第002回国会 文化委員会 第4号
昭和二十三年四月二日(金曜日)
    午後一時五十六分開議
 出席委員
   委員長 福田 繁芳君
   理事 佐藤觀次郎君
      猪俣 浩三君    太田 典禮君
      榊原 千代君    馬場 秀夫君
      森山 武彦君    高橋 長治君
      並木 芳雄君    成島 憲子君
      佐々木盛雄君    田口助太郎君
      原田  憲君    受田 新吉君
 委員外の出席者
        專門調査員   武藤 智雄君
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四月一日委員小枝一雄君辞任につき、その補欠と
して石田一松君が議長の指名で委員に選任された

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三月二十五日
 ローマ字國策に関する請願(木下榮君紹介)(
 第一八六号)
 日光における國宝建造物修繕費國庫負担の請願
 (戸叶里子君紹介)(第二二九号)
 「花まつり」を祝祭日に指定の請願(山名義芳
 君紹介)(第二四一号)
 「発明祭」を祝祭日に指定の請願(馬場秀夫君
 紹介)(第二六三号)
 「民主新聞」に用紙割当の請願(宇都官則綱君
 紹介)(第二九〇号)
 後樂園復旧費國庫補助増額の請願(多賀安郎君
 外六名紹介)(第二九一号)
の審査を本委員会に付託された。
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本日の会議に付した事件
 祝祭日に関する件
    ―――――――――――――
○福田委員長 それでは会議を開きます。
 まず諸君に御紹介申し上げたいことがございます。それは委員小枝一雄君がこのたび辞任されまして、その後任といたして石田一松君が就任されましたから、御紹介いたしておきます。
 本日の議案は、公報で御通知申し上げましたように、祝祭日に関する件であります。この祝祭日に関する件は、昨年の暮から昨日まで、委員諸君においては全國民が忠実に感謝の念をもつて履行できるようにという角度から、後世にそしりを受けないりつぱな祝祭日をつくりたい、こういう御意向のもとに、内閣側の輿論調査なり、また報道機関の輿論調査を基礎とされて、十数回にわたつての委員会において御熱心に御審議くださつたことは感謝いたします。前回も申し上げましたごとくに、どういたしましても四月の二十六、七日までにはこれを立法化しなければいけないという責任があります。ところが聞くところによりますと、この議会はここ二、三日で休会になり、休会明けは四月二十四、五日とかいうように漏れ聞いておりますので、そうするとどうしても今日はわが衆議院文化委員会の大綱をまとめて、そうして月曜あるいは火曜日、遅くても火曜日には衆参両院文化委員会の打合会をやつて、衆議院、参議院、いわゆる國会側の意見をとりまとめなければいけない、実はこういう段階になつてまいつたのであります。さようでありますから、これから開きまする委員会においては、過去十数回にわたつて委員が御熱心に御審議くだすつた最後案を基盤において、もう一層御檢討願いたいと存じます。まず一昨日及び一昨々日の委員会において審議いたしてまいつた最後の段階について、一應ここに專門調査員より御紹介申し上げます。
○武藤專門調査員 昨日は紀元節の日附についての專門学者の見解を御報告を申し上げましたので、その前回までの審議の段階のところで御紹介いたしますると、祝祭日と休日とを一應分けて御協議になつておるわけであります。祝祭日といたしましての仮案は、一月一日の新年もしくは新年祭、二月十一日の紀元節、但しこの名称についてはまだこれから御協議があるはずであります。それから春分の日の春の際、この名称についても前と同樣であります。それから四月二十九日天長節、五月三日憲法記念日、八月十五日追憶の日、この名称についてもいろいろ御説が出ましたし、頭からこの祭日は取除いたらよくはないかという御説も出ております。それから秋分の日の秋の際、この名称についても御同樣いろいろ意見が出ております。十一月三日文化祭、この名称についても、内容がはつきりしないという御意見が出ております。