第013回国会 建設委員会 第46号
昭和二十七年六月三十日(月曜日)
    午前十時五十八分開議
 出席委員
   委員長 松本 一郎君
   理事 内海 安吉君 理事 鈴木 仙八君
   理事 村瀬 宣親君 理事 前田榮之助君
      淺利 三朗君    小平 久雄君
      瀬戸山三男君    内藤  隆君
      西村 英一君    三池  信君
      中島 茂喜君    増田 連也君
      池田 峯雄君
 出席政府委員
        建設政務次官  塚原 俊郎君
        建設事務官
       (河川局長)   目黒 清雄君
 委員外の出席者
        建 設 技 官
        (関東地方建設
        局長)     末松  榮君
        参  考  人
        (茨城県知事) 友末 洋治君
        参  考  人
        (茨城県北相馬
        郡布川町長)  山田 正雄君
        参  考  人
        (茨城県北相馬
        郡文村長    鈴木仁一郎君
        参  考  人
        (茨城県稻敷郡
        龍ケ崎町長)  富塚 橋一君
        参  考  人
        (元茨城県議会
        議員)    土田右馬太郎君
        專  門  員 西畑 正倫君
        專  門  員 田中 義一君
    ―――――――――――――
本日の会議に付した事件
 小貝川改修計画に関する件
    ―――――――――――――
○松本委員長 これより建設委員会を開会いたします。
 本日は小貝川の改修計画について調査を進めたいと思います。この問題につきましては、当委員会といたしまして過去数回にわたりまして検討をいたして参つたのであります。打続く災害にわが国土がたびたび荒廃に帰し、わが国の自主独立、復興を非常に阻害しておることは遺憾にたえませんが、特に利根川水系はその被害がしばしば甚大に上つております。すでに諸君も御承知のごとく、先年は栗橋付近の決壊による大被害といい、また次いで小貝川の右岸の決壊による大被害、その以前には昭和十六年小貝川左岸の決壊、かような被害のひんぴんと起ることによりまして、その都度人畜にも重大な損傷を受け、農作物その他の被害等、一度に、ときには十数億あるいは数十億という損害を受けて、地方の民生安定に非常な脅威を与えておりますので、これらを努めて早期に対策、復旧するということで、当委員会としても常々調査研究または立法措置あるいは予算措置等を講じて参つたのでありますが、特に利根川水系のがんともいうべきこの小貝川に関しましては、それだけにその重要性を国会も痛感いたしまして、委員会としても数度にわたる検討を重ねて参りました。なお行政府である建設省あるいは関東地建も調査研究し、いろいろな案もつてこの解決に当られんとしたのでありますが、地方におきましても影響するところ重大でありますので、ときには賛否両論にわかれて、いずれの方法をもつて着工するかということが今なお決定いたしかねておるという状況であり、なお当国会といたしましても、昭和二十五年度は四千万円、二十六年度は一億円、また当二十七年度も一億円という予算を通過せしめてこの改修計画を実施せんといたしつつあるにかかわらず、今なお具体的に着工の運びに至つておらぬということは、遺憾にたえぬのでありまして、まさに本年も台風時期を迎えんとしておる。おそらくや付近の住民各位も台風の都度戦々きようきようとして御心配のことであろうと考えますし、また地元におきましては、防災協会等をつくられてこれが対策に当られておりますが、抜本塞源的なこの改修計画のすみやかなる実施をはかりたい、こう考えますので、当委員会として、本日はこれらに関する地元の方々の御意見を拝聴して、行政府並びにわれわれ立法府、地元の方々と円満なる協調のもとに、早期に着工の運びに至りたい、かように考えますがために、本日は参考人をお招きして、御意見を聴取いたすこととしたのであります。
 参考人としてお招きいたしましたのは、茨城県知事の友末洋治君、北相馬軍布川町長の山田正雄君、同じく文村長の鈴木仁一郎君、稻敷郡龍ケ崎町長の富塚橋一君、元県会議員の土田右馬太郎君、以上五名の方々に出席をお願いしたのであります。
 お暑いところ遠路御出席ありがとうございました。つきましては、この小貝川改修に関する御意見をこの際御開陳煩わしたいと思いますが、時間の関係もございますので、はなはだ恐縮ながら十五分以内程度でお願いいたしたい、こう思います。
 まず最初に布川町長の山田正雄君にお願いたしとうございます。
○山田参考人 本日は小貝川の問題について十五分間でわれわれの意見を述べろというようなお話でございましたが、私は十五分間ではとうていその意を盡すことができません。
 それからまず第一に、先生方にお願いいたしたいことは、おそらくこちらにおいでの方々は、われわれが非常に頑迷固陋であつて、すべての被害が、われわれの責任に帰するがごとくに先生方に印象づけておることだろうと考えますが、これははなはだもつて心外にたえぬのであります。しからば何ゆえに私がそういう言葉を申し上げるかと申しますと、少くとも建設委員会に、こういう問題を持ち出すについては、地元の県知事あたりが、何回私と相談したか。この事実をまず初めに私は知事から御聽取を願いたいと思います。私の記憶によりますれば、昨年の七月十二日に、この案が正式に発表されたのでありまするけれども、それをさかのぼること六箇月、昨年の一月三十日に、私とここにおる文村長、それから傍聽に来ておられる東文間村長の三人を友末県知事の公舎へ呼んで、そうしてどういう話をしたかというと、具体的な話は一つもない。もちろんまだ正式にきまらぬというようなことを言つておりましたが、新聞の地方版を見ておると、どう書いておるかというと、すでに決定した。あれほどさんざんばらに宣伝させておきながら、そういうあやふやな会合がただ一回だけで、七月十二日に発表してから、茨城県知事は布川へは一回も来ていない。あの辺の様子を知事は知らない。こういう状態で、こういう問題を先生方に煩わすことは茨城県のために私は惜しむべきことだと考える。そういうような意味から、今まで友末洋治県知事はわれわれに対してどういうふうな手段をとつたか。おそらく手段方法において欠くるところがあると私は考えておるそのためにこういう問題はいつまでたつても解決できない。どうか委員の先生方、私が非常に頑迷固陋だと印象づけられておる点だけは、まず第一に頭から去つていただきたいと思います。とりあえずこれだけ申し上げまして、友末知事からまずわれわれに対してどういう手段を講じたかについてお話を伺いたいと思いますが、委員長さんいかがですか。
○松本委員長 山田君から今御意見がございましたので、順序を変更して、初めに友末知事から御意見を伺うことにいたします。
○内海委員 こういうことは順を追うてやるべきで、布川町長の山田さんが御指名された以上、われわれは冷静に静かにあなたのお考えを伺いたいから、まずあなたの御意見なり何なりをここで御開陳いただくことを希望します。
○松本委員長 今山田君から、知事さんから先にという御意見でありましたから、都合によつたら知事さんから先に御意見を伺つたらどうでしようか。その次に山田君の意見を伺う……。
○内海委員 山田さんの最初の出方によると、おそらく何か県内の相剋摩擦をここで展開されるような勢いをのんでおられるように見られますが、そういうことではなく、もつと冷静に、いかにしたならば小貝川の問題が、この線に沿つてすみやかに改修工事に着手でるかということをわれわれは聞きたいと思うのです。従つて与えられた十五分で詳細を毒して、とにかくわれわれにぴつたり受取れるような御参考の意見を承りたいと思うのですから、いたずらに討論のような状態になりますと、われわれははなはだ迷惑です。どうぞ委員長におかれましても山田さんの参考意見を十分に開陳せしめられんことを望みます。
○松本委員長 それでは山田君。
○山田参考人 それではまず第一に申し上げます。もし小貝川の問題で、今日初めて河口つけかえの問題が起き、布川の路線が一番よかろうと決定されだとすると、私たちは技術者でありませんから、これに対して技術的な反対をすることはおそらく困難だつたろうと考えますが、この小貝川の問題を考えてみますと、遠くすでに明治四十年以後の改修工事のときから問題になつており、いわゆる郡境案なるものが有力者によつて計画され、また昭和十四年には富永案が確定されて、これによつて茨城県当局におきましても、昭和二十二年以後昭和二十五年まで富永案を断行するとはつきり言つておるのでございます。当時の新聞記事もございます。当時の建設大臣の盆谷先生もおいでくださいまして、どうしてもこの富永案によつて工事をやろうじやないかと主張されたわけでございます。ところが昭和二十五年の三月に至りまして、この富永案は不適当なりということをだれかがきめたのです。いわゆる小貝川総合開発委員会という関係町村長の集まりでございますが、そういうしろうと連中がどういうわけだか知りませんが、三月にこの富永案を不適当なり、ゆえに効果の最大な路線をあらためて調査してもらおうじやないかということを持ち出したのだそうでございます。当時私は町長でございませんからその委員会に列席することができませんでしたが、いずれにしましてもそういう経過をたどつておるわけであります。いわゆる郡境案とかあるいは富永案とか、今度の案とか、三つの案がございまするが、これについては建設省当局におきましても、技術的に非常にいろいろな問題がからんでおつて、どれが一番いいかというようなことについてはなかなか判断がつかぬような状態にあると私は信じております。そういうわけでありまするから、いわゆる促進運動というものも、ある政治家が先頭に立つてやつたところで、私のところに来るまでにはすでに二へんもけられておる案である。一番あちらの方が関係町村が少いからあそこに押しつけようというように印象づける行動が多いのでございます。解決方法として一番いいと思うことを私に述べさしてくださればたいへんけつこうでございますが、それはいわゆる郡境につくるということ、これはおそらく今までのいきさつから申しまして、お役人さん方はメンバーをかえなければできない相談だろうと思う。いま一つは、県知事さんが骨を折つてくれる。それから龍ヶ崎町という所は非常に余裕のある町である。そこから小野瀬忠兵衞さんが国会議員として出ておられる。それから小貝川の補償対策委員長というのが平野好之助という県会議員でございます。この県会議員が龍ケ崎の次の村から出ておる。それから県会議長が宇田川源次郎という人で、これがまた促進派の発頭人である。さらにまた北文間という所と川原代村という所に若干かかる路線になるわけですが、そこへ一番羽ぶりをきかしているのが古谷梅吉という県会議員である。こういう方々が政治力を発揮しさえすればよいのに、今までそういう努力をしておらぬ。その路線というものは、おそらくこちらに持つて来てくださいというふうに請願ができるだろうというふうに私は考える。そういうふうな方法で、郡境の方に、こちらに適当な路線があるからという請願をまとめて――建設省の首脳部の今のメンバーでは体裁が悪いから、いくら土地の要望があつても測量し直ししにくいとおつしやるだろうから、まずメンバーを入れかえる。中田さんのように今度国会が解散になれば出ようという方もおられるそうですから、今が潮どきだろう、目黒さんにしても末松さんにしても来年の参議院に出られるそうだから、こういうことから引かれる。そうすれば地元の方から請願を出す。そうしてメンバーを新たにしてこういう工事をやるならば、私は必ず簡單に解決できるものだと思うのです。こまかい点はたくさんありますが、十五分と限定されておりますので、第一回はこれだけにしておきます。
