第008回国会 文部委員会 第8号
昭和二十五年十月十三日(金曜日)
    午後一時五十一分開議
 出席委員
   委員長 長野 長廣君
   理事 岡延右エ門君 理事 圓谷 光衞君
   理事 小林 信一君
      甲木  保君    佐藤 重遠君
      高木  章君    飛嶋  繁君
      平島 良一君    若林 義孝君
      井出一太郎君    笹森 順造君
      今野 武雄君
 出席国務大臣
        文 部 大 臣 天野 貞祐君
 委員外の出席者
        文部政務次官  水谷  昇君
        文部事務官
        (官房総務課
        長)      相良 惟一君
        文化財保護委員
        会委員長    高橋誠一郎君
        文化財保護委員
        会委員     矢代 幸雄君
        文化財保護委員
        会委員     一萬田尚登君
        文化財保護委員
        会委員     有光 次郎君
        文化財保護委員
        会事務局長   森田  孝君
       專  門  員 横田重左衞門君
        專  門  員 石井  勗君
九月一日
 委員今野武雄君辞任につき、その補欠として梨
 木作次郎君が議長の指名で委員に選任された。
同月二十日
 委員梨木作次郎君辞任につき、その補欠として
 今野武雄君が議長の指名で委員に選任された。
十月五日
 委員志賀健次郎君辞任につき、その補欠として、
 河野金昇君が議長の指名で委員に選任された。
同月十一日
 委員岡延右エ門君辞任につき、その補欠として
 中村幸八君が議長の指名で委員に選任された。
同月十三日
 委員河野金昇君及び中村幸八君辞任につき、そ
 の補欠として志賀健次郎君及び岡延右エ門君が
 議長の指名で委員に選任された。
同日
 岡延右エ門君が理事に補欠当選した。
    ―――――――――――――
七月三十一日
 学校教育に関する件
 社会教育に関する件
 国宝保存に関する件
の閉会中審査を本委員会に付託された。
    ―――――――――――――
本日の会議に付した事件
 理事の互選
 参考人選定に関する件
 学校教育に関する件
    ―――――――――――――
○長野委員長 これより会議を開きます。
 議事日程に入るに先だち、理事の補欠選挙を行います。去る十一日理事岡延右エ門君委員辞任のため、現在理事一名が欠員になつておりますので、これよりその補欠選任を行います。
 慣例により委員長において指名いたすに御異議ございませんか。
    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○長野委員長 御異議なしと認めます。それでは岡延右エ門君を理事に指名いたします。
    ―――――――――――――
○長野委員長 次に学校教育に関する件を議題といたします。御承知のごとく最近の学生の動向に関しましては、まことに重大なる関心を持たねばなりません。当委員会としましては、この際文部当局より学校教育に関して詳細なる説明を伺い、国民の重大関心事である現下の教育問題について、委員各位より十分な御質疑を願つて、大臣の御所見をただしておきたいと考えます。――それでは質疑を許します。岡延右エ門君。
○岡(延)委員 私は文部大臣に対し、いわゆるレッド・パージの問題及びそれに関連した全学連の動向等につきまして、その所見をただしたいと思います。
 このレッド・パージの問題でありますが、われわれは学園を破壊し、ここに暴力を持ち込むような、そういう教授などは、一日これが存在が長ければ、一日国家に災いを及ぼすという考えを持つておるのでありまして、荏苒日を久しゆうするがごときことは、国家のためにとらざるところであると思うのであります。ところが大臣は非常に愼重に構えておられるようであります。またこれは旅行中の談話として新聞等に伝えられておるところによりますると、教授が党員であることは、一向かまわぬというようなことも言つておられるようであります。党員というのは、すなわち共産党員のことでありますが、この党員というものは、学生や学園に影響力を持たぬ、そういうなまやさしい党員は、共産党員にはないはずである。党員の教授である限り、必ずや学生、学園に対して重大なる影響を與えていることは、この間の全学連の会合等におきましても、東大の某共産党の党員たる教授、あるいは早稻田の共産党員たる教授が、そのたびごとにメッセージを送つているということによつても明らかであります。そこでわれわれとしましては、これらの赤の教授を国費によつて養つておくということは、国民の血税という点から考えても、はなはだ申訳ない次第だと思うのでありますが、いつごろこのレツド・パージをやるか、その点をまず伺いたいと思います。
○天野国務大臣 共産党員の教授が影響力を持つということは、確かに考えられることでございますが、私は、大学というところは別段秘密が漏洩するということもないからして、影響力という点ですけれども、学生は相当に批判力を持つておりますから、それで何かその教授が活動をしたというようなことがあれば、ただちにこれを罷免するというように考えて行つた方が、学園の自治とか自由とかを守るのによいのではないかという考えでございます。やることが手ぬるいようにお考えになりますのも、ごもつともかと思いますが、しかし、やはり日本の大学を率いて行く、学生をみんな納得させて行くということは、やはり筋を通したことをやつて行くことが、私はかえつて――さしあたつてはとにかくとして――日本のためによいのだという考えを持つておるわけでございます。いつからということは、今できるだけ準備をいたしておりますから、その準備のでき次第でございますが、十一月になると思つております。
○岡(延)委員 また大臣は旅行中の談話の中において、大学教授は党員であることだけにおいては、共産党員であつてもよろしい。ところが、それ以下の学校においてはそれはいけない、こういうふうにお話になつておられるのでありますが、それは真実でありますか。真実といたしますれば、どういう意味でそこに区別をつけるか、その点を承りたい。
○天野国務大臣 私は大学の教授というものは、もちろん教育者でありますが、同時に学問研究ということを主にしておるものだと考えております。大学の一番の中心になることは、学問研究ということでなければならない。それが同時に教育的な意味を持つことになりますが、しかし高等学校以下になりますと、大分その点違いが出て来るということが一つと、大学の学生は批判力を持つておるけれども、高等学校以下の子供は批判力がないという点で、大学教授と高等学校以下の教諭とは違いがあるという考えでございます。
○岡(延)委員 先ほど来大臣は、大学生は批判力があるというふうにおつしやるのでありますが、最近の言動を見ておりますと、あれが批判力があるものとは思われない。そこに私は文部大臣とは、相当認識の違いがありますが、それはそれとして、現在予想されておるレツド・パージの対象、要するにそれがどのくらいの数に上るか、それをお知らせを願いたい。
○天野国務大臣 今のところ、どれだけの数ということを確かめることはまだできません。
○岡(延)委員 それから同じ数の話が出ましたから、ついでながらですが、学生で――まず大学生といたしましよう。共産党員がどれくらいあるか、お調べになつておりますか。
○相良説明員 学生の間にどのくらい共産党員がありますか、実は文部省でも調査しておりません。
○岡(延)委員 いわゆるこのレツド・パージ反対の現在の学生運動の首謀者たちの、真の意図はどこにあると文部大臣は思つておられますか。その目的は、純真なるところの学園の擁護にあると称するが、はたしてそうであるかどうか。赤色革命の準備訓練であり、あるいは反米運動そのものであるとまでいわれておるのでありますが、文部大臣はどういう認識を持つておられますか。
○天野国務大臣 首謀者といわれるような人たちは、今、岡委員の言われたような考えを持つてやつていると、私は思つております。しかし純真な学生が非常に誤解を持つておつて、政府がいわゆる自由主義者を圧迫するというような考えも、相当広く持つていると思うのです。あの多数の中のごく少数者だけが、ほんとうに社会を破壊して行こうという考えなのであつて、あとの人たちは認識の不足のために、それに付随しているというふうに私は考えております。
○岡(延)委員 全学連のあの不祥事、ああいう運動を一日もすみやかに終熄せしめなければならぬのでありますが、文部大臣はその再発をどういう方法によつて防ごうとしておられますか、その点をお伺いしたいのであります。またあの騒ぎを直接指導した学生自体に責任があることは、もちろんでありますが、学生指導の任に当る学長を初め教官個々にも、また学校全体にも、決して責任がないとは言えないと思うのでありますけれども、これはどういう責任があるものであるか、文部大臣の所見を承りたいと思います。
○天野国務大臣 学生の中の首謀者に責任があるのは当然のことですが、そういう学生の運動を引き起させて来た教授ないしは学長とか大学というものに責任があるのではないかということでございますが、私は広い意味においては、道徳的な意味の責任は、もちろんあると思いますが、この戰後の非常にむずかしい時期において、共産党の活動が非常に深刻になつておるにもかかわらず、一方では共産党が合法政党として成り立つておるとか、また青年たちがいろいろな問題で悩んでおるとかというような現状において、学生に何も活動させないというようなことは、非常にむずかしいことで、これはだれにも、ほとんどできないことではないかと思います。私などのやることも、外から見れば非常になまぬるいという非難をこうむりますけれども、私はきようあすのことを考えておるのではなくて、日本の将来のことを考えてやろうと思つております。従つて学長諸君におかれても、十分そういう点を考えてやつておられることでありましようから、直接にその責任を問うという考えは持つておりません。
○岡(延)委員 全学連東京都レツド・パージ計画粉碎中央闘争委員会などは、インター・カレツジの組織でありますから、特定大学からすれば、形式的には確かに外郭団体とも言うべきでありましよう。しかしながら、その外郭団体は傘下大学の個々を離れては決して存在しないものであり、ことにその幹部学生が、これを外郭団体なりと称しておるから、何ら自分には責任がないというような態度をとる学校、学長もあるのでありますが、文部大臣はこれに対してどういうふうにお考えになりますか。
○天野国務大臣 全学連というものは、確かにそれを構成しているものは大学でありますから、おのおのの大学が、全学連のすることに対しては責任があるということも、形式的には言えるわけだと思いますが、ああいうふうな全体の活動を、学長が個々の力でもつてしずめてしまうということは、非常に困難なことだと私は思つております。だから全学連の活動がただちに各大学の責任であるというふうには、私は考えておりません。
○岡(延)委員 次に、大学自治と治安維持との関係についてであります。警察権は大学当局の要求ないし同意のない限りは、大学構内に入り得ないというように、学校側では非常に強く治外法権治外法権と言つておるのでありますが、その法的根拠があるかどうか。また過日文部次官から東京都内の国立、公立、私立学校長、あるいは短期大学校、專門学校長、研究所長等にあてた通牒の第三号中においては、学校構内における集会、集団行進、集団示威運動等の取締りについては、当該学校長が措置することを建前とする、要請があつた場合警察がこれに協力することとする、こういうふうになつておるのでありますが、この間のあの、もうほとんど暴動であるというほどの大騒ぎの東大、早稲田の大混乱の際においても、東大も早稲田も、態度が非常にあいまいであつて、警察に対する協力を要請しなかつたというのであります。それが結局事前に連絡がなかつたために、ああいうふうに問題を大きくして行つたと思うのでありますが、いうところの大学の治外法権というものは、はたして法的根拠があるかどうか、それをひとつ承りたい。
○天野国務大臣 説明員にお答えさせますが、よろしゆうございますか。
○岡(延)委員 よろしゆうございます。
○相良説明員 もちろん国際法上で申します治外法権というようなものが学校の中にないことは、明瞭でございます。しかしながら、学校長は、学校教育法によりまして、学校の管理権を持つておるのであります。一応学校の校長の手で治まるものならば、その管理権によつて事態を治めるということは、校長の責任でもあり義務でもあると考えております。しかしながら、この校長の管理権にも、一定の限度がございますので、みずからの手で收束し得ないというような事態を生じました場合は、警察権の発動を要請するというようなことも考えられないことはないと存じます。