それに伴つて名称の問題も出ておりました。それから十一月二十三日新穀祭、一應これで九つになつております。將來講和條的締結の日をもつて平和記念日としたらよくはないかという人もありましたので、それを合わせると十になる。それから休日といたしましては五種類あります。一月の二日と三日、ただしこれは官廳の休暇日に当ります。從つて銀行その他でも休日となりますので、これを休日として扱うかどうかということは、これはまたこれから御協議を願うことにいたします。それから四月十日、これは婦人の日という意味を含めての四月十日であります。それから五月一日、これは労働の日という意味を含めての日附であります。それから七月十五日、これはおぼんという意味を含めてでございます。十二月二十五日、これくクリスマスという意味を含めての日附でございます。これだけであります。
○福田委員長 ただいま專門調査委員から御報告申し上げたのが、一昨日の委員会における段階であります。これに基きましてこれから審議を続行いたしたい、かように考えます。
○馬場委員 最初に人の問題であります。國協の文化委員の変更ですが、石田「松君は、最初委員であつたのを、出席率が惡いからというので、かえてもらつたように記憶するのでありますが、委員長の方でどういうお話合いがあつたのでありますか。いつも出られなかつたために國協へ申し入れてかえてもらつたように覚えておるのでありますが、いかがでありますか。
○福田委員長 それとも私は記憶が明確ではありませんが、あの時分には、石田君は各派交渉委員だとか、あるいは議院運営委員会の委員をしておつて非常に多忙である。両委員会とも毎日ある。それに加えて文化委員会に出るということは事実上不可能である。その不可能が実際に現われて本委員会には前後一回しか出席しなかつた。そういう点も話をして國民協同党の幹部ともお話申し上げた。ところがはからずも党としても、また石田君本人としてもそういう事情があるので、この際文化委員会を退きたいというので辞任されて、あとに小枝一雄君がなられた、かように実は記憶しております。昨日小枝君が辞任されて石田一松君が就任されたのは、おそらく各党とも委員の多少の変更があるので、石田一松君は議院運営委員かあるいは交渉委員かいずれかを辞任されて專念文化委員をやられるというお氣持になつたのか、あるいは党内の委員の振当関係でそうなつたのか、正規の手続を履んで石田一松君を議長に推薦してまいつたのであります。それで議長の方からわが文化委員会に実は通告があつたわけなのであります。それで今馬場君のおつしやることも、文化委員会の責任という点から考えれば、御同樣さような感がするのではなかろうかと思いますから、いずれ石田君も本日出席されるであろうと思うし、もし出席されなかつたならば國民協同党の幹部なり石田君本人ととくと模樣を伺つた上、次回に御報告申し上げます。
 他に御発言はありませんか。
○佐藤(觀)委員 祝祭日関係に関しましては、大分論議を盡されましたし、いろいろ迫つておる事情もありますので、あらかた今日の委員会できめまして、大体最後案に近いものをこの際きめるように審議を進めたいと思いますが、いかがですか。
○福田委員長 お諮りいたします。ただいま佐藤君の御提案も、先ほど委員長として私からの御希望申したことも同一かと存じますが、諸君には御異存でございませんか。
    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○福田委員長 御異存ないようですから、さようにして審議を続けていきたいと存じます。
○佐藤(觀)委員 問題になるのは、紀元節というのは歴史的に見ていろいろ疑問があるけれども、これに代るべき代案がないとすれば紀元二千六百年というのは大分でたらめだということが学者によつてはつきりわかりましたから、この紀元節という名前は非常に不穏当だと思いますし、建國記念日とか、建國の日というようにした方が適当ではないかと思います。
 それからもう一つ、八月十五日の追憶の日というのは、まだ名前としては非常に考えなければならぬ点があるかと思います。他のことは、いろいろ議論がありましても大体皆さんの意向はきまつてくると思いますので、この二つについて大体議論を進めていつたらどうかと思います。
○福田委員長 ただいまの佐藤君のお申出、いかがでございますか。