○淺利委員 何か今のお話を聞くと経過が主であつて、一体案についてどこに反対の要点があるのか、何ゆえにこの案には反対があるのかわからない。また建設当局においてはこれが最善案なりとしたところの今までの経過はどうであるか、われわれが図面の上から見ればほかにも比較すべき案があつたじやないか、それらの案が取上げられて、そして最終決定としてこの案が最善なりとした経過については、前にあるいは委員会で検討されたかもしれませんけれども、そういうことで初めてこの案がいいか悪いかという比較検討もされることと思うのであります。今参考人の説明によりますと、ただ政治的にどうしだこうしたというだけであつて、なぜこの案がいかぬのか、その反対をするところの根本の理由がはつきりしておらない。もし小貝川の改修工事は必要だという前提のもとに、この案以外に対案としてこれがよいのではないかという意見があれば、そういうことこそわれわれは承りたいのであります。この案を途行ずることについては、その村だけの利害ばかりでなく、全体の上から見てこの案については反対であるが、こういう案が他にあるからこういう方にやつた方がよいのではないかという、もう少し建設的な御意見を承れば参考になるのでありますけれども、ただ過去における政治的の経路とか県庁の取扱いがどうとかいうだけでは、われわれが判断する資料としては効果が乏しいのではないかと思うので、まずそういうふうに具体的にこの審議を進められんことを希望いたします。
○松本委員長 今淺利委員からの御意見ですが、委員諸君の御質問、御意見はちよつと待つていただき、参考人の御意見表一応伺うことにいたします。
 それから山田君にちよつと申し上げます。先ほど来の御意見は、いわゆる小貝川改修についての布川町地元としての反対の御意見ではないかと私は拝聴いたしますが、どういうわけで反対であるかという、その実情に即した、もう少し各位がなるほどと御納得の行くような御参考の意見を述べられたらけつこうだと思いますので、なるべく私どもも委員各位もみな承知いたしている過去のいろいろないきさつの例とか、あるいは人身にわたるようなことは避けていただいて、建設的な、どうすればよいか、またどういう理由で反対であるか、またはこれなら賛成する、それにはどういう理由であるというようなこともこの機会に伺えたらと思います。時間がないので御迷惑です、が、さように願います。
○山田参考人 この案は昨年七月十二日に発表され、八月六日に茨城県の小貝川総合開発委員会に一応提出されました。七月十二日に私は出席しませんでした。これには三つの案があるが、この三つの案の利害得失をよく述べたようなパンフレットをつくつて、地元民に、今までこういうことをやつて来たのだから、布川の方を通した方が上いのだという納得の行くような説明をされたいということを、地元の橋本代議士から建設省当局に要請されたわけであります。それなのに、私たちには、この案が一番よいという折衝は一つもされておらないのであります。そうして八月二十日には文村長さんからも、県庁で梶谷事務所長の見えておつたところで、この前橋本代議士から要求のあつたようなパンフレットをつくつて、地元に対して納得交渉をしたかどうかということを要求した。さらにまた一月十二日には、私は建設大臣の私邸に参りまして、こうこういうパンフレットをつくつて、なるほどこれでなければ相ならぬというふうにわれわれに説明していただくような方法をとつてくれというように言つたわけでございます。ところがそれに対しても何らの回答もしないので、竹尾弌先生を煩わして文書を提出したわけであります。こういうパンフレットみたいなものをつくつて、これはこういうわけだからここが一番よいのだということになれば、われわれは第二段の交渉に入ろうではないかということを私の方から申し上げたにもかかわらず、そうならなかつたから文書を出した。ところが建設省は、こういうふらち千万な、われわれに対し軽蔑するようなことを言つて来ている。利害得失を述べ、選定の理由を明らかにしたものは、これは路線設定の理由という一枚ばかりのものがあるが、それでもつて関係各町村長に配つてあるからということで、目的は達成されたと考えてこういう主張をしている。ところがこういう理由書ではわからないから、橋本先生が建設省の方にお願いして、どうか反対派を説得するような資料を出してあげなさいと言つてもう一年にもなるのに、われわれに対してここが良いか悪いかということさえ何ら知らせていない。そういうわけでありますので、まずその点から私たちは反対をしているわけであります。
○淺利委員 何べん繰返して伺つても、ただ経過のことばかりで、何ゆえこれに反対するかということはわれわれにはピンと来ないのです。小貝川改修計画の案は、前に御配付になつたかどうか存じませんが、その案もわれわれは持ち合せない。今の参考人の御説明によると、これを周知する方法がないから反対する、報知してないから反対するというので、この案自体に対してなぜ反対かということについて少しも核心に触れておらぬようです。この案に対してなぜ反対するか、ただ知らしてくれないから反対する、納得さえすれば賛成するというようにも聞えるのであります。ですから今までの行きがかりが悪い、まずいから反対するのだというようにしかとれないのです。この案自体がどういう点で悪いから反対するという核心に触れた御説明がないようなのでわれわれとしてはどうも納得が行かないのであります。なぜこの案に反対するのか、ほかにこういう案でやつたらよいのじやないかというように、もう少しわれわれにわかるような説明をされるように審議を進めてもらいたいと思います。そうでないと時間ばかりかかつてしようがないのです。
○松本委員長 ちよつと速記をやめてください。
    〔速記中止〕
○松本委員長 速記を始めてください。続いて茨城県知事友末洋治君にお願いいたします。
○友末参考人 県といたしまして本問題について今日までとつて参りました態度等につきまして申し上げたいと思うのであります。まず小貝川の概況につきましてごく簡単に申し上げます。
 御承知のように小貝川は、その源を栃木県に発し、茨城県内の穀倉地帯をえんえん迂回いたしまして利根川に合流し、路線延長は約百三十キロに及ぶ重要河川でございまして、県内の河川はその重要性から建設省の直轄河川になつておるのであります。しかしながら半ば以上未改修でありますばかりでなく、代表的な緩流河川でありますがために、県内の内水と利根川の大逆流とによつてしばしば堤防の決壊によります大水害の発生を見て参つておるのであります。これは昭和十年度以降だけを取上げましても、大きな水害を三回引起しておるのであります。沿岸の耕地約四万七千町歩、関係市町村は一市百二十四箇町村、関係住民といたしましては約三十万人、これらは常に大災害の危險に今日もなおさらされておる状況でございます。そこで建設省におかれましてもわが国危険河川の第一位にこれをあげられておる現状でございます。かくのごとく堤防決壊によります危険度の最も高い根本的な特殊原因は、小貝川の河口は利根本川におきます布川、布佐の狭窄部の上流約一キロ半に当るのであります。狭窄部は合流点の一キロ半下になつておりまして、ここで利根川の大洪水は半分以下にその幅がしぼまるのであります。すなわちこの狭窄部の下流の幅は約六百メートル、狭窄部はわずかに二百七十メートル余であります。そこで利根川の大洪水はその逃げ品を小貝川に求めをして、小貝川の下流から上流に向つて相当の勢いをもつて逆流し、しかも逆流によりますところの洪水は、長期にわたつて滞留いたしますために、かような堤防の決壊がしばしば起るのでございます。このことは何人も否定できない事実と相なつておるのでございます。この危険な小貝川の治水対策は、申すまでもなく県内の産業経済の上に重大な関係を有しますばかりでなく、国家的観点からも重要な事項に属しますので、建設省におかれましては、かねてより本川利根川の総合改修計画の重要な一環としてこれを取上げられて参つたのであります。すなわち昭和十年、十三年、十六年と引続きますところの大洪水にかんがみられまして、昭和十七年より河口つけかえを着手する予定までに至つたのでございます。国会におきましても予算が通過いたしたのであります。ところが主として戦争のために実地調査の完了を見ずして中止の状況に立ち至りましたことはまことに遺憾とするところでございます。しかして終戦後わが国復興再建のために、利根川の治水問題が大きく取上げられるに伴い、一時立消え状態に置かれておりました多年懸案の小貝川つけかえ問題もこれを解決するの必要に追られましたので、県といたしましては建設省とも協議の上、県内及び中央の関係権威者を網羅いたしました小貝川総合開発委員会を組織いたしまして、これによつて十分な諸般の検討を遂げ、でき得る限り中央に協力して本件解決の促進をはかる方針をとつて参つたのでございます。昭和二十四年委員会の結成以来回を重ねること小委員会を含めて十回、さらに現地の視察、現地の会談等も行つて、あらゆる角度から愼重な検討がされたのでございますが、その結果委員会といたしましては、第一に現在の堤防を急速に増強されること。従来の堤防は御承知のようにかみそり堤防と称せられましたきわめて貧弱な堤防であつたのでございます。