第008回国会 文部委員会 第9号
昭和二十五年十一月十一日(土曜日)
    午前十時十八分開議
 出席委員
   委員長 長野 長廣君
   理事 岡延右エ門君 理事 圓谷 光衞君
   理事 小林 信一君
      甲木  保君    坂田 道太君
      佐藤 重遠君    周東 英雄君
      高木  章君    東井三代次君
      平島 良一君    若林 義孝君
      笹森 順造君    志賀健次郎君
      渡部 義通君    小林  進君
      浦口 鉄男君
 委員外の出席者
        参  考  人
        (早稻田大学学
        長)      島田 孝一君
        参  考  人
        (中央大学校学
        部長)     片山 金章君
        参  考  人
        (東京大学学
        長)      南原  繁君
       專  門  員 横田重左衞門君
        專  門  員 石井  勗君
    ―――――――――――――
十一月一日
 委員今野武雄君辞任につき、その補欠として田
 中堯平君が議長の指名で委員に選任された。
同月十一日
 委員田中堯平君辞任につき、その補欠として渡
 部義通君が議長の指名で委員に選任された。
    ―――――――――――――
本日の会議に付した事件
 学校教育に関する件
    ―――――――――――――
○長野委員長 これより委員会を開会いたします。
 学校教育に関する件を議題といたします。
 前回の本委員会におきまして、委員長に一任せられました大学学長においでを願うの件は、本日午前中に早稻田大学の島田総長、中央大学の加藤学長及び午後に東京大学の南原学長においでを願う、ことに相なりました。
 まず最初に島田総長に御出席を願つたのでありますが、島田総長には、すでに御予定の行事もありまして、非常に御多忙のところ、まげて御出席いただきまして、まことにありがとう存じます。委員の諸君とともに深く感謝いたします。
 最近若干の大学に起りました事象は、大学のあり方ということの根本問題につきまして、多大の疑問を生じて参つておりまするので、本委員会といたしましても、この問題に対し、特に重大なる関心を持つているのでございます。この問題解決のためには、大学の御当局はもちろんのこと、文部省においても、また国民の側におきましても、十分協力の上、解決のために御努力をお願いいたしまして国家百年の大計をつちかうに足る真の大学の育成に努めていただかなければならないと思うのであります。本委員会におきましても、あらゆる角度より調査研究を進めている次第でありますが、本日はここに大学の総長の御出席を煩わしまして、この問題の中心資料を得たいと考えておる次第であります。つきましては、委員諸君の十分なる御質問と並びに総長におかれましても隔意なき御答弁をお願いいたします。
 申し上げるまでもないことでありますが、この際各位にお願いいたしたいのは、できるだけ要点を簡明におつしやつていただきまして、いやしくも感情を交え、あるいは意見の開陳や、議論のための議論にわたることのないように、御進行をお願いいたしたいのであります。なお先ほど理事の諸君と打合せいたしました質疑応答の時間は、一人十分以内といたしましたから、御了承をお願いいたします。
 それではこれより質疑に入ります。若林義孝君。
○若林委員 御繁忙中のところ、島田総長のおいでを願いましたことを恐縮に存ずるのでありますが、前回の委員会において、本委員会の使命として、あくまでも大学の自治、学問の伝統の自治を守つて行くという責任から、今日の会議が開かれるに至つたのでありまして、特に島田総長に御了解を得ておきたいと思いますのは、国会の官学に対する責任と私立大学に関する責任とは、その性質においても、その意味においても、責任の重さが幾分違つておるのであります。しかし同じような事柄が各大学で行われましたことについてでありますので、将来国立学校に関しまする大学管理法、あるいは私学に関しましては私立大学校が判定されることが、本委員においても想定されておるのでありまして将来この両法案の審議にあたりましても、今回の事態を明確に認識いたし把握しておることが必要だと思います。それから将来再びかくのごときことを未然に防ぐためにはどうするかということ、今回おいでを願つていろいろ御高見を承るということは、学問の自由をいかにして擁護して行くかということの一点にあるのでありますから、その点お含みおきを願つて、あるいはぶしつけな御質問を申し上げるかもしれぬと思いますが、御寛容の気持をもつて事態のありのままをお知らせ願いたいと考えるのであります。
 以下数項目にわたつておるのでありますが、まず過般のレツド・パージに関して、早稻田大学で起りました総括的な事態を承れればけつこうだと思うのであります。われわれは新聞で承知いたしておるのでありますが、学生の風を裝うた者たちが、学生の群の中に相当入つておつて、学生自体の運動でなくして、そういう学生以外の者たちの運動が、学生の虚に乗じて学生の仮面を利用して行われたやにうかがわれるのであります。そういうものは性質上第三国人に関連しておるかのようにも聞いておるのでありますけれども、ありのままをお聞かせ願つたらと思うのであります。まず総括的に過般早大に起りました事件の推移をお聞かせ願いたいと思うのであります。
○島田参考人 ただいま若林委員から総括的な最近の事情を述べろという御意見でございました。簡單に私は最近私の大学に起りました事情を申し上げたいと思います。
 最初に私どもが学生運動としてやや大規模な活動を見ましたのは、九月の二十八日のことでございまして、この日は学内に学生を中心として平和擁護並びに大学の発展というようなスローガンのもとに、大会を挙行するという計画が現われて参りました。もちろんその当時におきまして、客観的情勢から判断いたしまして、会場を提供する、あるいはまた学内において集会を持つというようなことは、好ましくないという考えから、全面的にこれを禁止しておつたのでございますが、この禁止を破りまして大隈講堂において大会は確かに開かれました。それに続きまして学内におけるデモ行進が相当大規模に行われたということが、まず最近においての一つの大きな事件でございました。この日は、はからずも警官隊の出動がありまして、相当学生と警官隊との間にもみ合いが行われるというような事態を発生いたしたわけでございます。
 続きまして十月五日のことでございますが、十月上旬から私どもの大学の内部におきましては、ちようど前期と後期との切れ目に当つております関係から、前期の試験を各学部が行うという必要が現われておつたのであります。この際多くの学部におきましては、予定通り試験が順調に行われておりましたが、ただ單に一つの学部たる文学部――この文学部と申しますのも、私どもの大学におきましては、第一文学部並びに第二文学部の二つの文学部をただいま持つておりまして、第一文学部と申しますのは、主として晝間の授業をやつておるところでございますが、この第一文学部の受験ボイコツトという運動が起つて参りました。この十月五日を前後といたしまして、相当ここに学生の大学に対する試験拒否の著しい活動が行われたということも申し上げなければならない一点であろうと考えるのであります。
 しかしこれら二つの騒ぎの後に起りましたのが、十月十七日の事件でございました。もちろん十月十七日におきましても、大学当局といたしましては、まつたく集会あるいはデモを全面的に禁止しておつたわけでありますが、はからずも当日は午前十一時前後から学外の者も交えまして学園内においてのデモ行進が行われ、続きまして禁止を破りまして再び大隈講堂を使用いたしまして、ある程度の学生の集会が持たれたわけでございます。もちろんこの十七日の集会は、集まりました学生の数から申しますと、大して多数ではなかつたのでございますが、約四百ないし五百の学生が講堂に集合いたしまして、いわゆるレツド・パージの反対、あるいはそれより以前に行われましたところの学生処分の取消しというようなことを盛んにここで論議しておつたようでございます。たまたまその当日の午後でございますが、二時から学部長会議という、私どもの大学といたしましては相当重要な会議を会議室において開いておつたのでございますが、これから先ほど申し上げました講堂に集合いたしました学生が、遂にはその学部長会議を開いておりますところの席上に侵入して参りまして、遂に会議を停止せざるを得ないというような、力をもつて私どもに反抗をしたという悲しむべき事実も出て参つたのでございます。従いまして、事がここまで参りました以上は、私どもといたしましては警官の出動を大学としても要請いたしまして、この侵入者を屋外に退散させなければならないという必要を感じたわけでございます。これが皆さん御承知の十月十七日の事件であつたわけでございます。
 ただいま若林委員から御指摘ございましたように、当日はたして学生のみでなしに、学生を装うような人々がこの中に参加しておつたかどうか、あるいは、ことに第三国人がこの中に入つておつたかどうかというお話でございますが、まさしく私がその場において見ました事情はその通りでございます。ことに私どもとして非常に遺憾に思いますのは、最近のこれらの学生運動に通じて現われる一つの特色とでも申しましようか、私どもの大学の学生のみでなしに、他の大学の諸君が非常にこれらの運動に参加をせられるというこの一事でございます。おそらく私どもの大学の学生も、他の大学の集会の際に出動いたしまして御迷惑をかけておるであろうということも、私は考えるのでございますが、逆に私どもの方の大学の学生大会というようなものが開かれます場合におきましては、非常に多くの他の大学の諸君が、われわれの学園内に集合をせられるという事実は、特に本年に入りまして著しく私どもの目を引くところの一点でございます。また学生のみならず、学生以外の諸君――私が率直に申し上げるならば、北鮮系の諸君が十月十七日の場合にはかなりの多数に及ぶまでに学園内に現われて参りまして、先ほど申し上げました学部長会議の席上に侵して参りました者の中にも、相当の数を私どもは数えることができた、こういうふうに考えられるのでございましてこの点は私どもとしては非常に遺憾に考えておるのでございます。
 以上申し上げましたように、おもなる事情といたしましては、九月二十八日、十月五日並びに十月十七日、この三日に起りましたところの事情を概略申し上げれば、ただいま申し上げたような内容を持つておるのでございまして、なおこれらにつきまして、さらに御質問がございますならば、私は喜んで知つている限りのことを率直にお答えを申し上げたい、こういう考えを持つております。
○若林委員 ただいま総長から、大体あらましを承つたのですが、事自体がはなはだ遺憾なことであつたことは事実でありますが、終戰後あらゆる方面に混乱が起つておるのでありまして、まず経済方面におきましても、あるいは思想方面におきましても、終戰後の混乱というものは筆舌をもつて表わすことのできぬ混乱に立ち至つたのであります。ことに学生などの思想を振り返つて見ましたときに、特に思いがここに至るのでありまして、しかもこの学生諸君の、いわゆる熱血たぎるところの学生の思想を見守つておられます大学当局として、今日まで思想指導をしておいでになりました態度に対しては、私たち深甚なる敬意を拂うところのものでありまして、この点その御苦心のほどがあつたと思うのでありますが、この点、ひとつ総長として終戰後学生の思想を指導せられましたときのお気持と申しますか、お苦心といいますか、その御一端をひとつ承らしていただけばけつこうだと思います。
○島田参考人 重ねて若林委員から御質問がありましたところに対してお答え申し上げます。御承知のごとく、私どもの大学は非常に学生数の多い大学であるわけでございまして、先ほど申し上げました第一学部並びに第二部、すなわち新制学部に切りかえました後におきましても、新制学部だけでございますと、定員が晝夜を通じまして一万六千五百ということになつております。ただ現在におきましては、旧制の学部の諸君もまだ残つておられるわけでございますので、ややこの数がその上に多くなつておるというようなわけでございますから、約二万に近い諸君が早稻田学園には毎日晝夜を通じて勉学をしておられる、これが実情でございます。ことに終戰後におきましてさまざまな思想の動揺もございましたろうし、あるいは学生諸君の勉学上の不便も重なつて参りましたので、あらゆる意味におきまして、私どもは大学といたして、これらの諸君に対して善導もし、指導もして行かなければならない必要を、戰前に比較いたしまして、より以上に痛感をするようになつて参りましたのは、これは当然のことであるわけでございます。ことに学生数の多い私どもの大学といたしましては、一層これを努めなければならないということは、当然過ぎるほど当然のことであると考えておるのでございます。従いましてただ大学の本部だけが、これら多数の諸君に直接の接触を保つということは、相当早稻田大学におきましては困難をきわめるといえば確かに言えると考えられるのであります。従いまして、特に私どもは戰後におきまして、各学部を中心といたしまして学生諸君の思想なり、あるいは行動なりを指導いたします意味においての責任者を、各学部ごとに置きまして、常に学生諸君と接触をはかることにいたしたのは、その一つのやり方でございます。これを私どもは教務副主任という言葉をただいま使つておるのでございまして、各学部には教務主任という役を持ちました者がございまして、これが、主として教務上のことについての指導をしております。その次に控えておりますのが教務副主任であります。教務副主任諸君の役目と申しますのは、主として学生の思想の善導、あるいはその他の意味においての指導を、第一線に立つてやつてくれる。これが一応の私どもの対策であるわけでございます。しかしこれは各学部ごとの話でございますが、さらに戰後におきまして、本部といたしましてつくりました機構は、学生厚生部というものを独立いたしまして、ここに厚生部長を置きましてこれらの部の関係者が、部長のもとに、あらゆる意味においての学生の指導を授業以外に行うという建前を実はとつておるのでございまして、現在においては、文学部の教授の中谷博君が厚生部長といたしまして、学生の指導に当つておるというのが、私どもの大学における実情でございます。しかしいかに中谷君有能であるといたしましても、一人でもつてこれをやるわけには行きませんので、厚生部におきましては、さらに若干の課を置きまして、ことにその中の重要なものを、学生生活課と名づけまして、しかもその課長には同じく文学部の助教授である瀧口君をもつて課長といたしまして、瀧口君並びに中谷君、この両名によつての学生の指導というものを間断なく行つて参つたというのが、私どもの学園における実情でございます。しかし本年の春までは、大体において、これら学生厚生部並びに学生生活課の指導、さらに先ほど申し上げました各学部における学生指導の任に当つております教務副主任の諸君の努力によりまして、一応の混乱は免れておつたと思うのでございますが、最近の学生運動は、皆様も御承知の通り、次第に力をもつて押し拔こうという、また大学の禁止などがございましても、これをあくまで無視しても貫こうという、やや暴力を用いて反抗するという傾向が、非常に顯著になつたのでありますから、なかなかこれらの機構をもつていたしましても、相当に苦心をいたしませんければ、学園の平和、学園の秩序を維持することに困難を感ずるということは、これは残念ながら今日の実情であると、私は申し上げなければならないように思うのでございます。しかしながら、先ほどの若林委員の御質問にお答えする意味におきましては、これだけの機構を持ち、またこれに加うるに理事会、自治委員会というような早稻田大学の持つておりますあらゆる機構を動員いたしまして、でき得る限りの努力だけは拂つておるわけでございますが、先ほど申し上げましたように、本年の秋におきましては、不幸にいたしまして三回にわたるおもしろからざる事件が発生したということは、隠れもない事実でございまして、その点は私どもとして、まことに遺憾のきわみと思つておる次第でございます。
○若林委員 御苦心のほどは、非常に敬意を表するのでありますが、次にレツド・パージに関しましてお伺いいたします。国家の方針として、これが施行されるわけでございますが、学校当局、特に総長を取り巻いておられます教授会のこれに対する考え、それから第二として、学生のこれに対する一般的の考え、認識の程度をひとつお伺いいたしたいと思います。
○島田参考人 いわゆるレツド・パージの問題につきまして御質問があつたわけでございますが、まず大学の教授の諸君のこの問題について考えておりますところは、私どもの大学においてはきわめて冷静であり、平穏であると、最初にお答え申し上げたいと思うのであります。もちろん大学教授としての適格性というものは、かつてから行われ、また現在においても継続しておりますところの、適格審査委員会において審査というものがございますので、私どもは一応この審査を受けまして、あらゆる者が適格性を持つておるという一応の結論が出た後において、私どもは教壇との関係を持つておるということは、言うまでもなく皆さまの御承知のところだと思うのです。従いましてさらにいわゆるレツド・パージという問題が出て参りましたこの意味は、おそらく一応適格審査を受けてはおりますけれども、その後において、さまざまの情勢の変化から、重ねてここにいわば、再審査とでもいわるべきものが行われなければならないということが、もしも必要であるといたしますれば、私どもは喜んで全員が再度の適格審査を受けることを少しも拒否するものではございません。早稻田大学におきましては、この点につきましては、学園打つて一丸となつて申してよろしいでございましようが、何らこれについての反対の気勢があるわけでございませんければ、これについての論議が行われておるとは私は考えておりませんのであります。
 思うにすでに一応審査を受けておりますが、その後においての行動であり、その後においての著書、論文であるが、もし大学の教授としての適格性を疑うに足るべきものがありといたしますならば、私はやはりみずから進んでも適格の審査を受けまして、その適格性の判断を委員会によつて行つていただいて、適格の者だけが、大学の教授として教壇に立つということは、当然過ぎるほど当然であると私は考えておるのでありまして、この点は大学といたしまして、何らの不審を持つておるわけではないことを重ねて申し上げたいと思うのであります。しかしこれは大学の教授の立場としての考え方を、私の考えるままに申し上げたわけでございますが、学生諸君は、おそらくそうは考えておらないかもしれないということも、これまた事実であるのではないかと思うのでございます。ことに最近起つて参りました不祥なる事件の原因と申しますものは、いわゆるレツド・パージを粉碎しろ、レツド・パージを絶対に葬れ、これが学生諸君の掲げております、まず大きなスローガンであることは言うまでもないと思うのでありましておそらくこれは、單に共産党に籍を置いておられる諸君が教壇から追放される、あるいは共産党に同調しておられる方ならば、無條件に教壇から追われるのではないかという危惧の念から、この問題が起つておるのではないかと思うのでございますが、私は将来どういう適格審査の方針が立てられるか、現在のところで詳しくは存じませんが、私個人の考えといたしましては、早稻田大学の教員たるべき資格を考えます場合において、單にある政党に所属しておるから、あるいはその政党が持つておりますところの考え方に同調をするから、そこで適格性はないのだというようなことを考えられるのは、これは大学の立場からしていかがかと、私は少くとも考えておるのでございます。学生諸君はおそらくこの点をさらにもつと大きく取上げておられるのではないか。教員諸君が再度の適格審査問題について、何らの異議を持つておらないにかかわらず、学生諸君はこれを一つの根拠といたしまして、さまざまな行動に出て行く、また出て行きつつあるということは、これは隠れもないことであるのではないかと私どもには考えられるのであります。この点は、私ははなはだ遺憾に思うのでありまして、よく実態を学生諸君としても見きわめられて、決して極端な、あるいは不当なるところの彈圧が教授諸君に及ぶべき話でもなければ、われわれの大学として、いささかもそういうことを考えておらないにもかかわらず、あたかもそれが事実のごとく見ておられるか、あるいはそれを一つのえさにして、善良な多数の学生諸君をその運動に巻き込むか、この点があるのではないかということを私ひそかに非常に憂えてもおりますし、またかくあつてはならぬということを深く感じている次第でございます。
○長野委員長 ちよつと若林君に申し上げますが、非常に時間を経過しておる傾向がありますので、一応笹森君その他が終りまして、時間があると思いますから、そのときまた御質問願いたいと思いますが、いかでしようか。
○若林委員 一応私一つだけ伺つて次へまわします。
○長野委員長 簡單に願います。
○若林委員 お尋ねいたしたいことは、数々あるわけでありますが、私一人だけがお尋ねすると、いたずらに時間をとりますから、ただ要点だけを申し上げまして、質問を一つだけに圧縮してみたいと思います。
 学問の自由と学生の政治活動の限界、それから警察権が学内に入つて行きましたことが、この間相当学生を激興させておると思うのでありますが、この三点についてひとつ包括的に御所見を伺つておきたいと思います。
○島田参考人 一言だけ簡單にお答えをいたします。
 まず第一の学問の自由でございますが、これは私どもの大学としてばかりではなくて、いずれの大学におきましても、学問を学問として研究いたすことにつきまして、何らの拘束、制限を加うべきものではないということは、あまりにも明らかなことではないかと思うのでありまして、私ども大学といたしましても、いかなる研究をなさるにいたしましても、それは学生諸君といい、教授諸君といい、これはまつたく自由な見地がこれらの方々に開放されているということは、当然なことではないかと思います。しかし、もしそれがいわゆる政治運動になつて来るということであるならば、これは私は問題であると思うのでありまして、私どもの大学は、今回の事件が起りますより早くから学生諸君の政治運動というものは全然学園内において行うべからずということは、かたく私どもが何回かにわたつて学生諸君に口で伝え、あるいは文書で伝え、あらゆる方法を通じて伝えているはずでございます。しかし一部の諸君はなかなかこれを是といたしませんで、全学園から申しましたならば、ほんの一部の少数の諸君ではございましようが、現実に政治運動に学生たる身分を持ちながら突入する場合がかなり多いということは、これまた事実であることを申し上げざるを得ないと思うのであります。
 第三点は、これは実は私どもの大学のみならず、いずれの大学においてもそうであろうと思いますが、いたずらに学園内において何か事が起りました際に、無條件に、また即時に警官隊の出動を要請するということは、おそらく行つておらないと思います。また私どもの大学だけといたしましても、こたは決して考えておらぬのでございまして、先ほど申し上げました九月二十八日の際にも、警官隊の出動があつたのでございますが、これは実は大学自体が要請したということは、申し上げることができないと思います。これは早稻田大学の位置と申しましようか、あるいは校内とそれから公道との間における――どういう言葉をもつて申し上げたらよろしいでございましようか、御承知のようにあの場所をごらんになりますと、大隈講堂というものがございまして、まん中に一般道路を隔てまして、向い側に大学の本部の敷地があるわけでございまして、その間にはまさしく一般公開の道路をはさんでおりますので、集会並びにデモが無届けであつて、そうして講堂に集まつた諸君が大学の本部の方に入つて参るというためには、どうしても一般に公開されましたところの道路を横切らざるを得ないという特殊の事情が早稻田大学にはございます。このために都條例の定めるところによりまして集会並びにデモの禁止をされておるにかかわらず、これが一般公道上において行われるということになりますと、都條例違反ということから、警官隊は自動的にも出動せざるを得ないというような事情が、しばしば早稲田大学においては起りますことを、御記憶願いたいと思うのでございまして、九月二十八日の際も、まさしくこの一例でございました。しかし十月十七日の事件は、この内容がまことに違うのでありまして、先ほども触れましたごとく、本部の建物に侵入をいたしまして、重要会議の進行を妨害するという力の現われがございましたので、この際はまさしく大学の要請に基きまして警官の出動が行われたということは、これまたまつたくの事実であることを申し上げたいと存ずる次第でございます。
○長野委員長 笹森順造君。
○笹森委員 早稻田大学におけるこのたびのレツド・パージに関連いたしまして起つた一派の学生その他の者に対する御措置については、ただいま総長から若林君に対する御懇切なお答えがございまして、その経過並びにおとりになりました処置については、よく拜承したのでございます。ところで、なお若干お尋ねしたい点がありますので、おさしつかえのない限りにおいて御答弁を願いたいと思います。
 それは、申し上げますまでもなく、有力な早稻田大学のごとき大学がおとりになりましたこの種の事件に対する処置というものは、今後あるいは起らんとするこういう事象に対する一つの規範を示されるものと考えられますので、これによつておとりになりました処置は、おそらくは学生一般に対する今後の動向を決定的にするものと考えるからでございます。従いまして、お尋ねになりました内容に触るることは、あるいは総長においてお答えできないというのであれば、それはけつこうでありますが、できる範囲でお答え願いたい。と申しますのは、この問題を起しました最後の十月十七日のレツド・パージ反対の気勢を示されましたあの運動の対象となります、レツド・パージの対象を置きまする教授の数が、皆無であるか、あるいはきわめて少数であるかのごとき印象を私どもは持つておるのであります。にもかかわらず、遺憾ながら学生として処置を受けました者が非常な多数に上つておる。従つて原因と結果とが、非常にそぐわないということを私どもは見るのであります。そこに私どもは、この大学がどういう対象を持つておいでになつたのか、あるいは結果的にはああいう大事件にならずに済むということであつたとするならば、あらかじめ学生がそういうことを了承しておるということであつてほしかつたと思うのであります。すなわち不法暴力的な行為をしました者自体がこの事実を知つておつたのか、あるいはまた一般学生がそのことを知らずに煽動されたのか、もしそうであるとするならば、大学としてどういう理解を、一般学生にこの問題について與えておられたのか、この点についてお示しをいただいたら仕合せであると思います。
