第193回国会 北朝鮮による拉致問題等に関する特別委員会 第3号
平成二十九年五月十日(水曜日)
   午後二時開会
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  出席者は左のとおり。
    委員長         山谷えり子君
    理 事
                北村 経夫君
                島村  大君
                白  眞勲君
                山本 博司君
    委 員
                青山 繁晴君
                赤池 誠章君
                井上 義行君
                衛藤 晟一君
                塚田 一郎君
                中山 恭子君
               三原じゅん子君
                山崎 正昭君
                大野 元裕君
                川合 孝典君
                柳田  稔君
                横山 信一君
                武田 良介君
                高木かおり君
                伊波 洋一君
   事務局側
       常任委員会専門
       員        宇佐美正行君
   参考人
       北朝鮮による拉
       致被害者家族連
       絡会代表     飯塚 繁雄君
                横田早紀江君
                斉藤 文代君
       北朝鮮に拉致さ
       れた日本人を救
       出するための全
       国協議会会長
       麗澤大学客員教
       授        西岡  力君
       特定失踪者問題
       調査会代表
       拓殖大学海外事
       情研究所教授   荒木 和博君
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  本日の会議に付した案件
○参考人の出席要求に関する件
○北朝鮮による拉致問題等に関しての対策樹立に
 関する調査
 (北朝鮮による拉致問題等に関しての対策樹立
 に関する件)
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○委員長(山谷えり子君) ただいまから北朝鮮による拉致問題等に関する特別委員会を開会いたします。
 参考人の出席要求に関する件についてお諮りいたします。
 北朝鮮による拉致問題等に関しての対策樹立に関する調査のため、本日の委員会に参考人として北朝鮮による拉致被害者家族連絡会代表飯塚繁雄君、横田早紀江君、斉藤文代君、北朝鮮に拉致された日本人を救出するための全国協議会会長・麗澤大学客員教授西岡力君及び特定失踪者問題調査会代表・拓殖大学海外事情研究所教授荒木和博君の出席を求め、その意見を聴取することに御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○委員長(山谷えり子君) 御異議ないと認め、さよう決定いたします。
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○委員長(山谷えり子君) 北朝鮮による拉致問題等に関しての対策樹立に関する調査を議題といたします。
 本日は、五名の参考人の方々から御意見を伺います。
 この際、参考人の方々に一言御挨拶申し上げます。
 本日は、御多忙のところ本委員会に御出席いただき、誠にありがとうございます。
 参考人の皆様から忌憚のない御意見を拝聴し、今後の調査の参考にいたしたいと存じますので、よろしくお願いいたします。
 それでは、議事の進め方について申し上げます。
 まず、飯塚参考人、横田参考人、斉藤参考人、西岡参考人、荒木参考人の順序でお一人十分程度で御意見をお述べいただき、その後、各委員の質疑にお答え願いたいと存じます。
 また、御発言の際は、その都度委員長の指名を受けることになっておりますので、よろしくお願いいたします。
 なお、参考人、委員とも御発言は着席のままで結構でございます。
 それでは、まず飯塚参考人からお願いいたします。飯塚参考人。
○参考人(飯塚繁雄君) 本日は、参議院で特別委員会、当然目的は拉致問題の解決ということに目的を持っているようでございます。
 委員の先生方は当然御存じのように、この問題が発生してから、また我々が活動し始めてから、そして十年前に拉致対策本部ができてから、相当時間がたっているわけですね。こういった問題は非常に難しさがあるかもしれませんが、やはり一番基本なのは日本の国民が拉致をされている、その実態を理解していながらなかなか解決の糸口が見えない状況が長過ぎるんですね。
 我々拉致被害者の家族も状況がどんどん変化して、具体的に言えば、私の兄弟も二人もういなくなりました、当然母親もいなくなりました。そういうことで、各家族が非常に抱えている問題が続々出てきている状態、これはもう一日も、一刻も許せないという実感は相当私たち強いわけです。
 そこで、私たちは家族会としてできることを十分活動をしてまいりましたけれども、確かに国民の世論の啓発については相当盛り上がってまいりました。そしてまた、この問題を取り扱う各いろんな組織、そしてまた国会の中でも議論は出ておると思いますけれども、なかなか具体的な動きが見えないというのが非常に残念です。
 今日の目的も対策樹立に関するということになりますが、とにかく私たちはもう待てないというのは全ての家族の実感、思いであります。そして、その思いを、先日、四月、国民大集会を開き、私たちはその方針の中に、今年中に、本年中に解決をという強い意思を持って取り組む覚悟でございます。したがって、この言葉が、言葉の重みがそれぞれの先生方には通じていると思いますけれども、とにかく早くしてほしいというのが私たちの願いです。
 取り巻く状況はかなり混沌としておりますが、私たちが言っているのは、どんな状況にあろうともこの拉致問題は別問題であり、国の最重要課題であり、また、安倍内閣については最優先課題で取り組んでいくという強い意思をもらってはおります。今年中にこの問題が解決しなければこれは大変なことになるという、私たちはある覚悟をしております。
 これは当然、各党、要するに超党派でこの問題を取り組んでいくというお話でございますので、与党がやればいいということではないはずですが、そしてまた、国民の世論の中にも、最近に至っては政府に対する後押しといいますか、本当にやる気があるのか、やっているのか、いつまでにやるのかという、そういった声が国民の中にも増え続けております。
 当然、この問題については、あらゆる状況を判断し、分析し、決断をしなきゃいけないという場面が相当多いんですけれども、その中には、最近に至って、北朝鮮の蛮行が重ねられている、ミサイルあるいは核実験その他、非常に状況が、情勢が混沌としている。その中で、またアメリカの大統領が替わった、そして昨日また韓国の大統領が替わった。いろんな条件でこの拉致問題が話題から外れることを私たちは恐れているわけです。優先順位とすれば、当然私たちとしては第一優先ということでお願いしたいわけですけれども、その状況判断の中でやはり拉致問題が置いてきぼりにされないように、せっかく掲げた旗が振り飛ばされないように、これをいつも私たちは気にしております。
 したがいまして、この対策については当然今の安倍内閣が主導的な立場で進めていくわけですけれども、やはり、これは先ほども言いましたように、国会では超党派で進めていくという前提が今もはっきりしているわけですので、この拉致問題の解決については、それぞれの立場、考え方がありますけれども、やはりこれは、この問題というのは誰から見てもあってはならない問題であるということはお分かりだと思いますけれども、とすれば、そういった協力関係といいますか、この対策に関して国会でもあるいは党派でもベクトルを合わせて、是非見える形でやっていただきたいと。
 私たちは、言ってみればもう評論は要らないと。あらゆる問題、いろんな評論家の先生方たくさんおります。あるいは、それらしき人もたくさんおります。お話を聞けばもっともだということを感じますけれども、それで何をやってくれるんですかというふうな私はいつも問いかけをしているところでございます。したがって、これは単に、救出活動が、国としてあるいは議会として今頑張っています、やっていますというような話はたくさん聞きます。私もそれを認めております。やっていただいているんだなと、そういう実感はあります。しかしながら、これも何回も言うようですけれども、で、どうなったのというところまでなかなかつながらないのが非常に残念です。
 当然ながら、北にいる被害者たちはもう我慢の限界を超していますよね。もう精神的にも束縛され、あるいは肉体的にも病気あるいは栄養その他のことを考えれば、本当に助けに来てくれるのかしらという疑問符さえ付きそうな年代が、時期が過ぎてしまっているわけです。
 いろいろ情報によれば、被害者の情報が結構入ってきております。具体的には、これ私の話ですけれども、田口八重子は生きているというような情報がかなりあります。生きているのが分かっていながら何ですぐ取り返せないのかというのは全く我々の素朴な疑問でございます。
 したがいまして、こういったことも考え合わせながら、是非とも本年中に全ての被害者を救出していただくべく、また一段の御努力をお願いしたいということでございます。
○委員長(山谷えり子君) ありがとうございました。
 次に、横田参考人にお願いいたします。横田参考人。
○参考人(横田早紀江君) 皆さん、こんにちは。日頃は本当にたくさんの御尽力をいただきまして、本当に心から感謝しております。