これを急速に増強していただくこと。第二に根本的な治水計画につきましては、従来の行きがかりを一擲して、白紙に返つて、犠牲の小にして、かつ改修による総合的効果の最大なるものを選定されること。以上の二点を建設省に要請することに決議がされたのでございます。この決議がなされまするまでにはいろいろな意見が出て参つたのでございます。現在堤防の増強によつて問題が解決され、あるいはこの案がよろしい、この路線がよろしいということでいろいろの意見が出て参つたのでございます。そこで現在の堤防を増強いたしますることは焦眉の急であるけれども、これによつて根本問題は解決されない。そこで根本的な改修はぜひ必要である。しかしこれは専門的な技術的な検討を要しまするので、建設省にも申し入れて、白紙に返つて、犠牲の少い、また総合的効果の多いものを選んでもらうよりほか方法がないという結論に相なつたわけでございます。この旨を建設省に陳情いたした次第でございます。建設省とされましては、右委員会の結論を了承せられまして、地元の要望に沿つて現在の堤防の増強につきましては、昭和二十四年以来引続き誠意をもつてその工事に着々とりかかつていただきまして、また河口つけかえ計画につきましては、各種案を技術的に、また経済的に比較検討せられました結果、昭和二十六年八月、今回の背割計画の結論を得られまして、発表に相なつたのでございます。そこで小貝川総合開発委員会におかれましては、建設次官、河川局長、関東地方建設局長、これらの方方の御出席を求め、この背割計画の十分なる説明を煩わされたのでありますが、これにつきましては、布川町あるいは文村等の強い反対意見が述べられたのでございます。よつて総合開発委員会とされましては、さらに小委員会を設け、極力犠牲町村の了解を求めるよう努力されまするのほか、補償対策小委員会を設け、犠牲以外の関係市町村の協力を求め、土地改良対策小委員会を設けて、換地の調査、あつせん等に努めることとし、今日までそれぞれの委員会におきましては、あくまでもその実現を期して熱心に努力を続けられておる状況でございます。県といたしましては、この総合開発委員会の努力によつて、地元の反対が漸次緩和され、すみやかに建設省におかれまして詳細な調査が行われ、また本計画の実施計画を確立されまして、その工事に着手されますと同時に、これに基いて、犠牲者に対する十分なる補償については個々に具体的に明示され、また最も心配しておりまするところの生業の維持、転換につきましては、個々の要望に基いて遺憾のない万全の対策が講ぜられ、これを国が必ず責任をもつて実現されるよう、強く要望いたしておるところでございます。もとより県といたしましても本問題の円満なる解決につきましては中央とも十分協議の上、可能なる最大限度の努力をいたす覚悟でございます。
 なお小貝川河口つけかえ工事と密接不可分の関係にございます利根川本川の根本的治水対策は、御努力によつて漸次実現の運びに至つてはおりまするが、特に上流のダムの建設、江戸川の拡幅、昭和放水路の開鑿等については既定計画をできるだけつくり上げて、急速に実現されるよう、強く要望申し上げておるような次第でございます。以上をもつて私の意見の開陳を終ります。
○松本委員長 次に龍ケ崎町長富塚橋一君にお願いいたします。
○富塚参考人 私は稻敷郡龍ケ崎町長富塚橋一でございます。本日私どもが参考人としてお呼出しをいただきました主なる目的は、利根川改修計画の一環としての小貝川改修計画すなわち小貝川合流点のつけかえの問題にあると思うのであります。この問題は長い間の懸案でございまして、従つてわれわれ関係町村長といたしまして、ことに私どもの関係いたしております稻敷郡の町村会におきましても、昭和二十二年十一月十九日の総会におきまして、これが促進の決議をいたして以来、数次にわたりまして衆参両院並びに建設省等に陳情または請願等をいたしたのであります。そしてこれがすみやかなる実現を要望して参つたのでありますが、その間幾多の険路のために荏苒今日に至つたのは、はなはだ遺憾に存ずるところであります。このままにしておくならば、常に流域の住民は水魔の脅威にさらされる結果になると思われるのであります。本日の皆様はすでに御承知の通りでありますが、昭和十三年、十六年、二十五年と相次いで小貝川堤防決壊により人畜及び家屋、宅地、農耕地と、その惨害は小貝川流域の住民はもちろん、下流部一市五郡に及ぶのでありまして、被害の度合いはまことに想像に絶するものがあるのであります。よつて小貝川下流の根本治水対策は最も緊急を要するものと思います。そもそも小貝川の堤防が決壊する原因は、利根川本流が、押付の小貝川合流点の下流布川町と対岸の布佐町との間に非常に狭窄しておる部分がありまして、その上流はちようど中間のダムのような形となつて、洪水期には非常に水位が上昇するのであります。この上昇した水位が非常な勢いをもつて小貝川に向つて逆流して来るのであります。従つて小貝川はさらに異常に水位が高まつて参ります。これが小貝川の決壊をする大きな原因の一つであると私は考えておるものであります。近時小貝川の堤防も、おかげをもちまして補強工事もほぼ完成いたしました。非常に強固になつたことは事実でありますが、しかしこれをもつてしてもなお絶対に安全であるとは言いがたいと思うのであります。ゆえに下流部の住民をしてより以上安全感を与えるためには、布川の狭窄部より下流の、洪水期において上流より約一・五メートル以上水位の低い地点にまでこれを下げて、合流点をつけかえるということが最も大きな小貝川の根本治水対策ではないかと思うのであります。それで、工事のためにすでに数回測量せられたようでありますが、私どもは建設省が最も理想的であると思われる案をもちまして、一日も早くこの工事に着手されることを要望いたしたいのであります。
 次に私どもが最も声を大にして申し上げたいと存じますのは、河川の敷地として買収せられる方々に対しまして、ただいま県知事さんからの御意見にもありましたが、少くとも補償の問題であります。由来われわれは相先以来幾百年の住みなれた地、墳墓の地、あるいは自己所有の農耕地に対して、はかり知ることのできない絶対的な執着を持つておるものであります。これを離れるところの心の痛手というものは、その当人以外にはほとんど知ることができないと思うのであります。またほかの土地へ一家をあげて移転しなければならないという方々もあるいはあると存じます。こういう方に対して、このことはなおさらひとしおに感じられるのであります。ゆえに土地に対しては現物補償、あるいはその他の生活の補償等に、あらゆる希望を受入れて、少くとも納得の行くところの物心両面に十分なる補償に努力されるよう要望いたすこと切なるものがあります。また下流部受益町村といたしましても、もちろん国、県とともにこの方々に対して心からなる理解と同情を惜しまないことを銘記しなければならぬ、かように存ずるのであります。以上を申し上げまして、簡單でありますが、私の意見の開陳といたしたいと思います。
○松本委員長 次に元県会議員土田右馬太郎君。
○土田参考人 御指名によりまして簡単に要点を申し上げます。先ほど委員長さんのお言葉にもございましたことく、小貝川のために水害を受けます数万町歩の農民は、年々歳々非常な苦しみを重ねておるのであります。つきまして先年これらの改修をお願いしましたところが、幸いに当局でもお認めいただきまして、改修は進めておりまするが、上流の改修は大体において完成に近いようでありまするが、しかし先ほど知事からもまた富塚君からもお話があつたごとく、下流におきましては地先が悪いために、上流が非常にむせておる。ために上流の被害はますます増大する。現に先ごろの雨によりましても、すでに水田が冠水いたしまして、あるいはまた道路に冠水しておるという実情に今ございます。そういう点で、われわれはぜひともこの水位を低下いたしてもらいたい。低下するにはやはり合流点のつけかえにある。これを断行するにあるということによりまして、涙をのんで多年御当局にこの実行をお願いしておるような次第でございます、ぜひともこれを実行お願いいたしまして、県南数万町歩の農民をお救い願いたい。道路改修にいたしましても、あるいは土地改良にいたしましても、あるいは総合開発にいたしましても、これを実行する前には、それ相当の議論もあります。また反対もありましよう。しかし、これが善良なる計画ということになりますれば、これを断行していただきまして、初めて成績が上がるのであります。われわれも、この計画が断行できません場合には、終生生産に非常な影響を及ぼしまして生活に非常な苦しみを重ねるような次第でございます。もしこれが断行できませんならば、われわれは政府の施策に非常な恨みを持ち、また信頼できないような考えを持つておるのであります。ぜひともこれを断行いたしまして、われわれ数万町歩の農民をお救い願いたいと、ひたすら嘆願申し上げておる次第であります。
 つきまして一言申し上げておきますが、この実現によつて、今後の生産に非常な増産を来すことは、もちろんでありまするが、布川町また文村という実にお気の毒な状態に陥る方に対しましては、どうか補償なりあるいはその他の方法によつて十分なる慰安の道を講じまして、いわゆる被害者でなく、また犠牲者でなく、やはりわれわれ上流の受益者のごとく、この沿岸にかかります農民また町民に対しましても、十分に更生の道を講じまして、お互いに喜んで、この工事を実現するようにお願いしたいと存ずるのであります。われわれはこれが実現できません限りは、どこまでもおすがりして、実現できるまで御当局にお願い申し上げるつもりでおります。
 変なお話を申し上げまするが、佐倉宗五郎は、佐倉藩の農民のために身を犠牲にしております。この小貝川上流沿岸には、この問題のために第二の佐倉宗五郎となる者が幾人あるかということも御承知おき願いたいのです。このわずかの反対のために、茨城県の過半を占めるこの耕地が被害を受けるという問題については、茨城県の生産に非常な影響を持つておる、容易ならざる問題と私は思う。これまでの水害の状況を見て、痛切に私は感じ、ぜひともこれが断行を願いたい、以上を申し上げておきます。
○松本委員長 次に文村長の鈴木仁一郎君に参お願いします。
