第007回国会 厚生委員会 第5号
昭和二十五年二月十五日(水曜日)
    午前十一時二十三分開議
 出席委員
   委員長 堀川 恭平君
   理事 青柳 一郎君 理事 大石 武一君
   理事 田中 重彌君 理事 中川 俊思君
   理事 松永 佛骨君 理事 苅田アサノ君
   理事 岡  良一君
      田中  元君    丸山 直友君
      堤 ツルヨ君    渡部 義通君
 出席国務大臣
        厚 生 大 臣 林  讓治君
 出席政府委員
        厚生事務官
        (保險局長)  安田  巖君
        厚 生 技 官
        (医務局長)  東 龍太郎君
 委員外の出席者
        議     員 前田榮之助君
        厚 生 技 官 尾村 偉久君
        厚 生 技 官 光田 健輔君
        厚 生 技 官 林  芳信君
        厚 生 技 官 矢島 良一君
        專  門  員 川井 章知君
        專  門  員 引地亮太郎君
    ―――――――――――――
二月八日
 医療法の一部を改正する法律案(丸山直友君外
 三名提出、衆法第二号)
 麻薬取締法及び大麻取締法の一部を改正する法
 律案(内閣提出第二二号)(予)
同月九日
 療術師法制定促進の請願(内海安吉君紹介)(
 第五五八号)
 社会保險の危機打開に関する請願(岡良一君外
 二名紹介)(第五六七号)
 同(川上貫一君外一名紹介)(第五六八号)
 旧海軍共済組合年金受給者の年金増額に関する
 請願(前田榮之助君外四名紹介)(第五九九
 号)
 留守家族に越冬資金支給の請願(小川平二君外
 一名紹介)(第六二号)
 遺族の援護対策確立に関する請願外三件(星島
 二郎君外一名紹介)(第六一二号)
 美幌療養所を旧美幌海軍航空隊庁舎跡に移転の
 請願(高倉定助君外一名紹介)(第六二四号)
 国立高崎病院施設拡充の請願(中曽根康弘君紹
 介)(第六三〇号)
同月十三日
 結核自宅療養者の保護に関する請願(苅田アサ
 ノ君外二名紹介)(第六四六号)
 結核療養所医師の待遇改善に関する請願(苅田
 アサノ君外一名紹介)(第六四九号)
 らい療養所病床増設等の請願(土橋一吉君外一
 名紹介)(第六六〇号)
 豊中市の国民健康保險事業助成に関する請願(
 井上良二君紹介)(第六六一号)
 戰ぼつ者の慰霊行事に関する請願(犬養健君外
 一名紹介)(第六七四号)
 遺族の援護対策確立に関する請願外五件(逢澤
 寛君紹介)(第六八七号)
 同外三件(大村清一君紹介)(第七〇五号)
 同(逢澤寛君紹介)(第七〇六号)
 国民健康保險制度改善に関する請願(保利茂君
 紹介)(第六八八号)
 遺族年金支給に関する請願(橋本龍伍君紹介)
 (第七〇七号)
 同(星島二郎君紹介)(第七〇八号)
 国立療養所大日向莊施設の整備拡充に関する請
 願(中曽根康弘君紹介)(第七一五号)
 学生健康保險法制定に関する請願(谷口善太郎
 君外三名紹介)(第七三七号)
 インターン生採用に関する請願(渡部義通君外
 五名紹介)(第七三九号)
の審査を本委員会に付託された。
同月六日
 遺族の援護強化に関する陳情書(仙台市宮城県
 議会議長椛澤敬之助)(第一七一号)
 国民健康保險制度刷新強化の陳情書(広島県知
 事楠瀬常猪外五名)(第一七九号)
 生活保護法による葬祭費の基準額増額に関する
 陳情書(岐阜市長東前豊外三名)(第一八二
 号)
 遺族の援護強化に関する陳情書(大分県玖珠郡
 野上村大字後野上岡嶋順治外三十四名)(第一
 九三号)
 国民健康保險に対する国庫補助増額の陳情書(
 前橋市議会議長長澤博)(第二〇一号)
 生活保護法による保護費全額国庫負担の陳情書
 (前橋市議会議長長澤博)(第二〇三号)
 遺族の援護強化に関する陳情書(大分県東国東
 郡中武蔵村大字麻田二千四十二番地岩元きぬゑ
 外五百五十七名)(第二一六号)
 国立岐阜病院の整備拡張に関する陳情書(岐阜
 市長東前豊外五名)(第二三六号)
 遺族の援護強化に関する陳情書(大分県大野郡
 今市村今市二千五百八十八番地佐藤五九外五
 名)(第二五四号)
 生活保護法による保護費全額国庫補助の陳情書
 (広島県庁地方課内広島県町村会事務局内三浦
 正)(第二七一号)
を本委員会に送付された。
    ―――――――――――――
本日の会議に付した事件
 医療法の一部を改正する法律案(丸山直友君外
 三名提出、衆法第二号)
 厚生行政に関する件
 旧海軍共済組合年金受給者の年金増額に関する
 請願(前田榮之助君外四名紹介)(第五九九
 号)
    ―――――――――――――
○堀川委員長 これより会議を開きます。
 医療法の一部を改正する法律案を議題といたしまして、提案者より提案理由の説明を聴取することにいたします。丸山直友君。
○丸山委員 医療法の一部を改正する法律案の提案理由を御説明申し上げます。
 法律第二百五号、医療法の第四十條の第一項の第一号に定められておりまする十の診療科名では、現在取扱つております診療科目に適合しないものがあり、公衆が医療を求めるのに不便を来しておる向きがありますので、これに新たに六科目追加いたしたいというのが、この改正の主点でございます。その理由をちよつと御説明申し上げます。医療法の第三十九條には広告に関する事項が規定してございます。その規定によりまして、同條第一項の二号には、「第四十條第一項の規定による診療科名」としてただいま申し上げました内科以下の十科が定められておるのでありますが、しかし現在一般に医師が古くから標榜しておりましたものの中に神経科、呼吸器科、消化器科、(または胃腸科)循環器科、性病科、肛門科というようなものがありまして、これはそれを標榜しておることが患者にとつてもたいへん都合がいいのでありますが、それを機構することが禁止せられておる。ことに医療法の附則第四十八條で、二十四年四月の二十六日までは――この日はもしかすると誤りがあるかもしれませんが、旧法の規定によることを得ましたのですが、それが期限が切れましたがために、その後は厳重に取締られた結果、非常な不便を来しておるというのが実情でございます。この新しくつけ加えまする六科目は、診療科名としては少し不適当であつて、專門科名として取扱う方がよろしいのじやないかというような意見もあるのでありますが、古い国民医療法の時代におきまして專門科名という制度が定められておつたのであります。この專門科名の中にはこれらのものが取扱われておつたのでありますが、この運用が非常に困難でありましたために、この国民医療法が定められて後六箇年半にわたつて、消滅するまで、遂にこの專門科目制度といろものの運用が行われずに終つたのであります。従つでこのたびもこれを專門科名として取扱いますると、非常な困難を伴い、実情に即しないということが考えられまするので、しばらくこれを診療科名の中に加えまして、今の社会保障制度審議会の決議要綱にもありまする、医学の進歩のために專門医制度というものの確立が将来行われます向きもありますので、それが行われまするまでの暫定的の処置として、これを診療科名としてこれに加えることを認めて行つたらどうか、かように考えまするがゆえに、この六科目を新しく追加いたしたい。これがこの改正の趣旨でございます。よろしく御賛同を願います。
○堀川委員長 本案に対しまして御質疑があれば許すことにいたしまするが、御質疑はありませんか。
○大石(武)委員 私も提案者の一人でありますが、今提案理由の説明にもあります通り、このたびの提案は将来專門医制度確立ということの一つの橋渡しであつて、これがそれを促進する一つのよすがともなるであろうという理由のもとに提案しておるのでありますが、これにつきまして厚生当局の專門医制度確立に対する将来の見通しについて、御所見を承りたいと考えます。
○東政府委員 專門医の制度につきましては、ただいま提案者のお話の趣旨もありました通り、国民医療法にその規定がありながら、数年間ついに具体化せずに済んでしまつたという歴史を持つております。しかしながらこの專門医の制度並びに專門科名というふうなものは、これはどういう点から見ましても、わが国医療界のために好ましいことであり、また医学医療の進歩のためには大いに有効に作用するものという考えを持つておりますので、何とかして一日も早くこの專門医制度ができて参りますように、ことにまた社会保障制度などのことを考えまして、将来広く保障制度による医療ということになりますと、どうしても專門医による治療ということが問題になつて参りますので、そのためにもこの制度をすみやかに確立する必要がおると思います。つきましては厚生省といたしましては、日本医師会等に対して、この制度をすみやかにつくられるようにということを、前々から申し出ております。日本医師会においても当初はそのことが非常に困難である、理論的にはよろしいが、実際には非常に困難であるということで、あまりこれに対して熱意を持つていられないような状況でありましたりで、私どもとしても非常に失望しておつたのでありますが、最近特に今回の医療法の改正の議と並行いたしまして、なるべくすみやかに專門医制度がつくられ、そしてまた專門科名というふうなものができるということを前提として、この暫定的な医療法の改正ということに対して、われわれもけつこう泥という考えになつたわけなのでありまして、私といたしましては、專門医制度が今回は国民医療の場合と違つて、すみやかにこれが実現することを期待いたしております。また関係方面においても、この問題については、專門医制度の樹立ということを目標として行われるのであるという意味において同意いたしておるのでありまして、各方面からの要望によつて、この制度がすみやかにつくられることを期待いたす次第であります。
○田中(元)委員 医務局長にちよつとお伺いいたしたいのでありますが、今の医務局長の御答弁を伺いますと、專門医制度になる前提として診療科名の問題が取扱われて来ておる。そうすると専門科名になる一歩がこの診療科名であるというふうに考えてかまわないのでおりますか、お尋ねをいたします。
○東政府委員 今の御質問に対して、私からもう一度われわれの考え方を明らかにいたしたいと存じますので申し上げますが、現在医療法にあります診療科名と申しますのは、内科以下十科目あるいは十二科目とも勘定できるわけでありますが、これはあくまでも專門科名ではないのでありまして、医師たるの視覚を得た人は、何人といえどもその日からここに掲げてあります科名であれば、そのうちのどれでも広告に使うことができるということであります。従つてりくつから申しまして、免状を得たばかりの医者が何ら專門医でないことは明白なのであります。にもかかわらず診療科名を広告し得るというのでありますから、診療科名はあくまでも診療の内容を現わしておる科名であつて、その人の特殊の技能であるとか、学識経験を示したものではないのであります。ところが新たに提案になりました科名は、大体において專門科名とみなすべき内容畳もつております。従つてこれを診療科名に入れることは妥当ではないというのが医道審議会の意見でありまして、また現在の医療法が一昨年制定いたされましたときに、その原案の審議にあたりました医薬制度調査会における十分な論議の結果を見ましても、診療科名としてはこれだけをもつて十分である。このいずれにも含まれないような診療の科名があれば、それは厚生大臣がこれを認めてよかろうということでありましたが、ただいま御提案になつております六科目は、このいずれかに含まれておるものという解釈がつくわけであります。内科もしくは外科の範疇に属するものになるわけでありまして、その意味で医道審議会は、これらのものを診療科名として厚生大臣が許すことに対して、反対をいたしたわけであります。しかしながら実際上の医療を受ける側からの便宜ということ、またがつてこれらのものをすべて診療科名として許しておつたという過去の事実等を考えまして、しかも專門医制度並びに專門医科名が、われわれの期待したほどすみやかに今まで実現いたしませんでした等のことを考えまして、診療科名と專門科名との混同を来すおそれは重々ありますが、今のような実情からして、これを診療科名として加えることにわれわれは異議はないということに相なつたのであります。でありますから観念の上ではあくまでも、診療科名と專門科名とをわけたいのであります。しかしその実情に妥協と申しますか、その方が医療を受ける人たちに便宜である、そうしてまた医学の進歩のために決してそれは悪いことではないという御意見にわれわれも耳を傾けた次第であります。
○田中(元)委員 ちよつとこれは医療に関係する問題でありますが、これと関係して歯科医療方面で、補てつであるとか、保存であるとか、口くう外科であるとかあるいは矯正であるとかいうのは、專門科目として考えて行きたいという医道審議会の意向であると聞いております。願わくんばせつかくお医者さんや、お医者さんばかりでなく一般大衆のためにこの制度ができ上るわけでありますので、国会はそれに即しまして、これは私は当然のことだと思うのでありますが、厚生省におきましてもどこまでも、いきなり学校を出た連中が田舎に帰つて循環器科とか、あるいはこう門科だというようなことのあまり濫用のないことだけは、今後ともお含みおき願いたい。そういう意味においてこれは当然一般大衆がどの医者にかかわたらいいかということも関連して必要なことだと思いますが、この意味におきましてこの運用に厚生省が万全の将来性を持たせるように、特にお願いを申し上げておきたい、こういうふうに思うのであります。
