第196回国会 法務委員会 第15号
平成三十年六月七日(木曜日)
   午前十時六分開会
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   委員の異動
 六月六日
    辞任         補欠選任
     高野光二郎君     岡田 直樹君
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  出席者は左のとおり。
    委員長         石川 博崇君
    理 事
                中西 健治君
                山田  宏君
                若松 謙維君
                有田 芳生君
    委 員
                岡田 直樹君
                福岡 資麿君
                丸山 和也君
                元榮太一郎君
                柳本 卓治君
                山谷えり子君
                櫻井  充君
                小川 敏夫君
                仁比 聡平君
                石井 苗子君
                糸数 慶子君
                山口 和之君
   事務局側
       常任委員会専門
       員        青木勢津子君
   参考人
       日本体育大学柏
       高等学校校長   氷海 正行君
       京都産業大学法
       学部教授     坂東 俊矢君
       弁護士
       中央大学法科大
       学院教授     遠山信一郎君
       弁護士      竹下 博將君
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  本日の会議に付した案件
○民法の一部を改正する法律案(内閣提出、衆議
 院送付)
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○委員長(石川博崇君) ただいまから法務委員会を開会いたします。
 委員の異動について御報告いたします。
 昨日、高野光二郎君が委員を辞任され、その補欠として岡田直樹君が選任されました。
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○委員長(石川博崇君) 民法の一部を改正する法律案を議題といたします。
 本日は、本案の審査のため、四名の参考人から御意見を伺います。
 本日御出席いただいております参考人は、日本体育大学柏高等学校校長氷海正行君、京都産業大学法学部教授坂東俊矢君、弁護士・中央大学法科大学院教授遠山信一郎君及び弁護士竹下博將君でございます。
 四名の先生方、本日は、大変御多用のところ本委員会に御出席をいただきまして、誠にありがとうございます。
 参考人の皆様方から忌憚ない御意見を賜り、今後の審査の参考といたしたいと存じますので、どうぞよろしくお願い申し上げます。
 本日の議事の進め方について申し上げます。
 まず、氷海参考人、坂東参考人、遠山参考人、竹下参考人の順にお一人十五分程度で御意見をお述べいただきまして、その後、各委員からの質疑にお答えいただきたいと存じます。
 なお、意見の陳述、質疑及び答弁のいずれも着席のままで結構でございます。御発言の際は、その都度、委員長の許可を得ることとなっております。また、各委員の質疑時間が一人十五分と限られておりますので、御答弁は簡潔にお願いいたします。
 それでは、氷海参考人からお願いいたします。氷海参考人。
○参考人(氷海正行君) おはようございます。日本体育大学柏高等学校の校長の氷海でございます。
 私は、今日まで高校にずっと勤務しておりまして、約四十六年間、高校生をずっと見てまいりました。最初、スタートが昭和四十七年でスタートしております。千葉県の公立高校をスタートで、今現在、私学の校長として三年目を迎えております。
 私の方からの話は、その現場での高校生を見ておりますので、今の高校生の状況だとか変化、以前からどう変化しているかというような点をお話をさせていただきます。
 それから、成人が十八に引き下げられることにつきましては、私は賛成であります。理由としましては、若者が早く自覚を持って社会に参画するということを常日頃希望しております。そして、今の高校生も十分それに堪え得る資質を持っていると思っております。そういうことから、私は賛成の立場であります。そして、高校というところは、十八歳が今九五%以上高校に来ておりますので、そういう点からすると、十八歳をどこで見ていくかということは、高校というところが大きな役割を果たすのではないかと思っております。そういう点で、今の高校生につきましてお話をさせていただきます。
 高校というのは、義務教育と高校、大学という区分けがありますが、教育の研究者の方々の研究はほとんど義務教育を中心にしておりまして、あと、大学は研究機関も兼ね備えておると。この高校というところが意外と、高校生とはどういうものかという研究というのは余りないのであります。現場の高校の関係者が語るというのがほとんどでありまして、ここのところが今、高校が言ってみれば義務と大学の中に挟まれていて、どういうような状態なのかということが余り社会には知られない。
 よく知られるのが、スポーツを通してであります。例えば、夏にある甲子園の球児、そして今盛んにやっておりますが、卓球の女子のオリンピック選手、これも高校生中心ということで、スポーツの世界では、高校生とはよく社会に見ていただけるものとしてあります。そして、もう一つ社会で出てくるのが難関大学への進学校、これもよくマスコミに取り上げられるところであります。
 ここに共通しているところは、ある環境を与えると大きく変化するということです。オリンピック選手も、指導者と出会い、環境を与えられることによってオリンピックで活躍するまでになる。野球も、指導者がいて環境を与えると、すぐプロで使えるような選手にもなる。それから、難関大学を希望している生徒、学力の高い生徒は、やはりそこの高いレベルの高校に入学をしたがる。これは全て、高校生としまして、自然に環境を求めているということなんです。そこの環境に行くことによって自分は変われるという、本能的にそういう意識がありますので、そこに集まってくるという現象があります。したがって、十六から十八の青年は、すばらしい環境を与えれば大きく変化をする、これが私の四十六年間の仕事をしていて実感しているところであります。
 したがいまして、成人年齢が十八になった場合には、私の予測ですけれども、かなり自覚をしっかり持てる十八になると私は思っております。やはり、その環境を与えることによって子供たちは大きく変化をしていきます。
 それから、先ほどお話ししましたように、十八歳はほとんど今、日本では高校に通っておりますので、その中で、高校という機能を使って子供たちを、成人としての心構えとか、そういう教育の機会が与えられると思います。
 今、選挙権が十八になりました。本校でもそうですけれども、学校教育の中でそれについての教育を特別にしております。学校は非常にそういうことがやりやすい環境ですので、今ですと、二十歳ということになりますと、大学生か就職している。特に、成人としての心構えだとか、そういうのを教えている機関は私はないと思っておりますが、自分で自覚していくと。しかし、十八にもしか下がりますと、学校という機関で、やはり成人としての心構え、そういうものをしっかりと指導できる機会が与えられると思います。そういうことによって、日本の成人のスタート、それが非常に質の高い形で得られるんではないかと私は考えております。そういうことの中から、私が四十六年間高校生を見ていまして、十分、十八歳、大丈夫だと思います。
 それから、日本では、特に高校とか中学とか分けますが、私、スポーツをずっとやっておりました。昭和四十七年のミュンヘン・オリンピックのハンドボール競技で、日本代表として参加をした経験もあります。したがいまして、スポーツの世界でアジア大会、世界大会を見ますと、学校別というのは日本だけでして、年齢別です。最近も、第三回になりますが、青少年のオリンピックがIOCでつくられて、今年十月に三回目が迎えられます。それも十四歳から十八歳までという年齢です。そういう形でカテゴリーが年齢で分かれる。今日本で行われているサッカーも、アンダー18とかアンダー23だとか、そういう形で、スポーツの世界では年齢で分けます。そして、この十八というのが一つのラインでありまして、十八のラインというのがスポーツの世界ではよくそこで区切られます。そういうことの中から、世界でも十八というのはかなりポイントとして見られていると私は思います。
 そういうことで、十八歳から成人年齢、私はすばらしいことだなと考えております。そういうことで、今の高校生、限りなく可能性があります。環境を与えれば必ず大きく伸びると思います。そういうことの中から、私は、十八歳成人、大賛成でございます。
 以上でございます。
○委員長(石川博崇君) ありがとうございました。
 次に、坂東参考人にお願いいたします。坂東参考人。
○参考人(坂東俊矢君) 京都産業大学で民法と消費者法を教えております坂東と申します。本日はこのような場所で意見を述べさせていただく機会をいただき、心から感謝申し上げます。
 さて、成年年齢の十八歳への引下げが議論がされています。なるほど、成年年齢を幾つにすべきかということは、法理論的に定まるものではありません。国民の意識によってその判断をすべき事項であります。ただ、その判断をするについては、民法の未成年者保護法理がどのような意味を持ってきたかということについての共通の理解を言わば国民が持っていることが不可欠であるというふうに私は考えています。したがって、私は、慎重な御検討をお願いしたいという立場でございます。
 まず第一に、未成年者に関する規定は、一八九六年の民法の制定時から現在に至るまで同じ形で規定をされています。ただ、こうした規定は、すなわち対等平等な人の例外を規定した近代私法の考え方は、我が国固有のものではもちろんなくて、近代法を有している各国に共通して規定されているものであります。
 なぜ未成年者を対等平等な人の例外として保護したのか。その基本的な視座は、市民社会のしっかりとした担い手を育てるために、取消し権の行使をも含めて未成年者の保護が不可欠であると考えられたからであります。
 龍谷大学の川角先生は論文で、未成年者保護とは、市民法にとって、担い手を絶えず生み出していくために市民一人一人がその体に刻み込み、尊重すべきところの第一義的な法的価値基準であると述べておられます。私は、そのことをお互いさまの法理だと考えております。この部屋におられる全ての先生も含めて、全ての方が未成年者であったという経験をしています。現在の法律制度の中で保護をされ、大人になってきたわけであります。
 どのような市民法としての価値をどうした形で実現をしていくかという課題は、若者に課せられた課題ではありません。既に成人となった大人である私どもに向けられた課題であります。より直截的に言えば、私たちは本当に取引や契約に関する場面で十八歳の若者を大人として迎え入れる覚悟と制度的な準備ができているのかということが問われていると思います。
 先ほど先生からもお話がありましたが、高校三年生の生徒さんの中に成年と未成年者が混在することになります。高校三年生でも、親の同意とは関係なく、バイクを買ったりクレジットカードを持つことができるようになります。そうした現実に私たちは対処できるだけの覚悟と準備ができているのかということが問われているのだと思います。
 二つ目は、若者の契約に関する消費者被害の救済と被害防止としての意味であります。これは、もう既に多くの参考人も、あるいは国会の場でも大きな議論がされていると思いますので繰り返しをしません。
 しかし、さきにも述べたように、民法の未成年者の規定が一八九六年に制定されました。その当時には、消費者問題ということが意識されていませんでした。というのも、契約に関する消費者被害が社会問題になったのは、マルチや訪問販売による契約被害が顕在化した一九七〇年代になってからであります。その画期となった判決として、茨木簡易裁判所の昭和六十年十二月二十日判決があります。
 この事件は、いわゆるキャッチセールスで十六万円余りの代金の化粧品等を月一万四千円の十二回払いで購入した十八歳の仕事をしている女性が、親権者の同意がなかったとして取消し権の主張をしたものであります。この事件では、販売業者とクレジット会社は、働くことに親の同意を得ている十八歳の女性であれば、十六万円の化粧品代あるいは月一万四千円の支払は、処分を許された財産の範囲内であるというふうに主張をされました。裁判所はその主張を否定しました。クレジット契約は、御存じのように、一度でも支払が遅れると期限の利益を喪失して全額の支払義務が生じます。したがって、未成年者の処分ができる財産の額をクレジットの分割の金額で判断するのは適切ではないというふうに判断したからであります。そして、この女性が月々七ないし八万円の手取りを得ていたという事実を認定して、十六万円余りの化粧品という金額は、処分を許された財産としては高額に過ぎると裁判所は判決をしました。
 実はこの当時、クレジットカードは、十八以上の未成年者であっても、親の同意なく作ることができるという現実がありました。その結果、十八歳を超える未成年者に対して高額な商品が分割払の形式で売られ、消費生活センターの現場でも、それを未成年者取消し権、親の同意がないということを理由として未成年者取消し権で取り消すことが可能なのかどうかという点について迷いがありました。この判決は、こうした現状に対する警鐘となり、結果的に、未成年者取消し権を典型とする民法の未成年者法理に、消費者保護としての意義、機能があることを明らかにすることになりました。
 こうした経緯、つまり、時に取引の現場は、未成年者保護法理との緊張関係を生じさせるような現実を生み出してしまうということがこの判決の在り方からは御理解をいただけるのではないかなと思います。成年年齢を十八歳に引下げを考慮する際に、こうした取引の現実をどのように評価するかということについて、私たちはきちんとした整理が必要なのだと思います。
 三つ目に、いや、実は、未成年者の民法の法理の中には未成年者が徐々に大人になっていくについての段階的な準備が組み込まれていて、それが実はかなり有効に機能しているということをお話ししたいと思います。
 釈迦に説法で恐縮ですが、民法は、未成年者であっても、法定代理人、多くの場合は親ですが、親の同意を得なくても契約ができる場合を定めています。その中でも、第五条三項の、法定代理人によって事前に処分を許された財産に関する規定がとても重要だと思います。
 私は、講義で学生たちに、この例として、小遣いとか仕送りとかは、個々の契約をするについて親の個別の同意を得なくても契約をすることができると説明をします。考えてみたら当たり前で、私の大学にも、一回生、二回生、十八歳、十九歳の学生たちがいますが、コンビニで弁当買ったりお茶を買ったりするときに、携帯電話を取り出して、お父さん、今から同意してくれるなんという姿を見たことはありません。それはなぜか。そういった契約は、未成年者であっても小遣いの範囲内で自由にできると民法が決めているからです。
 まず、未成年者の年齢というのは、出生から二十歳まで、非常に幅が広いものです。
 生まれた赤ちゃんから恐らく六歳ぐらいまでは民法上の意思能力が認められませんから、単独で契約をすることというのは考えられません。しかし、小学校になれば、小学生になれば、親からお小遣いをもらいます。そのお小遣いで、例えばおやつを買ったり、小学校の高学年になったら恐らく文房具を買ったり、そういった契約を自分でするようになると思います。中学生しかりです。高校になったら、日常で自分が着るTシャツやそういったものぐらいは、洋服ぐらいは恐らく親の同意なく契約の締結をしているはずだと思います。そして、そのことを民法は認めているんです。
 高校を卒業する十八歳という年齢は、とても画期となる年齢です。先ほど先生のお話にもありました。働く方もいるでしょう、大学に進学する方もいるでしょう。働くためには雇用契約という契約を締結しなければなりません。学生になって京都に来るときには、多くの学生が京都に来てくれますが、下宿をしなきゃいけません。賃貸借契約という契約を締結するわけです。先ほどまでお話をした、高校生として契約を締結するという経験と、十八歳になって働いたり、あるいは下宿をしたり、そういったことで経験する契約は質的に大きく違います。大学に入学が決まった学生たちが親とともに京都にやってきて下宿を探し、親とともに契約を締結します。そのことは、私から見て自然なことです。
