第005回国会 法務委員会 第35号
昭和二十四年八月三十日(火曜日)
    午前十時五十六分開議
 出席委員
   委員長 花村 四郎君
   理事 角田 幸吉君 理事 小玉 治行君
   理事 梨木作次郎君 理事 吉田  安君
   理事 三木 武夫君
      鹿野 彦吉君    佐瀬 昌三君
      牧野 寛索君    眞鍋  勝君
      猪俣 浩三君    林  百郎君
      世耕 弘一君
 委員外の出席者
        國家地方警察本
        部科学捜査研究
        所長      荻野 隆司君
        参  考  人
        (慶應義塾大学
        医学部教授)  中舘 久平君
        参  考  人
        (東京大学医学
        部教授)    古畑 種基君
        参  考  人
        (元名古屋医科
        大学教授)   小宮 喬介君
        参  考  人
        (警視廳刑事部
        鑑識課長)   塚本 久一君
        專  門  員 村  教三君
        專  門  員 小木 貞一君
八月三十日
 委員上村進君辞任につき、その補欠として林百
 郎君が議長の指名で委員に選任された。
    ―――――――――――――
本日の会議に付した事件
 檢察行政における犯罪の科学的搜査に関する件
    ―――――――――――――
○花村委員長 これより会議を開きます。
 本日は檢察行政における犯罪の科学的捜査に関する件を議題といたします。この問題に関し各方面より参考人の御意見を承りますが、御異議ありませんか。
    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○花村委員長 御異議なしと認め、さようにとりはからいます。
 この際参考人諸君にごあいさつ申し上げます。本日は御多用中のところ、ことに残暑きびしき折柄、わざわざ委員会に御出席くださいましたことを、委員長として厚く御礼を申し上げます。本委員会におきましては、七月以來犯罪の科学的捜査に関し種々調査、研究を進めて参つたのでありますが、本件は國家の治安維持、犯積の迅速なる檢挙及び防止上重かつ大なる問題でありますが、遺憾ながらわが國におきましては、決してこの問題に対して十分とは言い得ない現状であります。よつて当委員会において本問題を取上げ、種々調査し、また各方面の意見を聽取いたした上、具体的なる立案その他適当な処置を構じたいと思う次第でございます。参考人各位におかれましては、この意を体させ、おのおのその立場より、科学的根拠に立つて、腹藏なき意見の開陳をお願いいたしたいと存じます。御意見の発表は大体御一人二十分ないし三十分程度といたし、御意見発表の後、委員各位より質疑があることと思いますが、委員各位により質疑があることと思いますが、これに対しても忌憚なきお答えをお願いいたしたいと思います。
 念のため申し上げますが、意見を聞く問題は、犯罪の科学的捜査に関する件でありますが、下山事件等に関連してお述べ願い得る範囲内において御意見を承ればけつこうと存じます。
 なお申し添えておきますが、参考人が発言しようとするときは、委員長の許可を得ることになつております。次に参考人の発言は、その意見を聞こうとする事件の範囲を越えてはならないのであります。また委員は参考人に対して質疑することはできますが、参考人は委員に質疑することはできませんから、以上お含みおきを願いたいと存じます。
 次の参考人諸君にお願いいたしておきますが、発言劈頭に職業並びに氏名を述べていただきたいと存じます。
 それではこれより御意見の発表をお願いいたしますが、本日参考人として見えられております方々は、東京大学医学部教授古畑種基君、慶應大学医学部教授中舘久平君、元名古屋医科大学教授小宮喬介君、警視廳刑事部鑑識課長塚本久一君及び政府側より國家地方警察本部科学捜査研究所長荻野隆司君であります。まず中舘久平君より御意見をお述べいただきたいと存じます。中舘久平君。
○中舘參考人 私は慶應義塾大学医学部教授中舘久平であります。本日この機会におきまして、下山総裁の変死事件に対して、法医学者として私の卑見をば忌憚なく述べてみたいと思います。もつとも私は下山総裁の死体をば解剖しておりませんので、断定がましいことを申し上げることは避けなければならぬことはもちろんでありますが、今申し上げたように、一法医学者といたしまして、この事件に対しほんとうに忌憚のない意見を述べてみたいと思います。
 わが國鉄道がしかれて以來轢死体のほとんど大部分は自殺、過失または災害でありまして、何らかの方法で、殺害した死体をば、犯行をくらまさんがために線路上に横たえまして、これを轢断せしめ、自殺を偽装させたようなことはきわめてまれなことであります。おそらくは数万の轢死体に、一例あるかないかでありましよう。私はこれまで千数百の多数の死体を解剖しておりますが、幸か不幸か、さような例を一例だも経驗したことはないのであります。從つて轢断された死体を他殺と断定するには、いずれの法医学者も納得し、また肯定するところの他殺死因が確認されなければならないと思うのであります。さもなければ、自殺と認定するのが当然法医学上の常識であろうと思います。下山総裁の死体を最初を檢死いたしました八十島監察医のお話によりますと、これまでの轢死体の檢死の経驗から自殺と推定したのでありますが、ポケツトの中から下山総裁の名刺が出て來たので、一應他殺と疑つたにすぎないと申しております。もとも無名人の人であつたならば、もちろん自殺と認定したに違いない。直感はやはり自殺であつたそうであります。從來日本におきましては、欧米各國と違いまして、法医学者は犯罪と関係のある死体の解剖、すなわち司法解剖のみを行つて來たのであるが、犯罪と関係のないところの死体の解剖、すなわち行政解剖は行わかなかつたのであります。從いまして犯罪と関係のない、すなわち行政解剖は行わなかつたのであります。從いまして犯罪と関係のない、ほとんど大部分が自殺であるところの轢死体を解剖する機会がなかつたのであります。しかしきわめてまれでありますが、自殺または過失を偽装せしため轢死体の自他殺を判定すべき重大な責任をもつておりますところの法医学者が、ほんとうの轢死体に対する正しい見解を持ていなくちやならぬことは当然であります。もしも日本の法医学者が轢死体の解剖所見に対する認識不足から、かりに下山事件の判定を誤つたと仮定するならば、それは日本法医学者の貧困を暴露したものと申さなければならぬと思います。私は最近発生いたしました、皆さん御承知の三鷹の無人電車轢殺事件の犠牲者六名の死体を解剖しました。それによると、これまで日本及び世界各國の法医学文献において見られなかつたところの解剖所見を確認したのであります。まずこれを御報告いたしまして、御参考に供したいと思うのであります。
 それは睾丸出血、それから陰嚢、眼瞼部、手の甲、足の甲、腕関節、足関節その他の身体部位における表皮剥脱を全然伴わない皮下出血であります。しかも陰嚢皮下出血の場合におきましては、陰茎がのつかつている上半部は下半部に比べて色素が弱くて、のつかつておらない方の色素が強いということになります。睾丸とか陰嚢の出血のいうものは、私が今まで解剖いたしました千数百の死体におきまして、まず一例も経験したことがないのであります。轢死体のすべてに見られるわけではないのでありますが、出血というものがありますと、まあ轢死と疑つていいと思うのであります。轢死体でなければ見られないところの変化でなかろうかと思うのであります。
 それから次には眼瞼部位における表皮剥脱を全然伴わない皮下出血、これは普通の殺傷事件で死亡した死体ではほとんど認められなのであります。のみならずこの轢死体におきましては、普通の直接眼瞼部に外力が作用して生じたような出血と全然異なるところの現象を呈した出血が出たのであります。これまた睾丸出血の同じように、轢死体に見られるところの特有な変化だと私は思います。もしもそういう変化があつた場合には、その死体は轢死にあたろうというような疑いを持つ有力な根拠であろうと思うのであります。
 第三には手の甲とか、足の甲とか、それから腕の関節とか、足の関節、そういう部分におきまして、やはり表皮剥脱を伴わないところの皮下出血が見られるのでございます。のみならずあの例では爪廓と申しますか、指先と爪の間、こういうところに見られる。こういうのはわれわれはいまだかつて見たことはないのであります。もしも線路上に横たわつておつた死体におきまして、睾丸部とか陰茎の出血、それから陰嚢の出血、眼瞼部の表皮剥脱を伴わざるところの出血があつた場合には、これは轢死体でなかろうかというような疑いを持つ有力な根拠となると確信するのであります。私が三鷹事件で解剖した例はわずか六名でありますが、睾丸出血とか、陰茎の出血、陰嚢の出血、こういうものは轢死体でなければ見られないところの変化だと思うのでありまして、從つてこういう変化が見られた場合には、まず轢死をしたものと私は認めるのであります。睾丸の陰嚢の出血でありますが、これは私が三鷹事件で解剖した六名のうち三名ありましたが、一例は外陰部すなわち陰茎、陰嚢が欠損しておりまして、これは統計に入りません。それからもう一例ははね飛ばされたのでありまして、轢断でもない、轢死でもない。單にはね飛ばされた三時間後に解剖しておりますが、この二例を除外いたしますと、あとの四例中三例に見られるところのものは、私が先ほど申しましたように、こういう事実は私は過去十七年間におきまして千数百回の解剖をしておりますが、一例も見受られたことはないのであります。もしもこういう変化があつた場合には、今申し上げましたように轢死をしたものと認める價値が十分ある。しかしながらこれは轢死死体のすべてにおいて見られるものではない。ですからこういう変化が見られた場合にはおいては、有力な轢死の根拠になるということであります。かような轢死死体があるところに徴候と申しますか、これは一体どういう機序によつて生ずるものであるかと申しますると、これはまだ確実に申し上げることはできませんが、私の想像では、身体の非常に大きいところの機械力が作用いたすことによりまして、非常に大きい衝撃を受けまして、身体の毛細血管が破裂することによつて起るものではなかろうかと想像しておるのであります。この確実なことは今後の研究にまたねばならぬのであります。
 なお轢死死体の解剖所見は千差万別であることは容易に想像できることでありまして、一部法医学者もこれを認めておるのであります。また轢死の條件によりまして死体解剖所見は著しく異なるものであると想像している学者も一部あるようでありますが、條件は身体にきわめて大きいところの機械力が作用いたしまして、大きな衝撃を與さえさえすればよいのでありまして、從つて轢断されるとか轢圧されなくとも、單にはね飛ばされただけでもよいのであります。單にはね飛ばされて死亡した例におきまして、眼瞼部あるいは手の甲、足の甲におきまして、きわめて顯著な表皮剥脱を伴わないところの皮下出血を認めております。また轢断されずに、單に轢圧されただけでも陰嚢、手の甲、足の甲、眼瞼部におきまして顯著な表皮剥脱を伴わないところの出血が認められたのであります。
 さて下山総裁の死体解剖所見につきましては、去る七月三十日東大において開催されましたところの日本法医学会の緊急評議員会において、桑島博士からその大要が報告されたのでありますが、それによりますと、下山氏の死体におきまして、第一は陰茎及び睾丸の出血、それから第二は手の甲及び足の甲におきまして、表皮剥脱を伴わないところの廣範囲にわたる皮下出血が認められたのであります。第三は死因は睾丸出血よるシヨツク死と推定されております。これは推定であります。第四には死体のいずこにも生活反能が認められないから、死後轢断と断定するということでありまして、以上の所見のうち陰茎及び睾丸の出血は、普通の殺傷事件で死亡した解剖例では、きわめてまれなものであるということは、前に申し述べた通りであります。重ねて申しまするが、私はこれまで解剖した千数百の多数解剖例において、一例だも経驗したことがないのであります。しかるに三鷹の事件におきまして、四例中三例において、睾丸または陰嚢の高度の出血を認めているのであります。陰茎、睾丸または陰嚢の出血は、すべての轢死死体に見られるものではありませんが、轢死死体ならでは見られない所見であると言とつも、私は決して過言ではないと思うのであります。從いましてもしも死体において陰茎、睾丸、または陰嚢出血を認めたときには、轢死を疑うことができると思うのであります。
 次に手の甲及び足の甲における表皮剥脱を伴わないところの出血でありますが、三鷹の犠牲者六名の轢死死体の全例において認められたのであります。多いものは一つの手の甲に十三の皮下出血を認めております。少いものは一箇でありますが、多いものは十三箇認めました。それから足の甲におきまして、三名に三ないし五つの皮下出血を認めております。このような皮下出血は、普通の殺傷事件で死亡した解剖例において見られないことはないのでありますが、多くの場合多少の表皮剥脱を伴い、轢死死体におけるがごとく廣範囲にわたり、しかも全然表皮剥脱を伴つてないことはなかろうが、きわめてまれなものと思うのであります。從つてこのような皮下出血は、轢死死体における特有の所見であると申して過言でない。このような所見の存在は、轢死を疑う有力な根拠となるものと思うのであります。以上の説明によりまして、下山総裁の死体解剖によつて確認された陰茎及び睾丸の出血並びに手の甲、足の甲における表皮剥脱を伴わない廣汎にわたる皮下出血は、轢死すなわち生前の轢断を疑わしむるきわめて有力な根拠となるものであつて、これらの解剖所見のみによりまして、ほぼ轢死と認定して間違いがないものと私は確信するのであります。何も轢死死体に限つたことでありませんが、一般に自他殺の別は、死体の解剖所見のみから判定できる場合がないこともないのでありますが、多くの場合、死体の解剖所見のみから判定できずに、自殺または他殺に対する捜査の裏づけを必要とするものであります。これは現在の法医学の水準ではいたし方のないことである。法医学は捜査の一環を占むるに過ぎないのである。下山総裁の変死事件におきましては、下山総裁と断定できると思うのでありまするが、事件が事件だけに、一應轢死に対する、自殺に対する捜査の裏づけを必要とするのであります。もしも捜査の結果において、轢死自殺に対する若干の裏づけがありますれば、そう断定しても法医学上の常識として少しの矛盾もないと私は確信いたします。アメリカ及びイギリスの研究者によりますると、英米のような科学的捜査機関の完備しておる國でさえ、犯罪事件のうちで科学的捜査に適するものはわずかに四ないし五%とされております。從いまして諸外國においても、犯罪の捜査には科学的方法を活用するとともに、やはり從來の見込み方法が併用されておることはもちろんであります。もつとも殺人とか強盗とかの凶悪犯罪の事件におきましては、科学的捜査、しかも法医学的知識が大きい役割を演ずることはもちろんでありまするが、これとてもやはり限界があるのであります。私は思うに、下山総裁の変死事件を契機といたしまして、日本の法医学者も、今後万難を排して多数の轢死死体を精細に解剖することによりまして、私が今回三鷹事件の犠牲者六名の死体解剖によつて確認したいわゆる轢死死体の徴候を再確認することを確信しております。またこれによつて下山総裁の変死事件の眞相のごときもおのずから明らかになることと思つております。なお死後轢断とか、睾丸打撲によるところのシヨツク死というようなことにつきましては、私はこれは枝葉末主にすぎないと思いまして、この際省略することにいたします。
○花村委員長 これより質疑をお願いしたいと思います。
○角田委員 中舘教授に二、三の点を承りたいと思います。日本の理論物理学は世界の水準に逹しておるといわれておりますが、應用科学の点においてはまことに低い、このことは先般アメリカの教育視察團が参りましたときの報告にも現われております。さてあなたのただいまの御説を承りましたが、現在の法医学の理論的研究が実際應用の上において、どれだけ一体確信をもつて証明することができますか、まずその点を承りたい。
○中舘參考人 その限界はなかなかつきにくいのですが、日本の法医学の水準というものは、決して世界各國のいずれにも劣らぬと思います。特に日本においては、基礎法医学の方の研究が非常に進歩しておりまして、これはおそらくは私の想像でありますが、英米各國に比して決して遜色はないと思います。ただ日本の法医学が弱味とするところは、日本の法医学者が解剖をたくさん行つておらない、このことは次の事実によつて証明することができる。私が学校を出ました二十数年前には、アメリカに対して遜色はなかつた。ところが今度戰爭が終つて幕を明けてみますと、どうでしよう、日本医学とアメリカ医学の縣隔は非常なものである。この懸隔はどうして生じたかと申しますと、私は思うに、アメリカの医学の急速な進歩躍進というものは、アメリカ医学者が万難を排しまして、人間の死体を多数解剖した、詳細に研究したということが最大の原因であると思います。日本の法医学の主体をなすところの法医解剖というものは比較的貧困である。これはわれわれ法医学者だけの責任ではないのでありまして、政治面におきましてもやはり貧困であつたと私は思うのであります。ヨーロツパにおいては、先ほどお話したように行政解剖というのがある。ヨーロツパの法医学教室では、大学でありますと、少くとも年の五千体、六千体の解剖があります。日本においては非常に少くて、東京だけでおそらく年に二、三百おりましようか。ところが日本においても終戰後GHQの指令によりまして、六大都市において行政解剖を行つております。これが一日も早く全國各地において行われることを私は希望するのであります。
○角田委員 もう一度承りたいことは、死体につきまして、死後何時間という認定が現在の法医学上できますかどうか、その点を承りたい。
○中舘參考人 これは非常にむずかしい問題であります。私は多くの場合、断定的なことは目下の法医学の水準ではできないと思います。
○角田委員 そうすると、あなたは下山事件をただいま御報告になるにあたりまして、あの死体が死後何時間であるという認定はできないものとの観測の上に結論を出されましたか。
○中舘參考人 私は死後経過時間については全然見ておりません。
○林(百)委員 ちよつと中舘君にお聞きしたい。あなたと反対の死後轢断説をとつている方の意見には――これは朝日新聞に実際出ておりましたが、乳酸反應による死後経過時間の推定、いわゆる生活反應ということがどういうことであり、それが現在の医学から言えば、どの程度の科学性があるかということを説明願いたい。
○中舘參考人 私の方は乳酸反應についてあまり詳しくやつておりません。乳酸反應については、古畑教授から詳しくお聞きになつたらいいと思います。
○林(百)委員 もう一つ、死後轢断の材料として機関車の血が凝血であつたか、あるいは噴射的な血であつかということが問題になつているように思いますが、この点はどうなつておりますか。
○中舘參考人 この点は経驗がありませんので、ちよつと御答弁申し上げかねます。あとでお話になる小宮教授からお聞きになつたらよかろうと思います。
○小玉委員 あなたのお話を伺つておりますと、眼瞼内部の皮下溢血が三鷹事件の解剖例であつたということから、下山総裁も死後轢死じやないと断定なさつたようですが、たとえばのどを急激に絞めたり、窒息死の場合に、眼瞼内出血のような徴候が現われることはありませんか。
○中舘參考人 これは眼瞼部の皮下出血で、窒好の場合に見られる溢血点は、眼瞼結膜か眼球結膜かの溢血点であります。そこは混同しないようにして……。
○小玉委員 そうしたような殺し方の場合、他殺の場合は手の甲、足の甲あるいは局部の鬱血というものは絶対にありませんか。
○中舘參考人 ありません。
○小玉委員 今まであなたがお取扱いになつた他殺死体に、三鷹のいわゆる轢死体と同じような兆候をした皮下溢血したものを、お腹扱いになつた例ありませんか。
○中舘參考人 私はそういう経驗がないのです。たとえば二月ぐらい前に宝塚に起つた事件はやみ屋同士のけんかで、大きな石をのつけたが、睾丸陰茎に出血はなかつた。
○小玉委員 あの下山事件の最初の新聞では局部をけつた。そこで死んだのではなかろうかというような記事も出ておりましたが……。
○中舘參考人 私はそういう例をまだ聞いたことがない。きんたまをけられて死んだとか、きんたまに出血を認めたということは一回も聞いたことがない。
○小玉委員 これは想像ですが、急激に殺して急にひつくりかえるといつたような場合に、あなたのおつしやるような轢断の場合と同じように、身体に急な変化が起つて皮下に溢血を起すようなことは考えられませんか。
○中舘參考人 私は轢死の場合のかような出血は、今話したような非常に大きい機械力が身体に作用いたしまして、その衝撃によつて血管が、おそらくこれは末梢血管だけでなく肺臓にもあると思いますが、その血管の收縮、それから破裂によつて起るものだと思います。ですから原子爆彈の犠牲者なんかも、よく見たらあつたのではないかと思います。普通のわれわれ人間の力で作用せしめるところの外力では、そういうものは見たことがない。ですから從來の法医学の常識ではちよつと考えられない。
○小玉委員 たとえば背中とか、頭とかを急激に鉄捧とかで撲殺するといつつたような力では出ないものですか。
○中舘參考人 出ない。それは頭をなぐつて窒息した場合や、大きい電氣の力の場合には、内膜出血というものはまれに見ることもあります。そういつた場合には心臓の左の心室の内膜下に、比較的軽い出血を見ることもあります。私が三事件で見た三名の陰嚢の出血なんか、こんなに大きいですからね。
○梨木委員 たとえば東京で一つの犯罪の嫌疑がある死体があつたとす場合に、あなたは下山総裁の解剖には参加されておらない。そして三鷹事件には参加されておるのは……。
○中舘參考人 それは東京都を地域的にわけて、大体慶應と東大の二つにわかれて管轄するという関係であります。
○梨木委員 そういう場合に、下山総裁の死体のごときは非常に問題の死体でありますから、あなたの慶應の方と東大の方とが一緒になつてやるというようなことは、行われ得るような仕組みになつておらないのですか。
○中舘參考人 それは檢察廳のお考え一つです。私は檢察廳の嘱託によつてやる。昔は予審判事の命令であつたが、昔は予審判事の命令であつたが、昭和二十四年の一月一日からは檢察廳の嘱託によつてやることになつています。
○梨木委員 法医学上のいろいろな資料は、犯罪捜査上資料になるパーセンテージはどのくらいですか。
○中舘參考人 京都の瀧川さんが書いておりますが、全犯罪の調査のうちで5%が……。あとは從來通り見込みとか聞込みとか……。
○梨木委員 先ほどおつしやつた日本法医学の評議会は、結論はどういうことになりましたか。
○中舘參考人 結論は何も出ません。皆さんの御意見を伺つただけで、非公開でありますから内容はお話できません。
○猪俣委員 今の日本法医学評議会には、あなたも御出席になりましたか。
○中舘參考人 出席しました。
○猪俣委員 学者の多数から発言があつたろうと思うのですが、大勢はやはり死後轢断の方であつたでしようか。
○中舘參考人 そういう結論は出ませんでした。決をとつたわけではないですからね。ただ二、三の法医学者が今まで経驗を述べたに過ぎない。そこで私は今申し上げたような意見を述べたが、ほかの法医学者においては、そういう意見は出なかつた。
○猪俣委員 そうするとその際には、意見を発表した人のうちには、自殺し肯定するような意見はあなただけ……。
○中舘參考人 肯定するとかしないかとは問題外で……。
○猪俣委員 あなたの説からすれば、解剖の結果から見れば、下山事件は自殺説になるわけですが、他の方々はやはり死後轢断説の意見が多かつたわけですか。
○中舘參考人 そういう意見をはつきり申し述べた人はありません。とにかく私の聞いた範囲では、そういうことに触れておらないようでした。たとえば轢死体というものは、解剖所見では千差万別であるとか、あるいは轢死体でも生活反應のないものもあるし、あるものもある、こういう意見でした。この程度のもので、それ以上の意見は出なかつたようです。
