第006回国会 本会議 第3号
昭和二十四年十月二十九日(土曜日)
 議事日程 第三号
    午後一時開議
   質問
 一 薪炭特別会計に関する緊急質問(井上良二君提出)
 二 現行社会保険制度の危機突破に関する緊急質問(岡良一君提出)
 三 石炭手当及び寒冷地手当に関する緊急質問(松澤兼人君提出)
 四 失業対策に関する緊急質問(前田種男君提出)
 五 藷類統制撤廃に関する緊急質問(高倉定助君提出)
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 第一 印紙をもつてする歳入金納付に関する法律等の一部を改正する法律案(内閣提出、参議院送付)
 第二 選挙法改正に関する特別委員会における調査の報告
 第三 考査特別委員会における調査の報告
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●本日の会議に付した事件
 日程第一 印紙をもつてする歳入金納付に関する法律等の一部を改正する法律案(内閣提出、参議院送付)
 日程第二 選挙法改正に関する特別委員会における調査の報告
 日程第三 考査特別委員会における調査の報告
    午後三時二十一分開議
○議長(幣原喜重郎君) これより会議を開きます。
     ――――◇―――――
○議長(幣原喜重郎君) 日程第一、印紙をもつてする歳入金納付に関する法律等の一部を改正する法律案を議題といたします。委員長の報告を求めます。大蔵委員長川野芳滿君。
    〔川野芳滿君登壇〕
○川野芳滿君 ただいま議題となりました印紙をもつてする歳入金納付に関する法律等の一部を改正する法律案につきまして、大蔵委員会の審議の経過並びに結果を御報告申し上げます。
 この法案が提出いたされました趣旨は、第一に、本年五月改正いたされました失業保険法の規定により、失業保険法の被保険者となりました日雇い労働者に関する失業保険料を失業保険印紙をもつて納付することができるような例外規定を設けようとするものでありまして、なおこれに関連して失業保險印紙の売りさばき事務、失業保險印紙の形式、失業保險印紙の売りさばき代金の経理について適当な規定を設けようとするものであります。第二に、厚生保險特別会計のうち健康勘定の積立金を、目下の経済情勢のため不足を来しております健康保險事業経営上の財源として使用することができるようなき低を設けようとするものであります。
 次に、この法案の主要なる点について申し上げます。第一点は失業保險料を失業保險印紙をもつて納付することができるような例外規定でありまして、この点につきまして、現行法では、印紙をもつて租税その他の国の歳入金を納付するときは収入印紙を用いなければならないことになつておりますので、但書をもつてこの例外規定を設けることといたした次第であります。第二点は失業保險印紙の形式についてでありますが、この形式は大蔵大臣が定めることとといたしております。第三点は失業保險印紙の売りさばき事務に関するものでありまして、この点については、郵政大臣が労働大臣い協議して指定する郵便局において行わせることといたしております。第四点は失業保險印紙の売りさばき代金の経理に関するものでありまして、この点については、失業保險特別会計法中の歳入は新たに郵政事業特別会計から受入れることとし、同時に郵政事業特別会計法中の他会計への繰入れは、失業保險印紙にかかるものは失業保險特別会計に繰入れることといたしております。第五点は厚生保險特別会計のうち健康勘定の積立金に関するものでありまして、この点につきましては、現行法では、健康勘定の積立金は健康保險事業の福祉施設費にのみ使用できることとなつておりますので、新たに追加規定を設けまして、健康保險事業経営上の財源に充つるため必要あるときは、当分の間予算の定むる金額を限りこれを使用することができることといたしております。
 以上がこの法案の提出されました趣旨ならびにこの法案の主要なる点でありますが、この法案は、去る十月二十六日、本委員会に付託されたものでありまして、翌二十七日政府委員より提案理由の説明を聴取し、昨二十八日審議に入りましたところ、林委員より、日雇い労働者の現在数、失業保險及び厚生保險の積立金金額、失業保險及び厚生保險各特別会計と本年度補正予算との関係、輸出振興による失業救済の実現性等につき質疑があり、塚田委員より、失業保險に特に失業保險印紙を使用する理由、社会保障税についての考慮、印紙納入についての取扱い費用、保險事業に対する本質的考慮などにつき質疑があり、田中委員より、来年度における失業者数の予想、日雇い労働者に対する失業保險料を国で負担することについての考慮、厚生保險料の滞納金額などにつき質疑があり、なお深澤委員より日雇い労働者の現状につき、川島委員より厚生保險料滞納の内容等について質疑がありました。以上の質疑に対しまして、鈴木労働大臣、水田大蔵政務次官及び政府説明員よりそれぞれ答弁がございました。
 次いで討論に入りましたところ、小峯委員は民主自由党を代表して原案に賛成の意を表せられ、田中委員は社会党を代表して、法案の前段は失業保險に関するもので必ずしも反対はしないが、後段の厚生保險特別会計の赤字補てんには賛成できないとして反対の意を表せられ、林委員は共産党を代表して、失業保險に関する部分は技術的なもので問題はないが、厚生保險の福祉増進に使用すべき積立金を赤字に流用すること、労働者の健康保險は国営とすべきものであることなど五つの理由をあげて反対の意を表せられました。次いで採決に入りましたところ、起立多数をもつて原案通り可決した次第であります。
 以上、簡単でございまするが御報告申し上げます。(拍手)
○議長(幣原喜重郎君) 討論の通告があります。これを許します。田中織之進君。
    〔田中織之進登壇〕
○田中織之進君 ただいま委員長より報告せられました印紙をもつてする歳入金納付に関する法律等の一部を改正する法律案に対しまして、日本社会党を代表いたしまして簡単に反対の討論を行わんとするものであります。
 委員長の報告にありました通り、われわれはこの法律の前段に属しまする日雇い労働者の失業保險に関しまする部分につきましては、あえて反対するものではないのであります。しかし、この法律の後段に規定いたしておりまする厚生保險特別会計法の改正部分に対しましては、遺憾ながら次のような理由から反対せざるを得ないのであります。そこで、こうした一つの法案の中に、まるつきり縁もゆかりもないところの二つの法案をくつつけて出すというような法制技術的なまずさ、悪く言えば官僚のずるいやり方に対しましては、われわれはこの際政府に対して重大なる警告を発する意味と、同時に厚生保險勘定の積立金を現在出ておりまするところの国民健康保險の赤字補てんに向けるといいう点につきましては、遺憾ながら賛成することはできないのであります。
 現在、厚生保險特別会計法の国民健康保險勘定におきましては約二十二億六千万の赤字が出ておるのであります。そのうち、今回の法律改正によりまして、五億一千五百万円の保險勘定の積立金を、とりあえずこの二十二億六千万円の赤字補てんの一部に振り向けようとするのでございまするが、われわれが委員会において政府側から説明を求めたところ、この二十二億六千万円の赤字のうちで十五億円というものは、いわゆる保險料の滞納であります。しかもこれは、われわれの調査したところによりまするならば大きな事業体が滞納しておる。そこに使われておる労働者は、すでに賃金から差し引く形において健康保險料を納付しておるにもかかわらず、事業主が負担する半分、すなわち七億五千万円を納めず、さらに労働者側から納めた七億五千万円の保險料を含めて滞納しておるという事実が判明いたして参つたのでありまして、こうしたものをまず積極的に取り立ててなければならない。しかも、現在積立金勘定に残つておりまするところの五億一千五百万円というものは、過去において健康保險事業の結果積み立てましたところの金でございまして、政府が十分な施策を講せずして出た赤字に、これをそのまま振り向けるということには、われわれには賛成できない。