○鈴木参考人 私は文村村長の鈴木仁一郎であります。小貝川の下流改修計画が茨城県の小貝川総合開発委員会によつて審議されてから三年を経過しておるにかかわらず、いまだ実行に至らない。遂にこの民主的議会であるこの委員会においてわれわれがその反対の意見を述べるの必要を感じたということは、この責任はだれにあるか、われわれは実に遺憾にたえないのであります。もともとこの過去を振り返つて見ますと、建設省においてもすこぶるぐらついておることがわかるのであります。この二十五年一月三十日に局長さんからいただいた書面でございますが、これは二十四年の十月につくられたものと思います。それで見ますと、地建局長が前の昭和十年の洪水によつて生じたところの増補計画、これの一環として立てられた富永案が、これが十年の間経過して十六年、二十二年、二十三年の洪水では、いずれも計画高水位を突破する出水を見た。それであるから、根本改修計画を立てなければならない時期が来た。こういうふうにすでに二十四年十月にこういうことを書かれておるのであります。われわれはこのときに不可解な文章だと思つておりましたが、その次にあるのは秋草勲君が書きました富永案の改修計画案が、りつぱに印刷されてあるのであります。実に不可解である。そうして第二委員会が九月二十一日開かれましたが、このときに佐原の事務所長秋草氏は富永案路線を実施する方針のもとに説明をされた。ずいぶんこれは不可解なことである。のみならず、自由党に属しておるところの小野瀬衆議院議員、この人が茨城県の小貝川総合開発委員会の委員長を勤めておりますが、この今が第一回委員会で委員長となり、九月十日の就任のあいさつが送達されましたが、これを見ますと、委員会の目的なるものは、小貝川治水の百年の大計を立てるにあると書いてある。しかし一市五郡を水害から守る大事業であるから、真に恒久的対策を皆さんと一緒に樹立しようということで決意を示されたのであります。ところが、その後やはり富永案が説明されてある。秋草さんが一生懸命説明されている前に自由党の小野瀬代議士は委員会だけで真に恒久的対策を樹立しようということをやつておるのでありまして、総合開発委員会も建設省の各局長も、秋草さんが一生懸命にやろうとしたものに対して反対の機運が見えておるのでありまして、実に不可解千万である。今までの小貝川総合開発委員会は、委員長とか副委員長の橋本登美三郎氏その他県会議員五名が、委員とともに恒久的対策を立てようとりつぱにあいさつ状に述べておるのでありますが、三月十九日の委員会におきましては、そういう意思を自分から放擲して、つけかえの実施を推進してもらいたい、つけかえの路線には犠牲が小であつて改修による総合的効果が最大なるものを選定してもらいたいということを建設省にお願いすることを議決したのであります。この要請のもとに、建設省はただちに鬼怒川の元の河道である下総、常陸国境の線に対して測量を開始しましたが、大宮村の北河原部落において大反対を受け、妨害を受けて測量もできないでしまつたのであります。その次に測量したのが背割でありまして、そのときにはもう開始する前に、けさここにお見えになりました龍ケ崎の出張所長は背割の有力なることを説明したのでありまして、北文間村の者が来たときに、腕曲はなはだしく長い路線がいいのだということを話したのであります。私の方に測量に参りましたのは、ちようど日曜でありまして、私が百姓の姿でおりましたときに測量に来たので、ここを測量をしてどうするのですかと質問した。私の家は利根川の合流点よりわずかに三百三十メートルの所にありまして、かどからすぐ利根川の堤防が見えるのですが、あの堤防をここに持つて来るのだということを測量の親方のような人が言つた。それから自分の村の押付新田に行つて、おばあさんがここをはかつてどうするのかと言つたところが、これはおばあさんの目の黒いうちにはできないのだ、そういうばかなことを言う測量人がそこにおつたのであります。それでそのように私どもが一番よろしいと思つておつたところの郡界案、これは元の鬼怒川の流れのあとで、まつすぐでございます。このまつすぐということは小貝川の水位を下げるのに最も有効であることは、私どもの村に、元利根川の流れを有するために、私どもの村を貫いたところの新利根川というのがございますが、これがあまりまつすぐなために、利根の水が枯れて水利の便が悪くなつたので寛文三年ごろから掘り始めたのでありますが、たつた一年水を通しただけで締め切つたのであります。その通りにまつすぐにこの路線をこしらえるということは、かくのごとく顯著なるところの歴史が証明するところである。その当時、寛文年間のこの新利根川開発のために私どもの村の者は印旛沼の沿岸あるいは現在の布鎌あたりに移住をしておるのでありまして、私の村であるところの上曽根、下曽根、押付、松木、行徳というような部落はなくなつてしまつておるのです。その人たちは何の御利益もなく、むだな移住をされたのですが、かくのごとくまつすぐということはすこぶる効果があるのでございます。わが小貝川総合開発委員会の議決したところの、犠牲が小で総合的効果が最大ということは、この精神を貫くがためには、今申しました郡界案の方を一とすれば、こちらの背割式の方は一・八の長さでありまして、直径と半円の周囲の長さの関係になる。こういうふうに利根川の今度の背割式にぶつかりぶつかり流れる、そうして一・八の長い方を流すのが小貝川改修の根本目的である水位の低下に最もよろしい線であるか、こんなのはだめな線であるということはだれだつて知つているところである。小野瀬委員長はここにはお見えになりませんけれども、その子分の秋山高、この人は台湾の警部補をやつた人で、ごろつき新聞ではないでしようが、いわゆる「茨城民声」という新聞の主幹をやつている。昨年県会に立つておりましたが、遺憾ながら落ちました。その人が私のところに来た。そこで委員長として小野瀬代議士が、犠牲小にして効果最大なるところの路線を選ぶことを決議して陳情しておきながら、このような効果の少い路線を選んで、これに対してさらに検討も加えない、すこぶる不都合な代議士だと秋山高という子分に対して私が言つたところ、いや、そうじやない、小野瀬も布川の方なんかをまわつて、あれでいいのだろうかと言つているということだつた。かくのごとく建設政務次官の属する自由党の代議士である小野瀬さんもこの問題に対しては疑問を抱いている。疑問を抱いているなどというのはばかです。これは疑問を抱くまでもありません。このようなものでございますから、はたしてこれに対していかなる説明ができるか。私は昨年の八月六日、茨城会館においてやはりこの説に対して反対の意見を陳述いたしました。また総合開発委員長並びにわが茨城県の首長である友末知事が、本日やはりこの悪い線をやりたいという意思を表明したことについてはわれわれは崇敬いたしません。かくのごときよしあしを知らぬ、黒白を知らぬような知事であることをわれわれは今日初めて知つて驚いたのである。われわれはこれまでまさかそうではないとかたく信じておつたのでありますが、今日は実に奇怪なことを承りまして、まことに失望を感じたのでございます。私は数え年九歳にして頭水の水害を受け、それ以来昭和十六年まで八回の水害を受けておるのでありまして、この水害については痛切に難澁をいたしており、二度と再びこんな水害などは受けたくないのでございます。でありますからこの利水問題については水戸あたりにいる知事などよりも、最も真剣に考えている人間であります。われわれは小貝川の堤防決壊はいやですから、ここにおられます土田さんと同じように小貝川の水位をできるだけ低下させてもらいたいというのがわれわれの懇願でございます。前の佐原の事務所長であつた秋草さんの時分に建設省からいただいた文書を見ましても、一尺でも一寸でもよけいに小貝川の水位を低下させたい、こううたつてございます。実にこの通りでございまして、一寸でもよけいに、最大限度に小貝川の水を低下するところの路線を選んでもらつて、それを即刻実施していただきたいというのが私の念願であります。以下建設省が昨年発行されました改修に関する理由について、若干の所感を開陳することをお許し願いたいと思います。
 建設省が昨年七月十二日に私どもに発表した小貝川合流点付替に関する文書でございます。それはもちろん布川と布佐の狭窄部が普通の川幅の半分しかない。そこのところが水を制約することになりますから、その上流は、先ほど龍ヶ崎の町長さんもるるお述べになりましたように、水位が上つているところに小貝川の河口がございますので逆流するのであります。逆流するから、利根川のその付近の堤防は一時安泰でございます。そして付替の理由を見ますと、必ず合流して逆流するから切れる、こういうような書き方でございますが、これはまことによろしくない書き方でございます。これは寛永七年に伊奈伴十郎によつて、三百二十二年前でありますが、天理にそむいて小貝川が当時常陸川と言われたただいまの利根川と合流された当時より、洪水のたびごとに逆流したものに相違ない。逆流する水はいつごろ来たか知りませんが、ずつと前から逆流いたしておりました。それで今から約二百十年前の寛保二年以来――代議士先生のところに茨城県から配付してあります水害略史を見ますとそれがありますが、私らの方が正しいのです。それは小貝川が、寛保二年以来明治四十三年まで十一回決壊しているのであります。利根川は十七回決壊している。かくのごとくどちらかが決壊する。利根川も決壊をしております。それが利根川の改修計画以来昭和十年――この昭和十年のときなども、そこの新しく築堤しておつたところが沈下していたのを、知らないでおつたから決壊したのであります。あれが陷没していなかつたならば、切れなかつたかもしれません。その当時利根川と小貝川の改修をやりましたが、それ以来利根川の堤防はりつぱであつた。小貝川の堤防は、先ほど知事さんもかみそり堤防と申された通り、利根川の工事に比べると貧弱な堤防でありましたので、逆流すると切れてしまうのであります。この堤防が利根の堤防と同一なる力を持つているものならば、切れるはずはありません。弱いから切れたのであります。建設省の方々は、逆流するから切れると簡単に書いてありますが、こういう書き方は作文としては落第です。人をばかにしたものです。知らない人であればいいけれども、その現地にある人に対してはよろしくない書き方であり、良心のないところの書き方といわなければなりません。その次に路線の選定に関する理由書でございますが、この理由書によりますと――先だつて松本委員長が私どものところにお見えになりましたときにも所感を述べましたごとく、この富永博士の書きました路線なるものは、二十二年以来の異常なる利根川の大出水のために不適当になつたから、これから新たに改訂計画を立つるに及んで、検討を加えて、そうしてこの異常なる大出水に適当するような必要な路線を選んだというのであります。およそ富永博士が立てたところの計画なるものは、その当時の昭和十年における洪水をもととして小貝川の水位をはかつて、そしてどのくらいのところに合流点を求めたらいいかということで立てたところの計画であります。