○猪俣委員 そうするとあなたの三鷹事件の結果の発表に対して、反駁もなかつたわけですか。
○中舘參考人 そうです。
○猪俣委員 これはしろうとの考えですが、死後轢断の場合には、睾丸とか手の甲とかいうものにそういう現象は起らぬということの実証はあるのですか。
○中舘參考人 死んでからひかれたのではないでしよう。出血というものはやはり生活反應で、生きておる間に外力が加わつた場合に生ずるのですから……。
○小玉委員 私が一つ疑いを持つておる点は、他殺、自殺と言つても、たとえば仮死の状態に陷れて轢殺したといつた場合どうなるかというようなことは、学会で檢討されましたか。
○中舘參考人 仮死の場合は檢討の必要はないし、法医学の常識で、仮死の場合は生活反應であつても弱いか、あるいはないのです。これはイロハですよ。
○小玉委員 たとえば本件と場合、暴行を加えて、意識不明の状態で轢断されたといつた場合は、あなたが三鷹事件でおやりになつたような皮下溢血の徴候が現われるのかどうか。
○中舘參考人 仮死の状態では、その程度によりますが、それが一体何によつて起つたかということを……。
○小玉委員 しかしその仮死の状態にあるような場合は、あなたのおつしやるような徴候が現われる場合もあり得るでしよう。
○中舘參考人 それはあるでしよう。生きていさえすれば……。
○小玉委員 そういう点ははなはだむずかしくなるのじやないですか。
○中舘參考人 しかし下山氏の場合は、非常にはつきりした色彩がありますから、仮死の状態にさせたという、そんな程度の弱いものではありませんからね。
○小玉委員 生活反應がですか。
○中舘參考人 そうです。
○梨木委員 あなたは下山氏の死が自殺とか他殺とかいろいろ新聞に報道されましたが、それについては何か解剖した方の報告といいますか、そういうものを取寄せられて檢討を加えられ、そうして例の法医学の評議会と申しますか、それが開かれる前に今お持ちのような意見をお持ちだつたわけですか。
○中舘參考人 私は評議会で川島博士の報告を承る前に、新聞記者の方々から聞いたのです。あやふやな点を聞いて、その程度のことから、私は法医学的常識から判断して記者連中に申し上げたので、一番最初たしか毎日新聞と思いますが、たとえば秋谷氏の、乳酸量の測定成績から死後経過一時間を判定して、あるいはまた轢死体の場合は外出血が多いものであるか、少いものであるか、こういうことを聞かれた場合に、私はごく簡單にお答えしただけです。それを、私はむろん死体を解剖しておりませんから、法医学者として無責任なることは申し上げられません。こういうことはどうか、これは法医学の常識ではこうだと言つたのを、ある新聞記者の方がいろいろ書いたのでじやないかと思います。
○梨木委員 ちよつともう一点伺います。そうすると、あなたは前もつて解剖のいろいろな経過報告、そういうものは入手されておらなかつたのですか。
○中舘參考人 それは入手できるわけはないでしよう。
○梨木委員 そうすると新聞記者から……。
○中舘參考人 聞いた程度のものですね。
○梨木委員 そうしてそういう御意見を発表された後において、大体あなたのはそうすると自殺説ということになるわけですね。その後檢察廳の方からあなたに、それではそういう意見を持ておられる方もあるなら意見を聞こうということで、だれか來た事実はありませんか。
○中舘參考人 いやありませんね。
○梨木委員 全然ない。
○中舘參考人 ええ。この日は法医学者の立場を離れて、事件のあつた翌日、新聞紙上に発表になつたとき、これは私の直感ですが、自殺と直感したわけです。その詳しいことはこの席上では申し上げられませんが、それからいろいろ解剖の結果なりを承りまして、自殺であるということをますます確信を持つたわけです。
○梨木委員 ところがそういうことを発表されて、檢察廳からだれも聞きに來ない、警視廳からも來なかつたのですか。
○中舘參考人 ええ、來ません。
○梨木委員 それをあなたはどうお考えになるか。いやしくも東大に相匹敵する慶應のあなた方が違つた見解を持つておられる場合、檢察当局としては科学的な捜査をするとすれば、当然あなたの意見を聞きに來るのがしかるべきと私は思うのです。
○中舘參考人 私はそう思いませんね。私の言うことは單なる推定です。新聞社の人に聞かれて、これはこうだ、そうだろう、ああだろうと言つた程度で、それ以上に及ぶことは、死体を解剖した関係者に対して礼を失しますから。
○林(百)委員 二つほど簡單にお聞きしたいと思います。今までの例で、こういうように自殺か他殺かわからないというような死体のあつた事例がありますか。
○中舘參考人 先にお話したように、ある方法で殺しまして、その死体を線路上に持て行つて、いかにも自殺を他殺のごとく見せかけた。そういう例には遭遇しておりません。文献にはあるらしいが、私は経驗をしておりません。
○林(百)委員 そうすると、どうしてもこの問題は二つの意見が対立するような結果になつたと、科学者のあなたとしてはお考えになりますか。
○中舘參考人 それは法医学者の見解の相違ですね。
○林(百)委員 今までは法医学者の見解の対立ということがなくて、大体処置されていたものですか。
○中舘參考人 今までの小さい事件では、ある法医学者が自殺と言つたものを他の法医学者が他殺と言つた例はあります。これはいくらもあるでしよう。
○林(百)委員 そうすると、そういうものは一應結論がついたが、この事件だけは結論がつかないわけですね。何か特殊な事情があるのですか。
○中舘參考人 それは檢察廳なり何なりへお聞きになつたらよいと思います。私はわからないですね。
○林(百)委員 それからもう一つ、これは簡單でけつこうですが、日本の法医学の將來のために、こういう点はよそに比べて改善したいとか、こうありたいという希望がありましたならば、参考までにお伺いしたいと思います。
○中舘參考人 それは法医学者だつて神樣じやないのですから、間違いがありますから、重大問題のその死体を冷蔵庫などに保管して、法医学者をして共同鑑定さしたらいいでしよう。だれか一人執刀いたしまして、それを他の者は見ておつて、各自が意見を交換して、法医学者全体が納得の行くような結論を出したらいいと思います。それから死体の解剖が済んでから、さらに死体を保管いたしまして、事件が解決するまで保管する。そういう方法以外にないと思います。
○林(百)委員 外國などではそういう方法をとつておりますか。
○中舘參考人 それは私は存じません。
○林(百)委員 何か外國のやり方と比べて、日本の法医学はこういう点が非科学的だから、こういう点を改善したらどうかと思う点はありますか。
○中舘參考人 日本の法医学は非常に進歩しておりまして、ヨーロツパの水準に逹しておりますよ。
○花村委員長 どうもありかどうございました。
 次に古畑種基君にお願いをいたします。古畑種基君。
○古畑參考人 私は東京大学の法医学部を担当いたしております古畑種基でございます。本日は衆議院の法務委員会に参考人としてお招きを受けましたことをたいへん光栄に存じ、その点ありがたく存じます。しかしお招きを受けたのですが、前もつてどういうことをお話るのか、その項目について少しも御報告を受けておりませんでしたので、実はやむを得ずからだだけここへ参りまして、準備もいたしませんし、どういうことを申し上げていいのかはつきりしたことはわかつていないのであります。先ほど委員長のお話では、科学捜査に関することを議するということでございます。それで下山事件について何か触れろ、こういうことでございましたが、実は、最初に申し上げておきまするが、下山事件の解剖をいたしましたのは、東京大学の法医学教室でやりましたのですが、その実際の責任者は、講師の桑島直樹博士なんでありまして、私は教室の主任でございますから、その事情はよく存じてはおりまするけれども、私自身は直接の責任者でございませんので、私からいろいろと申し上げることはいかがかと思つておる次第でございます。またこういうような重大な事件に関係した、その命令を受けた直接の人が自殺した、その命令を受けた直接の人が自殺とも他殺とも今まで申しておらないのであります。桑島博士は今日までまだ一度も、自殺であるとも他殺であるともだれにも申したことはないのであります。ただ死体を轢断せられておる、ひかれたときには死体であつたということは漏らしておいでになります。私もときどき聞かれまして、新聞社の方にそういうことを申し上げたこともございますが、新聞の中には、東京法医学教室発表であるとか、あるいは古畑教授談であるとか、数回にわたつて出たことがございますが――これは今日はつきり申し上げておきますが、私は責任を持ちません。ただ私の感じておりますることを申し上げますというと、本件は非常に重大な事件であります。それで最初私どもがこの下山総裁の解剖をお引受けいたしましたについては、非常に愼重なる態度をもつて臨んでおるのでありまして、從來の解剖でございますと、一人の意見でものをきめて文献を十分に調査いたし、またいろいろ経驗のある人の意見も聞きました。解剖いたしましてから後約五十日にわたつて、依然として今日といえども研究を続けておるのでございまして、まだ今日といえども最後の断案は、はつきり桑島博士は下したおられない状態であるということを申し上げておきたいと存じます。これをほかの人が何らその研究の経過も知らずに論ずるということは、非礼でもあるし、またそれは学者態度ではないと私は信ずる次第であります。從つて私は教室主任でございますけれども、下山事件の今後の捜査に関係がございますし、現在はなはだ重大なときに逹しておると存じますので、実はお話申し上げることは御容赦願いたいと存ずるのであります。ただし今までもうすでに世間公知のことになつておると思われることについて、一應お話申し上げてみます。
 私どもが下山総裁の死体を解剖いたしまして申しましたことは、これはひかれたときにはすでに息がなかつた、つまり死体であつたということを申し上げた。というのはどういうわけかと申しますと、生きておる間にひかれた死体と死んでからの死体は、はつきり区別がつくのであります。その一つは、いわゆる生活反應と申しまして――生活反應というのは、生きているときに鈍体に当つた証拠なのです。生きているときにひかれた。つまり飛込み自殺のようなものでございましたなら、当然身体のどこから生活反應が残つていなければならない。ところがこの下山総裁の身体に限りましては、三百何箇所切つてみたのでありますが、傷のある場所にもあるいはその他の場所にも、どこにも生活反應を認めることができなかつたのであります。解剖の桑島博士が非常に愼重な態度をもつて解剖をいたしましても、生活反應とおぼしきものは全然発見することができなかつた。ただ睾丸に出血がある、それから局所に出血がある。手足にごくわずかな出血がある。こういうまあ生活反應と申せば生活反應と申しべきものがあつたのでありますが、ひかれるということによつて起つた思われるところの損傷、轢断によつて生じた損傷にはどこにも生活反應がなかつたのであります。これを特に申し上げたいのであります。しかしながら当日は御承知の通りに実にひどい豪雨でございまして、数時間にわたつて雨が降つたのでございまして、あの轢断当時は小雨程度であつたかもしれませんが、その後非常な豪雨が降つておるのであります。それで私どもといたしましては、これは雨のために生活反應が先の流されておるというようなおそれはないだろうかということを一應顧慮いたしまして、この点については保留いたしまして、傷口に関することは檢察御当局にもお話申し上げました。ただ雨に洗われても、洗い流すことのできない部分、つまり傷口になつていない部分、皮下出血であるとか、あるいは筋肉内の出血であるとか、あるいは骨が折れておりますが、骨が折れたために、その周囲の組織を突きましてできた傷でありますとか、あるいはその他の傷、これらの雨がいくら降つても先い流すことのできないようなものを調べましても、そこにも全然生活反應を認めなかつたのであります。それでもなお私どもは最後の判断をするのを躊躇いたしまして、その後五体の飛込み自殺と思われる――飛込みでないひかれた場合もありますが、轢死体を五体解剖させていただいておるのであります。この件につきましては、先ほどの参考人の中舘教授からも、いろいろな反対御意見を新聞に御発表になりましたこともございましたので、その点も考慮いたしまして、十分に調査いたしました。できるだけ精細に調査いたしましたが、いずれの場合におきましても、生活反應を欠くがごとき自殺というものはなかつたのであります。また文献を調査いたしましたが、文献の中にもそういう例は一度も見当らないのでございます。なお最後の例は、ひかれましてからあと数時間豪雨に打たれた一例がございます。これはその條件が下山総裁のひかれた條件に非常によく似通つておりましたので、私どもは特に注意いたしまして、その死体の解剖をやつてみたのでありますが、この場合におきましても、明かに生活反應は全身至るところに発見いたしたのでございまして、全然生活反應を認めない下山総裁の場合とはつきりと違つているということを見た次第でございました。それからまた生活反應というものは、雨によつて消失したり、あるいは弱くなつたりする場合がないかということを考えまして、これは檢察御当局の御注意もございまして、生活反應を呈しておるところのものを六時間以上水道の流水の中につけて流してみたのであります。ところがだんだんと時間がたちまするにつれて、まわりの方にありまするところの反論はいくらか弱くなつて参りまするけれども、その組織間にある出血のごときは最後まで判然として残つております。そのうちには当時の氣温でございまするから、腐敗が進んで参りまして、組織がぶよぶよになつてしまつて、綿のようにささげて來たのでありますが、このときといえども、なお生活反應を見たのであります。つまり五例のその後の自殺死体を十分に観察いたし、また実驗を十分にやりました末、私ども、桑島博士が見ましたところの、死体をひいたということ、つまり生活反應を欠いておるということから、その他の意見は少しも私どもの意見をかえるに足らないということを確信するに至つておるのであります。今日といえども、私どもはまだ自殺とも他殺とも申しておりませんけれども、死体を轢断したものであるということは、私どもは最初から申しておる通り、その意見を毫末もかえるものではないのであります。この点御報告申し上げます。
 それからこれはたいへん重要な問題でございまして、この問題は私どもただの事件と考えておりませんので、これは非常に國民が関心を持つておるのみならず、世界の人々が関心を持つておる事件だと存じますので、私どもはできるだけ私心をなくして、まつたく公平、公正な態度で、もとより法医学というものはそういうもので進むものでございますが、特に注意いたしまして、私どもは少しでもとるべき意見があつたなら聞き、また取入れる覚悟であります。この点新聞に自殺とか他殺とかいつて、非常に騒がれましたので、皆さんもその点において御意見が迷つておいでになるということが、またこの委員会をお開きになつた一つの動機ではないかと察するのでございますが、こういうことをおもんばかりまして、私どもは七月の三十日に、特に日本法医学会の在京評議員会を開いて御報告したのです。これは討論をいたしたのではございませんで、私どもの見ましたことをつぶさに御報告申し上げまして、つまりこういうことになつて、こういう結論になつておりますが、いかがでございましようというので、御報告したのであります。それでもし御意見があつて、私どもの意見に少しでもかえなければならぬと思われるような御意見がございましたならば、御遠慮なくお申し出願いたい、とるべき意見は十分にとらしていだたきまして、最後の結論の際には参考にいたしますからということを申し上げて、皆さんから御意見を伺つたのであります。同僚の中舘博士が一人反対意見を述べられたのみで、その他の方はどなたもお述べになつた方はないのであります。同僚の中舘君は、私の最も尊敬しております同僚でございまして、常に私どもは提携してやつております。なた中舘君が法医学の進歩のために特に御親切におつしやつてくださつたのであるということを、私どもかたく信じておりますが、一應私の考え、これは桑島君からは申しにくいことであると存じますので、私はいくらか第三者のうち当事者に近い者であるかもしれませんが、第三者といたしまして申し上げますが、中舘教授の先ほど申されたことは、三鷹事件はあれは轢死体とは私は思つておりません。轢死というのは、レールがあつて、レールの上にあるものをひいた場合に轢断と申のであります。あの場合はレールがないのであります。電車が走つて参りまして突き飛ばしまして、そのために突き飛ばされて倒れて、中には押しつぶされた者があつたようであります。だからまつたくのほかの死因ではないかもしれませんが、電車によつて起つた死亡であることは認めますけれども、これを私どもは轢死の例であるとは考えておりません。從つて同博士が睾丸に非常な出血を見、手足にも出血を見た、これが轢死の唯一の特徴のある証拠である、こういうものがあればこれは自殺と考えてよろしい、こういう御意見でございました。このことにおきまして、こういう所見を見たならば自殺と考えて、つまり轢死と考えてよいという御意見のように伺つたのでございますけれども、この中舘博士の提出されました例そのものが轢死でないのに轢死の所見を持つておつたというのは、みずからその所見を破つておることになると存じます。そういう意見は私どもといたしましては、下山事件には適用できないと考えておる次第でございます。同僚のことを批評することはいかがと思うのでありますが、これははなはだ重大なことでありまして、この國会で國民全体に御意見を申し上げてることでございますから、私どもの態度をはつきりいたしておきたいと存ずる次第であります。またこの下山事件を契機といたしまして、科学捜査という面が國民の関心を集め、また科学的捜査というものは一挙にして進歩する域に逹しておるということを申し上げたいと存じます。今度の事件は非常な科学的捜査のテスト・ケースであると私は思つておりますが、いろいろの科学的捜査をやつて、実は許されるならば、私がどういうことをやつておるかということを申し上げたいのでございますが、これがまた捜査に関係のあることでございますので、私は一言も触れるわけに行かないのでございます。とにかく科学的捜査というか、今後こういうことがあるだろうと思われるような調査を十分やつておるのでございます。すでに約五十日以上を経過いたしました今日といえども、まつたく研究を中止いたしておるわけではなく、着々と科学的捜査は進められつつあり、また着々とその実績をあげつつあるということだけお含みおき願いたい。ただお尋ねになりましても、内容についてはお答えいたしませんから、あらかじめお断り申し上げておきます。
 こういうわけで今回の場合、また今後科学的捜査によらなければならない、どなたがお考えになりましても、確実な事実に基いて立論するのでなければなりませんので、科学的な捜査に立たなければならぬということは、御同感のことと存じますが、私どもの経驗からいたしますと、從來におきましては、科学的捜査いまだしの感が十分にあつたのであります。幸い國警の中には科学捜査研究所もできまして、近々新しい廳舎にお移りになりまして、今後その方面の研究は進められることと存じますが、ここに一言私が申し上げておきたいと思いますことは、これは捜査方面におきまして、警察に属する捜査のほかに、檢察廳がやはりそういう科学的機関をお持ちになることが願わしいことではないかと考えております。それからまた科学というものは、やはり科学者を十分に動員することによつてのみできることでございますから、できるならば今までからできております大学のような施設を十分に御利用になるようなふうにお考えになることが、最も経費が少くて実績をあげることになるのではないか、こういうふうに考えております。なぜならば、今度の事件に触れるといけませんが、犯罪捜査上におきまして、被疑者の血液型を調べる、その現場にあります血痕を調べて、その血液型が合うか合わないかということによつて、非常に捜査上に役立つ一例をちよつと申し上げますと、ある場所、山の中で殺人が行われまして、その死体からある離れたところの木の葉の上に点々として血痕がついていた。その血痕を調べまして、それが人血であること、それからその血液型がB形であるということがわかつたのであります。その山に行きました人を調べまして、その容疑者をつかまえて調べてみますと、その人がB型である。そのB型の人の血がそこについておるので、その人は殺人容疑者とみなされたわけでありますが、その後いろいろ調べましても、どうもおかしいというので、法医学教室で再檢定を命ぜられまして、調べてみますと、被疑者の血液はBM型でありますが、その点々として木の葉の上についておるその血はOMN型である、しかもq型ということがわかつたのであります。血液型は御承知の通りAB方式血液型、MN式血液型、Q式血液型、E式血液型、Rh血液型等いうふうに、今日では約二万種類にわかれるのでありまして、こういう点からいたしまして、今のはOMNqであるということがわかりましたので、被疑者になつておりました人はB型でありますから、その人はその犯罪の嫌疑から取除かれたというような事実がございまして、こういう研究は非常に重大な法医学上の証拠力を提供するのでございます。このことはただいま必要があつたからすぐ調べると申しましても、なかなかできるものではないのでありますが、これは約二十五、六年にわたりまして、日本の法医学界では各教室で調べておりまして、今日こういうような確定した事実を持ておるために、これができたのでございます。それから塵埃の研究であるとか、あるいは泥、毛髪の研究とか、唾液の研究、あるいは指紋の研究であるとか、物的証拠といたしまして研究すべき面が非常にたくさんあると存じますから、ぜひ皆さんのお力によりまして科学捜査の機関が充実せられて、一層科学捜査が迅速に行われるようにやつていただきたいということをお願いいたします。同時に大学におけるこの機関を十分に活用していただくことを私どもは切望する次第であります。一例を申し上げますと、本年文部省から出ました科学試驗研究費は四億か何かございまして、四億を全体の人にわけたのでと思いますが、その中で犯罪科学に関係のある研究にくだされました研究費は四十万円でございます。一つの研究でも四十万円くらいではできないのでありますが、本年度のわれわれ法医学の方面にくだされた研究費は四十万円で、その試驗委員には法医学者は入つていないのでありまして、この点も私どもは大いに遺憾と思つておるところでございます。本年五月に新潟で日本法医学会の総会を開きまして、そのとき評議委員会の席上で一つの申合せをいたしまして、これを日本学術会議に提議いたしました。日本学術会議というのは、わが國の学術における議会みたいなもので、すべて科学的なものを討議する機関でありますが、ここには一部から七部までわかれております。七部というのは医師に関係しており、医学は基礎医学のこの五つにわかれておるのです。法医学は基礎医学でもありませんし、臨床科学でもありませんし、公衆衛生でもありませんので、私は一体法医学者はどこへ入つたらよいのであるかということを聞いたのです。入るところがないじやないじやないかと言つたら、まあ仕方がないからどこへでも入つていてくれということでありまして、ある人は基礎医学に入り、ある人は公衆衛生に入るというような実情で今日参つておるのでありますが、この点もどうか皆さんの公平なる御判断によりまして、法医学というものが独立したものとして認められるように御霊力賜わりたいと存ずる次第であります。
