第196回国会 予算委員会 第17号
平成三十年五月十日(木曜日)
   午後一時開会
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   委員の異動
 四月二十六日
    辞任         補欠選任
     河野 義博君     杉  久武君
 四月二十七日
    辞任         補欠選任
     元榮太一郎君     岡田  広君
 五月七日
    辞任         補欠選任
     伊藤 孝恵君     小川 敏夫君
     大島九州男君     小川 勝也君
     難波 奨二君     浜口  誠君
 五月九日
    辞任         補欠選任
     岡田  広君     元榮太一郎君
     松川 るい君     塚田 一郎君
     杉  久武君     秋野 公造君
     浜口  誠君     大島九州男君
     山下 芳生君     田村 智子君
     山本 太郎君     福島みずほ君
     小川 勝也君     伊藤 孝恵君
 五月十日
    辞任         補欠選任
     塚田 一郎君     松川 るい君
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  出席者は左のとおり。
    委員長         金子原二郎君
    理 事
                石井 準一君
                宇都 隆史君
                高野光二郎君
                二之湯武史君
                丸川 珠代君
                横山 信一君
                川合 孝典君
                蓮   舫君
                辰巳孝太郎君
    委 員
                青山 繁晴君
                朝日健太郎君
                有村 治子君
                上野 通子君
                太田 房江君
                こやり隆史君
                島田 三郎君
                滝沢  求君
                塚田 一郎君
                中泉 松司君
                中野 正志君
                平野 達男君
                舞立 昇治君
                松川 るい君
                元榮太一郎君
                山田  宏君
                吉川ゆうみ君
                和田 政宗君
                渡邉 美樹君
                秋野 公造君
                熊野 正士君
                竹内 真二君
                三浦 信祐君
                伊藤 孝恵君
                大島九州男君
                大野 元裕君
                藤田 幸久君
                石橋 通宏君
                小川 敏夫君
                小西 洋之君
                田村 智子君
                大門実紀史君
                浅田  均君
                片山 大介君
                福島みずほ君
               薬師寺みちよ君
   事務局側
       常任委員会専門
       員        小野 亮治君
   参考人
       元内閣総理大臣
       秘書官      柳瀬 唯夫君
       前愛媛県知事   加戸 守行君
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  本日の会議に付した案件
○理事補欠選任の件
○参考人の出席要求に関する件
○予算の執行状況に関する調査
 (国家戦略特区等に関する件)
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○委員長(金子原二郎君) ただいまから予算委員会を開会いたします。
 まず、理事の補欠選任についてお諮りいたします。
 委員の異動に伴い現在理事が一名欠員となっておりますので、その補欠選任を行いたいと存じます。
 理事の選任につきましては、先例により、委員長の指名に御一任願いたいと存じますが、御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○委員長(金子原二郎君) 御異議ないと認めます。
 それでは、理事に蓮舫君を指名いたします。
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○委員長(金子原二郎君) 参考人の出席要求に関する件についてお諮りいたします。
 予算の執行状況に関する調査のうち、国家戦略特区等に関する件について、元内閣総理大臣秘書官柳瀬唯夫君及び前愛媛県知事加戸守行君を参考人として出席を求めたいと存じますが、御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○委員長(金子原二郎君) 御異議ないと認め、さよう決定いたします。
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○委員長(金子原二郎君) 予算の執行状況に関する調査のうち、国家戦略特区等に関する件を議題といたします。
 本日は、本件について参考人の方々から御意見を求めることといたします。
 それでは、これより質疑に入ります。
 質疑のある方は順次御発言願います。
○塚田一郎君 自由民主党の塚田一郎です。
 柳瀬参考人には、今回の参考人招致に御出席をいただきまして、ありがとうございます。衆議院の方でも既に答弁が行われておりますので、若干重複する質問もあると思いますけれども、誠実かつ簡潔に御答弁をいただければというふうに思います。
 愛媛県のメモによれば、平成二十七年四月二日に、愛媛県、今治市、加計学園関係者が柳瀬元秘書官に面会をしたというふうに記載をされております。改めて、事実関係について御説明を願います。
○参考人(柳瀬唯夫君) まず冒頭、私の答弁をきっかけに国会の審議に大変な御迷惑をお掛けしましたこと、誠に申し訳ございませんでした。深くおわび申し上げます。
 その上で、また、午前中の衆議院の審議におきまして、私のスタッフが四月二日のメモを取っていたかという御質問がありまして、その場では分かりませんでしたが、昼休みに当時のスタッフに対して私から確認しましたところ、そのスタッフは、そのような打合せでは通常メモを取っておらない、その日の面会についてもメモは取っていないということでございましたので、御報告したいと思います。
 その上で、御質問の点でございます。加計学園事務局から面会の申入れがございまして、四月頃、まあその後の報道を見ますと恐らくこれが四月二日だったんじゃないかと思いますけれども、加計学園の関係者の方、事務局の方と面会をいたしました。
 その面会では、相手方は十人近くの大勢で来られました。そのうち、加計学園の事務局に同行された獣医学の専門家の方の方から、世界の獣医学教育の趨勢は感染症対策にシフトしているのに日本は付いていっていないといったような獣医学教育についてのお話を伺ったと思います。あわせまして、加計学園の事務局の方から、国家戦略特区制度を活用する方向で検討していきたいというふうなお話があったと思います。その際、バックシートにも何人か座っていらっしゃったように思います。
 面会では、メーンテーブルに座っていらっしゃいましたその加計学園の事務局関係者の方が大半お話しになっていたように思います。そのために、愛媛県や今治市の職員の方がその随行者の中にいらっしゃったかどうかという記憶は私には残ってございません。ただ、その後の一連のあの報道や関係省庁からの調査結果を拝見しますと、私自身は今でもその随行の中に愛媛県や今治市の方がいらっしゃったかどうかは分かりませんけれども、その十人近くの同席者の中で、メーンスピーカーでなかった方に、の随行者の中に愛媛県や今治市の職員の方がいらっしゃったのかもしれないなと思うようになってございます。
 以上でございます。
○塚田一郎君 今の御答弁は、加計学園の方と四月二日にお会いしたということは当然認識をしていると、しかし、愛媛県、今治市の方が同席をしていたかについてははっきりと分からないというお話だったと思いますが、この当時、加計学園が愛媛県今治市の国家戦略特区で獣医学部の新設を検討していたという事実を参考人は御存じでしたか。もう一度申し上げますか。加計学園が今治市の国家戦略特区で獣医学部の新設を検討していたという事実を御存じでこの面会をされていますか。
○参考人(柳瀬唯夫君) この四月頃にお会いする前に、一度、加計学園の方がいらっしゃったことがございます。そのときは、上京されるということでアポイントが入って、お会いしました。
 そのときにその獣医学部についてお話がありまして、五十年以上日本では獣医学部の新設が行われていないこと、四国では感染症対策の獣医が不足をしていること、そして、加計学園は、今治市が構造改革特区で獣医学部の新設を申請して、その実施者として今治市とは連携してそこをトライをしていたけれどもなかなか実現していないことということは伺っておりましたので、加計学園が今治市と連携して獣医学部の新設を目指そうということは存じておりました。
 ただ、国家戦略特区でというのは、この四月の頃にお会いしたときにお伺いをしたというふうに思います。
○塚田一郎君 加計学園が今治市との連携を図っていたことは承知をしていたと、しかし構造改革特区の話として理解をしていたということでよろしいですか。
○参考人(柳瀬唯夫君) 二月から三月の頃にお会いしたときにその構造改革特区のお話を伺いまして、そのときに、新しく国家戦略特区制度というのができたというお話は話題に上ったと思いますが、そこはその時点では直接リンクしてございませんでしたが、この四月にお会いしたときには、加計学園の事務局の方から国家戦略特区を活用したいというふうな趣旨をそのときにお伺いした記憶がございます。
○塚田一郎君 そうすると、加計学園と今治市が連携をしていたことは御存じであったとすると、この加計学園との面会の際に愛媛県、今治市の方が同席していた可能性があるというふうに認識はされませんでしたか。
○参考人(柳瀬唯夫君) 先ほど申しましたように、十人近くいらっしゃいましたので、それぞれの方がどうかというのは分かりません。
 その上で、そこにいらっしゃったかどうかが分からなかったものですから、国会では、そこに今治市や愛媛県の方に、あっ、ごめんなさい、今治市の方がいらっしゃったかどうかは記憶にございませんとか、覚えてございませんので会ったか会っていないか申し上げることはできませんと、まあこういう答弁をしていたわけでございます。
○塚田一郎君 特区の提案はこれは今治市が行うということになると思うんですが、特区に関連する事項で今治市ではなくて加計学園の方と会ったということはどういう理解をすればよろしいですか。
○参考人(柳瀬唯夫君) 私からしますと、特区の提案の話を伺うという趣旨では全くございません。それであれば、特区事務局に行くのが筋でございます。
 私は、最初に、加計学園の方が上京するのでお会いをしたいということでお会いをし、その後も、獣医学部というお話がございましたので、またその面会の申入れがありましたので伺いましたけれども、別にその特区の提案をどこを選ぶというのはまだずっと先の話でございまして、当時議論をしていましたのは、獣医学部の新設という五十数年認められてこなかったものを、その制度論として道を開けるのか開けないのかと、開けるんであれば、どういう条件のもので、条件で開けていくのかという制度の議論が始まったところでございましたので、具体的に、じゃ、どこを選ぶのかというようなことはもっとずっと先で、もう私が官邸を出た後、大分たってから始まったプロセスでございまして、私としては具体的な提案の話を伺うということでは全くございませんでした。
○塚田一郎君 そうすると、このときの会話の中で、加計学園が特区について具体的な言及をしたということはなかったんですか。その獣医学部の新設のことをお話をされたというだけだったんでしょうか。
○参考人(柳瀬唯夫君) この四月のときには、加計学園から国家戦略特区を活用したいという御関心が示されましたので、国家戦略特区、当時の安倍政権の看板政策でございましたので、特区の制度の説明いろいろさせていただいた記憶がございます。
○塚田一郎君 メモの中には、本件は、首相案件となっており、内閣府藤原次長の公式のヒアリングを受けるという形で進めていただきたいという発言が記録されています。このような発言をしたことはおありになりますか。
○参考人(柳瀬唯夫君) まず、その内閣府の公式のヒアリングを受けるという形というところでございますが、まあ当然三年前の会話でございますので詳細を覚えているわけではございませんが、国家戦略特区制度を活用するのであれば、特区の事務局に制度にのっとった申請手続を行う必要があるということは、当然申し上げても不思議はないのかなと思いますし、法律に基づく正式な申請手続の前に事前に相談するというのは、それはいつでもどこにでもある話で、まあそういう趣旨を申し上げたのかと思います。
 それから、その首相案件ということでございますけれども、私からは、国家戦略特区制度は安倍政権の成長戦略の柱の政策である、そういうことで創設したものであるという趣旨は御説明したと思います。
 その前の年、平成二十六年九月九日の国家戦略特区諮問会議におきまして、民間議員の方から、当面の重要課題の追加の規制改革分野についてという御提案がございました。そのうちの一項目に獣医系大学・学部新設の解禁というものが含まれておりました。この民間議員の提案に対しまして総理からは、民間議員の皆様から提示された追加の規制改革の提案について石破国家戦略特区担当大臣を中心に早急に検討していきたいという御発言がこの公式の諮問会議の場で、カメラの前で、メディアが皆さんいらっしゃるところで御発言がございました。そのため、私の方から、獣医学部新設の解禁は総理が早急に検討していくと公式の場で、公開の場で述べている案件であるという趣旨を面談の中で私から御紹介したかもしれません。
 しかし、この今治市の具体的なプロジェクトが首相案件である旨を申し上げるとは思えません。そもそも言葉として、私、ふだんから首相という言葉を余り使うことがございませんので、私の発言としては多少違和感を覚えてございます。
○塚田一郎君 そうすると、柳瀬さん、本件は首相案件とは当然言っていらっしゃらないと。で、今お話があったのは、獣医学部の新設は総理の案件だという趣旨のことはおっしゃった可能性があると。その総理の案件である獣医学部の新設、成長戦略の中での看板政策の位置付けという発言をしたことが、総理の、首相案件という言葉に誤解をされたということは可能性はあると思われませんか。