○馬場委員 今の意見には反対はないのですが、紀元節を建國の日、あるいは建國記念日とかえることには賛成ですが、もしそういう場合には四月二十九日の天長節というのも、やはり節を除いた方がよいと思います。昨日專門調査員の説明を聽いても、節というのに対しては異議がある。建國の日、祭、何かそういうふうに一定した方がいいように思います。
○太田委員 祭日は、節とか何とかややこしいのでなくて、何々祭とか、一定した方がいいと思います。それから紀元節の日にちがはつきりしないという以上、いつにしてもいいわけですが、今までの封建的、軍國主義的なあかがついている日は別にすべきだ。そういう日にするということはマイナスになると思いますから、この日でない日にお願いしたいと思います。そうすればどの日でもよいということになるので、二月十一日より二月十日の方がよい。その方がプラスになるのじやないかと思います。それではいつにしたらいいかというと、これはたいへんむつかしいと思いますが、そもそもこれは旧歴の一月一日を換算した日ですから、むしろ一月一日にするか、そうでなければ年度替りの四月一日にするか、どちらかにしていただきたいと思います。
○佐々木(盛)委員 私は民主自由党の総意におきまして、今の社会党の太田君の意見に全面的に反対をいたします。もとより日本紀元に六百年の開きがあるとか、二月十二日が歴史的に、科学的に正確なものでないということはもちろんでありますが、少くとも現在の歴史の專門家の意見、結論として日本書紀に現われておる、つまり換算いたしましたなければ、二月十一日が最も根拠のあるものであり、唯一の拠点であるということになつておるものである以上、私は六百年の差があるとか、十一日が旧歴を直したものであるから不適当であるといかいうふうなことは、今日の國民感情の上から申しましても、あるいはまた歴史家の專門的な意見に聴しましても、私たちは絶対これをとらないところでありまして、現在二月十一日を建国の日とするということについては、あらゆる権威者の意見も大体一致しておるようでありますし、また國民感情においてもこれを支持するようでありますから、私はやはり二月十一日をもつて建國の日、つまり紀元節とすべきであると考えます。ただ紀元節であるとか、建國祭であるとかいう名称についてはおのずから別でありますが、日附に関する限りは、二月十一日を選ふべきであると思います。
○福田委員長 佐々木君にちよつと申し上げますが、佐々木君はただいま太田君の御意見に全面的に反対であると申されましたが、太田君は紀元節を置くということに対しては賛成しておられるのであります。それを除いた月日のことに対して反対をされたのでありますから、さよう訂正をしておきます。
○森山委員 私は太用君の設に賛成であります、というのは、ただいまのお話では学者の説が二月十一日にほとんど一致しておるのかごとく聞えますが、学者の説明がそもそもまちまちでありまして、この紀元節の初めの二月十一日と決定するときに、すでに非常に議論がありまして、ほとんどこの二月十一日のことについては初めから不確実であつたのであります。そこで考えますのに、今度新しい日本の祝祭日を決定するについては、今までの考えを一掃して新しい構想のもとに新しく決定して如ら差支えないと思います。そこで紀元節を置くか、あるいは國始記念日としますか、そうしたような建國の日を置くということは私も賛成でありますが、そうしたようなあやふやなものは國民に残すということは、はなはだ遺憾であると思います。私が考えれば、むしろ一月の元旦が非常によい日でありまして、一年の初めの日でもありますし、もとの旧歴の一月元旦を引直したのでありますから、新歴の一月元旦を國始記念日とか、紀元節とかいう名前で残した方がよいのじやないか、かように考える次第であります。
○馬場委員 私は建國記念日として私案を出したのでありますが、その際申し上げました通り、歴史が問題になつているので、その日どりについてはわれわれもあらゆる角度から十分檢討してきめて、國民大多数のうなずくような日を、新しい文化國家の祝祭日の中に入れたいというので出したのであります。今までの各委員のお話によりましても、建國の日ないしは建國記念日を置くということには一致しておりまするが、問題は歴史による日の問題だろうと思います。そこで一應この日につきましては、もう少し愼重に檢討することにして、建國の日ないし建國記念日を設置するということで、この際建國の日、建國記念日という問題はこれで打切つたらいかがかと思います。