 なぜかなれば、医学に三つの應用面があります。第一は病氣をなおすという面、これは申すまでもないことであります。第二には病氣にかかつた者をなおすではなく、病氣にかからないように予防するという面、第三は今度のような事件とか、その他個人の基本的人権を擁護する場合に必要な唯一の科学として、法医学というものが登場して参つたのであります。旧憲法下におきましても、もちろんこの法医学は使われておつたのでありますが、この新憲法になりましてから、個人の基本的人権が十分に尊重せられることがうたわれるようになりまして、これをするところの唯一の科学である法医学が、はつきりその地位を認められていないということは、私どもの最も遺憾とする点でありますがために、國会の皆さまにおきましては、この点を十分に御考察くださいまして、法医学ははたして國民の生活に直接大事な学問であるかどうだかということを御檢討くださいますことを、特にお願いいたしたいのであります。今日ではこの法医学は、学術会議の中にも正式に入つていないわけで――入る場所がないのであります。こういう状態であるということを申し上げて、皆さんの御檢討をお願いいたしたいと思います。はなはだ準備が不十分でございまして、わかりにくいことを申し上げたかと思いますが、科学捜査に関することは、皆さんのお力によつて評價していただきたいというお願いだけは通じたかと存ずるのであります。
○花村委員長 何か御質問はありますか。
○世耕委員 古畑教授にちよつとお尋ねいたしたいと思いますが、先ほど中舘教授から、犯罪捜査の面にわたつての統計を文献の上から説明されておつたのでありますが、そのお話によりますと、全犯罪の五%くらいが結局科学捜査に値するもので、多くはむしろ聞込み、第六感というような勘で捜査に結論をつける、こういうふうな御説明があつたように私は聞き及んだのであります。そういたしますと、ただいま古畑教授のおつしやつた科学捜査面というものはきわめて軽く取扱われておる。また軽く取扱われてしかるべきだというような結論が見出されるのであります。しかし古畑教授の今のお話は、法医学というものは、今後重要な役割を演ずるのだ、特に科学捜査ということが重要視される今日において、法医学がまず第一線に立たなくちやならぬのだというふうに実は今承つたのでありますが、この点についてもつと詳しく御説明願いたいと思うのであります。先ほどの中舘教授のお話を承つておりますと、全犯罪の五%しか科学捜査をまたないで、いわゆる聞込み程度で捜査完了ができる。全犯罪の五%というのは、非常に重大な面に処して、聞込みだけで判断のできない場合に、科学捜査を依頼するからこういう統計が欧米にも出て來たのではないかと考えられる筋があるのであります。この点について簡單に御説明願えればけつこうであります。
○古畑參考人 ただいまのお尋ねにお答え申し上げます。私は法医学というものは、今後犯罪捜査の第一線に立つて活動しなければならぬ重要なものであると確認をいたしております。法医学の結論をまたずして捜査にあたることが從來は許されておつたのでありますが、今後は許されないのではないか、こう私は存じております。法医学できめられたことを、あとは捜査の面で着々事実を捜査して行くので、鑑識とかあるいは法医学で明かになつた事実に基いて捜査して行くのであたり前で、捜査の方で聞込んで來たことをもとにいたしまして、法医学の結論をかえるというようなことはまつたく本來を顛倒したことで、こんなことはやつてはならないことでありますし、それでは科学の値打というものは全然ないのでありますから、私としては不賛成であります。また五%と申しておりますのは、どういう統計に基いて申されているのか存じませんが、犯罪にはいろいろありまして、法医学がほとんどタツチしない犯罪、詐欺であるとか、あるいはそのほか民事上の問題とかいうようなことになると、ほとんど法医学の知識を使うことがないのでございまして、法医学の最も使われるのは殺人とか、強盗、強姦とか、國民が最も不安を感ずるような凶悪なる犯罪で、これは五%どころではありません。私といたしましては八〇%も九〇%も法医学というものは活用せられなければならぬ、希望を申し上げるならば百パーセント活用せられなければならぬと感じております。しからば現在の段階で百パーセント活用できるようになつているかというお尋ねでございますが、そこまでは進んでおらぬことははなはだ残念でありますが、あらゆる科学的捜査において、法医学とか理化学の捜査というものは今まで考えられている以上に大きな力を持つべきものである。これが私の考えであります。
○角田委員 お尋ねします。死体が死後何時間経過したというようなことは、今日の法医学ではまだ研究されておりませんか。もしありましたならば、ひとつ例をあげて御説明願いたいと思います。
○古畑參考人 ただいまの御質問はまことにごもつともでありまして、これは法医学における最も大切な宿題になつております。三年前に、日本法医学会は宿題として、各法医学教室で協力して研究すべき題目を募りまして、まず第一に死後経過時間をきめるという研究を始めたのであります。第二には血液型の研究。血液型の研究というのは、殺人とか何とかいう場合に、犯人であるかどうであるかということをきめるのに非常に立ちますので、その血液型の研究をやる。第三は中毒の研究。第四は指紋の研究。現場の指紋のとり方が不十分であるということは、私どもが今日非常に痛感しておるのであります。帝銀事件の場合でも本件の場合でも、指紋がもつて出ているのじやないかということを痛感いたしておりますので、指紋の活用ということについての研究が十分行われなければならぬ。この四つが法医学会の問題として取上げられているので、その一つとして、一昨年から死後経過時間を調べる。これもいろいろな人がいろいろな方法で調べております。相当成績が上つておりますが、今までのところでは、死後経過時間はわからないというのが現状でございます。だから死後経過時間で、何時間経つておるというようなことを申せば、これはまず普通の人でありますと、よい加減なことを言うておるというふうにお考えになつてもさしつかえなかたのじやないかと思つております。
 ところが本件の場合におきましては、從來やつておりましたようなあやふやな方法によつておるのではないということを申し上げたい。新しい見地に基いて、新しい研究に基いて、二年前から始めておりました研究を今度應用してみたのでありますが、これは私どもの同僚でございます藥学の秋谷教援が、南氷洋から鯨を、肉類を國民におわけしたいというので日本に運んで参りました。ところがこれを配給いたしますと、においが出て臭くてみな困るというので、非常に非難が出ましたので、なるたけ鮮度を落さないで、新しいままの肉を國民に差上げたいというので、何とかして鮮度を落さないような研究をしたいというので、鯨会社の人たちが水産の科学者及び細菌学者に働きかけまして、研究して、秋谷君がその一つとして研究いたしたのであります。私がちようどその委員をいたしておりましたので、お話を伺いますと、非常に共通するところがありますので、ではあなたの方の研究と私の方の死後経過時間の研究は共通の面があるから、ひとつ一緒に協力してやつていただこうというので、秋谷教授に委員に入つていただいたのです。たまたま七月六日の下山総裁の死体を解剖する当日、藥学会を開きまして、その藥学会で秋谷教授が御報告なさつたのです。御報告したあとで、ちようど解剖場に見えましたので、私が秋谷教授に、君の方の研究は非常にうまく行つておるそうだが、あれは確かなのかと言つて聞いた。そうすると秋谷教授は、非常にうまく出る、おもしろいほど正確に出ると言われた。それならば下山さんの場合にも、あるいは問題になるかもしれないからひとつ調べておいてくれないかというので、その場合に、肩の肉を三十グラムとりまして、研究をやつていただいた。そうしますと、その研究が実にうまく出た。その結論をちよつと申し上げると――下山事件のことはやめます。これは合うか合わないか、もう少しはつきりしてからでないといけない。その後飛込み自殺や何かあつたりいたします場合に、これをやつてもらつた。実は人間にやるのは始めてで、そんなことを言うのは早計じやないかという議論が新聞に散見いたしますので、やりました。五十歳になる親と二十歳になる娘が同時に死んだ事件があつた。この事件をやりました。これが午後四時十五分に死んであるのでありますが、この死後経過時間を調ベますと、午後四時と出た。その後午前一時七分に電車にひかれた例がある。これは調べました結果、七分の相違で午前一時と出た。それからその次には午前七時十七分か二十分にひかれたのでありますが、その人の死体の死後経過時間が午前七時と出た。ほとんど二十分以内の差をもつて合いましたので、私どもとしましては、この方法は今までの方法の中で最も信頼できる方法じやなかろうかということを感じておる次第であります。なおこれは今後研究を続けますから、それによつてあらためて成果がはつきりすると思いますが、今日までのところ非常によく出る方法で從來に来ない新しい方法を使つておるのだということをおわかりくだされば、ありがたいと思います。
○角田委員 もう一つ承つておきたいのは、先ほど私は聞き漏らしてしまつたのですが、現在血液型というのは何種類ございますか。
○古畑參考人 血液型は今日のところ、新しい血液型がどんどん出て参りますので、どこまで採用するかということによつてきまるのでありますが、理論的には大体二万種類ということになつております。
○角田委員 そこで承りたいのでありますが、たとえばある者が死んだ場合に、どういう血液型であつたかということが、本人の着ている着物であるとか、あるいは吸つているタバコであるとか、こういうところから判定ができるものでありましようか。
○古畑參考人 できます。
○角田委員 そこでもう一つ承つておきたいのですが、それはその二万種のものが、すべて明確に判定できるのでありますか。
○古畑參考人 いや、そこまではわかりません。理論的にはそこまでできますけれども、実際の血痕についてやる場合には、普通われわれがやつておりますところでは、ABO型、MN式、Q式くらいしかやつておりません。それでありますと、四十二種類くらいでありましようか。
○角田委員 そこで今度は血痕とか、そういうもののなかつた場合、子供が生きておるとか、親が生きておるとか、あるいは兄弟があるというところから、血液型が遺傳の法則で判定できるのでございましようか。
○古畑參考人 わかりません。これは從來は、血液は血液だけでしかわからないと思つておりましたが、その後唾液でもわかりますし、精液でも胃液でもわかります。こういうことになつております。それから人がない場合、一例をあげますと、私どものところで戰爭中問題になりましたのは、硫黄島に行つております人の血液型をどうしても知らなければならぬということになつた。それで何とかして調べたいというわけです。それであの時分輸血が盛んでございましたから、血液型を調べているだろうというので、保健所にお尋ねしたら、保健所でもわかつてない。手紙の切手がありますと、切手をなめたものをとりますと、それで血液型がわかるので、その人の家に出した手紙がないかということを聞いてやつた。ところが漁師町の男で、手紙なんか家へやつたことがない、はがきを二、三度よこしたことがあるだけだというので、これもわかりません。私の方ではへその緒を生まれたときにとつて、それを残しておく習慣がありますが、それがあると血液型がわかるので、それがないかというと、これもございません。仕方がないので、今委員のお尋ねなりました通り、遺傳の法則を應用いたしまして、家族の血液型を調べまして、その家族の血液型を調べまして、その家族の血液型を調べることによつて、理論的にその人の血液型が何型であるということを決定いたしたのでございます。これははつきりわかる場合とわからない場合があるのでありますが、かなりの程度にわかるものでございます。
○角田委員 もう一点お尋ねを申し上げたいのですが、下山事件で例の枕木についておつた血痕、これが問題になつたのでありますが、たとえば線路道などを遠くまで調べる場合に、どこに血痕があるかを発見する方法として、今日科学的にどういう方法が使われておりますかということが一つと、もう一つはどのくらいの時間経過するとその血液がわからなくなりますかという点をお聞きしたい。
○古畑參考人 これは大分微妙な質問に入つた参りましたので、一部分しかお答えできないのでありますが、枕木の血液型のことはちよつと今捜査上の問題でございますから……。
○角田委員 そのことは一般の例でけつこうです。原理を承りたい。その血液が肉眼ではなかなか見つからない。それを見つける方法があるのかないのか。肉眼で見つけなければわからぬのかどうか。そういう血痕はどのくらいの時間までわかるのか。
○古畑參考人 それはわかります。ベンチジン反應、グヤツク・チンキ反應というのがございますので、その疑問の点のあるところへ行つて、ペンチジンでぬらした紙で押えつける。もしそこに血痕がありますと色が青くなつて参ります。その反應が陽性であると血痕らしい、血痕でない場合もありますが、血痕らしいということになる。今度はその部分だけとつて参りまして、ほんとうの血痕反應が出るかどうだかということを檢査する。それから今まで用いられていなかつたことで非常に役に立つと思いますことは、化学発光檢査というものがございます。これは夜暗いときにルミナルという液を〇・一%の弱アルカリ性に溶かして、それに過酸化水素を振りかけて、今の噴霧器で疑問のところをこういうぐあいに振りかけてやると、血痕がありますとその部分が青白く光る。これによつてこの部分に血が着いているということがわかるから、そこにマークをしておいて、晝間参りましてそのマークしたところをとつて來て、今度はほんとうの血液型も調べる。最初見つけますのはベンチジン反應、夜にルミナル、これは非常に鋭敏な反應でございまして、今までにおそらく使つていなかつたのではないかと思うのでございますが、これが科学捜査において今後どしどし使われるような時代が來たのではないかというふうに思います。
○角田委員 血痕がどのくらいの期間までわかりますか。
○古畑參考人 それは場合々々によつて違うので、はつきりしたことはわかりませんが、数箇月はよかろう思います。それから血液型は大体十年も二十年もたつたものでもわかる。二千年もたつているミイラをとつて参りまして、そのミイラの血液型が今日はわかる。だからやり方は十分に注意をして実驗をいたしませんと、はつきりした数字は出ないかもしれませんが、とにかく血痕のようなものは数十年にわたつて可能である、こういうふうにお考えくだすつてけつこうだと思います。
○小玉委員 下山総裁の死体のことに関連してお尋ねしたいのですが、先ほど中舘教授の例は、純粹の意味の轢死体ではないとおつしやられましたが、あなたの方で取扱われて轢死体の皮下出血の徴候状態、それは先ほど中舘教授がおつしやつておつたのとは非常に違うでしよう。
○古畑參考人 違うと申しますよりは、中舘教授は切られた場所の生活反應ということを全然お考えになつていない。轢断したときに生活反應が全然なくして、下山さんのように睾丸とか陰嚢にあるという例になれば、中舘教授の意見も一應成立すると思いますが、私どもの申しておりますのは、轢断せられた場所、あるいは轢断でなくとも、ぶつかつた場所に生活反應があるかないかということを問題にしております。中舘さんの問題にしておるのと私どもの問題にしておるのとは、非常に大きな相違がある。そういう意味から申しますと、私どもの考えてる生活反應は、純粹の轢死体の場合に全部残つておりますが、下山総裁の場合は少しも残つていない。
○小玉委員 それから新聞などで拝見しますと、下山総裁の局所には出血があつたというふうに承りましたし、なお死体の各所に皮下出血があつたというように伺つたのですが、それは生活反應ということになりませんか。
○古畑參考人 生活反應であります。
○小玉委員 それは死後轢断とはどういうふうに……。
○古畑參考人 轢断せられた前にできた場、そういうように考えております。
○小玉委員 それは生前でありますか。
○古畑參考人 さようであります。
○小玉委員 その結果の予想はむずかしいのでしようけれども、それから申しますると、生前にある種の負傷を負つた。そうして死亡して、死亡後に轢断せられたというように大体の想像はつくのですか。
○古畑參考人 さようでございます。
○林(百)委員 古畑教授の御意見非常に参考になつたのでありますが、ここではつきり常識的にお聞きしたおきたいことは、あなたはひかれたときに死体であつたということは言われたが、他殺であるということはちつとも言つたことはないのでありますか。
○古畑參考人 今までは……。
○林(百)委員 ただひかれた死体が、法医学上から言えば死んでいたと思うということですね。
○古畑參考人 はあ。
○林(百)委員 それが一点、それから三鷹事件についてやはり中舘博士は生活反應の点で、三鷹事件で電車に当つた死んだ人のからだから出て來た生活反應の問題を下山事件と比較しているので、やはり死んだ後の生活反應の点ではぶつかつて死んだ人のからだも、ひかれた人のからだでも問題は同じになるのじやないか、そういう意味で中舘博士が三鷹事件の例を引かれたのじやないか、生活反應の問題について、レールの上でひかれたか、ひかれないかという問題でなく、そういう意味であれば、中舘博士の例も一應やはり聞くべきではないか。
○古畑參考人 それは生活反應といたしましてはおつしやる通りであります。しかし轢死の例にはならない。
○林(百)委員 レールの上でひかれたというのは、生活反應という点では一應考えていいというわけですね。それから三十日の東大に開かれた法医学会のときであります。このときの模樣ですが、大分世間では、このときも死後轢断と決定していないように思つておるが、このときはやはり東大の方から詳しい報告がありまして、それから参考に意見のある人があつたら聞かしてもらいたいということで、何も言わなかつたから、あなたたちの意見をそのまま承知したというわけでない、現実にあなた方が死体を扱い、鄭重な解剖をした結果であるから、いろいろ考えがあつても一應黙つていたということで、質問や反対意見がなかつたから、私たちの意見がきまつたということじやないように思いますが、その点どういうのでありますか。
○古畑參考人 さようであります。そのときは、私どもの意見が非常にその判定をくだすには重要なことはなるのでございますから、違つている意見があれば申し出てほしいということを、特に申し上げて、申出は……。
○林(百)委員 特に意見を述べた方は中館……。
○古畑參考人 そうです。
○林(百)委員 それからあとの問題ですが、機関車の噴射状の血痕が問題になつて、その点は法医学上からどういうものか御調査なさつたか。
○古畑參考人 それは私どもは調査いたしておりませんけれども、昔は凝結があれば生前のものであるということになり、凝結というものは死後はできにい、そういう意見が一應あつたことがある。今日では死後でも凝固するというのが定説になつている。死後でもあまり時間があるから生前のものであるということは言えない。それが一つ、それから噴射状という場合でございますが、噴射状というのは、つまり動脈が切れた場合に飛沫状に飛ぶ、たとえばこういうところに血がある。そこのところをくつでぱつと踏む、踏むと飛ばつちりが飛び、自動車が水たまりのところを通るとずいぶんひつかけられる。あれと同じ原理で、そこに血がたまつているところがあつて、ひけばもちろん飛ぶ。心臓の中に血が一ぱいたまつているといたしまして、轢断して、ちよつと押されて、心臓に穴が明いておれば、圧力によつて飛び出す、そういう場合もある。但しその飛び方を見ますと、はつきり区別がつくのです。この間私が見ました限りのものは、つまりそういう死後の血液を飛ばした飛沫であるというように私は見ております。動脈から飛び出たものではございません。
○林(百)委員 機関車についておつたものは、これは噴射状は噴射状だつたのですか。
○古畑參考人 その噴射状という言葉でございますが、そういう言葉がまた正しいか正しくないかわかりませんが、まあ……。
○林(百)委員 とにかく何というか、散つていたわけですか。
○古畑參考人 散つてはいたのですけれども、死後の飛沫が散つておつた。
○林(百)委員 それは何かケミカルの方法でそういうことになつたのですか。物理的に……。
○古畑參考人 物理的に私たちわかつていたのです。きようは写眞は持つておりませんが法医の本にちやんと出ております。
○林(百)委員 それからもう一つ、これはこういう結論をあなたが言われることができるかどうか、もし言われなければけつこうです。東大の研究によりますと、やはり死後轢断ということになつておりますが、そうすると死因は何ということになりますか。
○古畑參考人 それは研究中であります。ただいま想定はしておりますが、発表の段階に至つておりません。
○小玉委員 今、林君が最後に問われた死因の点でありますが、死後轢断ということになると、しろうと考えでは、第一に考えられるのは自殺ということです。第二には他殺ということが考えられる。それからもう一つ考えられるのは自然死、脳隘血や心臓麻痺にかかつた人間、こういうように三つくらいに想定がつくと思うのですが、そのうち自殺論というのは睾丸あたりにけががあるということは、自殺の場合には考えられないのです。次に自然死の問題ですが、自然死にあたるような兆候というものを死後どうして檢出するか。結局は他殺ということの疑いが強いというのじやないですか。飛躍するかもしれませんが、第一自殺の兆候があるかどうか、第二には死体の自然死の兆候があるか、その点については、どのような所見を持つておられるか、おさしつかえがなければ……。
○古畑參考人 今の死因についてはいろんなことを想定いたしておりますけれども、まだ最後の結論に逹しておりませんので、まだ研究中でございますので、ちよつと申し上げる段階に立ち至つておりませんのですが、とにかくおつしやるようなその意味の自然死――自然死というものは、大体脳に出血があつて死んだり、あるいは心臓麻痺を起した死ぬ、こういつたような場合が多いと思いますが、積極的にそういうものがあつたという証拠は、今までのところつかんでいないのです。けれども死因はまだ不明なんです。不明というよりも申し上げないのです。
○林(百)委員 われわれとしてはそこが聞きたいのです。そこでこういうことがあるのですが、何か汽車か何かに当つて、その轢断される直後に死んだ形になつて、それからひかれるだから人が殺したのでなくても、その走つている汽車によつて何か死因を來し、それがひかれてもそれは科学上、医学上から言うと、死後轢断ということになるのでしようか。
○古畑參考人 同じ汽車ですね。機関車ではね返されてうしろの車でひかれた場合ですか。
○林(百)委員 あるいはほんのわずかの差でも、一分か二分死んだ後にひかれると……。
○古畑參考人 そんなことはないと思います。
○林(百)委員 そうするとやはりあなた方が死後轢断というのは、ひかれる相当前にやはり死んであるという観測ですか。
○古畑參考人 さようでございます。
○梨木委員 ちよつと生活反應ということを、しろうとにわかりやすく説明していただけないでしようか。
○古畑參考人 ちよつとむずかしいのですが、一口に申し上げますと、生活反應というのは、あなた方がこういうところにぶつかると、すぐそこのところがはれまして、痛みを覚えて色がかわつて來る。生きているときには切つて見るわけには行きませんが、確かにそれは生きているわけです。つまりそのときにそこに血が通つている証拠なんです。要するに生きておつたときに鈍体がぶつかりますと、そのぶつかつたときの証拠が残るわけです。死んでしまいますと、このときは血がありませんから、からつぽのところにぶつかつても血がないのですから……。それからまだ組織が生きておりますときには、まず幾らかその部分がはれます。生きているときには、赤みを持つ、炎症を生じますというか、こういうぐあいになります。死体には赤味とか痛みとかはれというものがわかりません。それから切つた場合を見ますと、下から肉が盛り上つたように見える。皮膚が彈力のためにひつぱられます。ひつぱられますから下から盛り上つて來る。死後のものだと、大根を切つたみたいにサツときれいな切口ですね。それから生きている場合には、その切口のところにヒブリンのようなものがくつついたり、うみが出て來たり、――これは相当、数時間以上たつてからの話ですけれども、こういう生きておつたという証拠の症状が出て來る。それから骨が折れたりいたしますと、骨折の場合に、骨髄から脂肪が出るわけです。生きておりますから、血が通つておりますから、血管の中に血が吸込まれまして、心臓とか肺臓とか、あるいは脳に死亡栓塞というものを起します。血管の中に血が入つて來る。つまりその間、血液が動いておつたものが、肺臓とか、そのほか肺臓とかが割れると、血管の中に吸いとられる。あるいは空氣栓塞と申しまして、大きな靜脈が切れますと、その中に空氣が吸い込まれる。だから空氣栓塞があり、死亡栓塞があるということになりますと、いわゆる生きておつたということになる。普通ありますのは、生きておれば血が通つておりますから、切口から血が外に出る。それから隣接の組織の中にも血がにじむ込む。それから切れてない場合には、血管の外に血が出て走つて來る。だから、普通われわれが見る場合には、出血を大体目安として見る。その他大体今の主張でありますと、死亡栓塞とか空氣栓塞とか、こういつたようなものを同時に見ますけれども、一番眼目になるのは出血でございます。