○渡部委員 私は医療関係についてはもちろんまつたくのしろうとで何もわかりませんが、医療の專門化ということは同時に学問の專門化を前提とするわけでありまして、このことはまた医療及び学問の進歩発達の上からいえばまさにしかるべきことであるとは思うのであります。しかしたとえば農村等において、こういうふうな專門医が何軒もあるということは、医者それ自身からいえば成立しないことになるし、医療を受ける人たちの方からいえば、かなり困難もあるというようなところは、どういうふうにして解決されようとするのでありますか。
○丸山委員 大体ただいまの御質問の趣旨はわかりますが、実際運用いたす上において診療科名を標構いたしますことは、これは医者の自分の特殊な技能を示すという意味にもとられますが、しかし必ずしもそうではないのであつて、今の診療医をつくりまして整備して参る上においては、いろいろの機械器具等に金がかかるのであります。その場合にある範囲のものを限つて特別にそれを自分が取扱うようにいたしますと、非常に便宜であるという面もあるのであります。それですからこれは必ずしも特殊の技能を示すことを意味するものではないのでありますが、しかし今の御心配のような、農村等においてこういうせまい科を標擁する医者が出た場合には、医者も成立しないし困るだろうという御心配でありますが、そういうような医者も存立しない状況で、医者がそういうことを標擁するりくつはございません。存立することができなければこれはやめるにきまつております。もう少し広い診療科名をそれにつけ加えることにきまつております。これはやはりどちらかと申しますと、農村等よりは実はもう少し大きな場所において現存しておりますもので現在標榜すること、あるいは広脅することを禁じられておる下都合を取除きたいということのためであつて、これを新たに附加いたしましても、農村にこういつたせまい診療科名を標倍するものが続々とできて行つて公衆に不便を與える、あるいはその医者も成立しないという状況のものが出て来るだろうということはちよつと考えにくい。さように考えております。
○堀川委員長 この際お諮りいたします。本案に対する質疑はこれで終了いたしておるように存じますので、質疑を打切りたいと思いますが、御異議ありませんか。
    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○堀川委員長 御異議なければ本案の質疑を打切ります。
○苅田委員 ちよつと。
○堀川委員長 質疑は今打切つたのですが、御質問ですか。
○苅田委員 一応私の意見として申し上げたいのは、医療法一部改正案の御説明は、ただいま十分か十五分前に初めて……。
○堀川委員長 それは討論でやつていただいたらどうでしよう。
○苅田委員 それでもけつこうです。
○堀川委員長 それでは続いて本案の討論に入りたいと思います。苅田委員。
○苅田委員 討論というわけでもないのですが、実はぎよう十分か十五分か前にこの改正について御説明があつたわけなので、しかも私たちは全然医者ではなくて、一年間厚生委員をして一生懸命勉強しておりますけれども、ただこれだけのものを前に出されて、すぐこれで質疑をしてくれ、討論してくれとおつしやつても、なかなか私どもでははつきりわからないので、こういうふうなものを出していただくときには、たとえば元のものと対比したものであるとか、もう少し附属した資料をお出しになるとか、あるいはきようは大体御説明を伺いまして、私どもにあらためてこれを検討する余地を與えられて、審議さすな。どちらかにしていただきたい。そうしないと、いきなりここで質疑を打切つて討論とおつしやつても、なかなか質疑も出ないと思うのです。それが私の意見なのです。
○堀川委員長 ちよつと速記を止めてください。
    〔速記中止〕
○堀川委員長 速記を始めてください。田中委員。
○田中(元)委員 この法律案は、先ほど大石委員や私からも質問いたしましたが、まことに申訳ないと思いますが、厚生常任委員の中にはお医者様のことをよくおわかりにならない方がありますので、その人たちへの説明の一端をかねて質問をしておつたのでございます。これは医者側から申しますと、專門科名という問題や今の診療科名というような問題は、相当な問題ではありますが、たとえば今非常にもんでいらつしやる苅田さんにもしお子さんがおつて、そのお子さんがかりに神経科の患者になつた場合には、やはり面してやりたいという一般大衆の親心と同じように、その神経科の医者を求めて行くのが常識だと思います。この改正法律案はお医者様だけへの便宜のために改正するのではなしに、一般大衆が医療というものをどういうふうに見て行くか、医療に対する信頼感を強くさせて行かなければならぬという日本の民族性に合つているところのほんとうの現われが本改正案だと思うのでございます。ただ單にお医者さんのためのみれこの法律案ができたのではなくて、これこそ一般大衆のためにでき上つた改正法律案だと思うのでございます。私は先ほどの質問でも申し上げたように、厚生省としては專門科名というものができたのですから、学問的な内容のついた方向にまで持たれるようにしていただきたい。現段階においては、医者の良心においてこの診療科名というものが使われるようにしていただきたい、ということを申し上げておつたわけでありますが、この改正案は時宜に適した、最も一般大衆を基礎に置いた改正であるということを心から感ずるのであります。ゆえに民主自由党は、この改正案がただちに可決、確定せられまして、一日も早く施行せられ、一般大衆のために便宜にならんことを心より念願いたしまして討論を終ります。
○堀川委員長 堤委員。
○堤委員 社会党は本案に賛成いたします。一日も早く可決いたした方がよいと思います。
○堀川委員長 以上をもつて討論を終結いたします。
 次に医療法の一部を改正する法律案につきまして採決いたしたいと思います。本法案を原案通り可決するに御賛成の方の御起立を願います。
    〔賛成者起立〕
○堀川委員長 起立多数。よつて本案は可決いたしました。
 なお本法案を議長に提出する報告書の作成に関しましては、委員長に御一任願いたいと存じますが、御異議はありませんか。
    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○堀川委員長 御異議がなければさようとりはかろうことにいたします。
○堀川委員長 次に日程を追加いたしまして、旧海軍共済組合年金受給者の年金増額に関する請願、文書表第五九九号を議題とするに御異議ありませんか。
    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○堀川委員長 御異議がなければ本請願を日程に追加し、まず紹介議員より請願の紹介説明を聴取することにいたします。前田榮之助君。
○前田榮之助君 旧海軍共済組合年金受給者の年金増額に関する請願につきまして、一言簡單に請願者の意思を発表し、智さんの絶大なる御協力をお願いいたしたいと思うのであります。
 この請願は提出者が加藤善哉君外十二名になつておりますが、全国各地の旧海軍工廠に勤めておつた労働者諸君の年金制度の問題、つまり全国各地の旧海軍共済組合の年金増額の問題なのであります。終戰後海軍が廃止されまして、この共済組合は法人になつておるのでありますが、他の文官その他の関係者はこの事業がなくなりましても、この共済組合は継続いたしておるわけでございます。これは昭和二十一年勅令第六十八号「軍人軍属の恩給停止の特例」及び同年閣令第四号「昭和二十一年勅令第六十八号施行に関する件」で、これらの人に対する年金制度が継続されておるのであります。従つて継続されておるためにその額も漸次増額をされておるのであります。しかしながら旧海軍の工員は現在年額平均三百五十円の年金しかいただいておらぬのであります。三百五十円の年金がいかなる貨幣価値であるかということは、説明するまでもなく、各委員の方には御了解ができると思うのであります。海軍に二十年、三十年と勤めて、一生をこの工廠に奉じて、一身を犠牲にして働いた結果、その労後の慰めにと楽しみにしていた年金が、現在三百五十円というあわれな姿になつているのでございます。これを公務員の共済組合法によつて支給されているものと同様な措置をとつてもらいたいというのが本請願の趣意なのであります。この三百五十円に関しては、政府の方でもいろいろ御心配になつておるやに承つておるのでありますが、予算の関係と、一旦その事業体が廃止されているために、間に空白ができておるということに一つ問題があるやに承つておるのでございます。しかし前に申し上げましたように、すでに文官には特別な処置がとられているのでありまして、この工員について特別の処置がとれないという理由がないと思うのであります。この海軍の工員というものが存在しておりましたときに、文官と同様な、民間の労働者と違つて、いろいろな制限を受けておつたという実情をも考慮していただきたいのであります。たとえば民間の方で非常に景気がよくて、三倍四倍のもうけがあつても、海軍にいるために、海軍の方では、こういう景気のいいときにも、一定の全国の賃金率等があつて、民間並に拂うことのできない事情は、当時の事情を御承知の方はよくのみ込まれると思うのであります。民間で三倍五倍のもうけがあつた場合に、もうけのいいところへ走るという一般の労働者のような態度をとりますと、海軍はそれに除名ということで、海軍工員を制約いたして参つておるのであります。そういうこと等も老後の年金制度等によつて補えるものだというので、それを楽しみに三十年五十年と勤めて参りましたが、敗戰というはかることのできない事態によつてこういうようなうき目を見ておるということは、国民を平等に取扱うべきところの国家の施設といたしましては、どうも納得ができないというので、これらの全国の工員諸君が請願に及んでいる次第でございます。それから予算の関係では、現在海軍の共済組合が法人の組合になりまして、現在持つているものは大体において八億円あまりあるのでありますが、これは時価に見積りますと、正確な数字は時価の見積り方によつていろいろ違いまするが、十三億あるいは十五億ぐらいになるのではないかと想像されるだけの財産は、共済病院その他建物等に持つておるのでありますが、これを新しい賃金べースによるところの現在公務員の共済組合が支給されているベースに切りかえまして、大体どのくらいの増額がいるかというと、大体の見積りは三十億余りであります。しかしながらこの三十億も一年二年のうちにいるのではないのでありまして、大体において今後二十五箇年ぐらい経過いたしますと、ほとんど支給者がなくなるのであります。数字から申し上げますと、初年度において、海軍関係だけを申し上げますと二億二千万円、大体それが四年続きまして、二十五年目には大体五千万円程度になつて、ほとんど支給が終了するという数字が出ておるようなことであつて、国家財政から申しましても、そう困難な多額な要求ではないと思うのであります。こういうようなことでございまして、いろいろ国家の経費の増額を要する際に非常に申訳ないようでございますが、これら工員は現在海軍の方だけを申し上げますと、三万五千人程度でございます。また横須賀、佐世保、舞鶴、そのほか小さな海軍関係のものもありますが、そういう都市にいる労働者を全部そろえてもそうなのであります。しかもこれらの海軍関係におります者は、二十年、三十年勤めておつた関係上、他の都市へ移住することのできないような、その土地に根が生えて来ておるので、従つて海軍関係所在地の経済関係が特別な状態になればいざ知らずでありますが、今のような状態においては、ほとんど食うことのできない状態に追い込まれておる。この生活の困窮状態をお考えを願いたいのであります。現在支給されておるものも年四期にわけて支拂われており、各所在地から受給者が出て参りますが、これらの人々は実にぼろぼろの衣服をまとい、わらじばきや、ぞうりばきということで、三百五十円の四分の一をもらつて、こんなことでわれわれをどうしてくれるのかと、涙ながらに給與を受けに参りますので、当時者といたしましては常に涙を流して、この状態をどうしたらよいかということで非常に苦しんでおる実情なのでございます。これらの実情を十分おくみとりくださいまして、今回公務員共済組合法における年金の給與ベースの改訂等も行われる際でありますから、これを他の公務員の共済組合と同じような法律制度を設けて、これらの全国に散らばつておりますところの工員、労働者もひとつ救つてやつていただきたいというのが、この請願の趣意でありまして、いろいろ詳しいことは当事者も参つておるので、時間が許せばその方から聞いてもらえばよくわかるのでありますが、この紹介議員も、各軍港都市から出ておられますところの北村徳太郎君、三浦寅之助君、大石ヨシエ君、宮原幸三郎君等の熱心な方が、超党派的に、この問題は何とかして片をつけてあげなければならぬという、多大の同情をもつて進んでおられるわけであります。衆参両院議員の全部の方々には、一応簡単な陳情書を差上げてあるのでありますが、実は議事係の方で、大蔵省の方で担当するということで、大蔵委員会にかかるという話に、大体きまつておつたようなことでありましたので、その方の方々には一応書類をまわしたのでありますが、当委員会に対しては参考書類として本日整うた書類をお目にかけることができないのは非常に申訳ないことで、その点はわれわれの不行届の点でありましたことを、委員の各位に私からお詑を申し上げますが、ただいま申し上げたような事情でありますから、何とぞ絶大なる御同情のもとに、これらの労働者を救うためにこの問題が法制化され、他の公務員の共済組合員と同等なる待遇が與えられるようにおとりはからいくださるよう、切にお願い申し上げまして、簡単ではございますが紹介の言葉といたす次第でございます。
○堀川委員長 政府の御意見があれば御発言を願います。
