を訴えるためには、まだ検討しなきゃいけない課題もあるかなというふうに思っているところであります。
 先ほど来から話のあるヘイトスピーチとそうでないものの区別というものはなかなか明確でないだけでなく、対象として不当な差別的取扱いというものもこれ入っているんですよね。不当な差別的取扱いというものが何なのかというと、例えば住居の場合の対応の違いであったりとか、そういう言論の部分以外のところもいろいろと想定はされているんですけど、立法事実を、それを考える上ではやはりもう少し時間が必要になってくるというところもあるかと思います。
 やはりその点で、かえって間口が広くなっている部分だけ、それを成案として検討していいかどうかという時間がすごい掛かってしまって、本来必要であるヘイトスピーチの法についての成立がなかなか遅れてしまっているというようなこれ問題もあるかなというふうに思っています。その意味でも、ヘイトスピーチとそれ以外の区別というのはやはり明確にしなければいけないかなという検討もあります。
 さらに、今の法案の課題というものの一つは、先ほど審議会という話がありましたが、この審議会は内閣府の方に置くという形であります。行政がそういう点でも関わってくるというところは、表現の自由、その抑圧というところでどういう意味があるのかというところ、これも検討しなければいけないと。
 このような理解の上で二点お伺いしたいんですけど、ヘイトスピーチとそれ以外の政治的言論との区別、これはどのように図るべきであるのか。また、表現の自由との、これは最大の課題でありますけど、これを考える上でどのような点を慎重であらねばならないと考えるのか。この二点についてお伺いをしたいと思います。
○委員長(魚住裕一郎君) では、順次簡潔にお願いします。
○参考人(金尚均君) 政治的言論とヘイトスピーチの違いですけれども、これについても京都地裁判決は明確に述べております。京都事件でも、いわゆる被告側、被告側におきましては、自分たちの言論というものは政治的言論であると、それを制限してはいけないというふうな主張をしました。しかし、政治的言論のために、朝鮮人を殺せ、ないしは海にたたき込めというふうな、単に脅迫的だけではなくて、殺せというふうないわゆる扇動までをする、そこにまさに政治的言論を超えたヘイトスピーチ、すなわち人種差別表現が明確に区別されるものとして出てくるというふうに判決は示しておりますので、その点、既にもう日本の社会においては、日本の司法の現場ではこの政治的言論並びに人種差別表現の区別は判例で出ているというふうに考えます。
○参考人(スティーブン・ギブンズ君) たまたま昨日、偶然インターネットで、一八九九年にまだ若いウィンストン・チャーチルが中近東で記者をやっていたときのエッセーを読みました。そのエッセーの内容は何かというと、イスラム教の国はなぜ文明国になり得ないか。一つは、普通の科学、合理の通用しない宗教と文化であると。もう一つは、女性を軽蔑し奴隷扱いする文明であると。それが長く引用されて、一番最後に、今日現在のイギリスのヘイトスピーチ法にはこれは引っかかるのではないかということなんですね。
 ですから、私は、その線引きは非常に難しくて、何がいけないのかというのは、やっぱり幾らガイドライン書いても非常に難しいのではないかと思います。
○参考人(浅野善治君) 今いろいろ、今日の議論の中でも、例えば人間の尊厳ですとか、威圧ですとか、恐怖ですとか、死ね、殺せとか、いろんな表現が出てきているわけですけれども、じゃ仮に人種等を理由とする意見というものが全ていけないのかというと、やっぱりそうではないんだというのは大体皆さんお分かりになるんだろうと思います。
 そうすると、人種等を理由とする意見の中の差別的なものは駄目だよといって、そこまではいいのかどうなのか。差別的なものはいいとしても、不当な差別的なものなら駄目なんだとか、じゃどこで線を引くんだと、こういう話になるわけですよね。そこのところで、例えば死ね、殺せというようなことがあったとか、威圧的なものだったとかということがあったときに、じゃその中の何が人間の尊厳を害しているのかと、こういう話になるんだろうと思います。ですから、そういったことの中で、例えば、死ね、殺せといったものだけ規制すればいいんだよというのであればこれは簡単にある意味できるのかもしれませんが、それだけで十分かという問題がもちろん出てくるわけですよね。
 そうすると、じゃ何を規制しなきゃいけないのか、こういう話の中でそれがうまくすくい取れるかどうかというのが実は問題になるんだろうと思います。そういったことの中で表現の自由ということがあったり政治的な言論だったりという話があるんですが、じゃどこでどう区別していくかということになるとすれば、やっぱりそういう行為によって不適切だということが起きてくるわけですけれども、その不適切だということによって一体何が害されているのかということ、これを具体的に見ることだろうと思いますね。