それが二十二年以来の異常なる大出水となりましてからは、その計画が不適当であるのは当然であります。それが適当するのにはどうするかというならば、小貝川の水位を昭和十年に富永博士が立てた計画通りにするためには、利根の水位が高くなつたならば、ずつと下流に合流点を持つて来るのが当然である。二十二年以来の大出水に適応するためには、合流点をずつと下流に持つて来るのがほんとうの良心のある、誠意のある、技術者でなくても常識ある人が立つべき案であります。しかるに富永博士案と同じところの東文間村の加納新田というところに合流点を持つて来た。それで驚くなかれ富永博士案よりも四・六キロメートル、すなわち一里以上の長い線が、利根川の異常なる大出水に適当なる線であるというのでございます。これは技術者でない何人にもわからない話であります。建設省の技術者一人にだけわかる話でありまして、私どもにはまつたくわからない話で、こういう不都合なる案はよろしくない、こう感ずるのであります。この書き方では、われわれには技術者の頭がわからないのである。このように合流点が同じで、そして富永案よりも四・六キロメートル、一里以上も長くしたならば、これが利根の異常出水に適当した路線である、こういうのでありますから、これは人を食うにもほどがある考え方であります。さらに選定の理由をあげております。その一つは土工並びに附帶事業が少い、こういうことを書いてありますが、こういうのでは犠牲が少いとか、改修による効果が大きいというようなこととは全然無関係なのでありまして、われわれの見るところではこういう理由は何もならぬ話でありまして、これは予算が少くて済むという証明にすぎないのであります。
○松本委員長 鈴木さん、時間の都合上、恐れ入りますけれどもなるべく簡単に、その程度で……。
○鈴木参考人 どうも私は時間によつてしやべつたことはありませんし、どうかひとつお許しを願いたいと思います。せつかく茨城から出て来たものでありまして、こういう光栄あるところの委員会に出ることは初めてでありますから、りくつに合つておらぬかもしれませんけれども、十分所感だけは述べさせていただきたいと思います。
○松本委員長 いずれ委員各位から多数質問の通告がございますから、質問の節また織り込んで御答弁を願いたいのであります。
○鈴木参考人 では後にまた述べさせていただきたいと思います。
○松本委員長 ただいま参考人五名の方々のるる御陳述、ありがとうございました。ただいまのお話によつて、委員各位から当問題について質疑の通告がございますから、通告順によつてお願いすることにいたします。内海安吉君。
○内海委員 われわれ参考人の各位より烈々たる御参考意見がありました。北上、利根といえば、とにかく関東、東北における両大関であります。そこで皆さんのお話を承つて、われわれも実は胸を打たれることが多いのでありますが、第一に私は、友末さんに承りたいと思います。それは小貝川の改修にあたつてこれを根本的に何とか打開してやりたいというお考えのもとに、最も民主的な小貝川総合開発委員会なるものを設けられて、本数回にわたつて、利害関係を持つておる人々の意見を聴取し、最後の決定案までも見られて、これを建設省にもたらしたというのでありますが、この小貝川の堤防補強であるとか、あるいは年々歳々襲つて来るところの部分的な善後策というがごときものよりももつと根本的な問題は、この小貝川改修そのものに対して、第一に富永案、第二に建設省案、第三には郡界案という三つの案があるのであります。これはただいま参考人としての皆さんの御意見によつてわかつたのでありますが、私も実は小貝川の水害にあたりまして、去る二十五年に建設委員一行と御当地に参つて、親しくその被害の状況を拝見したのであります。われわれも小貝川に対しては大いなる関心を持つておるものであつて、まんざら皆さんの御意見を聞いてうなずかれないものでもないのであります。従いまして今問題となつておるところの根本的対策、すなわち富永案というものと、さらに建設省案というものと、郡界案というものに対して、知事はその県を統治せられる代表の人として、相当強い御意見を持つて曲るはずでありますが、何事もあげて建設省におまかせするというのならば、私は県民は承知はできないと思うのであります。そこで知事さんとしての三案に対する根本的なねらいなり、お考えなりをこの際お聞かせ願いたいと思います。
○友末参考人 小貝川の根本的な治水計画をいかに県としてこれを考え、またこれについて建設省に対して協力して行くかということにつきまして、実は先ほど申し上げましたように、各方面の方々を網羅いたしました総合開発委員会というものを設けたのは御承知の通りであります。この委員会におきまして、根本的な線としてはつきり出ましたのは、河口をぜひとも狭窄部の下流に持つて行かなければならぬということははつきり出たわけでございます。そこでいかなる路線を最も合理的とし、経済的とするかということにつきましては、いろいろ意見が出ました。しかしながらこれについては、そう簡単に判断がお互いにできません。そこで主管でありまするところの建設省に詳細なる調査をしていただきまして、その結果結論を出していただくほかないという最終的な結論に相なつたわけでございます。そこで知事といたしましで、現在郡界案がいいか、あるいはかつて出ました富永案がよろしいか、あるいは今回出ておりまするところの背割案がよいかという判断もなかなかそう簡単にはできないと思います。ただ最終的に出ました背割案は他の路線に比較いたしまして袋地ができない関係から、改修後におきます交通産業上に相当価値のあるものであるというふうに私は判断をいたしております。
○内海委員 どうも雰囲気を見ておりますと、町村長さんと知事さんとがまるで敵味方にわかれて闘つているように見られるのでありますが、そういうようなことは避けまして、その次に元県会議員であられました土田さんにちよつと承りたいと思います。あなたはこの問題は地方において反対が非常に多い、そうして喧々囂々議論するありさまであつて、その根本きわめることはとうていできない。それがためにこの問題はまとまらない。政府において適当にやつてもらいたいという御意見のようでありましたが、それでは政府でもなかなか容易じやないと思います。この際あなたの最後の御決心を承つて、われわれは審議の上の参考にしたいと思いますので、どうぞ簡明率直にお話願います。
    〔委員長退席、西村委員長代理着席〕
○土田参考人 この問題につきましては、山田町長さんとも再三再四お話をいたしまして、ぜひとも円満に解決をつけまして、小貝川沿岸の水害をなくするようにはかりたいということで相当折衝をいたしました。それに応じませんで、今日こういう状態に相なつておるのでありますが、先ほども申し上げましたごとく、われわれしろうとから考えまして、背割式が最善の道であると考えております。先ほど富永案あるいは郡境案、いろいろな線が出ましたが、郡境にいたしましても富永案にいたしましても、あの耕地を二つにわけることは、耕作の便あるいは交通の便、あるいは飜つて考えますと、布川町は自然滅亡の淵に陷るものではないかという考えを持つております。むしろこの際布川町に対しまして、町の人にも相当の補償料なりあるいはその他の便宜な方法をとられまして、りつぱな都市計画をつくりまして、あの町を更に生かすことが最善の策じやないかと考えております。郡境になりますと、繰返して申しますが、橋梁も幾つもいる。また道路もそこにいる。耕作も非常に不便なことになります。川沿いに背割式になりますと、交通その他につきましては何らの支障がありません。ですから町がこの際大乗的な見地に立たれまして、官民協力の上りつぱな町をつくつてもらう。あるいは県営住宅もつくる。あるいは町としても何らかの方法を講じまして、土地の人の誘致策を講ずる。またそこまで申し上げてははなはだ変なことになりますがとにかくあの工事は数億の経費を要しますが、金はほとんど布川町に落ちるのではないかと私ども考えております。それによると布川町がそういう金を獲得するというようなことができますれば、自然町も発展して行くのではないか。そういうような考えを持つております。また町の人の空気も、それとなくふだん見ておりまするが、内心そういう考えを持つている人が相当多いように私は思います。そういう次第で、私は背割式を断行して上流の水位を低下していただいて、たとえば下流の堤防を強化いたしましても、水量が低下いたしません現状では、幾らでも水位を低下していただきますれば、これくらいの雨では排水機を用いる必要はないのでありますけれども、もうすでに排水機を用いております。そういうような次第でありますから、ぜひともこの際断行していただきたい。そうして農民を救つてもらいたいというのが私の念願であります。
○内海委員 次に布川町長の山田さんに伺いますが、山田さんの御意向は、これは御意見というよりも、けんか腰で何か言つておられるように聞えたのですけれども、これを要約すれば、富永案の方に傾いておるように聞いたのですが、ただいまの土田さんとは反対のような御意見ですかどうですか。富永案というものに賛意を表されますところの理由、並びにその水位を低下する上においての経済上及びそのすべての点においての利害得失等についてこの際御意見を伺いたい。
○山田参考人 ただいま内海先生から御質問がございましたが、実は私は富永案自体に対してもこれはよろしくない案である。何ゆえよろしくない案であるかというと、これは私が長くなつてもよければ幾らでも経過をお話しますが、要するに技術の権威というものが、ある特定の有力者か何か、に押され、動かされて来ていることははつきりわかつている。これは私のおやじがやつたんだから間違いない。だからこういうふうに政治的に動かされたような案では、今までに何べんもやつたんだが、小貝川は非常に水害が大きいようになつてしまつたのである。そういうようなことを考えまして、私は富永案に対しても反対しました。ただいま友末さんは背割をやつたら袋地がなくなるということを盛んにおつしやいましたが、この図面で申しますと、いわゆるこういう形になるわけです。郡境案になりますとこうなるのです。こういうところはどこへ行つても当然残らざるを得ない。別に小貝川は分離しないでも、こういうことが残るのは当然なんです。それを背割案がいいというようなことは、きわめて愚劣な理由だと考えております。それから建設省部内において、どういう意見があるかというと、きわめてはつきりしている。松本という企画課長はこういうことを言つている。実に愚劣なる比喩ではありますけれども……。