○参考人(柳瀬唯夫君) まあ、そのときのやり取り、詳細を覚えているわけではございませんが、私は、総理が公式の場で、公開の場でそういう趣旨をおっしゃったということは申し上げたかもしれないというふうに思ってございます。それを向こう側がどういうふうに受け止めたかというのは、ちょっと私は分かりません。
○塚田一郎君 次に、総理の友人であることは、加計学園の学園長、理事長が、御存じだったということですが、加計学園との面会のやり取りについて総理に御報告されたか、あるいは総理からこの案件についての個別の指示はありましたか、改めて御確認お願いします。
○参考人(柳瀬唯夫君) 総理と友人関係であろうということは認識をしておりました。しかし、加計学園の件について、総理に対して御報告したことも指示を受けたことも一切ございません。総理と加計学園の関係者がいらっしゃるときに獣医学部新設の話が出たという覚えも全くございません。
○塚田一郎君 総理秘書官であった柳瀬さんが、総理の指示がないのに特定の案件としてこういう面会をしたということについて、どうなのかなという疑問があると思います。
 この点について、なぜ加計学園と総理の指示がない中御自身の判断で会われたのか、御説明願います。
○参考人(柳瀬唯夫君) あの当時、当時もその前も、できるだけ役所の、役人の机上の空論にならないように、政府の外の方のお話を伺うようには努めてございました。
 総理秘書官時代も、外の方からアポイントの申込みがあれば、時間の許す限りお会いをするように努めてございました。その一環として、加計学園の方からアポイントの申込みがあり、お話を伺ったということでございまして、この特定の案件の提案を優遇してくれとか、そういう話はもう一切話をした、伺ったこともないし、そんなことをしたこともございません。
○塚田一郎君 総理が指示がない場合でも、こうした現場の声を聞くために特定の関係者と別の案件でお会いになったことはございますか。
○参考人(柳瀬唯夫君) いろいろ訪ねてこられる方もいらっしゃいましたけれども、私はもう全く一つ一つ総理に御報告をしたりすることはございませんでした。
○塚田一郎君 もう一度確認ですが、ほかのケースでもお会いになることはあったということでよろしいですね。
○参考人(柳瀬唯夫君) もちろんお会いすることはございましたけれども、それを一々総理に御報告するようなことはしておりません。
○塚田一郎君 御本人の判断として総理に御報告をしないケースもあったということでよろしいですね。
○参考人(柳瀬唯夫君) いろんな方にお会いしましたけれども、それを一々総理に御報告することはございませんし、総理の指示がないと外の人に会わないと、そういうことは全くございませんでした。
○塚田一郎君 愛媛県のメモによれば、加計学園から、先日安倍総理と同学園理事長が会食した際に、下村文科大臣が加計学園は課題への回答もなくけしからぬと言っているとの発言があったとのことであり、その対応策について意見を求めたところ、今後、策定する国家戦略特区の提案書と併せて課題への取組状況を整理して、文科省に説明するのがよいと助言があったとの記載があります。これは事実でしょうか。
○参考人(柳瀬唯夫君) 一部の報道に私の発言であるように報じられてございますけれども、愛媛県の文書を拝見すると、この発言は加計学園からと、こういうふうに明記されてございます。
 そこの出席者の方の発言であるとしても、私はちょっとこのようなお話が出た覚えはございません。また、総理から、総理と加計学園の関係者がいるときにそのような話が出たのを聞いたこともございません。
○塚田一郎君 午前中の質疑でも、柳瀬元秘書官は安倍総理と一緒に加計学園理事長と会ったことがあるというふうに答えられています。具体的に、いつ、何回程度お会いになったか、御説明いただけますか。
○参考人(柳瀬唯夫君) いつ、何回というのは記憶がはっきりしませんが、私が覚えていますのは、ゴールデンウイークの休みのときに総理がいつものように河口湖の御自身の別荘に行かれて、そのときに秘書官何人かでお供を、御一緒させていただいて、そして、そこにいっぱい総理の親族の方とか御友人の方とかいらっしゃって一緒にバーベキューをしたりしたということがございまして、そこで加計学園の理事長さんとかそこの事務局の方とかにお会いをしたような記憶がございます。
○塚田一郎君 そうすると、これは二十五年五月ということでよろしいんでしょうか。お会いになったということですが、そのとき以外にもお会いになっていると。そうした会合の際に、今申し上げたような文書に関するような内容の発言を聞かれたことはないですか。
○参考人(柳瀬唯夫君) これ以外に総理と加計理事長あるいは加計学園の方とお会いしたような、同席した記憶はちょっと今ないんですけれども、いずれにしても、総理と加計学園の方がこの獣医学部のことについてお話ししたのを聞いた覚えはございません。
○塚田一郎君 そうすると、加計学園長が同席をされたときはどんなお話をされていたんでしょうか。特区の話はなかったとして、少しお話を聞かせていただけますか。
○参考人(柳瀬唯夫君) 総理と加計理事長が二人でこうお話しになったようなイメージを持たれているかもしれませんが、当時の状況を申し上げると、お庭でバーベキューがあって、そこにもう何十人という、まあ秘書官だけでも随分いますし、御友人の方、それから御親族の方、いっぱいでバーベキューをしてございまして、その中で、総理もおられれば加計さんもおられるし、もうほかの方もいっぱいいられるという中で、お二人で話しているという場面は私は遭遇したことはございませんので、したがって、そのお二人でどういう会話をしたかとかいうのを覚えているようなこともございません。
 翌日ゴルフをしたというような話がありました。したかもしれませんが、私は総理とは別の、まあ緊急連絡要員みたいなものですので、秘書官だけでその後ろの方から行きましたので、そのゴルフの際に総理と加計理事長がどんなお話をされていた、それは私は分かりません。
○塚田一郎君 今までのお話を総合するとですね、愛媛県の文書と柳瀬さんのお話は、共通している部分もあるんですけれども、食い違っている部分もあります。首相案件とは言っていないというようなことですとか幾つかの点、あるいはこの会話の記録についてのことも記憶がないといったことですが、なぜこうした食い違いが愛媛県の文書で起きたのかということ、これが要するに大きな国民の疑問、そして国会においても大きな議論になっているわけで、この点について御自身がどう思われるか、御説明をいただきたいと思います。
○参考人(柳瀬唯夫君) この愛媛県のメモ、拝見しましたけれども、ちょっと趣旨が、私のまあ理解している趣旨とはちょっと違うなという印象を持ってございます。どうしてそうなったかはちょっと、それはまあ私には分かりません。
 ただ、公開をしたり第三者に配るような場合には、通常は相手方に確認をしてやるのがまあ普通なので、そこの時点で認識はそろうんだと思いますけれども、今回の場合は全く私は事前にこのメモを確認を求められたこともございませんので、そこのところはちょっと私には分かりかねます。
○塚田一郎君 改めて、この間、記憶が曖昧だったということも含めて、まあ柳瀬参考人から今日初めていろいろな事実を明らかにしていただきました。
 御本人がこの間の国会における停滞を招いたことも含めて、改めて今日誠実にお話しをいただいたと思いますけれども、このことについて最後お話を聞かせていただければと思います。
○参考人(柳瀬唯夫君) これまで、昨年の集中審議で今治市の職員と会ったのかという質問を何度もしていただきまして、私の方から、記憶にございません、あるいは記憶をたどる限りお会いしていませんというようなことを、御質問に答えて一つ一つお答えをしてまいりました。その結果、全体像が見えづらくなって、国民の方には大変分かりづらくなり、ひいては国会の審議が、に大変な御迷惑をお掛けしてしまったということで、深くおわびを申し上げたいと思います。
○塚田一郎君 柳瀬参考人は以上で終わります。
○委員長(金子原二郎君) 速記を止めてください。
   〔速記中止〕
○委員長(金子原二郎君) 速記を起こしてください。
○塚田一郎君 加戸参考人、御出席ありがとうございます。
 今お話をお聞きをいただいておったと思います。今の議論の中でも、一つは、愛媛県のメモに書かれていたことと柳瀬参考人の認識が食い違っている、例えば首相案件という発言があったかどうか等含めて。
 加戸参考人は愛媛県の知事もお務めになられました。こうした行政文書についても現職時代に見ていらっしゃるということもあると思います。この辺りの相違が生まれたことについて、まず、参考人としての御感想、御意見をお聞かせいただきたいと思います。
○参考人(加戸守行君) お答えさせていただきます。
 先ほどの柳瀬秘書官の方は、まあ三年前のおぼろげな記憶をよみがえらせての御発言でございました。で、愛媛県のメモは、私の知事の経験からいたしますと、当日、官邸での、から引き揚げて、恐らく東京事務所で、秘書官はこう言ったよね、こうだよねというようなことを東京事務所と愛媛県の、から来た職員とが協議しながらメモを作っていかれたんじゃないのかなと思います。
 したがって、およそアバウトな流れとして雰囲気は伝えておりますけれども、一言一句そのとおりであるはずはないのは、私も官房総務課長、官房長として官邸には数十回行っていますから、一度も首相という言葉を聞いたことはありません、必ずみんな総理と言いますから。まず、総理という言葉が首相に置き換えられる、そういう、雰囲気的には共通していても、一言一句正確であることはない、ただ雰囲気は伝えているのかなと思います。
 ただ、職員の気持ちとしては、せっかく東京まで出張したんですから、こういう戦果がありましたということを、まあ例えば、駆逐艦を撃沈してもこれは戦艦を撃沈しましたというのに近いようなことはあるのかなと。その辺の微妙なニュアンスの差はあるのかと思いますが、流れは多分そうで、合っているんじゃないかと思います。
○塚田一郎君 そうすると、獣医学部の新設については総理の看板政策としての重要案件だという発言を仮に柳瀬さんがされた場合に、その首相案件という言葉に置き換わってメモが取られたということはあり得るというふうに考えられますか。
○参考人(加戸守行君) その可能性は高いと私自身も思います。元々、私の時代に連続してはね返されました構造改革特区も本部長は総理ですから、私は、安倍構造改革本部長としての立場、それから、これからチャレンジするかもしれない国家戦略特区の諮問会議の議長も総理ですから、いずれにしても総理が裁くことになるというようなニュアンスの御発言を受け止めたのが首相案件という言葉になったのかなと思ってもおります。
 いずれにいたしましても、この四月二日の会合で国家戦略特区のアドバイスをいただいたことが今治獣医学部の認可に結果的につながった点では、私は感謝を申し上げたいと思っています。
○塚田一郎君 加戸前知事は、開学された医学部の入学式で御自身の挨拶で、魔法で生まれた学園、学部と、魔法で生まれた学部とおっしゃっています。これ、魔法ってどういう意味で言われたんですか。
○参考人(加戸守行君) 私自身が十一年前に文科省へ掛け合いに行って、当時安倍政権の下でしたけれども、火蓋を切って以来、はね返されはね返されてきた頑強な獣医とりでがやっと崩れたという思いが一つと、たまたま入学式の来賓で参りましたら来賓全員に四角の帽子と黒マントを着せられたものですから、何かハリー・ポッターの魔法の学校に出ているような気がいたしました連想で魔法という言葉を思い付きまして、悪戦苦闘してできなかったのが、国家戦略特区のワーキンググループの八田座長や原委員等々の民間委員のこのこじ開ける、岩盤をくりぬくための必死の発言が農水省や文科省の担当者相手に行われた当時のワーキンググループの議事録を拝見しておりましただけに、思いがこもって、あの民間委員の魔法の発言、いわゆるワーキンググループでの発言、その言葉によってやっと難関が、道が開いて今日につながったという意味のことを申しました。
 もう一つ、難産の子がよく育つという言葉は、その後に、ちょっとよろしければ、大学設置審議会でぎしぎしぎしぎし議論されましたけれども、私に言わせますと、四十五人の教授や五十人の教授陣容で大学も運営されている方々が、なぜ加計学園の場合だけ七十五人の要求までを、ハードルが一遍に上がっちゃったということで、愛のむちによって日本一の獣医学部はできましたけれども、難産の子という意味は、そんな意味でも皮肉たっぷりに申し上げたわけでございます。
○塚田一郎君 ありがとうございます。
 御自身、入学式に出席をされて、晴れて入学をされた百四十七名の新入生とお会いをされたということです。
 国家戦略特区によって、まさに御苦労された、まあ難産の子というお話でしたが、岩盤規制改革が実現をし、獣医学部が今治に開校することになったことを受けて、改めて今回の国家戦略特区決定について公明正大に行われたというふうに思われているか、御意見をお聞かせください。
○参考人(加戸守行君) 東大の獣医学科の名誉教授をされておりました唐木英明先生が申しておりますけれども、先ほど申し上げたように、教授陣容、教員組織、質、量共に従来の大学をはるかに、一・何倍もの形でつくり上げておりますだけに、今のレベルは遜色のない、日本一だと私も同様に思います。
 そんな形で誕生したわけでありますけれども、ただ、入学式のとき参って大変残念だったのは、入口で反対派が純真無垢な入学生にビラを配って中傷誹謗されていたというのが、本当に門出に悲しいことでもございました。一日も早く全国民が、このすばらしい大学の今学ぼうとする人たちに元気を与えていただきたい。風評被害にもめげず入ってきていた、これからの獣医学をしょう人材でございます。それを私の方からお願い申し上げたいと思います。
○塚田一郎君 ありがとうございます。
 終わります。ありがとうございました。
○川合孝典君 国民民主党の川合孝典でございます。
 柳瀬参考人には、加計学園、国家戦略特区をめぐる一連の疑惑について誠実にお答えをいただきたいと思います。
 午前中の衆議院の審議から聞かせていただいてまいりましたが、我々もそうでありますし、多くの国民の皆さんが疑問に思っていらっしゃる大切なポイントのところで結局のところ記憶が曖昧であるという、そういった答弁が繰り返されていたやに私は強く感じました。したがいまして、ここでは、この今中継を御覧いただいている国民の皆さんの素朴な疑問に答えていただきたい、そういう形で質問させていただきたいと思いますので、是非簡潔に御答弁をお願いします。
 まず、ゴールデンウイーク前後に報道がありまして、私びっくりいたしました。柳瀬さんが、この加計学園に関する面会、これまで一切記憶の限りは会っていないし記録も残っていないということをずっとおっしゃっていたにもかかわらず、面会する方向で調整中という実は報道が流れまして、これ一体どういう日本語の意味なんだろうと思って私聞いておったんですけれども、面会した方向で調整中ということは、つまりは面会しない方向で調整するということも可能なのではないかと受け止められるということで、恐らくこれを聞かれた国民の皆さん、何のことだか分からなかったと思うんですが、参考人、何か調整しなければいけない必要性というのはあったんでしょうか。