○島田参考人 ただいま笹森委員からの御質問がございましたが、この点はお答えすることが非常に困難なようにも感じます。しかし私の見るところでは、多くの学生はいわゆるレツド・パージがいかなる形式において行われ、どういう範囲にまで及んで来るかということの十分な理解あるいは認識がなかつたのではないか、これは非常に遺憾なことではございますが、そういうお答えを申し上げざるを得ないと思うのであります。おそらく相当多数の教員の諸君が、いわゆるこのレツド・パージによつて教壇から追放されるのではないかという危惧の念があつたということは、否定すべからざる事実ではないかと思うのであります。先ほども申し上げましたように、事実私ども大学の当局といたしましては、まつたくそういうことは考えてもおりませんし、そういうことを考えられる余地はほとんどなかつたと思うのでありますが、多くの学生諸君は、少数の学生諸君のいわば煽動というものに乗せられまして、大学はかなり多数の教員諸君を失うわけではないかということをおそれたのではないかという考えを、一応持つことができるように思うのであります。従いまして私どもは、そういう懸念のないことをあらゆる機関を通じまして学生諸君に徹底をさせることに、従来も努めておりましたし、今後も努めるつもりでございます。しかしいわゆる一部の学生諸君の行動というものは、なかなか巧妙でもございますし、ことに――私はそういう想像をしてはいけないのかと思いますけれども、外部の勢力の指導によりまして、かなり巧妙に純真な学生諸君をかり立てるというところが、次第に明瞭になるようなありさまが感ぜられるのでありまして、私どもはさらに構想を新しくいたしまして、いかにしたならばこれを未然に防ぐことができるか、また多数の諸君を平静に学問の研究に落ちついて進ませることができるかということを、さらにさらに私どもとしては研究もし、実施もしなければならないという感じを持つておる次第でございます。
○笹森委員 今度の不法暴力行為をとりました、特に学部長会議の席に闖入して参りました者その他において検挙せられました者の中で、先ほどお話になりました第三国人あるいは他の学生がその中にまじつておつたということの確証が、多分あがつているのではなかろうかと思うのでありますが、特に他の学生でそういう行動をとつた者があるとしたならば、その他の学校との関係がどうなつているか、それを伺いたいのであります。なぜならば、早稻田大学の学生の処分を受けました数は、百余名に上つておるということを聞くのでありますが、それに比較いたしますと、他の学校においては、あまりその数が多くなつていないということもありますので、第三国人に対しては、学校としての取扱い方は一体どういうことをされたのか、あるいは、もし他の大学の者で検挙された者が、――そういう暴力を起した者があつたとすれば、その学校との関係をどういうぐあいにおとりになつて、またその学校がどういう処置をとられたのか、もしもお示しができたならば伺いたいと思います。
○島田参考人 これも非帶にむずかしい問題でございます。早稻田大学の学生として不法侵入いたしました者は、大学の決意といたしまして、一応全部大学の処分を今回は残念ながら行つておるのでございますが、他の大学の諸君、あるいは学生にあらざる諸君が同じような行動に出ました場合に、私どもの大学として直接にこれらの諸君を処分いたします権限は、実は持つておらないのでございます。もちろん、大学間の連絡には、最近におきまして次第に緊密にいたしたいという考えから、つとめてやつておりますことは事実でございます。しかし他の大学の諸君の処分を早稻田大学の力をもつて行うということは、絶対にできないのでございます。あるいは学生にあらざる諸君が、たまたま不法侵入をいたしましても、大学の力をもつてこれを処分するということもできないのでございまして、これは他の大学の機関を通じまして、その大学がどういうふうにお考えになるか、これに御一任をするよりしかたがないし、また学生にあらざる者がこういう不法の行為を行いました場合においては、原則的には司法上の処分を受ける以外に、とるべき道は私どもとして考えられないというわけでございます。ただ先ほども申しましたごとく、他の大学との関連が非常に多くなりつつある今日でございますので、早稻田大学といたしましても、決して他の大学との連絡をはからないわけでございません、あるいは東京大学とか、あるいは東京大学の中でも駒場の教養学部の諸君といい、あるいは中央大学の方といい、特にせんだつての事件の前後に相当多数の学生を私どもの方の学園内に送られた大学につきましては、一応の連絡は申し上げておりますが、これはただ他の大学の処分に、あるいは方針に全然おまかせするよりほかないというのが、今日の現状であると申し上げざるを得ないわけでございます。
○笹森委員 このたび早稲田大学で学生におとりになりました御処置については、学生一般の今後の動向に、相当な力を與えたと想像いたしております。つまりはつきりした態度を学校がお示しになつたということは、今後この種の問題を再発せしめざるためのよき範例であると私どもは考えておるわけであります。おそらくこうした大学のはつきりした態度によつて、今後これらの問題が再び起らない一つのよき方向を示されることと思うのでありますが、中にはまた純真なる学生で、行動はそういう行動を起しましても、真実に自発的にやつたものではなくて、一種の煽動その他によつてやつたというものもあろうかと思いますので、それらの軽重等についても、一応現われた行動についての御処置は当然でありますが、今後の御指導はどうされるかを伺いたいことと、なおまたこういう行動を起しまする者は、非常に巧妙な者が背後におりまして、むしろ第二線に立つておる者がそういう行動を起すということで、せつかく御処置をおとりになりましても、背後になお隠然として勢力ある者が相当残つているというようなことが、従来の例のように考えられます。この点は非常に御苦心の点だと思いますが、今後この現われざる者に対する御処置と、それからすでに現われた者でも、割合に軽微なものと考えられる者の御指導のこととについて、一言でよろしゆうございますから承りたいと思います。
○島田参考人 重ねて笹森委員から二つの御質問を頂戴したのでございますが、第一の点は、一応せんだつての事件についての責任は、学生諸君として十分にとつていただきたいという意味において、先ほど申し上げましたような処分をしたわけでございます。しかし確かに御指摘の通り、中には深い考えがあつたわけでなしに、あたりの者の煽動に乗せられまして軽率な行為に出まして、現在においては非常に反省をしております者も、確かにおるように私には感じられるのであります。従いまして、処分は処分として一応嚴格に行うということが、私どもの大学の方針でございますが、しかし事後におきまして改悛の情きわめて顯著なるものに対して、その罪を問うということは、私はこれら学生諸君の将来を考える場合において、決してとるべき措置ではないと考えているのでありまして、従いましてしばらくの時期を経過しました後において、しかも改悛の情きわめて顕著なる者においては、再びこれら諸君の更生し得る道を、大学としてあくまで考えてあげたいというのは、これまた大学として持つております方針でございますし、また私自身としてもそれを考えているということを、この際はつきり申し上げたいと存ずる次第でございます。
 第二の御質問の点は、きわめて私としてもむずかしいと思うのでございます。御質問のごとく、確かに前面に立つて運動をやつております者が、必ずしもその中心人物であるかどうかということは、まことに疑わしいのでございまして、むしろその背後にありましてこれを指導いたします者の方が、実は中心中の中心人物であるということは、お説のごとく、まさしく事実であると思うのでございますが、さてこれが表面に現われて参りません以上において、大学といたしましてこれをただちにいかなる処分に付するかということは、きわめて難中の難事でございます。ただ先ほど申し上げましたように、私どもの大学としては、これらを決して等閑に付しておるわけではないのでございまして、あるいは学生厚生部を通じまして、あるいは学生生活課を通じまして、間断のない調査と研究はやつておるつもりでございます。あるいは教授会なり、あるいはまた先ほど申し上げました各学部に附属いたしております学生に対します指導機関であります教務副主任を通じまして、あらゆるインフオーメーシヨンを集めまして、これら背後の人物をいかに指導して行くか、あるいはいかなる措置をこれらの人々に対して講ずるかということは、これはやはり私どもとしてきわめてむずかしい問題ではございましようが、今後に課せられた私どもの解決すべき大きな問題の一つであるということは、確かに御指摘のごとくその通りであると感じておるのでございまして、何とかいたしましてこの問題の完全な、また十分な解決をはかりたいと、あらゆる努力をはかつておるというのが、今日の実情であると申し上げたいのでございます。
○笹森委員 学生自治会の正体は、最初学生自治会の構想を各大学でお持ちになりましたときと現在の情勢とには、非常に相違があるように、私どもは察しておるのであります。つまり学生自治会の本来の使命ならざるものに、これが限局されておるというようなことを考えるのでありますが、それがためには、この組織が問題であろうかと思います。このものを全然解散させるとかさせないとかいうことは、いろいろと世間に論議されたようでございますが、私どもの想像いたしますところでは、もしもこれが健全なる方法によつてその幹部が選挙され、しかもその健全な運用をいたしますならば、これまた大学の学生の幸福のためにも、学校の発展のためにもよいのではなかろうか。ただその際に私どもの懸念いたしますのは、きわめて少数の者が、合法的に、あるいは脱法的にあるいは非合法的にあらゆるチヤンスをとらえて、これと逆行するような行動をしておることが、その原因をなしておるのではなかろうかと想像するのであります。従いまして今後これを学校御当局のお力をもつて、あるいは学生のそうした正しい輿論が起るような方向に何かこの自治会を善導されるようなことについて御着想があつたら、なお伺いたい。
 それからさらに先ほどからいろいろ善導の方法をお述べになつたのでありますが、思想は思想をもつて善導する方法もございますが、特に学生をしてそういう不健全なる思想に、あるいはまたそうした矯激なる感情に走らせないようにするためには、思想以外に、たとえば体育のような方面、運動のような方面これがために全身全力をあげて学生が勉強以外にはその体育に時間と精力を費して、しかしてそれを容易ならしめるような方向に向けるような希望を、私どもは常に持つておるのであります。特に本大学におきましては、この点について非常な特徴があると察しておりますが、選手ばかりでなくて、学生全体をこの方向へ導くような御構想等、あわせてこの二つの点についてお答えを願つて、私のお尋ねを終ることにいたします。
○島田参考人 ただいまの笹森委員の御質問はその通りであると私は考えております。
 まず最初の一点でございます自治会のあり方でございますが、これは私ども大学におきましても、実に長い間研究に研究を重ねておるのでございますが、その結論の一端としてこの際申し上げられますことは、現在の自治会組織というものが、このままであつてはならないということは、まさしく事実のようでございます。これが近い将来においていかなる変化を現わして参りますか、この点はただいま必ずしも明確になつておらないのでございます。しかしただこれだけのことは申し上げられると考えております。従来の自治会規定が、そのままで将来に続くということはあり得ない、またあつてはならないということでございまして、おそらくこの昭和二十五年度の学年が終ると同時に、新しい自治会の規定というものが早稻田学園内においても施行されまして、それによつていわゆる学生の自治運動というものがいわば再出発するということは、免れざるところになつて来ておるように考えられるのであります。と申しますのは、現在私どもの大学において、大学が公認しております自治会規定というものは、実は旧制の学部の諸君に適用すべきためにつくりました規定でございまして、新制の学部の諸君に対する規定というものは、おかしなことでありますが、実は今ないのでございます。なぜないかと申しますと、これは私どもがつくらないわけではないのでございまして、つくることを過去相当長い間努めたのでありますが、学生諸君がこれに応じないのでありまして、この点が学生諸君の考えるところと大学当局が考えますところとは、いかほど論議を重ねましても、一致点を見出すことができなかつたというのが、残念ながら事実でございます。ただ早稻田大学においては、旧制の学部の諸君は本学年度をもつて全部卒業されて、残りますものは全部新制の学部の諸君に切りかわりますから、もし自治会制度というもの、あるいは現行の自治会制度というものは、この学年が終ると同時に自動的に消滅をいたしまして、新しい自治会規定がここに生れなければならぬという機運がまさしく現われて参りましたので、おそらく昭和二十六年の四月以降におきましては、新しい自治会規定に基く新しい自治会の活動がここに考えられるということは、申し上げることができると思うのであります。
 それから第二の点でございますが、体育関係の諸君というお話が、笹森委員からただいまございました。これもまさしく御指摘の通りであると思うのでございます。先ほど申し上げましたように、私どもの大学といたしまして持つております学生数は、約二万に近い数を示しておりながら、これらいわゆる学生自治会を中心といたしまして活動をしております、ことに政治的活動に片寄つております者の数は、私に言わせたならば、おそらくその百分の一以下であるのではないかという感じを持つているのでございます。従いまして、その他のきわめて多数の諸君は、まつたくこれと直接の関連を持つておらないと申し上げてもあいて、過言ではないように考えるのであります。しかしこの点について私の遺憾に思いますのは、多数の諸君が直接関連を持つておらないということが、また同時に、この問題についてあまりに多数の学生諸君が無関心であり、無力であるということを意味していると考えざるを得ないのでございまして、この点が少数の諸君に非常にリードされる結果を引起す大きな原因ではないかと考えるのであります。しかしこれを矯正いたしますために、ただ体育関係の方の問題を解決すれば解決がつくかどうかもまたこれきわめてむずかしい問題でございまして、一つの方便ではございましよう。確かに早稻田大学は体育会に所属いたします学部の数から申しましても、現在二十九の部を持つほどの厖大な組織ではございますが、しかしながらただこれだけをもつて、はたして少数の諸君のあまりに片寄つた活動を矯正し得るかどうかということは、これまた決して容易な話でないように思うのでございます。一つの方便といたしまして、この方面を助長させて行くということは、笹森委員の御指摘のごとく、確かに私も同感を禁じ得ないということは伸し上げることができると考えておるのであります。
○長野委員長 渡部義通君。
○渡部委員 第一にお尋ねいたしたいのはレツド・パージに該当する教授は早稻田にはないということをおつしやいましたが、それは、たとえば文部省とかその他から、こういう人たちがレツド・パージに該当する人であるというふうな指摘があつても、大学の識見にかけて、それはそうでない、大学としてはもはやレツド・パージに該当する人は存在しないのだということを確言できる、というような意味でありますか。
○島田参考人 私は早稻田大学内において、いわゆるレツド・パージに該当する者がないと申し上げたわけではございません。そうおとりになつたかも存じませんが、私は決してそういうことを考えておるわけじやない。あるかないかは、今後の審査の結果をまたなければ、私には何ともお答えすることはできないのであります。しかしどういう形式で今後の審査が行われますか、その点すらも、私は実は詳細に承つておらないのでございますが、おそらく私の想像いたしますところでは、従来からございます適格審査委員会――これは大学といたしましては大学内に第一審を行います適格審査委員会がございますのみならず、それに続いて中央教職員適格審査委員会なり、あるいは第三審がその後にありますことも、御承知の通りであろうと思うのであります。この機関を通じまして、もしパージの問題が取上げられれば、将来取上げられるのではないかと私は考えておるのでございます。従いまして、まず第一審は大学内において行われるのでありますが、その際において、私どもの大学において、はたしてこれに該当者が現われて来るか来ないかは、審査の結果をまつて初めて判明することでございまして、ただいまから――ないことを欲つしますけれども、決してあるかないかを、私が私個人の力として判断をすることはできないのでございます。あるいは不幸にして早稻田大学内から、少数ではあるかも存じませんが、何人かの該当者が現われるかもしれないということも、考えざるを得ないのであります。しかしその結果がいかに現われて参りますかは、一にかかつて審査会の決定いかんでございまして私個人として軽率に、あるいは出て来る、出て来ないということを申し上げることは、この際においてはまつたく考えることはできないと、はつきりお答え申し上げたいと存じます。
○渡部委員 総長としては、そういう問題について、つまり教授の状態については、はつきりした認識を持つておられることと思いますが、そういうふうな御答弁ではかなり不満です。しかし問題は、先ほどはつきり言われたことは、共産党員であるがゆえにレツド・パージにかかるとは、決して考えられない。これは総長の信念であるというふうに受取れましたが、その点はどうですか。
○島田参考人 私は大学の立場といたしまして、重ねて申し上げますが、ただ單に共産党員であるから、いわゆるレツド・パージに該当するとは考えておりませんのでざごいます。あるいはその同調者であるがゆえに、適格性が失われるとも、私は考えておりませんのでございます。さらにそれに程度を越えまして、学園の秩序を破壊し、あるいは学園の平和を乱すような行動なり、あるいは論議なりをされる方が現われた場合において、初めて考えられる問題ではないか、こういうふうに私自身は考えておるわけでございます。
○渡部委員 今度早稻田大学等に起つたいろいろの問題は、結局中心的なものとしては、レツド・パージの問題に対する学生大衆の憤激であつたと思うのでありますが、総長がそういうふうに、早稻田大学にはレツド・パージに該当するような人たちはいないのだ、少くとも共産党員であつても、それは総長の信念においてレツド・パージには該当しないものと認めるというようなことを、学生諸君に総長自身の口からはつきり申されて十分な意思の疏通をはかられるというような措置がとられたかどうか、この点をお聞きします。
○島田参考人 私は十月の、これは六日の日であつたかと思いますが、教職員諸君全体に会合をしていただいて、私からただいまの渡部委員から御質問のございましたところにお答えするような意味の話を、全学園の教職員諸君には一応お伝えをしております。ごらんのごとく、早稻田大学は先ほどから繰返して申し上げるように、非常に学生数の多い大学でございますので、一々一人々々の学生諸君に私が直接に申し上げるという機会を得ますことは、非常に困難であるのが事実であります。従いまして、私どもは常に各学部の責任者を通じまして、私どもの考えておるところをお伝えをするという方法をとつておるのでございまして、十月の六日と記憶いたしますが、その日に、一応私は全学園の教職員諸君に、ただいまお答えを申し上げておるような意味のことをお伝えし、さらにそれを通じまして、各学生諸君に徹底をするようにという努力は十分したつもりであります。しかし問題は、私自身がそう考え、大学全体の方針がそうであるということだけで、この問題が簡單に治まるという情勢でないことは、おそらく御推察していただくことができると私は思うのであります。私に極端な言葉を使うことをお許しくださるならば、現在各大学に起つておる学生運動の問題は、何が根底になつておるかという、このことでございます。問題はおそらくその当面に現われて参りますさまざまな問題を、一つのきつかけといたしまして現われて来るように、私には少くとも感ぜられるのでありまして、かりにこれがいわゆるレツド・パージの問題であるか、そうでないか、いずれにいたしましても、事あれかしと待つておる側の人たちから見ますならば、何かの機会をとらえてこれを前面に押し出して行こう。しかも、私がもつと率直に申し上げるならば、学生運動、自治運動というものに名をかりまして、いわゆる反米的の行動に出て行こう、占領政策に反対をするところに押し進んで行こうというような傾向が、非常に顕著になりつつあるように私には感じられるのであります。従いまして、いわゆるレツド・パージの問題は、一つの口実でございましよう。いかなる問題が出たといたしましても、それが一つのきつかけになりまして、相当強烈なるところの学生運動が巻き起されて参りますことは、おそらく今日の情勢の大半の場合に当るのではないかというふうに、私には感じられるということを申し上げて、私のお答えにしたいというふうに考えるわけでございます。
○渡部委員 総長は非常に時間を急がれるそうですから、ごく一言ずつでいいからお答え願いたいと思いますが、学生の方では、たとえば、自治委員会にでも総長が直接会われて、十分に総長の意のあるところを伝えられたならば、学生の方でも了解するところが、少くともかような状態よりも非常に多かつたと思われるのです。しかし総長はレツド・パージ問題が学生の中に、あるいは世間に起きてから、百回以上にもわたつて学生代表が面会を申し込んだにもかかわらず、全部拒絶されておるということを、学生諸君の方から聞いておるわけですが、そういう事実はあつたのですか。
○島田参考人 私は決して学生諸君にお会いすることを、拒否してはおらないのであります。学生諸君が正式なる立場において私に会見を申し込んでおいでになりましたならば、私は喜んでいつでもお会い申し上げる。しかし先ほどから申し上げておりますように、しからば何がゆえに学生諸君は、私があれだけ長い間努力し、私があれだけ懇切にお話をしておるこの新旧違いました過渡期における大学各部の推移を、今見ております際において、規定に照し合せて合理的ならざるところの組織をもつて私に会見をお申し込みになるのか、その点を学生諸君みずから振り返つていただきたいと私は申し上げたいのであります。私が申上げておりますように、旧制の諸君だけの学生自治会規程によつて、その代表者として私のところにおいでになるならば、私は決して会見を拒否するわけではございません。何がゆえに新旧混合したところの、しかも規定に照し合せて、いわゆる学園内において合法的ならざる組織をもつて、私にそういうことをおつしやるのか、私はむしろその点をお伺いしたいと思います。
○渡部委員 それは非常に形式論ですが、その問題はここでは触れないでおきます。ただ百回以上も学生の代表が行つたのにもかかわらず、一度も面会をされないという事実があつたということだけを申し上げておきます。
 次にお聞きしたいのは、大学の方で、十月十七日の例の問題の場合に警官が侵入して来た、これは大学の要請に基くものである。しかもこの要請というのは、学生諸君が器物等を破壊したがために要請したのだということをおつしやいましたけれども、すでにそれ以前から私服が学校内におり、そうして学校と始終連絡をつけておられたということもあり、さらにまた当日は二十名ないし三十名の暴力団がこん棒を持つて学校を防衛しておつたというようなことがありますが、これは前もつて学生諸君が乱暴でも動くものであるかのように、学校当局としては理解しておられたのかどうか、この点はどうなんですか。
○島田参考人 私はただいまの御質問を受けることを、非常に遺憾に思います。私どもこん棒を持つた暴力団が学園内に横行したというのは、いかなる事実を御指摘になるのか、私はそういう事実が全然ないことをはつきり申し上げたいと思います。もう一つ申し上げたいことは、私服がいるかいないか、私ども大学の当局としてこれを全然関知しておらないのでございます。私どもの大学のあります位置は、戸塚署の管内でありますが、戸塚署がいかなる考えをもつてそういうことをなさるか、これは私ども決して要請をするわけでも何でもないのでございます。私ども大学当局としてあえて関知しておらないところでございますので、この点はまつたく事実無根ということをはつきり申し上げておきたいと思います。
 なお私は、実は今日すでに九時の列車でもつて大学のために地方に参らなければならないのでございますのに、それを延ばしておるようなわけでございますから、まことに失礼でございますが、もう十分ばかりのところでひとつおまとめを願いたいことを、委員長にお願い申し上げます。
○長野委員長 ちよつと渡部君に申し上げますが、小林君からの申出もありますので、はなはだなんですけれども……。
○渡部委員 もう一、二点ほどです。総長がきわめて簡單に一言ずつ答えてくださればいいのですが……。
○長野委員長 それでは渡部君。
○渡部委員 現在学生自治会の本部内に警官の控室ができておつて、警官管理がやられておるというふうなことを聞いておるわけですが、実際そういう事実はあるのですか。
○島田参考人 どうぞひとつ早稻田大学の本部に今日でもおいで願つて、現場をごらん願いたいと思います。かかる控室は全然ございません。ただいまおいで願つてもけつこうでございます。
○渡部委員 控室ではなくて自治会本部です。
○長野委員長 渡邊君、もうよろしゆうございますね、小林君の関係がありますから……。小林進君。