 その学生たちが二年間大学で学びます。学生課でいろんな話を聞くでしょうね。先輩の下宿に行って相場観を知るかもしれません。いや、就活のためには京都のどの辺りに住んでいた方がいいよねという話を自分で判断できるようになります。言わば、十八歳から二十歳までの間に、大人になる、徐々に大人になっていくというステップが組み込まれているんです。最終のレッスンの時間として、この二年間、学生たちは大きく成長すると思います。
 未成年者は、なるほど、例えば、借金をしたり高額な商品や投資的取引を契約したりすることについての自己決定権は制限されています。でも、少なくとも、その学生たちが、日常的な取引についての権限は、その年齢に対応して、その意味を学びながら締結できることになっています。言わば、民法の仕組みの中に、自己決定を練習して積み重ねながらゆっくりと大人になっていくことが準備されているのです。そして、その仕組みは、私はとても有効に機能していると考えています。
 もちろん、私は、成年年齢をどうするかという問題は国民の判断だと一番最初に申し上げました。十八歳にするということ自体を否定しているわけではありません。しかし、そのためには、今ある民法の規定の適切な評価をした上で、それに関する国民の意識がきちんと整理された段階で物事の準備を進めるべきであるというふうに考えています。
 小児科医で、九州大学の先生をしている佐藤先生という人が、「大学で大人気の先生が語る「失敗」「挑戦」「成長」の自立学」という若い世代に向けた本を書いておられます。その先生が、大人として自立するためにはまず自らが努力しなければならないとした上で、そのためにはすてきな大人を探しなさいと提案をされています。そして、大学生になると、尊敬する人はという質問に対する答えが一挙に広がるというふうにも書いておられます。
 未成年者に対する保護法理は、その理論的な意味からも、その法理に組み込まれた徐々に大人になる仕組みという具体化の観点からも適切に機能しています。そして、それは、社会と国民に受け入れられています。成年年齢の改定に当たっては、こうした点に対する慎重な御検討を心からお願いしたいというふうに思います。
 良識の府としての参議院での丁寧な御議論を期待して、私の発言を終わります。
 ありがとうございました。
○委員長(石川博崇君) ありがとうございました。
 次に、遠山参考人にお願いをいたします。遠山参考人。
○参考人(遠山信一郎君) おはようございます。
 お手元にある私が作りました参考人陳述骨子に従って陳述させていただきます。
 まず、済みませんが、図一、負のスパイラルという図解をちょっと見ていただきたいと思います。
 成年年齢引下げによる子供に対する悪影響というものについて、マイナス、負のスパイラルがあるんじゃないかということで図解をしてみました。真ん中の下辺りから、離婚後の一人親家庭の困窮化というところから、児童虐待の要因、それから子供の教育機会の喪失、ワーキングプア化というふうな記述がありますが、これは我が国の深刻な現実だというふうに私は考えています。
 この離婚後の一人親家庭の困窮化に対して、図でいうと上の方から、成年年齢の引下げ、離婚後の養育費の支払終期の繰上げ、それから養育費支払総額の減少という形での影響がマイナスに働くのではないかと考えております。この養育費支払総額の減少については、現実というよりは、現実性が極めて高い危機的な状況であるというふうに私は認識しております。
 今、政府の方は、一人親家庭の支援については、子育て・生活支援策、それから就業支援策、養育費の確保策、経済的支援策の四本柱を提示しています。ということは、養育費自体が国策、政府の政策の中の柱の一つになっているという状況なのですが、離婚の際の養育費については、取り決めていない、取り決めても低額、取り決めても支払わないという課題が、実に私が若い頃から、つまり新人の弁護士さんの頃から未解決で、そして山積み状態にあります。ということは、成人年齢の引下げは、そのまま今の脆弱な養育費が更に少なくなることが危惧されるということでございます。
 済みません、お手元にある図二を見てください。
 この養育費の支払義務の終期については、理屈が結構ややこしい話になります。つまり、成年年齢という形式と成熟年齢という実質が別物なのですが、これは理屈上そうなっているんですが、残念ながら、国民の意識というか実務は、どうしてもこの終期を形式的な年齢の方に傾きます。理由を述べると長くなりますので述べませんが、現実の主流は、今二十歳が主流だと思います。これが、成年年齢が十八になれば、まず、ほぼ間違いなく終期は十八の方に収れんするだろうということは予想されます。
 ということで、こんなリスクをどうやって回避したらいいんだろうということを私なりに、これは、どっちかというと弁護士というよりも経験値から考えているのは、まず、家庭の守護神を期待されている家庭裁判所の組織の拡充、機能の拡大。ちょっと抽象的に言いました。できれば、養育費の算定ルール、基準をかなりアップ・ツー・デートに世間に公表するなりしてルールを作ってほしい、実務ルールを作ってほしいというふうに考えています。その背後にあるのは、法は家庭に入らずという時代から、家庭にも法の支配をという時代へ多分転換しているんだろうというふうに考えている次第です。
 さらに、養育費の確保のための制度アイデア、制度の拡充をみんなで考えていこうということが大事だと思っています。一例を、済みません、思い付きで挙げたのですが、国の方で最低金額を決めて、それを履行を強制しちゃえ、しまおうというような制度設計もありかなというふうに思っている次第です。
 さらに、資料を、ちょっと済みません、見ていただきたいのですが、読売新聞の記事が参考資料の三というところに付けさせていただきました。
 これは、私の問題意識を要するにジャーナリズムの方が引き受けてくれて発表していただいた記事なのですが、ここでは、やはり、大学を目指す人、それから大学生という方々が、実に養育費との影響力が事例として紹介されています。ここにも書いてあるとおり、親に道を閉ざされたくないという表題にあるということが、ここにあるその物語、エピソードは、レアケースではなくてワン・オブ・ゼムというふうに考えてよろしいんじゃないかなというふうに思っていまして、こういった立場にある、勉学によって自分の未来を切り開こうという人たちの支援について、親に道を閉ざされちゃったのであれば、国が道を開いてあげようというふうに考えてあげるのがよろしいのかなというふうに思っています。
 その意味では、子供は親を選ぶことができませんので、どんな環境に生まれたとしても十分な教育を受ける権利はひとしく保障されるように、優しい気持ちで政策をつくっていただけたらというふうに思っております。
 ちょっと話を変わって申し訳ないのですが、図三を見ていただきたいのですが、これちょっと説明させていただきますと、我が国の人口構造は、かつてピラミッド構造から、今どきはひつぎ型というふうに言われています。このまま行くと逆ピラミッドになってしまうかもしれません。
 そうしますと、未成年者時代、成年者時代、高齢者時代というふうにざっくり分けたときに、今この引下げというのは未成年者時代を短くする。私のような高齢者については六十出発で、高齢者は七十にしちゃうとか八十にしてしまうということになると、このひつぎの中に入っている引下げ、引上げの矢印を広げることによって、形式的には社会の担い手、ちょっときれい事を言いますと、市民社会のフルメンバーシップ層、自立、自律した家庭人、消費者、労働者、事業者層を拡大するということになると思います。これ自体はもうこの国の今の状況からすると仕方がないのかなと実は思っておるんですが、問題は、形式的にこの社会の体幹というべき市民社会のフルメンバーシップ層を広げたときに、さらに、その実質、社会の体幹を力強く健常化するというか頑健化するために、未成年者、特に未成年の未成熟者に十分な自立力を付けさせるための支援策がとても重要だなというふうに思っている次第です。
 とりわけ、今日の私のテーマでいいますと、繰り返しになりますけれども、勉学によって自分の未来を切り開こうとしている若年層の人たちに教育の機会を保障するような政策を、多様なエビデンスに基づく政策立案をしていただくということを期待したいと思います。
 以上です。
○委員長(石川博崇君) ありがとうございました。
 次に、竹下参考人にお願いいたします。竹下参考人。
○参考人(竹下博將君) 私は、実務家として事件に携わりながらも、養育費の算定ということに関しまして十年以上研究をしてきました。平成二十八年の十一月には、日本弁護士連合会の方で養育費について新算定表というものを提言しましたが、その作成にも関与しております。これまでに全国の半数以上の弁護士会で養育費の算定に関する研修をしてきましたし、先月には、養育費相談支援センター、こちらは厚生労働省の委託事業ですけれども、そちらでも研修の講師を務めています。
 私は、本日、こういった立場から、養育費の算定に関わってきた立場として、成年年齢の引下げが養育費に関してどのような影響を与えるのかということをお話ししたいというふうに思います。
 先に結論の方から申し上げますと、成年年齢の引下げというのは、養育費支払期間の終期については、これはもう繰り上げるということになると思いますし、それから、大学の費用というところに関して言うと、これはもう分担されなくなっていくであろうと、養育費としてはですね、そういった事態になるというふうに思いますので、成年年齢の引下げについては慎重に考えていく必要があるのではないかというふうに思っています。
 引下げをするというのであれば、大学への進学とかそういったことについてどのように経済的に支援をするのかという、そういった制度の整備というところをよく考えていく必要があるのではないかなというふうに思います。
 今から具体的にお話をしていくんですが、成年年齢の引下げによって養育費について受ける影響というものをお話しする前に、まず現状をお話ししたいというふうに思います。
 現状は、二点お話ししたいと思うんですが、お手元には私の方から資料を二つ用意させていただきました。番号を振っていなくて申し訳ないんですが、六ページの方から始まる資料というのは、こちらの方は元裁判官が養育費の現状について最近記されたものです。それから、百十二ページから始まる方の資料は、こちらは弁護士が最近養育費の現状について記したものです。ですので、弁護士が記した資料と元裁判官が記した養育費の現状についての資料を見ながらちょっとお話をしたいと思うんですが。
 まず一点目、現状についてですけれども、養育費の支払を受ける対象となる子供の範囲についてお話ししたいと思います。
 遠山さんの方からもお話があったと思うんですけれども、養育費の支払の対象となる子供というのは、これは未成熟子と言われていまして、未成年者ではないと。未成熟子と未成年者の、これは実質と形式というお話がありましたので、これはそのように考えていただいていいのかなというふうに思うんですけれども、実際に養育費の対象となるのは未成熟子というふうには一応考えられていると。
 ここで、その元裁判官の方の資料の七ページの方には裁判例が紹介されているんですけれども、その裁判例を見てみると、これは、成年に達しているという子供であっても、自分で生活していくだけの能力がなければ、それは、成年に達しているというそれだけでは、未成熟子ではと考えるべきではないのかという点をよく考えましょうと、そういうような判断をしている、そういう裁判例になります。
 そうすると、こういった裁判例というのを見てみると、裁判所は、積極的に未成熟子であるかどうかを判断しているのかなというふうに思われるかもしれませんが、実際はそうではないというふうに思います。実務感覚としては違うというふうに思っているんですが。
 弁護士の方の資料、こちら、百十二ページの方なんですが、この百十二ページの下の方に書かれているかと思うんですけれども、実務では、未成年の子を一応未成熟子として扱うというふうになっているんですね。これをもう少し説明しますと、未成年者であるということになれば、実際に働いているといったそういう事情がない限りはもう未成熟子として取り扱おうということになりますし、逆に、もう成年に達しているということになりますと、これは、養育費の支払を受けなければならない特別な事情がない限りはこれはもう対象ではないんだと、養育費の支払を受ける対象ではないんだというふうに取り扱われると、そういう意味になるかと思います。
 今年に入って、ある裁判官が次のように話していました。大学に行っているというだけでは、成年に達した子供について未成熟子として判断することはできないと。つまり、大学に行っているだけでは、それだけでは養育費を支払うかどうかは分からないので、もう少し実質を検討する必要があると、そういうように裁判官は最近述べているんですね。これがかなり実務感覚に近いところじゃないかなというふうに私は思います。
 こういう考え方を背景にしているのだと思いますけれども、実際実務においては、特別な事情がない限り、養育費の終期は二十歳、二十歳に達する日の属する月までというふうにされていますし、裁判所の方で用意されている書式でも、基本的に、未成熟子というような記載ではなく、養育費については未成年者というような記載がされているところです。
 話がちょっと長くなってしまいましたけれども、二点目には、現状としてお話ししたい二点目ですが、大学に進学した後の学費の取扱いがどうなっているかという点です。
 この点については、こちら、裁判官の方の資料を、六ページの方からの資料を見ていただきたいんですが、これの百三十四ページというところに大学進学後の学費の分担に関する裁判例が紹介されています、百三十四ページですが。
 こちらの裁判では、非監護親の方がその大学への進学について同意していたかどうか、あるいは大学への進学自体について同意していたかどうかと、そういったことが問われているんですね。つまり、大学に進学するということについて非監護親の同意、承諾があるのであれば、それは同意があるので養育費として学費についても分担しましょうということになるわけです。他方で、非監護親が進学について同意、承諾していない場合はどうなるかといいますと、実務上は、親の経歴であるとか親の収入であるとか、進路について親がどれほど関心を持っていたであるとか、あるいはほかの兄弟姉妹はどうだったかと、そういったようなことを総合的に考慮しまして、その上で大学に子供が進学するということがこれは相当であると考えられるのであれば、その場合には学費について非監護親も養育費として分担しましょうと、そういうように考えられています。
 こういったように、実質を判断しようという背景には、未成年者の五割は大学に進学していますし、専門学校等も入れれば八割が、高等学校卒業者の八割は進学しているということが背景にあるんだと思います。
 ただ、今申し上げたように、総合的に考慮するというような形で判断しますと、どういった場合に大学の学費が分担されるのかは正直よく分からないんですね。そうすると、基準としてはなかなか明確であるとは言い難いですし、また、これも実務の感覚として、大学の学費というものを、非監護親が同意していないのにこれを分担してもらえるといったようなことはなかなかこれは難しいなと、ハードルが高いなと正直感じているところです。
 こういったところの背景としては、養育費を裁判所が決めるということは、これは権利義務があるとかないとかいう判断を裁判所がするのではなくて、裁判所としては、公権的な立場で裁量的に負担をさせようと、義務を課そうというものですので、そうすると、そういった金銭的な債務を裁判所が積極的に課すというような場合には、かなり慎重に判断をするというところも背景にあるのかなというふうに思っています。
 結論としては、進学について非監護親の同意がない場合は、学費について養育費として分担されるかどうかは予測がし難いということになると思います。
 弁護士の方の資料の百二十七ページにはあるんですが、このような指摘がされています。百二十七ページでは、子供の立場に立てば、経済的な問題のため進学できないかもしれない、そういった不安にさいなまれながら困難な受験勉強を乗り越えるというのはこれは容易ではないと、こういう指摘がされていまして、それは私もそのように思うところです。
 次に、では、成年年齢の引下げが養育費にどのように影響を与えるのかということをちょっとお話ししたいと思いますが、これも、今のお話しした現状を踏まえて二点お話ししたいと思います。
 まず、養育費の終期、支払期間の終期についてお話ししたいと思いますが、法制審議会の最終報告書では、繰り上げるといった意見もあるといったようなお話がされていたかと思うんですが、日本弁護士連合会の方では、平成二十八年二月の意見書で、事実上、そのような成年年齢の引下げによって養育費の支払終期というものが繰上げに直結するのではないかと、そういう疑念が拭い去れないというような指摘がされていると思うんですが、さきにお話ししましたとおり、実務においては、特別の事情がない限りは、成年に達した子供については養育費の支払を受ける対象にならないと考えているわけですので、今般成年年齢が下がると、引き下げられるということになれば、これは養育費の終期も原則十八歳になるというふうに考えることが自然だと思います。