 そこの中で具体的に害された権利の侵害というものがあるのであれば、これはそれを救わなきゃいけないねというようなことになるかもしれませんし、個人の権利ということではないにしても、例えば社会的に極めて解決しなければいけない具体的な不都合が生じているということがあるのであるとすれば、それはやっぱり何とか解決していかなきゃいけないねということがあるんだと思いますし、ですから、具体的に何が引き起こされているのか、それが許されるのか許されないのかということを検証して、それをどう図っていくのかということになるんだろうかというふうに思います。
 そこで、その具体的な範囲というもの、具体的な救わなきゃいけない害悪の範囲というものがきれいに書けるのであるとすればこれはきれいな法律になるのかなというふうに思うわけですけれども、なかなかそれは、あらゆるものを考えなきゃいけませんので、かなり時間も掛かるし慎重に検討しなければいけないんじゃないかなと、そんな感じがしているところでございます。
 以上でございます。
○矢倉克夫君 ありがとうございました。
 いただいた御意見を参考にして、しっかり与野党で合意をできるように頑張っていきたいと思います。ありがとうございます。
○仁比聡平君 日本共産党の仁比聡平でございます。
 今日は、四人の参考人の皆さん、本当にありがとうございました。
 最初に崔参考人にお伺いをしたいと思うんですけれども、お話のあった中学生の息子さんの、桜本を守ってください、桜本に入れないでくださいと訴えられたその言葉と、そうした訴えをする勇気や力を持って育ってこられたその息子さんに本当に心から敬意を表したいと思うし、御家族や地域の皆さん、そして桜本や川崎という地域がそういう子供たちを育てているということも本当に胸を打たれる思いがしました。
 そこで、その桜本に迫ってくるというヘイトデモについて、改めて参考人のそのときの思いを、感覚といいますか、受けた心の傷や痛みを少し具体的にお尋ねしたいと思うんですけれども、まず十一月の八日のデモですが、先ほどいただいたコース図を見ても、それまでは富士見公園から駅の方に向かっていた。ところが、この日初めて富士見公園から桜本に向かってくるわけですよね。このときにどう思ったか。けれども、赤で示されている予定されていたコースではなくて緑色のコースに変わったということなんだと思うんですね。これはどんな力で変えることができたのか、そこはいかがでしょうか。
○参考人(崔江以子君) ありがとうございます。
 川崎では十二回ヘイトデモが行われてきていて、今お話にありましたように、最初の十回は駅前方面に向かっていました。差別はいつでもどこでも駄目だと思います。ヘイトデモもいつでもどこでも駄目だと思いますが、駅前に向かっていくデモに関しては、私たちそこに暮らす者は、駅前に行くことを回避すれば、駅前にさえ行かなければそのヘイトスピーチを聞くこともなく、ヘイトスピーチから逃げることができますが、直近の二回、十一月八日、一月三十一日は私たちの暮らす町にやってきたわけです。そして、その私たちの暮らす町が、先ほどからお話をしている、違いが豊かだと日本人も外国人も共に尊重し合って暮らしている町、そこに土足で、その共生の町、私たちの暮らしへの、共生への挑戦といいましょうか、その共生を破壊するかのような攻撃性を持って向かってきたということとして受け止めて、大変ショックを受けました。
 子供たちが自身のルーツを隠さずに民族名を名のり、自分の母親の作る自分の国の料理をおいしいよと隠さずに胸を張って言える、地域のお祭りで朝鮮のプンムルノリ、楽器の演奏をすると日本人の皆さんが本当に喜んでくれる、そんな豊かな町に攻撃性を持って向かってきたことは大変つらいことでした。今までは駅前に行かないで回避をしてきましたが、今度は私たちの町を、私たちの普通の暮らしを守らなければいけない、そういう思いで抗議の意思を示そうと勇気を振り絞りました。
○仁比聡平君 その十一月八日は、地域の方々も含めてこのヘイトデモを入れさせないために随分大きな声が上がったというふうに聞いていますが、そんな感じですか。
○参考人(崔江以子君) カウンター活動をされている方々だけではなくて、地域の人たちが町の入口の角に立ち、私たちの町は差別を許さないんだという意思表示をして抗議をしました。商店街の方であったりですとか、音を聞いて、相手の主張を聞いて、とんでもない、ひどいというふうに家から飛び出してきて抗議をされていた地域の方もいらっしゃいました。小さな子供の手を引いて、子供と一緒に私たちの町に差別者は入ってくるなというふうに意思表示をしていた地域の方々もいらっしゃいました。