 この北朝鮮による拉致という問題は、本当に私たちが、めぐみがいなくなって二十年間というものは、全くどこに行ったか分からない、何で消えたのか分からない、何にもない、どんな持ち物も出てこない、誰からも連絡も来ないという不思議なことが一瞬にして起きて、そして、どうしてこの子がいなくなったんだろうといつも食堂の椅子を眺めて、何でここにあの子がいないのと言いながら、毎日泣きながら、畳をかきむしって絶叫して泣きながら過ごした新潟時代でした。
 何があったのか分からない、本当に私たち自身も、親として正しかったんだろうか、誰か悪い人がいたんだろうか、どういう人が関わっているんだろうか、自分でどうかしたんだろうかって、いろんな面から、遺体までも探しながら、もう泣きわめいて暮らしていた新潟時代を本当に今思いますが、北朝鮮による拉致だということがはっきりといたしまして、それから後は、ああ、生きていたんだ、やっぱり生きていてよかったって、生きていると思っていてよかったねって、もうこれですぐにみんな帰ってこれるよって本当に思って、みんな信頼して私たちは頑張ってきたのですけれども。
 本当に、今、もう四十年もたっていて、しかも家族会、また救う会、全国民の皆様方の絶大なる御支援によって、拉致問題のために、本当に救出のために多くの力をいただいているにもかかわらず、五名の方と御家族がお帰りになったまま。そしてその方たちから向こうでの様子を、いろんなことを教えていただいて、ああ、そんなふうに暮らしていたのか、かわいそうだったなっていろんなことを思いながら、また違った苦しみの中で頑張ってまいりましたけれども。
 これは、隣国である北朝鮮という国家犯罪によって、金正日の指令によって工作員が仕立て上げられ、屈強なそのような人たちがたくさんいろんな国々に散らばされて、そして他国の若者を拉致をしてきなさいという指令を出したということがはっきりとしてきているわけです。そのような恐ろしいことを堂々と行う国がすぐ隣にあったということを私たちはもうびっくり仰天しました。
 その頃は、やはり皆さんも、訴えても、そんなことって本当ですかって、いや、署名なんて、そんな変な署名できないですよっていうことで署名の板をたたきつけられたりしながら、それでもめげずに多くの方々に訴えてきまして、署名だけでももう一千万超える署名の束をいただいております。本当はその署名を、一筆一筆書いてくださった署名簿を私はいつも、どこに置いていただいているのか分かりませんけど、どのぐらいの物量があるんだろう、一千万名という皆さんのお心がどのぐらいあるんだろうかと。その署名の前で、家族会はみんな感謝の気持ちで、みんな、国民の方、あなた方のこの署名はこんなにあるんですよって、ありがとうございましたって言いたいので、マスコミの方にそれを映し出してくださいと何度もお願いをしておりますが、なかなか実現をできておりません。
 そして、本当にこのようなことが工作員によって行われ、そして、いろいろと楽しみに、自分で絵を描いたり本を読んだり、どんなふうに人生を過ごしていこうかとそれなりに思っていた子供たちが、あっという間に煙のようにこの国から消えてしまって、何十年たっても助けてあげることができない。そして、これだけの人たちが、皆さんが頑張ってくださるのに何にも分からない。めぐみの声も姿も、手紙すらない。孫の姿だけは、本当に私たちの場合は特別にそれがはっきりとしましたけれども、あとのことは全く分からないままで、家族はみんな年を取っていきます。
 そして、朝鮮総連という言葉がよく今は本当に言われておりますけれども、ずっとこうやって考えてみると、確かに日本の国内は平和に見えますが、一つよく考えてみれば、そういうふうな悪いことをやっている国の、丸々そのようなままのような人たちがこの日本の国家の中にどんと居座って、建物もあり、そしてその中で、工作員たちが入ってきてはそこに入って指令をまた向こうに伝える、日本のいろんなことを伝えるというようなことが堂々と行われ続けていたのではないのかなと私はこの頃思っております。そのようなのんびりとしたことで、拉致問題だけでなくてあらゆることがそういうふうに行われ続けていれば、それはもう絶対にうまくいくわけはないのであります。
 そして、今も制裁を、日本国も、いろんな国々が、中国までもがようやくちょっと腰を上げてくださって制裁というのが大きくなってきておりますけれども、先日の新聞を見ますと、日本のある企業の一部の方が、やはりほかのところを迂回してたくさんの支援物資を北朝鮮の方に流しているということがはっきりとしたということで今取り調べられていると思いますけれども、どうしてそういうふうな、国家の中でそういう、日本人でありながらそういうことをする人がいるのかということが本当に私は信じられない思いなんです。
 お一人お一人が、自分のお子さんが本当に今日帰ったら帰ってこなかった、消えてしまって何にも分からなくなった、そういう思いを持たれたとき、それが北朝鮮であったということが分かったとき、お一人お一人は、私は本当にお尋ねしたいんです、どんな態度をお取りになるんでしょうか。やっぱり街に立って街頭署名をなさるんでしょうか。いろんなところに行って講演会をなさるんでしょうか。どんなに疲れても頑張ってあげようと思われるんでしょうか。それは、御自分のお子さんだけでなくて、この国家がその他国によって汚されているということ、堂々とそれが今もまかり通っているということ、そのことを何とかきちっとしない限りは、日本は本当の平和が来るとは私には思えないんです。
 子供たちは、安倍総理にもお話ししましたけれども、もう日本国家に見捨てられたんだなと、私たちは、あの五人の人以外みんなもう見捨てられちゃったんだなと本当に思って、どんな悲しい思いでいるかなと毎日思っています。お父さんもお母さんも弟たちも、もうしようがないなと思っちゃったんだろうかな、私の座っていた椅子はどんなになっているんだろうかな、もう立ち退きさせられちゃったんだろうかなと思っていると思います。
 私はもう新潟時代に全部涙を流してきました。もう涙腺が全部出たような、本当にもう目が悪くなるほど泣きました。今はもう怒りでいっぱいなんです。本当に泣くことはできません。涙なんか流している場合じゃないんです。早くしないと、もうこの国家が、全体が汚されていく、どんどんどんどんまだ見えない汚され方をしていく。そして、世界もそれを見ているというような状態では日本の国家の本当の平和はないと私は思いますので、どうかこの拉致問題だけは、さすがに日本はどんなに時間が掛かっても最後までやり抜いてみんな取り返すんだね、あの国はやっぱりやるねと世界中に思っていただきたいと新聞にも書きました。私は今そのような気持ちでおります。
 どうかお一人お一人が日本人としての誇りを持っていただいて、どうか自分の子供だったら私だったらこうすると思う思いで、このことに立ち向かって、北朝鮮に向かってやっていただきたいと願っております。
 どうぞよろしくお願いいたします。
○委員長(山谷えり子君) ありがとうございました。
 次に、斉藤参考人にお願いいたします。斉藤参考人。
○参考人(斉藤文代君) よろしくお願いいたします。
 この度は、北朝鮮による拉致問題に関する特別委員会に出席させていただき、ありがとうございます。
 私、松木薫の姉の斉藤文代と申します。
 薫は、一九八〇年、スペインのマドリッドでよど号の妻たちに拉致されました。一九八八年九月六日、同じく北海道で拉致された石岡さんの自宅に手紙が届き、小さな紙切れに、石岡亨、松木薫、有本恵子、三人が北朝鮮にて暮らしているとのこと。残念ながら、私の父、松木益雄は、平成二年二月二十日、薫に会うことなく亡くなりました。朝、母スナヨが目を覚ましたとき、父は母の肩に手を伸ばしたまま息がありませんでした。
 母は、父を見送った後、認知や徘回が始まり、その姿は涙なしでは語ることはできません。今までの姿はありません。母を見たとき私が、どうしたの、お母さん、しっかりしてと言ったら、そんなに泣かなくてもいいがねと言って、私を抱き締めてくれたのを今でも覚えています。夏の暑い日でした。母の顔が汗びっしょりでした。そのとき、母と約束しました。母ちゃん、薫が帰ってくる日まで私が頑張るから待っていてねと言ったのを忘れません。
 母から薫はどこにいるのと聞かれたとき、海の向こうで元気にしているからと答えたら、それから母は、毎日バス、電車に乗り継ぎ、海岸に行き、暗くなるまで海を見詰め、テトラに座っていました。夕暮れどき、親切な方からおたくのお母さんではありませんかと電話をいただき、迎えに行く毎日になりました。
 その後、病院に入院させましたが、病院内で薫を探すようになり、足が動かなくなりました。命が大事か足が大事か、命を取りました。母は二十一年間、病院で薫を待ちましたが、平成二十六年一月十一日、父の元へ旅立ちました。九十二歳でした。私も悔いのない二十一年間の介護をいたしましたが、残念です。
 兄弟は、男の子が一人で、残り四人は女性です。父は、薫が生まれたとき、かわいいかわいいと笑顔で言い、子供ながらに皆で喜んだのを覚えています。拉致されなければ今頃は、父と約束したとおり大学の教授をして、スペインに行く前、富士山でバイトをしていた頃に付き合っていた婚約者と幸せに暮らしていたでしょうが、それすらかないません。薫に、助けてあげられず、ごめんねとしか言えません。
 拉致され三十七年、私の家族の生活は薫がいなくなったときから変わりました。優しくておとなしい弟で、勉強が大好きな子で、いつも本を持っている姿が目に浮かびます。北朝鮮では生活が一変し、思いどおりにいかず、苦労、病気をしているのではないかと、毎日父母の墓前に手を合わせて、薫を見守ってください、助けてくださいと独り言を言っています。
 帰国された地村さん夫婦に薫の話を少しでも聞きたくて、福井の浜本さんが経営されている宿に一泊させていただき、お話をしていただきました。平壌の招待所の中を散歩中の薫と石岡亨さんの二人が北朝鮮はいいところだと聞いていたけど何もないところだねと話していたとき、擦れ違った方が田口八重子さんだったそうです。日本に帰国し、資料を見たとき、薫さんと石岡さんではないかと思いましたと言ってくださいました。拉致された家族は皆元気でいるのだと少し安心いたしました。
 今度は、平成十四年九月に北朝鮮から松木薫の遺骨が提供され、別人のものであることが分かりました。また何か出されるのではと思っていましたら、二度目の遺骨を出されましたので、受け取りませんでした。全く他人の骨か動物の骨、このようなものを父母の墓前に持っていくことは考えていませんでしたから。