○梨木委員 もうちよつと伺いますが、死後幾らも時間が経過しておらない場合には、幾らか生活反應というものがあるのじやないでしようか。
○古畑參考人 死後すぐでありますと、皮膚がまだ生きております。だから、その場合にはごくわずか出る。出血でも、その場合に、血管に血液がある場合は出る。血液がなくなつて、血圧がとまつてしまつた場合には、押し出す力がありません。血管に入つている部分は出ますけれども、うしろから押し出す力がない。
○梨木委員 それはどのくらいの時間、反應が……。
○古畑參考人 大体反應のあるのは、血液は二、三分だと思いますね。
○梨木委員 それから下山総裁の場合に、指紋というものはとられたわけでしよう。
○古畑參考人 とりました。
○梨木委員 あれは大体下山さんということは、あなたの方では断定されているんですか。それはどういうことですか。
○古畑參考人 これは非常にいい御質問だと思うのでありますが、死体を見た場合に、それがだれだれかということをきめます。普通私どもの方ではそこまでやりません。警察からだれそれの死体として持つて來ます。それを最初から信用して取扱つております。だれかわからぬ場合には本人かどうかということをきめなくちやならぬ。つまり特徴を調べなければならぬ。つまりその人の入歯がどういうふうになつているとか、出ツ歯になつているとか、あるいは切れた入れ墨の跡があるとか、あるいは燒痕があるとか、あるいはほくろがどつかにあるとかいうような、その人の持つている特徴を調べる。そのほかに、一番いいのは指紋を調べる。そのほかに、一番いいのは指紋を調べる。本件の場合にも、桑島博士はすぐ指紋をとろうと申しまして、指紋をとつたのでありますが、下山総裁の指紋というのはとられてなかつたようなんですね。だからして、死体の指紋はとりましたけれども、総裁の指紋が残つておりませんから、対照することができない。それで捜査当局の方では、たぶん鑑識課の方でお調べになつたかと思いますが、引出しなんかを調べまして、その中にある指紋のつきそうなものを、その中から指紋を檢出いたしまして、総裁の指紋であろうというようなものを見て、それと照らし合せて見たように思つております。この点は私がやつたのではございませんから、確かでありません。この点から國民の指紋をとつておくということが、こういう問題の場合に非常に必要だ。國民の指紋登録をしなければならぬ。会社なら会社、学校ならば学校で指紋をとつておけば、その人の移動を知る場合には非常に役に立つ。こういうことも委員会として取上げるようにひとつお願いたします。
○梨木委員 指紋の点はそれでわかりましたが、ほかにからだの特徴をお調べになつて、家族その他がおつしやることを対象としは判定されたようなところがございますか。
○古畑參考人 その場合に秘書の方がおいでになりまして、総裁であるということを確認せられました。
○梨木委員 最後にもう一点伺いたいのですが、今の法医学の皆さん方、捜査当局が運営される場合の仕組は、さつきちよつと伺つたのですが、これはどういうことになりましようか。適当に管轄がきまつておりまして、その地域的な管轄が……。
○古畑參考人 解剖から捜査に移る段階でありますね。
○梨木委員 この事件の死体をだれに解剖さすか……。
○古畑參考人 これは大体東京では地区がまつておりまして、どの地区に起つたものは東大に行く。どの地区に起つたものは慶應に行くというように、大体習慣的にきまつております。けれどもそれは絶対的なものではございませんので、檢察当局が特にこちらに鑑定させるということの必要をお感じになる場合には、自由にどこにお頼みになつてもかまわない。習慣的にそういうことになつております。
○梨木委員 それでこういう場合にいろいろ費用がかかるだろうと思いますが、これは今一体どこで負担しておりますか。
○古畑參考人 それは存じません。國家が負担しておるのではないでしようか。
○梨木委員 あなたの方の教室で負担しておるのではありませんか。
○古畑參考人 私の方でやつておるのは、私の方で負担しております。
○梨木委員 あなたの方が頼まれた分は。
○古畑參考人 今はゆだねられておりませんけれども、とにかく現在のところ必要なものは、私の方の費用でやつております。またちようだいしなければならないような場合には、捜査当局に申し出ればくださると思いますが、まだ申し出てありません。まだそういうところまで行つておりません。
○梨木委員 これは相当厖大なものになりましよう。
○古畑參考人 それが見通しがつきません。
○梨木委員 しかしこれは大体皆さん方が頼まれた場合には、これについての鑑定料というものはもらうわけでしよう。
○古畑參考人 さようでございます。
○梨木委員 この種の事件は、鑑定料を請求されるとどのくらいになりますか。
○古畑參考人 わかりません。今までそういうものがありませんから。
○林(百)委員 東大の方ではこれがもし死体轢断としますと、死因は死体のどこにあつて、それはどういう原因で出たかということの研究はしてありますか。
○古畑參考人 やつております。
○林(百)委員 それはどういうことですか。
○古畑參考人 それは今申し上げられません。
○林(百)委員 それから秋谷教授の乳酸反應による死後経過時間、これは新聞紙の傳えるところによれば、一度訂正されていますが、これはどうですか。
○古畑參考人 それは秋谷さんのことだから、私からは申し上げられません。
○林(百)委員 そういう事実があつたのでしようか。
○古畑參考人 それは新聞でごらんになつたら……。本人がそんなことをおつしやつたかどうか存じません。
○林(百)委員 最初は非常に先に死んだことになつておりますが、その後大分接近して來ておりますが、それはどうですか。
○古畑參考人 それはちよつと私からお答えしかねます。
○小玉委員 世間でも大分問題になり、法医学間でも、東大でも大分研究しておられるので、結論を出す時期がそう一年もというのでは、いろいろの点で困るのですが、東大の方では最終的な結論を出す時期は、大体いつごろの御予定でございますか。
○古畑參考人 これもちよつと今申し上げることができないのです。引受けている当人が私でありませんから。
○花村委員長 二点ばかりお伺いしたいのです。この下山事件について、法医学上から調査研究いたします場合に、その資料の保存に欠けるところはなかつたかどうかが第一点。つまり材料は研究の対象としてそのまま入手ができたかどうか。
 第二は英米等の科学捜査における法医学の地位。法医学をどの程度まで科学捜査の面において尊重され、利用されておるかという外國の例、その二点をひとつお尋ねいたします。
○古畑參考人 その資料の收集において、今までのところは大体資料の收集をいたしておりますけれども、あとから考えると、もう少し置いておいたらよかつたとか、そういう意味におきまして不十分だと感じる点はややある。けれどもそういう点についての組織がまだできていないということは申し上げられるかもしれませんから、今後こういうような資料を残すというようなことを、もつとはつきり指定しておくことが非常に大事じやないかと思います。お尋ねの御趣旨に沿うかどうかわかりませんけれども、つまり証拠を残しておく。あるいは保全するということが、今までところでは十分とは言えないと存じます。
 第二点の英米におきましては、私はあまりイギリスの制度はよく存じません。それからアメリカの制度もあまり詳しいことは知りませんが、ちよつと数箇月見てまわつただけの印象では、法医学は尊重されております。法医学の結論が出て初めて捜査に動くということになつております。だからこの連絡が非常にうまく行つておるように思います。その点日本では欠けるところがあるように思います。
○佐瀬委員 東大の法医学教室、もしくは日本の法医学界で、死後轢断の場合について、今までどの程度に実際上法医学的、あるいは解剖学的に調べられたことがあるかということをお伺いしたいと思います。それは何か今までずつと各方面の御説を承つておると、生きてあるものが轢殺なり、あるいはその他の事故で致死になつたという場合を比較の対象にされて、いわゆる生活反應の有無を断定しているというふうに見えるのですが、死後轢断によつて生活反應がなかつたということを肯定するには、やはりそういう場合から結論づけないと、肯定の例から否定の例に移るということは、そこに何か逆は必ずしも眞ならずというような考方からいうと、比較の例にならぬような氣がするのですが、そういう死後轢断の前例というものが今まで多数あつて、それから今度の下山事件にそれが妥当して來るというふうになると、われわれとしても非常に了解しやすい。その点についてちよつとお伺いしたい。
○古畑參考人 私自身の経驗はございません。但しこれは何年でありますか、ちよつと今忘れましたけれども、秋田縣の大曲に鉄道線路の上に死体がひかれていた。それで檢視いたしました人はこれを轢死、つまり自殺とみなしまして、そのまま遺族にこれを引取らして埋めてしまつた。ところが世評がどうも自殺ではなさそうだということでありましたので、三箇月たつてから檢事局が再解剖を命じまして、その当時東京大学の助教授をいたしておりました三田定則先生、私の先生でございますが、三田先生世まだ助教授の当時、助手を連れて大曲まで出張し、その埋めてあつた死体を取出して解剖したのです。そうしますと、その死体は水の中につかつていたためにほとんど屍蝋化していた。それでも先生は傷口をいろいろと檢査して、二種類の創傷があることを発見いたしました。そのうちの一種類は轢断、腹部をひかれておるのですが、轢断によつてできたと思われる一群の傷と、生活反應と申しますか、傷口のところに出血しておるところの血液反應を調べまして、血液反應を出す傷と出さない傷との二群にわかちまして、一群は生活反應がある。つまり出血がある。一群は全然生活反應がない。これは轢断によつて生じたものである。但し生活反應のあるものは後頭部、それから手なんかにあるのですが、主なる傷は後頭部です。この後頭部における傷はひかれる前にできた傷である。三田先生は、これは棍棒のようなもので頭部を打撲せられまして、それによつて殺した死体をそこでひかしたのではなかろうかという判定をくだされまして、そういう報告をいたしました。御当局はその兄弟を拘引して調べましたところが、これを白状いたしました。それは弟を兄が財産上か何かで前日殺しまして、死んでしまつたので、線路の上に横たえたということがわかつた。これは本人も自白いたしましたし、とにかくその通り解決した。つまり死後の轢断であります。死後の轢断の例は今まで私の記憶に数例がございまして、いずれも生活反應はないのであります。つまり死後のものであれば生活反應を伴なわないということは、ほとんど疑いの余地はないのではないかと思います。私どもといたしましては、死後轢断の例はあまりやつておりませんが、死後受けた傷は何百と見ております。死体のときに、死後鈍体が作用した場合に生活反應を呈しないということは、数百も見ております。轢断ではございませんが、これは同じ原理でございますから、鈍体が作用した場合に、皮下に出血がなければ死後のものとみられる。但し轢断の場合には、ある場合と生前のものでも欠けている場合もあるという点が多少違つているかもわかりません。しかし私自身以前にはそういう例はございませんが、判断を誤まるほど大きな欠陷だとは思つていないのです。
○佐瀬委員 生活反應は、轢断の場合とそうでない場合とでは相当違うものがあるのかどうか。先ほど三鷹事件の場合には轢断ではないから、あまり参考にならぬというような御趣旨に承りました。たしかパリの医科大学のタルド教授――この人は法医学の教授ですが、自動車事故の法医学的研究というので、研究室で殺したのを、自動車事故で死んだようにみせかけて、自動車にひき殺させたという一つのケースを取上げて、研究報告を出されております。自動車による場合と汽車による場合とでは生活反應がない、あるいはあることについて多少違いがあるかどうか、これをちよと伺います。
○古畑參考人 多少はあると思いますが、大体において同じでございます。少しの相違はございましよう。
○林(百)委員 下山総裁の睾丸のところにある傷というか、ある一種の反應ですが、あるいは轢殺される際の打撲で受けたものかどうですか。あるいは死因をもたらした現象としてそこに出ておるのか、その研究はどうなんですか。
○古畑參考人 私どもといたしましては、つまりひかれたときにできたものじやないという結論をくだしております。
○林(百)委員 そうすると生活反應がないということですね。
○古畑參考人 生活反應です。生前に鈍体が作用した症候が残つておる。こういうふうに考えております。
○林(百)委員 それからもう一つ、今の死体の保存の方法ですが、これは今どうされておるか。今後なお長く研究は続くと思いますが……。
○古畑參考人 下山事件の死体はすでに御遺族にお渡しいたし、葬られて、今死体はないのです。
○林(百)委員 あとは理論的に推理しておるわけですか。
○古畑參考人 その中の一部分を残しております。檢証するに必要だと思われる部分については切りとつてあるのです。それについて顯微鏡標本をつくつたり、血液型を調べたり、そんなことをやつております。残つておりますものは洋服とシヤツのようなもので、それについて今檢査をいたしております。
○林(百)委員 今の点で私こんがらかつておるのですが、山下総裁の事件について、これは自殺したときの生活反應か、あるいは殺された場合の生活反應か。同じ生活反應でも轢殺された瞬間における生活反應か。あなた方の判断によつて、死んでしまつたあとでひかれたとして、その前の反應か、そこはわからぬのですか。
○古畑參考人 そこでつまりひかれた場合、ぶつかつた場所に生活反應が残つておれば、そのものも同時に起つたという考えが起つて來るわけですが、つまりぶつかつた場合に生じたと思われるものが全然欠けておるものですから、どうもそれとは時期を異にしてできておる。こういうふうに私どもは考えておるわけです。
○小玉委員 先ほどあなたは、英米では科学捜査に基いて普通のいわゆる地取り、足取り、聞き込みというような捜査をやるような傾向であるとおつしやつたのですが、本件あたりもあなた方の科学捜査の結果によつて、本格的に捜査の階段が進むものとすれば、これはある時期に結論を出さないと捜査当局も非常にお困りじやないかと思うのですが、捜査当局の捜査の経過を待たずに、東大の科学研究のみによつて結論がお出しになることはできるお見込でございましようか。
○古畑參考人 そんなことはありません。
○小玉委員 そういうようなお見込みは持ておられますか。
○古畑參考人 私の方は、途中に出たものは一々檢察御当局には御報告をいたしております。出ておるたびに、こういうことは大体こういうようになる。――最後の結論は出しておりませんけれども、とにかくその調査の途中、新しく見つかつたこと、新しく出たことについては、順次御報告いたしておりますから、御当局は御存じなわけです。
○小玉委員 捜査御当局のいろいろな状況調査といいますか、そういうことを待たずして、独自の見解で結論をお出しになる、こういう御見込みはお持ちになつておりますか。
○古畑參考人 捜査とは無関係に、法医学的な判断はいたします。
○花村委員長 どうもありがとうございました。参考人の中舘久平君より発言の申出がありますから、これを許します。中舘久平君。
○中舘參考人 先刻委員の方から下山事件について、檢察廳より警視廳に何か意見を徴されたことはなかつたかという御質問があつたのですが、それに対しましては私はないとお答えいたしましたが、それは私の記憶の誤りでありまして、下山事件の係檢事布施氏及び警視廳の塚本鑑識課長が、三鷹事件の死体の解剖のことについて私にお尋ねがあつたことがありますから、それをつけ加えておきます。
○花村委員長 午前はこの程度にいたし、午後二時より再開いたしたいと思いますが、御異議ございませんか。
    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
    午後一時十分休憩
     ――――◇―――――
    午後二時三十二分休憩
○花村委員長 午前に引続き会議を開きます。
 次に小宮喬介君にお願いいたしたいと思います。小宮喬介君。
○小宮參考人 私はもと名古屋大学の法医学の教室におりました小宮でございます。本日ここにお招きをいただきまして、犯罪捜査のことにつきまして意見を申し述べる機会を與えていただきましたことを、非常に光栄とするものでございます。
 初めに申し上げておきたいと思いますことは、科学捜査と申されるのでありますが、科学捜査と申しますと、一体に何でも自然科学を使うものばかりを、科学捜査というようにとつておられるのではないかと思われるのであります。しかし自然科学ばかりではない、ありとあらゆる科学されたものをみんな用いるのが科学捜査でありまして、法医学を主眼とする科学捜査と申しますならば別でありますが、そうでなく、科学捜査と一樣に申しますならば、あえて法医学ばかりを用いるべきものでないと思うのであります。しかしながらもちろん法医学というものも、科学捜査の根本となる要素を十分持つておるものでありまして、これを用いまして、はたして捜査にどれくらいの効果があるものかというようなことは、私二十年間ばかり実際において愛知縣でやついたのであります。なまいきな申し方かもしれないのでありますが、おそらく日本全國で、当時の愛知縣の警察部の刑事課ぐらい科学捜査を使つたものはないと私は思つております。その経驗から申し上げますに、科学捜査の根本は何であるかと申しますと、物質的なものでなく、人であります。事を得なければ決して科学捜査はできないのであります。たとえば指紋を使う場合において、指紋係というものは何百何人と募集すればできるのでありましようが、そのうちではたして何人しかるべきしつかりした人を得られるかと申しますと、ずいぶん数が少いのではないかと思います。私の経驗からいたしまして、約二十名の人をやつて見まして、たつた一人しかしつかりした人を得られなかつのであります。もしもそういうような人が得られましたならば、これをごく優待するということがまず第一に科学捜査の一番大事な点ではないかと私は考えます。いろいろな点ではないかと私は考えます。いろいろな器物を求める。その器物ばかりが決して科学捜査の元になるのではなく、これを扱う人が必要であります。かつて拳銃を持つて兵庫、愛知、靜岡の三縣下にわたりまして殺人強盗を行つた者がおります。これは佳木斯からの脱走兵でありますが、そのとき拳銃の彈丸からして、兵庫縣で行つた事件と愛知縣で行つた事件とが、同一國銃によつて行われたということを調べたのでありますが、これはその当時私どもで比較顯微鏡を初めて求めまして、拳銃の彈丸の事件でもあつたときにと思つて約二年ばかりけいこしておつたのであります。たまたまそういう事件がありまして、同一拳銃から発射された彈丸によつて双方の事件が発生したものであるということがわかりました際に、みんな何をほめたかと申しますと、比較顯微鏡があるからいいというのでありますが、はなはだ私から言わせれば不愉快だつたのでありまして、その比較顯微鏡を扱う人間を二年間私は訓練をするために、ひどいことを言つたり、あるいはずいぶんむりなことをさせたりしたのであります。その人の見る技術をほめないで、顯微鏡ばかりほめるのでありますが、顯微鏡ばかりあつたつて、のぞく人間がなければだめなのであります。機械がなくても、人間一人おりますれば、またそれ相当のくふうをするのでありまして、私はまず物だとか何とか言うよりも、まず先にそういうようにごく適した人間の養成、かつそれの優待ということが、一番必要なのではないかと存じます。なおその上にもちろんいろいろの科学的の捜査をする道具がある、器具があるということになりますれば、それに越したことはないのでありますが、そういう場合に多くなわ張り爭いをしまして、自分の方にも欲しい。こつちにも欲しいというようにばらばらやりますと、結局はあぶはちとらずになるのであります。皆で寄つてたかつて一つの物を使えばごくいいものができる。それをばらばらに一つずつ買つて置きますと、それほどいいものは持てない。かつ使わないところはほこりにまみれて放つて置くようなことになるのでありまして、経済的の見地から行きましても、私は一つのものをごくよくした方が、つまらないものを数多くつくるよりはいいかと思うのであります。ただいまの状態から申しますならば、いわゆる捜査科学研究所が今度新築になつたようでありますが、あれをまず一番にできるだけ充実しますのが、科学捜査の根本をつくるものだと私は考えております。ただ方々にばらばらにつくるよりは、一つのものをごく重点的にやるのがいいというのが、私のただいまの考えであります。もちろんそれが終りましたならば、それから数多くつくるのは、これは申すまでもないことだと考えるのであります。
 次に、人の問題などを申したかつたのでありますが、きようお招きいただきました文章に、下山事件についていう項があるのでありまして、それをとりまして、この科学捜査というものがいかようなるものであるかということを――それはいろいろの考え方もありましようが、私の考え方をまず申し述べさしていただきたいと思うのであります。これは下山事件を申すのではなくして、下山事件を例にとりまして科学捜査のお話をする、こういうふうにお含みを願いたいと思うのであります。この下山事件の発生いたしましたころにおきまして、私がなぜこれに対しましてすぐに関心を持つたかと申しますと、すぐ死体が東大の法医学教室におかれて、私の先輩でありまして、始終私の畏敬しておりますところの古畑教授が指揮をとられまして、そしてなお桑島博士、これも昔から始終御交際を願つておりまして、いろいろ仕事の上でも御相談を願える方でありますが、そういう方々が解剖されるのでありまして、事は重大なものでありまして、どうなることかと思つておつたのであります。そうしますと私の胸を打ちましたところのものは、古畑教授のところで、死体解剖のいろいろの結果について――これは新聞で読んだのでありまするから、はたして信用すべき意見かどうか存じませんが、相当の結果が発表されました。と同時に、私名古屋の方で読んだのでありまして、一日遅れておつたのかも知れませんが、七日の朝の新聞に、水戸電話としまして、ひきました機関車の右の排障器に血痕がついておつた。それをたしかはつきり記憶いたしませんが、水戸の地檢の檢事さんが立会つていろいろ調べたということがある。しかもその血液型はA型でありまして、下山総裁の血液と同じだという記事が出ておつたのであります。そうするとどうも死体をひいた機関車の排障器、それに血がついておるというのは、少し疑問に思つたのであります。疑問に思つて、ただそれだけにしておりました。いずれいろんなことがはつきりするだろうと思つておりました。ところがその後新聞紙上ではつきりして來ない。そのうちに、たしか政府の方の話のようだつたと思いますが、こういう重大事件であるから、警察当局あるいは捜査陣ばかりでなく、一般の人もこれに関心を持つようにということがあつたかと思うのであります。これは少しよけいなことになつて恐縮でありますが、名古屋ではこの犯人をつかまえた者だとか、眞相をはつきりさした者には百万円の懸賞金を出すとか、五十万円の懸賞金を出すとかいろいろ張り紙まで、新聞が出したのであります。その懸賞金のことはどうでもよろしゆうございますが、そういうようなことで関心を持つということになりますと、私なども法医学の方に少し足を入れておつた人間でありますから、これに関心を持つのも國民として当然のことかと思つて、さらにそれに関心を持つようになつたのであります。たまたま私はそのころ指紋を出すのに使う紫外線の発生機の製作のことがありまして、機械屋に参るために上京したのであります。それでこちらに來て方々見ておりましたときに、一番氣になるのは、機関車の血なのであります。警視廳の鑑識課へ出ましたときに、その血はどういう血であるかということを伺いましたところが、水戸の方からの電話では、排障器にゼリー状の血痕がついておつた。ゼリー状の血痕ということになりますと、凝血と見てよろしいことになると思います。先ほど古畑教授も言われた通り、人間の血が死んでから出ましても、当分の間は固まることはもちろんでございます。もちろん固まり方がごく悪くなつて行くのであります。これは人によりまして、また死因によりまして、この固まり方の悪くなるのがいろいろに違つておりますが、少しの間は固まるのであります。しかし生きているものならばみんな完全に固まるのであります。ごく特殊の一部のものは別でありますが、普通のものならば固まるのであります。そうすると、答まつた血がついているということになりますと、死骸と見るべきか。もし死体の方を見ないで、生きた者をひいたということになるのであります。死体ばかりを見て結論を下すのも間違いでありますし、また機関車の方の結果ばかり見て結論を下すのも誤りであります。要するにこの二つが合わなければならない。眞理は一つしかないのでありますから、この二つがどうかして合わなければならないということになると考えるのであります。
