第007回国会 外務委員会 第2号
昭和二十五年二月一日(水曜日)
    午前十時十九分開議
 出席委員
  委員長 岡崎 勝男君
   理事 菊池 義郎君 理事 近藤 鶴代君
   理事 佐々木盛雄君 理事 竹尾  弌君
   理事 仲内 憲治君 理事 並木 芳雄君
   理事 聽濤 克巳君
      伊藤 郷一君    栗山長次郎君
      佐々木秀世君    塩田賀四郎君
      中山 マサ君    山本 猛夫君
      西村 榮一君    小川 半次君
      野坂 參三君    小坂善太郎君
      山本 利壽君    玉井 祐吉君
      小林  進君    浦口 鉄男君
 出席政府委員
        外務政務次官
        (政務局長)  川村 松助君
        外務事務官
        (條約局長)  島津 久大君
        外務事務官
        (管理局長)  西村 熊雄君
        外務事務官   倭島 英二君
 委員外の出席者
        專  門  員 佐藤 敏人君
        專  門  員 村瀬 忠夫君
昭和二十四年十二月二十一日
 委員床次徳二君及び金光義邦君辞任につき、そ
 の補欠として小川半次君及び犬養健君が議長の
 指名で委員に選任された。
昭和二十五年二月一日
 委員戸叶里子君及び尾崎行雄君辞任につき、そ
 の補欠として福田昌子君及び浦口鉄男君が議長
 の指名で委員に選任された。
同日
 理事金光義邦君の補欠として犬養健君が理事に
 当選した。
昭和二十五年一月二十七日
 海外移住組合法の廃止に関する法律案(内閣提
 出第一二号)(予)
昭和二十四年十二月二十四日
 講和問題に関する請願(門司亮君紹介)(第七
 一号)
昭和二十五年一月二十一日
 講和問題に関する請願(田代文久君外一名紹
 介)(第二五六号)
同月二十四日
 在外資産補償準備機関設置の請願(佐藤榮作君
 外五名紹介)(第三三三号)
 在外資産の補償に関する請願(水谷長三郎君外
 一名紹介)(第三三四号)
 外蒙ウランバトールの残留邦人帰還促進に関す
 る請願(松谷天光光君紹介)(第三八六号)
 在外同胞引揚促進の請願(佐々木盛雄君外二名
 紹介)(第三九四号)
の審査を本委員会に付託された。
昭和二十四年十二月二十四日
 未帰還同胞引揚促進に関する陳情書(大分市大
 分県議会議長安部雅也)(第一三四号)
を本委員会に送付された。
    ―――――――――――――
本日の会議に付した事件
 理事の互選
 連合審査会開会に関する件
 国際情勢等に関する件
    ―――――――――――――
○岡崎委員長 ただいまより会議を開きます。
 お諮りいたしますが、去る十二月二十一月に理事金光義邦君が委員を辞任されましたので、理事が一名欠員になつております。これは先例によりまして委員長において指名いたすことに御異議ありませんか。
    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○岡崎委員長 御異議なしと認め、犬養健君を理事に指名いたします。
    ―――――――――――――
○岡崎委員長 さらにこの際お諮りいたしたいことがあります。外務省設置法の一部を改正する法律案、内閣提出第十一号が、ただいま内閣委員会に予備審査として付託されておりますが、本法案は当委員会と密接な関係がありますので、第五国会と同様、内閣委員会と連合審査会を行いたいと存じます。それゆえその件につきまして、内閣委員会に申し入れたいと存じますが、御異議はありませんか。
    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○岡崎委員長 御異議がなければさようとりはからいます。なお会議の日時に関しましては、内閣委員長と協議の上決定いたしたいと存じます。
    ―――――――――――――
○岡崎委員長 次に国際情勢等に関する件を議題といたします。まずイタリアの平和條約に関して、西村條約局長より説明を聴取いたしたいと存じます。西村條約局長。
○西村(熊)政府委員 三十分ばかりの間にイタリア平和條約につきまして、特に日本との関連において説明しろとの御命令でございました。そのイタリア平和條約につきましては、私の前任者が二年ほど前委員会で御説明申し上げたことがあるように記憶いたしております。私の説明が前任者の説明と重複している部分が多いかと思いますが、御了承願いたいと思います。
 イタリア平和條約について御説明申し上げます当初に、ただ一点申し上げておきたいことがございます。それはイタリアが今度の戰争におきまして、特殊の地位を占めておるということでございます。降伏後同国はドイツに対して宣言いたしまして、連合国によつて共同交戰国の地位を與えられております。従いましてその地位は、日本やドイツとはまつたく特殊の地位にあるということを前提に置いて、イタリア平和條約を見る必要があるかと思うのであります。特に日本との関連においてという條件で説明いたそうとすれば、なかなかむずかしくなりますから、非常に平板ではございますけれども、この條約がどういうふうな経過でできたかということを前半に御説明いたします。それは対日平和問題につきましても、手続方式などについて問題になつておりますから、幾分御参考になるかと思います。後半は平和條約の建設に従いまして、大体の條約の構想と、その内容について御説明申し上げ、そのところどころで日本との関連において興味があるというような点がございましたならば指摘してみたい、こう思つております。
 このイタリアは一九四三年の九月に休戰協定を結びまして、連合国との敵対行為を終止し、爾後連合国監督委員会の管理に属して参つたのであります。この連合国の対伊管理というものは、その後漸次緩和されまして、それとともにイタリアの自主性も次第に回復されて参りました。特に一九四四年の十月ごろ、イタリアは英米その他主要な国との対外関係を再開することができまして、この点からいわゆる通常の外交手続を経て、関係各国に意見を述べ得る機会があつたのではないかと私は考えております。イタリア平和條約の起草は一九四五年の七月にポツダム会議で初めて取上げられまして、八月二日のポツダム協定は英ソ華仏米、いわゆる五国の外相会議を設立するということを決定いたしました。そしてこの外相会議は、その即時の重要事業としてイタリアその他四箇国との平和條約を起草して、連合国へ付託するということを決定いたしております。そうしてその條約草案をつくるための会議は、イタリアその他個々の敵国の降伏條項に署名した国の代表をもつて構成する、こうなつております。そうしてフランスはイタリアについては降伏條項に署名した国とみなすという決定が同時になされております。この外相会議はすぐその翌月、すなわち同四五年の九月でありますが、ロンドンで開かれましたけれども、平和條約の内容の討議には至らなかつたようでございます。そうしてその年の十二月モスクワで開催されましが米英ソの三国の外相会議が、あらためてイタリア平和條約の作成手続を、次のように決定いたしたのであります。
 それはまず第一に対伊平和條約の草案は英米ソ仏四国が起草する。第二は起草が終りましたならば、ヨーロッパの戰争に積極的に参加しました連合国二十一箇国による平和会議を、その翌年の四六年五月一日までに開催する。第三は平和会議は草案を審議して、草案に対する勧告を採択して外相会議に提出する。そして英米ソ仏の四国はこの勧告を審査いたしまして、條約の最終案文を起草する。第四といたしまして平和條約は英米ソ仏四国の批准だけで実施することにする。この四点を決定いたしたのであります。このモスクワ会議の決定に従いまして、一九四六年の一月に外務大臣代理会議がロンドンで開かれまして、條約草案に着手いたしたのでありますけれども、イタリアとユーゴーとの国境問題、それからバルカン問題についての意見の対立がひどうございまして、そのために草案起草というものはうまく行かなかつたのであります。それでこの行詰まりを打開するためにバーンズ長官が発議いたしまして、四月にパリで四国外相会議を開催することになつたのであります。この四月のパリの外相会議でも、やはりまた米英対ソ連の間に意見の対立がございまして、五月の十六日に一旦会議は休会となりました。会議が休会となりましたあと、バーンズ、モロトフ、ベヴイン各外相の会議の結果に関します報告とか、または声明などによりますと、米英とソ連との間の意見の対立が相当はつきりそとに出まして、米英側では一時單独講和の主張をする人もあつたようでございますが、六月十五日に会議は再開いたしまして、またその初めは意見の対立が強くてなかなか順調に行きませんでしたけれども、イタリアとユーゴーとの国境問題が解決しましたあとは、きわめて順調に進行いたしまして、若干未決の問題を残しましたが、大体條約草案を完成いたしまして、七月十二日閉会いたしました。大体このパリの四国外相会議で、対イタリア平和條約の大綱はでき上つた、こう見てよろしいと思われます。
 それではこのパリ外相会議で一番問題になつた点はどれかと申しますと、一、二あげてみますと、まず第一のイタリア、ユーゴーの国境、それからトリエスト問題でございましよう。ソ連はこの問題につきましては、トリエストをユーゴーに與えようといたしましたが、米国の方では人民投票によつて帰属を決定しようという主張をとつたのであります。あと、トリエストをイタリアに、背後地域をユーゴーに與えようという案を提出いたしておりますが、結局フランスが出しました妥協案が採用されて、その趣旨のものが條約案に入りました。
 フランスの妥協案と申しますのは、イタリアとユーゴーとの国境はベネチア、ジュリア地方の二六%をユーゴーに割讓する。トリエストという付属地帶を自由地域として、その安全と主権を国際連合の安全保障理事会の保障のもとに置くという案でございます。第二の問題は、北アフリカにありますリビア、エリトリア、ソマリランドのイタリアの植民地をどうするかという問題について、なかなか議がまとまらなかつたようであります。この三つの植民地を三つとも国際連合の信託統治制度に置くということにつきましては、四国とも意見は一致いたしておりましたが、だれを司政権者にするかという点について、四国間にどうしても意見がまとまらなかつたのであります。第三の問題は賠償問題であります。これはソ連、ユーゴー、ギリシヤ、アルバニアなどから強い賠償要求の主張があつて、それをどの程度いれるかという点について、後までこれはなかなかもめております。第四に條約履行監視の問題であります。この問題につきましてはソ連側から提案されまして、結局條約案に入りました十八箇月の間在伊四国大使が、條約の履行及び監視について、連合国の代表者として行動するという案が採択になつております。
 こういうふうにしまして大体條約案ができ上りましたので、例のモスクワ協定、モスクワできまりました手続に予定されておりますパリの平和会議は一九四六年の七月二十九日、言いかえますとモスクワ決定の日取りが二月遅れましたが、七月二十九日に二十一箇国参集のもとに開かれました。しかしこの会議が再開したあと、二十一箇国以外にさらに七箇国を招請することを決定いたしまして、七箇国が招請されましたと同時に、イタリア初め旧敵国代表も招請されることになりました。イタリアは首席代表として、その当時首相兼外相でありましたガスぺリを、この平和会議に派遣いたしております。まず本会議で各国代表の演説が行われまして、そのあとに次ぎまして、旧敵国代表の演説が許されております。イタリアのガスぺリ代表は、條約草案がイタリアの安全独立を危うくするものであるということ、それからイタリアの反ファシスト運動及び共同抗戰の努力を認めていないということ、トリエスト国際地域設定に反対であるということ、ドイツに対しますイタリアが持つている請求権を破棄さしていること、それから外国にありますイタリアの財産を、連合国の方で接收清算するということになつている点、その他経済條項がはなはだイタリアにとつて苛酷であるということ、またイタリアの海軍を戰利品として扱つては困るというようなことなどを、この演説において述べております。例の、最近ではありませんで、去年でありましたか、一昨年でありましたか発行されましたバーンズ長官の回顧録によりますと、このガスペリ代表の演説は非常に愛国的であつて、会議の各代表に非常な感銘を與えた。しかしながら同代表が演説を終つて自席に帰るときに、各国代表ともきわめて冷やかな態度をとつて、何らイタリアに対するやわらかい感情を出さなかつた。自分は胸のうちにわいて来るイタリアに対する同情、ガスぺリ代表に対する同情の念にかられて、同代表が自分の席のところを通るときに、自分はつかつかと立つて、同代表に握手したということが書いてあります。