 薫は生きています。私は信じています。拉致被害者を日本に帰国させるためには、北朝鮮が拉致を認めて真相を明らかにし、拉致被害者の安全、生命を確保しなければなりません。もう北にいる家族も日本にいる家族も時間がありません。
 時々心が折れそうになります。朝目が覚めたら、今日も頑張れるのかなという日が多くなりました。でも、負けません。倒れるまで何でもしたいと思っています。薫に申し訳ないと思いますが、乗りかかった船です。目的地に着くまではこぐしかありません。
 薫を抱き締める日まで、国民の皆様、今ここにおられる参議院の先生方、私たちの家族の再会まで一緒になって闘っていただけることを願って、参考人の言葉といたします。松木薫の姉、斉藤文代。
 よろしくお願いいたします。
○委員長(山谷えり子君) ありがとうございました。
 次に、西岡参考人にお願いいたします。西岡参考人。
○参考人(西岡力君) 今日はこのような席をつくっていただき、ありがとうございました。
 私は資料として産経新聞の四月二十六日に書きましたコラムのコピーをお配りさせていただきました。是非それを見ながらお話を聞いていただけると有り難いと思っております。
 飯塚家族会代表からもお話がありましたが、私どもは、今年の二月に家族会、救う会で会議をいたしまして、新しい運動方針として、政府に、拉致問題を最優先とし、今年中に全ての被害者を救出することを求めるという運動方針を決めました。
 繰り返しになりますが、家族会、救う会が運動を始めて二十年になります。二十年たっても五人しか取り戻すことができない、本当に言葉にできない悔しさを覚えております。しかし、私は日本が主体的に取り組めば道は開けるというふうに思っています。国際情勢は悪くないというふうに思っております。しかし、何もしなければ拉致被害者救出の旗は北朝鮮の核・ミサイル問題の嵐の中で飛ばされてしまうだろう、ただし、主体的に日本が取り組めば道は開けるのではないかというふうに思っております。
 私は北朝鮮問題専門家としてこの間の北朝鮮の行動をずっと見てまいりましたが、彼らが何らかの譲歩をするときというのはアメリカから強い軍事的な圧力が掛かったときであります。過去に二回ありました。九三年、四年の第一次核危機のときが一回目であります。
 一九八六年に寧辺のある原子炉が運転を開始し、それをアメリカが軍事衛星で発見し、その原子炉を見ると、発電機も付いていない、送電線もない、大きさは発電にしては小さ過ぎる、実験用にしては大き過ぎる、プルトニウムを作るのに大変ふさわしい大きさの原子炉だと。そして、八九年、九〇年、九一年に、数十日間運転が止まって燃料棒が取り出され、再処理が行われればプルトニウムができてしまうということをアメリカが察知したわけであります。
 しかし、そのとき日本はどうしていたのか。金丸訪朝がありました。しかし、そこでは核問題も議論しませんでした。拉致問題も議論しませんでした。そして、その後八回、日朝国交正常化交渉がありましたが、核問題はアメリカの圧力で一定程度議論がありましたが、拉致問題は正式の協議では第三回交渉で一回だけ、それも田口八重子さんのことだけが取り上げられただけでありました。
 北朝鮮は、アメリカの軍事的圧力で追い詰められたとき、日本に向けてノドンミサイルを発射しました。富山沖に落ちました。九三年の五月のことですが、日本政府はそのことを隠しました。なかったことにした。しかし、アメリカは、このままいったらば再処理が行われプルトニウムができてしまうということで、原子炉等再処理施設を爆撃するという計画を立てていました。日本に対しても、朝鮮総連から年間千八百億円から二千億円という多額の金と物が北に送られているということをつかんで、それを止めろという強い圧力が掛かりました。日本はそれを止めようとしました。そうしたらば、金日成が出てきて寧辺の原子炉を止めました。
 日本のマスコミでは、クリントン政権は軍事行動したらば被害が大きいというシミュレーションが出たので軍事行動を中止したという解説が多いですが、それは事実ではありません。シミュレーションをして被害が大きいということが分かっていても、爆撃計画を検討を続けていました。そうしたら、北朝鮮が原子炉を止めるという譲歩をしてきたんです。
 私はそのとき大変悔しい思いをしました。日本側もお金を止めるという努力をしていたのに、アメリカは原子炉が止まったら圧力を掛けるのをやめてしまった。拉致問題はどうなったんだと、なぜ議題にならないんだと思っていました。
 二度目のチャンスあるいは危機は、ブッシュ政権のときです。同時多発テロが起きて、ブッシュ大統領が悪の枢軸演説を行いました。その背景には、先ほど申し上げたように金日成が出てきて原子炉は止めましたが、しかし、パキスタンから原子炉を使わなくても爆弾を作ることができる濃縮ウラニウムを作る技術を秘密に導入して核開発を続けていたということをアメリカが察知したからです。
 アメリカは、同時多発テロに対する軍事行動で、アフガニスタンに攻撃を掛けました。そのとき、パキスタンが米軍の基地を提供しました。パキスタンに入った米軍は、パキスタンの軍部に対して、誰に核技術を出しているんだ、濃縮ウラニウムを作る技術を出しているんだと厳しく追及したところ、北朝鮮に出しているという証拠をつかみました。技術指導をしたカーン博士にアメリカ当局者が何回も会っている。私はカーン博士に会った人から話を聞いています。
 そのことを知った金正日は小泉総理に接近して、二〇〇二年九月のあの拉致を認めるという譲歩がありました。アメリカの強い圧力があったとき、拉致を認めて五人を帰すということが起きました。しかし、残念ながら、日本の当時の外務省は、核をやめさせることでもなく、拉致被害者を取り戻すことでもなく、日朝国交正常化を進めることを最優先にしていました。ですから、北朝鮮が五人生存、八人死亡、それ以外いないという紙切れを出してきたときに検証もしないで、家族には慎重に検証作業をしていますと言って、亡くなりましたという断定形で伝えました。私はまさか政府が家族にうそをつくと思っていないから、本当かなと一晩だけ思いました。
 今、また北朝鮮に対してアメリカが、トランプ政権が、アメリカまで届く核ミサイルができる直前まで来ているということで、全ての手段をテーブルの上に置く、つまり軍事的手段も検討しているということで圧力が掛かりました。北朝鮮は核実験をやめるという若干の譲歩を見せています。これから何が起きるのか、韓国の新しい政権など変数が多いので簡単に予測はできませんが、しかし、強い圧力が掛かったとき譲歩をしてきたということを考えると、二〇〇二年型の、アメリカの圧力が掛かったとき拉致で彼らが譲歩をしてくることもあり得るというふうに思っています。
 日本が今やるべきことは、もちろんアメリカと歩調を合わせて北朝鮮に対して核・ミサイル開発はやめろという強い圧力を掛け続けることが前提でありますが、その前提の上で、アメリカに対して、日本には拉致問題という命の懸かった絶対譲れない問題もあると、拉致問題を核問題と切り離して先に交渉することについて了解を取る。そして、国際制裁の部分は下ろすことはできないが、日本の独自制裁な部分を下ろすことなどを見返り条件にして、全被害者を帰しなさいと。我々は、全被害者を帰すならばできることはあると。拉致問題を理由にして北朝鮮をいじめるつもりはない、本当に全被害者を取り戻したいと我々は思っているんだという、最高指導者との間でのコミュニケーションを取ることであります。それをすれば、アメリカの強い軍事的圧力、中朝関係も今悪いです、そういう中で、安倍政権に対して秘密交渉に応じてくる可能性は十分あり得ると思っています。
 三回目のチャンスです。北朝鮮は、過去二回、アメリカの軍事的圧力があったときに譲歩をしてきました。しかし、それは我々が満足できるような譲歩にはなりませんでした。一回目は日本が拉致をそもそも取り上げなかった。二回目も拉致を最優先にしなかった。しかし、今は拉致最優先という方針があり、過去の二回目とは違って、各、国会にも衆議院、参議院、それぞれ特別委員会まであります。先生方が拉致問題をどう解決するかといって知恵を絞っていてくださいます。是非、最優先で取り組む、今の国際情勢をどう利用するのかという真摯な議論を先生方にお願いしたいと思います。
 以上です。
○委員長(山谷えり子君) ありがとうございました。
 次に、荒木参考人にお願いいたします。荒木参考人。
○参考人(荒木和博君) このような場を与えていただきまして、ありがとうございます。
 先ほど永田町の駅を降りましたときに、ある政府の高官の方とばったりお会いしまして、そのときに、今は何とか小康状態ですというふうに言われました。確かに対処している方からすれば小康状態かもしれませんけれども、拉致されている被害者にとっての小康状態では決してございません。それどころか、私は、この状況がもし、これを長引かせてしまって時間がたってしまったらば、もうこれであるいは救出するチャンスが完全に失われるのではないかということすら心配をしているところでございます。
 ということで、これから多少失礼なことを申し上げますが、それは現在の安倍政権ということだけではなく、前の民主党政権、そしてその前の自民党政権、遡りまして、歴代の政府全体を含めてのことというふうに御理解をいただきたいと思います。
 まず、冒頭にお願いをしていきたいことが一つございます。これは、全ての拉致被害者という言葉の中に、未認定の拉致被害者、私どもが特定失踪者のリストとして出しております。今日お手元に、配付資料の中に入れていただきましたカラーのビラでございますが、この中に顔写真がある方、一番下の列は政府認定者及びそれに準ずる方々ですが、その上が特定失踪者の公開されている方でございます。これにまた非公開の方がおられる。さらに、その外に警察の拉致の可能性のある失踪者という方がおられて、そして、警察のリストにも我々のリストにもない拉致をされた方々もいるはずでございます。ここまで含めて全て救出する義務を政府が負っているということを、機会がありましたら是非委員会の場で確認をしていただきたいと思います。政府の対応を見ておりますと、それがどこかの時点で線引きをして、あとを見捨てるということではないかという懸念を我々常に持っているところでございます。