○並木委員 馬場さんのお話、大体私も同じような感じですが、それにつきましても、権威ある日ができるまでブランクになるといけないと思いますので、それまではとにかく二月十一日として……。
○福田委員長 馬場君に申し上げます。あなたの御意見を要約するならば、建国記念日あるいは紀元節としての祝祭日を置くということに対しては、おそらく他の委員も異議がないように思います。問題は月日の点である。だから、月日は後刻十分審議することにして、建國記念日なり、記元節といつた祝祭日を制定することに対しての意見を一應まとめてみたい、こういう御趣旨ですね。
○馬場委員 そうです。
○福田委員長 諸君にお諮りします。建國記念日あるいは紀元節を存続することに対して御異議ありませんか。
    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○福田委員長 全員御異議がないと認めます。そうすると、いつ建國記念日あるいは紀元節にするかということは後刻にしまして、その次の問題としまして、「追憶の日」を議題に供します。
 諸君のお手許にある資料あるいはまた内閣の輿論調査、報道機関の輿論調査、そういつた点から現われてまいつた八月十五日、終戰記念日、あるいは追憶の日、あるいは招魂祭というようないずれかの名称で、祝祭日を新しく制定いたしたいというのが、この問題でございます。
○太田委員 追憶の日という名称はあまりよくないので、平和祭としたいと私は考えております。
○福田委員長 太田君に申し上げますが、平和祭というのは講和会議が終了、締結した調印日をもつて平和記念日あるいは平和祭というものを設置することに、実は委員会ではすでにきまつているわけであります。
○受田委員 私は最初これを祝日、祭日として取扱うことについて考えてみたのですが、さらに熟考してみると、平和記念日がありますし、憲法記念日があつて、新生日本の二つの大きな道筋としてあらゆる文化軌範の中心になる憲法と、それから永遠の平和を念願するための門出とする平和記念日と二つあれば、祭日はこの二つでその両樣を示すものであるから、八月十五日は追康の日とか更生の日とかいうような意味で休日として、靜かにその日を考えるようにしたらどうかと思うのですが……。
○太田委員 受田君の説に賛成です。
○福田委員長 諸君に申し上げます。この八月十五日を一昨日の委員会では追憶の日として祝祭日に新しく制定したらどうかという御意見であつたのですが、今受田委員からお聽きの通り、祝祭日よりむしろ一般休日の方に振り替えた方がよいのではなかろうか、こういうお話でございます。これに関連して御意見ございませんか。
○榊原(千)委員 外國の例にも、何の意味もないただ休日というようなものがあるのかどうか、それをちよつと御質問申し上げたいと思います。
○武藤專門調査員 それはございます。イギリスのバンク・ホリデーなどのごとく、機械的に日をきめてただ休むことがあります。
○並木委員 私の方の原案は招魂祭でございましたけれども、どうしても八月十五日は、われわれはやはりあの日を思い出して感慨にふけらねばならない日だと思いますので、ひとつこの委員会の仮案の追憶の日ということに賛成をしたいと思います。
○福田委員長 並木君に申し上げますが、祝祭日とするのですか。
○並木委員 祝祭日です。
○森山委員 私は受田君の説に全面的に賛成であります。それでその日を更生の日としてぜひ休日にしたい。ただいまのお話のごとく追憶の日などということは特に避けなければならぬ。何を追憶するのか、残念であつたことを追憶するのであるか、それとも愉快であつたということを追憶するのであるか。私は、いろいろな追憶をいたして、將來追憶することについて妙な結果を來しはしないか、こう考えておりますので、ぜひこの日はそういう深い追憶はしないようにして更生するようにしていただきたい。
○福田委員長 この際諸君に申し上げておきます。実は今日は委員会になつておりますから、諸君の一言一句記録に留まることになつております。十数回にわたつて打合せ会の形式でやつてまいつたのですが、先ほど申し上げたような周囲の事実の関係上、ある具体案をとりまとめたい、こういう意味で委員会になつておりますから、さようなおつもりで御発言願いとう存じます。