○岡(延)委員 大学のみならず、それ以下の一般の学校についても、いわゆる自治会なるものが組織されておるのでありますが、学生、生徒の自治の意義及びその範囲をどういうふうに文部大臣はお考えになつておりますか。たとえば、そういう集会をするたびごとに、すぐに彼らは反動吉田内閣打倒、あるいは基地反対、單独講和反対というような決議ばかりをやつておるのでありますが、それをしも文部当局はやはり自治の範疇内とお考えになるかどうか。
○天野国務大臣 私は、それを自治の範囲内とは考えておりません。民主主義というものが非常に誤解され、自由とか、平等とかいうことが非常に曲解されている結果、そういうことが起つて来るのであつて、決してそれは自治とか、自由とかいうことの範囲内だとは考えておりません。
○岡(延)委員 大学の場合、この自治会の連合体がいわゆる全学連でありますが、これは今大臣もおつしやつた通り、自治の範疇を越えて政治運動に没頭しておるのではないかと思う。そこで文部大臣はかくのごとき有害無益な全学連を解散する決意ありやいなや、その点を伺いたいと思います。
○天野国務大臣 全学連を解散する方がよいということは、私は学長からしばしば聞いておつて、自分もその方がいいのではないかとも考えましたが、これは文部省でできることではなくして、法務府にお願いすることなのであります。その点においては法務総裁といろいろ懇談を重ねておつて、必要となればいつでもやりますけれども、今はまだその時期でないという法務総裁のお考えもあつて、私もそれがもつともではないかと思つております。
○岡(延)委員 この全学連なるものは、団体等規正令によつて届出をしてある。さればわれわれ自由党や民主党、あるいはその他の党と、法的には同じ地位に置かれてあるが、ああいう学生がわれわれの政党と同じ地位に置かれてあるということが、文部大臣は妥当とお思いになるかどうか。
○天野国務大臣 私はほかの政党と同じ地位に置かれておるものとは考えておりません。私の法律に対する考え方が間違つておるかしれませんが、全学連とか、すべてああいう団体は、それを取締る意味でも、届出をさせて置くことが必要なんだから、そういう消極的の意味で届出をさせておくのであつて、積極的に一つの政党と認めるというのとは、私は違つておると考えております。
○岡(延)委員 実は文部省に調べていただいた結果によりますと、国立大学の学生というものは、実に一箇年六万円を要しておる。それは月に五千円である。驚くべきことである。というのは、ああいう一流の大学を出まして、それで人事院の試験をパスしたその初任給は手取り五千円になりませんぞ。このことを文部大臣よく頭に入れておいてもらいたい。要するに国立大学の学生というものは、りつぱな公務員みたいなものなんだ。こういう特殊の地位にかんがみて、公務員が政治活動を禁止せられているように、何か法的な措置を特に講ずるお考えはございませんか。
○天野国務大臣 国立大学の学生に一人年五万円ないし六万円くらいの金がかかるということは、私も承知いたしております。それで天下の模範校でなければならないような学校が先に立つて、いろいろな不当な運動をするということは、私も非常に遺憾と思つております。しかし、ただそれは先ほども申しましたように、いろいろの事情からなかなかむずかしいことだというふうに、自分は考えております。
○岡(延)委員 各大学の今日の混乱というものは、決して突然成るの日にかくなつたのではないはずでございます。日々の指導の任にある大学当局が、終戰後今日に至るまで、学生指導についていかなる措置をとつて来たか。聞くところによりますと、拱手放任に似たところもあり、あるいは学生に追随し、はなはだしきは阿諛して、自己の地位、名声をはかつた責任者もあるのであります。当局はこれに対してどういう考えを持つておりますか。
○天野国務大臣 私は先ほども申したように、日本の今置かれている歴史的現実というものは、非常にむずかしい事態であつて、若い学生が動揺する、いろいろ思想的な悩みを持つというようなことからこういうことになつて来るので、これが必ずならないようにできるということは非常にむずかしいことで、皆様方からごらんになりましたら、文部省や教育者は何をしているかとお考えかもしれませんが、しかし私は、これをただちに学長あるいは教授の責任だとか、あるいは学長や教授がただ学生に追随しているとかいうふうには考えられません。
○岡(延)委員 実は今日の文部大臣は、学長に対する真の任免権を喪失しておる。形式的な判は押すでありましようけれども、各大学が互選した者をそのまま認めるということになつておるのでありますが、実は公選による場合は、どうしても人気とりをやる教授が学長に選ばれる可能性がある。まじめな人、一家の見識を持つている人は立候補しないという傾向があるとすれば、ますますそれは困る問題でありますが、文部大臣は今日のこの形式的任免だけで満足するかどうか。これが私は一つの最近の悪い傾向の根源をなしておると思う。要するに人気とりでもやりそうな教官がはびこつたり、そういう学長がおる可能性がある。またこういうやり方が非常に今日の学生運動にも影響しているというふうに思うのでありますが、文部大臣はこれをどういうふうにお考えになりますか。
○天野国務大臣 私も二十年大学の教官をしていた人間として、大学の事情はある程度まで知つておるつもりでありますが、人気とりをしたから総長になれるというようなことは、決してあり得ない。人気とりなどをしたならば、かえつてなれない。これを選挙する者は、教授が選挙するのでありますから、私は今の制度はよいと考えております。
○岡(延)委員 それから不適任なりとして学長にやめてもらう場合も、今日では協議会というものがある。要するに選挙をしたその先生たちによつて構成されている協議会でこれをきめる。それから文部大臣の方へそれを持つて来るということになつておるのでありますが、それが一番いい制度であるというように大臣はお考えでありますか。
○天野国務大臣 それはひとつ説明員の方からお答えさせてください。
○相良説明員 ただいま御指摘になりましたように、大学の教授の任免というものは、すべて大学管理機関の議を経てこれをなすということに相なつております。さような現在の制度は大学の自治を守るために、しごく妥当な方法であろうと存じております。
○若林委員 関連して。――ただいま岡委員から、今回の東大を中心といたします学生の行動について、またこれに関連することについての質疑が行われたのでありますが、私もこれに関連しまして、少し掘り下げて大臣に伺つてみたいと思うのであります。
 われわれの承知いたしております事情は、新聞を通じてのみの事情でありますが、それ以外に文部当局は大学当局と打合せをされ、御調査せられておることと存じております。新聞に報道された以外に、文部省として大学の中に調査の手をさしのべられて御調査になつたことがあるか、こうしたものを伺いたい。もしあれば、われわれのほのかに耳にしている事実、あるいは新聞に報道されるところと非常に懸隔があるようでありますから、文部省として御調査せられた事柄を逐一ここで御報告を願いたいと思うのであります。
○天野国務大臣 私は、建前として、大学というものは大学の自治にまかすべきものだという考えを抱いております。だから私は大学の一々のことには、何も干渉をいたしません。大学のなすところにまかせております。
    〔委員長退席、岡委員長代理着席〕
 ただ大学学長は、私にたびたび相談もされ、私も大学の学長たち初め、私の信頼する教授方に対して、絶えずいろいろの相談をいたしてやつております。でありますから、教授パージの問題にしても、あるいは全学連を解散すべきかすべからざるかというような問題にしても、私は信頼する大学の教授方とか、法律の知識に明るい方とか、あるいは多くの学長、そういう方たちと絶えず連絡をとつてそちらの意見も聞き、こちらの意見も述べてやつておりますけれども、私の方でこうせよ、ああせよとさしずしたことはございません。しかし詳しい経過等がお知りになりたいということでありましたら、説明員の方から御報告申させますが、それは一般の新聞に出たものと大差ないと思つております。
○若林委員 大臣は、ただいまの御答弁の中に、新聞の報道と大差ないということを仰せになるのですが、われわれは新聞以外に相当つつ込んだ事柄を耳にいたしております。大臣が大学に対して自治を尊重せられる意味において、大学の方から求められるいろいろな意見はお述べになるかもしれませんが、進んで足を大学の中に踏み入れて、こちらから調査するようなことはないというお心持で、学問の自由を尊重する、大学の自治を尊重せられる大臣のお気持は、先ほどの御答弁でよくわかるのでありますが、われわれの耳にいたしておりますところでは、この民主政治の治下においてあり得べからざることだと思うような事柄が、国立大学の学園の中において行われている、こういうことを耳にいたしておるのであります。もしこれの片鱗に近いものでも文部当局において耳にもせず知らないというのならば、監督の権利は一つもないでしようけれども、将来国家の教育行政を立てて行くのに、あの事実を黙過しては立てられないと思うのであります。先ほど戰後混乱の中において起つて来たところの事柄であるからだれの責任であるとも言えない、また責める気持もないと仰せになつたのであります。私も一応はそれを認めるところの気持を持つておるのでありますが、しかし今度起つた大学を中心としての騒ぎについて、南原総長が学生諸君に告ぐというので書かれたものの中には――これも私は新聞で見たのでありますが、大学の学問の自由は、外部からの力によつて破壊せられたというように、あの気の強いところの、吉田総理を向うにまわして、全面講和、單独講和というような問題であれほどいきり立つたあの当時の南原総長の面影、気概というものは、今日まつたくないのでありまして何と申しますか、このいくじのない学長にして、どうして将来日本の大学の中心となるような大学の学長が勤まるだろうかという感慨は、おそらく私一人の感慨ではなくて、私は全国の教育に関心を持ち、国家の将来を憂うる者の気持ではないかと考えるのでありますが、新聞に現われた報道以外に文部省として、不都合きわまることである、遺憾きわまることであるというような事柄を御調査せられたことはないのでしようか。これをひとつ明確に答えていただきたいと思います。
○天野国務大臣 私は文教の責任者として、大学の中に立ち入つていろいろなことを調査するほどのことはないかもしれませんが、一般の学生の動向とか、そういうことについては、絶えず文部省の学生生活課に調査をしてもらつております。ただ、ただいま申されたような南原学長が、以前は気が強かつたけれども、今は弱いとかいうようなことは、私には理解できないことであります。今まで大学の責任者として、決して警察のごやつかいにもならずやつて来た者が、外部からたくさんな者に入り込まれて警察の助けを借りなければならぬというようなことは、実に遺憾千万だということを学生に訴えられたということは、私は当然の措置と考えております。だから、さしあたつて南原学長では東京大学は治まらぬというような考えは、毛頭持つておりません。
○若林委員 大臣は御存じないのですが、これに関連して文部当局の方は調査しておられないでしようか。耳にせられた新聞以外のことはないか、もしそういうことを知らないとおつしやれば――大臣は御旅行しておられましたから御存じないと思いますが、そうでない大臣以外の、直接大臣の命を受けていろいろなことに関係しておられます係の方の御答弁を願いたいと思います。知らなければ知らないでけつこうですから……。
○相良説明員 文部省当局といたしましても、一応学長なりあるいは大学の事務当局のいろいろな報告を徴しております。特に大学の当局を拔きにいたしまして、文部省から学校内に起りましたいろいろな事情を調査したということはございません。私どもが大体知つております事実は、ほぼ新聞に載つておるような事実でございます。