 実際、成年年齢の引下げというのはもう見込まれる状況にあるというわけですので、養育費の終期を十八歳にしましょうという調停委員、裁判官はもう現れています。この点については、調査室の方から私いただきました資料の新聞記事でもそういった、これは平成三十年五月二十六日の朝日新聞ですけれども、そのような弁護士のコメントがありまして、これは私が実際に感じているところと同じだなというふうに思いました。
 したがいまして、成年年齢が引き下げられれば養育費の終期が早まること、これはもう避け難いというふうに思います。
 どのような問題があるのかというところで、この審議の中では、既に合意された場合に、養育費の終期を成年と書いていた場合に、これが成年年齢の引下げに伴って十八歳になってしまわないかといったような質問等があったかと思うんですけれども、この点、私余り心配していませんで、というのは、当時の意思を合理的に解釈すれば、それは二十歳だろうと思われると思いますので、その点は余り心配していませんし、もしもその合意が調停やあるいは審判という形であったならば、強制力があるわけですので、単純な思い込みで十八歳だというのはなかなかしんどいかなというふうに思うんです。
 そうではなくて、私が心配するのは、成年年齢が引き下げられるということになりましたら、そのような法改正を理由として、事情に変更があったと考えて、成年年齢の引下げに伴って養育費の終期を十八歳にしてくれと、そういった非監護親が出てくるのではないかなというふうに思うのです。あるいは、ある程度期間がたって、十八歳というのが大人だということはもう常識になったではないかと、だから、法改正からも時間もたっているし、社会常識にもなったし、やはりこれは十八歳に引き下げてくれと、そういう話になってくるのではないかなと。
 養育費というのは未成熟子という話でしたけれども、未就学児、例えば五歳とか四歳で取り決めた後もずっとその金額払われるということが往々にしてありますので、五年、十年たって、やっぱりもう今だったらこれは十八にしてほしいんだというようなことを申し出て、裁判所に言ってくる方も出てくるのではないかなと、そちらの方を私は危惧しています。
 もちろん、収入の増減とか、いろいろとそういった事情に変更があれば、養育費についていろいろと変更してほしいというお話はあるわけですので、今申し上げたように十八歳に繰り上げてほしいというのもあれば、逆に二十二歳に繰り下げてほしいということもあったりするわけですけれども、なかなか、実は養育費を決めるというのは、まあ離婚に伴うことが多いと思いますけれども、離婚は人生のイベントとしてはかなりエネルギーを使うイベントでして、あのエネルギーをもう一度使ってやろうという気になる方はなかなかいらっしゃらない。そうしますと、私の依頼者でも、養育費をまた上げてほしいんだというような、大学に進学するので上げてほしいといった相談があっても、実際にそれを調停や審判まで運ぶという方は実際には少ないなと、そう思っていますので、先ほどもお話ししましたけれども、幼年期に五歳とか四歳とか決めた金額がずっと行くというのが実は養育費であったりするのかなと、ちょっと話が横にそれてしまいましたけれども、思っています。
 いずれにしても、そういった状況ですと、成年年齢引下げ後には、いずれ裁判所の方も、そういった事情変更があったから、養育費の終期については二十歳と決めたけれども十八歳に繰り上げましょうという裁判例が出てきてもおかしくはないのではないかなと私は思っています。
 法務大臣の答弁では、そのような懸念についてはいろいろと周知を図ると、成年年齢の引下げというものが養育費の支払期間の終期を早めるものではないといったような答弁があったと思うんですけれども、なかなか実務は、そのようなことは明文がないと難しいなと思われますので、そういったことを何らかの形として残しておく必要があるのではないかなというふうに思っています。
 二点目に、与える影響の二点目ですけれども、大学の学費のお話をしたいと思います。
 こちらは、先ほどお話ししたとおり、同意があれば、それはもちろん、非監護親が同意していれば大学の学費についても分担されるわけですから、その点は成年年齢の引下げというのは特に影響ないかなと思うんですけれども、そうではなくて、非監護親の方は同意がないという場合は、これは特に夫婦間の葛藤が高い場合にはなかなかそういう連絡を取って同意してもらうということは難しいと思いますけれども、そうすると、実際には同意が得られないので、じゃ、大学の学費についてはどう分担してもらうかというと、それはもう親の経歴とか収入とかいろんなことを総合考慮して、これは分担してもらおうということになるわけですけれども。
 ただ、そうはいっても、成年年齢が引き下げられれば、大学生で未成年者というカテゴリーが消えてしまうわけですね。そうすると、そもそも大学に行くというのは、これは成年になった者が行くところなんだと、そして、おとといだったかと思いますけれども、参考人の回答の中にも、大学に行くというのは、本来的には自立するんだったら、それはもう経済的にも自立して自分のお金で行くんだというようなお話があったかと思うんですけれども、そういったような社会意識というものが醸成されていきますと、結局、裁判所としても、学費というのはそれは自分で稼ぐのだというような意識になっていくわけで、そうすると、総合考慮して学費の分担をさせるといっても、かなりそれはケースとしては限定されていくのではないかなというふうに思います。
 したがって、支払終期が早まるだけではなくて、大学の学費を分担するということも、これも養育費としてはなかなか難しくなってくるんだろうなというふうに思っているところです。
 したがって、大学に進学するということについては、自らの力で何とかしてお金を調達するなり、あるいは監護親、つまり一人親の場合の親の方ですけれども、実際の監護をしている親がそれなりに裕福であるといった、何らかのそういう経済的な状況がないと難しいだろうと。実際、働きながら大学に通うということもできないわけではないと思いますけれども、それで学業に集中できるとはとても思えません。実際、破綻して破産の相談を受けたことは一件、二件ではありません。
 そうすると、こういったことに対してどのように対処していくのかということが、成年年齢の引下げに伴って、特に養育費との関係で立法政策として期待されるところではないかなというふうに私は思っているところです。
 私の話は以上となります。御清聴ありがとうございました。
○委員長(石川博崇君) ありがとうございました。
 以上で参考人の意見陳述は終わりました。
 これより参考人に対する質疑を行います。
 質疑のある方は順次御発言願います。
○元榮太一郎君 四人の参考人の皆様、本日は貴重な御意見、大変ありがとうございます。
 早速質問してまいりますが、まずは氷海参考人にお伺いをいたします。
 参考人の今日のお話の中でも、十五歳から十八歳は限りなく可能性があって、環境を与えれば大きく変化する、十八歳成年となれば、それはそれで本当に必ず変化していくはずだと、力強いお話をいただきました。
 そしてまた、十年前になりますが、平成二十年四月に開催された、今回の民法改正に至る法制審議会でも同じような趣旨の話をされていまして、そこでは、高校三年生を見て大人と感じられるかという質問に対して、これはあくまで感覚ですけれども、大人っぽいとは感じますね、私のイメージとしては大人っぽい子が多いと感じていますというふうに言及されていらっしゃいますが、具体的には、大人っぽいというのはどのようなものなのでしょうか。
○参考人(氷海正行君) よく今の高校生はどうですかという聞き方されるんですが、一口で高校生を語るというのは非常に難しいんです。非常に高校生というのは物すごく差がありまして、皆さんが出会ってきた高校生というところでの認識があると思うんですけれども、私、感覚的に大人っぽさという話は、その中で非常に、本当に教員よりも大人っぽい感覚で行動する高校生はいます。ところが、中学生と同じだなと思うような子もいるということで、全体的に平均してどうかという話は高校生を語るときにはできないんですが、そういう形の中で、自分での判断力、それから行動様式、それが非常に我々教員が見ても成人に近い、そういう子供は確かにいます。
 そういうことの中で感覚的という言葉を使わせていただきましたが、自己管理、それもしっかりできます、自分の意見をしっかり持っています、そして自分の目標に向かって努力をすることがきちっとできると、そういう生徒がいますので、それを大人っぽいという表現で発言したと思います。
 以上です。
○元榮太一郎君 ありがとうございます。
 やはり、十八歳、高校生といっても差はあるということなんですが、そういうような高校生に対して、やはりこれまでの審議の中でも、消費者被害に遭ってしまうんではないか、労働トラブルに巻き込まれてしまうんではないかということで、非常に教育というところが大事になってくると思います。
 社会に出ることを前提とした商業科ですと、先生の高校でもいろいろな消費者教育そして金融経済教育をされているということなんですが、普通科の学生に対してもしっかりとした教育が求められるかと思うのですが、その点、具体的にこういうような教育をすれば大人の準備になるのではないかというものがありましたら御教示ください。
○参考人(氷海正行君) 今回の十八歳から選挙権のときも、特に学校では教科、科目という形で教えますが、やはりそういう環境の変化では、学校では特別な環境をつくりまして、それを教科と別個に学校独自の指導をしております。
 多分、したがって、成人年齢が下がった場合には、学校として、まあ商業科の場合にはその教科、科目の中でそれを触れるという場面があると思うんですが、学校としては、教科、科目以外に学校として特別なそういう指導の体制を組んでいけるというように思います。
 以上です。
○元榮太一郎君 ありがとうございました。
 続いては、坂東参考人にお尋ねしてまいりますが、今日のお話の中で、高校生で成年と未成年が混在し、現場で混乱が起きるのではないかというお話がありましたが、まさに坂東参考人は今大学で教鞭を執られているというところで、大学というものは今まさに成年と未成年が混在している状況にあろうかと思いますが、そのような大学の現場で、何か混乱というものは生じているのでしょうか。
○参考人(坂東俊矢君) 大学は、混在してはいますが、回生が全く違う話でありますので、言わば一つのクラスの中に未成年と成年がいて同じ教育を受けているという話とは少し違うだろうとまず思います。
 それからもう一つ、大学の教育と先生がなさっている高等学校の教育の大きな違いは、大学というのは今、実務教育とても重視をしておりまして、言わば現場で何かを学んでいくということができています。恐らく、成年になるということで学ばなければいけないことは、いわゆる教育という形で理解をすることと、実務感覚で言わば体で理解をするというものと二つきっと必要なのだと思っていて、きっと大学でやられている教育というのは、そういう観点で物事が動いているから格別の混乱が生じているのではないというふうに理解しています。
○元榮太一郎君 ありがとうございました。
 あとは、遠山参考人と竹下参考人に伺ってまいりますが、養育費の支払終期の繰上げということを大変懸念されているというところで、私も、この成年年齢と成熟年齢というものは全く別物であって、やはりそれをしっかりと、高等教育も含めて若い人たちが受けられるような環境づくりというのは必要かと思っております。
 しかしながら、実務として予想されるのは、成年年齢が十八歳に引下げになれば、併せて養育費の支払終期も繰り上げられてしまうのではないかということで、今までは、取り決めていない、取り決めても低額、取り決めても支払われないというこの三つのマイナスの中で、取り決めても低額というところは更に加速するのではないかということだと思います。
 そこで、やはり制度設計や立法論でこの点についてしっかりと手当てをしていくということも大いに検討するべきだと思っているのですが、現場のお二人の参考人からそれぞれ、遠山参考人は若干言及いただきましたが、お二人で、具体的にこういうような制度になれば実務としてもしっかりと養育費が確保される環境になるのではないかというところの立法論や制度設計といったものをお伺いできればと思います。
○参考人(竹下博將君) 制度設計というお話でいいますと、やはり養育費の金額をどのようにするのかというところだと思うんですが、今は裁判所の方が金額を決めると。そして、平成十五年に裁判官たちが作った算定表というものがありますので、これがもう完全に定着して、これを実務は使っているわけですけれども、十五年前のものでして、全くアップデートされていないと。
 そして、これは私が養育費の算定をずっと研究してきたから言えることなんですけれども、端的に言えば、あのときに裁判官たちが作った算定表というのは誰も再現することができません。といいますのは、説明が不十分であるために、ここの点をどう考えたのかというところが分からないところが幾つかあるんですね。そうしますと、そういったものをアップデートするというのもなかなか難しいわけでして、日弁連の方でも新算定表というものを提言はしましたけれども、裁判官たちが作ったものではありませんので、なかなか裁判所は採用することが難しい状況にあるのかなというふうに思っています。
 やはり、遠山さんのお話にもあったと思うんですが、機動的にアップデートされるような形で相応に、統計資料等の使い方も専門的にできるような方と、それから現場でどのようなものが養育費にあるのかということを分かるある程度司法の方と、そういった方とが手を組んで、具体的にこういうふうに考えていくんだというものをツールとして用意しておくという必要があるのかなと。
 そして、表というふうに言っていますけれども、実際には、今はもう再婚が非常に多いわけでして、再婚したらどうなるんだというところがなかなかこれは計算が難しいところですので、そういった場合の計算はこうすればいいといったものを、端的に言えば、例えばアプリのようなものが作られて、そこにおおむね数字を入れれば分かるというようなことになれば、それもアップデートされていけばかなりいいのかなというふうには思っています。
 結局、裁判所に行かなければ分からないという状況がかなり問題ではないかなと思ったりしています。
○参考人(遠山信一郎君) 今、交通民事賠償の世界では、損害賠償の算定額については、イヤーブックとして赤本、それからツーイヤーブックとして青本というものがあります。これは、主に弁護士会の系統で作ったものを裁判所の方が言わば事実上追認していただいて、今実務で定着しています。
 それと同じように、ワンイヤーは難しいかもしれませんが、スリーイヤーかフォーイヤーぐらいの算定を、裁判所の系統と、あと弁護士会の系統と、場合によってはほかに知恵のある方、実務に知恵のある団体等が関与して作っていくということができればしめたものだなというふうには考えております。
 以上です。
○元榮太一郎君 大変貴重な御意見をありがとうございました。
 まだ時間がありますので、それでは坂東参考人に伺ってまいりたいと思いますが、成年年齢の引下げについては慎重にした方がよいのではないかということで、民法その他の整備が必要なのではないかとの御提言をいただいておりますけれども、この点について、具体的に何かこうした方がいいとかあれば御教示いただきたいと思います。
○参考人(坂東俊矢君) ありがとうございます。
 時間がなくてその部分はお話をしませんでしたが、例えば、未成年者が自己決定権を行使しながらだんだんと大人になっていく仕組みというのがきっと本当は大切なんだと思います。
 自己決定権の前提として、今の民法は、全て親の同意があることを前提にお小遣いが使えるとか、そういう仕組みになっています。外国の法制の中には、それを外して、生活のために必要な契約は未成年者であっても自由にできるんだという方法で、言わば自己決定権の保障をしているという立法例もございます。私たちの国も、実は明治時代に民法を作るときに、そのどちらを採用するかということが議論になっていました。
 とすると、ひょっとすると、未成年者の自立を促していくためには、その点の民法規定の議論もきちんとした上で整理をする方が、より、今議論がされているような、未成年者の方に社会に参画してもらうための民法を作ることができるのではないかというふうに私などは考えております。
 この考え方というのは決して私固有のものではなくて、例えば、財産法の民法改正で大きな役割を果たした内田貴先生も教科書の中でそのように書かれておりますし、恐らく民法の先生方の中にも相当そこは共通の理解があるのではないかと思います。
 そういったことも含めて、民法の成年年齢の改正も、順次、十八歳に向けて準備を進めていくということがより適切ではないかと考えている次第です。