○馬場委員 私は追憶の日は、日本の將來を考えた場合において、ぜひ存続しておくべきであると思う。今お話によりますと、何かおもしろからざる追憶というようなお考えをもたれるようでありますが、その辺がすでにいまわしきお考えをおもちになるという前提のように響くのであります。われわれ將來やはり常に反省するような日をもつということが非常に意義があると思うのであります。從つて八月十五日、われわれが新しき國家の建設を顧みて、この日を轉機として將來の平和的、文化的な國家へともつていく上において、非常に意義ある日であると考えますので、八月十五日を祝祭日の方に残すことを私は主張いたしたい。
○福田委員長  馬場君に申し上げます。あなたはさすれば並木君と御見意を同じくして、八月十五日を祝祭日に残しておきたい、かような御意見でございますか。
○馬場委員 さようです。
○榊原(千)委員 私も馬場さんの御意見には賛成でございますけれども、むしむ率直に終戰記念日として、祝祭日として残したいと思います。と申しますのは、終戰を記念といたしまして新憲法ができ上りまして、戰爭放棄というようなことを新憲法のうちに宣言することになつたのでございます。それで日本人の心から永遠に戰爭を葬るというような意味を含めまして。率直に終戰記念日といたしと思います。
○福田委員長 榊原君に申し上げますが、八月十五日を追憶の日でなくして、終戰記念日として祝祭日に制定いたしたいこううふわけですか。
○榊原(千)委員 はあ。
○森山委員 榊原さんにお伺いいたしますが、そうしますと終戰記念日というのは祭日にはいるのですか、休日にはいるのですか。
○榊原(千)委員 私は祝祭日として残したいというであります。
○佐々木(盛)委員 民主自由党は榊原氏の終戰紀念日設置に全面的に党議として決定しております。
○福田委員長 諸君にお諮りします。八月十五日に祝祭日として制定することに対して御異議のある方がありますか。――今の十五日を祝祭日に制定するのに反対の方は御参考までに手を挙げてください。――具体案をまとめ上げる上において参考にいたしたいと思いますので、次に八月十五日を祝祭日制定に御賛成の方の挙手を願います。
    〔賛成者挙手〕
○福田委員長 わかりました。
 諸君にお諮りします。先ほでの二月十一日について、建國記念日あるいは紀元節という二つの名称が議題になつておるのですが、これに対する御意見をまとめたいと思います御発言ございませんか。
○榊原(千)委員 紀元節もよくないと思いますが、また建國記念日、建國というような言葉は、戰爭中もさんかに使われたと思いますので、この言葉もおもしろくないのじやないか。むしろ民族が一つに固まつて國というようなものを営み始めたことを表わすために、かえつて國の始めの日とでもした方がいいのではないかと私は考えます。
○佐藤(觀)委員 昨日もどなたか言われましたように、紀元節というのは大大名前が不適当であると思いますし、建國祭というのは、軍國主義華やかなりしころ建國祭というのがあつて、非常に惡い印象を與えますから、やはり私は國始祭という名前にした方が結構であると思います。榊原さんと意見が非常に似ておりますが、この点において、むしろ國始祭という名前を使つた方がいいじやないか、そういう意見を出します。
○太田委員 國始祭もよくないし、これも何かもう少しいい名前を考えたらどうかと思いますが、私は今ちよつと持合せがありません。
○受田委員 私はこれは紀元節でも、建國節でもいいし、どちらでもわれわれの頭で考えたときには、軍國主義時代の言葉がふと思い出されるのだけれども、これから長い先の第二の國民、第三の時代を背負う國民にとつては、もう感覚の違つた紀元であり、建國であるはずだと思います。そうしてもう一つは二月十一日という日も、これは歴史上事実の明らかでないものはなるべき避けることを私は願つているものではありますが、しかりといえども、二月十一日を除いてほかに日を設けるならば、それは非常にこじつけになるおそれがあると思いますし、歴史家もその点においては種々討議をして、この日が過去においてきまつたとするならば、これも新しい感覚で、國民が長い間その日をそういうように考えておつたという意味で、一應二月十一日という日を想定のもとに、紀元節を考えていく必要はないか。おそらくそのほかの日を設けるならば、いかに論議を盡すといえどもまとまらないと思います。あつさり感覚に新たにして建國節、もしくは紀元節とし、また日にちは二月十一日として考えていく必要はないかと思います。