○小林(進)委員 総長に簡單にお伺いしたいと思います。実はこのたびの問題で、総括的にお考えくださいまして、遺憾の点、マイナスの点は、私ども十分わかつたのでありまするが、これをいま一歩批判的の立場に立ちまして、何かプラスの面はなかつたかどうか。あるいは教授の立場、あるいは学生の立場、これをもつと進んで総長の立場、こういう立場から見まして、何か得るところはなかつたかどうか、これをひとつ私はお伺いしたいと思うのであります。
○島田参考人 プラスの面を発見いたしますことは、私はなかなかむずかしいと思いますが、しかし、もししいて私がお答えいたしますれば、実は早稻田大学の学生諸君の問題は、これは非常に学部長諸君と愼重審議を重ねた結果、涙を振つて多数の諸君の退学を決定をいたしたようなわけでございます。しかし先ほど笹森委員にお答え申し上げましたように、これは決してそれだけで、あとを考えないというわけではないのでありまして、十分これらの諸君の将来も、私どもとして考えて行こうという決心のもとに、涙を振つて今回の処分を決定したわけでございますが、もし万が一、大学がこういうふうに、常に学園の秩序と学園の平和とを保つ意味から申しまして、ときには涙を振つてもこれだけの処分をするという態度をはつきり現わしましたために、今まで多少大学がこれらのいわゆる極端なる諸君の活動に対して甘く取扱い、大目に見ていたということがなくなつたという感じを多数の諸君に與えたことは、一つの收穫であつたのではないだろうかと思うのであります。ことに私はあの事件の後に幾つかの投書をちようだいしております。場合によつては署名があるものもございます。中には署名のない、どなたが出されたかわからない手紙も相当ございますが、相当多数の中の大半が、やはり大学が、場合によつてはあくまで強く出て行つてほしいということが、非常にたくさん集まつておるように私は見受けております。これは私としては、何か得るところがあつたかという御質問に対してお答えすることは、非常にむずかしいとは存じますけれども、しかし大学は大学として、自分の学園に起りました事件は、でき得る限り自分の力をもつて解決するということ、並びにある少数の諸君には多少の迷惑であるかも存じませんが、大学全体の面目を保ち、大学の平和と秩序を維持する上から行きまして、ここまで行かなければならないということをある程度示したということにおいて、ある程度收穫があつたと言えばあつたのではないか、こういう考えを私は持つている次第でございます。
○小林(進)委員 いま一つ私は今の問題に関連してお伺いしたいのでありまするが、時間がありませんので、簡單に申し上げます。私どもも実は学生時代にこういう問題に関連して騒動のいわゆる張本人になつた経験を持つておるのであります。特に瀧川幸辰事件というようなもの、その経験を通しまして、現在の学生の騒動等を見て、自己の過去と比較対照いたしまして、同じような一つの疑問を私は持つのであります。それは何かというと、われわれのやつたときにも、その結論に対しまして、われわれは非常に迷うて、当時のわれわれの信頼する教授各位に個人的に当つて、いかにこれを処置すべきか、先生方の的確なる意見を聞いてまわつた。当時も個人的には、それ相当に、今考えてみれば、やや学生に同調し、あるいはともすれば煽動をするような教授の意見を、われわれはしばしば耳にいたしました。それを非常にきれいなフランクな気持で受けた。それでわれわれは立ち上つた、こういうことがあつたのでありまするが、今日のこの学生問題でも、私は相当数の教授にも個人的に会つてみました。学生諸君の意見にも、私は相当接しておるのであります。時間がありませんので、その一つ一つを、私は今個別的に述べておるいとまはありませんが、簡單に言いますると、学生の方も、われわれはいかにこの問題に処置すべきかということを、信頼する先生の門をたたいて聞いたけれども、これに対して的確な意見を述べてくれる人がない、的確なる結論を出してくれる人がない、指導してくれる教授というものが少なかつた。常にわれわれが迷えば、同じように教授も迷つているという姿であつたのであります。ここに一つのこの問題をはらんでの、大学のほんとうの弱点であるのではないかというような感じを受けたのでありますが、この面に対する総長のお考え、あるいは今の教授のあり方というものか、はたしてこの問題にやはり間接ながら一つの大きな影響を與えておるのではないか、反省すべき点があるのではないかということを、私はお伺いいたしたいのであります。
○島田参考人 小林委員のお説は、きわめてごもつともでございます。私どもも、なるべく第一線に出まして、学生諸君と連絡を保ち、交渉を断絶しないように、でき得る限り努めることは、これは当然御指摘の通りであろうと思います。先ほどから繰返して申し上げるようでありますが、私どもの大学の学生数を頭にお入れくださるならば、やや多いということは隠れもないことでございますので、この多数の諸君に私どもが一々親しく、私個人としてお目にかかることも、ときにはむずかしいこともございますので、各学部の学部長あるいは教務主任、教務副主任、その他の一般の教授諸君を通じまして、でき得る限りの連絡をはかるというようなことは、従来も務めておりましたが、ただいま御指摘の通り、今後においてもますますこれに努めて、この方面からもいい結果が現われますように試みたいということは、御指摘の通り心得えておりますことを、お答えとして申し上げたいと思います。
○長野委員長 早稻田大学総長島田孝一君には、御多忙中御予定を変更されまして、当文部委員会のために、きわめて真摯なる御答弁を賜わりましたことは、まことに委員会の使命遂行のため得るところ大でありまして、ここに委員各位とともに、厚くお礼を申し上げます。申すまでもなく、国権の最高機関たる国会の文部委員会は、国民の重大なる関心事である、国家百年の大計たる教育問題について、重大なる関心を有し、これが本来のあり方にあるべきことをこいねがうものであります。ここに島田大学総長を煩わし、その実情を承り、国民の前に国会を通じてこれが実情を明らかにいたし得ましてその貴重なる御答弁が、われわれの審議の資料といたし、使命遂行に供し得て、その得るところはなはだ大であります。まことに感謝にたえない次第であります。ここに一言お礼の言葉を申し上げ、ごあいさつにかえる次第であります。(拍手)
 ただいま中央大学の加藤学長の代理として片山法学部長の御出席をいただきましたが、法学部長には、非常に御多用中にもかかわりませず、わざわざおいでをいただきまして、まことにありがとうございました。厚くお礼を申し上げます。
 最近若干の大学に起りました事象によりまして、大学のあり方ということの根本問題につきまして、多大の疑問を生じて参つておりますので、本委員会といたしましても、この問題に関しましては、特に重大なる関心を持つているのでございます。この問題の解決のためには、大学の御当局はもちろんのこと、文部省においても、また国民の側におきましても、十分協力の上、解決のために御努力をお願いいたして、国家百年の大計をつちかうに足る真の大学の育成に努めていただかなければならないと思うのであります。本委員会といたしましても、あらゆる角度より調査研究に努めておる次第でありますが、今回片山法学部長からも、この問題につきまして重要な資料を拜聽いたしたいと存じます。何とぞ隔意なき御答弁をお願いいたします。若林義孝君。
○若林委員 片山法学部長に深甚の敬意を表するわけであります。官大の学生運動を中心といたしまして、将来私立大学校を制定し、あるいは大学管理法を制定する場合に審議の資料とし、過般来起りましたような遺憾な事柄が未然に防ぎ得るよう、なお積極的に大学の自治を守り得るようにという念願が、今月おいでを願つて御高説を拜聽しようとする次第なのであります。今朝来島田早稻田大学総長のお話をるる承つたのでありますが、時間がありませんから、今朝来伺いましたのは、場所は違いますけれども、一体であるという気持で、御質問申し上げたいと思いますから、さよう御承知おきを願いたいと思うのであります。
 レツド・パージ粉砕に関しまして、学生がいろいろな形態を整え、レツド・パージ粉砕闘争委員会とかいうような名前、あるいは場所と時を違えるならば、名前を違えた運動で政治活動をやるのであります。そういう学内におきます学生の運動組織というものと、学校当局のこれに対する管理権とでも申しますか、その関連をひとつ承りたいと思います。
○片山参考人 ちよつと御答弁をいたします前に、お断りをいたしておきたいと思います。この委員会には、総長が、ただいま委員長からお伝えになつたような理由で御欠席になつております。私の方の内部の手違いもありまして、私はここに代理出席のことについて総長からまだ何らのお話も承つておらないのであります。しかし大学といたしましては、せつかくの委員会の御開催にあたりまして、出席いたしまして御質疑にはつきり御満足が與えられるかどうかは疑問と思いますが、出席の責任があるというふうに考えました結果、総長の御意思いかんにかかわらず、私がまかり出たような次第であります。従つて私がここで発言いたしますことは、総長の御意思を代理するものでない、私個人の意見である、答弁であるというふうに御了解を得ておきたいと思います。
 ただいまの御質問に対しまして、これは各大学において大体同様な組織を持つておると思いまするが、二十三年ごろから、中央大学にも学生自治会というものが発足いたしております。これはまつたく学生の自主的な団体として発足いたしたのでありまして、規則も自主的につくつておるのであります。これを大学の公認とするかどうかについて、私の方では意見がまだ一致を見なかつたために、一応学生の自主的組織として、学生たちが一定の規約のもとにその運営に当つております。公認団体というわけではないのであります。ほかに大学が公認した団体といたしましては、学友会という組織を持つております。そうしてそれには学術部、あるいは文化部、それから体育部というような組織がありまして、それには教授がそれぞれの部の所属の会の会長になつて、そうして教授みずからがそれぞれの文化活動、あるいは体育活動についての指導をやりつつ、今日まで参つて来ておるわけであります。従つてこれらの学友会諸団体は、今日まで大学の本旨に沿いまして、それぞれの領域にわたつての活動をいたしておるのであります。自治会は、これは学生の自主的な組織であるという点から、ときに構成メンバーのいかんによりましては、活動そのものがいろいろ大学のあり方にマツチしないというような面が生じておることは、各大学とも大体同様であるのではなかろうかと考えておる次第であります。それで学生自治会は、学生からいろいろ委員が出ております。時の外部的勢力等のいかんによりましては、單に学生の自発的な意思のみによらないで、外部の勢力によつて従来相当の動きをいたして来たように感ぜられるのであります。その結果といたしまして、発足の最初のころは、比較的穏健な学生活動が行われておりましたが、漸次教育の植民地化反対であるとか、あるいは反戰平和の運動であるとか、あるいは先ほど申されたレツド・パージ反対の運動とかいうようなものが、展開せられるようになつた次第であります。そこで私は、この学生自治組織というものに対しては、学校は今まで大体黙認のような形をとつておりましたが、今後のあり方といたしましては、やはりこれも学友会と並んだ大きな学生自治を主にする団体ではありますが、やはりそこには教授諸先生がお入りくださつて、どこまでも学生と一体になつてこの組織を健全に強化して行くということが、大学としてはふさわしいのではなかろうかと考えております。学生にもその声が非常に強いのであります。今後のあり方といたしましては、やはり学友会組織とともに、これを教育者及び学生の両方の組織体として教育者と学生とが一体になつて大学の教育目的、学問研究その他について有益なる活動をなし得るように持つて行きたい、こういうように考えておるわけであります。
○若林委員 私がただいまの御質問をいたしますゆえんのものは、将来平和運動であるとかいうような名目で講和問題が論議されますときに、あるいは朝鮮動乱がどういう経路をとつて拡大いたしますかしりませんが、拡大をして行くようなことがある場合、純真なる学生諸君が、こういう問題をとらえての運動が、相当行われると思うのでありまして、レツド・パージは一応これで終つたかもしれませんけれども、将来かくのごとき問題が予想せられますので、この点大学の学内における団体の管理権というものを明確にせられまして、これを発動して行くということでなければならぬと思うのであります。いかに学生がこれに制約を加えられること、また制圧を加えられること、束縛を加えられることをいやがりましても、学長自身が管理権の一部として、一学生をも退学、謹愼、停学というような措置をもつて戒飭を加える権限を持つておられるのであります。団体といたしましても、この権限の発動によつて十分管理し得るのではないかと考えるのでありますが、この点片山法学部長なども、強く大学の自治を守るために、この管理権を発動せられるような気持を持つておられるのでありますが、いま少し片山部長のこれに関する管理権の発動についての御所見をひとつ伺つておきたい。
○片山参考人 御承知のようにこれはどこも同じであろうと思いますけれども、学内における政治活動というのは、私の方でもすでにこれを禁止いたしておるのであります。われわれとしては、政治活動が行われて学生の本分にそむくというような事態が起りますれば、むろん大学の管理権を発動いたして、適当なそれぞれの機関を経てこれに対する策を講ずるということはもちろんでありますが、しかしわれわれとしては、どこまでもそういうことを未然に防ぎたい。そのためには、やはり学生というものは、年齢的に申しましても、まだ非常に未熟なものでありますから、どこまでも学生と教授とが一体になつて、そういうことに教授の指導力を強化いたしまして、そういう万一の事態が起らぬように事前に処置するということの方に、重点を置いて考えて参つておる次第であります。そういうことに対して万全の策を従来といえども考えておつたのでありますが、今後もなお一層講じて行きたいと考えておるわけであります。
○若林委員 未然に防ぐという御考慮は拂われておると考えるのでありますが、現在のままの組織それ自身で未然に防がれるかどうか。あるいは国家とし、文部省として、何らかの措置を講ずることを必要とするか、そういうことに対しての希望などがあるかどうか、ひとつ伺いたい。
○片山参考人 その点は非常に重大なことでありまして、どうも私自身からは何とも申し上げられませんので、そういう問題については総長から御回答を得た方がいいのではなかろうかと考えます。いずれ総長から後ほど御回答いたすということでごかんべんを願いたいと思います。
○若林委員 一応私はこれで打切ります。
○長野委員長 それでは小林進君。
○小林(進)委員 片山先生にお伺いいたします。先生は中央大学における法学部長でいらつしやいますが、事実上総長の仕事を代理されて、大学における実質上の学長の職務をおとりになつておるところの実務者であることを承知しておりますので、権限問題は別にして、できるだけの御答弁をお願いいたしたいと思います。
 まず中央大学のこのたびのレツド・パージに関する例の事件の発生状況と、並びにその跡始末をどんな形でとられたかということの概略をお聞かせ願いたいと思うのであります。
○片山参考人 実はこの文部委員会の方からもお話がございまして、私の方の主管者が今度の学生運動につきましていろいろ調査をしまして、比較的詳細な報告をこちらへ提出することにいたしておるわけでありまして、やつと昨日この書類ができ上りましたので、私どもも実はまだ十分見てはおりませんが、大体書類としてこちらへこれを御提出いたしたいと思つております。従つて詳細はその書類でごらんを願うことにいたしたいと考えております。これは大体新聞でも御承知であると思いますけれども、若干の経過はありますが、大体において十月三日でありましたか、東大で行われました学生運動に中央大学の一部の学生が参加いたしまして、そこで無届の集会、デモンストレーシヨンをやつたというふうに承知いたしております。それから十四日に、私の方で千名近い学生が校庭に集合いたしまして、一時ごろからその運動を展開したのであります。このときも、実は病気でちよど学校におりませんでした。詳細を私が目撃したわけでもないのでありますから、私自身からは十分御説明ができないかもしれませんけれども、とにかくそこでレツド・パージ反対等の運動をやりましたところ、一部の学生がそれに非常な反対をいたしまして、たまたま廊下に学校常備の消化ホースがあつたのでありますが、それを一人か二人でかかえ出しまして水をぶつかけた、こういう事態が起つた。それに引続いて乱闘騒ぎがありまして、軽傷者を二、三名出したわけです。そういう事態に入りましたので、大学としては警察署の方へ連絡をとりまして暴力を押えたいというので、若干警察隊が校内に入ることなりました。そして、一段落をつけたわけでありまするが、その後また若干の者が――これは比較的少数でありましたが、さらに当日第二回目の運動を展開したのであります。私は病中でありましたけれども、そういう重大な事故がありましたので、学校へ飛んで参りまして、そうして責任者等を非公式に呼びまして話をいたしたのであります。その後三十分か一時間経過いたしまして、それからあとは無事に解散をいたしたような事実があつたわけであります。その程度が中央大学の今度のレツド・パージ反対についての今までの運動であります。
○小林(進)委員 その跡始末、特に学生の処分等についての御答弁を……。
○片山参考人 その点については、大学には元から綱紀委員会という特別な委員会ができておるわけでございます。そういう問題にきましては、綱紀委員会が詳細な調査をして、それをさらに教授会に報告し、教授会で一層審議した上で処分を決定する、こういうことになつておりますが、まだその綱紀委員会において調査中であります。従つて処分はまだ行われておりません。
○小林(進)委員 これは片山先生の御意見をお伺いいたしたいのでありますが、先ほどのお言葉で、外部からの相当の強力な勢力で指導されておる懸念もあるし、大学としては、あくまでも大学を防衞する立場をとるというお話でございました。その防衞はもちろん警察的な権力の防衞でないことを私は確信をいたすのでありますが、その防衞の一方法といたしまして、学生と教授が一体となつて教化に主力を置く、こういうことを仰せになつたのでありますが、その教化について、私は実は御意見を承りたいのであります。その教化をいかなるところに置くか――これは私の意見じやないのでありまして、大学の私の知つておる二、三の教授の意見を承りますと、中には、学生は真理を追求する、ところが学生の気持に一番ぴつたり来るものは、やはりマルクス主義の真理性にある。だから、これはひとつ教授というものが勉強をして、これに打勝つ一つの真理性というものを学生に與えるだけの力を持たなくてはならないのではないかというような意見を吐かれる教授もおられました。あるいはまた、教育は政治そのものじやない。政治そのものではないが、しかし政治から離れた教育というものはあり得ないのである、この点を考えて政治と教育、というものをいま少し大学でフランクに、なおかつ学生が信頼し得るような指導をする必要があるのじやないか。あくまでも政治活動を禁止するという一点、力で押えても押え切れるものではない、政治と教育のいわゆる関連性ということをまず認めて、それに対処する方法というものを教授の方で確立する必要があるのじやないか、こういうような意見を吐く方々もおられるのであります。あるいはまた、教授によりましては、今の学生運動を真に正しく指導し得るものは政党だ、むしろ政党が学生運動を指導すべきである。これはマルキシストの教授でありますが、こういうようないろいろな意見があるのであります。それでいわんとするところは、そういうふうにこの大学の学生を預かる、最も学生の信頼する教授の中に、それぞれの意見がありましてそれは直接ではありません、このレツド・パージの直接の指導者だと私はいいませんけれども、こういう方々のそれぞれの意見が学生に伝わつて、そうしてこのたびの騒動を起す原因になつておると私は思う。先ほどいわれたように、單なる外部の強力なる勢力の指導というだけで起るのではない、やはり教授のそうした個々の見解というものが学生の血となり肉となつて、そこからこの問題が起つておる。いま一つは、私は先ほども島田総長にお伺いをいたしましたが、教授自身がこういう具体的な問題に対する確固たる信念を持つていない。どうも学生諸君のい分が正しいようだ、やはりストライキという方法は、これは私は適切とはいわぬ、また煽動ともいわぬけれども、それ以外に方法はなかろうというような疑問、そういう疑問といいますか、あいまいといいますか、そういう気持をお持ちになつておる教授が非常に多い。こういうところに、私は内政的にこの問題が起きて来た大きな原因があると思いますので、こういうことに対する片山法学部長の卒直なる御意見、現在の教授陣、現在の指導性、あるいは現在の教授陣のシステム、こういうものはこれでいいのか、よろしくないのか、あるいは今度の学生事件に関係しておるのか、していないのか、こういうことを私は的確にお伺いいたしいたと思うのであります。
○片山参考人 教授も大いに勉強しなければならぬまた学生も大いに勉強しなければならぬと思います。ややもすると、政治活動に参画しておる学生たちは、実践に夢中になりまして、真の学問研究をやつておらぬというのが実情でありますから、私は先生にも大いに勉強してもらい、同時に学生諸君、ことにそういう実践活動をやつておる学生諸君にも、大いに勉強してもらわなければならぬ。真の学問の研究をしておるというふうに考えられぬ面が、たくさんあるように思います。これはひとり教授ばかりでなく、学生の方にも十分要求しておるつもりであります。大体そういうふうな印象を持つておるわけであります。はなはだ不満足かしれませんが、なお御質問がありましたらお答えいたします。
○小林(進)委員 このたびの騒動の一つの原因といたしまして、この騒動を勃発せしめる原因に教授が介在していないかどうか、これをひとつ私はお伺いしたいのであります。
○片山参考人 私の大学では、そういう事実は認められないと私は信じておるのであります。その点については、なおいろいろと調査もいたしますけれども、大体そういうふうに私は信じております。ただいろいろそういう面がありまするので、実は中央大学新聞に学部長共同声明というものを出しまして、学生も大いに真の学問を勉強すると同時に、責任の倫理に徹してもらうように共同声明を出しておる次第であります。これを参考に差出しておきますから。どうぞあとでごらんいただきたいと思います。
○小林(進)委員 積極的に指導された教授があるということは、私は一応考え得られないのでありまするが、先ほどから申し上げまするように、消極的、不作為の作為といいますか、何事もなさざることによつて、学生をこういう事件にかり立てて来た。たとえていえば、教授自身も信念がない、どうもレツド・パージの問題は、やはり反動吉田内閣のしからしむるところであつて、学生諸君が立ち上つて、やはり最後にはストライキの方法による以外にはないであろうというようなことを、教授自身としても考えられるというような意見が、教授の中に流れて、それが間接の原因になつてこういう問題を惹起する一つの原因になつていないかどうか、証拠痕跡がないかどうか。私自身は幾つもつかんでおりますが、法学部長の立場で、そういうことがなかつたかどうかということを、私はお伺いしたいのであります。
○片山参考人 その点については、なお一層私どもの方で調査をいたしまして、お答えいたしたいと思います。私は今までのところ、そういう事実は私の学校にはないと思つております。どうぞ御了承願います。
○小林(進)委員 一言私は私の意見をさしはさみながら、お伺いいたしたいのであります。先ほども申し上げましたので、同じことを繰返すようで非常に悪いのでありまするが、私は昭和八年の七月一日に本郷の仏教会館で、当時のあの滝川幸辰教授、いわゆる叛乱罪と強姦罪の二つの問題で、ときの鳩山文部大臣に非常に手痛い大学追放の運命に陷れられた。私どもは決して当時マルキシストではなかつたけれども、当時大学の自治と自由と学問の自由を守るという意味から、全国の学生を動員いたしまして、本郷の仏教会館で鳩山文部大臣の即時辞職勧告運動を展開したのであります。その勧告文を私が読み上げている最中に検束せられて、そうして手痛い警察の彈圧下に呻吟をいたしたのでありまするが、その私どもの過去の事実を今振返つてみて、今日の学生運動と比較対照してみまするときに、当時われわれは決して、外部の煽動者によつてやつたわけでもないし、また強圧なる力によつてやつたわけでもない、真に学生の立場からかくあるべきであるという信念、――けれども信念を固める前にも実は法学関係――私は個人の教授の名前をいうのを控えまするが、当時の学界におけるそうそうたる方々、そうして最もわれわれの信頼し得る教授、こういうところを歴訪いたしまして、そうして御意見を聞いた。そのときに、各教授の御意見は、ほとんどわれわれと同じであつた。これを默認することにおいては、もう学問の自由というものは失われる、こういうことで(「この問題とは別だ、大学が破壞されるではないか」と呼ぶ者あり)これは鳩山さん個人ではない。当時の社会環境あるいは当時の政治情勢、こういつたものをみんな総合いたしまして、まさに大学の自由を守るところの最後の一線である、こういう悲痛な教授方の御意見が吐かれたのであります。われわれはますます意気軒昂いたしまして、立ち上つたわけでありまするが、さてそういうことの意見がありましても、その的確なる教授の意見というものが、決して外部にすなおに現われて来ない。ここに私はいわゆる学問の府に携わる教授陣の信念の弱さといいますか、個性の弱さといいますか、人格の弱さといいますか、こういうことを私は痛感いたしたのでありまして、今日のこの問題にも、こういう教授陣営の信念的な堂々たるところの態度がない。ときには学生に妥協し、ときには学生の意見を入れて、そうして右往左往して、事なかれ主義に終るというような腹のない教授陣がどうもいるのではないか。これがこのたびの問題を惹起した根本問題であつて、学生に反省を促す前に、むしろ教授みずからが――私は決してこの問題のいい悪いをいうのではない。盛んに岡君がやじつておるようでありまするが、私は何もこの問題のいい悪いを言うのではありません。教授みずからの態度、立場、こういうところに重大な欠陷があつたのではなかろうかということを、私はお伺いいたしておるのでありまして、この御返事をお願いいたしたいのであります。