○参考人(柳瀬唯夫君) この報道は私も本当に驚きました。午前中にも答弁の中で御質問に答えましたけれども、去年のあの集中審議の前に今井秘書官から一度事実を聞かれまして、私は、今治市の職員の方とお会いした記憶はないんですと、ただ、加計の、加計学園の事務局の方、それからその専門家の方からお話を伺った記憶はありますと、こういうふうに集中審議の前にもう、去年のもう七月の集中審議の前には総理秘書官、今井総理秘書官にも聞かれてお答えしていますし、私はずうっと一貫して同じ記憶でございますし、七月の集中審議では、今治市の職員と会いましたかということを何度も聞かれましたので、記憶にございませんという答弁をさせていただきました。
 それに対して、最近、新聞で、会う方向で調整中って、一体誰と誰が調整しているのかも分かりませんけれども、私の記憶とこのお答えしているラインはずっと一貫してございまして、それを何でその誰かと誰かが調整するというようなことがあるのか、もう全く理解できなくて、あの新聞記事、まるで私がその記憶を調整しているとかですね、そんなふうに出ていまして、もうそれは、もう何か一体何の話だろうと私も物すごくあれは驚いてございます。
○川合孝典君 この件に関しては、柳瀬さんも驚いていらっしゃるということだということでありますが。
 そこで、これは一般の国民の皆さんの感覚ですよ。柳瀬さんは、昨年、当時答弁の中で、今治市の方と会ったかと言われて会っていないという話をされたということでありますが、あの現場で議論されていた中身というのは、加計学園さんが官邸に行かれて、その一連の流れの中で今治の人行ったんじゃないのかと。聞いている方は、国家戦略特区を始めとするいわゆる特区の申請に関しては、その学校法人ではなくて自治体がそもそも申請に行かなければいけないという話になるわけですから、常識に照らして考えたら、今治市若しくは愛媛県が行っていないとおかしいということを前提として、今治の人が行ったんじゃないんですかと聞かれているわけなんですよ。そのことに対して、加計学園さんは来ているけど今治市は来ていないよという今の御答弁では、国民の皆さんは納得されませんよ。なぜそのときにきちんと御説明されなかったんですか。
○参考人(柳瀬唯夫君) まず、当時、私の方には加計学園からアポイントの申入れがあって、それで、まあ最初は案件分かりませんでしたけれども、お会いしてみたら、この獣医学部のお話でありました。で、まあそのアポイントがありましたので、その人にお会いして、それで、実際にはほとんど加計学園とその関係者の人しかほとんどお話しになっていませんでしたので、そのときにその十人近くの大勢の方で来られて、バックシートにおりましてちょっとほとんどお話しにならなかったような人が、今治市の方がいたのか愛媛県の方がいたのか、それはちょっと正直分からなかったということでございます。
 去年の七月の集中審議で何で今治市ということになったかというと、今治市の方の出張記録が出てきて、それで今治市の人が官邸に行っているという記録が出てきたので今治市の職員の方が会ったんじゃないかと、まあこういう御質問だったと思います。ということで、そういう今治市、そういうことで出てきて、今治市の職員と会ったんじゃないかという御質問がございましたので、一つ一つお答えをさせていただきました。
 ただ、その結果として、全体像がまあ見えなく、見えづらくなって、国民の方から見ると大変分かりづらくなって、ひいてはこの国会の審議が大変混乱を来してしまったということで、深くおわびを申し上げたいと思います。
○川合孝典君 今の御答弁も繰り返しおっしゃっているわけでありますけれども。
 私、不思議なんですが、例えば国会の議員会館に誰かが訪問してきたときに、入館のときにきちんと書いて、誰がどの時間に入ったか、いつ出たかということも全部把握できるようになっているわけなんですが、総理官邸は、メーンで来た人は分かるけれども随行で来た人というのはチェックなしで入れるということなんですか。
○参考人(柳瀬唯夫君) 私は、アポイントがあってお会いしました。そのときに入館手続、入館手続とかそういうのがどうなっているかは私は分かりません。それで、あのときも、その入館記録とかがどういうふうになっているのかは官邸の方に御質問があったと思います。そこの官邸の入館記録とかがどうなっているか、それはちょっと私は分かりかねるところでございます。(発言する者あり)
○委員長(金子原二郎君) 御静粛に。
○川合孝典君 いや、ここに至るまでの間、随分時間があったわけでありまして、今治市や愛媛県の方が来られたのではないのかという質問が昨年七月の時点で出ているんだとすれば、速やかに官邸の入館記録を確認すればすぐに分かったことなんじゃないですか。
○参考人(柳瀬唯夫君) それは、私は、入館の官邸記録は分かりません。
 そのときに、御質問に対して、当時の官邸の、副長官だったかな、どなたかが調べたけれども、それは入館記録は残っていないというような御答弁をされていますので、ちょっと私はそこはよく分かりかねます。
○川合孝典君 ちょっと質問の切り口変えてやります。この後の質問のことにも関わってまいりますので。
 内閣総理大臣秘書官の業務について少し確認させていただきたいと思いますが、柳瀬さんは、秘書官だった当時、日常業務というのは一体どういった形で業務を遂行していらっしゃったのか、簡単にで結構です、教えてください。
○参考人(柳瀬唯夫君) 総理秘書官、五、六人でやってございまして、それで、総理の所掌する政策分野は大変広うございます。私でいえば、イノベーション、成長戦略、TPP、地球環境問題、エネルギー、規制改革、国家戦略特区と、極めて多岐にわたってございます。それぞれごとに、全体がどういうふうに今動いているのかと、どういう方向を目指そうとしているのかと、どこに課題があるのかというのは、もうずっとその広い案件それぞれのことを担当の部署などからお話を伺い、必要なことは総理に御相談をし御報告をしということが、まあ短く言うとそういう業務でございます。
○川合孝典君 必要に応じて総理と適宜一緒に動かれるといったことも含めて、影のように寄り添っていらっしゃるというのがイメージなんですけど、基本的に総理のスケジュールというのは秘書官の皆さんは把握していらっしゃるという理解でよろしいですか。
○参考人(柳瀬唯夫君) お答え申し上げます。
 スケジュールは把握をしておりました。
○川合孝典君 もう一つ確認させていただきたいんですが、柳瀬秘書官御自身のスケジュール管理というのはどうやってやっていらっしゃいましたでしょうか。
○参考人(柳瀬唯夫君) 総理秘書官はそれぞれ一人ずつスタッフを付けていただいていまして、基本的に私のスケジュールはそのスタッフの人が管理をしてくれていました。
○川合孝典君 ということは、柳瀬さん御自身は、自分のスケジュールは全容は把握をしていないという理解ですか。
○参考人(柳瀬唯夫君) 大体前の日に翌日のスケジュールは聞いておりました。
○川合孝典君 過去の行動記録も含めて、そういった記録というのはお取りになっていますか。
○参考人(柳瀬唯夫君) 手帳などに書いてありますけれども、難しくて、総理秘書官やっていると、要するに総理のスケジュールと自分のスケジュールと二つがトラックが走るわけでございまして、私、総理のスケジュール、これ新聞にいつも総理の動静出ていますけれども、それを記録をしてございまして、自分のスケジュールは記録を特に取ってございませんでした。
○川合孝典君 というか、国で一番重い立場で仕事をしていらっしゃる総理ですよね、その総理をサポートする秘書官として、総理のスケジュールを管理することはもちろんのことでありますけれども、それを管理していく上で、自らのスケジュールというのもきちんと管理できていなかったら総理のスケジュールが管理できないと思うんですけれども。
○参考人(柳瀬唯夫君) 総理秘書官の仕事の仕方、まあ人によって違うのかもしれませんけど、まず総理のスケジュールがどうなっていくかというのを見ます。その中で、自分が総理に随行しなきゃいけないとか、それはもう最優先でブロックをいたします。その上で、そこのスペースがあるところにアポイントがあったり、私がレクを受けたいものについて入れていくと、そういう管理の仕方でございます。
○川合孝典君 正直申しまして、自らのスケジュールも含めてスケジュール管理をきちんとしてというのは、我々、一般の方々の感覚からして、社会人一年目でやっぱりきちんとそこのところというのは身に付けなければいけないスキルだとみんな思っているんですよ。だから、官僚の中の官僚、最も霞が関で優秀だと言われている人たちが、自らのスケジュールがきちんと管理し切れていないと、聞かれたことに対して捨ててしまったから分からないという質問、答弁を繰り返されることに、どうやっても国民の皆さん、納得ができないんです。
 大切なことは、大切なことは、この場でどう答弁を乗り切るのかということを考えられるのではなくて、テレビカメラを通して国民の皆さんに対して、あっ、確かにそれはそのとおりだなと御納得いただける説明を柳瀬さんはする責任があるということなんですよ。そのことを申し上げさせていただいた上で、ちょっと時間がないんで、次の質問に移りたいと思います。
 お手元に資料を配付をさせていただきました。もう既に午前中の質疑でも使われております、獣医師養成系大学の設置に係る内閣府藤原次長・柳瀬首相秘書官との面談結果についてという紙でございます。ここに、柳瀬秘書官が具体的に話をされた内容ということで、これももう何度も今日午前中から御覧になられていますのでお分かりだと思いますけれども、首相案件という、こういう言葉がございました。
 まず、ここ一点だけ確認させてください。首相案件という表現はしていないというお話をされましたが、総理案件若しくは安倍総理に関わる案件だということについての発言はされましたか。
○参考人(柳瀬唯夫君) お答え申し上げます。
 私からは、国家戦略特区制度は安倍総理の成長戦略の政策の柱だということで創設したということはもう御説明したと、これはいつもそうしていましたので、そうしたと思います。
 それから、この獣医学部新設の解禁につきましては、その前の年、平成二十六年九月の特区諮問会議におきまして、民間有識者議員の方から追加の、重点、重要分野としての追加の規制改革分野等の提案が行われまして、そのうちの一項目に獣医学部の新設の解禁というものが含まれておりました。この民間議員の提案に対しまして、この公式な特区諮問会議の場で、プレスもいる公開の場で、総理から、民間議員の皆様から提示をされた追加の規制改革の提案について石破国家戦略特区担当大臣を中心に早急に検討していきたいという御発言がありました。
 したがいまして、獣医学部新設の解禁につきましては総理が早急に検討していきたいと言っている案件であると、そういう趣旨はお話をしても全然不思議はないと思います。しかしながら、この今治市のこの個別プロジェクトが総理案件とか、まあ首相案件とか、そういう旨を申し上げるとは思えません。
 実際に、当時の私の感覚からいうと、当時は、五十年余り認められていなかった獣医学部の新設というのに道を開くかどうかという制度論でございましたので、制度ができた先に具体的なプロジェクトをどこを選定するか、それはもうずっと先の話で、それはもうその制度論とは別の話だという認識でございました。
○川合孝典君 私は、正直申しまして、国家戦略特区や構造改革特区、特区という制度自体を否定しているわけではないんですよ。決め方、決まり方の経緯が一体どうなのかということを議論させていただいておりますので、したがって、ここに書かれている内容とその国家戦略特区がすばらしいから何をやってもいいんだという話とは全然違うということをここでもう一回整理させていただきたいと思います。
 その上でなんですけれども、この内容を見ておりますと、一般論として言っただけで、私はこんなことをそういう趣旨で言ったんじゃないとおっしゃっています。おっしゃっています。が、しかしながら、実際に出てきた紙というのは、事細かに物すごく丁寧に加計学園さんに対して、そして、その後ろにいらっしゃった今治市、愛媛県に対して、国家戦略特区の申請も含めて、まあ構造改革特区か国家戦略特区かどちらかは分かりませんが、その特区制度を使って学校を新設する上でどう具体的にやればいいのかということを物すごく丁寧に優しく事細かにアドバイスをしてさしあげているわけであります。
 これ、一般論としてこういう説明をしているという説明では到底通用しないほど親切な話になっているんですけれども、これは加計学園ありきと言われる一つの大きな理由になっているんです。この内容についてどうお感じになっていますか。
○参考人(柳瀬唯夫君) すごいサービスとおっしゃいましたけれども、ここで書いてありますのは、構造改革特区も戦略特区制度も両方今有効な制度なので、まあそれどちらもありますよと、こういう話。それから、その特区の指定基準、これは閣議決定されていますけれども、それはやっぱり自治体の熱意というのがまあ条件になってございますので、それはもうどこにも公開されているものでございますので、それをまあ御説明をするといったようなことを御説明したわけでございまして、私は、別に総理秘書官のときに限らず、やっぱり特にこういう地方の方って、やっぱり国の制度とか、どこへ行ったらいいか分からないし、どういう手続か分からないというのは結構ございますので、そういう方にはできるだけ丁寧に、公開されている話は御説明をするようにいつも心掛けております。(発言する者あり)
○委員長(金子原二郎君) 御静粛にお願いします。御静粛に。
○川合孝典君 今幾つか気になる発言をされたんですけれども、どこに行っていいのか分からない、もちろんそのとおりだと思いますけど、その前になんですけれども、自治体がどこに行ったらいいか分からないということ以前に、それを話ししておられる対象者、加計学園の方としゃべっているんですよね。加計学園の後ろに今治市、愛媛県がいらっしゃるということを前提にしゃべられたんですか、これ。
○参考人(柳瀬唯夫君) これは制度は別に、実際に提案するのは自治体かどうか、かもしれませんけれども、およそ制度はこういう趣旨ですとか、この制度の手続はこうなっていますと、これは誰に対しても、事業者であろうが学校であろうが自治体であろうが、それは誰でも同じでございますので、そういう一般の公開されている情報は御説明をする、御関心のある方に御説明、それは当然のことだと思います。
○川合孝典君 そもそも、総理秘書官という方に軽々にお会いできるという感覚を持っている方は永田町にも霞が関にも誰もいらっしゃらないと思いますよ。要は、頼んだらすぐにぱっと会ってくれるようなものなんですか。そうじゃないでしょう。これは答弁は要りませんので。
 一件、時間なくなってまいりましたので、最後にちょっと確認させてもらいたいんですが、私、この柳瀬首相秘書官の主な発言の中で、ずっと見ていると、最初の方はずっと具体的な特区の申請に当たって必要なことというのが書き連ねられているんですが、最後のところに、加計学園から、先日安倍総理と同学園理事長が会食した際に、下村文科大臣が加計学園は課題への回答もなくけしからぬと言っているとの発言があったと、この文章が書かれているんです。