○仁比聡平君 そうした力で私は直前にあの緑のコースに変更させたんじゃないかと思うんですけれども、ところが、一月三十一日は曲がらなかったわけですよね。そのまま桜本の中心部分に向かってくるその赤いコースを、赤いコースというか、もう一つの方の資料でいうと青いコースを進んで、追分の交差点を桜本の方向に曲がったわけですね。
 このとき崔さんがどんなふうに感じられたか、その言わばUターンしていくところが先ほど参考人おっしゃっていた信用金庫などを含めて生活の中心、生活の場なんだとおっしゃったところの辺りなのかなとも思うんですけれども、そのときの思いをもう一度聞かせてもらえますか。
○参考人(崔江以子君) 十一月八日に住宅街にはデモが入ってきましたが、集住地域の中心である桜本の町は守られたわけですが、一月三十一日も、その十一月八日の混乱もありましたし、まさか桜本には来ないであろう、駅前方向に進んでいくのかなというふうに思っていましたので、この地図にあります三番の追分交差点から桜本方面に警察に守られながらひどい主張をする人たちの列が向かっていったときには、桜本の町で本名を名のり、違いを大切にされて育ち合っている子供たちの顔が浮かび、もうこんなことはちゃんと大人が早くルールを作ってもらって終わらせる、あなたたちの共に生きよう、共に幸せにというメッセージ、あなたたちが記してくれたメッセージは、この一回だけで、この一回だけ示して終わらせて博物館行きにしよう、もうこの一回で彼らにヘイトデモをやめてもらえるようにちゃんと示してくるからねというふうに約束をして迎えた一月三十一日でした。
 しかしながら、駅前方向に帰るのではなく、私たちの町に向かってきました。正直、どうしてこんなひどいことが私たちの暮らしに起きるんだろう、どうして大きな声で涙を流しながら、差別をしないでください、私たちの暮らしを壊さないでくださいってお願いをしなければいけないのか。そのお願いする言葉は、残念ながら、彼ら、ヘイトデモをする人たちには届かずに、大変大きな厳しい声が飛び交い、結果的には桜本の町はあの交差点で強く町に入るなと抗議をする人たちの思いによって守られましたが、あのときに彼らが桜本に向かってきた、桜本に向かうことを許可されて向かってきたことで本当に心が殺された思いです。
○仁比聡平君 写真を拝見しても、玄関口まで侵入してくる。皆さんから見れば、警察が導き入れるようにも感じられたのではないか、そんなふうにも思うんです。
 もう少し崔さんに伺いたいのですが、人権救済の申告をハルモニもされています。趙良葉さんの、この申立書の四ページ目拝見すると、この年になってなぜ出ていけと言われなければならないか、これまでの自分の人生を一切否定するかのようなひどいヘイトスピーチという言葉に、七十八歳になる趙さんのこれまで生き抜いてこられた人生そのものを否定するといいますか、そうしたヘイトスピーチの人権侵害の許せなさといいますかね、を感じるんですけれども、趙さんはどんな思いでいらっしゃるんでしょうか。
○参考人(崔江以子君) 自分はもういいと、ただ、子や孫の世代がどうしてこんな思いをしなければいけないんだというふうに趙良葉さんはおっしゃっていました。こんな社会だと、自分の祖母が朝鮮半島にルーツがある人間だということを孫が外で語れなくなる、子供たちや孫が自分のルーツを隠すようになってしまうのではないかということを大変胸を痛められていました。趙さんは今までも大変たくさん御苦労をされて、いろいろな被差別体験がおありなんですが、今回のこのヘイトスピーチに関することが今までで一番しんどいというふうにおっしゃっていました。
○仁比聡平君 申告について、申し立てられたわけですけれども、政府に望むことがあれば一言お願いしたいと思います。
○参考人(崔江以子君) 行政機関にお願いをしても根拠法がないからといって具体的な対策を講じていただけなかったので、もちろんその法整備は強く望んでいますが、わらをもすがる思いで、あるを尽くす思いでこの申告制度を使いました。
 この申告制度は、名を名のり、当事者性を持って申告しなければいけません。申告することによってさらされる恐怖ももちろんあります。申告したことがメディアで報じられた後に、私の中学生の息子は私に対して、オモニ、駅のホームで電車を待つときは前には立たないでね、顔がもう新聞に載っているんだよ、何かあったら困るから駅のホームでは後ろの方に立ってねというふうに、申告をして、申告をしたことを報じるメディアを見たインターネット上の、いわゆるこれもヘイトですよね、誹謗中傷に触れてしまった私の息子は、更に私の被害を心配をしています。ヘイトスピーチに傷ついて、その傷を訴えることで二重三重の痛みや苦しみを今受けています。
 申告をしました。具体的に実効性のある判断をしていただきたいというふうに思っています。
○仁比聡平君 三人の参考人の皆さんに詳しくお伺いする時間がなくなってしまって本当に申し訳ないんですけれども、時間の関係で金参考人に一問だけ。