 さらにこの国民健康保險の問題につきましては、事務費の負担等におきましても、現在国はわずかに三分の一しか負担しておらない。政府当局に聞くところによれば、来年度はこれを五割まで引上げる、こういうことを申されておりまするけれども、国民健康保險、現在の社会保障制度がきわめて不十分な段階におきまして、国民の健康を維持するために必要なところの国民健康保險制度のごときは、すべて国の費用によつてまかなわなければならないという建前から申しまして、こうした面に対する政府の施策というものがきわめて不十分である。ことに特別会計の赤字補てんの問題につきましては、政府はこの臨時国会に補正予算として提出する中に、薪炭特別会計の五十四億七千万円という厖大なる赤字を、われわれ一般国民の納めた税金の中から補てんしようと計画いたしておるのに対しまして、国民健康保險のこの赤字補てんのためには何らの考慮が拂われない。厚生当局が大蔵省に対して七億円の一般会計からの繰入れを要求したようでありまするが、大蔵当局によつてこれを一蹴され、副総理ともあろう林厚生大臣が、こうした国民の要望に対して、政府部内においても努力を十分なされておるとは考えられないという点が、われわれがこの法律の後段の部分に属する厚生保險特別会計の改正に対しまして賛成することができない理由でございます。
 なお前段の日雇い労働者の失業保險制度に関しましても、これは十一月一日から実施されるはじめての試みであり、制度そのものは、たとえば日雇い労働者の零細なる――収入のないものに対しまして、保險料をわずかでも本人に負担させるというようなことは、政府の社会政策的見地から見て不十分であるという点、さらにこれは與党側の委員からも指摘された通りでありまするが、この失業保險印紙制度によりまするならば、失業保險印紙を売りさばくことによつてこの特別会計から郵政特別会計に繰入れなければならぬ金額だけでも三億八千万円、さらにこの印紙の印刷に関する経費というようなものが相当な量に上ると予想せられるのでありまして、われわれは、こうしたものはもつと別な方法を講ずることによつて現在百七十円を予定しておりまするところのこの保險金を増額するような方向に考慮を携わなければならないという意見を持つておるのでございます。しかしこの点には、初めての試みであり、一日もすみやかに実施せられるという点から、あえて反対するものではないのでありまするが、前申しましたように、後段に、この矛盾したところの二つの法律を一本の法律案で出そうという法制技術上のむりがありまするために、われわれ自体といたしましても、きわめて矛盾した態度をとらざるを得ないのでありまして、こうした点に対しまして、われわれの反対の理由を明白にいたしまして、この討論を終る次第であります。(拍手)
○議長(幣原喜重郎君) これにて討論を終局いたしました。
 採決いたします。本案の委員長の報告は可決であります。本案を委員長の報告の通り決するに賛成の諸君の起立を求めます。
    〔賛成者起立〕
○議長(幣原喜重郎君) 起立多数。よつて本案は委員長報告の通り可決いたしました。
     ――――◇―――――
 第二 選挙法改正に関する特別委員会における調査の報告
○議長(幣原喜重郎君) 日程第二、選挙法改正に関する特別委員会における調査の報告を求めます。選挙法形成に関する特別委員長生田和平君。
    〔生田和平君登壇〕
○生田和平君 ただいま議題となりました選挙法改正に関する特別委員会の調査の経過並びに結果につき御報告申し上げます。
 本委員会は、本年四月二十一日、第五回国会において、委員三十一名よりなる特別委員会が設置せられ、不肖委員長に就任いたしまして以来、委員会、理事会、小委員会をしばしば開催いたしまして愼重に審議を重ね、一つの要網をとりまとめ、公職選挙法案要網と名づけました。
 現行選挙法は、大正十四年普通選挙が施行せられるとともに制定されたものであります。爾来、時勢の進運に伴い部分的には幾たびかその改正を余儀なくせられたのであります。しかし、昭和二十二年には選挙運動の文書、図画等の特例に関する法律、選挙管理委員会法、また昨年選挙運動等の臨時特例に関する法律、政治資金規正法などが制定せられ、その他地方公共団体の議会の議員並びに長の選挙、さらに教育委員会の委員の選挙等のごとく複雑多岐にわたる選挙法規は、専門家にあらざれば理解することのできぬこととなり、ここに総合的、統一的選挙法の制定を要望せられることとなつたのであります。この機運にこたえて、去る国会において選挙法に関する特別委員会が衆参両院において同時に成立を見たことは、諸君のご承知の通りであります。
 本委員会は、まず第一に審議を進める順序を協議いたしました結果、衆議院委員、参議院委員及び地方公共団体の議会の委員並びに長の選挙を一本にまとめることといたしました。なお最高裁判所裁判官の国民審査は、選挙とは事柄も違いますし、農地委員の選挙は、選挙権の要件として特殊の資格條件を必要とし、一般国民の選挙するものでないのでありますから、これを後日に譲ることといたしまして、主題の法案について逐次審査を進めることになつたのであります。委員会にあつては、学識経験者、評論家、大新聞社などの意見を聴取し、あるいは諸外国の実例等に徹し、または毎日新聞に嘱託して世論調査を行い、さらに国会図書館、全国選挙管理委員会、地方自治庁等に委託し鋭意情報並びに資料の収集に努力いたしたのであります。
 思うに選挙法は国民が主権を行使する唯一の方法であり、従つて選挙法は国民の選挙法でなくてはならぬことは、いまさら申すまでもありません。われわれは、この信念に立脚して立案に着手したのであります。
 選挙法改正にあたつて第一に問題となりましたのは、両院制度につき掘り下げて研究する必要があるということであります。二院制度の問題は憲法の改正にまで発展する可能性が多分にあり、きわめて愼重を要するのでありますから、現段階にありましては、遺憾ながら憲法のわく内において選挙法改正の調査を進めるほかないのであります。
 委員会は、去る七月二十日より二十三日に到る四日間におきまして、百六十ページにわたる浩瀚なる主要研究事項の審議を終了いたしました。この委員会におきまして、われわれの尊敬する先輩齋藤隆夫君は、連日炎暑を冒して出席せられ、多年の経験と蘊蓄を傾けて幾多の有益なる意見を開陳せられましたが、この委員会直後において病床の人となられ、先般遂に長逝せられたのであります。しかしてこの委員会の発言は、君が三十余年の長き議会生活の最後の熱弁となつたのであります。まことに痛惜の念にたえません。ここに同君の選挙法改正に関する御意見の一端を御紹介申し上げますことは必ずしも徒爾ならずと信ずるものであります。
 すなわち選挙区制については、いわゆる中選挙区制が最もわが国の現状から見て適当であること、比例代表の制度は採用する余地のないこと、選挙公営については原則として反対であること、特に力説せられましたことは言論、文書による選挙運動の自由であり、候補者並びに第三者の演説に加えたる制限は憲法違反であり、法律自体が無効であるとまで極言せられたのであります。以上は、今はなき故人の選挙法改正に関する叫びでありまして、まことに感慨無量なるものがあります。
 さて本委員会においては、審議の結果に基き本要網の起草を小委員会に付託し、小委員会はさらに要網のとりまとめ方を委員長に一任せられ、よつて委員長は法制局の協力を得て満二箇月の日子を費して原案を作成し、九月十九日より二十二日まで四日間にわたり小委員会を続開し、愼重に協議いたしたのであります。さらに教育委員会の委員の選挙についても、文部当局並びに東京都教育委員会長等の意見を微し、本要網に取り入れることにいたしました。越えて十月四日及び二十四日の四日間委員会を開き、原案十七章二百七十三項目に対する最後の決定をしたのであります。よつて、本要網の主要なる点について、現行法規と比較しつつ御説明いたしたいと思うのであります。
 まず第一に、本要網が各種選挙を取入れました結果、選挙基本法という名称は適当でないとの意見が多数を制し、いろいろと議論もあつた末、劈頭に申し上げました通り公職選挙法案要網と名称づけられたのであります。
 第一章総則においてこの法律の目的を明らかにし、「この法律は、日本国憲法の精神に則り、衆議院議員、参議院議員、地方公共団体の議会の議員及び長並びに教育委員会の委員を公選する選挙制度を確立し、その選挙が選挙人の自由に表明せる意思によつて公明且つ適正に行われることを確保し、もつて民主政治の健全な発達を期することを目的とする。」と明記し、次にはこの法律の適用の範囲、公職の定義、議員及び委員の定数等を明らかにし、また参議院全国選出議員の選挙事務は全国選挙管理委員会において管理することとし、現行の参議院全国選出議員選挙管理委員会を廃止しました。また選挙人の選挙権及び選挙権行使については必要な時間を與えるよう措置されなければならない旨を規定して棄権防止に遺憾ながらしめようといたしました。