○若林委員 ただいま大臣と課長の御答弁をひとつはつきりここに銘記しておきまして、しかる後私が思い切つた発言をいたしたいと思いますが、もしそうなると、文部省というものは大学に対して何らの発言権もなければ――もつとも監督権というものはないわけですが、しかしあれだけの騒擾が行われており、警察並びに新聞関係のことなど、相当われわれつつ込んだことが聞かれておるのであります。民主治下におけるところのことでない、言葉をかえて言うならば無政府状態であるということを言われておる。治外法権でよろしい。私も京都の大学の学生時代、寄宿舎に司法権が侵入したというときに、時の学生の一人として学園の自治を守ることのために立つた一人であります。それはあくまでも自治という、どちらから見られてもさしつかえない平穏なうるわしいところの学園を守るためのわれわれの闘いであつた。今日の状態は、試験を受けようと思つても、受けようとする純真なる者を暴力をもつて阻止しようとするような――これは新聞に出ておつたのでありますが、これをもつて学園の自治を守るのだというような気分を持つて来ております。文部大臣もこれを調査することができぬとするならば、どこがこれをやるのか、私はよろしく文教を守るこの委員会こそ立ち上つてこれを調査すべきである、そうして文部大臣の将来への教育施策の資に供することが必要ではないかと考えておるのでありまして、具体的にその当時の学長をわれわれは招致するくらいの国政調査権を発動すべきではないかとも考えておるのであります。今日これを動議として提出するにあらずして、ひとつ理事会にこの事柄を諮つていただいて、いわゆる大学の学長の任免権も、事実上文部大臣にもない、大学の自治は、あくまでも大学内部の協議会においてやる、予算は持つている、だれもこれに対してくちばしを入れることができぬという不合理きわまることになつておるのであります。これが理想的に行くならば、これは大臣が言われますように、これに越した制度はないと思いますと仰せになつたのに合うと思うのでありますけれども、今日東大の内部におきましても、おそらくいろいろなる説があると思うのでありまして、われわれは当局ばかりでなしに、学生をもここに招致し、いろいろな実情を聞き、文部省のできない事柄を国会こそ果すべきではないかと考えるのであります。では今どういう具体的なことがあつたかと仰せになるならば、われわれは新聞により、ほのかに耳にしたところより根拠がないのでありますから、これをその当事者についてひとつよく聞き、その事実を確かめるという行動に、今こそ出なければならぬというような気持がするのであります。委員長において、この事柄をひとつ理事会に取上げられて、本委員会としての態度をきめていただきたいことをお願いするのであります。
○岡(延)委員長代理 了承しました。
○井出委員 ただいままで岡委員あるいは若林委員の御質問並びにその御答弁を伺つておりまして、どうも何か一つ本質に触れないものがあるのじやないかというような感じがいたすのでございます。大臣は、大学教授としての輝かしい経歴を持つていらつしやる。しかしながら今日のお立場は、一国の文教の中心におありになる。このお立場は、やはり区別されるべきものではないか。大臣のお考えが、現在の教授ないしは学校当局というものに対して、非常に寛大な、どちらかというと、少し甘やかし過ぎるようなお感覚ではないか、こういうふうに私は思うのであります。こういつた不祥事件が起りましたゆえんのもの、この原因は一つにしてとどまらないと思います。大臣の言われる、むずかしい時代だ、こういう言葉にあるいは帰するかもしれませんが、われわれはそれじや客観情勢がそうだからやむを得ないのだ、これでは文教政策というものにはならないと思います。そうではなく、もつと真相をつつ込んで究明をいたさなければならぬ、こう思うのであります。その場合に、現在の学生は実に不幸なる時代に置かれておる。いずこを見ましても、学生には夢もなければ希望もない、卒業ということは即失業であるというようなこの時代に、現在の教授諸公が、はたして学生の心持をほんとうにひつぱつておるか。学生に対して限りない愛情をもつて向われておるか。天野先生を前に置いて申し上げてはなんですが、かつては、あなたの教室には、講義の際にはまつたく立錐の余地なく、満場に学生が集まりました。ところが今日の教授諸公の教室は、全然その反対であるということを聞いております。あるいはこれは時代の相違かもしれませんが、どうも教授諸公の中に、学生の心をつかみ、学生を真に心の中にとらえておるという点が、非常に薄いのじやないか、こういう感じがするのでありますが、まずこういつた問題について、ひとつお答えを願いたいと思います。
○天野国務大臣 私は、今の時代は、学生にとつても非常にむずかしいけれども、教授にとつても非常にむずかしい。敗戰ということによつて、何かひどく自分らが欺かれてしまつた。だから権威というものは非常に認めにくい。あらゆることに対してあまりにも批判的な、懐疑的な思想が出て来ているということは、これは当然のことともいえると思います。ただいまおつしやつたように、教授が学生の心をつかむと申します、なかなか今の学生は、だれの言うことをも信じないのです。そういうことが非常な時代的な一つの風潮をなして来ておりますから、私は学長あるいは教授諸君に、この時代においても、何も学生が不穏なことをし出したりなどしないようにせよと言うことは、むりだという気がいたしております。しかし現状をもつて満足すべきものだと考える節は、少しもございません。私は現状については、非常に遺憾千万だと思つております。そしてまた、ただ環境の罪に帰するという考えは持つておりませんけれども、これをいちずに学長あるいは教授の責任だと言うのは、酷に失するのではないか。この時代の現実というものを、もつと深く考えるならば、一概にそうは言えないのじやないかという考えを抱いております。
○井出委員 そのお気持はよくわかります。また大臣のお立場で、この問題をさだめし苦しんで、解決をはかりたい、こういうお気持であることはよくわかります。しかし今度の場合などを通じてみまして、何かもつと事前に手がなかつたか。私は教授諸公のみをいたずらに責めるわけではありませんけれども、学生との個々の個別的なつながりは、われわれの学生時代を考えてみますと、やはり先生のおつしやる権威といいましようか、あるいは価値判断といいましようか、こういつたものがノーマルな時代にはあつたかもしれませんけれども、今日、それでは大学当局がそういう点においてどれだけつつ込んで手を打つているか。あえて教授自宅へ学生に訪問せよと言つたところが、水辺へ連れて行つても水を飲まない馬の例のようなもので、片方に関心がなければ、どうにもならぬじやないか、こういうことでもありましようが、どうも今度の事件などを通してわれわれの聞くところによりますと、事前に打つ手というふうなものが、少しく欠陷があつたのじやないか。こういう点、大学当局に責任なしとしないと思うのであります。この点いかがでございますか。
    〔岡委員長代理退席、委員長着席〕
○天野国務大臣 井出さんのように農学をなさつて、農学部の教室を知つておられる方は、そうお考えになるかもしれませんが、法科、経済というような、非常な多数の学生を集めて、マイクロフオンをもつて講義をするというような今の制度そのものに、非常に欠陷があると自分は思つております。これはそういうことから一つは起つて来ておるのであります。今までのところにも、決して手拔かりがなかつたと言うわけには、もちろん行かないでありましよう。だから、私は、学長とか、教授とか、あるいは文部当局もそうでありますが、道徳的責任は、十分に反省しなければならぬと思つております。今後どうしてこういうことを繰返さないようにするかということについては、私は十分考えて行こう。今の機構そのものの中に、こういう收拾できないようなものをつくり出す根源もある、そういう点も大いに研究して行こうと、自分は考えております。
○井出委員 これ以上は御追究申し上げませんが、ただいま、いかにして今後これを繰返さないように具体的な方策を研究して行こうか、この点御苦心をなさつていらつしやるようでありますが、何かその具体的な一つの建設的な方針とでもいいましようか、こういうものがございましたら、ひとつお示し願いたいと思います。
○天野国務大臣 これは私が大学当局に向つて、そういうことを別に命令することができるわけでも何でもございません。ただ私の考えておるところでは、いろいろありますが、しかし今それをここで私がすべて述べるということも、時宜に適しないかと思いますが、ただ一つのことを申し上げますと、たとえば、東大の教養学部が、二年級で四千人の学生を入れているということは、私は教授上非常に不妥当なことではないかということを、実は以前から感じておる者で、こういう点については、大学当局と御相談をしてみたいと思つております。その他私も考えることもございますけれども、よく大学当局と相談をして、要するに今回のことを何とかしずめたらよいというのではなくて、今後どうかしてこういうことが起らないように、また地方の高等学校以下の学生が、中央から出て行く学生によつていろいろ惑わされたりすることのないようにというような点についても、私もすでにいろいろのことを考えもし、また実行も近くいたそうと考えております。そういうようなことでこの場合に対処したいという考えでございます。
○井出委員 教養学部のお話が出ましたから、もう一点追加いたしたいと思います。これは当面ただいまの議題とは少しかけ離れておるかもしれませんが、白線浪人というものは、一時たしか九千人くらいあつたように、われわれ耳にいたしております。ただいまの東大教養学部というものは、新制度に移りまして、しかも旧制のそういつた旧高校関係、しかもそれがその間に戰争というものが介在いたして、その以前の者、そのあとの者、ともかく日本のいわば思想的にブランクの時代を経過した雑多な学生によつて構成されておるのじやないか、こんな気がいたすのでありますが、そういうことなども、何か東大教養学部あたりの持つ、一つの本質の中にひそんでおりはせないか。この点どのようにお気づきになつていらつしやるか。白線浪人対策というものが、もうすつかり完了したのかどうか、その点とあわせてひとつお示しを願いたいと思います。
○天野国務大臣 この白線浪人をたくさんにつくつたということは、これは非常に残念なことであります。一体白線浪人というものは、旧制度によつて学校をやらせるという約束のもとに、あのむずかしい試験を受けさせたのですから、これを浪人させておくという法はないという考えから、私は就任するとただちに司令部にこのことを話をして、司令部でもそれは非常にもつともなことだから、何とかしてこの救済の方法を考えるようにということで、各大学長等とも相談をいたして、そうしてあらためて新制大学の東大においては三年でございますが、他の学校においては二年というところに編入してもろうようにいたしまして、来年一月に編入試験をするという運びになつております。設備とか予算とかいろいろな関係から、全部を救済し盡すということはできませんけれども、今ここに人数ははつきりしておりませんが、救済することになつております。
○井出委員 それから関連しまして――そういう雑多な要素によつて構成されておる教養学部の……。
○天野国務大臣 教養学部は、雑多な要素といつても、たとえば東大教養学部ですと、そう雑多というほどのことはありません。みんな高等学校を出た者が入つておるし、それに他の大学に入学した者がまた受けて入つて来ておつて、従来のいわゆる白線浪人というものは、今の一年、二年には非常に少いと思います。
○岡(延)委員 実は先ほど私は委員長席についておりましたので遠慮したのでありますが、文部省があまりに、あの全学連の騒動、特に東大の教養学部における無政府状態――警官を武装解除し、あるいは新聞記者のカメラを取上げ、あるいは原稿を破つてしまう、まつたくの無政府状態が続いた。今日も若干続いておる、こういうことについて、あまりに文部省は知らなさ過ぎる。そこで同僚若林君は、これはもう文部省ではどうにもしようがないということまで、極言されたのであります。現在文部省には、視学官というのがあるはずですが、これほど問題が大きくなつても――私は、視学官の職務権限がどういうふうになつておるか知りませんが、そういうものを派遣して調べるという誠意はないのですか。私は教養学部の無政府状態の点については、資料をたくさん持つております。教えて上げてもいいくらいです。それだのに、大臣は旅行中であつたせいもあるでしようけれども、まるでその点について正当な認識が足りない。そこで学生というのは良識がある、学長もりつぱなものだ、教授もりつぱなものだという文部大臣の発言で、間然するところがないのに、なぜこういう結果を招来するか。こういう文部大臣では、あぶなくてしようがない。非常にいいものづくめであるのに、なぜこういう結果を招来するか。文部大臣は、教授として今まで二十年の経験を持つておられるのですから、学生はかわいいでしよう。けれども、かわいければかわいいほど、その病源体をきわめて、しつかり処置をしていただきたい。もつとも、現行法において文部大臣の監督権が非常にあやふやであるというその点については、非常に御同情申し上げますが、今まで視学官を派遣して調べたかどうか、また今後調べる意思があるかどうか。
○天野国務大臣 私も、日本文教を憂え、今度のようなことが非常に遺憾千万だと感ずる点においては、皆さんと同様だと思つております。ただ自分は、法律上の権限があるとか、ないとかいうことよりも、むしろ教養学部でありますならば、矢内原教授が必ず十分な調査を私の方に出して来る。またなぜ今彼が教養学部で処分をせぬかということについては、いろいろな事情がある。それはみな私は聞いておるのです。そのために向うの出るのを私どもは待つておるのです。決してあれをそのままにしておるわけでも何でもございません。大学当局に対しては、十分な報告をしてもろうようになつております。視学官制度というお話が今ございましたが、視学官というのは、今そういう役目はいたしておりません。本来はないのですけれども、暫定的にはありますが、そういう役目はいたしておりませんので、学生課というものがあつて、そこでやつております。そこで私はそこに行つて、全体の全学連の動きとか、すべてのものは調べさせております。ただ教養学部内のことは、矢内原部長がいずれ私に詳しく報告してくれることと思つておるわけであります。