 浅野参考人やギブンズ参考人の御議論の前提にも多様な価値観と表現の自由というものがあると思うんです。そうした多様な価値観や表現の自由とヘイトスピーチの違いといいますか、ここをどう根本的にお考えか、お聞かせください。
○参考人(金尚均君) 多様な価値観というものは、これ日本の社会におきましても憲法が保障しているところであると存じます。このヘイトスピーチというものは、まさに、一つは、多様な社会というものを否定する、一定の自分たちとは違う者を否定する、そういったことを扇動する表現です。したがいまして、それはまさに、多様な価値観を目指す、これから人権大国を目指す日本社会とは真っ向から反するものというふうなことです。
 何よりもここで問題なのは、人間であるということが否定されている。この社会がなぜあるかということは、まさに人間が人間として生きるためにあるわけです。それを否定する表現が、まさにそれが憲法二十一条で保障されている表現の自由かと言われますと、私はこれは全く違うというふうに考えています。
○仁比聡平君 ありがとうございました。
○真山勇一君 維新の党の真山勇一と申します。
 今日は、四人の方から人種差別そしてヘイトスピーチという問題について御意見を聞かせていただきました。ありがとうございました。
 私は、やっぱり率直に感じるのは、特に当事者の崔さんのお話というのは私の心を強く打ったんですけれども、やっぱり大人の世界の対立ですとか憎しみですとか差別というものがもう子供の世界にまで入ってきているということ。やっぱり、子供たちの目の前で殺せとか死ねとかという、こんな乱暴な言葉を使われたらやっぱり子供たちがどれだけ恐怖におののくかということも現実の問題として私はよく分かったという、そういう気がしております。そういうためにも、やっぱりこの差別、特に言葉の、余りにもひどい言葉の差別というのは、これは何とかすべき問題なのかなという思いをもう一回ここで改めて思いました。
 こうした恐怖をあおる、差別をつくるような言葉とか行動というのは、やっぱりここへ来て不幸にしてどんどんどんどんエスカレートしているんじゃないか、私はそういう気がします。どこかでやっぱり何か歯止めというのを掛けていかないと、これは大変大きな問題になるなと。これがありきたりの、ひどいですねとか、あってはならないことですねという言葉だけでもう解決できるような状態ではない、限界に来ているというような、そういう感じもします。
 ただ、その一方で、やはり、今日の意見の中でも出た表現の自由ということも私は多様性の問題から大変大事な問題であるというふうに思っています。私は、実はこの議員をやる前に放送業界で、テレビの世界で働いていたということなので、特にその表現の自由ということについては大変大事なことだというふうに思っています。その表現の自由ということが大切だと思っていても、やっぱり一定の歯止めは必要だ、自主規制は必要だというふうな放送界の考え方があります。ですから、やはり私たちが日々ニュースを伝えるという仕事をやっていたときにも、民族の問題、人種の問題、それからいろんな人の職業、仕事の問題、それから身体的欠陥の問題、こうしたことについてはやはり自主規制で触れないようにするのが当然のやり方ということでやってきました。
 それで、よって不便を感じたかどうかということもあるんですが、やはり言葉、言葉というのは大事だと思うのは、やはり言葉も多様性があっていろんな言い方があってもいいかもしれないけれども、ある部分やっぱり自主規制で言えなくなるということは非常に厳しい部分も私は感じてきました。ただ、私はこの放送界の自主規制というのは、これは正しいやり方だというふうに私は思っています。ですから、本来ならばこうしたやり方が望ましいんではないかというふうには思いますが、現実はそうはいかない面があるということを今日よくお話で分かりました。
 そこで、伺いたいと思うんです。まず、お一人お一人ということで伺いたいんですが、まず質問の方を言わせていただきます。
 浅野参考人にお伺いしたいのは、やはり今申し上げたように、規制をすることと表現の自由、この辺で、例えば禁止して法律を作った場合、そして禁止した場合ですね、やはり言論の自由、表現の自由ということに何か影響が出たり損なわれたりするというようなこと、そういうことがあるのかどうか、どういうことを具体的に考えておられるのかどうかということをお伺いしたいというふうに思います。
○参考人(浅野善治君) どういうことが影響があるかというと、そういったことが言えなくなるというのは、一つそれは表現の自由として当然影響があるわけです。
 例えば、極端な話をさせていただくとすれば、とんでもない、社会的にとんでもない意見を持っている、これは差別ということに限らずとんでもない意見を持っている人間がいたとしますね。この人間というのもやっぱり人間として尊重されなければいけないということがありますし、その人間が自分の意見を仮に言うということがあったとして、それは社会的にとても聞きたくないような意見だとしても、誰にも迷惑を掛けない限りではやっぱり意見が言えなければいけないんだろうというふうに思います。