 お配りしてある資料の中に、とじたもので、特別検証第五回、新潟の報告というものがございます。これは、三月の二十四日に私ども新潟に参りまして、横田めぐみさんの拉致事件に関する検証を行ってまいりました、その報告でございます。
 要点は二つございます。
 一つは、通常言われてきた横田めぐみさんの拉致をされたという現場が、寄居中学校を出た営所通りから入るところの角ではなくて、御自宅に曲がるところの角、つまり、あと二軒で御自宅にたどり着くところでやられたのではないかということが一件。
 そして、それ以上に重要な問題は、この事件が一九七七年、昭和五十二年十一月十五日に起きた直後に政府、警察としては北朝鮮による拉致事件だと明らかに分かっていたにもかかわらず、これを隠蔽し続けてきたということでございます。当時の状況等から考えまして、これは我々、絶対に間違いないと確信を持っております。
 拉致問題の象徴である横田めぐみさんの事件ですらこのように隠されてきた。そして、私はかつて衆議院の方の拉致特の参考人であったときに山本美保さんDNA偽装事件に関しての陳述も行いましたが、事件を隠そうというような動きをしてきた、政府、警察がしてきたということについて非常に強い不信感を持っております。これを本当の意味で解明しなければ、最終的に拉致問題の解明はあり得ない。
 横田めぐみさんの事件ですらそうであれば、ほかの政府認定の拉致被害者の事件でも多くのことが隠されているのであろうと。恐らく家族会の方々にも、警察はそれぞれの方々が一体どのように拉致をされたのかということについて説明をしていないはずでございます。いわんや特定失踪者の御家族にそのようなことを説明をしてはおりません。この点は是非ともこの国会の中で明らかにしていただきたいというふうに思います。
 そして、これは今に始まったことではございませんが、政府が常に言っている、拉致問題は国政の最優先課題、そして行動対行動、あるいは圧力と対話と、この三つのフレーズは、大臣にしろ総理にしろ、必ず何かの折に言われているわけですけれども、これが本気で言われているのかということに対して私は非常に強い疑問を感じております。最優先課題だと言うならば、担当大臣が幾つもの役職を兼職しているということ自体がおかしいことであって、現状が正しいのであれば最優先とは私は言うべきではないだろうというふうに思っております。
 現状、金正男が暗殺されて以降、非常に事態は流動的になっております。私ども特定失踪者問題調査会では、四月のミサイル発射以降、私どものやっております短波、中波の対北放送「しおかぜ」を緊急体制で放送を実施をしております。今後、緊急事態、更に緊急な状況における放送時間の延長、可能であれば二十四時間の延長、そして生放送の実施についても今検討しているところでございます。
 ちなみに、緊急事態としては、そのレジュメにも書いてございますが、次のような状況を想定しております。一つ、北朝鮮軍の韓国への侵攻など北朝鮮による武力挑発が行われた場合。二つ、米軍等による北朝鮮への武力攻撃が行われた場合。三つ、北朝鮮内部のクーデター、テロ、政変などにより体制に変化を来す可能性が想定される場合。四つ、上記の一から三に準じ、北朝鮮にいる日本人が脱出できる可能性、あるいは逆に危険な状況に陥る可能性が生起するなど身辺に変化が起き得る状況になった場合。これは、例えば中国が人民解放軍を北朝鮮に入れるとか、そういうような状況がなった場合も含めてでございますが、このような場合に、ともかく北朝鮮にいる方々に何とか危険を回避をしてもらう、そして、可能であればこちらから救出に行き、その行く場所に集まってもらうというようなことをアナウンスをしてまいりたいというふうに思っております。
 なお、私どもの放送で、中波放送は去年十月から十二月まで行いまして、その間は間欠的に、特に十一月頃を中心に北朝鮮側は妨害電波を流しておりました。しかし、この四月から再開をいたしまして以来、全く妨害電波が今の現状では把握されておりません。ということは、北朝鮮の状況がやはりそれだけ深刻になっているということの証拠でございます。
 短波放送の方の妨害電波は、かつて張成沢が処刑されたとき、約二週間の間、全く妨害電波が出なかったことがございまして、ある意味でいうと、北朝鮮の妨害電波が北朝鮮の内部を測る一つのバロメーターにもなるのではないかと思っております。これを我々としてはともかく更に進めてまいりたいというふうに思います。
 この一から四のケースというのは、「しおかぜ」の緊急体制のみならず、ほかのことに関しても該当し得るものであると思います。このような状況になった場合の対応を是非とも急速に、もうともかく急いで進めていただきたいと思う次第でございます。
 そのための一つには、やはり向こうの体制が崩壊したとか特別な状況が起きた場合に、自衛隊による救出ということがどうしても必要になるはずでございます。現在、政府は、相手国の承認ということを理由にしてこれは不可能というふうに言っていますけれども、かつて政府の方からイラク方式という言葉が出たと言われますけれども、体制が崩壊した場合にそれが可能になる可能性もありますし、あるいは金正恩の暗殺とかそういう事態が起きた場合に、新しくできた北朝鮮の権力機構が、自衛隊も含めて日本からの救出を認めるという可能性も全くゼロではない。
 いずれにしても、そのようなときになったときにいきなり準備を始めても間に合うはずはないわけで、もうともかく一刻も早くそのための準備を進めていただきたいというふうに思う次第でございます。
 最後に、もう一回確認を申し上げます。
 救うべきは、これ、朝鮮半島有事になれば、もちろん韓国にいる邦人の保護ももちろんでございますけれども、北朝鮮の中にいる全ての日本国民を救わなければいけないということでございまして、これはもう明らかに日本国政府の責任でございます。そして、もちろん国会の責任でもあるというふうに思っております。是非ともその点、今後、委員会の審議等を通じまして、実現に至るように御協力をお願いをいたします。
 以上、陳述を終わります。ありがとうございました。
○委員長(山谷えり子君) ありがとうございました。
 以上で参考人の方々からの御意見の陳述は終わりました。
 これより参考人に対する質疑を行います。
 質疑のある方は順次御発言願います。
○北村経夫君 自由民主党の北村経夫でございます。
 五人の参考人の皆様方、大変ありがとうございました。切実な訴え、貴重な御意見をいただきまして、感謝申し上げます。それぞれの訴えを聞きながら、一言一言が改めて胸に突き刺さってまいりました。
 横田めぐみさんが拉致されまして今年でちょうど四十年、飯塚繁雄さんの妹さん、田口八重子さん、そして、斉藤文代さんの弟さん、松木薫さんも拉致されて間もなく四十年がたとうとしております。長い時間が経過したにもかかわらず解決できないのは、横田早紀江さんがおっしゃっているように国家の恥なんだろうというふうに思います。
 私は、国家主権を侵され、国家テロによって奪い去られた国民の命をいまだに奪い返すことができないのは、戦後日本の根本的な政治姿勢に問題があったのではないか、国家にとって最も大事な国民の命を守るというプリンシプルが欠けているからではないかと思っております。
 横田さん御夫妻にめぐみさんが北朝鮮に拉致されたとの情報が寄せられたのは平成九年の一月と記憶しております。しかし、実は政府はそれよりもずっと前に北朝鮮による拉致との認識を持っていたのではないかというふうに言われているわけであります。
 早紀江さんは、産経新聞に連載されております「めぐみへの手紙」の中で、拉致の解決は本気度が不可欠と述べられておりますが、その言葉をかみしめ、重く受け止めなくてはならないと痛感しております。
 そこで、横田参考人に伺います。
 横田さんは、当委員会に御出席いただくのは平成二十六年六月十三日に続きまして三度目となります。心身共にお疲れのところ御出席をいただき、誠にありがとうございます。
 拉致問題を国民により理解をしてもらうことは大変重要でございます。その世論への啓発という側面においては、被害者の御家族に過重な負担が掛かっているのではないかと大変憂慮しているところでございます。政府には拉致問題対策本部というのがありますけれども、皆様の御負担を軽減するために今後どのようなサポートが望ましいと考えておられるか。日常的なサポート、情報の共有、意見交換などについて、何か御要望があれば承りたいと思います。
○参考人(横田早紀江君) ありがとうございます。
 私たちは、自分の子供たちですから、本当に普通の生活に戻してあげたいという気持ちだけが初めは立っておりましたが、このような大きな問題であったということを今しみじみと感じているところでございます。
 私たちは、若かったので、四十年もたちましたので、本当に元気な間から、六十代の初めから活動が始まっておりましたので、こんなに長く掛かると思っておりませんでしたので、もうすぐに解決だろうという政府への信頼と外務省への信頼と、本当に日本人として信頼して頑張ってきたわけですが、いかんせん、やっぱり年がいきますと思ったように体が動かなくなり、今いろんなところに支障がありまして、主人もだんだん話ができなくなりましたし、歩行がちょっと困難な形になってきましたし、もうこういうような場でお話しすることができないので、今日も失礼をいたしましたけれども。
 私たちはもう初めから、めぐみの写真と名前を新聞に公表したときから、北朝鮮という国がどんなに恐ろしいところなんだということは何となく聞いておりましたので、覚悟をしておりました、何が起きるか分からないなと。こんなの出しちゃったら本当にめぐみはもう一遍にやられてしまうよと、弟たちも、かわいそうなことしちゃ駄目だよ、名前なんか出しちゃ駄目だと。あのときは家族一対三で、主人はもう今出した方がいいということで、私たち三人はかわいそうだからやめようと。それが、大変な苦労で、苦しい中でこのように発表になったわけですが、ここまで長くなりますと本当に動けなくなってきます。