○長野委員長 ちよつとこの際申し上げておきますが、最初にも申し上げましたように、あまり意見といいますか、議論といいますか、そういうことの討議に陷ることは避けるお約束になつておりますので、どうかありのままの事情と実態をひとつ御質問をし、お答えもしていただく、こういうことにいたしたいと思います。
○片山参考人 ただいまの委員長からの御説は、私もそういうふうにしていただければ非常にけつこうであります。私自身も、御意見として小林さんの御説は十分承つておきます。
小林(進)委員 ではこれで終ります。
○長野委員長 片山中央大学法学部長には、御多忙の中を種々御答弁くださいまして、厚くお礼を申し上げます。おかげさまで文教政策審議の上に、たいへんよい参考となります。申すまでもなく、教育こそ国家再建の根基でありまして、お互いにこの文教の大事業をになう一員として将来ともに深い関心を持つ者でありますから、必要の場合にはお互いに緊密なる御連絡を煩わしたく、あわせて希望を申し添えておきます。
 午後は正一時から再開することにいたしたいと思いますから、委員各係の方は、よろしくお含みをお願いいたします。それではこれで休憩いたします。
    午後零時二十六分休憩
     ――――◇―――――
    午後一時二十九分開議
○長野委員長 休憩前に引続きまして、委員会を続行いたします。
 ただいま東京大学の南原学長の御出席をいただきました。南原学長には、非常な御多用中にもかかわりませず、わざわざ本委員会のために御出席をいただきまして、まことにありがとうございました。深く感謝をいたします。
 最近若干の大学に起りました事象は、大学のあり方ということの根本問題につきまして、多大の疑問を生じて参つておりますので、本委員会といたしましても、この問題に関しましては、特に重大なる関心を持つているところでございます。この問題の解決のためには、大学当局はもちろんのこと、文部省においても、また国民の側におきましても、解決のために十分の御協力をお願いいたしまして、国家百年の大計をつちかうに足る真の大学の育成に努めていただかなければならないと思うのであります。本委員会におきましても、あらゆる角度より調査研究に努めている次第でありますが、本日はここに東京大学の学長の御出席を煩わしまして、この問題の中心資料を得たいと考えているのでございます。つきましては、委員諸君の十分なる御質問と、並びに学長におかれましても隔意なき御答弁をお願いいたします。
 もちろん申し上げるまでもないことでございますが、この際特に各位にお願いいたしたいのは、できるだけ要点を簡明に述べていただきまして、いやしくも感情を交えたり、あるいは意見の開陳や、議論のための議論にわたることのないようお願いをいたします。それでは岡延右エ門君。
○岡(延)委員 それでは私から南原総長に――現行法では学長ですが、まだ南原総長と呼んだ方がよろしいかと思いますから、南原総長にお伺いいたします。
 われわれ文部委員会としましては、わが国の文教、文化の全面にわたつて管掌するところでありますが、敗戰後の日本を文化国家として再建することを中外に宣明しました関係上、われわれはこれを文字通りに受取つて、文化国家再建の悲願のもとに、片山内閣のとき、国家総予算に対する文部予算の比率が四%であつたものを、第二次吉田内閣以来、二十四年度を五%に、二十五年度を七%に、そうして二十六年度を一〇%に引上げるというように、私たちの所属するところの與党たる自由党も、また政府も、文部予算に関する限り、共産党を除く各党各派こぞつて努力をいたしつつあるのであります。ところが国家予算の支出の増大は、とりもなおさず国民の納税の過重となり、今日の納税の限度は国民の担税力の最後の線まで来ている。いな、その最後の線を突破しているとさえ思われるのでありまして、われわれは国民に対してこの苦痛を文化国家建設のために忍んでもらつて予算を審議し、これに協賛しているのであります。さればこの予算が所期する目的を果すべく、完全に国民の意を体して、またわれわれ国民代表の意を体して万遺憾なく使われているかということは、われわれの重大関心事でなければならないのであります。こういう意味において総長にお伺いいたしたいのでありますが、東大の学生一人に対し、年額――月額でもけつこうでありますが、幾ばくの国費を要しているか、その点お示しを願いたいのであります。
○南原参考人 岡議員の御質問でございますが、今の東大の学生一人についての平均幾らということは、私は不幸にして正確に覚えておりません。と申しますのは、御承知の通り自然科学の学生と文化系統、つまり法学部、経済学部を含めましての系統とは、よほど差がございます。理科系統の方面は、設備を非常に要しますので、それに対して学生の数は割合少いということになります。これに反して、文科系統のものは非常な数でございまして、それに対して特殊な設備なども要しません関係上、そういう意味において非常に大きな差がございますので、平均の数は私ちよつと覚えておりません、あとから調べまして……。
○岡(延)委員 実は予算を審議する立場にあるわれわれとしは、はなはだ驚き入つたことを伺つたのであります。文科系統の学生と理科系統の学生がいかにその差があるかということくらいは、われわれも大学を出た関係上知つております。それを聞こうというのではない。われわれが文部省について調査したところによると私は先生に教えて上げます。東大の学生一人は、実に月額五千円を食つているこれは驚くべきことである。しかも会社の考課表の場合のように、あの厖大な建物やある施設の償却を見込んだならば、さらに多くの国費を食うことになるのでありますが、それはしばらくおといたしまして、月額五千円ということは驚くべき金額である。何となれば、あなたの大学のような一流の大学を卒業したものが人事院試験をパスしても、その初任給は手取り五千円にならない。これは御存じですか。あなたが国家から負託されている学生は、実に一万二千名の多数である。その多数の学生が皆一人月額五千円を食つている。さればこの学生は、ある意味において一種の国家公務員みたようなものである。この学生が国費の犠牲において、しかも大学の構内において政治運動に没頭したり、学園を破壞するがごとき態度、ある場合には暴動さえ起したり、受験を拒否したり、またまじめな学生の受験を妨害したり、こういうことをするがごとき態度をとるということに対してあなたは一体どう思われるか。またあなたは一万二千名という学生の指導者として、また厖大なる国家予算を食うところの学園の管理者として、国家に対し、国民に対し、その予算を協賛したところの国会に対して、どういうふうにお考えになるか、その御心境を伺いたい。
○南原参考人 ちよつと初めに申し上げますが、これは委員の方々並びに特に委員長にお伺いいたし、並びに御了解を得たいのでありますけれども、本日こちらに伺うにつきましては、あらかじめ御書面をいただきまして学校教育の一般について、現下の教育問題、学生の動向について意見を聞きたいというお話でございました。本日は予算面に関する特別のいろいろな御意見を申し上げるというふうな意味にとりませんで、私はいろいろな材料を、こまかな数字まで持つて参らなかつた次第であります。その点は岡議員にも御了解を得たいと思います。
 それからただいまお話の、たとえば私の大学に起りました最近の事件につきましてのことでありますけれども、私どもの学生の大多数がそういう状況にあるというふうな御印象を持つているとすれば、それは非常な誤解でございます。一万余りの学生がおりますけれども、御承知でもございましようが、近ごろのいわゆる学生の運動、ことに極左に偏したような運動につきましては、その学生の数は少いのでありまして、一部の左翼的な学生に多いのでございます。それがたまたま委員などに選ばれている関係上、それが主催しましてその名においてやるということになりますので、大多数の学生は――私どもの学生は伝統もございますし、きわめて学問を熱心にやつておるのでありまして、ただよきにも悪しきに申しますと、少し無関心と申しますか、そういう運動に参加せずに、むしろ学生本来の勉強ということに集中している傾向が大多数であるのであります。また私としましては、学園の学生生活に関する限りは、そういう特殊な偏向した運動はないように、いわゆる学生の自治生活を学生全体の手によつてやるということを、絶えず私どもは奨励し、勧めて来ているのであります。それが正しい意味の学園のデモクラシーであります。日本の国民全体のデモクラシーが急遽に成就せぬのと同じでありまして、多少時をかすことが必要でありまして、われわれ教育者としては、そのことを苦慮しているのであります。その一部分の学生の動きによつて、全体の大学というものがそういう赤化をしている、あるいはそういう暴動状態になつているという御印象を得ておるといたしますれば、それは非常に大きくおとりになつておるのでございまして、私どもとしては、そういう線に沿いまして、学生みずからの手によつて学園の自治を盛り上げてもらいたいということで勧め、また指導しているのであります、その極端な一部分の学生につきましては、これはまた御質問がありますれば申しますけれども、まず私は根本的なことを申し上げておきます。
○岡(延)委員 総長の方から先に進まれたようでありますが、次にレツド・パージの反対のために全学学連があの騒動いな暴動ともいうべき大事件を起したのであります、あなたもレツド・パージに対しては反対であるといわれておりますが、私たちはそれを当時の新聞によつて承知しておるのであります。今ここに九月二十六日付の東京新聞の拔萃がありますが、その標題は「東大「南原談話に沸く」自重要望に賛否わかれる」こういう標題であります。簡單でありますからその拔萃を読み上げてみますと「東大でも南原総長らが去る十五、十六両日にわたつて学生代表と非公式の会見を行い発表した談話を中心に波紋を描き始めている。南原総長は去る十五日東大自治会中央委員らと非公式な会見を行いその席上で「今回のレツド・パージ問題についてどう考えたか」との質問に対し、次のように答えたといわれる。わたしは今回のレツド・パージには絶対反対であるが、もしこれがポツダム政令六十二号の適用によつて行われるならば、これは超憲的なものであつてやむを得ないと思う、しかしこの措置に対しては文相ですら危惧の念をいだいているから適用されることはないだろう。またレツド・パージが大学の評議委員会及び各学部教授よりなる適格審査委員会で審査することになろうから、それに出席する教授たちの良心によつてそれを阻止することができる、万一わたしひとりで阻止が不可能になつた場合は、諸君たちに協力してもらうから学生諸君はそれまで平静を保つてもらいたい」こういうのであります。この最後の「わたしひとりで阻止が不可能になた場合は諸君たちに協力してもらうから」云々というところがきわめて問題であつて、相手が自治会中央委員、すなわちその大部分が赤い学生であるから、事はいよいよめんどうであります。いよいよおれたちが出る幕が近づいた、南原総長は話せるというふうに、百万の援兵を得たように勢いづいたに相違ないのであります。これは卑近な言葉で申せば、煽動とも見られる。しかし、南原総長は、さすがにそこは学者でありますから、最後にそれまでは平静を保つてもらいたいと、巧みに自重を要望したように、新聞の伝えるところによると結んでおるのでありますがレツド・パージに反対するというのは事実でありますか。また反対でございましたら、その反対の理由を承りたい。
○長野委員長 ちよつと申し上げますが、先ほど南原学長の方から、委員長にも質問がありましたが、この際申し述べておいた方がいいと思いますからちよつと私から申し添えておきます。今回の委員会の目的はすでにただいま申し上げた通りであります。この前御通知を発したのは、前回の御通知でありましたが、しかしそれにいたしましても、あえて食い違いはないと思います。広い意味における学校、ことに本日は特に大学のあり方についての国政調査という建前においてやつておるのであります。この点は御了承願いたいと思います。
 それからなおやはり冒頭で申し上げましたように、あまり意見の開陳とか議論とかいうことになつては、この真の目的を達することができないのであります。従いまして、御質問をなされる方におかれましても、御答弁をあそばされる方におかれましても、あるいはこの場の空気で多少神経にさわられることがありましても、私どもの趣旨はそこにございますから、大きな気持で、ひとつなごやかにこの会を運行されるように、御両者とも御協力を願いたいと存じます。
○南原参考人 ただいま岡委員から、東京新聞でございましたか、それをあげてのお尋ねでございますけれども、新聞に現われたその記事をもつて、私に対する云々ということは、きわめて私は遺憾に存ずるわけであります。その記事はまつたく私の関知しないことであります。それからそれに似たことがございますれば、それより以前に私としましては、私の名において東大のこういう問題に対する、つまり教授の地位とか身分に関することは方針をきめております。それは昨年の秋ちやんと私の名において、それぞれの機関にかけてそれを発表してございますので、それが私どもの教授の地位身分に関する態度でございます。要約して申し上げますれば、それは單に教授というものは、市民として合法的な政党に属しておるからというゆえんによつて、その身分が左右されるものではないという、こういう原則でございます。しかし大学教授は、学問の自由があると同時に、重大なる責任がある。従つてその地位におられた場合は、だれによらず十分なる責任を持たねばならぬ、これが本学の方針であります。それくらいのことは、学生に言つておりますと同時に、それ以上に私は天下に方針としてそのことを申し上げておるつもりであります。それが私どものレツド・パージに対する方針であります。従つて今日世に伝えられておるようないわゆるレツド・パージに反対するかせぬかの御質問でありますから、ただいま申し上げましたような内容の意味において、それを私どもがやるべきことは責任を持つてやります。そうでない場合はやらぬ、こういうことは、私どもの方針でございます。私学生を煽動したかのごとき記事は、きわめて遺憾な記事であると思います。それについての御質問は当らぬと思います。委員長はなごやかにやれとおつしやるから、なごやかにやりますけれども、そういう意味であります。その点だけ申し上げます。
○岡(延)委員 委員長から御注意がありましたから申し上げますが、これは一点国を憂うるためであつて、何も個人的感情からではないのであります。ものに熱心のあまり、つい語気が荒くなるかもしれませんが、その点は御了承願います。
 それであなたの学校に、全国の学連の加盟校に指揮命令する学連本部があり、またあなたの大学の学生が、その委員長の光栄あるいすを占め、またそこの次の幹部のいすを占めておるのでありますか、事ここに至るまでには成るの日に偶然なつたのではなく、ここにかくなるべき要素が十分あつたと思われる数々の具体的事実があるのであります。以下私はそれについて、南原総長に対してその事実を指摘してみたいと思うのであります。
 順序は多少前後しますが、まずその第一点、あなたはあなたの大学の中に、全学連の本部が、法務府に対する形式的な届出も、また実質的な事務所も、二、三年来その構内にあり、現在は病院玄関向い側の地下室にあることを御存じでありますか。
○南原参考人 今のお話は全学連といわれておるものに関することと思います。その本部の所在地という問題でありますが、これは御承知かと存じますけれども、全学連というのは、全国の学校の中にあります自治会というものが連合してできておる団体だと存じております。それの本部というものは、今まで各校持ちまわりということでございまして、たしか一年半前でございましたか、ほかのある大学にございましたが、そういう意味で私どもの方にそれが一年半前でございましたか、その当番校という意味でわれわれのところに来たということがございます。ところが、これも今お話のように、団体等規正令によつて登録するという一つの段階になりましたために、私どもは団体等規正令となりますと、これは一つの政党的な存在として政府が認めるということになります。そういうものは学内に置いておくことはできぬという意味におきまして、私どもはこれは認めないということにしておるわけであります。それがある期間中央委員会というものと何か連絡いたしまして、それの部屋の都合で雑居すると申しますか、その隣りにおつたという段階はございました。しかしそれは大学でも認められぬというわけで、たしか今年の春でございましたか、夏の初めでございましたか、これは撤去されたはずであります。ただ行き場所がないために、どこか中央委員会のところにいわゆる病院の地下室のところに――おそらくこれは中央委員会の本部でありますが、そこに置いてあるようであります。従つてそれの名において届出をするということは、申請されておるはずだと思います。
○岡(延)委員 あなたは日本共産党東大細胞をいち早く公認したのであります。たしか田中文相のとき、どういう形かしりませんが、東大に細胞を公認するのはどういうものかと注意されたというふうに仄聞しておるのでありますが、あなたはともかくこれを公認した、そこで東大は御承知の通り、総長もそれがさだめし御自慢でありましようが、伝統的に全国大学の筆頭的地位にあり、日本共産党が、ここを効果的にねらうのは当然でありまして、この東大細胞がいち早く公認されたというので、快哉を叫んだということであります。国立大学の中でも、断固として細胞公認をしりぞけているところもあるのでありますが、あなたは率先して細胞を公認したことは、まことにけつこうである、またその公認期間も昭和二十二年から二十四年に至る二箇年間の長期にわたつておりますが、こういうことはまことにけつこうであると思われるか。またこれが結局今回の騒動を起すに至つた原因になつたとは思われませんか、この点についてお答えを願いたいと思います。
○南原参考人 共産党細胞の公認と申しますか、それに関する問題だと承知いたしますが、私どもの学校におきましても、他の大学も同様でございますが、御承知の通り、戰後におきましては、戰前と違いまして、嚴密なる許可制度に基いて、一々学生のそれぞれの集会とかあるいは組織というものをやるということは、やらないのでございます。できるだけ学生の自主的な点においてそれぞれする、それを届け出させるということになつております。その届け出したものを受理するという段階を、今のお話の公認という言葉になつておると思います。ところがこの細胞につきましては、たしか二年半ばかり前でありましたか、その届出があつたわけであります。ところがそのときの届出におきましては、細胞ではございますけれども、どこまでも学内の文化団体として、文化的な事業とか活動をするというのが届出の趣旨になつております。従つて私どもはこれを学内の機関にはかりまして、それを受理して見ておつたわけでございます。ところがその後一年の経過を見ておりますと、その文化団体たる活動よりも逸脱した傾向がだんだん出て来た。その成績を見た結果、これを禁止したわけであります。そういう状況でございますので、この公認をしたのは、決して私ども自慢をして公認をしたわけではないのでありまして、そういう自主的な活動、しかも学内にふさわしいものであれば、これを認めてやりたいというわけでございます。御承知の通り、これは根本におきましては、現在の学校教育法の八條の不完全なることから来ておるのであります。田中文相のときに、この問題について何か特別な注意があつたということでございますけれども、それは全然ございません。そういう経過をたどつておるのでありまして、そのためにこのたびの事件が起つたとは思つておりません。これは進んで私から申してもよろしゆうございますけれども、近ごろの事件は特殊の別な面から来ておるわけであります。
○岡(延)委員 総長はこまかいことは、おひざ元のことでも御存じない。こまかいことだけでなく、予算さえも御存じないのであります。実はわれわれ先月の十九日に、先生方にこちらに来ていただくために調査をいたしたのでありますが、そのときはその形式的な届出も東大の構内にあり、またつい先日までは中央委員会の隣の部屋に嚴として学連本部があつたという事実は、あなたは御存じないでしようから、きようでもお帰りになつたら、そういう事実があつたかどうかお調べになつて、これがいけないということになつたならば、至急撤去された方がいいのではないかと、老婆心ながら思うわけであります。ただおひざ元の東大、全国立大学の第一位に数えられておる東大においてすら、共産党の細胞を認めておるのに、なぜ公認せぬかといつて、他の大学で絶えず騒ぎを起したために、大いに迷惑をした大学があることをわれわれは聞いておるのでありますが、あなたはこれについてどうお考えになりますか。
○南原参考人 御注意があつたのでありますが、私の申したことは間違いないはずであります。それは先ほど申しましたように、全学連の本部というものは、先ほど言つたような経過のもとに、他の大学にあつたのが、私の大学に移転になつたのであります。それを先ほど申した通り団体等規正令によつて全然認めぬということになつております。従つてただいまは行先がないものでありますから、中央委員会の――多分お隣りではありません、その中に荷物を置いてある状態でありまして、本学としては認めてありません。これはよく知つておるわけであります。お話の公認云々が、他の大学に影響を及ぼしたということでございますけれども、私の大学のみならず、先ほど申しました通りに、届出を受理しておつた学校もありますし、そうでない学校もあります。しかしながら、そのために全学に影響を及ぼしたことは知りません。それからまたそういうことがありましても、私どもはそれを見守つておりまして――その学校でも立場によつて活動の状況も違いまして、従つてそれに応じて適当の措置をとつておるわけであります。私どもの学校は一年の経過を見て、これを認めぬ、取消すということになつておるわけであります。
○岡(延)委員 昭和二十二年ごろ、東大の共産党細胞の学生が、長野県あるいはたしか福島県に出て行つて、師範学校の学校騒動を煽動し、これを指導した事実があり、これがためその学校は非常に迷惑し、その旨東大に急報したにもかかわらず、東大当局は何らの措置をとらなかつたということを聞き及んでおりますが、その真相を御存じですか。
○南原参考人 これは長野師範と同時に、秋田の師範の関係もあつたと思いますが、法学部の一、二の学生だつたと思います。そういう通報も受けましたし、事情も調べました。遠方でありましたから、詳しいところの的確性がどこまであつたか知りませんけれどもとにかくそういうことがありまして、遺憾に存じまして、その学生を呼びまして、――これは法学部の学生であつたと思います。十分本人に対しては戒告を與えて、そのときの問題としてはそれで処置をしたつもりであります。それから、その後見守つておりまして、その学生たちが、ちようどその後の過程におきまして、いろいろな事件で関係をいたしまして、それ以上の処分がそれぞれ行われておる段階になつております。
○岡(延)委員 日本共産党や東大の共産党学生は、あなたの共産党に対する理解と申しましようか、寛大なる考え方及びその実際の措置、たとえば細胞の公認等の措置を非常に喜んでおる。そこでそのお返しのつもりでありましようか、昨年の十二月の学長選挙の際には、東大の左翼学生は結束して大がかりにあなたの再選運動に連日没頭し、いやしくもあなたの対立候補となるような者であれば、たとえば亀山工学部長のごとき、その教授の名誉を毀損するために虚構の事実をあげて、学内はもちろん、本郷の通りまで得意の壁新聞戰術を展開した事実があるのでありますが学長たるあなたも、そのスタツフも、これを傍観した事実があるのでありますが、あなたの御感想を承りたいと思います。
○南原参考人 はなはだ率直なお尋ねであつたと思いますから、私も率直に申します。私の総長の任期が切れましたについて、私の再選ということにつきましては、いろいろ学内においてもあつたように思います。その左翼の学生の諸君もやつておつたでありましようが、その他の多くの全学の学生も、職員もやつておりた事実が一、二日あります。私としては迷惑しごくで、率直に申しますと困るのです。その人たちを呼んで、やめろということは、もちろん私自身も申したし、そのことは撤去してやめさせました。亀山君も私の親友でありまして、今のお話のような競争をするとか、また学生運動のために謝礼をのしをつけて受取つたというようなことは、絶対にございませんから、岡君も信頼をしていただいて御了承いただきたいと思います。
○岡(延)委員 事実がはつきりすれば、まことにけつこうでありまして、実は事実をはつきりするためのあれでございます。非常にけつこうなことだと思います。せつかくお返しのつもりという言葉が出ましたので、ついでに申し上げますが、あなたはこの左翼学生の選挙運動をしかつたということでありますから、もうお返し云々ということはやめますけれども、とにかく全面講和論をひつさげて、吉田首相兼外相と論争した事実があるのであります。全面講和なるものは――委員長、これに触れないと問題がはつきりしませんから簡單にやります。全面講和なるものは、ソ連の意向を体した日本共産党の一手販売である。
○長野委員長 岡君、あまりかけ離れた問題については、なるべくお話合いをしたような意味合いにおいて、あなたの適切な御質問に調和的な御考慮を願いたいと思います。