 会議は八月十九日から委員会の審議に入りました。委員会は、新聞報道によりますと、大体全体委員会と政治領土委員会、経済委員会、軍事委員会、法律起草委員会、この五つの構成で作業をしているようであります。イタリアは政治領土委員会に対しまして覚書を提出いたしまして、植民地放棄に関する條項の削除だとか、トリエスト自由地域設定の反対などの主張を表明いたしております。また各委員会におきましても、それぞれイタリア側はいわゆる意見を提示いたしているようであります。
 こういうふうなイタリアのいろいろな意見の提示が、それではどれほど実際條約案に影響しているかという点になりますと、これは前文の字句か多少修正され、イタリアがドイツに対して行つた共同抗戰の努力を認めていないというイタリア側の主張をいれまして、前文をごらんになりますと、第四項にその趣旨が新たに盛られることになつております。それからまた海軍の破壞戰艦をスクラップとして利用すること、それから非軍事的の海軍の機器類を、平和的な利用に使うことができるというような規定がイタリアの要望によつていれられ、また修正を加えられた程度でございまして、さまで大きな効果を及ぼしたというようには思えないように存じます。そしてこのパリ平和会議は十月の十五日に閉会いたしました。
 それでこのパリ平和会議が終りましたあと、ニユーヨークで四国外相会議が開かれまして、この外相会議がパリの平和会議で採用されました勧告を考慮に入れまして、條約の最終的の案文をつくつたのであります。このニユーヨーク外相会議は一九四六年の十一月四日から開催されました。この会議でもトリエストが最大問題でございましたが、主としてソ連側の態度が緩和いたしました結果、妥協案が成立いたしました。また賠償に関しましては、パリ平和会議の勧告を再修正しまして、ソ連に一億ドルを送る、対ソ一億ドルを含む総額三億六千万ドルが決定されました。また連合国財産の損害補償率、それはイタリアの領土内にある連合国の財産、それが戰争中損害を受けたのを原状回復するときに、受けた損害についてイタリア政府はどの程度の補償を連合国人に拂うべきかという補償の率でございます。その率は原状回復に要する費用の三分の二をリラ貨で拂うということになつておりますが、それも決定を見ました。このニューヨーク外相会議の結果につきまして、バーンズ長官が語られたところによりますと、パリの平和会議の勧告のうちに三分の二の多数決で採択されたものが五十三あつたが、そのうちの四十七、三分の二以下の多数として採択になつた勧告が四十一あつて、そのうち二十四がニューヨークの会議で採用されて、條約案に取入れられたということでございます。でありますから、イタリア平和條約は一言に申し上げますれば、四国外相会議が草案をつくる。そのできた草案を関係国全部を含めたパリ平和会議によつて審査させる。その間平和会議は何もそこで確定的な條約案をつくるのでなしに、四国外相会議がつくつた條約案に対する勧告をそこで採択するわけであります。そしてそのあとまた四国外相会議が開かれて、それがパリ会議の勧告というものを考慮に入れて、最終的の條約案を四国外相会議の手でつくつた、こういう形になるわけであります。そして最後に平和條約の調印式は四十七年の二月十日に連合国二十箇国、それから旧敵国五箇国代表が出席いたしまして、パリのフランス外務省で行われました。イタリアのガスペリ代表はこの調印式が終つたあと、條約の苛酷な條件はイタリアが国際連合に加入したあと、憲章の規定によつて緩和されることを希望する。また條約による過重な経済負担によるイタリアの民主主義の崩壊を救うため、連合国の理解と同情を期待するという旨の声明を発表いたしましたが、イタリア外務大臣スフォルツア伯は、やはり同趣旨の覚書をまた別は外交手続によつて各国政府に送付いたしております。條約の批准はイギリスが四月三十日、アメリカは六月六日、フランスは六月十三日、ソ連は遅れまして八月二十九日でございます。イタリアの批准は八月三日、批准書付託は九月十五日パリで行われました。
 ここで平和條約は敵対行為終止以来ちようど四箇年を経て実施されるに至つたのでございます。なおマーシヤル国務長官が八月二日、またベヴィン外相が九月十三日、イタリアに対しては将来この條約の緩和を許す必要があるという意味で、條約修正の可能性を暗示されたということは、われわれ注意していいところかと思います。大体以上が平和條約締結に至るまでの経緯でございます。
 次に條約の内容に入りたいと思いますが、この平和條約は本文が十一編と付属書が十七から成つております。前文ではイタリアが侵略戰争について責任を分担すること、無條件降伏したこと、ドイツに対する共同交戰国となつたこと、これは先刻申し上げましたようにイタリア側の主張によつて入つたことであります。イタリアの国際連合加入の要請、それから国際連合主宰のもとに締結されました條約加入の要請を支持することなどが、明らかにされております。
 第一編は十四條ございますが、これはいわゆる領土の変更を規定いたしております。一ないし十四條は領土の変更を規定しております。そうして付属書の第一ないし第五が、第一編の国境関係の規定と関連する付属書でございます。こういうふうに複雑な規定が必要なのは、イタリアの国境は主として陸境でありますから、国境の変更についてはきわめて詳細なる技術的規定が必要になるわけであります。翻つて日本について考えますれば、日本の国境は全部海でございますから、こういうふうな複雑な煩瑣な規定はいらない、付属書などはいらないことになるのではあるまいかと考える次第であります。
 第二編の政治條項でございますが、政治條項は第一款が一般條項となつておりまして、ここでイタリアがその管轄下にある一切の者に対して人権と基本的自由の享有を確実にし、かつファシスト的組織の復活を許してはならないことなどを記載しております。主として十五條ないし第十八條に限つてあります一般條項は、将来におけるイタリアの国家的性格を格づけた趣旨の規定でございます。
 第二編の第二款の国籍、私権、政治的権利でありますが、これは領土の変更に伴いまして割讓地におる住民が継承国の国民となる。しかしながら一定の條件のもとにおいて、イタリア国籍を回復することができるといういわゆる国籍回復、国籍選択の権、同時にまたイタリア領土内におりますユーゴスラビア国の言葉を常用する人間は、ユーゴスラビアの国籍を選択することができる。そういうものはたとえば一年以内に退去を要求することができるという趣旨の中で、同時に正しく承継国の国民となつた者に対してはその私権、公民権などについて十分確保しなければならないというような趣旨の、いわゆる領土の変更に伴います国籍、私権、政治的権利の保障という趣旨でございます。この点に関しましては、御承知の通り日本とドイツにつきましては、大体いわゆる新国境内に全部ドイツ人及び日本人を收容するというような政策のようでございますから、日本につきましては国籍、私権、政治的権利というような規定が設けられるかどうかということは、疑問でなかろうかと考える次第でございます。
 第三款はトリエスト自由地域でございます。このトリエスト自由地域につきましては、この第三款以外に付属書がついてございます。トリエスト市及びその周辺地域からなる自由地域の設立を明らかにいたしまして、国際連合安全保障理事会が、この地域の領土保全と独立を保障することを規定しております。二十一條に「同盟及び連合国並びにイタリア国は、この地域の領土保全及び独立が、国際連合安全保障理事会によつて保障されることに同意する。」という規定がございますが、これはいわゆる国際連合による安全保障という一つの体制としては、きわめて新しい形式でございます。これはある地域が直接その独立と保全が安全保障理事会によつて保障されているという形式でございます。
 その次の第四款はイタリアの植民地でございます。これは先刻申し上げましたように、最後まで決定ができませんでしたので、この條約にはイタリアは植民地に対する権利を放棄するということを規定しております。次にこれらの地域の最終的処分は四箇国政府が決定する。その決定の方式は第十一付属書で定めておりますが、しかしこれもこの條約の実施の日から一年以内に決定する。一年以内で決定ができない場合には、国際連合総会に勧告を受けるために付託する。そうして国際連合総会の勧告を受諾するということになつております。これによりまして、昨年の十一月二十一日に第四回総会が決議を採択いたしまして、それによりましてリビアは五十二年の一月一日までに独立させること、ソマリランドは十年間イタリアが信託統治の任に当るということ、エリトリアについては住民の意思を確かめるため、調査団を派遣するということを決定したということは、皆さん御承知の通りでございます。
 その次は第六款がアルバニア国、第七款がエチオピア国になつておりますが、これはイタリアがエチオピア国とアルバニアの主権と独立を承認し、その尊重を約する旨が規定されております。
 第八款がいわゆる條約の効力に関する部分でございます。第九款がイタリアが結んでおります二国間條約の効力に関する規定でございます。この二つの間におきまして、條約の効力について、二国間のものは連合国が有効とするか、または復活させることを、平和條約実施後六箇月以内に通知したものだけが有効となり、その他のものは廃棄されたものとみなされるわけであります。それから多数国間の條約については、イタリアが連合国によつて戰争中とられた修正その他の処置を承認すること、またはある種の国際條約に基いて、イタリアが持つております権利を放棄することなどを規定しております。
 第三編が戰争犯罪人という題目になつておりまして、この編ではイタリアが戰争犯罪人と、それから連合国人であつて、対敵協力者である者の逮捕及び裁判に協力する義務を規定いたしております。
 第四編が海軍、陸軍及び空軍條項となつております。まずこの軍事條項におきましては、第四十六條でこの平和條約にあります軍備制限が永久的のものではなくして、協定によつて変更されることができるということを、明らかに規定いたしております。そうして仏伊国境地域の非武裝化、四十七條です。それからユーゴー・イタリア国境地域の非武裝化、四十八條であります。非武裝化と申しましても、イタリア側だけの非武裝化になつております。パンテラリア、ペラギ諸島、ピアノーザ、シシリー、サルディニアというイタリアのあの周辺にあります島々の非武裝化または軍備の制限、これは四十九條、五十條であります。それから保有兵器の制限、原子兵器を含む特殊兵器の保持の禁止など五十一條で規定いたしております。なおこの軍事條項につきましては、付属書といたしまして第十二及び第十三付属書がございます。第十二付属書は海軍艦船の一覽表であります。ほかの国に渡すべきもの、イタリアが保有すべきものをちやんと一覽表で示してあります。第十三は軍事上の用語の定義でございます。この軍事條項の規定は相当長くございます。これはイタリアがいわゆる非武裝というのでなくて、單に軍備制限という條項にとどまつておるそのためでございます。非武裝化の場合にはこういつた多くの條文はいらないでございましよう。
 第五編は連合国の軍隊の撤退という題目でございまして、七十三條一箇條でありますが、連合国軍の撤退は平和條約実施後九十日以内ということになつております。
 第六編は「戰争から生じた請求権」という題目になつておりまして、第一款でまず賠償を規定いたしております。賠償につきましてはソ連に一億ドル、ユーゴスラビアに一億二千五百万ドル、ギリシャに一億五百万ドル、エチオピアに二千五百万ドル、アルバニアに五百万ドル、合計三億六千万ドルを條約効力発生の日から七年間に支拂うことになつております。もつとも生産物による協定は、最初の二年は行われなくてもいいということになつております。賠償の源泉といたしましては、国によつて違つておりまして、ソ連に対しましては、次のものから支拂うべきことになつております。一つは軍事工場と機械設備、第二はルーマニア、ブルガリア、ハンガリーにあるイタリアの資産あるいは日々の生産物、こういうことになつております。日々の生産物であります。その他の国に対しましてはまず軍事工場と施設、その次に生産物、最後に資本財と役務、サービスということになつております。次に枢軸国によりまして強力または強迫で連合国から掠奪された財産で、現在イタリアにあるものを原所有者に返還する義務を規定いたしております。これは第二款の「イタリア国による返還」となつております。これは現在日本においても、いわゆる指令によりまして実行されている掠奪財産の返還ということに該当いたすわけであります。その次に第三款といたしまして、「イタリア国による請求権の放棄」といたしまして、イタリアがその政府及び国民が同盟及び連合国に対して有します戰争から生じた請求権を、一方的に放棄することを規定いたしております。