 第二章では、選挙権、被選挙権に関しては、地方公共団体の議会の議員及び現行の六箇月の居住条件を三箇月に短縮するとともに、準禁治産者及び選挙犯罪以外の犯罪による刑の執行猶予中の者に対しましても選挙権及び被選挙権を與えることとし、その範囲を拡張いたしました。
 第三章は選挙に関する区制についての規定でありますが、このうち衆議院議員及び参議院委員の選挙区については、結論を他日に保留したのであります。
 第四章は選挙人名簿についての規定でありまして、各選挙を通じて基本選挙人名簿及び補充選挙人名簿を用いることを原則とし、名簿登録の住所要件六箇月を三箇月に短縮することといたしました。なお船員の名簿登録に対して特例を認め、これを簡易化し、療養施設に入院加療中の者及び海外引揚者に対しても、その住所に関して特別の規定を設けたのであります。
 第五章は選挙期日についての規定であります。衆議院議員の任期満了による総選挙は、現行法では任期満了後施行せられることになつておりますが、これを原則として任期満了前三十日以内に行うことに改め、第二項において、右期間が国会開催中または国会閉会の日から三十日以内にかかる場合は、国会閉会の日から三十一日以後三十五日以内に行うことにしました。しかして、解散による衆議院の選挙は解散の日から四十日以内に行う旨をこの要網中に規定することにしました。
 第六章は投票についての規定でありまして、改正した点は、投票立会人の選任はすべて職権選任主義に統一いたしました。投票に関する自署能力の要件を絶対的の要件とせず、文盲者の投票をも認めることとし、これに対しては代理投票の制度を活用することといたしました。地方公共団体の同時選挙において、同一投票用紙を用いて各欄ごとに候補者の氏名を記載することになつておるのを、各別々の投票用紙を用いることに改めました。
 第七章は開票に関する規定であります。本章において、公務員の立候補制限に伴い、これらの者の氏名を記載した投票も無効となる旨の明文を新たに設けました。
 第八章においては選挙会及び選挙分会についての規定を設けました。
 第九章は公職の候補者に関する規定でありまして、改正せられたおもなる点は、参議院地方選出議員、地方公共団体の議会の議員及び長並びに教育委員会の委員の候補者の届出期限を、衆議院議員と同じく選挙期日前十日までといたしました。町村長及び教育委員会の委員の立候補者の場合の連署推薦届出制度を廃止しました。但しこれについては少数の反対意見のあつたことを御報告しておきます。供託金は、現在衆議院議員選挙の場合は三万円でありますが、これに準じて他の選挙についても相当引上げるとともに、参議院議員の選挙に関する没収率を改訂しました。また新たに教育委員会の委員の選挙についても供託金制度を設けることとしました。参議院議員、都道府県知事及び都道府県の教育委員会の委員についても、衆議院委員と同じく選挙公営分担金制度を設けたこと等であります。
 第十章は当選人についての規定でありまして、教育委員会についても新たに法廷得票数制度を設けて、繰上げ補充の道を開きました。当選人及び欠員の繰上げ補充の期間を三箇月に延長して、再選挙または補欠選挙をなるべく避けるようにいたました。但し、地方公共団体の長及び教育委員会の委員については特別の処置を講ずることとしました。従来の当選辞退期間を廃止して、当選の効力は当選の告示の日から発生することとしました。
 第十一章は、特別選挙においては前述の通り繰上げ補充の期間を延長して再選挙または補充選挙の施行の項を避けるとともに、参議院地方選出委員の補充選挙については欠員が二名に達したとき初めて行うこととし、さらに都道府県の議会の議員の再選挙または補欠選挙についても不足数が二名に達することを原則とし、議員定数一名なるときは欠員が一名に達したときと改めました。
 第十二章は選挙を同時に行うための特例についての規定でありまして、従来地方公共団体の選挙相互の間の同時選挙を認めていましたが、新たに教育委員会の委員と地方公共団体の議会の議員の選挙との同時選挙をも認めることとしました。
 第十三章は選挙運動に関する規定であります。選挙運動については、一方において選挙公営の拡充をはかるとともに、他方言論の自由、第三者のの運動の自由の伸張に努めたのであります。
 以下、そのおもなるものを列挙いたしますれば、選挙運動の期間を原則して届出の日から選挙の期日の前までとしたこと、現行法では教育者の地位利用の選挙運動の制限事項が必ずしも明瞭でなく、解釈上も疑義がありますのでこれを明瞭にするとともに、内容等も一部改正しました。
 戸別訪問は従前どおりこれを禁止しましたが、第二項において、公職の候補者が、みずから当該選挙に監視、あいさつ行為をすることを妨げるものではないと規定いたしました。但しこの項については、候補者の戸別訪問を認むべしとの説と、認むべからずとの少数反対意見のあつたことを御報告しておきます。なお選挙運動のため戸別に演説会の告知、候補者の氏名等を言い歩く行為等は戸別訪問の禁止行為に該当することとみなすことといたしました。
 自動車及び船舶の期限は従来通り一台及び一隻とし、拡声器は二そろえとしました。但し、参議院全国区議員については特別の取扱いをいたしました。
 無料はがきの枚数は、衆議院議員、参議院地方選出議員及び都道府県の知事については三万枚、参議院全国区選出議員は五万枚、都道府県の教育委員会の委員は五千枚としました。
 ポスターについては、衆議院委員、参議院地方選出議員及び都道府県の教育委員については三千枚、参議院全国区選出議員については二万枚、但し一の都道府県については一千枚を越ゆることはできないのであります。都道府県の議会の議員については五百枚、市の選挙については三百枚、町村の選挙については百枚としました。
 新聞の報道については、選挙に関する事項を報道として掲載するの自由を鮮明する旨の規定を置くこととしました。
 新聞広告は各候補者は一回限りとしましたが、参議院全国区選出議員の立候補者についてのみ二回となし得ることとし、衆議院議員、参議院議員、都道府県の知事の選挙についての新聞広告は無料としました。
 政見放送及び経歴放送については、衆議院議員と同様、参議院議員、都道府県知事及び都道府県の教育委員会の委員の選挙についても認めました。
 公営の立会演説会は、現行の衆議院議員の場合の同様に、参議院議員地方選出議員、都道府県知事及び都道府県の教育委員会の委員についても認めました。なお立会演説会については、現行の班別による方法を改め、候補者の希望を尊重して、都道府県の選挙管理委員会において全般的計画を定め、これにより実施することとしました。代理演説の回数を五分の一から三分の一に増加し、演説会告知の掲示箇所を二十箇所から五十箇所に増加し、立会演説会場における演説妨害等に対する取締り規定を新たに設けたこと等がおもなる改正であります。
 個人演説会については回数の制限を撤廃し、演説会の開催については、特定建物または施設においての演説禁止のほかその制度を撤廃し、従つて公営施設の使用以外の個人演説会の開催及び該当演説については一切自由となつたのであります。
 選挙運動のための連呼行為についての禁止は原則として廃止しました。
 選挙公報の発行、氏名等の掲示については、おおむね現行通りとし、氏名表の配布は廃止しました。
 交通機関利用のための特殊乗車券の交付については、衆議院議員と同様、参議院議員、都道府県知事及び都道府県の教育委員会についても認めることとし、選挙期日後の候補者のみずからするあいさつ行為は、一定の制限のもとにこれを認めることとしました。
 第十四章は選挙運動の収入及び支出並びに寄付についての定めでありまして、政治資金規正法中公職の候補者に関する規定を取入れることといたしました。
 第十五章は争訟であります。
 第十六章は罰則に関する規定でありまして、おおむね現行法の規定を総合して取入れることとし、罰則の限度等は現行通りとしたのであります。なお公訴附幣の私訴の制度は新刑事訴訟法により廃止されましたので、当選無効に関する附帯私訴はこれを独立の訴訟として取扱うことといたしました。
 第十七章補則においては、選挙管理費用に関する国と地方公共団体との負担区分について規定するとともに、特別公共団体に対する本法の適用に関する特例等を規定したのであります。
 附則においては、本法施行の期日及び必要な経過規定、その他関係法令の整理改廃について規定することとなつております。