 これ、私見ておりまして、よく見ておりまして何か違和感を感じたのは、ほかのことは特区のことだけを言っているにもかかわらず、最後だけ物すごく個別具体的な名前まで入っちゃっている。何なんだろうと思って実は調べてみましたところ、この当該、二十七年四月の三日の日、三時から四時半まで面談されているというふうに記録が残っていると聞いておりますが、三時半過ぎに、下村文部科学大臣と、それから当時の文部科学省の事務次官が官邸にお入りになられているんです、皆さんが懇談をされている最中に。
 総理のスケジュールを管理する立場にあったとさっきおっしゃいましたけれども、この点については御存じでしたね。
○参考人(柳瀬唯夫君) まず、一時間半お会いしたというふうに今治市の出張記録かな、なっているというふうになっていましたけれども、ちょっと私、一時間半も人にお会いするというのはちょっと到底考えられないと思いますので、ちょっとそれはちょっと事実として、向こうの出張記録はそうかもしれませんが、私、ちょっと一時間半も同じ人に会うとは到底思えません。
 それから、今、三時半とおっしゃいましたかしら、下村大臣が総理のところに来られたというのは……
○委員長(金子原二郎君) 時間が来ておりますので、簡潔にお願いします。
○参考人(柳瀬唯夫君) 総理の日程、当時の新聞見たらそうなっておりましたけれども、私はそれには同席をしてございません。それはなぜかというと、次官が来ていましたけれども、教育実行会議の話で当時は来られていたんだと思いますので、全く関係ない話だと思います。
○川合孝典君 細かいことをよく覚えていらっしゃるなということを最後に感じましたが。
 これで終わります。ありがとうございました。
○蓮舫君 立憲民主党・民友会の蓮舫です。
 柳瀬さん、まず確認をしますが、あなたの記憶は自在になくしたり思い出したりするものなんですか。
○参考人(柳瀬唯夫君) 当然、記憶ですから、三年前の記憶ですから、曖昧な部分たくさんございます。いろんな話を聞いて、ああ、そうだったのかなというところもございますが、先ほども申し上げましたけれども、私が記憶を調整しているとか、そういうのが何かよく新聞に出ていますけど、全くない話でございまして、私は一貫して当時から今治市や愛媛県の方とお会いした記憶はないし、加計学園やその関係者の方とお会いした記憶はあると、そこは一貫してございます。
○蓮舫君 いや、違います。一貫してあなたは加計学園の関係者とお会いしたとは言っていません。言ったんですか、国会で。
○参考人(柳瀬唯夫君) 当時、集中審議で今治市の職員の方とお会いしたのかという御質問を何度も受けましたので、それに対して一つ一つお答えをいたしました。
○蓮舫君 つまり、聞かれてないから言っていないというだけで、それは不誠実じゃないですか。
○参考人(柳瀬唯夫君) 聞かれたことを一つ一つお答えしてきたことで全体像が見えなくなってしまったということで、国民の皆様にも分からないし、国会の議論も混乱したということで深くおわびを申し上げたいと思います。その上で、今日は午前中からしっかり答えておるところであります。
○蓮舫君 加計学園との四月二日の面会、出席していた加計関係者の獣医学の専門家は吉川泰弘さんですか。
○参考人(柳瀬唯夫君) これは当時のことなので、ちょっと必ずしも定かじゃございませんが、一つは、元東大教授の方というお話、方からお話を聞いたのはよく覚えています。
 それから、それがその四月二日であったのか、その前の二月から三月に一回来られたときだったのか、そこは必ずしもクリアではございませんが、いずれにしても、二月から三月に一回会ったときと、その四月に、頃に一回会ったときのどちらかにはその元東大教授の方がおられたという記憶はございます。
○蓮舫君 その人は吉川さんですか。
○参考人(柳瀬唯夫君) 私は、吉川さんというお名前を記憶してございませんでしたけれども、半年ぐらい前だと思いますけれども、朝起きてテレビのニュースをつけたときに加計学園のニュースが流れていて、そのときに加計学園の獣医学部長になる予定者としてその吉川さんという方のお写真が出ていまして、あっ、この人はお会いしたことあるし、お話を聞いた人だなと思いました。それが四月二日なのかその前なのか、そこはちょっと定かではございません。
○蓮舫君 午前中の答弁と違うことになっているんですが、これ、記憶違いではないですね。
 私の持っている情報では、同席した加計学園関係者は文科省OBの方と聞いています。
○参考人(柳瀬唯夫君) そこの記憶が必ずしも定かじゃございませんが、その二月から三月に会ったときと四月二日に会ったときと、それは両方、獣医学部の話を加計学園の方はされていまして、吉川先生がそのどっちに参加されたかはちょっと必ずしもクリアじゃございません。
 それから、そこの、加計学園の関係者の文科省のOBの方ですか、それはちょっと、その方のお名前はちょっと記憶にございませんが、いずれにしても、加計学園の事務局の人と、一回はその元東大教授の、これは吉川先生だと思いますけれども、あともう一人、別の関係者の方がいらしたんじゃないかと思います。
○蓮舫君 四月二日の面会時間、九十分ではないと言いました。四十分間だったんじゃないですか。
○参考人(柳瀬唯夫君) いや、もう全くどれぐらいお会いしたかは覚えていませんけれども、九十分というのはさすがに長過ぎるなという気がしたということを先ほど申し上げたわけでございます。
○蓮舫君 四十分、十五時から始まって十五時四十分に関係者全員が退室したという私は情報を得ています。それぐらいですか。
○参考人(柳瀬唯夫君) いや、その面談したときに、一つ一つ、十分とか三十分とか四十分とか、そういう記憶はない。ただ、九十分というのはさすがにないんじゃないかなというふうに思います。
○蓮舫君 同じ総理官邸で十五時三十五分から四十八分まで安倍総理と下村文科大臣が会っています。この後、安倍総理は空白の九分間、次のアポが十五時五十七分です。この間、どこかであなたは安倍総理並びに下村大臣に接触していませんか。
○参考人(柳瀬唯夫君) 全く覚えはございませんが、少なくとも下村大臣と官邸でお会いしたという記憶は全く残ってございません。
○蓮舫君 安倍総理とは接触しましたか。
○参考人(柳瀬唯夫君) それは、安倍総理とは一日にもう五回も十回も顔を合わせますので、そこでお会いしたかどうかというのは、それはもう全く記憶の呼び起こしようもないと思います。
○蓮舫君 じゃ、そこで今、加計学園関係者にお会いしたということを、メモか何か、あるいは報告はしましたか。
○参考人(柳瀬唯夫君) 私は、加計学園の方とお会いしたり獣医学部のお話を伺ったというのは一切、総理に御報告したり、何か指示を受けたことは一切ございません。
○蓮舫君 二月から三月、あなた、四月より一、二か月ぐらい前の印象で加計学園関係者と会ったと言いますが、これ三月二十四日ではないですか。
○参考人(柳瀬唯夫君) その一、二か月前というか、四月にお会いした、ちょっと四月二日かどうかも覚えていませんけれども、その前にお会いしたというのは明確に覚えが、ちょっと日付がどの辺だったか、ちょっと私分かりません。
○蓮舫君 総理に報告していないという、総理関係のことは明確に覚えていて、それ以外は全部記憶が曖昧ではないんですが、最初の面会は三月二十四日と聞いているんですが、これはなぜ加計学園関係者に会ったんでしょうか、短く教えてください。
○参考人(柳瀬唯夫君) 最初にお会いしたときは、まあちょっとこれも定かじゃありませんけども、アポイントの申入れがあって、今度上京するのでお会いしたいということでしたので、まあお会いをしたということでございます。
○蓮舫君 何の案件でお会いをしたんですか。
○参考人(柳瀬唯夫君) そのときに具体的な案件の申入れがあったかどうか、ちょっと記憶にありませんけども、まあ上京されてお会いしたいということでしたのでお会いをしました。
○蓮舫君 具体的な案件が分からないけれども、上京したのでお会いをしたい、つまり、首相秘書官である柳瀬さんと加計学園関係者はそれぐらい密接な関係ということでしょうか。
○参考人(柳瀬唯夫君) 元々、総理の別荘のバーベキューでお会いして、まあ面識はありました。
 それから、私は総理秘書官時代、まあちょっと相当時間タイトでありましたが、時間がある限りは外の方のアポイント、申入れはお会いするようにしていましたし、私の記憶ではアポイントの申入れをいただいてお断りをしたことはなかったと思います。
○蓮舫君 このバーベキュー等でお会いをした、どなたから紹介されたんですか、加計理事長、学園関係者は。
○参考人(柳瀬唯夫君) これはですね、総理はよく河口湖の別荘に行かれて、御親族の方や御友人らをいっぱい集めてバーベキューをやるということはよくやっておられました。そのときに、秘書官も緊急時対応でいつも何人か御一緒をしてございました。
 したがって、御紹介いただくとかいうそういう場ではございませんで、わあっとそこのお庭に総理の御親族やお友達の方がいて、秘書官がいて、まあ総理の、政府の何人かの方がいてと、そういう場で何十人もいるところでお会いをしたということで、特に誰かに紹介されたわけではございません。
○蓮舫君 つまり、全く紹介されていなくて、何十人もいる、たくさんいる中でお会いをしたその人からアポイントの連絡が来て、案件も分からないで、それでお会いをする間柄なんですか。
○参考人(柳瀬唯夫君) 先ほど申し上げましたように、私は基本的にアポイントの申入れがあれば、政府の外の人、お会いするようにしていましたので、まあこれも例外じゃないということでございます。
○蓮舫君 三月二十四日の面会、先ほどあなたは四月二日に学園関係者側から国家戦略特区という提案があったと言いましたが、三月の会合時点で既にあなたから加計学園関係者に国家戦略特区でいこうと助言していませんか。
○参考人(柳瀬唯夫君) そこの具体的なやり取り、記憶がクリアではありませんけども、その三月の、その最初にお会いしたときも、構造改革特区で何度もやっているけどうまくいかないという話がございまして、そのときにはもう国家戦略特区制度がスタートしていましたし、安倍政権として大事な柱でございましたので、それは、当時、その戦略特区をPRするというのは……
○蓮舫君 三月に言いましたか。
○参考人(柳瀬唯夫君) ええ。それで、そのときに国家戦略特区の話になったと思います。ただ、そのときどこまで具体的な話になったかは、そこはよく分かりません。
○蓮舫君 つまり、もうそこで既にもう国家戦略特区の話題が出たら、その後の四月二日のアポイントのときに、国家戦略特区でいくと事業者ではないから愛媛県、今治市も行った方がいいだろうと、それを呼ぶように加計学園に提案していませんか。
○参考人(柳瀬唯夫君) ちょっと、私の方から呼ぶようにと言った記憶はございませんけども。
○蓮舫君 そして、その四月二日なんですが、午後はあなたとお会いしています、三時から。午前中は内閣府の特区担当の藤原次長とお会いをしているんですが、藤原次長と加計学園の関係者、今治市、愛媛県とのこの会合をセットを指示したのはあなたですか。
○参考人(柳瀬唯夫君) それは、指示したことは、指示はしていませんけども、むしろ、私の方が、加計学園の方が来られたときに、もし特区、国家戦略特区を活用するんであれば、内閣府の特区事務局と話をする必要があるよという話をしたら、もうそれは既にお会いをしているということでございました。
○蓮舫君 あなたが、じゃ示唆したんですね、藤原次長が担当者で、会った方がいいと。セットはしていないんですか。
○参考人(柳瀬唯夫君) この国家戦略特区制度の事務局は内閣府の国家戦略特区事務局であるという話はしたと思います。
○蓮舫君 三月と四月の加計学園との面会をする間に、あなたは余り詳しくないからといって、獣医学部関係の、獣医師を所管する農水省、大学設置の文科省、感染症対策の厚労省、レクを受けて勉強したと、構造改革特区との違い、国家戦略特区、これ勉強したと言っています。
 そうするとですね、四月二日、国家戦略特区は自治体が申請すると認識していたんじゃないですか。
○参考人(柳瀬唯夫君) それはまあそういう認識だったと思いますけれども、当時はその具体的なプロジェクトの申請がどうこうというところに私の関心はございませんで、そもそも獣医学部新設の解禁を、道を開けるのか開けないのか、開けるんであればどういう条件にするか、そちらの制度設計の方に関心がありまして、まあ具体的に誰がどう申請するのかというところは関心の外でございました。
○蓮舫君 いやいや、制度設計は、これはこれまでの構造改革特区と違って、国家戦略特区は、自治体が申請して、議長である総理が決めて、スピード感を持って岩盤規制を突破していくんです。だから、自治体が申請をしなければいけないのに、四月二日の十人近くの会議のときのバックシートに自治体がいるというのはなぜ記憶からぽこっと漏れるんですか。
○参考人(柳瀬唯夫君) それは、面談したときに、メーンにお話しした人は覚えていますけれども、余りお話しにならなかった方は記憶からだんだん抜けていく、それは人間、普通のことだと思います。
○蓮舫君 いや、あなたの普通は人と違うと思います。
 三回目、六月四日に、今治市は特区の申請をしました。その前後に、また加計学園がその申請をあなたに官邸に報告に来る、これは不自然です。
○参考人(柳瀬唯夫君) それまで加計学園の方からお話を伺っていましたので、まあそういうことになりましたというお話をいただいたんだと理解してございます。
○蓮舫君 申請者は自治体で、学部設置の事業者の公募受付、加計学園が手を挙げることになる、ようやく手が挙げられる受付は、その二十か月後の一月四日です。それで、そこに加計学園だけが手を挙げている、途中で京都は排除をされて一校だけに限る、そして前川前文科事務次官がいろいろと行政がゆがめられた、これ全部つながっているんですけれども、そのスタートが四月二日の、あなたが、あなたが加計学園とお会いをした、ここがスタートになって、十年十五回全て却下されていたものが一気に動き出したんですね。
 これ、加計ありきだったんです、ないでしょうか。
○参考人(柳瀬唯夫君) まずですね、この私が加計学園に面会する前の平成二十六年九月の国家戦略諮問会議で、先ほど申し上げました民間議員から獣医学部新設の解禁の提案があって、それに対して、総理が早急に検討していきたいという発言がありました。当時は、その当時の資料を見ますと新潟市の提案があったわけでございます。
 で、先ほど申しましたように、当時は制度をどうするかというのが関心でございまして、具体的にどこにするかというのは関心の外で、私の理解も、具体的にどこを選ぶのかというのはもうずっと後、制度ができた後に進められる手続だと理解してございました。
 実際に、私は平成二十七年八月に官邸を去りましたけれども、制度設計が終わったのはそこから一年以上先の二十八年十一月と聞いております。で、まあ先ほど蓮舫先生がおっしゃいましたように、具体的な公募の提案があったのは二十九年になってからだと。
 そこで、先ほどの加計ありきという話ですけれども、今治市が、今治市が加計学園を念頭に置いておられたかどうか、それは今治市と加計学園の関係でございますけれども、今治市が最初から加計学園を念頭に置いていた、それは、加計ありきは、今治市はそうだったかもしれませんが、国家戦略特区としてどこを選ぶか、それはきちっとした公正な手続で決まっていくということだと理解してございます。
○蓮舫君 愛媛県のメモで、これ、加計学園から言われた、安倍総理と加計さんが会食して下村文科大臣がまあけしからぬと発言を言っている。これは、あなた言われましたか。