○岡(延)委員 よく心得えております。やはりちよつと言わぬと、問題を残してはいけないので、委員長その点は了承していただきたい。ところが現在は共産党も客観的情勢上声をひそめておるのでありまして、社会党あたりとか、あるいは社革という小さな政党がありますが、それらが共産党の代弁をしておる。これはもちろん全面講和が今実現するものならば、これに越したことはないことは、最高学府の長たるあなたの御高高説を拜聽するまでもなく、極端に申せば、三才の童兒といえどもこれを知つている。ただわれわれの見解では、ソ連とアメリカでは、その世界観が根本的に違つていることは、クリスチヤンであるあなたも御承知の通りであると思いますが、この思想の対立は容易に解消するものではないと、われわれは信じております。そこでアメリカを中心としてこれに同調する諸国家、たとえば朝鮮問題に関する国連の討議において見られた三十何票、これはアメリカ側、これに対する数票、これはソ連側、このアメリカ側の多数の国々と講和をしようという單独講和にあらざる多数国講和をやろうというのが、われわれの考え方であります。ところがあなたがどういう考えを持たれようと、また新聞等でいかに宣伝されようと、それはごかつてでありますが、しかしながら国家のあなたに負託しておるところは、この問題ではない、私はこれを言いたい。冒頭において申し述べました通り、あなたの学生は、一箇月五千円という国費を食つておる、この五千円の国費を食うところの大学生を一万二千石も擁しておるのであつて、あなたは、まずあなたの大学の学部長以下教授を掌握し、学生を掌握して、大学経営に万全を期すること、これがあなたに国家が負託をしておるところである、ところがあなたは、全面講和論をひつさげて吉田首相と渡り合つておる。あなたの力の入れどころが間違つておるのではないか。まず家すなわちあなたの第一の重大な責任である大学を治めて、余力あらばあなたのすきなことをやるべきではなかつたでしようか。大学の窓に伸び上つて妙に力んでおるうちに、足元に大火事が起つた。これでは国家が迷惑する、税金を納めた国民が迷惑する。またこれに対して、この予算に協賛したわれわれ国会議員としては非常に迷惑する。あなたはこれをどう思われるか、これでけつこうであると思われるかどうか。
○南原参考人 全面講和論の御質問については、私はむしろよい機会だと思いますので、一言申し上げます。お尋ねの点につきましては、私が総長として全面講和論に触れるということについて、御疑念があつたと思います。これは、ごもつともであると思いますが、私は昨年暮、日本教育界の代表として、従つて大学を含めて、その代表としてワシントンの教育審議会に列席したわけであります。そのときの講演においては、日本の教育改革の構想ということを中心問題として、最終の理想を申し上げたわけであります。ところが、教育というものは御承知の通り、單なる教育だけで済むわけではありません。あるいは日本の教育制度の根本、教育文化の問題は、必然的に世界の平和、世界につながつた重大なる問題であります。従つて私は四十五分の長い講演のあとで、この問題に触れたわけであります。ところが当時の電報などは、ニユース本位から、そのあとの部分だけを日本に伝えられたように記憶いたします。そういうわけで、世界平和との一連でありますので、私は日本の教育文化の問題から、世界の平和というようなことを前提として説いたわけであります。ところが吉田首相との云々ということでございましたが、おそらく吉田首相は十分お読みでなかつたと思いますけれども、私がワシントンでそういうことを言つたのはいかぬということが、新聞に伝えられたわけであります。その真偽のほどは存じません。しかしながら、これはアメリカにおいてはエデユケーシヨンレコードという位置を占める全米におけるある一流の教育会の雑誌におきまして、日本の一代表者に対してスペースを與えてくれて、全文を掲載したのであります。そういう意味から申しまして、そういう文をお読みにならずにあるいは誤解された人が日本にあつたとしたら、はなはだ私は遺憾だと思います。私は好んでかような点で吉田首相と渡り合う、あるいは事を好んで政治問題をやつておるという意味ではございません。平和問題と文化問題とは、離すことはできない問題であります。そういう意味で御了承を願いたいということと、もう一つは共産黨と同調しておるかのごとき御議論があつたかと思いますが、これは、全面講和は私は單なる理想ばかりで申してはおりません。現実の問題として、英米ソ連といえども、全国民がこぞつてできる限りの機会に努力するということは、おそらくアメリカ自身でも、私はこの段階は同様であろうと思います。そういうだけの努力というものは、やはりすべきものであるということは十分信じております。御質問に答える意味におきまして、ほんとうの自由主義、敗戰後の日本は言論の自由ということは守りたいと思います。その意味から申しまして、極右と極左の論は注意をしたい。たまたま自由とか平和とかいう問題について、特定党派と共通の問題、言葉を使つたからといいましても、それと同じとお考えにならないことを希望したい。全然違うのであります。われわれは中立であります。また一方の特定党派が平和を論じましても、平和は一つの中心であることを十分御承知おきいただきまして、自由主義と共産主義との間には区別を画然として置いていただきたいと思います。そのことをお願いいたします。
○岡(延)委員 今御高話を拜聽いたしましたが、次にお尋ねいたしたいことは、あなたは先年来学寮建設にきわめて熱心であつて、全国的に呼びかけて寄附金を募つておられ、またその建設のために若干の国庫支出も行われておるのでありますが、皮肉なことには、東大の教養学部の寄宿舎は、大学当局もほとんど監督の手の下しようもなく、警察権もまた大学自治の名にはばまれて、一種の治外法権的な存在となつており、全学連の幹部の集会は多くここにおいて行われ、本年九月及び十月の東大その他の全国的な学校騒動の策源地は、主としてこの寮内であつたと言われておりますが、あなたはこういう寮制度を率先して奨励するというのは、どういう心境か、その信念を承りたい。
○南原参考人 今のお話の教養学部の寄宿寮の問題でありますが、これは御承知の通り、一高の寄宿舎が引継がれたものでありまして、そうして一高の寄宿舎は、合宿が完全なる自治でありまして、従つてよく行く場合はよろしいけれども、悪く行く場合は、今岡君の申されたようなことにもなり得るのであります。従つて教養学部の事件につきましても、若干それに以た事件があつたことも存じております。しかし私の呼びかけておりますのは、本年から教養学部と合併をしましたその後の問題であります。大学というものは、單なる学問の研究だけではなく、やはり人間の修養、そのためには共同生活ということが必要だということを考えまして、これはアメリカでもイギリスでもそうでありますが、大きな学校でありながら、一つの寄宿舎も持たないで、すべて下宿家においてまかなつておる、それではいかぬという意味におきまして、皆さんにお願いいたしまして、その緒につこうとしておる段階でございます。その意味で寄宿舎というものは、将来大学の新しい行き方といたしましては、いずれの大学でも必要であろうと思うのであります。ただお話のような点につきましては、十分注意をしなければならぬ点があると思います。教養学部の寄宿舎については、特別の沿革の事情がありまして、そういうお疑いの点もあつたかもしれませんが、しかし寄宿寮というものは、大学には必要なものであると考えております。
○岡(延)委員 次に、その教養学部においては、九月、試験開始の数日前から、学寮において朝四時ごろから深更に至るまで、拡声機を通じて大声でストライキの煽動をなし、その騒音のために勉強もできず、個別的の強要説得も行われ、受験のため登校した一般善良の学生に対しては、スクラムとなわばしごとによつて固めたピケ・ラインによつてこれを阻止し、あるいは食堂に誘導して試験場への入場を不可能ならしめ、ようやく試験場へ入場し得た少数の学生に対しましては、暴言放歌の行動隊によつてこれを妨害し、はなはだしきは作製中の答案を奪取破棄する等の行動に出たのに対して、学校側の試験監督官は、何らなすところなく、また受験希望者が万難を排して試験場に入り待ち受けたにもかかわらず、遂に試験官が姿を見せずにしまつたという事実もあるのでありますが、最高の監督官たるあなたは、この事実を知つておられますか、またどういうように処置されたか。
○南原参考人 お答えいたします。この具体的な事実については、私はみな知つております。但し時間の関係もございましようし、私はもう少し大きな全体の教育のあり方とか、学生の動向についての御質問が今日は多いと思つたのでありまして、そういうことは、私は文部大臣に、詳しく情報というか報告はちやんと前に提出してございますが、せつかく御質問でありましたから、要点だけ申し上げます。
 今のお話に以たような事実はございました。実はそれに対して学部長あるいは教官というものが手をこまねいて、ある教授は試験があつても出なかつた、そういう事実はありません。学部長初め百何十人の教授教官諸君は、毎日八時に登校いたしまして、どれだけこれに対して努力をしたかということは、この点は私は十分報告してあるはずであります。今の試験官がおらなかつたということはございません。初めの段階におきましては、そういうわけで、これは單なる政治運動のほかに、試験というものを延ばすというような陰謀もありまして、相当その行き方が多うございまして第一回の試験は受ける者が少かつた。ところが学校側の態度といたしましては、試験は延期しないという態度を堅持いたしまして、あと一週間たつての再試験は――かりに一人でも残つておる場合には、再試験をするという場合があるのでありますが、その再試験の場合には、大多数ほとんどすべてがこれを平静に受けたというような状態でございます。その間じつとしておつたというわけではございません。また警察官も心配いたしまして、相当来たようであります。中では要請いたしません。そういうわけであらゆる努力をいたしましたが、そういう不幸な事件がございました。
○岡(延)委員 さらにその教養学部の寄宿舎内において、実情調査におもむいた察警官が武装解除されたり、報道関係者がカメラを取上げられたり、フイルムを破棄される等、まつたく無警察同様であつたという事実を耳にするのでありますが、それは大体において、そういう非常に乱れた状態であつたということを、総長はお認めになつたわけでありますから、それ以上は別にお聞きいたしません。
 次に、九月二十九日の東京都学生総蹶起大会を鼓舞激励するために、東大の出教授がメツセージを送つたということが新聞記事にも現われ、またそのメツセージは謄写版刷りのビラとし多数学生の集まつておるところにばらまかれ、現にわれわれもそのビラを手に入れております。あなたはこの事実を知つておられるか。また知つておられるとすれば、出教授に対して何らかの処置をされたか、その点を承りたいのであります。
○南原参考人 ついでながら、今の御質問のこと、ちよつと先に申し上げておきます。教養学部に関係しまして、警官が中へ入つて武装解除されたという事実はございません。それは何かの誤報でありましよう。それから今のお話の出教授に関する件は、そのメツセージは私よく見ております。それから本人にも心境を学部長を通して聞いております。その間の事情は十分調査いたしまして、文学部において、この問題は十分研究中であります。
○岡(延)委員 次に、騒擾による学生の処分でありますが、早稻田が百十二名、法政でさえ三十一名を処分しておるのに、東京大は国立大学として国民に対する責任がちよつと違うのです。他の私立大学よりも、あれほどの騒ぎを起し、国民に迷惑をかけたにもかかわらず、新制東大が十三名、旧制東大は第一次に十名、第二次二名、第三次に三名と小刻みに処分し、その総計は二十八名にすぎません。これは軽きに失するという評判もあるのでありますが、その処分の基準等について承りたい。
南原参考人 今の岡委員の御質問でございますけれども、学校において処分をしますのは、それぞれその学校における具体的な事件によりまして、また学生の状態ということによりまして、それぞれ違うわけであります。またその事件の性質も、早稻田と私どもの大学とは、違つたものもございましたしそういう点につきましては、教授会、評議会その他あらゆる機関の十分なる審議を経た結果行つておるわけであります。單なる数においてこれをとやかく、どちらが嚴であり、どちらが寛であるというようなことを言い得ない問題であると思うのであります。そういうことは、私ども十分教育の府といたしまして、その人数の問題とか、あるいはその情景などについては考えておるわけでございます。そういうわけで、私どもの方が寛大であつたとは考えておりはせん。
○岡(延)委員 大分長くなりましたので、最後に私は一言申し上げますが、あなたは第一流の国立大学の学長として、その大学の窓から全面講和論のごときを満天下に向つて呼号され、これは上の好むところ下これにならうで、あなたの教え子は全学連の委員長として、しかもあなたの大学の構内から全国大学に向つて政治運動の号令をかける、これはまさしく天下の一大偉観でなければなりません。しかしながら、国家はあなたに対して、そういう使命を與えてはいない。われわれ議会もまた、そういう使命をあなたに與えるために、あの厖大なる予算を協賛したのではないのであります。この点に深く思いをいたされまして、東大を国立大学の、しかも最も権威ある国立大学の本然の姿に歸すべく一意專心努力されんことを私は要望いたしまして発言を終ります。実はいろいろお気に召さぬことを申しましたが、先ほど申しました通り、これは一片ただ国を憂え、日本文教を憂えるためでございますから、どうぞひとつあしからず御了承を願います。これをもつて終ります。
○南原参考人 岡委員から御懇篤なる御指導をいただいたわけでございますけれども、私は先ほど申し上げたような意味におきまして、教育と文化に関係のあること――ことに大学というものは、今後新しい文化国家の中心の一翼としまして、御奉公しなければならぬと考えております。従つて正しい意味においての自由と、また民族の生きる平和というものにつきましては、大学は責任があると考えております。従つてそういう文化、教育を論ずる機会に、その限りにおいてはそのことを申すということが、私の重大な職責と考えております。それからまた全学連の者が私をまねた云々というお話もありましたけれども、先ほど申しましたように、自由主義と共産主義とは、根本の動機と方針が違うのであります。そういう点も誤解のないように願いたい。私は極左を警戒しなければならぬと同様に、極右の再擡頭も警戒しなければならぬということを考えておるのであります。この大事な自由と共産主義との相違は、十分国会あたりでも政府でもお考えいただきまして、ほんとうの自由、憲法通りの自由と平和と民主主義の国家を建てるために、及ばずながら私も努力したいと考えております。
○若林委員 岡委員からいろいろ御質問があつたのでありますが、微に入り細をうがつた御質問で、先ほど南原学長の口吻では、こんな小さな問題ではなかつたのだというようなお気持があつたと思いますが、要は大学の自治、学園の自治をいかにして守つて行くかということから出ておるのでありますから、そのことを、同僚の一員のわれわれといたしましても、誤解のないようにお願いをいたしたいと思います。
 そこで一応この間の事件の真相について、私どんな御質問が出たか、またどういう答えが出たのか、聞きのがしたのを遺憾といたしますが、この間の東大の事件というものは相当国民に大きなシヨツクを與えたのでありまして、われわれのところへも、数々遺憾の意を表するところの書類が来ておる。おそらく学長であるところの南原先生のところへは、格別相当国民の声が響いて来ておると思うのであります。そういうような社会一般輿論が、どういうふうにあの事件を見て、総長にその意思を反映せしめたか、その輿論の中心にお立ちになつておられました総長のことでございますから、一番よく明確にこれを認識しておられると思うのでありますが、その御認識、いわゆる輿論がいかに南原学長という中心に集まつたかというその輿論、具体的に言いますと、東大廃止論まで唱える輿論があるわけであります。おそらく各方面から集まつておると思うのであります。学長の「真理の闘い」という御本を拜読いたしてみましても、「学生と政治運動」その他のところにも、学生のストに対して輿論が反映して来ておるのが、自分のところに集まつて来ておるということもお書きになつておられます。おそらく今度のことには、もつとこのとき以上の輿論が反映しておると思うのでありますが、総長を中心にこの間の輿論はどういうように映じておつたかということを、この点は詳細にお述べを願つたらけつこうかと思うのであります。
○南原参考人 若林委員のお尋ねでございますが、輿論がどういうふうにして私のところにも反映され、結集されたかというお話でございます。正直に申しますと、今度の事件につきまして私のところに無名、有名を問わず大学当局をしかるというふうな意味においてのものはきわめて少いのです。率直に申しまして二通もらいました。それからまた同じような、三、四通のものは、私を慰めて激励してくれるというのがございました。私むしろ驚いた次第であります。その点は、先ほど申し上げました問題の吉田総理との間のことが、妙に新聞紙上に伝えられたことがありましたが、そのときには相当数が来ましたけれども、今度はそれがなかつたのでございます。けれども、聞きましたら、教養学部長の方では、父兄の方からと両方の方から、ひとつお願いするというようはことは、大分来たようでございます。それが私の受取つた書類による、あるいはわざわざ見舞に来てくれた人もございますが、直接タツチし得た私の知り得たものでございます。新聞においてはいろいろな意見がございましたが、御批評をいただきました。私は――はなはだこの前一昨年でございましたか、ストライキがございましたときに、今御引用いただきました私の本に書いてあるあの演説をしたわけでございますが、そのときには社会並びに国家に対しても、私は遺憾の意を表しております。今度もそういう意味で、遺憾に思つておるわけでございます。そのことを忖度いたしまして、この問題につきましても考えておるわけでございます。具体的にどういうふうにということは、今申し上げたつもりでございます。従つて世間では、ある新聞などでは、根本の教育方針が悪いのだから、ひとつうんと教育を改めろという御忠言があつたように記憶をいたします。これは私の大学だけでなく、一般の大学についての、今度の事件についての御忠言もございましたけれども、この点については、先ほども申し上げましたように、非常に誤解もあると思います。大学こそはほんとうの、昔のままの單なる国家教育をせずに、いわゆる平和と自由を守ろうとする権利は認め、それに対する責任は十分持たすということをやらなければならぬ。にわかに教育方針を変更いたすなんということは、やらないというふうに考えております。
○若林委員 私は「真理の鬪い」というものを拜見しましたときに、いま少し輿論が南原総長のところに集まつて来ておるようにうかがえたものでございますから、伺つたのでありますが、その点はもつといろいろな論が伺えると思つたのであります。
 それでは次にお尋ねいたしたいのでございますが、先ほど委員長からお話があつたと思いますが、あくまでも過去は過去でありまして、将来再びこういうことのないように、大学の自治を、暴力によつてまつたく破壞されたと悲痛な呼びを南原総長は学生に訴えられておるわけであります。再びこの総長の口から、学問の自由というものが、暴力と不法侵入とをもつて蹂躙されたものと認ざるを得ないというような、一番国民の精神的分野をあずかつておられますのが文部大臣だと思いますが、その文部大臣の、またその一つ上に立つておられる総長からこういう悲痛な叫び声を再び聞くまい、聞かないためには、どういうような万全の策を講じたらいいかということのために、今日御高見を伺うわけでありますが、学生に対してお述べになつた告辞の最後にも、外部からの侵害から守るに足る方法を講ぜざるを得ないというこの結論が、もし国会の何らかの処置で少しでもお手伝ができたらという意味で、今日御高見を承るわけでありますから、その点をひとつ御了承を願いたいと思うのであります。この学生の自治会と申しますものに対して、学内の団体だとするならば、総長とし、学長として、やはりこれらの管理権があつたと思うのであります。学生の自治と大学の管理権との限界でございますが、生きた学生を取扱う総長としての御見解を、ひとつ承りたいと思います。
○南原参考人 今のお尋ねは学生の自治会と申しますものと、私どもの管理権というものの関係のお話と存じましたけれども、大学の学生の自治組織といいますのは、これは戰前からも大体学生というものが自分たちの会を組織いたしてやつて来ておるということは、かわりないのでございます。ただ戰後にあたりましては、先ほど一番冒頭に申し上げましたように、きわめて小部分の一部の学生ではございますけれども、その自治会の委員に選ばれますと、こういうものが、ややもすると多く出て来るという関係になる。そこでその名において、ややともすれば学生の集会ができるということが生ずるわけであります。そこに問題が起るわけでありまして、学生全体のマジヨリテイでいい委員を選び、いろいろの催しをできるだけ全体の自治で――指導しておるわけでございますが、学生自身の手によつて、学生の生活でありますから、そうしたい。しかしながらこれが学校の規則に違反した場合、いわんや法令に違反するということがありますれば、そこはわれわれの管理権の限界として、とめ、干渉するということをやつておるわけでございます。一番冐頭に述べましたように、できる限り全体の学生がデモクラシーでいい学園をつくつてもらいたいということを、指導方針としておるわけでございます。
○若林委員 今朝早大の島田総長からも承つたのでありますが、もう一度、立場が私学という方と官学という方との相違がありますから、一応承つておきたいのでありますが、今朝共産党の渡部委員から教授各位がほんとうに心から学生を説得するならば、レツド・パージならレツド・パージの内容、またやむを得ざる国家の措置としてやるということを熱意をもつてやれば、そういう騒動は起らなかつたのではないかという質問に対しまして、島田総長の答えは、学生の今の種類の運動は、これも言葉は違いますけれども、内容といたしまして――何か事をつかまえて、学生をかり立てて騒動を大きくするという一つの方向に進められておる。だから何らかの形で努力してもそういう騒動を治めることができなかつた。特にこのごろの学生運動は――今日は暴力という言葉は島田総長ほお使いにならなかつたのですけれども、力を使つて騒ぎを大きくするという傾向にあるということを言うておられたのでありますが、その点南原学長は東大の分をどう御認識になるかということと、それからまじめな純真な学生はともかくといたしまして、第三国人が学生を裝つてその騒動を拡大するために参加しておつたということは、これははつきりと島田早稻田大学総長が言われたのでありますが、この点、その学問の自由を守るということに名をかりて他の目的のために、いろいろ反米政策へ学生をかり立てて行くという方向に、今度の学生運動が使われたように思うのでありますが、南原先生の御見解を承りたいと思います。
○南原参考人 先ほど冒頭に述べました一般の、多数のいわゆるそういう特殊の政治運動に関心を持たない学生については、しばらく申し上げる必要はないと思います。そういつた一部の学生でございますけれども、それらが学内においていろいろな催しをしたいというような場合には、私どもの方には学生指導委員会というものを置いておりまして、それら各学部から相当そういうことに了解のある有数なよい教授を頼んでおりまして、それとできる限り折衝し、懇談をさせまして、できる限り学校のルールに乘つて、その中でちやんとした研究問題を中心にして、どういう問題でも取扱わすということをやつておるので、それでずつとやつて来たわけであります。つまり一番初めに、御説の通りにストライキなど起りましたのは、一昨年の例の授業料値上げ、それまで二年はきわめて静かで、むしろ空白であつたのであります。それからその次が教育関係の予算とか、あるいは法案をとらえまして、ストライキをやろうとしたのが去年の段階であります。今年の六月前後から、つまり朝鮮事変を前後といたしまして、急角度に問題が尖鋭化して来たのでございます。ことにパージの問題、あるいは平和の問題――しかしこれはパージそれ自身、あるいは平和それ自身という問題ならば、その限りにおいては、学生もやはり学園生活においては関心を持つべきものだと思う。従つて彼らはほんとうにまじめに学校を憂え、国家を憂えて研究し、討議して、その結果をりつぱな研究書としてわれわれに提出し、意見書ないし陳情書として当局ないしそのほか関係筋にお願いするということは私はいいと思う。そういうことはやつてもいい、政治教育の一つの場になると思う。大事なことは、その手段方法が悪いのであります。これを私は絶えず言うのであります。学園としては、どこまでも研究、討議が中心である。その手段として政治的な手段、ことにそれが不法の手段にわたる場合はいかぬということは、絶えず申しておるわけであります。そういう意味において遺憾ながら今年の六月前後に起つたことは、急角度に問題が尖鋭化して来たのであります。従つてそういう尖鋭化したものにつきましては――そういう代表者は私はよく知つておるのであります。私どものところによく来まして、しかりもするし、話もする。そのときはよくわかるのでありますけれども、一旦しりぞくと、別の線があるのであります。そうしますと、その線は個人的にどう考えておろうとも、一つの動かしがたい線があると私は言うのであります。その意味において島田総長がおつしやつた意味と、私の了解と共通な点があるのであります。そうなつて来ますと、学園の問題と見るよりも、大学の外にそういう一つの問題がある、一つの純粹の政治問題、それが突発事件として今日起つて来たのであります。そういう点においては、はなはだ遺憾な問題があるのであります。その点につきましては、政治の問題として考え、それは立法の問題として十分御研究願う余地があると思います。
○若林委員 私たち学生生活を送つて参りました者から考えまして、今の学生ほどかわいそうな者はないのであります。敗戰という一大精神的シヨツクを受け、その上に学問の自由、研究という立場よりも、生活それ自身に追われつつあるのでありまして、住宅問題に悩み、あるいは経済問題に悩みしておるのであります。この学生を安んじて、ほんとうにまつしぐらに研究一途に進めるということのためには、学長とし、総長としても非帶にお骨がお折れになることだと考えるのであります。私は過般の騒動によりまして、純真なる学生が、社会一般から非常に誤解を受けておる。この間の事件では、それをぬぐうたのでありますけれども、関西の大阪の例をとつてみますと、二十年ぐらい前に、河上肇先生が京大におられたときには、京都の大学はみな赤いのだと言われておつたと同じように、大阪商大の学生はみな赤いのだ、こういうことを言われた時分があります。現在では、この間の騒動のために、東京大学の学生は、みな赤いのだというような感を持たれておりまして、純真なる学生、また学生を東大に預けているところの父兄というものは、これで非常に心配をしておるのであります。何かのとき、ひとつ機会をとらえられまして、これは一部の学生の策動にすぎなかつたのだ、残余の学生は実に純真なものであるぞということを、吉田総理に対抗せられましたあの軒昂たる意気をもつて、純真なる学生を守つてやつていただくようにお願いをいたしたいと考えます。