 次の第七編が「財産、権利及び利益」という題目になつておりますが、第一款の「イタリア国における連合国の財産」という題目になつております。これがいわゆる在伊連合国財産の現状回復というものでございまして、イタリアにある連合国及びその国民の一切の法律上の権利と利益を、イタリア参戰の日現在の現状に復します。またイタリア及びその国民の一切の財産を、現状のまま返還しなければならないということになつております。先刻申し上げましたいわゆる補償率というのは、この現状で返すときの現状が参戰の日にあつた状態と違う場合に、現状回復に要する場合に、イタリアが所有者に拂わなければならない補償金の率でございます。條約は三分の二ということになつております。その次が第二款といたしまして、「同盟及び連合国の領域におけるイタリア国の財産」となつております。これがよく言います在外財産と言いましようか、在連合国イタリア財産の清算を規定いたしております。連合国内にありますイタリア国民の一切の財産、権利及び利益は、連合国及びその国民がイタリア及びイタリア国民に対して有する請求権の範囲内で自由に処分、清算ができるという趣旨の規定でございます。そうして第三款として「請求権に関する同盟及び連合国の宣言」というものがございますが、この趣旨は大体こういう趣旨でございます。今この條約で申し上げましたように、連合国は賠償という名目でイタリアからある財的給付を受けます。と同時に他方また今申し上げましたように、自国の領域内にありますイタリア人の財産を処分清算する権利を與えられております。この二つの中から生れるいわゆる資産によつて、連合国政府及び連合国民が、今度の戰争でイタリア領域外における戰争行為から生まれる一切の請求権をそれによつて支拂う。それによつて支拂いを完了したものと認めるという趣旨の宣言でございます。要するにイタリアに対する財的負担の免除といいましようか、そういう趣旨の規定でありまして、きわめて重要な規定だと思います。それとは別に、イタリア国内において連合国政府及び連合国の受けた損害はどうなるかということになりますと、今申し上げましたように、イタリア領域内で受けた損害というものは、掠奪物などは原所有者に全部引渡す。そこにある権利とか財産とかいうものがあるならば、それはイタリアの参戰の日の現状に返す。現状に返せない場合には返すに必要な金の三分の二を――現状回復をすると同時に、参戰の日の状態にもどすに要する費用の三分の二をリラ貨で拂う。こういうことでイタリア領域内における求償関係は解決される。こういう考え方のようでございます。
 その次は第八編の「一般経済関係」というところでございますが、これは同盟及び連合国との間に通商條約を締結するまで、イタリア政府は十八箇月間連合国民に対しまして、特定の最惠国民及び内国民待遇を與えるということを規定いたしております。平和條約実施後十八箇月間だけは、イタリアと連合国の経済関係のよつて規律せらるべき基準を規定しているものでございます。
 第九編の「紛争の解決」というところでは、平和條約の特定の経済條項の適用にあたつて生じます紛争は、最初から調停機関に付託するということを規定いたしております。
 第十編の「各種の経済的規定」というところでは、掠奪財産の返還だとかイタリアにある連合国財産の現状回復、それから一般経済関係、それから付属書第十七に規定してあります捕獲審検に関する規定は連合国、外交断絶国、アルバニア、ノールウェーにも適用されることと、付属書が條約と不可分一体をなすということを明かにいたしおります。
 十一編の「最終條項」でございますが、これは四大国の大使が條約の実施後十八箇月の期間の制限を受けてもおります。條約の実施後十八箇月間は、條約の実施と解釈に関します一切の事項について、イタリアと交渉する場合にあたりまして連合国を代表すること、それから右に関する紛争は直接交渉の後に四大国の大使に付託される。それでもなお解決を見ない場合には初めて調停委員会に付託されるということを規定いたしております。條約が成立に至る経緯の説明の際に申し上げました、例の條約履行監視関係のソ連の提案から入つて来た規定でございます。
 なお八十八條で、国際連合の加盟国でイタリアと戰争状態にあるもの、それからアルバニアがこの條約に加入することができるということを規定いたしております。以上でごく簡單でございましたが、イタリア平和條約がどういうふうな手続でできたか、それからまたでき上つた條約がどういうふうな構造になつておるかという点について、あら方御説明申し上げました。
○岡崎委員長 今の問題につきまして別に御質疑はございませんか。――御質疑がなければ一般の質疑の通告がありますのでこれを許します。佐々木盛雄君。
○佐々木(盛)委員 まず最初に申し上げておきたいのでありまするが、私は本日の委員会におきまして、講和問題に関して質問をいたしたいから、所管大臣の出席を要求する旨通告いたしておつたのでありますが、不幸にして御出席がありません。事情のいかんは存じませんけれども、この国会の最も重要な問題が講和の論議であることは言うまでもないところでありまして、單に私は、與党とか野党とかいう関係において党人たる立場に拘束される前に、まず私は国民代表であるということの自覚に徹したいと考えております。従いまして本日はあえてこの問題を究明しようとは考えませんけれども、どうか委員長におかれましては十分愼重に考慮されて、今後ともわれわれの目的が達成できるように善処されんことを特に要望しておきます。
 なお政府委員の諸君に申し上げておきますが、それは本日は他に質問の通告者も多数あるようでありますから、反復して押問答する時間もないと存じます。従いましてどうか率直に、そして誠意をもつて御答弁していただきたいことをお願い申し上げておきます。
 まず第一に、憲法の第九條の規定と自衛権との問題について、二、三の点に関しまして政府の所信を明らかにいたしたいと考えるのでありますが、この問題に関しましては、私はすでに本委員会におきまして、しばしばそうして長時間にわたつて論議を行いましたので、本日はきわめて簡單に要点だけを申し上げ、特に本会議などにおきましても問題になりましたが、委員会の問題として、当然政府がその見解を明らかにすべきであると考える点につきまして、申し上げてみたいと考えます。日本は新憲法の第九條におきまして一切の軍備を放棄したわけでありまするから、日本の持つておりまする自衛権というのは、もとより武力なき自衛権であります。しからば日本が現実に緊急かつ不正な侵略を外国から受けまして、自衛権の発動を必要とする場合において、いかにして、また何によつてこの自衛権というものを行使することができるか。つまり自衛権の具体的内容とは一体何であるか。これに対する政府の見解を求めたいと思うのであります。さらに説明をつけ加えまするならば、自衛権を行使する最も有効な方法としては、国際連合やあるいは外国に対して、日本の安全保障を確約せしめること以外にはないと考える衛星中立論的な主張も起きております。また軍備なき自衛権の発動の手段としては、竹やりと肉彈以外にはないんだというような考え方なども、非常に広く行われておるわけであります。
 そこで吉田総理大臣が休会開けの施政演説におきまして、青天の霹靂のごとくまつたく忽然として、新憲法というものは自衛権までをも否定したものではないんだ、われわれは自衛権を持つているのだということを言われました。その結果というものは、自衛権があるんだということによつて、国民が勇気づけられるということよりも、むしろ武力なき自衛権というものに対して国民が非常な不安と焦燥、そうして危惧と懐疑の念を持つようになつていると私は考えるのであります。従いまして自衛権の具体的内容とは、一体どういうものであるかということにつきまして、見解を明らかにしていただきたいと思います。
○西村(熊)政府委員 戰争と武装を放棄いたしました日本の将来の安全を確保する道は、平和愛好国の輿論を背景として、戰争放棄の趣旨に徹することにあるということは、総理が施政演説で述べられておる通りでございますが、この戰争放棄の立場は、決して自衛権をも放棄するものでないということは、総理が前国会におきましても、また憲法制定議会におきましても、繰返し述べておられる次第であります。今回ことさらに取上げたことではございませんので、ただ国民の前にこれを明確にして、不安を一掃しようとされたものであろうと考えております。
 自衛権がどういう形式で行使されるかということにつきましては、近隣の諸国がその発動を必要とするような行為をするとは予想されませんし、また総理がたびたび言われました通り、現実に自衛権を発動しなければならない状態になつてみなければわからないから、そのような仮定の問題にはお答えできないとおつしやつておりますその御答弁を繰返さしていただきます。
○佐々木(盛)委員 ただいまの答弁は、答弁しないという目的のために、この問題が仮定であるという手段を用いられたにすぎないのであります。およそこの問題は單なる夢物語ではなくして、われわれの身辺に刻々として迫つて来る生命財産につながる現実の問題なのであります。この現実の問題とても仮定として話ができないというなれば、そこには政治もなく学問もないということになつてしまう。従つてそのような頭から答弁したくないという目的のために、何でもかんでも仮定だ仮定だというようなことをおつしやるなれば、ここで論議することはもうできなくなつてしまいます。もう少し私は誠意をもつてお答えを願いたいと存じます。外務省の官僚諸公たちは、もとより真劍に国家を憂えておられるでありましようけれども、国民大衆はこの問題につきまして、火のつくような問題としてこれを注目し、目を見張つておるわけなんです。この点も十分考慮されて、今後とも誠意をもつてお答えを願いたいと思います。しかし自衛権の具体的な内容につきまして、説明がないというなればいたしかたもありません。
 それでは時間がありませんので、次の問題に移ります。憲法の第九條には、「陸海空軍その他の戰力は、これを保持しない。」と規定しております。これが日本自体の軍備を放棄したものであることは言うまでもありませんが、外国の軍隊や基地などを日本の国内に置くということは、日本の自衛権に基くものとして認められるかどうか。また日本の完全なる非武裝化ということを目的とした憲法の精神に、反するようなことになりはすまいかどうか。
○西村(熊)政府委員 ただいま佐々木委員長からお尋ねの趣旨は、今国会になりましてから、たびたび本会議におきまして総理に対して質問されております。その質問に対しまして総理は、外国から軍隊の駐屯とか基地の設定の交渉というものには、いまだかつて接したことが一度もないから、何とも返事をいたしかねるとお答えになつております。私も総理の御答弁をここに繰返さしていただきます。
○佐々木(盛)委員 反復して質問しますが、外国の軍隊や基地等を日本国内に置くということは、法理論上自衛権に基くものとして認めることができるかどうかという、法理論上の問題であります。
○西村(熊)政府委員 法理論上の問題といたしましても、私は仮定の問題についてはお答えいたしかねます。
○佐々木(盛)委員 まことに困つたことになりましたが、それでは次の問題に移ります。自衛権の発動を必要とする緊急の事態が発生いたしました場合において、第三国に軍事援助を求めるということは、憲法第九條の戰争放棄並びに軍備放棄の規定に反するかどうか横田喜三郎博士の説などによりますると、外国の軍隊や基地であつても、これを常時日本国内に保持しておるということは第九條の精神に反することになるが、緊急なる場合に外国に軍事援助を求めて自衞権を発動するということは、決して憲法の精神に違反するものではない、このような主張をされておりまするが、外務当局はこの横田喜三郎博士の説に対して、どのようにお考えになつておるか承りたいと思います。
○西村(熊)政府委員 横田先生のお説につきましては、学者の御意見として承つております。外務当局としてどう考えるかという問題につきましては、佐々木委員はまことに御不満でございましようが、これまたまつたく仮定の場合をとらえて、それをどういうふうに解釈するかという憲法解釈論でございますので、私は答弁を差控えたいと思うのであります。