○林国務大臣 ただいま前田委員からの御説明、まことにごもつともなことと考えます。私どももこの問題につきましては均衡を失しておることと考えまして、これが救済策に微力を話して参つたのでございますけれども、いまだその結末を見ないうちに、研究中のところで、昭和二十五年度の予算というものが確定をいたしたようなわけでありますから、今後におきましても、大蔵当局とも、厚生省といたしましては十分折衝いたしまして、明年度あたりも予算などにおきましては、その御希望に沿い得られるように努力いたしたいと考えております。なお昨日大蔵大臣にも私ども会いまして、そのときに私どもの意向もよく伝えたわけでありますが、確定いたしたとまでは申されませんけれども、そういうような方向に進んで行きたいような意思表示もありますから、さよう御了承を願いたいと存じます。
○堀川委員長 本請願に対する御質疑がありましたら――。
○青柳委員 紹介議員の方からるるこまかく御説明をいただきまして、われわれもよく納得をいたしました。ことに海軍工廠に同じく勤めておつた海軍の文官に対しましては、すでに現在三千七百円べースでもつて恩給が支給せられておりますのに、その下において孜々として働かれた、労働に従事せられた方々に対する給與がこれに及ばざること非常に遠いということを承りまして、まことにこれは何とでもして御要求のように実現いたしたいと存ずる次第であります。ことに私はこの協会の第一回の会長を勤めておりました体験から申しまして、あの終戰直後のごたごたの際に、よく共済組合の方々が労苦をいとわず一生懸命に働かれてこの協会ができました点などもよく存じております。従いまして私個人といたしましても、何とでもしてこの問題の解決に当りたいと存じます。ことにただいま厚生大臣から心強い努力を誓われた点もあります。われわれといたしましては、十分この点につきましては努力を沸いたいと思います。委員長におきましては、早速御採択を願いたいと存じます。
○堀川委員長 ほかに御質疑はありませんか。
○中川委員 大臣がお見えになつておりますので、ちよつとお聞きいたしたいのでありますが、これの必要なことは、前田君その他の方からるる御説明がありましたので、おそらくどなた心御異議がないたろうと思いますが、今年度の予算には、もう全然入らないわけであります。なおもし入つていないといたしますれば、追加予算とか何とかいう点で、むろん大臣の御努力で来年度には何らか方法が考えられるという力強い御説明を伺つたのでありますが、差迫つた問題でありますので、できるだけ早急に共済組合各位の御期待に沿うようにすることが、われわれの責務たと考えるのであります。追加予算であるとか、あるいはその他の方法で何らかの御処置ができますれば、ひとつ御配慮をいただきたいと思います。
○林国務大臣 ただいまの中川委員の御説ごもつともでございますが、このたびの予算は内閣の方針といたしまして変更しないという建前になつております。従いましてただいまのところでは、三十五年度の予算にこれを組みかえて行くということは目下考えておりません。しかしながらなおほかに幾多追加予算であるとか、その他の場合において、大蔵当局あたりに折衝いたしまして、大蔵当局がそれに乗り出してくれるということの問題でもあれば、私どももその点で進んで行きたいと考えでおりますが、これは御承知の通り大蔵省の所管になつておりますので、私の方といたしましては、大蔵省の方に一日も早くこれができ得るように、今後とも慫慂いたして付きたいと考えております。なおいろいろほかの方の関係もありましようから、ただいまのところはわれわれの方といたしましては、三十五年度に変更するということは困難ではなかろうかと考えております。
○前田榮之助君 関係当局から、特に林大臣から、非常に御同情あるお言葉をいただきまして、さぞ全国の工員諸君は、涙ながらに喜ぶことだと深く感謝を申し上げます。なおまた他の委員からも、熱心な御同情あるお言葉を拝聽いたしまして、同様感謝する次第であります。なおこの問題については予算関係では、今大駐から申されたような政府の御方針もあるので、ただちに本年とい今わけには行かぬかもしれませんが、追加予算等の機会もありましたならば、どうかその機会に取上げていただきたいことを重ねてお願い申し上げます。なおまたこの問題は、かりに法制化を本年度に行うといたしましても、実際これが実施は来年度になり、予算の支出は来年度になるというような方法もあるのではないかと考えて、できるだけこの問題を法制化されるように、一段の御努力をお願い申し上げまして、ここに重ねて御礼の言葉を申し上げる次第であります。
○青柳委員 この問題の解決は、結局法律の問題と予算の問題であると思います。法律の問題につきましては、ただいまお手元に配付いたしました請願書の六ページに、国家公務員共済組合法の写しがありますが、その八十七條の「この法律施行の際現に存する従前の法令に基いて組織された共済組合は命令の定めるところにより」云々、現に存する組合のみの救済をすることになつておるのであります。これを改正しなければならぬと思うのでございまするが、この点に関しまして、海軍の共済組合以外にいかなる共済組合が現在あるか、救済されてない組合があるか、それらの組合を全部ひつくるめまして、どのくらいの予算が必要であるかということを、この際御当局からお聞きしたいと思います。
○安田政府委員 終戰後廃止になりました官業の共済組合で海軍共済組合以外のものは、陸軍共済組合、製鉄所共済組合、台湾総督府鉄道戰員共済組合、台湾総督府逓信局及び通信官署戰員共済組合、台湾総督府営林共済組合、台湾総督府專売局現業員共済組合、台湾警察共済組合、朝鮮総督府鉄道局現業員共済組合、朝鮮総督府逓億官署現業員共済組合、朝鮮総督府專売局現業員共済組合、朝鮮警察共済組合、関東庁逓信官署戰員共済組合、関東庁警察共済組合、樺太庁鉄道及び郵便局現業員共済組合、以上でございます。この中には年金制度のないものもございますので、現在のところ年金者についての所要額は、従来の規定によりますと千三百八十四万円ばかり、増額後の年金額が三億六千八百四十四万五千円ばかり、これが大体民間では三千七百円ベースだと思います。ちよつとお断りしておきますが、実は終戰後海軍の共済組合が解散になりまして、そのあとが共済協会という公益法人になつております。共済組合といたしましては、所管は大蔵省の所管でございますが、ただそういうような関係で解散になりまして公益法人になりましたので、これが厚生省の所管であるということで厚生省に参つておるわけであります。私どもといたしましては、今大臣の御答弁のように、旧海軍共済組合は現存共済協会となつておるわけであります。その公益法人の主管大臣として内容はなるほどごもつともではあるし、平素お世話をしておりますので、ひとつできるだけ大蔵省において、今申されたような立法的措置、財政的措置をとつてもらいたい、こういうふうにお願いしておるわけであります。主管は大蔵省の方にありますから、大蔵省においてこの法律に手を着けるといたしますと、今申しましたような外地関係などはもう少しはつきりさせてもらいたい。こういう意向ではないかと思つております。
○苅田委員 三億六千万円あれば、今日この請願を出しておいでになる三万七千何百人かの方が救われるとすれば、三億は相当な額ではありましようけれども、今の政府が動かしておる予算から見れば、今年はできないから来年まで待たなければということはないと私は思うのです。たとえば外国へ拂う外債の償還だけでも、今年は一千二百億円を計上されておるのですから、それを多少削つても私はできないわけはないと思うのです。今予算は審議中なので、大体政府の方針では組みかえはしない予定だとおつしやつても、やはり現在まだ審議中なのですから、ほんとうに実情、やむを得ない、どうしても緊急を要するということになれば、それだけのことはできると思うのです。その点についてどういうふうにお考えになつておられましようか。
○安田政府委員 先ほど私厚生省の権限と立場をお話した通りでありましで、私どももなるべくそういうふうにしたいと思いますけれども、所管は大蔵省でございますので、この問題もやはり大蔵委員会にかけた方がいいと思います。
○苅田委員 そうすれば、ここの委員会でもつてそういうふうな決議をするとか何とかで、ぜひ今年度の予算に間に合せて、大体とか何とかいう、そういう処置でもとれるのではないか、私の方はそういうふうにも考えます。それからもう一つ。私がきよう医療法の改正についてごたごた申し上げましたことと関連があるのですけれども、きようこういう請願が出るということも私は知らなかつたのです。この点につきましても、私どもは前もつて祕書の方からきようの予定もお聞きしておるわけで、こういう書類が準備してあれば、ほんとうにこれを審査して、強力に委員会で支持してもらおうというような、それだけの積極性を持つていただければ、事前に配付することはできると思うのです。それであれぱこそ、それがわかつていればこそ、厚生大臣が――ほんとうに一年間を通じてこの委員会には一ぺんか二へんしか顔を見せられないような大臣が出られる手配がしてあるくらいなら、かんじんの審査するわれわれの方に、それぐらいの処置ができないということはないと思う。そういう点について、きようのことはしかたがないのですけれども、私どもも考えれば故意に審査を押える魂胆じやないかと思うくらい、これは実際やり方が私どもにとつて懇切でないと思うのです。そういう点につきまして、今後ぜひ私どもが審査して、自分の仕事が完遂できるような方法をやつていただきたいということを重ねてお願いしたいと思います。
○堀川委員長 苅田委員に申し上げます。本日これは緊急上程いたしましたので、共産党だけに申し上げておらぬというのではありません。社会党にも、民自党にもどこにも申し上げていないのです。私はきのう初めてこの請願を受け、事重大だと思いまして、本日実は緊急上程としてこの委員会にかけずに、皆さんにここでその方々から懇談的の請願をしてもらおうか、陳情をしてもらおうかと思つたのですが、実は厚生大臣が今大臣室にいるということでありましたから、今請願が六、七十たまつておりますが、特別にこれを本日この場で緊急上程をすることに私の意思が変つたのであります。そこでちようど大臣がおられるから、これに対して答弁してもらつたら非常に好都合だろう、こう思いまして実は緊急上程したので、あなたのおつしやるように、特別に共産党だけに申し上げなかつたというのじやありません。皆さんに申し上げてございません。その点御了承願いたいと思います。
○苅田委員 特別ということを私は言つたのではありませんけれども、今日のところは了解いたしました。ただ、特別ではないでしようけれども、委員会全体として、もう少し全体が審議しやすいようなことを平生やつていただきたい。今日のところはそうじやなかつたということは了解いたします。
○堀川委員長 どうも苅田さんはあまりひがんだような考え方のようで……(笑声)。
○堤委員 ただいま苅田委員から御発言がありまして、それから大臣からも答弁を聞きましてわかりました。大蔵省でなければ、厚生省ではどうもしかたがないとおつしやるのですから、県の教育委員会のようなものだと思うのです。ですからひとつこれは超党派的に皆さんに御賛同願つて、大蔵委員会へ厚生委員会から申入れするとか何とかいう形にしないことには、事にならないのじやないかと思いますので、委員長におかれましては、そのようにとりはからわれんことを社会党から申し上げます。
○中川委員 これは前田君もわかりませんか。呉に非常な関心を持つわけだが、呉とか、神奈川とか、長崎、舞鶴各地の共済組合の員数などわからぬですか。
○前田榮之助君 わかつております。
○堀川委員長 それではまたあとで願うことにします。ほかに御質疑はありませんか。
○渡部委員 この問題は、要するに現在の秩序や機構から出て来る社会的の悲惨の一つの現われなわけでありますが、本来年金制度というものは、賛金と同じように物価の上昇に従つて上げられるのが当然であつて、それがこの状態にとどまつておるということが、そもそも不審である点であるのです。今社会党の方も言われたように、ここではこれを採択するというふうな結論にしまして、大蔵関係に交渉するなら交渉するということにしてはどうかと思うのです。それからなお林大臣は、予算は変更しないことになつておると言うておつたが、これは政府の見解であつて、われわれ委員の方とましては、いろいろな諸関係の具体的な実情に応じて、予算を正しく変更されるように決定をして行くのが議員の職責なのであつて、予算は現に審議中であるのだから、やはりここで決定して急速に進行させて行く必要がある、こういうふうに考えます。
○堀川委員長 よくわかつておりますが、仰せのようにこの問題については、大蔵委員会の方の問題もあると思いますので、本請願の審査だつきましては、この程度にとどめておきまして、これの決定は後日に讓つたらどうか、かように考えます。ちよつと速記をとめてください。
    〔速記中止)
○堀川委員長 速記を始めてください。青柳君。
○青柳委員 この問題の取扱いにつきましていろいろ御論議がございますが、この元をなす法案、国家公務員共済組合法案も大蔵省所管の法案であります。しかも先ほど来の政府当局のお話によりましても、金の面は主として大蔵当局がやるのだというお話を聞いております。従つて一応この委員会では採択せずして、法案並びに予算の問題もすべて大蔵委員会の方が重きにあるような感じもいたしますから、あとの取扱いは委員長さんにおまかせすることにしたらどうかと思います。ここできめましても権限がないというようなことになつてもいかがかと思いますので、一応採択の点は保留いたしまして、今後大蔵当局、大蔵委員会と本委員会との関連を委員長さんからいろいろ御折衝願つて、事務的にもいろいろ問題がありましようから、しかるべく御処置を願つたらどうかと思います。