 以上は單に本要網の大要を説明したにすぎません。詳しいことは委員会の速記録についてごらんをいただきたいのであります。なお本要網は近く印刷に付し、お手元に差上げることになると思います。
 終りに臨んで一言いたしたきことは、本委員会は、休会中にて、しかも炎暑の候にもかかわらず、委員諸君は終始熱心に愼重審議せられましたことと、是を是とし、非を非とし、いささかも党利党路に偏せず、感情に走らず、互いに意見を尊重して、きわめて円満のうちに、全焼にわたりほとんど満場一致をもつて議決せられましたことは、まことに感謝にたえません。
 以上をもつて御報告を終ります。
     ――――◇―――――
○議長(幣原喜重郎君) 日程第三、考査特別委員会における調査の報告を求めます。考査特別委員長鍛冶良作君。
    〔鍛冶良作君登壇〕
○鍛冶良作君 考査特別委員会におきましては、七月より九月に至る三箇月間に、日本再建に重大なる悪影響を及ぼすものといたしまして、一、国電スト事件、二、国鉄労組中央委員会の実力行使決議事件、三、平市を巡る騒動事件、四、広島日鋼製作所争議事件の四つが調査の必要ありとの決議によつて調査に従つたのであります。そのため委員会を開くこと二十一回、喚問した証人実に八十名に達し、さらに福島県及び広島市に委員を派遣して実地調査及び証人尋問を行つた次第であります。調査の結果は、別にその詳細を別冊報告書によつて御報告することにしてありますから、それによつて御承知を願うこととし、ここでは各事件につきそのあらましを述べまして、これに考査の結果得ました結論をつけ加えて御報告したいと存じます。(拍手)
 第一は国電スト事件でありますが、これはご承知のごとく、去る六月九日を中心として、東京鉄道局管内の東神奈川、蒲田、千葉、中野、三鷹の電車区または車掌区分会によつて問われたスト事件であります。この事件の発端となつたのは車掌区における新交番制の実施に関してであり、組合側が、この新交番の実施は労働強化であると同時に首切りの前提となるものであると称して起したのが、首切り反対闘争となつたのであります(「その通り」と呼ぶ者あり)新交番制は車掌区に同調してストに立ち上がつたのは、電車区は車掌区に同調してストに立ち上がつたのが真相のようであります。もつとも、電車区では別に、鉄道を破壊から救うため、すなわち国営防衛のための論争であつて、ストは独自の立場から行つたと主張してもおります。
 千葉車掌区分会では、六月三日の職場大会で、新交番の延期がいれられなければ実力行使に入る旨を決議しましたが、九日車掌九名が解雇されたので、これを撤回するまで闘うことを組合大会で決議し、当局側が十日から新交番を実施しようとするのに反対の態度をとつて来ましたが、十日となるや、約七十名の車掌は座談会を開いて新交番で乗務しようと決定しましたので、旧交番を主張する者たちは、外郭団体の応援を受けて。新交番で乗ろうとする車掌を阻止したので、これに乗務させようとする公安官及び警察官を、乗らせまいとする者との間に衝突を起し、その場にいた検事によつて闘争委員ほか二十七名が検束されるに至つたのであります。
 東神奈川の場合は、六月一日の新交番実施期を前にして、三十日車掌区分会青年部が大会を開き、新交番制は労働強化であると同時に首切りの前提であるとして反対決議を行い、業務命令に従わないで、六月一日以後も旧交番で乗務しておつたのであります。三日車掌区で合同職場大会を開き、スト態勢を整えることを決議しましたので、新橋管理部から新交番実施督促のため総務課長以下が出張して交渉しましたがまとまらず、組合では六日の大会において、不当弾圧があれば実力行使をも辞せずと決議しました。九日に当局から、業務命令違反のかどで闘争委員長外九名の解雇が発表されましたので、これを機に、午前十一時四十五分、警笛を鳴らしてストに突入するに至りました。電車区は、車掌区がストに入つた後、回送電車にに限り運転士だけで運行せよという業務命令がありましたところ、これは業務規定違反であるとして、午後三時四十三分、車掌区に同調してストに入つたのであります。争議団は、スト突入とともに、外郭団体の応援を得て気勢を上げ、アカハタ及び横浜民法以外の新聞記者の出入を禁止しております。十日午前二時前後にはMRSより東神奈川駅長に対して、連合軍専用車を占拠している者があるから退去させろという指示があつたが、この専用車中で闘争委員らが会議を開いていたのであります。この日の午後二時ごろ、組合側は、自分らの手で東神奈川より二本、蒲田より二本の電車を出す計画を立て、電車区長に了解を求めに行きましたが、これを拒絶されると、夕刻、乗客大会というものが開催され、また神奈川県工場代表者会議も開催されまして、それらの要請によるものとして、組合の業務管理で電車を運行することを決定したのであります。これがいわゆる人民電車でありまして、その第一回は、この日の午後六時二十二分に東神奈川駅を発車いたしました。業務命令によらない職場管理の電車を運転したのにつきまして、車掌区闘争委員長井上勘一君は、電車は当局のものではなく、また鉄道従業員のものでもない、実に全日本労働者のものである、全人民のものである、当局が電車を預かつておきながら、これを動かさないというのは不都合であるという考えから、組合の管理で運転したのだと、当委員会において公言しておるのであります。
 蒲田は、六月一日には新交番で乗務したのでありますが、新神奈川車掌区から新交番を拒否しろという勧誘や防衛隊の派遣があつたりしたため、遂に四日に旧交番に復することを決議し、東神奈川のストに刺激されて、十日の初電からストに突入し、その後は常に東神奈川かと歩調を一にしたのでありまして、人民電車の計画に参與したのであります。
 中野の車掌区は、六月五日より新交番を実施することになつていたので、前日の四日に八王子管理部の業務課長が打合せに来て、車掌区で区長と要談中、新交番をやめろと、二、三十人の労組員が組合旗を立てて闖入して参りました。そこで業務課長と組合側との交渉に移りましたが、結局まとまらず、物別れとなりました。さらに六日、九日に両者の交渉が行われたのでありますが、九日の交渉最中、東神奈川ストに突入すとの情報がもたらされましたので、交渉は早々に切上げられ、中野に帰つて職場大会を開いてスト突入を決議し、十日の初電からストに入つたのであります。
 三鷹と中野の両電車区も、修理資材不足から来る運転の危險防止及び人員整理反対を理由として、中野車掌区に同調してストに入つたが、かねて結成の準備をしていた三鷹、中野地区防衛同盟に共同闘争委員会が持たれ、これによつて共同闘争が行われたのであります。三鷹、中野方面でも公安官、警察官側と争議団側との衝突があつたことは、千葉、東神奈川と同様であります。
 以上三つの事件を考察しまするに、闘争の起因となつたものは、車掌区の場合は新交番制の実施反対ということにありまするし、電車区では国鉄復興論争であり、双方とも首切り反対というのを闘争目標としておるのでありまして、それぞれの原因を持つ自然発生的のものと主張されていますが、六月三日すでに東鉄車掌区連絡会議で業務管理、共同論争を申し合せているので、この申合せに賛成した者が、その実現のためフラク活動をしたことは、想像にかたくないのであります。東神奈川における県工代会議のごとき外郭団体の働きかけと、スト突入を主張する労組員のフラク活動と、集団的威力を闘争にかり立てたことは論ずるまでもないと考えますから、この面から観察しますと、計画的であると言わざるを得ないのであります。(拍手)また三方面で行われたストは、どれも中闘本部または支部の命令によらないで実力行動に入つたものでありまして、これは国鉄労組規約の違反であり、国鉄労組のごとき単一組合の統制を乱る行為と断ぜざるを得ないのであります。(拍手)ところが、後に述べますごとく、この争議後の六月二十三日、国鉄労組中央委員会におきまして、副委員長の鈴木市藏君は、かかる本部の指令によらない各分会で始めた争議を反対闘争の模範的なものであると称して、暗に今後もこういう形の闘争を是認して行こうとしている点は、まことに重視すべきものであります。(拍手)
 東神奈川の場合は、一般新聞記者の出入を禁止し、アカハタと横浜民法のみに取材させましたことは、闘争がいかに独裁的かつ秘密主義のうちに行われたがわかると思います。闘争中、労組が現場当局との交渉の際、きわめて非協調的態度で脅迫的の言動が多く、英雄主義、破壊主義であつたことは幾多の例証があります。(拍手)その一々は別冊報告書に譲りますが、ともすれば殺してしまえというような暴言を吐き、なぐるとか、住居に押しかけて妻女をおどかすとか、はなはだしい場合には人民裁判のようなことまでもしておるのであります。