○参考人(柳瀬唯夫君) 私、このやり取り、記憶ございません。
 ただ、この愛媛県からいただいたメモを見ると、加計学園からと書いてあるなということでございます。
○蓮舫君 加計学園から言われてあなたに意見を求めた、そしてあなたが、文科省に説明するのがいいとの助言があった。しましたか。
○参考人(柳瀬唯夫君) 私、そもそもこのような話があったという記憶ございませんので、当然それに対して、提案書と併せて整理して説明するのがいいと、そのようなことを言ったという覚えもございません。
○蓮舫君 記録と記憶はどちらが信用されると思いますか。
○参考人(柳瀬唯夫君) これは、愛媛県知事のあの記者会見などを見ましても、口頭説明用の個人の備忘録ということでございましたが、それがあちこちに配られ、マスコミに出て、それによって信用力が高まるというのはとっても変な話だと思います。そんなことを言えば、やり取りしたときに、片っ方がメモを取って片っ方がメモを取らなければ、メモを取った方が常にこうだと後で言えるのは、それはちょっとさすがにおかしいと思います。
○蓮舫君 さすがにおかしいのは、あなたの記録とそして記憶が全部ないことです。愛媛県の中村知事は、職員が文書をいじる必要性は全くないと、これ会見で言っていますよ。
 じゃ、愛媛県がうそを書いているんですか。
○参考人(柳瀬唯夫君) 私が申し上げているのは、私は記憶がないということを申し上げて、愛媛県がどうかというようなことを申し上げているつもりは毛頭ございません。
○蓮舫君 決定権者は安倍総理、決めてほしい人は腹心の友の加計理事長。この二人が疑われることのないようにするのが首相秘書官の仕事なのに、むしろ、つないでいる疑いがやっぱりまだ濃厚です。
 委員長、今日の柳瀬さんの発言の正当性を確認するために、愛媛県、今治市、それぞれ黒塗りされて出したものも含めて全ての面会記録、全てをこの国会に黒塗りをなくして出してもらいたいという要望と、中村愛媛県知事にこちらに参考人で来てもらいたいと要望します。
○委員長(金子原二郎君) 理事会で後刻協議をいたします。
○蓮舫君 終わります。
○秋野公造君 公明党の秋野公造でございます。お役に立てるように質疑をしたいと思います。
 ここまでの審議におきまして、事実関係の解明が明らかになってきたと思います。私からは、特に国家戦略特区制度の仕組みを踏まえて質問をしていきたいと思います。
 これまでの質疑、答弁によりますと、今治市が獣医学部新設については構造改革特区で十五回提案しても認められなかったと、しかしながら国家戦略特区になって認められたということであります。
 まず、柳瀬参考人にお伺いをしたいと思いますが、構造改革特区よりも国家戦略特区の方が改革の実効性が高いと認識をしておられましたか。
○参考人(柳瀬唯夫君) どちらも有効な制度で、それぞれ制度として一長一短持っていると思います。
 ちょっと制度の詳細は私、詳しいわけではございませんが、私が理解しているのは、国家戦略特区制度も構造改革特区制度も対象地域を限定して規制改革を行うという点ではそれは共通をしていると思いますが、ただ手法とかが多少違うと思っていまして、構造改革特区は一旦措置された規制改革事項であればもう希望する全国どの地域でも、まあいわゆる自動的に申請できると、こういうふうになってございますけれども、国家戦略特区制度は活用できる地域を限定することで特に固い岩盤規制に突破口を開くと、そういう制度であると、こういうふうに理解してございまして、それぞれ一長一短あるという意味はそういうことでございます。
 特に、国家戦略特区制度につきましては、規制改革提案の実現に向けまして民間有識者が主導する強力な推進体制を整えるということで、安倍政権の柱として岩盤規制改革を加速する制度だという位置付けで当時は認識してございました。
○秋野公造君 加計学園の方から、平成二十七年四月、国家戦略特区でいきたいという話があったということでありますけども、愛媛県のメモによると、柳瀬参考人は当時、現在、国家戦略特区の方が勢いがあると、このように御発言をされたということでありますが、実際にどのような発言をされたのか、お伺いをしたいと思います。
○参考人(柳瀬唯夫君) 私がどう発言したか、詳細を覚えているわけではございませんが、国家戦略特区制度はやっぱり安倍政権の成長戦略の柱として、ちょうど我々、これスタートした割かし直後でございまして、ありとあらゆる場で宣伝をしていたという記憶も、会う人会う人にこういうのできたんですよという話はしてございましたので、それは私だけじゃなくて政府を挙げて、総理御自身も行く先々で国家戦略特区制度というのができましてというお話をされていましたので、そういう趣旨で申し上げたかもしれないと思います。
○秋野公造君 改めて、柳瀬秘書官だけでなく、総理自身も国家戦略特区を強い思いで進められようとしていたという認識でよろしいでしょうか。
○参考人(柳瀬唯夫君) 当時、アベノミクス三本の矢の一つとして成長戦略、そこで岩盤規制改革不可欠だということで、総理はよく御自身でおっしゃって、これまでできるはずがないと言われた固定観念を打ち破ってまいりますとか、ニューヨークだったと思いますけれども、私自身がドリルのやいばとなって岩盤を打ち抜きますと、まあ、かなり総理御自身の強い思いを持って当たっておられたと思います。
 その結果、戦後、地域独占した電力市場の小売市場の完全自由化とか、再生医療について世界最先端の規制緩和をやるとか、こういったかなり、ちょっと前には考えられなかったような、ややタブー視されていたものをトライをされたというふうに思ってございますし、国家戦略特区制度もその一環として創設されたというふうに理解をしてございます。
○秋野公造君 本日の質疑でも、加計学園の方とはお会いをしたということはお認めいただいているようですが、自治体の方とお会いしたことについてはまあ覚えていらっしゃらないということであります。
 国家戦略特区の申請は、確かに自治体、また事業者とともに自治体が行うものということであったとしても、規制緩和の提案、これ自体は事業者単独でも行うことができるということでありますので、私自身は事業者単独とお会いすることに矛盾を感じておりませんが、当時、柳瀬さんは、まさに制度をつくっているときに、制度設計のために事業者からお話を伺ったということでよろしいでしょうか。
○参考人(柳瀬唯夫君) これ、まさに先生御指摘のとおりでございまして、国家戦略特区制度の一つの特徴は、制度の規制緩和措置ですね、その制度の提案は自治体であれ民間事業者であれできると。この戦略特区制度の特徴はですね、制度を提案することと、そこの制度ができたときに申請をするというのは、これは別の話となって、提案はやっぱり広く、自治体に限らず、それは知恵は民間事業者にあるわけですから、提案は広く募って、それで制度をやるとなったら具体的な提案の方に持っていくという、ちょっと二種類になってございます。
 そういう意味では、民間事業者の方がいろいろこういう特区で改革ができたらいいなということを提案するのは全く、制度上、法律の制度上、予定をされていることだと思います。
○秋野公造君 愛媛県のメモによると、そのとき、内閣府の藤原次長の公式ヒアリングを受ける形で進めていただきたいというメモが残っているわけであります。
 様々な自治体や事業者の話に可能な限り耳を傾けて、もしもその中に政策ニーズがあれば担当する部局につないで、そしてそれを進め方のアドバイスをするということは公務員としてもあるべきことではないかと思いますが、どのようにお考えになりますか。
○参考人(柳瀬唯夫君) 特に、東京にいると情報はいっぱいありますけれども、地方におられる方はやっぱり情報が、どうしても東京の情報がないということはよくございます。ということで、窓口とか制度とかよく分からない方に、どこ行ったらいいのか、どういう制度があるのかと、こういった御説明をすることもよくあることだと思います。
 この面会におきましても、国家戦略特区を活用するのであれば特区事務局に制度にのっとった申請手続を行う必要がありますよという、この法制度上の御説明もしたと思いますし、そういう、別にこれに限らず、この特区制度に限らず、正式な法律上の申請手続をする前に事前に相談して、どういうところ気を付けたらいいのか、どういうフォーマットかとか、そういうのを相談するのはそれはよくあることで、別に異例のことではないと思います。
○秋野公造君 可能な限り事業者の声に耳を傾けることが重要ということで、加計学園以外の事業者と面会はしましたか。
○参考人(柳瀬唯夫君) 私、総理秘書官になる前から、やはり役所にいますとやや独善的になって、私がよく使う言葉で、机の上で考えた政策って大体うまくいかないんですよね。そういう意味で、ずっと自分の心掛けとして、政府の外の人の話はできるだけ伺うということを心掛けております。
 総理秘書官になってからも、なかなかちょっと時間がないし、敷居が高いのか、そんなに申入れが来るわけではございませんが、外の方から申入れがあればできるだけ伺って、せっかくお会いするのなら、最近景気がどうかとか、どういう新しい技術が出てとか、どういう新しいビジネスがあるかとか、そういったお話を伺うように心掛けてございました。
 ただ、それと、その人に対して優遇するとか特別扱いというのは全く別の話だと理解してございます。
○秋野公造君 国家戦略の関連で、ほかの事業者の方とお会いはなりましたか。
○参考人(柳瀬唯夫君) お会いするときに、この人は国家戦略特区の関係の人、この人は国家戦略と関係ない人とか、えり分けてお話しする、伺うわけではございませんので、この国家戦略特区制度に関係してということであれば、結果的には加計学園、最後、国家戦略特区に行ったわけですが、今治市通じて行ったわけですけれども、そういう意味じゃ、私が記憶している限りはほかにはございません。
○秋野公造君 そうなると、公務員として関係者からお話を聞いて、制度設計のための話を聞いた上で窓口や手続についてのアドバイスを行っただけだったならば、どうして会った記憶がないと答弁する必要があったんでしょうか。会ってアドバイスをしたと堂々と言えばよかったんじゃないですか。
○参考人(柳瀬唯夫君) これまで個々の御質問につきまして一つ一つ答えてまいりました。昨年の閉会中審査の際には、今治市の出張記録の関係で今治市の方と会ったのかと言われましたので、それは本当に記憶は今でもありませんが、ございませんということをお答えしましたし、愛媛県の文書が出たときには、今治市に加えまして愛媛県の方とも、これも記憶がございませんので、面談した記憶はないということをコメントさせていただきました。
 しかしながら、私が質問のあったことだけを一つ一つお答えした結果、全体像が見えなくなって、国民の方にも分かりづらくなり、混乱を招き、そしてこの国会の審議に大変な御迷惑をお掛けしたということで、本日はできる限り私の知っている限りを御説明しているということでございまして、国会の審議に御迷惑をお掛けして大変申し訳ございませんでした。
○秋野公造君 私が申し上げたいのは、言わなかったことでどうなったのかということを聞きたいのではなくて、どうして言わなかったのかということを聞いているわけです。その心のひだの部分をおっしゃっていただかないと疑念は晴れない。もう一回答弁をお願いします。
○参考人(柳瀬唯夫君) 御指摘の点、よく分かります。
   〔委員長退席、理事二之湯武史君着席〕
 それで、今まで国会で質問されたことにはお答えをしていたわけで、それで、それは私のその答弁がきっかけでこれだけ今混乱しているわけですので、私はやっぱり国会は国権の最高機関でございますので、私の国会でのやり取りがきっかけでこういう混乱していましたので、私はやっぱりそれはきちっと国会で全てを語るべきだというのは筋論だと私は思って、思いました。
 したがいまして、今日こうやって御説明させていただく機会をいただきましたので、私の覚えている限りを洗いざらいお話をしているということでございます。
○秋野公造君 制度設計に当たった柳瀬参考人として、獣医学部新設に当たり一校に限定したり空白地に限定をしたりといったような条件が最終的には付きました。限定することなく広く認めるべきではなかったか、そういう思いにはなりませんでしょうか。
○参考人(柳瀬唯夫君) 先生おっしゃいましたように、一つに限定するとか空白地帯に限定するとか、そういう条件は私が官邸を出た後に付いた条件でございます。それについて、関与していなかった者がいいとか悪いとかいうコメントするのはちょっと適切じゃないかなというふうに思います。
○秋野公造君 総理秘書官を離任するときに、後任の宗像さんに引継ぎを行わなかったのはどういう理由でしょうか。
○参考人(柳瀬唯夫君) 総理秘書官は、私が総理秘書官になったときも、これはまあちょっと政権替わったというのもあるかもしれませんが、引継ぎはありませんでした。私が後任に引き継ぐときも、その机とか座席とか電話がここだとか、そういうのはあったかもしれませんが、基本的に政策の話は必要に応じて各省なり官邸に出向している人なりから順次説明があるということでございますので、それはまあそういうことでございますし、実際、総理秘書官って、もう着任したその日からやや二十四時間体制みたいになりますので、なかなか引継ぎというのも難しいし、実際に直前にならないと接触をしないものでございますので、なかなかその時間掛けてゆっくり引き継ぐということではございませんし、ちょっと案件も多過ぎて、政策の一個一個をちょっと引き継ぐということは現実的にも難しいと思います。
○秋野公造君 国家戦略特区という岩盤規制を突破する制度設計に推進された柳瀬参考人が、退任後に行われた公募の手続に関わったかのような、そういう印象を持たれているのは私も気の毒に思っておりますけども、だけども、きちっと説明をしなかったということが国民の皆様を始め国会を含めて混乱を起こしてしまったということは、どうか反省をしていただきたいと思います。
 柳瀬参考人は結構でございます。
○理事(二之湯武史君) それでは、参考人が替わりますので、速記を止めてください。
   〔速記中止〕
○理事(二之湯武史君) 速記を起こしてください。
○秋野公造君 加戸参考人にお伺いをしたいと思います。
 まず一つ目に、安倍総理又は柳瀬元秘書官から獣医学部新設に関して直接何らかのアプローチがあったかということをお伺いしたいと思います。
○参考人(加戸守行君) 一切ございません。
 ただ、私の方からは、安倍総理の前で獣医学部の件を切々として訴えたことはございます。
 それは、知事を退任後、教育再生実行会議の委員を拝命しまして、タイミングが難しかったんですが、今の案件で四月二日の件よりも一年半ほど前に、たまたま大学入試改革の議論があったものですから、ちょっと援護射撃になるかなと思って、大学の入学定員で獣医学部の定員が一切増えないのは大変愛媛は困っていると、かくかくしかじかで何とか獣医学部をつくりたいと思ったけれども岩盤規制に阻まれてきたんで、安倍総理がおっしゃっているような岩盤規制を打破するためにこの教育再生実行会議の提言の付録にでも入れてもらえないかという発言を、安倍総理の斜め前で何分間かずっとやりました。ただし、そのときには今治とも加計とも一切言っていませんから、愛媛が獣医学部をつくりたいんだな、だけど駄目なんだなということを、そのときは安倍総理は認識されたと思います。しかし、付録には入りませんでした。