○元榮太一郎君 大変ありがとうございました。
 以上で終わります。
○若松謙維君 公明党の若松謙維です。
 四人の参考人の先生方、大変御苦労さまです。また、貴重な陳述、御説明、ありがとうございます。
 まず、氷海参考人と坂東参考人にお尋ねをいたしますが、氷海参考人は、明確にこの法案、賛成というお立場でお話をいただきました。そして、十八歳、非常に、自立というんですか、資質は十分であると、そういう、大変明確におっしゃられましたが、大方そうであっても、やはりそうじゃない、どちらかというと消極的というか、前向きになれない十八歳、十九歳もいるかと思います。そういったケースも踏まえて、今回の法案作成に際しては、例えば全省庁的にこの未成年、いわゆる成年になる前の未成熟期間に対する対応ということでの連絡会議とか、又は消費者契約法で恋愛、就職等に対する配慮を、解約条項を入れたりとか、そんな対応をしているわけであります。
 そういったことを含めて、こういうことがあるから法案として賛成という立場なのか、それとも、元々しっかりとどんどんどんどん賛成という立場で進めるべきなのかという、ちょっとそれについてお答えいただきたいのと、坂東参考人は慎重というお立場でしたので、慎重という意味がどういう意味なのかと是非聞きたいという立場から、先ほど負のスパイラルということをおっしゃいましたが、これ、例えば正のスパイラルにするにはどうしたらいいのかというちょっとアドバイスもいただきながら、できたら、慎重というよりももうちょっとお立場をお教えいただければ有り難いなという、その質問をさせていただきます。
○参考人(氷海正行君) 今お話ありましたように、いろいろな高校生がいます。それで、成年年齢が十八になった場合のことですが、やはりいろんな十八歳がいますので、そこのところで、私、十年前の委員会でもお話しさせていただいたという記憶はあるんですが、やはり学校の中でそれが同居していくということは、例えば今現在の二十歳の成年年齢の方々が持っておられるいろいろなもの、例えばアルコールだとかたばこだとかいうのを含めて、そういうところについては問題が、学校の中で存在することは、一緒にいることは問題があるという発言をさせていただいた記憶はあります。
 やはり、そこのところを、十八歳というエージング、成長段階の人間としては私は非常にもう大丈夫だということで、あと、そこに関わる法的ないろいろなものについては、一つ一つについては問題があるので、先ほど言ったように、そういうところが解決していくことは私も希望しております。そういうことを含めて賛成ということであります。
 以上です。
○参考人(坂東俊矢君) 慎重というので、はっきりしろと、何といいましょうか、御指摘をいただいてありがとうございます。
 率直に申し上げると、私は、今の段階ではやや反対です、率直に申し上げると。それはどうしてかというと、もちろん、長い目で見たときに、国際的な標準の議論であるとか様々な課題を考えれば、十八に向けて成年年齢を下げていく努力をしなければいけないというのは、私もそう思っています。しかし、今、そうしたら、それをしたことで、先生は高校生を見ておられて十分対応できるとおっしゃっているけれども、本当にそれで大丈夫だろうか。加えて、私が申し上げたのは、その十八歳の子たちの問題だけではなくて、社会としてそれを受け入れるだけの覚悟と仕組みが本当に整備できているのだろうかというところにやはり疑問があるわけです。
 ですので、まず先にすべきは、民法の他の条項の改正やあるいは考え方の整理、加えて、十八の子が成年になった場合に対応しなければいけない社会制度、そういったものの整備を先行させて、その上で改めて国民に十八にすることでどうだろうかということを問いかける、そういう言わば段階が不可欠かなというふうに考えています。
 中途半端なところで大変申し訳ないんですが、そのように考えているということであります。
○若松謙維君 坂東参考人に、済みません、何か問い詰めるような質問をさせていただいて恐縮です。
 今、長い目では必要だろうというお話だと思いますが、社会の覚悟が、また仕組みが必要だということですが、国民投票法ですか、十年前に引き下げるという法律を作って、実際に施行したのはそれから七年後ということで、今回この議論をしているんですが、櫻井委員も、お隣の、おっしゃいましたが、非常に重要な成年という年齢が下がるということに対して、御存じのように、食べ物の何とかというのがいろいろありますけど、そういったモリとかスパとかそういうものばっかりしか議論されなくて、マスコミに出ないというのが実態であります。
 ですから、そういう社会的な、まあ何というんですか、これはマスコミのせいということはしたくないんですが、やはり事の質として、本来はもうこれだけ議論しているわけですし、もう先月からは衆議院でもしっかり議論しているので、はっきり言って、マスコミがそれなりにこの重要性というのを認識していただいて国民の皆様と一緒に議論すれば、かなりこの二、三か月というのはある意味で理解が、また議論が進んだ時期だと思うんですけれども、それでもなかなか恐らく言葉に出て、マスコミに出てきませんので、そういう意味では、今回、一つの法律を採択するという一つの時期に来たわけでありますので、やや反対ということだけどやはり必要だという、恐らく参考人もお悩みの中での議論だと思うんですけど、ちょっとこれ、質問がちょっときついかもしれないんですけど、じゃ、どうしたら、どういうタイミングできちんとしたその結論を、法律的な結論を出すべきかという、そういう条件というんですかね、をどんなふうにお考えでしょうか。
○参考人(坂東俊矢君) 今回の議論は民法の改正なんです。例えば個別の、労働を幾つからできるかとかいう、そういう個別法の議論ではないです。民法というのは、やっぱりこの国の取引と契約を仕切る、変な言い方ですが、基本法です。
 そういう基本法の改正の議論ですから、先生方も大変御努力いただいて、いろいろきっと社会の中の議論をつくっていっていただいているとは思いますが、基本法の改正である以上、少なくとも多くの国民が、なるほどね、そういう改正がなされたら社会がこうなるよね、その結果、私はこういう関わりがあるよねというところくらいまでは認識ができることが不可欠であって、現在の様々な世論調査などを見ると、今の民法で構わないという、まあ年齢に関しては、御意見の方がまだ圧倒的に多い状況の下では、それを強引に進めるということが本当にいいのかなというのは、やはり民法の研究者として疑問を持たざるを得ないということです。
○若松謙維君 今の大方は民法を、現在の、現行の民法というんですか、恐らく踏襲すべきだという考えだと思うんですけど。
 それでは、遠山参考人と竹下参考人にお尋ねをさせていただきますが、済みません、先ほどの負のスパイラル、これは遠山参考人、私も昭和五十三年、中央大学の商学部ですけど、卒業でございます。大変親しみを感じるんですが。
 お二人とも特に強調されている養育費ということを、私も実は前回のこの法務委員会で、特に養育費について取り上げさせていただきました。そういう点で両参考人にお尋ねをさせていただきたいんですが、その前に、この養育費の質問をする前に、今おっしゃった遠山参考人の負のスパイラルですか、これはやはり、物事を決めて法律作っても、本当に良くなる場合もあるし、悪くなる場合もあるし、何も変わらない場合もあるんですけど、負のスパイラルをおっしゃっているということは、やはり正のスパイラルにすべきだという恐らく強いメッセージじゃないかと思っているんですけれども。
 それでは、じゃ、正のスパイラルに今回の法律改正をするにはどういったところが足りなくて、またどういったところをしっかりすればなっていくのか、それについてアドバイスいただければと思います。
○参考人(遠山信一郎君) ちょっと長い話になるかもしれませんが、私がすごく若い頃に、新聞報道で、北海道の方で母子家庭のお母さんが餓死した事件が報道されたんです。それはとてもショッキングで、若い弁護士だった僕もすごく関心持ったんですが、この方が亡くなった要素は、一つは別れた亭主がしっかり養育費を払っていなかったこと、それとよるべきサポーターをしてくれる親戚、親族がいなかったこと、そして生活保護の窓口規制を受けてしまったこと。そこで、彼女はもう生きる希望を失って、食事もちゃんと取らないようになって、最後はいわゆる衰弱死になる。その衰弱死になろうとしていたお母さん見て、子供たちが近所の人たちに、お母さんが死にそうだって駆け込んだので物事が発覚して、それで当時とても大きな社会問題になったということがあったんですね。
 私、結構これずっと心に刻んでいる案件でございまして、結局、人が貧困の中で死んでいくというときに、逆に考えたときに、もし亭主がしっかり養育費払っていたら死ななかったよねという気もするし、窓口規制をした生活保護の人たちがもうちょっと優しくしてくれれば死ななかったよねと思うし、金持ちのお父さんとかおじさんがいたらやっぱり助かったかもしれない。だから、困窮するというのはとても多様な要素でなる。この負のスパイラルをつくったときには、その因果関係というよりは、一つの引き金になるのではないかというふうにつくりました。
 だから、竹下参考人がおっしゃっているとおりで、放っておくと実務は十八の方に収れんすると思います。そうすると、やはり養育費の支払総額は減るでしょう。だから、それに対して代替的な措置として、例えば国が何ができるんですかとかいう政策を立案してもらうことによって貧困クライシスを少しでも回避できたらというのが私の考えでございます。
 で、具体的な政策については行政と国会によろしくお願いします。
○参考人(竹下博將君) 今のお話でよろしいんですか。
○若松謙維君 はい、失礼しました。
 今の遠山参考人からの負のスパイラルというお話で、何かボールがこちらにいただいたような感じなんですけれども。
 じゃ、養育費という観点からもう一度説明させていただきたいんですが、ちょうど離婚、未成年のときの離婚が年二十万人なんという記事もございました。当然、養育費の減少というんですか、これは非常に大きな問題だと思います。実は、昨年の衆議院選挙のときに、我が党としては、教育費の負担軽減ということで強く打ち出しまして、経済的な理由で大学に行けない人に対していわゆる給付付きの奨学金制度とか導入して、そのための来年の消費税の一〇%アップということになるわけでありますが、そういった制度設計もしているんですが、お二人のお話を聞いていて、特に竹下参考人は、いや、大学生は成年というお話をされました。そうすると、結局、親の責任というのはある意味では、いわゆる義務的な責任というのは少なくなると。かつ、十八、十九の子供たち、十八歳、十九歳のいわゆる人たちは、若年ですか、というのは、ある意味で自立、自主の機会が拡大すると。
 こういうバランスの中で、この養育費ですか、これは子供の立場からすればやっぱり下げてほしくないと。是非、それは社会的にも、また、やっぱり弁護士というのは当然弁護人ですから、恐らく夫が、例えばですよ、一般的には夫側に付くと下げるという話になるでしょうし、そこは、何というんですか、もう関わる人のやっぱり社会的な規範というか人間性が求められるところだと思うんですけれども。
 何か時間が過ぎちゃったので、是非この養育費をやっぱり下げないという一つの意思というのをこの委員会で共有すべきじゃないかと思いますが、ちょっと時間がないので、お二人、結論的なお話をいただければと思うんですけれども。
○委員長(石川博崇君) それでは、簡潔に。
○参考人(遠山信一郎君) 子供の貧困問題を捉えるときに、子の養育費の問題というのは、決定的な因果関係があるわけじゃないけれども、やっぱり大きな要因である。だから、形式的な成年ラインをベースにした養育費の算定ではなくて、より実質に即した算定を目指すように、先ほど言いましたけれども、家庭裁判所を充実させて、弁護士会も絡んで、そういった言わばガイドライン若しくはソフトローを作っていただくということを是非国会の方で宣言していただけるととても大きな一歩になるんじゃないかなというふうに考えております。
○参考人(竹下博將君) 養育費については、これは非監護親であっても支払うという社会意識が私はそれほど醸成し切れていないのではないかなというふうに思っているところです。
 ですので、まずそこを意識させる必要があるというところと、あと、最終的には裁判所というところになるんですが、金額の判断は裁判所、執行するのは裁判所だけれども、なかなか手間の割には回収が難しいと。端的に言って、司法に頼る割には司法が脆弱というふうに思っていますので、この点は是非設計をしていただきたいなというところだと思います。
○若松謙維君 ありがとうございました。
○櫻井充君 国民民主党・新緑風会の櫻井充です。
 今日は、四人の参考人の皆さんから貴重な意見陳述いただきまして、本当にありがとうございます。
 まず、氷海参考人にお伺いしたいと思いますが、ちょっとこの法案ではありませんが、少年法の改正について。もし仮にこれが通っていく場合に皆さん心配されているのは、少年法の年齢が二十歳から十八に引き下げられるんではないのかと、そういう心配されている方が随分いらっしゃいます。仮にこれ、十八歳に引き下げられるということについては、賛成でしょうか、反対でしょうか。
○参考人(氷海正行君) 余り深くそこまで考えたことないんですが、今の段階でそれを引き下げるということは私自身反対ですね。
○櫻井充君 ありがとうございます。
 多分、何というんでしょうか、立ち直るきっかけをもう少し与えていくという意味合いでいうとそうするべきだと、私もそう思っています。
 先ほど、高校生がしっかりしていますよという話いただきましたが、うちの子供も今年の四月に高校卒業しましたが、私、親ばかかもしれませんが、ちゃんとしっかりしていると、そう思います。それから、実は大学一年生の学生さんが今日は傍聴に来てくださっていますけれども、彼も、高校時代話をしましたが、非常にしっかりしていて、そういう意味合いでは、十八歳に引き下げるということについて考えていかなきゃいけないことだと、そうは思っているんです。
 ただ、一方で、成人になったら意識が変わるんだと先ほど氷海参考人から話がありましたが、本当に成人になったら意識変わるものでしょうか。私の自分の経験から申し上げれば、二十歳になって成人を迎えたんですと言われても特に意識は変わらなかったので、本当に十八歳で、あなたが成人を迎えたんですよと言ったら、意識変わるものでしょうか。
○参考人(氷海正行君) どこの時点で意識が変わったかという判断は非常に難しいと思いますが、自覚は深まると思います。
○櫻井充君 ありがとうございます。
 もう一点、非常にばらつきが多いというお話がありました。確かにそうだと思うんです、いろんな考え方の方がいらっしゃいますから。逆に言うと、ばらつきが多いということは、本当にそこまで引き下げて大丈夫なんだろうかということにもつながるのではないかと思いますが、この点についてはいかがですか。
○参考人(氷海正行君) その件につきましては、例えば二十歳でも同じことではないかなと私は考えております、ばらつきという点についてはですね。
 以上です。
○櫻井充君 ありがとうございます。
 確かに二十歳でもばらつきはあると思います。そのばらつきの程度が、十八歳のばらつきと二十歳のばらつきとどのぐらいの差があるかというところに多分一番問題があるんだと思いますが、今の点について坂東参考人にお伺いしたいと思いますが、二十歳でも多分ばらつきはあるんです。そうすると、二十歳と、それを十八歳に引き下げることとの、そこの大きな差というのはどうあるとお考えでしょうか。
 逆に言うと、先ほど大学で学んでいくという話がありましたが、うちの息子は今年大学卒業して社会人になりましたけど、二十歳を迎えて大きく変わった点は、その日から酒を飲み始めました。でも、大人になったなと本当に感じたのは社会人になってからでして、きちんと朝起きて会社に行っていますが。そこら辺のところは、意識の改革というのは、成人を迎えたから変わるとかいうこととは若干違うような気がするんですが、大学にいた中で、本当に二十歳になるところのこの二年間で、学生さんたちには非常に申し訳ないんですが、本当に大きな成長を遂げるんだろうかと、そういうことも考えるんですが、いかがでしょうか。
○参考人(坂東俊矢君) 私は、二年間で随分成長していると思っています。
 先ほど申し上げたように、京都の大学に来たばっかりで、親と一緒に、どこに下宿していいのかも分からなくて、契約とは何かもきちんと理解しないまま、でも何とか下宿を始めた学生たちが、二年後には自分で自分に適切な下宿をきちんと理由を説明して見付けてきます。それはなぜかというと、その二年間で、きっと大学の勉強というよりも、仲間とか、あるいは今まで高校生として家庭と学校だけの世界が中心に回っていたところが、人間関係が出てくる、新しいサークルの中で先輩との関係も出てくる、そういう人間関係が広がる中で、物事に対する判断にどういうことを考えなければいけないかということを二年間で随分レッスンしていると思います。