 かの東神奈川で運行された人民電車は、人民管理思想の具体的な現われでありますが、どの争議にも業務管理の思想は見られるのでありまして、革命思想の現われであることは最も注目しなければなりません。(拍手)
 三つのスト事件を通じまして、そこに応用されました闘争の方式は、首切り反対の経済闘争が職場闘争となつて、職場管理を目ざし、地域闘争に拡大されて、地域産業防衛闘争となり、一地域の市民をも動員する地域人民闘争へと発展しようとしています。かくのごとき闘争の方式は、共産党または同党が指導権を握る産別会議の指針書に公表されておるものでありまして、闘争が共産党分子によつて指導された当然の帰結とも言えるのであります。(拍手)闘争がすこぶる共産党色の濃かつたことを物語るものであります。特に三鷹、中野地区貿易同盟共同論争委員会がスト中止を決議した際、なおストの革命的力を横に伸ばすことを確認して、戰術を転換すると言つておるであります。かの三鷹無人電車の暴走事件直後、当局が不完全のまま電車の改善を怠つてこんな事件がおきたのだと演説した共産党員がありますが、これは革命の力を横に伸ばす戰術、すなわち国鉄防衛闘争または遵法闘争の行き過ぎと断定しなけれなならないのであります。共産党闘争方式の末端細胞の思い上がつた行き過ぎが、あのような惨劇を生んだのと考えるのであります。(拍手)
 第二は熱海決議の事件でありますが、これが跡始末と、予定されていた行政整理への対策を講ずる目的のもとに、国鉄労組は、六月二十三日から三日間、熱海市で中央委員会を開いたのであります。この席上、今回問題となつた、最悪の場合はストをも含む決議がされたのであります。この條項は闘争方針中の具体的闘争方法の第六項に当るものでありますが、この原案は、共産党員であり、中闘委員であり、企画統制部長であつた井上唯雄君が作成したものでありまして、…(発言する者多く、議場騒然)この原案は、共産党員であり、中闘委員であり、企画統制部長であつた井上唯雄君が作成したものでありまして、ストをも含む実力行使を行うとまず揚げ、次に列車をとめることと動かすことは国民の意思によるよう準備すること、この場合いかなる官憲の彈圧や命令があつてもやめないということがうたつてあつたのであります。これは一面、人民管理思想、すなわち人民電車のごときものを運行しようという考えと、官憲と徹底的に闘う決意とを現わしているものでありまして、井上君は、二・一ストのときのように、委員長がラジオの前に立つてストを中止すると放送しなければならずような立場に追い込まれてもやめないという決意で闘うのだと説明しています。このような激越な闘争までするのはどうかという空気が支配していまして、会議では、この列車をとめる云々という條件は全部削除になり、最悪の場合はストをも含む実力行使を行うということだけに修正されたのであり、さらにその條件として、最悪の場合とは本部の団体交渉の決裂したときをいうということと、集約は中闘の責任において行うということが、了解事項として確認されたのであります。もつとも、かくのごとき修正が決定されるまでには、かかる決議が公共企業関係労働法第十七條の違反であるという議論が出たのでありますが、共産党員である副委員長の鈴木市藏君は、第十七條は憲法第二十八條違反の立法であるからこれに従う必要はないという意味のことを言つているのであります。だから、この考え方は、ある法律を憲法違反だとみずから信ずることによつて、正式の手続によつてその法律を無効とするのでなく、いきなり実力行使を行うことを決議したこととなり、法律否定、議会否定の思想と言わざるを得ないのであります。
 かかる決議が結局中央委員多数の賛成を得て成立しましたことは、委員会が共産党系代議員によつて主導権を握られていた結果でありますが、民同系の星加要君が、共産党員が組合員であり、役員である場合、往々にして組合員の意思がそのまま現われずに、共産党の指導方針によつて動いて、誤まつた方法をとり得る可能性が多いと証言していますが、(拍手)同君は共産党に反対の立場に立つておりますが、少くともこの熱海決議の場合には、その証言が真に近いものと思われるのであります。
 第三は平市をめぐる騒動事件であります。これは一、平市及び内郷、湯元両町の事件と、二、郡山、福島両市の事件、三、若松市の三菱製鋼広田工場の争議事件、四、高萩炭鉱争議事件の四地方の事件であり、しかもお互いに関連性のあるすこぶる複雑した事件であります。
 まず平市の騒動事件から申しますと、本年四月十三日に、平市大町の長江久雄という者から市警察署に、平駅前の県道地内に広告宣伝用の掲示板設置の許可が申請され、警察では、四月十四日から七月二十日まで約三箇月の許可を與えたのであります。ところが、名義人の長江は共産党員でありまして、この掲示板には、日本共産党石城地区委員の壁新聞が張られ出したのであります。この壁新聞には、附近の炭坑の労働争議の問題や市町村政の批判記事がデカデカと盛んに掲げられましたので、通行人の注意を引き、立ちどまる人が多くなつて交通の妨害になるということと、県道上に一政党の政治活動の便宜のための施設を市警察署限りで許可したことが妥当でないという理由から許可を取消そうとしたのが、きつかけとなつたのであります。
 市警察署長は、設置許可の取消しを申請人の長江に通達しましたが、石城地区委員会はこれに応じませんので、六月二十七日の朝、同日午後七時までに撤去しないときは警察で代執行するからと通達したのであります。すると、共産党石城地区委員長鈴木光雄、同委員鈴木磐夫その他四、五十名の者が警察に来て、掲示板設置許可の取消しは共産党に対する警察の彈圧であるからこれを撤回せよ、共産党の政治活動を妨害するものであると講義したのであります。そのうちにさらに七、八十名の者が署前に集まり、署内には三、四十名もいましたので、署長は代表者五名とアカハタ記者その他三名だけで交渉を続けることにいたしましたが、要求を引込める気配はなく、署外の群集は險悪の空気を示して来ましたので、附近の内郷、湯元両町警察署に、警戒のため応援を求めたのであります。一方、署名では交渉を進めましたが、結局撤去することは一応留保しまして、他に適切な移転先を探すことに交渉がまとまり、群集は解散したのであります。
 一日おいて二十九日には、鈴木光雄、金明福の二人と伊藤警部とが移転場所を探しに行き、住吉屋支店所有地が適当であろうということになつて、住吉屋では、三十日朝九時ころに諾否を回答するということでありますから、警察では、いずれにしろ三十日午後四時までに一応撤去するように申し渡したのであります。ところが三十日になつて、金明福、鈴木光雄、西岡慶三郎等地区委員会の幹部が警察に来て、本日午後四時までに撤去しろというのは、われわれを彈圧する一方的行為だから、取消せと要求したのであります。そこで署長は、住吉家の諾否を聞くことが先決問題じやないかと言つたところ、借りられることになつたと答えた。しかし依然として掲示板撤去の様子もなく、かえつて本日四時までに掲示板撤去の命令を取消せと要求し、午後三時ころ帰つて行つたのであります。
 午後三時半ごろになりますご、矢郷炭鉱の労働組合員を中心とする約百名のデモ隊が徒歩で、続いて五十名くらいの一団がトラックでやつて来て署前に集合し、警察署に入ろうとしたので署員との間に衝突が起きたのであります。署長は、金田という警部補に命じて、代表者三名だけに会おうと交渉させましたが承知せず、先頭にいた警察官三名が群集の中に引きずり込まれ、たたく、けるという暴行を受け、石を署内に投げ込んで窓ガラスその他を破壊し、署員から七、八名の重軽傷者を出したのであります。一、この事件がおきたのは署長の責任である、二、共産党側の負傷者の治療費を弁償しろ、三、矢郷炭鉱の労働争議彈圧のため署員を派遣した責任をとれ、四、矢郷炭鉱の山本という労働者が死亡したのは署員から朝早くから行つて騒いだ結果であるから、署長は殺人教唆をしたもので責任を負え、こういう難題を出されて、署長はあるいは回答を留保し、あるいは否認しましたが、公安委員に会いたいというので、公安委員に連絡したのであります。