 ですから、そういった意味からすれば、誰にも迷惑を掛けない、社会的に特に何も影響を受ける人間もいないというような状況があるとすれば、その人間はいかにひどい意見であろうとしても自由な意見が言えるんだろうということというのは保障されているんだろうというふうにまず思うわけですね。
 ですから、そういったことで何かを言うなとかこういう話があったときというのは、当然そういった部分にも制限が掛かってくるわけですよね。そういう形の中で、今自主規制ということがありましたけれども、社会的に、放送業界に限らず、それぞれ国民がみんな自主規制をするということができれば、これが一番いいわけですね。ですから、そういったことで人権教育ですとか人権啓発をして、こういうことは言ってはいけないんだということが自分の気持ちの中できちんと根付いていくということがあればこれは一番望ましい姿なんですけど、現実はそうはいかないんだと、こういう話があるわけですね。
 そうすると、じゃ、どういう場合にその規制を掛けるんだと、こういう話になるんですが、やっぱり社会に何らかの迷惑を掛けているんだろうと、何らかの危害を発生させているんだろう、あなたの行為はという場合に、やっぱりそこで初めて規制が掛かるんだろうなというように思います。
 ですから、例えば今日のお話の中でも、ヘイトスピーチといったものの中の攻撃性ですとかあるいは恐怖ですとか、死ねですとか殺せだとかという話がありますですよね。そういったことがあるという形の中で出てくる害悪というもの、これをきちんと抑えるという意味で制限していくのであれば表現の自由というのは当然下がらなければいけないと、こういうふうに思いますが、仮にそういうものがないままに、何か気に入らないからおまえの表現は駄目だよというようなことがあるとすれば、これは表現の自由というものが保障されなければいけないんだと、そういう関係になってくるのかなと思います。それで、そういったものがきちんと明確にできるのかどうかというのが非常に難しいところなんじゃないかなと、そんな感じがいたしております。
○真山勇一君 ありがとうございました。
 次に、ギブンズ参考人にお伺いしたいんですけれども、アメリカは規制よりも自由というふうなフィールドになっているというお話を伺いましたけれども、その一方で、今日のお話にも出てきましたが、ヨーロッパは割と規制が強いということなので、お一人海外からいらした方ということで伺いたいのは、アメリカとヨーロッパのその辺の考え方が対照的に違うと思うんですね。その辺の思想的、なぜそういうふうな考え方、ヨーロッパは比較的規制という方に傾いているけれども、アメリカは自由ということを大事にするという、アメリカとヨーロッパのその辺のシステムの違いというものをどういうふうに捉えていらっしゃるか、伺いたいと思います。
○参考人(スティーブン・ギブンズ君) それぞれ長い歴史があると思いますけど、私には、最近の情勢の中で一番面白いのは、先ほど自粛とおっしゃいましたけれども、ヨーロッパで複雑な移民問題ありますよね。それぞれの政府はそれぞれの政策があって、その政策に都合の良くない情報を抑える事件、最近ありましたよね、それによってドイツを始めヨーロッパの国にいろいろ問題が起こり、まず、その言論の自由の一つの裏面は知る権利ですよね、ケルン、ストックホルムにこういう事件あった、でもこれは報道をされなかった、警察がそれを隠そうとした。それに対する反発は今ヨーロッパの政治の中に見れます。
 ですから、例えば鍋の中の沸いているお湯に蓋を掛けると一時期それを抑えることができるんだけれども、その気持ちはなくならないわけですよね。その表現を止めても、その気持ちはなくならない。アメリカの方でも、今アメリカの政治は余り深く話したくないんだけれども、共和党の中にいろいろ変なことありますよね。その一つの原因は、正しいことしか言えない、本当のところを言えなくなった、それがいきなり爆発してしまう。ですから、そういうような気持ちに強制的に蓋を掛けることは逆説的に危険ではないかというふうに感じます。
○真山勇一君 ありがとうございました。
 時間がないので、皆さんにちょっとお伺いしたいので、次は金さんと崔さんと続けてお答えいただいて結構だと思うんですが、是非お伺いしたいのは、お二人は当事者ということで、規制はもう必要であると、何とかこのヘイトスピーチというものをなくすためには法律も必要だというふうな考えというふうに伺いました。