 したがって、その二年間というのはやっぱり貴重かなと思っております。
○櫻井充君 ありがとうございます。
 うちの子も、自宅を離れてから物すごくしっかりしたとは思うんです、自分で料理するようにもなりましたし。
 一方で、自宅から通ったらそういう経験をするわけでもないので、そうすると、その点でいったら、済みません、こんなこと言って大変申し訳ないんですが、成長する成長しないはその環境によって違ってくるのであって、今の先生のお話は、独り暮らしをした子のことについて随分述べられていたような感じがします。
 それはそれとして、もう一点お伺いしたいことがあるんですが、先生は、十八歳選挙権については賛成でしょうか、反対でしょうか。
○参考人(坂東俊矢君) 賛成です。
○櫻井充君 今回の引下げの理由については、十八歳選挙権が大きなきっかけになってきています。ですから、この十八歳選挙権が、十八歳に選挙権が引き下げられたので成人年齢も引き下げようと、これ趣旨説明でそういうふうにされていて、私は違和感を感じているんです。別に、それだから引き下げるのかどうかという話はちょっと違うような気がしているんですよね。
 ですから、今も先生は、十八歳選挙権は賛成だけど民法の改正については慎重であるべきだというお話ですが、この点についてはどうお考えでしょうか。
○参考人(坂東俊矢君) 選挙権を行使するという法律的な価値と、例えば民法の成年年齢というのは、もちろん養育費の問題とか様々なところに広がりますが、基本的には取引や契約に関する自己決定権どこまで保障するかという問題だと思います。とすると、そこで問われている法律的な価値というのは同一のレベルにある話ではありません。政策的な決定として選挙権を若い人にどう渡すかというのはとても重要な判断だと思いますが、それが直ちに契約や取引に関わる自立と直結するとは私には思えません。
○櫻井充君 ありがとうございます。
 そうすると、今回の法案の趣旨説明というのは、やっぱり、何というんでしょうか、ちょっとおかしいなと、そういうふうに思われますか。
○参考人(坂東俊矢君) おかしいなと私が言っていいのかどうか、ちょっとはばかられるところではありますが、いわゆる選挙権の年齢が十八になったのだから取引に関わる判断も十八でできるはずだというのは論理の飛躍があると思います。
○櫻井充君 ありがとうございました。
 それでは、遠山参考人にお伺いしたいと思いますが、もし養育費の問題が解決されれば、これは民法の改正には賛成という立場になるんでしょうか。
○参考人(遠山信一郎君) 私は反対していません。
 簡単に言いますと、成年年齢というのは単なる形式ラインだと思います。これを実質に伴った後に動かすのか、ラインをちょっと動かしてそれに実質を伴うように努力するのかという後先の問題じゃないかなと思っておりまして、だから、問題点があるんだったらそれを是正すればいいというふうに思っているものですから、こういった問題点がありますよということを提起させていただきましたという立場です。
○櫻井充君 分かりました。
 そうすると、今のこういう問題をちゃんと解決してくださいねと、そういうお立場だということでよろしいんでしょうか。
○参考人(遠山信一郎君) 結構です。
○櫻井充君 ありがとうございます。
 あわせて、竹下参考人も同じような趣旨の発言をされていました。竹下参考人は、もしこの養育費の問題が解決されれば、民法の改正については賛成、若しくは今も賛成なのかもしれませんが、そのお立場をちょっと教えていただければと思います。
○参考人(竹下博將君) 私は、現段階では時期としては早いなという意味では反対になります。
 というのは、今の大学生は、少なくとも私が学生だったのは二十年前ですけれども、と比べてもかなり幼い。それは親の教育の問題もあろうかとは思うんですが、親が受験に付いてくる、それから出欠について親が通知を受け取る、そういったことを求める親がたくさんいる。このような状況で子供を自立させるというのは、それはちょっと無理があるのではないかというのが一点と。
 もう一点はかなり深刻な問題だと思っているんですが、十八歳になったことをターゲットとする消費者被害というのは、これは必ず起こると思います。私は、被害者側というよりは加害者側の代理人になることが少なくなかったりはしますけれども、彼らは本当によく考えてこうかつに法の隙間をつこうとしています。そういった人たちが簡単に餌食になるようなことをそんなに簡単にやりましょうと言っていいのかというのは、かなり難しい問題があるのではないかというふうには思っています。
 ただ、成年年齢の引下げ自体は国としてのメッセージだというところもありますので、最終的には国として判断することだろうとは思っています。
○櫻井充君 ありがとうございます。
 今度十八歳に成人年齢が引き下げられれば、自ら十八歳で交渉権を得ることになるんだろうと、そう思います。交渉することができる、契約なりなんなりですけれども。
 例えばの話ですが、養育費について、十八歳までは親同士での話合いになると思いますが、十八歳以降は、今度はその子供さんと、それから離婚した先の旦那さんになるのかお母さんになるか分かりませんが、その方と例えば交渉するような形にすると、新しいやり方が生まれてくるんじゃないのかなと、先ほど参考人の先生方から話をいただいたときに感じたことなんですが、こういうことは非現実的でしょうか。
○委員長(石川博崇君) これはどなたに。
○櫻井充君 あっ、済みません、竹下参考人と、それから遠山参考人にお伺いしたいと思います。
○参考人(遠山信一郎君) 櫻井先生、さすが、すばらしいアイデアだというふうに思います。
 実は、私、参考人って二回目なのですが、来るときに、仲間内のいろんな連中に、何かおまえらの意見があったら僕に言いなさいとまず集めているんですが、その中で、おっしゃるとおりで、十八になりました、大人になりましたということになれば、じゃ、お父さんと、私医者になりたいから医学部の学費出してよとか、それから、普通に大学の学費出してよという交渉をできるじゃないですかと。だから、そこの場面で頑張ればいいんじゃないかという問題点がやっぱり出てきました。
 問題は、あとはそういう交渉力が十八ぐらいまでに培われているかというと、それを何とか力付けることをやっぱりケアしなくちゃいけないねという問題と、あと、そういったときは、場合によってはお母さんに代理人になってもらって、別に代理人頼むの構わないですから、だからお母さんに代理人になってもらってやってもいいし、二人でやってもいいしということになりますので、その意味ではちょっと面白い展開になると思います。
 それについては、新しい展開なので、いろんな知恵を出していくと、結構、何というかな、予測の付かないような物語が展開するかなというのが、私の、済みません、これは感想でございます。
○参考人(竹下博將君) まず一点目なんですけれども、親子といっても、成年に達してしまうと、生活水準を同程度にするという生活保持義務ではなくて、余裕があるのであれば親として子供に多少援助しましょうという生活扶助義務というものに変わるのではないかというように思われるのが一点。
 それから、家庭問題は交渉だけで話が済むのかといいますと、様々な家庭があると思いますけれども、遺産分割であったりとか夫婦問題を取り扱う機会が多いと、本当にこれはどこにもめているのかがよく分からないなと、非常にエネルギーを使うけれども、小さいことでつまずいたりして単なる交渉と言い切れない難しい問題があるのではないかなということと、それから、やはり親子の間にも葛藤というのがありますので、やはりこの点を抜きにして簡単に交渉というのは難しいのかなと。
 結論としては、かなり難しい交渉だなと思います。
○櫻井充君 ありがとうございます。
 難しい交渉は、多分、もし両親がそろっていて、家庭の中でも同じような議論は起こるんじゃないかと思うんです。
 例えば、年収が四百万円以下の家庭ですと、親が希望して大学に行ってほしいと思っている家庭ってどのぐらいかというと、四〇%ぐらいです。一方で、一千万を超えている家庭だと、大学、大学院合わせると九〇%を超えています。ですから、貧困家庭の中でいうと、交渉事と大げさに言うと違うかもしれないけれど、自分の希望を親に言って、あとは、実現してもらえるかどうかというのはその本人の熱意であったりとか、親が、じゃ、ここまで能力ありそうだからとかいう判断になっていくので、今のところ難しいことは今の御答弁よく分かりましたが、でも、ある種その考え方を変えてやっていくということが必要なのではないのかなと、ちょっと今日はそう思いまして、あとは現実的になるかどうか、これからまた勉強させていただきたいと思います。
 今日は本当に勉強になりました。四人の参考人の皆さん、どうもありがとうございました。
○有田芳生君 立憲民主党・民友会の有田芳生です。
 氷海参考人以下四人の方にそれぞれお聞きをします。
 作家の三田誠広さんに「僕って何」という作品がありましたけれども、二十歳から十八歳に成年を引き下げるというのは、今日もお話しになっているとおり、自立とは何か、大人とは何か、成熟とは何かという問題だというふうに思います。非常に抽象的なんですけれども、しかし、具体的に、じゃ一体何が大人なのか、成熟なのか、そのはっきりしたメルクマール、指標というのはないと思うんですよね。だけど、それぞれ具体的に明らかにしていくことが非常に大事だと思うんですよ。ですから、参考人の方々には、これが自立だ、大人なんだということが分かれば、どうお考えになっているのかということをお聞きをしたい。
 例えば、坂東参考人でしたら、徐々に大人になる仕組みという表現されておりますけれども、徐々に大人にというのはどうお考えになっているのか。
 私はどういう立場で皆さんにお聞きをするかというと、竹下参考人が先ほどお話しになったように、非常に今の十八歳前後というのは幼い。私の問題関心というのは消費者被害、特に悪徳商法の、被害者はもちろんですけれども、加害者の方をずっと調べてくると、毎年、十八歳、十九歳、二百四十万人ぐらいが彼らのターゲットになってくる。赤子の手をひねるような、本当に集団的に様々な知能を尽くした方法で引っかけてくるという、物すごく危惧をしているんですよ。
 だから、そういう意味では、十八歳になることに非常に心配を抱いているという立場なんですけれども、皆さん方のお考えで、成熟、大人というものを、抽象論ではなくて、どのようなことができれば大人、成熟、自立というふうにお考えなのか、それぞれまずお聞かせいただきたいというふうに思います。
○参考人(氷海正行君) 私が常日頃生徒に言っていることは、大人に向けての教育、高校は特にそういうところだと思います。よく言っている言葉が、そのときその場でどのような行動が適切か自分で考えて実践できる能力、それをしっかり身に付けようということを生徒には話しております。
 もう少しかみ砕きますと、自己管理がまずできる、それから目標をしっかり持てる、今現在生きている中の目標が持てる、それに向かって自分で考えて、準備ができて向かえる、そういうイメージで私は思っております。そこがしっかりしてくると、かなり生活力、今の教育界では生きる力と言っておりますが、その力に近づくんではないかなと考えております。
 以上です。
○参考人(坂東俊矢君) 今先生が言われたことともそれは共通しますが、とにかくまずは自分で判断ができるというのが基盤になると思います。その上で、大人の判断というのは、自分が分からないことを分からないと認識できる力だと私は思います。
 例えば、悪質商法などの問題も典型ですけれども、要するに、何か分からないけど契約をしてしまって被害に遭うというところが大きいわけで、そこで立ち止まるセンス、おかしいなと思うセンス、それを自然に身に付けているということがとても大切かなと思います。
 そのためには何が必要かというと、分からなかったときに周りの人に素直に尋ねることができる能力だと私は思います。つまり、そこまでのことの、もちろんそれは程度によりますが、そこまでのことの経験が積み重なって、きっと大人になるんだと思います。
 ただ、気を付けなければいけないのは、それで百点取ることは、私もいまだにできていません。ですので、百点の能力でもないことも気を付けなければいけないと思います。
○参考人(遠山信一郎君) とても良い質問です。
 一つは、社会で生きていく力という点でいくと、かつて経済産業省で、社会的基礎力ということで結構幾つもの要件を世間に流していて、例えば、一緒に共同して何か目的ができるとかって、こう書いてあります。
 私は、有田先生の問いに対して、抽象的に答えて申し訳ないのですが、結局、人間が生まれて死んでいく過程の中で、自分ファースト、つまり利己から他利へ移行するという過程の中で、人間って初めは利己的なもの、でも、成熟するうちに、要するに他人のことを考えるようになる。で、他利といっても全く全面的に他利にはなれないから、要するに自己の利益を守る、自利と他利のバランスが少しずつでき上がっていく過程の中で、どこかで線を引くんだろうなと思っています。
 ゆえに、有田先生の問いに対して、例えば十分に、四十、五十過ぎても子供のやつは山ほどいる、若くてもとても他利心が強くて立派なやつもいる、だから、線引きは、やっぱりみんながこんなところだよねというふうな、そこそこ納得できる、できれば合理的な科学的な根拠のあるところで引けばいいのかなと思っています。
 その点で、十八と二十でそれほどの大きな、何というかな、階段でいえば段差があるのかというと、今のところそういう段差は感じてはおりませんという感想でございます。
○参考人(竹下博將君) 私は、大人になるということは、私であればこうするというような考えができるようになることだと思っていまして、要するに、知識の積み重ねや吸収だけではなくて、単にこうすればよいというふうに言われたことを実践するのではなくて、私であればこうするということだと。そうすると、そのような者になるためには、これは失敗に学ぶということになるんだと思うんですね。成功からは、それをすればよいということしか学べませんが、失敗からは、私であればこうするということが学べると思います。
 したがって、失敗事例を様々なケースについてたくさん考えるという機会を持つことによって、具体的に、私であればこうするんだ、こういうふうに防御するんだということを考え、またそれを話し合えば大人になっていくのではないかなというふうに私は考えています。
 以上です。
○有田芳生君 氷海参考人にお聞きをしたいんですけれども、消費者教育はこれからももっともっと強調していかなければいけないんですが、同時に、文科省が将来的に考えている自立教育、幼稚園の段階から、学習指導要領などをこれから変えていくという方向で動いているんだけれども、実際、例えば明治、大正、昭和、平成と来て、具体的に言えば、大正から昭和の初めにかけてのいわゆる教養主義、当時の若い人たちが例えば阿部次郎の「三太郎の日記」なんというのも普通に読んでいた時代から比べると、今はやはりどうなんだろうかと危惧を持たざるを得ないような思いがあるんですけれども、先生から見て、自立教育ということを考えた場合に、何が今最も求められている課題なんでしょうか。
○参考人(氷海正行君) 自立教育の中の一つとして、やはり、私自身が考えているのはお金に対する教育、これは大事だと思って、本校でも、三年卒業するときに、金融教育と言っておりますが、特別な講座を設けて三年生に指導をしております。
 日本の場合には、お金のことは余り口に出さないという文化がありますが、私個人では、非常に自立していく中で、お金に対する考え方、いろいろな考え方がありますけれども、お金というものの位置付けですね、自分の生活の中の、自立していく中の、それについての教育はやっぱり徹底してやっていこうとしています。学校でもやっています。
 それで、これから、指導要領というのは十年ごとに変わりまして、あと二年後にまた変わるんですが、日本の教育の中で、やはり、昔文部省、今文科省ですが、世の中の動きを見ながら変えていますよね。私ずっと四十六年間やっていまして、見事に日本の子供は変わっています、そのとおりに。本当見事だと思います。
 最初に、知識重視、偏差値教育と言われた時代があります。私が就職した頃、昭和四十七年がそれの真っただ中、受験戦争という言葉もありました。それから次に、ゆとり教育という形で動いてきて、ゆとり教育で育った子供たちが今社会に出ているというようなことが世間でも言われました。そういう中で、今は、生きる力、自立、そこに今重点を置いております。そういう中で、必ず、私のこれは感想ですが、子供たちはそのようになっていくと思います。その中で今私が強調したのは、金銭、お金に対する教育というのはもっとやるべきだというように思っています。
 以上です。
○有田芳生君 とても関心のある御指摘なんですが、ちょっと具体的に、そのお金教育というのはどういうことをやっていらっしゃるのかを教えていただけますでしょうか。