○佐々木(盛)委員 それじや次に移ります。次に戰争状態終了宣言に関する問題でありまするが、吉田首相は、先般の星島議員の講和問題に関する質問に対して、連合国との間に戰争状態が存在しておることを、国民ははなはだ遺憾とする。だからなるべく早期にこの戰争関係を終了せしめて、国際団体の一員として、国際間に活躍し得るときを回復したいと思うという希望を述べられておるのでありまするが、これとはまつたく反対に、昨日の朝日新聞の夕刊を見ますると、戰争状態終了宣言について、本日の外務委員会で野坂君が質問をするであろう、その質問に対して西村條約局長は次のごとく答弁するであろうとの、近来珍しい予測記事におきまして、西村條約局長は、日本に対する戰争状態終了宣言は、事実上むずかしいと考えるとの見解を明らかにするであろうと、新聞は予告にしております。もとよりこれは新聞の報道であります。ところがこの記事が西村條約局長の意向を打診することなくして書かれたものとは、われわれは常識上考えないのでありまするが、しかりといたしますると、吉田外務大臣と外務事務当局との見解がまつたく相反するごとき印象を、一般に與えるようにも思われるのでありまするが、この点は一体どういうのであろうか。なお吉田外務大臣が戰争状態の終了を希望されたのは、具体的には戰争状態終了の宣言を希望されたものとも考えるのでありまするけれども、外務当局はどのようにお考えになり、また戰争状態終了の宣言を希望されるのかどうか。
○西村(熊)政府委員 総理のおつしやいます一日も早く戰争状態が終ることを希望するという事柄は、私は総理におかれては、何も今佐々木さんが取上げられましたような、いわゆる戰争状態終了宣言というような特定の方式をさされたものではなくて、広い意味におきまして戰争状態が連合国との間に一日も早く終了することを希望する、こういう趣旨のものと了解いたしております。
 なお昨日の朝日の夕刊の記事につきまして御質問がございました。私は今日の委員会におきまして、野坂委員から戰争状態終了宣言というものについての先例、効果その他について質問をしたいという御連絡がございましたので、私は自分でメモをつくつて、大体自分の御説明申し上げることを用意しております。私が申し上げますことをお聞きくだされば、きのうの記事がはたして私の意思を知つて書かれたものであるかどうかということは、すぐ御理解がつくと思います。私は委員会の御質問に対してお答えをするときに、私だけでお答えできる場合もあるし、そうでもない場合もあるし、多数の協力を得て資料その他を集める場合もあります。しかしいかなる場合にも、私は自分の答弁する趣旨はこうであるということを、新聞の関係の方に申し上げるような不謹愼なことはいたさないつもりでございます。私は委員会における答弁の趣旨を事前に話すというようなことは、絶対にいたさないつもりでございます。鋭敏な新聞関係の方が多い現在においては、いわゆるそうであろうという予測の形で報道されることもありましようけれども……。以上弁明いたします。
○佐々木(盛)委員 私は別に西村條約局長のこの記事に対する責任を追究しようということで、言つたわけではないのであります。野坂委員からこの問題の質問が出ているそうでありまするから、戰争状態終了宣言に関しましては、後ほどそれと関連して質問いたしたいと考えまするが、ちよつとだけ承つておきたいのであります。
 これはせつかく用意されておるそうでありますから、まさか仮定ということでお逃げにならないと思うのでありますが、私の承つておきたいことは、戰争状態終了の宣言によつて、外交通商は完全に自主権を回復するものかどうか。それから領土賠償や安全保障等の根本的な問題は、講和條約を待たずして、戰争状態終了宣言のみによつてこれを決定することができるかどうか。また戰争状態終了宣言を行つた後の占領軍の駐屯というようなことはどうなるか。戰争状態終了宣言と講和條約との関係とか区別というようなことにつきまして、概略承りたいと考えます。
○西村(熊)政府委員 実は先例とか西独に関する事実などに関します各種の報道を整理して御報告申し上げたあと、私がこれから答えますことをお聞きくだされば、非常におわかりになりやすいと思いますが、とにかく問題が早く出ましたから、一応私の考えを申し上げておきます。
 戰争状態終了の宣言とか、または戰争状態終了の通告ということは、一、二の例があるだけでございまして、国際法上確立した方式とか、その効果についての確立した原則というものはまだ何もないようでございます。佐々木委員の御質問になりました一、二、三――外交自主権は完全に回復されるであろうか、領土賠償、安全保障のようなものも解決できるであろうか、占領軍の駐屯はどうなるであろうかというふうな点につきましては、どうこうなるべきものだという答えはできないのであります。一に戰勝国の決定によつてどうともなり得るものであると、お答えしなくてはならないと思います。
 最後にお尋ねになりましたところの、戰争状態終了宣言と講和條約との差異の関係は、どうなるであろうかという点でありますが、この点につきましては、数少い先例によりますれば、ふだんならば平和條約によつて戰争状態が終了すると同時に、戰勝国の戰敗国に対する條件も確立するものであります。ベルサイユ條約の前文の末項をごらんになりますと、戰争状態は本條約実施のときより終了すべし、同盟及び連合国と、ドイツ国及びドイツ各邦との公の関係は、そのとき以後、かつ本條約の規定により回復せらるべしということが入つております。また先ほど御説明申し上げましたイタリア平和條約の前文もまた、最後をごらんになりますと、よつて戰争状態の終止を宣言すること、及びこれがためこの平和條約を締結することに意見一致し云々とございます。ふだんならば平和條約が締結され、実施されることによつて、同時に戰争状態の終了ということと、戰勝国の戰敗国に課す條件が確立するのでございますが、戰争状態の終了宣言とか通告とかいう方式をとる場合には、まず戰争状態を終了させるものでございまして、その後に平和條約の締結は留保されるというふうに考えればよろしいと思うのでございます。
○佐々木(盛)委員 この問題は野坂さんからも質問が出ているようでございますから、それに関連して後ほど承ります。
 次にこのヤルタ協定に出ております千島、キューライル・アイランズというのは、一体国際慣例上どの島をさすのか。ヤルタ協定によりますると、千島列島はソビエトに渡すということになつておるわけでありまするが、連合軍司令部から発せられました一九四六年一月二十九日付の、若干の外郭地域の日本からの政治上及び行政上の分離に関する総司令部覚書によりますると、日本の行政区域から分離される島が列記されておりまする中に、「キューライル・アイランズ(千島)」と書いて、それと同格に並べまして水晶島や勇流、それから秋勇流、志発、多楽等を含む歯舞群島、それから色丹というように、書いておるのでありまするから、われわれが簡單に考えまする千島列島というのと、ここでヤルタ協定に出ておりまするキューライル・アイランズというものとの間には、区別があるのではないかと考えるのであります。その他文献などによりましても、千島列島はもと擇捉水道を境にして北千島と南千島にわかれておつて、安政元年の日露通商條約でも、あるいは明治八年の樺太千島交換條約でも、択捉、歯舞、色丹国後の諸島が、日本領として確認されておつたというような事実もあるわけでありまするが、この千島というものの地域を具体的にどういうふうに慣例上お考えになつておるか、承りたいと思います。
○島津政府委員 ただいま佐々木委員の御質問になりました千島の定義でごいますが、ヤルタ協定のいわゆる千島という範囲は明確ではないのでございます。この点を明確にする方法は目下のところないように考えます。ただわれわれといたしましては、日本の附近の島嶼のどれが日本領土として残されるかということは、ポツダム宣言によつて連合国によつて決定されるものと考えております。従つて千島の範囲も連合国によつて決定されるところに従わなければならないわけであります。しかしながらただいまお話がございましたように、千島と申しましても南千島と北の方とは事情が違つておることは事実でございまして、その点の差異は存するわけでございます。
○佐々木(盛)委員 最後に一つだけ承つておきたいのでありますが、それは、これまた昨日の新聞を見ますると、目下渡米中の日本の議員団が、ボストンの市会の見学を拒否されたという報道が伝わつております。今後の渡米議員団の目的が、非常に進んだといわれておりますアメリカの議会を見学し、そうして日本の民主政治に役立たせようというのでありまして、この間にマッカーサー元帥初め関係当局の拂われましたすばらしい努力と厚意に対しましては、深甚なる感謝と敬意を表するわけでありますが、新聞の報道でありまするから事情はわかりませんけれども、ボストンにおいて見学が拒否された。しかも拒否するにあたつての議員が賛成いたしました提案の理由によりますると、日本の議員団がアメリカで要塞の写真をとつたり、原子爆彈の祕密をさぐろうとしているからである。かくのごとき猜疑の目をもつて日本の議員団の渡米ということが見られますならば、私は渡米の目的の大半を喪失したものであるとすら言つてさしつかえないと思います。従いまして、まことに私たちはこれは遺憾に存じますが、これに関しまして外務当局はどのように考えておるか。またこれに関する何らかの情報があるならば、この席上を通じて明らかにしていただきたいと存じます。
○島津政府委員 ただいま御指摘の問題につきましては、新聞報道以外に何もまだわれわれは聞いておりません。
○岡崎委員長 仲内憲治君。
○仲内委員 一般国民は講和が非常に近いということで、今年度の朗報として大いに期待しておつたわけでありますが、最近の外電は、この期待されている講和がまだ延びるというような報道を、相次いで伝えておるのであります。また現実の問題といたしましても、中共問題の発展等の関係もございまして、いわゆる国際情勢というものは、ことに極東方面において相当変化が来ているという事実を認めざるを得ないのであります。こういうことからいたしまして、先ほども問題になりました戰争状態終結宣言というような、何か過渡的な講和の経過が現われるかのようなことも耳にするようになつておりますし、要するに講和実現の時期がはたして一般国民の期待しているような、また政府もしばしば言われているような早急な実現の可能性があるものか。あるいは最近において相当変化が来ているのか。まず講和実現の時期について、何か新しい説明が聞かれれば伺いたいと存じます。
○川村政府委員 仲内委員にお答えいたします。中共問題の発展が対日講和に及ぼす影響はどうかというお尋ねでありますが、極東委員会の中で今日まで中共政府を承認いたしました国は五箇国であります。外電の報ずるところによりますと、ソ連邦は国際連合及び極東委員会におきまして、国民政府の代表の交代を要求しまして、その結果は退場した。また他に伝えるところによりますと、ワード事件、アメリカの総領事館接收等が相次いで起つた事実から見まして、中共政府が米国の承認をはたして望んでおるかおらないか、詳しくわかりません。しかし目下外交関係がない、しかも在外公館を持つておらない外務省といたしましては、こういう事件が対日講和の将来にどういう影響を與えて来るかという判断につきましては、まだ確実な資料がないので、その意見はさしあたつては差控えたいと考えております。
○仲内委員 次にソ連地区における引揚げの問題でありますが、この問題は米国の好意あるあつせんによつて、冬季にもかかわらず引続き実行せられておるようであります。これはまことに喜ばしいことであると思います。しかしながらまだ残存者も多いわけでありまして、今後の引揚げの成行き、続いて続々行われるものかどうか。この点については関係者はもちろん、一般国民の非常な関心を持つておる点でありますから、伺いたいと思います。
○倭島政府委員 ソ連地区からの引揚げの問題でございますが、御承知の通りこの一月と、それからまたごく最近二月の初め――多分今月の八日ころには帰つて来ると思いますが、一月に二千五百名、それから二月に、今予定されておりますのが二千五百名、この冬季間におきまして五千名の同胞がソ連地区から帰つて来るということは、すでに新聞その他で御存じの通りでございますが、従来は十一月ころから三月あるいは五月ころまでの間のいわゆる冬季間は、ソ連からの引揚げは気象等の関係で困難だと言われておりましたのが、初めて今年引揚げが現実に実施せられた次第でございまして、冬季でも引揚げができるということがわかつた次第であります。実情を聞きますと、ちようど今ごろがナホトカの一番寒いころだそうでありまして、しかもナホトカの船の着くところは、大体四十センチぐらい凍つておる場所もありますが、このたびの一月の引揚げも碎氷船で少し破れば船が着いた。おそらくこの二月の初めの引揚げも同様な状態で可能であるだろうと思います。何はともあれ今年こういうふうに引揚げが実施せられたことは、まことに喜ばしいことだと思つております。現在のところ日本政府の承知しておるところといたしましては、まだずいぶんたくさんの同胞が向うに残つておられる勘定になつております。一月に帰つて来られた人の話を聞きましても、ナホトカあるいはその近辺にも、まだ相当数の引揚げ得る同胞がおられる模様でございます。今後の見通しといたしましては、このたびの引揚げで冬季でも引揚げられるということが実証されたわけでありますし、政府といたしましては、引続いて向うに引揚げることのできる同胞が相当数あるわけでもありますし、具体的に船が向うへ行つて帰還の実現ができるということになつたわけでありますから、今後も引続き冬季中においても行われるのではないかという希望を持つております。