○若林委員 先ほどの私の質問した事項に関連した御答弁でありますので、いささか補足してお願いをいたしておきたいと思うのであります。
 私は、われわれが耳にし、ただいま岡委員から発言をせられましたような事実を拔きにして、将来の文教政策を大臣がお立てになろうとするのは間違いなんだ。今日のこの事態を生んだという事柄は、はなはだ遺憾なことでありまして、先ほど井出委員が申されましたことをわれわれが考えるというと、涙がにじみ出て来るような、胸が迫るような思いがするのであります。朗らかな楽しい研究の学園として、そこで生活しておつたわれわれと、現在の学生諸君のあの暗い顔を思い照し合せますときに、われわれ一概にこれを大きな力で押え、あるいは善悪のレツテルをはるということは差控えたいのでありますが、また大臣の考えられております気持もわれわれはよくわかるのであります。しかし少くとも本委員会においてこの問題を取上げました以上、とにかく教養学部長からの報告を待つておるのだということを言われたのであります。私はその正確な報告が大臣のところへ届けられるだろうと思うのでありますが、その報告に基いてこれを審議して行かなければならぬ、こういうふうに感ずるのであります。先ほど来、もうこれ以上、新聞のほかに知る手がないような御答弁でありますから、私は非常に遺憾の心持を語気の中に含めたと思うのでありまして、岡委員の手元にもあります、これがもし世間へ知れたならば、私は学園をそのままに放置して置くところの――文部大臣に権限がないとするならば、この大学の無政府状態をそのまま放置しておくということをするならばおそらく国会自身が国民から怨嗟の声を放たれるのではないか、こういうように考えるのでありまして、もしも文部大臣のところへ届けられる報告とわれわれが関知する事実と違うようなことがあつたならば、委員長におかせられてよろしくその真相を究明し、調査をするという態度に出られんことを希望するところのものであります。先ほど岡委員長代理のときに、この問題をひとつ理事会あたりで取上げられて、御考慮を願いたいという発言をいたしておいたのでありますが、今日の文部大臣なり文部当局の御説明では、われわれが判断をいたしますのに非常に資料が乏しいと思うのであります。この点を委員長においてお含みおきを願い、将来われわれが新聞以外から耳に入りますような事柄、いわゆる無政府状態であるというような声が那辺にあつたかというようなことも、この委員会において明瞭にせられるよう希望してやまないものであります。
○圓谷委員 先ほど天野文部大臣から、これらの学園の混乱状態を、総長や教授に責任を負わせることは非常に酷であるというようなお話があつたのであります。私は責任というものは、負わせるのでなくて、みずから感ずるものだ。これだけの気魂のある総長であつて、ほんとうに涙を振つて学生を指導するという意気があれば、――私も教育を長いことやつておりまして、感ずるのでありますが、私の学校で橋田文部大臣の「忠」と書いた書を取拂つた。私はそれを永久に保存しようとして闘つた。私はあの人が自殺されたときに泣いた。今回のイールズ事件においても、東北大学の総長は、責任を感じてやめた。あの問題は、責任を感じてやめるほどのことでもないと私は思つておつたのです。南原総長のいないところでこれを申し上げても、むだだと思いますが、新聞で見ますと、ある論説に、南原総長に対して、なぜみずから出て学生の混乱を阻止できなかつたかという質問に対して、学校では許さないところの会合であるから、自分は出ることができないのである。それに肉声をもつてはやらないが、マイクロフオンをもつてやつておる。これは同じことで、どうも私には納得できない。そういう生徒を真に思うという気持がないところに、問題が起つているのではないか。私は南原総長の現在の地方における批判というものを聞いております。私もたくさんの父兄や何かから聞いておる。とにかく今は大学に生徒なんかあぶなくて上げられない、赤にされては困る、こう言う。先ほど岡君の言つたように、一人当り年六万円という国費を出して、しかも国家再建の基礎となるべき優秀なる官吏を養成し、また学問によつて国家に奉仕するところの、東大といえば日本の最高学府です。この東大に左翼分子の数が一番多い、これは間違いない。これは何を意味するのか。過日曲学阿世と言つたとか言わないとかで、大分問題になつたことがありますが、全面講和――わが吉田総裁は、單独講和で行く態勢をとつている。しかるに全面講和というのは、政府に対して明らかに反対している。共産党でやつていることなんだ。その共産党と同じことを学園でやるというようなことはいかがかとも思います。私はこういうところに、非常な欠陷があると考えるのです。これは文部大臣として、表向きに干渉はできまいが、南原氏とひざをまじえて懇談されたことがおありですか。これは表向きに監督の意味ではなく……。この問題を解決するについて、南原総長といかなる熱意をもつて御相談なさつているか。なるほど文部大臣の考え方もよくわかります。短兵急にやつては、間違いを起す、だから愼重にされている。むずかしい問題ですから、いろいろと足をつかまれるから、あなたのおつしやることはよくわかりますが、もう少ししつかりした根本的な問題をついて行くのでなかつたならば、これはなかなか解決しないと思う。その点について文部大臣の御心境をお伺いしたいのです。
○天野国務大臣 大学に対して、文部省は監督権は持つておりますが、私は、大学の学問のことについては、何も干渉をしません。学問は、大学が文部省よりももつと優越性を持つているのが当然なんですから――学校行政のことについては、私は監督をして行かなければならないと考えております。だから、私は先ほど、さしあたつては新聞の報道以上の事実を自分は知つておらないけれども、何もそれでもつて自分が満足すると言つたわけでは決してないのです。今後十分調査をして、適当な措置を講じているということは、文部省としては当然なことでございます。
 それからまた、先ほど何も矛盾したことは起らないじやないかと申しましたが、私は、学長でも教授でも人間であつて、決してこれで何も間違いないという趣旨で言つておるわけではございません。ただわれわれ教育に多年従事して来た体験から言えば、これを簡單になかなかやれないといつて、ただちに学長を責め、教授を責めるのはどうかということを申しただけであります。このこと自体が、それ自体としては実に残念なことであり、どうかしてこれを今後に根絶することに努力しなければならないということを、私も十分に考えておるのでございます。南原学長とは私はしばしば会つてよく御意見も承り、私の考えも述べております。
○今野委員 私もやはりこのレツド・パージの問題、並びにその問題を機縁として学園に起つた問題について、御質問申し上げたいと思つておるのであります。但し、この問題については、先般参議院でもつて質疑がある程度行われました。その際に、やはりわが党の岩間議員と天野さんとの質疑応答を見てみますと、根本の問題で考えが違うところがあるらしい。やはりその点を最初に明らかにしておいて、それから具体的な問題に入りたいと思います。
 天野文相は岩間さんに向つて、共産党員であるあなたが、階級のことを口にしないで、国家とか民族とか言うことは、おかしいじやないかということを言つておられるのです。しかしながら、今日の段階における共産主義というものをよく理解し、いろいろと勉強なすつている方にとつては、実は明らかなことなんです。なるほど、形式的に民族あるいは国家というようなことを申せば、それはかつての日本において、民族主義あるいは国家主義の名のもとに、一部の資本家階級あるいは地主階級、そういうもののために他国を侵略するための口実に使われた。こういうものを、私どもはブルジヨア民主主義という言葉で呼んでおります。あるいはブルジヨア国家主義といつてもよろしゆうございます。しかしながら、われわれが今民族の利益、国家の利益を云々するのは、そういう意味ではございません。天野さんがよく言われるこの現実の事態、この現実にわれわれの国ばかりではなく、ほかの国でも、そこの民族の利益というものが、他の帝国主義的な段階にある資本主義の脅威のもとにさらされている、そういう現実のもとにおいて国民の生活を守り、そうして国家の独立をいやでもおうでも達成したい、そうしなければどうにも日本人は生きて行けない。こういうような建前から来る民族という言葉であり、国家という言葉であるわけであります。資本主義というのは、その国だけの問題ではなく、世界的な規模の問題であります。現在の段階においては、日本の民族を守るために闘うことこそ、インターナシヨナリズムに通ずる、そういう考えのもとにやつておるわけであります。従つて日本でも、侵略的なブルジヨア的な民族主義でやつているときには、われわれはインターナシヨナリズムを唱える。しかしながら、今他国の侵略を受入れるという状態のもとにインターナシヨナリズムを言うときには、民族という言葉を唱える。戰後において日本の教育が非常に破壊された状態にあるということは、さつき文部大臣も、非常にむずかしい事態であるとか、あるいは制度そのものの欠陥であるというようなことをいろいろ言われました。確かにむずかしいということは、一般的には言えると思うのであります。しかしながら、最近に特に起つた事柄を考えてみると、たとえば横須賀にあります水産大学の学生がいろいろと騒いでおる。なぜ騒いでおるかというと、あそこの校舎が予備隊か何かの宿舎になる。それであそこを追い拂われるということが言われておる。それから土浦の予科練の跡が二つばかりの学校の校舎になつておりますが、これがやはり兵舎にするというので、ただいま立ちのきを食らつておる。前には外語にもそういうことがございました。それから最近医者が足りないということで、医科大学の医科の教授が軍医に徴発されておるというような事実がある。あるいは大学の教授の生活がどんなにひどいものであるかということ、研究もできないという状態にあるということ、これは新聞紙上でも、例の原田さんの問題で、実にいやというほど国民は見せつけられておる。学生はもとより、実にいやというほどはつきり知つておるわけであります。そればかりではなく、学生の生活が困難であるということ、そうして学問がろくにできない状態にあるということ、教育が実際に破壊されておるという実情、こういうことから、学生が、一体政府は何しておるのだろう。政府ばかりじやない、日本のおとなたちは何しておるのだろう。議会でも、政府でも、その他あらゆる国家の機関は何しておるのだろうと深い疑惑を持つ。そうしてこれがどうにもできないような政府では信頼できないというような気分も、やはり強くなるわけでございます。ところが最近の状態はその通りになつておる。しかも今度のレツド・パージの問題についても、この問題が起つて以来、レツド・パージをやれと、どこからか出て来て、その法的根拠を求めるのに汲汲と苦心しておられる。この苦心自身はよくわかるのであります。しかしながら、これはレツド・パージをやらなければならぬということが大前提になつて、そのあとのこまかい技術的なことであります。そうすると、その大前提が一体どこから出て来たかということについては、何ら説明もされていない。そうしてまた、新聞に出ておるところによると、保利労働大臣などは、共産党員は労働法規の保護を受けないというような無法なことを言つておるわけであります。これは政府みずからが、国民の一部を法律の適用外に置くことである。ところが、これが共産党員のみにおいてそうなつておるかというと、現実においては、そうではありません。現にこの衆議院の農林委員会などにおいても、昨今問題になつておるが、麦の供出その他の問題について、食確法によらなければならないということはわかつておる。ところがそれによらないで、現に総司令部の命令だということでやつておる。ところが農林委員会で聞いてみると、それは行き過ぎで間違いであつた。しかし実はすでに行われて済んでしまつておる。そういうつくつたばかりの法律を無視した事柄が行われておる。あるいはまた肥料の輸出などについては、輸出貿易管理令という政令によつて農林大臣の同意を要することになつておる。ところが今回通産省は二万トン余の肥料を農林大臣の同意なしに輸出するという無法なことをやつておる。それからこの間私の県で起つた事件でありますが、横浜で働かせるからといつて、全国の職安を通じて労務者を横浜に集めた。私は特別調達庁や労働省に行つてこれを取調べてみました。確かに横浜で働かせると言つた。ところが実際に行つてみると、船に乘せられた。━━━━━━━━━━━━━━━━。