○内海委員 建設省のことはあとで……。
○山田参考人 それで川というものは、初恋の味が忘れられないというので、つまり元の路線に返すのが一番よろしいのであるということを申し述べられております。結局三つの案がある。そうしてその三つの案のうちどれが一番いいのだと聞いたところが、どの案でも効果の上からは大同小異であるというふうに説明された。それではしからばわれわれの方の立場からいつて、大体どういうところに損得があるかということを考えてみなければならぬ。そうすると布川というところはどこから見たつて安全なところなんです。水が入つても心配のないところなんです。そこへもつて来て背割式というものをやると、孫子の代までいろいろな事業をわれわれが引受けることになります。過去において利根川の改修のために百二十戸の家が移転している。移転した結果がどうなつているかといいますと、広川先生の下のお坊さんがここにおいでになつておりますが、実に四十幾つかの無縁仏ができてしまつた。今ここで三百戸動かすという場合に、またそういう結果になるのではないかと考えている。土田さんの言われるように、四億も五億もそこへ落ちるから、布川のような貧乏な町はそれによつて更生した方がいいのだというようなことは、言われなくたつて町長が頑としてここにいる。
 そこで三つの案のどの案でも効果が大同小異だということになりますと、自分らが利益を受ける土地を通しても筋道が通つているというのだから、それをまとめなさい。小野瀬先生が龍ヶ崎におられる、それから小貝川の補償対策委員長が大宮村におられるし、宇田川県会議長も、古谷梅吉という県会議員もおつて、友末さんもおるんだから、そのメンバーで十分に測量をしていただいてわれわれの大きい利益を受けるところだから通してくださいとまとめるのが当然だと思います。かようにまずこの問題は建設委員会に持出しまして、われわれはけんか腰でやつているわけではない。そういうふうにやらざるを得ないのです。茨城県のこれだけの問題を諸先生を煩わしてまでどうのこうのというようなことは、私は非常に恥だと思う。それでありますから、小野瀬先生を中心に友末知事もおることだし、さらに県会議長もタッチしておるし、補償対策委員長の平野好之助さんも利益を受けるところにおられるのです。ですから、自分のところを通すというように請願を出せば…。
○西村委員長代理 山田君、その点はどうも……。
○山田参考人 そういうことで三案とも効果は大同小異なんです。それだから利益を受けるところを通したら一番やりいいだろうということです。
○内海委員 最後にちようど河川局長がお見えになつておりますから、この際御説明のできる程度にお願いいたしたいと思います。大体ただいまの御説明を承りますと、土田さんの御意見といい、最も熱烈な布川の町長山田さんの発言といい、さらにまた友末さんの小貝川総合開発委員会において十数回も会議を開いて愼重審議を遂げた結果、やはり政府に一任して公正妥当なる御判断を願いたいということになつているのであります。ことに山田さんは富永案も、建設省案も、郡界案も、どれにも賛成していないというようなお話もあるのでありますが、これに対して昭和二十五年以来しばしば現地に御出張なされてつぶさにこの情勢なり、あるいは民心の動きなりをよく御検討になつておられる目黒河川局長にこの問題に対しての所見なり、あるいは政府としてはかく行きたいものである。これは科学的に検討し、あるいは経済的に見てかくありたいものであるというような御所見があれば、これをこの際承つておきたい。
    〔西村委員長代理退席、委員長着席〕
○目黒政府委員 まず一番先に、小貝川はなぜつけかえをするかという問題でありまするが、この問題は長いこと議論しますると深く入りまするので、こういう経過だけを申し上げたいと思います。二十二年の利根川の大洪水、いはゆる栗橋の上流で切れましたときに、国としてはさらに利根川を検討しなければならぬというわけで、治水調査会を設けたのであります。その治水調査会のメンバーは、おそらくこれだけのメンバーを集めることは現在では不可能なほど技術的には大先輩が集まりまして、もうなくなつた方は集まりませんが、現存している人全部を集めたのであります。その中に富永さんの名前は出て参りますが、富永さんなどはその集まりました顔ぶれから見ますと大分後輩の部類に属するほど老齢な人が集まつて参つたのであります。この調査会でわれわれがいろいろ案を出しまして検討してもらつたのが利根川根本改修計画になつて現存しておるのであります。そのときにこの小貝川の問題も論議されましたが、御承知の通りに利根川は下流に放水路を掘り、江戸川を拡張し、さらに上流においてダムをつくつて洪水を調節しなければとうてい持たない、そういう状態においてもさらに小貝川を下流につけかえなければ、小見川の改修計画の根本的な対策は立たぬという結論に達したわけであります。でありますから、町長のおつしやるようないろいろの経過がありますが、これだけのメンバーがそろいまして、われわれの一法的な考えではなしに、先輩の意見を聞きまして定められたものは、小貝川を下流につけかえなければならぬ、しかもそれはすべての放水路あるいはダムができ上りましても、それだけの必要があるという結論に達しておるのであります。これだけ申し上げますと、これはおそらく議論の余地がないのではないか、こういうふうに考えておるのであります。その当時富永案は現存して参おるのであります。そこでその富永案を一応われわれは検討しなければならぬということになつたわけでありますが、御承知の通りにわれわれの検討の対象は、戦前と戦後という考え方を持たなくちやならぬと思います。戦後に至りますと、御承知の通りに農地が非常に貴重になつて参りまして、土地が狭くなつて一坪の土地でも、ことに農耕地に少しでも貴重にこれを取扱つて行かなくちやならぬ。そこで比較検討いたしました結果、差は非常に少いのでありますが、背割提案が農耕地が一番少い、これが最善ではないかという結論に達しました。それでこれらの案をわれわれは寄り寄り検討いいたしましたが、少くとも富永博士がつくつた――この先輩がおりますので、一応富永さんに御相談申し上げたのであります。富永さんばかりではありません。東京に在住ののわれわれの先輩の技術者にれを御相談申し上げたのであります。それでわれわれはそれらの先輩の賛意を得ましてわれわれの案として持つて行つたのであります。でありますから、この問題は過去の問題や何かを論議される場合にいろいろ技術者の名前が出て参ります。先輩の名前が出て参りますが、おそらくどの先輩がどう言つたという過去のことはありましようが、現在においては全部の技術者が背割提案に賛成しておるということを申し上げたいと思うのであります。そこでいろいろ長所、短所がありますが、これは見方によりましては、それはそうでないということを言われるでしよう。その差が今申し上げた通り非常に少いということと、このつけかえ案で一番お考え願いたいことは、直線にすれば水はけがよいのだと單純にお考えになるのが多いのです、がこれは普通の川でありますとその通りであります。上流から流れて来るものが、直線で下流へ来ると非常に早く流れるからよいのでありますが、不幸にしてこの川は上流の水流よりも利根川の影響が多いのであります。でありますから、これは直線でもつて行こうと、曲線でもつて行こうと、合流点の利根川の水位によつてきまつて参るわけでありますから、その点は議論の余地がないわけであります。合流点を下に下げれば下げるほどけつこうでありますが御承知のように狭窄部から下の水位はそう変化はありませんから富永さんが最初合流点をこの点にきめようと言つた所が一番妥当でありますので、同じ合流点にいたしたのであります。というわけで、私の申し上げたいのは、こまかい議論はありますが、調書をお出ししてもようございますが、そういうふうな経過をたどつておりますので、われわれは独断できめたというわけではありません。それから、現地においてはそれに至るまでの難にいろいろの意見を吐く者があります。われわれ仲間でも相当議論をしております。でありますから、これらの議論が地方に流れまして、いろいろ誤解を生んでおる節もあります。これは私も承知しております。こういうわけでありまして、最後にはこれに決定される、われわれはそこまでは議論をしておるが、しかしその議論は仮定であるということを申し上げておきます。
○松本委員長 通告順によりまして、池田峯雄君。
○池田(峯)委員 第一に知事さんにお伺いしたいと思うのですが、この茨城県提出資料の二の「建設省の背割提案確立迄の経過概要」でありますが、これは、「太平洋戦争の熾烈化と共に諸般の状勢は河口付替に一頓挫を招いたのである。」ここまではたいへんこまかくできておりまして、その後はわずか十行足らずの文章しかないのでありますが、ここが私どもとして非常に知りたいところではないかと思うのであります。先ほど目黒さんは、今度の案が最後的に決定したのであつて、それまでの第一案とか第二案というものは単なる仮定の案であつたのだというふうに言われましたけれども、実際には、茨城県で総合開発委員会を開いた場合のその提案の仕方、討議の仕方というようなものは、そういう仮定の案というようなことではなかつたのでありまして、もう富永案というものが最後的に決定される、これが最善のものである、これをのめ、のむためにはどうするか、それに賛成している議員を委員長にして、私みたいに少し反友末のような空気を示している者はなるべく委員に加えない。しかし衆議院議員だから委員に加えないわけにも行かないから委員の片すみに加えたけれども、小委員の中には加えない。こういうふうに、この富永案をあくまで強行するというような立場から小委員というものが決定され、そういうように議案が提出された。ところがこれに対して県会議員から猛烈な反対があつた。友末知事は何度もつるし上げを食つておるはずであります。こういつたような事情を詳細に書かないと、いかにも今度の背割提案というものが初めから富永案あるいは郡境案というようなものと並行して論議された、つまりその三案の比較検討が小貝川総合開発委員会あるいは県会あるいは地元民の間で並行して行われて来て、最後に背割提案というものが一番いいのだという結論に達したかのごとく印象ずけられるのであります。ところが実際にはそうではないのでありますから、その点はやはり明確に、正直に資料を提出されなければ困ると思うのであります。この点知事さんに詳細に経過を述べていただきたいと思うのです。