○中山委員 私今朝対日理事会を傍聽して参つたのでございますが、新聞紙上で御案内の通りに、この前引揚げの問題を取上げようとされましたときに、ソ連側の代表はみな退場されました。そうして今日は全然御出席がないのでございます。その点につきまして英連邦代表でいらつしやいますホジソン氏は、ソ連が道徳的にも法律的にもぜひここに出席をしなければならないということは、ポツダム宣言の規約によつても明らかである。それにここに出席なさらないので、この引揚げの問題を解決が非常にむずかしいであろうということを御発言になりました。対日理事会におきましてこの問題が処理され、マッカーサー元帥にそこに提案されたことが持つて行かれまして問題になりましたのですが、二千五百名の人しか一月には帰してもらえなかつた。対日理事会がこの問題をほんとうに処理することができないといたしますならば、外務省は一体この問題をどこへ持つて解決してもらおうというお考えかどうか伺いたいと思います。
○倭島政府委員 御承知の通り現在の状況といたしましては、日本政府としては、引揚げ促連の問題にいたしましても、司令部へ対して懇請をするという道が現在のところ一本であります。なお御承知の通り司令部の関係におきましては、一つは対日理事会で御承知のように数回にわたつてすでに取扱われて、今朝も行われたことは今お話の通りでございますが、さらにマッカーサー元帥から米国政府へもこの旨が伝えられて、米国政府からソ連政府へ申入れがあつた趣でありますし、なお濠州政府からもソ連へ申入れがあつて、ソ連地区におりますわれわれ同胞の状況を早く明確にするために、適当なる機関に調査をせしめる件について同意をしてもらいたいという申入れがあつたことは、先般新聞紙その他で御存じのことだろうと思います。日本政府としましては、現在の状況におきましては、最高司令部の方へお願いするという道を今後も続けて行くよりほかには道がございませんし、なお今申上げましたような関係国においても、いろいろ事情を察していただいて、努力をしていただいておる状況でございますので、それと関係国の御努力を信頼いたしましてその結果の一日も早く出るように期待しておる次第でございます。
○菊池委員 共産党の諸君は、ソ連在留同胞三十七万というのは全然うそである、捏造であるということを言つておられます。それで外務省はこのソ連在留同胞の数字に関する書類を焼いてしまつたのだという宣伝をしておるのでありますが、そういう事実があるかどうか、お伺いいたしたい。
○倭島政府委員 まだ外地におられて帰つて来られない同胞の数字の問題につきまして、いろいろな機会に御説明申し上げておるわけでありますが、先般も対日理事会でシーボルト議長から声明せられましたその声明の中にも、これはソ連におられる同胞と、それから満州地区――満州地区は御存じの通り、当初ソ連の占領地域になつたところでございますが、要するに主としてシベリア及び満州地区に残つておられる同胞の数を、三十七万幾らとわれわれは信じております。この数字は司令部並びに日本政府が現在持つております最も確実と思われる数字でございます。これはもちろん概数でございまして、日本政府といたしましては、この数字が今まで持つておる数字としては最も信頼し得る数字と信じております。なおその数字の関係について、この前も何か共産党の議員の方から、資料を外務省が焼いたとか何とかいうお話があつたようでございますが、その趣旨がよくわかりません。外務省はその関係のものを焼いたとか、あるいは隠滅するためにどうこうしたとかいうことは一切ございません。
○野坂委員 共産党の名前が出ましたので、一身上の弁明を兼ねて質問いたしたいと思います。引揚げの数字については私たちいろいろ異見があります。きようでなしに、別の機会にもう少し詳しくお聞きしたいと思いますが、しかし去年からこの問題について私たちは政府当局にいつもお願いして、しかも倭島局長自身からいつもこれに対して明確なお答えがない。これに関して日本政府が持つておる数字はどんなものであるか。これをお出しくださいということを繰返し私の方で要望したにかかわらず、常に言を左右に託して、あるようなないような、出したいような出したくないようなお答えがあつた。この問題は私ははつきりしていただきたいと思います。だから第一の私の質問としては、日本政府自体の調査した正確な統計があるはずです。これをお出しください。第二の問題としては、これは一つのニュースでありますけれども、しかし相当確実な根拠があるらしい。時日も大体わかつております。どこでどういうふうになつたかということも大体おわかりです。倭島局長はよく御存じのはずです。あなたのおつくりになつた材料が焼かれておるというニュースもわれわれは得ております。もし必要ならば証人に出たいという人もあるらしい。この問題についても私ははつきりお聞きしたいのです。
○倭島政府委員 日本政府が持つておる数字を出せという御要求はたびたび聞くのでございますが、従来もその点についてはしばしば御説明申し上げておりますように、現在までのところわれわれが持つておつて出し得る数字は全部出ております。そうしてその形は、これまで司令部の発表しておられる数字と同一であります。さよう御承知願います。それから焼いたという点についてはどういうことか知りません。あるいはその証人が出るということにでもなれば、もつと事態が明確になるかと思いますが、その数字の関係の根拠をたとえば隠すためだとか、そういうようなことで焼いたことはありません。ただ最近われわれの省内にもフラクと申しますか、いろいろ祕密を外へ持つて出たがる者がたくさんあるかもしらぬと思いまして、不必要な書類は焼却したことはあります。しかしそれはもう当然のことでありまして、不必要な書類はほかへ散逸しないために適当の処分をするということ以外には、何らそういう特に隠滅したり隠したりするために焼き捨てたとか何とかいうことは絶対にありません。
○野坂委員 今の問題について私はもう少し質問したいことがありますけれども、きようはこのくらいにしまして、一言だけもう一度申し上げておきたいのは、昨年――日にちは今ここでは申しませんけれども、ソ連が九万幾らという在留同胞の統計を発表して、それから間もなく外務省の建物の地下室のボイラーにおいて焼かれた。これがすなわち政府の一番正確であるこの数字の書類だというふうなことを実は聞いておるのです。これが正しいかどうか、私は局長やその他の責任者の方にお聞きしたいと思いますが、この問題はきようはこのくらいにしておいて、こういう問題がまだ明白でない。ただここではつきりしたことは、倭島局長の口からいろいろ書類をお焼きになつた、こういう事実はお認めになつておりますから、それがどういうものであるかということを将来もう少し私は研究してみたいと思います。
○倭島政府委員 その地下室のボイラーということまで出ましたから一口説明しておきますが、外務省のいろいろ取扱つている書類の中には適当に処分すべきものもございましようし、それははな紙、ほごかごに入つているものも含めてでありまして、それは普通に処分せられるところであります。何も引揚げ関係の数字をそこで特に処分したということではございません。
○岡崎委員長 それではそのくらいにいたしまして引続き質問に移ります。聽濤委員。
○聽濤委員 先ほど佐々木委員からも、すでに私に先んじて問題が提出されておるのでありますが、朝日新聞で報道した問題もありますけれども、その前に、とにかく新聞でもこういうものが出るくらいの状態で、私の方から戰争状態終結宣言のことについて、いろいろお聞きしたいということを通告いたしましたのに対して、外務省の方ですでに準備をされておることは、西村條約局長が言明されておりますので、まず最初にいろいろ外務省で研究された結果の要点を先にお聞かせ願いたい。この点條約局長自身も希望しておられたようでありますし、私たちも聞きたいと思いますから、ひとつ大事な点を、御研究の結果をお話願いたい。
○西村(熊)政府委員 外務省で研究した結果などとおつしやると、まことにはずかしい次第でございまして、実はご質問の趣旨を伺いましてから私できる限りの材料を集めて、それを整理したものでございます。少し時間がかかると思いますが、事実を御報告申し上げた方が問題の理解がやさしくなるかと思います。
 戰争状態の終了の宣言というものが、ここ最近になつて皆さんの話題、われわれの話題に上るようになりました。私その理由についてはよく解せないのでございますが、戰争終了の宣言とか通告とかいう方式で戰争が終ることがあるということは、ハイドの国際法とか、信夫淳平博士の国際法講義第四巻にすでに説明してございます。ここに信夫先生の御説明の概略を御紹介申し上げまして、まず問題の概要を御把握願いたいと思うのであります。先生によりますと、大体戰争が終るのはふだんは平和條約の締結ということでございます。しかし必ずしもそれには限らないのでございまして、それ以外に大体三つの場合がある。その一つは征服による国家の滅亡でございます。先生はこの例として南阿共和国とオレンジ自由国が、英国に占領されて両国が滅亡した事実、またごく近くはエチオピア戰争のイタリアのエチオピア国の征服併合による同国の消滅によつて戰争は終了した。こういう事実をあげておられます。いわゆる征服による国家の滅亡でございます。第二の形は、これはきわめてまれかと思いますが、自然的に戰争が終る形でございます。これは戰争をやつておる国の双方がともに力盡き戰争に飽いて、いつとはなく戰場から兵を引いて戰争が終つてしまうという形でございまして、これについては十九世紀初めのスペインのアメリカ大陸における植民地独立戰争、一八〇一年のロシヤとぺルシヤの戰争とか、一八六二年ないし六七年のフランスとメキシコの戰争などをあげております。それから第三の方式として先生があげておられ、なおハイド教授があげられておるのですが、各自の憲法所定の手続によつて立法的に戰争状態を終了するという方式でございます。信夫先生はこれを立法的措置による戰争終了の方式、こういう説明をしておいででございます。
 それでは次に先例に入りますが、ここに最後に問題にいたしております方式によつて、戰争状態が終了した実例がどうであるかといいますと、大体信夫先生の本には、第一次欧州大戰後、アメリカが対独戰争関係を宣言で終止させた事例と、同じく第一次世界大戰後、中国がドイツとの戰争状態を、大統領令の公布という宣言によつて終了させた例をあげられております。その後ごく最近の例として、私どもはイギリスによるオーストリアに対する戰争状態終了の通告という例をあげられるか、こう思つております。それでこの実例を御説明を申し上げますが、第一次大戰後アメリカでは上院が皆様御承知の通り、ベルサイユ平和條約の批准を否決いたしましたので、どうして対独戰争状態を法律的に終了させるかというのが問題となつたのであります。それで一九一九年の八月、上院で一議員がウイルソン大統領に向いまして、大統領の判断では、大統領が布告を発して、その布告で平和克服のことを宣明するということは、大統領の職権上不可能とあなたはお考えになりますか、こう質問いたしましたところが、同大統領は、自分の判断では自分がさような権限を持たないばかりでなく、どんな事情のもとにありましても、正式の平和條約の批准に先だちて、かような方法をとることに自分は同意し得ない、こういう返事をしたのであります。そこで大統領独自の権限でこれはできないということが明白になりましたものですから、議会は上下両院の連合決議で平和の克服を宣言し、それが戰争を終了させようといたしまして、二〇年の五月の合同決議案の提案となりました。その要旨は、ドイツ帝国政府と合衆国の政府及び人民との間に交戰状態の成立したことを宣言した一七年の四月六日の本議会連合決議をここに撤廃し、交戰状態は同時に終了したものと宣明する、こういう合同決議案であります。この決議は五月十六日に可決されましたが、ウイルソン大統領はこれに不裁可の意を表したのであります。間もなく大統領の改選となりまして、ハーディング大統領が就任いたしましたので、議会は二一年の七月重ねて前回と同じような、もつとも多少文句の修正はあつたようでございますが、連合決議案を通過しまして、大統領はこれを裁可しまして対独戰争は正式にここに終了いたしましたが、その直後にアメリカとドイツとの間に平和條約が締結されたということは御承知の通りであります。なお中国につきましては一九年の九月にそういうことがあつたのであります。