 その後、安倍総理とはあらゆる会合を通じて数十回お会いしていますが、一切このことに関してコメントもありませんから、コミュニケーションの間には、二人の間に話題は出てはおりません。
○秋野公造君 二つ目に、国家戦略特区を活用してそして実現をする側として、この国家戦略特区の制度をどのように感じていらっしゃいますでしょうか。
○参考人(加戸守行君) 今回の経験からすると、構造改革特区は役人同士の話合いですから、幾ら内閣府が頑張っても、文科省がノー、農水省がノーと言えばでき上がらないことが、諮問会議の民間委員がいて、強力な発言をして、嫌がる役所の尻をたたいて、どうしてなんだということが、新潟市の獣医学部の突破口として、一年間の議論の積み重ねがあった後で今日があると考えておりますので、すばらしく有効な制度であると考えております。願わくんば、もっと幅広く広げてもらいたい。
   〔理事二之湯武史君退席、委員長着席〕
 正直、私自身が愛媛県知事のときには、誠にくだらない規制に悩まされました。木造では校舎は三階は駄目とか、福祉施設は二階駄目。いや、保健所を特別支援学校に転用しようと思ったら、階段が二十センチを超えた二十センチ七ミリだ、いや、床の高さが三メートルでなく二メートルだ。まあ一番ひどいのは、ミカンを学校給食に使うときには五回洗わなきゃいけない。何でだと調べましたら、O157のときの、あのときのカイワレダイコンに懲りて、学校給食にはバナナもミカンも皮のあるのは全部五回洗って出すと。
 そういう規制があることは国会で大いに議論していただいて、特区に頼らず皆さん方の力でくだらない規制を直していただきたいと思います。
○秋野公造君 終わります。ありがとうございました。
○田村智子君 日本共産党の田村智子です。
 柳瀬参考人にお聞きいたします。
 本日の質疑で、二〇一五年四月二日、そしてその前にも二回、首相官邸で、総理官邸で加計学園事務局長、その他加計学園関係者とあなたがお会いになった、このことが、お認めになった、明らかになりました。
 それでは、愛媛県から出てきた文書、愛媛県の文書についてお聞きするんですけれども、この中で、当時の国家戦略特区の担当者であった内閣府藤原審議官と愛媛県、加計学園との面会の中で、その冒頭に藤原審議官が語ったこととして、「要請の内容は総理官邸から聞いており、」と書かれています。
 これは、あなたが藤原氏に伝えたと、加計学園からこういう要請があるよということを伝えたということなんでしょうか。
○参考人(柳瀬唯夫君) お答え申し上げます。
 まず、冒頭の議員の御発言の中で、私の今までの答弁で四月二日の前に二回官邸でお会いしたとおっしゃったと思いますけれども、私の答弁は二月から三月に一回、それで四月頃という御答弁をずうっと一貫してしていると思います。
 それから、私は一貫して事務局の方と関係者が来られたと申し上げていて、理事長が官邸に、私に、来られた記憶はございません。
 それから、御質問の藤原次長が何というふうにお話しになったかというのは、ちょっと私は存じ上げません。
○田村智子君 そうではなくて、内閣府に加計学園がこういう要請があるよということをお伝えになったことがあるんですかとお聞きしているんです。
○参考人(柳瀬唯夫君) 一回目、二月から三月に来られた後、四月に来られる前、その日付はちょっと分かりませんけれども、その間に一度内閣府の戦略特区事務局から、戦略特区の状況等をどういうふうにしていこうかというレクを受けた記憶があります。で、その際、私の方から、その前の九月に総理から御発言のあった獣医学部新設の話は今どうなっているかということをお伺いしたことがあると思います。それは、その前に加計学園から、この獣医学部の新設をやりたい、四国には獣医が不足しているんだと、そういうお話もありましたので、そういうことを質問したという記憶はございます。
○田村智子君 つまり、その際に加計学園からこういう話を聞いているよと内閣府に伝えたということでよろしいですね。
○参考人(柳瀬唯夫君) 私から、加計学園からはこういう話があったということを伝えたかどうかについては覚えてございません。
○田村智子君 そこは記憶が抜けちゃうわけですか。
○参考人(柳瀬唯夫君) そこは、加計学園ということを言ったかどうかは分かりませんが、獣医学部新設の解禁についてどうなっているかというのは、私ははっきり聞いた記憶がございます。
○田村智子君 それはお答えにならないんですね。
 ただ、そのときに加計学園のことを持ち出すのが自然だと思いますよね。そうやって聞くに当たって、どうなっているのと聞くに当たって、官邸でこういうふうに会っているよと伝えるのが私は自然だと思います。うなずいていらっしゃる。
 次に、お聞きします。
 午前中から、首相案件ということについて問われると、その加計学園とあなたがお会いになる前年、平成二十六年九月の特区諮問会議で民間有識者議員から当面の重要課題の追加の規制改革分野・事項についてというものが提案され、そのうちの一項目に獣医系大学・学部新設の解禁というものが入っていたと、諮問会議で総理からオープンの場で、民間議員の皆様から提示された追加の規制改革の提案について石破国家戦略担当大臣を中心に早急に検討していきたいという御発言があったと、だからそのことを説明したんだというふうに御説明繰り返しておられるんですよ。今日の午後もそうなんですね。
 私も改めて、その民間議員が提案した規制改革の重要事項というものを打ち出しまして、改めて見てみました。そうすると、大きな柱が四つ立っていて、その四番目の柱の(2)林業等、この林業等というだけでも四項目あるんですけれども、その中の一つとして確かに獣医系大学・学部新設の解禁というものがあるんです。二ページにわたる、項目で数えると二十三項目あるわけです。この提案を受けて、安倍総理の諮問会議での発言はあなたが読み上げたとおりで、獣医学部新設を特出しはしていません。
 そうすると、二十三項目もある項目の中で、獣医学部新設について、これが総理が大変重要な関心をお持ちの事項であって検討を急がなくちゃいけないと、これ、あなた個別にそういう指示を受けたことがあるということなんでしょうか。
○参考人(柳瀬唯夫君) お答え申し上げます。
 おっしゃるとおり、二十六年九月は、もちろん獣医学部の新設は、何度も答弁していますけれども、別にこれだけというわけではございません。これも含まれていたと、提案の中に含まれていたと。その全体に対して総理が早急に検討していきたいとおっしゃったと、全くそのとおりでございます。
 当時は、幾つもありましたので、その中の一つだという認識で、あるなという記憶でございましたけれども、加計学園の方から、関係者の方からお話を伺っていて、五十数年以上も新設が認められていなかったとか、四国では獣医が足りていないとか、そういう話も伺いまして、ああ、すごく具体的なこれについてはニーズがあるんだなというふうに思いました。
 それ以外にも、当時は法人設立手続の簡素化とか、農業生産法人の出資要件の緩和とか、この後、大きい問題になっていく労働時間の規制緩和とか、結構その後の大きな規制改革項目、このときに、今先生、二十三と、二十四とおっしゃったか、その中に結構大事な項目が幾つも入ってございます。そのうちの一つとして、それはそれとして大事なことだと理解をしております。
○田村智子君 午前中の質疑の中で、公明党の竹内議員に対して、五十年来新規参入が認められなかった獣医学部の新設も検討すると総理がおっしゃっていたわけでございますと、民間議員の提案に対して、五十年来新規参入が認められなかった獣医学部の新設も検討すると総理がおっしゃっていたわけでございますと。安倍総理は、こういうふうに言い出したのは、国会で加計学園が問題になってから以降なんですよ。国家戦略特区諮問会議の中で、ましてこの制度改革が決まる前は、獣医学部という言葉を安倍総理が使われたことはありません。
 なぜ、あなたの中で獣医学部の新設というのが、この当時、加計学園がお会いになるその当時に特出しの重要事項になっているんでしょうか。
○参考人(柳瀬唯夫君) それは、御質問がそこに及んだので獣医学部の新設についてお答えしたわけですけれども、ほかの答弁見ていただくと、全体をお話しするときには正確に、民間議員の提案の中に獣医学部新設の解禁が含まれておりましたと、その民間議員の提案に対して総理は早急に検討していきたいというふうに述べておられますということを申しておりまして、そこは午前中にそういう答弁も一部あったかもしれません。それは、質問に対してそこにフォーカスして答弁して、そこがもし誤解を招くようであればそれは申し訳ございませんが、私が言っている趣旨は、ちょっとその言葉を取っても余りサブスタンシャルな議論にはならないと思いますが、全体として、民間議員の提案があり、その中に獣医学部新設の解禁が含まれ、その全体の民間議員の提案に対して総理は早急に検討していきたいということを述べたと、そういうことを御答弁申し上げているところでございます。
○田村智子君 そうすると、あなたは総理からはこの獣医学部の新設を早急に進めてねと個別に聞いた覚えはないということになりますか。
○参考人(柳瀬唯夫君) 個別に言われたことはございません。
 ただ、このやはり公開、公式の場の公開の場で総理がこういうふうに、これ主語を、主語を言えば政府としてということでございましょうから、政府として早急に検討していきたいと。その中に含まれた項目はやっぱりそれは重たいと、総理秘書官としては大変重たいというふうに認識してございます。
○田村智子君 恐らく午前中から柳瀬さんの答弁を聞いていらっしゃる方は、二十三項目もあるなんということは分からなかったと思いますよね。まるでその幾つか、二、三か、四つか五つか、そういう項目の中に獣医学部の新設があって、それぐらいの項目を総理の案件というふうにしていたという扱いに聞こえていたと思いますが、改めて言いますが、二十三項目の中の一つにすぎません。
 加えて、あなた、こうも言っているんですね。その四月に面会する前に、たまたまでしょうか、戦略特区の事務局から特区制度の現状について、自動走行など様々なレクを受けたと。その際に、その前の年のこの重要二十三項目ですね、この重要項目という提案があったので、総理がこれは早急に検討していきたいというふうにおっしゃっていたので、獣医学部新設の解禁について今どうなっていますかというふうに聞いた覚えがございますと。
 つまり、二十三項目の中で、これのみについて説明を求めたということですか。
○参考人(柳瀬唯夫君) 田村先生への答弁でも申し上げましたけれども、日付は分かりませんが、二月から三月に加計学園の方が来られた後、四月の、四月二日と今報じられていますが、四月にお会いする前に、特区事務局から説明が来た折にこの獣医学部新設の解禁について聞きました。それは、おっしゃるとおり、この加計学園から獣医学部ってこういう、五十年来新規参入が認められていないんだ、あるいは四国では獣医が、感染症対策の獣医が不足しているんだというお話を伺ったことも頭にあったものですから、聞いたということでございます。
○田村智子君 一方で、あなたがこの九月九日の民間議員二十三項目、その中で獣医学部新設重要というふうに捉えていられたのならば、なぜやっぱり新潟には、その五十年来のなかなか突破できない問題、これ何とか進めなきゃいけないというのが総理の御意思だというふうに思っていたのだったら、なぜ新潟には改めて聞こうというふうには思わなかったんですか。
○参考人(柳瀬唯夫君) 提案についてそれぞれから聞いて、公平な立場でプロジェクトを選定すると、それは内閣府特区事務局の仕事でもあるという、それはもうずっと先のプロセスでございます。私は、具体的な実態の話を伺ったということでございますし、これはアポイントの申入れがあったのでお会いをしたということで、新潟市からアポイントの申入れはございませんでした。
○田村智子君 そうすると、あなたにアポイントのできた加計学園からお聞きをして、しかも、その加計学園から聞いたことで、あなたの中で二十三項目の中で獣医学部が特出しの進めなければならないという要求になっていったんじゃないかということになっていくと思うんです。
 次に行きます。
 そして、獣医学部の新設が総理の重要な関心事であったとあなたは自覚をしていたということになりますよね。だから、加計学園と官邸で会い、獣医学部の新設は総理の検討で急ぐよう指示しているという説明もされたと、そう答弁されています。
 そうすると、それは総理に報告するのは当然だと思うんですけれども、何で報告しなかったんでしょう。
○参考人(柳瀬唯夫君) 当時、繰り返しになりますが、制度をつくるかどうか、獣医学部新設に道を開けるのかどうかという、これはもう総理は前の年の九月に検討を指示しているわけです。その中で、具体的な案件は幾つもあるんでしょうけども、それを、じゃ、まず制度としてどういう検討をしていくかというプロセスでございますので、何県がどうとか、どこの事業所が、事業者がどうとか、それは総理の指示の外でございます。それはもっとずっと後のプロセスの話でございますので、そんなことを総理に御報告する必要は全くございません。
 むしろ、六月末に成長戦略のまとめる中で、いわゆる石破四条件と呼ばれてございますけれども、こういう観点で検討を、獣医学部新設について検討していくという、それがその前の九月に出された、まあ総理の御発言の受けでございますので、まさにそのプロセスで総理に、そのいわゆる石破四条件を内閣府と一緒に総理に上げるということをしたわけで、そのときに総理に別に個別の話を上げる必要は私は全くないと思いましたので、御報告しませんでした。
○田村智子君 いや、総理の重要な関心事なわけですよね。早急に検討を進めるようにというのが総理の指示だとあなたは受け止めたわけですよね。だけども、この獣医学部に関わることで何一つ、省庁からもレクを受けていたのに、何一つあなたは総理に対して物を言っていないということなんですか。
○参考人(柳瀬唯夫君) 明らかに総理の指示は制度論について指示が出ていたわけで、別に個別具体的にどうこうしろという御指示では全くございませんでしたので、個別の話を総理に御報告する必要は全くないという判断をしておりました。
○田村智子君 あなたは、総理の招待で総理のお知り合いや親戚いっぱい集めた中で、なぜか加計学園がいるってよく分かった上で、バーベキューやゴルフやって加計と知り合いになった。それで、官邸での面談の前に関係省庁から進捗状況をわざわざお聞きになった。そして、官邸で、国家戦略特区で学部新設をしたいという旨、加計学園から直接お聞きになった。その面談の直後に桜を見る会で加計理事長と総理が会うことを知っていた。
 それでも、総理に何一つこのことのお話をしなかったということなんですか。
○参考人(柳瀬唯夫君) まず最初に、バーベキューのところに加計の方が来られるということは私は全く存じませんでした。付いていったら、そこにいらっしゃったということでございます。
 それに、総理は、まあ御想像付くと思いますけれども、もう膨大な量のことを処理されております。総理に判断を仰ぐ必要のない段階で総理に上げることは秘書官はいたしません。総理に必要な判断を仰ぐ必要なタイミングで必要なことを上げます。そこをセレクトするのが秘書官の業務だと思います。何でもかんでも総理に上げればいいというものではございません。
○委員長(金子原二郎君) 田村君、終わりです。
○田村智子君 疑惑は本当に深まっていると思います。報告しなかったなんてあり得ないですよ。