○長野委員長 今野君、あなたの御趣旨はよくわかりますが、あまりかけ離れるといろいろ騒がしくなりますから、なるべく早く結論に入つてください。
○今野委員 そこでこういうような態度を一般にとつている。これに対して学生が一体どういう感じを持つかということ、こういうことに対して、やはり政府頼るに足らない、まるで無政府状態じやないか、法的秩序は守られていないのじやないか。そうしてガムシヤラに――このレツド・パージの問題にしても同じ問題である。保利労働大臣の言うことを聞いておると、法律によらないで、まるでお前はどろぼうのような顔をしておる、世間の人もそう言つておる、だからとつつかまえるのだ。こういう論理と同じ論理が弄されて、そうして日本の法的秩序を無視する言動がなされておる。これであつては、感じやすい青年がとても承知するはずがないのでございます。こらの問題に対して政府は日本の憲法を無視してもよろしいかどうか、日本の法的秩序を無視してもよろしいかどうか、その根本から私は伺いたいと思うのであります。
○天野国務大臣 今野さんと私は、やはり現実認識が非常に違つておると思います。私はこの日本の平和な国が、一部の人たちのいろいろな虚構にさて非常に騒がしくされ、不安にされておるということは、実に遺憾千万だと私は思つておる。学生も非常に間違つたことを言われておる。私どもなどが平常非常に尊敬し、その人がやめさせられるならば私がやめさせられてよいと思うような人がやめさせられるといつて宣伝をする、こういう事実は、今野さんもお認めになるだろうと思うのです。だから、そういうように、あなたと私とは現実認識が非常に違つています。私は今の日本が一部の方のような過激なことを言われないで、もつと徐々に歴史を信頼して、歴史の歩みに合せて行くということをすれば、日本は十分に立ち上り得るけれども、一部の人たちのように過激なことを言われたのでは、私は学園を防衞することが私のやむを得ざる義務だと考えてやつておる。あなたも良心によつてやつておられることと私は信じますが、私も自分の良心によつてこれをやつております。ただ認識が違うということはよんどころないことであります。
○今野委員 いつでも認識が違うということに話が落ちるのですが、しかし私は決して架空のことを言つたのではない。こういうようなことの中に、レツド・パージという問題がたくさんの問題の一つとして出て来ておるというこの現実は、やはりさつきむずかしいという言葉で言われたけれども、認めざるを得ないのじやないかというのです。
○天野国務大臣 私がむずかしいと申したのは、できるだけこういうところでは哲学の用語を避けて行きたいという考えから、そういう言葉を用いております。それでむずかしいというのは、今野さんは良心的でも、私から見れば物をはすかいに見て、そうしていろいろ社会をやかましくする考え方が、私はむずかしい時勢だと、こう言うのであります。
○今野委員 そうしてみると、やはりあくまで立場が違うということで、現実の事態についても、それがいつも答えられないというわけなんでありますが、それでは私は、もつとしぼつてレツド・パージだけの問題についてお伺いしたいと思います。そうすると今度はレツド・パージというのは、一体文部大臣のお考えでは、何の必要があつて起つたのか、つまりどこから起つた問題であるか。国内から起つた問題か、あるいは国外での問題であるかということが一つ。もう一つは文部大臣はこれを法的にはどういうふうに考えておられるか、その点をお伺いしたい。
○天野国務大臣 私はどこからも命令されておるわけではございません。今の日本の事態を考えると、無用の学園を騒がしたりいろいろするという事実を見て、どうしてもこれは学園を守ることが私のやむなき義務だと考えて、それならばどうしてこれを守ろうかと考えた。それで普通では皆が、共産党員ならただちに追放せよという、何か世間のあれですが、私は大学の学問の自由を尊重して、あくまでもこれを第三審によつて、三つの委員会によつてやろう、こう考えておる。今非常に自由党の諸君からも、なまぬるいと言われておるが、そういう愼重を期してやつておるわけであります。
○今野委員 それで三つの委員会と言われたが、それはどういう形でございますか。現在教育公務員特例法という法律があります。それからほかにも人事院関係の公務員法がございますが、それにたいへんな違いがある。教育公務員特例法の場合には、その身分を失わずにその審理を受けることになつている。けれども、文部大臣のお考えになるのは、はたしてどういうような形でそれをおやりになるのか。
○天野国務大臣 私は今言つたような点も、もちろん十分に考慮いたしたことでございますが、しかしそういうやり方をすると、同調者というようなものは、ややもすれば何か巻き込まれるおそれもありはしないか。それでまず大学内において審査をし、さらに文部省内の中央適格審査委員会でもつて審査し、さらに第三審は大臣の直接の判断による、こういう三つのことを経過すれば、ほぼ公平なことが行われて、同調者というような名前のもとに、自由主義者が巻き込まれるおそれはないだろう、こういう考えが一つと、それからさらに、教育というのは、ただ国立大学のことだけを言つてはおれない、私立の方面もあわせ考える。それでないと両方を公平にやつて行くことができない、そういう趣意から、この方法を考えたわけであります。
○今野委員 私がお聞きしたいのは、そういうような三つの段階がある。それが全部済んでから辞職勧告なり何なりを行うというのかどうか、それが一つ、それからもう一つは、やはりそういう審理というものが、本人あるいは本人の代理人というものからいろいろなものを聽取してやるのか、あるいはそういうことを全然なしにやるのかどうか、そういう点もお伺いしてみたい。
○天野国務大臣 これは事務当局の者にお答えいたさせます。
○相良説明員 教員につきましては、昭和二十二年の政令第六十二号、すなわち教職員除去に関する政令という規定でもつてこれをいたす所存でおります。この規定によりますと、ただいま文部大臣の申されましたように、第一審、第二審、第三審の三つの適格審査委員会で審査が行われるということになつておりますが、この審査は原則として書面審理でございますけれども、審査を受ける者の希望があるならば、審査委員会に出頭して陳述し、また審査を受ける。被審査者の利益を代表する人の陳述も聞くというような規定になつております。
○今野委員 先ほどの点、つまりその審査は身分を奪つてからやるのか、それから審査のどういう段階で身分を奪うということになるのか、その点について……。
○天野国務大臣 私は自分の希望としては、三審がきまる前にいたしたいと思つたのですけれども、法律上そういうことはできないということで、一審のきまる前にこれをきめたい。その前にやめて、いよいよだめだという見込みがついた場合には、辞職をしていただきたいという考えでございます。
○今野委員 そうすると、教育公務員特例法というのは、いろいろな間違いがあるといけないから、大学教授の場合には相当愼重にやるという建前からできた法律だと思いますが、その教育公務員特例法の規定、あるいはその制定の精神というものについては、今はまつたく考えないということと了承してよろしいですか。
○相良説明員 ただいま私申し上げました昭和二十二年の政令六十二号、いわゆる教職員の除去に関しまする政令は、ポツダム宣言受諾に件つて発する政令、すなわちマ政令というか、マツカーサー元帥の指令に基いて発する政令でございます。これは一般の法律を排除するという一応の通説でございます。それで、ただいま今野委員のおつしやいましたように、教育公務員特例法では、教員に対する不利益処分に対しましては、事前審査の制度があるのでございます。この規定は一応排除されますけれども、適格審査を行うにあたりましては、やはりその前に身分を持つたまま審査を受けるのであります。すなわちいろいろの陳述も聞かれるということになりますので、この審査においても、事前審査の制度がやはり取入れられることになつております。
○今野委員 二十二年の政令六十二号というのは、やはりポツダム宣言に基いて発せられた政令であろうと思いますが、その趣旨は、ポツダム宣言の趣旨を貫くために、いろいろやられるのだろうと思います。それでは天野文相は、つまりポツダム宣言の嚴正な実施をやるという建前から、今度のことをおやりになるのかどうか、その点をお伺いしたいと思います。
○天野国務大臣 その通りでございます。
○今野委員 そうするとポツダム宣言にはいろいろなことがうたつてございます。第一、日本を奴隷化するのではない、日本の民族独立を認めるのだという趣旨もうたつておるのであります。戰争挑発者とかいろいろなものを除去したときにそうするのだ。それから日本の非武装化がうたわれております。そうして日本は軍備を持つてはいけない、あるいは産業面においては、そういうような能力を整えてはならないということをうたわれてあるのです。こういうポツダム宣言の嚴正な実施という建前からすると、現在の産業の状態は、毎日の新聞にもはつきり出ておりますが、そうでないような形になつておるように考えられる。この点につきまして、文部大臣はどういうふうにお考えになるか。そうでないと考えておるか、お伺いいたしたい。
○天野国務大臣 私は、今民族の独立が脅かされる状態にあると思つております。それでありますから、そういう国内的にいろいろな不安を起したり、他国の指令によつて日本の民族を奴隷化したりする、あなたの心配されるようなことが起らないように、私はこの政令に基いてやろうという考えで、趣旨においてはポツダム政令の通りやろうと思つております。
○今野委員 ただいま産業面や何かで、軍需産業は盛んにやられておる。今度の朝鮮事件にしましても、いろいろ影響を受けております。大分わが国の産業は、金融面でも何でも非常な梗塞を受けておる。繊維産業とか、自転車とか、その他のいろいろな平和産業が、非常に金融面でも圧迫をされておる。こういう国の産業の状態として、これを学校の問題にいたしますれば、学校の教育においても、やはり卒業した人は、そういうところに就職するのでありますから、当然これが影響して来るわけです。現に第二工学部などは、やはり軍事的な研究をやつたりなんかしておるのであります。こういうような事実を、やはりポツダム宣言の趣旨に沿うとお考えになるかどうか、その点についてお伺いしたいと思います。
○天野国務大臣 いろいろ質問が広汎にわたつて来て、私にもそういう経済のことなどになると、よくわからないのですが、そういう点で、先ほど申したことは、今野さんと遺憾ながら世界観とか、あるいは現実認識というものに、非常に違いがあるのです。あなたの言うように、いろいろ経済事情等が完全に行われていないということもあるでしよう。けれども、なぜそういうように日本で今軍事的なことが起つて来たかというような原因について、あなたと私と考えが違うと思うのです。私はやはりいろいろ社会を騒がせたり、何かするようなことが起るというところに、大きな原因があると思つております。
○今野委員 そうすると、つまりポツダム宣言は、現在ではそのままに受取りがたいというように解釈してよろしいですか。
○相良説明員 私からお答えいたします。もちろんこのたびのそういう措置は、ポツダム宣言の趣旨に基いて行われるものでございますけれども、直接には昭和二十年すなわち終戰直後の十月二十二日及び十月三十日の二つのマツカーサー元帥の日本に対する覚書、すなわち日本教育制度の管理に関する覚書と、もう一つは教職員の調査、適格審査及び証明等に関する件と二つの覚書に基いております。この二つの覚書、ことに第二の教職員の調査、適格審査及び証明等に関する件の覚書は、占領軍の日本占領目的に反対する者は教職から除去するように指令されております。すなわちこの覚書に基きまして、政令六十二号が出ております。これに基いて出すわけでございます。
○今野委員 私先ほど伺つた中で、産業面のことだと言われてやめたのですが、さつき第二工学部の問題を出しましたが、そういう文部省の所管に属する学校の研究所や何かで、軍事的な研究が行われるということについては、どうお考えになりますか。これはやはりポツダム宣言の趣旨に沿つておるとお考えになるかどうか、その点お伺いしたい。
○天野国務大臣 そういう軍事的なことがなされておるかどうかを、私は知りません。かりになされるとすれば、日本の平和を守るためにやむを得ざる措置に出ておるのではないかと思つております。
○今野委員 少し言葉じりをとらえるようで恐れ入りますけれども、ちよつとがまんしてください。それはやはり日本の平和を守るためには、軍事的な措置その他もいたし方ないというお考えでございますか。軍備を持つことや、それの基礎になる研究をすることはしかたがない、当然のことであるというふうにお考えですか。
○天野国務大臣 そうではございません、憲法のある以上は、軍事的な行動をすべきものとは思いません。