 その次の今度の第二次世界戰争における英国の対オーストリア戰争状態終了の通告、これはオーストリアはこの戰争では解放国としての地位を與えられておりまして、戰敗国としての取扱いを受けておりません。同国は四六年六月二十八日のいわゆるオーストリア管理協定で、連合国との外交回復を認められております。ところが英国は四七年の九月十六日に法律上の戰争状態の終了の正式通告を同国にいたしました。その通告は私ども全文は持ちませんで、新聞報道により一部分の内容だけを持つておりますが、今申し上げました共同管理協定と平和條約の締結の二つを留保して、戰争状態を終了するという趣旨の通告になつております。従つて現在オーストリアは御承知の通り連合国の占領管理のもとに立ちつつ、ほとんど、すべての国と平和的の関係にある、こういう異常な状態にあるのであります。
 なおこの問題を解明するについて、いずこに難点があるかというような点を解明するに一番いい例は、西ドイツ政府について今取上げられておりますから、西ドイツについての事態の動きを新聞情報だけでございますが、それによつて継続的に見てみる必要があると思います。この西ドイツいわゆるボン政府といたしましては、戰争状態終了の宣言をするかどうかということが、米英仏三国政府と西独政府との間に正式に取上げられております。これは昨年の十一月の九日と十日に行われましたパリの英米仏三国外相会議で議題となりましたことは、新聞報道で当時明らかにされております。たとえば十一月の十二日のパリのUP電は消息筋の言明として、外相会議は、戰争状態の終了は占領軍の撤退を必要とするかもしれぬとの理由で、これに関する措置を延期することになつたといわれる。アチソン長官は、アメリカ政府は戰争状態終了の宣言後、ドイツに駐兵するには議会の承認が必要であろうと述べたと報じている。これは私新聞報道をそのまま繰返して言つておりますから、どうかその意味でお聞取りを願います。十一月十五日のパリからの同じくUP電は、シューマン外相談といたしまして、外相会議で対独戰争状態終了の宣言を討議したが何の決定にも達しなかつた、今後研究すべき問題であるとの趣旨を報じております。パリ外相会議の結果といたしまして、十一月二十四日に三国政府と西独政府との間に調印されましたボン議定書の第九項は、明らかに戰争状態終了の宣言問題について規定しております。この條文を訳してみますと「戰争状態終了の宣言の問題が議論された。戰争状態の終了はこの議定書の精神に合致するけれども」、「多く」というのはコンシダラブルという英語を使つてあります。「多くの法律上及び実際上の困難がある。これらの困難について審議する必要がある。」これは條文をそのまま訳したものであります。これによりますと、明らかに戰争状態終了の宣言というものが四国によつて討議され、また今後も討議されるであろうということを示しているわけでございます。今年になりまして一月の十四日のワシントンUP電は、アメリカ政府が今年の三月対独戰争状態終了の可能性について英、仏、白、オランダ、ルクセンブルグの諸国と会議することを計画中であるという趣旨のことを報じておりますが、二十四日のワシントンのISN電報は、アメリカは二十四日対独戰争状態の早期終結に反対することに決定した。ワシントン消息筋は、米国がこのような決定をしたことは、戰争状態終結には無数の法的困難があるからだという趣旨を報じて来ておりますが、昨夕の朝日にも載つております。すなわちブラッセルからの電報によりますと、こういうことを言つております。「米、英、仏三国はドイツとの間に今なお法律的に存在する戰争状態を終結させることにつき原則的に意見の一致を見たものと解され」「オランダ、ベルギー及びルクセンブルグもこの問題について相談にのせてもらいたいと要請した結果、この三国の見解を米、英、仏に提出するよう求められておる。このようなわけで二月または三月中には、この六箇国の外務省は、その作成した文書の交換を始めるものと見られている。これには次の四つの主要原則を解決しなければならない」といたしまして、第一は、西ドイツのボン政府は前ドイツ第三帝国の後継国家を見るか、または新しい国家と見るか、または両者を合せたものと見るかという点。第二は、占領軍を今後も継続的に駐在させる場合、その基礎をどこに求めるか。それはイギリスかオーストリアでやつたように、單に戰争状態は終つたと一方的に宣言することによつて、この点に触れないで行くこともできる。しかしドイツの場合には、それでは不満足だと考えられている。第三は、戰争状態の終結により、ドイツ政府はどんな義務を負わねばならぬか。これは安全保障と経済的な義務負担の問題を含むであろう。第四は、ボン政府は、全ドイツのための合法的な政府として承認されるかどうか。以上は新聞の電報をそのまま読み上げた次第でございます。これが西ドイツについての正式に取上げられています戰争状態終了宣言問題の大体の推移、それから問題の所在は、少くともこの新聞の信憑性いかんによることはむろん留保いたしまして、見当がつくかと思うのであります。先刻も佐々木委員の御質問に対して答えましたように、戰争状態終了宣言というものにつきましては、今申し上げましたように、わずか三つぐらいの例しかございません。それでこれをどういうふうに考えたらよかろうかということについては、なかなかむずかしい点が多いと思います。また実際これがどういうふうに適用されるかというようなことは――西ドイツに関係します今申し上げましたような各種の新聞報道をごらんになつても、なかなかむずかしい問題があるということは、ボン議定書第九項それ自身がコンシダラブルな法律的また実際的な問題があると言いまして、その困難を打開すべく関係国は研究中であると新聞報道は報じている次第であります。ですからこういうステージにあります問題につきまして、私が、こういう性質のものであつて、国際法上こういうふうな法律効果を生むというようなことは、容易に判定を下せない事柄であります。この点は御了承願いたい。
 ただ一般的に考えまして、私が先刻申し上げましたように、戰争状態終了の宣言なり通告なりというものは、ふだんならば平和條約によつて、戰争状態が終了しますと同時に戰勝国が戰敗国に課する條件も確立する。この二つの効果が同時に発生するものであるけれども、この方式の場合には、いわゆる平和條約の締結というものは後日に留保して、まず戰争状態の終了という効果を先に発生させるものである。しからば平和條約の締結に至るまでの間、いかなる範囲において、またいかなる限度におきまして平和関係に克服するかという、われわれが一番興味を持つ点でありますが、この点につきましては先例によりましてもまた国際法上考えましても、国際法上戰争終了の宣言なり通告なりがあつたならば、その場合は必ずかくかくの効果を生ずべきものであるという性質のものでなくて、その措置をとるいわゆる戰勝国の決定いかんによる。その戰勝国の決定する範囲において、その限度において戰争状態が終了して、通常の状態が復活するものである、こういうふうに考えざるを得ない。こういうふうな結論に達した次第であります。以上をもつて私の答弁を終ります。
○聽濤委員 せつかくの御研究の結果でありますから私拝聽したわけで、実は時間があればそういうことも詳しくお聞きしたい点もあるのですけれども、私が御質問したいと思いました点は、やつぱり大体私たちが常識的に考えておりますのは、戰争終了宣言というものがとにかく出るということになれば、それは平和條約なしに戰争終了宣言によつて、平和條約を結んだのと近いような効果を発揮させようとして出るものだと、われわれはまず第一に常識的に考えるわけですが、その点はいかがでありましようか。
○西村(熊)政府委員 その点につきましても最後に私が強く申し上げました通り、そういうふうになるべきものであるという性質の問題ではなくて、その措置をとる戰勝国の決定いかんによる、こういうことに帰着すると思います。
○聽濤委員 そういたしますと、つまりこれは相手国から一方的にきまつちまうもので、こちらの地位がどう考えられるかということは、全然向う次第だというきわめてたよりないものになつてしまうわけなのですが、しかし現実に起つて来る問題は、外務省としましても、こういう戰争終了宣言というような可能性がもしあるとすれば、日本の地位がどうなるのか。相手国との関係はどうなるのか。佐々木委員がすでに質問しましたように通商、外交の自主性というものが一体どうなるのか。講和條約との関係がどうなるのか。こういうことはすべてわれわれが考えなければならぬ問題なのですが、それについての外務省の御研究を実は私たちは聞きたかつたのです。しかしあなたの御説明によると、ただ相手次第だという簡單なお答えしかないのですが、しかしたとえば戰争終了宣言が行われる。そうするとわれわれに当然考えられますのは、その国との日本の関係、地位というものが非常に変化を起して来るということは当然考えられることなのです。そうしますと、一体そのときにおける日本の地位はだんだんどういうふうになつて行くのか。的確にはそれはわかりませんでしようが、しかし大体の傾向として日本の地位というものはどういうふうになつて行くのか。たとえばその相手国に対して領事館を設置するとか、外交官をとにかく出すとか、そういうことができるのか。あるいはまた相手国と協定を正式に結ぶような関係をつくることができるのか。あるいは通商條約のようなものを結ぶことができるのか。こういうような点が疑問になつて来るわけなのですが、どういうふうにお考えになつておるかお聞きしたい。
○西村(熊)政府委員 私は日本についてこの問題を当てはめて研究いたしたことは一度もないのでございます。日本については今日まで私の記憶する限りにおきまして、三回か四回か、それもきわめて軽い意味でそういつたような新聞情報があつたにすぎないのであります。まつたくの予測的なものであつたにすぎないのであつて、私のいわゆる興味、研究の中心は、西独に関するこの問題の取扱い発展はどうなるであろうかということに集中いたしております。というのは結局そこで初めてこの問題の――ボン協定もいつております通り、非常にむずかしいたくさんの法律的な実際的な困難がある、こういつております。多分そうでございましよう。それをいかにしてほごすかということについて、関係国政府が非常に努力しておられるように新聞情報では了解いたしておりますので、それを見ることによつて、むしろ西独についてこの問題の発展いかんということが、私たちにとつて一つの研究資料と言いましようか、そういうような段階でございまして、私は日本に関しては、まつたくの仮定的の場合としても、アプライして考えたことはないということを申し上げたいと思います。
○野坂委員 関連して簡單に質問いたします。今西村局長のお話では、この問題をただヨーロッパの問題としてしか外務省としては研究していない、こういうふうなお話ではありますけれども、私たち日本人としての興味は、ドイツやオーストリアでどうなつたかという問題ではなくして、日本に将来こういう問題が起つた場合には、一体どうなるであろうかということをわれわれは一番心配しているのです。これは局長がおそらくお聞きになつたと思いますけれども、外人記者の間では、おそらくこのような宣言が一月に行われはしないかというようなうわさが――これはうわさですけれども去年の秋にあつた。これは御存じのはずです。さらにその後は、いやそうではない、九月ごろではないか、いや六月ごろだ、もつと早い、こういうふうなうわさが実はあるのです。これをお知りにならなければ、局長としての義務もお果しになつていないと思います。こういううわさがあるし、特に最近の本会議で吉田総理が、戰争終了宣言というものが行われることを希望するという、何かそういう印象を與えるような御答弁があつたのです。こういうことを考えまして、われわれとしてはこの問題は日本の問題と関係があるというふうに見て、いろいろご質問したいし、また研究もしていただきたい、こういうふうに考えておるのですから、局長の方から日本の問題に関連していろいろお答え願いたいと思うのです。これは吉田総理のお好みになる仮定ということでお逃げにならないで、もういろいろの国際情勢としては、こういう考えがあるということをわれわれは見通してもさしつかえないではないかということも考えられるので、われわれの質問がこういう趣旨であることを御了解なすつてお答え願いたい。
○西村(熊)政府委員 私は條約局長としてその席にいる資格はないかもしれませんが、実は野坂委員の御指摘になつたような情報とか外人記者の話というものは、まつたく今まで聞いたことはございません。今が初耳でございます。日本との関連においてこの問題に関する考えを述べろとおつしやつても、それは私はお答えいたしかねます。