 なお話が少し前後いたしましたが、犯罪科学の方面で証拠になるような科学的の根拠を見つけましたときに、それがはつきりしてから捜査にかかるということになりますと、私は捜査の方のことはよく存じませんが、捜査の方は御不満があるだろうと思うのであります。結果が出てから調べるというのでは、遅れてしまうだろうと思うのであります。ここでそういうことを申し上げて、はなはだ恐縮でありますが、もしも下山総裁のひかれた事件について、その結果がまだ発表のときでないといたしますと、かりにそれを持つておりましたならば、捜査は今日までかかるわけに行かないのであります。どうしても眞相を一つなのでありますから、科学的の鑑識の方も捜査の方もすべて同時に進めて行つて、結局帰するところは眞相をつかむ一点に帰着するというのが、私はほんとうの意味の科学捜査であろうと思つておるのであります。
 なお死体を解剖いたしますときの心得といたしまして、少し考えなければならないことがあるのではないかと思います。経驗がないということは実際辛いものでありまして、われわれも幾たびか初めての事件にあつて苦労したことがございます。経驗はたくさん持ちたいのであります。死体の解剖はどんどんしたいのであります。しかしながらわれわれは法医学に從事しておりまして、死体を解剖いたしますときにおいて、決して忘れてはいけないことがあります。眞理の探究ということも必要でありますが、しかしながらその死者に対して礼を失することは一番間違つていることであります。かつその近親の人に不快の念を持たせるということも、また許すことのできないことであります。でありますから、この下山総裁がここで変死のことが起つたいう場合におきまして、あとでそれの経驗を得るためにといつて、それはもちろん檢察当局が、その犯罪に容疑を持たれたからでありましようが、法医学の教授に対しまして、死因の事情もはつきりしておる死体を解剖させるというようなことは、あまりこれは研究というものを重大視された結果でありましようが、こういう態度で法医学の人間は研究しておるというようなことを思われますことは、私法医学の一人してはなはだ不愉快に思つております。
 それで話がわきにそれましたが、そういうようにいたしまして、まず血痕の方面から少しおかいしい思つておりました。しかしながらなお機関車の方を聞きますと、機関車の一番うしろの車輪の軸に噴霧状に血が飛んでおるということを聞きました。しかしそういうようなことは私は聞いただけで見ないのでありまして、見ない者がこれを云々するということは不穏当であるということに一應なるのであります。しからばどうだと申しますと、法医学の方で鑑定いたしますことは、あえて死体を解剖したり何かするばかりが鑑定ではないのでありまして、書類の鑑定ということがあるのであります。書類によりまして再鑑定をすることは、裁判所あたりでよくあることなのであります。書類からだけの見方というものも、また一應は私は理由が立つかと思います。私はものを見ないで、書類の方からだけで考えてみよう、こういう決心をいたしたのであります。なお古畑授教に対しまして、もつと早く出まして、いろいろお話を伺いたいと思つたのでありますし、また古畑教授の方も私にお話になりたいような御意向があつたようでしたのは、鑑定というものは、人の意見を入れて鑑定するものではないのであります。鑑定を命ぜられた人が鑑定をするものであります。これに対しましてよけいな雜音を飛ばしに私的に行きますことは、始終ごく親しく願つております私といたしましても、あえて避けなければならないと思いまして、私といたしましてははなはだ残念であつたのでありますが、古畑教授のところにおたずねすることを差控えておつたのであります。ところが法医学の教授会でいろいろ御発表になつたということでありますから、それでは伺つてもいいと思いまして、日曜だつたから、その次の月曜日に参りまして、古畑教授にお目にかかりまして、貴重な時間を四時間ないし五時間いただきまして、いろいろ説明していただいたのであります。そういう結果といたしまして、どうかという問題になつたのでありますが、この死後轢断ということになりますが、先ほどもちよつとそういうことで話がいろいろになつておりますが、轢死という字であります。この轢死という字をどうとるかということでありますが、轢死とは書いて字のごとく解釈すれば、わだちによりましてひかれて死ぬものをいうのでありますが、わだちにひかれなくて、機関車にぶつつかつたものは、これは轢死と言わないのかということになりまして、実に困るのであります。ぶつつかつてはね飛ばされて死んだものは、轢死と言わないのか、言うのかということは、非常にむずかしく考えられて來るのでありますが、私はこれは常識的にとりまして、機関車にぶつつかりまして、機関車にぶつつかりましても轢死としていいんじやないか、要するに車にあたつて死んだというふうにして、みな轢死と解釈してもいいんじやないか。刀のないもの、とんがりのないもの、戎器でないものよりまして傷をつけられる。すなわち鈍体によつて傷つけられるというときに、機関車に鈍体として取扱うことになりますと、それの輪にひかれて死んだ人を轢死と申しますが、ぶつつかつた場合も轢死としてよいのではないかと私は考えております。そうして轢断という字は、これはあとでひかれたものというように考えるのでありまして、もちろんこのわだちによつてひかれたというものでも、レールのあるものもないものもあります。自動車のようにレールのないものもあるし、汽車、電車のようにレールのあるものもあります。この器別も一應は考えなければならぬと思つております。この機関車のわだちによりましてひかれるという場合に、ぶつかつてからひかれるということがありますので、死後轢断と申しまして、汽車に死んでからひかれるというと、何だか死骸がひかれたというようになりますが、死体がひかれたというのは、それは死後にできたものだ、こういう意味になりますが、こういうものはわれわれが十幾つも解剖したことがありますが、その際におきまして、ずいぶんたくさん自殺し飛込みの者に、死後轢断の跡を見ておるのであります。どうしてかと申しますと、汽車にぶつかりまして死んで、その死骸がひかれたとなりますと、死後轢断の跡があります。もちろんそれは汽車にあたつたとか、あるいは前の輪で生きたままひかれまして、しかる後にあとの輪で死んでからひかれたというような結果になりましたものがたくさんあるのであります。ただ死後轢断の箇所だけでもつて、すぐにこれは死体がひかれたというわけには行かない。どこか生前の何かの傷がなければならぬ。かりに死体がひかれたとしたならば、それが死体になりますところの死因がわからなくてはならぬ。その死因が汽車によるものではなく、ほかの凶器によつてできたといたしますれば、これは死体がひかれたものである。機関車にぶつかつて、何かできた死因によつて死にまして、しかる後にひかれたものならば、死後轢断というような樣子も見えるのではないかと考えました。死後轢断すなわち他殺、これは古畑教授も言つておられないと先ほどもおつしやいましたように、決してそんなことは言わないと私にも言とつておられたのでありまして、そんな他殺というようなことをおつしやつておらないのでありますから、その点は誤解のないように願いたいと思いますが、この死後轢断の跡というのは、死体がひかれた、こういう意味にとられて、ひかれた跡はあるが、それは生活反應が見られないということ、そうして死因は何だかわからないということに結局結論がついたのかと思うのであります。この機会におきまして私がここで申し上げたいことは、先ほどどなたからかの御質問で、逆は必ずしも眞でないということがあつたのでありますが、まことに至言でございます。法医学におきましては、決して逆が成立するときまつておりません。かなり成立しないことがたくさんあるのであります。たとえば溢血点あるいは出血点、どちらでもいいと思いますが、小さな出血点が溢血点であります。出血点は鈍体作用によつてできる。出血点は鈍作用によつてできるということは確かであります。しかしながらそういう出血があつたならば、鈍体作用がそれに加わつたものだとは軽卒に申せないのであります。そのことは、私がここで申しますよりは、われわれの恩師でありまして、古畑教授はその後継者でありますが、三田先生の本を持つて参りまして読んでみましたならば、それが明らかであろうかと思うのであります。これは窒息のところで書いておる言葉でありますが、三田先生の法医学の本の九ページにおきまして、窒息して死んだ者には、眼瞼あるいは眼球結膜下に溢血点があるというようなことを書いておられる。なおそのほかの特徴としては、眼瞼の皮膚、これは眼瞼の結膜下ではございません。眼瞼の皮膚、まれには脛部または上胸部の皮膚に溢血点の存することもある、こういうふうに書いてあります。これからいたしましても、また窒息のときに眼瞼等に出血があるにいたしましても、首を絞められたり窒息をするときに、その辺に鈍体は作用しておらないのであります。鈍体が作用しておらないところにも出血ができるということは、ちやんと本に書いてあるのでありまして、皮下出血がある、あるいは組織内出血があるから鈍体作用が加わつたものだ、逆には行かないのでありまして、鈍体作用が加わりましても、弱いときには皮下出血を見ないこともあるし、また鈍体作用が加わらなくても、死因によりましてはできることがあるのであります。しかもその出血は、この出血点などは窒息ばかりではなく、ほかの死因のときにも、そういう鈍体作用によらない出血というものができるということが書いてあります。
 なお余談になりますが、かつて自殺、他殺の問題がありました小笛事件のときにおきましても、鈍体が作用しておつたにもかかわらず、そこが始終圧迫されておりましたために、出血がなかつたということになつておるようでありまして、そういう点からいたしまして、その原因は何であるかと申しますと、これはやはり窒息のところに書いてありまして、まだその出血の原因ははつきりいたしませんが、総合的に法医学をつくられたホラマン氏の説を三田先生の本でとつてあるのによりますれば、血管の痙攣であろうということが、ちやんと十九ページに書いてあるのであります。かようにいたしまして、睾丸に出血があるないというような問題等におきましても、すぐに、出血があるからこれは鈍体作用だというように簡單には私は考えられない。むずかしくいろいろの点を考慮して行かなければならない、逆が成立する場合もあり、しない場合もあるのでありますから、その点等をよく考えてみたならばいいのじやないかと考えたのであります。それからなお死後轢断と申されるのでありまして、これは確かに死後にひかれたものと、現場を見ないわれわれは信ずるよりほかにないのでありまするが、これた一例でありますが、私は頭をたたきまして殺しました人間の死体を自殺と偽装させるためにひかした事件に出会つておるのであります。しかもその犯人は警察官あがりだつたのでありまして、自殺と見せるためにげたをそばにそろえて置きまして、そうして自殺と見せかけた事件であります。その殺しましたのは、ちようど右の側頭部をたきまして、右の頭の頭蓋骨で骨折しておりました。そうして手と足とがひかれておつたのでありますが、この際におきまして私の一番困りましたことは、頭が生きているときにたたかれ、手と足とは死後にひかれたものだから殺されたものだと、もしそういうふうに私が軽卒に簡單に考えてしまつていいものであろうか、もう少し考えようがあるのではないかと考えたのであります。それはもしも頭を初めに機関車で打たれまして、そうして倒れましてから手と足がひかれたならば、同じ状況になるのではないか、どういうようにこれを考えたらいいのかと考えました。ところが私にとつては幸いにいたしまして、耳の前と後に血が流れておつたのでありまして、立つておつた状態が受傷した事実が認められたのであります。しかもその右の方の肩には何らの傷がないのであります。そうなりますというと、もし機関車に当りますと、この辺が機関車に当つたので、激しい傷を受けるときには、肩に傷がなければならないと思つたのでありますが、それがない。立つていたとすれば、どうしても肩が打たれていなければならないが、それがない。それだからして機関車に頭をやられた傷ではない。何でたたいたか知りませんが、とにかく機関車にやられた傷ではない。しかもそれが機関車にやられたか列車にやられたか存じませんが、ひかれたあとがあるということになりますれば、これは他殺と言つてもさしつかえないだろうというように、そこまで考えまして、これを自殺を偽装したところの殺人だというように申しまして、結果は犯人もちやんとあがりまして結末がついたのでありますが、そういうときに、傷の点につきましてはずいぶん注意しないとむずかしいものだという氣がしました。なおこのほかに、生きておりましたものがひかれましたときにおきましても、ひかれた方はいろいろであります。軽いものによつてひかれる――軽いと申しましても、汽車のことでありますから、そんな軽くはないと思いますが、電車にひかれるとか、あるいはおそい速度の汽車にひかれるものと、重い機関車で非常なスピードで走つて來るときにひかたれたというようなものにおきましては、ずいぶんまちまちの結果を持つておるのであります。そういうような傷口などのあまりこまかいことは省略しておきますが、生前にひかれたものか、死後にひかれたものかという問題にまずなつてくると思います。そういうときによく――これはわれわれもそういう表現を使つたのでありますが、生前にひかれたものは出血しており、死後にひかれたものは血が出ていないというようなことを、われわれはよく口にするのでありますが、これは間違つた表現であります。この表現につきましては、やはり恩師三田先生の本にありまするところをちよつと読ませていただきたいと思います。すでに死んだものに創傷を加うるときには、その創傷からして流出する血液の分量はきわめて少きに対し、生きている人が創傷をこうむると大なる出血を招來するものである。すなわち死んでから傷をやると、わずかではあるが血液は流れ出る。大きな出血の方は生きているものがけがしたというのでありまして、出血のあるなしを見わけるのではなくして、多い少いということを見るのであります。多い少いということでありまして、あるなしを見るというように、大分誤解しておられる方が多いように私は思うのであります。血が出ておるから生前だ、血が出ていないから死後だなんということは、はなはだ間違つた表現でありまして、もうすでにわれわれの先生は、こういうようにちやんとしたりつぱな表現をされておるのであります。多い少いということになつて参りますと非常に問題でありまして、死後のものか生前のものかということは非常にむずかしいかと思います。私は死後割合に近い時間に人が傷を受けたというのは一例しか知らないのでありますが、これはある痴情関係で、ある男が女を家の前で殺しました。刺し殺したのですが、それから家の中に飛び込んで今度は主人を傷つけまして、また出て参りましたのでありますが、出ぎわにこの女を突いた、その間約十五分というのであります。このときにおきまして、前の傷を與えたときから十五分目までの間隔があつた傷というものに対しましては、差がわかつたような氣がいたします。しかしながら私たちに、生前の傷か死後の傷かはわからないような場合が実際においてあるのであります。たとえば凶器を用いまして幾つも傷を負わせる、ひどいのになつて参りますと、五十、六十という傷を負わせるのであります。そうして死んでしまつてからも切つておるに違いないのでありますが、そういうときにおきまして、われわれが生前、死後のはつきりした瞬間の傷をわからせようということになりましたならば、理論的に見ましたならば、どれが一番目でどれが二番目、三番目、四番目、これが六十番目というところまで番号をつけられるだけの自信がなければ、私ははつきりしたところの結果というものは見られないであろうと思うのであります。死という瞬間のところは、実際法医学の方でもなぞでありまして、はたして何が死の瞬間であるかということはわからない。そのわからない瞬間の近所においての傷というものは、ずいぶんむずかしいのではないかと思うのであります。
 それで、こういう死体の方のむずかしいところへもつて参りまして、当日は先ほど古畑教授も御心配になつておりましたように、非常な豪雨でありまして、これは雨量から考えますと三ミリ、七ミリ、十三ミリというふうないろいろなことになりまするが、嵐のような雨が降りまして、ザーツと降つたり、それからちよつとやんでみたりしますので、平均しての雨量は少くとも、一時的には相当ひどく雨が降るものであります。出たところの血がついておつて、それが雨によつて洗い落せるか、そんなことはない、一ぺん轢死などで血がついているのを、水道のところで打たせて流してみればどうだ、落ちない、こう申すのでありますが、これは私は決して対象にはならないと思うのであります。ぬれているところについた血と、かわいているところへ血がついて、かわいてしまつたというものを水道に当てたのでは違います。ぬれているところに血がつきましたときに、すぐ水の中に入れれば血が流れてしまう。ところがかわいているところに血がついたものを水の中につけましても、なかなかとれないのであります。そういうたしかに生きている者がひかれた例としましては、鉄橋の上でひかれた死体がある。その死体の一部が川の中に落ちまして流れて來たものは、これはかわいておつたところに血が出るはずでありますが、すぐ落ちましたがために、これにおきまして出血が見られないというところがあるという氣がするのであります。これはいわゆる傷口からの出血と、そして雨との関係につきまして、ある程度まで流れるのじやないかという疑惑を持つためであります。
 次には汽車と申しましても鈍体でありまするから、それが当りますれば、最も強いところの範囲におきまして傷口ができる、切れるということがありますと同時に、その鈍体が当りましたために皮下出血ができる、外には傷がなくて、中に出血ができるということがもちろんあるのであります。そういうことが汽車では必ずあるようになつているようなお話がございましたが、そうとはちよつと限らない場合があるのではないかと思います。そういうもののないような場合もときどきあり得る。ではどういう点かと申しますと、汽車でもそういうことがありますが、汽車ばかりでなく、そういうほかの何から申しますると、ふかに食われた場合であります。ふかの場合は、御承知のようにきばのようになつておつて、歯と申しましても鋭いところがない。しかしながらあれのあごの力が非常に強いと見えまして、海の中でふかに食われました傷は、ごく精鋭な刃物で切られたように切れるのであります。しかもそのまわりにおきまして皮下出血は見られないのであります。これは海の中であつたためにそうであるのか、働いた鈍体の力が非常に強いためであるか、これはわかりませんが、そういうことがあります。汽車におきましても、非常に速いスピードになつて参りますと、ずいぶんよく切れるのでありまして、そこにおきまして傷口の出血も、そのために圧迫される関係がありましようが、少いし、その近所に皮下出血というものが見当らないという例に出会うということは、われわれがそういう例を見ましたのは、かつて安城のそばを急行が通つたときにひかれました者において、そういう例を見ておるのであります。これらはしかしながら、見た見たというだけの話でありまして、あてにならないのでありまして、こういうものに対しましては、いわゆる科学捜査の方面からいたしまして、日本全國でそういうものをどうかしてはつきりさせるように、統計でも何でもとつて研究するというようなことが、これから科学捜査の部門につきましての研究機関として、相当に働かなければならないことではないかと、私は考えているのであります。
 なおこれも新聞で読んだことでありますが、レールの上に血がたれている。雨が降つているときにたれた血が、はたして流れないで、そこだけ残つておつたかどうか存じませんが、たしか二百メートルばかりの間に血が点点とあるということになりますと、その血は死体のどこからたれたか。死体に生前の傷がないのだから、血がどこからたれたか。しかも二百メートルの間に血が点点とあるということになりますと、その血は死体のどこからたれたか。死体に生前の傷がないのだから、血がどこからたれたか。しかも二百メートルの間に血がたれるということになりますと、相当に長い距離でありまして、どこか切られたところがあつて、そこから出血したものでなければならないということになります。大体人が方々切られますと、すぐ死ぬように言つて、即死というようなことを言いますが、心臓を突かれましても、大体人間は一町ぐらい歩いております。それから頸動脈を切られましても、私のとりました統計で、約半町ぐらい動いておるのであります。その動いて行きます間において、血はどういうようにたれるか。その血というものは、受傷したところではもちろんたくさん出ますが、それからの間は、だんだん血のたれるのが減る。それが死骸が倒れているところへ行つてからまたふえる。これはそこへ行つて、動けなくなつて、血がたまるからでありますが、血のたれ方ということも考えなければならないのであります。これは私が初めに人を必要とするのだと申しましたのは、なるほど科学的方法をもつていろいろの科学捜査をやつて調べるということは、もちろん尊いことでございますが、しかしながら血のたれ方が、はたしてどういうような距離においてどうたれて行つたか、どう受傷したかということは、血のたれ方からしても相当に考えられるところでありまして、この点等もいろいろ考慮しなければならぬのではないかと考えます。
 それから機関車に血がついていることでありますが、死体をひいて、死体から血が出ても固まる、排障器に血がついて固まるということもあると思いますが、生きておれば必ず固まる。しからば、死体になつてから出た血が排障器について固まつたとすれば、傷が見当らない死体であつたとしましたならば、死体のどこの血が出て排障器について固まつたかということを、われわれは知りたいと思うのであります。