 引き続きの証人喚問、また加計孝太郎氏、藤原豊氏らの国会招致を求めて、質問を終わります。
○片山大介君 日本維新の会の片山大介です。
 初めに、維新の立場を簡単に説明しておきたいと思います。
 我々維新は、規制改革、岩盤規制の打破に対しては賛成の立場です。この獣医学部の新設だって、これまで半世紀以上にわたってこれ認められてこなかった。これはおかしいと思う。だから、まだまだ門戸は閉ざされていて、午前中に我が党の井上議員も言ったけれども、文部科学省の告示第四十五号、これがあることで再び獣医学部の新設などが閉ざされている。我々は、この四十五号、文科省の告示も取り払うべきだと思っているんです。
 ただ、こうした規制改革を進める上で何よりも大切なのは、選定過程の公平性そして透明性の担保。これが今回疑義が生じている。その責任の一人があなたなんですよ。だから、正直にきちんと話をしていただきたい、そう思います。
 これまで、あなたは、三年前の、今問題になっているその四月の愛媛県との面会について、記憶の限り会ったことはないと言っていた。それが今回は、加計学園の関係者と会ったときに同席していたかもしれないに変わった。これはこれまで言ってこなかったんですよ。
 なぜこれまで言ってこなかったのか。これ、途中で思い出したからなのか、それとも隠していたからなのか、これをはっきり言っていただきたいと思います。
○参考人(柳瀬唯夫君) これは、当時の国会の議事録を私も今回改めて見ましたけれども、それを見ていただくとよく分かりますけれども、御質問は今治市の人に会ったのかと、これを何度も何度も聞かれましたので、本当に覚えていませんので、覚えていませんと申し上げました。それは今でも変わりません。
 じゃ、会っていない、絶対会っていないのかという御質問がありましたので、覚えていませんので、会っているとも会っていなかったとも申し上げようがございませんと、こういう答弁を私はしてございます。それは何も今日の答弁と変わっておりません。
○片山大介君 いや、それは違うんですよ。やはり言うべきなんですよ、加計学園の関係者と会ったと、もしかしたら同席していたかもしれない。これ、言っていることかなり違いますよ。一つの側面から見ただけだと言っているのかもしれないけど、これは違いますよ。これだけの問題になっているんだから、これはやっぱり言うべきだったんです。明らかにこれは不作為だと思う。
 それで、それによってこの国会が、与野党の対立が生まれて、国会がこんなにも停滞しちゃったんですよ。この責任についてはどう考えていますか。
○参考人(柳瀬唯夫君) 全くおっしゃるとおりだと思います。
 御質問があったことに一つ一つお答えした結果、全体像が見えづらくなって、国民の皆様に分かりづらいのみならず、国会の私の発言を、答弁をきっかけに国会に大変御迷惑をお掛けしましたことを深くおわび申し上げます。誠に申し訳ございませんでした。
○片山大介君 それで、午前中の衆議院でもあったけど、去年の八月十日に朝日新聞が加計学園の関係者と面会したって記事出しているんですよ。そのときに記者の取材に対して、記憶にないとやっぱり柳瀬さんはおっしゃっているんですよね。
 これ、今となってはこれはうそだったことになるんですけど、これについてはどうですか。
○参考人(柳瀬唯夫君) これは先ほども申し上げましたけれども、車から家までのほんの十メーター程度歩きながらの会話でございまして、私、やり取りはちょっと詳細に覚えていませんが、ちょっと質問もよく聞けないような状態でございましたし、やっぱり国会で聞かれたことは、国会の、お答えした枠の中でお答えするのだろうとも思いましたし、そういう意味で、今回こういう、国会で私が答弁したことをきっかけに起きたことでございますので、今日、こういう機会をいただきましたので、全てを、私の覚えている限りを申し上げているということでございます。
○片山大介君 いや、それ、その記事が出てからもう半年というか、一年近くですよね。それで、国会で言うんじゃなくて、国民に対する説明責任なんですよ。言うチャンスは幾らでもあった。特にあなたの場合、ずっとカメラがあなたを追っているんだから、カメラの前で言えばいいだけの話なんですよ。それをこの国会の場まで言わないというのは、それはおかしいと思います。
 それで、安倍総理が一連のこの新設を知ったのは去年の一月の二十日だというふうに言っている。だけど、今回はっきりしたことは、総理の側近で一心同体でもあるあなたは、その二年近くも前からその学園の関係者と会って話をしていたということなんですね。しかも、これ午前中から話が出て、やっぱり、わざわざ三回も会っているわけですよね。
 これ、その三回の面会というのはそれぞれ誰がセットしたのか、向こうはやはりあなたをカウンターパートとして名指ししてきたのか、これを教えてもらえますか。
○参考人(柳瀬唯夫君) まず、時系列で申し上げると、具体的にどこに選ぶのかというのは、私が総理官邸を出た平成二十七年八月よりずっと後でございますので、総理がこの具体的案件をどこで御認識になったのか、私は分かりません。
 それから、何でしたっけ、ごめんなさい。(発言する者あり)あっ、まず、三回会った話は、最初は加計学園の事務局の方から私にお話があったと思います。アポイントの申入れがあったと思います。役所同士でございますので、カウンターパートとか余りそういう概念は、おまえ偉くないから会わないとか、あなた偉過ぎるから会わないとか、そんなことを申し上げる立場にはございませんので、申入れがありましたのでお会いをしました。二回目以降は、私に直接あったのか、もう二回目以降でしたから、私のスタッフの方にアポイントの申入れがあったのか、ちょっとそこは記憶はございません。
○片山大介君 いや、それで、会ったときに、向こうは総理との関係というのは示してきたんでしょうか。
○参考人(柳瀬唯夫君) 全く総理についてのお話があった記憶はございません。
○片山大介君 じゃ、あなたの方は、この学園の理事長が総理との長年の友人であるということは御存じで会っていたということでよろしいでしょうか。
○参考人(柳瀬唯夫君) そう認識しておりました。
○片山大介君 それで、あと、向こうがその説明に来るとき、説明に来ることの意図というかね、もうそれはもちろん来るということは何かあることを期待するわけなんだけれども、その何かの意図があるというのは感じていましたか。
○参考人(柳瀬唯夫君) そのアポの申入れのときに案件をおっしゃったかどうかの記憶はございませんけど、地方の方ですので、東京に来られるときに顔を出されるのかなと思いました。
 ただし、一回目にもうその獣医学部の話、随分されていましたので、二回目以降はもうそれは獣医学部の件なんだろうなというふうに思っていましたし、その二回目以降も案件でアポイントを向こうがおっしゃったかどうか分かりませんけれども、それは、アポイントが入ったときには獣医学部の件なんだろうなと、それはそう思っておりました。
○片山大介君 いや、それで、会い過ぎだと思いませんか。都合五回で、五か月で三回ですよね。どうでしょうか。
○参考人(柳瀬唯夫君) まあ来る者拒まず、あなたは二回会いましたからもう会いませんとか、あなたは一回会いましたからもう会いませんとか、特にそういうルールがあるわけではございませんので、もう申入れがあれば私は基本的にお会いするようにしていましたので、私、総理秘書官在職中、外の方はそんなに申入れありませんが、申込みがあってお断りをした記憶はございません。
○片山大介君 いや、それで、総理には一回も報告していないんですか。
○参考人(柳瀬唯夫君) 何回会うかという問題ではなくて、総理秘書官が総理に上げるかどうかのクライテリア、総理に御判断いただく必要があるかどうかということでございまして、当時はまだ全く制度論の入口のところをやっていましたので、具体的な案件について総理に何か上げる必要を私は全く感じてございませんでした。
○片山大介君 だけど、そんなにも多くを自分の判断だけで会うものなんですか。あなた、すごく忙しいとおっしゃっている。それなのに、自分の判断だけで三回も、こんな会うんですか。
○参考人(柳瀬唯夫君) 私、いろんな方にお会いしますけれども、一々お会いするときに、この方にお会いしていいですかというようなことを総理にお伺いしたことはございません。
○片山大介君 いや、何か私はそれこそそんたくじゃないかと思ってしまう。で、総理の友人だと、それでそこの学園がその新設を希望したいと、これから戦略特区というのを考えていくということであれば、そのために会った、これこそそんたくじゃないかなと思いますが、いかがですか。
○参考人(柳瀬唯夫君) 全くございません。お会いしたことで特別な配慮をするとか特別扱いするとか優遇するとか、そういうことは全くございません。
○片山大介君 でも、これも午前中審議であったんですけれども、国家戦略特区に関して、ほかの希望するところで、京産大も含めてどことも会っていない。結果としてこの加計学園しか会っていない。それで、結果として、加計学園がその唯一の一校に選ばれた。これ、結果として特別扱いをしたということを認めざるを得ないと思うんですが、いかがでしょうか。
○参考人(柳瀬唯夫君) まず、新潟市からはアポイントの申入れはございませんでした。京都産業大学の話は、私、全く存じ上げません。多分、私が二十七年八月に出た後のことではないかと思います。
 それから、具体的なプロジェクトの選定は、その後新聞とかで見ましたけれども、新潟とか京都とか今治とかありましたけれども、それは、私が官邸を出た平成二十七年八月、もうはるか先、一年以上先のことだと思いますので、それは私が全く関与する余地はございません。
○片山大介君 そうすると、去年ですか、去年の一月で結局加計学園が選ばれました。そのときあなたはもう官邸離れていましたけれども、それを聞いたとき、それを知ったとき、あなたどのように思いましたか。
○参考人(柳瀬唯夫君) ああ、そうなんだなというふうに思いました。
○片山大介君 それで、ちょっと時間ないので。
 あと、愛媛県の文書にも書かれた首相案件、私もこれ聞きたいんですけれども、この言葉というのは本当に使っていないのか、まずそこからお願いします。
○参考人(柳瀬唯夫君) 三年前に私がお会いしたときに何と申し上げたか詳細を覚えているわけはございませんけれども、先ほどから申し上げているように、幾つかある民間議員からの御提案のあった改革項目について、総理は、全体としてではございますけれども、早急に検討していきたいと、その中に獣医学部新設の解禁も含まれておりましたので、そういう意味で、やっぱり総理が公式の場でおっしゃるのは大変重いことでございますので、それはもう総理が早期に検討したいというものの一つに含まれているという趣旨を申し上げた可能性は、それは十分にあると思います。
○片山大介君 だけど、向こうのメモはそういうニュアンスじゃないですよね、これ読むと。
○参考人(柳瀬唯夫君) それは、どういう趣旨で受け取られるかというのは、それは向こう側の話でございまして、私がとやかく言う筋合いではございません。
 私が申し上げるのは、獣医学部の新設の解禁というのは総理が検討していくと言ったものの中の一つであるということで、この今治市の具体的プロジェクトが首相案件であるというようなことを私が言うとは到底思えませんし、実際、その制度の立て付けとしても、どこを選ぶかというのもずっとその制度ができた後になると、制度上、法制度上そうなっているわけでございまして、そのことを言っても何の意味もないわけでございますので、私が申し上げた趣旨は違うなというふうに感じてございます。
○片山大介君 いずれにしても、三年前の四月は複数の人間が同席をして、それでこうしたメモのような証拠も出てきて、それでも会っていないという強弁をしていたわけですよね。
 それで、どう考えてもその背景には、加計学園が総理案件であるというふうに思われないようにするため、要は総理を守るためだったというふうに思いますが、そこはどうですか。
○参考人(柳瀬唯夫君) 全く違います。
○片山大介君 じゃ、もしそれが、会ったことが今回分かったら、こういうふうに、まあ分かったわけだけれども、これがこの後問題になると思いますか。どうでしょうか。
○委員長(金子原二郎君) 柳瀬参考人、時間が来ております。
○参考人(柳瀬唯夫君) 私は、その制度論を議論する過程でアポイントのあった方にお会いをしたということで、それ以上でも以下でもないというふうに理解をしてございます。
○片山大介君 時間が来たので、終わります。
 引き続き、また国会の場で話を聞きたいと思います。
○福島みずほ君 希望の会、社民党の福島みずほです。
 まず、加計学園に三回会っていることの記憶をいつ取り戻したんですか。
○参考人(柳瀬唯夫君) これは、何回かお会いしたなというのはずっと記憶ありまして、記憶をたどって、この三回はいいかなというのを整理をしたところでございます。
○福島みずほ君 記憶喪失が戻ったのはいつですか。
○参考人(柳瀬唯夫君) 私はずっと一貫して加計学園の方とお会いしたという記憶はございましたので、記憶喪失がなくなったとか、そういうことは全くございません。私の記憶は一貫してございます。
○福島みずほ君 それでは、ほかの方も質問していますが、なぜ加計学園と、去年、その頃、二月、三月、さっき三月二十四日、四月二日、六月、三回会ったということを一切言わなかったんですか。一年前にあなたがそのことを言っていたら真相究明は進んでいますよ。
○参考人(柳瀬唯夫君) 去年のあの閉会中審査で議論になりまして、私も答弁に立たせていただきました。そのときに今治市の出張記録の関係で今治市の職員に会ったのかということを何度も聞かれましたので、記憶にございませんと、それは今でもございませんが、そういう答弁をさせていただいたわけでございます。
 そういうことで、御質問に対して一つ一つお答えをした結果、全体像が見えなくなって、国民の方にも大変分からない、分かりづらくなり、結果として国会の審議に大変御迷惑をお掛けしてしまったということで、もう誠に申し訳ないというふうに思ってございます。
○福島みずほ君 四月二日に会ったということを思い出したのはいつですか。
○参考人(柳瀬唯夫君) ちょっと四月二日かどうかは今でも分かりません。四月頃にお会いをしたということで、それはずっと一貫して記憶にございます。
○福島みずほ君 今まで、なぜそのことを去年の七月から今まで言わなかったんですか。
○参考人(柳瀬唯夫君) 御質問、国会で御質問いただいたことに一つ一つ答えたということでございます。
○福島みずほ君 おかしいですよ。これ、加計学園問題で今治、愛媛、加計と官邸で誰か会ったかどうか大問題になったわけです。それをもし理解して、会った、三回会ったということを今まで言わなかったというのは、まさに真相究明に蓋をしたものだというふうに思います。だからこそ、この一年、全く空転をしたのだと思います。
 柳瀬さん、加計学園の加計孝太郎さんが今治市に獣医学部をつくりたいというのを知っていたというのは、構造改革特区のときから知っていたということでよろしいですね。
○参考人(柳瀬唯夫君) そのときは存じ上げませんでした。私がそれを認識しましたのは、二十七年の二月から三月頃にお会いを、加計学園の方がいらっしゃったときに、加計学園の方から構造改革特区で今治市から何度も提案をしているというのをそこでお伺いをいたしました。