○参考人(氷海正行君) やはり、直接、ネットが今ありますので、それで買物するだとか、そういうところに、先ほどもありましたように、隙間を縫っていろんな商法がありますので、それにだまされないようにと。こういうことが現実あるんだという話ですね、それが中心です。
 以上です。
○有田芳生君 今のお話につながって、坂東参考人以下お三人にお聞きをしたいんですけれども、私ずっとすごいなと思っていることで、東京、それから今では甲子園でもあるんでしょうか、キッザニア、子供たちが職業体験をできるということで、そこで、遊びみたいなものだけれども、そこで働けば給料が出るというようなことを含めて、小さい子供たちからお金教育がなされている。
 これ、民間がやっているわけですけれども、そういった試みというのは、子供たちだけではなく、もっともっと日本社会で広げていろんな工夫しなければいけないというふうに思っているんですけれども、言ってみれば大人版キッザニア、キッザニアという言葉は変なんだけれども、大人版のそういう試みというのは何かお考えありますでしょうか。
 特に坂東参考人は大学で教えていらっしゃいますから、大学生に向けていろんな注意とか、そういうものをなさっていたならば教えていただきたいというふうに思います。あるいは、京都産大だけではなく、京都ではこういうことをやっているんだということを、もしお知りになっていれば教えてください。
○参考人(坂東俊矢君) 先生方も御存じのとおり、今の大学教育というのは机の上だけの学問ではありません。エクスターンシップであるとか様々な仕組みを使って、言わば仕事の現場に出向いて自分の学んできたものを経験をするといったことが、昔は就職前の短期間だけに開講されていましたが、今はもう大学に入った途端からそういった教育を受けることができます。もちろんこれは教育の枠組みの中でやっている一定の範囲で、例えばお金をそこでいただいてというレベルではありませんが、しかし少なくとも、そこで仕事が動いているものを自分の体で感じて学ぶことができます。
 したがって、今、ほぼ大学ではそういうのが通常の科目になっているということを考えますと、そういったものがもっともっと社会的に認識をされて活用されるということは、有田先生御指摘のとおりで必要なことかなと思います。
○参考人(遠山信一郎君) 紹介できるエピソードとしては、私は世にいうロースクールの先生なものですから、学生たちはみんなとうが立っています。そういった状況の中で、うちの学生たちがつくっているサークルが、法教育サークルをつくっています。有志が集まって、中学とか高校、こういったところで、要するに、法律若しくは説明や、それから模擬裁判とかいう形で、若いうちから法に対する知識若しくは関心を持ってもらうことによって自立できる若者になってもらおうというようなことをやっています。
 だから、それは多分、弁護士会とか、それから法務省もやっている法教育という一つのプログラムをたまたまうちの学生たちが自分たちの部活でやっていますということなので、そういった部活が全国津々浦々の大学とか、それからロースクールでできると、草の根運動のような形で、要するに、若年層に法の支配の感覚が浸透していくかなという気がしますというのが先生の問いに対する一つのお答えです。
○参考人(竹下博將君) キッザニア大人版といいますか、結局、楽しんでやらなければ、なかなか積極的に自らやらなければ身に付けにくいところがあるのかなというふうに思うわけですけど、そうすると、娯楽の中にそういったものがどのように見出せるのかだと思うんですが、仕事について、それが銀行員であろうと弁護士であろうと様々な仕事があって、様々なドラマであったりとか、あるいは小説であるとか、あるいは漫画であってもいいと思うんですけれども、その辺りを綿密に、ちょっとディテールの甘いものも結構あったりしますので、そういったところがもう少し職業人として、仕事として、その楽しみをもっと見出せるような娯楽が、ただ、これは余り国からという感じじゃなくて、民間がということだと思うんですが、そういったものが提供されれば、それはやはり面白いと思うんですね。
 私も仕事柄、様々な職業の方と出会うことがありますけれども、仕事に関係するところでそういった話を聞くだけでもやはり相当面白いと感じているところですので、そういった面白みをどのように民間の方々がそれを活用できるのかというところにあるのかなというふうに私は思います。
 以上です。
○有田芳生君 ありがとうございました。
○仁比聡平君 日本共産党の仁比聡平でございます。
 今日は、四人の先生方、どうも本当にありがとうございます。
 まず、坂東参考人にお尋ねしたいと思うんですけれども、今日も様々な角度から問題が掘り下げられているわけですが、参考人の御専門である消費者法の分野、あるいは遠山、竹下両参考人から厳しく出ています親の監護義務や子の養育費などに関わって、ちょっと端的に要約してしまえば、大学生で成年と、大学生は皆成年と、これは学費は自己責任と、そういう社会になっていくのではないか。その下で、十八歳で独立したんだということで、自ら交渉力を持って、典型的にはこれ、親の関係が破綻している場合ですね、その非監護親に対する交渉を自ら行い、その責任は自分で負わざるを得ないと。そうした社会モデルといいますか、ということがシビアな形で示されてもいるのかなとも思うんですが。
 坂東参考人が、自己決定を通して徐々に大人になる仕組みとしての未成年者保護法理、こうしたものとして現行民法の考え方を示しておられること、とても私は胸に落ちるものがあるんですけれども、そのお立場から、今日話題になっている諸問題についてどのようなお考えか。この成年年齢が十八歳に引き下げられるとすればどんなリスク、危険があると考えるかはいかがでしょうか。
○参考人(坂東俊矢君) 大学生になった途端に、例えば経済的なところやあるいは契約に関わるものも全て自己決定の範囲内に任せていいのか、あるいは、自分の将来に関わる教育に関わる費用は基本的には自分で支弁するのが当然であるといったような社会で本当にいいのかというところについては、私はとても大きな疑問があります。
 やっぱり先ほどの、何といいましょうか、養育費の先生方から御指摘のあった問題も、言わば大学で勉強することについてどういう援助を、仮に別れたとしてもです、親がしていくのかというところが現場では問われ続けているわけですよね。だとすると、そこに関する手当てというのは、社会が健全に発展していくためには必要な話なんだと思います。
 いずれにしても、ある段階で、階段上るみたいに、ここからは大人だよねということを言わざるを得ないのは事実だと思います。しかし、それは、それまでの社会的経験や現実のいろんな問題に直面したことのない高校生から大学生になる瞬間にそれを求めるのは、やはり無理があると思います。
 したがって、徐々に大人になると言いましたが、とりわけ私は大学生になってから、先生は二十歳まだあれだとおっしゃったけれども、二十歳になるまでの二年間に、実際の様々な契約を一人で経験するという場面で様々なことを現実には学んでいるという経緯があって、その部分の価値を小さく見てはいけないのではないかと思います。
○仁比聡平君 ありがとうございます。
 もう一問、坂東参考人に、今のお話しいただいている、その徐々に大人になる仕組みというものを、講学上といいますか、法律学の考え方でいうと、以前は行為無能力制度というふうに呼び習わしておって、戦前は、妻とそれから子、未成年者はこれは無能力者だという考え方だったわけですね。民法の条文そのものは以来変わってはおらないんですけれども、坂東先生にお示しいただいている、この徐々に大人になる仕組みと、そして、その大人になる仕組みの言わば援助者というんでしょうか補助者というんでしょうか、その親権者を法定代理人としている、ここの、親権者に係らしめているというここを、今、先生や、それから先ほど内田先生のお名前も出ましたけれども、現在の民法学会の中ではどんな考え方になっているのかという点についてお話しいただけますか。
○参考人(坂東俊矢君) まず一つあるのは、先生も十分御存じのとおり、現在、制限行為能力者制度という制度になっていて、そこには未成年者も含めて四類型あるということですね。ただ、被後見人とか被保佐人とか被補助人は家庭裁判所の審判を必要としています。それまでフルの能力を持っていた方を、言わば家庭裁判所の審判で限定するという仕組みです。
 ところが、未成年者という概念は、先ほど申し上げたように全ての人が経験する言わばものです。そこはかなり違っていて、フルだった方を家庭裁判所で制限するという仕組みと、それと、今からフルにしていくためにどういうふうに法律は関与するか、同じ制限行為者の中でもそこで求められている形は相当違うんだろうなと、まず私は思います。それが一点です。
 それから、二点目の御質問では、要するに、親権者の関与ということだけで民法の今考えている未成年者の自立に向けたものが十分かどうかということにつながっている御質問だと思いますが、現在、もちろんこういった議論がなされるようになって、例えば、現の国民生活センターの理事長をされている松本恒雄先生であるとか、あるいは東京大学の大村先生であるとか、いわゆる代表的な民法の先生方が、その部分について客観的に評価できる方法はないだろうか。
 つまり、親の同意ということになるとなかなか外から見て見えにくいし、例えば、先ほどの話でいえば、親は小遣い使っていいよと言ったんですが、私などは、仮に小遣い五万円もらっていたとします、そんなもらえないかもしれませんが、五万円で高い毛皮のコートを買うなんていうことは親がそもそも想定していない。小遣いとしての使い道の枠というのがきっとそこにあるんだと思うんですが、その基準というのはある意味では曖昧です。曖昧ですので、できたらもう少し分かりやすい規定がないだろうか。加えて、従来の無能力者から制限行為能力者という流れの中で、そこでは後見人としての親の関与をもう少し小さくしてもいいんではないだろうかという話は、民法の先生方の中でも議論がなされていると思います。
 とりわけ、成年被後見人ですらという言い方がいいかどうかは別にして、日常生活に関わる契約は後見人の同意を得なくてもできるわけです。だとすると、そこで導入されたアイデアを未成年者のところにまで何とか使う道はないだろうかというところでいくと、多くの先生方が類推適用していいんじゃないというところまでは学会レベルでは来ていますが、先ほど、実務の現実まで行くと、それはまだまだ議論の途上の話だと思います。
 ですので、この点に関する民法改正などについてもやはりある段階で議論し、並行して成年年齢の引下げできると本来であればいいのになという思いが少しします。
○仁比聡平君 ありがとうございます。
 遠山参考人、竹下参考人にお尋ねしたいと思うんですが。まず、遠山先生、法務大臣が、この国会での答弁で、十八歳という年齢について、大人の入口に立ったと言えるだけの成熟度という答弁をしているんです。大人の入口に立ったというその意味がどういう意味ですかというのが一つの議論にもちろんなるわけですが、これは、養育費の概念でいう未成熟子か、それともそうではない成熟した人かということでいうと、まだ成熟はしていないということなんだと思うんですが、未成熟子という概念はそもそもどういう人のことをいうのか、どういう子のことを未成熟子というのか。
 それから、十八歳に成年年齢が引き下げられれば、十八歳になった後も、例えば大学卒業までという、二十二歳という、ここまでが未成熟と見るべきではないのかという議論があるんじゃないかと思うんですが、この十八歳からその未成熟子である間の子に対する養育費の支払の法的な根拠、これ、竹下先生からは、先ほど、生活保持義務であるものが扶助義務に変わってしまうのではないかという趣旨の御発言もありましたが、遠山先生はどのようにお考えでしょう。
○参考人(遠山信一郎君) まず、ここら辺の問題は、ベースは扶養ということになると思います。扶養というのは、例えば親子関係、夫婦関係で内容が違ってくるものですが、基本的に家族の共同体の中で扶養し合うというのがベースにあって、それが親子とかそれから夫婦とかという関係性の中で内容が変わっていくものなのかというふうに考えていまして、私の、済みません、参考人陳述書骨子の図二のところに、当時、先生と同じようなことをいろいろ思いを巡らせたときに作った表なんですね、これが、図、養育費支払義務の終期というところなんですが。そこで、未成年って何といったら、年齢を基準とした形式的概念。それから、未成熟って何といったら、自活不能を基準とした実質的概念。だから、自活することが実質的に不能だよねという人が未成熟な人。未成年というのは、ありていに言えば、法律で決めたラインで決まるだけのことというふうに考えています。
 だから、十八が未成熟なの、成熟なのというのは、答えとしては、成熟な人もいれば未成熟な人もいるという言い方しか絶対できないと思います。それを、十八を、言わば、ほぼ等号とは言いませんが、イコールとは言いませんが、成熟というふうに判断することは、これはむしろ、怒られちゃうかもしれないけど、ナンセンスだと思いますけど。
○仁比聡平君 竹下先生にも同じ問いと、あわせて、先ほど来、平成十五年の算定表のアップ・ツー・デートとか、あるいは、遠山参考人からは、交通事故の場合の赤本、青本に匹敵するような基準化といいますか、そうした御提案もあったんですけれども、その実現可能性ですね、現実の家庭裁判所の今の組織体制だったり、それからあるいは調停あるいは審判などで実務家である弁護士の皆さんが経験される現実の家庭裁判所の機能ということを考えたときに、その実現可能性というのは本当にあるのかと。これは本当の大仕事じゃないかと。この法案の施行期間の間にそれが実現できるというふうな見通しをお持ちになれるかどうか、併せてちょっと、竹下先生、いかがでしょう。
○参考人(竹下博將君) まず、一点目の未成熟子のお話なんですけれども、なかなかこれは本人の能力だけで実は決めていないところもあるのではないかというふうに思っていまして、結局、大学に進学するということが許されるというのか、あるいはそうすべきというのか、そういうような環境にあれば未成熟子と考えてよいというような場合もあったりしますので、そうすると、本人の能力だけで本当に決めていいのかというところもあったりして、かなり曖昧な概念なのではないかなというふうに思っています。
 結局、ここはケース・バイ・ケースで裁判所が判断していくところで、基準も分からないので、結局は未成年者になっているのが実態ではないのかなというふうに思っています。
 二つ目の、養育費をアップデートにするとか、あるいは交通事故の例をというようなお話で実現可能性をということでしたが、私もそこは不思議に思っていまして、交通事故の場合は、保険会社が交渉するときの基準、代理人に弁護士が付いたときの交渉する基準、裁判所が最終的に判断する場合の金額、全部違っていることがあると思うんですけれども、今は全て同じなんですね、養育費については。
 これはかなり乱暴だと思っていまして、裁判所が実際に判断をすることをかなりやめているのではないかと思っていまして、私も新算定表というものを日弁連で作るときに関わって、いろいろと様々な判断が裁判所でされているのを読んでいますけれども、正直、裁判所としてはこの問題に触れたくないのではないかなと感じているところです。論理的な批判を新算定表の提言ではしましたが、その批判に応えようとする理由というものを私はちょっとほとんど見たことがありません。誤解されているものはあったりはしますけれども。
 したがって、そうすると、裁判所としてはかなり後ろ向きなんだと思っていたんですが、報道によれば、最高裁判所は司法研究としてこの点を研究すると、どうやら一年程度で研究をするということですので、変わる可能性は、実現可能性はそこで出てくるのかなというふうに思っているところです。
 ただ、実際には、それが出れば、今の算定表にそれが取って代わるだけになるような気もしますので、柔軟に幾つかの基準を定めるという意味では、いろいろとこれからも日弁連としてもやっていくことであったりとか、行政が考えるというところもあるのかなとは思っています。
○仁比聡平君 氷海参考人、最後、ちょっと短いんですが、以前、法制審に平成二十年に御意見述べられたときに、正直言って民法を考えて高校の現場で教育はしていませんと、校則のことは考えるけれども、だけれども、民法のことを考えて教育はしていませんというお話をされているんですが、それは変わったという感じですか。
○参考人(氷海正行君) そのときの発言は、民法ってすごく深くたくさんいろいろな法律的なことがありますので、そこのところまで深く考えていないという意見ですね、それは。
 やはり、民法の今の問いに関して、それよりも、あのときからもう十年たっていますので、随分と民法についてもいろいろと私の方も勉強というか耳に入ってきて考えていますので、考えていませんという話は、教育現場は常に民法を裏付けて教育はしていませんという言い方なんですね。したがって、考えていないというよりは、ちょっと誤解かもしれませんけれども、いろんな面で当然入ってきていますので、答えとしては、考えてはいますという答えになりますかね。