 なお噴射状に血がはねる、これも死骸から血がはねるという原因はたくさんあるのでありまして、これは昔東大で、三田先生時分に解剖をやつておつた宮永学而という講師がありましたが、山梨縣におきまして、被害者のからだの中に刺さつておつた凶器を引拔くと同時に血がはねまして、返り血を浴びたようになつたのでありますが、それが殺人の容疑でいろいろ問題になつたということがあつて、鑑定の結果、引拔くときに出たということが明らかになりました。またわれわれがやつておりますときに、頭を手おののようなものでたたく、一撃でたたきましても血は出ない。第二撃目を與えられますと、そのときには前の傷から出て來る道をたたきまして、血がはねるということがありまして、死骸になつても血がたまつているからはねるということがあります。それでありますから、機関車の一番うしろの車軸に血がはねているということになれば、それは死骸で、心臓にでも穴があいて飛んだのであるということが考えられますが、心臓の心室の方におきましては、そんなような穴があきましても血ははねません。心房の方でありましたならば、穴があきましたならば、あるいはそういうことがあり得るかと考えられるのであります。そういうように両方の場合を皆で考え合いまして、そうしてこういうものの解決をつけなければいけない、それがすなわち科学的のものであると思うのであります。
 それで機関車の排障器のところでまず当つて、傷ができたとして、そうしてその血がたまつて、最後の車軸へ來てはねるということでありますと、その間にどういうところで汽車にひかれたものであるか。また下山総裁の死体は、端から端まで九十メートルの間に散らばつておりまして、それに十メートルの機関車の長さを入れまして百メートル、そうすると時速三十キロといたしますれば、それは何秒間で行つたものでありましよう。その何秒間のうちに血がどう出て行き、どういうように傷を受けたものか、こういうことを考えて行くということもかなり科学的の見方であります。
 なお下山総裁の死体の胸腔の中に血が相当あるこれは死骸になつてから出たものも入つているかもしれませんが、また生前に出たものかもしれません。
 なおこの下山総裁の死体におきましては、死斑が少いということをいつておるのであります。これは非常にこまかいことばかりを言つておりますが、死斑が少い死体というものは――死斑と申しますと、これは死んで死臓が働かなくなりますと、血液が心臓の働きによつて循環するのをやめますと、それが重力によつて下方に沈墜して來る症状であります。死体の表面の色がずつと変るのでありますが、この死斑が少いということをまず第一に見まして、出血死であると、これを一番先に見た人たちもあるのであります。そういう点はある者から見たならば、勘というような言葉を言われるかもしれませんが、りつぱな科学的の見方でありまして、出血死におきましては死斑が少い。死体において死斑が少く見られた下山総裁の死体は、生前にひかれたものじやないかという、これは刑事の勘でありますが、刑事の勘というものは、中にはほんとうの占いか何かのような勘もないわけではありませんが、中には長年の経驗からいたしまして、われわれがこまかいことばかり見て見落すような、大きなはつきりした点を見ているというような大事な点があります。
 まあそういうような点で、與えられました時間も少し過ぎたくらいでありまして、急いで話しましたために、わかりにくい点がたくさんあつたと思いますが、大体科学捜査というものはこういうようにするものであるということを、下山総裁変死事件につきまして、私の氣のついたところだけを申し述べまして、なお將來この科学的捜査ということに対して、いろいろ施設についてお考えになることといたしましても、えて物を大事にするが、それよりも鑑識員を養成し、しかもそれに適任な人は十分優遇するということを、まず第一にお考え願いたいと希望する次第であります。
○花村委員長 何か御質疑がありますか――ありませんか――それではどうもありがとうございました。
 次に塚本久一君にお願いをいたします。塚本久一君。
○塚本參考人 私警視廳の鑑識課長塚本久一でございます。本日法務委員会におかれましては科学捜査のことにつきまして意見を徴されまして、かく科学の面に非常な御関心を持つてくださるということを、科学捜査の一部門を担当しております私としまして、厚く御礼を申し上げる次第でございます。ただ私前にお断りいたしておきたいと思いますのは、今三先生方がお話になりました下山事件の問題でありますが、これは私当面の捜査の担当者の一人としまして、目下そのいわゆる眞実発見のために努力しておる道程にありますので、この点はもし御質問がありましてもお答えを御遠慮いたしたい。捜査の面に関することが多々ございますので、お断りをいたしたいと思いますので、この点御了承をお願いいたしたいと思います。それで法医学の問題につきましてはたくさんお話がありましたので、よくおわかりと存じますので、私警視廳鑑識課としての科学捜査の面にどういう仕事をしておるかということを、皆さんに御報告申し上げまして、將來の科学捜査陣に対する御理解と御支援のほどをひとつお願いいたしたいと思うのであります。
 警視廳の鑑識課には第一係と第二係、それから遺留品の関係で遺失物係を担当しております。そうしまして第一係には、現場係、写眞係、法医理科学という面を担当いたしまして、第二係の方ではいわゆる手口という面を担当いたしております。それで第一係の現場係の中には、あらゆるいわゆる手口写眞という面をもつて構成されまして、たとえば殺人事件、凶悪犯罪事件があつたという場合には、たとい夜中でも檢察廳と連絡をとりまして、現場に參りまして、そうしてその現場の証拠保全、証拠の收集、あらゆる証拠――法医学的にも、理科学的にも対象となる証拠は、全部これを收集して持つて参りまして、それぞれの係を通じまして鑑定をさせ、これを捜査の資料としておる次第でございます。それで現在の施設は、法医学は昨年の機構改革によりまして、國家地方警察の犯罪科学研究所の方にお願いすることにしまして、警視廳におりました法医学者の二人をそちらへまわしたために、現在では法医学に関する限り、たとえば血液の鑑定、あるいは唾液の鑑定、法医学に関する鑑定は全部犯罪科学研究所の法医学課にお願いしております。それから解剖の方は檢察廳の関係でありますが、やはり先ほど申されましたように、慶應と東大とに地域によつてわけて、それに付随したことは付随した機関にお願いしておるわけであります。その間にまた設備の足りないところ、たとえば写眞機も戰爭前の写眞機そのままを使つておる。あるいは理科学の方面でこまかい土壤の分析とか、そういう面につきましても、こまかい微量な鑑定のものが來ましたときには、やりようがないというような非常に不自由を感じまして、分光器はOIDの了解を得まして、これをお借りしてやつてるというような実情であります。
 それから次に第二係の指紋の事務でありますが、これはやはり昨年の機構改革によりまして、警察法の改正によりまして、指紋事務の一切は、國家地方警察の鑑識課に指紋が移されたのであります。それまでは警視廳に全國の警察指紋と、それから刑務所指紋が二百五十万くらいあつたのでありますが、これが全部國家地方警察の鑑識課に移されまして、それから手口係の方は都本部の方へ移されましたが、実際においてこれを運営しておるのは、やはり警視廳が大部分なのでありますので、実際のところ國家警察の鑑識課の方におかれましては、二百数十名の職員があつたようでありますが、この整理において非常に澁滯を來しておるというような関係から、今年五月から以降毎月三十名ずつ應援にやつておつて、滯貨原紙の整理をさせておる状況にあるのであります。この点は私の方は自治体でありますが、自治体が國家の指紋事務の應援をしておるというような実情にありますので、この点は國会の方々におかれまして、予算の面にお考えいただきまして、警視廳の方から應援せずに、十分整理のできるだけの人員をひとつお骨折りを願えれば、間接的に私の方も非常にけつこうだと存ずるのであります。それで指紋施設の利用でありますが、大体どういうことをやつておるかと申しますと、これもやはり科学捜査の部門でありますので、簡單に御説明しておきますと、第一に指紋で前科照会を受ける。たとえば警察で檢挙され、これの指紋をとつて前科の照会をし、原紙から索出して前料の有無を通告する。さらに氏名索引でございますが、氏名索引というのは、やはり一々指紋原紙によつて氏名索引簿ができております。こういうものは檢挙されたことがないかということを言つて來ますので、これによつて檢挙されたことがあるなしということの照会の回答、それから一番多いのは、身元不明変死人の身元の確認、これが相当あるのであります。これは先ほど古畑博士が言われたように、下山総裁が本人であるかどうかということは、非常に疑問を持つたのでありますが、結局東大でその場で取つた指紋と、それから総裁室にあつたライター、それに入れるガソリンびんに、示指、拇指が残つていた。これを照合した結果総裁に符合するというので、下山総裁に間違いないという確認をした。これは変死人の身元の確認ということでは相当大きな役割をしておるのであります。それから民事で利用される場合でありますが、これは家庭裁判所から、今まで無籍だつたから籍を入れたいというのや改姓、改名の申告のあつた場合、やはり照会が参りまして、前科のあるなしを調査して回答するというように、過去の経歴その他を参考資料として民事にも利用されておるのであります。それから犯罪捜査の利用でありますが、現場指紋の対照、これはことしの五月から行われて、今までの現場指紋、たとえばここに窃盗事件があつた、あるいは強盗事件があつたという場合に、ある器物に指紋が残つておる。その指紋を採取して來て、それによつて保管しておる三万枚近くの原紙の中からこれを摘出照合して、何のだれがしということを発見して捜査の方に提供するという仕事をやつておるのでありますが、遺憾ながらそこまで捜査に先行して指紋によつて犯人を割出すということは、非常にパーセンテージが少い。先ほど小宮博士が申されたように、われわれは技術者というものに対しては、特に各面について優遇をしていただきたいのであります。そのほかやみの女とか賣春婦につきましても、衞生的あるいは保安面から指紋をとつておるようなわけであります。
 それからさらに今警視廳として特に一指指紋というものを研究しまして、予算も少しもらい、五月から研究にかかつたのでありますが、大体犯罪の現場に残つておる指紋はよくて一本、その一本も満足に残つておるというようなことはなかなか少いのであります。この一本の指紋によつて犯人を割出そうという少し大きな望みなのでありますが、これを研究したのであります。今まで研究になつたものの指紋は全部十本とつてあるのでありますが、これを一本一本ばらばらにして、別の引出しに入れて分類しまして、そして十箇所に入れて置く。ある現場から指紋をとつて來たという場合に、その指紋と照合する。たとえばひとさし指の指紋が現場にあつた。それはどういう指紋であるということをこの番号から割出します。その指紋の裏には何のだれがしということが書いてありますから、これによつてその現場に残した指紋は何のだれがしである。本籍はどこだということがわかるという方法で、今研究をやつておるようなわけであります。これが指紋の方の仕事でありますが、これはどういう成績であるかといいますと、ことしの一月一日から七月末日まで、警視廳の鑑識課で受理した件数でありますが、約三万千二百五十枚を受理しております。それを前科があるかないか対照をした結果、このものから前科を発見したのは五千五百八十三あります。それから前科を隠していたものが七百八十四名という多数にのぼつております。
 それから氏名索引でありますが、これについて照会されたのが千六百十八件のうち、前科発見が五百九十七件、さらに進駐軍の関係が毎日相当数ありまして、七名の者がかかつておるのでありますが、現在までに進駐軍の方から照会されたものは二万四千三百九十七件ありまして、そのうち発見しましたのは四百三十九件というような現状であります。それから現場指紋で被疑者を発見したもの、これははなはだ遺憾でありますが、積極的に鑑識課でのたれのたれがしという発見は割合に少いのであります。被疑者があがる。現場に指紋がそつちこつちに残つている。それが私の方にずつと溜つておりますので、こういう被疑者があがつているが、自分の管内にこれと同じような強盗事件があつた。その遺留指紋に似ていないかというような照会が來ますが、そういうものの確認をしましたのが、千五百四十三件のうち百十六件あります。これはいずれも余罪を発見したということになるわけであります。その共犯者をそれから割出したというのが四百三十七件ございます。それと警視廳では職員原紙というものを全部とつておりますが、これが現在二万八千余枚ありまして、この方の整理もやつておるようなわけであります。それから民事利用の就籍、改名でありますが、七十一件照会がありましたうちで、前科が数犯あつたために新たに就籍をはかつたもの、それから前科がないと言うにもかかわらずあつたものが三件出ております。それから変死人の身元がありますが、現在までにこれは七十三件の照会が各警察署からあるのでありますが、そのうち五件解決をして身元がわかつたというような状況であります。次は手口係でありますが、これは一口に申しますと、われわれが柔道の練習で初めのころはね腰がうまくかかつたということになると、それが自然に自分の得意の業になるというように、犯人というようなものも、やはり最初忍び込みとか窃盗をしようと思つて、うまく便所の汲取口から入れた、あるいは天窓から入れた、ガラス窓の燒切りをしてうまく入れたというようなことをたびたびやつて成功すると、それが自分の一つの得意の業になり、無意識のうちにその業を出してしまうというように、一の得衣の業が出てくるというような習性をもつている。これを利用して手口係というものをつくりまして、犯人の檢挙のあつた場合には、犯人について手口原紙というものを作製するのであります。そしてこれを鑑識課の方へ送付します。それにはこまかに書いてあるわけでありまして、本人の経歴あるいは係累、教育程度、容貌、写眞があれば写眞、指紋というように、われわれの捜査上に必要なものは全部書いておくような次第でありまして、これを手口係の方の原紙として保管しております。一方本部は、被害にかかつたという場合には、その被害にかかつた状況を、どういうところから入つてどういうものをとつたかということ、それから人相、風体、あるいは無形の証拠といいますか、口をきいた場合にはなまり、そういうことまでこまかに書いておきまして、送つて來る。そして原紙と被害原紙とを照合して、その手口あるいは話の語呂が合う。とるものも大体似ておるというような場合には、警察署にこういう似ておるものがあるから、これを捜査してみろという通牒を出しまして、それによつて捜査をさせる。その結果相当の成績をあげております。その統計は持つて参りませんでしたが、犯罪の手口原紙というものは今十三万九千五百ばかりございます。それから被害数が一万七千近くございます。それから手口別写眞というものがあります。これは檢挙になつたあらゆる犯人の写眞を手口手口によつて別々に保管しておきまして、あるいは詐欺にかかつた場合、たとえばにせ刑事の詐欺であるというようなものは一つの手口として、その種類の写眞を全部被害者に見せて、犯人を捜す。さらに臓品のカードをつくつておきまして、これを刑事の捜査の材料にとつておく。それから臓品の中にいろいろ特徴のあるものは特に表をつくつておいて、捜査の資料とする。これはほんの概略の話でありまして、はつきりしないと思いますが、これが第二係の仕事であります。さようなわけで、実際は鑑識課としてのいわゆる科学捜査という面は、皆様方に実地にごらん願えば、私が説明するよりもよく頭に入ると思います。こつこつ拡大鏡とにらみ合せて一日やつておる状況、ほんとうに目に見えない、今までの言葉で言うと縁の下の力的な仕事をやつておるのだということが、ごらんになればおわかりになると思います。それから理科学の方では法医の先生方がおられるのでありますが、あらゆるものについて私の方では研究をいたします。第一にごみ、あるいは毛髪、繊維、とにかくこのうちのたいていのものは私の方で今鑑別はしておりますが、何分にもまだ機材が非常に足りないので、課員からは相当要求されておるのでありますが、警視廳としてもなかなか予算がとれませんので、思うようにそろえることができないようなわけであります。でき得るならば、ただいまの科学捜査研究所をさらに拡充強化して、利用させていただければ非常にけつこうだと思うのであります。ほんとうの概略なのでありますが、科学捜査としての鑑識の仕事をここに御報告いたした次第であります。
○花村委員長 何か御質疑はありませんか――角田君。
○角田委員 もし國民指紋法というものでも実施することにして、およそ五千万人くらいの指紋をとるといたしましたならば、あなたの御経驗によると、大ざつぱにどのくらいの予算が必要でありましようか。
○塚本參考人 それは私よりも小宮先生の方が研究されております。私まだ鑑識課長としての経驗が浅いのですが……。
○角田委員 もう一点、それじや五千万人の人の指紋をとつて、これを整理して、いろいろな申込みに應ずるといたしましたならば、どのくらいの職員でこれを運営して行くことができましようか。
○塚本參考人 今私のところで國警の鑑識課の方へ應援にやつているのですが、最初のとりつぱなしの指紋を分類するのに、成績のいい者で八十枚、馴れない者は一生懸命やつて三十枚分類ができます。
○角田委員 一旦整理ができ上つた後に分類して行くには、どれだけの職員があつたらいいものでしようか。
○塚本參考人 ちよつとわかりません。
○角田委員 委員長、この機会にお許しを得て小宮氏から伺いたいと思います。
○角田委員 委員長、この機会にお許しを得て小宮氏から伺いたいと思います。
○小宮參考人 指紋の國民登録についてかつて計算してみたのですが、まず八千万人あるといたしましたならば、大体いつとるか、一ぺんにやるか、何年かかつてとるか、瞬間にやると大体三百億費用がいります。人員は指紋の技術者を大体四万人、それを養成するのに半年かかります。
○角田委員 四万人というのは……。
○小宮參考人 指紋をとつて分類するのに四万人。ただしろうとがとつた指紋では、指の形をとるだけであとで役に立ちません。
○世耕委員 下山事件についてのお尋ねでございますが、新聞で報道されるところによりますと、檢察廳の方では他殺説をとつて、警視廳は自殺説をとつているというふうに聞いておるのであります。この点はいかがですか。
○塚本參考人 そういうことはないと思います。警視廳としましては、眞実発見を目安としてやつておるのでありまして、その説は私どもの方ではどつちともちよつと言えないと思います。
○世耕委員 新聞はそうでたらめを書くということはないと思うのであります。ある新聞のごときは、自殺説を固持して今日も報道されている事実があるのです。それには何か根拠がなければならぬと思います。もしこれがかりに自殺であるとするならば、この際そういう眞相を早く発表して、まだ根拠がなければないようなことを國民に與えるということが、一番けつこうなことではないかと思います。その点について特に申し上げたいことは、先ほど古畑教授その他から御説を承つてみましても、科学的捜査の立場から見るというと、自殺説が次第に濃厚のような感があるのであります。もし自殺説、他殺説両説あるとすれば、自殺説の根拠ですみやかに解決し得る何か警視廳の動きがなくちやならぬと思うのであります。卑近な例を申しますと、遺言状を発見したとか、あるいは他の関係において全然自殺ということは否定しなければならぬという結論、これは犯罪捜査の面から秘密にする必要はないと思います。むしろ自殺の出て來たという径路を明らかにして、もつて國民の不安を一掃するということは、この際の警視廳のとるべき態度ではないか。あるいは警視廳ばかりでなく、檢察廳としてもとるべき態度でないかと思います。この点について御見解はいかがですか。
○塚本參考人 私としましては、捜査課長もおりますし、きようは私も前にお断りした通り、ちよつとお答えいたしかねるのであります。
○梨木委員 この下山事件が起りましてから、あなたの方は、捜査当局の方からどういうような協力を求められたのですか。
○塚本參考人 あらゆる面で協力というのではなく、ほとんど一緒になつてやつておるわけです。
○梨木委員 ほとんど一緒にやつて、法医学的解剖というか、これはあなたの方が直接やられたのではないのですか。
○塚本參考人 これは東大の方でやつております。
○梨木委員 あなたの方は立ち会われましたか、その解剖に……。
○塚本參考人 それは立ち会つております。
○梨木委員 そしてその際鑑識課としての解剖の結果に対する意見はどうなつておりましたか。
○塚本參考人 それは、今まだ私の方は捜査中なんでありますから、それだけにお答えがちよつといたしかねるのであります。
○梨木委員 われわれが新聞の記事を通じて知り得たことは、捜査当局の方では、自殺説に結論がほぼ落ちついたというように聞いておるのですが、そうではないのですか。
○塚本參考人 それはお答えできぬです。まだ捜査中なんですから……。
○梨木委員 もう一つ伺いたいのは、下山さんの轢死体と称される死体と、下山さんが使つていたガソリンの瓶に檢出された指紋とを照合したら一致しておつたから、結局下山総裁の轢死体だということに判定したわけですか。
○塚本參考人 判定はすでにわかつておる、これは一つの裏づけであります。
○梨木委員 あの轢死体が下山総裁の轢死体だということは鑑識課でどう見ておりますか。
○塚本參考人 間違いないと思つております。
○梨木委員 それは何によつて確認されましたか。
○塚本參考人 それは秘書の方の証言と人相、指紋ですね。
○梨木委員 それだけですか。
○塚本參考人 それから服装その他であります。
○梨木委員 人相と言うが、顔がつぶれておつたそうじやないですか。
○塚本參考人 それは特徴がありますからね。
○梨木委員 特徴が、判定し得る程度のものが残つておつたのですか。
○塚本參考人 そうです。
○梨木委員 秘書のほかに家族の方――奥さんとかお子さんの立ち会いはなかつたのですか、あつたのですか。
○塚本參考人 鑑識課としてのときにはおりません。私どもが現場におるときには、家族の方はお見えになりません。
○梨木委員 総裁の秘書ですか。
○塚本參考人 総裁の秘書をやつていたいというお方ですね。
○梨木委員 私設秘書と公的秘書とありますが、お名前は御存じないですか――そうすると今の点ではあいまいですね。服装はとりかえればとりかえられるし、顔もつぶれておつたというのですし、それに秘書よりもむしろ奥さんやお子さんの方が身体の工合なんかよく知つておるはずですが、その立会いがないというとあまりはつきりしたものじやないですね。
○塚本參考人 そのために指紋が――これは万人不同ですからね。永久不変の原則で、ほかに同じ指紋を持つておる人はないわけですから、これが間違いないということになつたわけです。
○梨木委員 そうするとガソリンのびんの指紋が下山総裁の指紋だということがどうしてわかりますか。
○塚本參考人 下山総裁の指紋とそのびんの指紋を照合したわけです。そうしたら同じだつたわけです。
○梨木委員 そうすると私たちの考え方では、人相がつぶれて、あとの残つたのが似ていた、服装と秘書の確認、あんまり科学的じやありませんね。
○塚本參考人 科学的なのは指紋だけですね。
○梨木委員 それから指紋の点では三鷹事件の電車、あれは指紋をとられましたか。
○塚本參考人 私の方でやりません。國警の東京都本部の方ですから、私の方は関係していません。
○世耕委員 下山総裁の遺骸は火葬いたしましたか。土葬ですか。
○塚本參考人 それは伺つておりませんが、新聞で見ると遺骨というふうなことが出ていますから……。そこまでは私ども立ち会つておりません。
○世耕委員 あるいはあなたの御責任じやないかと思いますが、かような重大な問題の遺骸を、もし火葬にするというようなことがあるということになると、軽卒じやありませんか。