○渡部委員 私はこの厚生委員会でどう取扱うかということを決定して一向さしつかえないと思います。もし委員長が折衝されるとしても、厚生委員会全体としてどういう意向であるかということをはつきり決定しておいて、その線に沿うととろの交渉であるべきであると思います。
○青柳委員 一応ごもつとものように聞えるのでありますが、委員会と委員会との間のいろいろな問題ということも考慮に入れてやつた方がよいと思います。皆さんの御意向は大体はつきりしておると思います。ただここで採択してしまいますと、今度は大蔵委員会の方の力が弱くなるというようなことが、えてしてありがちであろうと思います。もちろんここで採択してよいということに決定いたしたならば、後日ここで採択してもよろしゆうございますが、その間におきまして大蔵委員会と当委員会との折衝にまつべき部面もあるのではないかと思いますから、委員長同士でいろいろ御相談になじまして、本委員会で採択することが適当であろうということがはつきりきまりました際には、即時採択してよいと思います。
○渡部委員 その折衝というのは、つまり両方で合同審議会をやるとかどうとかいう意味での折衝ですか。
○青柳委員 そういう問題もあろうかと思います。当委員会だけで採択してしまいますと、ほかの委員会にかけることができなくなる点もあり、またただいまの渡部さんの御発言のように、あるいは合同でやる方が適当であるという場合も起つて来るかもしれません。なほ手続の点でいろいろ問題があろうと思いますので、私そういうことを申し上げた次第であります。
○堤委員 紹介議員の前田代議士がおつしやつておりますのは、当然大蔵委員会にかかると思つておつたのが、厚生の方にまわつた、こういうことをおつしやつておるのでありますが、その間の事情を考えました場合に、青柳委員がおつしやるように、一応その辺をはつきりと両委員長が政治的に折衝なさつて、その力をそいだり、越権行為にならないように、お互い情状酌量しながら話を進めて行つた方がよいと思います。
○中川委員 この目的はとにかく予算をとることですから、本来ならばこれは大蔵省の方へ行くべき問題だと思います。だから大蔵委員会の方ヘイニシアチーフをとらした方が、かえつてこの問題は円満に行くのではないかと思います。ここで採択なんていうことは絶対にいかぬと思います。これは委員長同士御折衝願つて、あるいは合同理事会を開く、あるいは委員長同士御研究になるという方向にお進みになつた方がいいのじやないかと思います。
○青柳委員 この問題の取扱いは、委員長に今後おまかせするということで、ひとつおはかり願いたいと思います。
○堀川委員長 吉柳委員の御動議に対して御異議ありませんか。
    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○堀川委員長 それではさよう決定いたしまして、この問題の決定は後日に譲ることといたします。なお一般行政に対しての御質疑も午後いたすことにいたします。
 それでは休憩いたします、
    午後零時四十分休憩
     ――――◇―――――
    午後三時八分開議
○堀川委員長 それでは休憩前に引続きまして会議を開くことにいたします。
 まず厚生行政に関する件を議題といたしまして、光田長島愛生園長より癩療養所の現状について説明を聞くことにいたしたいと存じます。光田長島愛生園長。
○光田説明員 癩の現状についてお話せよとおつしやいますので申し上げます。日本に癩患者がたくさんございます。世界の総数が三百万と言つておるので、それで文明国にはほとんどないというこり癩が、日本に昔からあるのです。これはイデオロギーが非常に違つておりまして、癩は遺伝であるということ、また宗教的に見て前世に悪いことをしたその天罰によつて、現世において癩病になるのだというような迷信があります。そういうようなことで、癩患者の生活というものは、癩になつた人は一生、浮かばれないというような生活をいたしておりましたので、彼らは遂に家を出る。家人の迷惑になるのを恐れてみずから遍路をいたしまして、神社、仏閣というようなところに浮浪徘徊を続けたのであります。昔は物を惠むというような方もありますし、また忍性師というような鎌倉時代の大徳がありまして、癩患者を救済したといううるわしい事跡もございます。またザビエルが四百年前に入つてから外国の文物が次第に入りまして、日本の各所にも癩病院ができるようになつたことでありまして、これを続けて行きましたら、四百年以後においては癩病は根絶するのでありましたけれども、不幸にしてこれは天主教の弾圧がありまして、遂に隔離することができなかつた。これがために日本における癩患者が、徳川時代から今日に至るまで根絶しないのであります。西洋ではもう十世紀から十三世紀までの間に、隔離法によつて癩患者が絶滅いたしましたので、ザビエルが来ましたときも、西洋にはほとんどなくなつておりまして、日本に来て目についたのは、浮浪徘徊の徒が各所にこじきをしておる哀れなる姿であります。明治時代になりまして皆さん御記憶もないことと思いますが、明治初年に非常に悲惨なことがありました。高橋お傳と申します女が、自分の亭主が癩病であるために、いろいろの罪惡を犯しまして、遂にこれが絞首刑になりましたというお傳地獄というような本も出ておりますが、これが日本でいろは歌にも歌われて、非常に有名な事実であります。ところが明治の世の中で、日本で癩病のことについて真先に注意いたしましたのは、大学におるドクトル・ベルツという人が、日本に癩病が十万もあるというようなことを申し、非常に警告を與えました。しかしみんなはこれは遺伝病であるというので、依然として患者は四国の遍路だとか、熊本の本妙寺の清正公だとか、あるいは高野山、または大都会の神社仏閣の地に、浮浪徘徊をいたしておりました。これについては国際間にも非常なできことがございましたので、たとえば日本からカリフォルニアに行つたところの者に癩病があつたというので、遂に移民制限、あるいは移民追放というような事態になつたことは御承知のことと思います。それで明治三十年にヨーロツパに唯一の癩病王国としてあつたところのノルウエーに、当時癩が隔離によつて漸減したという時代において、ドイツのメルネルという西の方の郡内に、癩患者が十二人ばかり現われたのであります。これについてドイツの学者たちはこれはたいへんなことである。癩は伝染であるから、この十二人を放つておくと、遂にはヨーロッパの中世における大流行したような事態になるというので、ただちに世界の学者、癩病がある国の学者をベルリンに呼びまして、第一回癩会議というものを開いた。その結論は癩は黴菌によるところの伝染病である、これを根絶せしめるのには隔離法による以外にないという結論に達しました。それによつて日本からも代表者が出まして、その当時土肥慶三博士という人が参加いたしました。また論文を提出したのは伝研の北里博士であります。こういうようなことから自然に国民が注意をいたすようになりまして、埼玉県の医者である代議士の齋藤壽雄という人が、明治三十六年に議会に癩予防法に関するところの建議案を出した。それから山根正次氏という人も毎議会に癩の問題を提出いたしました。民間におきましても明治二十二年に御殿場に復生病院というものができましたり、熊本には明治二十七年に回春病院というものができました。東京の目黒にも慰發園という病院ができまして、また身延山には五、六十人から百人余の患者を外国人及び内国の資力によつて養つておるというような状態であります。その当時三十二年から四十一年の十年間に政府も気をつけまして、数回の調査をいたしましたところが、三万人ないし三万六千人という数を発見いたしました。その当時に癩としてその各地方死亡診断書が――毎年二千人、多い年にに三千人というような癩患者が死亡いたしました。むろん癩でありますから、死亡診断書は正確ではないから、それに数倍あるところの数が死んでおるということがわかるのであります。そいうような有様で、政府なり民間の有力者も、これは外国人にだけまかすべきものでないというので、明治四十年に癩予防に関する法律というものを議会で取上げられました。それによつてまずさしあたり日本の三万六千人の者も、一度に隔離するということはずいぶん困難なことであるということで、そのうちでも一番目について病毒を散漫せしめるところの俘浪徘徊の徒だけでも、ひとつ何とかして地方費によつてこれを隔離しようという案ができまして、その実行が明治四十年、今からちようど四十一年になるのでありますが、その当時この浮浪徘徊の徒はどのくらいあつたかというと、千二百人ばかりありまして、これを全国の五箇所の療養所に入れた。これは長くなりますから省略いたしますが、その五箇所というものは青森と東京、大阪、四国、熊本、この五箇所に千二百人の患者を隔離いたしました。
 そういうようなことでありましたが、これをますます議会の問題にするについては、御記憶でもありますかもしれませんが、明治三十九年に野口寧齋という詩人がありまして、その詩人が癩病なるがために、その一族に非常な悲劇が起つて、遂にこれが殺人をいたすようなことになり、寧齋がしたのではないので、その婿にあたる人が金に困つたり、あるいは野口寧齋の病気をなおすためにした。どういうことをしたかと申しますると、その当時臀肉切取り事件というのがありました。というのはある小僧が番町の土手で、臀肉を切取られて死んでおつたという事件が起りまして、これはだれがやつたかというて捜査の結果、こういうような残虐なる犯罪を犯すというのは、何か、天刑病のような人がやつたのであろうというて、麹町中探しましたところが、野口寧齋が病気になつておつた。それからまた娘さんに恋着する者があつて、その恋をかなえるためにこういうような残虐行為をしたということがわかりました。この臀肉切取り事件というものをもう少し深く探つて行きますと、支那の本の中、また朝鮮の本の中に、癩病は人の肉なり人の生肝を食わすとなおるという一つの伝説がございます。これによつてこういうような凶行が起つたものでございまして、そういうようなことは、日本ではそのような本によつてようようわかつたのでありますが、朝鮮では人の生肝を食えば癩病はなおるという伝説がございまして、朝鮮では殺人というものを調べてみると、たいがいそのうしろに癩病があるということがわかつたのであります。そういうようなことで、朝鮮人の殺人犯罪は年々多数に上つております。この癩病は朝鮮の南部には非常にたくさんあるということがわかりました。しかしながら日韓併合のときには、内地に渡航するものが非常に少かつた。ただ内地だけの癩病を收容しておつたのであります。しかし自暴自棄になつておつたところの患者の中には、療養所の安定した生活によりまして非常に打つてかわつた人間になつた者もあります。しかしその千二百人の病歴を探つてみますと彼らはかつて浮浪する前には、首をくくつて死に切れず、あるいは海に入水して死に切れないという経歴を持つていない者は一人もなかつた。さように癩患者というものは恵まれない、悲惨な生活を送つて来たということは、御承知のことだと思います。しかし大部分の患者は生活の安定を得て、療養所を一つの楽天地としようとする者がある反面において、浮浪徘徊者の常習であつた賭博がはやりまして、そしてこの賭博で金銭のやりとりをしてまつ裸になるまでも取上げるというわけで、逃走患者が絶えなかつたのであります。それが外部に出てまた浮浪徘徊するという状態になつたのであります。またそのうちには、実に神妙な人間が大部分を占めておりまして、身を殺して仁をなすというような患者さんたちもたくさんありました。しかし自暴自棄のために人の迷惑を一つもかまわないで、蹴込みとか、窃盗あるいは強盗というようないろいろの犯罪をする者が、これは少数でありますけれども、そういうような犯罪者ができました。これはもちろん初期の療養所というものは、今日のごとく明るくなかつたのであります。そこで秩序を保ち、これを救う方法について、政府でもまた療養所当局も困り抜いて、遂に大正五年に懲戒検束の規定というものができまして、警察署程度の治安維持、悪いことをしたら一時そこに入れるということになつたのであります。これでよほど賭博等の犯罪は少くなりました。また院内の秩序もやや回復いたしましたけれども、これくらいのことではなかなか承知しない患者が数人はあつたのであります。私どもの配慮でも松原健三郎あるいは山田徳一というような非常に凶悪な患者がおりまして、それが日本全国を荒しまわつたというようなことがございます。しかし何とかして秩序を保たせたいというのが私どもの気持でありまして、生活、治療等も改善されて今日に至りました。そのうちに政府も、日本中に三万からあるものをわずか千二百人くらいな收容ではとうていだめであるというので、数回の拡張が行われたのであります。そうこうするうちに日韓併合ということになりまして、朝鮮人も人づて参ることになりました。当時日本には三万おりましたが、朝鮮人にもそのくらいな程度の患者がおりました。その後次第々々に移動して参りました。その朝鮮の患者は、朝鮮独特と申しますか、殺人を平気でやるような凶暴な者が出て来たのであります。それでただ内地の患者だけではなく、朝鮮の癩患者も引受けなければならぬということで、一視同仁的に今日まで続けて来たわでございます。療養所の拡張に伴いまして遂には五千人八千人とふえ、私どもは一万人を目標にして進んで参りまして、今は十箇所の国立療養所が八千三百人くらいを收容しておるわけであります。今日ではいろいろの御配慮によりまして、患者の生活は昔のようではなく、また浮浪徘徊の徒ばかりではなく、りつぱな人もたくさん入つておるのであります。