 やっぱり、その一方で、何とか自主規制、自主的な努力という、そのぐらいの軽いものでもう今できない状態ではないかなと私自身も思うんですけれども、やはり法律で規制するということよりも、例えば教育であるとか、あるいはいろいろな方法でそうした差別をしないということを確立していくということも、ソフトなやり方での方法もあると思うんですけれども、そういうやり方で今の要するに状態というものが改善されるのかどうか、やはり法律というものでやっていかないと今の状態というのは変わらないんじゃないか、どちらの方にお思いになるかということを金さんとそれから崔さんとお伺いしたいというふうに思います。
○参考人(金尚均君) 私が考えておりますのは、まさに最終的には私たち市民による自己解決能力、これに差別の問題の解決は懸かっているかと思います。その意味でいいますと、法律というものはその一助にすぎないというふうに考えています。
 今回の法案についても、いわゆる国並びに地方自治体の施策の基本をつくるというふうなことが目的ですので、それを一つのきっかけとして社会並びに教育の現場にこの法律に基づく人種差別の禁止の理念、そしてそれの現場での実践というものがあり得ると思うんです。それが現在ないというところがやはり社会的に問題であって、それがゆえに表現の自由の名の下に差別的な表現が学校現場ないしは社会において蔓延しているというふうに私は考えています。
○参考人(崔江以子君) ありがとうございます。
 教育ももちろん必要です。教育も法も両方必要だと思います。
 以上です。
○真山勇一君 崔さんにやっぱりもう少しそうするとお伺いしたいと思うんですが、やっぱり当事者としてはやはり耐えられないという部分があって、やっぱりそういう思いが今日のお話の中でもたくさん出てきたと思うんですが、やっぱり一つは、何というんですかね、法律で決めるんではなくてお互いに理解をし合う、本当にちょっとそんな甘いもう段階は通り越しているというふうに多分崔さんなんかはお思いかもしれませんけれども、やっぱり表現の自由という、ある部分から見ればやっぱり法律で決めるということは大変厳しい部分も私はあるんじゃないかというふうに思うんですが、その辺り、私ももうそこは通り越しているという気持ちもあるんですけれども、やっぱり一番現場に近い当事者としてその辺もう少しお話ししていただけると有り難いなと。
○参考人(崔江以子君) もちろん、対抗言論で抑えられるものであれば抑えたいですよ。私は民族名を名のって生活をしています。桜本地域の子供たちも、民族名を名のり生活している子供たちが大切にされています。もちろん、対抗言論で解決できた方がより良かったかもしれません。ですが、そういう段階ではありません。
 私自身が、今、まさか今このときに、法律を作ってもらって命を守ってもらわないと命の危険を感じるような生活になるなんて思ってもいませんでした。私たちは、法律を作ってもらって何か自分たちに都合のいいフィールドを整えていただきたいのではありません。ヘイトスピーチに心を傷つけられ乱される前の平穏な普通の日常を取り戻したいだけです。
 自分の子供がエレベーターのような密室に入ったときに、あの密室の中で隣り合った人があのヘイトスピーチをする人かもしれないという恐怖でエレベーターから逃げ出したくなったりとか、駅のホームで自分の母親が突き落とされるんではないかという心配をする。対抗言論で解決していただけるんでしたら、是非現場にいらっしゃって、あのヘイトスピーチをする方々を言論でもって皆さんで説得をして改心させてください。
 以上です。
○真山勇一君 よく分かりました。
 ありがとうございました。
○谷亮子君 谷亮子と申します。
 本日は、人種等を理由とする差別の撤廃のための施策の推進に関する法律案につきまして、参考人の方々への質疑ということでございまして、大変お忙しい中、本委員会に御出席いただきまして、ありがとうございます。
 本法律案は、日本国憲法及びあらゆる形態の人種差別の撤廃に関する国際条約の理念に基づき、人種等を理由とする差別の撤廃のための施策を総合的かつ一体的に推進するため、人種等を理由とする差別の禁止等の基本原則を定めるとともに、人種等を理由とする差別の防止に関し、国及び地方公共団体の責務、基本的施策その他の基本となる事項を定めようとするものでございまして、昨年五月二十二日に民主党・新緑風会、社会民主党・護憲連合、無所属議員の皆様より本院へ提出されまして、六月二十四日に本委員会に付託されたところでございます。
 その後、本委員会では、八月四日に発議者からの趣旨説明を聴取させていただいた上で、八月六日に発議者及び政府に対しまして質疑が行われました。
 私の方からは、本法律案が提出されるに至った経緯及び趣旨、また我が国が加入してから二十年以上が経過した人種差別撤廃条約を踏まえた内容が本法案の各規定に具体的にどのような形で盛り込まれているのか、そして本法律案が我が国から人種差別を根絶していくためにどのような役割を果たすのか、また政府として人種差別撤廃条約への加入を受けての国内法整備をこれは新たに行おうというお考えがあるのか等について質疑をいたしたところでございます。