○佐藤(觀)委員 そういう点については受田君と反対であります。なぜこの祝祭日がかえられなければならぬか。この現段階を考えないで、こういう祝祭日を改めるということはないのでありますから、わけわれはそういう点について、今までの紀元節とか、建國祭とかいう考え方は、この際一掃しなければならぬ、こういうような時代的な感覚も考えなければならぬということを主張するもであります。日にちの問題は私もいろいろ学者の意見を專門調査員から聽いて、ほかに適当な日がなければ、やむを得ずこの日を認めようと思いますけれども、名前についてはやはり新しい祝祭日を設定するために、われわれは新しい感覚でいかなければならぬというような意味で、今の受田君の考え方とは非常に違つた意味であることを御了承願いたいと思います。
○佐々木(盛)委員 私はただいまの佐藤君の意見に反対であります。紀元節あるいは建國祭というようなものが、なるほど戰爭中はかなり軍閥によつて利用されたことがあつたかもわかりません。しかしながら利用されたことと、紀元節そのものの本質とはおのずから別でありまして、紀元節であるとか、告國の日ということを本質には何ら軍國主義的なものはありません。私たちはこの建國の日をも何か卑屈な感じによつてかえようというような考え方には贊成することができません。從いまして、私は少くとも長い間われわれ民族の中に溶けこんでおります愛着深い國の始めの日を、そのまま紀元節と呼ぶことに一向差支えはないと考えますがゆえにあくまでも紀元節そのまま存続されんことを望むわけであります。
○佐藤(觀)委員 私は佐々木君の考え方根本的に改革したいと思います。なゼならば、何がゆえにわれわれはこの際戰爭に負けたかを考えれば、今佐々木君の考えておる概念が、いかに軍國主義的であるか、その点をまだちつとも反省していない、こういうことになるのであります。そういう点でわれわれはこのたびこういう古い反動的な、封建的な考え方を徹底的に直すこういうことを特に主張しなければならぬ。
○太田委員 私も佐々木君の意見の中の、民族の中に溶けこんである、そこまで言われることはどうかと思う。これは明治以來つくられたのであるから、その点はちよつと反省してもらいたいと思う。この紀元節という名前は私は賛成できません。
○原田委員 紀元節が問題になつておりますが、これが問題になるのは、歴史的に根拠が薄弱であることと、國家神道の関係にあると考えます。しかし総理廳の輿論調定あるいは各方面の輿論調査によつても、建國の日というものに対する輿論は、常に第二位か第三位、あるいは第四位という上位ありまして名称あるいは月日の点においても二月十一日、紀元節というのが一番多いのであります。これはもちろん終戰後に行われた調査であります。すなわち國民は歴史的根拠ということも考慮に入れて、そうしてこの調査の対象になつて、これが調査の票となつて現われてきておると考える。これは國民感情がそこに現われたので、その國民感情を無視して國家の祝祭日というものは成り立たないと考えます。もちろん二月十一日以外に適当な日がありましたならば問題はないのでありますが、今二月十一日以外に適当な日は、私はすぐには見つからないと考えます。また二月十一日が最も親しみ深い日でありますので、こり際やはり紀元節というものは國民感情に一番ぴつたりしておると考えますから、紀元節ということにおきめを願いたいと思います。
 それから國家神道との関係においても、神武天皇というものが非常に問題になると思いますが、今日宗教関係において、神道というものは國家の保護を受けることはできないことになつておりますから、その懸念はないと思います。問題はこの紀元節の名前にありますが、私はこれらの点から建國記念日は二月十一日、その名前も一番親しみの深い、輿論調査の上においても現われておる紀元節、結局そこにいくのではないかと思いますので、これをおとりになることを提唱する次第であります。