しかしまだ自暴自棄的の精神がありまして、院内において少数の惡い患者が、院内の安寧秩序を乱すというようなことがまつたくないではありません。これに対して私どもは四十年にわたつて、何とかしてこの矯正策を政府も考えてくださいますようにお願いいたして参りました。しかしながらなかなかそれの実行ができませんので、一時刑務所に送るというような場合もございましたけれども、そういうようなものは不必要である。かえつて窃盗、強盗あるいは殺人までも犯した者を刑務所に長く置くことはできぬというようなことで、こういうような者が執行猶予になつて、病人であるから当然療養所でこれを治療してやれというような要求がありまして、それにはほとほと困つたのであります。癩患者なるがゆえにということで執行猶予になりました者で、入つた者はまたいろいろな悪事をいたします。それをやる場所がないようになつて来ました。憲法発布になりましてから、懲戒検束の規定も取消しになつたので、今はほとんど制裁することができないような状態にあります。御承知でもありましようが、先日――一月十六日でありまするか草津において凶暴な患者がおりまして、これを朝鮮の多数の患者が撲殺したというような前代未聞の犯行がありましたことは、まことに遺憾なことでありますけれども、今かような凶暴な者を取締るところの方法がないのであります。院の者もやはりまる腰でありますし、またこれを警察の方に伝えましてもどうすることもしないので、そのためにかような凶行が起つたことはまことに遺憾なことでありまするが、今後においてかような者は何とかして制裁をしていただかなければならぬ。癩患者は病人とは申しますけれども、手足はまだきくような者が多いのでありまして、院内においてもいろいろの相当な作業もいたしまするし、労働能力も相当ある者が多いのであります。それでこれを療養所に入れておきますと、多数の、八千三百人の安寧秩序を害するというような結果になりまして、また彼らが数人団結して院内の治安を撹乱するという場合において、前から申しましたように、職員はまる腰でありまするから、何ともこれを懲戒することもできなければ、実に危險な状態になつております。それで近年、ことに朝鮮人の内地に移動する者が多くなりまして、これはあたりまえに査証を受けて入る者もございますが、密航する者も多数にある。これが山口県とか福岡などの炭鉱とか製造工場に人りまして、そして軽いうちは労働に従事しておりますが、次第々々に重くなつておる者がたくさんございます。こういうような朝鮮から密航した者が今どのくらいあるかと申しますと、全国の療養所に五百人ほど入つております。また外部で朝鮮人の癩が自由に行動をいたして、あるいは酒を密造するとか、あるいはやみをやる者が、さような患者の中にも五百人ぐらいはあるのであります。今日は日本内地における一万二千人の者については、八千人だけは療養生活をすることができるのでありますが、朝鮮の安寧、秩序が維持できないために、せつかく日本人が向うに行つて、宇垣総督時代にこしらえたところの六千人を收容できる世界第一を誇る療養所が、終戰のときに日本人の管理者はみな追い出されまして、ほうほうの体でまる裸で帰つたというような状態でありまして、院内の秩序が乱れて来まして、逃走が相次いでおります。そのために内地にたくさんの朝鮮人の患者が入つて来るので、日本は朝鮮の癩患者まで今日はおせわしなければならない。これは人道上でありまするから当然ではあるようなことではありまするけれども、こういうような荷やつかいなものが中に入るために、またこの院内の安寧秩序を維持のできないような状態に今日はなつて参りましたことは、まことに遺憾なことであります。
 ちよつと朝鮮の小鹿島のことを申し上げますが、これは宇垣総督時代にできたところの療養所でありまして、明治天皇の御存命中に御下賜金として三十万円というものが朝鮮の癩のためにくだされたのであります。これで小鹿島という所に囲いをいたしまして、約百人くらいおりましたけれども、朝鮮ではますます癩患者はふえるいうような傾向になりました。ちようど昭和十年ごろの調査によりますと、一万三千七百人ほどおるということになつて参りました。近来はますますふえて、私どもの推定によりますと朝鮮の全羅南、北道及び慶尚南、北道には、一万八千人の癩患者がいる。全朝鮮には二万人の患者がいるということに推定数が出て参ります。この内地の患者に対する方策はいろいろの配慮によりまして、本年は約一万人ばかりの收容力を持つ。それで元三万人あつた癩患者は、今日は一万人に減つたという非常にけつこうなことでありますけれども、また朝鮮の癩の新勢力が内地にどんどん浸潤して来るということはまことに遺憾なことでありまして、皆さんにこういうような点についてもお考えおきを願いたいと思います。そうしてこれらの朝鮮人は、いずれも貧困にして朝鮮においては食つて行けないような人たちが多いのでありまして、内地の労働力の足りない虚に乗じて内地に潜入いたします。かようなわけで、今後この対策は皆さんに御熟考をお願いしなければならないのであります。今回の草津事件は、たくさんの朝鮮人が、手に手に物を持つて三人の者を撲殺したというようなことでありまして、私どもはまだその裁判とか、法律のことについてはよく承知いたしませんが、刑務所に入れても、病人なるがゆえにただちに執行猶予にするというようなことになつておりまして、内地の患者に対しても困る上に、朝鮮人の犯罪行為を取締る方法がない状態になつておりますので、このことは皆さんのお耳に入れておいて、今後これでよろしいかということについてお考えおきを願いたいと思うのであります。近来療養所の八千三百人の日本人は、おかげさまでおちついてはおりまするが、人を殺すことを何とも考えないような朝鮮の癩患者を引受けなければならぬという危険千万な状態にありまして、患者の安寧秩序が乱され、また戰員も毎日戰々兢々としてこれらの対策に悩んでおるような状態でございます。今日は草津に現に園長としておられる方がおいでになつておりまして、何かお話をしてくださることと思いますから、私はこのくらいで終ります。
○堀川委員長 ちよつとお諮りいたします。岡山の光田園長、草津の矢島園長、東京の林園長と三人おられますから、何か御質疑でもあればお聞きください。
○丸山委員 先般の革津の撲殺事件は、医務局の方から一応御報告がありましたけれども、園長からもう少し当事者としてのそのときの御感想など承ることができたら、なおいいと思います。
○矢島説明員 草津楽泉園園長の矢島であります。今回荘園患者の間に不詳事件を惹起いたしましたことは、まことに申訳なく思つております。今回の事件の概略をここに御報告申し上げます。
 近年楽泉園に送られて来る患者の中には、犯罪に関係のある者の数が目立つて多くなつたのであります。ことに昨年の夏以来は、刑務所で刑の執行を停止されたり、あるいは刑の執行を猶予されたような患者が、どんどん送られて参りまして、千有余名の在園患者は非常にこれを恐れております。われわれの入つておるところは療養所であつて刑務所ではない。当然受刑さるべき者が刑を終らずに執行を猶予され、あるいは停止されて送られて来ることは、私どもの安寧秩序を不安たものに陥れて非常に困る。園で何とかしてこういう犯罪者を入園させないでもらいたいという願出がしばしばございました。しかし私のところは、全国十箇処の官立療養所の中で、まだ満床になつておりませんで、ただいま千五十名の定員に対しまして約千二十五名ほど入つております。それで満床でないゆえに受刑者であつても何ら断る理由がなかつた。従いまして、そういつた犯罪者が送られて参りまして、たまたま昨年の十一月十七日に、東京都の不良癩患者でありました朝鮮人の親子、もう一人は沖縄の者でありますが、これを当時知らないで入れたのであります。これは関西で相当の親分として鳴らし、いろいろの犯罪を犯して東京へ逃げて来て、浅草におつてたかりとか、押売りとか、相当悪いことをして、遂に東京都の手によつて楽泉園に送られて来たのであります。さらに十二月の二十七日に大阪府が送つた患者の中に、やはり関西を非常に荒し、同じ国立癩療養所を数箇所荒しまわつた名ふだのついた患者がおりました。この三人が期せずして関西で同じやくざの仲間であつたそうであります。それが楽泉園の中で顔を合せて、ここに親分子分の片割れが園の中でまた再び結ばれて、昨年の末から本年の初めにかけて、いろいあ悪い事件をひき起したのであります。暴行をする、あるいは脅迫をする。そのうちに凶器を持つて在園者を脅迫するというようなことが起きまして、昨年の暮から園当局よいたしましては、この不良癩患者に再三いろいろ言うて聞かせ、あるいは手をとつて善導に努めたのでありますが、いずれもすでに社会を荒しまわつたやくざ者でありまして、なかなか園当局の善導に従わないのであります。そして昨年末に遂に在園患者の数名に暴行をして、これに傷害を與えた事件が起きたのであります。ただいま光田園長からお話がありましたように、私どもは懲戒検束権というものを持つておらぬので、この患者を監禁することはできません。従いまして、これは当然警察に連絡をし、警察の力でもつて凶器も取上げてもらわなければならぬ。またそういう凶暴な患者は適当に成敗して、在園患者を保護してもらわなければならないと思いましたので、そういうふうに警察に手を打つたのでありますが、いかんせん警察では、患者が癩であるということを非常に恐れておりまして、この問題を取上げてもらえない。そうしますうちに、年を越えまして正月の初めに再度同じような不詳事件があつたので、今度は私自身厚生省に参りまして、この善後策を相談いたしました。そうして厚生省の了解のもとに、千名の患者の安寧秩序を保つためと、もう一つそういつたやくざの連中がたまたまあそこで三人一緒になつて、しかも次第に子分を中でつくつて行くという環境が悪いから、これはひとつ親分の環境をかえて、ほかの療養所に移して、そこでは初めからこういう不良の患者であるということを園当局に申し上げて、再びそこで根を張ることのできないようにして、不良の癩患者を善導しようと努めたのであります。これは熊本の菊池惠楓園長と厚生省と私が話合いまして、幸いに惠楓園長の了解のもとに、たらいまわしというような形でなく、環境をかえて、向うで不良の親分に勢力を張らせないようにという考えのもとに手を打つたのであります。そうして輸送等の関係がありましたので、一月の十九日に長野原という駅を送り出して、この療養所へ転送することになつておりました。これには職員も輸送の手配はすつかり済んでおりまして、患者にもそのことを言つて聞かせて、納得しておつたのであります。ところがたまたま一月十三日の上毛新聞の地方版に、「狂暴な癩患者、手を焼く楽泉園」という見出しのもとに、療養所の中に非常に凶悪な癩患者が出て、千名の患者を脅かしておるというような記事が載つたのでありました。この記事を見ましたやくざの親分子分が、また開き直りまして、こういう記事が出る以上は、おれたちは死んでもこの園を動かない、さらにこの中の患者の代表者たちは、片つぱしからやつつけてやるというような暴言をはきまして、再び園内を非常に恐怖のどん底に陥れたのであります。しかしながら私といたしましては、さらに熱誠をこめまして、決してこれは患者の団体が新聞社へ報告したものでもなく、園当局が出したものでもない。ころいう記事が出ても、これはまつたく新聞社がかつてに県なり警察から入手した記事であつて、お前たちをそういうふうにじやま物扱いして転送するものではないということを言い聞かせまして、今度は楽泉園において治療の再出発をしてもらいたい、人生の再出発をしてもらいたいということを懇々と言つて聞かせましたところが、幸いにも親分がこれを承諾して、それでは参りましにうと言つて、話はきちんとついたのが一月十六日でありました。
 ところがたまたまあの地方では、一月の十六日はお正月とか何とかいいまして、あの辺の一般の社会でも休む日でありますが、その日に、草津の町へ園を脱出しまして酒を買つて来て、これを飲んだ。そうしてこのときは子分が大分ふえまして、六名になつておりますが、このやくざの親分子分の六名が酒を飲みまして、さらに朝鮮人の団体である協親会という文化団体でありますが、そこの事務所へなぐり込みをやつた。短刀を抜いて、いきなりその部屋へ脅迫に入つておる。そうしていくらか酒手か何かをゆするうとした。そこで先ほどから申しました通り、すでに昨年末から乱暴しないように、どこまでも温順に指導して行くのであるということを私から言つてあつたので、がまんにがまんをしておつた患者でおりますが、短刀を抜いて脅迫に入つたために、朝鮮人の団体が起ち上りまして、遂にはスコップあるいはまきというような凶器をもつて、そのやくざの親分子分を撲殺する事件が起きたのであります。この事件が起きますと同時に、私どもは全職員非常呼集でこれの鎮圧にあたり、なお警察に電話をもつて、まさに殺人の惨事が起きんとしているからという急を伝えて、七回ほど応援を求めたのでありますが、なかなか草津の警察の來援が得られません。九時から警察に連絡しておつたのに、十一時半にやつと警察官が、しかも武装もせずにまる腰でやつて来た。その来たときにはすでに殺人が行われたあとであつたという始末でありまして、こういつた癩患者の凶行に対しては、警察に手を下してもらえない。それからなお五名惨殺されたうちの三名は、警察官が現場に到着して、私どもから保護を願つたその面前で、朝鮮人の患者の一団がなぐり殺しておるという次第であります。