○友末参考人 池田君は先ほど私が御意見を申し上げましたときまだ出席されておらなかつた関係から、さような御質問が出たのではなかろうかと思います。小貝川総合開発委員会におきまして、最初から富永案を必ず強行するという前提に立つてこれを結成し、運営して参つたのでは全然ございません。何分にも多年にわたりますところの重要な案件でございますために、関係者を網羅して、衆知を集めて検討に検討を加えるというところに根本のねらいがあつたわけでございます。そこでしばしば会合を開いて検討いたしました結果、路線につきましては技術的また経済的その他相当慎重に調査の上、さらに検討を続けなければならない、この総合開発委員会でやりますことは適当でないということで、建設省にその調査検討を委員会として御一任申し上げるという結論に達したわけであります。そこで建設省で検討されました経過は、県の参考資料には出してありません。これは建設省で必要があればお出しになるものであろう、かように考えて、その点は省略しておるわけであります。
○池田(峯)委員 それは事実とは少からず違うのではないかと思うのでありますが、今度機会を見て議事録を見せていただけば一番確実だと思いますので、水戸に行きまして議事録なり何なり見せていただきたいと思います。だからそれはよいと思います。
 もう一つ知事さんに場お伺いしておきたいのでありますが、こういう問題に一番大事なのは、やはり補償の問題なのであります。土田右馬太郎さんも非常に熱意ある言葉で県営住宅を建てるとか、いろいろな計画を申されておりますが、しかし実際にこれを実行するものは吉田内閣であり、友末県政であるのであります。でありますので、友末さんにどれだけの熱意がおありかということをお聞きしたいと思うのであります。私がそういうことを申し上げるのは、千葉県、茨城県の太平洋岸の漁場が、アメリカの演習地のために使われて、そのために漁獲高が非常に減つて来る。この被害に対する補償が政府から出たのであります。ところが、この補償の分配が零細漁民に対しては非常に少しであつた。どういうわけで少しであつたかと申しますと、友末さんはおそらく御存じないと思いますが、県の方で手数料とか、やれ運動費だとか相当頭をはねてしまつた。そのために下の零細漁民の方には、ほんのつめのあかほどしか出て来なかつた。こういうことが昨日の新聞の茨城版に出ております。私はこれを見て、こういうことを県庁がやるようでは、今度のつけかえに関する補償問題でも、住民が承知しないのは当然だと思う。運動費だ、やれ手数料だと頭をはねられて、結局一反歩二十万円金をもらうという予算であつたが、手にとつてみたら三万円しかなかつた、こういうことになつてしまわないとも限らない。こういうことがあるのでは、これは政府なり県なりを信用しておまかせするわけには行かぬ。こういう点に関連いたしまして県庁の誠意、具体案、こういうものをお伺いしたい。特に県営住宅を建てて行くといつても、これは国庫補助金がなければできるものではない。県営住宅で警察予備隊の住宅を建てるというようなことを言つておるのですから、県にそういう予算があるはずはない。そこへ持つて来て入場税、飲食税というものが減るから県の財源はますます減つて行きます。そういうことで一体どのくらいのことが県としてできるものか、抱負の一端をお伺いしたい。
○友末参考人 非常に気の毒な犠牲者に対するところの補償の問題は、きわめて重要な問題でございます。そこで先ほども申し上げました通り総合開発委員会に補償の小委員会、さらにまた土地改良の小委員会をそれぞれ設けまして、その具体的なことについての検討を進めております。この問題につきまして第一次的に十分なる補償を願わなければならぬのは国であります。しかし国で十分できない範囲も、いろいろな面において相当あることと思います。そこで県といたしましても、また犠牲を受けない市町村にもお願いをいたし、総合的に考えて、これによつて犠牲者が相当に補償をされるように、土地、また家屋の移転、さらに生業の維持、転換、すべてにわたつて十分なる補償が行われるように県といたしましては十分各方面と協議をいたしまして、可能な最高限度の努力をいたすつもりでございます。
○池田(峯)委員 そういうことを知事さんが抱負として申されるのはけつこうでございますが、これは選挙演説のようなもので、えてして実際実行するということになると、なかなかそういうふうには参らぬのが常なのであります。そういうふうになつて行くものならば、自由党が天下をとつて四年目、今ごろはもうりつぱな生活が日本に建設されておるはずなのであります。(「よけいなことを言うな、質問しろ」と呼ぶ者あり)これも参考意見だ。
○松本委員長 池田君、質問の要点についてお述べ願います。
○池田(峯)委員 それはいいでしよう。ところで目黒さんにお聞きしたいのですが、小貝川をつけかえられることは、つけかえないよりはましだと思いますが、つけかえてみましても、利根川の根本的な改修がない限り、五年なり十年なりたちますと、そのつけかえた小貝川がまた氾濫してどうにもしようがない結果が出て来るのではなかろうか、というのは利根川は天井川であります。毎年々々川底が上つております。この利根川を根本的に改修するという建前に立たないと、小貝川をつけかえてみましても何の薬にもならないのではないか、こういうことが考えられるわけです。もちろん政府の方で案を出しております。こういうことを言うと、また自由党がどなり出すかもしれませんが、計画は全国に山ほどあるのです。実に詳細な計画があるのです。計画だけでちつとも実行していないのです。実行は百分の一、千分の一なんです。そこが問題なのだ。利根川についても計画はあります。江戸川を拡張し、東京湾の放水路をつくり、銚子の太平洋への注ぎ口を多少直すという計画がありますけれども、この計画が遅々として進まないところに問題がある。そうなりますと、布川町、文村が犠牲になつても、利根川の根本改修が遅れてしまつたのでは犠牲になるものが損だ、こういうことになるのではなかろうか。従つて政府としてこれと並行して根本的に利根を直すことができるのか。たとえば小貝川のつけかえが三年なり四年なりで完了した。しからば江戸川の方も三年なり四年なりでできるのか。東京湾の放水路もできるのか。東京湾の放水路は二百億かかるからとてもできないというのが建設省のお役人です。二百億の金でも東京湾の放水路はできません。川底をさらえましても捨て口がないと言いますが、捨て口はたくさんあります。印旛沼でも、手賀沼でもあります。東京湾でもよろしい。捨て場所がないから工事ができませんという理由は何もない。あるいはまたダムをつくるという。ダムをつくるのはけつこうですが、ダムをつくるというのはいつから言つておりますか。ダムをつくるダムをつくると言つても、あの五十里ダム一つつくるりもたいへんではないですか。そうすると、利根川の根本的な改修はおそらく四十年後、五十年後になるのではなかろうか。そうすると小貝川だけ三年なり四年なりで直してみましても、すぐ利根川の底が上つて、直つた小貝川の堤防がまた決壊するということになるのではなかろうか。つけかえをすることに反対するものではありません。つけかえることはつけかえないよりはましだと思います。しかしそれではせつかく多額の金を出してやつてみましても何の薬にもならなくなるのではなかろうか。だからそういう点に対して建設省としてどういう計画を持ち、実行力をどういうふうに持つて曲るかをお話し願いたいと思います。
○目黒政府委員 今お話の通り、利根川を全部改修することははなはだ厖大な予算を要することであります。従つてこれができなければ小貝川はむだだというようにお話でありますが、私は逆に考えておるのであります。利根川において今一番危険なのは小貝川である。それが早くできさえずれば小貝川沿線は非常に安全な姿になり、もしほかの工事が遅々として進まなかつた場合には、弱点はそちらの方に向いて行くことになると思うのであります。従つて地元としては自分のところを早くよりよくすることが安全な姿であると思うのであります。そこで河川工事は、御承知の通りに各沿岸地方は自分のところを先にやつてくれという声が強く相なつておるのであります。でありますから、私は地元の声から行きますると、先にやる方を望むだろうと思うのであります。たとえばその場合に改修が遅れまして、その改修程度以上の洪水がありといたしますれば、その場合には他の地方が決壊するということに相なるのでありますから、地元としてはどうしても自分のところを先にという声が強いと思うのであります。
○松本委員長 池田君、御質問は現実に即した、核心に触れた御質問にとどめていただきたい。大分時間も遅れていますから、あまり日本中を一度にやるような御質問では困ります。
○池田(峯)委員 私は今県知事に対しまして、今までの経過、それから補償の問題、目黒河川局長に対しまして、利根の根本的な改修がなければ、小貝川の改修だけでは、つけかえだけでは小貝川の氾濫というものは直らないのじやないかという三点について申し上げたのでありますが、この点に関しまして山田さんなり、鈴木さんなりに別な御意見がございましたならば述べていただきたいと思います。
○鈴木参考人 先ほど茨城県知事は、郡界案、富永案、背割堤式案のうちでどれが一番いいかという質問に対して、袋地がないところが一番いいと思うというお話がございましたが、そのお考えはだれがこれを授けたかといえば、龍ヶ崎の出張所長の大手技官でははいかと思う。関係者でないところまで一緒に入れて陳情の会議を開いたときに、文、布川の人たちは、ああいうしとを書いてはいけないと言つておきながら、建設省あたりにおけるときにはこれを書いた方がいいからというので、この決議を無視して三角地帯を設けないように御考慮を願いたいという文書をあとで書いておる。その前の陳情のときには利根川の改修工事ができるまでの間このつけかえ工事はやらないと言つておる。そういう三角地帯を設けないような、袋地を設けないような御考慮が願いたいが、それができれは賛成だというのです。そういうことを要請してあるから建設省の文書には袋地のことが書いてあるだろうと思つたところが、はたして書いてある。知事も袋地のないのがよい、背割式がよいというのでありますが、冨永案は袋地はあるようであります。そのときは伏越を設けて排水することを計画してあると秋草前佐原所長は述べております。