○馬場委員 いろいろ御意見があるようですが、日については愼重を期したいという点で、先ほどの動議で一應保留になつておるわけであります。ただ昔からこうだからこうした方がいいという考えでなしに、われわれはあらゆる角度から檢討した後において、もし二月十一日を最も妥当とするならば、それを入れることにやぶさかでない。そういう意味において一應これは昔から傳統的にきまつて、みな慣れておるが、そんなことでなしにしたい。日は建國の日、建國記念日、これを私はとります。
○猪俣委員 私は実は腹案を出しませず、あまり委員会を怠けておりましたために遠慮しておつたのです。実は腹案をもつておつたのですが、出す機会を失つてしまつたのです。ですから蒸し返すようになりますから御遠慮申し上げますけれども、このいわゆる紀元節、天長節というものは廃止した方がいいという考えをもつておつたのであります。それは決定してしまつたなら仕方がないのでありますが、ただ私どもがこの祝祭日設けることに対して、ここに新しい理念によつて國民を啓蒙するというか、誘導するというか、新しい國家を始めるのだという氣分を國民に與えることが非常に大事なことだと思う。それでなければ何もここでみんなかえてしまうわけはない昔の通りのことをやつていればいい。何がゆえにこれを改正するかということは、文化國家として新しい出発をするには、新しい革袋に新しい酒を盛らなければならぬという意味で、はなはだ熱心なる討議が続けられておるのだと思うのであります。そこで輿論というものの動向でありますが、輿論というものは、私はやはり指導者がある程度の期間指導して、彼らに正しい認識を與えた上に統計をとらぬと、どうしても一般大衆は遅れておりまするから、旧來の憤習になずむとはいうことは人情のしからしむるところなので、私はこの輿論調査にあまり重きをおかぬで、それよりも新しい理念國家を樹するに、われわれ指導をもつて任ずる者は、どういう意味をこの祝祭日にもたしているか、そしてそれをどうして國民にだんだん浸透せしめていくかということが、この文化委員会の任務だと私は思うのであります。その意味において先ほどから輿論々々とおつしやいますけれども、それは私はあまり、感服しないのであります。とにかく新しい國家として出発するにふさわしい祝祭日をここに設けようというのでありますから、新しい観念のもとに考えていただきたいと思うのであります。その意味において、紀元節というような観念は、言葉巧みに申しましても、相当な危檢性のある思想が含まれていると私は思います。世界は一つなりという今日の時代におきまして、一体國というものをあまり強調することにつきましては、私は杞憂をもつておるのでありますが、それはそれといたしましても、そういう歴史上あいまいなものをとつてもつて、われわれの新しい國家の指標とするような祝祭日にするということに対しまして、はなはだ不満があるのであります。それで私の考えといたしまして、今度講和会議ができた日を紀元節、建國の日とする。今独立國家ではない、國際法上占領國でありまするから、講和会議ができた日をもつて建國の日というふうにしていただきたいと思うのであります。
○高橋(長)委員 紀元節または建國記念日、この名称並びに月日等につき、また追憶の日または終戰記念日の名称並びに月日につきましては、本委員会におきまして皆さん方が相当御熱心に論議されておるのでありますが、本委が会におきましては、この問題につきましてはこの程度にしていただきまして、次の協議会または打合会あるいは懇談会、こういう会合に移されたらいかがかと思います。動議を提出します。
○馬場委員 紀元節の点はすでに済んでおります。八月八五日の件は今の動議とはちよつと話が違つておると思いますが、これを残すのか残さぬのか、八月五日を祭日にするのかしないのかということと、追憶の日を残すとすればそれをどういうふうにするかということを一應方向をきめて次に進んでもらつたらどうかと思います。
○福田委員長 諸君にお諮りします。ただいま高橋君、馬場君の両君の話は大体御承知であろうと思いますが、今日の委員会はこの程度にしておいて、一應委員会を閉じて、打合会でまだ残つておる問題、先ほどから論議されておる問題をもう少し檢討してみたいと思いますが……