 連絡を受けた矢吹公安委員が警察に行きましたときは、すでに署の玄関前には赤旗が十文字に交叉されており、赤旗を振つて署前で歌を歌つており、署内には二百五十人から三百名ぐらいが入つていて、身動きもできぬ状態であつた。また町の要所要所に、人民警察と書いた腕章をつけた者が二名ずつ組んで検問所をつくり、通行人を誰何していたのであります。矢吹公安委員に対し、前に申したような要求をつきつけましたが、同委員は、公安委員会できめる必要があるから公安委員を集めてくるといつて自動車で出かけようとしたら、地区委員二人が護衛のため同情するというので、これを拒絶し、自動車に立てた赤旗をとらせて出かけ、市長に報告して帰つて来ると、金龍洙という者が矢吹委員に対し、今まで何をしていたんだ、殺してしまうぞと、一尺くらいの火箸二本を持つて二、三回打つてかかりましたが、かたわらの人がとめたので、ようやく事なきを得たのであります。
 公安委員が集まつたので交渉を始めましたが、午後七時半ごろ、留置中の共産党員利川鎭吾といういう者を、約四、五十名の群集が留置場を破り、かぎをこわして逃がし、監視中の織井巡査の拳銃を奪い去つて、反対に織井巡査を留置場に入れてしまつたのであります。このほかにも署内で騒擾を盡しましたが、あとで調べてみますると、署内の警棒とか署員の私物とか約六千円近くのものが紛失していたのであります。
 警察では、すでに午後六時過ぎ、市警察、地区警察合しても八、九十名ぐらいの人員では、とうてい四、五百名に達する群集を退散させることは困難と認めたので、国家警察隊長に応援を求め、管内はもちろん、仙台管区、東京管区及び茨城県内等より、警察官または警察学校の生徒等を朝方の三時半ごろまでに五百余名を集結し得たのであります。しかるに、この応援が来るということは、電話が傍受されたのであると考えますが、ことごとく群集の指導者の方にキャツチされていて、一々どこから何時に応援隊が出発したというふうにアナウンスされたので、群集はすでに午後十時前後から退散し始め、十一時ごろに全部退散したのであります。この騒ぎのため、市民は、警察でさえあの通りであるから、どんなことになるかもわからないと不安の極に達しまして、戸締りをし、店じまいをして、自警団をつくつたほどであります。
 内郷は平市から南へ約一里半のところにある町でありますが、ここの自治警察署長のところへ、六月二十七日に平市署に応援を出したのは不当の弾圧であるとして、同日午後八時三十分ごろ、平からの引揚部隊約八十名に、矢郷炭鉱の山元から来た四十名と計百二十名の者が抗議デモに来ました。そうして、矢郷炭鉱の労働争議を断圧したのはけしからぬから謝罪しろという要求を出して、脅迫的言辞を述べ、午後九時十分ごろ引揚げた。また三十日には、午後二時五分ごろ、共産党員及び労働者並びに朝連の人々約百五十名が押し寄せ、罵詈雑言を浴びせて、矢郷炭鉱の労働運動を取締らぬこと、平市署へ応援を出さぬことを誓約せよと迫り、現在の状況では応援しないと答えると、確かに応援に行かぬなと念を押して、約束時間に来たからと、午後三時ごろに引揚げました。この日ここへ来たのは、当日平市署を襲撃する手はずになつていたので、牽制して応援をださせないようにしたのはもちろんであります。
 湯本も平市から南三里ほどのところにある町でありますが、ここへは、六月二十八日午後三時過ぎに、朝連石城支部長金明福と、共産党石城地区委員長鈴木光雄その他数名の者が、湯本町警察署長に面会を求めて、内郷の場合と同様に、二十七日に平市に応援を出したことについて詰問し、かつ労働運動のだんあつをしないことについて約束を強要したのであります。そのうちに、署外には百五、六十名の者が集まつて赤旗を振り、インターを歌つて気勢をあげました。三十日の午前十時に、共産党員及び朝連の者などが約二百三十名押しかけて来まして、これも平市署に応援を出さぬと誓約しろと迫つたのであります。内郷の場合とまつたく同様に、この日平市署を襲う計画があつたので、この牽制策を講じたものと断定し得るのであります。
 一体、平市署を襲つた者の中には矢郷炭鉱の者が多数参加していますが、この炭鉱は、六月初旬から仮処分の執行をめぐつて不穏な空気があつて、警察からも防犯のために山に行つて警戒に当つたのであります。このときは平市署も湯本町警察も応援に参つていますので、炭鉱の者がこの両警察に同様の抗議をしたのでありまして、指導者にさしずされるまま湯本や内郷両署に抗議デモに行き、また三十日の平市所のときにも多数参加したのであります。
 次は郡山市の場合でありますが、ここでは、六月二十七日に、主として主食掛売り陳情決議のため約三百名の傍聴者が市会を蹂躪した事件があります。その詳細は別冊の報告書があります。その詳細は別冊の報告書に譲りまして、ここでは主として、郡山警察署の襲撃事件を述べることといたします。
 郡山市警察署では、六月三十日の夜、平市の求めに応じまして、午後十一時五十分ごろ応援隊を派遣したのでありますが、その直後、約二百名の群集が署前に集まりジグザグ行進やつておるうち、指導者が入れと号令をかけますと、ただちに署内に乱入したのであります。署長は、代表者と紳士的に話し合うという條件で八名の代表と会見しましたところ、なぜ平市署へ応援隊を出したか、また労働運動に対し干渉彈圧するな、などの要求をだして迫つたのであります。ところが代表等は、平への応援隊を呼び返せと強要しましたので、署長は県と連絡の上呼び返すことを言明し、また迫られるままに、玄関に出てデモ隊にこの交渉の結果を報告したのであります。この署長の態度はまことに遺憾でありますが、多数の圧力と、その方便としてとつた処置だと述べているのであります。
 七月二日午前九時ごろには、共産党院、国鉄従業員四、五百名の者が集まつて郡山の日東第二工場に参り、門を破つて進入し、工場組合長をとらえて、郡山市署から平市署への応援隊の派遣に自動車を貸したことは不都合だと責め立てて謝罪を要求し、さらに市長公舎、市議会長宅へ押し寄せ、一転して郡山の地区警察に参り、署長に面会の上、市警察署長に迫つたと同様の要求で詰問に及びましたので、地区署長も、玄関前で、労働運動を干渉または彈圧しないことを言明させられたのであります。言うまでもなく、これらのデモも平市署襲撃の一環でありまして、応援隊派遣阻止と、地方権力弱体化闘争であります。このほかにも平市応援派遣の妨害または牽制が行われたのでありまして、仙台管区から応援にはせつけようとした警察学校の生徒百名が仙台駅で国鉄労組員に妨害を受け、小野新町の警察は、来援の途中踏切りの遮断機をおろされて来着を遅らせられているのであります。
 福島市の場合は、平市襲撃の当日たる六月三十日に、郡山市会の決議に基く福島県会へのデモ陳情団が午前八時五十分着を列車で参りまして、一旦国鉄支部の事務所に入り、赤旗を先頭にスクラムを組み、インターを高唱し、十時ごろ国鉄福島支部の労組員を中心とする一団と合流しまして、検察庁、警察署等にデモを行つた後、十一時三十分ごろ、議事堂を取巻いて県会議長に要求を突きつけ、今日中にこれを議決せよと迫つたのであります。議会が開会される前、これらのデモ隊は傍聴席を陣取りまして、いよいよ開会となり、議長から赤旗を取除いてくれと要求しましたが聞き入れず、議事の進行につれ喧騒をきわめて、遂に閉会後三十五分で閉会するのやむなきに至らしめたのであります。議場を出た傍聴者の一行はデモ行進に移つたので、これを阻止しようとする警察官と衝突が起り、五名が検束されますと、市署に行つて即時釈放を迫るというありさまでありました。
 郡山から来たデモ隊は、午後十時四十五分福島発の列車で帰るとき、郡山市署及び地区所から平市へ応援を出すという情報をキャッチして、郡山駅に着くと、その足で市署に押しかけましたが、その状況は前に述べた通りであります。でありますから、郡山、福島の両事件は相互に関連があるとともに、平市事件を中心にして直接関連があることがきわめて明瞭に看破されるのであります。(拍手)
 次は若松市でありますが、ここには三菱製鋼所広田工場がありまして、この工場は、鉄道予算の削減その他の経済事情のため人員整理をしなければならぬはめに陥り、五月十七日その旨を発表したので、十八日、組合は、首切り反対、工場閉鎖絶対反対の確約闘争を展開せよとの指令代号を出して、ここに争議が始まつたのであります。二十一日には中央闘争委員会、拡大闘争委員会が結成され、地域共同闘争が決定されましたが、二十四日には所長初め部課長九名を軟禁し、百数十人で取囲んで団体交渉を迫り、部課長は翌日午前六時まで、所長は実に午後三時に至るまでこのカン詰状態に置かれたのであります。しかるに他の部屋では、なお部課長中確約を迫られて帰宅できないでいる者があるので、所長は再び総務部長と工場に出かけたところ、たちまち山口闘争委員長らに包囲されて、二十六日午後三時まで包囲されたままの状態を続行されたのであります。