○塚本參考人 私もそれは考えておるわけでありまして、やは米國あたりにあるそうであります。また現に二、三年にもある事故によつて日本人が、死んだ、それで聖路加病院にその死体が行つておるというので、私行つたことがあるのであります。やはりこういう重大な問題になるおそれのある死体、こういうものは法律によつて、ある一定の期間保存をしておくというふうにしていただいた方がいいのではないかと思います。それにはやはり死体冷蔵庫というもの、これは現に聖路加病院にはいいのがありまして、私はそこからその死体をもらつて來て檢死したことがありますが、これは終戰直後だつたと思います。聖路加病院が向うに接收されて間もないときでありました。ああいうのがあつて、死体をある期間保存しておくというようになればいいのではないかと思います。
○世耕委員 とかくの問題が下山総裁をめぐつて起りつつあるときに、特にその遺骸を火葬にするというようなことから、さらに妙な話題を與えるようなことがあるのですから、そういう場合あなた方の御意見で処置するというようなことは、これまで例はないのでありますか。
○塚本參考人 ありません。これは檢察廳の檢事の指揮によつてやりますので……。
○林(百)委員 これは新聞紙に出ていたのですが、宿屋に何か下山総裁の毛が落ちていて、それを鑑定したというようなことがありましたが、これはどうですか。
○塚本參考人 それはまだいわゆる新聞報道でございまして、私どもまだお答えする何に行つておらないのであります。
○林(百)委員 それからあなたの方の鑑定と、檢察廳は独自の鑑識課か何かあるのですか。
○塚本參考人 ありません。
○林(百)委員 ないのですか。そうするとそういうのは、檢察廳としては警視廳の協力をもつてやるのですか。
○塚本參考人 はあ。
○林(百)委員 そうすると、國警の方はどうなつているのですか。独自に持つておりますか。
○塚本參考人 國警の方はあとに荻野所長さんからお話になると思いますが、いわゆる現場の持つておられるのは鑑識課の指紋だけでございます。あとは國警の各縣本部には鑑識課がありますが、國警の本部としては科学捜査研究所と、それから鑑識課の指紋程度ではないかと私は思います。
○林(百)委員 そうすると、國警は全國的に問題が起きた場合に、地方の施設では不十分な場合は、やはり警視廳へ持つて來て協力を求めるのですか。
○塚本參考人 私の方のお答えするのは、いわゆる鑑定その他の捜査のものに関してでございますが、今はそれは科学捜査研究所の方で全國をやつておられます。
○林(百)委員 どこでやるのですか。
○塚本參考人 科学捜査研究所です。
○林(百)委員 それはどこでやるのですか。國家でやるのですか、どこの管轄ですか。
○塚本參考人 國家です。きようは所長さんが見えておられますから……。
○林(百)委員 そうすると法医学教室の教授の方々からいろいろ意見がありましたが、もつと大学の法医学教室の施設や学者を利用してもらいたいという声があつたのですが、これはどうなのですか。大体警視廳だとか、そういう所でも独自の解剖やいろいろなことができるのですか。めんどうなものだけ持つて行くのですか。
○塚本參考人 今のところはできません。
○林(百)委員 そうすると、原則としてやはり法医学教室を利用するのですか。
○塚本參考人 どうしてもそこにお願いするよりほかはないのです。
○林(百)委員 めんどうなのになると……。
○塚本參考人 めんどうのものでなくても、全部解剖は慶應と東大にお願いしております。これは私の方でなく、檢察廳の方でお願いするのです。
○林(百)委員 檢察廳でやるわけですか。
○塚本參考人 はあ。
○林(百)委員 それで檢察廳は一定の補助金か何かを出すのですか。
○塚本參考人 それは私の方は……。
○林(百)委員 ただで使つておるのですか。
○塚本參考人 それはちよつと私の方ではわかりません。
○林(百)委員 そうすると、あなたの方には死体の解剖や、そういうものは全然ないわけですね。
○塚本參考人 それを欲しいと思つて、この間も都議会の方にお願いしたのですが、結局通らなかつたのです。
○林(百)委員 警視廳でそういう問題が起きた場合は、やはり檢察廳を通じて法医学教室の方に行くわけですか。
○塚本參考人 そういうわけです。
○花村委員長 ほかにありませんか。
 どうもありがとうございました。済みました。
 次に荻野隆司君にお願いします。荻野隆司君。
○荻野説明員 私は國家警察の方の科学捜査研究所長をいたしております荻野と申します。先ほど來、いろいろとお話が出ておりましたが、下山事件につきましても、今度の責任者である警視廳の捜査本部の方から、約十六件に関する関係の委嘱がございまして、ほぼ結論の出かかつておるものもございまするし、これからさらに再度鑑定をいたさなければならないというものもございますので、それらの点について、先ほど來塚本君からもお話がございましたが、詳細に申し上げるまでの段階に立ち至つておりません。ただいま林委員からもお話がありましたように、全体の科学捜査の機構についての御質問もあつたようでありますから、この際警察全体の科学捜査の機構について、ごくかいつまんで一應御説明を申し上げたい。それについて多少自分の考えも敷衍してお話申し上げたい、こういうふうに考えております。
 科学捜査ということについて、先ほど小宮博士からもいろいろ御発言がありましたが、警察法の法文の中には、やかましいことを申し上げるようでありますが、科学捜査という言葉はございません。犯罪鑑識という言葉が警察法にはございます。そこで犯罪鑑識とは何だという問題が出て参りますが、これについても、狹い意味に解釈する人、廣い意味に解釈する人、また科学捜査という言葉との関連性についてもいろいろ意見があるのでありますが、私はこの警察法に出て來る犯罪鑑識というのは、主として捜査に必要な物的な資料を、たとえて申しますならば、試驗管と顯微鏡を基礎とした近代科学の上に立つて識別をして行く、鑑定、鑑別をして行くことだ、こういうふうに考えております。そこでこの警察法の法では、だれがどういう責任でこの犯罪鑑識機構を維持管理し、また運営して行くのかというふうな御疑問だつたろうと考えております。國家警察の犯罪鑑識の維持管理並びに犯罪鑑識の運営に関する責任者は國家公安委員会であります。こまかいことを申し上げますが、警察法の四條に、國家公安委員会が犯罪鑑識の維持管理をやる。犯罪鑑識の運営をやる。こういうことになつておるわけであります。そこでこれは國家公安委員会がやることでありますから、実際問題としては大綱をつかんで行くということになります。しからば事務部局としてはどういうものがあるかという問題になるのでありますが、これは國家警察の中央本部といたしましては、先ほど塚本課長からもお話が出ましたが、國家地方警察本部刑事部という所に鑑識課というのがございます。これが犯罪鑑識の企画立案、犯罪鑑識記録の整理保管、それから先ほど來お話の出ました指紋に関する仕事、これは全國的なものであります。それから手口に関する仕事、こういうことを扱つております。それが國家地法警察における中央の犯罪鑑識の担任のセクシヨン、課であります。それと同時に私がお預かりをしております國家警察の科学捜査研究所というのがございます。これは今鑑識課で申し上げたのとは多少仕事が違つておりまして、全國各地の警察から來る犯罪捜査上必要な資料の檢査鑑定をやります。それから檢査鑑定にとどまらず、それの基礎となる研究をやる、こういうことになつております。もつともこの科学捜査研究所は、單に警察だけからの依頼に應ずるというものではございません。警察としても、むろん自分の属しておる國家警察はもとよりでありますが、自治体警察からの依頼にもこれは應ずるという立て方になつておるのであります。さらに檢察廳、裁判所、経済調査廳、その他犯罪防遏に関する機関でありますが、そういう法律執行機関からの依頼にはすべて應ずる、こういうことになつておりまして、現にこの方面からの依頼も鑑定もずいぶんやつておるような実情であります。
 それからついでに申し上げておきますが、費用の点は、そもそもそういう性格をもつて生まれた機関でありますので、言葉は何と申してよいかわかりませんが、ただでやつておる、こういうことになつております。これが大体中央における科学捜査の担任機関であります。
 それからお話がかわりまして地方の方に移りますが、地方の方は、御承知のように國家警察には、警察管区本部というのが六箇所にございます。その管区本部の中に、これも警察法の規定にあります本部の例にならつて、鑑識課という担任の課がございます。これがそれぞれ管轄区域内の都道府縣の指導に当る、こういう立て方になつております。そこで國家警察として一番下の機構は國家地方警察、道府縣の本部であります。これにやはり同じように鑑識課というのがあるのでございますが、その根拠はやはり警察法にあるのであります。簡單ですから申し上げますと、警察法の六十一條に「國家地方警察本部及び都道府縣國家地方警察本部に、犯罪鑑識に関する施設を置く。」これは物的施設をさしておるというふうに私は解釈しておりますが、そういう施設を置くのだ。それからさらに三十三條には「都道府縣國家地方警察本部に所要の部課を置く。」という中に「(犯罪鑑識及び犯罪統計に関する機関を含む。)」ということではつきり出ておるのであります。從つて現行警察法の建前から申しますと、都道府縣國家地方警察本部には犯罪鑑識に関するセクションを置かなければならないし、またそれに伴つた物的施設も置かなければならない、こういうふうな系統になつておるわけであります。そこでただちに御疑問が起ろうかと思いますが、一体自治体警察、警視廳もそうでありますが、自治体警察の方はどうなつておるのだという御疑問が起るかと思いますが、この自治体警察の犯罪鑑識機構については、人といいますか、セクシヨンについても、物的施設についても現行警察法自体には何にも規定はございません。しかしながらこれは現在の私どもの解釈では、規定がないから自治体警察は犯罪鑑識に関する施設なり、セクシヨンを置いてはいけないのだという解釈になつておらないので、それぞれ実情に應じて犯罪鑑識に関する施設なりセクシヨンを置いたらよいのだ、こういう解釈になつておつて、現にこれは大体大きな自治体警察であります警視廳とか、大阪、京都、名古屋などは当然でありますが、そのほかにも犯罪鑑識に関するいわゆる鑑識課というのを置いて、大体國家地方警察と似たような仕事を担当する、こういうふうな仕組みになつておるわけであります。そうなりますと、先ほど指紋で例が出ましたが、ばらばらに集めたのではその意味がないのじやないかという御疑問が起ろうかと思うのでありますが、その点も現行警察法で一應の解決はされておるわけであります。これは今の警察法の六十條で「市町村警察法の六十條で「市町村警察長は、」警察長というのは市町村警察における一番ヘッド、頭を言うので、警視廳で言えば、警視総監になるわけでありますが、「市町村警察長は、國家公安委員会の定める形式及び方法により、犯罪統計並びに証拠、写眞、指紋、被疑者及び被逮捕者の人相書及び手口からなる犯罪鑑識に関する事項を、都道府縣警察長を通じて國家地方警察本部長官に報告しなければならない。」こういうことになつております。從つて大体一般の警察の事務については、國家警察が自治体警察を指揮監督するという線はないのでありますが、この犯罪鑑識に関しては、ただいま読みました警察法の第六十條によつて、これに定められた範囲内においては、國家公安委員会の定める形式によつて報告を求め、その正しい鑑識に関する限り指揮監督ができる。從つて資料も一箇所に集めようと思えば一箇所に集めて、実際の組織的な運営ができる。こういう形になつておるのであります。大体ごく大ざつぱな警察全体の犯罪鑑識機構について申し上げますと、それくらいなことでございます。
 それから全國の鑑定をどうするのだとか、あるいは東京において事件が起きた場合の鑑定をどうするのだというような御疑問がありましたので、我田引水にわたるようで恐縮でありますが、私がお預りしておる科学捜査研究所の機構について一應申し上げます。これは新しい現行の警察法の施行と同時に、國家地方警察の中に科学捜査研究所というものが設置されたわけであります。これは國家警察の研究所であつて、一應世帶といたしましては警視廳とは別個のものであります。しかしながら先ほど申し上げましたように、警視廳からの鑑定御依頼があれば、私どもはそれをやる。ひとり警察のみならず、関係方面からの鑑定も私どもの方で御依頼に應じてやる。こういう機構になつております。ひとり東京のみならず、全國の方面からの鑑定もただいま殺到しておるという状況で、大体一日六十件くらいの鑑定は私どもの方でやつておる、こういう状況になつております。そこで科学捜査研究所の方は、こまかい点は省きまして部内の機構はどうなつておるかと申しますと、課――セクションが私の下に六つあります。総務課というのは、御承知のように人事とか予算とかですから、直接犯罪捜査に技術的関連はございません。それから理化学課というのがあります。これはいろいろお話が出ましたように、毒物とか、あるいは薬品とか、繊維、紙、あるいは木質、着色料、鉱物、塵埃といつたような、要するに人体に関連したもの、ないしは人体から離れたもの、毛髪とか血液とか唾液とかありますが、そういうもので、犯罪現状で発見された犯罪に関係のあるような物体を顯微鏡で試驗をするとか、あるいは化学試驗をやるとか、あるいは光学機械で分析をするとか、こういうふうなことを主として担当しておるという建前になつております。それからもう一つは例の拳銃でありますが、銃器課というのがあります。これは最近非常に拳銃犯罪が多いので、警察官が所持しておる拳銃のたまは、全部試射いたしまして、その藥莢と彈丸とが私どもの方に整理分類をして保管してございます。それから犯罪に関係のあつた藥莢、彈丸は、先ほど申し上げました國家公安委員会が特別の定めをこしらえておきまして、全部私の方に一應集まる。こういうことになつております。從つて小宮博士から先ほどお話がありましたように、現在の技術で拳銃の藥莢、彈丸に残つていろいろな痕跡がございます。あるいは遊底とか抽筒子とか蹴子とか、彈丸の中で申しますならば、腔旋痕とか、いろいろ痕跡がございますが、ちようどこれは人間の指紋と同じことになつております。從つて私どもの方でさような藥莢なり彈丸なりを現在それえておりますので、どこかで犯罪が起きて、現場に落ちておる藥莢なり彈丸がどの拳銃から打たれたのかわからないということになりますれば、その彈丸と藥莢とを私の方に持つて参りますならば、現在私どもの方で備えつけてあるモデルの藥莢、彈丸と、比較顯微鏡で比較して、同一拳銃で発射されたかどうかということがわかる仕組みになつております。過日警視廳管内の小岩で、銃砲等所持禁止令によつて拳銃が出て参りまして、それを一発試射して私の方に藥莢、彈丸が來ましたが、それを既存の私どもの方で保存しております藥莢、彈丸と比較したところが、三縣にまたがる強盗事件の檢挙がずるずるといもずる式に一挙に四件ばかり上つたというような実例があつたのでありますが、これは銃器課の仕事の一例を申し上げた次第であります。そのほか爆藥の研究でありますとか、彈道の研究でございますとか、被命中体が受ける変化といつたような事柄についても、大体銃器課では研究しております。それからその次に法医学課というのがあります。これは先ほど來大分お話が出たので、もう詳しいことは申し上げません。大体私どもの方では死体現象、いろいろ死斑だとか体温の冷却でありますとか、革皮様化とかいうようなこともいろいろ研究し、それから死後経過時間とか、創傷あるいは中毒その他の死因、その他先ほど來お話のあつた血痕であるとか、唾液であるとか、あるいは糞便であるとか、毛髪、精液というような身体から離脱、流離したような関係のものをやる、こういうような関係になつております。それからもう一つ写眞課というのがあります。これは写眞のとり方自体もむろんやりますが、それよりも高度の写眞技術を應用した鑑定をやる、あるいは筆跡の眞偽の鑑定をやる、あるいは小切手の偽造、変造の鑑定をやる、そういうふうなことを主として私どもの方ではやつておるような実情であります。それから最後に犯罪学課というのがありますが、これは自然科学でなくて、むしろ人文科学で、犯罪を社会学的に研究するとか、心理学的に研究し、犯罪社会学、犯罪心理学というような面の研究をやる、こういうふうなことになつております。大体科学捜査研究所ではこういつたような機構のもとに全國の警察からの依頼、警察のみならず、ほかの犯罪に関係のある機関からのものも日夜やつておる、こういうふうな実情であります。大体機構の点はそういうようなことでございます。
 なお多少私見にわたるようなことでもありますが、一言犯罪鑑識といいますか、科学捜査に関する私見を申し上げるならば、今までの犯罪鑑識というものは、御承知のように自白の裏づけのために用いられた場合が多い。容疑者が出て來てその容疑者が目白する。その目白が眞実なりやいなやといつたような、自白の裏づけ的な意味で從來も犯罪鑑識というものは用いられた。それからさらに進んで取調べの技術の倫理化をいいますか、たたいてどろを吐かせるというようなことではなしに、科学の力を利用して、つまり合理的にやる。捜査技術の合理化といつたような立場から犯罪鑑識ということがいろいろ叫ばれておつたのでございますが、これらの点はむろん関連なしとは申しませんけれども、犯罪檢挙率の向上というよりも、犯罪捜査技術の倫理化的な色彩がかなり多くて、そういう方面からこの科学捜査の振興ということが一面叫ばれておることも、これは事実だろうと思うのであります。ところがそれもむろん大事でございますが、いろいろ新聞紙等に出て参りますように、犯罪の形態もいろいろかわつて参つて犯罪茅のやり方が科学的になつて來る。技術的になつて來る。そういたしますると、この倫理化の問題も半面にはありますが、それと同時に犯罪檢挙能率の向上という立場から、この犯罪鑑識というものを強く推し進めて行かなければならぬという氣がいたして参つておるのであります。最近の犯罪傾向は、ただ個人の身体、生命、財産の法益を害するというのもむろん從來通りありますが、そのほかに一歩進んで、社会公共全体の秩序に対する破壞といいますか、そういう犯罪がぼつぼつと出て参つて來ているのであります。あるいは列車妨害もそういうものでありましようし、將來はガスとか電氣とか、あるいは水源地とか変電所とか、いろいろそういうものが考えられると思うのであります。從つてそういう犯罪檢挙能率の向上という立場から見て、私は現在の私が扱つている科学捜査研究所については手薄だということを遺憾ながらここで告白を申し上げざるを得ない。從つて將來は應用物理課とでも申したらよろしいかと思いますが、將來は電氣科学の関係で発電所とか、あるいは変電所とか、あるいは送電所、電動機といつたようなもの、あるいは有線、無線通信に関するいろいろな犯罪関係の研究をふだんからやつておく。次には機械科学といいますか、汽車とか蒸氣機関とかといつたようなものに対するもの、電車あるいは電氣機関、電動機等に対するものもやる。さらに工場鉱山等におけるいろいろ熔鉱炉とか、ガスの発生炉とか、ガス・タンクといつたようなものに対する研究もさらにしなければならぬ。さらには土木建築工学という方面で堤防とか道路の破壞、橋梁、あるいはケーブル等の破壞といつたような面に対するものも將來研究を進めて行かなければならない。こういうことで、この研究所を中心とした科学捜査の相当伸長をはかりたいということが私のかねての念願でございます。
 なお最後に一言申し上げておきたいと思いますのは、そういうふうに檢挙能率の向上という面で、科学捜査がずつと進んで参りますと、いわゆる從來の捜査との関連が、なかなかこれは口では簡單でありますが、実際の面の調節ということになりますと、將來いろいろ研究問題が出て來るのではないかというふうに考えております。あまり科学捜査の振興々々で、器材を備え人をそろえますというと、とかくすると名勝旧跡のようなことになつて、人がおつて施設があつて、見てくれぬかといつたようなかつこうになる心配なしとしないので、私は非常にこの点を警戒いたしておりまして、ほんとうに捜査活動とマツチしたものでなければならぬ。ある場合に意見も述べたのでありますが、ちようど捜査が人間であるならば、鑑識は寝台だ、まず第一に人が寝台に寝てくれぬことには寝台としての機能というものは考えられない。捜査が鑑識に乘つかつてもらつて、こうしてくれ、ああしてくれという注文が捜査の側からもどんどん出て來る。また鑑識の側からも、こういう寝台ができたから寝てくれとか、長い寝台ができたから足を伸ばしてくれという注文が両方から出ることによつてこの科学捜査というものは伸びて行く。つまりただ鑑識に從事する人のみの犯罪鑑識の施設ではなくして、およそ警察官の捜査をする場合に、この犯罪鑑識の機構をすべて使つてもらうことが念願で、そのような意味において、將來警察全体に対する教養訓練も非常に大事なことだと、このように考えております。あまり長くなつてもどうかと思いますので、一應氣づいた点を申し上げ、御質問によつてまた申し上げることにいたします。
○世耕委員 ちよつとお尋ねしますが、今のお説に非常に興味を感じたのですが、警察大学というのがございますね。あの警察大学とあなたの方との関係はどういうふうになつておりますか。
○荻野説明員 警察大学は警察官としての基礎訓練ということが一つのおもなる重点になつているように考えております。從つてその基礎の中には犯罪捜査なり、犯罪鑑識なりというものは当然含まれておるわけでございます。しかしながら御承知のように犯罪鑑識に関する仕事は、いわゆるスクール式に三日、四日の講義とか、あるいは半月くらいな講習というものでは受賣り程度にはなりますけれども、板についた仕事にならない。こういう実情が技術的な仕事である関係上あるのであります。從つて先ほど私が申し上げた教養訓練については、府縣の警察、つまり國家警察もありますし、自治体警察もありましようが、そこから二十人なり三十人なり、半年か一年ぐらい実際私どもの方の科学捜査研究所に勤務してもらう。勤務すること自体が即教養訓練、こういう形で專門的な教養をやつて行きたい、こういうふうに考えております。從つて一般的なこの面に関する教養は警察大学もございます。さらに高度なものは、ちよつと今の警察大学の教養の行き方ではむりなのではないかと思います。またただレクチュアーでなく、実際の施設もいりますし、実際問題として試驗管顯微鏡をのぞかなければならぬというような面もありますので、おのずからそこに教養の区別が出て來るだろうというように考えております。
○世耕委員 御説でありますけれども、いやしくも警察大学として銘を打つ以上、將來は鑑識技術者をそういう方面からも養成していかないとほんとうの日本の科学捜査と申しますか、警察というものが徹底しないのではないか。むしろ私はそういう方面であなたの知識を活用させるようなチヤンをつかまえることが必要じやないかと思います。この点はいかがでしようか。
○荻野説明員 申し落しましたが、警察大学の方もむろん科学捜査という面には重点を置いておられまして、現に私の前任者の國家警察本部の鑑識課長、新聞等でよく見られますが、吉川前鑑識課長は、現在では警察大学の專任教官になられまして、他のことを捨てもつぱらこの方面の教養にあたる。但しいろいろな專門がわかれておりますので、お一人ではむりな点もありますので、私の方の課長技官が随時警察大学に行つて講義をいたしております。管区にも管区警察学校がございますが、そこにも時間の余裕のつく限り、私の方からも講義に出て参る。またときどき見学してもらうということで、かなりタイアップして両方の教養をやつております。
○林(百)委員 三鷹事件の管轄はあなたの方ですか。
○荻野説明員 三鷹事件の管轄は、三鷹の自治体警察の所管に属すると私は考えております。
○林(百)委員 あなたの方に何か協力を求めて來ませんでしたか。
○荻野説明員 御承知のように、あそこから國家警察本部に應援の要請があつて、東京都の國家警察が應援に出て、そこであの事件の捜査本部ができておるようであります。その捜査本部の捜査檢察官の方から、私どもの方にある種の鑑定事項は依頼されております。
○林(百)委員 この点ですが、あの三鷹事件の暴走電車から指紋がとれましたか。ことに運轉台ですね。
○荻野説明員 先ほど申し上げましたように、機構から申しますと、指紋は一應私どもとは別途の系統で、國家警察の別の鑑識課というものがありまして、そこで責任をもつてやつておりますので、私からこれだという断定的なことはちよつとこの席で申し上げかねます。