○佐々木(盛)委員 委員長の審議打切の動議に関連して意見を述べたいと思います。今問題になつておりますのは、名前の問題は別といたしまして、紀元節それから追憶の日、すなわち二月十一日と八月十五日の二件が問題になつておるようであります。あとの問題につきましてはさほど大した問題ではないと考えます。從いまして本日はこの程度にして打切りまして、各党におきまして党の意見をまとめて各党の代表が集まりまして話をきめるということの方が、問題の解決に役立つのではなかろうかと私は考えます。すでにわが党といたしましては党議をまとめてきております。民主党の方でもさようなふうに承つておりますが、社会党などにおきまして、まだ党議がきまつていないようでありまして、出席されておる委員の間にもずいぶん意見の開きがあるようでありますので、できますれば党議をおまとめになつて、各党の代表者の間で話を進める方が議事の進行を円滑かつ急速ならしめるのじやなかろうかと思いますがゆえに、このことを提案いたします。
○福田委員長 ちよつとこの際諸君に申し上げます。ただいまの佐々木君の御動議も、実にもつともでありますが、委員長といたしましても、この祝祭日問題は、事柄が事柄でありますから、普通の法律案のごとくに、各党が、ときによれば決選投票でもしなければいけない、そういうことはあくまで避けて、この際でき得る限りよく御了承をしてもらい、これはもとより衆議院文化委員会の各党派に脈らなく、衆議院、参議院ともにさようにしていきたいというので、実はいろいろと苦慮に苦慮を重ねておるわけなんです。それでありますから大体本日の委員会では、一昨日の委員会より相当飛躍した收穫もありましたので、一應委員会をここで閉じまして、打合会でよく御懇談申し上げて、その結果により、あるいはまた一應御参考に党議をまとめてもらう必要もおのずからそこにできるのではなかろうか、こういうように実は考えて、ただいま高橋君の動議をお諮りしよう、こういうように思うわけなんです。
    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○榊原(千)委員 四月十日が休日となつておりますけれども、これをやはり婦人の日として祝祭日に直していただきたいと思うのでございます。と申しますのは、やはり婦人自身の考え方も、社会の習慣制度も、いろいろの意味において封建的でございまして、婦人を圧迫するような面がないとは言えないのであります。民主主義を実現させていただきますためには、婦人の解放ということについてぜひ皆さんに一致して力を入れていただきたいと思いますので、この四月十日を祝祭日として設定したいただきたいと思います。
○福田委員長 ただいま榊原君からのお申出は、委員諸君もよく御了承を存じます。榊原君にも委員長から申し上げておきます。あちらこちらから私あてに、四月十日をぜひとも休日ではなく祝祭日にしてもらいたいということの婦人團体からの陳情、請願もございますから、委員会といたしましても、決して婦人を圧迫するとかさような考えはございませず、十分に委員諸君と御協議してみよう最思つて、数回の委員会でこれを議題に出しつつあるのでございますが、不幸にして御婦人委員の御出席がまことに寂莫たるもので、ともすればそのお話を申し上げることができなかつたことを非常に遺憾に存じておるわけであります。いずれ御婦人委員お三方がそろつた時分に、御婦人委員からお申出で願つて、同僚委員とよく懇談してもらおう、かように考えております。
○馬場委員 婦人だから婦人の日をきめるという委員長の意見には反対であります。私はもう一つ兒童祭を置きたい。子供の委員はないのですが――そういうことは一應話は別といたしまして、引続きもう少し今問題になつておる紀元節、追憶の日は一應打合会で話合うとして、もう一武進めまして今お話になつた婦人の日及び兒童に関する日、あるいは労働祭、こういうものを取上げて進めた方がいいのじやないかと思います。
○福田委員長 諸君にお諮りいたします。先ほどの高橋君の御動議に対して御異議ございませんか。
    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○福田委員長 御異議ないようでございますから、委員会はこれで散会いたして、引続き打合会に移ります。
    午後二時五十二分散会