 それは私たちだけでなくて、多くの拉致被害者の御家族もみんな年を取っていきますから、支援を下さった方々も、本当に心から一生懸命に熱い心で活動してくださった先生方や救う会の皆様方も、本当に立派な方々が御病気になられて亡くなってしまわれたことを本当に悲しく思っておりますが、どうしていただきたいということを私たちはもう余り考えたこともありませんで、やはり国会でいつもいつも、こんな大変なことはもういつでもお話ができるような状況に、国民がいつもそれを見て考えてくださるように、質疑応答、いつもいろんな方々が生の声で議論をしていただくことが大事だと思っております。よろしくお願いします。
○北村経夫君 ありがとうございました。
 飯塚参考人に伺います。
 飯塚参考人は家族会代表としてたくさんのイベント、あるいは遠隔地での集会に出席しておられますけれども、肉体的にも限界に来ておられるのではないかと推察しておりますけれども、時には無理なスケジュールも提示されるようなことがあるというふうに伺っております。
 私は、いろんな各地のイベントを見ていて、役所や地方自治体がばらばらにやっているような、そんなことを感じるわけですけれども、飯塚代表として、今後のこの活動の在り方について何かイメージとかそういったものをお持ちかどうか、伺います。
○参考人(飯塚繁雄君) 我々家族会、特に私、個人的には、この問題をもうあらゆる人に理解をしていただき力になっていただこうという信念から身を粉にして飛び回っているわけですけれども、私たちは特に北朝鮮へ乗り込んでいって何かをするとか、そういうことは全くできないわけで、私たちの思いとか、そういう啓発活動を含めてあらゆる人に理解をいただき、そしてまた、先ほども申し上げましたように、そのことが国の重要な問題として論議されるということを私たちは期待をしているわけです。
 さらに言えば、被害者家族である我々が動かなければ何で解決できないのという疑問が出てきます。ですから、もっとぜいたくに言えば、総理が、家族の皆さん、うちにゆっくりしていてくださいと、もうちょっとです、我慢していてください、我々が責任持っていついつまでに帰国させますから、この言葉が欲しいんですね。したがって、我々、動けるうちはどこにでも参って、言ってみれば、いとしい家族の帰国ということが、大目的がありますので、多少体にむちを打っても活動はしてまいります。
 実は、横田滋さんからバトンタッチを受けたときも、代表として三年ならやってもいいですという私は覚悟を決めて実際になっていますけれども、今それがもう倍の六年にもなって、七年にもなっていますね。というのは、三年も頑張れば解決するんではないかと、そういう安易な安堵感もあったのかもしれませんけれども、それもなく、どんどんどんどん日がたってしまう。これが私たちとしての一番疲れの原因なんですね。しかも、活動してもしても先が見えない。
 私たちが一番いわゆる癒やされるのは、皆さんが頑張っていただいて少しずつでも前に進んでいるという、こういった姿あるいは形が見えれば、よし、もうちょっと頑張ろうという気になるんですね。今はその辺の気持ちの葛藤があります。
○北村経夫君 ありがとうございました。
 時間も残り少なくなったので、最後に西岡参考人に伺います。
 先ほども説明しておられました、資料にもありますけれども、家族会と救う会の今年の運動方針について述べられております。北朝鮮が全被害者の帰国を決断すれば、見返りとして日本独自の制裁解除はあり得ると。北朝鮮に秘密交渉で帰国の見返り条件を話し合ってはどうかと述べられておりますが、その真意を時間がないので簡単でお願いいたします。
○参考人(西岡力君) 最優先ということを言っております。核問題があると、核と拉致を同時解決するといったら難しいと思います。核問題は彼らの戦略です。しかし拉致は戦術です。一回認めています。
 そして、もう一つ最優先があります。ほかの人道問題、これも解決すべき問題だと思いますが、国家犯罪である拉致が最優先であるというメッセージを出さないと北朝鮮が秘密交渉に応じてこない。我々は本当に拉致被害者全員を帰してほしいんだと、全員帰してくれれば見返りは出せる、あるいは、被害者が帰ってきた後の生活について、反北朝鮮活動の先頭に立てるようなことをしないという約束をすることも家族や支援者としてできる、しかし、その前提条件は全員。これは荒木さんが先ほどおっしゃいましたが、認定、未認定にかかわらず全ての被害者ということでありますが、全員の帰国を決断しなさいということを、誰に会っても、北朝鮮の人間に同じことをみんなで言い続けるべきときじゃないかと思っています。
○北村経夫君 時間が参りました。
 ありがとうございました。
○白眞勲君 民進党の白眞勲でございます。
 本日は、当委員会にお越しくださいまして本当にありがとうございます。また、皆様の様々なお話をお伺いしまして、改めて、拉致被害者の一刻でも早い救出に全力を傾けていかなければいけないという決意を新たにしたところでございます。
 時間も限られておりますので、早速質問させていただきたいと思います。
 まず、救う会、西岡参考人にお話を聞かせていただきたいと思いますが、昨日の韓国大統領選挙の結果を受けて一つお聞きします。
 先ほど西岡参考人からも、主体的に日本が取り組めばというお話、あるいは、今の国際情勢をどう利用するのかという部分において、拉致問題解決のためには何だかんだ言ってもやっぱり韓国との連携というのも一つ重要な要素にあるんではないかとも思うんですけれども、新大統領に対してどう向き合うおつもりなのか、あるいはどういうふうな向き合い方をしたらいいのか、その辺がありましたらお聞きしたいと思います。
○参考人(西岡力君) 実は私、今朝までソウルにおりました。大統領選挙をウオッチしてまいりましたが、新しい大統領が選挙期間中に言っていた公約をそのままするとすると、米朝関係がかなり悪くなるのではないかという心配をしております。それは日米韓の連携が弱まるということになり、北朝鮮を利することになりかねないなという心配をしておりますが、選挙期間中の公約と実際大統領になってからなさることが同じかどうかについては、時間を掛けて見なければならない。
 そのために、まず第一に誰に会われるのか。選挙期間中は、ワシントンに行く前に平壌に行くという公約をされていましたが、やはり同盟国とまず話をする、その後、北に対してどういうふうに足並みをそろえるかということをしてくれるように、そして、歴史問題もありますが、前政権のように歴史問題があるから会わないというのではなくて、ツートラックで、歴史問題は歴史問題としてやりながら、しかし安倍総理とも早く首脳会談をしてコミュニケーションを取ってほしいと。日本側はオープンしているというメッセージを、日米韓で連携しようというメッセージを出し続ける必要があるのではないかと思います。
○白眞勲君 ありがとうございます。
 飯塚代表、そして横田参考人にお聞きしますが、今の西岡救う会会長のお話のとおり、やっぱり安倍総理が今後、韓国の新大統領とどう向き合っていくかというのが一つの課題だとも思えるわけなんですけれども、安倍総理に新大統領と向き合うときの望むことというのかな、そういったことがありましたら一言ずつお話しをいただければ有り難いというふうに思います。
○参考人(飯塚繁雄君) 韓国とはかなり前からこの拉致問題に関して共同して解決していきましょうという、そういった動きが実はありました。しかしながら、この長い間、韓国の状況というか国民性も含めて、韓国人の拉致被害者を助けようという機運が全くなくなってしまったんですね。したがって、我々もその辺は、言ってみれば共同してやれるような状況じゃないということで、今その辺は少なくなっていますが、韓国で安倍総理に特にお願いするとすれば、そういった、韓国さえ五百人近くの拉致被害者がいるということをもう一度呼び起こさせて、共に闘っていこうというようなことを言い伝えるのがまた一つあるんですね。
 もう一つは、逆に、韓国を当てにしなくても、日本国自体でこの問題を解決すべきだと私は思うんですね。当然、共同作戦、共同戦線というのは必要なんでしょうけれども、今までの経過からいって、またさらに今回の大統領になる人のことも考えれば、共同歩調というのはなかなか難しいかなというふうに思っています。
○参考人(横田早紀江君) 非常に難しい問題で、私たちにはちょっとどういうふうにお答えしていいか分かりませんが、やっぱり、結局外交というのはみんな、最終的にはその人とその人との心の話合いというわけですから、そういう意味で、前から私は安倍総理にお願いしているんですけれども、金正日氏の頃からですね、早くトップ会談をしていただいてきちんとその話をしていただきたいということをお願いしておりますので、今の金正恩氏がどのくらいそれを理解する人か分かりませんけれども、やっぱり大変な問題なんだと、命の問題というのはそれほど大変なものだ、その国は、あなたの国はどうか知りませんけど、世界中がやっぱり命の問題は本当に大事に考えているんですよということをはっきりと言っていただけるようないい状況が生まれるといいなと思っております。
○白眞勲君 飯塚代表にお聞きしたいんですけれども、今、西岡会長の方から活動方針についてのお話が先ほどありましたが、見返りの条件としてというかな、制裁の解除などにも言及されましたが、私もかねてからちょっと主張しているんですけれども、圧力だけではなくて、拉致被害者が帰国した際にはこのようなことをしますよ、このようなことはできますよということを、具体的なものを相手に提示することが必要だとも私は思っているんですね。私は、例えば食料の中でも、米ですと軍事用に転用される可能性もあるのではないか、だからトウモロコシがいいんじゃないかとか、あるいは子供用の粉ミルクだとか、それを段階的に出すという、こういったお考えというのは飯塚代表としてはどうお考えでしょうか。