○福島みずほ君 総理はかつて私の質問に構造改革特区のときから知っておりましたと答弁されたこともあるので、まさに柳瀬さんが少なくとも二〇一五年二月か三月の時点では知っていたということは極めて重要だと思います。秘書官が知っていて、なぜ、総理はどういう認識だったのかということが大問題になります。
 ところで、二〇一五年五月五日、バーベキューのときに加計学園の事務局と会っていますね。加計学園の事務局となぜ分かったんですか。名刺交換したんですか。
○参考人(柳瀬唯夫君) 何人かでいるところですので、普通何か隣とかになったら、どちらの方ですかとか、名刺交換するかどうかは別にして、どちらの方ですかということをお互い自己紹介するのは、それは極めて普通のことだと。どこの誰か分からないままずっと一緒に立ち話をするというのも普通余り考えられないかなというふうに思います。
○福島みずほ君 このときに、でも、相手は、私は普通名刺交換すると思いますが、相手、どなたと会ったんですか。
○参考人(柳瀬唯夫君) ちょっと定かではございませんが、多分秘書室長か事務局長か、何かそんな感じの方だったと。ちょっとお名前までは分かりません。
○福島みずほ君 渡邉さんですか。
○参考人(柳瀬唯夫君) それ、事務局長のお名前じゃないかと思いますけれども、ちょっと事務局長の方か秘書室長か、どちらかだとは思います。
○福島みずほ君 吉川ヤスヒコさんと、ヤスヒロ、ヒコさんと四月二日に会っているわけですが、彼……(発言する者あり)吉川さん、会ったのは、四月二日に会ったのは吉川さんということでよろしいですか。
○参考人(柳瀬唯夫君) ちょっと記憶がその頃定かではございませんが、まず明らかなのは、二月から三月か四月か、まあ吉川さんという名前はちょっと分かりませんけれども、元東大の教授の獣医学の専門の方とお会いをしたというのは覚えてございます。それがちょっと、二月から三月の方だったか四月の方だったか、ちょっとそこは必ずしも記憶が定かじゃございませんが、そういうふうに話がちょっと出ていましたので、ちょっとそれに乗りましたが、私自身はどっちかではお会いをしていると思います。
 それから、それが、その吉川さん、名前はちょっと覚えていませんけれども、元東大教授の方が加計学園のその獣医学部長になる予定の方であるというのは当時全く知らなくて、それは割に最近になってニュースで見たときに顔写真が出て、あっ、この方はあの当時御説明に来られた方だなというのを思い出したということでございます。
○福島みずほ君 そのとき名刺交換はしなかったんですか。
○参考人(柳瀬唯夫君) 名刺交換したかは記憶ありませんが、私は割に常々、自分のやり方として、失礼に当たらないように、相手が大勢であってもできるだけ自分から名を名のって名刺交換をするように心掛けてございます。ただ、物すごい数の名刺をいただいてございますので、全てを保存するわけではございませんので、今私の保存している名刺の中には今治市の方とか愛媛県の方はございませんでした。
○福島みずほ君 いや、質問に端的に答えてください。
 私が聞いたのは、加計学園の人の名刺はあるんですか。
○参考人(柳瀬唯夫君) 加計理事長の名刺は残ってございました。
○福島みずほ君 それ以外はないですか。
○参考人(柳瀬唯夫君) 残っていなかったと思います。
○福島みずほ君 三回目に会うのは六月何日ですか。誰に会いましたか。
○参考人(柳瀬唯夫君) これ、特定の日付は分かりませんけれども、今治市から国家戦略特区に提案が出ましたとか、出ることになりましたとか、そういう会話でございますので、後で調べましたら六月四日に提案が出ているので、多分その前後ではないかと思います。
 それから、来られたのは、ちょっとこれも記憶がクリアじゃございませんが、恐らくその事務局長の方ではなかったかと。あと何人かお連れがいたかもしれませんが、基本的に事務局長だったと思います。
○福島みずほ君 四月二日以降、愛媛県、今治市と月に一回ぐらい会っていたんじゃないかというのも言われているんですが、お会いになっていますか。
○参考人(柳瀬唯夫君) 私が覚えていますのは、二月から三月、それから四月の、四月頃、それから六月に一回と、これは記憶にございます。それ以外にお会いしたかどうか、ちょっと……(発言する者あり)あっ、今治と愛媛と私が。
 私は、今治と愛媛の方はお会いした記憶ございませんので、そんな毎月お会いしたとか、そんなことはないと思います。
○福島みずほ君 愛媛文書なんですが、このとおりになっているんですよ。内閣府藤原次長の公式のヒアリングを受けるという形で、そして吉川さんは、まさにこのワーキングチームで証言を、発言をされています。相談役、加計の相談役と、この吉川さんは発言をしています。そのことをあなた御存じでしたか。
○参考人(柳瀬唯夫君) 存じ上げませんでした。存じ上げませんでした。
○福島みずほ君 藤原次長と、この四月二日、前、その後、話をしましたか。
○参考人(柳瀬唯夫君) 四月に加計学園の方がお見えになる前に、かつ、二月から三月にお会いした後に、内閣府の藤原次長とお話をいたしました。そのときは、国家戦略特区、お尻が六月の閣議決定を目指してございましたので、今どういう状態になっていて、何を目指しているのかというようなことをレクに来ていただきました。
 その際に、私の方から、獣医学部の新設の話、これは昨年の九月に、その前の年の九月に総理が公式の、公開の場で……(発言する者あり)あっ、ごめんなさい、早急に検討したい、するという中の一つでございましたので、かつ、その前に加計学園からそういうお話も伺ってございましたので、獣医学部の解禁の話はどういうふうになっているのというお話を伺った覚えはございます。
○福島みずほ君 国家戦略特区、特に獣医学部の件で事業者に会っているのはこの加計学園だけなんですよ。ほかのところには誰も会っていない。国家戦略特区基本方針の中で、公平性というものが強くうたわれています。事業者に三回会っているんですよ。しかも、あなた、指南しているんですよ。試験の監督官が受験生に合格答案を教えるようなものじゃないですか。そのとおりになっていますよ。あなたが指南して突破口を開いて、そのとおり動いております。これはまさに、国家戦略特区議長が総理であり、その秘書官が進めてやったことで、このまさに政策をゆがめていると思います。
 今後、加計孝太郎さんの証人喚問、そして、今治市そして愛媛県の職員の招致を求め、私の質問を終わります。
○薬師寺みちよ君 無所属クラブの薬師寺みちよでございます。
 今日は国家戦略特区の話ばかり持ち上がっておりますけれども、実はこれ、長年の案件として構造改革特区で加戸前知事が担当していらっしゃったと私は認識しております。私も、構造改革特区の評価・調査委員として長年この構造改革に取り組んできた身でございます。ですので、その歴史というものを一つ追ってみます。
 構造改革特区の提案は何年からなされましたでしょうか、まず教えていただけますか。
○参考人(加戸守行君) 私の承知しておりますのでは、構想自体持ちかけて動いたのは、私、知事就任以来から、今治での学園都市構想というのをいろんな形で模索をしました。挫折もありました。獣医師不足も痛感した中で、具体的に、愛媛県議、今治選出の県会議員と加計学園の事務局長とが小中高の同窓生であった関係で話をいろいろ持ちかけて、具体的に加計学園の方から獣医学部構想というのを提示していただいたのが平成十九年の一月か二月か、当初だったと思います。それを受けまして私の方からは、私、文科省出身でございますから、自分の後輩が高等教育局長でいたので、そこへ乗り込みまして獣医学部の話を持ち込みましたら、今もういろいろな壁があるということをそのときに承知して以来、特に岩盤規制を自分の在任中は崩せなかったという無念の思いで退官したということでございます。
○薬師寺みちよ君 ありがとうございました。
 もう私もこの岩盤規制と闘ってきた身でございます。様々なものを特区で申請をしてまいりました。初めは評価委員会でございました。全国展開をするかどうかという評価をするんだ、それが私どもの役目だったんですけれども、途中で評価・調査委員会に変わりました。それはなぜかというと、どんなにいい提案をいただいても、省庁同士の折衝の中でそれが崩されてしまう、いつまでたっても特区としても懸案が上がってこない。まさに、御提案いただいたこの獣医学部の新設についても同じような結果、実は十五回の提案を今までいただいております。
 そのくらい熱心に加計学園の皆様方、そして、まさに今治の皆様方というものが働きかけをしていただいたという認識でございますけれども、そちらでよろしゅうございますでしょうか。
○参考人(加戸守行君) 私の体験からいたしますと、構造改革特区は、言うなれば内閣府と農水省、文科省との間のやり取りで、できません、できませんという返答が農水省や文科省から寄せられると内閣府はそれ以上押し込めないというのが構造的に、構造改革といいながら、まさにそういう役所同士の構造で利害関係が決まってしまうというむなしさを感じたわけでございましたね。
 そこが、国家戦略特区のように民間委員が乗り込んで、どうしようじゃないか、こうじゃないかという、役所に、相手に闘うことができるとの違いがあるのかなと思いまして、したがって、役所同士になりますとどうしても、申し訳ございませんが、この岩盤を成しておりましたのは獣医学会、あっ、獣医師会あるいは日本獣医師政治連盟というところでございまして、今から振り返りますと、恐縮でございますけれども、何でこんなにと思いましたのは、文科省へ持ち込んだ後しばらくしてから獣医師の需要調査なるものが行われ、名目は農水省ですけど実態は獣医師会で何かつくられたような、かくかくしかじかの場合には今のままだったら足りている、いや動物診療の回数は何十遍増やせば足りなくなるとか、何か変動係数のあるような、どちらでも取れるような需要調査が出た後に、今度は今までなかった獣医学部の定員はこれ以上増やしてはいけないという動きが申請前にもう既に獣医師会から文科省に申入れが来るとか、早手回しだなと思っていましたらホームページにはもう反対の論調が展開されて、いや、これ容易じゃない相手だと思いまして、私の方としてもあらゆる手を尽くしましたけれども物すごい壁で、言うなれば、あれだけの厚い抵抗というのは、ああ、もう愛媛県知事一人の力ではとてもできないなという闘いの連続だったと思っていますです。
○薬師寺みちよ君 ありがとうございました。
 まさにこれから、この国家戦略特区の中でいい学生が生まれ、そしていい獣医師が生まれることによって更にそれが全国展開をされていくという、そのような段階を私も早く迎えていただけることを望んでおります。
 今日はありがとうございました。
○委員長(金子原二郎君) 速記を止めてください。
   〔速記中止〕
○委員長(金子原二郎君) 速記を起こしてください。
○薬師寺みちよ君 ありがとうございました。
 今、加戸前知事からも伺いました。このような形で、この構造改革特区で突破できないその大きな壁を国家戦略特区という新しい制度で突破しよう、私どももこれ夢を持って受け入れました。しかし、このようなことで国家戦略特区というのが何かうがった形で国民の皆様方に理解されてしまう、私は本当に残念だと思っております。
 ところで、お伺いさせてください。国民の皆様方は今日の答弁を聞いて大変疑問に思っていらっしゃると思います。総理秘書官でどのような任務に当たられていらっしゃったのか、そもそも総理秘書官というその任務についても端的に御説明いただけますでしょうか、お願いいたします。
○参考人(柳瀬唯夫君) それはそう思います。私も自分が総理秘書官になるまでは全く想像付きませんでしたし、実際行ってみると、それまで私、役所にいましたけれども、役所と全く別の職業でありました。
 基本的に、総理の御判断を誤らせないようにというのが基本形だと思ってございます。そうしますと、総理というのはもうすごくスケジュールが、スケジュールで物事決まっているようなところがありまして、例えば六月に成長戦略を閣議決定しなきゃいけない、そうするといつ頃までに何をしなきゃ、こう逆算していって、それに必要な情報を、会議を設定をして、それに必要な情報を総理に御相談し、上げていくというのが基本でございますが、実際には、行政、物すごい幅広い分野を五、六人の秘書官で分担してやってございます。一人一人のカバレッジはもうもう大変広うございますので、その中でそれを全部総理に上げていったら、それはもう回らなくなります。ある程度秘書官のところで取捨選択して、総理に必要なことを必要なときに上げていくと、で、総理の御判断とか方向性を踏まえてそれぞれの案件を各省各部局と相談をしていくと。
 そういうのが基本でございますが、やはりちょっと私だけを取ってみましても、当時、イノベーション、それからTPP、規制改革、成長戦略、それから地球環境、エネルギー、まあ相当幅広い分野を担当してございまして、そういう中で必要なものをきちっと、総理の御判断を誤らせないようにしていくというのが業務でございました。
○薬師寺みちよ君 ありがとうございました。
 総理の判断を誤らせない業務であれば、国家戦略特区というものに提案をしていくということで加計学園から説明があった際に、これは自治体が提案するべきものですので、自治体の皆様方と御相談ください、若しくは自治体の皆様方と一緒にいらしてくださいと、それをアドバイスするのが私は政務秘書官としての役目だと思いますけれども、それは間違っていますか。
○参考人(柳瀬唯夫君) 具体的な法律の制度の立て付け上、具体的な提案をするというのは、まず制度を、ここへこういう新しい制度をつくりますと決まった後に具体的にどこに適用するかということでございまして、私が在任していましたときは、まだ獣医学部新設に道を開けるのか開けないのかと、まさにそういう段階でございましたので、別にその提案者から、自治体だから、自治体とか、それはもうもっと後の話でございまして、そもそも獣医学部新設に道を開けるかどうかというときに具体的なニーズがあるのかとか、それは民間事業者の方であれ自治体の方であれ、それはもういろんなお話を伺うのはおかしくないと思いますし、逆にそういう段階、制度をどうするかという段階で個別の話を総理に上げたら、それはやや、御判断にバイアスを掛けてはいけないということでございますので、当然秘書官としては、それは私のところでお伺いをする話だということで、次の具体的プロジェクト選定のプロセスになったら、それは最後決めるときには当然総理に御相談をすると、そういうことは、それは私が官邸を出た後の話でございます。
○薬師寺みちよ君 ありがとうございます。
 では、どのような説明をなさいましたか。総理には何一つこのことについては、制度設計についても御提言なされませんでしたか。
○参考人(柳瀬唯夫君) 制度設計につきましては、六月の末の成長戦略を閣議決定するプロセスの中でいわゆる石破四条件という考え方が国家戦略特区の事務局の方から上がってまいりまして、私は、こういう考え方で、こういう検討で進められて特に問題はないなと思いましたので、内閣府の方から総理にそのレクをするということを認め、そこに同席をしたということでございます。
○薬師寺みちよ君 終わります。ありがとうございました。
○委員長(金子原二郎君) 以上で参考人に対する質疑は終了いたしました。
 柳瀬参考人及び加戸参考人におかれましては、御多用のところ御出席をいただきまして、ありがとうございました。
 本日はこれにて散会いたします。
   午後三時二十五分散会