 それから次に、将来大学管理法を制定することになつておりまして、それを国会で審議する光栄ある重任をわれわれはになうものであります。それから私立学校で申しますと、私立大学校を将来設定するということを條件として、昨年私立学校法を通したのでありますが、この両法案を審議するときの参考とし、資料となるのでありますが、現在のままであつては、ああいう騒動が起つたその欠陷がどこにあるか、将来大学管理法などを設定せられるときには、こういうようにしてもらいたいのだというようなことが、お考えの中にもあると思うのでありまして、その点をひとつ承りたいと思うのであります。なおいろいろありますけれども、ほかの方にお讓りすることにいたしまして、この点をひとつ御披瀝を願いたいと思います。私の質問はこれをもつて一応打切りまして、他の方の御質問を承つて後に、留保いたしておきたいと思います。
○南原参考人 二つの点でございますが、最初の大多数の純真な学生が世の中から誤解されて、前の京都の例をお引きになりまして、東大が全部赤化していおるという印象を與えておるということは、初めから申し上げておるように、事実と違つておりまして、はなはだ遺憾な点と思うのであります。皆さんを初め社会の方がその点十分真相を御了解願えると思います。多数の学生を、ほんとうにデモクラチツクな学園をつくるように持つて行くためには、大学はトレーニングでありますから、多少の時はかかると思うのであります。これは国民全体の民主化と同じことでありまして、私は学生として率先してその方へ行くように努力したいと思います。そのために私は大学の学生を、特に中学校扱いはせぬつもりであります。できるだけ彼らの手によつて自覚して行くようにやつて行きたいと思います。
 第二点は、大学管理法案につきましては、ただいま特別の委員会ができまして、文部省で立案せられまして、大体試案ができて、公聽会などにかけておるようであります。私は大体原案に盛られておるところの精神がいいと思います。新しい点は、大学の従来の自治的な協議会というものをもちろん中心に考えまして、そのほかに国民の方たちと直接のつながのを持つて、すべての意見を直接に了解するという問題で、協議会と申しますか、最近の第二試案では参議会というふうに直つておると、私は先ほど見ましたけれども、そういうものによりまして、できるだけ広く御意見を伺う。しかし大学はどこまでも学問研究の府でございますから、それについては、いわゆる大学のエキスパートが大事でございます。エキスパートが中心になつて大学の運営をして行く、それが日本の実状に沿う一番いい案じやないかというふうに考えております。
○長野委員長 小林信一君。
○小林(信)委員 私は最初にお断りしておきますが、本日総長に来ていただいたということは、あくまでも文教政策確立のための参考意見をお聞きするのでありまして、別に総長の責任追究ということに及ぶべきでないという考えを持つておるのでございます。先日吉田総理も、講和への自立態勢確立の急務は、経済の自立と文教政策の確立であると、ちようど全学連問題で騒いでおるさ中、新聞協会で発表されております。私たちもこれには同感であります。ことに自由党の諸君は、この意を体する方たちでありますから、非常に本問題に対しても熱心でありまして、総長の責任追究のようなところまで行かれたようでありますが、しかしそれでは教育の真の建設は私はないと思つております。現在の教育政策というものをながめてみますと、一般の行政面はやや復興の傾向に向つておるのでありますが、文教政策につきましては、制度とか、あるいは建物とかいうような問題は、一応進んでおるかのように見えますけれども、その内容となるべきいわゆる精神革命というものが生れて来ておらぬということを痛感するものであります。これはわれわれ一般人が心配するよりも、教育当事者が非常に悩んでおられるのではないかと思います。こういうような状態に置かれておるときに、今度のような事件が起きまして、一層一般社会は前途を憂慮しておるのでありますが、この際南原総長の持つておられるところの先ほど申された教育と文化との面を重視されたところの教育方針を伺いたいのであります。しかし、おそらく広汎にわたると思いますので、特に総長が米国使節団を再度迎えるにあたりまして、そのあいさつの中で申された点を、特にこの際私はお伺いしたいのであります。おそらくここに私は南原総長の、国民精神の真の民主化をはかつて行かなければならぬという点の最も強調されておるところがあると思うのであります。「特に貴国の理想や方法にあらためて学ぶべきもも多いことは当然でありますが、顧みてわれわれの惧れるところは、わが国が明治以来、西欧の文化をも取入れても、育成し来つた価値ある国民文化や善き特質が失われる危險はないかということであります。教育の理想や目的において、人類の間に普遍的共通のものであつても、それがもろもろの国民の間に、真にみずからのものとして、根をおろし、結実せしめるための手段と方法とは、その国民の歴史や社会的事情によつて、同一ではあり得ないものがあります。このことと関連して、わが国の教育方法や技術の改革に際して、その基本的な原則や共通の準則は必要であるが、その具体的な適用や細目にわたつて、もし各学校や教師の経験と創意工夫を生かすかわりに、かえつてこれを窒息せしめるやうなことがあるならば、それは新たな画一主義と機械的標準化の危險を招くものといわなければなりません。この点は、貴使節団の報告書の中にも警戒されてあるところであつて、われわれは十分反省し、再検討を要するものがあると存じます。」こういうふうに申されておりますが、全国の教育者がおそらくこの点において悩んでおり、ここに真の精神革命の中核を得たい、こう望んでおると思います。この点につきまして、総長に再度御説明を受けまして、私はさらに、これは総長個人が持つておられるだけでなく、これが教育の方針として、学内にどんなふうに徹底されて行つているか、またそういうことができるかどうか、またあらゆる教育の機会におきまして、制度にこれが浸潤して行くことができるかどうか。今の学校制度、そういうふうなものからして、総長にお伺いしたいのであります。
○南原参考人 今小林議員のお読みいただきました第二教育使節団を迎えましたときの、私のあいさつの言葉であります。それは繰返して申しませんが、大体その方針が私はそのときに始まらず、前から考えておるところでありまして、また多くの教育者の共鳴を得ておるところであります。それをいかに実現するかという問題につきましては、その問題は小学校から大学に至るまで、全般の日本の新しい教育について考えておるわけであります。従つてそれぞれの学校の段階によりまして、その適用の仕方というものはいろいろあると思います。たとえば小学校、中学校におきましては、教科書というものがございますが、それらについてどう扱うかということは、今までやつておることに相当反省すべき点があると思うのであります。ところが大学につきましては、多少事情も違います。また自然科学というふうな問題になりますと、より普遍的なものが多くなつて来ると思います。
    〔委員長退席、岡委員長代理着席〕
しかしそれにもかかわらず、全体を通じまして、何もかも一つのある外国の式に改めて、すべてのことを云々することはいかぬ。そこで私の主張しておることは、すべてそこに書いてある通りでございまして、その程度は違いますけれども、文科、理科を通じまして、諸教授、職員に対して絶えずお願いいたしておりますし、また学生には、機会あるたびに講演その他で話しておるのであります。それには時がかかるでしようけれども、その方針につきまして、私は大学の教授、評議員その他すべて支持してくれておることと存じます。
○小林(信)委員 こうしたりつぱな教育的な信念をお持ちになり、しかも内容を持つておられて、しかもそれが單に総長個人でなく、学内にこれが及んで行くというお話でありますが、やはりこれは一つの過渡期として見なければならぬ問題だと思います。簡單に総長個人がそういう識見を持たれ、これが学内に及んでおるとはいうものの、こういう仕事は、やはりあいさつの中にもあると思いましたが、非常に時間のかかることを予想しなければならぬという点からしまして、今度のような問題が起きたごとも、單にそういう内容を持つておれるから、すぐに結実するということは、期待いたしませんが、そうしたものがありながら、こうした不祥事件が起きることは、もつともつと強力な総長の学内における指導力というものを要望せざるを得ないのであります。
 その次にお伺いしたいのは、やはり私はこのあいさつの中からとらえるのでありますが、教育改革の崩壞ということがおそれられるところが今日ある。この崩壞を救う重大な面としまして、共産主義の問題を総長は取上げられておられます。この共産主義による教育改革の崩壞というものを克服するものは、究極におきましては、より高い人間性、理想の精神である。そしてそれを守り育てて行くことが、真の意味の教育である、こういうことを強調されておられます。これは共産主義と教育との関係を明確にせられたものであり、また共産主義に対する教育者としての対策を述べられたものであると思いますが、このお考えが学校経営の中に、いかに具体化されておられるか。單に総長個人が、頭の中に秘められておるだけであるかどうか、そういう点をお伺いしたいのであります。
○南原参考人 二点あつたと思いますが、一番初めの、私のそこに書いてありますような意味の理論につきましては、多数の方の支持を得ておることは、申し上げた通りであります。もとよりそれは長い時を要する教育改革の問題でありますことは、お話の通りでございますが、ただしかし、それがために、先ほど申しましたような、今回、六月以降において起つたような突発事件というようなものは、これは純政治問題として取扱われている面があるのでありまして、そういう点につきましては、教育と直接に考えられて、だから教育の根本がどうこうというように直接にお考えいただかずに、この問題はそういうものとして処理する面が相当あると思うのであります。これは先ほど御説明申し上げたところによりまして、また島田総長のお話とあわせてお考え願いたいと思うのであります。
 第二の点の、共産主義というものに対する私の立場は、そうでございます。大学といたしましては、学問の自由、思想の自由ということは、これは御承知の通りでございまして、何の主義でありましようとも、思想言論に関する限りは、これは十分うんと研究してつつ込んでいいわけであります。そういう意味におきまして、いずれがどうであろうとも、私は特殊の一つのイデオロギー、思想というもので指導するというようなことは考えておりません。ただしかし、どこまでも客観的に真理の追求をして行けば、私どもとしましては、そういう立場において、そこに行かざるを得ないという考えを持つておるわけでありまして、特に共産主義に対する対抗策を、学問の府において大学教育において、それをどうするかということは、むしろ純粹に理論を、真理を追求いたしまして、その間に世界観の確立、互いにその間にいいものが生れる、正しいものが生れるということを、大学の使命と考えておるわけであります。
○小林(信)委員 一般の方たちが、主として今回の問題に対しまして、学校あるいは教育者の責任というふうな面で、いろいろと今まで議論を鬪わされたのでありますが、しかしこの教育に関する問題、特に今度のような思想という問題、あるいは政治的背景を持つた行動というものは、多分に学校あるいは教師だけの責任でなく、いろいろな面で責任を負うべきことが多々あると思います。というような点で、逆に総長が考えられておられる点を、この際お聞きしたいのでありますが、目的がレツド・パージ反対であり、主体が学生であり、場所が学園であるからといつても、真実のものはそうでないかもしれない。先ほど早稻田大学の総長も言われておつたのですが、レツド・パージは問題のきつかけである、中に反米的なものが隠されてある。騒動の際には外部の者が多数おつた。その騒動は巧妙な方法で、ある意図を持つた者たちの策動的な面があつた。場所は学園の自由、大学の自治という、ここに利用された点が多々あるために、学園の自由が問題になることは当然で、一切の責任が学校当局に対して追究されることは当然かのように考えられるけれども、以上のような点を考えてみると、相当不可抗力的な部面が多々ある。こうした実情からして、学校だけの責任としてもしこのまま置くならば、学園の自由は擁護にならずに、かえつて教育の萎縮というようなことがもたらされることを私は憂慮するのであります。この際今回のような問題に対しまして、学校当局がこの面においてこうであつたらというような、学校以外の面も反省してもらいたいというような点を指摘していただきたい。これをお願いするものであります。
○南原参考人 学内におきまする学生の問題につきましては、いかなる問題がございましても、これはその大部分がわれわれ学園をお預かりしている者といたしまして、いかなる問題についても最善の努力をし、またいかなることについても責任を持つて十分努力しているつもりであります。それにもかかわらず、今御質問のような点につきましては、私は数々あると存じますが、皆さんもそれにお考えでありますので、その参考にというところの心持も、この中におありになるのではないかと思います。たとえばレツド・パージの問題にいたしましても、学生どもは、御承知でもございましようけれども、私ども学校の問題ではないと言つている。もう先生のところは大丈夫である。けれども、これは天下、国家、ことに新聞界を見、ラジオの世界を見、方々から実情を見ていると、どうもそれが濫用されて行つているという彼らのある一つの見方があるのです。そういうことは、私は全体といたしまして率直に、純粹にそれをとるならば、もう少し私は明瞭な方法においてちやんとした立法措置を講じ、その趣旨を明らかにしてちやんと堂々と道を講ぜられたらどうかということを私は考えるのであります。御承知のアメリカにおいても、その問題は相当に強化されておりますけれども、アメリカは州において必ず法律をつくつてやつております。そういうのが実情であります。ところがその法律すらも、実は違憲であるという裁判の提訴によりまして、そういう判決の下つているところもあります。それほど合理的に、合法的にやつている向きもあるそうでありますから、堂々とそれぞれの手続を経ておやりになることが、これは大学に関することばかりではございませんけれども、私は望ましいというふうに思つております。ところがそういうことを申しますと、先ほどのお話でございますけれども、一つは、問題としては、レツド・パージであろうが何であろうが、特殊の問題をとらえて、それは一つの手段のきつかけであつて、ある一つの予定された目的に向つて邁進しようという一つの行き方があります。これは私はやはり動機としても目的としても遺憾な点があると思うのであります。それはここにその方の御関係の方もおられましようけれども、そういう方々もコントロールできないようなそういう一種のラジカルな行き方もあると思うのであります。そういうものについては、これは十分警戒しなければならぬと思います。そういうことが、あらかじめ今の一般の日本の労働とか、そのほかの世界においては静かに禁止されておりまして、ちようど学生というものが空白になつております。従つて先ほど島田総長がお話になりました第三国人云々ということは、私どもの大学においては、それほど気がつきませんけれども、近ごろのスローガンは、労働界、労働組合に呼びかけて、そういうふうな問題を取上げておる点があると思うのであります。こういう点は、十分警戒しなければならぬ点だろうと私は思います。
 それからそれらを通じて私の一番お願いいたしておきたいのは、また皆さんが十分御考慮になつておりますことは、先ほどどなたかからもお話がありましたように、根本は、日本はあくまでもともに悩んで行かなければならない。民族は、共同の使命として、お互いに手を握つて行かなければならない。敗戰後の一般の日本の経済の混乱の状態であります。その点はお互いに努力して、先ほどお話がありましたように、歴代の内閣を経まして、だんだんと、教育面についての予算もふえてまことにありがたいことでありますけれども、この点も文化国家である以上は、つらい中にももう少し融通して、お互いにもう少しおやりいただきたいということをお願いするのでありまして、これは生活の面ばかりではなしに、勢い精神的な方面にも及ぶのであります。
 もう一つお願いしたい点は、私どもは及ばずながらこんな消極的な意味における運動とか取締りを押えるだけでなしに、いい政治教育というものをほんとうに普及してもらいたい。それが国民においては、大学にとつてはいい学園として日本のいい民主化ができろと思うのであります。
    〔岡委員長代理退席、委員長着席〕
ところがこれは大学のみならず、むしろ国会自身が一番生きた教育の模範となるべきものを示していただきたい。これはこの委員会を通じ、また本会議を通じ、また楽屋裏を通じて、すべてりつぱな政党政治をつくつて、われわれに日本の模範を示していただきたい。私どもは、それについて及ばずながら学園と御一緒に日本の民主教育の徹底を続けて行きたい。これはもちろん時を要することでありますけれども、お互いひとつ協力して、手を携えてやつてもらいたいということをお願い申し上げる次第であります。
○小林(信)委員 最後の点におきましては、私も最も痛感しているところでございまして、しかもまた私の責任を痛感しておるところでありますが、いかなる意見がありましても、私は今の南原総長の御意見に賛成であります。しかし私たちもそうした責任を自覚するとともに、学内におきましても、いよいよ総長のその信念をあくまでも生かしていただきたい、こう思うものであります。
 なおこまかいことについてお聞きしたいのでありますが、あとにもたくさん質問される方がありますから、以上においてやめます。
○長野委員長 渡部義通君。
○渡部委員 きようは大学のあり方ということがおもなる問題であつたわけであります。大学のあり方は、言うまでもなく大学自身としてのみあるのではなくて外部との関係、言いかえれば内外情勢の問題との関連なしに、大学のあり方というものはないのでありますが、きようの質問応答を聞いておりますと、遺憾ながらこういう根本問題についての質疑応答がなかつたために、委員会としてせつかく南原総長が出て来られたのに、知識を深める機会が非常に少かつた。それで私は問題があると思いますが、レツド・パージにしても、学生諸君の運動にしましても、これは一挙に起きて来たものではないはずだと思うのです。御承知のように、学生諸君が非常に心配しているのは、日本の科学というものが非常に低められておる。科学はいわばアッシスタント・サイエンスにされておる、助手科学にされておる、技術は下請技術的なものにされているというような傾向に対して、学生諸君は非常に学問を愛するがゆえに、真劍に考えたはずでありますし、また教授諸君の中でも、そのことについては、ほんとうに真劍に考えておるわけであります。こういうふうな下請科学、助手科学にされ、下請技術にされ、さらにまたこれは学術会議でも非常に反対したことでありますが、科学というものが戰争の方面に、あるいは軍事的な方面に利用されるというような傾向に対して、ほんとうに憂えて来たわけであります。こういう事柄が一貫して学生諸君の心配、教授諸君の心配の一つの根本的な前提であり、基礎になつておるのでありますが、しかしこういう問題こそは、決して日本だけの、われわれ国民だけの問題として起きておるのではありません。言うまでもなく、これは日本をポツダム宣言に反して、そういう軍事的な方向に向けて行こうとか、日本を下請的な科学でもいいような、そういう植民地状態にして置こうというような国があることによつて、この普通の心配、科学者として学生としての真劍なこの問題が、同時に民族的な問題として起きておるわけなのであります。こういうところに根本問題があるのであつて、私たちは真劍にこういう問題とレツド・パージその他の問題が関連的に考えられなければならぬのじやないかと思うのです。そこで南原総長にお伺い申し上げたいのは、レツドパージという問題がなぜ起きたのか。つまりこの問題に関連して、学生運動との関係におきましても、レツド・パージ問題を当局者として取扱われる上におきましても、なぜこのレツド・パージというものが起きたかという客観的な情勢につき、あるいは客観的な條件についてのはつきりした把握が、総長にあられると思うのです。それでレツド・パージは一体なぜ起きたか、この客観的な把握について、総長の御意見を承りたいと思うわけです。
○南原参考人 私が総長として述べますことは、先ほど御心配いただいた日本全体の政治についての私の発言になるかもしれません。それでよろしければ申し上げます。
 このレツド・パージというのは、私は学園においては、レツド・パージという言葉は使わない。先まど申し上げました通り、大学の教授には大学の教授の立場があり、同時に教授としての責任がある。これ以外にレツド・パージというふうな妙な言葉はないはずであります。ところが世間で誤解されまして、いろいろやつておることがレツド・パージという名前で言われておる。それがどうして起つたかということについては、それぞれ見るところがございましよう。しかしながら、それの手段方法については、先ほど申した通り、またそれを実際担当しておる人の問題もございましようけれども、根本の問題は何かということにつきましては、日本における共産党の全部とは申しません、必ずしも全部ではございますまい、その中にも国際派というものがあるわけであります。こういつたものが、とにかく日本の現実について、または日本の共産党のあり方というものについて、遺憾ながらもう少し反省される点があるのじやないか。不幸にして昨年は一昨年までとは違うのであります。これはもちろん中共の勝利ということが一つの原因であります、その次には、御承知の通りコミンフオルムの問題であります今年の六月からは、例の朝鮮事変の問題であります。これを契機といたしまして、そういう共産黨の一部尖鋭化した分子がかなりあるのじやないかと思います。そういう点が、一つの考えられるべきことじやないであろうか。それはすべてとは申しません。それから率直に申します。学生は日本では、やんちやむすこと言つておる。それでもむすこなんです。それで私はいつも言うのです。しかりもします。私のところに話に来て、私もよく率直に言います。先生、日本には憲法もあります、政府もあります。けれども、それ以上のものがあるではありませんか。それと闘うためには手段を選んでおられません、どうか許してください。その気持はわかるのです。けれども、私がそれに向つて言うのには、君らは間違つておる。なぜかといえば、これは民族共同の運命です。不法の戰争を起して敗れた国民が、この苦難に耐えるというのは、共同の運命である。たまたま進駐軍がアメリカそのほかの連合軍の一部ですが、その一方の政策については、いろいろな考えがあるかもしれません、ぼく自身にもある。それは現にアメリカの当局自身が言つておる。占領が長引けばいろいろ怨嗟の的になる、占領政策が失敗になるということは、アメリカ自身が言つておる。りつぱな態度だと思う。けれども、それに対して、われわれも意見がないわけではない。しかし君らの誤つておる点は、そういう一方に対する、たとえば米英に対する批判はきわめて峻烈で、これに対する反抗はきわめて果敢である。けれども、他方に対しては、一体どう見ておるのか。ソ連を金科玉條として、絶対服従しておるのではないか。もし所をかえて、片一方の陣営が日本に進駐したらどうなるか。このことも考えて、君らは学生として公平な目で見て行け。従つて一番大事なことは、日本の真の自由と独立を得るということであります。それがためには、国内の人人が一緒になつて行こうではないかということを、腹を割つて学生に話しておるわけであります。
○渡部委員 問題は、学生諸君はそうは必ずしも考えておらない。現実に問題なのは、あなたのおつしやるように、日本国民というものは、今日平和と独立のために一体になつて闘わなければならぬ、これはまつたく同感であります。しかし現実に日本の独立を脅かしているものはだれなのか。われわれは現実に独立を脅かしておるものに対する闘いを進めなければなりませんし、そうして学生諸君もまた、現実に日本の科学をこういうような状態にしておき、現実に日本の国土をこういうふうな状態にしており、国民もこういうふうな状態にしておるような状態に対して、学生諸君は学生諸君の立場から、教育の自由のために、学問の自由のために鬪つておるのだと思うわけであります。ただ抽象的に独立とか平和とかいうようなものがあるのではなくて、平和を脅かし、独立を脅かしておるそのものに対して抵抗することこそが、これがほんとうの独立を守り、平和を守る原則的な態度でなければならぬと、私たちは考えておるわけでありますので、こういうような政治情勢のもとでは、何が日本の独立を脅かし、平和を脅かすということについて、総長がはつきりした具体的な見解を持たれることこそが、学生諸君に対する総長の大きな影響力を與えるゆえんになるわけであります。私はそういう意味からいつて、今の抽象論に賛成するわけには行きませんが、これは議論になるから一応よします。しかしながら、先ほど問題になりましたレツト・パージという言葉は、学園としては使つてないとおつしやいましたが、実際の問題として、レツド・パージといわれておる問題が、東大の中にも起きつつあるのではないかというような事柄は、世間によく知られております。それで現在南原総長の識見において日本の最高学府の総長としての識見において、そういうレツド・パージに該当するようなものが現在の大学にあると考えられるのかどうか、この点をお聞きします。