○参考人(飯塚繁雄君) 北朝鮮との交渉の場で、今の状況ですと、拉致を理由にした制裁を掛けています。その制裁を解いてあげるから被害者を帰せというのは、ちょっと違うのではないかと思うんですね。見返りという言葉が本当にいいのかどうかという私は気がするんですけれども、あくまでも北朝鮮に対しては、国家犯罪である拉致被害者、これを無条件で帰せというのがまず第一条件だと思うんですね。その後、もし水面下でいろんな話ができるとすれば、帰せば北朝鮮そのものは潤うではないかということを認識させる。そこでさっき言った見返りという言葉が出てくるというふうに思うんですね。ただ、馬にニンジンというような感じでは向こうは多分受け付けないと思うんです。まさに、そういったことを理解させる、拉致問題を解決すれば自らが潤うということを理解させる、これが先決だと思いますし、潤うというのは、制裁を解くということも一つの大きな条件ですよね。それらも含めて、そういったことが向こうに伝わるような動きをしていただければいいなと思います。
○白眞勲君 ちょっと話に誤解があったかもしれませんけれども、今まさに飯塚代表がおっしゃったように、こちらから、これだけ制裁解除しますから帰してください、そういうことではないということはちょっと御理解いただきたいと思います。
○参考人(飯塚繁雄君) はい、分かります。
○白眞勲君 それで、荒木さんに最後にお聞きしたいと思うんですけれども、ストックホルム合意についてお聞きしたいと思います。
 この間、宋日昊氏が、拉致問題は誰も関心がないとか、極めてこれ失礼な話だと私は思っています。さらには、ストックホルム合意は既になくなったなどとも言っているわけなんですね。これ、日本政府は逆にストックホルム合意は存在するというようなことを言っていますけれども、これどう思われますか。
○参考人(荒木和博君) 我々は、ストックホルム合意については早くから、これはもう意味がない、もう既に無効であるというふうに言い続けてまいりました。実際、これによる作業が行われているという様子はもう全くありませんし、逆にこれは、外務省が合意が無効でないということを言うための理由でただ続いていることになっているということだけの形骸したものだというふうに思っております。
 私たちは、もう間もなく三年になりますので、その三年になった時期で動きがないということであれば、それを一つの時期として何らかの意思表示をするつもりでおります。
○白眞勲君 終わります。ありがとうございました。
○横山信一君 公明党の横山信一でございます。
 本日は、家族会の皆様方の大変に切実な思いをお聞かせをいただいて、改めてこの責任を深く感じるとともに、また共感の思いを更に深くさせていただいたところでございます。
 家族会の皆様方のお話を踏まえて、まず西岡参考人にお聞きをしたいと思うんですが、今年中の解決をということで、家族会でもそう決めていらっしゃるという状況の下で、今は三回目のチャンスが来ているというお話でございました。今、日本の追加制裁ということがあって、昨年は日朝の政府間協議というのは一度も行われていないわけでありますが、今のこの状況の中で、日本が働きかけをすれば政府間の協議が再び再開できるというふうに考えていらっしゃるのか、その辺も少し具体的にお話を伺えればというふうに思います。
○参考人(西岡力君) 報道によりますと、昨年の秋、三回、日朝接触があったという報道があります。私自身も、あったということを確認しています。ただ、具体的に彼らが全員帰すという決断はまだしていない。しかし、日本が制裁を強めているにもかかわらず、彼らの方からパイプを切るという動きは出ていないという状況ですので、こちらから間違ったメッセージを出さないで、被害者を本当に取り戻したいんだと、取り戻すための条件を話し合いましょうということを言い続ければどこかでパイプがつながると思っています。
 今、別のことを北朝鮮のある工作部署は考えていて、そういうパイプはつながっていると思いますが、ですから、突然、日本研究所という研究所ができたと言い、残留日本人が見付かったという発表があったりする。そして、日本のマスコミを平壌に呼んでその人を出してきたりするわけですが、見付かるということはうそです。北朝鮮は全員登録されているんです、もう。そして、私、平壌市内の国家保衛部の登録資料を持っていますが、そこに民族欄というのがあって、日本と打ち込んだら、平壌にいる日本人全部出てくるんです。曽我ひとみさんもそこに入っていました。もちろん、工作機関の中の人は別ですが。
 ですから、探すのは簡単なのに今見付かったと言っていること自体、ある意図があると。しかし、それに乗ると拉致が最優先でないというメッセージになってしまいますので、それはしてはいけないと思っていますが、向こうは日本との関係を切るつもりはない。しかし、全員帰さないで何か日本から取りたいと思っているというのが今の現状だと思いますので、全員帰すという決断をしない限りこちらは動きませんよということを言い続ける、それしかないと思っています。
○横山信一君 今の西岡参考人のお話にも関係するんですが、宋日昊朝日国交正常化交渉担当大臣ですか、その記者発表の中で、日本側からの要望があれば人道問題として残留日本人問題に取り組む用意があるというふうに発言もされました。今の西岡参考人のお話を聞くと、要するにこれにうかつに乗るなということなのかなというふうにも理解できるわけですが、あくまでも拉致の全面解決に向けて、拉致被害者を全員帰せということを前提にして交渉を進めるべきだというお話はよく分かりました。
 その上で、宋大使のこの発言の意図というか、その辺どのように考えられるのか、これは西岡参考人と荒木参考人にも是非伺いたいんですけれども、教えていただきたいと思います。
○参考人(西岡力君) 家族の方もいらっしゃいますけれども、私が聞いている情報ですのであえて申し上げますが、三年前、北朝鮮がストックホルム合意に乗り出してきたとき、北朝鮮の工作部門では、まず、ほかの人道問題で日本の世論を緩めて、そして新たな死亡の証拠を出すと。その新たな死亡の証拠、拉致被害者に関するですけれども、の一部として、生きている人を殺してその遺骨を出してくるというプロジェクトさえ準備されていたと。
 日本の技術では、その骨が誰の骨かだけではなくていつ死んだのかということも一定程度分かりますが、ある温度で焼くと、その骨が誰の骨かはDNAが検出されて分かるが、炭素は出てこなくて死亡の時期が分からないという温度帯があるということを認識して実験を繰り返しているという情報もありまして、私は宋日昊大使と実はどなり合いをしたこともある仲でありますが、彼はずっとこの二十年間この問題をやっていますので、そういう点では、工作として動いている、軽く見てはいけない人だと思いますが、そういうことをしたら大変なことになりますよということを言って、全被害者を一括して帰すということ以外日本を動かす手段はありませんよということを言い続けるべきときだというふうに思っております。
○参考人(荒木和博君) 西岡参考人のお話にありましたように、宋日昊という人はずっと対日畑をやってきた人でございます。だから、これが関係が切れるということは、彼自身の身辺さえ危険になる可能性がある。もう日本と宋日昊では駄目だということになれば、それで彼の場合によったら物理的生命までなくなってしまう可能性があります。だから、彼としては絶対に続けたいということが当然あるはずです。
 ただ、じゃ、彼が一体どれほど全体を動かすことに影響力が持っているかというと、私は基本的には疑問だと思います。ですから、彼の言うことに一喜一憂するべきではないと思っております。
○横山信一君 荒木参考人にお聞きをしたいんですけれども、改めて、この北朝鮮の日本人拉致というのは何のために行っていたのかという、日本人化教育というふうにも言われておりますけれども、日本人化の目的というのは一体何であったのかということと、それは今後の北朝鮮を考える上で非常に重要だというふうにも思いますし、また、そうした日本人化の活動というのは現在どうなっているのかということを教えていただければと思います。
○参考人(荒木和博君) 根本的にですが、私は、この北朝鮮の拉致というのは北朝鮮という国家のある意味でいうと国体から出てくるものだと思っております。
 つまり、理由は様々な理由があるんですが、拉致をしてくる、足りなければ物でも金でも人でも持ってくるのが当然というのが北朝鮮の体質であって、その中で日本人化もあったし、あるいは連れてきた人間に工作員が成り代わる背乗りとか、あるいは技術者の拉致とか結婚目的の拉致とか、そういうことが起きていたのではないかと思います。
 日本人化は、要は拉致被害者、恐らく最初は拉致被害者を工作員にしようとしたのではないか。しかし、それは、成功した例があるのかもしれませんが、なかなか必ずしも成功するとは言えない。その場合に、日本人に北朝鮮の工作員を化けさせて、そして日本人として行動させる。それがつまり大韓航空機爆破事件はそのようなことですが、本人が自決してしまえばもう後の証拠は残らなくなるということで、いざというときは自分たちとは関係ないと、あの当時もそう言ったわけでございまして、そういうことに使おうとしたということだと理解しております。
○横山信一君 時間ですので、終わります。
○武田良介君 日本共産党の武田良介です。
 今日は、参考人の皆さん、本当にお忙しい中、本当に大変な中御参加くださいまして、ありがとうございます。
 参考人の皆さんのお話も伺いまして、横田参考人の娘さんが家に帰っていらっしゃらない、私も子供がおりますので若干思いも重ねながら聞かせていただきましたけれども、家に帰って娘さんがいないという、そういった思いですとか、それから、斉藤参考人が、お母さんが海岸にいるということで海辺に行かれたお話、介護の末亡くなられたお話など、私も重く受け止めたところであります。
 そこで、まず最初に、飯塚参考人、横田参考人、斉藤参考人、三人の参考人にお伺いしたいと思いますが、今、北朝鮮をめぐって大変緊迫した情勢が進んでおります。こういう情勢の下で拉致問題の解決という悲願を達成していくために、今懸念されている点だとか、とりわけ懸念されている点、また、こうしてほしいという注文、注文といいますか、願い等があれば改めてお伺いしたいというふうに思っております。