○聽濤委員 実は今野坂委員から質問した点は非常に重要だと思うのです。私たちが戰争終了宣言のことについて前もつて通告して質問したいと言つた趣旨も、今條約局長がるる話されたようなあんなことをお聞きしたいのではなかつた。これは現実に日本に差迫つて来ている問題じやないか、こういう重要な危惧を持つているからこそわれわれは聞いておるのでありまして、ここで先ほど與党の委員である佐々木さんからも発言がありましたように、実際私たちは今度の国会における吉田総理の発言を聞いておりまして、これは講和問題に関する空気がころつとかわつたのではないかという強い印象を受けております。発言の内容が非常にかわつて来ている。去年の暮れまでは大体の趣旨において日本政府は單独講和を主張しておられた。ところが今度の施設演説その他におきましては、單独講和とか全面講和などということは、いわばちやんちやらおかしい、一日も早く戰争状態を終了させることが問題なんだ、こういうふうに言つておる。そこには何かこういうふうな形の問題がすでに起りつつあるのじやないか。しかもそれとあわせて西村條約局長が先ほど答弁せられた中に、鋭敏なる新聞記者諸君と言われましたが、鋭敏なる内外の新聞記者諸君はすでに察知しておる。これは重大な問題である。しかも私が聞いたところによると、そういう日本の事態に対処するために、外務省はいろいろ準備を整えておるという話まで聞いておるのである。こういう状態の中であなたがかんじんな点をのがれるということは、日本に差追つておるこの重大な問題を、あたかもないかのごとくぼかしてしまうことになる。これは外務委員会に対して適当でない態度だと私は思います。これはやはり非常に重要な問題である。こういうそういうふうな可能性、あるいは今の日本の内外の動き、そういう点について戰争終了宣言なんかに行く可能性があるのかどうか。実際外務省はどういうふうに判断しておるのか。私はあらためて聞きたいと思います。
○西村(熊)政府委員 私は先刻も申し上げましたように、この国会におきまして、総理が戰争状態が一日も早く終ることを希望する趣旨のことを言われたのは、決してこの特殊の戰争状態終了宣言などを頭に入れて御発言になつたのではなくて、広い意味で戰争状態が続いている今日の状態から、一日も早く平和な状態へ復帰することが望ましいという意味で言われたものと了解いたしております。なお日本との関連においてこの問題についていろいろ考えを述べろとおつしやいますけれども、これは客観情勢いかんによりまつたく仮定の問題でありまして、そういう仮定の問題についてわれわれはこう思うとか、こう考えるというようなことは言うべきものでないと確信いたしております。
○聽濤委員 同じ質問について川村次官から御答弁を得たいと思います。
○川村政府委員 西村條約局長からお答弁申し上げた通りであります。
○聽濤委員 私がなぜこういうことを非常に重大視しているかというと、質問はいろいろありますけれども、本日はどうやら御答弁をなさる御意思がなさそうです。しかしこれは問題は重要ですから今後の問題として留保いたします。しかし大体ここで私たちがなぜこんなに関心を持つているかと言うと、今日本の全国民がとにかく講和を非常に望んでいる。ところがここへ突如戰争終了宣言というものが出て来ると、一体これはいかなる性質のものなのか、これによつて日本がどうなるかということを考えるのは当然です。そこで問題になつて来ますのは、大きく言えば日本に存在する占領行政というものが一体なくなるのか。そういたしますと占領軍も撤退するような状態になるのか。あるいは連合軍司令部というものは一体どうなるか。あるいは対日理事会や極東委員会は一体どういう変化をこうむるのか。あるいはポツダム宣言というものが、連合国のわれわれに與えた條件、これをわれわれは受諾しておるのであるが、ポツダム宣言というものは一体どうなるのか。いろいろ重大な問題が起つて来ます。しかも一方において最近アメリカの三軍の首脳者が本日日本に到着しておる。しかもこれは新聞の報道によりますと、軍事基地の設定問題について重要な協議が行われる。実に差迫つた問題になつておる。これはおそらくこういう動きと全部関係のあることだと私たちは思う。こういたしますと、われわれが單独だとか全面だとか言つて騒いでおる間に、着々と事実上のいわゆる講和という形で、どんどん日本の情勢がはつきりした方向に固つてしまいつつあるのじやないか、こういうことになれば非常にゆゆしい問題であります。だからこそ外務省が研究しておるという話も聞いておつたのですが、こういうことについて皆さん方の知識によつて、どういうふうな問題が問題になるかということを聞きたいわけである。それが今後の問題として非常に重要であるから、私たちはこれで打切るわけでは決してありませんが、ここで留保しておきます。
○仲内委員長代理 並木委員。
○並木委員 今度の講和の問題について私は方々歩きまわつて、とにかく国民にどういう印象を與えたかということを調べるのが大事だと思いましたから、相当聞いてみた。ところがその中で一番疑問を持つておるのは、どうして今度政府は突然として自衞権があるということを言つたのだろう。今までは非常に靜かな調子で、なるべく自衞権などというものは最小限度、あるかないかのように扱つていた。その調子を一ぺんに乱して、ここでやぶから棒に、木に竹をつなぐように自衞権があると言つて強く主張したのはどういうわけだろうという疑問です。だからつまり政府はどうしようとするのか。国民に対してどういうことをしろというのか。この点について非常に疑問をもつて去就に迷つておる。ある者はもし外敵が来たならば、おれは一切をあげてこれを打ち碎いてやるというような、非常にナイーヴな誤解を持つ者もあるので、自衞権については、前に西村局長から警察力の限度、これを越えてはならないものと思われるとか、あるいは自衞権があるということを自衞戰争があるというふうに思つてはならないとか、いろいろ具体的に例を示されたのでありますけれども、今度の政府の出方によつて国民の気持というものはかなり荒くなつて来た。むしろ何かけしかけるような感じを政府が與えたのじやないかというふうにとられるのでありますけれども、どういうわけで今度調子を乱して自衞権というものを持ち出したか。その点について御質問いたします。
○川村政府委員 ただいまの御質問に対しましては、西村條約局長が先ほど総理の本会議における答弁と対照いたしまして、詳細にお答えいたしたのであります。どうぞその点御了承願います。
○並木委員 要するにこれはもう少し具体的に言うと、自衞権の時期とか内容とか方法とかいうことになるので、やはり答えられないと思うのですけれども、特に自衞権があるということをぶつきらぼうに、まつたく前後のつじつまが合わないような調子で出したところに国民の疑惑がありますから、この点を何らかの形で一掃していただきたいと私は思うのであります。そういうことが関連して、ざつくばらんに私の聞いた範囲では、一体米ソの関係というものはかなり緊迫しているのじやないか。米ソ戰争というものが起るのではないかということを真劍に心配しておるのです。この点について川村政務次官から、国際情勢、米ソ間の関係というものに対ししての観察を示していただきたいと思います。
○竹尾委員 並木委員が今非常に国際情勢を心配されて、米ソ関係が危機を伝えておるのではないかというお尋ねでありましたが、私もこの点については再三前国会におきましても吉田兼攝外相にお尋ね申し上げた。ところが近くそういう戰争などはないというようなお答えでございましたが、私は並木委員とともにこの米ソの関係、従つて国際情勢が刻一刻と危機を告げつつあるというふうに解釈をいたします。外務当局は非常に国際情勢に対して楽観論を持つておられるようですが、これに対しては私は非常に反対である。この点についてどういうお考えであるか。今日あたり聽濤君からもお言葉がありましたが、米軍首脳部が入京しておる。一方ソ連の情勢は、これは聽濤君あたり專門でしようが、われわれから見るとやはり決して平和への線を進んでおらない。その一例は昨年の八月二十幾日かと思いましたが、モスコーで全連邦平和擁護者大会というものが開かれた。そのときにこういうことを、そのときの議長を勤められたソ連のグレコフ氏でございますか、言つております。ソ連の人民は戰争を恐れるものではないが、さりとて平和をこいねがうものでもない。平和と、幾百万大衆の民主主義的生存のためにのみ戰うものである、こういうことを言つておるところを見ても、ソ連の目ざす平和がいわゆる民主主義的生存のためである。こういうことを考えると、結局にはソ連の目ざす世界政策を遂行しなければならぬということが強く感じられる。そういうことを考えると全面講和を全人類が望みながら、結局において全面講和というものの方向がやはり二つにわかれるのじやないか、こういうことを考えてみましても、世界の危機はますます強まりつつあるというふうに考えられるのでありますが、その点についてあらためて外務当局の所見を伺いたいと思う。
○川村政府委員 お答えいたします。米ソの関係につきましては、外電の報ずるところでは一進一退であると了解いたしております。しかも国際連合を通じましてでき得る限り平和な建設に行こうというように努力しておるのも事実でありますので、あるいは希望的観察かも知れませんが、現在のところにおきましては悲観的に見るところまでは行つてないのじやないか、こう考えております。また米ソにおける日本の地位は云々ということもありましたけれども、これは先に申し上げましたような観測のもとにおきまして、ただいま日本の地位がどうということも考える必要はないかと思います。
○並木委員 私が調べた国民の声の中に、さらにもつと單刀直入に、今の状態のままで米ソ戰争が起つたような場合には私たち日本人はどうなるでしよう。こういう声もあるのです。これなんかも現実の問題としてやはり取上げなければならぬと思いましたので、お聞きするのですが、もし現在のまままことに不幸にして両国が事を構えなければならぬというような場合に、日本における基地の問題とか、日本人の地位、こういうことはどうなんでしよう。要するに政府は今回突如として自衞権があるということを言つたために、国民の間に何かだから用意をしろというような印象を與えた。こういうことで私は残念だと思うのです。われわれはまつたく戰争とか武器なんというものとは縁が切れたものだと思つておつたのです。このごろ急にまた吉田さんも方向転換をして言い出したのでありますが、民主主義の徹底とか、平和主義の徹底とかなどという以外にない。それで世界の世論に訴えて行くのだと思つていたやさき、あんなことを言われたのでいささか戸惑いしておりました。そこでむしろ政府としては自衞権というものがあるけれども、これはなきにひとしいものであるから、こんなことを現実にも物理的の形において期待しておらないようにというのが、本筋だと私は思うのです。どうかその点について現在のままもし不幸にして事が起つたときには、われわれの立場、日本の地位はどうなりますか。そうして自衞権についてはあるのだということは言わないので、あるのはあるのだけれども事実はなきにひとしいのだといつた方が、国民を正しく導くのだと思いますが、いかがですか。
○川村政府委員 御意見として拜聽さしていただきます。
○並木委員 自衞権の点だけは政府としても大事だと思いますので、ぜひお答え願いたい。前段の方はむずかしいかと思います。しかしそれはむずかしいけれども研究しておいていただいて、あとの方の問題はやはり私はぜひお聞きしたいと思う。御意見というのでなく……
○川村政府委員 同じことを繰返してお答えするようでありますが、戰争と武裝を放棄しました日本におきましての将来の安全を確保する道は、いわゆる平和の愛好国の世論をバツクといたしまして戰争放棄の趣旨に徹底することにあることと考えておるのであります。総理の施政演説に述べられました通り、戰争放棄の立場は決して自衞権を放棄したものではないということを、前段の趣旨と相まつて国民に正しく認識してもらいたいという考えで、強調されたと信じております。
○並木委員 次官のお言葉は抽象的でございますので、西村局長、法理的の立場から先ほど私がお聞きしました前段の点についてお答え願います。
○西村(熊)政府委員 川村政務次官から御答弁があつた通りでありまして、一言もつけ加えるところはございません。
○並木委員 ではもう一つ阿波丸の事後処理、それから在外公館借入金の処理の状態について、これは外務委員会として当然われわれが聞いておかなければならぬので、大分日にちもたつておりますが、どうなつておるか。阿波丸の場合には見舞金を差上げるということが協定されておつた。在外公館の方は、行為確認から進んで早くこれを拂つてやる行為に移らなければなりませんが、その辺の進行状態はどうなつておるか。