○南原参考人 先ほど意見にわたるからというので、質問のような質問でないようなお話がございましたが、私は抽象論を言つておるのではない、きわめて具体的にお答えしたつもりです。一つは、そういう学生の純真な本能については、わかるところもあるのです。しかし所をかえて、日本がこういう敗戰の占領下にあるということを考えるときに、他の陣営がそれに加わつた場合はどうなるかということを考えて、公平に民族共同の運命を考えなければならぬということを言つておる。それが一つであります。私が絶えず力説しておることは、学園には学園らしい秩序と限界がある。学生が、そういう国会でもやらない、政治的にもやらないものを学園の中に持ち込むのはいかぬということを言つておる。それですから、大多数の学生は、御承知のようについて行かない。そうして早稻田とか、法政とか、東大とか一緒になつて共同して連絡してやらなければならないことになる。それでは健全なる学生運動のあり方としては、間違つておるのです。いい学生運動のためにも、いかぬと私は思つておる。心ある学生はそう思つております。
 それから第二番目の質問につきましては、レツド・パージというのは、いい意味で、あるとおつしやるでしようけれども、私が言うのは、自由と独立ということは、ちやんとした証拠があるならば、私はその責任はとるつもりであります。その具体的なケースとしてそういうことがある場合には取締ります。現に本学におきましては、そういうことについて無視したことはありません。学生諸君についても、一昨年のストライキ――授業料値上げの反対でありますが、そのときに全国の大学は処分はいたしません。私は学生を集めていろいろ訓戒し、その都度見送つたこともございます。それから今仰せの教職員につきましても、御承知の通り取上げました。私はその人がどういう意見を持つておるかということを離れまして、およそ教職員として、公務員の見地から審査したつもりであります。従つてそれを予想して、あるなしということは、全然ここでは申し上げられません。
○渡部委員 私はレツド・パージの問題については、南原総長からお聞きしておいたこともあります。しかしきようはここでは申し上げませんが、かつては、レツド・パージの問題については南原総長の立場から考えられる場合には、東大には私は全然ないものというふうに考えて参りました。それからまた南原総長の立場から見ますれば、たといあるにしても、総長は身をもつてこれを守つてくださるものという印象を受けておつたわけであります。学生諸君がレツド・パージの問題に反対する理由については、先ほど申し上げました。そして学生諸君が常軌を逸するというふうなことをおつしやいましたけれども、世界のどこの歴史を見ましても、国がほんとうに危機存亡のときにあるような場合には、純真な、良心を持ち、理性を持ち、かつエネルギーを持つている若い学生諸君こそが、いかなるところにおいても民族のために先頭に立つて鬪いました今、日本の学生はまさにそのために鬪つておると私たちは了解しております。こういうレツド・パージの問題についてこそ、学生諸君は真劍に教授を守り、学問を守り、南原総長をさえも守つて鬪つて行かなければならぬと考えております。南原総長は、われわれの今まで印象を受けたところによりますと、レツド・パージの問題がたとい外部から強要されることがあろうとも、自分の信念において断固として守り拔くという決意を持つておられることを私は承知しております。これはやはりたといこういう問題について無理解な人たちのかなりおるところの国会においてさえも、総長の立場を堂々と述べられて、この問題についてわれわれ委員に対する十分な啓発をされてほしいと思うわけなんです。従つて今日はつきりとレツド・パージについての総長の態度を伺いたいと思います。
○長野委員長 この際ちよつと申し上げます。最初のお約束もありますし、私の最初のごあいさつにも申し上げました通り、理論の相違、理論の検討、さようなことはこの際なるべくお差控えを願いたいと思います。やむを得ざる場合がありまするならば別でありますけれども、ひとつ皆さんの常識で御判断の上、しかるべく御善処願いたいと存じます。また時間もいよいよ迫つて参りましたので、質問はなるべく簡潔にお願いして、しかも実態の御答弁を求めるように願いたいし、また御答弁の側におかれましても、さような意味においてなるべく短時間にお願い申し上げたいと思います。
○岡(延)委員 ただいま渡部委員の言葉の中に、大いに啓発してほしいというような言葉がありましたが、これは国会議員としてははなはだ不謹愼な言葉である、少くとも妥当でない。われわれは今日南原総長に来ていただいたゆえんは、何もそういう講義を聞くためじやない。これは国会の権威の名において、そういう言葉はつつしんで取消してもらいたい。私はかように提案いたします。
○長野委員長 速記録を調査いたしまして、正しく善処いたします。
○渡部委員 私は同僚議員として責任を持つて自分の信念を述べている。従つてそういう問題について私がどのような言葉を用い、どのようなことを論じようとも、それは議員としての私の信念に基くものであるから、絶対に取消しません。
○長野委員長 渡部君にちよつと申し上げます。委員長はその職権におきまして、ただいまの問題については処理をいたしたいと思います。まだ渡部君、御質問がありますか。
○渡部委員 保留しておきます。
○南原参考人 今の渡部議員の御質問に簡單にお答えいたします。レツド・パージにつきましては、先ほど申し上げたように、不明朗な、ことに外部からの干渉によつて云々ということは、絶対にいたしません。それはどこまでも大学教授の、憲法に保障された学問の自由、同時に教授としての責任、この線に沿うて、私は断固として教授諸君と一緒になつて、大学の正しいあり方を守るつもりであります。
 それから第二の学生運動につきましては、かりに動機純真なものがありましても、それは半分であつてそうでない半分は、先ほど申し上げたように、十分お考え願いたい点がある。しかしそれはどうでありましようとも、その手段方法については、いわゆる学園らしいものにして行かなければならぬと思います。その点は十分御了承願いたいと思います。中国の学生そのほかの学生運動を引かれてのことでございますが、私は日本はそこは違うと思います。それはいつかもあなたに申したと思いますから、そういう点は十分御了承願いたいと思います。動機さえよければ、手段は何でもいいということではないと思います。ことに日本の新しい憲法におきましては、ほんとうの民主主義的な方法によつてやる以外に道はないと思います。
○長野委員長 浦口鉄男君。
○浦口委員 二、三御質問を申し上げます。純粹な意味における学問と研究の中立性に対する南原総長の御意見、また自由主義者としての信念については、大体私も了承するわけであります。しかしこのたびの表面に現われました事件に対して、また総長の遺憾の意を表されておるということも、これは事実だと思うのであります。そこで私は教育の完成について、もちろんこれを大学当局あるいは総長、あるいは一部の人たちに責任を転嫁しようとは考えておりません。しかしこういう事態が起きたことにつきまして、少くとも敗戰後東大において、学生の指導の面についていろいろ施策をされたと思うのでありますが、その点について遺憾の点がそこになかつたか、もしあれば、その事実をひとつお知らせ願いたい。また遺憾な点がなかつたとしますならば、今後現在の方針において、こういう問題が再び起る危險があるかないか、その点について一応お答えを願いたいと思います。
○南原参考人 近ごろことに尖鋭化しました学生運動につきましては、私先ほど繰返して申し上げましたように、そういう特殊の一つの分子、要素があつたということは、ひとつお認め願いたいと思います。一般学生の指導につきましては、私も先ほど触れましたように、特に戰後におきましては学生指導委員会というものをつくりまして、特にそういう人たちとは交渉して来ておるのであります。そのほかに、今度御承知の通り新しい大学制度にかわりました。従来の大学ということのほかに、従来の高等学校を廃止いたしまして、大学の年限が四年というので、一年ふえたわけでございますから、その中におきまして、従来の高等学校にありましたような教養を強調して人間としての育成を考える。こういう面につきましては日本の新しい課題としてひとり私どもの大学のみならず、日本全国の大学として、みんなが協力しなければならぬと思います。すなわち先生方が、單に研究のための研究でなくして、そういう面を兼ねて――すべての先生がそうするというわけにも参りませんが、とにかくそういう面についても人間としての育成ということを考えて行く。しかもその場合におきましても、どこまでも学生でありますから、学生の自主的な態度を尊重しつつ、そこに導いて行くように、自然に行く、こういうことは日本共通の課題として、特に新しい大学制度の使命だと思うのであります。
 先ほどお答えを忘れておりましたが、将来こういう事件がまたないかということは、私はないとは申しません。突発的に純粹な政治的な、ことに大学の外に行われている事件、これは国会において十分調査せられると思いますが、そういうことのために、またそういうことが若干起るかもしれないと思います。それによつて大学が全部赤化したとか、大学が崩壞したということは、絶対にございませんから、それは御安心願いたいと思います。
○浦口委員 私どもそういう御確信を聞いて、ある程度安心をするわけであります。もちろん真の自由の確立、人間性の確立ということは、それはなかなか道が遠いということも了承するわけであります。たとえば、民主主義ということにつきましても、五月三日の日本夕刊と思いましたが、それにアメリカのシカゴ・ヘラルド・トリビユーン紙の極東支配人と、それからクリスチヤン・サイエンス・モニター紙のやはり極東の責任者とが、民主主義についての問答をとりかわしておるのでありますが、この中で、いわゆる民主主義くらい社会を混乱に陥れるものはない、純粋な民主主義という意味合いから批判するならば、行き過ぎかもしれないが、アメリカの現状は無政府状態であるといつてもいい、ましてや日本においてをや、こういうことを述べているのであります。そこでこの間南原総長がアメリカにおいでになりまして、アメリカの教育の方面、その他一般の民主主義のあり方について、日本及びアメリカという標題と思いましたが、本をお書きになり、私はそれも読ませていただいたのでありますが、その中でアメリカの学生の行き方について学ぶべきものがあるか、ないか。もし学ぶべきものがあるとすれば、もつて日本の教育の上にどういう点でそれを取入れるかということについての構想がおありならば、お述べを願いたいと思います。
○南原参考人 アメリカの学生生活につきましては、率直に申しまして実際悪い点もあります、それからよい点もございます。というのは、何と言いましても、アメリカは三百年の建国以来のデモクラシーが身についておりますから、そういう点についての一つのバツク・ボーンが入つておるということと、社会的経済的状態が日本と比較にならぬほど恵まれております。敗戰後の日本はそういう特殊な事情がございますので、それは特に同情しつつ指導して行かなければならぬと思います。
 それから今アメリカの二つの新聞を引いてのお話は、私はその通りだと思います。デモクラシーとか自由主義というものは、そこに至る道におきましては、多少の曲折もありますし、混乱も若干起ることはあるかもしれません。けれども、なおかつ自由ということが、全体教育とか、全体主義よりはいいということは、自由主義の長所でありますし、またアメリカ国民の確信であります。
○長野委員長 笹森順造君。
○笹森委員 大学の学生に向つて真理の追究の機会を與え、いかなる思想についても研究を自由にさせるという南原総長のお話を承つたのでありますが、国家の定められた方針というものに関する遵奉の態度、学生を指導する場合との関連についてお尋ね申し上げたいと思うのでございます。終戰直後、軍国主義者、超国家主義者、極右的な存在の追放が行われたのも、これはその当時の国家の方針でございましたが、その当時これに反して幽閉中の極左陣営の者が解放せられ、共産党が合法化せられたことも、国家のその当時の取扱い方であつたのであります。ところが最近に至りまして、またこのいわゆるレツド・パージの問題が取扱われることになりましてこれまた学園にもその影響を與えることになつておりますのは、これは内外の情勢の変化であり、歴史の歩みの過程に応ずるものではありましようけれども、また一面未熟な学生からこれを見ます場合に、何とはなしに国家の方針が朝令暮改的なことのようにも考えられる節も、無理解な者の中にはあるかもしれません。従いましてこれが学生一般をしてすこぶる懷疑的なものにならしめて、そうして大多数の学生が今回の事件に対して無関心になるというふうな憂いがあるようでありまして、これが過激な運動をする者に乘ぜられるというようなことにもなるように考えられる。こういうようなことについて思想の研究、学問の研究の面と、始終移りかわりつつあるような印象を與えられる国家の方針を、どう遵奉して行けばよいかというかみ合せに関して、総長はどういう御指導をなされているか、伺いたいと思います。
○南原参考人 笹森委員のお話の前段に関しましては、御承知の通り、新しい憲法におきまして、学問と思想の自由ということが述べられております。これはどういうところのイデオロギーと思想の内容でございましても、研究という面につきましては、これはできるでけ自由を與えて研究させたいと思つております。これが戰前と違う点でありまして、これは先ほど申し上げたような意味において研究の間におのずから真理が生まれるという状態で行きたいと思います。
 後段の御質問に関する、その間日本の政治のあり方、あるいは変遷ということについての影響云々ということでございますが、確かにそういう面があると思います。きわめて具体的な一例をとりますれば、先ほどもちよつと触れました教育基本法の八條の関連――私は教育刷新審議会にも関係しておりましたので、あの当時戰後翌年審議しましたときには、学生も含めまして、学園もああいう特定政党々々ということはいかぬということになつておつた。それがいつの間にか、文部省あるいは国会を通過したその間にブランクになつて、公認、非公認という公題に関して、細部に関して問題がございましたけれども、それに関連があるのであります。その点は為政者と申しますか、政府、国会などにおいてひとつちやんとした堅持をしていただきますならば、たいへん都合がよいと思うわけです。
○笹森委員 そこで今日学園における追放の対象となるもののごとく考えられる教授等が、御大学ばかりでなく、ほかの学校についても考えられる節があるのでありますがしかし、一応すべての現在の教職員は、みな教職員適格審査を通過した者のみ存在していると考えられます。従いまして、今後もしもこのレツド・パージというものが適用せられる場合には、大学としては、おそらくは第二次審査というようなものがはつきりそこに出て来るということの方がよろしいのではなかろうか。大学当局はどうお考えなさるか。すなわちこれが占領政策の命令的なものとして強行するならするというはつきりした線、しからざれば政府の方においてはつきりとした第二次追放の基準を與えて、方針と基準を明らかにして、さらにまたあらためて別の方法を與えてやるのでなければ、学校当局はお困りになりはしないか。つまり研究の問題ではなくてそういう取扱い方に関して、現在の政府のやり方について何か御不満の点がありはしないか、これでよろしいのか、お尋ね申し上げたいと思います。
○南原参考人 まさに御質問の点は、私もお願い申し上げたい点であつたのであります。いわゆる広い意味のレツド・パージという言葉をかりに使いますならば、その問題を大学などに適用されるという場合におきましては、先ほども申しましたように、どこまでもなおさら名分をただすちやんとした合理的な方法をおとりになることが、国家としてよろしいと思うのであります。従つてそれに対しては、私は持論といたしまして公務員といたしましては、一般公務員法のほかに教育公務員特例法というのがあります、あれにおいてやることが一番正しい道と私は考えておるのであります。従つてあの方法によつてわれわれが教授としての責任に反する点があれば、十分審議を盡して責任をとるということが、一番合理的だと思います。またそのほか法規が不完全な点があれば、そういう点は御改正なさつてもけつこうであると思う。ところが、日本は占領下にあるものですから、それと並行して別にポ勅による線があるわけで、これは私より、むしろ文部大臣にお尋ねになつたらわかりますけれども、文部省はその点について苦慮いたしまして、ひとり国立大学だけでなく、私学もありますし、地方もあるというようなわけで、あの方法を考えろということで今日行つているようなわけであります。私は先ほど申し上げましたように、どこまでもりつぱな法律的根拠を持つてやつていただくことを希望いたします。
○笹森委員 大学の教授並びに学生の政治の理論研究と、その個人的な政治活動との関連についてお尋ね申し上げたいと思います。すなわち学内における政治の理論の誠実な研究は、むろん自由であると思いますが、個人としてそれが学外において活動する場合の規正をどうすべきか。これは今後私どもが單独大学校でも考えるときに、あるいはさらに進んで公務員法のいろいろな改正を考える場合に必要だと思いますので、その関連における今までの御指導の仕方、私どもの参考になる点についての御見解等を拜聽したいと思います。
○南原参考人 今のお話はきわめて具体的な一々のケースによつて、相当違うと思います。大体の線を申しますと、私どもの考えておりますのは、教育というものは、一方においては教育としての権利と義務はございますけれども、他方には、市民としてもまた自由と義務があるわけでございます。従つて、そういう市民として持つておるところの権利義務につきましては、それはわれわれが説くわけではございません。たとえば、学外におきまして、市民として選挙運動に参加するといろいろなことはありましよう。それは現在の公務員法で、ある程度制限はされておりますけれども、学内場を問わず、教授として行動を起す場合におきましては、いわんや特定の政党のために宣伝活動をやつた場合には、ちやんと法規に規定されております。そういう点をはつきり区別すべきものと考えております。
○笹森委員 学生自治会に関することについて、お尋ねしたいのでありますが、従来の定められた方式だけで御満足であるか、あるいはまた学校内において総長の御裁量によつて自由に今後これを処置して行かれて、そして再びかかる問題の起らないような御措置をなさるだけの十分なる確信があり得るかあるいはまたさらにもつと進めて国家が他の強力な法的な措置をとる方がよいとお考えなさるか、今度の御処理にあたつての御見解を伺いたいと思います。
○南原参考人 学園内部におきまする学生の自治的な機関というものは、各学校にありますけれども、その点につきましては、学内において及ばずながら教授その他の指導によつてやるべきものであると思います。またやりたいと思います。それには学生の自覚によりましては、それに関與して来ればいいものができると思います。ところが今お尋ねの最後の点でございますけれども、学外もしくは広く全国にわたるというような場合につきましては、私ども一大学で処置することができない問題も多いと思います。ことに現在ありますような団体等規正令というものによつてわざわざ登記をせしめて、りつぱな天下の政党と同じようなレベルに上げてやるということ自身は、矛盾でございます。そういうことはちやんとした精神でいてもらいたいと思います。
○笹森委員 最後にもう一点だけお尋ねしたいと思います。先ほど来賓委員からも御発言があつたようでございますが、国立東大が優秀な学生を多数收容されまして、従つてその感化を與うるものが、全国の学生の上に相当強いものがあるかと思います。しかるに今回の学生の不法の暴力的行為が二、三の学校において演ぜられましたときに、その指導者の中に御校の学生もあつたかに仄聞するのであります。他校から見ますならば、やはり迷惑を受けたということになり、あるいは御校も他から迷惑を受けられたかもしれぬ。こういうことに対して、横の連絡がぜひなければならぬと思うのであります。特にそうした感化力の強い東大の学生が他に迷惑を與えたことについて、あるいは警察等に検挙せられた者に対して、どういう御処置をなされて大学としての責任をおとりになつたか。これが将来影響を及ぼすところが非常に多いと思います。つまり自分の学内ではあまりやらずに、他の学内へ行つてやる、こういう弊風が出て来ればお互いに非常に困る。従いまして、そういう学校自体が責任を負うのでなければ、この問題の処理はむずかしいと思います。特に今回の事件についておとりになつた御処置についての御説明をいただきたいと思います。
 この点をもつて私の質問を終ります。
○南原参考人 今のお話につきましては、昨年までのことは、先ほど他の方の御質問に答えた通りでございます。つまり退学その他の処分でなしに、戒告ということでやつた事件がございます。特に今年六月前後から起りました特殊な明らかな政治的な事件につきましては、十分考慮したのであります。そうしてその該当者として四名か三名、たしか三名と記憶しておりますが、私はちやんと最大の懲戒を與えております。そういうことはすべきものと思います。
○笹森委員 今回のことですか
○南原参考人 今回のことであります。
○笹森委員 まだやつておらないのですか。
○南原参考人 やつております。
○長野委員長 佐藤重遠君。
○佐藤(重)委員 簡單に二、三点南原君にお尋ねしたい。同じ大学でも、国立大学は言うまでもなく今日非常ないわゆる危機に立つておるのでありますから、おのずからその責任は二重にも三重にも重いだろうと思います。南原学長も、さようお考えだと思うのでありますが、今度のような事件は、はたして突発的でしようか。私どもの考えるところでは、どうもそうではなさそうであります。相当これは準備され、また将来も起きそうな問題でありますが、これを今後どういうふうに扱つて行くか、ただいたずらに論難攻撃しても、おつつかないわけなのであります。お互いに敗戰の現段階において、協力してどうかしなければならぬことであります。私の見るところでは、大体近ごろ教育界に感恩の念が非常に薄いと思うのであります。恩を感ずる、大きくいえば天地の恩ももちろんでありますが、さらに国恩――昔は国の恩と言いましたけれども、今日ではむしろ民恩でありましようか、それに対して非常に恩を感じ、自分の責任を反省する、こういつたような実践方面に、指導者として少し遺憾の点がありはしないか。たとえば今度の事件のごときも、ただ処分して、切りつぱなしでは、私はいかぬと思う。ほんとうに責任を感ずるならば、みずからも責任をとる。責任をとるといつて、何も昔のように腹を切つたりなんかしなくてもよろしいけれども、たくさんの教授の中に、ほんとうに責任を感ずる者があるならば、むしろ教壇を去つて天下にその不明を謝す、父兄にその不明を謝す、国民に対して自己の不勉強を謝すというくらいの勇敢な実践的の教育家があつてほしいと私は思うのです。教育を語る人は、往々まことに雄弁です。しかし惜しいかな実践教育を行う人がはなはだまれです。私はこういう点において、今後学長が学園を指導され、また若い教授たちを指導なさる上に特段の御努力をお願いいたしたい。先ほどからお話を聞いておつて、旧年一緒に飯を食つた仲であります、お互い愛国者となることを誓つておる。どうもそういう気魄がありそうだと思つたのでありますが、新聞などを見ておると、近ごろ南原総長は堕落した、不都合なやつだというので、今度会つたらきつぱりやるつもりもあつたのですが、だんだんお話を聞いておるうちにだんだん感心してしまつた。しかしながら、これを実践において証拠立てていただきたい。ただ議論ばかりでは仕方がない。あなた自身が先ほどお述べになつたあなたのほんとうの気持を、いかなる形において実行に移すか、実践教育を論ずるにあらずして、教育を行うことにあたつていただきたいということを一言申し上げます。
○南原参考人 佐藤君は旧友でありますが、ざつくばらんに話せと言うから一言だけお答えします。あなたの国恩というのは、私も知つております。私は恩というその同じことを、先ほど来申し上げましたように、新しい意味においての自分に対する責任については懸念するものでありますが、これは東洋的なものがあると思うのです。そういう意味において私は人後に落ちる者ではありません。従つて一言一句、やつておることにつきましては、すべて責任を持ちます。そのことについてかりに私はレツド・パージになろうとも、私は十分な確信を持つて責任をとるつもりでおります。また学園に起つた一々の出来事について責任をとるということにつきましては、私は時を考えております。かえつて責任を考えるがゆえに、もう少し重大なる時局を担当したい。個人から言つてもやめたいのでありますが、全学が私をかつぎ出してやらしておる以上、責任を感ぜざる得ない。
○長野委員長 圓谷委員。
○圓谷委員 私が南原総長に対して申し上げたいことは、ただいまの佐藤委員の一言で盡きました。先ほど岡委員から、全面講和の問題が出たのでありますが、国論を統一して、一日も早く講和談判に臨みたいというのが、全国民の希望であります。この際南原総長は、今もつて全面講和を強く主張されるかどうか、お置きしたい。先ほどの共産党の全面講和と、私の言うことは違うということはよくわかつたのですが、しかしいやしくも一国の最高学府の総長がおつしやると、共産党の言うこととわれわれは区別がつかぬのです。われわれは、その点を主張なさるか、またしばらくストツプしてだまつておられるか、そこをひとつお聞きしたいと思います。
○南原参考人 圓谷さんの御質問でありますけれども、全面講和というのは、だれもの念願であるということには御異論はないと思う。私がこれを言いますのは、もとよりいつもかも言つているわけではなく、責任ある機会に、自分の責任において申し上げておるわけであります。そういう意味において、念願として理想としてどこまでも全面講和ということは叫ばなければならぬ。しからば、そのことは浮いてしまつた空論かというと、そうではないのです。私は相当現実を見ているつもりです。今度のことの責任を感ずることも知つております。けれども、そういう段階において、もうすつかりかわつてしまつて單独講和などということは言つておりません。逆に申し上げますと、国論の統一とおつしやいますけれども、アメリカを初めいろいろデイスカツシヨンされて国会においてもいろいろな御議論をされてそこへ行くべきもので、昨年秋あたりから逆に單独講和一本やりでもつてやるというようなところに、大きな問題があるのではないかと考えております。そういうことを考慮の上で、私の申し上げたことをひとつ御了承願いたいと思います。