○仁比聡平君 ありがとうございました。
○石井苗子君 ありがとうございます。日本維新の会の石井苗子です。
 四人の参考人の方々、ありがとうございます。貴重な御伝授をいただきました。長時間、私たちはこの民法、十八歳成年年齢引下げについて議論してきたつもりでおりましたけれども、今日お話を聞いておりますと、私にも少し誤解があったかなと思いました。
 事実上、この民法改正というのは基本法の改正であって、商法も含めて大きな基本法の改正なんだと。それは、契約について中心と書かれているかもしれないが、個別法の議論をやっているのではないんだという御意見がありまして、私たちは、特に私は、ああそうかと。この長時間、特に養育費の未払の問題だとか悪質商法からどう子供の身を守るかとかというような、そういう話をしてきたんですが、それは個別法の議論をしているんじゃなくて、民法が改正したら個々にどれくらいの関わり合いがあるのかを考えるのは国民の義務であると、国民が民法に沿って考えるべきなんであると。
 昨日、私は一千二百人ぐらい女子が集まるところでこの話をしたら、自分が個々にどこに関わり合いがあるのかということだけしか考えていないわけでございまして、十八歳で投票をすることができる、ああいいんじゃないの、関係ないと、別にうちの娘や息子がそれで罰せられるわけじゃないと。今度は、十八歳で悪質な商法がというと、途端に、それは困る、何とか国で守ってくれと。今度は、親権が外れるのが十八歳になるがどうかとなると、今度は急に、養育費をそれで払わなくてよくなるんならそっちの方がいいという再婚した女性と、うちの子供に対してそれは、夫と別れることになったら、それはやっぱり二十二歳ぐらいまで払ってもらいたいというような、とにかく関わり合いといったら自分の個人の意見になってしまうんだなと思ったんです。
 そこで難しさが発生しているんだと思うんですけれども、選挙権が十八歳になったのだから成人年齢は十八歳だと、これが国からのメッセージとして国民は受け止めるべきであって、そこから社会と教育を、三年ありますが変えていくと、これが正しいのか。これ、賛成する方は正しいと言う方が多いと思いますが、そうではなくて、今改正はやめて教育や社会のインフラがそろうまで待つ、それが、三年ではなくて何年先に改正するから心得よというメッセージを国は出すのが正しいのか。
 これは、それぞれの御参考人の方々が、私が考えることじゃないとおっしゃられるかもしれませんけれども、是非お聞きしたいと思います。よろしくお願いいたします。
○委員長(石川博崇君) これは全員の参考人の方でいいですか。
○石井苗子君 はい、お願いいたします。
○参考人(氷海正行君) 今の非常に学校現場としてはかなり大きな課題なんですが、我々としましては、預かっている子供たちをどのように捉えて、成人年齢を下げるときにそれをどう考えるかという立場でお話をさせていただいていますので、そういう形の中で、私は十八歳から下げてやっていくことに賛成をし、疑問を持っていないという答えになってしまいますね。
 以上です。
○参考人(坂東俊矢君) 今、石井先生が言っていただいたことはそれぞれごもっともだと思います。ただ、個々の人々からすると、自分の生活に関わる部分でどんな影響があるんだろうというふうに考える。ただ、先ほども申し上げたように、民法を変えるということは、社会の仕組みを変える大きなものですから、その結果、私たちが生活する社会の形ってどう変わるんだろうという視点からも物事を考えていく必要があるんだと思います。
 法制審で一定の結論が実は出ていました。その一定の結論が出てから十年以上の時間が経過しましたが、大変私も民法の学者として反省しなきゃいけないけれども、その十年間でその法制審の議論を前提にどういう準備をしなければいけなかったかということについては、やや、私の反省も含めてできていなかったと思います。この間、それに向けてどういう施策が必要かということを本当に真剣に社会として議論してきたか、それを国民やあるいはその世代の若い人たちに伝えてきたかというところについては、私も率直に反省しなければいけない。とすると、その努力を一度してみる必要があるのではないかというのが私の思いであります。
○参考人(遠山信一郎君) この参考人になるのは実は一週間前に決まったんですが、事務局から膨大な、腱鞘炎になるほどの資料を送ってもらいました。その中で新聞記事等もいっぱい入っていまして、読んで思ったのは、おおよそなんですが、一番の関心事が、要するに少年法の年齢との関連と、あと消費者被害をどのように防ぐかというところに結構ストレスがあったな、フォーカスがあったなと思ったんです。だからゆえに、若干私は、ちょっと扶養の問題もあるんだよという感じで出させていただいた。
 石井先生のおっしゃるとおりで、この成年ラインを少し引き下げることによって当然弊害がありますよね。それをどのように解除するか、解消するかということについては、もしこの法案がこのまま通っていくのであれば、いただいた資料だと平成三十四年の四月一日の施行予定と書いてあるから、この時間の中で一体その弊害と想定されるものの手当てができるかということになると思います。
 私とたまたま竹下参考人は子供の貧困の問題とか扶養の問題をちょっと取り上げましたので、それについてはこの時間の中に、私は家庭裁判所にエールを送っていまして、家庭裁判所を充実させて、新しいガイドラインなりソフトローを作ってほしいというふうに思っています。だから、ここら辺は、もし施行の日までこれぐらいの時間があり、若しくは、場合によってはこれを少しずらすなりして、その期間に弊害を解消する施策を言わば多少義務付けることによって対応するのがいいかなというふうに、ちょっと先生の問いをいただいて考えた次第です。
○参考人(竹下博將君) 十八歳に引き下げるということは、これは国のメッセージだと思うんですが、これに正しいとか誤りとかは恐らくないのではないかなと正直思っております。
 ただ、十八歳に引き下げるのであれば、それは様々な準備というものがあるとは思いますけれども、ハードランディングから、かなり準備としてはソフトランディングまであると思うんですけれども、まだまだハードランディングではないかなと思ってお話をした次第でして、つまり、ソフトランディングにすると様々な準備ができますので悪影響を減らせるわけですが、十八歳に引き下げたときに、恐らくかなりの人たちが被害なり問題に直面するだろうと。
 そういうこぼれ落ちる人たちをどのように拾い上げて、かつ、失敗した者を失敗者と決め付けるのではなくて、どのように更生する道を残すのかと。逆に、国としてそのようなメッセージを発するということが、まさに国としてどれほどの覚悟を持って臨むのかということになるかと思いますので、そういったところをこれからどのようにケアするのかという意味で、私たちも頑張っていきたいなと、こういうふうに思った次第です。
 以上です。
○石井苗子君 ありがとうございました。
 根本的に、今御参考人の方々から教えていただいたことを踏まえて、まず、氷海参考人の方にお伺いいたします。
 賛成ということですので、日体大の柏高校は、三年生を対象にクレジットカードやローンの仕組みについて授業をされております。これは、高校を卒業しても二十歳になるまでは取り消すことができるんですよという前提で授業を行っていらっしゃいます。この高校三年生の中に今度は成年が交じることになるわけですから、これからは、高校二年生までに今度は単独で契約ができるように教育する必要もありますし、単独で契約ができるようになるんだよということを、もう決まったんだから、国のメッセージが発生しているんだからねという教育をしていくことになります。
 日々高校生と接していらっしゃるその御実感から、先ほど、環境が整えば学生は非常に熱心に励むという心強いお言葉いただいたんですが、例えばスポーツ、例えば難関の大学を突破して合格すると、これは世の中に、例えば成績が発表されたり何人合格したというふうに発表されていく、非常に正の、やる気を出せばやっただけ、大変明るくてうれしいニュースですけれども、何人の生徒がクレジットカードの悪徳商売に引っかかりました、この高校のランキングとか、この高校は何人教育したにもかかわらず、こんなに、三十人も四十人も十八歳になったら引っかかってしまいましたという、業績とこれ言わないだろうと思うんですけれども、これ発表するなんということは絶対にないと思いますし。
 そうなると、高校三年生で単独に、先ほどありましたように、成年だけれども、未成熟な年齢の男女が悪徳な商法に引っかからないようにするための教育、あるいは誰が守るのかというようなことを踏まえた上で、一人前に契約ができる能力を果たして身に付けることができるでしょうかという、大変きつい質問かもしれませんが、氷海参考人にお答えいただきたいんですが。
○参考人(氷海正行君) できるという言い切りはできないと思うんですが、先ほどもお話ししましたように、高校という環境であれば十分に教育をすることは可能であると。
 今現在も、高校には定時制高校というのがありまして、成人とともに生活している。私も四年間定時制高校に勤務したことがあるんですが、そこでやっぱり成人等含めて学校の中で生活をしているというのが今でも実際あるわけです。そういう中で生活している中で、できると言い切るのは難しいですけど、私は可能であるというように考えております。
 以上です。
○石井苗子君 ありがとうございます。
 私は、文科省が学校での消費者教育に力を入れるというふうに、それこそ力を込めて文科省はおっしゃっているんですけれども、今の学校制度の下で文科省が音頭を取って全国の学校に真剣に取り組むようにというふうに言った場合は、これ各学校の校長先生のやる気次第ではないかなと思っているんですけれども、時間がなくなってしまいましたので、そう思っているということをいつか言おうかなと思っておりますが、坂東参考人にお伺いします。
 私勤めているところで、ネットのゲームを何百万もクレジットカードで使ってしまって、オンラインゲームとかデジタルコンテンツ、本当に、十万、二十万じゃないんですよ、何百万というのを購入してしまうというペーシェントがいるわけなんですね。これ十代であって、これから今度十八になれば、成年だけれども、法律的には、未成熟であるわけです。こういう自分をコントロールする能力に欠けているという、完全な行動能力がないということですね。
 これは認めない方がいいと思うんですけれども、十八歳、十九歳でこのような契約をすると取り消されなくなってしまうことなんですが、今後、未成年者に利用限度額を設けているという事業者もありますけれども、若年層の成年者にもその年齢に応じた段階的な利用限度額といいますか、私の勝手な言い方ですが、利用限度額を設けるという必要があると思うんですが、いかがでしょうか。
○参考人(坂東俊矢君) 簡潔に二つ御説明します。
 一つは、今先生のおっしゃったネットゲームの問題というのは、十八、十九どころか、小学生、中学生の被害というのが現実問題となっていて、ネットの中での年齢詐称の問題も含めて実はとても大きな消費者問題になっている。とりわけそれは、いわゆる児童と呼ばれる人たちに対してどういう手当てをしていくのか、取引の場面でという課題があって、そこは私たちの社会ではまだ何も合意ができていないというふうに私は考えています。ですから、児童をどう考えていくかというのも一つ大きな課題として残っています。
 二つ目のポイントとして、要は、その十八、十九という人たちが未成熟だけれども契約をしてしまうので、その部分についての手当てというのを考えなければいけないのではないか。私もそう思います。これは既に河上先生がここでお話しになったと思いますが、消費者委員会も若年成年という概念をつくって、その中に一定の法律的手当てをしてはどうかという提案をされています。あの提案の中で検討すべき課題というのは私は多々あるのではないかというふうに思っていて、先ほど徐々に大人になっていくと言いましたが、大人になっても徐々に、様々な、本当に順にたどり着いていくといいましょうか、そういうことを法律の中に何かの形で組み込んでおかなければいけないというふうに私も思っています。
○石井苗子君 ありがとうございました。終わります。
○糸数慶子君 沖縄の風、糸数慶子です。
 参考人の皆様には、貴重なお話をお伺いすることができ、大変感謝を申し上げます。
 私の方からも幾つか質問をさせていただきます。
 まず、坂東参考人に御質問いたします。
 対政府質疑といいますか、それから前回の参考人質疑でも伺いましたが、今、日本では、消費者が事業者に比べて非常に弱い立場にあり、被害の救済を得にくい状況にあると思います。それは、消費者が事業者に比べて情報量や交渉力において不利であり、因果関係を立証しにくいということもあるわけですが、根本的な原因としては、欧米に比べて、日本では積極的に自らの権利、そしてそれを主張し利益を確保するといういわゆる自立性を伸ばす教育が根付いていないため、泣き寝入りしやすいという国民性というか、そのような特性があるのではないか。
 そういう環境の下で、本来行政が積極的に関与して消費者を保護していかなければならないところですが、逆に、成年年齢を引き下げて、十八、十九歳の若年者に対する保護を失わせるというのは、更なる被害者を増やすこととなるのではないかと、これまで繰り返し指摘をしてまいりました。
 政府は、社会の扉を開くと大変ポジティブにおっしゃっていますが、財政的な裏付けも十分な周知もないなど、懸念を払拭するだけの根拠は示されておりません。これでは逆に犯罪被害への扉を開いてしまうことになりかねないと、大変懸念をしております。そのことについて、坂東参考人の御見解をお伺いします。
○参考人(坂東俊矢君) 先生から御指摘いただいたことに私も同感をいたします。
 つい先週ですか、私、アメリカの消費者法をどう教えるかという学会に四日間ほど行ってまいりました。その学会でアメリカの先生方がおっしゃっていたことは何かというと、いやね、消費者法を教えるということは二つだよと、一つはあなたにどんな権利があるかということを教えることだ、二つ目はその権利をどう使ったら具体化できるのかということを教えることだと。もちろん、アメリカという国は、我が国と違ってやや個人が権利を主張しなければ社会が成り立たないという場であるのも事実ではありますが、しかし、その権利を教えるということの意味は、あなたにはこんなカタログの権利があるよだけでは駄目ですよねと。したがって、社会人向けの消費者教育の現場では、具体的な問題を出して、弁護士が一緒に相談に乗りながら、それを実現するためにはどんな証拠が必要で、どういうところに相談に行って援助をしてもらったらいいのかというところまで教育するんだということをおっしゃって、ああなるほどな、権利を教えるというのはそういうことなんだなというのを感じて帰ってきたばかりでございます。
 一方、日本で、これはもう三年ぐらい前でしょうか、インターナショナルスクールで、アメリカの消費者の権利に関する映画をある先生がお作りになって、それをみんなで学生さんたちと一緒に見た経験がございます。そのとき学生さんが何言ったか。インターナショナルスクールの学生ですから、海外経験のある大変優秀な、そういう子たちですけれども、その子たちがこの映画を見て、消費者の権利というのがいかに社会にとって大切だということはよく分かった。ただ、もし自分が被害に遭ったときに、そうしたら、どこまで言っていいの、声をどうやって上げたらいいの。例えば、一歩間違ったら何か社会から声のでかい変なやつだと見られるよね。先生、要するに、権利を教えるだけじゃなくて、どういうやり方をしたらいいか教えてくださいと私に言われて、私は、弁護士しているくせにううんとうなって、それは難しい問題だねというふうに答えてしまった恥ずかしい経験がございます。
 つまり、私たちはまだ、その権利というものをどう行使していくかということについて、それこそ高校や中学できちんと習っていませんし、裏を返すと、ちゃんと自分の権利を主張するためにはどんな準備をしなきゃいけないかというところも知りません。それをきちんと教えるという仕組みを機能させていくことによって、実は今議論しているような、先生方が御議論しているようなことが実現に向かって動き出すのではないかなと考えております。
○糸数慶子君 ありがとうございました。
 そういう意味では、本当に時間を掛けて教育をする、そして、今おっしゃったように、その権利、与えられた権利をどう使うか、これは日本の教育の中で欠けているところではないかというふうに実感いたします。
 それでは、竹下参考人にお伺いをいたします。
 まず、成年年齢の引下げは、養育費支払期間の終期を繰り上げ、大学等の学費の分担を限定するということでしたが、そもそも養育費については、十分な金額が確保される仕組みは今整っているのでしょうか。
○参考人(竹下博將君) 結論から申し上げますと、金額は低いという御指摘もあったとおり、まず仕組みとしては整っていません。