○島津政府委員 阿波丸事件のその後の処理についてお答えを申し上げます。阿波丸事件犠牲者の遺族及び船舶所有者に対する見舞金の支出につきましては、政府としても国家財政の許す範囲内で、でき得る限りすみやかに処理をするように努力をして参つたのであります。一応具体案を得まして、二十五年度の予算に計上をいたしました次第でございます。その内容の詳細は予算の説明の際に申し上げた方が適当と思いますので、この際省略さしていただきます。従いましてこの予算が成立いたしましたあかつきには、至急に遺族に至急できるように具体的の手続その他の方法について、目下検討中でございます。
○倭島政府委員 在外公館等借入金の問題について進行状況を御説明申し上げますが、御承知の通りこの借入金の整理準備審査会法というものが昨年議会を通過いたしまして、昨年の六月一日に公布せられたのでありますが、これを実施するための予算がなかつたために、当時の法律にも、法律の施行は昭和二十五年五月一日までの間に行われるという建前になつておりまして、幸いに昨年の秋ごろ予算の一部移用が認められましたので、事務的準備が進みまして、結局この法律並びにこれが実施に必要な政令が昨年の十二月二十日に発布されまして、二十日以来この審査会法が施行せられておるわけでございます。この法律によりますれば三箇月以内に確認請求書を出すということになつておりまして、本年の三月十九日までに確認請求書を出してもろうという手続になつております。実は本件の関係の請求件数は、おそらく少くとも三十万件に上るという予定でございますが、現在までのところ外務省にその請求書が到達しておりますのは約千件ぐらいでございます。おそらく二月なり三月のまぎわになりますれば、どつと出て来るのじやないかと思います。昨日この審査会の委員並びに幹事合同の第一回会合が行われまして、この審査の第一歩を踏み出した状況でございます。現在の状況から申しますと、おそらく三月の十九日までが提出期間でございますが、三月一ぱいから四月の中ごろまでには全部出そろうのにかかり、確認はおそらく五月ごろになるかと思いますが、大体のわれわれの見当は三十万件ぐらいでございます。これにはいろいろまた資料の整つていないものも出るかと思いまして、あるいはそれから数万件ぐらいはふえるかもしれないと見ております。なおこれは御承知の通り外国での借入金を外貨そのままで確認するものでございまして、これの支拂いの関係はさらに外貨の換算率あるいは支拂い方法というものを、法律できめる必要がございます。どういう換算率になるか。あるいは支拂い方法等も一応確認のための請求書が出そろいました上でないと、いろいろなはつきりした見当がつけにくいかと思います。まず最初の段階の確認のための審査会が発足したという程度でございます。
○並木委員 阿波丸の見舞金の合計と一人当りの見舞金をひとつ……
○島津政府委員 総計が約一億五千万円、單身者が七万円という見当でございます。
○菊池委員 講和の方式に関しまして国民の考え方はこうであろうと思うのであります。日本の政府は全面講和をしたいのだけれども、ソ連が講和に反対しておるのだからやむなく單独講和でやらなければならぬ。講和のない状態よりは單独講和でもやつた方がよろしいというように国民は理解しておるのであります。これは総理のたびたびの発言にも現われておることでありますから、国民がさように理解するのは当然だと思うのであります。ところが昨年の新聞あたりに発表されたところを見ますと、ソ連の副首相あたりの意見といたしまして、われわれは一日も早く対日講和を希望しておるということを言つておる。それで共産党の諸君はこれらの発言を材料といたしまして、ソ連は決して対日講和に反対してはいないのである。それにもかかわらず日本の政府が、いかにもソ連が対日講和に反対してでもいるかのごとき印象を與えつつある、こういうことを宣伝いたしておるのであります。それで国民の迷つておりますところは、ソ連はとにかく表面においてそういうことを言つておる。何ゆえにソ連が反対しておるのだと政府は考えておるのか。かように考える人も相当あると思うのであります。共産党の諸君の宣伝をほんとうと考える国民もあるであろうと思うのであります。それでわれわれは国民の迷いを解かんがために、一体どつちの方が真実であるか。ソ連が対日講和に反対であるという根拠はどこにあるのか。何によつて反対であると日本の政府は想像し得るか。あるいはまた米英その他の諸国はそう考えるのか。このことについて政府のお考えをお伺いしたいと思います。
○島津政府委員 ソ連が対日講和を拒むとか、あるいは遅らせておるというような観測が、諸外国においてあるというお説でございますが、もちろんわれわれは外電以外に材料はないのでありまして、そのような観測についてははつきりしたところ聞いておりません。従いましてその点に関しまして意見を申し上げることは不可能であります。
○菊池委員 外務省にはいろいろとソ連が反対しておるということを裏書するような材料が、たくさん来ておるだろうと思う。そういうことをここでもつて発表なさつていただくと、国民の疑惑は少し薄らぐだろうと思う。共産党の言うことがほんとうか、星島氏が言つたことがほんとうであろうか、国民は迷つておる。
○島津政府委員 講和の方式につきまして米英側の考え方と、ソビエト側の考え方とが齟齬をしておるということは、事実であろうと思われるのであります。しかしながらソビエトにおいて特に講和そのものをやりたくないというような点については、まだ資料を持つていないという状況であります。
○竹尾委員 今の菊池さんの質問に関連してお尋ねいたします。諸般の情勢を帰納いたしますと、日本が單独講和あるいは多数講和を望む、こういたしましても、昨日、今日の情勢それ一つをとつてみても、米軍の三首脳部が入京した。そしてしかもそれが台湾の防衞問題であるとか、あるいは沖繩の基地の問題であるとかいうようなことを、これは仮定かもしれませんが、もしそういうことを協議いたしたとしますれば、ソ連が常に言つておりますごとくに、戰争の挑発者あるいは点火者はソ連自身でなく、米英の――ソ連側に言わせれば、世界において最後に残されたところの帝国主義陣営から、そういう戰争の挑発をしておるんだ、こういうことをソ連ではもう機関紙のプラウダや、イズベスチャ、何を見ても書いてある。アカハタにもそう書いてある。そこでこの二つの陣営がとにかく相闘つて、しかもその闘いの度が熾烈をきわめて来ておる。こういう状態を考えると、講和というものは單独講和ですらも、これをつくつても価値がなければ、これをつくる必要はないということも考えられるので、單に戰争状態の終結だけをひとつ実現しようということも、一理ないわけじやないと私は考えます。そういう点を考えると、なかなか講和自体を実現化するということも、單独講和にしても全面講和にしてもなかなかむずかしい。そこでこれはこの間本会議で野坂議員が言われたようですが、われわれ人類としては、どうしても全世界の人類の安定を招来させなくちやいかぬのでありますから、そういう点で私どもはほんとうに率先してこの世界平和のために働かなくちやならぬ。外務省も人類に残された最後の――むしろ最後と言つていいくらいの使命でありまして、われわれ日本民族が平和的に生を全うするような方策を講じなくちやならぬ。これはもう党派を超越したわれわれ民族の大使命だ。しかもその使命を実現するのは、その先頭に立つものはとにかく外務当局である、こういうふうに私は考えますので、そういう点から外務当局の責任を問いたい。
○川村政府委員 るるお話のありました御趣旨はつつしんで拝聽いたしたいと思います。
○菊池委員 アメリカ三軍の首脳部が来られたのを機会といたしまして、戰略的に何ら価値なき小笠原島の引揚げ同胞を早く帰すように、この際機を逸せずお骨折りを願いたい。これに対するお答えを願いたい。
○倭島政府委員 従来小笠原帰還の問題は御承知の通りでありますが、重ねてわれわれとしても機会のあるたびに、ひとつ押してみようと思つております。
○聽濤委員 議事運営についてちよつと申し上げます。
 大体本日の会合でもわかりますし、そうでなくても今までもそうであつたように聞いておりますし、私が出席しましてからも、大体外務委員会での委員の質問に対する政府側の答弁というものは、何か箝口令でもしかれているような印象を與えまして、講和の問題は重要であるにかかわらず、論議はちつとも進まないような状況になつておる。先ほどの西村局長の答弁も、重要な問題についてはすべて吉田総理の言つたことを繰返しまして、まことに正直に言つておる。こういう状況ではまことにどうにもなりませんので、やつぱり外務大臣にどうしてもここに出席してもらわなければなりません。この点は外務大臣としては当然の責任であるばかりでなく、この実状から行きましても、どうしても外務大臣に出席してもらわなければ、重要な問題については論議はちつとも進まない状況ですから、まずこの次の会合には、ぜひ外務大臣の出席を願いたい。今後も重要な討議の続くときには、必ず外務大臣に出てもらうように、ぜひこの委員会の全員の意思として――おそらく反対の方はあるまいと思うので、ぜひそういうふうにおとりはからい願いたいということが一つ。それからもう一つは、委員会のやり方につきましては、本日イタリア條約の説明がありましてこういうことも非常にけつこうでありますけれども、やつぱりこれは委員の意思によつて、運営をどういうふうにして行くかということを、はつきりきめてやつて行きたいと思いますので、理事会をちやんと正式に持つていただいて、その都度やはり運営について、はつきりときめてかかつて行くようにしていただきたい。理事会を開いてもらうことをお願いしたい。もう一つは今やつぱり何と申しましても、講和の問題は非常に重要でありますから、今のところ一週間に一ぺんずつ、この委員会を開くようなことになつておりますが、これをせめて一週間に二度開いてもらうように、具体的に提案したいと思うのです。これはこの前の理事会でも私希望したのですが、そのときには大体一週間に一ぺんでいいじやないかということに結局なつたのですが、やはり情勢から行きまして二度ぐらいぜひ開いてもらいたい。このことを提案します。
 それから具体的に今週中にもう一度本日の委員会の継続として、ぜひ本委員会を開いてもらうようにお願いしたいと思います。
○仲内委員長代理 その問題はこの前理事会でも話が出たわけでありますが、ことに大臣の出席については岡崎委員長が連絡しているようであります。
 それから理事会の開催はほかにも問題がありまして、おそらく近いうちに開かなければならぬと思いますが、今週に開くのはどうですか。
○聽濤委員 むずかしいですか。外務大臣の出席については外務委員長がぜひ責任を持つてもらいたいと思う。
○菊池委員 外交のことに関してあけつぱなしに委員会においてしやべれというのは、外交を知らない人の言うことであつて、私もちよつと外務省におつたことがありますが、いやしくも他に重大な影響を及ぼすような重大な問題については、嚴に口を減していただきたい。これは私の希望であります。
○並木委員 ただいま聽濤さんからお話になつた点は、委員長代理は委員長から連絡しているようだと言われたけれども、連絡していないと思う。事実委員長から何にも連絡がありませんと言つている。ですから今一辺倒という言葉がはやつているけれども、この委員長は向首相一辺倒の委員長である。予算委員長の植原さんは党人派だか何だか知らぬけれども、かなり公平にやつている。とにかく委員会を生かそうとしている。この委員長は委員会を殺そうとしている。(「異議なし」と呼ぶ者あり)私はそういう点に対して不満である。総理大臣の出席、外務大臣の出席は、参議院の本会議もあつたでしようし、予算委員会の方もあり、対外交渉もあつて忙しくて出られないこともあるでしようが、そのかわりにできるだけ出る。もし出られないときには川村次官が大臣代理ですから、吉田さんがいなくても私が勤めますという自信は持つてもらわなくちや困ると思うのです。今日はでくの棒です。それで一体次官は外務大臣としよつちゆう会つているのですか。
○川村政府委員 会つています。
○並木委員 どのくらい会つていますか。――定例に会つて、われわれが質問を出しますから、どうしても大臣が出ないときには、大臣の意見を聞いて来てくださいませんか。そういうふうにしていただかないと、まつたく同じことを繰返すのはいやです。いつでも言いにくいことを言わなければならぬ。
○仲内委員長代理 今の委員の意見は同感でありますから、いずれにしても理事会でよく打合せるようにして――岡崎委員長が欠席なのに欠席裁判をやつてもいかぬから、岡崎委員長中心に理事会をやつて、運営の有効な方法を検討しようと思つております。その程度で今日は一つ……
○並木委員 欠席裁判ということになると、ぼくが悪口を言つたようにとられるけれども、岡崎さんに直言しておきましたから……。こういう不公平な扱いをするということに対して……
○仲内委員長代理 本日はこれにて散会いたします。次会は公報をもつてお知らせいたします。
    午後一時十九分散会