○参考人(飯塚繁雄君) 北朝鮮をめぐる状況、情勢が非常に緊迫というか混乱というかしております。私たちが常に事件を追うに、このことが拉致問題の解決にどう影響してくるのかというふうにいつも考えるわけです。したがって、それぞれが影響力をうまく利用して有効に使えるのかということと、逆に、こういうことになってしまっては拉致問題も解決は難しいというふうな思いをするのか。いろいろ考えはそれぞれの御家族もあると思いますけれども、これももう何回も言っていますけれども、そういう状況下にあってもそのことが拉致を解決できない理由にはしたくない、してほしくないと思うんですね。というのは、全てどんな状況にあろうともというのは、直接ミサイルと拉致というのは関係ないわけです。
 したがって、そういうふうに考えていけば、まず北朝鮮で生きて待っている人たちを取り返すのが先決であろうと。それには周りの状況がどうあろうとももう関係ないというふうに私はあえて考えていますので、一つ一つの状況によってこの問題の解決が難しくなった、あるいはいい方向に行ったというふうな一喜一憂した判断というのは非常に懸念するところでございます。
○参考人(横田早紀江君) 私たちは、先ほども申し上げましたように、もうこの拉致ということが分かったときから、写真を出したときからめぐみのことを本当に生きて帰れるのかなって、いつもどうなんだろうという思いをずっとしながら、本当に覚悟を、ある意味覚悟を決めながらこのような活動をさせていただいてきました。
 本当に、でも生きているんだと、助けてという声をいつも聞きながら頑張ってきましたので、やっぱりこれは本当に国家が、日本の国がこのような大変なことをされている、物すごく平和で何でもそろっていて、戦後本当に豊かになった、もう何にも言うことがないほど平和な国になっているにもかかわらず、そういうふうな平和な温かい中でもう考えてもみないような地獄の状況が北朝鮮の指導によって行われ続けているということが、こんなことが放っておいていいことなんだろうかということを本当にもっともっとメディアの方にもお願いしたいんですが、国会の場でいつもそのことを、もっともっと前から本当はそれはずっと言っていただきたかったし、そして、解決するためにはやはり知恵が必要です。
 本当にいろんな知恵が必要なので、国会議員の皆様方の中にも、私たちはお一人お一人は存じ上げませんけれども、本当に聡明な方もいらっしゃいますし、知恵を持った方もいらっしゃいます、そして上手に交渉ができる方もいらっしゃるはずなんですね。そういう方をやはり総理もしっかりと見ていただいて、そういう方を貴く用いていただいて、そして対北朝鮮という形で十分に生かして、国会議員としての本当にお役目がもう十分に果たされるように、そのことをやっていただければなといつも思っております。
○参考人(斉藤文代君) 私は、いつも地方の方にいますのでニュースは欠かさずに見ているつもりです。夜中まで、最後まで見て寝るようにしておりますけれど、いつも私が感じることは、これだけ日本の国にはいろんな方がたくさんおられるのに、この一つ一つの拉致問題を何かの理由で片付けられないということは置いておかないと、理由があっても片付けるという気持ちがないといつまでたってもこの問題は解決しないと思っておりますので、拉致問題を、日本の国が絶対に取り戻すという気持ちをお一人お一人が持っていただいて、国が、これは一刻も争うことなんだからということを皆さん認識して、助け出すということをもう少し国会の場でも、皆様の場でもこの言葉を出していただけたらば、もっともっと国民の方々も力を入れて後押しをされて、日本の国が一日も早く笑顔になれるということを皆さん目的を持って動いてくださると私は信じておりますので、日本の問題は日本の国でしっかりと片付けていただきたいと私はいつもいつも願って皆様方の討論、いろんなことをニュースで見ておりますので、何とかこの拉致問題を片付けていただきたいと。
 もう本当に時間がありません。先ほども申し上げましたけれど、親の代、子の代、孫の代どうなるんでしょうと。もう私たちは会いたいんです。本当に自分の家族に会って自分のできる限りのことを託して、それから自分の人生をもう少し見詰めていきたいなと思っておりますので、皆様方が動いていただければ絶対に解決する問題だと思っておりますので、どうかこれからも皆様方の力を寄せ合って拉致問題を解決していただきたいというのが私の願いであります。日本の国で解決していただけたら一番いいことだと思っておりますので、どうぞよろしくお願いいたします。
○武田良介君 ありがとうございます。
 時間がなくてちょっと恐縮なんですが、最後に飯塚代表にお伺いしたいと思うんですが、六か国協議、二〇〇五年の際にも非核化とそして拉致問題も含めて解決していくために国交正常化をということで共同声明も出されているかと思うんですが、今また新たな情勢を迎えているわけでありますけれども、この六か国協議、またその基本になっている日朝平壌宣言、ちょっと時間がないのであれですが、今どのように捉えておられるのか、お聞かせいただければというふうに思います。
○参考人(飯塚繁雄君) 六か国協議も当初話題になっていろいろ一部期待する面もありましたけれども、余りにも拉致問題からちょっと離れている議題が多いわけですね。したがって、それを討議している間に拉致問題が本当に前へ進むのか、そして、各国、当然、中国もロシアも入っていましたですね、がこの日本人の拉致問題にどれだけ真剣になって前向きになって対応してくれるかという疑問もありました。したがって、それが発足してしばらくたってから、これは駄目だなというふうに実は私は思ったわけです。
 その後、平壌宣言、ストックホルム合意、いろんな形でそういう協議がなされる場は確かにできたと思うんですけれども、やはりそれについても、日本人拉致問題の重要性というか、それの重要度がどうも少ないと感じておりました。したがって、それ以外の問題については、論議あるいは協議、対応できる状況というのはあるかもしれませんけれども、やはりストックホルム合意につきましても、私としてはあれでは拉致問題が進まないというような主観を持っています。
 というのは、やはりそれだけ拉致被害者の帰国、日本人拉致被害者の帰国に対する重要度というか関心度というか課題の重さというか、それを全く感じておりませんので、実を言うと、あれだけを当てにするのはちょっと無理という懸念を持っています。
○武田良介君 ありがとうございました。終わります。
○高木かおり君 日本維新の会の高木かおりでございます。
 本日は、参考人の皆様におかれましては、この委員会の場におきまして貴重な御意見をお聞かせいただいて、本当にありがとうございます。
 私は、昨年の選挙で初当選をさせていただいたということで、本委員会では二度目の質問ということになりますので、この拉致問題に関してまだまだ勉強中で、本日の質疑の中での質問と重なる部分あるかもしれませんけれども、大変重要な部分ということで皆様には御理解いただきたいと思います。
 では、早速質問に入らせていただきたいと思いますけれども、私、先月の二十日、国会内で拉致議連の総会にも出席させていただきまして、皆様のお話をお聞かせいただきました。被害者の御家族の皆様におかれましては、歴代の総理大臣の言葉に翻弄され、もう待てない、解決のめどが立たない、見えてこない、生きているうちに再会できるのかと、本当に切実な思いを持っていらっしゃるというふうに私自身も感じました。
 何の罪もない我が子や母親、家族を北朝鮮にさらわれた拉致被害者の御家族の方々の余りに深く悲しい怒り、悲しみ、忍耐の限界をもう本当に超えているというふうに私自身も痛感した次第でございます。特に、そのときの横田滋さんのビデオメッセージ、本当に心が打たれました。
 また、昨年、私、大阪が地元でございますけれども、ブルーリボンの会の集会にも参加させていただきました。その際、講演をされておられましたジャーナリストの高世氏が、この方が横田めぐみさんを北朝鮮で目撃したとの元工作員の証言を日本で初めて紹介された方ということでございますが、この北朝鮮の工作員が日本でかなり活動をしているというお話もございました。
 荒木参考人にお伺いをしたいんですけれども、この北朝鮮工作員の上陸浸透について論文も書かれていらっしゃるかと思いますけれども、今回の文政権、新しい文大統領の誕生なども踏まえて、日本の専守防衛という方針の根本的な見直しというのはどのような方向がよいと思われるのか、その辺りの御見解、お聞かせください。
○参考人(荒木和博君) ありがとうございます。
 日本の海岸線は約三万四千キロございます。アメリカ合衆国の約二倍。どこからでも入れます。我々、全国で調査を行いましたけれども、ともかく表に出ていない工作員の侵入、脱出、これはもう数限りなくあり、そして、それを調査を行うたびに新しい情報が、ここで変なのを見たとか、変な不審な船を見たとかいう情報が出続けているというのが現状でございます。
 また、二〇〇二年の、金正日が拉致を認めて、それによって初めて北朝鮮が拉致を認めたんですが、私はそのときに、これで日本国内にいる拉致に関わった人間、工作に関わった人間はもう次から次へと自白するのではないかというふうに思っておりました。しかし、実際にはほとんどそういうことはございませんで、これはどういうことかというと、工作機関が動いているから、血が回っているから当然それが出てこないということだろうと思います。
 ということで考えると、現在も同様に北朝鮮の工作員は日本国内にいて、そして活動を続けていると考えざるを得ないのではないか。そして、日本国内で動いている人間と韓国国内で動いている工作員あるいは協力者、こういう人たちというのはやはり連携を持っているということが様々なところで出ているわけでございまして、これは今回の文在寅大統領就任ということで、本人が大統領としてどこまでのことが、先ほど西岡参考人のお話のように、大統領としてどこまでのことができるかということは別として、少なくともその周りの彼を推した人間、北朝鮮に極めて近い勢力は、もうこれによって自分たちの思っていることは全部できるというふうに恐らく考えているだろうと思います。ですから、その連携というのは今後やはり注意をしていかなければいけないのではないか。
 いずれにしても、この工作活動というのは現在も営々と続けられており、そして必要とあれば、これから先も拉致が日本国内から行われる可能性があるということだと思っております。