    〔傍聽席にて発言する者あり〕
○圓谷委員 もう一つお伺いしたいことは……。
○岡(延)委員 議事進行でちよつと……。たれか今発言したやつはつまみ出してください。
○長野委員長 退場を願います。
○圓谷委員 先ほどのまことに友情あたたかい、わが佐藤委員と南原さんの一問一答に対して私も感激した一人であります。私は一人の帝大卒業生の就職を頼まれているのですが、慶応大学ならよいが、ちよつと帝大は困つた、こういうようなことでおるのです。これはまことに困つたことで、国家が月五千円も出して養成して元はほんとうに模範的な官吏を養成し学問において国家に奉仕する学生が、就職に困難するようなことが起つたことは、これはまことに遺憾にたえない。さらに私はいつも申し上げますが、橋田文相は責任をとつて自決された。私は腹を切れなかつたが、八月にやめた男です。また北大のイールズ事件で伊藤教授がやめられた。元であれば、行政処分として、こういう問題が起つたとか、学校が燒けたとか、あるいは勅語を燒いたというような場合においては、戒告するとか、譴責するとか、または減俸、免職というようなことによつて、責任の所在というものを明らかにした。委員長からも注意がありますし、民主主義の根本が自由責任であり、寛容であるということで、私は同じ教育の道を歩む南原総長の信念をただしかつたのですが、いつでもやめたいが、あとの始末がたいへんだというお話であります。なるほど赤穗義士は、死なないであの始末をしたということを考えると、これはごもつともな話でありますが、生徒を戒告し、あれに対してきつい退学させるとか、いろいろのときには、生徒の罪はおれだ、おれをなぐれと言われたあの福沢先生の伝記にあるごとく、南原先生もひとつこの態度を早くおとりになつた方が、日本の学園を守る上において、生徒も感激し、教授も感激するのではないかという考えを持つているのです。先生の方から、国会議員はみずから範を示して国民の模範たれという御訓示を受けました、私どもはやはり範を示すために努力しておりますが、不肖にしてなかなか南原先生の御訓示のようには、あらが出て、国会の醜態をさらすような状態でまことに申訳ございません。しかしやはり南原先生みずから範を示さぬと、佐藤さんが言う通り、教育は実行で、これはいくら話をしても治まりがつかぬと思うのです。また再びこういう問題が起る可能性があるということをおつしやつても私は決して先生を追究するのではない。また先生をおやめなさいとは言わないのですが、責任は追究すべきでなくみずから考えるべきことであると私は思うのであります。その点どうぞひとつ……。
○南原参考人 圓谷代議士の御懇篤なる御忠告ありがとうございますけれども、一言申し上げておきます。学生を処分しますのは、これは涙をふるつてやつておるのです。学生だつて、決して永久にそうあるわけではない。彼らの態度が飜然改まり、学園の規則を守る限りは、入れることも考えております。おやじが一々その場で責任をとるということは、時をよほど考えなければならぬ。まだその時ではないと考えております。そういう意味におきまして日本国全体として、もう少し大事な責任をとるべき問題があると思う。そういうこともあわせて、私は教育の問題に及ばずながら御期待に沿うように努力しております。
○浦口委員 先ほどの笹森委員に対するお答えに関連して、一言お尋ねをいたします。多分全学連の問題についてのお答えであつたと思いますが、団体等規正令でこれを政党のように取締ることはたいへんおもしろくないので、これを清算しろというお話があつたのであります。それに対して、実は十月十三日の本委員会におきまして、天野文部大臣は、全学連は解散する方がよいということは、私は学長からもしばしば聞いておつて、自分もその方がよいのではないかとも考えました、さように答弁されております。もちろんこれの最後の決定は、文部省並びに法務府の関知する点と思いますが、総長は全学連に対して全学連は解散する方がよいか、あるいはそのままにしておくべきか。またそのままにしておく場合に、このままでよいかどうか。なぜそういうことをお尋ねするかと申しますと、先ほどの御答弁の中にも、このたびの事件は、これは政治的に特別に扱うべき問題である、こういうお話がありましたが、この政治的という中に、全学連は相当の影響を持つている、こういうように私は考えますので、その点に対して御意見を伺いたいと思います。
○南原参考人 その問題は、私個人の考え方でございますが、昨年の夏、全国の大学の総長学長会議がございまして、そのときに当然みなが問題にいたしました。そうして全学連というものが、団体等規正令で、ちようどその年の夏でございましたか登録されたわけでございます。一方において学生の運動の限界というものを、われわれは指示しておる。ちやんと規律をしておる以上は、それを引上げて団体等規正令にかけるということはおかしいじやないか。そういう意味において、その清算をしなければならぬということを、私は申しておるわけであります。それが今度の場合でも、やはり出て来ておるわけであります。そういうことに持つて行かない方がいいのじやないかということが、問題であります。それが不幸にしてそういうことになるなれば、その背後は單に全学連だけではなしに、その背後という問題があると思うのです。それはいろいろ新聞なども伝えておりますが、そういういろいろな政治上の問題がある、そういう問題と関連して十分考えなければならぬ問題だと思います。
○若林委員 各委員の多方面からの質疑を懇篤に御説明になつたのでありますが、根本になると思いますことを二、三伺つてみたいと思うのであります。大学の自治については総長の著書を拝見いたしますと、全巻にあふれておるのでありまして、また南原総長一たび口を開くならば、必ずこの大学の自治、学問の尊嚴ということに及んでおられるのでありますが、総長自身、学生に告ぐ告示の中に述べられておりますように、過般東大の事件は完全にこの自治を徹底的に侵害されておるのでありまして、おそらく私たちが外部から思うより以上、この責任を痛感しておられることだろうと思うのであります。この責任は身をもつて果す、この委員会における佐藤委員との御問答の中の、憂情あふるるお言葉の中にあつたわけでありますが、この責任を痛感しておられますのをいかに具体的に現わして行かれるかということについて、お考えを承りたいと思うのであります。
○南原参考人 それは先ほどお話申したことで、御忖度いただけると思うのであります。大学の自治の侵害ということについては、先ほど来るる申し上げましたように、今度の特殊の事件は、特に今までにないことが起つたわけでありまして、それにいろいろな、先ほど来申し上げたような事情があるわけであります。従つて全体の学生というものの自覚、自治というものは、みな一緒になつて行かなければならぬ。ことに教授会、評議会というものが大学の中心になるわけであります。この教授会、評議会の大学の中心機関というものは、私の関する限りは、やはり一体となつてやつておるわけであります。そうしてこういう事件につきましての善処をしておるわけであります。従つてそれと並行いたしまして、私自身の問題というものは、先ほどたびたび御注意がございましたけれども、それは私はそのときその方法も考えております。ただちにそういうことを今ここで表明するということをいたしません。それがむしろ私は大事な責任であると考えておる次第でございます。
○若林委員 先ほど私が御質問申しましたときには、輿論がどうかということが、総長のところには相当集まつておるだろうと思つてお尋ねしたのでありますが、あまり集まつていないようであります。国民の気持といたしまして、ひとつ私の方からお取次ぎをしたい。新聞紙上にも相当現われておりますが、率直に申しますと、大学に対しては現在文部省といえども監督権はないのでありまして、教授会で選ばれたところの総長が、いかなる手段をもつてもこれをやめさすということもできない。また文部省もどうこう言うてくちばしをはさむわけに行かぬ、こういう現状にあるのでありましてやはり大学の経費というものは、総長のこの本の中にもありますようにタツクス・ペイヤーであるところの国民が拂つておるのであります。国民が維持する予算はそのように使われるが、あのような事態が起つても、国民から一言といえども総長に対して不満の意を表する機会がない。これは何とか総長として、学長として、善処し得たのではないか。しかも学生自身は、学ぶ、試験を受けるということが学生の本分である。それを一労働組合の労働者のストのごときものをそのまままねて騒いでおる。しかも警察権の発動まで入れておる国民としては、これに一言もものを言えない。ものを言えば大学の自治を侵害することになるというような遺憾の意を国民は持つておるのであります。南原総長は先ほど来――これは私は総長一人の、学長一人の責任であるとは決して申しません、すべてを総合した、文部大臣の言葉でいえば、戰後まつたくむずかしいところの世の中に――という言葉を使つておられたように思うのでありますが――処しておるのであります。何人といえども、完全無欠な、満足し得るような事態に收拾することができるものがあつたかどうかということについては、これは疑問でありますが、しかしあくまでも反省をし、国民の声にひとつ聞いていただいて、いわゆる南原総長更迭論さえも国民の中からは出て来ておるのでありますから、相かわらず意気昂然とわが責任完全に果したのだ、もし果し得なかつたら、その責めというものは国会にあるのであろう。国会も範を示せ、あるいは社会も悪いのだ、国際情勢も悪いのだというような気持を持たずに、国民自身が、全体が予算を出し、大学をキープいたしております国民の純真なる気持に訴えても、やむを得なかつたんだ、ほんとうにお気の毒だ、よくあそこまで鬪つて大学を守つてくださつたんだという気持が映るようにしていただきたいと思うのであります。遺憾ながら現在国民の輿論の大多数というものは、特に大阪方面におきます輿論も私聞いて来たわけでありますが、これは一、二の者ばかりでなしに、東大廃止論を唱えまして、そうして東大というものを一応とじてしまえ。そうして今度学制がかわつたのであるから、私立であろうと公立であろうと、優秀な者をその場所に集めて、また独自の教育を施すような学校をつくつたらどうかというような声までもあつたわけであります。総長はどこまでこの責任を感じておられるか、またそういうような輿論をもしお開きになつたらどうお考えになるかうその点もひとつお伺いをいたしたいと思います。
○南原参考人 私の責任につきましては、先ほど申し上げた通りでございましてそれを完全に果して意気揚々ということは絶対にございません。それはおわかりと思います。それから一つ誤解があります。お知りになつておると思いますけれども、私の地位というものは、大学の教授会並びに評議会というものがやつておるわけでありまして、ここでいつでも私を罷免することができます。そういう根本の問題もできます。そういう道がちやんとあるのであります。さらに進んで国民の輿論ということになりますと、いろいろなことが、ございまして、そういう方面のこともおありになるということは、私も若干知つておりますけれども、そうでない輿論もあるわけです。そういう漠然たるものでなしに、今度の新しい大学管理法案におきましては、先ほど申し上げましたように、学内に参議会と申しますか協議会と申しますか、そういうものを入れまして、そういうものに直結して行くということも考えておるわけでございます。
○若林委員 大学の自治ということから言つて、私は昭和十三年に京都の大学におりまして学生のときでありましたが、学内へ司法権が入りました。そのとき一員として大学の自治を守る運動に参加したものでありますが、しかしこの間もはつきりと警察権が入りまして、ようやくあの結果が出た。将来もこの警察権というものは必要に応じたならば、やはり入つてもらう必要がある。しかしあくまでもこういう警察権は入つてもらわない方がいいのだというお考えをお持ちになつておられますか。
○南原参考人 今の御質問につきましては、先ほど来承つておりますが、それもちよつと別の誤解があるのじやないかと思います。警察権を要請したということは、すべての事件を通じて本校に関する限りはございません。それから教養学部におきましては、これは外の関係におきまして、万一の場合を考えて、その連絡をとつたことはございます。私どもの本郷の方は、外の方は、これは警察として当然の任務としておいでになつたわけであります。私にもお打合せがございました。何となれば、外から不穏当なことが起つて来るというおそれがあつたからであります。学内は、そういうことは少しもございません。九月二十九日などは、当然入ると思いましたから、それで御援助願うようにと思つておりまして、万一の場合の準備をしております。方針といたしましては、大学というものは警察権を持つているわけでございませんから、そこで明らかに刑法に違反するということが起りました場合におきましては、いつの場合でも、そういうことが原則になつていいと思うのであります。御承知のように、私の学生時代、教授時代を通じて、瀧川事件のときは小野塚氏が総長でございましたけれども、それは一、二のことはございました。だから原則的にそういうことはすべきものでないとは申しません。しかしなるべくは、私どもは大学の自治としてできるだけのことはしたいと考えております。
○若林委員 将来再びこういうことの起らないようにという気持ですが、私は先ほど来非常によい示唆を受けたのであります。われわれは高等学校のときには、クラスが五十人づつであつて、高等学校において、大体学問はともかくでありますけれども、人間をつくる上において、非常にたたかれるわけであります。先生たちとの交渉も、ほんとうに個人的に緊密に行つて、人間完成の機関であつたのでありますが、これが廃止せられて、ただちに大学教育というもので、しかも教養学部のごとく四千人ですか、これを合せると、一万何ぼになるのでありますが、そういうようにほんとうに人間完成の機関が大勢の学生の集団であるために、われわれが受けました人間完成のような、ほんとうに親身に、真底からぬくもり、たたかれるというようなことがないので、先ほどの南原学長のお気持ではこの点困難なようにお思いになつておられたように思うのでありますが、現在の段階において、現在の学制を、いわゆる学校の制度自身を是認せられるといたしまして学生運動の指導をどういうように持つて行かれたらよいか、その具体的な方策をお考えでございましたならば承りたいと思います。
○南原参考人 先ほども多少触れた点でございますけれども、今のお話につきましては、ことに教養学部というものは、お話の通り新しい学部でございまして、あそこで全体の一番初めの教養の段階をやるわけでございまして、そこで多数の学生になるということは当然でございます。アメリカなどでも、リベラル・アーツの学部というものは、非常に大きいのでございます。これをまた分散するということは、経費その他の点で教育上困ります。従つてそういう前提の上に、学生管理の上に、その点については、教養学部を中心として、教授会でいろいろ練つた問題があります。ことに寄宿舎の問題は、一高以来の伝統がございますので、これらにつきましても、それぞれ検討して、かわるべきものはかえなければなりませんから、多少の時はかかりますけれども、その方針でいろいろ研究しております。古い高等学校のよい点を、新しい新制大学に盛り込んで行くということはお話の通り一つの意義があるわけでございまして、それを守り立てたいと考えております。
○若林委員 この間報知新聞だつたと思いますがそれに書いてあつたのでありますが、いわゆる大学は学者の寄り集まりでありまして、真理を探求する場所である、その教授は学者である。学者であるというままでは、教育者であるということについては疑問がある。いわゆる学者である者が教育者と一致するところのものであるか、あるいはその学者であり、教育者であり、学校行政をつかさどるというところの能力が同時に学者としてのものの中にあるかどうか。これは全部この範疇に属するものが、教授会として総長の周囲にあるわけでありますが、この学校行政というものは、また学問とは別なものである。だから学者であるからといつて、学校行政を完全になし得る能力があるということはできぬ、こういう説が載つておつたのであります。大学の自治を守る点においては、学問の自由という点からいえば、どうしても教授を中心とした推進力によつて行くと思うのでありますが、この点南原学長は、いわゆる学者が学者であり、教授であり、また学校行政能力を備えておつて、この連中にまかせてさえおけば、国民も、また習おうとするところの研究の遂にある学徒も満足した学園の自治を擁護して行けるのだという御自信があられるかどうかをひとつ承りたいと思います。
○南原参考人 今の学者、教育者という問題につきましては率直に申し上げまして、従来の大学というものは、どこでも多少そういう感があるのでありますけれども、ことに日本の場合におきましては、ただ研究室にだけこもつておればいいのだというような風潮が多い。しかしそれですぐれた学者が出ております。けれども、私は新しい制度におきましては、先ほど申し上げた意味におきまして人間の育成ということも考え、ことに学生を主体にするにいたしましても、そういう面においてやはり学者というものは必要だというような意味においては、全体的に一つの新しい問題として、今まででもそういうことをやつておる人もございますけれども、全般の空気として、そういう方針に、少くとも学者は教育者であるという方向に行かなければならぬ。そういう点については、欠けている点が相当あると思う。さらに進んで、学者が行政官であるということにつきましては、すべての教授にこれを望むということはむりだと思います。またその必要もないと思います。その中から選ばれて評議員となり学部長となり、学長となる、そういう人が中心になりましてそれぞれ行政をやつて行くということになるわけです。これは大体アメリカなどでもそういうようであります。
○若林委員 もう一つ伺つておきたいと思いますが、これは学生の考えをも是正したいと私は思うのでありますが、労働者の対抗手段の一つとして罷業権というものは憲法でも認められておるのでありまして、これを行使するのは、正当なる自己に與えられた権利を行使するので、わかるのでありますけれども、学生がストというのは――試験スト、授業を受けない、これは私は世界の心ある者が笑つているのではないかと考えるのであります。これに対して学生諸君は――われわれも学生時代は、掲示板を見て、教授が休んでいるのを見ると、えらい損をしているにもかかわらず、何か得をしたような感じで、万歳までは叫ばなかつたけれども、えらいもうけたような感じを持つたことも、はずかしいのでありますけれども、なきにしもあらずでありますが、学校を休んで対抗をして行くということ、これは国民一般も解せないことであります。今の学生諸君は、何かあるとストストと言つて、対抗しようとして大きな武器のように思つておりますが、これを説得せられるのに、どういうような御苦心を拂つたか、また御苦心の跡と、今でもまた将来もストで対抗するような騒動があるか、暴力を使つてやるということは最も悪いことでありますが、暴力でないストというような手段で来るのをどういうように学生が認識しているか、私たちも今日これをまじめに考究してみたい、将来とも考究してみたいと思うのでありますが、現在の段階では学生はこれをどういうように認識しているかをお聞かせ願いたい思います。
○南原参考人 そのストライキというものは、通俗な意味では、われわれの学生時代にも方々の団体で相当あるわけです。ところが近ごろは別な意味におきまして、先ほど申し上げたような政治的な意味が加わつての意味で、ことに問題になつております。私はいかなる場合においても学問、学校においてのストライキは認めない、法違である、不法である、無法であるということを堅持しております。これは新聞に出ておるところと実情とは大分違うのでありまして、先ほど申しましたように、委員に選ばれるのが、若干のそういうものになります。先ほどどなたかお話になりましたように、不幸にして就職問題というものがこれに関連するのでありまして、一たび委員になりますと何の委員でも委員になりますと、就職の方では警戒するのであります。従つて大いに改革したいという学生も、ちよつと敬遠するのであります。そういう例もありまして現在のところでは、そういうものが多く委員を占めるということになつております。しかも学生大会と申しますと、ごく少数の学生で、その会合を仮決議するとか、あるいは決議するということが行われる。そこでいよいよあすからストということになりますと、いつもと同じくかわらず出ておる。多少は休む人がおりますけれども……。そういうわけでスト自身はそれほど影響を與えていないと思います。ですから、この点につきましては、今申しましたように委員の選挙の仕方、それから学生自身の自覚を多くして行くということをやつて行けば、これは行けると思いますので、それほど大きな問題にはなつていないと思います。
○若林委員 時間も迫りますから、要点だけを申し上げますが、この不祥事を再び繰返すことのないようにというのが、今日の目的であります。これに関して、具体的に政府なり文部当局に対して、何かこうしてくれた方がいいというような具体的なことがありましようか。ただ抽象的に、国会がもう少しいいことをやれ、あるいは政治をよくせい、あるいは経済をよくせい。これも基本的にあると思うのでありますけれども、なかなかこれはすぐ間に合うことでないのでありまして、すぐ間に会います事柄で、こういうふうにしてもらいたいという御注文と申しますか、御要求がございましたならば、承りたい。
 それからもう一つはこれで三十名近いところの者――新制東大で十三名、旧の東大で十五名の犠牲者が出ておるのでありまして、これは先ほど来涙をふるつてこの処置をとつたということでありまた実情によつたならば復学を許すというあたたかいお心持が現われておりますので、犠牲者となりました者たちがこれを聞けば、おそらく飜然悔い改めてよみがえつて来る、更生することになるだろうと思うのでありますが、大体今度おとりになつた処置でお済ませになるのか、まだ大勢犠牲者が出るようなけはいがあるのか、この点も一つ承つておきたいと思います。
○南原参考人 文部省に対する希望云々というお話でございますけれども、私ども現場におります者といたしましては、大学としてはわれわれは大学でできる限り努力をいたします。また同時に、国会は国会でそれぞれの立場もございましよう、その意味では文部省にもございましようけれども、絶えず私が申しておるのは、先ほども申したように、私たちだけではなく、全国の大学の関係者が申しておるので、国会の立法に関しましては、教育基本法の問題というものがきわめて不明瞭であります。不明瞭というよりも、むしろ反対になつておる。あるいはそういう点も十分明瞭になさり、あるいは団体等規正令との関係を整備するというような点もお考えになる必要があるのではないか。さらに積極的には、学生の厚生設備、あるいは衛生設備そういう積極面、学生の幸福を増してやるということ、これは予算も伴うことでありますけれども、絶えず――文部大臣にも申しでおるところであります。文部大臣からお聞きになれば、もう少し詳しいことが出ておるはずであります。さらに最後にお尋ねになりました今回の処分について、その後今日の事件については、私はこれはわかつた限りにおいてはやつておるつもりであります。しかしながら、反証があがるとか、新しいものが出て来れば別でありますけれども、学生の個々につきましては、処分の申渡しのときに、必ずそのことを申しております。従つてその中で反省をして帰る者もございましようし、またすでにそういう気持の者があるようであります。けれども、若干の者は遺憾ながらどうしても帰つて来ないものもありましよう。そういう事実も認識しております。その上での処置であります。それにもかかわらず、教育の処分でありますから、そういう建前でやつておるわけであります。
○若林委員 これは質問よりもお願いなんでありますが、先ほど私が質疑を試みましたときにも、その気持でやつておるのでありまして、今日ここでいろいろ御開陳願いました事柄なども、将来こういう問題が起り得ないように、また大学の自治、学問の自由というものを守る意味においての有力なる発言で、大学の総長室、学長室でお述べになるより以上の効果があることだと考えるのでありまして、少くとも日本の最高学府と申しますか、学校の中の第一と申しますか、場所的に考えましても、また今までの御経歴から申しましても、文教のほんとうの最高峰に位置を持つておられます南原学長なのでありまして、一言一動、一挙手一投足と申しますかが、すべて強力に作用する力を持つておられるのでありますから、ひとつ自重自愛せられまして学問の自由、また文教政策の振興上、ともどもに何と申しますか、われわれこの委員会の目的と同じ目的に進む方だと私たち思つておりますので、ひとつ自重せられんことを気望いたしまして、私の質疑を終ろうと存じます。
○長野委員長 ごあいさつをいたします。東京大学学長南原繁君には、非常に御多忙のところを長時間にわたつて、本委員会のために種々御答弁をいただきまして、厚く御礼を申し上げます。おかげさまで国政審議の上にたいへん参考となります。申すまでもないことでございますが、国家百年の基礎をなすものは教育よりほかにないのであります。お互いに文教の大業をになう一員といたしまして、その影響するところの遠かつ大なるを思うとき、現在の一言一動にもその責任のきわめて大きいことが痛切に感ぜられます。教育を重んじ、国事を憂うるの立場から、将来も依然相当の関心を持ち続けるものでありまするから、必要に応じましては、相互に緊密なる御連絡を煩わしたく、あわせて希望を申し添えておきます。
 次に、委員各位におかれましても、午前中から引続いてきわめて熱心に、長時間事情の聽取に当られ、国政審議の上の貴重な資料を多量に收納せられましたことを拜見して、司会いたしました委員長として、御同慶かつ深謝にたえないところでございます。国家再建の基盤を担当する本委員会に対する全国民の期待にそむかざるべく、この資料の活用を期して本日の委員会を閉じることといたします。まことにありがとうございました。
 本日はこれにて散会いたします。
    午後四時十九分散会