○今野委員 終ります。
○長野委員長 ちよつと速記をとめてください。
    〔速記中止〕
○長野委員長 では笹森君。
○笹森委員 ただいままでの委員の質問に対して文部当局がお答えになりましたことで、大体私のお尋ねしようと思つている点は明らかになつておりますが、なお私の理解を十分に深めておきたいために、二、三お尋ね申し上げたいと思います。
 それは今度の教授のレツド・パージの問題と、学生の自治会の解散であるとか、あるいは改組であるとかいうことに関する問題でありますが、この事業が起つて参りますこれについては、やはり現内閣の国策の線というものが、根本的に考えられなければならないものがあると、実は思う次第であります。と申しまするのは、御承知おきの通りに、かつて共産党員並びに共産党というものが、あるいは非国民と考えられ、あるいはまた非合法のものとして取扱われて彈圧を受けて来ておつたのでありますが、その後に、これらは解放せられまして、共産党員も、また共産党自身も、法的にやはり他の政党あるいは他の思想を持つておる者と同様に取扱われることになつたのは、私どもの最近における国民としての物の考え方の一段階であつたように見ておるのであります。しかるところ、いよいよこの共産党が国民の前に出されましたときに、そのものが一体何ものであるかという実体がそこに露呈せられ、またその行動が国民の前に暴露せられることになりましてから、特に国際の情勢と国内の実情によりまして、今度の内閣がまた別の線に従つてこのレツド・パージをしなければならないということになつておるかに、私ども見るのであります。そこで文部大臣でありますが、同時に国務大臣として、日本の国策をそう動かして行くということについて、一体どう国民がこれを判断すればよろしいとお考えか。先ほど来、文部大臣は、真理を愛する立場から、学問の独立、また思想の自由ということを説いておられます。しかしてここに非常に困難な結論が生れて来ておるようであります。この学問の独立と思想の自由を叫ぶがゆえに、一面においてはまた学生がそれを一つの理由として、今度のような問題を起しておるという一面も見なければならない。そこで、これは先ほど来今野委員と文部大臣との応答で、それが世界観の相違である、思想の観点が異なるものである、こういうお答えだけでは、とうていここにはつきりとした満足を今の学生に與えることができないのではなかろうかということを、実は憂うるものであります。従つて字間の独立ということをどこまでも主張いたします場合に、このレツド・パージとの円係がどこにあるのか、この点が実ははつきりいたしておりません。先ほど来御質問のありましたことに対しても、共産党員であるがゆえに、また共産主義を信じておるがために、全部これは学園から追放すべきではないということで、言動に現われたときに初めてやるべきものである。あるいはこれがある点においては、学生の判断があるから、そうただちにそういう措置をとるべきではないというようなお答えもあつたのでありますが、根本的に、一体この学問というものは、国策のために左右せられるべきものではない。学の立場はこの行政の上に立つということを、はつきりと文部大臣も仰せになつておる。しかるにこの至高なる立場にあるべき学の独立ということと、今度のレツド・パージというものに関係して、その思想を持つておるところの教授を追放するという問題は、今の学生に、学園の自由、学の独立を守るがゆえに不都合であるという問題を起しておる。これに対するはつきりとした答弁が與えられておらない。私たちは、この際大臣としての確信、現在の閣僚としての大臣の確信を、この点についてはつきりともう一応お示しを願つて、さらに私どもはこの問題を検討して参りたいと思つております。
○天野国務大臣 今の御質問の初めは、前にはむしろ国家主義者を追放するようであつたのに、今はかえつてまた反対の方を追放するようなことになつておるのは、何か国策が一貫性を持たない、その点についてどうかという御質問ではなかつたかと思うのですが……。
○笹森委員 少し違いますが、それも同時にどうぞ。
○天野国務大臣 しかしこの点については、私の答弁の限りでないと思つております。それはどうしてそういうことが起つて来たか、初めには共産主義者をむしろ歓迎するようなことがあり、現在はそれを追放するというような矛盾は、どうして起つて来たかということについては、私の答弁の限りでないということを思つております。
 二番目に、学問の自由ということを言いながら、一方ではレツド・パージをするというのは、矛盾しておるのではないか、そういう御尋ねだと私は思うのです。ところが自由と言つても、私たちがものを考える、一つのことを研究するという自由は、どこまでも大学としては持つべきものです。しかし行動の自由ということは――いつも私どもは、それを法律上の自由と申しておりますが、法律上の自由というのは、いつでも許可の自由であつて、言論は自由であつてよいとか、集会はしてもよいとか、いかなる宗教を信じてもよいとかいう法律上の自由というのは、いわば許可の自由であつて、そこには、いつでも現実においては制限があつて、初めて自由というものがある。無制限な自由というものは、行動に関する限りあり得ないのです。ところが最近の学生の動きを見ても、あるいは一部思想家のなすところな見ても、その許されておる自由の限界を越えておるものがあるのです。だから、そういう人たちを愼重に考えて、むやみに自由主義思想家だからといつて追放せずして、愼重に考えて、ほんとうにその限界を越えておるものは、その人に反省を促す。促してもどうも聞かぬという者は、この人をパージするよりしかたがない。学問の自由をたつとぶということと、このパージをするということとは、少しも矛盾することがないと確信いたしております。
○笹森委員 私の最初お尋ねした意味が徹底しなかつたと思いますので、もう一度申し上げるのですが、戰前においては共産党員を非国民扱いにし、共産党というものは認めなかつた。しかるにその後になりましてから、これを公的なものとして認めることになつた。そこに国としての立場が、この一つの思想と党派を取扱う上において、大きな変化を示した。ところが現在においては、この共産党員を、あるいは官吏とし、あるいはまた公吏として、公務員としての立場から共産党の急進分子を追放しなければならぬということになつて来ている。しかもそのことに対しては、国家として一貫性を欠いたうらみがありはせぬかということを、実はお尋ねしたのであります。それはここで答弁の限りではない、答弁ができないということを仰せになるのですが、しかしこの答弁を私は求めなければならない。なぜならば、一切の責任はやはり文部大臣を含めての国務大臣にあるので、これに対する明確なる観念をもつて、その方針をわれわれに示してくれなければ、審議ができないということになるので、それを実はお尋ねしておるのであります。その答弁ができないということは、私にはどうしても了解ができませんので、答弁ができないなら、なぜ答弁ができないか、その辺をもう一度お答え願いたい。先ほどの文部大臣のお答えは、前には国家主義者、帝国主義者を追放し、今度は共産主義者を追放することが答弁ができないと仰せですが、私のお尋ねは少し違うので、もう一ぺん重ねてお答えをお願いしたいと思います。
○天野国務大臣 私は笹森さんの御質問に答えたつもりでおるのです。と申しますのは、戰前には共産党というものが禁止されていた。ところが日本が無條件降伏をしたら、今度は共産党というものが自由になつて来た、ところが今はまた共産党というものをいろいろな職場からしりぞけなければならぬという事態になつて来た。こういうのは、日本の歴史的な現実というものから起つていることであつて、政府が必ずしも自由にできない領域のことである。だから、私はこれはどこの責任であるとかどうとかいうことは、私の答弁する限りでない、こう申すのであります。私はきわめて明晰だと思つております。
○笹森委員 ただいま大臣のお答えになりました意味は、私はその意味として理解をいたしまして、あとは議論になるから、それはそれだけで終らせていただきます。
 そこで、先ほど来お話の出ておりまする、この直接の法的なる根拠というものに対して、だんだんお話がありましたから、先ほど来のお答えで、私はそれをその意味で今日まで取扱つて来られたということの理解を得たのでありますが、さらに進めて参りまして、実際に審査委員会の適用して参りまする基準を、このままではいけないから、なおこれをかえようという意図があるかのごとく伝えられておりますが、それは真実でありまするか。もし真実でありまするならば、詳細にわたつて、今どういう案をもつてこの基準をおかえなさろうとしているかを加えてお答えをお願いしたいと思います。
○天野国務大臣 ただいまの御質問のことは、非常に重要な点でございまして、私も法律專門家などにいろいろ尋ねておりますが、両論あつて、今のところまだ決定に至つておりません。しかしそう長く延ばすわけにも行きませんから、従来の基準通りにいたすか、あるいは幾らかの訂正を加えるかということはまだきまつておりませんが、しかし近くきめなければならぬと思つております。
○笹森委員  このままで参るというのであれば、私どもはその通りであると思つて了承いたすのでありますが、もしもかえるということになりますると、文部省独自の立場だけでおやりなさいますか、あるいは事前に私どもにもいろいろと考えさせる機会を與えてくださいますか、この機会にお尋ねしておきます。
○相良説明員 この政令六十二号、すなわち教職員の除去に関しまする政令の運用につきましては、文部大臣が全責任を負つております。そういうわけで、この規定につきましては、文部省で決定したいと考えております。
○笹森委員 ただいまのことで責任の所在が、つまりこの基準等をいろいろとお考えになつて、あるいは訂正すべき必要があるならば訂正するということは、文部大臣の所管であるから、その通りにされるということはわかつたのでありますが、非常に事は重大でありますから、その結果における責任は重大なものであるということを私どもは考えておつて、もしも非公式にでもそれらのことについて、われわれに審議とまでは行きませんでも、何か事前にでも連絡をお願いすることができるならば、私ども相当意見を持つております。むろん文部大臣も万全の策をおとりになると思いますが、私はそのことをお願い申し上げておきたいと思います。
 次にお尋ねをいたしたいことは、学生の身分に関する問題であります。すでに東大でも十名の停退学の処分を受け、あるいは中大でも同様の停退学の処分を受け、近くはまた他の大学においても同様な措置がとらるるかに私どもは仄聞いたすのであります。先ほどの委員の方のお話もありました通り、将来のある日本の学生が、その一生の光明を失わなければならない待遇処分を受けなければならないという問題は、実に大きな問題であろうと思うのであります。これに対しまして、私はこの問題を單に大学の学長あるはまたその他の教授だけにまかせておいて、それで文部行政を担当しておられます大臣において責任がないということは、決して仰せにならないだろうと思います。先ほども道徳的な責任は感ずると仰せになつている。従いましてこの善後措置まで実は考えていただかなければならないのじやなかろうか。幸いにして今のところはごく少数の者に限られて停退学の発表があるようでありまするけれども、実は私どもが非常に心配しておりますのは、ほんとうにこれを動かしている者が他にあつて、動かされている者がそういう非常に不幸な目にあつているということも、過去においては多くあつた例であります。しかし実際これを動かしておるほんとうの責任者が他におるというような場合に、この他の者のために犠牲になるということもあり得るのでありまするから、これらのことについても、今つぶさに学生課から情報をお受けになつているということでありまするが、学生の側から私どもまたいろいろのことを聞いてもおり、つまり反面から見て、当然犠牲者となるべからざる者が犠牲者にされておるというような例もありますので、この辺は十分にお考えになつていただかなければならぬが、それらについて善後措置をどうお考えなさるか。また実際の事象としましては、五人や十人ではない、たとえば登校いたしまする学生を暴力によつて阻止するというようなお話も先ほどありましたが、これも現実に私どもは見聞いたしておるのであります。こういうものに対して、今後正しい学生を正しく登校せしめ、正しい学校の授業を受け、あるいはまた試験を受けしむるようにして不安なからしむるためには、單に学校の学長などの力ではいけないので、文部行政の責任の地位にありまする大臣自身が、やはり適切なる一つの方途をお持ちなさらなければならぬ。これは学長において統制すべき問題だと仰せなさる。学長もまた、教授と力を合せてこの問題を処理して行きたいというようなことを仰せになる。しかしながら、文部大臣自身にやはりもつと――法的な責任はないにしても、実際にこの問題を処理するためのいろいろな熱意を私どもは伺いたい。この面において文部行政は監督権があると仰せなさるのでありまするから、この監督権を通して、どうしてこのブラツク・シープ――ゴートとシープの区別をするか、つまりいい者と悪い者の区別をはつきりさせていただいて、どの点までこの処分された学生の世話焼きと、それから善後措置を考えておるか、まだその段階になつておらぬのかどうか、その点について、特に学生の身分のことが気になりますから、お答えを願いたいと思います。