 具体的に申し上げますと、養育費については、理念上生活保持義務ということで、非監護親の生活水準と同程度の生活水準を子供に確保するということになってはいるんですけれども、また、民法は七百六十六条一項改正されまして、子の監護に関する費用については、要する費用については、分担について子の利益を最も優先して考慮するということになってはいるんですけれども、実務では先ほど来申し上げている算定表というのが使われていまして、じゃ、その算定表の中ではどのように子供を取り扱っているかといいますと、大小問題様々あるんですけれども、簡単に言えば、算定表の中では、子供については住居費は一切与えないということになっております。したがって、子供が何人いるか、あるいは子供が何歳かといったことは一切算定表の中では住居費については考慮されないということになっています。無関心なのですね。
 裁判官であった方も、子供に住居費が必要なのかと、私は子供部屋などで必要だとは思ったりするんですけれども、というようなことをおっしゃっていて、実は子供について非常に冷たい現場があるんですね。
 そうしますと、養育費というのは収入に応じて決まるものですから、例えば一人親家庭で、一人親の方が例えば病気などのために収入がないということになりますと、もちろん収入がないわけですから住居費も捻出しようがないんですが、子供の住居費はそもそも考えないことになっていますので、そうすると、養育費が幾ら与えられても子供は住居費がないので、これはもう低額に決まっているんですね。したがって、仕組み上格差が必ず生じるようになっていますので、このような仕組みを変えない限りは養育費が十分に確保されることにはならないのではないかというふうに私は思っています。
○糸数慶子君 では、養育費は、事情の変更があれば、金額を増減したり、それから終期を変動したりするということでしたが、実務においては子供の成長に伴う養育費の変動はどのように取り扱われるのでしょうか。
○参考人(竹下博將君) 先ほども少しお話ししてきたところではあるんですけれども、事情に変更があると、再婚したとか進学したとか病気になったとか、様々な事情に変更があった場合には、もう一度話し合って、金額についてあるいは支払時期について決め直しましょうという制度にはなっております。
 ただ、話合いができない場合には、調停なり審判なり家庭裁判所を利用するということになるわけですけれども、そうはいっても、まず、事情が変更あったよということを非監護親に伝えないと、そもそも知らないわけですから、知らない者に義務を課すというのはかなり厳しいところではあるので、実は知らせないとそういった養育費の変動というのは起こらないんですね。したがって、逡巡している間に養育費は変動しませんから、ずっとそのままになってしまうと。
 そして、先ほど来、養育費については、未就学児の段階で決めてもそのままずっと金額は同じでやっていますというようなお話をしたかと思うんですが、これは、先ほどもお話ししましたが、結局、改めて調停やりましょうということになるとコストが掛かります、弁護士費用が掛かります。ただ、実際には得られるところはそんなに養育費では多くないので、弁護士報酬の負担は大きい、手間は掛かります。調停になれば、一月に一回弱ぐらいの頻度で毎回二、三時間、二時間強ぐらいですかね、拘束されて、そういったような負担をしなければならない。そして、エネルギーの負担は多大なものでして、相手の意見をいろいろと聞かされるというのはかなり苦痛であることが多いようですので、そうすると、なかなか実際には、事情の変更があっても養育費の変更というのは難しいのかなというふうに思っています。
○糸数慶子君 ありがとうございました。
 それでは、ちょっと時間がありますので、前回政府の方にも伺ったわけですけれど、この改正案、これは実際には、先ほども話がありましたけれども、この民法の成年年齢の引下げの施行方法に関する意見募集、パブリックコメント、その結果では、消費者教育など、それから消費者保護施策の効果が生じること、そして成年年齢が引き下がることを社会全体に浸透させるためには相当長期の周知期間が必要であるということなんですが、三年より長い周知期間、それから、具体的には周知期間は五年程度とすべきとの意見もあり、周知期間は五年より長い期間とすべきというふうな意見もあるわけですけど、これまでも出てまいりましたが、消費者委員会成年年齢引下げ対応検討ワーキング・グループなどから、先ほどのこのパブリックコメントでは、少なくとも五年間は周知期間を設定すべきという意見が多く寄せられているというふうになっておりますけれど、そのことに関しまして坂東先生に改めてお伺いいたします。坂東参考人に伺います。
○参考人(坂東俊矢君) 周知期間を一定の期間置かなければいけない、もし今回決めるのであればというのは全く同感であります。
 ただ、周知期間の中で何をするのかというのがとても大きな問題かと思います。具体的な課題、今日のお話でも出てまいりましたが、それをどう解決していくのかという、何といいましょうか、道のり表といいましょうか、そういったものが見える形で提示されることが不可欠かなと思います。
 大変失礼な言い方になるかもしれないけれども、これ、河上先生も二日前におっしゃっていたような気がしますが、消費者契約法は附帯決議で見直しを五年以内にやるというものが明示されていました。しかし、消費者契約法の見直しが実際に開始されたのは施行から十年以上たってからになりました。そういった形にもし民法でなってしまうと、それはとても残念なことだなと思います。
 ということは、裏を返せば、その具体的な施行に至るまでの間のプログラムをどうやって見える形で提起し、具体化していくかというところまで踏み込んで議論をしていただけると大変有り難いなと思います。
○糸数慶子君 時間が参りましたので終わりたいと思います。ありがとうございました。
○山口和之君 無所属の山口和之と申します。
 ありがとうございます、今日は。
 自分は四月生まれなんですね。年齢で区切るとすると、高校二年終わってからすぐに、三年生になった瞬間にもう十八歳ということで、あんた大人だよと言われる立場だったんですけれども、自分の年齢で区切るのではなくて、ある程度の担保をしてから大人としてくれというふうに思うんですけれども、もし自分が当時だったらそう思うんですよ。氷海先生の方から、何とかなるというふうにおっしゃってくれていますけれども、確かに自分は運動部でしたから、体力だけは自信があったんですが、東京に来た瞬間に引っかかりましたから、田舎に住んでいて。
 そうすると、先ほど坂東先生や竹下先生の方から、例えば坂東先生の場合は、ゆっくりと大人になる階段があるんだという話、準備期間があると、それから竹下先生の方からは、経験がその一つの大きなステップになっていくんだという話があるんですけれど、大学に行く人も、親のところに住んでいる方も、一人で暮らす人も、地方にいる人も、東京にいる人も、環境が全然違うんですね。その環境が全然違うところでステップを踏んでいって、それが準備されていると言われても、担保になるのかというのがちょっと心配なんですけれども、坂東先生と竹下先生にお伺いしたい。
○参考人(坂東俊矢君) 先ほども申し上げましたが、もちろんです、全ての若者がその担保の中で我々が期待するような大人になることはあり得ないと思います。また、御指摘のとおりで、私も徳島の田舎におりましたが、あっ、そんなこと言っちゃいけないのかな、田舎におりましたので、前半カットで、田舎におりましたので、いまだにこの年になっても、東京へ出てくると、いつも行く場所以外はとても怖いです。それはそのとおりでして、つまり、裏を返せば、全ての方が納得できる形での成年年齢を決めることはできません。したがって、私は、基本的には国民の意識でこれは判断すべきものだとやっぱり思っています。
 ただ、そこで気を付けなければならないのは、にもかかわらず、やっぱりある経験を積んで、大人としての考え方を一度はイメージの中につくって考える時間だけは何とか確保してほしいなと思います。それと実際の世の中の動きとが合わないこともあるでしょう。東京で流れる時間と高校でいたところの場所で流れている時間はきっと違うんだと思います。でも、それらも含めて、やはり自分で、さあ大人になるってどういうことなんだろう、それから、先ほど最後に九州大学の先生の話をしましたが、そのときに自分がこういう大人になりたいなという人に社会で一度会うことができる、その時間を何とか確保して、その上で大人になってほしいなと私は思います。
○参考人(竹下博將君) 御指摘のとおりだと思いまして、環境も違えば本人の特質、資質というものも違ったりしますので、どのような準備であったりとかしても、結局担保というものはかなり難しいというふうに思います。
 ただ、できる限りの担保はすべきであることは間違いないとは思うんですけれども、そうしますと、社会として、先ほど私の話としては、結局、失敗をしたことをみんなで考えるということは本人にとっても周りにとってもというふうなお話をしたつもりだったんですが、そういう機会、実は余り日本社会はないのではないかなと。
 つまり、成功したことについて語ってそれを羨ましがるということはあっても、失敗したことを自ら語り、それをどうすればよかったかというようなことを話し合う機会、実は余りないのではないかというふうに思っていまして、私も相談を受けていく中でこうすればよかったという話をすると、そんなことは今まで考えたこともないし、誰からも聞いたことないし、考える機会もなかったよと。
 そうすると、せめて学校で、失敗した場合にどういうふうなことを考えていけばいいのかというのを話し合う機会を持っていただければ、それがそれから先学んでいく機会になるのではないかなと。その失敗を語れる社会に是非していただきたいなというふうに思っています。
○山口和之君 経験しなくても、失敗を例に、同じこと、同じ轍を踏まないぞという意味でそれは重要だと、確かにそう思います。
 海外に行っちゃう人も、高校卒業して行く人もいますよね。日本国民として海外に出ていったり、高校を出てから行く人もたくさんいるし、これからもどんどん増えていくというふうに考えるんですけれども、そういったことも考えると、先ほど坂東先生の方で、いずれは十八歳というふうに、ただちょっと準備が足りないぞということだと思うんですけれども、いずれは十八歳でよろしいんでしょうか、一応確認したいんですが。
○参考人(坂東俊矢君) 世界の成年年齢の標準が十八であるということは事実だと思いますので、その点を全く勘案しなくていいとは私も思いません。しかし、何度も申し上げるように、世界の成年年齢が十八であるから日本が十八に今すぐしなければいけないという話でもないという、非常に、済みません、曖昧な答えで申し訳ありません。
○山口和之君 そこでなんですけれども、これは確認されている先生方だけで結構なんですけれども、成年年齢引下げを見据えた環境整備に関する関係府省庁連絡会議の工程表に示された施策があるんですけれども、これを全部行えばある程度担保できるぞというふうに思われるかどうかをちょっと教えていただきたいんですけれども、これは挙手でお願いしたいと思います。どなたというわけではなく。
○委員長(石川博崇君) どなたがお答えされますでしょうか。
○参考人(坂東俊矢君) じゃ、一言言わせてください。
 私はそれで十分だとは思っておりません。一番大切な視点が欠けていると思います。それは何かというと、国民、社会の理解です。施策をやることはとても大切ですが、何よりも、今十八である人たちが成年になったときに社会がそれを受け入れるという理解がなければ、どんな施策しても機能していかないと私は思います。
○山口和之君 いいんですかね、ほかの先生方、いらっしゃいますか。
 先ほど、大学でそういうことを学ぶとかいう話がありましたけど、社会人になる人、海外に行く人、それから専門学校に行く人、専門職大学に行く人、いろいろもうそこで教育しようとしてもなかなか難しいと考えると、やっぱり高校卒業するまでにいろいろやっていかなきゃいけないのかな、担保していかなければ、もし十八歳にするんであればですね。そう考えたときに、高校を半端なものにしないで、親に面倒を見てもらいながら高校に行くわけですから、成人への責任、保障として、高校卒業するまで義務教育化したらどうだというふうにも思うんですけれども、その点について、氷海先生、坂東先生、遠山先生、竹下先生にお願いします。
○参考人(氷海正行君) とても面白い考えだと思います。高校は今、私学は建学の精神、あと公立は文部科学省の指導要領に沿っての近い教育、それぞれあります。しかし、今の高校は、パーセントでいえば九五%以上高校に進学してきますので、ある意味義務化になっていると思いますので、それもありかなとは思います。
○参考人(坂東俊矢君) 高校を義務教育化するということはちょっと考えたことがなかったので自信がありませんが、いずれにしても、その高校でどういう教育をするんだということ、とりわけ、先生のお言葉を借りると、生きるための教育として何があるんだということを社会に明示をして、恐らく多くの国民の皆さんにそのことを理解していただくことがとても大切なのかな、だからそこが義務教育なんだというふうになっていかなければ少し唐突感があるかなという気は少しだけします。
○参考人(遠山信一郎君) そうですね。私は、高校の教育までではなくて、大学の教育までできれば無償化という方に実は関心があります。御存じのとおり、欧米では、欧米というよりはヨーロッパ、イギリス以外のところは、何といったって学費ないですよね。だから、自分で勉学して道を開くという道が開かれているので、義務というよりはハードルを低く入りやすくしてあげるという政策の方がいいかなというふうに思っています。
 それと、併せてちょっと余計なことを言いますと、あれ、人間にとって必要なことは全部幼稚園で教わるよという本が大ヒットしましたよね。私、子育てしていたときにそれを読みながらやっていたんですが。だから、そういう意味では、大人だ、階段だっていろいろあるのですが、一番人間のコアの部分は大体、幼稚園とかああいうところでしっかり、人を傷つけちゃいけないとか人のことを思いやるとかというところで大分根っこができて、その根っこさえできれば、それにだんだん表層的に組み合わせて、時間の中でやっていってゆっくり大人になるときに、階段のステップとしては十八段なの、十九段なの、二十段なのという問題だと思っているんです。
 だから、十八段にするというのであれば、やはりそれに見合うケアの施策をしっかりやっていただくということになると思うし、先生がおっしゃった幾つかのアクションプログラムがあるみたいですけれども、最終的には、坂東先生が言うとおりに、国民でのコンセンサスとかコミュニケーションがしっかりできるように、さらに、国の方もそういうコミュニケーションやコンセンサスができるように努力しなくちゃいけないよねということは間違いないことだというふうに思っております。
○参考人(竹下博將君) 無償化という点でいえば、高等学校を無償化して通うという点ではすごく賛成できるんですけれども、義務教育化まですることについては、私、引きこもりの問題とかも取り組んだりしているんですけれども、ドロップアウトする方も必ず出てくるわけで、そういった方を更に義務化して通わせるということについては私はちゅうちょを覚えますので、直ちに賛成はちょっと難しいかなと正直思います。
 以上です。
○山口和之君 最後ですので、言い足りないことあるいは反論等ありましたら、挙手でお願いします。
○委員長(石川博崇君) 御発言を希望される参考人の方、どうぞ。
○参考人(竹下博將君) ありがとうございます。
 養育費のお話はしてきましたけれども、本当に問題が山積みでして、遠山さんの図の中にあるとおりですけれども、是非これは積極的に取り組んでいただいて、せめて十八歳までは養育費をできる限りちゃんとした金額が必ず払われるという仕組みを是非つくっていただきたいと。ここ日本は、家族、家計で教育費を賄ってきたにもかかわらず、ここが脆弱なままで進むという社会には何とかならないように、ここを整備していただきたいと強く強く思いますので、この点をお願いしたいと思います。
 あともう一点、国民にメッセージというところでいえば、やはり何といっても周知の中で、様々な方法があると思うんですけれども、様々な手段、SNSも利用して、使われるようなSNSを利用して是非浸透していただきたいと。要するに、十八歳になって成年になったんだけれども、全然分からないで弁護士の仕事が増えるようなことは控えていただければなというふうに思います。
 よろしくお願いします。
○委員長(石川博崇君) ほか、御発言ございますでしょうか。
○山口和之君 どうもありがとうございました。
○委員長(石川博崇君) 以上で参考人に対する質疑は終了いたしました。
 本日は、長時間にわたりまして御出席を賜り、貴重な御意見を参考人の先生方いただきまして、心より感謝を申し上げます。委員会を代表して厚く御礼を申し上げます。ありがとうございました。(拍手)
 本日はこれにて散会いたします。
   午後零時五十九分散会