 それから袋地が水害を受けた場合には、人畜、家屋、家財が流されるが、袋地だけで水害が免れる。袋地方面の小貝川の堤防が切れた場合には、小貝川下流の非常に大きな区域が水害を免れるのであつて、そこに袋地の意義がある。そういう点を見ないで袋地があることはいけないと簡単に言つてもどうかと思います。また背割堤式の場合はどうかと申しますれば、この場合もよくない。利根川の方は八メートル九十八で、小貝川の方は八メートル四十四で、わずかに五十四しか違わないというようなあぶない状態になつております。そういうようなことで特にこの小貝川の堤防がよいということは言えるはずがない。これに砂を盛つてやらなければならぬ。小貝川の堤防が切れれば利根の堤防が切れることは明瞭であります。そうするとこの袋地だけの水害でそれ以外の水害は免れるということもなくなつてしまうのでありまして、この袋地なんていうけちな問題でこの良否を決定すべきものではない。小貝川の水害を防ぐのがこの小貝川改修計画の根本精神で目的でありますから、そんなけちなことで良否を決定することはよろしくないことと思います。また袋地があるというと、そこに橋をかけなければならぬとか、耕作に非常に不便だと申しておりますが、まつたくけちなことでありまして、ほんとうに小貝川の改修をやることに主眼をおいてしなければならぬのであります。あぶないのは背割堤式と小貝川の堤防とであつて、だれがこの九キロの利根川と小貝川の二本の堤防を守るか、だれが文、布川の人を守るかというところまで検討してみなければならぬのであります。また昭和二十二年の栗橋上流の決壊のときの水位は、昭和十六年よりも二メートルも高い水位である。その二メートル高い水位よりもさらに二メートル高い堤防を築いてもらわない限り、われわれはまくら高くして寝ることができないのである。この水防をやるのはだれか、この堤防を守るのはだれか、現在の利根川の一番恐しいと称されておる布川の上流地域、われわれの目の先である堤防を増強するための土がない。それを北文間村大字羽黒からもらうことにしました。ところがその所有主が前の内務省時代からすこぶる傲慢な態度をもつて約束通りやらない。しかもその土くれをしたあとへ無断で大きな倉庫を建ててしまつた。それがちようどうちの助役の墓へ行く途中になつておりまして、その助役の息子は南方で戦死したのですが、途中が通れないので、よその道を通つて行かなければならないために葬式も出せない始末です。それも何の承諾も受けずに倉庫を建てたり、砂利を入れたりして、土地の人は非常な反感を持つております。官僚主義の横暴に対してすこぶる憤慨しておりますので、その苦き経験をなめたところの人々の要求により、一昨日ですか私どもの方の役場で交渉しましたが、とうとう拒絶されてしまつた。今度さらに別な道を選ぶようになつておりますが、そういうように小貝川の堤防を築く土もない状態で、堤防の危険を防ぐためにその土をどこから持つて来るかということが問題になつておるのです。
○松本委員長 鈴木さん、大体御趣旨はわかつておりますから……。
○淺利委員 質問に答えてください。質問に対すること以外のことは言わないでください。
○鈴木参考人 この間の話の利根川の現状というところを見ますと、あの下つたところにつけかえをするということは、これは小貝川上流部の改修をするための前提であるということが書いてありますので、この小貝川の上流を改修するときは、上流は極楽になりましようが、下流部であるわれわれの方にはただちに洪水が襲来するという心配があるのであります。特に佐原の秋草さんのところに私ども陳情に参りました際も、小貝川の上流が改修された場合には、小貝川の増水量と利根川の増水量とがあの合流点でもつて合致して、すこぶる危険な状態になるということを申しました。それですからわれわれはその後堤防の増強という方針を捨てて、つけかえをすべきであるという観念に立つております。特に昨年の一月三十一日に小貝川の改修をやつたときに、佐原の工事事務所長が六郷村の促進派の会合にお見えになりまして、そのとき、上流部が改修されると現在の堤防の天場すれすれまで水が来るということを申したということを小文間村長の木村という人から聞いたので、われわれは一そう驚異の感を持つたのであります。現在は逆流するからつけかえをしなくちやならぬというように表面上は建設省の文書の中にありますけれども、富永案、秋草氏の意見、さらに佐原市の改修事務所長の意見、この三つを合せて考えますと、これは合流点つけかえではない。合流点からの逆流によつてつけかえをすると建設省では言つておるが、上流部を改修すれば水がこちらに来るから危険である。だから上流部の改修のためにつけかえをする必要があるのではないかという考えを私は持つのであります。ただいまの土田君は筑波郡の向うの方におりますからそこまでは十七キロぐらい離れているので逆流の被害はない。なおさらに下流にまでいくらでも水が流れて来るにかかわらず、水位は低下しておるということは、先ほども小貝川の上流部の改修はあらまし終えたというようなお話でございましたけれども、あるいはその一番の急所が改修できていないのじやないか。その急所を改修してもらうのにはつけかえをやつてもらわなくちやならないのだ。そういう趣旨で書き出しておいて、そうしてつけかえかえということを言つておるのじやないかと感じるのであります。昨年でしたか建設委員会で池田さんが、つけかえをしなければ鳥羽村のあの直角の区域は改修できないのだという御意見を発表されたことも承知しておりますが、そういうことも考えますと、合流点つけかえということは、逆流のためではなくして、上流の改修のために必要であるのではないか。私はそう信じておるのです。現在私はそういう合流点に住んでおります。すでに河川局長さんも小貝川は危険だということを申しておられますが、小貝川は、利根川よりもちよつと大きい程度の堤防にしてくれれば、逆流の水だけならば増強で十分だと私は思つております。
○松本委員長 この問題は地元の方々としても、物質的にも、精神的にも重大な利害問題がある。また建設当局としても、郡界案、富永案、背割案等いろいろな案を出しておるという関係もあつて、衝に当つております当委員会といたしましては、厳正公平な立場からこの問題について、建設省並びに委員の意見をまとめて、でき得べくんばある意味においての事業促進の勧告をいたしたいと考えております。
 なおまた私ども四月の中旬と六月下旬の両度にわたりまして研究調査さしてありますので、その結論として感じたことを、関係地元の方も見えておりますから申し上げたいと思います。
 大体この原因はどこにあるかと言えば、布川と布佐との狭窄部にあるということは明らかであります。これを千年余り前、意識してか意識せずか、いずれにしても狭窄部をここにつくつたということは、今日考えてみれば下流の河水調節の役目を果しておるということは明らかです。これが原因となつて往々にして、このしわが小貝川にあつたので、ここにも書かれております寛保から明治、昭和の災害になつて来ておる。しかも近年上の方の山の濫伐、過伐による荒廃と、いま一つは土砂の流出による河床の増大が、さらにこの河水調節の役目を果しておるこの限度を越えておるということが、またこのしわを強めたというところに災害の原因がある、こう考えて実情を見ましたところ、要するに逆流が原因である。しかもこの逆流を証拠立てるものは、布佐の方に大きな洲ができておる。この逆流が水をひくときに、ぶつかるところが布佐のところで、こちらが掘り込まれて、反対に下流においては布川の方に洲がついておるということで、事実が証明しておる。しからばどうすればよいかということは、逆流の水をその上に吐かすということは間違つておる。小貝の水を上へ吐かすならよろしいが、これはいわゆる間接であつて、直接の原因は逆流にあるから、逆流の水はここから吐かす――狭窄部を開墾して吐かすのが当然である。小貝の水を吐かすなら郡界案も富永案もいい。しかし逆流が原因であるという直接のがんを取除くなら、小貝をここへ吐かすのが当然であるということは明らかである。それらを勘案して今布川なり布佐なりに犠牲を払わすことはできぬというなら、とりあえずの案としては、結局この洲を両方とも一まずとる。そうして河川を浚渫するということが第一段、それとともに先ほど来しばしば話がありました堤防を小貝の方も利根川本流も増強することである。但しこの増強とても今のような脆弱な砂を盛る程度ではだめだ。ですから両方ともはがねを入れてしまうところまで行けばいいが、経済的にはたしてそれができるかできぬか。一体数十億もの莫大な経費を必要とするのではないかということになると、わが国の経済力の現状では、たとい地方負担においてもそれはできぬ。そういうことになれば、この逆流の水をここで吐かさなければならないから、結局それは、背割案にするか、あるいは川幅を広くするか、この二つの問題に落着くところではないかと私は思うのです。今申しました河川の浚渫と堤防増強ということが、経済的に、浚渫は簡単にできても、堤防にはがねを入れるということは、しかもあの堤防は延々数十キロにわたる、おそらくこれは至難ではなかろうか。こう考えたとき、一応この逆流の水は、河水調節の役目を帶んでおつたところがその限界を越えてしまつたというこの現実に即して、気の毒ながらも布佐かあるいは布川で犠牲を払つてもらわなければならぬ。そういうときに、千葉県寄りの布佐に犠牲を払わすかといえば、結局小貝の水の逆流が影響しておれば、気の毒ながら位置の上から茨城県寄りの布川で犠牲を払つてもらうのが当然である。この負担を布佐の方が負うべしということはどうか。というのは、水害の原因が、小貝が、千葉県寄りにあるなら布佐の方が責任を負わなければならぬが、そうでなくして小貝が茨城県寄りにあれば、こちらで解決をつけなければならぬ。それを大利根の、逆流の水を上に流してこれをはかすということは、少しく理論が立たぬのじやないか、私は現場を見せてもらつてこういうふうに直感して来たのであります。いずれこの問題は、委員会は本日の午後もありますし、また将来も開催して、さらに委員各位の御意見並びに建設当局の御意見等を、質疑応答を願つて、その上である程度結論を出して建設省なり地元の方々にも申し上げるということに願つたらいかがかと考えております。従つて本日はこの程度で参考人をお招きした委員会は一まず閉じたいと考えます。
 参考人の各位には、お暑いなかを、ことに遠方からお忙しいところを御出席にあずかりまして、熱心なる御意見を御開陳いただきまして、ありがとうございました。これをもつてひとまず本日の小貝川問題に関しましての会議を閉じたい、午後引続いて他の問題につい七御会合願うということにいたしたいと思います。
 しばらく休憩いたします。
    午後一時十六分休憩
     ――――◇―――――
    〔休憩後は開会に至らなかつた〕