○林(百)委員 指紋はとにかくとれたかどうか。
○荻野説明員 とれたという話は聞いております。
○林(百)委員 はつきりした、使い道になるものがとれたのですね。
○荻野説明員 とれたということを聞き及んでおります。但し聞き及んでおります程度ですから、誤解のないように。
○林(百)委員 もう一つ問題になつているのですが、コントローラーに縛つてあるひもが、紙のひもか、麻のひもかということが実は今問題になつているのです。この鑑定があなたの方に行つているかどうかだけでけつこうです。
○荻野説明員 紙のひもについてのある種の鑑定が來ている。これだけでひとつごかんべん願いたいと思います。
○林(百)委員 どんな紙ですか。
○荻野説明員 それはちよつと申し上げかねるのでありますが……。
○林(百)委員 それはそれでいいです。じや違う問題に行きましよう。あなたの方で予算はどのくらいですか。
○荻野説明員 予算のことについて先ほど申し落しましたので、ちよつと一應申し上げたいと思います。大体國家地方警察全般の予算が、端数は除きまして九十六億という数字になつております。
○林(百)委員 あなたの方の……。
○荻野説明員 いいえ、國家警察全部の犯罪鑑識だけではありません。一切の予算です。それに対していわゆる私どもの方の研究所も含ますし、地方の鑑識機構も含めまして、その予算が二億六千万円という数字になつております。大体〇・〇二くらいの数字になると思つております。それから人間の方の関係をついでに申し上げますと、國家警察本部の職員が、これは警察官も警察官にあらざる一般職員もありますが、大体四万七千名くらいだろうと思つております。それに対して犯罪鑑識関係の警察官なり一般職員は二千四百という数字になつて、大体〇・〇五くらいの計算になるだろうと思います。
 それから私どもの方だけの予算を申し上げますと、実は科学捜査研究所が昨年の五月からただいままで、旧海軍省の三階に警視廳から間借りをしておつたのでありますが、ようやく去年と今年にかかり、新廳舎ができまして、実はこの一日にこちらへ移轉の式をやるわけですが、それに要した予算を申し上げますと、二年度にわたつて公共事業費が千五百万というわくといいますか、建物と、ガス、水道、電氣といつたような普通の建物にないような特殊な施設がありますが、それらを含んで千五百万、また消耗品、一部備品なんかもございますが、それはどうなるか、今年は二千二百万というものが私どもの方の予算であります。大体以上の程度であります。
○林(百)委員 もう一つ、あなたの方でこの予算で十分かどうか、人件費、研究費、実驗費の内容がわかつたならば話してください。なおせつかく國会であなたの方のことを聞いたのですから、將來この程度のことはしてもらいたいということがあつたならば参考までに伺つておきたい。
○荻野説明員 予算は総額で二千二百万円ということをただいま申し上げましたが、その中で人件費、これは俸給、諸手当等を含めまして、大づかみのところ五百万円と記憶しております。大体人件費以外のものは備品とか消耗品ですから、研究費とお考えになつて間違いなかろうと考えております。將來の希望は、私ども一挙に実現するということもこういう際ですから考えておりませんが、相当大きな、実はA案、B案、C案くらいを持つておるのでありますが、大体ことしは実現いたしておりませんでしたが、大体ことしは実現いたしておりませんでしたが、昨年度においては三億円くらいお願いしたいという案を出したことがございます。
○林(百)委員 あなたの方だけで……。
○荻野説明員 そうでございます。研究の方だけです。
○梨木委員 あなたの方では犯罪の社会学的な原因探究というようなことをやつておりますか。
○荻野説明員 社会学的な研究は、正直なところまだ他についたものがまとまつておりません。ただ犯罪学課というのがあつて、研究をやろうという準備の段取りはいたしております。
○梨木委員 あなたの御意見を伺いますが、犯罪が起つてから犯人をつかまえることばかり考えて、事実起つて來る犯人をつかまえることばかり考えて、事実起つて來る犯罪をなくするのに、社会学的な研究がもつと眞險に考慮さるべきものだと思うのですが、どうですか。科学捜査についてもつと研究所でやるべきじやないかと思うのですが……。
○荻野説明員 犯罪現象自体の研究も、私どもの方で將來やつて行きたいと考えておりますが、まだその成果は生れておらないというふうに申し上げる以外にないわけであります。
○梨木委員 そういう研究部門はないのですか。
○荻野説明員 犯罪学課というのは、先ほど申し上げたようにそこで心理学的研究をやつて参りたいと思います。
○梨木委員 そうするとまだあまり成果は上つておらないというわけですね。
○荻野説明員 現在のところまだ上つておりません。
○梨木委員 その方面にあなたはどれくらい努力をされるつもりですか。
○荻野説明員 いろいろ課の点を申し上げると、実は現在のところ私の方は人員が相当おるようにお考えになつておりますが、私以下五十二名しかおりません。これは雇員といいますか、そういうふうな者まで入れて、実際一人前に研究事項を担任する者が私以下三十七名しかないわけで、今問題の犯罪学課については、そのうちで八名の人間をさいてそちらでやつておる。こういう状態でありますが、研究の段取りに着手しておるという状況です。
○梨木委員 それから実際容疑者として逮捕されたり起訴されている人々が、具体的に檢察あるいは捜査当局からどういうような捜査の対象になつておるかということについての研究調査がなされておりますか。
○荻野説明員 私どもはそういう監察的な仕事はいたしておりません。
○梨木委員 そうするとあなたの方では実際の捜査と、それからこの捜査をもつと科学的な方向へ推し進めて行くためのいろいろな当局に対する勧告だとか、進言だとか、助言だとか、そういうようなことはやらないのですか。
○荻野説明員 先ほど監察というようなお話でありましたから、監察的な仕事はしていないと申し上げましたが、研究所ですから、当然科学捜査に関する研究はやります。現在でも研究に関する月刊雜誌を出しております。單に雜誌だけが問題ではありませんが、その他の場合を通じて、こういう方法がある、ああいう方法があるというようなことは、先ほど申し上げたように檢察当局の方に連絡をいたしておる、こういうことです。
○梨木委員 たとえば、この一人の容疑者がどういう心理学と過程を経て、実際は眞実にあらざることを自白させられたというようなことの研究はされておりますか。端的に言えば、拷問の結果自白するとか、それはちよつと見ると自然な自白のようにも見える。しかし実際は長い間拘禁されて、心身ともにくたびれてしまつて、どうにでもなれというような自暴自棄のときをねらつて、やつぎばやに追究して行くと、実際心理状態として眞実にあらざる目白があるということを、私は商賣が弁護士だからよく知つておりますが、そういうことがある。これはやはり科学的な捜査の面において重要だと思うので、そういうことをやつておられるかどうかということをお聞きしたいと思います。
○荻野説明員 私の方ではそういうことにならないように、先ほど申し上げたような各技術官があつて、物的証拠の意味の解明という方に重点をおいている。そういうことにならぬようにという研究は、私どもの中心の課題になつております。
○梨木委員 そういう点を研究される御意向はありますかありませんか。
○荻野説明員 ただいまのところは、そちらよりも物的捜査資料の意味の解明が先決問題だと考えております。
○梨木委員 そういう眞実にあらざる目白を強要されて目白をやつたというような人の心理状態を研究してもらいたいという場合に、あなたの方は依頼に基いてやられますか。
○荻野説明員 今のところそういう鑑定には、ちよつと陣容から申しましても應じかねるような実情であります。
○梨木委員 わかりました。
○角田委員 今いい問題が取上げられましたから、ここでお尋ねしておきたいのですが、あなたは科学捜査研究所の対象は目白をされたものを裏づける証拠をつくる。あるいは否定したものを逆に証明する裏づけとしての科学捜査が行われている、こういうことでありましたが、この自白として述べておりますることが眞実を述べておるか、あるいはうそを述べておるかということの研究の対象、これは未だ御研究にならぬでしようか。ある学者が、ある藥を服用せしめると、容易に自白が行われる。こういうようなことが過般新聞で発表されております。このことについて何かあなたの方の研究所において研究されておることがありますかどうか。この際お話願いたいと思います。
○荻野説明員 実は私もそちらの方の專門家でありませんから、古畑教授なり、小宮教授なり、中舘教授なりの方が御專門だと思いますが、ただものの本に書いてあつたり、また話によるとスコポラニンというような藥があつて、それを注射する場合においては聽覚等を非常に刺激する。從つてうそを判断するいとまがないままに、聞かれたことに対する返事をするという藥があるそうでありますが、ただそれはあくまでも注射ということになつておりますので、私の方ではすぐそれを使うとか使わぬとかいう差迫まつた問題としては、ただいまのところ研究いたしておりません。
○花村委員長 どうもありがとうございました。
 参考人の方にお願いをいたします。なお委員の諸君で質問が残つておられる方があるようでありますから、その方々に対しまして、なお参考人の方のお答えをお願いいたしたいと存じます――他に御質疑がありますか。
○林(百)委員 先ほど小宮博士に質問することが、まとまらなかつたものですから遠慮したのですが、考えがまとまりましたから、ちよつとお聞きしたいと思います。なお速記の都合がありますから、なるべくゆつくりお話をしていただきたいと思います。
 先ほどあなたの御意見を伺いましたが、あなたとしては、下山事件について何か結論をお持ちになつていますか、その点いかがですか。
○小宮參考人 まだ捜査の段階にあるらしいのでありまして、いろいろな調査のすべての結果を伺つておりませんから、私としての結論を出すわけに参りません。しかし私としてただいままでのことで、次に何にも見つからないとすれば、いろいろの率を考えますと――率を考えるというのは、非常にまわりくどいことになるかもしれませんが、汽車に生きたままひかれたからといつて、これは自殺とは限りません。病氣で倒れたときに汽車がひくかもしれませんし、あるいは人につき飛ばされてひかれることもありましようから、そういうようなことはわかりませんが、私今までのことから行きますと、何だか生きているうちにひかれたのじやないかというような感じがする。これは率から行つて、公算を立ててみると、その方が多いのじやないかという程度ですが、しかしまだすべてのことを聞いておりませんし、かつまた正式の鑑定書もできておりませんうちに、私の結論を申し述べることは少し軽卒だと思いますから、差控えますが、そういうふうに感じます。
○林(百)委員 それからこの下山氏の事件が、法医学的にも非常な困難に逢着しておるのですが、どうしてこういうふうに困難な状態に陷つてしまつているのですか。その辺は專門的な立場からどうお考えになりますか。
○小宮參考人 むずかしかつたのだというより仕方がないですね。
○林(百)委員 普通の問題は片づいているのですが、なぜこの問題がこういうふうに紛紆しているのですか。
○小宮參考人 法医学の鑑定をいたしますときに、古畑教授でも中舘教授でも、あるいは方々の大学の教授などはそういうことはしませんが、中には年に一ぺんか二へんいなかで鑑定するうちに、往々に知識の不足な人は、事件にあわせてしまうような鑑定をする人がある。これは違反なんですが、誠実な鑑定をしておらぬわけです。その証拠となるのは、たとえばこのごろの研究ではわかりましたが、死後の経過時間でありますが、何時間経つたのかはつきりしないのに、死後九時間経つているとか、十三時間とか、ほかから聞いたのを鑑定の結果として書いてしまうような人もある。そういう迎合的のことをいたしますれば、あるいは早く解決がつくかもしれませんが、そうでなく、結果がはつきりしないものに対しまして、丁寧に鑑定するときは、相当の困難な場合があるということはたびたびあることであります。私三例くらいそういう苦しい経驗を持つております。
○林(百)委員 そうすると、やはり予断を持たなくて科学的な立場からやつて行くと、むずかしい問題がいろいろ出て來る。
○小宮參考人 科学で全部解決をつけようとすると――科学というものはもちろん絶対的なものであります。しかしながら科学というものはまた限界がある。そして結論がついておるといい條、もつと高級の結論があるわけであります。それがないならば科学の研究は必要がないのでありますし、今日が頂点であります。なお科学的の研究をして行くのには、科学というものはまだ未解決な点がたくさんありまして、そこのところにあたりますと、なかなか確実な結論をつけることはむずかしくなるのであります。
○林(百)委員 それからこれも学者の間で意見が違うようですが、私たちしろうとでよく知りませんが、先ほどの古畑教授のお話の中にありました乳酸反應による死後経過時間の推定については、京都の法医学者の小南博士の意見がやはり新聞に出ていたのですが、この乳酸反應による死後時間推定というのも、その場合におかれておるいろいろの條件、たとえば温度、顯度、着衣による反應等いろいろこまかいものが問題になりまして、必ずしもアブソリュートではないので、一應のプロバビリテイは出て來るのだが、これで有無を言わさず決定的なものが出て來ないじやないかということを小南博士は言つておるようですが、学界ではどうですか。
○小宮參考人 私は学会へ出ませんでしたからわかりませんけれども、古畑教授が一番この問題に詳しいのでありまして、古畑教授に聞かれた方が一番いいのですが、そうでなくて、あえて私として申し上げますと、私も秋谷教授にお目にかかりまして説明を伺つたのです。そういたしますと、これは学界から伺わなければなりませんし、私自身それについて試驗をしておるわけではありませんから、科学的でないようなお答えになるかもしれません。ただ第三者としての批判になるかもしれませんし、責任を持ちにくいのでありますが、私のただ考えた感じから行きますと、あの仕事はずいぶんいい仕事だと思います。將來相当伸びるべき仕事でありますし、死体の死後の経過時間を知る方法は、今までいろいろ研究はしておりますけれども、確実なものはなかつたのに、あれは確実だろうという氣がいたします。ただこれは学問的になるかもしれないが、死後の硬直と申しまして、かたくなつて関節がまわらなくなる。それからまた溶けるようになる。これは身体の中の酸度の蛋白質に対する影響ですが、その酸度の動きを結局秋谷教授は水素イオン濃度の試驗で出した。これで組織体の方にどういうようにやられたかというと、三十度の温度でモルモツトの頭を石で叩いたのでやつた。これで線をとつてやつておられる。下山さんのときには一番影響のない肩の筋肉をとりまして、肩の筋肉の線をつくりまして、ある期間それがどこに書かれた線に合うかということでやられた。その温度は二十五度でやられた。それで下山さんの死体のあつた線路が二十一度だつたということですが、東京の温度が二十一度だつたのか存じませんが、とにかく九度ばかり温度が違うじやないか。九度温度が違うということはどういう関係があるかと言つたら、九度ぐらいは平氣だ、そう大したことはないと言われたのでありますが、それじやどれくらい温度がかわつたら変化があるか。十五度ならばかわりがある。十五度ならかわりがあるが、九度ではかわりがないというのは少しおかしいじやないかと思うことと、私が試驗をしたものだといたしますならば、ああいう線を書かない。科学線を出せるくらいしつかりしたものならば、これは数学的の線で現わせる。そうするとその数学的の線に持つて参りまして、実際の形体である、たとえばこの場合なら、下山さんの死体の筋肉を数学的の線に合せて出して行くならば、もつといいでありましようが、線の動きを法医学の線の上に重ねたという合せ方は、ほんとうの自然科学的の合せ方とは私は思わない。もう少し数学的の線を出したならば、あの仕事はもつと進歩だろう。しかしながら今は初めてでありますから、われわれやりもしないで批判ばからしても科学的でないから、この点は少し行き過ぎており、私自身悪いと思つておりますが、これからああいうものにいろいろな予算をやつて研究されたならば、われわれが今まで非常に盲点としておつた死体の死後の経過時間を少しでもはつきりさせることができるのではないかと期待はしております。
○林(百)委員 それからもう一つ、これもあなたの意見じやないかと思いますが、やはり新聞に出ている。シヨツク死によつて死んだ者がひかれた場合でも、ああいう散乱たる状態で死体が散らばるようなことがあるのですか。かりに死後轢断としても、必ずしも他殺とはならない。場合によつては排障器に当つたりして死んでからひかれる場合もあるから、死後轢断すなわち他殺とはならないというのでありますが、かりに死後轢断で、しかも他殺でないような場合、いわゆる自殺でもつて死後轢断になる、こんな場合、死骸があんなに散乱するような場合が考えられるかどうかお伺いしたい。
○小宮參考人 それは両方あります。ある雑誌に、生きている者をひいたとする場合、ばらばらにならないということが確かに出ておつが、これはうそであります。それから死骸をひいたときに、ばらばらになるというようなことを言つているのもあるけれども、死骸をひいたものがばらばらにならないという例は、私が先ほど持つて参りました本にも、秋田の大曲の事件で死骸をひいたのにばらばらにならないのが例としてちやんと載つておりまして、死骸をひかせればばらばらになるということを書く人は、少しおかしいと思つております。
○林(百)委員 もう一つ最後に、一度前の機関車でひかれたものが、その後の車でまたひかれたとします。その場合、二度目にひかれた場合生活反應というものはどうなるのですか。
○小宮參考人 それが前ので死んでいなければあるでしようが、そのときに心臓が動いておれば血がよけい出るわけです。ところが心臓がとまつておれば、血が漏れて流れ出るのが少いというようなことになるわけであります。
○林(百)委員 そうするとやはり九十米もずつと散らばつていて、最初にひかれたものには生活反應があつても、二度目にひかれたものには生活反應はないのですか。
○小宮參考人 九十メートルに死骸が散らばつておりますが、その前に、死骸なり生きている人が汽車で何メートルかそこまでひつぱつて行かれているかもしれない。死骸が散らばつているのが九十メートル、九十メートルプラス零であるか、九十メートルプラス何メートルかわからない。死体の一部分が機関車について走るということは、われわれの経驗からいたしまして、極端なものは百キロもくつついて走つておるのでありますから、これはよく現状を調べなければわかりません。
○世耕委員 いい機会でありますから、ごく簡單にお尋ねいたしたいと思うのは、先ほどの御説で、八千万の人間が全部指紋をとると三百億かかると申されましたが、もし三百億出して八千万の指紋をとつたら、現在國家警察が出しておる九十六億の予算がどの程度まで節約できるかということに興味を感ずるのです。もう一つは一時に八千万の指紋をとらなくても、たとえば生れたときとか、あるいは結婚のときとか、あるいは三十五とか、三十以下を標準にして、最も犯罪の多い線だけとるというような行き方もあろうと思いますが、こういうような点について、何か実行し得る可能性の点について御説を承れればけつこうだと思います。
○小宮參考人 私昔に考えたことなのでありまして、少しはずれておるかもしれませんが、全部とるとすれば一体いつの時期がいいか、そのころ徴兵があつたから、男なら徴兵のときと思つたのですが、男女ともにとるということになつて参りますと、たとえば第二期種痘、十才くらいのときがいいのではないか、あまり小さいときでありますと――指紋は小さいときから幾つになつてもかわりませんが、あまり小さいのですと、はつきりしない場合がありますから、実用價値をつけるというためには、十才くらいのときから取出して行く。それでいわゆる人口調査というような意味でやつても、これは技術員がそうたくさんおらないのでできませんから、ある期間のところからとり出して、何年かかつて継続的にやるより仕方がないのではないかと思います。全部指紋をとつたら犯罪がなくなるかという場合については、指紋をつけておかないような方法も使うでありましようからして、その辺はよほど考えてみなければわからない問題です。なお指紋と申しましても、それだけとるといつても、ただ今とつているのが幾らだ、人数がふえるから何倍だというわけに行かない。今のような分類法で行きましたならば行き詰つてしまう。さらにこまかく再分類を考えなければならないという非常に複雜な点が出て來るわけであります。
○梨木委員 指紋というのは、今の法医学では絶対に一人については一人のもの、各人々々がそれぞれ独得の指紋を持つておるということになつておりますか。
○小宮參考人 なつております。しかしそれはいつから人間が始まつたか知りませんけれども、人間の歴史がこれからあと何万年か続くでしようから、その間に一人も同じ者が出ないということは……。
○梨木委員 私はそういうところまで伺つているのではなく、現在の法医学の水準ではそういうことになつておりますか。
○小宮參考人 同じ人をいまだかつて見つけたことがないということであります。ごく似たときがあつて、特に古畑教授も言われたように、ふた子で非常に似たのがありますが、調べてみると、こまかいところは違つておるところがあるということを聞いております。
○梨木委員 もう一つ伺いますが、外傷がない、内出血もない、そして肝臓が破裂している、それで直接の死が肝臓の破裂死だということに解剖の結果なつているのですが、そういう場合は、法医学的にはすぐそれによつて自然死と断定するか、それとも何か外力による死と断定するか。もう少し具体的に申しますと、五月三十日に東京都廳前で橋本金二という都電労務者が死んでしまつた。それはいろいろ周囲の状況から聞きますと、警官が押しつぶしたというようにわれわれは見ておる。ところが鑑定の結果は、外傷も内出血もたしかなかつたと聞いております。肝臓の破裂による死であつたということになつておるのです。
○小宮參考人 お言葉中ですが、肝臓の破裂だとすれば、内出血はあります。皮下出血がないという意味だと思います。五月というと、服装は着物を着ているものと思いますが、解剖するときには衣類の状況からすべて考えなければなりません。その状況によりましては、外傷がなく、中で肝臓が破裂するということは、私の想像では、外から力が作用すればあり得ると思います。あり得るというよりも、私は見たことがあります。それは女でして、かたい帶を締めておつて抵抗が強かつたものですから、主人にけられたのですが、傷がなくて肝臓が破裂したということがあります。
○梨木委員 その点について東大の古畑さんにちよつとお聞きしたい。橋本君は東大でたしか解剖されたように聞いておりますが、そうじやありませんか。
○古畑參考人 ちよつとお答えいたしますが、今の事件は多分橋本君の事件だと思いますが、あなたの御質問は何ですか。
○梨木委員 肝臓が破裂していて、ほかに外傷がないということで、これは自然死だということになつたらしいのですが……。
○古畑參考人 そんなことはないと思います。自然死ということになつていないと思います。
○梨木委員 やはりあなたの御意見も、外力が加わなければそういう破裂は起らないというのですか。
○古畑參考人 ああいう場合は、外力に基く肝臓破裂だと思つております。
○花村委員長 ほかに御質疑はありませんか――御質疑がなければ、これにて参考人各位の御意見の開陳は終了いたしました。本件に関し、それぞれの立場より貴重なる御意見を活発、かつ御熱心にお述べをいただきましたことは、本委員会といたしまして、今後の調査、研究並びに立案等のため多大の参考となるものと思います。暑い中を御多忙中、長時間にわたつて御苦労さまでした。厚くお礼を申し上げます。
 本日はこれにて散会いたします。
    午後五時十分散会