 以上が今回の不祥事件の大体でありますが、私ども今回特に痛切に感じましたのは、もしも癩の刑務所というようなものがありまして、園からこの不良の癩患者を何とかしてもらいたいという申出と同時に処置してもらえれば、この事件は起きなかつたろう。また今回起きました事件の最後も、ただいま捜査が終りまして、十三名の下手人があがつておりますが、との下手人の処置に関しましても、ぜひとも癩の刑務所というものがありまして、癩患者といえども悪いことをした者は適当にさばかれるという点をはつきりしてもらわないと、将来あるいは同じような惨事が繰返されないとも限らないのであります。さらに癩患者なるがゆえに、警察当局も療養所に何でもまかせておけばいいという態度で、取上げてもらえないということは、まことに遺憾に存じます。ぜひ皆さんに特にこの点をお考えおき願いたいと思う次第であります。
○丸山委員 今のお話によりますと、療養所の院長は監置に関する権限は何にもないというお話ですが、これは実際でしようか。
○矢島説明員 先ほど光田園長の話の中にありましたように、懲戒検束の規定が新憲法で取消されております。また私どもの療養所の中には、不良の癩患者が出た場合でも、これを監禁しておくような施設もありませんし、監禁するという権限もないのであります。
○丸山委員 そうしますと、もし予算をとつて刑務所のような施設を各施設ことに付設するような場合、その場合には園長がやはり法的にそれを使用したり、それを監視する権限が與えられなければ、施設ができてもいかんということになりますね。
○矢島説明員 そうです。
○丸山委員 そういう点に関して何か御希望はございましようか。園長にその権限を與えてもらいたいという御希望はないでしようか。園長が何か正当な法的の権限を持つてその方へ要求して、その人たちを刑務所へ入れることを命令するとかというような方法で行くか。あるいは園長そのものにそういうふうな司法権まで與えることの方が望ましいのであるか。この点についてお伺いしたい。
○尾村説明員 この点につきまして私からお答えいたします。実は先ほどの最初の御質問の園長には懲戒権はないが、監禁することができないかという問題でございますが、らい予防法の法律に基きまして、先ほど光田君が申し上げましたように、一箇月以内の監禁をする権限が與えられておりまして、この法律はまだ改正になつておらぬのであります。しかしその以前に、新憲法の三十一條に、法律によらずして良由を拘束できないという條項ができまして、との法律は刑事訴訟法によらなければできないということでありまして、従つて法律の上を行く憲法によつて実施ができないのでございます。そのために今予防法の改正もこの面についてどうするかというので、いろいろくふうを凝らしておるわけであります。その点についてただいまのお話のように、予防法の中に今のような懲戒検束権をつくるといいましても、憲法に背反したものはむりでございますので、従いまして園長としてやる場合には、せいぜい学校等でやつておりますほんとうの教導、善導の意味の謹愼を命ずるとか、あるいは戒告をするという程度でございまして、人身拘束はとてもむりなように思いますので、やはり人身を拘束するようなことは、正規の法務の方でやつていただきたい。但しその場合に癩患者を伝染その他の問題で直接調べたりあるいは逮捕する場合に、補助としてお手伝いはする。しかしやはり裁判自身をしたり、司法権を與えて、こういう大多数の癩患者について――古い光田さんなんか五十年来神様みたいなつもりでやつておる人が、同時にそういう権限をもつてやりまことは、同一人格ではとてもむりでございますので、それは專門家にまかしたい。これはわずかな人数でありますから、やはり法務府の方で伝染病を予防できるような特別な刑務所に入れていただきたい。重症の者はこういうことはありませんが、軽症の者でごく軽い軽犯罪に当るものは頻発しておるわけでありまして、これを一々普通の一般人のように警察まで連れて行くのが困難なら、癩療養所の近接したところに正規の留置場なら留置場をつくりまして、その権限は警察署長さんに持つていただいて、こちらは毎日ご飯を運んだり、治療をいたすことはお手伝いいたしたい。こういう一本建でやつていただきたいというのが、大多数の所長並びに患者の希望でございます。
○堀川委員長 ちよつと速記をとめてください。
    〔速記中止〕
○堀川委員長 速記を始めてください。
○苅田委員 今度殺人の行為ができたということに対しては、やはりその町の警察官の責任もどうしても追究しなければいけないと思うのです。いくら恐しい病人であつても、病院から七回にわたつての請求があつた場合には、やはり職務として当然何らかの処置をしなければいけなかつたと思うのです。現在の警察官の動き方について見ておりますと、私どもはこの天だけでなく、ほかに出なくてもいいところには幾らでも警察官が送られて、こういうようなほんとうにしなければならないような場合には出ない。しかもそのために患者が三人も四人も死んだということをそのままにしておくことはいけないと思います。そういう点も法務委員会の方で十分やつていただくように、これもつけ加えてお願いしたいと思います。
○堀川委員長 ちよつと速記をやめてください。
    〔速記中止〕
○堀川委員長 速記を始めて。
○苅田委員 ただいま光田園長のお話を聞きますと、癩を根絶する方法がたいのじやなくて、すでに外国ではとつくに根絶されておるわけです。おつしやるところによりますと、これは隔離するよりほか仕方がないということでありますが、そうしますと、尾村さんのお話ですと、現在の患者は大体日本では一万三千人かと推定されておるわけなのでございますが、今收容されている人が八千三百人といたしますと、その間に四、五千名の患者が收容をされないでおるわけですか。
○光田説明員 さようであります。登録したのが一万二千あるそうであります。それで八千三百名ばかりは收容してあります。あと三千七百人はまだ残つておるわけであります。それで今年二千人ほど拡張してくださるそうでありますが、これは非常に念いで私どもの方へ各県から要望されておるのです。ですから一日も早く三千七百人の患者の收容を急ぐのですけれども、国家の財政もいろいろあるというお話でありますから、今年は二千人ほどどうしても拡張していただきたい。三千人入ればあとまた補欠として入れるというようなことをお願いしております。
○堀川委員長 そうすると三千七百人が登録者ですね。未登録者もあるのですか。
○尾村説明員 今の癩患者の数は国内における数でございますが、実は昭和十五年以来癩の検診をやつておらぬのであります。従いまして実際に国内にひそんでおる者まで入れまして、どのくらいあるかはほんとうの推定はないわけでありまして、ただ登録してまか入つておらぬ者が二千三百という数が昭和三十年ごろに一応出た数でありまして、それはただ自分から登録しましたり、医者が偶然見たのを届けたというだけでありまして、全然医者の目にも人の目にも触れないのはわからないのであります。厚生省では明年に一齊検診をやる予定にしております。これが出ますと、昭和十五年にやりました一万五千人の数に達するか、あるいは一万三千人くらいで收まるか、ちよつとこれは見当つかないのであります。今登録済みではつきりわかつたのがそれくらいであります。
○苅田委員 そうしますと日本では、おそらくもつと患者の総数は多いだろうということになると思います。この点では光田園長は四十年来癩のことをやつておりますので、登録されておる者、登録されておらない者の推定はおつきになると思いますから、そういう御経験から登録されていない癩患者も含めて、日本全国にどれくらいの患者が收容されないでおるだろうかという大体の見通しもおわかりになると思いますが、どうですか。
○光田説明員 大体を申し上げると言つても何でありますけれども、今までの経験から三千七百人ほど残つているということを信ずるものであります。しかしながらこれは内地の数でありますから、先ほど申し上げましたように、外来の者が私ども推察すると、今五百人ほど療養所に朝鮮人が入つておる。)そのほかに朝鮮人が全羅南、北道、慶尚南、北道、この四道におる者が約二万人という見当であります。これが登録等の秩序の維持ができぬために、漸次に内地に入つて来るのです。日本の者は三千七百人でありますけれども、今後のいろいろのやり方によつては、朝鮮からの侵入者がますます多くなるだろうという私の見当でございます。
○苅田委員 大体どれくらいとお思いになりますか。記録されていない三千七百人以外に、内地人ももちろんおそらくあるでしようが、大体それを……。
○光田説明員 現在朝鮮人が六十万といい、登録されたものが六十万とがいうけれども、密航を入れると、この間新聞を見ましたら九十八万あるというようなことがあるのです。それがいずれも内鮮から入るのが一番多い。これが山口県なり、福岡県に来て、まず病気の軽いうちは鉱山みたいなところに入り込む。そして重症になるとそこから送つて来る。これは恐るべきことであると思います。
○堀川委員長 光田さん、朝鮮人は二万と言われておつたが、今の六十万とか九十何万というのは何ですか。
○光田説明員 内地に入国してやみや何かをしておる者がそれだけです。
○苅田委員 とにかく患者の数は現存收容されている人以外にも、また登緑されておる人以外にも、相当あると見なくてはならぬと思いますけれども、こういうことが一年、二年と收容が浮れれば遅れるだけ、伝染する人たちもたくさんふえると思うので、これはほかの経費は節約しても、一日も早くこういう病気を根絶するために、ぜひ厚生当局の方で努力していただきたい。かように考えるわけです。今年庭大体三千床できるといるお話ですが、私が昨年厚生省の方から説明を伺いました際には、二千床できるけれども、新しく入れるのは一千人であつて、あとの一千床は設備が現在非常にきゆうくつになつておるから、その設備を緩和するために入れるので、他に新設されるベッドとしては一千床だというふうに説明をお聞きしておるのですが、その点はいかがですか。
○尾村説明員 ただいまの病床増加の件でございますが、実は二十四年度予算におきましては癩療養所に九千名入るようになつております。国会で御審議を経て通過いたしました予算でも九千ベッドの経常費が通過しております。実はただいま申し上げたように患者に対してベッドが少いものでありますから、ぜひ九千名入れたいというので通したのでございます。そこで現実にやつてみますと、八千三百で設備的に一ぱいになつた、こういうことでございますので、これを何とかして九千にするために増床を企てた。その点からいいますと、一千ベッドを除きましても、嚴重に言いますと、七百人だけは設備をゆるやかにするというだけでなしに、今年度予定しました九千ベッドまでは持つて行かなくてはならぬ、こういう数字になつております。残りの三百だけが二十五年度の経常予算に人づておりません。これだけはつくりましても、三十六年度になるまでは緩和になるはずでございます。三十六年度に、但し三百だけは設備がよけいになつたから、予算を通していただければ、やはりこれだけは入れて一万三百、従来よりはきゆうくつになるわけでありますが、現在のところそれほど緩和できないような状況で、何とかして早く外で困つておる人を入れたい、こういう方針でございます。以前に厚生省のたれかから、もし二千のうちの一千はまつたく現在の八千三百の緩和策に使うということでありますれば、それはちようど予算面の経常費上の問題と実際の設備拡充の問題とがちよつと混同しておつたのであります。もしそういうことでありますれば、思い違いでありまして、誤りがあつたのでございますから、取消していただきたいと思います。なお先ほどの患者の問題でございますが、これは予防課の方から説明したのと食違いがあるといけませんので、一応釈明さしていただきたいと思いますが、八千三百の中には、先ほど申しましたように約五百の朝鮮の人が入つておりますので、従来日本で一万五千とかいう数の中には含まれない別のものが含まれておりますので、実際の内地人としては七千八百しか收容されておらぬことになります。従いまして差が三千何がしと虚しましたが、これは少し数字が違つて来ることと、それから一万二千というのは、実際にだれのだれ兵衛ということで登録した者全部でありませんので、大体保健所等で推定した数から見まして一万二千というので、登録した者、あるいは病状がわからぬという程度の者をまぜまして、ほんとうに年齢、性別、住所までわかつた者は、予防課から御報告いたしました三千三百が正確な数でございます。
○苅田委員 癩療養所の患者收容の施設は、私前にも当局の方に質問したときにも、医務局長あたりから御返答があつたと思うのでございますけれども、これは單に一時の病院あるいは避病院ふうなものとは違つて、患者がそこで一生暮さなければならないような設備になるので、むしろこれはプロミンといつたふうな設備が必要だということは、医務局の当局者もお話になつたと思うのであります。そういたしますと現在、療養所の内情を聞きますと、ほんとうは夫婦でありながら設備がないために雑居しておつて、実際上夫婦としての生活ができないというような悩みがたくさんあるということを、私は施設の所長からも伺つたことがあるわけであります。何とかしてこういう問題を緩和したいという話もあつたわけでありますが、ことしは一千床がそれに充てられるということでありますから、多少そういうところがよくなるだろうと思つておつたのですが、ただいまのお話のように一千床が三百床ほどしかそちらに行かないということになれば、依然としてこういう状態は緩和されないことになるのではないかと思いますが、その点についてのお見通しはどうなんでしようか。
○尾村説明員 その点は、御希望に沿えるように存じますのは、ことしの増設の分を極力夫婦者の建築に充てたいと思います。従いまして、できたところに従来雑居しておつた夫婦を移しまして、あいたところに一応單独者を入れる。こういう形にして全体としては七自だけは患者がよけいにふえるのでありますが、このふえた部分をなるべく夫婦者に、四畳半のゆつくりしたところを與えて行きたい。今年癩患者の病舎のモデルをつくりまして、あのやり方でぜひふやしたいと思つております。おそらく全国によりますと一番ぐあいが悪くなつておりますので、夫婦関係にある者は相当数その目的を達するようにいたしたいと思つております。