○天野国務大臣 笹森さんの御質問は、要するに学生で表面に出ているような者は、むしろおどらされているので、首謀者は背後におるのだ、その首謀者を逃がして、ただ表面に出ている者を罰して能事終れりとするのではいかぬ、そういう学生の将来についても、十分考えるところがなければならないという御意見と思います。それについて私がどう思うかという御質問かと思いますが、私も多年教育に従事して来た者として、ただ学生を退学させてしまえばそれでよいのだという考えでは決してございません。けれども、自分のしたことに対しては、どこまでも責任を持つて行くということが、私は人格の自由といわれ、人格の中心となる点だと思つております。だから学生諸君にその責任をとらせるということは、決して学生諸君の将来はどうでもよいとか、学生諸君を憎むとかいうような意味ではなくして、むしろ学生諸君を一個の人格として尊重して、あなたは自分のしたことに対して責任をとるべきだということは、これは教育的に当然すべきことだと考えております。けれども、学生諸君の将来については、できるだけの配慮をすることが、また教育者としての当然の責務であり、大学を監督すべき位置にある私の当然の任務だと考えております。
○笹森委員 お尋ねを申し上げました点でお答えがなかつた点は、文教の府に責任を負つておりまする文部大臣が、今度のこういう不祥な事件を起したことについての責任をどうお感じになつておるか。お感じになつておるならば監督の権能をどうして、どういうことをなされるお考えであるかを、実はお聞き申し上げてあつたのであります。
○天野国務大臣 私はその点については、今までに実は申し上げたつもりでおります。私も文教をつかさどつている人間として、もちろん責任を感じております。だからしてこのことを、ただ起つたことをしずめるというのではなくして、将来こういうことが起らないように、さまざまなくふうをしておる。その一つはどうだというようなことまで、先ほど申し述べましたので、笹森さんの御質問に対しては、すでにその点は答えておるというつもりでございます。
○笹森委員 ちようどよいお答えが出ましたので、私は実はそれをお聞きしたかつたのであります。そこで先ほど井出委員からもお尋ねがありましたように、再びかかることをせしめざるための責任を、実は私お尋ねしているのであります。過去における責任をお尋ねすることよりも、むしろ、今大臣が仰せになつた、それをお尋ねしたい。どうしたならばこういうことがないようになるか、この日本の文部行政ができるかということに対する方針がなければ、單に一々でき上つた事象だけを押えつけるということになります。それを実は私はお尋ねしたかつた。私はここでなお具体的に申し上げますならば、戰後において希望を持たない学生、これに一体どう希望を持たせて行くか。日本民族の将来を、国際人としてまた新憲下にこれを守つて行き得て、そしてああいう不健全な――私どもから見て不健全だと思う思想に惑溺しないような方向へ学生をひつぱつて行く責任を、一体大臣はどう思つておいでなさるか。そこを実は私お尋ねしたかつた。そこで私が特に――結局話はごく平凡なことをお尋ねすることになるのでありますが、学生としてそういうことをするひまなからしめ、学問に忠実であり、真理の追求に忠実であり、しかもまた学生の体力気力のあふれておる時代に、この体育競技、スポーツ、こういう方面にぐつとひつぱつて行つて、私ども学生生活としての昔のことを考えてみると、自分の学問として多少興味を持つてやつたこと以外は、ほとんど汗を流して体力を消耗し切つて、毎日運動場をかけまわるということで、学生が非常に健全な体力を持ち、しかして健全な思想をもつて行き得るというようなことに考えられる。こういう意味で積極的にその弊害をためるような体育競技というような方面のことをやつて行かなければならない。それは單に対校試合とか、そういう見る体育競技ではなくて、全学生がことごとくこぞつてそういう方面に新しい息吹きを持つて行くということにならなければならぬ。これは諸外国の例を申し上げるまでもなく、御承知の通りに、健全な民族の学生の勉強の仕方で、その思想に惑溺しないものの学校の体育の状況などの、実に盛んなすばらしいものを、私どもは見る。こういう方面に欠けているのじやないか。單に本ばかり読んで、本の虫となつているというような者ばかり、また思想ばかりひねくる者が、学生の生命ではないので、この方面にもつと積極的なものか何かお示し願えないものだろうか。さらに進んで結局は人間の思想の問題は、信念の問題だと私は思う、宗教の問題だと思う。そこまで正しい宗教と正しい体育とを学生の中に織り込んで行つてこれを指導して行くというような勇ましい、たくましい、一つの責任感を持つて、ひつぱつて行つていただくというような構想がないものだろうかどうか。單に私ども攻撃し非難しておるのではなくて、これから立ち上つて行く日本の次の時代を負う者のために、大臣がもつと魂の息吹きをこの責任の中に盛つていただきたい、こういう意味で、実は責任感をお尋ねしておるわけであります。
○小林(信)委員 私は関連してちよつとお尋ねするのですが、先ほどからいろいろのお話を聞いておりますと、結局今日非常にむずかしい世相の中に、学生も、それから教授も、ほうり込まれておる、そういう点からして、今日のような事態が生れたのだ。しかしこれはあくまでも学園の自由の立場から防衞しなければならぬ、こういうふうに結論的には承つたわけなんです。しあしそこで私大臣に、大臣がいつか谷崎潤一郎氏と対談されたときのことが新聞にありまして、その点からお聞きをしておるのですが、確かに谷崎潤一郎氏とのお話の中で、大臣は、現代の若い人が思想だけでなく、実践にまで入つて来ておることは困る、こういうことをほんとうにおつしやつておりますが、この問題が一番究極の問題になるのじやないかと思います。その現代の若い人たちに、思想というものを自由に研究させてやりたい、しかしこれか実践に入つては困る。この実践に入るという問題は、若い人の学究の意欲からすれば、当然行かなければならない過程にあると思います。他の者であれば、これは当然無視されて、一般に重視されなくて終るのじやないかと思いますが、ただこの若い人の思想の問題につきましては、こういうことを特に言われるわけなんですが、ここら辺の限界を今後どういうふうに見て行くか。たとえて言えば、実践には入つては困る、これに対しては一線を画すというふうにお伺いするのですが、そこの措置を当局としてはどういうふうにお考えになられるか。
○天野国務大臣 実践という言葉は、非常にあいまいな概念であつて、小林さんのおつしやるのはどういうことでございましようか。要するに私は学生のあり方というものは、教授の指導を受けて、将来の社会人としての準備をしておるというのが学生のあり方だと思つております。その指導を受けておる人が、教授の指導のもとにいろいろな思想を研究する、これは当然よいことだと思う。どういう思想であつても、教授がこれを研究さすことが適当だと思つて研究することはよいと思います。けれども、すでに一個の社会人としての政治活動、そういうものを学生がするということは困つたことだと、こういう意味でございます。
○小林(信)委員 この問題は、大体その辺におきまして、先ほど皆さんの問題の集中されたところは、結局先生方の、大学における教授の方たちの責任というふうなものの追究に終り、これの監督あるいは助言する立場からして、文部省の、文部大臣の責任というふうなものも多少追究されたわけでありますが、現在の政府がとつております、ことに先日の新聞協会で総理大臣が、当面の政策として強調されましたところに、講和態勢の確立のためには、経済的な自立と、もう一つは文教政策の確立をやる、こういう二つの大きな問題の中に、文教政策が強く言われておるのです。そういう点からしても非常に現在の政府が文教政策に重点を置いておられる、考えておられるということは了解するわけですが、しかしいろいろな点を見まして、今日のような問題からして、教授の方たちの責任をいろいろと追究されるのですが、しかし教師の立場とか地位とかいうふうなものが、あまり無視されているじやないかというふうに私は考えるのであります。というのは、やはり大学等におきまして、この世相の中で苦しむということは、大臣も言われておるのであります。まず第一番に、生活の安定のない、不安な状態に置かれております教師が、生徒に対して絶大な指導力を持たぬから、ああいうふうな結果に陷るのだというようなことを、先ほどから言われたのですが、しかし教師が生活の不安というようなことを一面において持ち、かつまた大学等の内容を見ますと、研究室等が荒廃して十分な研究もできない、そういう状態に置かれておつて、ほんとうに熱意が出るかどうか。こういうことを考えてみますと、單に言葉で文教政策を確立するのだ、講和態勢を確立するのだというような、こういう政府の政策にも、大きな責任を感じなければならぬじやないか、これはいろいろこまかい点をあげれば、確かに言えると思います。そういう点におきまして、私、当局が單に道徳的な責任を負われるというのではなく、そういう面にも十分責任を感じていただかなければならぬと考えます。この点大臣の御意見を承りたいと思います。
○天野国務大臣 私は日本の文教の振興ということを、言葉だけで言う考えは少しもございません。総理もそういう考えではないと思います。微力でありますけれども、今大学の研究費も、日本の事情の許す限りにおいては、十分とは言えませんけれども、以前のほぼ倍ぐらいにしてもらう考えでおります。あるいは育英会費の増額とか、あるいはもつと基本的に、六・三制の確立とか、そういうようなことに対して、私は微力ではあるけれども、努力しておる考えであつて、ただ文教政策を言葉の上で言う考えは、自分は持つておらないのです。これで十分だとは少しも思つておりません。ただ自分のできることは、しておるという考えである。しかし文教の問題は、ひとり共産党の問題だけではない。その他にもさまざまな問題がある。今おつしやるような教授の生活の不安定というようなことも、一つの問題であります。関連しておりますが、これも人事院と相談して適当にやろうと、今やつておるところでございます。要するに、ただ空理空論の文教の振興というようなことは、私は決してする考えもなく、総理もそういう考えではない。できるだけこれを現実に現わして行きたいという考えでございます。
○小林(信)委員 もちろん今日の経済情勢からして、今大臣のおつしやつておるように、大臣として努力しておられるということは、私どもも認めますが、しかし努力しても、できて来るものが、なおかつ学園に対して十分に学生を包容する力を與えることができないということは、やはりまだ言えるのじやないかと思います。しかし今日の経済情勢からして、これが最大限の努力であるといえば、それまでのことでありますが、そういうところにも、大きな問題がひそんでおることを、私考えてみたいと思います。結局、教育は先生と学生との関係において行われるのでありますが、その教育を真に確立させるためには、もちろんいろいろな問題がありますが、教育者の背後に文教政策の確立という、大きな国策というものがなければ、やはりこういう結果を生んで行くのじやないかと思います。先ほど今野さんの言われたことも、やはり私は一応考えなければならぬ問題があると思います。いろいろな政治的な面で醜聞があるとか、あるいは政治道徳、社会道徳というものの道義の頽廃も、やはり基因するわけであります。これはやはり大きな責任を全国民が感じなければならぬ点でもある。その点からすれば、文部大臣は單なる道徳的な責任だけでなく、この際大きく文教政策に対する一段の御努力を願いたい、こういうことを私は申し上げたい。
 次にお伺いしたいのは、かつて各府県の教育委員会において、教職員の不適格者を追放したことがあります。これは前の文部大臣のときに、私たちがそのやつたことに対して、共産党員でないような者を巻添え食わして追放されたことがあつたので、そういうものを取上げて、いろいろと大臣の善処方をお願いしたのですが、そのときに、そのことから来た結果についても、大臣は、これは地方の教育委員会の責任でもつてすることで、文部省としては関知することではない。こういうような御意見を承つて、私たちそのときには非常に困つたのですが、これが地方においてなお継続して行われておるということは、各教職員が感じておりまして、一面非常に恐怖を感じておる者もあるわけであります。これが継続されておるときに、今度は文部省としてレツド・パージの問題が新たに重なつて行われるという点につきまして、何か特別な考慮があるかどうか。以前のものは全然文部省としては無視されて、文部省としての方針で今後行われるかどうか、この点お伺いしたい。