○高木かおり君 ありがとうございます。
 引き続き、西岡参考人に伺いたいと思います。
 新しい韓国の政権になって、先ほど荒木参考人の方からもるるございましたけれども、今回、先ほどお話の中でも、今が拉致問題解決のチャンスだというようなこともおっしゃっておられたかと思います。日本政府として、この北朝鮮への圧力が強まっている、アメリカも強めている、そういった中で、今こそできる拉致問題の解決策、それをお伺いしたいと思います。
○参考人(西岡力君) 今こそというのは韓国の大統領選挙を受けてということですか、それとも……(発言する者あり)踏まえてですか。
 横田めぐみさんの拉致は、韓国の情報機関が最初に情報をつかみ、それが日本の警察に通報され、しかし日本の警察で動きが余りないということで情報のリークがあり、私が当時編集長をしていた現代コリアという雑誌にあるジャーナリストが書き、私のところにも直接韓国の情報関係者から情報をいただきましたが、ヒューミント、北朝鮮のヒューミントですね、北朝鮮の内部から今かなり情報を取れるようになっています。韓国政府はかなりの情報を持っています。
 それが今、去年、日韓関係が大変良くなって、協力関係ができてよかったなと思っていたんですが、新しい政権になってどうなるのか、少し心配をしていますが、是非、その情報のプロ同士で韓国政府が持っているものについて共有していただきながら、まずは北朝鮮の脅威については日米韓できちんと対応すると。しかし、日本にとっては、その脅威と対応しながら、拉致問題を分離して、早期に拉致問題を先に交渉するということについて新しい大統領にも日本の方針を理解していただく努力が必要だと思います。
○高木かおり君 時間もございませんので、それでは、御家族の皆様方お一人ずつに最後に、重なるかとは思いますけれども、政府や世論へ訴えたいこと、それらを各自簡潔にお答えいただけますでしょうか。
○参考人(飯塚繁雄君) まさにこの仕事というのは政府の仕事であり、私たちはそれに対するあらゆる要請をしてきているわけです。ですので、その要請に対して具体的に動いてほしいと。今どんな動きになっているのかということを少なくとも家族だけには知らせていただいて、ああ、もう少し頑張れば先へ進むんだという気持ちが生み出せるような雰囲気を是非つくっていただきたいと。実際には難しいかもしれません、情報戦争ですから。そういう思いです。
○参考人(横田早紀江君) 私たちは、もう考えたこともないような、このような被害に遭ったということで、本当に初めの頃は、国民の方にお話をしても、署名活動に行っても、講演会に行っても、何となく半信半疑というか、新聞でもやはり拉致疑惑という形で長く書かれましたし、拉致なんて本当ですかというような雰囲気が長かったですね。でも、私たちは、私たちでさえも本当にそんなことがあるのかしらと思うぐらいのところから始まって、もう全国回らせていただいて、実際にはこういうふうになって、こんな目に遭って、こういうふうになっているんですよということを、本当のことを日本の皆様に知っていただくことしか私たちはできませんので。
 めぐみがいなくなったときの状況から、悲しみから、そして思い掛けない喜びに、生きていたんだという喜びに至って、そして、もうすぐに帰ってこれると思っているのに帰ってこれない、何で帰ってこれないんだろうと。こんなにたくさんの国会議員の方や外務省や、立派な方々がこれだけたくさんいらっしゃるのに、こんなに扇形にたくさんの方がぎっちりと国会の議事堂に座っていらっしゃるのに、何でこれが解決できないんですかと、私は随分なことをあちこちのところで言ってきましたけれども、本当にそれは今でも変わりませんね。本当にこれだけ優秀な方々がいらっしゃるのにかかわらず、どうして良い知恵が出ないのかということは、非常に私は今も疑問に思っております。
○参考人(斉藤文代君) 私もできることは何でもやっていきたいという気持ちで動いておりますので、まずは自分の身近な方々を、拉致を忘れられたら困るということで日々私も動いておりますが、まずは国民の皆様方がこの問題を本当に忘れ去るということが一番怖いんですね。ですから、忘れないうちに早くこの問題を解決していただきたいということですね。
 あとは、もう皆様方の方が知恵も何もかもおありですから、ただただひたすら、本当に家でゆっくりと待ちたいという気持ちはありますけど、できる範囲は私も頑張って皆様方と拉致問題を忘れないようにやっていきたいという願いはありますので、どうぞこれからも一日も早い救出を願ってやっていただきたいなと思っております。よろしくお願いいたします。
○高木かおり君 本日はありがとうございました。これで終わります。
○伊波洋一君 沖縄の風の伊波洋一です。
 本日は、参考人の皆様には貴重な御意見、特に御家族の皆様の悲痛な思いを直接に聞かせていただき、深く受け止めさせていただきました。ありがとうございます。皆様の思いを受け止めて、政府や国会が取り組むことが大切だと考えています。
 私が最後の質問になりますが、これまでも委員からそれぞれの家族の皆さんの思いをお聞きをしておりますけれども、家族の皆様の御三方に、限られた時間でのお話だったと思いますが、またこのことを伝えたい、あるいは訴えたいということ、再度になりますけれども、最後に、時間はありますので、二、三分ぐらいずつお聞かせいただけないでしょうか。よろしくお願いします。飯塚参考人、横田参考人、斉藤参考人の順でお願いしたいと思います。
○参考人(飯塚繁雄君) 今の御質問ですけれども、その質問に答える内容というのはもう相当長くやっているわけです、実行しているわけです。そしてまた、その思いもあらゆる人に訴えてきているわけです。それが、やっぱり最終的には結果が出ない、実を結ばないといけないわけですので、そういうことを考えれば、この私たちの訴えというのは切りがないというふうにも考えますし、また、訴えているだけで結果が出ないとなればまたどうしようかという考えもしなければなりません。そういう意味では、私たちはいわゆる専門家ではありませんので、もうなるべく大勢の方に、そのお立場お立場も考えながら、とにかく要請をどんどんしていこうというように考えています。
○参考人(横田早紀江君) ただ、私はいつも思うのは、前から講演会でも話しておりますけれども、もしも自分が立っているところで海で溺れている人がいれば、泳げる人はもうすぐ飛び込んで助けに行くと思うんですね、もうそれは人間の本能ですから。背筋に電流が走ったような、あっ、危ないという本能が走りますね。そして、すぐに泳いでいってあげる。そして、泳げない人も、警察に電話をする、何かを投げてあげるとか、いろんな行動に出ると思うんです。それが人間の本質だと思います。
 そして、もしも、国内でいろんな今も事件が起きますけれども、子供たちを誘拐してマンションのどこかに、一室に閉じ込められている、何時間たっているというようなことがありますと、もう警察も全ての人がわあっとそこのところを包囲して、いろんなことを考えて、そして後ろ側の窓を開ける間にこちらから降りなさいと、もういろんなことを工夫して、何とかしてあの子供を助けなければという思いで動かれますよね。それはやっぱり命を大事に思う思いが、本質的な人間の本能がそうさせるわけなんですね。
 そういうことをやっぱりみんなが思わなければいけないような問題が、今日本の国内でこれだけたくさんの、このカラーの、これが全部が、全部かどうか分かりませんけれども、本当にこれだけの人がもし全部北朝鮮に拉致されたとしたら、もう大変なことが起きているわけなんです、日本の国内で。国内であれば何とかそれがなるんですけれども、余りにも訳の分からない国の指導者がそういうふうな人たちなものですから、なかなか外交的にもうまくいかない。そして、解決に向かわない。いろんな人が向こうに行っていろんな方と会って話されるけれども、何かそれも分からないような状況が続いてまいりましたね。
 そういうことをやっぱり、外務省の方も含めて、私たちはもう外務省といえば外交のプロだと思っていましたから、全部信じておりました。国会議員の方も、私がこの国家のために働きますと手を挙げて、私に入れてくださいと言っていらっしゃるのをみんなが見て、ああ、この人だと思って投票してきたわけなんですね。だから、みんな信頼して、人間として信頼してお願いしようと思って今日まで来ているんですが、やっぱりこういうふうな外交問題を見てみますと、外務省は本当にそういう感じじゃなくて、日朝国交正常化を先にした方がいいという考え方であって、その後で拉致問題だと。でも、こちらの方はそうじゃないという、そういういろんな行き違いみたいなものがあって、国家全体ががっちりと一つに組んで、があっと向こうに押し進めていくという力が分散されているのではないのかなという思いを今しております。
 そういうことを本当にもう一度真剣に考えていただいて、皆さん、どうぞ専門家の方々の知恵を拝借したいと思います。お願いします。
○参考人(斉藤文代君) 私も先ほど意見陳述させていただきましたけれども、母と父の亡くなるときの姿、これは、どの家族にもそういうことが回ってくるわけです。ですから、私として皆様方にお願いしたいのは、こういう無念さを絶対に忘れないで拉致問題に取り組んでいただければ解決できると私は信じておりますので、本当に親の会えなかったその気持ちだけはいつもいつも頭の中に入れていただいておいて、拉致問題にこれからも取り組んでいただけたらと思っております。ただそれだけの気持ちで今日は一生懸命読ませていただきましたので、どうぞよろしくお願いいたします。
○伊波洋一君 本日は、御家族の思いをしっかり受け止めさせていただきました。私たちも、委員会としてしっかり頑張ってまいりたいと思いました。
 ありがとうございます。
○委員長(山谷えり子君) 以上で参考人に対する質疑は終了いたしました。
 参考人の方々に一言御礼の御挨拶を申し上げます。
 本日は、長時間にわたり御出席を賜りまして、貴重な御意見をお述べいただきまして、本当にありがとうございます。委員会を代表いたしまして厚く御礼を申し上げます。ありがとうございます。
 本日はこれにて散会いたします。
   午後三時四十五分散会