○苅田委員 そうしますと各施設に充てて、大体ベッドの割当は済んでいるわけなんでしようか。
○尾村説明員 これはまだ済んでおりませんが、実は昨日、一昨日にわたつて癩の所長を招集いたしまして、土地の余裕のない所にむりにつくりますと、かえつて不自由な人が出ますので、実際に現在残つている土地とか、それからことに大事な飲料水が、今度特にふやしただけまずいかどうかということを一応相談して、大体希望の点を求めたわけであります。これからこれを技術的に建築の專門家に否定させて割当てようという計画でございます。大体三月末までには、安本の方の認証まで取運びたいと存じております。
○苅田委員 それでは今度は療養所の方にお聞きしたいと思いますのは、そのほかにやはり設備をりつぱにするためには、どうしてもお医者さんあるいは看護婦さんというような方たちが、こちらで十分になつて来ることが必要だと思うのです。現在の療養所のお医者さんあるいは看護婦さんたちが、どういう状態になつているかということをお聞かせ願いたいと存じます。つまり医者の手も看護婦の手もそろつている。今度新しくプロミンなんかを行うことが始められたのですけれども、このために看護婦さんなんかが非常に手をとるので、そういう点で足らないということも想像されるのです。そういう点についてひとつ忌憚のない現状のお話を伺いたいと思います。
○林説明員 お尋ねに対してお答え申し上げます。今まで癩療養所は、多少患者の療養、治療の面について遺憾の点がございまして、治療機関、治療設備はきわめて貧弱なものであります。近来になつて少しずつ改善されまして、今日では創立当時に比較いたしますれば、やや面目を一新しておるような状態でありますが、しかし現在の状態をもつて十分かと申しますと、そうではなくて、時勢に比較いたしまして癩療養所の治療設備は、はなはだ遜色があるのであります。ことに職員の患者に対する数なども非常に少数でありまして、これだけの職員をもつてはとうてい患者の治療面においても、その他いろいろと身辺のせわをするにいたしましても、手足を感じておるようなわけでありますが、実際理想的から申せば、一人々々の患者について常にその病状を観察し、かつその症状に応じて治療をし、またその他のいろいろ園外における運動とか、あるいはまた治療的にさせております作業だとか、そういうものについても観察をして、すべての患者について医療的な管理を行いつつやるのが至当なのでございますが、ただいまの現状、今までの現状におきましては患者百五十人ぐらいについて医者が一人、あるいは百三十人ぐらいについて医者が一人、看護婦は患者三十人ぐらいについて一人、多いところでも三十五人につき一人というような割合でございまして、とうていわれわれの考えておりますような十分な健康管理、あるいはまた十分な治療ということが行い得ざるような現状に実はあるのでございます。プロミン治療などにおきましても――これは静脈内注射の治療薬でございますが、多くの患者に毎日一回、あるいは午前、午後の三回にわたつて静脈に注射を施しておるのであります。これらに対しても非常な手数がかかりますが、そのために看護婦の手をふやし、ある心は医者をふやしてもらうということもできておりませんので、この点も私ども非常に遇憾に存じております。昨年も予算措置はできるが、こういう方面の人件費は認められないということで、私ども死力を盡して患者のために治療に当るから、予算だけはぜひふやしてもらいたいというお願いを申し上げたわけであります。いろいろと時勢が進み医学が進歩するに従いまして、それに適合した現代的な医療をやることは、医者り立場からしても、また人道の立場からしても非常に必要なことで、現在ゆるがせにできないことであると私どもは考えておるのであります。これは医療の面だけでございますが、そのほか患者の身のまわりのせわ――患者には家族的な心配、その他常人の思い及ばないような心配も多々あるのでございまして、そういう面について、いろいろとせわをしてやらなくてはならぬことが非常に多い。また長期の療養をしておるのでありますから、精神上の問題あるいはまた慰安方面のこと、そういうことも十分にせわをして、患者をして医療上のみならず、糟神上にも安らかな療養をさせたいと願つておるのですが、現在申しますように、人手が少い関係上、思うように行かないことを私どもは非常に遺憾に思つております。また患者たちも、何とか人をふやしてもう少しわれわれのせわを見てもらいたいということを常に要求しておるわけなのであります。大体結核療養所などは、患者二人半に一人というような職員があるのでございます。ところが癩療養所の方は、患者八人に対して職員一人、小使給仕さんも入れましてその程度の職員の配置になつております。もう一つ特に遺憾に思いますことは、戰時中はほかに仕事が非常に多く、またほかの仕事の方が割り方賃金がよかつたものですから、癩療養所の職員でそちらの方に転ずるものもございまして、非常に数が少くなり、なお戰前の職員数に復し得ない状況にありました。ところがその現状で職員の数を押えられておるものですから、戰争前も非常に少かつたのに、戰争後はよけいに少くなつたという現状にあるのであります。その点は各療養所としましても、せめて戰争前の職員数までふやしてもらいたいと常に要望しておりますが、実は認められなくて弱つておるわけであります。
○苅田委員 そうするとお医者さんといわず、看護婦さんといわず、その他の雑夫といわず、療養所の方は非常に人手が足りない。医者の数は大体百五十人に一人ぐらいの割合いで、看護婦さんが三十人に一人、こういうような実情は、私どもが想像しておつたよりもずつとひどい感じがいたします。それでこれに対しましては、やはり厚生省として何らか御考慮があるはずだと私は思うわけです。これには先ほどおつしやつたように、療養所は大体隔離された場所にあるのですから、そこにおいでになる職員の方に、そういつた危險の度合いに対する特別な手当が当然あるはずだと私は思うのですけれども、そういうものに対して厚生省の方で、二十五年度にこういう現状をよくするためにどういうような努力をしておいでになりますか、これをひとつお聞きしたいと思います。
○尾村説明員 癩療養所の職員につきましては、まず第一が定員の問題でありますが、定員は職員各種を通じまして、先ほど申しましたように、現在患者に対しまして八人に一人という非常に少いものであります。実は予算編成のときに一応倍の要求をいたしたのでありますが、いろいろな国の御方針にのつとりまして――相当癩の困難性はわかつてもらつたのでありますが、一応現状のままということに押えられて非常に残念に思つております。もう一つはい定員をとりましても、おる職種につきましてはなかなか充員ができないで、あいてしまうという問題があります。ただいま百五十人に一人の医者と申しましたが、定員はもう少しあるのです。医者だけにつきましては、約八千三百人の思考に対しまして八十人近くとれるように定員をとつてあるのでありますが、常に四十人ぐらいしかとれないということが続いておつたのであります。これは癩のような特殊な医者になりますとつぶしがきかぬのと、一番の困難は、家族がせつかく医者に育てたのに癩の方になんか飛び込まれては困るというので、癩を嫌悪する。そのためにわくをとりましてもなかなかとれない。そういうようないろいろ弊害がある。いやがるのを越えてでも来てもらうということになると、物質的な待遇とか、あるいは生活環境をよくしたければいかぬというので、この点を努力しておるのであります。今のところ実現を見ておりますのは、恩給年限が一般官吏に比べまして五割だけ加算になる。一般官吏が十七年でりくところを十一、二年でつくということになつております。それから俸給の点でございますが、これもやはり危險という立場から調整号俸という特別な号俸がございまして、看護婦につきましては最高六号、低いところで三、四百円、高い方で五、六百円、医師につきましては低い方の人で約三号、上の方では少しその率が低いのでございますが、これだけの特別手当をやつております。これは月に三、四百円でありますから、嫌悪するのを越えてまで来るほどよくはないのです。今の給與の建前では、この調整号俸を十号とか十五号ということはできないそうであります。国家公務員の給與制度であります。どうしても一定の限度以上特例なことができませんので、ちようど裁判官のように、癩関係の職員の給與に特別の方法を講じてもらう。これは案でまだ法制化してもらうまでには至つておりませんが、人事院並びに大蔵省の給與をやつている方に、厚生省としても療養所と一緒に最近はかなり頻繁に要求して、ぜひ取上げてもらうように努力しております。
○苅田委員 それは三十五年度には間に合わないのですか。
○尾村説明員 これは予算というよりも、今日の法律を特別に改正してもらわなければできぬわけです。裁判官はたしか司令部の覚書に基いてなつたのであります。非常にむずかしい問題でございますが、ああいうふうな形にでもやりたいと思つておりますが、二十五年に法制化はできないと思つております。
○苅田委員 それはやはり厚生省でやるわけですか。
○尾村説明員 厚生省から要求を出す。厚生省に限らず、海上の勤務者とか、燈台員とか、いろいろなものがその特殊勤務で要求しておるわけです。これは最後には人事院でやらなければならぬのですが。とにかく要求だけは猛烈にして認識を得さすのが先決問題だ、それを今運動しているのでざいます。
○苅田委員 厚生省の方では、ほんとうに日本の癩患者を絶滅したいという御決意はあるわけですか。
○尾村説明員 さようでございます。
○苅田委員 実際癩の患者があるということはだれ一人いいことはないし、当人はもちろんのこと、非常に悲惨な生活なのですから、厚生省の方でほんとうに癩を根絶するのだという強いお望みがおありになるのであれば、これはどうしても予算がなくてはできないのですから、予算措置についてもつと私どもにでも協力を求められて、癩根絶のためのりつぱな施策を立てるということをやつていただきたい。またお医者には、それだけの待遇を與えて喜んで従事してもらうようにする。できないといつてそのまま見過しておられて、いつかいつかというのではなかなか根絶できないと思うのです。ほんとうに癩をなおすという腹をお持ちになるならば、私どもはいくらでも協力したいと思つているわけなのです。またそれも何百億も何千億も予算がいるわけではないと思うのです、ぜひそれについてもつと真剣味を持つて、もちろん御当局は持つておいでになると思うのですが、私どもの方にももう少し協力を求められてやつてほしい。この点では施設の所長さんの方にもお願いなのでございますけれども、予算がどうこうということはまた別の者が考えればいいわけなので、皆さん方の方では、今日までほんとうに献身的に癩の事業のためにやつていただいておりますのですから、どうしてもこれだけの予算はほしいのですからということを、委員会と一緒になつて政府の方に要求し、督促するということをもう少し熱心にやつていただきたい。そして私どもに、ほんとうに癩をなくするということに協力させていただきたい。これをお願いするわけでございます。
○丸山委員 この前九州の惠楓園の患者さんからの陳情書を私取次いだ関係上、ちよつとお伺いしたいのであります。厚生省の予算を見ますと、患者の被服費が二千六百万円ばかり今度計上してあるわけなのですが、この前の陳情書によりますと、衣料品が非常に配給が悪いので、死亡者の衣服を生きている人たちがもらつて着ているというようなことで、それを見てちよつと悲惨だなと思つておつたのです。この予算はこの前の予算とどういうふうに違つておりますか。それから二千六百万円を現在の收容患者数に割当てると、大体一人が年間三千二百円か三千百幾らになるようですが、それで衣料というものはたいていまかなえるというお見込みですか。
○尾村説明員 癩療養所の患者の被服費につきましては、まことに話にならぬのですが、従来は年間一ベット当り六百円でございました。ただいま御審議を願つております二十五年度のものは、九千人入つた場合におきましてべツト二千八百十円ということになつて約五倍近くに増加いたしております。約三千円足らずの金で、はたして今患者が求めておる被服が全部聞に合うかということになりますと、どても自信がないのでございまして、ただ従来よりはずつと改善されるという程度でございます。これはきりがない話で、冬は毛織物、夏は夏物となると、いくらでもいるので程度問題でございますが、われわれの方の見込みでは、終戰後あまりとりかえていないから、できれば今年あたりは一挙に一ベット一万円くらいかけてとひかえてやりたいという意向であつたのであります。しかし一挙に何十倍というような予算の値上げは、ほかのつり合いもありまして困難でありますから、今年は半分だけでもとりかえてやり、来年度はもつと増加しようということでお願いしておるわけでございます。
○苅田委員 患者の方からの希望といたしましては、中に入つておつてほかに娯楽がないので、娯楽費を増額してもらいたいという要求がたくさんあるわけです。そういうことにつきまして、本年度において何かお考えになつたことがありますか。
 もう一つは患者の方の作業についてですが、それに対して現在は非常に低い報酬しか出ていないというようなことも承知しておりますが、これには現在どのくらい出ておりますか。中に入つておるのだから、足らないものには生活保護費が出ておるのだからよいのではないかというような考え方もあるかと思いますが、やはり現在、丈夫な患者でも、いずれは足腰の立たないようになる身体ですから、多少ともたくわえを持つておかなければならぬ。それであるから無理をしない程度に多少働かすということにしたらどうか。ほんとうの勤労者ではないから、あまり本気になつて働いてもらつて、かえつて悪くなつてはいかぬと思いますが、いずれにしても現在一日の作業報酬が非常に低いように聞いております。そういう点については、厚生省としては今後はどういうふうになさるつもりですか。