 こうした経緯と現況を踏まえまして、本日御出席の参考人の皆様へ質問をさせていただきたいと思います。四人の参考人の皆様に、それではお一人お一人御意見を伺わせていただきたいと思います。
 昨年八月六日に行われました本法案の審議におきまして、人種差別を根絶していくために本法律案がどのような役割を果たすのかについて発議者に伺いましたところ、本法律案は基本的には理念法であり、人種差別が違法であることを明らかにする具体的な処分あるいは手続を定めてはいないが、本法律案が成立した後、国や地方公共団体において人種差別をなくすための措置を講じることにより、人種差別を許さないという施策が次第に浸透していくことにより、具体的な効果を発揮していくことが期待される旨の御答弁をいただいたところでございます。
 このように、本法律案は人種差別根絶に向けての理念法であるということでございますが、本日御出席いただきました参考人の皆様におかれましては、法制化の前に国として人権教育の強化や啓発活動を通じて社会全体の意識を向上させていくことが必要であるとお考えになられる方、また本法律案を早期にこれは成立させるべきとお考えになられる方、今後この法案の審議が深まりを、更に広がりを見せ、また成立した場合、我が国から人種差別を根絶していくためにどのような役割を果たすことができるとお考えになられるのかについて、それぞれ四人の参考人の皆様に順次御意見を伺いたいと思います。
○参考人(浅野善治君) 今、谷先生の方からいろいろお話がございました。
 これ理念法だからという話があって、一つは、理念法だから余り具体的なことが書いていないからその辺のところの問題もある意味厳格なものでなくてもいいんじゃないかというような御趣旨もあるかと思いますが、ただ、理念法といいましても、今回の法案というのは、実は三条、四条、五条と基本原則を定めておりまして、三条というのは具体的に禁止するような行為というものが書かれておりますし、四条では確実にこういう人種等を理由とする差別が防止されなければならないというような基本原則が定められておりまして、さらにその上で、六条で国と地方公共団体の責務ということで、こういう人種等を理由とする差別の防止に関する施策を総合的に策定し実施しろと、こう言っているわけですから、そういうその基本原則が達成されるようなことを、あらゆることをやりなさいということ、これを国と地方公共団体の責任として位置付ける、こういう話になりますので、一体何が行われるのかということにつきましては全く限定がないわけでして、先ほど言ったようなことがどんどん行われていくようなこともあるいは考えられるかという話になるわけですね。
 ですから、そういった意味で少し歯止めを掛けておく必要があるのかなというようなことでお話をさせていただいたわけですけれども、人権教育、人権啓発ということについては、これはもうどんな状況であろうと積極的にやらなきゃいけないということはもちろんだろうというふうに思っておりますが、さらに、その上で、こういう具体的な何か規制をするような法律というものを、具体的な規制のイメージが出るような法律というものが更に必要になるのかならないのかといったときに、やはりそのときに、例えば命の危険を感じるということがあるとすれば、その命の危険を感じるようなものだけを切り取って規制をするということがあればいいのかなというふうに思うわけですが、そうすると、例えば現行のあらゆる刑罰の規定もございますけれども、そういったものがまず動くことというのが一つ大きな動きになるのではないかなというふうに思います。
 例えば、今日聞いておりましたところの中でも、本当にそんなひどい状況が生まれてくるんであれば、そういう現行法の処罰規定というものが適用されていくということがあるとすれば、そういうデモが行われればこういう処罰規定が動くんだということがはっきりするわけでしょうし、そうするとまたそれで一つ大きな効果になるのではないかなという感じがいたします。
 非常にひどいデモがあっても何にも誰も動いてくれないじゃないかというところがすごく今日参考人の御意見の中から私が感じたところでございますが、そういうときに、例えば現行法の規定がきちんと動いて処罰がきちっとなされるということがあるとするとまた変わってくるんじゃないかなという感じもいたしますし、そういったことも含めて、一体どういうような形でこの新法を検討していったらいいのかということになりますと、慎重に検討していく必要があるんじゃないかと、そんなふうに感じたところでございます。
○参考人(スティーブン・ギブンズ君) 大変失礼かもしれませんけれども、私は十三歳のとき、アメリカ全国の柔道大会、優勝しました。(発言する者あり)ありがとうございます。