○天野国務大臣 今度のことは、私はその後の社会情勢の変化というようなことから、当然この際やらなければならないということで、私がどこから制限を受けるわけでもなく、だれにさしずを受けるわけでもなく、これは私自身がやるべきことで、そのやり方については、これが一番いいという仕方でやります。従つて全責任は私が負うことでありますから、これについて何か不当なことが起るならば、すべて私の責任だという覚悟でやらなければならぬと思います。
○今野委員 先ほど笹森さんの質問がありまして、それに対して質問の趣旨と違うという話でありましたが、大臣が言われたことの中に、非常に重要なことがある。先ほど二十二年の政令六十二号でやられるということであつた。ところがこれはポツダム宣言の趣旨に沿つたものであり、国家主義者とか、その他いろいろ右翼的な者で、日本を戰争に導いた責任ある者を追放するという趣旨のものである。しかしその後客観的な情勢、歴史的な現実というものによつて、反対に共産主義者を追放するようになつた、こういうことをおつしやつた。しかしそういう歴史的な現実と言うと非常にむずかしいのでありますが、それは世間の普通の言葉で言うと、つまり日本は占領下にあつて、そうして占領軍の政策がかわつて来たから――これだけじやないでしようけれども、これが中軸になつて起つておる歴史的な現実と、こういうふうに解してよろしいのでありますか。
○天野国務大臣 その通りであります。
○今野委員 そうすると、私ども教育に従う者、あるいは学問を研究する者、そういう者がそういう外部から起つて来るいわゆる歴史的な現実に対して、それがたといどのようなものであろうと、それにさからわないでやるのが正しい行き方である。そういうふうにお考えになつているように見えますが、その通りでございましようか。
○天野国務大臣 外部から起つて来ておるとは思いません。もし外部から起つて来て、私がそれを不当だと思うならば、私はやりません。一日もこの位置にはおりません。私がここにおつてやる以上は、それがいいと自分が思つておるのであります。自分がこの現実に処して――あなたとだから、少し哲学の言葉を使つても許していただきたいと思いますが、そういう歴史的の現実に処して、こうやるのが正しい。先ほどから繰返して言うように、不当な力が、日本の平穏なところに波瀾を起し、社会不安を巻き起し、いろいろなことのために学園を荒廃するおそれがある。それに対する防衛の意味として、私はこれをやることがいいと思つてやつておるわけであります。もし自分の良心に反したことをやらなければならぬというような、外部からの力というなら、私はこの席に一日もおりません。
○今野委員 大体大臣の立場というものは、よくわかりました。そうすると同じ立場で、先ほども大学についてはともかく、高等学校以下の教員については、もう共産党というものはいけない、こういうようなお考えでありまするが、そうするとやはりこれも、憲法にうたつておるような信教の自由といつたようなものについては、この教員に限つては許されない、こういうふうに解してよろしいのでしようか。つまり現在の歴史的な現実の上に、憲法の規定は許されない、そういうふうに解してよろしいのでしようか。
○天野国務大臣 今の問いが私にはつきりしないのですが、要するに私は大学と高等学校以下では、少し区別があつてもいいという考えをいだいているのです。本来ならば、大学もそうやるのが、あるいは日本の輿論かもしれませんけれども、私は大学は学問の自由を尊重するという意味から特別に扱おう、しかし高等学校以下については違つてもいいけれども、しかしさしあたりは大学に準じて事をやつて行くという考えでございます。
○今野委員 それは先ほどお聞きしたのです。つまり教員については、憲法にうたつてある信教の自由ということは、これはそういう限りにおいて停止される、そういうふうに考えていいかどうか。
○相良説明員 もちろん信念とか思想とか、そういう自由は、憲法に規定されております基本的人権にほかならないのでございますけれども、それは憲法の條章によれば、公共の福祉のためには一定の制限を受けることはやむを得ないと書いてあります。
○若林委員 私、お伺いすることは多多あるのでありますが、大臣のおられます間、ただいまの問題以外の問題でありますが、一言お伺いしておきたいと思います。
 一昨日でありますか、教育委員会の委員の選挙の告示が出まして、ここ一箇月間教育委員の選挙が行われることになるのでありますが、これに関連いたしましてちよつと伺いたいと思いますのは、香川県の知事の補欠選挙にあたりまして、香川県下における教職員の方たちの政治活動に対して、民政部から注意の覚え書が出ておりますが、大臣はそういう覚え書が出たということを御承知でございましようか。
○天野国務大臣 はなはだ申訳ないのですが、まだ聞いておりません。
○相良説明員 ただいまの御質問に対しましてお答えいたしますが、香川県の教育委員会で、かような教員に対する注意をしたという報告が、文部省の事務当局の方に参つております。
○若林委員 それをぜひいただきたいと思います。
 それからこれに関連して伺つておきたいことは、この文句を見ますと、教員の身分に影響するような文字が使われておるのであります。これは九月の七日に四国民政部から香川県の教育庁あてに出された文書でありますが、いずれお手元に文部省から配付されると思いますので、全部を読むことを省略いたしますが、内容は、知事の選挙にあたつて選挙違反の事実が基本法の第八條、公職選挙法の百三十七條、教育公務員法の一部規定を含む現行法規に違反した運動が現実になされておる。この資料を出せとおつしやれば、私たち提出してもいいのでありますが、この内容は、生徒の父兄の投票獲得のために戸別訪問をし、立候補者名を記入したメガホンを学校に持ち込んでおる。それからその他の手段をもつて生徒に働きかけておることなどである。さらに教職員は教員組合に利用されて、組合の総合作戰の一翼として、他の立候補者に関するデマを散布しておる。このデマの内容も申し上げていいのでありますが、省略いたします。特に重大な文句は、ここであります。本県における一般公衆の教員に対する信用は、六月の参議院選挙に行つた政治活動のため遂に失墜しておると書いてある。そこで貴局においては全学校教員に対し、現行法規を遵守し、生徒及び一般県民の尊敬を維持するため、本選挙における行動に十分愼重を期するよう指示を與えられるようサゼストするというのであります。一片の文句といえば文句でありましようけれども、県民いわゆる一般公衆の教員に対する信用をまつたく失墜しておるというような現実をここに指摘されておるのであります。大臣はこれまで香川県のこういう問題をお聞きになつておるかどうか。これは相当重大な問題だと思うのであります。またこれが出されたときに、香川県教員組合の教員が、これに対して何らの抗議めいたことも言わぬということは、尊い教職員の職にある、良識あるところの教職員の身分を十分全うしておるといい得ない事実であろうと思うのでありますが、これに対して、大臣はどういうお考えを持つておられますか、お伺いいたします。
○天野国務大臣 私は詳しくその報告を受けておりませんけれども、大体伺つております。非常にそれは教職員として遺憾千万な話だということを考えて、今後どうかそういうことのないようにしていただきたいということを考えております。非常に遺憾千万な話だ、一体教員が自分の本分を忘れてそういうようなことをしておつたのでは、日本の前途というものは非常に心配な話だというふうに考えております。
○若林委員 私は別に教員諸君の政治活動を全面的に禁止するというような考えは持つておりません。国民の一員とし、また良識ある教員の身分にある者として、堂々たる選挙運動になすべきであり、してさしつかえないと私は考えるのであります。しかしながら、ここに指摘せられております事柄は、法規を無視したやり方をやり、違反したことをやつておる。過般の選挙におきましても、法務府関係の者たちの意見を聞いてみますと、ぴしぴし選挙違反としてあげていい事柄がたくさんある。けれども、これを選挙違反としてあげるのが国家のためか、子供たちの目に、先生たちがずるずるじゆずつなぎになつて、校庭からひつぱられて行く姿を見せることが教育のためにいいか、こういうようなことのバランスの上から、これを不問に付せられておると思うのでありますが、これを知らずして、大きな教育を守るという見地から、あまり問題にされておらないことを奇貨として、ここにらちを越えた選挙運動をしておつたということが、この示達になつたと思うのであります。従つて来月の十一日にひかえております教育委員会の委員の選挙に対して、何らか教職員の自粛を促すような措置を、文部省としておとりになる必要があるのではないかと考えるのでありますが、いかようなお考えを持つておられますかを伺いたい。
○天野国務大臣 若林委員のおつしやることは、一々ごもつともで、教員はそういうことがあつてはなりませんから、私の方としても、教育委員会と連絡して、そういうことのないように努めたいと考えております。
○若林委員 私がこの発言をいたしましたのは、たつとい教員諸君の地位を守るために、庇護するために、この発言をいたしたのでありまして、この廃言を動機にして、政治活動を封ずるとかいうような気持を持つておるのじやないのでありますから、子供たちの目から見まして、先生の尊敬と信用を増すような堂々たる行動をとられることを望んでやまないのであります。
 なおいろいろあるのでありますが、大臣がお急ぎのようでありますし、列席のお方にはお係りでない方がおありだと思いますので、もし政務次官にでもお答えを願うことができるならば、質問を継続したいと思うのでありますが、一応大臣に対する質問はこの辺で打切ろうと思います。
○岡(延)委員 実はただいまの若林委員の発言に関連してでありますが、私も過般十日間ほどこの委員会の調査班として九州を歩いたのでありますが、教員の選挙運動の弊害というのは実に目に余るものがございました。香川県の民事部からああいうことが指摘されたということは、その一例にすぎないのでありますけれども、あの書類を昨日私が拝見しましたら、非常に具体的にその弊害、実情を指摘してあります。そこでちようど教員委員の選挙も、すでにもう運動に入つた際でありますから、文部省においても、実はこういうことが香川県にあつたのだということを、その全文を添えて教育委員会に至急に厳重な注意を喚起するという措置をぜひやつてもらたい。その言明を得たいと思います。
○天野国務大臣 そういたしたいと思つております。
○今野委員 先ほど十二條と言いましたけれども、そうすると教員が共産党員であることは、安寧秩序を乱すということになるのですか、その点お伺いしたいと思います。
○相良説明員 文部省といたしましては、さような見解を持つておりません。共産党も合法政党であります以上、党員であるということはさしつかえないと思います。
○長野委員長 この際委員長といたしまして一言申し上げておきたいと思います。本日は委員各位の御熱心なる質問と文部大臣の真摯なる御答弁によりまして、問題の所在、内容等が明瞭になりましたことは、御同慶の至りにたえません。国家社会から特別の庇護を受け社会一般の儀表たる地位に立つべき大学において、遵法の精神を無視し、秩序を維持し得ず、教育の事業に支障を来すがごとき不祥事は、今後断じて許さるべきでないと考えます。従つて最近一部関係学生の処分等が行われた由でありますが、單にそれだけをもつて拔本的解決ができたと認め得るでありましようか。なおそこには解決を要する相当大きい問題が残されているように考えられます。今回の混乱がすでに学校当局に往々にしてあつたところの過去の逡巡に負うところきわめて大なることを思わせられる現在といたしまして、優柔遷延は問題をますます紛糾せしめ、被害をいよいよ深刻ならしめるものであると考えますので、この際切に文部大臣の急速果敢なる善処を要望いたしまして、本日の委員会を終了いたしたいと存じます。
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○長野委員長 それから先ほど若林委員より御発言のありました学校教育に関する件につきまして、参考人を招致いたしたいと存じますが、御異議ありませんか。
    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○長野委員長 御異議なければさよう決します。時期、人選等につきましては、委員長に御一任を願います。
 本日は、休み中であるにもかかわらず、遠路より委員各位にお集まりいただきまして、御熱心に御討議いただきましたことを衷心より感謝いたしまして、これをもつて散会いたします。
    午後四時三十分散会