○尾村説明員 第一問は患者の慰安金のようなものについてでありますが、この方はただいま患者一人当り慰安金というものを日に二百円ずつ支給しております。それで三十三年度までは、入院料は全部生活保護法によらないで国費一本でありましたが、小づかいのようなものは国費として組むのは、ほかの病院その他と比べてぐあいが悪いというので、あれだけ生活保護法の生活扶助でもらつておつた。これは府県によつて違つておつて、最高も百五十円くらいでありましたのを国に組みかえまして、この点だけは国がそこまでみるという方針になりまして、二百円になつたのであります。しかしこれでもやはり足らぬだろうということで、患者の要求もありまして、最高四百円から三百三十円までという要求が多いのでありますので、われわれの方では三百五十円の要求をいたしましたが、この程度では一般の生活扶助者の生活費の中における食費その他を差引きますと、そういう慰安というような面の額はわずかなものであります。それとのつり合いから、今年は増額がこれ以上できぬことになつた。従つてやむを得ないから共通で使う教化費、文化厚生費という方で組みまして、月に一ぺんくらいは映画も必ず相当なものを見せるというような費用、それから宗教その他をやる費用――宗教はほんとうは国の施設でやつてはいかぬのでありますが、そういう意味ではなくて、自分らだけで本を読むとか、いろいろな面で信仰をするといつたような費用、あるいはその他の教化の保護を與えてやるというような費用を相当計上したのであります。しかしその方も項目がだめになりまして、ただいまのところ国費で組んでおりますが、文化的な方面はありません。今言つたような国費でどうしてもみれないということであれば、それはすなわち国の施設の必要経費でないと認められたと思いまして、共同募金から相当にわけてもらうようにただいま交渉しております。実質的には各府県から援護の面につきましても、相当従来も寄付を受けまして、その方が使いやすいから相当患者はうるおつております。これを一層大巾にやつてもらうつもりで交渉を進めております。
 それから作業慰労金の方は、実際額を申し上げますと、三十四年度で一人の単価が最高一日十一円三十六銭、これは甲乙丙と三段にわけておりまして三段階になつておりますが、三段階が九円八銭、三段階は四円五十四銭で、これが大蔵省からもらいました作業單価であります。二十五年度は約一割弱増加いたしまして、甲が十二円三十三銭、乙が九円八十六銭、丙が四円九十三銭というごとく、ただいま約一割の増加でございます。このほかに従来は、患者の予算の数によつて、これがこの通りではないのであります。実際には二十四年度には全患者の約五割強がするという形でこれだけの単価をもらいまして、実際にそれが四割しかやりませんければ、その差額の二割はまたよけいに渡るわけです。来年度はそれが六八%に増加いたしまして、六八%で約一割増の単価でもらいましたので、ただいまのところ作業の人数を急にふやさなければいかぬとか、あるいは急に作業患者、軽症患者がふえるとは思われませんので、実質的にはこの何割増しかの支給ができると考えます。しかしいずれにしましても、普通の日雇い労働者に比べますと著しい開きがありますが、しかしながら今度は、まかない費その他作業收入、慰安費で使つておりましたものが――まかないの補として嗜好品を買うとか、タバコを買うとかいうのが多かつたのでありますが、別な面でまかない費が相当増額になります。そういう点で今日までの嗜好品加算の購入費が国の方で支給される形になるので、食糧として必ずしも増加しないでも、小づかい銭の使い方は少しは減るものではないのかという、かつてな考えをしております。そのような状態であります。
○苅田委員 この作業單価はどういう基準でお出しになつたのですか。
○尾村説明員 これは別に、これだけの作業料から国で支給するものを差引いて出たというのではなくて、昔からこれがありましたのに、そのときどきの物価その他で自然的に比率を増加して参つたのおりますが、われわれの方ではこれでは困るので、一日の普通の患者を大体平均いたしましで、一日八時間も九時間も働くわけではございませんが、その程度の作業賃金から国でまかなつておるまかない費その他を差引きましても、もう少し上るのであります。それで一応は要求したのでありますが、それが押えられたのは、適当に年間二千円であつたものを二千五百円に見たというのを三百六十五で割つて、端数で上つただけでございまして、この端数まで正確な計算で出たわけではないのであります。
○苅田委員 今御説明になつたお話で、これは一日に普通の日雇い労務者あたりに拂つておる作業の賃金として見れば、それから国から支給しておる食費等を差引いても、現在の単価ではまだ低い、こういうふうなお稀なのでございますね。そういうふうに御説明になつたと思うのですが、そうなのですね。
○尾村説明員 そういうふうにお尋ねになると、ちよつと私らも御返事に困るのでありますが、今の患者の費用が、実際には一ベッドあたり一日約二百円かかります。この三百円に出したものが、それはちようどあの程度のものが作業報酬にあたるかどうかというと、それほど嚴重な勘定はしていないのでありまして、実際的に普通の労務者あたりが一日にタバコ銭とか、実際に国で支給するもの以外に嗜好品として買うものの費用が、一日に二十円とか三十円とかいうものを考えまして、われわれとしては要求したのであります。それが財政上から切られた、こういうことなのであります。
○丸山委員 癩療養所にお勤めになる医師というものは、特殊の精神的の方面の考え方か、あるいは特別に待遇がいいとか、あるいは医学的に特に研究ができるとか、何らか恵まれるところがないと、だんだん志望者が少くなつて行く危険があると考えるわけでありますが、待遇の改善はさつきのお話に出ました。それから宗教的の方は、個人の問題でございます。医学的の研究というのに関しては予算が計上してないようでありますが、それは研究旅費というものが十万円ばかりありますのと、研究謝金というのが四万円ばかりあります。読経謝金が二十四万七千五百円あるのに、研究の謝金が四万円というのは、非常に研究の方面が軽く考えられておるように思われるのですが、これはほかの項目か何かで、研究費でも捻出する余地があるようにできておるのでありましようか。
○尾村説明員 国立療養所の十箇所分の研究費としては、実は総額五十万円を計上してあるのでありまして、ただその内訳といたしまして、研究用に医官が大学等に調査におもむいたり、材料の蒐集に行くための旅費がそこには十万円で、謝金と申しますのは、大学等からたとえばむずかしい病理の観察がいる、そのために臨時に講師に一々見て来てもらう、そういうような謝金でございます。これは別に公務員である研究に携つておる医者に出す謝金ではない。あくまでも外の人に臨時に頼むものであります。そのほかに消耗器材費、たとえば物を買う、薬品を買うというような場合は、それぞれ消耗器材費の中に含まれまして、これはかけ合せまして五十万、一箇所五万円ということになつております。
○青柳委員 非常にこまかい実情に即したお話で参考になるのでありますが、もうほかに御質問はないようでありますから、一つ私、承りたいことがあります。
 文化国家には癩がほとんどないということを聞いております。日本もまた文化国家の列に入ろうとする以上、ここに癩をなからしめる計画がなければなりません。無癩計画につきまして政府御当局の御意見を承りますとともに、絶えず献身的にこの事業に当つておられます先生方の、それに関しましての御説明を承りたいと思います。
○尾村説明員 最初の点については、実は無癩運動、癩の国策といたしまして、医務局としてはそのうちの收容施設の経営だけを持つておりますので、全般的のことをお話するのはちよつと越権かと思います。またわからぬところもありますからいかがかと思いますが、しかしながら先ほど他の説明員から御説明いたしました通り、一番の根本はやはり收容施設の増加、そこにおける治療生活内容の向上が最後の根本策になると思いますので、その点につきましては、厚生当局としては来年度三千ベッド増加のみならず、引続き一齊検診等で発見された全癩患者を入れて、しかもいい治療ができるに足る療養所をさらに増床して行きたい、こういうつもりで、現に医務当局ではおります。ただ外におります患者をどういうふうにして把握し、またこれが好んで療養所に入るようにどうやつて進めるかという方面につきましては、それぞれいろいろの策があるはずでございますが、これは公衆衛生局の方でいろいろと考えていることでありますので、もし御必要ならば、そちらからまたお話を求められたいと思います。
○青柳委員 まず收容施設の増加について触れられましたが、来年度三千ベッドの増ということでありますけれども、この増には相当な計画があつて、将来何ベッドつくりたい、そのうちの何パーセントを三十五年度でやつて、その次からどういうふうに増床をやつて行けば、ほとんど全部の癩患者が收容できる。その間において、收容し得ない者についてどういう措置をとるか、こういうような問題についてひとつ伺いたいと思います。
○尾村説明員 ただいまの二千ベッド増は、一応確実な登録のありましたのが三千三百という数字で出ておりますが、そのほかに先ほど三千七百というごとく、まだ未登録でありながら、しかも若干推定ができる数は、どこの地方にどれだけいるかということは確定しておらないので、さしあたり初年度には今の三千三百を参考にいたしまして、三千というものを実は要求したわけであります。あとは来年の夏ごろにやる一齊検診によつて、三千出るか、四千出るか、どの地域に濃厚に出るかということがわかると思いますので、それが大体中心になるように話合つております。その結果間に合えば、それに応じた具体的な計画を三十六年度予算にはまた計上したいと思つております。また今度の三千ベッドは将来完成するものの五割に当るか、あるいは三割に当るか、今のところ未定でございます。
 なお来年発見されまして、さらにそれに応じたベッドができるまでの外郭における指導におきましては、ある部分今の癩予防法では不可能でございますので、まず第一に癩予防法の改正をいたしまして、外における費用をかけて、どこが費用を持ち、責任を持つてするかということを確立いたしませんといけませんので、ただいま私の方が一番要求が強いのでございますので、公衆衛生局で癩予防法の改正法律案を最初はこの国会に出していただくはずであつたのでありますが、各省の審議等が未了ということで間に合わなかつたように聞いております。次の国会にはぜひ出すという話で、昨日と一昨日の所長会議でも、その点の各所長の意見をも聞くような機会を持つたのであります。
○光田説明員 先ほど申しましたように、かつては三万有余と数えられる癩患者が、四十年の間に漸次に隔離によりまして、その家族に感染せしめ、その隣人に感染せしめることを防いだのであります。そのために今一万二千というふうに圧縮されたのであります。これを今後において増床を続けて行きまして、外部に一つも病毒が散乱しないようにいたしましたときには、必ず一万を下り、またそれより次第々々に少くなつて行くということは、今までの経験によつて明らかでございます。外国等にも二、三そういうのがありますが、この成績は日本の政府が、遅ればせながら癩の隔離に精進された結果であると考えるのであります。こういうことを予言してはあまり早過ぎるかもわかりませんが、二、三十年もすると、新たに癩の発生するというような憂いはなくなるだろうと思います。また薬にしても、近来プロミン剤によつて好結果があがつております。今までも大風子というようなよい薬がありますけれども、薬によつて根絶することはなかなかむずかしいのであります。というのは癩は皮膚の表面に出る疾患でございまして、癩菌はその皮膚及び粘膜、身体の春からどんどん外部に出て行くものであります。それでありますから、お気の毒ながら患者の自宅療養にまかせておくわけに行かない。どうしてもその身柄を隔離しなければならぬのであります。絶対隔離によつて、かつてはヨーロッパにはびこる癩はなくなつたように、隔離法は今日世界において日本が最も先頭に立つて、日本政府が非常なる盡力をされておるのであります。外国にはこれからそろそろやろうという、たとえばアフリカとか、あるいは南米とかいうようなところは、なまぬるいことをやつておりますが、日本ではまつたく根絶ができると私どもは信じております。
○渡部委員 議事進行について。きようの委員会もこれほどのたくさんの欠席があつて、実に委員会としては困つたことだと思います。先ほど出て来られた人さえも出て来ない。しかも本会議があるわけじやない。個人的な関係で、委員会が開かれておるときに、民主党からは十何人かのうち三人しか出ていないといつたようなぐあいでは、委員会というものが非常に権威がなくなる。今後委員長は委員会の出席を厳重に督促していただいて、委員会として十分の責任をもつて物事の審議ができるようにおとりはからいを願いたい。きようはこのような状態であるからこれで散会されて、次の委員会ではもつと督促を厳重にされて、やむを得ない人でない限りは必ず出てもらうというようにしていただきたいと思います。
○堀川委員長 御説ごもつともで、できるだけ督促して出ていただくようにいたします。明日は午後一時から理事会をやりまして、一時半から委員会を聞きます。
 本日はこの程度で散会いたします。
    午後四時八分散会