 私は今職業は弁護士で、これは英語ですけれども、ゼア・イズ・ノー・ライト・ウィズアウト・ア・レメディー、救済のない権利はそもそも権利じゃない。で、この法律はそういうような中途半端な訳の分からないものになっているかなと。
 そういうような具体例は六法の中にいっぱいあります。例えば、私は主に会社法をやっていますけれども、株式会社の役員会は、何条か忘れましたけれども、少なくとも年に四回集会しなくちゃいけないというルールがありますけれども、よくお客さんに聞かれるのは、もしもそうしなかったらどうなるんですかと。何もないわけですよね。ですから、それやっちゃいけないと書いてあるんだけれども、もしもやったらどうなるんですかと。別にどうでもいいと。
 特に、これは条約を実行するためにこれから実施する法律であって、海外から、実施したときは、この法律は骨抜きでしたねと逆に批判されるリスクもあるんじゃないかと思いますよね。ですから、最初からこれは、理念であればそれをより明確にした方がいいんではないかと私は法律の専門家として思います。
 以上です。
○参考人(金尚均君) 私は、今回の法案というものはいわゆる理念法というふうなところで非常に弱いというふうな批判がございますけれども、これを機に例えば被害実態調査を政府が行う、そして地方自治体が行う、これは一つ非常に意味がございます。
 例えば、私のレジュメの二ページ目にありますように、人種差別実態調査研究会という、いわゆる私的な研究者が集まって手弁当でこのような研究をされているわけです。また、私たちも、いわゆる民間の研究者が高校生を対象に被害実態調査をしている。これはなぜ民間の私たちがしているかということなんですけれども、国がやらないからです。それは、いわゆる差別実態、人種差別実態というものが、あるものがなかったことにされている、なかったことにされてきた、これが今、日本社会の現状です。これを変える第一歩というふうに今回の法律を位置付ける。そうすると、単に救済がない、ないしは刑事規制がないというふうなこととはまた別の議論がこの法案でその意義として生まれてくるかと思います。
○参考人(崔江以子君) ありがとうございます。
 私は専門家ではありませんので、なかなかお答えするのが難しい立場にはあるんですが、お願いを話させていただきます。
 先ほどからお伝えしていますが、国が中立ではなくてヘイトスピーチをなくす側に立つことを宣言して、差別は違法だとまず宣言してほしいんですね。親が子の前で死ね、殺せと言われる、子が親の前で死ね、殺せと言われる、このことから法でもってしか今守ってもらえないんですよ。ですから、まずこの法案をすぐにでも成立させてほしい、お願いする立場です。
 それから、差別は悪い、じゃ、その悪い結果をそのまま放置するのではなくて、悪い状態を回復するための手段として、そして根絶のためにこの法律の議論をしていただきたいとお願いさせていただきます。
 以上です。
○谷亮子君 もう本当に大変貴重な御意見をそれぞれの参考人の皆様から本日いただいたというふうに思います。
 先ほどギブンズさんからお話しいただいた救済のない権利は救済ではないといったことも、非常にこれは意味が深いところがあるというふうに思いますし、やはり日本の現状を見てみますと、表現の自由との関係、これよく言われるんですけれども、そしてさらには罪刑法定主義との関係につきましては、いずれもこれは日本国憲法との問題もありまして慎重な検討が必要であるということはこれまでも議論されてきていますし、私も承知しているところでございます。
 しかし、実際に起こっているこうした問題としてこうした形で議員立法によって本法律案が本委員会で審議されているということは、やはり人種差別は許されるべきことではない、よくないことであるということがやはり現在審議をすることによって、現在日本にはそうした人種差別を規制する法律がないということに関しましては、少しずつ法律を作るという意味では前進をしてきている審議になってきているのではないかなという考え方もあるというふうに思います。
 やはりこうした現況を見ますと、日本には人種差別があるということを認めることになるから法律を作らないのか、それとも、日本には人種差別がないからそうした法律を作る必要はないよとお考えになられているのかという質疑を前回の本委員会の質疑でも政府に対してさせていただきましたけれども、本日賜りました参考人の皆様からの御意見を参考にさせていただきながら、今後より良い審議を深めていけたらいいなというふうに思っております。
 ありがとうございました。
○委員長(魚住裕一郎君) 以上で参考人に対する質疑は終了いたしました。
 参考人の方々に一言御挨拶申し上げます。
 本日は、長時間にわたり御出席を賜り、貴重な御意見をお述べいただきまして、誠にありがとうございました。委員会を代表して厚く御礼申し上げます。(拍手)
 本日の審査はこの程度にとどめ、これにて散会いたします。
   午後三時十八分散会