 会社側は、かかる状態では身辺も危險であるとして、警察側に保護願を出していましたが、二十七日午前九時五分会社側が整理案を出したとき、不穏な空気が一段と高まつたので、警察側に通報し、その結果、警察側は状況視察に署員を派遣したのであります。すると組合側は、サイレンを鳴らして推進隊を配備につけるとともに、警察官には、今きわめて平穏裡に団体交渉を行つているからと言つて警官を引揚げさせたのであります。午前十一時に組合側から団体交渉を申入れましたが、暴行脅迫のもとに交渉はできないと拒絶したので、そのまま監禁状態が続けられ、十二時間にも及ぶ暴行脅迫のため、所長、課長三名は卒倒し、所長は遂に、多くの者を首切つた上は自分も退職すると言明させられて、二十八日午前二時、ようやく開放されたのであります。
 なお軍政部は、警察からと会社からの報告によつて、二十六日にも来場したのでありますが、組合側の平穏裡に団体交渉中という言葉を聞いて、そのまま引返しましたが、二十九日には、軍政部は、所長と総務部長と山口闘争委員長とを地区警察署に呼びまして、事情を聴取しました後、一、不当労働争議である、二、所長は退職する必要はない、三、所長は組合を告発すべきである、四、もし暴行があつたら軍政部として処置する、という個人的な見解を述べたのであります。この会談の後、山口委員長を若松地区警察署長は逮捕を命じたのであります。そこで午後1時ごろ、争議団と応援外部団体が加わつた約二百名が山口らの即時釈放要求のデモを行い、共産党代議士の渡部義通君も、この逮捕に対する抗議をした警察を訪れたのであります。(拍手)若松市でデモが最も盛んに行われたのは二十九日の夕刻から三十日にかけてでありますが、この日が平市事件のあつたときであることを思い合わせるとき、両者の関連がまことに明白であります。
 次に高萩炭鉱事件でありますが、これは若松や、後に述べます広島日鋼の場合と大同小異なのであります。すなわち、争議の起りが人員整理にあること、会社の幹部が軟禁されて集団的暴行脅迫が行われたこと、指導者が共産党員であり、共産党系の立てた闘争方式を忠実に実行していること、警察が暴行者を検挙したとき釈放要求のため警察署にデモをかけていることなど、ほとんど符節を合せるごとくであります。
 この事件では、七月六日に会社の重信常務、柳澤鉱業所長、尾島坑長が監禁されたのでありますが、柳澤、尾島の両名は多数の取巻かれ、なぐる、ける、水をかける、口に含んだ水を霧のごとくに吹きかけられるという乱暴をきわめたのであります。これら三名を救い出すために来た軍政部のブルナー軍曹の乗用車にはいろいろの妨害をして、三名の被監禁者の救い出しを阻止したのであります。この事件で、七月四日には、高萩町地区警察署に、第一組合長中島という共産党員ほか六名が訪れまして、平事件に関し、警察は応援に行つたか質問していますから、やはり平事件と気脈を通じていたことがわかるのであります。
 第四は広島日鋼争議事件であります。この事件の発端は、日本製鋼広島製作所の人員整理に起因しておるのでありますが、この会社は約二千人の従業員を擁し、月額七千万円の生産額を維持しなければ経営が成り立たないのであります。ところが、九原則並びにドツジ・ラインの強力な制限のため鉄道関係、炭鉱関係の発注が激減し、政府支拂いの遅延等によりまして、どうしても経営の合理化をはからなければならない立場に追い込まれ、六月初旬、約七百三十名の整理を発表したのであります。これに対し労働組合側は、職場大会を開いて自治的サボに入れと指令し、九日社長の名で正式に解雇の申入れを行いましたので、十一日に組合は大会を開いて解雇者名簿返上運動を始めるとともに、労働争議に突入したのであります。この日午後四時過ぎから夜十一時半まで、人事課長と秘書課長を監禁して、名簿の預かり書や誓約書を多数で強要し、責め続けましたので、遂に人事課長は卒倒するに至つたのであります。
 翌十二日午後一時ごろ、争議団は青年行動隊を主力としまして、電話をかけに出た板垣所長代理を逃がすなと言いながら、スクラムを組んで同人の腕を押え、正面玄関の柱の前に連れて行き、また偽言を構えて部課長十一名を同じ場所に連れてきて土下座させ、団体交渉だと言つて人民裁判を行つたのであります。議長と称する裁判長には、共産党細胞の黒神という男、青年行動隊副隊長の中田という男が交代で勤め、被告板垣、今まできさまは、おれたちをあごで使つていたから、今からおれたちが使つてやる、起立、と言つたり、首切り案を撤回しなければ三日も四日も帰さぬ、今夜は徹夜でいじめてやるんだ、とおどしたり、工員の家族を集めて、あれが首切りの張本人だ、鬼のようなつらをしているのを見てやれと言い、また首切りをやるのは君らの本旨じやないんじやないか、二、三箇月後には君らの背後の権力はみななくなつてしまうのだ、今われわれと一緒にやろうじやないか、とすかしたり、その他罵詈雑言の限りを盡しまして、翌朝の六時に及んだのであります。被告とされた板垣その他は、数百名、あるときは選数百人に及ぶ多数に取り巻かれ、かわるがわるに責め立てられたので、精神朦朧の状態となり、六人の部課長は遂に卒倒するに至つたのであります。
 十三日夜、会社側は関係官と打合せの上、組合側の無警告ストに対抗するため、賠償工場管理保全の必要上、工場閉鎖のほかはないとの結論に達しましたので、その準備を整え、十四日午前六時までに大急ぎで仮囲いをつくり、工場閉鎖の立札を立て、板垣所長代理は奥の軍政部に状況報告に参つたのであります。ところが、この間に争議団側は囲いを突破して閉鎖工場へ不法侵入してしまつたのであります。その情報が軍政部に入りましたので、板垣所長代理はダガー大尉のジープに同乗して工場にかけつけました。するとダガー大尉に対しまして共闘委員長の松江その他が直接交渉をしましたが、大尉は、今午前十時五分だ、今から十五分間に全員を工場から退去させろと命令しましたので、林組合長がマイクを通じてその旨を伝え、全員は退去を始め、あと百五十名くらいとなつたとき、黒神委員かたれかの口から、工場閉鎖に異議があると叫んだので、一旦退去した者も、これに応ずるがごとく再び入場して、大紛擾を再発に至つた次第であります。ダガー大尉は、東警察署長と松江共闘委員長に対しまして争議団に退去命令を伝達するように命令を発したので、東諸侯は船越町署長とともに争議団幹部を招いて説得に努めたのでありますが、松江委員長は、われわれは賠償工場の操業を阻害しようとしているのおではない、また退去命令を正式文書で受取つていないと抗弁して、軍政部の直接口頭命令を否認したのであります。
 十四日午後七時、軍政部長の名で、賠償工場の管理者として、保全措置に関する指示を、楠瀬広島県知事にあて、正式文書をもつてマレー労働課長をして手交されたのでありますが、事態はこれを許さず、やむを得ざる措置として、副知事をして高台から拡声器で放送させたのであります。ところが、日鋼防衛共同闘争委員会の人たちは故意にサイレンを鳴らし、労働歌を高唱しまして、工員たちに聞こえないように妨害したのであります。なお軍政部は、国警武末隊長、市警下野次長を通じて、一、日鋼は賠償指定工場であるから違反者は軍事裁判にかける、二、リーダー格のもの二名ないし三名を逮捕せよ等の命令が発せられました。そこで、この命令に従いまして、十五日午前五時より、上田市警局長総指揮のもとに、強制手段によつて、六時三十分全員を退去させるに至つたのであります。この際二十八名が逮捕され、警察側負傷者三十二名、争議団側五十九名くらいを出したのであります。しかるに労働組合側は、組合員死亡一名、瀕死の重傷一名、また今から続々重軽傷者続出の見込み、虐殺された同志を返せと発表し、また重傷九名、軽傷三百名との報道もあつたと言われています。死亡者というのは、黒神貞松が下足部を捻挫したのを死者に擬装し、むしろをかぶせて担架でかつぎまわり、宣伝に使つたことが、現地調査でわかつたのであります。その後、翌十六日から七月十日くらいまで毎日のごとく人民大会とデモが行われました。十六日午後八時には、外郭団体と合せて七千名前後、四回にわたし波状デモを行い、会社に投石し、バリケードを破壊し、ガラス、へい等の被害が続出し、警官と衝突、双方に負傷者が出ました。また検察庁に対しまして、市長、警察局長、公安委員並びに知事、警官隊長などを、大衆の面前で人民裁判的糺問を行い、警察局長をなぐつております。
 次に広島日鋼事件の特質を調べて見ますと、一、労働争議に名をかりて賠償工場を占領し、軍政部の命令を拒否した点は、まことに重大な悪例を残したものといいうべきであります。
 二、板垣所長代理以下多数の部課長及び守衛並びに知事、副知事、国警隊長、市長、市警察局長、船越町助役、金子第二組合長等に対し、いわゆる人民裁判的交渉を行い、はなはだしい場合には判事、検事まで選出しまして罵詈雑言を盡し、卒倒するまでやつたということは、今後における労働運動に対する苦々しい経験であると同時に、まことに注目されるところであります。
 三、本件には、以上のほかなお幾多の暴力行為、非人道行為が見られます。一、二の例をあげてみますと、県会副議長檜山袖四郎氏の私宅を、百名から百五十名くらいの争議団員が、夜中の九時ごろ玄関と裏口とから襲撃し、赤旗を振り、インターを歌つて押し寄せたのであります。このとき主人は不在であつたので、婦人に対し種々難詰し、また檜山氏の事務所にも石を投げて、窓ガラス、什器を破壊しております。また梶山鍛冶工場長の留守宅を襲い、夫人に対して四時間にもわたつて脅迫がましい言辞を弄し、出入りの商人を監視して品物を届けさせず、また梶山の子供とは遊ぶなといい、特にはなはだしいのは、生きたへびや死んだへびを屋内に投げ入れましたので、遂に婦人は精神的圧迫のため心臓放心症となつて入院せざるを得なくなつたのであります。かくのごときは、とうてい常識では考えられぬ残忍きわまる暴行をいわなければなりません。
 四、またこの争議は、すでに四月ごろから準備され始めたもののようで、船越町、海田市長に、日本共産党船越細胞の署名で、郷土産業日鋼を守れという宣伝ビラが貼られ、日鋼には今にもつぶれるぞと、盛んに逆宣伝をしたのであります。また闘争委員の黒神貞松君が、昨年履歴を偽つて工員に入り込んだのでありますが、この人は、実は共産党広島県委員会で六箇月間常駐の最高責任者であつたのであります。これが工場に入り込んで、全金属広島支部日鋼分会の細胞として活躍し、争議中十日間、そのキャツプを勤めたのでありまして、このほかに少くとも十名くらいの細胞があつたのであります。
 五、この争議には全金属系の団体が多数応援し、朝連も参加し、さらに自由法曹団が加わり、共産党の件委員会が最大の応援をしております。共産党本部から田中、加藤、米原三代議士も活躍されていて、まつたく共産党中心の争議であつたのであります。(拍手)
 以上で四事件の荒筋を述べたわけでありますが、以上いずれも日本再建に重大なる悪影響を及ぼすものであることは、十分おわかりになつたことを考えます。(拍手)そして、この四つの事件の結論として、
 一、いずれもその指導者または主導者が共産党か、それに同調しているものでありまして闘争方針が共産党が、指導権を握る産別の指針書に合致していることであります。(拍手)ことに平市の事件は、日本共産党地区委員会が直接当面の相手となつているのであり、広島日鋼事件が中央よりの指導、応援を得、共産党フラクと地区委員会との直接指導であつたことは、まぎれもない事実でありまするし、高萩炭鉱の闘争方針書も前述の指針書そのままであります。従つて日本共産党本部も、この四つの事件に対し、その責任あるものと考えるのであります。(拍手)従いまして、別々の土地に起つた事件ではありますが、争議や紛争の経過が大同小異でいりますのは当然のこととしてうなずけるのであります。共産党が、いわゆる八、九月の労働攻勢と呼号して、すべての地方的闘争を国鉄の行政整理に関連させ、吉田内閣打倒をもくろんだのは明らかであり、この四つの事件はその突破口であつたのであります。国鉄首切り闘争と結べと指令したのが、この四つの事件となつて現われたものと考えられます。(拍手)
 二、共産党の闘争方式は、職場より地域へであり、経済より政治へありますが、そこには人民による管理という一貫した思想が東神奈川の人民電車となつて現われているのであります。一つの職場を守るのは、そこの争議団の家族はもちろん、地域内の市民も農民も労働者も、さらに中小企業家も協力すべきであると宣伝してこれを味方に引入れ、多数の威力によつて市町村会を動かし、県会を動かし、そして国会を動かそうというのであり、職場も警察も自治機関も人民の管理に置いて、やがては人民政府の樹立に進もうというものであります。その過程として、争議にじやまになる警察を弱体化させ、地方の権力を弱体化し得るという考えでありまして、平の人民警察もここから出ておるものと思います。
 三、この闘争中には幾多の暴力行為や残虐行為が行われていますが、これは血気にはやる青年を利用して、権力に向つて行くという一種の英雄観に支配せられたものであり、広島の日鋼その他で行われた人民裁判がそれであります。これらの行為は、一般国民に対して恐怖の観念を與えて国民の正しい声を抑圧せんとする共産党諸君の常套手段でありまして、(拍手)それ自身暴力にして、排斥せらるべきものであるばかりでなく、その根底には暴力革命の思想を認めないわけには参らないのであります。(拍手)
 四、占領車当局に対してその命令を拒否したり反抗したりしているのも同じ心理状態と言えましようが、また共産党が、日ごろ外資導入、外国援助等が日本民族の危機を招くと主張し、植民地化反対を唱えていることも大きな誘因と考えられますし、革命近し、人民政府樹立または共産党内閣出現等の声におどつて、争議に勝ち革命に成功したならば、支配者側になれるという希望によつて若い者等が勇気づけられていることも、証言のはしはしによつてうかがわれるのであります。
 五、平市と広島日鋼の場合に警察電話が傍受された疑いがあり、すべての事件を通じて、警察の装備機械化、科学化の必要、国家地方警察、自治警察相互間の連絡等に改善すべき点があると考えさせられますが、この点につき、とくと当局の全書を希望いたします。
 ともあれ、この四つの事件は暴力革命の準備行為でありましたが、全国への波及というような不祥事とならずに済み、共産党に対する国民の厳正な批判となつて終り、同党への国民的反感も高まりはしましたが、政府はなお同党の今後の闘争方針その他に十分の研究を積まれまして、事前に、または一旦発生しましても事件の拡大しないうちに収束させるよう、万全の対策を樹立せられんことを望むものであります。
 以上をもつて報告といたしますが、なお神山、聽濤両委員から、少数意見として次のごときことが述べられました。すなわち、この報告書は初めから共産党誹謗の意図のもとにつくられたものである。これは、この四つの事件を取上げた経緯から言つても、また委員会における審議の内容からいつても明瞭なことで、事実を歪曲し、もつぱら共産党の弾圧と破壊とを目ざしてつくられた。従つて
 一、以上四つの事件はすべて労働争議の本質を有し、吉田内閣の政策から、産業の破壊と労働者の深刻な生活苦悩が進んで、一大社会不安の情勢が発展したことに基因するものであるにもかかわらず、これを無視して労働者の闘争に暴力主義の汚名を着せている。
 二、また四つの事件を騒擾事件として扱つているが、平事件や広島日鋼事件などいずれをとつてみても、官憲の計画的挑発によつて起つている事実を完全に無視している。
 三、福島県下各地の事件並びに国鉄スト及び広島事件を無理に関連あるもののごとくつくり上げているが、これらが時間的に、あるいは闘争方式において相似しているとすれば、それは吉田内閣の政策の結果起つたものであるから当然のことであつて、この筆法からすれば、全国各地の工場、職場、官庁に起つているすべての闘争は関連があることになる。問題は、生活防衛と地方産業復興という人民の切実な要求を取り上げて闘つているのは共産党であり、またそれは共産党の任務でもある。
 四、さらに共産党は暴力革命を指導しているというが、共産党のいかなる決定の中に暴力革命を主張しているか。これは終戦後、平和的諸条件の中ですでに進行しつつある革命を知らない者の言であつて、革命を否定する者は日本の民主化の進行を阻止するものである、ということであります。
 以上をつけ加えて報告といたします。(拍手)
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○山本猛夫君 残余の日程を延期し、明後三十一日定刻より本会議を開くこととし、本日はこれにて散会せられんことを望みます。
○議長(幣原喜重郎君) 山本君の動議に御異議ありませんか。
    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○議長(幣原喜重郎君) 御異議なしと認めます。よつて動議のごとく決しました。
 本日はこれにて散会いたします。
    午後五時十二分散会